鉄屑戦記 (河畑濤士)
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■1.シュペルエタンダール
小雨降りしきる1998年1月の早朝、東敬一大佐は広大な畑作地帯のど真ん中を駆けていた。凍えるような寒さ、濡れる作業服、雨粒の付着する眼鏡を一顧だにせず、一定のリズムで走る。出身の三浦とは違う空気が、彼の肺を満たしていく。
左手、堤防の向こう側に広がるのは八代海。
八代海の向こうには、天草諸島。
天草諸島の向こうには、東シナ海。
そして東シナ海の向こうには、中国大陸が横たわっている。
風雲は、急を告げている。
同期・友人・知人・かつての部下は死地――朝鮮半島に赴いていた。
(にもかかわらず)
と、東敬一は無意識の内に唇を噛んでいた。
昨日は自身の庭である日本帝国本土防衛軍・八代基地に、新たな戦術歩行戦闘機が配備された。しかしながらそれは、現在急ピッチで生産と配備が行われている94式戦術歩行戦闘機ではない。日本帝国製の戦術歩行戦闘機でさえ、なかった。
「シュペルエタンダールか」
と納入に立ち会った誰かが、落胆まじりのつぶやきを漏らしたのを覚えている。
シュペルエタンダール。
F-5フリーダムファイターを改修したフランス製戦術機。
準第2世代戦術機ミラージュⅢの兄弟といえば聞こえはいいが、所詮は低コストの軽戦術機にすぎない。日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊に配備されている定数108機の戦術機のほとんどは、関東からお払い箱となった試作機や、何も考えていない国防省か財務省が買い漁った外国軍の中古機ばかり――
「シュペ、シュペル――なんち!?」
「シュペルエタンダール」
「シュペル……っち」
「言えてねーじゃん、ばか」
「ばかとはなんちー。今度言ったらくらす(殴る)けんね」
市立テニスコートの設けられた整備テントに横たわる戦術機に群がっているのは、第92戦術機甲連隊・整備補給隊の整備兵たち。
シュペルエタンダールは、77式戦術歩行戦闘機――F-4Jに比較すると小柄にみえた。しかしながらそれはF-4Jと比較すれば、の話であって生身の人間からすれば、頼りがいのありそうな鋼鉄の巨躯にほかならない。
起立させてみれば、頭頂部の巨大なセンサーマストが周囲の目を惹く。シュペルエタンダールは、フランス・ダッスオー社製戦術機ミラージュⅢと同様に、原型のF-5から情報通信機能が強化されている。レーダーも同様で、光線級の照射によって生じるレーザークラウドが速やかに捕捉できるように改良していた。
「F-4Jよりもいいかもしれないな」
「でもフランス製だろ。日米戦術機とはだいぶ違うんじゃないか」
と、いつの間にか整備兵の中に紛れていた数名の衛士が口々に言う。
それに九州出身の村中弘軍曹が「なんのなんの、あっしゃん」と突っ込んだ。
確かに素のシュペルエタンダールは、欧州連合軍・フランス軍に適合したアビオニクスを搭載しているし、各部の部品も欧州製である。特にシュペルエタンダールは、フランス海軍航空母艦用の艦上機として開発された機体で、本来なら輸出など一切考えていないから当然だ。
しかしながら、関東から流れてきたこの1個中隊強のシュペルエタンダールは、中身がすべて日本帝国の衛士に適合するように改装されていた。
加えていくらフランス製でござい、といっても欧州製戦術機の多くは米国製戦術機のF-5を祖にもっており、内装は米国のそれに似通っている。
故に村中弘軍曹や他の整備兵たちは、シュペルエタンダールの整備にかなりの自信があった。
シュペルエタンダールを装備する隊は、第92戦術機甲連隊の第3大隊第2中隊(以降・第32中隊)である。
フランス製戦術機が来る、と聞いた第32中隊の保科龍成少尉は「なにがあってもデファイアント攻撃機よりはマシだ」と広言したが、シュペルエタンダールは想像以上だった――もちろん良い意味で、だ。
第32中隊の機種転換訓練は、初日から調子よく進んだ。
前述の通り、衛士たちの心配は杞憂に終わった。小雨降る中、八代海に浮かぶ無人島、大築島に12機のシュペルエタンダールが着地する。塗装はもちろん、日本帝国軍のそれ――
「ミツバチ5、こちらミツバチ6。こいつはかなりいいですよ!」
と保科龍成少尉はオープンチャンネルで快哉を叫んだ。教育課程で搭乗したF-4Jよりも機動性が高いことが、その根拠であった。
一方「ミツバチ6、うるさい」と叱った大陸帰りの井伊万里中尉は、「こんなものか」とひとりごちた。
良くも悪くも中途半端、というのが彼女の感想であった。つまり第1世代と第2世代の間隙にある、というわけだ。意地悪な言い方をすれば第2世代の軽量化に伴う堅牢性の低下と、第1世代の反応の遅さが両立している。それでもイギリス製戦術歩行攻撃機デファイアントよりは遥かにマシである、というのは保科龍成少尉と同感想であったが。
食事・入浴がひととおり終わった20時、第32中隊の衛士と整備兵の一部は食堂の一角に集まり、連隊長である東敬一大佐をはじめ、管理部隊の幹部も招いて研究会を開いたが、シュペルエタンダールに対する評価は割れた。
まず口を開いたのは、東敬一大佐であった。
「あのF-5で近接戦闘はやれそうか?」
率直な疑問だった。シュペルエタンダールは、F-4Jに比較すれば華奢な造りにみえたのだ。東敬一大佐は戦術機のスペシャリストではない。一応は衛士の資格を有しているものの、しばらく前線部隊の指揮からは遠ざかっていた。故にここ数年の戦術機事情には疎かった。が、彼の美徳は、戦術機の進化は日進月歩であることを理解していたことだ。
「やれます!」とまず口を開いたのは、保科龍成少尉であった。日焼けした横顔に、笑みがこぼれている。第32中隊2小隊の隊長を務める井伊万里中尉は内心、溜息をついたが――これが第92戦術機甲連隊の良い伝統であった。
「ほう、保科。言ってみろ」
「はい、それでは申し上げます。本日の近接格闘訓練では近接戦用長刀を使用。複数回の刺突・斬撃を行ってもなお、主腕部に異常はみられませんでした。旋回性能といった機動性も、撃震よりも向上しております。十分、近接戦に堪えます」
保科龍成少尉の言葉に、間違いはなかった。
しかしながら、近接戦闘の一面だけを語っているに過ぎない。第2・第3世代戦術機の搭乗経験がある古参の少尉や、井伊万里中尉をはじめとする小隊長クラス以上になると、賛否両論が噴出した。それを東敬一大佐は端正な字に起こし、ノートに残していく。
・要撃級の旋回性に対応可能な能力を有しているが、陽炎や不知火以上に軽装甲であり、野戦においては砲戦を専らとすべきである。
・ハイヴ坑内や市街地等、閉所では積極的に近接格闘を実施すべきであるが、それ以前に燃料搭載量や携行弾薬数という継戦能力という点で撃震よりも劣る。
・シュペルエタンダールは艦上機であるため、洋上吶喊や航空甲板上からの射撃を得手としているため、近接格闘よりも長距離砲撃戦を優先して選択するべきである。……。
翌日、シュペルエタンダールの肩部に、第92戦術機甲連隊・第32中隊のエンブレムである蜜蜂が村中弘軍曹ら整備兵の手で描かれた。
ファンシーな蜜蜂の絵。
絶大な暴虐を内包する戦術機とは対照的だが、第32中隊の衛士たちは気に入っていた。これは地元の市立小学生が考えたエンブレムなのだ。
「ここで絶対に食いとめちゃるけんね」
と、村中弘軍曹は肩部ユニットの黄色い蜜蜂を見上げてつぶやいた。2年前に九州地方には退避勧告が出ている。八代市内の小学生も、もうほとんどいなくなっていた。
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■2.先行量産型戦術歩行戦闘機・不知火
井伊万里少尉は1994年の春、満州にいた。
耕作が放棄され、草花の緑が茫々広がる平野は、彼女の目には新鮮だった。
彼女の所属する日本帝国大陸派遣軍第4戦術機甲連隊は、黒竜江省に拠点を移していた。
日本帝国にとっては、朝鮮半島の防衛こそ最優先であるが、日本海に面する沿海州も捨て置けない。沿海州がBETAに占領されれば、日本帝国は日本海渡洋侵攻の可能性に恐怖しなければならなくなる。
故にこの満州で、沿海州へのBETA東侵を遅らせる必要があった。
「すごい――」
井伊万里少尉を喜ばせたのは、第4戦術機甲連隊に配備された戦術歩行戦闘機不知火に搭乗できたことである。
この1994年春の時点では、不知火は地上に50機と存在していなかっただろう。その内の1個中隊定数12機と予備機が、第4戦術機甲連隊に廻されたのである。
理由は、といえば単純明快。
京都と市ヶ谷は“現在の”不知火が、実戦に堪えうるかを知りたかったのだ。
第3世代戦術歩行戦闘機不知火は、77式戦術歩行戦闘機・F-4J撃震をあらゆる面において凌駕しているように、井伊万里少尉には思えた。
しかしながら、どんな兵器にも長所と、そして短所があるものだと、彼女は身を以て学んだ。
……あとから思えば、12機の不知火を装備した第4戦術機甲連隊第433中隊は、安全な内地では実施できない実験を行い、不知火の改善点・戦訓を得るための試験部隊となっていたのだろう。
「パイロリーダー、こちらCP。現在地を固守せよ」
「CPッ、こちらパイロリーダーだ。あと何秒持ちこたえればいい!?」
「パイロリーダー。砲兵射撃は900秒後。一歩も後退するな」
「畜生ッ、そこまでして俺たちに近接格闘の実戦データをとらせたいのか!?」
一面の緑を踏み潰し、褐色の砂煙を巻き上げながら押し寄せる要撃級の波濤。
対する第433中隊はその場に踏みとどまり、突撃砲を掃射――中隊長を務める須能誠一大尉の指揮の下、すでに前衛小隊は74式長刀を抜刀していた。
高性能CPUを搭載する戦術機から成る第433中隊に命じられたのは、その場に踏みとどまることでBETA群を釘づけにし、砲兵部隊の戦果を確実なものにすることだった。だが、後退しないということは自然、近接戦闘が生起することを意味している。
即座に乱戦となった。
要撃級の前腕を躱して尾部を斬り落とし、数十メートル前方に迫る戦車級の群れに36mm機関砲弾を浴びせ、時速200kmで突っこんでくる突撃級を後方噴射で躱し、追いすがる要撃級に大上段から逆襲の斬撃を浴びせる。
井伊万里少尉の不知火は、瞬く間に返り血で赤褐色に染まった。
他の中隊機も不知火の高機動性を活かし、要撃級たちを翻弄しながら踏みとどまった。
「あと何秒――あと何秒だ!?」
「パイロリーダー、こちらパイロ12。半包囲されつつあるぞ!」
「パイロ31、32。こちらパイロリーダーだ。右翼の要撃級を潰せ」
「パイロ23、リロードしたい! 援護を!」
「パイロ23、遠すぎる!」
「パイロ34、前に出すぎだ! 俺から離れるな!」
「くそったれ、ひっかかって」
しかし間もなく、1機の不知火がやられた。
戦闘機動中に長刀の先端が突撃級の死骸に引っかかり、それで刃の動きが、主腕の動きが、上体の動きが少しずつ遅延し――その隙に、要撃級の横殴りの一撃が胸部装甲を破砕し、深々と突き刺さった。
「各機、エレメントを堅持しろ!」と須能誠一大尉が怒鳴った。彼の網膜に映る味方機のマーカーは、散り散りになっていた。不知火の高機動性に、中隊員たちの感覚が追いついていなかった。勿論、乱戦下ということもあるが、最高速度も反応速度も違う不知火を、撃震と同感覚で操った結果、相互援護が保たれていなかった。
「えっ、助っ――」
敵の衝角が“かすめた”ことで装甲を削り取られながらバランスを崩し、転倒した不知火が突撃級に踏み潰された。撃震ならば文字通り、かすり傷ですんだかもしれなかったが、これは反応速度を上げるために不安定な機体バランスが採用されている不知火だった。操縦する衛士・林環奈少尉は悲鳴さえ上げられなかった。圧し潰されたフレームと管制ユニットに挟まれて即死した。
「パイロ34、パイロ34! 井伊少尉――戻れ!」
井伊万里少尉機もまた、隊から離れた場所で、要撃級の尾部感覚器を袈裟懸けに斬り飛ばし、頭部を踏み潰し、体当たりに失敗して緩旋回をする突撃級の背部に長刀の切っ先を突き立てていた。カーボンブレードと生体装甲がぶつかり合う死地。
そこで井伊万里少尉は、肩まで伸びた髪を振り乱し、口の端を歪めながら不知火を操っていた。
「井伊――! 貴様、なぜ俺の指示を聞かなかった!」
BETA群の足止めと砲撃の誘導に成功し、哈爾浜市郊外にある基地に帰還するなり、井伊万里少尉は頬を張られていた。
同じ分隊を組む瀬古二郎少尉が激怒したのである。あの乱戦の中、敵中単機で長刀を振り回して無事でいられるわけがない。少なくとも瀬古二郎少尉はそう思った。であるから彼は乱戦の中、周囲の要撃級を躱しながら、突撃砲による狙撃で井伊万里少尉を援護した。実際、死角から井伊万里少尉機に忍び寄る要撃級や戦車級を射殺したのは、1回、2回に留まらなかった。
「やめろ!」
直情型の瀬古二郎少尉を、須能誠一大尉が羽交い絞めにして引き離す。それから周囲にも「我々には反省が必要だ」と告げた。
戦果は連隊規模のBETA群の足止めと殲滅の成功。
損害は不知火2機――船田和文少尉機と、林環奈少尉機の全損。
決して褒められた結果ではない。
ただし、特定の誰かの行動が問題だったというわけでもなく、貴重な戦訓として再度、エレメントを基本単位とする戦闘訓練が実施された。
ところがその後の戦闘でも井伊万里少尉機はともすれば突出した。敵の衝撃力が最も強い場所に斬りこみ、その衝撃力を破砕していく――勿論それは前衛の仕事ではあったが、彼女はあまりにも自身の間合いに極度に集中するのであった。
……井伊万里少尉は、不知火を降ろされた。
日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊・第32中隊における井伊万里中尉のポジションは、必ず中衛か後衛だ。彼女は事あるごとに「近接戦闘よりも砲戦の方が得意です」と発言していたので、周囲もそうだと思っていたが、連隊長の東敬一大佐は知っている。彼女は、射撃よりも、剣戟を得手としていた。
「井伊小隊長ッ」
「なに?」
「自分に突撃前衛を任せてもらえるように、中隊長に推薦してはいただけないでしょうか!」
シュペルエタンダールを用いた渡洋攻撃訓練終了後、格納庫で強化外骨格を脱いだ保科龍成少尉は、いきなり井伊万里中尉にポジション変更を願い出た。
彼は常々、敵を一撃で斬り伏せることができる近接戦闘を好んでおり、客観的にみてもその技量は並より上であった。
井伊万里中尉は、それをよく知っている。
ところが彼女はしばらく考え込んだあと、
「近接戦の善し悪しは私にはわからないから、田所大尉に直接伝えなさい」
と答えた。
……。
「もともとが海軍機だから問題はないと思うけど、中古機であることだし、塩害などでフレームの腐食などが進んでいないか、きょうは徹底的に検査してほしい。それから、F-8クルセーダーについてだが……」
格納庫の片隅では連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉が、整備兵たちを集めて細々と指示を出していた。
やらなければいけないことは山積している。
シュペルエタンダールの点検もそうだが、西部方面司令部から「F-8クルセーダーを装備する中隊の稼働率を高め、維持するように」と言ってきていた。村中弘軍曹は内心(きつかー)と呟いたが、口には出せないし、結果は出すしかない。
なにせ第92戦術機甲連隊は、他の戦術機甲連隊と比較すれば、2倍近い整備兵が配されているのだから。
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■3.F-8Eクルセーダー(1)
日本帝国本土防衛軍西部方面司令部・健軍基地は熊本県熊本市に所在しており、八代基地からは約30kmしか離れていない。
西部方面隊の戦術機甲部隊は、福岡基地、春日基地、北熊本基地、八代基地などに駐屯しており、九州地方北部に着上陸するであろうBETAに対し、水際作戦を遂行するための編制となっている。
健軍基地には指揮・事務機能が集約されており、常駐する戦術機甲部隊はない。
が、基地東部には連隊規模の戦術歩行戦闘機を収容できるだけの設備があり、また大矢野原演習場が近隣にあることから、どこかしらの戦術機甲部隊が利用していることが多い。
第92戦術機甲連隊の東敬一大佐が健軍基地に赴いた日も、94式戦術歩行戦闘機不知火が西方の空にあった。
「入りたまえ」
「はい、東敬一入ります」
東敬一大佐は、西部方面司令官の昏い瞳を見た。
東敬一大佐は彼が苦手であった。この男は1996年に西部方面司令官としてこの健軍基地にやってきたのだが、着任とともに「九州防衛、帝国防衛、人類防衛」を司令官要望事項として打ち出した。
そして彼はその要望事項達成のために必要なことを、あらゆる政治力を総動員して実施し始めたのである。
方面司令官を勤める中将クラスになると、どうせ1、2年で次のポストに異動になるのだから、それを前提に動く者が多いが、目の前の中将はそうではなかった。
「単刀直入に話す」
西部方面司令官は東敬一大佐に着座を勧めず、立たせたまま
「市ヶ谷は大陸派遣軍に対して、大韓民国国軍・大東亜連合軍・国連軍の撤退支援作戦を発動することを決定した」
と告げた。
東敬一大佐に、驚きはない。
朝鮮半島陥落が時間の問題であることは、誰もが理解しているところであったし、朝鮮半島撤退支援作戦――“光州作戦”についてはすでにマスメディアが報道していたからだ。
「そこで、だ。本土防衛軍西部方面隊からも戦術機甲部隊を拠出するように、市ヶ谷から命令が下った。私は第4師団・第8師団の一部は勿論、加えて西部方面司令部直轄部隊である第92戦術機甲連隊の一部を大陸派遣軍に貸し出すつもりだ」
(きた――)
東敬一は息を呑んだ。
数週間前からF-8クルセーダーを装備する中隊の稼働率を高めておくように、と命令があったのは、やはり派兵の予定があったからだろう。
F-8クルセーダーは艦上からの離発着を念頭において開発された海軍機・艦上機であるから、輸送艦等を用いて洋上から味方を援護するのならば、A-6J攻撃機よりも便利だ。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続き、西部方面司令官は東敬一大佐に「思ったよりも話が長くなりそうだな」と言って着座を勧めた。
「失礼します」
「本心をいえば私は朝鮮半島にこれ以上、貴重な戦力を注ぎこむことに反対なのだ。満州や中国沿岸部にハイヴが完成し、朝鮮半島北部にもハイヴが建設されている以上……。君たち第92戦術機甲連隊は、きたる九州防衛戦を見据えて私が市ヶ谷にいた頃に創設した部隊だ」
「……」
「だからこそ第92戦術機甲連隊の全部を朝鮮半島に出すつもりはない。せいぜい1個中隊、しかも適当にやればいい。詳細は追って報せるつもりだ。何か質問はあるか」
東敬一大佐は逡巡したが、ついに決意して「あります」と口を開いた。
「国内・海外を問わず戦術機を掻き集めて、第92戦術機甲連隊を創設した理由を伺いたいです」
西部方面司令官は、東敬一大佐を――その向こう側を、もっと遠くを見るような目をした。
「東大佐、君の出身は?」
「神奈川県の三浦であります」
「私はここだ。ここで生まれ、育った。私にとってここは、原点であり、最後に還るべき場所だ。ここを守るためならなんでもしよう。そのために私は第92戦術機甲連隊を創設した」
「……」
「もしも、何もしなかったらすべてが失われるとわかっていて、君は何もしないという選択肢を取れるのかね」
東敬一大佐は、耳を疑った。
第92戦術機甲連隊の有無が、九州防衛の成否にかかっているように聞こえたからである。
実際のところ第92戦術機甲連隊など、戦術機甲師団の第4師団・第8師団に比較すれば質・量ともに劣弱であろう。部隊を預かっていて恥ずかしい話だが、第92戦術機甲連隊があろうがなかろうが、そこで勝敗が決まるとは到底思わない。
「閣下。第92戦術機甲連隊は――」
と言いかけた東敬一大佐を、西部方面司令官は制した。
「第92戦術機甲連隊は、本来ならば日本国内には存在しない戦術機を揃えた本土防衛軍におけるイレギュラーだ。だからこそ、期待している」
「……」
「他に質問は? ……話は以上だ。いや、待て。近日中に第1大隊用に新しい戦術機がそちらへいく。現在、第1大隊が装備しているF-4Jは別部隊にやるから、そのつもりでいてもらいたい」
「はい、閣下。……その第1大隊用の戦術機なんですが、英国製ライトニングかデファイアントではありませんよね」
「大丈夫だ。発動機2基を跳躍ユニット1基にまとめるような機体ではないし、もちろん左右主腕もちゃんとついている」
……。
「わざわざ九州までお越しいただきありがとうございます」
と頭を下げたのは、第92戦術機甲連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉と整備兵たちである。それに対して、ボード・エアクラフト社からやってきた初老の技術者たちは、わずかに頷いただけであった。
ボード・エアクラフト社の旧名は、チャンス・ボード社という。
チャンス・ボード社は第二次世界大戦中はF4Uコルセア戦闘機をはじめとする軍用機の製造に携わっており、BETA大戦勃発後はアメリカ海軍/海兵隊用戦術歩行戦闘機を開発、戦術機黎明期にはF-8クルセーダーを以て、グラナン社製艦上戦術機F-11と凌ぎを削ったことで有名である。
ボード・エアクラフト社から技術者を呼んだのは、第92戦術機甲連隊が保有するF-8Eクルセーダーについて技術的アドバイスや機体状況を診てもらうためであった。
F-8Eクルセーダーは、艦上機として開発された第1世代戦術歩行戦闘機であり、1982年にF-14Aの配備が始まるとともに、アメリカ海軍から退役。供与先となった中華民国国軍やフィリピン共和国軍からも姿を消している。
いまやF-8Eクルセーダーを運用しているのは、世界広しといってもこの第92戦術機甲連隊だけであった。
「こちらです」
ボード社関係者はすぐに、F-8Eクルセーダーが整然と並ぶ格納庫に案内された。
F-8EはF-4Jと同等かそれ以上の機体規模を誇る。
最初からアメリカ海軍のスーパーキャリアーで運用されることを見越して、「攻防面で陸上機のF-4に劣らない大型機」「優勢なる地上のBETA群を海上から火力で圧倒する」をコンセプトに開発された頑健な機体だ。
いまは取り外されているが、肩部には面制圧目的のロケットランチャーが装備可能だ。
近接戦用武装は米国製CIWS-6Aバトルメイスが用意されているが、これは斬るのではなく「潰す」代物であり、戦車級を挽肉にすることはできても、要撃級以上を殺るには重量不足。74式長刀よりも劣るので、こちらは第92戦術機甲連隊では使われない。
そして中世騎士が被るグレートヘルムめいた円筒状の頭部ユニットには、センサーが十字に配置されており、バイザータイプ・ツインアイタイプ・複眼タイプのセンサー配置とは、また違った印象を周囲に与える。
鈍色の塗装と、日の丸。
そして第22中隊を表す大剣を振りかぶる少女のエンブレム。
塩害が気になるので気休めとわかっていても整備兵たちは、外装を綺麗に拭きあげている。
「よく」
ボード社関係者のひとり、白髪の白人男性――マイク・J・デイヴィスは涙を流した。
「よく、丹精されている」
戦術機担当幹部の久野平太大尉や整備兵たちは顔を見合わせた。
事情はわからない。だが、マイク・J・デイヴィスはF-8Eクルセーダーに、特別な思い入れがあることだけはわかった。
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■4.F-8Eクルセーダー(2)
ボード社関係者から助言を受けながら、F-8Eクルセーダーの総点検と整備が行われているところに、事前に見学希望のアポをとっていた米海軍第7艦隊の関係者が続々と現れ、こちらは帰隊していた東敬一大佐をはじめとする幹部が対応した。
「よくまあこんな鉄屑を」
「これを次の戦いで使うのかい」
「ファッキンバトルメイスはあるのか?」
「こいつのロケットにはめちゃくちゃ助けられたなー」
と米海軍関係者はみな口々に感想を言い合っている。
「貧乏所帯をわざわざ見学って、どんだけ余裕あんだよ……」
そこから少し離れたところで第92戦術機甲連隊第22中隊の新米衛士、雨田優太少尉は舌打ちをした。
彼は点検や整備中に意見を求められれば、新人の衛士代表として発言するために格納庫にいたが、手持ち無沙汰で退屈していたし、見知らぬ人間がどかどかとたくさんやってくるのがなんだか不快だった。
それを聞いた第22中隊の中隊長を務める大島将司大尉は、まあまあと彼をなだめる。
「みんな俺たちの先輩だ。懐かしいんだろう」
「そうですね。ですが、ここは博物館ではありません」
「そのとおりだが、おそらくこれも東大佐か、もっと上のお偉方の戦略なんだろう」
「はい……」と返事したものの、雨田優太少尉はあまり納得がいっていない様子で、米海軍関係者を見つめていた。
すると、その視線に気づいたのか、ひとりの米海軍関係者が雨田優太少尉と大島将司大尉に歩み寄って来た。彼は目ざとく、ふたりの作業服についた略章から、衛士であることを悟ったらしかった。
「君たちはあの機体に乗る
近づいてきた米海軍関係者が少将であることに気づき、驚いて言葉が出ない雨田優太少尉とは対照的に、大島将司大尉は堂々と「はい。そのとおりであります」と答えた。
すると人のよさそうな米海軍少将は「それじゃ俺たちは同じ、人類のために戦うクルセーダーズだな」と笑い、ふたりと固い握手をした。
その日の夜には朝鮮半島撤退支援作戦のために、日本帝国本土防衛軍から朝鮮半島へ増援が送り出される旨が報道された。
「帝国海軍呉基地から中継です。ご覧いただけますでしょうか。いま戦術機を搭載した車輌が続々と専用フェリーに乗船していきます」
レポーターの言葉を垂れ流す食堂のテレビに、衛士や整備兵、警備兵、軍属など、第92戦術機甲連隊の面々がかじりつく。
「いまちらっと映ったのは撃震だなあ。第13師団かも」
「じゃあ中部方面隊からも派遣されてる、ってことか」
「うちみたいなオンボロ連隊じゃないんだから、撃震じゃなくて不知火出せよ」
「F-4系列の方が向こうでも修理しやすそうじゃね」
みな口々に勝手なことを言っているが、全員に共通しているのはどこか不安がにじんでいることであった。
まず厳重な報道管制・情報統制のためか、朝鮮半島の戦況というものがまったく掴めない。当然ではあるが、多国籍軍の撤退作戦が行われるのだから、苦戦しているには違いないだろう。
そこへ西部方面隊や中部方面隊の戦術機甲部隊を出して、撤退を支援する――もしもこれで大損害を被れば、今度は帝国本土を守れなくなるのではないか、と一同は思っていた。
20時頃、東敬一大佐と連隊本部の幹部は、食堂に手すきの者全員を集めた。
「先程、報道もあったとおり」
と話し始めたのは、作戦・訓練計画をとりまとめる第3科の園田勢治少佐だった。
「日本帝国本土防衛軍は、国連軍・大東亜連合軍・韓国軍等の多国籍軍の朝鮮半島撤退を支援するため、朝鮮半島に増援を派遣する。第92戦術機甲連隊からも――第22中隊“バトル・シスターズ”が出征することになった」
おお、と周囲がどよめいた。
園田勢治少佐は再び沈黙が訪れるのを待つと「近日、第22中隊は佐世保港から乗艦、木浦港に入り、全羅南道防衛の任務に就く」と誇らしげな演技とともに言った。
一方、隊員のほとんどは木浦港も全羅南道もわからなかった。みな釜山港の防衛に就くとなんとなく思っていたからである。
それを知ってか知らずか、作戦担当幹部の豆枝幸路大尉が準備してきた地図を壁に張り出した。
「木浦港は朝鮮半島南西部にある港湾だ。全羅南道はこの木浦港や各国軍の指揮機能が後退してきている光州市周辺のエリアを指す。木浦港は韓国陸軍第1軍団や、国連軍として朝鮮半島防衛戦に参戦していたアメリカ陸軍第2師団等が利用する予定である。全羅南道を撤退してくるこの諸隊を援護するのが、第22中隊をはじめとする本土防衛軍より増派された部隊の任務である」
園田勢治少佐の朗々とした説明が終わると、続いて東敬一大佐が前に立った。
「大陸派遣軍・本土防衛軍の精鋭を以てしてもこの作戦、容易ならざるものになろう。しかしながら、帝国のためにも、人類のためにも失敗は許されない。第22中隊の武運を祈る」
彼の話は短く済んだ。
訓示めいた話を手短に終わらせるのは彼の特徴であったが、その理由は自身の内心が曝け出されることがないようにするため、である。
特に今回は彼自身、第1世代戦術機から成る1個中隊を死地に遣る必要があるのか、そして第22中隊自体に死地に遣る価値があるのか、と疑問に思っていた。
解散すると同時に第22中隊を除く諸隊の衛士たちが、第3科の園田勢治少佐と近野美礼伍長、最先任下士官である佐野蔵人准尉によって集められた。
何か特別な話があるわけでもなく、第22中隊の壮行会を明日行うため、手隙の人間には準備を手伝ってもらうのでそのつもりで、という話であった。
食堂から自室へ戻る帰り、いつになく保科龍成少尉がしょげていたので、井伊万里中尉は気になって「どうかした」と水を向けた。
「いやー、なかなか実戦の機会が回ってこないなと思ってて」
「成程ね」
「明日は壮行会になりそうですけど、送り出す側よりも送り出される側になりたいって気持ちはやっぱありますよね」
保科龍成少尉の寂しげな声色に、井伊万里中尉は一応うなずいた。
いまの井伊万里中尉が彼の心情を真に理解することはできないが、かつての井伊万里中尉にも血気にはやる頃があったから、保科龍成少尉の思いがまったくわからないわけでもなかった。
しかしながら、いまの井伊万里中尉は、いまの考えをそのまま口に出した。
「あんなところ、行かないに越したことはない」
胸を圧し潰す恐怖と、手足を震わせる興奮、それをコントロールするための薬物投与。上司、同僚、部下が平然と消えていく環境。容易く人間が尊厳なき死を迎え、そのさまを連続して見せつけられる。
すべての体験が、平時の正常なる思考を破壊していく。
故に、か。
……不知火を降ろされた井伊万里少尉は、周囲に食ってかかった。
他の衛士たちは冷静に「不知火に乗っていれば、お前が死ぬぞ」と応じた。
対して井伊万里少尉は、口走ってしまった。
「私は死んだ船田少尉や環奈さんほど弱くないですっ」
――1秒後、怒号と拳骨が飛んできたのを、彼女は一生忘れない。
明朝、八代基地にテレビくまもとの取材班がやってきた。
八代基地の第92戦術機甲連隊からも1個中隊が朝鮮半島へ派遣されるということで、ぜひ撮影やインタビューをしたいのだという。アンテナを備えた報道中継車はない。午前中のうちに撮影を済ませて内務省の検閲を通し、夜の報道番組には使いたいのだという。
「いやーわざわざお越しいただいてありがとうございます」
様々な機材を担いできた取材班に、広報幹部の黒木直彦少尉や渉外軍曹たちが挨拶しているのを見て、通りがかった衛士たちは苦笑いを浮かべた。民間に対して高圧的な軍関係者もいるが、第92戦術機甲連隊は要らぬ恨みを買ってもしょうがないという考えで、信頼関係が築けている地元メディア“とは”うまくやるようにしている。
目玉はやはり第22中隊の衛士とF-8Eクルセーダーであり、特に西洋の中世戦士といった外見と、世界広しといえども熊本にしかない、という希少価値を有する後者は取材班にとってはかなりの“撮れ高”となったようだった。
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■5.F-8Eクルセーダー(3)
「まあ心配しないで待っててもらえれば。次の正月には帰れると思う。うん、じゃあ……」
昼時。基地の一角にある公衆電話には、長蛇の列が出来ていた。
官舎や車を転がして会いに行ける距離に家族がいる者もいれば、遠方に家族を残してきた者や実家がある者もいる。
無論、彼らは軍事郵便も使うだろうが――それでもやはりひとり3分という制約があってもなお、電話で家族の声を聴きたい、自身の声を聴かせたいのだろう。
前線で命を賭して戦うのは第22中隊の衛士だけだ。
しかしながら、戦争は衛士だけでやれるものではない。木浦港周辺から出ることはないが、後方支援の隊員たちもまた半島に派遣されることが決まっていた。であるから基地に設けられている公衆電話は自然、順番待ちになる。
悲壮な別れの言葉を吐く者もいれば、逆に鹿児島出身の衛士、海原一郎中尉のように「おやっどんもきばいやんせ!」と逆に家族を励ます者もいた。
最もしょげていたのはせっかく電話をかけても、相手が出なかった者だ。そういう者に対しては周囲の隊員たちが「出発は明後日の夕方だから、まだ大丈夫だって」と励ましている。
「熊本県の八代基地から派遣されるのは第92戦術機甲連隊です。ご覧ください、こちらが第92連隊の戦術機、クルセーダーです。現在、八代基地ではクルセーダーの出撃準備が、着々と整えられています」
テレビくまもとの取材班が撮影したVTRは、テレビくまもとのローカル報道番組だけではなく、テレビくまもとが関係をもつ在京キー局を通じて、全国に流れたらしい。
そのためか、壮行会の前後で八代基地の代表電話がどんどん鳴り始めた。勿論、電話をかけてくるのは自身の家族が八代基地に勤務していると知っている人間である。
「いいか、特に第22中隊の衛士や派遣予定の整備隊等の家族からの電話は、死んででもとれ!」
と最先任下士官の佐野蔵人准尉は、代表電話の当番になっていた隊員たちに喝をいれた。
受話器を取る隊員たちの手は、震えていた。
もしかすると、自分が“最期の肉声”を繋ぐことになるかもしれないからである。
壮行会は、はなの舞八代基地店ではなく食堂で行われた。
第22中隊の衛士も、派遣予定の幹部や整備兵らも、かなり飲んだ。出動は明後日だから、明日は多少アルコールが残っていても大丈夫だろう、という魂胆である。熊本県知事は第8師団所属の戦術機甲連隊へ挨拶回りに行ってしまったが、県知事の秘書や八代市長がビールサーバーとともにやって来てくれた(この持ち込みのため、はなの舞八代基地店は使えなかったのだ)。
「戦えない我々のため、戦ってくださる皆様に、市民を代表して感謝を申し上げます」
選挙戦やイメージアップのためであろうが、それでもありがたいことには変わりがなかった。
八代市長の挨拶の最後に「がんばりますっ!」と第22中隊の衛士、荒芝双葉少尉が立ち上がって応え、周囲を慌てさせた一幕はあったが、酒宴は盛り上がって、そして終わった。
「おっ、芝っち」
壮行会終了後、隊舎の裏にある煙缶を使っていた第32中隊の保科龍成少尉と若狭理央少尉は、たまたま通りがかった荒芝双葉少尉を見つけて声をかけた。
「あっ、保科とりっちゃん」
茶がかかった黒髪の荒芝双葉少尉は曖昧な笑みを浮かべて、立ち止まった。
らしくないな、と保科龍成少尉は思った。
保科・若狭・荒芝は着隊同期だから、ある程度気心は知れている。
荒芝双葉少尉のキャラというのは、先程の一幕からも分かるとおり、明朗元気といったところだから、保科龍成少尉は小首をかしげた。
普段から姉御肌を演じている長身の若狭理央少尉も同様だったらしく「おうおうどうしたぁ~」とアルコールが入っている分、ウザさ2割増しで荒芝双葉少尉に絡む。
「えー、なんでもないよ」
「まあ留守はこのシュペルエタンダール隊に任せときなぁ~」
「うん」
「え、なんかマジで元気ねえなー、なんかあったのかよ」と無意識のうちに言ったのは、保科龍成少尉であった。
すると荒芝双葉少尉は困ったような笑顔とともに、
「いや、これでここともお別れかなと思って」
とぬかした。
「おいおいおいおい、冗談きついぜ~」
と若狭理央少尉は荒芝双葉少尉の肩をパンチした。荒芝双葉少尉のショートヘアではなく、若狭理央少尉のロングヘアの方が、大きく揺れた。
保科龍成少尉も「遅くても夏には戻ってくんだろ」と声をかけた。
慰めではなくて当然、本心だ。
荒芝双葉少尉は戻ってくる。
戻ってくるのだから、お別れになるはずがないのだ。
しかし荒芝双葉少尉は「でもさあ」と力なく反駁する。
「やばくなかったら、撤退作戦なんか、やんなくない?」
返す言葉がなかった。
怯んだふたりに「じゃあ、私……タバコ吸わないから」と言って、荒芝双葉少尉は小走りでその場を去った。
「……」
「……」
「……熱っつ」
フィルターはおろか、フィルターを挟む指にまで迫った火に、小さな悲鳴を上げた若狭理央少尉は煙缶にタバコを捨てた。
保科龍成少尉も点けたばかりのわかばを煙缶に捨てた。
捨ててから「まあ、大丈夫だろ」と気休めにもならないことを言った。
「武運を祈る――」
と派遣前日に八代基地に現れたのは、帝国斯衛軍大宰府基地・大宰権帥の黒月陣風少将であった。
カイゼル髭と燃え上がるような赤の戦装束がトレードマークのこの男は、悠久の歴史を有し、現在は城内省(将軍家)が所有する大宰府の実質的な責任者である。
大陸派遣軍側との調整など多忙を極める東敬一大佐は、胃痛を感じながらも黒月陣風少将に応対した。
会うなり黒月陣風少将は、
「われわれ大宰府警備隊の出陣がかなわぬこと、深く恥じ入る次第――」
と、東敬一大佐に頭を下げた。
当然ながら、東敬一大佐は「顔を上げてください」と慌てた。相手は有力武家であるし、同時に階級も自身より上級であった。
それに大宰府警備隊の大陸派遣がかなわないのは当然である。歴史ある古代の要衝を任されているとはいえ、大宰府警備隊の戦力は1個戦術機甲中隊と砲兵部隊――つまり、儀仗・礼砲部隊に過ぎないのだから。
その後、両者はいくらか会話をかわし、その中で東敬一大佐は
「風雲急を告げる。万が一ですが、重慶のハイヴを発したBETA群が九州に着上陸するようなことがあれば、第92連隊と貴隊と、協力して必ずや臣民を守りましょう」
と、黒月陣風少将を励ました。
励ましながら彼は心の中で「残される者も、いろいろと考えるものだなあ」と、自身のことを棚上げしながら呟いた。
同時刻、第92戦術機甲連隊・第1科の安元公平先任曹長と満田華伍長は、第22中隊をはじめとする派遣予定者の遺書が揃っているかリストで確認していた。
「こればっかりは慣れんなあ」
「……」
その後、彼らは遺書の中身を確認する。自主検閲だ。後に公的な検閲にかけられ、撥ねられてはたまらない。が、いまならマズい内容があった場合、書き直させることもできる。
――遺書の、検閲など。
安元公平先任曹長は遠近両用眼鏡をかけ直し、端正な字、殴り書きじみた字、濡れたような字を追っていく。
「こればっかりは、くそくらえ、だなあ」
「……」
満田華伍長は左手だけで器用に遺書をめくり、黙々と字を追っていく。彼女は口が固いことで有名なので、この業務を任されることが多かった。沈黙を是とする性分の彼女だが、それでも自身よりも年下の人間が記した遺書を前にすれば、いろいろと思うところはある。
「はあ……」
「……」
どの遺書も必要にならなければいいが、そうはならないであろうことは、最先端の生体医療技術を以てしても右腕を継ぐことが出来なかった満田華伍長が、いちばんよくわかっていた。
大陸は、地獄だ。
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■6.F-8Eクルセーダー(4)
クルセーダーとは縁起が悪い、と第22中隊の中隊長、大島将司大尉は内心思う。
彼はとりわけ歴史に詳しいわけではないが、十字軍といえば、そのほとんどが聖地に到達という目的を達成できていない、というイメージがあった。
とはいえそんなゲン担ぎを頭から信じるわけでもない。
両親と届くかわからぬ我が子宛ての遺書を用意したあと、彼はしばらく手隙になっていた。
できれば電話で今年8歳になる陽菜の声を聴きたかったが――。
(あいつが許すわけもないか)
と、バツイチの彼は諦めていた。
むしろ彼は別れた女性よりも、いまの部下の方を気にかけていた。
「元気ねえなあ」
「大島大尉……」
非喫煙者にもかかわらず、隊舎の裏にある煙缶の前にぼうっと立っていた荒芝双葉少尉に、大島将司大尉は声をかけていた。
「お前そんなしょげたまんま、向こうに行くつもりかよ」
荒芝双葉少尉は鳶色の瞳に大島将司大尉を映したまま、固まった。
数秒の沈黙の後、彼女は「大島大尉は、大陸帰り――でしたよね」と切り出した。
「うん」
「じゃあ怖くないですよね」
「いや」
大島将司大尉はにやりと笑った。
「怖いさ」
「……ホントですか」
「知っているからこそ、だ」
嘘ではないが、彼は大袈裟に身震いをしてみせた。
「参加したのは、大連を巡る一連の攻防戦だ。俺の部隊は大連の玄関口、営口に配置された。中華と韓国の連中との協議では、営口北辺を流れる大遼河をはじめとする橋梁はすべて爆破することになっていた」
「……」
「ところが、だ。工兵部隊は浸透した戦車級を排除しながら、時には橋上の友軍を巻き添えにしながら爆破を試みている始末。俺たちはこれを援護し、そのまま河川を防衛線としたが、無数のBETAで川底がうずまり、1時間もしないうちに河川は有効な障害物じゃなくなった――常に最悪を超えてくるのが、大陸だ」
「じゃあ、なんでそんな、平然としていられるのですか」
「演じているからだ」
平然と言う大島将司大尉に、荒芝双葉少尉は驚いた。
「えっ」
「甘えるなよ、荒芝ァ――!」
途端、彼は怒気を発した。
「人々が“人類の剣”と信じてやまないのが、俺たち衛士と戦術機だ。その衛士がこの世の終わりみたいな顔をしていることなど、絶対に許されない! 往く先が死地であっても平然として赴くのが、衛士の矜持と知れェ!」
「は、はいッ」
「煙缶の前で待っていても始まらん! 貴様の同期は物干場にいる! 挨拶してこい!」
「はいッ」
「駆け足!」
「はいッ」
大島将司大尉は走り去る背中を見ながら
(隊長は演技の回数も幅も増やさなきゃならんのだな)
と心の中で呟いた。
――さて。
第92戦術機甲連隊・第22中隊が木浦港に到着する以前に、光州作戦は発動していたし、また日本帝国・大陸派遣軍は、朝鮮半島にわだかまる無数の避難民を救援するため、前線を押し上げ始めていた。
反転攻勢によってBETAと避難民の間にある物理的距離を稼ぎ、物理的距離を稼ぐことによって、避難民を輸送する時間を稼ぐ腹積もりであった。
“人類の剣”。
再編成を終えていた大陸派遣軍の戦術機甲部隊は、少なくとも作戦当初においてはその面目を大いに施した。
地積を確保しつつ、朝鮮半島中部に位置する鉄原ハイヴから溢れていたBETA群を相当数間引いた。
その一方で、避難を円滑に進めるため、後方の橋梁爆破や幹線道路上の障害物設置、地雷原の新設は実施しなかった。
大東亜連合軍諸隊の隊力は避難民の誘導に、機械力は避難民の足に、割かれている。
「光州作戦の作戦目標が、変貌している」
この実情を派遣している作戦参謀を通して知った健軍基地の西部方面司令官は、こうなることを知っていてもなお、表情を変えないまま呻いた。
光州作戦は国連軍・大東亜連合軍の撤退――貴重な将兵と重装備を済州島や対馬島、九州島に脱出させるための軍事作戦である。で、あったはずだ。戦術機甲部隊を殿部隊として、厳しい統制を有し、迅速な行動が可能な軍事組織を、速やかに移動させる。これなら成功の目は十分にある。
それがいま現地の判断で、避難が優先されてしまっている。
正確な頭数さえわからない避難民のために、車輌を、船腹を、回転翼機を、将兵を、割いている。
作戦目標が将兵の脱出から避難民の脱出にすりかわった以上、必要となる作戦期間も、隊力も、無際限に増大する。
人々の避難を優先するのは、正しい行いだ。
しかしながら――。
「うちらにそぎゃん力、余裕はなかとですよ……」
言いながらも、加えて失敗するとは知りつつも、西部方面司令官は成功を祈らずにはいられない。
無論、祈るだけではない。
彼は避難民の移送をスムーズにするため、対馬島・九州北部間、九州北部・本州間の輸送力の強化を図ろうと動き出した。
木浦港に上陸した第92戦術機甲連隊・第22中隊は、木浦港・光州市間に予備戦力として配置された。
これは最悪の事態といえるBETAの地中侵攻や、黄海を横断しての渡洋侵攻に備えての措置である。
大陸派遣軍の攻勢は順調そのものであり、全羅南道の北方――全羅北道からBETA群を駆逐することに成功していた。
しかし前線の押し上げと、避難民の後退・収容がいくらうまくいこうとも、退路を断たれればたまらない。日本帝国・大陸派遣軍および大東亜連合軍に側面の警戒を怠らなかった。
ところが戦線の崩壊は、正面から始まった。
「山岳連隊本部との通信が途絶――」
「重金属雲が下りてきた影響か?」
BETAに用兵の概念はないとされるが、大陸派遣軍は完全にしてやられた。
戦術機甲部隊の前面にそびえる高地を占領し、周辺警戒にあたっていた機械化装甲歩兵から成る山岳連隊が、逆襲に遭って瞬く間に壊滅。
そしてその高地に要塞級が出現し、光線級を産み落とした。
「照射警報ッ」
「んな、どこ――」
夜闇を数条の白光が奔った。
日本帝国・大陸派遣軍に“人類の剣”を抜き放たせてから、“後の先”の逆襲。
群山・益山一帯の高地がBETA群の手に陥ち、同高地に進出した光線級が平野部の人類軍に向けて膨大な熱量を撃ち下ろし、戦術機甲部隊の動きを制限する。
曇天の下――人工衛星による偵察能力が落ちる曇天の下、鉄原ハイヴを進発していたBETA群は論山で合流して師団規模の奔流となり、全羅北道の平野部にその姿を現した。
「は?」
大陸派遣軍・大東亜連合軍の衛士たちは、そこに土石流をみた。
砂煙、重金属雲、レーザー、照明弾、悲鳴が充満する空間を横断した突撃級・要撃級・戦車級の高速突撃。
迫る万単位のけばけばしい色彩を前に、彼らは抵抗を諦めた。
「高敞まで後退する」
そのBETAの波に、戦術機甲部隊は乗った。
前進する突撃級や要撃級を盾にしながら光線級の照射を躱し、平野部が狭く、高地があって敵の突撃が鈍りやすい――つまりは守りやすい高敞への撤退を開始した。
その高敞の東方に広がる山地を、戦車級をはじめとする中型種・小型種が抜けていく。
非戦闘員の避難を優先する日本帝国大陸派遣軍・大東亜連合軍は、山地を走るトンネルを爆破していなかった――故に、中型種・小型種の群れは、容易に内蔵山をはじめとする山々を踏破し、高敞南東の光州市に至った。
「光州にBETAが浸透した模様――」
「どういうことだ? ここから光州まで20kmはあるぞ?」
「おい、光州には国連軍司令部があったはずじゃ」
日本帝国・第13戦術機甲連隊の面々は、戦術機の補給拠点に転用されている高敞市内のPA/SAでそれを知った。
光州市を戦車級の大群が直撃してから、この時点ですでに2時間は経っている。
この頃にはすでに、幹線道路跡を利用した大型種が光州入りしていた。
補給の順番待ちをする撃震の衛士たちが議論する一方で、韓国軍のKF-16がPAから南方に開けた田園地帯へ主脚歩行で移動を始めた。
「フラッシュリーダー、こちらフラッシュ2。韓国軍のやつらが後退していきますが」
「スピアー、こちらフラッシュリーダー。貴隊はどこへ向かうなりや?」
「フラッシュリーダー。こちらスピアーリーダー。……機密の関係で詳しくは話せないが、韓国陸軍第1軍団司令部から戦況について説明があった。俺たちは光州の南、羅州にまで下がる。光州で戦闘が始まったなら、もうここにいる意味がない。羅州にはまだ多くの市民が残っている」
「我の司令部からは、この高敞で大型種を食い止めるという話が下りてきているが」
「命令は何時間前のものだ?」
「4時間前だ」
「フラッシュリーダー。地理勘があるから言えるが、光州にBETAが進出したということは、俺たちは両翼包囲されつつあるということだぞ。大東亜連合軍・帝国軍・国連軍の共同作戦司令部からも何も言ってこない――何かを言える余裕がないのかもしれない」
「光州の国連軍司令部が陥ちた?」
「おそらくな。……フラッシュリーダー。少なくとも俺たちはあんたらに借りがあると思ってる。だから俺たちの転進ルートをそっちに送る。光州西側の高地を光線級に占拠されていたとしても、照射を躱せるルートだ。もし転進するなら、使ってくれ」
「スピアーリーダー、こちらフラッシュリーダー。確認した。感謝する」
「感謝するのはこっちだ。最後は木浦で会おう」
韓国軍機に続いて、国連軍の戦術機が無言で離れていった。
韓国軍衛士の予想は正しく、このときすでに国連軍司令部は陥落。
国連軍は勿論のこと、日本帝国大陸派遣軍・大東亜連合軍の上級司令部も混乱状態に陥り、作戦指導が停滞――数時間に亘って、BETAに対して組織的な反撃が行われなかった。
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■7.いまから貴様らを、浄罪の煉獄に叩きこむ。
「畜生――なんで南平大橋も支石橋も残っていやがる!」
「ゴーストリーダー。老案駅前に戦車級30、小型種は算定不能」
「ゴーストブラヴォー小隊は老案駅を制圧射撃せよ」
「老案駅前にはまだ多くの避難民が……」
「もう対岸は助からん。放置しておけば橋を渡ってこちらの側方を衝かれるぞ」
「てめえら大東亜連合と帝国は何をやってやがっ゛」
「ストライカー12、応答しろ!」
「スピアーリーダーよりスピアー各機、49号線を南下する突撃級の頭を抑えるぞ!」
「あ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ゴースト2、脱出しろ! 脱出レバーを引けッ!」
光州から脱出した国連軍と、土地勘から集結した大東亜連合軍の戦術機甲部隊は、全軍が立ち直る時間を稼ごうと光州市の南辺――老案駅から中峯山に至る約10kmの防衛線を築いた。
が、その防衛線も早々に破綻をきたした。
戦術機の補給拠点となっていた光州空港を失い、砲兵はすでに光州でBETAの腹に収まっている。戦術機から成る諸隊は、万全な状態で戦えているとは言い難かった。大型種の高速突撃が防衛線の一角を崩すと、その空隙に戦車級の群れが殺到する。転倒したKF-16が戦車級の群れによって瞬く間に解体され、我慢ならずに飛び上がったF-15Cが重光線級の照射を浴びて爆散。炎を噴きながら落下していく残骸が夜空を焦がした。
その老案駅から約6km南方の羅州駅周辺では、体育館や小中学校・高校などに収容された人々が不安げに顔を見合わせていた。
轟く砲声。窓の外を見やれば、北の空が紅蓮に滲み、数本の光芒が瞬く。
泣く幼子、空腹と疲労でぐったりする小学生たち。
体育館の警備にあたる警官や兵士たちは無線で何事かやり取りし、小声で相談を繰り返していた。
「バスはまだですか」
「ええ、でも大丈夫です。このまましばらくお待ちください」
そんな会話が、ほうぼうで繰り返されている。
バスは来ます、と韓国兵たちは自信をもって不安げな市民に答えているが、実際のところは嘘である。警官も兵士も、誰ひとりとして正確な情報をもっていないのだ。だから、予定通りに木浦港行のバスは来るかもしれないし、来ないかもしれなかった。
「状況はどうなっているのでしょうか」と、全羅南道警察の警部補を務める初老の男――李成鉉が、体育センターの警備にあたる田智星少尉に尋ねたが、彼もまた小さく頭を振った。
「少尉、噂では光州で戦闘中だそうですが」
「我々はここでバスを待つほかありません。この人数で徒歩の避難は不可能です」
「少尉、ちょっと――」
話をしている中、田智星少尉を金斗俊曹長が呼んだ。
ふたりは李成鉉警部補から離れると、臨時の小隊本部とした体育倉庫で会話を始めた。
「どうした、曹長」
「田少尉。斥候が帰ってきました。BETAは老案駅まで迫っています」
「やはりか」
「ええ――どうしますか」
金斗俊曹長は暗に、これが逃げ出すラストチャンスだと伝えた。
田智星少尉は迷うそぶりをみせず、
「中隊本部に報告せよ。BETAが化学工場に迫れば、我々もMSホテルに進出し、重機関銃隊を援護する。市庁前の装甲兵員輸送車と連携すれば、小型種を粉砕できるはずだ」
と言った。
その30分後、轟音と衝撃が羅州駅周辺を襲った。
跳躍装置に異変が生じたのか、バランスを崩した国連軍のF-15Cが羅州駅北方の化学工場に墜落し、大爆発を起こしたのである。
そこからは避難民はおろか、警官や歩兵たちも身動きがとれなかった。
十数秒後、化学工場の駐車場や羅州駅から500m離れた空き地に4機のKF-16と2機のF-15Cが降り立ち、無人となった住宅街に向けて突撃砲の連射を開始した。小学校やマンションを乗り越えて進む戦車級が粉砕され、木造住宅を踏み潰しながら進む要撃級が破壊されていく。
「ストライカー2、応答しろ! ストライカー2!」
「ストライカー3、ダメです。ストライカー2は大破炎上……」
「ストライカー3、こちらスピアーリーダー! 南山公園から要撃級がそっちに行く! 気をつけろ!」
「タコ野郎ォ――」
BETAの体液にまみれた国連軍塗装のF-15Cは、36mm機関砲弾で木々を圧し潰しながら前進する要撃級を粉々にした。肉片が木々や公園に隣接する食品工場に降りかかる。その脇を十数体の戦車級が疾走し、彼我の距離を縮めようとしたが、F-15Cは後方跳躍で畑地に退いて再び突撃砲を連射した。
「スピアーリーダー、スピアー4。羅州駅にはやはり避難民が集合していますッ」
KF-16を駆るスピアー中隊の中隊長、許起範大尉は舌打ちをした。
続けて外界の爆音に負けじと、オープンチャンネルで怒鳴った。
「紳士淑女ッ、ここで後退すれば栄山大橋を通って、遥か後方に戦車級どもを流すことになる! 押し戻すぞ!」
「応ッ」
「スピアー隊、こちらストライカー3! 付き合いきれんぞ!」
「付き合わなくて結構だ、ストライカー3! 現時点でさえ米軍の衛士には、感謝してもしきれん! 市民の救助も、国土の防衛も俺たちの仕事だ。ストライカー3、ストライカー9は離脱せよ!」
「ああ゛っ!? ファッキンコリア野郎――やってやるよ! 市民救助や国土防衛がお前らの仕事なら、俺たちの仕事は地球の反対側から飛んできて下等生物どものケツを蹴り上げることだ!」
同様にオープンチャンネルで怒鳴ったストライカー3――ザック・J・バー少尉は、網膜に投影されている自機の状況と、最も近い補給コンテナの位置を確認した。もう1機のF-15Cの衛士、アンジェラ・C・クレイグ少尉も無言の内に、右主腕で保持していた突撃砲を捨て、CIWS-1ナイフを引き抜いている。
KF-16、F-15C併せて6機。
そこへいま連隊規模のBETA群が殺到しようとしていた。
「スピアーリーダー。敵BETA群の位置情報を送れ」
と、同時に異変が生じた。
おびえる人々の前に――、
割れるガラス片から幼子を守る李成鉉警部補の前に――、
応戦準備を始めていた田智星少尉と金斗俊曹長の前に――、
覚悟を固めていた衛士たちの前に、十字に輝くセンサーアイを煌めかせて、複合装甲を纏った戦士が着地する。
「スピアーリーダー。こちらは日本帝国・第92戦術機甲連隊・第22中隊だ。コールサインはシスター」
肩口には、大剣を振りかぶる少女のエンブレム。
この図案を考えたのは大陸戦線で兄を失い、自身も右腕を失った満田華伍長。
「大切なものを奪われてももう戦えない自身のために、戦えない人々のために、BETAを殺し尽くしてほしい」
という思いで少女のエンブレムは、描かれている。
故に、彼らはバトル・シスターズ。
聖地とは違い、奪われた家族は二度と奪還できない。
故に、彼らはバトル・シスターズ――BETAを殺戮する妹どもから成る十字軍にはふさわしい中隊名だ。
「……敵群の位置情報を送ってほしい。ロケットランチャーで吹き飛ばす」
許起範大尉は夢心地で、新たな戦術機中隊にBETA群の位置情報と侵攻予想ルートを送信した。
それを受信したバトル・シスターズたちの両肩部多連装ロケットランチャーが稼働する。
……彼女たちの基本設計は古い。
求められたのはF-4同様の厚い装甲と、BETAの物量と光線級の個体数を圧倒する火力。
その最適解とされたのが、無誘導の多連装ロケットランチャー。F-14のような長距離対地ミサイルもなければ、現在のようにBETAを識別して叩くスマートな多連装ミサイルランチャーもない時代の武器。その代わりに弾体自体は軽量で、特別な火器管制レーダーを積む必要もない。
よって驚異の36連装127mmロケットランチャー2基が、彼女に装備されている。
つまり1個中隊864発のロケット弾がいまここにあり――押し寄せるBETA群に指向される。
中隊内データリンクで目標の割り当てが完了すると同時に、127mmロケット弾による直射が始まった。
ばら撒かれた子弾によって羅州大橋を渡り終えた戦車級の群れが吹き飛ばされ、さらに無数の戦車級が渡る羅州大橋に数発のロケット弾が直撃し、焼け焦げた肉片が川にぶちまけられた。
数体の要撃級が前進してきていた南山公園にロケット弾が降り注ぎ、要撃級の脚部や尾部を破壊する。
住宅街に浸透していた闘士級や兵士級たちは焼き払われ、あるいは爆風によって空中でバラバラに引き裂かれた。血肉の雨が降る中、前進をやめずに突っ込んできた新手の小型種の頭上でロケット弾が爆発し、爆風が彼らを圧し潰す。
要撃級の手前で炸裂したロケット弾が、無数の破片でその頭部を破壊した。要撃級と速度を合わせて前進していた突撃級にもロケット弾が激突し、速度が緩む。しかし、生体装甲がへこんだだけ。再び加速しようとする突撃級。そこへ2発、3発、4発とロケット弾が投射され、衝角の下にある感覚器や脚部に破片が突き刺さって突撃級は巨体を支えきれずに擱座した。
戦車級が登攀するマンションにロケット弾が突っこみ、爆風が彼らを吹き飛ばして路上に叩きつける。小型種の群れのせいで緩慢にしか動けない突撃級の直上でロケット弾が炸裂し、比較的やわな上面に破片が襲いかかった。
2、3分でF-8Eクルセーダーの前面は、煉獄と化した。
火焔と血肉、廃墟に満ち満ちた世界。動くものには次々とロケット弾が撃ちこまれる。
それでもなお、バトル・シスターズは未だロケット弾の残弾を、500発以上残していた。
「BETAが、消し飛んだ――」
「ざまあみやがれ、この下等生物ども! カチューシャに向かってくれば、そりゃそうなるだろうよ!」
「シスターリーダー、こちらスピアーリーダー。助かった、木浦港で奢らせてくれ」
――優勢なる地上のBETA群を海上から火力で圧倒する。
一時期はズーニーロケット運搬機とも揶揄されたらしいF-8Eクルセーダーの火力に、韓米衛士だけではなく、隊長である大島将司大尉さえも驚いていた。
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■8.F-8Eクルセーダー(5)
朝日が照らし出したのは、幹線道路にできたバスとトラックの長蛇の列。すべて木浦港に向かう避難車輌だ。その反対車線を機械化装甲歩兵がしがみつくM48A3主力戦車が走っていく。さらに装甲兵員輸送車、弾薬を満載した軍用トラックが続く。その直上を、韓国軍戦術機F-5Eが翔けていく。彼らは木浦港から約30km北方の咸平ICの防衛に向かうのだ。
光州・国連軍司令部の陥落は直後こそ混乱と損害をもたらしたが、一夜明ければ大東亜連合軍・日本帝国大陸派遣軍・国連軍ともに態勢を立て直していた。これは撤退部隊を収容するため、日本帝国・対馬島に設置されていた国連軍司令部がバックアップとして指揮機能を引き継いだためである。まさに不幸中の幸い、であった。
日本帝国・第92戦術機甲連隊第22中隊はひとつの戦線に留まらず、“火消し”の役割を果たし続けた。苦戦に陥っている前線と、補給拠点となっている木浦大洋大学の往復。休みなくただただ、127mmロケット弾を叩きこんだ。
午前8時、第92戦術機甲連隊・第22中隊は木浦大洋大学に帰還した――12機揃って、である。
「3時間の休息だ!」と叫びながら大島将司大尉は内心、安堵している。
国連軍司令部陥落時点で、最前線に配されていなかったことが最大の幸運だった。もしも戦線を押し上げるための攻勢作戦に参加していれば、おそらく自隊機は今頃、半数も残っていなかっただろう。退路を作るための光線級吶喊など、このF-8Eではできない。
「チェックリスト、かかれ!」
「了解!」
運動場に設けられた整備テントでは、第22中隊についてきた連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉が整備の指揮をとっていた。ここはもうひとつの戦場だ。起立状態から仰向けの状態にしたF-8Eに、整備兵たちが取りついていく。始めるのは“靴底”にあたる接地部位からだ。
久野平太大尉は必ず脚部、跳躍ユニットから点検・整備を始めるようにしている。戦場で転倒したり、跳躍ユニットが故障したりすることは、すなわち衛士の死だ。逆にいえば満身創痍の状態であっても、主脚走行と跳躍ができれば帰還の可能性が高まる――というのが彼の哲学であった。
「オーライ、オーライ、オーライ! ストップ!」「火薬類通します!」「ロケット弾が通るぞ、気をつけろ」「センサーカバーが割れてますね」「第2科、地誌担当軍曹の谷山ですー! ちょっとナビを確認したいのですがー!」
衛士たちもそのまますぐに休息や食事をとれる、というわけではない。
通信担当や地誌担当の下士官たちと打ち合わせをし、機上ではわからない現在の戦況や無線通信チャンネルの情報を頭に叩きこむ必要がある。
打ち合わせが終わった後、隊舎として接収された校舎のベランダで、雨田優太少尉は「思ったよりも楽勝だなー」と、僚機を務める藤井美知少尉に話しかけた。
彼女は曖昧に頷いたが、確かに内心、“死の八分”を乗り越えたことに対する呆気なさがあった。それから、私たちは何をしたというんだろう、とも思った。ただ安全な場所を地形追随飛翔し、ロケットランチャーでBETAどもを吹き飛ばしただけだ。光線級との緊迫した砲撃戦を経験したわけでも、光線級に睨まれている平地でBETAを盾にしながら追い縋る大型種と渡り合う近接戦を経験したわけでもない。
「いや、もうすぐ帰れんじゃん?」
雨田優太少尉は、ベランダの欄干の向こう側を指さした。
岸壁には鈍色の揚陸艦や十数隻のフェリーが接岸しており、その直上を大型輸送ヘリが行き交っている。
「あれが避難民のためのやつだったら、行先はだいたい済州島だろ? どんなにトロトロ船で行っても直線距離で150kmくらいなんだから10時間もかかんないだろ」
「……どうだろうね」
藤井美知少尉は小首をかしげた。
確かに瞳に映る光景は、圧巻の一言だ。しかしながら、あの船腹のどれくらいが避難民のために割かれるのだろう、とも思った。国連軍・日本帝国大陸派遣軍が必要とする膨大な武器弾薬、燃料、その他諸々は当然ながら海外から搬入している。そうした船舶は軍需品を降ろしたあと、避難民を収容するのだろうか――などと彼女は思いを巡らせた。
「楽勝ー楽勝ー」
雨田優太少尉は震える右手でマルボロを咥えると火を点けて、ふかした。
そのマルボロを、藤井美知少尉はひったくる。
「あっ、てめえ」
「タバコは百害あって一利なし」
言いながら、藤井美知少尉はマルボロを灰皿に押しつけた。
「……もしかして、藤井の家って医者?」
「中華料理店、広島の」
「あっ、そう。じゃあ止めないでくれよ……どうせいつまで長生きできるかわかんないんだしさ」
「楽勝、なんでしょ?」
藤井美知少尉がにやりと笑い、彼は舌打ちして喫煙を諦めた。
同刻、日本帝国本土防衛軍西部方面隊・八代基地でも、課業が始まっていた。
たった1個中隊とその面倒をみるスタッフの出征とはいえ、残された者には出征した者の分の業務がのしかかってくる。
衛士たちは第22中隊が抜けた分、BETA着上陸等に備える緊急発進任務の割り当てを残りの中隊で埋める。警備担当幹部の関完太郎中尉や、業務の割り振りを管理する紅丸帆奈伍長などは新しいシフトを組んで、下士官・兵をうまく動かさなければならない。課業終了後も連隊本部・中隊本部の人間は、残敵掃討任務が待っていた。
「……」
「……」
と、幹部が残業に追われる中、東敬一大佐は日本帝国本土防衛軍・健軍基地はなの舞店にいた。
店舗内の最も奥にある座敷風の個室。
対面で座っているのはふたり。作業服姿の東敬一と、私服姿の西部方面司令官だ。無意識のうちに肩肘を張り、緊張している東敬一大佐に対して、西部方面司令官はくつろいでいる様子であった。
「きょうは呼びつけてすまない」
「はい、いいえ、閣下」
「情勢が、大きく動きつつある」
西部方面司令官は相変わらず昏い瞳をしたまま、低く呻くように言った。
はい、と返事をしながら、東敬一大佐は次の西部方面司令官の言葉を待った。が、彼はなかなか本題を切り出そうとせず、つきだしと枝豆をむしゃむしゃと食べ、ビールを飲み干した。
東敬一大佐もともにビールジョッキに口だけつけた。わざわざ呼び出すほどだから、何かしらあるに違いない。これは事実上の業務だ。
「お代わりはサッポロでよろしいでしょうか」
「うん」
「何かお食べになりますか」
「適当に頼む」
東敬一大佐は店員を呼び「サッポロのお代わりひとつとジャーマンポテト、ねぎ塩チキン、卵焼きを」と注文した。
状況が状況なだけに、利用者は少ないらしい。注文の品は、すぐに出てきた。ビール2杯目をジョッキ半分くらいまで一気に飲み、料理が出揃ったところで、西部方面司令官はいよいよ話を切り出した。
「光州作戦は表向き、成功に終わるだろう」
「はい」
「ユーラシア大陸のハイヴから溢れたBETA群が西進するか、南進するか、東進するかは誰にもわからない。が、東進するとなれば勿論、次はこの日本帝国だ」
「はい」
「それを見越し、本土決戦を回避しようとする市ヶ谷と京都は、国連に許可をとった上で、朝鮮半島における“間引き”を考えるはずだ」
「……仰るとおりです」
BETAの占領地に殴りこみをかけ、BETAの個体数を減らすことで周辺地域への侵攻を阻止する、あるいは遅らせようとする間引き作戦は、世界中で普遍的に行われている軍事作戦である。費用対効果については疑問符をつける者もいるが、東敬一大佐は何もしないよりはマシだとは思っていた。
「しかし、国連軍は動かせない。まだ口外はできないが、光州作戦で市ヶ谷は国連軍に大きな借りをつくった。そこで日本帝国本土防衛軍の前線部隊が主体になり、間引き作戦を実施することになるだろう」
「……」
「ここまでいえばもう察しがつくだろうが、第92戦術機甲連隊に私は間引きを命じるつもりだ」
言い切った後に西部方面司令官は卵焼きを頬張ってジョッキを傾けると、「合成卵だな」と苦々しくつぶやいた。
――無理だ。
対する東敬一大佐は、まずそう思った。
朝鮮半島に対する間引き作戦は、過酷なものになる。艦砲射撃は実施されるだろうが、当然光線級の撃ち洩らしは出る。何の遮蔽物もない洋上から光線級吶喊をやらなければならない。重金属雲による減衰を除けば、衛士たちが本照射を躱す方法は自機の回避機動しかない――鈍重な第1世代戦術機での渡洋攻撃、光線級吶喊など、全滅必至の作戦ではないか。
続いて彼の腹の底で、ふつふつと怒りが湧きあがった。
ビールジョッキを一気に傾ける。
傾けてから、彼は意を決して言った。
「……第92戦術機甲連隊が第4師団や第8師団といった優良な一桁師団の衛士からなんと呼ばれているかご存じですか」
「鉄屑、だな」
なら話が早い、という言葉を呑みこんで、東敬一大佐は言った。
「我の有するF-8EやフィアットG.91Y、シュペルエタンダール、デファイアントなど――全世界から掻き集められた第1世代戦術機では、遮蔽物のない洋上からの対光線級吶喊が必須となる間引き作戦は困難です」
「私はそうは思わない」
「まさかとは思いますが、第4・第8師団をはじめとする他部隊の損耗を避けるために、第92連隊に出動を命じるおつもりですか」
「それはない」
「ならば――」
東敬一大佐は、無意識のうちに昏い瞳を睨んだ。
「不知火を廻していただきたい」
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■9.失われた聖地、還らずとも、
「シスターリーダー。こちらバルディッシュリーダー。応援感謝する。早速だが目標情報を転送した。23号線東側から生態公園までのこのエリアを攻撃してほしい。貴隊の攻撃終了後、生態公園および大洞貯水池一帯への奪還に移る」
「バルディッシュリーダー、こちらシスターリーダー了解。目標情報を受信した。これより指定区域――咸平PA東側の畑地に進入する」
要撃級や戦車級の死骸が横たわり、BETAの体液と砲弾痕で荒廃した田園地帯。
土手の上で12.7mm重機関銃を連射するK200装甲兵員輸送車や要撃級の死骸の裏に隠れ、攻撃開始を待っている機械化装甲歩兵の前に、多連装ロケットランチャーを背負ったF-8Eクルセーダーが着地した。
小康状態を迎えた前線で第92戦術機甲連隊第22中隊は、歩兵部隊の火力支援任務に廻されている。平野部における大型種から成るBETAの攻勢を退けた大東亜連合軍と日本帝国大陸派遣軍は、今度は浸透した小型種を掃討し、高地を奪還しようとしていた。闘士級や兵士級といった小型種の群れ自体はさしたる脅威ではないが、高地を放置しておくのはまずい。光線級に進出されると、その周辺平野が制圧されてしまうからである。
シスター3――荒芝双葉少尉は網膜に投影される目標に向け、127mmロケットランチャーのトリガーを引いた。次の瞬間、ロケット弾は窓の割れた民家に直撃し、爆炎とともに中にいた闘士級を肉片にして吹き飛ばした。続く2発目は教会の手前で炸裂し、数体の兵士級を薙ぎ倒す。3発目、4発目は生態公園へつながる坂のそばにある雑木林に吸い込まれていった。
(戦場になるって、こういうことなんだ)
荒芝双葉少尉は躊躇いこそしなかったが、多少のショックを受けていた。
歩兵部隊の火力支援とはつまり、小型種を市街地ごと吹き飛ばすような仕事である。つい最近まで人々が生活していた――人々の思い出が詰まった家や家財、街並みを粉々に破壊していくような行いだ。ここが日本じゃなくてよかった、と彼女は思い、少々の自己嫌悪を覚える。
「シスターリーダー。こちらバルディッシュリーダー、有難い! これから吶喊する!」
「バルディッシュリーダー。シスターリーダー了解。我々は1400までここに待機する。何かあったら言ってくれ」
「こちらバルディッシュリーダー了解――さあ、お前ら山登りの時間だ!」
「シスターブラボー、こちらシスターリーダー。シスターブラボーは主脚走行にて15号線・838号線の立体交差点まで進出し、周辺警戒にあたれ」
「シスター5了解」
「シスター6了解」
「シスター7了解」
「シスター8了解」
第22中隊B小隊が大型種の出現に警戒するため移動すると同時に、待機していた機械化歩兵部隊が前進を開始した。兵士級や闘士級の不意打ちを跳ね返せるK200装甲兵員輸送車が、リモート式の重機関銃を連射し、塀や看板といった敵が潜んでいそうな遮蔽を破壊していく。それに続くのは、機関銃を構えた機械化装甲歩兵だ。
燃え盛る火焔の合間を縫うように、生身の歩兵の駆け足程度の速度で彼らは生き残りの小型種を排除していく。特に損害はなく、高地へ登る坂道のはじまりを容易に確保した。
それを見守っていた大島将司大尉は、どうやらうまくいきそうだ、と思った。
その一方で、気は抜いていない。C小隊には周囲の山々の稜線を警戒するように指示を出した。この戦況が急変するとすれば、BETAの大規模地中侵攻に巻き込まれるか、生き残りの光線級が突如として近くの山から顔を出し、本照射を撃ち下ろしてくるか、だ。F-8EはF-4Jよりも出足が遅い。立ちんぼの状態から対光線級吶喊をやる、となれば、どれだけの被害が出るだろうか――想像したくもなかった。
機械化歩兵部隊が生態公園・大洞貯水池一帯の奪還に成功し、警戒センサー類を設置したのを見届けた第22中隊は、夕陽を背に木浦大洋大学へ帰還した。
次の出撃は7時間後の夜中だ。戦術機は機動力・攻撃力を有する“人類の剣”であると同時に、高度なセンサーの塊である。BETA群の夜襲を察知するために、戦術機部隊はシフトを組んで夜間哨戒に駆り出されることが多い。
「大島大尉、ちょっと――」
第22中隊の衛士たちに必ず衛士用強化装備を脱ぎ、睡眠を含めて休息をとるように厳命した大島将司大尉は、作戦担当幹部の豆枝幸路大尉に呼ばれた。部隊の幹部を集めて何かミーティングをしたいらしく、戦術機の整備を担当する幹部の久野平太大尉も呼び止められ、整備スペースとして借りている運動場の端――野球ベンチに向かった。
「どうしましたか?」
野球ベンチには幹部の他にも警備に責任をもつ畠田徹男曹長や、地誌担当の谷山郷太軍曹など、本部に勤める下士官たちが集まっている。
話を切り出したのは、ベンチの幹部の中でも最先任となる豆枝幸路大尉であった。
「……やはり光州の国連軍司令部が陥落したのは、事実らしい。しかも国連の作戦参謀の間ではその原因が、大陸派遣軍と大東亜連合軍が避難民救援のために兵を動かしたから、ということになっているようだ」
「そう、ですか」
大島将司大尉は前線の混乱具合や受信したオープンチャンネルでの会話から、なんとなく予想をつけていたが、朝から晩まで戦術機の整備や弾薬の準備、持ち込んだ物資の開封作業の指揮で忙しかった久野平太大尉は「本当ですか」と驚いていた。
他方、警備などを担当する下士官たちは、驚きよりも得心といった様子の顔であった。米軍関係者が、かなり荒れているのを感じ取っていたからだ。国連軍将兵がすれ違いざまに、日本帝国大陸派遣軍関係者や大東亜連合軍将兵を罵倒する場面にも遭遇している。畠田徹男曹長は、BETA小型種に対する警備ではなく、対人警備の計画を練り直したほどだった。
しかし、と豆枝幸路大尉は言葉を続けた。
「総崩れにはならなかった。損害は局限された。あんまり大きい声ではいえないが、第22中隊の火消しのおかげだよ」
「そんなことは」
と、大島将司大尉は謙遜した。1個中隊の活躍で一戦線が保つほど、BETA大戦は甘くないではないか。
7時間与えられるはずだった休息は、結局のところ5時間になった。整備兵によってトイレパックなどが交換された強化装備を身にまとい、第22中隊の衛士は速やかに自機に向かった。
「こちらシスターリーダー。先程のブリーフィングでも確認したとおりだが、部隊内データリンクで情報を送信する。各自確認せよ」
シスター8――雨田優太少尉は小声で「畜生」とつぶやいた。
鉄原ハイヴから師団規模のBETA群が南下を開始。このBETA群は分派することなく、ソウル・仁川・水原・世宗と韓国西部を踏破。その時点でようやく偵察衛星や各種センサー類がこのBETA群の存在を察知できたという。現在、BETA群は益山に達しており、このままなら3、4時間後には突撃級から成る先頭集団が前線に到達するだろう、という見込みであった。
(一昨日、昨日とあれだけ殺したのに、まだ師団規模のBETAが残ってやがったのかよ――!)
と叫ぶ彼とは対照的に、大陸帰りの大島将司大尉をはじめとするベテラン衛士は来るべきものが来たか、という感想を抱いていた。BETAとはそういうものだ。人類の精一杯の努力も、予測も、すべて凌駕してくる。ましてや楽観論や都合のいい祈りや望みなど、何の意味ももたない。彼らは優れた速度と圧倒的な物量で潰しにかかってくるのだ。
災害に等しい暴虐に抗しうるのは、人が鍛えた鋼鉄と、それを操る人の意志だけである。
大島将司大尉は深呼吸して平静を装うと、「バトル・シスターズ各機、これより我が隊は前線基地・務安空港に向かう。移動方法は噴射地表面滑走。隊形はトレイルだ。繰り返す。移動方法は噴射地表面滑走。隊形はトレイル」と指示を出した。
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■10.十字軍は往く。
霊光郡の平野部を時速約80km程度の巡航速度で南下した突撃級の先頭集団は、そのまま咸平郡北辺の山間部を通過する幹線道路跡――対戦車地雷原に雪崩れこんだ。瞬く間に最先鋒の数体が脚を吹き飛ばされて擱座。後続の個体がそれに激突する。その後ろの個体は擱座した突撃級を乗り越えて前に出るが、その途端に対戦車地雷の餌食となった。
突撃級や要撃級の侵攻路の予想と、避難が終了した地域から文字通り対戦車地雷をばら撒いた大東亜連合軍の戦術的判断が効を奏した形だ。120mm弾さえ容易には通さない正面生体装甲を有する突撃級であっても、脚部や腹部は極めて柔らかい。その上、彼らは地雷を回避したり、処理したりすることがないため、擬装の必要がない。
炸裂した対戦車地雷の破片を腹部に受け、力なく崩れる突撃級。横転した状態でもがき、他の個体の邪魔をする個体。後続はそれを避けるように迂回して前に出ようとする。その先でまた対戦車地雷が次々と炸裂し、突撃級がそのまま擱座して障害物となっていく。
それでも彼らは地雷原を、最終的に物量で押し切ってしまう――その前に、前進速度が鈍った突撃級の群れに向けて、多連装ロケット砲、榴弾砲、重迫撃砲の連続射撃が浴びせかけられた。再編成が終わっていた国連軍・大東亜連合軍の砲兵部隊による反撃。
が、その弾頭は曲射弾道の頂点を迎えたところで、遥か北方から放たれた光芒によって蒸発した。
光線級によって守られた突撃級の突進。その先に待っているのは、国連軍・日本帝国本土防衛軍・大東亜連合軍が主戦場と定めた咸平郡の平野部である。
「トルネード、かかれ!」
「了解ッ――」
即座に戦術機と突撃級が入り乱れる乱戦となった。これは人類側の故意である。KF-16、F-5Eといった戦術機が躍り出たかと思うと、突撃級と突撃級の間隙を縫って一撃必殺の突進を躱す。それに気づいた突撃級は、急制動をかけて旋回しようとするが、あまりにも小回りが利かなさすぎる。戦術機の背中に食らいつく前に、主腕・副腕の突撃砲が放つ36mm機関砲弾が、容易く突撃級の背面や側面を粉砕していた。
「まずっ」
一方で次々に押し寄せる黄緑の色彩に対応しきれず、“ひっかけられる”戦術機も当然現れる。紙一重の回避を繰り返していたF-5Eの肩口が、突撃級の横に張り出した外殻の一部に接触した。あくまでも掠った程度。が、それで僅かに態勢を崩したことで、時速170kmで突っこんでくる後続の突撃級に激突した。胴部ユニットが拉げた状態で宙を舞ったF-5Eは、そのまま畑地のど真ん中に放り出され、そのまま突撃級に轢かれた。
「スピアー各機ッ、無理せず飛び越えろ! まだ大丈夫だ!」
突撃級の頭上に活路を見出す衛士も少なくない。中衛集団が未だ山地に達していない、より正確にいえば稜線の向こう側から光線級が頭を出していないことを願いながら、短噴射で突撃級の頭上を飛び越えて、攻撃を回避する。
突撃級から成る先頭集団に対し、損害必至の混戦に持ち込んだのは戦術機を囮として突撃級の足を止めるためだ。
人類側は、そうせざるをえない。
なにせここから木浦港までは、直線距離40kmもない。突撃級の巡航速度なら30分程度で踏破できてしまう。戦略的に死守しなければならない重要施設との縦深が、あまりにも短すぎた。
「こちらバルディッシュリーダーッ、中衛集団先頭は旧新光面役場前に達した!」
高地を守る機械化装甲歩兵が、オープンチャンネルで怒鳴る。
中衛集団は要撃級・戦車級・光線級が主体だ。スピアー中隊の中隊長・許起範大尉は、目の前に迫る突撃級をいなして側面に機関砲弾を叩きこみながら「あと10分で中衛集団が来るぞ」と注意喚起した。
と同時に、再び後方の砲兵部隊が砲撃を開始。当然ながら、全弾が迎撃される。が、これでいい。高地に布陣する機械化装甲歩兵や設置された監視装置が、光線級が放つ大出力のレーザーによって生まれるプラズマを追って、その所在を特定するための布石だからだ。
「……」
後方に控えて戦況を見守る大島将司大尉は、CPからゴーサインが出るのを待っていた。急く心を、抑える。突撃級が主力の先頭集団に対して127mmロケットランチャーを撃ちかけても効果は薄いことを、CPもよくわかっている。このバトル・シスターズが最前線に投じられるのは、中衛集団が平野に現れてからだ。
実際、そうなった。
戦術機と突撃級の格闘戦が続く平野に、要撃級と戦車級の群れが出現するとともにF-8Eクルセーダーから成る帝国陸軍第92戦術機甲連隊第22中隊に、攻撃命令が下った。
「シスター各機、ハンマーヘッド・ワンッ! 続けッ!」
中隊長の命令に「了解」と威勢よく返事をし、短噴射跳躍の連続で前進を開始したものの、シスター8――雨田優太少尉はたじろいた。
「乱戦じゃねえか」
友軍を示す青いマーカーと、要撃級以上と戦車級の群れを表す赤いマーカーは混淆している。周辺の高地では歩兵部隊が戦車級や闘士級から成る群れに対して踏ん張り、光線級の登攀を妨害していることがわかる。突撃級とドッグファイトを繰り広げていた韓国軍機は退いたが、退いた分だけ要撃級が進出し、戦術機に戦車級の群れが追い縋っていた。
F-8Eの直掩につくフラッシュ中隊――帝国陸軍のF-4J撃震は生き残りの突撃級や、押し寄せる要撃級を駆除し、進路と射点を切り拓いた。
そしてハンマーヘッド・ワン。A小隊が横一列に並び、B・C小隊が側面を警戒する陣形で、127mmロケット弾の連続射撃が始まる。
短噴射跳躍で後退する韓国軍機。それを追う要撃級の顔面に、127mmロケット弾が直撃する。戦車級の群れの鼻先でばら撒かれた子弾が、赤い色彩の奔流を滅茶苦茶に引き裂いた。死骸と体液がわだかまる屍山血河。そこへまた新手の戦車級の群れが現れ、再びロケット弾で吹き飛ばされる。
全ッ然、数が減らねえ! と雨田優太少尉は叫びだしたくなった。
ともすれば設定した交戦距離800mよりも内側への接近を許しそうになる。
遥か後方の務安郡庁周辺に展開した155mm自走榴弾砲によるAL弾と榴散弾を併用した支援砲撃も始まり、迎撃のレーザー照射と重金属雲が発生する。
「CP、こちらレイピアリーダー。山頂を維持できない――!」
「マチェーテリーダー、こちらバルディッシュリーダー。貴隊の現在地を報せ。繰り返す、貴隊の現在地を報せ」
「CP、こちらダガーリーダーッ! 白雲山が奪られた!」
戦線のほつれは、歩兵部隊が防衛を担う高地から始まった。高地に攻め寄せる戦車級を重機関銃で薙ぎ倒し、近づく要撃級を無反動砲や対戦車擲弾で撃退していたものの、物量に抗しきれずにBETAに奪われる高地が出てきたのだ。
そして、試練の瞬間が訪れた。
「フラッシュリーダー、フラッシュ4ッ! 回避運動をとれ! 予備照射を受けているぞ!」
平野部を見下ろす稜線から放たれた予備照射が、電子機器の塊であるF-4J撃震に纏わりつく。回避機動に移る撃震を、稜線から頭を出した光線級は、冷徹に追尾する。予備照射の出力が向上し、本照射となっても撃震はこれを振り切ることができず、最後には真っ白なプラズマに呑みこまれた。
戦況は、一変した――否、一変する。
このままでは光線級によって、平野部一帯が完全に制圧される。
「バトル・シスターズ――光線級吶喊用意!」
その未来が予測できた故に、大島将司大尉は1秒とかからず決断した。
フラッシュ隊を除けば、光線級に最も近いのはこの第22中隊だ。猶予はほとんどない。12秒後には、次の照射がくる。
いま動かなければ、戦線は瓦解するかもしれない。
いま動けば、戦線は保つかもしれない。
だからこそ、彼は隊を危険に晒すことに決めた。
「ウェッジ・ワン! シスターアルファ、シスターブラボーは指定エリアに全ロケット弾を連続発射後、ランチャーを投棄。チャーリーは11秒後、指定座標にロケット弾を発射。以降、対光線級発射間隔で射撃を継続」
マジか、と経験の浅い少尉たちは思ったに違いなかった。そんな感想を抱きながらも、思考と身体は勝手に動き出す。
数十発の127mmロケット弾が、第22中隊と高地の間に居合わせたBETA群に向け、一気に投射される。数秒後、用なしとなった16個の箱型ランチャーが、切り離されて転がった。両肩部の多連装ロケットランチャーをパージしたことで、A小隊、B小隊の8機は多少身軽となる。あとは2門の突撃砲だけが頼りだ。C小隊は光線級の迎撃を誘発させて時間を稼ぐための長距離砲撃戦に臨む。
「かかれッ!」
C小隊がロケット弾を曲射する――それに遅れて、稜線が輝いた。予備照射が、速やかに弾頭を無力化できるレベルの出力にまで増大する。爆発四散する127mmロケット弾。その直下を、8機のF-8Eが翔ける。生き残りの要撃級の前腕を躱し、追い縋る戦車級を機関砲で撃破する。
「アルファ、キャニスター! 撃て!」
120mmキャニスター弾が進行方向の戦車級を一掃、各機は血肉の道を高速突撃する。
10秒後、再びC小隊が127mmロケット弾を宙に放った。光線級による正確無比の迎撃。これでまた12秒稼げる、と雨田優太少尉は思った。それだけではなく、この照射が彼ら光線級の命取りとなった。F-8Eの頭部センサーは、光線級のレーザーが発生させたプラズマを追跡し、容易く光線級の位置を特定していた。
「距離300ッ、指定目標を狙撃せよ!」
自機と好射点の合間に横たわる戦車級、要撃級の群れを切り抜けたA・B小隊の7機に、目標が自動で割り当てられる。
「シスター8、FOX1!」
丘陵に突き刺さる36mm機関砲弾。
F-8Eを見つめていた瞳に機関砲弾が飛びこみ、次の瞬間には破裂する光線級。その脇では上半身を切断された個体が、斜面を転がり落ちていく。稜線から上半身だけを出していた光線級は、120mmキャニスター弾が放った無数の鋼球を浴びて粉砕された。木々の合間から顔を覗かせていた数体の光線級が、機関砲弾のシャワーによって土煙とともに四散した。予備照射に移ろうとしていた光線級の脚が機関砲弾の擦過によって千切れ、バランスが崩れた上体に2発目、3発目の機関砲弾が直撃する。
……それでセンサーが捉えた光線級は、約10秒の間に片がついた。
「シスター、こちらフラッシュ2――助かったぜ!」
「フラッシュ2、こちらシスターリーダー。なんとかな。援護を頼む、周囲はBETAだらけだ」
「こちらCP、シスター各機よくやった。バルディッシュ隊、ダガー隊は指定エリアへ移動せよ。防衛線を敷き直す」
やった、と詰まる息を吐いた雨田優太少尉は「楽勝だぜ」とつぶやいて、あることに気づいた。
「シスター7? どこだ? ……おい! 藤井少尉! 藤井!」
光線級吶喊開始直後は確かにあったマーカーが、ひとつ消えていた。
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■11.F-14Nノラキャット(1)
――1998年1月30日、大韓民国咸平郡の戦闘において、日本帝国第92戦術機甲連隊第2大隊第2中隊所属藤井美知少尉、桃田武司少尉は、戦死したものと認む。
1998年2月上旬、第92戦術機甲連隊第22中隊は八代基地に帰還した。光州作戦は光州の国連軍司令部陥落とそれに伴う政治問題を除けば、おおむねうまくいった。韓国軍の重装備と貴重な将兵は済州島へ、アメリカ軍を中心とする国連軍は対馬島・九州島へ脱出。政治的なけじめをどうつけるかは、日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊や西部方面司令部のあずかり知らぬところである。
戦死者は2名。
最小限の損害だ、というのが東敬一大佐や、前線で指揮を執った大島将司大尉、そして大方の連隊関係者の率直な感想であっただろう。
シスター7、藤井美知少尉は咸平郡の平野部における光線級吶喊の際、要撃級のインターセプトを回避できず、敵の前腕部による打撃が胸部ユニットに直撃、即死に至り撃墜されたものと判明。
シスター12、桃田武司少尉は咸平郡の平野部における光線級吶喊成功後、生残していた突撃級の攻撃を受けた。直後はバイタルに反応があったものの、シスター10、11が桃田機を回収した30分後、心肺停止が確認された。
「日本帝国本土防衛軍西部方面隊・葬儀事務中隊、大室努中尉であります」
「日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊本部、副官室の立沢健太郎中佐です」
「日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊本部、佐野蔵人准尉です」
「日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊本部、満田華伍長です」
大陸における作戦が続くようになってから、米軍に倣って健軍基地に設けられた葬儀事務中隊。八代基地にやってきた生真面目そうな男、大室努中尉は一礼をすると10名程度の部下を率いて藤井美知少尉と桃田武司少尉の部屋に向かった。彼らの任務は、遺品整理や遺書の回収、遺族への戦死状況の通知など、多岐にわたる。
彼らは組み立てた段ボール箱に、両者の私物を収めていく。
「……」
藤井美知少尉と同室だった雨田優太少尉は呆然と、それを眺めていた。
あまりにも早く彼女がいた証が消えていくのに耐えられず、彼は隊舎の裏にある煙缶に向かった。マルボロを取り出して火を点け――盛大にふかしてから、咥えているマルボロも、ボックスの中に残っていた数本のマルボロも、全部煙缶に捨てた。
さて、残された者は心を痛めながらも、次の作戦に意識を向けざるをえない。
格納庫に赴いた東敬一大佐は、数日前に搬入された戦術機を見上げた。
結論からいえば、そこに94式戦術歩行戦闘機不知火はない。
――94式戦術歩行戦闘機不知火は、廻せない。これは絶対だ。
はなの舞健軍基地店、西部方面司令官の返事がリフレインする。
「94式戦術歩行戦闘機不知火は、廻せない。これは絶対だ」
「なぜですか。すでに不知火は国内の戦術機甲部隊に相当数配備されて――」
「だからだ。第92戦術機甲連隊は先も言ったが、この日本帝国本土防衛軍における“イレギュラー”だ。他の部隊に配備されるはずだった不知火を引き抜いて、第92戦術機甲連隊に配備することはできない」
「……?」
「詳しく説明することはできないが――第92戦術機甲連隊は世界各国に死蔵された戦術機や、このままでは近い将来、前線で活躍できない人員を掻き集めて編成された部隊だ」
「申し訳ありませんが、仰る意味が……よくわかりません」
「だろうな。だが心配するな。代替機のアテはちゃんとある」
その代替機が、目の前に直立している。
「F-14Nです」
と、案内を買って出た戦術電子整備担当の笠原まどか大尉は、一言だけ言って沈黙した。
F-14N。ノースロック・グラナン社製・第2世代戦術歩行戦闘機F-14くらい、東敬一大佐は知っている。全高約19m、見慣れた撃震の無骨なスタイルとは対照的な細身の胴部・腰部・脚部ユニット、可変翼を設けた大型跳躍装置。整備中のセンサーアイは、金色に輝いている。
「……」
「……」
「……か、笠原大尉」
「はい、なんでしょう」
「続きを、F-14Nが他のF-14シリーズとどう違うのか、教えてほしい」
「はい」
髪をぼうぼうに伸ばした小柄の幹部――笠原まどか大尉は頷くと「ダウングレードです」とだけ言った。
「……」
「……」
「……なるほど。だからAIM-54フェニックスはないわけだ」
「はい」
「……」
「……」
「AIM-54フェニックス自体とAIM-54による長距離火力投射に必要となる各種モードの火器管制装置からの削除、これが笠原大尉のいう“ダウングレード”の指すところで間違いないかね」
「はい」
「……」
「……」
「あー、だがそれは悪いことばかりではないな。長距離捜索とAIM-54の操作を担当する後席レーダー士が不要となり、それに伴い単座化したわけだから」
「はい。あとは彼が説明します」
と、笠原まどか大尉は突然、村中弘軍曹に話を振り、さっさとどこかに行ってしまった。
「へえ、うちと?」と村中弘軍曹は驚いて手を止め、笠原まどか大尉の背と、東敬一大佐の顔をかわるがわる見つめた。
東敬一大佐としては、苦笑いしか出てこない。
「あー申し訳ないが、説明を引き継いでくれ。笠原大尉の東京物理学校流と俺はちょっと相性が悪いようだ」
と、ここから村中弘軍曹が機体の特徴や来歴の説明を引き継いだが、そのほとんどが東敬一大佐の予想どおりであった。
搬入されたF-14Nはすべて米海軍にて用廃となった機体であり、議会の承認の下、同盟国や友好国に輸出されることが決定した後、ノースロック・グラナン社にて引き取られてダウングレード処理が行われ、何の因果か日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊に配備されたものであるらしい。
そういえばF-8Eクルセーダーの様子を見に来た米技術関係者――ボード・エアクラフト社は、ノースロック・グラナン社の子会社だったな、と東敬一大佐は思い当たったものの、西部方面司令官が有するコネクションや政治力には驚かざるをえなかった。
「ばってん……いえ、しかしながらですね。ダウングレードといっても、悪いことではありません。むしろ我々の事情に最適化されているかと思います」
村中弘軍曹は方言ではなく、共通語で話そうと努力していた。
「単座化によってですね、えー、削減される重量は人間ひとり分のみならず、脱出用の装甲強化外骨格や思考制御による操縦系などをひっくるめた全重量が減るわけです。これは馬鹿になりません。米海軍で運用されているF-14シリーズよりも、機動性は確実に良化しているはずです」
「それに複座ではなく、ひとりの衛士で運用できる単座の方が、確かに我々のような前線国家の台所事情には合っているな。ただあの肩部の落書きはなんだ?」
「あ、あのマーキングは自分たちがやったものではなくてですね、グラナン社の方が書き入れたようです」
――NORA-CAT!!
「……F-14NのNは、野良猫のN?」
「いや、よくわかりません……」
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■12.F-14Nノラキャット(2)
「明日にはF-8Eのメーカー修理の準備を完了させる」
F-8Eから成る第22中隊の帰還とF-14Nの配備により、第92戦術機甲連隊の整備補給隊は繁忙することとなった。
F-14Nに関しては、まず分解が必要だ。お払い箱となったノラキャットたちのフレームや電磁伸縮炭素帯の具合を確認・点検しなければならない。
が、それよりもまず優先されたのは、光州作戦を経験したF-8Eを、ボード・エアクラフト社のメーカー修理に出す準備をすることだった。細かい部品の修理は勿論、小規模な破損ならば、第92戦術機甲連隊の整備兵たちは部品を新造してしまうだろう。しかしながら、基礎フレームの破損など現場の努力では手の施しようがない場合もある。そのため激戦の後は、部隊で戦塵やBETAの体液を洗い流し、さっさと工場に送り出してしまうことが多い。
「ご苦労――明日送り出したら、このF-8Eはいつ戻ってくるかな?」
「はい。ボード・エアクラフト社担当者の方いわく、“最優先かつ最速でやるがそれでも2か月はかかる”とのご回答でした」
帰還早々にF-14Nの起動間点検と、F-8Eの搬出作業の指揮を監督することとなった戦術機担当幹部の久野平太大尉の返事に、東敬一大佐は安堵した。間引き作戦を割り当てるくせに、西部方面司令官からは「万全の状態で今年の夏を迎えよ」と厳命されていた。2か月後――遅延したとして3か月後になったとしても、まだ5月である。
「此度の戦役での第92戦術機甲連隊のご活躍を伺いました。八代市民を代表して、感謝申し上げます」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊・葬儀事務中隊と入れ違いに八代基地にやって来たのは、八代市長の博田奉義であった。出迎えた東敬一大佐と第22中隊の衛士たちだが、わざわざ博田奉義市長はテレビくまもとの取材班を引き連れており、東敬一大佐と固い握手を交わした瞬間を撮影させていた。
(人気取りかよ――)
と、その場に居合わせた雨田優太少尉は苛ついたが、さすがに口に出すほど子どもではない。2年前からの退避勧告によって八代市民の市外・県外避難が進んでいるため、次の市長選は不在者投票が重要になる。メディアを使ったアピールの機会があれば、逃したくないというところなのだろう。
実際のところ、顔面にスマイルを張りつけている東敬一大佐もうんざりであった。明日は何某という熊本県議がやって来る予定になっている。第4師団、第8師団か、健軍基地にでも全員行ってくれ、というのが正直な感想だった。
「八代市民をはじめ九州一円の臣民が、自身の郷里へ早期に戻ってこられるように軍民ともに力を合わせましょう」
と、博田奉義市長はテレビカメラの前でそう演説したが、本土防衛軍第92戦術機甲連隊の面々は、半ばしらけていた。朝鮮半島から撤退したということは、すなわち人類の戦線が後退したということであり、九州地方が戦場になる可能性はかえって増しているというのに。
それに日本帝国本土防衛軍西部方面隊の将兵としては、光州作戦が「成功」と喧伝されると、それはそれで困るのだ。なんとか説き伏せて鹿児島県や宮崎県に避難させた市民や、西部方面司令官と結託した関係各所が主導し、北海道・東北地方へ避難させた人々が戻ってくれば、元の木阿弥である。
牽制のためか、東敬一大佐もカメラの前で「人類と帝国を取り巻く情勢は、厳しいままです。むしろ東亜を侵食するBETAと帝国軍の一大決戦の日は近づいたといえます。人類勝利のため、いまはただ精励恪勤――錬成に努めるのみです」とコメントしたが、これがテレビ局側で使われるかはわからなかった。
さて、朝鮮半島に出征しなかった予備機を除いた所属機のほとんどがメーカー修理に出され、しばらくは来客の応対や取材に駆り出されることとなった第22中隊の衛士とは対照的に、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊の衛士たちは、興奮と動揺の渦中にいた。
F-14Nノラキャットが配備されたのは、この第11中隊である。
「わんわん中隊にノラキャットですか」
F-14Nが廻されることを知り、格納庫の隅に集合した第11中隊のA小隊長・C小隊長・中隊長で行われたミーティング――第11中隊C小隊長の鵜沢心菜中尉は、困ったような曖昧な笑みを浮かべた。F-4J撃震からF-14Nノラキャットへの機種転換。本来ならば諸手を挙げて喜ぶべき第1世代戦術機から、第2世代戦術機への乗り替わり。しかしながら、この戦況では――。
「言いたいことはわかります」
と、中隊長の櫻麻衣大尉はうなずいた。
銀縁の眼鏡をかけた彼女は、怜悧な印象を周囲に与える。
そして彼女は平静に、言葉を続けた。
「わんわん中隊にキャットというのは、大問題です」
「え」、と聞き返した鵜沢心菜中尉の横で、寡黙な野武士といった空気感を纏う日高大和中尉はうんと頷いた。
続くのは3秒の沈黙。この沈黙で鵜沢心菜中尉は、改めて悟る。ツッコミ役の不在。
「あー、えーっとですね。私が言いたいのはそれもあるんですが、ウチの中隊がF-4J撃震からF-14Nノラキャットに乗り替わりとなったのは、何か作戦を任されるからではないでしょうか?」
「なるほど、さすが機略では左に出る者がいない鵜沢中尉です。つまり西部方面隊最強を誇るわんわん中隊にいよいよ出番が廻ってくる、というわけですか」
右人差し指で伊達眼鏡の位置を直す中隊長の櫻麻衣大尉に対して、鵜沢心菜中尉は心の中で「右に出る者がいない、です」と訂正した。しかしながら、彼女は同時に、重大な作戦を任されるかもしれないにもかかわらず、恐怖も不安もみせることなく平然としている――あるいは何も考えていない――櫻麻衣大尉と日高大和中尉に畏敬を抱いた。
ちなみに西部方面隊において最強であるかはともかく、第11中隊は第92戦術機甲連隊の中でも戦術機操縦適性が高く、また実機総操縦時間が長い熟練者が集められているため、連隊最精鋭中隊と目されているのは事実であり、その自負は鵜沢心菜中尉にもある。しかしながら、自身の腕に絶対の自信があるわけではなし。
「もしかしたら済州島の応援や、対馬島といった最前線の警備に廻されるかもしれませんよ」
と、激戦地に廻される可能性を示した鵜沢心菜中尉だが、櫻麻衣大尉は「いまの第11中隊はF-14Nの配備で鬼に金棒状態。犬に猫が合わさり最強にみえると誰もが賞賛するでしょう」と動じる様子がない。
日高大和中尉もまた、うんと頷いた。
このふたりに相対する鵜沢心菜中尉は、混乱し始めた。もしかして、私が心配しすぎているだけ? と思ってしまうほどだった。
そんな彼女の心境を知ってか知らずか、櫻麻衣大尉は「とにかく」と話をまとめにかかった。
「いまは部隊名と機体名の齟齬や、まだ与えられていない任務について、あれこれ議論しても仕方がありません。シミュレーターを使用した機種転換訓練の準備にとりかかりましょう」
(いつもそうだけど、最終的に話をちゃんと着地させるんだよね、櫻さん……)
鵜沢心菜中尉は溜息を押し殺した。
はっきり言って、わんわん中隊の衛士は、一般常識というものを訓練兵の総仕上げである総合戦闘技術評価演習に置いてきたような輩ばかりである。そんな中隊でも彼女がやっていけているのは、櫻麻衣大尉をはじめとする衛士たちが抜けていても人が好い者ばかりであることと、彼らが尊敬に値する操縦技能を有しているからだった。北部方面隊第7師団から放逐された櫻麻衣大尉以下、経歴に傷がある者も少なくないが、多少の問題はあっても戦術機を操らせれば滅法強いのである。
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■13.F-14Nノラキャット(3)
新月。どこか厳かな冷たい大気を切り裂いて、“睨み眼”が往く。
純白の機体、青紺のセンサーアイ。
92式多目的追加装甲と87式突撃砲を構え、周囲を警戒しながら主脚歩行で前進する。
警戒するのは、遠距離からの砲撃だ。捜索範囲の差から、間違いなく先手はとられてしまうだろう、というのが彼らの予想。故に追加装甲等でまず敵の攻撃を凌ぐ腹積もりであった。逆にいえば82式瑞鶴の厚い装甲と追加装甲(盾)ならば、撃墜判定はそう簡単にとられない。
相手の突撃砲が火蓋を切れば否が応でもその所在を暴露することになり、こちらも反撃が可能だ。防御力で優っている82式瑞鶴と、軽量化を図った第2世代戦術機のトムキャット――速度を緩めての長距離砲撃戦であれば、耐弾性の面で82式瑞鶴の方が敵機撃墜判定を取りやすいといえた。
「愛宕各機、こちら愛宕101。演習設定区域の都合上、そろそろ仕掛けてくるはずだ。稜線を見張れ」
「愛宕102了解」
「愛宕103了解」
「愛宕104了解」
愛宕101――82式戦術歩行戦闘機瑞鶴を駆る斯衛軍試験小隊の衛士、上寺三省大尉は内心おかしいと思い始めている。ここ大矢野原演習場は96年の市民に対する退避勧告とともに拡張され、九州地方において最大級の広さを誇る。が、万事すべてに終わりがあるように、演習場のスペースも、一戦に設けられた時間も、限りがある。
「愛宕101、こちら愛宕102。連中はセンサーをばら撒いた有利な狙撃エリアを設けて、我々が接近するのを待っているのではないですか」
「愛宕102、愛宕101。確かに“鉄屑”でこの最新ブロックの瑞鶴に勝つならばそれしかなかろう。だが今回は――むっ」
言いかけて上寺三省大尉は電子の瞳越し、夜空に異常を認めた。
「来るぞッ」
稜線から4つの影が飛び出した。
短噴射跳躍から噴射地表面滑走に流れるように移行。センサーアイが迸らせる金色の軌跡を残して、大型の機影が翔ける。その左右主腕には、87式突撃砲。一列横隊、8門並べての制圧射撃を瑞鶴から成る愛宕小隊に浴びせかける。
「慌てるな、この距離では当たらん」
対する4機の瑞鶴は、地表面に92式多目的追加装甲を突き刺して遮蔽物とし、その場に踏みとどまって敵影を狙撃する。滑走間射撃を実施する相手方よりも、腰を据えて射撃するこちらの方が命中率の上で有利と踏んでの戦術だ。
「ブレイク」
他方、肩口に犬の頭骨を描いた機影――F-14Nはバラバラに跳躍して、82式瑞鶴から放たれた砲弾を躱す。躱しながら各機が保持する突撃砲2門を撃ち続ける。完成する火網、十字砲火。たまらず後退する瑞鶴に、遮二無二エレメントを崩したままの狂犬が迫る。
「FOX0」
「了」
長距離砲撃戦をかなぐり捨てて、瞬く間に彼我の距離を詰めてくるF-14Nを前に、動揺する斯衛軍衛士たち。そのF-14Nの背部兵装担架が小爆発を起こした。爆圧ボルトが稼働し、CIWS-2Aが跳ね上がる。
対する4機の瑞鶴は近接戦闘への移行を妨害するために、“3機の”F-14Nに向けて弾幕を張った。
「待てッ、残り1機は!?」
愛宕104を操る衛士が悲鳴のような叫びをあげるとともに、答え合わせが行われた。
「ゼノサイダ3、FOX0」
警戒が疎かになりやすい、頭上からの強襲。
新月と星々と夜空を背負い、大上段に構えたF-14Nが愛宕102・香弓彦中尉機に凶刃を振り下ろし、撃墜判定をとる。
と、同時に着地したF-14N――ゼノサイダ3・日高大和中尉機は駆け出しながら、再びCIWS-2Aを振りかぶった。振り向く愛宕101・上寺三省大尉機目掛け、逆胴の一撃を繰り出そうとする。
「愛宕103、104、俺を援護するな!」
と、怒鳴った上寺三省大尉は、すでに突撃砲を捨てている。必殺の斬撃を放つF-14N、ブレードマウントから74式長刀が引き抜く82式瑞鶴。後者が僅かに早く、腰部・胴部ユニットの接合部を狙った一撃は防がれる。
そこからは両者、剣戟の応酬。
3対4となった上寺三省大尉は数的不利を意識して、敵陣に斬り込んだ格好の日高大和中尉は位置的不利を意識して、周囲からの射撃を防ぐために目まぐるしく位置取りが変わる剣舞に臨んだ。
(投機的すぎる――)
CIWS-2Aをさっさ棄てて後方へ跳躍し、狙撃戦に移行した鵜沢心菜中尉は心底そう思う。
近接戦闘に長ける日高大和中尉を長刀のレンジに送り出すためだけにCIWS-2Aを抜いてみせる陽動――その場の勢いで採用される櫻麻衣大尉の戦術に、最新ブロックの試験を任された斯衛軍衛士は完全に翻弄されている。
「包囲殲滅陣」
「了」
櫻麻衣大尉機とゼノサイダ4――渋井克典少尉機は副腕も合わせ全6門の突撃砲で制圧射撃を行い、愛宕103と愛宕104に回避運動を強いる。
そして鵜沢心菜中尉は瑞鶴の機体性能と操縦癖が生み出す回避リズムを読み切り、トリガーを引いた。
◇◆◇
4-0。
4-0。
82式戦術歩行戦闘機瑞鶴・最新ブロックの対戦術機想定試験のため、ということで斯衛軍の依頼が急遽舞いこみ、慣熟訓練にちょうどいい、と仮想敵となった第92戦術機甲連隊第11中隊は2度に亘る模擬戦闘において完勝を収めた。
「当然の結果です」
と、櫻麻衣大尉は胸を張ったが、お通夜状態の斯衛軍技術関係者をみていると、少しは華をもたせてやったほうがよかったのではないか、と鵜沢心菜中尉は思った。なにせ手も足も出させなかったのだ。
初戦は長距離砲撃戦を警戒するであろう瑞鶴隊に吶喊し、動揺のうちに日高大和中尉を斬りこませて4-3の状態を作り出し、続けて隊長機を日高大和中尉に拘束させることで勝利。
2戦目は相手方がエレメント単位で行動し、36mm機関砲の間合いでのドッグファイトを仕掛けてきたが、最高速度で時速100km以上の差がある上、可変翼機構で旋回性能も劣らないF-14Nに追いすがるのは、瑞鶴では無謀にすぎた。
要は機体性能においても敗北したというわけで、改良によって性能向上を図っても、純然たる第2世代戦術機とまともにやりあえば厳しい戦いを強いられるという結論になる。数的優位を作り出す、あるいは地の利を活かす格好でなければ勝ち目は薄いというわけだ。
(2戦目は手を抜け、と遠回しに伝えておいた方がよかったかな。あーでもあの“エース櫻”だから、遠回しに言っても全然伝わらなかっただろうな……)
などと、演習場外れに設けられた幹部用の天幕で、第92戦術機甲連隊の作戦・訓練計画を取りまとめる園田勢治少佐が後悔していると、帝国斯衛軍大宰府基地・大宰権帥の黒月陣風少将が突然笑い出した。
「園田少佐、気にすることはない」
「はい。いや、しかしですね……」
「まあ体裁は悪いが、旧式機である瑞鶴や、中高生に毛が生えた子弟たちに投与する薬品に血道を上げる連中にはいい薬になるだろう。それに最精鋭の衛士と最も強力な戦術機を出してくれ、と頼んだのは斯衛軍の側だ。気にすることはない。むしろ感謝している」
黒月陣風少将は痛快、痛快、と膝を打った。
とはいえ、だ。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が、京都から遠征してきた斯衛軍試験小隊に完勝を収めたという話は、驚きと斯衛軍への侮りとともに広まった。西部方面司令官が骨を折って創設した第92戦術機甲連隊は当初、横流しされた殲撃八型や、欧米で用廃となった機体を掻き集めて恰好をつけていた。その頃のイメージが未だ中部方面隊や京都の斯衛軍関係者はもちろんのこと、西部方面隊でも強いからかもしれなかった。
「もしかして、いいように利用されたのかもしれない」
西部方面司令部に呼び出されていた東敬一大佐は、八代基地に戻って事の次第を聞くなり、そう思った。
現在、斯衛軍では次期主力戦術歩行戦闘機開発計画「飛鳥計画」が大詰めを迎えており、先行量産機が完成しつつあるという。組織というものは決して一枚岩ではいられない。城内省・斯衛軍の中に「飛鳥計画」をさらに加速させたい派閥があり、彼らが瑞鶴の限界を喧伝し、「飛鳥計画」にリソースをより割かせようとして今回の悪だくみが行われたのではないか――と想像を巡らせたが、なにぶん証拠があるわけでもなかった。
それよりも次の作戦、である。
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■14.F-14Nノラキャット(4)
甲20号目標鉄原ハイヴ・BETA漸減作戦『薫風作戦』。
これは甲20号目標鉄原ハイヴが収容しているBETA個体数を漸減することで、BETAの東進を防ぎ、本土決戦の回避を目的とするいわゆる“間引き作戦”である。
時期は約3か月後の5月中旬。
作戦計画を立案・主導するのは日本帝国国防省。BETAをユーラシア大陸に封じ込めるという人類側の大戦略を思えば、国連や米国は賛成すれども、反対はしない。また明言こそされないが、これは光州作戦に伴って生じた日本帝国に対する国連の不信感を払拭するための作戦でもある。
前線作戦司令部は指揮通信能力に優れた最上型重巡洋艦『三隈』に設置される。
参加兵力は戦艦『大和』・『武蔵』をはじめとした帝国海軍水上艦艇が主となる。“撒き餌”となる日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第11中隊は、帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』によって作戦海域まで進出することが予定されていた。
作戦はまず重金属雲の生成と、東海岸の光線級個体数とその所在を割り出すことを目的とした水上艦艇によるAL弾の投射から始まる。概ね光線級を捕捉した時点で、水上艦艇はこれを撃破するために榴散弾による艦砲射撃に切り替え、同時に無人航空機によって東海岸を偵察する。
第92戦術機甲連隊第11中隊の仕事はここからで、洋上から東海岸に進出。その後、鉄原ハイヴのBETA群を地下から地表に引きずり出すことだ。問題は鉄原ハイヴの位置である。鉄原ハイヴは海岸線から60km以上西方に存在しているため、地表構造物直上は勿論、周囲数kmに広がったドリフトと点在するゲートにも艦砲射撃は届かない。つまりハイヴから湧き出したBETAを、第11中隊は艦砲射撃の射程圏内まで誘引する必要がある。
故に“撒き餌”、なのだ。
模擬戦の2日後、第11中隊の衛士たちは、東敬一大佐と副官の立沢健太郎中佐、連隊本部の幹部から作戦の存在を伝えられ、その概要を初めて知った。
(やっぱり、F-14Nが廻されたのはこういう事情だったんだ)
と、鵜沢心菜中尉は合点がいき、他の衛士たちの表情をちらと盗み見る。
「……?」
「えっ」
銀縁の伊達メガネをかけ、常日頃から怜悧な雰囲気を醸し出している(つもり)の櫻麻衣大尉の頭上に「?」マークを幻視した鵜沢心菜中尉は、思わず二度見してしまった。他の衛士たちが、自身・自隊が担う役割の重大さを自覚したり、敵地に身を晒す任務と知り覚悟を固めたりしている中で、これである。
心配になったのか第3科の園田勢治少佐は「櫻大尉、大丈夫か」と問うた。
対する櫻麻衣大尉はきっぱりと言い放った。
「困難な任務であることは理解しましたが、特に私がすることは変わりません。BETAを殺す、ただそれだけです」
おお、と櫻麻衣大尉のことをよくわかっていない副官の立沢健太郎中佐が声を上げたが、事を見守る鵜沢心菜中尉の不安は払拭されていない。「(理解が)困難な任務であることは理解しましたが、特に私がすることは変わりません。(作戦はあまりわかりませんが)BETAを殺す、ただそれだけです」と言っているようにしか聞こえないのである。
「敵地における漸減作戦は、困難極まる過酷な任務である」
最後に東敬一大佐が話し始めた。
「しかしながら、第1大隊第1中隊の諸君ならば、必ず作戦を成功に導いてくれると信じている。なおこの作戦の誘引部隊についてだが、現時点では第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊のみとなっているものの、今後変更される可能性もある。この漸減作戦は本土防衛軍による一作戦ではなく、国連太平洋第11軍司令部および帝国軍参謀本部の戦略を左右する重要作戦であり、きわめて政治的な側面も有するためだ。作戦に変更があれば、速やかに報せる。いまは作戦成功に向けた諸君の奮励努力を期待する。以上」
(ということは、ウチだけが出張るわけじゃないってことか)
その日の夜、鵜沢心菜中尉は食堂で食事を摂りながら、いろいろと思いを巡らせていた。連隊長の言葉を考えると、第11中隊のみが駆り出されるわけではなさそうだ、と少し安堵している。それはそうだ。こんなふざけた1個中隊だけに、漸減作戦の成否を決める誘引役を任せるはずがない。
(しかし、まずくなったなあ)
先程から鵜沢心菜中尉は、箸で鮭の塩焼きをほぐし続けている。
きょうの献立は白ご飯、鮭の塩焼き、合成卵焼き、合成味噌汁。
味噌も豆腐も合成のうま味という概念を捨て去った味噌汁に、卵というよりは油の塊と言いたくなるような合成卵焼きは言うに及ばず、天然食材のはずの鮭の塩焼きも調理や味付けの過程で合成なにがしを使っているのか、変な風味がする。これをおかずに天然の白ご飯を食べるのであれば、お茶をかけたご飯をひたすら食べていたほうがマシだと思う。
人類の劣勢が食事のまずさに現れているようで――というかそのとおりなのだが、彼女は少し憂鬱であった。
「鵜沢中尉」
と、鮭の塩焼きをほぐしていると、鵜沢心菜中尉は声をかけられた。
「ここ、大丈夫?」
「あっ、井伊さん」
第32中隊B小隊の小隊長を務めている井伊万里中尉は、静かに鵜沢心菜中尉の横に座った。中隊こそ違えども同じ小隊長の身であり歳も近く、そして衛士の中では“常識人”に近いふたりはそこそこ仲がいい。いつも1歳年下の鵜沢心菜中尉がなにかしら愚痴り、それを井伊万里中尉が聞いてやる恰好だ。
「……にしても最近、ご飯おいしくないですよね」
「基地食堂をシダックスに委託、ってなったときこそ喜んだけどね。まあこれは情勢が悪いよ。社員の星さんもいろいろ本社に言ってくれてるみたいだけど」
「あんまり大きい声じゃいえないですけど、当たり外れが大きいですよ」
鵜沢心菜中尉の愚痴に、井伊万里中尉は半笑い。
が、その彼女のトレーにも合成卵焼きが生残している。
好き嫌いなど大人げないとは思いつつも、その禍々しい黄色い塊を無意識のうちに直視しないようにしながら、井伊万里中尉は話題を変えた。
「ところでワン・ワン中隊、斯衛軍の瑞鶴隊に勝ったって聞いたけど」
「えっ、まあ」
「さすが第7師団最強衛士率いるワン・ワン中隊」
「いやいや、偶然ですよ。偶然、偶然。偶然、作戦がハマっただけで――それより“第7師団最強衛士”ってもしかして櫻大尉のことですか」
「うん」
「第7師団から異動してきたことは知っていましたが……」
そういえば櫻大尉のことあんまり知らないな、と鵜沢心菜中尉は思った。
それを感じたか、井伊万里中尉は小さく溜息をついた。
「あの人も私と同じ大陸帰り」
「初めて知りました」
「というか、重慶帰り。満州で少し戦った私なんて櫻大尉に比べたらぺーぺーだよ」
「重慶攻防戦の生き残り、ですか――」
それを聞いた鵜沢心菜中尉は畏敬というよりも、疑問を覚えた。
“あんなの”が、重慶帰りなのかと。
その疑問さえも、井伊万里中尉は見透かしたように言葉を続ける。
「櫻大尉が第7師団を追い出された理由、知ってる?」
「いえ……」
「隊舎の灯油ストーブにガソリン入れて大炎上を引き起こしたらしいよ」
「は?」
「あるいは毎朝、パンをひとつずつ多くとったとか」
「ええ……ほんとだったら懲戒もんですよ」
「これは私の想像だけど」
と前置きして井伊万里中尉は、言った。
「四六時中、戦術機の操縦とBETAのことしか考えてないんじゃないかな。だからあんなに注意散漫なんだよ」
「まさか」
「だから想像だって。でも重慶攻防戦といえば、多くの避難民が残る市街地での戦闘の連続で、最後には整備兵や衛士を戦術機の掌に載せて退却したような戦場。だから帰還した人間がまともな神経しているはずがないのよ」
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■15.1/100スケール 77式戦術歩行戦闘機F-4J撃震
「このたびは――」
「いや、そんな堅苦しいご挨拶は要りませんよ。どうぞおあがりください、お線香をあげていただければ幸いです」
「……」
「美知も喜びます。どうぞ」
久しぶりに代休をまとめてとった第92戦術機甲連隊第2大隊第2中隊の雨田優太少尉は、広島県海田町にある中華料理店『藤井中華』を訪れていた。
準備中の札がかかった引き戸の向こう側は、カウンター席とお座敷。
そしてカウンター席の端には、F-4J戦術歩行戦闘機撃震の模型が飾られていた。肩部ユニットには、高等練習機であることを表すオレンジの塗装が施されている。そしてその隣には、F-8Eクルセーダー。塗装はグレーの帝国軍仕様。そして肩口には大剣をふりかぶる少女のエンブレムが、丹精な筆致で描きこまれている。
(親父さんの作、なのかな。そういえば、藤井も休みの日は残留組になってよく模型作ってたっけ。親父さん譲りってことか)
その反対側の壁には、いくつかのペナントが飾られている。
熊本城、阿蘇山、そして日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊のペナント。
(あれ、中隊費の足しにするために基地祭で売りさばいたやつだ)
深紅のセンサーを輝かせた殲撃八型の装甲頭部モジュールと、92TSFRと大書したデザインはよく目を惹くので、飛ぶように売れたのを覚えていた。
店内を横切り、2階へ上がる。そして奥の和室に、仏壇と骨壺を収めた白い箱があった。49日がまだなのでまだ遺骨は墓地に納められていないのか、といまさらながら雨田優太少尉は気づいた。
「葬儀には西部方面司令部の方や連隊長の東さんまで来ていただいて――」
頭を下げる藤井美知少尉の父・藤井知男に、雨田優太少尉こそ恐縮しきりであった。
仏前で手を合わせて去ろうとする雨田優太少尉は、娘を失った初老の男に「粗餐はいかがですか」と引き留められた。断るのも気が引けた彼は了承し、1階のカウンター席に招かれた。
振る舞われたのは、炒飯であった。
「美知は料理の腕はからきし、でしてね」
「俺――いや私も、藤井少尉と基地祭で出店の手伝いをしたとき、思い知りましたよ。レシピじゃなくて、直感頼りでしたねあれは」
「ははは……」
力なく笑う藤井美知少尉の父にかける言葉が見つからず、ただレンゲで炒飯をかきこみ続ける。
数分、沈黙の時間があった。
それから藤井知男が口を開いた。
「本望、だったでしょうね」
「……」
「道路の向かい側は海田市駐屯地で、美知が衛士やヘリのパイロットを夢見るのは当然といえば当然でした。夢をかなえることができたんですから。衛士として死ねたのですから」
「……」
「西部方面司令部の方は美知の最期について“最前線にて赫々たる戦果を挙げた後の御戦死”と仰ってくださりましたが――雨田さんは娘の分隊だったんですよね。実際はどうだったのですか」
問われた雨田優太少尉は、迷いなく言った。
「わかりません」
「どういうことですか?」
「俺たちは光線級というBETAを排除するために敵中へ斬りこみをかけたんです。光線級は戦車さえも10秒程度で破壊してしまううえ、攻撃の命中率は100%に近いという強力な敵です。それが、高地に現れました。周囲には光線級を援護するBETAがたくさんいました。放っておけば、戦線は間違いなく崩壊していました」
「……」
「その光線級への突撃を敢行中に、藤井少尉は撃墜されました。要撃級という光線級を援護するBETAにやられたことになっています。が、あの混戦の中では、誰がどんな活躍をしたかなんて本当はわかりません。わからないんです」
「……」
「ですが、あの瞬間、藤井少尉がいなければ突撃は失敗し、戦線は崩壊し、多くの避難民がBETAに殺されていたかもしれません」
「……」
「とんでもないことを言います。藤井さんからすれば藤井少尉は娘かもしれませんが、あの場にいた将兵や、後方にいた避難民からすれば、間違いなく藤井少尉は英雄です。俺も、藤井少尉同様に死ぬまで戦うつもりです」
「そう、ですか」
「……すいません、なんかいろいろ偉そうに」
「いえ、ありがとうございました」
頭を下げた藤井知男に、雨田優太少尉も軽く頭を下げ、ふたりで英雄の死を悼んだ。
……。
「あ、それから、ですね」
「なんでしょう」
「実は八代基地からまだ開封されていない模型がたくさんお送りいただきまして。たぶん、美知の私物だと思うのですが」
「ああ……。確かに藤井少尉は作りきれてなかったと思います」
「もしよろしければ、雨田さんに差し上げます」
「……お父様がお作りになっては?」
嫌な予感がした。
「実は私、中華料理はともかく、工作はからきしで」
「じゃあ、これは」
「カウンターの模型は全部、美知が作ったものです」
「……」
「10箱以上あるみたいなのですが……」
雨田優太少尉は溜息をついた。
「申し訳ありませんが後日、八代基地に私宛にお送りいただいてもよろしいでしょうか?」
――禁煙といい模型といい、本当に課題、宿題ばっかり残しやがる。
◇◆◇
「え、なにこれは」
奇しくも同刻、コトブキヤから1/144スケールF-8Eクルセーダー(再販版)が30個も八代基地に届き、東敬一大佐を困惑させていた。
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■16.F-14Nノラキャット(5)あるいは櫻麻衣大尉(22101991)
いついかなるときも冷静沈着で、窮地でも眼鏡を弄ってから打開策を捻りだしていた高比良中隊長が戦死されたときの夢をみた。
なので、今朝はミントの歯磨き粉を使うと決めた。
洗面台に映った顔、そのすぐ横に闘士級の赤い瞳が輝いているように見えたが、これは幻視だと知っている。なぜならこの彼我の距離ならば、すでに殺されているからだ。生きて彼の赤い瞳を見ることができている以上、これがホンモノであるはずがない。いま聞こえてくる迫る戦車級の蹄の音も同様だ。
戦車級の蹄の音は、すぐに鳴り響く初期照射警報音に切り替わったが、これも無視しながら朝食を摂りに食堂に向かう。食堂では本日に限り衛士は食事が摂れないなどとアナウンスがされていたが、通りすがったまり中尉がふつうにトレーを持っていたので、私に食事を摂らせず、私のゼリーを銀蝿しようとした輩の仕業かと合点がいった。
「まり中尉」
「おはようございます、櫻大尉」
「申し訳ないが、私の分ももらってきてもらえませんか」
「もちろんです。任せてください」
まり中尉は、信用できる。搭乗機から戦車級に引きずり出された瞬間、闘士級に首を引き抜かれた鈴木京子少尉によく似ているからだ。京ちゃんはいつでも世話を焼いてくれた。まりも、もう一度列に並んで、私のためにトレーをもってきてくれた。
「櫻大尉、一緒に食べましょうか」
「ああ」
きょうの献立は、白ご飯、温泉卵、サンマのかば焼き、ごぼうとお麩の味噌汁だ。
「白ご飯、合成温泉卵、合成サンマのかば焼き、合成味噌汁ですね」
横に座ったまり中尉が、すかさず訂正する。
京ちゃんよりもすごいのは、彼女は私の考えが少し読めるらしいということだ。
「やっぱり、おいしくないですね」
まり中尉は合成温泉卵をご飯にかけて一口食べてそう言う。私は思わず笑ってしまった。親切でかっこいい彼女だが、味覚音痴なのだ。
「櫻大尉、私なにか変なこと言いましたか?」
「天は三物を与えず、とはよくいったものですね」と言うと、まり中尉は不思議そうに首を捻った。親切さ、かっこよさ、味覚は並立しないということだが、どうやらまり中尉はそこまで思い至らないらしい。
きょうは朝食後、事務室に詰める。ただ中隊の事務にかかわることは禁止されているため、肝心の業務はわんわん中隊の参謀役であるC小隊長のココ中尉にお願いしてしまっている。私はそれを監督しながら、安元先任曹長に更新をお願いされていた遺書の文面を考えていた。
……でも何を書けばいいのかわからない。そういえば以前、遺書を読んだことがあった。田中拓馬中尉の遺書だ。光線級の初期照射から逃れるために回避機動をとった先で、突撃級と激突――遺体は回収できなかったので、遺書だけご家族にお渡しすることとなった。しかし、参考にはならない。奥さんに宛てた文面だったからだ。
「クトゥルー01――駄目だ振り切れないッ!」
「田中ッ、上に跳べ! 突撃級が――」
「あ゛」
「櫻大尉。やっぱり遺書の文面、お悩みですか?」
「鵜沢中尉……」
事務仕事が一段落したのだろう、急にココ中尉が話しかけてきたのでびっくりしてしまった。
「恥ずかしいことに、そのとおりですね」
「クトゥルー31がやられた!」
「こちらクトゥルー01! クトゥルー32はクトゥルー31を捜索しろ! クトゥルー21から24はクトゥルー32を援護ッ!」
「ダメだ! 田中、脱出してない!」
「クトゥルー01、クトゥルー21だ! やばいッ、戦車級の群れが背後から来てる!」
「その悩みよう……。もしかして、ですけど。櫻大尉、彼氏とかいるんですか?」
「いまはいない」、と言いながら私はひとつ思い当たった。
そういえば私はココ中尉の遺書を読んだことがある。あれは確か――佐渡島を巡る戦いだ。横浜ハイヴに続き、五次元効果爆弾による攻略のため、地下から地表に一匹でも多くのBETAを引きずり出す陽動作戦をやる前日のこと。ココ中尉が連隊本部に残した遺書とは別のものを、なぜか私に託してきたのだ。細々とした内容までは覚えていない。作戦自体は見事成功したが、ココ中尉は発艦から渡洋攻撃の間に重光線級の照射を受けて戦死した。しかし、ココ中尉はいまここにいるので、おそらくココ中尉は不死身なのだろう。かつてココ中尉は私に「櫻大尉はヒーローです」と言ってくれたような気がするが、私からすればココ中尉の方がすごい衛士だと思っている。先日、実は斯衛軍の82式瑞鶴をやっつけた作戦も、以前にココ中尉が考えてくれたものなのだ。
……。
昼食後、JIVESによる鉄原ハイヴ漸減作戦のシミュレーター演習が始まり、衛士強化装備の感覚欺瞞に抱かれるとともに、私の狂気はどこかに去っていく。
澄み渡る思考。
――佐渡島ハイヴ?
――横浜ハイヴ?
――五次元効果爆弾?
馬鹿げている。
今度こそ本物の照射警報。舌打ちしながら、脚部を斬り裂いて擱座させた突撃級を盾にして初期照射を躱し、稜線上の光線級を左主腕で保持する120mm滑腔砲で射殺する。と同時に、右主腕の突撃砲で迫る戦車級の群れを制圧する。
私は網膜に投影されている戦況図に一瞬意識をやった。現在地は鉄原ハイヴ最外縁に位置するSE14ゲートから約6km南東の山間部で、大隊規模のBETA群に両翼包囲されている。この包囲自体はさしたることはないが、鉄原ハイヴからさらなる増援を引きずり出すには、もう少しSE14ゲートに接近する必要がある。が、我とSE14ゲートの合間には、連隊規模のBETA群がわだかまっていた。
突破すべきか、後退すべきか。転がる突撃級の外殻を飛び越してきた要撃級の前腕の一撃を後退して躱す。頭部に36mm機関砲弾を叩きこんで殺し――左手の丘陵、森林を踏破してきた要撃級を射殺する。
「サクラ姐さんッ、このあたりが一番厳しいっす……ね!」
ゼノサイダ6、小清水仁中尉が言うとおりだ。もうこの地点にまで至ると、洋上からの艦砲射撃は届かない。火力支援がないことも同様だが、砲弾に紛れて発射される補給コンテナもこの地点には存在しないので、推進剤や武器弾薬の補給ができない。
日高大和中尉が率いる前衛のB小隊は弾薬を節約しながら、74式長刀で半死半生の突撃級を作り出し、光線級や突撃級の攻撃を妨害。後衛のC小隊は的確な狙撃で無駄弾を使ってはいないが、やはり荷が重すぎる。
「ゼノサイダ9、こちらゼノサイダ1。チャーリーは敵右翼を駆逐して退路を確保せよ」
「ゼノサイダ1! ゼノサイダ9、了!」
「ゼノサイダ5、ブラボーは下がってこい。チャーリーが退路を確保するまで、アルファ・ブラボーが共同でここを固める。チャーリーを砲撃戦に専念させる」
「了」
ゼノサイダ9――鵜沢心菜中尉機がC小隊機を率い、長距離砲撃戦で敵の右翼を120mmキャニスター弾や36mm機関砲弾で乱打する。荒野と廃墟に狂い咲く異形の花。紅の体液がぶちまけられ、退路を示す。
B小隊はゼノサイダ5、日高大和中尉機が殿となって後方跳躍を繰り返し、A小隊のところまで後退してきた。
「ゼノサイダ5、どのくらい釣れた」
「1000」
「それでは誘引できるのは併せて概ね1500だな――ゼノサイダ各、敵前衛集団との接触を保ちながら、娥眉山公園まで後退する。その後は艦砲射撃の有効射程圏内である襄陽ICまで敵群を誘引する」
「了」
「わかりやしたよっと、でもサクラ姐さんは簡単に言ってくれるぜー。このルートじゃ100kmもBETAを引きずり回すことになるんですけど」
「ゼノサイダ6、黙れ」
私は久しぶりに苛立っていたし、結果も私をさらに苛立たせるに足るものだった。
2度に亘ってSE14ゲート10km圏内と襄陽ICを往復したものの、連合艦隊の艦砲射撃射程圏内にまで誘引できた個体数は3000強に過ぎなかった。これでは水上艦艇を危険に晒し、AL弾を消費するに足る戦果だとはいえないだろう。
「こらだめでんなあ。ハイヴに突入するくらいの勢いでやらな」
と、まるで他人事のようにゼノサイダ2、菅井麗奈中尉がぼやくとともに、シミュレーター演習が終了する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛いやだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 助けて大尉ィ゛!」
途端、響き渡る悲鳴。
「ハスター1! シノが戦車級にたかられて――どうすればいい!」
「ハスター5、ハスター6を撃て!」
「正気ですか、櫻大尉ッ」
「早くしろ鵜沢ァ――思考制御が暴走して、もうハスター6は!」
「で、できませ――」
「じゃあ私がやるッ!」
「ハスター1ッ、櫻大尉! こちらハスター6゛でずッ! 助けて゛ぇ゛! 脱出できないッ、脱出できない゛い゛い゛い゛い゛! 止まって゛ぇ!」
「過入力になってる! シノ! シノ!」
「すまない――」
だが大丈夫だ。これは倉敷のあたりで私が射殺した田村詩乃少尉の悲鳴だから、いまこの瞬間のものではないはず。
「やっぱり難しいですね」
と、隣のJIVES筐体から出てきた鵜沢心菜中尉が溜息まじりに言う。
そして鵜沢心菜中尉は私をあざけった。
「さすがシノを撃ち殺したあなただ。どんな幻覚も、幻聴も、妄想も、あなたの正気を完全に失わせるには足らない。味方殺しに味方見殺し、敗北に敗北を重ねてもあなたの心は折れない。あなたは戦術機に乗り続ける。でも、あなたができるのは所詮、延々と戦場に身をおいてBETAを殺し続けることだけですよね? 私に誓ったBETAを殺し続けるっていうすごい簡単な約束しか守れない。誰かを守るとか、帝国を守るとか、世界を守るなんていうそんなことはあなたごときにはできない。戦技を磨き、BETAを殺し続けることしかできない無能。屍の積み重ねて得た戦訓と、見殺しにしてきた人々の戦術を借りて戦い続ける無能。無能。無能。無能。無能。無能」
「そうですね――まあ、なんだって変わりません。BETAを殺す、ただそれだけです」
人差し指で眼鏡の位置を直しながらそう返事をすると、ココ中尉は微笑みを浮かべた。
「そういえば前から気になっていたんですけど、櫻大尉のその眼鏡、伊達、ですよね?」
「……昔、お世話になった中隊長の真似をしているだけです」
「そのとおり、重慶であなたを助けて死んだ高比良中隊長の真似をしているだけ。伊達眼鏡も、その仕草も。そうやって理想の中隊長を演じようとしている。所詮、あなたの外面も、戦術機の腕前も、すべて他人の借り物」
――それで何が悪い?
私も笑った。
BETAを殺し続けるというココ中尉との誓いを守れるなら、何を使ったっていいじゃないか。
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■17.F-14Nノラキャット(6)
「数年前、我々はBETAが襲来するとうそぶく政府と軍の指導の下、この熊本を去りました。しかしどうでしょう。未だBETAは現れません! いつになったら私たちは郷里に帰ることができるのでしょうか!?」
――有明海の機雷原化に断固反対!
――本土防衛軍は市街戦準備を放棄せよ!
――帝国臣民の財産を接収する諸法律に反対!
本州からやってきた泡沫野党の支持者たちが繰り広げている抗議活動を無視して、複数の日本通運のトラックが次々と八代基地の民間運送業者用ゲートに向かう。運転手たちは慣れたものだ。本土防衛軍に対する反対運動は、泡沫野党候補者の選挙戦に向けた実績作りにすぎない。実力を以て本土防衛軍諸部隊や、業務を委託された民間運送会社を妨害することはないのだ。
日本通運トラックの積荷は、殲撃八型のために調達された爆発反応装甲をはじめ、補給コンテナやその他諸々の武器弾薬だった。64式小銃を携えた警備兵たちが車輌を検めるとともに、運転手の運転免許証と来訪者用登録番号を確認する。それだけに留まらず、詰所の警備兵は内線電話で、警備担当の関完太郎中尉に確認をとった。
「ご苦労様です!」
それでようやく、日本通運のトラックは敷地内に進んでいく。
「いよいよ本土決戦、かな」
トラックが走り去るのを確認すると、今田佳輔上等兵は詰所のパイプ椅子に座って溜息をついた。相方の工藤卓也上等兵も「うん」と頷いた。平時から運送会社のトラックはやってくるが、1週間前からはまるで異様だった。戦術機の武器弾薬は勿論、インスタント食品やミネラルウォーター、医薬品、警備兵用と思われる個人装具など、籠城戦でもやるのかという勢いで物資が届いていた。
そして西部方面司令部が設置されている健軍基地、第92戦術機甲連隊が配されている八代基地をとりまく環境、情勢も騒がしくなっている。
「巌谷中佐、ご無沙汰しております」
「こちらこそ突然、押しかけてしまい――」
「いえいえ、そんなことは」
八代基地を訪ねてきたのは、顔面に大陸で負った古傷の残る男――帝国技術廠に務め、国内戦術機開発に多大な貢献をしてきた巌谷榮二中佐であり、東敬一大佐は階級が上にもかかわらず、大変恐縮していた。
「かつてF-4JでF-15Cを破った腕前と、そして82式戦術歩行戦闘機瑞鶴等、本邦の兵器開発に携わっている巌谷中佐には、こちらから教えを乞いたいところです。もしよろしければ、このあと部隊も見ていっていただきたい。いや、もちろん、お時間があれば、ですが」
「ありがとうございます。しかし、私がF-15Cを破ったのはもう10年以上前の話です。過去の栄光です」
「謙遜されることはありませんよ。大陸帰りの衛士たちはいまでも巌谷中佐の武勇をいろいろと――あ、お茶も出さずに申し訳ございません」
湯呑を載せたお盆を左腕だけで器用に運んできたのは、満田華伍長であった。
「失礼します」
彼女はお盆を卓に乗せると、スムーズに湯呑を両者の前に置いた。
巌谷中佐はお茶を運んできた彼女を一瞥すると、「満田少尉?」と口を開いた。
「巌谷中佐、お久しぶりです。大陸ではありがとうございました。いまは伍長であります」
「そうか。やはり右腕は――」
「継げませんでしたが、支障はありません。戦争は衛士だけでやるものではありません。私がお茶を運ぶ仕事も部隊に貢献する立派な戦争です」
「……」
「失礼いたしました」
満田華伍長は左手で敬礼すると、連隊長室を退出した。
「満田伍長をご存じでしたか」
「ええ」
「西部方面司令官閣下のご意向もあってか、92連隊は大陸帰りの衛士や下士官、兵が集められておりまして。おそらく巌谷中佐がご存じの衛士も多いかと思います」
「櫻麻衣大尉も確か所属しておりましたな」
巌谷中佐は口の端をほころばせた。平時は奇天烈な言動が目立つ衛士だったが、衛士強化装備を纏うと雰囲気一変、単騎で戦線を支えることができるような練達者。故に周囲がついていけないこともあった。
東敬一大佐の評価も、巌谷中佐のそれと同様である。だからこそ第92戦術機甲連隊で最精鋭となる第1大隊第1中隊を任せている。櫻麻衣大尉についていける実力主義の衛士だけを集めた第1大隊第1中隊ならば、彼女が孤立するようなこともあるまい、という意図である。
「巌谷中佐は櫻麻衣大尉もご存じでしたか」
「ええ――それから先日は、その櫻にしてやられました」
東敬一大佐は一瞬、何のことだろうと思いを巡らしたが、すぐに思い当たった。
「82式瑞鶴との模擬戦の件ですな」
「そのとおりです。実は模擬戦のあとから――西部方面司令部は何を考えているのか、と中央ではいろいろと話題になっているのですよ」
「と、申しますと」
「単刀直入に申し上げると、西部方面司令官閣下は国産戦術機に対してよからぬ思いを抱いていらっしゃるのではないか、と」
東敬一大佐は、巌谷中佐が何を言っているのか理解できなかった。
「とんでもない。あー、まず82式瑞鶴最新ブロックとの異機種間模擬戦は斯衛軍側の要請で行われたものですし、櫻麻衣大尉ら選抜衛士は全力を尽くしたまでです。そこに何の政治的意図もございません」
「しかし中央の連中はそう思っていないのです。遠慮なく言わせていただくと、外国産戦術機を西部方面隊に揃えるために、以前から西部方面司令官閣下が一部の国会議員や国防省・大蔵省の官僚たちを操っているのは公然の事実」
「……」
「そして今回の模擬戦。海外製戦術機を以て82式瑞鶴最新ブロックを完膚なきまでに叩きのめしたというのは、海外製戦術機の優位性を表すものにほかならない。奇しくもF-14は1982年初頭頃に配備が始まった、82式瑞鶴のいわば“同期”。わざわざ第92戦術機甲連隊がF-14を出してきた意図はここにあるのでは、と」
「……」
「そしてF-14で瑞鶴を斃し、光州作戦でも旧式の米国製戦術機を以て赫々たる戦果を挙げた第92戦術機甲連隊は、海外製戦術機の看板役なのではないかと考えられているのです」
成程、と東敬一大佐は思った。よくもまあ国防省勤めの将官・佐官という奴らは、“点”と“点”を都合よくつなぎ合わせるものだ。こっちだって海外製戦術機を好き好んで運用しているわけではない。むしろ94式不知火を喉から手が出るほど欲しているというのに。
「巌谷中佐――前線部隊にそんなことを考える余裕などないですよ」
怒りとともに、彼は言う。
「それを確かめるために九州に来たのであれば、健軍基地に行った方がいい」
「すげなく断られてしまいましてね。そこで疑惑の周縁を伺おうか、と」
「それで巌谷中佐はここ八代基地に来て、私を怒らせて本音を引き出そうという算段かね」
「……」
「ならば本音を言わせてもらおう」
東敬一大佐は、眼鏡を外すと巌谷中佐の瞳を見た。
「西部方面司令官閣下により、第92戦術機甲連隊に海外製戦術機が優先的に供給されているのは事実。しかし、92連隊が最前線にてBETAを討つ理由、日々錬成にあたる理由は海外製戦術機の宣伝、ましてや国産戦術機を貶めるためにあらず!」
「……」
「そのような誹謗を捻りだせるのはおおかた大伴中佐あたりの欧米嫌いであろう。こんなことを君に言っても仕方がないが――光州作戦にて戦死した藤井美知少尉、桃田武司少尉はF-8Eの宣伝のために死んだのではない。大陸の人類同胞と、帝国臣民を守るために死んだのだ!」
「……」
「正直に言えば、私にも西部方面司令官閣下が何を考えているかはわからない。だが閣下の要望事項は九州防衛、帝国防衛、人類防衛――ポストを転々とするだけの将官とは違う。ましてや閣下は一戦術機ごとき、国産が、米国製が、欧州製が、ソ連製が、中華製が、と云々する方ではない」
巌谷中佐は厳しい表情で東敬一大佐の言葉を聞いていたが、最後には頭を下げていた。
「非礼をお詫びいたします」
「いや……こちらこそ巌谷中佐には申し訳ないと思う。君に怒りをぶつけても仕方がないのに……」
「加えて、あとひとつだけ質問を」
「ああ――」
「東大佐の考える最良の戦術機とは、なんでしょうか?」
東敬一大佐は即答した。
「必要なときに、必要なところにある戦術機でしょう」
◇◆◇
同時刻、帝国情報省外務二課の人間が健軍基地を後にしていた。
西部方面司令部は呑まざるをえない。『薫風作戦』投入部隊の変更。
誘引任務は第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊単独ではなくなった。
「『薫風作戦』は東亜における人類団結・人類反撃の象徴とならねばならない、か」
黒革の座席に身を沈めたまま、西部方面司令官は無表情で虚空を見つめている。
誘引任務を担うのは、まず日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊。
続いて日本帝国海軍鹿屋基地の第7戦術機甲攻撃中隊。
大東亜連合に身を寄せる韓国陸軍第30戦術機甲旅団第51戦術機甲大隊(実数1個中隊)。
そして国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊より1個中隊。
以上、約50機の戦術機によって誘引が行われることとなった。
成程、一見すれば光州作戦で破綻した協力関係を、もう一度築き直そうという恰好にみえる。
一見すれば、だ。
「オルタネイティヴ第4計画の実働部隊を紛れこませるにはちょうどいい建前と陣容――忌々しいがまあこれで私もやりたいことができるようになる」
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■18.F-14Nノラキャット(7)あるいは櫻麻衣少佐(22102002)
「国連も西部方面隊も我々をどこまで虚仮にすれば気がすむのだ――!」
帝国軍参謀本部に務める大伴忠範中佐は、苛立っていた。
否、大伴中佐だけではない。いま帝国軍参謀本部の将官・佐官たちは、様々な思惑を胸中に秘めながら、軍務に励んでいた。光州作戦における国連軍司令部陥落の責を彩峰中将が問われることになったそばから、今度は国連太平洋方面第11軍が、日本帝国国防省が主導して行うはずだった『薫風作戦』に、口出しをしてきたのだから平静ではいられない。
国連太平洋方面第11軍の要求は、第1戦術戦闘攻撃部隊の作戦参加。
戦力が増えた、とは喜べない。
「国連の連中は間引きになんか興味はねえ。奴らは鉄原ハイヴのG元素の在処を探りたいだけだ。前線国家のことを利用する、汚ねえ国連のやり口だ」
喫煙室に大伴中佐の同僚、土田大輔中佐の悔しそうな声が響いた。
それに大伴中佐も同調して頷いた。“戦後”はまだ続いている、というのが彼の持論である。先の大戦の敗戦から、日本帝国はアメリカ合衆国の顔色を窺い、国連という戦後秩序に唯々諾々と従ってきた。どこかでこの隷従の鎖を引きちぎらなければ、日本帝国はどこまでも国際社会の僕でしかない。
「それに西部方面隊もなんなのだ、あれは!」
大伴中佐は国連に迎合する内閣もさることながら、同じ軍組織内――西部方面司令部も快く思っていなかった。どこで知ったか国会議員や国防省高級文官の弱みを握り、帝国情報省と通じ、米国製戦術機をはじめとする海外製戦術機を揃え、帝国軍参謀本部を半ば無視して沖縄・九州の防衛政策を推し進めていく。大伴中佐からすれば、到底許せる存在ではない。
そして西部方面司令官は、また横紙破りをしでかした。
「7月初頭、九州地方における大規模戦闘演習“鎮西98”を実施したい」
と、西部方面司令官は四方に要請したのである。
勿論、大伴中佐もむやみやたらに反対するつもりはない。西部方面隊は対馬海峡を挟んでBETA群と対峙しているのだから。
だが、帝国軍参謀本部にて西部方面司令官の演習“鎮西98”について吟味する前に、国連太平洋方面第11軍・内閣・国防省事務次官以下文官が速やかに賛成の意を表したのが気に食わなかった。
◇◆◇
「参加兵力の変更により、甲20号目標鉄原ハイヴを対象とする漸減作戦『薫風作戦』の作戦内容もまた変更された」
第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊の衛士たちや、作戦準備に携わる幹部たちが集合した会議室では、第3科の園田勢治少佐が作戦概要の説明を始めていた。
日本帝国・大韓民国・国連三軍から成る共同作戦司令部が、指揮通信能力に優れた最上型重巡洋艦『三隈』に設置されることや、戦艦『大和』・『武蔵』をはじめとした帝国海軍水上艦艇が漸減作戦の主力として展開することは変わりがない。
「第一次攻撃は国連宇宙総軍と日本帝国航空宇宙軍の軌道爆撃から始まる。この軌道爆撃の目標エリアは鉄原ハイヴ南東に点在するゲート群周辺から地表構造物にかけての一帯だ。重金属雲の発生と光線級の捕捉を狙い、AL弾は地表構造物周辺、補給コンテナを搭載した多目的再突入殻は、ゲート群周辺から海岸線までのエリアに落着させる」
動かぬ敵の策源地を叩くハイヴ攻略戦ならばともかく、BETAの個体数を漸減することが目的の間引き作戦では、軌道爆撃は費用対効果が低い。が、第1大隊第1中隊によるシミュレーションの結果、ゲートに接近するほどに補給が困難となり、有力なる敵BETA群の誘引を諦めるしかないという状況が頻発した。そのため共同作戦司令部は軌道爆撃で補給コンテナをばら撒くほかない、という結論に達したのである。
「重金属雲の発生とともに熱量分布、レーザークラウド分布から光線級の所在を割り出し、第二次攻撃を実施する。第二次攻撃は戦艦『大和』・『武蔵』をはじめとした帝国海軍水上艦艇によるAL弾・榴散弾による艦砲射撃だ。無人航空機も繰り出し、海岸線付近の光線級を釣り出して徹底的に叩く」
この段階で優先されるのは第1に光線級の殲滅。
第2に臨海部の有力なBETA群の殲滅である。
「続いて第7戦術機甲攻撃中隊のA-6Jが水中航行形態で銅湖海水浴場周辺を偵察、続けて強襲上陸を仕掛け、橋頭堡を確保する。その後、帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』から我が第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊が、韓国海軍戦術機輸送艦『済州』から韓国陸軍第51戦術機甲大隊が渡洋する」
第7戦術機甲攻撃中隊のA-6J攻撃機の参戦は、第92戦術機甲連隊の幹部からすれば心強い。絶大な火力もさることながら、A-6Jは海中から各種センサーを用いて海岸線の様子を偵察し、洋上の水上艦艇に有力な敵BETA群の所在を報せ、火力誘導を効率よく行える。これで渡洋攻撃を仕掛ける第11中隊が奇襲攻撃を受ける可能性は、これで大幅に減ったといっていい。
「上陸した戦術機部隊は、洋上の連合艦隊と協同し、橋頭堡周辺に接近する敵BETA群を殲滅する。もしも敵の増援がなかった場合、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊は、銅湖海水浴場から最も近い門SE14に向けて移動を開始。敵BETA群を引きずり出し、艦砲射撃の有効射程まで誘引する」
むしろ臨海部にBETA群がひしめき合っていたり、最低でも旅団規模のBETA群が早々に橋頭堡に雪崩れこんできてくれたりした方が、わざわざ囮となる戦術機部隊をハイヴ外縁部まで進出させる必要がないので、共同作戦司令部側からすれば楽である。
「少なくとも師団規模の個体数の殲滅。これが“成功”の目安だ。軌道爆撃にかかるコスト、貴重な弾量が費やされることを考えれば、連隊規模のBETA群殲滅では割に合わない。現在、鉄原ハイヴのフェイズは3。収容可能個体数は20万程度だろう。光州作戦からわずか3、4か月しか経っていないとはいえ、15万以上のBETA群が存在するとみている。数千程度を間引いた程度では、まったくもって意味がなく、すぐにBETAは溢れ出る。誇張ではなく、日本帝国の命運は、この作戦の成否にかかっている。以上。何か質問は」
園田勢治少佐が説明を終えると同時に、鵜沢心菜中尉が挙手をした。
「国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊の作戦参加はないのでしょうか?」
「現時点でわかっていることを話す」
園田勢治少佐は、書画カメラで1枚の画像を映した。
映し出されたのは、国連軍の所属であることを示す、青い塗装が施された94式戦術歩行戦闘機不知火である。
「国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊――A-01は、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊が門SE14に対する誘引戦術を採る際のみ、国連太平洋艦隊の戦術機母艦『イーグル』から発艦し、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊に追随――鉄原ハイヴ周辺で特殊任務にあたる。以上だ」
「特殊任務……ですか」
「これ以上は私にもわからない。SE14に向かう際、A-01は君たちに追従することになるが、A-01の援護は期待するな。逆に共同作戦司令部からの命令で、SE14に対する誘引を放棄し、A-01を援護しなければならないことはあるだろう」
「あ゛っ゛!? なんやねんそれ゛ぇ!」
喧嘩っ早い菅井麗奈中尉が声を荒げる。
抑えろ、と小清水仁中尉が彼女をなだめたが、気持ちは痛いほどわかる。SE14からBETA群を誘引しなければならないのに、A-01が特殊任務のために鉄原ハイヴ周辺に留まってしまえば、SE14から湧き出したBETA群は分割されてしまうだろう。
慌てた副官の立沢健太郎中佐が口を出した。
「菅井くん、気持ちは痛いほどわかる。私も、作戦計画を担う園田勢治少佐も、この国連軍の動向には不信感を抱いている。しかしながら、こればかりはね……」
「まあ少佐を責めてもしゃーないわ! ……でも自分がウチらの援護が必要になったら、殺したるわ。国連の秘密部隊やさかい、射殺しても表沙汰にはならへんやろ」
と、菅井麗奈中尉が捨て台詞を吐いた瞬間――会議室の一角で殺気が噴出した。
「菅井、考え方が違うぞ」
櫻麻衣大尉は、昏い瞳で菅井麗奈中尉を見た。
「A-01がそこに踏みとどまり、助けを求めるなら助ければいい。24機の戦術機がいればクソ虫どもも速やかに地表に這い上がってくる。そのすべてを殺せばいいだろう。補給コンテナもばら撒かれるわけだしな。菅井、私は味方撃ちを許さんッ」
「サ、サクラ姐さん、冗談ですって。な、スーさん」
小清水仁中尉はやばい、と思った。櫻大尉はこういうところがある。戦術機に搭乗するとスイッチが入るのはいつものことだが、日常でも急に“スイッチが入る”タイミングがあるのだ。
それを菅井麗奈中尉もよく知っている。
引かなければ、半殺しにされる。
「はい、櫻大尉。申し訳ございません。過ぎた口でした」
「それでいい」
櫻麻衣大尉は彼女の謝罪を受け容れた。
とともに、視覚と聴覚が狂いはじめる。
「HQ、こちらゼノサイダリーダー! AL弾の再突入を確認したが、すべて迎撃されなかったぞ! 重金属雲が発生していない! 繰り返す、AL弾は迎撃されていない! このままではA-04は全滅するぞ!」
「こちらジョーカー1、突っこんで敵陣を掻き乱す! とにかく新属種のパチモン野郎を抜いて、重光線級をぶち殺すしかねえ!」
「待てジョーカー1ッ、12時方向から敵群多数ッ! 迎え撃て!」
突撃級の死骸や要撃級の群れを飛び越し、現れる新手。瞬く間に乱戦となる。
「ウチは……ベテラン衛士や゛ッ! 自分らクソ虫に負けへん゛っ゛わ」
F-14Nの頭部ユニットを破壊されてもなお、菅井麗奈中尉は指先のセンサーを使って戦おうとしたが、次の瞬間には戦塵を引き裂いた斬撃に右主腕も左主腕も落とされ、狙い澄ました刺突で管制ユニットを貫かれていた。
「菅井――」
敵機は長剣を菅井中尉機から引き抜く寸前に、菅井中尉機は爆発を起こした。指向性のある爆炎と衝撃波が敵を吹き飛ばし、その四肢をバラバラにした。自決用爆弾による自爆――。
「こちらイツマデ2、こっちの米軍機は全滅した! SW110から湧き出した要塞級が……!」
「こちらゼノサイダリーダー! イツマデ各、戻ってこい!」
「ゼノサ……リーダー、こ……HQ。A-04…………まであと……」
「HQ! こちらゼノサイダリーダーだ! もう1回だ! 軌道爆撃でも弾道弾でもなんでもいいッ! ゲートSW115周辺を爆撃しろ! 繰り返すッ、SW115を爆撃しろ!」
「A-04は現周回を以……入する」
「HQ、HQ! ゲートSW115周辺を爆撃しろ! このまま降下しても全滅するだけだ――くそっ、聞こえていないのか!」
「櫻少佐ッ、こい゛」
視線を遣るとゼノサイダ12――山口雄一少尉が突撃級の死骸の合間から現れた要撃級の一撃を受け、崩れ落ちるところであった。
重金属雲の中から現れた敵機が、その脇をすり抜け、大上段に刃を振り上げて迫る。すぐに両主腕で保持する74式長刀を翳してこの凶刃を受け止める。主脚ユニットが破損することを覚悟で、けばけばしい色彩の敵腰部装甲を蹴りつけて引き離し、引き胴の要領で斬撃を放って殺す。
さらにもう1機が突撃級の合間を縫って突出――斬りかかってくるのを半身になって躱し、下段からの斬り上げで敵の胸部を破壊する。
「櫻少佐!」
1機のシュペルエタンダールが、私の前に躍り出る。鈍色の機体は、血肉で汚れている。満身創痍。腰部装甲は弾け、左主腕も失われている。副腕と右主腕の突撃砲3門で敵陣めがけて制圧射撃。彼らは素早く黄緑の盾を構え、36mm機関砲弾を防ぐ――が、足が止まった。さらに2機、3機とシュペルエタンダールが現れ、弾幕を張る。
「行ってッ、櫻少佐! もう時間がない!」
「わかった井伊ッ――サイウン各、迫で支援!」
「こちらサイウン了解!」
「ゼノサイダ各――あいつらの頭上を飛び越して、光線級を全滅させるッ!」
「了ッ」
サイウン中隊のフィアットG.91Y攻撃機が120mm迫撃砲による砲撃を開始する――が、予想通り光線級の迎撃はない。やつらは本命が来るのを、わかっているのだ。だから、私たちも迎撃されることはないはず!
最大出力で跳躍し、敵の戦陣を飛び越える。そして眼下の重光線級に――。
「ゼノサイダリーダー、こちらHQ。A-04が再突入する」
が、その直後、私は空が輝くのを見た。
私たちを無視して、無数の大出力レーザーが空へ照射される。
その数は10、20ではきかない。レーダーを信用するなら、300以上の重光線級が、空を見上げていた。
レーザークラウドが紫と橙に光り、それですべてが終わった。
するりと勝利が指の間をすり抜けていき、東敬一大佐が「これで私からは以上だ。質問は? 解散」と告げた。
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■19. F-14Nノラキャット(8)
「ウィスキー、こちらHQ。風薫る、繰り返す風薫る――」
1998年5月11日、甲20号目標鉄原ハイヴに対する漸減作戦『薫風作戦』が発動した。
極超音速で突入するAL弾頭――朝鮮半島東海岸から鉄原ハイヴに至る一帯で無数のレーザーがこれを迎え撃ち、重金属雲が生み出される。その鈍色の雲を、補給コンテナを搭載した多目的再突入殻が突破し、次々と地表に到達した。
それと同時に朝鮮半島東方沖に展開する連合艦隊の火力投射が始まった。
商船に戦時改装を施したロケット砲艦が240mmロケット弾を斉射、それに対応するために地上側の光線級・重光線級は照射を繰り返し――照射時に吐き出される膨大な熱量と、本照射とともに発生する上昇気流が生み出すレーザークラウドによって、彼らの所在が暴露されていく。
虚空で派手に爆散していくロケット弾。
しかしながらそれは、光線級どもに対する“目くらまし”にすぎない。
計算し尽くされたインターバルの隙を逃さず、日本帝国海軍のミサイル駆逐艦が放った艦対地ミサイルが殺到。
『金剛』が放った一弾が、重光線級の頭頂部に直撃するとそのまま胴体中央部にまで至って爆発し、爆風と肉片と破片がないまぜになった塊が周囲の光線級を薙ぎ倒し、『霧島』が連射した艦対地ミサイルが、空を仰ぐ光線級の頭上で炸裂し、爆圧で彼らを破裂させた。
「HQ、こちらハーミーズ131。潜望鏡深度偵察を実施する」
そして潜航中の第7戦術機甲攻撃中隊のA-6J海神は、センサーを海上まで突出させ、臨海部の情報を収集――共同作戦司令部が設置された最上型重巡洋艦『三隈』に送信し、『三隈』は大和型戦艦『大和』・『武蔵』と情報を共有する。
轟、と46センチ砲が吼えた。
衝撃波が海面を圧し、地表面にへばりつく異形どもを挽肉に変える砲弾が撃ち出される。
空の一角が、崩れた。
空中で炸裂した榴散弾は無数の炎の矢となって要撃級を射殺し、戦車級の群れを蒸発させ、光線級を引き裂いていく。
「HQ、こちらハーミーズ131。銅湖海水浴場周辺に光線級なし」
「ハーミーズ131、こちらHQ。了解した。ハーミーズアルファ、ブラボーは、銅湖海水浴場に橋頭堡を確保せよ」
帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』――自機の座席に身体を預け、オープンチャンネルの交信に耳を澄ませていた櫻麻衣大尉は、そろそろ発艦頃合い、と思った。事前の打ち合わせでは、A-6Jから成るハーミーズ中隊が海岸線のBETA群を制圧するとともに、第92戦術機甲連隊第11中隊は一気に海上を翔け、そのまま戦闘加入することになっていた。
(うまくいきすぎている)
と、歴戦の衛士である櫻麻衣大尉は思ったが、一方で
(あまりにも負け戦に慣れすぎたかな)
とも自嘲した。
人類側の企図するところがうまくいっている盤面が、想定外の地中侵攻やハイヴからの増援でひっくり返される、という経験が多すぎて、計算どおりに作戦が進んでいると不安になるのである。
事態は櫻麻衣大尉の想像通りに運んだ。
海面を割って現れた120mm滑腔砲が砂浜にわだかまるけばけばしい色彩の塊を吹き飛ばしたかと思うと、特撮映画の怪獣めいて鈍色の巨体が姿を現した。振り回す両腕には、左右併せて12門の36mmチェーンガン。生み出される弾幕、まさに鋼鉄の肉挽き機。
そしてA-6J攻撃機は強力な制圧火力を有しているだけではない――先にも触れたとおり、彼らの電子の瞳は洋上の黒鉄と、地表を這いまわる存在を地形ごと削り取る巨大な艦砲に接続している。A-6Jの火力誘導。榴散弾が、ロケット弾が、艦対地ミサイルが、有力なBETA群を根こそぎ殲滅していく。
「ハーミーズ101、こちらゼノサイダ1。援護は必要なりや?」
「ゼノサイダ1、ハーミーズ101。射線に入らないように大暴れしてくれ!」
「ハーミーズ101、ゼノサイダ1了解。アルファ、ブラボー、突っこむぞ!」
「サクラ姐さん、こりゃシミュレーターと大違いだ!」
事前の演習とは異なり、いきなり連隊規模のBETA群と会敵できた小清水仁中尉が快哉を叫ぶ。とともに、彼は2門の突撃砲を振り回しながらBETA群に吶喊し、それを包囲しようと旋回する要撃級を、日高大和中尉機が叩き斬った。
蛮勇では決してない。機動力が皆無に近いA-6Jでは突撃級に狙われたり、要撃級に近接されたりすればもう一巻の終わりだ。だからこそ近接戦闘、砲撃能力、機動力のバランスが取れたF-14Nが積極的に前に出て、敵を惹きつけなければならないのである。
この斬りこんだB小隊を援護するのが、櫻麻衣大尉が直卒する中衛のA小隊であり、菅井麗奈中尉は何やら悪態をつきながら、斬りこんだ4機に向かう要撃級たちを狙撃していった。
「ゼノサイダ1、こちらスピアー1。こっちの分も残しておけよ――各機ッ、ここは朝鮮だ、日本人どもに負けるなよ!」
続いてスカイグレイの機体が、BETAの体液で赤く染まり始めた波打ち際に着地。36mm機関砲による弾幕を形成して、迫る戦車級の群れを破砕する。KF-16――韓国陸軍第51戦術機甲大隊機だ。
その頭上を鵜沢心菜中尉が率いるC小隊が発射した92式多目的自律誘導弾が舞い、海岸線に押し寄せる戦車級や要撃級、突撃級の増援を焼き払う。この一撃で、BETA側に勢いは完全に失われた。橋頭堡は確保され、周辺の残敵掃討に移る。
「幸先のいいスタートだ、もう旅団規模のBETAどもが吹き飛んだぜ!」
韓国軍衛士の歓喜に、櫻麻衣大尉はどうだろうと冷ややかに思った。戦闘は未だ始まったばかりだ。
洋上から発進した無人偵察機が戦術機の頭上を飛び越し、砂浜の西側に連なる丘を迂回して、旧襄陽国際空港まで進出――闘士級・兵士級から成る小型種の群れを確認した。が、そこに光線級はいない。
「スピアー1、こちらHQ。旧襄陽国際空港と南側のゴルフリゾートを確保せよ。補給コンテナをそこに投下する」
「ゼノサイダ1、こちらHQ。旧襄陽市街地・襄陽ICを確保し、誘引作戦の準備を整えよ」
「HQ、こちらゼノサイダ1了解。ゼノサイダ各、聞いていたな。まずウェッジ・ワンで旧襄陽大橋まで進出する!」
「了」
鉄原ハイヴへの進出路、その起点となる旧襄陽ICは旧市街地の南西端にある。
その旧市街地から戦車級と要撃級を叩き出すのに、第11中隊は多少手こずった。120mm滑腔砲で廃墟ごと戦車級の群れを吹き飛ばし、旧市街地から這い出して迫る要撃級を躱して射殺する。
「いやー艦砲射撃のおかげでだいぶ楽させてもろたわ、櫻大尉こら楽勝かもしれへんで」
「そうだな――だがここからだ」
周辺の地形をざっと見て、櫻麻衣大尉は以前、似たような風景・体験をした覚えがあると思った。
「ゼノサイダ1よりHQ、無人偵察機に雪岳山と点鳳山周辺を偵察させてほしい。いま稜線から光線級が顔を覗かせたら、一方的に撃ち下ろされる」
「HQ、了解。パイオニア611、パイオニア612を廻す」
「ゼノサイダチャーリーは雪岳山と点鳳山の麓から稜線を監視せよ」
「了」
そう、ここからが本番だ。
旧襄陽ICから鉄原ハイヴSE14に至るためには、ひたすら山間部を縫うルートを進むことになる。丘陵や山地は光線級の盾になるが、同時に光線級から見下ろされる危険性も孕んでいる。
全滅も、容易にあり得るのだ。
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■20. ワンワン・ジェノサイダーズ(前)
「ゼノサイダ各、A小隊、B小隊は送信した指定区域を重点警戒。C小隊は補給急げ!」
「了」
旧襄陽ICを出発した第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊は、鉄原ハイヴの外縁部に位置する門SE14まであと一息のところまで迫っていた。
彼らの目の前には人は勿論のこと、小動物の姿さえ消え失せた鈍色の廃墟――旧春川市街が広がっている。旧春川市街の外れにあるゴルフ場には多数の補給コンテナが落着していたため、櫻麻衣大尉は小隊ごとに補給を命じていた。
すでに海岸線から内陸にかなり進出しているため、大和級戦艦を以てしても艦砲射撃による援護はできない。第11中隊は孤立無援でSE14ゲートへの接近を試みる形になる――否、正確には第11中隊だけではない。
「ゼノサイダ1、ゼノサイダ2や」
「どうした、菅井中尉」
「やっぱり納得いかへんわ」
「A-01の件か」
櫻麻衣大尉は網膜に投影されている戦況図に意識を遣る。
国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊は、旧春川市街の南方に位置する旧春川IC周辺にまで進出してきていた。彼らはここまで一戦もしていない。それは当然で、第11中隊が露払いしたルートを追随したからである。
とはいえ、第11中隊も“血路”を拓いたといえば、少し大げさな表現になる。
「だがこちらもあまり苦労はしていないだろう」
「そらそうやけど」
事前のシミュレーションと異にして、第11中隊は有力なBETA群と遭遇することがなかった。せいぜい100体の戦車級を幹線道路上で掃討したり、丘陵を踏破してきた要撃級の群れを殲滅したりした程度だ。連隊規模のBETA群を敵中突破、といった状況を櫻麻衣大尉や菅井麗奈中尉は想定していただけに、肩透かしを食らったような気持ちになっていた。
一方でこの段になってもなお、第11中隊の衛士たちはA-01の進出先・目的地を知らされずにいる。
櫻麻衣大尉とてNeed to knowの原則を知らぬわけではない。
だが命令によってはA-01の援護をしなければならないのだから、A-01の任務を輪郭だけでも掴んでおかなければ、いざというときに効率的には動けないどころか、足を引っ張る可能性もある。
彼女は駄目元で、オープンチャンネルで呼びかけた。
「アイリス1、こちらゼノサイダ1。応答せよ。繰り返すアイリス1、こちらゼノサイダ1」
「ゼノサイダ1、こちらアイリス1。何か?」
「この後、我々“ワンワン・ジェノサイダーズ”は、SE14ゲートに対して誘引任務にあたる。が、HQからの指示に応じて、貴隊を援護に回る可能性もある。そこで貴隊の“鉄原ハイヴ周辺での特殊任務”とは何か知りたい」
「ゼノサイダ1、それは言えない」
やはりか、と櫻麻衣大尉は思ったが、言葉を続ける。
「アイリス1。秘密主義が平時、必要であることは理解している。だが貴隊の進出ルートも知らない状況で、貴隊を援護するのは困難だ」
「貴隊に下されるであろう援護命令は至極単純なものになるはずだ。問題はない」
「成程。了解した。オーバー」
聞いていた菅井麗奈中尉は「なにけつかんねんっ」と声を荒げたが、櫻麻衣大尉にはどうすることもできない。A-01の衛士に説明する腹積もりが一切ないのだから、これ以上質問しても時間の無駄だろう。半ばうんざりしていると、補給中のC小隊を率いる鵜沢心菜中尉の声がした。
「ゼノサイダ1、弾薬、推進剤ともに補給完了いたしました」
「よし、ゼノサイダ各。ここから一気に門SE14を目指す」
「了」
戦車級が潜んでいると厄介なので、第11中隊は廃墟となっている旧春川市街を迂回して北上、鉄原郡に隣接する華川郡に入るとまっすぐ門SE14に向かった。電子の瞳を通して網膜に飛び込んでくる山々はBETAによって禿山となり、禿山になるどころか崩れはじめていた。
「HQ、こちらゼノサイダ1! SE14ゲートまで約10kmの距離まで進出、少なくとも旅団規模のBETA群と遭遇――誘引開始の許可を求めるッ!」
わずか十数分で第11中隊は、SE14ゲートから湧き出したと思しきBETA群との遭遇戦に突入した。
「各ッ、旧史内市街で迎撃する!」
「了」
山間部を走る幹線道路跡という幹線道路跡から突撃級と要撃級から成る前衛集団が湧き出すのを見て、櫻麻衣大尉は回避機動さえ取り難い旧幹線道路から退き、立ち回りがしやすい平坦な荒野と化した旧史内市街を迎撃ポイントに選んだ。
「ブラボー、敵の頭を抑えろ!」
突撃級の高速突撃を躱しながらB小隊はCIWS-2Aを抜刀し、すれ違いざまに突撃級を擱座させていく。主脚を斬り裂かれてもがく個体に、彼らはとどめをささない。出現するかもしれない光線級に対する盾にするとともに、突っこんでくる後続のBETA群に対する障害物にするためだ。
瞬く間に発生する渋滞。
突撃級を迂回して前に出ようとする要撃級は、櫻麻衣大尉直卒のA小隊機が仕留めていく。
「ゼノサイダ1、こちらゼノサイダ9。要撃級50がチャンアン山を踏破して南走中」
「確認した。チャーリーは長距離砲撃戦で撃破せよ」
「了」
禿山の斜面を駆け下りる要撃級に、36mm機関砲弾のシャワーが降り注ぐ。垂れ流される夥しい体液。血肉でぬかるんだ地面を蹴り、麓まで辿り着いた十数体の要撃級も、F-14Nに触れることもできないまま惨殺されていく。
続けて鵜沢心菜中尉は、2階から上が崩落した団地群に火力を指向した。建物を乗り越え、あるいは脇を縫って突っこんでくる戦車級たちが一掃されていく。弾ける赤い肉塊。流れ弾が次々と団地に突き刺さり、わずかに残った外壁が崩れ落ちた。それを踏みつけながら現れた十数体の要撃級が、同様にミンチとなった。
「ゼノサイダ11、12はそのまま敵を阻止して。ゼノサイダ10はチャンアン山の稜線から顔を出した新手を撃って」
鵜沢心菜中尉は、旧史内市街の北側から西側に至るまでが赤いマーカーで埋め尽くされているのに気づきつつ、冷静にC小隊の火力を割り振った。
10分もしないうちに敵の圧力が急激に増している。
櫻麻衣大尉は半死半生の突撃級どもの向こう側に、要塞級を見るとともに中隊に命令を出そうとした。
「よし、各! 56号線を伝うように東進し、北漢江まで敵を惹きつけながら――」
「ゼノサイダ1、こちらHQ。命令を更新する」
「なに――」
「ゼノサイダ各機は現在地に留まり、門SE14から現れるBETA群を殲滅せよ」
「HQ、どういうことだ?」
と言いつつ、櫻麻衣大尉は戦況図を見てA-01のマーカーを探した。
A-01の青いマーカーは、この旧史内市街を大きく南に迂回していた。
その先には、鉄原ハイヴの外縁部最南端に位置する門S22――。
「HQ、こちらゼノサイダ1。A-01をゲートに送りこむために、我々を囮としたいそちらの事情はわかったが、何分この現在地に留まればいい?」
「A-01が任務を達成するまでだ」
「HQ、戦術機甲部隊は機動部隊だ。足を止めての囮役は不可能だ。東進しての敵BETA群誘引の実施を具申する。少なくとも北漢江まで転進したい」
「ゼノサイダ1、これは国連太平洋方面第11軍をはじめとする共同作戦司令部の決定だ。これ以上は抗命と見做す」
その司令部が設置されている巡洋艦『三隈』では、第92戦術機甲連隊本部から派遣されていた作戦担当幹部の園田勢治少佐が顔色を失っていた。
「どういうことですか、これは」
日本帝国本土防衛軍の将官や高級参謀は、みな一様にバツの悪そうな顔。
国連太平洋方面第11軍の関係者さえ後ろめたさがあるのか、園田勢治少佐から顔を逸らした。
平然としているのは、艦隊司令長官の脇に立っている紫がかった長髪の女性のみだ。
もとより答えを期待していない園田勢治少佐は、あくまで冷静に言った。
「第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊長の意見具申のとおり、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊を北漢江まで東進させ、敵BETA群を誘い出したい。それでもA-01からBETA群を引き剝がすという任務は達成できます」
「……」
なおも黙りこくる高級参謀たち。
数秒の沈黙の後、白衣を羽織った女性は一言、「却下よ」とだけ言った。
園田勢治少佐は小首を傾げたが、とりあえずこの場の支配者が彼女であることを把握して語りかける。
「BETA群は現在、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊は、師団規模のBETA群と対峙しています。門SE14に張りついていれば早晩全滅は必至」
「あたしはそうは思わない。というよりも西部方面司令官、だったかしら。彼は“第1大隊第1中隊は、死地でも敵を全滅させて帰ってくる”――とね。じゃあ門SE14の近くに張りついてもらって、より確実な囮となってもらった方がいい」
「……第1大隊第1中隊が決死の陽動を行うだけの価値が、A-01の特殊任務にはあるというのですか」
「ええ」と女史が確信をもって言うので、園田勢治少佐は口をつぐんだ。
彼とて理解している。軍事作戦は将兵の生命を優先していれば、成立しないときがある。
A-01がどんな任務を担っているかは、園田勢治少佐のレベルではわからない。
が、将官や高級参謀たちが一応納得しているということは、一定の合理性があるということだ。
「重ねてお聞きしたい」
「……」
「それは予定されていた間引きを放棄してもなお、帝国のためになることなのですか」
「帝国のため、じゃないわ」
女史は、きっぱりと園田勢治少佐に告げた。
「人類のため、よ」
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■21. ワンワン・ジェノサイダーズ(後)
「HQ、こちらゼノサイダ1。A-01に対する援護命令を了解した。ワンワン・ジェノサイダーズはA-01の特殊任務終了までこの虫ケラどもを殺し尽くす。ジェノサイド、だ。それから」
櫻麻衣大尉は息を吐いた。
「A-01が特殊任務を終えると同時に12機揃って帰投し、貴様らを皆殺しにしてやるから覚悟しておけよ」
そんな彼女の言葉から、大虐殺が始まった。
肩部に犬の頭骨が描かれた野良猫どもが吼える。突出する前衛が半死半生の防壁を築き、後衛が放つ正確無比の射撃が次から次へ現れる要塞級を粉砕していく。
そして悠久の闘争を記憶する中隊長が、指揮を執る。
ここは照射を躱せぬ洋上か?――否!
ここは100km先から照射を受けるような無限の大平野か?――否!
ここは軍集団規模のBETA群が巣食うようなオリジナルハイヴ直上か?――否!
ならばここで負ける道理はない!
「ゼノサイダ7、8。旧史内体育公園に退いて補給を行え。燃料補給コンテナがある。ゼノサイダ3、4は、ゼノサイダ7、8の後退を援護せよ」
「了」
突撃級と要撃級の合間を縫って“目玉”の視線を切りながら前進し、光線級を射殺――流れるように迫る要撃級を斬り殺した2機のF-14Nが後方へ飛び退る。
その着地点へ殺到しようとする戦車級の群れが、一瞬で弾ける。
36mm機関砲の掃射――今度は弾雨を縫うように、2機のF-14Nは後退していく。
「ゼノサイダ10、オソ山斜面の要塞級が産み落としつつある光線級を排除せよ」
「了」
稜線の向こう側から姿を現し、斜面で要塞級が光線級を産み落とした瞬間、ゼノサイダ10――松葉晋太郎少尉機が支援突撃砲の照準を合わせる。
彼にとって1500mという距離は、短すぎた。
「スプラッシュ・レーザーワン」
放たれた36mm弾の弾道は低伸し、一撃で産み落とされたばかりの黄緑の塊を吹き飛ばした。
「スプラッシュ・レーザーツー」
放たれた36mm弾の弾道は低伸し、生成されたばかりの眼球を貫くばかりか、衝撃で上半身を吹き飛ばした。
「スプラッシュ・レーザースリー」
放たれた36mm弾の弾道は低伸し、できあがったばかりの光線級の両眼の合間に命中し、光線級を瞳のない脚が生えたゴミに変えた。
「スプラッシュ・レーザーフォー」
放たれた36mm弾の弾道は低伸し、一対の脚が生えて立ち上がらんとする光線級の腰を粉砕――目玉の化け物を上半身と下半身とに両断した。
「レーザー級排除完了」
「HQ、こちらゼノサイダ1。ファイアスカウト501、502による航空攻撃を要請する。進入経路および火力投射範囲は送信した」
「ゼノサイダ1。こちらHQ。受信した。ファイアスカウト501、502の攻撃開始まで約90秒」
櫻麻衣大尉は口の端を歪めた。
このワンワン・ジェノサイダーズはいま、まったくの孤立無援というわけではない。
彼らF-14Nとそれに食らいつかんとするBETA群の東方にそびえる土堡山と頭流山の影に待機していた2機の無人回転翼機ファイアスカウトが、56号線を時速200kmで突っこんでくる。その両脇に抱えられているのは誘導ロケット弾。2機併せて16発。わずか16発であっても第11中隊の衛士たちにとっては慈雨に等しい。
擱座した突撃級を迂回し、南西から突っこもうとしていた戦車級の群れが4、5発のロケット弾の炸裂とともに消し飛んだ。
F-14Nの頭上を翔け抜けたロケット弾が稜線を越えたばかりの要撃級の顔面に命中し、禿山の斜面を滑り落ちていく要撃級は後続の戦車級数体を巻き込み、衝角で圧し潰す。半死半生の突撃級を前に渋滞を起こしていた要撃級の群れのど真ん中に、数発のロケット弾が撃ちこまれ、彼らを一瞬で肉塊に変えていく。
「ゼノサイダ1。HQ。ファイアスカウト501、502の航空攻撃は終了。帰投させる――」
加えて櫻麻衣大尉らが受ける恩恵は、直接的な火力支援のみにあらず。数百メートル級から1000メートル級の山々が連なるこのエリアなら、航空偵察を可能とする無人回転翼機がF-14Nに敵後続群の情報をもたらしてくれる。
南西の石龍山をやっとのことで踏破してきた要撃級は、それを予期していたゼノサイダ11、ゼノサイダ12の長距離砲撃を浴びる。ロケット攻撃や長距離砲撃を潜り抜けた数少ない要撃級や戦車級の群れもまた、中衛を担うA小隊によって瞬く間に掃討されていく。
「自分、連隊規模か旅団規模かわからへんけど、一度にかかれるわけでもあらへん――楽勝や!」
菅井麗奈中尉は半ば強がり、半ば本気でそう叫んだ。
彼女の言うとおりだ、と櫻麻衣大尉は思う。周囲を取り巻く山岳と、擱座した要撃級や突撃級が障害となり、多勢のはずのBETA群の攻撃にばらつきが生じている。これだけ粘れるのは第11中隊の“人”の練度によるところだけではない。明らかに“地”の利がある。
そして最後――第11中隊に殺到するBETA群に、“天”からの一撃がもたらされた。
「マイク01からマイク32、着弾予定地点まであと10秒」
地形追随巡航機能によって山間部を縫うように飛行してきた純白の弾頭が、F-14Nの頭上に現れる。
瞬間、F-14Nと弾頭の間で、データリンクが完成。
ミサイル駆逐艦『金剛』・『霧島』からF-14Nに受け渡された艦対地ミサイル群は、亜音速でBETA群に突入した。直撃弾を浴びた要塞級が崩れ、その直下に居合わせた戦車級がすり潰される。虚空で炸裂した弾頭が小型種を薙ぎ倒し、破片が要撃級の背中に突き刺さる。爆風によって吹き飛ばされる戦車級の群れ――そして乱れたその敵群に、日高大和中尉の率いるB小隊が斬りこみをかける。
可変翼がもたらす自在の戦闘機動。
CIWS-2Aを逆手に持ち直した日高大和中尉機は、突撃級をすれ違いざまに斃し、要撃級の感覚器を刺突で破壊し、顔面に刃を突き立てて殺す。
それに追随する小清水仁中尉機が、長刀と突撃砲を振るって彼の退路を守る。
さらに側面にわだかまる戦車級の群れが、櫻麻衣大尉機の掃射によって溶けていく。
「C小隊は史内面の稜線を見張れ。そろそろ重光線級が上がってきてもおかしくない」
「ゼノサイダ1、こちらゼノサイダ9。了」
無我夢中の死闘の中、C小隊を率いる鵜沢心菜中尉の櫻大尉に対する不信感も溶けてなくなっていた。
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■22. F-4UKデファイアント
――日本帝国本土防衛軍、赫々たる戦果!
――東亜反攻! 敵一個軍団撃滅!
――無敵の92連隊! キルレシオ50000:0!
薫風作戦の3日後、東敬一大佐は朝刊の一面を見てうんざりした。
虚実入り混じる記事。
本土防衛軍が薫風作戦で一定の戦果を挙げたのも事実、西部方面隊第92戦術機甲連隊が12機揃って洋上の帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』まで戻ったのも事実。
しかしながら“赫々たる”、“敵一個軍団撃滅”とはどうだろう。
(参謀本部の連中は、今頃歯噛みして悔しがっているだろうな)
というのが彼の偽らざる心情であった。
おそらく実際に間引けた個体数は2個師団強、約3万が上限であろう。
国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊の秘密任務とやらがなければ、大和型戦艦やロケット砲艦の艦砲射撃によってより多くのBETA群を間引くことができたかもしれなかった。
もちろん実際のところはわからない。
しかしながら帝国軍参謀本部の人間は、逃した魚は大きい、と思っているだろう。否、逃したBETAは多い、といったところか。
「喜ぶべき、なんだろうな」
一応、漸減作戦としての“成功ライン”は超えている。
そして第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊はみな揃って帰還した。
F-14Nノラキャットは分解の上でメーカー修理送りとなったため、第11中隊の稼働機はゼロになったが、これは致し方なかろう。ただノースロック・グラナン社が全面協力を申し出てくれたため、米海軍横須賀補給センター佐世保支処にあるノースロック・グラナン社の整備工場にて最優先で部品交換・分解修理が行われることになっており、6月末には部隊に戻せる算段がついていた。
「グラナン社からすればF-8Eといい、F-14Nといい、第92連隊はいい広告塔だ」
と第92戦術機甲連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉はこぼしたそうだが、そのとおりだと東敬一大佐は思った。
ノースロック・グラナン社に留まらず、米国の戦術機関連企業の多くはアメリカ合衆国の戦略転換によって苦境に立たされようとしており、より積極的にアフリカ諸国や南米諸国、南太平洋一円といった市場に打って出ざるをえなくなっている。
同時に競合他社に勝つためには“実績”が必要になる。
1個中隊分とはいえ日本帝国にF-14の輸出が認められたのも、ノースロック・グラナン社のロビー活動によるところが大きかったのだと思う。「ダウングレードの輸出型であってもF-14は第一線で活躍できる」という宣伝を日本帝国本土防衛軍にさせる、という目的があったとしてもおかしくはない。
(また軍の一部からは睨まれるだろうが――)
東敬一大佐は溜息をつきながら、次なる西部方面司令官の指示をこなすために動き始めていた。
――大規模戦闘演習“鎮西98”。
この“鎮西98”は、日本帝国本土防衛軍・日本帝国斯衛軍・在日米軍・国連太平洋方面第11軍の四軍によって実施される予定の戦略規模の演習である。
仮想敵は九州地方北部および西部に着上陸を試みる軍団規模のBETA群。
四軍は水上艦艇による洋上漸減作戦から始まり、戦術機甲部隊による機動打撃、砲兵部隊の迅速な展開・撤収、市街戦の研究、内陸部の野戦築城、物資の集積や分配、中国地方からの速やかな武器弾薬の移送など、正面戦闘のみならずBETA群殲滅・九州防衛に必要な軍事行動すべてを訓練することになっている。
実のところ西部方面隊の諸隊ではすでにその一部が始まっていた。
第92戦術機甲連隊でも整備補給隊の整備兵による自衛戦闘訓練が実施されている。浸透した小型種BETAが基地を襲撃した、という想定で行われたこの訓練には、整備兵がみな衛士強化装備に近い外見の73式歩兵強化装備を着用し、
「きつかー」というのは村中弘軍曹の感想だったが、他の隊員たちも同様である。
戦闘職種ではない彼らは気密兜や歩兵強化装備の着用自体にもあまり慣れていない。重金属雲が発生し、第二次世界大戦とは比にならない汚染が広がるBETA大戦の戦場では、気密兜は必須である。これがなければ重金属中毒を起こし、重篤な後遺症が残る可能性がつきまとう。
この自衛戦闘訓練の対象となった戦術電子整備担当の笠原まどか大尉は
「(闘士級、兵士級のみならず戦車級や要撃級も基地に現れる可能性があるので整備兵の戦闘訓練は)無駄」
と一言で切って捨てたが、そんな彼女には無慈悲にも64式小銃に加えて中国製の69式40mm対戦車ロケットランチャーが割り当てられた。今年に入ってから八代基地には来歴が怪しい武器弾薬が次々と運び込まれており、この69式40mm対戦車ロケットランチャーもまた同様の対戦車火器であった。
「やっぱこういう役回り――ラビット2、出る」
勿論、軽歩兵でしかない警備部隊や戦闘職種ではない整備兵で基地を守りきれるとは、誰も考えていない。
そこで自衛戦闘訓練には、戦術歩行攻撃機デファイアントから成る第33中隊A小隊が駆り出されていた。
ガントリーから解放され、両主脚で地を踏むとともにハンガーからの緊急発進。格納庫から姿を現した異形の怪物は、武装した整備兵が所持するビーコンで味方の位置を確認しながら進出経路を確定する。
巨大な砲塔を背負った――というよりも“被っている”F-4UKデファイアント攻撃機は、危うい姿勢制御によって実現している主脚走行で営門前まで前進すると、旧市街地を突っ切ってくる架空の突撃級に対して、砲塔に備えられた2門の120mm滑腔砲を指向した。
「バッタ、こちらラビット1。射界データを送信している。入ってくるなよ」
「ラビット1、バッタだ。これが実戦なら俺ら整備隊はもう死んでるから気にするな」
ラビット2――F-4UKデファイアント攻撃機を操る衛士のひとり、平林雅弘少尉は乾いた笑い声を上げた。
(違いない……)
まあそのときはこのデファイアント攻撃機も最期のときであろう。
が、この多砲身砲塔を背負った欠陥機が英国で実戦を経験しないままに廃用となったことを思えば、戦火の中で崩れ落ちることはむしろ本望だろうか。
「ラビット2、こちらナメクジ91だ。こっちにコケるのだけはやめてくれよ」
「ナメクジ91、ラビット2。コケねえよ!」
援護のためにラビット2に追随する60式装甲車から下車した今田佳輔上等兵は「別に冗談じゃねえよ」とぼやいた。脇にそびえているのは多砲身砲塔を“被っている”というよりも、多砲身砲塔から腰部ユニット以下が“生えている”ような異様なフォルムの戦術機。ちょっと風が吹けばひっくり返るのではないか、と不安になるほどだ。
「頭部に比べて下半身が貧弱すぎる」
「事実上の戦車だが、歩行ができるので戦術歩行攻撃機に分類された」
「重心がハンマーめいているので巨大な頭部を活かした近接格闘が得意」
と、開発国で言われただけのことはあるな、と彼は思った。
実際、F-4UKデファイアント攻撃機は航空兵器と陸戦兵器双方の要素を併せもつ戦術機の中にあって、陸戦兵器に近い機体である。
デファイアントが開発されたのは、第1世代戦術機の普及が進む70年代の英国であった。
当時、英国軍の衛士は戦車兵から転科した者が多く、その“戦車乗りの感覚”から戦術機の火力に対する不満の声が多く上がっていた。主腕・副腕で保持する突撃砲では、高速で押し寄せる無数の戦車級・要撃級を殺し尽せないことがあり、堅牢な突撃級と要塞級を正面から撃破することもできない。
「装甲はともかく、敵を撃破できない砲ではどうしようもない」というのが彼らの言であり、それに対する戦術機開発チームの回答は「多砲身砲塔を積む」であった。主腕・副腕併せても4門しか突撃砲が装備できないから1機あたりの射撃量に限界が生じているし、強度問題がつきまとう主腕・副腕部だからこそ、反動を低減した貧弱な砲しか積めない。この問題を解決するには砲塔を導入するしかない、という思考だった。
結果、120mm滑腔砲2門、36mm機関砲8門を擁する代わりに、機体バランスが壊滅的な欠陥機が産声を上げた、というわけである。
しかしながら今田佳輔上等兵のように地べたを這いずり回る存在からすれば、120mm滑腔砲2門と複数門の機関砲を擁するデファイアント攻撃機ほど心強い存在もなかった。
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■23.殲撃八型(1)
前提として日本帝国航空宇宙軍は、国連宇宙総軍、そして人類は、決して無能ではない。
その大部分をBETAに奪われたユーラシア大陸においても、人類側は有効な監視・警戒体制を敷いていた。偵察衛星によるBETA群の観測は勿論のこと、衛星軌道から音響センサーをばら撒くことでオリジナルハイヴから周縁にあたるハイヴへのBETA群の地中移動も観測できるように備えていた。50年代から宇宙開発を進めてきた人類の叡智をもってすれば、この程度のことは容易い。
であるから6月の時点で、甲1号目標から甲16号重慶ハイヴへBETA群の東進が始まっていることを、国連宇宙総軍は察知していた。
国連安全保障理事会の下に設けられた国連統合参謀会議は、この事態を重くみた。
距離からいって重慶ハイヴの脅威に直接晒されている人類側の対ユーラシア戦線の拠点は、台湾やフィリピン。また重慶ハイヴに最も近いハイヴは甲17号目標マンダレーハイヴであり、重慶ハイヴからマンダレーハイヴへBETA群が雪崩れこめば、人工のクラ海峡を絶対防衛線とするタイ・マレーシア・シンガポールが危機に晒される。
故に同会議は国連太平洋方面第11軍(防衛担任:極東)と、国連太平洋方面第12軍(防衛担任:東南アジア)とともに“最悪の事態”を想定して動き始めた。
彼らが考えた最悪のシナリオとは、台湾が早期陥落し、BETA群がフィリピン・ルソン島に強襲上陸する――あるいはクラ海峡からシンガポールまでが陥落、インドネシアのスマトラ島やジャワ島にまでBETA群が進出し、オーストラリアが脅かされるというものだった。
つまり台湾、クラ海峡のいずれかが陥落することで人類側の大戦略を担う対ユーラシア防衛線が決壊、無際限に戦場が東南アジア・オセアニア地域に拡大する、という想定である。
もちろんBETA群が北上した後に甲20号目標鉄原ハイヴに流入、そこから日本帝国を脅かす、という可能性も考えられなくはない。実際、甲1号目標を発したBETA群の一部は、甲19号目標のブラゴエスチェンスクハイヴに入った、とみられる観測データもあった。
国連統合参謀会議や太平洋方面総軍の高官は自然、選択を迫られる。
BETA群の大規模侵攻はどの戦線にて生起するか、そして戦線のどの箇所にリソースを割くか、だ。特に打ち上げや軌道変更など、綿密なスケジュール調整が必要となる宇宙戦力は、緊急時の“小回り”が利き難い。
アジア諸国の軍需工場や人類国家にとって必須の資源供給源となっている東南アジアを守る台湾・クラ海峡か、あるいは国連軍の一大拠点となっている日本列島か――。
彼らはあまり悩むことなく決心した。
重慶ハイヴに比較的近い台湾・クラ海峡に対する防衛体制を強化する。日本帝国を軽視したわけでも、冷遇したわけでもなく、先述の観測結果を鑑みれば台湾・クラ海峡側こそ、彼我一大攻防戦が生起する可能性が高い、とみたのである。
拒否権こそないものの、安全保障理事会常任理事国である日本帝国首脳陣さえ、これを支持した。
かくして国連宇宙総軍は台湾・クラ海峡の警戒体制を強化し、監視情報を大東亜連合に提供。また太平洋方面総軍は、日本帝国沖縄県に駐留する米陸軍第18戦術機甲部隊、同国青森県に駐屯する米陸軍第35戦術機甲部隊を、東南アジア諸国へ派遣することを決定した。
これもやはり日米両国の合意の上。
日本政府としても東南アジア方面が脅かされたり、それによってオセアニアとの連携が切断されたりする可能性を座視できない。南方は資源の供給源であり、武器弾薬の工廠である。大規模戦闘演習“鎮西98”から帝国海軍連合艦隊を引き抜いて派遣することさえ考えていた。
次なる戦場は、東南アジア。そんな人類全体の動向を無視している空間が、日本帝国の片隅にある。
――九州だ。
この時期の日本帝国本土防衛軍西部方面隊の動きは、常軌を逸していたといっていい。
“鎮西98”の一環という口実で対馬警備隊や重装備を対馬島・壱岐島から撤収させ、海岸線一帯や無人となった市街地に防御陣地を築き始めた。玄界灘や壱岐海峡には対BETA用の94式水際地雷が敷設され、同海域は機雷原と化した。九州北部・中部には戦術機甲部隊や機械化部隊のための補給拠点が次々と開かれ、部隊間データリンクを助けるための通信基地が立ち上げられていく。
端的にいえば、演習の度を超えている。明日にでもBETA群が対馬海峡を越えてくることを想定しているのではないかという水準の陣地構築を前に、九州地方に駐留する在日米軍関係者や国連太平洋方面第11軍関係者は困惑し、「日本帝国国防省は朝鮮半島や中国大陸におけるBETA群の個体数情報を隠しており、九州地方に対する大規模侵攻が近いと確信しているのではないか」と思うほどであった。
第92戦術機甲連隊・第12中隊の服部忠史大尉は、戦争の臭いを嗅ぎとっていた。“鎮西98”の意図するところを、彼は悟っていた。これは大規模演習ではない。本土決戦は近い。動揺することは何もない。この約25年間、世界中で起きてきた事象が日本帝国でも生起しようとしているだけだ。
補給拠点に選ばれた佐賀競馬場の駐車場に立錐する殲撃八型は、穏やかな小夜を迎えている。彼が指揮する第12中隊の戦術機はみな大陸戦線の“敗残兵”といえた。広大な戦場に棄てられた機体を回収して再生した鋼鉄の武者どもは、この異郷の地で復讐戦に臨もうとしている。
日本帝国の標準塗装となる鈍色に塗られた殲撃八型。その外観は鎧を纏った撃震、といったところか。頭部に装甲を被り、胸部・腰部には爆発装甲が備えられている。死地にて最後までBETAと殺し合うための改修。
大腿に描かれているのは第92戦術機甲連隊・第12中隊のエンブレムである“
――不吉な部隊章ですね。
と、数日前に共同演習を行った斯衛軍大宰府警備隊の田上忠道少尉にそう言われたのを、服部忠史大尉は覚えている。“黄”――譜代の武家出身らしく彼は以津真天のいわれをよく知っていた。
白い塗料で描かれているのは、蛇の胴体を有する怪鳥。疫病の流行る都や、死屍累々の戦場に姿を現していつまで、あるいはいつまでも、と鳴く妖怪である。死、それも無数の死を連想させる怪物であるが故に、田上忠道少尉は不吉を評したのであろう。
しかしながら、服部忠史大尉は「いえ、田上さん」と笑った。
これほど武人に相応しいエンブレムはない、と彼は思っていた。
第92戦術機甲連隊において、殲撃八型はワークホースだ。
2個中隊の定数24機と予備機が配備されている。70年代から大量配備されただけのことはあり、部品の在庫は潤沢で、F-4EJとの互換性も高い。そしてF-8EクルセーダーやF-4UKデファイアント、120mm迫撃砲とその給弾機構・弾薬庫を背負うフィアットG.91Y攻撃機が配備されている第92戦術機甲連隊としては、殲撃八型は汎用性が比較的高い戦術機として重宝されていた。
一方、この春に第92戦術機甲連隊・第12中隊に配属となった新人の牟田美紀少尉は、殲撃八型に不満を抱いている。口には出さないが、なぜ中国製戦術機に乗らなければならないんだ、という心情だ。せっかく厳しい試験をパスしてきたのに不知火や陽炎――撃震ですらないとは。
「こんな中古……」
牟田美紀少尉が見上げる自機は、酷く不格好だ。副腕が支える肩部装甲には凹みがあるし、主脚ユニットには細かい砲弾片が突き刺さっており、同じく中国製のラウンドバックラーは表面が抉れていた。
これに己の生命を預けて大丈夫なのか、というのが彼女の偽らざる心情であった。
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■24.殲撃八型(2)
――嵐が、迫っている。
西部方面司令官からBETA群による渡洋侵攻の可能性を聞かされた第92戦術機甲連隊の連隊長、東敬一大佐は半信半疑であった。
朝鮮半島を占領したBETA群による西日本侵攻は早くとも1999年1月、これが日本帝国国防省の公式見解。加えて鉄原ハイヴに対する間引き作戦が実施されたことにより、大規模侵攻を迎えるその日はさらに延びたはずだった。
ところが西部方面司令官は、1998年7月に中国大陸および朝鮮半島から溢れ出したBETA群による大規模侵攻が始まる、というのである。
日本帝国本土侵攻の可能性について、東敬一大佐は争うつもりはない。月面から始まった寸土を巡る戦闘は、この世界では普遍的事象。日本帝国だけが例外でいられるはずがない。
……が、時期についてはどうだろうか。
東敬一大佐は根拠を示してほしいと求めたが、西部方面司令官は「Need to knowだ」とだけ言って取り合わなかった。第92戦術機甲連隊の隊員たちを預かる彼は内心ムッとしたが、来ないならば来ないで問題はなく、来寇のときは帝国軍人としての存在意義を果たすのみ、と思い直した。
1998年7月5日――第92戦術機甲連隊の面々は“備え”に天手古舞となっていた。
小雨の中、手隙の隊員たちは、みな排水溝の掃除や屋上にある物竿場の撤収に取り掛かっていた。それが終わると食料品等をトラックに積み込んでいく。幹部たちは演習中止・災害派遣が命じられた際のシフトの確認に追われながら、交通状態を監視するためにほうぼうに偵察隊を出していた。
八代基地に残留している衛士たちも「俺たちにも出番が回ってくるかもしれないぞ」と心の準備だけはしていた。
意外ではあるが、大地震等の災害発生時に戦術機部隊に出動命令が出ることは珍しくない。機動力は言うまでもないし、センサーと情報通信機器の塊である戦術機ならば、被害状況等を即座に報せることが可能だからだ。
「台風下での跳躍――」
佐賀競馬場に待機している第12中隊の新人衛士、牟田美紀少尉は不安な面持ちだった。航空兵器と地上兵器、双方の要素を併せ持つ戦術機は、強烈な風雨に弱い。跳躍して強風に煽られて墜落、などとなったら目も当てられない。
だが同中隊・中堅どころの衛士である針みほ少尉は「大丈夫ですよ」と笑った。
「繊細な第2世代・第3世代よりも、F-4シリーズの方がこういう状況にはタフでいいんです」
「はあ」
そんな会話をしている間にも、運命の瞬間は刻々と迫ってきていた。
1998年7月5日時点、東アジア・東南アジア一帯の人類にとっての最大の敵は、BETAではなく環境破壊によって生み出された超大型台風であった。
その影響範囲は凄まじい。発生直後から南はフィリピン・ルソン島、北は日本帝国・九州島にまで影響をもたらし、中国沿岸部や朝鮮半島南部さえも分厚い雨雲で覆い隠してしまうほどであった。
前述の通り、東南アジアに関心を寄せる国連統合参謀会議・太平洋方面総軍の関係者は、これでは監視もクソもない、と苛立った。早く北上しろ、と誰もが思ったが、この超大型台風は人類軍将兵の願いをせせら笑うように、自転車以下の緩慢な速度でゆっくりと九州島へ向かっていた。
7月6日、日本帝国本土防衛軍西部方面隊の西部方面司令官は、“鎮西98”の中止を決定するとともに、熊本県知事からの要請に基づいて西部方面隊に災害派遣を命令(災害派遣は武官の方面司令官でも命令できる)。
しかしながら西部方面隊の諸隊は、西部方面司令官の命令の下に“北”へ向かった。
そして、戦端は開かれる。
対馬海峡と無人の対馬島・壱岐島周辺海域に敷設された有線式のセンサーが異様な振動をキャッチ。このデータは即座に京都・東京と熊本に送信された。驚愕する前者とは対照的に、後者――健軍基地以下西部方面隊諸隊を統べる男は、獰猛に声を張り上げた。
「日本帝国本土防衛軍・西部方面隊は、きょうという日のためにある。改めて私はこの要望事項を掲げる。九州防衛、帝国防衛、人類防衛。諸君の活躍に期待する」
戦闘はまず海底で始まった。
壱岐島の東方を通過して佐賀県・唐津湾に侵入しようとした突撃級・要撃級から成る前衛集団は、沈底式爆雷によって次々と圧壊の憂き目に遭っていく。衝撃波によって横転した突撃級に激突する、後続の突撃級。それを迂回する要撃級が触雷し、一瞬でバラバラになる。罠の類を察知できない彼らは、一方的に海底にその身を埋めていく。
が、爆雷も彼らを殺し尽くすには至らない。
転がり、積み重なっていくBETAの死骸が爆雷を炸裂させ、あるいはセンサーの邪魔をする。
前衛集団・中衛集団は、死骸の上を走り、唐津湾・浜崎海岸に姿を現した。
次の瞬間、彼らは天地挟撃によって粉砕されていく。
対戦車地雷と榴弾の洗礼――。海水と土砂と血肉でできた柱が次々と噴き上がり、それを目の当たりにした第4戦車連隊第1・2中隊の戦車兵たちは「この風で俺たちに落ちてこないことを祈るぜ」と呟きながら攻撃を開始した。
稲田というよりも荒廃と増水により、沼地になりつつある田に突っ込んだ74式戦車の105mmライフル砲が、火を噴いた。狙いは突撃級の脚。生ける障害物を海岸線に築く。分厚い地雷原と擱座した突撃級に阻まれた戦車級や要撃級は、そのまま砲兵火力の餌食になっていく。
水際に築かれた強力な陣地にぶち当たるとBETA側は成す術がない。地雷の存在もそうだが、そもそもBETAは海中から砂浜に揚がった段階で、水圧に慣らした構造を再び地表での行動に適した構造に戻すまで動けなくなるためだ。
故に単に海底を歩いてきた渡洋侵攻は、さしたる脅威ではない。
真の脅威は、幾つもの人類軍防衛線を崩壊に導いてきた――地中侵攻だ。
瀑布のような大雨と暗闇の中、無数の赤い光点は増水する筑後川を跳躍して飛び越すと、要撃級の群れに躍りかかった。曳光弾がほとばしり、要撃級が次々と粉砕されていく。弾幕をかいくぐった数体の要撃級が旋回しながら突っこんできたが、突撃前衛機は危なげなく74式長刀でこれを斬り伏せた。
機動性・反応性と引き換えに機体バランスが悪くなっている第2・第3世代機に比べれば、第1世代にあたる殲撃八型は横風の影響を受け難い。さすがに滞空は厳しいが、短噴射による短跳躍ならば問題はなかった。
「う゛っ――イツマデ4、FOX2ッ――!」
筑後川を飛び越した牟田美紀少尉機もまた、放置されたビニールハウスを派手に地蹴散らかし、着地後にバランスを崩しながらも36mm機関砲を乱射し、こちらを捉えて旋回する要撃級を2、3匹撃破していた。
「その調子です」と声をかけながら中堅の針みほ少尉は、牟田美紀少尉機に向かおうとする戦車級の群れを36mm機関砲弾と120mmキャニスター弾で一掃した。一掃しながら、心の中で舌打ちをする。
(集弾率がひどい。同じ数を始末するにも、2倍の弾薬が必要になってる)
「イツマデ4。味方撃ちに注意しろ、弾道がよれる」
「イツマデ1、了解……!」
「よし、イツマデ1より各小隊。A・B小隊はそのまま向かってくる敵を阻止。C小隊は光線級を捜索せよ」
と、冷静な口調で命令を下しながら、第12中隊を指揮する服部忠史大尉は苛立っていた。
(BETAに戦術も戦略もない、とぬかしているバカはどこのどいつだ!)
BETAの地中侵攻先は、この福岡県南部・大刀洗町。
水際防御のために築かれた海岸線の水際陣地はもちろん、帝国斯衛軍大宰府基地よりも南方である。最前線の背中を脅かすだけではなく、交通の要衝がすぐ傍にある。大刀洗町とその周辺市町村を押さえられてしまうと、筑後平野を走る幹線道路と鉄道が使えなくなり、“縦”の連絡が遮断される。それどころか福岡県南部と大分県の交通もまた潰されてしまう。
こんなおいしいところに地中侵攻が偶然行われる?
それだけではない。大陸戦線だって同様だ。彼らの地中侵攻は、後方の補給基地や司令部を直撃するように行われることさえあった。
(だがきょうばかりは連中も見誤ったな)
交通の要衝である、ということは四方八方から増援が投じられる、ということ。
“鎮西98”を実施する都合で整えられた移動通信基地のおかげで、服部忠史大尉は戦況図を確認することができた。大刀洗町から湧き出したBETA群に対しては、まず帝国斯衛軍大宰府警備隊が対応し、北上しようとしていた集団の頭を抑えている。そこに小郡基地に配されていた予備部隊の西方方面司令部直属・西部方面戦車連隊が戦闘加入、敵を押し戻しつつあった。
となればこちらも南方から突っ込み、大宰府警備隊・西部方面戦車連隊にかかる圧力を和らげてやるべきであろう。
「よし、次に来る要撃級100の群れを撃破したら、我々はこのまま北上――敵群を包囲殲滅する!」
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■25.殲撃八型(3)
横殴りの暴風雨――水滴を蒸発させながら伸びる十数本の光芒が227mmロケット弾を次々と撃ち落としていく。生残する数十発のロケット弾は猛烈な横風に流され、半数以上が放置されたままの畑地を吹き飛ばした。泥土の柱が立ち上がり、泥の雨が降り注ぐ。その中を前進してきた戦車級の群れを、紅の82式瑞鶴が突撃砲の掃射で粉々に破壊していく。
「こちらは大宰権帥の黒月陣風である。多連装噴進砲による砲撃支援を即刻停止されたし」
装甲を纏って戦場に姿を現したカイゼル髭の男は、泰然自若――弾倉を交換すると戦車級の死骸を踏みつけて迫る要撃級を射殺した。
その脇に噴進剤を補給して戻ってきた黄の瑞鶴が並び立つ。
「少将閣下、お下がりください」
「田上くん、君こそ下がりたまえ。婚約者が都にいるのだろう」
「お戯れをッ!」
「その意気よ――大野101より大野各機。西部方面戦車隊が北方から、92連隊12中隊が南方から突撃をかけるようだ。我々は西部方面戦車隊の側面を守る!」
「応ッ!」
泥土に塗れた純白の瑞鶴が延翼を試みる戦車級、要撃級の群れを叩き、血肉の海を翔けていく。
その西側の畑地を破壊しながら進出した87式自走高射機関砲や74式戦車は機関砲弾やキャニスター弾で小型種の群れを制圧――さらに64式対戦車誘導弾を背負った60式装甲車が現れ、瀕死の要撃級が邪魔になってまごついている突撃級目掛けてミサイル攻撃をかけた。
「風が強すぎる、姿勢保持に注意しろ!」
74式戦車の車体後部や60式装甲車上部にタンクデサントしていた機械化装甲歩兵たちが降車し、より西方に広がる市街地から現れるかもしれない戦車級に対する警戒に就く。
「演習がなんでこんなことに」
西部方面戦車隊の最先頭を往く74式戦車。その薄暗い車内で装填手の清水達也伍長は105mm弾を持ち上げる。外の戦況など、彼にはわからない。自身の生命を同じ車輌の仲間と、僚車と、部隊に預け、自分の仕事をこなすしかない。
戦車隊の戦列を引き裂こうとした突撃級が105mmライフル砲の集中射を浴びて擱座する。その頭上に155mm榴弾が現れ――爆散する。橙の爆炎によって煌々と照らし出される戦車隊。風に流された2発の榴弾が74式戦車から成る1個小隊の頭上で炸裂し、残る9発は戦車級の群れを吹き飛ばし、要撃級に破片を浴びせて半死半生の状態に追いやった。
「無事か!?」「損害は軽微!」
装甲化された74式戦車は榴弾の破片と爆風に耐えた。1輌の74式戦車が、リモコン式の重機関銃やアンテナに損傷を受けた程度。
その次の瞬間、2本のスポットライトが74式戦車に向けられる。
生身の人間が熱傷を負う“程度”の強さ。いまは、まだ。
光線級の、予備照射。
「照射警報ッ」
「アジサイ21と22、回避運動を――!」
「必要ないですよ」
その2km南方で、黒い暴風が吹き荒れた。無防備を晒す光線級の背中を蹴り飛ばし、予備照射を切って旋回する緑色の色彩を36mm機関砲弾の斉射でズタズタに引き裂く。
「牟田少尉、援護してください」
急旋回して殴りかかってきた要撃級の衝角を後方短噴射で躱した針みほ少尉機は、36mm機関砲弾で前面の敵を破壊したが、後方にわだかまる数体の戦車級に対処する時間はない。遅れてやってきた牟田美紀少尉は36mm機関砲弾をその戦車級の群れへばら撒き、辛うじて全滅させた。
「イツマデ、こちらヤマザクラ01! 突撃級と光線級をやってくれ! あとは
「了解ッ」
センサーの赤光を曳きながら、殲撃八型が敵群をかち割った。前衛を担うB小隊はラウンドバックラーと74式長刀を振り回して要撃級を殴り殺し、緩旋回に移行した突撃級の背中に刃を突き立てる。
大陸製の戦術機は、日本帝国同様に――否、“ようやく”本土決戦が始まったばかりの日本帝国以上に――密集戦闘を重視してきた。その威力を、いま発揮する。泥濘と血肉に足をとられることもなく、彼らは死の舞踏を踊る。爆発反応装甲が作動して要撃級の死骸の向こう側から飛びかかった戦車級が四散し、BETAの間隙を衝いてC小隊機が光線級を射殺していく。
そして、退く。
それとともに重迫撃砲と榴弾砲による鉄火が降り注いだ。
「え」
必死の思いで死闘に臨んでいた牟田美紀少尉は、そこで初めて気づく。
BETA群から脱した青いマーカーは、9つしかない。
着地した牟田美紀少尉機は緩慢に姿勢を整える。
その様子を横目で見ていた針みほ少尉が声を上げた。
「牟田少尉! しっかりしてください。すぐに生き残りの要撃級が来ますよ!」
その遥か北方――福岡市では、洋上で分派したとおぼしきBETA群が押し寄せていた。
民間船舶は当然のことながら、駆逐艦や揚陸艦に補給が行える博多湾・博多港周辺に機雷を敷設するわけにもいかず、彼らはほとんど無傷のまま福岡市西区に着上陸を果たしつつあった。
海浜公園に続々と姿を現す大型種・中型種の群れに対し、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第23師団は猛烈な攻撃を加え始めた。内陸に展開した96式多目的誘導弾を斉射し、機械化装甲歩兵から成る第64歩兵連隊が対戦車戦闘に打って出る。
浜辺の突撃級へ殺到する96式多目的誘導弾。突撃級を確実に死へ至らしめるトップアタック。ただし3割程度は強い横風を受けて突撃級の背中ではなく、その脇に居合わせた要撃級や戦車級の群れに突入するか、大きく逸れて何もない砂浜に突き刺さった。
要塞級の頭部が海面を割り、続けて肩部が現れる。その2秒後、1発の多目的誘導弾が彼の肩部に直撃した。生体装甲をぶち破り、内部で炸裂する。が、要塞級は僅かに身じろぎしただけで、緩慢に前進を続けた。
「ダメだ――水際で殺し切れない!」
福岡空港周辺に展開した第23師団第17砲兵連隊の58式155mm榴弾砲が火を噴き始め、浜辺へ揚がったばかりの硬直する戦車級の群れや要撃級、突撃級を殺戮する。が、殺すペースよりも海面を割って現れるBETAの個体数の方が、そして順応を終えて動き出すBETAの個体数の方が多い。
海水を垂れ流しながら、豪雨に打たれながら、浜辺に乗り上げた要塞級は黄緑の液体をひねりだす。
「照射警報ッ――!」
海面から頭を出した巨大な目玉。
浜辺に誕生した多くの目玉、目玉、目玉。
そのすべてが発光し、誘導弾が爆散する。前衛集団の間隙を衝いた照射が機械化装甲歩兵を呑みこみ、60式装甲車を貫いた。プラズマが吹き荒れ、歩兵連隊の無線通信が乱れる。衝撃波が木々を薙ぎ倒したかと思えば、大熱量に晒された枝葉が燃え始めた。
そして突撃級の吶喊が第64歩兵連隊の陣地と、福岡市街地をぶち破った。
が、反撃も早い。第23師団第72歩兵連隊の機械化強化歩兵たちは、無防備な背中を晒す突撃級に対戦車ロケットや無反動砲を浴びせて次々と撃破し、市街地への浸透を試みる戦車級に機関銃弾を浴びせかける。
「ドラグン21、FOX2」
そして暴風雨の夜を、青い眼光が引き裂いた。主脚走行で国道202号線沿いを西走してきた第4師団・第4戦術機甲連隊第412中隊――12機の94式戦術歩行戦闘機不知火が、ようやく戦闘加入を果たした。
「各機、ビル風に注意しろッ」
大通りを驀進してきた数体の要撃級が36mm機関砲弾を浴びて肉片となる。と、同時に風に流された機関砲弾が雑居ビルの上部に直撃し、外壁や看板の一部を吹き飛ばした。小学校の校舎に掴まり、屋上まで登り切った戦車級を36mm機関砲弾が擦過し、その脚をへし折る。戦車級が浸透した森林公園に次々と120mmキャニスター弾が撃ちこまれ、無数の鋼球が戦車級と木々をぶち破っていく。
ビルの合間で吹き荒れる突風が闘士級を転倒させ、不知火の上体を煽る。
155mm榴弾砲と迫撃砲の連射が始まり、それに対抗するように重光線級、光線級が迎撃照射を放つ。と、その直後、96式多目的誘導弾が光線級の頭上に姿を現し、無防備な彼らの瞳へダイブした。
激しい砲爆撃をくぐり抜けた突撃級が住宅街を突破し、ビルをぶち破って最前衛の不知火に吶喊する。迫る突撃級に気づいた不知火は跳躍してこれを躱す。が、激しい横風に煽られて着地に失敗――偶然その場に居合わせた要撃級の前腕の餌食となった。
「日野中尉ッ!」
「くそ、滅茶苦茶だッ――姿勢を制御するだけで精一杯だ!」
「愛宕大橋前ッ、要塞級2が揚がってくるぞ! B小隊、阻止しろ!」
「福岡タワー前、要塞級が光線級を産み落とした。光線級6!」
死闘は、始まった。
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■26.殲撃八型(4)
「MLRSによる支援砲撃、30秒後!」
「小学校方向ッ、突撃級2!」
「C小隊、先に駐車場の戦車級を阻止しろ!」
「ウォーリア5、6! ハンガー前の要塞級を撃破せよ!」
「くそったれ、簡単にいってくれる!」
同時刻、激戦が繰り広げられていたのは北九州市と福岡市の合間にある芦屋町――日本帝国本土防衛軍芦屋基地であった。芦屋基地の敷地北辺は海岸線から300メートルも離れておらず、混乱の中で突如として上陸したBETA群と即座に攻防戦を繰り広げることとなった。
要塞級が産み落としたのであろう光線級や、芦屋海水浴場に巨大な目玉を現した重光線級が空中へ破壊光線を放つ。その標的とならなかった227mmロケット弾が、芦屋港や芦屋基地の北東に広がる芦屋市街地を焼き払う。
「HQ、こちらウォーリア1だ! いまの支援砲撃はほとんど東に流されている! 効果なし! それからMLRSによる支援砲撃はやめてくれ、南に流れたら俺たちは全滅する!」
「ウォーリア1、こちらHQ。了解した。別手段による支援砲撃が可能か検討する」
煌々と東の空が明るくなる中、第37戦術機甲部隊の94式戦術歩行戦闘機不知火約10機と、第227歩兵連隊は芦屋基地に侵入を続けるBETA群に対して抵抗を続けていた。
すでに芦屋基地の北部にある駐車場、滑走路北端、駐機場はBETAの死骸が積み上がっており、その上に要撃級や戦車級、小型種が殺到している。次々に36mm機関砲弾や歩兵連隊の擁する迫撃砲弾が死骸と彼らを一緒くたに吹き飛ばしているような状態だが、彼らの勢いはとどまることを知らなかった。
「要塞級を殺れッ!」
87式対戦車誘導弾が肩部に直撃したにもかかわらず、平然と死骸を蹴り飛ばしながら駐機場に足を踏み入れる要塞級。
2機の不知火が衝角の届く範囲外から120mm徹甲弾を胴部に浴びせ、ようやくその巨体は前のめりに崩れ落ちる。が、分厚い生体装甲に覆われた要塞級は死してなおBETA側に有利な遮蔽物として機能する。
要塞級の死骸の影から戦車級と要撃級の群れが現れ、滑走路南方に広がる防空陣地を転用した第227歩兵連隊の陣地に迫る。
「ウォーリア3、キャニスター! FOX2!」
迫撃砲や対戦車ミサイルが配されている歩兵陣地に戦車級や小型種を近づけまいと、1機の不知火が120mmキャニスター弾を連射し、機械化強化歩兵たちも重機関銃や擲弾銃で闘士級や戦車級を排除する。
その右翼にあたる芦屋基地内の隊員用自動車教習場では、61式戦車がじりじりと後退を続けながら発砲を繰り返していた。第37戦車大隊――二線級の第37師団に所属する戦車部隊である。
丸みを帯びた砲塔に、対レーザー加工がなされた楔形増加装甲を纏う61式戦車は、90mm戦車砲で以て芦屋基地防衛戦にあたっていたが、対BETA戦をまったく想定していない基本設計が祟り、すでに第37戦車大隊は10輌以上を失っていた。
「次波来るぞ、戦車級100!」
「遠賀01よりウォーリア1、教習場を放棄したい!」
回転翼機・戦術機用ハンガーを乗り越え、あるいはその中から湧き出した戦車級の群れが滑走路を横断し、教習場に雪崩れこんでくるとともに第37戦車大隊は、白兵戦はかくやという状況に陥った。
「遠賀06が戦車級に取りつかれている、遠賀05が援護しろ!」
「無理だ! こっちももう鼻先まで戦車級どもが――!」
「随伴はもう俺たちだけか……全員抜刀!」
90mmキャニスター弾と砲塔上の12.7mm重機関銃が赤い奔流を砕くが、生まれた空隙を埋めるようにまた新手が現れる。1輌、また1輌と戦車級に砲塔をむしられ、あるいは要撃級の横殴りの一撃に吹き飛ばされていく。直協のために廻されていた随伴歩兵たちも自身を守るだけで精一杯であり、白刃煌めかせて迫る戦車級と殺し合うのが精一杯であった。
第37戦術機甲部隊の後衛を担うC小隊が突撃砲で援護を開始するが、あまりにも数が多すぎる。
「こちらHQ。現時刻を以て、芦屋基地を放棄。第37戦車隊は遠賀総合運動公園まで後退。その後、第227歩兵連隊は旧ボートレース場へ後退。第37戦術機甲部隊は両隊の後退を支援し、最後に旧ボートレース場へ後退する」
やむをえず司令部は、芦屋基地の放棄を決定した。
すでに基地機能の過半が要塞級から戦車級まで多数のBETAに蹂躙されている以上、芦屋基地に拘泥しても仕方がない。戦力を大きく減じながら守備部隊が後退を終えた直後、強襲上陸ゆえに未だ少数にすぎない光線級の迎撃網を押し切るMLRSと155mm榴弾砲の面制圧が、芦屋基地と周辺市街地ごと異形を破砕した。
「よし、よしッ――!」
帝国軍参謀本部の作戦参謀たちは無意識のうちに拳を握りしめて、喜びを発散させていた。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊の九州北部戦線――通称“防人ライン”は、着上陸したBETA群の内陸部への進出を阻止していた。
その中核を担うのは、1970年代から戦術機甲師団として整備されてきた第4・第8師団。本土決戦を見据えて90年代に新設された機械化歩兵から成る第23・第37師団と協同し、師団規模のBETA群に対して優勢を保っていた。
福岡県南部への地中侵攻は“鎮西98”と災害派遣のために展開を終えていた西部方面戦車連隊と第92戦術機甲連隊第12中隊、そして帝国斯衛軍大宰府基地から出撃した大宰府警備隊によって退けられ、最後には第5地対地ロケット連隊の砲撃によって殲滅された。
「本土防衛軍西部方面隊は机上演習よりも速やかに反撃作戦に移行。上陸したBETA群は6時間以内の殲滅に成功する見込み」
政治・経済・国防の中心となっている京都および東京は、狂喜した。
「西部方面司令部に全兵力を以てBETA群を殲滅するように命じましょう! それで朝にはケリがつく!」
この日ばかりは、西部方面隊司令部を快く思っていない帝国軍参謀本部の将官・佐官も手放しに西部方面隊を称えたであろう。師団規模のBETA群が九州北部の広い範囲に着上陸するという事態に容易く対処してみせた彼らに、「これまで日本帝国と帝国軍が積み上げてきた施策は正しかった」という一種の勇気をもらったというのもある。
実際、この段階において西部方面隊司令部が苦戦していたのは、BETA群に対してではなく極めて遅い速度で進む超大型台風に対して、であった。
砲撃精度の低下から始まった西部方面隊に対する“デバフ”は、土砂災害による熊本県・宮崎県を結ぶ国道218号線の不通や、市街地への散発的なダウンバースト、竜巻による部隊移動阻害など、徐々に顕在化してきていた。
「九州北部・中部の避難が完了していてよかったな……」
帝国斯衛軍大宰府警備隊が接収していた築日高校の職員室兼事務室でラジオを聞いていた服部忠史大尉は、心の底からそう思った。避難民がいないからこそ、西部方面隊は集中して敵と戦える。この暴風雨の中、避難誘導に輸送力を割きながら戦うなど考えたくない悪夢であった。
非常用電源が使えるため、明るい事務室。
職員用の革張りの回転椅子に座ってぼうっとする牟田美紀少尉に、針みほ少尉が缶を差し出した。
「コーヒー、飲みます?」
「……要らないです」
「もしかして紅茶党でしたか」
「いえ、針さん……」
牟田美紀少尉は蛍光灯を見上げていた。
BETA九州上陸の第一報と、西部方面隊の勇戦と損害軽微である旨を伝えるラジオの声が遠い。損害軽微。大局を見れば、そのとおりなのだろう。第92戦術機甲連隊第12中隊も未だ3機しか損失機を出していない。
イツマデ7・小林和也少尉。
イツマデ8・豊田速人少尉。
イツマデ10・斎藤好江少尉。
前衛を張るB小隊から2名、後衛のC小隊から1名――3名とも新人である牟田美紀少尉に心遣いをしてくれた先輩ばかりであった。乱戦の中とはいえ、誰にも気づかれないまま行方不明になる。目の前で撃墜されるよりも遥かに衝撃的だった。
本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第12中隊、帝国斯衛軍大宰府警備隊の戦術機が帝国斯衛軍大宰府基地にて簡易修理と燃料・弾薬補給を受けている間に、彼らを追い抜く形で西部方面隊第92戦術機甲連隊第13中隊のF-4EJ改を搭載したトレーラーが北上していった。
彼らが目指すのは、戦術機甲部隊の補給拠点であると同時に砲兵陣地にもなっている福岡空港である。
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■27.殲撃八型(5)
「西部方面隊司令部は何をやっている……」
夜明けを迎えた帝国軍参謀本部の作戦参謀たちは、苛立っていた。
「なぜ予備戦力を投入しようとし、勝敗を決しようとしない」
九州北部来寇と超大型台風の影響を受けながらも、本土防衛軍西部方面司令部が主導した大規模演習“鎮西98”によって一時的に通信基地が強化されていたため、西部方面隊と中部方面隊――そして“京都”・“東京”に至るまでの戦略級データリンクは生きている。故に西部方面隊が握る戦術機甲部隊の動向を、帝国軍参謀本部の人間たちは中央にいながら把握することができた。
だからこそ、彼らは困惑し、苛立っている。
本土防衛軍西部方面隊は、間違いなくBETAに対して優勢に戦局を進めていた。BETAは内陸に進出できないまま、その個体数をじりじりと減らし続けている。要撃級以上の個体についてはほとんど撃破、あとは臨海部にひそむ戦車級やその他の小型種を掃討すればいい、そんな段階まできているはず。
が、それだけだ。
なぜか西部方面司令部は有力な機動部隊を福岡県南部や熊本県内に留めたままにしていた。
「面子が丸潰れだぞ」
「連中を信じて朝までには決着はつく、と豪語してしまったのが間違いだったな」
「畜生」
“翌朝にはBETAは完全に海へ追い落とされていることでしょう、何の心配も要りません”と番記者に語った帝国軍参謀本部の一部の人間は、西部方面司令部の人間を罵った。
(そんなことに気を回している場合ではなかろうに……)
その場に居合わせた巌谷榮二中佐は非難の視線を向けたが、彼らはそれに気づかなかった。
実はこのとき熊本県熊本市・健軍基地に在る日本帝国本土防衛軍西部方面司令部においても、いまこそ予備戦力を投じて完全勝利を収めるときではないか、と議論がもたれていた。常識的に考えれば、そうだ。
詰め寄る作戦参謀たちに対して、西部方面司令官は「正論だな」と鷹揚にうなずいた。
「だが私はこれで大陸の敵兵が尽きたとは思っていない」
それで参謀たちは、賛否はともかくとして西部方面司令官が何を考えているかを理解した。
「別地点にまだ揚がってくる、と――」
その可能性に、帝国軍参謀本部の高級参謀たちは当然気づいていただろう。
しかしながらその可能性を深刻に捉えて議論し、対応策を練る者は誰ひとりいなかった。
当たり前だ。5月に発動された鉄原ハイヴの個体数を減らす漸減作戦は成功を収めていた。九州北部に着上陸したBETA群の規模は少なく見積もっても師団規模以上。故に敵策源地の兵力は――少なくともハイヴから溢れて渡洋侵攻に加わる兵力は――払底しているはず。加えてBETAは“水を嫌う”。再度、新たな渡洋侵攻が行われるとしても、敵の着上陸先は朝鮮半島と指呼の距離にある九州地方北部。あるいは山口県下関市から長門市にかけての一帯となるはずであった。
常識的に考えれば、そうだ。
帝国軍参謀本部のスタッフは決して無能ではない。
山口県民の避難援護を中部方面司令部に命令しつつ、必要とあらば九州地方に増援を送りこむべく、東部方面隊・東北方面隊・北部方面隊に転地作戦の準備をさせていた。
BETAの九州北部強襲上陸から1日、2日。
その短時間では、まず最も考えられるシナリオに対処するので精一杯であった。
故に彼らからすれば、破局は唐突に訪れた。
――BETA群、山口県北部強襲上陸。
◇◆◇
「出雲01、後退せよ。繰り返す、出雲01、後退だ。神戸川の東岸に防衛線を形成する」
「HQの馬鹿たれがッ! 出てきて見てみろ! もう橋という橋は市民でいっぱいだぞ!」
「こちら出雲03だ。海岸大橋は戦車級に占領されている!」
「9号まで行って、なんとか迂回しで――え゛っ」
「出雲03、出雲03! 出雲03応答しろ!」
「HQ、こちら出雲01だ! 出雲03が突撃級に轢かれた」
島根県出雲市の砂浜海岸約10kmに亘って強襲上陸したBETA群に対して、日本帝国本土防衛軍中部方面隊第13師団第13偵察隊は、即座に攻撃を加えた。
が、それは海原に小石を投げ入れるのと同じようなものであった。数輌の87式偵察警戒車の機関砲では、着上陸したBETA群を阻止することなどできるはずもない。
しかも海岸線から数十メートル東へ進めば、そこはもう市街地。道という道、橋という橋は逃げ惑う人々に溢れかえった。そして市街地を戦車級が走り回り、突撃級と要撃級が建物と市民を一緒くたに踏み潰していく。
「伏せろ、伏せろォ――!」
出雲基地から出動していた第13偵察隊は情報収集ではなく、市民を守るべく機関砲から自動小銃に至るまでをBETA群に指向していたが、その市民に呑まれる形で彼らは戦闘力を失っていく。
その数分後、要撃級の衝角は、避難民もろとも87式偵察警戒車を薙ぎ払っていた。
同様の状況が、山口県長門市から萩市にかけての一帯、島根県益田市、鳥取県米子市――山陰地方の至るところで生起した。
「第13師団第13戦術機甲連隊は長門市内にて旅団規模のBETA群と交戦中です」
「山口県山口市吉敷にて第13歩兵連隊がBETA前衛集団と接敵――!」
「435を伝って山口市街に直撃するコースが現実になったか」
「岩国の在日米軍に出動要請は出ているのか?」
西は山口県、東は愛知県、そして帝都防衛まで担う中部方面隊・中部方面司令部(京都・桂基地)は最初こそ山口県長門市から萩市にかけての一帯に強襲上陸したBETA群に対処していたが、数時間の内に恐慌状態に陥った。
「第8歩兵連隊が強襲上陸したBETA群と接敵!」
「第8歩兵連隊!? 米子だぞ!」
「広島県安芸太田町に戦車級を主とする敵斥候部隊が進出したという話は、まだ確認がとれないのか。第39師団は何をしている……」
「最悪を想定して尾道・今治ルートの橋梁を爆破する準備を第40師団にさせた方がいいんじゃないか」
「ダメだ、もはやこれは戦術的な話ではない。政治だ。とりあえず政治家連中に話をつけなければ……」
日本帝国本土防衛軍中部方面司令部は、戦場の霧の中にいた。
BETA群の上陸地点から、臨海部から内陸部へ浸透しはじめたBETA前衛集団の位置に至るまで、敵の侵攻状況がほとんどわからない。ただ山陰地方全体でみれば、師団規模では片づかないBETA群が着上陸していることは間違いなかった。
この段階で中部方面司令部は、九州島・四国島を巨大な策源地として、山口県下関市・岩国市から広島県広島市・呉市、岡山県岡山市、兵庫県姫路市を確実に防衛し、兵庫県姫路市と鳥取県鳥取市を結ぶ南北ラインから東へは寸土も侵させないという防衛構想を描いていた。
が、防衛線を構築・整理・縮小することさえ、彼らにはできなかった。
本土決戦においてそうした防衛線の設定――つまりどの地域を生かし、どの地域を棄てるかという選択――は、一司令部ではなく政治に属する決断であった。
……つまり致命的なタイムラグが生じる。
前線司令部が帝国軍参謀本部へ情報を上げ、帝国軍参謀本部の高官が帝国国防省の文官と協議し、国防大臣と首相官邸に情報を上げ、閣僚たちに状況のレクチャーが行われ、閣議によって決定が下される。それでようやく中部方面司令部は、戦線の大幅な縮小や橋梁の爆破が行える。
一方、時速50km前後の巡航速度で突き進む突撃級・要撃級・戦車級の前衛・中衛集団は、3時間もあれば山口市や広島市といった大都市にまで至ってしまう。
もしも鳥取県米子市に着上陸したBETA群がほとんど抵抗を受けず、また殺戮をほどほどにして四国島に向かえば――6時間も要さずに彼らは愛媛県今治市に侵入できる。
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■28.生きている限り、いつまでも殺す。
「なに、これ……」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第12中隊のイツマデ4・牟田美紀少尉は、網膜に投影された戦域マップに驚愕した。中国地方への侵攻と同時に始まったBETA群第2梯団の強襲上陸により、九州北部一帯が再び、“敵”を表すマーカーで覆われている。そしていまから彼女たち第12中隊が“火消し”に向かう福岡市西区・長浜海岸もまた、鮮血を思わせる赤で塗り潰されていた。
赤い“海”に相対する青のマーカーは“面”でも“線”でもなく“点”でしか存在していない。
それを一瞥して認めた服部忠史大尉は「よく聞け」と口を開いた。
「おそらく長浜海岸に急行した偵察隊は全滅している。海岸線よりも内陸――JR築肥線のあたりで接敵することになるだろう。覚悟しておけ」
福岡市街を短噴射の連続で翔け抜けていく9機の殲撃八型に与えられた任務は、長浜海岸に上陸したBETA群の足止め。より具体的にいえば、敵中に斬りこんで敵を惹きつけ、一個体でも多くのBETA群を西部方面司令部が設定したキルゾーンに誘いこむ。豪雨に打たれ、暴風に殴られながら、鋼鉄の寡兵は死地へ赴く。
「牟田少尉、落ち着いてください。近い目標から射撃する。これを忘れなければ大丈夫です」
心配になったのか、針みほ少尉がそうアドバイスをしてくれたが、実際のところ牟田美紀少尉には、恐怖する猶予さえ与えられなかった。
「アローヘッド・ツー! 前方の瑞海寺川を飛び越し、奴らを
目深に鉄兜を被った鈍色の重騎士は、赤い瞳を輝かせながら、増水した河川を飛び越し、南進する突撃級の奔流に食らいついた。最先鋒のイツマデ5・中野将利中尉は、即座に反応した直掩の要撃級を斬殺し、目の前を通過しながら脆弱な背中を晒していく突撃級へ突撃砲の照準を合わせた。同時に数体の戦車級が進行方向を変え、中野将利中尉機に突進する。それを同じく前衛小隊に組み入れられたイツマデ9・鈴木久実少尉が、機関砲弾で阻止する。
「10時方向、要撃級30ッ――戦車級多数!」
中野将利中尉によって撃破された突撃級にせき止められ、BETAが滞留する。泥濘と化した田園を踏破して突撃してくる要撃級と戦車級の群れ。それを認めた中野将利中尉は、舌打ちしながら右主腕で握る74式長刀を上段に構え直した。
「久実、背中は頼んだ」
かつてはのどかな畦道だった泥土を踏みにじり、殲撃八型が要撃級を迎え撃つ。
上体を持ち上げ、左前腕を振り上げる最先頭の要撃級。あまりにも大振りすぎる無思慮の一撃。それを半歩下がって躱した彼は、後の先の一撃で要撃級の頭部を叩き潰した。要撃級だった肉塊とわだかまる泥水を一緒くたにかち割った剣先を彼は再び持ち上げると、横殴りに長刀を振るった。
切断された尾部感覚器が吹き飛び、荒れ果てたまま放置された公民館に突き刺さる。その周囲では戦車級が36mm機関砲弾の掃射を浴び、おびただしい血肉となって四散していく。
その血溜まりを踏んで現れた新手の要撃級は、先程の個体とは異なり、最小限の動きで中野将利中尉機の脚を刈る。が、その一撃は空を切った。短噴射で後進をかけた殲撃八型。虚空に浮き上がった彼は突撃砲の引き金を引き、1秒後には再び泥濘に着地――その足を沈みこませていた。
「7時方向、突撃級緩旋回!」
「イツマデ1だ、C小隊は突撃級をやれッ!」
前衛・中衛を担うA・B小隊がBETAを堰き止め、C小隊が速度を緩めて旋回を開始する突撃級に対して長距離砲撃を開始した。
当然、彼らC小隊は無防備になる。
故にA・B小隊ともに、前衛となって敵を食い止め、押し返した。牟田美紀少尉も左主腕で保持する74式長刀をお守り代わりに、突撃砲で接近する要撃級を射殺していった。そのまま、数分が経つ。
そして突撃級がこちらに向き直った瞬間、服部忠史大尉は叫んだ。
「退がれ!」
旋回を終えた突撃級が第12中隊目掛けて快速の突撃を開始する前に、彼らは再び瑞海寺川を飛び越した。正しい判断だ。障害がほとんどない田園地帯を南進していたBETA群は、いまや東進――第12中隊に食いついていた。
突撃砲を乱射して近づいてくる戦車級を撃破していたイツマデ4・牟田美紀少尉も、即座に敵に背を向けた。主脚歩行から走行へ移行し、助走をつけて短跳躍。瑞海寺川を飛び越した。
そこで、あることに気づく。
「イツマデ1! イツマデ5が!」
「……」
「イツマデ1――服部中隊長!」
牟田美紀少尉は視界に纏わりつく戦域図を見、頭部ユニットを旋回させて次に背後を見た。
「服部中隊長、中野中尉が取り残されて――!」
突撃前衛にして前衛小隊長の中野将利中尉は、川を越えていなかった。
飛びかかる要撃級を躱し、躱しながらその胴を斬り上げて両断していた。血肉を浴びる殲撃八型。まとわりつく戦車級が、爆発反応装甲の起爆によって吹き飛んでいく。
それに服部忠史大尉は気づいている。気づいていながら「牟田少尉、早くしろ! 予定のラインまで退くぞ!」と怒鳴った。
「中隊長、本気ですかッ!」
食ってかかる牟田美紀少尉に、渦中の中野将利中尉が怒鳴りつけた。
「動けなくなった俺に気づくとは、成長したな牟田ァ!」
「中野中尉、だいじょ――」
「跳躍ユニットがいかれやがった! ここ一番でェ――だから行け!」
迫る突撃級の鼻先を主脚のステップで躱した中野将利中尉は「お前も死ぬぞッ」と怒鳴った。
「行けッ」
それが牟田美紀少尉が最後に聞いた彼の言葉だった。
牟田美紀少尉はすぐに再跳躍した。突撃級がいま飛び越えてきた河川にざぶりと身を
要は、生存本能がすべてに勝ったのである。
燃え上がっていた義憤はどこへやら。
やっと逃げられるという安堵と、いつ背後にBETAが迫ってくるかという焦燥で頭がいっぱいになり、彼女は服部忠史大尉機の背中を追うだけで精一杯になっていた。
そのまま第12中隊は福岡市街にまで敵群を誘引してその足を鈍らせた。
鈍らせただけではない。
福岡市街を見下ろす南方の山に築かれた対戦車・砲兵陣地が一気に火を噴き、突撃級を中心として甚大な被害を与えた。さらに遅れて突入してきた戦車級と要撃級については、第23戦車大隊と随伴の機械化歩兵が対戦。対戦車地雷と対戦車ミサイルを駆使した陣地で、容易く彼らを阻止してみせた。
誘き寄せたBETA群を歩兵・戦車・砲兵の諸兵科連合になすりつけることに成功した第92戦術機甲連隊第12中隊は最前線を離れ、補給コンテナが運びこまれている運動公園に向かった。
「中野中尉……」
補給の順番待ちをしている間、牟田美紀少尉は目を瞑っていろいろと思いを巡らせていた。同じ中隊にいたにもかかわらず、中野将利中尉とはほとんど交流がなかった。それもそうだ。おっかない前衛小隊長に積極的に話しかけたいわけがない。私はいつも別中隊の同期着隊組や、優しい先輩である針みほ少尉と一緒にいた。
「あれ」
そこで牟田美紀少尉は気づいた。
その違和感を口にする前に、服部忠史大尉が冷徹にオープンチャンネルで話し始めた。
「傾注! 我々は再度、誘引を実施する。その前に隊を再編する。イツマデ4・牟田少尉を前衛小隊に加える。前衛小隊の指揮は、イツマデ9・鈴木少尉が執れ」
「イツマデ9、了解しました。私が前衛小隊の指揮を執ります」
「……」
「イツマデ4、どうした」
「服部中隊長、針少尉は……?」
「……何もないなら、命令は以上だ。順番が来たらすぐに補給を済ませろ」
牟田美紀少尉の声はか細かったので、服部忠史大尉は気づかなかった。
……。
「虫ケラどもがぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
鋼鉄の暴風が、再びBETAの一角を切り崩した。鈍色の装甲を纏った巨人は赤い残光を曳きながら、こちらに気づいて減速した突撃級の背中に、左主腕で保持する長刀を突き立てた。速やかに引き抜き、今度は急接近する要撃級の頭部にその刀身を叩きつける。
闘士級を踏み潰して泥と雨と血と肉の混淆物に変え、新たに現れた要撃級と相対――間合いを図り、これは突撃砲の連射で処理する。
その死骸から飛びかかってきた要撃級を、横に避けていなし、最小限の動きで繰り出した刺突で殺す。
援護の機関砲弾が飛来するのを一顧だにせず、返り血でどす黒く染まった重騎士は、走り出しながら向かってくる赤い害虫数体を薙ぎ払い、両腕を振りかぶりながら突進してきた要撃級に左主腕をいっぱいに伸ばした渾身の突きを浴びせ、彼を絶命させた。
「殺してやるよっ゛」
物量という無言のプレッシャーを、彼女は大喝して跳ね除けた。
泥濘から引き抜いた足を一歩前へ出し、新手の要撃級と対峙する。右手から突っこんでくる要撃級と戦車級の群れを突撃砲で殺し、躍りかかってきた要撃級の顔面を74式長刀の刀身で圧し潰す。
突撃級を刺殺し、要撃級を斬殺し、戦車級を爆殺する。
凹んだ肩部装甲、細かい砲弾片を浴びた腰部装甲、そして爆発反応装甲を纏った歴戦の戦術機は、主の復讐心に応えた。
先輩の死さえも気づけないほど弱かった少女はいま、最期の瞬間まで殺し続けることを誓った衛士になっていた。
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■29.会戦勃発。
東敬一大佐は舞いこんでくる部下の任務中行方不明・戦死報にも動じることなく、後方支援任務と情報収集の指揮、前線に臨む中隊への情報提供に努めた。内心は穏やかではなかったが、連隊長が動揺する愚だけは避けなければならない。彼は冷静沈着、泰然自若と自身に言い聞かせて指揮にあたっていた。
(大丈夫だ)
時間は
超大型台風は四国に上陸し、現在東進中であり、激戦続く九州地方への台風の影響は、もう和らぎこそすれども悪化はしない。中国戦線については「目下撃退しつつある」というのが帝国軍参謀本部の公式見解であったし、九州戦線・中国戦線は巨大な兵站として機能する四国島の支援を受けられる。
“Need to know”の徹底か、連隊本部クラスでは中部方面隊との戦略級データリンクが遮断されており、詳細な戦況はわからない。しかしながら、万が一中国戦線の前線部隊が苦戦を強いられていたとしても、それは最初の2、3日だけであろう。帝都以東の友軍部隊が続々と中国入りすれば、容易くBETA群を追い落とせるに違いない。
故に、時間が経てば経つほど事態は好転するはず、というのが彼の考察であった。
(事態はこれ以上、悪くはならない)
実際のところ、事態は“最悪”を更新し続けている。
物事に底があるとすれば、その底は、抜け続けている。
西部方面司令部は帝国軍参謀本部にお伺いを立てることもなく、第2工兵大隊に関門海峡にかかる関門橋を爆破させていた。関門海峡を横断する関門国道トンネル、関門鉄道トンネル(在来線)、新関門トンネル(新幹線)の3本は生残しているが、これは充填剤の注入完了よりもBETA到達が早いと判断したことと、もとより要撃級以上のBETAはトンネルの通行が困難であることが大きい。その代わりに素通しとなる戦車級とそれ未満の小型種の侵攻に備え、トンネルの出口には地雷と重火器が多数配された強力な防御陣地が構築された。
中国戦線が早々に瓦解することを知っていたかのような手際のよさ。
そして現実に、中国戦線は崩壊していた。
「なぜ救援がかなわないのですか」
関門国道トンネルの九州側歩行者用出口を防衛する第51歩兵旅団司令部では、司令部に詰める幹部と最前線に布陣した中隊の間で、ひと悶着があった。
山陰地方北部一帯にBETAが上陸、また山陽地方も危ういと知り、対岸からトンネルを通って自力で避難してくる市民は少なくない。
対する西部方面司令部も彼らを追い返すようなことはせず、消防・警察と連携して彼らを保護するように第51歩兵旅団へ命令を出していた。といっても現場がすることといえば、地雷原と地雷原の空隙に避難民を誘導し、後方の消防・警察に引き継ぐだけ。多くの隊員は陣地に籠ったまま、雨に打たれながらとぼとぼと歩く市民を、手持ち無沙汰に見ているという格好になっていた。
加えて避難してきた市民の話や、オープンチャンネルによってもたらされる情報から、対岸の中部方面隊諸隊が苦戦を強いられていることは、もはや彼らの間で公然の秘密となっていた。
故に、対岸に進出して市民の救助活動にあたるべきではないか、という意見が自然発生したのである。
「余計なことを考えるな」
その現場の声を、同じ現場に立つベテランの下士官は一蹴したが、一方でそれに同調する若手幹部も現れ、旅団司令部に意見具申が行われたのである。
それを旅団司令部は、無視した。
まず西部方面司令部からそのような命令は出ていない。
加えて合理的ではない。中国戦線が崩壊し、山陰・山陽にBETA群の浸透が始まっているのが事実であれば、対岸はじきに市民と小型種が混淆するカオスと化す。そこに打って出て行っても何もできない。逆に第51歩兵旅団が消耗し、この関門国道トンネルが突破されるようなことになれば、その混沌は九州にまで広がっていくことだろう。
こうした対岸の火事を座視せず、“対岸の消火”を主張する声は何も第51歩兵旅団にだけ広がったわけではない。九州戦線が安定化するにつれて、西部方面隊全体で同様の主張は増えていく。
「九州戦は、ここからだぞ」
関係各所から上がってくる“対岸の消火”論に、西部方面司令官はただそう言った。
事実、そのとおりであった。
――長崎県西方沖の海底音響センサーに感あり。
仮眠中だった東敬一大佐が作戦担当幹部の豆枝幸路大尉に叩き起こされたのは、7月9日夜のことであった。彼は即座に着替え、合成あんパンを合成牛乳で胃袋に押し流しながら、豆枝幸路大尉から詳細を聞いた。
「第3梯団……!」
油断していなかった、といえば嘘になる。九州北部戦線は第2梯団の強襲上陸を撃退しつつあり、またかなりの個体数が中国戦線に殺到しているはずであった。故にもう大陸沿岸にわだかまるBETAの個体数はたかがしれている、と思いこんでいた。
「2320、BETA群は宇久島・平戸島間に進出。現在なおも南進中です」
「日米海軍艦艇・哨戒機による爆雷攻撃の予定は」
「西部方面司令部によれば、双方ともに準備を進めているようです」
「……過信は禁物だな」
東敬一大佐は、爆雷攻撃による海中撃滅は不可能とみた。海・空ともに未だに超大型台風の影響は残っている。また日本帝国連合艦隊は九州よりも本州沖での作戦を優先するであろう。帝国海軍水上艦艇の所在など、一連隊長が知っているわけなどないが、もはや一隻も九州沖には残っていないのではあるまいか。
嫌な予感が、した。
「基地に残留している衛士を全員、ガンルームに集めろ」
「はっ」
第92戦術機甲連隊は西部方面司令部直属の戦術機部隊であり、中隊単位で方々に出張る。裏を返せば声がかからなかった中隊――第23中隊・第32中隊・第33中隊については、未だこの八代基地に待機中だ。
「第3梯団、分派しました!」
日付が変わる頃、BETA側に動きがあった。第3梯団が分派し、一部が東進を開始。その延長線上にあるのは佐世保市だという。本隊は現在も南進中であり、西部方面司令部では長崎市のあたりに強襲上陸をかけるのではないかと予測しているらしかった。
(佐世保か――櫻たちに任せるしかない)
佐世保を直撃するであろうBETA群に手許に残る3個中隊が派遣されることはないだろう、と東敬一大佐は思った。ただ西部方面司令部の命令で、すでに第11中隊を帝国海軍佐世保基地に配置していた。いまは彼らの武運を祈るほかなかった。
「西部方面戦車連隊の甲斐毅大尉であります」
それから1時間もしないうちに、西部方面戦車連隊・連隊本部の作戦担当幹部が連絡役として八代基地に現れた。
事態に対する方針を決めるのは、西部方面司令部であって東敬一大佐ではない。
そして西部方面司令部は、八代基地をひとつの反撃拠点として定めたようだった。74式戦車をはじめとする西部方面戦車連隊の装甲車輌を皮切りに、燃料補給車や物資を積んだトラックが続々と八代基地に到着した。
だが一方で、東敬一大佐は小首をひねった。
「長崎まで八代基地からでは遠すぎはしないか」
それに対して作戦担当幹部の園田勢治少佐は「天草に揚がるとみたのではないですか」と答えたが、言いながらも彼自身、半信半疑であった。
ところが事態は、予想だにしない方向に転がっていった。
BETA群は長崎市を素通りして東進を開始。長崎市南方沖から長崎県島原市と熊本県天草市の合間を通り抜け――。
久方ぶりに晴れ渡った月夜に、轟音が響き渡った。
海面が割れ、立ち上がる水柱。茶色く染まる海水。海面から現れた要塞級の頭部に、対戦車ミサイルが直撃し、火焔が周辺を煌々と照らした。それでも彼らの動きは止まらない。八代海を突っ切り、堤防の向こう側に彼らのその異形の姿を曝け出した。
歴史上、人類が多用してきた鉄床戦術。本隊の正面攻撃で敵を拘束し、別動隊で敵の側面を叩く。九州北部戦線を抱える西部方面隊の軟らかい横腹を衝く百鬼夜行の出現により、九州中部戦線が開かれ、これにより西部方面隊の組織的抵抗は破砕される――。
「残念だが、こっちの大将の読みの方が上だったってわけ」
八代海臨海部が、爆発した。
120mm徹甲弾と36mm機関砲弾が波消しブロックを這い上がり、堤防から顔を出した要撃級を撃ち抜き、戦車級の群れを肉片に変えて海面へ吹き飛ばした。流れ弾が堤防を粉砕し、放棄されたままの民家に飛びこんだ。
「きょうが最初で最後だ! 野郎ども、英国料理“鉛弾のBETA寄せ”といこう」
120mm滑腔砲2門、36mm機関砲8門を背負ったF-4UKデファイアントが、青白いセンサーアイに映るものすべてを破砕していく。
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■30.八代会戦。(前)
自身の火力ではなく、機動で翻弄し、砲迫で叩き潰す。
装甲で敵の打撃を受け止めるのではなく、機動力で回避する。
そんな現代の戦場に、いま火力と装甲の発達を競った前時代の遺物が咆哮する。
――堅牢な突撃級と要塞級を、真正面から撃破する。
開発コンセプトどおり。
F-4UKの背負う砲塔が爆炎を吐くとともに、突撃級の生体正面装甲が粉砕され、小隊集中射で要塞級が崩れ落ちていく。8門の36mm機関砲は、要撃級と戦車級の大海をかち割った。F-4UKが海岸線に布陣した主力戦車ならば、BETAは海から這い上がる歩兵ども。銃火器をもたない上陸したての歩兵が、主力戦車に勝てる道理はない。
「ラビット各、こっからだぞ! 最優先目標は光線級、続いて突撃級!」
「了解!」
声を張り上げながら、ラビット2――平林雅弘少尉は戦車級の群れの中に現れた巨大な瞳を見落とさなかった。
その2秒後、平林雅弘少尉機が放った砲弾は衝撃波で戦車級を薙ぎ倒し、光線級の下半身を吹き飛ばした。残る上半身もまた宙を舞い、後続の突撃級に激突して水風船のように破裂している。
「スプラッシュ・レーザーワン! くそっ……スプラッシュ・レーザーツー!」
真正面からの殴り合い、火力と装甲の鍔迫り合い。
この戦場においてF-4UKの脅威となるのは、火力で優る光線級と、装甲で優る突撃級。
異形の海、その間隙から伸びてくる予備照射が夜闇を引き裂き、無数の曳光弾がその源に殺到する。
「ラビット7、キャニスター!」
「ラビット8、キャニスター!」
「ラビット1、こちらHQ。30秒後に支援砲撃、同時にエアカメラ01、エアカメラ2を進出させる」
「こちらラビット1! 聞いてたな! 光線級の炙り出しだ!」
西部方面戦車連隊の自走砲が火を噴くとともに、海岸線から約30の閃光が伸びる。途端に、噴き上がる蒸気。光線級が発する莫大な熱が海水を蒸発させ、大気を焦がし、レーザークラウドが発達していく。と同時に、F-4UKの影に隠れていた無人回転偵察機が飛び上がり、光線級の位置を西部方面戦車連隊の自走砲部隊とF-4UKに情報連接する。
(光線級はまだ海面に頭を出したばかりか)
F-4UKから成る第33中隊をまとめる五十嵐良則大尉は、網膜に投影された光線級予想位置を確認しつつ、「B・C小隊は行進間射撃を継続しながら、指定座標まで後退」と指示を出した。前衛の突撃級や要撃級の後背にいる光線級を直射で殲滅することは難しい。が、一方で光線級の側も突撃級や要撃級が邪魔になり、こちらを視界に収めることは困難だ。
「ラビット、こちらHQ!
「HQ、こちらラビット1。了解した。各、コケてナナヨン潰すなよ!」
無限軌道の音を轟かせ、戦車砲を連射しながら現れる74式戦車――爆発反応装甲を纏い、リモート式重機関銃と新型徹甲弾を配したG型が現れるとともに、F-4UKは後退を開始する。と、同時に背負った120mm滑腔砲の砲口が持ち上がり、曲射モードに移行する。
「ラビット1、こちらHQ。マイク・アルファとデータ連接」
「HQ、ラビット1了解。データ連接を確認」
「ラビット1、マイク・アルファ到着は60秒後」
「HQ、ラビット1了解。ラビット各、30秒後に全力射撃!」
不格好な自走砲となったF-4UKの120mm砲が火を噴く。隙だらけの弾道を描く榴弾。BETAに埋め尽くされた海から次々と光芒が走り、F-4UKが放った砲弾は空中で蒸発していく。戦果挙がらぬ攻撃。新たに生成されるレーザークラウド。
その水蒸気の塊を、冷徹な電子の瞳が捉えた。
第5地対地ロケット連隊が放った88式地対地誘導弾は、センサー・情報処理機能の塊である戦術機からの誘導を受け、光線級の頭上に姿を現した。
感情なき光線級・重光線級が88式地対地誘導弾の弾頭に視線を遣る――が、照射は始まらない。
彼らは十数秒前にF-4UKが放った榴弾を迎撃したばかりであった。
――故に88式地対地誘導弾は、ほとんど抵抗を受けないまま彼らの直上で炸裂した。
「正気じゃねえ――」
その北方、八代市と境を接する八代郡竜北町では、着上陸した異形の海目掛けて12機の軽戦術機が吶喊していた。噴射地表面滑走。無数の曳光弾とともに、長剣を抜刀したフランス・ダッスオー社製戦術機シュペルエタンダールが、文字通りに地を這い、北上せんとしていたBETA群の後背――要撃級と要塞級、そして重光線級から成る後衛集団に、南方から斬りこみを敢行する。
中衛を担う保科龍成少尉の網膜が、重光線級が放つ予備照射の光芒を映す。と同時に、肩部にファンシーな蜜蜂の絵をあしらった軽戦術機たちは、左右に姿勢を大きく傾けながら散開する。頭頂部のセンサーマストは、飾りではない。敵の布陣を高速で捕捉・分析し、光線級の死角に衛士を素早く誘導する。
それでも前衛小隊の1機は躱しきれなかった。主力戦車を溶解せしめ、主力戦艦の装甲にさえダメージを与える本照射が、シュペルエタンダールを掠る――と同時に大気がプラズマ化し、生じた衝撃波で鋼鉄の塊は体勢を崩して転倒。次の瞬間には本照射を真正面から浴びて大破炎上していた。
「正気で戦争ができるか」
その火焔曳く残骸を飛び越えた井伊万里中尉機は、行進間射撃で重光線級の脚部を破壊し、また別の重光線級の瞳に120mm徹甲弾を叩きこんでいく。そのまま前衛小隊が3機がかりで要塞級を撃破したことでこじ開けられた空間に飛びこみ、BETAとの乱戦にもつれこむ。
僚機である保科龍成少尉もまたそれに追随する。といっても回避するのが精一杯。予備照射を要塞級の影で躱し、戦車級の群れを避け、立ち塞がる要撃級を突撃砲で何とか撃退する。
「ミツバチ各機! 奴ら食いついた、中衛・前衛集団が戻ってくるぞ! 後退!」
比較的後方で指揮を執っていた田所真一大尉が叫ぶとともに、井伊万里中尉機は接近戦を挑んでくる要撃級を鎧袖一触に斬殺し、要塞級の衝角を跳躍で躱しながらBETA群を脱する。
保科龍成少尉もそれに便乗しようとしたが、そうもいかなかった。
「待って、置いていかないで――ッ!」
「理央ッ、こっちだ! 俺の――ミツバチ6の方向に跳べッ!」
僚機を見失った状態で前方から戦車級、後方から要撃級が迫っていた若狭理央少尉機を認めるや否や、保科龍成少尉は機首を転じて36mm機関砲弾で要撃級を排除し、彼女の周囲に走りこむ戦車級を120mmキャニスター弾で吹き飛ばした。
そこに厳格な叱責の声が飛んだ。
「ミツバチ6、何をしているッ」
「井伊小隊長、見りゃわかんでしょ!」
「阿呆ッ――」
言うが早いか。
踵を返した井伊万里中尉機が、騎兵が如く猛然と再突入。保科龍成少尉が生み出した空隙を一気に広げ、過入力で硬直状態になっていた若狭理央少尉機の近傍にまで達した。
「若狭理央少尉ッ、私だ! ついてこい!」
3機が退き始めると同時に、田所真一大尉率いる後衛小隊が援護射撃を開始する。
ところが反転・南下してきた中衛・前衛集団の勢いは、ほとんど衰えない。
背面へ連続射撃しながら逃走する3機に、異形の怪物どもは食らいつかんと追い縋る。
(それでいい)
危機にある部下を網膜で捉えながら、田所真一大尉は薄く笑っていた。
企図したとおりであった。F-4UKや西部方面戦車連隊の布陣するエリアから外れた地点に上陸したBETA群を攻撃し、北上を阻止――むしろ南下させ、八代平野に連中を留めることで、福岡県内に布陣する一線級師団の後背を守る。これこそが第32中隊が無謀な吶喊を仕掛けた理由であった。
田所真一大尉は中隊内ステータスを一瞥し、被撃墜機が4機出ていることを確認すると、溜息ひとつ漏らさず西部方面戦車連隊所属の自走砲に支援砲撃を要請した。
こうした戦況を把握していた八代基地の東敬一大佐もまた、自身が狂気の只中にいることに気づいていた。
「第3梯団のBETA群をこの八代に惹きつける」
「たとえ第92戦術機甲連隊と八代基地が全滅したとしても、第3梯団を釘づけにし、北方に展開する第4師団・第8師団が二正面作戦に対応する時間を稼ぐことができれば我々の勝ちだ」
「いま九州戦線の存亡は、我々に懸かっている」
基地の防衛ではなく、着上陸したBETA群への攻撃と足止めのために八代基地はみなことごとく武装することとなった。後方職種とて例外ではなかった。
(自らこの八代を死地とするとは)
東敬一大佐は心中で自嘲したが、大局を思えばこうするほかないこともわかっていた。
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■31.八代会戦。(中)
九州中部――八代市と八代郡に着上陸した第3梯団は、北上して九州北部に展開する部隊の後背を脅かすことなく、八代市周辺にそのまま留まっている。これは高性能CPUを積んだ戦術機、つまり第92戦術機甲連隊が餌となっているからに他ならない。
東大佐は己の役割をよく理解してくれている、と西部方面司令官は安堵の溜息をついた。彼が第92戦術機甲連隊の駐屯先として八代基地を新設したのは、西部方面隊の側面防御のため。そして放っておけば本土防衛軍中部方面隊、しかも中国戦線を守る第13師団の幕僚になるはずだった東敬一を拾い上げたのも、九州中部防衛を成功させるためであった。
(頭脳明晰というわけでもなければ、陣頭に立って状況を打開するような猛者でもない――だがその瞬間、瞬間で最善を尽くす指揮官)
それが西部方面司令官の東敬一大佐に対する評価であり、そして彼は人類防衛のために必要となる大切な手駒であった。
「第12歩兵連隊、球磨川を越えました」
「よろしい。予定通り、第12歩兵連隊は第92戦術機甲連隊に合流させる」
故に見棄てるつもりはさらさらない。
「第8師団・第42戦術機甲連隊の中部戦線投入はまだかかるか?」
西部方面司令官はすでに幾つかの手を打っていた。第3梯団の八代上陸と同時に、鹿児島県内に駐屯する第8師団・第12歩兵連隊に北上を命じており、また第4師団や第8師団から引き抜いた数個戦術機甲連隊でBETA第3梯団を一挙殲滅するつもりであった。
「松橋町にて補給中の第42戦術機甲連隊第3大隊は、1時間後に八代郡および八代市に投入可能です。第1・第2大隊は熊本市内を南下中」
「……スタンバイしている第3対戦車ヘリコプター隊を
虎の子のAH-1Sコブラから成る第3対戦車ヘリコプター隊を出してしまえば、もう西部方面司令官が自由に振り分けられる予備戦力はない――第92戦術機甲連隊には、第4・第8師団から抽出した機動部隊が斬りこみを敢行するまで耐えてもらうしかなかった。
◇◆◇
「バカバチども、張り切りすぎだぜ……。敵個体数算定はァ~旅団規模だァ!?」
「プリズナー1からクソッタレども! 60秒後の弾着とともに動く! アルファ、ブラボーはミツバチどもと入れ替わりに先頭の要撃級・戦車級300の群れを叩き潰す! チャーリーはアルファ、ブラボーを援護しつつ、発生したレーザークラウドを観測し、光線級を捜索しろ!」
「プリズナー1、もしかしなくてもアルファ、ブラボーはそのあとレーザーヤークトか!?」
「ああ。クソ目玉ひとつにつき、ビール一杯奢ってやる」
「アホ死ね、釣り合わねえ」
西部方面戦車連隊の自走砲が火を噴き、半数の榴弾が虚空で迎撃され、残る半数がBETA群を叩くと同時に、第92戦術機甲連隊第23中隊が小隊単位で動き出した。
日本帝国仕様の塗装ではなく、漆黒の装甲を纏ったままの12機の殲撃八型は後退してきたシュペルエタンダールと入れ違いに、雪崩れこむBETA群へ斬りかかった。要撃級の前腕を躱し、中国製77式近接戦闘長刀でその頭部を叩き潰す――その前面に集る戦車級の群れが、36mm機関砲弾の嵐が吹き飛ばした。
「死ねやザリガニ野郎ォ――!」
「お前の喩え、おかしいよ!」
後続の殲撃八型が主腕2門、背面ガンマウント2門、併せて4門の突撃砲で正面斉射し、突進してくる要撃級と戦車級の群れを押し留める。近接戦闘も、防御力も放棄した形の兵装選択だが、寡兵でクソムシの大群を撃退するにはこうするしかない、というのが彼らを率いる中隊長――氏家義教大尉の決断だった。
「こいつらがザリガニなら、俺たちはイカか!?」
「ザリガニ釣りの餌には俺たちゃ高すぎる」
「俺たちが、じゃない――
「プリズナー各ッ、プリズナー9だ! 照射追跡データとレーザークラウド分布を送信した!」
「よしクソッタレども、ついてこい!」
一方のシュペルエタンダールから成る第32中隊は八代基地まで戻って補給を受けていた。補給といっても基地内に設置された自動補給コンテナから武器弾薬・推進剤を受け取るだけだ。部品交換等はできない。もう八代基地と最前線の距離は、目と鼻の間である。
「もう後がない……ってことか……」
保科龍成少尉の気は、昂ったままであった。
推進剤の充填を待っている間、彼は電子の瞳を通して基地の様子を観察していた。畠田徹男曹長が重機関銃を抱えた数名の警備兵に命令を飛ばし、戦術電子整備担当の笠原まどか大尉もまた対戦車ロケットを抱え、2、3名の兵士を引き連れて駆け足でどこかに走っていく。
そしてハンガーからは予備機となっていた4機の77式戦術歩行戦闘機F-4EJ改が、トレーラーで引っ張り出されていた。
(あれを使う衛士なんて――)
「こちらラビット1ッ――補給が必要だ! 120mm弾を廻してくれ!」
オープンチャンネルに第33中隊を率いる五十嵐良則大尉の声が響き、保科龍成少尉はふと我に返った。
同時に、第32中隊の田所真一大尉が口を開いた。
「ラビット1。こちらミツバチ1だ。そちらの状況はどうなっている」
「ミツバチ1、ラビット1。だいぶ片づいた。第12歩兵連隊が残敵掃討を開始している。あとは北から押し寄せる連中だけだ。……厳しいのか?」
「こちらが寡兵にすぎる。ウチの中隊はすでに4機を失った」
「……。120mm弾の補給を完了次第、俺たちもそっちに行くことになるだろう。またそのときは頼む」
F-4UKデファイアントの継戦能力は、低い。
連射力と破壊力に長けた砲塔は弾薬消耗が著しく、また弾倉を数個携行しているくらいでは焼け石に水。しかも120mm弾は反動を低減させた戦術機用のものではなく、貫徹力を重視した戦車砲用のそれであるため、いちいち基地や専用コンテナのある補給拠点にまで戻らなければならない。しかもF-4UKデファイアントは両主腕をオミットされているため、弾薬補給は貧弱なサブアームと、外部機構に頼らなければならない始末であり、通常の戦術機よりも補給に時間がかかるのであった。
「ミツバチ1、こちらプリズナー1――早くしろ、押し切られるッ」
補給を終えた第32中隊は出撃後15分もせずに第33中隊と合流し、BETA群と対峙――それほどにまで最前線は近くなっていた。
「突撃級を最優先で殺れ! あいつらを1匹でも基地に通してみろ、めちゃくちゃになる!」
「
氏家義教大尉機は4門あった突撃砲をすべて投棄し、拾った74式近接戦闘長刀を振るって要撃級の群れを撫で斬りにしていた。第23中隊は光線級狩りを敢行し、2機の殲撃八型と交換に手近な十数体を撃破することに成功していたが、そこで突撃級の正面突撃と戦車級の大群に圧迫され、後退を余儀なくされていた。
「ミツバチ1、プリズナー1だ! 俺が先任だな!?」
氏家義教大尉は「お前らは後衛だ」、と短く叫んだ。
シュペルエタンダールは小型機であり、前衛での殴り合いには向かない。さらに元を質せば艦上機。洋上での戦闘を想定して優れたFCSを積んでいるため、砲撃戦を得意とする。
故に氏家義教大尉は死傷率の高い最前線で要撃級や突撃級とのドッグファイトに臨むことを選択した。
それを特に何の感動もなく田所真一大尉は受け入れ、部下に淡々と砲撃戦を命じる。
「予備照射ァ――!」
戦車級の群れに36mm機関砲弾を叩きこんでいた保科龍成少尉は、はっと周囲を見回す――と同時に自機は自動回避を開始していた。他のシュペルエタンダールも、同様である。その隙に小型種が戦術機の戦陣を無視し、後方に浸透していく。
「まずいッ!」
振り向いて兵士級の群れに照準しようとした保科龍成少尉を、井伊万里中尉が叱責した。
「保科ァ、戦車級未満に構うな!」
「しかし――基地がッ!」
「マリ中尉の言うとおりですよ」
オープンチャンネルに新しい声が割りこんできた。
次の瞬間、新たな機影が現れ、一瞬で兵士級の群れを轢殺――背面ガンマウントの突撃砲で闘士級たちを瓦礫ごと吹き飛ばした。
「保科少尉、撃ち洩らしは任せてください」
兵士級の死骸を踏みにじる、F-4EJ改・撃震。
しかしその武装はどこかアンバランスだった。左主腕に近接戦用長刀、右主腕は何も保持しておらず、しかしガンマウントには2門の突撃砲が懸架されている。まるで右主腕は、最初から使わないかのようだった。
「満田華、伍長――?」
おずおずと聞いた保科龍成少尉に、F-4EJ改の衛士はくつくつと笑った。
「戦時昇進で少尉です、保科少尉。まあ大陸帰りなので私が先任ですが」
言うなり、兄と右腕を大陸で失った彼女は、獰猛な笑みを浮かべて後方へ浸透せんとする小型種を虐殺し、また防衛線を圧し潰そうとする戦車級の群れに制圧射撃を浴びせ始めた。
戦術機操縦の大部分は思考制御であり、また背面ガンマウントは自動照準・自動射撃が可能になっている。小型種を踏み潰す程度なら、右腕ごときがなくともこなせてしまう。
故に第92戦術機甲連隊・第1科の満田華伍長――改め、第92戦術機甲連隊本部付機甲小隊の満田華少尉は、予備機のF-4EJ改とともにきょう戦場に舞い戻った。
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■32.八代会戦。(後)
熊本市に隣接する益城町を発した西部方面航空隊の第3対戦車ヘリコプター隊は、真っ直ぐに南下するのではなく、若干ではあるが東へ迂回しながら八代平野を目指した。高地を盾にするためである。戦術機の全高よりも低い高度を往くAH-1S対戦車ヘリコプターが易々と照射を浴びるとは思っていないが、それでも用心のためだ。
偵察ヘリコプターOH-1に先導される形で、8機の大蛇は異形へ、慎重に忍び寄る。
回転翼機は、火力・防護力・継戦能力のいずれも戦術機に劣る――。
それは自他ともに認める事実。
しかしながら彼ら第3対戦車ヘリコプター隊の面々の士気は高かった。超大型台風の影響で緒戦から待機が続き、無力感に襲われていたところでついに下った攻撃命令。しかも小型種の掃討ではなく、未だ光線級が残存する敵主力への航空攻撃。任務の困難さから、作戦に参加するパイロットは家族情報を基にして司令部が選定したが、選ばれなかった者は心底残念そうであった。
「オメガ101、八代見ゆ。繰り返す八代見ゆ」
「オメガ101、アタッカー101了――往くぞ!」
山々に囲まれた県道32号線から、一気に八代平野へ。時速約200kmで放棄された宮原の町並みを飛び越して――その先にある戦車級や要撃級、突撃級、要塞級の渋滞へ毒牙が突き立てられる。
BGM-71対戦車ミサイルが開放され、誘導用ワイヤーを曳きながら突撃級の側面や要塞級の胴部に殺到する。揺らぐ巨体。火焔を曳く破片が撒き散らされるとともに、要撃級と戦車級が超低空飛行中のAH-1Sに突進する。
「アタッカー、そちらへ要撃級ッ」
「ロケット!」
要撃級は勿論のこと、極限まで低空に滞空するAH-1Sにとっては飛びついてくる戦車級さえ脅威になる。
故にAH-1Sは1機につき38発のハイドラ70mmロケット弾を引っ提げてきていた。
瞬く間に生み出される劫火の海。戦車級の群れが炸裂する鋼鉄と火焔によって消し飛び、要撃級がロケット弾の直撃を受けて粉砕されていく。死骸と炎、そしてそこから伸びる煤煙が、視界一杯に広がる。
濃灰の煙の中から現れた戦車級に、20mmガトリング砲の砲口が向けられる。砲身が高速回転。同時に放たれた砲弾は畑地と異形を一緒くたに耕した。
「アタッカー、こちらオメガ101。攻撃成功。所定のルートで後退せよ」
10分に満たない火力投射の後、各機は速やかに機首を翻して再び山地の向こう側へ飛び去っていく。
「遅いッ――」
脆弱なAH-1Sから成る第3対戦車ヘリコプター隊が、光線級の照射を浴びなかったのは、連中がそれどころではなかったためである。
「遅すぎるッ」
戦車級を無視して突撃級を潰し、BETAの間隙から予備照射を開始する光線級を狙撃し、また新手の要撃級を斬殺していく井伊万里中尉は、苛立たしげにうめいた。
(やはり
BETAの体液と血肉を身に浴びたシュペルエタンダールは、予備照射を振り切るために半死半生のまま放置していた突撃級の影に飛びこみ、飛びこみながら向かってくる戦車級の群れ目掛けて突撃砲を連射した。
「プリズナー2、6ッ! あいつを殺させるな、行け!」
「おい
「大真面だ……ちっ、俺についてこい!」
井伊万里中尉の周囲に吹き荒れる血肉の嵐に、漆黒の鎧武者が加入する。
氏家義教大尉が駆る殲撃八型が突出――それに反応した要塞級が衝角を放つ。
それを氏家義教大尉機は急制動をかけ、後方跳躍で躱した。
伸びきる要塞級の触手。その隙を逃さず、2機の殲撃八型は着地する氏家義教大尉機を追い抜いて突撃をかける。水落美歩中尉機と中馬巧少尉機は、トップヘビーの中国製77式近接戦闘長刀を大上段に構えて跳躍し、要塞級の胴部と肩部の繋ぎ目に必殺の一撃を叩きこむ。
肩部から体液を撒き散らしながら崩落する怪物を飛び越えて、氏家義教大尉機が74式近接戦闘長刀を振りかぶり、井伊万里中尉機の背後に迫っていた要撃級を斬り捨てる。
「ミツバチ5、こちらプリズナーリーダーだ! 後退しろ――死ぬぞ!」
「しかし、ここで光線級を狩りきらなければ」
「認識が30分遅い、もうその必要はねえ!」
「ミツバチ5、プリズナー2だ。戦域図を見てみなッ!」
井伊万里中尉は0.1秒を争う攻防戦の最中でオフにしていた戦域マップを再投影――そして赤いマーカーの塊が、北方から現れた青いマーカーに圧されつつあることに気がついた。
気づけば太陽が昇っていた。
「ジョーカー2、ジョーカーリーダーだ。営門の防衛に廻ってくれ」
「ジョーカーリーダー、ジョーカー2了解」
八代基地周辺では最前線で撃ち洩らした小型種との戦闘が続いていた。
後方職種まで武装した第92戦術機甲連隊の隊員たちに、東敬一大佐・園田勢治少佐・豆枝幸路大尉・満田華少尉が駆る予備機のF-4EJ改、補給が完了した第33中隊のF-4UKによる決死の防衛戦。
とはいえ、戦車級がせいぜいで大部分は兵士級と闘士級。
戦車級の群れをF-4UKが容易く吹き飛ばし、豆枝幸路大尉・満田華少尉ペアが闘士級や兵士級を轢き殺していく。それでも基地のほうぼうで闘士級や兵士級を相手どった銃撃戦が断続的に生起した。
そしてその小型種の数も、徐々に減っていった。
「ジョーカーリーダー」
作戦担当幹部の園田勢治少佐は安堵の溜息をつきながら、久しぶりに機上の人となっている東敬一大佐に呼びかけた。
「どうやら我々、見棄てられはしなかったようですね」
「ジョーカー2、そのとおりのようだ。第8師団が北方から突撃してくる――さあ、挟撃といこうか」
東敬一大佐の言葉どおり、BETA第3梯団は瞬く間に劣勢となった。
突撃級や要撃級といった前衛が南方の第92戦術機甲連隊・西部方面戦車連隊と対戦している最中、北方から第8師団・第42戦術機甲連隊がその後背を衝いた。94式戦術歩行戦闘機不知火から成る第42戦術機甲連隊約100機は、生き残っていた少数の重光線級を撃破。加えて第3対戦車ヘリコプター隊と無人攻撃機を繰り出し、反転しようと渋滞を始めた敵中衛集団を打撃した。
「いやぁ……よー勝ったわ……」
氏家義教大尉はそんなことを呟きながらトリガーを引いている。彼の第23中隊と、田所真一大尉の第32中隊は、一列横隊になって遠距離砲撃戦に移行していた。未だ戦闘は終わっていないが、八代平野を衝いたBETA第3梯団は壊滅しつつあった。
「田所さん、ちょっとは喜んだらどうよ」
「油断は禁物だ」
「これで九州戦線は勝ち確。本州の方にも揚がってんだろうけど、まあ中部方面隊なら楽勝だろ。これで当面の戦争は終わり。さっさと帰ってビール飲みてえよ」
「……」
「田所さん、ドライだな」
そんな会話を耳にしていた保科龍成少尉は、どちらかといえば氏家義教大尉と同じ気持ちであった。
(これで九州は守りきれる。有力な戦術機甲部隊が数多くいる本州は心配する必要ないだろ。帝国はBETAの脅威を跳ね除けたんだ――)
◇◆◇
「敵前衛集団、国道2号線を東進中!」
「ブレードリーダー。こちらCP。
「スコッパー。こちらCP。揖保川大橋を爆破せよ」
「CP、こちらスコッパー。まだ揖保川西方には多くの市民が残っている」
「姫路防衛が最優先だ」
「CP、こちらブレードリーダー! 両岸に避難民が渋滞を起こしている。跳躍したら巻きこんじまうぞ」
「ブレードリーダー、CP。いま県警に誘導を急がせる。それまで竜野駅西方で阻止戦闘を実施せよ」
「CP、ブレードリーダー了解――聞いてたな! とにかく姫路にムシケラ一匹入れるな!」
丘陵に挟まれたわずか南北300メートルの畑地と市街地を耕しながら殺到してくる突撃級に、撃震が立ち向かう。
「くそったれ、だったら砲撃支援を寄越せ!」
しかしながら砲撃支援も航空支援もない。
避難民とBETAが混淆する悪夢のような状況。橋梁爆破には想定以上に時間がかかり、交通機能が麻痺している大都市で積極的に市街戦を始めることは許されていない。発砲はおろか、市民を轢殺しないために戦術機の機動にも制限がかかっていた。
(くそ、揖保川町・太子町を抜かれたらもう姫路だぞ!?)
帝国軍参謀本部は防衛線を整理、部隊の再編成を急ぎ、第一防衛線・第二防衛線・最終防衛線の構築に着手していた。
第一防衛線は京都府宮津市・兵庫県明石市を結ぶライン。
しかしながらこの時点で、もはや第一防衛線は破綻することは明らかだった。
なにせ四国地方の戦況は絶望的であり、そうなると第一防衛線の起点である兵庫県明石市は淡路島を伝って北上するBETA群に側方を脅かされることになるのだから。
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■33.F-4EJ改(1)
「パッパ1、こちらヨロイムシャ。そちらのタイミングで始めてくれ」
「ヨロイムシャ、パッパ1。了解した」
福岡市の中心市街地では小型種の掃討が始まっていた。
通りを駆け巡り、建物ひとつひとつを奪い返していく主力となるのは第23師団第72歩兵連隊であるが、最初に陣頭に立つことになったのは、第92戦術機甲連隊第13中隊だった。
第4師団・第4戦術機甲連隊の94式不知火と交代する形で前線に姿を現したのは、日本帝国本土防衛軍将兵が見慣れているF-4J撃震だ。しかしながら細部は通常のF-4J撃震と相違点がある――第92戦術機甲連隊内ではF-4EJ改・撃震、あるいは撃震改と呼ばれている。
「パッパ7、グレネード」
「パッパ8、グレネード!」
肩部装甲上方に増設されたラックから、鈍色の柄がせり出す。
それを握って引き抜いたF-4EJ改は、それを宙に放り投げた。
人類を遥かに超越する膂力と、極めて正確な弾道計算。投擲された爆発物は、緑地帯の直上で炸裂し、鋼鉄の雨を兵士級と闘士級の群れに浴びせた。
「小隊長、しくじらないでくださいね」
「大丈夫、大丈夫。パッパ5、グレネード!」
パッパ5――湯川進中尉機は下手投げで手榴弾を、物流センターの搬入口へ叩きこんだ。
その数秒後、放置されていたのであろう資材と内部に隠れていた小型種の破片と一緒に、爆風と火焔が噴き出す。巨人用に拡大再設計された柄付きグレネードの問題点は、炸裂する前に障害物か何かにぶつかって跳ね返ってきた場合、友軍誤爆となる可能性を孕んでいるところであった。
故にこの手榴弾は戦術機が入りこめないような閉所への攻撃が必要となる市街地掃討戦には向くが、乱戦では使えない。
手榴弾を投擲するB小隊の周囲では、第2世代・第3世代戦術機の軽量化・高機動化に逆行するがごとく、増加装甲・爆発反応装甲を纏ったF-4EJ改から成るC小隊が向かってくる戦車級や闘士級、兵士級の群れに36mm機関砲弾を叩きこんで排除していく。
(この様子ではこいつの出番はないな)
後衛となるA小隊のF-4EJ改もまた通常のF-4Jとは異なり、肩部に64式対戦車誘導弾を装填した箱型ランチャーと有線誘導に対応したFCSを備えている。
このF-4EJ改は撃ちっ放し能力を有する92式多目的誘導弾が採用される以前に、79式・87式対戦車誘導弾の導入に伴って“型落ち”する64式対戦車誘導弾を撃震に転用できないか、と供された試験機の末路であった。
濃密な重金属雲や仮想敵国の強力な電子攻撃の下であっても有線誘導ならば影響をほとんど受けない、というのが売り文句であったが、3000m以上の有効射程を誇る92式多目的誘導弾と、最大射程が2000m未満の64式対戦車誘導弾では、前者が後者を淘汰するのは当然の理であった。
「ヨロイムシャ、こちらパッパ1だ。事前計画の攻撃は完了した」
「パッパ1、こちらヨロイムシャ。感謝する。これより我々はエリアエコーに進出する」
直立するF-4EJ改の合間を、機械化強化装甲歩兵たちが疾駆していく。
驚くべきことにこの第92戦術機甲連隊第13中隊は、A小隊・B小隊・C小隊で異なる仕様のF-4EJ改を運用していた。傍目から見れば、汎用性を損なったF-4EJの吹き溜まり。まさに
……。
「なにこれ」
九州戦線におけるBETA群の攻勢は急速に衰え、いまや日本帝国本土防衛軍西部方面隊は機械化強化装甲歩兵や多用途・対戦車ヘリコプター隊、無人機による残敵掃討の段階に移行していた。入れ替わるように第4・第8師団といった戦術機甲部隊は、機体の整備・修理を迅速に実施。
第92戦術機甲連隊もまた八代基地周辺の“片づけ”を他部隊に任せ、一部の中隊を除き、方々に派遣していた中隊を帰還させて機体整備にあたり、また衛士たちには休息をとらせていた。
「え?」
そしてガンルームに久方に集合し、緊急出動に備えつつもくつろぐ衛士たちは呆けた。
――日本帝国本土防衛軍は帝都・大阪前面に三重の防衛線を築き、東侵を試みる敵軍を阻止する構え。
――日本海および琵琶湖には日本帝国海軍連合艦隊・アメリカ海軍第7艦隊が展開、大阪湾には国連太平洋艦隊が進出し、洋上から敵地上軍を激しく打撃している。
――政府は日本帝国本土防衛軍・アメリカ軍・大東亜連合軍・国連軍から成る統合作戦司令部を設置。
“優勢”を演出するラジオやテレビを通してもたらされる戦況だが、第92戦術機甲連隊の衛士たちは小首をかしげざるをえなかった。
「中部方面隊の連中は何してやがンだッ」
殲撃八型を駆り、死地から帰ってきた第23中隊の水落美歩中尉は激昂した。
おい、と氏家義教大尉はパイプ椅子に座ったまま制そうとしたが、彼女は止まらない。悪態をつき続けた。頭に血が上ったら言いきらないと気が済まない性質である。
「帝都・大阪前面に防衛線!?」
「おい」
「じゃあなんだよ、帝都・大阪から西はどうなってんだ!」
「おいッ!」
氏家義教大尉は短い怒声とともに、拳をテーブルに叩きつけた。テーブルの端でF-8Eクルセーダーから成る第22中隊の雨田優太少尉と荒芝双葉少尉が指していた将棋盤が揺れ、両者の駒が築いていた戦陣が大きく崩れた。
「水落、おめーいいかげんしろよ!」
「んだよこら
口論が始まる前に、第22中隊の中隊長・大島将司大尉が穏やかな口調で割って入った。
「ここには中国・四国が実家だったり、友人や家族を残してきた者もいたりするんだぞ、水落中尉」
「……あ」
「そういうこった。オレらはもちろんだが、92連隊のメンツは中国・四国地方出身者が多い。なぜかは知らねえが……」
「すんません」
水落美歩中尉がしょげるとともに、雨田優太少尉は「実家か」、とつぶやいた。
(藤井さん、大丈夫かな)
光州作戦の最中、撃墜された藤井美知少尉の実家・中華料理店『藤井中華』は広島県内にあった。
藤井美知少尉の父、藤井知男は無事だろうか。
(基地が近隣にあったから、案外なんとかなっているかもしれない)
心配しだすときりがないので雨田優太少尉はそう結論づけて、それ以上考えるのをやめた。
「戦争は、終わらない」
第32中隊の田所真一大尉が漏らした一言に、氏家義教大尉は「俺が楽観的でしたよ」と言って頷いた。
と同時に、厄介なことになる、とも思った。
「櫻大尉――どうか大尉からも、連隊本部に意見具申をお願いいたしますッ!」
実際、その“厄介なこと”は起こり始めていた。
がらんとした食堂で、黙って缶メシを食べている櫻麻衣大尉に、ひとりの衛士がかしこまった口調とともに頭を下げていた。彼女は佐世保防衛戦から1機も損なわずに帰還した、F-14Nから成る第11中隊の菅井麗奈中尉である。普段の関西弁を封印した彼女は、櫻麻衣大尉に対して懇願を続ける。
「九州戦線が安定したいまこそ、第92戦術機甲連隊は帝都方面へ転進ッ――帝国存亡を賭けた決戦に馳せ参じるべきです!」
「……」
「第92連隊が動けないということであれば、小官は単身でも帝都方面へ赴きます! 異動を願います――!」
「……」
銀縁の眼鏡をかけた彼女は、怜悧な雰囲気を纏ったまま残酷に言った。
「転進も異動もありません」
「……」
「九州戦線は目前の危機を脱しただけです。九州戦線は今後、最大の危機に晒され続ける。西方はBETAの一大策源地である中国大陸、北方は成長止まらぬハイヴを擁する朝鮮半島、そして東方には中国・四国地方を占領したBETA群。第92戦術機甲連隊が九州戦線から脱けることはもちろん、ひとりの衛士が異動するだけでも、九州戦線は――」
「では、櫻大尉は私に郷里が滅ぼされるかもしれないこの状況を、ただ見守っていろというのですか。私には戦術機を操る力が、敵と戦う力があります。これを大阪を守るために使わず、ここにいろと?」
「そうですね」
瞬間、菅井麗奈中尉の拳が飛んだが、櫻麻衣大尉は「遅い」とだけ言った。
手刀で拳を受け流し、バランスを崩した菅井麗奈中尉を床に叩き伏せ、そのまま組み伏せた。菅井麗奈中尉の拳は、光線級の本照射よりも遥かに遅かったので、櫻麻衣大尉を傷つけるには至らない。仮に菅井麗奈中尉が拳銃を使ったとしても、彼女は拳銃弾のことごとくを防いでみせたであろう。
「じ、自分……正気なんかッ!?」
「ええ。ですが、連隊本部へ意見具申はしましょう」
「……」
「近畿は無理でも、中国・四国ならすぐです。殴りこんで数を減らす。BETAを帝都防衛線から引き剥がすことも不可能ではないでしょう」
ここにきて“対岸の消火”論が、第92戦術機甲連隊の中で盛り上がろうとしていたのである。
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■34.F-4EJ改(2)
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の東敬一大佐は、八代基地と健軍基地を繋ぐ直通電話で西部方面司令官に中国・四国方面作戦の救援を意見具申したが、対する西部方面司令官はこれを一蹴した。
その余裕がない。
端的にまとめれば、その一言に尽きる。
事実、状況は楽観視できるものではなかった。
「関門海峡ミュージアム建設予定地にBETA群が強襲上陸」
「
「偵察隊からの報告では、対岸の埠頭公園上空にレーザークラウドの発生を認めたとのこと」
朝鮮半島・中国大陸からの渡洋侵攻を退けた直後に、今度は山口県下関市を発したBETA群が福岡県北九州市に強襲上陸したのである。
もちろん至極当然の事象。
なにせ関門海峡の最狭部の幅は1000mもない。踏破能力の高いBETAどもからすれば、渡洋というよりも渡河といった感覚であろう。
福岡県北九州市に強襲上陸したBETA群の個体数は大隊規模に過ぎなかったが、それでも西部方面隊は手こずった。
それは本州側に潜む光線級が上陸したBETAを援護していたからにほかならない。
これにより戦術機はおろか、比較的小型である無人偵察機の投入にも制約がかかった。
「敵BETA群を県道25号線に沿うように南へ誘引。光線級の対地照射が届かない山間部に引き摺り出し、袋叩きにする」
そこで、本州側の光線級と強襲上陸したBETA群を分断するため、94式戦術歩行戦闘機から成る戦闘偵察部隊が囮となり、BETA群を光線級の援護が届かない山間部まで誘引を試みた。
結果は、成功。
「パッパ1、ジャッカル1だ――223へ脱ける!」
「ジャッカル1、パッパ1了解ッ!」
そして山間部で待ち伏せていたのは、12機のF-4EJ改であった。
4機の不知火が東へ延びる県道223号線に入るとともに、F-4EJ改から成る第92戦術機甲連隊第13中隊と、殺到してくる敵前衛集団との間に射線が成立する。
迫る突撃級。
射撃体勢をとる撃震改。
次の瞬間、最前列の突撃級たちが絶命して前のめりに崩れた。有線誘導用ワイヤーを曳く8発の64式対戦車誘導弾が迎え撃ち、彼らの生体装甲を容易にぶち破ったのだ。
死骸となると同時に後続に対する障害物となった最前の突撃級に、後続の突撃級が衝突する。
数体の要撃級は突撃級の死骸を乗り越えた瞬間に36mm機関砲弾を浴び、醜悪な肉塊となった。
「福岡市から応援に駆けつけていきなりこれかよッ――!」
「ジャッカル1、パッパ1。クロスファイア」
「パッパ1、ジャッカル1了解。ジャッカルアルファ、FOX2」
渋滞したBETA群に、横殴りの弾雨が降り注ぐ。県道223号線に脱した4機の94式戦術歩行戦闘機が反転し、36mm機関砲弾と120mmキャニスター弾を連射し始めたのだ。
「パッパ5、パッパ1だ。パッパ・ブラボーは前進し、死骸の向こう側をグレネードで攻撃せよ!」
「パッパ1――パッパ5。了解した。ブラボー、ついてこい!」
中隊長である宇佐美誉大尉の指示に、正気かよ、とB小隊の小隊長である湯川進中尉は反駁したくなったが、確かに死骸で作ったバリケードの向こう側に攻撃するなら、グレネードが最も適している。
(手榴弾じゃなくて、ライフルグレネードやグレネードランチャーにはならなかったのかよ)
そう思いながらも積み重なる死骸の100m手前まで前進したB小隊のF-4EJ改は、次々と手榴弾を空中に投擲した。
柄付き手榴弾が描く軌道は、想像以上に安定する。
そして死骸を這い上ろうとしていた戦車級や、戦車級のために動きが緩慢になっていた要撃級の直上で炸裂し、彼らに破片の雨を浴びせた。
しかしその傍から新手の戦車級が死骸の斜面を駆けのぼり、その頂上からB小隊のF-4EJ改に躍りかかる。
それをパッパ6――浅石友季少尉は速やかに捕捉し、突撃砲のバースト射撃で迎え撃った。
血肉の花が咲き誇り、咲き誇ったそばから花弁が散っていく。
「これ31中隊の仕事ですよ――!」
「パッパ6、無駄口NGッ。パッパ7、8は後退! パッパ6は俺と
福岡市街からそのまま転進してきたB小隊はグレネードの補給を受けていないため、すぐに品切れ状態となった。なにせ戦術機用の柄付き手榴弾など大量配備されているわけがない。そのためグレネードの補給は八代基地でしかできず、余計にこの巨体を誇る擲弾兵らの使い勝手を悪くしていた。
第92戦術機甲連隊第13中隊ら西部方面隊諸部隊の迎撃により、福岡県北九州市に着上陸したBETA群が殲滅されつつある頃、東敬一大佐の西部方面司令官に対する意見具申が跳ね除けられたらしい――という噂が八代基地内に広がり始めていた。
「まずいかもしれません」
会議室に集まった連隊本部の面々は、低い声色でささやき合った。
人の口に戸は立てられぬ、とはよくいったもので、豆枝幸路大尉はガンルームで水落美歩中尉と氏家義教大尉が口論になりかけた一件や、菅井麗奈中尉が近畿方面の作戦へ西部方面隊が参戦しないことに不満を募らせていることなどを、この場で東敬一大佐らに伝えた。
「気持ちはわからないでもないが――」
東敬一大佐は溜息をついた。
九州出身者が多い第4師団や第8師団では、こんな問題は起きていないだろう。
伝統的に日本帝国軍の地域配備部隊には、その地域の出身者が優先されて配属されるようになっている。隊員たちの土地勘を活かし、平時から高い士気を保つためである。
が、西部方面司令官が機材と人材を掻き集めて創設した第92戦術機甲連隊は、そうではない。
沖縄・九州・中国・四国・東北・北海道地方と、衛士から整備兵、警備兵に至るまで、出身地は多種多様となっている(一方で、近畿・中部・関東出身者は少ない)。このまま本土防衛戦が長期化すれば、中国・四国・近畿地方以東の出身者たちも同様の不満を抱く可能性があり、さらに第92戦術機甲連隊の衛士は多少問題があっても腕さえよければいい、という実力主義の下で集められている。
(しかし大局をみれば西部方面隊もいつまでも九州に引きこもっているべきではない、と俺も思うが――)
東敬一大佐もまたいろいろと思いを巡らせている中、警備担当幹部の関完太郎中尉が口を開いた。
「第23中隊機と衛士まわりの警備を強化しましょうか」
彼の意見は、半ば反射的・本能的なものだった。
特に殲撃八型から成る第92戦術機甲連隊第23中隊は、素行不良など様々な問題を抱えた衛士たちが集中している。もしも動きがあるとすれば、この第23中隊が中心になる可能性が高い。ならばいまのうちから芽を摘む意味でも、
「いや、下手をすれば藪蛇では……」
それに対して、副官室の立沢健太郎中佐が慎重論を唱えようとする――。
その1秒後、会議室に急報が伝えられた。
「第11中隊2番機が、無断起動!」
「はあ?」
「ノラキャットの2番機――くだんの菅井中尉かっ!」
「くそ、大穴を警戒する前に本命をなんとかするべきだったか。対応が一手遅かった」
「菅井中尉の現在地は?」
「野外整備キャンプですっ、いま整備兵や警備兵が止めようとしています!」
燦燦と輝く太陽の下、F-14Nノラキャットが上体を起こしていた。
八代基地の野外整備場は正規の格納庫に比較すると整備能力は低い。が、補給を実施する分には問題はない。高度な即応態勢を是とする戦術機が駐機していることは少なくないし、先の佐世保防衛戦で損傷を負わなかった菅井中尉機がそこにあってもなんら不自然ではなかった。
ここで連隊本部のスタッフたちにとって不利に働いたのは、この野外整備場に留め置かれている戦術機たちは衛士と数名の協力者がいれば、容易に起動できることだった。
「第11中隊2番機の搭乗者に告ぐッ――出動命令および起動許可は下りていない! 繰り返す――!」
F-14Nを取り囲む数名の警備兵たちは小銃を構えながら、拡声器および無線で呼びかける。
が、次の瞬間、立ち上がろうと膝を立てたF-14Nの周囲の空気が震えた。
「やかましいわアホッ!」
F-14Nの外部スピーカーが、菅井麗奈中尉の肉声を大音量で放つ。
「連隊長でどないもならへんなら直談判しかないやろ――!」
「菅井さん、冷静になってください」
偶然その場に居合わせた第11中隊C小隊長の鵜沢心菜中尉が、整備士から無線機をひったくりオープンチャンネルで呼びかけた。
「状況が状況です。ときには待つことも――」
「待っていられるはずがあらへんわッ! いまこの瞬間もBETAの前進は続いとるんや!」
「なぜ帝都防衛線の友軍を信じて待つことができないのですか!?」
「三重の帝都防衛線でございとぬかしても、正味んとこは総崩れのままようやっと踏みとどまった連中がほとんどやろ!? そないなやつに故郷の守りを託せるわけないやろ!」
菅井麗奈中尉機は、傍らに置かれていた74式近接戦用長刀を握るとともに直立し、一歩踏み出した。背中にはガンマウントに収まった突撃砲――装填弾数は不明だが、マガジンはしっかり差さっている。
「どかんかい!」
警備兵たちを轢かぬように慎重に主脚歩行、そして主脚走行へ移行する菅井麗奈中尉機――。
「おい」
その前方でもう1機、戦術機が起動していた。
漆黒の装甲を纏い、鉄兜を目深に被った鎧武者。
右肩には「01」の白文字。
そして左肩に描かれた中隊章は、鎖で封じられた長剣。
「……」
「プリズナー1、どかんかい!」
菅井麗奈中尉機の前に立ち塞がった殲撃八型――プリズナー1・氏家義教大尉機は、74式近接戦用長刀を下段に構えた。
精神宿らぬはずの無機の鎧武者から、殺気が放たれる。
瞬間、それに相対する菅井麗奈中尉のF-14Nもまた、74式近接戦用長刀を構えていた。ほとんど反射であった。
「菅井中尉、貴様の絶望は痛いほどわかる」
「自分、何言うとるん!?」
と、反駁しつつも菅井麗奈中尉は氏家義教大尉機がとった下段の構えに、見覚えがあった。
――これは、お武家さんの構えや。
「だからこそ、貴様を行かせるわけにはいかない。ここで待つのも戦うのも俺たちの任務だ。
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■35.黒の活人剣。
本来ならば菅井麗奈中尉は氏家義教大尉を打ち倒す必要はない。
彼女の勝利条件は単純明快――八代基地を脱して健軍基地に向かうこと。いまこの瞬間にも跳躍してしまえば、第1世代機でしかない殲撃八型を振り切ることは容易であろう。
しかしながら、それはできない。F-14Nの周囲には未だ多くの整備兵や警備兵が残っており、また武器弾薬、燃料の類も山積されている。ここで跳躍を試みれば、死傷者が出ることも考えられた。
周囲の状況からして目の前の殲撃八型を無力化し、主脚走行で八代基地の敷地外に出る必要があった。
「菅井中尉、冷静になれ。貴様が単機で健軍基地へ向かったところでどうなるというのだ」
氏家義教大尉の低い、静かな
それを菅井麗奈中尉は意図的に無視し、下段に構えた氏家義教大尉機の剣先を見つめた。
下段の構えから繋がる剣戟は、上方へ刃を返しての斬り上げ。あるいはこちらの動きに対応して剣先を動かしての刺突、主脚狙いの斬撃。いずれにしても後手に回ることを想定した構えであり、先手を奪っての攻撃に向いているとは言い難い。
(いや――)
それでいいのだ、と菅井麗奈中尉は理解した。
氏家義教大尉の勝利条件は、他の戦術機が起動するまでの時間を稼ぐこと。
だからこそ殺気を放ちながらも、刀を下段に構え、対話を試みようとしている。
(そんなん、お見通し――こっちから!)
F-14Nが地を蹴った。
瞬く間に彼我の距離が詰まる。
菅井麗奈中尉機は殲撃八型の頭部ユニットを狙って刺突を繰り出した。
金属音が響き渡る――BETAの生体装甲を容易く破砕する剣先は、殲撃八型の頭部装甲を削り取っていた。
が、それだけ。
凶刃は、頭部ユニットを掠めたのみ。
氏家義教大尉は自機の上体を揺らすことで、彼女が放った必殺の諸手突きを外させたのである。
そして彼は下段に構えた長刀を使う――ことなく、肩部装甲からF-14Nに体当たりした。
「――ッ!」
態勢を崩しながら後ずさるF-14N。
ここで追撃すれば氏家義教大尉は、容易く菅井麗奈中尉機を撃破できる。
が、彼はそうしなかった。剣先を正眼に構え直して間合いをとるのみに留めた。
「おちょくってるんかッ!」
菅井麗奈中尉は怒声を張り上げた。
F-14Nは刀身を抱き、殲撃八型の上段へ斬撃を放つ――が、先程に比べると予備動作が大きく、刀身の運び自体にも無駄がある。
振り下ろされる刃に、氏家義教大尉は静かに合わせる。
――
最小限の動きで刀身を持ち上げ、迫る刃を受け止めた。
否、受け止めるというよりは、受け流すという表現が正しい。
火花を散らしながら、凶刃は氏家義教大尉が掲げた刀身の上を滑っていく。
流れ星がごとく、橙の尾を曳きながら氏家義教大尉機の手元まで墜ちるカーボンブレードの刃。最後に氏家義教大尉機は漆黒の
「な」
菅井麗奈中尉機が握る74式近接戦用長刀、その剣先は地に触れる――どころか、地中に
と同時に、漆黒の武者が動いた。大胆にも長刀を棄ててF-14Nに組みつく。剣を無力化する体術の間合い。右腕のナイフシースが展開し、氏家義教大尉機は右手で65式近接戦用短刀を握りしめた。
「降りろ、菅井中尉」
「まだ――」
勝負はついていない、と菅井麗奈中尉は言いかけて、機体ステータスの一部が赤く染まるのを見た。氏家義教大尉機の短刀、その切っ先は左跳躍ユニットの基部に滑りこみ、容易くそれを切断していた。
「そこまでッ!」
次の瞬間、オープンチャンネルに園田勢治少佐の声が響いた。
「勝負有りッ、勝者は赤・氏家大尉!」
「なにいうてん――」
「これにて異機種格闘訓練を終了する」
殲撃八型が後ずさりし、胸の高さで65式近接戦用短刀を構え直して残心する。
対する菅井麗奈中尉機は再び長刀を構え直して一歩踏み出したが、それと同時に秘匿回線で怜悧な声が響いた。
「菅井」
菅井麗奈中尉機の数十メートル後方に、1機のF-14Nが腰だめに突撃砲を構えていた。
「櫻大尉ッ――」
「菅井、もう一歩前に出てみろ。私は貴様を殺す」
菅井麗奈中尉は急速に体が冷えていくのを感じた。
櫻麻衣大尉ならやれるだろうし、やる。次の一歩を踏み出せば、彼女は120mm弾を発射し、たったの1発で機体背面から管制ユニットを射抜くであろう。
それでも菅井麗奈中尉は勇気を奮って抗弁した。
「跳躍ユニットが壊されたくらいじゃ諦められへんわ」
「菅井、どこまで周りに甘えるつもりだ」
「なに――」
「本来ならば氏家大尉は貴様をすでに2回殺せている。貴様の放った突きを躱した時点で1回、貴様の放った上段への斬撃を受け流した時点で1回。だが、氏家大尉はそうせず、貴様の命を救った」
「……」
「加えてこれを模擬戦扱いとして穏便にすまそうとする連隊長の温情。貴様が犯した罪は、機体奪取、背反行為、部隊装備の破壊。本来ならば貴様は裁判の後に極刑となるだろうに。これだけの情けをかけられて、それで貴様はまだそこで粋がるつもりか?」
◇◆◇
「それで私のもとへ直談判しにきた、というわけか」
「はい、閣下」
部隊不和が引き起こされている現状を打開すべく、健軍基地に現れた東敬一大佐を前にして、西部方面司令官は馬鹿馬鹿しい――とは言わなかった。
西部方面司令官の昏い瞳が持ち上げられる。
が、東敬一大佐は怯まなかった。
「帝都を巡る攻防戦に第92戦術機甲連隊を派遣することは現実的ではありません。しかしながら中国・四国地方方面ならば。閣下、ご再考をお願いいたします」
と同時に東敬一大佐は、厳しさを増す本州戦線を前にして、京都と東京が部隊派遣を命じてくるのは時間の問題である旨も指摘した。ならばいまこちらからイニシアチブをとって行動を起こしていった方が、無茶な作戦に付き合わされる可能性が減るのではないか、とも口にした。
「……」
東敬一大佐の指摘するところは、すでに西部方面司令官もまた考えていたことである。現在のところ帝国軍参謀本部は何も言ってきていないが、他方面への戦力抽出の命令が下るのは時間の問題であろう。
「閣下」
西部方面司令官の沈黙を“否”ととったか、東敬一大佐は再び口を開いた。
「中国・四国地方では未だに戦っている友軍がいるはずです。もし、何もしなかったらすべてが失われるのだとしたら――私は何もしないという選択肢を取ることはできません」
その夜、東敬一大佐たち連隊本部の幹部は、八代基地の食堂に手すきの隊員たちを集めた。
話し始めたのは作戦担当幹部の園田勢治少佐である。
「本日、西部方面司令部は四国地方救援作戦“
おお、と数名の隊員が声を上げた。
と同時に作戦担当幹部の豆枝幸路大尉が、壁に地図を張り出した。
「四国戦線の状況は、厳しい。BETAは本州侵攻初日のうちに戦車級以下の小型種を以て浸透戦術を採り、尾道・今治ルートおよび瀬戸大橋を奪取。続いて地中侵攻・渡洋侵攻により瀬戸内海沿岸部は大型種に蹂躙された。現在、師団規模の敵本隊は東進を本格化させ、淡路島へ上陸した模様」
「一方でもう敵別働隊は西進――愛媛県松山市・伊予市を陥落せしめたあとは停滞している」
水落美歩中尉が舌打ちをした。
都市部でBETAが停滞する理由といえば、ひとつしかない。
逃げ遅れた市民を探し出して食らうためだ。
「超大型台風がすでに四国地方を通過した。これにより四国西部・南部では航空輸送・海上輸送による市民の避難が、ようやく再開している。日本帝国本土防衛軍中部方面隊の四国配備部隊は、近畿地方に向かおうとするBETA群の後背を衝く攻勢作戦を諦め、四国西部・南部に防衛線を引き直しているようだ。これは遅滞作戦を採り、避難民のための時間を稼ぎ出すためだ」
「我ら第92戦術機甲連隊はこの遅滞作戦を援護することになる。この出梅作戦は避難民約100万の生命を救うための重大作戦だ。またそれだけではなく、多くのBETA群をこの四国に釘づけにすることができれば、帝都防衛線の負担は相当軽減されることになる」
そこまで園田勢治少佐が話したところで、東敬一大佐が話を引き継いだ。
「我々92TSFRは、九州防衛・帝国防衛・人類防衛の旗の下に集った機動部隊だ。いつどこで戦おうとも、我々の戦いは九州のみならず帝国、人類を守る戦いであると知れ。故に、我々92TSFRの作戦に失敗はありえない。諸君の奮励努力に期待する」
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■36.フィアットG.91Y(1)
「はあ? 傭船を輸送船に仕立てるのも
「帝国軍参謀本部は四国のことなんざこれっぽっちも考えてないな」
「成功したら自分らの手柄、失敗したら
第92戦術機甲連隊の衛士たちは覚悟を固めていればよい。
が、日本帝国本土防衛軍西部方面司令部の参謀たちはそうもいかない。日本帝国本土防衛軍西部方面司令官は四国救援作戦となる“出梅作戦”の作戦計画を帝国軍参謀本部に提出。帝国軍参謀本部は即座にこれを認め、それ以上何かを言ってくることはなかった。逆に言えば、段取りについては日本帝国本土防衛軍西部方面司令部に一任するような形であった。
といっても、西部方面司令部は四国方面の戦況をリアルタイムで把握しているわけではなく、四国島内の戦術機用補給拠点や物資集積所を知悉しているわけでもない。どこに前線司令部を進出させれば効率がよいのか判断できず、武器弾薬を満載したフェリーをどこに廻せばいいのかもわからない。人口密集地である高知市が未だ戦場になっていないのであれば、武器弾薬を満載したフェリーを高知市に廻し、空になったフェリーで避難民を九州へ移したいところだ。が、もしも高知市陥落が秒読みであれば、四国西部の港湾を使うほかない――そのあたりの判断さえできなかった。
たまらず西部方面司令部は、日本帝国本土防衛軍中部方面司令部に連絡をとったが、帝都防衛線から後方の中部地方の守りまでを担当する中部方面司令部は、四国地方の状況まで手が回っていなかった。事実上、第14師団司令部・第55師団司令部に遅滞作戦と避難援護を命じ、積極的な作戦指導を行ってはいないような形だった。
彼らの中では四国戦線は半ば“終わっていた”のである。
それも中部方面司令部にかかる負担を考えれば、やむをえないことではあろうが。
「第14師団司令部および第55師団司令部と連絡をつけろ。直接だ」
「別府の輸送船『まりも』『かめりあ』に武器弾薬を搭載させます」
「鹿児島湾に退避したまま残っている国連太平洋艦隊・帝国海軍連合艦隊・大東亜連合艦隊の諸艦艇へ支援要請」
それとは対照的に九州戦線が小康状態を迎えている西部方面司令部のスタッフは、思考力・行動力のリソースをこの四国方面に割り振ることができた。
◇◆◇
「艦長、日本帝国本土防衛軍西部方面司令部からの報告です」
「ありがとう」
韓国海軍駆逐艦『忠北』の艦長、車賛浩海軍大佐は受け取ったメモに目を落とした。
(地方都市・高知市より第14師団は撤退中――)
間に合わなかったか。車賛浩海軍大佐は爪を噛もうとして、やめた。
果敢に戦い、命を助ける――駆逐艦乗りになったことを後悔した日は一日とないが、伸ばした掌から零れ落ちていく命のなんと多いことか。
「行き先は決まった。輸送船団は四国島西部の都市、宇和島に向かうことになるだろう」
四国救援作戦“出梅作戦”の先陣を切ったのは、偵察部隊や補給部隊から成る先遣隊を乗せた輸送船団と、それを護衛する水上艦艇であった。
先導は日本帝国海軍駆逐艦『朝雪』。
それに続くのが車賛浩海軍大佐の操艦する駆逐艦『忠北』で、少し離れて徴用したフェリーの『まりも』ら輸送船が付いてくる形だ。
駆逐艦『朝雪』・『忠北』の役割は単純明快。
身を以て警戒の“鳴子”となることだ。彼女たちが無事ならば、輸送船もまた何の心配もいらない。万が一、後方に浸透した光線級から攻撃を受けるとなれば、『朝雪』・『忠北』の両艦が真っ先にやられる。が、輸送船たちは遠目に炎上する両艦を見て、即座に引き返し、光線級の視線を躱せる水平線の向こうに身を隠すことだろう。
駆逐艦乗りはこの程度のこと、了承済みである。
なにせ『朝雪』は満載排水量4000トン、『忠北』は満載排水量3500トンの小艦艇。
一方で後続する輸送船は、駆逐艦よりも遥かに価値が高い。たとえばフェリー『まりも』は大型トラックを約70輌、オートバイ等を装備する偵察部隊を載せており、続くフェリー『みやざきエキスプレス』も同様で100輌近い車輛を輸送している。フェリー『かめりあ』も『まりも』と同様の能力を有しており、山岳戦・森林戦に長けた対馬警備隊の人員と装備品を運んでいた。そして帰路に就く際には、避難民を乗せられるだけ乗せることになっていた。
要するに駆逐艦がいくら失われても出梅作戦の成否に影響はほとんど出ないが、輸送船が失われては渡洋作戦・輸送計画に大きな狂いが生じるのである。
警笛とともに駆逐艦『朝雪』・『忠北』、続けて輸送船が四国島西部の愛媛県宇和島市入りした後、出梅作戦前線司令部が宇和島市役所に設置された。
と同時に、小回りの利くオートバイに乗ったレンジャー隊員たちが方々に散り――そして洋上の帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』から飛来した8機の戦術機が青空の下、海沿いにある総合体育館の駐車場に降り立った。
「戦術機だっ!」
「ゲキシンでもシラヌイでもないよっ!」
体育館や道の駅に押し込められていた子どもたちの中から、歓声が上がる。
高々と右親指を立て、外部スピーカーで「西部方面隊・第92戦術機甲連隊、F-14Nノラキャット! ただいま推参!」とカッコつけた小清水仁中尉は、即座に櫻麻衣大尉に注意された。
「こちらCP、園田だ」
到着早々、彼らは機体に収まったまま現在の状況を耳にした。
「園田少佐。こちらゼノサイダ1、櫻です」
「ゼノサイダ、CP。現在わかっている戦況図と戦術機用補給拠点を送信する。確認せよ」
「はい」
四国島内においては現在、北部戦線と東部戦線が構築されている。
北部戦線は陥落した松山・伊予の南方にある大洲市を中心として第55師団が再構築したものであり、東部戦線は高知市の西方にある土佐市に撤退した第14師団が支えている。
が、全体的にみれば北部戦線と東部戦線の合間には大きな間隙が空いており、無防備を晒していた。
「成程、だからこの宇和島市なのですね」
櫻麻衣大尉は合点がいった。
宇和島市は港湾施設が整っているだけではなく、北部戦線(大洲市)・東部戦線(土佐市)の狭間に所在する。ここから戦術機の足なら、両戦線とも火消しに向かうのは容易い。また対馬警備隊や歩兵部隊を北東の山中に遣れば、浸透を企む小型種どもを察知し、反撃ができるだろう。
「ゼノサイダ1、そのとおりだ。さて、続いて良いニュースと悪いニュースがある」
「CP、ゼノサイダ1。悪いニュースについては見当がつきます。幹線道路は避難する市民で埋め尽くされており、山中を往く際には山間部を走る幹線道路沿いに移動するのが難しい、というところではないですか」
「ゼノサイダ1、CP。……驚いたな。そのとおりだ、大尉。悪いニュースはそのとおりだ。良いニュースは光線級の過半数は瀬戸内海側に張りついており、残りは高知市内――つまり山々に囲まれたこのあたりは照射を浴びる心配がない。市民の避難にはCH-47といった大型輸送ヘリも投入可能とわかった。戦術機も高度に気をつければ跳躍ができる」
「CP、ゼノサイダ1。了解しました」
「早速だがゼノサイダには北部戦線にて前衛集団を殺し尽くしてもらう」
F-14Nが飛び去ったその30分後に、今度はフィアットG.91Y攻撃機が同じく総合体育館の駐車場に降り立ち、ブリーフィングを受けた。
フィアットG.91Y攻撃機はかつてBETAの大規模西進に直面したかつてのイタリアがF-5戦術機をベースに開発した戦術歩行山岳攻撃機である。
地続きの大規模侵攻を想定するイタリア軍にとってイタリア北部の山岳部は遅滞戦術に有利な地形であると同時に、同国を破滅に導くかもしれない存在でもあった。
もしも光線級を格納した要塞級が高地に進出すれば、高地から数百kmに渡って地上部隊は一方的に照射を浴びることになる。そこでイタリア陸軍は山頂の奪回、山岳戦を念頭においた戦術機の配備を急いだ。
主機強化による垂直方向への機動力向上と、光線級に対する囮や稜線の向こう側への攻撃のため、兵装担架を改造した迫撃砲の装備が特徴であり――最終的にイタリアは国土を失ったが、いま大部分が山地を占める四国地方において、山岳戦機としての本領を発揮しようとしていた。
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■37.フィアットG.91Y(2)
「フィッシャー1、こちらオレンジ・リーダー! 戦車級が国道194号線に入りこんだ、排除しろ!」
「オレンジ・リーダー! フィッシャー1、了解! フィッシャー・アルファ、194号の戦車級を掃射しろ!」
「フィッシャー1、こちらフィッシャー5だっ! 194号に民間車輌多数!」
「フィッシャー5、大丈夫だ! 人は残ってない、俺が保証する!」
「……了解」
東部戦線は高知市と土佐市を分かつ仁淀川を盾として、防衛線が立て直されていた。
F-4J撃震から成る第15戦術機甲連隊第3大隊と第50歩兵連隊は、高知市内にて頑強に抵抗したが、市街地に多くの闘士級・兵士級が浸透したために著しく不利となり、やむをえず土佐市に防衛線を下げざるをえなかった。
この選択は、倫理的には苦渋そのものであると同時に、戦術的には正しかった。
未だ高知市内には逃げ遅れた市民が多く残っており、高知港にはやって来る見込みのない避難船を待っている人々がいた。
彼らをBETAの腹に収めさせるわけにはいかない。第15戦術機甲連隊第3大隊機が、BETA群に斬りこみを敢行して囮となっている隙に、第14師団司令部と高知県警は協力して彼らを可能な限り西方へ連れ出した。とはいえ、市民全員を救助できたとは思えない。
実際、BETAは高知市内にて一時、停滞した。
逆にこの停滞によって、防衛線を再構築する余裕がもたらされた。
「フィッシャー5、FOX2!」
「フィッシャー8、FOX2!」
2機のF-4J撃震が、突撃砲を戦車級と乗用車から成るグロテスクな行列に向けた。
放たれた機関砲弾は、無人の乗用車を貫き、その向こう側を走っていた戦車級を吹き飛ばした。乗用車を踏み潰しながら走る戦車級に曳光弾が突き刺さり、次の瞬間には戦車級は燃えながら体液を撒き散らしていた。車に残っていたガソリンに引火したか、方々で爆発が起こる。乗用車のガラスや車体の破片を浴びてもなお走る戦車級――1秒後、掠った36mm機関砲弾によって上半身が切断された。
「オレンジ・リーダー! ドラゴン2だ! ヤバい、押し切られる!」
「C小隊は大橋前の戦車級をキャニスターで攻撃せよ!」
「オレンジ9、了解――」
仁淀川東岸の緑地帯には突撃級や要撃級の死骸が転がっており、それを乗り越えた戦車級たちが一挙、仁淀川大橋に殺到する。そのそばから叩きつけられるのは、無数の鋼球。120mmキャニスター弾が解き放った鉄の雨は、赤い奔流を一瞬にして打ち砕いた。
その横では要撃級がざぶり、と増水した仁淀川にその身を投げていた。1体や2体ではない。腰部装甲に登り龍を描いた撃震が掃射を始め、阻止を試みる。水面が爆ぜ、血肉が虚空に舞った。
(くそっ、これじゃ土佐に退がった意味ねえ……!)
ドラゴン2――古山雄二郎少尉は水面に浮かんでいる白濁した皮膚を撃ち抜き、撃ち抜き、照射警報音を耳にした。予備照射の光芒が、川に身を投じた要撃級の頭上を奔り、第3大隊第2中隊(フィッシャー中隊)の方向へ伸びていくのを、彼は見た。
本照射に移行するまでの猶予は、数秒しかない。
古山雄二郎少尉機は機敏に照準をつけ直した。倒壊したビル、その瓦礫の山の頂上に立つ光線級を87式支援突撃砲のレティクルに収める。
「ドラゴン2、スプラッシュ・レーザーワン!」
彼が放った36mm弾は光線級の下半身に直撃。
切断された上半身とつぶらな瞳は瓦礫の向こう側に転落し、潰れた。
「ドラゴン2、まだいやがるっ!」
「フィッシャー1、こちらドラゴン2、任せろ――誰か俺をカバーしてくれ!」
川底に埋まった要撃級の死骸。その背中を踏んで、新手の戦車級と要撃級が押し寄せる――その目前の光景を無視して、古山雄二郎少尉は要塞級の死骸の上に登った光線級に狙いを定める。
そのレティクルの中で無数の光芒が上空へ伸び、それに遅れて生成される火球――それを掻い潜った砲弾が空中炸裂し、爆風と破片が光線級や戦車級を圧し潰した。
「支援砲撃ッ!?」
軽榴弾砲と同等の射程・威力を擁する120mm重迫撃砲の全力連射が、仁淀川以東のBETA群に襲いかかる。
……。
時間は少々遡る。
「サイウン1、こちらCP。園田だ。……もしも貴様と貴様の部下がこの
第92戦術機甲連隊第31中隊の中隊長を務める祭田美理大尉は、作戦担当幹部の園田勢治少佐からかけられた言葉を思い出し、舌打ちをした。
それからオープンチャンネルを開くと、
「じゃー所定の位置に進出してちょーだい」
と気の抜けた声色で呼びかけた。
戦術歩行山岳攻撃機が木々を圧し潰し、斜面を登攀していく。
フィアットG.91Yのシルエットは、お世辞にもスリムであるとはいえない。それも給弾機構・弾薬庫・砲身が一体化した120mm重迫撃砲を背負っているだけではなく、樹木といった些末な障害物なら圧し潰して前進できるように強化された主脚部を有しているためだ。
「スカイスカウトからのデータ連接を確認」
フィアットG.91Y攻撃機が砲撃のために必要な諸元については、光線級の視線を躱しやすい地表面を飛行する小型無人回転翼機を使用する。戦術機はそれ自体がセンサー・通信機能・情報処理を揃えた“ノード”であるから、偵察機と直接に観測データをやり取りすることができる上、衛星を介した通信も可能だ。
そして始まるのは1個中隊・1分あたり72発の連続射撃。
リズムよく迫撃砲弾は稜線の向こう側にある戦場へ送り出されていく。
「サイウン1。こちらアタッカー1。花火会場はここでよろしかったか」
「アタッカー1、こちらサイウン1。じゃお手並み拝見、ってことで」
青空にプラズマが奔る。
半数近い迫撃砲弾が蒸発するが、フィアットG.91Y攻撃機は一顧だにせず砲撃を継続。
さらに山陰に身を隠したまま、
第3対戦車ヘリコプター隊、4機のAH-1S――その両脇には38発のロケット弾が抱えられている。対戦車ヘリコプターはBETA大戦において酷く脆弱な存在であることは、自明の理。継続的な火力ではどの兵科にも劣る上に、光線級の照射を躱せず、低空を飛行していれば容易に大型種の餌食となる。
(だが蛇には蛇の戦い方がある)
AH-1Sは山と山の合間を縫うように翔け、高知市北方にまで進出する。
そのまま光線級の視線が届かぬ山の裏側で、毒蛇は鎌首をもたげた。
機首上げ――機体全体が、そしてロケットポッドの発射口が空を仰ぐ。
次の瞬間、ロケット弾が虚空に放たれた。約150発のロケット弾は山を越え、光線級の照射を浴びて爆散しつつも、過半数は空中に生まれた火球と奔る閃光を掻い潜りながら、眼下の異形の群れへ急降下していく。
と同時に、山の裏側でAH-1Sもまた旋回しながら急降下し、後退を開始する。
そして迫撃砲弾とロケット弾が光線級を拘束している隙に、漆黒の影が短噴射を繰り返して前線にその身を現した。
「オレンジ・リーダー、こちら第92戦術機甲連隊第12中隊。コールサインはイツマデだ。」
服部忠史大尉率いる殲撃八型の2個小隊が川を飛び越して斬りこみをかけ、前線を一旦押し戻さんとする。
中でも4番機――牟田美紀少尉の働きは凄まじかった。突撃砲で戦車級の群れを掃討してつくった空隙に割りこむと、長刀を横薙ぎに振るって要撃級を斬殺。同時に背中のガンマウントを展開し、死角を衝こうとする戦車級や要撃級を射殺していく。
「オレンジ・リーダー。補給が必要な部隊を下げてくれ、そこをウチが埋める」
服部忠史大尉は牟田美紀少尉機に向かう戦車級の群れを薙射して援護しつつ、予想以上に敵の圧が強いことに驚いた。
「イツマデ1、こちらオレンジ・リーダー。助かった。フィッシャー中隊は土佐PAにて弾薬を補給」
「フィッシャー1、了解」
「イツマデ中隊はフィッシャー中隊の守備担当を引き継いでくれ」
「イツマデ1、了解! さあ、いったん下がるぞ」
第12中隊の殲撃八型は前面の敵を制圧しながら、バックステップで川の西岸に着地する。
いま第12中隊の作戦機は7機。定数はもちろん12機だが、内5機とその衛士は先の九州防衛戦で失われている。実際のところ第92戦術機甲連隊は衛士と戦術機の補給を受けているわけではないため、余裕が有り余っている、というわけではないのである。
それでも復讐心や任務遂行の責任感が入り混じった感情を抱えて、彼らは死闘が待つ四国に足を続々と踏み入れていくのであった。
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■38.フィアットG.91Y(3)
「名前だけは絶対に間違えるなッ、腹を掻っさばいてご遺族の方々に詫びてもすまんぞ!」
休憩からの業務再開の度に、辻恵子軍曹は怒声を張り上げる。
それに相対する事務室の隊員たちは委縮することもなく、ただ神妙な面持ちで頷くのみ。所属・階級・出身・名前――戦死者を数字ではなく、個人を個人たらしめるものを
健軍基地の一角、日本帝国本土防衛軍西部方面隊・葬儀事務中隊では、九州中から上がってくる戦闘詳報から戦死者リストを更新し、戦死者の遺品を回収するとともに、遺族への連絡と葬儀の段取りを整えるという気の遠くなる業務が行われている。
が、いまや遺品回収の業務さえ手が回らないという状況になりつつあり、さらに西日本に住所がある遺族を中心として連絡がつかないという事態が頻発していた。
(みなを“数字”にはさせん)
大室努中尉はほうぼうへ出す手紙を書き終え、あるいは宗教関係者に連絡をつける度に、幾度も決意を固め続けていた。
(必ずや個として、名誉を以て送り出す――!)
その葬儀事務中隊の事務室からそう遠く離れていない廊下を、数名の男たちが歩いていた。みなダーク系のスーツに身を包んでいる。その男たちの過半数、立ち振る舞いは武人のそれではない。
「あ」
西部方面司令部の渉外担当軍曹に引率されて歩いていく彼らの進行先を、プレスのきいた制服を纏った男たちが横切っていく。
「あれはソ連ですな」
「スウォーニか、それとも――」
ひそひそと話し合う彼らの言葉は、中国語である。
――
蓉都殲撃工業集団有限公司とは、中国共産党が保有する国営の戦術機製造会社であり、彼らはその営業担当者と中国共産党政治委員から成る一団であった。大陸での攻防戦の最中、疎開を繰り返しながら主に下請け担当として殲撃八型の製造、またアジアに展開する国連軍向けにF-4・F-5の部品を供給。80年代には海外技術を採り入れて、F-16Cをベースとした殲撃十型を開発したことで知られており、台湾に移転後は中国共産党の指導の下で戦術機の製造・改良・開発を実施している。
中国共産党の息がかかった戦術機製造会社の中で蓉都殲撃工業集団有限公司は、どちらかといえば西側諸国との関係が深く、海外協力・海外販路を模索する社風を有する組織である。
「貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
数十分後、彼らは日本帝国本土防衛軍西部方面司令部・西部方面司令官の目の前に立っていた。
西部方面司令官は昏い瞳で彼らを一瞥すると着座を勧め、まず一同でタバコを一服した。
それから、本題に入った。
「こちらこそ戦地にまで――」
「いいえ」
西部方面司令官の言葉を遮ったのは、蓉都殲撃工業集団有限公司の担当者である連緯である。
「いまアジアはどこも戦地です。戦士に殲撃を渡すことが私たちの責任です」
彼の言は、本心である。
実際のところ、いろいろと下心はあるが、彼らは郷里を遥か昔に失い、そして国土さえも失った人間だった。党略と会社の利益に逆らわない範囲であれば、統一中華戦線が見向きもしない余剰の戦術機を販売することに何の抵抗もない。むしろ自社製品によって大陸逆侵攻の日が近づくのであれば、大歓迎であった。
西部方面司令官は頷くと、切り出した。
「ならば話は早い。60日以内に殲撃十型を18機欲しい。国内問題も予算もすべて私が解決する」
「かしこまりました」
連緯は何事か周囲と中国語で話し合ってから、提案をした。
「その条件で殲撃十型の輸出は難しいです。しかし殲撃八型――」
「殲撃八型ではダメだ。先程のMiG-25の方がまだいい」
「……」
連緯たちはまた中国語で議論をした。
正確には、議論をするフリをしていた。
「ではFC-1閃電はいかがでしょう」
「聞いたことがない。新型か?」
「はい。まだ不発表です。F-16Cと同じ強い殲撃です」
言いながら、連緯は書類鞄から資料を取り出した。
それを西部方面司令官は、昏い瞳で見つめている。
……実のところ西部方面司令官は、最初から輸出用戦術機FC-1の存在を知っていたし、殲撃十型の次にそれを欲していた。そして連緯たちがFC-1を売りこみたいという下心をもっていることも知っていた。
FC-1は中国共産党政府と大東亜連合に身を寄せるパキスタンが共同開発した戦術歩行戦闘機である。
ただし統一中華戦線では制式採用する腹積もりがない、安価な輸出用戦術機だ。一言で片づけるならF-16のデッドコピーだった。外見もF-16そっくりであり、殲撃八型・十型で特徴的な頭部装甲もない。このFC-1はF-4やF-5、MiG-21、殲撃八型といった第1世代戦術機の代替機を探している中小国向けに販売する予定の戦術機であり、党内の評価は殲撃十型よりも劣る。中国人民解放軍関係者もまた「海外で使ってみて、良さそうだったらウチでも使いたい」くらいの輸出用戦術機だ。
が、それでも第2世代戦術機であることには変わりがない。
連緯たちは虚実交えての営業トークを、熱を入れて語ったが、西部方面司令官はあまり興味がなかった。
が、最後には交渉はまとまった。
(よし――)
喜色を顔に出さないようにしつつ、連緯たちは内心では小躍りしていた。
FC-1を輸出する上で最も高いハードルは、機体への信用がないことであった。
海外に策もなくFC-1を売りこんだところで、戦場での実績がないFC-1よりも、本家のF-16系列やミラージュ系列が選ばれるに決まっている。中国人民解放軍に機体を提供して実戦でデータをとったとしても、所詮は内輪で用意したデータではないかと疑われるのがオチというものだ。
故に第三国の軍事組織への配備と、運用実績、そして前線での活躍が必要だった。
そこに日本帝国本土防衛軍西部方面隊、である。
(幸運だ。おそらく配備先は第92戦術機甲連隊――殲撃八型やF-8をはじめとする第1世代戦術機で戦果を挙げる精鋭。これで海外市場への道は拓けた!)
そう、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊は、いまや海外の戦術機メーカーの間で有名な存在になりつつあった。
もちろん成り行きではない。
西部方面司令官はこの状況を最初から狙っていた。
BETAが学習する存在である以上、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が人類防衛の要となると、西部方面司令官だけが知っている。
しかしながら、同時に難しい立場でもある。
まず94式戦術歩行戦闘機不知火をはじめとする、本来ならば他の正規部隊に渡るはずの戦術機を横取りすることはできない。中部方面隊や東部方面隊に渡るはずだった不知火が第92戦術機甲連隊に廻されたことで、本土防衛が揺らいでしまう、という可能性は絶対に潰さなければならない。
故に第92戦術機甲連隊は、直近5年間の戦局に致命的影響を及ぼさないであろうところ――具体的には各国軍の用廃機や試験機、使われる見込みのない中古機、南北アメリカ州、オセアニア州、アフリカ州南部――から戦術機を用立てるしかなかった。
となれば効率よく戦術機を掻き集めるためにも、第92戦術機甲連隊は戦術機マーケットの“登竜門”になる必要があったのである。
(次は韓国政府の連中だったな)
西部方面司令官はコーヒーを飲んで睡魔を追いやった。
世界には戦術機を持て余す、という西部方面司令官からすれば贅沢に思える輩もいるのである。
それが韓国陸軍、であった。
大韓民国はかつてソ連から対BETA協力借款の償還として現金ではなく、戦術機を受け取っていた。これが格闘戦を得意とする第2世代戦術機、MiG-29SEであり(Sは能力向上型を、Eは輸出仕様を意味している)、韓国陸軍はこれをMiG-29SEKと名づけた上で実戦部隊ではなく試験・仮想敵部隊に配備した。
それが
故にこのMiG-29SEKを用廃としてしまおうという話が、韓国政府関係者の間で持ち上がったのだが、それに西部方面司令官は目をつけた、というわけだ。用廃になるとはいえソ連製戦術機を第三国に売り払っていいものなのか、という疑問はあるものの、それは韓国政府の問題であって西部方面司令官のあずかり知らぬことであった。
(絶対に勝つ)
BETA大戦の雌雄を決するは、決戦兵器にあらず――。
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■39.フィアットG.91Y(4)
BETAは一般的に高地や河川を避け、平地へ流れる。
それとは対照的に人類は積極的に高地をとる。
その理由は語るまでもない。
山間部を走る国道440号線を走る兵士級の群れが40mm自動擲弾銃と機関銃の連射を浴びて全滅し、木々の合間を無音で歩いていた闘士級は次々と狙撃によって撃ち倒されていく。
対馬警備隊をはじめとする西部方面隊から急派された歩兵部隊は高地を占拠し、小型種の浸透を防ぐための警戒陣地を構築していた。小型無人偵察機を使った早期警戒網の構築と12.7mm重機関銃の狙撃により、小型種を一方的に攻撃する。対戦車火器や40mm自動擲弾銃も運びこんでいるため、戦車級はもちろんのこと要撃級にも対応可能だった。
そして彼らが高地に警戒陣地を設置したもうひとつの理由は、火力誘導のためである。
強化装備をまとった彼らは、81mm迫撃砲を容易く高所まで上げて迫撃砲陣地を構築すると、浸透を試みる小型種の群れに対して散々に迫撃砲を撃ちかけた。
とはいえ、だ。
重火器が充実しているとはいえ歩兵部隊がBETA相手に優勢に戦えているのは、大型種のほとんどが平野の続く沿岸部を荒らし回っているからにほかならない。
「
「シスター1、こちらヤマネコ。了。こちらも同様」
故に第92戦術機甲連隊第2大隊第2中隊バトル・シスターズのF-8Eクルセーダーが、歩兵部隊の直援についていた。ロケットランチャーを背負った中世騎士然とした戦術機たちは、即席の反斜面陣地にへばりついている。光線級による不意打ちを躱すためとはいえ、あまりにも泥臭い格好であった。
(このまま出番がなければなあ)
シスター3――荒芝双葉少尉は鳶色の瞳に投影される戦域図を気にしながら、ただただ手持ち無沙汰、時間を潰していた。
そうしていると思考は知らず知らずのうちに、戦場とは遠くかけ離れた場所に飛んでいってしまう。
(
彼女の実家は、帝都――京都市左京区修学院にある。日本帝国本土防衛軍中部方面隊をはじめとする諸部隊が三重の守りを固めている以上、帝都が陥落することはありえないが、おそらく避難は始まっているだろう。ただ修学院のあたりは東方へ避難することを考えると交通の便がいいとはいえない。琵琶湖東方へ抜ける幹線道路が1本もないので、一度南方へ出なければならない。
(電車、動いてるといいけど)
その遥か南方では西部方面隊主導の避難民輸送作戦が続いている。
超大型台風の影響が失せ、さらに光線級の脅威が低いと判明したため、大分県佐伯市にある日本帝国本土防衛軍佐伯基地からCH-47を発進させ、愛媛県南宇和郡・高知県宿毛市との間でピストン輸送が始まっていた。しかしながらCH-47が一度に運べる市民の数は、約50名と限られている。行政・県警側と協議の上、CH-47に搭乗できるのはこれ以上の避難行に耐えられない子供と高齢者に限定することになっていた。
「また向こうで!」
トラックによる輸送に耐えられる者は、整備された港湾施設を有する宇和島市まで行ってもらうしかない。なんとか逃げてきた家族たちの多くが、一時的とはいえここで引き裂かれることとなった。
宇和島港では避難民を満載したフェリーが、また1隻出港する。
純白の船体に水色と紺色のラインを描いたフェリーは、汽笛を鳴らしながらゆっくりと港を離れていく。約500名の避難民を乗せた最大速力42ノットの怪物――『ゆにこん』は港外にまで出ると、大分港に向けて少しずつ速度を上げていった。
それを宇和島港の北西で哨戒にあたる韓国海軍駆逐艦『忠北』艦橋ウィングの水兵たちが見守っている。
「戦況は安定している」
艦長の車賛浩海軍大佐は、周囲に聞かせるためにそうつぶやいた。
◇◆◇
四国入りから数日後、フィアットG.91Y攻撃機は宇和島市伊吹町の運動公園に整列していた。BETAは休息を必要としないが、人類はそうではない。四国救援のために派遣された西部方面隊諸隊はローテーションを組み、休息の時間を確保するようにしていた。そうできるまでに前線には余裕が生まれていたのである――BETAの個体数は、明らかに減っていた。
この運動公園に隣接する小学校は、第92戦術機甲連隊の宿舎となっていた。
「……」
夜中、月明かりが差しこんでくる廊下を、ひとつの影が彷徨っている。
「……」
その人影は、唐突に使われていない教室の扉を開けた。
「……」
机は整然、並んだまま。
黒板の脇には「今月の目ひょう 夏ばてしない体力をつくる!」と大書された模造紙が張り出されており、教室の後ろの掲示板には、遠足に行った子どもたちの感想文が張ってあった。
「もう少しで、夏休みだったんだ――」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第31中隊・中隊長の祭田美理大尉は、溜息まじりに独り言を口にした。
7月上旬で、ここの時は止まっている。そして小学生たちが再び戻ってくることはない、とも思った。この小学校の時は、止まったまま――いつか廃墟になるのだろうという確信が彼女にはあった。
「
「ッ!?」
張られた小学生の感想文を読みながら感慨にふけっていた祭田美理大尉は、突然かけられた声に驚いて振り向いた。そこには器用にも右脇で懐中電灯を挟み、拳銃の収まったホルスターに左手をやった満田華伍長が立っていた。
「うわー
「……眠れない?」
祭田美理大尉の冗談に気を悪くした様子もなく、満田華伍長は心配そうに聞いた。彼女の前に立つ祭田美理大尉の超自然的な翠眼は、不気味に輝いている。満田華伍長はその瞳が苦手だった。大陸で負傷して疑似生体移植手術を受ける前は、少し青がかかった黒目をしていたはずだった。もちろん満田華伍長はそれを彼女の前で話したことはないし、彼女の目の色の秘密について、他人にも口外したことはない。
「眠れる、眠れるー」
「……」
「いや、ホントだってばー」
ははは、と笑う祭田美理大尉を前に、満田華伍長は小さく溜息をついた。
「みっさん――変わらないね」
「え」
「余裕を演じるために、ふざけた感じを出すところ。本当は誰よりも余裕ないのに」
「……」
「巡回に戻るね」
満田華伍長はかつて満州でともに戦った戦友に背を向けると、宿舎の巡回に戻っていった。
その背中に、祭田美理大尉は舌打ちした。
30分後、祭田美理大尉は給食室の隣にあるランチルームにたまっていた数名の衛士と、煙草を吸っていた。いろいろな思いが巡って眠れない者は少なくない、というわけらしい。彼らはひとつの長机と、中央に置いたひとつの灰皿を共有していた。
祭田美理大尉は小学校の一室で喫煙して壁にヤニの臭いがつくことに罪悪感を覚えたが、新品少尉時代に前線で覚えた楽しみを棄てることはできなかった。
「祭田大尉、やっぱ大陸の方がヤバかった感じですか」
「まーねー」
祭田美理大尉にそう質問したのはC小隊の衛士、津野英梨佳少尉であった。彼女は日本帝国が大陸戦線を見限った頃に任官した衛士であるため、大陸派遣軍には参加していない。
「大陸とこっちじゃ数が違うって、数が」
「ひえー」
祭田美理大尉が右指で挟んだセーラム。
その先端から白い灰がこぼれ、机の上に落ちた。
それに気づかず、津野英梨佳少尉は憧憬の視線を彼女の翠眼に向けていた。
「でも数が少なければ中部方面隊も十分勝ち目、ありますよね」
「ほなあらへんと困るわぁ。武家はんにも頑張ってもらわな」
帝都言葉で口を差し挟んだのは、京都市中京区出身の中家梢中尉であった。
「うん、ラクショーだって。大陸に比べたら、朝飯前よん。ヨユー、ヨユーよ」
祭田美理大尉はフィルターを口に運んだが、指の震えが激しかったため咥えることができず、諦めて半ばまで吸ったセーラムを灰皿に押しつけた。
(この日本で、戦うって)
楽勝でも、余裕でもなかった。
彼女からしてみれば日本よりも、大陸の方が戦いやすかった。大陸には知人も友人も家族もおらず、知っている街並みもなく、感傷にふける時間もなく、感傷にふける場所もなかった。長距離砲撃戦によって生起する結果のすべてに、諦めがつく。
九州もまだマシだった。市民が残っているのは宮崎県・鹿児島県・沖縄県だけだったからだ。
(でも――)
次の瞬間、スピーカーに「ザッ」というノイズが走った。
途端に彼女たちは反射的に煙草の火を揉み消して立ち上がる。
スピーカーから次に流れる言葉は、だいたいわかっていた。
「コード911、コード911ッ! スクランブルッ!」
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■40.万の命まで距離2000。
「地中侵攻先の予想は!?」
祭田美理大尉は5分とかからず衛士強化装備を纏い、重金属雲下でも活動可能な
「大洲市を通過したらしいですッ!」
誰かの叫びを聞きながら、彼女は操縦席に潜りこむ。
(大洲市……前線をすり抜けた。じゃあどこに――!?)
「作業中止ッ! 31中隊が出る!」
「野球場前のトラックをどかせ!」
「自衛戦闘用意! 繰り返す、自衛戦闘用意! 総員、強化装備を着用せよ!」
「そんな暇あるか、
外部の喧騒を無視して祭田美理大尉は自機を起動させる。フィアットG.91Y攻撃機が低い唸り声を上げるとともに、彼女の翠の瞳に自機情報、センサー情報、部隊内情報、そして戦況図が投影される。
「は?」
祭田美理大尉は次の言葉を吐く前に、その場で機体を180度旋回させると、右主腕で保持する突撃砲をスタンド越しにみえる純白の小学校校舎に向けた。
次の瞬間、3階建ての小学校の一部が崩壊した。
激甚災害に備えて頑丈に造られた鉄筋コンクリートの塊を抉り、速度が緩むとともにわずかに側面を晒した突撃級に、祭田美理大尉機が放った120mm徹甲弾が突き刺さる。側面生体装甲が貫かれ、周囲に血肉と体液を撒き散らした突撃級は、そこで絶命した。
続いて警備兵が放った対戦車榴弾が奔り、後続の突撃級が擱座する。が、その脇をすり抜けた別の突撃級は、73式中型トラックを踏み潰しながら小学校脇の道路を突き進み――祭田美理大尉機の射撃によって巨大な肉塊となった。
「みんなどけッ」
祭田美理大尉は外部スピーカーで周囲に注意をうながすとともに自機を噴射跳躍させた。宙に躍り出る鈍色の機体。野球スタンドを越え、虚空で状況を確認する――次の瞬間、予備照射を受けている旨を報せる照射警報が鳴り響き、やむをえず彼女は野球場前のロータリーに着地した。
「CP、こちらサイウン1! CP、こちらサイウン1ッ――」
状況がまったくわからない。祭田美理大尉は指示を仰ぐべく無線を使いながら、目の前の事象に対応していた。周囲の住宅地よりも高台にある小学校を襲撃するために這い上がらんとする要撃級、戦車級にめがけて36mm機関砲弾を浴びせかける。
「サイウン1、こちらサイウン5ッ! 指示を!」
「サイウン5はB小隊を率いて東町3丁目に進出、敵を迎撃して!」
「了解!」
祭田美理大尉には広域戦況図を読み解く余裕がなかった。
が、敵が予土線――北宇和島駅方面から前進してきていることはわかった。
B小隊機に左翼を、遅れたC小隊に小学校前面の伊吹町を守らせる。
「祭田大尉ッ、どうなってんですかこれえ――」
津野英梨佳少尉は目の前に迫る異形たちを前に、悲鳴まじりの声を上げた。主腕で保持する2門の突撃砲で木造住宅ごと戦車級、要撃級を破砕していくが、そのそばから倒壊した家屋と死骸を踏みしめて新手が現れる。
「
祭田美理大尉が何か言う前に、C小隊の小隊長を務める佐藤仁中尉が怒鳴った。
「連中はここにきた、それだけだ――突撃級来るぞッ!」
公民館を圧し潰しながら向かってくる要撃級を射殺し、民家を乗り越えながら突っこんでくる戦車級の群れ目掛けて薙射しながら、祭田美理大尉は苦笑いを浮かべていた。
500m以内の近中距離戦闘。あまりにも分が悪すぎる。120mm迫撃砲・弾薬庫・給弾機構を背負ったF-5――フィアットG.91Y攻撃機。戦術歩行山岳攻撃機などと大仰な名前がついているが、要はローコストの支援専用機だ。F-5が誇る軽快な運動性は死んでおり、近接戦闘は一切考えられていない。
「あ゛」
戦車級や要撃級の合間を抜けてきた突撃級が、民家を踏み潰しながら疾駆する。
それを5秒前まで眼前に迫る戦車級に対応していた津野英梨佳少尉は躱せなかった。左主脚と左主腕部を切断されたフィアットG.91Y攻撃機が、まるで人形のように宙に放り出され――そして無残にも青い屋根の民家に叩きつけられる。
「サイウン12――! 応答しろ!」
C小隊長の佐藤仁中尉が呼びかけたが、返事はない。
が、まだ生きているのだろう。新手の戦車級たちが津野英梨佳少尉機に襲いかかる。
「サイウン11、サイウン12を援護しろ!」
「無理ですッ、要撃級どもが――!」
「サイウン3、4! こちらサイウン1だ。サイウン12の救援に行けるか!?」
「こっちが抜けたら小型種が素通しになりますよ!」
「くそったれ――!」
佐藤仁中尉機が120mmキャニスター弾で眼前に迫る戦車級の群れを吹き飛ばし、これによって生じた僅かな猶予を以て、サイウン12の方向へ向かう戦車級を36mm機関砲弾で掃討し、同機の上に這い上がった戦車級を狙撃で排除した。
「サイウン12ッ、ベイルアウトしろ!」
「う゛む゛、無理です、助けて祭田大尉゛ッ!」
それが彼女の最期の言葉となった。
再び新手の突撃級が津野英梨佳少尉機を轢き、胸部ユニットを滅茶苦茶に破壊した。
その頭上では情報収集のために飛んでいた無人偵察機スキャンイーグルが、光線級の照射を浴びて爆散している。
「全機、こちらCP・園田だ」
津野英梨佳少尉機の骸から1500mしか離れていない宇和島市役所近傍に、作戦担当幹部の園田勢治少佐が搭乗した指揮通信車はいた。
「コード911。敵は地中侵攻により北宇和島駅にまで進出し、同駅から南侵を開始している」
と、インカムで話しながら園田勢治少佐は、平時の声色を意識していた。
「宇和島港・宇和島市役所周辺には、未だ多くの市民が残っている」
BETAが湧き出す北宇和島駅――ここ宇和島市役所と避難船待ちの市民が収容されているエリアまでは約1500m、宇和島港までは直線距離で約2000mしか離れていない。
北宇和島駅と宇和島港の間には約200mの高地があるが、油断すれば突撃級の高速突撃で蹂躙されかねない位置関係だ。この高地をBETA側が避け、北宇和島駅――第31中隊がいる小学校――宇和島港というルートをとったとしても約3000mの道のりでしかない。
「我々は刺し違えてでも
なぜ
(頭が固い帝国軍参謀本部の連中は認めたがらないが、BETAには戦術眼がある)
単なる生態ではない、と園田勢治少佐は思う。
最前線を無視して後方へ進出できるのであれば、誰でもそうするであろう。であるからこれは予想できなかった敵の一手、というわけではない。加えて大陸でもやつらは何度もこの手を使ってきているのだから。
「第13中隊は宇和島港の防御。第12中隊は宇和島駅にまで進出し、北宇和島駅方面から南下するBETAを迎撃しつつ、東方の第31中隊の側面を防御。第31中隊は現在地を死守。まず他中隊は指定エリアまで後退、状況に応じて宇和島市内の戦闘に加入する」
宇和島市内に居合わせた3個中隊は、みな守備に廻す。九州地方から宇和島港に到着したばかりのF-4EJ改から成る第13中隊は宇和島港におき、残りは南下するBETA群を迎え撃たせる。
もちろん守勢だけでは事態は好転しない。
「現在、宇和島市北方には第55師団の戦術機甲部隊が集結しつつある。彼らは北宇和島駅を攻撃し、光線級を排除する。攻撃成功後、第12・13・31中隊は跳躍反復攻撃を実施し、第3対戦車ヘリコプター隊と協同してBETA群を空から掃討する」
光線級さえ排除してしまえば、というのが園田勢治少佐の考えであった。
光線級さえ、光線級さえ排除してしまえば――250m以下という制限つきではあるが自由に高度をとって一方的に攻撃することが可能になる。そうなれば旅団規模だろうが、師団規模だろうがBETAなど恐るるに足らず、だ。
(逆にいえば、それしか勝ち目はない)
園田勢治少佐は祈るような気持ちで、第55師団による攻撃成功を待つこととなった。
……が、第55師団の戦術機甲部隊は、光線級の排除に失敗した。
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■41.F-5I HMUあるいはフリーダムファイター。
誰もがベストを尽くした結果であった。
第55師団司令部は必勝を期して園田勢治少佐に支援を要請――そして園田勢治少佐はそれに応えた。
まず殲撃八型から成る第12中隊とF-4EJ改の第13中隊を斬りこませて囮とする。これによって大型種が両隊へ惹きつけられ、余裕が生まれた第31中隊に120mm重迫撃砲で北宇和島駅を砲撃させた。さらに宇和島港内外に居合わせた駆逐艦が第55師団・戦術機甲部隊の突撃に合わせ、速射砲による艦砲射撃を実施――重迫撃砲と速射砲、戦術機甲部隊に付随する自走砲による火力支援の下、第55師団の戦術機は攻撃を開始した。
が、第55師団の戦術機甲部隊は北宇和島駅に布陣する光線級の駆逐に失敗した。正確には同隊は重光線級・光線級の過半数を撃破することに成功したが、すべてを殺し尽くすことが出来ないまま反撃を受け、彼らは全滅した。
(要塞級が、光線級の直掩についている――)
園田勢治少佐は目眩に襲われた。
第55師団の衛士たちが直面したのは、砲弾の破片や戦術機の突撃から光線級を守るための要塞級による輪形陣であった。この堅牢な輪形陣の内側にいる光線級は落下してくる砲弾を、要塞級の足下にいる光線級は戦術機を優先的に照射。斬りこみをかけた戦術機は、要塞級の衝角と光線級の迎撃を受けて瞬く間に被撃墜の憂き目に遭った。
第55師団の戦術機甲部隊の奮闘は、決して無駄だったわけではない。
それでも未だに50体以上の重光線級・光線級が北宇和島駅周辺にいた。
「CP、こちら拝鷹P! まずいぞ、連中は藤江トンネル直上の高地へ登り始めているッ!」
次善策を考える時間もなく、北宇和島駅を望むことができる南東の高地に登った監視部隊から園田勢治少佐に通報があった。光線級・重光線級・要塞級から成る一群は、北宇和島駅と宇和島港の間にある約200mの高地に登らんと動き始めていた。
(……)
その高地からは宇和島港のフェリー乗り場が容易く見下ろせてしまう――否、フェリー乗り場どころではない。宇和島港のほとんどと、避難民が待機している施設すべてが光線級の視界に収まってしまう。
そうなったが最後、すべてが焼き払われる。
園田勢治少佐に恐慌状態に陥るほどの余裕はない。何か策はないか、と思考を巡らせた。
……そして2分で決断した。
「サイウン、こちらCP・園田だ。命令を伝える。中隊は全機、120mm重迫撃砲システムをパージ。所定の迂回ルートで宇和島港、高地の南側に進出。そこから跳躍して高地の北側を登攀中の光線級・重光線級を攻撃せよ」
「CP、こちらサイウン1――パージして本当によろしいのですか」
祭田美理大尉はそう聞き返した。
実はフィアットG.91Y攻撃機が背負う重迫撃砲システムは、衛士側の操作によって切り離すことが可能である。しかしながら一度切り離したが最後、再装備には整備隊の手を借りなければならない。そのため重迫撃砲システムの放棄は、この戦域における支援砲撃の一部を喪失することにほかならなかった。
が、同時に彼女は状況をよくわかっていた。
多くの大型種を誘引した第12・13中隊は、目前に迫る敵と相対するので精一杯であり、光線級狩りには使えない。であるから今すぐに
「サイウン1、こちらCP。高地の南側から接近すれば稜線を越えるまでは照射を受けることはない。攻撃成功の公算は高い」
響く、園田勢治少佐の淡々とした声色――。
「私は作戦参謀として君たちに命令するとともに、ひとりの人間として君たちを頼る。君たちしかいない。いまここで命を、希望を、自由を守れるのは君たちだけだ。第31中隊“サイウン・トルネーダーズ”は光線級吶喊を実施せよ!」
――その声の中に熱を感じた祭田美理大尉は、ああ、と生命を擲つ覚悟を固めた。
(光線級吶喊なら民間人誤射誤爆の可能性なんか考えなくていいや)
などと見当違いなことを考えながら。
「サイウン1よりサイウン各機。全機、120mm重迫撃砲システムをパージ!」
「了解!」
爆圧ボルトが弾け、迫撃砲・給弾機構・弾薬庫が離脱。
そして大重量の重迫撃砲システムから解放され、突撃砲2門を携えた軽量級戦術機たちが空を仰ぐ。フィアットG.91Y攻撃機あらためF-5フリーダムファイター。否、いま宇和島に立つこの戦術機は、ただのF-5フリーダムファイターではない。
イタリア軍仕様高機動型F-5――F-5I HMU。
前述の通りフィアットG.91Y攻撃機は山岳戦を意識して、垂直方向への機動力向上のために主機等が強化されている。その状態で重迫撃砲システムをパージすれば、最大速度・機動性能が向上するのは自明の理。ある意味では“副産物”。F-5I IDFトーネードとは別系統の派生機である。
「ハンマーヘッド・ワン、ついて来い!」
高地の南側に設定した攻撃発起点まで、たったの1500m。
噴射地表面滑走で1分とかからず彼らは移動を終え――そして生死を分かつ稜線を睨む。
と、同時に宇和島港の内外に遊弋する日本帝国海軍駆逐艦『朝雪』・『島雪』・『望月』、韓国海軍駆逐艦『忠北』・同海軍フリゲート『全州』が、高地の北側斜面に向けて速射砲による支援砲撃を開始した。
そのほとんどは立ち上がる光芒によって空中で蒸発する。
が、その光景は第31中隊の衛士たちを励まし、そして多少なりとも衝くべき隙をもたらした。
「我に追いつくBETAなし、行くぞ――ってらしくないなあ!
「応ッ!」
F-5I HMUが火焔を噴き、垂直方向に翔け上がる。
直線距離にすれば光線級までわずか数百メートル――鈍色の機影は稜線を越えた。
そのコンマ5秒後、光線級の予備照射とフリーダムファイターが放つ36mm機関砲弾が交錯する。
ぶちまけられる緑色の体液。
迎え撃つ要塞級の衝角。それを躱したF-5I HMUが斜面を滑りながら着地し、バースト射撃で重光線級の脚部を破壊する。
稜線を越えた直後に急降下するという制動がうまくいかず、バランスを崩した1機が要塞級に激突――火達磨になりながら光線級の群れに突っこみ、彼らを轢殺した。
「要塞級は無視してッ」
短く叫びながら祭田美理大尉は要塞級の合間を縫って滑走し、兵士級や光線級を吹き飛ばしながら120mm弾を重光線級の照射膜に撃ちこんだ。破裂する重光線級。光線級は照準用の予備照射を始めるが、近距離を機動するF-5I HMUに振り切られ、あるいは誤射防止のために本照射に移行できないままでいる。
「あと29体――!」
要塞級の輪形陣中で暴れ回るF-5I HMUに反応した要撃級が一気に襲いかかり、重光線級を狙撃で次々に撃ち倒していた中家梢中尉機が、横合いから前腕の一撃を受けて大破する。が、その僚機は容易く仇を討った。人体のそれとは異なる戦術機の構造を活かし、正面・背面へ同時に突撃砲を向けて脅威となる要撃級と、光線級を射殺していく。
祭田美理大尉は中家梢中尉機の大破を視界の端で捉えていたが、リアクションをとる余裕すらなかった。光線級の予備照射を振り切り、要塞級の巨体と衝角を躱し、要撃級を回避するので精一杯――その合間で、彼女の翠の瞳は両腕を失った機体を映した。
「佐藤、ひいてッ」
「退けますかよ! 大尉、では!」
要撃級の打撃で右主腕を、要塞級の衝角が掠めたことで最後に残っていた左主腕を失い――射撃能力を喪失した佐藤仁中尉機は、最大速度で跳躍して光線級を轢き殺すと、そのままその延長線にいた重光線級に衝突。そしてそのまま、腰部の自決用爆弾を作動させた。
爆風と火焔とともに撒き散らされる重光線級の死骸。それでも指向性をもった衝撃波は漸減することなく、その背後の要撃級を吹き飛ばし、小型種の群れを薙ぎ倒した。
「あと12体――」
「大尉、ダメです、囮になります」
頭部ユニットを失い、右主腕部を喪失したF-5I HMUが垂直方向に飛び上がる。
障害物もなく、BETAもいない空中――そこから満身創痍の機体は左主腕部の突撃砲を乱射する。途端に周囲の光線級が空中のF-5I HMUと彼が発射した120mm弾に反応して照射を開始した。
と同時に、地表面に残存するF-5I HMUが翔ける。
祭田美理大尉はもはや口を開こうとはしなかった。口を開けば、何かを言わなければならない。突撃砲で間近の光線級を殺し、弾切れとなった左主腕の突撃砲を投げ捨てて膝部装甲から展開した近接戦闘短刀を引き抜く。
そして迫る要撃級を飛び越し、始まる重光線級の照射を無視したまま突撃――その薄桃色の胸に刃を突き立てて股下まで引き裂いていた。
「やっちゃいました?」
次の瞬間、重光線級は崩れながらも本照射に移行。
祭田美理大尉機を
◇◆◇
「アタッカー1。こちらCP、園田だ。送信した経路で航空攻撃を実施せよ」
「CP、こちらアタッカー1了解。各機、聞いていたな。宇和島港周辺の光線級は排除された。我々の出番だ。連中を殺し尽くす」
その10分後。宇和島港周辺空域に、AH-1Sから成る第3対戦車ヘリコプター隊が進出。対戦車ミサイル、ロケット弾、20mmガトリング砲で第12・第13中隊に向かう要塞級、要撃級、戦車級の群れを散々に叩いた。
それだけではなく宇和島港の駆逐艦隊は、守るべき光線級を失った要塞級の輪形陣と要撃級の群れに激しい艦砲射撃を実施し、異形の戦陣をズタズタに引き裂いた。
「イツマデ1、こちらCP。跳躍反復攻撃で北宇和島駅周辺のBETAを殲滅せよ」
「CP、こちらイツマデ1。了解した」
「イツマデ1、サイウンは――?」
第12中隊長の服部忠史大尉は針みほ少尉を失ったときと同様に、再び牟田美紀少尉の問いかけに対して、聞こえないふりをした。
殲撃八型、漆黒の怪鳥が空中に舞い上がる。
憎悪の赤き瞳が光る、雲ひとつない大空――。
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■42.FC-1 閃電(1)
【牟田美紀(むた・みき)】
少尉。第92戦術機甲連隊第12中隊所属。コールサインはイツマデ4。
訓練課程を終えたばかりの新人衛士。撃震や不知火に搭乗できないことを不満に感じていた(23話)。九州防衛戦を戦い抜くが、その過程で先輩衛士たちの死と直面。さらにその先輩衛士たちが撃墜されたことさえ戦闘中には気づけず、自身の無力感に打ちひしがれるのであった(28話)。
1998年8月。
四国地方の避難民を九州地方へ脱出させる西部方面司令部主導の“出梅作戦”は、成功に終わった。第92戦術機甲連隊をはじめとする西部方面隊の諸隊が参戦してから、四国から避難できた市民の数は約50万人。400万はいる四国四県の総人口からすればこの数字は約12%にすぎないが、“出梅作戦”の発動がなければ確実に失われていた生命であった。
明るいニュースに飢えていた帝国政府も大手マスメディアもこれを“宇和島の奇跡”と持て囃し、西部方面隊の健闘と勝利を称えた。
そして帝都防衛戦生起からひと月を迎えようという日本帝国国防省は、九州の西部方面隊と帝都の中部方面隊を以てBETAを挟撃して逆転勝利を収めようと、本気で考え始めていた。
が、その大戦略は8月中頃に瓦解した。
畿内における人類軍の損耗は著しく、帝国政府の閣議で帝都の放棄と東京への遷都が決定。一方、BETAの勢いは衰えず、彼らは北陸方面・東海方面の二群に分かれて東侵を続けた。これにより九州地方に立て籠もる日本帝国本土防衛軍西部方面隊は、本州の戦いに参戦する機を完全に逸した。
否、タイミングもそうであるが、日本帝国本土防衛軍西部方面隊の損害も決して楽観できるものではなかった。
西部方面司令官は、自身が切り札と位置づける第92戦術機甲連隊の損耗をみて、渋い顔をした。
■ 第92戦術機甲連隊:作戦機数(74/108機)
● 第11中隊:F-14N(12/12機)
● 第12中隊:J-8(6/12機)(※1)
● 第13中隊:F-4EJ改(12/12機)
● 第21中隊:F-5C(5/12機)
● 第22中隊:F-8E(10/12機)
● 第23中隊:J-8(9/12機)
● 第31中隊:G.91Y(0/12機)
● 第32中隊:F-5FS(8/12機)(※2)
● 第33中隊:F-4UK(12/12機)
(※1)殲撃八型
(※2)シュペルエタンダール
実際には予備機があるため八代基地に存在する戦術機は74機よりも多く、第22中隊や第32中隊は、即座に予備機を充てて定数を満たせる。また9月には台湾からFC-1閃電が、済州からは韓国仕様のMiG-29SEKが到着する予定になっており、機体という点だけでいえば質・量ともに戦力回復は可能であった。
問題は、戦術機よりも衛士の補充だ。
日本帝国国防省は本土防衛軍中部方面隊・東部方面隊へ優先的に衛士を供給することを決めており、西部方面隊の優先順位は第3位であった。
“出梅作戦”で主力となった第92戦術機甲連隊の戦力は69%で損耗著しいが、他の西部方面隊の戦術機甲連隊もまた戦力は80%前後にまで下落している。西部方面司令官は第92戦術機甲連隊のことだけ考えていればいいわけではなく、こちらの手当も考えなければならない。
西部方面司令官と東敬一大佐以下第92戦術機甲連隊幹部の協議の結果、9月に第92戦術機甲連隊の再編が実施された。
■ 第92戦術機甲連隊:作戦機数(84機/定数108機)
● 第11中隊:F-14N(12/12機)
● 第12中隊:FC-1(12/12機)
● 第13中隊:MiG-29SEK(12/12機)
● 第21中隊:一時解散(所属衛士は12中隊へ)
● 第22中隊:F-8E(12/12機)
● 第23中隊:J-8(12/12機)
● 第31中隊:一時解散
● 第32中隊:F-5FS(12/12機)
● 第33中隊:F-4UK(12/12機)
九州防衛戦で中隊長以下多くの死者が出た第21中隊は解体、所属衛士はみな第12中隊へ廻し、問題児の集まりである第23中隊は本州の攻防戦で問題行動をみせた衛士を拾う形で定数を満たす。
そして第22中隊・第32中隊はこの夏に訓練課程を終えた新米衛士7名を迎えてなんとか定数を満たした。
「九州と四国に散った仲間たちに、献杯」
新たに着隊した衛士や本部要員、整備兵、警備兵、軍属のための歓迎会は、東敬一大佐のそんな音頭で始まった。第92戦術機甲連隊の払った犠牲は、衛士34名だけではない。整備兵・警備兵からも29名の戦死者が出ている。衛士以外の死者のほとんどは、宇和島市内の戦闘によって生じたものであった。
故に歓迎会は、もの寂しい雰囲気で始まった。
が、アルコールが回るとともに、じきに盛り上がりをみせていった。
その空気に耐えきれず、第12中隊の牟田美紀少尉は食堂を抜けた。
針みほ少尉をはじめとする先輩たち、全滅の憂き目に遭った第31中隊を思えば、どうしても明るい気持ちにはなれそうになかった。
明後日からはFC-1の機種転換訓練が始まる。
九州防衛戦前はF-4J撃震や94式不知火に乗れないことに不満を抱いていた彼女だが、いまやもう殲撃八型だろうが、FC-1だろうが、文句を言うつもりはさらさらなかった。
(戦術機は、刀でしかないんだ。重要なのは銘じゃない――)
木刀を持ちだした牟田美紀少尉は兵舎の外に出て、片手素振りを始めていた。
実のところ、心穏やかではないのは彼女だけではない。誰もが上官、先輩、同僚、後輩を失い、あるいは四国・本州に住む肉親、友人、知人を失い、そしていまや国土の過半を失おうとしていた。
……。
最前線が帝都前面から東日本に移動したこともあり、日本帝国本土防衛軍西部方面隊将兵の中で盛り上がっていた“対岸の消火”論は下火になりつつあった。
心情としては救援に向かいたいものの、自身の職場をみれば諸隊の戦力回復が途上であることは実感していたし、周囲の状況がそれを許さなかった。
8月中も九州北部へのBETA強襲上陸が散発的にあり、第92戦術機甲連隊は参戦しなかったものの、9月上旬には下関市を発した旅団規模のBETAが北九州市に侵攻。対する西部方面隊は、第8師団と二線級師団を協同させて山間部に大型種を誘い出し、これを殲滅した。
完全勝利である。
が、西部方面司令部の人間は素直には喜べなかった。
向かってくるBETAを撃退するのは“対症療法”でしかなく、西部方面隊が中国大陸・朝鮮半島・中国地方・四国地方によって、BETAに半包囲されている現状は何も変わらなかった。
戦力回復と海を挟んだ睨み合いが続いている間に、東日本の戦況は悪化の一途を辿っている。
9月末には佐渡島が陥落し、同島においてハイヴ建設が始まったことが確認され、続いて関東地方に侵入したBETA群は横浜にハイヴを築き始めた。
これによりBETA群の動きは停滞をみせたものの、日本帝国は国内に――しかも直線距離で300kmしか離れていない間隔で2個のハイヴを抱える格好になってしまったのである。
帝国政府は東京に引き続き仙台に首都機能の一部を移転させていたが、仙台市にしても佐渡島ハイヴから約200km、横浜ハイヴから約350kmの距離でしかない。
加えて米国政府は日米安全保障条約を破棄、在日米軍を戦線から離脱させるに至る。
まさに日本帝国は、窮鼠であった。
窮鼠であれば、眼前の仇敵を噛まねばならぬ。
国際連合・日本帝国は甲22号目標横浜ハイヴ攻略を目標とした“明星作戦”を計画。
そして日本帝国国防省・帝国軍参謀本部は、本土防衛軍北部・東北・東部・西部方面隊に明星作戦に向けた作戦準備を命令した。
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■43.FC-1 閃電(2)
【東敬一(あずま・けいいち)】
大佐。第92戦術機甲連隊連隊長。神奈川県三浦市出身。
衛士畑出身の気性穏やかな幹部。作戦立案や前線戦闘の指揮は部下に任せることが多く、自身は西部方面司令部や他部隊との連携、隊内の和を保つことに心を砕く調整型の連隊長である。非常時には予備機に搭乗することもある(32話)。
西部方面司令官の介入がなければ第13師団司令部の幕僚を務めることになっていたらしい(31話)。
【服部忠史(はっとり・ただし)】
大尉。第92戦術機甲連隊第12中隊長。コールサインはイツマデ1。
乱戦の中でも状況を判断する能力があるが、戦場ではドライな性格で、九州防衛戦・四国救援作戦では、牟田美紀少尉の問いかけを無視している(28話・41話)。
BETAには戦略眼・戦術眼があると考えている衛士のひとり。
四国救援作戦“出梅作戦”以降、東敬一大佐の日課がひとつ増えている。
それは新たに八代基地の一隅に設けられた墓碑を洗い、線香を供えることであった。決して立派とはいえない
「東大佐」
秋の早朝、ひんやりとした空気の中、しゃがんで代用茶の缶を供えていた東敬一大佐の背中にひとりの男が声をかけた。
対する東敬一大佐は「服部大尉か」と振り向かずに答えた。
ジャージ姿の服部忠史大尉は立ったまま合掌し、目を瞑った。
「殊勝だな、服部大尉は」
「いつも一目、私が入る予定の墓を見るようにしているんですよ」
「であれば大尉も掃除してくれ」
「了解です。それでは掃除は私がやりますので、大佐は線香とお供え物のグレードアップをお願いいたします」
東敬一大佐と服部忠史大尉はふたりして笑った。
服部忠史大尉が言った「私が入る予定の墓」というのは比喩表現ではない。
この墓は、そういう墓だ。
BETAの西日本侵攻に伴い、肉親・親戚縁者・自身が入るはずだった先祖代々の墓所を失った者は多い。衛士では、宇和島市内の戦闘で全滅した中家梢中尉がそうだった。彼女は京都市中京区出身であるが、骨壺を引き渡すべき遺族が行方不明になっていた。法的には無縁仏は地方自治体が引き取ることになっているらしいが(このあたりは東敬一大佐も詳しくない)、その地方自治体が機能していない。さりとて西部方面司令部を通じてどこぞに放り出すのにも抵抗があり、当面の間、第92戦術機甲連隊で供養することになったのである。
そして服部忠史大尉には諸事情により縁者もいなければ、墓もない。
それを東敬一大佐は知っていたため、世間が平和になってどこかの寺院に永代供養が依頼できるようになるなり、新たな戦没者墓苑が完成するまでに服部忠史大尉が戦死してしまえば、遺骨はここに納められることになろう。
……。
墓から引きあげる道すがら、東敬一大佐はああ、と気づいた。
何にかと言えば、服部忠史大尉があの墓に入ると平然と言ったことに、何の違和感も、抵抗感も覚えなかったことに気づいたのである。
(それもそうか)
人も、国土も、あまりにも死にすぎている。
◇◆◇
10月下旬、八代基地から約250km離れた南洋。
轟音とともに電磁カタパルトが起動し、AL弾が搭載された弾薬用カーゴが衛星軌道に向けて射出される。発射フェイズが終了するとともに新たな弾薬用カーゴが牽引されてきた。内容物は同様にAL弾であり、すべて明星作戦、あるいはそれに付随する作戦に使用される予定のものだった。これらの弾薬用カーゴは衛星軌道上にて回収され、軌道爆撃用プラットホームへ輸送されることになっている。
東アジア最大級の宇宙軍基地・種子島基地において、日本帝国航空宇宙軍の“戦争”はすでに始まっていた。
そしてこの種子島近海に、FC-1
西部方面司令官の命令を受け、渡洋攻撃の演習を実施するためである。
この渡洋攻撃演習の実施命令に第92戦術機甲連隊全体が「すわ、横浜ハイヴ攻略作戦に前後して、佐渡島に対する間引き、あるいは陽動作戦を任されるのか」、と色めきたったが、実際のところはそうではないらしい。牟田美紀少尉が小耳にはさんだ噂では、国連軍・日本帝国軍・大東亜連合軍の間の調整がうまくいっておらず、作戦計画がなかなか固まらないのだという。であるから現時点では、明星作戦自体に第92戦術機甲連隊の出番があるのかどうかもわからない。
要は何をさせられるかわからないから経験を積ませておこう、ということなのだろう。
確かに渡洋攻撃に慣れておけば、佐渡島ハイヴに対する漸減・陽動作戦を任されても、東京湾を渡って横浜ハイヴの南方に布陣して囮になる作戦を任されても、うまくやれるであろう。
「イツマデ5、発艦する」
「イツマデ6、発艦する」
洋上に浮かぶ帝国海軍戦術機輸送艦『
牟田美紀少尉は網膜に投影される発艦許可信号を確認するとともに、スロットルを全開にした。
(――ッ!)
途端に全身を襲う加速の負荷。
が、その最中でも高度計にだけは注意しなければならない。これだけは慣れないし、慣れてはいけない。高度と速度を稼がなければ海面に激突し、高度を取りすぎれば光線級の餌食になる。
姿勢を安定させながら時速500km前後の速度で、一気に海岸線を目指す。
殲撃八型と比較すれば、FC-1の速度・加速性能は段違いである。なにせ中国製部品で模倣・再現したとはいえ、外装と仕様はF-16Aと変わらない。
12の鈍色の機体は
勿論、実戦でも訓練でもただ飛んでいればいいわけではない。
牟田美紀少尉機は海岸線にポップした電子上の敵に突撃砲を向け、仮想の砲撃を実施する。
予備照射があれば自動で機体側が高脅威目標を示してくれる。
光線級の予備照射を受けた際の対応だが、第92戦術機甲連隊内においては回避機動をとるのではなく、洋上からの長距離砲撃戦で光線級の排除を試みることに決めていた。
理由はふたつ。まず逃げも隠れもできない洋上で回避運動を試みたところで、光線級の視界からは逃れられないため。二つ目は回避機動をとることで墜落や僚機との接触につながる恐れがあり、純粋に速度が落ちるからだ。
白浜を崩しながら着地すると、息つく暇もなく12機は踵を返して『南鳥』に戻る。渡洋攻撃訓練とは勇ましいが、その中身の肝は神経を使う発艦と着艦を複数回に亘って実施するというものである。
(衛士の訓練課程であれだけ走らされたのは、やっぱり体力勝負だから、か)
2回目の発艦時には、すでに牟田美紀少尉は汗でぐっしょりになっていた。
着艦すれば第92戦術機甲連隊から派遣されている整備兵と『南鳥』のクルーが高速で機体チェックを行い、武器弾薬と推進剤の補給を行う。
この訓練は衛士の技量向上のみを目的にしたものではなく、戦術機輸送艦『南鳥』側の慣熟も兼ねている。
戦術機輸送艦『南鳥』の同型艦はこの地上に存在しない。
もともとは90年代初頭に韓国政府が日本帝国に発注していた戦術機輸送艦であったが、国土を喪失したことで韓国海軍での就役が絶望的となったため、帝国政府が引き取った代物であった。
基本設計は『大隅』のものを流用しているため、強いて言うならば大隅型戦術機輸送艦改、にあたるであろう。根本的に異なるのは大隅型戦術機輸送艦『大隅』は16機の戦術機を格納可能だが、戦術機輸送艦『南鳥』は戦術機格納スペースを14機(1個中隊定数12機+予備機2機)に留めた点だ。余った2機分の空間は、戦術機用の武器弾薬、推進剤、交換部品の搭載スペースに充てている。
原型艦の『大隅』が正面戦力の投射を重視しているとするならば、『南鳥』は継戦能力を重視した、と言ってもいいかもしれない。
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■44.FC-1 閃電(3)
【連緯(Lian・Wei)】
中華人民共和国蓉都殲撃工業集団有限公司の技術者兼営業担当。
完璧ではないが日本語での会話ができる。最前線に近い日本帝国本土防衛軍健軍基地を訪れ、輸出用戦術機FC-1の売り込みに成功。狙いは第92戦術機甲連隊を利用してFC-1の運用実績を作り、海外市場への足がかりとすることにある(38話)。
【夏露(Xia・Lu)】
中国共産党政治委員。日本語は日本帝国大陸派遣軍の衛士から習った。合法・非合法を問わず、手段は選ばないタイプ。
【笠原まどか(かさはら・まどか)】
大尉。第92戦術機甲連隊整備補給隊・戦術電子整備担当。東京物理学校卒。
幹部にもかかわらず容儀がなっていない(11話)。自衛戦闘訓練・自衛戦闘の際には対戦車火器を使用している(22話・31話)。
【大伴忠範(おおとも・ただのり)】
中佐。日本帝国軍参謀本部の参謀。国粋主義者。
東敬一大佐は彼を「欧米嫌い」と評しており、巌谷榮二中佐もそれを否定しなかった(17話)。横紙破りをする西部方面司令部を快く思っていない(18話)。後にはXFJ計画の下で国産戦術機“不知火”の改良を推進する巌谷榮二中佐らに反対の立場を採り、ソ連製戦術機の導入を画策した(TE)。
一連の訓練を終えて戦術機輸送艦『南鳥』に戻った牟田美紀少尉らは、降機直後から質問攻めにあった。質問者は『南鳥』に乗りこんでいた蓉都殲撃工業集団有限公司の技術者たちである。通訳として中国共産党の政治委員たちもおり、衛士や周囲の整備兵たちは煙たがっていた。
「いかがでしょうか、弊社の殲撃は?」
中でも目をつけられたのだろうか。
牟田美紀少尉は西部方面司令官と直談判した担当者の連緯に声をかけられた。ダーク系のスーツに身を包み、営業スマイルを浮かべる中年男性に、衛士強化装備の姿のままの牟田美紀少尉は曖昧な笑みを浮かべた。
そして遠慮なく言った。
「FC-1閃電よりも練習機の吹雪の方がいいです」
偽らざる感想であった。
牟田美紀少尉は高等練習機吹雪に搭乗した経験がある。FC-1と吹雪を比較すれば、携行弾数や稼働可能時間についてはほぼ同等。反応速度は遥かに吹雪の方が優っている。最高速度はFC-1が上回っているが、これは主機の問題であろう。主機を換装してしまえば吹雪に軍配が上がるはずであった。
勿論、殲撃八型と比較すれば雲泥の差ではあるが――。
「正直、無理してFC-1を輸入するよりも、生産数に余裕があるなら主機を強化した吹雪を配備した方がいいと思います」
連緯は表情を崩さないように注意しながら、FC-1をフォローする言葉を口にしようとした瞬間、その横に笠原まどか大尉が立っていた。
「……詐欺」
「……」
「……」
笠原まどか大尉が言いたいのは「ぜんぜんF-16C相当じゃないじゃん」、ということだった。連緯たちの売り文句は安価かつF-16Cと同等の戦術機、であった。ところが実際に納入されたFC-1の性能は、F-16Cよりも劣るF-16A相当に過ぎなかったのである。
(それは、ねえ)
沈黙したまま圧をかけてくる笠原まどか大尉を前に、連緯は言い逃れの言葉を口にしながら思った。
(本当にF-16Cよりも高性能だったら輸出できるわけがない……)
1994年に部隊配備が始まった殲撃10型がF-16Cと同等の性能であり、それよりも安価ではあるが性能面で劣るからこその輸出用戦術機なのである。もしも売りこみ文句通りにFC-1がF-16C相当であれば、党は統一中華戦線に優先的に廻せと言うに違いなかった。
衛士から聞き取った使用感はともかく、洋上発進の貴重なデータを不機嫌な笠原まどか大尉からもらい受けた連緯たちは割り当てられている艦内の部屋に戻った。
(夏露政治委員もなんか言われてるかなあ)
連緯は椅子に座った夏露政治委員の表情を盗み見た。顔面に火傷の痕が残る彼女は、衛士上がりの政治委員である。戦功を挙げて党に注目され、政治委員に推薦されたらしい。誰かを陥れたり、政治力を振るったりしたような噂は聞いたことがなかったが、それでも連緯からすれば恐ろしかった。
「好かった!」
当の夏露政治委員の第一声は弾んでいた。
「殲撃八型やF-4よりはいい、と評判でしたね!」
それで部屋の雰囲気は多少良くなった。
夏露政治委員もまた第12中隊の衛士から「不知火の方が」「吹雪の方が」と言われていたのだが、あまり気にしていなかった。FC-1を売りこむ先は未だに第1世代戦術機の運用を続けており、第2世代戦術機の導入計画がない、あるいはあっても資金難で頓挫してしまっている国家だ。高性能だが同時に高価であり、技術移転・権利問題がどうなるか不透明な第3世代戦術機の不知火、吹雪と比較されてもなんら問題はない。
(しかし)
夏露政治委員は笑みを浮かべたまま、思った。
(安価なだけが取り柄の第2世代戦術機では、海外市場から早晩駆逐されるのは明白。安価な第3世代戦術機が登場すれば、FC-1の優位性は即座に崩れる)
実際、その萌芽はある。
スウェーデン製のJAS-39グリペンがそうだ。
かなり小型な部類の戦術機であるが、その導入コストの低さは魅力になるだろう。
(が、党は第3世代戦術機の導入に見通しを立てられずにいる――盗むか、それとも共同開発を打診するか)
「今後もこの調子でいきましょう! データが取れ次第、次はスーダンです!」
まあ焦っても失敗するだけだ。
日本帝国大陸派遣軍に助けられたこともある。
いまは善意5割、打算5割、陰謀はなしで販売してやろう。
そう夏露政治委員は心に決めた。
◇◆◇
「以上のように九州戦線においてBETAは、地中侵攻を以て交通の要衝を遮断。加えて渡洋侵攻によって九州中部を衝き、西部方面隊に対して背撃を加えました。また四国戦線においては宇和島市内の港湾施設と前線司令部の至近に地中侵攻を実施しています」
BETAの東侵に伴って帝国軍参謀本部は、東京から日本帝国本土防衛軍仙台基地へ移転している。その仙台基地の一角で、東敬一大佐は参謀本部の人間を相手に、九州・四国戦線においてBETAがみせた特異性を説明していた。
書画カメラはBETAの地中侵攻によって、宇和島市内に開いた巨大な掘削跡を映している。
「そして宇和島市内に進出したBETAは光線級、重光線級を要塞級によって守るように布陣。光線級を叩かんと攻撃を試みた宇和島市内の戦闘で、第55師団の戦術機甲部隊は、要塞級に阻まれて全滅」
書画カメラは続いて、俯瞰で要塞級の輪形型を映した。
「
東敬一大佐の眼鏡の奥にある瞳は、鋭くなった。
「BETAが“生態”による原始的戦術ではなく、明確な意図をもった戦略、戦術を駆使していることは疑いようのない事実と考えられます。その対応としましてはお手元の資料にまとめましたとおり、司令部の機動力向上、兵站の自衛戦闘力向上、RF-4前線偵察戦術機の機種更新……」
西部方面司令官とともに東日本へ上った東敬一大佐が指摘したのは、BETAが戦略的・戦術的軍事行動を取っており、その対策が必要であるという旨であった。
BETAは軍事的な戦略眼・戦術眼を有していない、というのが一般的な考え方だが、一部の将兵の中では優先順位が人類側の価値観と異なるだけで、実際には人類並みの思考があるのではないかという声も高まっている。
東敬一大佐は正直いえば懐疑的な立場であるが、特殊な例にしても報告をしておくことは必要だと思っていた。
「西部方面隊が経験した特異なケースについては理解しました」
東敬一大佐の発表が終わると、数名の参謀や将官が声を上げた。
「しかしながらBETAに軍事戦略・戦術を解し、運用する知能があるとは思えません」
「そのとおりだ。東大佐が報告してくれた事実を疑う余地はないし、提案があった対策については検討をしていくべきだろう。だが、戦術のセオリーを理解しているかといえば……」
「もしもBETAに軍事的な知識があるのであれば、なぜ彼らは無策にみえる物量ありきの戦術を採用しているのか。彼らはおそらく外宇宙からやってきた生命体であり、レーザーを実戦化している以上、曲射や、より近接戦闘に特化した属種を出してきてもおかしくはないではないか」
そこで議場の最後方にいた昏い眼の男が割りこんだ。
「なぜBETAが物量ありきの戦術を採るか。それは単純な話だ。BETAの増産ペースが人類側による撃破ペースを上回っており、現状の戦術を転換する必要がないからだろう。73年から始まった地球上における我々の抵抗は、未だ彼らに危機感を抱かせるには至っていない、というわけだ」
西部方面司令官は、無表情のまま大きな溜息とともにそう言った。
彼のその様子と口にした内容に、議場の空気は悪くなった。
東敬一大佐は慌てて「えー、BETAの増勢データ、人類軍の撃破数を正確に記したデータはありませんので……そこまでは……」と声を上げたが、帝国軍参謀本部運用第1課長(警備担当)の平尾秀和大佐は不満げに「根拠のない話だ」と吐き捨てるように言った。
しかしながら西部方面司令官は怯むことなく、
「光線級の出現がその証拠だ」
と言いきった。
要は航空戦力で一方的に打撃され、BETAの個体増加数と被撃破数が釣り合わなくなったため、光線級が実戦投入された、というわけだ。裏を返せばそのあと(兵士級を除けば)新属種が現れないのは、人類側が相手にされていないからだと言いたいのだろう。
そこで帝国軍参謀本部の大伴忠範中佐が声を上げた。
「兵士級はともかく、光線級は原種が捕獲されています。単に転用されただけであって、彼らは新しい新属種を投入しているわけではない。それに我々の抵抗がまったく相手にされていないとは思えません。現に西部方面隊は鉄原ハイヴや九州戦線において、最低限の損耗率で多くのBETAを撃破しているではありませんか」
「そのとおりだ。故に、私は九州戦線あるいは他方面戦線において、新属種が今後登場する可能性はあると考えている」
「ではその新属種、とやらにどう対応されるおつもりか」
西部方面司令部を常日頃から快く思っていない大伴忠範中佐の口調には、棘がある。
が、西部方面司令官は平然と「戦術機だ」と返した。
「人類の剣を鍛える。奴らが新戦術を試そうが、新属種が現れようが、戦術機をもって勝利する――そのために戦術機部隊の強化を図る。図り続けるのだ。でなければ……」
「でなければ?」
「人類は滅ぶ」
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■45.FC-1 閃電(4)
■本話登場人物紹介
【鈴木久実(すずき・くみ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第12中隊所属。コールサインはイツマデ9(28話)→イツマデ5で前衛小隊長を務める。同中隊の少尉の中では先任。
九州戦線では戦死者の穴を埋めるように後衛小隊から前衛小隊にスライドし、激戦を戦い抜いた。鬼として知られていた前衛小隊長の中野将利中尉に背中を任されるなど、衛士としての技量は優れている(28話)。
【立沢健太郎(たてざわ・けんたろう)】
中佐。第92戦術機甲連隊本部の幹部。
連隊本部内では慎重な意見を唱えることが多い(18話・34話)。衛士畑出身ではなく、装備畑出身の幹部である。
次々と打ち上げられる弾薬用カーゴを、牟田美紀少尉は浜辺でただ茫然と眺めていた。
ジャージ姿で彼女はただぼんやりと空を見上げている。
戦争など別世界の出来事のように感じられる、のどかな風景。
(いや、のどかではないか。だってあのカーゴにはたくさんの砲弾とか、なんかが詰まってるんだから)
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第1大隊第2中隊の面々に、休暇がふって湧いた。
戦術機輸送艦『南鳥』が突如として機関不調を起こし、帝国海軍種子島基地に急遽入港することが決定したのである。艦載機のFC-1はやむをえず『南鳥』から帝国海軍種子島基地の海軍機用格納庫に移動。そして第12中隊の衛士たちは暇になり、第12中隊の面倒をみるべく付いてきた整備兵や警備兵、本部要員もまたチェックリストの確認を終えると暇になった。
「海水浴してえ」
戦死した針みほ少尉の代わりに牟田美紀少尉の僚機・イツマデ3を務めることとなった村野欣也少尉は、三角座りで海を見つめながらタバコを吸っていた。
「このへん、サメとか出ないっすよねえ」
「入らなきゃ関係なくないですか?」と牟田美紀少尉は、彼の言葉に思わず突っこんだ。
そう、海に入らなければ関係はない。
そして海には入れない。
万が一にも大丈夫だと思うが、ここ3、4か月の間、日本列島の全域でAL弾が使用されている。劣化ウラン弾、タングステン弾については言うに及ばずだ。第92戦術機甲連隊本部からは休暇中の遊泳は差し控えるように、と命令が出ている。
「……映画見たことない感じですか? サメ映画だと一気に浜辺まで食らいつきにきますよね」
「それ映画じゃん」
「いやーでもデカいやつだったら来そうじゃないっすか」
「……」
村野欣也少尉は携帯灰皿に吸い殻をしまいこんだ。
小柄な彼だが、F-5Cを装備した第21中隊で九州戦線を戦い抜いた猛者である。
が、普段は気の抜けた雰囲気を漂わせている衛士だ。北海道出身で常々、南方の海に憧れがあったらしい。種子島到着直前は海が見たい、海に入りたいと何度もつぶやいていた。
「タバコ吸ったらコーヒー飲みたくなっちゃいました。牟田さん、コーヒー飲みます? 要るなら取ってきますケド」
「要らない」
「イツマデ4、イツマデ3了解」
のっそりと立ち上がった彼は、自動販売機を捜索に出た。
それから数分。
しかしそばに他人がいなくなると、それはまた様々なことを考えてしまう。
牟田美紀少尉は溜息をついて、立ち上がった。
浜辺から離れた帝国海軍種子島基地の敷地内――その端で服部忠史大尉は太陽の下、タバコを吸っていた。
置かれている煙缶を使っているのは、彼だけである。
その表情は、厳しい。リラックスしている、というよりは何かを待っているようであった。
(BETAには戦略眼がある)
それは身を以て知っている。最前線の後方、かつ交通の要衝である福岡県南部・大刀洗町が地中侵攻先となったのは、偶然ではないだろう。偶然ならば出来すぎている。そしてもしもいまこの瞬間、BETAが地中侵攻を仕掛けるとすれば。俺だったらどうするか。
(仙台か。あるいは――)
思考が最悪の結論を出そうとした瞬間、鈴木久実少尉の声が飛んできた。
「服部大尉、
「やらん」
小走りでやってきた鈴木久実少尉を、服部忠史大尉は即座に断った。
「鈴木、貴様はイカサマ――傷つけたガン札使っているな?」
「……」
「気づいてないのは32中の保科と、若狭くらいだ。あまり後輩をいじめるなよ。いまだからバラすが、中野も気づいていたぞ。気づいてて付き合ってやっていたんだろう」
「マジですか」
「ああ」
「それでは戻ったら保科と若狭に加えて新しいカモを調達いたします」
「反省してないな」
鈴木久実少尉は花札で遊ぶのを諦めた。大尉が気づいているのならば、他の衛士や整備兵連中も気づいている可能性がある。あるいは今後、気づく可能性が高い。
そうなると途端に、暇になる。
「服部大尉、もうそろそろ交代ですね」
「何の話だ」
「訓練計画ではもうすぐそこまで『大隅』が来ているはずですよ」
確かに予定では、戦術機輸送艦『南鳥』と第12中隊はそろそろ引き揚げるはずであった。その代わりに渡洋攻撃訓練に実施する戦術機輸送艦『大隅』と殲撃八型から成る第23中隊が、本日中にこの帝国海軍種子島基地にやってくる予定である。
「次は第23中隊だったか。あいつらと花札をやってみればいい」
「イカサマがバレたら半殺しにされますよ」
「違いない」
笑ってから服部忠史大尉は、急に真顔になった。
――ザッ。
スピーカーに走るノイズ音。
ああ、恐れていたものが来たか、と服部忠史大尉は思った。
……。
「こちらはCP、立沢だ――まずいことになった。東シナ海に敷設された海底・海上センサー類がBETAの渡洋侵攻の兆候を捉えた。現在の経路を維持するようであれば、BETA群は屋久島の北方を通過し、この種子島に着上陸する可能性が高い」
FC-1に搭乗した服部忠史大尉は、連隊副官・立沢健太郎中佐の声を聞きながら、やはりか、と思った。
「知ってのとおり種子島は宇宙軍基地、海軍基地が整備されている東アジア最大級の軍事拠点である。単純に比較できるものでもないが、九州島を守って種子島をやられては――いや、とにかく種子島は重要拠点だ」
西部方面司令官が九州の防衛に拘泥した理由は、噂では種子島宇宙軍基地にあるとさえ言われていた。確かに種子島、あるいは九州島南部を失陥して重光線級の進出を許すようなことがあれば、日本帝国航空宇宙軍の作戦は大きく制限されるであろう。
「現時点でのこちらの地上戦力は、種子島の第12中隊、『大隅』の第23中隊。また第11中隊が鹿屋基地に到着、現在補給を受けている。幸いにも東シナ海を渡るBETA群の速度は、通常よりも遅い。第11中隊は間に合うだろう。また鹿屋基地の海軍第7戦術機甲攻撃中隊もまた出撃準備を進めているが、こちらはわからない。他の増援があるかも不明だ」
第12・第23・第11中隊。たった36機か、と牟田美紀少尉は思った。
この種子島には戦車部隊も、砲兵部隊もいない。機械化装甲歩兵と自動車化歩兵から成る警備中隊があるようだが、こちらには期待してはいけないだろう。
この種子島を守り抜けるか?
一瞬、そんな疑念が頭をよぎったが、それを彼女は強気に否定した。
(この種子島には、島民だっているんだ――)
いざとなれば第31中隊のように、刺し違えてでも全滅させてやる。
◇◆◇
海底を東進するBETA群との戦闘は、洋上の山雲型駆逐艦『山雲』・同型駆逐艦『巻雲』・峯雲型駆逐艦『峯雲』・初雪型駆逐艦『白雪』による攻撃から始まった。
山雲型駆逐艦・峯雲型駆逐艦は満載排水量3000トンに満たない小艦艇に過ぎない。
が、その対潜能力は強力であった。
安全圏から海中のBETAを一方的に攻撃できる対潜用ミサイル8連装アスロックに加え、ボフォース375mm対潜ロケットランチャーと324mm3連装短魚雷発射管を有している。
そして初雪型駆逐艦『白雪』もまたアスロックと短魚雷発射管を備えている上、SH-60J対潜ヘリを1機搭載しており、極めて高い目標捕捉能力をもっていた。
地上よりも海中のBETAは、移動速度が緩慢になる。
鈍色の餓狼たちは縦長になったBETA群に併走する形で、アスロック、ロケットランチャー、短魚雷発射管を以て彼らを叩き続けた。
海中で炸裂した弾頭は、衝撃波となって要撃級や戦車級の群れを吹き飛ばし、その四肢をバラバラに引きちぎってしまう。突撃級も例外ではない。致命傷には至らなかったものの、海底で転覆して身動きが取れなくなった個体や、吹き飛ばされた先で戦車級を圧し潰してしまう個体が続出した。
並の技量の海軍であれば、対潜兵器が生じさせる大音響と海中に巻き上がる砂と死骸で目標を失探してしまい、第一次攻撃で終わってしまうことがある。
ところが日本帝国海軍の駆逐艦隊はSH-60J対潜ヘリを駆使することでしつこく東進するBETA群を追跡し、第二次攻撃、第三次攻撃と激しい対潜攻撃を継続した。
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■46.FC-1 閃電(5)
「種子島に――!」
帝国軍参謀本部は、騒然となった。
前述の通り、種子島には東アジア最大級の発射施設を擁する日本帝国航空宇宙軍種子島基地がある。日本国内で大規模な宇宙軍基地といえば、現在のところ他には鹿児島県内之浦町にある内之浦基地と、北海道大樹町にある大樹多目的航空基地程度しかない。種子島を失陥することで被る航空宇宙軍の損失は、はかりしれない。
(西部方面司令部の防衛作戦指導は大丈夫なのか)
すでに西部方面司令官と東敬一大佐は仙台を去った後である。
誰に問うこともできず狼狽する参謀たちは、続く西部方面司令部からの報告を聞いて、蒼白となった。
――種子島に着上陸したBETAの個体数、旅団規模約1万。
◇◆◇
「海軍基地のシェルターへご案内いたします」
「シェルターは安全です。余裕もあります」
「走らずに、落ち着いてください」
サイレンが鳴り響く、種子島。島民は粛々と避難誘導に従い、日本帝国海軍種子島基地に設けられている地下シェルターへ向かう。
それを電子の瞳越しに見つめながら、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第2大隊3中隊の深川正貴少尉は「安全な場所なんてねえよ」と吐き捨てた。
だからこそ、勝たねばならぬ。
鎖で封じられた長剣を描いた中隊章を肩口にあしらった殲撃八型は、主脚歩行を開始する。
島民たちとすれ違う、傷だらけの漆黒の武者たち。
彼らは憎悪の赤い瞳を輝かせながら、戦場へ向かう。
駆逐艦隊による一方的な対潜攻撃と、日本帝国海軍鹿屋基地から発進したSH-60Jの魚雷攻撃により、大陸東岸を発したときには約2万いたであろう師団規模のBETAは、種子島に強襲上陸を試みる際には、その個体数を半減させていた。
しかしそれでもなお、旅団規模。
しかも爆雷攻撃を耐え忍んだ大型種がほとんどである。
一方で西部方面司令部はこの種子島に対する渡洋侵攻を読んでいたように、迎撃準備を速やかに整えていた。
種子島西岸への到着時間を読み切り、それに間に合うようにCH-47を動員して航空輸送を実施し、同機で吊架可能な105mm榴弾砲を種子島へ送りこんだ。加えて88式地対地誘導弾を有する第5地対地ロケット連隊、長射程のM31誘導弾頭を備えたMLRSを九州島南端に布陣させていた。
ただし種子島へ進出した砲兵部隊は、輸送できた砲弾量に限りがあるため、105mm榴弾砲は使いたい放題、というわけにはいかない点がネックだった。
航空部隊については第3対戦車ヘリコプター隊と、無人回転翼機部隊が出撃準備を終えている。また国連太平洋第11軍司令部が、那覇基地(沖縄県那覇市)に駐屯する戦略爆撃機による航空支援を約束してくれていた。ただし第3対戦車ヘリコプター隊も爆撃機部隊も光線級の排除が前提である。
洋上の駆逐艦隊は一旦、光線級の照射が及ばない水平線の向こう側に避退しているが、光線級の脅威が失せたあとに76mm砲で対地火力支援を実施する手筈になっていた。
「初動で決まる」
連隊副官・立沢健太郎中佐が説明する作戦は、シンプルである。
海中から地上に姿を現したBETAは、未だ体組織が地上での活動に順応しきれていない個体が多い。その隙を衝いて北方から第11中隊、東方から第12中隊、南方から第23中隊が攻撃を実施し、速やかに光線級を駆逐する。
BETA群における重光線級・光線級の割合は約2%といわれているため、1万体あたり200体。容易ではないが、3個中隊でも排除は不可能ではない。
「光線級の全滅を以て、航空部隊を投入する」
そして連隊副官・立沢健太郎中佐が説明する作戦は、セオリーどおりでもあった。
戦術機を以て光線級を排除し、航空攻撃で決着をつける。
沖縄県那覇市に駐屯する国連太平洋方面第11軍の爆撃機部隊は、空対地ミサイルを20発、航空爆弾なら約40発を搭載可能なB-52戦略爆撃機から成っている。数機であっても容易くBETAを叩き潰せる。
「始まった」
偵察用の小型無人回転翼機が、海面が割れる瞬間を捉えていた。
出現する要塞級の頭部。続けて突撃級、要撃級が海面下から姿を現し、緩慢な動きで白浜にその身を持ち上げる。予想通り、動きは遅い。
BETAが着上陸したのは、種子島西方の砂浜海岸――長浜。
途端に中種子町内に展開していた105mm榴弾砲が火を噴く。弾量が制限されている以上、重光線級・光線級が海面下にいる、あるいは要塞級に格納されているこの好機を逃すわけにはいかない。
空の青、地の緑に轟く砲声。
瑠璃色の海と、白い浜辺が鋼鉄と血肉で汚されていく。
(あまり数が減っていない)
光線級の視線が切れる安全な砂丘の向こう側。
広域戦況図を見つめていた服部忠史大尉は、すぐに状況を理解した。
故意か偶然か。
BETAは南北12kmに及ぶ長浜いっぱいに広がるように着上陸を始めていた。
(こいつら――)
密集陣形ではない。
可能な限り散開しての着上陸。
浜辺の端から浜辺の端まで、浅瀬から砂浜まで。
前衛は突撃級、要塞級で固め、その背後に要撃級や重光線級が控えている。
「こちらCP、レーザークラウドの発生地点を送る」
重光線級が榴弾の迎撃を開始するとともに、水蒸気が巨大な雲を作り出す。
「CP、こちらイツマデ1。確認した。イツマデ各機――」
ついてこい、という言葉を服部忠史大尉は飲みこんだ。
「イツマデ1、こちらイツマデ4ッ! 斬りこむならいまです!」
「待て」
小型無人回転翼機がリアルタイムで送ってくる映像は、異様な光景を映し出していた。
榴弾を無力化する重光線級が生み出す光芒を背に、前衛として押し立てられた要塞級。
彼らは一斉に緑の液体を産み落としていた。
「光線級と要塞級を前衛とするか――!」
どろどろの液体から瞬く間に完成する光線級たち。
途端、照射を浴びたのか小型無人回転翼機からの映像は途切れた。
「予備照射――!」
「プリズナー11! 12を助けろ!」
「こっちも照射を受けてンだよッ――」
「飛びこめ!」
「要塞級の合間にか!? プリズナー11、こっちだ!」
慎重に状況を見定めた第12中隊とは異なり、先手必勝とばかりに重光線級を目標に攻撃を実施した南方の第23中隊は、産み落とされた光線級の一斉攻撃を受け、瞬く間に2機が爆散の憂き目に遭った。
遮蔽物のない浜辺で光線級の照射を躱すには、彼我混淆の状態をつくり、大型種を盾にするほかない。普段なら突撃級・要撃級から成る前衛集団が突進してくるため、自然と光線級の視線を切ることができるのだが、今日はなぜか前衛の突撃級はひどく大人しく、光線級・要塞級の周辺をうごめくにとどまっていた。
つまり第23中隊は全滅を避けるため、光線級の予備照射を振り切って、数十メートル先まで攻撃可能な衝角を有する要塞級と、堅牢な突撃級の群れに突進するしかなかった。
「CP! こちらイツマデ1だ! 敵は光線級と要塞級を前衛としている――このまま突っこめば全滅必至! 全力の砲撃支援を要請、その隙を衝いて飛びこむ!」
服部忠史大尉は舌打ちをした。
(こいつらは自分たちの強みを理解しはじめている)
BETA側に勝利条件の概念があるかはわからない。
が、彼らが宇宙軍基地や海軍基地の壊滅を企図してやってきたのであれば、突撃級や要撃級を闇雲に突撃させる必要はない。
ただ要塞級、突撃級を盾として使い、光線級さえも戦術機を排除するための前衛として使い潰す。代わりに後衛においた重光線級を守り抜き、基地施設を照射可能な地点まで進出させればいいだけだ。
重光線級の照射出力であれば、3、4発で宇宙軍基地は廃墟となるだろう。
西部方面司令官と東敬一大佐が警鐘を鳴らしたBETAの“戦術”は、現実のものとしていまこの種子島に顕現していた。
あまりにも早い、新たな脅威の出現であった。
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■47.天地繋ぐ、銀翼。
【櫻麻衣(さくら・まい)】
大尉。第92戦術機甲連隊第11中隊長。コールサインはゼノサイダ1。
元々は日本帝国本土防衛軍北部方面隊第7師団の所属であり、重慶防衛戦にも参加した大陸帰りだが、トラブルを立て続けに起こしたため放逐されたところを西部方面司令官に拾われたらしい(14話)。
明らかに経歴とは矛盾する記憶を有している上に幻覚に晒されており、思考と行動が噛み合わない。彼女が戦術機を操縦できるのは、衛士強化装備の感覚欺瞞あってのものである(16話)。
島内に布陣した105mm榴弾砲と、九州島南端のMLRSによる全力砲撃が始まり、重光線級のみならず前衛の光線級さえも空を見上げた瞬間、センサーアイの光輝を曳く12の機影が砂丘から飛び出した。
蓉都殲撃工業集団有限公司から無償供与された16連装地対地ミサイルランチャーを両肩部に備えた後衛小隊が誘導弾を斉射。
光ファイバーケーブルを曳きながら翔ける誘導弾と、迎撃の破壊光線が交錯する。
その下を前衛小隊長の鈴木久実少尉機が奔る。
左主腕の突撃砲で1体、2体と光線級を射殺し、後方にそびえる要塞級に突進。
対する要塞級は衝角を振るおうと、触手を展開した。
「跳び越して!」
鈴木久実少尉は自機に制動をかけながら、小隊機に指示を飛ばす。
彼女が操るFC-1は右主腕で保持する近接戦闘長刀を大上段に構え、近接戦闘に移行する――と見せかけて、衝角が届く寸前のところで踏み止まって120mm弾を右胴部接合部と、左胴部接合部に叩きこんだ。
速度が緩んだ鈴木久実少尉機と崩れ落ちた要塞級を、3機の小隊機が跳び越した。空を仰ぐのをやめてFC-1に向き直ろうとする数体の光線級が、36mm機関砲弾の掃射を浴びてどろどろの液体に戻っていく。
「イツマデ5、でかした」
前衛小隊が抉じ開けた空隙に、服部忠史大尉らの中衛小隊・後衛小隊が殺到する。
近傍に居合わせた要塞級がその穴を塞ごうと出張るが、中衛小隊の最先頭、復讐に燃える牟田美紀少尉は自機の速度を鈍らせなかった。
溶解液したたる衝角が動くのと、FC-1が上方へ跳んだのはほぼ同時。
衝角を有する触手が伸びたとき、牟田美紀少尉機は要塞級の頭上を舞っている。
そして生体装甲に包まれた堅牢な頭部、その接合部――軟らかい首筋に斬撃を浴びせていた。
「牟田さん、それ死ぬって!」
村野欣也少尉は驚きながらも精密な援護射撃を実施した。
虚空の牟田美紀少尉機に予備照射を開始する光線級を、3点バースト射撃で排除。続けて彼女が着地点に選んだ先へ向かおうとしていた要撃級を狙撃する。この間も彼が背負ったガンマウントは、側面や背面を晒したままの突撃級を砲撃している。
F-5Cを駆って死地から脱しただけのことはあり、村野欣也少尉は相当の腕前であった。
(いける――)
当の牟田美紀少尉は口の
(戦車級もほとんどいない。連中、散開しているせいで中衛はスカスカだ)
そして重光線級は、空を仰いだままである。
重光線級による照射は実際のところ、対地攻撃には向いていない。あまりにも高出力・長射程に過ぎるためだ。一瞬で大気がプラズマ化するとともに生じる衝撃波によって、戦術機であれば掠るどころか近傍を通過するだけでもダメージを受ける。が、一方でそれは要撃級や突撃級も同様である。つまり周囲に大型種がいる状況下においては、絶対に友軍誤射をしない重光線級の対地照射にはかなりの制約がかかってしまう。
故に可能な限り要撃級や要塞級を撃破せずにわざと無視して突破し、牟田美紀少尉機は長刀を振りかぶりながら重光線級へ殴りこみをかける。
鈍重な殲撃八型ではできない。
F-16Aのデッドコピーとはいえ軽量で身軽な、第2世代戦術機のFC-1ならできる。
「イツマデ1、こちらイツマデ3ッ! イツマデ4が突出してるんですケド!」
「イツマデ3、援護してやれ!」
「マジすか!?」
村野欣也少尉は素っ頓狂な声を上げながらも、冷静に牟田美紀少尉機の翔けた軌道をトレースし、3門の突撃砲で自機と僚機に群がろうとする要撃級を牽制し、あるいは撃退していく。
そのさまを網膜に投影された戦況図で確認していた服部忠史大尉は冷徹な声色で、牟田美紀少尉と村野欣也少尉が切り拓いたルートを進むように前衛小隊長の鈴木久実少尉に命じた。
彼は牟田美紀少尉の活躍で突破口が開けたことに喜びながらも、彼女も長くはないだろう、と昏い感情を抱いていた。
……。
くだらん。
要塞級の衝角は自由自在に動き回るが、重力に逆らう上方への要撃だけは僅かにその速度が鈍る。故に私はF-14Nのスロットルを全開にして怪物の頭上を飛び越して反転降下――その途中で頸部、右肩部、左肩部の接合部に120mm弾を叩きこむ。光線級が一斉に私を見たが、その傍から後衛のC小隊が狙撃でこれを無力化していく。
「ゼノサイダ各。こちらゼノサイダ1。重光線級に吶喊するぞ」
浜辺にぶちまけられた体液の中に浮かぶ眼球を踏み潰し、私は両主腕で保持する2門の突撃砲で前面に連なる要塞級を狙撃して片づけていく。長年見てこないとなかなか気づけない上に、言語化するのが難しいのだが、連中の動きにはプログラミングされたかのようにパターンがある。特に要塞級のそれは、いわば緩慢な昆虫だ。動きを読んで120mm弾を“置く”だけでいい。
「了」
私の機体の両隣に、大型種どもの体液で彩られたF-14Nたちが並んだ。中隊を半包囲せんとする要撃級を次々と射殺していく。
それから一拍置いて、中隊機は一斉に跳躍した。重光線級たちが一斉に空を仰ぐが、予備照射開始よりもこちらの狙撃の方が早い。光線級よりも遥かに的が大きい目玉の怪物に、120mm弾を叩きこんでいく。
卵の殻ともいえるか、要塞級と光線級で固めた前衛さえ破ってしまえば、あとは好き勝手に蹂躙できる。
BETAの戦術など、所詮この程度。
我々は遠い先祖が森から草原に追いやられたときから、常に“格上”と戦ってきた。
敵は牙や爪といった優れた武器を有し、あるいは我々を凌駕する膂力を有していた。それだけではなく、おおむね彼らの方がスピードでも優っていた。単独で比較すれば、身体面からくる戦闘力の格差はいかんともし難い。
その格差を埋めるために、我々の先祖は“戦術”を編み出した。
緩やかな集団を作って数的有利を作り出したり、落とし穴のような原始的なトラップを作ったり、石を握りしめて敵の牙や爪に対抗したりした。その石を投げれば、反撃を受けずに敵を撃退できた。
それから数百万年間にわたって、人類は殺しの技術を磨いてきたといっていい。
だからこそ人類はいま、人類の数倍、数十倍の身体能力を有する怪物どもを相手に抵抗を続けることができている。
私に言わせれば、BETAはまだ“素人”だ。
……勿論、我々が努力を怠れば、すぐに追いつかれるだろうが。
◇◆◇
種子島攻防戦は想像以上に呆気なく決着がついた。
第12中隊が斬りこみをかけるのと同時に、第11中隊が北方から高速突撃。
両隊の高機動攻撃に対応しきれなかった要塞級と光線級から成る前衛は容易に破られ、友軍誤射回避のために照射を実施できない重光線級は、FC-1、F-14Nによってほとんど抵抗できないまま駆逐された。
それからは一方的な展開。
第5地対地ロケット連隊が大威力の88式地対地誘導弾を連続発射。光線級の視線からギリギリまでその身を隠すことが可能なシースキミング能力を有する同弾は、BETA群を削り取り、その過程で少なくない数の前衛集団の光線級を葬った。
そして彼らは1機あたり20発の空対地ミサイルを抱えた戦略爆撃機に付け入る隙を与えてしまった。
損害は殲撃八型3機のみ。
第92戦術機甲連隊は、大勝利を収めたといっていい。
しかしながら同時にこの一戦は、厳然たる事実を同隊関係者に突きつけていた。
それは第1世代・第2世代戦術機の間に横たわる歴然たる機動力の差、である。
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■48.MiG-29SEK(1)
【村中弘(むらなか・ひろし)】
軍曹。第92戦術機甲連隊整備補給隊・戦術機整備担当。熊本県出身。
熊本弁で喋る。
【湯川進(ゆかわ・すすむ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第13中隊の中衛小隊長(B小隊長)。コールサインはパッパ5。
グレネード装備のF-4EJ改を駆り、九州北部の防衛戦を戦い抜いた(33話)。自身を危険に晒す命令でも素直に遂行する。
【宇佐美誉(うさみ・ほまれ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第13中隊長。コールサインはパッパ1。
初登場回は34話。
異形の死骸、鍛えられた鋼鉄の断片が突き刺さる浜辺。寄せては返す波は、茶褐色に染まっている。国連太平洋方面第11軍が投入したB-52から成る戦略爆撃機隊は、美しい白浜を、BETAを、そして衛士の墓標となった殲撃八型の残骸を、圧倒的な暴虐を以てこの地上から消し飛ばしていた。
砂丘の上に佇む、漆黒の武者たち。
彼らの眼下では、早くも日本帝国航空宇宙軍種子島基地警備隊によって死骸の焼却処分が始まっていた。通常ならば撃破された戦術機の回収作業もあるのだろうが、今日ばかりは何も残っていなさそうであった。
戦い抜いた9機の殲撃八型がまだここに立っている理由は、種子島基地警備隊の護衛のためだ。死骸の合間に小型種が取り残されている、あるいは大型種が半死半生の状態で動き出す、などという話はよくある。
「……」
深紅の瞳は、立ち上る黒煙を映している。
まるで、散った同僚の新たな墓標にみえた。
このときばかりは、トラブルメーカー、
◇◆◇
「で、こいつはいつ12機揃う感じなんですかね」
「知らんばい……」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地の格納庫の片隅では、B小隊長を務める湯川進中尉と、戦術機整備担当の村中弘軍曹がふたりして頭を抱えていた。
ガントリーに固定され、整然と立錐する12機のMiG-29SEK。
引き渡し時に剥げかけていた塗装は、日本帝国軍の制式塗装である鈍色でしっかりと塗り直されている。
「見た目はすごいんだけどなあ」
「近接戦闘じゃウチでいちばん強かね」
分類としてはF-5系列、F-16系列と同様の軽量級戦術機にあたるのだが、肩部、主腕部、脚部に設けられた固定型ブレードがそうさせるのか、より攻撃的で洗練された機体のようにみえた。
しかしながらこの12機の内、いまこの瞬間動き出せるのは4機でしかない。
これはいま現在地上にいる人間の誰の責任でもなかった。第92戦術機甲連隊整備補給隊でも、大人しく受領した第92戦術機甲連隊本部でも、話をまとめてきた西部方面司令官でも、話をもちかけてきた韓国政府関係者でもない。
すべてはソ連政府から対BETA協力借款をMiG-29で支払うと提案された際に、それを蹴らずに頷いた当時の韓国政府の関係者であろう。
複数機種の戦術機を整備・運用してのける第92戦術機甲連隊を以てしてもMiG-29SEKの稼働率がここまで低い理由は、端的にいえばMiG-29がどこまでも“純”に近いソビエト連邦の国産戦術機であったからだ。
第92戦術機甲連隊が運用している戦術機は大概、米国製戦術機の系譜に位置づけられる。外装にいくら変更が加えられていても、中身はF-4系統やF-5系統のそれとあまり変わらない。F-8Eクルセーダーやデファイアント攻撃機でさえ内装はF-4に似通っている。中国製の殲撃八型は、といえば原型機がソ連製MiG-21であり、MiG-21とはつまりF-4Rの改修機なので深刻な問題は生じない。
ところが、MiG-29SEKはそうではない。
米国製戦術機とは明らかに別系統の内部設計を有しており、操縦席廻りを除けば“人類規格”と呼んでも過言ではない米国製部品の多くがそのまま使えなかった。
しかもMiG-29SEKはメーカーからのサポートを受けられない。韓国政府がMiG-29SEKを日本帝国国防省に引き渡したのは、やはりソ連に対しては不義理にあたるようであり、ソ連から純正の部品を手に入れるのは難しいようだった。
「宇佐美しゃんに謝っといて……」
と、村中弘軍曹は肩を竦めたまま言った。
「いやーこればっかりは整備のせいじゃないって。だから韓国の人たちも使えないまま済州にしまっといて、んでいまポイしたわけだしね」
返事をしながら、湯川進中尉は
(まーた荒れちゃうなあ)
と思った。
……。
思ったとおりになった。
その夜、食堂で鉢合わせした彼の上官――宇佐美誉大尉は明らかに不機嫌であった。さりとて彼女を無視するわけにもいかず、湯川進中尉は爆弾低気圧のその向かいに座って食事を摂るほかなかった。
「だからMiGの導入には反対だったんだ」
宇佐美誉大尉は憤懣とともに言う。
そうでしたね、と湯川進中尉は適当に話を合わせた。実際のところ彼女は第2世代戦術機であるMiG-29SEKが来る、と聞いた際に賛成の立場をとっており、そのことを湯川進中尉も覚えていたが、蒸し返すつもりはさらさらなかった。
「だいたいこの92連隊自体――」
「あーちょっと聞いた話なんですけど、東欧州同盟の方々をお呼びしてなんとかするみたいですね。MiG-29の方は」
湯川進中尉は宇佐美誉大尉の発言に、わざと言葉をかぶせた。
「なんだ、
宇佐美誉大尉は臙脂色の瞳を、意地悪そうに輝かせた。
東欧州社会主義同盟とは、旧ワルシャワ条約機構を母体に、東ドイツやルーマニアをはじめとした東欧諸国が参加する政治的・軍事的国際組織である。
加盟各国は離島部を除いた国土の一切を失っており、首脳陣は英国やアイスランド、グリーンランドに避退している。しかしながらそれでもなお大規模な地上部隊を有しており、国連軍に強力な戦力を提供していた。
この東欧州社会主義同盟の加盟国軍は、基本的にはソ連製の兵器を装備しており、必要に応じて欧州連合軍の装備を導入、あるいは欧州連合軍の規格に合わせてソ連製装備を改修するといったことをやっている。
そしてMiG-29シリーズは東ドイツやポーランド、ハンガリー、ルーマニアといった国々が採用している主力戦術機である。
もしも彼らの協力が得られれば、MiG-29SEKの運用事情は劇的に改善されるだろう。
「ただあの負け犬たちがどんな見返りを要求してくるか、気になるな……」
宇佐美誉大尉は薄ら笑いを浮かべたまま、トレーに乗った合成ごまサバ焼きを箸でつついた。
「……」
湯川進中尉は宇佐美誉大尉のそういうところが苦手であった。
否。
湯川進中尉は宇佐美誉大尉のほとんどすべてが苦手であった。
弱者や部下のことを気遣うという気持ちを、彼女から感じ取ったことはない。
無神経な物言いも苦手だったし、自身も92連隊の一員なのにどこか外野の人間のように92連隊を批判するところも嫌いだった。
(実際、宇佐美大尉はここを腰かけにしか思ってないんだろうなあ)
湯川進中尉が聞いたところによると、宇佐美誉大尉は陸軍士官学校は勿論のこと、中尉だった頃に陸軍大学校さえも卒業しているらしかった。
前線で戦闘に参加する理由も、“箔づけ”だと捉えているフシがある。陸軍大学校を卒業してからずっと司令部勤務でした、ではナメられる――少なくとも彼女はそう思っているようだった。が、おそらく次の人事異動があれば、彼女は他の部隊で本部勤務・司令部勤務となるだろう。
要は野心の塊。
(この情勢で出世を目指していくの、なかなか真似できないぜ)
湯川進中尉は心底そう思う。
彼はたまたま衛士の適性があり、“衛士には特別な手当がつく”、“衛士は戦場の花形だ”という周囲の勧めを受け、まあ確かに同じ戦場に往くなら歩兵より衛士の方がいいか、と戦術機操縦資格を取得して少尉、中尉と上がってきた一般大卒の人間である。
連隊本部の人間からは、いいかげんに上級幹部教育課程を受ける準備をするようにと言われており、この課程に進まなければ少佐にはなれないので(というよりも中尉・大尉はどこかのタイミングで強制的にこの教育カリキュラムを受ける)、これは受けるつもりであるが……。
卒業者は確実に大佐にまでなる、と言われている陸軍大学校を受験するつもりには、さらさらなれなかった。
「そういえば」
突然、宇佐美誉大尉は話題を変えた。
「ミライくんは来年、小学校入学だったかな」
ミライとは湯川進中尉の子、湯川未来のことである。
「あー、いや、再来年ですね」
「引っ越し先と小学校の入学先は考えねばダメだよ」
なぜか宇佐美誉大尉がする世間話といえば、湯川進中尉の子どもについてばかりだ。
おそらく雑談の引き出しがないのであろうが、さりとて流せない。
宇佐美誉大尉が野心の炎を燃やすように、湯川進中尉は我が子のことばかり考えていた。
「……仙台なら絶対に安全だと思ってたんですけどね」
湯川進中尉は山口県出身であり、妻の湯川詩子も同県出身だが、2年前――つまり彼が中部方面隊から西部方面隊第92戦術機甲連隊に引き抜かれたときに、思い切って強く説得し、義母もろとも遠くの仙台市に引っ越させてしまっていた。
これは相当な大事業であったが、日本帝国大陸派遣軍の苦戦を知っていた彼にとっては必要な骨折りだった。
が、いまや仙台市でも怪しい。
「思い切って海外にでもやったらどうだ」
「さらりと言いますね」
「横浜から仙台まで突撃級の巡航速度なら数時間で行く」
「脅かさないでくださいよ」
「しかし仙台がダメならもう場所がない。北海道は北海道で。いや――」
日本帝国本土防衛軍北部方面隊は、24時間体制でユーラシア大陸東岸を監視している。
沿海州から人類が排除された現況から考えれば、いつBETAの北海道侵攻が始まってもおかしくない。一見すると地続きの侵攻を許さない北海道の方が、仙台市内よりも安全にみえるが、物事はわからないものだ。京都が陥ちて、福岡が残っている現在こそがその証拠。
本州、北海道ともにリスクはつきまとう。
であれば。
「沖縄があるか。沖縄島に帝国こそ1個師団しか配していないが、あそこは国連にとっての最重要拠点。火力の密度は他の地域とは比べものにならん」
宇佐美誉大尉は薄く笑ったが、湯川進中尉は容易には頷けなかった。
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■49.MiG-29SEK(2)
【久野平太(くの・へいた)】
大尉。第92戦術機甲連隊・連隊本部第4科・戦術機整備担当幹部。
機種の多い第92戦術機甲連隊では苦労人のポジション。前線での整備は脚部、跳躍ユニットを優先すべしという哲学の持ち主である(8話)。
「あー、オレオレ。どう?」
八代基地の一角にある公衆電話で湯川進中尉は、仙台市内に電話をかけていた。
混雑しているときには長話はできないが、課業の合間の休憩時間を上手く使えばすいている時間に電話はかけられる。
2、3の世間話を終えた後、湯川進中尉は本題を切り出した。
要はまた引っ越しの準備をした方がいいかもしれない、という話である。
「え」
緑色の受話器の向こうから聞こえてきた湯川詩子の声は、驚き半分、諦め半分であった。
「ススムは簡単に言うけど、こっちは大変なんだよ……仙台は第二帝都なんだから安全なんじゃないの?」
「大変なのはわかってるよ」
湯川進中尉は苛立ちを隠し通した。
詩子には理詰めは通じない。敵の移動速度から考えれば、敵策源地と仙台市はまさに目と鼻の位置であり、彼らが地中侵攻に踏み切れば、仙台市内は容易く戦場になり得る。が、それを説いても彼女は首を縦には振らない。
加えて自身が知っている厳しい戦況を暴露しての説得は、機密を漏らす結果につながるかもしれないのでマズい。最近は報道に触れていないせいで、どこまで話をしていいのかもわからなかった。
故に湯川進中尉はしどろもどろに「わかってるけど、仙台だからって安全だとは――」と言葉を続けるしかなかった。
「わかってないよ……。またお母さんを説得して、ミライにも話はしなくちゃいけないし。ミライもせっかく幼稚園で友達ができたのにかわいそうだよ。いい学校に近い物件を探すのだって大変なんだよ? このご時世じゃ飛行機や船のチケットだって取れないよ。ちなみに今度はどこに行かせるつもりなの?」
「……いや。まだ可能性の話だから。具体的には考えてない」
「なら良かった~」
(良くねえよ……)
湯川進中尉は受話器を持ちながらうなだれた。
ここで沖縄あたり、と切り出せばおそらく喧嘩に発展するのは目に見えていた。
そのあと湯川進中尉は詩子の愚痴をいくつか聞かされた。
結局、沖縄の話を持ち出すことはできずじまいであった。
「これ詩子に仙台から引っ越させるより、横浜と佐渡島を叩き潰す方が楽かもな」
受話器を置いて振り向くと、そこには天真爛漫な笑顔が存在していた。
「ご家族を仙台から引っ越させるおつもりですか?」
湯川進中尉は、ぞっとした。
いちばん関わり合いになりたくない人間が、そこにいる。
「櫻大尉」
櫻麻衣大尉。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊において最強の衛士。
そして同連隊においてスイッチのオンオフが最も激しい人間。
まともな話は修羅場の彼女と機上の彼女にしか通じない。
平時の彼女は何かしらの狂気に囚われている、と湯川進中尉はあたりをつけていた。
彼が確立した彼女の取り扱い方は単純明快、可能な限り回避する、これにつきる。
とはいえ、完全に無視もできない。
万が一、彼女の機嫌を決定的に損ねてしまい、その狂気が牙を剥けば、自身など2、3秒で殺されるであろう。
湯川進中尉は軽く笑って、彼女をとがめた。
「盗み聞きはよくないですよ」
「それはスイマセン」
銀縁の伊達眼鏡を弄りながら彼女もまた、軽く頭を下げた。
これで話は終わりだ。湯川進中尉はその脇をすり抜け、ガンルームに向かおうとする。
「湯川中尉」
が、それを櫻麻衣大尉はずいと体をズラして遮った。
「仙台にいていただいたままの方がよろしいと思いますよ」
「……なぜです?」
彼女があまりにも自信とともに断言するものだから、湯川進中尉は思わず聞き返してしまった。
「我々人類はいかなる苦難でも乗り越えて最後には明星作戦を成功に導き、横浜ハイヴを陥とします」
「まあ、そうかもですね」
「そうなれば残る直接的脅威は佐渡島ハイヴのみ。ここを取り除けば仙台は安泰です」
櫻麻衣大尉の言葉に、湯川進中尉は半信半疑だった。
明星作戦の成功を疑いたくはないが、人類がこれまでハイヴの攻略・排除に成功した例はない。否、建造が始まったばかりの横浜ハイヴ攻略は可能かもしれないが、横浜奪還後に立て続けに佐渡島ハイヴの攻略作戦に移行できるとは思えない。そうなれば佐渡島ハイヴの規模はフェイズ4程度にまで膨れ上がり、苦戦は必至になるのではないか。
だが確かに言われてみれば、敗北を前提に話を進めるのも帝国軍人としてはよろしくない、とも彼は思い直した。
「横浜も、佐渡島も奪い返す。そうなるように、まあ俺たちがいるって話ですよね」
「そのとおりですよ」
と、櫻麻衣大尉は右親指を立てた。
これで彼女は満足したらしい。
湯川進中尉は礼を言って、第13中隊の面々が集合しているガンルームに駆け足で向かい始めた。
「あ」
その十数秒後。
湯川進中尉がいなくなってから櫻麻衣大尉は虚空に向かって喋り始めた。
「まあ生き残ることが目的なら仙台よりも北米の方がいいかもしれませんね。日本国内に残っていたらどこにいても大海崩で海底に沈みますから。ただ大海崩を生き残っても長く苦しい一生が続くだけなので正直、日本列島と一緒に心中した方がミライくんのためになると思いますよ」
◇◆◇
日米安全保障条約が米国政府からの一方的な通告によって破棄された後も、国連太平洋方面第11軍に開放されている国連軍佐世保基地に米海軍第7艦隊所属部隊はいる。
理由はひとつではない。
まず日米安全保障条約の破棄など前線部隊からすれば寝耳に水である。
即座に日本帝国から撤収するなど、物理的にどだい無理な話だった。
北海道から沖縄県に至るまで、米陸軍・米海軍・米海兵隊の三軍の諸部隊将兵とその家族併せて数十万名の引っ越しなど不可能。どうあがいても月単位での事業となる。
また在日米軍司令官やアメリカ太平洋軍司令官は、頑なに核兵器や新型爆弾の使用を認めない日本帝国政府に苛立ってはいたが、帝国からの撤退には消極的であった。
半世紀に亘って米軍は日本列島を東アジア最大級の軍事拠点と見做し、70年代までは共産勢力を封じこめるための盾、80年代からはBETAを太平洋上に進出させないための策源地としてきた。
故に過去の政治家たちは莫大な費用を投じ、日本帝国に複数の航空基地と大型空母を整備可能な海軍施設を造ってきた。
それを棄てろという日米安全保障条約の破棄は、軍部からすればたまったものではない。
「東アジアどころか、世界規模で我々の政治的・軍事的プレゼンスが低下するぞ」
一部の上院・下院議員もまた、目を白黒させていた。
同盟相手を見捨て、尻尾を巻いて逃げ出す。
そのさまを見て、日本帝国以外の同盟国がどう思うかまでなぜ考えが及ばないのか。
どんな大義名分を立てても信用が損なわれることは避けられない。
勘の鋭い政治家は、日米安保条約の破棄は日本帝国の国力急落によるオルタネイティヴ第4計画の失敗を招き、同時に第5計画の肝となる新型爆弾をフリーハンドで使用できる状況を整えて大戦果を収めるための布石である、と見抜いていた。
第5計画推進派からすれば、オルタネイティヴ5成功の暁には地球上で覇を唱えるのはアメリカ合衆国であるから、国際的な信用問題など取るに足らないというわけだ。
米国内でもオルタネイティヴ5に懐疑的な人間は少なくない。
が、オルタネイティヴ5支持勢力が多数派工作に成功してしまっており、日米安全保障条約破棄が国家の決定になってしまった以上、これを覆すことはできなかった。
そういう事情があり、九州地方・南西諸島の在日米軍は撤退が決まったものの、何かにつけて口実をつけて撤収の行程を遅延させていた。
また同時に日本帝国本土防衛軍の西部方面司令官も、同地方の在日米軍撤退を“妨害”し続けていた。撤収のために在日米軍が使いそうな民間船舶を傭船としたり、海軍基地の周辺を実弾訓練エリアに急遽指定したり、とにかく引き延ばしを図った。
沖縄本島と離島部を守る西部方面隊の戦力は、1個師団しかない。
この地域の防衛は事実上、国連太平洋方面第11軍に頼っているが、国連軍から米軍が離脱すれば歯抜けも同然である。
万が一、BETAの沖縄侵攻があれば、西部方面司令官の知謀を以てしてもいかんともしがたい。
が、米国政府の決断は翻らず、帝国政府側も西部方面司令官の暗躍に気づきつつあった。
11月末には米海軍第7艦隊の関係者が日本帝国本土防衛軍西部方面司令部、また海軍、海兵隊の一部が日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊を訪れている。
別れの挨拶、といったところか。
「裏切り者が」
侮蔑を隠さない宇佐美誉大尉を、湯川進中尉は白い眼で見た。
在日米軍はニミッツ級航空母艦をはじめとする強力な水上部隊と艦上戦術機を以て、帝都防衛線を支えた。彼らがいなければ、おそらく京都は1か月ももたなかっただろう。核兵器使用を巡る議論が、日米が袂を分かつ一因になったと噂されているが、米国側が核兵器使用を提案したのは至極当然のことであろう――と彼は思っている。
それに前後して第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地には、在日米軍の大型車輌が幾度も出入りした。
「ファッキンキャッターズ、ファッキンクルセーダーズに幸多からんことを」
そんなメモとともに、大量の鉄屑と嗜好品が届けられた。
鉄屑の方はすべて員数外――要は書類上に存在しない機体や部品である。米軍が戦場で回収したり、引き揚げてきた在韓米軍の重装備で廃棄処分済みであるはずのものだったりと内訳は雑多だった。
「A-10C!? こんなものまで……」
長大な36mmガトリング砲と大型弾倉を両肩部に備えた戦術歩行攻撃機A-10Cまで送りつけられたのだから、なんというか大味な台所事情である。もちろん平時ではありえないが、朝鮮半島からの撤退、続いて日本帝国からの撤退というわけで混乱が続いているためであろう。
「……」
玉石混交、F-8EやF-14Aの部品も混ざっている鉄屑の山を前にして、戦術機整備担当幹部の久野平太大尉は興奮半分、苦悩半分の面持ちで立っている。善意はありがたいが、使えるか使えないか、整備兵を総動員して検品をしなければならないだろう。引っ越しの際に出る不要物をすべて押しつけられた格好だ、とも彼は思った。
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■50.MiG-29SEK(3)
【浅石友季(あさいし・ゆうき)】
少尉。第92戦術機甲連隊第13中隊所属。コールサインはパッパ6。
初登場は34話。
【巌谷榮二(いわや・えいじ)】
中佐。帝国技術廠に勤める。
大陸戦線での活躍やF-4Jを以て米軍のF-15Cを破ったという伝説的戦技で、東敬一大佐以下多くの戦術機部隊関係者から一目置かれている。第92戦術機甲連隊の大陸帰りの中には彼と面識がある者も多い(17話)。
XFJ計画を推進し、不知火・弐型の開発に心血を注ぐ(TE)。
(無茶苦茶すぎる――!)
湯川進中尉は飛びかかってくる戦車級を見据えるとタイミングを合わせ、垂直方向へ短噴射。と同時に
《初期照射警報》
網膜に投影される字幕と警報音に、わかってると内心でつぶやきながら彼は即座に着地――躍りかかってきた要撃級の一撃を半身になって紙一重で躱すと、同個体の感覚器に右主腕の肘打を食らわせる。
通常ならば右主腕が破損する打撃。
しかしながらMiG-29SEKの二の腕から張り出すカーボンブレードは、容易く尾部感覚器を切断する。
「パッパ5、肩のどう使えってんですか!?」
「知らないよ!」
短く叫びながら湯川進中尉は向かってくる要撃級へ突進し、機先を制して膝蹴りを要撃級の頭部に叩きつける。その死骸を踏みつけながら、今度は跳躍した空中の戦車級を腕で払って斬殺した。飛散する赤黒の肉片。ところがその血肉が地表へ達する前に、次の新手が姿を現した。
到底、周囲に注意を向けられる状況ではない。
「パッパ6、どこにいる!? 背中守ってくれ!」
「お任せください!」
急旋回して湯川進中尉機の背面を襲撃せんとした要撃級の脇腹を、今度はパッパ6――浅石友季少尉機が蹴り破る。
「あっ」
浅石友季少尉が蹴りつけた要撃級は一撃で絶命したが、その代償として同機の足首にあたる部位が折れ曲がった。要撃級の脇腹を捉えた主脚部の位置が悪すぎたのだろう――バランスを崩したMiG-29SEKはそのまま戦車級の群れに呑みこまれる。
が、浅石友季少尉は強引に短噴射で機体を引き起こすと、モーターブレードで四肢の戦車級の手足を切断し、急制動の連続で戦車級を振り落とそうと努力した。
そしてそのまま、新手の要撃級が有する衝角に激突して大破する。
「パッパ6、パッパ6――くそ!」
湯川進中尉機は身を逸らして胸部を狙ってきた要撃級の横殴りの一撃を躱す。
74式近接戦用長刀ならともかく、主腕部のブレードで防ぐ度胸はない。
なんとか眼前の要撃級の頭部を近接戦用短刀で破砕したところで、湯川進中尉機もまた脇の死骸から飛び出してきた要撃級の前腕の一撃を受け、大破判定を受けた。
《状況終了》
網膜に投影される字幕を確認し、湯川進中尉はようやく深く息を吐いた。
JIVESと衛士強化装備の感覚欺瞞が生み出した仮想の死地は去った。
先程までの焦燥と緊張は、どこかに消え去っている。
JIVESの筐体から外に出た彼に残ったのは、愚痴だけだ。
「本当に肩のこれ、どう使うんですか」
隣のJIVES筐体から姿を現した浅石友季少尉は、先程と同じ言葉を繰り返していた。
肩のこれ、とはMiG-29SEKの肩部装甲上方から垂直方向に伸びるブレードである。確かに水平方向に張り出してくれていれば、肩をぶち当てて相手を圧し斬るという使い方が可能だろう。しかし装甲上方から垂直方向に向いている刃では、なかなかそれは難しい。
同じくJIVES筐体から這い出てきたパッパ8、植木陽一少尉は「戦車級が肩の上に乗らないようにするためでは」と推論を述べた。
「こう」
先にJIVES筐体から出てきていたパッパ7、長野ふゆ少尉は無言のまま肩を虚空のBETAにぶち当てていた。
「ちがう、こう?」
彼女はひとりしきりショルダータックルを繰り返した後、合点がいったように腕を前方に伸ばした状態で肩を後背の敵に叩きつけた。
それからプロレス技じみて見えないBETAへ肩から背面ダイブする。
見ていられなくなったのか浅石友季少尉は「ケガするよ」と彼女を止めた。
「わかった」
言いながら長野ふゆ少尉は相変わらず腕を前に突き出しながら、今度は一回転、二回転とくるくる回っている。
「回避機動を取りながらの斬撃、あるいは背中の敵への対処ってとこかなあ……」
湯川進中尉は言いながら、もしかすると単なる重りにしかなっていないのではと思った。
肩部上方に向いている刃は確かに主腕部を持ち上げることで後方への攻撃に使える。しかしながら思考制御で動く戦術機が、背中に迫る敵と格闘するのはあまり現実的ではない。いくらセンサーで後方の敵を捕捉できるといっても、肩の刃で対応するのは直感的ではなかろう。ガンマウントがあれば背面への自動射撃で事足りてしまう。
上方への跳躍や、回避機動のための急旋回時に敵を斬り刻めれば御の字だろう。
しかしながらなかなか回避運動中に狙って使うのは難しい。
「肩部のブレードを使いこなすには高い技量が必要そうですな」
隣の部屋で電子上の演習を眺めていた巌谷榮二中佐も、苦笑いをしながらそう言った。
帝国技術廠に務める巌谷中佐が東日本からわざわざこの八代基地を訪問してここにいる理由は、今後の戦術機開発の参考とするため、近接戦用固定武装を備えたMiG-29SEKを見たいがためであった。
そんなわけで第13中隊B小隊は、近接戦用短刀のみという条件で仮想演習までやらされたわけだ。
(うーん)
肩部のブレードについては、同席した東敬一大佐も同意見であった。
主腕部や膝部のブレードは手足の延長線で直感的に操れ、衛士も戦術機側に学習させやすいが、肩部のブレードはなかなか使い勝手が悪いであろう。
もしかすると空力制御に活かす目的なのかもしれない。
逆にいえば主腕部や主脚部のブレードは、咄嗟の攻防に活用できそうであった。
東敬一大佐と巌谷中佐はMiG-29SEKについて感想を2、3つ交わしたところで、
「そういえば東大佐、中央で不穏な動きがあるのをご存じですか」
と急に巌谷中佐が話を切り出したので東敬一大佐は驚いてしまった。
「いえ、ここのところはどうも疎くてですね」
西日本の作戦指導に心を砕いている東敬一大佐からすれば、東京・仙台の動きなど意識の外の話である。
「そうですか」と呟いた巌谷中佐は数秒何やら考えて、言葉を続けた。
「実はですね。仙台では西部方面司令官をなんとかして更迭しようという動きがあるのです」
「……大伴か」
東敬一大佐は彼らしくもなく苦々しげに言った。
国粋主義者の大伴忠範中佐からすれば、西部方面司令官は小規模でも海外製戦術機を帝国軍に導入し、米軍に便宜を図る輩にみえるであろう。
ところが巌谷中佐は頭を振った。
「いえ、大伴だけではありません。純国産戦術機にこだわる国粋主義の幹部は多い。彼らから距離をおく将官、佐官も、司令官閣下を快く思っていない者は少なくないのですよ」
「しかしなんだっていまになって」
「西日本の大部分が失われたいま、だからこそですよ」
ああ、とそこで東敬一大佐は合点がいった。
中国・四国・近畿・中部地方の失陥。
1000年を超える歴史を有する京都の陥落。
東京・仙台では“責任”という名前の大嵐が吹き荒れ、両手の指では足らないほどの文官・武官が失脚したのであろう。
そして――。
「おわかりいただけましたか」
帝国軍内の勢力図は変貌し、帝国軍周辺の環境も一変したのだろう。
その中で少なからず、西部方面司令官を(好むと好まざるとを除いて)援助していた政治家や将官たちが力を失ったのかもしれない。
「ええ」
東敬一大佐は鈍色の天井を仰いだ。
西部方面司令官が排撃される理由は、無数にある。
コネクションを活かして自身の策を実現させる強引なやり口自体もそうだが、関門海峡間の交通破壊をはじめとする独断的な作戦指導や、海外勢力と繋がりを持っていること、在日米軍に便宜を図ったこと、国連軍との協同作戦に乗り気である姿勢――国粋主義者のみならず、帝国軍の主流派、一部政治家たちから睨まれてもおかしくはない。
しかし、と東敬一大佐は一縷の望みを探すように言った。
「九州地方の防衛、四国地方からの避難民輸送など、日本帝国のために多大な戦果を挙げた司令官閣下ほどの方が更迭されるとなれば、帝国軍参謀本部の方々はみなことごとく閑職に追いやられてしかるべきなのでは?」
東敬一大佐の吐いた“毒”に、巌谷中佐は笑った。
「東大佐もなかなか言いますな。確かに閣下が作戦指導によって挙げた大戦果と、救助された万単位の帝国臣民を思えば、彼らも九州戦線・四国戦線の事柄で閣下を失脚させることはできますまい」
「それに巌谷中佐。方面司令官は畏くも皇帝陛下、政威大将軍殿下の
ですから、と巌谷中佐は言葉を継いだ。
「帝国軍参謀本部は遂行困難な作戦を計画し、その実行を西部方面司令部に命じようとしているのです。閣下に大敗を喫しさせ、責任をとらせるために」
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■51.生起、戦術機事件!
(※予約投稿設定を失念しておりました)
■本話登場人物紹介
【土田大輔(つちだ・だいすけ)】
中佐。帝国軍参謀本部に勤務。
大伴忠範中佐の同僚。国粋主義者、というよりも国連の横槍に反発している帝国軍人(18話)。
「帝国軍、関東決戦へ! 横浜攻略“明星作戦”!」
「西部方面隊“望月作戦”発動!」
「無敵、第92戦術機甲連隊関東遠征!」
答え合わせはすぐに始まった。
数日後の旭日新聞朝刊一面には上記のような見出しが躍った。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊関係者からすれば、まさに寝耳に水である。
記事によれば、西部方面隊は横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦に先んじて横浜ハイヴを攻撃して敵勢力を漸減する“望月作戦”を実施することになっているが、帝国軍参謀本部から西部方面司令部に対してそのような事前連絡は行われていなかった。
またその望月作戦の最先鋒を第92戦術機甲連隊が務めることになっていたが、西部方面司令部はそのような決定を一切下していない。
そもそも横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦自体(公然の秘密ではあっても)、未だ
西部方面司令官は特に動揺する素振りを見せなかったが、西部方面司令部の高級参謀たちは唖然とした。
「なんなんだ、これは!」
日本帝国本土防衛軍西部方面司令部の情報参謀、石山聡大佐は朝刊を手にしたまま苛立ちを隠せない。
なんなんだ、と言いつつも石山聡大佐はすべてを理解していた。
旭日新聞社がすっぱ抜いた一大スクープ、といった体で作られているが、重大作戦等の名称が載っているにもかかわらず内務省の検閲をパスしているということは、明らかに国防省の一部が噛んでいるものであった。
「これで外堀を埋めたつもりなのだろう」
西部方面司令官は淡々と言ったが、直情型の石山聡大佐は「よろしいのですか!」と憤りとともに声を張り上げた。
「閣下は嵌められたのです。噂どおり東京、仙台の連中は我々に敗北を強いるべく、このような記事を出したのでしょう――国内世論を盛り上げるだけ盛り上げて、我々に失態を演じさせることで西部方面隊に対する失望を招く。それが狙いなんですよ!?」
「要は衆人環視の下、我々に敗北を強いて閣下の更迭もやむなし、という風潮をつくりだすつもりか。成程、世論を抜きにしても、横浜の敗北はいい口実になる……」
怒気半分、諦念半分にそう言ったのは、西部方面参謀長を務める早川誼少将である。
「とにかく!」
石山聡大佐は気炎を吐いた。
「この報道を西部方面司令部では否定することです。このまま乗せられては、我々は本当に横浜まで引きずり出されることになります。わざわざ記事で外国製戦術機を揃えた第92戦術機甲連隊が先陣を切ることになっているあたり、此度の謀略は国粋主義者の連中が糸を引いているはず!」
実際、石山聡大佐の言は正しかった。
旭日新聞社はもともと帝国陸軍の国粋主義的な幹部とのつながりが深く、今回も西部方面隊を嫌悪する国粋主義者が情報を提供し、記事を書かせていた。
第92戦術機甲連隊を最先鋒に“指定”したのも、彼らが米国製・ソ連製・欧州製・中国製戦術機を目の仇にしているからであり、望月作戦にかこつけて第92戦術機甲連隊を全滅させてしまえ、という意図があった。
「それなら」と作戦参謀の最首紫大佐は頷いた。
「参謀本部も、国防省も、内閣も一枚岩、というわけじゃないですからね。我々を断罪するのにみながみな賛成だったらこんな回りくどいことはしないわけで。大部分が黙認しているだけ、という状況ならうまく突き崩せるんじゃないですかね?」
「……」
西部方面司令部のスタッフたちの視線が、西部方面司令官に集まる。
「……」
昏い眼をした男は、口の端を歪めていた。
「いや。私はむしろこれに乗ってやろうと思う」
西部方面司令官の余裕に、ああ、と誰もが思った。
彼らは西部方面司令官の思考を一から十まで知り尽くしているわけではないが、概ね自身の上官が考えていることはわかった。
衆人環視の下、大暴れする。
しかも勝つつもりなのだろう。
「仙台が横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦と、望月作戦などという漸減作戦を公のものにしてくれたのだ。こちらも遠慮なく動こうではないか」
◇◆◇
「帝国勝利か滅亡か」
「必勝の信念では勝てぬ」
「勝利の鍵は一にも戦術機、二にも戦術機だ」
「もはや純国産戦術機、海外製戦術機を問うことなかれ」
その翌日、帝国日日新聞朝刊一面に上記のような見出しを有する国防解説記事が載った。
要は西部方面司令官が仙台の国粋主義者へ向けた回答であった。
貴様らが売った喧嘩は買ってやる、というわけだ。
帝国日日新聞社はどちらかといえば帝国海軍や航空宇宙軍と関係が深く、宇宙開発や戦術機関係の報道、解説に強いとされている。
第二次世界大戦においては海軍の肩をもつような記事を出したことでも有名であり、今回もまた西部方面司令官が海軍・航空宇宙軍関係者を巻き込んで出した依頼に基づき、上記の国防解説記事が出たのである。
内務省は中立を保っているのか、検閲で問題になることはなかった。
記事内容は立場によって賛否が分かれるところである。
要は関東決戦と旗印を揚げても勝敗を分けるのは戦術機であり、第92戦術機甲連隊をみれば分かるとおり国産戦術機の供給が間に合わぬ以上、海外製戦術機でも構わぬからとにかく戦術機の数を揃えよ、というものであった。
「なんなのだ、これは!」
帝国軍参謀本部――国粋主義者として知られている大伴忠範中佐は、朝刊を握りしめて吼えた。
「抑えろよ」
彼の同僚である土田大輔中佐は溜息を押し殺しながら言った。
彼は内心、辟易としている。まるで子どもの喧嘩だ。やられた向こうがやり返してきた、ただそれだけである。
「こんな記事が書かれるとは、世も末だ」
ようやく怒気を引っこめた大伴中佐に、土田大輔中佐はとりあえず同調した。
「ああ――この記事の向こう側にいる人間は目に見えてんな」
西部方面司令官だけではない。
帝国海軍や航空宇宙軍の人間の中には、予算を潤沢に使って陸上機の開発・改良と大規模配備を推進する陸軍を妬む者が少なからずいる。
土田大輔中佐からすれば海軍も航空宇宙軍も莫大な予算を獲得しているように思えるが、同時に人間は心から満足するということを知らないのだから仕方がない、とも思っていた。
加えて帝国軍参謀本部の航空宇宙軍幹部の中には「欧米相手にムキになってどうする」と国粋主義の幹部に対する陰口を叩いている者もいるし、海軍関係者はもとより米国・ソ連・統一中華戦線と協同作戦を採ることが多い。
また傍目から見れば、明星作戦の公表はともかく、帝国軍参謀本部の一部が練った望月作戦は西部方面隊を目の敵にした“いじめ”だ。
表向きは中立を保っていても、西部方面司令部に同情的な者は必ずいる。
「だが望月作戦の計画は政威大将軍閣下、内閣総理大臣の許可を得ている。いまさら覆ることはあるまい……」
大伴中佐はそう言って余裕を取り繕った。
しかしながらもう事態は、彼ら帝国軍参謀本部のコントロールを外れようとしていた。
国連太平洋方面第11軍司令部は当初から計画されていた明星作戦とは、別の“望月作戦”が連絡もなく浮上したことに不信感を抱き、また同軍所属のパウル・ラダビノッド准将は西部方面司令部と帝国軍参謀本部の双方を訪れた。
つまり、仙台と熊本の間で散った火花は、国際問題にまで引火しつつあったのである。
そして。
――こんな新聞記事が出るほど日本帝国では戦術機が不足しているのか?
海外戦術機メーカーの営業担当者たちは、派手に立ちのぼり始めた“煙”を見逃すほど愚かではなかった。
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■52.F-15AA(1)
■本話登場人物紹介
【氏家義教(うじいえ・よしのり)】
大尉。第92戦術機甲連隊第23中隊長。コールサインはプリズナー1。
初登場は31話。問題を抱えた第23中隊をまとめあげるためか、戦場での言葉遣いは荒い。しかしながらTPOはわきまえるタイプであり、また部下、後輩衛士を助けることを躊躇しない人格者でもある。
F-14Nを以て氏家義教大尉と対峙した菅井麗奈中尉は、彼が操る殲撃八型の挙動から武家(斯衛軍)の剣技を連想した(35話)。
日本帝国に戦術機を売り込みたい勢力は、ごまんといる。
その筆頭はスウェーデン王国と大規模な戦術機開発部門を有するサーグ社である。
サーグ社はBETA大戦以前からジェット戦闘機ドラケンをはじめとする航空機メーカーとして名を馳せており、BETA地球襲来以降はダッスオー社と協力してJ-35ドラケンを、続けて第2世代戦術機としてJA-37ビゲンを開発した。
しかしながらJA-37ビゲンは、北欧諸国やオーストリア陸軍といった諸外国への輸出に成功したJ-35ドラケンとは異なり、スウェーデン陸軍でのみの採用に留まった。
その理由はJA-37がJ-35ドラケン以上に守勢作戦を重視した設計となったためだった。森林や山岳といった地形に身を隠した砲撃戦で敵を撃退する、という戦術に適するように設計されており、近距離砲撃戦・近接戦闘の連続となるハイヴ突入戦はまったく考慮されていない。
F-5、F-16シリーズの比ではない小型・軽量級戦術機として完成したために、平野部における光線級吶喊も苦手であった。光線級吶喊は本照射を避けるため、大型種を盾に光線級へ突進する必要があるが、その際には近接戦闘が生起しやすい。
ところが小兵のJA-37ビゲンでは、要撃級にさえ苦戦を強いられるのである。
また小型・軽量化を突き詰めたことで、継戦能力も“祖”であるF-5未満となってしまっていた。
補給用コンテナや補給拠点をあらかじめ数多く設置できる防衛戦ならば問題はないが、光線級の照射を掻いくぐった補給用コンテナに頼らざるをえない攻勢作戦では心もとない性能である。
自国にハイヴが存在せず、山地を活かして立ち回れるスウェーデン陸軍はともかく、ハイヴ突入戦や平野部での決戦に臨む可能性がある諸外国軍事組織からすれば、JA-37ビゲンよりもF-16やミラージュ2000、ADVトーネードの方が魅力的に映ったことであろう。
この反省を活かして、続く第3世代戦術機のJAS-39グリペンは完成した。
軽量機、防衛戦に特化というコンセプトはそのままに、肩部や膝部に固定型ブレードを、両主腕に展開式のカーボンブレードを備えて不足している近接戦闘能力を確保。
また第3世代の標準に至ったことで――つまりJA-37よりも優れたアビオニクスと機動力を有したことで、小柄であっても大型種との混戦に耐えうるまでのマルチロール戦術機にまで至ったのである。
そうなると次にスウェーデン政府、サーグ社が望むのは対外輸出。
しかしながら先の蓉都殲撃工業集団有限公司同様に、足がかりがなかった。
サーグ社は諸外国の次期主力戦術機選定作業に次々と手を挙げるも、やはりJA-37のイメージもあってか敬遠されがちであり、また第1世代戦術機を運用している外国軍は順当に第2世代戦術機、準第2世代戦術機の採用を決めることが多かった。
高度なアビオニクスを有するJAS-39は導入コストこそ第1・第2世代戦術機に劣らない破格の安さであるが、運用を継続する上でのランニングコストはかさんでしまう。“兄弟機”である不知火よりは安価だが、第2世代戦術機よりは高価。
故にすでに市場を席巻している強力なライバルたちに競り勝つには、コスト面だけではなく、費用対効果の“効果”の部分をよりアピールしなければならなかった。
――こんなにいい戦術機なのに。
サーグ社の関係者、アンナ・サミュエルソンは売りこみのために諸外国を飛び回り、そして徒労に終わるという2年間を経験し、すっかりしょげていた。
そんな折、彼女のもとに一報が入った。
「日本帝国は、深刻な戦術機不足に陥っているらしく、どんな戦術機でもいいから欲しいらしい」
そんなバカな、とアンナは最初こそ取り合わなかった。
なにせ日本帝国は第3世代という概念を確立し、世界で初めて第3世代戦術機実戦配備を成し遂げた国家である。
公然の秘密となっているがJAS-39は日本帝国からの第3世代技術供与を受けて誕生した戦術機であり、スウェーデン王国の一歩先を往く帝国ではすでに第3世代戦術機“不知火”が大量生産されていたはずだ。
「はあ!?」
ところが少し調べてみると、噂は事実らしいことがわかった。
日本帝国軍最精鋭といわれる92TSFRは欧州では博物館でも飾られていない英国製デファイアント攻撃機や、米国製第1世代戦術機F-8Eクルセーダー、また中国製の第1世代戦術機を運用している。
鉄原ハイヴ漸減作戦や離島部の攻防戦で活躍しながら不知火を与えられていないのは、明らかに不知火の供給が追いついていないからに違いなかった。
「すぐ帝国へ行きます!」
アンナ・サミュエルソンの申し出をサーグ社は快諾し、サーグ社の新たな営業活動を、スウェーデン政府は許可した。
◇◆◇
与り知らぬところで騒動に巻き込まれている第92戦術機甲連隊はといえば、政争の類とは切り離されて平穏そのものであった。
ただし業務量は確実に増えている。
「我々は夜明けに輝く明けの明星を待たず、絶望の闇を払う月光となろう」
西部方面司令部からの命令の下、正式に望月作戦に参加することが決まった第92戦術機甲連隊では、園田勢治少佐が隊員たちの前でそう訓示をしたが、帝国日日新聞の記事のとおり御託では勝てない。
第92戦術機甲連隊では整備兵はもちろんのこと、衛士以下全隊員が協力しての新戦術機の戦力化に注力することが決まった。
現時点での第92戦術機甲連隊の勢力は、以下のとおりである。
■ 第92戦術機甲連隊:作戦機数(81機/定数108機)
● 第11中隊:F-14N(12/12機)
● 第12中隊:FC-1(12/12機)
● 第13中隊:MiG-29SEK(12/12機)
(※稼働機数は5機)
● 第21中隊:一時解散中
● 第22中隊:F-8E(12/12機)
● 第23中隊:J-8(9/12機)
● 第31中隊:一時解散中
● 第32中隊:F-5FS(12/12機)
● 第33中隊:F-4UK(12/12機)
第92戦術機甲連隊本部では続けて以下のような方針を立てた。
○ 衛士・機体の補充が容易な第23中隊の定数を速やかに満たす。
○ 第13中隊のMiG-29SEKの稼働率向上を図る。
○ 第33中隊のF-4UKをA-10Cに更新するため、A-10Cの再整備を実施する。
「新規機体の取得は西部方面司令官の匙加減ひとつですからね……」
と戦術機整備担当幹部の久野平太大尉は会議の場でそう漏らしたが、東敬一大佐も甚だ同感であった。
西部方面司令官には気まぐれなところが多少ある(と東敬一大佐は思っている)。
光州作戦以前は特にそうで、久野平太大尉は振り回されっぱなしであった。
故に新規に導入される機体をアテにするよりも、まず手許にある予備機や非稼働機を計画的に戦力化していった方がよい、というのが整備畑の意見だった。
かくしてまずは第23中隊が装備する殲撃八型の非稼働機の再整備に移ろうとしたところで「待った」がかかった。
「もはや第1世代戦術機では、BETAに抗しえないのは自明の理」
第23中隊を取りまとめる氏家義教大尉が、東敬一大佐にそう直談判したのである。
「少なくともBETAとの近接戦闘が想定されうる近距離・中距離戦向けの戦術機は、準第2世代以上で揃えるべきです」
連隊長室に響く声に、東敬一大佐は是とも否とも言わず表情も変えずにただただ聞き手に回っていた。
(氏家大尉の言は、正しい)
今後、BETAが本格的に戦術を解するようになれば、第1世代戦術機で固めた中隊は早晩、手も足も出なくなるだろう。
実際に種子島防衛戦では殲撃八型から成る第23中隊だけが3機の被撃墜機を出していた。それだけではなく、第23中隊だけが要塞級と光線級から成る敵陣を抜けなかった。逆に戦死者が3名で済んだのは、第23中隊所属衛士の練度と氏家義教大尉の指揮能力の高さを証明している。
「不知火を、とは申しません。しかしながら死地へ赴く衛士に――その技量に足るだけの剣を渡せないのは痛恨の極み。陽炎、あるいはそれに比肩する戦術機の配備を陳情いたします」
東敬一大佐は、氏家義教大尉の気持ちがよくわかった。F-14Nが廻される以前、「不知火を」と西部方面司令官に直談判したこともあった――その代替として配備されたのはF-14Nノラキャットであったが。
が、新規機体の調達は、西部方面司令官頼りである。
東敬一大佐はここで何かを約束することはできない。
「それとも」
ところが東敬一大佐の沈黙をどう捉えたのか、氏家義教大尉の口調は険を帯びはじめた。
「第23中隊を“懲罰中隊”のままに据え置くおつもりか」
東敬一大佐は毅然とした態度を取り続けていたが、内心では溜息をついていた。
西部方面司令官は衛士を選り好みする。
北部方面隊や中国・四国方面に配属される予定だった衛士の引き抜きには積極的だったが、中部方面隊や東部方面隊からはほとんどしない。またどちらかといえば、本来ならば表舞台には出てこないはずの衛士を第92戦術機甲連隊に引っ張ってくるケースが多かった。
そうなると後ろめたい経歴を有する者もまわってくる。
第23中隊は
「氏家大尉。私は第23中隊を懲罰中隊だと思ったことはないし、全滅必至の作戦に投じた覚えもない。それは君がいちばんよくわかっているはずだ」
「ならば東大佐、どうか彼らに相応しい“剣”を」
氏家義教大尉の瞳がぎらりと光った。
「この連隊は自由闊達としていて、かつ精強です。ゆえにそれに相応しい得物が必要なのです。いつまでも
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■53.F-15AA(2)
■本話登場人物紹介
【水落美歩(みずおち・みほ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー2。
初登場は32話。頭に血が上りやすい性格で、本州の日本帝国本土防衛軍が帝都・大阪前面に防衛線を引き直したと聞いた際は、周囲をはばからずに激昂した(33話)。
【深川正貴(ふかがわ・まさき)】
少尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー12。
初登場は46話。
演習場に響き渡る気魄の篭もった叫び。
純白の装甲と競技用の模造刀を握った衛士たちは、互いに刃を交わし合う。
斯衛軍の衛士訓練課程に存在する装甲剣術・剣道を、暇さえあれば第23中隊の面々はやっていた。
「
と多くの者はこぼすのだが、実際のところ意味があることは理解している。
戦術機の操縦は操縦桿やペダルだけで行うわけではない。
むしろ一瞬の判断が生死を分かつ近接戦闘においては、反射と思考制御でいかに戦術機を操るかが最重要になる。
戦場では必要不可欠な連携戦術を鍛えることもそうだが、2本足で走って長刀を模した競技用刀剣を振り回すことは、確実に戦闘力の向上につながるのである。
(くそったれ――これで一本も取れねえのかよっ)
逆説的に言えば戦術機の技量が高い衛士は、装甲剣術にも長けている。
実際、氏家義教大尉に斬りかかった深川正貴少尉は、一太刀すら浴びせることができていない。
着隊同期にして僚機にあたる竹原晶大少尉とともに攻めかかっても、容易く攻撃を防がれてしまい、返し技でどちらかが即座に討ちとられ、1対1の状況に持ちこまれてしまうのだ。
深川正貴少尉も竹原晶大少尉も、衛士訓練学校を出たばかりの新人ではない。
両者とも中部方面隊所属の衛士だったが、深川正貴少尉は姫路を巡る戦闘の際に作戦中任務離脱の疑いをかけられ、また竹原晶大少尉は帝都防衛戦の折に上官に暴行を働いた、ということで軍法会議にかけられる直前に、西部方面司令部に拾われた身である。
「ありゃ
休憩時間中、巨漢の竹原晶大少尉はコーラをがぶ飲みしながらそう漏らした。
「イッセイリュウ? なんだそれ」
深川正貴少尉はおおかた剣術の名前だろう、とあたりをつけながら聞き返した。
彼もまた装甲
竹原晶大少尉は空になった缶をごみかごに投げ入れてから答えた。
「武家の剣術だってこと。煌武院に関係ある人が使うイメージかな……」
「じゃああいつも武家か。斯衛軍で何かやらかしたのかな」
「どうかな。武家連中は御家騒動とか、俺たち庶民には一生縁がないことで揉めるから」
成程、と深川正貴少尉は頷いた。
この第23中隊の衛士は軍規を乱したり、犯罪に手を染めたりした連中が多い。
副官づらをしている水落美歩中尉さえ、以前の部隊で野球賭博にかかわっていたそうで、大問題となったところで西部方面司令部に拾われたらしい。
が、氏家義教大尉はそういうタイプではない、と彼は思っていた。
言葉遣いは荒いものの、動作の端々に隠しきれぬ“品の良さ”がある。
故に疑問をずっと抱いていたのだが、御家騒動で武家、あるいは斯衛軍を追放された、ということであればまあ納得できた。
(ちょうどいい。一刀流だか一青流だか知らないが、盗ませてもらうぜ)
深川正貴少尉もまた空き缶をごみかごに放り投げると、装甲兜を被り直した。
敗残兵の休息など、必要最低限でいい。
神も仏もないこの世界で必要なのは“武”だけだ。
◇◆◇
八代基地にて東敬一大佐が健軍基地の西部方面司令部に新戦術機の配備を陳情している頃。
スウェーデン戦術機開発企業サーグ社のアンナ・サミュエルソンは、当局が用立てた再突入型往還機で空路、日本帝国鹿児島県種子町に降り立った。
スウェーデン政府が一企業のためにシャトルを準備した理由は、海路ではあまりにも時間がかかりすぎるためだ。
また同時に同国政府がJAS-39グリペンの輸出成約、その可能性に期待していたからであった。
冬の種子島に降り立った彼女を待っていたのは、日本語に長けた駐日スウェーデン大使館関係者である。
「お出迎えありがとうございます」
「こちらこそ空路、お疲れ様でした。私はグリーン・スヘーデルと申します。通訳はお任せください」
「お願いいたします」
「鹿児島港への足はすでに手配済みです。カーフェリーのようですが。まあ“マイカー”持ちの私にはちょうどいい。では参りましょう」
初老の大使館職員スヘーデルは車椅子を器用に操ると、その場でくるりと半回転し、アンナに背を向けた。
「あの」
「なんでしょう。マイカーというのは冗談です。公用車を待たせていますが」
首をひねって聞き返す彼に、アンナは問うた。
「海路で仙台へ伺うつもりだったのですが……」
ああ、とスヘーデルは笑った。
「仙台に行っても無駄ですよ」
「どういうことですか?」
「詳しくは船上でご説明いたしましょう。とにかく我々は仙台ではなく、火の国――熊本に向かわなければなりません」
JAS-39グリペンの売りこみのことだけを考えて世界中の出来事にアンテナを張っていたアンナ・サミュエルソンは、日本帝国の国内事情には詳しくなかった。
政府当局の全面的支援があるのだから、衛星通信も自由に使える。必要な情報はすべて後で送ってもらえばいい、という算段で素早く荷造りをしてサーグ本社を飛び出したものだから、日本帝国の国内情勢のリサーチはほとんどしていない。
いまある政治的知識といえば1000年以上の歴史をもつ都市が陥落し、東京を次なる首都に定めたものの、首都機能の一部はすでに仙台という都市に移転しつつあるということだけであった。
国防省も、仙台に移動している。
(だったら仙台に行くのが自然じゃない?)
アンナは釈然としない面持ちで白地に太陽を描いたフェリーに足を運んだ。
同時に日本帝国航空宇宙軍種子島基地に到着した戦術機部品や火器、その他の補給物資を満載したトラックもまた、フェリーに乗りこんでいく。
フェリーの名は『さんふらわあ・こばると』。
1997年に進水したばかりの民間船舶であり、100輌近いトラックを運ぶことが可能だった。
いまは西部方面司令部にチャーターされている。
「実は日本帝国では軍閥の対立が激化しているのですよ」
「ぐ、軍閥、ですか?」
船上でようやく落ち着いたアンナは、スヘーデルから切り出された話に驚いた。
「ええ。そして海外製戦術機を求めているのは、帝国軍参謀本部ではありません。熊本の日本帝国本土防衛軍西部方面司令部です」
「何のために……あっ」
アンナが考えついた答えは、あまりにも穏やかではなかった。
「外国製戦術機を揃えて中央政府と対決するため、ですか?」
「さすがにそれは飛躍しすぎですよ」
スヘーデルは「もはや純国産戦術機、海外製戦術機を問うことなかれ」という見出しが帝国日日新聞に載るまでのいきさつを説明した。
一般市民はともかく情報の裏取りもできる政府関係者ともなれば、アンナの訪日許可が下りてから種子島に到着するまでに、このあたりの事情を詳細にリサーチするのは容易い。
アンナも即座に日本帝国が抱える政治的事情を理解することができた。
「しかし西部方面司令部にグリペンを販売して、瑞日関係は悪化しないでしょうか」
「新規機体の導入は、内閣が逐一認可しています。結果が決まっている儀礼的なものにはなりますが、国防省内の装備調達会議も通っているはずですよ」
スヘーデルの言う通りだった。
少なくとも、これまではそうだった。
「シビリアンコントロールの下にある帝国軍参謀本部の国粋主義者たちの怒りは、我々ではなく西部方面司令部、あるいは帝国政府に向かうはずです」
「成程。むしろ遠慮していたら他のメーカーさんに先を越されちゃいますね」
「ええ。統一中華戦線の中華民国派はお荷物になっているミラージュ2000-5を西部方面隊に売り払う気です。F-16で知られる旧ゼネラルダイノミクス社の技術開発担当者が西部方面司令部に出入りしているという話もあります」
「よし、それではあとは司令官閣下に話を通すだけ、ですね!」
ふんす、とアンナ・サミュエルソンは気合を入れ直した。
◇◆◇
「御託はいい。サーグ社は60日以内に1個中隊分のJAS-39とその予備機を納入できるか」
気合を入れ直したはずのアンナ・サミュエルソンは、あまりの呆気なさにずっこけた。
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■54.F-15AA(3)あるいはアララトの枝。
「空飛ぶ重戦車、A-10C見参」
「瑞サーグ社、戦術機供給の協力を申し出」
「統一中華戦線、ミラージュ2000-5提供を提案」
「米ロックウィード・マーティン、日米戦術機共同開発へ意欲」
「米議会にてF/A-14ボムキャット輸出承認」
「熊本に結集、人類の剣」
その数日後、仙台の帝国軍参謀本部で装備調達会議が実施されていた。
といっても装備調達会議とは半ば儀式の名前でしかない。
集められた主要幹部たちは分かりきっている結果に意見する気にもならない。
さらに西部方面司令官が持ちこむ案件の数は多数すぎるため、この会議の場で噛みついても何の意味もない――時間を空費するだけである。
「茶番はやめていただきたい、西部方面司令官閣下ッ」
「大伴中佐、口を慎みたまえ。私を愚弄しても私は何も減りはしないが、貴重な時間は減っていく――国防装備調達本部長、案件【F-15A改良型の戦時緊急調達】のご説明をお願いいたします」
「はい。えー、案件【F-15A改良型の戦時緊急調達】につきまして、ですね。こちらは畏くも政威大将軍殿下がご認可あそばされております。加えて内閣もまた閣議にて調達を決定しております」
「いまさらF-15Aなどという鉄屑を購入してどうするというのだ!」
「それは貴官らがよくわかっているはずだが?」
「よ、よってですね。えー国防省装備調達本部といたしましては、案件【F-15A改良型の戦時緊急調達】に異論はございません」
「では議長、議決をお願いしたい――」
結局のところ戦術機調達という一面においては、何も変わっていない。
西部方面司令官は内閣に通じており、帝国軍参謀本部の頭越しに海外製戦術機の調達を閣議決定させてしまう。
閣議決定がなされれば文官がひしめく国防省装備調達本部は、
逆にこれに反旗を翻すことは、内閣と、閣議決定にいちいち口出しなどせずに追認する政威大将軍殿下に反旗を翻すのと同然、というわけだ。
そして輸入された鉄屑は西部方面隊へ廻される。
国粋主義者の大伴忠範中佐は歯噛みして悔しがった。
西部方面司令官と繋がっていた作戦参謀らの排除はうまくいき、彼を失脚させるための作戦計画を立てることには成功した。
が、調達関係は文官が絡むだけに難しい。
「では続いて案件【ミラージュ2000-5の戦時緊急輸入】につきまして――」
「では続いて案件【A-10C保守部品の戦時緊急調達】につきまして――」
「では続いて案件【JAS-39の戦時緊急調達】につきまして――」
「では続いて案件【MiG-29保守部品の戦時緊急調達】につきまして――」
国粋主義の参謀たちは憤怒の形相で、腹はどうであれ表面的には中立の立場をとっている将官たちは無表情で、ただ西部方面司令官が持ちこんだ案件がすべて議決されていくのを待っているような形になっていた。
(大伴ら国粋主義者以外の本音は、わからぬな)
議決の連続から成る会議を半ば聞き流している巌谷榮二中佐は、ちらと横目で他の参加者たちを見た。
西部方面司令官を嵌めるための望月作戦の立案にかかわった帝国軍参謀本部・作戦計画部長の永原新一郎少将や、部隊運用部長の宮北正則中将などは明らかに反・西部方面隊の立場のはずだ。
しかしながら彼らは表立って西部方面司令官を批判するようなことはしない。
(保身のため、だな)
思いを巡らせているうちに、装備調達会議は予定されていた最後の案件の議決を終えた。
やれやれ、と議長が会議の終了を告げようとしたとき、西部方面司令官が「あとひとつ」と挙手をした。
瞬間、議場がどよめいた。
「最後に畏くも政威大将軍殿下に未だご奏上申し上げていない重要案件がございます。予定されていた会議時間も未だ余っているわけでありますし、どうか忌憚なき意見をお聞かせいただきたい」
議長は上座の参謀総長にアイコンタクトを送った。
「よろしい。この場での案件追加提出を許可する。案件名称と内容を発表せよ」
「はい。それでは申し上げます。案件名は【軽量級火力支援戦術機の戦時緊急日米協同開発】です。こちらは帝国軍全体の数的優位、火力優位を確保するために94式不知火を補佐する火力支援戦術機を、F-16をベースに開発・配備する計画です」
誰もが、顔を見合わせた。
「日本帝国第3世代戦術機として実戦配備された不知火に続き“2番目”の国産第3世代実戦配備機になれば、と愚考しております」
◇◆◇
「JAS-39の輸出成約に!」
「祖国スウェーデンに」
「乾杯!」
アンナ・サミュエルソンと駐日スウェーデン大使館関係者のグリーン・スヘーデルは装備調達会議の結果を知らされたその日、健軍基地内に設けられた客室で祝杯を挙げた。
アンナが持ちこんでいた蒸留酒をショットグラスで飲み干す。
肴はないがJAS-39グリペンの契約成立だけで、アンナもスヘーデルも満足であった。
JAS-39グリペン、18機(中隊定数12機+6機)の輸出決定。
米国製戦術機F-15シリーズやF-16シリーズの輸出機数と比較すれば10分の1にもならない数である。
しかしながら0と1以降では話はまったく違う。
これを足掛かりにすれば、諸外国への輸出も弾みがつく。
勿論、良いことばかりではない。
60日以内にJAS-39グリペン18機を技術面の助言が行えるスタッフとともに、西部方面隊八代基地に送り届けなければならないことになっていた。
またスウェーデンとは異なる日本帝国の高温多湿環境でも、高い稼働率が維持できる改良型の開発も要請されている。
それでもアンナは持ち前の楽天性でなんとかなるだろう、と思っていた。
「スヘーデルさんのおかげでうまくいきましたよ~!」
「いやいや、私は何もしてません」
と、スヘーデルは謙遜したが、実際のところ彼女は本気でそう思っていた。
実は西部方面司令官に会うなり、スヘーデルは開口一番に英語で
「本日は後輩たちに新たな剣を引き渡すために参りました」
と啖呵を切ったのであった。
「80年代にJAS-39があれば、我々は国土を失うことはなかったでしょう」
「私が脚を失うこともなかったでしょう。当時の第1世代戦術機は、BETAに立ち向かうにはあまりにも貧弱だった。が、いまは違います」
「私は異国の傷痍衛士として、異国の後輩衛士たちにJAS-39を引き渡しに参りました。これは商談ではございません。否、といわれても八代基地に送りつける所存です」
スヘーデルは紳士然としながらも熱い思いを抱いて、この任に就いていたらしい。
西部方面司令官は興味がなさそうに「御託はいい」と受け流していたが、おそらくは心動かされるものもあったに違いない。
故にアンナはスヘーデルこそ功一番であると思っていた。
「ところで」
ショットグラスの注いだ酒を3杯ほど乾かし、酔いもまわってきたところでスヘーデルはアンナに聞いた。
「対日輸出されるJAS-39のタイプ名や愛称はどうなるんでしょうかね」
「あー。JAS-39AとかJAS-39Jじゃつまんないですよね。ただのグリペンっていうのもねー」
実際、サーグ社は枠に囚われない符号や愛称をつけることがある。
構想中のグリペンNG(New Generation)がその好例だ。
「今回の成約を成し遂げたアンナさんのご提案なら自由に通るのではないですかね」
うん、とアンナは頷いた。
「それじゃあースヘーデルさんがタイプ名を、私が愛称を考える。どうですか?」
「いいですね」
ふたりは4杯目のショットグラスを飲み干してから、考えついた案を口にした。
「JAS-39CB」
最初に切り出したのはスヘーデルである。
先行量産型のJAS-39AにもかかわらずCBとは常識外の符号の振り方だが、スヘーデルには並々ならぬ思いがあった。
「クロスとボーダーですよ」
「成程“越境”ということですね」
「ではアンナさんもそろそろJAS-39CB――最初の輸出機に相応しい愛称が考えついたのではないですか」
スヘーデルが振ると、アンナもまた恥じらいなく言った。
「アララトグリペン!」
「アララト、ですか」
アララトとは旧約聖書に登場するノアの箱舟が辿りついたとされる山のことだ。
唯一神は堕落と闘争を続ける人々に失望し、彼らを滅ぼすべく大洪水を引き起こした。
その折、ノアをはじめ選ばれた者だけがノアの箱舟で助かった。
が、神が地上を洗い流すために起こした大洪水が一瞬で終わるはずがない。
ノアの箱舟はアララト山に漂着して水が引くまで待つことになるのだが、箱舟の者たちすれば地表から水が引いたのかを直接確認する術がなかった。
そこでノアは烏や鳩を放つ。
そして鳩は枝を咥えて戻ってくる。
100日を超える大洪水は終わり、水は引いたことがわかったというわけだ。
「希望を咥えて帰ってきて欲しい、って願いをこめてます」
「いいですね。しかし烏や鳩では非力すぎる」
「ですからアララトグリペン」
アンナは笑った。
「アララト山の有翼獅子なんか、すごい強そうじゃないですか?」
確かに、とスヘーデルもまた笑った。
紺碧の海を越えたグリペンが、
帝国に広がる群青の空を越えて、
生命と希望とともに
常に基地へ戻ることを
祈るばかりである。
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■55.F-15AA(4)
■本話登場人物紹介
【平林雅弘(ひらばやし・まさひろ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第33中隊所属。コールサインはラビット2。
八代会戦前後では英国製F-4UKデファイアント攻撃機に搭乗したが、「これを使うことがあれば戦死は確実」と考えており、自機のことをあまり信用していなかった(22話)。
射撃の腕前はかなりのものらしく、光線級を容易く狙撃している(30話)。
黒煙と重金属雲、レーザークラウドによって濁った冬空の下――。
横浜ハイヴを発したBETA群約2万が、東京湾臨海部を北上。
突撃級を先頭として日本帝国本土防衛軍東部方面隊が構築した多摩川防衛線に殺到した。
巨大な廃墟の塊となった川崎駅前を駆け抜ける突撃級の群れ。
多摩川に面する無人となった川崎市幸町の住宅地を蹂躙していく。
その広大なる異形と廃墟の海の一角を、130mmロケット弾と155mm榴弾が突き崩した。
東京都品川区に展開した砲兵部隊の攻撃だ。すでにMLRSによって重金属雲が発生しており、光線級の照射威力は減衰している。そのためかなりの数の砲弾が生き残ったまま突撃級を打撃した。
(全然ダメだ――)
その様子を見た六郷土手要塞に布陣する74式戦車の戦車兵たちは、武者震いした。
BETAの規模に対してあまりにも砲火力が劣弱に過ぎる。
それもそのはず、日本帝国本土防衛軍東部方面隊は8月から常にBETA群と対峙してきた。
BETAの頭数を減らさなければ東関東・北関東が滅ぼされるかもしれないという強迫観念が、敵個体数の漸減を目的とした攻勢防御作戦を強い、横浜ハイヴから断続的に溢れ出すBETA群が複数回の陣地防衛戦を強いた。
加えて明星作戦が発案されるとともに、最前線に到着する155mmクラス以上の砲弾やロケット弾の弾量は明らかに減っていた。
これは勿論、砲弾を節約して蓄えておき、ハイヴ攻略作戦に必要な備蓄量を満たすためである。
「CPだ。敵攻勢は六郷土手に指向されている。各員の奮闘に期待する!」
BETAの死骸ですでに
その上に築かれた土手に布陣した74式戦車は105mmライフル砲を連射した。加えてリモート式20mmバルカン砲が火を噴き、突撃級の死骸を乗り越えて突進してくる要撃級、戦車級の群れを粉砕していく。
同時に最前線から約2km離れた雑色駅周辺に展開する重迫撃砲部隊が攻撃を開始し、六郷土手要塞前面に押し寄せる大型種を薙ぎ倒しにかかった。
その六郷土手要塞から少し離れた多摩川北岸では、日本帝国本土防衛軍東部方面隊第1師団第1戦術機甲連隊が擱座した突撃級を踏み越えてきた要撃級の群れに突撃破砕射撃を実施していた。
(要塞からの援護は期待できぬ)
中隊指揮官の沙霧尚也大尉は、砲撃支援要請と必要な座標を送信しながら、そう思った。
畏くも皇帝陛下と政威大将軍殿下がおわす帝都城、それを侵略者から阻むための多摩川防衛線は全線が要塞化されているわけではない。
その猶予も、資材もなかった。
故に帝国軍参謀本部は多摩川北岸の中でも“ポケット”のように突出している六郷土手に要塞を築き、その周囲を火制せんとした。
しかしながらいま押し寄せるBETAの規模は、想像をはるかに絶している。
六郷土手要塞の壕や地雷原といった防御施設のほとんどはBETAの死骸によって無力化され、要塞は自身を守るので精一杯。到底、周辺に火力支援を行えるような余裕はない。
多摩川、という天然の障害物も川底はBETAの死骸で埋まり、想像よりも容易に戦車級や要撃級を押し通してしまう。
「まずい――こちらマジシャン1! 旧練習馬場からBETAが渡河!」
「誰でもいい、助けてくれ! 敵は新蒲田に進出しつつあり! 繰り返す、新蒲田にBETAが進出しつつあり!」
「新蒲田のケンプファー隊は!?」
耳朶を打った叫びに沙霧大尉は網膜に投影された戦況図を確認する。
六郷土手要塞の“付け根”にあたる新蒲田が赤いマーカーに彩られていた。
対する青いマーカーは3つ――否、いま2つになった。
「沙霧大尉、俺たちが抜けて行きましょうか!?」
多摩川防衛線の弱点は、縦深がほとんどない点である。
ひとたび穴が空けば、戦術機が“火消し”に回らなければならない。
「否――」
が、沙霧大尉は複雑な思いで部下の進言を否定した。
「ケンプファー1!」
「ケンプファー4、もう大尉はダメだ――!」
「ケンプファー1!」
「……HQ、こちらケンプファー3ッ! もう俺らしか残ってねえ、後退の許可を!」
「ケンプファー3、HQ。後退は許可できない。現地点を死守せよ」
「馬鹿抜かせッ!」
ケンプファー3――94式不知火を操る黒野康修少尉は向かってくる要撃級を一刀の下に斬り捨て、緩旋回しながら後続の一撃を躱して主腕と副腕の突撃砲で、周囲の要撃級を制圧した。
防衛線の決壊から、BETAの濁流に呑まれるまではほんの一瞬の出来事だった。
瞬く間に8機中5機の不知火が撃破された。
そして先程、中隊長機が要撃級の一撃を食らって吹き飛ばされていった。
それを追っていった僚機を黒野康修少尉はなんとか援護しようとするが、押し寄せてきた要撃級の群れに阻まれる。
「曽野大尉、いま助けますッ!」
「ダメだ、ケンプファー4ッ! 濃野少尉! こっちに戻れ!」
ケンプファー4――濃野澪少尉機は要撃級の合間をすり抜け、斬り伏せ、その先に最悪の光景を見た。
拉げた胸部ユニットから血液と機械油を漏らす、無残な不知火の姿を。
そして周囲の戦車級たちは不知火の“中身”にまったく反応せず、こちらに向かってきている。
「あ、あ」
「ケンプファー4、固まってる場合じゃない……ッ……!」
一瞬の攻防。
長刀を保持する黒野康修少尉機の右主腕が、要撃級の前腕に吹き飛ばされ、廃墟に突き刺さった。
彼は速やかに左主腕で保持する機関砲で要撃級を絶命させたが、背後に新手が迫っていることに気づいて舌打ちした。
(ダメか――)
そう思った途端、死地に声が響いた。
「ラビット2、FOX2」
遅れて響き渡る警告音と、無数の砲声。
背後に迫っていた要撃級の群れが一瞬で掃討されたのを確認し、黒野康修少尉機は首を振った。
「米軍機――?」
そこにいたのは、両肩部に巨大な多銃身砲を備えた怪物であった。
「スイーパー3、こちらは92TSFR 33中隊“ファイアラビッツ”」
噴射地表面滑走で次々とウサギの耳ならぬ巨大なガトリング砲と、両主腕に2門の突撃砲を備えた戦術機が戦闘加入する。
「コールサインはラビット1。もちろん所属は
肩口に大砲を担いだピンクのウサギを描きこんだA-10Cは、獰猛に吼えた。
速射性能、威力ともに申し分ない36mmガトリング砲アヴェンジャーで、要撃級と戦車級の群れを掃討する。
12機から成る鋼鉄と劫火の横隊は、生体を挽肉にする徹甲弾の壁を生み出し、そのまま多摩川まで押し戻してしまった。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第33中隊がいま九州から遠く離れたこの東京にいる理由は、単純にF-4UKデファイアント攻撃機から乗り換えたA-10Cの実地戦闘訓練を行うためである。
要求を立て続けに行っている以上、ある程度は戦功を挙げておかなければならないという西部方面司令部の判断もあっただろう。
(こいつはいいや)
英国製デファイアント攻撃機から乗り換えた平林雅弘少尉は、即座にA-10Cが気に入った。
デファイアント攻撃機よりも火力は劣るが、装甲の軽量化等が図られているために機動性は撃震よりも遥かに上である。
(あとは突撃級の生体装甲を真正面からぶち破れる武器があればいいんだが)
◇◆◇
1998年12月29日。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地に、16機の戦術機が搬入されてきた。
「陽炎――じゃないな」
期待半分、落胆半分。
幌から現れたのはF-15イーグル。
しかしながらF-15CでもF-15Jでも、もちろんF-15Eでもなかった。
「ある意味、これF-4Jよりも始末悪くないですかね」
第92戦術機甲連隊・整備補給隊の整備兵、広森一城伍長はそうこぼしたが周囲の整備兵は彼を肘でこづいた。
「第2世代は第2世代だ」
――先行量産型F-15A。
イーグル系列の中ではハズレもハズレである。
F-15J陽炎にも劣らぬ雄姿であり、運動性能についていえば後期生産型のF-15Cよりもむしろ機敏である。
しかしながら問題は、連続稼働可能時間が短いことにある。その原因は第2世代戦術機の運動性能とエレクトロニクスの性能に、燃料電池やエンジン性能が追いついていなかったためだ。
「一応、型番はF-15
「でもF-15Cじゃないんですよね」
「……使ってみなきゃわかんねえな」
F-15Aは世界的にみれば“絶滅危惧種”である。
欠点があろうとも新世代戦術機を揃えたい米国はF-15Aを数百機生産した。
が、その後は改良を施したF-15Cの開発・生産が上手くいったため、F-15Aはそれ以上製造されることなく、完成していたF-15AのほとんどはF-15Cへグレードアップされていた。
F-15AAはF-15Cが開発完了する直前にF-15Aに対して、OSの改良や推進剤搭載量の増加が行われた小改良機であるらしく、この八代基地に来る前はモスボール保管、モスボール保管される前はカリフォルニア州兵にて運用されていたそうだ。
このF-15AAはこれまで殲撃八型を装備・運用してきた第23中隊に配備されることとなった。
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■56.多摩川の鉄砲タマちゃん!?(前)
(次回更新は2、3日後になります)
■本話登場人物紹介
【満田華(みつだ・はな)】
伍長。第92戦術機甲連隊本部・第1科所属。
元・衛士で大陸戦線を戦うも右腕と兄を失っている。巌谷榮二中佐や故・祭田美理大尉といった大陸帰りと知り合いであり、もしも負傷さえなければ現在は中尉か大尉の階級にいたことであろう。
八代会戦では東敬一大佐ら衛士畑出身の幹部とともに、連隊本部付機甲小隊として撃震を駆り、八代基地防衛に一役買った(31話)。
【五十嵐良則(いがらし・よしのり)】
大尉。第92戦術機甲連隊第33中隊長。コールサインはラビット1。
F-4UKデファイアント攻撃機の性能・機能を知悉しており、八代会戦では部下から戦死者を出さなかった。
F-15AAが第23中隊に配備される一方、JAS-39CBアララトグリペンは再結隊予定の第31中隊に廻されることとなった。
他中隊の装備更新にJAS-39CBアララトグリペンを充てなかったのは、壊滅した第31中隊をこれまで94式戦術歩行戦闘機不知火を駆ってきた熟練の衛士や、高等練習機吹雪しか操縦経験のない訓練学校を出たての新米衛士で再編するつもりだったからである。
そうなると最初から第31中隊には第3世代戦術機をつけてやった方がよいであろう、というのが東敬一大佐の判断であった。
「本日付で第92戦術機甲連隊に着隊いたしました、日本帝国陸軍大尉の八倉世理子であります」
「日本帝国陸軍大佐、第92戦術機甲連隊長の東敬一だ。よろしく頼む」
八倉世理子大尉は寸分の隙もない敬礼とともに、東敬一大佐に挨拶をした。
彼女は上級幹部教育課程を優れた成績でパスしており、陸軍大学校への入校さえ周囲に薦められた秀才である。
しかしながら彼女は衛士としての前線勤務を望み、本日晴れて日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊へ異動と相成ったのである。
この第92戦術機甲連隊でも期待を集める存在であり、着隊とともに第3大隊第1中隊“サイウン・トルネーダーズ”の中隊長に任命された。
(なんなのだ……)
ところが八倉世理子大尉の初仕事は、彼女がまったく予期していないものとなった。
着隊の時期があまりにも悪すぎた。
「すみません、八倉大尉。着任早々手伝っていただいてしまい」
「気にするな、伍長。……成程、確かに戦時でも季節の行事は大事にしなければな」
心から申し訳なさそうに謝罪しながらも満田華伍長は、水で満たした鍋をガスコンロにかけていた。
時節は12月31日。満田華伍長ら手隙の将兵たちは合成そばを茹で、年越しそばをこしらえようとしていた。
とはいえあまり凝ったものはできない。
合成乾麺そばを茹で、合成めんつゆとともに供する予定だった。
ちなみに隊員のほとんどはこれまで自然由来のそばしか食べたことがないため、興味半分、悲壮半分といった面持ちである。
八倉世理子大尉に任されたのは、ねぎを刻むことだった。
このねぎだけは東敬一大佐ら連隊本部が苦心の末、薬味として手に入れてきた天然ものである。
「天然ねぎ、というと高級な感じがするな。半年前まではただのねぎ、だったのに」
八倉世理子大尉は狭いキッチンでねぎをざくざくと切りはじめる。
ねぎを切ってくれ、と言われた先程までの衝撃はどこへやら。
来年はどうなるか、とつくづく思う。
(関東は落ちずとも、重金属で相当に汚染されるはずだ。来年は合成ねぎになるかもしれんな――)
だがこうして“季節もの”を再現できるだけ、まだマシかもしれない。
帝国本土が消え失せるようなことがあれば年越しそばどころか、日本文化の危機が訪れるであろう。
そうはさせぬ、と思いながら、ただ八倉世理子大尉はねぎを刻み続けた。
……。
「薬缶貸してくれ、薬缶!」
八代基地で年越しそばの準備が進んでいる頃、多摩川防衛線の“突出部”――六郷土手要塞のガンルームでも第92戦術機甲連隊第33中隊の衛士たちもまた年越しそばを作っていた。
しかしながらさすがに鍋を持ちこんでまで、年越しそばを作るほどの気合はない。
というわけでラビット9――草水虹華中尉が実家から送ってもらった24個の合成緑のたぬきと合成たまごで、即席合成年越しそばを作っていた。
要は、みなテーブルでお湯を注いでいた。
「天然緑のたぬきと味が全然違うわ」
平林雅弘少尉はまずい、とは言わなかった。
すべてはスープの問題であろう。
――ダシという概念がないしょう油を薄めた汁につかったそば。
それが、正直な感想だった。
しかしながら、まずいと言ってしまうのはわざわざ
「なーにが出征先は軍機だ! そばのひとつも送れん軍隊が戦争に勝てるか! 行き先を教えられんというならば、貴様らが送れ!(最初から担当者は出征先こそ教えられないが代わりに責任をもって送ると言っている)」
と国防省に怒鳴りこんだという草水虹華中尉のご家族に悪かろう。
が、当の草水虹華中尉は小柄な体躯をのけぞらせて、
「あーまず」
と身も蓋もない食レポをしていた。
「いや天然緑のたぬきってなんだよ……もとから合成みたいなもんだろ」
「いやこのエビとかどうみても天然じゃないだろ」
「戦車級みたいな色してんな」
「食事中にしていい会話じゃねえよ……」
束の間の休息。
他愛もない会話をしているところ、急にガンルームがノックされた。
「どーぞー」
五十嵐良則大尉はリラックスしたまま声を上げた。
衛士用のガンルームを使うのは同じ衛士だろうと思い、気安かったのだろう。
「休息中、失礼する」
途端に作業服姿の五十嵐良則大尉以下、誰もが座席から立ち上がった。
名前は知らないがプレスのきいた制服で、しかも陸軍中佐の階級章をつけている男が現れれば、一同そうもなろう。
誰、と思う前に参謀だろう、と思った。
その背後には眼鏡をかけた制服姿の男が立っている。
「私は帝国軍参謀本部の作戦参謀、陸軍中佐の土田大輔だ」
「私は日本帝国本土防衛軍第1戦術機甲連隊所属、陸軍大尉の沙霧尚也です」
第33中隊の衛士たちは慌てて名乗り返す。
彼らは両者が作り出す厳粛な雰囲気に呑まれつつあった。
が、五十嵐良則大尉は同時に胡散臭い空気を感じとり、両者が口を開く前に機先を制した。
「土田中佐殿、沙霧大尉。お見苦しいところ、申し訳ございません。ただいま部下に食事を摂らせているところです。もしよろしければ、ご一緒にお食事はいかがでしょうか」
沙霧大尉は眉間に皺を寄せたが、土田大輔中佐は破顔一笑した。
「成程、年越しそばか」
「はい、中佐殿」
「敬称はいらん。だが緑のたぬきはもらおうか」
土田大輔中佐は衛士の頭数と緑色のパッケージの数を確認してから、差し出されたそれをふたつ受け取り、ひとつを沙霧大尉に渡した。
「確かに戦時でも季節の行事は大事にしなければな」
そう言いつつも土田大輔中佐は内心、
(合成緑のたぬきってなんだよ……もとから合成みたいなもんじゃねえか)
とつぶやいていた。
自然、そこから食事をしながらの会話となった。
「実はだね。正式に帝国軍参謀本部から西部方面隊、東部方面隊に命令を下すことになっているのだが、どうだろう――3が日のうち、あるいは4日に第1戦術機甲連隊の選抜中隊と第92戦術機甲連隊の第33中隊で協同作戦をとってもらおうと思っているのだ」
切り出したのはやはり土田大輔中佐だった。
「はあ」
五十嵐良則大尉は言質を取られないような曖昧な返事をしながら、そらみろ、と思った。
望月作戦の発表から五十嵐良則大尉は、仙台をあまり信用していない。
この多摩川防衛線に派遣されたのも、敵地に飛びこむようなものだ、と考えていた。
「協同作戦の目標は、横浜ハイヴ周辺に現在展開中の光線級に対する攻撃だ」
「はあ」
「一昨日、第35師団が光線級吶喊を試みてある程度の成功を収めたのだが、横浜ハイヴ周辺にて有力なるBETA群に阻まれ、100体近い光線級が未だ生残しているのだ」
「それを叩け、というわけですか」
うむ、と土田大輔中佐は頷いた。
「第33中隊が装備・運用するA-10Cの火力は絶大なものがある。故に露払いをお願いしたい。先鋒を務める第33中隊が光線級の直掩集団を撃破。後続の第1戦術機甲連隊選抜中隊が、誘導弾を以て光線級を打撃するという算段だ」
「……」
「実は作戦計画自体はすでに帝国軍参謀本部の認可が下りている。ただ西部方面司令部から伝えられる前に、私の口から伝えた方が早いと思ってね。正式な命令を待っていては1月1日か2日になってしまうだろう」
「……」
「打ち合わせのために沙霧大尉も連れてきた」
「えー、中佐」
「では私は退席させていただく。衛士同士の方がよかろう」
そう言い切ると土田大輔中佐は素早くガンルームを出て行ってしまう。
いつの間にか合成緑のたぬきの汁の一滴まできちっと飲み干している。
五十嵐良則大尉は、しまったと思ったが取りつく島がない。
扉が閉まるとともに、第33中隊の衛士の声がハモった。
「(前衛と後衛)普通、逆じゃね?」
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■57.多摩川の鉄砲タマちゃん!?(中)
(逆の立場なら恨むだろうなあ)
土田大輔中佐はガンルームを背にしながらつくづくそう思っていた。
彼らは、運が悪すぎた。
外国製戦術機の活躍を許せぬ国粋主義の参謀たちが、うまいこと第92戦術機甲連隊の勢力を漸減できまいかと考えているときに、多摩川防衛線へ派遣されてきたこと。
第35師団の戦術機部隊が数多くの光線級を撃破しつつも、あと一歩のところで後退を余儀なくされてしまい、光線級の駆逐が中途半端に終わってしまったこと。
第92戦術機甲連隊に含むところはないが、新年を迎えるとともに一定の戦果を挙げたいと望んだ参謀総長ら軍高官の意思。
すべてがピタリと嵌まってしまったわけだ。
土田大輔中佐は国連や米国に嫌悪感を覚えているものの、西部方面司令部や第92戦術機甲連隊に敵意をもっているわけではない。
確かに西部方面司令部は横紙破りを繰り返している。
とはいえそれは多くの市民の救助に役立っており、彼らを批難する気にはなれなかった。
が、彼自身は一介の中佐だ。
庇いだてできるような立場にいるわけでもない。
彼に出来ることといえば、帝国軍参謀本部・東部方面司令部に
「92連隊を利用して第1師団に戦功を挙げさせては。第1師団・第1戦術機甲連隊の最精鋭を抽出して協同させてはいかがでしょうか。33中隊が壊滅して1連隊が戦果を挙げればよし、33中隊が血路を拓くことに成功しても1連隊との協同戦果となります」
と進言することぐらいだ。
作戦の裏目的である「第92戦術機甲連隊第33中隊を最先鋒に据えて減勢させる」を揺るがすことはできないが、第1戦術機甲連隊といえば日本帝国が誇る最精鋭。練度が並の戦術機部隊を後衛に充てるよりは、第33中隊の生存率は上がるであろう。
しかも真面目かつ清廉そのものという性格の沙霧尚也大尉ならば、仮に国粋主義の作戦参謀からA-10Cを見棄てるように圧力をかけられても、容易く跳ね除けてしまうに違いなかった。
それでも数機のA-10Cは墜ちるだろう。
(A-10Cは見るからに鈍重そうだしな)
土田大輔中佐も、発案者である国粋主義の作戦参謀らもそう思っていたからである。
第92戦術機甲連隊第33中隊は前衛を担うと決まった時点で、もう戦死者が出ることは確定している。
恨んでくれて構わんし、俺は謝らんぞ、と土田大輔中佐はつぶやいた。
(死んでくれ)
それが命令をする者の責務だと土田大輔中佐は思っている。
敵中に斬りこんで死ね、と言った者が、潔く憎まれなくてどうする。
命令を出すということはその責を受くことであり、誰かに指弾されても、遺族に罵られても言い訳だけは口にしてはいけない。
「合成緑のたぬきはうまかったがな」
合成緑のたぬきを見る度に、彼は第33中隊にまつわるこの一件を思い出すことになるだろう。
「……」
「いや、まずかったな……」
◇◆◇
(軍閥の対立ほど醜いものはない)
沙霧尚也大尉はといえば、そんな思いで第92戦術機甲連隊第33中隊の面々と接していた。
帝国軍人たるもの、帝国軍参謀本部からの命令には絶対に服従しなければならない。
それはなぜかといえば、帝国軍参謀本部を統べる参謀総長は畏くも政威大将軍殿下が直々にご任命あそばされた
つまり帝国軍参謀本部の命令をないがしろにすることは、政威大将軍殿下の御心をないがしろにすることに等しい。
しかしながら現実はどうか?
この次の作戦が第92戦術機甲連隊の減勢を謀ったものであることは明らかだ。
沙霧尚也大尉個人としては、海外勢力に媚を売り、国内での伸張を助ける西部方面司令部のやり方は好ましいものではない。
が、目の前の衛士たちが死んでいい理由にはならぬとも思っていた。
「ま、命令なら仕方がない――」
ところが第33中隊の中隊長、五十嵐良則大尉は飄々と言ってのけた。
彼からしてみればこの作戦は、合理的と理不尽の合間にあるギリギリのラインである。
確かに瞬間火力に優れるA-10Cを前衛に据えて光線級への血路を拓く、というのは作戦としては“アリ”だ。
加えて彼は、沙霧尚也大尉にひとつだけ依頼をした。
……。
1999年1月3日は、はらはらと雪が降っていた。
その雪中、24機の戦術機が起動する。
「ラビット。こちらCP、立沢だ。すべて手筈どおりにやってくれ」
「CP、こちらラビット1。了解した――連隊長からお年玉をもらうまでは死なん」
五十嵐良則大尉機をはじめ、A-10Cがセンサーアイを輝かせながら曇天を睨む。
天を衝くGAU-8アヴェンジャー。
加えて中衛のB小隊機、後衛のC小隊機は両主腕に突撃砲を携えている。
A-10の火力は、1機でF-4ファントム4機分の火力に匹敵するといわれているが、それが正しければいまこの狭い空間にF-4ファントム48機分の火力が存在していることになる。
「ランサーリーダー。こちらラビット1。こちらのタイミングでよろしいか」
「ラビット1。こちらランサーリーダー。……武運を祈る」
「それはこっちもだ――」
その10秒後、六郷土手要塞の土手から12の巨影が飛び出した。
一斉に手を振る稜線に潜む機械化装甲歩兵たちを背に、彼らは重力に曳かれて多摩川南岸に着地した。
途端に高性能CPUと人間の存在に惹かれたか、廃墟から数十体の小型種が姿を現す。
が、五十嵐良則大尉が直卒する前衛A小隊は突撃砲のバースト射撃で容易くこれを駆逐した。
「こいよ、バケモンどもッ!」
そして第92戦術機甲連隊第33中隊は旧川崎競輪場まで進出。
俯瞰すれば三角形――
目標は臨海部の工業地帯に潜む光線級の一団。
当該エリアは高架や運輸会社の支社、倉庫など背の高い建物が密集しており、多摩川北岸からの砲撃はほとんど意味をなさない。六郷土手要塞からは6000m、旧川崎競輪場からは約5500m離れているため、第33中隊はもっと前進しなければならないが、五十嵐良則大尉は焦らなかった。
「予想通りだ――6時方向、要撃級100、戦車級500ッ!」
まずは辺り一帯のBETAどもを誘い出し、掃討する。
A-10Cが布陣した旧川崎競輪場の南側に広がるのは、突撃級に蹂躙されてスタンドが崩れた旧川崎スタジアム、旧市民球場、そして背の低い建物が連なる市街地。
つまり射界が開けており、要撃級どもを迎え撃つにはちょうどいい。
GAU-8アヴェンジャーが高速回転する。
途端に、要撃級が木造住宅とともに虚空へ粉々になって吹き飛んだ。
4階建てのマンションの外壁を這い下る戦車級の群れが、外壁ごと貫かれて体液をぶちまける。
(この局面で怖いのは突撃級だけっ!)
後衛C小隊長の草水虹華中尉はそう言い聞かせて芽生えようとする恐怖心を踏み潰し、戦況図を見定めていた。
彼女の機体は第92戦術機甲連隊第33中隊本部が放った小型無人偵察機と連接しており、周辺の監視にあたっている。
ここまでは作戦通り。
光線級が潜む臨海部方面からも次々と大型種が北上してくる。
そして圧倒的物量を誇るBETA群の突撃は、第33中隊の圧倒的火力によって破砕されていった。
「ラビット1。こちらCPだ。旧県道101号線まで進出せよ」
「了解。ラビット1より各、旧101号まで前進する。続け!」
怪獣映画さながらの光景。
A-10Cの戦陣は主脚歩行でBETAの死骸を踏み潰し、体液の池を踏み越えながら、前進を開始する。
この間も射撃は継続している。
時速20kmで歩きながら周囲を破壊して進む鋼鉄の巨兵。
立ち向かう生身の要撃級、戦車級たちは一指も触れることができないまま惨たらしく破壊されていく。
「こちらラビット1。旧追分交差点を確保。繰り返す旧追分交差点を確保」
第33中隊は容易く旧県道101号線と旧富士見鶴見線が交わる旧追分交差点に進出。
この交差点は六郷土手要塞から2000m離れた地点であり、先日光線級吶喊を試みた第35師団が残していった補給コンテナが散在しており、何機かは突撃砲用の機関砲弾を補給することができた。
この旧追分交差点でも第33中隊は立ち止まり、向かってくるBETA群を撃退して個体数の漸減に努める。
その後、第33中隊はさらに前進し、開業予定であった旧小田栄駅前まで到達――臨海部から要撃級や戦車級を引き剥がし続けた。
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■58.多摩川の鉄砲タマちゃん!?(後)
放置車両を踏み潰し、襲いかかるBETAを廃墟とともに粉々にしていく鋼鉄の怪物。
旧市街地に残っていた可燃物に曳光弾が引火したのか、火柱が噴き上がる。
燃え盛る火焔に、粉雪は一瞬で雨水に還った。
旧小田栄駅前から血肉と煤煙で汚れた廃墟を縫って前進する第33中隊は、横浜ハイヴのメインシャフトから数kmの鶴見川東岸にまで至る。
攻撃目標エリアまではあと約2.5km――戦術機の機動性と携行する突撃砲の射程を考えれば、もう目と鼻の先だといえた。
「お、始まったな」
その光線級が存在すると目される臨海工業地帯に対して、MLRSによる長距離火力投射が実施された。
瞬く間に高架や高層建築物の合間から破壊光線が伸びはじめ、227mmロケット弾のほとんどは虚空で燃え尽きた。
が、それが狙いだった。
光線級の本照射と排熱によって生じた水蒸気と周囲の膨大な熱量は、あまりにも目立ち過ぎる。
「ラビット1、こちらCP。光線級現在地の特定は完了した。ランサーが合流する」
第33中隊が血路を切り拓いた六郷土手要塞から鶴見川東岸までの距離はわずか4km。
「ラビット1。こちらランサー1。あとは任せよ」
しかしながらこの距離を多目的誘導弾を装備した12機の不知火が、戦闘を経ずに前進できた意味は非常に大きい。
噴射地表面滑走――1機あたり32発の92式多目的誘導弾を備えた鈍色の不知火が、次々と第33中隊が築いた火力と屍体の防壁の後背に着地する。
沙霧尚也大尉機はすでに光線級の位置を受信していた。
(想像以上に光線級の直掩個体は少ない――!)
やれる、という確信とともに第1戦術機甲連隊選抜中隊は地を蹴り、南南西の工業地帯へ突撃を仕掛けた。
「さて、こっちももう一仕事かな」
翔ける不知火の背を見送り、五十嵐良則大尉は小さく呟いた。
彼、彼らの任務は未だ終わっていない。
沙霧尚也大尉ら不知火の退路を確保するのもまた第33中隊の任務であり、むしろ六郷土手要塞からここまで進出するよりも、これからの方が厳しい戦いを強いられると覚悟をしていた。
実際、そうなった。
「来ます」
小型無人偵察機からリアルタイムで映像を受信していた後衛C小隊長の草水虹華中尉は、緊張とともに報告する。
「
甲22号目標横浜ハイヴはフェイズ2。大陸のそれに比較すれば未だ小規模ではあるが、それでも発達した横坑と複数の門、そして万単位のBETAを抱えている。
メインシャフトから数kmの位置で暴れ回っていれば、敵増援との交戦は当然考えてしかるべき事象であった。
第1戦術機甲連隊選抜中隊が光線級直掩個体を抜き、誘導弾を発射して戻ってくるまでの数分間――第33中隊はこの増援と対峙し、押し留めなくてはならない。
N4ゲートから湧き出した異形の群れ。
そこから数十体の突撃級が突出する。
「こちらラビット1。分隊単位で
「了解!」
旋回能力の低い突撃級は、装軌車輌や歩兵部隊はともかく戦術機の脅威にはなりえない。
故に不知火の退路を守る、という意味では無理して撃破する必要はない。
五十嵐良則大尉は突撃級を真正面から射撃して擱座を狙うというハイリスク・ハイリターンの選択肢を棄て、戦陣を解いて戦闘突撃を回避することを選んだ。
けばけばしい黄緑の奔流。
その“合間”に鈍色の巨兵たちは、身を滑りこませていく。
(生きた心地がしねえ――!)
平林雅弘少尉は最先頭の突撃級を短噴射で躱し、2体目の突撃級を上方への跳躍で躱す。
着地した先にも突撃級。これもまた横っ飛びのステップで躱した。
鶴見川によって突撃級の速度が鈍っていることもあるが、A-10CはA-10Aとは異なる第2世代戦術機相当の機体――腕に覚えのある第33中隊の衛士たちは自機の反応の良さと機動性に助けられつつ、突撃級の群れを捌いた。
そして今度は要撃級の群れに直面する。
「A小隊、再集合ッ」
前衛A小隊が再び戦陣を組み、迫る白濁の海に向けて36mmガトリング砲の掃射を浴びせる。
砲弾に衝突して弾ける血肉の波濤。
だがBETAの増援は“海”だ。砕けても砕けても、BETAの波は押し寄せる。
A小隊機のGAU-8アヴェンジャーが弾切れを起こすのが先か、要撃級が死に絶えるのが先か。
「ラビット1、こちらラビット2。アウト・アヴェンジャー!」
平林雅弘少尉の網膜に投影される兵装ステータス、その肩部主兵装が赤く明滅する。
それは自機の肩部弾倉が空になったことを示していた。
が、平林雅弘少尉は慌てることなく、右手で緊急排除レバーを引く。
「こちらラビット1。ラビット・アルファは全機、近接戦闘!」
「了解!」
GAU-8の砲弾払底など、予想済みの事象に過ぎぬ。
前衛小隊機は肩部弾倉と肩部装甲の一部を切り離す。と同時に中距離砲撃戦に特化しているはずのA-10Cは、沙霧尚也大尉らから借り受けた近接戦用長刀と突撃砲を構え直し、大鎧を纏った武者と化した。
「デファイアントじゃできなかった芸当だ」
五十嵐良則大尉はにやりと笑いながら、要撃級の突撃を受け止めにかかる。
――A-10の機動性は低い。
――見るからに鈍重そうな機体。
――敵地に出せば数機の被撃墜機は出るであろう。
笑止。
そこからは紙一重の攻防。
前述のとおり、A-10CはA-10Aよりも軽量化が為されており、巨大な肩部弾倉を排除してしまえばむしろF-4系列よりも機敏に動ける。もともと背部兵装担架もなければ、ガンマウントを稼働させるためのサイドアーム自体とその機構もなく、その分だけ軽いのは自明の理。
故に前衛小隊機は要撃級の衝角を躱し、反撃の一撃を食らわせ、集る戦車級をキャニスター弾で吹き飛ばし、それでも襲いかかってくる個体を文字通り鎧袖一触で破壊する。
粉々になった戦車級の死骸が、後続の戦車級たちに降り注いだ。
ハード・ソフトともに改修が施されて機動性が向上したことで、むしろ全身に凶器を備えたA-10Cは、密集近接戦闘に適した機体に様変わりしていた。
脚部から胸部装甲にまで格納されている爆圧式の鋼槍――ジャベリンは、機関砲弾の雨をくぐり抜けた戦車級を貫いて組みつくことを許さなかった。
そして未だ残弾に余裕のある36mmガトリング砲と、両主腕に突撃砲を携えたB小隊、C小隊は周囲の要撃級、戦車級の群れを薙ぎ倒し続けた。
そして何事にも、終わりはやってくる。
「こちらランサー1」
青いセンサーアイが、閃いた。
途端に吹き抜ける新たな砲弾の突風。
第33中隊A小隊に食らいつく要撃級の集団に、横合いから4機の不知火が斬りこみをかけ、瞬く間にこれを斬殺してしまった。
「ランサー1、こちらラビット1。仕事は終わったか」
「無論――退くぞ」
沙霧尚也大尉機は74式近接戦闘長刀を振るい、刀身に纏わりつく血肉を一瞬で払った。
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■59.JAS-39CB アララトグリペン(1)
■本話登場人物紹介
【黒月陣風(くろつき・じんぷう)】
日本帝国斯衛軍少将。同軍大宰府基地・大宰権帥。家格は“赤”。
カイゼル髭と燃え上がるような赤の戦装束がトレードマーク。豪胆な性格であり、斯衛軍の伝統として瑞鶴を駆り、最前線に立つことも多い(25話)。
【園田勢治(そのだ・せいじ)】
少佐。第92戦術機甲連隊本部第3科・作戦担当幹部。
第92戦術機甲連隊の戦術レベルの作戦は、彼が中心となって練られている。
前線指揮能力も高く、決断力もある。ウイングマークを擁しており、八代会戦の折にはF-4EJ改を駆って八代基地の防衛に就いた。
1999年1月3日に実施された日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊と第1戦術機甲連隊による光線級駆逐作戦は、撃破推定個体数約2000、損害なしという戦果を挙げた。
作戦自体がさしたる規模ではなかったため、彼我の戦略的状況を劇的に変えるまでには至らない。
しかし一時的に横浜ハイヴ周辺における光線級の個体密度が極端に低下したことで、砲兵火力が通りやすくなったため、BETAの間引きを目的とする作戦がより効率的に実施できるようになった。
「土田中佐の献策どおりにしてよかったよ」
第92戦術機甲連隊の減勢を図るという目的を達せられなかった国粋主義の作戦参謀たちは内心、期待外れであったに違いない。
ただし第1戦術機甲連隊を作戦に絡ませていたおかげで、最低限の面子は保たれた。
国産戦術歩行戦闘機の不知火から成る1連隊と、海外産戦術歩行攻撃機A-10Cの92連隊による共同作戦として報道発表がなされる予定であり、戦功を92連隊に独占されるという最悪の事態だけは避けることができた。
実は当初、大伴中佐らは92連隊が参加した事実を伏せてしまおうとしたが、それはブレーキ役になりつつある土田中佐がとめた。
(んなことをしてみろよ、沙霧が黙ってねえだろ)
清廉潔白を地でゆく沙霧大尉が真相を洩らす可能性は十分にあったし、軍閥対立によって生じる記事のタネに味をしめつつある報道関係者がこれをすっぱ抜けば大変なことになる。
故に土田中佐は報道発表から第92戦術機甲連隊第33中隊の存在を取り除くことはしたくなかったし、合成緑のたぬきを馳走になったことと、彼らが挙げた戦果を思えば、心情的にその功を無碍にしたくもなかった。
一方、旗色を明らかにしていない参謀たちは驚き半分、喜び半分といった面持ちであった。
戦術機甲科の非出身者であってもA-10攻撃機について一通りの評判は聞いているので、まさか第33中隊の損害がゼロに留まるとは思ってもみなかったのである。
また年始から帝都前面での攻撃的な防御作戦がうまくいったことを喜んだ。
幸先が良い、というわけである。
日本帝国本土防衛軍西部方面司令部は、といえば、A-10C攻撃機の整備と横浜ハイヴ漸減作戦“望月作戦”の準備を名目に、第92戦術機甲連隊第33中隊の引き揚げを命じた。
望月作戦の発動は、5月上旬が予定されている。
◇◆◇
「大変なことになりましたなあ」
日本帝国斯衛軍
例のごとく彼らが口にしているのは、合成丸餅でできた雑煮であった。
当局は国防省をはじめ関係省庁を総動員、民間企業と協力して、合成おせち料理のレシピを研究していたようだったが、試作過程で満足のいくレベルのものがなかなかできず、正月には結局間に合わなかったらしい。
黒月陣風少将はやはりうま味という概念の乏しい汁を吸った餅を食べ終えてから、
「望月作戦は5月上旬、でしたかな」
と確認した。
「はい」
東敬一大佐ら幹部たちは、頷くほかない。
現在のスケジュールでは5月上旬に西部方面隊が主体となる横浜ハイヴ漸減作戦・望月作戦を発動し、徹底的に同ハイヴが収容するBETAを狩ることになっていた。
そして5月下旬には横浜ハイヴ攻略作戦“明星作戦”を発動する予定である。
5月下旬の明星作戦の発動を予定している理由は、梅雨入りを嫌ったからだろう。
日本帝国航空宇宙軍および国連宇宙総軍の軍事衛星は悪天候下でも問題なくその能力を発揮するが、それでも雨雲がないに越したことはない。また長雨によって災害が誘発され、兵站に負担がかかる恐れもあった。
またもたもたしておれば横浜ハイヴの規模がフェイズ2からフェイズ3に移行し、攻略がより困難になってしまう。
黒月陣風少将が大変なことに、と言ったのは望月作戦自体に対してではない。
帝国軍参謀本部が立案した現時点での作戦計画は次のとおりである。
まず日本帝国航空宇宙軍が衛星軌道上から偵察を実施。
続けて日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が多摩川防衛線から横浜ハイヴ方面へ攻撃を開始。地表の巡回個体を撃破して、メインシャフト北方のゲート周辺を占領する。
その後、ゲートから出現するであろうBETAの第一次増援、第二次増援を待ち、これを殲滅。これを以て横浜ハイヴ内に収容されているBETAの過半数を無力化する。
つまり望月作戦は実質的に日本帝国本土防衛軍西部方面隊一手で担う、ということになっていた。
航空宇宙軍による軌道爆撃も、帝国海軍の巡航ミサイルによる長距離火力投射もない。
国連太平洋方面第11軍や大東亜連合軍もこの望月作戦には参戦しないことになっていた。
確かに方面軍単位が漸減作戦をやるのだから、特別な支援は必要ないという考え方もあろう。
が、西部方面隊は望月作戦だけ考えていればいいわけではない。
九州地方の防衛も引き続き任されており、94式戦術歩行戦闘機不知火を備えた精鋭戦術機甲師団である第4師団・第8師団は動かせない。
戦車部隊や砲兵部隊から関東へ割ける部隊も限られている。
にもかかわらず航空宇宙軍の軌道爆撃や帝国海軍連合艦隊の火力支援、帝国斯衛軍の戦術機甲部隊、国連太平洋方面第11軍と大東亜連合軍の増援は、すべて明星作戦に廻されることになっていた。
前述のとおり国連太平洋方面第11軍司令部は、望月作戦の存在自体と使用兵力について疑義を差し挟んでいるが、帝国軍参謀本部は
「国土防衛を目的とした軍事作戦については干渉されない、というのが原則のはず」
と突っぱねている。
望月作戦に国連太平洋方面第11軍が参戦することは帝国に対する介入であり、先のとおり国連太平洋方面第11軍は、安保理が承認したハイヴ攻略作戦である明星作戦に参戦されたし、というのが帝国軍参謀本部の主張であった。
が、これでは第92戦術機甲連隊は全滅必至ではないか。
「せめて斯衛軍だけでも望月作戦に参戦できぬか、と城内省には申し伝えたが……」
黒月陣風少将は
帝国軍参謀本部はいわずもがな。先の大戦で被った汚名を返上せんと息巻く城内省は、斯衛軍を明星作戦の最先鋒とすることを熱望している。
斯衛軍の望月作戦参陣は、絶望的といってもよかった。
「しかしわれわれ大宰府警備隊は、貴隊に与力すると決めた」
「なんですと」
今度は東敬一大佐たちが驚く番であった。
冷静になっていただきたい、と園田勢治少佐が口を挟んだ。
「閣下の御心は嬉しい限りです。しかしながら城内省がそれをお許しになるとは、私には思えません。また大宰府は歴史ある要衝の地。その防衛の任を軽々しくお棄てになってはなりません」
ところが黒月陣風少将は呵呵大笑してみせた。
「我らがお仕え申し奉るは、畏くもこの日の本におわす皇帝陛下と政威大将軍殿下のほかにおらぬ! かの御方からお許しを賜り奉れば、城内省が何事か口を相挟んでも無関係であることよ!」
「……」
「大宰府の名など、もはや有名無実。日ノ本が滅びて大宰府が残っても何の意味もなかろう。……まあ横浜へ下るための路銀は、西部方面司令部に用立ててもらうとするがな」
「閣下……」
東敬一大佐は、低く頭を下げた。
大宰府警備隊の陣容は1個戦術機甲中隊と平時は礼砲を専らとする58式105mm榴弾砲24門から成る砲兵部隊にすぎない。
が、それでも心強い援兵であった。
◇◆◇
幾ら作戦計画を秘匿していても、人の口には戸は立てられぬ。
加えて悪事万里を走る、という諺もあろう。
故に望月作戦と明星作戦は奇妙な展開をみせていく。
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■60.JAS-39CB アララトグリペン(2)
◇◆◇
次話更新は2、3日後となります。
また望月作戦の終了までタグに現在の92連隊の運用機体を列挙しようか検討しています。
◇◆◇
「東欧州社会主義同盟・ポーランド陸軍海外兵站部のルドルフ・タンスキーだ」
1999年1月、東欧州社会主義同盟から後方支援を専門とするスタッフと、MiG-29SEKのための部品が送られてきた。
責任者はルドルフ・タンスキー少佐。
母国語、英語、独語、そして日本語に通じた偉丈夫で、今回は自ら志願して第92戦術機甲連隊に対する支援任務に就いたのだという。
ただし彼自身は技術者ではない――ポーランド統一労働者党に籍をおく政治将校である。
MiG-29SEK稼働率向上作業の中心となるのは、ザルツィワ・アッシュ中尉以下の整備兵であった。
「地球の裏側からありがとうございます。本当に手を焼いてまして」
頭を下げる戦術機整備担当幹部の久野平太大尉に、ルドルフ・タンスキー少佐はにやりと笑った。
「だろう? 我々もこの鉄屑には困っている。“シベリア”はMiG-29系列に見切りをつけている。東独がせっついてくれてはいるが。連中のザマをみれば、今後のアップグレードがどうなるかわかったものじゃない。ウチではコイツをNATO規格に強化改修するか、F-16Cに置換するかという話になっている」
「“シベリア”のご批判とは、大胆ですね」
「武力で他国を従えた連中が、その武力を失えばあとには何も残らん。それに礼を言われる筋合いはない。俺たちも日本のやり方や海外製戦術機の中身を盗みに来たわけだからな。無論“見て”だが」
ルドルフ・タンスキー少佐が申し出たのはMiG-29SEKの稼働率向上作業だけではなく、他機種整備作業の手伝いもやらせてほしい、ということであった。
これについては久野平太大尉も即答できず、上へ伺いを立てることになったが、実のところ同様の申し出はかなり多い。
日米安保条約破棄以前は米海軍関係者が出入りすることは少なくなかった。
現在はスウェーデン王国サーグ社の人間がJAS-39CBの整備・運用方法のレクチャーのために八代基地に留まっており、同時にスウェーデン陸軍関係者がJAS-39CBの搬入作業にかこつけて基地内を見て回っている。
また噂では西部方面司令部に対し、
夏露の内心は海外製戦術機の機構はどのようなものか知りたい、という打算が半分。
そして統一中華戦線・中国共産党の“威信”FC-1を最大限サポートしたいという思いが半分、といったところか。
単純に整備兵の頭数が増えることは、第92戦術機甲連隊整備補給隊としては願ってもない話だが、機密・技術漏洩の可能性や第92戦術機甲連隊に戦術機を提供しているメーカー側が他国軍出向者をどう思うかなど、問題は多い。
いずれにしても久野平太大尉が判断できることではなく、彼はすぐに目前の問題――A-10Cの修理準備にとりかかった。
多摩川防衛線に派遣された第33中隊のA-10Cは全機分解整備に出し、3月末には帰隊となることが決定している。
分解整備先は、鹿児島県川内市にある大空寺グループ・大空寺重工川内工場である。
大空寺重工はA-10攻撃機を開発・製造したフェアチャイルド社と提携しており、在韓米軍が運用していたA-10Cの保守作業を請け負っていた時期があるため、第33中隊機の大規模整備作業にはうってつけであった。
手隙となる第33中隊の衛士たちは連隊本部の幹部とともにA-10Cの運用方法の研究や、問題点の洗い出しを行うことになった。
衛士からのA-10Cに対する評価は概ね良好であったが、共通して問題視された面が1点だけあった。
「デファイアントは突撃級を真正面から確実に撃破できたが、A-10Cはそれができない」
中隊長の五十嵐良則大尉でさえ、突撃級の正面生体装甲を破れる火力を欲した。
はっきり言って、今回の作戦で被撃墜機が出なかったのは奇跡だといえた。
河川の存在とA-10Cの機動性を念頭においても、再び突撃級の攻撃を全機が回避できるとは思えない。
「真正面から突撃級の殻を撃ち抜ける、といえば欧州の大口径支援砲しかない……」
報告を受けた幹部たちは唸った。
突撃砲に備えられた120mm弾でも撃破は可能だが、弾倉には6発しか装填できない。加えてA-10Cは通常の戦術機とは異なり副腕がないため、マガジン交換は主腕を使うしかないのだが、そうなると突撃砲の両腕保持は諦めることになる。
対要撃級、戦車級には36mmガトリング砲で事足りるのだから、今度は突撃級や要塞級を念頭においた、より装弾数の多い大口径中隊支援砲を求めるのは当然だといえた。
「と、お困りだという噂を聞きましてね」
その数日後、“大空寺重工営業部 特命商品アドバイザー 西人志”の名刺を持った男が第92戦術機甲連隊本部を訪ねてきた。
「やっぱり真正面から突撃級を撃破したいなあっと思いますよね?
私も大陸派遣軍にいたころですねえ、あの装甲に悩まされました。
突撃級の正面装甲って120mm砲で撃っても弾かれたりするんですよねえ~。
そこできょうはこちら!
じゃじゃあーん!
大空じるし“つらぬく! 203mmれんたくん!”です。
(大空寺重工製203mm大口径連隊支援砲)
こちらのVTR、ご覧ください。
この要塞級の外殻。
分厚いですよねえー36mm弾で撃っても……。
あら、まったく、効き目がないっ。
そこで203mmれんたくんならほーら簡単。
いいですか、ご注目。いきますよ?
ほらこんなにぽっかり穴が空いちゃいましたあー!
はい、続けて突撃級の外殻。
瞬き禁止でご覧ください。いきますよ?
ほらこのとおり!
突撃級の高速突撃、衛士のみなさんは慌てちゃいますけど、203mmれんたくんならあのデッカい体に向けて引き金を引くだけ!
それだけで重金属入り
「……西部方面司令部の方にあたっていただければ、と思います」
大空寺重工は国防省と取引のある国内企業としては変わり種だ。
機械化歩兵装甲など堅実な装備品もある一方で、
試製近接戦闘用
試製近接戦闘用
試製有線型遠隔無人攻撃機
米国製高出力化学レーザー改修型JAL-1“メガワットン”
試製180mm自動擲弾砲“玉屋”
など一風変わった兵器を開発していることでも有名である。
新機軸、大口径、大威力――浪漫ともいうべき代物ばかりだが、いかんせん採用されることは少ない。
◇◆◇
「
前述のとおり、JAS-39CBを装備する第31中隊は第3世代戦術機不知火に慣れ親しんだ衛士か、実機訓練を吹雪で終えた新人衛士で編成することとなっているが、そこで第92戦術機甲連隊関係者を困惑させる出来事が起きていた。
94式不知火を駆ってきた熟練・中堅衛士はともかく、訓練を修了したばかりの新人たちは、鉄屑と渾名されてきた
「父っちゃー! 92連隊さ配属になった!」
新品少尉たちはやる気満々であり、サイウン4――比氣恵名少尉は公衆電話で東北の実家に嬉々として連絡を入れたほどであった。
対照的に複数回の実戦経験がある少尉や、小隊長を務める中尉らの表情は厳しい。
その理由は第92戦術機甲連隊に配属されたから、ではない。
「八倉中隊長、まずいですよ」
後衛C小隊を率いる古野義一中尉の言葉に、八倉世理子大尉はわかっている、と返事をした。
新編された第31中隊は過半数が衛士訓練課程を修了したばかりの少尉から成る。
JAS-39CBの慣熟訓練、小隊戦闘・中隊規模での小隊連携訓練、戦場での振る舞いを覚える……。
やらなければならないことは、山積している。
望月作戦まであと約4か月である。
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■61.JAS-39CB アララトグリペン(3)
■本話登場人物紹介
【谷山郷太(たにやま・ごうた)】
軍曹。第92戦術機甲連隊本部第2科所属の地誌担当。
彼自身、現地での情報収集を重視しており、戦地には直接赴く(8話)。
【関完太郎(せき・かんたろう)】
中尉。第92戦術機甲連隊本部第3科所属の警備担当幹部。
クレバーな性格で本質的に他者を信用していないきらいがある。“対岸の消火”論が隊内で過熱した際には、問題児が集まった第23中隊の監視強化を提案した(34話)。
【田上忠道(たがみ・ただみち)】
日本帝国斯衛軍少尉。同軍大宰府警備隊所属。家格は“黄”。
23話にて初登場。婚約者が京都にいたらしい(25話・TE)。
82式瑞鶴を駆って最前線に立つが、無事に九州防衛戦を戦い抜いた。
それが少なくない影響をこの確率時空に与えている。
【許起範(きょ・きはん)】
大尉。韓国陸軍第30戦術機甲旅団第51戦術機甲大隊所属。KF-16を駆る。コールサインはスピアーリーダー/スピアー1。
初登場は6話。第92戦術機甲連隊第22中隊に危地を救われており(7話)、鉄原ハイヴ漸減作戦にも参加している(19話)。
小雨降りしきる六郷土手要塞。
眼前の多摩川は要撃級と戦車級の死骸で半ば
「サイウン。こちらCP。東海道本線沿いを要撃級50、戦車級200から成る敵中隊が北上中」
「CP。サイウン1了解。聞いてたな、皆殺しにするぞ」
「了解」
「り、了解……」
八倉世理子大尉や実戦慣れした衛士たちとは対照的に、新米衛士たちの声には覇気がない。
要撃級、戦車級の戦闘突撃。
後衛のC小隊は120mmキャニスター弾を曲射で発射した。虚空で炸裂した4発の砲弾は、約4000個にも上る多数の鉄球を降らせる。廃墟穿つ、無機質な雨。戦車級は瞬く間にミンチとなり、崩壊した路面に縫いつけられた。
が、要撃級は鉄球が背中に数発めりこんだ程度では即死はしない。
さすがに100発前後の鉄球を浴びた個体は感覚器や脚から体液を垂れ流して絶命するが、ほとんどの要撃級は平然と前進を続ける。
(射撃に精彩を欠いているな)
八倉世理子大尉は舌打ちをしかけたが、やめた。
4名の中堅衛士から成る小隊ならば、いまの小隊集中射でより多くの要撃級を殺せていたはずだ。
しかしいまのC小隊は小隊長の古野義一中尉を除けば、みな新人だ。
生き残った40体近い要撃級は戦車級の死骸を蹴飛ばし、地に伏す歩道橋を乗り越えて一気に六郷土手要塞に迫る。
が、無為無策の突撃でJAS-39CBアララトグリペン12機の戦陣を破れるわけがない。
前衛を担うB小隊は突撃砲を連射し、速やかに要撃級を殺戮した。
「サイウン。こちらCP。よくやった。別命あるまで待機せよ」
「サイウン1了解。各機、聞いていたな。現在地にて待機する」
「了解」
サイウン8、いわゆる“新品”の実方成也少尉は張り詰めた息を吐いた。
意識せずとも網膜に投影されているデジタル表記の時間を、気にしてしまう。
7:54――JIVES筐体にその身を預けてから、すでに19時間が経過しようとしていた。
(こんなん、走り込みに比べれば余裕だっての……!)
実方成也少尉は心の中でそう強がったが、実際のところ体力錬成訓練や衛士訓練学校での教習と、この第92戦術機甲連隊第31中隊のシミュレーター訓練は性質が違う。
走り込みや戦闘技術評価演習、戦術機教習には必ず“ゴール”が設定されていた。
■周すれば終わり、Cポイントを占領すれば終わり、電子上の敵を殲滅すれば終わり――。
しかしながら今日のJIVESを使ったシミュレーター訓練は違っていた。
明確な終わりが存在しない。
新米衛士たちは当初、通常の課業の時間内に終わるだろうとたかをくくっていたが、そうは問屋が卸さない。それもそのはず。状況にもよるが、戦場における実際の戦闘は■時間で終わるという確証などどこにもないのだから。
訓練開始から25時間後、第31中隊は全滅した。
六郷土手要塞の所在する大田区に面する品川区に、地中侵攻した旅団規模のBETAが出現。第31中隊は反転し、この新たなBETA群が抱える約200体の光線級を殲滅せよ、という命令を受領――そしてまず前衛B小隊は突撃級の戦列にひっかかり、小隊長の青山敬行中尉と、実戦経験のある日隈三央少尉を除いて戦死判定を受けた。
続くA小隊、C小隊も瞬く間に5機が被撃墜。
計7機が撃墜され、残機5。
これではいかんともしがたく、光線級吶喊は失敗に終わった。
(ま、こんなものだろうな)
B小隊を率いていた青山敬行中尉は、そう思いながらJIVES筐体から出てきた。
死の八分、死の八分と言われるせいで勘違いされやすいが、衛士の性格・適性において最重要視されるべきなのは短時間の集中力と秒間の判断力、戦闘力というわけでもない。
むしろ衛士は戦線崩壊の危機を防ぐための火消し役や、ここぞというときの機動打撃役を任されることが多く、搭乗した状態での待機時間が長い。
また歩兵とは異なり、なまじ逃げることが可能であるため、断続的な戦闘を繰り返す後退・退却・殿戦を経験することがある――先程のように終わりが見えない状況に送り出される可能性が大きい。
となれば一瞬一瞬の集中力、戦闘力もさることながら、状況の判断や息の抜き方もまた鍛える必要がある。
戦場の呼吸に慣れる、とでも言おうか。
「グリペンが泣いてるぞ」
青山敬行中尉は冷徹に、そして周囲に聞こえるように言った。
◇◆◇
望月作戦に参加する日本帝国本土防衛軍西部方面隊の第一陣は、すでに望月作戦の拠点となる六郷土手要塞に向かって出発していた。
主に工兵部隊や後方職種の人間が主である。第92戦術機甲連隊からも警備担当幹部・関完太郎中尉や地誌担当の谷山郷太軍曹が関東へ赴いていた。
同時に現地で必要になる車輌や弾薬の類も輸送船『みやらび』『フェリーたかちほ』をはじめとする傭船を使い、武器弾薬の輸送も始まっている。
「忠道。本当に忠道が横浜で戦わなくちゃいけないの」
「これでも武家だからね。帝国の存亡がかかっているいま、最前線に立たないわけにはいかないよ。だから和泉も、戦地に身を置いているわけだし」
国連太平洋方面第11軍が内政不干渉の原則を盾に拒絶されたのとは対照的に、黒月陣風少将の願い通り日本帝国斯衛軍大宰府警備隊は、望月作戦への参加が許されていた。
その理由は黒月陣風少将による政威大将軍殿下への直訴ではなく、城内省の政治的判断によるところが大きい。
要は政治力・発言力・存在感の強化のため、城内省は出せるならば望月作戦にも斯衛軍を参陣させたかったのである。
畏くも政威大将軍殿下も黒月陣風少将に関東へ下ることの御許しを賜りあそばされた。
その事実を盾に、帝国軍参謀本部の消極的反対を押し切った形である。
一方で斯衛軍の主力は明星作戦に投じられることになっており、斯衛軍からは大宰府警備隊以外に参戦する部隊はないことになっていた。
「忠道――ご武運を祈ります」
婚約者との電話を終えるとともに、現地の調整のために先んじて関東へ発ったのは、譜代武家で“黄”の家格をもつ田上忠道少尉である。
BETAの日本侵攻さえなければ、今頃は婚儀を挙げていたであろう。
……。
熊本から約400km離れた大韓民国・済州島済州国際空港におかれた第30戦術機甲旅団司令部では、数名の衛士が旅団長に詰め寄っていた。
その先頭に立っているのは、第51戦術機甲大隊を率いる許起範大尉である。
「閣下。なぜ我々の望月作戦への参加が認められないのか、納得のいく説明をしていただきたい」
「その、だね。まあ私には当然その裁量がないのでね……」
線の細い旅団長は、たじたじといった風であった。
「では先日も申し上げたとおり、大統領閣下に上申していただきたい」
「無茶を言うな……」
「1年前、海を越えて我々を助けてくれた衛士たちが、いま抹殺されようとしているのです」
「……」
「ならば今度は我々が海を越えて、彼らを助ける番ではないですか」
「……」
「それができずして何が“往くところ必勝、無敵の第30戦術機甲旅団”か。往かず戦わず、弱兵の第30戦術機甲旅団。劣弱部隊に改名した方がよろしい。これでは卑怯者の集まりではないですか」
「口を慎めッ!」
許起範大尉の訴えに、第30戦術機甲旅団長は怒鳴りながらも、内心では頭を抱えていた。
心情はわかるが、大尉の言っていることは滅茶苦茶だと彼は思う。しかも問題は許起範大尉らの問題提起を無視したり、彼を処罰したりすれば済む話ではなかった。
いまや済州島に押し込められた韓国国民の中で、同様の主張が広がりつつあったのである。
特に1年前、木浦港から脱出してきた人々や将兵の間でこの意見は強く共有されていた。
「……」
第30戦術機甲旅団長の苦悩など、はっきりいって何の意味もなかった。
数日後には済州島全体で、暴動が起きたからである。
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■62.JAS-39CB アララトグリペン(4)
物資欠乏、食糧不足、経済崩壊。
多くの国民と国土を喪失する大敗を喫したことで蓄積されていたフラストレーションが爆発する契機となり得る要素は、いくらでもあった。どれが暴発に至ってもおかしくはなかった。
それは偶然、本当に偶然だったのだ。
――なぜ政府は、恩人を見殺しにしようとするのか。
そう声高に叫んだのは、木浦港から脱出してきた避難民たちであった。
加えて少数ではあるが政府関係者、そして韓国陸軍将兵がそれに続いた。
物質的に困窮し、新興工業国としての矜持を失った彼らに残っているものは少ない。
日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊にいま助力しなければ、“義”さえも失う。
それが彼らの言い分のひとつであった。
現状では緩やかなデモ運動でさえも致命傷になり得る以上、韓国政府は義務戦闘警察を主とする鎮圧部隊を出動させたが、義警の一部もまたデモ運動に合流してしまう事態となった。
そもそも戦闘警察は破壊工作を行う過激な恭順派を取り締まるために編成された組織であり、また彼らも光州作戦によって済州島に後退してきた者が多かったのである。
やむなく韓国政府は事態の収拾を図った。
日本帝国本土防衛軍や国連太平洋方面第11軍との協同作戦の経験がある第51戦術機甲大隊(実態は1個中隊)を核とする“義勇戦闘団”を編成するとともに、日本帝国政府に望月作戦への義勇戦闘団の参戦を求めたのである。
つまるところ、韓国政府は帝国政府に泣きついたのだった。
◇◆◇
「青山中尉も酷えよな」
夕闇の中。隊舎裏の煙缶周りに、実方成也少尉ら第31中隊の新人たちは揃っていた。
と言っても煙缶を実際に使っているのはサイウン11――小野木育男少尉だけだ。
彼だけが米第7艦隊関係者が第92戦術機甲連隊に寄贈してくれたというラッキーストライクに火をつけ、肺に煙を入れていた。
――グリペンが泣いてるぞ。
青山敬行中尉がひとりごとでそう言ったわけではないことは、みなよくわかっていた。
その意図がわかっているからこそ、腹立たしい。こっちだって衛士訓練課程を終えたれっきとした衛士なのだ。手だって抜いていない。懸命にやっているのだ。だいたい24時間以上もJIVESに押しこめるなど、やりすぎではないか。
そんな不満を腹の底に秘めながら、実方成也少尉は苛立ちを隠しきれずに愚痴を吐いた。
「そこまで言わなくてもいいじゃねえか」
「光線級吶喊がうまくいかなかった、それはこっちもわかってるんだよなあ」
同調したのはサイウン3――日和裕文少尉である。
他の衛士たちも釣られて、頷いていた。
頷いていないのはタバコの灰を煙缶に落としていた小野木育男少尉だけだ。
(……)
小野木育男少尉の心境は複雑だった。
自身と同期の技量は、実機操縦に長けている、あるいは実戦経験を積んできた先輩衛士からみれば、まだまだなのだろう。それはわかった。だが何をすればいいのか。ガキではあるまいし一から十まで教わろうとは思わないが、手がかりがなければ焦りと苛立ちが募るだけだ。
「あれ、先客か」
第31中隊の新人たちが愚痴り合っているところに現れたのは、第23中隊の衛士である深川正貴少尉とその同僚である竹原晶大少尉、それから望野更沙少尉であった。
3名ともに、喫煙者である。
「見ない顔だけど――もしかしてサイウンの新人さんかな?」
望野更沙少尉はにかっと笑った。
対照的に深川正貴少尉は、不機嫌そうに作業服の胸ポケットから出したわかばに火を点け、これ見よがしに何度か口をつけると、彼ら第31中隊の衛士の合間に割りこんで煙缶に灰を落とした。
深川正貴少尉は新人たちに対して、会釈さえしなかった。
彼は弱者を嫌っている。
「あ、そうだげども」
比氣恵名少尉が戸惑いながら返事をすると、望野更沙少尉はことさら明るい声をあげた。
「えーっ、じゃあよろしくね。私たち第23中隊だから」
「
実方成也少尉は露骨だった。
すでに彼は第23中隊の良からぬ噂を聞いていたのである。
お前らは衛士の恥だ、と口には出さなかったが、明らかに彼の顔には出ていた。
が、望野更沙少尉は咎めることもなく、
「まあまあ同じ連隊なんだからさ、助け合っていこうよ。しょっぱなからだいぶシゴかれたみたいじゃん。でもまあよくある話だからさ、気落とさずにいこうよっ」
と笑い飛ばした。
が、その表情と声色が、実方成也少尉の癇にさわった。
「うるせーよ」
同じ第31中隊の少尉たちもぎょっとして彼を見た。
「同じ階級だってのに
「へえ、言うねえ」
小柄で一見すると華奢にみえる望野更沙少尉だが、実方成也少尉にすごまれてもまったく動じなかった。
「サネカタさん、かな」
それまで黙っていた竹原晶大少尉もまたラッキーストライクに火を点けてふかしてから、3年は後輩になる衛士の名札を見て、彼に釘を刺した。
「悪いけど望野少尉は大陸帰りだ。それぐらいの戦巧者でも苦戦する相手がBETAなんだよ――」
「結果がすべてだろうが! 1000年の歴史をもつ帝都は陥ちた。そんで俺の家族はみんな行方不明だ――俺はあんたらみたいなぬるい戦い方はしねえ。BETAなんざ全部殺してやる」
完全に頭に血が上っている、と竹原晶大少尉は実方成也少尉をみていた。
「故郷を失って」
言葉を継いだのは深川正貴少尉だった。
彼は半ばまで吸ったわかばを煙缶に棄てる。
「家族を失えば、強くなれるのか。なら俺たち帝国軍人は無敵のはずだな……。そんなわけねえだろ」
瞬間、実方成也少尉が深川正貴少尉に掴みかかろうとしたが、慌てて周囲が止めた。
望野更沙少尉は「言いすぎ!」と半笑いだったが、しかしながら正論であった。
3000万近い人間が昨年の夏から冬にかけて死んだのだ。
親類、恋人、友人、知人を失った経験のない軍人など、いない。
「飯の数だけかは、すぐにわかる」
深川正貴少尉はそう言って、煙缶を離れていった。
……。
意外にも“差”の証明を示すときは、早々に訪れた。
数日後、F-15AAから成る第23中隊と、JAS-39CBを装備した第31中隊合同の異機種戦闘訓練が行われた。
その理由は両中隊とも新機材を装備して間もないため、実機に慣れる機会が必要だと見做されたからである。また異機種戦闘訓練は対BETA戦に臨む部隊にとっては無意味である、と考えられがちだが、実際には小隊単位、中隊単位の連携を鍛えるためにはうってつけだ。
また西部方面司令部からの指示で、第92戦術機甲連隊本部の立てる訓練計画は他の部隊と比較して対戦術機訓練が多く盛りこまれている。
故に第23中隊、第31中隊は日本帝国本土防衛軍西部方面隊・大矢野原演習場にて相対するに至った。
(こっちは第3世代戦術機。初期型の陽炎なんて――)
そう侮っていた新人たちは、そこに歴然とした技量の差を見た。
「プリズナーッ、
状況開始とともに、F-15AAの群れが地を蹴った。
瞬時に構成される鋼鉄の鏃。
アローヘッドワンといえば、戦術機甲部隊にとって基本ともいえる突撃陣形だ。
しかしながらその戦陣は、通常とは様相が違っていた。
本来ならば近接戦用装備を有する前衛小隊が最先鋒に立つ。
が、いま最先頭に立ったのは後衛を担うはずのC小隊機。
地表面高速滑走で疾駆する彼らは、各機4門の突撃砲による行進間射撃を実施し、その後背のB小隊がさらに弾幕を強化。
そして近接戦闘に長けたA小隊を最後尾においたまま、彼らは一気に第31中隊の戦陣に迫った。
「ブレイクッ」
八倉世理子大尉の判断は素早かった。
「
敵弾を躱しながら両翼を広げた鶴翼陣を取り、突っこんでくる敵中隊の側面を攻撃――あわよくば強烈なクロスファイアを浴びせようと指示を出したのである。
ところが、実施がワンテンポ遅くなった。
敵の射線から逃れることばかりに意識が向き、分隊単位さえ維持できない新人衛士たちのせいで、鶴翼陣はその両翼を広げきれないまま、第23中隊の高速突撃を迎え撃つこととなった。
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■63.JAS-39CB アララトグリペン(5)
◇◆◇
次回更新は2、3日以内を予定しております。
また当話以降、本格的に始動する新戦術機開発計画は後のXFJ計画とは競合いたしません。
ボーニング社の協力を得て不知火弐型の開発も史実と同様に進展いたします。
ただし不知火弐型の完成と生産は西部方面司令官が念頭においている最終決戦に間に合わない可能性があるため彼は不知火弐型の開発を後援することは(現状)ない形です。
◇◆◇
――XF-2計画。
1999年2月某日。
日本帝国本土防衛軍西部方面司令部において行われた西部方面司令官、帝国技術廠関係者、光菱重工、富嶽重工、河崎重工ら帝国企業関係者、旧ゼネラルダイノミクス社戦術機開発担当者による初回の打ち合わせのあと、巌谷榮二中佐は複雑な心境で仙台へ戻っていた。
XF-2計画とは、西部方面司令官が先の会議にて触れた案件【軽量級火力支援戦術機の戦時緊急日米協同開発】の下に動き出した戦術機開発計画の通称、である。
コードが“XF-2”である理由は、94式戦術歩行戦闘機不知火を日本帝国における“1番目”の第3世代実戦配備機(97式吹雪は高等練習機)に見立てた際、これが“2番目”となるからであった。
計画自体は未だ研究段階であり、開発自体は本格化していない。
とはいえあの会議のあと、畏くも政威大将軍殿下がご認可あそばされており、同時に閣議も通っている――あとは実際にモノになるか、というところであった。
しかしながらすでにポンチ絵は完成していた。
その外見は端的にいえば、F-16C――。
ただし94式戦術歩行戦闘機不知火と同規模にまで大型化したF-16C、である。
「外見こそF-16Cですが、実際には機体構造の50%以上に94式戦術歩行戦闘機不知火の部品が使用される予定です。ですから日本企業による生産は容易。F-16Cのコストパフォーマンスと94式戦術歩行戦闘機不知火の整備性の高さ、そして両機の戦闘力を併せもつ支援戦術機となります」
ロックウィード・マーディンに売却された旧ゼネラルダイノミクス社戦術機開発部門の人間――ジョー・オ・フィッシャーは立て板に水、XF-2の特徴を語った。
「【軽量級火力支援戦術機の戦時緊急日米協同開発】において要求されているのは、
①92式多目的自律誘導弾ランチャーを4基装備可能であること(16発×4基)。
②あるいはS-11弾頭を搭載可能な地対地・地対艦誘導弾4発を携行可能とすること。
③ランチャー投棄後も94式不知火と同等の戦闘能力を保証すること。
私どもの試算ではこの機体規模でクリアが可能であるはずです」
カナダ系米国人のジョー・オ・フィッシャーはその後も現段階で見込めるXF-2の性能とメリットを10分ほど語り続けた。
その後に訪れたのは沈黙、である。
やむなく巌谷榮二中佐は挙手をした。
「ジョー氏の気分を害してしまうかもしれませんが、前提を覆しかねない根本的なことについてこの場で述べさせていただきたい。司令官閣下、なぜ不知火の純改良によって火力支援戦術機としてはいけないのですか」
巌谷榮二中佐はまるで国粋主義者のような発言だな、と自嘲しつつ、聞かずにはいられなかった。
国産技術の粋を結集した純国産戦術機に行き詰まりを感じつつある彼であるが、さりとて不知火とF-16のクロスオーバーを無抵抗に容認するほど、海外由来の技術に飢えているわけではない。
むしろ94式不知火の開発のために骨を折った光菱重工、富嶽重工、河崎重工のことを思えば、94式不知火の改良によってではなく、F-16Cに不知火に用いられている技術と部品を組み込んで新戦術機を開発・製造するという発想は許されるものではなかった。
加えてこの開発計画が進んでいけば、94式不知火に用いられている帝国由来の技術が、ロックウィード・マーディンに渡ることになりかねない。
「司令官閣下、お答えください」
西部方面司令官は相変わらず昏い瞳で、一同を見やった。
「私も純国産戦術機である不知火の改良作業に異存はない。不知火は優れた主力戦術機であり、ぜひ私としても応援をしたいと思っている」
「ならば」
「が、それでは間に合わぬのだ」
「何にですか」
「人類の存亡を賭けた最終決戦に、だ」
西部方面司令官はこの2、3年の間にそれが生起すると断言した。
が、巌谷榮二中佐からすれば納得できるものでは到底ない。
故に西部方面司令官は「いずれにしろ」、とこの場を力で押し通す。
「これはこの国の決定だ」
再び訪れる沈黙。
「日本側の皆さんの思うところは理解できます」
続いてそれを破ったのは、ジョー・オ・フィッシャーであった。
「要は日本製戦術機に用いられている技術が漏洩する、あるいは拡散するのを恐れていらっしゃる。一部をブラックボックスとしていただいても、私どもは構いません。我々は決して不知火に用いられている技術を盗用いたしませんし、流出もさせません。信ずる神に誓ってもよろしい。しかし巌谷中佐には大変失礼ですが――」
ジョー・オ・フィッシャーの青い瞳が、巌谷榮二中佐を映した。
「盗みたいと思えるような帝国由来の戦術機系技術は我々にはひとつもありません。日本技術は、我々には要らないのです。故に何も心配されることはありません」
「……」
「帝国の技術を貶めているわけではございません。ただ戦術機に求める能力の日米間の意識、両軍双方の軍事ドクトリンが違いすぎるのです。弊社で開発と先行量産計画が進行としているF-22と、近接戦闘の連続であるハイヴ攻略戦を意識した不知火をイメージしていただきたい。故に米国政府も米国軍も米国企業も、日本帝国の技術を必要とはしていない、というわけです」
「成程」
彼の言葉が信用に値するかはわからないが、巌谷榮二中佐はうなずいてみせた。
と同時に横目で居並ぶ国内企業関係者を見やる。
意外にも光菱重工、富嶽重工、河崎重工ら帝国企業関係者は、いっさいの反発を抱いていないようにみえた。
彼らは現実を知っている。
まず軍需産業がもたらす利益は想像以上に少ない。それでも帝国軍に戦術機を送り出すのはそれが国家に対する“御奉公”であり、また帝国防衛の一翼に担っているという覚悟を固めているからだ。
しかしながら日本帝国の戦術機事情は、覚悟だけではどうしようもない状況に陥りつつあることに彼らは気づいていた。
以前より東南アジア諸国への軍需工場の移転は進められてはいたものの、中国・四国・近畿・中部地方が壊滅したことで帝国国内の主となる工業地帯・地域は消滅。取引のある中小企業もまた吹き飛んでしまった。
つまり単純に日本帝国の工業力が供給する戦術機部品の総量自体が、目減りしてしまっている。
工業原料を扱う外国企業の中には凋落する日本帝国の足元を見るような輩も現れ始めており、そうでなくとも東南アジアでの生産が主となった軍需物資はすべて海運頼み。
94式戦術歩行戦闘機不知火1機あたりにかかるコストは、今後高くなることさえあれど、安くなることはない。
日本帝国製戦術機にかけてきた矜持はある。
膨大な時間と労力を注ぎこんで完成した94式不知火を蔑ろにはしたくない。
が、矜持と辛苦の結晶にこだわって日本帝国が滅ぶのであれば――。
「フィッシャーさんに2点、確認したいことがあります」
手を挙げたのは光菱重工の関係者だった。
「なんでしょう」
「まずXF-2に用いられる予定の94式不知火の部品は、御社の工場でも生産・供給が可能であるのか。またXF-2に50%以上が94式不知火の部品ということは、40%以上がF-16Cのパーツということになります。こちらの大量安定供給を約束していただけるのか。逆に我々がF-16Cの部品をライセンス生産することも可能なのか」
「もちろんです」
ジョー・オ・フィッシャーは即答した。
「弊社と御社――というよりも帝国は利益を共有できます。米国政府は戦術機関連予算を削減し続けており、我々はいかなる手を使ってでも海外で生き残りを図らなければならない。あなたがたはロックウィード・マーディンからの部品供給を受けることができ、自前で生産しなければならない部品量が減る。我々はXF-2のみならず、94式不知火用の部品を大量生産することになっても異存ございません」
飛びつくこともなく顔色さえも変えず、帝国企業関係者は押し黙っている。
しかしながら、そこに希望を見出していた。
94式不知火と帝国の命脈を保つためならば、魂も売り渡そう。
どうせ第3世代戦術機に供された基礎技術はすでに国際政治の名の下で欧州連合に渡っているのだ。
沈黙を是とみたジョー・オ・フィッシャーは畳みかける。
「F-4ショックの悪夢を思えば国内供給にこだわるのも理解できますが、残念ながらF-16Cは当時のF-4ほどに需要があるわけではございません」
そして、と彼は言葉を継ぐ。
「私の故郷は大量破壊兵器によって蹂躙されました。それは当時としては致し方ないことでした。が、いまは違います。2度目は絶対に許されないのです。つまりこれは利益のためだけではありません」
宇宙の深淵じみた昏い、それでいて青い瞳を彼はしていた。
「人類防衛のためです」
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■64.JAS-39CB アララトグリペン(6)
◇◆◇
次回更新は2、3日後を予定しております。
次回からは望月作戦です。
しかし横浜ハイヴって子安駅のあたりだったんですね。
(横浜駅のあたりだと思っていました)
◇◆◇
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が主力を担う望月作戦は、帝国軍参謀本部の国粋主義者たちが思い描いた絵図から乖離していた。
まず帝国斯衛軍大宰府警備隊の参陣。
これは畏くも皇帝陛下および政威大将軍殿下がご認可あそばされたため、帝国軍参謀本部の作戦参謀たちも認めざるをえない。城内省に抗議すらできない。第二次世界大戦後に形骸化が進んでいるとはいえ、軍政は政威大将軍殿下がご統帥あそばされることが原理原則である。
続いて韓国義勇市民戦闘団の受け入れ。
これは外務省がねじ込んできたものである。
要は韓国政府に貸しのひとつも作ってやろう、というところであった。
また韓国義勇戦闘団のスローガンのひとつに
「救民中将の恩義に報いるべし」
が掲げられたことが、一部の国防省関係者と高級将官の琴線に触れた。
国連との関係に配慮して名前こそ出されなかったが“救民中将”とはすなわち、刑場の露と消えた彩峰萩閣陸軍中将であることは明らかであった。
「どこに戦術機と戦車をもった市民がいるんだよ」
と、土田大輔中佐は呆れたが、後の祭りだ。
当初、韓国義勇市民戦闘団は第51戦術機甲大隊(実質1個中隊規模)とその後方支援部隊で構成されていたが、関東に到着する頃には済州島から掻き集められたM48主力戦車、韓国陸軍第7軍団から抽出されたM109 155mm自走榴弾砲(K55自走榴弾砲)、これを護衛する機械化装甲歩兵から成る機械化部隊に変貌を遂げていた。
これらの部隊が出撃したことで済州島の防衛体制には当然空隙が生まれたが、これは元・在日米軍が吸収された在韓米軍司令部からの申し出で、米海軍艦上機部隊と米海兵隊が埋めることになった――要は間接的な望月作戦への協力となる。
また事情は不明だが帝国情報省の介入で、日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第12中隊機(中国製戦術機FC-1)の整備に、統一中華戦線から派遣された後方支援部隊が参加することになっている。
よって機密保持等の観点から第12中隊は六郷土手要塞ではなく、要塞エリアの北方にある平和島公園周辺に整備キャンプを構えることとなった。
そして最後に国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊A-01の参戦が決まっている。
国外において敵個体数の漸減を図った薫風作戦や、国際協調が求められるハイヴ攻略戦とは異なり、国内における漸減作戦は自衛戦闘に位置づけられるため、作戦の主導権は日本帝国が主で、国連が従となる。
が、オルタネイティヴ第4計画とその直属の第1戦術戦闘攻撃部隊A-01だけは、それを超越することができる。
かくして望月作戦の陣容は固まった。
それとは対照的に、本命ともいえる明星作戦の参加兵力と作戦計画は、迷走を続けている。
その理由は参戦を期する勢力間の暗闘にある。
■ 日本帝国
■ 大東亜連合
■ 国連オルタネイティヴ第4計画派
■ 国連オルタネイティヴ第5予備計画派(米国)
まず帝国政府が思い描く明星作戦は、関東以西にわだかまるBETAが横浜ハイヴへ増援に向かうのを阻止するため、近畿地方・東海地方に対する個体数漸減、陽動作戦からはじまる。日本海・太平洋上からの長距離砲撃で一方的に敵を打撃する。
これは明星作戦成功後の本州奪還に向けた布石でもあった。
続いて強力な水陸両用部隊を擁する国連軍が、横浜ハイヴ南方の神奈川県茅ケ崎市から逗子市一帯に強襲上陸を仕掛け、BETA群を横浜ハイヴから引き剥がす陽動を実施。
そして最後に横浜ハイヴ北方から日本帝国本土防衛軍を主とする突入部隊を出撃させ、速やかに横浜ハイヴの反応炉を破壊する。
大東亜連合は横浜ハイヴ南方への強襲上陸と陽動、横浜ハイヴ無力化には賛同したものの、冒頭の近畿地方・東海地方への攻撃は不要ではないかと疑義を呈した。
そのための砲弾と火力プラットホームはすべて横浜ハイヴに対する攻撃に使われるべきであり、関東以西の増援については彼らが大挙長駆する前にすべてを終わらせてしまえばいい。またBETAの属種間の速度差から、BETAはバラバラになって東進してくるであろう。戦術機甲連隊から成る予備戦力を拡充しておいて、各個撃破すれば問題はない、というのが彼らの主張だった。
要は日本本土の奪還に興味はなく、まずはハイヴ攻略に集中したいというわけである。
国連第4計画派、第5予備計画派に共通しているのは、まず指揮系統を国連太平洋方面第11軍司令部、あるいは国連太平洋方面総軍司令部に集約し、全参加部隊を国連の下で統率したいというところであった。
彼らの多くは朝鮮半島の一件から、日本帝国と大東亜連合を信用していない。
明星作戦は人類の命運を賭けたハイヴ攻略作戦であり、国家に認められた自衛戦闘にはあたらない。1から10まで国連のコントロール下に置かれるべきだ、というのが彼らの主張であった。
さらにその中でも第4計画派と第5予備計画派の間で対立が生じている。
第4計画派は帝国軍参謀本部が提示した作戦の流れに異存はないが、使用兵力に注文をつけた。
強力な水上打撃戦力を有し、水陸ともに長距離砲撃戦を得手とする米軍を陽動作戦に廻し、横浜ハイヴへの突入部隊は近接戦闘に長けた日本帝国本土防衛軍と第4計画が有する第1戦術戦闘攻撃部隊が担当すべし、という意見を述べている。
これはもちろん、横浜ハイヴ内に存在するであろうG元素生産施設を米軍に占領されないためである。
ハイヴ攻略に欠かせない絶大なる火力を有していることを背景に、国連の名の下で明星作戦への参加を周囲に承諾させた
関東以西、横浜ハイヴ南方への陽動作戦は一切行わない。
横浜ハイヴ北方から戦術機甲部隊を主力とする機械化部隊で長距離砲撃戦を挑み、第2次増援を確認した時点で新型爆弾を投下して、地表に出現していた多数のBETAを消滅させる。
その後、
つまり新型爆弾のデモンストレーション、G元素確保の双方を横浜でやってしまおうというのである。本土防衛軍の突入を認めるのは、国際的批判を躱すためと、G元素生産施設占領の場に居合わせれば、国連の権限で同施設を接収してしまえるからだ。
翻って帝国軍参謀本部は、まず国連太平洋方面軍の下に指揮機能が集約されることに反発した。
帝国議会は米軍が国連軍として参戦することで大荒れに荒れ、オルタネイティヴ4を後援する内閣も、明星作戦の主導権を国連に譲り渡したあと、オルタネイティヴ5推進派が力を盛り返して新型爆弾が使われてはたまらないため、横浜ハイヴ攻略作戦の進行は帝国軍参謀本部に手綱を握らせたいところである。
また大東亜連合は国連に対して不信感を覚えたアジア諸国から成るため、国連に指揮権を譲り渡すのにいい顔をするはずがない。
作戦計画の立案は暗礁に乗り上げた。
悪辣なのは第5予備計画派に話をまとめるつもりがないことだった。
正直なところ彼らからすれば、この作戦が迷走してもいっさい構わないのである。
むしろ嫌がらせのために引っ掻き回し始めているきらいがある。
「作戦は5月下旬」
西部方面司令官を失脚させるという政治のために立案されたがゆえに、望月作戦は非常にシンプルでわかりやすい。
とにかくBETAを横浜ハイヴ直上で殺しまくり、生きて帰れば勝ち。
G元素という“利”もなく、そのため第92戦術機甲連隊を救う、あるいは日本帝国の首都圏防衛線を好転させたいと思う正直者しか集まっていない。
「にもかかわらずこの有様か」
明星作戦のグダグダぶりに、大東亜連合や国連軍に兵力を拠出している各国政府はむしろ望月作戦への参加を希望しはじめていた。
◇◆◇
F-15AAから成る第23中隊とJAS-39CBの第31中隊の異機種間戦闘訓練の後、両隊は共同の勉強会を開くことが増えていた。
望んだのは第31中隊の新人たちの側であった。
「回避先は、次の場面を考えて選ぶこと!」
第31中隊の実力者、望野更沙少尉はノウハウの提供を惜しまなかった。
敵の攻撃を回避する際には、次の中隊連携、小隊連携を考えた先に身を置く。先の演習の射撃も、突撃級も同様。中隊長は攻撃を回避したあとは敵側面に反撃したいに決まっているのだから、それができるように動くべきだ、と彼女は言った。
(悔しいが、いまの俺の技量は
対する実方成也少尉ら新米衛士たちは熱心にメモをとっている。
「まずは斜め前か、横に跳ぶことを考えた癖をつけた方がいいよ」
後方へ下がりながら引き撃ちの方が安全に思えるが、実際のところBETAは前方への追撃を得手とする。後方に跳んで100mを稼いだとしても、戦車級でさえ時速80kmで突っこんでくる。しかも複数で。
つまり事態はあまり好転していない。
一方でBETAはみな後退、急旋回が苦手だ。
要撃級でさえ1対1の格闘戦であれば恐れるに足らず、である。
「望野少尉」
勉強会がお開きとなった後、第23中隊の深川正貴少尉は望野更沙少尉を呼び止めた。
「なに?」
「親切ですね」
深川正貴少尉の声色は、冷たさをはらんでいた。
彼の中はそれを無駄な労力だと思っている。
望月作戦は間違いなく、死地に立つことになろう――そこを切り抜けた者だけが戦場を縦横無尽に駆ける衛士になれる。対して何をしても駄目なやつは駄目、というのが彼の直感であった。
そのあたりの感情の機微を感じ取った望野更沙少尉は笑顔とともに「それはどうかな」と切り捨てた。
「全員無事生還。それがいちばんでしょ?」
「……無理なこと、わかってますよね?」
「変なこと聞くけどさ、家族は無事?」
全滅です、と深川正貴少尉は無感情に言った。
感情を激してもBETAには勝てぬ。
故に望野更沙少尉は動揺もせず、屈託のない笑顔を浮かべている。
「私もだよ。だから――」
一瞬、深川正貴少尉は望野更沙少尉の笑顔の中に、狂気を見出したような気がした。
「だから私は92連隊のみんなを家族だと思うようにしてるわけ。家族だから助けてあげたいと思うのは当然。おかしくないよね?」
後に深川正貴少尉が調べたところによると、望野更沙少尉は度重なる命令違反によって軍法会議にかけられるところを西部方面司令部に拾われたらしい。
命令違反、というのは友軍機の救援のため、待機命令や退却命令を無視するような類のものだった。
◇◆◇
1999年5月“望月作戦”時:92連隊勢力
■ 第92戦術機甲連隊:作戦機数(96機/定数108機)
● 第11中隊:F-14N(12/12機)
● 第12中隊:FC-1(12/12機)
● 第13中隊:MiG-29SEK(12/12機)
● 第21中隊:一時解散中
● 第22中隊:F-8E(12/12機)
● 第23中隊:F-15AA(12/12機)
● 第31中隊:JAS-39CB(12/12機)
● 第32中隊:F-5FS(12/12機)
● 第33中隊:A-10C屠龍(12/12機)
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■65.発動、望月作戦!(前)
◇◆◇
「地名(自然現象)」「若人(健児)」「つわもの(ますらお/もののふ)」「集う」「声高く」「戦技(技量/練武)」「鍛える」「おお(ああ)」「我ら」「部隊名」
リズムに七五調を採用した上で上記を使うとオリジナルの隊歌ができます。隊歌を創作する際にはぜひ参考にしてください。
◇◆◇
■ 本話登場人物紹介
【宇佐美誉(うさみ・ほまれ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第13中隊長。コールサインはパッパ1(MiG-29SEK)。
陸軍大学校を卒業しているらしい。部下に危険な命令や無神経な物言いをすることが多い。
【湯川進(ゆかわ・すすむ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第13中隊の中衛小隊長(B小隊長)。コールサインはパッパ5。
グレネード装備のF-4EJ改を駆り、九州北部の防衛戦を戦い抜いた(33話)。自身を危険に晒す命令でも素直に遂行するが、宇佐美大尉に対しては内心反発している。
山口県出身で家族も同郷。BETAの西日本侵攻前に仙台へ引っ越させることに成功したが、さらなる引っ越しを勧めることを切り出せずにいる(49話)。
【草水虹華(くさみず・こうは)】
中尉。第92戦術機甲連隊第33中隊の後衛小隊長(C小隊長)。コールサインはラビット9(A-10C)。
父が送ってくれた合成緑のたぬきをまずいと切り捨てた(56話)。
【日高大和(ひだか・やまと)】
中尉。第92戦術機甲連隊第11中隊の前衛小隊長(B小隊長)。コールサインはゼノサイダ5(F-14N)。
寡黙な性格。近接戦闘に長けており、その腕前は斯衛軍の衛士にも劣らない(13話)。
【八倉世理子(やくら・よりこ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第31中隊長。コールサインはサイウン1(JAS-39CB)。
新年に着隊。上級幹部教育課程を好成績でパス、陸軍大学校への入校を勧められたがそれを蹴って前線部隊勤務を希望した衛士。
♪
戦術鍛え
銀の
おお我らは
♪
1999年5月6日。
帝国軍参謀本部が催した嫌がらせのような壮行会に、第92戦術機甲連隊関係者は呆れていた。日本帝国本土防衛軍中央音楽隊の連隊歌吹奏で送り出されたあと、第92戦術機甲連隊および協力諸隊は攻撃準備に取りかかる。
すでに実戦を経験している第92戦術機甲連隊の衛士たちに、緊張の色はない。
完全に孤立無援のハイヴ突入戦をやるわけではない――しかも第92戦術機甲連隊全中隊揃っての作戦だ。
「間引き? ハイヴまで攻略しても構わんのだろう?」
そんな軽口を叩いた宇佐美誉大尉を湯川進中尉はジト目で見たが、同時に出来なくもないのではないか、と思っていた。
午前9時ちょうど。
望月作戦は航空宇宙軍からの偵察情報の受信、および六郷土手要塞からの小型無人偵察機の発進から始まった。
ほとんど無音、華々しさのなき作戦発動の瞬間である。
六郷土手要塞の前面には、小型種を除けばBETAは存在しない。
戦車級以上の個体は横浜ハイヴの拡大と周辺の“均し”に追われているのであろう。
故にまず目標となるBETA群を捜索しなければならない。
「こちらスピアー1。日本人の諸君、悪いが一番槍は我々がいただいた」
六郷土手要塞から最初に飛び出したのは韓国陸軍第51戦術機甲大隊のKF-16であった。
多摩川の対岸へ短噴射で着地すると、反応して姿を現した兵士級を轢殺する。
主脚が血肉で汚れるのを一顧だにせず、金色のセンサーアイを輝かせながら、小型種が潜んでいそうな廃墟を120mm弾で吹き飛ばす。
「大物を殺れないのが残念だがな」
彼らの背後では、工兵部隊が多摩川に架橋を開始している。
戦車部隊や補給部隊の渡河のためだ。
工兵もまた強化装備を纏い、自動小銃や機関銃で武装しているが、それでも兵士級や闘士級は相当な脅威である。
第51戦術機甲大隊に与えられた任務は、まずこの架橋作業を援護することだった。
続けて第92戦術機甲連隊および帝国斯衛軍大宰府警備隊が、多摩川を越えて南進を開始する。
「こちらHQ、園田だ――
午前9時30分頃。
穏やかに、静かに始まった望月作戦は、すぐに激戦の様相を呈し始めた。
旧横浜商科大学跡地に設けられたNE6ゲートから這い出してきたのは、師団規模のBETA群。
続けて旧大口駅周辺のN2ゲートから同じく師団規模のBETA群が出現する。
光線級の所在を確かめるための威力偵察として斯衛軍の58式105mm榴弾砲と韓国陸軍の155mm自走榴弾砲が火を噴く最中、突撃級から成る前衛集団と第92戦術機甲連隊が激突した。
迸る土煙。
廃墟を圧し潰しながら行われる高速突撃。
これを迎え撃つのは、第92戦術機甲連隊第33中隊“ファイアラビッツ”。
そして各機は長大な対戦車砲を抱えていた。
(これで欠陥品だったらあの丸顔の営業マン呪い殺してやる~)
ラビット9、草水虹華中尉機が構えるのは、2本の支脚を有する商品名“つらぬく! 203mmれんたくん!”。
……改め203mm大口径連隊支援砲“屠龍”。
かつて重爆撃機を撃墜するために戦車砲を積んだ重戦闘機にあやかった命名だ。
いま第33中隊のA-10Cは、1000m以内で突撃級の正面生体装甲を貫徹可能という謳い文句と性能試験の結果を信じ、まさかの一列横隊を敷いている。
203mm砲が突撃級の外殻を貫徹できなければ、おそらく全滅するであろう。
――慌てず騒がず落ち着いて。
試し撃ちの際に現れた特命商品アドバイザー西人志の言葉が、ぐるぐると衛士たちの頭を駆け巡り、そして時はきた。
突撃砲とは全く異質な衝撃。
続けて虚空に解き放たれた203mm重徹甲弾は高速で迫る突撃級に直撃。
弾芯は容易く突撃級の生体装甲に侵入し、その内側の生体構造を滅茶苦茶に破壊して突撃級の後部から抜けた。
「よし――」
一瞬で絶命した12の突撃級。
後続の突撃級はそれに激突、あるいはそれを押し退けて高速突撃――その傍から2射目の203mm重徹甲弾が襲いかかる。
横一線に生まれた全高16mの障害物。
続く突撃級はこれを乗り越えて攻撃を敢行しようとする。
つまりその速度は大いに低下する。
また上り、下りの際には脆弱な頭部・腹部・後背部をこちらに向けることになる。
その好機を、第33中隊の衛士たちは逃さない。
A-10Cが吼える。
両肩部のGAU-8アヴェンジャーが高速回転し、36mm弾の五月雨が足の鈍った突撃級に叩きつけられる。弾け飛ぶ火花と生体装甲の破片、そして撃ち砕かれる脆弱な生体部位。中には脚部に直撃弾を受け、バランスを崩して死骸の山から生きたまま転がって擱座する個体も現れた。
「ラビット1、こちらHQ。突撃級の動きを共有する。確認せよ」
「HQ、こちらラビット1。了解。……HQ、陣地転換の必要ありや?」
「ラビット1、こちらHQ。いま転換先を送る」
突撃級の群れは死骸と擱座個体で生成された防壁、すなわち第33中隊を迂回し始めていた。
迂回を選択した突撃級は鶴見川に沿って北上を開始。
その頭を抑え、右側面を叩くべくすでに1個中隊が噴射地表面滑走していた。
「
無防備な脇腹を晒しながら巡航する突撃級の縦隊。
そのど真ん中へ、鈍色の野良猫たち“ワンワン・ジェノサイダーズ”が仕掛けた。
中衛A小隊と後衛C小隊が突撃級の複縦陣、その側面目掛けて突撃砲を連射する。
ほとんど狙っていない。
が、次々と突撃級たちは脚部を射抜かれ、地表を抉りながら停止する。
そうして生まれる渋滞へ、前衛を担うB小隊が斬りこみをかけた。
寡黙な野武士然とした日高大和中尉は、可変翼による急制動でまごつく突撃級目前に着地すると、その
狙いは絶命にあらず。
戦場で活用できる“生きた障害物”を増やすこと。
光線級は決して誤射はしない。
故に生きたまま転がしておけば、光線級の視界を遮りたいときに役立つ。
他のBETAも同様。死骸を乗り越えることはあっても、生きたBETAを踏みつけてゆくことはない。
「こちらサイウン1。突撃級に対する発砲を禁ずる」
「了解」
この局面で第31中隊“サイウン・トルネーダーズ”は、突撃級に対する誘引役にあたった。
射撃は禁止。第92戦術機甲連隊本部はまず彼らに戦場の空気を吸わせようと考えたのである。
高度な電子機器の塊であるJAS-39CBが現れるとともに、新手の突撃級たちはこれにすぐ食いついた。
「旧田島町まで引きずり出す!」
八倉世理子大尉以下、第31中隊の衛士たちには余裕がある。
いくら突撃級の最高速度が速いといっても、適切な距離を空けてさえいれば、JAS-39CBの機動性ならば後方短噴射の連続で追いつかれることはない。
またJAS-39CBの全高は通常の戦術機によりも遥かに低い。
つまり多少浮き上がっても遠方から光線級に狙撃される可能性もまた低かった。
そうして眼前の餌に誘き寄せられた突撃級の群れは突出し――左側面後方に出現した第33中隊のA-10Cによる中距離砲撃を浴びることとなった。
36mmガトリング砲の連射により、堅牢な正面装甲のみを残して破裂していく突撃級の群れ。
速度を緩め、旋回を試みようとする傍から突撃級は皆殺しにされていく。
2個師団規模のBETA群は最大3000体の突撃級を擁するとされるが、この数十分間で過半数の突撃級が撃破の憂き目に遭った。
「旧鶴見橋周辺に要撃級200!」
斯衛軍と韓国陸軍の砲兵部隊が放った榴弾を迎撃するためのレーザーが青空に伸びる中、第92戦術機甲連隊とBETA群の戦闘は、六郷土手要塞と横浜ハイヴの合間に流れる鶴見川の周辺で展開した。
午前11時ごろまでは一進一退――というよりは零進零退といった様相である。
旧鶴見橋周辺から渡河して攻撃に臨む中衛集団と、第13中隊(MiG-29SEK)・第32中隊(シュペルエタンダール)・斯衛軍大宰府警備隊(82式瑞鶴)が対戦したが、要撃級と戦車級から成る大群では突破力が足りない。
一方の衛士たちは要撃級や戦車級の大群を突破する必要がない。
そうしている間に韓国陸軍は、多摩川を越えて旧川崎市民広場に36mm機関砲弾や戦術機用誘導弾の補給コンテナを運び込んでいた。
「ここから、ですね」
六郷土手要塞に設けられた第92戦術機甲連隊本部で作戦をモニターしていた幹部たちは難しい顔をしている。
ここまでは未だ被撃墜機は1機も出ていない。
が、光線級、重光線級が最前線に姿を現せばそうもいかなくなる。
こちらは損害覚悟で光線級吶喊を繰り返さなければならない。
おそらくすでに地上には少なく見積もっても500体以上の光線級、重光線級がいるはずであった。
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■66.発動、望月作戦!(後)
■ 本話登場人物紹介
【豆枝幸路(まめえだ・ゆきみち)】
大尉。第92戦術機甲連隊本部・作戦担当幹部。
頭の回転は早い方。衛士上がりで八代基地を巡る攻防戦ではF-4EJ改に搭乗した(32話)。
【鈴木久実(すずき・くみ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第12中隊所属。コールサインはイツマデ9(28話)→イツマデ5で前衛小隊長を務める。同中隊の少尉の中では先任。
鬼として知られていた前衛小隊長の中野将利中尉に背中を任されるなど、衛士としての技量は優れている。趣味はトランプや花札で平然とイカサマをする(45話)。
【服部忠史(はっとりただし)】
大尉。第92戦術機甲連隊第12中隊長。コールサインはイツマデ1。
BETAには戦略眼・戦術眼があると考えている衛士。乱戦の中でも状況を判断する能力があるが、戦場で他人を慰めるまで余裕があるわけでもない(28話・41話)。何らかの事情で、戦死すれば八代基地の墓に入るであろうと確信している(43話)。
【氏家義教(うじいえ・よしのり)】
大尉。第92戦術機甲連隊第23中隊長。コールサインはプリズナー1。
問題を抱えた第23中隊をまとめあげるためか、戦場での言葉遣いは荒い。が、部下や後輩を助けることを躊躇しない。対峙した菅井麗奈中尉は、彼の操る殲撃八型の挙動から武家の剣技を連想(35話)。実際、彼が修める剣術は煌武院家に関係があるらしい。
最初の2、3時間の戦闘がワンサイドゲームとなった理由は、約4kmと極めて狭いエリアに100機以上の戦術歩行戦闘機と小型無人偵察機が一挙投入されたためである。戦術機甲部隊の機動力ならば相互援護など容易い距離でもある。構築された濃密な火網に対して、BETAは迂回や回避を試みずにただ突撃を繰り返し、そのまま落命していった。
しかしながら逆にいえばこの狭い戦域に、数百体の光線級・重光線級が姿を現せばどうなるか。
「光線級の現在地です」
第92戦術機甲連隊本部では第92連隊・韓国陸軍・斯衛軍大宰府警備隊の幹部たちが額を突き合わせていた。
光線級は無秩序に散在するわけではなく、数体から数十体の群れとなって行動することが多い。
そして複数個体が複数回に亘って砲弾へ本照射を実施することで放たれる熱量と、生じる
「まずは旧伊藤洋華堂・鶴見店の光線級小隊を叩きましょう。東側のマンションが目隠しになります」
作戦担当幹部の豆枝幸路大尉の意見具申は、速やかに受け容れられた。
「弾種、97式――」
無人機と戦術機の連携に万全を期すため、それまで榴弾を緩やかに発射するに留めていた砲兵部隊は、一斉にAL弾に弾種を切り替えた。
帝国斯衛軍大宰府警備隊の砲兵部隊が放った97式105mm重金属発煙弾――要はAL弾――は狙い通りに鶴見川直上で迎撃され、濃密な重金属雲を生成する。
くすむ青空。
その下を、雷撃が閃いた。
廃ビルの影から飛び出した12機のFC-1は一瞬で鶴見川を飛び越え、亀裂が走る外壁と破砕された窓が痛々しいマンションを盾に――そしてその南側から回りこむ。
崩落した純白の百貨店、残骸の上に立っている瞳の群れをFC-1のFCSは確実に捉える。
一斉に反応する戦車級。そして、40体の光線級。
その瞳に映ったのは、鈴木久実少尉が操る鈍色の機体である。
「イツマデ・ブラボー、FOX2!」
36mm機関砲弾が一帯を蹂躙した。
直撃を受けて上半身を切断される光線級。
炸裂した砲弾が撒き散らした破片を浴びて、体液を噴きながら廃墟から転げ落ちる光線級。
向かってくる戦車級は瞬く間に瓦礫に縫いつけられていった。
「イツマデ1ッ――」
が、これで終わりではない。
「――旧潮鶴橋交差点に光線級30ッ!」
側方警戒を怠っていなかった後衛C小隊はわずか500m南方の交差点、崩落したマンションの合間に群れる光線級を発見した。
「チャーリー、
30体程度の光線級にC小隊の誘導弾を使うのはもったいないかもしれないが、確実を期す。1個体でも本照射に移行されては、衝撃波と吹き荒れるプラズマの余波で複数機がやられるかもしれない。
「了解!」
C小隊の4機は両肩部に備えられた16連装地対地ミサイルランチャーを斉射し、同時に突撃砲を連射した。
30体の光線級は垂直に浮き上がった誘導弾を追随して空を仰ぐ。
その状態で36mm機関砲弾の暴風を真正面から浴び、吹き飛ばされていった。
と、同時にC小隊の頭上を膨大な熱量とプラズマが吹き荒れた。
虚空で爆散する誘導弾。辺り一帯に炎を曳いた破片が降り注ぐ。
(む――!)
服部忠史大尉は即座に状況を理解した。
「落ち着け。重光線級がミサイルを撃っただけだ」
戦術機が装備する誘導弾は水上艦艇が装備するVLSと同様に垂直方向へ発射され、その後目標に向かうような仕組みになっている。
故に垂直方向へ飛び上がった誘導弾は、遠方にいるであろう全高20mの大目玉に撃墜されてしまった。
ただそれだけだ。
(光線級の相互援護――)
連中がそこまで考えているかはわからない。
が、高い捕捉能力、無限に思える有効射程、そして対レーザー加工が為されていない飛翔体ならば容易く撃墜してしまえる破壊力。
この3つが揃っている以上、この戦域にいる数百の光線級は相互に援護し合えてしまう。
しかしいまは考えるよりも行動が先だ。
「イツマデ各機、
……。
旧鶴見橋周辺においてシュペルエタンダールから成る第33中隊が、戦車級と要撃級から成る中衛集団を制圧する最中、旧鶴見市場駅周辺まで進出した第22中隊“バトル・シスターズ”のF-8Eクルセーダーが、36連装127mmロケットランチャーを斉射する。
空中へ解き放たれる127mmロケット弾は一帯の全光線級の視線を集めた。
途端に閃く光芒。
光線級の正確無比の照射が弾頭を破壊し、重光線級の本照射は衝撃波によって直撃せずとも複数の弾体を無力化する。
が、1個中隊12機で864発の127mmロケット弾は敵防空網を物量で押し切り、3割ほどが光線級の集まる旧花月園競輪場を直撃した。
この隙を逃さずに2個中隊が鶴見川以西へ斬りこみをかけた。
第11中隊のF-14Nノラキャットと、第23中隊のF-15AAである。
前者は重光線級が進出しつつある旧鶴見大学付属学校。
そして後者は旧鶴見駅周辺の光線級の駆逐と、旧横浜商科大学跡地に設けられたNE6ゲートを占領するための布石として、前線を押し上げることが目標である。
「くそったれ、砲撃支援がなさすぎるッ!」
「しゃーねーだろ! 俺らを殺すための作戦なんだからなッ!」
「オープンでごちゃごちゃ喋るなッ!」
第23中隊のF-15AAは超低空飛翔で戦車級を吹き飛ばし、京急本線の高架を飛び越えて鶴見駅前ロータリーに突っこんだ。
「小型種に構うなッ! 赤蜘蛛なんざあとで振り落とせばいい!」
氏家義教大尉は着地点にいた戦車級と兵士級の群れを轢き殺しながら接地する。
飛び交う血肉と、体液で主脚部が汚れるのを気にせず、彼が操るF-15AAは副腕も合わせて3門の突撃砲を崩落した歩道橋の上に佇む光線級に向けた。
光線級の照射膜が光り、予備照射が始まるが、それだけである。
周囲でも続々と着地したF-15AAが光線級を始末していく。
「こちらプリズナー6! 旧花月園前駅方面からタコ助多数!」
「くそっ、
相手は光線級だけではない。
旧鶴見駅周辺は突撃級や要撃級でさえ破壊し難い頑丈な高架鉄道と、マンション、雑居ビルに囲まれており、守りやすい地形となっているが、それだけに南方に続く大通りを要撃級が大挙して押し寄せる。
さらに高架の上から次々と戦車級が出現し、衛士たちを苛立たせていた。
そんな彼らを氏家義教大尉は一喝した。
「落ち着け! 各機、
……。
「やはり国連軍は動きませんな……!」
寄り合い所帯の司令部で、韓国陸軍大佐の金道春大佐は苛立たしげに言った。
実のところ参戦予定の国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊――A-01を、彼らはアテにしていなかった。
A-01が国連の秘密計画に直属する部隊であることは、知っている。
故にこの間引きの段階では前線には出ない。
出るとすれば、門に取りついたときであろうという確信があった。
作戦開始から6時間が経過している。
未だ第92戦術機甲連隊をはじめとする戦術機甲部隊は善戦を続けているが、圧されはじめてもいた。
1時間前に旧森永橋から旧末吉橋までの一帯にかけて、要撃級と戦車級から成る旅団規模のBETA群が渡河した。
これに対しては韓国陸軍第51戦術機甲大隊と帝国斯衛軍大宰府警備隊が頭を抑え、再補給を終えていた第33中隊(A-10C屠龍)が過半数を殲滅するも、未だ多くの戦車級が市街地に残っている状況だ。
旧鶴見大学付属学校の重光線級を殲滅した第11中隊(F-14N)は、第23中隊が押さえていた旧鶴見駅前まで後退に成功。
が、次は旧鶴見橋周辺に戦車級から成る旅団規模のBETA群が殺到したため、第32中隊(シュペルエタンダール)がこれを迎撃し、第11中隊・第23中隊は側面から戦車級の群れを攻撃――クロスファイアで殲滅しつつある。
(手も、火力も足りぬ)
口にも顔にも出さないが、東敬一大佐もまたそう思った。
一方で生粋の戦術家である園田勢治少佐は、そんなことを考えている余裕すらない。
「第32中隊を後退させて補給をさせましょう。第31中隊と交代させます」
「よろしい。……第23中隊は大丈夫か? F-15AAの継戦能力は低いが……」
「ここは機動を最小限にした固定砲台になってもらうほかありません。第11中隊がついているので大丈夫でしょう。第12中隊の補給が終了次第、彼らと第11中隊を交代させます」
「では、そうしてくれ」
戦闘推移のほとんどが頭に入っている園田勢治少佐は、戦闘・予備・補給のローテーションを更新し続けている。
正直なところ、ギリギリ廻している状況だ。F-8EクルセーダーとA-10C屠龍の絶大なる火力がなければ、鶴見川周辺で持ちこたえることは難しかっただろう。
園田勢治少佐ほどではないが、それを東敬一大佐も理解している。
だからこそ、1個中隊でも構わないので増援が欲しいところであった。
「――デリング1から各機」
が、国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊は、やはり動く気がなかった。
安全な六郷土手要塞。
強化された土手の裏側からセンサーのみを突出させ、第92戦術機甲連隊機の性能およびBETAの行動パターンの解析にだけ、心を割いている。多摩川以南の死闘、オープンチャンネル、秘匿回線の会話問わず、すべてを傍受している。
故にA-01連隊・デリング中隊の中隊長である大和田大尉は釘を刺さざるをえなかった。
「もう1度確認しておく。我々の任務は現段階では情報収集だ。いいな」
返答には、2種類のそれが混じっている。
イリーナ・ピアティフ少尉のように“割り切れている”もの。
一方で日本――それもこの横浜市出身の衛士のように、納得しきれていないもの。
「ミツバチ5、後退しろ。前に出すぎだ」
「パッパ5、こちらパッパ1。B小隊を率いてミツバチ5を援護せよ!」
「パッパ1、パッパ5了解。てか井伊さんマジ!?」
「旧市立中学校前に光線級3! 撃ちます!」
「パッパ5、こちらパッパ9! 旧森永橋方面から戦車級300がそっちに行く!」
「陽さんとふゆさんが対応して!」
「了解!」「了解」
「肩のやつ使わんでね!」
「こちらサイウン1だ。もうすぐ到着する。状況は――」
「ミツバチ1だ。サイウン、頭が高すぎるぞ」
「初期照射――」
「全機、緊急着地!」
「あ゛」
「サイウン3が墜ちた!」
「HQ、こちらサイウン1。サイウン3が回避運動の最中に墜落」
「こちらHQ。状況を詳しく知りたい。戦闘、自走、脱出。いずれが可能か?」
「HQ。こちらゼノサイダ1だ。
「こちらHQ。ゼノサイダ、プリズナーも含め全機、鶴見川東岸まで後退。繰り返す、全機後退。指定ポイントに集結せよ」
「ゼノサイダ1、了」
「プリズナー1、了解」
「HQ。こちらサイウン1。サイウン3は主脚が大破している。搭乗者のバイタルサインはあるが応答しない」
「おいサイウンの新人どもッ、覚悟はいいか!?」
「あんたいまそんなこと言ってる場合かよ!」
「言ってる場合だ実方ァ! 突っこんでくる阿呆をぶち殺すか、擱座した馬鹿を見棄てるか――だったら阿呆の方ぶち殺すに決まってんだろ! 気合入れろ、飯の数じゃねえってこと見せてくれや!」
「くそったれ、やってやるよ!」
「その気概や良し! こちら防人01。黒月陣風だ。我々も混ぜてもらおうか!」
「ゼノサイダ、こちらHQ。突撃級の最先頭を狙撃して擱座させろ。できるな?」
「ゼノサイダ1、了」
「少将閣下、お下がりください」
「田上くん、君こそ下がりたまえ。婚約者が
「お戯れを……!」
オープンチャンネル上で繰り広げられる死闘に耳をそばだてているのは、国連軍だけではない。
第92戦術機甲連隊本部要員から、多摩川防衛線を構成している国連軍・斯衛軍・帝国軍将兵の誰もが、気にしていたといってもいい。
故に、事件は起こる――。
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■67.もうこの街でこれ以上――!
◇◆◇
小雨が降っている。
砲声と、本照射の甲高い音も響いている。
戦場まで、わずか数kmの六郷土手要塞。
待機状態の緊急発進機は、ただ雨に打たれて立っていた。
その足元で眼鏡をかけた衛士と、右腕を失った元・衛士が睨みあっている。
「卑怯者」
静かな怒りが、衛士にぶつけられた。
「満田少尉」
「いまは伍長。見ればわかるよね」
レンズとレンズについた雨粒越しでも直視はできず。
衛士は視線をわずかにずらした。
「命令は――」
「命令?
「……」
「だったらこの不知火、貸して」
「無茶を言う」
「その無茶をやったのが
「……」
「戦えない人々のために戦うのが、衛士だから」
言外に、だが。
満田華伍長は、沙霧尚也大尉を“戦えない人々”に含めてそう言った。
小雨に濡れた94式戦術歩行戦闘機不知火は、泣いているようにもみえたし、要塞の向こう側にいる仇敵を睨みつけているようにもみえた。
◇◆◇
旧多摩川駅前。
立錐する“黄”と“白”の巨人は、長刀を担いだまま南の空を仰いでいた。
衝角と凶刃が鎬を削る戦場からさほど離れていない。
「忠道――」
故に聞こえてくるのは砲声だけではない。
チャンネルを合わせれば、衛士の息遣いと肉声が聞こえてしまう。
かつて帝都と九州、512928m離れていたひとりの少女と、
しかしいまは8174mしか離れていなかった。
戦術機ならば、指呼の距離だといえる。
「和泉、わかってると思うけど」
だから小隊長を務める“黄”の衛士は、釘を刺した。
彼女は能登和泉少尉のことをよく知っている。
九州地方にて戦端が開かれ、しかしながら無事にBETA第1梯団を退けたと聞いたときには、和泉は歓喜の涙を流していた。
そして互いに窮地を脱し、その後続いた退却戦の日々においても、和泉は彼と再び会う日を夢にみていた。
「……」
にもかかわらずいま、能登和泉少尉は組織によって縛りつけられている。
「和泉」
「……うん」
頷きながら、和泉はすべてを呪った。
関東遠征を決めた黒月少将を。
甲22号目標漸減作戦への参加を認めない上層部を。
そして、組織だの、命令だの、評価だの。
そんなくだらないことを理由に、多摩川を越えられない自分を。
「噂どおりの処刑、ですわね」
能登和泉少尉の思いなど斬り捨てるように、山城上総少尉は冷たい声色で言った。
「山城少尉ッ」
“黄”の小隊長が思わず飛ばした叱責の声にも、彼女は動じない。
「いま多摩川の向こう側で起こっていることは比喩でもなく処刑でしょう」
◇◆◇
「FC-1、12機が帰還します」
「うち1機が右主腕部損傷とのこと!」
六郷土手要塞から離れた平和島公園には“鉄翼長城”と大書された幟が上がっている。
統一中華戦線――より正確には中国人民解放軍が派遣した後方支援部隊のスタッフたちは、帰還する第12中隊の中国製戦術機FC-1を迎えるべく右往左往していた。
その一角で夏露政治委員はガスボンベとコンロを持ちこんで、お湯を沸かしながら、さらに合成米を炒めていた。
「茶を用意してあげて!」
夏露政治委員は衛士ではない。
整備兵でもない。
しかし、衛士上がりではあった。
戦場の衛士や整備兵が求めるものを、知っている。
故にこの場で己が売りこんだFC-1を最大限活躍させるため、出来ることをしていた。
温かい飲み物と、温かい食事。
それは古今東西、戦場で喜ばれる代物である。
「来たぞ――!」
次々とランディングする銀翼。
うち1機の右主腕は、肘から先が妙な方向に曲がっていた。
最先頭の1番機の外部スピーカーで大音声で叫ぶ。
「9、10、11、12のミサイルコンテナ換装からやってくれ!」
「あの隊長機に飲み物やるから衛士は降りて来いと伝えろ! どうせミサイルコンテナの換装、推進剤補給に20分はかかる!」
茶を飲み過ぎたら?
そのときは機上でトイレパックへすればいいだけの話だ。
そんな陰謀5割、善意5割で夏露政治委員は鉄鍋を振るっている。
◇◆◇
六郷土手要塞からたった2km。
走ればさほどかからないはずの道程。
それが数十kmにも、数百kmにも感じられた。
崩落した南武線の高架に這い上った韓国陸軍のM48が、戦車砲を連射している。
どこへ、何を撃っているかを確認する余裕は、今田佳輔上等兵にはなかった。
彼は右腕部にマウントされている機関銃を連射し、前方の瓦礫の山の上にたむろする兵士級どもを粉砕する。
その傍では同じく機械化歩兵装甲を纏った工藤卓也上等兵が、周囲の警戒にあたっていた。
腕力を無限に増幅するがごとき機械化歩兵装甲。
しかしながら、これを以てしても小型種に対して圧勝できるわけではない。
闘士級と接近戦をやれば勝率は五分。
戦車級との接近戦ともなれば三分あればいいだろう。
軋む無限軌道の音が迫ってくる。
第92戦術機甲連隊本部付の60式装甲車だ。
上面や後部には取手が溶接されている。
回避機動中に墜落したJAS-39CBの衛士は意識を取り戻したあと、機械化装甲を纏ってハッチを強引にこじ開ける形でベイルアウトに成功。
しかしながらその過程で、機械化装甲の一部を故障させてしまったらしい。
故に第92戦術機甲連隊の警備部隊の中から選抜された彼らが、回収作業に向かっている、というわけだ。
「ナメクジ91。こちらバッタ04だ。前方の敵は全滅させた」
「バッタ04、ご苦労!」
今田佳輔上等兵は出動が決まってから、舌打ちもしていなければ、愚痴も吐いていない。
相方も同様だ。戦場で衛士を拾うくらい、最初から覚悟の上。
暇つぶしには、ちょうどいい――それが彼の精一杯の強がりであった。
◇◆◇
夕闇が迫る鶴見川東岸。
彼我乱戦が始まる中で櫻麻衣大尉と僚機の菅井麗奈中尉は、光線級の予備照射を躱すのも兼ねて要塞級に吶喊した。
鶴見川にその身をつからせた怪物は、溶解液したたる衝角を奔らせる。
その先にあるのは櫻麻衣大尉が操るF-14N――瞬間、可変翼を操って鈍色の機体は、衝角が狙った“未来位置”から逃れた。
「死ねや!」
同時に菅井麗奈中尉機が跳びあがり、右肩部と頭部の接合部を長刀で振り抜いた。
鶴見川の中央で崩れ落ちる要塞級。
それとともに櫻麻衣大尉は鶴見川の西岸に立つと新たな要塞級に目をつける。
1階部分しか残っていなかったアパートを蹴飛ばして前進する要塞級に向かって飛翔――放たれる衝角を、可変翼の微妙な操作で故意にバランスを崩して避けると、足下に着地。
そして一気に左肩部を斬り上げ、これを無力化する。
無論、衛士は“次”を見据えていなければならぬ。
櫻麻衣大尉機は要塞級を斬り上げながら、背面ガンマウントを展開させて集まる戦車級めがけて掃射を行い、着地点を確保していた。
「そろそろ来るぞ――」
櫻麻衣大尉には、確信があった。
であるから多少無理をしてでも要塞級の死骸という“障害物”を作り出している。
彼女だけではなく第11中隊の衛士たちは、己の直感を信じて第92戦術機甲連隊と諸隊のために地の利を提供すべく動いていた。
「HQ、こちらサイウン1! 残弾が心もとない、補給のための後退許可を!」
「サイウン1。こちらHQだ。ミツバチが補給を終えるまで待て」
「HQ、わかった。が、もたないぞ……!」
JAS-39CBから成る第31中隊機の半数は、すでに携行弾数のほとんどを消費してしまっていた。
同機が軽量・小型機であることもあるが、新人たちが無駄撃ちしすぎたことがその理由だ。
故に前衛小隊・中衛小隊は近接格闘を余儀なくされている。
「くそ――!」
サイウン8、実方成也少尉機は左主腕で保持していた突撃砲を棄てると、右主腕を迫る要撃級の頭部に突き出した。
展開済みのスーパーカーボンブレードは、半ば圧し潰すようにその頭部を破壊する。
血肉とともに引き抜かれる刀身。
左主腕部のブレードもまた開放され、脇から飛びかかってきた戦車級を横殴りに斬殺しながら吹き飛ばす。
「え゛」
その隣で、破砕音が響く。
「飯島ッ!」
主脚部を狙った要撃級の横殴りの一撃に対応できず、半ば吹き飛ばされるように転倒する飯島光三少尉機。
「サイウン7、ベイルアウトしろ!」
トドメとばかりに前腕を振り上げた要撃級は、感覚器と脇腹を射抜かれて沈黙した。
未だに砲弾を残しているサイウン5――青山敬行中尉が狙撃したのである。
しかしながら次の瞬間、飯島光三少尉機は戦車級の奔流に呑みこまれている。
「あ゛、ぎゃ――いあ゛」
「飯島ッ!」
「サイウン8、駄目だ! まず前見ろ!」
実方成也少尉機は飛びかかってきた要撃級を、横っ飛びで避け、避けながらその胴部を右主腕のブレードで斬り裂いた。
さらに着地点に居合わせた戦車級を踏み潰し、左主腕を眼前の要撃級に叩きつける。
考えているというよりは、本能のままに暴れている状態に近かった。
その頭上をF-8Eクルセーダーが放った127mmロケット弾が翔けていく。
狙いは旧鶴見駅西方の寺社にまで進出してきた光線級と重光線級である。
が、そのほとんどが空中で迎撃され、また降り注ぐロケット弾と子弾の多くは光線級の傍にそびえる要塞級に直撃してしまい、思うような効果を上げることができなかった。
「こちらHQ。シスターはロケットランチャーを投棄し、サイウンを援護せよ」
「了解。シスター1より各機、ランチャー投棄。指定座標でヒヨッコどもを――」
「旧森永工場に重光線級2!」
誰かが叫ぶ。
戦塵で汚れたファンシーな塗装の外壁。
その脇に立つ全高約20mの怪物は、照射膜を発光させた。
「誰がやられたッ!」
「サイウン11だ!」
「こちらHQ、ゼノサイダC小隊。対処せよ」
「ゼノサイダ9、了解」
撃墜されたのは近傍に現れた戦車級を振り切るべく回避機動をとり、であるがゆえにBETAから離れていたサイウン11、小野木育男少尉機であった。
加えて補給を終えて移動中であったミツバチ9、寒川賢介中尉機が撃墜されている。彼は予備照射から本照射に至る前に回避機動をとっていたが、ほんのコンマ数秒だけ本照射が擦過し、その凄まじい衝撃波のあおりを受けて旧川崎病院に激突してしまっていた。
「おいHQ――光線級の所在はどうなっている!?」
苛立たしげに声を上げたのは、宇佐美誉大尉であった。
その合間に彼女が操るMiG-29SEKは膝射の姿勢を取り、36mm支援突撃砲で廃墟の上から頭を出した光線級を吹き飛ばしている。
「こちらHQだ。すでに正確な位置は不明だ」
園田勢治少佐は事実を口にするほかない。
狭い戦域に多数の光線級が、しかも本照射を繰り返している。
そのためレーザークラウドが無数に発生しており、また彼らもその場に留まっているわけではないため、水蒸気の塊と熱量が無秩序に広がりをみせている。
つまり小型無人偵察機のセンサーは役に立たない、というわけだ。
そして破局は、みるみるうちに近づいてきた。
「こちらスピアー1だ。旧末吉橋付近に要撃級、戦車級多数。少なく見積もっても旅団規模」
「細かいのがうじゃうじゃいやがるだけだろ――!」
「が、放っておけば右翼を衝かれるぞ!」
まず3000近い新手が攻防の中心となっていた旧鶴見橋よりも上流の旧末吉橋付近に出現。
続いて要塞級を優先的に斬り殺していた櫻麻衣大尉が、“まだ”生きている要塞級の頭部あたりまで跳んでから、にがにがしげに言った。
「こちらゼノサイダ1。最悪のタイミングだな――第二次増援だ」
門のあたりから次々と突撃級が現れ始めている。
櫻麻衣大尉がいうところの“最悪”とは、他者からすれば“絶望”に近い。
第二次増援といえば師団規模は固い。おそらく2万から4万。どう少なく見積もっても態勢が揺らいでいるいま迎え撃てば、総崩れになる可能性が高い個体数だった。
(どうする)
園田勢治少佐は恐慌に陥る余裕さえなく、策を練った。
(A-10Cの第33中隊は補給を完了させたまま手許にある。これを横隊に並べてもう再び砲撃戦をさせる。第一次増援の光線級・重光線級も前に出ている以上、厳しい戦いになるだろうが……。側面の旅団規模の要撃級・戦車級に対しては、損害を覚悟の上で韓国軍と斯衛軍に支えてもらうほか――)
そのとき、オープンチャンネルに、声が響いた。
「おかしいだろ――!」
「誰がどう見ても、この状況はっ!」
1機の94式不知火が、六郷土手要塞から突出した。
帝国軍仕様の鈍色のそれではない。
地球の青を纏った国連カラーの不知火は、廃ビルの合間を縫って一気に最前線へ打って出る。
「デリング8! おい、孝之!」
続けてもう1機。
国連カラーの不知火が、六郷土手要塞から飛び出した。
「落ち着けよ!」
「落ち着いてられるか――ここは!」
「デリング8、9、戻れッ!」
「ここは俺たちの街なんだッ、だからもうこの街で――!」
次の鳴海孝之少尉の咆哮は、人々の感情を揺さぶった。
「この街でこれ以上、誰も死んでほしくないんだ!」
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■68.月の下、集う剣!
◇◆◇
次回更新は2月19日(日)6時、あるいは20日(月)0時を予定しております。
コールサイン“リーダー(リード)”の設定が固まりきっていなかったのですが最前線で2隊以上に対して指揮を執る指揮機を“リーダー”とします。
今後ともよろしくお願いいたします。
◇◆◇
「この駅も、あの学校も、あの丘もッ――全部!」
1機の94式戦術歩行戦闘機不知火が突出する。
「全部! 俺たちの街なんだよッ!」
デリング8、鳴海孝之少尉機は廃ビルの合間を翔け抜けて、一気に鶴見川近傍のBETA群に突撃を仕掛けた。
続けて彼の僚機デリング9、平慎二少尉機がその近傍に立ち、突撃砲を連射する。
「なんだこの餓鬼ッ――!?」
補給を終えたばかりのF-15AAを駆る第23中隊長の氏家義教大尉は、毒づきながらも突撃砲の砲口を、鳴海孝之少尉と平慎二少尉を狙う要撃級の群れに向けた。側面を晒していた要撃級が弾け、その死骸を踏みつけていく戦車級もまた同様に虚空へ肢体を四散させていく。
「あんたたちは俺たちの街を取り戻すために戦ってくれてんだろッ!?」
「こいつ、日本人か!?」
「来るな、死ぬぞ!」
「あんたアホかいな!?」
「こちらデリング1だ、デリング8、9、すぐに戻れ! これは命令だ!」
デリング中隊を率いる大和田大尉の命令を、彼は無視した。
というよりも耳に入っていない。
鳴海孝之少尉機は宙を翻って要撃級の一撃を躱し、36mm機関砲弾で反撃する。
「なのにそのまま俺の街で見殺しになる!」
「デリング8、こちらサイウン1だ! 貴様の気持ちはわかった、戻れ! ここは大丈夫だ!」
「水落、あいつを狙う光線級を撃て! 旧佃野公園!」
「プリズナー1、プリズナー2了解! おいクソガキ、戻ってこい!」
水落美歩中尉機が膝射の姿勢を取り、120mmキャニスター弾で鳴海孝之少尉機を狙う光線級を惨たらしい肉片に変えた。
が、鳴海孝之少尉は吼える。
「俺はもうそれに耐えられないんだ!」
吼えながら単機で前線を押し上げにかかった。
「デリング1。こちらヴァルキリー1だ。何が起きている?」
「デリング1、こちらデリング2。私が引き戻しに行きます」
飛び出した3機目の不知火は、ポーランド出身のイリーナ・ピアティフ少尉であった。
理性的な彼女はこの吶喊に参加する腹積もりはまったくなかっただろう。
が、単機で多摩川を越えたのは浅慮であった。
「ピアティフ少尉――デリング3、4! 援護してやれ!」
「了解!」
「了解!」
戦術機は必ず2機単位のエレメント以上で行動することが原則。
故に4機目、5機目の不知火が飛び出していく。
「デリング8! こちらヴァルキリー1――私だ。伊隅だ! 同郷の者としてその気持ちはわかる、だが!」
「おい、あの不知火はなんだ!」
「ミツバチブラボー。ミツバチ1だ。あれの退路を確保せよ」
「ミツバチ5了解! ついてこいッ!」
「応!」
敵中、深く斬りこむ鳴海孝之少尉機。
群がる戦車級と要撃級、蠢く要塞級がその退路を塞ぎ始める。
が、そこに4機のシュペルエタンダールがその身を割りこませた。機関砲弾から成る暴風が戦車級と要撃級を吹き飛ばし、長剣を腰溜めに構えた機影が要塞級に突進する。
「伊隅大尉ッ! 大尉ならわかるでしょう!?」
「……」
「この横浜で、この白陵で――俺はもう誰も死んでほしくないんだッ!」
「パッパ5、こちらパッパ1だ。あいつを殺させるな!」
「宇佐美大尉、それどういう命令ですか!?」
「言ったとおりだ、あいつを殺させるな! 行け! この一戦、あいつが生き残れば勝つ、死ねば負ける!」
「パッパ1、よくわかんないですけど了解! パッパ6、7、8、やってやるぞ!」
シュペルエタンダールと対戦中だったBETA群を全身凶器のMiG-29SEKが粉砕し、さらに突進――彼らは2機の不知火に追随する。
夕闇の中、曳光弾が奔る。
迫る要撃級の群れに、2機の不知火は肩を並べた。
「孝之! お前だけにいい格好させるかよ!」
「慎二――!」
「帝国の衛士さん、俺たちはこの街出身でね! だから戦わないわけにはいかないんですよ!」
鳴海孝之少尉機と平慎二少尉機は、仁王立ちになって迫る要撃級の群れと対峙する。
「おい」
その要撃級の群れが、横合いから突撃してきた機影に吹き飛ばされる。
「こちらゼノサイダ1、92連隊の櫻だ。タカユキとシンジ、といったか。悪いが戦っているのは貴様らふたりだけではない」
血肉に汚れた鈍色の装甲板。
体液をしたたらせる長大なる刀身。
淡く光る黄金のセンサーアイが、両機を捉えた。
「“われわれ”もいる。全員の力で、この街を取り戻すぞ」
歴戦のF-14Nは一瞥すらせず、背後を駆けてくる戦車級どもを、背面ガンマウントの砲撃で退けた。
(無駄だよ)
櫻麻衣大尉の清澄明瞭な思考の中で、誰かがささやく。
(彼の義憤も、皆の奮戦も、すべて大海崩で海の底に沈む)
しかし、と彼女は己の内にあるささやきを嘲笑った。
(それはいま戦わない理由にはならない。最後に我々人類は勝つ)
(何度も繰り返してきたのに――)
(ならば私は人類の勝利を信じて、何度でも戦場に立ち続けよう)
櫻麻衣大尉は声を上げた。
「HQ、こちらゼノサイダ1。指示を」
◇◆◇
「HQ、こちらゼノサイダ1。指示を」
寄り合い所帯の作戦司令部は、混乱していた。
デリング8、デリング9を最先鋒として戦陣は大いに崩れている。
どう立て直すか、と頭脳をフル回転させ始めた園田勢治少佐。
「園田少佐」
それを、東敬一大佐は制した。
そして、マイクをとる。
「こちらHQ。第92連隊長の東だ」
東敬一大佐はこれが戦機だ、と思った。
「われわれ人類軍は、旧横浜商科大学の
無理に諸隊を後退、整理しては元の木阿弥。
守勢に甘んじれば、敵の勢いに呑まれて壊滅するのが目に見えている。
ならばここはこの勢いのまま前進して敵を圧倒し続け、出血を強いた方がよい。
「日本帝国第92戦術機甲連隊は国連軍第1戦術戦闘攻撃部隊と協同」
「帝国斯衛軍大宰府警備隊および韓国陸軍第51戦術機甲大隊は側面防御を担当」
「このあと第二次増援の突撃級が姿を現すだろう。と同時に、諸隊は92連隊11中隊および33中隊と
「ゼノサイダ1を
「HQ。ゼノサイダリーダー了解。横浜に集った諸君、明日のために勝つぞ」
闘志を宿した櫻麻衣大尉の声が、オープンチャンネルに響いた。
「……」
よろしいのですか、と聞いた園田勢治少佐に、東敬一大佐は溜息まじりに戦域図を指さした。
「これを見ろ。俺たちはどうやらこれを捌くので精一杯になりそうだ」
鶴見川以西を埋め尽くすBETA群を示す赤いマーカー。
対して鶴見川以東には作戦参加機を示す青いマーカーが続々と出現していた。
いつのまにか雨は上がり、雨雲は去っている。
高速突撃を仕掛ける戦術機の頭上に浮かぶのは、勝利の居待月。
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■69.月も鉄も己が身だけでは輝けぬ。
NE6ゲートから湧き出した突撃級による長駆高速攻撃が、最先頭から崩壊していく。
後退する戦術機たちと入れ違うように前線に再び姿を現した火力の塊が、203mm大口径連隊支援砲を連射する。
と、同時に突撃級が絶命し、あるいは擱座する。
鋼鉄と火力の塊――否。
彼らが組んだ横隊は、鋼鉄と火力の城壁であった。
いまや突撃級でさえ壁に投げつけられる卵に等しい。
ぶつかっては砕け、ぶつかっては砕ける。
堅牢なはずの外殻が粉砕され、その中に詰まった生体組織が散乱する。
第二次増援の突撃級たちは、さぞまごついたことだろう。
戦場を彷徨う小型種たち。
F-14Nが作り出した要塞級の死骸。
少年の叫びに呼応した絶大なる砲兵火力。
あらゆるものが、彼らの突撃を妨害した。
そして彼らの前に立ち塞がるのは、鋼鉄と火力と意志の
勘違いするな。
お前たちはただ堅かっただけ。
お前たちはただ速かっただけ。
故にいま突撃級はこの
その突撃級を本隊に見立てた際、別動隊となる旅団規模の要撃級、戦車級は、人類軍の右翼に殺到した。
対するは、濃密な36mm機関砲弾の弾幕。
甲22号目標が放った生体砲弾ともいうべき要撃級たちを、KF-16ファイティングファルコンと82式瑞鶴が放った砲弾が粉砕していく。
青白い表皮が破け、血飛沫が舞う惨たらしい殺戮の廃墟。
それを一顧だにせず、押し寄せる異形の波。
正対した戦隼と瑞鶴は、一歩も退かぬ――それどころか一歩、二歩と前進する。
最先頭に立っているのは、青、赤、黄の戦術機。
そして黄の瑞鶴に、1機の白い瑞鶴が寄り添うように並んだ。
かつて500km離れていた両者の距離はいま、限りなく零となる。
その黄と白の戦術機を、廃墟の上から狙う光線級がいる。
彼の瞳は、彼らを完全に捉えていた。光る照射膜。発射される予備照射。
……その1秒後、発光していた照射膜は音速の弾芯によって四散している。
36mm支援突撃砲による狙撃。
膝射姿勢の白い瑞鶴は、続いて2体目、3体目と光線級を射殺していく。
その純白の瑞鶴の傍に立つのは、
120mmキャニスター弾を発射し、鋼鉄の雨を戦車級の群れに浴びせて叩き潰していた。
斯衛は戦場で勇気とともに最前線に立たねばならぬ。
ならばここにいない理由はない。
廃ビルと死骸の合間を翔け抜けて突撃を仕掛けたのは、人類軍の中でも最軽量・超小型戦術機のJAS-39CBの群れである。
小柄な有翼獅子たちは転がる
目指すは重光線級、光線級。
閃く予備照射を、小型、高速、新鋭の第3世代戦術機は躱す。
迫る生死分けるボーダーラインをいまアララトグリペンは越える。越えてゆく。
第3世代戦術機は、どこまでも生身の人間に近い反応速度を有する。
生身の延長線にある両腕のブレードを振るいながら彼らは異形の最中で躍り、巨大な眼球に肉薄した。
原始的な暴力が、精緻な射撃を超えていく。
鶴見川周辺における光線級の相互援護、長距離攻撃網はいま事実上機能していない。
第一次増援の生き残りである要撃級が這い回り、要塞級が蠢くこの一帯。
加えて行き場を失った突撃級が緩旋回を繰り返している。
この状況で味方撃ちを避けるなど不可能。加えて廃墟と横たわる要塞級の死骸は、彼らの眼から高速の機影を隠している。
故に国連のカラーリングを纏った不知火は、容易く南北から前衛・中衛集団を挟撃できた。
ふたりの男によってなし崩し的に参戦した一隊。
そして“鉄の女”と渾名されている割に思い切りの良すぎる中隊長に率いられた一隊。
アララトグリペンに釣られる形で緩旋回を繰り返し、無防備な側面と背面を晒す突撃級を殺し回り、要撃級を蹂躙する。
彼らが纏う地球の青は血に染まらない。
返り血を浴びる前に、次の仇敵へ翔けているからだ。
BETAに混乱という概念はない。
しかしながら傍目からみれば、彼らは当惑し、浮足立っているようにみえた。
彼らからすれば次々と“高価値目標”が接近しては遠ざかり、別方向からまた新たな“高価値目標”が接近してくるような状況。
そうやってまごついている間に、彼らはMiG-29SEKの肉弾じみた斬りこみによって撃ち砕かれ、あるいは斬り刻まれていく。
躊躇いはない。
ソ連、韓国、日本。
本機の経歴を“数奇な運命”と嗤う者は、もうここにはいない。
モーターブレードが唸り、戦車級がまた裁断される。
動揺すれば死が待っているこの戦場で、多くの人々がかかわってきた凶刃の塊を、彼らはいま信じていた。
その巨躯故に視野が広い重光線級は、月の浮かぶ夜空を仰いでいた。
降り注ぐAL弾が闇に溶け、大気中に消滅していく。
そうして充満した重金属の戦塵の中を、無数の誘導弾が翔ける。
砲兵の榴弾砲が戦場の女神であるならば、さしずめ戦術機の誘導弾は機械仕掛けの神。
鈍色の不知火の群れが放った92式多目的自律誘導弾は、次々と立ち上がる光芒を掻い潜り、重光線級の群れに殺到――少なくない数の弾頭が炸裂し、薄桃色の怪物を薙ぎ倒してみせた。
ミサイルコンテナを投棄しながら乗用車が散乱する路上に降り立った不知火たちは、白刃を抜き放ち、月光の下に吶喊に移った。
その腰部には“烈士”のマーキングが施されている。
黙して語らず。
人は人のために成すべきことを成せ。
……確かに彼らは彩峰萩閣の精神を受け継いでいた。
かつて稼働時間が極端に短かったことから欠陥機の烙印を捺された
いま彼らの得物は両主腕と頭上へ展開させた背部ガンマウント――併せて4門。
それを操るのもまた名誉を剥奪された衛士たち。
だからこそ彼らはいまこの戦場で、最善を尽くす。
突撃する烈士に向かった異形たちは、大鷲の放った
初期型といえども整備兵たちの手で丹精されたイーグルは、F-15Eにも負けず劣らず鮮やかな長距離砲撃戦を展開してみせた。
異形の戦陣に抉じ開けられた穴から侵入したのは軽快なるデッドコピー。
外見も中身もF-16Aに酷似した戦術機たちは、黄金のセンサーアイを閃かせながら翔ける。
そこにはいま煌々たる闘志の炎と、善意と打算と陰謀という暖かな人の情が宿っている。
若き衛士の呼びかけに必要とあらば
伸びる有線。
噴進炎が闇を一閃、要塞級の喉元を貫いた。
爆炎とともに崩れ落ちる要塞級の脇を、光ファイバーケーブルを曳きながらすり抜けた誘導弾が光線級の群れを吹き飛ばす。
火焔曳く破片と、緑色の表皮と、無数の瓦礫が四散した。
贋作が真作を超越する。
そんなことがあってもいいだろう。
主脚で瓦礫を一歩、また一歩と踏みしめて最後の中世騎士が往く。
円筒状の頭部外装。
十字型のセンサーアイ。
大剣振り被った少女の中隊章。
噴進弾の直射で遮蔽物ごと小型種を焼き払い、米第7艦隊が残していった置き土産――CIWS-6Aバトルメイスが唸り、瓦礫の山ごと兵士級と闘士級の群れを吹き飛ばす。
人々の営み失せたこの
荒廃した
問われれば彼らは答えるだろう。
いつか、いつの日にか、遠い明日に人々は戻ってくる。
再びこの街は復興し、かつての姿を取り戻し、取り戻すだけではなくさらなる繁栄を遂げるであろう。
そういう確信が、いまクルセーダーを動かしている。
突撃を繰り返す
八代の小学生たちが考えた蜜蜂を肩に宿すシュペルエタンダール。
しかしながら艦上戦術機として開発されたという来歴の彼らは、蜜蜂というよりは1万匹の蜜蜂をたった10匹で大虐殺してみせるという雀蜂であった。
F-15AA同様に長距離砲撃戦を得意とする鋼鉄の雀蜂は、押し寄せる戦車級と要撃級を寄せつけない。
それに並ぶのはM48主力戦車や機械化装甲歩兵たち。
いま
まるで、太陽の光を浴びて輝く月がごとく――。
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■70.ミラージュ2000-5(1)
――“
――“帝国軍・斯衛軍・国連軍・激闘48時間!”
――“闇夜に光明もたらした望月、続け明星!”
撃破確実個体数・軍規模約9万――。
日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊が主力を担った人類軍による横浜ハイヴ漸減作戦“望月作戦”は、帝国軍参謀本部の誰もが思いもよらないほどの大戦果とともに幕を閉じた。と、ともに誰もが歓喜した。国粋主義の作戦参謀らも、である。
甲22号目標横浜ハイヴは、未だフェイズ2。
ならば収容されている個体数は十数万といったところであろう、というのが作戦参謀たちの分析するところであった。
つまりいま横浜ハイヴに拠る敵戦力は、半減している。
まさに好機到来。
続いて本命となる横浜ハイヴ攻略作戦“明星作戦”の発動日は1999年5月16日が予定されていた。
これならば横浜ハイヴが“
「は?」
しかしながら、そうはならなかった。
「どういうことですか」
帝国軍参謀本部にて話を聞いた土田大輔中佐はまず呆けた。
それから遅れて怒りがやってきた。
明星作戦、発動延期。
国連安全保障理事会および国連統合参謀会議の決定だという。
外野からみれば、日本帝国は最精鋭部隊を投入し、軽微な損害と引き換えに数多くのBETAを葬り去り、もはや横浜ハイヴ攻略成功は確実という状況。で、あればそこにぜひ一枚噛みたい、可能ならば国連の名の下に利を掠めたい、と思う者が現れるのは自然なことであった。
この局面で口を出してきたのはインド首脳陣を受け容れ、南アジア・東南アジアに勢力を伸ばす常任理事国、オーストラリア。
彼らは望月作戦の成功をみて、自国軍関係者が立案した作戦計画を押してきたのである。
■ 日本帝国
■ 大東亜連合
■ 国連オルタネイティヴ第4計画派
■ 国連オルタネイティヴ第5予備計画派(米国)
■ 国連オーストラリア・インド作戦計画派
オーストラリアが主張したのは、攻略軍を三隊に分けた作戦計画である。
まず指揮系統を国連太平洋方面第11軍司令部、あるいは国連太平洋方面総軍司令部に集約し、全参加部隊を国連の下で統率するというのは、国連第4計画・第5予備計画派同様の大前提。
ハイヴ北方の多摩川沿いに布陣した日本帝国本土防衛軍、横浜ハイヴ南方の神奈川県茅ケ崎市から逗子市一帯に強襲上陸した国連軍が、同時に陽動戦術を採り、横浜ハイヴからBETA群を引き剥がした後に、国連軍の軌道降下攻撃によって決着をつける――それが作戦の概要であった。
そしてその軌道降下部隊に自国軍の拠出戦力を含ませることで、なんとかG元素やBETA由来技術を獲得しようというのが狙いのようだった。
日本帝国は常任理事国であるが、拒否権の発動については凍結されている。
そのため同じく常任理事国であるオーストラリアが出してきたこの作戦案を国連統合参謀会議は、大真面目に吟味しなければならない。
これがさしたることのない一国家による提案であれば、国連統合参謀会議も一蹴しただろう。
が、現実には相手は常任理事国である以上に、国連太平洋方面第12軍(東南アジア防衛担当)へ1個戦術機甲師団と複数の水上艦艇、大量の軍需物資を拠出している大国であった。
翌日、土田大輔中佐は首相官邸の前に立っていた。
「92連隊はやり遂げたじゃないか――!」
警備員に取り押さえられながら、彼は叫ぶ。
「横浜にBETAはもういないじゃないか! 帝国の主力は無傷のままそこにいるじゃないか!」
土田大輔中佐は前述のとおり、部下や部隊を死地に追いやることに躊躇はみせない。
幹部が部下を危険な任務に送り出すことは軍事組織の常、そして幹部はそれに責任を負わねばならぬ。
だからこそ死地で奮戦した者が挙げた戦果が、無為に終わることだけは許せない。
このままでは第92戦術機甲連隊や、褒められたことではないにしても自発的に作戦に参加した諸隊の努力は、まったくもって無駄になってしまう。
「勇気はある! 剣もある!」
国連ごときの横槍で、彼らが作り出した戦機をここで逃してなるものか。
「勝機もある! あと何が必要だというんだっ――!?」
答えは無言のままに返ってきた。
日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊については、速やかに六郷土手要塞から八代基地へ帰還することが決定。帝国軍参謀本部は、時間のかかる機体の輸送準備作業を待たず、まず92連隊の衛士だけを九州へ帰してしまった。日本帝国斯衛軍大宰府警備隊に対しても同様の処置がとられている。
日本帝国本土防衛軍第1戦術機甲連隊もまた作戦参加機はもちろんのこと、複数の中隊から数機ずつが抽出されて即座に分解整備に出されていた。
日本帝国斯衛軍多摩戦闘団は解体され、一部の衛士は本部勤務、あるいは関東の外へ異動となった。
国連軍第1戦術戦闘攻撃部隊も同様に何名かの衛士が横浜周辺での任務から外されている。
まるで彼らが再び起つことのないように、そんな処置である。
――帝国軍・斯衛軍の一部に、武装蜂起の疑いあり。早急に対応されたし。
首相官邸からの圧力に、やむなく国防省が屈した形であった。
◇◆◇
「F-16C?」
勝機が蜃気楼のごとく消え失せた6月初頭――4機の戦術歩行戦闘機が八代基地に搬入されてきた。
外観はF-16Cと変わらない。
が、実際にはF-16Cから大型化されている。もしも隣にF-16Aと同様の機体構造を有するFC-1閃電が並び立っていれば、明らかに一回り以上大柄であることがわかっただろう。
まず第92戦術機甲連隊関係者の目を惹いたのは、帝国軍の
目の前で起立姿勢を取った戦術機は、現状未だ“試製”扱い。
だからこそ、独特なカラーリングを彼らは施されていた。
その中で向日葵色のセンサーカバーが、存在感を放っている。
――試製戦術歩行火力支援戦闘機・XF-2。
外装はF-16C、内部構造は不知火。
鉄屑の名には相応しくない最新鋭機の1個小隊が、いま目の前に立っている。
1、2年前までF-4や殲撃八型を担当していた古参の整備兵たちは感慨無量、といった面持ちで立ち尽くしていた。
XF-2が配備されるのは、第92戦術機甲連隊第21中隊“フルストップ・バトラーズ”。
第31中隊と同様、第21中隊は第3世代戦術機に慣熟した衛士を揃えることになっていたため、中隊長も新たに着任した者が就くことになった。
「くだらない代物ですね」
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■71.ミラージュ2000-5(2)
◇◆◇
雑誌か何かの短編だったと思いますが、敵歩兵に狙われたMiG-29が光線級の初期照射を捉えるためのセンサー類で、敵歩兵の放ったロケット弾を捕捉、一瞬で弾道を解析して被弾箇所と想定されるダメージまで計算して必要最低限の防御姿勢をとり、突撃砲で敵歩兵を吹き飛ばしていました。
というわけで戦術機も機種によっては対歩兵戦闘を想定している、ということでご了承ください(もともとMiG-29には対戦車火器から身を守るためのアクティブ防御システムがオプションとしてあるようですが)。
また「よくわからないモードがある」というのは航空自衛隊の近代化改修型F-15Jに関する噂話が元ネタです(自衛隊側は米国製レーダーの全機能を教わっておらず、故に現場で米国製レーダーの機能が“発見”されることがある)。
◇◆◇
■ 本話登場人物紹介
【若狭理央(わかさ・りお)】
少尉。第92戦術機甲連隊第32中隊B小隊所属。コールサインはミツバチ7。
姉御肌を演じているが実は繊細。
【田所真一(たどころ・しんいち)】
大尉。第92戦術機甲連隊第32中隊長。コールサインはミツバチ1。
後衛A小隊を直卒しており、常に冷静沈着。部下や友軍機が撃破されても動じることがない。
「ほんっと人使い荒いって――!」
第92戦術機甲連隊第32中隊の若狭理央少尉は、家主の消え失せた木造住宅を圧し潰しながら駆けてくる要撃級目掛け、突撃砲の砲口を向けた。
山口県下関市旧彦島中町に響き渡る砲声。
1200m離れた要撃級は左半身の大部分を失い、前のめりに崩れた。続く数体の要撃級もミラージュ2000-5の射撃によって体の一部を切断され、あるいは風穴を空けて地に伏していく。
望月作戦から1か月――第92戦術機甲連隊第32中隊は横浜ハイヴ攻略作戦のための漸減および陽動、増援阻止というひどく曖昧な目標をもたされて、関門海峡の対岸にまで歩を進めていた。
作戦規模、対陣する敵の規模ともに、大局には影響を及ぼさないであろうレベルである。
第32中隊は特に苦戦することもなく、ミラージュ2000-5の巨大な頭部センサーマストによる敵捜索能力と長距離砲撃能力を活かし、50体近い要撃級と多数の小型種を一方的に撃破していた。
「ミツバチ9。こちらミツバチ1。旧造船所江浦方面から戦車級200。A小隊が対処せよ」
「ミツバチ9、了解。アルファ、行くぞ」
先の望月作戦において、重光線級の本照射がもたらした衝撃波により戦死の憂き目に遭った寒川賢介中尉の後継として、前衛小隊の指揮を執ることとなった上杉優太朗中尉は、南下する戦車級を近距離砲撃戦で食い止めることを選択した。
旧彦島大橋や旧関彦橋などで本州と接続している彦島は、坂が多い。
要撃級や突撃級以上の大型種の姿が隠れることはないが、戦車級は起伏の多い旧市街地の最中に紛れてしまうため、長距離・中距離砲撃戦では片づけることが難しい――上杉優太朗中尉はそうみたのだ。
加えて台湾から半ば厄介払いのような形で送られてきたミラージュ2000-5は、長距離砲撃戦から近接戦闘まで幅広くこなせるマルチロール機である。
吹き荒れる36mm機関砲弾の逆風。
その最中をくぐり抜けてきた戦車級を、最先頭に立つ上杉優太朗中尉は慌てることなく迎え撃った。
戦車級が踏み切るのに合わせ、ミラージュ2000-5はスパイクが備えられた膝部を繰り出す。
次の瞬間、赤い骸となった戦車級は、生体組織をぶち撒けながら後方へ吹き飛ばされていった。
ミラージュ2000-5から成る第32中隊が戦線を押し上げていく中、4機の試製戦術歩行火力支援戦闘機XF-2から成る第21中隊もまた関門海峡を渡っていた。
XF-2の八代基地到着から未だ1週間しか経っていない。
しかしながら西部方面司令官の指示で、彼らは小型種掃討とはいえ“実戦”に駆り出されていた。
(上は何を焦っているのでしょうか)
途端に銀の瞳に投影されている映像が切り替わる。
試製戦術歩行火力支援戦闘機XF-2は機体構造のみならず、その機能もまた“半端”であった。
(対小型種モード……)
わずか10秒でXF-2に搭載されたセンサー類は周辺走査を完了させ、その結果を彼女の瞳に反映させていた。
連続する廃墟と、奇跡的に形を保っている木造住宅、薙ぎ倒された木々の合間に、無数の光点が生じる。
そのひとつひとつが、兵士級、あるいは闘士級だ。
XF-2は多種多様な高性能センサーを備えており、捜索モードは複数から選択が可能だ。
対大型種長距離捜索や対光線級捜索はもちろんのこと、対戦術機モードまである。
そしてこの対小型種モード――駿河野場語名大尉はそれが気に入らなかった。
外見はF-16C。
内部構造は不知火。
そしてアビオニクスはおそらくF-16Cの拡張版ともいえるF-16XLのそれ。
(“戦後”を想定している米国らしい戦術機ですね)
対小型種モードなど、笑止千万の欺瞞。
実際には市街地に立て籠もる敵歩兵を掃討するためのモードである。
その証拠に対小型種モード使用時には、網膜の端に
(帝国の戦術機に、対人戦闘能力が必要なのでしょうか)
彼女の思いは、無論“反語”である。
しかしながら廃屋や森林に潜む小型種を掃討するのには、確かにもってこいだ。
駿河野場語名大尉はその光点のひとつひとつを、射撃で潰していく。
……。
現在、日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊における戦術機稼働率は、30%未満となっていた。
これは48時間にも及んだ望月作戦によって、作戦に参加した機体のほとんどが整備工場での分解修理を要する状態に陥っていたためである。
今後の運用計画を見据えると最も頭が痛いのはMiG-29SEKであり、こちらは大東亜連合勢力圏内まで海上輸送する必要があった(東南アジアではマレーシア軍・ミャンマー軍が、南アジアではインド軍・アゼルバイジャン軍が同機を運用しており、マレーシア国内に整備工場がある)。
こうした事情と望月作戦での活躍もあり、第92戦術機甲連隊は横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦には参加しないことになっていた。
明星作戦については解決するどころか複雑怪奇になりつつある諸問題を棚上げし、1999年8月5日の発動が決定――それまでに日本帝国をはじめとする人類諸陣営は、指揮系統や作戦計画に関する一切合切に決着をつけなければならなくなった。
対外交渉と作戦準備に追われる関係者――。
一方で西部方面司令官は、引き続き好き勝手に暴れ回っていた。
鬼の居ぬ間に洗濯、ではないが普段なら紛糾しそうな案件を一気に実行しにかかったのである。
彼が1999年内に形にしようとしていたことは、ふたつある。
ひとつはF/A-14ボムキャットの輸入である。
F-15AAやミラージュ2000-5の戦時緊急輸入が議決された装備調達会議の前後で報道があったとおり、日本帝国へ輸出されたF-14Nの活躍をみた米国が気をよくして輸出許可を認めたのが、このF/A-14ボムキャットであった。
F/A-14はボムキャットの名のとおり、F-14の火力強化機にあたる。
肩部ユニットや背面兵装担架を換装することでAIM-54フェニックスミサイルのような対地ミサイルから対戦車ミサイル、127mmロケット、迫撃砲、36mmガトリング砲まで多彩な装備が施せることが魅力であり、またボムキャットの名前の由来でもあった。
西部方面司令官としてはF-8Eクルセーダーを装備する第22中隊にあてる腹積もりである。
もうひとつは韓国政府に相乗りする格好での、新戦術機調達であった。
韓国政府は朝鮮半島陥落以前、F-15導入計画を進行させていた。
当時の韓国陸軍の戦術機甲部隊はF-4、F-5、そしてKF-16の3機種を主力としており、韓国国防部は第2世代戦術機であるKF-16の調達に邁進していた。
しかしながらF-16系列はもともと機体規模が小さい。
そのため稼働時間や作戦行動半径が短くなりがちであり、よって同機では機体規模が大きい代わりに継戦能力の高いF-4を代替できないという問題に、韓国国防部は直面していたのである。
故に彼らが目論んだのは、F-15C――あるいは当時開発中であった米国製F-15Eの導入であった。
結局のところその後の致命的な戦況悪化によってF-15の導入はかなわなかった。
のだが、離島部に腰を落ち着けたいま韓国政府は真剣にF-4をF-15に代替することを考えはじめていた。
そこで韓国政府と多少なりとも交流のある西部方面司令官は、彼らにささやいたのである。
――米軍から退役するF-15を安く購入すればいい。その方法を私は知っている。
――あとはそれをこちらでアップデートすればいいのだ。
――モジュールは日韓で共同開発すれば安く抑えられる。
F-15は欲しいが予算が厳しい韓国政府と、BETAとの最終決戦を見据えて戦力を揃えたい西部方面司令官の利害は一致している。
さらに日本帝国国防省も94式戦術歩行戦闘機不知火の改良に頭を悩ませながら、F-15J陽炎の能力向上をどうしていくかを模索しているところであったから、この話は渡りに船であった。
責任については西部方面司令官自身がもつと明言しているので、気は楽だった。
かくして後に“殺し尽くして護る力”“BETAスレイヤー”そして“国辱”と呼ばれる漆黒の戦術機――その前身となるF-15JKの開発が始まったのである。
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■72.ミラージュ2000-5(3)
◇◆◇
次回更新は2月24日(金)を予定しております。
◇◆◇
■ 本話登場人物紹介
【石川聡(いしかわ・さとし)】
大佐。日本帝国本土防衛軍西部方面司令部・情報参謀。
直情型であり、なおかつ直感的に物事を分析する。が、概ねその直感は正しい(51話)。
【鈴木久実(すずき・くみ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第12中隊所属。コールサインはイツマデ9(28話)→イツマデ5で前衛小隊長を務める。同中隊の少尉の中では先任。
鬼として知られていた前衛小隊長の中野将利中尉に背中を任されるなど、衛士としての技量は優れている。趣味はトランプや花札で平然とイカサマをする(45話)。
【荒芝双葉(あらしば・ふたば)】
少尉。第92戦術機甲連隊第22中隊所属。コールサインはシスター3。
第32中隊の保科・若狭少尉とは着隊同期。明朗快活な性格をしているが、第22中隊の光州作戦参加が決まった際には動揺した。小型種の掃討に必要とはいえ、人々の営みがあったはずの市街地を吹き飛ばすことに抵抗を覚えていた。
「ええ。11月には落ち着いているだろうから、その頃には――」
日本帝国本土防衛軍健軍基地・西部方面司令部。
黒電話で通話する西部方面司令官の話を横で聞きながら、情報参謀の石川聡大佐は半ばゲン担ぎだな、と思った。
通話相手は斯衛軍の関係者。
秋に日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊との模擬戦を行うには、明星作戦成功による本州打通と情勢安定が大前提である。
ゲン担ぎが半分、必勝の信念が半分か。
明星作戦には日本帝国本土防衛軍西部方面隊は参戦しない。
その代わりに不測の事態に備えることになっていた。
不測の事態、というのは、まず明星作戦攻略作戦の発動とともに起こり得る、半島・大陸からの大規模渡洋侵攻だ。実際、1978年の“パレオロゴス作戦”の前後ではBETAは複数回に亘る攻勢に打って出ており、明星作戦でも同様の事態が起こる可能性が十分にあった。
続いて明星作戦成功後の残存個体の動向である。
未だに人類は万単位のBETAを収容したハイヴの攻略に成功したことがなく、反応炉を破壊した後に残存個体がどのような行動に出るかは未知数だった。直近のハイヴに撤退するのか、それともその場に留まって戦闘を継続するのか――。
大規模渡洋を試みる敵増援を阻止するにしても、撤退するBETA群を攻撃するにしても、西日本・東日本にひしめくBETAを撃破して東西打通を目指すにしても、九州地方に拠る西部方面隊は極めて重要な役割を果たすことになる。
故に日本帝国本土防衛軍西部方面隊は、旧新下関駅周辺・旧安岡駅間にまで前線を押し上げ、下関市内に拠点を築き始めていた。
「カタリナ大尉、さっさとコイツ撃っちまいましょうや。肩が凝って仕方ないですぜ」
「ライター4。支援要請を大人しく待ちましょう」
「ライター1、こちらライター4。了ー解!」
ライター4――XF-2を駆る丹羽歩武中尉は、余裕を演じるべくおどけてみせたが、網膜に投影された戦況図を意識して落ち着かない様子だった。
無理はない。
火力支援戦術機開発における要求仕様は、92式多目的自律誘導弾ランチャーを4基装備可能であること。
そしてXF-2は実際に肩部装甲を支える副腕の強度強化等により、92式多目的自律誘導弾ランチャー4基の装備を可能とし、また現実に
ただし丹羽歩武中尉からすればデタラメであった。
ランチャー2基は撃震や不知火同様、左右両肩部上方に装備される。
もう2基は誘導弾とセットとなるフェーズドアレイレーダーが装着されるはずの肩部側端に装備されていた。ではフェーズドアレイレーダーがどこにいくのかといえば、肩部装甲前面に装着されている。
半ば強引なランチャー4基装備。
これが何をもたらすかといえば壊滅的な機体バランスと機動性の悪化、加えて友軍誤爆の可能性である。
大重量のミサイルランチャーを4基装備した状態では真っ直ぐ飛ぶのがせいぜいで、照射を躱すような回避機動はとりようがない。
また肩部側端に芸術的バランスで取りつけられた2基のランチャーから発射される誘導弾は、垂直方向に飛び出すのではない。まず水平方向に発射され、その後大きく孤を描きながら目標に向かうのである。つまり隣に味方機がいる状態では、フレンドリーファイアをもたらす危険性が高いといえた。
もしも次の瞬間、光線級や突撃級が現れれば間違いなく戦死する。
それがわかっているからこそ、丹羽歩武中尉は早く誘導弾を撃ちきり、ランチャーを投棄したかった。
(あれが新型か――!)
一方で地を駆ける機械化装甲歩兵たちは、その姿に感心していた。
巨大なミサイルランチャーとともに不動の姿勢を取る青い戦術機は、彼らからすれば目に見えない神仏よりもまさしく信仰の対象となりうる。
「こちらライター1。旧山陽新幹線高架下に闘士級21。座標は送った。続いて旧新下関団地1号棟の1階に兵士級10体以上――」
さらに青い戦術機は強力な対小型種索敵能力を有しているらしく、敵の現在地を逐一更新していく。
「何が鉄屑連隊だ」
「あれがありゃ市街戦もだいぶ楽になるな……」
それがともすれば闘士級の奇襲を受けて苦戦強いられる機械化装甲歩兵たちの偽らざる感想であった。
……。
他方、分解修理のために乗機を失った八代基地の衛士たちは、暇になっていた。
勿論、課業時間中は忙しい。
体力の錬成やJIVESを使用したシミュレーター訓練、あるいは事務作業や車輌整備の手伝いなど、やることはいくらでもある。
しかしながらいったん課業時間が終わると――長時間の待機や戦闘に慣れている身からすると――えらく暇に感じられてしまうのだった。
「芝っちだよね? ここの8持ってるの」
鈴木久実少尉は荒芝双葉少尉を睨んだ。
「も、もってませんって! それから、パスです!」
先輩からの圧に荒芝双葉少尉は、慌てた。
テーブルに並べられたカードは、ハートの8から先が欠落していた。
いわゆる7並べ。民生用電子機器の製造が絞られている現代において、衛士たちが興じる健全な娯楽といえば、カードゲームやボードゲームくらいしかない。
「そんなこと言って鈴木少尉が持ってんじゃないんすかあ?」
ラビット8・峯岸成少尉は鈴木久実少尉に対して疑わしげな声を上げた。
勝負師の鈴木。それが第92戦術機甲連隊の衛士たちの間で彼女を呼ぶ際の通り名になるほどだった。
現在は直属の上官となる服部忠史大尉の厳命により、彼女はポーカーといった賭けごとに直結するような遊びを禁止されており、しかもガン札(傷をつけた札)使いであるということが、着隊したばかりの駿河野場語名大尉に看破されてから、事実上の花札禁止状態にもなっていた。
そんなわけで彼女はいま単純に勝負を愉しむため、賭けごとなしでゲームに興じている。
「……」
「浦江少尉、透視でもする気っすか」
「うるせえ。集中を乱すな」
他の衛士の手指の動きとカードに全神経を向けているのは、ゼノサイダ11・浦江滋雄少尉だった。第11中隊で
「浦江さん、そりゃ無理だって」
鈴木久実少尉は失笑するが、浦江滋雄少尉の表情は真剣そのものである。
「鈴木、勝利に必要なのは能力と、その能力を100%発揮するための執念だ」
「ストイックすぎる」
鈴木久実少尉のつぶやきに、荒芝双葉少尉はくすくすと笑った。
「見えたッ!」
「え」
浦江滋雄少尉の短い叫びに、荒芝双葉少尉は驚いた。
「荒芝は持っていない――やはり貴様か、鈴木」
「ねえ、実際は見えてないでしょ」
「……」
しょーもない心理戦が続く部屋。
その外では、雨が降りしきっている。
梅雨の季節――新たなる戦いは、すでに窓の向こう側にあった。
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■73.手を伸ばせ! そのためにお前は造られた!(前)
■ 本話登場人物紹介
【雨田優太(あまだ・ゆうた)】
少尉。第92戦術機甲連隊第22中隊所属。コールサインはシスター8。
光州作戦の時点ではウイングマークを取得したばかりの新米衛士だった。作戦中に同僚の藤井美知少尉を失い、帰還後に広島県にある彼女の実家を訪ねた(15話)。
【櫻麻衣(さくら・まい)】
大尉。第92戦術機甲連隊第11中隊長。コールサインはゼノサイダ1。
元・第7師団所属でかの重慶防衛戦にも参加した大陸帰りだが、トラブルを立て続けに起こしたため放逐されている(14話)。トラブルの原因は、現実と矛盾する記憶と幻覚のため。彼女が戦術機を操縦できるのは、衛士強化装備の感覚欺瞞あってのものであるが(16話)、望月作戦においては幻聴に晒されている(68話)。
長々と緩慢に降り続く梅雨、というのは一昔前の感覚だ。
BETAの活動とそれに伴う攻防戦の影響か。いまや日本帝国における6月、7月の梅雨といえば、断続的な
「期待外れ、ですね」
ライター3・祖父江佐輝子中尉は、XF-2のことをそう断じた。
予定されていた実戦を伴う性能試験を終えて、最前線から引き揚げてきた第21中隊の面々はひとしきり議論をしたが、XF-2に対する祖父江佐輝子中尉や丹羽歩武中尉の評価は低かった。
日本帝国本土防衛軍北部方面隊で実戦用の換装がなされた97式吹雪に搭乗していた仕手功一中尉は、キャリアからいえば第1世代戦術機の撃震に乗っていた時期が長かったが、その彼からしてもなおXF-2に対しての評価は“微妙”の一言に尽きた。
「まあ、わざわざ開発したほどのものでは」
というのが彼の評である。
長距離砲撃戦に長けた戦術機が欲しいのであればF-16XLでもF-15Eでも輸入すればよかったのではないか、西部方面司令官ならばそれができたはずだ、というのが彼の素直な感想だった。
第3世代戦術機を自称しているものの、ミサイルランチャーを投棄したあとの機動性はせいぜいが第2.5世代戦術機。中身が違うとはいえ外装がF-16Cベースでまとまっているということは、そこから担保される機動性や空力特性は、第2世代戦術機水準に落ち着くのが自然である。
他方、駿河野場語名大尉は、別の思いも抱き始めていた。
これは“戦術歩行火力支援戦闘機”であって、戦術歩行戦闘機ではない。
戦術歩行戦闘機が制空戦闘機であるとするならば、戦術歩行火力支援戦闘機はまた別の航空機にたとえられるのであろう。
期待される役割は、また違ってくるわけだ。
XF-2に求められるのはあくまで他部隊の支援、なのだろう。
が、駿河野場語名大尉はXF-2の生い立ちに対して、含むところがあった。
「これで丸一年、か」
課業終了後、雨田優太少尉は自室でF-16Cのキットを取り出しながら呟いていた。
BETAによる西日本侵攻からもう1年を迎えようとしていた。
時間が経つのは、早い。広島県海田町にある中華料理店『藤井中華』から送られてきたプラモデルは未だに作りきれていない。
彼はこれから2、3か月をかけてF-16Cを、XF-2として作成する腹積もりでいた。
細々としたところまで作り変えるほどの技量も、熱意もない。
ただ青く塗装するだけに留めるつもりだった。
昼間の穏やかな天気が嘘のように、窓の外は大雨になっている。
中華料理店『藤井中華』がBETAに蹂躙されたのは間違いない。
未だ藤井美知少尉の父、藤井知男の消息は杳として知れなかった。
「雨田さん、熱心な割にはだいぶヘタですね」
雨田優太少尉と同室で、戦死した藤井美知少尉のコールサイン・シスター7を継いだ井戸向凛少尉は遠慮がない。
「うるせえ」
雨田優太少尉も好きでプラモを作ったり、禁煙をしたりしているわけではなかった。
「あーあ、暇だなー」
1年前まで高校生だったという井戸向凛少尉は、ベッドに寝転んだ。
外が雨では、体を動かすこともできない。
そんな彼女に気を遣ってか、雨田優太少尉はなんとなく提案した。
「じゃあ手伝えよ」
「
「あっそう」
それで雨田優太少尉は、そういえばと思い出した。
(このやりとり、藤井としたことあるなー)
……。
激しい雨が上がった朝――撥水加工がなされたシートにくるまれた鋼鉄の塊を載せたトレーラーが、八代基地にやってきた。
濃緑のシートの下にあるのは、戦術歩行戦闘攻撃機F/A-14Nボムキャット。
それまで第1世代戦術機F-8Eクルセーダーを装備してきた第22中隊にとっては、待ちかねた第2世代戦術機である。
一方で雨田優太少尉は、自身が十字軍の一員ではなくなることに、寂しさを覚えていた。
昼食の時間、食堂の一角に黒いシミを駿河野場語名大尉は見た。
「……?」
彼女は銀の瞳をそちらに向けた。
あまり見たことがない“色”である。
すると黒い色の持ち主は駿河野場語名大尉の視線に気づいたのか、つかつかと近づいてきた。
「リナ大尉」
ほぼ初対面にもかかわらず、彼女は極めて親しげな雰囲気で話しかけてくる。
「ごきげんよう……11中の櫻大尉、だったでしょうか」
櫻麻衣大尉はトレーを持ったまま、駿河野場語名大尉の向かいの席に座った。
ふふふ、と彼女は笑っている。
「マイでいいよ」
「……」
「そういえばロシアには梅雨はないんだっけ」
「櫻大尉……私は物心ついた頃から……」
「あー、舞鶴だったよね。めんごめんごです。お父さんはモスクワ生まれだって聞いてましたので」
「そう、ですね。櫻大尉、私は舞鶴出身です」
駿河野場語名大尉は内心恐怖しながら櫻麻衣大尉に返事をした。
挨拶さえほとんどしたこともない相手に馴れ馴れしく話しかけてくる人間性。
大っぴらに話していない出身地や家族のことを知っている不気味さ。
そして彼女が発する“黒”の正体。
接近してはじめてわかる。
彼女が発している色は“黒”ではない。
たとえるならば無数の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてできた黒――彼女は赤や青、黄、緑、紫、茶といった多種多様な色を同時に発していたのである。
駿河野場語名大尉は言葉少なに食事を摂り終えると、そそくさとその場を去った。
「……?」
一方で櫻麻衣大尉は、首をかしげた。
◇◆◇
「ライター1、出ます!」
第21中隊の午後に予定されていた訓練は、すべて中止となった。
駿河野場語名大尉ら4名の衛士は機上の人となり、南の空へ飛び上がる。
度重なる集中豪雨。その前後に起こりうるのは当然ながら土砂災害。
多くの市民が暮らす宮崎県・鹿児島県内において災害派遣が予想されたため、西部方面司令部は第92戦術機甲連隊に情報収集任務にあたるように命じた。
戦術歩行戦闘機は機動性が極めて高く、またセンサーの塊である。
災害に対する警戒や情報収集には確かにもってこいであり、地震や台風の折に出動が命ぜられることはよくあることだ。
とはいえ第92戦術機甲連隊では、前述のとおり稼働機が半減している。
故に第21中隊に白羽の矢が立ったのだった。
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■74.手を伸ばせ! そのためにお前は造られた!(後)
焦れるような思いを、少年――遠藤祐は抱えていた。
遠藤祐の父、遠藤祐一郎が“ニンムチュウ・ユクエフメイ”になってからもうすぐ1年。
シラヌイというロボットに乗りこみ日本を守るために戦う。
祐はそれが父の仕事であることは知っていたし、フクオカで何度もシラヌイを見せてもらった。
自慢の父だった。
同時にベータとの戦いの最中に父がやられた、と聞かされても納得できた。
訪ねてきてくれた父のセンユウも「祐一郎大尉はいつも勇敢で、最後まで戦場に残る方でした」と言っていたから。
そして
――これは戦争だから、俺は死ぬかもしれない。そのときはたのむぞ。
前もってそう言われていたから。
その父のために何かできないか。
そう考えた末に弟と考えたのが、魚釣りだった。
そろそろイッシュウキとかいうことで特別ななにかをするらしい。
そこに父が好きだった魚をおそなえしようと思ったのだ。
毎日お仕事に行く母は「ツユだから家でおとなしくしてなさい」と言っていたけれど、そんなことは関係なかった。
おばあさんが居眠りしているうちに、釣りざおと網を抱えて飛び出したまではよかった。
が、釣り糸をたらしても、なかなか当たりがこない。
いつもよりも川の流れがはやいことが原因かもしれなかった。
「はあー」
鳥の鳴き声はしても、魚はまったくいなさそう。
(ここダメかなー)
場所を変えようか、と思ったところで祐は異変に気づいた。
(あれ。モリトは?)
弟のモリトがいない。
まずい、と思った。
モリトは山の中に入っていってしまったのかもしれない。
祐は釣りざおも網も置いて、周囲を見回し、それから走りはじめた。
「モリトォー!?」
マイゴになったらモリトは、自分で帰れない。
祐は山めがけて声を張り上げ、またそのあたりにいるのではないかと川沿いを走り回った。
途中、雨が降り始めたが、関係ない――。
顔にへばりついた雨粒を強くぬぐった途端、祐は足を滑らせた。
(え――!?)
次の瞬間、転倒した祐は川に呑まれていた。
パニック。足を着けようとした瞬間、上流からやってきた流木に体をもっていかれる。
慌てて流木にしがみついた彼はそのまま増水した川の流れ、その半ばに無抵抗のまま流されてしまった。
(助けて――!)
水面下、水面上。
高低する世界の中で、彼はシラヌイの姿を幻視した。
が、シラヌイはどこまでいっても単なる幻にすぎなかった。
◇◆◇
結論からいえば、土砂崩れの発生現場でXF-2は適任であった。
XF-2の対小型種モード――もとい対人戦モードは多少の土砂など問題なく、被害に遭った家屋や土砂の中にいる生存者を探し当ててみせた。
「レンジャー、こちらライター2。崩れた青い屋根の民家に生体反応」
「ライター2。レンジャー、了解した。助かるぜ」
木造住宅の屋根や柱など、機械化装甲歩兵たちからすれば容易に持ち上げられる対象だ。
「まず屋根を一斉に持ち上げるぞ! せーの、だ!」
「了解!」
ショベルカーよりも遥かに繊細な作業ができる彼らは、要救助者が待つこの被災現場ではまたうってつけの存在であった。
問題があるとすれば土砂崩れの再発だ。
が、いざとなれば機械化装甲歩兵たちも噴射装置で離脱できる。
むしろ再発の可能性があるからこそ、いち早くひとりでも多くの人をいま助けるべきだった。
駿河野場語名大尉は対小型種モードで周囲の捜索を実施しながら、日没までの時間を計算していた。
太陽は雲に覆われた西の空にあるはずだった。
幸いにも
が、もう1、2時間後には36mm照明弾の出番になるだろう。
左主腕部に保持した突撃砲には、殺傷目的の弾丸はいま1発も込められていない。
「ライター1! こちらハウンド――」
そんなことを考えていると駿河野場語名大尉の耳朶を、焦燥を帯びた声が打った。
ハウンドは堤防などを監視中の機械化装甲歩兵部隊に割り振られた符号である。
すわ、堤が切れたか、と駿河野場語名大尉は思ってすぐに返事をした。
「ハウンド、こちらライター1。何かありましたか」
「こどもがひとり流されている! なんとかならないか!?」
「流されている? いまですか?」
肩透かしを食らったような気持ちがないといえば嘘になるが、同時に彼女は慌てた。
彼女が振り返ると同時に、XF-2の頭部ユニットもまたそれに追随して可動する。
そして向日葵色のセンサーカバーは、濁流を映した。
「ハウンド、ライター1です。こちらからではわかりません」
「くそっ、こっちも見失ったッ!」
「なんとかできるかわかりませんが、やれることはします」
駿河野場語名大尉は周囲のことも部下のことも忘れて、網膜の端に映る戦況図に注目した。
ハウンドの青いマーカーは、自機よりもはるかに上流にある。
つまりまだ時間的猶予はある、ということだ。
「ライター1、こちらハウンド。戦術機で拾えるか!?」
「やってみます」
無茶を言う、とは言わなかった。
(やるしか、ない――!)
分厚い雲の向こう側に広がっているはずの蒼穹を宿した機体は、川岸に突撃砲を置くと、躊躇せずに激流の中に身を割りこませる。
機械化装甲歩兵でも危うい流れ。
しかしながら駿河野場語名大尉機は、高性能CPUが制御する絶妙なバランスで踏み止まる。
そして眼光を奔らせて上流を睨んだ。
おそらくこのXF-2のセンサーならば、冷たい水流の中にいる子どもでも逃しはしない。
が、捕捉したあとが問題だった。
流れてくる生身の人間を救助するには、戦術機の主腕部、しかもその先端で掬い上げるほかない。
駿河野場語名大尉は主腕部を差し出して掴まらせることも考えたが、子どもにとってはあまりにも巨大にすぎる。
その上、濡れた鋼鉄だ。
しがみつくことも難しかろう。
故に戦術機の掌で、掬い上げるしかない。
操作と実行のラグを思えば、夏祭りの金魚すくいよりも遥かに困難だとわかる。
「ライター1ッ! こちらハウンド! 見つけた!」
「ハウンド、私も見つけました」
上流側の川沿いを、2機の機械化装甲歩兵が短噴射を繰り返してやってくるのを認めつつ、彼女は増水した川のど真ん中に光点が生じるのを見た。
続けて彼女は、網膜上でひとりの子どもが流木にしがみついていることに気づいた。
そこで閃いた。
「ひっかけます!」
追ってきた機械化装甲歩兵と、事態に気づいた歩兵や警官たちが見つめる中、XF-2は片膝立ちとなった。
生命守る城壁――そびえたつ膝部装甲が変形する。
その上端から突出するのは、2本の65式近接戦闘短刀の柄だった。
それを両手で引き抜いたXF-2は迷いもなく、川底へその切っ先を深々と突き立てた。
かくしてできたのは、間隔を空けて川中に飛び出した2本の柱。
そこへ流木と、流木にしがみつく子どもが流されてくる。
「頑張れ! いま拾うからッ!」
XF-2の外部スピーカーが、轟轟と音を立てる川めがけて吼えた。
そして流木は彼女の狙い通り、川の中央に突き立てられた2本の65式近接戦闘短刀、その合間に引っかかった。
(いまだ――)
機を逃しまいと、洋上迷彩の腕が伸びる。
瞬間、スローモーション。
XF-2の掌が小さな影にたどり着く。
……その前に体力の限界か、あるいは短刀と流木が接触した衝撃のせいか。
子どもは流木から手を放してしまっていた。
(――!)
ほんの0.5秒前後の差――。
それをスルガノヴァ・カタリナ大尉は埋めてみせた。
“色”が見えるのがESP能力ならば、いま彼女がXF-2の指先を通して発動するのは
不可視の力。
BETAを殺すにはあまりにも非力すぎる力。
だがひとつの生命を支え、そして0.5秒差を埋めるには十分であった。
そして次の瞬間、駿河野場語名大尉の操るXF-2は激流の中から小さな生命を救い上げていた。
鋼鉄の手指の合間から水がこぼれ落ちる。
ぐったりとした少年はXF-2の掌の上に横たわっていた。
見守っていた兵士たちが、一斉に歓声を上げた。
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■75.空に浮かぶは明星に非ず。
◇◆◇
オルタネイティヴ5がもたらす結果についてはご存じのとおり「ユーラシア大陸の海没、全地球規模での大気移動(真空地帯の発生)等」です。
超重光線級はTEに登場しました。
G弾の原理を応用したBETAの攻撃は構想としてはあったようです。
それ以外は独自設定となります。
この確率時空は先に触れたとおり、何の介入もなければ想定を超える規模の重光線級によって桜花作戦が失敗する形になります。
原作設定との矛盾点等、ご容赦ください。
次回更新は27日(月)を予定しております。
◇◆◇
XF-2がささやかな戦果を挙げたその数週間後、明星作戦は発動した。
結局のところ明星作戦は各勢力の思惑が反映された一大統合作戦となった。
作戦の第一段階は帝国海軍連合艦隊による近畿地方・東海地方に対する艦砲射撃――敵勢力の漸減と東進阻止を目的とした交通路を寸断する火力投射。
同時に日本帝国航空宇宙軍による軌道爆撃が始まり、国連軍主体の陽動部隊が横浜ハイヴ南方の神奈川県茅ケ崎市から逗子市一帯に強襲上陸、続けて日本帝国本土防衛軍・大東亜連合軍が多摩川から攻勢を開始する。
作戦は複数回の地表への増援を確認した時点で、第二段階に移行。
国連宇宙総軍が再びAL弾を主体とする軌道爆撃を実施し、横浜ハイヴ上空に濃密な重金属雲を生成。そして軌道降下兵団が横浜ハイヴのゲート直上に落着し、速やかにハイヴ坑内に突入を果たした。
しかしながら、軌道降下兵団は想定外の事態に見舞われる。
突入前、横浜ハイヴはその地表構造物の規模と門の分布範囲の広さから、フェイズ2・最大深度は約400mと目されていた。過去のハイヴ攻略戦において人類は深度500mまで達したことがあるため、それを思えば反応炉到達は決して不可能ではない。が、ハイヴに突入した軌道降下兵団は、地下構造に足を踏み入れてルートスキャンを進めるとともに愕然とした。
地下構造に限っていえば、フェイズ4相当。
つまり最大深度は約1000m前後となる。
この時点でかりそめの統合作戦司令部は動揺し、そして“割れた”。
降下部隊だけでは横浜ハイヴを攻略するのは不可能。残された選択肢は撤退か、あるいは陽動と退路となる門の確保にあたっている全地上部隊を投入し、乾坤一擲の大勝負に出るか。
ここで明星作戦に至るまでのすべてが裏目に出た。
表向きは国連の旗の下に集っている彼らだが、国連太平洋方面総軍の下に指揮系統が統一されているわけではない。
作戦指導は各勢力の協議によって進められ、前線は複数の戦域に分割され、諸隊が個別に戦っているという様子。部隊ごとに担当戦区が割り振られるのは特別なことではないが、その上位にあたる組織が別個に存在しているため、いまいち連携がとれていない――むしろお互いにお互いを警戒している始末であった。
通常戦力での攻略は不可能とみて作戦中止と早期撤退、そして新型爆弾の使用を求める米国。
それを米軍の抜け駆けとG元素独占のための布石とみるオーストラリア。
なまじここまでの過程がうまくいっている以上、地上部隊を突入させれば勝てると踏む日本帝国。
兵站の問題が解決できない以上、通常戦力での攻略は不可能であり、また米国の新型爆弾を以てしても、多数のBETAが守るメインシャフトとホールが残る可能性がある以上、反応炉到達は困難とみる大東亜連合。
結果、統合作戦司令部としては何も決断できない状態が続き、日本帝国本土防衛軍は門に張りついたまま、軌道降下部隊はハイヴ坑内で探査と戦闘の連続で消耗していく。
かくして米国政府は痺れを切らし、新型爆弾――通称“G弾”の使用に踏み切った。
◇◆◇
重力偏重。
その一言で片づけられない無数の異常が、紙面には並んでいる。
植生異常。
海抜高度の変化。
周辺大気圧の上昇。
たった2発、しかも予期されていた出力が発揮されなかった2発のG弾は、半永久的なダメージを横浜の地にもたらしていた。
光線級の本照射を防ぎ切り、接触した物質を分解する防御不能の超兵器。
(米国はG弾をBETAも人類も圧倒する、核の上位互換――それくらいに思っているのかもしれないが)
西部方面司令官は香月夕呼から送られてきたレポートに目を通しながら思った。
(……)
仮に米国政府が準備を進めているオルタネイティヴ5、ユーラシア大陸に対する複数発のG弾同時使用、これが実行されれば地球は崩壊するであろう。
まず発生する大規模な重力偏重によって大洋から海水が引き寄せられ、ユーラシア大陸は海没するであろう。あるいは反対側の北米・南米大陸が海没、一方のユーラシア大陸は真空状態に陥ることになる。
いずれにしても日本列島は、壊滅する。
地球上に残るのは、干上がった旧大洋地域から舞い上がる塩に覆われた大陸、真空状態となった大陸、不安定な大気圧によって常に超大型台風が駆け巡る大陸、そのいずれかだ。
その過程で低軌道上の軍事衛星は、そのほとんどが地に墜ちることになる。
そして最悪なことにこれだけの被害をもたらしてもなお、BETAを根絶するには至らない。
生き残った僅かな人類は、崩壊した地球環境とBETA、その双方と戦わなくてはならなくなる。
(……いや)
西部方面司令官は昏い瞳で、瞳と紙の合間にある虚空を見た。
大陸と大洋の破壊など、G弾がもたらす大破壊の一表層でしかない。
G弾の炸裂は、接触した物質を無条件で消滅させるだけではない。
時間と空間に、多大な影響を及ぼしている。
2発のG弾でさえ時空を歪ませたのだ。
(いまやこの地球は、巨大な超時間因果導体だ――)
オルタネイティヴ5の発動によって生じる大規模時空震動は、数年後から数十年後に大規模時間逆行を引き起こす。
もしかするとそれは見かけ上の逆行に過ぎないのかもしれないが、ともかく主観的には時間は巻き戻り、地球から未来の情報が流入した人々がごくごく少数ながら現れる。
その人々が未来の展開を明確に知覚できるタイミングも様々。
中には精神疾患、あるいは実際に発狂してしまう者もいる。
故にオルタネイティヴ5の発動を阻止するには至らない。
ならば、と限定的なG弾使用により、人類勝利を勝ち取ることも考えられよう。
しかしながら最大出力のG弾であってもオリジナルハイヴは破壊しきれない。
ユーラシア大陸外縁部のハイヴに対して最低限のG弾を使って戦線の押し上げと時間稼ぎを図れば、それは超重光線級どころか、
技術革新の連続を以てしてもオルタネイティヴ5発動までに敵指揮系統の頂点を潰すのは困難である。
通常ではありえない技術進歩と新兵器の投入でユーラシア大陸外縁部の戦線を押し上げても、それはBETA側の通常ではありえない新属種――たとえば
それ故に人類の命運は超兵器にあらず――BETA側が光線級、あるいは(人類側がギリギリ攻略可能な)新属種で対策可能と考えている現行の戦術機にある。
(……)
BETA大戦、オルタネイティヴ5の発動、人類の絶望的なまでの敗勢――。
これを繰り返している間は、まだいい。
人類の最終勝利に向けた偉大なる猶予期間だ、といえる。
(……)
西部方面司令官が危惧しているのは何かといえば、宇宙の倒壊である。
論理の飛躍がすぎる、と自身でも思うが、地球のみならず宇宙全体の時間が巻き戻っているのだ。
ありえない話ではないだろう。
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■76.F/A-14N(1)
日本帝国本土防衛軍による本州および四国奪還は、呆気なく成功した。
2発のG弾の炸裂は横浜ハイヴ地表面に展開していたBETA群を消滅させ、それだけではなくハイヴ坑内のBETAの機能停止を惹起した。同時に日本列島内のBETA群は、朝鮮半島へ撤退を開始――日本帝国本土防衛軍・国連太平洋方面第11軍・大東亜連合軍は協同してこれを追撃。
これに日本帝国本土防衛軍西部方面隊も呼応している。
「これを望月のときにやれよ」
下関市内に布陣した第92戦術機甲連隊第32中隊の保科龍成少尉は思わず口に出していた。ミラージュ2000-5の遥か頭上を往くのは、227mmロケット弾。同機が備えるセンサー類は、艦砲射撃とその弾着がもたらす音響と震動も捉えていた。
中国地方を西進してきたBETA群は、下関市に隣接する長門市から潜水して朝鮮半島へ退却していく。が、彼らは陸上と海底で身体構造を転換させるための時間を要する。であるから自然と海岸線の周辺がボトルネックとなり、長距離砲撃による面制圧が有効になるというわけだ。
今回が機種転換から初出撃となるF/A-14Nもまた127mmロケット弾を装備した上で、長門市中心市街を爆撃していた。
一方的な殲滅戦。
砲兵部隊の直掩として前線に立つ第32中隊であったが、彼らの出番はついぞこなかった。
かくして日本帝国は滅亡の
未だ国内には佐渡島ハイヴがあるものの、首都圏と陸続きの横浜ハイヴの脅威が取り除かれたのは大きい。
日本社会は、戦勝に沸いた。
が、社会全体が史上初のハイヴ攻略成功を喜ぶ中、その一方で人々の憎悪、怒りは募り、深い澱みをつくっていた。
米軍による無通告の新型爆弾使用は一般市民の反米感情を加速させ、明星作戦に絡む一連の事情を知っている政治家や軍人たちの一部は国連と、国連と協調する帝国政府に対して憎悪に近い感情を向ける。
国際政治に基づかない反政府感情もまた、市井に充満しつつあった。
中部地方以西の奪還に成功した、といっても万単位の避難民たちは自身の街に戻って元の生活に戻れるわけではない。
満足な量があるとはいえない配給と、神経を苛立たせる集団生活――先の見えない未来。
その解決のしようがない不満は、無策の帝国政府、そして帝都陥落を許し、帝都防衛線放棄の際にも「五摂家は帝都とともに散る」などとくだらないパフォーマンスに終始した武家に対して向けられていく。
その反政府感情をこじらせた人々が結びついていくのは、「BETAによって滅びるのは神仏の意思」と主張する恭順派や、「BETAは国連と各国政府が人類をコントロールするために生み出した架空の存在」とする陰謀論――。
荒唐無稽に思えるが、募る不満以外にもこうした主張が蔓延る理由がある。
日本帝国は情報管制によってBETAの姿やその能力を、一般市民の目に触れさせないようにしている。
政府関係者や軍需企業勤め、徴兵に際して教育を受けた者を除けば、その醜悪な姿を知らず、その無慈悲さも知らない。
であるから恭順派に傾倒する者は勝手にBETAを天使然とした姿の存在だと思いこんで神聖視し、陰謀論者たちはそもそもBETAなど存在しないと言ってのけるのであった。
実害は、出始めている。
政府関係者や武家に対する誹謗中傷や、物資の中抜き。
しかし帝国においては暴力的なテロは未だ生じていない。
◇◆◇
F-15JKの日韓共同開発のスケジュールは、遅延している。
これは帝国政府でも、韓国政府でも、ましてや生き残りをかけてF-15系列の普及と改良作業に邁進しているボーニング社戦術機開発部門のせいでもなかった。
韓国国内にて暗躍する恭順派の破壊・妨害工作が原因である。もともと韓国国内にはキリスト教徒が多いため、日本帝国よりも恭順派が伸張しやすい背景があり、F-15JKを組み立てようとしていた済州島内の工場にも運動家が浸透していたらしい。
試作1号機、2号機はともに放火による内部構造一部焼失に遭ったため、帝国政府と韓国政府は協議の上、日本帝国九州地方にて試作3号機、4号機の組み立て作業を実施することを決めた。
が、土壇場になって必要な部品が不足していることが判明し、やむなく東南アジアにあるボーニング社の戦術機工場から輸送することとなった。
かくして試作機を利用した機種転換訓練に勤しむ予定であった第23中隊では、年末までF-15AAが装備・運用されることになり、氏家義教大尉以下第23中隊の衛士たちは肩透かしを食らったような形になった。
他方、XF-2の実戦配備化作業および量産計画は順調に進展しており、その先駆けとして第92戦術機甲連隊第21中隊はXF-2を追加で8機を受領。
今後の予定ではXF-2の“X”は外され、00式戦術歩行火力支援戦闘機・F-2Aとして部隊配備が始まることになっていた。
1999年9月時点:92連隊勢力
■ 第92戦術機甲連隊:作戦機数(93機/定数108機)
● 第11中隊:F-14N(12/12機)
● 第12中隊:FC-1(12/12機)
● 第13中隊:MiG-29SEK(0/12機)
(※第13中隊機は海外において分解整備中)
● 第21中隊:F-2A(12/12機)
● 第22中隊:F/A-14N(12/12機)
● 第23中隊:F-15AA(12/12機)
● 第31中隊:JAS-39CB(12/12機)
● 第32中隊:ミラージュ2000-5(9/12機)
● 第33中隊:A-10C屠龍(12/12機)
(※第32中隊機は故障機のため定数を満たしていない)
1999年9月初頭、日本帝国の大部分からBETAは排除されていた。
しかしながら未だにBETAが占領している島嶼部が“2つ”あった。
ひとつは佐渡島。
そしてもうひとつは対馬島である。
1999年8月、明星作戦の成功に伴い、本州からの脱出に成功したBETA群のうち、そのほとんどは釜山から朝鮮半島に上陸し、鉄原ハイヴに至った。
一方で対馬島のBETA群に朝鮮半島へ撤退する動きはなく、9月初頭の時点で3000から5000程度のBETAが対馬島を占領しているとみられている。
帝国軍参謀本部としては、ハイヴを擁する佐渡島の攻略は現段階では不可能であるため、速やかに対馬島の奪還作戦の立案に取りかかった。
BETAが対馬島に踏み止まっている理由は、わからない。
しかしながら対馬島にハイヴが建造されるといった最悪の事態が起きないとは限らない。
対馬島奪還作戦の主力は日本帝国本土防衛軍西部方面隊。
その先鋒を担うのは第92戦術機甲連隊の第12中隊(FC-1)、第22中隊(F/A-14)、第31中隊(JAS-39CB)であった。
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■77.F/A-14N(2)
◇◆◇
今後の展開についてですが武御雷をあてこするつもりはありません。
年産30機についても九州地方の工業地域が生き残っているため多少は改善されています。
おそらく「日本国内の工業地域・地帯が壊滅」&「純日本製にこだわる武御雷の開発・製造の拠点は海外ではなく日本国内であった」ことが異常なまでの年産数につながっていたのだと思います。
◇◆◇
■本話登場人物紹介
【氏家義教(うじいえ・よしのり)】
大尉。第92戦術機甲連隊第23中隊長。コールサインはプリズナー1。
問題を抱えた第23中隊をまとめあげるためか、戦場での言葉遣いは荒い。が、部下や後輩を助けることを躊躇しない人格者。
彼と対峙した菅井麗奈中尉は、彼の操る殲撃八型の挙動から武家の剣技を連想している(35話)。実際、彼が修める剣術は煌武院家に関係があるらしい。
【井伊万里(いい・まり)】
中尉。第92戦術機甲連隊第32中隊所属・中衛B小隊の小隊長。コールサインはミツバチ5。
日本帝国大陸派遣軍第4師団第4戦術機甲連隊から引き抜かれた過去をもつ。戦場では頭に血が上りやすい性格であり、前衛戦闘が得意である一方、対BETA戦で重要となる連携・指揮能力は低い。
【長野ふゆ(ながの・ふゆ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第13中隊・前衛B小隊所属。コールサインはパッパ7。
寡黙だが行動がうるさいタイプ。
実際のところ対馬とは、単一の島から成っているわけではなく、複数の島々から成る。
主となる対馬島も運河によって、北方の上島と南方の下島に分割されており、これを大船越橋という橋梁が繋いでいる格好だ。偵察衛星によると大船越橋は健在のようであるが、もともと片側一車線の幅しかないため、大部隊の移動には不便だ。また橋を支える構造物が上方へ張り出しているため、戦術機が主脚歩行で渡ることは不可能である。
また対馬島は攻め難い。
海岸線は砂浜海岸ではなく、そのほとんどが岩石海岸であり、LCACをはじめとする上陸用舟艇の投入には苦労するし、A-6J攻撃機もまた同様だ。地形としては山地の連続であり、平野部・市街地はほとんどなく、地上部隊の移動に適する道路もまた少ない。
逆に多少の地形の高低や、上島と下島を分割する運河を踏破してしまえるBETA側の方が機動の制約はないため、有利だといえた。
対馬島奪還作戦は艦砲射撃による重金属雲の展開と、光線級の駆逐から始まる。
対馬島の奪還は帝国政府首脳陣も注目する国土回復作戦になるため、帝国軍参謀本部は出し惜しみをすることなく、主力戦艦、ミサイル巡洋艦を投入することを決めていた。状況によっては航空宇宙軍による軌道爆撃も考えられている。
敵群の規模からいって、対馬島に存在する重光線級・光線級の個体数は100体未満であるため、この段階で敵防空網の大部分を破壊できよう。
その後、第92戦術機甲連隊の3個中隊が下島南東部に洋上突撃を仕掛け、旧厳原港・旧対馬市役所・旧対馬基地周辺を制圧。続けて舟艇に分乗した対馬警備隊をはじめとする歩兵部隊などが旧厳原港から上陸し、市街戦と山岳戦で周辺を占領し、橋頭堡を確保する。
この対馬島奪還作戦は西日本BETA侵攻以前に対馬島で発見された二ホンカワウソにちなみ、“
作戦発動は、10月半ばを予定している。
◇◆◇
川獺作戦に向けた準備が始まる中、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊から4名の衛士が、西部方面司令部に呼び出されている。
「俺たちに共通点は……ないな」
日本帝国本土防衛軍西部方面司令部のある健軍基地、その一角にある控室に通されるとともに、第23中隊を率いる中隊長・氏家義教大尉は口を開いた。
「いえ」
遠慮なく黒革のソファーに身を埋めた第11中隊の中隊長・櫻麻衣大尉は、即座に否定した。
「あります」
「ほう」
「美男美女であることです」
櫻麻衣大尉の言葉に、ふーむ、と氏家義教大尉は顎に手をやって考えこみ、その横で第13中隊前衛B小隊パッパ7・長野ふゆ少尉がうなずいている。
(ツッコミ不在……)
井伊万里中尉は内心溜息をつきながら、手を挙げた。
「まり中尉、なんでしょう」
櫻麻衣大尉は天井から垂れ下がっている衛士の下半身と内臓を無視しながら、井伊万里中尉に話を振る。
一方の井伊万里中尉はこの場に揃った4名の共通点を口にした。
それは近接戦闘に長けていること、だ。
「私を除いて、ですが」
と強調しつつも、井伊万里中尉は説明する。
長野ふゆ少尉は、固定型ブレードはともかくとして、近接戦闘長刀、近接戦闘短刀を使わせれば高い技量を有する。また生身の近接格闘にも通じているという噂があった。
氏家義教大尉もまた同様だ。対BETA戦もさることながら、殲撃八型でF-14Nを下したように対人戦にも通用する剣技を修めている。
そして櫻麻衣大尉は近接、射撃戦双方においてトップクラスの実力をもつ。
「なるほど。合点がいった」
氏家義教大尉は頷いた。
「井伊、貴様もな。一心不乱の斬りこみは毎度見せられている」
「……」
「あとはなぜ俺たちがここに集められたか、だが」
それについても井伊万里中尉は見当をつけていた。
「F-2Aによる異機種模擬戦闘でもやるのでしょう」
「成程。確かに西部方面司令官閣下は政敵が多い、模擬戦を挑んできて結果次第でF-2Aを潰そうとしている輩もいるだろう。それをこてんぱんにしてやればいいのか、それとも逆にF-2Aでライバルを潰しにかかっているのか……」
氏家義教大尉の言葉に長野ふゆ少尉が反応し、その場でステップを踏みながら目に見えない敵に腰の入った一撃――どりるみるきぃぱんちを繰り出した。
結論からいえば、氏家義教大尉と井伊万里中尉の推理は正しかった。
――00式戦術歩行火力支援戦闘機F-2Aと、00式戦術歩行戦闘機TSF-00武御雷の異機種模擬戦闘。
「瑞鶴の最新ブロックをやっつけられた城内省と、国粋主義の連中がリベンジをしたいらしい」
西部方面司令部情報参謀の石川聡大佐の言葉に、氏家義教大尉は難しい顔をした。
続けて櫻麻衣大尉が挙手をする。
彼女は“タケミカヅチ”というワードに、極めて鋭敏に反応した。
「石川大佐。廉価かつ他部隊の支援を主目的として開発されたF-2Aと、斯衛軍の最新鋭戦術機・武御雷とでは勝負は目に見えています」
「それはわかっている。向こうさんもな。だからこそ自信満々に勝負をもちかけてきた」
「それで彼らはF-2Aの敗北を喧伝するつもりですか」
「そうなるだろう。だがそうならないために、第92戦術機甲連隊から腕の立つ衛士、つまり貴官らを集めたのだ」
石川聡大佐が言いきると氏家義教大尉と櫻麻衣大尉は納得したような表情を浮かべたが、井伊万里中尉は腑に落ちなかった。
タケミカヅチ、とやらはそれほどの戦術機だというのか。
F-2Aもミサイルランチャーを投棄さえしてしまえば、94式不知火ほどではないにしても、F-16Cと同等かそれ以上の戦闘力を有している。
第3世代戦術機のタケミカヅチに対して、勝ち目が一切ないということはないだろう。
井伊万里中尉はそう思い、発言した。
「石川大佐。申し訳ありません。寡聞にして……タケミカヅチ、でしたか? その戦術機について小官は存じ上げません。それほど強力なのですか」
ああ、と石川聡大佐は頷いた。
「武御雷は斯衛軍専用の戦術機として94式不知火をベースに開発された戦術機だ。といっても大部分は新規設計で、撃震と瑞鶴の関係をイメージしているとえらい目に遭う。現時点での性能諸元が正しければ、最高速度だけでも94式不知火を時速100kmは上回っている」
退出の際にそれは回収させてもらう、と前置きした上で石川聡大佐は武御雷のデータがまとめられた小冊子を井伊万里中尉に手渡した。
それから彼は、話を続ける。
「馬鹿げていることに武御雷系列は、現時点でバリエーションは4種類……色違いも含めれば6タイプが開発されている。今回は五摂家に連ならない独立系の武家や外様の武家に与えられる“白”のA型が相手だ」
井伊万里中尉はA型の写真が載せられたページを開き、まじまじと見つめた。
「戦後に取り潰された元・武家の衛士たちが搭乗する“黒”のC型でさえ、関節強度は不知火よりも50%以上強化されており、跳躍装置の最大出力も20%は向上している。黒でさえこの高水準だというのに、さらに高機動型の白があるというのだから驚きだ」
「数字でみると最強に近い戦術機ですね」
井伊万里中尉は素直に感嘆した。
彼女の目を惹いたのは、機体各部に格納された“隠し刃”だ。
さらに全身がブレードエッジと一体化した装甲で覆われている。
この武御雷が量産され、日本帝国本土防衛軍にも配備されれば、佐渡島ハイヴや鉄原ハイヴの攻略も夢ではないだろう。
「しかし、だ」
櫻麻衣大尉は口を挟んだ。
「武御雷とF-2Aは単純に比較できるものではない。武御雷がハイにあたるなら、F-2Aはロー。1機あたり64発の92式多目的自律誘導弾で面制圧を行い、高度なFCSを活かした長距離砲撃戦で敵を圧倒――火力支援が目的の戦術機だ。目指すところが違う。とはいえ、負けるのも癪だ」
櫻麻衣大尉の言うとおりだ、と石川聡大佐は言葉を継いだ。
「負けるわけにはいかない。しかも今回は観戦にどうやら五摂家の御方がいらっしゃるらしい。噂では畏くも政威大将軍殿下がご臨席あそばされるそうだ」
「殿下が?」
氏家義教大尉の問いに、彼は重々しく頷いた。
「御前試合で負ければF-2Aに対する心証は悪くもなろう。が、勝ってさえしまえば、観戦するギャラリーはそれが機体性能によるものなのか、それとも衛士の腕前によるものなのか判断がつきかねる。とにかくF-2Aがとやかく言われることはなくなるだろう。貴官らは間違いなく西部方面隊の中でも高い水準の技量を有している。なんとしても勝ってほしいのだ」
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■78.F/A-14N(3)
■本話登場人物紹介
【実方成也(さねかた・せいや)】
少尉。第92戦術機甲連隊第31中隊所属。コールサインはサイウン8。
第23中隊の衛士につっかかるも、歴戦の望野更沙少尉や深川正貴少尉に軽くあしらわれてしまい(62話)、その後は自身の技量の低さを自覚し、彼らから学ぶようになった。望月作戦にも参加し、無事帰還している。
(あー……)
対馬島奪還作戦“川獺作戦”が発表された夜、サイウン7・矢矧豪少尉は自室の机に向かっていた。
資格や試験の勉強をしているわけがない。
遺書を更新しておくように言われたためだ。
ところが気づけば字を紡ぐペン先は滑り、戦術機を二頭身にしたイラストを描いてしまっている。
(92連隊に配属になったのが運の尽きだ……)
こんなはずでは、というのが矢矧豪少尉の偽らざる心情である。
彼の生まれは茨城県であり、地元の県立高校を卒業すると同時に徴兵された。
自覚はなかったが、どうやら先天的に戦術機への適性があったらしく、そのまま衛士訓練課程に進んだ。
もともと衛士に憧れなんてなく、他にやりたいことはごまんとあったのだが、歩兵や戦車兵よりはマシと言い聞かせて訓練中はうまいことやった。うまいこと、というのは手の抜けるところは手を抜き、さりとて教官に目をつけられないように立ち回る、ということだ。
97式吹雪への搭乗は多少胸躍るものがあったし“勉強”にもなったが、それまでである。
その後は名前のとおり豪運が働いたか、東北方面隊に配属となった。
当時としては、命あっての物種、しめしめ、といった感じである。
しかしながらその運も尽きたらしい。
明星作戦成功後、全国規模で行われた異動。
多くの先輩や同僚が再建を開始した中部方面隊に異動となる中、自身だけは西部方面隊――しかもこの第92戦術機甲連隊に配属となったのである。
(帝国最強の外征攻撃部隊、鉄
第92戦術機甲連隊の戦歴は、帝国軍人から一般市民に至るまで多くが知っている。
まず光州作戦で後退する友軍部隊を最前線で支援し、重装備と避難民の脱出を助けた。
さらに本土決戦の直前には朝鮮半島に殴りこみをかけ、1機も損なうことなく、鉄原ハイヴの間引きに成功。
九州防衛戦では突如として九州中部に強襲上陸したBETA群に対して遅滞作戦を採り、1桁師団による逆襲を成功させた。
続けて四国救援作戦や望月作戦と立て続けに一大作戦に参加し、数多くの戦功を立てている。
そして対馬島奪還作戦。
(絶対死ぬだろ……)
矢矧豪少尉は溜息をついた。
この第31中隊は四国救援作戦の際、第1世代戦術機で光線級吶喊を敢行し、光線級と刺し違えているらしい。その後、望月作戦で先のサイウン7が撃墜され、それを継ぐ形で自分が配属となっている。
戦死の可能性は、東北方面隊にいた頃よりも遥かに高いといっていいだろう。
(今回をやり過ごせたとしても、次は佐渡島だろ。その次は鉄原、満州に行くに決まってる)
遺書を書くために用意した紙には、デフォルメされた不知火が要撃級を踏み潰している。
要撃級の尾部感覚器先端にあたる場所には
【×三×】ヤラレター
と描かれている。
本当は要撃級の頭部は生体装甲に覆われた前腕の内側、かなり低い位置にあるのだが、こういうのはわかりやすさも大事だ。
(先輩たちも“タコ頭”って呼んでるしな)
「矢矧ー、遺書書けたかー?」
同室のサイウン8・実方成也少尉が後ろから覗きこんでくる。
矢矧豪少尉は「書けるわけないだろ」と返事をしながら、今度は三頭身の吹雪を書き始めていた。
「遺書なんて縁起でもない」
「そりゃそうだけどよ……お前なかなか絵、うまいな」
「こちとら中高6年間は美術部だから楽勝よ楽勝ー」
母校の美術部は、実質的には即帰宅する部員と学校外のクラブ活動に勤しむ部員がほとんどだったが、彼は毎日通いつめてデッサンをしたり、貸本屋で借りた漫画を模写したりとなかなか熱心に活動していた。
しかしながらこのスキルが、戦術機操縦に活かされることはない。
(いや)
と彼は心の中で自嘲する。
(今後の人生にも活かされることはなさそうだな……)
平和な時代は過ぎ去った。
九州地方を除いた中部地方以西が壊滅し、物流は生活物資と軍需物資が優先。
この状況では漫画で食っていくという夢を叶えるのは、あまりにも絶望的だといえた。
ダメだダメだ、と矢矧豪少尉は後ろ向きな思考を振り切るため、実方成也少尉に話を振った。
「それより実方はどーなのよ。遺書」
「もう書き終えた。つっても受け取り人がいないから新しいの用意しても意味ねえけどよ」
「あー、すまん。近畿出身だったっけな」
「ああ。次の川獺作戦じゃ、あのクソ虫どもに目に物見せてやるぜ」
「……」
敵愾心を燃やす同僚に、矢矧豪少尉は小さく頷いた。
◇◆◇
「XG-70専用の護衛機と聞いたが、この程度のものか」
旧横浜ハイヴ近郊に建てられた格納庫――。
西部方面司令官は、薄暗い空間にて解体された状態で放置されている戦術機を一瞥すると溜息をついた。
その傍らに立つ白衣姿の女性もまた両手を頭の横まで持ち上げるオーバーリアクションとともに、わざとらしく溜息をついた。
「だから言ったじゃない。所詮は70年代、80年代の骨董品よ。こんなものに期待する方がどうかしてるわ」
――XF-108レイピア。
……60年代から70年代初頭にかけて米国の一部のグループは「機械化装甲歩兵部隊や、作業用大型MMU(後の戦術機)の武装化では、月面における戦況を好転させることは不可能」と主張し、その代わりに単艦制圧構想をぶち上げた。
単艦制圧構想とは何か。
要は低重力の月面、あるいは宇宙空間ゆえに許される重武装の大型宇宙戦闘艦を建造・投入――大火力で月面のBETAを圧倒し、一気に戦局を打開しようという代物である。
勿論、その後になって月面基地放棄が決定されたため、この大型宇宙戦闘艦の建造は中止されたが、地球上においてもなお大火力プラットフォームの投入による逆転という単艦制圧構想は模索が続けられた。
かくしてG元素を使用した抗重力機関を搭載する1G環境用大型宇宙戦闘艦ともいうべきXG-70が登場する。
しかしながら試作機が完成し、試験が本格化的に始まった段階でのXG-70の能力は、壮大な単艦制圧構想を実行するには不足していた。
XG-70は重光線級の本照射を重力場で完全に防御可能であるが、一方でそのためにはG元素を大量に要するという欠点があった。また地球上においては主砲となる荷電粒子砲の射程はかなり短くなる上に、荷電粒子砲発射の際には粒子を集束するために重力場を転用するために、防御用重力場は消滅してしまう。
ならば外部通常兵器による光線級撃破はどうかといえば、絶対防御を可能とする重力場は、当時の演算処理能力では“内側”からの攻撃もまた無力化してしまう。
要はXG-70から放たれたミサイルやロケットは、全て自身の防御用重力場が破砕してしまうのであった。
つまり単艦のXG-70は、BETAとの砲撃戦において撃ち負ける可能性があったのである。
そのために開発されたのがXG-70の護衛戦術機XF-108レイピアだった。
しかしながら鉄原ハイヴ漸減作戦でつくった“貸し”の代わりとして、香月夕呼が取り寄せた実物をみて、西部方面司令官は落胆した。
「ある意味じゃ、XG-70よりも迷走したわね」
「長大な航続距離を誇るXG-70に追随するために、XF-108は小型原子炉の搭載が検討された。さらにXG-70の脅威となる重光線級を確実に排除するため、AIM-47長距離地対地ミサイルを大量に装備。結果、極めて大型かつ鈍重な第1世代戦術機が完成したわけだ」
「ま、AIM-47はAIM-54フェニックスに発展したわけだし、XF-108の開発データは小型原子炉を搭載するA-12にも活用されたみたいだし? まったくムダだったってわけじゃないみたいね」
「……」
さすがの西部方面司令官も、いまさらこのXF-108レイピアを再生するつもりはさらさらなかった。
「で」
香月夕呼は紫の瞳で、昏い瞳の彼を見た。
「そろそろ教えてもらおうかしら。あんたの狙いを」
西部方面司令官は気怠げに分解状態のXF-108に背を向けた。
「人類の命運を決するようなまさしく一大決戦の
「命運を決する一大決戦、ね。一進一退の攻防が続くこの戦争じゃ、そんな雌雄決する戦いが起こるなんてまるで都合のいいおとぎ話よ」
「ああ。だが起こるのだ」
“この時点”ではハイヴ間で情報交換がなされていることはわかっているが、甲1号目標が指揮系統の最上位にあるということまでは判明しておらず、人類側の理解としては、各ハイヴは“並立”しているのであって、オリジナルハイヴを潰せばBETA側の情報分析機能・命令指揮系統を潰せるとは夢にも思っていない。
オリジナルハイヴからのトップダウン型指揮系統があるのではないか、という意見もないわけではないが、その物証はない。
横浜ハイヴ攻略成功までは各ハイヴは横坑で結ばれており、オリジナルハイヴとの情報伝達を行っているのではないか、という推論があった。
が、横浜ハイヴの占領成功とともに、鉄原ハイヴや佐渡島ハイヴと横浜ハイヴを繋ぐ横坑が存在しないことが明らかとなったため、ますます各ハイヴは独立的に各個体の指揮を執っているのではないか、という意見が強くなっている。
この常識からいえば、香月夕呼の言葉の方が正しい。
BETA大戦は偉大なる消耗戦であり、一度の決戦で勝敗が決することなどありえない。
「それが、あんたが躍起になって鉄屑を集めた理由?」
眉根を寄せる香月夕呼に、西部方面司令官は静かに頷いた。
「来る決戦に必ず勝利する」
「狂ってるわね」
「だがそのためには、オルタネイティヴ第4計画の完遂は必須だ。第4計画の下、地球上に存在する全ハイヴの構造情報、そのリーディングが成功する――それで初めて我々に勝機が生まれる」
「……」
「オルタネイティヴ第4計画は博士に任せるほかない。私は決戦準備として“ん号作戦”を推進していく」
BETAとの戦争に終止符を打つ、そのきっかけになるような作戦。
故に“ん”なのだと西部方面司令官は語った。
ん号作戦は3つのレイヤーから成る。
ひとつは日本帝国航空宇宙軍と協力しての軌道降下の信頼性向上。
次に決戦を有利に運ぶために必要となる軌道爆撃・現地補給のための物資の確保。
そして直接の戦闘に勝利可能な戦術機部隊の養成、である。
◇◆◇
その数週間後、対馬島奪還作戦となる川獺作戦が発動した。
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■79.F/A-14N(4)
■本話登場人物紹介
【青山敬行(あおやま・たかゆき)】
中尉。第92戦術機甲連隊第31中隊前衛B小隊の小隊長。コールサインはサイウン5。
実戦経験のあるサイウン6・日隈三央少尉とともに新人の多い第31中隊を引っ張る中堅衛士。彼の一言は、新人衛士たちを奮起させた(61話)。
◇◆◇
1999年10月、対馬島奪還作戦“川獺作戦”は発動した。
この作戦はハイヴの存在する佐渡島を除いた国土奪還の総仕上げともいうべき作戦であり、帝国政府首脳部および日本帝国国防省、帝国軍参謀本部の威信を賭けた代物となっている。
故に、帝国軍参謀本部は出し惜しみをしなかった。紀伊型戦艦こそ明星作戦成功後に整備入りしているが、改大和型戦艦と大和型戦艦、その他大小の水上艦、無人機部隊、回転翼機部隊の投入を決めている。
払暁――。
火蓋を切ったのは、日本帝国西部方面隊第5地対地ロケット連隊と新設された日本帝国東部方面隊第6地対地ロケット連隊の88式地対地誘導弾システム、壱岐島の島影に隠れた金剛型ミサイル駆逐艦の艦対地ミサイルであった。
白煙を噴きながら空中へ飛び出した白い弾体は、シースキミングモードに移行し、光線級の視線を躱しながら一気に対馬島南部の下島側に襲いかかった。
上島、下島の一帯にて、青白い光が閃く。
途端に爆散する弾頭。
空中で四散する破片と、惰性で進む炎の塊が次々と生じる。
その合間を縫って過半数の誘導弾は下島南部、500m級の高地が連なる一帯の直上で炸裂――無数の木々とその場に居合わせたBETAを薙ぎ倒した。
さらに壱岐島内に展開したMLRSが長射程型のロケット弾を惜しげもなく使い、厳原港に隣接する鶴翼山、宝満山、向山、ダシ山をはじめ、下島一帯の山々を蹂躙していく。
これらの砲撃は、AL弾ではなく通常弾頭で行われている。
この段階の砲撃の狙いは、ふたつ。
ひとつは光線級・重光線級の本照射を誘発させることで、その所在を暴露させるためだ。
発生するレーザークラウドと伸びる光芒を、対馬海峡に潜む究極のステルス兵器――春潮型潜水艦は潜望鏡と付随するセンサー類を使ってそれを捕捉していく。
故に砲弾の到達率が低下することを承知の上で、観測の邪魔になるかもしれない重金属雲を発生させはしない。
もうひとつは下島の高地を事前に叩いておき、対馬海峡に進出する水上艦艇が、偶然高地に居合わせた光線級から照射を浴びることがないようにするためであった。
それから鋼鉄の巨躯が、戦場に姿を現す。
位置情報を曝け出した光線級目掛けてAL弾頭の艦対地ミサイルが突入する最中、改大和型戦艦『加賀』と大和型戦艦『信濃』は威風堂々、対馬海峡にまで進出した。
対馬島に指向されるのは、15門の46センチ砲。
轟然、海上に衝撃波が奔る。
次の瞬間、対馬島の一角が抉りとられた。
加えて無数の副砲が対馬島南部を滅茶苦茶に乱打――光線級による反撃を万に一つも許さないまま、46センチ砲で吹けば飛ぶような無人島や、光線級の群れが存在する平野部を叩き潰していく。
水平線上に身を曝け出した水上艦艇と、光線級・重光線級が撃ち合えば、命中精度、投影面積の差で前者が撃ち負ける、というのは常識だ。
しかしながらこの2隻の超ド級戦艦は、壱岐島・九州島からの火力投射もあって、ろくな反撃も受けずに暴れ回った。
そして最後に改大和型戦艦『加賀』が、航空甲板となっている艦体後部から次々と無人機を発艦させていく。
彼らに与えられた任務は、生残する光線級、重光線級の照射を誘発させることで、その位置を暴露させる――あるいは周辺空域が安全だと保証すること、であった。
……。
(俺たちの出番、ある?)
朝日の下、艦上機用エレベーターで輸送艦の甲板上に引き出されたF/A-14N――雨田優太少尉はそう思った。
大和型戦艦、改大和型戦艦に金剛型ミサイル駆逐艦が近海に遊弋し、壱岐や九州からは熾烈な長距離砲撃が続いている。
対馬島内のBETA個体数は旅団規模約5000と目されている。光線級・重光線級の個体数は100に満たないはずであり、その程度の防空網ならば粉砕し、なおかつ多くのBETAを殺戮するだけの砲火力がいまここにあった。
実際、帝国軍参謀本部および西部方面司令部の事前の想定では、光線級や大抵の大型種は強大な火力投射で殲滅されるだろうとされており、第92戦術機甲連隊はBETAの約45%を占める戦車級を主として相手取るということになっていた。
そのため、艦上に並んだF/A-14Nは両肩部に地対地ミサイルではなく、36連装127mmロケットランチャー2基を装備している。
「こちらHQ。園田だ。旧厳原港周辺空域に達した無人機は滞空したまま未だ健在。これにより同港周辺の光線級の排除は確実となった。よって計画どおり、第12・22・31中隊は洋上突撃を実施――旧厳原港・旧対馬市役所を攻撃する」
作戦司令部が設置されているミサイル巡洋艦『愛宕』に乗艦している園田勢治少佐は、安心しきっていた。
渡洋攻撃を実施する戦術機にとって、光線級は大敵といっていい。
しかしながらレーザークラウドが消え失せたままほとんど発生していない現状と、事実上の航空戦艦である『加賀』の放った無人機が照射を受けていない以上、長距離火力投射によって下島から上島に至る東海岸からBETAは完全に駆逐されたと判断できた。
「こちらイツマデ1。計画どおり、前衛B小隊から発艦」
「こちらサイウン1。イツマデと同様に前衛B小隊から発艦せよ」
園田勢治少佐の命令の下、輸送艦上にて待機していた第92戦術機甲連隊の衛士たちが、自機のスロットルを開く。
空中に躍り出る鋼鉄の
急激に加速する世界の中で鉄馬の御者たちはNOE飛行に移りつつ、編隊を整えていた。FC-1から成る第12中隊、JAS-39CBの第31中隊が先鋒、それに続く形で第22中隊のF/A-14Nが往く。
そのまま一路、旧厳原港へ。
(まるで山目掛けて突っこんでいくみたいだぜ)
サイウン8・実方成也少尉は海面上に浮かぶ標高558mの有明山を睨みながら、そう思った。
次の瞬間、異変は生じた。
「なに――?」
最先頭を翔ける第31中隊B小隊長の青山敬行中尉は、聞き慣れた警告音を耳にする。
網膜上にポップする黄と赤の色彩――“予備照射警報”の文字。
その数秒後、膨大な熱量が、対馬海峡洋上に生じた。
「くそったれ!」
最先頭を往くJAS-39CBは光の奔流に呑みこまれ、爆発炎上しながら海面に叩きつけられる。
その隣のJAS-39CBもまた炎を曳いたまま、大出力のレーザーが生み出した衝撃波によってバランスを崩して失速――波間に消えた。
「HQ、サイウン1だ! サイウン5、6がやられた!」
「おい、イツマデ
「マーカーが全部消えた!?」
「イツマデ5ッ! 鈴木少尉、応答してください!」
たったの数秒。
それで第92戦術機甲連隊の第12・第31中隊は6機を失った。
服部忠史大尉は瞳の端に映る中隊内ステータスを見やり、苦い表情をした。
鈴木久実少尉が率いる前衛B小隊は、全滅している。
「どっから撃たれたッ!?」
「旧志賀ノ鼻大橋の下!」
「こいつら、砲撃をやり過ごしやがった!」
第31中隊前衛B小隊の生き残り、サイウン7・矢矧豪少尉とサイウン8・実方成也少尉は速度を緩めることなく、前方目掛けて突撃砲を連射した。狙いはデタラメで数十発の機関砲弾が高架の側面に突き刺さったが、同時に2体の光線級を吹き飛ばす。
「よくも鈴木先輩を――!」
イツマデ4・牟田美紀少尉が吼えながら、半壊したペンションから瞳を覗かせている光線級を120mm弾で吹き飛ばす。
彼女もまたスロットルを絞っていない。120mm弾の直撃を受けてペンションとともに粉々となった光線級の死骸を飛び越した牟田美紀少尉機は、雑木林に着地し、襲いかかってくる戦車級の奔流を突撃砲の連射で破砕した。
その最中、彼女の耳朶を警告音が打つ。
かくして対馬島における戦況は、急転した。
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■80.F/A-14N(5)
■本話登場人物紹介
【井戸向凛(いどむかい・りん)】
少尉。第92戦術機甲連隊第22中隊所属。コールサインはシスター7。
雨田優太少尉の僚機を務める。シスター7は戦死した藤井美知少尉から継いだもの。約1年前はまだ高校生だった。
【大島将司(おおしま・しょうじ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第22中隊長。コールサインはシスター1。
光州作戦から第92戦術機甲連隊の主要な作戦に参加。大陸帰りのベテラン。バツイチで陽菜という娘がいるがしばらく会えていない。部下のことを思いやる中隊長(6話)。
【八倉世理子(やくら・よりこ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第31中隊長。コールサインはサイウン1。
新年に着隊。上級幹部教育課程を好成績でパス、陸軍大学校への入校を勧められたがそれを蹴って前線部隊勤務を希望した衛士。
「なんなのっ!」
第92戦術機甲連隊第22中隊7番機を駆る井戸向凛少尉は、苛立ちとともに短い叫びを上げた。
旧厳原港一帯はいまや、光線級の十字砲火に晒されている。人類側の索敵と砲撃を躱しやすい谷間や、旧対馬市役所周辺の廃墟、高架の下に隠れていた光線級が第92戦術機甲連隊機に突如として反応し、一斉に攻撃を開始したのである。
それに負けじと、第22中隊“バトル・シスターズ”のF/A-14Nは、光線級目掛けて127mmロケット弾による制圧射撃を実施していた。
予備照射に移行した光線級に数発のロケット弾が襲いかかる――となれば、光線級は即座に目標を戦術機から自身に迫る飛翔体に切り替えざるをえない。そしてそのまま、至近距離で炸裂した弾頭の破片や爆風によって、ズタズタに引き裂かれていく。
「旧対馬市役所駐車場――!」
石垣の上から頭を出した光線級。
それを捉えた大島将司大尉は間髪入れずにロケットランチャーをその眼球に指向していた。
火焔を噴きながら空中に飛び出した白い弾体は、光線級が予備照射に移行するよりも早く石垣に達する。
弾け飛ぶ石垣と、その断片によって下半身を吹き飛ばされる光線級――双眼が乗った上半身が虚空に舞い上がる。
「光線級はシスターに任せるほかない!」
八倉世理子大尉はB小隊長・青山敬行中尉と日隈三央少尉が撃墜されたことで浮足立つ部下を叱咤し、同時にやるべきことを明確に示した。
「382号を南下する戦車級800をやるぞッ!」
周辺の山々から駆け下りてくる、あるいは国道に沿って南下してくる戦車級ども。この行く手を遮ることで、第22中隊を戦車級から守り、光線級狩りに専念させようというのである。
八倉世理子大尉の命令とともに戦車級の波濤目掛けて突進したのはサイウン7、サイウン8――矢矧豪少尉と実方成也少尉だった。
両者はともに、頭に血が上っていた。
2機のJAS-39CBは示し合わせたように突撃砲を投げ捨てる。
「青山さん、日隈先輩……」
投棄された突撃砲が、木造の民宿を圧し潰す。
と同時に鋼鉄の籠手が変形し、二の腕ほどの長さを誇るスーパーカーボン製の凶刃が展開した。
そして金色のセンサーアイが、殺到する戦車級を睨んだ。
「てめえらクソ虫にいまさらビビるかよッ!」
大口を開きながら駆け抜けてくる真紅の激流に負けじと、矢矧豪少尉は吼え返した。
もはや彼の横顔に怯懦はない。厳しいながらも色々と営内のイロハを教えてくれたふたりを理不尽に失ったショックは、彼が胸の奥にしまいこんでいた怒りを呼び覚ましていた。
矢矧豪少尉機は地表面滑走で最先頭の戦車級を轢き殺し、血肉のペーストをぶちまけ、浴びながら、飛びかかってくる戦車級目掛けて両腕を振るう。
主腕の延長線上にあるブレードが、空中の戦車級を薙ぎ払って死骸に変える。
その肉片と血液が舞い散る中、1匹の戦車級がJAS-39CBの頭上にまで跳躍し、その凶刃を掻い潜った。
「お前らさえ来なければ――!」
頭上から落下してくる戦車級を、矢矧豪少尉は肩部ブレードベーンで吹き飛ばした。
BETAによって奪われた無数の生命、無数の夢、そして自身の夢。
矢矧豪少尉は憤怒のままに体当たりしてきた戦車級を刃が装着された膝部装甲で斬殺し、その死骸を踏み潰した。
……。
「さすがは92連隊ですな――」
作戦司令部が設置されているミサイル巡洋艦『愛宕』では、本土防衛軍の高級参謀たちが次の一手を協議していた。
予想外にも“偶然”生き残っていた光線級の反撃に作戦司令部は一時的に恐慌状態に陥っていたが、第92戦術機甲連隊が瞬く間にこれを制圧してみせたことで、彼らは平静を取り戻すことに成功していた。
タイムスケジュールは少々の遅延をみせているが、続いては予定通りに日本帝国本土防衛軍西部方面隊対馬警備隊や重迫撃砲中隊が、旧厳原港に進出することになっている。
しきりに第92戦術機甲連隊の奮戦に感心する艦隊参謀たちを筆頭として、作戦司令部内に流れる空気は切迫していない。
その中で園田勢治少佐は、違和感を覚え始めている。
確かに状況は悪くない。火力と手数に優る第22中隊は光線級を圧倒し、第12中隊と第31中隊は押し寄せる小型種の群れに対して優勢を維持し続けている。この後に上陸を予定している歩兵部隊が対処できない大型種は、島内にほとんどいなかった。
だからこそ、疑念が生じる。
(こんなに楽に勝たせてもらえるものなのか)
今回BETA側は光線級の存在を隠蔽するという戦術を用い、戦術機部隊の殲滅を図った。
その彼らがこのまま対馬島を明け渡すのか。仮に光線級の十字砲火で戦術機部隊の全滅を成功させたあと、彼らが次に狙うのは何か――。
「上島を砲撃し、旧厳原港のある下島への増援を阻止すべく、予定通りに『美濃』と『加賀』をはじめとする水上艦隊を北上させましょう」
思考する園田勢治少佐の横で、艦隊参謀が発言する。
その数十分後、最前線で戦車級と対峙する八倉世理子大尉が、急を報せた。
「HQ、コード911!」
「は?」
作戦司令部の面々が呆ける。
止まった時間の中、オペレーターたちは情報連接しているJAS-39CBが送信してきた音紋、その波形を見て絶句した。
次の瞬間、水上艦のウイングに立っていた見張りの水兵たちは、下島南部の山々の上に立ち上がる土砂を見た。
「噴火!?」
「碇隈山か――?」
「馬鹿、噴火なわけがあるかッ! あれは!」
山頂付近に、朦々と広がる砂煙。
その中から
「予備照射ァ!」
改大和型戦艦『加賀』に着艦しようとしていた無人航空機が爆散し、炎を曳いた破片が航空甲板に降り注ぐ。
その鉄火の脇を衝撃波とプラズマを伴って奔ったレーザーは、軽巡洋艦『
訪れる破局。
数百名の乗組員とともに『音羽』は大爆発を起こして、艦体前部・後部とに切断され、水蒸気が立ちのぼる海面下に没した。
「高地からの照射攻撃、だと」
対馬島へ接近した水上艦隊を見下ろせる高所への地中侵攻……否、地中進出。対馬海峡一帯を射程に収めた重光線級、光線級はその曇りなき瞳で洋上に浮かぶ水上艦をじっと見つめている。
76mm連装速射砲を指向したミサイル駆逐艦『天津風』は、発砲を開始する前に光線級2体からの本照射を浴びて爆発炎上。
その前方を航行していた駆逐艦『高月』は127mm速射砲による反撃を開始していたが、その砲弾のことごとくを迎撃された上、重光線級の本照射で艦体前部が切断され、前のめりに沈み始めていた。
「AL弾に換装する時間はない!」
「撃ちまくれ、飽和攻撃しかない」
光線級、重光線級に迎撃を強いつつ、その防空網を突破して叩き潰してしまおうという攻防一体の連続射撃に水上艦隊が移る中、園田勢治少佐は数秒で光線級吶喊のためのルートを組み立てていた。
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■81.対馬吹き抜ける鋼鉄の突風!
対馬海峡に遊弋する水上艦隊は、ジリ貧に陥りつつあった。
副砲や速射砲による連続射撃で光線級に迎撃を強要することで、本照射の直撃から身を守ることには成功していたが、光線級の個体数自体は思うように減らせていない。
明らかに、艦隊側が不利な状況。
残弾に限りがある以上、この均衡状態はいつか破れる。またこの状況でさえ、砲弾を蒸発させたレーザーが水上艦を擦過し、衝撃波でセンサー類が破壊されるなど、確実に艦隊側の戦闘力は漸減していた。
打開策が出ないまま、被害状況の読み上げがただただ続いている作戦司令部。
そこで園田勢治少佐は、周囲に切り出した。
――下島南部に出現した光線級に対する
もう1度、時間が止まった。
「やってくれるのか……」
艦隊参謀たちの期待半分、悲壮半分の視線。
高地を占領した光線級に対する攻撃は、容易いものではない。
それを艦隊参謀たち、そして園田勢治少佐も理解している。
だがそれ以外に、水上艦隊を救う手立てはない。
◇◆◇
「HQの園田だ。作戦を更新する。現在、下島南端の高地に進出した光線級は、水上艦隊を一方的に攻撃している。諸君にこの光線級の排除を命じる」
園田勢治少佐が組み立てた作戦は旧厳原港の確保をいったん諦めた上での、3個中隊による光線級吶喊である。
まずFC-1から成る第12中隊“キマイラ・スラッシャーズ”が先発。
光線級が布陣した碇隈山・松無山(ともに300m級)の北方に連なる、500m級の萱場山、竜良山、木樹山を盾にしながら下島西海岸へ進出してから陽動目的の攻撃に移り、光線級の直掩に就く要撃級、戦車級を引き剥がす。
続いてJAS-39CBの第31中隊“サイウン・トルネーダーズ”、F/A-14Nの第22中隊“バトル・シスターズ”が、光線級から成る敵陣地の北東にそびえる宮ノ岳山の北側に進出。そこから水上艦隊に向けて照射を繰り返している光線級たちへ突撃をかけ、最初に碇隈山、次に松無山の順番で攻略を試みる。
つまり第12中隊が西海岸で陽動にあたり、隙を衝いて第31中隊、第22中隊が東海岸から一気に勝負を決しにかかる格好だ。
「高地を占領した光線級の駆逐は困難極まる任務だ。しかしながら、それを知ってもなお私は命令を下す。現時点で1000名以上の死傷者が出ている。青いマーカーひとつに、300以上の人命が存在しているのだ。彼らを救うため、光線級吶喊を実施せよ」
(畜生、やってやるッ!)
矢矧豪少尉は武者震いとともに、後方跳躍で眼前に迫る戦車級から距離を取ると、踵を返して指示された集結ポイントに向かった。
死の臭いを感じ取りながらも、そこまで言われたら逃げられぬ。
恐怖はない。あるのは高揚だけだ。
計画通り、8機のFC-1は萱場山、竜良山、木樹山の北方を走る県道192号線を西進。
西海岸を臨む旧厳原町豆酘瀬に達したところで一気に南へ転進した。
「来るぞ! 要撃級50ッ!」
南海岸に居合わせた要撃級と戦車級の群れが、県道24号線に沿う形で
全滅したB小隊の代わりに前衛に立つのは、イツマデ3・村野欣也少尉とイツマデ4・牟田美紀少尉だ。
森を薙ぎ倒しながら現れる要撃級が、次々と突っ伏したまま絶命していく。
曳光弾が下草を焼き、その小火を踏みながら戦車級の群れが押し寄せる。
次の瞬間、後衛小隊が放った120mmキャニスター弾が空中で炸裂し、数千個の鋼球が木々を射抜き、放棄された田園を叩き、土煙と血煙が巻き起こった。
「こちらサイウン1、位置についた」
「こちらシスター1、砲撃支援準備完了」
要撃級や戦車級が山を下り、第12中隊に向かい始めたのを確認したあと、第22中隊・第31中隊は盾となる宮ノ岳山の北側に進出した。
途端、ぱたりと艦砲射撃がやんだ。
何も思わないまま、光線級たちは機械的にその瞳を海上に浮かぶ鋼鉄に向ける。
その1秒後、甲高い発射音が鳴り響き、稜線上に陣取っていた光線級たちは一斉に北東の空を見た。
大空を埋め尽くす炎、炎、炎。
約300発の127mmロケット弾は稜線上の光線級が放ったレーザーによって次々と爆散し、山々を橙に照らし出し――数十発のロケット弾は碇隈山北側から山頂付近にて炸裂し、複数の光線級を森ごと削り取った。
火を曳く弾片が降る中、宮ノ岳山北側から碇隈山に至る約4kmの距離を、10機のJAS-39CBが翔け抜ける。
最先頭の矢矧豪少尉機と実方成也少尉機は火の雨の中を跳躍し、小柄な機体には不釣り合いなほどの出力を誇る噴射装置で、碇隈山の頂上を飛び越した。
「よう――クソ目玉どもッ!」
碇隈山の斜面に直立していた重光線級が、迫るJAS-39CBを捉える。
予備照射が始まった瞬間、実方成也少尉は右主腕部のブレードでその眼球を破裂させていた。
その隣で矢矧豪少尉機は斜面を滑り落ちながら小型種を轢殺。
慌てて彼は、主腕部のブレードを斜面に突き立てて滑落を止める。そうして体勢を立て直し、上体を起こすとともに背部ガンマウントを稼働させ、周囲の光線級を射殺してまわりはじめた。
「友軍誤射に注意しろ!」
「了解!」
その数秒後、さらに中衛、後衛小隊が稜線を飛び越え、光線級たちに襲いかかる。
急上昇、急降下。
開発時に想定されていた主戦場である山がちなスウェーデンの地形と、この対馬の戦場はよく似通っている。
「長距離砲撃戦だ! 松無山の稜線を制圧するぞ!」
一方、ロケットランチャーを投棄して身軽になったF/A-14Nボムキャットは、碇隈山の山頂付近に登りきると、内院浦を挟んで向こう側にある松無山目掛け、支援突撃砲の狙撃や120mmキャニスター弾による攻撃を開始した。
彼我の距離は約2500m。
近くはないが、有効射程外というほどの距離ではない。
碇隈山の西側斜面・南側斜面で殺し回るJAS-39CBに向け、予備照射を開始した松無山東側の光線級、重光線級が次々と狙撃され、谷底へ転落していく。
「碇隈山周辺の光線級、全滅」
「サイウン7、サイウン8、内院浦を突破――松無山へ取りつきます!」
「サイウンアルファが松無山北側の尾根から攻撃を開始!」
第92戦術機甲連隊の光線級吶喊をモニターしていたミサイル駆逐艦、主力戦艦のCICの下士官、士官たちは知らず知らずのうちに両こぶしを握り固めていた。
もともと山地での遭遇戦に長けたJAS-39CB、そして長距離砲撃戦を得手とするF/A-14Nはこの日、200体近い光線級・重光線級を撃破――水上艦隊を窮地から救ってみせた。
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■82.武御雷vs星青!
対馬島奪還作戦が成功に終わった、約1か月後の1999年12月3日。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊大矢野原演習場は、厳戒態勢にあった。
礼砲部隊として待機している帝国斯衛軍大宰府警備隊の58式105mm榴弾砲、その砲列の上を、2機の偵察ヘリコプターが飛んでいく。
演習場の車輌用出入口には、74式近接戦用長刀と87式突撃砲を保持した紅白2機の瑞鶴が立っている。
駐車場には81式短距離地対空誘導弾、演習場の片隅には防空機関砲の20mmVADSが展開――同時に周辺基地では改良型ホーク地対空ミサイルシステムが睨みをきかせていた。
「こりゃすげえや」
自機の下に立つ氏家義教大尉は、嘆息した。
その言葉に井伊万里中尉も首肯した。
下手な真似をすれば、地対空ミサイルで撃墜されるに違いない。
実戦とはまた違った緊張感を、彼女は肌で感じ取っていた。
他方、櫻麻衣大尉と長野ふゆ少尉は、良くも悪くも平常運転であった。
武御雷との模擬戦は噂どおりの“御前試合”となるようだった。
演習場の端でF-2Aはガントリーに支えられて起立している。
向日葵色のセンサーアイは朝日を反射し、空の青、海の青を纏ったフレームもまた陽光を浴びて輝いている。
このF-2Aの愛称は、“
異機種間模擬戦1週間前になって、櫻麻衣大尉が「00式戦術歩行戦闘機には軍神・武神の名からとった“武御雷”という二つ名がついているが、F-2Aには愛称もなく味気ない。戦う前から負けている(要約)」と騒ぎ出したため、急遽つけられた異称であった。
一応、日本帝国の戦術歩行戦闘機(陸上機)の名には、気象や自然現象が採用されることになっている。
そこで武御雷に名前の上で負けまいと考え出されたのが、星青、であった。
星青、というのは地球の青のことを指す。
つまりこの星の大洋と大気、ひいていえばこの地球そのもののことを指しており、これほど規模が大きい自然現象はないであろう。
相手が武を司る神格だとすれば、こちらは地球の輝きである。
これならばまず名前の上では、まあまあ互角の勝負だといえよう。
そして今日、名実のうち“実”の方が試される。
立ち並んだ4機のF-2A星青。
その2000m先に4機の白い武御雷が立っている。
「お互いの位置が暴露している状態、しかも2000mの距離」
井伊万里中尉は呆れた。
長距離砲撃戦で1機でも相手を斃すことができれば、F-2A星青にも勝ち目はある。
逆にいえば最初から4対4の近接戦闘に持ちこまれてしまえば、工夫のしようがない。
戦闘というよりは、本当に機体性能と衛士の技量の足し算で勝負を決する個人的決闘に近い形になってしまう。こちらも西部方面隊、92連隊の看板を背負っているだけに負けるつもりはないが、斯衛軍の側も粒ぞろいの衛士を揃えているに違いなかった。技量の上で互角、となれば星青が武御雷に勝てる見込みはなくなってしまう。
そう考えていただけにこのレギュレーションは厳しいものがある。
「しゃーねえ」
氏家義教大尉は突如として走り出した。
「どこへ?」
「ちょっと偵察に行ってくる!」
聞かれないので普段から公言はしていないが、彼は譜代武家の人間だ。
故あって斯衛軍に籍をおいたのは2年程度だが、他家とのつながりはもともと深かった。
武御雷を操るのはおそらく武家出身の衛士であろうから、もしかすると見知っている者かもしれず、ならばなにがしかの情報を得られるかもしれないと思ったのである。
(御前試合は11時頃だ。その前にお目通りも予定されている)
故に、時間ならばたっぷりあるだろう、と彼は思っていた。
……。
「久しいな、義教」
15分後、氏家義教大尉は緑色の天幕の中で、茶が満たされた湯呑みを持ち上げていた。
相手は知己で、名を六須賀築大尉といった。家格は“黄”であり、BETAの西日本侵攻時に将軍職を担っていた斉御司家に仕える譜代の出身者である。
氏家義教大尉とは閥こそ異なるが斯衛軍においてはほぼ同期の間柄で、この数年間も手紙の遣り取りをするような仲――決して知らぬ関係ではない。
「奇遇よな」
と、氏家義教大尉は返事をしながら、湯呑みを簡易テーブルに置いた。
「義教はあちこちへの転戦で大変そうだったな」
「武家ほどではないさ」
「その様子ではこちらに戻るつもりはないのだろうな」
「砂をかけたのは俺だ」
六須賀築大尉の後ろに立っている女性衛士には、生憎と見覚えがなかった。
が、何か覚悟を固めたような面構えをしている。
侮れない存在であることは間違いなかった。
「いや、殿下も――正確には殿下の周囲の方々ももう御許しになっているはずだ」
(俺の動揺を誘っているのか?)
氏家義教大尉の六須賀築大尉に対する評価は、かなり高い。
近接戦闘をはじめとする戦術機操縦技術もさることながら、知謀に長けている。
もともと戦国時代より六須賀家は、情報収集や工作活動で伸し上がってきた家であり、そのセンスを受け継いでいるのである。
(一方で“考えすぎる”のがやつの弱点だが……)
六須賀築大尉に対して策を弄するには時間が短すぎる。
逆にいえば六須賀築大尉が策を仕掛けるにもまた時間がなさすぎる、と氏家義教大尉は思い、再び口を開いた。
「あの老侍女が俺を許すとは思えん」
「最近、少し丸くなったようだが」
「だとしても俺は――双子は忌み子だとかいう迷信を頭から信じているのか、御家騒動を避けるためかはわからんが、姉妹の片方を他家に出すような非近代的なしきたりが罷り通る世界に戻るつもりはない」
「……」
それだ、と六須賀築大尉の口調が急に変わった。
「十数年前に貴様が“近世でもあるまいし、妹の側を他家の子とするのは何事か”と大騒ぎしたとおりだ。武家の考え方は――武家、斯衛軍という組織はもう古い」
「どうした急に」
「いや……」
その後、両者は2、3の雑談をして別れた。
「ごちそうになったな。ありがとう」
煌武院に撃剣世話掛のひとりとして仕えていた氏家義教大尉は、六須賀築大尉にそう言って天幕を出た。
その数秒後、六須賀築大尉は笑った。
「一口も飲んでいないではないか」
氏家義教大尉は湯呑みを持ち上げてから、そのまま下ろしただけで、湯呑みに口さえつけていなかった。
(敵と定めた者には油断せず、隙さえみせない――変わらぬな)
故に手は抜けない、と六須賀築大尉は気を引き締め直した。
◇◆◇
御前試合に臨む帝国軍・斯衛軍8名の衛士は、政威大将軍・煌武院悠陽に拝謁した。といっても200m以上離れた場所から、畏くも殿下があらせられる指揮所へ最敬礼いたし奉っただけであり、氏家義教大尉らは直接その御顔を拝したわけではなかった。
その後、8名の衛士は数km離れた自機へ向かった。
「相手の出方次第だ」
ブルー1・櫻麻衣大尉はF-2A星青に乗り込むなり、部隊内データリンクで2パターンの動きを共有した。
ひとつは武御雷が開幕から距離を詰めにきた場合。
この場合は相手の勢いに呑まれないため、こちらも積極的に前に出て近距離戦に挑む。逆に距離を取ろうと後方へ跳躍すれば、優速の敵機に追撃されるだけだ。
もうひとつは武御雷がその場を動かず、砲撃戦か様子見に徹しようとした場合。
この場合は全機、後方へ跳躍して距離をとりつつ、有利な中距離砲撃戦・長距離砲撃戦に移行する。
仮に斯衛軍が前衛2機を突出させ、後衛2機に狙撃態勢をとらせた場合は、こちらはブルー2・井伊万里中尉機、ブルー3・氏家義教大尉機、ブルー4・長野ふゆ少尉機が3機がかりで敵前衛機を抑え、狙撃能力にも長ける櫻麻衣大尉が敵後衛機を撃破する算段となっていた。
(相手の出方を伺うのは性に合わないが、やむをえん)
氏家義教大尉はそう思ったが、こればかりはどうしようもないと諦めた。
東軍、武御雷。
西軍、
が、この模擬戦は開始直後から、櫻麻衣大尉らが予想だにしていない展開をみせた。
「どういうことだ?」
武御雷たちは時速800kmという高速で、南へ転進する。
それを見た櫻麻衣大尉は舌打ちをして、ペイント弾が装填された
「大馬鹿者どもが」
それだけで氏家義教大尉らはすべてを理解した。
疾駆する白色の武御雷の背中目掛け、星青色の戦術機が加速する。
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■83.身に纏うのは、星の青に、衛る力!
「こちらブルー1だ! 早く武御雷を撃て!」
オープンチャンネルで櫻麻衣大尉は声を張り上げた。
彼女はこの一戦、武道の試合のようなものだと思っていた。
ところが武御雷は前に出るでも弾幕を張るでもなく、彼我の突撃砲の間合いで無防備にも横方向へ翔け出した。
武道の試合でいえば、真正面の相手にあたるのではなく、突如として審判の方向へ走り出すようなものだ。
故に櫻麻衣大尉は――F-2A星青を駆る4名の衛士は、武御雷を操る“敵”の狙いを悟った。
しかしながらそれは、当事者にしかわからない。
レーダーの画面と、上空警戒に余念がない対空機関砲や地対空ミサイル要員からすれば、武御雷の動きが模擬戦闘中の戦術機動なのか、それとも模擬戦を棄てて真の狙いへ向かうそれなのか判断ができない。
他の警備兵たちも同様だ。
彼らは仮に要人を狙った襲撃者が現れたとしても、それは外部からだと思いこんでいる。
「何をしているか、武御雷の狙いは殿下にあり!」
氏家義教大尉もまた怒鳴ったが、武御雷を射程に収めているはずのVADSは微動だにしなかった。
当たり前だ。
万が一にも、斯衛軍関係者が――それも武御雷を駆る衛士たちが“敵”に転じるなどとは、警備部隊の面々は夢にも思わない。
誰も予想しえない展開。
だからこそ、そこに絶大なる奇襲効果が生じる。
「ホワイト小隊、乱心したか……!」
しかしながら政威大将軍殿下の直衛に就く、紅白の瑞鶴2機だけは違っていた。
演習エリアを脱して向かってくる武御雷に躊躇なく87式突撃砲を指向する。
模擬戦に臨む武御雷とは異なり、そのマガジンに装填されているのは当然ながらペイント弾ではなく、焼夷徹甲榴弾である。
が、
「電子攻撃――!」
元来、第二次世界大戦後の帝国斯衛軍は、皇帝陛下や政威大将軍殿下の御身を警護し奉るための組織という側面があり、対BETA戦のみならず対人戦も想定のうちに入れている。
そして武御雷はその思想の下に開発・製造された高性能機。
その烏帽子めいたセンサーマストが有する電波・光波領域の妨害機能は、瑞鶴が備えるFCSを圧倒し、中距離砲撃戦を封じるに至った。
かくして紅白の瑞鶴はその74式近接戦用長刀を以て、武御雷と正対せざるをえない。
最先頭の武御雷が長刀を大上段に振りかぶって吶喊する。
それに対して一早く飛び出した紅の瑞鶴は肩部ユニットからぶち当たり、その武御雷を弾き飛ばすと、その脇をすり抜けようとする武御雷の腰部を狙って水平の斬撃を繰り出した。
「乱心などしておらぬぞ、月詠」
刃と刃が衝突し、火花が散る。
嗤った六須賀築大尉はこともあろうか、右脚部を持ち上げ、その膝部装甲ブレードエッジで必殺の斬撃を受け止めていた。
紅の瑞鶴は相手を転倒させようと刀身を全力で圧したが、武御雷は左主脚の先端部分で地表を掴み、芸術的なバランスを保ったまま動かない。
「死ね!」
先程、肩からの体当たりで弾き飛ばされた武御雷が横合いから再び斬りかかってくるのに対して、紅の瑞鶴は摺足で後退しながら躱し、躱しながら下段からの斬り上げで応じる。
胸部を狙った剣先は、空を斬る。
人体ではありえないバランスで仰け反って刃を躱した武御雷は、上体を戻しながら鋼鉄の籠手から突出させた刃で紅の瑞鶴を襲い、左肩部ユニットを破砕した。
「海道中尉、ここは頼む」
「応!」
続けて全身の凶刃を以て紅の瑞鶴を襲う武御雷。
その横を六須賀築大尉機が疾駆する。
防戦に転じざるをえない紅の瑞鶴は、これを阻止できない。
そしてもう1機の白の瑞鶴は2機の武御雷に圧倒され、両主腕を破壊された上、頭部ユニットを刎ね飛ばされていた。
六須賀築大尉機は、そのまま政威大将軍・煌武院悠陽がおわす御陣所へ向かう。
ソフトスキンと生身の人間を殺すのに、突撃砲や長刀など不要。
ただ腕の一振りもあればよい。
そのまま純白の武御雷は天幕に突進せんとした。
瞬間、過ぎゆく周囲の時間が、限りなく遅くなった。
――無現鬼道流、螺旋剣。
武御雷の頭上を跳び越す虚空の影。
それは身をよじらせながら、青藍の斬撃を繰り出した。
一瞬の攻防。
頭部から胸部を狙った剣戟は、しかしながら武御雷が掲げた刀身で防がれる。
そのコンマ数秒後、青い戦術機は御陣所と武御雷の合間に着地し、74式近接戦用長刀を正眼に構えた。
「無現鬼道流――さすが煌武院家の元・撃剣世話掛だな」
「貴様ら、いつ斯衛であることを辞めた?」
F-2A
「その問いに答えるのは無駄というものだ。斯衛も、武家も、滅びる」
六須賀築大尉機は静かに八双の構えに移行する。
その周囲では激しい剣戟の応酬が始まっていた。
井伊万里中尉機と長野ふゆ少尉機は2機がかりで最後方の武御雷を猛攻し、櫻麻衣大尉は単騎で武御雷と対峙していた。紅の瑞鶴は装甲を削り取られながらも純白の武御雷に鋭い一撃を浴びせ、左主腕の二の腕から先を斬り飛ばしていた。
宙を舞った純白の二の腕が地に突き刺さるとともに、六須賀築大尉機が動く。
F-2A星青は向日葵色の瞳で、武御雷を見据えた。
次の瞬間、迫る横殴りの一撃をF-2A星青は長大な刀身で受け止める。
そしてそのまま両機は鍔迫り合いに移行し、力比べとなった。
「斯衛が、武家が滅びる、とはどういうことだ」
「わかるだろう。武家の我々が殿下の弑逆を試みた。これだけで城内省も、斯衛軍も解体されるには足る理由になる」
「馬鹿馬鹿しい」
氏家義教大尉の網膜の端で、異変が起こる。
機体ステータス表示――その一部、左主腕部先端が黄色く点灯した。
武御雷の剛力に、星青が耐えられない。
電磁伸縮炭素帯の性能や関節部の強度が、あまりにも違いすぎるのだ。
(誰でもいい、早く
そう願っての鍔迫り合いと力比べだったが、周囲の警備部隊は発砲しなかった。
というよりもできない。武御雷にダメージを与えられる20mmVADSは、巡航ミサイルや航空機を撃墜するための弾幕を張る兵器で、わざと集弾率を低下させている。そのため撃てば御陣所に着弾する可能性があった。
「馬鹿馬鹿しいのは、この国家危急の
F-2Aは後方跳躍した。
僅かに遅れて武御雷の膝部ブレードエッジが、先程まで星青の腰部があった場所を切り裂く。
着地する星青。
対する武御雷は長刀を投げ捨てる。
流れるように全身の隠し刃を展開させ、腰を落とした。
リーチが長い長刀を棄てるのは悪手のように思えるが、武御雷の全身に宿した刃を使って星青を圧倒する腹積もりなのだろう。
氏家義教大尉は苦笑いをしてから、時間稼ぎのために武御雷へ声をかけた。
「六須賀。武家が古いしきたりを守ろうとするのは、いまに始まったことではない」
「……武家、斯衛軍を市井はどう評しているか、知っているか?」
「寡聞にして知らぬな。興味もない」
「“帝都とともに我々も滅ぶ”と政治パフォーマンスに終始した愚か者。臣民が困窮にしているにもかかわらず贅を貪る特権階級。元枢府を守護するというにはあまりにも大袈裟な組織――」
「だからなんだというのだ」
「もはや人々は武家を、斯衛を、城内省を必要とはしておらぬ」
「……」
「帝国の護りは、帝国軍に一本化すればよいのだ。義教、貴様も中近世的なしきたりに嫌気が差して、斯衛を出奔したはずだ。もはや前時代的な斯衛軍など要らぬ――ゆえに」
淡々と響く六須賀築大尉の声に、氏家義教大尉の怒声が重なった。
「――ゆえに悠陽を殺すつもりかッ!」
「なに……」
「武家が、斯衛がなどくだらん! 政威大将軍であろうが、五摂家の人間であろうが関係ないッ!」
星青が、長刀を正眼に構え直す。
「
星青が地を蹴った。
途端、六須賀築大尉の感覚時間が引き延ばされる。
(義教が得手とする
(斬撃で迎撃するのは悪手。最悪、受け流されながらの反撃でやられる)
(逆に言えば瑤光一誠流は、受け流せない体幹を捉えた真っ直ぐの刺突に弱い)
彼我、刃の間合いに入る。
武御雷は、右主腕を突き出した。
複数ある関節部が伸張し、外見からは想像できないほどに右主腕が伸びる。
その先端から突出した二の腕ほどの長さを誇るカーボンブレードの切っ先が、星青の胸部に迫った。
が、次の瞬間、星青の上体が沈んだ。
(は――?)
氏家義教大尉が駆るF-2A星青は右主脚を前へ繰り出し、腰を落としながら、左主腕一本で保持した長刀を武御雷の胸部目掛けて突き出していた。
つまり氏家義教大尉が最後の一撃に選んだのは、技巧を凝らした剣技にあらず。
どこまでも愚直で、真っ直ぐな、片手突きであった。
結果は1秒もせずに訪れた。
武御雷の放った刺突は、次はない覚悟で踏みこんだ星青の胸部上方を抉りながら滑っていき、頭部ユニットを破砕。
対する星青の放った片手突きは、武御雷の胸部装甲を貫き、管制ユニットを圧し潰していた。
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■84.決闘がもたらすものは。
氏家義教大尉が激昂とともに放った迷いなき一撃とともに制御を失った武御雷は、両主腕部を力なく垂らした。
その2秒後、F-2A
それから数歩引き下がって、再び正眼に長刀を構える。
残心――。
氏家義教大尉の心中に、いかなる後悔もない。
彼が口にしたとおり、城内省も、武家も、斯衛軍も関係ない。
この現代において武を以て無抵抗の少女を殺すなどという悪逆は許されない。
ただそれだけだ。
管制ユニットを刺し貫かれてもなお、第3世代戦術機・武御雷のバランサーは働き続け、ただ茫然と直立していた。
その周囲でも、死闘の決着はつき始めている。
「六須賀大尉ッ!?」
「余所見をしている場合か?」
「くそったれ!」
小隊長である六須賀大尉が絶命したことに動揺した賊の武御雷が、74式近接戦用長刀を横薙ぎに振るう。
それをしゃがんで避ける櫻麻衣大尉機。
刀身が頭上を通過していくのと同時にF-2A星青の右主脚部膝部装甲が展開し、65式近接戦用短刀の柄が突出――星青はそれを逆手で握りしめると、一気に斬り上げた。
瞬間、武御雷の肩部装甲が純白の破片を散らす。
のみならず、左主腕の付け根にあたる電磁伸縮炭素帯が断ち切られた。
そして斬り上げられた逆手持ちの刃は、そこから“次”に繋がる。
武御雷の搭乗衛士が1、2秒先の未来に思い至り、思わず声を上げる。
「しまっ――」
武御雷の頭部ユニットに、65式近接戦用短刀の切っ先が叩きつけられる。
頭部上面装甲が砕かれ、特徴的な睨み眼が割れる。
そこから滅茶苦茶になった電装系がはみ出した。
その横では眼前の敵に極限まで集中した井伊万里中尉が、武御雷と互角に斬り合っている。
両主腕部から固定型ブレードを展開させた武御雷は、機体性能を活かした高速の斬撃を放つが、それを井伊万里中尉機は二刀の65式近接戦用短刀で防いでみせる。
火花散る斬撃の応酬。
「もらったッ!」
その最中、武御雷は意表を衝いた。
第3世代が有する驚異的な姿勢制御は強引な一撃――斬撃を繰り出しながらの下段蹴りを容易く実現する。
襲いかかる装甲ブレードエッジを有する武御雷の足趾。
それはF-2A星青の足首を刈り、容易く破壊してしまった。
途端に均衡を失い、崩れ落ちる井伊万里中尉機――。
勝利を確信する武御雷の衛士。
次の瞬間、その網膜に映ったのは巨大な拳だった。
「は?」
握り固められたマニピュレーター。
実戦では到底武器にはならないはずのそれが、武御雷の頭部ユニットに衝突する。
滅茶苦茶である。マニピュレーターは砕けながらも無数の破片となって武御雷のセンサーカバーに突き刺さり、同時に主腕部先端の装甲板はそのセンサーカバーを破砕して内部構造に至る。
「どりるっ」
凄まじい衝撃に武御雷が仰け反ったところを、長野ふゆ少尉機は伸びきった右拳を引き、両拳を腰だめに構えた。
「みるきぃ――」
武御雷は、といえば、転倒を避けるための姿勢制御機能が作動し、自動で上体が引き戻されている。
……無防備なままに。
同時に、長野ふゆ少尉は自機の左拳をアッパーの要領で放った。
「――ふぁんとむっ!」
青い影を曳く打撃。
流入する因果を乗せた幻の一撃は、相手の顎を捉えた。
長野ふゆ少尉機の左マニピュレーターが砕けるとともに、千切れた武御雷の頭部が宙を舞い、首から下もまたふわりと宙に浮いてから、そのまま転倒する。
それでもなお武御雷は肩口や指先のサブセンサーを使用して戦闘を継続しようとしたが、それよりも先に長野ふゆ少尉は主脚を振り下ろして、武御雷の手指や足首を破壊し、戦闘能力を奪い去っていた。
そこから少し離れた場所では満身創痍の82式瑞鶴と、左主腕や腰部装甲を失ってもなお戦闘力を余している武御雷が斬り結んでいた。
「……」
紅の82式瑞鶴を駆る衛士、その瞳には眼鏡越しに機体ステータスが投影されている。
幾重にも渡る刃同士の激突に伴って発生する衝撃により、すでに関節部は限界をきたしつつあった。
ゆえに彼女は自機と武御雷の位置関係、そして周囲の状況を確認した上で動いた。
鳴り響く金属音、火花散らす刃。
鍔迫り合いに移行――することなく瑞鶴は次には到底繋がらない体当たりを繰り出して押しやり、武御雷を数歩後退させた。
74式近接戦用長刀の間合いから、僅かに離れたほどの距離。
「撃て」
次の瞬間、瑞鶴と武御雷の剣戟を、固唾をのんで見守っていた警備兵たちが、一斉に動いた。
演習場の外れの雑木林に潜んでいた機械化強化歩兵が、肩に担いだ対戦車火器――自爆車輌阻止用に持ちこんでいた84mm無反動砲を純白の戦術機に向ける。
強烈なバックブラストが砂煙を巻き上げるとともに、数発の内、2発の多目的榴弾が武御雷の左主脚と跳躍装置を直撃。複合装甲を有しているとはいえ、戦車ほどの防御力をもたない戦術機にとっては、致命の一撃だ。大きくバランスを崩す武御雷。
そこへ2、3秒遅れて飛来した91式携帯地対空誘導弾の弾頭が腰部背面装甲をぶち破り、その内部で炸裂し、武御雷から完全に戦闘力を奪い去った。
「決着はついたな」
櫻麻衣大尉は眼前の武御雷の胸部ユニットと腰部ユニットの接合部を65式近接戦用短刀で刺し貫きながら、つまらなさそうに言った。
その周囲では機械化装甲歩兵たちが12.7mm重機関銃を武御雷に向け、「武御雷の搭乗衛士は速やかに投降しろ!」と怒鳴りながら接近しつつあった。
◇◆◇
「……」
健軍基地にて急報を受けた西部方面司令官は、不機嫌を表に出すことなく沈思黙考した。
人類の内輪もめについてはとうの昔に諦めた。
が、日本帝国でさえ一枚岩になれないことについては、わかっていても苛立ちと歯がゆさを感じてしまう。
(無論、和を乱している俺がいえた口ではないが……)
ところで武御雷、である。
2000年2月から本格量産が予定されている武御雷の製造数については、被害が軽微で済んでいる九州一円の工業力を使えば、年産60機程度にまでなろう。
それでも1年間で2個大隊の定数分を満たせるかどうか怪しいところではあったが、仮に九州地方が陥落していれば、年産30機が限界だったに違いない。
(……つまり1個中隊とその予備機程度ならば)
今回の一件で、国防省・帝国軍は城内省・斯衛軍に対して大きな貸しをつくった。
西部方面司令官の皮算用は、始まっている。
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■85.F-15JK(1)
■本話登場人物紹介
【浦江滋雄(うらえ・しげお)】
少尉。第92戦術機甲連隊第11中隊所属。コールサインはゼノサイダ11。
ポジションは
【荒芝双葉(あらしば・ふたば)】
少尉。第92戦術機甲連隊第22中隊所属。コールサインはシスター3。
第32中隊の保科・若狭少尉とは着隊同期。明朗快活な性格をしているが、第22中隊の光州作戦参加が決まった際には動揺した。小型種の掃討に必要とはいえ、人々の営みがあったはずの市街地を吹き飛ばすことに抵抗を覚えていた。
【服部忠史(はっとりただし)】
大尉。第92戦術機甲連隊第12中隊長。コールサインはイツマデ1。
BETAには戦略眼・戦術眼があると考えている衛士。乱戦の中でも状況を判断する能力があるが、戦場で他人を慰めるまで余裕があるわけでもない(28話・41話)。何らかの事情で、戦死すれば八代基地の墓に入るであろうと確信している(43話)。
2000年1月、年始にもかかわらず八代基地に残留を強いられている衛士たちは、暇を持て余していた。
「荒芝ァ、貴様か。ここの8持ってるの」
浦江滋雄少尉は荒芝双葉少尉を睨んだ。
「も、もってませんって!」
先輩からの圧に荒芝双葉少尉は、慌てた。
テーブルに並べられたカードは、スペードの8から先が欠落していた。
いわゆる7並べ。
民生用電子機器の製造が絞られている現代において、衛士たちが興じる健全な娯楽といえば、カードゲームやボードゲームくらいしかない。
そして勝負師の鈴木と称された鈴木久実少尉が戦死した後、第92戦術機甲連隊では浦江滋雄少尉が発起人となって“鉄屑ゲーム部”が創部された。
名誉部長は鈴木久実少尉。
部長は浦江滋雄少尉である。
「こんな形でしかやつの名前は残せん」
というのが、彼の言であった。
「それから、パスです!」
荒芝双葉少尉が付け加えた言葉に、その隣に座る第21中隊のライター10・嬉野隆人少尉は疑惑の眼を向けた。演技ではあるまいか。スペードの8を持っているにもかかわらず、出さずに他者を締め上げているのではないか、と思ったのである。
「俺もパスですね」
「……」
第12中隊を率いる服部忠史大尉は、自身の手許にあるスペードの8を眺めながら、目の前のゲームとは関係のないことを考えていた。
(鈴木はBETAの新戦術にやられたようなものだ)
地形を活用して光線級を温存、また地中侵攻を駆使して積極的に高地へ光線級を進出させるという戦術がBETAの間で浸透すれば、人類はさらなる窮地に立たされることになるであろう。
帝国軍参謀本部は対馬で起こった事象は単なる偶然である、と表向きはしながらも、対策を講じないわけにはいかなかったようだ。
極端な話、佐渡島ハイヴから富士山に重光線級が進出した場合、それだけで関東一円は制圧されてしまう(勿論、富士山は火山であるため、容易く地中を行軍できるわけではないだろうが)。
3000m級の山岳に陣取った光線級に対して、地上部隊が攻撃を仕掛けるのは容易ではない。
そこで帝国政府は日本帝国航空宇宙軍に命じ、山地を速やかに攻撃できる軌道爆撃の強化を図っているらしい。すでに種子島宇宙基地は火力投射プラットホームの打ち上げで多忙を極めているようだ。
またこうした動きには、他ならぬ西部方面司令官もまたかかわっているらしい、と服部忠史大尉は聞いていた。
実際、そのとおりである。奇貨居くべし。西部方面司令官は最終決戦に向けた準備作戦“ん号作戦”のために、この状況を利用していた。
このように対馬島奪還作戦と異機種間演習の最中に発生した突発的なテロは、日本帝国に多大な影響を与え始めていた。
対馬島奪還作戦によって日本帝国航空宇宙軍がさらなる軌道爆撃の強化に向かうとともに、帝国海軍は従来の81式強襲歩行攻撃機海神のみならず、新たな陸上機・艦上機の導入・強化を真剣に検討している。
……第二次世界大戦後、日本帝国の艦隊整備は米国政府の干渉を受けてきた。
「日本帝国は大和型以上の主力戦艦を維持し、米国は大型空母を揃えることで、東側陣営を封じこめるための強力な連合海軍を東アジアに建設する」
といえば聞こえはいいが、要は費用対効果が(大型空母に比べると)低い主力戦艦を、日本帝国に押しつけるという代物だ。
ここで米国海軍はアイオワ級戦艦などを維持しているではないか、という擁護の声が上がるかもしれないが、BETA大戦勃発以降、アイオワ級戦艦等は国連統合海軍に貸し出され、維持・運用コストはすべて国連側が持ち出す形になっている。
要は全世界的なプレゼンスを重視する米国側は、主力戦艦よりも航空戦力の拡充に比重を置き、一方で日本帝国のプレゼンスが限定的になるように大型空母の保有を事実上禁じてきたのである。
が、日米安全保障条約が破棄されたということは、国連を介さない形での在日米軍との協力関係が失われただけではなく、米国政府の日本帝国に対する政治的影響力が薄れた、ということも意味している。
つまりいまや帝国海軍の航空母艦および艦上機の整備を禁じる不可視の力は存在しない、というわけだ。
故に帝国海軍は“第一歩”として陸上機・艦上機――それも第3世代戦術機の導入を検討し始めたのであった。
より影響が大きかったのは、F-2A星青と武御雷の異機種間模擬戦だ。
慌てて事態の収拾を図ろうとした城内省の機先を制したのは、当事者となった国防省と国内の治安維持を担う内務省であった。特に内務省の気合の入り方は尋常ではなく、三つ巴の縄張り争いが始まり、その結果として三省合同の取り調べが行われた。
現在のところ首謀者は六須賀築大尉であり、事前の阻止が難しいローンウルフ型のテロリズム、ということになっている。
が、問題はそこではない。
前述のとおり隣国・韓国では恭順派が勢力を伸張させており、日本国内でも社会不安を背景にして恭順派や陰謀論者が出現し始めている。
近い将来、内戦じみた重大事件が生起するとしてもおかしくない。
そしてそのとき彼我、戦術機や機械化歩兵装甲といった重装備が使用される可能性は十分にあった。
……なにせ徴兵対象と戦線の拡大に伴い、そうした武器を使いこなせる傷痍軍人や在郷軍人はいくらでもいるのだから。
こうした陰惨な未来を見据えた日本政府と、国防省関係者の一部が考えることといえば、対人戦において優位に戦える兵器の導入。
戦術機においてはつまりステルス性能を有するような代物であり、F-15J陽炎あるいは94式不知火にこれを採り入れることはできないか、という話が彼らの間で浮上してきた。
かくして2000年1月、満を持して第92戦術機甲連隊に運びこまれてきた第2.5世代・F-15E相当の戦術歩行戦闘機F-15JKは、配備とともに陳腐化した。
なにせ国連・プロミネンス計画の名の下、1999年下半期にはF-15を第3世代水準にまで安価にアップデートするというボーニング社のプロジェクト“フェニックス”が始動していた。
これが成功すれば2001年には、第2.5世代機のF-15JKよりも優れたF-15改修型が出現することとなる。
そのうえ日本帝国の一部では、より対人戦闘能力を有する戦術機が欲されているのだ。
第2.5世代機のF-15JKはあまりにも間の悪い戦術機となってしまっていた。
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■86.F-15JK(2)
■本話登場人物紹介
【望野更沙(のぞみの・さらさ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー6。
大陸帰りの熟練衛士。92連隊の隊員たちを「家族」と呼ぶ。
第23中隊に辿り着いた理由は度重なる命令違反らしい。
【草水虹華(くさみず・こうは)】
中尉。第92戦術機甲連隊第33中隊の後衛小隊長(C小隊長)。コールサインはラビット9。
父が送ってくれた合成緑のたぬきをまずいと切り捨てたように(56話)、ストレートな物言いをする。
(やりづらい――)
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第23中隊のプリズナー5・秋田屋和男中尉は、眼前に迫る要撃級の動きを見切り、後方短噴射をかけた。
要撃級の前腕が空を切るとともに、F-15JKは放置車輌を踏み潰しながら着地する。
その着地点は、秋田屋和男中尉の感覚から若干ズレている。
しかしながら彼はその違和感をおくびにも出さず、流れるように要撃級を再照準し、その尾部感覚器と頭部にバースト射撃を叩きこんでいる。
(出力が大味だ)
悪いことではない。
しかしながら89式戦術歩行戦闘機“陽炎”の搭乗経験があり、その操作感に慣れ親しんだ彼からすれば、F-15JKはこちらの指示に対して敏感に反応し、かつ大出力で応える。
(これが米軍機寄り、というわけか)
秋田屋和男中尉は、斃れた要撃級の死骸を跳び越した虚空の要撃級を120mm砲の一撃で仕留め、さらに続く要撃級を機関砲で撃退する。
1970年代から90年代初頭の韓国政府は、自国がオリジナルハイヴと陸続きであり、国土防衛戦が早晩生じると見做し、時間を要する自国製戦術機開発を放棄、米軍仕様戦術機の大量導入を図った。
ゆえに韓国陸軍をメインカスタマーとして開発されたF-15JKは、どちらかといえば大出力の跳躍装置を積極利用するように設計されており、94式不知火との差異は当然のこととして、陽炎ともまた違った乗り味となっている。
が、第23中隊に所属する衛士の大部分は、さして問題にはしていない。
なにせ過去に問題を起こした関係で、実機教習は黄帯が塗られたF-4Jでこなし、第23中隊配属後は殲撃八型や元・州軍機のF-15AAに搭乗してきた衛士か、94式不知火で苛烈極まる本土防衛戦を生き残った戦巧者しかいないのだから。
「プリズナーブラボーッ! そっちに
「プリズナー1。こちらプリズナー5、了解。各機、教義どおりに引きつける必要はないぞ」
秋田屋和男中尉は手早く小隊機に指示を出すと、外壁が脱落したタワーマンションの向こう側から湧き出した要撃級に向け、連続射撃を開始した。
距離にして2500。
それでも直撃弾が続出する。
(さすがはストライクイーグル、といったところか)
94式不知火で姫路防衛戦に参加、壊乱状態の最前線で自らが率いる1個中隊を壊滅させた責任を背負った過去がある秋田屋和男中尉には、余裕があった。
重要なのは機体性能を熟知し、それを活かすこと。
長距離・中距離砲撃戦が得意なのならば、そうすればよいではないか。
秋田屋和男中尉が操るF-15JKは戦車級の死骸を踏み潰しながら前進し、奇跡的に生残している看板や信号機を折り曲げつつ、慎重に交差点へ進入する。
次の瞬間、彼は予備照射警報を耳にした。
「任せてくださいッ」
望野更沙少尉機が交差点の中央へ飛び出し、横転した乗用車――その背後から瞳を覗かせている光線級を砲撃した。
両断された乗用車の残骸が宙を舞い、その最中に体液が舞う。
飛び散った黄緑色の肉片は、雑居ビルの壁に叩きつけられた。
その様を電子の瞳を通して確認した望野更沙少尉は、口の端を歪めた。
(この射程の長さなら、誰でも守れる――)
直線的に視界が開ける交差点は、光線級を擁するBETA相手の市街戦ではひとつの難所となる。
望野更沙少尉は照準を調整し、今度は戦車級の大群の背後から顔を出したばかりの光線級を狙撃した。
交差点を渡りきった秋田屋和男中尉機はマンションの背後に機体の大部分を隠すと、外壁に沿わせた左指のセンサーで敵を捕捉し、右主腕部を出して戦車級の群れを掃射する。
「プリズナー1、こちらラビット1! 前に出すぎだ、追いつけない!」
「ラビット1、こちらプリズナー1。了解した! プリズナーチャーリーはラビット中隊を援護してやれ!」
電子的仮想空間の中で突出した第23中隊に追随しようと急いでいるのは、第33中隊のA-10Cだった。第2世代戦術機相当まで機動力を改善したA-10Cだが、F-15JKに比較すればその行動力は比べるまでもない。その上、大重量の203mm大口径連隊支援砲“屠龍”を携行しているのから、どうしようもなかった。
「これ、訓練の意味あります?」
第33中隊のラビット9・草水虹華中尉はJIVES筐体の中で、溜息まじりにそう言った。
第92戦術機甲連隊では現在さらなる連隊規模での戦闘力向上を目指し、中隊間の連携強化を図った仮想演習に力を入れている。
その手始めに行われたのがF-15JKを装備した第23中隊と、A-10Cの第33中隊による協同演習だったのだが――経過は芳しくない。
第23中隊も悪気があるわけではなく、敵を有利な位置で迎え撃つ、また前方の光線級を排除するために前進しているうちに第33中隊を置き去りにしてしまったのである。
◇◆◇
「太平洋の篤い友誼の顕現、F-2Aが卑劣なテロリズムを阻止し、日本帝国の窮地を救ったことは大変喜ばしいことです」
F-16を開発したゼネラルダイノミクス戦術機部門を買収したロックウィード・マーディンCEOはそのようなコメントを発表したが、帝国政府にとって純国産戦術機の最高峰ともいうべき武御雷が、F-16Cと94式不知火のクロスオーバー機に完膚なきまでに敗北したことは強い衝撃であった。
「いやこれは武御雷とF-2A星青の性能差によるものではなく、斯衛軍衛士と92連隊衛士の技量差による結果だ」
と一部の軍幹部たちは指摘し、国粋主義者もまたそれに同調したが、しかしながら大勢はF-2Aの存在を認めざるをえなかった。
F-2Aの登場とともに、ロックウィード・マーディン社から94式不知火の部品供給もスタートし、日本帝国本土防衛軍の台所事情は改善されていた。
これにより日本帝国本土防衛軍はF-2Aだけではなく、94式不知火の新造機配備が容易になっている。
前線部隊に近いポストにいる日本帝国本土防衛軍の幹部たちは、狂喜したといっていい。
なにせ日本帝国本土防衛軍中部方面隊の再建にも同機は必要であったし、東部方面隊、東北方面隊、北部方面隊は未だにF-4J撃震を主力としている戦術機甲連隊が少なくないのだ。
武御雷を下したことで一躍有名となったF-2Aはまず1個連隊定数分が発注され、北部方面隊に供給されることが決定した。
しかし人の欲というものは、良くも悪くも働くものだ。
日本帝国本土防衛軍は武御雷のカタログスペックに魅力を感じていたし、94式不知火のさらなるアップグレード機を欲していたし、F-2Aの高機動改修機も望んでいた。海軍は前述のとおり、艦上機に転用可能な陸上機を探し始めていた。
その上、彼らはステルス性能を有する戦術機さえ、導入を検討していた。
それを知った国内外の戦術機関連企業は、やはり一斉に動き出す。
第92戦術機甲連隊によって名を上げたF-2Aにほくほく顔のロックウィード・マーディン社戦術機部門は、しかしながら油断せずにF-2Aのアップグレード機を自社研究し始めている。
一方、F-2Aの活躍でF-15JKが霞んでしまったボーニング社の戦術機部門は、本国議会に限定的なステルス技術輸出を認めるようにロビー活動を開始し、F-15JKのさらなる上位互換機としてステルス形状を有するF-15を提案する準備を始めていた。
突如として浮上した帝国海軍の陸上機選定に向けては、各国企業が手を挙げた。
その急先鋒となったのは当然米国――ではない。
「アメリカの戦じつん機が好き勝手している現状に、俺はどちかといえば大反対」
日本語を操るフランス海軍大将モーリス・ブーロントスの電撃訪日。
「ラハぁルんが負けるという証拠を出せと言われても出せるわけがないという理屈で、最初からラハぁルんのF-18に対する勝率は100%」
帝国政府要人との会談冒頭、彼はそう言った。
意味がわからない、というのが帝国側の人間の感想だっただろう。
なにせ帝国海軍が求めているのは艦上機になり得る陸上機である。
フランス製第3世代戦術機ラファールは確かに優れた戦術機であろうが、海軍機ではないではないか。
「その、ラファールについてですが……」
「ラハぁルんの強さをフうソス人はわざわざ口で説明したりはしないからな」
「……」
「黄金の鉄の塊でできているラハぁルんが貧弱な第2世代のF-18に劣ることなんかありえないでしょ。ラハぁルんにはブレードがあるし、砲撃戦能力も優れている。これ以上の機体は一般的に考えるれないでしょう?」
「……」
「当然、我々フうソスはシャるるドんコうルにラハぁルんを搭載する計画を絶賛計画中だ。おまえらもこれに乗るといいと思うが?」
「……」
「1個中隊分、9ドルでいい。流石謙虚なフうソスは格が違った」
要はフランス側としては2001年に就役予定の航空母艦『シャルル・ド・ゴール』艦上機として、配備が始まったばかりのラファールを考えているらしく、話は思ったよりもデタラメではなかった。
将来始まるであろうラファールの輸出を見据えた販促、という狙いもあるだろう。
しかしながら日本帝国としても利がないわけではなかった。
(艦上機部隊新設を思えば、ラファールを導入した方が米国の横槍を防げるのは事実――)
が、冷静になってみれば、日本帝国には94式不知火があるのだから、こちらを艦上機に転用すればいいだけである……。
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■87.F-15JK(3)
「素晴らしい成果だ」
「ありがとうございます!」
台湾本島・台北市――統一中華戦線共同作戦司令部では、中国共産党中央軍事委員会の関係者に対して、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊と関係が深い夏露政治委員が笑顔をみせていた。
「スーダンに続いて、ミャンマー、ナイジェリアがFC-1の導入を決めたよ」
「これも夏露くんのおかげと言うほかない」
中国共産党の高官たちは夏露を褒めそやした。
実際、FC-1が第92戦術機甲連隊にて活躍しなければ、ここまでセールスは伸びなかっただろう。もしかすると共同開発国のパキスタン陸軍が導入するのみに終わったかもしれない。が、夏露らのおかげで、FC-1の開発にゴーサインを出した中国共産党関係者の面子は保たれた。
「はい。いいえ、これも統一中華戦線ならびに党の信用あってのものです!」
夏露は屈託のない笑顔で、堂々言い放った。
「そう言ってもらえると嬉しい」
「今後もよろしく頼むぞ、同志」
「はいっ!」
「そうだ、何か欲しいものはあるかね」
ソファーにかけたまま聞いてきた丸眼鏡の高官の言葉に、きた、と夏露は思った。
「はい。ございます! いま日本帝国をはじめ、諸外国は反動主義者どもの反人類運動に苦しんでおります」
夏露が放った斜め上の返答に、高官たちは小首を捻った。
彼らは次のポストなりなんなりの提案をしたつもりだったのだ。
しかしながら彼女の発言を遮ることなく、聞き手に回った。
「FC-1は廉価かつ高性能の第2世代戦術機であり、今後も輸出が伸びていくことは疑いの余地がございません。しかしながら、一方で社会不安が増大しつつある前線国家の間では、ステルス性を有する戦術機の需要が高まってきています――国産戦術機の開発能力を有する日本帝国でさえ、そうなのです」
「……」
「“祖国”の国際的影響力を高める方策として、今後も戦術機の輸出を伸ばしていくのであれば、ステルス性能を有する戦術歩行戦闘機が必要になります」
「つまり、君が欲しいのは――」
「第3世代・J-20A」
高官たちは顔を見合わせた。
殲撃20型――J-20Aは
確かに機体設計はすでに終了している。
なにせソビエト連邦が1980年代から研究していたステルス技術とMiG-1.44の設計を流用しているため、さほどの時間を必要とはしていなかった。
しかしながら未だ試験機さえ製造されていない。
その理由には軍事的な理由と、政治的な理由のふたつがあった。
ひとつは統一中華戦線・中国人民解放軍系列の戦術機部隊は、殲撃八型を主力機とする中隊が多く、こちらを第2世代戦術機である殲撃10型・11型に更新することが先決とされたため。
もうひとつは対人戦闘能力に秀でた殲撃20型の製造によって、統一中華戦線・中華民国国軍との間に要らぬ摩擦が生じる可能性があるためである。
今後の情勢によっては中華民国国軍との“内戦”に備えることも必要になるが、いまはそのときではない、というのが中国共産党首脳陣の考えだった。
(が、確かにいま美国やソ連ではステルス機の研究が推進されている……)
大陸反攻を思えば国家間戦争など夢想じみた事柄であり、ステルス機など当面は不必要に思える。
とはいえ周辺国がステルス機の配備を推し進めようとしているならば、自軍もまた同機の研究と配備に着手せざるをえない。対潜哨戒機・水上艦の対潜訓練のために潜水艦が必要となるように、対ステルス機戦術の研究と確立を効率よく進めるためには、ステルス機があるのが一番だからだ。
「日本帝国本土防衛軍西部方面隊・第92戦術機甲連隊にJ-20Aを供与し、我々の技術、戦術機の性能をアピールすることができれば、F-22よりも安価になる予定の輸出用ステルス機FC-31の売り込みは容易になるはずです!」
「……」
ひとりの党高官は溜息をついた。
「君はだいぶ
「はい。否定はいたしません。と同時にいま世界各国が注目してやまない第92戦術機甲連隊には、いま高性能機が集まりつつあります」
「成程。座視していれば、我々はいまFC-1が占めている“席”を失うと」
「逆にいえばMiG-29SEKの“席”を奪うことが可能かもしれません。あれは整備性が悪いですから」
ふーむ、と党高官たちは顎に手をやり、考えを巡らせ始めた。
◇◆◇
前述のとおり、日本帝国本土防衛軍と国連太平洋方面第11軍は本州奪還を成し遂げ、西日本に帝国軍・国連軍共用の軍事基地を再建させていた。
朝鮮半島を策源地とするBETAへの備えとして最も再建が急がれたのは、国連軍岩国基地(山口県岩国市)である。
国連太平洋方面第11軍はこの岩国基地の施設規模・配備部隊を戦前よりも拡充させることで、機動防御作戦を可能とするのみならず、近い将来に計画されるであろう鉄原ハイヴ攻略作戦の一大策源地とする腹積もりであった。
しかしながら国連太平洋方面第11軍はオルタネイティヴ第4計画の拠点となる横浜基地の建設と同基地駐留部隊の編成、日本帝国は日本海の防衛線強化にもリソースを割かざるをえない。
そうした事情もあり、2000年3月の時点で岩国基地は一応の格好がつく形まで整備されたが、配備部隊の規模は心もとなかった。
国連太平洋方面第11軍司令部と帝国軍参謀本部は協議の上、日本帝国本土防衛軍西部方面司令部に対して、岩国基地への戦力抽出を命令。
同司令部は第92戦術機甲連隊から2、3個中隊をローテーションで岩国基地へ派遣することを決めた。
その国連太平洋方面第11軍・岩国基地の一角では、この確率時空の未来を決定づけるふたりが対峙していた。
「やってくれたわね」
「何の話だ」
香月夕呼博士の言葉に、昏い瞳をした男は首をかしげた。
本当に心当たりがないのである。
彼女が漏らした溜息は、打ちっぱなしのコンクリート壁に響いた。
「第4計画直属A-01の情報収集の結果、東日本の要撃級に対して西日本の要撃級は、俊敏性を14%向上させていることが判明したわ」
「雑煮のように、東と西でBETAの性能が違うとでもいうのか」
「たとえに陳腐な文化論を持ち出すまでもないわ。西日本のBETAの方が手ごわい。そしてそうなった理由もわかってるんでしょ?」
「
「そのとおりよ」
香月夕呼博士はパイプ椅子に座って脚を組んだ。
「奴らが対馬島で光線級を戦術的に運用してきたのも、西日本の戦術機部隊が手強いと認識したからかもしれないわね」
「天才の博士を以てしても“かもしれない”ということは、違う可能性もあるということだろう」
「まあ、実のところはわからないわ。BETAに聞くわけにもいかないし」
「西日本のBETAが強化される一方で、東日本の個体能力および戦術が据え置きであれば、それは良いことだ」
嫌味ではなく、西部方面司令官は本心からそう思っている。
西日本の八代基地・第92戦術機甲連隊が一種の囮となり、東日本の横浜基地・A-01が不必要に苦戦せずに済むのならば、彼は本望であった。おそらく1、2年の内に発動することとなる佐渡島ハイヴ攻略戦においてもそれは有利に働く。
「……」
「それに敵はBETAだけではない」
「わかってるじゃない」
悪いけど、と香月夕呼博士は言葉を続けた。
「そっちの囮も任せるわね」
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■88.F-15JK(4)
「ここが岩国――」
MiG-29SEKで岩国基地に降り立った、第92戦術機甲連隊第13中隊前衛C小隊のパッパ12・手塚忠相少尉は愕然としていた。
彼の出身地は広島県最西端の大竹市であり、隣接する岩国市のこともまたよく知っているつもりだった。しかしながら、彼が知っているはずの岩国市は、もうどこにもなかった。岩国駅前にそびえていたマンションは軒並み倒壊。今津川沿いに密集していた住宅街は、火災でも起きたのか、大部分が灰燼と化していた。
大型種によって無秩序に耕された田畑と、BETAの体液と人々の血で汚された廃墟。
そのど真ん中に飾り気のない広大な無機質の航空基地が広がっているのは、悪い冗談にしか思えなかった。
誘導灯を持った誘導員に従い、12機のMiG-29SEKは主脚歩行で新造された格納庫へ向かう。
その途中、彼らは駐機場の前を横切った。
「F-18A――」
直立姿勢で駐機していたのはネイビーブルーのF-18Aである。
「VFA-27、ロイヤルメイセスだな」
肩部ユニットに戦棍を握りしめた拳の中隊章があることを目ざとく見つけた宇佐美誉大尉は、ひどくつまらなさそうに言った。
「VFA。つまり米軍機、ですか」
聞いたのは前衛C小隊を率いるパッパ9・佐久本翔中尉である。
彼の言い方には少々、棘があった。
安保条約を破棄したくせに、という響きが多分に含まれている。
VFA-27――米海軍第27戦闘攻撃部隊は、国連太平洋方面第11軍司令部指揮下の部隊として、国連軍厚木基地から国連軍岩国基地へ移駐したばかりの部隊であった。
「米国人野郎どもの手助けを拒絶できる勢力は、この地球には存在しない」
彼の心情を、宇佐美誉大尉はばっさりと切り捨てた。
人類の兵器廠・米国――極東の雄、日本帝国でさえ彼らの強力な軍事力を必要としている。
それが現実だった。
(岩国といえば押し寿司なんだけどなあ……)
山口県出身の湯川進中尉は内心、溜息をついていた。
もうレンコンや魚を混ぜた岩国寿司を食べられる日はこないかもしれない。
BETA侵攻は物理的な大破壊のみならず、文化的な大損失をもたらしている。
2000年4月に日本帝国本土防衛軍西部方面隊から岩国基地へ派遣されたのは、第92戦術機甲連隊第13中隊と、第23中隊であった。
「マジで一歩も基地から出れねーやつじゃん、これ」
岩国基地の整備兵たちにF-15JKを預けた第23中隊のプリズナー7・若松勘太少尉は、いの一番にそう愚痴った。
八代基地であれば休暇をとり、鹿児島県や宮崎県で辛うじて命脈を繋いでいる繁華街に繰り出すこともできたが、ここではそれもできない。
――不法入国した外国人や避難キャンプから不法帰還を試みた市民、任務中に逃亡した帝国軍・国連軍兵士が潜伏している可能性があるため、外出は厳禁である。
と事前に聞いていたとはいえ、まさか岩国基地の周辺にここまで何もないとは思わなかったのである。
「おい
「4か月くらいだろ」
「はぁああああああああん!?」
「岩国のPXが良い感じなのを期待するしかねえよ」
「PXも何も基地で飲めるとこっていったらはな舞しかねえじゃんかよ!」
若松勘太少尉が大騒ぎする中、プリズナー3・十六良世少尉は、灰色の髪をかき上げた。
それから特に何の感慨もなくサングラスをかけ直し、
アルコールに滅法強く決して酩酊しない彼女からすれば、どうでもいい話題である。
その頭上を4機のUH-1Hが飛んでいく。
両脇に抱えているのは36発の対戦車地雷を収納した87式地雷散布装置。BETAは大して隠蔽していない地雷でも回避しようとはしないため、空中散布による地雷原構築は極めて有効であった。
「八代といい勝負だ」
MiG-29SEKを装備する第92戦術機甲連隊第13中隊についてきた東欧州社会主義同盟・ポーランド陸軍海外兵站部のルドルフ・タンスキー少佐は、岩国基地を一巡して様々な戦術機を見た。
第92戦術機甲連隊のF-15JK、MiG-29SEK、国連軍傘下の米海軍・米海兵隊のF-18Aは先に触れたとおり。数の上では日本帝国本土防衛軍中部方面隊の94式不知火や、基地警備のために廻されてきた77式撃震が最も多い。さらに帝国斯衛軍の82式瑞鶴もこの岩国基地へ進出してきていた。
明日にはこれに加えて、国連軍嘉手納基地から米陸軍のF-15Cが海上輸送されてくることになっている。
「まだ陸路が全開通とはいっていないからでしょうね」
政治的責任を負うポーランド統一労働者党のルドルフ・タンスキーとは対照的に、整備面での責任を負うザルツィワ・アッシュ中尉は腕組みをして、格納庫に居並ぶ戦術機たちを眺めていた。
機械化装甲歩兵や装甲車、主力戦車から成る戦車部隊はほとんどいない。
戦術歩行戦闘機から成る砦――それがいまの岩国基地であった。
その岩国基地から約250km離れた八代基地でも、新たな戦術機の受入態勢を構築するために、整備兵たちは大忙しとなっていた。
「やっぱりステルス機、来るんですねえ」
新機材――ステルス性能を維持するための研磨装置の取り扱い方の研修を終えた第92戦術機甲連隊・整備補給隊整備兵・広森一城伍長は、はあ、と溜息をついた。
まだ見ぬステルス機はデリケート、というのが彼ら整備兵の第一印象であった。
とりあえず帝国初となるステルス戦術機は、米国議会で輸出が認められたばかりの限定的なステルス性を有する旧式機となるらしく、当然のごとく日本帝国本土防衛軍西部方面隊・第92戦術機甲連隊に配備されることが決定していた。
(ステルス機なんてかわいいもんだ……)
連隊本部第4科の管理幹部である沢田紗知中尉もまた、溜息をついていた。
彼女の頭を悩ませているのは、フランス製戦術機ミラージュ2000-5である。
統一中華戦線の中華民国国軍側が投げ出しただけのことはある。管制ユニットの基本構造は他国製とほとんど同様であるが、細々とした部品や衛士側が身に着ける装備は仏製の独自規格であり、わざわざフランス本国から取り寄せなければならない始末。
(どうせ苦労するならより高性能機の方がいい)
その具体例となるのは、武御雷だ。
実際、武御雷についても夏以降に配備が予定されているらしい。
(間違いなく、死ねる)
沢田紗知中尉は、そんな確信をもっていた。
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■89.こんな廃墟でも……!
■本話登場人物紹介
【水落美歩(みずおち・みほ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー2。
野球賭博が問題となったところを西部方面司令部によって引き抜かれた過去をもつ。頭に血が上りやすい性格で、本州の日本帝国本土防衛軍が帝都・大阪前面に防衛線を引き直したと聞いた際は激昂した(33話)。
【宇佐美誉(うさみ・ほまれ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第13中隊長。コールサインはパッパ1。
陸軍大学校を卒業しているらしい。部下に危険な命令や無神経な物言いをすることが多い。
【湯川進(ゆかわ・すすむ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第13中隊の中衛小隊長(B小隊長)。コールサインはパッパ5。
自身を危険に晒す命令でも素直に遂行するが、宇佐美大尉に対しては内心反発している。
山口県出身で家族も同郷。BETAの西日本侵攻前に仙台へ引っ越させることに成功したが、さらなる引っ越しを勧めることを切り出せずにいた(49話)。
山口県萩市。
かつて並んでいた背の低い木造住宅たちは見る影もなく、透き通るように美しかった海と白い浜辺は、醜い砲弾痕とBETAの死骸によって地獄然とした姿をみせつけている。
そこに再び、砲声が轟いていた。
120mmキャニスター弾による小隊集中射。数千個の鋼球が降り注ぎ、浜辺に押し寄せた要撃級、戦車級の群れが弾ける。醜怪なミンチ。溢れ出した体液が、海水に溶けていく。
「
水落美歩中尉は鋼鉄の雨を抜けてきた数体の要撃級を手早く射殺し、遥か後方を睨んだ。第23中隊機は強襲上陸の第一陣であった突撃級をまず跳躍でやり過ごすとともに、背面ガンマウントである程度数を減らしていたのだが、その生き残りが緩旋回し、再突撃の準備を終えようとしていた。
「プリズナー1から各機、一旦退くぞ!」
F-15JKはBETAの死骸と倒壊した木造住宅を踏みしめて跳躍し、海岸線の要撃級と内陸部から戻ってこようとしている突撃級に挟撃される愚を避けた。
そうして距離を確保してから第23中隊は隊形を立て直す。
氏家義教大尉が直卒する前衛A小隊は膝射姿勢をとり、長距離砲撃戦を開始した。
「全然数が減らねえ……!」
若松勘太少尉の呟きに、そうだろうよ、と後衛C小隊を率いる塗伸哉中尉は思った。
支援砲撃が廻ってきていない。砲兵部隊の展開が遅れているのか、そもそも砲兵部隊が存在しないのか。あるいは先の本土侵攻と同じく、BETAの強襲上陸は広範囲に亘っているのか。
「出雲にまで揚がってるよ!」
広域戦況図を見たプリズナー10・馬上くらら少尉はオープンチャンネルに慌てた声を流した。萩から約150km北東に離れている出雲。彼女は98年の本土防衛戦を思い出し、東日本と岩国基地の連絡線が“切断”される可能性におびえていた。
が、第23中隊の古参衛士たちは特に何も思わない。
「いまやれることは目の前のクソムシを殺すことだけだ!」
氏家義教大尉は部下を叱咤する。
「アルファ、要撃級の頭を抑えるぞ!」
それから氏家義教大尉以下、4機のF-15JKが打って出る。
その頭上を曲射で撃ち出された120mmキャニスター弾が飛び越していき、虚空で炸裂する――その直前で青白い光芒がキャニスター弾を内蔵されている鋼球ごと蒸発させていた。
……。
BETA西日本再侵攻。
いずれ、と思っていた事象はこの2000年5月に生起した。
人類側の防衛体制は万全とは言い難い。
しかしながら98年とは状況は大きく異なる。超大型台風は存在せず、避難民もほとんど皆無であるため、日本帝国本土防衛軍は即座に本格的な反撃に移ることが可能であった。
「友軍はどこいったんってんですか!?」
第13中隊のパッパ11・西迫杏少尉は素っ頓狂な声を上げながら、眼前に迫った要撃級を120mm砲の一撃で沈黙させ、その死骸を跳び越してきた戦車級を見据えた。次の瞬間、彼女が操るMiG-29SEKは右主腕部で赤黒い影を振り払い、廃墟へ叩きつけている。
「ここは我々で支えるほかない」
前衛・中衛小隊が乱戦に臨む中、宇佐美誉大尉はそこから離れた地点で戦闘を俯瞰していた。
「スプラッシュ・レーザースリー……」
彼女の右腕といっていいパッパ2・光部礼為少尉は、中隊長が無言の内に指示する標的――光線級を支援突撃砲の狙撃で排除していく。
トリガーを弾きながら光部礼為少尉は、事態を理解していた。いまこの出雲方面の攻防戦に参加しているのは自隊と斯衛軍の1個中隊のみ、萩方面にしても第23中隊のみが矢面に立っている状況。
一方で国連軍・岩国基地では未だ多くの戦術機甲部隊が、待機を強いられていた。
(“本命”が別地点に来るのでは、と警戒している)
日本帝国本土防衛軍および国連太平洋方面第11軍は、萩と出雲に上陸したBETA群が“陽動”として機能するのではないかと恐れているのだろう。故に第2梯団、第3梯団の出現に備えた予備戦力として、戦術機甲部隊を多く手許に残している、というわけだ。
(しっかしこれじゃもたないって――)
湯川進中尉機は飛びかかってくる要撃級の機先を制して74式近接戦用長刀の斬撃を繰り出し、流れるように横っ跳びして新手の要撃級を躱す。
続けて追撃を試みた要撃級は、宇佐美誉大尉の指示を受けたパッパ3・立田一司少尉の狙撃によって撃破された。
湯川進中尉は礼を言う暇さえない。眼前に迫る新たな要撃級の前腕に長刀の刀身を噛ませ、副腕で保持した突撃砲の連射でこれを射殺した。
「こちらパッパ1。各機、長距離支援砲撃、180秒後だ。ブラボー、チャーリーはそのまま敵を釘づけにしろ」
「パッパ5、了解。んじゃあと……1分くらい粘りますか」
「2分30秒粘れ」
湯川進中尉機の脇を長野ふゆ少尉機が駆けていく。
すっかり固定型近接装備にも慣れたようであり、機動しながら要撃級、戦車級を殺戮していく。彼女と分隊を組む植木陽一少尉は無理に追随することなく、突撃砲で彼女の援護に徹していた。
その長野ふゆ少尉機に肩を並べたのは、青い瑞鶴である。
五摂家の人間が搭乗していることを示す82式瑞鶴が振るう太刀筋は、見事の一言。
荒々しさはない。相手の動きを見切った上での“静”の剣戟。
「ハイドラ1。こちらパッパ1だ。貴官らは先に退いた方がよいのでは」
「パッパ1、ハイドラ1――退くわけには参りません」
そうか、と宇佐美誉大尉は表情を歪め、部隊内通信でパッパ4・貝淵朝士少尉に指示を飛ばした。
「貝淵。あれを援護しろ」
「大尉、了解です」
「私の前で死なれたら困る」
「はい」
MiG-29SEKと瑞鶴の群れは殺到する異形の群れを食い止め続け、きっかり150秒後に後方短噴射の連続で後退を開始した。
追い縋るBETA――。
その頭上に、227mmロケット弾が姿を現す。
照射を浴びる弾体は虚空に溶け、溶けながら霧散し、大気と一体化していく。
空が、
「来るッ!」
湯川進中尉機が、空を仰いだ。
その数秒後、充満した重金属雲の中で後続の227mmロケット弾が炸裂した。
火焔と鋼鉄の豪雨。異形の群れが、焼き払われていった。
残るのは灰燼と焦げついた骸――その合間をまた新手の戦車級、要撃級が駆けていく。
◇◆◇
「対潜攻撃中の駆逐艦『浜雪』および『松雪』、照射危険域に入ります」
「第2波もまた出雲に向かう模様。規模は最低でも旅団規模」
「艦砲射撃により萩方面の大型種は全滅。92TSFR 23中隊が掃討戦に入ります」
国連軍岩国基地に設置された国連軍・帝国軍共同作戦司令部に集う参謀たちは、出雲こそ本命とみていた。敵第2梯団は真っ直ぐに出雲へ向かっており、続く第3梯団の存在は観測されていない以上、そう考えるのが最も自然だ。
第92戦術機甲連隊本部から派遣されていた園田勢治少佐も同意見だった。
しかしながら国連軍・帝国軍共同作戦司令部には、実のところ用兵の自由がほとんどない。彼らは現状、3個中隊までで応戦するように強いられていた。敵情判断はより上位の司令部が、そしてどこに防衛線を構築するかは日本帝国国防省、さらに帝国政府首脳陣の決定が必要であった。
「政治的判断が必要なのはわかるが――」
国連太平洋方面第11軍の傘下に加わっている米海軍第27戦闘攻撃部隊の参謀は、苛立つというよりも戸惑った。これだけの戦術機が集まっているのだから、予備戦力を残しつつ、BETAが橋頭堡を築きつつある出雲を攻撃して、敵の頭を抑えることくらいはできるだろう。にもかかわらず、使えるのは3個中隊まで、とはどういうことか。
(2年前の敗戦、引きずるなという方が無理というものだ)
園田勢治少佐は内心で溜息をつく。
結局、国連軍・帝国軍共同作戦司令部は、帝国斯衛軍ハイドラ中隊と第92戦術機甲連隊の2個中隊、併せて3個中隊で遅滞戦術を採り、その後出雲に対して本格攻撃に出ることに決めた。
が、事態は意外な展開をみせる。
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■90.誰かの故郷だから!(前)
◇◆◇
戦術機の支援突撃砲ですが帝都燃ゆの山城上総少尉は13km先の光線級を狙撃で排除していました。優れた技量を有しているとはいえ学徒兵である彼女と82式瑞鶴の組み合わせでさえこれくらいの長距離砲撃戦が可能でしたので、中堅衛士と米軍仕様機の組み合わせなら10km以内の狙撃はもちろん可能、とさせていただきます。
◇◆◇
「まさかこんなところでタバコ吸えるとはね」
衛士強化装備のまま竹原晶大少尉は、ラキストに火を点けると、思い切りふかした。
同じく深川正貴少尉もまたわかばのパッケージを取り出した。
彼らの吐き出した煙は、米子の空に溶けていく。
「BETAどももタバコ休憩が必要ってわけだ」
出雲市から約50km離れた日本帝国本土防衛軍中部方面隊・米子基地。
その外れでは第92戦術機甲連隊第13中隊・第23中隊の喫煙者どもが、煙缶を使っていた。
彼らがこうしてのんびりしていられるのには、理由がある。
まず上陸した師団規模のBETAは出雲平野にてなぜか停滞しており、攻勢の兆しを一切見せていなかった。不可解、としか言いようがない。対する人類側はといえば、帝国軍参謀本部・国連太平洋方面第11軍司令部が協議を重ねており、今後の作戦方針が定まっていないらしかった。加えて日本政府・米国政府・国連間で何やら揉めごとが起きているようである。
「敵も味方もゆーちょーに何やってんだか」
馬上くらら少尉は右手を“くるくるぱー”と動かした。
竹原晶大少尉は苦笑し、深川正貴少尉は、
「BETAのタバコ休憩はすぐに終わるだろ」
と真面目くさった表情で言った。
BETAが出雲平野でずっと留まってくれているわけがない。にしても上層部は何をやっているのか。いまが連中を袋叩きにするチャンスではないか――。
苛立ちを覚える深川正貴少尉。
「深川少尉」
その彼に中肉中背の少女が話しかけた。
「BETAは喫煙を行うのですか」
「……」
サングラスをかけて鈍色の瞳を隠している十六良世少尉のことを、深川正貴少尉は苦手としていた。冗談があまり通じないのだ。冗談が通じないというよりは、一般的な常識に欠けるところがある。
「トーゼン、ジョーダンだって!」
馬上くらら少尉は面白がって笑った。
「BETAが何してるのか、何考えてんのかなんてわかんないよ!」
それは違うな、と深川正貴少尉は思った。
BETAの停滞は過去に事例がないわけではない。一衛士でしかない彼でさえ、思い当たる節はある。ひとつは避難民を殺戮して回るために、市街地等に留まったケース。そしてもうひとつは――。
(ハイヴの、建設)
◇◆◇
「ハイヴ建設の“可能性”――」
同時刻、市ヶ谷に再設置された帝国軍参謀本部の面々は憤激していた。
「その“可能性”だけで国連と米国の連中は、出雲に大量破壊兵器を使う、と!?」
国粋主義者の大伴中佐や自他ともに認める反国連主義者の土田大輔中佐は声を荒げたが、元・内閣参事官で現在は帝国軍参謀本部事務官を務める文官・端山堅固は動じずに「そうです」と言いきった。
「18時間以内に出雲平野のBETA群を海へ追い落とせなければ、国連宇宙総軍は戦術核あるいは新型爆弾による軌道爆撃を実施するとのことです」
「これは無茶苦茶ではないですか、端山事務官」
たまらずに将官である身の帝国軍参謀本部・作戦計画部長の永原新一郎少将でさえ声を上げた。
「BETA再侵攻の全貌が不透明であるから、内閣と国連の協議で質・量ともに予備部隊を確保した。その結果として出雲に着上陸した敵群に対して、積極的な攻勢をとれなかったのです。それでハイヴ建設の可能性があるから18時間以内に出雲を攻略せよ、できなければ大量破壊兵器で吹き飛ばす、というのは……」
憤懣をぐっとこらえての永原新一郎少将の言葉。
その心中を端山堅固事務官もわかっている。というよりも彼もまた同じ気持ちであった。半ば仕組まれているのではないかとも邪推してしまうほどだ。甲22号目標に引き続き、出雲に対して新型爆弾を用いることで、同兵器を独占している米国の優位性を確たるものにしたいのではないか、と。
が、端山堅固事務官は疑惑の明言を避け、かわりに彼がよく知る榊首相の擁護を口にした。
「これは私の想像ですが、これでも首相は粘ったのでしょう。明星作戦のやり口をみれば、米国は大出力の核弾頭、あるいは新型爆弾を即時投下していてもおかしくはなりません」
端山堅固事務官の言葉に、数名の参謀が「逆に榊首相は米国に通じているのではないか」と反駁したが、それを上座の参謀総長が手で制した。
「ここで端山事務官に言っても仕方がないこと。カナダを思えば我々には18時間という猶予が与えられている。全力を尽くすのみ、だ」
……。
かくして出雲平野のBETA群殲滅を目的とした出雲攻略作戦は始まった。
その第1段階、光線級の漸減を任されたのは、第92戦術機甲連隊第13中隊と第23中隊である。現在、出雲市内を占領したBETA群の数は2万程度。つまり一帯にいる重光線級・光線級は、200体前後と推測されていた。
(何機、生き残れるんだ)
星空の下、深川正貴少尉は無意識のうちに歯ぎしりをした。
頭ではわかっている。
勝算はあるのだ。
第13中隊・第23中隊は出雲市南部に連なる300m級の山地によって、吶喊開始直前まで物理的に照射を受けずにいられる。
また日本帝国連合艦隊は出雲市の北方に横たわる島根半島を盾として、AL弾と対BETA用榴散弾を備えた水上艦艇を集結させていた。攻撃直前に生じる重金属雲は、光線級の本照射を完全に無力化するであろう。
加えて出雲市内では戦車級以上のBETAが密集している。背の低い光線級は戦車級にさえ視線を遮られることがあり、また突撃級や要塞級によって重光線級の視界もまた狭くならざるをえない。
重光線級、光線級を大方叩き潰せば、連合艦隊の榴散弾や艦対地ミサイルによる攻撃が一方的に通るようになる。
また今回の作戦では大東亜連合が協力を申し出ており、光線級排除が確認され次第、戦術爆撃機隊による航空攻撃が行われることになっていた(大東亜連合軍はB-52のような戦略爆撃機を有していないかわりに、遠方からの照射を考慮した超低空攻撃、海底のBETAに向けて短魚雷を投下する雷撃が可能な戦術爆撃機を多く揃えている)。
しかしながら深川正貴少尉をはじめとする衛士たちは、やはり不安を抱かずにはいられなかった。
(だが、やるしかねえ――!)
戦意を、自分自身で駆り立てる。
(俺たちがやるしかねえ。俺たちができなきゃ、誰にもできねえんだ……!)
標高366mの仏経山。
その向こう側で砲声が轟く。
鋼鉄と閃光が大気裂く音が響き渡る。
眩い光の柱が天を衝く――それに比べて星々の光はなんと貧弱なことか。
仏経山の裏に集った戦術機のセンサーアイが放つ光はなんと小さいことか。
「鉄
氏家義教大尉は静かに口を開いた。
「いまや鉄
その数分後、CP将校からの指示が飛ぶ。
「往くぞ!」
漆黒の山影から、銀の刃を閃かせて決死の機影が飛び出した。
星の光を纏い、重金属の充満する大気を切り裂いて、MiG-29SEKがBETA群の真っ只中に斬りこむ。放置された水田と兵士級の群れを踏み潰しながら着地した佐久本翔中尉機は、迫る要撃級に連続射撃を浴びせると、短噴射で宙へ再度躍り出る。
彼だけではない。
第13中隊の前衛C小隊は短噴射で突撃級や戦車級の群れを跳び越し、跳び越しながら光学・熱源センサーで周囲を走査した。瞬く間に戦術機間のデータリンクで、光線級の現在地が共有される。
「佐久本さん、ありがと!」
続けて第13中隊中衛B小隊が、地表面滑走で奔る。
高速で突進してくる要撃級の合間を縫い、跳ねては要撃級の攻撃を躱す。湯川進中尉は歯を食いしばって次々と飛びこんでくる大型種を回避するその最中に、黄緑の色彩を見た。横跳びして飛びかかる戦車級を躱しながら、突撃砲を連射して2体の光線級を射殺する。
その頭上を跳び越した長野ふゆ少尉機は予備照射が通らない重金属の霧の中、光線級の眼前に降り立つとその両腕を振るう。
粉塵と血煙が、彼女の旋風に色をつけた。
殺到する戦車級さえも、彼女が操るMiG-29SEKを止めるには至らない。
「無茶苦茶ですって!」
浅石友季少尉は慌てながらも自分の仕事をしている。湯川進中尉機や長野ふゆ少尉機に追い縋るために急旋回する要撃級目掛け、36mm機関砲弾を雨霰とぶつけていく。遅れて姿を現した宇佐美誉大尉直卒のA小隊も同様だ。120mmキャニスター弾による面制圧と、支援突撃砲による狙撃が、B小隊・C小隊に向かう要撃級、戦車級を分断していく。
洋上のミサイル駆逐艦が放った艦対地誘導弾が稜線から姿を見せ、旧出雲基地周辺の重光線級と直掩の要撃級を吹き飛ばす。
煌々と輝く火焔と、煤煙。
それを見ながら、F-15JKの群れは周辺河川の堰や土手に張りついた。
「砲戦距離10000程度、当ててみせろ」
膝射や伏射姿勢をとった第23中隊機は、長距離砲撃戦に臨む。
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■91.誰かの故郷だから!(後)
第92戦術機甲連隊第13中隊のMiG-29SEKの出雲平野南部に対する斬りこみと、出雲平野北部への艦砲射撃。南北天地挟撃によって光線級・重光線級が混乱に陥る中、最前線を離れたところから見守るF-15JKの群れは、長距離砲撃戦を開始した。
光線級が存在する一帯に無数の鋼球を降らせ、空を仰いで旋回する重光線級を狙撃する。
36mm機関砲弾を弾き返すほどの強度を誇る眼球の表面は、狙わない。
彼がトリガーを弾いた次の瞬間、レティクルに収まっていた重光線級の右大腿が弾けた。36mm弾が突入した薄桃色の表皮が破けて皮下組織と体液が四散し、そうして予備照射に移ろうとしていた重光線級の上体が揺らぐ。
その0.5秒後、重光線級は右に傾いだまま転倒した。
「スプラッシュ・レーザーワン!」
コンクリートの堰に機体の大部分を隠した望野更沙少尉は、120mm弾でこちらを向こうとしていた重光線級を射殺した。突撃支援砲ではない、ただの突撃砲による砲撃で、容易く9km先の重光線級の頭部を撃ち砕く。
異常なまでの集中力。
そして続けて望野更沙少尉は、重光線級よりも手前にいる光線級に照準を合わせた。
その肩は、震えている。
「スプラッシュ・レーザーツー!」
光線級が破裂するさまを見て、彼女は笑いを噛み殺していた。
(誤射だけはしないでくれよ――!)
敵中、重光線級の脚を横薙ぎの斬撃で刈り、膝部のモーターブレードを眼球に押しつけてそれを破砕した湯川進中尉は、左右を見渡した。この間、背面を衝こうと突進してきた要撃級は、背面ガンマウントの自動砲撃を浴びて絶命している。
戦場は混沌としていた。
重金属を含んだレーザークラウドが次々に生じ、その下をF-15JKが放った砲弾が飛び交う。
「パッパ5、こちらパッパ1だ」
「パッパ1、こちらパッパ5!」
「小隊を率いて指示した要塞級を殺れ」
「パッパ5、了解!」
混戦の外れで戦況図を使って戦場を俯瞰している宇佐美誉大尉の指示に、湯川進中尉は従った。人間性はともかく、彼女の指揮能力については信用がおける――それがいまの偽らざる心情だった。
4機のMiG-29SEKは、二手に分かれて要塞級に突進する。
片方は衝角を惹きつける囮、もう片方が本命。湯川進中尉機と浅石友季少尉機に向かって伸びる衝角――両機がそれを短噴射で躱すとともに長野ふゆ少尉機と植木陽一少尉機が、白刃を閃かせて斬りかかる。
ごとりと落ちる要塞級の頭部。
それを一瞥することもなく、MiG-29SEKは要撃級の前腕を軽快に躱して次の要塞級を殺しにかかる。
「照射警報――!」
乱戦の中で奔る予備照射。
警報に動じることもなく自動回避機能をオフにしている湯川進中尉たちは、要塞級の死骸を蹴って要撃級の只中へ跳び、彼らが反応する前に次の行動を起こしていく。
普段の言動が奇天烈であっても西部方面司令官が選抜した最精鋭のひとりである長野ふゆ少尉は、飛びかかってくる戦車級を肩部カーボンブレードで合わせて惨殺し、要撃級の機先を制してその頭部に剣先を突き立てていた。
それを跳び越した浅石友季少尉機と植木陽一少尉機は、前面にそびえる要塞級目掛け、両翼から120mm弾を叩きこむ。
「ここでボーナスッ!」
浅石友季少尉は左主腕の突撃砲で駆けてくる要撃級を制し、右主腕の突撃砲で崩れ落ちた要塞級の胴部から生えてきた光線級を薙射して殺し尽くす。
「あと何体ですかね!?」
「こちらプリズナー1、あと30体ほどで俺たちの仕事は終わりだ!」
気づけばBETAの群れの中に、氏家義教大尉の率いる第23中隊前衛A小隊もまた乱入していた。
(やはり俺はこちらの方が性に合っている)
氏家義教大尉が駆るF-15JKは突撃砲を棄てての二刀揃えで、光線級を納めている可能性のある要塞級に斬りかかっていた。
衝角の先端を急旋回で躱しつつ触手を叩き斬り、そのまま一気に要塞級の弱点まで翔け上る。ただ翔け上るだけではなく、斬撃を放ちながらだ。スーパーカーボンの刃が次々と生体装甲を削りとっていき、最後には最も軟な要塞級の頸部に至る。
いま彼は後の先で敵を倒す
その周囲では3機のF-15JKが群れるBETAを圧倒している。
遠近両戦、それがF-15JKの特長であった。
米軍機は近接戦闘を想定していない、という風説はそこまで正しくない。G弾はハイヴ坑内から地表面へ第2次・第3次増援を引きずり出してから使用される。故に光線級の視線を切るためにもBETAとの乱戦は当然生起する。
F-15JKは高い推力比を活かして戦場を駆け巡り、光線級を殺戮して回った。
◇◆◇
第92戦術機甲連隊第13中隊・第23中隊の活躍によって重光線級・光線級がほとんど駆逐された出雲平野に、連合艦隊が榴散弾による連続射撃を実施。光線級全滅を確認するとともに、大東亜連合軍の爆撃機隊がその上空に姿を現したことで、出雲攻略作戦は成功――日本政府首脳陣以下、関係者たちはみな快哉を叫んだ。
それと前後して日本帝国本土防衛軍西部方面隊・八代基地には、2個中隊分とその予備となる戦術機が運びこまれている。
「これが海軍仕様のラファール――」
ガントリーに固定された戦術機を見上げながら、東敬一大佐は嘆息した。
Rafale Marine Area Defender――ラファールMADはフランス海軍に配備予定の最新鋭戦術機である。艦上機といえば陸上機よりも制約が大きく、艦上運用のために性能が犠牲になっているイメージが強いが、ラファールMADについていえばそれは間違いとなる。
1994年に試作機・試験機が完成、1998年に実戦配備が始まったラファールをさらにアップデートしたものがこのラファールMADであり、00年になってからようやく実戦配備が始まったEF-2000タイフーンよりも一歩先んじており、現行では欧州製最強の戦術機、と呼んでも差し支えない性能を誇っている。
外見上の大きな特徴は肩口から主腕部、膝部から爪先に至るまでブレードエッジ装甲で覆われていることだ。そういったわけでラファールMADは、かなり鋭角的なフォルムにまとまっている。
「整備性は問題になりそうだが……」
言い淀む東敬一大佐に、戦術機担当幹部の久野平太大尉は溜息もなく言い放った。
「ラファールMADはまだ常識的の範疇にある機体です」
問題はもう1機種の方であった。
ガントリーによって起立しているその戦術機の制式名称はA-10NTである。
しかしながらA-10NTは配備済みのA-10Cとは趣を大きく違えている。
まず角張っていた胸部ユニットや膝部装甲は内蔵されていた爆圧式戦槍を廃するとともに、スリムな鋭角状のそれに置き換わっており、肩部ユニット上部に装着されているドラム式弾倉もまた菱形に改良されていた。
また塗装は電波を吸収する漆黒の塗装が為されている。
つまるところステルス仕様のA-10、といったところであった。
「隠密性を高める再設計が為されているのに固定型ガトリング砲が備えられているのは、矛盾というほかないな」
東敬一大佐は冷静にそう言った。
その言は半分正しく、半分間違っている。
確かにもとより大型機・大火力支援機であるA-10Cの隠密性を高めるなど、愚の骨頂である。いくら外装を設計し直してパッシブ・ステルス性能を付与したところで、その長大なガトリング砲ですべてが台無しだ。
しかしながら、それでいいのだ。
本来ならばこのA-10NTは実戦配備される予定のなかった、いわばパッシブ・ステルスの実証機――装甲厚をはじめとして設計的に削れる余地の大きいA-10をベースに、高いステルス性を有する外装を研究した機体なのである。
それを急遽、第92戦術機甲連隊に送りこむために実戦化したのがこのA-10NTなのだった。
しかしながらこの機体を装備することとなる第92戦術機甲連隊第33中隊の衛士たちにとって重要なのは、そのステルス性ではない。
A-10NTはA-10Cよりも抜本的な軽量化を施されたことで、第2.5世代機と同様の戦闘機動が可能になっている。
つまりA-10NTを使いこなせるようになれば、第33中隊は他中隊機を追随、より積極的に支援できるようになるのである。
久野平太大尉もその整備性に目を瞑れば、A-10NTが強力な攻撃機であることを認めざるをえない。
「機動力が極限まで高められた攻撃機、ということでFナンバーも与えられています」
……F-117ナイトホーク。
それがA-10NTの別名であった。
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■92.ラファールMAD(1)
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の奮戦によって、前述のとおり出雲攻略作戦は成功に終わり、朝鮮半島および大陸沿岸部のBETA個体数が激減していることを確認した日本帝国首脳陣はようやく安堵で胸を撫で下ろした。
あとは佐渡島ハイヴの攻略――これを以て日本帝国は、98年以前に立ち戻ることができる。
「佐渡島攻略作戦は遅くとも2001年12月には発動しなければならない」
それが日本帝国国防省と国連太平洋方面第11軍司令部の結論であった。
理由はひとつしかない。
仮に佐渡島ハイヴがフェイズ5にまで至れば、水平方向に伸びる
故に日本帝国では官民挙げての戦力回復・戦力拡充に奔っていた。
その一環として始まったのは、民間企業が主体となる日本全土におけるスクラップ回収である。98年から始まった本土防衛戦によって無数の戦術歩行戦闘機と機械化歩兵装甲が惨い姿の残骸となったが、その一部はいまもなおBETAにも人類にも回収されないまま転がっている。
それを掻き集めて再利用可能な部品を選別、苦しい日本帝国本土防衛軍の台所事情を多少なりとも改善しようというのが、この回収事業であり、複数の企業が参加していた。西日本で回収された戦術機の残骸の一部は、九州地方の工業地域に廻されて作戦機にリビルドされていく。
……こうした作業には戻るべき場所を失った避難民や、あるいは98年以前に大陸から流入していた難民もまたかかわっていた。
◇◆◇
2000年9月――第92戦術機甲連隊第21中隊および第32中隊は、日本帝国樺太庁
「涼しいというか、肌寒ぅ――」
それが若狭理央少尉の感想だった。
樺太庁敷香町の9月平均気温は12℃程度、平均最低気温は7.8℃。関東以南出身の隊員からすれば、信じられないほど冷涼な9月である(参考までだが宮城市の9月平均気温は21℃、札幌市の9月平均気温は18℃)。
かつては、こうした自然環境から、そして過酷極まる冬季戦に備えるため、樺太庁内の駐留部隊は樺太島や北海道、東北地方の出身者が多かった。また第二次世界大戦終結後、BETA大戦勃発後もソ連に対する警戒も怠ることができないため、精強な地上部隊が配されてきた。
が、いま樺太庁の護りは手薄になっていた。
その理由は日本帝国本土防衛軍北部方面隊の勢力自体が、大きく減じられているためである。
1998年以前。第7師団をはじめとして、北部方面隊所属部隊の多くは大陸派遣軍に参加――重慶防衛戦を皮切りにして、激しい消耗に晒された。そして2000年になってもなお、北部方面隊はその深刻な傷跡を未だ癒せていない。
帝国政府は北部方面隊よりも本土防衛戦で壊滅した中部方面隊、東日本を巡る長期戦で大きなダメージを受けた東部方面隊の立て直しを優先したこともある。北部方面隊は勢力を盛り返すどころか、むしろ北部方面隊から中部方面隊に戦力を抽出されることさえあった。
かつて“帝国最強の機械化軍団”と称されていた北部方面隊は、見る影もない。
なにせ深刻な戦術機不足から77式撃震は勿論のこと、高等練習機であるはずの97式吹雪さえも実戦部隊に配備せざるをえない有様である。
さらに北部方面隊は、日本帝国国防省の指導の下で、樺太庁よりも北海道の防衛を優先する部隊配置を余儀なくされていた。
故に間宮海峡の向こう側にまでBETAが押し寄せているにもかかわらず、樺太庁の防備はおざなりになっている。
とはいえ樺太庁もまた約40万の人々が暮らしており、これを見棄てるわけにはいかない。樺太島の面積も四国島の3倍以上ある。やすやすと明け渡せる存在ではなかった。
というわけで、帝国政府は様々な手段を使って対BETA防衛線を再構築していた。まず国土の大半を喪失し、窮しているソビエト連邦に樺太庁の一部の租借を認め、その代わりにソ連軍極東軍管区の地上部隊を誘致。また西部方面隊や東北方面隊から複数の戦術機甲部隊をローテーション配備し、防衛体制の強化を図っていた。
そういった事情で2000年9月、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊のF-2Aから成る第21中隊と、ラファールMADの第32中隊が樺太に派遣されたわけである。
「ミツバチ1、こちらミツバチ4……」
第92戦術機甲連隊第32中隊の樺太における初任務は、ソビエト連邦軍第214戦術機甲部隊との協同哨戒であった。
といっても簡単なもので、第32中隊A小隊と第214戦術機甲部隊の1個小隊、併せて8機で樺太島の西海岸を地表間滑走で走り回り、異常がないかを点検するだけである。
とはいえ第92戦術機甲連隊第32中隊の衛士たちからすれば、緊張感あるものとなった。
「
「ミツバチ4、ミツバチ1だ。無視しろ」
「了解」
そう返事をしながらも、加福肇少尉はレーダー画像から眼を離せない。
ラファールMADとMiG-23MLDの編隊は、ブリーフィングで予定されていた陣形とは大きく異なっていた。4機のラファールMADの真後ろを、MiG-23MLDがぴったりと追随する格好である。
(撃ってくるわけない、とはわかってるとはいえなあ)
加福肇少尉はグリップを落ち着きなく握り直した。
この状態で攻撃を受ければ、第3世代のラファールMADと第2世代相当のMiG-23MLDでは明確な性能差があるとはいえ、ただではすまない。さらに加福肇少尉をはじめ、帝国衛士には、ソ連というのは油断ならぬ隣人という意識がある。実際仕掛けられても、“不幸な事故”で済まされるのではないか、という思いもあった。
「おい日本人野郎」
網膜の端に“ディーフィン3”――まだ幼さの残る少年衛士の姿が映る。
「どうだ? サハリンに来た感想は。帰りたくなったろ?」
「ああ、ディーフィン3。こちらミツバチ3。帰りたくなったさ。どこぞの赤熊がこっぴどくやられたせいで、こんな寒々しい島まで最前線になって――ここで戦術機を飛ばさなきゃならない俺たちの身にもなれよ?」
「んだと!?」
ミツバチ3――時田政文少尉は注意深く周囲に気を配りながら、それでもなお口を動かし続けた。
「アラスカに、樺太に、と周辺国にすがりつく方々は礼儀も知らない感じか。感謝されこそすれ、凄まれる覚えはまったくないんだけどな……」
「てめえッ!」
「撃ち殺すぞッ!」
ディーフィン3のみならず、その僚機を務めるディーフィン4が短く叫んだ瞬間、「やめなさい」と制する声が割りこんだ。
「ディーフィン3――ジーマ、口を閉じなさい」
「そうだぞ、ジーマくん」
「ミツバチ3、こちらディーフィン1です。お互い無用な挑発はやめにしましょう」
MiG-23MLDを率いるアルテナイ・プレスニヤコワ大尉は、冷静に、しかしながら明確に圧を放った。
彼女からすれば、口喧嘩が小競り合いに至ることほど馬鹿馬鹿しいことはない。その上、この樺太にはソ連軍正規部隊のみならず、KGBの国境警備軍までいる。撃ち合いという最悪の事態にならずとも、ちょっとしたトラブルでさえ取り調べの対象にされる可能性があった。
アルテナイ大尉にとって運が良かったのは、第32中隊の指揮官・田所真一大尉が極めてドライな人間だったことだろう。
「ミツバチ3。こちらミツバチ1だ。先程、ミツバチ4にも言ったとおりだ。無視しろ」
「ミツバチ1、こちらミツバチ3。了解」
それでその場は収まった。
実際のところ、ソ連側がラファールMADの背後をとったことに他意はない。
単なる性能差からそうなっているだけだ。ラファールMADの瞬発力、加速力はMiG-23MLDを遥かに凌駕しており、ソ連側は追随するのがやっとで、どうしても背後をついていく形になってしまうのである。
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■93.ラファールMAD(2)
「先程は申し訳ありませんでした」
補給のために日本帝国本土防衛軍北部方面隊・上敷香基地を中継するソビエト連邦軍第214戦術機甲部隊、その指揮官のアルテナイ・プレスニヤコワ大尉はMiG-23MLDから降りたあと、遠巻きにしている日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第32中隊の衛士たちに、英語で話しかけていた。
「いいえ」
毒舌で知られる時田政文少尉も、このときばかりは素直に応じた。
「あなたは謝らない、あなたは……えー……っ!」
時田政文少尉の脛を蹴ったミツバチ2・早咲澄子少尉が、後を継ぐ。
「失礼。……こちらも非礼を働きました。今後も共にBETAの侵略に備えて協同していきましょう」
早咲澄子少尉の流暢な英語に、アルテナイ・プレスニヤコワ大尉は相好を崩した。
「ありがとう、今後も共同戦線の維持に努めましょう」
第32中隊の中隊長・田所真一大尉がうなずくのを見て、彼女は敬礼して推進剤補給中の自機に戻っていった。
「……ヘタクソな英語」
早咲澄子少尉の言葉に、時田政文少尉はバツが悪そうな顔をした。
「そりゃあね。早咲さんがうますぎるのよ。駅前留学でもしてた?」
「フィリピン」
「あーそう。どおりでフィリピン訛りが強いと思った」
「いいかげんなことを言いますね。それよりよくそんな英語で――」
「いまどき自動翻訳装置をオフってる状況の方が珍しいっての!」
ふたりの“じゃれ合い”に辟易とした加福肇少尉が、話題を変えた。
「あの大尉、大尉にしては若かったなー」
「どうだか。ロシア人の外見なんざ、アジア人の俺たちにはわからないよ」
◇◆◇
「……」
同時刻、上敷香基地のガンルームに詰めている第21中隊の中隊長、
第92戦術機甲連隊は幾つかの派閥に分かれているが、その中でも紅茶党は弱小派閥といっていい。
中南米やアフリカ諸国で生産が盛んである関係上、努力すれば手に入らないこともない天然のコーヒーとは異なり、紅茶の主要生産国――インドやトルコ、中華人民共和国――はBETA大戦の影響を大きく受けている。そのため天然紅茶の国際的価格は高騰し続け、しかも味わいは90年代以前から粗悪化の一途を辿ってきた。合成紅茶の風味については、ここで論ずるに値しない。
そういった関係で第92戦術機甲連隊の衛士たちは愛煙者、コーヒー党こそ多いものの、紅茶を常飲する者は少ない。
「どうですか、この上敷香基地の紅茶の味は」
パイプ椅子に座って優雅にティーカップを運ぶ駿河野場語名大尉を、ライター10・荒倉恋少尉は茶化した。
返事はわかっているのだ。
「まずいですね」
「なら飲まなきゃいいのに」
「本当ですね」
認めながらも駿河野場語名大尉は紅茶をやめるつもりはなかった。
物心ついた頃から喫茶の習慣があった。おそらくそれは己のルーツ、祖国に根づいていた文化なのだ、と彼女はあたりをつけていた。でなければ贅沢を嫌う父が、目の色を変えて茶葉と茶器を買い求めていた理由が説明できない。
そこから少し離れた窓際で、数名の衛士たちがタバコを喫っている。
第92戦術機甲連隊第21中隊の衛士と、樺太庁の防衛を担当する第88戦術機甲連隊の衛士たちは灰皿をきっかけに談笑していた。愛煙者同士で通じるところもあるが、撤退した在日米軍からもらったラッキーストライクやマルボロ、キャメルを第21中隊の衛士たちが手土産にしていたこともあった。
どちらかといえば本土防衛戦の最中も樺太庁に駐屯していた第88戦術機甲連隊の衛士たちの方が、本州の実情を聞きたがって話を振る側だった。
彼らは樺太庁、北海道出身者が多いが、本州にも友人・知人がいる。
根こそぎ動員によって知己が入営した者も、少なくなかった。
「やはり樺太は大変でしょう。冬ともなれば雪に閉ざされて……」
1998年から最近までの話がひととおり終わったところで、第92戦術機甲連隊第21中隊前衛C小隊を率いる仕手功一中尉が話題を変えた。
その途端、第88戦術機甲連隊の衛士らは顔を見合わせた。
「いえいえ。もう慣れたものです」
「そうですか」
「どちらかといえば、樺太の自然よりも国境警備の方がしんどいですよ」
「国境警備……ソ連、ですか」
ええ、と第88戦術機甲連隊の衛士、佐藤英幸中尉はうなずいた。
「スパイの連中が大手を振ってうろうろしてますし。向こうの空なんかに輝点が現れたかと思ったら、次の瞬間には消えてる、なんてしょっちゅうですよ」
「それ、亡命機かなんかです?」
口を挟んだライター3・織田清茂少尉の問いに、佐藤英幸中尉らはうなずいた。
「たぶん。ウチがぬるいように思えるような戦時動員を続けてて、そりゃソ連の社会体制はガタガタでしょうしねえ。アラスカならともかく、こっち側の前線衛士なんか使い捨てでしょ……」
「昨今のシベリアにおける大敗は、そうした士気の低さも一因にあるのでしょうか」
仕手功一中尉の記憶が正しければ、この1年のうちにソ連領内では3、4のハイヴが新たに建設されていたはずであった。
他の衛士が言葉を続けようとしたとき、窓の外から声がした。
「KGBだ!」
「国境警備軍の戦術機だぜ――」
珍しいもの見たさか、第92戦術機甲連隊の衛士たちはすぐに外へ出た。
「スフォーニのやつ?」
離れた駐機場に、2機の戦術歩行戦闘機が主脚歩行で進入してくるのが見えた。
「いや……」
駿河野場語名大尉は「違いますね」と即座に結論づけた。
Su-27系列の特徴であるブレードエッジ装甲がない。塗装も灰色一色のシンプルなものだ。頭部のセンサーアイを緑色に鈍く光らせながら、その機体は緩慢な動きで推進剤が貯蔵されているタンクへ向かっていく。
「MiG-25――いや、MiG-31ですね」
おー、と第21小隊後衛B小隊の小隊長、丹羽歩武中尉は無邪気に感嘆の声を上げた。
「カタリナ大尉、ウチのMiGよりもデカいですね、あれ」
「……KGBらしい戦術機、といえるかもしれませんね」
成程、と丹羽歩武中尉は笑った。
「軽量級のMiG-29と違ってあの図体。航続距離もさぞかし長いんでしょうね」
「そのとおりです」
駿河野場語名大尉はうなずいた。
航続距離だけではない。
戦術核による一撃離脱を是として開発されたMiG-25の発展型であるMiG-31は、ソ連機の中では極めて優速の部類に入る機体。加えてF-14よりもミサイルの装備数は多い。対地ミサイル・フェニックスよりも軽量の対空ミサイルであれば、10発以上装備・運搬できるはずだ。
「あれはあれで対人戦向きの戦術機ってわけですか」
気づかぬうちに丹羽歩武中尉は厳しい表情を浮かべていた。
「まあステルスとは違う方向性ですケド……」
彼もまたMiG-31がBETAに対する有効な兵器であると同時に、逃走する戦術機を追撃するのに適した機体であることに気づいていた。
ソ連地上軍の衛士たちが駆るMiG-23MLDに対して最大速度、航続距離、有効射程で優る戦術機は、まさにKGBの国境警備軍にとっては理想的な機体だといえる。最前線からの逃走機や、亡命を図る衛士の搭乗機を撃墜するのには、まさにうってつけであろう。
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■94.ラファールMAD(3)
日本帝国において本格的に始まった被撃破機と放棄された軍需物資の回収事業。
その中心となりつつある企業、重工エンタープライズは九州地方に拠点を置き、西日本一円の回収業務を手がけるだけでなく、回収したフレームや部品を利用した戦術機の再生組み立て作業まで、自社工場で実施していた。
それができるのは重工エンタープライズが世界的外資系企業の子会社――具体的には米国資本の企業であり、F-4・F-15系列の戦術機関連技術を有しているためである。
帝国政府からすればこうした外資系企業は警戒すべき存在であったが、しかしながら戦術機の再生まで丸投げできる企業というのは得難い存在でもあり、彼らを理由なく締め出すデメリットよりも勝る。
懸念すべきは第3世代機・94式不知火の無秩序な技術流出であろう。
が、重工エンタープライズ側は、組み立て作業の対象を77式撃震と89式陽炎のみとしていたし、94式不知火の部品については富嶽重工や光菱重工をはじめとする日本側の戦術機関連企業に速やかに引き渡すことで合意、実際にそのようにしていた。
仮に重工エンタープライズが94式不知火の残骸を解析していたとしても、帝国政府は徹底追及まではしないだろう。
すでに94式不知火に用いられた第3世代機関連技術は急速に拡散、陳腐化しつつある。欧州連合に対して日本帝国が水面下で戦術機技術を供与していることは公然の秘密であったし、XF-2の共同開発の際に、米企業ロックウィード・マーディンに対しても日本帝国は94式不知火のデータを渡している。その代わりにロックウィード・マーディンは戦術機開発・製造部門を縮小することなく、戦術機関連工場をフル稼働させて94式不知火のパーツを日本帝国に供給していた。
94式不知火の断片――その解析など、いまさら、である。
しかしながら、彼ら重工エンタープライズ西日本支社にも後ろめたい部分がある。
それは従業員の多くを、帝国国内の避難民・難民キャンプに詰めこまれた人々で賄い、あるいは作戦中に逃亡し、山間部の旧市街地等に潜伏している衛士たちへ積極的に声をかけているところだった。
「衣食住の保証は勿論、勤続すれば米国市民権が与えられる道が開ける」
特に後者のような帝国国内では犯罪者扱いであり、海外へ渡る伝手がない元・戦闘員たちは、そんな甘言にみな一様に乗せられていた。市民権はともかくとして、衣食住が確保されるだけでも破格の待遇。飛びつかないわけがない。
前者のような“模範的な帝国臣民”であっても、BETA本土侵攻に際して失態を演じた行政に対して怨恨を抱く者は極めて多い。加えて前述のとおり、いまやそうした人々の多くは過去に兵役を経験しており(徴兵制度の復活は1980年である)、ウイングマークがなくとも機械化歩兵装備や機械化歩兵装甲の扱い方を心得ている。
重工エンタープライズ・西日本支社は、再生した装備品の試験者としてそうした人々を集めていた。
◇◆◇
「
受話器をとった士官が叫ぶとともに、強化装備を纏ったふたり――衛士強化装備で待機していた第92戦術機甲連隊第32中隊の井伊万里中尉と保科龍成少尉は、壁にかけられた気密兜を引っつかみ、外へ飛び出した。
向かう先は、駐機場に待機しているラファールMADである。
迅速に出動できるようにガントリーに固定されておらず、片膝立ちの状態で胸部ユニットを開放しており、素早い乗降ができるようにタラップが据えられていた。
蛍光色のベストを着た誘導員が機体の前面に先に到着し、一方で機体周囲の自動小銃で武装した警備兵たちが離れていく。その警備兵たちにすれ違ったふたりはタラップを駆けのぼり、シートに収まる。
(ついてない……ッ!)
保科龍成少尉は衛士用の機械化装甲が覆い被さってくると同時に、肉眼確認用の計器類を確認。続けて網膜に投影される電子的計器の表示や、機体ステータスをチェック。最後に広域マップに意識を振り向けた。
(BETAが相手でも嫌だし、戦術機が相手でも嫌だぜ……)
「こちらサイレン101。発進準備完了」
井伊万里中尉の冷静な声色が、彼の耳朶を打つ。
急いで彼もまた「こちらサイレン102。発進準備完了」と声を上げていた。
この時点では彼らには何の情報も与えられていない。
本州で緊急発進となれば概ねBETA地中侵攻に伴うコード911絡みとなるが、この樺太庁では違う。
事前通告がない航空機が防空識別圏に進入した場合、対応するのは戦術機となる。
70年代・80年代まで日本帝国の空を守っていたのは、日本帝国空軍/航空宇宙軍のF-104JやF-1といったジェット戦闘機であった。
が、海外でジェット戦闘機が次々と廃され、かの米国でさえジェット爆撃機に防空網を突破するための速度性能ではなく、航続性能と爆装能力――つまり対BETA戦を重視するようになったため、超音速ジェット戦闘機は宝の持ち腐れとなった。
加えて初期こそ“蛙跳び”がやっとだった77式撃震がアップデートされ、長距離飛行が可能になったことで、領空警備は戦術機が担うようになったのである。
「サイレン101、サイレン102。こちら上敷香コントロール。サイレン101の3番カタパルトへの進入、サイレン102の4番カタパルトへの進入を許可します」
「上敷香コントロール。サイレン101、了解」
「上敷香コントロール。サイレン102、了解」
そういった事情もあり、この上敷香基地には戦術機を急速発進させることができるカタパルトまで備えられていた。
急加速に身を任せたまま、北東の空に放り出された保科龍成少尉は、悲鳴を上げる肉体と思考を切り離して自機の巡航姿勢を整える。それから更新された広域図を注視してうめいた。
(正気じゃねえ。オホーツク海を渡ってくる!?)
彼らに与えられた任務は、カムチャッカ半島から樺太島へ向かってくる国籍不明機とのコンタクトであった。
しかしながら保科龍成少尉からすれば、信じられない事象である。カムチャッカ半島沿岸部から樺太島まで、直線距離で数百km。外部増槽を備えた状態で、戦闘をまったく考慮しないフェリー飛行であっても戦術機で跨げる距離だとは到底思えなかった。
そしてこの9月とはいえ冷涼なるオホーツクの海。
うまく洋上不時着してもなお、生きて帰れるとは限らない。
一方でラファールMADもまた長大なる航続距離を誇る。洋上から発艦し、大陸沿岸部や島嶼部を哨戒することが想定に含まれる海軍機なのだから当然だ。増槽といった装備も充実している。飛行可能時間についていえば、日本帝国のどの陸上機にも負けない。
故にラファールMADはこの任務にうってつけであった。
「見えた、2時方向――」
虚空に浮かぶ機影を認めたのは、井伊万里中尉であった。
「上敷香コントロール。こちらサイレン101。肉眼で国籍不明機を捕捉した。これより警告を――」
「なんだ、あれ……」
遅れて国籍不明機を視認した保科龍成少尉は、自身の眼を疑った。
そこに浮かんでいたのは、戦術機ではなかった。
長大な主翼を有し、しかしながら戦略爆撃機のフォルムとは一線を画す。
いうなれば空中要塞、そんな代物がそこに在った。
「こちらは日本帝国本土防衛軍。応答せよ。貴機は日本帝国の領空に進入せんとしている。ただちに引き返すか――」
「帝国軍機、当機は日本帝国への亡命を希望するものなり。繰り返す、当機は日本帝国への亡命を希望するものなり」
……かつて未だ米ソ冷戦、あるいはその時代から脱却できていなかった頃。
米国が保有しようとしていたものを、ソ連が保有しようとしなかったわけがないのである。
かくして樺太島は、日ソ激突の最前線となろうとしていた。
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■95.核決戦航空機動要塞Tu-119
◇◆◇
異動とウイニングポスト10発売のため更新速度が低下する可能性がございます。
ご了承いただければ幸いです。
(感想への返信は、本日の夜になります)
よろしくお願いいたします。
◇◆◇
「なんだ、あれ……」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第32中隊のラファールMADが上敷香基地まで誘導してきた航空機然とした“何か”を見た誰もが、保科龍成少尉と同じ感想を口にした。
長大なる一対の翼を有する高翼機、といえばそれで終わりだが、ブーメランめいた漆黒の翼には複数の垂直ダクトファンが設けられており、垂直離着陸を意識していることが伝わってくる。
その巨大な主翼の下には胸部・腰部ユニットと主脚が備えられている。主腕もあるが、その先端にマニピュレーターが存在しない以上“腕”と言っていいのかは疑問――その長大なる鋼鉄の腕部に装備されているのは複数基のロケットランチャー。よく見れば全身には誘導弾の垂直発射装置が設けられているのがわかる。
――核決戦航空機動要塞Tu-119。
それがその異形の名称であった。
一時期、米国が月面戦争の戦況好転、またBETAの地球侵攻後はハイヴ攻略を目的とした“単艦制圧構想”の下、戦略航空機動要塞XG-70の開発を進めていたことは前述したとおりである。そして米国は実際に数機の試作機を完成させるに至った。
しかしながら、圧倒的火力で前線を一気に押し返し、押し返しながら単騎で敵策源地を打撃する、その構想に対して真に惹かれていたのは米国ではない。むしろ国内と周辺国に複数のハイヴ建設を許したソ連の方こそ、諜報員から単艦制圧構想と戦略航空機動要塞の存在を知り、これに魅了されたのである。
とはいえソ連には米国製戦略航空機動要塞XG-70を開発し得る先進技術も、G元素関連技術もなかった。最前線には無数のBETAが押し寄せ、後方では政治機能と工業設備の疎開で混乱が続く当時のソ連にそこへ割くリソースの余裕はほとんどない。
故にソ連は既存技術での航空機動要塞の開発に努めた。
G元素を使用するリアクターの代替として、航空機用原子炉を。
絶大な破壊力がある荷電粒子砲や電磁投射砲の代替として、戦術核砲弾を。
抗重力機関の代替として、ダクトファンによる垂直離陸能力を。
米国の航空機動要塞が重力偏向で光線級の攻撃を防ぎ切り、荷電粒子砲でハイヴを吹き飛ばすのであれば、ソ連の航空機動要塞は420mm戦術核迫撃砲や核弾頭を搭載したVLSで遠距離連続核投射を行い、戦域ごと光線級を吹き飛ばし、その後は分厚い装甲で放射能汚染をものともせずに前進。120mm戦術核無反動砲をはじめとする近距離戦闘用核兵器で向かってくるBETA群を焼き払い続け、ハイヴから湧き出し続ける個体を殺し尽くそうというのである。
故に核決戦航空機動要塞、というわけだ。
そして
ひとりはソ連の技術士官、残るは10代のようにみえる――衛士たちの遠目では、その誰もが同じ容貌にみえた――少女たち、である。
が、衛士たちはその素性を知ることはないし、詮索している余裕もなかった。
「本邦所属機の返還、ならびに搭乗者の即刻の引き渡しを求める」
ソ連側の動きは、迅速であった。整備不良が慢性化しつつある地対空レーダーとおざなりな対空警戒が原因で、亡命機の上敷香基地到達を許してしまった時点ですべてが次善の策となっているが、ともかく彼らはあらゆるチャンネルを使い、機体と搭乗者の返還を求めてきた。
一方の日本帝国側は、方針が定まらない。
現場では国防省・内務省・外務省の縄張り争い、あるいは責任の押し付け合いが始まっており、東京でも議論が起こっていた。
東京において最初に支配的となった意見は「機体も搭乗者もソ連に送り返す」という方針であった。隣国と事を荒立てたくはない。ソ連側の主張どおり、搭乗者たちを“卑劣な窃盗犯”として突き出してしまえば、それですべて解決するではないか。
が、議論はそう容易にはまとまらなかった。
“横浜”が待ったをかけたのである。
彼女らの興味は核決戦航空機動要塞Tu-119ではなく、その搭乗者にあるらしく、「機体返還はともかくとして搭乗者の送還は人道にもとる」と横槍を入れたのだった。
加えて米国政府や大東亜連合もまた、帝国政府と搭乗者の処遇について密約を結ぼうと接触を図ってきた。
――機体はともかく搭乗者の方は、政治的カードになるのか?
周囲の反応によって帝国政府側が揺らいだ。
当事者である彼らは搭乗者――オルタネイティヴ第4計画が接収し損ねた第3計画の産物、あるいは第4計画始動後にソ連内で開発・発展が推し進められてきた生体兵器――の価値を、周囲によって教えられたのである。
そこで議論はカードの切り方も含めて議題が増えた状態で、白紙に戻った。
この間、核決戦航空機動要塞は上敷香基地の片隅に露天係止されており、搭乗者もまた政府関係者とともに同基地におり、その状態で丸一日が経過しようとしていた。
「なぜ動かさない……」
第92戦術機甲連隊第21中隊の
弾道弾や戦略爆撃機による攻撃は国家間戦争に発展するが、特殊部隊を出して機体の爆破や搭乗者の拉致を実行するくらいならばそれは単なる国家間摩擦、国境紛争であって問題はない――それがソ連側の標準的思考だと、彼女は思っている。
……実際、そうなった。
日本帝国航空宇宙軍の監視衛星が、樺太島北部にあるソ連軍基地に新たに12機以上の“黒い戦術機”が配備されたのを確認したのが、亡命事件発生から36時間後のこと。一方でこの機影をレーダーサイトでは確認できなかったことから、帝国軍参謀本部はこれをソ連製ステルス戦術機であるとして、ソ連軍は示威行為、あるいはなにがしかの軍事行動に出ると判断した。
続けて国防省や情報省の電波情報分析部門が、ソ連軍による実力行使の可能性大と帝国軍参謀本部に報せてきている。
ソ連軍がステルス戦術機を保有していることは、驚くべきことではない。
なにせ98年時点で日本帝国も特殊作戦用としてステルス仕様の94式不知火を揃えているのだから。
かくして上敷香基地は、厳戒態勢となった。
ソ連特殊部隊の破壊工作に備えて過半数の戦術機は格納庫から野外にて臨戦態勢を採り、日本帝国本土防衛軍北部方面隊第88戦術機甲連隊はソ連租借地との境界線付近に哨戒網を構築した。
第92戦術機甲連隊もまたF-2Aから成る第21中隊、ラファールMADから成る第32中隊が上敷香基地にて邀撃戦に備えて待機している。
駿河野場語名大尉らは一連の事態に際してやるせない気持ちでいたが、思えばこうして外国軍と対峙することこそが軍事組織の本分であり、人類と戦争の長きにわたる歴史を思えば、対BETA戦の方が異常なのであろう。
◇◆◇
「レーダー照射警報ッ!」
「こっちもだ、ロックオンされた――!」
「畜生! こちらスプライト1、ソ連機が発砲! 反撃の許可を求む!」
冷寒の夜、発砲炎の光と曳光弾が奔る。
白い月の下、複数の照明弾が上がる。空中で瞬く赤い光、その下で1機の77式撃震が崩れた。飛来した120mm焼夷徹甲榴弾が増加装甲(盾)の外縁部に命中し、破片が撃震の装甲を叩いたと思いきや、2発目、3発目が主脚に直撃したのである。
「MiG-23です!」
「骨董品同士、やってやる!」
「こちらCP! 待て、事態が――!」
司令部の指示を聞いている暇はなかった。
続けて帝国側の戦陣目掛けて機関砲の掃射が始まっている。
が、すでに日本帝国本土防衛軍第88戦術機甲連隊の戦術機たちは、警戒の横隊を解いて2機ないし4機単位で散開。攻撃を躱して、自衛戦闘に移行していた。
「CP、こちらスプライト2だ。すでに……2機だ、2機やられてる! スプライト8、スプライト12だ!」
「こちらスプライト1! アルファ、ブラボーで敵前衛小隊を潰すッ!」
影を抱く漆黒の森を跳び越したMiG-23MLDの進行先に、77式撃震が飛び出した。
A小隊が敵前面、B小隊が敵側面から砲撃を開始する。
対するMiG-23MLDは空中で身を捩らせると、背面ガンマウントと両主腕部で保持した4門の突撃砲で複数方向に弾幕を張り、十字砲火を躱すためか、森と森の合間に急降下した。
「もらった――C小隊、撃ち下ろしてやれッ!」
後方で高度をとっていた撃震は、眼下のMiG-23MLDに突撃砲を指向する。
「レーダー警報――!」
「2時方向、ミサイル!」
が、彼らはトリガーを引くことが出来なかった。9km先のソ連側陣地から数発の短距離地対空ミサイルが、白煙を曳いて急速に迫ってきたからである。
「光線級と同じだ! 高度をとればやられるぞ!」
「CP! こちらポーラーベア1だ! 8機の戦術機が後方へ抜けていった。カラーリングは黒。レーダーには映っていない。エリアは……」
「突っこんでくるぞ、後続12機!」
9K330対空地両用ミサイルシステムの攻撃を躱し切れず、巨大な炎の塊となって地表へ降下していく1機の撃震。その下でMiG-23MLDが地表面滑走で駆け――その先頭の2機が36mm機関砲弾の
森林と森林の合間ではMiG-23MLDと撃震の予期しない近接戦闘が生起している。
慌てて突撃砲を投げ捨ててナイフシースを展開させるソ連軍機。
対照的に撃震は速やかに動いた。盾の下端を繰り出して、MiG-23MLDの主脚を打撃して転倒させる。そしてその胸部ユニットに機関砲弾を叩きこんでみせた。
「この混戦じゃミサイルも撃てねえだろ!」
「スノーマンブラボーは高度をとって上空から援護!」
「了解!」
「CP、こちらスプライト1。応答せよ。CP、こちらスプライト1、応答せよ」
「スプライト1、こちらスプライト4。データリンクが更新されません!」
「こちらポーラーベアだ。敵の電子攻撃をキャッチした――!」
「おい……!」
上昇して制圧射撃を開始した撃震の衛士たちは、遠方に砂煙を認めた。
「連中、戦車部隊まで繰り出してきやがった」
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■96.“小競り合い”。
「詳細不明の発砲事故をきっかけに、現在ソ連地上軍・帝国防衛軍の間で小競り合いが発生中。事態の収拾のため、国境警備軍に出動を命じた」
というのが樺太島外の全世界に向けた、ソ連側の公式発表であった。
(“小競り合い”か)
第92戦術機甲連隊第32中隊の指揮官、田所真一大尉は無感情のまま、人影が走る浜辺の直上へ数発の120mmキャニスター弾を撃ち出し、洋上に浮かぶ大型漁船に36mm機関砲弾を叩きこんだ。
彼は警告の言葉を口にはしなかった。
これは酷い混乱状態の中で起こった不幸な事故、予期しない小競り合いなのだ。
ソ連側が第1世代・第2世代戦術機による攻撃を仕掛けつつ、本命のステルス機を送りこみ、また戦術機部隊の行動を囮として第2の本命である特殊部隊を上敷香基地に最も近い臨海部に隠密上陸させようなど、考えるはずがないではないか。
――高速飛翔体接近警報。
浜辺に発射炎が瞬き、1発の赤外線地対空ミサイルが発射されたが、田所真一大尉機は自動でフレアをばら撒いて敵のシーカーを騙すことに成功した。慌てずに彼はラファールMADの優れたアビオニクスが発射炎を観測した地点――携帯型地対空ミサイルを構えていた特殊部隊員へ、36mm榴弾を連射する。
(光線級に比べれば、ぬるい)
ラファールMADには、対戦術機戦を想定した近接防御モードもある。
レーダーと突撃砲を保持する任意の主腕部を連携させることで、20mmバルカンファランクスと同様、自動で飛来するミサイルを迎撃できるのだ。海軍機として改良されたため、空対艦ミサイルや攻撃機に狙われた輸送船上で自衛戦闘に加入できるように改良されているのである。
また第92戦術機甲連隊のラファールMADやF-2Aは、ソ連軍の電子攻撃を受けている樺太庁でもあっても、通信や部隊内データリンクに異常をきたすことがなかった。第88戦術機甲連隊に配備されている実戦仕様の97式吹雪も同様である。
そのため第92戦術機甲連隊第21中隊や第32中隊は、上敷香基地の直掩部隊・機動予備部隊として温存されていた。消極的な作戦指導のようにも思えるかもしれないが、敵の狙いは機体か亡命者、あるいはその両方。敵の狙いがわかりきっているだけ、守りやすいといえた。
F-2Aは避難が完了した基地周辺の市街地、その一角に潜んでいる。
(ここでF-16XLのFCSが活きるとは)
第92戦術機甲連隊第21中隊前衛C小隊を率いる仕手功一中尉は、F-2Aのセンサー類が対戦術機モードになっていることを確認し、夜空を電子の瞳を通して見つめた。
帝国製94式不知火と米国製F-16系列、双方の血筋を引くF-2A。
そのアビオニクスは前述したとおり、対人戦闘を想定したF-16XLのそれが流用されている。F-2Aが備える対戦術機モードは、ステルス戦術機が跋扈する戦後で活躍するための機能として、敵機が発する赤外線を検知する高性能FLIR/IRSTを活用し、突撃砲の最大射程であればステルス機を捉えられるようになっていた。また光学的な機影捕捉能力も向上している。
放出する赤外線の低減が徹底されているF-22相手では役に立たないかもしれないが、従来機の外装をいじった程度のステルス機であれば、何ら問題はない。
「来た」
F-2Aの向日葵色のセンサーカバーが、淡く光った。
電波をまったく出さないまま飛来する複数の機影が、夜空に浮かんでいる。
(“見られている”とはまったく思わない、か)
このとき上敷香基地に急速接近していたのは、Su-27のステルス仕様機であった。同機の特徴的なブレードエッジ装甲は全て取り払われ、外装はステルス性を意識した鋭角的なものに変わっている。存在を隠すために、レーダーはおろか無線通信さえ行っていない。
しかしながら対する第21中隊側もまた、レーダーも無線も封止したまま雑居ビルの影に隠れていた。自ら電波を発することが少ないステルス機は、パッシブセンサーが充実している可能性が高い。であるから初撃を加えるまで、驚くべきことに第21中隊機はハンドサインで連絡を取り合っていた。
状況は駿河野場語名大尉機が、右主腕で保持した長刀を掲げるとともに一変する。
火線が漆黒の戦術機を捉えた。先頭2機の装甲が弾け飛び、1機は空中で爆散。もう1機は被弾の衝撃でバランスを崩し、地表に叩きつけられた。残る10機のステルス機は、不意打ちを受けたことのショックと、周囲から丸見えの高度を飛んでいるという恐怖から、反射的に降下に移る。
それが狙い目だった。
対照的に仕手功一中尉ら前衛C小隊は軽々と上昇し、上空から120mmキャニスター弾と機関砲弾を撃ちかけ、瞬く間に3機を地表に縫いとめた。
「ライター1です。部隊内データリンクを回復させてください。続けて
「ライターブラボー、了ー解っ!」
「ライターチャーリー、了解」
敵が動揺から立ち直れていない間に、F-2Aは機敏に動いた。
前衛C小隊は急降下して敵の頭を抑え、A小隊、B小隊はその側面から砲撃を開始する。
激しい十字砲火。後退しようと足を止めた1機が、突撃砲の連射を横合いから浴びて崩れ落ちる。
速度を殺せば射殺される――漆黒のSu-27は、進行方向の仕手功一中尉が率いる前衛小隊を突破するしかない。
「迎え撃て」
躊躇せずに仕手功一中尉機は左主腕の突撃砲で敵を牽制しつつ、増加装甲を掲げながら突撃する。F-2Aが保持する大盾は複合装甲であり、加えて被弾経始もついている。迎撃の36mm機関砲弾を弾き返しながら、仕手功一中尉機はそのまま敵機に吶喊した。
そのまま増加装甲で殴りかかるF-2A。
それを急制動、紙一重で躱そうとするSu-27。
「甘い」
その0.3秒後、増加装甲表面に装着されている爆発反応装甲が手動起爆した。
本来ならば取りついた戦車級を排除するための機能だが、指向性爆薬を内蔵したそれは、対戦術機戦闘において装甲片を散弾として放つ近接武器となる。ショットガンじみて放たれた鋼鉄の霰は、Su-27の胸部装甲を叩き、頭部ユニットをズタズタに破壊した。
頭部ユニットが大破したまま、脇をすり抜けていくSu-27。
それを一瞥することもなく、仕手功一中尉機は素早く突撃砲を棄て、後続機――左主腕部に近接戦闘短刀を保持したSu-27を迎え撃つ。
仕手功一中尉は膝部ナイフシースを急速展開させ、抜刀モードに移行させた。
しかし、間に合わない。
ナイフを逆手に握るSu-27の左主腕が振り上げられる。
その刃先が振り下ろされる先にあるのは、仕手功一中尉機の胸部ユニット。
それを仕手功一中尉は冷徹な瞳で見据えていた。
掲げるのは、起爆によって半壊した増加装甲。その上端を敵の左主腕に噛ませ、刃が振り下ろされるのを防ぐ。と同時に、右主腕で近接戦闘短刀を膝部から引き抜きながらの斬り上げを放ち、敵胸部ユニットを破壊していた。
「大したこと、ないですね!」
仕手功一中尉機に照準を合わせていたSu-27の肩部装甲が弾ける。虚空を舞う漆黒の装甲片。次の瞬間には腰部前面装甲が砕け、弾薬を収納する膝部ユニットが炎上し、胸部装甲を貫徹した36mm弾が炸裂。無残な姿となったステルス機は、背面へ転倒した。
が、すでにステルス機の編隊は壊滅状態に陥っていた。
◇◆◇
ステルス仕様のSu-27による攻撃が失敗してから5時間後。
日本帝国本土防衛軍北部方面隊第88戦術機甲連隊をはじめとする日本側の守備部隊は、事前に定められていた撤退ラインまで遅滞戦術を採りながら後退した。
一方、ソ連側は先制攻撃から優勢に立っていたものの、その前進は緩慢なものとなった。
それもそのはず。ソ連租借地から打って出たMiG-23MLDをはじめとする通常戦力は、あくまで陽動であり、本命の作戦が失敗した以上、彼らが南侵を継続する理由はない。また日本帝国本土防衛軍の抵抗を退けながら、上敷香基地にまで達するだけの能力もなかった。
かくして樺太庁内における戦闘は、膠着を迎えた。
「このままやられっぱなしでたまるかよ」
払暁の中、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第21中隊と第32中隊は、対戦術機部隊・機械化部隊装備に換装を終えている。
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■97.かくして少女巡る争いは収束した。
清々しいというよりは寒々しい朝。
日本帝国航空宇宙軍の偵察と反撃を回避するため、開戦後にソ連租借地外に新たに設けられた野外補給所にて、アルテナイ・プレスニヤコワ大尉は部下たちと車座となって代用茶を喫していた。その周囲ではMiG-23MLDが居並ぶ列線に向け、武器弾薬を整備兵たちが搬送している。
衛士たちは、無言である。
(……)
衛士強化装備のままアルテナイ・プレスニヤコワ大尉は空を仰いだ。
彼女は自身が直接指揮する中隊の隊員を5名失っているが、抱いているのは怒りではなく悲しみと困惑だ。抽象的、哲学的な意味ではなく、何のために戦っているのかわからない。彼女らに下された命令は最前線に対する攻撃と、指示された地点への進出であり、その背景や目的についてはまったく知らされていなかった。
(国境紛争? しかしこちらから仕掛ける理由がない……)
が、偶発的な武力衝突にしては、友軍はあまりにも計画的に動いていた。
この野外補給所の開設が、その証拠のひとつだ。それに戦術機に比較するとどうしても展開速度が遅くなる戦車部隊が、開戦時に集結を終えていたのもおかしい。
とはいえ軍事組織は、そういうものである。
……その彼らに明確な殺意が襲いかかった。
「空襲警報!」
「全員退け! 衛士は緊急発――」
「ダメだ、間に合わない!」
轟音とともに1機のMiG-23MLDの上半身が爆散した。
ガントリーと残った腰から下が嫌な音を立てながら倒壊する。
その右隣のMiG-23MLDも同様だった。胸部ユニットから火焔を噴き、爆風で宙を舞った頭部ユニットが近くの天幕を圧し潰す。パッと散った鋼鉄の破片が、周辺の地面に突き刺さって砂を舞い上げた。
「ミサイル攻撃――!?」
水平線の向こう側から姿を現した誘導弾は、画像識別誘導モードで戦術機の機影を捉え、補給中であった無防備のMiG-23MLDを薙ぎ倒していく。さらに数発が野外補給所の直上に至り、空中炸裂。爆風が装甲で守られていない車輌や人員、補給物資に多大な損害をもたらした。
「CP。こちらライター5だ。射撃には成功。戦果は――こちらからじゃ確認できない」
「ライター5。こちらCP。帰投せよ」
「CP。こちらライター5。了解した」
16発の対地ミサイルを撃ち終えた爆装機が2機、直掩機が2機。丹羽歩武中尉率いる第21中隊後衛B小隊は、32発の対地ミサイルを発射し終わるとともに、踵を返して退却を開始していた。
まさに戦術機の面目躍如、といったところだ。
ソ連側は早期警戒用として空中用レーダーを搭載した多目的輸送ヘリを樺太島内に持ちこんでいたが、文字通り地に足をつけて移動できる戦術機を察知することはできなかったらしい。
それに前後して、ソ連軍は緒戦から優位に経ったひとつの要因――電子戦機を撃墜されていた。
撃墜したのは第32中隊のラファールMADである。
――こんなものまで。
それが他でもない第32中隊の衛士たちの感想だった。
フランス海軍航空母艦『シャルル・ド・ゴール』への搭載が予定されているラファールMADの兵装としては、戦術機装備用のシュペル空対空ミサイルがある。最大速度はマッハ4以上。有効射程は高度を取りきれない戦術機から発射するため(空対空ミサイルは高い高度から発射した方が有効射程は伸びる)、かなり局限されるものの、超音速ジェット機を撃墜できるだけの能力を有している。
リヨンハイヴ攻略どころか、大陸反攻の目途さえ立っていないだろうに――というのが第32中隊の衛士たちが思うところであったが、第32中隊を率いる田所真一大尉は納得するところがあった。
(空対空ミサイルも、買い手がある)
それはたとえばアラブ諸国とイスラエル。
中華人民共和国と中華民国でもいい。
「電子攻撃が途絶えました……!」
戸惑う第92戦術機甲連隊第32中隊の面々とは対照的に、日本帝国本土防衛軍北部方面司令部は湧いていた。
「無人機の航空偵察の結果、第92戦術機甲連隊は第1次航空攻撃で物資集積所アルファを破壊、同集積所の敵戦術機を7機撃破。第2次航空攻撃で物資集積所デルタを破壊。第3次航空攻撃で主力戦車4輌を含む敵装甲車輌多数を撃破」
「よし――」
北部方面司令部からすれば、ソ連軍の動きはちぐはぐであった。
兵種間の連携がうまくとれていないのだ。境界線近辺で地対空ミサイルが戦術機を援護した程度であり、その後は戦術機甲部隊と装軌・装輪部隊、地対空ミサイルが相互に援護し合うことはほとんどなく、バラバラに攻撃を実施していた。やっていることは大胆かつ無法そのものなのだが、そのくせ事態の拡大を恐れてか、砲兵や巡航ミサイルによる攻撃は一切行っていない。
「第92戦術機甲連隊にはエアカバーに入ってもらう」
故に彼らは、勝算ありとみていた。
ソ連軍を租借地まで押し戻すべく、第88師団に命令を下す。
◇◆◇
北海道に駐屯する日本帝国本土防衛軍北部方面隊第2戦術機甲連隊やAH-1S対戦車ヘリコプターを主力とする北部方面航空隊と協同し、第88師団が逆襲をかけようとすると同時に、ソ連軍は手早くソ連租借地に向けて撤退を開始した。
すでに日ソ首脳部では話がついている。
事態不拡大。それが両者の共通方針であった。
ソ連軍は速やかに指揮系統の混乱を収め、事態の収拾を図る。
帝国軍はソ連租借地外においてのみ“自衛戦闘”を行う。
偶発的な“事故”であり、正規の指揮系統による戦闘は起こっていないというのが彼ら政治サイドの建前であり(そうでなければ国連安保理常任理事国同士が、BETAを前にして人類間戦争を起こしたという醜態を認めることになる)、故に正式な停戦発効時間等は設けられていない。
(しのぎきった――?)
空中戦闘哨戒任務に就く第21中隊の
肩部にミサイルを吊り下げるためのスタブウイングを装備したF-2Aの編隊は、対戦術機モードを起動したまま樺太の空に留まっている。
「あの女の子たち、大丈夫かな」
ライター7・虫明理七少尉は気の抜けきった声を上げた。
紛争勃発前、彼女はちらと謎の航空機から現れた少女たちを目撃していた。
ひどくおびえていた――その表情と瞳が忘れられなかったからこそ、彼女は何の躊躇もなくソ連機に対してトリガーを引けていた。
「しっかし戦術機を繰り出してまで奪い返すか、あるいは殺したかったってどんな素性なんだよ。政治家の娘か何かか?」
ライター4・オティルバト義春少尉の言葉に、駿河野場語名大尉はそれを知ることはないだろう、と思った。
あの航空機の搭乗者たちがいまも上敷香基地にいるのか、それともすでに基地の外に去ったのかさえ、教えられていない。
「なあカタリナ大尉……」
駿河野場語名大尉機から約20km離れた空中にて哨戒にあたる丹羽歩武中尉の声に、彼女は我に返った。
「ライター5、なんですか」
「……連中、こんなに簡単に諦めるか?」
「ちょ、ちょっと丹羽中尉! フラグ立てないでくださいよ!」
「フラグってなんだよ?」
彼の僚機を務める真栄城保少尉のツッコミは、どこまでも正当であったのかもしれない。
「ライター。こちらCPだ。応答せよ」
「CP。こちらライター1です。何かありましたか?」
「……データリンクを更新した、確認せよ。ソ連租借地から急上昇する複数の機体を捉えた。無人偵察機のリアルタイム映像ではMiG-31とみられる。企図するところは不明だが、警戒せよ」
(MiG-31――KGBの国境警備軍)
「こちらライター9。当機レーダーでもソ連機を捉えています。時速800km――戦闘速度です」
「ライター各機、こちらライター1。……空対空戦闘です」
駿河野場語名大尉は苦々しげに言った。
……前述したとおり、日ソの間では一連の騒動は不幸な事故という建前があり、多少のことでは交戦状態であったとは認められない。正式な停戦発効時間等は設けられてもいない。いまこの瞬間は、“グレー”である。少数の戦術機がミサイル攻撃を試みたとしても、いまはまだ指揮系統の混乱があってソ連首脳部の指示が行き届いていなかったと言い訳できる……。
「くそったれ、KGBか――対空ミサイルでも積んでんじゃねえだろうな」
オティルバト義春少尉の言は当たっていた。
「レーダー照射警報――!」
MiG-31のFCSが第21中隊前衛C小隊機を捉える。
対戦術機モードのF-2Aは自動的に敵レーダー波を解析して妨害電波を発したが、逃亡機を撃墜することを任務のひとつとしている国境警備軍のMiG-31もまた電子戦を想定してアップデートされている。
空中で発射炎が瞬いた。
「ブレイクッ!」
仕手功一中尉機をはじめとするF-2Aは主脚部からチャフとフレアを発射しながら、MiG-31からみて直角方向へ回避機動をとった。
それを追跡するのは、R-40空対空ミサイル。
国境警備軍のMiG-31の狙いは明白だ。戦爆連合による強襲。空対空装備機と空対地装備機で殴りこみをかけ、戦術機部隊の抵抗を排除しつつ、上敷香基地を空爆しようというのである。
「空中戦なんて初めてだ――!」
警報ががなり立てる管制ユニットの中で、ライター12・野原健太郎少尉は機体を加速させる。戦闘機とは違い、肉眼で周囲を確認することができない。そのため、迫るミサイルの位置がつかめない。
しかしながら、半ばパニック状態の彼とは打って変わって、F-2Aという機体は冷静であった。対戦術機モードのF-2Aは後方から迫るミサイルを捕捉し、背面ガンマウントを起動させた。展開するガンマウントは突撃砲に備えられたセンサーで飛来する弾頭を捉えると、36mm機関砲弾の弾幕を張り始めた。
「
中隊長機からの攻撃目標割当を確認したオティルバト義春少尉は、兵装選択の後にトリガーを引いた。
と同時に彼の機体が肩部に備えた純白の誘導弾が、脱落する。
ロケットが点火するとともに、瞬く間に円錐の弾体が加速――マッハ4.5にまで至り、弾頭から敵を捜索する電波を放射した。
が、この時点でさえMiG-31のミサイル警報は、まったく音を立てていない。
――試製99式空対空誘導弾。
従来のFCS、弾頭に採用されていない変調方式の電波を放ちながら迫る誘導弾に、MiG-31はまったく察知することができなかった。
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■98.スェーミナ(1)
早期警戒機や電子戦機といった国家間戦争用装備を引っ張り出したにもかかわらず、ソ連軍の大敗という形で終わった樺太島における日ソ紛争は、世界各国の軍事関係者に大きな衝撃をもたらした。
「現代の国家間戦争は、より洗練された対人・対BETA両戦装備、あるいは対人戦用装備を揃えた側が勝つ」
彼らが得た戦訓はそんなところであり、と同時にBETAの本土侵攻によって大損害を被り、未だ国内にハイヴを抱えている日本帝国でさえ国家間戦争に備えていたことに驚愕していた。
……しかしながら、米軍関係者だけは納得していた。
なにも日本帝国は朝鮮半島や西日本にBETAが捲土重来する中で、対戦術機用装備品の開発をスタートさせていたわけではない。
たとえば日本帝国が北部方面隊に優先配備した試製99式空対空誘導弾の研究がスタートしたのは1980年代だ。すでにソ連は死に体であったとはいえ、研究開発をやめるわけにはいかなかった――なぜなら“現在”必要ないからといって、20年後に必要がないかはわからないためである。
限られたリソースの中で開発される先進的軍事兵器の開発開始と完成配備には、どうしても時期的なラグが生じる。
その好例がF-22だ。
これもまた開発スタートは1980年代である。
未だBETA駆逐がかなっていないのに、というのもまた正論であるが、地球上におけるBETAとの攻防戦が終わってから国家間の武力紛争に備えた装備品開発を開始しても、それが実を結ぶのは20年後――急いでも数年から10年はかかる。
国連憲章を信じ、BETA戦のみに目を向ける正直者は、20年後に痛い目に遭うであろう。
紛争の当事国となった日本帝国は日本帝国で、国家間戦争に適した正面装備の強化を図らなければならないと痛感していた。
今回活躍した日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の戦術機は、みな揃って、電子攻撃に対する抗堪性や対装甲・対戦術機戦闘に適したFCSを備えていた。
翻って、
未だ配備数の多い77式撃震では、ハード面で対BETA戦は苦しく、搭載されているアビオニクスの面では対人戦闘も厳しい。OSの改良に伴って忘れがちになるが、77式撃震はもともと“蛙飛び”――つまり跳躍と着地しかできなかった。現在こそ長距離飛行が可能になっているが、F-2AとMiG-31の間で生起したような空戦で活躍できる戦術機ではない。
よってまず賛否両論の日米共同開発で落ち着いたXFJ計画は、より弾みがつくことになった。
再設計によって強化発展の余地を増やした94式不知火の新型。
それが登場すれば77式撃震の更新が加速するのは勿論だが、アビオニクスの強化・増設も可能となるため、対BETA戦・対人類戦双方の備えとなるに違いない。
一方で前述のとおりF-2Aのアップグレードを自社研究しているロックウィード・マーディン社は、日本帝国やユーザーとなりうる国々の歓心を得るために、F-2Aの大型化と継戦能力、長距離巡航能力の向上に努めはじめた。
他方、割を食ったのは日本帝国にステルス機――F-15SE(仮称)を提案していたボーニング社である。
今回の日ソ紛争でパッシブ・ステルス能力を有する“だけ”の戦術機は、株を落としたといっていい。
強力な電子攻撃で、あるいはシステムの隙をついて敵戦術機のデータリンクを騙すアクティブ・ステルス能力であったり、赤外線の放射量を局限した第3世代の純ステルス機であったりするならばともかく、第2世代戦術機の外装をステルス形状にしただけの戦術機は、高度なFCSを有する第3世代戦術機に対して、そこまでの優位性はない――それが日本帝国の軍関係者の評価となってしまったのである。
つまりF-15JやF-15JKをF-15SE(仮称)にアップグレードすることに、大した魅力を感じなくなっていたのである。
加えてF-15E相当のF-15JKをF-15SE(仮称)に改修すれば、逆に兵装搭載量が減少してしまう可能性があった。
そのため日本帝国の関係者の間では、F-15SE(仮称)を配備するくらいならば、特殊戦用の不知火ステルス仕様機と、多数のミサイルとF-16XLのFCSを搭載するF-2Aの配備を推進した方がよい、という結論に至りつつあった。
故に焦ったボーニング関係者は
「出来らあっ!」
と啖呵を切った。
「F-15E以上の兵装搭載量を備えたF-15SEができるって言ったんだよ!」
が、日本帝国国防省の担当者――
「ではF-15E以上の兵装搭載量を備えたF-15SEをつくっていただきます」
とだけ返した。
「え! F-15E以上の兵装搭載量を備えたF-15SEを!?」
自ら啖呵を切ったにもかかわらず、なぜか呆然とするボーニング社戦術機部門の面々であったが、吐いた唾は飲み込めない。
彼らは自らの矜持にかけて、F-15E以上の兵装搭載量を備えたF-15SE(仮称)の開発を開始した。
とはいえ作業に着手してみれば、そこまで難しいことでもないことがわかった。
大量生産されたF-15A/Cを第3世代戦術機相当にまでアップデート可能にする、というフェニックス構想の下で開発されていたF-15ACTVは完成段階にあり、そのデータを大幅に流用することが可能であったためである。
F-15ACTVは肩部ユニットと背部兵装担架にスラスターを増設しているが、このスラスターを廃せば武器弾薬の追加携行が可能だ。世界規模の需要を見越して動くボーニング社では、ちょうどこのタイプもF-15EXとして売り込もうとも考えていたのである。
そこでF-15EXの外装をF-15SE然としたものにいじればいいだけだったのだ。
◇◆◇
「よろしくおねがいします」
2001年1月――日本帝国本土防衛軍西部方面隊八代基地の食堂で、第92戦術機甲連隊の隊員たちはどよめいた。
流暢な日本語で挨拶したのは、つぶらな瞳をした少女であった。
外見からすれば“幼女”といってもいいかもしれない。
黒い瞳。緑がかった黒い髪と青白い肌。
無表情のまま、どこかきょとんと周囲を見回す彼女に対して、誰もが「かわいい」と口を揃えた。
――ソビエト連邦出身、スェーミナ。
彼女の自己紹介はそれだけ。
が、それだけで第21中隊、第32中隊の衛士たちはピンときた。
樺太庁に超巨大航空機とともにやってきた亡命者ではないか――。
実際、そのとおりである。
核決戦航空機動要塞Tu-119は日ソ紛争収束後、原子炉を搭載している関係から特別な整備が可能な環境を有する基地への移送が決定した。
が、横浜基地をはじめとする東北地方・関東地方の軍事施設への駐機は認められず(人口密集地が存在するため)、さりとて岩国基地では整備にしても解体にしても、必要な技術者と設備を揃えるのが難しいということで、ひとまず福岡空港に移動することとなった。
そして同機動要塞に搭乗してきた亡命者たちもまた、日本帝国への亡命が認められ――“横浜”が、“東京”が、と当事国である日本帝国内で様々な勢力が、彼女たちの獲得のために手を挙げたのである。
無論、“熊本”も、である。
が、そうした事情を第92戦術機甲連隊の隊員たちは知らない。
日本帝国本土防衛軍に志願してきたソ連出身の若き戦術機技術者。
それがスェーミナの表向きの肩書きである。
「……」
周囲が黄色い声を上げる中で、困惑や鋭い視線を遣る衛士もまた少数だがいた。
櫻麻衣大尉は、より敵意を滲ませていた。
殺意、といってもいいかもしれない。誰もいない暗がりでスェーミナと出くわすことがあれば、彼女はその正体を確かめないままに殺していただろう。
(硫黄の臭い――)
小型種がひしめく敵地でベイルアウトしたときに嗅いだ臭い。
ほんの僅かだが彼女からそれが、した。
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■99.スェーミナ(2)
「休憩やけん、お菓子食べ」
「……」
充実してきた第3世代戦術機の整備に天手古舞になっている整備兵たちは、戦術機と一緒にスェーミナの世話も焼くようになっていた。
しかしながら、彼らはすぐにスェーミナの異常さに気がついた。
整備兵の楽しみのひとつといえば、村中弘軍曹がサッカリンをはじめとした人工甘味料をうまく使って作ったお菓子を頬張り、ああでもないこうでもない、と感想を言い合うことである。砂糖の主成分であるスクロースの数百倍の甘さをもつサッカリンは使い難い代物だが、昨今の日本帝国では急速に浸透しつつあり、お菓子づくりを趣味とする人種はその腕を試される事態となっていた。
その中でも村中弘軍曹の腕前は群を抜いていたといっていい。
が、スェーミナは彼の作ったクッキーを食べても、特に表情を動かすことがなかった。
(お菓子――該当あり。暫定的認識)
「あら、口に合わんかった? 甘いの苦手?」
(甘い――該当あり。存在には認識ない)
「もしかして変な味やった?」
(味――該当あり。存在には認識ない)
「……怖がってる」
見かねた戦術電子整備担当の笠原まどか大尉が助け舟を出したが、スェーミナはただ無表情でクッキーをもぐもぐと咀嚼するだけであった。
……。
「小清水。貴様、あいつといたな」
八代基地のガンルームに、櫻麻衣大尉の声が響いた。
水を向けられた小清水仁中尉はへへ、と曖昧な笑みを浮かべた。
スェーミナがやって来てからというもの、彼女は常に“スイッチ”が入っていた。
「よ、よくわかりましたね。サクラ姐さん……」
「臭いでわかる」
「はぁ」
前述のとおりスェーミナに世話を焼く隊員は多い。
第11中隊の中では小清水仁中尉がその最右翼で、暇なら紙相撲やメンコの遊びに誘っているのだが、それを櫻麻衣大尉は明らかに快く思っていなかった。
「もしかしてスェーミナに妬いてます? 俺と紙相撲しますか?」
小清水仁中尉は意外にも手先が器用であり、不知火や撃震をかたどった紙の力士を作っていた。最近は写真が出回り始めた武御雷を模した力士づくりに精を出していたが、今度はSu-27に挑戦するつもりである。そうした器用さを評価され、連隊本部から広報関係の手伝いを依頼されることもあった。
「……」
櫻麻衣大尉は小清水仁中尉の冗談を一顧だにしなかった。
「スェーミナは貴様の妹ではないぞ、小清水」
「……サクラ姐さん、知ってたんすね。でも俺はあいつと死んだ妹を重ね合わせるほど女々しくないっすよ」
彼の言葉に険が混じったのを感じて、周囲は顔を見合わせた。
小清水仁中尉が引かない、というのも珍しい。
ゼノサイダ3・仙頭有美中尉がちょっと、と声を上げた。
「櫻センパイ、もしかしてスェーミナさんのこと
櫻麻衣大尉は一瞬だけ殺意を噴出させた。
「スパイ? そんなものではない。あれはBETAだ」
一同は絶句した。
「そして私はBETAが嫌いだ」
言うに事欠いて、というのが素直な感想だが、スイッチが入った状態の櫻麻衣大尉の言葉は、いつも真実に近い。
◇◆◇
スェーミナをBETAであると断じた彼女の言葉は半分真実で、半分間違っている。
スェーミナの来歴は、試験管から始まっている。
BETAの思考を読み取ることで情報戦に勝利する、あるいはBETAに対して交渉をもつためにかつてソビエト連邦はオルタネイティヴ第3計画を主導した。同計画の成功のため、ソ連当局は相手の思考に直接干渉できるESP能力者を、遺伝子操作やクローニングによって製造――そしてボパールハイヴ攻略戦においてESP能力者のハイヴ坑内突入を実現させるも、交渉は勿論、有用な情報を得ることもできず、ハイヴ攻略作戦もオルタネイティヴ第3計画も失敗した。
その後、オルタネイティヴ第3計画の遺産はオルタネイティヴ第4計画に継承されたが、一方でソ連は自国が培った生体技術を、より前線における戦闘に供することはできないかと考えた。
よって1995年、ソ連は人工ESP能力者をより強力な“対BETA生体兵器”とするためのポールナイザトミーニィ計画を発動――。
と同時に彼らはBETAを造りはじめた。
何も不思議なことではないし、突飛な話ではない。
「BETAが炭素生命体である人類に興味を示さない以上、非炭素生命体でなければBETAとのコミュニケーションは成立しないのではないか」
そのような仮説の下、日本帝国も1980年代には非炭素生命体の開発に向け、基礎研究をスタートさせていた。
同様に人工生命体によるBETAとのコミュニケーション方法の確立は、おそらく世界各国で研究されてきたことだろう。
が、ソ連研究者たちが考えたのは、非炭素生命体によるBETAへのコミュニケーションではない。
――BETAは、絶対にBETAを傷つけない。
つまり人工的にBETAを造り出すことができれば、(少なくともBETA側に対策を採られる間までは)光線級による照射は勿論のこと、敵の抵抗をまったく受けない軍事作戦を採ることが可能になる。
また非炭素生命体を造り出すよりは、BETAの人工個体を生み出す方が容易い、というのがソ連研究者の結論だった(兵士級をはじめとする個体は珪素生命体ではなく、炭素でできている)。
研究を大きく進展させるヒントとなったのは、1995年に新たに現れた「人類を再利用しているのではないか」と噂されていた兵士級である。彼らを捕獲、また従来から知られてきたBETA体内の酵素等を研究することで、“ガワ”を作り出すことはできた。
しかしながら、それだけではBETAを騙すには至らなかった。
結局、“ガワ”はBETAに似せた肉塊のようなものに過ぎず、自力で移動することができなかった。そしてそれを無人機や戦術機に搭載したとしても、BETA側はCPUに反応して攻撃してきたのである。
故にソ連は“BETA性”を人工ESP能力者に付与することに決めた。
要はBETAにこちらがBETAであることをプロジェクション能力によって認識させようというのである。
これは、うまくいった。
プロジェクション能力増幅装置自体は90年代の時点で存在していたため、これを備えた戦術機を完成させるのは苦でもなかった。
かくして彼らは後に合成種――ハイブリッドと呼ばれるBETAと人類種を掛け合わせた存在を、光線級の防空網を無効化できる手段として生み出した。
ただしスェーミナたち合成種の“擬態”には未だ限界があった。
周囲のBETAに危害を加えなければ騙しとおせるものの、こちらから攻撃を仕掛けてしまうと途端に反撃を受ける。
ソ連側はさらなる改良・成熟が必要とみて、スェーミナたち合成種を大々的に戦線投入することなく“次”に向けた実験台としていた。
これが核決戦航空機動要塞Tu-119とともにやってきた亡命者たちを、オルタネイティヴ第4計画、米国政府、大東亜連合がこぞって手に入れようと動いた理由であり、ソ連が奪還、あるいは殺害しようと一軍を動かした理由であった。
なにせ光線級を無力化、無抵抗のままにハイヴ攻略まで叶うかもしれない夢の試作兵器なのである。BETAに対する軍事的優位を得られるかもしれないだけではなく、人類国家に対する大きなプレゼンスにもなるだろう。
では、その1体であるスェーミナを、西部方面司令官が八代基地に配したのはなぜか――。
2001年1月末。
被撃破機と放棄された軍需物資の回収事業を担う重工エンタープライズは、その裏で糸を引く恭順派やCIAの指示を受け、ひそかに動き出していた。
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■100.鉄屑vs――!
西部方面司令官は、陰謀の人である。
人類勝利という目的のためならば、切り捨てるべきは切り捨てる。
BETA大戦は救える生命をすべて救って勝てるほど、優しい戦争ではない。
故に彼は重工エンタープライズの陰謀に気づかないふりをしていた。
地球人類はどこまでも愚かで、戦況が好転すればするほど悪知恵を働かせる傾向がある。
(オルタネイティヴ第4計画――ヴァルキリーズデータがあれば、10年前後ですべてのハイヴを陥とせる)
その悪知恵からオルタネイティヴ第4計画だけは守らなければならない。香月夕呼の下で対BETA諜報が成功すれば、人類は地球上に存在する全ハイヴの地下構造を入手することができる。戦術機部隊をはじめとする通常兵器による全ハイヴ攻略が、現実のものとなる。
が、オルタネイティヴ第4計画には(現時点では彼しか知らない)問題点もある。
それは同計画がBETA由来の技術に依存する以上、人類とBETAの諜報が双方向で行われてしまうことだ。人類は全ハイヴの構造情報を手に入れるが、一方のBETA側も人類側の情報を入手している。それが土壇場で、オルタネイティヴ第4計画の失敗と第5計画への移行を招くことになるのだが……ここでは関係がない。
(第4計画だけは何としても――)
西部方面司令官は日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊に、決戦部隊としての役割と、もうひとつの役割をもたせている。
前述のとおり、それは囮だ。
最強の呼び声高い第92戦術機甲連隊に、Б型欺瞞ユニットの生体部品を廻すことで、オルタネイティヴ第4計画や、最終決戦に向けて準備を進める種子島基地を攻撃する可能性がある勢力を引きずり出し、ここで叩き潰したいのである。
だからこそ西部方面司令官は、西部方面司令部以下に何の警告もしていない。
恭順派やCIAとつながりがある重工エンタープライズは、八代基地に保管されている旧式機の回収作業を装い、襲撃部隊を送りこんでくるはずだ。
大戦果を挙げてきた第92戦術機甲連隊は、いまや一前線部隊ではなく“戦術機の可能性”を示す存在にまでなっており、世界から注目されている。米軍需企業の戦術機関連部門はこれに励まされ、水面下で反第5計画のロビー活動を展開――他方のオルタネイティヴ第5計画推進派からすれば、第4計画以上に面白くない事態が続いている。
また純粋なる恭順派の人間からすれば、何があっても合成種を手中に収めたいはず。仮に人類をBETA化することができれば、
米国政府は積極的に関与するつもりはないだろう。が、重工エンタープライズの行動を掣肘することもないはずだ。うまく立ち回れば自身の手を汚さず、棚からぼた餅、合成種を取り上げることができる。
米国の一部――具体的にはCIA――が対日工作用に操る重工エンタープライズが、ここで動かない理由がない。
が、こちらが事前に対策を練ってしまえば、連中はそれを警戒するだろう。
(最悪なのは、最終決戦の生起直前に足元をすくわれることだ)
敵を炙り出すために虎の子を危険に晒すなど、最悪のリスク管理だといえる。
しかし、綱渡りなのはいまに始まったことではない。
そして最終的に行き着くオリジナルハイヴでの決戦、その一戦の勝敗で人類の未来が決するなど馬鹿げている――のだが他にしようがなかった。
◇◆◇
「すいません、重工エンタープライズでーす」
八代基地の警備兵たちは、大型輸送車輌から成る車列を検めた。
彼らは運転手がもつ運転免許証と来訪者用登録番号を調べ、正規のものであることを確認するとともに、担当幹部にも確認をとった。重工エンタープライズ西日本支社による予備機――殲撃八型やF-8Eクルセーダー、F-4EJ改――の回収は予定されているとおりであった。
気になる点といえば後続の3輌の輸送車輌に1機ずつ77式撃震が積まれていることだったが、直前にも回収先があったのだ、と言われればそれまでだった。実際、塗装は剥げているし、装甲板はところどころ抉れている明らかな“鉄屑”であった。
「ご苦労様です――」
スタッフを乗せた先頭のバン、その運転手はブレーキから足をどけようとする。
「待てッ!」
その1秒前に64式小銃を担いだ警備兵、今田佳輔上等兵はあることに気づき、大声で周囲の気を惹いた。
「おい? 突撃砲!?」
最後尾の輸送車輌には87式突撃砲が6門も積まれていた。1機2門の割り当てと考えれば、ちょうど3輌の輸送車輌に積まれている77式撃震の武装になる。さらにその下にはシートに覆われた形で歩兵用の携帯型重火器があった。
「なぜ未使用の対戦車ロケットがある……!」
今田佳輔上等兵たち警備兵が64式小銃の銃口を車列に向けるのと、輸送車輌のシートを巨大な鋼鉄の腕が破るのはほぼ同時であった。
……。
「これで廃用かもしれないとはいえ、気を抜くなー」
「半端な仕事されてると思ったら恥だぞ」
八代基地の外れにある予備機用格納庫では、予備機体として残っていた4機の殲撃八型が、第92戦術機甲連隊側の最後の整備を受けていた。もう再利用はされないだろうが、杜撰な整備をしているとは思われたくない。そんな美意識が、整備兵たちを動かしていた。
(そして代わりに配備されるのは我が党の新鋭、J-20試作機だ――)
開発関係者には不眠不休で開発を推し進めてもらったことで、1個中隊分のJ-20は完成。これにより統一中華戦線中国共産党閥は、FC-1に続く第92戦術機甲連隊の“席”を確保できた。
噂では台湾閥も何かを仕掛けようとしているらしかったが、顔面に火傷の痕が残る元・衛士の夏露は実際に乗ってみたことで、J-20の性能に自信をもっていた。
開放された予備機用格納庫からそう遠くないところで、衛士強化装備を纏った櫻麻衣大尉と、鵜沢心菜中尉がパイプ椅子に座って殲撃八型の整備完了を待っていた。必要であれば彼女たちが殲撃八型に搭乗し、輸送車輌に機体を収めることとなっていた。
「あのー櫻大尉。大人げないですよ」
「何の話だ」
冷徹な声色に、鵜沢心菜中尉は震えながらも言葉を続けた。
「BETAが嫌いって話です」
「何が大人げない」
「仮にスェーミナさんがBETAだったとしても、私たちが知っているBETAとは全然違いますよね」
「……」
「兵士級とか闘士級みたいなバケモノと、スェーミナさんを一緒にするのが大人げないって言いたいんです」
鵜沢心菜中尉はスイッチが入っている櫻麻衣大尉に、議論を吹っかけたことなどほとんどない。それほどまでに彼女は恐ろしいのだ。しかしながら、だからこそ、彼女は櫻麻衣大尉に対して、スェーミナと、スェーミナと交流をもつ小清水仁中尉を援護してやらねばならない。
櫻麻衣大尉なら、何事か理由をつけてスェーミナを殺しかねない。
「私の知人友人を幾度となく殺してきたBETAと、スェーミナが別物であることは理解している」
櫻麻衣大尉は溜息をついた。
「頭ではな」
だが無理なのだ。
生理的に受け容れられない。
あれが微かにまとわりつかせている硫黄臭を嗅ぐと、忌々しい記憶がリフレインする。目の前のココ中尉がそうだ。小清水もまた同様だった。幾度となくBETAによって殺害されている。
「スェーミナの存在に、耐えられない」
「……」
「スェーミナは人間の皮を被った兵士級を連想させる」
「いっ、異常ですよ。それは」
「そうだろう」
ゴキブリと同じだ。
一部の人間にとって良いゴキブリとは、目の前に現れないゴキブリだけ。実際のところ彼女からすれば、ゴキブリよりも性質が悪い。ゴキブリの群れが、人間の皮を被って蠢いているようなものだった。
「だが私にも自制心はある。……他のBETAのように殺しはしないつもりだ。たぶんな」
たぶん、というのは迫りくる狂気に囚われたとき、自身がどんな行動をとるかわからないからだった。
「その言葉聞いて、安心しましたよ……」
鵜沢心菜中尉が立ち上がって安堵の息を吐いたのと、銃声が響いたのはほぼ同時だった。
「は?」
呆ける彼女とは対照的に、櫻麻衣大尉は彼女を素早く押し倒し、地に伏せた。
「64式だ。1発、2発じゃない。
何かあったぞ、と櫻麻衣大尉は銃弾が飛んでこないことを確認すると、姿勢を低くしながら走り始めた。
「ついてこい。ノラキャットで出る」
十中八九、何者かの襲撃、と彼女はあたりをつけていた。
となれば衛士にできることは戦術機を駆ることだけだ。
櫻麻衣大尉と鵜沢心菜中尉は第1大隊用のハンガーへ走った。
……。
「こちらバッタ、こちらバッタッ――営門にて20名以上のゲリコマと交戦! 繰り返す、営門にて20名以上のゲリコマと交戦中!」
詰所に複数個の手榴弾が投げこまれ、有線が使えなくなった警備兵たちは携帯する無線を使用したが、妨害電波が飛んでいるらしく、無線は使いものにならなかった。今田佳輔上等兵は花壇に身を隠し、大型輸送車輌に同乗する男たちとの銃撃戦に移っていたが、賊を乗せた最先頭、先頭2輌目のバンの強行突破を許してしまっている。
さらに今田佳輔上等兵ら警備兵の目の前で、巨躯が起き上がった。
「くそったれ、この産廃がッ!」
77式撃震は最後尾の輸送車輌から突撃砲を持ち上げると空中へ試射し、64式小銃の銃撃を無視して短噴射――そして一気に駐機場に突進した。
「
「ダメだ、牟田さん! 戻れ!」
駐機場に立ち並ぶ第12中隊のFC-1閃電へ走ろうとしたイツマデ4・牟田美紀少尉は、僚機を務める村野欣也少尉に羽交い絞めにされ、同じくイツマデ5・本瓦太介中尉に引きずられていった。
次の瞬間、FC-1は36mm機関砲弾の連射を浴び、また1機、また1機と被弾炎上。炎を噴きながら背中から倒壊していった。
その残骸の上を120mm焼夷徹甲榴弾が通過、第1大隊用格納庫の壁面を貫徹し、内部で炸裂した。
「裏から逃げて」
第1大隊用格納庫に居合わせた隊員の中で、最も階級の高い戦術電子整備担当の笠原まどか大尉は、左右に命令を下した。
壁際に配置されたF-14Nが爆風に煽られて転倒。その隣のF-14Nは細かい破片を浴び、装甲板の表面に無数の傷をつけていた。続けて2発目の120mm焼夷徹甲榴弾が、そのF-14Nの右主腕を貫いて炸裂、二の腕が吹き飛んで反対側に直立しているMiG-29SEKに叩きつけられた。
整備兵たちが退避した数分後、1機の77式撃震は空中から第1大隊用格納庫を突撃砲で掃射し、第11中隊・第12中隊・第13中隊機を完全に破壊した。
「くそったれ、制圧砲撃で何もできんッ!」
隊舎周辺では警備兵と工作員の銃撃戦が始まる中、77式撃震は第2大隊用格納庫に砲撃を開始。
1機の撃震が飛び上がり、第2大隊用格納庫の天蓋に向けて突撃砲を指向した。
引かれるトリガー。
空中を奔る火線。
「え?」
77式撃震を操る賊は、連続する衝撃と破砕音に襲われた。
その数秒後、跳躍ユニットに機関砲弾が直撃した撃震は火達磨になり、火焔と黒煙を噴きながら基地敷地外の荒野へ叩きつけられていた。
「クロス1ッ、クロス3がやられた!」
「敵の稼働機――!?」
基地防空用の機関銃座を破壊して回っていた2機の77式撃震は、予備機用格納庫に頭部ユニットを向けた。
「これから」
そこには赤い複眼を輝かせた戦術機が、突撃砲と青龍刀じみた77式近接戦用長刀を構えている。
77式撃震が突撃砲を指向したときには、すでに赤い残光を曳きながら機影は跳んでいた。
跳びながら3点バースト射撃で、77式撃震が突撃砲を保持する右主腕を破壊している。
「貴様らを粛清する」
着地とともに、再び夏露が駆る殲撃八型は地を蹴った。
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■101.――鉄屑!
◇◆◇
記憶違いであったら申し訳ないのですが桜花作戦の前に00ユニットは地球上の全ハイヴの構造情報を入手していたと思います。
(そのためA-01およびA-04はオリジナルハイヴの構造を知った状態で桜花作戦に臨むことができた)
つまり桜花作戦の失敗によってオルタネイティヴ5が発動する確率時空であっても一部の人間はオルタネイティヴ4の有用性を知っていてもおかしくないかな、と。
また本話ですが握力300kgを超えるサイバネ野郎がいるのは公式設定なので……お目こぼしいただければ幸いです。
◇◆◇
「中華製のオンボロがッ!」
クロス2・77式撃震を駆るマイク・C・マッコーリンの目の前で、殲撃八型は炎上しながらも崩落せずに形を保っている第1大隊用格納庫を盾として、突撃砲の直射を防いだ。そうして無数の弾痕が残るその壁の向こう側から、殲撃八型は120mm弾を曲射で撃ちかける。
空中で炸裂し、破片をばら撒く120mm弾。
命中するはずがないが、それでも2機の撃震は動かざるをえない。
「クロス2、冷静になれ。すぐに増援が――」
静から動へ。
殲撃八型はサーフェイシングで第1大隊用格納庫から倉庫の合間を翔け、突撃砲を連射しながら――突如として跳躍する。空中で身を捩らせながら、赤い複眼が奔る。遅れてトップヘビーの77式近接戦用長刀、その刀身が棒立ちの77式撃震に迫っていた。
「国が違うとはいえ、先達として後輩に格好悪いところは見せられん」
元・衛士の夏露は、77式近接戦用長刀で以て77式撃震の右主腕を叩き斬りながら着地し、同時にもう片腕で保持する突撃砲の砲口を無防備な鋼鉄の脇腹に突きつけていた。
「クロス1ッ!」
鈍色の破片が散り、火焔が噴き上がる。
マイク・C・マッコーリンが突撃砲の砲口を指向したときには、すでに殲撃八型は後方へ短噴射で退いている。
その着地点へ彼はフルオートで砲撃を叩きこんだ。
鋼鉄のシャワー。36mm機関砲弾は殲撃八型の肩部装甲を穿ち、装甲を支える副腕を貫徹し、頭部ユニットの装甲板が弾ける。左主腕のナイフシースが粉砕され、納められていた短刀の刀身と弾丸が激突した。
……しかしながら、肝心の胸部ユニットは無傷であった。
夏露は長刀を棄てながら左主腕で戦術機の弱点のひとつ、胸部ユニットを守っていたのである。その格好で無傷の右主腕――その先にある突撃砲の砲口を突き出し、77式撃震にフルオート射撃。
「鉄屑め」
77式撃震は跳躍し、36mm機関砲弾を躱す。
頭部装甲が破砕され、赤色のセンサー類が露わとなった殲撃八型はその機影を捕捉し続けていた。
夏露は特に大したことを考えていない。ただ彼女は政治委員であると同時に、生粋の前線衛士であり、前線衛士というのはこうした陰謀や暗闘が大の嫌いなのだ。そして多少なりとも関係がある衛士たちが、無抵抗のままやられるさまを黙ってみていられるほど大人しくはない。
「いまだ」
この間、第92戦術機甲連隊の衛士たちは動き出している。
賊の戦術機がたった3機のみという保証はない。
幸運なことに第3大隊用格納庫、予備機用格納庫はまったくの無傷である。
「衛士どもを止めろッ!」
それに気づいた数名の賊が、手近な衛士たちに銃口を向ける。
「
「ラビット1。プリズナー3、了解した」
次の瞬間、その衛士の中から十六良世少尉が突出した。
投げ棄てられたサングラスの下から現れた鈍色の瞳が、短機関銃の銃口を睨む。
発射される銃弾。その中でも5発の弾丸が、彼女に直撃していた。
が、彼女は止まらない。5発のうち4発は人工培養された疑似生体の皮膚を貫いていたが、その下の強化フレームで停止している。1発だけは致命的なダメージを及ぼすことが予想できたため、左拳で防いで逸らしていた。
「こいつ、サイブ――」
衛士と最も距離が近かった男は、複合材が入っている膝の一撃で腰盤を破壊されていた。
慌てて銃口を向け直す賊とは対照的に、苦悶する男の襟を掴んで肉の盾とした彼女は冷静に右手で自動拳銃を抜いた。彼女の鈍色のセンサーと、右掌は完全に同期している。
乾いた2発の銃声が鳴り響き、ふたりの男が顔面を破壊されて倒れた。
「機械野郎だろうが関係ねえ」
残るひとりの賊は破片手榴弾を投擲しようとしていたが、その手首は飛来した7.62mm小銃弾によって切断された。
激痛とともに悲鳴を上げ、彼は数秒後の未来を認めてまた悲鳴を上げた。掌からこぼれた破片手榴弾は彼の足下に転がっていた。足で払いのけようとした瞬間、それは炸裂して無数の破片で彼の全身をズタズタに引き裂いた。
「さすがですね」
瓦礫の山、その脇。
奪った小銃で敵の手首を狙撃してみせた第11中隊の
が、彼はつまらなさそうに言った。
「10km先の光線級の方が厄介だろ」
「……そんなものですか」
「集中すりゃなんとでもなる」
そのふたりの会話はけたたましい銃声に掻き消されていく。
軋む無限軌道。12.7mm重機関銃と7.62mm機関銃を連射しながら、隊舎目掛けて突進してきたのは60式装甲車である。衛士の救出から後方警備にまで活躍する箱型のAPCは、隊舎に押し入ろうとしていた数名の工作員を機関銃弾の嵐で切断してしまった。
(バッタの意地、見せてやる)
満身創痍の殲撃八型に対して、2門の突撃砲を操って火力で優る77式撃震。
前者は跳びまわって回避に徹しており、一方の後者は足を止めて連続射撃に夢中になっている。
だからこそ瓦礫の中を走りまわる人影に、77式撃震を操る賊は気づかなかった。
(そのまま動くなよ)
戦術機に比べれば、吹けば飛ぶような生身の兵隊たち。
が、彼らはこのとき賊の車輌から奪った使い捨て型の対戦車ロケットと、警備部隊の意地を持ち合わせていた。
77式撃震の背後に忍び寄った彼らは、その砲口を持ち上げる。
重量3kgもない簡便な対戦車火器。弾頭もまた66mmのそれに過ぎない。
が、戦術機を殺すには十分すぎる。
「なに」
警備兵たちがトリガーを引いた瞬間、77式撃震を操るマイク・C・マッコーリンは、警報を耳にした。
そして1秒もせず、彼は尻を蹴り上げられるような衝撃に襲われる。
3発の内、2発の66mmロケット弾は腰部ユニットに命中。
そして最後の1発は、戦術機の泣きどころ、跳躍装置に直撃していた。
「馬鹿な」
ぐらりとバランスを崩した77式撃震は次の瞬間、跳躍装置の爆発とともに前のめりに倒れ伏し、爆炎を噴き始めた。
よっしゃあ、という警備兵の叫びとともに鋼鉄の巨兵が断末魔を上げる。大爆発。千切れた腰部ユニットの装甲板と、背部兵装担架が炎を曳きながら宙を舞い、喜び浮かれる警備兵たちを驚かせた。
「クロス1、こちらソーン1。作戦の進捗状況を報せ。繰り返す。クロス1、こちらソーン1。作戦の進捗状況を報せ」
20分後、十数機の戦術歩行戦闘機が国道443号線直上を翔けながら、八代基地に向かっていた。
再生した82式瑞鶴や89式陽炎から成る“本隊”である。
機体回収に偽装した工作部隊で八代基地の基地機能を麻痺させた後、宮崎県を発した戦術機部隊、洋上から上陸する機械化装甲歩兵・強化装備の歩兵部隊が八代基地を占領する。
それが重工エンタープライズの作戦であった。
(この作戦が成功すれば、戦争は終わる――)
作戦に参加する元・衛士の賊たちは、本気でそう思っていた。合成種を奪取すれば、人類救済の道が拓ける。洗脳された一部の狂信者に至っては、人類は神の御使いであるBETAになれるのだと信じこんでいた。
――全人類BETA化構想。
確かに全人類が合成種となれば、BETA大戦は終わる。
が、真っ当な人間ならば、誰もがわかるだろう。
それはBETAとの共存ではない。BETAからお目こぼしをもらって生き延びていくにすぎない。奴隷に近しい存在だ。BETAに使役されることはないが、BETAの勢力圏となった地球で文明を再建することなど許されない――作ったそばからBETAに破壊されるだけだ。合成種になったところで、待っているのは急激な衰退と緩やかな絶滅の道である。
「ソーン1、こちらリンボー1だ。黒煙を認めている」
「成程、作戦はうまくいっているようだな」
「おそらくこちらの妨害電ん」
無警戒に先行していた4機の89式陽炎が、空中で爆散した。
「リンボー小隊が」
「高度を落とせえ――!」
無人のままの八代市街から放たれた火網が、瞬く間に空中の戦術機たちを捉えた。叩きつけられる36mm焼夷徹甲榴弾。その弾速は、通常の突撃砲よりも遥かに優速だ。破壊力も速度も、戦術機を屠るには十分すぎた。
反転降下しようとした82式瑞鶴が、空中で弾けた。純白の装甲板がみるみるうちに引き剥がされ、フレームが砕ける。生まれた無数の風穴から火が噴き出て、無残な残骸は荒れ果てた田畑に叩きつけられた。
その上方にいた89式陽炎は右主腕と右主脚を吹き飛ばされた挙句、機体をスピンさせながら墜落し、派手に爆発炎上する。
「レーダーに反応なしッ!」
「モードを切り替えろ! 発砲炎の赤外線を捉えるんだ!」
「ソーン1。こちらは92TSFR 33中隊“ファイアラビッツ”だ」
「なに……」
舐めた真似を、と賊たちは歯噛みした。空中から遮蔽物のある市街地に降り立つことができた戦術機は、わずか7機。ろくに反撃もできぬまま、戦力は半減していた。
「第33中隊といえばA-10だ。勝ち目は十分にある」
隊を率いるカナダ系のフィン・B・ロビンソンはそう左右を鼓舞したが、同時に彼らを誤解させた。
A-10が備えるGAU-8は長大な砲身を誇るため、突撃砲より威力も高く、射程も長い。だからこそ遮蔽物の多い市街地に入ってさえしまえば、その相手方のメリットを潰せる。そう考え、彼らは八代市街へ吶喊した。
その市街地で彼らを待っていたのは、伏撃であった。
「こいつ、どこから――!」
最小の部類に入る北欧製戦術機JAS-39CBが、無慈悲なクロスファイアを浴びせる。
やむをえず上方へ逃れようとした89式陽炎の御者は、空中に漆黒の機影を見た。
「A-10……じゃない」
A-10NTは89式陽炎が放つレーダー波をデタラメな方向へ乱反射させながら、両肩部のGAU-8アヴェンジャーの砲身を高速回転させた。
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■102. J-20黑长直
J-20秋山澪(没)
他人の不幸を笑う者はいずれ総好かんとなるのだが、第92戦術機甲連隊が被った損害は、世界各国の戦術機関連企業の
八代基地では日本帝国本土防衛軍西部方面隊第5工兵師団が中心となって、残骸や瓦礫の撤去作業と復旧作業が始まっていた。
(……)
破壊されたFC-1の頭部ユニットが吊り上げられ、大型輸送車輌の荷台に移される。
「帰依仏竟帰依法竟帰依僧竟――」
その様子を見守っていた第12中隊前衛B小隊の小隊長、本瓦太介中尉は合掌して
決して戦術機に対して唱えるものではない。
しかしながら寺生まれの彼が、ただの機械とは思えない自らの愛機に対し、最後に出来ることといえば、読経しかなかった。
「……」
元・衛士の夏露は、複雑な心境でただ立ち尽くしている。
彼女もまた頭部装甲を失い、全身に無数の弾痕を残した殲撃八型を見送った。
その鋼鉄の古参を乗せた大型輸送車輌と入れ違いに、新造機を積載した輸送車輌が八代基地に進入してきた。
(あとは任せたぞ、後輩の諸君――)
感傷を捨てた政治委員は車輌を誘導する隊員に走り寄った。
「J-20」
その2時間後。戦術電子整備担当幹部の笠原まどか大尉は、予備機用格納庫に直立する漆黒の戦術歩行戦闘機と正対していた。
彼女が知る限りその外見に最も近い他の戦術機は、現在開発が続いているF-35である。ただし軽量・小型を是とするF-35に比較すると、J-20の外観はかなりマッシブにみえる。それはより多くの弾薬と推進剤を収めるために、腰部装甲、主脚装甲が大型のものになっているためであった。
中華製戦術機のトレードマークとなった頭部装甲は健在である。
紡錘形の頭部ユニットには深紅の複眼が輝いていた。
それだけではなく胸部ユニット、膝部装甲の合間にも複数のセンサーが光っている。大陸反攻に伴う地上戦、ハイヴ攻略戦を見据え、戦車級に対するルックダウン能力を重視したためであろう。笠原まどか大尉が確認したところ、F-2Aと同様にFCSには複数のモードが用意されており、対戦術機戦においても高い戦闘力が発揮できるようになっている。
「網膜に投影される情報って、もしかしなくても中国語ですよね?」
しかしながらJ-20の性能よりも整備兵たちの頭を悩ませたのは、あらゆる情報を網膜に投影するシステムから、整備用マニュアルまですべてに中国語が採用されていることだった。
原型機がF-4である殲撃八型や、輸出用戦術機として完成したFC-1は言語設定・多言語対応が可能だったが、中国共産党が自陣営の切り札として開発を進めていたJ-20にはそれがない。
(
笠原まどか大尉は無言のまま作業に移っていた。
不平のひとつも漏らさない。もとから寡黙なのもあるが、ここが後方支援を担う人間の踏ん張りどころだと自負しているからにほかならない。
(たぶん、決戦は近い)
それに万全の戦術機を間に合わせることこそが、自身の戦争だと彼女は理解していた。
そこから離れた第92戦術機甲連隊本部では、ひとりの人間が頭を下げていた。
東敬一大佐ら連隊本部の人間は緑がかった黒い髪をただ見つめるだけである。
何を言ってやるべきか、わからなかった。
「ごめんなさい」
スェーミナは流暢な日本語で、頭を下げたままそう言った。
「……」
「ありがとうございました」
彼女は無表情のまま、涙がこぼれるにまかせている。
「……」
説明の言葉は、不要である。
連隊本部のスタッフたちは彼女が言いたいことを理解していた。
最初に口を開いたのは、連隊副官・立沢健太郎中佐である。
「いや、そんな……気にすることはない」
しかしながら、スェーミナは沈黙したまま頭を下げていた。
(気にすることはない――該当あり。存在は不受理する)
(存在は燃焼エネルギーによって障害を排除することも高速で大気圏内を飛翔することもできないため存在は92TSFRとの比較において極めて劣弱な存在)
(存在は自衛もできないまま存在することによって92TSFRに甚大なる損害をもたらした)
(存在は謝罪をする。存在は懲罰を求める。存在は――)
「スェーミナさん」
ぽん、とスェーミナの肩に温かい左掌が乗った。
たまたま居合わせた満田華伍長の左掌である。
「なんですか」
「本当に気にすることはないですよ」
「そんざいは……」
「謝罪禁止。感謝禁止、です」
「……?」
スェーミナは微かな戸惑いを表に出しながら、満田華伍長の表情を確認するために顔を上げた。
「そんざいは……」
「謝る必要はない」
東敬一大佐は優しく言った。
「これが我々の仕事だ」
(我々の仕事――該当あり。存在は92TSFRの任務を障害の排除と認識。92TSFRの任務に存在の保護は……)
混乱するスェーミナに対して、東敬一大佐は力強く言った。
「君たちのような子どもを守るのが、我々の仕事だ」
「……?」
(存在は92TSFRの任務は障害の排除に加えて存在の保護と暫定的認識。存在の保護は存在の価値に対する燃焼エネルギーの使用量から不合理と認識)
「だから謝罪も、感謝も必要ない」
「……?」
スェーミナは最後まで東敬一大佐の言葉を理解できずにいた。
◇◆◇
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊への00式武御雷配備スケジュールは、大幅に遅延している。本来ならば2000年内には配備が始まっているはずであったが、未だに1機も引き渡されていなかった。その理由は、西部方面司令官が容赦ない改修を要求したためである。
(武御雷は強力な戦術機だ――)
だからこそ、短命で終わらせるには惜しい。
西部方面司令官はこの機会に武御雷を最終決戦前後で華々しく活躍して“終わる”戦術機ではなく、新たな世界を守護する剣にまで昇華させたいと思っていた。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊に配備される予定だったのは、本来は“白”のA型であった。“白”といえば一般武家出身者の搭乗機であるが、一般的には高機動型と呼ばれており、その性能は94式不知火を大幅に凌駕している。なにせ“黒”の武御雷でさえ、94式不知火の最大出力を2、3割上回っており、主腕部、主脚部の耐久度も5割増しなのだ。
しかしながら武御雷には新造コスト以外にも、問題点がある。
それは国内運用と熟練の整備部隊の存在が大前提としてある、ということだった。
もともと外征が考えられていない帝国斯衛軍であるため、82式瑞鶴も同様だったが、武御雷は輪にかけて整備性が悪い。このままでは決戦勝利後の世界に、武御雷の居場所はないだろう。もしかすると輸出も見据えた動きが出てくるかもしれないが、第92戦術機甲連隊の活躍で、世界各国の戦術機開発は加速している。海外に武御雷の“席”はない。
故に、である。
戦後もまた見据えていかねばならない西部方面司令官は、より量産兵器然とした武御雷のバリエーションを求めるに至った。
「収納式の固定型00式近接戦用短刀は腕の延長線上にある手首だけでいい。肘の短刀は使いづらい。整備性を悪化させているだけだ」
「主脚部のセンサーはルックダウン能力の担保のために残すとしても、腰部のセンサーは肩部センサーと役割が被っている。腰部センサーは不要だ」
「センサーマストから爪先まで加工に手間がかかるブレードエッジにする必要はない。蹴るわけでもあるまいし、小型種なら踏み潰せばいいだけだろう。センサーマスト、腰部装甲、足趾、踵のブレードは廃するべきだ」
遠慮のない指摘に武御雷の開発関係者は激昂したが、結局彼らは武御雷の改修作業を実施していた。
それもこれも、西部方面司令官に国防省関係者が同調したためである。
先の一件で城内省は国防省に対して、頭が上がらなくなっている。
かくして00式武御雷は、21世紀を守るための新たな剣に打ち直された。
「オリジナルの武御雷が一一型だとすれば、こいつは武御雷二一型ですわ」
不満を隠しもしない武御雷に携わった関係者だが、徹底的な外装機能のオミットによってコストと整備性の問題は幾分か改善され、第92戦術機甲連隊への配備が決まった。
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■103.武御雷二一型
◇◆◇
ネタばらしをしますが西部方面司令官は12.5事件が白銀武の精神に影響を及ぼすことを知らず「CIAの尻尾を掴むと同時に、帝国と殿下の在るべき姿を取り戻すためとはいえ」と戦力を無為に失うクーデターを苦々しく思っているクチです(そもそも彼はタケルちゃんが勝敗を決することを知らない)。
12.5事件がないとタケルちゃんが最後に撃てない可能性がなくはないですが(撃てなくても冥夜が見せた「女の覚悟」に応えてみせた純夏がコントロールを乗っ取って撃つのでは……)そちらはなんとかするつもりです。
また原作キャラクターの活躍がなくなり、本来ならば戦死するキャラクターが生存する可能性がございます。
ご了承ください。
◇◆◇
「武御雷……!」
武御雷二一型を迎えた八代基地は若手の衛士を中心に沸いていた。
「初めて見た」
「俺も。ペーパークラフトでしか見たことないわ」
施されている鈍色の塗装は、まさしく帝国軍の所属であることを表している。
支援車輌に支えられる形で武御雷が駐機場に起った瞬間、歓声が上がる。
前述のとおり斯衛軍に配備されている武御雷とは、細部を異にしている。烏帽子を連想させるセンサーマストは一回り小さい。それはブレードエッジ装甲で
それでも武御雷は武御雷。
死地における密集戦闘に長けた極めて強力な戦術機である。
故にこの武御雷二一型、日本帝国本土防衛軍西部方面隊への供給数は20機に満たなかった。
――年内に佐渡島ハイヴを攻略しなければ、本州は滅びる。
現在、帝国軍参謀本部は甲21号目標攻略作戦を計画中であり、そうした事情から武御雷二一型は日本帝国本土防衛軍東部方面隊へ優先的に配備されることとなった。武御雷の改良型を巡って珍しく国防省が一致団結して西部方面司令官を援護したのは、佐渡島における決戦に1機でも多くの最精鋭機を欲したからであった。
「武御雷配備が進めば、東亜反攻は成る」
市ヶ谷の喫煙室に大伴忠範中佐の愉快そうな声が響いた。
国粋主義者のみならず、帝国軍参謀本部の見解は一致していた。
国連、大東亜連合、米国。様々な陣営に振り回されたことで、遅延に遅延を重ねる結果となった明星作戦と同様の轍を踏むわけにはいかない。もちろん国際的な取り決めで一国家によるハイヴ攻略作戦は禁止されているが、甲21号目標攻略作戦において主導権を握るには、他陣営に「やろうと思えば日本帝国は単独でもハイヴを攻略できるのだぞ」と啖呵が切れるほどの戦力を揃える必要があろう。
「巌谷が推進する94式不知火の新型は間に合わん。ようやく現地の開発責任者が決まった
国粋主義者で知られる大伴中佐は鼻で笑い、紫煙を吐いた。
が、その横顔に微妙な感情が入り混じっていることに、土田大輔中佐は気づき、口の端を歪めた。
代わりに大伴中佐が嫌う西部方面司令官が推す戦術機が、東日本の戦術機甲部隊を充足し、それどころかF-4J撃震をハイヴ攻略作戦に投じられるであろう前線部隊から駆逐し始めている。
従来、77式撃震・89式陽炎・94式不知火の3機種体制でやってきた野戦部隊は、冬には94式不知火・00式星青(F-2A)の2機種体制にできる予定であった。F-2Aは外観こそF-16Cであるが、内部構造等のパーツの多くは94式不知火のそれであるため、後方支援の負担は多少軽減されるはずだった。
これから配備が本格的に始まる武御雷二一型については、年末まで待ったとしてもまとまった数にはならない。
であるから帝国軍参謀本部は冬までに新造される武御雷二一型を、陽動や前線の押し上げ、│門《ゲート》の確保を担う野戦部隊ではなく、ハイヴ坑内の制圧や反応炉破壊を支援する決戦部隊に供すると決めていた。
また旧ゼネラルダイノミクス社の担当者からは、西部方面司令官を通して、夏にはF-2A星青の発展改良型を供給できると連絡を受けていた。ただしこの改良型F-2Aについてはあくまでも戦術歩行火力支援戦闘機であり、地上での面制圧や長距離砲撃戦に長けた機体であるため、決戦部隊には配備されない。代わりに渡洋攻撃の際には92式自律多目的誘導弾システムで殴りこみをかけ、A-6Jから成る帝国海兵隊を援護、橋頭堡を盤石なものにするという重要な任務を任されることになるだろう。
予定されている佐渡島ハイヴ攻略作戦の陣容をみれば、第2.5世代・第3世代戦術機が占めている。
砲弾や燃料といった軍需物資の確保も、予想以上にうまくいっていた。
この半数近くは、西部方面司令官が直接的・間接的に捻りだしたものだといっていい。九州地方で戦禍に見舞われることがなかった大分県、宮崎県、鹿児島県の軍需工場が全力で砲弾と燃料を供給している。加えて98年時に九州地方、南西諸島に居合わせた船舶、航空機、種子島の再突入艇が、西部方面司令官と結託した帝国情報省・帝国外務省が海外――その大部分はAUの後方国家製――で買いつけた軍需物資を輸送していた。
一方で民需物資も続々と関東地方以西に輸入されており、避難民が収容されている施設の事情はかなり改善されている。
「西部方面司令官様様、だ。閣下がいて助かったな」
土田大輔中佐の言葉に、大伴中佐はむっとした表情になったが、彼をしてもそれは否定できない。
「……国賊め。多少の善行でマイナスからゼロに近づいただけだ。俺は褒める気にはなれん」
大伴中佐は紙巻を灰皿に押しつけると、腕組みをした。
「それにどういう了見だ。92連隊は佐渡島には出すつもりはない、とは!」
「八代基地襲撃からの回復が間に合わないということだったが」
「それは表向きの理由だろう。1個大隊でも出せばよいものを」
「代わりに
「そのとおりだがここで切り札を切らないでどうする。一部の弾薬を抱えこんでいるのも気に食わん。決戦準備の“ん号作戦”だと――佐渡島が決戦ではなくて、何が決戦なのだッ」
◇◆◇
「ここから先は、良い企みも悪い企みも一緒くたに潰させてもらう」
西部方面司令部では昏い瞳をした男と、灰色の背広の男が正対していた。
「なんのことやらわかりませんな」
座する西部方面司令官からかけられた言葉を、背広の男は一笑に付した。
「私はしがない貿易会社の課長にすぎませんよ」
それなら結構、と西部方面司令官は机上の紙に目を落とす。
“戦略研究会”――沙霧尚也なる一衛士が主宰する青年将校の勉強会であり、その参加者層の関係から反米・反国連的な思想の持主が多く集まっている。しかしながら現時点では、戦技を中心にした情報交換が主になっていた。沙霧尚也をはじめ参加者の多くは、“望月作戦”に援軍として駆けつけた経験をもっており、海外製戦術機への関心が高い。
現時点ではクーデターの計画を練っている様子はない。武御雷の試験衛士が引き起こした暗殺未遂や、重工エンタープライズの襲撃事件によって、国内の監視体制が強化されたため、今後動こうと思っても動くことは容易ではないだろう。
「ならばいい。ずっと海外を飛び回っていてくれ」
「そうしたいのも山々なのですが久しぶりに日本に帰ってみると、やはり日本はいいものですな。どうしても長居したくなる」
「課長がこの国を憂い、そして膿を出し切ろうと考えているのはわかる。だが膿を出すための傷は大きすぎてはならない。たとえばその過程――軍事衝突でも起こしてみろ、膿を出すために腕を斬り落とすようなものだ」
貿易会社の課長は、わざとらしく肩を落としてみせた。
「しかし、アレですな」
「……」
「エンタープライズを野放しにしていた貴方に説教される日が来るとは思いませんでした」
西部方面司令官は溜息をついた。
「私も陰謀によって少なからず犠牲者を出していることは認めよう。が、エンタープライズの実働部隊と、帝国軍の衛士たちは違う。彼らは未来ある
「ほう。生命の価値に軽重があると」
「私は日本人だ。人が赤の他人よりも家族を優先するように、私も優先順位をつけている。これは当たり前のことだ」
クーデターによる消耗は不確定要素が多すぎる、と西部方面司令官は考えている。
最終決戦に勝利したとしても、“戦後”を日本帝国が生き残れなければ意味がない。多少の矛盾、齟齬を抱えてでも要らぬ消耗を避け、当座の戦力を残しておきたい、というのが本音だった。
ここから先はただでさえ“運”任せなのだ――。
オルタネイティヴ第4計画の成否に関係のない軍事衝突だけは絶対に避けなければならない。
「人類を救い、いびつであっても帝国を未来に残し、この九州を守る。それが私の意思だ」
「……」
「高潔で完璧な国家など、この地球上にどこにも存在しない。どこかで問題を抱えているものだ。それに目を瞑って、少しでも明日を善くするために進むことができるのが、大人だ」
「……そうですか。では、どうやら私のような悪ガキの出番はないらしいですな」
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■104.F-2SK
◇◆◇
F-2A ジアース(没)
F-2A ブルーインパルス(没)
◇◆◇
ボーニング社戦術関連部門の面々は焦っていた。
米国の軍事政策と世界的情勢がそうさせている。
対BETA戦ドクトリンの転換と、無傷の国土と新型爆弾を背景にした絶大なる国力で、戦後を安泰にするという構想の下、戦術機関係予算は削減されている。そうして縮小するパイの中でも、ボーニング社は厳しい戦いを強いられている。
現在、現役あるいは開発中の第2世代・第3世代戦術機に注目すると、ボーニング社製戦術機の代表はF-15系列とF-18系列である(どちらも正確にはボーニング社と合併した旧マクダエル・ドグラム社製だ)。
対するライバル企業、ロックウィード・マーディン社はF-16系列・F-22・F-35というラインナップとなっている。
こうしてみると一目瞭然で、ボーニング社は第3世代戦術機を世に送り出せていない。いまのところは第2世代戦術機の需要も多く、F-18系列も大東亜連合・オーストラリア双方との新規共同開発が進んでいる。しかしながら第3世代戦術機については、大きく水をあけられている。いずれ米軍のF-15EはF-22に、米国と海外のF-18系列もF-35の実戦化と輸出攻勢が始まれば、次々と置き換えられていくだろう。
――いまは第2世代戦術機でつなぐほかない!
故にボーニング社は第2世代戦術機であるF-15系列を第3世代戦術機の水準まで安価にアップデート、という構想を推進しているわけだが、ここのところ世界各国で戦術機の開発研究が加速しており、安泰とは到底言えない状況だった。
「なんとしても3月中に最新鋭機を92TSFRに送りつけるんだッ」
新年とともに悪い報せを彼らは受け取っていた。
ユーロファイタスが統一中華戦線の中華民国閥に接触を図っているという噂が流れており、確かめてみると中華民国国軍が第92戦術機甲連隊へミラージュ2000-5を放逐して空いた穴を埋め、保有する第1世代戦術機を全機更新する機体として、EF-2000タイフーンの高温多湿適応型を提案しているのだという。
……それだけではなく実績づくりのために、同時にユーロファイタスは日本帝国にも同機を中隊規模で提供することを持ちかけているらしい。
「台湾も日本も奪られるわけにはいかん!」
台湾はF-18をベースにしたボーニング社製F-CK-1経国が配備されており、ボーニング社上層部の戦術機閥は狂乱した。
特別、F-CK-1の更新が急がれているわけでもなく、“F-15E以上の兵装搭載量を備えたF-15SE(仮称)”が一早く完成したからといって、即座に事態が好転するわけでもないのだが、長期に亘って焦燥の火に焙られ続けてきた彼らは半ば正常な思考を失っていた。
上がそうなれば、下もそうならざるをえない。
一日でも早くF-15SEとF-15EXの長所を併せもつ戦術機を世に送り出すべく、突貫作業で試作機が新造され、エラーの洗い出しが行われていた。
「あの」
「なんだ、君……!」
「F-15最新鋭機のシリーズ記号なんですけど……」
「君、そんなものはどうだっていいんだよ。採用国も前線衛士たちもシリーズ記号なんか気にしちゃいないさ。適当に決めたまえ」
その中で機体の名称を決める作業もあったが、問題は戦術機閥の役員がそれに無頓着だったこと、そして不休の開発陣が戦術機開発の正念場で、現場以外の事柄については所謂“深夜テンション”、小学生並みの発想しか持ち合わせていなかったことだろう。
一方、F-2の発展改良機を完成させた旧ゼネラルダイノミクス社・ロックウィード・マーディン社戦術機開発部門は、ボーニング社とは対照的であった。
「日本帝国軍は戦術機に自然現象の名前をつけるそうだ」
「日本人の文化、ともいうべきだな。
「弊社と共同開発したF-2は
「これは大きく出たな」
シリーズ記号とこちらから提案する公式の愛称を決めるべく、彼らは短くない時間をかけた。
このあたり、ボーニング社よりも一枚上手である。
ファイティングファルコンという愛称を提案し、米軍衛士から総好かんを食らった経験から(米軍関係者はみなF-16をファイティングファルコンとは呼ばず、戦意高揚娯楽SFドラマの宇宙戦闘機からバイパーと呼ぶ)、実も名も重要だと彼らは学んでいた。
そのため彼らは、日本語を調べながら議論を重ねていった。
「しかし星青――もっと細かくいえば地球の海の色、か」
「これを超える愛称はないでしょうね」
「海は日本語でなんという」
「
「Kai、というのは聞いたことがあるな。
「Kai、なるほどダブルミーニングになるな……」
◇◆◇
「米国人は我々を馬鹿にしているのかッ!」
ロックウィード・マーディン社戦術機開発部門が自信満々に送り出したF-2の発展改良機が日本帝国に到着するなり、帝国軍参謀本部の一部は激怒した。
「F-2A星青――青い星の輝きを守る翼は、この21世紀を護るため、日米の協力の下で新たな力を手に入れました」
テレビ画面の中では、最新鋭機とともに帝国の地に降り立ったロックウィード・マーディン社CEOが、自信満々に演説をぶっている。
「この星の7割を占める母なる大
彼はもったいぶってから、拳を突き上げた。
「F-2 Super-Kai!」
ハンガーの前に張られていた横断幕が取り払われ、外観上はF-16Cとほとんど変わらない機体が姿を現す。
実際にはF-2Aよりも大型化がなされており、機体規模はF-16CどころかF-15Eを超えている。腰部には中距離戦・近接戦時には脱着可能なコンフォーマルタンクが備えられており、これにより航続距離が延びるように工夫されていた。最も目立つのは肩部ユニットであり、ミサイルランチャー4基装備時の安定化のために更なる拡張が施されている。
「す、スーパー改」
「F-2スーパー改って」
「確かにF/A-18E/Fもスーパーホーネットだしな」
帝国軍参謀本部のスタッフたちは、怒気を発しているか、苦笑いを浮かべているかのどちらかである。
「スーパーと海か」
「スーパージアースよりはマシだろ」
「これスーパー改って言ってやらないと連中の面子潰しちゃうよな」
「公的な場ではスーパー改って言ってやるか……」
F-2スーパー改――帝国軍参謀本部の間で駆け巡った最初の衝撃こそ強烈だったが、少し時間が経てば、“まあ微笑ましいではないか”といったところに落ち着いた。
……同時刻、深夜のボーニング社は狂乱状態であった。
「帝国は普遍的な事象を愛称にするらしいぞ!」
「嘘だろ――うわこいつらF-4に
「日本にちょっと前に配備されたロックウィードの新型機は地球の青だったよな!」
「地球か……地球に勝てる、地球よりも大事なものといえば!」
「くそっ思いつかねえ」
「地球に勝てるものなんかそう簡単に……」
「この地球の海や空と同じように、俺たち人類にとって大事なもの」
「常にあるものといえば――」
「なあ、もう俺帰っていいか? 家族が――」
「それだ!」
「愛だよ愛!」
「スゲー愛って日本語でなんていうんだ!?」
「スーパー愛じゃない?」
「スーパーは英語だろ!? 日本語じゃ……」
「ああ、俺は知ってるぜ。“マブ”ってんだ」
かくしてボーニング社の最新鋭機によって、今度こそ帝国軍参謀本部のスタッフたちはキレ散らかすことになる。
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■105.核戦略長距離偵察機Tu-119(1)
Tu-119を用いた長距離偵察作戦――。
正気じゃない、というのが、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の隊員たちの感想だった。
二重の意味で、である。
まず原子炉を搭載した超大型航空機を本州上空に飛ばすなど、正気の沙汰ではない。
加えてその巡航高度と飛行経路。高度は通常の航空機では自殺行為となる10000メートル前後。帝国軍に接収されている福岡空港を出発後、徐々に高度を上げ、その後北東に針路を向ける。そのまま佐渡島ハイヴ上空へ直行し、偵察衛星が見落としてしまっている
……当然ながら無人ではなく、有人である。
通信士としてスェーミナが搭乗することになっていた。
西部方面司令部から命令を受けた第92戦術機甲連隊本部は、常識的に考えれば作戦成功可能性は限りなくゼロに近いのでは、と司令部に問うた。が、西部方面司令官が自ら「Tu-119には光線級からその存在を完璧に隠蔽する特殊装置が装備されている。作戦は成功するだろう」と返答してきたため、どうしようもない。
「しかし実年齢はわかりませんが、子どもも子ども――10代かも怪しい少女ですが……」
と、連隊副官の連隊副官・立沢健太郎中佐は煮え切らなかったが、作戦担当幹部の園田勢治少佐は意外とドライであった。
「本人も納得し、それどころか搭乗を熱望しているのだから、命令の覆しようがないです」
先日、スェーミナに優しい声をかけた手前、東敬一大佐はこのままでは立場がない。
とはいえ組織の一員である以上、命令に背いて彼女を引き留めるわけにもいかなかった。
情けない、と自嘲せざるをえない。ただ東敬一大佐以下、第92戦術機甲連隊の一部が激憤しなかったのは、西部方面司令部に対する信頼もあっただろう。戦死間違いなしの航空偵察を命ずるわけがない――。
Tu-119の搭乗者については西部方面司令部から指定があった。
機長は第11中隊の櫻麻衣大尉。実際に操縦するのは、民間航空会社から衛士適性を見込まれて引き抜かれた過去をもつ副機長・第31中隊の宿野部東中尉と、輸送機の操縦経験があるという航空機関士・十六良世少尉である。
輸送機部隊の人間が操縦役にならない理由は、Tu-119は主脚による離着陸を行うためであり、また操縦は間接思考制御が採用されているためで、どちらかといえば戦術機に近い航空機だからだった。
そんな折。
数週間前に帝国技術廠の巌谷榮二中佐から開発主任者として指名された篁唯依中尉は、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地を訪れていた。
(巌谷のおじさまは“勉強になるぞ”と仰っていたが)
CH-47でヘリポートに降り立った彼女は、
(ここで時間を無為に費やしていいものだろうか……)
彼女の戦友である山城上総少尉はその狙撃の腕を買われ、五摂家の斑鳩崇継少佐が率いる帝国斯衛軍第16大隊に異動し、甲21号目標攻略作戦に向けた訓練に励んでいる。
同じく帝都防衛戦、多摩川防衛線、本州奪還作戦で一緒だった能登和泉少尉は――本州奪還後、無事に婚儀を挙げることができ、田上和泉少尉となった。それだけでなく妊娠が発覚し、周囲の祝福とともに後方勤務となっている。
篁唯依中尉の上官であり、血族でもある崇宰恭子少佐は第3大隊の指揮官としてやはり次なる作戦に向け、多忙の日々を送っていた。
翻って、自身はどうか。
(未だただの一振りも、前線衛士に優れた剣を供することができていない)
代々、
「貴様、篁の――裕唯の
警備兵とともに基地を巡っていた篁唯依中尉は、途中で声をかけられた。
なぜ父の名を、と見やれば帝国軍の戦闘服に身を包んだ男がそこに立っている。
彼女は目敏く階級章を見て、素早く敬礼をした。
「はい、大尉殿。小官は帝国斯衛軍中尉、篁唯依であります」
「ご苦労、中尉。帝国軍本土防衛軍第92戦術機甲連隊第23中隊長の氏家だ」
「……氏家大尉殿。私のことをご存じでありましたか」
氏家義教大尉はにやりと笑った。
「敬称は要らん。知っているも何も、十数年前に貴様の父は勿論、貴様に会ったことがある」
「父と――そして私に、ですか」
「ああ。武家は家格などという、くだらんことばかりを気にしやがるからな。笑いに行ってやったのよ」
篁唯依中尉の横顔に昏いものが差した。
代々武器の研究と製造を専らとしてきた篁の家は、本来の家格は外様の“白”にすぎず、戦後にその働きを評価され、譜代並みの“黄”とされた過去をもつ。
一方の母、鳳は五摂家の崇宰に連なる一族だ。
釣り合わないどころの話ではなく、昔は大騒動になったらしい。
そんな彼女の鬱屈を、氏家義教大尉は豪快に笑い飛ばした。
「裕唯にはずいぶんと助けられてきた。篁にも、な。いい武具を打つ。俺のような剣士、衛士からすれば感謝してもしきれん」
「……それは」
「だから家格が違う、などという連中を2、3匹半殺しにしてやったよ。自由恋愛の20世紀に何を言ってやがる」
「もしかして氏家とは煌武院・撃剣世話掛――畏くも政威大将軍殿下と冥夜様を引き離すことに最後まで反対されていたという」
「そんなこともあったな。いまはBETAどもに身を以て撃剣を教えている一衛士にすぎん」
さっぱりと言う氏家義教大尉に、篁唯依中尉は憧憬とともに反発も抱いた。
それに気づかないふりをして、彼は再び破顔した。
「こうして出会ったのも何かの縁か。運好く俺もこの後は手隙だ。案内してやろう」
彼らが向かったのは再建された第2大隊用格納庫である。
篁唯依中尉の瞳にはそこに立錐する戦術機たちが、奇異に映った。
明らかに帝国製戦術機とは設計思想の異なる機体。
大型化したF-16Cといった外観のF-2スーパー改。
大火力を投射するために再設計され、攻撃機としての符号を加えられたF/A-14Nボムキャット。
そして最奥部には、漆黒の機体が直立していた。
「これはF-15の――ステルス仕様」
「ああ」
「ではこれが、サイレントイーグル」
F-15SEサイレントイーグル。
第1世代戦術機F-4Jに代わり、次期主力戦術機にも名乗りを上げようというステルス仕様のF-15イーグルであり、これから彼女が開発を推進しようとしている不知火弐型よりも先んじて完成したライバル機だ。
しかし噂とは異なり、かなり大柄な機体構成となっている。
また外見からしても中途半端なステルス形状だ。二の腕に備えられた兵器庫はナイフシースどころか、複数の弾倉が詰めこめそうなほど大型化している。もともと大型だった肩部、膝部の兵器庫も同様だ。頭部ユニットはステルス性を無視し、扁平型とは程遠い鉄兜を被り、無数のセンサーを備えている。
……サイレントイーグル、というよりはストライクイーグルの強化機にみえた。
(なんだ、この中途半端さは――)
篁中尉が絶句していると、「あー」と氏家義教大尉は顎に手をやった。
「氏家大尉。これが、サイレントイーグルなのですか」
「いや、残念ながら違う」
「では」
「これはマブラヴイーグルだ」
「マブ……え?」
思わず素になる篁中尉に、氏家義教大尉はメモに達筆で二字を書いた。
「こう書く」
――
「眩しい、眩いほどに
篁中尉は眉をひそめた。
「帝国軍の戦術機命名規則は、天候や戦場における現象といった自然事象のはずですが」
「人の愛は、世界中でみられる普遍の自然現象だ。少なくともボーニング側の主張はそうだ」
「……」
「そしてこれはF-15SEではない」
「……」
「F-15SEXだ」
「……セッ、え?」
「F-15SEX
篁唯依中尉は笑えばいいのか、怒ればいいのかわからなかった。
頭脳で感情がぐるぐると回りに回り、一瞬紅潮した顔色は次の瞬間には青くなっている。
「ス、ステルス機なのに
「隠れてないよ……」と謎のツッコミを残した1秒後、彼女はばたんきゅーとその場に倒れこんでしまった。
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■106.核戦略長距離偵察機Tu-119(2)
「これが帝国に対するボーニングの答えか……!」
F-15SEX眩愛の出現は、意外にも改良作業が始まったばかりの不知火壱型丙――不知火弐型にとっては追い風となっていた。
本機の到着とともに、国粋主義者から日和見主義者まで、帝国軍参謀本部は不知火弐型の開発を後援する側に回った。
限定的なステルス性を有し、偏執的なまでの継戦能力にこだわった
仮に何かの手違いで帝国首脳陣が拡張性に乏しいままの94式不知火と、将来性のあるF-15SEXを比較するようなことがあったら?
後者に軍配が上がる可能性が、ないとはいえない。
「こんなふざけた――我々は世界中の笑い者だ!」
帝国軍参謀本部のスタッフは最悪の事態を回避するため、XFJ計画の成功を願わざるをえなかった。
2001年末には整うであろう94式不知火・00式星青(F-2A)の2機種体制。
それが近い将来にF-15SEX眩愛・F-2スーパー改となってはたまらない。
「あのー94式不知火弐型も日米共同開発ですけど、スーパー不知火とか不知火スーパー改って名づける方向になったらどうします?」
ひとりの若い参謀が左右に聞き、一瞬だけ周囲は固まったが、
「スーパーシラヌイならまだマシだ!」
ということでまとまった。
……そんなこともつゆしらず、篁唯依中尉は八代基地を発っていた。
彼女も収穫がなかったわけではない。結局のところ前線部隊としてはふざけた名前の戦術機であったとしても、いま目の前にない戦術機よりは遥かにマシ、ということである。そういう意味では不知火弐型は目下のところ落第である。
それから別れ際、氏家義教大尉からは
「幹部はカタすぎるのも駄目だ。硬軟使い分けなさい」
とアドバイスを受けていた。奇しくも巌谷中佐から事前にもらっていた忠告と同じだったため、帰りのヘリの中、篁唯依中尉はそんなにカタいかな、と小首をかしげた。
さて。
F-15SEX眩愛などという突飛な名称にも負けず劣らず、第92戦術機甲連隊ではTu-119に“
(これ本当に飛ぶんかね……)
YS-11といったターボプロップ機から大型ジェット機のボーイング747まで、旅客機の操縦経験がある宿野部東中尉は、福岡空港の片隅に駐機している核決戦航空機動要塞Tu-119、あらため核戦略長距離偵察機Tu-119“つよぽん”を見て不安に駆られた。
真四角な巨大な主脚部は地を掴み、関節のない棒状の主腕部は無数のセンサー類を備えており、空力特性は最悪にみえる。彼は何度かシミュレーターでTu-119を操縦してみたが、離着陸はB-2戦略爆撃機に似ている形状の翼に設けられた複数の垂直ダクトファンで力任せに行えるため、緊張感はあまりない。むしろ巡航飛行中の方が不安定な状態に陥りやすく、問題が起きてもリカバリーの余裕がある高度を確保しておく必要がある。戦術機やヘリのような匍匐飛行は不可能だった。
宿野部東中尉が気にしていたのはそれだけではない。
腰部ユニットにある操縦席の空気は、最悪であった。
スェーミナは半透明なバイザーを備えたヘルメットを着用して最後部にある専用席に座っており、そのスェーミナに対して櫻麻衣大尉は警戒心を剥き出しで機長席についていた。十六良世少尉は我関せず、といった面持ちで鈍色の瞳を走らせ、搭載されている原子炉のステータスを監視している。Tu-119の小型原子炉は胸部ユニットにある。身体のほとんどが人工物に置換されている彼女は、何か原子炉にトラブルがあれば、放射線防護が完璧とはいえない胸部ユニットにて作業を行うことになっている。
(戦術機とは違って大型航空機の運航はチームワークが大事なんだけどなあ……)
そんな宿野部東中尉の心中など知らず、BETAの死骸を焼却処分した際に生じた焦土に囲まれた福岡空港に軍関係者たちは詰めかけていた。Tu-119の離陸を一目見たい、そして本当に朝鮮半島からの長距離照射を浴びないかを確かめたいという好奇心から、である。
「火災報知器テスト」
「消火装置テスト」
「外部電力供給オフ」
「アンチアイスオフ」
「エンジンスタート、グラウンド」
「ビーデセプションスタート」
宿野部東中尉は櫻麻衣大尉と協力しながら、淡々と、しかしながら確実にチェックリストを消化していき、最後には原子炉ががなり立てる騒音の中で「テイクオフ」と離陸を宣言した。
「おお――!」
爆風とともにふわりと巨大な構造物が浮き上がったかと思うと、鈍色の要塞はみるみるうちに高度をとる。50m、100m、1000m……3000mに至っても、光線級の予備照射が始まることはなかった。核戦略長距離偵察機Tu-119“つよぽん”は、対BETA用欺瞞ユニットからスェーミナというBETAの存在を全方向にプロジェクションし、光線級を騙してみせたのである。
――人類は“空”を取り戻した。
見ていた軍関係者はその機影に希望を見出した。直接的な攻撃ができずとも、戦場上空に滞空できるメリットは大きい。弾着観測から武器弾薬の輸送、脱出者の救助とできることはいくらでもある。
進む軍需物資の備蓄、第3世代戦術機の拡充、航空兵器の再登場。
佐渡島奪還の日は近い、と誰もが確信した。
「五次元効果爆弾は祖国に何の益ももたらさない」
と同時に、核戦略長距離偵察機Tu-119“つよぽん”の高高度飛行を観測していた米国関係者の中には、反オルタネイティヴ5派に転向する者が現れた。
「ハイヴは仇敵の前線基地にあらず」
「ハイヴは21世紀の“資源”であって、吹き飛ばすのは愚の骨頂」
「合成種の研究、製造が加速すれば、BETAはもはや人類の敵ではなく、人類の奴隷となるだろう」
「我々は合成種を通じてハイヴを管理し、G元素を採掘する――そういうシステムを構築しなければならない」
恭順派とは異なる、BETAとの醜い共存路線が、動き出しはじめている。
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■107.F-3Iテンペスト(1)
ファイター3Iとは欧州連合と東欧州社会主義同盟が共同で発表し、開発中の新型戦術歩行戦闘機の名称である。
○国際化(Internationalization)
欧亜大陸における対BETA戦線は今後数年のうちに、防衛線の整理から大々的な反攻に切り替わっていくことが予想される。その際に欧州に配備されている戦術歩行戦闘機というのは、導入した国家が自国領内の奪還と防衛に使用するだけではなく、隣国との連携やより内陸への反撃に堪えうるものでなくてはならない。
○情報化(Informatization)
現時点で戦術機は優れたセンサーと情報処理能力を有する情報ノードとなっており、戦術機同士は勿論、他兵科との情報共有が可能になっている。この情報戦能力を強化し、大量散布型センサー、無人航空機、無人戦術機との連携を実現、将来生起するであろう欧亜大陸をめぐる武力紛争において敵性勢力を圧倒する能力をもたなければならない。
○即応化(Instantaneousness)
過去、欧州での対BETA作戦が失敗に終わってきた外的要因は、BETA側の迅速な用兵にある。故に欧亜大陸における攻防戦では、いかなる環境の前線基地であっても即応態勢を維持し、またあらゆる補給拠点で戦闘力を維持しながら機動戦を実施できる戦術機が求められる。欧州製戦術機用装備は勿論、海外製戦術機用装備を使用可能とするだけではなく、被撃破機からの補給を可能とするような極めて高度な継戦能力をもたなければならない。
上記の3つの“I”を兼ね備えた戦術機、故にファイター3I、というわけである。
とはいえラファールがロールアウトして未だ数年の欧州連合(EF-2000タイフーンに至っては実戦配備から1年程度しか経っていない)、第3世代戦術機さえ満足に配備されていない東欧州社会主義同盟が、この夢のような戦術機を速やかに開発できるはずがなかった。
いまはラファールやタイフーンを改修して、ひとつひとつファイター3Iの要素を確立している最中である。
そして、いずれファイター3Iに連なることになるだろうタイフーンの改修型が、“テンペスト”である。
改修点は機体各所の欧州の冷涼で乾燥した空気から、高温多湿の環境にまで適応化、またOS書き換えの高速化、接続基部の汎用化による海外製背面兵装担架との交換に対応――など多岐に亘るが、全般的にいえば海外での運用性の向上を主目的としている。3Iの中の国際化と即応化に主眼をおいた改修機、といえるだろう。
とはいえ単なる技術実証機ではもったいないので、ユーロファイタスはオーストラリアや大東亜連合、統一中華戦線の台湾閥、日本帝国に対して売りこみをかけていた。担当者は中隊定数分と予備機を無償提供さえする、と公言しているのだから豪気なものである。
「テンペストとは激しい嵐――暴風、
ユーロファイタス担当者の一言で、なぜか帝国軍関係者――特に制服組――は「す、すばらしい……!」「これぞ本邦の戦術機の名にふさわしい」と感動していたが、日本帝国本土防衛軍の次期主力戦術機候補は引く手あまたである。
夢にまでみた超高性能機の量産型、00式武御雷二一型の生産の滑り出しは好調だったし、現在開発進行中の94式不知火弐型にも期待がかかっている。00式星青スーパー改も、ミサイルランチャーを投棄した後の機動性、近接戦闘能力はまさにマルチロールファイターの鑑といえた。試01式眩愛もその威容と性能は主力戦術機然としたものがあった。
運用実績のあるこれら日本製・米国製戦術機と比較した際、テンペストはどうであろう――。
帝国軍参謀本部の面々が躊躇う中、やはりひとりの男が手を挙げた。
◇◆◇
「シスター1。こちらライター1です。定時連絡です」
「ライター1。こちらシスター1、感度良好」
「シスター1。こちらライター1。現在、
「ライター1。こちらシスター1、了解した。こちらは異常なし――」
中隊長同士のやりとりを耳にしながら、シスター3・荒芝双葉少尉は自身の呼吸が浅くなっていることに気づいた。
人工の瞳を通して見る外界は、超自然的な深緑に彩られている。
ハイヴ坑内の圧迫感は重厚なる愛機でも、信頼する戦友と一緒にいても、退けることができない。
第22中隊の現在の任務は占拠した広間N11の確保、要は前進してルートスキャンを実施する各隊の後方警戒である。戦闘の連続――とは言い難い。
しかしながらハイヴ坑内独特の緊張感は、彼女の集中力と体力を確実に削いでいた。
過去の作戦でハイヴに突入した部隊の損耗率を思えば、ここはBETAの腹の中だといえる。その事実が、待機しているだけでも衛士たちを消耗させていく。では短期決戦が適うかといえば、そうではない。ハイヴ坑内での兵站確立を無視して前進速度を速めたとしても、ハイヴの内部構造は複雑怪奇。ルートスキャン、戦術機の行軍に適した横孔や縦孔の選定には、どうしても時間がかかる。
「シスター1、こちらラビット9ッ――そちらにBETAが」
「ラビット9、こちらシスター1。規模と方向を報せ!」
そして状況は、刻刻と変化する。第22中隊の面々が部隊内データリンクを見れば、大音響の塊が側面横孔の先に集結しつつあることがわかった。大型種を含む大隊規模。
死骸を吹き飛ばしながら高速で突進してきた突撃級の影を見るや否や、すでにランチャーを投棄して身軽になっているF/A-14Nは跳躍し、その背中に36mm機関砲弾を叩きこむ。
着地。
と同時に、乱入してきた要撃級と抜刀したシスター9・海原一郎中尉機が、近接戦闘にもつれこんでいた。要撃級の前腕を最小限の短跳躍で躱しながら、長刀の切っ先で不細工な頭部を叩き割る。飛びかかった戦車級は、逆手に持ちかえた長刀の一撃で血飛沫に変わっていた。
僚機の花上和伸少尉は突撃砲を単射モードに切り替えて、彼を援護していた。
この閉所でフルオート射撃をすれば、誤射の可能性が出てくる。
「ラビット。こちらゼノサイダリーダー。指定したルートで広間N11に向かい、BETAを挟撃せよ」
「ゼノサイダリーダー。こちらラビット1、了解した! 全員ついて――まずい、擬装横孔だ。逆方向から新たに大隊規模のBETA群がN11に向かってる」
「ラビット1。こちらゼノサイダリーダー、了解した。ラビットに対する命令に変更はない」
次の瞬間、広間N11に新手が押し寄せる。
「え」
突撃級の波濤が荒芝双葉少尉機を掠め、僚機のシスター4・文山汐里少尉機を宙に放り投げた。装甲板を捲りあげながら虚空を舞う同機は、空中で姿勢を立て直す暇もなくハイヴの床面に叩きつけられたかと思うと、コンマ数秒後には突撃級によって踏み潰されている。
「荒芝ァ、ボサっとするな!」
大島将司大尉の檄が飛んだが、荒芝双葉少尉は動けない。
文山汐里少尉機を踏み潰して停止した突撃級の背中を、櫛渕博喜中尉は背部ガンマウントで砲撃し、続いて現れる突撃級の脚部を主腕で保持する突撃砲で狙撃し、僅かであるが彼らの攻撃を停滞させた。
擱座する突撃級。その両脇から無数の戦車級が湧いて現れる。
「シスター3、FOX2ッ!」
反射的に荒芝双葉少尉は2門の突撃砲を連射して、その赤き波濤を撃ち砕く。
その肉片と血飛沫の中、現れる新手、新手、新手。
電子上の仮想空間にもかかわらず、荒芝双葉少尉は悲鳴を上げていた。
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■108.F-3Iテンペスト(2)
(桜花作戦の発動と成功、人類の勝利は絶妙なバランスで成り立っている、という立場をとらせていただきます。たとえば横浜基地防衛戦がうまくいきすぎると桜花作戦は生起せず、BETA側に情報が漏洩していることに気づかないまま、甲21号作戦から最短2週間で甲20号目標攻略作戦が発動――結果、XG-70やG弾が早期に無力化されて人類は窮地に陥るという考察の下、話が進展します。ご了承ください)
帝国軍参謀本部および本土防衛軍西部方面司令部の命令の下で実施された第92戦術機甲連隊によるハイヴ単独攻略シミュレーションの結果は、成功とも失敗とも言い難いものであった。
シミュレーション中止時の第92戦術機甲連隊の被撃破率は約40%。この時点でフェイズ4ハイヴの過去最高到達深度を大幅に更新していたが、連隊各機の弾薬は底をついており、近接戦用長刀で大型種を斬り殺し、小型種を踏み潰しながら前進するような格好になっていた。最精鋭の第92戦術機甲連隊を以てしても、ハイヴ坑内での兵站を確立することがないまま突入すれば、反応炉到達前に継戦能力を失ってしまうというわけだ。
(やはりオルタネイティヴ4の成功がハイヴ攻略の鍵を握る)
深度約900mに達しようかという第92戦術機甲連隊の異様なまでの粘りに、何も知らない帝国軍参謀本部のスタッフたちはみな一様に驚愕したが(フェイズ4最大到達深度は約500m)、西部方面司令官は無表情のままに落胆した。
第92戦術機甲連隊の弾薬が尽きた理由は、前述のとおりルートスキャンに時間がかかったためである。
これがオルタネイティヴ第4計画の成功によって、地球上の全ハイヴの構造情報とBETAの配置を盗み出すことができれば、速やかに攻略ルートを確立することが可能になる。
(……が、それでも第92戦術機甲連隊一手での、甲1号目標の攻略は難しいか?)
西部方面司令官は何度も繰り返した過去――否、オルタネイティヴ第4計画が地球上の全ハイヴの構造情報の入手に成功したものの、オリジナルハイヴの攻略に失敗し、第5計画が即時発動する“未来”で、オリジナルハイヴの全貌を知る機会があった。
(甲1号目標の最大深度は4000m)
いくら効率の良い最短経路を辿ったとしても、軍集団規模はいるであろうBETA群のいる敵一大策源地を4000mも潜るのは不可能に思える。
それでも西部方面司令官が、第92戦術機甲連隊という決戦部隊にすがったのには、理由があった。
――オルタネイティヴ4は、よくわからない。
時間遡行を経験するたびに思うことだが、オルタネイティヴ4の結果にはバラつきが生じる。
何の成果も出せないままオルタネイティヴ5へ移行することもあれば、オルタネイティヴ4による対BETA諜報に成功する場合もある。対BETA諜報に成功した後の未来も様々だが、西部方面司令官が“わからない”と思うのは、何が対BETA諜報の成否を分けているのか――もっと言ってしまえば00ユニットの完成とオルタネイティヴ4の計画前進に何が絡んでいるのか不明な点である。
単純に地理的に離れていること、オルタネイティヴ4の動きが加速するのが2001年冬頃と破滅まで時間がほとんどないこと、香月夕呼のガードが固いこと、こうした要因で彼は未だに謎を解き明かせていない。
が、そこを悩んでも仕方がない。
(BETAと人類の諜報戦は双方向で行われる。ならばオルタネイティヴ4の対BETA諜報を成功させる同時に短期決戦――オリジナルハイヴ攻略作戦を生起させ、人類の全力を叩きつけるほかない)
このとき彼の構想は未だ誰も知らず、そして彼もまさか
故に彼はオリジナルハイヴ攻略作戦が発動した年末ぎりぎりまで、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊を中隊単位で東日本へローテーション派遣し、オルタネイティヴ第4計画を可能な限り援護。
一方でオリジナルハイヴ攻略作戦を惹起するきっかけとなる甲21号攻略作戦には、西部方面隊第4師団・第8師団をはじめとする西部方面隊全力を投じるが、第92戦術機甲連隊は引き揚げさせて決戦に備えさせることに決めていた。甲21号攻略作戦からオリジナルハイヴ攻略作戦は、最短で数日の間隔しかないためである。
2001年は夏を越えて、秋へ。
橙と黄の色彩に染まりつつある日本帝国本土防衛軍西部方面隊・大矢野原演習場では、漆黒の戦術機と風雪の戦術機が対峙していた。吹き荒れる機関砲弾の嵐。瞬く間に蛍光色に汚れていく大地を、F-15SEX眩愛が蹴った。
その着地点は、風雪の色彩を身に纏った不知火の衛士たちの予想から大きく外れている。
「やはりただの陽炎ではないッ――!」
富士教導隊の衛士はレティクルから脱した機影を見やり、彼らは垂直方向に飛び上がった。2、3秒遅れて反撃の機関砲弾が通過していく。それを眼下に、赤い星を右肩に輝かせた不知火は地を這うF-15SEXに砲弾の雨を降らせた。
「あいつら遠慮ねえ!」
空を仰ぐF-15SEX――それを操るプリズナー4・長石勝康少尉は苛立ちから声を上げた。
帝国軍参謀本部と西部方面司令部の共同でセッティングされた第92戦術機甲連隊第23中隊と富士教導隊の対人演習は、仮想敵の富士教導隊側に有利なレギュレーションで実施されている。具体的には近傍に敵地対空ミサイルシステムが存在するという想定で、第92戦術機甲連隊第23中隊には制限高度が設けられているにもかかわらず、富士教導隊側にはそれがない。
故に一方的に撃ち下ろされる、という展開が許されている。
さらに第92戦術機甲連隊第23中隊にとっては、“演習”というシチュエーション自体が不利である。いくら広大といえども、「必ずどこかに相手がいる」とわかっている演習場では、F-15SEXのステルス性は半分殺されているようなものだ。
「退け!」
しかし94式不知火とF-15SEXの間において、それは優勢・劣勢を決定づけるものではない。
氏家義教大尉が指示を飛ばすとともに、漆黒の機影は小隊単位で後方へ跳躍する。
同時にF-15SEXは半ば死んでいる隠密性をかなぐり捨てた。肩部装甲の先端からフレアを放射しつつ、94式不知火から発射されているレーダー波に酷似した電波を、敵機に叩きつけた。
ほんの一瞬だが、94式不知火からみたF-15SEXの位置情報がデタラメになる。
その隙を衝いてF-15SEXの群れは、得手とする長距離砲撃戦に移行した。
背面ガンマウントが展開する。脇の下を通す日本製戦術機のダウンワード式ではなく、肩の上を通すオーバーワード式――地を這う近距離のBETAを狙うには不便だが、前方の対空目標を狙うにはちょうどいい。
彼我、最初の被撃墜機は94式不知火となった。
電子戦からハード面に至るまで、設計思想の違いが如実に出た結果だ。
レギュレーション、機体性能、衛士の技量が複雑に絡み合って出されるキルレシオについては、ほぼ互角かややF-15SEXの方が優る、という格好になった。
「……」
演習の結果に、帝国軍参謀本部のスタッフは閉口した。
彼らが富士教導隊を大矢野原演習場へ送り出した理由は、94式不知火を擁する富士教導隊を以てF-15SEXを圧倒し、先述した“万が一”の可能性を潰しておくためである。
ところが絵に描いた餅は、絵のままになった。
一方、西部方面司令官は演習の勝敗に興味がない。
彼はただ単にF-15SEXを釣り餌として、富士教導隊を帝都から引き離さればそれでよかったのである。
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■109.山突き崩す、嵐の王!(前)
国連太平洋方面第11軍・横浜基地の建設・基地機能の稼働開始と並行して、横浜港もまた復旧が進められてきた。国内における重装備の長距離輸送では、海路が極めて重要であり、横浜基地に近接した横浜港の再整備が急がれたのは当然のことであった。
その横浜港に、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の第13中隊・第31中隊の衛士たちはいた。
いまにも泣き出しそうな灰色の空の下に、かつての活気ある横浜はない。遠目には外壁が剥がれ落ちた高層建造物、崩落したマンションが見える。BETAの死骸とともに焼却された中華街。横浜港の埠頭でJAS-39CBとともに警備にあたる第31中隊の衛士たちは、それを見てももはや何も思わない。戦争で変わり果てた街など、いまや珍しくもなんともなかった。
「いまこの横浜港に、新たな帝国の剣が到着しました!」
国営放送の報道班がカメラを向ける先には、2隻の戦術機輸送艦。
エレベーターで甲板上に姿を現した戦術機は、鈍く輝いていた。
F-3Iテンペスト。両肩部や主腕、膝部、爪先から踵にまでブレードエッジを備えている外見はまさに攻撃的。一振りの刀剣というよりも、動く剣山である。背部兵装担架はない。このあと横浜基地に搬入されてから装備されることになっていた。
「天元山の火山活動はここ1週間で活発になっており――」
横浜基地のガンルームで、湯川進中尉はぼんやりとテレビを眺めていた。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第13中隊は、F-3Iテンペストの受領と慣熟訓練のため、という名目でここ横浜にいる。
が、湯川進中尉からしてみれば、なんだって横浜でやらなければならないのだ、という思いであった。九州地方の外に出張って戦う経験は、いままでもあった。が、やはり勝手知ったる八代基地と、国連太平洋方面第11軍・横浜基地は違う。“お客様”ということで肩身が狭いし、機体を預ける整備隊の隊員とも初対面で、いろいろやりづらい。
「めちゃくちゃキツい再突入やハイヴ攻略戦のシミュレーター訓練から、安全な後方での慣熟訓練――なーんか調子狂っちゃいますよねー」
彼の僚機を務める浅石友季少尉もテレビを見ながら、そんなことを言っていた。
ここ1か月の間で、第92戦術機甲連隊の衛士たちは激戦に身を投じる覚悟を固めていた。
具体的には佐渡島ハイヴへの突入戦である。実戦は勿論、シミュレーターでさえ経験したくない大気圏内再突入訓練、ハイヴ坑内での戦闘訓練の繰り返し――衛士たちが次はハイヴ攻略戦だと思うのは当然であろう。
帝国軍参謀本部が甲21号攻略作戦を計画中であることは、公然の秘密。
しかしながら甲21号攻略作戦には第92戦術機甲連隊は参加しない、という噂も流れていた。あくまでも噂であるが、状況証拠は揃いつつある。すでに西部方面隊第8師団の一部は、東日本への転地を開始している。年内に実施されるであろう奪還作戦に参戦するのであれば、第92戦術機甲連隊の本部要員も支援体制を立ち上げるために東日本に出張しなければならないが、現状そうなってはいなかった。
(……甲20号目標か)
噂が事実だとすれば、第92戦術機甲連隊は甲20号目標――鉄原ハイヴ攻略作戦に参加することになるかもしれない、というのが湯川進中尉の考えだった。
佐渡島ハイヴを潰せば日本帝国は安泰、というわけではない。
それでようやく戦線を1998年以前に押し戻せた、というだけだ。鉄原ハイヴは現時点でフェイズ4。島根県出雲市からは500kmしか離れていない。天然の要害ともいうべき日本海が横たわってはいるが、BETAに対する万全の護りには成り得ないことは、証明済みである。
(先は長ーい)
先は長い、どころの話ではない。甲20号目標を陥としたとしても、東アジアには未だに数個のハイヴが残っている。おそらく日本帝国は大陸派遣軍を再編成するだろうし、それに第92戦術機甲連隊も含まれることになるだろう。
(異動したい……)
英雄になりたくない湯川進中尉はそう思ったが、第92戦術機甲連隊の衛士は補充こそされども他部隊へ異動することはない。大陸帰りの衛士や戦術機操縦適性の高い衛士を、西部方面司令官が囲っていることは明白だった。
「天元山の災派とかありますかね」
テレビを眺めていた浅石友季少尉はなんとなくそんなことを言った。
「ないでしょ、たぶん」
このとき、湯川進中尉もなんとなく即答している。
◇◆◇
「天元山観測所は、天元山の急激な火山活動を捉えた。今後は小規模噴火と地震が断続的に発生し、最悪の場合は大規模噴火に至る可能性が高く、日本帝国本土防衛軍の一部に災害派遣および強制避難予備命令が下された。すでに現地には、兵員輸送装甲車を備えた歩兵部隊が展開している。我々、第92戦術機甲連隊第13中隊もまた、第1戦術機甲連隊とともに、住民の避難を支援する」
予測できないはずの自然災害が相手にもかかわらず、日本帝国本土防衛軍の動きは早かった。すでに避難を支援するため、戦術機よりも足が遅い機械化歩兵部隊が現地入りしている。大規模噴火によって生じる溶岩の流れや火砕流相手では分が悪いが、小規模噴火の有害なガスや噴石であれば、96式装輪装甲車で十分防護可能だ。
その一方、天元山が大規模噴火した際に想定される被害エリアは広大であり、陸路では容易に足を踏み入れ難い場所に住んでいる者もいる。
そこで戦術機の出番、というわけだ。
しかしながら防衛体制に穴を空けるわけにはいかないため、機種転換中の第92戦術機甲連隊第13中隊に出動命令が出た。その直後、帝国軍参謀本部の一部が対抗意識からか、「92連隊が出るなら1連隊も出した方がいい」と、相対的に見た際に後方となる東京防衛担当の第1戦術機甲連隊の一部を派遣することに決めた。
(ま、楽勝でしょう)
湯川進中尉は小隊を率いて、緑の山々を飛び越していく。
装備は92式多目的追加装甲(盾)だけだ。背面担架は相変わらずない。大盾を持たされている理由は噴石から機体や周囲を守るためである。災害派遣であっても帝国軍機は通常、突撃砲や長刀のような自衛用装備を持つことになっているが、宇佐美誉大尉は「デッドウェイトだ」「だったら盾を2枚持ちした方がいい」と武器を持たせなかった。
しかし第13中隊の衛士たちは特に不安を感じなかった。
当たり前だ。そもそも追加装甲自体、使う機会があるか怪しい。山中の住民に避難を呼びかけることが今回の任務であり、戦闘などありえない。まさか天元山――自然災害と戦うことなどありはしないのだから。
避難の呼びかけと、住民避難――そして避難命令に従わない住民の退去は順調にいった。
一度、避難命令に従わなかった住民たちも第13中隊の衛士たちが頭を下げれば、それで終わりであった。なにせ歳老いた彼らにとって、第13中隊の衛士は自身の子ども、あるいは孫と同じくらいの年齢である。彼らは故郷とともに死のうと思っていたが、さすがにそうした若い衛士に頭を下げられれば、仕方がないと割り切るしかなかった。
ところが、だ。
「パッパ1。こちらパッパ11です。スイマセーン……。応答してください」
「パッパ11、こちらパッパ1だ。何があった」
「パッパ1、こちらパッパ11。あのー、ババアがゴネて立ち退かないんですケド」
あまりにも直截的な言い方に、オープンチャンネルの交信を聞いていた湯川進中尉は笑ってしまった。
「パッパ5。小隊を率いて、パッパ11・12の応援に行け」
「パッパ1、こちらパッパ5。了解」
天元山の山間部に、湯川進中尉らB小隊が到着したとき、テンペストから降りた西迫杏少尉が、割烹着姿のお婆さんと押し問答をしているところであった。
「いやおばあさんの言うことはわかるよ!? でもこっちだって……」
「この家は苦労してやっと建てた家でねえ。あたしの家のことに、お上から文句をつけられるいわれはないよっ!」
「家は建て直せるでしょ、生きてれば――」
「ここじゃなきゃダメなんだ、ここじゃなきゃね。ここは息子が帰る場所なんだ……!」
西迫杏少尉の僚機を務める手塚忠相少尉は諦めたように、敷地外の岩に腰かけている。
「こちらパッパ5。あー……。小隊各機は天元山の方向から住居を守るように、92式多目的追加装甲を構えた格好で駐機させて」
湯川進中尉の指示でテンペストは膝立ちとなり、92式多目的追加装甲を構えた姿勢で茅葺の住宅の傍に駐機、B小隊全員が地に降り立った。
「なんだい、何人来たって変わらないよ!」
「日本帝国本土防衛軍中尉の湯川進と申します。当該区域には避難命令が出ておりまして……」
「それは知ってるよ!」
湯川進中尉は再びテンペストに戻り、オープンチャンネルを開いた。
「パッパ1、こちらパッパ5。あのー、ババアがゴネて立ち退かないんですケド……」
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■110.山突き崩す、嵐の王!(後)
「CP、こちらランサー1。どういうことか」
「ランサー1、こちらCP。説明したとおりだ。現在、92TSFRが住民の説得にあたっているが、もしも不首尾で終わった場合は――」
深夜――第1戦術機甲連隊の沙霧尚也大尉は、奥歯を噛み締めた。
実は第92戦術機甲連隊の災害派遣はもともと予定されておらず、西部方面司令官の強い要望があったのだという。それがなければ何が行われていたかといえば、夜陰に乗じた機械化部隊による拉致同然の強制避難が行われることになっていたらしい。そのための非致死武器を機械化歩兵部隊は持ちこんでいる。
(臣民を守る帝国軍が、臣民に銃を向けるなど……)
沙霧尚也大尉は眉根を寄せたまま、不知火の機上にいる。
彼が苦悩する最中、オープンチャンネルに聞き覚えのある声が響いた。
「第1戦術機甲連隊の指揮官。こちらは第92戦術機甲連隊第13中隊指揮官の宇佐美誉だ。応答せよ」
「……宇佐美大尉。沙霧だ。第1戦術機甲連隊の災派中隊の指揮を執っている」
「沙霧大尉か。ならば話は早い。
「どういうつもりだ。まさか住民を脅迫するつもりか」
「馬鹿をいえ。山と戦うのに、武器が要るのだ」
「は?」
……時間は前後する。
避難を拒否したお婆さんの住宅の周囲は、えらいことになっていた。小規模噴火を繰り返し始めた天元山と茅葺の住宅の間には8機のF-3Iテンペストが盾を構えた格好で並んでおり、残る4機も無人自律モードで全周警戒に就いている。有害な煙が流れてくれば、NBC戦にも対応しているテンペストは速やかにこれを検知し、衛士たちに報せるであろう。
「まったく……。腹も減ってるだろう。これでも食べな」
そして第13中隊の衛士たちは母屋に上がり、お婆さんが差し出したおにぎりを食べていた。
(……オーガニックじゃねえか)
湯川進中尉は一口でその握り飯の価値を理解した。他の衛士たちも同様で「うまい」と言いながら、お婆さんが出した緑茶を啜っている。それどころではないのだが、お婆さんが避難を拒否する以上、どうしようもなかった。
お婆さんがおかわりを持って来ようと消えた瞬間に、宇佐美誉大尉は音もなくそっと一同の車座から抜け出した。
家の中を見て回る。
とある一室には陸軍の制服を着た男の写真が2枚と、皇帝陛下、政威大将軍殿下の写真が並んで飾られていた。そしてその下には、仏壇がある。遺影は3枚だ。
「……」
何食わぬ顔で宇佐美誉大尉が戻るのと、お婆さんが戻るのはほぼ同時であった。
「お婆さん。先程、ここは息子の帰る場所だと伺いましたが」
「そのとおりだよ。何回もおんなじこと――」
「もう、戦死されていますね?」
和気あいあいとした雰囲気が、凍りついた。
衛士たちはさっとお婆さんの表情を窺った。そこには困惑と苦悩が入り混じった表情があり、宇佐美誉大尉の指摘が正しいことを物語っていた。
対する宇佐美誉大尉は臙脂色の瞳を、意地悪そうに輝かせた。
「……そのとおりだよ」
お婆さんは重々しく、口を開いた。
「でもね、兵隊さん――」
「死者の魂が帰ってくることもあるかもしれないと? 非科学的ですね」
「宇佐美大尉……!」
湯川進中尉は宇佐美誉大尉の肩に手を置いた。
置いた、というよりも強く握った。
しかしながら宇佐美誉大尉は反省の色を見せない。
一方のお婆さんは肩を竦めた。
「骨も何も帰ってこなんだ――頭でわかってても、納得できるわけねえでしょ」
ただでさえ小さい身体が、より小さく見えた。
「……」
沈黙が訪れる。
「いまの話聞いて、ですけど」
最初に口を開いたのはパッパ10・矢追祥人少尉であった。
「なんか悔しいっつーか。わかります? BETAに負けて、そんで火山にも負けるんですか、俺たちは。このお婆さんだってそうでしょ。BETAに奪われて、んでもって家まで火山に奪われるんですか?」
無責任なことを言うな、と佐久本翔中尉はたしなめた。
「敵は自然そのものだ。戦術機でどうにかなる相手ではないんだぞ」
確かに、と湯川進中尉も頷いた。
BETAならば殺せるが、火山は殺せない。
自然災害を止める術がない以上、どうしようもないではないか。
「この家を守ることだけを考えればどうでしょう」
次に口を開いたのは、湯川進中尉の部下である植木陽一少尉であった。
連続して浅石友季少尉や長野ふゆ少尉も発言する。
「そのとおり! 要は土石流とか溶岩とかを盾で防いじゃえばいいんですよ!」
「どりるみるきぃぱんちで溶岩を吹き飛ばす……!」
宇佐美誉大尉率いるA小隊の衛士たちはいくらなんでも不可能ではないか、と小首をかしげていたが、湯川進中尉はやりようはある、と思った。頭の中に叩きこんだ周辺の地形を思い返してから、声を上げる。
「この家は山間部。天元山の火口からこの家までは一本道だ。だったらそこを塞げばいいんじゃないんですかね。戦術機の盾で溶岩を防ぐのは無理だけど、盾はドーザーにもなる。野戦築城をやって塞ぐなり、逸らすなりすればいい」
「工兵の真似事で溶岩を止められると?」
酷薄な口調の宇佐美誉大尉の瞳を、湯川進中尉は見た。
「宇佐美大尉。やっぱ俺も現実的じゃないって……頭じゃわかってても、納得できないですよ。可能性があるならやりましょうよ」
「ふん。通常の野戦築城でこの家を守るのは無理がある。が、私に考えがある。付いて来い」
立ち上がった宇佐美誉大尉が外に出る。
湯川進中尉らやお婆さんは困惑しながら、彼女に付いて行った。
「あの崖」
宇佐美誉大尉は天元山の火口と住居を結ぶライン――その脇にある大崖を指さした。
「あれを突き崩して、あの谷を塞いでしまえばいい」
◇◆◇
「本気……なのか」
半信半疑のまま94式不知火で駆けつけた沙霧尚也大尉は、作戦を聞いて絶句した。
谷に張り出した断崖――御守岩様と呼ばれているらしい――を74式近接戦用長刀で斬り崩し、火口から溢れるであろう溶岩を押し留め、同時にいまは水が枯れている水無川へ流してしまう。
それが第92戦術機甲連隊第13中隊の作戦だった。
いや、作戦というには突拍子がなさすぎる。
「沙霧大尉。本気だ」
機上の宇佐美誉大尉は挑発的に言った。
「市民の生命と財産を守るのが、帝国軍人の務めだ。故に、可能性があるならばやらざるをえまい――貸せ」
沙霧大尉機が差し出した74式近接戦用長刀。
その刀身を宇佐美誉大尉機が両腕で受け取った。
「それから戦略研究会、といったか」
「……」
「もう少し、軍の自浄作用を信用してはどうだ」
宇佐美誉大尉が突然切り出してきた話題に、沙霧大尉は通信が秘匿回線に切り替わっていることを確認した。
「……勘違いしている。俺は光州作戦から今日に至るまで、国家や軍の汚点を幾度となく見てきた。同時に光州作戦から今日に至るまで、高潔なる人々の意志に何度も触れてきた。国家や軍という組織は人の集まりだ。……貴様らのような衛士と刃を交える外道に堕ちるつもりはさらさらない」
それが沙霧大尉の偽らざる心情だった。
その真心を愚弄するように、通信が入る。
「ランサー1、パッパ1。こちらCP。24時間以内に天元山が大規模噴火を起こす観測結果が得られた。時間切れだ。これよりヘリボーン部隊が住民の強制排除に……」
ふん、と宇佐美誉大尉は鼻で笑った。
「CP、こちらパッパ1だ。これより92TSFRは西部方面司令部の命令に従い、オペレーション・
「パッパ1、こちらCP。そのような連絡はこちらに入っていないが」
「Need to Knowだ。交信終わり」
その翌朝、1機の戦術機が白煙を噴く天元山を睨んで立った。
「長野少尉、チャンスは一度きりだ」
「ん、了解」
中隊内で最も近接戦闘が得意な長野ふゆ少尉は、愛機に74式近接戦用長刀を大上段で構えさせた。
崖を突き崩して地形を変えるなど、本来ならば一戦術機にできる芸当ではない。が、シミュレーションの結果、テンペストで一気に急上昇して高度を稼ぎ、そこから反転噴射で位置エネルギー、速度エネルギーを乗せた一撃を叩きつければ、御守岩を崩して谷を埋めることができるはずであった。
「兵隊さん、もういいですわ。あんな娘っこに無理させて……兵隊さんには兵隊さんの戦いが……」
「婆さんにも意地があるように、あたしたちにも意地があるってこと」
そう言いだしたお婆さんを、脇に立つ西迫杏少尉は腕組みしたまま一瞥さえしない。
「なに山だかお山だか知らないけど、戦えるなら戦うよ――あたしたち」
「そんな時代になったんですなあ……。女でも戦える……待たなくてもいい時代に……」
お婆さんの言葉は、テンペストの咆哮に掻き消された。
「状況に変化あり! パッパ7が急上昇を開始しました!」
「モニターに映せ!」
不穏な動きをみせる第92戦術機甲連隊第13中隊を警戒すべく、無人偵察機を出していた作戦司令部もまた、長野ふゆ少尉機の動きに気づいていた。
「なぜ上昇した?」
「長刀を振りかぶっていますが」
「パッパ7、こちらCP。応答せよ。パッパ7、こちらCP。行動の意図を報告せよ。繰り返す――」
山肌を這うように炎を噴きながら急上昇していく鈍色の機体。
一瞬で、灰色に滲みつつある青空を嵐の王が衝く。
74式近接戦用長刀の切っ先は不動のまま、頭上に据えられている。
「天元山が、噴火しますッ」
「溶岩が第13中隊の方向へ流出――」
「くそ、何とかして彼らに通信を繋げろ……!」
眼下を見据えるテンペストの水色の瞳が、ぎらりと光った。
次の瞬間には断崖に体当たりするのでは、という勢いの反転急降下に移っている。
失敗すれば崖を切り崩せない、どころの話ではない。激突死が待っている。
「一宿一飯流ッ!」
にもかかわらず、長野ふゆ少尉は躊躇しなかった。
「――
大気渦巻く斬撃が、叩きつけられる。
斬る、というよりも渾身の思いを乗せた衝撃を伝える一撃。
「は?」
司令部要員が呆然とする中、地響きと砂煙とともに巨大な断崖の一角が動いた。
「CP、こちらパッパ7。作戦成功。交信終わり」
滑落した崖は谷を埋め、迫る溶岩を堰き止めてみせた。
「……意味がわからない」
司令部のスタッフたちはテンペストが危なげなく着地するまでを見届けた。
堰き止められた溶岩は、別の方向へ向かい始めている。
無人偵察機が捉える遠景には、地上に居並ぶテンペストと茅葺の住宅が映っていた。
「正気か」
「あの家を守るためだけに、あれだけのことを……」
「馬鹿げてる……」
しかしながら司令部の人間もまたどこか――安堵していた。
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■111.死によってではなく、生きて、人を導いて。(前)
「新型OS?」
第31中隊の衛士たちが新人だったのも、2年前の話である。
横浜基地にローテーション配備された第92戦術機甲連隊第31中隊の実方成也少尉は、分隊を組む矢矧豪少尉に対して、興味なさげに聞き返した。
話を振った矢矧豪少尉もまた、ベッドに寝転ぶ実方成也少尉に背を向けたままである。
「ああ。新型OSを搭載した戦術機と、従来型OSの
言いながら矢矧豪少尉の手は止まっていない。
「(ステルス機)自動翻訳機能がオフになっている。国際法に則り、英語で交信せよ」
「(不知火)英語はクソくらえ。繰り返す英語はクソくらえ」
「(ステルス機)何……?」
いま矢矧豪少尉の目の前では、劇画調の94式不知火がペイント弾を撃ち放ち、無敵を誇る他国軍のステルス機を撃破していた。夜闇の中、青く光るセンサーアイ。超至近距離の攻防で、返り血のように飛んだペイントが不知火の胸部を濡らしている。
少し考えればステルス機――どう見てもF-22A――が積極的に無線で交信を行うはずがないし、演習とはいえ近距離戦を選択するわけがないのだが、ここは格好良さの問題だ。
現役衛士である矢矧豪少尉が描く漫画は、軍関係者や戦時宣伝を担当する内務省関係者に好評だった。
「舐められたことに、新型OSを搭載した戦術機には任官したての新人が乗るらしい」
「……それだけの自信があるってことか」
実方成也少尉は精神的に成長していた。
変わっていないのは、BETAに対する敵愾心だけである。
何もしても故郷といえる京都も、家族も戻ってこない。
できることはBETAを殺戮して回ることだけだ。
逆にいえば、それ以外のことにはあまり興味が湧かなかった。
その翌日、鈍色のJAS-39CBアララトグリペンと、地球の青を纏った97式吹雪が横浜基地第2演習場にて対峙していた。
彼我3個分隊、全6機。演習エリアは廃墟となった旧市街地を転用しており、戦術機が姿を隠せるような背の高い遮蔽物も多い。武装は突撃砲だけであり、長刀や短刀の類の装備は許されていなかった。当然、JAS-39CBアララトグリペンの固定武装も使用は禁止されている。事故を防ぐため、近接戦闘は認められていないのだった。
「これが訓練兵――!?」
開始90秒で僚機を失った古野義一中尉は、廃ビルの影から砲撃する吹雪に応戦しつつ、頭上を跳ぶ吹雪を背面ガンマウントのフルオート射撃で迎撃して回避機動を強い、攻撃を許さない。
その傍らでは胸部にペイント弾の直撃を受けたグリペンが、膝をついている。
90秒でやられた衛士、五明大造少尉はおかしそうに笑っていた。
「いやーこれ、エースの動きですわ」
「死人が喋るな――ゴブリン3、ゴブリン4は俺に合流。6番機を殺る」
古野義一中尉は即座に新型OSの特長を見抜いていた。
おそらく熟練衛士が過去に残した機動を真似ているだけではない。行動のテンポが早いのだ。硬直時間が短いか、皆無に近い。新米衛士ならここで狩れるだろう、という予想を先程から覆され続けている。
「あそござ狙撃兵がいる!」
傾いだ廃ビルの頂上から飛来するペイント弾に、比氣恵名少尉は展開していない前腕部ブレードを構えた。胸部ユニットを狙ったペイント弾は、スーパーカーボンでできた刀身の表面で弾け、腰部正面装甲や肩口を塗料で濡らすに留まった。勿論、防御だけには留まらない。左主腕を盾にしつつ、右主腕の突撃砲でカウンターを試みる。
「恵名さん、上ッ!」
分隊を組む日和裕文少尉の叫びに、彼女は後方短噴射をかける。
1秒遅れて、3点バースト射撃が路面を汚す。比氣恵名少尉機が頭上を仰ぐと、“06”の白文字を肩に記した吹雪が、日和裕文少尉機の対空射撃を躱すところであった。
その6番機を撃墜するために、3機のJAS-39CBアララトグリペンが舞い上がる。
(特別に動きがいいあの6番機さえ撃墜できれば、流れは変わる)
彼我、砲声が連続する。
6番機は廃ビルを蹴りながら下降――それを古野義一中尉らは追った。自身らが釣り出されているのはわかっているが、あれを放っておくわけにはいかない。
「次の十字路で待ち伏せているぞ」
6番機の背面ガンマウントによる自動砲撃を躱しながら、古野義一中尉は部下に声をかけた。実際そのとおりで、6番機が駆け抜けた十字路に達した瞬間、クロスファイアを浴びせるべく廃ビルの影から砲口が覗いた。
フルオート射撃。それを予期していたグリペンはほぼ同時に地を蹴って、蛍光色の塗料が詰まった火網から垂直方向に逃れた。
「素晴らしい」
何度見ても、という言葉を吞みこんで、モニターの前に座る西部方面司令官は呟いた。
新米衛士であっても熟練衛士と同等の戦闘機動を可能とする新型OS・XM3。
もしもこれが5年早く登場していれば、1998年の本土防衛戦の展開は大きく異なっていただろう。最悪でも帝都が陥ちることはなかったに違いない。西部方面司令官もXM3の早期開発に挑戦したことがあったが、XM3は概念を知っていれば開発できるというものではない。むしろ香月夕呼博士が用意したXM3用の高性能CPUの開発・製造の方が難しいまであった。
一方、白衣を羽織った香月夕呼は、つまらなさそうに演習を眺めていた。
「XM3はオルタネイティヴ4の副産物にすぎないのよ」
「知っている。では“本命”は」
「完成間近よ」
「それはXM3の開発を務めた白銀武、という男のおかげか」
「……あれはただの訓練兵よ」
「では引き抜いてもいいか?」
「お生憎様。こっちも人手不足なのよ。A-01連隊もいまじゃ2個中隊――デリングとヴァルキリーだけになっちゃったしね」
そうか、と頷きながら西部方面司令官は白銀武なる人物がやはり鍵か、と思った。
実は彼は白銀武のことを知っている――もちろんデータ上の話ではあるが。徴兵制度が復活した日本帝国では、市町村単位で徴兵検査の対象年齢に達した男女の名簿が作成され、その地域の連隊区司令部と中央の国防省軍務局に提出することになっている。また徴兵検査の対象年齢に達しておらずとも、高い衛士適性を有する者を捜索するために、より若年層の個人情報も収集しており、80年代から国防省は膨大な個人情報を保有していた。
故に西部方面司令官は“白銀武”という氏名だけでも、そのデータベースを利用することで、出身地や経歴を知ることができた。
(しかし偽か、真か)
公的には白銀武は本土防衛戦が生起した折、行方不明――事実上の死者にカウントされている。
(いまあの06を駆っている白銀武が、ホンモノだとは思わない)
目が肥えている西部方面司令官には、わかる。
6番機の吹雪が見せている戦闘機動は新型OSによるものだけではない。おそらく数度に亘る実戦――それも対BETA戦・対人戦の双方――を経験して磨かれた戦闘センスによるところが大きかろう。
1998年、99年前後に行方不明になった人間ができる操縦ではない。
「それより、頼まれてたやつだけどね……」
香月博士は話題を変えた。
「……できてるわよ」
「それは重畳」
「付いてきて」
警備兵をぞろぞろと引き連れて、香月博士と西部方面司令官は格納庫に向かった。
ガントリーに固定されて直立している戦術機は、武御雷である。
カラーリングは、黒。
一見すれば一般兵仕様の00式戦術歩行戦闘機C型にみえる。
しかし細部は異なっている。胸部ユニットが若干拡大しており、肩部のブレードエッジ装甲は取り外され、その代わりに巨大なフェーズドアレイレーダーを備えた外装に交換されている。
「こっちも副産物よ。まあオルタネイティヴ3の遺産ね」
素っ気なく言う香月博士に、西部方面司令官は感嘆した。
「いやオルタネイティヴ計画――XM3とこれだけでも十分おつりがくると思うがね」
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■112.死によってではなく、生きて、人を導いて。(後)
比較演習2日目。
晴天の下、第2演習場に集合した日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第31中隊の衛士たちは、機上にて打ち合わせをしていた。今日は量産型のXM3を搭載した戦術機と実戦形式の演習を実施することになっている。
(ソフトウェアで不利ならば、ハードと技量で勝負するしかない)
それが中隊長を務める八倉世理子大尉の考えであった。
太陽光を浴びて輝く、ブレードエッジの刃――これが使えない時点でJAS-39CBアララトグリペンの持ち味のひとつは潰されている。しかしながら、吹雪や不知火と比較した際のグリペンの長所は、これだけではない。国内の中で最も小型な戦術機であることだ。昨日と同じ旧市街地を転用した演習場であれば、そのメリットを活かせる。
八倉世理子大尉は遮蔽物となる廃墟からセンサーマストだけを出し、ファーストルック、ファーストシュートを再度心がけることを中隊衛士らと確認した。
(きょうはF-15が相手らしいし……気合入れ直していこう!)
サイウン12・竹島繭子少尉は頭に叩きこんだ対戦表を思い返していた。
昨日とは違い、今日の相手は実戦機のイーグルや不知火である。衛士の腕前も、吹雪を駆っていた新任少尉と同等かそれ以上であろう。気を抜いていれば、容易にやられる。
「サイウン1、こちらHQ。現在、そちらに補給車輌を廻した。到着次第、補給に移れ」
「HQ、こちらサイウン1。了解」
補給といっても突撃砲の弾倉に、演習用のペイント弾を装填するだけだ。
「B小隊、装填完了」
「C小隊、装填完了」
C小隊を率いる古野義一中尉が報告した瞬間、大気が震えた。
JAS-39CBアララトグリペンの震動センサーが、一斉に異常を報せる。しかしながらそれは地表、地中からの音響ではない。典型的な爆発音――具体的には戦術機が撃破される轟音を彼らは捉えていた。
……。
「HQ、こちらホーネット1。爆発音が――」
次の瞬間、外壁だけとなっていた廃ビルをぶち破って現れた突撃級が、国連軍仕様の77式撃震を吹き飛ばした。千切れた腰部装甲板が塀に突き刺さる。それに遅れて、宙を舞った撃震は背面から廃ビルに激突。外壁を突き崩しながら、倒れ伏した。
「なんでBETAが……!」
「くそったれ、ホーネット1、2がやられた!」
「HQ、こちらホーネット3! 第2演習場トライアルエリア2においてコード911を宣言する!」
「ホーネット3、こちらHQ。敵の侵攻を阻止しろ」
「ふざけてんのか!? こっちは丸腰なんだぞ!」
上体を起こした撃震――ホーネット1は次の瞬間、突撃級に衝角を叩きつけられていた。
大きく陥没する胸部ユニット。
それを同小隊の衛士たちは、見ていることしかできなかった。
「ホーネット3、こちらHQ。繰り返す、現在地にて敵の侵攻を阻止しろ」
「くそったれ――ホーネット4! 大型種は無視して、兵士級どもを踏み潰す!」
「ホーネット3、こちらホーネッ゛」
「どうしたッ!」
要撃級の前腕に主脚を刈られて転倒し、続く2撃目で胸部ユニットを粉砕される撃震――ホーネット4。
その脇から飛び出した要撃級の攻撃を、ホーネット3は最大出力で垂直方向に跳んで躱した。いくら非武装でも、戦術機は三次元的な機動が可能である。光線級さえいなければ、地べたを這いまわるBETAに一方的にやられるわけがない。
そんな事実を改めて確認し、安堵する撃震の衛士。
が、彼は次の瞬間、けたたましい警報を耳にした。
「初期照射警報!?」
慌てて反転降下へ移行する。
が、それが良くなかった。先行量産型XM3を搭載していた機体は鋭敏に反応し、衛士の予想よりも早く急降下を始め、慌てた彼は姿勢を立て直すことに失敗していた。撃震は大破しながら廃墟を薙ぎ倒し、瓦礫の山に突っ込んで、止まった。
「HQ、こちらクラッカー1だ! エリア1にも敵が侵入した! 後退する!」
不用意に高度を取っていた撃震が本照射を浴びて爆散し、火焔と鋼鉄の雨を降らせる。
「クラッカー1、こちらHQ。後退は認めない。戦闘機動にて敵を攪乱せよ」
この時点で基地司令部は、演習場の戦術機に現在地の死守、ハンガーに待機中の戦術機に武装と武器弾薬の搬送を速やかに命じていたが、状況は厳しい。
不自然なほど唐突なBETAの出現に居合わせた演習場の戦術機たちは、前述のとおり74式長刀の携行さえ許されない非武装状態であり、丸腰の状態でBETAを翻弄――時間を稼がねばならない。一方で演習場に近接したハンガーにはペイント弾が山積みになっているような状態で、36mm焼夷徹甲榴弾が装填されている弾倉はひとつも用意されていなかった。
司令部も現場もハンガーも、混乱の極致にいた。
「A207。こちらシャーク1。ここはあたしたちが維持する――貴様らは37番ハンガーに向かい、突撃砲を持ってこい!」
「中尉殿! 全機でハンガーまで――」
「ちょっと、白銀!?」
演習場の一角では、97式吹雪の新任少尉たちと77式撃震を駆る衛士たちが合流を果たしていた。
「A207・06! ここは誰かが残って食い止めなければダメなんだよ!」
「じゃあ俺たちが戦力にならないってわけですか!? 言っときますけど、そっちの撃震は古いOSですよね!?」
「ラリってんじゃねえ! 弾薬が重要だからこそ、機動性に優る貴様らに武器の搬送を命じているんだ――くそっ、要撃級が来るッ!」
吹雪と撃震が眦を上げる。
その先には数体の要撃級。
突撃砲さえあれば容易く撃退できる敵――だが非武装の撃震で足止めしようと思えば、旋回能力の高い要撃級は悪夢そのものである。
「俺が――!」
「白銀!」
「6番機、冷静になれ」
次の瞬間、銀翼が吹雪と撃震の合間を翔け抜けた。
サーフェイシング。土埃を巻き上げながら要撃級に殺到する。対する要撃級は迎撃のために、前腕を横殴りに振るわんとする。それに合わせるように、古野義一中尉は短噴射跳躍をかけ――宙に浮いた刃の塊は膝部のブレードエッジ装甲から要撃級の背中にダイブした。
その横では要撃級の大振りの一撃を横っ飛びで躱したJAS-39CBが、右主腕のスーパーカーボンブレードで要撃級の脚部を数本斬り飛ばしていた。バランスを崩す要撃級。僚機のJAS-39CBがその顔面に刃を突き立て、速やかにその息の根を止めている。
「帝国最強、
「A207・01。こちらサイウン9。帝国最強を自称したことはないが――確かにこの場では最強かもしれないな」
古野義一中尉は血肉の海の中で機体を起こすと、駆けてくる戦車級を捕捉した。
後衛小隊を率いる身としてはBETAとの近接戦闘など御免被りたいところであったが、いまここで敵を殺せるのは、固定武装が充実しているこのJAS-39CBアララトグリペンのみだ。
「HQ。こちらサイウン1――」
八倉世理子大尉は飛びかかってきた戦車級を斬り伏せ、主脚で踏み潰した。
「このエリアのBETAは排除した。次の目標を報せ」
◇◆◇
横浜基地における研究用サンプルのBETA脱走――それがもたらした混乱は第92戦術機甲連隊第31中隊の活躍によって、急速に終息へ向かった。演習場に姿を現したBETAの個体数は50に満たず、また光線級も数体に過ぎなかったため、対BETA戦に精通した第31中隊の衛士が駆るJAS-39CBアララトグリペンは容易くこれを排除できた。
幸いにも基地施設に対する損害はなし。
戦術機は、といえば大破・全損機合わせて7機が使い物にならなくなっていた。
その7機のうちに国連カラーの97式吹雪が1機、含まれている。
「ちくしょう……」
「ずいぶんと派手にやられたわねえ」
瓦礫の中に仰向けにうずくまる97式吹雪。
その前で座りこむ衛士の背中に、制服姿の軍曹が語りかける。
「月並みな言い方だけど……生き残ることも才能よ? 白銀はきょう生き延びた。胸を張りなさい」
「……やめてくださいよ」
「あなたがきょうまで生きてきたこと、きょうを生き延びたこと、あしたも生きていることで、たくさんの人が救われるわ。抽象的かしら……具体的に言えば新型OSだってまだまだ詰めが甘いところがある。あなたが完成させるのよ。あなたが完成させて、多くの衛士を救うの」
「たくさんの人を救う? 俺が? 俺はそんな……最低ですよ。舞い上がってたんです。XM3を開発して、帝国軍最強の戦術機部隊を圧倒して、これで人類を救えるって。でもどうだ……ご覧の有様ですよ」
「……」
「いざBETAが出てきたら頭が真っ白になって。ペイント弾を撃ちまくってました。殺せるわけないのに、パニックになって。1日目に勝った勝ったと俺がはしゃいでた相手が冷静に敵をやっつけてる中、俺はコックピットで泣き喚いているだけだった。俺は……大バカの臆病者だ」
「大バカの臆病者でいいと思うわ」
「え」
「泣き喚いても、大バカでも、臆病者でも、生き残れば明日がある。それを積み重ねて――白銀は何十年と生き残って。ひとりでも多くの人を守って欲しいの」
「……できますかね、俺に」
「できるかどうかじゃなくて、やるのよ」
「……」
「私は昔、学校の先生になるのが夢だったの」
「え?」
「意外でしょ」
「そんなこと、ないです」
「でも皮肉よね。戦争のせいで教師になれなかった私が、衛士訓練学校の教官をやってるんだから……」
「……」
「教員資格を取るための大学を中退して陸軍士官学校に入ったこと、私は後悔してない。でも10年後、20年後――同じように夢を諦めたり、夢を壊されたりするような世の中であって欲しくはないわ」
「……」
「白銀には1日でも生き延びて、誰かの夢を守る、それから――自分の夢を叶えられる人になって欲しい。そう、思ってるのよ」
「……」
「人類を救う。あなたと同じ歳の頃、私も同じくらい熱かったなあ。こんな戦争、さっさと終わらせてやるんだあーって。だからこそ先輩からのアドバイス。まずは自分を認めて、1日1日できることを増やしていきなさい――以上!」
「……ありがとう、まりもちゃん」
「だからまりもちゃんは――」
弛緩していた空気に、ヅヅゥ、という異音――戦術機の外部スピーカーが起動する音が響きわたった。
「後ろォ! 兵士級!」
「間に合わん、伏せろ戦友ッ!」
白銀武は何のことかわからないまま、背後を振り向いた。
が、神宮司まりもは実戦勘と同じ衛士に対する信頼から、振り向きもせずにその場に伏せた。
次の瞬間、高速で飛来した36mm弾が兵士級の頭部を擦過――それだけでその上顎から上の部分をすべて虚空へ吹き飛ばし、下顎部もまた粉砕していた。ぶち撒けられる体液と肉片。ぐらりと前後に揺らいだ兵士級の巨体は最終的には前のめりになり――。
「え、まりもちゃん?」
伏せたままの神宮司まりもを圧し潰していた。
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■113.発動、甲21号目標作戦!
香月夕呼博士は、西部方面司令官の思考を理解できない。
彼女が仕組んだ研究用BETA脱走・襲撃事件が解決したあと、西部方面司令官は第92戦術機甲連隊第31中隊を八代基地に帰還させている。同時にオルタネイティヴ第3計画・第4計画のシナジーの産物であるATD-X・2号機(Alternative Technological Demonstrator-X・2nd)も八代基地に持って行ってしまった。
それだけではなく理由をつけて、甲21号目標作戦における日本帝国航空宇宙軍の作戦拠点を種子島基地に設定し、噂ではさらに種子島基地へ西部方面隊の余剰物資を集積しているらしい。
何やら次なる作戦に向けた準備に邁進しているようだった。
(何をそこまで焦っているのかしら)
オルタネイティヴ4推進派にとって、ここ最近のタイムスケジュールはかなりギリギリだったといっていい。年内にオルタネイティヴ第4計画が何某かの成果を出せなければ、計画は第5計画に移行していたであろう。しかしながら、その懸念は一応、過去のものになった。白銀武を利用することで、00ユニットは完成したのだから。
問題は確かにある。
彼女の友人、神宮司まりもが負傷した。
それにショックを受けていたのかもしれないが、00ユニットと対面した白銀武は「この世界は狂っている」と喚き散らして、元の世界へ逃げ出した。
「まりも、元気そうじゃない。心配して損したわ」
多忙の合間を縫って香月夕呼は、神宮司まりもを見舞いに行った。
「これが元気そうに見える? 心配しなさいよ」
ベッドで横になっている神宮司まりもは、はあ、と溜息をついた。
前のめりに倒れた兵士級の死骸に挟まれて両足を捻挫、肋骨に一箇所だけヒビが入っている――BETA絡みの負傷としては程度は軽いものの、いますぐ十全に動ける体ではない。生身で兵士級の血肉に
「ただ……私が心配なのは白銀よ」
神宮司まりもは世間話もせずに、自身がいちばん気になっていることを切り出した。
「白銀が“自分のせいで”なんて気にしてちゃ、目も当てられないわ。白銀は?」
「新兵器の調整に廻ってもらっているわね。まあ凹んでるのは事実だけど、放っといてもすぐ立ち直るでしょ」
香月夕呼は平然と嘘をついた。
白銀武はもうこの世界にはいない。
おそらく戻ってくる可能性は高い、と踏んでいるが。
(あたし、やっぱり地獄行きね)
微笑む親友の顔を見て、彼女は安堵していた。
BETAを故意に演習場へ解き放ったのは、香月夕呼本人だ。つまり彼女は、自身の選択によって、神宮司まりもを死に追いやってしまう可能性もあった。すんでのところで兵士級を射殺した第92戦術機甲連隊の衛士には、感謝してもしきれないだろう――勿論、表には出さないが。
香月夕呼が神宮司まりもを見舞った翌日、白銀武も帰還した。
前述のとおり00ユニットも完成している。
佐渡島ハイヴ・鉄原ハイヴ攻略用の凄乃皇弐型が2機、オリジナルハイヴ攻略用の凄乃皇四型もまた実戦投入の目途がついていた。
甲21号目標作戦は12月25日に実施されることになっている。
順調にいけば来年の1月には甲20号目標の攻略に着手することになるだろう。
確かに結果を出せなければ、いつ打ち切られてもおかしくない“綱渡り”をしていることには変わりないが、それでも予測の範疇を超えてはいない。
……。
横浜事件から、約2週間後。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊は、第92戦術機甲連隊と最低限の防衛戦力を除いた全戦力を佐渡島ハイヴ攻略作戦に投じることになっていた。帝国軍参謀本部の一部は第92戦術機甲連隊の参戦を臨んでいたが、西部方面司令官が第4師団、第8師団をはじめとした数個戦術機甲師団を自ら提案したため、大きな問題にはなっていない。
また第92戦術機甲連隊から戦術機こそ出ないが、櫻麻衣大尉、宿野部東中尉、十六良世少尉がスェーミナとともに、Tu-119にて作戦に参加することになっていた。
「チェックリスト」
2001年12月25日の天気は、穏やかであった。
Tu-119の機長席に座った櫻麻衣大尉は、離陸前の機器チェックを宿野部東中尉に命じた。
「ねえ、あいつ、殺そ?」
幻聴というにはあまりにも明瞭な声がした。もしかすると自分の口で言ったのかもしれないが、自覚はない。着用している衛士強化装備からは、血と硫黄の臭いがしている。それから焦土と焼けた肉の臭いが鼻を衝いた。だが騒ぐ必要はない、異臭では人間は死にはしない。
離陸前のチェックリスト確認を始めた宿野部東中尉。その頭越しに見えるのは、風防に張りついた死体だ。要塞級の溶解液でも直撃したか、衛士強化装備の保護被膜と人体がどろどろになって一体化してしまっている。邪魔だ、と思った。これでは前方が見えないではないか。
途端、小さな異音がする。自動で薬剤が投与されたのだろう。衛士強化装備の感覚欺瞞も働く。とはいえ、ここ最近は薬剤と衛士強化装備の感覚欺瞞の双方を以てしても、五感に対する幻覚の侵食を抑えきれなくなってきている。
「福岡コントロール。こちらシュービル。滑走路進入許可を求めます」
「シュービル。こちら福岡コントロール。そのまま待機せよ」
「福岡コントロール、シュービル了解」
宿野部東中尉ははあ、と溜息をついた。
予定よりも大幅に早い。滑走路を見やれば、V-22オスプレイが離陸するところであった。
「しばらくこのままでしょう。……スェーミナもそれ外して少し楽にしてた方がいい」
「了解」
緑がかった黒い髪と、青白い肌の持ち主は大仰なヘルメットを外し、虚空を見つめた。
「スェーミナ」
櫻麻衣大尉は声の調子に険が混じらないように注意しながら、呼びかけた。
「調子は大丈夫か」
「パフォーマンスに問題はありません」
「ならよかった」
こくりと頷いたスェーミナの仕草と、俯いて獲物を捜す兵士級の動作が重なってみえる。BETAが人間のふりをしている。実際、スェーミナは無秩序に生命を刈り取る怪物ではないと、頭では理解している。が、感覚的な嫌悪だけはどうしようもなかった。
一方のスェーミナは、じっと櫻麻衣大尉の顔を見つめた。
「……すみません」
「どうした」
「なにか、不快でしょうか?」
スェーミナは無表情だが、その黒い瞳には不安が滲んでいた。
「いや……」
櫻麻衣大尉は、言い淀んだ。
「何も不快ではない。ただ、私はスェーミナのことをあまりよく知らないからな……無意識のうちに壁を作っていたのかもしれない」
そう言って、誤魔化すのが精一杯だった。
スェーミナは頷いてからまた正面を向き直す。
その正面を向き直す仕草は、要撃級の尾部感覚器の動きとよく似ていた。
甲21号目標作戦における核戦略長距離偵察機Tu-119の役割は、弾着観測や航空偵察である。能天気にやれる仕事では決してない。重金属雲の切れ目を狙って飛行しつつ、飛び交う砲弾を躱しながら、無人機でも監視できないエリアを選択してモニターしていく。
しかしながらこの日、Tu-119はもうひとつささやかだが重大な任務をこなすことになるのであった。
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■114.あいとゆうきのおとぎばなしなら、ひとりやふたり、拾ってみせろッ!
「あれがホンモノか」
贋作といっていい核決戦航空機動要塞あらため核戦略長距離偵察機Tu-119に対し、XG-70b凄乃皇弐型はまさしく“要塞”であった。
国連宇宙総軍による軌道爆撃と帝国海軍連合艦隊、国連太平洋艦隊がAL弾で濃密な重金属雲を展開――その重金属雲が低空まで下がってくると同時に、XG-70b凄乃皇弐型は作戦開始早々に佐渡島近海に姿を現した。
本来ならばXG-70b凄乃皇弐型は、
①
② 陽動作戦の成功後、国連宇宙総軍第6軌道降下兵団によるハイヴ突入および、西部方面隊別働隊の反転突入
上記からなる通常戦力の攻略が失敗した場合のみ、前線にて攻撃的テストを実施することになっていた。
が、香月夕呼が土壇場で作戦を切り替えたのである。
(スポンサーを喜ばせるため、多少のリスクは目を瞑るしかないわね)
オルタネイティヴ第4計画の結果――所詮、これも副産物にすぎないのだが――による“人類生存の具体的な可能性”を誇示するため、である。オルタネイティヴ第5計画が支持するG弾、またオルタネイティヴ計画に見切りをつけた国連関係者が推進するプロミネンス計画を牽制するには、新型OSや対BETA諜報だけではなく、目に見えてわかりやすい結果が必要だった。特に日本帝国第92戦術機甲連隊の成功を受けて、国連内に一定数いる現実主義者たちは「夢物語に費やされる予算を、戦術機に廻せ」とプロミネンス計画を推すようになっている。
故に香月夕呼は作戦発動直後から、XG-70b凄乃皇弐型を最前線に投じることを決断していた。
神性の名に恥じぬ働きである。
上部ユニット前面装甲が開放された次の瞬間、眩い光が奔る。超高速で吐き出される荷電粒子。設定された射線軸とその周囲は、瞬く間に莫大な熱量と電磁波の奔流に晒される。衝撃波で突撃級が宙に吹き飛び、要撃級や戦車級は地形ごと消滅していた。要塞級も例外ではなく、薙ぎ倒された。
万単位のBETAを地形ごと抉りとる第一射。
目の前の光景が信じられないとばかりに、地表の将兵が静まり返った。あまりの破壊力を前にして、これが重光線級の照射攻撃なのか、何らかの特殊な事故なのか、それとも――人類兵器の攻撃によるものなのか、まったく判別がつかなかったのだ。
「ヴァルキリー・マム、こちらシュービルだ。いまの一撃で砲撃対象エリアの重光線級、光線級は全滅した」
そんな中、Tu-119に搭乗している櫻麻衣大尉は、XG-70b凄乃皇弐型を担当するCP将校につないでいた。
「シュービル。こちらヴァルキリー・マム。続く砲撃対象エリア候補を報せ」
4分後の第2射は、光線級、重光線級がわだかまる佐渡島ハイヴ地表構造物周辺に対して放たれた。一方的である。光線級・重光線級は要塞級や突撃級に阻まれる格好でXG-70bを攻撃することができないが、XG-70bは多少の地形、大型種、そしてハイヴ構造体を無視して光線級・重光線級に有効打を与えられる。
憎悪とともに、XG-70bが咆哮する。
大型種が爆風で粉々になり、千切れた生体装甲が四散した。射線軸に居合わせた重光線級、光線級は一瞬で蒸発し、XG-70bが放った荷電粒子の奔流は、ハイヴの地表構造物を突き崩した。
「お、お――」
突き崩した?
否。荷電粒子砲を受け止めた漆黒の地表構造物――その周辺で大気が一瞬でプラズマ化し、大地も、BETAも、地表構造物も一緒くたに爆ぜた。核攻撃でさえ砕けない堅牢な構造物が、跡形もなく消滅したのである。
「ハイヴが、砕けた――」
甲21号目標作戦参加将兵は、これによってすべてを理解した。
BETAに反撃さえ許さない絶大なる火力――夢でも幻でも、魔法でもない。人類の科学力の産物だ。そして科学兵器は、“量産”できる。人類勝利の日は、近い。
歓喜の声の中、地表に出現した増援を狙ったXG-70bの第3射が複数の門と横坑の一部ごと、師団規模のBETAを削り取る。
「一方的ですね」
宿野部東中尉はTu-119を緩旋回させながら、佐渡島ハイヴが存在していた場所を眺めた。櫻麻衣大尉も頷いたが、我ながら意外にも驚きの感情は薄かった。この光景を、知っていた。
「十六少尉、いまの砲撃で音響センサー網が沈黙したエリアがないか確認してくれ。状況によっては本機で再敷設する」
「了解」
十六良世少尉はBETAのハイヴ坑内での行動や地中侵攻を察知するためのセンサー網から、観測情報が上がっているか確認を開始した。
「シュービル、こちらヴァルキリー・マム。30分後、
「ヴァルキリー・マム、こちらシュービル。了解した」
ヴァルキリー・マムから秘匿回線で送られてきたタイムスケジュールでは、このあと数度に亘ってXG-70bが荷電粒子砲による攻撃を実施し、その後軌道降下兵団、西部方面隊第4師団・第8師団が突入することになっていた。
が、そう容易く事態が進展しないことを、彼女は知っていた。
「ヴァルキリー・マム、こちらシュービルだ。メインシャフト直上から少なくとも師団規模のBETA群を観測。第4射はどうした」
「シュービル、こちらヴァルキリー・マム。……マシントラブルが発生した。現時刻を以て、第4射および第6軌道降下兵団の強襲によるハイヴ攻略プランを破棄する」
「ヴァルキリー・マム、こちらシュービル。了解した」
Tu-119は時折ふらつきながら、佐渡島上空を緩旋回する。
眼下では、刻一刻と状況が変わりつつあった。佐渡島の地形ごと約10万近いBETAを粉砕したにもかかわらず、メインシャフト跡から4万近いBETAが溢れ出しており、また周辺の門からも旅団規模単位でBETA群が出現している。確かにこの状況で第6軌道降下兵団に強襲させても、今後の展開は厳しいものがあるだろう。
一方、頼みの綱のXG-70bは擱座状態に陥っていた。
原因は不明である。香月夕呼博士らはやむをせず、00ユニットの離脱と回収を最優先とした。凄乃皇は弐型の予備機が1機、最終調整を残すばかりの四型もまた横浜基地にあるが、00ユニットだけは替えが利かない。
XG-70bは第1戦術戦闘攻撃部隊の伊隅みちる大尉が残り、爆破を試みることになっていた。BETAに鹵獲されてしまっては、速やかにXG-70bへの対策が採られてしまうだろう。が、なかなか自動爆破プログラムを立ち上がらずにいた。
「ヴァルキリー・マム、こちらシュービルだ。A-02の方向に震源が移動している――」
それだけではない。
XG-70bの周囲にBETAが湧き出し始めていた。
宿野部東中尉や十六良世少尉が知る由もないが、XG-70bはこの時点で主機の再起動には成功していた。ただし絶対防御を可能とするラザフォード重力場は展開していない――00ユニットなしでは、直掩に就く柏木晴子少尉を巻きこむ可能性があるためだ。
「要塞級出現――大尉!?」
「柏木、貴様だけでも離脱しろ。いま自動爆破プログラムが立ち上がった――副司令、プランGへの移行を進言いたします」
伊隅みちる大尉はコンソールを眺めていた。
立ち上がったのは、ハルマゲドン・モード。主機を自動暴走させ自壊――それに伴い周囲半径数十kmを消滅に導く。これなら佐渡島ハイヴ、BETAを抹消し、日本帝国への脅威を減じることが可能である。
「伊隅大尉、馬鹿言ってないで脱出してください!」
「馬鹿は貴様だ! ……この状況で脱出は不可能だ。貴様だけでも行け!」
伊隅大尉の不知火に乗り換えていた柏木少尉は、120mm弾のバースト射撃で要塞級を突き崩し、XG-70bに向かう突撃級の後背へ跳躍して連続射撃を食らわせた。
網膜に投影されている外部状況は、確かに絶望的だ。
XG-70bには数体の戦車級が取りついている。重装甲を誇る同機ならば、戦車級や要撃級に致命的ダメージを受ける前に、自爆シーケンスを完遂できるであろう。そこは心配ない。が、この状況では脱出した伊隅大尉を拾う余裕など、あるはずがなかった。
飛びかかってくる要撃級を柏木少尉は空中で射殺し、死骸の合間を突進してくる戦車級をフルオート射撃で粉砕していく。
この調子じゃキリがない、と彼女は唇を噛んだ。
「伊隅大尉! とにかくハッチの敵を排除します! 早く上がってきてください!」
とにかく機内エレベーターの出入口、その周囲にいる戦車級を排除しなければ。
柏木少尉がXG-70bの上部にレティクルを合わせる――と同時に要撃級が脇合いから殴り掛かってきたため、彼女は回避機動をとらざるをえない。
「柏木……!」
そのとき、である。
伊隅大尉が何かを言う前に、新たな声が割りこんできた。
「A-02、こちらシュービル。そちらの指揮官はイスミか?」
え、と柏木少尉は要撃級を120mm砲の一撃で黙らせながら、無線のチャンネルを確認する。うっかりしていた。伊隅大尉との会話に夢中になっていて、いつの間にか彼女が送信に使っている回線が、秘匿回線からオープンチャンネルに切り替わっていることに気がつかなかった。
「シュービル、こちら国連軍少尉の柏木晴子です。確かに指揮官は伊隅大尉です」
「イスミ大尉の率いるヴァルキリーズには、横浜では世話になった」
「……シュービル、いまどこに」
「上だ」
不格好な鋼鉄の塊が、緩慢に高度を下げてくる。
棒状の両主腕に備えた巨大なフェーズドアレイレーダーが、最大出力で自身が“存在”であることをプロジェクションし、完璧な対BETA欺瞞を完成させていた。ただしこのTu-119にBETAを排除する装備はない。BETAを1体でも攻撃したが最後、化けの皮は容易く剝がれてしまう。
「スェーミナ」
「存在はX-1システムの使用とA-02の構成要素の救援に反対する。根拠を提示する。92TSFRの構成要素とTu-119およびX-1の価値と、A-02の構成要素の価値を比較。前者と後者では、前者が高価値であり、前者を危険に晒す必要性を認めない」
「ではスェーミナ、命令する。X-1を使用せよ」
「了解した」
故にTu-119は、地に降り立ちながら叫ぶ。
「存在は存在に求める。情報照合のための形式を送信せよ」
「存在は個体情報形式の送信後、存在が送信する行動指令を受信せよ」
「行動指令が重複する存在は、
柏木晴子少尉は、呆けた。
Tu-119が放つ強力なジャミング波――種が割れれば容易く対処されるであろう欺瞞信号を前に、戦車級たちが緩慢な動きでXG-70bから離れていく。同時に柏木晴子少尉が駆る不知火に向かっていた突撃級や要撃級は足を止め、メインシャフトの方向へ転進した。
「怪しまれれば終わりだ。A-02は本機に移乗せよ」
XG-70bが荒ぶる破壊神であれば、Tu-119は偽りの機械神。
故にこの日、Tu-119はろくな戦果も挙げられないまま、ふたりの衛士を救うだけに留まった。
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■115.発動――(前)
2001年12月25日。
佐渡島ハイヴが想定以上の個体数を収容しており、また万単位のBETA群が佐渡島攻略部隊を無視し、手薄になっている日本海沿岸へ侵攻せんと行動を始めたことから、国連オルタネイティヴ第4計画司令部は、伊隅みちる大尉が意見具申したXG-70bの主機暴走による
かくして同日15時30分には佐渡島ハイヴは、XG-70bとともに消滅した。
翌日には戦術機部隊の陽動作戦と新型爆弾の投下によって、甲21号目標の攻略作戦は成功したと発表がなされた。
大多数の地球人類、帝国臣民からしてみれば、試合内容はどうであれ、勝ったことには変わりはない。
国連太平洋方面第11軍および日本帝国本土防衛軍は、甲22号に引き続き、甲21号目標の殲滅に成功――しかも甲21号目標作戦で生じた損害は、予想を遥かに下回る形になった。
その理由はTu-119の観測の下、XG-70bが作戦発動直後から荷電粒子砲による長距離砲撃を実施し、多くのBETAを葬ったためである。また予想以上の敵個体数に突入自体を断然したこと、敵増援が擱座したXG-70bに向かい、退却を開始した上陸部隊をほとんど無視したことが要因として挙げられよう。
こうした事情で佐渡島の崩壊に伴って日本海沿岸部の軍施設は被害を受けたものの、国連太平洋方面第11軍・日本帝国本土防衛軍は投入した機動部隊(3個戦術機甲師団・18個戦術機甲連隊)の大部分が退却に成功。
「国連太平洋方面第11軍司令部に、甲20号目標作戦計画を提案したところよ。作戦予定日は1月上旬を予定しているわ」
12月26日。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊健軍基地にて西部方面司令官は、横浜基地の香月夕呼博士と通話していた。秘匿回線とはいえ、帝国政府あるいは米国など他国政府に盗聴されていることが前提の会話になる。が、両者はさして気にしていなかった。
「甲20号目標――鉄原ハイヴ攻略作戦か」
「ええ。反応炉破壊のための突入部隊には、第92戦術機甲連隊を推薦しておいたから」
「了解した。航空宇宙軍種子島基地に連隊を移動させる」
西部方面司令官は手許のメモに目を落とした。
そこには1998年の本土防衛戦から始まり、今年生起するはずであった12・5クーデター事件、速やかな撤退が叶った甲21号攻略作戦によって“イレギュラー”となった戦力が文字情報として残っている。第92戦術機甲連隊を横浜基地に廻す必要は、もはやないだろう。しかし佐渡島ハイヴから撤退後、本州にて補給や修理を受けている西部方面隊所属部隊は少なくない……。
……昏い瞳をいま一度持ち上げて、モニターを見る。
対する香月夕呼は、少し意外そうだった。
「……驚かないのね」
「そのための決戦部隊――第92戦術機甲連隊だ」
◇◆◇
「作戦を説明する」
12月26日の夜。
第92戦術機甲連隊本部・作戦担当幹部の園田勢治少佐は、第92戦術機甲連隊の全衛士と集められた手隙の全隊員の前に立っていた。
「国連安全保障理事会および国連統合参謀会議は、甲20号目標攻略作戦の発動を決議した。時期は2002年1月上旬。参加戦力は国連太平洋方面第11軍、韓国軍をはじめとする大東亜連合、日本帝国軍となっている」
(早い――!)
と、一同は思った。
佐渡島ハイヴの次は鉄原ハイヴ、と誰もが覚悟をしていたことではあったが、正直に言って1月もせずに鉄原ハイヴ攻略作戦に移るとは思ってもいなかった。
「甲21号目標作戦から次なる甲20号目標作戦まで、時期的間隔はほとんど空かない。この理由は佐渡島に投入した我々の新兵器への対策が練られる前に、甲20号目標を攻略し、日本帝国および極東における脅威をひとつでも取り除くためだ」
甲21号目標作戦では国連軍の新兵器が緒戦からBETAを圧倒したことを、彼らは聞き及んでいる。基本的にBETAは物量と速度で人類を圧倒してくるが、1973年に光線級を投入したように、脅威に対して無為無策でいるわけではない。可能であれば速やかに甲20号目標を叩き潰してしまえ、というのは道理であった。
「作戦は3段階から成る。第1フェイズは国連宇宙総軍による鉄原ハイヴへの軌道爆撃と、日本帝国航空宇宙軍の釜山に対する軌道爆撃だ。双方とも重金属雲の展開と、地表の敵個体数の漸減が目的となっている。同時に国連太平洋艦隊と大東亜連合海軍は、朝鮮半島東海岸に対する艦砲射撃を、日本帝国連合艦隊は朝鮮半島南東部への艦砲射撃を実施する」
「続く第2フェイズは渡洋攻撃による陽動作戦だ。1週間後に再編完了予定の日本帝国大陸派遣軍が釜山に上陸し、鉄原ハイヴの収容個体を可能な限り南東へ惹きつける。同時に国連太平洋第11軍と大東亜連合軍は朝鮮半島東海岸に強襲上陸し、ハイヴからの敵地上増援を誘引する」
第1・第2フェイズは確立された対ハイヴ戦術のセオリー通りである。
国連太平洋艦隊、帝国海軍連合艦隊は甲21号作戦の際に膨大な弾量を消費したが、ここは勝負どころだ。帝国側にしてみれば、仮に甲20号作戦が失敗したとしても万単位のBETAを間引きできればそれでいい。
「BETAの第3次増援を確認次第、第3フェイズに移行する。第3フェイズでは国連太平洋第11軍に護衛された新兵器で、鉄原ハイヴを長距離砲撃。続けて国連宇宙総軍軌道降下兵団、日本帝国第92戦術機甲連隊が鉄原ハイヴに軌道降下強襲を実施する。同時に韓国陸軍はハイヴ外縁部の
今回の甲20号目標作戦で最も士気が高いのは当然、韓国陸軍であろう。他のハイヴと地続きであるため、甲20号目標の攻略が成功したとしてもそれが速やかな国土復興に繋がるわけではないが、まずは朝鮮半島からハイヴを排除しなければ始まらない。
「自然環境に甚大な影響をもたらす新型爆弾ではなく、通常兵器によるハイヴ攻略初成功――その栄誉を諸君ならば勝ち獲れると信じている」
2001年12月30日には、日本帝国西部方面隊第92戦術機甲連隊全所属中隊は日本帝国航空宇宙軍種子島基地に集結完了。同時に航空宇宙軍の再突入駆逐艦も種子島基地に集結、中隊機の搭載作業を開始することになっていた。
(今度こそ生きて帰れないかもしれない)
第92戦術機甲連隊の衛士たちは、戦意と不安が入り混じった昂揚とともに、遺書の更新と私物の整理を始めた。
「……」
櫻麻衣大尉はスェーミナとともに、格納庫に搬入された戦術機を見ていた。
複座型の武御雷。外装が黒一色なのは、パッシブ・ステルス技術の試験のためらしいが、次の作戦を思えば、こちらはあまり重要ではない。大型の肩部ユニットと増設されたフェーズドアレイレーダーは、これが戦闘のためではなく、何か別のために製造されたことを示している。
櫻麻衣大尉とスェーミナは、次の作戦ではこの複座型の武御雷に搭乗することになっていた。
「スェーミナ、問題はないか」
「……92TSFR・11spd(第11中隊)に問いたい」
唐突な質問に、櫻麻衣大尉はスェーミナの黒い瞳を睨みつけた。
「12月25日14時59分の戦術的判断について。A-02の構成要素の救援に至った判断材料を教えてほしい」
やはりそれか、と櫻麻衣大尉は思った。
スェーミナの思考は人外じみている。
櫻麻衣大尉からすれば、あれはローリスクで戦友を救助できる状況だった。
が、櫻麻衣大尉の勘と、スェーミナの外部に対する価値評価による判断が致命的までにすれ違っている。
「うまく説明できない。保留だ」
「……」
逆に、と櫻麻衣大尉は口を開いた。
「次の作戦はハイヴの攻略で、極めて危険な任務になる」
「了解しています。その上で、作戦参加を希望しています」
「なぜだ?」
「存在は92TSFRの構成要素であり、92TSFRの活動に参加したいからです」
「なぜ92TSFRの活動に参加したい?」
「存在が92TSFRの活動に参加したい理由は、存在が92TSFRの構成要素だからです」
実際のところスェーミナは、第92戦術機甲連隊に居場所を見出していた。
それ以前に彼女が知っている組織、環境というのは非人道的なそれであった。
そこに所属しているという事実はあっても、帰属意識までは芽生えない。
しかし第92戦術機甲連隊は違った――というわけだ。
ただ不幸にもスェーミナは絆や仲間、つながり、といった言葉を知らないため、自身が戦いに赴く理由をうまく説明できなかった。
だがそのあたりの機微など、櫻麻衣大尉は手に取るようにわかる。
「……それに近い。私は人類の構成要素だからな。同じ人類の構成要素を助けたいと思うのは自然なことだ」
伊達に何万年も生きているわけではないのだから。
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■116.発動――(後)
旧町田市は東京都(東京府)なので戦力に余裕があれば本土防衛軍はバリバリ戦います
2001年12月29日午前2時頃。
佐渡島ハイヴを失ったBETA群数万が旧町田市に出現。
国連太平洋方面第11軍は関東圏内の国連軍基地にデフコン2を発令する一方、旧町田市に出現したBETA群に対しては、都内の日本帝国本土防衛軍第1戦術機甲連隊をはじめとした機動部隊が迎撃にあたった。
帝国軍参謀本部は早々にこれがBETAの帰巣行動であり、旧甲22号目標――つまり国連横浜基地がBETAの侵攻先であると見抜いていた。
が、BETAが横浜基地ではなく人口密集地へ転進する可能性を無視しきれず、また第1戦術機甲連隊、富士教導隊、さらに日本海沿岸の基地機能が失われたことで内陸部へ移駐していた戦術機甲部隊と、積極的な機動防御を実施するだけの戦力が手許にあった。
「まあ……当たり前よね。町田もれっきとした東京なんだから」
「香月博士、町田は――神奈川県では。それとも私の勘違いかね?」
「……」
横浜基地の防衛指揮を執る香月夕呼とラダビノッド司令からしてみれば、旧町田市が現・東京都(旧・東京府)であるか、神奈川県であるかなどどうでもいい。
とにかく横浜基地からみた第1防衛線を日本帝国本土防衛軍東部方面隊が構築したので、横浜基地に駐屯する7個戦術機甲大隊を、基地外縁部の第2防衛線と基地施設の第3防衛線に振り分けることが可能になった。
そのため第2防衛線をF-15から成る横浜基地第1・第2大隊で、第3防衛線をF-4が主力の横浜基地第3・第4・第5・第6・第7大隊で構築することができた。
(西日本での戦闘を見るに、BETAの用兵は進歩している。物量任せの密集突撃だけ、とみるのは危険だ)
第3防衛線が5個大隊から成っているのは、臨機応変に動かせる予備部隊を手許に多く残しておきたいとラダビノッド司令が考えたからである。戦術機甲という兵科は機動性が高い。BETAの動きをみて適宜、第2防衛線に増援に出そうと思ったのである。
またこの横浜基地防衛部隊以外にも、2個中隊から成るA-01部隊と帝国斯衛軍1個小隊、また甲21号目標作戦終了後になぜか横浜基地での補給を要求してきた西部方面隊所属部隊が国連オルタネイティヴ第4計画司令部の権限の下、防衛部隊に加えられていた。
「こちらシャーク1――コード911ッ!」
西日本の戦訓を頭に入れていたラダビノッド司令の読みは、半ば的中した。
BETA側は旧町田市にエネルギーが枯渇した個体を出現させて囮とし、第2防衛線の横浜基地外縁部に地中侵攻。続けて第3防衛線の後背にあたる第2滑走路に第2波地中侵攻を仕掛けてきたのであった。
「アタッカー各機、こちらアタッカー1! 佐渡島じゃ楽した分、ここじゃ給料分働け!」
「了解!」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第3対戦車ヘリコプター隊のAH-1Sコブラは、シャトル打ち上げ場を盾にしながら横浜基地北部のAゲートおよび西部のメインゲート周辺を俯瞰した。
(なんだってこんなことに――!)
見渡す限りの異形の群れにレティクルを合わせ、70mmロケット弾を叩きこんで一撃離脱――巨大な打ち上げ施設の影に隠れる。HQによれば光線級は存在しないらしいが、脆弱な機体を操るヘリパイロットの身に染みついた習性だった。
その下では打ち上げ施設の合間に立つ西部方面隊第8師団所属の不知火が突撃砲をフルオートで撃ち放ち、メインゲート側を固める国連カラーの撃震とクロスファイアをBETAの群れに浴びせていた。
「阻止しろッ! 新兵器をやらせるな!」
「奴らも本気……ってコト!?」
第2滑走路を駆けてきた要撃級の一部が、メインシャフトに繋がるメインゲートではなくシャトル打ち上げ施設の方へ逸れてくる。
「とにかくゲートを守るのが最優先だ、こちらに誘引するぞ!」
それを見た鈍色の不知火たちは200mの距離を維持しつつ後退し、大型種の一部をゲートから引き剥がすことに成功した。巨大な箱状の打ち上げ施設の合間を縫って西進してきた要撃級を、数機の不知火はフルオート射撃で瞬く間に片づけてしまう。
「アタッカー、こちらハーミット1ッ! 支援を!」
「ハーミット1、了解したッ!」
立錐する打ち上げ施設を盾にしながら、AH-1Sコブラの群れは横浜基地南部にあるBゲート、第2滑走路直上に進出する。本来ならば前線最後方に位置する第2滑走路。戦車部隊、砲兵部隊と奇襲を仕掛けてきたBETA群が混淆する眼下をわざと見ないようにしながら、第3対戦車ヘリコプター隊は残り僅かとなった70mmロケット弾を発射した。
「全隊に告ぐ、司令部はAゲート、Bゲートの充填封鎖を決定した」
「こちらHQ、
「了解!」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第8師団の94式不知火の衛士たちは、このとき勝算有りとみていた。
戦力差は歴然としているが、AゲートとBゲートの封鎖が叶えば、防衛戦力をメインゲートのみに集中できる。また現時点で、メインゲートにはかなりの精鋭部隊が配されているらしく、国連カラーの不知火や少数の武御雷が次々と要塞級を膾切りにしてみせていた。これに両ゲートの防衛を担当する4個大隊が加われば、増援の到着まで粘れそうだ(すでに第7大隊は最悪を見越して基地施設内の防衛部隊に合流していた)。
「HQ、こちらアタッカー1! もうハイドラがなくなった! 補給先を報せ!」
「こちらガングリフォン! 給弾ポイント報せ! 繰り返す給弾ポイントを報せ!」
第2滑走路端、有翼獅子を砲塔に描きこんだ90式戦車が高速で後進し、シャトル打ち上げ施設にまで後退してきた。それに引きずられるように戦車級の群れが殺到するが、次の瞬間にはリモート式の12.7mm重機関銃が吼え、続いて自動作動式のアクティブ防御システムが作動し、砲塔前面から無数の鋼球が発射され、戦車級を醜い肉片に変える。
「ガングリフォン、こちらカブトガニ――そのままこっちに下がってこい!」
「ガングリフォン、こちらHQ。戦車部隊の給弾ポイントは演習場の――」
「アホ抜かせッ! もうそこは戦車級の養殖場だぞ!」
後退してきた90式戦車と入れ違いに横浜基地所属のレオパルト2A6戦車が120mmキャニスター弾と徹甲弾を連射し、小型種、大型種を問わずに激しい攻撃を加えていく。さらにシャトル打ち上げ場へ退避してきた戦車部隊を援護するように、94式不知火は突撃砲を連射し、Bゲート、メインゲートから逸れたBETAを射殺していった。
「カブトガニ1、こちらカブトガニ2――おかしい。数が減ってねえぞ!」
「落ち着け――小型種が多いってだけだろ」
言いながらもカブトガニ1――第8師団の衛士は気づいていた。連中が空けた穴から、まだ後続が出現し続けている。
兵士級から戦車級までの小型種だけならともかく、実際には要塞級まで新手として姿を現しているから異常だ。
特にBゲート側ではBETAの個体数が微増している。
「照射警報?!」
「ハア?」
光線級はいないはずじゃなかったのか、と疑問を口にする前に、青白い光芒が一閃した。
「こちらHQ、被害状況報せ!」
「こちらロータス1! まずい……Bゲートに本照射が直撃!」
「こいつら、俺たちを無視してBゲートを!」
充填作業が始まっていたBゲートは、数秒間の本照射を浴びた後だった。
あくまでも基地施設のゲートは風雨を防ぎ、不法侵入者を妨げるためのものであり、直接的な対BETA戦を想定したものではない。
対レーザー加工がされているわけもなく、本照射を浴びたBゲートは溶解――そして内部で充填封鎖作業にあたっていた工兵部隊は、物質がプラズマ化するほどの高温に晒され、文字通り蒸発していた。
「HQ、こちらカブトガニ! Bゲート前の光線級をやる!」
「待て――!」
「HQ、こちらヴァルキリー1! メインゲート前にも光線級――間に合わん!」
◇◆◇
「では作戦中止ですか」
2001年12月29日正午、東敬一大佐ら第92戦術機甲連隊本部のスタッフたちは、八代基地にて西部方面司令官から甲20号目標作戦の無期限延期を言い渡されていた。
12月29日午前4時、横浜基地防衛戦は辛うじて人類側の勝利で終わっていた。
横浜基地の地上戦は熾烈を極め、演習場、第1滑走路、第2滑走路、シャトル打ち上げ場、Aゲート(充填封鎖により半年機能停止)、Bゲート、メインゲートと、全地上施設が破壊され、基地施設内への小型種の浸透を許す形となった。
Bゲート、メインゲートが破壊された時点で横浜基地司令部は、戦力を二分した。
西部方面隊所属部隊をシャトル打ち上げ場に残して大型種の増援を阻止させ、一方で横浜基地所属部隊を破壊されたBゲート、メインゲートから基地施設内の防衛に振り分けたのである。
よって最終局面まで地上戦と基地内戦闘が並行して行われた。
これにより大型種の過半を阻止することに成功したが、一度基地内に侵入した小型種を完全に排除するには至らず、やむをえず横浜基地司令部は、二度と再起動できない可能性を承知の上で早々に反応炉の停止に踏み切った。
停止には想定以上の時間がかかったが、横浜基地駐屯部隊を防戦に集中させたことと、A-01の2個中隊の活躍もあり、なんとかうまくいった形である。
しかしながら前述の通り横浜基地は甚大な損害を被り、甲20号目標作戦の発動は危ぶまれる状況になっていた。
……加えて、この横浜基地防衛戦の最中、横浜基地司令部は人類に残された時間があと10日もないことを理解している。
(G弾は当然、佐渡島ハイヴに投入されたXG-70bのデータはすでにBETAに渡っている)
西部方面司令官はそのあたりの事情を香月夕呼博士から教わらなくとも知っていたが、ここでは口にしなかった。
「甲20号作戦は無期限延期だ。が、種子島基地への移動はスケジュールどおりに行う」
「……航空宇宙軍の再突入駆逐艦への搭載作業も、ですか」
「ああ。現時刻を以て、決戦準備“ん号作戦”および甲20号目標作戦を次段作戦に移行」
「……」
「作戦名は――」
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■117.鉄屑連隊。
2001年12月30日、朝。
日本帝国航空宇宙軍種子島基地はアジア最大の宇宙軍基地であり、物資補給用カーゴや再突入駆逐艦用の電磁カタパルトを備えた滑走路を複数有している。すでに第92戦術機甲連隊の戦術機は
(正気じゃない)
それが種子島基地に移動した第92戦術機甲連隊の衛士、本部スタッフの偽らざる心情であった。
ブリーフィングルームの壇上に立っているのは、第92戦術機甲連隊本部の作戦担当幹部ではなく、西部方面司令官本人である。その背後のモニターには、同時接続している香月夕呼博士が映っていたが、誰もその名前を知る者はいなかった。
「以上が、作戦の概要となる。何か質問は」
「一足飛ばしどころか、二十足は飛ばしてますケド」
第92戦術機甲連隊第33中隊の中隊長、五十嵐良則大尉の抗議ともぼやきともとれる発言に、隣に座る民部紀美少尉も頷いた。
甲20号目標の代わりに甲1号目標・オリジナルハイヴを攻略する。
百歩譲って、ここまではまだいい。
しかしながら作戦発動は2002年1月1日――つまり2日後には第92戦術機甲連隊は軍団規模、軍規模どころか軍集団規模のBETAがひしめくフェイズ6のハイヴに再突入しているという。
「司令官閣下、副司令閣下。BETAが新型爆弾や新兵器の情報を握っており、早急に決着をつける必要があることは理解しました」
挙手をしたのは第92戦術機甲連隊・連隊長の東敬一大佐である。
「しかし甲1号目標に対する軌道上からの挺身攻撃、失礼ですが……これは勝算あっての作戦でしょうか。その勝算を示していただきたい。またいまの説明では作戦成功後の離脱が抜け落ちています。作戦成功後、連隊機がいかにして戦域を離脱すればよいのか、明確に指示をしていただきたい」
甲1号目標攻略作戦――通称“桜花作戦”は、第3段階から成る。
第1フェイズは欧亜大陸の全戦線において、人類軍が地球規模の陽動作戦。
第2フェイズは国連宇宙総軍の反復軌道爆撃と、国連軌道降下兵団および米地球規模攻撃軍団、そして日本帝国大陸派遣軍第92戦術機甲連隊の軌道降下強襲から成る。
第92戦術機甲連隊は侵攻の始点となる
第3フェイズで国連宇宙総軍は第二次反復軌道爆撃を実施し、再び重金属雲を展開。
そして前述のとおり、艤装がすでに完了しているXG-70凄乃皇四型が単独降下――米地球規模攻撃軍団および第92戦術機甲連隊とともにハイヴ坑内へ突入。途中、米軍機は陽動も兼ねて戦略目標・い号標的の占領に向かう。
一方、XG-70凄乃皇四型と第92戦術機甲連隊は反応炉・あ号標的に向かい、これを破壊する。
(良くも悪くも、可能性がわからない作戦だ)
説明を聞いていた園田勢治少佐は、そう思っていた。人類史上、といっても過言ではない規模であり、軌道降下強襲を仕掛ける戦術機の頭数も過去最大であろう。比較できる作戦がない。
しかし作戦遂行が困難だという要素ならば、すぐに思い浮かぶ。
軍集団規模のBETAを無視しても、まずあ号標的なる反応炉が4000mを超える深層にあること。ハイヴ坑内の補給はXG-70dが搭載するコンテナで実施する――つまり坑内兵站は最低限のレベルでしかないこと。この2点が即座に挙がる。
「東大佐、勝ち目はありますわ」
一方の香月夕呼副司令は、ホワイトボードに何やら書き始めた。
「見えるかしら」
■ルートスキャン不要
(諜報成功→地下構造把握済○)
■90%以上の最深層到達率
(XG-70d TSF×20機の突入シミュ)
「……」
うーん、と数名の衛士がうめいた。
BETAの頭数さえ考えなければいけそうな感じもする、というのが彼らの感想だった。
数的有利は向こうにあるとしても、こちらもかなり頭数を揃えている。国連軌道降下兵団2個師団の編制については知らないが、要は400機から最大600機はいるわけだ。それに米軍機約70機が加わり、佐渡島ハイヴ攻略に一役買ったXG-70dまで付くとなればそう簡単にやられるとも思えない。
「作戦成功後については私から説明する」
続けて西部方面司令官が口を開いた。
「まずあ号標的を破壊することで、反応炉を失ったBETAはすべて周囲のハイヴへ速やかに撤退を開始するはずだ。この時点で突入部隊の生存は保証される。BETAを誘引する性質をもつ国連軍新兵器・XG-70d凄乃皇四型は成功時点で放棄――搭乗者は装甲連絡艇で脱出する。衛士もまた戦術機で地表まで脱出。その後は戦術機補給コンテナとサバイバルコンテナを軌道上から投下する」
「まるで月面だ」
オティルバト義春少尉の漏らした言葉に、西部方面司令官は小さく頷いた。
「そのとおりだ、少尉。最短で18時間、最長で7日間はその場に留まることになるだろう。自衛戦闘が生起する可能性もあるが、可及的速やかに迎えを遣る。対BETA欺瞞が可能な航空機と人員は、Tu-119とスェーミナだけではない」
「そういやアメさんはどうなるんですかね」
「米軍機はい号標的を占領後、その場に留まる」
「うへえ」
オティルバト義春少尉の呻き声に反応することなく、西部方面司令官は東敬一大佐を見た。
「他に質問は」
「……ございません」
自殺攻撃ではない、ということがわかるとともに、戦術機操縦適性とその腕前だけで集められた第92戦術機甲連隊の衛士たちは復讐に心を焦がしている。
ここに至るまでに家族も、友人も、戦友も、故郷も、多くのものを失ってきた。
例外があるとすれば、湯川進中尉のような人種であるが、彼らも
(まあ命令だしなあ……)
という形でしぶしぶ納得している。
「はっきり言うわ」
モニターの向こうで、香月夕呼副司令が声を上げた。
「ここで勝たなければ人類に未来はない、と思ってちょうだい」
どこまでも真面な声色に、どちらかといえば士気が低い衛士たちはこちらの方が響いた。
「このXG-70d、この桜花作戦に至るまでに、多くの人間が血を流してきたわ――そしてハイヴに突入する瞬間でさえ、全世界で多くの人々が血を流す。奮励努力も、粉骨砕身も要らない。要るのは勝利だけよ」
続けて、西部方面司令官が声を上げた。
「作戦前の訓示だ。鉄屑連隊というあだ名を、俺は気に入っている」
「いまでは最新鋭の戦術機を揃えるまでになったが――」
「それでも100年後、200年後には、武御雷でさえ博物館に飾られるだろう」
「そしてそれを見た誰もが“BETAとこんな鉄屑で戦ってたのか”と指さすようになる」
西部方面司令官は昏い瞳で、ひとりひとりの顔を見た。
「戦術機という現代兵器が鉄屑と嗤われる――」
「そんな
【日本帝国作戦名】
【参加主戦力】
日本帝国軌道決戦軍第92戦術機甲連隊
【作戦目標】
①オリジナルハイヴ
②戦略航空機動要塞XG-70dの随伴・直援
③あ号標的の破壊
【作戦目的】
九州防衛
帝国防衛
人類防衛
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■118.ファーストダイブ、ファーストバトル!
異形蠢く荒野から空を見上げる者がいたとしたら、その光景に絶句しただろう。
白み出した空を、赤熱しながら翔ける人工の流星群――それを目撃した巨大な瞳は見惚れることもなく、即座にその軌道を見据えた。
奔る光芒。
爆発する大気。
重金属の塊は朝日とともに、空に解けていく。
解けるだけではない。払暁の空を濁らせていく。
その中をまたひとつ、またひとつと鋼鉄の柱が重力に曳かれ、膨大な熱量を前に大気に解けていく。
地表から破壊光線が奔る度に、重金属でできた雲がまばゆく輝く。
そしてその度に、人工の積雲は発達していった。
光線級、重光線級の放熱と大熱量の本照射によって生じる
天地から生じた雲雲が混じりあったとき、再び重金属の塊と数百の鋼鉄が低軌道上から降り注ぐ。減速しないまま突っこんだAL弾が最初に本照射を浴び始めるが、この段に至ってはもう宙に解ける前に地表に至るものが大半だ。超音速で地表に激突した質量エネルギー弾は、地表を抉って半ば地中に埋まった状態で止まる。
いま、ほとんど無傷の一弾が要塞級に直撃した。
上体を引きちぎられる要塞級。しかしながらそれくらいではAL弾の運動エネルギーはほとんど失われない。要塞級を破壊したAL弾はその後背の地表に居合わせた数体の戦車級を轢殺し、大地を抉りながら光線級と要撃級と土砂の混淆物を作り出して停止した。
そして異形の眼球が見据える空、鈍色の濁った空に猛然、再突入殻が逆噴射をかけながら進入――次々と分離して再加速していく。
「イツマデ1、こちらイツマデ2! トイレパックがいっぱいで機動力が5%減!」
血肉、砂塵、重金属微粒子が舞う中に赤い瞳が輝いた。
と、同時にその有機物と無機物のカーテンの向こう側から、機関砲弾の嵐が吹き荒れた。急接近する高性能CPUに反応していた戦車級と要撃級の群れが瞬く間に肉片に変わり、その血肉と泥土の中に2機の戦術機が着地する。
「馬鹿を言っている場合じゃない!」
イツマデ1――服部忠史大尉はスパイク付の主脚で兵士級を踏み潰しながら、センサーを奔らせた。重金属の粒子が充満している中でも、光線級の放つ高温を捜索するパッシブセンサーが高脅威目標を速やかに捕捉する。次の瞬間には背面ガンマウントが稼働し、自動砲撃を開始していた。
「イツマデ1、こちらイツマデ9! エアカバー入ります!」
「イツマデ9、10秒で降りて来いッ!」
重金属雲の濃度をみて、第12中隊後衛小隊の小隊長・荒若幸伸中尉が滞空精密射撃を開始する。
パッ、パッと光線級、重光線級が狙撃で肉塊に変わる中、その近傍に2機、4機と戦術機が落着する。その頭上を砂塵の中、2発の誘導弾が翔ける。光線級の遮蔽となる要塞級を盾にしたスマートな弾頭は、その要塞級の直下で電子信号とともに起爆する。
「ヤバ、これS-11!?」
瞬間、火球が生じる。暴虐的な衝撃波に薙ぎ倒される要塞級。火球から放たれる熱線は、光線級の瞳を焼き、戦車級や闘士級の表皮を炭化させた。
「ブリーフィング聞いてました!?」
真栄城保少尉のツッコミに、にやりとF-2星青スーパー改を駆る丹羽歩武中尉は笑った。
「ジョーク、ジョーク!」
僚機の真栄城保少尉機や傍に居合わせた2機のF-3テンペストが突進してくる要撃級を撃退する中、丹羽歩武中尉はS-11弾頭から成る誘導弾を撃ち切ると、さっさと4基のミサイルランチャーを投棄してしまった。
「ライター中隊が派手にやってんなッ!」
生じたキノコ雲を目印に他の連隊機が次々と着地し、空隙を広げていく。落ちてくるのは戦術機だけではない。重金属雲の中を突っ切りながら、F-2やF/A-14は次々と誘導弾や噴進弾を発射し、自機や友軍機の着地先を作っていく。
「湯川中尉! ここどこですかァ!?」
「パッパ6、
軌道降下強襲の性質上、全機が同じポイントに降下することはできないし、すべきではない。分隊単位で降り立った戦術機たちは、速やかに他の分隊と合流し、部隊ごとの集結ポイントへ移動を開始する。
「湯川さん、ご一緒させてもらいますよ!」
「こちらこそ心強い!」
突撃砲で戦車級の群れを掃射し、死骸の山から飛びかかってきた要撃級を斬殺する湯川進中尉のテンペスト。その脇に長大なガトリング砲を有するA-10NTが立ち、真正面から襲いかかってくるBETAの奔流目掛け、全力の連続砲撃を開始する。第92戦術機甲連隊が様々な戦術機から成る強みがここで活きていた。
「ライター9、ライター10。こちらゼノサイダリーダー。貴様らが最もSW115に近い。吹き飛ばせ」
「ライター9、了解」
「ライター10、了解!」
第92戦術機甲連隊の集結ポイントは門SW115である。そこを集結ポイントに選んだ理由は侵攻路の起点であることもあるが、守りやすい地形だからでもある。周囲には戦術機が隠れられるような地表構造物がそり立っており、光線級の視線を切ることができる。
ライター10・荒倉恋少尉機がS-11弾頭の誘導弾をSW115の直上へ放つ――重金属雲を引き裂いた弾頭は、予想通りの大破壊をもたらした。下方へ放たれた爆風はSW115を這いあがってきたBETAを再び地の底へ叩き戻し、周辺の小型種を焼いた。爆風に煽られて倒れる突撃級。炎を曳きながらずるずる歩く兵士級。右脚のすべてを失った要撃級が、左脚だけでぐるぐると円弧状に這いまわっている。
「ライター10、来るぞ」
S-11弾頭の発射を支援していたライター9・仕手功一中尉は、生じる巨大なキノコ雲を背景に飛び上がる影を視認していた。彼は躊躇わずにS-11弾頭が収められているミサイルランチャーと、腰部装甲の一体型増槽を投棄して機体を軽くする。それから流れるように、近接戦用長刀を構え直した。
「ゼノサイダリーダー。こちらライター9。
端的に言えば、羽虫。兵士級じみた地肌にけばけばしい色の生体装甲を纏った怪物が、逆関節の脚で地を蹴って跳躍しながら突進してくる。
が、その姿を見ても仕手功一中尉は驚かなかった。
ブリーフィングですでに西部方面司令官からオリジナルハイヴに新属種が出現する可能性が高い、と聞かされていたためである。
「レアですね……っ!」
ミサイルランチャーを除けば
それを見ていた仕手功一中尉は、自機を前に押し出した。深緑と黄緑の入り混じったけばけばしい――突撃級の殻じみた盾と生体剣を構えた怪物と、地球の青を纏ったF-2が交錯した。
「あかんわこのパチモンども――!」
武御雷二一型から成る第11中隊は分隊単位で戦場を駆けずり回り、要撃級や戦術機級を斬殺していく。F/A-14やF-2は全機爆装しており、またA-10NTのようにガトリング砲を背負った状態では近接戦闘が厳しい戦術機については守ってやるしかない。
菅井麗奈中尉機は斬りかかってきた戦術機級の刃を半身になって躱すと、右主腕から展開した固定型カーボンブレードの刺突で、生体装甲に覆われた胸部を刺し貫いた。それを引き抜きながら右主腕を振り回し、生体長剣を振りかぶった戦術機級の頭部を切断する。
「全機、速やかにSW115に集結せよ」
複座型のシート、その前方に座る櫻麻衣大尉は幻聴と幻覚を無視しながら、網膜に投影される戦況図を眺めていた。乱戦の中で、彼女の機体――武御雷を素体としたATD-X-2だけが無視されている。後席に座るスェーミナがぶつぶつと呟くのを無視して、櫻麻衣大尉はS-11弾頭を保有している攻撃機に次々と射撃指示を出していた。その強力すぎる威力のため、どうせハイヴ坑内では使い道が限られるのだから、野戦でどんどん使ってしまった方がいい。
近傍の門W114の付近で、爆装したラファールMADが放ったS-11弾頭が炸裂し、国連軍機を追跡していた中隊規模のBETA群が一気に吹き飛ばされる。その一方で別方向へもう1発放たれていた誘導弾は、光線級の迎撃を受けて空中で蒸発した。
「まず、重金属雲が薄くなってきた!」
保科龍成少尉のラファールMADが空中を舞う戦術機級を長刀の一撃で叩き落とし、叩き落しながら予備照射を振り切るように急降下する。その先では彼の直属の上官である井伊万里中尉が狂ったように要撃級を殺し回り、同小隊機の2機が突撃砲で周辺を制圧している。
「こちらアリゲーターリーダー、やっとSW115に辿り着いた。長距離砲撃で支援――といいたいところだが、この
部隊単位でSW115に辿り着いたF-22Aは得意とする長距離砲撃で要塞級や光線級を狩り始めたが、数分と経たず上空から襲いかかる戦術機級との近接戦に巻き込まれていた。
「ぢぐ、助け゛、え゛――」
戦車級に集られている国連カラーのF-15Eを、テンペストを駆る宇佐美誉大尉は120mmキャニスター弾で吹き飛ばし、続けて押し寄せる戦車級の群れを突撃砲の4門斉射を粉砕した。
ここから戦闘は厳しさを増す、と彼女は理解している。重金属雲が薄れれば、こちらはミサイルによる長距離攻撃が難しくなり、加えて三次元機動を封じられる。その一方で西部方面司令官いわく“キルレシオが高い戦術機に対するカウンターとして出現する”という戦術機級は、自由自在に三次元的な攻撃を仕掛けてくるのだから、始末に負えない。
「イツマデ、ラビットはSW115外縁部を確保。ゼノサイダは小隊規模で重光線級を狩れ」
「了解!」
SW115に到着した第33中隊のA-10NTがガトリング砲による自動対空砲撃を開始し、宙を舞う羽虫を次々と叩き落とし、生残しているF-22Aが長距離砲撃戦を再開する。
「くそったれ、陽動どころじゃねえ!」
本来ならばSW115周辺の重光線級、光線級を狩りながらSW115を離れる陽動戦術を採るはずの国連軍機だが、物量に勝るBETA群を押し退けるにはいかんせん火力が不足していた。
「エンジェルリーダー、こちらゼノサイダリーダー。一度、SW115に集結し、そこから態勢を立て直してはどうだ」
「ゼノサイダリーダー、こちらエンジェルリーダー。そのとおりだな。ユニオン各機、SW115に集結する!」
F-15Eが主力の国連軌道降下兵団は、近接戦闘の連続ですでに複数機が撃破されていた。
SW115に向けてサーフェイシングで後退するF-15Eとすれ違う形で、武御雷二一型の1個小隊が小型種の群れを吹き飛ばし、数体の要撃級を瞬く間に撃退する。その頭上をF/A-14が放った127mmロケット弾が飛び越し――半数が迎撃されたが、残る半数は光線級が密集する小型種の群れを吹き飛ばした。
(やはり被撃墜ゼロとはいかん……)
F/A-14から成る第22中隊バトル・シスターズの中隊長、大島将司大尉は中隊内ステータスを一瞥した。小隊単位、中隊単位で集結する前にすでに2機がやられている。が、彼はこの戦場では無意味な連想ゲームを始めるつもりはさらさらなく、127mmロケット弾を撃ち終えたランチャーを投棄し、迫る戦術機級を見据えた。
大上段から振り下ろされる一撃を短噴射で躱し、120mm砲の単射で腰部を吹き飛ばす。
その2秒後には後背から迫る突撃級を上方への跳躍で躱し、36mm機関砲にモードを切り替えた突撃砲で射殺している。
「富士教導隊との演習も、たまには役に立つ!」
F-15SEX眩愛の1個中隊は戦場を疾駆し、戦術機級を容易く退けつつ、国連軍機を助けて回っていた。
第92戦術機甲連隊は対BETA戦・対戦術機戦双方と幾度も刃を交えてきた。
その経験が、いま活きている。
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■119.そびえる、絶望。
(BETAの個体数が多いオリジナルハイヴの方が人類側に地の利がある、ということで本話はひとつよろしくお願いいたします)
爆装したF-15Eが誘導弾を斉射する。垂直方向に伸びる数十発の弾体は、下降する前に四方八方から伸びてきた破壊光線によってすべて破壊された。舞い散る破片と炎。その下を他のF-15Eが翔け、背面ガンマウントで要撃級を屠りながら、再照射に備える光線級と重光線級を両主腕で保持する突撃砲で狙撃していく。
門の周辺に構築された禍々しい地上構造物を盾にしつつ、国連カラーのF-15Eは膝射姿勢で押し寄せる戦車級と要撃級の群れを阻止していた。すでに無数の死骸が周辺には積み上がっており、その死骸が敵味方の障害物となっている。衛士からすれば長距離射撃の邪魔になるが、一方でBETAの突進や機動力を封じているのもまた事実であった。
光線級の対地照射が閃き、足を止めていたF-15Eが爆散する。
その脇をサーフェイシングで駆け抜けたJAS-39CBは短噴射をかけて跳躍すると、光線級の群れの中心に着地し、主脚で2体の光線級を轢殺しながら、固定型のカーボンブレードを振るって巨大な眼球を撫で斬りにしていた。
軌道降下強襲から数十分、事前の作戦は半ば崩壊していたといっていい。
陽動を担うはずの国連軌道降下兵団は数で優るBETAの圧力に抗しきれず、
米軍機はすでにSW115からハイヴ坑内に突入している。ただし距離としてはさほど進んでいない。最初の広間に繋がる
「やっぱ敵さんの御膝元なだけあって、数多い!」
峯岸成少尉が操るA-10NTは、203mm大口径連隊支援砲“屠龍”の連続砲撃で要塞級を突き崩していく。大型種と小型種が入り乱れるこの戦場では、突撃級はさしたる脅威ではなかった。他の個体を巻きこまないようにするため、彼らは時速200km近い突撃を行えないでいる。
崩れ落ちる要塞級の向こう側で、閃光が奔った。第21中隊が敷設したS-11弾頭が起爆し、凄まじい垂直方向への爆風とともに要撃級や戦車級の死骸を巻き上げるのが見えた。
第92戦術機甲連隊は、といえばF/A-14から成る第22中隊やA-10NTの第33中隊をSW115の守備に廻し、残りの中隊は積極的に打って出て近傍の重光線級、光線級を狩り回っているところである。
「……」
しかしながら死闘の中でもどこか余裕がある第92戦術機甲連隊の衛士たちは、違和感を抱いていた。
(想定よりも重光線級の数が少ない)
それは櫻麻衣大尉も同様である。
現状は彼女が妄想する“状況”とは、全く違っていた。あと30分もすれば、重金属雲下でA-04――凄乃皇四型の投入が許容できるまでに重光線級の個体数を減じることが可能だろう。
(メインシャフトの防御に廻されている?)
……その数分後、答え合わせが始まった。
「む――」
要塞級を斬殺し、胴部から生成されたばかりの光線級たちをフルオート射撃で薙ぎ払った第32中隊・中隊長の田所真一大尉は、真東の方角に巨大な影を認めた。一瞬、近距離に新たな要塞級が出現したのだと勘違いしたが、レーダーの測距によると相当距離は離れている。
「中隊長、あれは」
前衛小隊を指揮する上杉優太朗中尉も巨影に気づいて声を上げた。
それと同時に、全高100mに達しようかという怪物――その胴部と両肩部が発光した。
田所真一大尉は本能的に「BETAを盾にしろ!」と叫び、自らも擱座した突撃級の背後に廻った。
次の瞬間、暴虐が撃ち下ろされた。
単なる閃光ではない。光の塊が連射される。
レーザーが1秒未満の発射間隔で撃ち出されるという想像だにしない悪夢が、いま衛士たちに叩きつけられた。
「え――」
約30発という一連の連続照射が終わった後、運良く兵士級や闘士級といった小型種の群れの中にいた若狭理央少尉は、絶望を洩らした。中隊内ステータスを見れば前衛C小隊が全滅していた。先程まで戦車級の群れに連射を浴びせていた上杉優太朗中尉機も、腰部ユニットから上方を失って崩れ落ちている。
「ミツバチ! すぐに指定ポイントに集結!」
普段は冷静な口調で指揮を執る田所真一大尉が、声を荒げて命令を下した。
BETAはBETAを誤射せず、またハイヴの構造体を攻撃することもない。
いまは地表に突出している黒曜色の構造物を遮蔽物とするのが、最も安全だと判断したのである。
「くそったれ、反則だッ!」
SW115の直上で守備にあたっていた第33中隊・中隊長の五十嵐良則大尉は、いまの攻撃で中隊機を3機失った。
(インターバルも、予備照射もない――!)
要塞級のスケールを2倍にした怪物は、両肩部と頭部があるべき部位に、それぞれ3枚の巨大な照射膜を有している。単純に考えれば重光線級9体分の攻撃力であってしかるべきなのだが――いまのは本照射に近い威力のレーザーの速射だった。
「
櫻麻衣大尉の声に五十嵐良則大尉は我に返り、「付いてこいッ」と怒鳴った。
巨体が再び発光を始めたのと、A-10NTとF/A-14が
その3秒後、怪物は中央から突き出ている照射膜からSW115の近傍目掛け、先程とは異なる収束型のレーザーを発射していた。
逃げ遅れたF-15Eが一瞬で爆散する。
吹き荒れる電磁波と、大熱量、そして衝撃波。
直撃を受けずとも次々と爆発する戦術機たち。空中に居合わせた戦術機は四肢を破壊されるか、吹き飛ばされて地表に叩きつけられた。
「あんなのどないせいっちゅうねん!」
怪物の登場とは無関係に光線級との攻防の駆け引きのため、多くの大型種を擱座に留めていた第11中隊はまったく損害を受けていなかったが、手詰まりになっていた。重光線級の集合体ともいうべき巨体は、続けて両肩部からレーザーを速射し、戦術機たちを再度制圧している。
◇◆◇
(バカな)
重金属雲が晴れ始めたことで第92戦術機甲連隊との衛星通信が回復した作戦司令部――そこで作戦の進展を見守る西部方面司令官の昏い瞳には焦りが生まれていた。
(超重光線級がオリジナルハイヴに――)
逆行者の弱点ともいうべきか。
西部方面司令官はこれまで甲26号目標に出現してきた超重光線級が、まさかオリジナルハイヴに出現するとは夢にも思わなかった。何度も経験した逆行で、オリジナルハイヴ攻略作戦を経験したことは一度や二度ではない。故に未確認種――超重光線級の存在は知っていても、対策を考えることはなかった。
作戦参加部隊ステータスを一瞥すると、超重光線級の出現から15分で夥しい数の被撃破機が出ていることがわかる。
国連軌道降下兵団はすでに作戦機の過半数を喪失していた。
第92戦術機甲連隊も――第11中隊を除いて――各中隊、数機ずつ被撃墜機を出している。
「……」
モニターの向こうにいる香月夕呼も言葉がない。
西部方面司令官もそうだが、香月夕呼もまた、櫻麻衣大尉機が送信してきたガンカメラの映像を見て、その大威力と速射性に絶句せざるをえなかった。連射されるレーザーの1発1発が重光線級の本照射と同等の威力を有している。
いま凄乃皇四型は武装面を除いてはほぼ万全の状態だが、あの猛攻をラザフォード場で防ぎ切るのは不可能だ。
「どうすれば――」
香月夕呼の視線がすがるものを探してさまよったとき、衛星を介した声が響いた。
「こちらゼノサイダリーダー。30分であれを殺します」
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■120.人類の最大の武器は、超兵器ではなく“戦術”だ。
「作戦を説明する」
「やつの照射を躱して反撃するにはこれしかない」
超重光線級の存在とは無関係に、第92戦術機甲連隊は
いまこの広間には約90機の連隊機がいた。
「あの怪物もふって湧いたわけではない」
櫻麻衣大尉の言葉で、宇佐美誉大尉は一瞬で作戦を理解した。
「成程。ハイヴ内を突破して一気に肉薄するというわけか」
「ああ。あれはおそらく
単純な作戦だ。
ハイヴの横坑を敵中突破し、SW110から肉薄攻撃、超重光線級を仕留める。
BETAが絶対に友軍誤射をしないのと同様に、彼らは絶対にハイヴを傷つけない――つまり安全に移動できる。少なくともSW110から飛び出す瞬間までは。
「この戦場が単なる平野であったら、絶対に勝ち目はなかった」
第92戦術機甲連隊の衛士たちは、口の端を歪めた。
「だがこの戦場は違う。皮肉だがBETAが造ったハイヴが、我々に地の利をもたらす」
ハイヴ坑内を移動しての奇襲。
常識的に考えれば不可能だが、第92戦術機甲連隊には横浜基地から提供されたオリジナルハイヴ内部構造のデータがある。もともと門SW115周辺もBETAの(リーディング時点の)配置個体数が少なく、そのため最も敵との交戦が避けられるあ号標的への侵攻路の起点として選ばれたのである。
実際、第32中隊をはじめSW115以外の門からハイヴ坑内に退避した中隊も、デタラメな火力を有するS-11弾頭を使いつつも、ハイヴ坑内を突破してこの広間に集結することができていた。
「あのデカブツを殺せなければ作戦は失敗する。が、あのBETA側の超兵器を潰すことができれば、このオリジナルハイヴ殴りこみは成功する――こちらの超兵器がBETAを鎧袖一触に殺し尽くす。刺し違えてでもあれを斃すぞ」
◇◆◇
「こちらヘルハウンド3ッ、こっちはもう2機しか残ってない!」
「ヘルハウンド、こちらエンジェルリーダー! スコル1に合流しろ!」
「くそ、また照射だ――誰がやられたッ!?」
「コカトリスのマーカーが全部消えてる!」
巨大な柱、とでも表現したくなるような12本の脚は、いま止まっている。
超重光線級はSW115周辺の制圧のために、出現した
ジリ貧というにはあまりにも絶望的な状況。
不利なこの状況を覆す術が、見つからない――。
「友軍マーカーッ!?」
戦術機同士、あるいは衛星を介した部隊間のデータリンクが回復し、怪物の周囲に青いマーカーが出現するまでは。
それに反応したのは国連軍衛士だけではない。
超重光線級も自身の後背に突然現れた戦術機に、速やかに対応した。
その巨体に似つかない素早さで、照射膜を有する首を異様に長く伸ばした。後方に向いた両肩部の照射膜が発光する――その数秒前に近接戦闘に長じる第13中隊のF-3Iテンペストと、第33中隊のJAS-39CBアララトグリペンは超重光線級の股下に滑りこんでいた。
「このA-10が――撃ち合いで負けるかぁあああああ!」
それだけではない。
門から這い出し、地上構造物の合間から第33中隊のA-10NTナイトホークが咆哮する。発光する照射膜にも怯まない。高速回転するGAU-8アヴェンジャーが、焼夷徹甲榴弾を叩きこむ。
突撃砲よりも遥かに高速、高威力の砲弾は確かに照射膜の一部を傷つけた。
と、同時に照射膜は破れ、砕けながらも、レーザーの速射を開始する。
「お前ら退が――!」
言いながら第33中隊の中隊長、五十嵐良則大尉は照射膜の前に立ち塞がるように跳躍した。
「――ッ!」
五十嵐良則大尉機がその身をもって防げたレーザーは、ほんの数発に過ぎない。瞬く間に胸部ユニットが撃ち抜かれ、続いて右肩部、腰部ユニットが破壊され、次の瞬間には巨大な火球になっていた。
それでも彼が防いだ1秒間で、数機のA-10NTは地上構造物の影に隠れることができた。
「なにか来るぞッ!」
一方、股下に滑りこんだテンペストとグリペンは、予想外の反撃を受けていた。
「
「竹島ァ!」
竹島繭子少尉の駆るJAS-39CBは胴体下部から伸びる触手を躱すことができず、吹き飛ばされ――吹き飛ばされながら強酸で溶かされていた。
続けて巨大な尾部の付け根に刺突を繰り出し、74式近接戦闘長刀の刀身を半ばまで
得意とする近接戦闘に持ちこもうとしたパッパ3・立田一司少尉機と、パッパ4・貝淵朝士少尉機も、カーボンブレードの間合いに入れぬままに衝角に刺し貫かれていた。
「そっちまで反則!?」
「砲撃だ、近づくな!」
それを見ていた湯川進中尉は、左主腕で保持していた長刀を棄てた。と同時に右主腕の突撃砲で、120mm滑腔砲のバースト射撃で巨大な衝角を収納する尾部の一部を吹き飛ばす。宇佐美誉大尉機が放った120mmキャニスター弾が炸裂し、無数の鋼球が触手を引きちぎってから青白い胴部の生体装甲にめりこんだ。
「タイミング合わせるぞ、3、2、1――!」
門周辺の地上構造物の向こう側から、127mmロケット弾が撃ち出される。
背面に向けられた両肩部の照射膜は先のGAU-8の連続砲撃によって傷つけられてもなお、その大半を撃墜していた。が、いかに速射が可能といっても、空中の127mmロケット弾を撃墜しながら、同時に地を這うように現れた新手の機影を攻撃するのは難しい。
「
鈍色の武御雷二一型。74式近接戦用長刀だけを備えた日高大和中尉機が追い縋る衝角を無視し、高速垂直噴射――そしてその無防備な上背、中央の首の付け根に長刀を突きこむ。と同時に日高大和中尉は長刀の柄を手放しながら、流れるように手甲から突出させた隠し刃で照射膜を備えた首を切り裂いた。
「落とすには至らぬか」
が、F/A-14が放った127mmロケット弾とともに飛び出した戦術機は、かの1機のみではない。
ロケット弾を迎撃するために上方を向いていた照射膜が、再び戦術機を攻撃するために下方に向き直った瞬間を狙い、鵜沢心菜中尉が率いる後衛小隊の武御雷が120mm徹甲弾の集中射撃を照射膜に浴びせ、今度こそ照射膜を完全に破壊してみせた。
「どうせ三胴構造!」
さらに残る5機の武御雷は超重光線級の背面にまで達すると、両肩部の付け根に渾身の刺突を叩きこんだ。
派手な火力は要らない。
狙い澄ました一撃は、弱点を衝いていた。
小型とはいえ大重量の反応炉を格納する胴部――それを支える両肩部が脆くも裂けはじめた。
BETAが慌てるわけはないが、重光線級はそれまで前方――SW115の方向に向けたままだった中央の首を大きく反らして後方に向けようとする。が、武御雷はその動きよりも遥かに優速だった。反らされるその首にすれ違いながら、無数の斬撃を繰り出す。
それに前後して、下方から120mm砲のバースト射撃を三胴構造の接合部に叩きこまれたことが、その巨体の致命傷になった。
「崩れるぞ!」
即座に第92戦術機甲連隊機は、門SW110に再び撤退した。
次の瞬間、全高約90mの怪物は大きく3つに裂けた。
膨大な体液と内部組織が破けた表皮から噴き出し、巨大な脚が倒れ、上体はそのまま地に伏して自重に耐えきれないまま潰れた。
「やりやがったッ――あいつら!」
「
「HQ、こちらエンジェルリーダー。92TSFRが未確認種を撃破! 繰り返す、92TSFRが未確認種を撃破!」
快哉を叫んだのは国連軍衛士だけではない。
作戦司令部も沸いた。西部方面司令官も、香月夕呼も、勝利を確信したといっていい。
特に前者はこの後の展開を知り尽くしていた。
(第3次軌道爆撃は常に学習されAL弾が迎撃されなくなる一方で、第2次軌道爆撃までのAL弾は絶対に迎撃され、重金属雲の展張に成功する。A-04の戦闘加入は成った)
次なるフェイズ3はAL弾の第2次軌道爆撃による重金属雲の展張。
そしてA-04――人類側の超兵器である凄乃皇四型の投入である。
XG-70dは一時的に艤装作業が停滞していたが、いまや開発・設計時の9割近い戦闘力を有して、オリジナルハイヴの上空に姿を現した。
無意識のうちに西部方面司令官の迅速な行動に引きずられていた香月夕呼の働きと、地上施設をすべて破壊された代わりに基地内部施設のダメージが僅少だった(XG-70dはまったくの無傷ですんだ)こと――様々な要因が、XG-70dを不安の残る決戦兵器ではなく、名実ともに最強の決戦兵器に仕上げていた。
間に合わなかったのは2700mm電磁投射砲だけだ。
荷電粒子砲の複数回使用やラザフォード場を転用した攻撃も勿論可能である。
複数の重光線級の本照射を退けたXG-70dは、その両腕を地表に向ける。
その数秒後に始まったのは、先程の超重光線級に対する意趣返しか。
8門の120mm電磁投射砲が地を引き裂いた。
重光線級、光線級が潜むBETAの群れが地表ごと抉り取られる。
土煙と血煙の入り混じった濃霧が生じ、それが晴れたあとには何も残っていない。
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■121.もう少し、周りを頼れよ。
あと3、4話で完結です。
よろしくお願いいたします。
「すげえ……」
XG-70d凄乃皇四型に搭乗する白銀武少尉は眼下の光景にそう洩らしたが、それはふたつの事柄についてであった。
ひとつはXG-70d凄乃皇四型の大火力。荷電粒子砲に次ぐ2700mm電磁投射砲の実装が間に合わなかったことに一抹の不安を覚えていた彼であるが、一方でXFJ計画に協力する形ですでに実地試験を終え、XG-70dに搭載されていた120mm電磁投射砲の威力は、まさに絶大だった。8門の斉射で屠ったBETAは約4万――しかも砲身命数、残弾数ともに相当余裕を残している。
もうひとつは
超重光線級の脅威が去ったことで、生残している国連軍機約100機はSW115を輪形陣で固め、要撃級や戦車級を撃退し、戦術機級を叩き落していく。周囲には重金属雲を突破して地表に辿り着いた補給コンテナもあったため、可能な限り新しい突撃砲や弾倉を引っつかみ、押し寄せる波のように現れる新手を粉砕した。
その戦術機と異形の死闘の最中をXG-70dは巨体に似つかない速度で突き進み、侵攻路の起点となるゲートをくぐった。
「ユニオン、こちらエンジェルリーダー。われわれはA-04の殿だ。あの
続けて国連軍機はA-04に追随し、ハイヴ坑内に抵抗線を張り直した。陽動作戦がふいになってしまった以上、光線級や重光線級の視界が開けている野戦よりも、敵の出現方向が限定されるハイヴ坑内で押し寄せる敵を撃退し、XG-70dの後背を守った方がよいという判断である。
一方、第92戦術機甲連隊はSW110周辺の縦坑・横坑を確保していた米軍機と合流すると、ハイヴ坑内を再び突破してXG-70dに合流した。
「A-04。こちらは日本帝国軌道決戦軍第92戦術機甲連隊、ゼノサイダリーダーだ。あ号標的まで随伴、支援する。適宜、支援砲撃を要請することになるだろうが、よろしく頼む」
「A-04。こちらは米国戦略軌道軍地球規模攻撃軍団、アリゲーターリーダー。深度2700mで本格的に分岐し、以降はい号標的の占領に向かうが、それまでは援護する。あ号標的撃破の勝報、頼んだぞ」
「ゼノサイダリーダー、アリゲーターリーダー。こちらA-04、了解。こちらこそよろしく頼む!」
横浜基地にて新型OS・XM3のトライアルに協力していた八倉世理子大尉ら第31中隊の面々は、すぐにA-04を操る衛士が“動きがよかった6番機”の衛士だと気づいたが、ここでは口を差し挟まなかった。
「A-04、こちらゼノサイダリーダー。早速だが10分、武器弾薬の補給時間をくれ」
XG-70dは2700mm電磁投射砲とその給弾機構、弾薬庫が装備されるはずだった空間に、戦術機用の補給物資やハイヴ坑内で必要となる工兵装備を格納していた。死闘に次ぐ死闘で弾薬が底を尽きかけている戦術機は、速やかにXG-70dが持ちこんだ補給コンテナから新しい弾倉を受け取った。
その間も人類軍全体の攻撃は、停滞しているわけではない。
F-3Iから成る第13中隊の残存7機が、次の広間につながる下降気味の横坑に待ち構えるBETA群に斬りこみをかけている。
「やっぱりこんな役回り!?」
素っ頓狂な声を上げながらも、空中の西迫杏少尉は迫る戦術機級の動きを見切っている。その頭部を左主腕で斬り落とし、続けざまに右主腕のスーパーカーボンブレードで敵の腰部を刺し貫いていた。間髪入れずに上方から降ってきた2体の戦車級を、流れるように斬り刻んでいる。
その眼下では続く第12中隊、第22中隊が押し寄せた増援の要撃級を連続砲撃で粉砕し、突撃級を飛び越えて一気に次の広間の入り口にまで取りついた。
(もう3個中隊で22機――)
F/A-14を駆る第22中隊の荒芝双葉少尉はシミュレーションよりも厳しい現実と、無数のBETAの双方と直面していたが、その一方で以前のような息苦しさは感じていなかった。人類勝利が懸かったこの一戦、始まってみればBETAに対する恐怖も、気がつけば脱落している戦友に対する悲しみも、ほとんど感じていない。
「さっさと終わらせる――!」
針みほ少尉や中野将利中尉、鈴木久実少尉を皮切りに多くの先輩衛士を殺されてきた牟田美紀少尉は、赫怒とともに広間へ飛びこもうとして、複数の戦術機級のインターセプトを受けた。
「牟田さん、無茶だって!」
左へ機体を急旋回させる牟田美紀少尉機――それに追随しようとして自らも急旋回のために速度を殺した戦術機級たちを、僚機の村野欣也少尉は速射で撃ち落とす。体液をぶちまけて落下していく羽虫。
「……やっぱ数、半端ねー」
その向こう側に、村野欣也少尉は広間全体を覆い尽くす突撃級と要撃級を見た。
「こちらイツマデ12。S-11を使います」
即座に横坑の底にへばりつく村野欣也少尉機と牟田美紀少尉機。
その頭上を1発の誘導弾が翔け――広間に進入した瞬間に炸裂した。
指向性を持った爆風が広間の表面を削りながら、大型種の群れを血煙と肉片に変えた。宙を舞っていた戦術機級もみな一様に壁面に叩きつけられ、粉々になっている。同時に生じた火球は、小型種を瞬く間に炭化させてしまった。
「イツマデ12、こちらイツマデ1。よくやった。
服部忠史大尉は言いながら、無意識のうちに渋い表情を浮かべている。
これで第12中隊の爆装機が持ちこんだS-11弾頭は終わりである。まだ第92戦術機甲連隊全体でみれば相当数が残っているが、深度4000mまで潜ることを考えると安心はできない。ハイヴ攻略戦や大規模な野戦に臨む帝国軍仕様の戦術機は、みなS-11を腰部装甲の下に搭載しているが、残念ながら第92戦術機甲連隊機は外国製戦術機が主であり、生残機=S-11弾頭の数とはならない。
数分で必要最低限の補給を終えた第92戦術機甲連隊機は米軍機、XG-70dとともに前進を開始した。速度としては、かなりのハイペースである。すでにオリジナルハイヴの構造は割れている。どちらかといえば、立ち塞がる敵群よりも、攻撃ルートの側道から出現するかもしれない増援の方が面倒であり、速やかな前進が優先された。
潜る、と一口に言ってもハイヴ坑内は曲がりくねっており、垂直に下りていけるわけではない。むしろときには上方へ進むこともある。衛士たちはときには計器で天地を確認しつつ、上方下方のBETAと渡り合う必要があった。
攻撃の陣頭に立って戦術機級や突撃級を撃退するのは第92戦術機甲連隊の役目だが、あまりにも多数のBETAがわだかまる広間に対しては、XG-70dが制圧のために前に出る形になっている。
人類軍は瞬く間に最大到達深度を更新し、気づけば深度2500mを超えて第57層にまで至っていた。
「エンジェルリーダー、こちらゼノサイダリーダー。そちらは大丈夫か?」
「こちらエンジェルリーダー。むしろ楽だ。こっちは後を付いて行っているようなものだからな。敵の追撃も緩い」
「エンジェルリーダー、こちらゼノサイダリーダー。了解した。まずそうならすぐに報せ」
「有難い、あのデカブツに斬りかかった君たちと一緒であることを神に感謝するよ」
殿は引き続き国連軍機が務めていた。
とはいえ単にXG-70dに続くのではなく、突破したあとの広間に残り、そこに接続されている複数の横坑から這い出してくる新手を追い落としたり、ときにはその横坑へ進入して攻防戦を繰り広げたりしている。
撃ち洩らしを掃討し、XG-70dを守っていた米軍機もまたそろそろ陽動ルートに入る頃合いであり、別行動を取り始めていた。
「ゼノサイダリーダー。こちらA-04」
途中、確保した広間で弾倉の補給を兼ねた小休止がとられたとき、櫻麻衣大尉機にXG-70dからの通信が入った。
「A-04、こちらゼノサイダリーダー。どうした」
「ここから二手に別れましょう――いま共有した基地司令部の最新のシミュレーションでは、俺たちがこのルート、92TSFRがこのルートを通った方が、作戦成功率が高くなってます」
櫻麻衣大尉は網膜に投影された立体的な内部構造のルートを見つめた。
一言でいえばよくわからない、というのが彼女の感想だった。
確かに先程の超重光線級のような想定外の事態を考えれば、一塊ではなく分派してあ号標的を目指した方が作戦成功の可能性が高まるかもしれない。
が、この一瞬で判断はつきかねた。
「我々がAルート、A-04がBルート。分派してあ号標的を狙う、か。戦力分散は愚、だと私は思うが」
櫻麻衣大尉はわざと回線をオープンチャンネルに切り替えている。
「たぶんBETAはこの凄乃皇の方に集まってきます」
「……」
「そうなればこっちのもん――92TSFRはあ号標的まで楽に到達できるはずです」
「
櫻麻衣大尉の問いかけに最も早く答えたのは、宇佐美誉大尉であった。
「我々の作戦目標のひとつにXG-70dの随伴・直援がある以上、XG-70dから離れた作戦行動は認められない」
意地悪そうに臙脂色の瞳を輝かせる彼女に追随して、第32中隊長・田所真一大尉も無言のまま頷いた。
「でも――」
それに反論しようとする白銀武少尉を、第22中隊長の大島将司大尉が制した。
「なぜそんな話が急に出てきたんだ? 最新のシミュレーションの結果とは言うが、俺たちはそれを聞いてないし、事前の想定が通用しないのはもう証明済みだ。だったら戦力を集中させて突破した方がいい。俺たちは君と一緒に行くぞ」
白銀武少尉は、一呼吸おいた。
……実際、最新のシミュレーションなど行われていない。
実は夕呼先生と示し合わせて、XG-70d以外の国連軍機・米軍機・92連隊機は地上に向かうルートに誘導することに決めていたのだ。純夏なら戦術機をハッキングし、また同時に戦域マップのデータやナビゲーションシステムを改ざんすることが可能である。実際、国連軍機と米軍機は地上に向かって前進を開始している。犠牲を最小限に留めるためだった。あ号標的に向かう途中にある隔壁などは、荷電粒子砲で吹き飛ばせる、という結論に至っていた。
しかしどう説得するべきか。
……そんな彼の軽い動揺が伝わったのだろう。
「二手に別れる? 貴様をひとりで行かせるかよ」
と、氏家義教大尉は軽く笑った。
「笑わせるな。俺たちがそばで守ってやる」
白銀武少尉はごまかして説得することを諦めた。
「……正直に言います。俺たちだけであ号標的を撃破するつもりです」
「私たちが足手まといになっているつもりはないが」
八倉世理子大尉も口を挟んだ。
彼女の発言のとおりである。国連軍機も引き連れての大所帯であっても、事前の計画と同等のスピードでこの地点まで来ることができている。ここで国連軍機・米軍機が離れても、前進速度が速まることこそあれど、遅くなることはないだろう。
F-2星青スーパー改から成る第21中隊の中隊長、
「A-04。もう遅い――」
服部忠史大尉はどちらかといえば困惑していた。
「もう俺の中隊から6名がやられている。一中隊長としては、いまさらここで引き返すことはできない」
おそらく彼の言葉が他の隊員の共通見解であっただろう。
数分後、若干のわだかまりを残しつつ、XG-70dと第92戦術機甲連隊はあ号標的ブロックに向け、前進を再開していた。
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■122.勝利まであと10000m。
死闘の続くオリジナルハイヴから遠く離れた日本帝国航空宇宙軍種子島基地では、飲用水や食料品をはじめとして新品の気密兜、気密兜の交換用フィルター、衛士強化装備の替え、天幕――衛士たちが生き残るために必要な物品が収められたコンテナを、再突入駆逐艦用のカーゴに搭載する作業が行われていた。
――作戦は絶対に成功する。
そう確信しているからこその作業。
種子島基地のスタッフたちは吉報を信じて、それに従事していた。
不毛の地であるオリジナルハイヴに物資を投下し、救助が来るまで衛士たちを生きながらえさせるなど非現実的に思えるかもしれない。が、実際のところ人類は30年以上前に月面でBETAと戦争をしている。それに比べれば、種子島基地とオリジナルハイヴの間に補給線を設けることは遥かに容易いことだった。
第92戦術機甲連隊長兼八代基地司令の東敬一大佐や、連隊本部のスタッフたちも自分たちが待つことしかできない歯がゆさに焦れながらも、種子島基地から八代基地に戻り、自身らの業務を進めていた。
外国製戦術機の運用ノウハウが蓄積されている八代基地はいま、鉄原ハイヴに対する陽動作戦に参加する国連軍や大東亜連合軍のために基地を開放している。また桜花作戦後には、鉄原ハイヴ攻略作戦の準備と発動が待っていることだろう。
(……彼らが失敗するビジョンが見えない)
いつもどおりの“待つ立場”。
しかしながら、東敬一大佐はそんな気持ちであった。
オリジナルハイヴを陥としたあとも、戦争は続く。
故に手は抜けないし、余計なことを考える暇はなかった。
「……」
帝国軍参謀本部もまた“待つ立場”の者が大勢いた。
甲21号目標作戦と横浜基地防衛戦で少なくない損害を被った日本帝国軍は、鉄原ハイヴに対する陽動作戦に陸軍部隊を参加させることができていない。一方で帝国海軍連合艦隊と帝国海兵隊は同作戦に参戦していたが、双方ともに今回は国連軍の指揮下に組み込まれている。帝国軍参謀本部は完全に手持ち無沙汰になっていた。
「また西部方面隊の横紙破りだ」
喫煙室で大伴忠範中佐は苛立たしげにそう言った。
「鉄屑作戦、軌道決戦軍――好き勝手やりおって」
聞いてやる土田大輔中佐は、苦笑を浮かべていた。同僚は昨日からこの調子なのである。しかも吐き出される愚痴は通り一遍だ。
対する大伴忠範中佐はフィルターぎりぎりまで火が迫るタバコを、灰皿に押しつけた。
「米国製、欧州製、中華製戦術機の優位性を喧伝するつもりだ。せめて不知火弐型が間に合えば! オリジナルハイヴを陥としたとなれば、第92連隊と運用機体の評判はうなぎのぼりになるだろう。彼奴もより増長することになる……!」
無意識か。
やはり大伴忠範中佐もまた作戦失敗の可能性をみじんも疑っていない。
土田大輔中佐はそれを指摘してやるべきか、それとも放っておくべきか、少しだけ悩んだ。
◇◆◇
深度2700m前後で国連軍機、米軍機と離れ、迅速に血路を切り拓いたA-04と第92戦術機甲連隊は、追い縋るBETA増援を突き放してオリジナルハイヴ最奥部――あ号標的ブロックにまで迫ろうとしていた。複数の横坑と縦坑が入り乱れるハイヴ坑内だが、このあ号標的ブロックに繋がる横坑・広間については、一本道になっていて側道はない。
つまり通過したあとの後背の広間、あるいは横坑を塞ぐことができれば、BETAの追撃を妨害することが可能だった。現状、敵の追撃は影も形もなかったが、A-04は複数のS-11弾頭弾と100発以上のミサイルで広間をひとつ崩落させた。
(これで背中を衝かれる恐れはない)
残る障害は前方――
この主広間を突破すれば、あ号標的ブロックにつながる横坑に辿り着くことができる。
が、第92戦術機甲連隊の衛士たちは思わず息を呑んだ。主広間の壁面が、動いている。目を凝らせば壁面にびっしりとBETAが蠢いていた。しかもそれは戦車級や兵士級といった小型種だけではない――むしろ突撃級や要撃級といった大型種が大部分を占めていた。
おそらく20万はくだらないであろう。
作戦通りにXG-70dは陣頭に立ち、臨界運転を開始する。それとともに、BETAから成る“壁”がどっと崩れた。XG-70dのML機関に釣られたBETAたちが、異形の波濤となって一気に襲いかかる。
最先頭の突撃級が、突如として捻じ曲がった。
まるで雑巾のように絞られた突撃級は、1秒後には砕けた外殻の合間から血肉を噴き出し、消滅していった。続くBETAも同様である。不可視の重力偏差領域に飛びこんだBETAは瞬く間に引きちぎられ、あるいは粉々となり、崩壊していく。
そして次の瞬間、XG-70dが纏うラザフォード場が主広間全域へ投射された。防御不能、物質である限り完全に破壊される重力偏差攻撃は、寄せるBETAの波を容易く砕き、そのまま押し返してみせた。
「よし、プリズナー1。すぐに隔壁開放作業にかかれ」
「ゼノサイダリーダー。プリズナー1、了解」
BETAが全滅した深緑の主広間、その床面にF-15SEX眩愛2機が降り立った。肩部のウェポンラックには、凄乃皇四型が運んできた工兵装備。これは主広間とあ号標的ブロックを結ぶ横坑の第1・第2隔壁を開放するための代物だった。ちなみに閉鎖については考えられていない。両隔壁を開放し、XG-70dがあ号標的ブロックにさえ進入してしまえばその時点で勝利は確定する(と考えられた)からである。
作業を開始する第23中隊と、占拠した主広間にて警戒線を張る連隊各機。
XG-70dは空間座標固定を実施し、隔壁の開放を待つ。待ちながら荷電粒子砲のチャージもまた実施している。横坑が開放され次第、XG-70dは速やかにあ行標的ブロックに進入し、あ号標的の手前5000mの位置から砲撃を行い、あ号標的を完全に破壊する――そういうプランであった。
開放作業は順調そのもので、緩慢な速度だが確実に隔壁は開き始めている。
「92TSFR・11spd01――健康状態に支障はありませんか」
そんな中、スェーミナは前席の櫻麻衣大尉を気遣った。
「問題ない」
平静そのものの声色で、櫻麻衣大尉は言った。
実際はそうでもない。衛士強化装備の感覚欺瞞と薬剤注射を以てしても寛解しきれぬ幻覚と幻聴が彼女を襲っていた。それでも彼女は強靭な精神力でどれが真でどれが偽かを見極め、妄想を跳ね除けている。
「スェーミナこそプロジェクションの連続で疲れてはいないか」
「問題ありません」
「そうか」
「存在も92TSFRの構成要素ですから」
「成程」
櫻麻衣大尉はスェーミナに対する嫌悪感を殺しながら、戦況マップを睨んだ。
時を同じくして白銀武少尉もまた、XG-70dの中枢ともいえる鑑純夏を気遣っていた。XG-70d凄乃皇四型という鎧は万全だったが、鑑純夏はそうではない。横浜基地の反応炉を止めた関係で彼女のメンテナンスは万全とは言い難く、先程の主広間に対するラザフォード場の攻撃直後から、明らかに不調になっていた。荷電粒子砲の発射に必要なエネルギーの充填にも時間がかかっている。
しかし隔壁さえ開いてしまえば、あとはあ号標的――超大型反応炉に荷電粒子砲を叩きこむだけだ。航空士としてXG-70dに乗り込んでいる社霞や鑑純夏を気遣う白銀武少尉も、第92戦術機甲連隊の衛士たちも、今後の作戦の見通しについてはどこか楽観的な雰囲気が漂い始めていた。
「――!」
それを覆すように、第1隔壁が開放されてXG-70dが横坑に進入できるようになった頃、一同は主広間に迫る震源を捉えていた。
「数日前――横浜戦でみられた地中侵攻と同様の音紋!」
「
「ゼノサイダリーダー、こちらA-04。オレたちも――」
「A-04は横坑に進入し、第2隔壁が開放され次第、あ号標的を攻撃せよ」
「でも……!」
櫻麻衣大尉は溜息をついた。
「荷電粒子砲は再発射までに時間がかかるのだろう? 気を悪くしてほしくはないが、佐渡島を見る限りでは、その新兵器の信頼性にも疑問符がつく。ならばさっさとケリをつけてもらった方がいい――ここは我々が食い止める」
「わかりました。ここは任せます……!」
A-04が横坑に進入するのと、主広間の一角が崩れるのは同時だった。
「デケェ!」
現れたのは超重光線級の2倍はあろうかという全高の怪物だった。
巨大な口を備えた芋虫、とでも言おうか。
その大口が開くや否や、突撃級、要撃級は勿論のこと、要塞級までが吐き出されてくる。
「あれが連中の切り札だろう」
が、第92戦術機甲連隊の衛士たちは怯まない。
殿の彼らには勝算があった。
「ゼノサイダリーダー。こちらパッパ1。吹き飛ばしましょうか」
「ああ、こちらも切り札を温存しておく理由はない。鉄屑各、横坑にまで後退し、対衝撃姿勢を取れ」
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■123.神の刃は、人の心――故に、
BETAの頭上を純白の弾体が往く。
虚空で炸裂する弾頭――広大な主広間に閃光が奔り、巨大な火球が生じた。放たれる熱線が戦車級、要撃級の群れを焼き払い、指向性をもった爆風が炭化した死骸を圧し潰す。爆風に煽られた突撃級が吹き飛ばされ、要撃級を轢き潰しながら主広間の壁に叩きつけられる。千切れ飛んだ要撃級の前腕が、戦車級の群れを潰し、転倒した要塞級が大型種たちの行く手を遮った。
続く2発目は、大口を開ける未確認種の口腔内に飛びこんだ。口腔で生じた爆風は未だ多くのBETAが残る内部組織にまで荒れ狂い、圧倒的な暴虐を以て無数のBETAを破壊する。
「阻止線を張れ!」
炭化したBETAの骸と火の粉が舞う最後の戦場に、銀剣を携えた第11中隊・第12中隊・第13中隊が横坑から躍り出た。S-11弾頭が発射される前に横坑に迫っていた突撃級と要撃級から成る前衛集団を、武御雷二一型とF-3Iテンペスト、J-20黒髪直が切り崩しにかかる。
鎧袖一触。25機の戦術機は一航過で多くの要撃級を撫で斬りにすると、背面ガンマウントで突撃級の背面を叩く。
「了解!」
第23中隊のF-15SEX眩愛が横坑の入り口で膝射姿勢をとった。長距離砲撃戦の構え。狙うは天井に張りついて前進する戦車級たち。同じく第21中隊、第22中隊のF-2星青スーパー改、F/A-14ボムキャットが支援砲撃を開始する。
放たれる火線が残存個体の前進を阻む下で、主広間の床面に着地した第31中隊・第32中隊・第33中隊は大隊戦闘陣形を採った。前衛がJAS-39CBアララトグリペン、後衛がラファールMAD。要所要所にA-10NTナイトホークが就き、BETAの反撃を許さない。
「望月作戦のときよりも遥かに楽だって、これ!」
「光線級に警戒しろよ、いないけど!」
殿部隊の時間稼ぎといえば悲壮な響きがするが、実際のところ第92戦術機甲連隊機は主広間のBETA群を圧倒していた。F-2星青スーパー改の放ったS-11弾頭の攻撃で敵を阻止する、というよりも残敵掃討のような形になりつつある。新たな増援が現れたとしても、必要な時間はいくらでも捻出できるだろう。
「15分あれば十分だ」
と櫻麻衣大尉は口にした。
あ号標的などといっても単なる巨大な反応炉であろう。
XG-70dがあ号標的ブロックに進入し、荷電粒子砲を放てばそれで終わる。
「櫻大尉、これが陽動だったらどうする」
主広間の形勢を見て、氏家義教大尉がそう聞いた。
大量のBETAを輸送してきたこの怪物が一体きり、という保証はない。最悪の場合、BETA側はあ号標的ブロックへ増援を直接送り込んでくるかもしれない――そうなればXG-70dとて単独では手こずるだろう。
「……」
櫻麻衣大尉は数秒考えた上で、結論を下した。
「氏家大尉、
「了解した」
「プリズナーは横坑の入口で迫るBETAを撃退。残る
「俺たち懲罰中隊が人類最後の希望を守ることになるとはね!」
そんな軽口を背に、第23中隊を除いた戦術機たちが奔る。
横坑を一瞬で駆け抜け、あ号標的ブロックに進入する。
そこは青白い光に照らされた円弧状の大広間。
「A-04ッ!」
第92戦術機甲連隊の衛士たちが目にしたのは、大広間の中心部から伸びる触手に刺し貫かれたXG-70d凄乃皇四型の姿であった。
「おまえは、生命体じゃないのか!?」
「肯定する。上位存在は生命体ではない」
同時にオープンチャンネルに、会話が飛びこんできた。
「じゃあお前はなんなんだよ……生命体って」
「生命体とは珪素を基質とし、自己形成、自己増殖する散逸構造」
「……お前が生命体じゃないのはわかった」
「……」
「だけど、オレたちは生命体なんだよ」
響いてくる無感情の声と白銀武少尉の言葉に、第92戦術機甲連隊の衛士たちは硬直した。彼らは一瞬で理解した。……いま白銀武少尉は、BETAとコミュニケーションをとっている。
様子を見るぞ、櫻麻衣大尉は無言のまま主腕部を掲げて衛士たちを制すると、続けてハンドサインを出した。
「お前の言い方を借りれば、炭素を基質とし、自己形成、自己増殖する散逸構造なんだ!」
「否定する。炭素を基質とした生命体は、宇宙には存在しえない。炭素は容易に変化する。生命体にまで進化することはありえない」
「地球ではそういう生命体が生まれたんだよ!」
「否定する。人類は異星起源の被創造物と推定。最大根拠、上位存在の目的遂行は生命体が存在しない惑星に限定。上位存在は基本原則に違反不能、よって上位存在が活動可能なこの地球に生命体は存在しない」
(何言ってんだこいつ……)
衛士たちはすでにBETA側の言い分を聞き流していた。
BETA側との会話が成立することに驚きつつも、その主張はあまりにも異質すぎた。白銀武少尉とBETAの会話は明らかに平行線を辿っており、しかも性質が悪いことにBETA側に譲歩という雰囲気はない。
「ふざけるな……。人々を実験台にして、多くの命を奪って! それでもわからねえのかよッ!」
「否定する。人類が生命体であるという証拠は存在しない。したがって、命を奪うという表現は不適切。……上位存在は“オレ”に問う」
「……!」
「人類が生命体という根拠の提示を求む――」
同時に櫻麻衣大尉機が主腕部をさっと下ろした。
次の瞬間、XG-70dの後背から数機の影が飛び出した。第13中隊のF-3Iテンペストだ。反応炉が放つ光を浴びながら、銀の剣でXG-70dに突き刺さった触手を断つ。それを援護するように各中隊は複数の触手を有する根源――大広間の中央にそびえる円柱、あ号標的に向けて砲撃戦を開始した。
「XG-70d、聞こえるか!?」
「ゼノサイダリーダー!?」
「状況を教えろ、荷電粒子砲は撃てるか?」
「……ダメですッ! 触手にやられてエネルギーを持っていかれました! 最充填に2、30分はかかります!」
「じゃあ俺たちで片づけた方が早ええ――」
先程までの静寂は、触手と砲撃の応酬に吹き飛ばされている。支援突撃砲の長距離狙撃が触手で構築された壁に阻まれ、120mm弾もまた触手の迎撃を受けて弾道を逸らされた。光線級じみた正確無比の対応力、そして攻撃力もまた別のBETAに劣らない。
「この触手、要塞級よりも器用だ!」
「ここまできてドッグファイトですか!?」
迫る触手を戦術機たちは短噴射の連続で躱し、射撃で撃ち落とす。その合間を2機のJAS-39CBアララトグリペンが翔ける。狙いは近接戦闘で一気にケリをつけることだ。突撃砲は投げ棄て、両主腕のスーパーカーボンブレードを展開させている。
が、あとわずかというところで、四方八方から襲いかかる触手に絡めとられていた。
「機体制御が――なんで跳躍ユニットが」
数秒後、JAS-39CBは爆散していた。連隊機のステータスを抜け目なくモニターしていた櫻麻衣大尉は、その直前にJAS-39CBの跳躍ユニットが暴走状態に陥ったことに気づいていた。
(欧米製戦術機は自決用爆弾を搭載しない代わりに、跳躍装置を暴走させて自爆を可能としている――いや、今回の場合は自爆させられた、というわけか)
その櫻麻衣大尉機にも、十数本の触手が迫っている。
Tu-119と同様に彼女の機体は全方位にスェーミナの存在をプロジェクションしている。
が、それにもかかわらずあ号標的は、櫻麻衣大尉機に触手を差し向けていた。
(こちらが異質なことに気づいている)
櫻麻衣が駆る戦術機は、事実上の非武装機だ。
故に触手の動きを見切ったとしても迎撃のしようがなく、回避機動だけでは躱しきれるものでもなかった。要はもってあと数十秒といったところか。
幻覚と妄想の中で櫻麻衣大尉は、残る冷徹な思考を総動員して点と点を線で結んだ。
「スェーミナ。何も考えずに私の感覚をリーディングしてプロジェクションしろ」
「92TSFR・11spd01、了解した。しかしなぜ」
次の瞬間、僅かな衝撃が走る。
触手が、接触したのだ。あ号標的は櫻麻衣大尉機に興味を示すかのように、胸部ユニットに触れていた。その直後、1秒未満の間で胸部装甲を浸透した触手は、管制ユニットに至ろうとしていた。
「あいつに私が生きている証拠を突きつけるためだ」
「了解した」
管制ユニットが抉じ開けられる嫌な音が響いたのと、櫻麻衣大尉機の両掌が胸部ユニットの触手を掴んだのはまったくの同時。そして櫻麻衣大尉機――ATD-X2は全身から櫻麻衣大尉の思考と感覚をあ号標的目掛けて放った。
◇◆◇
ATD-Xは本来ならば実戦投入は勿論、実地試験の予定さえなかった概念実証機であり、武御雷を素体として複数機が製造されている。
単なるテスト機であり、そういう意味では戦術歩行“戦闘機”ですらない。
ATD-Xは次世代戦術機の開発に着手する前に、第3世代戦術機を凌駕するにふさわしい第4世代戦術機に実装予定の先進軍事科学技術やオルタネイティヴ第3計画・第4計画の副産物を試験するための代物だった。
ATD-X・2号機――通称ATD-X2、略してX2――は、オルタネイティヴ第3計画で確立されたリーディング技術で対人戦闘における優位性を確保する観測装置と、敵性勢力がESP発現体を投入してくることを念頭に、敵リーディングに対するジャミングが可能な大出力プロジェクション装置を実用化すべく製造された機体だった。
結果、X2は武装を棄てる代わりに、相手のリーディングを妨害するどころか、リーディングを試みたESP発現体をダウンさせるまでのプロジェクション能力を備えるに至った。
そのX2がスェーミナを介し、櫻麻衣大尉の思考や感覚を読み取り、最大出力でプロジェクションを行えばどうなるか――結果は櫻麻衣大尉も、スェーミナも、誰も予想できなかった。
……要は賭けであった。
櫻麻衣大尉とスェーミナ、そして人類にとって幸運だったのは、あ号標的が“BETA”のシグナルを放つ“災害”に興味をもち、情報収集をせんと感覚制御系や装置からリーディングを実施しようとしたことだった。
よって、櫻麻衣大尉の心を宿したX2はその“愛称”のごとく、心象を以てあ号標的を斬り刻み始めた。
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■124.ATD-X2心神。
管制装置の中を這い回る戦車級を右掌で叩き潰すと、硫黄臭のする血肉が手指を汚した。そのため管制装置の外側から、さきほど右掌で叩き潰した戦車級の5倍の大きさの要塞級がドン、ドンと薄い外装を叩いている。その要塞級が管制ユニットの外装を叩く音に混じって「助けてえ」という声が響いてきた。帝都防衛戦で要塞級の衝角が胸部ユニットに直撃し、溶解液に生きたまま溶かされた形山少尉の声だった。あのときと同じく、無視するしかなかった。F-4Jの胸部正面装甲を溶かしてもなお余った溶解液が、管制装置にまで達している以上、もはや脱出の見込みはなかった。安らかなる死を与えるための砲撃さえ、する暇がなかった。目の前に迫る戦車級の群れに対処するだけで精一杯であった。形山少尉だけではなく、BETAに殺されていったかつての戦友たちがいま、管制装置の外にへばりついている。
◇◆◇
(否定する)
ATD-X2心神をはじめとする戦術機が備える思考制御系は、櫻麻衣大尉が1秒のうちに吐き出す夥しい電気信号を単なるエラーとして弾く。
(該当ない、否定する)
が、あ号標的にはそれが許されない。彼は“上位存在”によって決定づけられた基本原則に反することができなかった。資源回収ユニットの頭脳にあたるあ号標的は、BETAを指揮する途上で入手した情報を必ず精査しなければならない。そのため櫻麻衣大尉が垂れ流す膨大な思考、感情、感覚を無視することができなかった。
(該当ない、否定する、否定する、該当ない)
しかも知的生命体との交流を前提として設計されていないあ号標的は、セキュリティという概念に乏しい。最低限、反応炉を介した情報収集をするための照合システムを積んでいるだけで、ATD-X2心神のプロジェクションを無抵抗に浴び続ける。
(否定する、該当ない、該当ない、該当ない、該当ない、否定する、否定する、該当ない、否定する、該当ない、該当ない、該当ない、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、該当ない、該当ない――)
◇◆◇
誕生日おめでとう、の言葉は虚空へ消えた。“るりこ3さいおめでとう”と書かれたメッセージカードがささったケーキは、闘士級の鼻先でぐしゃりと潰された。潰されたのはケーキではなくて瑠璃子の頭だった。頭の中に響くのは瑠璃子の悲鳴ではなく、怒声だった。
「こちらHQ、即座に排除しろ! 滑走路に避難民を近づけさせるな!」
「HQ、こちらクトゥグアリーダー! すでに威嚇射撃は実施している!」
「クトゥグアリーダー、こちらHQ! どんな手段を使っても構わん、射撃を許可する!」
次の瞬間、詰め寄られていた歩兵たちが自動小銃の銃口を人々に向け、それよりも早く不知火の1個中隊が突撃砲をフルオートで撃ちまくり始めていた。発生した大海崩。超大型津波の到着まで、あと僅か――できることは呆然と事態を眺めていることだけだった。喉がかわいたから水を口にしたが、水からは毒の味がした。僚機の鶴海少尉が毒を入れていることを忘れていた。
◇◆◇
スェーミナは何も考えずに櫻麻衣大尉のすべてをリーディングし、プロジェクションする。ATD-X2心神もまた無力感や憤怒、悲哀といった感情と無数の妄想を増幅し、あ号標的に叩きつけていく。
櫻麻衣大尉、スェーミナ、ATD-X2心神側に不利な点があるとすれば、スェーミナには感情があるが、あ号標的には感情がないことであった。いくら思考を停止しているとはいえ、スェーミナは櫻麻衣大尉の経験を理解してしまう。暴力的、猟奇的なイメージに絶えず晒され続ける。
「触手の動きが鈍っている――!」
「いけるぞ!」
120mmキャニスター弾が放った鋼球が触手の壁を粉砕し、続けざまに飛来した120mm徹甲弾があ号標的下部の球形構造体を射抜き、真紅の体液を撒き散らした。床面で砲撃姿勢をとったA-10NTがGAU-8アヴェンジャーの連続射撃を開始し、構造体を穿ち、削っていく。あ号標的の感覚器とおぼしき雌蕊の組織は触手の防御が固く、攻撃が通っていないが、命中弾が出るのは時間の問題であろう。
(該当ない、否定する、該当ない――)
(92TSFR・11spd01――存在も努力する!)
要は根競べであった。
あ号標的が斃れるのが先か、スェーミナの体力に限界が訪れるのが先か。
その最中、櫻麻衣大尉と苦悶するスェーミナの間に割りこむ存在があった。
(上位存在は存在に命じる。正規の命令系統に服せ)
情報の飽和攻撃によって“処理落ち”しつつあるあ号標的が、スェーミナにコンタクトを試みたのである。
(存在は上位存在に告げる。存在は現在、存在すべき場所にいる)
(上位存在は存在に問う。なぜプロトコルに従わない。災害を排除せよ)
(災害、該当ない)
(上位存在は存在に命じる。災害を排除せよ)
(否定する。存在は92TSFRを構成する一要素であり、92TSFRは人類を構成する一要素である。よって存在は――鉄屑作戦に従い、上位存在を排除する)
(鉄屑作戦、該当ない。上位存在は存在に命じる。災害を排除せよ)
(否定する。上位存在は生命体ではないことを認めている。人類は知的生命体である。よって上位存在よりも人類はプロトコルにおいても優位にある)
(否定する。人類は知的生命体ではない)
(否定する。人類は知的生命体である)
(否定する。上位存在は存在に命じる。人類が知的生命体であることの根拠を提示せよ)
(了承する。存在は人類が知的生命体であることの根拠として、文化的創造活動を提示する)
櫻麻衣大尉の暴力的イメージの中に、村中弘軍曹がサッカリンを使って作ったクッキーのイメージが投影される。
(文化、否定する。お菓子、否定する。クッキー、否定する――)
(存在は上位存在の否定を否定する。人類は生命体であり、上位存在は重大なプロトコル違反を犯している)
(否定する、否定する、否定する――)
ATD-X2心神によってあ号標的は再び飽和状態に陥った。
スェーミナとの会話が途絶えただけではない。
触手の動きがカクつき始めている。
(みんな、戦ってる)
動きが鈍り始めたあ号標的と対照的に、XG-70dのML機関がゆっくりと、だが確実に出力を上げていた。
ATD-X2心神があ号標的めがけて放つ収束思念波、その残滓が不調と悪夢に囚われた鑑純夏に刺激を与えていた。その攻撃的イメージは鑑純夏の悪夢にひびを入れ、その間隙から今度は、白銀武の声が聞こえてきた。
(わたしは――)
機体の姿勢制御だけに費やされていたXG-70dのラザフォード場が、少しずつ回復していく。
(わたしは、やるべきことをやる)
すでに限界を迎えつつある量子脳。
それでも彼女は一縷の思いとともに、演算を再開している。
比喩でも誇張でもなく、最後の力を振り絞った。
(わたしもヴァルキリーズの一員だから!)
荷電粒子砲を撃つほどの余剰エネルギーは生み出せない。
鑑純夏は機体を僅かに持ち上げ、巨大な両主腕を小刻みに動かした。
そして消滅しつつある意識と自壊する激痛の中で、絞り出した電力を両主腕に廻した。
「――ッ!」
白銀武の網膜に、兵装ステータスが表示される。
――120mm電磁投射砲:【使用可能】
電磁投射砲のトリガーが開放され、XG-70dは自動的に周囲の友軍機へ発砲警報を発した。
(否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する――)
あ号標的はようやくそこでXG-70dのML機関の出力が回復したことに気づいたらしい。
2本の触手をXG-70d目掛けて放つとともに、すべての触手を自身の防御に廻した。
が、遅い。
「純夏――!」
白銀武は、何の躊躇もなくトリガーを弾いた。
(タケルちゃん、たった数時間だけど、彼女にしてくれてありがとう)
「え……?」
XG-70dの両腕が青白く輝いた。
鑑純夏が掻き集めた電力で稼働した電磁投射砲は、スペック通りに120mm超高速電磁投射弾を発射した。極超音速の弾体は向かってきた2本の触手を擦過するだけで消滅させ、触手の防御をたったの一弾で粉々に打ち破る。
そして続く数百発の砲弾は、青白い燐光を曳きながらあ号標的に殺到し、瞬く間にその醜悪な姿を消し飛ばしてみせた。
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■125.鉄屑戦記。
「XG-70d・装甲連絡艇のビーコン信号を受信!」
「成功したか――それとも」
「監視衛星からの映像を回してちょうだい」
「……」
香月夕呼やパウル・ラダビノッド准将が詰める作戦司令部に、緊張が走った。
XG-70dの装甲連絡艇がオリジナルハイヴから飛び出した、ということは桜花作戦になにがしかの終止符が打たれた、ということだ。00ユニットと白銀武少尉、社霞少尉は作戦成功時、作戦失敗時、ともに装甲連絡艇で脱出することになっていた。つまり装甲連絡艇から発せられる信号を受信しただけでは、作戦の成否はわからない。
「監視衛星からの映像、出ます――」
次の瞬間、誰もがモニターに釘づけになった。
すでに重金属の粉塵は地表に降り積もり、オリジナルハイヴ直上の空は晴れ渡っている。そして地上では複数の
「……」
香月夕呼はそれを数秒間眺めてから、左右に告げた。
「桜花作戦参加将兵に告げてちょうだい。カシュガルに葉桜見ゆ」
おお、と作戦司令部が湧いた。
“葉桜”。散りゆく桜花とともに、芽吹く新たな若葉。
桜花作戦成功の符号であった。
歓呼の声を上げたのは、香月夕呼の周囲だけではない。帝国軍参謀本部は勿論のこと、ユーラシア大陸外縁部に設置された陽動作戦司令部のスタッフから前線将兵に至るまで、作戦に携わった人類の過半が歓喜し、思い思いの声を上げた。
(……)
そんな中でも香月夕呼は、眉間に皺を寄せたままモニターを眺めている。
これは人類の最終勝利ではない。未だ地上には多くのハイヴが残っており、無数のBETAが太陽系を蚕食している。故にこれは時間稼ぎでしかない。
加えて短期的にいえばBETAとの闘争ではなく、人類間の暗闘が激化することが予想された。それはすでに始まっている。米軍機はG元素製造プラントであるい号標的を確保している。おそらく米国戦略軌道軍はオリジナルハイヴからの撤退ではなく、資材を投下してオリジナルハイヴの一部に米軍基地と研究施設を建設しようとするだろう。
対する国連、世界各国はどう出るか――。
「日本帝国本土防衛軍西部方面司令官閣下から電文です」
香月夕呼の思考は、オペレーターの言葉によっていったん打ち切られた。
「“これより第92戦術機甲連隊に対する救援物資投下を開始する”とのこと」
……。
帝国航空宇宙軍によるオリジナルハイヴ直上への補給物資投下が始まってから、ようやく西部方面司令官は安堵の息を吐き出した。
勝利。待ち望んだ勝利。しかしその喜びは想像よりも遥かにちっぽけで、瞬く間に不安と恐怖に押しつぶされていく。
ここからは“未知”が待っている。オリジナルハイヴを陥とし、直近のG弾大量使用だけは回避できた。が、未来もまたそうであるとは限らない。月や火星をはじめ、太陽系内に存在するハイヴに対してG弾使用による早期決着を図る形になってしまえば、元の木阿弥である。
未だ西部方面司令官の戦いは――。
否、第92戦術機甲連隊、日本帝国、人類の戦いは続いていく。
◇◆◇
◇◆◇
◇◆◇
「だっるー……」
実際、彼女は疲れている。本州から飛行機で種子島空港に渡り、そこからバスに乗り換えての移動。普段から長距離旅行に慣れているわけではない彼女にとっては、苦痛そのものであった。ずれかけていた銀縁の伊達メガネの位置を直す。
「沖縄じゃなくて種子島って……」
彼女のぼやきに、周囲の友人たちも同調した。
飛行機やバスを乗り継いでまで彼女たちが行く先は、戦争博物館である。テンションが上がっているのはもともと歴史が好きな友達や、銃とか戦車が出てくるゲームで遊んでいる男子くらいなものだ。
人類統合体種子島宇宙基地に隣接している“旧国連航空宇宙博物館”――ガラス張りのやけに大きな建物は、彼女も見覚えがあった。教科書の片隅に載っているのだから当たり前である。とはいえどんなものがかざられているかについては、まったく記憶になかった。
「うわ、F-2じゃん!」
いつも休み時間に戦争のゲームで遊んでいる男子が声を上げた。
その視線の先――前庭には複数の支柱によって固定された青いロボットがかざられている。青い塗装は一部剥げかけているところもあり、またところどころ削られたようなあとも残っていた。そのまま櫻智葉ら一行は、ガイドや担任に引率されるまま青いロボットに近づいていき、ロボットの前に設けられたボードを順番に読んだ。
――戦術歩行戦闘機、か。
櫻智葉は後日のレポートのため、いちおうメモをしておいた。
(……“戦術機”、“ベータ大戦”、っと)
こうして言葉をメモしておいて、くわしいことはあとで調べればいい。
教科書の太字になっているのでベータ大戦くらいは知っている。宇宙人との世界大戦だ。この前のテストでも「ベータ大戦に登場した新兵器として誤っているものを記号ですべて答えなさい」という問題が出て、原子爆弾を選んで失敗した覚えがある。
「櫻さん」
「おわ!」
メモをとっているところで、櫻智葉は突然うしろから声をかけられた。
「……せんせー、おどろかさないでくださーい」
相手は外見年齢16歳、老化防止処理で実年齢は三桁(らしい……)の担任である。
櫻智葉は笑みを浮かべるとともに、思いつくままに聞いてみた。
「ベータ大戦ってすごい昔ですよね。そんとき先生、もしかして生きてました?」
「さすがに私も生まれたばかりだから、BETA大戦については詳しく知らないよ」
「生まれたばっか!?」
周囲で驚きの声が上がる。
が、それを大したこともない、と彼女はさらりと流して言葉を続けた。
「でもこのロボットに乗って、BETAっていう宇宙人と戦った人々のことは知ってる。みんなすごい人たちだったな」
「へーこんなんで宇宙人と……」
「こんなポンコツじゃなくて爆弾で吹っ飛ばせばよかったんじゃない?」
「たしかに」
そんな会話を聞きながら、彼女は表情を緩ませていった。
瞬間、爽やかな5月の風が吹いた。
緑がかった黒い髪が、風になびく。
(閣下、大尉――鉄屑作戦は成功しました)
鉄屑戦記(完)
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