煽り強めの魔女のお話 (るてにうむ)
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プロローグ
聖騎士


 

「はあっ、はあっ」

 

 ぐちゃぐちゃになった肉片を前に、力尽きるように膝を付く騎士が一人。金髪碧眼のその男は、その惨状を前にジッとその肉片を見詰めていた。

 手に持つ剣は鮮血に濡れ、隣に転がる石には磨り潰された肉体がこびりついていた。

 

 そして、見詰め続けて数秒。あることを悟った男は、頭を抱えるようにして地面に崩れ落ちる。

 

「……クソが、クソが……なんでだ」

 

 それはゆっくりと蠢き始めていた。ぐじゅぐじゅと溶けるような音をたて、それが泡をたてて消失する。地面に呑まれるように、血液が、肉片が綺麗さっぱり姿を消して。

 

「なんで死なねぇ! おかしいだろ?!!

 吸血鬼(ヴァンパイア)でも再生が無理なほどに分断した!! 呪いを断ち切る聖法を使った──なのになんで殺せねぇんだ!!」

 

 地面を拳で叩き付ける。バン、と地面が抉れ、土片が飛び散る。

 ──そして、煙をたてて()()は姿を形作り始めた。

 

「──無駄な努力ご苦労様です、聖騎士ベルガ」

 

 クスクスと笑いながら、頭からゆっくりと肉体が形作られる。そうして、瞬きの間に現れたのは、金色に飾られた黒いローブ──魔女のようなそれを纏った、一人の女。そして彼女は、まごうことなく魔女その物である。

 彼女は黒色の髪を靡かせ、蒼色の瞳を詰まらなそうに細めた。

 

「なんでだ……答えろっ!! 《黒》の魔女!!」

 

「弱すぎるからじゃないですか? もしくは私が強すぎるからかも?

 ……あっ、ごめんなさい。本当の事でも言って良いことと悪いこと、ありますよね」

 

 眉を顰めて謝罪する魔女に、ベルガはギリギリと歯を食い縛る。ギラリと輝く、染み一つない白銀の剣を魔女に向ける。

 喉から唸るように声を吐き出す。

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 

「答えろって言ったじゃないですか。それで答えたら今度は『黙れ』ですか? 支離滅裂ですよ、聖騎士ベルガ。教会はこんなのばっかりなんですか?

 ……あぁ、なるほど!もしかしてわざとだったりします?話が通じない阿呆だと思わせて、私の隙をつこうって事ですか?」

 

 どこまでも神経を逆なでする魔女の声に、ベルガは耳をかたむける事を止める。剣を振るう。それは、どこまでも見下した目をした魔女の首を切り裂き、造作もなく断ち切った。

 

 そして、魔女の首が落ち──繋がった。グチッ、と首が癒着する。そして煙をたてて首の傷が再生し始める。

 魔女は目を丸くして、手を合わせた。それはもう、本当に驚いたように顔を歪める。

 

「──おや、隙をつかれてしまいました。流石です。まさか教会の聖騎士が、意味も無くあんなおかしな答弁をするわけないですもんね。

 流石としか言えません。言葉すら出ませんよ、ええ」

 

「……こ、のっ!!!」

 

 剣が顔を横から半分に断つ。びちゃりと音をたて、すぐにそれは引っ付き捩り再生する。

 

「でも悲しいですね? 学ばないのは罪ですよ。さっき散々切ったじゃないですか。

 もしかしてそう言う趣味の方ですか? 教会の騎士は悉くそう言う趣味を持った方々の集まりだと?」

 

「くそがあぁああ──!!!!」

 

 剣が熱を持ち、光を放つ。煌々と煌めくそれが、魔女の肉体を肩から腰まで切断して──、

 

 

「──おや、熱いです。頑張りましたね」

 

 

 不思議そうな顔をした魔女の肉体は、崩れ落ちそうになり、そしてブジュ、と。そう気味の悪い音をならして肉体はくっつき、そして治癒する。

 焦げた肉体は戻っていた。切れた服はほつれ一つありはしなかった。

 

「…………あ」

 

「どうしました? 聖騎士ベルガ。強いのでしょう? 貴方は強いのでしょう? だから私を、他の人間の提言を無視してまで殺しにきたのでしょう?

 折れないで下さいよ。折れたら詰まらないじゃぁないですか。私を殺そうと、あがいてあがいてあがいて足搔いて下さい。

 その無駄な努力を、私は笑って許してあげます。無為で無価値な貴方の行動を、私は笑顔で認めましょう…………どうしたのですか?」

 

 そんな魔女を前にベルガは──カランと剣を落とした。顔を手が覆う。膝が地面に呑み込まれる。

 

 

「……無理、無理だ。俺が、俺が間違いだった!無理に決まってる!どうしろって言うんだこんな化け物!!」

 

 

 そして崩れ落ちる。地面に落ちた剣を拾おうともせず、彼はただ諦観に落ちた。

 そして、それを認め《黒》の魔女はため息を付いた。

 

「はぁ、詰まらない。どうせ殺そうとするなら、千でも億でも挑む覚悟で来て下さいよ。

 薄弱な意思で私を『殺そう』だなんて思わないで下さい」

 

 呆れたように首を振る。そして、彼女は謝罪と諦めの言葉を口にし続けるベルガを背に反転。

 

「──もう来ないでくださいね。教会の聖騎士さん」

 

 そして、その言葉を最後に、彼女はコツコツと音を鳴らして消え去った。









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一章
散歩の途中で


「あぁ、実に無駄な時間でした」

 

 道なき道と言うにはしっかりとした、だが道と言うには曖昧なそこを踏み締めながら、魔女は呟いていた。既にあの戦闘から一日二日は経とうというのに、随分と根に持っているようである。

 頭上の木々の間から漏れる木漏れ日に手をかざすと、はぁ、と疲れたようにため息をつく。

 

「魔女ですよ? 私、魔女なんですよ? なのにあんな覚悟も決意もない一般聖騎士に『殺せる』と思われてたなんて……悲しいですね。

 ……いえ、まあ()()()ほどのは求めてませんけど、ええ」

 

 ちょっと嫌な者を思い出し、魔女は顔をしかめた。そうして、一旦足を止めると、再び歩き出そうとし──喧騒を聞き取る。

 

「おや……」

 

 がやがやと、いや、そう形容するには小さすぎるほどの談笑。それが魔女の耳に届いたのだ。

 

 「──でね、お父様ったら全部倒しちゃったの!凄いでしょう?!」

 

 「えっ?!それってあの有名な《暴炎卿》の戦いを間近で見たってことかい?!」

 

 声は二人。気配は五人。身体能力その他諸々は皆無と言えど、第六感に値するものには自信がある《黒》の魔女は、それを理解した。

 

 そこで、続く談笑を数百メートル程先から聞きながら頭を捻る。

 

 「……駆け出しの冒険者方、でしょうか? 未来ある若人達──あぁ、素晴らしいじゃないですか」

 

 そうして一頻り笑うと、やがてふむ、と息をついた。

 

 「さて、どうしましょうか」

 

 

 ◆◇

 

 

「レイガ、シニィ。二人とも……はしゃぎ過ぎだ。これからどこに向かおうとしているのか分かっているのか」

 

 二人の少年と少女が談笑する最中、それを切って割り入ったのは三十路ほどの男性。彼は、不機嫌そうに腰に引っかけた剣の柄をトントンと叩く。

 それを見て、二人はサッと顔色を変えた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「すいません、ギリさん!」

 

 はあ、とため息を付くとギリは腰から剣を引き出しながら二人へ近付く。後ろの聖職者然とした服を着た女が目を丸くして見詰め、全身ローブの誰かが双眸を光らせそれを追う。

 シニィとレイガがそれを視界に捉え、一拍。

 

「──えっ」

 

「ひっ」

 

 ──そして、ギリは身を強張らせた二人の真ん中を通り抜けた。髪と同じ黒い瞳は、既に二人を見据えてはいない。

 そのまま、刃を生え盛る木の1本へ向けた。

 

「そこにいる何者か、少し前からそこにいたようだが……何用だ?」

 

 そして、シニィとレイガが思わず後ろへ跳ねた数秒後。パチパチと手を鳴らす音が響いたかと思うと、その裏から一人の女が姿を見せた。

 なんの変哲もない雰囲気に、欠片の強さも感じさせることのないその出で立ち。ギリは思わず眉を潜める。

 

 

「──おや、見つかってしまいました。凄いですね。本当に凄い。思わず拍手をしてしまいました。

 見つからないと踏んでたんですけど、意外でしたね」

 

 

 そして、パチパチと手を鳴らしながら、ギリの顔を認めると、おや、と困ったようにはにかむ。

 そして一拍。拍手を止めるとそのまま道を塞ぐように、その黒いローブととんがり帽子を被った女は全貌を見せた。

 

「貴様は……なんだ?」

 

「なんだ、とはなんでしょう? 私の種族ですか? 名前ですか? 目的ですか? 所属ですか?

 人になにかを尋ねるときは分かり易くですよ、青年」

 

「……名前と、目的を教えろ」

 

 ソレを聞き、そして彼女は細く笑んだ。

 

「不躾ですね、青年。人に物を聞くときは、まずは自分からと習いませんでしたか?」

 

「…………ギリ・アルバースト。現《勇者》の育成を担っている」

 

 それを言い切ると、今度はおまえの番だとばかりにギロリと瞳をつり上げた。それに、体を抱きしめるようにして彼女は反応する。

 

「おお、怖い怖い。そんなに怒らないで下さいよ。

 さて、ではお答えすると、私は……うーん、そうですね。随分と前に名前は剥奪されちゃったので、クロイロとか呼ばれてます。まあ、今はこれが名前です。」

 

「……名前の、剥奪?」

 

 そして、気になるワードに反応してしまったのはレイガ──《勇者》である彼であった。

 

「おや、気になりますか?普通あんまり気にしないんですけどね、ほら。

 村八分とかあるじゃないですか、あのノリです。ちょっと私が皆と違うからって、名前も取られちゃいました。悲しいですよね」

 

「……それは──」

 

「──レイガ、黙れ」

 

 最初は情報を話し始めたクロイロに、それならば、と考えていたギリは、だが。話の中で、目の前の女に同情のような感情を抱き始めている二人に気が付いた。

 故の制止。そもそも本来なら、今この時間にこの場所に隠れていた。それだけで敵とするには十分過ぎるのだ。さらに、『名前の剥奪』という言葉。次の言葉によっては、ギリは問答無用で斬り捨てるつもりであった。

 

「あら、いいんですね。意外です。まあ、良いでしょう」

 

「……すまない。続けてくれ」

 

「はいはい。構いませんよ。ちょっとした邪魔なら構いませんとも。

 で、目的ですね。これは私も図りかねているんですが……」

 

 そして、彼女はさも重要なことを話すかのように、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「今はお散歩です。楽しいですよ?」

 

 

 そして、それを耳にし──ギリの目が強い光を灯した。



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溶ける

 瞬きの煌めきだった。

 

 リン、と空を切る音が大気を揺らし、次いでやっとギリが剣を振るったことを世界が気が付いたかのように、一拍遅れて業風が吹き荒れる。

 

「──なっ?!ギリさん!?」

 

 吹き荒れるそれにあらがいながら、レイガは驚きを隠さない。しっかりと目を開き、ギリが行った事を理解しようと目をこらす。

 

「……疑わしきは罰せよ、だ。真偽は知らん。」

 

 そして──斬れた。ズッ、と気味の悪い音が鳴り、クロイロと名乗った女の後ろに生え盛っていた木々がズレる。

 ズリッ、とそのまま滑り落ち、木々は轟音を立てて地面へと倒れ伏した。

 

 そして、クロイロは呆然としたようにパチパチと目を瞬く。

 

「……ええっと、もしかして貴方が《勇者》の師匠って、小国の適当な言い張りで作られた嘘っぱちではなく──」

 

 ぴちゅん、と。木々とは一拍遅れて、クロイロの首に1本の筋が入った。

 

「──え?」

 

 そして、落ちる。

 

 首が胴体と離れ、地面へ向かうように重力に従い垂直落下をし、そして転がった。

 瞳が開かれた状態のまま、その頭はゴロリと地面へ横たわる。司令塔を失った肉体が、グシャリと崩れ落ちた。

 

「ギリさん!!何をしてるんですか?!」

 

「斬っただけだ、騒ぐな」

 

「見れば分かりますよ!」

 

 目の前の出来事を認めたくないのか、必死に目をそらしながらレイガはギリへ詰め寄る。近寄るレイガへ対し、ギリは冷たい目を向けた。

 

「名の剥奪などそうそう起きることではない。だが、まだ敵かどうかは分からん。過ごした環境にもよる。それだけで人となりは判断がつかん。だから話を聞いた。

 そして、普通の者であれば今ここには近付かない。そう言う風に手を回して貰っている。正当な理由があれば、話は別だが……」

 

 ちらりとだらだらと垂れ流される血流を見遣る。そして、すぐに興味を失ったように逸らした。

 

「そうではなかった。それだけだ」

 

「……それは──そう、かも知れません……」

 

 ぐっ、と俯き歯を食いしばる。その後ろから肩に手が置かれた。

 

「……残念だけど、今回は師匠が正論ね」

 

「分かって──いや、分かったよ。そう、だね。僕が浅慮だった……申し訳ありません、ギリさん」

 

「いや、いい。貴様はこれから学べばいい。」

 

 頭を下げたレイガを認めると、そのままギロリと、肩から手を離したシニィへ目を向ける。

 

「……で?残念とはなんだ、シニィ。そもそも俺はいつも正論だ」

 

「師匠はいつもキツすぎるのよ。いろいろとね」

 

「それはソイツが生温いからだ」

 

「でもバランスって物があるでしょう?今回みたいな穏当な敵は初めて見たわ」

 

「だが敵だ」

 

 シニィとギリが言い合っていると、やがて後ろのシスターが動きだす。顔にはニコニコとした笑みを浮かべていた。

 

「お二方とも、落ち着きましょう?」

 

「だってこのクソ師匠が」

 

「しかしこの話を聞かん弟子が」

 

 そして、そのままニコニコとした笑みのまま言い放った。

 

「──うるさいです。子供ですか貴方達は」

 

「……む」

 

「……セニアさんが言うなら、止めるわ」

 

 それを耳にし、セニアは満面の笑みを浮かべた。そしてパンと手を打ち鳴らす。

 

「はい、よろしいです。それでご報告ですが、目標の魔物がそろそろ()()()よ?」

 

 ギリが目を見開き、シニィが手を叩く。

 

「やっとか……遅かったな」

 

「ほら、アンタもそろそろうじうじするの止めなさい」

 

「……そうだね、アレが来るんだったら準備しないといけない」

 

 そして、各々が準備を始めようとしたその瞬間──ぐじゅぐじゅという、気味の悪い音が鳴り始めた。

 

「──なんだ?」

 

 真っ先に動いたのはギリ。魔物の能力の性質からして、あり得なくはない音だが……近かった。そして、音源はすぐに見つかった。

 

「血肉が……いや、服も沸き立っているのか?」

 

「それほんとなの?師匠?……それにしても気持ち悪いわね」

 

「……違います。溶けてるんですよ、これ」

 

 初めての黒ローブからの発言。男とも女とも判断が付かないそれにレイガは驚きながらも、ジッとその有様を見詰めていた。他の人間も動かない。

 

 そして、次の瞬間。死した筈の女の死体。その血液から肉片に至るまで、全てが突然泡をたてて地面へと溶けるように消え去った。

 

 異常が過ぎる現象に、ギリが目を細める。

 

「どう言う事だ、《賢人》」

 

「……知りません。ですけど、見覚えのある光景です。候補は幾つか」

 

「お願いします」

 

 セニアからの声。そして空白。次いで息を吐くように賢人は呟く。

 

「……一つ。魔力融解。肉片の一片に至るまで魔力に侵され、置き換わり、そして蒸発する現象です。

 二つ。神の御業。一度蘇生の現場に立ち会いましたが、その際の現象がこれの逆再生に似ていたかと。

 ……そして、今回の魔物と関係があるであろう三つ目」

 

 ズッ、と地面が変色する。紫に代わった地面がずるりと解けるように溶け──破裂した。

 

 

 「──ギィィイァァァアアア!!!!」

 

 

 そして、突き破るようにして地面から現れたのは一匹の巨大な蛇──大蛇(アジャール)であった。

 

「──()()()()()()毒……魔毒です」









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大蛇の支配者

 

 湧き上がるように肉体が作り出される感覚。何度も味わったそれを噛みしめながら、クロイロは視界を取り戻し──、

 

「──あぁっ! クソッ!! 上手くいかないわね……もっと反射神経鍛えなさいよ、クソ蛇!」

 

 ──何かを観戦している、豪奢な服を纏った銀髪碧眼の少女を視界に入れた。

 

 そして、完全に体が取り戻されたのを感じると、そのままクロイロは少女へと近付く。それはちょっとした興味からだった。

 先ほどの会話で、この場所には普通の人間は近付かないとの言葉があった。なら、目の前の少女はなんなのか。

 

 手を伸ばす。

 

「そこの少女。こんな場所で何をしてるのか、教えていただいてもいいですか?」

 

 ピクッ、と少女の体が震える。そして、次いで弾けるように跳ねる。地面を掘り返しながら、彼女は体を宙へと舞わせた。

 

「クソっ! 忌々しい勇者パーティーが! 一人だけこっちによこすのも嫌らしい!」

 

「おや、勘違いがあるようですね。別に私勇者パーティーとやらでは──」

 

「あぁうるっさいわね!! 聞けば聞くだけ無駄なのよ!! 何があろうと、私はここであなたたちを殺し尽くさなきゃいけないの!!」

 

 そして、絶叫しながら彼女は手を突き出した。そこに込められたのは、信じられないほど多量の魔力。

 どこか見覚えのあるその輝きに、クロイロは目を細める。そして、思い出した。

 

「リーダーほどではないですが、なかなかな──」

 

「──黙れ、死ね!!」

 

 銀色の光が世界を覆う。眩いそれが、クロイロの視界を覆い尽くし──そのまま、彼女は消え去った。

 

 

 ◆◇

 

 

 魔王軍幹部《克烈のグレースファ》──その六女、リィア・シストリは湧き上がる怒りを押さえつけ、目の前の粉塵を睨みつける。

 

「はあっ、はあっ──さっさと出て来なさいよ……あなたたちがその程度でくたばるはず、ないわ」

 

 勇者パーティー。先代の勇者を筆頭に、聖女、賢人が名を連ねるその集団。

 先代勇者の人脈から、不定期にあらゆる強者が入り抜けると言う、バランスが崩れがちと言う特徴こそあれど、それさえ補うほどの強者の巣窟。

 

 基本的に先代勇者と聖女がおり、それなりの頻度で賢人が入る。そして、今目の前にいるこの女。

 つまりはタイミング的にババを引いたに等しいが、その程度でリィアはあきらめる訳にはいかなかった。

 

 偉大な父親の声が脳裏に響く。

 

『誇り高き我ら吸血鬼(ヴァンパイア)に弱者はいらん。リィア、貴様が出来損ないでないと言うなら──それを示せ』

 

 そうして渡されたのが、勇者パーティーの殲滅の任。

 無理だ、と言いたかった。リィアの目から見ても、父親ですら個人での殲滅は不可能に等しい。つまりは事実上の絶縁宣告。

 

 だが、認められたい。その思いだけが今リィアを突き動かしていた。

 

「さっさと出て来なさいよ!!」

 

 煙が晴れる。そして、目に入ったのは──何もない空間だった。

 

「……え?」

 

 それなり以上に魔力を込めたとは言え、先代勇者なら生身で普通に突っ切ってくるレベルの物にしかならなかったはずだ。

 少なくとも、勇者パーティーの一員なら切り抜けられる。その程度の一撃。

 

 だがそれを否定するように、目の前に広がるのは虚無だった。気配を探る。ない。

 

(も、もしかして私強くなっちゃってたのかしら?! 日々の特訓の成果ね?! やったぁ!! なんかビクビクして適当な魔物を『魅了』して差し向けたのがバカみたい!! よ、よし!! そうとなれば、早速──)

 

 

「──おや、戦闘中に気を抜くのはいけませんね」

 

 

 後ろから、声が聞こえた。顔が引きつる。喉がすぼまる。

 

「──っ!」

 

 だが、いくら油断していても鍛えた反射神経は嘘をつかない。腕を突き出す。そのまま流れるように右手に魔力を充填し、放出。

 体から『何か大切なもの』がごっそりと消えていく感覚に、途轍もない脱力感。

 

「はあっ! はあっ……!」

 

 木々をなぎ倒しながら消失する魔力に、だがもう目は向けない。向けてはならない。意識を広げる。

 

 ──そして感じたのは、『何か』が後ろに現れる音。

 

(瞬間移動?! いや、高速で移動してるだけ?! 分からないわ──けど!!)

 

 手を伸ばす。手刀の形に手を固め、そのまま刺し殺すように突き出す──。

 

「──ふむ、捕まってしまいました。素晴らしい反射神経です。褒めてあげます。すごいすごい。

 ……しかし、これはもう少し位置を考えるべきでしたかね?」

 

 ──ズシュ、と。胸の中央。そこへ己の腕が突き刺さっている。ドクン、ドクンと言う鼓動を感じる。

 

 確かに、即死ではない。だが、それでも致命傷だ。しかし焦る様子がない。それに不気味さを感じ、振り払うようにして腕を抜く。

 

 ──衝撃で胸の半分が消し飛んだ。

 

 

「……えっ?」

相変わらずなんであの方に選ばれたのか分からない弱さですね。

 脆すぎる。近接職の様相ではないが、それにしても勇者パーティーの一員とは思えないほどの弱さと脆さ。

 

 そして、その謎はすぐに解消された。

 

「おや、痛いですね。痛くて痛くて涙が出そうです」

 

 一瞬だった。ジュ、と何かが焼けるような音がなると、傷は何事もなかったかのように塞がった。

 見覚えのある光景だ。まだ幼い頃、父親との特訓をしていた頃、父親が見せた再生能力の使い方──その時の速さと遜色ない程の再生速度。

 

 そして、思い付くのは一つの可能性。恐る恐る、リィアは口を開く。

 

「……それ、は……その再生能力は……貴女、私と同じ──吸血鬼、なの?」

 

 それを聞き、目の前の女は一瞬不思議そうな顔をすると、次いでほつれ一つない服を揺らしながら、面白そうに微笑んだ。

 

「いいえ? 外れです。私は──《魔女》ですよ。小さな小さな、吸血鬼さん?」




 


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油断(いつもしてる)

 

「……ま、じょ?」

 

 《魔女》。魔の神に見初められた、そう、言うなれば現人神に近い存在。

 

 しかしその性質は最悪だ。

 

 最も有名な《赤の魔女》は、吸血鬼も恐れ慄く血の楽園を作り出し、安住の地にした。

 

 《(むすび)の魔女》は、言葉通りに生物と生物を結び、繋ぎ。異形の化け物を作り出した。

 

 十八体いるとされる魔女の、二人だけでこの被害だ。他の魔女にも幾つか逸話はあったが、リィアが覚えているのはこのくらいだ。

 

 だが心当たりがある。《蓑の魔女》を筆頭にした『何をしているのかよく分からない』グループに属する魔女。

 そういう、情報のない魔女の中でも凄惨な『何か』を起こしていることだけが分かっている魔女。

 

 名付けの理由は知っている。赤の魔女に次いで、単純な理由だ。

 だから、すぐにそれはそうであると分かった。

 

 

「なら、貴女は──《黒の魔女》、ね?」

 

 

 そして怯えながらそう聞いたとき、リィアは返ってきた返答にある意味安堵してしまった。

 

「おや、正解です。素晴らしいですね。拍手をしてあげます」

 

 パチ、パチと静かに響く音。それを聞いて、リィアは──。

 

「……ぐすっ、ぐすっ──うわぁぁぁああん!!!」

 

 ──泣き出した。

 

「…………え?」

 

 残った魔女は、呆然としていた。

 

 

 ◆◇

 

 

「…………だ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫なわけないでしょ!! 無理に決まってるじゃない!! どうやって勇者パーティーを倒せって言うのよ!! お父様のクソバカ!!」

 

「……そうですね、なるほど」

 

 どうすれば良いか分からなくなり、途中で慰めていたら、自身に泣きつきながら愚痴を絶叫し続ける吸血鬼の少女が出来上がった。

 それの背中を撫でながら、ぼんやりとどうしようか、なんて考えていると──腹を突き破る一撃が入った。

 

「おまけに魔女って何よ!! どうしろってのよ!!」

 

「っ……なるほど、なるほど」

 

 どうやら彼女は魔王軍、というより彼女の親から絶縁されたらしい、という事までクロイロは理解した。

 力の及ばない試練を課され、それを乗り越えようと出来うる限りの努力する。諦めずに挑み続ける。

 

 クロイロが嫌いな者は、すぐに諦める者と、努力をしない者。そして己の能力を認めない者。

 

 そういう意味で、この少女はクロイロにとって──いつもの口から次いで出る茶化しではなく──少なからず好意的に見えた。

 

 そこで、今度は泣きながら抱きつき始めた彼女を前に、クロイロは数分考える。鼻をかまれた気がするが、服は濡れた先から乾いていくし、鼻水が付いても()()()()()から問題ない。

 

 そうして、そろそろ少女の感情が落ち着いてきたと感じる頃合いになると、赤く泣き腫らした目を見詰める。しかし、結論は出ない。

 

 さて、どうしようかとクロイロは悩む。

 

 好意的に見えると言っても、正直、身を挺して助けたい程ではない。しかし、ここで見捨てるのもなんだかな、と思っていた。

 

 だから、ぼんやりとしていたクロイロは見逃していた。目の前の少女の目が、少し強く光った事を。

 少女はのろのろと動くと、クロイロの首に顔をくっつけるように移動する。

 

「……おや?」

 

 そして、何度か擦りつけるように顔を動かす。

 クロイロは柔い唇が何度か触れるのを感じ、こそばゆい感覚に襲われた。

 

「赤ん坊ですか、貴女は。流石に、少しくすぐったいのですが──」

 

 ──グサッ、と。

 

 次の瞬間何かが首筋に突き刺さる感覚が、クロイロの体を震わした。



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吸血

2023年 2月20日

内容に大幅な変更を加えました。


 一対の牙から己の肉体がトクトクと流れ出ていくのを感じた魔女は、思わず目をパチパチする。久方ぶりの感覚に、思わずため息が漏れた。

 

「……この感覚は……吸血、ですか。吸血鬼の食事の代わりとも言われているようですが、本質は違った筈ですね?」

 

 ズッ、と更に血液が抜け出す感覚が強まる。同時に、何か別の物も混じり始めた感覚。ゴクンと急ぐように、それこそ吸い殺す勢いで少女の喉が蠕動するのを感じる。

 それを止めようともせず無防備に受け入れながら、魔女は楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「いえ、答えは必要ありませんよ? 私が会った吸血鬼は、確かこう言っていました。

 『ボクらにとって吸血とは、魔力補給の唯一の手段なんだ』、と。同時に、己を手っ取り早く強化する手段でもあると」

 

 驚いたように吸血が止まり、そして一心不乱に血を啜っていた少女は上目遣いで魔女を見上げる。

 

「この際魔力については論じません。言いたいのは、もう一つの方──己の強化についてです。

 曰く、少しだけ……本当に少しだけ、吸血した生物の性質を取り込んでしまうそうです。本来は気にならない程度のものです。それこそ、竜種の体を満たす血の半分を飲んでやっと実感出来る程度のものですが……それを彼女は『強化』と表現したわけですね。

 ……さて、もう十分でしょう」

 

 少女が大きく目を見開く。そして、魔女は少女の体を抱きしめるようにしていた腕をほどいた。

 呆然としていた少女の口が開き、赤い糸を引きながらするっと一対の牙が抜ける。傷口はすぐに塞がった。

 

「私の血を……そうですね……貴女の半分程飲んだかの吸血鬼は、『不倒』の名を冠するまでに至りました。

 とすると。さて、」

 

 思い出すように口を動かしながら、魔女は立ち上がる。そして、下で己を見詰めて静止している吸血鬼を見据えた。

 

「──貴女はどこまで至りますかね? 楽しみにしていますよ、小さな吸血鬼さん」

 

 そして、魔女は泰然とした動作で歩き始めた。ザクリ、と地面を削る音がする。そして、数歩吸血鬼から離れた場所で魔女は止まり、口を開いた。

 

「……では、さようなら……と言いたいところですが、私の力を扱い慣れないうちに死んでしまっても興醒めです」

 

「……え?」

 

 ぼーっとしたまま、吸血鬼は魔女の言葉を咀嚼する。牙からポツリと一筋の血が滴り落ちた。

 それを認め、魔女は人差し指を立てる。

 

「では、突然ですが始めましょう。

 題はない。紙もない、ペンもない、ノートもパピルスもインクも、そして貴女の脳すら足りないかもしれない──そんな青空教室のお時間です」

 

 そういって、魔女はにこやかに微笑んだ。

 

 

 ◆◇

 

 

 あちこちに大きな穴が出来ていた。大きな大きなモグラがいればその光景を作り出すのであろうが、今回は違う。変異を繰り返した巨大な蛇が、今回の犯人であった。

 

 その元凶、鎌首をもたげた巨大なそれが、そのアメジスト色の鱗を煌めかせながら一人の少年とにらみ合っていた。

 

 ギリはそれを、隣に構える聖女と賢人、そして一歩前に出た己の弟子と見守りながらなにか違和感を感じていた。

 

(……弱い。様子見と鍛錬も兼ねて、レイガにこの変異大蛇(アジャール)を任せたが……弱すぎる。このままでは本当に『鍛錬』で終わってしまうぞ?

 ……なにか懸念があるとすれば、途中で突然動きが良くなった事か?)

 

 ギリが悩む間にも、戦局は変わり続ける。そして、一触即発だった雰囲気が、引き絞った弦が切られるように破裂した。

 

「──ギァァアアア!!!」

 

「──おぉおおおお!!!」

 

 飛びかかる大蛇の一撃を──紙一重で飛び越す。

 そのまま首に回り込んだレイガの光を纏った剣が、固い鱗を突き破った。

 

 そして、回転。右手に構えた風の魔術で宙で跳ねるように回った勇者のその一撃は──大蛇の首を切り取った。

 

 四人が見守る中、ズルッ、っと首が滑り落ちる。

 

 そして、力を失った勇者も地面へと落下を始めた。それに目を留めたのはシニィであった。先ほどの風の魔術、それよりも格段に緻密な精度で魔術を発動する。勇者の体は、まるでなだらかな丘を滑り落ちるように彼女の腕の中へ収まった。

 

 気絶したレイガの寝顔を見詰め、シニィは微笑んだ。

 

「……まぁ、大丈夫かしらね」

 

「……そうか」

 

「なによ、師匠。今回ばかりは喜んであげても良いんじゃない? 強さで言ったら都市級の魔物よ?」

 

「勇者が守るのは世界だ。通過点で褒めてられん」

 

 『相っ変わらず偏屈な爺さんみたいなこと言うのね!』との弟子の弁を背中に、ギリは聖女と賢人に向かう。

 

「どう思う」

 

 賢人がピクリと反応する。

 

「変異種がたまたま、は考え辛いです。おまけに、誘い出しのように定期的に人里におりて被害を出していたようですし」

 

「だろうな……セイア、お前はどうだ」

 

 先ほどから無言のセイアに、ギリは目を向ける。セイアはため息をついて反応した。

 

「……終わってない、ですね」

 

 驚きはなかった。そしてセイアの予知能力は確実だ。

 疑う余地はない。故に、後ろでびっくりしたように目を瞬くシニィを認め、後でもう一度教本の内容を叩き込んでやろうと考える程の暇があった。

 

 セイアの言葉を聞くまでは。

 

「──最悪の場合は、『魔女』と『吸血鬼』と相対する事になります」

 

「なんだと?」

 

 頭を抑えるように手を動かすセイアを思わず二度見する。

 

「……どの魔女と吸血鬼だ」

 

 「それは……分かりません。何度も言いますが、私の『予知』は大きな出来事の、しかもかなりぼんやりとした内容が言葉で浮かんでくる、程度のものです。精度は無いに等しいですよ」

 

 吸血鬼は誰かによる。『剥離』は最悪だ。『克烈』は不味い。『決裂』も『不倒』も不味い。

 しかし吸血鬼はピンキリだ。まだマシな可能性は否定出来ない。

 

 ──だが、魔女はダメだ。

 

 『勇者の資格』を失ったギリでは、魔女の『加護』に対抗出来ない。

 

「ま、魔女って! 師匠!! 不味いじゃない!! さっさと逃げましょう?!」

 

 慌てるシニィをチラリと見る。それに返答しようとし、横から声が割入った。

 

「魔女に対抗できる勇者がそこにいるではないですか。なら問題ないと思いますが?」

 

 シニィが一瞬呆然とし、次いでキッと三人を睨むと今にも逃げ出しそうな体勢に変わる。

 それを見ながらギリはそろそろ頭痛を感じ始めた。かつてパーティーを率いていたときにも似たような事があったからだ。

 

「……シニィ、そこまで警戒するな。流石の俺でもそんな最終手段までは考えていない」

 

「相変わらず賢人様は過激派ですね……いえ、それで助かった事もあるのですが」

 

 昔を思い出したのかセイアも薄い微笑みを称えていた。責められている理由が分からず賢人が疑問符を頭に浮かべる。

 

 そして、どうやら最悪の事態は無さそうだとシニィが安堵のため息をついた瞬間、軽く微笑んでいたセイアが突然凍り付く。そして次の瞬間、その顔には険しい表情が浮かんでいた。

 

「──来ます」

 

 あまりにも急な到来の報告に、誰も反応出来なかった。

 

 そして、故に誰も気が付いていなかった。

 

 

「おや、先程ぶりですね、皆様方」

 

 

 後ろに既に、『ソレ』がいた事に。










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前門の魔女

2023年 2月20日

内容に大幅な変更を加えました。


 先ほど遭遇した時と何も変わらない装い。死んだのではなかったのか、何故魔女であることを公言しなかったのか。疑問が駆け巡り動きが止まる。

 

 突如現れた魔女に、一行が完全に気圧されてしまっているのをギリは理解した。シニィに至っては竦んでいる。ここではシニィの反応が正しいだろう。

 なにせ、魔女は魔人、聖人と並んで語られる存在──天災であるからだ。

 

 シニィには伝えるとただ怯えさせるだけになりかねなかったので伝えていなかったが、ギリは魔女と戦ったことがあった。いや、あれが戦闘と呼べるかは定かではないが、少なくともギリが《勇者》だったときに遭遇した二人の魔女はそういった存在だった。

 

 ──その内の最初の一人、《綿》の魔女。

 

 《綿》の魔女は『空海(そらうみ)』の異界──異常に集約した魔力が方向性を持ち、世界へ影響を与えた場所──を根城にする小さな少女だった。

 

 たまたまギリが入り込んだその異界では、あらゆる物が浮いていた。獣も、魔物も、虫も人も──竜すらも。そして何より異常なのは、その世界で意思を持っていたのが《魔女》だけであったこと。

 他の生物は、まるで最初からそうであったかのようにふわふわと浮きながら身を丸め、眠っていたのだ。

 

 今でも手に取るように思い出せる。ギリの侵入で目が覚めたのか、目元を擦りながら猫目の魔女は眠たそうに声をかけた。

 

『──おやぁ……あぁ、《勇者》ですかー』

 

『眠いんでー、私の領域から出ていってくれればぁ、なにもしませんよぉー?』

 

『……ふわぁ…………またぁ、眠くなってきましたー。早く帰ってくださいねぇー……。

 ふわぁ……眠ぃですぅ…………あぁ、でもぉ……もしー、それ以上こっちに来るならぁ──』

 

 

 そして、まるでその領域は己のものだと言い張るように器用にふわふわと浮きながら、『うーん……』ともう一度欠伸をし、その魔女は言った。

 

 

『──殺します』

 

 

 ──そこから先の記憶はない。

 

 覚えているのは、消え行く意識の中、灯のように爛々と燦めく紫色の双眸。

 

 そして、もう一つ覚えているのは──自身を助け出したパーティーメンバーの惨状だった。片腕と片足を失った賢人と、耳と片手首を無くした聖女、そして両腕を失った《剣聖》が、息も絶え絶えになりながら無傷のギリの前で死にかけていたのだ。

 

 幸い、治癒が不可能な傷ではなかった。拙いギリの知識で目を覚ますまでメンバーの命を持たせ、どうにか意識を取り戻した聖女の魔術で体は治った。

 

 だがその経験は、魔女という物の存在を理解するのに十二分な物だった。つまりは、決して手を出してはならない相手だと。

 その後、もう一度他の魔女と遭遇することで《勇者の力》が魔女に対し抵抗出来ることは判明したが、今代の勇者は未だ発展途上……それどころか、今は意識を失っている有様だ。

 

 つまりギリがどうにかして活路を見出すしかない。

 強くそれを意識しながら、魔女の一挙手一投足を凝視する。そして、魔女は軽く言い放った。

 

「時に皆様方、そこの蛇は強かったですか?」

 

 ……意図が読めない。大蛇は決して強くはなかった。今のギリでも一太刀で終わる。そういった相手。

 だから、ギリは相手の目的と状況の確認も込めて、慎重に言葉を選んだ。

 

「……あぁ、手強かった。アレを手懐けるとは流石だな──()()

 

 ジリジリと後ろへ移動するメンバーが完全に後ろに入ったことに心の中で一息つく。近接型がギリしかいないのだ。まず何かあったときのために、ギリが前にいなければ上手く動けない。

 そして、一瞬意識を後ろへ向け、直ぐに前へと視線を──

 

 ──魔女がスッ、と目を細めた。

 

 息が止まる。世界が遅くなったように感じた。

 そして、その時間が数分、数秒過ぎただろうか。

 

 魔女は不思議そうに言葉を紡ぐ。

 

「いえいえ、私にそんな化け物を支配するなんてこと、到底出来ませんよ。私はちょっと死ににくいだけの普通の魔女さんです」

 

 『死ににくい』加護を持つ魔女。

 堪忍袋の緒が切れたわけではなかったことに、安堵を一息心の中で漏らし思考する。

 そう言った力を持つ魔女の存在はギリは知らなかった。

 

 ここで下手に出るか、出ないか。気に障ることを言っても不味い。だが、あまり場の空気を支配されてもまずい。最悪ギリが殺されるだけならいいのだ。戦闘になれば数秒は稼ぐことが出来る。その隙にシニィたちが逃げれば良い。

 

 不興を買っても、上から物を落とすような語り口のこの魔女が、たった一人の人間に自身の心を乱されたことを認めるだろうか。いや、恐らくギリだけを殺してより優位の状態で会話を始めようとするだろう。

 

(……いや、待て。前のやり取りではどれほど危険な言葉を放った? あの言動が魔女の怒りを誘発しないのはおかしい。となると──)

 

 意志が決まる。緊張で汗が流れるのを自覚しながら、口を動かす。

 

「そうか、なら偶然コイツは定期的に人里におりて被害を撒き散らし、そして偶然、わざわざ俺達の目の前に現れたと……そういうわけだな?」

 

「いえ? 『偶然』だなんて、そんなこと私、いつ言いました?」

 

「……なるほど。了解した」

 

 激高する前兆もない。ここで想定できるのは、今のはまだ気に障る発言ではなかったという魔女にしては落ち着いた性格──もしくは沸点がまったく予想出来ない所にあるタイプ。そして可能性が上がるのはもう一つの可能性。

 

 そして思考の渦の中、突然両手をだらりと下げると魔女は薄く微笑んだ。

 

「では、他に質問はありますか? 今ならお話にもつき合ってあげます。無ければ……血を見ることになりますよ? まぁ、少しで済むかも知れませんけどね」

 

 想定外の言葉だった。脅しに交えて質問の誘導?

 第三の可能性が遠ざかる。ここで脅しを交えるのは少なくともこちらと戦えるなにかがなければ……いや、先ほどの光景からすれば、死んでも蘇ると考えた方が自然。

 

(だが……魔女の立場上、そんな案山子のような魔女が存在するのは有り得ない、か……?)

 

 これ以上は探らなければ予想することすら難しい。ギリは挑発するつもりで返答した。

 

「……どう言うつもりだ」

 

「言葉通りですよ? 血を見たいですか? 見たくないですか? 痛くはないと思いますが……お勧めしたくはありません」

 

 ……ここで殺しに来ない。そして再度脅すような言葉。まだ残り二つも捨てきれない可能性ではあるが、ある程度定まってきた。

 そこでギリの後ろから声が響いた。

 

「……では、私から一つよろしいでしょうか?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 一瞬止めようと後ろを振り返るが、強い意志を込められた瞳が視界に入り、そこから先の言葉を止められた。

 グッ、と唇をかむと向き直る。今はセニアが探る情報に耳を傾けなければならない。

 

「貴女は、何の魔女ですか?」

 

 答えはすぐだった。魔女は流れるように返答する。

 

「おや、名前をお伝えした時に分かっていたものと思いましたが……では改めてお伝えしましょう。

 仲の良い者からはクロイロなどと、魔女達からは『黒の』と呼ばれています……そして世間一般には『黒の魔女』……なんて呼び名が有名でしょうか?」

 

 再び訪れる一瞬の静寂。そして、ギリは目を見開く。

 魔女がここまで素直に自身の情報を落とすか?

 基本的に魔女はこちらを下に見ている。それ故にこちらへ取る対応は千差万別だが、総じてこれまであった魔女は自身のことを深く言及する言葉を避ける傾向にあった。

 

 確認の為に声を質問を重ねる。

 

「黒の魔女……その魔女は己の力を振るい、あの大災害──『死の微風(そよかぜ)』を百年間に渡って引き起こし続けた()()()

 それがお前だと?」

 

「そう言えば、そんな話もありましたね」

 

 それに反応したのはシニィ。ピクリと体を震わせ、すぐに腕の中の勇者を抱える力を強めた。

 そこでセニアが思わずと言ったように呟く。

 

「私の知ってる話ですと、『死の微風』は……」

 

「そうだ、対外的には『悪魔の呪い』で済まされている……なにせ死因が全員()()だ。尋常ではない」

 

 続ける。こちらから、普通は知りえない情報を投げつける。反応は明確だった。

 少し考えこむように黙った。だが、これは逆に分かりやすすぎる。

 

()()()()に少なくとも戦闘能力がないのは確実か……? 判断材料は消えた肉体と無傷の様相──となると、可能性は二つ……そして魔女に戦闘能力がない、などという事象があってはならないことを考えると、残るのは一つだけだ)

 

 だが、確信へ至るためには直接的に確認をしなければだめだろう。そして、この問いかけは絶対の自信を持っているように振る舞わなければならない。

 息を軽く吐き出し、ギロリと瞳をつり上げる。

 

「……お前、俺達を殺すことが目的ではないな? ()()はどこだ? 何が目的だ?」

 

 そして、魔女が薄笑いを浮かべたのを瞳に入れ、確信する。()()()()()()()()()()

 少なくともこの場での戦闘はあり得ない。

 

 (……待て、『今の魔女は戦えない?』 ……となると今この魔女がここにいる理由は、まさか)

 

 目を見開く。最初に気が付くべきだった。そうだ。ここまで魔女が友好的な理由。

 

 そんなのは一つだけだろう──()()()()だ。

 

(不味い。なにが出てくる? 魔女の同伴者といえば結びの獣(キメラ)か? 赤の人形(ゾンビ)? 最悪は、他の魔女──いや、セニアの予知は吸血鬼……だが、魔女と繋がりのある吸血鬼など……)

 

 湧き上がる様々な感情に呑まれる最中、魔女は楽しそうに微笑んだ。

 

「目的ですか? 先程お答えしたではないですか。お散歩ですよ……ちょっとした拾い物もありましたけどね。……さて」

 

 ザッ、と条件反射で深く構えるこちらを見ながらくすくすと笑い、そして──

 

 

「悲しいですが、時間切れです。そして皆様──初対面のお時間です」

 

 

 そうして、魔女が一歩引く。その後ろの残った木々の暗闇から現れたのは──爛々と輝く緋色の瞳を煌めかせる、一人の小さな吸血鬼であった。




蓑の魔女

一時期、クロイロと一緒に旅をしていた。ちなみに何故かその時期は死の微風の時期とピタリと一致する。


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後門の吸血鬼

「──全員構えろ!!」

 

 ギリが叫ぶ。それに呼応してセニアが手を伸ばす。賢人が懐へ手を入れる。

 一拍遅れ、シニィが腰のポーチから指輪を取り出し、右手の人差し指に付けたのと同時──目の前に風が吹いた。

 

 大蛇によって掘り返された土くれが崩れる。残った木々の葉が擦れるような音を鳴らした。

 

 ──シニィの目の前に右手があった。細く小さな白い手。その掌がシニィに向けられていた。

 

 え、とシニィは思考を止める。

 

「弱いやつから殺す、って鉄則よね」

 

 そしてズッ、と掌から光が溢れ出す。それは単なる魔力を放出するだけという力業だった。

 相手が人間なら問題なかっただろう。魔力の絶対量が足りないから、それはシニィでも受け止められる程度のそれにしかならなかったはずだ。

 

 しかし、吸血鬼。それの全力の魔力放出は桁が違った。死──その姿が垣間見える。

 

「──ッ!!」

 

 だがシニィがその全貌を見ることはなかった。

 

 空気を斬るような、リンという音が鳴る。鮮血が宙へ散る。

 同時、視界の端に映るなにか。咄嗟に視線を向けると、クルクルと空を舞っていたのはあまりにも綺麗な切断面をした右腕だった。

 

「おや」

 

 魔女が意外な物を見たように呟く。それを傍目に、吸血鬼は赤色の瞳を瞬いた。

 

「あら、斬られちゃったわ」

 

「……舐めるな、吸血鬼」

 

 そして、シニィの目の前にいたのはギリだった。いつの間にかその剣は振り切られており、視線は鋭く吸血鬼を射貫いていた。

 速い。それを認めた吸血鬼は軽く頷く。

 

「そうすると魔術あたりを使う隙はなさそうね……じゃあ肉弾戦と洒落込もうかしら」

 

 そして、()()に握られたのは歪な赤色をした短剣。それをピッ、と一行に向ける。それにギリは剣を構えることで応じた。

 

「俺以外は後ろで補助に回れ!」

 

「……そうですね、今回はよろしくお願いします」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 一瞬躊躇ったシニィ。それを見逃すギリではなかった。ギロリと向けられた視線に、シニィは軽く悲鳴を上げると後ろへ駆け出す。

 

「あら? いいのかしら?」

 

「……貴様との問答に付き合うつもりなどない」

 

 瞬間、弾ける様にギリの手がブレた。放たれるのは神速の一撃。

 ()()()()2()()()()()()とはいえ、魔王の首元、その寸前まで手をかけたその斬撃は──、

 

 

「──流石に速いわね」

 

 

 ──止められた。一瞬爆風がまき散らされる。それが収まったころに目に入るのは。短剣と剣が鍔迫り合い、ギリギリと耳を塞ぎたくなるような音を出す光景だ。それは腕力という意味での実力が少なくとも伯仲しているが故の結果である。

 そのありえない光景を認め、ギリは目を見開いた。いや、ありえないわけではない。だが、吸血鬼という種族柄殆どなしえないことであるというだけだ。

 

「……っ」

 

 腕がきつくなってきたあたりで後ろへ一歩引く。それを眺めながら、吸血鬼は悠々と短剣を降ろした。 

 ギリは剣を持ち換え、嚙み締めるようにグッと右手を握る。

 

(本来吸血鬼はこんな馬鹿げた腕力を持つ種族ではない……短剣で俺の、それも剣の一撃を受け止めるだと?)

 

 視線を前に向ける。

 

「……貴様、本当に吸血鬼か?」

 

 その言葉に対する返答は、笑うように細められた瞳だった。口元がつり上がり、赤い瞳がギリを貫く。

 

「さあ、どうかしらね」

 

 そして、吸血鬼は前傾姿勢になり──弾けた。



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違和感

「……おかしいですね」

 

 賢人は思わず呟いた。最初のやり取りの後、自然と始まった剣戟の雨嵐。

 

「あは、はははは──すごい! すごいわ!! まだまだ上げられる!! ねえ、先代勇者ってこんなものじゃないでしょう?!」

 

「……!!」

 

 ギリの頬を斬撃が走る。鮮血が飛び散った。一瞬の隙。

 だが、近接職同士では致命的な隙だった。吸血鬼がニヤリと笑い、飛び掛かるようにギリへと迫る。

 

「っ……これでどうですか?!」

 

 それを見かねたセニアが、ギリの前に光の防護壁を作り出す。

 

「そんな脆い壁、あってもないのと同じよ!」 

 

 吸血鬼の拳が壁へとめり込む。

 一瞬たわむと、壁はパリンと弾け飛んだ。だがその一瞬でギリは吸血鬼の後ろと駆け抜けていた。

 そして逃げられたという事実に、吸血鬼は不満そうに頬を膨らませセニアを見遣る。

 

「……まぁ良いわ。先に先代勇者を殺してから、貴女たちは殺してあげる」

 

 くるりと回転すると、再びギリとの間に斬撃が走る。

 

「ちょっと賢人様! 手伝ってくださいよ!」

 

 吸血鬼の殺意を真っ正面から受けたセニアは思わず叫んだ。ここ最近戦場なんて出てなかった故の耐性の薄さ。 

 賢人はぼんやりと戦場を見つめながら呟いていた。

 

「……いや、なにかおかしいんですよね」

 

「何がですか? 役に立つことなんでしょう、ね……」

 

 賢人の後ろへ目をやったセニア。あり得ないものを見たかのように固まった彼女を差し置いて賢人は小首を傾げると、再び呟く。

 

「おかしいんです。吸血鬼の性質的に、回復を前提としない真っ正面からの肉弾戦で戦っている事が」

 

「それは私のせいですね、ちょっと手を貸してあげたので」

 

「手を貸したとはどのように貸したんです?」

 

「……うーん、そうですね。ちょっと弱々過ぎたので、私の力の一部をあげました」

 

 それを聞き、賢人はうーんと唸る。そこで固まっていたセニアがギギギ──と動き出した。

 

「──なんで魔女がここにいるんですか!!! 逃げますよ! シニィ!!」

 

「え……ちょ、ちょっとセニアさん?!」

 

 戦場と横たわった勇者を交互に見ていたシニィは話を聞いていなかった。セニアにかかえられ初めて近くを意識し、固まった。

 

「ま、魔女……?」

 

「どうも。それと聖女さん、逃げたら誰かが死にますよ? それでも良いなら、ご自由に」

 

 軽く手を上げると、シニィへ一瞬目を向ける。ビクリとシニィとセニアが震えるのを見ると、詰まらなそうに視線を外した。

 そして、魔女は帽子のつばを持ち上げ戦場を見渡す。そこで繰り広げられている剣戟を見ると、悲しそうにため息をついた。

 

「……ちょっと解釈間違ってるんですよね、リィア。もう少し頭を使えば良いのにって思いません?」

 

「それはどう言うことなんです? 私からすれば先代勇者を圧倒出来ている時点で文句なしだと思いますが。というかリィアってあの吸血鬼の名前ですか?」

 

 そう賢人が言うと、魔女はシニィに目を向ける。

 

「ねぇ、最も効率の良い魔術ってなんだと思います?」

 

「ぇ…………」

 

「効率の良いの定義にもよりますが、パフォーマンスの大きさで言うなら分解系統の魔術じゃないですか?」 

 

 止まったシニィを庇うように賢人が挟まる。それに意を介さずに魔女は続けた。

 

「そうですね、当たりです。褒めてあげましょうか?」

 

「要らないですよ。で、そう来たら一番効率が悪いのは、でしょう? それは強化魔術でしょう。デメリットも尋常ではないですしね」

 

 む、と苛立ちを見せる魔女。

 

「……正解です」

 

「で? 何が言いたいんですか?」

 

「サービスはここまでです。あとは自分の頭で考えて下さい。

 まあ強いて言えば、リィアがちゃんと戦えば本来貴女方全員と戦っても圧倒出来る筈なんですよ。むしろ先代勇者1人に止められてる現状に違和感を持てば良いんじゃないですかね?」

 

 賢人は数秒俯き、やがて手を叩いた。

 

 そして、ゆっくりと手を伸ばす。

 

「じゃあ、これでどうですか?」

 

 戦場へと賢人は手を向けた。それに伴い現れたのは、カチカチと音をたてて形成される、正六角形が積み重なり出来た薄青色の結界。

 

 そして、それに驚いたように世界が止まった。

 

 数秒後、土埃が晴れ始める。吸血鬼とボロボロのギリの姿が明らかになる。

 

「……おや、これは?」

 

 魔女が呟きに賢人が反応する。

 

「《蒼結界》……私の弟子が作った結界術の8種の中でもかなり特殊な一種です」

 

 リィアが違和感を覚えたように何度か手を握りしめる。そして、ギリは出来た隙を見逃すほど甘くなかった。腰を下げ、構える。溜めは一瞬だった。滑らかな動作で斬撃が放たれる。そして、次の瞬間──

 

「《聖断》」

 

 ──リィアの首が、クルクルと宙を舞っていた。

 魔女が、セニアが目を見開く。斬った本人であるギリすらあまりのあっけなさに停止していた。

 

 その光景に欠片も驚く様子を見せなかったのはたった一人。

 そして、賢人は淡々とつぶやいた。

 

 

「その発揮する効力は単純明快……指定した魔術系統の効果喪失、です」



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