見えているか、あの眩耀の空が (ジャミゴンズ)
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一話 (アタマ)突然変異

 

 

 

 走ることを宿命づけられたサラブレッド―――競走馬。

 数多の血が絡み合い、才知を決定づける遺伝子スポーツ。 それが競馬。

 欧州から始まったそれは、深い歴史を持っていて多くの人間を魅了し連綿と紡がれている。

 そう、世界中。 世界中で。

 

 そしてまた、命が生まれてくる。

 命の中には時折、人が想定することが出来ない変わった物が混じり、生命の神秘を開花させ驚嘆を齎す。

 そうした事象を、人は 『突然変異』 と呼んだ。

 

 

 

            U 00

 

 

 いつからか、身の回りをうろついているニンゲンと総称する奴らが何を言っているのか大まかに理解することができた。

 最初は何も気にならなかったが、俺の身体が大きくなっていき、ニンゲンを見下ろすことになり始めた頃だ。

 俺の周りの世界がいかに狭っ苦しく、歪んだ場所であるのかが分かってしまった。

 だからその時は、とてもイライラした。

 自分が何をするのか分からなかったし、この場所に生まれてきてからずっと『世話』をされている事に気が付いてからはニンゲンがとても気に入らなくなった。

 暴れまわってしばらく、自棄になっていた自分にも嫌気がさして出される飯を食わなくなるとニンゲンたちが矢鱈と周りにうろつくようになった。

 奴らの向ける顔は様々だったが、一番印象に残っているのはぐにゃりと変形した、所謂しかめっ面というのものだった。

 或いは何か意味の分からない声を挙げながら、笑っていると言われる表情だった。

 あまりに鬱陶しかったので飯は食う事にした。 よくよく考えれば別に死にたいわけでもない。 飯を食わないと腹が減る。

 それはきっと生きることに必要だから、身体が求めてしまうものだ。

 そうして飯を食い始めてしばらく、様子見された後にだんだんとニンゲンがうろつく回数は減った。

 だが、ニンゲン相手に気分を害してしまう俺は、事あるごとに反抗した。

 飯を貰う時も、水を貰う時も、外に出される時も、身体を触られる時もだ。

 特に朝、ケツにタイオンケイをぶっ刺される時は本気を出して拒否してやった。

 とにかく事の大小に関わらず暴れまくったのである。

 そしたらその内、小さな別の動く何かを俺の暮らすバボウに入れられた。

 俺はニンゲンが入れて来た動く変な物がとても気に食わず、威嚇し、嘶き、それでも中々出て行かないので軽く頭で小突き、脚で突き飛ばしたら、小さい奴は動かなくなった。

 パーソナルスペースから口を使ってバボウの外に放り出し、俺はようやく人心地ついた。

 それが生物の死であることに俺はその時はまだ気付かなかった。

 夜が明けてニンゲンがやってくると『セントサイモン・セントサイモン』と連呼しはじめた。

 他にも色々と言っていた気がするが、ニンゲンは音を出すのが早すぎて聞き取りが難しいことがある。

 理解不能である音も多く、よく使われる言葉くらいしかすぐには理解できないのがもどかしい所だ。

 今、目の前で『カサ』という、上から水がいっぱい降ってくる時にニンゲンが使う道具を出したり閉まったりしている。

 そいつは俺の周りに毎日ずっと居る奴だ。

 トミ、トミオ、トミっさん、などと他のニンゲンに呼ばれているから、それがこのニンゲンの個体の呼ばれ方だ。

 コイツはなかなか気の利くやつで、俺もコイツが周りに居るのは気にならない。

 気が付いたころから傍に居たから、ニンゲンというよりかはトミオと言う感じだ。

 カイバだけでなく、不思議な味のするニンジンという物やコオリという物、リンゴやバナナなどというものを何処かで手に入れては俺に差し出す。

 『世話』されていて唯一の良いところはオヤツがあることだ。

 一番好きなのはリンゴだ。 トミオはよくリンゴを持ち歩いていて俺にくれる。

 ……しかしニンゲンは良く分からない生き物だ。

 変な物は沢山あるし、それを使って何かすることが多い。

 そして俺と同じ姿をしているウマとか、なんとか号とか言ってるやつらはニンゲンに連れられて同じ場所をぐるぐる回ったり広くて餌が地面にいっぱい落ちてる所に居たりする。

 当然、俺もウマだから同じような事を何度もされる。

 俺はなんとなくバッサバッサと音をやかましく出している傘が嫌になり、視界になるべく入らないようにして上を見上げた。

 眩しい陽の光が大地を照らしている日で、水は落ちてこない日だ。 なんでトミオはカサなんか持っているんだろう。 遊んでいるのか?

 とにかくニンゲンが居なければあの広い餌のある場所にずっと居るのに、俺はそれがニンゲンのせいで出来ない。

 そうかもしれないが、この狭い場所で俺はニンゲンが居なかったら生きていけないのか。

 地面の餌が無くなったら、食べる物がなくなっちまうのは分かるからな。

 ニンゲンと仲良くしないといけないのだろう、という事は『世話』されてるから理解ができてしまう。 

 明るくて眩しくて目を瞑っても光っている、空に浮かぶ奴を少しだけ羨ましく思った。 アイツは何も考えず空に現れて何処にでも行ける。

 ……トミオまだやってるな。 鬱陶しいぞ。

 俺はその日から、少しだけニンゲンに歩み寄るようになった。 

 

 

            U 01

 

 

 ニンゲンたちは俺をサイモンと良く呼ぶ。

 トミオ以外のニンゲンも総じてそうだった。 よくよく耳を立てて聞いていると他のウマにはダイちゃんとかケンボウとか言っていた。

 ニンゲンはニンゲン、ウマはウマでしかないと俺は思うが個体ごとに名を変えて呼んでいることに、まぁきっと意味があるのだろう。

 一番可能性が高いのは区別している、という所だろうな。

 最近は良く、ウマ達と同じ囲いの中に入れられて朝から夕方。 もしくは夜から朝まで餌のある場所に放置されている。

 バボウの中に居るのも餌地に居るのも特に居心地は変わらない。

 ウマたちはだいたい纏まって行動していた。 アイツらは俺と同じウマなのに、俺と違って主体性が皆無だった。

 ニンゲンが居なければ何も出来ないような奴らばかりだ。 まぁそれは俺もそうだが……とにかく最初はアイツらと一緒に餌地をうろついていたのだが、途中から気付いたのだ。

 ウマたちはウマたちで上下を決めようとしていた。 明確に何かの指標があるわけでもない。 それでも意地を張ったり大きく見せたり、無意味に威嚇をしたり顔を突き合わせたり。

 とてつもなく下らない行動に俺は思えた。 ニンゲンの言いなりになっているお前たちが狭い世界の中で上と下で関係を固めようとしているのが。

 そんな事は無意味だ、やめろ。

 そう声をかけても見たが、奴らは特に俺の意見を聞き入れる訳でもなく―――そもそも俺の言葉すら理解しているのかどうか分からん―――奴らの無意味な争いは止まらなかった。

 少し身体が大きいウマがリーダー気取りで構ってくることもあったが、俺は特に必要に感じなかったのでそいつとも距離を取った。

 結果として、俺は誰からも距離を離して過ごす事が多くなった。

 突っかかるのも突っかけられるのも面倒臭い。 

 面倒見ようと近づいてくる大きなウマの奴らも、俺と同じくらいの大きさのウマにデカイ顔をしてるから好きじゃない。

 ホウボクチでやってはいけない事を教えようとしたり、ニンゲンに気を使うように言ってきたり、何とも謙った性格のウマたちだ。

 こっちに近づいてくるウマ達が一時あまりにしつこく付き纏うものだから、後ろに来た同じくらいのチビウマを蹴飛ばしてみたら、ニンゲンが騒いだ。

 ニンゲンの奴らも俺達と距離を取りたいのか、それとも構ってほしいのか良く分からない動きばかりしている。

 この樹で出来た柵の囲いの中に、俺達ウマを毎日毎日放り込んで、時間が過ぎるとバボウに戻す行動はいったい何の意味があるのだろうか。

 どちらかというと俺はホウボクチにずっと居る方が解放感があって好きだ。

 特にタイヨウが出ている間は暖かくてリラックスできて、気分が良い。

 囲いが無ければもっと良かったが。

 わざわざバボウに移動する必要性が理解できない。

 繰り返す日々の中でその疑問は俺の小さなストレスとなっていた。

 ある日、ふと気付く。 

 この一連のニンゲンの行動は何か意味があるのだ。

 ウマとニンゲンは、何か関係があってこの様な行為を……言ってしまえばウマの管理を行って共生関係を築いている。

 とはいえ生活している中では判断に足る材料は見当たらず、いつしか異様にむしゃくしゃして、俺は囲いの柵を脚で蹴っ飛ばして壊すことにした。

 この柵の外に答えが、もしかしたらあるのかも知れないと俺は気づいたからだ。

 こうして囲っているのはニンゲンが何かを隠しているのだ。

 ウマが囲いの外に出るのが不都合だから、道具を使って柵を立てているに違いない。

 バボウの中と、ホウボクチしか知らないから、俺が―――いやウマとニンゲンがどういう形で寄り添って暮らしているのかを知れないのだ。

 群れて毎日を無意味に過ごしている主体性の無い同じウマたちと俺は違う。

 結構な音を響かせて、毎日毎日少しずつ蹴飛ばしていた柵が割れた。

 俺は少しだけストレスから解放され、ちょびっとだけご機嫌に柵を乗り越えて囲いの外に出てやった。

 ふと視線をやれば群れているウマたちが、なんだなんだ、とこちらに注意を向けていた。

 ふん、腑抜けたお前たちより先に、俺が真実を突き止めてやろう。

 感謝しろよ。 ニンゲンとの付き合い方が分かったら、俺は優しいからお前たちにも教えてやるからな。 

 

「んんぅん!? アァッ!? サイモンおめーか!?」

 

 しまった、トミオだ。

 意気揚々と囲いの外に出て探索をしようとしたところだった。 壊した柵にニンゲンが近づいてきたな、と思ったらトミオだったのだ。

 思わず俺は顔を逸らす。

 ぐぅーっと顔を伸ばして空に浮かぶ眩しい奴を見上げて、素知らぬふりをしてみた。

 

「またそれかお前、ツーンってやつか、悪びれねぇなぁ、ほんとよぉ、ほらほら、こっち来い」

 

 視界の端(どうしても見えてしまう)でそう言ってトミオは俺に近づいてきた。

 その手には中々うまそうなリンゴが乗っかっている。 ほうほう、俺にリンゴを持ってきたのか。

 ツイっと首を下げそうになってハッとする。 違う、俺は囲いの外でニンゲンとウマがどうして一緒に生きているのかを知る為に此処に居るのだ。

 トミオにリンゴを貰いに来た訳ではない。 いや、でもリンゴは貰っても……いやいや違う、待て、トミオは俺を囲いの中に毎日連れてくるんだから、また囲いの中に入れられてしまう。

 僅かな葛藤(おおよそ3分)を経て、俺はトミオから距離を取るべく少し早歩きで囲いから離れ始めた。

 と思ったら何かに引かれて頭がトミオの方へ向き直されている。

 な、なに……トミオの奴、何時の間にトウラクを……なんて早業だ、くそ、卑怯だぞ!

 

「うおっ! 暴れるな、落ち着けサイモン!」

「ブヒュヒュヒュン!!!」

「だめだこりゃ! おーい、ちょっと手伝ってくれ!!」

 

 うおおおお離せ馬鹿! トミオの馬鹿野郎! 俺はこの囲いの中に戻るわけには行かんのだ!

 

「なんちゅう暴れん坊だ! いい加減落ち着いてくれー!」

 

 その日俺は結局、囲いの中にも戻されずにバボウの中にトミオを含むニンゲン4人がかりで押し込まれた。

 おのれ、数に物を言わすとは卑怯なニンゲンどもめ。 許さん、いつか必ずあの餌地の囲いから脱出してやるぞ。

 俺は崇高なる目的を忘れ、脱走することそのものがその日から暫く目標になったのであった。

 

 

 何度も日時をかけ柵を壊し、囲いの外に出ては連れ戻される日々がしばし続いた。

 そろそろ俺も分かってきた。 この囲いの外に気付かれずに出るのは中々難しい。

 ニンゲンが居ない時を見計らっても、柵を壊すとなぜかニンゲンが近くに現れるからだ。

 俺の視界の無い場所からでもすぐに飛んでくるので、何処かで監視をしている。 それもニンゲンが直接見る必要がない方法だと思う。

 何かの絡繰りがある、多分だがニンゲンは色々な道具を使うことができる。

 例えばそう、遠くを見れるような、そういう道具があるのだろう。 

 そう判断した俺は柵を壊すのを止めることにした。 どうせ見つからずに壊すことが難しいなら意味がないからだ。

 そうして諦めると不思議な物で、風と雨が物凄く吹き荒れた次の日、水浸しになった餌地の囲いが何故か一か所だけ壊れていた。

 当然ながらバボウの中に入れられて嵐をやり過ごしていたので、俺が壊した場所ではない。

 普段から柵の近くをぐるっと回る習慣が着いていたので、いち早く囲いの異変に気が付いた俺は、自然と柵を乗り越えて外に出てみた。

 俺はしばらくニンゲンが居ないか周囲を観察した。

 ふむ、居ない。

 どうやら雨と風で柵は勝手に壊れて囲いが崩壊していたらしい。

 何時も餌地まで連れてこられる道から少し逸れて、別の道を使って歩いてみる。

 こうして何物にも邪魔されず林道を歩くのは中々気持ちがいい。

 空で燃えて眩しい奴の光も、木々が遮ってほどよい明るさであった。

 坂を下っていくと見慣れているバボウが見える。 角度が違うせいか、どうにも違う場所に思えて不思議な気分だ。

 ここまで歩いてきてもニンゲンは見当たらなかった。

 しかし近くの建物からはニンゲンの声が聞こえる。 普段聞いている声とは違う、なんだかやけに籠った声だ。

 俺は気になって音の震源地を探した。 マドと言われる建物に空いた穴からのっそりと顔を出して覗き込む。

 ニンゲンは居なかった。 しかしニンゲンの声は聞こえた。

 その声は向かいの壁の近くから発されているようであり、チカチカと光る箱のような物体から出ているようだ。  

 

『―――4角を回って先頭はスナスキンフライ、ビックトラット、アンダーシャツが続く。

 直線向いて残りは400、インタラクティブ良い脚だ、その外からコンゴウバショウ追い込んでくるが内々を突いて2500のスペシャリスト、アイブッチャーマンが伸びてくるぞ―――』

 

 なんとも忙しなく回る口である。 何を言っているのかまったく分からん。

 チカチカと光る箱に焦点を合わせていると、妙な生き物が動いている姿ばかりが映されていた。

 そいつは少しばかり俺達ウマに似ている。 だが背中? 胴体? から妙な物体が生えて動いているからウマでは無かった。

 そんな不思議生物がグルグルと何かの周りをまわっている。

 その光景はなかなか興味深く映った。 

 ニンゲンとウマ、そして小さな幾つかの生物以外で初めて見るイキモノだったからだ。

 しばし箱の中のイキモノを見ていたが、声の意味もまったく分からなかったので次第に飽きてきたので俺は別の場所へと歩き出した。

 少しすると大きな建物の影からニンゲンが出てきた。

 一瞬焦ってしまったが、どうも俺には気づいていないようで建物の奥を覗き見ると、さきほど箱の中に居たイキモノが存在しているではないか。

 あの謎のイキモノの周りにはニンゲンが3人ほど居て、その周囲で会話をしているようだった。

 やがてイキモノの背中にあった影が動いてニンゲンが4人に増えた。

 そして謎のイキモノはウマになった。 

 

……??????

 

 俺は混乱した。 ボロも出た。

 謎のイキモノはウマとニンゲンに別れた。 あの謎の生き物がウマとニンゲンを産んだのか?

 いやしかし、俺が生まれた時は母ウマが近くに居たような???? うん……? 

 

あ、そうか、ニンゲンを産んだのか。

 

 ニンゲンはああやって生まれるのか、なるほど……つまり、ニンゲンを増やす為にウマは居るということか?

 なるほどな……理解した。

 と思ったら何時の間にかニンゲンが一人消えて、また謎の生物になっていた。 

 

「ぶひゅん!」

 

 なんでだよ! なんでまたニンゲンが消えて謎の生物が生まれたんだ?????

 あまりに良く分からない事象に漏れてしまった声が聞かれてしまったのか、ニンゲンたちは俺の居る場所に一斉に視線を集め、なんだか騒ぎ始めた。

 そして俺に向かって声を挙げながら走ってくるものだから、本能的に俺は逃げた。

 道が良く分からないし謎のイキモノによって混乱してしまったので、とてつもなく必死になってしまった。

 気が付いたらバボウに戻っていたし、物凄く身体が疲れていた。

 収穫はあったが、衝撃も大きかった。

 俺は少しばかり普段の生活を楽しんで、ゆっくりと今回の事について考えようと心に決めたのだった。 

 

 

            U 02

 

 

 あれから月日が経って、餌地ことホウボクチで過ごす日々にも新鮮さが失せた頃。

 空から白い粉のような物が雨の代わりに良く降ってくるようになった。

 俺は真実に気づいていた。

 あの謎のイキモノはニンゲンがウマに乗った姿である。

 まぁ、その事実に気付いたのは謎のイキモノがいきなり現れて、俺達のような小さいウマを追い回し始めたからなんだが。

 何で俺達ウマを、ニンゲンとウマが合体した奴が追いかけてくるのか。 

 その答えも朧げながら俺は理解し始めている。

 それはあの時に見た箱の中の奴だ。 ニンゲンとウマが一緒になって集団で走っていたのだ。

 俺のようなウマはニンゲンを乗せて集団で走るようになる。 それだけしか今は分からないが、こうして俺のようなウマを追い回すのはそれが関係しているのだ。

 どうにも気に入らない。

 何が気に入らないってなんでニンゲンを乗せなければいけないのかという事。 乗る必要ないだろ? ないよな? ニンゲンだって自分で歩けるし、なんなら俺を追いかけて走ってる時もある。

 ウマも自分で歩けるし走れる。 ていうか今普通に追いかけられて走ってる。

 しかもニンゲンと一緒に走って何の意味があるんだ? それいるか? てか何で追われてるんだよ、走るのは嫌いじゃないが無理やり走らされるのは何でなんだ? 理由があるなら説明しろ。

 俺は無性にいらついてある時、追われている最中に逆走してやった。 

 追いかけてくるウマは俺よりもかなりデカイ。

 走る姿に迫力もあるし、俺より結構な時間、長く生きているということが直感的に分かる。

 だから追われるのも、こうしてそいつに向かって行くのも結構な恐怖を感じるが……それよりも良く分からないまま走るという行為による怒りの方が勝る。

 ニンゲンとでかいウマは逆走を始めた俺を器用に追い立てようとし、一緒に走っているウマの群れに戻そうとしてくる。 

 そんな意図が読めないとでも思っているのか? 馬鹿め、身体はでかいかも知れんが小回りではこちらが上だ!

 ステップを踏み、柵沿いに身体を滑らせて、そして華麗にウマとニンゲンを交わし抜け出した―――が、俺はウマの群れの中になぜか戻っていた。

 馬鹿野郎! 逆走を始めた俺の方についてくる奴があるか!

 俺は同じくらいの身体の大きさのウマたちを怒鳴りつけた。

 これじゃあ俺がただの馬鹿みたいだろうが、糞が。 許さねぇ、こいつら全員引き離してやる。

 怒りに任せて俺は疲れる事を承知で、こいつ等全員を置き去りにしてやることを決めた。

 デカイのも俺と同じくらいのも確かに速さでは殆ど変わらないが、本気で走ればこいつらくらい幾らでも引き離せるハズだ。

 さぁ、追いつけるもんなら追いついてみやがれ! 二度と追う気にならんくらいぶっちぎってやる!

 

………

……………

 

「いやぁ、サイモン、凄いですね。 常に群れの先頭に立とうとしますし、まだ身体が出来てない歳とは思えない運動量とパワーです。

 ブッチャー(乗ってた馬)に接触しかけた時がちょっと怖かったですが、彼に釣られて周りも彼に着いていこうと全体のテンションが上がりましたね。

 あまりに気合いが入ってたので、思わず一周多く走ってしまいました」

「おまえ誤魔化すなよ、ブッチャーもサイモンもアレ、めっちゃ危なかったぞ。 うちの唯一の重賞馬と未来ある若駒に何かあったら始末書じゃ済まねぇだろうが」

「あっはっは、いやもう、マジあの時は必死だったんで、はい。 申し訳ないです。 周回数間違えたのもそのせいです。 すんません」

「ったく、何事もなくて本当になによりだよ」

 

 談笑するニンゲンを尻目に、俺はとてつもなく悔しかった。

 くそが、本気で走ったのにちょっとしか離せなかった。

 俺と同じくらいのチビどもは引き離せたのに、このでかい奴は簡単に追いついてきやがった。

 あーくそ、疲れた、思うような結果も出せない上に結局追い回されただけで終わったっていう事実が俺を最高にイラつかせる。

 思わず、デカイやつ―――ブッチャーとか呼ばれてたウマを睨みつけてやる。

 俺は相当に疲れていて鼻から大きく息を吸っているが、奴は大して息も乱れていなかった。

 それがまた、何とも言えない怒りを俺の中に育んだ。 涼しい顔して俺の本気に着いてきたっていうのも非常に気に入らない。 思わず吐き捨てる。

 

―――ムカつく野郎だ

―――なんだ、思ったよりもまだ元気だな

 

 ブッチャーは俺が睨んでいることに気が付いたのか、少し頭を振ってこちらを伺ってきた。

 意外な事に、ブッチャーは俺に話しかけてきた。

 それは俺にとって衝撃だった。 ウマからハッキリとしたレスポンスが返ってきたことが無かったから驚いて一瞬だけ怒りを忘れた。

 驚いているとブッチャーは踵を返してニンゲンどもと離れようとしたので、慌てて俺は奴とニンゲンの間に割り込んだ。

 

―――待ておい! なんで俺らは走るんだ! なんでニンゲンを乗っけるんだ! 何か意味があるのか!?

―――意味はないさ

―――意味がないなら、俺たちウマは何でニンゲンと生きているんだ!?

―――さてな だが、一つ言えるなら

 そこまでが俺に聞けたことだった。

 俺とブッチャーが騒いだことで、ニンゲンどもも慌てて俺とブッチャーを引きはがしたからだ。

 大事なところで邪魔をされて、俺は更にボルテージが上がっていった。

 どうして邪魔をするんだ! ウマはニンゲンは、何のために一緒に走る、それを聞きたいだけなのに!

 俺自身が騒いでいたのとニンゲンが滅茶苦茶大声で会話を遮ってきたので、結局俺は答えを知り得ることなく離されてバボウに戻された。

 

 俺はバボウの中から空を見上げて眩しいやつをじっと見つめた。

 箱の中で走っていたやつら。

 ニンゲンとウマ。

 何かの理由があってニンゲンはウマを囲いに入れ、バボウに入れて管理して、そして。

 ウマに乗るニンゲン。

 

 そうか。

 ウマは走るのだ。

 ニンゲンは乗るのだ。

 そして恐らく、まだ絶対にそうだと決まったわけではないが、きっと―――競うのだ。

 ウマにとって意味があるなしに関わらず、ニンゲンにとって意味があるなしも分からず。

 漫然と決められた世界の規則であるかのように。

 あの空に居る眩しい奴が現れて、やがて色が変わって沈む時のように。

 なぜか、そう確信を持って俺は理解した。

 俺はニンゲンがあまり好きじゃない。 意味のない事をするし、意味を教えてくれない。

 俺はウマもあまり好きじゃない。 ニンゲンとの関係を漫然と受け止めてるだけで、それ以上を考えないからだ。

 

 今はただ、俺はブッチャーの残した言葉だけが脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

   ―――俺達は 命を 揺らしているんだよ

 

 

 今の俺にはブッチャーの言ってる事が分からなかった。

 

 あの後、結局ブッチャーと逢えたのは一度だけ。 空から水が降り注いでいた日だった。

 その一度の邂逅に、俺は同じ質問を繰り返し、ブッチャーは答えた。

 言葉ではなく、ニンゲンたちを振り切って。 「ホウバー」とニンゲンたちは騒いでいたが、俺は無視してその背中を追いかけた。

 答えを得ることを期待していた俺はブッチャーを必死に追った。

 どんなに脚を動かしても、早く追いつこうと身体を前に進めても、俺はブッチャーに追いつくことが出来なかった。

 それどころかどんどんとその背中が遠のいて、身体の底から走る鼓動の音しか聞こえなくなって、気が付いたらホウボクチの近くでブッチャーは立ち止まって俺を迎えていた。

 何時の間にか雨は上がっていた。

 

 

    ―――答えなんてないのさ

   ――――

    ―――気張って走りな、ボウズ

 

 

 結局、ブッチャーはそれだけを言って、それ以上は何も話さなかった。

 俺はブッチャーと話そうとしたけれど、応えるだけの力が残っていなかった。

 やがてニンゲンたちが追いついて、俺はバボウに戻されてブッチャーがどうなったのか分からない。

 逢うことが無かったから、この囲いやバボウの近くには居ないのだろう。

 ああ、まったく。 意味は分からない。

 だが一つだけ分かったことはある。

 俺はバボウの中から沈み始める眩しい奴を見上げて。 

 

「ぶひ」

 

 漏れだすように何が分かったのかも分からないのに、分かった、と答えた。

 

 

            U 03

 

 篠田牧場は戦前には畜産業を営み、昭和30年代にサラブレッド生産を始め現代でも営みを続けている老舗だ。

 祖父・父と繋ぎ、今3代目となる篠田徹(しのだとおる)が牧場長を務めている。

 かつては天皇賞(春)と宝塚記念を制したイワトミ号を輩出するなど、名馬の産地としてテレビ局に取り上げられたこともあった。

 それから15年以上も長らく重賞馬に恵まれなかったが、主取りとなってしまった生産馬のアイブッチャーマンが目黒記念・アルゼンチン共和国杯を立て続けに制覇し牧場全体で盛り上がった事が記憶に新しい。

 小さな牧場であることは篠田も分かっているし、種付けできる種牡馬も高額な物には手がでない。

 繁殖牝馬は全体で9頭。 購入したばかりの海外の繫殖牝馬を除けば、いずれも高齢に差し掛かっていて不安は尽きない。

 そんな中、重賞馬が出てきてくれるというのは幸運と馬自身の努力の結果であることを忘れてはならないのだろう。

 主流な血統も取り入れ、古い血も残していく。 祖父・父から受け継がれた意思と経済状況に常に気を配っていかねばならない。

 篠田徹がもひとつ幸運なのは、学生時代に出会った腐れ縁が居た事である。

 今の時代に走るとは思えない、零細の血統の幼駒を毎年、庭先取引で購入していく馬主が3人もいる。

 柊 慎吾という男はその3人の中の一人で同じ釜の飯を食った学生仲間で部活仲間。 信頼し気の許せる友人が自分のビジネスにおいても関係があるというのは心強いものだった。

 そんな柊は、冬が明けて幼駒が生まれようか、という雪解けの時期に篠田牧場へと足を運んでいた。

 

「お? おーおー忙しいところよく来てくれたな、慎吾」

「よぉ、徹。 ちっと仔馬を見てから来させてもらったよ。 遅くなったな」

「ははは、いいさ。 多分そうじゃないかと思ったんだ」

「なかなか面白そうな子が居たな」

「へぇ、どいつだ?」

「富雄のおっさんが見てる馬だよ。 猫を殺しちまったんだって?」

「あ~~、サイモンかぁ」

 

 応接室で篠田が直接応対し、柊は勝手知ったる様子で冷蔵庫から冷えたビールを取り出していた。

 会話は間断なく続き、柊のビジネスのことや世間話を挟み、最初に出てきたサイモンの話に移っていった。

 深く腰を落ち着けて、椅子にどっしりと体重を下ろし、窓の外を眺めながら話は進む。

 

「いやはや、聞けば聞くほどエピソードに事欠かないじゃないか」

「あの富雄さんが手を焼いてるくらいだからなぁ。 俺の親父の代から気性難の子を見続けた人が掛かりっきりなんだから」

「おっさんも歳なんだから、何人かつけてやれよ」

「サイモンはなぁ~、下手な子に任せると怪我しかねなくて、どうにもなぁ」

「まったく、それで、サイモンの資料はこれか? 種は、えっとこれか、父エッピリティーアルメント? ああん? なんか全然知らない馬ばっかだな」

「そうだね、母方は南アフリカから輸入された若い牝馬だから。 今年生まれたのはサイモンだよ。 今後は日本で流行してる種つけて、そこからに期待してるんだ」

「なんでまた、そんなとこから」

「うちの牝馬たちは高齢ばっかりだし、血統的に付けづらい子が増えてきたからしょうがないんだよ」

「てことは何だ、サイモンは南アフリカでつけた種なのか? ってことは安かったってことか」

「そうだよ。 もともとサイモンはお腹に入ってた子だね。 資金が潤沢なら色々選択肢はあるけど、そうもいかないからな」

「なるほど、まぁ買うか……身内びいきで算盤して……あー、500万くらいでいいか? 遡ったらリボーの血は入ってるみたいだし」

「本当かい? 友達料で100万くらい色付けてくれないかい?」

「おい、割引じゃなくて高くなるのおかしくないか? まぁ良いけどさ」

「毎度ありがとうだ、助かるよ。 でも気性的に競走馬になれるか分からないぜ」

 

 笑みを隠さずに茶化してくる篠田に、柊は同じように冗談めかしてどんな馬もそりゃあ同じだと答えた。

 病気や怪我、あるいは身体的な理由で競走馬になれない馬も多い、経済事情も絡んでくるし場合によっては競走馬として運用されない仔もいる。

 サイモンは気性が問題視されているが、それが競馬の世界で悪い事かと言われると必ずしもそうではない。

 闘争心として転換できれば武器にもなる。

 まぁ、気性が悪すぎて競走馬になれない馬もまま居るのだが。

 どんな理由、どんな事情であれサラブレッドが競走馬となるには一定以上の質が求められるのである。

 

「どこで走らせるんだい?」

「気の早い奴だな、そうさぁなぁ……まぁ地方のどこか適当なとこで。 中央には二頭、今年は入れるからな」

「へぇ、景気の良い話だな」

「業績はともかく、持ち株が当たってくれて俺個人はそこそこ潤ったんだ。 今年は5頭を目途に購入するつもりだから、それでサイモンも買ってやるんだぞ」

「いや有難い話だよ、まったく。 じゃあ地方でやってる知り合いの調教師さんが居るから、何人かに声はかけてみるよ」

「ああ、まぁ飼い葉代だけ咥えてくりゃそれで良い……ってそりゃ流石に失礼か?」

「あははは、まぁそうだな、母馬は買ったとはいえウチの牧場の大事な牝馬に、大事なとねっ子だ。 活躍してくれると嬉しいんだがね~」

 

 こうしてサイモンの引き取り主は、早い段階で柊慎吾に決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 






登場人物

幼名・サイモン
 (アタマ)突然変異のサラブレット。 主人公。

木野崎 富雄
 生まれたばかりの頃からサイモンを担当している。60歳を越えるベテラン牧夫。

篠田 徹
 サイモンが生まれた篠田牧場の牧場長。

柊 慎吾
 サイモンの馬主。 アタマが薄い。

アイブッチャーマン
 篠田牧場生産馬では15年ぶりの重賞馬。 
 セリで売れずに主取りとなってオーナーブリーダーとして活躍することになる。
 インパクトの強すぎる馬名で一部の競馬ファンから話題になった。 
 6歳で引退、篠田牧場で暮らしている。 
 飽和した血統、ステイヤー方面での才能ということもあり、種牡馬登録はしているものの人気は余り無い。 
 サイモンと出会ったのは7歳の頃。
 目黒記念・アルゼンチン共和国杯・日経賞で勝利を上げており
 ジャパンカップ5着、有馬記念を2着として6歳年明けに骨折、引退した。
 いずれも2500mの重賞で活躍していることから、芝2500のスペシャリストと呼ばれていた。

主な勝ち鞍 : 目黒記念 日経賞 AJCC杯 阿寒湖特別


 サイモンについて纏めた手記 ・ 木野崎 富雄
・母馬と別れてから、それまで特筆することもなかった気性が悪化。 
 経過観察。
・機嫌がすぐに悪くなり、馬房柵や馬房の壁を蹴飛ばしたり、身体を激しく打ち付けたりするようになる。 
 なるべく人を付け声を聴かせて落ち着かせてやること。
・馬房には監視カメラとマイクを設置し、他の子よりもモニタでマメに観察すること。
・小動物は余計にサイモンを苛立たせることになる(なった)ので、なるべく遠ざけること。
・かのセントサイモンと同様、傘の開閉で気をそらす事ができるので従業員はサイモン帯同の際に傘を持参する事。
・母馬と合わせてみても悪化した気性は治らなかった。 
 離乳そのものは出来ている。
・同世代の群れの中からはぐれて一頭で居る事が多い。 
 カメラに映らない場所に陣取ってることも多いので現場で確認も小まめに。
・放牧地の柵を破壊することを覚えて癖になっている。 
 怪我をしないかよく見ること。 
 脱走癖がついているので現場を見回る時は複数人で動くことを心がけてください。 
 他の子が真似しないか心配です。 
・暴れだすと気が済むまでとにかく止まらない。 
 リンゴが好物なので、これで止まらない時は取り押さえる必要がある。 
 成長してくると非常に難しい問題に発展するので早目に矯正しなくてはならない案件。
・馬房から脱走することは今までに一度も無いので、暴れたらまずは馬房に誘導すること。 
 馬房の中で暴れることは稀にあるので、中の清掃には気を使う必要あり。 
 怪我をしないように注意すること。
・追い運動では幼駒の中でも抜群の動き。 
 今まで見て来た中でも随一の負けん気と勝気を持っている。 
 手が掛かってるのでぜひとも大成して欲しい
・太陽に向かって顔をツーンと伸ばす不思議な癖がある。 
 その時だけは表情も相まって本当に可愛らしい姿です。


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二話 灰色

 

 

 

            U 04

 

 ニンゲンは変な道具を身体に色々着けたがる。

 近頃は俺の身体に着けようとする物が増えてきた。 確かに、何も知らないとウマにとってイラつく出来事だろう。

 それらの行動が全て、ニンゲンを背中に乗せる為に繋がっている事を俺は知っているから、まだ我慢ができた。

 別に乗られて苦しいとか、辛いとかいう訳ではない。 そりゃ少しは思うがそんな事よりも『自由』を奪われる事の方がよっぽど嫌だ。

 それを伝えようとしてみたが、ニンゲンは俺達ウマの言葉を理解することができない、少し頭が悪いイキモノだった。

 いや、それとも理解しながらそんな事は関係ないと拒否されていたのかも知れない。

 まぁ仕方ないか。

 同じウマ同士でもブッチャー以外のほとんどのウマは話が通じないのだ。

 あっちに行ってとか、止めろ、とかそういうちょっとしたコミュニケーションは取れるが、細かい事になるとどうにも伝えることが難しくなる。

 そう考えると何とも退屈な―――色の無い世界だ。

 ニンゲンもウマも、誰も俺のことを理解できないし、逆に彼らの事も理解することが難しいからだ。

 バボウの中に置いてあるカイバオケに突っ込んでいた顔を上げると、ニンゲンが集まる近くのバボウ(休憩所)で談笑する声が聞こえてきた。

 ニンゲンたちが時折集まって話をする場所は、何時からかは覚えてないが俺のバボウの近くになっていた。

 

「サイモン、少し落ち着いてきたんですかね。 鞍やハミの馴らしは、かなり気を使いそうだと思ってたんですけど」

「他の子よりもスムーズだったな。 変なところで怒ったりする以外は」

「あ~、確かにちょっと触ろうとしただけで噛みついてきたり、後ろ脚で蹴ろうとしたり、最初はホントやべぇって思いました」

「トミオさんが居なかったら、時間かかったかもなぁ」

「意外と育成に一番乗りするかもしれないね」

 

 ブッチャーとの出逢いから幾分と時間が経ち、ニンゲンを乗せて走るという行為について考えてきたが、俺達のようなウマにとって意味などない、という考えしか俺には分からなかった。

 

 ブッチャーも意味なんかないと言ってたから、それはきっとそうなのだろう。

 ならば、俺達ウマにとっては意味がないのなら、ニンゲンには意味があるということになる。

 箱……そう、ニンゲンの集まるバボウにも設置されたあの箱は遠くのものを見る道具だ。

 俺がどんな時間帯、どんな日時に柵を壊して囲いの外にいても見つかったのは、あの箱からニンゲンが見ているからだ。

 このバボウにも俺を見る為の道具があるのだろう。 苛立たしいが、どうすることも出来ないので仕方なく受け入れている。

 個体の名を付け、わざわざ乗り、そして走らせてぐるぐる回される。 

 何の為にしているのか、仮説を何度も立ててみたがウマを比べている、ということになるのではないか?としか推測できない。

 体力なのか、速度なのか。 それとも別の何かだ。 ウマはニンゲンよりも早く走れるから、速度なのかもしれない。

 そうしたことにブッチャーは命を揺らしていると言った。

 命、というのはウマやニンゲンのことだ。 そして時折見かける小さい奴らのことだ。

 空に浮かんでいるアイツは、もしかしたら違うかもしれない。 奴はイキモノであってイキモノではないから。

 

「あれ、またサイモン太陽の方見上げてますね」

「なんか癖になってるんだって。 面白いよな」

「へー、かわいいですね」

「そうだな、そこは可愛いよな。 さて、戻してきますか。 夜間組はサイモンもそうだから準備しよう」

「ですねぇ、そろそろやりますかぁ」

「暴れないでくれよ、今日は~富雄さん居ないんだから」

「それトミっさん休みの時に毎回言ってますね」

「変わってくれてもいいんだぞ、ヤベー時はほんと手がつけられないんだから」

「十分知ってますよ」

 

 ブッチャーの言葉はずっと俺の脳裏によぎっている。

 寝て起きても、気付けば俺はあの言葉の意味を考えているのだ。

 それは分からない事を考え続けているという僅かなストレスを齎すものではあったが、それ以上に好奇心を刺激されるものであった。

 俺は知りたかった。

 あの速く、タフで、大きなブッチャーが認めていた世界の姿を。

 命を揺らすという言葉が、この色の無い世界で唯一興味を引かれるモノだからだ。

 このホウボクチとバボウ以外に、いずれ来ることになるだろうぐるぐると回る場所はどんな所だ? ニンゲンは何に意味を求めるんだ?

 ニンゲンは俺に乗る準備を始めている。

 癪だが、ニンゲンを乗せなければあの場所に行けないことは分かった。 

 

 なぁ、ブッチャー。

 俺も、命を揺らせるのかい?

 目指す価値がある場所なのか?

 

 俺は新しい世界を、一刻も早く知りたい。

 

 

 

            U 05

 

 

 いつしか俺はイクセイボクジョウという場所に移された。

 ニンゲンたちが良く使う俺達と同じくらいに速く移動する道具のクルマという奴に載せられて。

 ブッチャーはコイツに乗って、何処かへ行ったのだろうか。

 今はあのぐるぐると回る場所に居るのかもしれない。

 それにしてもクルマがあるのにウマに乗ろうとするニンゲンは愚かなんじゃないだろうか。

 この平らな黒い道はクルマを走らせる為に、ニンゲンが整地して出来た物だと思うのだが。

 などと俺はクルマに揺られながらに思ったが、その疑問はカイバを飲み込みながら腹の中に納めた。

 その事にニンゲンが気付いたら、俺がブッチャーの言っていた場所に行けないかもしれないからな。

 

 口の端でカラカラと動く棒に意思がのる。

 右へ、左へ。 或いは止まれ。 最初は口の中で動く存在が気持ち悪かったが、しばらくするとすぐに慣れた。

 そして口の中で動いている物が何を意図し、その意思を感じとるのに時間は必要なかった。

 簡単な動き一つで意思が伝わるからだ。

 確かにニンゲンの言葉を注意深く聴くよりも正確に素早く判断できる。

 背中に乗せることを考えれば、この道具があった方が効率が良いのは間違いないが、ニンゲンだけの都合に振り回されてる感じがして俺は好きではない。

 逆の道具があれば良いんだが、ウマは道具を使うことは無いからな。

 そう考えると、ニンゲンはなかなかやる奴らだ。 道具を作れば便利になる。 便利になれば効率が上がる。 効率が上がれば生活が捗る。

 もしかしたら思っている以上にニンゲンは俺達ウマと比べて賢い奴らなのかもしれん。

 待てよ、もしかしたらクルマとかもニンゲンが作ったのか?

 もしそれが本当なら、ウマが『世話』されているのも理解ができるな。

 ニンゲンはある意味で上位の存在に違いがないのだろう。

 身体は弱いが道具で補う。 この発想はなかなか面白いと俺は思う。

 それはそれとして、このイクセイボクジョウでは俺に対して高圧的に接するニンゲンが増えてイラつく事が多くなった。

 俺がボスだ、俺がお前に指示をする者だ、そういった感情をぶつけてくる事が目に見えて増えたからだ。

 ニンゲンが出す指示に甘さというか、容赦が無くなったという感じだ。

 この場所には俺以外にも多くのウマが集められてるが、そういう態度を取るニンゲンは目に見えて増えており、反抗する素振りがあったウマの奴らも日々経過するごとにニンゲンを上位者と認めるようになっていった。

 ニンゲンにとって間違ったことをすれば威圧感のある感情をぶつけ、正しい指示を行うと大袈裟に褒め、食べ物を与えたりする。

 なんともまぁ、分かりやすくウマそのもの、もしくはその感情をコントロールしようと試みるものだ。

 馬鹿らしすぎて冷めた感情を抱くと共に、俺は多大なストレスをため込んでいる事を自覚している。

 ブッチャーと出会った事、あの箱に映し出されたぐるぐるを見たことで多くの事が理解できるから、俺は従順にニンゲンと付き合ってやっているが、何も知らないウマ達は大変だろう。

 しかし、これだけ我慢してニンゲンを乗せ、走る場所がくだらない場所だったらアタマがおかしくなるかもしれん。

 最近になって思うようになった嫌な予感―――隠さずに白状すれば恐怖と言って良い感情を誤魔化すように、俺は空を見上げた。

 眩しいアイツは今日は出ていないようだ。 代わりに分厚い水を降らす奴が陣取っている。

 まさに今の俺のようだ。

 この灰色の空は彩の無いこの世界を象徴しているようで、目に映りこむ空の皮肉を、俺はしばしの間楽しんだ。

 

「あ、ワイルド君、またぐーっと首を伸ばしてますね。 空に何かあるんですかね」

「ははは、珍しい行動だな。 首を振る事は多いけど、ずっと見上げるなんて普通しないからな」

「物凄い気性難って聞いてましたけど、すごい御利巧な子ですよね。 問題児だったなんて信じられないなぁ」

「大人になってきたのかもな。 やんちゃな子ほど、成長すると落ち着くこともあるから」

 

 ここのニンゲンたちは俺の事をサイモンではなく『ワイルドケープリ』と呼ぶことが多くなった。

 呼び方に多少の変化はあるが、サイモンと呼ばれる事は無くなった。 呼称の変化、それが何を意味するかは分からない。

 俺は自分の脚を覗き込むように見た。

 ヒヅメと呼ばれる場所に何かを撃ち込まれたことがある。 ソウテイなどとニンゲンは言っていた。

 俺の脚の爪の中に何かが埋め込まれる、不思議な事を行う物だと俺は首を傾げていたが、しばらくして走る時にヒヅメを痛めることが少なくなった事に気が付いた。

 ニンゲンを乗せることは単純に負担だからな。 恐らくウマはニンゲンを乗せて走るとヒヅメが痛くなってしまうのだろう。

 そう考えなければわざわざウマの脚に道具を埋め込むなどという手間暇のかかることを行う理由が分からない。

 そうだな、ニンゲンに例えれば靴を履いたってところか。

 道具の存在は俺の興味を中々に面白く引いてくれる。

 最近は道具の事を考えるのが俺の暇つぶしである。

 

「ワイルドケープリはそろそろ次のステップにいけそうですかね」

「ああ、記憶にないくらい速いな。 身体が出来上がる前に終わってしまいそうだ」

「騎乗までこんなに速い子は珍しい」

 

 バボウの中でニンゲンが二人、俺の死角である真後ろに立ったりハミを装着したりしている。

 背に妙な道具を乗せられ、俺はその時にようやくこの日が来たかと息を吐いた。

 そう、ニンゲンが俺の背に乗ろうとしているのだ。

 道具の意味を教えようと無駄に時間をかけて、そろそろ柵の一本でもぶち破ってやろうかと思っていたところにようやくだ。

 少しばかりテンションが上がると、慌てるようにニンゲンが俺に落ち着くような指示を与えてきた。

 そんな指示を出そうとしなくても、俺の準備はもともと万端だ。

 初日でランジングと言っていたニンゲンたちの行動の意図は100%完全に理解していた。

 道具に慣れるのも全く時間はかかっていない。

 無駄に機材の上を歩かされたり、時間ばかりを費やしていたのはニンゲンたちの方である。

 だがまぁ、何も知らないウマたちは怯えたり興奮したりしていたので普通はああなるのだろう。 俺は理解するのも早かっただろうしニンゲンがウマに乗ろうとするのを知っていたからな。

 とにかく、いよいよ俺の背にニンゲンが跨ると思うと、多少俺が興奮を覚えてしまうのも止むを得ないのではないだろうか。

 間違いなく、目指す場所への一歩を踏み出せているという実感を我慢の末に手に入れたのだから。

 

「うわ、もう落ち着いた。 本当に最初の最初だけですね」

「よしよし、良い子だな。 お前みたいなのばっかりだと助かるんだがな~」

「でも本当に凄いですよ。 体重負荷も気にしていないみたいで……安定感もあります」

「ちょっと早いかもしれないが、鐙も用意してみるか。 どうする?」

「やってみましょうか」

 

 日を変えて同じことを2回ほど繰り返したあと、ニンゲンはついに俺に跨った。

 そして俺の横腹の当たりにある道具へとニンゲンは脚をかけている。 なるほど、アブミとかいう奴はタヅナと一緒に使って俺達ウマを動かすと共に、ニンゲンたちがウマの上でバランスを取るための道具のようだ。

 やがてニンゲンは脚を使って俺の腹をすこしばかり突いてきた。

 最初は意味が分からなかったが、これは前に進めということらしい。

 なるほど?

 俺は少しばかり前に脚を動かして、バボウの外へと出る。

 俺に載っていないニンゲンは口の当たりにある道具を持って一緒に着いてくる。

 リンゴをくれた。

 ふむ、やはりこれが正しかったようだ。

 シャリシャリと口のなかでリンゴを貪りながら、周囲を見回す。

 バボウの近くにニンゲンはいない。 跨っている奴とリンゴをくれた奴だけだ。

 なるほどなるほど、そうか、いよいよなのだな。

 俺は全てを理解した。

 騎乗したニンゲンがもう一度腹をちょんちょんと突く。

 指示は―――前に進め。

 来たか……分かったぜ。

 俺はニンゲンの指示に従って、後ろ脚に溜めていた力を解放し、硬い大地を蹴り上げて加速した。

 口の辺りを持っていたリンゴをくれた人間が吹っ飛んで視界から消え、タヅナを持っているニンゲンが慌てて俺の上で緊張しハミを通じて止まれと指示を出している。

 いや、俺はお前の指示通りに前に進んだだけなのだが? 急に止まれ等と言うなんて謎なんだが?

 まぁ良い、とにかくようやく来たチャンスだ。 俺はニンゲンを乗せて走る、という感覚を掴みたい。

 来るべきぐるぐるに備えて、色々と考えていたんだ。

 しばらくお前は俺に乗って居ろ、捕まってるだけでいい。

 いつもは俺が我慢をしてるんだ。 今日は少しくらい、俺が自由に動いたって良いだろう?

 

 バボウを飛び出して俺はニンゲンを乗せた状態でどれだけの速度が出せるのかをまずは調べた。

 全身の筋肉に力を漲らせて、大地を蹴りあげる。 

 流れる景色の中でニンゲンもウマも置き去りに、見たこともない建物を通り過ぎ、見知らぬ場所を通り越し、只管に前足を振り上げ、叩きつける。

 ニンゲンを乗せて走るのはかなり苦しい。 単純に重いし、走りずらい。 

 今は俺が自由に走っているから、止めようとしてくるので非常に邪魔だ。 恐らくちゃんと俺の走りに合わせてバランスを取って貰わないと最高速は出せないか。

 タヅナから止まれの指示がどんどんと強くなるし、実際に俺も少し疲れてきたが、それよりももっと感覚に慣れておきたいし、色々この状態でのことを調べておきたい。

 ニンゲンの焦り具合からして、チャンスはそう多くないだろう。

 だから今のうちに出来ることは全部試しておきたい。

 俺は引かれるタヅナの意思を無視し、もう一度力をため込んで後ろ脚を蹴り上げた。 

 

 無我夢中という言葉がふさわしいだろう。

 俺はバボウの中で考えていた検証を思いつくままに行って、気が付くとまったく見たことのない場所に俺は居た。

 上に跨っていたニンゲンも近くで声を発するわけでもなくクチトリを持ちながら所在なさげに蹲り、佇んでいる。

 うーむ、めちゃくちゃ疲れたから帰って寝たいんだが。 

 まぁまた騒がしくニンゲンどもがクルマとかに乗ってその内に迎えに来るだろう。

 俺は道端に生えそろった草を摘まみ、飼い葉食ったら寝るか、と実入りの多かった今日という日に満足し、心地いい疲労感にスッキリした気持ちでニンゲン達を待つことにした。 

 

 

「―――良い子ですよ、基本的には。 でも暴走している間に篠田さんの所でサイモンと呼ばれていた理由を思い知りましたよ。

   いえ、ほんの少し、意思の伝達の馴らしの為に腹を突いただけなんです、それでこんな場所にまで暴走するなんて思いもしませんでした……え、はい、まぁ……そうですね……途方にくれましたね……色々と」

「ワイルドケープリ号に何事もなく良かったとしか言えません。 そして申し訳ないとしか。

  ええ、追いついた時にはまた太陽をじっと見つめて首を伸ばしていたんですよ。 悪びれないなコイツ、とも思いましたが我々もまた反省しなくてはいけないですね」

 

 申し訳なさそうにワイルドケープリを担当していた者はそう言って、しかし一つだけ言葉を付け加えた。

 

「もしかしたら此処で一番大成するのは、ワイルドケープリかもしれません」

 

            U 06

 

 

 付き合いのある生産牧場から、馬主を一人紹介され、馬を預かることになった。

 よくある経緯、よくある話で厩舎にやってきた馬は同年代と比べても馬体が雄大で、この時期でもう体重も500kgに届こうかというほどである。

 時折、大柄な2歳馬も出てくるが、とりわけその馬は大きく見えた。

 名はワイルドケープリ号。 

 幼駒の頃から見せた荒々しい気性と、太陽を見上げる癖があるということでエジプト神話の太陽神ラーから名前を付けたと馬主の柊氏に出会った時に話されたことである。

 馬と関わり合いを持ってから50年弱。 中央にこそ縁は無いが地方競馬で厩舎を開いてから40年。

 林田 巌調教師はワイルドケープリ号を最初に見て、実際に競馬を教える為に最初の調教を行った際に、なんて賢い奴なんだと唸った。

 人は馬を見る。

 そして、馬は人を見る。

 それは生まれてから育成を経て、競走馬となるため、そしてレースを走るまでに人を見るように教育されるからだ。

 人と生きる教育を終えると、いよいよ調教を受けて競走馬となる。

 調教師という役職を頂くものは、受け入れた馬を競走馬に仕上げ、レースを教え、競馬をできるようにするのが本懐である。

 しかし、これは。

 ワイルドケープリはもうすでにレースを走ることを分かっている。 そして受け入れている。

 身体が作り、ゲート訓練さえ終わっていれば、このまま出走登録をしても何も問題がないだろう。

 ワイルドケープリの初調教を終えて林田は自然と喉が音を鳴らし、その音に気付いた事で初めて息を呑んでいたことに気が付いた。

 こんな事は長らく続けた調教師としての営みの中で初めての事だった。

 毎日同じ藍色の帽子を目深にかぶり、特徴的な丸眼鏡と唇の端に切痕がある顔を上げてトラックにまで出ていく。 

 

「あれ、どうした、親父。 馬場にまで出てきて」

「駿、いや、まぁな」

 

 息子であり、林田厩舎で騎手をしている林田 駿は普段とは違う父親の様子に首を傾げてワイルドケープリから降りた。

 ワイルドケープリは初めて受ける調教に若干の汗を馬体に滲ませ、じっと林田親子を見つめている。

 

「どうだ、駿、こいつは」

「あ? いやどうって、初めて乗るし、特にどうって感想はないけど」

「そうか、まぁそうだな。 つまり、俺次第ってことじゃねぇか」

「は?」

「おい、駿。 ちょっとそいつは良く見ておけよ」

 

 息子を困惑させるような事だけ言い残して、林田巌は一度ワイルドケープリをじっと見つめると、そのまま馬場から出て行った。

 普段見られない調教師としての父親の行動に呆気に取られ、その後ワイルドケープリへと視線を向けると空を見上げていた。

 癖があるとは聞いていたが、本当にじっと空を見上げるワイルドケープリに駿は苦笑する。

 

「なんだ、変な奴だな……親父も、お前も……でも、期待していいのか?」

 

 林田 駿は今年で30も半ばに差し掛かる年齢である。

 騎手としては大柄な部類に入り、減量は厳しいが元々の体質ゆえに太る事もない。

 細身の顔に濃い目の顔、何処にでもいるような中年男性だ。

 JRAの中央に騎手として30歳まで所属していたが、成績も振るわず地方出直しを心に決め、転籍の手続きを行い父親が営む厩舎の専属となって騎手を続けていた。

 若くして手に取った栄冠は無く、同期の出世頭となまじ付き合いがあった分、上がってくる成績に苛み、意地を張り続けていた20代。

 面倒を見ていた後輩にも成績は軽々と抜けれて、結局のところ営業も騎乗技術にも差があることを受け止め、しがみつく事を諦めて中央から身を引いて5年の月日。

 守るべき家族が増えた事も相まって、燻る思いに折り合いをつけて、落ち着く事ができ始めた時期だ。

 自分の事だから明確に分かる、消えたはずの火種がチリついた感情にしばし襲われ、駿は頭を掻いた振り払った。

 

「……初めての調教だったから、疲れただろ。 親父にも言われたし、しばらく俺が面倒みるだろうから、よろしくな」

「ぶひん」

 

 ワイルドケープリは分かっているのか分かっていないのか。 短く鼻息を荒げて駿と共に馬場を後にした。

 

 

      ―――俺達は 命を 揺らしている

 

 

 ワイルドケープリは自身の思惑はどうあれ、小さな頃に聞いたブッチャーの残した言葉が、糧であり意思であった。

 それは他の誰でもない、ワイルドケープリ自身が無自覚にブッチャーへと憧れ、標としたことに起因する。

 だからこそ、ハヤシダキュウシャという場所で走る準備を始めるに当たって、ワイルドケープリのスイッチは完全に入った。

 あのぐるぐると回る場所でニンゲンを乗せて走る日が、もうすぐ来る。

 イワオと言うニンゲンは時折、ワイルドケープリの元へ訪れて何かを話す。 じっと見て、ワイルドケープリとの対話を試みていた。

 何を言っているのか理解はできるが意味は分からない、しかし『ワイルドケープリ』という存在を理解しようとしていたことだけは確かだ。

 そんなニンゲンは初めてだった。

 優しい印象を抱く者たちは居た。 高圧的に指示しようとした者も居た。 傍に寄り添って安心させようとしたトミオも居た。

 だが、自分を理解をしようとするニンゲンは初めてだった。

 ワイルドケープリは自然、期待を抱くようになった。

 ぐるぐるを回ることで全てが変わっていくのだと、ぼんやりと明るい未来を描いていたのだ。

 

 そして、俺はその日を迎えた。

 ノウリョクシケンを終えて、いつもチョウキョウで使う場所とは違い、そこはニンゲンが溢れていた。

 そして、俺達ウマはキュウシャのニンゲンに連れられてぐるりぐるりと同じ場所を巡る。

 あの箱で見た光景に、今、自分が立っている事にワイルドケープリは気付いた。

 生まれて初めて、ワイルドケープリは緊張を身体全てに走らせた。

 だから、彼は最初の一回ではブッチャーが言っていた言葉の意味を考えることすら出来ず、良く分からない内に全てが終わっていた。

 ワイルドケープリは自身を恥じた。

 たった一回走っただけで全てを理解できるとは思っていなかったが、理解する努力すらできないほど身を強張らせていたことに反省したのである。

 

「園田競馬第5レース、ダート1400、若駒たちが躍動します2歳新馬、まもなく発走です。 ……スタートしました、ややバラついたスタート。 クラウンハットが良い出足か、ワイルドケープリやや遅れて最後方です。

 いいスタートを切りましたがクラウンハット、ここは抑えました。 交わして鼻を取ったのはアビリティキッス、二番手クラウンハット、ゴウリキが続きます。

 少し開いてネイヨンリバー、その外ビビットンがいましてゴールドタワーがその後ろ、この辺りで先頭集団、2コーナに差し掛かりました。

 後方三頭目にフィリップリング、一馬身遅れてメシウマネーチャン、最後方にワイルドケープリ。 前で少し展開が動いたか、ネイヨンリバーがゴウリキに並びかけてゴールドタワーもやや速めの仕掛け。

 出遅れたワイルドケープリもスパートに入ったか、残り400、前目につけたアビリティキッスまだ先頭、クラウンハットと並んで粘っているが苦しいか。 

 最後方から追い込んできたワイルドケープリ大外から鋭い差し脚、ゴウリキもその内で伸びているが脚色が違う。 残り200、ワイルドケープリ、アビリティキッスクラウンハットの争いを尻目に楽々ちぎった。

 2馬身3馬身、まだ伸びている、これは決したか、ワイルドケープリ、二番手はゴウリキ、三番手にはスルっとメシウマネーチャンが伸びてきていますが、ワイルドケープリです、最後は後続突き放してワイルドケープリが一着です」

 

 デビュー戦はやや出遅れた物の最後は4馬身差。

 ムチすら必要なく、追い出しただけで突き抜けて快勝した。

 二度目のチャンスはそう時間を置かずにやってきた。

 同じ失敗はしないと、俺はブッチャーの言葉を胸に刻みながら、レースに望みゲートを飛び出した。

 走りながら、ワイルドケープリはレースを観察した。

 レース直後の空気と砂塵舞うダートコースの匂いと風景を瞳に焼き付け、脳に沁み込ませた。

 

「スタートしました! 各馬揃ったスタートです、出遅れはありません。

 先頭なにが行くのか、12番チューザードリームがいきそうか、6番ヨシンバリオンも前目につけそうです。 さぁ、最初のコーナーに入りまして先頭は12番チューザードリームです。

 殆ど差が無く内に④ヨシンバリオン、外⑤クジラマックス、1馬身離れて⑦ワイルドケープリ、その外①ナイトロウ、その後ろ⑮番クリームチップ、⑩イラシタラ、ゼッケン2番ハイホームランナーです。

 すっと動いて③デザイア、交わされたのが⑧ヒットマウンテン、14番ヤマダイチバン、13番ネイヨングルームが続いて、その最後方に⑨パカパカです。

 チューザードリームとヨシンバリオン、殆ど並んで2コーナーへ、追いかけて7番ワイルドケープリ、前三頭になるのか。 後続に3馬身つけて後ろは縦長の展開。

 5番クジラマックス、クジラマックスやや後退したぞ、ナイトロウがそのまま並んで交わし、1000m60秒2、少しペースが早いでしょうか。 2コーナー抜けて残り600を切りました。

 先頭変わって7番ワイルドケープリ、最後方から3番デザイア、9番パカパカがじわーっとペースを挙げて中団から前目を捉える勢い、400切って直線入りました。 さぁ先頭はワイルドケープリ、逃げ態勢です。

 ヨシンバリオン、追っているがどうか、これは苦しいか、ナイトロウ交わして二番手、外からパカパカ、その更に外からデザイアが猛追してますが先頭ワイルドケープリ、200を切りました。

 パカパカ二番手まで上がってくる、デザイアがナイトロウを交わして三番手か、ワイルドケープリ先頭はそのまま変わらない、ワイルドケープリ、追いすがるパカパカを突き放してこれは決まったでしょう。

 ワイルドケープリが一着で今ゴールです!」

 

 続く2戦目も5馬身差を付けての圧勝だった。

 シュンは機嫌が良さそうだった。 イワオは俺の周りをうろつく回数が増えた。

 3度目のレース。 スタートの場所、そして距離を意味するハロンボウ、レースの終わりとなる印、ニンゲンが集まる理由。

 掲示板に示される文字の意味、そして―――カネ。

 ワイルドケープリは理解が早かった。

 中団からウマ込みを捌いて視野に邪魔な奴らが消え去った。

 シュンは俺の上で手を挙げる。 

 4戦目、5戦目と続き、ハヤシダキュウシャのニンゲンだけじゃなく、多くのニンゲンが俺の近くで集まって騒がしくなった。

 ウマヌシは笑っていた。 カネの話もまた多くなった。 

 

 ほとんど全てを理解し始めた6度目のレース。

 

 

「デビューから5連勝、波に乗っているワイルドケープリ、一番人気です。 二番人気はグッドルック―――

 

 ―――直線向いて残り300、ワイルドケープリこのまま期待に応えられるのか、逃げを打ってそのまま直線へ後続とは6馬身ほど。

 タイラントショー内から突き抜けそうだ。 グットルックは馬群に沈んでいる、しかしワイルドケープリ、ワイルドケープリ後続を突き放す。

 これは強い、ワイルドケープリ追いすがる同期の追い込み馬をあざ笑うかのように逃げる逃げる、タイラントショーは脚が止まった! パカパカ二番手に繰り上がるが、ワイルドケープリ止まりません。

 ワイルドケープリ、怒涛の6連勝、前の競馬でも後ろの競馬でも他馬を楽々ちぎっていく。 物が違うか、ダートの新星になるでしょうか、ワイルドケープリ6連勝だ!」

 

 

      ―――変わらない。 

     なにも変わらないぜ、ブッチャー

 

 ワイルドケープリは色の無い世界に戻った。

 

 園田・姫路競馬場で2歳新馬から同期よりも明らかに強く映えるデビュー6連勝。

 いずれも馬身差は3馬身を越えて、これは強いとネット上でもチラホラと話題にあがるほどであった。

 確信に至ったか、ワイルドケープリを傍で見て来た林田巌調教師は、次走を南関東3歳クラシック路線を提案。 

 馬主の柊氏も同様に、グレード1競争である羽田盃を望み、ワイルドケープリは走ることが決まった。

 ワイルドケープリは勝てる、期待して頂いて結構です。 中央の馬を含めて上で勝ち負けできる力があるでしょう。

 馬主である柊に、林田巌調教師は強気にそう答えた。

 

 だが羽田盃にて、初めて5着となる敗北となった。

 ワイルドケープリにおいて初めての敗着であり、その結果は林田調教師を愕然とさせるに値した。

 

「ワイルドケープリは初めて見た時から、賢い馬だということがすぐに分かっていました。 つまり、悪いのは馬じゃありません、私が愚かだったのです」

 

 レース後の短いインタビューに林田巌はそう応えた。

 園田で厩舎を営んでおり、馬主の意向に従う以外で挑戦と呼べるローテーションを提示したことが殆どない。

 そんな男が自ら馬主に対して嘯いた、中央でも勝てる力がある馬。 ワイルドケープリという馬そのものを知ろうとした男はワイルドケープリという馬の強さを確信していた。

 だから長く調教師を務めてきた巌にとっても後悔の残るものであった。 確信してしまったから。 気付いてしまったから。

 賢すぎる馬で、気付きすぎる馬だったからこそ、林田巌は分かった。

 

      ―――ワイルドケープリのスイッチは、もう入らない。

 

 華々しいデビューを飾り、園田で怪物誕生かと、頭角を表していたワイルドケープリは好走はしても敗着を繰り返すようになり、世間からは次第に忘れられるようになっていったのである。

 

 

 

 

 

 



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三話 ちび

 

 

            U 07

 

 羽田盃を終えて、林田 駿ジョッキーは自らの騎乗を振り返っていた。

 スタートから1000mを越えるまで、馬群の中ほどにつけたワイルドケープリは普段とそう変わらずに落ち着いていたのは間違いない。

 折り合いを欠かないよう、他馬とは前後1馬身程の距離を開けて追走し、800を切った段階で徐々に進出。

 手応えよく前目につけて、さぁスパートだという段階でワイルドケープリは己の意思に反した。

 何がいけなかったのか、好位にはしっかりつけたし、折り合いを欠いたわけでもない。

 殆ど歩くような形で馬群に混ざり、そのまま直線を向いた時にはもうどんな馬でも追いつけないほどの差が開いていて、そこで走るのを完全に止めている。

 中央から地方へ映って5年。 重賞競走は片手で足りるほどの数しか乗鞍が無かった駿にとっては大きなチャンスだった。

 ワイルドケープリは強い。

 前目であろうと、後ろに居ようと自在な脚質で直線向いて他馬を突き放す感覚は長い騎手人生の中でも稀だ。 鞍上の意思を感じ取り反応を返す速度もズバ抜けている。

 少なくとも同世代の有力馬と比べて劣っているということは無いはずで。 林田駿という騎手にとっては地方の重賞、もしかしたら中央でも大きなところを狙えるのでは。

 そう思えるほどの馬だったからだ。

 

 次走は南関クラシック路線を進むワイルドケープリは東京ダービーとなった。 3歳世代戦でありダート路線での頂点を競う重要なレースで、ダート三冠に指定されていて格式が高い。

 ダート路線の一冠目である羽田盃では不本意な結果に終わったが、次こそは、と林田駿は気合を入れて臨んだ。

 中央に所属していた頃も、地方競馬に籍を置いた今も、G1/jpn1グレードの競争で手綱を取るのはこれで3回目。 片手の指で足りてしまうレベルのレースだ。

 あいにくの雨、そして不良馬場に関わらずワイルドケープリは何時ものように変わらず、非常に落ち着いていた。

 緊張している駿をよそに、まるで何事も無く淡々とレースに備え、ゲートにおさまった。

 一頭だけ飛び出すように綺麗なスタート、駿の感じる手応えも抜群。

 そのまま逃げ態勢に入って足取り軽く、まごつく馬群を尻目に最後のコーナーを抜けて行くところで駿は勝利を確信した。 

 が、後続に5馬身の差をつけて軽快に走っていたワイルドケープリの行き脚は、そこで急激に止まった。

 スタミナが切れて手応えが無くなったという次元ではない、完全にレースから意識をそらし、走るのを止めたというレベルである。

 時間にして5秒も立たない間にゴール前で二頭の馬に抜かれ、結果は3着。

 駿は怒気を治めるのに暫くの時間を要することになった。

 怒りが過ぎ去れば疑問に代わり、疑問の答えは次走のジャパンダートダービーという大一番で2着を取ったことで示された。

 その後、戸塚記念で駿の出した答えは確信に変わる。 

 川崎で行われる重賞であり、ジャパンダートダービーでも走った事のある優駿たちも集う場で終始やる気を見せずに回って、それでも5着。

 

 ワイルドケープリは成績だけで見れば素晴らしいのだ。

 南関東クラシック路線を走り切り、中央からも参戦する、レベルの高い馬たちが集う中で掲示板を逃さずしっかりと入線し結果を残している。

 強敵が多い中でのレースで勝利はない、しかし惨敗もない。

 馬券を握る者たちからすれば複勝馬券や連を買える安定性を評価されることだろう。

 園田競馬の中だけに留まらず、世代ではダート競争能力においてトップクラスなのも間違いない。

 コツコツとグレードの高いレースで入賞賞金を稼いでくれているせいか、馬主の柊氏からは期待され、駿自身も頑張ってくれとちょくちょく声をかけられている。

 しかしワイルドケープリの上に跨る駿にとっては情けなさ、悔しさ、そして存在意義を考えるようになり、苦悩した。

 ワイルドケープリは好き勝手に気ままに走っているだけである。 

 どれだけ意思を伝えようとまるで駿の意思を考慮にいれてくれない。

 やる気さえ、勝つという意思さえ見せればワイルドケープリはダート王者にさえ成れると思っているのにだ。

 実際、乗り続ける中で時折やる気を見せて悠々と一着を取ってくることもある。

 重賞の時にそれをしてくれ、と駿は歯痒い思いに苛まれされた。

 思えば最初は素直に従ってくれていたのだ。

 なのに、レースを重ねるたびにワイルドケープリとの折り合いは傍目では分からないだろうが、非常に悪くなってしまった。

 当の馬は普段の生活の一部を、暮らしの中の一つの出来事として淡々とレースを走っているだけ。

 林田駿という存在は認識されず、歩み寄ろうとしても効果は出ず、悩み抜いて調教師である父に相談をしても謝罪を返されてそれで終わってしまった。

 中央在籍10年強、地方に映ってから5年以上、下手であることを自覚しながら、まがりなりにも騎手として自らの技術を磨いてきた自負があった。

 その経験がワイルドケープリに生かせず、力を引き出せない事。 

 それは林田厩舎が所属している他の馬、そして騎手として様々な所属馬に乗る際にも駿という騎手に影響を及ぼし始めた。

 勝てる競馬を取りこぼし、焦りを産み、焦りがお手馬との喧嘩を誘因し、また勝利が―――そして騎手としての手腕という評判が転げ落ちる。

 乗鞍は減る。 意地すら張れないほど困窮して、結果も比例して悲惨となる。

 ちんけな自信すらも打ち砕かれ、その精神状態は収入にも直結し、40間近となった林田駿は騎手の引退を検討するようになった。

 

 

            U 08

 

 

 冬を越え春の足音が近づいてきたころ、息子でありワイルドケープリの手綱を取る騎手である駿が話し合いの場を持ちたいと声を掛けてきた。

 林田巌は時間を取って、休みの日に駿を招き入れた。

 仕事でも顔を合わせているが、実家で時間を取って息子と過ごすのは久しぶりである。

 駿の嫁、そして5歳になる孫の顔を見て巌は普段崩さない顔を崩していた。

 そしてその夜、高い酒を珍しく開けてリビングで二人きりでお互いに向かい合うと、息子は滔々と語りだした。

 今、騎手を続けている事が辛い、と弱音を吐いたのだ。

 

「―――そうか」

 

 その思いに至った経緯を聞いて巌は静かに頷いていた。

 話を聞いていた最中でも、巌が考えていたことはワイルドケープリの事だった。

 林田という親子に取って区切りを告げに来た馬だったのかもしれない、と。

 

「俺もそろそろ厩舎を閉じようと思っていたんだ。 今預かっている馬たちはみんな高齢だから、丁度いいと。 一番若いワイルドケープリも、もう7歳だしな……」

 

 駿は驚いたように顔をあげ、巌はウイスキーを口に含むと自嘲するように笑みを浮かべた。

 現状、林田厩舎で預かっている馬たちは全盛期を過ぎた高齢馬ばかりで、全8頭の内、4頭が年内での引退が馬主の意向で決まっている。

 残りはワイルドケープリ除く3頭だがいずれも10歳以上、転厩が決まっている馬も2頭おり、そう遠くない内に厩舎の馬房に馬は居なくなるだろう。

 ワイルドケープリは林田厩舎にとっては恐ろしいほど賢く―――そして間違いなく強い馬だったはずであった。

 調教師にとってはある意味で、手の掛けどころが無かったつまらない馬だったかもしれない。

 

「ワイルドケープリは頭が良すぎて見切ってしまったんだ。 競馬というものを理解した時、最初の調教の時に見えていたギラついた物が無くなっちまった」

「いや……それは……」

 

 駿は違うと意見を口にした。 騎手として馬に『レース』を教える事を怠った、いやその実力が無かったからそうなったと。

 巌は首を振って息子の言葉を否定した。

 ワイルドケープリはこの場所に来た時からレースを知っていた。 少なくとも、最初から全力で勝ちに行くことを目的としていた。

 競馬を教えなくても既に理解しており、競馬そのものから興味を失ったのが、巌にとって忘れられない悔恨の 羽田盃 であった。

 巌は最初は分からなかった、どうしてワイルドケープリのスイッチが切れてしまったのかを。

 

「この前な、一人で飲みに行ったんだ。 どうにも後悔が拭えないままで、性に無い事をしようとした」

「珍しいな、親父が一人で飲みにいくなんて」

「若い頃は珍しくもなんともなかったさ。 とにかく、そこで競馬の話をしてる人たちが居て、つい聞き耳を立ててしまったんだよ」

 

―――嫌な事があれば、馬も人間も逃げたくなるさ。 人間は酒で逃げれるから馬よりマシかな?

 

 競馬で大損をしてしまった者が話していたようで、浴びるように酒を飲んでいたのを覚えている。

 駿は父親の話に、その者の言葉に思わず顔を伏せてしまった。

 逃げたくなる、馬も人もそれは変わらない。

 

「俺も呑んでたから余計に印象に残ってな。 ああ、そうか、逃避してるのか、逃避したいのかとな……意外と俺やお前と同じく、ワイルドケープリも燻ったままスネているのかも知れんなぁ」

「そうかもな……親父」

 

 多分なんてことない、酔っ払いの戯言が頭の中に残り続けてしまったから出てきた戯言の一つだ。

 実際に走ってみて何が嫌になったのかは巌には分からない。

 しかし勝つ、負けるという事に興味を抱かなくなったのは確かで、競走馬として闘争心に繋がるものが失われたのだ。

 何とかしようと対策を凝らし園田でも屈指の馬と併走させたりなど、四苦八苦するも成果は実らず、時間だけが過ぎて行って、ワイルドケープリの全盛期を無駄にしてしまった。

 巌は今だから思う。

 ワイルドケープリは強く賢いことを知った時、大事に扱うべきではなかったのだ。

 地道に身体を作ったり、賞金を積み上げたり、レースでの実績を積むよりも、レースの間隔が広くなろうと最初から厳しい場所で挑戦をさせ続けるべきだった。

 『レース』を知っていたからこそ、その闘志を燃やせる場所を目指さなくてはいけなかったのだと。

 林田厩舎にとって珠玉となりうる馬を殺したと言っても過言ではない。 

 少なくとも巌は酒を呑んでそう考えた。

 ワイルドケープリに関わる話がひと段落つくと、今面倒を見ている管理馬が掃けたら厩舎をたたむ事を巌は改めて告げた。

 

「ただ、一つだけ困ったことがあってなぁ」

 

 ほどよく酔いが回ったことで、巌は話すつもりの無かった事をぽつりと零してしまった。

 まだワイルドケープリを受け入れたばかりの頃、とある筋から競走馬の受け入れの約束をしてしまった案件があったのだ。

 その馬はワイルドケープリと同じく育成そのものが順調すぎて、年明けから林田厩舎にという話が先ごろに来てしまっていた。

 受け入れの約束そのものは2~3年前に交わしたもので、巌はすっかりその事を忘れてしまっていたのだ。

 困った事に付き合いの長い組合馬主の所有馬であり、更に当馬はクラウドファンディングなどで公募して競走馬になった背景があった為、問題が大きくなりかねない。

 トラブルとは付き合いたくない為、悩みに悩んでいる直近の話を聞いて駿は肩を竦めてしまった。

 

「どうしても辞めるってなら断るしかないんじゃないか? じゃなきゃその子を最後にしてあげるしかないだろ」

「そうさなぁ、やっぱそうか」

「他の厩舎に頼んでみた?」

「いや、流石に急すぎるからそれはな……このタイミングだと他に預ける先にも迷惑がかかるし……」

「じゃあしょうがないよ。 それにしても、ルドルフとテイオーの血がまだ繋がってるんだな……よくもまぁ、今時こんな馬を走らせるもんだ」

「ロマンを求めるのは馬主の役割さ。 俺達はそいつを走らせてやるのが仕事だろう」

「分かってるよ。 まぁ……それなら俺も親父に最後まで付き合うか。 嫁にもそれは言っとくよ」

「はは、悪いな、出来の悪い親父が最後まで振り回しちまってよ」

 

 林田厩舎はそれから冬まで、淡々と流れゆき予定通り高齢馬が引退して、空いた馬房に林田厩舎最後の一頭となる栗毛で体躯の小さな若駒を迎え入れたのである。

 

 

            U 09

 

 

 珍しく水ではなくユキが降っている。

 俺はバボウの中から空を見上げて、チラチラと降ってくる物に思いを馳せていた。

 レースと呼ばれている物を何度となく経験し、その全てがニンゲンの都合で作られていることを理解した俺は色の無い世界に長く留まっている。

 俺にとって何の意味もない場所だった。 それは俺がウマだから当然の事だった。

 それでもブッチャーが言っていた命を揺らす場所だと信じていたから、この場所に来た。

 分かった事は何処まで行ってもウマはニンゲンの道具だということで、命を揺らすというのがどういう意味なのかは結局、理解することすら出来なかった。

 だから、此処は俺が求めている場所ではないことが分かった時、俺はガムシャラに走ることを止めることにした。

 もし走らせようとするウマが走らなくなったらニンゲンはどうする? 

 何時の間にか一緒の場所に居たハヤシダキューシャのウマの奴らがバウンシャに乗せられて消えて行くことがある。

 戻ってくることもあれば、そのまま居なくなってしまうこともある。

 戻ってきた奴は別のレースを走らされてきた奴だろう。 戻ってこなかった奴はボクジョウに戻ったか、それともニンゲンの都合で何かに利用されたか、あまり考えたくはないが命がなくなったか。

 レースで怪我をして、歩けなくなったウマを見たことがある。

 そいつはもう見ることが無くなった。 何度か一緒に走った奴なんだが、二度と見る事は無かった。 もしかしたらそう言う事なのかもしれない。

 走る意味を求めているのはニンゲンだ、カネの話が良く出るから、カネにこだわるニンゲンも多い。

 カネはニンゲンにとって大事な物だ。 だからカネが無くなったらニンゲンはウマをどうするか、ネガティブな推測が立つ。

 ウマにカネが関わっていることは、もう十分に聞いてきたからだ。

 だから時折ニンゲンには付き合ってやる。

 どこまで言っても俺はウマでしかない、『分かっているから』 ほどほどにニンゲンに意味を与えている。

 消える奴が少なくなるかも知れないと、レースではゴール前を他のウマになるべく譲ってやった。

 レースの結果がニンゲンにとって大事なら、1着を取るウマは大事にされるだろうからだ。

 この考えは俺の勝手な推測だが、そう間違っている訳でも無いだろう。

 だが、それで何が変わる訳でも無く、俺の次のレースは平然とまたやってくる。

 バウンシャに揺られたり、何処かのグルグルで、ちょびっとだけ地形が変わったり、小さいグルグルだったりする特に代わり映えの無いコースを回り、バボウに戻ってくる。

 顔も知らない奴か、それとも知っている奴か、それすらも分からないでぐるぐると走る。

 何も変わらない、何も意味がない。

 ただ生きてること、適度に走ることが命を揺らすことなのか?

 それだけで良いなら、俺はあの空に居る眩しい奴に生まれ変わりたい。

 俺はこの彩の無い世界が嫌いだ。 

 バボウの中でぐるりぐるりと回り、時折外を覗いてユキがちらつく様子を見上げる。

 何時までこんな場所に居なければいけないのだろう、と思うと同時に此処にしか居場所がない事を俺は知っていた。

 変わり映えの無い世界は無限に続いている。

 糞ったれた狭い世界の中、俺は沈んだ気持ちを誤魔化すように嘶いた。

 

 ある時、隣に居たくたびれたウマが何時の間にか消え、代わりに小さな若々しいチビが入ってきた。

 くたびれたウマは脚があまりよく無さそうだったから、恐らくニンゲンたちによって何か別の役割を与えられたのか、それとも消えたのか、消されたのか。

 入れ替わる様にニンゲンたちがチビを連れてきて、色々と言っていたが要約するとニンゲンもウマも嫌いな奴らしい。

 基本的にウマはイクセイボクジョウという場所でニンゲンに従うように躾けられることを俺は経験から知っているから、ニンゲンから 『ニンゲンを嫌う』 と改めて口に出されるチビに興味が湧いた。

 バボウから首を出して隣を覗き見る。

 隣のバボウからガンガンと何かに当たっている音がする。 ハヤシダキューシャに来て馴れていないのか、それとも感情が昂っているのか。

 しばらく放っておいたが、あまりにしつこく音を出すものだから思わず声をあげて注意してしまった。

 

―――おい、うるせぇぞ

 

 ウマに意思を伝える時、殆どのウマは俺の言葉を理解をしてくれない。

 もしくは、理解していても従う必要がないと判断される。 だがそのチビは俺の声を聴いて音を鳴らすのを止めた。

 静かになったか、とため息ひとつ。 今度はチビの方からバボウの外に顔を出して俺の方を覗き込んできた。

 そいつは目から何かを流していた。

 なんだこいつ、怪我でもしたのか? とも思ったが、どうせこの場所じゃ知らない間にウマは出たり入ったりしている。

 特に気にせず俺はとりあえず、あまり騒がしくしないで静かにしていろと優しく教えてやった。

 珍しくウマに話すことをしてから満足してチビから目をそらすと、その方向からニンゲンが寄ってきて、俺とチビを見比べて騒ぎ始めた。

 どんどんニンゲンが寄ってきて、見知った顔のイワオとシュンも集まって、泣かしたとか意味の分からん事を言ってきた。

 最初から泣いてたんだが、俺が悪いのか?

 そして俺に対して多くのニンゲンがわーわーと騒ぐ。 こうなるともう誰が何を話しているのか分からない事を学んでいた俺はすぐさまバボウの奥に引っ込んで空を見上げる事にした。

 ニンゲンは小さなことでもすぐ騒ぐ。 こういう喧しい時の奴らは俺も嫌いだ。

 今日はクモに覆われた空で、眩しい奴は居ない。 こういう時は結構な確率でアメが降ってくる。 

 晴れてタイヨウの光をただただ浴びるのも好きだが、トントンと建物を叩く水の音をただただ聞いているのも割と好きだ。

 俺はアメが降ってくることを期待しながら、ニンゲンに対して暴れ始めたチビを尻目に、周囲の喧噪から目をそらして空を見上げ続けた。

 

 

 バボウで過ごす以外はチョウキョウババと呼ばれる、レースを走る為の練習場に出される。

 走る場所や相手、その他もろもろ条件を変えて色々なコースが用意されているが、主に使うのはトラックと呼ばれる、ぐるぐる回れる場所だ。

 ここにはハヤシダキューシャの奴も、それ以外に所属してるウマも時間をずらしてニンゲン達に連れてこられる。

 中には逃げ出すウマも居るが、気分が乗らない時は本当に面倒だからな、気持ちはわかるし俺も何度もやっている。

 今日は俺のバボウの隣に入ったチビも一緒にこの調教を受けるようだ。

 まぁ初日から大騒ぎしていたニンゲンの事だ、何かしら思惑がある事くらいは透けて見える。

 準備を始めたニンゲン達を尻目に、俺はチビに近寄った。

 コイツはイクセイボクジョウからこの場所に来たばかりだ、少しばかり緊張をほぐしてやろうと親切心から身体を寄せると、チビは唸った。

 ウマ嫌いとも言っていたがなるほど、慣れていないこの場所に、それなりに他のウマと比べてもデカイ俺へ物怖じせず突っかかってくるとは大した根性だ。

 その余裕の無い姿に思わず笑う。 チビは馬鹿にされたと思ったのか、ますます敵意をむき出しにした。

 まぁ俺の方がどう見ても年上だ、ここは少しばかり引いてやって優しくしてやろう。

 なんかもう、ハヤシダキューシャには俺とチビしかおらんしな。

 警戒されすぎないように距離を話して、俺はハヤシダキューシャの日々についてチビへと向けて話してやることにした。

 ほんの気紛れにすぎない、無視しても良かった。 

 そもそも、俺の言葉が通じないウマだろう、意味がない事なのかもしれない。 

 日々の事、調教の目的、レースの事、そしてニンゲン、ウマのこと、そして―――自分の事を。

 それはため込んでいた自分のストレスの掃け口でもあったのを言葉の裏で実感する。 言葉を交わすということが殆ど成立しない相手に対して、気ままに愚痴を零していたのだろう。

 そう言う意味で俺はこのチビを意外に気に入っていた事に気が付いた。

 一頻り喋り終え、調教を始めようとニンゲン達が近づいたころにチビは声を出した。

 

―――格好の悪い奴だ

 

 俺はニンゲンに近づこうとしていた脚を止めて振り返った。

 空耳か、それとも幻聴か。

 そう思い込もうとした矢先に、目の前に居たチビからまた声が聞こえる。

 

―――逃げてるだけの年だけ取った情けない奴

 

 侮辱に等しい言葉に怒りを覚えるよりも、俺は驚きの方が勝った。 コイツ、俺の話を理解して俺と意思を交換できるウマだ。

 ニンゲンが俺に乗ろうとするが、そんなものは無視だ。 それよりもチビが話を出来ることが重要だった。

 おい、お前は分かったのか、俺の言っていることが。

 返ってきた返答は、俺の根幹にある―――この場所に俺が居る理由を罵倒するものだった。

 

―――どうせ、話に出てきたブッチャーってのも大したことない奴だ

 

 気付けば俺は激昂した。

 ニンゲンの静止を振り切り、チビへと食ってかかって、そこで初めて"キレた事"に気付いた。

 大騒ぎになってその日の調教はロクに走らずに終わった。 もちろん、俺も、チビも。

 俺はブッチャーに対して大きな感情を持っていたことをその日、初めて自覚した。

 大した繋がりなんて無かったはずなのに、血を受け継いだ親のことよりも気にかけていたようだ。

 最初から、きっと、ずっと、ブッチャーの面影を追いかけていたんだろう。

 チビは隣のバボウから、時折言葉を漏らしている。

 チョウキョウできない、違う、とか何で、とか、理解の及ばないことばかりを口にする。 聞いているだけでも鬱陶しい。

 俺は何度かバボウを蹴り上げ、延々ぶつぶつと煩いチビの言葉を止める羽目になったし、ニンゲンに怒られる事にもなった。 クソが。

 

 翌日、俺はまたチビと共にチョウキョウババに連れてこられた。

 幾分か冷静になった夜、思考に耽った朝を経て、俺はチビがますます気になっていった。

 漏らしている言葉を聞いて、今までの情報を整理し、そして最終的にコイツは何でそんなやる気になってるんだ?という疑問が立ったからだ。

 今すぐにも疑問を解消したい誘惑を振り切り、俺はチビの走りに注目した。

 ニンゲンにとって、そしてウマにとって早い遅いは、そこそこ意味がある。 レースはまた色々と条件が変わるから別としても、本質的に速い方が好ましい。

 俺は自分の調教が始まってもチビへと視線をチラチラと送り、そしてようやくチビの調教が始まって。

 

      俺は、途轍もない衝撃を受けた。

 

 なんだアイツは、呪詛のようにバボウでイキッていたのに、今まで見たウマの中で最高に遅い。

 そもそも身体が小さすぎてパワーが足りない。 ニンゲンを乗せた時の走り方に無駄が多すぎる。 脚の使い方が下手だ。

 不細工によろけながらコーナーを回り、落ち着きなく直線に入る―――前にテマエを代え忘れてるのか逸走しかける。

 ニンゲンが落ちそうなほどヨレるし、真っすぐ走らずシャコウしていく。

 必死さは傍から見ていてもハッキリと分かる。 誰がどう見てもチビは己の限界を越えようと全力だった。

 ああ……なんて。

 なんて走るのが下手な野郎なんだ! 

 見ているこっちが怒りを覚えるくらいに不器用だ!

 俺は夜中から朝にかけて疑問を晴らすよりも先に、チョウキョウを終えてバボウに戻った時にチビへとその事を口うるさく指摘してやった。

 ちびが反論してくるがそんなものは一刀両断だ。 論ずる前の問題なのである。

 こんな遅いチビが俺やブッチャーを馬鹿にするなんて、やっぱり腹が立つが、それよりもウマとして遅すぎる走りにもっと腹が立った。

 チビはまたバボウの中でうじうじと声を上げ、音を鳴らすようになった。

 なんならぐずぐず泣いている。

 コイツ、もしかして悔しいのか。

 それとも苦しいのか。

 チョウキョウを受ければレースを走ることになる事をコイツは分かっている。 俺も教えたし、最初からそんな事は分かっているような態度だった。

 次の日も、その次の日も、俺はチビと一緒に調教を受ける日々が続いた。

 遅すぎるチビを尻目に、俺はとにかく苛立ちを募らせた。

 せっかく教えてやった事をすぐに忘れて、不格好に走ってしまう。 少しだけマシになったと思ったら、次の日にはまたすぐに戻ってしまう。

 ニンゲンが乗っている事を頭に入れて、俺達がバランスを取らなきゃいけない所があるのに、そのニンゲンを無視するから余計に遅くなる。

 そうした走り方をしないと速く走れない。 逆にニンゲンを乗せて速く走るコツは覚えてしまえば簡単なのだ。 少なくとも現状アイツは酷い。

 走法一つとっても無限に文句が湧き出てくる。

 

 酷い走りだ。 本当に、どうしようもなくそう思う。

 

 だから――――周囲の目と声が一層俺には鬱陶しい。

 

 チビはどこまで言っても本気だ。 どれだけ上手く出来なくても必死に前脚を地面に叩きつけている。

 疲労困憊であっても続けるから、無駄だ、止めろと俺が声を掛けても、どれだけ他のウマから、そして調教をつけているニンゲン達からも馬鹿にされた雰囲気を出されても、決して脚を止めることはなかった。

 ムカつくチビだ。

 だってそうだろう。

 スピードもパワーもスタミナも無い。

 だけどコイツは他の誰よりも本気で駆けている。

 速くなろうと、力を得ようと足掻いて、レースに勝つ為に全力だ。

 自分の限界を乗り越える為に、何時かくるレースの為に、走る事に意味が無いと教えても、格好悪い俺とは違うと言って。

 もどかしさ、そして不快な感情を吐き出すように、調教中に俺はチビの方へと勝手に進路を変えて、チビに併せた。

 そして馬鹿でアホでクソ遅いチビに、俺は全力でかっ飛ばしてチビを突き放して置き去りにしてやった。

 俺の上にまたがっていたニンゲンは落ちた。 その日はコズミってのが出るくらい本気でかっ飛ばしたからニンゲンにも怒られた。 そしてチビはその後また隣で喧しく泣いていた。

 くそがよ、ニンゲンもウマも、どいつもこいつも、あほったれめ、なんてイラつく野郎共だ。

 

 空気が澄んで星が煌めく空をバボウの中で眺めた。

 隣じゃまた音を鳴らして、顔からジワリと水を流す馬鹿が居る。

 俺がちびを超余裕でぶっちぎってやったのが余程応えたのか、たまに鼻を鳴らすだけで妙な呪詛を吐いたりはしなくなった。

 幾分、俺の言う事も素直に聞き入れるようにもなった気がする。

 ツキとかいう暗い光を見上げ、俺はチビのことだけを考えていた。

 一晩中、気が付けばいつもの眩しいアイツが空に浮かびはじめ、薄暗い俺のバボウを照らし始めた。

 カイバを食うことすら忘れていた。

 チビと調教を受け続け、どうしようもない苛立ちに放り込まれて。

 

 どいつもこいつも腑抜けてやがるんだ。 俺を含めてそうだった。

 だからムカついたぜ、知らなきゃ良いのにそういうのに気付いちまう、俺はムカつくんだぜ、なぁチビ。

 お前は本当にバカだ。今まで出会ったウマの中でも一等バカだ。ムキになって食らいつく姿が無様なんだよ。

 その癖、口だけ一丁前なのが余計に腹が立つ。

 チビ、お前の事をみんなそう思ってるぜ、お前の周りにいるニンゲンもハヤシダキューシャの連中も他の奴らもな。

 口にはしなくたって、雰囲気や仕草でそういうのが分かるんだ俺はよ。

 周りに合わせてやりゃ良い話だったんだ、地道に速くなりゃ良かったじゃねぇか。

 でもよ、ああ―――超ムカつくぜ、必死な奴をバカにしてるのはよ。

 俺達ウマもニンゲンも、本当に気に入らねぇ。

 決めたぜ、ちくしょう、クソチビめ。 俺を本気にさせやがって、だから嫌だったんだ、バカが隣に居るのは。

 何の話か分からねぇって顔だな。 まぁお前はバカで遅いカスみたいなウマだからな、別に気にしなくていい。

 何処に行くかって? テメエはチョウキョウでも受けて少しでも速くなってろよ、また俺にぶっちぎられたいのか?

 

 逃げるのは止めてやるよ。

 テメェがその気にさせたんだ。

 

 

ブッチャー、あんたの言葉の意味を、今更だが……遅くはねぇよな

 

 決意の朝に、覚悟を決めた。

 

「……お、おい、ワイルドケープリ、お前」

 

 姫路へと輸送前。

 最後の確認に顔を出した林田巌は驚愕に目を剥いた。

 バボウの中で佇む姿は、陽に照らされて何時もの様に太陽に向かって首を伸ばし、時に前脚を掻いた。

 初めて顔を合わせた時に見せていたギラギラした目をしていた。 身体に発汗すら見られて、普段とはまったく違う落ち着きの無さを見せていた。

 思わず息を呑み、無意識に震えた手で口元を覆い隠す。

 様子が変わったような気はしていた。 

 隣の馬房に最後の一頭―――ラストファイン号を受け入れてからは調教の様子・普段の生活まで、今までと何か違う事に気付いてはいた。

 間違いなく隣の子に影響を受けたのだろう。

 それも劇的に、素晴らしく良い方向に。

 ワイルドケープリのスイッチが再び入ったと巌はすぐに分かった。

 その後の行動は速かった。 強く残した後悔を払拭する最後のチャンスを馬がくれたのだ。 

 愚者となるのは一度で十分だった。

 巌は息子の駿に連絡を取ると、馬主の柊氏に直接会いに行き、それまで計画していたローテーションの変更を申し出た。

 

 

            U 10

 

 

 一言で言えば何処にでも居そうな、特に特徴のない鹿毛の牡馬。

 額の天辺に僅か垣間見える白い流星も長く伸びた鬣に隠れて目立たず、ソックスも履いていない、イラストで見かけるような一色の馬だ。

 馬格は大きいが毛艶は光を浴びてもあまり良く見えず、お世辞にも見た目が良いと言えない。 

 どちらかと言われれば映えない方だろう。

 誰も知らないだろうが、ワイルドケープリの瞳の虹彩は他の馬と変わらないものの、その視力は人を超えていた。

 幼駒の頃にはセントサイモンの逸話を思い出させる猫殺しに、暴走事件。

 馬とは思えない賢さこそがワイルドケープリを愚かな馬に見せていた。

 荒々しさすら納得できるほどの雄々しい長い鬣は馬体を揺らすほど映え、躍動している時の方が馬の力強さを感じさせた。

 地方にて競走馬として登録され、能力試験の頃には幼駒の頃の気性の荒さが嘘のように成りを潜め、淡々と続く競走馬生活に劇的の無いレースと取り巻く人たちの感情を眺める日々。

 それは灰色の景色の中に現れる、血にロマンを詰め込んだ馬鹿なチビが来るまでだった。   

 小さなそいつは紛れもない愚直な馬鹿だったが、賢くて愚かな馬をやる気にさせるのは特段に上手かった。

 

 

ワイルドケープリ 7歳 牡馬。 初の重賞勝利に向けて久々の挑戦か。 ダイオライト記念 7番人気

 

 

 どうなんだい。 詰まらなそうな顔してシンブンに顔を落として。

 そこのあんたは? 隣のニンゲンと話だけして、特に何も考えて無さそうじゃないか。

 ここはパドックっていうところだろう? ニンゲンがウマを見る場所だってのに、熱心に見ている奴なんてそう多くねぇ。

 まぁ、いつものグルグルするところよりかは、多少見ている奴が多いか?

 どいつもこいつも、俺たちの走りを見ているわけじゃねぇからな。 殆どのニンゲンは結果とカネの方を大事にしている。

 このぐるぐるを開催しているソシキって奴そのものが、カネを賭けさせて居るみたいだから、仕方ねぇかもな。

 俺達もそれはうすうす気づいているんだぜ。 それはウマの俺達には何か特別な意味があるわけじゃないことも。

 一等取りゃせいぜいカイバが豪華になったかなってくらいだ。

 笑わせるぜ、ニンゲンを喜ばせたり怒らせたりする為に走ってるなんてな。

 だから今までは適当に走っていた。 ニンゲンがほどほどに満足してニンゲンが想定する『ウマとして生きるというタスク』をこなしてきた。

 ウマたちはぐるぐると、ニンゲンに連れられて今日もまわっている。

 外に居る奴らに時折声を投げられたり、近くにいるニンゲンに触られたりしながら。

 どいつもこいつも、今日走る。 ぼんやりと見えない何かを理解したりしなかったりしながら、他のウマと一緒に走る。

 今まで一緒に走ってきたやつも居るし、見てない奴もいる。

 まったく、俺も結局こいつらと一緒で、チビのほうがよっぽどキチガイ染みたおかしな野郎に見える。 

 だがまぁ、そりゃあそうだろう。

 ここは適当に決められたルールの中、狭い世界で一等二等を競ってるだけの変な場所なんだ。

 でも、そこに命を懸けようとしている馬鹿が来ようとしてんだ。 

 小さい身体を揺らそうと藻搔いている。

 空の飛輪を見上げる。

 

 憎たらしいほど眩しい空のアイツは、今日も輝いていてニンゲンもウマも、この世界も照らしている。

 アンタは常に燃えてんな。 もしかして命を燃やして命を与えているのかい。

 

―――近づいてくる、いつもの背に乗るニンゲン、シュンがすぐに乗ってこなかった。

 じっと俺を見つめていた。

 今までにない行動に、俺は一つ鼻息を吐く。

 シュンに向かって俺は今、命を揺らそうとしてるぜと一声掛ける。

 

 

         やり方は、分からないけどな

 

 

「船橋競馬、メインレースです。 第11競走……農林水産大臣賞典、指定交流第××回となりました、ダイオライト記念G2です。

 2400mとダート競争としては最長の重賞レースとなります。

 出走馬は15頭、JRAからは4頭、地方他地区からも4頭迎えております。

 各馬ゲートに収まろうかと言うところです。 馬場状態は先日雨の影響か……稍重となっております。 これが影響するのかどうか。

 気になる一番人気はネイヨングレートです。 二番人気はパラソルサン……どちらも中央所属。 三番人気はウッチャリイッポン、四番人気にネコグンダン、五番人気が姫路から参戦したパカパカとなっています。

 さぁ、全15頭……まもなく枠入り完了しまして……さぁ……ダイオライト記念GⅡ、ただいまスタートしました!

 バラバラっとしたスタートです、一番人気14番ネイヨングレート躓いたか、同じく出遅れた2番ワイルドケープリ、ゲートにぶつかった様にも見えました、共に最後方からのスタート。 

 好スタートは10番パラソルサン出足よく前に立ちそうです。

 そのパラソルサンに並びかけるのか、内に2頭1番のティアマトリックス、おっと5番のアスカロードがパラソルサンと並びました。 鞍上の高遠学は前を譲らない作戦でしょうか。

 3頭ならんだ先行争いですが、その後ろ4番手に6番ミッドナイトエラー、外に13番ニアウィルクライ、ほとんど並んで4番ネコグンダン8番のネイヨンヒットマンがここ。 一馬身空いて7番タイラントショー、内に3番カッセイオー、その後ろに11番ウッチャリイッポンが続きます。

 後方は馬群詰まりまして9番パカパカ、外12番ポットホール、その外から15番ワロスボンバー、最後方二頭ワイルドケープリとネイヨングレートとなりました。

 縦長になってスタンド前に入ります。 パラソルサン先頭でペースを作っています。 アスカロード・ティアマトリックス少し下げたか。 先頭、最後方とはおおよそ15馬身ほどでしょうか、やや縦長の展開です。

 さぁ、パラソルサンがハナを譲らず、2馬身程リードを取って2番手以下はぐぅーっと馬群が固まり始めたぞ。

 1番ティアマトリックス、ミッドナイトエラー、外から上がってきたタイラントショー、内々つけてるのはアスカロード、後ろにニアウィルクライ、カッセイオーと並んでネイヨンヒットマン。

 ウッチャリイッポンも上がっていきたそうだ、カッセイオーの外から上がってアスカロードを交わしていくのか。 

 後ろにポットホールですが、それを交わしてネイヨングレート。

 馬群はここまでです、その4馬身後ろに2番ワイルドケープリ追走しています。

 更に5馬身ほど空いて最後方ワロスボンバー、これはやや離された。

 向こう正面に出て行きますが、前12頭殆ど差がない塊になりつつある。 

 馬群を引っ張る形になったパラソルサン、ペースはどうか、少し遅そうだ、これは前残りになるかもしれません。

 2番手めまぐるしく変わって各馬慌ただしくなってきたぞ、ニアウィルクライすっと上がって6番ミッドナイトエラー、ネコグンダンがこれを交わす、いやタイラントショー下がっていってカッセイオー、ここで並んだのがパカパカとネイヨンヒットマン。

 ネイヨングレートそれを追う、鞍上三島ウッチャリイッポンを押している。 12番ポットホールも後退してそれを交わしたワイルドケープリがここ。 最後方ワロスボンバーは完全に遅れています。

 3角入ってパラソルサンがまだ先頭。

 前目ニアウィルクライ、ミッドナイトエラーとネコグンダンがそれを追っている。アスカロードずるずる下がって4番手に8番ネイヨンヒットマン、隣14番ネイヨングレートとネイヨン軍団固まって追い越すぞ。

 すぐ後ろには9番パカパカ。

 4コーナ流れて前は6.7頭、固まって直線入る。 その後ろは離された、前が残りそうだが大混戦! 大混戦だ、7頭並んでいる!

 まだ先頭パラソルサン、ネコグンダン捉えられるか、外ミッドナイトエラー、ネイヨングレート、ウッチャリイッポン外々からパカパカが鋭く上がって残り300!

 横並んだ、完全に並んで誰が突き抜ける、どこが突き抜けるのか! 内パラソルサン差し返している!

 パラソルサン差し返しているが5頭並んでいる、大外からパカパカが追いつけるか。

 パカパカが並びかけて、あ、その外、一番外から凄い脚だ! 2番のワイルドケープリか、ワイルドケープリが最後方から飛んで来た!

 ネコグンダン、パラソルサン一杯になったか、直線突き抜けたのはウッチャリイッポンとパカパカだ! しかしこれは前に届くのか、ネイヨングレートを交わしてちぎったワイルドケープリ!

 残り100を切った! 

 ウッチャリイッポンがパカパカより体半分突き抜けたがワイルドケープリ大外から差し切れるか! 届いたか! 突き出たか! ワイルドケープリだ!

 完全に突き抜けたワイルドケープリ、最後は1馬身差つけて今ゴール! ワイルドケープリだ!

 最後方から前での熾烈な争いを嘲笑うかのように豪快に差し切って文句なし! 7歳にして嬉しい重賞初制覇となりました!

 ダイオライト記念を制したのは日の出を冠するこの馬です、鞍上林田ちいさく腕を振ってガッツポーズ。 凄まじい豪脚一閃、ワイルドケープリです――――――」

 

 

 船橋 ダイオライト記念 ダ2400 稍重 全15頭 勝ち時計2:32.2

 

1着 1枠2番  ワイルドケープリ 牡7 林田駿 人気7 厩舎(園田・林田巌)  531kg

2着 6枠11番 ウッチャリイッポン 牡5 内藤隆 人気3 厩舎(船橋・御堂寛)  483kg 2馬身半

3着 5枠9番  パカパカ       牡7 宍道健二 人気5 厩舎(姫路・安藤次嗣) 477kg 半馬身

4着 7枠14番  ネイヨングレート  牡5 伊藤浩 人気1 厩舎(東京・志島立児) 503kg ハナ

5着 5枠10番  パラソルサン  牝4 武藤孝弘 人気2 厩舎(東京・吉岡健洋) 449kg ハナ

 

 

 



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四話 疼く傷痕1

 

 

 

 

            U 11

 

 

 レースが終わって俺は少しばかり反省をすることになった。

 正直に告白してしまうと、久しぶりに気合いを入れて走ろうとしたせいか、何時もよりも興奮してしまいゲートが開く前に走り出そうとして鼻っ面をぶつけてしまった。

 俺に跨っているシュンも、驚いたようにタヅナを引っ張って、その反動でもう一発顔をぶつけてしまい、怯んだところでゲートが開いたので相当ビビっただろう。

 なんせ俺もビビったからな。

 ハッキリ言ってこの失敗はめちゃくちゃ恥ずかしい。 ゲート前ではしゃいでいるウマを馬鹿にしていた時期があるから余計にだ。

 下手したらシュンを落としていた。 ニンゲンが載っていないとグルグル回っても走った事にならないのは今までのレースで分かっていたから猶更恥ずかしかった。

 だがレースを終えてこうして落ち着いて考えてみると……まぁ大丈夫だろう。

 ゲートはレースを開始するための道具であり、開いてウマ達が一斉に駆けだした時にはもうぶつかった後だからシュン以外にはバレていないはずだ。

 と思っていたらグルグルから出て何時も通りシュンを下ろすと、普通にイワオや他のニンゲン達は気付いていたようだ。

 そうだよ、ニンゲンは遠くを見れる道具があるんだったわ。

 シュンが凄く怒鳴られており、俺は顔の辺りをベチベチと叩かれたりして怪我の確認を念入りにされてしまった。

 鬱陶しかったが、俺自身もアレは大失敗だったと思っているので大人しく触られておく。 シュンには悪いことをしたという気分にもなっているからだ。

 

「おい、鼻面から裂傷してるじゃあねぇか、流血しながら走るだなんて、サッカーボーイじゃねぇんだぞ馬鹿野郎!」

 

 イワオが怒鳴る。 シュンが頭を下げる。

 ううむ……きまずいし恥ずい。 

 レース後であることもあって俺は多少の痛みを感じてはいるがそんな大騒ぎするほど痛くはないから少し大げさだ。

 応急処置をされキュームインに誘導されてニンゲンが集まる場所に来てもイワオはずっと怒っている。

 この場所に来るのも随分と懐かしいものだ、たしかウィナーズサークルと呼ばれている場所である。

 グルグルのレースを終えると一着のウマがここに来るのだ。

 だいたいの奴は疲れてだるそうにニンゲンに付き合っているが、一部のウマはとても偉そうにする所だ。

 俺のウマヌシのヒイラギもいた。 

 久しぶりに会ったが随分とヒイラギは機嫌が良さそうだ。

 ここでシャッシンと言う画を取る儀式を行う事を俺は知っている。 

 今はあまり撮られたい気分では無いので上を向いて空の光へと意識を向けて、考えないことにした。

 

「いやいや、むしろ話題として美味しいかも知れませんから、酷い怪我ではないんでしょう?」

「ええ、まぁ走れないような怪我ではないですが……顔に結構目立ってしまう傷跡は残るかも知れませんね……オーナー、申し訳ない」

「いえ、林田調教師、私にとっても初めての重賞制覇……それを傷ついてでもプレゼントしてくれたんです、ワイルドケープリに感謝してますよ!」

「すみません、シュンの奴がしっかりしてれば完璧でした」

「本当に申し訳ございませんでした。 ゲート内で制御できず、大事なワイルドケープリに怪我をさせてしまいました」

「競馬ですから、何より馬ですから、ささ、せっかくの重賞の口取り式なんです。 ワイルドケープリみたいに頭を上げて撮影させてください、いやぁ……俺の馬がついに重賞を……今日のレースは一生忘れないですよ」

「はは、本当、今日はワイルドケープリが頑張ってくれました」

 

 パシャリという独特の音を聴きながら、俺は居心地の悪さを誤魔化す為に空を見上げ続けていた。

 相変わらず眩しい奴だ。

 その気になって全力で走って、それで何かが変わるだなんて今更期待なんてしていない。

 今回は……最後届いてレースに勝てたのは良かったって事くらいだ。

 流石に前のウマ達とはちょっと離され過ぎたから、これで負けたらチビに対して格好がつかねぇからな。

 

 

 暫くして、けっこう長いことバウンシャで揺られ、ハヤシダキューシャに戻ってくるとチビがバボウの奥で拗ねてグチグチ文句を言っていた。

 め、めんどくせぇ……どうせチョウキョウババで他のウマやニンゲンにちょっかい掛けられたりして不貞腐れているんだろう。

 実際にチビはぐうの音も出ないくらい不格好で、どうしようもなく遅いからな。

 俺もイラつく位だから相当だ。 周囲を不快にさせる走りの才能に突出してるんじゃねぇか?と疑いたいくらいだ。

 言葉にしなくても雰囲気だけでそういう感情や思いは伝わるし、意外と分かってしまうものである。

 ニンゲンもウマも嫌いなコイツは露骨に相手を威嚇して態度に出るから、余計に他の奴らを刺激してるのもあるんだろう。

 まったくもって、生きるのが不器用なチビだ。

 俺を含めて周囲は結構、お前みたいなチビでも大事にしてるみたいなんだぜ。

 どうやら俺が次走るグルグルも、この前走った所と同じらしいんだがイワオがチビと一緒の方が良いとか言ってたからな。

 明らかにちびに気を使ってるのが分かる。

 その為に俺がバウンシャであっちこっちに連れまわされるのは如何なんだと思わないでもないが。

 なんにしろ結構疲れるからな、レースそのものはともかくとして、バウンシャで移動するのは疲れて好きじゃないのだ。

 他のウマも一緒に乗り込む事が多いが、落ち着きのない奴が同乗すると怠い事この上ないのである。

 ウザ絡みするような奴も居るし、物理的に暴れるような奴も居る。

 その度にバウンシャが止まったりするからストレスがとにかく溜まるのである。 滅茶苦茶狭いしな。

 俺はレースに勝ってやった事だけをチビに告げ、とっととバボウの奥で静かな時間を楽しもうと首を巡らした所でチビから質問される。

 チビは自分がいつレースで走れるのかが気になっているようだ。

 そんなことがウマの俺に分かる訳が無いが、少なくとも他のウマとレースして勝負になるくらいまではハヤシダキューシャのニンゲンも走らせないだろう。

 キューシャやチョーキョーシってのはウマがレースできるように教え込むところだしな。

 しかし、そうか。

 少しわかった気がする。

 チビの奴はニンゲンが言うケイバだけが心の拠り所なのかもしれない。

 コイツはニンゲンもウマも嫌いになった。 そして俺のようにニンゲンやウマに程よく上手く付き合う器用さと言う物を、持ち合わせていない。

 声を掛けても突っぱねるし、事あるごとに不機嫌になる。

 下手なプライドばっかり高くて、結果として孤独になった。

 しかし、ウマだからレースに出ることになるし、レースに出るにはニンゲンとの関わり合いは不可避だ。

 だからレースの事を知った時に勝利に拘る事で、孤独を誤魔化そうとしている可能性がある。

 例えばそうだ、ニンゲン達はグルグルで一番早い奴を決めたがるだろう。

 一番速ければそれだけニンゲンにとって価値があるということだ。 もしも、俺達ウマにとって走る事に意味があるというのなら、ニンゲンにとって価値のあるウマになること。

 そうなれば認められる。 同じウマやニンゲンにとって無視できない存在になって構われる。

 好きも嫌いもなく、そうなるのが確定するからだ。

 それは孤独からの解放とも言えるかもしれない。

 しかし―――もしもこの例えが事実で、目指している到達点がチビにとってはそれだけしか無いとしたら、チビはなんとも寂しいやつだ。

 いや、寂しいから強くなろうとしてるのか。

 ―――……まぁ、チビの事は笑えない。 

 俺だって寂しさに似た感情はずっと心の中に燻っていたんだろう。

 ブッチャーの標榜した物に答えを求めていたのに、早々に見切りをつけて変わる事の無い日々にチビと逢う迄スカして過ごしていたのだ。

 グルグルに行ってレースを走ることだけしか出来ないのは変わらないのに、周りの空気に合わせて―――チビに言わせれば格好悪い事をしていたんだろう。

 まぁ、確かに愚かなウマだな、俺は。

 何年も走ってチビに馬鹿にされて、それでようやく、その気になるなんて。

 俺達ウマにとっちゃグルグルで走ることやその順位を競う事に意味はないのは変わらない。

 ニンゲンが作った法則に従って際限なく続いていく無意味な旅だ。 それは間違いないのだ。 意味があるのならば、俺達は、多くのウマは必ず必死になるからだ。

 ……なんて考えはもうしなくていい。 理由はこの際もう何でも良い。

 俺はまだグルグルを走るのだ。 そう、ただ走る。 やる事がシンプルなのは分かり易い。

 少なくとも、そこの阿呆の権化みたいなチビに情けねぇと笑われねぇくらいには成らねぇとな。

 ゲートでぶつけた頬面が僅かに疼く。

 チリついた感情を誤魔化すように俺はカイバオケに顔を突っ込んだ。

 

 久しぶりのチョウキョウババで会ったチビはほんのちょびっと、ごく僅か~~~~に速くなっていた。

 

 

            U 12

 

 

 

「次走はかしわ記念を? うーん、そうか、かしわ記念ですか」

 

 ワイルドケープリの馬主、柊 慎吾は自身の会社の応接室で調教師の巌を迎えていた。

 スケジュールに余裕が無く、やむを得ず会社に招いたのだが電話だけで済まさず、予め逢っておいて良かったと、話を聞きながら思っていた。

 かしわ記念はダイオライト記念と同じく船橋競馬場で行われるマイルダート重賞であり、その歴史も長く格付けもjpn1と最高峰のダート重賞レースである。

 馬主となってから15年、ワイルドケープリ以外ではG1競争を走れる馬を所有したことが無い柊にとっては夢のある話である。

 そもそもワイルドケープリを購入した時点ではこの馬に期待はさほどしていなかった。

 どちらかと言えば縁故の友人の為であり、期待に胸を膨らませたのは中央で走らせた良血馬の方である。

 その中央で大レースに出走できることを期待して送り込んだ馬たちも、いずれも条件馬までが精一杯で現在、慎吾の持ち馬は地方でしか走らせていない。

 その地方競馬の最高峰、jpn1競争に挑める。 

 馬主として10年以上経った柊慎吾にとって、何度その時を迎えようが心躍るものであった。

 ワイルドケープリという自身の馬主生活の中でも最もと言っていい、馬主孝行な馬に相当入れ込んでいる自覚はあるが、それ以上に調教師の林田さんの方が熱が入っているように思える。

 まだワイルドケープリが3歳だった頃、ダートのクラシックを走る時にも興奮したものだが、その時だって馬主の自分よりも林田の方がよっぽど熱が入っていた。

 勝利こそできなかったが、結果はダート3冠クラシックレース全て掲示板を確保し、入着という素晴らしい結果に柊慎吾は喜んだ。

 勝つ自信が垣間見えた林田調教師が酷くがっかりしていた事が記憶に残っている。

 その後は合間に賞金を加えて持ってきてくれるワイルドケープリには、地方競馬ならではで出せそうなレースには出して適度に懐を潤してくれればそれでヨシとしていた。

 怪我無く走ってくれて飼い葉代を―――どころか夜に呑み遊んでも余るくらいには稼いでくれていた。

 ところが先ごろ、急にローテーションの相談を林田調教師から受けてダイオライト記念に出してみたところ結果は見ての通りだ。

 その感動は今でも忘れられない。

 賞金などオマケのようなものだ。 重賞を獲るという栄誉とはこういう事なのかと柊は感銘を受けた。

 きっと他の誰でもない、馬主でなければ分からない喜びだ。

 家に帰ってはダイオライト記念の記録映像を見返して晩酌するのが、近頃の常である。

 そうなれば今回も、すぐに『かしわ記念』への出走をしようと同意して決めるところではあったが、出走が予定されているとある二頭の存在が柊を躊躇させていた。

 二頭ともJRA所属馬であり、最盛期を迎える5歳馬で前年に帝王賞・南部杯・フェブラリーステークス制覇を成し遂げ、ドバイワールドカップ2着と凄まじい成績を誇っている『ダークネスブライト』は日本を代表するダート馬だ。

 そして、かつてワイルドケープリも出走したダート三冠クラシック競争。

 その3冠全てを制覇し、4歳となって本格化を迎えた中央馬『ネビュラスター』は芝からダートへ転向した後は無敗のまま重賞をもぎ取ってきた怪物だ。

 現状、ダート競争はこの2頭が最大の注目を浴びており、たびたびメディアでも顔を出しているスターホース。

 特にダークネスブライトとネビュラスターの初対戦になりそうだ、ということで競馬チャンネルではメディア・SNSなどで盛り上がっている事を柊は知っていた。

 いずれも出走表明している次回のかしわ記念を走るとなるとワイルドケープリはこの2頭とぶつかる事になる。

 実績を見てもとても勝てる相手とは思えないが、林田調教師は自信がありそうだった。 しばし腕を組んで黙考し、一つ息を吐き出すと、腹が決まる。 

 

「いやぁ……まぁ、仰る通りこんな機会は無いですし、胸を借りて挑戦しましょうか……ダークネスブライトやネビュラスターと一緒に走れる馬を持っているってだけでも、贅沢なもんですしね、ええ」

「ありがとうございます。 それで、今後の事についても相談したいのですが―――」

 

 

「―――はぁ!? 芝に挑戦!? マジかよ!」

 

 林田駿はワイルドケープリの調教を終えると、柊氏との相談を終えて決まった内容を話されて驚愕していた。

 ダークネスブライトとネビュラスターの一騎討ちになりそうな、かしわ記念に挑むということも相当に衝撃だったが、砂しか走っていないワイルドケープリの中央挑戦の話は青天の霹靂だった。

 最初、馬主の柊さんの意向かと思ったが―――巌が言い出したことであった事を知ると、見たことのない積極的な父の姿勢に駿は感心してしまった。

 具体的に何処を走る、もしくは走ろうとするのかはまだ白紙のままである。

 本当に芝レースに出るのかどうか、それはワイルドケープリの今後次第だ。

 駿の記憶にある限り自分からローテーションに強く要望を馬主に突きつけたことは無かった。

 だから、最後まで柊さんの意向に従ってレースを選んでいくのだと漫然と思っていたのだ。

 駿の心の奥底で不安と焦燥に火種が燻る。

 情けないことに、かしわ記念・中央挑戦の話を聞いて芽生えた感情は乗り代わりとプレッシャーの後ろ向きな物であった。

 誤魔化すように馬房から首を出しているワイルドケープリに手を当てて、駿は笑った。

 

「ははは、お前、大変だぞ。 もう後、2週間だ……」

「ぶふん」

「駿」

「あ、ああ、なんだ?」

「俺はもう終わる調教師で華々しい記録なんざ持っちゃいないけどな、それでも最後に悔いを残したくないんだ」

「……」

「ワイルドケープリは今まで見てきた馬では一等だ。 俺はコイツと挑戦したい」

「親父……」

 

 まだ駿が生まれる前のことだ。

 巌は38年前に園田で厩舎を開いて、調教師として働き始めてから2年目。 

 馬主の意向に逆らい、素晴らしい素質を持っていた馬を壊してしまったことがある。

 地方重賞も間違いなく制す事が期待できた子だった。

 自身がローテーションに割り込んで、駒を進めた兵庫ジュニアグランプリで骨折。 そのまま予後不良となり当然馬主は激怒し、それ以降小林厩舎との縁は無くなった。

 若き巌にとっては後悔とトラウマだけが残った、苦い苦い思い出である。

 それからはどれだけ自身の相馬眼が働いても、決して馬主の意向に口を挟むことはしなくなった。

 

「柊さんには頭が上がらない。 俺の我が儘だからな……ワイルドケープリと挑戦したいってのは」

「挑戦……」

「ああ、お前も今はそんな乗鞍ねぇんだろう? 後悔しないように挑戦しようじゃないか―――ワイルドケープリが付き合ってくれてる間くらいはよ」

 

 ワイルドケープリが芝に挑戦するということは、つまりそう言う事なのだろう。

 踵を返した父の背中を見送って、駿は奥に引っ込んで窓から空を見上げているワイルドケープリ号と、馬房でグルグル回っているラストファイン号を一瞥し、頭を掻いた。

 厩舎内の掃除を済ませると目元を擦って、コーヒーを喉の奥に流し込む。

 今回のかしわ記念では正式に騎乗依頼をされたが、駿は落ち着かない夜を過ごして、ほとんど眠ることが出来なかったのに、やたらと頭が冴えているのは勘違いではないだろう。

 2週間後には、ワイルドケープリは船橋競馬場で1600mを駆け抜ける事になる。 

 ダイオライト記念で蘇ったあの脚は本物だ。

 世間の評判が3流以下であったとしても駿は間違いなく、腐ってもジョッキーである。

 ワイルドケープリの背中の上で、林田駿は人知れず身体を震わせていたのだ。

 ダークネスブライトやネビュラスターに実績はともかく、能力面で劣っているとは思えなかった。 

 いや、少なくとも実際に走ってみる迄は能力の差など分からないハズだ。

 技術は無くても、乗って走らせることができる。

 この5年間、付き合ってきたワイルドケープリに合わせてやる事ができる。

 それは少なくとも、今は林田 駿騎手にしかできないことだ。 いや、違う。

 しがみついてでも、ワイルドケープリのヤネは自分じゃなくちゃいけない。 

 

「挑戦か……ああ、そうだな。 上等だ」

 

 ちりついた火種が大きくなっていく。

 親父も俺も、たぶんワイルドケープリも、我慢していた。

 駿もまた、最後の挑戦みたいなものだ。

 ワイルドケープリ以上の馬に乗れることなんて、もう生涯を通してないだろう。

 

 ダート競争の主役は世間を騒がれてる二頭だけじゃないことを教えてやろうじゃないか。

 

 スクーターに乗り込んでキーを回す。

 火を入れてエンジンの音を響かせて、駿は林田厩舎を後にした。

 その翌日から体調を崩した林田駿は、かしわ記念当日までワイルドケープリの前に顔を出すことが無かった。

 

 

 

 



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五話 疼く傷痕2

 

 

            U 13

 

 

 レース前にインターネット上では予想や展開や天気や馬場、直前の調教の様子を修めたVTR等が頻繁に上がるようなっていった。

 話題の筆頭はダークネスブライトとネビュラスター。

 どちらもJRA所属馬であり、一方は海外でも実績を残した5歳のダート王者。 

 もう一方はダートでは無敗の三冠馬の成績を引っ提げた4歳馬。

 掲示板やSNSではどちらが強いのか、白熱した議論を見せていた。

 地方競馬の中でも突出した熱気を見せ始めた、かしわ記念。 一部メディアやスポーツ新聞のあおりなどにも使われて、近年まれに見る注目度の高さとなっていた。

 ダークネスブライトとネビュラスターというアイドルホースに注目が集まる動きの中、地方競馬ならではと言ったフットワークの軽さを見せ、ネット上では『かしわ記念』当日に動画サイトで特番が組まれることになった。

 

「はい、此度は地方競馬で馬券を当てる為に皆で予想する電子keibaです、今回はもう、話題沸騰のかしわ記念の特番となっております。 司会・進行役は私、相川 司です。 よろしくお願いします。

 本日は注目されているかしわ記念当日、ということで船橋競馬を見続けて30年、地方競馬のプロであるイナヅマ弥太郎氏を迎えております」

「おはようございます、今日はよろしくお願いします」

「いやー、ついにという感じですが、どうですか、弥太郎さん」

「はははは、いやまぁ、まだ始まってもいませんからどうと言うのはありませんけれども。

 しかし、今週はね、初日から天候が乱れてたんでね、今日はどうなるのかなと見ていたんですが後半二つは良く晴れましたから。

 馬場状態の発表は稍重となっていますが、砂の状態はですね、かなり乾いてきているかと思うんですよ。

 それでまぁ、週初めは外枠の馬がこうね、外のがだいぶ走ってて内の馬が勝ててなかったんですが、昨日今日と晴れて乾いてきてますから内枠も勝ち鞍が増えてきたんですよね」

「ほぉ、なるほど。 馬場状態は内枠の馬に有利ですか?」

「いや一概には言えませんが、傾向として昨日今日と内枠有利な形に結果が出てます。 そして重かった馬場では差し追いが目立ってましたが直近のレースでは前目が止まらないといった感じですのでね。

 やはりこれは前残りになるな、というのが大方の予想です。 出遅れ癖のある5枠7番のシュバルティク、後は前走のダイオライト記念でゲート内でちゃかついた外枠12番のワイルドケープリは馬券的にはちょっと怖いかなというのが私見です」

「船橋ダート1600マイル戦というと、もともと前残りというか、先行力が無いと追っつかない傾向があると思うのですが、その点ではどうでしょうか」

「まず人気の二頭で言いますと、まぁ大外枠を引いたダークネスブライトですが、問題なく前目行くと思います。

 ネビュラスターも差し馬ですが先行できますのでこちらも大丈夫でしょう。 例年通りペースは速くなるでしょうが、ハイペースの展開は両馬ともに経験しており対応できない何てことは無いかなぁ」

「一番人気はダークネスブライト、二番人気にネビュラスターですが、オッズは1.8と2.1で完全に二強態勢かと言った感じですね。

 まぁ~~~でもこれ、馬券的にはこの二頭来ちゃいますよね、弥太郎さん」

「もちろん、抜けてますよね。 しかしテン早く終いの伸びが良いディスズザラポーラも居ますからうーん、でもまぁ固いのはやっぱブライトとネビュラスターです、それは間違いないですよ。

 ただ昨年度東京ダービーになりますが、ネビュラスターに半馬身差だったディスズザラポーラも注目ですよ、内枠2番を引いてますし、ネビュラスターとは久しぶりの対決となりますしね

 あれからネビュラスターもですけど、ディスズザラポーラも当然力も付けてますから――――――」

 

 夕刻速い時間から始まったこの番組では、かしわ記念に出走する全馬の紹介と追切の様子を含め、馬券を中心にした話が放映された。

 休憩を挟んでいよいよ『かしわ記念』の発走が一時間弱となった所で、思いもよらない情報が齎され、番組出演者やそれを視聴していたリスナーは驚くことになった。

 

         ダークネスブライト、競争除外である。

 

「え!? ダークネスブライト!?」

「競争除外ですか、いやこれは残念」

「えーーー! まさかまさか、いやぁぁぁ、こんなことが。 見たかったですね、ネビュラスターとの対決が……」

「パドック直前ですからね、何かあったんでしょうけど……ダークネスブライトにトラブルですが、無事であって欲しいですね」

 

 直前で一番人気であるダークネスブライトが回避、人気はネビュラスターへと集まる事になった中、装鞍所から馬たちが続々と出てきてパドックが始まった。

 

「波乱の開幕の中ですが、かしわ記念のパドックが始まりました。 最初に出てきたのは1枠1番のジャストフィットです。 442kgで+7kgです、鞍上は日下部 仁」

「んー、少し固い気がしますね。 差し馬ですが、伸びる時は歩様が軽い時が多いので、体重に比べてやはり少し太く見えてしまっていますね。 下降気味だと思いますよ」

「1枠2番、注目馬の一頭です。 ディスズザラポーラ、468kg、前走から増減なし。 手綱を取るのは牧野 晴春、3番人気です」

「気分良さそうに歩いているように見えますよ、状態は良いと思います」

「力の有る馬なのは証明済みです。 重賞勝利の実績ありでダートでは代表的な一頭ですから、十分チャンスあるでしょうか」

「ええ、あると思います、自慢のテンの速さで逃げると思いますよ、先頭を走らないと気分を害する馬ですからね、ペースを握れるかどうかが焦点ですね」

「2枠3番 スタンドアロン。 478kg、-6kg。 ジョッキーは有野 康生」

「力関係では厳しいかなと思うところです。 前走もピリッとした所がありませんでした、状態は好調を維持していると思います」

「そしてそして3枠4番となります。 大本命、三冠馬でありダート無敗のネビュラスター、490kg、-3kg、ヤネは田辺勝治。JRAのリーディングジョッキーに名を連ねる名手です」

「後肢の踏み込みが力強く見えますね。 もともと力強い印象を持った走りをしていますからね状態は素晴らしいでしょう。

 パドックでは毎回映えて見えるのですが特に今日は毛艶やハリも素晴らしい。 馬体が成長して完成されてきたなと言った様相ですかねぇ、完璧と言っても良いかと思います」

「これは仕上がっているように、素人目でも見えますね」

「実際、ダークネスブライトとの対決になる事を見据えていたので陣営は神経を使っていたそうですからね、本当にダークネスブライトの回避が惜しいですね」

「はい~、そして続きましては 4枠5番 インディゴラインです。 馬体重は453kg.+1kg。 鞍上は北野 陽」

「船橋1600で実績のある馬です。 力はありますがネビュラスター相手に勝ち負けはどうかと言った感じですね。 掲示板には絡む可能性ありでしょうか。 状態面に不安は無さそうですので、能力は発揮できるかなと思います」

「次は4枠6番です。 ネイヨンマウンテン、501kg.+7kg。 鞍上は斎藤 吉松」

「状態は悪くないと思いますが、近走で思うような走りが出来ていないのが気になるところです。 鞍上を戻してどうなるか、少しチャカチャカしてる様子なのでスタートは少し不安ですね」

「ネイヨン軍団と言えば、なぜか外枠で人気になると沈んでいってしまうジンクスがありますが、この枠はどうでしょう」

「いやそれはね、オカルトですから。 データでは確かにそういう傾向になってしまいますが、偶然でしょう。 それに今回は内枠と言っても良いと思います」

「そうですね~、内でしょうか。 はい、では次ですが5枠7番、シュバルティクです。 445kg.-3kg。 騎手は波多野 伸明」

「愛知から、条件戦や重賞にも出走をよくしています。 爆発力のある馬で大きなレースで激走することもありますが、船橋1600という事も考えますと後ろからの競馬ですので少し難しいかも。 穴党の候補には真っ先にあげたいかもですね」

「5枠8番 ヤミノシカク。 469kg、+15kg。 鞍上は風間 一徹」

「一目太いかな、と思いましたが、本来の馬体重に近くなったとも言えますね。 ただ前走がここ最近の中では一番伸び良く走れてたので、やはり少し重いかなと」

「えー、6枠、6枠9番フェイスボスです。 馬体重473kg +5kg。 騎手は大島 孝之」

「ちょっとね、ネビュラスターもそうですが、一番よく見えたのがこの馬でした。 足捌きが軽やかでスムーズですし非常に落ち着いています。 気合も乗っているように見えて集中していますね。 文句なしの絶好調かなと」

「馬券には絡んできますか、人気も8ですが……」

「う~~ん、前走も内容は良くて勝っていますから上向きなのは確かですが、どうでしょうか。 ちょっと何とも。 ネビュラスターが居なければ推していたかも知れません。 買い目はあるかなと思います」

「続きまして6枠10番  ウッチャリイッポン 459kg -2kg。 鞍上、内藤 隆」

「こちらも前走から状態上向いているのかなといった印象です。 どうしても展開面に注文がつくタイプの差し馬なんですが、展開が嵌った時は非常に気持ちの良い伸び脚を使えて実力面でも上位かと。

 馬券的にも十分絡める実力はあるかなと思います。 船橋競馬の馬場に慣れている事もあって、期待が持てる一頭でしょうか」

「7枠11番 はホワイトシロイコ。 436kg +6kg。 鞍上は町田 尚哉」

「馬体はしっかりキープできてますね。 休養明けぶっつけなのでどうなのかなと心配してましたが、追切では抜群の動きを見せていましたし、今も落ち着いて周回しています。 実力は発揮できそうですね」

「続いて7枠12番 ワイルドケープリ 537kg 増減なし。 手綱を取るのは林田 駿」

「園田から来ました、先ごろのダイオライト記念で凄まじい豪脚で差し切り勝ちが印象的な一頭です。 大柄ですが脚の運びは軽いですね、ただパドックで少し物見しているようですね、集中できていないかもしれません。 展開次第で差し脚が炸裂する可能性はアリといったところでしょうか」

「8枠13番 ミニスティガール 433kg -1kg。 鞍上 江田山 優星」

「馬体が細く見えますが、身体を大きく使えています。 追切でも実践でも実際に走るとしっかり伸びて気性も素直です。 7歳牝馬ですが船橋でも実績がありますし、好走できると思います」

「そして、8枠14番 ダークネスブライトですが、競争除外となってしまいました。

 ネビュラスターとの初対決、ダート頂上決戦は残念ながら『かしわ記念』では見ることが出来ませんでした」

「非常に残念ですが、今後また対決する機会はまだまだあると思いますので、その時まで楽しみを持ち越せたと思いましょう」

「そうですね、そして最後の一頭です。 8枠15番 ウェディングコール  462kg -15kg 鞍上は菅原 陽太」

「絞ってきましたね、もともと太目残りが多い馬ですがしっかり仕上げてきた印象です。 ツヤ・ハリともに良いですし、集中もできていそうです。 噛み合えば良い走りをしてくれる、期待が持てます」

 

 パドックを終えて号令によって騎手達がパラパラと出てくる。

 駿は最後に列にゆっくりと加わり、ジョッキーたちが一斉に頭を下げて自分の乗鞍へと駆け足で向かう中、駿は歩み寄っていった。

 隣に並んでいた江田山ジョッキーが歩いている駿を一瞥し、顔を顰めた。

 駿はゴーグルを既に装着していたが、その様相は渋面であり馬に乗っても居ないのに汗を掻いていたのである。

 

「えっと、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫ですよ」

 

 短いやり取りを経て、江田山は一度肩を竦めるとミニスティガールの元へと向かって行った。

 駿は歩きながら一度腕を擦ってワイルドケープリの前まで歩み寄ると、その顔をじっと見つめた。

 

「……勝つぜ……ワイルドケープリ……俺は」

 

 一つ拳を握り、開く。

 ワイルドケープリはブフンと一つ、大きな鼻息を鳴らした。

 

 

            U 14

 

 

 小さいぐるぐる―――最初にパドックって奴を終えると大きなグルグルに出てレースに備えることになる。

 何時も通りのルーチン・何時も通りのタスク。

 しかし何時もとは違う事が、このグルグルにはあった。

 他のウマがどうかは分からんが、俺にはすぐに気づいた事が幾つかある。

 一つは同じくパドックに居たニンゲン達の顔と視線……そして雰囲気だった。

 そいつらは一様に、とあるウマを見ていた。 俺より早くぐるぐるに入ったウマだった。

 普段はさほど熱心にウマを見るニンゲンは少ないのに、今日は違ったのである。

 ゼッケンというやつに文字が書かれている。 あれは俺達ウマを識別するための道具の一つで鞍についててソイツの番号は 4 と書かれていた。

 俺はぐるぐるを回りながら周囲を見回す。 

 すごく大きな箱には数字が羅列されているが、アレの意味が理解できるようになってる俺は時に立ち止まり箱を見つめた。

 推測通り、4番のゼッケンをつけている奴は数字がとても低い。

 あの数字が低いと、ニンゲン達は一番アイツがぐるぐるで速い・強いと判断していることが分かるのだ。 つまり、人気のウマってやつだ。

 まぁそうだろうな、と俺は4番のウマを鼻を鳴らして見る。

 アイツは堂々とパドックを回っている。 周囲のウマに誰がボスであるかを声高に主張しているようだった。

 栗色の馬体をひたすら大きく見せながら、オラついた態度で見下したように他のウマへと威嚇する。

 ニンゲン達は気付いた様子も無いが、少なくとも俺達ウマにはそう認識できる。

 自信にあふれ、そして傲慢だ。

 チビとはタイプの違う馬鹿野郎だろう。

 そしてニンゲン達が少しばかり、物足りない様な雰囲気を出していたのは、ソーアンジョってとこで俺の隣に14のゼッケンをつけていた黒い奴のせいだろう。

 ピリピリとした圧を周りに振りまいていた訳でもないのに、ひと際俺はそいつの立ち居振る舞いに脳の奥底が刺激された。

 原因は分からないが、背筋が勝手に震えるような、今までにない経験だったからかなり気になった。

 一目で速そうな奴だと分かる位にはこの中でも14番は圧倒的だったはずだ。

 結局14番はこのぐるぐるを走る事を止めたみたいだが……ニンゲン達は4番と14番が、どっちが速いのか、強いのかを期待していたんだろうな。

 ちっちゃなぐるぐるを回りながら、俺はちょっとばかし、ほんの少し苛立っているのを自覚した。

 ニンゲン達は14番が居なくなったから、4番だけに注目しているのが殆どだ。

 ウマも4番の振りまく威嚇のせいで注目を自然と集めている。

 ニンゲンもウマも視野が狭いぜ、おい。

 4番は格別に気に入らねえが、2番それに9番も他のウマと雰囲気が違うと俺の感覚が告げている。

 ケイジバンにはこいつらも乗るだろう。

 ふん、と鼻を鳴らす。

 ハヤシダキューシャを出発する前、チビは言っていた。

 俺がジュウショー勝ったのは偶々だと。 どうせすぐに他のウマに負けると。

 あのチビ、クソ遅いくせに常に俺の事を煽ってくるからな。

 だからどうって言うわけじゃねぇが、2番も4番も9番も纏めて千切ってやってチビに言ってやるぜ、ジュウショー2連勝だって。

 あいつは阿呆だからそれでまた泣くだろう。

 ……そういや、チビのやつ、またほんのちょびっとニンゲン乗せて走るの上手くなってたな。 

 俺の言ってる事をもう少しちゃんと聞いて実践すりゃもう少し早く上手くなってたはずなのに、馬鹿チビめ。

 それにしても、今日のぐるぐるは夜にやるのか。

 眩しい奴がいねぇのはあんまり面白くねぇな……イワオもなんか、妙に固い雰囲気出してたしな…… 

 

 空を見上げていてしばし、気が付くとジョッキーのシュンが俺に向かってゆっくりと歩いてきていた。

 少しばかり顔を合わせていない間に、随分と妙ちくりんな歩き方で近づいてくる。

 シュンは俺の前で立ち止まると、俺の名前を呼んで、勝つぜ、勝つぜと小声で小さく嘶いて『掛かって』いた。

 なんだこいつ、シュンも馬鹿かよ。

 俺は目の前まで来たシュンを見てすぐに分かった。

 ニンゲンの身体を見てどこが悪いのかなんて言うのはウマの俺には分からないが、シュンはどうやら怪我しているみたいだった。

 俺に乗ったと思ったら、妙にバランスを取りずらい重心に傾く。 

 傍からの見た目はそう変わらないみたいだが、背中に乗せている俺にはすぐに判った。

 何時ものシュンよりも左側に体重が寄っていたし、ハミの噛みもやりづらい。

 手綱の絞り方も普段とは違う長さ、馬具を通して通じるのはシュンの身体の僅かな震え。

 明らかに体調不良を隠して俺の上に乗っかってやがる。

 馬鹿野郎が、ニンゲンってのは命を懸けてまでウマに乗ってぐるぐる走らなきゃならんのか?

 無意味にぐるぐる走るウマも、どうしようもないチビも馬鹿だと思うが、なんというかもう、ニンゲンの方も大概だな。

 呆れから、俺はまたもや鼻息を荒げてしまう。

 レース場に次々へと向かうウマとジョッキー達、遅れて俺もシュンの指示に従って歩き始めるとゼッケン4番がコースに出る直前に俺の進路を塞いで、ぐぅぅっと睨んで威嚇してきた。

 他のウマと違ってまったく意に介してなかった俺の事が気に入らなかったんだろう。

 ボス気取りのクソガキが、一丁前にイキリ散らしやがって。

 

 ったく……どいつもこいつも。

 めんどくせぇ野郎どもめ。

 

 

 仕方ねぇな

 

 

 

      頬面の傷跡がちりちりと疼き、黒の天空にファンファーレが響いた。

 

 

 

          ―――――まとめて面倒見てやるよ

 

 

 

 

jpn1 / かしわ記念

 

船橋競馬場 ダ1600m 晴れ/稍重 全14頭 20:10 発走

 

 

1枠1番 ジャストフィット 6歳 牡

1枠2番 ディスズザラポーラ 4歳 牡

2枠3番 スタンドアロン 5歳 牡

3枠4番 ネビュラスター 4歳 牡

4枠5番 インディゴライン 4歳 牡

4枠6番 ネイヨンマウンテン 4歳 牡

5枠7番 シュバルティク 5歳 牡

5枠8番 ヤミノシカク 5歳 牝

6枠9番 フェイスボス 6歳 牡

6枠10番 ウッチャリイッポン 5歳 牡

7枠11番 ホワイトシロイコ 4歳 牝

7枠12番 ワイルドケープリ 7歳 牡

8枠13番 ミニスティガール 7歳 牝

8枠14番 ダークネスブライト 5歳 牡 競争除外

8枠15番 ウェディングコール 4歳 牝

 

 

 

「私立船橋高校吹奏部によるファンファーレをご覧いただきました。 船橋ナイター競馬、11R、メインレースとなります。

 農林水産大臣賞典 第××回 かしわ記念G1。

 8枠14番のダークネスブライトが競争除外となりましたが、14頭揃いまして、砂の大舞台1600mを駆け抜けます。

 間もなくゲートに全頭入りそうです。

 最後13番のミニスティガールが入りまして……スタートしました! どっと飛び出した、出遅れはないようです。

 ハナを主張するのは誰か、鋭く伸びてくるのはやはり、やはり②ディスズザラポーラか。

 ⑤インディゴライン、⑮ウェディングコールも追って追って前に出てきます。

 その後ろは①ジャストフィット⑧ヤミノシカク⑪オワイトシロイコ④ネビュラスター、そして⑨フェイスボス続いて⑫ワイルドケープリといったところが出ています。

 第一コーナーに各馬続々とはいっていきます。 さぁ先頭見て行きましょう。 

 ハナを取ったのは、先頭はディスズザラポーラで決まりそうか、やはりテンの速いのはこの馬、ディスズザラポーラが前評判通りにペースを握りそうです。

 2番手追走は⑮ウェディングコールです。 その後ろ2馬身程離れましてジャストフィット、その外に⑧ヤミノシカク⑨フェイスボス、その後ろ―――内々の此処に居ます。

 断然一番人気に押された④ネビュラスター、今日も無敗でタイトルを掻っ攫うのか。 

 そのネビュラスターを見るようにピタっと真横ににつけて⑥ネイヨンマウンテン、その外⑤インディゴラインです。

 この辺非常に馬群固まってます。 マークされているのはネビュラスターです。

 ネビュラスターの真後ろには不気味に⑫ワイルドケープリ、その外に真っ白な馬体⑪ホワイトシロイコ、⑩ウッチャリイッポン⑬ミニスティガール広がっている。

 後方③スタンドアロン最後方に白い馬体を揺らして⑦シュバルティク追走です。 

 さぁ、船橋競馬場では、かしわ記念では珍しいと言えるかもしれません、馬群が一塊となって続く展開になりました。

 向こう正面半分を過ぎて集団の先頭でペースを握るのは②ディスズザラポーラ。 続いているのは⑮ウェディングコールで変わりません。

 気持ちよく逃げて居そうに見えるがどうか。 後ろの動きはない、これはネビュラスターを警戒していそうです。 中団内々に包まれて、ネビュラスター囲まれているぞ。

 先頭のディスズザラポーラ、第3コーナーに入っていきます―――」

 

 

 ゲートが開き、最初のコーナーに入った時にはもう分かった。

 馬体が重なり僅かに触れ合うことで衝撃が走る。

 踏み込む脚から響く蹄の音が合奏して耳朶を揺らし、ヒトとウマが一団となって動く。

 ハミを通して伝わるのは内々を進む指示。

 やや遅れて外へと回る様に意思が飛ぶ。

 だがこれはシュンが通常の態勢で考えてる訳ではない、無理やり俺にしがみついているから伝わる意思で、余計な情報だろう。

 ぐるぐるを回り続けて何度目になるか。 記憶に無いほど犇めく他馬との距離感の中、合理的じゃない指示がアンジョウから飛んでくる。

 こうなった原因はひとつ。

 ウマどころかニンゲンもこぞって4番を追ったからだ。

 出足で俺を扱いたシュンも例外に漏れず④のコイツの事が気になっていたんだろう。 素直に従ってみたせいで人馬の壁じゃねぇか。

 今日のシュンは居ない物と考えた方が良さそうだ。

 視界と聴覚を研ぎ澄ます。

 第2コーナーの曲がり角を終えて直線を向くタイミングで、俺は前後左右に視線を這わせた。

 4番に視線を這わせるニンゲン、横に3後ろに1。

 前目の連中は知らんが6番は俺の目の前を走る4番に顔が向いている。 ④は人気だな。

 俺は集団に合わせてペースを少しずつ上げながら息を入れた。

 前にも後ろにも、まして横にも自由に動けそうな場所が無いなら、ゴールまでの体力を温存しておくのが賢い走り方だ。

 粉塵が顔を叩くが特段気にならないのは泥を被った経験が他の奴等よりも多いからだろう。 固まった展開ならば、いっそこのまま4角に突っ込んだ方が都合が良い。

 ちょうど、ぐるぐるの反対側にあるゴールを一瞬だけ確認し、俺は4番のケツを見ながら鼻から深く息を吐いた。

 口元が不細工に動き、滅茶苦茶な指示を飛ばすシュンを無視することは結構なストレスである。 

 上が落ち着かねぇとやっぱり俺もやりずらいな。

 長い直線が終わりを迎えて3つ目のコーナーに入っていく。

 夜に走るのは初めてだが、このぐるぐるは何度か走っているから覚えている。 

 どれだけウマ達が犇めいていても最後の4コーナーには外に膨れる奴らが居て直線を向くとバラけるのだ。

 特にこのぐるぐるは直線手前が一番バラけやすい。 

 

勝負はそこだ。

 

 仕掛けどころに腹を括った所で、俺の目の前の4番は強く脚を掻き込む。

 捲り上げた粉塵が、俺の顔を叩く。

 顔を上げて左右を大きく見渡す4番が前に突っかけていた。 

 そうだな、確かにそろそろ、前目のウマを捌きてぇだろうな。 4番みたいに自分でゴールの場所が分かってるなら猶更行きたくなるだろう。

 でも今じゃねぇんだぜ。

 ぐるぐるってのは一等取ろうと思ったら身体以上に割と頭を使う。

 ④も分かってるだろうが焦りが見えるのは経験が足りねぇ証拠だ。

 ジョッキーが俺達に送る指示ってのは割と考えられてるもんなんだぜ。 伊達にウマに乗ってねぇよ。

 ぐるぐるを俺達は走る。

 俺は加速しようと前脚を掻き込む4番とは逆に、シュンの崩れたバランスを保ちながら、他のウマが加速を始めてスパートを掛けてからほんの少しだけ遅らせて、僅かに外へと進路を取った。

 そうだな、特に―――塊になって動いてる時はシュン達ジョッキーの奴等がこういう駆け引きしているのを覚えている。

 コーナーと呼ばれるカーブで、走る速度を上げる事でどうなるかっていうと直線に入るまでにちょっとばかし身体が泳いでいく。

 たしかエンシンリョクって奴だ。

 特にこのぐるぐる―――フナバシのコースはカーブの入りがきついからな、内に寄せようと思ったらスピードを落とす必要がある。

 俺達はかなり速度を出して走るから、カーブを曲がる時に加速するとエンシンリョクによってどうしても内が空く事になる。

 スパートする時は殊更、気を使わないとならないとこだ。

 速度とコーナーの膨らみは計算することが可能だ。

 丁度良い事にシュンのバランスがコーナー向かって内々に傾いてる上に、そのせいで自然と速度が落ちるから俺が切れ込むのは容易ってわけだ。

 外目に振ってから一瞬遅らせることでどうなるか、知っているか。

 ほうらな、4番。 お前らの身体が泳いで俺の走るコースが空くんだぜ、内に隙間ができて、外から内に突っ込めるって寸法だ。

 

さぁ、ぶっちぎってやる―――

 

 

「―――最終コーナーから直線に向けて各馬スパート態勢、塊だった馬群がばらけて直線へと向かっていく。

 先頭はディスズザラポーラ、3馬身空いてウェディングコール下がっていって外目からネビュラスターがぐうっと上がっていこうとするが前が壁だ!

 ヤミノシカクとネイヨンマウンテンが壁になっている、対して内を掬ったワイルドケープリが一気に飛び出してきた!

 ワイルドケープリあっという間に他馬を交わして前目の争いに加わっていくぞ!

 あっと一瞬、立ち上がったネビュラスターが強引に外に持ち出してから凄い脚! さぁ最後の直線、先頭は逃げる②番のディスズザラポーラ、その後ろ追走しているウェディングコールを抜かしワイルドケープリが二番手に上がってきた。

 やや遅れてネビュラスターが外から三番手に上がるぞ! 態勢、勢い抜けた3頭で決まるかどうだ、どうだ、どうだ。

 ネビュラスターが追い上げる。 ネビュラスターが追い上げて行くぞ、凄まじい脚でワイルドケープリに並んだ! まだディスズザラポーラ、追ってくる二頭とは2馬身差、このまま保てるのか!

 内外広がって三頭の叩き合い! 粘るディスズザラポーラ、ダート無敗の掛かったネビュラスター、ワイルドケープリはチャンスを生かせるか、さぁ残り標識200を切った―――」

 

 

―――外目にぶっ飛んで進路を失ったはずの4番だったが、俺の前を走るウマが2番だけになった時にはいつの間にか隣に居た。

 ぐるぐるの外に居るニンゲン達の咆哮が俺達に向けられて耳朶を震わす。

 涼しそうに威圧を振りまいていた4番が顔を必死に歪ませて脚を回し、ほんの少しだけ俺の前に出ようとする。

 周りに騒がれるだけの事はあるな、4番!

 4番のジョッキーが何かを言いながらムチを取り出して振るい、シュンが俺の上で身体全体で押し込む。

 シュンの意思が乗る。

 前に。 前に。

 ゴールに。

 勝て。

 シュンの意思が俺の背中を必死に押していた。

 後肢に力をため込んで本気で蹴り上げる。 振り上げた前脚を全力で叩きつけて砂の噴煙を後方に投げつける。

 誰の目にもわかるだろう、ぐっと沈み込んで伸びきった俺の身体が2番と4番を追って前へと向かう。

 何もかも置き去りにするくらいに流れる景色の中で変わらない。 

 ほとんど同じくらいの距離を4番も同時に進んでいて、2番のケツがちょっぴり近づいた。

 この狭い世界のぐるぐるで、俺は驚いた。

 別に一番速いウマだなんて俺自身も己惚れてはいない。

 ④が俺と同じ速度を出していることそのものに、驚きなんてなかった。

 驚いたのはその辺のクルマよりも速く流れる中、俺の思考はよりクリアになって視界も広がった景色だった。 

 

  それは今までのぐるぐるの中で垣間見た事のない世界だった。

 

 ニンゲンから上がる歓声も罵声も大きなうねりと成ってグルグルの中を揺らしていた。

 錯覚かもしれないが、俺達を中心としてぐるぐるその物が地震が起きた時の様に揺れている。

 1カンポ前に進むと音が鳴った。

 大地から重く響く音と、外から耳朶を震わせ定期的に音が鳴って俺の身体を打ち付けていた。

 まるで身体の中の心臓の鼓動に合わせ、置き去りにする景色の中に沢山の"命"が示し合わせたように合奏している様だった。

 

 

      ―――俺達は 命を 揺らしているんだよ

 

 

 答えだ。

 答えは無かった。

 だが、これが答えだ。

 

 ずっと求めていた答えが、俺の脚元に落ちていた。

 何度も走ったことのあるこの場所に―――違う、最初から何処のグルグルにもあったのだろう。 

 俺が気付かなかっただけだ。

 ニンゲンの命を、ウマの命を、このぐるぐるにある命を全部ひっくるめて俺達は大地を蹴り上げて揺らしていたのか。

 視界に映る景色を彩るすべての色が俺には分かった気がした。

 緑も白も黒も蒼も、ぜんぶ全部本物の色彩となって瞳に飛び込んで来る。

 良いか悪いか、大事かどうか別にして、全部ひっくるめてニンゲンは俺達ウマに預けてる物があった。

 それが何かなんて些細な事は気にしてる暇はない。

 

 4番が誇らしげにパドックをぐるぐる回る理由が少し分かったぜ―――必死になるのもな。

 

 

      ―――気張って走りな、ボウズ

 

 

 ああ

 悪くねぇぜ! ブッチャー!

 

 鼻っ面が疼く。

 

 振り上げた脚が身体全体を震わせ。

 口の奥に挟みこんだハミをガッチリと噛み、沈んだ脚を全身の筋肉が呼応して持ち上げる。

 4番が一瞬だけ態勢を崩し、まさしく俺と真横に並んでいた瞬間だった。

 限界だと思っていた速度を簡単に乗り越えて、2番も4番もぶち抜いて、気付けば俺はゴールとして設置された板きれを最初に駆け抜けていた。

 

 

jpn1 / かしわ記念

 

船橋競馬場 ダ1600m 晴れ/稍重 全14頭 20:10 

 

1着 1枠2番  ディスズザラポーラ 牡4 牧野 晴春 人気2 厩舎(栗東・鯨井恭二)   繰り上がり勝利

2着 2枠4番 ネビュラスター 牡4 田辺 勝治 人気1 厩舎(東京・雉子島健) ハナ差 降着

3着 5枠9番   フェイスボス       牡6 大島 孝之 人気5 厩舎(船橋/・波多野修) 5馬身

4着 4枠6番  ネイヨンマウンテン  牡4 斎藤 吉松 人気4 厩舎(東京・佐藤裕司) アタマ

5着 7枠11番  ホワイトシロイコ   牝4 町田 尚哉 人気10 厩舎(東京・吉岡真治) 2/1馬身

 

落馬失格

ワイルドケープリ 牡7 林田 駿 人気6 厩舎(園田・林田巌)

 

体調不良により競争除外

ダークネスブライト 牡5

 

 

 



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六話 昔日の駿影1

 

 

 

 

            U 15

 

 

「畜生! 普通あそこで落ちるか? ゴールまであと少しだったのに、おかしいだろう、それは!」

 

 ワイルドケープリの馬主である柊 慎吾は関係者席で傍目構わずそう口から突いて出ていた。

 まずは落馬してしまった林田ジョッキーの安否を気遣うべきだ。

 頭では理解しているはずなのに、馬主になって20年余、初めてのG1勝利を目前にして突き出る感情は怒りであった。

 最後の直線、逃げるディスズザラポーラを追ってワイルドケープリとネビュラスターが競っていた。

 残り100を切った頃、最後の追い上げの場面でネビュラスターが内によれて、ワイルドケープリと接触した様に慎吾には見えたのである。

 力が足りずとか、一杯になってよれた訳ではない。 恐らくネビュラスターにも何かアクシデントがあって内に凭れた。

 そして最後、ワイルドケープリはネビュラスターとディスズザラポーラを抜き去って1着でゴール板を駆け抜けたのである。

 落馬してしまった為、当然ながら失格だ。

 だが、普通はジョッキーが落ちるとバランスを崩して馬は速度を失う。

 だというのに、ワイルドケープリは伸びたのだ。 慎吾は拳を握って奥歯を噛みしめ、大きく息を吐いた。

 勝っていただろう。 いや勝てたはずだ。 どんな形であれ、鞍上がゴール板を駆け抜ける迄ワイルドケープリにしがみついていれば、G1を獲れたのだ。

 ネビュラスターやディスズザラポーラと言った人気する馬―――重賞を何度も獲得している強い相手に、自分の馬が勝てた。

 競馬において落馬事故はそう珍しくない話だ。

 馬主ならば誰もが分かっている話で騒ぎ立てるよりも今後を考えた方がはるかに建設的であり、感情を抑えねば悪目立ちもするだろう。

 分かっちゃいるが慎吾は今すぐに大声で喚き散らし、大騒ぎしたい気分だった。

 ああ、悔しい。

 ずっとワイルドケープリを傍で見て来た人たちの方がずっと悔しいのはそうだろう。

 しかしそれでも、この自身の感情の奥底からくる悔しさは抑えられない。

 鼻息荒く何度も深呼吸を繰り返し、両手で抱えた頭の奥で必死に猛る思いを抑え込む。

 

「慎吾、行こう。 ワイルドケープリは残念だった」

 

 馬主の柊慎吾にそう声を掛けたのは、ワイルドケープリの生まれた牧場主、篠田徹だった。

 

「すまん、徹、せっかく忙しいところを呼んで来てもらったのに」

「良いんだよ。 とにかく林田騎手が心配だな。 トップスピードの馬から落ちたんだ」

「ああ、そうだな……くそっ、悔しいな……」

「すまん」

「なんで徹が謝るんだ、悪いのは! ……悪いのは、誰でも無いな……競馬だからな……」

「ははは、慎吾、今日は飲まないか。 久しぶりに若いころのように」

「構わないが、覚悟しろよ。 今日の俺は酒癖が悪いぞ」

「悔しいのは俺もそうなんだから。 ほら見ろ、手に爪の後がくっきりさ」

 

 手のひらを向けてシニカルに笑う徹に、慎吾はようやく肩の力を抜いて苦笑を返した。

 

 お互いに酒を浴び、馬主としての愚痴や牧場の苦労を話し合っている頃。

 一人の女性が搬送されベッドで寝かされた駿の元で息を吐いていた。

 内ラチの外に投げ出された駿は、意識は戻らないものの幸いな事に命に別状はなかった。

 打撲と内出血、脳震盪と決して軽い症状では無かったが、幸いにも脱臼や骨折、出血といった外傷は無かった。

 女性はそっと駿の身体に手を添えて、心配そうな眼差しを送っていた。

 そんな駿と彼女の下へと深夜になって訪れたのは、林田巌であった。

 

「ああ、美代子さん……、お久しぶりです」

「お義父さん、ご無沙汰しております」

「すぐにでもこっちへ来れれば良かったんですが、諸々ありまして遅れました」

 

 挨拶もそこそこに、巌は駿の容態を聴いて妻である美代子と同じように肩で大きく息を吐き出した。

 

「お義父さん、ごめんなさい」

「いえ、美代子さんが謝るようなことでは―――」

「違うんです、私、知っていたんです」

 

 それはワイルドケープリに騎乗する凡そ2週間前に、駿はスクーターで帰宅途中に事故にあっていた。

 飛び出してきた子供を避けて電柱に激突し、左半身に酷い痛みを抱えていた事。

 左腕は大きく腫れて、鋤骨の辺りは青く染まり内出血を起こしていた。

 もちろん、病院には向かったしそこで治療も行ったが、2週間の期間があっても復調することは出来なかったのだ。

 強めの痛み止めを処方してもらい、怪我を押し隠してワイルドケープリには騎乗すると駿は言っていた。

 美代子は止めた。

 夫がジョッキーであることから少なからず競馬と関わっている彼女にも、身体の調子を崩したまま馬に乗ることの危険が分かっていた。

 時速60kmを超える世界で勝ち負けを競う、競馬を少なからず知っていたから。

 

「……申し訳ない。 集中したいのだと思って最低限の連絡しかしなかった私の落ち度だった」

「いえ、夫に言われて黙っている事にしてしまったのは、私なので、こちらこそ申し訳ありません」

「やめましょう……まったく、無茶ばかりする……困った奴だ、ばかもの……」

 

 しみじみと呟いた巌に美代子は顔を伏せて、そっと駿の手を握った。 

 駿が目を覚まして痛みに顔を引きつらせるのは、その3時間後だった。

 

 

 

            U 16

 

 

 

 輸送を終えて何時ものハヤシダキューシャへと戻ってきた俺は、バボウの中でカイバを食いながら思考を止めた。

 レースが終わってから数回は陽が昇っており、ようやく走ったぐるぐるの事について整理が終わったからだ。

 色々と考えることが多くて随分と日数を要したが、初めて気が付くことも多くて実りのあった振り返りだったと言えるだろう。

 食事を終えた俺は、少しだけ顔を外に出して隣のバボウへと視線を向けた。

 ちびの奴は今日の調教を終えて身体を休めている。

 普段はレースから戻ってくると随分と話しかけてくるが、今日は俺の方から声を掛けてもやたらと大人しい。

 シュンが落ちて負けたというのは言ってあるから、結果を知っている分、静かになっているのだろう。

 まぁ、このちびが言ってた事のせいで余計に考える時間が増えてしまったんだが。

 ちびは俺がレースに負けた事を伝えると、レースで何があったのかを熱心に聴いてきていた。

 やっぱりちびの関心はレースそのものに向いている。

 だから主観が入らないように淡々と、どういうレースをしたのかを伝えたのだが、シュンが落馬したことを告げてからはスッと押し黙って、ややあってからこう言ったのだ。

 

―――相手が強かったら、相手を超えようとするなら、命を燃やすしかない

 

 命を云々という言葉。

 ブッチャーが残した言葉と似たものが、レースを走った事のない馬鹿ちびに言われて、俺は思わず唸って考え込んでしまった。

 だがまぁ、結論から言うと、ちびはやっぱり馬鹿だ。

 なんでぐるぐるを走るのに命を懸ける必要があるんだ。

 結果的に怪我をするウマ達は居るしそれが原因で命を失う事もあるだろう。 なんならニンゲンだって、それこそシュンのように俺達から落ちてしまう事もある。

 それで命を失うことがままあるのは、まぁ分かる。

 命が助かってもぐるぐるを走れなくなる事だってそりゃあ在るだろうさ。

 ぐるぐるは結構危険が潜んでいるからな。

 だがそれだけなのだ。

 一番にゴールをするのが誰なのか、それを競うのがぐるぐるだ。

 ウマ自身の為に、或いはニンゲン達の為に、速く、速くと限界を超えて無茶をしようとする奴は居る。

 だが、それは結果的に怪我をするだけで、命を投げ出そうとしている奴はそもそも居ない。

 いや訂正する。

 ちびしかいない。

 ちびは前提を間違えているのだ。

 ちびの様な考えをしていれば遠からず、ちびは怪我をしてぐるぐるから消えて行くことになるだろう。

 ほんの少しだけ思考のリソースをそちらへ割いてみる。

 ちびがレースに勝とうとして、それでも届かない相手。

 客観的事実として現時点では殆どのウマがその想定に当てはまるわけだ。

 ちびは無理して命を懸けて肢を振り上げる事だろう。 お、おいおい、なんて容易に場面が想像できるんだ、馬鹿かよ。

 ゲートで入れ込んで出遅れや落馬……鞍の上に居るニンゲンの事を忘れて転んだり逸走したり内ラチに激突したり、仮に勝ててもシャコウして降着したり……負ける要素が無限にあるな。

 レースが始まる前にその辺の事はしっかりちびに教え込んでおかんとならん。

 しかし…いや待てよ、と俺は頭を振った。

 思わずくだらん思考に時間を割いてしまったとも思うが、俺が思っている以上に大事な事なのかもしれない。

 忘れがちだが、ぐるぐるを勝つ、というのは走っているウマの間では割と重要な要素だ。

 ジューショーを勝つとニンゲン達は俺達ウマを讃える。

 はっきり言って俺は今までその様子を遠巻きに見て理解し、くだらないと腐していた。

 だけど今は一方的な視点だけでは分からない事も分かってしまった。

 ニンゲンは俺達ウマに命を揺らしていた。

 そりゃあカネや立場、見栄や意地、面子もあっただろうが、それでもウマに関わるニンゲンは多かれ少なかれ俺達ウマに情熱と感情を注ぎ、命を懸けている。 

 懸け方はそれぞれ、大小から浅さ深さまで万別なんだろうが……分かっちまったからな。

 怪我に繋がる事は、俺達ウマも気を付けなくちゃならないだろう。

 視線を外して俺はうろうろとバボウの中をしばし、うろついた。 

 

 

 そして雲に隠れていた陽が差し込んで、あの眩しい奴が顔を出すのに釣られるようにして俺も顔を上げる。

 まぁちびの事、ニンゲンの事は横に置いといて。

 冷静に。

 回顧して分かる事は俺は特別に速いという訳ではない。

 ウマの中じゃもしかしたら『ぐるぐるを走る』のは速い方かもしれないが、経験を加味しても4番や2番のウマ達と走る速さは拮抗しているだろう。

 前目、後ろという違いはあったが俺を含めてレースをすれば展開次第で順位は前後すると思う。

 例えばそのままシュンが落馬せずに居たからと言って、この前走ったジューショーの結果は俺が勝てたかどうかなんて確かな答えはない。

 それこそ受け入れがたい結果や思いがけない敗北なんて何時降りかかってもおかしくないだろう。

 実際に一緒に走った俺が言うのだから、そう的外れな考えではないと思う。

 俺の隣にいた出走を取り消した黒い奴の事は結局一緒に走っていないから何とも言えんが、アイツも相当だろうな。

 ぐるぐるで勝利を求めるのなら今のままではダメだろう。

 少なくとも、ジューショーのレベルに出てくるウマたちに勝とうと思ったら運が絡む。

 そしてその運を引き寄せて掴むために必要なのは、命を燃やすことじゃない。

 必要なのは知識と運を手繰り寄せる工夫、そして識ること。

 つまるところ、頭を使って 勝利 という物を引き寄せてこないといけない。

 

「―――駿さん、大事ない見たいですよ。 テキから連絡ありました」

「そうかぁ、いや良かった。 いやいや、良くないけどな。 それでどうだって?」

「痛みが激しいみたいで立ち歩くのに2週間ほど安静が必要だって。 向こうで入院するみたいです」

「じゃあ暫くワイルドケープリの調教は俺がつけるようか。 にしても、無茶したなぁ」

「ですねぇ。 ああ、それとワイルドケープリ、乗り代わりになるかもって」

「テキが?」

「ええ、柊オーナーから言われたみたいですね」

「そりゃしょうがねぇかもなぁ。 馬主さんも俺達も悔しさはあるしな……林田厩舎に錦を飾りたかったぜ」

 

 バボウの外からチョーキョージョシュとキュームインの話が聞こえてくる。

 昔に比べハヤシダキューシャのニンゲンとウマの数も随分と減ったものだ。

 話題に出ていたシュンの事もちょいと心配だ。

 アイツは俺から落ちた後に動かなくなったからな。

 もしシュンの命が無かったら次にぐるぐるを走る時は面倒だ。 一番俺の背に乗った回数が多いシュンが一番バランスの取り方に慣れている。

 それに駿の目線は俺が勝つためにも必要なことだ。 シュンの意思を汲むべき時は必ず来る。

 文字通り視界が違うから。 俺よりも高い所で見ている視界をシュンを通じてレース中に俺は知る必要がある。

 カシワ記念で落としちまった時にちゃんと確認できれば良かったんだが、クルマとニンゲンが居て近づけなかったので遠目からだと良く分からなかった。

 無事だと良いんだけどな。

 俺は眩しい奴を見上げて目を細める。

 ここ最近はしばらくアメが降っていたから、光を浴びるのは久しぶりだ。

 こうしていると落ち着くし、思考が回る。

 

 俺は今まで気付かなかった。

 ブッチャーが言っていた命を揺らす場所は最初からぐるぐるの中にあった事を。

 何年もかかってようやく気付いた今は、悔しさよりも呆れの方が勝っていた。

 こうして考えていると俺は随分と日々を台無しにしてきたようだと自覚してしまう。

 今はごくごく普通にある景色が、色づいている様にさえ思えるのに。

 時間は掛かったが、気付けて良かったのだろう。

 だからちびには感謝している。

 この景色が当たり前の日々の中に最初から潜んでいることに、アイツが気付かせてくれたからだ。

 むかつくちびだが、本当だぜ。

 

 細めた瞳をゆっくりと閉じる。 空を見上げて。

 鼻面がまた疼く。

 

 

 

 

 

 太陽の光を浴びながらワイルドケープリは思考の渦に浸る。

 レースに勝つために命を燃やすと応えたちびを馬鹿にして、しかし無茶を通さねばならない時がある事は予感した。

 当たり前だ。 ぐるぐるを走るのは同じウマだ。 同じくらいの速さで走る奴らと競うんだから、勝とうと思ったら力がいる。

 だから、工夫が必要だ。

 頭を働かせていかなければ勝てない。

 故に、ワイルドケープリは空を見上げて過去を思い出していたのだ。

 今まで自分の走ったレース。 その全てを。

 身体からは察するべきも無い。

 どこにでも見るような鹿毛の馬体、鬣に隠れた主張の無い流星。

 特筆すべきことのない身体的素養。

 だから。

 だから、ワイルドケープリの異常を人は知ることができない。

 ワイルドケープリの特異性はどんな最先端科学でも解き明かせないからだ。

 何故なら、この一頭の牡馬に与えられた天からの祝福は、その脳漿にこそ刻み込まれているからだ。

 ワイルドケープリは展開・天候・ジョッキー達が採用した戦法や思惑、同じレースで走ったウマたちの状態、少しだけ違うそれぞれのぐるぐるの場所、コースレイアウトや施設。

 乗っていた騎手やレース全体で掛かった時計。 刻まれたラップ、勝負服や矯正馬具などを装着しているウマとそうでないウマ。 風の強さに砂の色。 勝ったウマ、負けたウマの状態や様子。

 競馬にて使われている全ての道具やその施設の意味と役割。 

 そして通常ならば理解することない、人間の扱う言葉と文字。

 人と馬が携わって形成されているこの世界。 

 

 

         この、競馬の世界。

 

 

 知りたくない事も。

 聴きたくなかった物も。

 全てを覚えている。

 全てを知って理解している。

 正確にはデビュー頃はレースそのものを走るのに夢中になりすぎて記憶にないが、それ以降、ぐるぐるを回るレースを60回目。

 もしワイルドケープリが人の言葉を話せるなら、その60回全てを回顧し、物事や起こった事象の全ての詳細を説明しながら

 1レース1レース、走った全てのコース、競馬場で開かれたイベント、乗っていた騎手の顔と名前、馬場状態やその場に居たすべての馬のこと。 その他細部に至るまで 『全て』 解説する事が可能だ。

 一から十まで脳裏に刻まれており思い出すことが出来た。

 一から十まで見聞したことを明確に言語化することが出来た。

 最初からワイルドケープリはブッチャーの言葉をずっとずっとずっと、諦念に心を塞いでからも、見苦しく顔を背けながらずっと追いかけていたのだ。

 とっ散らかっていた情報と記憶を整理することが、かしわ記念を終えて林田厩舎に戻ってきてから今までの時間でようやく終わった。

 後は実践で擦り合わせればいい。

 ブッチャーの言葉に気付くのが遅すぎるだなんて言わない、まだこれからもレースは続くはずだ。

 そう、まだこれからだ。

 ワイルドケープリは考える。

 ブッチャーの言葉を追いかけるなら、またぐるぐるで勝つ為に走らなければ見えてこない。

 命を揺らす場所に到達することが、終着点でないことはブッチャーが言っていた答えではないからだ。

 だから考えるのだ。

 ぐるぐるに勝つためには、学ばねばならない―――いや、学び直さないといけない。

 チョウキョウも今までよりちゃんと走らないとダメだ。

 一緒に走る機会の多いちびは滅茶苦茶遅いが、チョウキョウで試したい事は協力を求めなければ難しい物もある。

 ついでにちびも鍛えてやればいい。 アイツだって負けたくはないだろうからな。

 いや、レースに負けたくないのはニンゲンも一緒か。

 だが、次のレースは負けてしまっても足りないピースや情報を埋める事が出来れば良しだ。

 もちろん、出来れば勝つに越したことはないが―――

 

 

――――おい、シュン、早く戻って来いよ

 

 俺はバボウの中で思わず前脚を掻いた。

 

 

 

 

            U 17

 

 

 

 

 朝早く、忘れると妻がうるさい為、日課のゴミ出しをしている時に家の前にぼうっと突っ立つ不審な男。

 ワイルドケープリのオーナーである柊慎吾は、そんな彼に気付いて眉根を顰めた。

 ゴミを出し終えて自宅に戻ろうとするところで、大きなため息と共に声を掛ける。

 何時から居たのかは知らないが、このまま居座られても面倒だし、万が一近所さんに迷惑をかけられても困るからだ。 

 

「林田君、入りなさいな。 私と話をしに来たんだろう」

「柊オーナー……」

 

 彼は申し訳なさそうに頭を下げた。

 まったくもって困ったものである。 今時このような経験をすることになるとは思わなかったと苦笑もする。

 応接室へと案内し、寝起きだった為、身なりを整える時間を貰い、ようやくゆっくりと対面した。

 

「察しはつくが、用件を聞こうか」

「はい、まずは謝罪を。 かしわ記念では落馬をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「それはまぁ、そうだね。 それより君、身体は大丈夫だったのかい」

「おかげさまで、脳震盪と打撲、打ち身に内出血だけですみました。 脳震盪も軽微で済みまして……幸運だったと思います」

「それは良かったが……無理はしないでくれ。 何事も身体が大事なんだから」

「はい、有難うございます」

「それで……まぁ乗り代わりの件だろう? 帝王賞の」

 

 駿が退院する直前、後輩の騎手である牧野 晴春が訪れていた。

 中央所属時代、厩舎の所属騎手として駿は牧野と面識があり、先輩ジョッキーということで牧野の面倒を見ていた事があった。

 その時に牧野から、柊オーナーにワイルドケープリの騎乗依頼をされた事を駿に明かしていた。

 慌てて是非を問えば、まだ牧野は柊オーナーへ返事は保留しているとのことだ。

 実際にこれから林田厩舎まで赴いて乗ると言っていた。

 乗り代わりは騎手にとって良くあることだ。

 調教師から言われることもあるし、今回みたいに馬主の意向で決まってしまうこともある。

 直前のレースで落馬してしまった事も大きな要因だろうが、基本的にはワイルドケープリのように実力を示した馬には良い騎手を乗せてあげたいというのが常だからだろう。

 後輩とはいえ、中央で多くの乗鞍がある牧野の方が殆ど騎乗依頼の無い駿よりも騎手として格上であることは間違いなかった。

 今回、わざわざ駿に騎乗依頼が来たことを教えてくれたのは、後輩である牧野の好意なのだろう。

 

 しばし出された茶の湯飲みを見つめていた駿だったが、意を決して顔を上げると慎吾の前に跪いた。

 いきなり大の大人に土下座され、心の中でうおおっっと驚きながら、駿が頭を下げる様子にこんなことが現実で起こるかと慎吾は顔を歪めた。

 落馬をされた当日は憤慨もしたし、普段では押し隠している文句もバンバン口から飛び出した。

 ついでに競馬に関係ない仕事の愚痴もしこたま吐き出してもいる。

 付き合わせた友人には悪いことをしたが、その御蔭で現実を受け止め、心の整理が素早く終えられたのは間違いなかった。

 

「お願いします柊オーナー。 俺をワイルドケープリに乗せてください」

「い、いやねぇ君。 もう帝王賞まで時間がないだろう」

 

 駿は歯を噛みしめ表情をゆがめた。

 そうだ。 慎吾の言う通り、退院したとはいえ駿の体調は万全とは言えない。

 特に左肘の違和感はまだ残っており、医者の話では週に1度は通院を行うように固く言いつけられている。

 実際、軽度とはいえ交通事故のダメージを引きずったまま、申告しないで騎乗して落馬してしまったのだ。

 怪我が重く無かったのはただただ幸運に恵まれているだけであり、治療はしっかりとした方が良いのは間違いない。

 そもそも怪我をしたまま馬に乗るなど、競馬に携わる者としては即座に資格をはく奪されてもおかしくない行動である。

 自覚があるだけ余計に性質が悪いといえよう。

 だが、そうだとしても、三流以下のクズだったとしても、ワイルドケープリを手放したくなかった。

 ただヤネとして背中に乗っていただけかもしれないが、それでもワイルドケープリがデビューを迎えた2歳の頃から数えて5年。

 50走以上の数ワイルドケープリに乗ってきた。

 勝手な思い込みかもしれないが、ワイルドケープリも駿を乗せることに慣れていると思う。

 だから―――俺を乗せてくれ。

 こうして思いの丈を吐き出すように、馬主の元まで出向いているのも随分と醜い行動である。

 自嘲すると同時に開き直っている事も自覚していた。

 鏡を見なくても分かる。 今の自分の顔はとても人様に見せられるものでは無いだろう。

 嫉妬や羨望、怒りに焦燥。

 おおよそネガティブな表現が全て詰め込まれている顔をしているに違いないから。

 こうして頼み込む体だから、顔を上げなくてすんでいる事に感謝したいくらいであった。

 情けなさ、悔しさ、投げ出したくなるくらいに心は折れて、何度も何度も逃げ出している自覚がある。

 家族を言い訳に使って逃げたことだって数知れない。

 栄光など夢のまた夢、何時も何処かで煮え滾る感情を見ないふりして蓋をして、自分に適当な理由を宛がって視界をふさいでいた。

 自覚すら失われて、それを受け入れようとしてしまっていた。

 虚勢を張ってもう一度と思っても、二度、三度と失敗を重ねるたびに許容のハードルは下がっていき、また諦める。

 今は恥も外聞も投げ捨てて額に地をつけて這いつくばる。

 

 でもいい、それでいい。

 

 ここで逃げてしまえば、今度こそ逃げてしまえば、林田 駿という男は終わる。

 ジョッキーとしてはもうこれ以上のどん底は無いだろう。

 ワイルドケープリに、強い馬に、もう一度、乗せてくれるなら幾らだって頭を下げよう。

 こんな男の土下座など、安いものだ。

 誇りなんて、意地なんて、この安っぽい男の尊厳に如何ほどの価値があるというのか。

 子供の頃から父親の背を見て、騎手になって、馬と関わって40近く。

 ワイルドケープリ以上の馬に出会えるなんてもう二度とない事くらい分かっている。

 だから―――

 

 じっと頭を下げて身体を震わせている駿に、困ったのは慎吾だ。

 人との関係において言葉にせずとも伝わる事は多くある。

 それが真剣さ、誠実さが伴うとなれば猶更だ。

 

「もう一度だけ……チャンスをください」

 

 絞りだすように震えた声を絞り出す駿に、慎吾はゆっくりと息を吐き出して、窓の外を見やった。

 自室の応接室から中庭が見えるが、心を落ち着かせる為にと妻の反対を押し切って鹿威しと池を設置した過去の自分を褒めてやりたかった。

 池の中に鯉でも居れば、もう少し格好もつくだろうか。

 場違いな事を考えながら、慎吾は頭を上げる様子を見せない駿へ口を開いた。

 

「林田さん、いや、駿ジョッキー。 私はね」

 

 慎吾はそこで一つ、咳払いして考えを纏めてからややあって再び口を開いた。

 

「私は故郷の北海道に居た学生の頃、友人の牧場によく遊びにいっていた。 そこで初めて馬という生き物と関わり合いをもち、好きになって、競馬に興味が湧いたんだ。

 幸運にも恵まれて、会社が順調に成長し、そして念願の馬主となった時は友人の牧場の馬で日本ダービーを、なんて夢物語も語り合ったものだよ」

「……」

「ところが、現実は甘く無い。 人に拠っちゃあ5頭、10頭と重賞馬を手に入れているのに、俺はよっぽど相馬眼が働かないのか、何百頭と買ってもまったくダメだったのさ!」

 

 遠い昔に約束した友人とのダービー馬を諦めているわけではない。

 現実的に難しいだけで、まだまだ漫然とした夢は持っている。

 もしかしたら、とんでもない名馬に会えるかもしれないと未だに毎年欠かさずに篠田牧場に足を運んでいるのも、約束を守っているからだ。

 まぁ、もしかしたら古い友人の篠田 徹は、そんな約束も忘れてしまっているかもしれないが。

 それとは別に、当然ながら重賞馬、できればGⅠ馬のオーナーになりたいという欲望はずっとずっと心の奥底に眠っていた。

 

「だから、ダイオライト記念を勝ってくれたワイルドケープリ。 そのワイルドケープリに関わってくれた全ての関係者に私は感謝している」

「……」

「はぁ……一度、調べたんだ。 ワイルドケープリがレースで勝った時の騎手を。

 偶然だと思うが、ワイルドケープリが勝った競馬の鞍上は、駿ジョッキーが乗った時だけだ。 

 だから、かしわ記念で落馬した直後は興奮もあったけど、ともかく、乗り代わりをするかどうかはじっくり検討したつもりなんだよ」

 

 慎吾は決して激情に任せて、駿を降ろして別の騎手に依頼を出したわけではない。

 どちらかと言えば、今回乗り代わりをお願いしたのは、林田駿の体調を気遣っての事であるのも本当だ。

 帝王賞までは残り3週間弱。 

 退院できたとはいえ帝王賞当日までに完調できるかどうかは微妙と言える。

 まして落馬時には頭を打ってるというのだから、問題ないと医者からお墨付きを貰える迄は騎乗は難しいだろう。

 当日になって慌ててワイルドケープリを知らない騎手にテン乗りを頼むリスクは避けたい。

 慎吾だってワイルドケープリにぞっこんだ。

 まして帝王賞は先のかしわ記念の好走を見てしまうと、もしかしたらと期待できてしまうから余計にだ。

 一つ一つ、丁寧に乗り代わりに至る経緯を聞いて、駿はようやく顔を上げた。

 慎吾はそんな駿の顔を見て、配慮する様に苦笑いする。

 

「今回だけだ……次は君を乗せるさ。 ちゃんと約束する」

 

 駿は瞼を腫らし、鼻を啜って俯いた。

 たっぷりと時間をかけて、そしてようやく震えた唇を開き、声を出した。

 

「………はい、ありがとうございます……っ!」

「次は失敗しないでくれよ? 俺だってワイルドケープリに期待しているんだ」

 

 そう言って応接室を出る。

 庭をしばらく眺めて、やっぱり鯉を何匹か買ってこようか、などと考えてから、慎吾はこれまた大きな息を吐いて

 

「もっとレースに勝ちたいなら、非情になるべきなのか? だとしたら、俺ぁ馬主として大成できねぇんだろうなぁ……」

 

 自嘲に近い言葉を吐き出して、中庭に向かおうとすると一本の電話が掛かってきた。

 相手は、林田巌―――調教師だった。

 

 

 

 

「どうどうどうどう、ほらほら、落ち着けって!」

「ったく、なんで何時もは大人しいのに、最近こんなに機嫌が悪いんだ!」

 

 ニンゲン達が俺を落ち着かせようと必死に宥めている。

 チョーキョージョシュとキュームインには悪いとは思うが、これには理由があるのだ。

 次のレースに向けて調教が再会されて、俺とちびはレースに向けて身体を作っていた。

 まぁどちらかというと身体を作っているのはちびだけなんだが、俺も実際に馬場に出た時にしか出来ない事が今は山ほどある。

 ついでにちびにも色々教えながら、復習も兼ねているから無駄を排除して効率性を高める必要があるのだ。

 時間は有限。

 少なくとも次のレースまで、どの位の間隔で望む事になるかはニンゲンの意思によって決定されてウマに決定権はない。

 万全な体調を整えなければ4番や14番に勝つことは難しいだろう。

 仮病を使えば時間を稼ぐことが出来るのは実証済みだが、よほど調子が良くない限りは走る事を叩き台にした方が俺には性に合っている。

 記憶に刻み込んで次に活用できるから。

 というわけで、俺はシュンが生きている事をニンゲン達の会話から知っていたので、待っていたのだが一向にシュンは現れない。

 シュンを乗せて調教で試したい項目もすでに177種、細かい所まで含めると216種に及んでいるし、日々この工数は増えてくのでとっとと来て消化して欲しいのだが、アイツは肝心な時に全く来ない。

 いや、違う。

 それでイラついてキュームイン達を困らせている訳ではない。

 ある程度愚痴っていて原因を知っているちびが白けた目を向けてくるが、誤解である。

 いや、それも違うか、シュンが来ないのも苛立たしい原因の一部であるのは変わりないからな。

 それよりも、俺が悪いと思いながら暴れているのは俺の上に乗る奴が変わった事だ。

 このニンゲンはこの前、2番に乗ってぐるぐるを走っていたマキノとか言う奴だ。

 少し前なら誰が乗ろうが構わなかったが、俺はブッチャーの言っていた答えを見つけた。

 かなり歳月が掛かったが俺はようやく、ぐるぐるを走る意味を知ろうとしている。

 命を揺らし、ぐるぐるを走る。

 まだ一度しか体感していないから、それがどういう意味を持つのか、まだ理解が及ばない。

 だから、俺はもう一度あの感覚に身を沈めて、ぐるぐるを走る意味を知りたいのだ。

 必要なのは勝利か、それとも他の何かなのか。

 何にせよ、その為に不慣れなアンジョウに走る邪魔をされるのは時間の無駄だ。

 さっきも言ったが、時間は有限だからな、効率を落としたくはない。

 俺の上に乗るのは何も考えなくても俺の走りを邪魔しない、シュンが一番効率が良い。

 だから

 

「ブヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒューーーーー」

「うわあ!」

 

 マキノを身体全体で拒否する。

 絶対お前は乗せねぇぞ、他のキシュの感覚でシュンにアジャストしてる今の走りを邪魔されるのは御免だぜ。

 ジョッキーによって体重バランスの違いやら仕掛ける場所やら走法やら何やら、色々調整する方の身になってみろ、めんどくせぇんだよ。

 おらおらおら、落ちろオラ! クソがしがみついてんじゃねぇ!

 

「あああああああああああああああああ」

 

 ふん、落ちたな。

 怪我しねぇように振り落とすのも慣れてきたぜ、コラ、キュームイン邪魔すんな!

 

「ブヒョヒョヒョヒョヒヒヒヒーーーーー」

「こ、こら、ワイルドケープリ! 落ち着け! りんごあるぞ!」

 

 お?

 ……ふん、タコが、りんご……りんごなんて効かねぇんだよ、後だ後。

 おら、おいちび、お前もやるんだよ、コイツは2番に乗ってたから、まぁある意味でぐるぐるに置いては敵だからな。

 ハヤシダキューシャの敵だ。 つまりお前の敵だ。 ほらいけオラオラ。

 マキノに向かって俺は顔を向けて全力で肺から声を吐き出した。

 ちびも『敵』という言葉を理解したのか、遂に俺の真似をしてマキノへ向かって威嚇する。

 いいぞ、もっとやれ!

 

「ブヒュンブヒャンブヒュヒュン!!!!」

「ブヒャヒャヒャッヒヒヒヒヒーーーー!!!」

 

 俺が吠え、ちびが嘶く

 

「ああっ、ラストファインまで興奮しちまった!」

「頼むから、俺らがテキに怒られるから勘弁してくれぇ」

 

 ちびが威嚇し、俺が脅す。

 

「ブヒョヒョヒョヒョヒヒヒヒーーーーー!!!!」

「ブヒャヒャヒャッヒヒヒヒヒーーーー!!!!」

「こりゃあ、ダメだ、お手上げだ……」

「今日も調教まともにつけられないですよ、どうするんですか」

「どうするってお前、人を乗せてくれないんだから出来ねぇよ」

「牧野騎手、申し訳ない。 今日も無駄足をさせてしまって……」

「いや、アハハ……嫌われちゃったなぁ、これは」

「しょうがねぇ、テキに泣きつくしかねぇな……」

 

 よし、適度にニンゲンが離れて行った。 ちび行くぞ。

 なに? どうするんだって、お前ニンゲンを乗せないで出来る練習するに決まってんだろ。

 お前にはまだ無限に教えることがあるんだよ。 ほら行くぞ、こっち来い。

 まず俺の真似から始めるんだよ、嫌だじゃねぇ、レースに勝つんだろ? お前絶望的に遅いんだから、四の五の言わないでついて来いや。

 

「あっ!」

「うわ、放馬ーーーー! 放馬ーーーーーーーー!」

「ああぁぁーーーもおおぉぉぉーーー!」

 

 いやほんと、悪いとは思ってるんだ。

 でも、シュンが早く戻ってこないのが一番悪いんだぞ、早く帰っていや。 ったく。

 俺とちびは思う存分、チョウキョウババで自由に走り回って、色々と試した後にニンゲン達に捕まった。

 ニンゲン達にはただの暴走に見えただろうが、中々実のある時間だったのは確かだ。

 ちび、意地張って俺の教えを無駄にすんじゃねぇぞ。 ちゃんと真似てりゃ少しは速くなれるから。

 ああ、勿論自分でも考えろよ、ニンゲン乗せた時の感覚は自分で調整しねぇとならねぇからな。

 場合によっちゃ自分の走り方をニンゲンに教える必要もあるからな、色々面倒だが速くなるために一番必要な事だから我慢しやがれ。

 やれやれ……

 

 俺は白けてきた空を見上げタイヨウへと首を伸ばす。

 その横でちびが同じように空を見上げる。

 

―――別に、タイヨウ見上げるのは真似しなくていいんだぜ

 

 なんかちびが怒った。 なんだこいつ……

 お前な、そうやってすぐ怒るのって良くねぇぞ

 キショーナンって奴だ、ぐるぐるで人気になれねぇぞ

 

 せっかく優しく諭してやったのに、ますます怒ったちびに突っかけられ、俺もイラついたので喧嘩になった。

 結果ちびが泣いて、ニンゲンが怒った。

 ったく、リンゴが貰えなくなったじゃねぇか……俺のリンゴ……

 

 馬房に戻された途端、ワイルドケープリとラストファインは揃って急に元気がなくなった。

 これに困惑したのは林田厩舎の面々だった。

 

「馬って、良く分かんないですね」

「……そうだな」

 

 その後、柊オーナーと巌調教師の話し合いによって、ワイルドケープリの様子から乗り代わりの話は立ち消えた。

 帝王賞まで2週間に迫った時に駿に騎乗許可が降りて、ようやく人を乗せての調教が再開されたのである。

 

 

 

 



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七話 昔日の駿影2

 

 

 

            U 18

 

 

 帝王賞。 ダート戦線では上半期の最強決定戦とも揶揄される、夏の大一番である。

 かつてはjpn1であった格付けも、今やGⅠと認められ、中央・地方問わずダート界隈を賑わしてきた一流馬が集う大レース。

 暮れの東京大賞典と対を為すように帝王賞は大井競馬でも最も力が入っているレースでもある。 

 

 駿は前日の朝から柊オーナーと父の巌に直前まで見送られてから調整ルームへと入った。

 あまり馴染みのない大井の調整ルームについてから、駿はじっと椅子に座り込んで手元に視線を落として目を瞑る。

 ワイルドケープリに調教をつける以外の時間は、この帝王賞に向けて予習をしてきた。

 それこそ、人生に覚えがないくらいに騎手も馬も、そしてこの大井競馬場の事も頭に詰め込んでいる。

 膝の上で丸めていた拳を開き、目を開けてじっと見つめる。

 もう一度握り込むと、じんわりと手汗を掻いているのが指先を通じて感じた。

 今回もダークネスブライト、ネビュラスターは出走表に名を連ねている。

 かしわ記念の勝ち馬であるディスズザラポーラを始めとして、中央からの参戦も多く近年でもレベルが高いレースになりそうであった。

 ワイルドケープリは勝てるだろうか?

 その疑問には確信を持って、駿は応えられる。

 それは実際にかしわ記念を走って実感してことでもあった。

 勝てる。

 ダート戦線でも一際輝かしい実績を持ち、実際に見た上で、ネビュラスターは間違いなくトップクラスだ。

 あれだけ外に振られて、スパートのタイミングで壁を作られたにも関わらず、結果こそ降着になったとはハナ差でディスズザラポーラを差し切っているのだから折り紙付きだ。

 そのネビュラスターと互角、あるいは自分が落ちなければ出し抜いていたかもしれない事を考えると、ワイルドケープリもまたトップクラスだ。

 ダークネスブライトは言わずもがな、牧野が騎乗しているディスズザラポーラも侮れない。

 馬の力は互角。

 結果が変わるとすれば、どれだけ騎手が馬の力を引き出してあげられるか。

 また、引き出せる状況にしてやれるかが境目だろう。

 駿はそっと左肘に手を添えた。

 まだ多少の違和感が残るが、殆ど完調に近い。

 自分次第で結果は変わる。

 人の気配を感じて左肘を抑えながら顔を上げると、後輩である牧野晴春が何時の間にか隣に立っていた。

 

「牧野……」

「ども、早いですね、先輩」

「ああ……」

「集中したいかも知れないって思ってましたけど、かしわ記念の時はそれで後悔したんで。 邪魔かもしれませんけど、少し話しませんか?」

 

 地方に戦場を移してからは牧野との交流も殆どなかった。

 かしわ記念で久しぶりに再会したが、その時は駿に周囲を気にする余裕は無かったので、結局話すこともなくレースを迎えていた。

 牧野にとって林田駿というジョッキーは実績はともかくとして、自身の騎乗スタイルの理念の礎になった人であった。

 恩人の一人であり、今でも中央で乗鞍に恵まれているのは彼のおかげでもあると本気で信じている。

 多少疎遠になってしまっていても、機会が訪れればこうして他愛のない話をしたかったのだ。

 久しぶりの再会は駿が病院に居た頃にもあったが、落ち着いて話をする時間はここに来てようやくと言った物だった。

 

「……先輩、怪我明けなんで無茶しないでくださいよ。 どっちかっていうと、俺は先輩の身体の方が心配ですから」

「なんだ、余裕じゃないか。 ネビュラスターにもダークネスブライトにも勝てる自信があるのか?」

「ええ、まぁ。 一応考えてはきてますよ」

「……そうか」

「ワイルドケープリのことも、ちゃんと考えてますしね」

 

 何気なく、本当に何でもない事の様に受け応えた牧野に、駿は一人喉を鳴らした。

 先輩後輩、一人の個人としての交友。 だが、それはそれとしてジョッキーとは基本的に他人は商売敵である。

 まして厳しい所で鎬を削り合っているならば、当然のことだ。

 

「ただ、そうっすね。 ネビュラスターには勝たせたくないかな」

「そりゃどういう」

「事故とは言え先輩落としてますからね。 個人的にも田辺さんの乗り方はあんま好きじゃないんで」

「落ちたのは俺の責任だ。 ナベさんは関係ないぜ」

「そうかもですけど、直近でも最近ラフな乗り方されて不利受けてますんで。 やっぱちょっと思うところはありますよ」

「……」

 

 愚痴のような話を聞きつつ、駿は立ち上がった。

 ディスズザラポーラの状況、対抗馬の作戦もそれなりに薄らと見えてきた、これ以上は雑念を呼び込みかねないだろうと判断したのである。

 一言、二言交わして部屋へと向かう途中、ふと駿は気付いた。

 偶然かも知れないが、牧野は駿に遠回しに情報を共有してくれたのではないか。

 穿ちすぎかもしれないが、自分にとって利の有る話だったのは間違いなかった。

 

「……牧野、俺は―――いや」

「? どうしたんです?」

「ワイルドケープリが勝つぜ、この帝王賞は」

 

 それだけ言って、駿は自身の調整ルームへと入っていく。

 牧野は苦笑し、頭を掻いて見送った。

 

「先輩、気合入ってんなぁ……俺だって負けるつもりで乗りはしませんよ」

 

 

 

GⅠ / 帝王賞

 

大井競馬場 ダ2000m 曇/重 全13頭 19:50 発走

 

 

1枠1番 ワイルドケープリ 7歳 牡 4人気

1枠2番 カウントフリック 4歳 牡 7人気

2枠3番 フェイスボス 6歳 牡 6人気

2枠4番 ウェディングコール 4歳 牝 11人気

3枠5番 ダークネスブライト 5歳 牡 1人気

4枠6番 ネビュラスター 4歳 牡 2人気

5枠7番 ホワイトシロイコ 8歳 牝 13人気

5枠8番 キラースティー 6歳 牡 9人気

7枠9番 シンディナイス 4歳 牡 8人気

7枠10番 ディスズザラポーラ 4歳 牡 3人気

8枠11番 アイルハインド 8歳 牡 5人気

8枠12番 クラシックラブ 5歳 牡 10人気

8枠13番 ネイヨンキングス 6歳 牡 12人気

 

出走取消 パラソルサン

 

 

 

 夜の帳が落ちて、ぐるぐるを回り終える。

 俺は一歩ずつゆっくりと馬道を歩き、周囲の喧噪を耳朶から弾き出した。

 輸送される直前まで出来ることはやってきたが、少しばかり時間が足りなかった。

 シュンと合流するのが少しばかり遅かったせいだ。 ただまぁ、現状ではベストに近い状態まで持ってこれただろう。

 カツリ、と音を立てた蹄を止めて、俺は少しだけ立ち止まった。

 この前、一緒に走った6番と10番はともかくとして。

 首をぐるりと傾けると、漆黒の馬体を揺らして一頭の馬が顔を出す。

 馬装具を揺らして悠然と歩き、立ち止まった俺を一瞥すらせず通り過ぎていく。

 

―――こいつ、やべぇな

 

 前の出走はニンゲン達に取り消しされた、俺と殆ど体格が変わらないデカくて黒いアイツだ。 

 あの時も身体が震えるような見の覚えのない危機感を覚えたものだが、こうして走る段になってみると実感として感情に迸る。

 ニンゲン達もコイツの異質さには気付いているのだろう。

 一番人気はこの黒い奴だった。

 上に乗っているシュンが首筋に手を触れ、すれ違った黒いウマを追って俺は再び歩き出す。

 背後から6番の蹄の音が聞こえてくる。

 コイツも前の黒い奴を随分と気にしているが、俺にも視線を飛ばしてきている。

 誰が相手なのか、しっかり分かっているようで前ほど周囲に威嚇も飛ばしていなかった。

 まぁそうだろう。 間違いなくあの黒いウマの動向が今回のぐるぐるでは注目されるはずだ。

 カエシウマという、観客のニンゲン達が喧しくなる物が始まる。

 レース出走前に状態を見るのか、それともレースそのものにニンゲン達も命を揺らす準備をしているのか。

 俺達ウマに取っては一緒にぐるぐるを走る連中の事、そしてケイバをするに当たっての最終的な確認を行う場所とも言える。

 実際、俺以外のウマが何を考えているかなんて分かっちゃいないが―――

 

 白い誘導馬が脇をゆったりと歩き、俺は星が瞬き始めた夜空へと視線を向けた。

 次々と走り出すウマとジョッキー達を見送って、俺は星空を眺めながら周囲を観察し、最後の一頭が走り出してから地面を見つめた。

 この大地を揺らして、また命を揺らす世界へと行く。

 あの景色を見るだけじゃない。 理解する為に、俺は走る。

 結果を出せば理解ができるのか? それとも違うのか?

 一つ疑問を抱いて、俺は全身が泡立つような感覚に襲われた。

 

―――凄く良いぜ、解らないってのは

 

 鼻から一つ息を吐き出して、シュンの送り出しと共に後肢に力を入れた。

 その力強い踏み足に、カエシウマを見守ってるニンゲン達から感嘆にも似たどよめきが走る。

 ニンゲンが多ければ多いほど、命が多ければ多いほど、揺らし甲斐があるってもんだ。

 柄に無く、掛かりそうだぜ。

 既に前にはカエシウマを行っているウマ達がおり、粉塵と共にゲートの近くへと向かって行く。

 走りにくそうにしているのは2番と11番だ。 かなりパワーが必要なババだからな、巻き込まれない様に注意が必要だろう。

 視線を向こう正面に向けて、心を落ち着けるように走る。

 顔の傷が疼いて、口元を忙しなく動かした。

 ぐるぐるを走るのに高揚するのは何時ぶりだろうか。

 気付けば視界に前のウマの影が走る。

 さっきまで居なかった筈の、黒いウマが俺の少し先を走っていた。

 鞍も載せていないし、騎手も居ない。

 こいつは? と思った時には黒い馬はどこにも居なかった。

 待避所について探してみたが、やはりさっきのウマは何処にも居なかった。

 強いて似ている奴をあげるとすれば、真っ黒な5番のアイツだが……

 チリチリと傷痕が示す違和感に、俺は待避所の端によって脚を掻き上げ、不快感を示した。

 不可思議な幻覚に俺はイラついていて、少しばかり気付くのが遅かった。

 

 

「さぁ、枠入りですが、順調に入っていっているようです。

 さて、今回の帝王賞はなんといっても⑤ダークネスブライトと……ゼッケン⑥ネビュラスターの初対決に注目が集まっています。

 前回のかしわ記念では残念ながらダークネスブライトにトラブルがあり、直接対決は叶いませんでしたね」

「ええ、しかも結果はネビュラスターが直線躓いて、ワイルドケープリ号に接触してしまい、降着という形になりました。

 ワイルドケープリにとってもネビュラスターの陣営としても、あんな形でかしわ記念を終えてしまったことは納得がいかなかったと思いますね」

「とはいえ、ディスズザラポーラも力を証明しました。 前走のかしわ記念で落馬失格となったものの、好走をしたワイルドケープリも今日は人気になっています。

 そのワイルドケープリが今、ゲートに入っていきました。

 ⑤ダークネスブライトも問題なく、少し落ち着かない様子だった⑥ネビュラスターもしっかりとゲートに収まりました。

 馬場コンディションはあいにくの重馬場です。 今日は曇りがちながら晴れ間も見えていたのですが、砂は乾ききらなかったようです。

 最後にホワイトシロイコが入りまして……態勢整いました。

 第××回、帝王賞 GⅠ。 枠入り完了しまして――――……スタートしました! あっと、出遅れ! ワイルドケープリ出遅れました!」

 

 ゲートが開いて走りだそうとした瞬間、手綱を引かれて俺は首を引っ張られて出足を邪魔された。

 なんだ!? と思った瞬間には理解する。 

 落ち着いた様子だったシュンだったが、どうやら緊張で大人しかっただけらしい。

 あぁ、と小さく声を出したと思ったら、慌てて前目につけるよう指示が飛んでくる。

 しかし2番が内に刺さっておりこのまま前に行こうとするならゲートの最内枠を引いた俺は外を回らざるを得なくなる。

 走る分には問題ないが、5番も6番も10番も前目に行っている。

 アイツらを相手に悠長に外を回ってもたつけば勝負にならねぇ予感しかしない。

 アンジョウを無視してウマのケツを眺める場所へとポジションを移す。

 2番の後ろは嫌だが、仕方ない。

 シュンの奴もいい加減に暴れんな。 

 やる気がねぇ訳じゃないから少しは落ち着きやがれ。

 

「遅れたのはワイルドケープリですが、前に行ったのはやはり⑩ディスズザラポーラか。

 今日も快調に逃げの姿勢。 二番手位置につけているのは④ウェディングコール、⑬のネイヨンキングスが収まりそうか。

 その後ろに⑤ダークネスブライト、一番人気の黒い馬体が此処に居ます。 ピタッとダークネスブライト、を見るように⑥ネビュラスターが此処です。

 さぁ、最初のコーナーまで態勢これで決まるでしょうか。

 ⑨シンディナイス⑪アイルハインド③フェイスボス、この辺り固まっています。

 1馬身後ろに⑧キラースティーがいまして⑫クラシックラブがその後ろ追走。 さらに1馬身離れて⑦ホワイトシロイコ、②カウントフリック。

 出遅れてしまった①ワイルドケープリが最後方です。

 各馬、ぞくぞくと第二コーナーに差し掛かります。

 さぁ先頭に振り返って、おっと、これはなんと⑤ダークネスブライト。 この位置から一気に上がっていく。 作戦通りなのか、一気に前目に詰め寄って、その後ろをネビュラスターが追っているぞ。

 ネビュラスターは完全にダークネスブライトをマークか。 ディスズザラポーラを追うように、いや、もう抜かした。

 突っかけられた⑩ディスズザラポーラ、掛かったか、手綱を絞っているぞ鞍上の牧野、大丈夫でしょうか。

 ⑤ダークネスブライト、今日は前だ。 かなり早いペースになりそうだ。 展開は縦長になっている!

 先頭は⑤ダークネスブライト、後ろにぴったり追走しているのが⑥ネビュラスターと⑩ディスズザラポーラ。 有力馬と目されて人気している馬が全部前に行きました。

 かなり激しく争っています。 4番手以降ダークネスブライトやネビュラスターの動きにつられたか、⑨シンディナイスがここまで上がってきている。

 ③フェイスボスがその後ろ。 ウェディングコールは展開の速さに反応が遅れたかやや後退、ネイヨンキングスが③フェイスボスの前につけようと追っつけている。

 ⑫クラシックラブが1馬身遅れて、⑪アイルハインド。 その後ろ、いや、前が、先頭がまた動く。 激しく先頭が入れ替わっています、⑩ディスズザラポーラがまた先頭に立った。

 向こう正面半分を過ぎてディスズザラポーラ、前は絶対に譲らない姿勢か! これはかなりペースが早い。

 二番手はここで仕掛けたのか、それともダークネスブライトが下がったのか。 ネビュラスターが二番手です。 ⑨シンディナイスが前目の争いに加わる様にダークネスブライトの真後ろまで来た!

 三角入って先頭はディスズザラポーラですが、殆ど差がありません! ネビュラスターはどうする、ダークネスブライトはどうするんだ!」

 

 ――――林田駿はゲートが開いた瞬間からこの向こう正面半分に来るまでに、何が起きていたのか全く事態を把握できていなかった。

 事前に考えていた作戦は消し飛び、やるべきことが何かすら考えられず、ただただ前へ飛び出していく有力馬の姿に思考が白く染まった。

 気付いた時には中盤に差し掛かっており、終盤に向けて前の馬達は激しく仕掛けている。

 その時になってようやく、駿は自分の馬がどうなっているのか気にすることができた。

 一完歩ごとに揺れる長い鬣、その背には触れている太腿を通して震えており、指先で感じる手綱からはハミを噛む意思が都度跳ね返ってきている。

 咄嗟に駿は第3コーナーを回り始めた有力馬たちに視線を飛ばした。

 縦長の展開、距離おおよそ15馬身。 ワイルドケープリは最内を走って膨れ始めた他馬に邪魔されないポジション。 

 思考は飛んでも見ていたから知っている、前目との距離を離され過ぎないよう、狭い内ラチ沿いで馬群を捌いて此処まで辿り着いた事。 

 

      くそがっ!! 何て馬鹿野郎だ!!

 

 作戦がなんだ、事前に予習してきたから何だ、乗っている馬は何だ。

 レースが始まってゲートが開いてからわずか1分。

 しかし馬にとっては乗り役の騎手が意味不明な事をし続ける1分間はどれほどの事か。

 この林田駿にとっては生涯唯一ともいえるほど強く賢い馬が、辛抱強く待ってくれて居る。

 そうだ、ワイルドケープリだ! 

 ワイルドケープリがここまで何も出来ない自分を連れてきてくれていた!

 勝手に自爆しているのに、勝ち負けができる場所にまだ居させてくれているなんて―――

 

「くそぉぉぉおおお!!!!!」

 

 駿は吠えた。

 騎乗している最中、GⅠに挑んでいる最中、そんなことで時間を浪費している暇があるなら一刻も早くゴールに向かって勝つ道筋を立てなければならないのに。

 人生を賭けた感情を全て吐き出すように、駿は半ばヤケッパチで肺からすべての空気を破裂させ、音を響かせた。

 不明な指示を寄越さなくなって、叫びだしたヤネに、ワイルドケープリは一つグッと身を沈みこませて応えた。

 

―――馬鹿がよ、おい。 奴らのケツも見飽きたぜ。 分かってるんだろうな

 

 声なくとも受け取ったと感じる。

 駿は両手に掴んでる手綱から一瞬だけ開いて、握り直した。

 自身のチンケな考えや、小賢しい物なんて最早必要なんてない。

 重賞の格付け?

 ダークネスブライト。

 ネビュラスター。

 ディスズザラポーラ?

 上に乗っかってる騎手も含めて。

 そいつらがなんだ、どうだなんて些末な事だった。

 ワイルドケープリの事を考えなくてどうして競馬が出来ると思っていたのか、清々しいほどに愚かな自分に腹が立つよりも最早笑えてくる。

 だが、気付けた。

 この土壇場で駿がすべきことを。

 ワイルドケープリに切っ掛けを与えるだけでいい。

 駿が跨るこの馬は、誰よりもレースそのものから興味を失って、誰よりも爆発的な才能に恵まれていた。

 メイクデビューから乗ってきた駿が誰よりもそれを知っていたハズだった。

 その馬がレースに向けて本気になってくれている。

 そしてその脚でここまで来てるなら、もう自分は居ても居なくても変わらない。

 

 僅かな時間、目を瞑り、ワイルドケープリの走りに併せる。

 一歩、二歩。

 身体の揺らぎを繋ぎ止め、上下左右に揺れる重心を一つに重ねて。

 

 左手で鞭を取る。

 

 目を開く。

 

「許してくれなんて言わねぇ! ぶち抜いてくれぇぇっ!」

 

 

 

  ――――最後方の馬群の中で燻っていた火種が爆発した。

 

 

 

「4コーナー回っていく! 上がってきた④シンディナイスが僅かに先頭だがここまでだ! 激しい先頭争いから脱落しそうだ!

 ⑩ディスズザラポーラ、ダークネスブライト、⑥ネビュラスター三頭が固まって大井2000最終コーナー!

 ブライトが出たか! ブライト出たぞ! やはりダークネスブライトがグングン前に出て差を広げていく! ネビュラスターその背を必死に追って二番手だ!

 ディスズザラポーラは一杯か、シンディナイスと共に後退!

 直線入った帝王賞! 夏の大一番を制すのは⑤ダークネスブライト、⑥ネビュラスター! 更に後方、最内の最後方から①ワイルドケープリがすごい脚でぐんぐん前に来ている、凄まじい末脚だ!

 栄光を掴むのはこの三頭に絞られたか!

 ダークネスブライト先頭! 1馬身空けてネビュラスター必死に追う! その後ろ必死に追い上げるワイルドケープリ4馬身差、残りは200、ここから届くか!」

 

 

 感覚が引き延ばされる。 何処までも流れてゆく景色が流れる線となって平行を描いていく。

 視界に映る全ての色が混ざって、感情すらも揺れる大地に渦巻かれ溶けて消えていく。

 このぐるぐる全てを巻き込んで揺れる。

 それは表現のしようのない世界を構築していて、理解することを全て拒んでいるかのようであった。

 ここは混ざり合った場所だ。

 ブッチャーがぐるぐるで見つけた世界であり、俺を導いてきたこの場所が、俺達ウマの到達する所なのは最早疑いようがない。

 

 6番が歯を食いしばって栗色の馬体を揺らして外を走っている。

 目標は俺と同じ、この色の混ざった世界で黒を支配している5番だ。

 命を揺らす場所で何処までも力強く意思を主張している、アイツだ。

 ここまで来るのに偉く苦労したがよ、捉えたぜ。

 命を揺らすのは5番でも6番でもねぇ。

 この光景の先を見て理解するのは、俺だ。

 自らの鼓動だけが音と鳴って身体を震わせる世界で、トップギアに入れる。

 前のぐるぐるでは足らなかった速度を、走法そのものを変化させることによって上乗せしてきた。

 新開発した走法だけで足りないのは6番のおかげで分かっている。

 この先は正真正銘、俺にとっての全力だ。

 新走法のストライドに加え、ピッチだけを加速させる。

 ゴール板が視界に入り。

 誰がどう見ても間違いなく、俺は一段階先の速度へと突入した。

 

―――! なんっで!

 

 が。

 目の前に迫った漆黒の馬体が伸びた。

 錯覚ではなく純然たる事実として、踏み込んで加速した瞬間に開いた馬身。

 どれだけ脚を振り上げようと一向に変わらない。

 まるで時間が止まっているかのようで、何一つ景色が動かない―――というよりも変わらないまま前方の景色だけが流れた。

 目の前の黒から見えない何かに押し出されるかのように身体が弾き飛ばされる。

 届かない―――と直感的に後方へと押し流されて、思わず俺は脚を地に着けるのを躊躇ったが、瞬間首筋をぐうっと押されて頭が前を向く。

 

―――何を考えていた!?

 

 シュンに押し出されて沈んだ頭を真っすぐに向けて、俺は黒を見た。

 見据えた先に粉塵の陰から黒い流線が砂塵に混じる。

 俺は目を逸らさぬ様に睨みつける。

 漆黒の中からにじみ出る追憶の馬体の影にウマがいた。

 何時から居たんだ。

 何で居るんだ。

 走っているのは。

 俺の前を走っているのは。

 あのカエシウマの時に過った。

 在りし日に焼き付いた―――憧憬の影。

 

―――なんだテメェ……

 

 掻きだす前脚、蹴り上げる後脚。

 俺が前進した分だけ影は伸びた。

 どこまでも、いつまでも、俺では。

 ワイルドケープリでは追い越せないとでも示すかのように。

 

―――なんでテメェがブッチャーの影を背負ってんだ!

 

 理性の奥底に埋まっていた本能に火が点いた。

 

 

「ネビュラスター食い下がる! ワイルドケープリも凄まじい末脚で追ってきたが!

 ここに来て更にブライトが加速! 王者として負けられないか! 二の足で突き出た突き出た!

 ネビュラスター、三冠馬の意地でじりじり迫る! ワイルドケープリも最後に一伸び襲い掛かってくるがここまでだ! 

 ダークネスブライト、今その実力を示し、悠々とゴールイン!

 帝王賞を勝ったのはダークネスブライト! 半馬身か1馬身差か、最後に詰め寄ったネビュラスターとワイルドケープリはどちらが2着か際どい勝負でした!

 ダート最強馬の称号に偽りなし! 第××回帝王賞を制したのはダークネスブライトです!」

 

 

 

「いけいけ!」

「差せぇ!」

 

「ああああぁぁぁっ」

 

 篠田牧場のとある一室で大勢の悲鳴にも似た大声が響き渡った。

 集まっているのは篠田牧場に務めている者、その家族、そして関係の深い者たちでおおよそ15~16人の嘆息であった。

 映像に映っているのはダークネスブライトが先頭を駆け抜けてゴールを果たした帝王賞。

 牧場長である篠田徹も、声こそ漏らさなかったが大きな溜息を吐き出してしまった。

 かしわ記念でワイルドケープリがあわや一着か、という時は友人でありオーナーでもある慎吾に呼び出されて現地に居た。

 今回も同様に声を掛けられていたのだが、種付けのシーズンも佳境を迎えており、施設の補修の立ち合いも重なってどうしても行けなかったが、帝王賞の結果に様々な感情が吐き出された。

 

「ワイルドケープリ惜しかったぁ!」

「ダークネスブライトが勝ったかぁ!」

「くぅぅぅワイルドケープリ負けたぁああ!」

「サイモン頑張った!」

「ブライト強いよなぁ! ネビュラスターにも勝ったよ」

「見てるか! ブッチャーぁ!」

「ちっくしょー、ワイルドケープリせめて連に入っていてくれー!」

「馬鹿野郎、なんて不純な動機で応援してやがる!」

「あ、私は複勝で取ってるんで」

「ママ賢いじゃんー!」

「トミオさんは男の単勝一点勝負だぞ、みんな見習え」

「ははは、ワイルドケープリ惜しかったなぁ」

 

 篠田牧場へと勤め、未来の競走馬たちを育成している皆が皆、思い思いにレースの感想や買った馬券の話をし始めて、持ち寄った食事に箸をつける。

 或いはスマホを取り出して各々結果やSNSなどを通じて呟いたりなど、自由に振る舞い始めて盛り上がっていた。

 ぼんやりとその様子を見守ってしばらく、徹はゆっくりと立ち上がった。

 残念だが、仕方がない。

 生産者としてワイルドケープリに勝って欲しい思いは勿論あるが、普段頑張って牧場の運営を支えている従業員がこうして一堂に集まって盛り上がれたことの方が価値があるだろう。

 祝勝会となるのが最も良かったが、勝った馬が強かったのだ。 

 

 それに―――ダークネスブライトの勝利は本来もっと喜ばしいことのはずである。

 

 大部屋から外に出て懐から煙草を取り出す。

 心臓麻痺で早くに亡くなってしまった、篠田牧場の看板種牡馬になってくれただろう アイブッチャーマン 

 その代表産駒、それがダークネスブライトだ。

 今のところ、アイブッチャーマンの種で重賞馬となったのはダークネスブライトだけではあるが……だからこそ応援もしてしまう。

 ワイルドケープリのかしわ記念を観戦後、牧場に戻ってきたらアイブッチャーマンは種付けが終わった後、様子がおかしくなってそのまま逝ってしまった。

 篠田牧場の唯一の重賞馬だったアイブッチャーマンは、決して順風ではない篠田牧場の厳しい経営を支えてくれていた。

 セリでは売れず、主取りになって、篠田自身が思い切って競走馬に登録した経緯があるから、余計に感慨深い馬だった。

 慎吾がアイブッチャーマンを売ってくれればと愚痴っていたのが今でも鮮明に思い出せる。

 最初にいらないって言ったのは慎吾の方だったのだが。

 苦笑を一つ。 篠田は首を振った。

 だからこそ、ダークネスブライトに破れたワイルドケープリであっても讃える声の方が大きく、非難の声は篠田牧場では上がらない。

 ああ、しかし。

 稼ぎ頭のアイブッチャーマンがこんなにも早く逝ってしまうなんて。

 ダークネスブライトの台頭で、特にダート方面での種牡馬価値が上がってきた所だったのに。

 我慢しようと思っていたが、心が落ち着かなくなって火を点けたところに胸元に居れていた携帯電話が震えた。

 

 相手は先ほどまで帝王賞を走っていたワイルドケープリのオーナーであり、古くからの友人で会った慎吾だった。

 

 

 

 

 ワイルドケープリはゴール板を駆け抜けて、ネビュラスターとダークネスブライトの二頭を抜かして馬群の先頭に立った。

 しばらく脚を止めずに向こう正面に入ろうかと言うところで、ようやく速度を落としていく。

 それでも立ち止まる事をせず、ゆっくりとした足取りでぐるりと態勢を変えようとしていた。

 調教師である巌は、目深にかぶった帽子の鍔を手で支え、双眼鏡からワイルドケープリがゴール板を駆け抜けてから目を離さずにずっと追っていた。

 普段から自分の管理馬のことは勿論、注視して見ている巌であったが、普段とは違うところに目が届いたのは偶然ではなかったのだろう。

 本来、最初に見ることは無事に完走した自分の管理馬に異常が無いかどうかだ。

 例えば脚を庇うような歩き方や歩様はとにかくつぶさに見ているし、回ってきた後は発汗の具合や呼吸の変化を必ず近くで観察する。

 馬具にまつわる異常を含め、問題が何も無いかを必要以上に確認を行うのが40年間続けてきた調教師としての普段のルーチンだった。 

 

 しかし、今、晴れ舞台の帝王賞を走り切ってくれた馬が戻ってこようと、身体の向きを変えた時に巌の視界を埋めたのはワイルドケープリの震える顔であった。

 脚が無事か、歩様はどうだ、何か馬体に不審なところは? 激しいレースを終えて心身と、レースに使用する馬具に何か異常はないか?

 そんな普段からやらねばならない事よりも、真っ先にワイルドケープリの顔に興奮を覚え年甲斐もなく叫びだしたくなるくらいに全身に力がみなぎったのである。

 ワイルドケープリはどんな時でも涼しい顔をして戻ってくるのだ。

 それは重賞を勝利し顔に傷を負ったダイオライト記念の時であっても、先ごろのGⅠ、かしわ記念であっても……それ以前のどの様なレースでもだ。

 ラストファインが入厩してからしばらく、走ることに前向きになっているのは巌だけではなく、ワイルドケープリの関係者である全員がそのことを感じ取っていた。

 普通ならばやる気にさえ、走る気になってさえくれればワイルドケープリは何処でも勝てるほどの力を持っている。

 しかしだ、そんな才能に恵まれた馬であっても、重賞となると勝ち切るのに必要な物があともう一つ、必要になってくる。

 だが。

 巌は身体を震わせた。

 管理馬が戻ってくる。 

 掲示板に結果が表示され、僅かにネビュラスターにも届かずに3着という結果に終わった。

 直線200を過ぎ、これからと言う時にダークネスブライトに一瞬突き放された。

 レースの結果だけ見れば惜しかった、と言える。

 だが、遂に手に入れることが出来た。 と林田巌は無意識に拳を握り込んでいた。

 今までどれほど渇望しても、どれだけ願っていても手に入らなかった最後の材料がワイルドケープリに揃ったのだから。

 3着? ああ、3着だ。

 なんという恵まれた3着なのだろう。

 ここまで3着であって歓喜の感情しか湧かないのは記憶にない。

 むしろダークネスブライトとネビュラスターには怪物と確信しているワイルドケープリを上回ってくれて感謝したいくらいである。

 

 巌調教師の隣で立ち上がっていた柊慎吾オーナーは、今日は馬主席ではなく巌の隣で帝王賞を観戦していた。

 椅子に腰を落としたかと思うと、そのまま張りつめていた気を吐き出しながら、ずるずると腰を滑らせた。

 

「先生、分かっているつもりだったんです。 でも、勝てるかもしれないって思ってもいたんです。

 あの一瞬、あの一瞬で格が違うということを分からされました。 ダークネスブライトって馬はなんて強い馬なんだ……」

 

 観念したかのように嘆息し、巌にとって余りに見当違いの事を話し出すオーナーに、思わず笑ってしまう。

 自分の馬が負けたというのに笑い飛ばされて、慎吾は頬を膨らませて巌調教師を睨んだ。

 

「先生、笑うことはないでしょう」

「ははは、いや、失礼しました。 オーナー、確かにダークネスブライトは素晴らしい馬です」

「本当に……ネビュラスターやワイルドケープリが追いついたと思ったら、そこからビュンっと伸びるなんて」

「誤解してはいけませんよ、柊オーナー。 確かにワイルドケープリは今回は届きませんでした。 力の差と言ってしまえばそれまでかも知れません」

「やはり、先生もそう思いますか」

 

 帽子を改めて深くかぶり直し、双眼鏡でもう一度ワイルドケープリの顔を見ると、機嫌よく林田巌は言い切った。

 

「いえ、まったく。 しかし謝らなければなりませんね。 長らくお待たせして申し訳ございませんでした」

「? いや、スミマセン先生。 言っていることが良く分からないです」

「ワイルドケープリは今、完成したんです。 オーナー、今ここで聞かせて貰って宜しいでしょうか?」

「……はい? えーっと……?」

「何のタイトルが欲しいか、教えて頂きたい」

 

 なんだそれは。

 呆気に取られ、言葉を失う柊オーナーを尻目に、巌はただただ和らいだ顔で笑みを浮かべていた。

 ワイルドケープリはレースを走る気力が戻った。

 しかしレースそのものを走る事に前を向いただけで、巌から言わせて貰えば 勝利への執念 これがまったく不足していた。

 だが―――だが今。

 その目に宿る鬼気と怒りに。

 ゆっくりと歩いて戻ってくるワイルドケープリの馬体から立ち上った煙は、もはや勝気の渇望の塊となって。

 暫し逡巡したが、ワイルドケープリのその白熱した意思を削がぬまま、次に繋げる為の手を今すぐに打つべきだろう。

 

 巌は最後に勝ち馬であり、ウィナーズサークルへと向かうダークネスブライトに目を向ける。

 勝者として口取りを行っているその姿は、堂々としている。

 真っ黒な馬体が白の光に照らされて、ワイルドケープリと変わらないくらい雄大な体を一際大きく見せていた。

 そんな中、巌が見たのは息の入りだ。

 そう、激しいレースだった。

 ダークネスブライトの顔と呼吸を双眼鏡を片手に満足するまで見てから、ようやく双眼鏡を離して柊オーナーへと顔を向けた。

 

「オーナー、篠田さんに連絡は取れますか?」

「え、徹にですか? それはもちろん、取れますが」

「ワイルドケープリを一度、放牧に出そうと思います」

 

 人生、馬を見る事だけに捧げた男の、最後の大博打の時が来た。

 

 

 

 

GⅠ / 帝王賞

 

大井競馬場 ダ2000m 曇/重 全13頭 19:50 

 

1着 4枠5番   ダークネスブライト 牡5  川島 修二 人気1  厩舎(栗東・羽柴 有信)

2着 5枠6番   ネビュラスター   牡4  田辺 勝治 人気2  厩舎(東京・雉子島健)   2/1馬身

3着 1枠1番   ワイルドケープリ  牡7  林田 駿  人気4  厩舎(園田・林田巌)    クビ

4着 7枠10番   ディスズザラポーラ 牡4  牧野 晴春 人気3  厩舎(栗東・鯨井恭二)   6馬身

5着 7枠11番   ホワイトシロイコ  牝4  町田 尚哉 人気13  厩舎(東京・吉岡真治)   1馬身

 

 

 

 

 

 



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八話 台風の目1

 

 

 

      U 19

 

 

 帝王賞から数えて7日。

 会社でもよく使う事になる料亭へと足を運んだ柊慎吾は、腕時計へと視線を落とし時間を確認すると、そっと襖が開いて目的の人物と会合することとなった。

 一人はワイルドケープリの面倒を引き受けてくれている調教師、林田巌だ。

 もう一人はその息子であり、ワイルドケープリの鞍上である林田駿である。

 両名とも時間を割くのに問題ないということで、なるべく早く会席できる時間と場所を作るのに急いだのだ。

 

「この度は、この様な場所にお招き頂いてありがとうございます」

「オーナー、ありがとうございます」

「いえ、こちらから持ちかけた話です。 畏まった席でもないので、是非くつろいで下さい」

 

 今回の会合の目的は、ワイルドケープリの今後についての話し合い。 それが一つ。

 そして柊慎吾がもっとも知りたいのは、ワイルドケープリに携わってきた者の心中であった。

 今日は何もかも、胸襟を開いて全てを話す気概で来ていた。

 とはいえ、駿ジョッキーにはこの前個人的に家へと招いた時に殆どその事は話している。

 重要なのは巌調教師が見せた絶対なる確信―――いや、妄信と言っても過言では無いほどワイルドケープリに自信を見せた事。

 もしかしたら、わざわざ馬主の自分が声を掛けて騎手と調教師の時間を割かせる事ではないのかもしれない。

 だが、どうしても気になる。

 馬主として20年以上、幸い自身が営む会社の経営も不況にあえぐ世の中ではマシな方であり、これからも続けていくことは出来るかもしれない。

 これだけの期間オーナーとしてやっていけている事を鑑みれば、馬を買うことに苦労することの柵もないだろう。

 だが果たして、重賞、それもGⅠ級の競馬で勝ち負けが競える馬を、今後手に入れることは出来るだろうか。

 出来ないとは言わない。 それでは夢も希望もないからだ。

 だが、出来るとも勿論言えない。 この15年間で嫌と言うほど現実を思い知らされているからだ。

 そもそも重賞どころかオープン馬の基準を満たせた馬が、今まで購入した中に何頭いたのだ? 

 地方でさえ重賞に挑戦できる機会がどれほと訪れた事がある? 

 片手の指で足るほどだ。

 そもそもダイオライト記念を制してくれたワイルドケープリが、所有馬としては初の重賞馬。

 だからこそ、ワイルドケープリに時間と金を割くのは苦痛じゃない。

 ああ、そうだ。

 柊慎吾は勝ちたい。

 ワイルドケープリが一番にゴール板に飛び込んで、GⅠの栄誉を勝ち取ることを望んている。

 出来ればもっともっと、格式が高く歴史に名を残すような爪跡を刻みたい。

 そして口取りを行い、写真をとって貰うのだ。

 それが叶うのであれば、家宝として3代に渡って玄関に飾らせるよう、家の者に厳命してもいいくらいだ。

 

 だから、こうした会合が勝ちに繋がるかも知れない可能性を僅かにでも上げられるのなら、毎日開いても良い。

 

 挨拶から始まって酒が回り始めた頃、慎吾は頃合いだと見てワイルドケープリの話題を振った。

 

「それで、巌さん。 帝王賞のレース後に言っていた事の真実。 今日は是非とも詳しくお聞かせ願いたく思います」

「……そうですね。 あの時は興奮していましたので、色々と言葉足らずだったと思います」

 

 巌はその胸中を明かした。

 帝王賞直後のワイルドケープリが、レースを走る事だけでなく 『レースに勝つ事』 に初めて意欲を見せたこと。

 最後、突き放してゴールしたダークネスブライト。

 一見余裕のある勝ちっぷりに見えたが、そのレース内容の激しさから息を入れるのに時間が掛かっていたことから楽に勝てた等とはダークネスブライト陣営は微塵も思っていない事だろう。

 ネビュラスター、ダークネスブライトと比べても、ワイルドケープリはレースを走っている。

 去年のローテーションでは園田の競馬で何度も連闘することもあった。

 ダイオライト記念を制してからは体調の維持を中心に調教メニューを組んでいたが、ワイルドケープリ自身は決して自分の調整を甘くしてこなかったこと。

 それはすなわち、自覚の無い疲労を必ず溜め込んでいると言う事だ。

 

「え、ワイルドケープリが自分で調整を?」

「おかしな事を言っていると思うかもしれませんが、あの馬はレースが近づくのを察するのが抜群に早いのです。

 その上で自分でコンディションを最高潮に持っていく事を、ごく自然に行っています。

 当然、レース疲れという物はあるものだと思いますが、それでも輸送の後でもケロっとしているのも自分で走る為の管理をしているからなんだと思うのです。

 私だって長年競馬に馬を送り出しています。 他の馬では中々、ワイルドケープリのようにはいきません」

「そういや、帝王賞走る前、俺が乗りに行くまで殆ど調教らしい調教がつけれなかったって言ってました」

「ええ、牧野ジョッキーに乗り代わりを頼んだ件、覚えていらっしゃいますよね」

「ああ、牧野君が嫌われてしまって乗る事すら出来ない、と。 しかし、それをワイルドケープリが自分でか……」

 

 続いて巌はワイルドケープリとラストファインの関係についても触れた。

 ラストファインは林田厩舎の最後の若駒だ。

 巌自身、自分がワイルドケープリに入れ込んでいることは認めているが、決してラストファインを疎かにしている訳ではない。

 むしろ、厩舎で預かる頭数が少なくなったことでワイルドケープリとの相乗効果で管理に集中できているくらいだ。

 ワイルドケープリが走ることに前向きになったのは、デビューを控えているあの小さな馬であることは林田厩舎に居る全員の共通認識である。

 馬を見ること。 年齢がそのまま馬を見た年数であると言える巌には気付きがあった。

 ワイルドケープリとラストファインは馬房内であろうと調教中であろうと、基本的に同じ行動をする。

 ワイルドケープリが特に変わったという様子ではない。

 どちらかというとラストファインの方がワイルドケープリを真似している。

 ワイルドケープリがラストファインの面倒を見ている事を、普段から巌は不思議に思っていたのだ。

 

「もしかしたら、ワイルドケープリがラストファインに教えを説いているのかも知れませんね」

「それは、なんというか」

「ははは、真実ならば調教師としては何もすることが無くなってしまいます」

「親父、そんなことあるのかよ」

「そりゃあ唯の妄想かも知れない。 俺にだって確信はない―――だが、ワイルドケープリにとってもラストファインが居る事に良い影響がある事は認めるだろう?」

「そりゃ……まぁ……」

 

 なんせワイルドケープリをやる気にさせたのはラストファイン号のおかげである。

 誰も口には出して言わないが、あの小さな若駒が厩舎に来てからの変化を見れば否を言う者は居ない。

 今回、ワイルドケープリを放牧させるに当たって林田厩舎のラストファインを帯同させるという話。

 柊慎吾はそんなことあるか? と思ってはいたが両名の話を改めて聞き入れば納得はできた。

 

「オーナー、篠田牧場からはラストファインの滞在の許可も頂いてもらい、本当にありがとうございます」

「いえ、勿論構いませんよ。 俺は次にワイルドケープリが勝てるのであれば、そりゃ際限なくとは言えませんが幾らだって払うつもりはありますし、伝手だって頼りますよ」

「……オーナー、俺からも少し良いでしょうか」

「ああ、この前電話口では少し話してもらったが、スタートの事かな?」

 

 自分の事を色々と考えすぎて、走る馬の事を忘れた。

 そのことに気付いたのが1000m走った時点だったことを駿は悔いた。

 もしあの出遅れが無ければ、最初からワイルドケープリの事だけを考えていれば、もしかしたら最後は届いたのかもしれない。

 帝王賞を制したのはワイルドケープリだったかもしれない。

 こうして直接顔を合わせて話せたことから、謝罪をしたい気持ち。 それもあるが、駿にはもっと伝えたい事があった。

 こんな場を用意して貰った以上、そして何よりワイルドケープリの事においては全てを話さなければ筋が通らない。

 そう、あの最後の直線。

 ワイルドケープリが一瞬だけ躊躇ったような、数舜だけの違和感。

 あの時は自分も感情が昂っていたし、ワイルドケープリの邪魔だけはしないように騎乗に集中していた為、勘違いだと言われればそうだろうとも思う。

 だが、体力が切れたわけでもないのに、走る為に、追い抜く為に沈んでいた首が一瞬持ち上がって、重心のバランスが崩れた様に感じたのだ。

 曖昧なことしか言えないが、それでも言い切ると慎吾は難しい顔をして俯き、巌は顎に手をやって唸った。

 

「……賢い馬だから、怪我する可能性を感じたか?」

「すみません、本当に感覚的な事なので、何も心配のない事かも知れないんですけど」

「いや、ありがとう。 聴けて良かった。 そうか、ダークネスブライトが加速しただけに見えたが、ワイルドケープリも躊躇っていた可能性があったんだね」

「そうでなければ、もしかしたらその事にワイルドケープリは怒ったのか。 だとしたら、次走はダークネスブライトと当てた方が良い可能性もあるな」

 

 巌が放牧に出したのは、これまで相当数のレースを重ねてきたワイルドケープリをゆっくりと休ませて、本当の意味で完調にまで状態を持っていくことが目的だ。

 知らずため込んでいる疲労さえ抜ければ、相手がダークネスブライトであろうと、ワイルドケープリの末脚に抜かせない馬など存在しないだろう。

 今回でレースに勝つこと、その闘争心を剥きだしにしたのは間違いない。

 放牧を挟むことで賢すぎるあの馬が、レース生活を終えたと勘違いしてしまうことが巌は怖かった。

 

「だから、大博打だな、とオーナーに話しながら思ったことを覚えています。 もしかしたらやる気を失くしてしまうのでは、と」

「それを避ける為にラストファインを帯同させたのでしょう?」

「ええ、勿論。 他にも打てる手は打ちますが……駿、良いんだよな?」

「はい、大丈夫です」

「何の話でしょう?」

「私も一緒に行かせて貰おうと思ってるんです。 父は……手続き等もありますから遅れますが、私はこの後飛行機で篠田牧場に向かうつもりで、ワイルドケープリに乗れる時間があれば欠かさず乗ろうかと」

「ええ? いや君、帝王賞の後で騎乗依頼が来ていたという話を聞いたんだが」

「はい、有難い事でした。 ですが、俺は今、ワイルドケープリ以外の馬に乗るつもりはありません」

 

 それは大丈夫なのか? 寸でのところで慎吾はその言葉を飲み込んだ。

 林田駿は結婚もしているし、小さな子供も居ると聴いている。

 そんな守るべき者たちがいる働き盛りの男が、覚悟を決めているのだ。

 まして自分の所有馬の事で、本気になってくれているのが相対している分、分かってしまう。

 馬鹿な男だ、と思ってしまう。

 同時に胸の内に熱い感情が灯る。 それは決して酒だけのせいではないだろう。

 

「なら、何も言わない。 徹の牧場でワイルドケープリの事を頼むよ」

「はい……それに、北海道にも競馬場はありますから、乗鞍がまったく無くなるという事はないでしょうから、大丈夫です」

「あ、ああ、そうか。 そうだったな」

「オーナーから、何か聞きたい事は他にありますか?」

「ああ、ある。 それこそ、今日だけでは聞けないくらいだとも。 ですが、まずは次走の相談をさせてください」

 

 柊慎吾は深く知れば知るほど、彼らの熱意に中てられていた。

 巌調教師はホースマンとして携わってきた、最後の大仕事として。

 駿騎手は今後ジョッキーとして成り立てないかもしれなくなるほど傾倒している。

 良いのか、と冷静な部分が慎吾を止めた。

 いや良いんだ、と感情が迸る。

 そうだ、ワイルドケープリに俺達は惚れ込んぢまったんだ。 

 勝手に惚れて、勝手に望んで、勝手に欲す。

 名馬と呼ばれてきた過去の馬も、人間はこうして馬に無理を強いてきた居たのかもしれない。

 慎吾は高級な器に注がれた日本酒を飲み干した。

 酒の力に頼ったと言われればそれまでかもしれない。

 だが、慎吾はGⅠが欲しい。 出来れば中央の。

 この渇望は誰が何と言おうと変わらず、確かに心の内に巣くう渇望だった。

 

「以前、巌さんは聞きましたよね。 何のタイトルが欲しいのか、と。

 私は……私は、天皇賞が欲しいんですよ」

 

 言ってやった、と慎吾は咳払いを一つ挟んで顔を赤くした。

 まるで若いころに家内に告白した時の様に身体が熱かった。

 ともすれば、言ったことを後悔しそうになるくらいには。

 

「分かりました、天皇賞を目指しましょう」

 

 だが、何でもない事の様に巌が続いた。

 

「じゃあオールカマーが前哨戦ですので、そこですね」

 

 駿が出走条件を思い出しながら、落ち着いてそう口に出す。

 オールカマーの1着馬には天皇賞(秋)への優先出走権が与えられるのだ。

 逆に言えば、地方所属であるワイルドケープリはオールカマーを勝たねば天皇賞(秋)には出走できない。 

 普通に考えたらありえないローテーションだ。

 良いのか? 本当に、と思いながらも慎吾はゆっくりと彼らに同意を示すように大きく頷いた。

 ダートしか走っていない馬だ。

 そりゃダート馬が芝に挑戦することはそんなに珍しい事ではないだろう。

 だが結果を残してきたのは長い競馬の歴史の中でもそう数は居ないのだ。

 ましてダートでも結果で言えばダイオライト記念を一回獲っただけの馬である。

 

「か、勝てますか?」

 

 慎吾は恥ずかしい事に声が震えてしまった。

 競馬に絶対など無い。 そんな格言すら吹っ飛んでしまうほど自信は無かった。

 

「柊オーナー……いや慎吾さん」

 

 名を呼んで、巌は居住まいを正して慎吾へと姿勢を正して向き直った。

 

「私はもとより、息子の駿も―――そしてワイルドケープリも 『挑戦』 をするのです。

 全盛期であれば何物も寄せ付けない馬であったかもしれません。 しかし、ワイルドケープリは失った闘争心に火が点くまでに6年かかりました。 

 今後ダート路線を歩んでもダークネスブライト、ネビュラスターが居ます。

 芝の古馬戦線では昨年クラシック三冠を成し遂げたクアザールや、春のクラシックで実力を示したシャカロックを始め、トリフォッリオ、アライアスクイーンなど無数の強豪が犇めいています。

 この6年の月日を経たせいで、ワイルドケープリは挑戦する側に回りました」

 

 その話は筋の通っていない話だ。 

 ワイルドケープリは強い馬ではあるが、実績はダントツに足りていない。

 それほどの馬だったのか、それとも巌調教師の目が曇っているのか。

 どうも巌調教師はワイルドケープリを往年の名馬と比して遜色ない一流馬だと発言から垣間見える。

 信じていいのか、慎吾には分からなかった。

 

「分かりません。 だから挑戦をしようと思っています。

 ワイルドケープリに必要なのは挑戦と、未知です。 だから何処まで行っても挑戦をしていきます。

 勝てば次の挑戦へ、そしてまた勝てば次の挑戦へ。 私や息子を含め、何処までも行きます。

 ですので、私たちは柊オーナーに頭を下げ請わねばなりません。 無謀と言ってオーナーが断れば、もちろんそれまでです……」

「―――……」

 

 巌が頭を下げ、駿もまたそれに続く。

 一生に一度巡り合えるかどうか、そういう名馬―――かもしれない。

 まったく、競馬は何処まで行っても分からない。

 ああ、まさしく挑戦と未知だ。 そこは人も馬も変わらないのだな、思ってしまった。

 

「腹を括れと、いう事ですね。 分かりました」

 

 やるなら徹底的にいこう。

 この会合を開いて良かった。 彼らのワイルドケープリにおける熱意を直に感じ取れてよかった。

 何より、今この場で柊慎吾という男が腹を括れたのが良かった。

 

「どこまでも行きましょう。 ワイルドケープリの意欲が消えるまで」

「ありがとうございます、オーナー」

「ありがとうございます」

「資金が必要なら教えてください。 すぐに用意をしましょう。 巌調教師、駿騎手、ワイルドケープリとの挑戦、私も加えさせてください。 どうか、よろしくお願いいたします」

 

 テーブルに上に用意された懐石料理は、すっかり冷めてしまっている。

 三人とも頭を下げ、身体を起こさずにしばし。

 どこか遠くで催された花火の大きな音が、料亭の一室に響いた。

 

 

      U 20

 

 

 ―――よぉーし、やるぞやるぞ、俺はやるぞ! うおぉぉぉぉおおぉぉぉ!!!!! 

 

 ちびが猛っていた。

 ハッキリ言ってバウンシャに乗っている時に体力を使うのはどう考えても、ただの阿呆なのだが注意しても聞きやがらない。

 こいつがこんなにも張り切っているのは、俺を載せるバウンシャが到着したかと思ったら、ちびが出てきたからだ。

 そこでちびは俺が居る事に気付き、そして周囲を見回して俺に質問をしてきた。

 テイオウショウが開催された、この場所が競馬をするぐるぐるであると理解すると、後は見てのとおりちびは興奮仕切である。

 テンションをぶち上げて興奮したちびは、終始落ち着かず、掛かりながらバウンシャに乗り込んで、制御の利かないキカイみたいになっていた。

 喧しい事この上ない。

 しかしちびもいよいよレースか……と感慨深く思ったが、こいつノウリョクシケンやってないんじゃないか、と気付く。

 てことはレースじゃない。

 しかし、園田から此処迄は結構な距離があるが、一体……まぁ10割ニンゲン側の都合だろう。

 それから2~3回タイヨウが昇って、俺とちびはまた一緒にバウンシャに詰め込まれた。

 

 ―――なんで? 

 

 ぐるぐるについたと思ったら、また別の場所に運ばれ始めた事にようやく気が付いたらしいちびが、不思議そうに首をひねっていた。

 なんで、と言われても知らん。 ただ、今までに無い運ばれ方に俺も違和感を覚えている。

 最初はハヤシダキューシャのあるソノダに戻ると思っていたが、この感じだと違うんだろう。

 ちびをわざわざ連れてきたってことは俺にも関係がある事だ。 レースは流石にケイバの規則を考えると無いか? 特例というものがあるのかどうか分からんが。

 競馬のルールを全部知っている訳じゃないから推測でしかないけれど、ノウリョクシケンは合格しないと走ることが許されなかったはずだ。

 確か随分と前に受けた時に、ニンゲンが誰かを相手にそう説明していたことがあったのを、聞き覚えている。

 ゆらゆらと揺られながら後ろでちびが騒ぎ始める。

 ったく、少しは大人しくできねぇのかコイツは。

 

 もしかしたら次に着くところがレース場なのかも知れねぇな、体力の無駄遣いになるから大人しくしておけよ。

 

 そんな様な事を適当に言ってやると、ようやく俺の意見に納得したのか。

 まだフンフンと鼻息は荒い物の、無駄話をせずに前脚をカキカキするくらいになった。

 

 ―――俺は勝つ、ああ、俺は勝つぜ、お前みたいに情けなく負けたりしない

 

 いや、何か言っていた、やれやれ………………

 やっぱムカついたのでケツの後ろにある柵とベニヤを思い切り蹴っ飛ばして破壊する。

 破片かなんかが顔に当たったんだろう。

 ちびが情けない声で悲鳴を上げた。

 

「うわぁ! 急にどうした!」

 

 バウンシャに一緒に乗り込んでいたニンゲンとちびが騒ぎ出す。

 うるせーうるせー。

 ちびはもう無視することにして、バウンシャに一か所だけ開いてる窓の無い空間に向けて顔を上げる。

 ふん、俺はもう考え事に没頭させてもらうぜ。

 ……

 ……

 …………

 

「え? 林田ジョッキーが? なんだ、もっと早く教えてくれれば空港に人をやったのに」

『俺も昨日聞いたんだよ。 確か従業員寮のどっか空いたって言ってたよな? そこ貸してあげてくれないか』

「そりゃ構わんよ。 にしても、現役の騎手が生産牧場にか。 昔は時折、そういう話も聞いたけど珍しいね」

『ワイルドケープリに賭けてるんだ。 俺も林田さんの親子も。 金は出すから―――ってか金くらいしか出せないんだが、とにかく頼むぜ』

「分かったよ、慎吾の頼みだ。 大抵の事は聞くさ」

『助かる、それじゃあまた』

「ああ」

 

 電話を切って顔を上げると部屋に設置されている時計が14時30分を越えたところだった。

 時間を確認した所に大型車のエンジン音が牧場内に響いてくる。

 ブラインダーを上げて外を見れば、馬運車が徐行しながら入ってくるところであった。

 馬運車の後ろには大型のバイクをゆっくり牽引して歩いている、旅装客が一人。

 そういえば見学に訪れる人が居たかな、と帳面を捲ると3カ月前に事前予約していた方の名前が見つかった。

 今日だったか、正直言ってすっぱり忘れていた。

 徹は急いで内線電話を掛けて、見学客の対応の指示を飛ばし始めた。

 電話を切って、自分も外に出ようか、といった所で耳朶に響くのは馬の大きな嘶き声。

 ああ、サイモンが帰ってきたんだなぁ、と思った所で今度は人の声。

 

「放馬―――――――――!」

 

 篠田徹は、ドアノブまで手を掛けていたが、そっと身を引いた。

 おいおい、と思いながら呑み切っていない茶の湯が目に入った。

 立ったばかりだが腰を落ち着けたくなってしまった自分の感情に首を振って蓋をする。

 

「……そういや、サイモンはとんでもない奴だったなぁ…………」

 

 

 

 

 ―――うおおおおおおぉぉぉぉ、ここは何なんだ!!!! ぐるぐるは何処だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 

 

 位置関係上、先にバウンシャから降りたちびが立ち止まっていたと思ったら、そんな事を叫びながら一気にバウンシャから怒りの直滑降をした。

 そしてこけた。 バウンシャから伸びてる坂で脚を滑らせてずっこけたかと思ったら、丁度ニンゲンを吹き飛ばした形になってそのまま泥だらけになりながら再び叫び、爆走し始めた。

 まぁ俺も適当にレース云々と言った手前、少しばかり責任を感じるが、アイツは阿呆だから放っておいた方が面倒が無くて良いだろう。

 ホウバーーーと叫んだら周りのニンゲン達は暴走した馬たちを止めに来るからな。

 どうせニンゲンが捕まえるだろうし、俺は余計な労力は使わないぜ。

 ちびに突然の行為にかまけて呆然と突っ立ってるニンゲンが、俺のクチトリから手を放していた。

 幸いとして自由になった俺はぐるりと視界を巡らす。

 此処は……俺が生まれたボクジョウだ。

 バボウの並びやらホウボクチの配置やら、特に変わらず懐かしい風景を視界に映している。

 二度三度、首を巡らすとトミオが居た。

 なんだ、トミオの奴、なんか小さくなったな。

 バウンシャから降りてほんの少し駆け足で近づいていく。

 ちびに向けていた視線をこちらへ向けて、トミオは驚いたような顔をした後に一歩あとずさり

 

「うおおおっ、サイモン!? まった、止まれ止まれ!」

 

 おっと、思ったよりも近づきすぎてしまった。

 

 ちっとばかしトミオを小突いたが、まぁ大丈夫だろう。

 ところで、りんごを持っていないか? 

 トミオはいつも何か持っていたからな。

 

「す、すいません富雄さん!」

「おっ前なぁ、口取り離す奴があるか! こらサイモン! 服を噛むな!」

 

 匂いがするぞ、持ってるんだろリンゴ。 おら、早く出すんだよ、あくしろよ。 

 

 富雄は柵とワイルドケープリに挟まれ態勢を崩したままべろべろされて、よだれ塗れになった。

 

 

 

【ワイルドケープリ号とラストファイン号、馬運車から降りて篠田牧場をカオスにする】

 

 その日の夜、篠田牧場を訪れた見学者が、たまたま馬運車の到着に居合わせたために撮られた映像が、掲示板サイトにアップロードされた。

 

 草www

 かわいい

 豪快過ぎるだろww

 ラストファイン号ってクワイトファイン産駒なのか

 怪我無くて良かったー

 ラストファイン、良い走りだなww

 馬運車のゲートが開いてから凄まじい加速

 転倒から立ち上がるのが爆速で草wwwww

 ゲート◎

 いや、ゲート難なのでは? 

 怪我こわいわー

 泥は気にしてないみたいですね

 吹っ飛ばされた人、心配するべきなんだろうけど、ごめん草だわ

 ワイルドケープリって有名? 聞いた事ねーんだけど

 今年のダイオライト記念を勝った馬だぞ

 ネビュラスターとダークネスブライトと一緒に帝王賞走ってたよ

 地味な重賞取ってんなぁ、ダート長距離馬かぁー? 

 ダート分からん勢

 ワイルドケープリ動じてなくて草

 大物感あるなww

 目の前でずっこけたラストファインを何も気にしてねぇwww

 トコトコwwwww

 厩務員に突撃www

 かわいい

 かわいいわ

 ラストファイン、クワイトファインの最後の種。 ヘロド系の後継なんだね

 あの爆走ぶりを見ると気性荒らそうだな

 ワイルドケープリは篠田牧場で生まれたらしいけど、この人が世話してたってね

 富雄さんっていうベテランの人らしい

 へー、覚えてるのかな

 一直線に向かってたし、そうかもね

 富雄さん、めっちゃ舐められてて草

 可愛すぎる

 ワイもお馬さんに舐められたい

 ワイルドケープリ富雄さんの事、好きすぎだろwww

 ワイルドケープリでけぇな

 スレ主、こんなとこに居合わせるなんて幸運だな

 スレ主撮るの上手い

 あー、本当はアイブッチャーマンの見学に来たんだよね。 篠田牧場の生産馬はブッチャーマンしか知らなかったし。 現役時代でも目立たない馬だったから人気無かったけど、俺が好きだった馬なんだよ

 目立たない馬ではなかったと思うが

 アイブッチャーマンたまに話題になってたし、無名ってほどじゃ無いやろ

 2500のアイブッチャーマンは脳死で買え

 成績調べたら××年の有馬で2着馬じゃん

 他のGⅠぜんぜん成績振るわないのに有馬だけ突然2着に食い込んでて草

 勝ち鞍が見事に2500で揃ってるのおもろいわ

 阿寒湖は2600だから……

 誤差じゃねぇか

 阿寒湖の住人か

 今調べたけどアイブッチャーマン死んでるじゃん……

 そうなんだよ、見学予定いれた時には生きてたんだけど。 種付け後に急死しちゃったんだ。 だから本当は篠田牧場の見学はスルーしようかと思ったんだけど、この映像撮れただけでも来てよかったかな

 

 ワイルドケープリ応援するしかねぇな

 ラストファインの方を応援したいわ

 ラストファイン、篠田牧場で生産された訳じゃないのね

 ちょっと闇深い背景がありそう

 ……

 ……

 …………

 

 久方ぶりにホウボクチに離される。 ニンゲンがホウボクと言っていたから、これは予定された行動だという事だ。

 俺はぐるりと周囲を見回した。 まだ俺がちびよりも小さかった頃、この辺には大人のウマ達が一人っきりで入れられたりしていた。

 今回はちびと一緒に入れられている。 たぶん、このボクジョウのホウボクチの中でも1.2を争うくらいに広い面積を誇っている場所だろう。

 昨日入れられたバボウも、ハヤシダキュウシャのバボウより広かったし、タイヨウがしっかり差し込む良い所だった。

 なんせ俺はジューショーバだからな。

 ブッチャーもそうだったはずだ。 ニンゲン達はジューショーバとなったウマを丁寧に扱い始める気がする。

 格式がどうのこうの言ってた事を思えば、まぁそう言う事なのだろう。

 ニンゲン達が囲いを閉めて、柵から離れて行くと、ちびは落ち着きなく耳を伏せてウロウロ徘徊し始めた。

 ちびにとったら調教を積んでいよいよレースだと思ったら、ホウボクチに離された訳だからな。 機嫌が悪いのも頷ける話だ。

 俺の方もあまりいい気分ではない。

 トミオにリンゴをせびっている時に、ニンゲン達の話が耳に入ってきたのが原因だ。

 ブッチャーは、このボクジョウに居たらしいが、死んでしまったらしい。

 結局、あの時の会話が最後になってしまった。

 今なら命を揺らすという事について、自分なりの考えや理解したことを一緒に話せたのに。

 

 ―――ブッチャー、俺はアンタともう一度会いたかった

 

 鳥が大空で鳴いていた。 その音を聞きながらホウボクチの柵沿いに歩く。 

 時折、地面から伸びた草を啄みながら。

 昔はこのホウボクチを囲う柵が嫌いでしこたま蹴飛ばしていた気がする。

 上手く脱走できそうな場所に当たりをつけて、何度も繰り返していた。

 今思うと、なんて無意味な事に労力を注いでいたんだろうか。 やっぱ知識というのは大事だ。 そして知った事を理解しなくちゃいけない。

 牧歌的な風景が広がって、懐かしさも相まって思わず強張らせていた身体が弛緩する。

 俺のぐるぐるは終わったのだろうか。 

 結局ウマの俺ではぐるぐるを走る、走らないを決めることは出来ないが。

 もし終わったのならば何とも中途半端な結果だ。

 命を揺らす場所というブッチャーの残した言葉に気付くことが出来ただけでもマシだったのか? 

 そんな不安は見回りに来たニンゲン達が、声を掛けてくることで意外と早く解消した。

 

「ワイルドケープリ、よく休んでくれよな」

「応援してるぞ~」

 

 ニンジンを持ってきたニンゲンに近づいてオヤツを貪ってると、そんな声が飛んでくる。

 彼らは時間を置いて入れ替わり、様子を見に来てはオヤツを差し出し、時に俺の身体へと手を寄せて似たような声を掛けていく。

 別にぐるぐるを走るのが終わったわけではないと知って、俺はなんだか元気が出てきた。

 ああ、まだ終わらないなら良かった。 そう思っている事に俺自身が驚いた。

 確かに、ブッチャーもどきに負けたままなのは悔しかったが……そんなに情熱を傾けていたとは自覚が無かった。

 小さなニンゲンが恐る恐ると言った感じで近づいてきた。

 顔を寄せてやると、顔が怖いなどと言い出して大きなニンゲンの影に隠れる。

 顔が怖くて悪かったな。

 

「マー君、ワイルドケープリの顔は勲章よ。 傷痕があるのは、それだけ凄く大変な競馬をしてきたってことなの。 怖がってたら可哀そうよ」

「ワイルドケープリ、怒ってつーんってしちゃったぞ。 ほら、謝らないとね」

「うん、ごめんなさい、ワイルドケープリ」

「にしても、傷痕は目立つっちゃ目立つな。 メンコとかしないんかね」

「あら、顔が見えてる方が様になってて良いじゃない」

 

 ニンゲン達が居なくなると、俺は何時の間にやら近くに来ていたちびへと身体を向けた。

 ちびは何故かすねていた。 何愚図ってるんだと言ってやったら、急にちびは別に羨ましくはない、等と言い放って地面の草をモリモリ食べ始めた。

 少し気になって話を聞けば、ちびはこうした大きなボクジョウではなく、山間に乱雑に仕切られた、せまっ苦しい囲いがあるだけの場所に一頭でずっと居たという。

 母馬くらいは居たはずだろう、と指摘すれば生まれて少し時間が経ったら消えたらしい。

 ちびは日がな一日、一人のニンゲンと囲いの中、そしてバボウの中を行ったり来たりしていたようだ。

 小さい頃に面倒を見てくれたニンゲンも、やがて居なくなったという。

 愛されていて良い事だ、とちびに言われ、俺は何かを言おうとしたが言葉にはできなかった。

 母馬と一緒に居た期間がどれほどか分からないが、俺よりもずっと短いのだろうことは察せたからだ。

 

 そうしてホウボクチからバボウに戻ると、良くトミオやシュンが待っていて、首のあたりをゴリゴリと掻いてくれる。

 なかなか気持ちが良くて思わずあくびが出たりした。

 そして、ちゃんとトミオが離れて行ってからゴロリゴロリとバボウの中で寝っ転がる。

 そのまま脚を伸ばして寝ながら、バボウの天井を見上げる。 恵まれている、か。

 ニンゲンが世話をするのは俺達にジューショーを獲って欲しいからだ。

 シノダボクジョウの奴らも、ハヤシダキュウシャの奴らも、それは変わらないんだろう。

 初めて経験するが、ホウボクというのは現役でぐるぐるを走る奴らを休ませる意味があると思う。 恐らくだが、イワオ達は俺を休ませる必要があると判断したんだろう。

 こうしてリラックスできる環境を用意して、次のぐるぐるに向けての奮起を促そうとしている、そんな所か。

 スターとかいうガキやブッチャーもどきに負けたから、勝てるようにまずは休息を、といったプランなのだろうな。

 感情的には余計なお世話だと思いながらも、ニンゲンはあまり無意味な事は行わない。 どんな物事にもある程度の理由や根拠を添えて競馬を行っている。

 それがカネであれ、ニンゲン同士の交流であれ、ウマとの関わり合いに意味を持たせている。

 それに、俺を応援している、というニンゲンの感情は本物だろう。 雰囲気や仕草、声でその位の事はウマであっても俺には分かる。

 それなら今は存分に怠惰を満喫するべきなのだろう。

 ふん……応援されるほどニンゲンに尽くしてきたつもりは欠片もないぜ。

 俺は立ち上がって柵から顔をだし、ちびのバボウを覗き見た。

 ちびも同じようにバボウの外へ顔を出していて、俺と目があった。 泣いてたり拗ねてるかと思ったが、流石に時間が経って今の状況を受け入れているようだ。

 声を掛けようとする前に、ちびの方から話しかけられる。

 レースの事を聞きたいようだった。 俺にとっては余り気持ちの良い話では無かったが、話してやることにした。

 

 だいたいの事を話し終えると、バボウの奥にちびは引っ込んでいった。 一言だけ添えて。

 

 ―――ブッチャーは居なくなったのか

 

 暫し、ちびが引っ込んだバボウを見続けてから俺もそうみたいだな、とだけ返して中に戻る。

 俺もバボウから空を見上げる。

 薄い雲が広がって、星の瞬きも見えなかった。 つまらない景色が広がっていた。

 ちびのバボウから声が聞こえた。

 

 ブッチャーは知らない。 でも俺は知っている。

 

 何を言っているんだ、と思いつつも耳を傾ける。

 

 俺はその背中を追っている。

 

 早くレースで走って、俺は勝ちたい。

 

 他のウマには負けたくない―――アンタにも。

 

 ちびはそう言った。

 もしかして、俺を励ましてるつもりなのだろうか? 

 不器用な奴め。

 レースにも出れず、調教すら止められてホウボクチに来たことには文句しかでないのだろう。 同じような立場に置かれたら俺も怒っていた自信がある。

 あの頃はちびと一緒で、一刻も早くぐるぐるで走りたかった。

 感情は理解できるから、俺は次の日からイワオの代わりに走るコツを教えてやることにした。

 ちびは俺と話をすることが出来るウマだが、物覚えが悪いから、何度も繰り返し教えないと身につかない。

 普段は俺も自分の調整に忙しいから、面倒をみるのもオザナリになりがちだが、今はちょうど暇つぶしにもなるし、俺にとっても身体を鈍らせすぎないようにするには都合が良いだろう。

 俺の背中を追っていると言うのならば、ブッチャーを追っているのと同じだ。

 もしかしたら俺達は別の背中を追いかけてるようで、同じ道を歩んでいるのかも知れないな。

 この日はちびに親近感を抱いた夜だった。

 

 

 ホウボクに出されてから、だいたい一、二週間くらい立った。 

 ちびと一緒にホウボクチを走り回ってレースで必要な事を教えていると、見慣れないニンゲン達が4~5人まとまって近寄ってきている事に気付いて、脚を止めて俺達を眺めていた。

 鼻息を荒げて呼吸を整えているちびを尻目に、俺はニンゲンの近くに行くと、俺の名前を呼んだ後にちびの話をしていた。

 内容に聞き耳を立てて聞いていると、このニンゲン達はちびに会いに来たようである。

 俺は不自然にならない程度に、息を整えているちびの方へ戻ってその事を伝えてやると、ちびは怪訝な顔をニンゲン達へと向け続けて近づく素振りを見せなかった。

 警戒しているというか、どうして自分を見に来たのか分かっていない様子である。 頭まで上下に振って俺に何とかしろと、前脚を掻いてアピールまでしてくる。

 まぁ普通に考えると、あいつ等はウマヌシとか言うような奴らだと俺は思う。 少なくとも、ぐるぐるを走って競馬をするにはニンゲン達との関わりは不可避だ。

 この前、俺のウマヌシであるヒイラギも少しだけ俺の事を見に来たし、そんな感じだろう。

 せっかく来たんだから近くに行ってやれよ、と促すと、何故か俺を威嚇してくるちび。

 お前そういうとこだぞ、多少は愛想くらい振り向かんとニンゲンに捨てられるかも知れんぞ。 それに―――お前にもちゃんと居るんだぜ、応援してくれるニンゲンがよ。

 あの見に来たウマヌシどもだけじゃない、篠田牧場の連中もお前によく構ってるしな。

 第一、お前はぐるぐるで勝つんだろう? 

 いつかレースで勝ったら応援してくれるニンゲンは頼まれなくたって増えるんだ。 俺達ウマに勝手にカネや夢を背負わせて無限に湧き出てくるんだぜ。

 

 納得したのかしていないのか。 

 よく分からない表情を向けてきた後にニンゲンへと身体を向け、ちびは気が向かないような足取りでニンゲン達に向かって行った。 

 するとニンゲン達は笑い、顔を歪ませちびを構い倒していた。

 しばし見守っていると、スマホって奴を向けられ始めて、ちびは少し距離を離し、一丁前にポージングをビシっと決めている。

 しばらく写真や動画を撮らせてやった後、オマケのつもりだろうか、ホウボクチをちびは豪快に走り始めた。

 まぁ、良かったんじゃねぇかな。 ファンサービスの練習ってやつだっけか。 俺はやった事ねぇけど。

 ニンゲン達もルドルフみたいだなんだと興奮していたから、満足したことだろう。

 少しはちびも俺と一緒にホウボクされた意味も出来たんじゃねぇかな。

 

 戻ってきたちびをからかってやると、ちびは俺にケツを向けて後ろ脚で蹴飛ばそうとしてきた。

 おいコラ、お前、そんなに怒ることねぇだろうが。 やめろって、おい、やめ―――この野郎、いい加減にしやがれ、くそちびがっ! 

 

 遠くからシュンとトミオが慌てて建物から出てくる。

 囲いをぶっ壊したり、ちびがすっ転んだりしたが俺は謝らん。

 ちびのせいだ、ちびの。

 俺はホウボクチの真ん中で太陽を見上げて、素知らぬふりを突き通してやった。

 

 

 嵐が来た。 ホウボクチに出れないほどの大雨と風だ。

 練習の邪魔だと、ちびは大空に向かってブチギレていた。 実際喧しいくらいに風雨が激しい天候は俺も好きではないから気持ちはわかる。

 寝藁を掻いて集積してから、そこに顔を突っ込ませる。

 それから一気に顔を上げて寝藁を巻き上げる。

 特に意味のある行動ではない。 ただ入り込んできた雨でべたついてると気分があまり良くないので定期的に空気を入れているだけである。

 ニンゲンだったら便利な道具で乾かせるのかも知れないが、俺たちウマには出来ないからな。

 ボロを出した後だとちょいと躊躇する行動なので今のうちにやっておいたのだ。

 たまにボロの事をあまり気にしないウマも居るが、あいつらボロが汚物だということを知らないんじゃないだろうか。

 それとも知ってて気にしないのか? だとしたらある意味、その豪胆さに感服するが。

 

 そろそろこの牧場に来てから結構な日が立つ。

 これまでハヤシダキューシャで過ごしていた俺はホウボクに出されていなかったから当たり前だが、こんなにぐるぐるを走るまでの間隔が長いのは初めての事だ。

 ニンゲン達がウマをホウボクさせる意味はもう判っているが、いい加減に飽きてきたぜ。

 ガシガシと前脚を掻いていると、見慣れたニンゲンがトミオに連れられてやってくる。

 イワオだ。 ホウボクに出されてからもシュンは俺の顔を良く見に来ていたし、なんならぐるぐるを回らずに俺の周りをうろついているんじゃないかと思うほど最近は近くに居た。

 そういや、シュンの様子も変化があった。 距離感が近づいたとでも言うんだろうか。 チョウキョウするわけでもないのに、俺やちびの世話を焼くようになった。

 トミオに色々話を聞いていたみたいだから、もしかしたらシュンは騎手を辞めてここで生活していくようになるんだろうか? そしたらちっとばかし、困るぜ。

 イワオとシュンが遠くで話し込んでいる。 俺は自然と前脚を搔いて近づいてくるように要求した。

 どうせ次の俺のレースについて話しているんだろう。 少しくらい俺にも情報を寄越せ。

 

「どうした、ワイルドケープリ。 雨でストレスでも溜まってるのか?」

「良かった、萎えちゃいないな」

「放牧地でもファインと一緒に走り回ってる。 普通もっと落ち着くはずなのに」

「自分で次のレースに備えて調整しているんだよ。 ワイルドケープリが競争生活が終わったと勘違いするのだけが怖かったが、賭けには勝ったな」

「俺も親父も、ワイルドケープリもこれからだろ。 まずはオールカマーを獲って、その後天皇賞だ」

「―――他の馬の乗鞍を捨てて一頭の馬にこだわる馬鹿が言う事は違うな、もう勝ったつもりでいやがる」

「親父だってそのつもりだろ」

 

 俺は少しばかり呆れてシュンとイワオを見た。

 別にお前らの為に走るわけじゃねぇぞ、と。 結果的にお前らが喜ぶことになるのは分からないではないが。

 まぁいいさ。 次はオールカマーってのを走るのか。 聞いた事のないレースだ。

 

「初めての芝だ。 普通に考えたら期待する方が間違ってるんだ」

「じゃあ何で親父はダートを勧めなかったのさ」

「何処でも獲れるって言っちまったからなぁ……」

「ハハハ、なんだそりゃ。 それならオーナーには勝つところ見せないとな」

「ああ、オーナーのおかげで芝調教場を借りれる事になった。 一週間後、そこで適性を見るぞ」

「いよいよか、そろそろ俺も篠田さんに挨拶してお暇の準備を始めないと」

 

 シュンは体幹トレーニングを中心に篠田牧場で自身を鍛え上げていた。

 帯広競馬場という所で何度かケイバもしてきたようである。

 俺はシバコースという条件でレースを行うらしい。 これもまた聞いた事のないコースだ。 

 

「柊オーナーには無茶ばかり言ってしまって心苦しいな」

「今更だぜ親父。 俺はワイルドケープリの実力を100%引き出すことだけしか、もう考えない」

「……そうだな。 やれる事は全部やるぞ、駿」

「ああ」

 

 目の前の二人のニンゲンが気合を居れている様子を見て、ちびが顔を出した。

 彼らの雰囲気に中てられたのか、それとも自分の調教が始まりそうな様相を感じ取ったのか。

 ちびが気合を入れて首を振っていた。

 自覚は無かったが、俺もまた暇を持て余していた身体が震えて引き締まった。

 シバ 2200 オールカマー

 聞いた事もないコースにレース。

 そんな未知をワイルドケープリは歓迎していた。

 知らない、という事には興味を覚え興奮する。 こればかりは自我が芽生えた時から変わらない。

 余暇を楽しみながらちびに教え、静かな日々は終わりを告げる。

 そしてまた――俺はぐるぐるを走る。

 

 ―――ああ、ようやくか。 長かったぜ

 

 一週間後、巌が口にした通り、ワイルドケープリとラストファインは関東はずれの厩舎に移送され、そこで芝での調教を積むことになった。

 

 

 

 



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九話 台風の目2

 

 

 

 

            U 21

 

 

 

 敗北を振り返る事は悪い事ではない。

 気分はあまり宜しくないが、次の勝利に必要ならば積極的に検討をすべきである。

 何より、ブッチャーもどきに負けた時、俺は途轍もなく腹が立った。

 ぐるぐるを走るのに、命を揺らす場所を理解するのに勝利を欲したからだ。

 単純にブッチャーの陰を背負っているのも気に食わないが。

 とにかく、かしわ記念、帝王賞、どちらのレースも走って感じた事は、GⅠと呼ばれる格付けのレース相手は速いウマばかりだという事だ。

 最終直線で競り合ったブッチャーもどき、スターのガキは勿論の事、他のウマ達も流石に高い格付けのレースに出走しているだけあって、ウマの能力に長短こそある物の全体的に速いレース展開になる。

 どのウマ達も力の差そのものはあまり無いだろうが、展開、天候、馬場、騎手、全ての要素が絡み合うと縺れる事が多くなるだろう。

 ただやはり、ブッチャーもどきとスターのガキはそんな奴らの中でも一つ上の力を持っていると感じる。

 必死になってようやく背中に手が届く、位には壁があるのだろう。

 ただ、振り返ると俺に勝機が無いわけではない。

 あいつ等よりも豊富なレース経験は、ぐるぐるを走る展望を描くうえで有利な要素だ。

 これを最大限に生かさなければ、勝つ可能性を引き下げることになる。 理屈はレースの中でも活かせるものだ。 だからこそ思考を怠ってはならない。

 もしかしたら勝つことが出来たのに、などという後悔など走った後に残したくは無い。

 何より、むかっ腹が立つからな。

 一瞬とは言え俺をビビらせて、ブッチャーの影を追わせるだなんて。

 

 それに、レースを勝つ可能性を引き上げる方法にもう1つだけ俺には心当たりがある。

 

 何も考えないで走ることだ。

 

 一見矛盾したように感じる考えだが、根拠はある。

 ブッチャーもどきを追いかけた時、命を揺らす世界を初めてみた時。

 俺はレースそのものを見失って―――思いの丈を吐き出すように感情だけで走っていた。

 かしわ記念では、そのせいでシュンの事を忘れ、落としちまった訳だが。

 要するに論理的な思考をせず、余計な事を取っ払って走る事だけに集中していた時。

 俺は速くなっている。

 限界だと思っていた速度を越えて、俺は前に脚を運べている。

 かしわ記念だけでは判然としなかったが、帝王賞でもそうだったとなれば間違いはないだろう。

 実際どうなのかは未だに分からないが、殆ど確信に近い事実。

 理性を解放すれば、感情を爆発させれば、その時、俺は理性で抑えていた限界を越える事が可能だ。

 言うなれば、本能の解放と言った所だろうか。

 俺のウマとしての力。

 速く走るという本能が限界だと決めつけていた心身を乗り越えて、加速できる。

 

 大事なのはこの二つの要素のバランスだ。

 

 勝つための効率性の追求。 

 そして心身の限界を乗り越える為の激情。

 レースに勝つために、ブッチャーもどきとスターのガキ、あいつ等よりも速くゴールする為には。

 どちらか一方だけでは足りない。 

 ウマとして俺に与えられた能力を最大限に生かす為に、理性と本能の調和が必要だ。

 他のウマよりも俺は感情の制御に長けている。

 それは 『競馬』 を行う上で大きな武器となっていることが分かっている。

 だが、本能のままに走る、ということを俺は能動的にしたことは無い。

 引き出す為に必要な物は何なのかを、早急に掴まねばならない。

 でなければ、また負ける。

 ちびが煽るからとか、ニンゲン達が肩を落とすからじゃない。

 俺が負けたくないから勝ちたいんだ。

 

 感情を制御し、効率的にレースを運ぶ。 

 感情を解放し、ただ走ることだけに意識を向ける。

 相反するような2つ事柄を掌握した時、俺の走りはきっと完成するだろう。

 もしかしたらその先があるのかもしれないが、まずは其処に到達できなければ意味がない。

 ダークネスブライト、ネビュラスターに限らず、ぐるぐるを走るのが強いウマ達にはそうして対抗しなくてはいけないのだろう。

 調教をしている時から意識しなければ、それを為すのは難しい。

 

 ……

 

 難しいんだが、実のところそれ以前の問題に今、俺はぶち当たって頭を悩ましている。

 ぶっちゃけて言おう。

 この緑色の地面の事だ。 

 

 ―――シバ、走りにくいんだが

 

 

「う、う~~~~ん………」

 

 巌調教師はぐるっと回ってきたワイルドケープリの走りに、実に困ったと言う顔を隠さずに唸った。

 息子から話を聞かなくても分かる。 ワイルドケープリの走法は長らく走ったダート用に完全に適応されていた。

 そもそも体格や馬体から、馬場の適性がダート寄りであるのはハッキリと判っていた事ではあった。

 だが、この余りに賢いワイルドケープリという馬は、芝でもダートでも問題なく走れるだろうとも思っていたのである。

 根拠は勿論ある。

 ワイルドケープリは、その走法を競馬場のコースによって器用に変えていた。

 近走であるかしわ記念、帝王賞のレース映像を見返すだけでも理解できる人は分かるだろう。

 ストライドの大きい走りであったかしわ記念に比べ、ピッチに近い走法に切り替わっていたのが帝王賞である。

 その事にいち早く気付いていたのは、巌だった。

 ダイオライト記念を前に、芝のレースでも走れるだろうとオーナーに豪語した理由はここにある。

 本来、馬はただの動物である。

 野生の馬を見れば分かるが、動物は本能によって自然と走り方を自分で調整する。

 そして、一度固まった走り方を変化させるというのは在り得ない、とは言わないが稀有である。

 人間は理想のフォームを目指して、自らの意思で矯正することは出来る。 だが本能がむき出しである動物は生まれ持った自らの走法にそもそも疑問を覚えたりはしない物だ。

 そんな常識、自然の理とも言うべき壁をワイルドケープリは破った。

 それもごく自然に、当たり前のように超越しているのである。

 ワイルドケープリは賢い。 何度も繰り返すが、数多の管理馬を抱え 『馬』 を見て来た巌が震えあがるほどの感情を抱くのは、この賢さ故なのだ。

 動物として 『走り易い』 というだけの走法よりも、どの様に走ればベストになるのか。 

 競馬で勝つ為に走り方さえ変えて、すぐに環境に適応していくのがワイルドケープリという馬だ。

 まさに今、初めて走る芝の調教場で、普段からはとても想像がつかないほどバタついた走りを見せているのがその証拠だ。

 手前の替え方も異様にぎこちない。 まるで新馬を見ているかのようである。

 どうすれば速くなるのか。

 どう走れば競馬に強くなるのか。

 ただ調教の場で走らせるだけで、無限に進化していく。

 芝とダートの違いにワイルドケープリは適応しようとしている。

 次走が芝のレースであることを理解して。

 

 感動に震えるのは良いとして、巌はオールカマーまでにワイルドケープリが完全に芝に適応できるか。

 間に合うかどうかは微妙な期間だと思った。

 流石に今までずっとダートを走っていて、急に芝重賞のレースに適応しろというのは難しい注文だったかもしれない。

 ワイルドケープリ本来の能力が高いから、変な走り方でもスピードはそこそこ出ている。

 とはいえそのスピードは普段から園田のトラックで見せている力強く伸びやかな走りと比較すると、何ともまぁ不細工であった。

 引き換えという訳ではないだろうが、意外だったのはラストファインが芝にも適応できている事に気が付けた事だ。

 ワイルドケープリよりもずっと早く、芝の走り方に馴染んでいるし、ともすればラストファインの方が芝コースを走るのは上手いかもしれない。

 レースを経験していないからこそか。 環境への適応、そして飲み込みが早いのは競馬関係者にとっては判るだろうが、底知れない武器の一つだ。

 まだまだラストファインは気難しい所を随所に見せているが、林田厩舎の者たちに一定以上の信頼を返してくれているようにも見える。

 この絆は人嫌いのラストファインにとって細くとも重要な要素だろう。

 ラストファインに見限られないように、注意深く管理しなくてはならない。

 競走馬になった特殊な経緯が、ラストファインを想定していた以上にタフにしているのか。

 あるいは、気難しさでは負けていないワイルドケープリとウマがあった仲になれた影響もあるのだろうか。

 この二頭が一緒の厩舎に預けられたことは、もしかしたら途轍もない幸運だったのかも知れなかった。

 無理に厩舎を閉じなくてよかった。 

 ワイルドケープリと併走するラストファインを見て、巌はそう思った。

 まぁ、本格化も迎えていないラストファインはそれでもワイルドケープリと比べて非常に遅い走りで、あっさり千切られてしまったが。

 併走できる相手がGⅠ勝ち負けできる馬だけなのは、ラストファインにとっては不幸なところだと思う。

 今度、よその厩舎の管理馬と併走をお願いしてみようか。

 しかし、ラストファインはラストファインで、馬が嫌いだからなぁ……

 眼鏡を拭きながら巌は唸った。

 予定された調教を終え、少し汗を掻いている駿が近づいてくる。

 

「すげぇぜ親父、まったくとんでもない。 ワイルドケープリは凄い馬だ!」

「なんだ、何かあったのか?」

「今日背中に乗って分かったけど、放牧前とは明らかに手応えが違う、見てくれよ」

 

 そう言って興奮したように手を差し出す息子。

 駿の手は僅かに震えていた。

 

「信じられないだろうけど、まるで全盛期に戻ったかのような―――ちくしょう、俺はもうだめだ、上手く言葉が出てこない」

 

 まるで新馬戦に戻ったかのような。

 デビューから難なく6連勝をした過去と比べても、明らかにコンディションが良い。

 抜群の反応。 ともすれば余計な指示を出さず騎乗に集中している駿が遅れてしまいそうなほどの鋭敏さで、鞍上の駿の方が追い付くのが精一杯であった。

 ワイルドケープリの凄まじさという物を駿は直に感じていた。

 まだまだ芝に馴染めていない用でバタついてしまっていたが、そんな事を問題にしないくらいの感触である。

 放牧を決断した父親の判断は、まさに正しかった。

 興奮しきりに駿は父へと身体を乗りだして話し始める。

 

「出来れば今すぐにでも出走したいくらいだ。 凄い事になるぞ、親父」

「分かってる、そう興奮するな馬鹿。 だが、そうだな。 ワイルドケープリが芝に適応できるのであれば、そうなるに決まってるんだ」

「適応できなくても出た方が良い」

「あ? いいやお前、それはオーナーに申し訳ないだろう」

「ワイルドケープリが走りたがってる、あいつが適応しようとその気になってるのは、親父の理論だと芝で勝ちたいから何だろ?」

「……ああ、まぁ、そうなるのか」

「だから、走らせた方が良い。 オーナーの機嫌よりワイルドケープリの気勢を削がない事の方が、俺は大事だと思う」

「……失礼な息子だな、お前」

 

 息子に諭され、巌は大きく息を吐いて何時も被っている帽子の鍔をそっと撫でた。

 

「ボロ負けしても泣くんじゃねぇぞ」

「負けてもいいなんて言わないけど、もう俺はワイルドケープリと走ることしか考えてないんだ。

 残りの騎手人生、俺はアイツと共に走るだけって、そう決めたんだ」

 

 巌はニヤリと顔を歪ませて微かに笑った。

 本物の馬鹿になっちまったな。

 一丁前の事を言いやがって、そう心の中で笑い飛ばす。

 

「ああ、勝負といくか」

 

 ワイルドケープリは地方馬の枠で出走条件を満たし、中山へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

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……

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 紙面を睨みつけ、顔を上げてパドックの映像を確認し、そしてまた、紙面へと視線を落とす。

 落ち着かない様子でペンをブンブンと揺らす。

 今時代ではもう見なくなった、馬券を買うおっさんのクラシックスタイルで頭を悩ませているのは、動画にて予想を公開している者であった。

 秋競馬がいよいよ盛り上がるという時期に開催されるオールカマー。

 例年、レベルが高い馬が集まる今年のこのレースは、どんどんと予想が入り組んで難しくなっているように思えた。

 今年も違わず、重賞勝ち馬が名を連ねており、書いては消し、書いては消しを繰り返して形を作って、動画で公開したのが次の予想だった。

 

 

 

 9/25 中山 産経省オールカマー 芝2200 GⅡ

 

1番 ニューアジャーニー

2番 アライアスクイーン   〇

3番 ワイルドケープリ

4番 スモウキングハリテ

5番 デイビショップ     ◎

6番 ギンボシ

7番 オーワッチャー     △

8番 トリフォッリオ     〇

9番 インパクトバシュー

10番 ネイヨンハルベルト

11番 ハウササウザンド

 

 

 今年の春、大阪杯を制したデイビショップ。 直前まで天皇賞(秋)に直行と思われていたのが、まさかの参戦。 

 一昨年のダービー勝ち馬であるトリフォッリオが最有力だと思われていたが一気に混迷した。

 というのも、トリフォッリオもデイビショップも逃げ馬であり、直接対決は今回が初めて。

 展開次第で切れ味が凄まじい、牝馬に時折見られる強烈な追い込み馬であるオークス勝利馬アライアスクイーン。

 エリザベス女王杯も見事に差し切り勝ちをしており、先の宝塚記念でも印象に残る強い負け方をしている。

 同じく後方から捲って鋭い差し脚を持っている、GⅡでは多くの勝ちを重ねて、いよいよ次の天皇賞でGⅠ戦線へと駒を進めようかという古豪オーワッチャーに勝ちの目が生まれてきた。

 予想屋である彼が本命にしたのはデイビショップだ。 

 大阪杯で絶対本命視されていた昨年のクラシック三冠馬クアザールを撃破した、謎の条件馬。

 遅れてきた怪物なのか、それともクアザールの油断だったのか。 それがハッキリするのが今回のオールカマーになるだろう。

 その他の馬に目を向ければ、夏の上がり馬のギンボシが不気味な存在だが、2000以上の距離は初。

 ネイヨンハルベルトはオーワッチャーと同じく、GⅠ戦線でも活躍しているが中長距離よりはマイルよりの適正に加えて、ネイヨン軍団の呪いとして大外を引いた為に除外された。

 一番の謎なのはワイルドケープリというダート戦線を走っていた7歳馬の突然の挑戦。

 だがこれは、誰がどう見ても考慮に値しない存在で、ワイルドケープリが勝つような事があれば事件だろう。

 ネット上では揶揄うような表現、もっと言えば暴言にさえ近い言葉ばかりでワイルドケープリという馬に期待をする者は皆無であった。

 予想屋を自称している以上、普段よりも念入りにワイルドケープリという芝重賞への参戦馬の情報を集めていたが、新聞・SNS・その他メディアの情報を追っても特筆すべき物はまったく見当たらない。

 過去の記事や掲示板のログでさえ追ってみたが、何も分からなかった。

 強いて言えば脚質が追い込みで、ダート競争では本格化し始めたかもしれないこと。

 その末脚は本物であること位だが、同じ脚質で既に芝競争で実績のあるアライアスクイーンが居るのだから、それが脅威にはなり得ないだろう。

 

「ん? 通話?」

 

 携帯電話を見てみれば同じように趣味で競馬予想をして動画をあげている仲間からのものだった。

 付き合いは長いがそんなに頻繁に話をする仲でもない。 首をひねりながら通話のボタンを押してみる。

 

「どうしたんだ?」

「いや、現地に来てるんだけどさ。 俺の動画を確認してほしくて」

「動画? 最新の予想動画でいいの?」

「そうそう。 昨日アップしたんだけど、どれに印つけてたか忘れたんだよ」

「はぁ? なんじゃそりゃ。 自分で見りゃいいじゃないか」

「色々と慌ただしくてなぁ、動画もやっつけで作っちまった。 しかも携帯のWi-Fiを忘れたんだ。 いやぁ、パドック見てたらデイビショップの出来がやたら良いからさぁ」

「ふーん、予想は俺と被ってるな。 ああ、これか。 ちょっと待てよ……おっと、印がついてるのはオーワッチャーとニューアジャーニーだな」

「ほんとに? じゃあそっちは買っておかないとアカンか。 ちなみに、そっちは印はどう打った?」

「ワイルドケープリだな」

「はー? ワイルドケープリって地方馬だったよな? マジかアンタ?」

「はははは、冗談だって。 流石にワイルドケープリは買えない買えない。 まぁ穴党のワッショイさんなら買ってるかもしれんけど」

「そうだよな、まぁ流石に?」

「そうそう、流石に。 デイビショップ本命だよ、俺は」

「あー手堅い。 トリフォッリオも人気してるけど、パドック見てるとデイビショップ優勢かも。 ああ、ワイルドケープリはパドックで物見してるぞ」

「それはいらん。 まぁ貴重な現地情報ありがとな。 幸運を祈るよ」

「おーう、今度飲みに行こう、またなー」

 

 電話を切ってしばらく、オーワッチャーはともかくニューアジャーニーに印を打ったのは中々に冒険だなと一人ごちる。

 確かに実力面で言えばニューアジャーニーにもチャンスはあると思う。 桜花賞を獲っているからGⅠ馬の力を持っているのは明白だ。

 しかし、クラシック期の秋競馬は怪我で棒に振ってしまった。 春に復帰してからしばらく、着順は振るわずに札幌記念で2着に食い込んできたが、更に距離を延長しての挑戦となる。

 この距離で実績のあるアライアスクイーンを蹴って、好走したとはいえローテーションも厳しいオールカマーで印を打つのは難しいと思うのだが、他に買いの材料になる情報があったのだろうか。

 暫く考え込んでいたが、気が付くと目の前のモニターからはファンファーレが鳴って、出走馬が続々とゲートへと入っていく。

 アナウンサーの口上が始まり、一瞬の静寂。

 このゲートが開くまでの一瞬が、予想屋の男にとっては一番好きな瞬間だった。

 知らず笑顔になり、音がなる。

 ゲートが開いてわっと飛び出していく中で内枠の一頭が明らかに出遅れて思わず、うおっ、と声が出る。

 アライアスクイーンかニューアジャーニーか、と目を凝らせば、帝王賞から乗り込んできた謎のダート馬、ワイルドケープリであった。

 

「あらららら、終わったなぁ」

 

 男は苦笑しながらも安堵する。

 予想屋からしても突然に芝に挑戦してきた不気味だった存在。

 ワイルドケープリから意識を外してカメラが追っている先頭集団へと真剣な目を向けた。

 

 

 

―――知らない奴しかいねぇな

 

 俺はパドック、待避所のぐるぐるを終えてゲートの前に着くと、騎手もウマも見知った顔が誰一人として居なかった。

 ゲートに入る前にぐるぐると回っているウマ達の中で足を止め、緑の大地をじっと眺める。

 シバとダートではかなり赴きが変わっていた。

 どちらでも実力を発揮できるウマというのは珍しいのかも知れない。

 走る事そのものは出来るが、レースに臨むという前提で考えると確か芝とダートを同じレベルで走るというのは、なかなか大変な作業だろう。

 芝はダートの様に、地面を叩き粉塵を撒き上げるように走ろうとすると脚を捕られやすい。

 過剰な力で走れば速度が殺されるし、走っている最中にバランスを崩す可能性が高くなるので上のニンゲンともテンポがずれる。

 

 俺はそれでも胸を躍らせていた。

 こうした慣れない事や初めての事に相対するのは楽しさを感じる。

 観客席スタンド前に集まって、レースの発走を待っているニンゲン達を一瞥。

 俺の人気は一番低かった。 初めてシバを走るからだろう。

 今日、俺と一緒にレースを走る事になる顔ぶれを見て回ったが、シバでぐるぐるの実績を積み上げてきた奴等であることは一目でわかった。

 やる気のある奴、無い奴の差はあったものの、自信も勝気も溢れているのが大半だ。

 スターのガキみたいに威嚇してくるような奴は居なかったが、俺を見ても路傍の石が歩いているかのような反応ばかり。

 まぁ、シバのレースに初めて顔を出したのだから舐められている事に否応は無い。

 

 それはそれとして、ハナから負ける気もないけどな。

 

 ぐるぐるを負けるのは、悔しいことだと俺は知っている。

 何時の間にか空を見上げていたらしく、シュンに首を押されたことで自分がゲートに入る番だという事に気が付いた。

 

 

 さて、やるか。

 

 

 ゲートが開く。

 シバでスタートの練習だけは出来なかったから、そっと脚を伸ばしてスタートダッシュは切り捨てた。

 何時もなら暴れだすシュンも、今日はそれを覚悟していたのか。

 何もせずに俺のペースのまま手綱を揺らした。

 

 脚を踏み出す。

 脚を踏み出す。

 前を走るシバウマ達を尻目に、俺はゆっくりとギアを上げていく。

 バランスは成立している。 シバに合わせた力加減を調節し、蹄を大地に立てる。

 視線を前で走る10頭のシバウマ達に向ける。

 繰り出す脚、引き付けて、大地を蹴り上げて芝生を抉る。

 それぞれ多少の走法の違いはあれど、参考になるじゃないかと脳裏に焼き付け模倣し―――俺は力を抜いてリラックスして追走した。

 ヤル気の無いように見えるかい?

 そうじゃない、俺は今この瞬間、最もシバを走るということを学習している。

 目の前に最上と言っても良い、シバを走ってきたジューショーバが居るのだから。

 そうして悠々とターフの上を走っていると、去来するのは焦げ付いた過去の追憶だ。

 

 俺が台無しにした日々はいったいどれ程の物になった。

 描いた未来から目を逸らしてどれほどの期間、無駄にしたか。

 

 シバを走って思うのは俺がこの挑戦を楽しんでいるということだ。 

 何度も繰り返した失敗、そして失った時間を取り返すための挑戦なのだと、俺は理解している。

 俺だけではなく、俺に関わったニンゲン達も同様であったことを知った。

 ボクジョウで、ハヤシダキューシャで、そしてウマヌシも。

 まぁ、実際のところ俺にはそれほど関係がない、無意味な感情を乗せられているだけだが、ついでに想いを汲み取ってやっても良いくらいの物だ。

 そうした数多くの奴等と、俺自身が失敗を繰り返し、失態を演じて、俺は彩の無い世界に閉じこもっていた。

 俺はまだまだぐるぐるを走りたい。

 だから、まだ遅くない事をニンゲン達に証明する為にも、俺は出来る限りレースに勝たなければいけないんだろう。

 オールカマーはシバのジューショーだ。

 ぐるぐるを走り続けるためにはジューショーを獲らなくてはならない。

 ああ、そうだ。

 まとめて面倒を見てやると、言っちまったからな。

 仕方が無いから、全員連れて行ってやるさ。

 

 シュンの掌へとワイルドケープリは意思を伝え、手綱から口の奥へ返答が返る。

 ゆっくりと、たどたどしかった互い思惟が馬具を通して一頭と一人の距離が近くなって、速くなった。

 2200の距離。 走破すれば僅か2分と少しばかりの時間が無限に引き延ばされ、踏み出す脚が芝生を蹴り上げ大地を抉る瞬間までも明確に把握することが出来た。

 一つだけ、互いに完全に理解していることがあるのならば、それは一つだけだ。

 

―――"俺は" このままじゃ終われない

 

 馬具の軋む音のズレが限りなく0に近くなり、ワイルドケープリは次の一完歩で普段よりもシバを走る体が頭一つ低く沈んだことを体感した。

 一瞬、ワイルドケープリは反射的に耳を後ろに向け、駿が背中に乗っている事を確認してしまった。

 居る。

 ちゃんと居るじゃねぇか。

 60戦以上ぐるぐるを回って、走ってきて初めての感覚。

 それはお互いがそうだろう。

 揺れ行く身体を通し、唇に残る震えが駿の緊張を一瞬だけ表わしていた。

 俺は笑った。

 土壇場だろう。 だが間に合った。

 心の奥底でほんの少しだけ恐れていた不安の種が、かき消える。

 毎回思うが、俺達はレースをスマートに決められないな。

 いつも何かしらが遅れている。

 だが、良いじゃないか。

 俺も、俺に携わってきたニンゲンも、失敗ばかりしてきたからこそ、俺達に過程はさほど重要じゃない。

 今は結果が手に入れば良い。

 俺とシュンはお互いに、今この瞬間に『走る』ことが出来た。 ニンゲンと馬が一緒に走るということがどういう事なのかがお互いに理解できた。

 沢山のぐるぐるを走ってきて、ようやくだ。

 向かい正面の直線を向いて照りつける太陽の日差しがワイルドケープリの前に広がった。

 影となって伸びた10頭の駿影がターフに連なり伸び行く。

 おおよそ10馬身。

 俺はまた笑った。 シュンもきっとそうだろう。 ああ、良い具合の『差』だ。

 スローペースってやつか? 今回ばかりはありがてぇな。

 

 レースの状況を理解した瞬間から、溢れ返るほどの本能が前に追いつき、抜かせと命令を送りはじめる。

 今この瞬間、俺とシュンは【一緒に走る】ことが出来るから、猶更に煮え滾り、全身が震えた。

 在って無いような馬身差だ。

 今すぐ、そう今すぐに―――

 ワイルドケープリは爆発しそうな感情を無理やり抑え込む。 本能を理性で蓋をする。

 ここで『掛かる』と負ける。

 レースとはそういうものだ。 

 明確に開催日と定められたゴールがあるから、天候も馬場状態も駆け引きも工夫も展開も生まれる。

 ただニンゲンとウマが一緒に走るだけの事ならば、こんな大がかりな設備やルールを整える必要もない。

 レースをしなければ、レースに負けるのは必然だ。

 蓄積された60戦以上の経験則と観察し記憶してきた知見が本能を抑え込み、口の奥で逡巡している"相棒"に、ハミを緩める事で伝えた。

 口元を薄く揺らすだけでいい。

 それだけでシュンは理解する。 俺と一緒に『走る』シュンは理解してくれる。

 そうだろう。

 

―――どうせ最初から遅れてるんだ、追い抜くのは最後で良いじゃねぇか

 

 三つ目のコーナーへと侵入していく。 視界の先に明確なルールであるゴールの板が見えてきた。

 最後方を走るウマにペースを合わせるように追走する。

 カラカラと馬具が鳴っていた。

 鐙が腹を打つ音が耳朶に響く。

 

 まだか。

 

 煮え滾る『行き脚』を必死に抑える。 第4コーナーの終わりが嫌に遠くに思えた。

 膨らんでいく他のウマ達が、都合が良いくらいに俺が潜れるスペースを広げていく。

 まるで罠を仕込んでいるかのように、さぁ食らいつけと誘われているかのようだ。

 

 まだか。

 

 シュンの荒くなっている息遣いが聞こえてくる。

 最後方に居た他のウマ達がギアを上げて、前目のウマ達に食らいつこうと襲い掛かった。

 焦れているシュンに対して身体を揺らす。

 まだだ。

 先頭集団が4コーナーを回って観客席から数えきれないほどのニンゲンの歓声が大きくなっていく。

 コーナーを膨らんで外目につける。

 他のウマ達が目の前から消えて。

 

 

―――そして開けた。

 

 

 一直線にゴールまで続く新緑のターフの道。

 10頭。

 俺が抜かすにはまだまだ十分な距離。

 内々による他馬をよそに、俺は外目めがけて飛び出した。

 馬場およそ四分どころ。 

 一直線に開けた緑色の大地に、どこまでも伸びた一筋の道を幻視する。

 

 

 俺はこの光景を待っていた。

 

 

 俺は色濃い緑の道を見据え、初めて走る事に関して、レースをする事に関して、考える事を止めた。

 ただ一つの思いを、全力で身体全体で表現をする為に。

 

 

 たった一つ。 勝利という 『結果』 を目指して。

 

 

 

―――本能を解放しろ

 

 

 

    不要を削ぎ落せ―――

 

 

「おいおいおいおい! なんじゃあそりゃあ!!」

 

 モニターの前で一人の男が叫んだ。

 

「beautiful……」

 

 ターフの上でジョッキーの一人、リーディングに名を連ねる外国籍の男が、自身の騎乗を一瞬忘れて声を唸らす。

 あっという間に外を突き抜けて行ったワイルドケープリに目を奪われる。

 その光に照らされた鹿毛の雄大な馬体が。

 長く伸びた鬣と尻尾が揺れて、新緑の大地を力強く蹴り上げる姿が。

 あまりに現実離れした光景に美しさすら覚えて、鎬を削る勝負の場であることさえ忘れかけてしまった。

 

 

 スタンドに集う者たちも、先頭を走る集団を他所に、ただ一頭。 

 

 

 まるで早送りしたような、大外の最後方からの加速に誰もが目を奪われた。

 場内アナウンサーの声が、一際大きく上がって。

 

 

「外から飛んで来たワイルドケープリ!」

 

 

 歓声と罵声の渦は言葉超えて世界を轟かせる。

 そして震えた世界が一完歩、脚を繰り出すたびに揺れて驚嘆を呑みこむ。

 だが、分かるぜ。

 俺が、他の誰でもない、今この音を―――命を揺らしているのが俺だ。

 この場所は放逸され、先の見えない景色と音に満たされている。

 俯瞰してこの場所を捉えることが出来たからか、俺は気づいた。

 

 先があった。

 

 それは光だった。

 

 光が命を揺らす光景の先に迸り、ただ前を走って向かう俺を飲み込もうとしていた。

 違う、この光の先に何かがある。

 根拠も理屈も無い、ただそう思い込んでいただけなのか。

 ひたすらに前を見て走るだけの俺には分からなかった。

 無心に光を追いかけた。

 それこそ、幼かった俺が無我夢中にブッチャーの背を追いかけていた時の様に。

 次第に光の先の何もかもが消え去って、俺自身も上下左右を見失った。

 

     脳が、焼き切れそうだった。

 

「―――デイビショップ広山應治! 懸命に逃がすがワイルドケープリに捕まった!

そのまま一馬身! 二馬身! どんどん突き放して今! 今ゴールイン!

ワイルドケープリだ! 信じられない結果になりました! ワイルドケープリです! 第××回オールカマー、優勝はダート地方馬、古豪の挑戦者! 驚異の末脚が炸裂したワイルドケープリでした!」

 

 認識できたのはそこまでで、何も思考することなく。

 何ものも認識する間を与えず。 他の誰よりも速く俺はゴール板を駆けて、それでも光の先へと脚が勝手に弾んだ。

 気付いたのはシュンが俺へ止まれと意思を示して、少し経ってからだった。

 吠えて嘶いていたのにもそこで気付いて、ようやく俺は行き脚を緩めた。

 

 同時に音が戻ってくる。

 少しばかりざわついた、困惑するような雰囲気でぐるぐるは揺れていた。

 

 その風と大地から響く音が心地よく、俺は暫くの間ずっとそこに立って動くことをしなかった。

 この余韻は経験したことが無い。

 ああ、まったく。

 命を揺らす先……そう、言うなればブッチャーが残してくれた場所の先に、続きがあった事に、俺は今ぐるぐるの中で気づいた。 

 あんな光が在ったなんて想像もしていなかった。

 そうか。

 ぐるぐるで、俺が目指すべき場所はあの光の先なのかもしれない。

 命を揺らす場所そのものを。

 そのすべてを呑みこもうとする。

 あの光の先には何が待っているんだ?

 ターフの上をゆっくりと、観客席へと向かって走っていく。

 ざわめきが歓声へと変化し、シュンが拳を握って大声で叫んでいる。

 何度も何度も手を振り上げ、身体全体で勝者が誰なのかを誇示していた。

 

 そういや、スパートしてからシュンが上に乗っている事なんてまるで考えることも無かった。

 2200を走ったというのに、そんなに疲れてもいない様に感じる。

 

 ターフの上で空を見上げる。

 光の先という未知を知って興奮を覚えている。

 荒げた呼吸は、疲労ではない。

 こんな昂りは記憶にすらない。

 快楽とも言えそうな感情が身体の奥底から突き上げてくる。

 落ち着ける様に一度を目を閉じて息を吐き、それから首を下げて目を開く。

 視界に目の前にまで来たスタンドと無数のニンゲン―――そして俺とシュンが。

 

 ターフを一人と一頭、走っている。

 

 

 ああ、なんだよ。

 

 

 

 

 こんなに気持ち良かったんだな 『走る』 ことは。

 

 

 

 

 俺は清々しい気持ちでウィナーズサークルへと軽い足取りで向かって行った。

 シュンはまた、両手を天に突き上げて、叫んだ。

 

 ああ。

 

 俺達の 勝ち だ。

 

 

 

    GⅡ / 産経賞オールカマー  

中山競馬場 芝2200m 晴れ/良 全11頭 2:11:05   上がり3F 32.0

 

1着 2枠3番  ワイルドケープリ   牡7 林田 駿  人気11  厩舎(園田・林田巌)

2着 3枠5番  デイビショップ    牡5 広山 應治 人気2  厩舎(栗東・満司 史朗)  2馬身

3着 1枠2番  アライアスクイーン  牝4 大倉 健吾 人気5  厩舎(美浦・富士野 遙) ハナ

4着 5枠7番  オーワッチャー    牡5 牧野 晴春 人気3  厩舎(栗東・鯨井恭二)  アタマ

4着 5枠8番  トリフォッリオ    牡4 田辺 勝治 人気1 厩舎(栗東・大迫 久司)  クビ

 

 

 

 

 

  ダート馬がオールカマーを獲るwwwww 884

  【鬼脚】ワイルドケープリとかいうダートの追い込み馬が芝最強説【ディープ並みの加速】 1000

  デイビショップとはなんだったのか 1000

  芝馬だった疑惑 ワイルドケープリ 1000

  園田から現れた謎の芝馬 ワイルドケープリ 1000

  林田とかいう無名ジョッキー天才疑惑【ワイルドケープリ】 51

  この結果は何!? 総合スレ 1000

  芝2200上がり3F32.0とかいうダート馬が叩きだした時計 721

  ワイルドケープリはフロック 1000

  園田競馬の駄馬に千切られたカスどもwwwww 1000

……

 

  

 

 



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十話 挑戦

 

 

 

            U 22

 

 

 

 オールカマーでの騎乗を終え勝利ジョッキーインタビューや諸々の手続きを済ませると、検量室で顔を洗う。

濡れ切った顔をタオルで拭こうと、手を伸ばした時に人影に気付いた。

 

「先輩、おめでとうございます」

「牧野……」

 

 牧野騎手からタオルを手渡されて、濡れた肌を拭う。

想像していたよりも非常に落ち着いた様子に、牧野は驚きを覚えながらも口を開いた。

 

「ワイルドケープリ、凄いですね。 芝重賞をいきなり取ってしまうなんて」

「……ああ、本当にすごい馬だよ」

「あはは、ちょっと意外ですね。 先輩は、もっと喜んでるかと思いました」

「そうだな……ちょっと前までは舞い上がって喜んでいたと思うぜ」

 

 タオルを握りしめている手をじっと見つめて、駿は感情を振り返った。

嬉しいか、それはそうだ。

JRA騎手として乗鞍と勝利を求めていた若かった時代、もしもオールカマーのような伝統ある重賞競走を勝っていたら狂乱するほどはしゃいで居たことだろう。

いや、半年前―――ダイオライト記念に挑戦していた頃でもそうであったに違いない。

ずっと競馬に携わって、それなりにレースを経験してきた。

ジョッキーとして何度夢を見た事か。

長年夢を見て、諦めて、それでもしがみつこうとして、逃げ出して―――ワイルドケープリに出会ってついに手に入れることが出来た、中央競争の初の重賞制覇の栄誉。

ああ、嬉しい。 嬉しいさ。 当たり前だろう。

でも、そんな自らの夢を叶えることが出来た歓喜よりも、それ以上に大きく自分の中で唸りを上げているこの感情は、安堵の方であった。

ワイルドケープリに走ることを認められた安堵だ。

かつて3歳ダートクラシック路線に進んだワイルドケープリは、間違いなく駿を騎手として認めていなかった。

いや、ただレースを走る為に必要だから背中に乗せていただけの存在だった。

乗り役として全うに仕事をこなせないどころか、居ても居なくても変わらないただの重しであった。

鞍上としてワイルドケープリの背に乗っていたからこそ理解できる。

乗り役の駿と、レースを走るワイルドケープリのお互いの距離感には見えない壁があって、いわゆる『折り合い』があう事が無かった。

それはダイオライト記念を走る前も。 その後も。

駿の勝手な都合や意思、ワイルドケープリの思惟や、やり方でずっとそうだった。

だけど。

 

「……やっと、馬と……ワイルドケープリと一緒に走ることが出来たんだ。 それが一番、俺にとっては大事な事だって思ったよ」

「馬と、走るですか」

「ああ。 俺はそれが……そうだな、それが一番嬉しいな」

 

 笑みを浮かべて手を握られ、牧野は駿の表情を眺めながら、今の言葉の意味を考えてしまった。

騎手なのだから、馬と一緒に走るのは当たり前の事なのだが、駿が言っているのはそういった意味ではないのだろうと思った。

考えに耽ってしまいかけた所で、短期来日しているアメリカ人ジョッキー、レイモン騎手が後ろに立っている事に気が付いて牧野は思わず身をよじる。

 

「うわっ、びっくりした! 急に後ろに立つなよ!」

「ソーリー、ゴメンね、マキノ。 へい、ハヤシダシュンさん! ハジメマシテですか!」

「あ、ああ、初めまして。 確か、レイモンさんだっけか?」

「そうです! 私はレイモン・B・オールマンと言います! ヨロシクね! ヨロシク!」

 

 笑顔で詰め寄られ、身を引いて苦笑する駿にレイモンは感動した様子で彼に声をかけた。

 

「美しい騎乗デシタ! ワタシ、またアナタと走りたいですね! ワイルドケープリはとても良い馬ですね! アリガトウございましたね!」

 

 ニコニコと上機嫌に、何の忖度も感じさせずに手を差し伸べられて駿は一瞬呆気に取られた。

ややあって、その手を駿は笑顔を浮かべて握り返す。

やはり、他の人から見てもワイルドケープリと走る事ができていた。

客観的な視点からもそう見られていた事に、駿は喜色を浮かべたのだ。

 

「ありがとう、レイモン。 機会があるかは判らないけれど、その時がきたら宜しく頼む」

「ハイ! また会いましょう、ハヤシダさん!」

「あははは、ったく、レイモンほんと元気だな。 若いっていいっすね、先輩」

「お前だって年老いてるわけじゃないだろ」

「そうですけどね! それじゃ、次の乗鞍もあるんで、俺はこれで。 先輩、改めて重賞制覇、おめでとうございます!」

「ああ、牧野。 ありがとう」

 

 今からだ。

今、この時からが、本当の俺の―――林田 駿という騎手の挑戦だ。

初めてワイルドケープリと一緒に走ることができた、その手応えが掌に余韻として残っている。

牧野を始めとした、中央重賞で勝ち負けを経験しているようなトップジョッキー達にとっては当たり前のことかもしれない。

だが、駿にとっては大きな気付きと経験であり、そして未来に光が差すような手応えであった。

オールカマーは、ワイルドケープリと挑戦することの通過点にすぎない。

そうだ、駿自身も、父の巌も、そして馬主である柊オーナーもここが出発点なのだ。

目指す頂きはここではない。

夏に会合を開いて貰った料亭での出来事を、瞼を瞑れば容易に思い出すことが出来た。

行けることまで行く。

ワイルドケープリが、その闘志を燃やし尽くすまで。

 

「っし……」

 

駿は、無意識に力を込めて握り込んでいたタオルを肩にかけ、中山競馬場の検量室を後にした。

 

 

 

「いや、こりゃあ凄いな。 初めて芝を走って最後方から上がり3F32.0でごぼう抜きとは……」

「凄まじい末脚でしたねぇ。 こんな7歳馬はなかなか居ませんよ」

「歳もさることながら、相手も一流だぞ。 追い込み馬がハマる展開は色々見て来たが、コイツは鳥肌がたつくらい凄まじかった」

「そうですね、ワイルドケープリ……次走はオールカマー獲ったし天皇賞秋に直行ですかね?」

 

 ネットに競馬記事を上げているメディアの記者たちは、オールカマーで断トツ最低人気のダート馬が見せた驚異の末脚にネタの鮮度を見て今後の動向に注視していた。

今年の競馬、中央と地方を含めた馬券オッズで単勝最高額を叩き出したことも含め、既にインターネットの動画サイトでは複数のレース映像が出回っており、かなりの話題になっている。

一昨年のダービー馬トリフォッリオか、それとも春の大阪杯で三冠馬のクアザールを破るという快挙を成し遂げたデイビショップか、というレースが蓋を開けてみれば謎の伏兵にごぼう抜きにされるという衝撃の結末である。

何かの記念参加のような物だろう、と歯牙にもかけていなかった馬が中央の重賞という舞台で激走したのだ。

実際、ダート出身のワイルドケープリが芝の重賞に挑戦というだけで、心無いネガティブな反応が世間を風靡していた。

ダート路線の整備が始まった頃から、地方馬が芝に挑戦する気風も珍しくなり、重賞ともなれば住み分けが確立した昨今の競馬ではまず見ない光景だったからだ。

そんな馬に後塵を拝したデイビショップなどは、やり玉に挙げられて扱き下ろすような発言をしている人たちも居る。

だが、それは違う。

決してレベルの低いレースではなかった。

集まった面子もそうだし、競馬の展開としても凄まじくタフな物だった。

ラッキーパンチやフロックなどとはとても呼べない真っ当な勝利。

少なくとも競馬関係者が見れば、ワイルドケープリの実力を率直に認めていることだろう。

 

「次走がどこかはともかく、是非とも一度取材してこの馬の事を知りたいな。 明日の朝から早速取り掛かってみよう」

「分かりました、ちょっと許可を貰える前提で準備しておきます」

「頼んだ」

 

 オールカマーの優勝馬には天皇賞(秋)への優先出走権が与えられる。

普通に考えれば次走は天皇賞になるだろう。 面白い伏兵が出てきたことに、知らず笑みを浮かべてしまう。

 

しかし、林田厩舎への取材を終えると記者たちは途端に困惑の表情を浮かべていた。

今時代になってこんな『攻めた』陣営が存在するとは思わなかったから、余計にその戸惑いは強かった。

 

 

 

「え、天皇賞に直行ではないんですか?」

「そうですね。 天皇賞の前に、マイルチャンピオンシップ南部杯に向かいます」

「なるほど、やはりダートに……え、天皇賞の前に?」

「ええ、なにか?」

 

 巌は動揺したかのように困惑する記者を前に、不思議そうに眼鏡の淵を持ち上げた。

マイルチャンピオンシップ南部杯への出走を取り決めたのは、確かに急な話だったかもしれない。

しかしオールカマーを走り終わったワイルドケープリの様子から決断に踏み入った。

とにかくワイルドケープリのやる気が満ち溢れていて止まらないのだ。

何度も何度も、確認をした。

それこそ芝を主戦場として走ってきた強豪が集い、激走したばかりのオールカマーを走った直後だ。

脚、顔、発汗具合。 馬体のバランス、蹄の傷み具合や歩様や体温。 そして食事に、その便まで。

あらゆる面から見てもワイルドケープリのフィジカル面は完調であった。

そしてメンタル面は言わずもがな。

あえて巌は不遜を承知で言ってしまうが、ワイルドケープリが求める勝利への渇きは 『オールカマーごとき』 では満たされなかったらしい。

当然、満足してもらっては困るのだが、それでも帝王賞を走った直後と比べても遜色のない、覇気が鹿毛の雄大な馬体から日を追うごとに溢れだしているのだ。

さぁ、俺を走らせろ。

次はどこのレースだ。

喋れないはずの馬が、声を大にしてそう訴えかけているように。

 

「かなり厳しい日程になるかと思いますし、メイチで仕上げてくる馬も当然、出走してくると思います。 その事については?」

「相手が強いことなど、最初から分かっている事です。 マイルチャンピオンシップ南部杯も、天皇賞秋も、登録時点で出走予定の馬は確認しています」

「では、南部杯ではダークネスブライトやネビュラスター。 天皇賞秋では三冠馬のクアザールなどが居ることは承知であると」

「勿論。 なんなら記事にしやすいように言ってやりますよ。 勝つつもりです、我々は」

 

 おぉっ、とどよめく取材陣に記者の一人は喉を鳴らした。

オールカマーが開催されたのは9/25日。 盛岡競馬場でマイルチャンピオンシップ南部杯が開催されるのは10月9日。

中一週、それも輸送を挟んでダークネスブライト、ネビュラスターとぶつかる事になる。

しかもその後、11月1日に開催予定の天皇賞(秋)に向けて東京競馬場へと脚を伸ばすということだ。

その上で勝つ?

何を言っているんだ。

ダークネスブライトやネビュラスターに、当のワイルドケープリ号は勝利をしたことすら無い。

ずっと走っていたダート馬であるワイルドケープリ号が、大阪杯こそ取りこぼしたものの昨年、コントレイル以来のクラシック三冠を成し遂げ有馬記念と天皇賞(春)、宝塚記念を制覇して既にGⅠ6勝を挙げているクアザールにも勝つだと?

底知れぬ自信を見せた巌に、集まった記者の一人が今しがた思ったことを追うように口を開く。

そうだ、どこからその自信が来る。

はっきり言わせて貰えば、馬を酷使するだけの酷いローテーションなのではないか。

 

「さて、どこで誰が相手でも我々は挑戦する側です。 ワイルドケープリのベストを我々は探り、その中で挑戦をするだけなのです。

 我々がただの馬鹿であったのか、そうでないのかは挑戦を終えた後に思う存分、寸評して頂ければ結構。 どこまでも行くし、どこまででも止まらないつもりです」

 

 

  【ワイルドケープリの次走は マイルCS南部杯。 掲げるのは挑戦の二文字か】

 

中山で開催されたGⅡ競争。 産経賞オールカマー(9/25日。 芝2200) で勝ち馬となったワイルドケープリ号(牡・7歳)

地方競馬から中央重賞を制した馬は数多くいるが、転厩せずに地方馬のまま中央重賞を勝利した馬となると久々の快挙と言えるだろう。

そのうえ、上がり3Fのタイムは32.0。 競馬に触れて長い人ほど、この数字がどれだけ驚嘆する物なのか理解できるはず。

今、競馬関係者はもとより、その圧巻のオールカマーで話題を攫っているワイルドケープリ号に我々は取材を申し込んだ。

ダートから芝への転向そのものが珍しいが、取材班がワイルドケープリ号を管理している林田調教師のもとへ訪れると、非常に驚かされることになった。

それは陣営がかなり強気にローテーションを組んでいるという事実である。

題した通り、オールカマーを見事に勝利したワイルドケープリ号は、その次走をマイルCS南部杯へと進める方針だと、林田調教師は言う。

実はこのマイルCS南部杯には帝王賞にて惜しくも敗れた、ダークネスブライト号とネビュラスター号が出走を表明している。

ワイルドケープリ号にとっては中央重賞の勲章を引っ提げて、リベンジに行くという形になる。

ダート重賞はダイオライト記念だけしか取っていないワイルドケープリ号。 本質的にはやはりダート馬ということで、次走の選定は納得のできるものだ。

しかし、我々が驚かされたのは、その後だった。

なんとマイルCS南部杯を走ったその後は、優先出走権を得た 天皇賞(秋) へと向かう事を、この時点で陣営は表明している。

調教師である林田 巌(71歳)が話している事から分かる通り、馬主である柊 慎吾氏も納得しているということになる。

オールカマーから南部杯には中一週。

南部杯から天皇賞(秋)では中二週という、凄まじいローテーションだ。

短期間に集中してレースを組むこと。

オープン馬クラス以下の競走馬には、まだ連闘をすることがあるなど決して珍しい事ではないとはいえ、中央重賞を勝ち取った馬がこれだけ『攻めた』ローテーションでレースに挑む事は珍しいだろう。

筆者の記憶によれば、こういった変則的なローテーションを採用する陣営は失って久しい。

しかし、ワイルドケープリ号は年齢的な意味合いでも挑戦をしなければいけないのかも知れない。

天皇賞(秋)以降の予定は未定とのことだが、オールカマーで見せたような凄まじい驚異の追い込みを、砂の舞台でもう一度見せてくれるのだろうか。

そして陣営にとっての挑戦が良い結果になれば、競馬の歴史にまた一つ、偉大な蹄跡を残してくれるのではないかと筆者は期待せずにはいられなかった。

時代に反するように挑戦をしていく姿勢。

年甲斐もなくワクワクとする、期待を胸にワイルドケープリ号の幸運を私も祈りたいと思う。

 

 

   【ダート王者ダークネスブライト・連覇へ自信を漲らせる】

 

 

 帝王賞を征した後、放牧に出されて心身共にリフレッシュしたダークネスブライト号。

ダート界隈を牽引する、世代の顔役として名実ともにその実力を発揮している当馬は、次走を昨年も勝利を飾ったマイルチャンピオンシップ南部杯へと定めた。

2歳から3歳まで、本格化する前は苦難の道のりを歩んでいたダークネスブライト号。 調教師である羽柴 有信は体調の管理に最も気を使っていたという。

ドバイワールドカップを含め、4歳春から本格化してからはダート競争で圧倒の戦績を残してきた。

その原動力としてダークネスブライトを支えてきた陣営は、決して苦い蹄跡を刻んできた3歳までの道を忘れてはいない。 

体調にひ弱な面があることが弱点であった。

風邪をひく、バボウの中で倒れ込む、のど鳴りが出る、などダークネスブライトは事あるごとに体調面に不安を抱え、出走数の少ない限られたチャンスで勝利をもぎ取ってきた馬である。

格別の勝利の味も、辛酸にまみれた敗北の味も経験してきた。

気性面は競走馬と思えないほど穏やかなこの馬が、勝負の場所であるレースで結果を残しているのは、陣営の努力と愛情、そして人と馬の間にある深い絆を結んでいることである事は、明白だ。

そんな陣営が今回ばかりは文句なし、と追切後のインタビューで自信をのぞかせた。

羽柴氏は誰が相手でも負けないくらいに仕上がった、体調面も万全、後はレース当日まで気を抜かないよう様子を見るだけです、と胸を張ったのだ。

ダート王者として、決して平たんではない苦難の道を乗り越えたダークネスブライト号が、その実力を遺憾なく発揮する舞台が整ったのである。

マイルチャンピオンシップ南部杯連覇。 その栄光はもうダークネスブライト号の足元にまで来ているのかもしれない。

 

「連覇が目の前に? 口が裂けてもそんなことは言えないよ」

 

 羽柴調教師は、目の前の記者を笑い飛ばすように鼻を鳴らす。

ダークネスブライトの実力は本物だ。

それは残してきた実績と勝利の数が言葉にせずとも証明している。

ダートの世界でがむしゃらに、ひたすらに勝利を目指してきたからこそ、掴み取れた結果だ。

多少の幸運もあったが、差し引いてもダークネスブライトが力で捥ぎ取ってきた栄誉である。

弱点である、ひ弱な体質面に対応する為にあらゆる手段を講じてきた。

馬具の調整、装蹄に臨む時期、レースに向けて仕上げる為の調教指示の選択。

最もダークネスブライトの波長に合う騎手の選定から、普段の過ごし方まで。

輸送にも弱く、ドバイワールドカップの話が持ち上がった時に、馬主に最初に難色を示したのは羽柴調教師だった。

本格化を迎えて勝利を積み上げた栄光とは裏腹に、厩舎内でダークネスブライトは苦しみに喘ぐ日々が長く続くようになった。

どれだけ神経質になっても満たない。

過度とも思えるほどケアをしても、万全とは程遠い。

ずっとずっと、何時でも何処であっても、ダークネスブライトという馬にとってレースに臨むことは、言うなれば挑戦だ。

王者などと持て囃されていても、勝利を確信して送り出したことは一度も無い。

此度のマイルチャンピオンシップ南部杯だって、調整こそは今のところ上手く行っているが、何時ブライトの体に変調が起こるか分かったものでは無いのだ。

それでも勝利を手に入れる事が出来ているのは、その素直な気性と、人間好きな性格ゆえだろう。

どれだけ苦しくてもダークネスブライトはレースに臨めば懸命になる。

人が厩舎に居なくなると、寂しさから声を上げて嘶いてくる。

鞍上の川島の意思に素直で、どんなレースも変幻自在な脚質を用いて必死になって勝利を手繰り寄せて。

先頭でゴールし、勝負に、レースに勝つことで人が喜ぶことを知っている。

そして、その喜びがまるでダークネスブライト自身の喜びの様に、レース後はぐったりとした様子を見せながらも無邪気にはしゃぐ。

競馬で見せる風貌とはかけ離れた、可愛らしい馬の姿で。

勝ちを重ねるごとに人々が喜び、その喜びと期待に答えようとするダークネスブライトにとって、勝利は重荷になってしまった。

人が喜ぶことで、際限なく、限界を超えようと頑張ってしまうダークネスブライトを苦しめてしまう事になった。

一年前、ダークネスブライトの事を思えば思うほど、矛盾した感情に羽柴調教師は悩みを抱えていた。

勝たせるのが自分の仕事で。

勝たせてしまえばダークネスブライトが潰れてしまいそうになって。

だから羽柴は何度も同じことを記者に告げてきた。

ダークネスブライトは世間で言われているような絶対無敵の王者ではないと。

生まれ育ちが恵まれている訳でもなく、体質に難題のあるこの馬は。

それでもその体に爆弾を詰め込んで、比類なき戦いを続けるこの青鹿毛の馬こそがどんな歴代の名馬よりも勇敢な馬で、誰よりも誇り高き挑戦者だと、羽柴はそう告げてきた。

連覇が当たり前ではない。 挑戦の結果、連覇する事になるのだろう。

ダークネスブライトという馬に人生を注ぎ込むほど入れ込んだ男は口を開く。

心配と、自信を言葉にする。

 

「ダークネスブライトが負ける時があるとすれば、私が失敗したときか、ヤネの川島が間違えた時だけです。 ダークネスブライトは頭一つ突き抜けて、ゴール板を駆け抜けますよ。

我々の期待に応える馬ですから。 その挑戦を支えてやる事だけが、私の仕事です」

 

 

   【ダート三冠馬ネビュラスター・王者への挑戦、激発の闘争心を露わに】

 

 10月9日に行われるマイルチャンピオンシップ南部杯に向けての最終追切が行われた。 そこで抜群の仕上がりを見せたのがダート三冠馬・ネビュラスターである。

芝からダートに転向してからは無敗で連勝記録を伸ばし、かしわ記念まで重賞含む7連勝と無類の強さを見せていた。

アクシデントにより、かしわ記念の勝利を逃し、帝王賞では半馬身届かずにダークネスブライト号の後塵を拝す結果になったが、決して力負けはしていない。

何より、ネビュラスターはその闘争心が敗北を経た事によって漲っているという。

管理している雉子島 健 調教師は良い傾向と捉えており、ダークネスブライト相手でも勝ち負けになるだろうと太鼓判を押していた。

ネビュラスターは芝を走っていた時代、その敗北に闘志を燃やしてダートで花開いた。

レースで敗北することを理解しており、敗北による悔しさが勝利への渇望を沸き立たせ、それが競馬の強さへと変換されているのだ。

もともと気性が荒く、レースへの集中力が散漫になることもあったが、かしわ記念・帝王賞と立て続けにタイトルを逸したことに奮起したのかネビュラスター号の意気は天を衝く勢いだと話す。

普段なら暴れだすようなシーンでもじっと我慢し、調教に身が入っているのだ。

陣営はこの闘争心こそがネビュラスターの原動力であることを理解している。

今がベストの状態であると確信するほど、マイルチャンピオンシップ南部杯に向けて集中を保っている事が関係者の総意であった。

その集中力はまさに追切の調教に現れていて、叩き出した抜群の時計という、数字で証明した。

間違いなく砂の舞台では実力が突き抜けているネビュラスター号。 

体調面に不安はなく、メンタル面で今までにない成長を垣間見せている。

帝王賞にてダークネスブライトにつけられた半馬身。 その背中はもはや射程の範囲内か。

ネビュラスター、新たな勲章へ視界良好である。

 

「―――ぐっ! ど、どうどうどうどう! 終わりだ!」

 

 ネビュラスターは調教を終えようとすると、納得がいかないかのように暴れだす。

とんでもないパワーと体力だった。

調教をつけていた、主戦騎手の田辺は騎手としては大ベテラン、50歳を迎えようかという経験豊富なトップジョッキーである。

競馬を扱ったバラエティ番組にも数えきれないほど参加し、当然レースでの勝利数も1500勝を越えていて一流と言っても良い騎手である。

往年の名馬の背中を追った事も、名馬と讃えられた一流馬の背中に乗った事も、何度もあった。

ネビュラスターはそんな馬たちと比べて、見劣りしない―――どころか抜群に優れているところがあった。

身体ではない。 精神だ。

それがこの、闘争心。

ネビュラスターを管理している雉子島厩舎では、その調教の激しさから体調よりも先に精神的に参ってしまう馬が出てしまう事がある。

インターネット等で多くの人から、馬を壊していると批判するような意見が散見されている程だ。

実際、昔ながらのやり方を変えないのが雉子島調教師である。

雉子島の師匠であった調教師のやり方が、今でもずっと続いているからだ。

 

「おい、ナベ。 そろそろ切り上げてやれよ、ネビュラスターが壊れちまうよ」

 

 馬を壊していると世間から言われているような男に、そんな事を言わせてしまう。

田辺は顔を顰めながら、ようやくネビュラスターが落ち着いた頃を見計らって馬から降りると頭を掻く。

 

「あのな、健ちゃん。 俺だって何度も止めたよ。 でも止まらないんだよ、ネビュラスターは」

 

 帝王賞でダークネスブライトに負けた。 かしわ記念でディスズザラポーラに負けた。

それが判っているから、ネビュラスターはその敗北に打ち震え、そして切れたのである。

連勝していた最中、厳しい調教を嫌がって暴れだすのが常だったネビュラスター。

だというのに、無敗だったダートで敗北を経験してからは、むしろ調教を終えようとすると暴れだすのだ。

芝で走っていた時にぶち折れ、ダート転向して取り返した尊厳。

それを今また、自らの脚で取り戻そうと、がむしゃらにネビュラスター自身が鍛えているのだ。

温いやり方をしている訳ではない。 むしろネビュラスターに期待をかけているからこそ、雉子島は調教メニューを厳しく詰めている。

 

「負けず嫌いにも程があるぜ。 健ちゃん、もっと馬を上手く制御してくれよ」

「喧嘩売ってんのか、こら。 馬鹿言ってんじゃねぇ、俺だって困ってんだからよ」

「実際どうすんのよ。 負荷が掛かりすぎてるでしょ」

「……いっそ行くとこまで行くか。 人が馬に気合で負けちゃいられねぇだろ」

「え、本気か」

「腹くくれよ、ナベ。 いっそ壊れるくらいに追い込むぞ。 最終追切の後、南部杯前の間だけ休養に中てるぞ。 それまでネビュラスターが満足するまで付き合おうじゃねぇか」

「健ちゃん、そんなんだから世間の評判が良くならねぇんだぞ」

 

 言いながら、田辺の顔には笑みが浮かんでいた。

敗北はいらない。 雉子島も田辺も、そこは同じ意見であった。

ネビュラスターに恵まれたこの闘争心は、あらゆる馬の頂点に立つと確信させるほどにむき出しになっている本能、才覚だ。

それを承知しているから、普段から厳しいトレーニングを積んでいる。

それを更に、引きあげる。

それでも届くか、届かないか。 ダークネスブライトは勿論。 ダート三冠全てのレースでネビュラスターにしつこく食らいついてきたディスズザラポーラがいる。

そしてネビュラスターの更に後ろから圧倒的な加速で背後を窺うワイルドケープリが居る。

どの馬も恐ろしいほどの実力を秘めており、ネビュラスターが次に敗北を喫した時に、もし萎えてしまったら。

敗北を予感して、ネビュラスターとしての根幹、闘争心が失われてしまったら。

雉子島厩舎にとってダート三冠の栄誉を授けてくれた、この激しい気性を隠しもしない若武者は、芝で挫折した時にダートへの挑戦を決意した。

そしてまた、ダート競争においても大きな壁にぶち当たっている。

その壁を乗り越える為に挑戦しなくてはならない。

勝利という二文字だけが求められる。

ダート王者の看板を、ダークネスブライトから譲り受け、ダート三冠馬の貫禄を落とさない為にも。

 

「ああ、良いね。 こういうのが競馬をやってて、俺は好きな仕事だって胸を張れるんだ」

 

 田辺は快活に笑った。 

雉子島は馬房に引っ張られていくネビュラスターを見守りながら田辺と肩を並べ、同感だ、と零して煙草の煙を大きく吐き出した。

 

さぁ、ダークネスブライト、ディスズザラポーラ、ワイルドケープリ。

砂の舞台でまた会おうじゃないか。

勝つのはこの、闘争の挑戦―――それを真に知っている、ネビュラスターだ。

 

 

 

マイルチャンピオンシップ南部杯

 

 

10月9日 ダート1600 良馬場 天候/晴れ。

 

岩手・盛岡競馬場の地に、挑戦者たちが一同に集った。

 

東北の地。

 

 

その秋空の下で、真のダート王者の称号を賭けた戦いが、始まろうとしている。

 

 



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十一話 超えて行く

            U 23

 

 

 ワイルドケープリは強風に飛ばされてきた紙面の内容を覗き見ていた。

ウマの画が乗っかっており、びっちりと小さくニホンゴで文字が書かれている。

細かい文字ばかりでそれほど読む気にならなかった。 脚で踏みつけて破いて捨てる。

シャシンのおかげでブッチャーもどきとスターのガキがナンブハイに出る事は分かった。

それだけ判れば十分だ。

 

しかし、以前からちょっと思ってはいたが、ニンゲンとウマは意思の伝達方法の差が大きいな。

俺はウマであるから、ニンゲン同士の意思の交換という事柄に思考のリソースを割いてこなかったが、改めて思いを馳せると意思を伝える方法の種類というのは、示唆に富んだ題目であると言えよう。

何が言いたいのかを噛み砕いていえば、ニンゲン同士での意思の交換がとてもスムーズに為されている事に驚いたという話だ。

俺達ウマは例えばだが、地面に脚を叩いて掻いてみたり、首をぶんぶんと振ってみたり、耳や目で訴えてみたり、嘶いてみたりという、大雑把な表現を表わすのがせいぜいだろう。

それはニンゲン相手にした時もそうだし、同じウマを相手にした時も変わらない。

俺やちび、ブッチャーといった言葉を交換できるウマは珍しい。

ニンゲン達からすれば、俺とちびの会話は、唸り合っているようにしか聞こえていないのかも知れない。

なんなら、小動物や鳥や虫を相手にしても同じような行動を起こして感情を表現している。

しかもだ。

俺達ウマは相手がその場にいないと意思を交換することさえ出来ないのである。

ところが、ニンゲンは違う。 文字を使う。 道具を使う。 発声に多様な意味を持たせ、それをダイレクトで処理して返信している。

スマホという物に目を落とす、或いはウマに向けるニンゲン達は、あの道具一つで遠近どこのニンゲンとも意思のやり取りが出来るみたいなのだ。

それはちょっと、信じがたいが途轍もない事だと俺は思う。

そもそも話す事一つとっても、ニンゲンの発声そのものが他の生物と違ってあらゆる音を奏でる事が出来て、それに意味を付与するのだからガイジンって奴等のように人によって言語の幅が無限に広がっている。

身体の構造的に最初から意味のある声を出すという事が出来るように、何かしらの進化を遂げたのだろう。

エイゴが主流になっている場所もあると聞くし、数多の言語が開発されているらしい。

当然、その場に居なくても映像を見れる機械や、文字を飛ばす小さな箱、さっき風で俺の脚元に飛んで来た新聞など、道具を用いた意思の伝達に多様性があり、またその伝達速度が尋常では無いほど早い。

視覚情報に文字の情報を複合して、先ほど飛んで来た紙っきれみたいに様々な表現すら演出している。

必要な情報を整理し、発信し、受け取ることができる生物はニンゲン以外には今のところ遭遇したことがない。

俺が小さかった頃にニンゲンの声が煩わしかったのは、理解できない音の奔流―――情報量という意味で精確に人間の出す音を処理しきれなかったのが原因の一つだった。

そう考えると随分と、俺はニンゲンの言葉そのものが上手にできるようになったと自分でも思う。 

まぁ、身体の構造が違うからだろうから、自分からは喋れないわけだが。

解読は単語を切り分け、表情と仕草、そして雰囲気で判断を曖昧につけるところから始まっているから、割かし気長に構えて紐解かなければならなかった。

文字に関しては未だに正確性は怪しい。 

だいたい判るようになったが、ここまで読めるようになったのは苦労したぜ。

まぁハヤシダキューシャで生活する上で、人間の使う言葉の意味や文字を解読するのは暇つぶしに最適だったから出来るようになったんだが。

 

 でだ、何故こんな事を話しているかと言うと、オールカマーというジューショーを勝ってから、俺の周りをうろつくニンゲンが目に見えて増えたからだ。

そして、キュームインなどを捕まえては話しかけたり、ハヤシダキューシャで俺を中心に写真を撮っていったりした。

ちびについてもそこそこ関心を呼んでいるようで、この前イワオが能力試験を受ける段階まで持ってこれたと話しているのを聞いた。

いよいよと判ったからか、最近のちびは掛かり気味だ。 

レース走ってもあれじゃ負けるのではないだろうか。

ついでに今まで何処に居たんだってくらいに見ず知らずのニンゲン達も、俺を見かけては声をかけていった。

例えば、応援している、みたいなそう言う感じの事だ。

俺が思ったのは、ぐるぐるに居ないニンゲン達も、ケイバの情報を追える態勢がニンゲン達には備わっていると確信を深めたことくらいだ。

俺達ウマが走ったぐるぐるは、恐らく全て情報として残されて、ニンゲン達はそれを参考に人気を決めている。

もしかしたら一頭一頭、全てのウマ達を管理しているのかもしれない。

注意深く周囲を観察すれば、カメッラと呼ばれる道具は様々な場所に多数配置されていることが判る。

それを映すモニタもあらゆる場所で散見できる。

興味深い映像も良く表示されるので、ウマの知らない世界をニンゲン達は踏破している事になるのだろう。

それはなんともまぁ、羨ましい事である。

とにかく、そうしてカネを賭けてオッズを計算し、そこから馬券といった形で応援する馬を中てて行くのがニンゲンの作った競馬という娯楽である。

勝ったら嬉しい、カネも増える、応援していたという感情を満足させる。

だから次も人気になる。 ぐるぐるで勝てば勝つほどニンゲンの中でそのウマの価値は上がる。

そして―――歴史に残る。

 

 歴史に残ったウマ達はいつまでもニンゲン達の情報の中に留まり、時に参照し、今でも話の中で比較したり、参考にしたりしている。

これは推測ではなく、ニンゲン達を見て来て理解した確信だった。

俺はちびが目指しているところのゴールは、この競馬の歴史に名を刻むことなのだろうと思った。

ちびは此処まで詳細に理解はしていないだろうが、到達すべき頂きという意味で同義であろう。

そして、俺はというと、そこまで感情を揺さぶられなかった。

特に歴史に名を残したいわけでも、ニンゲン達にとっての特別になる気も、ぐるぐるで名を挙げて栄誉が欲しいわけでもない。

それよりも見た事の無い、知った事の無い未知を視ること、識ることの方が何倍も心を惹かれるというものだ。

 

走る という事そのものが俺達ウマには本能として備わっている。

それは実体験でもそうだし、恐らくぐるぐるを走らせているニンゲン達もそれを利用して競馬を成立させている。

ニンゲン達にとっては仕事でもあり娯楽でもある。

俺達ウマにとっては本能であり、快楽でもあった。

だが何よりも重要なのは 『走る』 ことそのものではなく、そこに意味があるかどうかだ。

俺はオールカマーで本能と快楽の狭間で、光を見た。

それはレースを走らないニンゲンには決して到達できず、レースを走るウマでも簡単には達成できない領域と言って良いと思う。

光の領域。

ニンゲンだけでは到達できず、ウマであっても容易ではない、ぐるぐるで命を揺らした先に在るナニカ。

 

俺はウマだからニンゲンがモニタに映しているような場所、自分から未知なる世界へ行くことはできない。

ニンゲンがウマを世話し、管理をしているからだ。

だからこそ今、俺が最も期待を抱いている世界は、あの光の領域を越えた所にある。

もしニンゲンがそこに到達できる可能性があるとすれば、俺と共に『走る』ことができるシュンだけだろう。

 

ぶるり、と身体を震わせてフンスっと鼻息が荒ぶる。

誰も到達したことのない世界に、俺は行ける。

自由自在に飛び回ることが出来る。 それこそ、この自分の脚で切り拓けるのだ。

心臓の中に火鉢が突っ込まれたかのように熱くなる。

おいおい、まだぐるぐるを走る日じゃないぜ。

そう頭の片隅で冷静さを保とうとするが、どうしても落ち着かなかった。

発汗が多かった為か、キュームインやイワオが心配している。

 

またひとつ、ぐるぐるの日が近づいてくる。

 

なぁ、ニンゲンは俺にどんな夢を乗せて見に行こうとする。

俺はどれだけ勝てば、競馬を走る俺に期待を膨らませたニンゲンは満足するんだ?

それは多分、果ての無い望みだ。

ちびが勝ち続けたらどれだけのニンゲンがちびに夢を託す?

ブッチャーもどきやスターのガキ、あいつらが背負ってる夢はどれほど大きいのだ?

それはウマにとって重荷になるか?

ニンゲンの為に走るウマにとってはそうだろう。

ニンゲンの為に走るのは果てが無く困難だ。 良くそれで走る気になるなと俺は思う。

『ついで』 で良ければ、ニンゲンの夢を運ぶのも悪くはないがな。

オールカマーでは何よりも得たかった、競馬に勝つという想い。

それは本物だった。

だが、今は。

今は 『勝ち』 にこだわるより、 『光の先』 へ俺は行きたい。

 

またひとつ、陽が昇り星が瞬く。

 

マイルチャンピオンシップ南部杯。 ダートのマイル戦。 10月9日 1600。

砂のぐるぐるに戻って、ブッチャーもどきとスターのガキが相手になる。

挑戦、リベンジ、決戦...などと煽られ、イワオはインタビューってやつを受けていた。

勝つ自信しかないとイワオは豪語していた。

シュンは、ローテーションの事ばかり突っ込まれて苛立たし気に文句を言っていた。

勝ったことのある馬が居るんだから、ワイルドケープリに出来ない道理はない、などと向けられた質問に腹立たしく答えている。

勝手なもんだぜ。

勝つ、負けるなんて実際に走ってみてから分かる事だっていうのに。

アイツ等と走ることになるのなら、間違いなく命を揺らす場所へ行けるだろう。

そこから先の世界を、俺は見に行ける。

それだけ分かれば、十分だった。

 

またひとつ、陽光浴びて鳥が騒ぎ、夕焼けに虫が鳴く。

 

シュンが俺の傷痕を撫でながら気合をいれ、バボウから消えて行った。

イワオが俺を見て、さぁ勝ちにいこう、と期待を胸に首を叩いて。

ウマヌシのヒイラギが神妙な顔をして両手を合わせ、俺を見送った。

 

そしてまたひとつ、夜を超えた。

 

 

ぐるぐるを走る時が来た。

 

 

キュームインと共に馬体検査を行う為に、装鞍場へと引かれて行く。

中に入ると真っ先に飛び込んできた漆黒の馬体。 ダークネスブライトと呼ばれるブッチャーもどき。

澄ました顔をして一瞥してきて、僅かに威嚇してくる。 少し前までは俺の事など、歯牙にもかけなかった奴が、ちらちらと視線を寄越す。 

視線を巡らせば少し先には栗色の馬体を揺らし、装具の準備をしているネビュラスターのガキ。

何時でもどこでもアイツは変わらないな。 相変わらず鼻息荒く、周囲に自身を強く誇示しているのは己を奮い立たせる為なのかい?

 

 

小さなぐるぐる、パドックへと入っていく。

やや暗かった室内から陽の入口に照らされた外へとキュームインが俺達ウマを引っ張っていく。

太陽の眩さに目を細め、俺はニンゲンの集まる下見所をぐるりと眺めた。

赤焼けの光がニンゲンとウマを照らす。

昔と違って随分とニンゲンは俺へ向ける視線に熱がこもっていた。 シバのジューショーを勝てばこうなるようだ。

スターのガキが俺を見て、ブッチャーもどきを見て、ふんぞり返った。 相変わらず誰が相手でも自分が一番だと主張する。

ダークネスブライトの目が鋭くなって、俺とスターのガキを睨む。 かつて見た時よりも、その身体から立ち昇る黒の気炎を意思を持って揺らして威圧する。

俺はそいつらを無視し、ニンゲンの方へ顔を向ければウマヌシのヒイラギが真剣なまなざしで俺達の様子を伺っていた。

 

 止まれ。

 

聞き慣れた掛け声と共にイワオとシュンが近づいてくる。

俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

 

「ブルルッ」

 

ニンゲン達よ、俺の背中に好きなだけ夢を乗せていけば良い。

ウマたちよ、俺を威嚇してぐるぐるを競うのも好きにしな。

 

勝ち負けの星を勝手に追っていれば満足するなら、そうしていろ。

 

 ―――俺は命を揺らすその先の光にしか、興味はない。

 

「行こう、ワイルドケープリ」

 

あぁ、始めよう。

 

俺だけが知る世界へ、行くために。

 

 

jpn1 / マイル CS 南部杯

 

盛岡競馬場 ダ1600m 晴れ/良 全12頭 16:10 発走

 

1枠1番 ネビュラスター

1枠2番 ネイヨンマウンテン

2枠3番 ヤミノシカク

2枠4番 ダークネスブライト

4枠5番 ホワイトシロイコ

4枠6番 シンディナイス

5枠7番 パラソルサン

5枠8番 ワイルドケープリ

6枠9番 ウェディングコール

6枠10番 テンポダルテカシ

7枠11番 フェイスボス

7枠12番 ディスズザラポーラ

 

 

 

 

「さぁ、発走まであと僅かになりました、メインレース第10R、夕影に映し出されるのは集いましたる優駿12頭です、盛岡競馬場。 

 歴史あるこのレース、古くは戦国の世、レース名にもなっている南部杯の名を南部家の末裔の方へ許可を取って名付けられ、その名が連綿と続いて競争が行われております。

 今年もまた、盛岡競馬場のGⅠ競争として第××回マイルチャンピオンシップ南部杯。

 今のダート戦線を走る有力馬、いわばダートのトップ層がずらりと並びました。

 錚々たる面子です。 レース前からもかなりの話題を攫って世間の注目も非常に強く集めております。

 パドック、返し馬が終わり、態勢整えばいよいよ発走となります」

 

 解説として呼ばれている保井 佑志は長年、地方の競馬を見てきている。

さきほど全頭のパドックの解説を終えてアナウンサーの言葉を聞きながら、息を吐き出していた。

胸の内で思う事は、感嘆の一言。

自身で今しがた解説を行っていたパドックのことに対してだ。

jpn1、いわゆるGⅠ競争となれば何処の陣営も馬の能力を完全に引き出せるように仕上げてくるのが常である。

勝利をする為に、できる限りの努力を行い、レースに勝つことを命題として鍛え上げ、体調の管理をしてくるのだ。

それは今まで見て来た事と何も変わらない物だったが、今回はそれに加えてレースを走るという馬達のやる気と緊張感がモニター越しでも迫真に感じられた。

最も歩様や態度で目立ったのはネビュラスターだ。

明確にダート競争に三冠レースが設けられてからどれほどか。 

10年ぶり史上2頭目となるダート三冠馬は目立つ明るい栗毛の馬体であることを差し引いても、解説していて喉がなるほど素晴らしい仕上がりだった。

間近でネビュラスターを観察することは保井は初めてだったが、これほどダート界で馬体が映えた馬は記憶にない。

威風堂々たる佇まい。 心配された気性面での激しさは鳴りを潜め、ただただレースそのものに集中しているやる気が感じられる。

夏よりも一回り膨れ上がった美しい筋肉が、決して大柄ではない馬体を大きく大きく見せている。

激しく厳しい調教を課すことで有名を馳せる雉子島厩舎が、自信をもって送り出すだけあって、馬体の厳つさは飛びぬけていた。

闘争心を胸の内に秘めているのが判るほどギラついた目。

零れ出そうなほど漲る気迫が、歩様となって表れていた。

前評判に違わず、このマイルチャンピオンシップ南部杯を征していくかも知れない。

言わずもがな、前人気でも今日のオッズでも一番人気、帝王賞でそのネビュラスターを半馬身差で圧倒した大本命のダークネスブライトもまた、抜群と言える。

本当にこれが体調面に不安を抱えている馬なのか、と思わずにはいられない。

昨年の南部杯でも黒々とした青鹿毛の迫力のある馬体に圧倒されたものだが、今年はそれに輪をかけて大きく見える。

築き上げた実績と世界を走ってきた結実か。

貫禄の様な物がその大きな身体から発せられ、夕暮れ間近の赤の日差しに溶け込み滲み出ているような錯覚さえ覚えた。

モニター越しでさえ、保井はその威容にただただ圧倒されるだけであった。

ネビュラスターやダークネスブライトの影に隠れがちだが、ペースを作る逃げ馬のパラソルサン、ディスズザラポーラの二頭も足取りが非常に軽く、気合乗りが素晴らしい。

展開次第では逃げ馬であるこの二頭が他を出し抜いて、そのまま簡単にゴールをしてしまうかもしれないと予感してしまう。

南部杯にだけ的を絞ってきたというネイヨンマウンテンは陣営の気迫が乗り移ったかのようで見劣りしない。

どこを見ても、どの馬を見ても、ただただその状態の良さに息を吐き出すしかなかった。

感嘆と、称賛を込めて。

長く競馬を見て来た。 パドックも数えきれない、レースもどれほどこの目で見て来たか。

そんな保井でも間違いなく言えることは、このマイルチャンピオンシップ南部杯は過去でも類を見ないほど、全ての馬が万全の状態であった。

珍しいだろう、馬は生物だ。

調子の良し悪しは必ず出てくるものだ。

メンタルの部分で、フィジカルの部分で。

それらが完調であるというのならば、後は本当に展開と騎手の腕による事になる。

そんな保井が予想をするとなれば、ただ一頭、強いて挙げるとするならば。

 

「ワイルドケープリ……」

 

 全ての馬が好調な様子を見せる中、泰然とパドックをゆっくりと回る姿が異様に映った。

別に他の馬と比べてパドックでおかしな所は何もない。

何なら、一番に絶好調なのはこの馬なのかもしれないと思うくらい、その動きは滑らかで迫力があった。

普段ならばパドックで物見をする集中の無さが、今日はまったく無く、淡々とレースが始まるのを待っている様にすら思える。

芝のレースを走って何かが変わったのか、それとも元からそうだったのか。

あまりにもレース前だというのに自然な様子が景色に溶け込み過ぎていて、他の馬と比べていっそ不気味に見えたのだ。

とはいえ、言ってしまえばパドックはその馬のお披露目会場に過ぎない。

実際に走ってみる迄は分からない所があるのは確かだ。

保井は水を口に含み、目を閉じる。

 

楽しもうじゃないか。

 

おそらく、マイルチャンピオンシップ南部杯の中でも稀有な、最高の馬達が揃った最高峰のレースを。

目を開けてゲートに収まりつつある優駿たちを見据える。

保井の口元は、自然と弧を描いて仕事であることを忘れそうになりながら、期待に胸を膨らませていた。

 

「さぁ、ゲートに続々と各馬が収まっていきます。

 一番人気は連覇を狙うダークネスブライトと川島、築き上げてきた勝利と紡いできた人馬の絆をここでも見せつけ期待に応えるか。

 さぁ、ネビュラスターが入ります。 二番人気のダート三冠馬、完全に仕上がった馬体を引っ提げ、ダークネスブライトとの決着に臨みます。 世代交代を為すことができるか。

 テンポダルテカシ、ホワイトシロイコ入っていきます。 

 オールカマーを勝利し競馬界を騒がせたワイルドケープリも、ただいま入りました。 この馬の末脚は本物です、3番人気です。

 最後にディスズザラポーラが入ります。

 農林水産大臣賞典、マイルチャンピオンシップ南部杯、まもなく発走です。

 ………

 ……スタートしました!

 揃ったスタート、綺麗に並んだ。 さぁ先行争いです。 前に行ったのは勿論この馬です、ディスズザラポーラ、外から外からぐんぐん前に前に押して行きます。

 追って追ってパラソルサン、ディスズザラポーラの後を追いかけて2番手に。

 その後ろは混戦している、⑥シンディナイス、⑨番ウェディングコール、ダークネスブライトはここに居ます。

 ダークネスブライトは今日は5番手~6番手、中団先行集団で競馬を進めそうです。

 ②ネイヨンマウンテンがその後ろにぴったりと、ダークネスブライトを見るようにマーク。 ③ヤミノシカク、⑤ホワイトシロイコと続きまして⑩のテンポダルテカシが居ます。

 さぁ、これは作戦でしょうか、最後方には定位置となっているワイルドケープリ。 それを見るようにネビュラスターが併走する様に走っております」

 

 

 ネビュラスターの鞍上、田辺勝治には一つの不安があった。

粉塵舞う砂の世界でネビュラスターを脅かす馬が居るとすれば、それは現ダート王者と呼ばれるダークネスブライトではない。

この年老い始めているワイルドケープリという馬の末脚の方こそ、最も恐れなければならない存在だと思っていた。

かしわ記念、帝王賞という前走がJRAリーディングに常連となる名ジョッキーの確信させる材料に至ったからだ。

それはワイルドケープリという馬がオールカマーを獲ったからではない。

田辺は結果だけで判断するほど、自身の経験と直感を軽視はしない男である。

それに―――ワイルドケープリのヤネである林田駿。

かしわ記念、帝王賞と走っているが、その頃に比べてジョッキーとしての肝が据わってきた。

顔を見ればわかる。

ワイルドケープリという馬と出会った事で、騎手として成長したのだろう。

同じ騎手だからこそ、名馬と関わり成長する姿を自他問わず多く見て来た田辺だからこそ、発見できた事実だ。

ダークネスブライトを甘く見ている訳ではない、如何にネビュラスターが最高の能力を持っていたとしても、この南部杯に向けて限界まで鍛え上げてきたと言っても、仕掛けどころを間違えれば間違いなく届かない二の脚がダークネスブライトにはある。

だが、真に恐れるべきは最後の爆発力で0コンマ数秒で馬身差を縮めて迫ってくるワイルドケープリだ。 

この馬の加速と速度は異常だ。

その切れ味と迫力は、日を追うごとに迫真に迫っている。

かつて見てきた名馬と、このワイルドケープリという馬に差が無くなっている。

手綱を振るい、ネビュラスターを若干ワイルドケープリの前に出るように調整。

吐く息が荒くなった。

田辺は自らを落ち着かせるように深く息を吸う。

仕掛ける場所を間違えられず、ワイルドケープリを御する位置にいなくてはならない。

ネビュラスターが勝つための最善を手繰り寄せる。

この尊大で闘争心溢れる馬には勝利こそふさわしいからだ。

ネビュラスターが率先して有力馬をマークするのはダメだ、変幻自在のブライトの脚質に対抗するのが難しい。

帝王賞ではブライト鞍上の川島にしてやられた。 前に追っつけすぎると末脚が伸びずにネビュラスターの勝負根性に頼り切りになってしまう。

 

「さぁ、上手くいけよぉ……?」

 

 ワイルドケープリの速度がぐんと一段階上がる。

田辺は即座に反応して右手に持っている鞭をネビュラスターの目の前に差し出し、一つだけギアを上げて対応する。

林田駿、手に負えなくなる前に、ワイルドケープリは潰させてもらう。

ここを勝たせてしまったら、本当にネビュラスターの大きな壁として君臨してしまうだろう。

視界の奥でダークネスブライトがネイヨンマウンテンに食らいつかれ、徹底マークを受けながら最初のコーナーに入っていくのが見えた。

そうだ、一番人気のマークは他に任せればいい。

まずは一番の脅威を封殺させてもらう。

 

想定通りの滑り出しに田辺は上唇を一つ舐めた。

 

 

  駿は今までに無いほど馬上において冷静さを保てていた。

オールカマーを獲った時もそうだったが、不思議なほど落ち着いてレースを俯瞰できていた。

ワイルドケープリを完全に信頼し、その邪魔をしない事を至上命題にした時から、本当の意味で腹が括れたからだろう。

だから判った。

ネビュラスターがワイルドケープリをマークしていること。

ワイルドケープリの外に位置して、コーナーで内に閉じ込めるつもりであることを。

ゴーグルの奥で目を凝らす。

ワイルドケープリのリズムに同調しながら、この夏に篠田牧場で鍛え上げた体幹でバランスを取りながら、最善を探す。

視覚で、そして脳の中で態勢展開を明確に描く。

先頭争いはディスズザラポーラが勝ち取った。 パラソルサンは既に二番手に居ながら意気が落ち込んでいる。

ダークネスブライトとネイヨンマウンテンが競り合ったまま先行勢の中では抜けだしそうな勢い。

前に居るのがヤミノシカク、テンポダルテカシ。

ワイルドケープリのすぐ外にいる田辺さんには見えているはず、蓋をするならこの前から垂れてくる馬をコーナーで使ってくる。

そこが限界のはずだ。

いかにネビュラスターが圧倒的な爆発力と加速力を持っていようと、それ以上付き合えばダークネスブライトには届かない。

そうだ、ワイルドケープリだって400から仕掛けなければ難しい。

手から伝わる感触にちらりと自分の馬、ワイルドケープリの様子を窺えば耳を左右に振ってハミを噛んでくる。

進路の要求。

視界を遮られたワイルドケープリの視野では状況の把握に限界がある。

 

「ああ、分かってる」

 

 自らがワイルドケープリと走る為にやらねばならない事は分かっている。

この砂嵐叩くゴーグルの奥でワイルドケープリの眼となって、邪魔をしないこと。

やるべき事さえ判っているなら、恐怖や緊張、不安や焦燥と無縁で居られることに駿はワイルドケープリから教わった。

ただワイルドケープリの邪魔をしないことこそが答えなのだから。

 

「ナベさん、前なら何も俺は出来なかった」

 

 最後のコーナーを抜けて、加速すると見るや田辺はネビュラスターでワイルドケープリの蓋をするように動いてくる。

垂れてきたテンポダルテカシ、内を走るワイルドケープリの減速を確信したんだろう。

右鞭を唸らせてネビュラスターにゴーサインを送るのが、まるでコマ送りのように視界の端で確認できた。

さすが、トップジョッキーだ。

見事としか言えない展開づくりと、仕掛けどころだ。

こんな所で帝王賞の前に夢に出てくるほど、ワイルドケープリと走る可能性がある馬のこと、騎手のことをしこたま調べていた情報が、知識が生きた。

リーディングを争うジョッキーを出し抜くことが出来た。

加速している―――だが、ワイルドケープリとネビュラスターの前では垂れてくる形で進路をふさいでいる内③ヤミノシカク。

そして外の⑩テンポダルテカシ。

かしわ記念でもネビュラスターの進路を塞ぎ、この南部杯でも俺とワイルドケープリの進路をふさごうとしている。

だが、この③ヤミノシカクには一つの特徴がある。

スパート時に必ず、外に一つ。

1頭分の隙間を開けて外に膨らむという特徴がある事を、駿は知っていた。

 

「誰だろうがワイルドケープリの邪魔はさせねぇよ!!」

 

 駿の意思が感情を乗せて首を押す。

一欠けらの躊躇いすらなく、ワイルドケープリが駿の指示に応えて更に内々に切り込んだ。

田辺の見開いた目が、ゴーグルの奥から覗けた気がした。

金具と鐙、ラチと馬体が擦れ合い、コーナーを異音の残響を残し高速で駆け抜ける。

挟まれた左足に痛みの信号が駿の脳裏に走るが、意に介することなくスパートを指示。

外からネビュラスターが、内からワイルドケープリが、二筋の流線となってダートの舞台に砂塵の弧線を描いた。

 

 

 ―――ったく、簡単に仕掛けられやがって、毎回無茶する羽目になるじゃねぇかシュンの野郎

 

 ほんのちっとだけビビったぜ、と首を深く下げて鼻息を荒くする。

内も内。

擦れ合うアブミの音に、③が驚いて斜行したくらいだ。

余りに強引かつ覚悟のいりそうな道を示されたのだから、少しくらいアンジョウに文句を言っても良いだろう。

だがまぁ、上等だ。

俺はこの命を揺らす場所にまた、身を沈めたかった。

 

強引に掬ってぶち開けた視界に捉えたのは歩いているかの様なウマ達を抜き去って開いた先。

 

 

薄雲を透かして赤く輝く斜日の砂道。

 

 

直線を向いて真正面に浮かび上がった空に輝く太陽の影。

前を行くのは黒のアイツだ。

ダークネスブライトが背負っているんじゃない。

この直線を向いてようやくダークネスブライトが背負っている様に見えた影の正体が理解できた。

かつての記憶を映し出していたのは俺自身だった。

 

命を揺らす場所。

そしてウマたちがそこに到達することの意味。

 

 

 ―――ブッチャー……

 

 

そう。

此処こそが命を揺らす場所。

 

砂の舞台で俺はこの場所を知った。

芝の舞台で俺は走る事を知った。

 

その色が混ざり合った世界の中で俺達ウマはゴールを目指す。

誰よりも速く、誰よりも強いと証明する為に。

 

ダークネスブライトが少し先を走る。

漆黒の気炎を砂塵に纏わせ、真っ黒にこの砂の大地を塗りつぶす。

何物も寄せ付けないかのように、前に走った分だけ黒色がどこまでも伸びて行く。

そんな黒に呑みこまれていくウマたちの中。

ネビュラスターが揺れていた。

栗色の流星となって、塗りつぶされた漆黒の砂塵の中。

ネビュラスターの馬体の色と同じ、ハッキリと判る栗の黄色が、弾丸のように真っすぐに真っすぐに突き抜けて漆黒を切り裂いていく。

命を揺らす混ざり合った色の中で、ハッキリと視認できるほどの輝きを放つダークネスブライトと、ネビュラスターの色彩。

そんな奴らの先に。

遥か先に。

真っ白に染まる視界が、俺を埋め尽くして。

黒くたくましく、そして俺がひたすらに追っかけてきた背中が何馬身も奥に先頭で駆け抜けている姿を映し出す。

あのゴールを目指して。

この砂の世界で、命を揺らす世界で。

 

ブッチャーが走っている。

 

 

 

―――あぁ 俺の憧憬よ

 

 

俺をぐるぐるの世界へ導いた偉大な背中よ

 

 

 

そのタフで大きな背を、俺はずっとずっと追いかけていた

目を逸らさないように、その背中からはぐれない様に、見失ってしまわない様に。

遅かったかもしれないけれど

待たせてしまったかも知れないけれど

何度も何度も必死に脚を伸ばして、やっとここまで辿り着けたよ

だけど、もういいんだ

その背中を見せて、俺を引っ張ってくれなくても大丈夫だ

 

 

      ほら、俺はもうちゃんと自分の脚で走れる

 

 

ぐるぐるを走ることを。

シュンを乗せて走ることを、俺はもう出来るようになった。

 

 なぁ、見えているかブッチャー

 なぁ、見えているか、この場に集う、命を揺らす全ての者たちよ

 

 

 

   見えているか

 

 

      見えているか、あの眩耀の空が―――

 

 

赫灼たりて何もかも呑みこんでいこうとする、あの輝きが!

 

      知らないのなら、仰ぎ見ろ

 

遠く遠く蘇るその在りし日の駿影を追い越して

       どこまでも遠くまで世界の全てを白く灼き焦がす光の

                     その先の――― 『領域』 へと

 

 

 

 

    ブッチャーッ! 俺は、アンタを超えて行く!!!

 

 

 

大きな鹿毛の馬体が、白く染まった世界で漆黒の追憶を抜き去っていった。

 

 

 

 

「残り300を切った南部杯! 先頭はダークネスブライトだが、ネビュラスターがここで捉えるか!

 2馬身開いて後ろからワイルドケープリ! 内からワイルドケープリが凄まじい加速! オールカマーで見せた猛烈な末脚が、この南部杯でも爆発しているぞ!

 頭一つ抜き出たか、ネビュラスター力強くダークネスブライトを交わしたが粘る粘る!

 内でダークネスブライト粘っていく! アタマ一つ分譲らないネビュラスター! ダークネスブライト! ネビュラスター! ネビュラスターか!? ダークネスブライトの意地の粘りだが突き出た! アタマが突き出た!

 ネビュラスターだ!? ネビュラスターで決まったか!? ダート王者を破るか、ダークネスブライトの更に内からワイルドケープリが突っ込んできている!! どうだ!? ネビュラスター世代交代決まったかぁーーーーー!?

 これは! これは! これはどっちだ!? 分かりません! まったく分かりません! 

 ほとんど同時にネビュラスターとワイルドケープリがゴール板を通過しました!

 内ラチ沿いのワイルドケープリか!

 それとも外のネビュラスターか!

 悍ましいほどの切れ味で馬身差を縮めて強襲したワイルドケープリ! 最後に一つ力強く伸びて猛追を凌いだかネビュラスター! ダークネスブライト必死に粘りましたが頭一つ遅れました!

 ああっと、吠えている! ワイルドケープリとネビュラスターが大きく嘶きながら駆けております!

 マイルチャンピオンシップ南部杯、凄まじい直線勝負になりました。 写真判定です。

 電光掲示板には3着ダークネスブライト、4着にはホワイトシロイコ、5着にはディスズザラポーラが確定しておりますが……一着となったのは一体どちらでしょうか。

 これは際どい勝負になりました。 どちらが勝っていてもおかしくない大接戦。

 タイムは1.31.1……1.31.1!? とんでもない時計です! 1.31.1です! レコードです!

 ダートの1600で凄まじい時計を叩き出しました!

 振り返りますと第3コーナーで先行抜け出したダークネスブライトがそのまま決めるかと行った所でネビュラスターとワイルドケープリが追うような形、結果粘れずにダークネスブライトは3着でした。

 そして……おっと、ワイルドケープリの鞍上、林田駿ジョッキーが下馬しています。

 大丈夫でしょうか? 激しいレースだっただけに心配です。

 ただいまゴール直前の様子が大型モニターに映し出されておりますが……これは……これはネビュラスターが凌いでいる様に私には見えますが、果たしてどうでしょうか」

 

 ………

 ……

 心臓が跳ね上がって身体全身から血の気が引く。

林田巌は立ち上がって震える手で双眼鏡を掲げ、覗き込んだ。

向こう正面半分まで緩やかにペースを落としていったワイルドケープリのヤネ、息子の林田駿が、ワイルドケープリから下馬したからだ。

 

最後の直線、ネビュラスターが一足先に突き抜け、それを内から追いかける形になったワイルドケープリ。

場内アナウンサーが実況で叫んでいた通り、ホースマンとして40年も馬を見て来た巌でも、この世のものとは思えないほどの脚でゴールめがけて突っ込んできた。

 

まさか。

 

かつてのトラウマが鮮度を持って脳裏に蘇る。

駿はワイルドケープリの足元を見ていない。

見ているのは顔だった。

ワイルドケープリの馬具を支え、顔を見ている。

 

なんだ?

 

巌はワイルドケープリの顔へと視線を這わせた。

その瞳から汗とは違う。

涙を流し、レースを終えた身体を震わせていた。

 

双眼鏡を下ろして、胸をなでおろす。

少なくとも、早急な処置が必要な怪我ではなさそうだ。

眼鏡の奥に指を差し込み、熱くなった両眼を押す。

良かった。

顔を上げて巌はもう一度、砂のトラックでワイルドケープリと林田駿を見守るように視線を向ける。

ワイルドケープリは顔を上げ、駿はその首を優しく撫でていた。

 

陽が沈んだ盛岡競馬場の砂の上で、容易に見て取れる発汗した鹿毛の馬体が、人口の光に照らされて輝いているようだった。

 

「出ました、約6分間に及ぶ写真判定の結果!

 ワイルドケープリだ! 

 一着はワイルドケープリ確定! 二着はネビュラスターだ!

 ダート王者を、そしてダート三冠馬を、遂に撫で切った驚異の7歳追い込み馬!

 ワイルドケープリが一着です!

 砂の大舞台、マイルチャンピオンシップ南部杯の盛岡競馬場の秋空に沈んだ太陽と入れ替わるように。

 GⅠ制覇という大きな大きな、ワイルドケープリという日の出が上がりました!

 ワイルドケープリ、堂々の勝利です!」

 

 

 どこまでも、走ろう。

ウマとしての生き方を教えてくれた。

偉大なるアンタの命を、背に乗せて超えていこう。

 

踏みしめた大地から音が轟く。

蒼と黒に染まった空が、夜を報せ、また陽が昇って明日が来る。

震えた身体からは、抑えられない感情が全身の皮膚を伝ってあふれ出す。

今すぐにだって構わない。

 

 

―――いつでもまた、俺は走れる

 

 

ブッチャーでさえ知らなかった。

他のウマ達でさえ届かない。

追憶を振り切って、命を揺らす光の先へと。

 

 

どこまででも走ろう。

 

自らの脚で担おう。

 

 

この先の未知を切り開いく為に。

 

 

―――さぁ、次の俺のぐるぐるは何処だ

 

 

ワイルドケープリはようやくそこで上げていた頭を下げて、盛岡競馬場のスタンド席へと向けて脚を回した。

 

 

 

 

 

jpn1 / マイル CS 南部杯

 

盛岡競馬場 ダ1600m 晴れ/良 全12頭 16:10発走 勝ちタイム 1.31.1  レコード

 

1着 5枠8番   ワイルドケープリ    牡7 林田 駿   人気3  厩舎(園田・林田巌)

2着 1枠1番   ネビュラスター     牡4 田辺 勝治  人気2  厩舎(東京・雉子島健)   ハナ

3着 2枠4番   ダークネスブライト   牡5 川島 修二  人気1  厩舎(栗東・羽柴 有信)  アタマ

4着 4枠5番   ホワイトシロイコ    牝4 町田 尚哉  人気5  厩舎(東京・吉岡真治)   1馬身

5着 7枠12番   ディスズザラポーラ   牡4 牧野 晴春  人気3  厩舎(栗東・鯨井恭二) ハナ

 

 

 

 

5着 ディスズザラポーラ (牧野 晴春)

「メンタル的に先の帝王賞でもそうだったように、先頭は絶対に譲れない馬なので、パラソルサンと競る事になりました。

ダークネスブライトやネビュラスターなどが後ろから追ってくるのでリードを取っておきたかったんですが、パラソルサンに上手く粘られて

後続との距離を取るには難しいコーナーへ入ってしまいました、外枠だったのが最後まで響いてしまいました」

 

4着 ホワイトシロイコ  (町田 尚哉)

「大きなところで掲示板をしっかり確保できる実力は、間違いなく一線級であることを証明していると重います。

切れ味勝負ではやや不利であることはそうですが、長く使える脚でスパートさせられれば1着を獲れることもあるかと思います。

展開に泣かされていますが、そこをついて行けるようになれれば勝ち星は遠からず手中にできると期待しています」

 

3着 ダークネスブライト (川島 修二)

「激しいレースでした。 スタートからネイヨンマウンテンに削られ続け、ブライトがそちらに意識を割かれてしまい余力がありませんでした。

何度か馬体もぶつけられて、ブライトの集中力が乱れてしまった。 結果的に苦しい競馬をブライトにさせてしまい申し訳なく思っています。

自在性の脚質を活かして、私がもっと判断を早くできれば違ったかもしれません。 次の課題を見据えて頑張りたいと思います」

 

2着 ネビュラスター (田辺 勝治)

「勝ったと思いました。 大変なレースでしたが、一番大変だったのはネビュラスターがウィナーズサークルに向かおうとするのを止めることでしたけど(苦笑)

展開や作戦は想定通りに進みましたが、ワイルドケープリの切れ味に屈しましたね。

今回は初めからワイルドケープリが怖いと思っていたので、コーナーで内に刺さった時は行けると思ったんですが、林田ジョッキーの肝の太さには参りました。

勝ったワイルドケープリが一枚上手だったと思います。 ネビュラスターは本当に頑張ってくれましたよ、勝ち時計が証明していると思います……ええ、悔しいです。 

ネビュラスターの為に、どうしても勝ちたかったので……首の上げ下げがなぁ……不運でした」

 

1着 ワイルドケープリ (林田 駿)

「ナベさん(田辺 勝治)が積極的に絡んできたので何とかしなければとは思いました。

苦しいコース取りをしてしまったのは承知しています。 まだまだ未熟な自分を馬が助けてくれていますね。 ワイルドケープリを助けられるように乗るのが私自身の課題です。

勝ったことに対しては特にありません。 自分がミスをしなければワイルドケープリが勝つと最初から思っていました。

下馬したのは、ワイルドケープリの様子が普段とは違ってレース後に動きを止めてしまったので確認する為でした。 これから精査するかと思いますが、足元や馬体に異常は特にないと思います」

 

 

 



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十二話 旭日昇天

 

 

 

 

      天 皇 賞 (秋) 

 

 

72: 2036/10/19 10:59:28 ID:2JlMJjgk1

出走表出たぞ

 

 1枠1番  クアザール

 1枠2番  フィルターフェイク

 2枠3番  ストップザデイ

 2枠4番  ディアクラシックス

 3枠5番  デイビショップ

 3枠6番  クェイサーキッス

 4枠7番  リーンナウ

 4枠8番  オーワッチャー

 5枠9番  トリフォッリオ

 5枠10番 ブックシェルフ

 6枠11番 アウターオブマシン

 6枠12番 リアルアーモンド

 7枠13番 ネイヨンゲオルグ

 7枠14番 マックスハイ

 8枠15番 ナゾパルプンテ

 8枠16番 ワイルドケープリ

 

 

75: 2036/10/19 11:00:03 ID:V4eQ9tQXP

ワイルドケープリ大外か

 

82: 2036/10/19 11:00:42 ID:2QkZwhW+F

何かと話題のワイルドケープリも流石にこれは無理だろ

 

88: 2036/10/19 11:01:06 ID:2h3oebP1I

てかクアザール内枠

 

94: 2036/10/19 11:01:35 ID:EFntPMyK2

クアザール勝ち、解散

 

96: 2036/10/19 11:02:18 ID:dPoTEWHa

大阪杯負けてるクアザール距離2000に弱い説あるんじゃないか? 陣営も大阪杯なんで負けたのか分からないって言ってるし

 

97: 2036/10/19 11:02:58 ID:dlF78Xv8I

謎の馬さえいなけりゃクアザールは勝つ

 

102: 2036/10/19 11:03:39 ID:neesW+z5o

謎の馬云々はオカルトすぎて同意できませんわ、実力で言えば飛びぬけてるのは明白だし

 

105: 2036/10/19 11:04:08 ID:42PImJjS2

コントレイル以来の三冠馬。 ここで天皇賞(秋)勝ったらマジもんのガチでクアザールが歴代最強馬、大阪杯は何かの間違いだった

 

106: 2036/10/19 11:04:30 ID:nJvZfgQb

対抗はデイビショップ、トリフォッリオ、アウターオブマシン、リーンナウあたりかな

 

108: 2036/10/19 11:04:56 ID:uk1sbXpIr

デイビショップもトリフォッリオも前哨戦のオールカマーでワイルドケープリに負けてるんだよなぁ

 

115: 2036/10/19 11:05:35 ID:dtRdr6BDq

ナゾパルプンテが隣だったらクアザール負けてただろうから、良かったわ

 

120: 2036/10/19 11:06:11 ID:l7/OmO8dt

オールカマーなんてただの叩きだし、あんなもんだ。 むしろワイルドケープリがフロックだよ

 

125: 2036/10/19 11:06:42 ID:xDDX67BPT

デイビショップこそフロック視するべき、ワイルドケープリに負けてるんだから

 

131: 2036/10/19 11:07:06 ID:l7/OmO8dt

>>125

逆だよ、あんた見る目ねぇから競馬やめろ

 

132: 2036/10/19 11:07:38 ID:xDDX67BPT

は? 殺すぞ

 

136: 2036/10/19 11:08:11 ID:5Y2ODQzjK

他所でやれ

 

142: 2036/10/19 11:08:43 ID:Y1SmTUETk

クアザールに勝てる訳ねぇだろ

 

143: 2036/10/19 11:09:14 ID:mgmwXeDR

デイビショップの大阪杯もなぁ、なんか展開が向いただけって感じだし

 

147: 2036/10/19 11:09:39 ID:pNAet0qLq

まぁ流石にクアザール勝つわ

 

152: 2036/10/19 11:10:20 ID:4StLClzEW

ワイルドケープリとかいう謎の馬が気になる ナゾパルプンテの隣なのが余計に気になる

 

156: 2036/10/19 11:10:43 ID:KEKS2h8Ot

園田のクソ雑魚ダート馬が三冠馬様に勝てるわけねぇだろ

 

158: 2036/10/19 11:11:17 ID:HM1/YsSDU

クソ雑魚ダート馬(南部杯勝利)

 

161: 2036/10/19 11:11:40 ID:vLE4gB2Fo

その物言いはオールカマー獲ってるワイルドケープリに失礼すぎんだろww

 

163: 2036/10/19 11:12:19 ID:o8i2bjpUF

ワイルドケープリがこれに勝ったら大事やで、陣営めっちゃ強気やん。 アグネスデジタルの再来かもしれんぞ

 

166: 2036/10/19 11:13:00 ID:kDf45DJp+

ないない

 

172: 2036/10/19 11:13:25 ID:5PEMuvwPW

今時代こんなクソローテで勝てるわけねぇだろ

 

175: 2036/10/19 11:14:04 ID:kbgzmfNoZ

オールカマーを下手に勝っちまったせいで天皇賞出る事になったダート馬かわいそう

 

176: 2036/10/19 11:14:44 ID:Otur2PtY3

馬主が悪い

 

177: 2036/10/19 11:15:17 ID:5TFysTTAv

ダークネスブライトとネビュラスターに襲い掛かるワイルドケープリの末脚えぐくて気持ち悪かったぞ

 

179: 2036/10/19 11:16:01 ID:6/RIDbSH2

クアザール居なかったら面白い存在だったろうけど、ローテーション考えても流石に無理やなぁ

 

181: 2036/10/19 11:16:33 ID:0usIBLVLd

なんで最強ローテを選んじまったんだ陣営は

 

187: 2036/10/19 11:16:57 ID:ti92hjq4Y

でも今のところ勝ってるから

 

189: 2036/10/19 11:17:20 ID:CsrLLDjOH

まぁ、クアザールがどんな勝ち方するのかを見るだけのレースになりそうだな

 

195: 2036/10/19 11:17:58 ID:r5SCnzYhJ

馬券固すぎてつまんね

 

 

………

……

 マイルチャンピオンシップ南部杯を終えて、勝利後の雑事に追われて幾日。 巌調教師は次の天皇賞(秋)に備えてワイルドケープリの輸送の準備を始めていた。

その顔色は優れているとは言えなかった。

自らの管理馬が、中央GⅡ競争と地方GⅠ競争を勝利した。 林田厩舎にとっては開業以来、立て続けに大きな栄冠を手にして、まさに意気衝天と言っても良い結果を掴み取れている。

馬を見る目に自信はある方だ。 伊達に続けていない40年間の蓄積、人生を捧げて関わってきた馬とその数。 そして実際に馬を走らせてきた経験に、林田 巌は自負がある。

重賞の栄誉を勝ち取った管理馬が少ないのはそうだし世間的に見れば無名である事も承知している。 調教師として大事なオーナーからの馬を預かるのは伝手や人脈によるものが殆どであった。

そんな自分が、天皇賞(秋)という格式高い中央GⅠ競争に、管理馬としてワイルドケープリを送ることが出来る。

駿に、散々口酸っぱくしながらその栄誉がどれほどの物かを子供の頃から語り続けてきた。

当然、ホースマンの一人として夢が叶ったと言っても良いだろう。

出走できるだけでその誉は筆舌に尽くしがたいものがある。

柊オーナーが声を震わせて天皇賞に出たいと言うのも、共感こそすれ無謀と言って出ないなんて勿体ない事はしたくない。

日本ダービーやクラシックとは言わない。 中央の芝競争ですら贅沢だ。

そう考えていたからこそ、巌は思う。

素直な感情を吐露してしまえば、ワイルドケープリがマイルチャンピオンシップ南部杯を制したことに我を忘れて飛びあがりたいくらいに喜びたかった。

 

だが、その当の南部杯でレースを走った直後の光景が忘れられない。 駿が下馬をしたあの瞬間の、自らの魂ごと削ぎ落されるような感覚に胸が痛くなる。

いや、大丈夫なはずだ。 ワイルドケープリの心身は、今まさに絶頂を迎えている。

放牧出て戻ってからは馬っぷりが素晴らしいじゃないか。

時折入れ込むような様子を見せるが、気勢はまったく落ちずにフィジカル面に恐れる異常は全く無いのだ。

それは実際に馬の具合を見ても、データで見ても完全なる快調具合を示している。

南部杯では完全に仕上がったと思った。

厩舎を立ち上げてから今まで、あんなに強気にレースに向けて発言を繰り返していたのは自らの叱咤だけではなく、ワイルドケープリの強さを信じられたからだ。

しかもだ。

レコードを叩き出すほどの、あれだけ激しいレースを終えた後だというのに、むしろ状態はまだ上向いているのである。

世間で言われる酷いローテーションの中で、肉体面の負荷がまるで皆無であるかのように、ちょっとした乗り運動だけでも迫力が出てきている。

こんな馬がいるのか。

ワイルドケープリの底知れぬ才能を、若駒の頃から予感していた巌にとっても、それは想定を超えている事であった。

芝にはオールカマーで完全に適応できた。 精神面に目を向ければ、オールカマー後からかつてないほどの集中力を保ち続けているではないか。

これから東京競馬場に向かい、輸送を挟むが、そこで変調することなどまるで考えられないほど落ち着き、次のレースに備えている。

ワイルドケープリの好物であるりんごを与えても、その量を自らで調整するほどだ。

ハッキリ、天皇賞(秋)に向けて自身の調整すら行っているのが分かるほどだ。

何も心配などない。

 

―――本当か?

 

 林田巌は顔を顰めて口元を抑えるように手を覆った。

あまりに絶好調を維持している期間が長く無いか? むしろ見た目には上向き続けて天井知らずだ。 オールカマーで状態が良かったのは判る、放牧をした後だ。

南部杯でレコードを叩き出して勝利した。 帝王賞で目覚めた勝利の渇望。 競馬に勝利することの渇望を覚えたワイルドケープリだったから、その勝利によってメンタル面が充足し肉体に良い影響を与えたのかも知れない。

人だって、メンタルが肉体に影響を及ぼして、素晴らしい結果を残すアスリートは多い。

しかし得てして、そういった物は長続きはしないものだ。

天皇賞(秋)が行われるまで、その意気を保つことが果たして出来るのか。

眼鏡を外そうとしていた手が震えていた。

今までに実感した事の無いプレッシャーが、この老体に襲い掛かっている。

ほんの僅かな要素ですら、今では不安しか募らない。

GⅠ競争で何時も名を連ねる、有名厩舎では毎回こんなプレッシャーに襲われているのか。

喉を鳴らして水を飲み、息を吐き出して電話を取る。

 

「……ああ、もしもし。 俺だ」

『テキ? どうしたんですか、ファインの能力試験の結果なら、動画ファイルと一緒にPCに送ってますけど』

「ああ、それは確認してる。 そうじゃなくて、ラストファイン、こっちに呼べるか?」

『え、移動させるんですか? ちょっと前に関東の外厩から戻ってきて、能力試験受けたばっかりですけど』

「ラストファインに無理させてしまうかもだが、ワイルドケープリの為にこっちに呼んでおきたいんだ、日程を調整して後でメールを送るから準備しておいてくれ」

 

 そう言ってカレンダーを睨みながら電話を切る。

これは正解なのか? ラストファインは負担になるのではないか?

ワイルドケープリとラストファインの二頭はウマが合う。 だからこそ、天皇賞が開催されるまでに精神面にプラスになるよう呼んだが、果たして良かったのか。

ワイルドケープリはオールカマーからずっと、レースに集中してくれているじゃないか。

その集中の邪魔をしてしまうだけになってしまったらどうする。

すぐに電話をもう一度かけて、今の話を無かったことにするか?

 

「ああっ、くそ……」

 

受話器を置いて椅子の背もたれに深く凭れかかりながら、巌は首を振った。

 

 

 

 

 ―――ふん、イワオの奴は何を慌ててるんだか

 

ナンブハイを終えてからやたらと多くなったイワオの独り言に、耳を傾けつつ鼻を鳴らす。

バボウの中に居るから、何をしているのかはさっぱり見えないのだが、さっきから電話を掛けては唸り、一人でブツブツと誰も居ないのに話しかけている。

独り言にしても多すぎる。 壁に話しているのか? 

ジーワンを勝つと人間の方が慌ただしくなるんだな。

しかし、多少は俺もイワオの気持ちに共感できる。 ただ待つことが苦痛になることは、確かにあるから。

 

そうしてバウンシャが到着し、俺はまたカントーに乗り込んで借りている外厩に辿り着くと、なんかグッタリとしているちびが居た。

明らかな輸送疲れであるのが判って、俺は呆れてしまった。 まったく、せっかくちびがレースに向けて頑張ってるって所に水を差すもんじゃねぇだろうが。

と思っていたのだが、ちびはちびで、能力試験でゲートから出るのに苦戦―――話を聞いた限りでは発走直前に興奮してしまい、ゲートで暴れて馬具が引っかかったそうだ。

ようやく飛び出したと思ったら、出遅れに出遅れたせいでちびはその差を取り返そうと暴走。

騎手の指示に逆らい続けてそのままコーナーで逸走という、あまりに散々な結果で能力試験を終えてしまったらしい。

ちびの元気のない様子を確認してきたイワオが、目を覆って掌で顔を隠して盛大な溜息と共にちびに謝罪をしていた。

何やってんだ、本当に。

 

 天皇賞に向けて調整を続ける中、キシャは入れ替わり立ち代わり、俺の追切を追っていた。

走っているシャシンを取り、調教での良し悪しを、また多くのニンゲン達に報せる為にスマホなどを含む数多の道具を使って記録している。

その場で電話をして、遠くのニンゲンとも即座に通信でやり取りを行っていた。

 

手は抜かない。

 

ぐるぐるに勝つのが本質的な目的では無いとはいえ、命を揺らす場所に到達するには『走る』必要があるからだ。

誰よりも速く、光の先に到達する為に俺はレースに本気で挑む必要がある。

自分から背中に乗っけた物があるから、余計にそうだ。

 

2~3回も太陽が大空に上がれば、ちびも元気を取り戻して調教の馬場で出てくるようになった。

夜中、隣のバボウの中で最近は鳴りを潜めていた文句の渦を吐き出していたちびだ。

だから俺は少しだけイラついた。 愚痴を零して喧しくする、その位なら俺だって同じような事を経験してきた。

だから良い。

だが。

能力試験に失敗して不貞腐れていたんだろう。

ぐるぐるを走る為には、大事なことだ。

ニンゲンが定めた競馬というルールというのは根拠が添えられている事を俺は知っているし、ちびにだって教えてきた。

どれだけの期間、競馬が行われてきたのかは分からないが、ウマとニンゲンの関係を鑑みるにそう短い時間ではないだろう。

いよいよとなって興奮する感情を持て余すのだって分かるさ。

溢れだしそうになる激情を抑え込むのは中々に難しいもんだ。

だがな、ちび。

お前が到達するべく目指している場所には、お前以外のウマが無数に犇めいているんだ。 感情を理性で制御しろ。 競馬に勝ちたいのなら、競馬をしなくちゃいけない。

四の五の言うよりも、体感させた方が手っ取り早いだろう。

 

基本的にちびと共に調教馬場に出る時は、俺はちびに合わせるよう指示されてそれに従ってきた。

しかし今は、それじゃあダメだ。

ちっと無茶するから先に謝ってはおくぜ。

瞬時に意識を切り替える。

全身を漲らせ、後肢で芝生を抉り出すように力強く踏み出す。

秒に満たない時間で隣り合った馬体が引き延ばされ、秒を過ぎればちびを置き去りに緑の大地が迫って来るかのように前に動き出した。

風を切り裂き、音を鳴らし、前脚を叩きつけた大地を震わす。

予定されたゴールまで、俺はちびに大きな差をつけて駆け抜けてやった。

遠くで見守るキシャや、俺を見守っていたニンゲンたちのどよめきが俺の耳朶に響いてくる。

俺の走りはどうだったか、思い思いに文字に起こして記載することだろう。

これで今日の俺の調整は全て終わった。

後は天皇賞って奴に向かうだけだ。

 

鬣を揺らし、頭を下げる。

ちびが目指している場所は、俺よりも遥かにニンゲンの夢を背負う過酷な行程を経て行く。

だから、そうだろう。

ようやく追いついて、息を荒げるちびに俺は言った。

 

  足踏みしている暇なんかないぜ、おい

 

睨みつけるように俺を見据えて、整わない息に鼻を膨らませ。

そんなちびに力の差をみせつけてやれば、ほら。

スターのガキも大概だが、このちびも負けちゃいない。 突きつけられた敗北に決して膝を折ったりしないだろう馬鹿野郎だ。

どうせ忘れているんだろう。

馬鹿だから、誰の背を追っているのかしっかりと判らせてやらねぇといけない。

 

  ―――俺の背中を追っているって言ってたがよ、容易くはねぇんだよ

 

ブッチャーの背中を追い越した俺は、何処までもいける。

お前はまだ競馬の入り口にすら踏み出せてない、ただのちびのままだ。

 

  ―――気張って走りな、ちび

 

命を揺らす場所まで、昇ってこい。

とっとと能力試験を終えて、ぐるぐるを走る資格を、まずは手に入れてきな。

何も喋れないでいるちびに、俺は背を向けてニンゲン達を無視してバボウへと戻る道へと踵を返してやった。

 

 当然だが、予定を無視して全力でかっ飛ばした俺は怒られて調教後のリンゴを取り上げられお預けを食らった。

イワオは絶叫して、他のニンゲン達に怒鳴り散らしていて、俺のりんごの事をすっぱり忘れてやがる。

くそ、俺の一日一個と決めてる貴重なりんごタイムが……やっぱちびを焚きつける前に食べられるよう催促しときゃ良かったな。

 

 

 そうして夜を超えて、陽が昇っていく日々を重ねれば、俺のぐるぐるを走る日はまたすぐにやってくる。

園田のハヤシダキューシャに戻る為に手配されたバウンシャと、東京競馬場へと向かう為の俺のバウンシャが並んで、俺とちびは轡を並べて乗り込もうとしていた。

馬鹿に似合わない一丁前に引き締まった顔で、ちびが俺の横に立つ。

ハヤシダキューシャに戻れば、また能力試験へと向かう事を教えてやったからだろう。

一つだけ、この馬鹿ちびにもアドバイスを送ってやった。

ぐるぐるを勝つのには、頭を使う。 他のウマよりも先に 『競馬』 を理解し 『競馬』 をしなければ勝てないと。

 

 ―――俺は負けない。 誰にだって、何にだって、決して逃げない。 待っていろ、俺は必ず、その背中を追い抜かしてやる。 そして、俺はお前に言ってやる。 俺の勝ちだと。

 

うるせぇな、良いから早く行けよ。

何時まで待ってりゃいいんだよ。

とっとと走って結果を出してきやがれ。

 

 クソ、絶対勝ってやる!見てろ! などと不満を零しながらバウンシャに乗り込んでいく。

能力試験の結果は最下位でも、ちゃんと走れれば競馬を走れるようになるんだが、それはまぁ教えなくてもいいか。

ちびを送り出すと、イワオとウマヌシのヒイラギが俺の傍に寄って身体に触れてくる。

夜が明けて、太陽が出れば、俺はぐるぐるを走るから、その見送りに来ていたのだ。

イワオは普段よりも顔を青くして、口元を固く結んでいた。

 

ヒイラギが俺の身体に両手を当てながら、感謝を告げてきた。 ありがとう、と。

 

「ワイルドケープリ、お前のおかげで、俺はこの場所に来れた。 夢でしか無かった、中央GⅠの舞台に。

 それだけでもう、俺はお前に感謝をするべきだ。 いや、南部杯を勝ってくれただけでも、御釣りが出るくらいだ! だけど、だけど、頼む! 俺を、俺を中央GⅠホースのオーナーにさせてくれ!」

「ワイルドケープリ、怪我だけはしないでくれよ。 ……オーナー、そろそろ時間が押しているので行きましょう」

「ええ、ええ、すみません、興奮してしまって。 ああ、もう時計が一回りしてしまえば、天皇賞が始まるんですね。 今から、胸が苦しくてたまりませんよ」

「オーナー、私もです。 中央GⅠに挑むのが、こんなにも心苦しい物だとは思いませんでした。 しかし―――」

 

 ワイルドケープリは完璧です、これで負けたら、それはもう相手を讃えるべきでしょう。 さぁ、ワイルドケープリを信じて見送ろうじゃないですか。

イワオはそう言って、ヒイラギと共に離れて行った。

ウマヌシのヒイラギは、走る前だってのに既に涙を顔から流していた。

 

 バウンシャに、ハヤシダキューシャのキュームインと共に乗り込む。

 

「頑張れよ、ワイルドケープリ……俺、変なとこないよな? 中央のパドック回るの、初めてなんだよ、それもGⅠだぜ、天皇賞だ! あぁぁぁ、もう、緊張するなぁ」

 

 そんな事を言って、バウンシャに揺られている間に必要な水やカイバを用意し始めるキュームイン。

その手は僅かに震えていて、言葉の通り緊張しているようだった。

本当に。

どいつもこいつも、余計な荷物ばっかり勝手に乗せやがって。

何も知らない内に、殆どのウマはこうして勝手に背負わされていくんだろう。

ニンゲンの勝手に振り回されて、壊れてしまう奴だっているんだろう。

走れないウマがどうなるのか、想像できないほど甘い世界じゃない。

清濁といえば聞こえは良いが、やってる事はただの選別だ。

そのくらい、ニンゲンは分かってるし俺も分かっている。

経済動物などと揶揄される俺達ウマが、どういう存在でどう扱うかを分かっている。

まったく、勝手なヤツラだ。

付き合いきれねぇよ。

 

バウンシャから覗ける外が、彼方の空から白んでいく。

闇雲が広がる空に、くすんだ星を灯らせて、それらもやがて白く染まって行く姿を遠く眺めながら。

雲った夜を、照らしていた。

俺はそんな太陽を見上げて、目を細める。

 

付き合いきれねぇが、勝手に付いてくるのは好きにしろよ。

ちびに啖呵を切ったからには、背中を見せたからには、しょうがねぇからな。

 

ああ、そうだ。

仕方ねぇさ。

 

良いぜ、ついでだ。

ほら、ニンゲンよ。

俺の脚に振り落とされないよう、しっかりしがみついてな。

 

何処にでも連れて行ってやる。

 

 

 

   今度こそちゃんと―――まとめて面倒見てやるさ

 

 

 

 

その日。

 

 

15:45分に発走された天皇賞(秋)

 

 

 

東京競馬場は歓声と罵声に呑みこまれ、揺られていた。

 

 

 

 

 

    GⅠ / 天 皇 賞 (秋)

  

東京競馬場 芝2000m 曇り/良 全16頭 1:59:07  上がり3F 31.1 

 

1着 8枠16番  ワイルドケープリ   牡7 林田 駿  人気15  厩舎(園田・林田巌)

 

2着 1枠1番   クアザール     牡4 竹岡 遼  人気1   厩舎(美穂・藤原 次郎)  1/2馬身

 

3着 6枠11番  アウターオブマシン  牡4 レイモン  人気5  厩舎(美浦・富士野 遙) 4馬身

 

4着 3枠5番   デイビショップ    牡5 広山 應治 人気2  厩舎(栗東・満司 史朗)  クビ

 

5着 5枠8番   トリフォッリオ    牡5 田辺 勝治 人気4   厩舎(栗東・大迫 久司)  アタマ

 

   

 

 

 天皇賞秋 実況専用スレ 3

 

 

えっぐい

うわ、やべぇ

なんだその加速

くっそはええええ

クアザール負けたwwwwww

気持ち悪すぎる

うっそやん

三冠馬負けてるんですけど!!!

はぁ?なんだこれ

時計おかしいだろ!!

なんだこいつ……

おいwww

ワイルドケープリやべぇwwwww

魔物が出たぞ

15人気の馬wwww

7歳ってお前

wえwwwwwwwおいwwwwwww

wwwww草wwwwwwwwwwwww

おいおい

ワイルドケープリつええええええええええええ

三冠馬とはなんだったのか

クアザールwwwwwwwwwwwマジかよ……(真顔)

上がり3Fやばすぎる

バケモノかよ

なんだこいつ

林田最強きたな……

信じられねぇ

おい!!!! なんあんだよこの糞駄馬! クアザール様の邪魔をすんじゃねぇ!!!!

やっぱクアザールは謎の馬に弱い説が真実だった

わいの馬券が全部死んだ

わいも

なんなんだこの馬

ダート馬だったんじゃねぇのかよ

てか時計異常

俺も馬券ないなった

デジタルの再来をこの目にできるなんて

大阪杯でもそうだったけど、クアザール謎の条件馬とか謎のダート馬とかに絶対負けるやんけ、もう信じねぇぞ

ワイルドケープリおめでとう。 天皇賞(秋)獲った地方馬とか信じられねぇ

園田競馬からとんでもないのが出てきた

3Fやばすぎて草

勇者の帰還

上がり3F31.1? 何かの間違いだよな? 時計壊れてるんやろ?

なんやこいつ……

脚ぶっ壊れるやろこんなん

なんだこいつ……

天皇賞のスレ立ちすぎだろwww

驚天動地すぎるから仕方ない

嘘だろおい

スプリント戦の記録かな?

クアザール負けるのかよ……

何度も言うけど、信じられん

覚醒するにしても段階を踏めよ! いい加減にしろ!

スプリントでも早々出ねぇよ、こんなヤバイ3Fの記録

ありえねぇぇぇぇ、クアザール負かすとか本当にありえねぇよ

31.1はもう馬じゃなくてUMAなんよ

フロック視しててすみませんでした

ワイルドケープリかぁ、すげぇ馬が出てきちまったな

園田競馬で燻っていた頃から追いかけていたワイ、成長に咽び泣く……おめでとう! って成長しすぎだろ! なんだこいつ!

林田最強

 

 

 

 

【ワイルドケープリ】芝2000上がり3F31.1【ワールドレコード】 1000

三冠馬クアザール、ダート出身の伏兵ワイルドケープリとかいう謎の馬に差されてしまう 1000

クアザールwwwwwwwwwww 1000

天皇賞(秋)勝ち馬 ワイルドケープリ!!!!!! 1000

 地方馬のままワイルドケープリが天皇賞秋制覇 1000

ワイルドケープリが来るなんて判るわけねぇだろ死ね!!!! 893

クアザールとかいう謎の馬と一緒にレース走ると絶対負ける三冠馬 1000

ワイルドケープリって 543

ワイルドケープリとかいう園田の怪物 862

……

 

 

 

 

 

 



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十三話 旭日昇天2

掲示板回となります。
ちょっと長めかと思います。

今話の1時間後に、次話を掲載いたします。



 

 

 

 

 

   ワイルドケープリ応援スレ 7

 

 

112: ID:rj3thDTH/

【速報】ワイルドケープリの次走・アメリカのペガサスW杯に決まる

 

116: ID:u8yPOiwe6

なんでやねん

 

129: ID:3BFVP0w1J

あのさぁ……

 

130: ID:u1bqOXL2P

普通にチャンピオンズカップや東京大賞典やフェブラリーSじゃあかんのか?

 

143: ID:e43cwOcaU

これは変態ローテ

 

157: ID:5/bFXuNKP

香港行けよ、変態になれ

 

168: ID:GeQYcu+sD

もうすでに マイルCS南部杯 → 天皇賞(秋) とかいう由緒ある変態ルート辿ってるだろ

 

181: ID:VM+q46bUP

アグネスデジタル「大変そうやなぁ」

 

187: ID:Le8ck/uHD

マイルCS南部杯 → 天皇賞(秋)のローテが過去統計の勝率100%で草生える

 

189: ID:kC6Gp1dZH

ほーん、良い事聴いたわ

 

204: ID:QT7uaSjxY

これは今後のローテーションではトレンドになるかも知れませんね

 

213: ID:oCXQqE4ag

こいつの血統見たこと無いんだけど

 

225: ID:D3StCk4rQ

血統表見てリボーだけは判る

 

233: ID:Yab60xj6O

母は南米のGⅠ獲った良血……らしい、知らんけど

 

247: ID:NV4o7qa0P

リボーの血さん、いきなり爆発するのやめてくれませんか

 

265: ID:I5VGYuOqn

南部杯が特異点になってんじゃねぇの?

 

274: ID:jtj0CFxOC

駿君はアメリカ乗れるんか?

 

275: ID:TdAB/oHaC

乗り代わりありそうだな

 

279: ID:H9G9k/u5s

ワイルドケープリはフロック、たまたま運よく勝てただけの駄馬

 

291: ID:fRgNgnNhI

たまたま(ダート三冠馬と芝の三冠馬に勝つ)

 

301: ID:ppZUc/8bI

運よく勝つ(上がり 3F 31.1 ワールドレコード)

 

304: ID:GvL0kxRlA

むしろ騎手は変わった方がやれるんちゃうか

 

314: ID:zklY9AmVO

いい加減ワイルドケープリが強い馬ってことは認めろよ

 

321: ID:+ByQF0PqD

ワイルドケープリの顔がイケメンだな

 

334: ID:g27T0MVlZ

イケメン顔じゃないのに傷痕あってカッコよく見えるの反則やろ

 

352: ID:R7qj0Pgzd

あの傷痕が格好いいよな、7歳まで走ってる歴戦の勇士感がすごい

 

356: ID:MI34aj7op

こいつ7歳か、よく覚醒したなホント

 

374: ID:MK30sMojE

覚醒の仕方が派手すぎる

 

384: ID:aJawfH/+5

顔の傷痕は今年のダイオライト記念のゲートでぶつけて出来たやつだぞ

 

401: ID:CNv+NJfQr

草wwww

 

419: ID:8rQYHYrji

歴戦www(半年前にこさえた)

 

425: ID:ghmQ8OJUv

それでダイオライト記念勝つってサッカーボーイじゃん

 

441: ID:NZ68w1mz+

スタートあんま上手くないよな、ちょいちょい出遅れるしゲート下手やろ

 

459: ID:J1fehi4+T

でも掛かりとかは全く見ない

 

469: ID:CrBdOhTSQ

掛かってるの見たこと無いな、そういえば

 

474: ID:U2aXvk3DN

気性が良いんやろな

 

490: ID:ybRuhIoGX

穏やかな馬なんだ

 

506: ID:DNx2mGUSF

篠田牧場「まるでセントサイモンみたいだ!!」

 

520: ID:YoEUvtk7x

幼名がサイモンなんだよなぁ

 

534: ID:FhRM7B1E2

育成牧場時代、セントサイモンみたいに牧場の外まで爆走したらしい

 

547: ID:55gBIu0ad

今でも結構な頻度で調教の時に制御不能になって放馬→馬場を爆走してるぞ

 

559: ID:cHL80xkIx

気性悪いのかよ

 

576: ID:TfViBQSp+

えぇ・・・(困惑

 

589: ID:dDYgiYPmk

次走決まったのはいいけど何やねんペガサスって

 

606: ID:UjrBvqaLF

何処のレースかと思ったらアメリカか

 

622: ID:7/8jnkiSC

ローテーションすげぇな

 

632: ID:YzsKwJZ2Z

クアザールから逃げんな、もう一度勝負しろ

 

644: ID:Lfio5MNH4

流石にクアザールにもう一度勝てってのはきついやろ、ダート馬やぞ

 

653: ID:PTRroYTvl

『芝』2000の上がり3Fの ワールドレコード 出した馬がダート馬……?

 

666: ID:4Qr6BHnWB

ダートクラシック無敗三冠のネビュラスターと世界レーティング128出してるダークネスブライトに勝ったんだからダート馬です

 

683: ID:KZ4xjjvGW

芝の三冠馬クアザールに天皇賞で土つけたんだから芝馬だろ

 

685: ID:+aSirTkUO

これもうわかんねぇな

 

700: ID:IEntbXRC/

変態やんけ

 

702: ID:NitvCz1Yd

そうだよ

 

710: ID:6gHZ3gJSY

関係ないけどダークネスブライト……怪我しちゃったんだよな……まだまだやれただろうに、悲しい

 

719: ID:AoTmgRK+l

ていうか名前がださすぎる、ペガサスってお前

 

734: ID:rcvNeCLT0

いや別にダサくはない

 

745: ID:zda/ISM3J

もし勝ったら主な勝ち鞍ペガサスやぞ、ダサすぎるだろ

 

751: ID:yf4D35kAW

は? ペガサスかっこいいやろ、羽生えてんだぞ舐めんなカス

 

761: ID:fatYwJrlV

なんか勝てる前提で話してるけど勝てるわけないぞ

ペガサスワールドカップにGⅠ5連勝中のアメリカの怪物三冠馬・ヒートコマンダー出るんだ

 

770: ID:F9ALE49XQ

化物かよ

 

792: ID:9fe3GjCnf

たまに出てくるアメリカ特有の規格外の馬

 

809: ID:1ydYSh9ZI

なんで日本に怪物が出て海外に挑戦しに行くと、ちょうど海外にも怪物が出てくるんですかね

 

819: ID:mLb+UuGmZ

不思議と怪物の出る時期は重なるのだ

 

834: ID:jKwA+Qzq5

ペガサスには出ないけど米国競馬にはクリムゾンカラーズとかいうUMAも同時代に居るという恐怖

 

848: ID:hmz/Z/9Ew

ヒートコマンダーに勝ってみろよ……飛ぶぞ?

 

856: ID:R3VjGaNW7

馬券飛ばないで

 

863: ID:FBLPFvbbV

でも主な勝ち鞍ペガサスになったら流石に飛ぶわ

 

      以下主な勝ち鞍のカッコよさについて雑談が続く――

 

 

 

 ワイルドケープリ出走! ペガサスワールドカップ応援実況スレ

 

これ勝ったら園田の伝説や

もう既に伝説定期

ペガサスになってくれー

うおおおおおおおおおおおおおお

海外ファンファーレ、妙な気分や

くるううぞおおお

きたああああああああああ

きたあああああ

はじまった

うおおおおワイルドケープリ一点勝負頼むで!

出遅れなし!

よっしゃ!

勝ったで

いいぞー

いや前目すぎる

追い込みの位置じゃねぇぞ

お、今日は前目いったか

アメリカ競馬特有の追っつけ先行

いいぞ、アメリカ競馬なら正解だ

ワイルドケープリ不利受けてんぞ!

ジョッキーが下手すぎる

林田ふざけんな!

どんどん下がる

おいおい

届くかボケしたら林田殺すぞ

林田おまえもう馬から降りろ

降りたら負けるから死んでもしがみついてろ

アメリカ競馬で良い出足からの後退とかあほかよ

お前ら上がり3Fワールドレコード31.1を信じろ

うおおお上がってきた

間に合うか!?

いけいけいけいけいけいけいけいけ

ペガサスになれ!

うおおおおおおおおおお

頑張れぇぇぇええ

ヒートコマンダーに並んだ!

叩き合いや!

いけいけいけいけいけ!!!

勝て勝て勝て勝て!!!!!

ああああああああああああああ

ヒートコマンダー勝負根性やべぇ!

アタマ出た!

ワイルドケープリ頭でたぞ!

きたああああああああああああ

うおおおおおおおおおおおお

きたああああああああああああ

きたああああああああああああああああああああああ

勝ったwwwwwwwwwwwwwwwwwww

マジかよ勝ったwwwwww

つええええええええええええ!!!!

クアザールに勝った能力は本物やで!

ダート本場アメリカGⅠ制覇きたああああああああああああああ

アメリカ三冠馬GⅠ5連勝の化け物の6連勝阻止wwwwwwwww

くそつええええええええええええ

うおおおおおおおワイルドケープリ最強!ワイルドケープリ最強!

 

 ワイルドケープリ応援スレ 10

 

 

69: ID:3ETNsFuJc

速報!!

 

【最強ダート馬】ペガサス馬ワイルドケープリ、ドバイワールドカップ出走確定!

 

 

72: ID:Q3fVC+Z4V

きたーーーー

 

73: ID:K6nhmWYqS

ペガサス馬ワイルドケープリ出走、勝ったな

 

81: ID:kObGHWOC4

有力馬がワイルドケープリ恐れて回避、あると思います

 

83: ID:+AGAauVIu

サウジでも良かったんちゃう

 

91: ID:sbfnzmn+6

日本からはフェブラリーS制したネビュラスターも出走するぞ

 

95: ID:4/+QgE9/r

サウジ出たら糞ローテすぎんだろ

 

98: ID:Ulo1+polj

ネビュラスターのフェブラリーSは凄かった

 

100: ID:WfALyaSrL

こんな期待できるドバイワールドカップは久々

 

101: ID:cjqsvSFG6

去年の南部杯の実況は笑ったわ

 

110: ID:6w1k+cCVO

世代交代だーー! ダークネスブライト5歳→ワイルドケープリ7歳

 

120: ID:NDin2v3by

あれ絶対ネビュラスター用の決め台詞だっただろ

 

123: ID:rnHc5yIL4

てかワイルドケープリ8歳かよ、遅咲きにも程がある

 

125: ID:uI07v9ZvH

なんで園田なんかからこんな化け物出てきたんや

 

135: ID:ykuYTEggQ

園田の怪物

 

139: ID:mTEGrzBzW

園田のペガサス

 

143: ID:1XlTwhL/a

林田厩舎、最近すげー問い合わせあるらしいね。 林田調教師はもう年齢も年齢だから受け入れしてないみたいだけど

 

152: ID:4NtPtXwtA

そらこんな意味わからんほど強い馬が園田から突然出てきたら問い合わせも来るわ

 

155: ID:QCtKlj37r

馬は化け物だから誰が乗っても勝てる、だから騎手だけが心配

 

162: ID:7Sm9KlsNf

林田ぁ! ワイルドケープリの邪魔すんなよ!

 

171: ID:LFnadkryv

むしろ騎手の乗り代わりが心配、ワイルドケープリって騎手に注文着けるらしいし

 

176: ID:Vkp6Kpxpl

マッキーこと牧野が帝王賞の時にワイルドケープリ乗り代わりになるかもってことで調教付けに行ったんだけどワイルドケープリが拒絶して結局落馬で怪我して帰ってきたばかりの林田が乗った話なんかインタビューであったね

 

182: ID:Nxfb/+buF

俺のダークネスブライトは?

 

186: ID:knj3FfMdN

骨折して引退した

 

191: ID:5BqEr8eE1

知らんかった……悲しい……クアザール敗北のショックがでかすぎて競馬ちょっと離れてたから

 

194: ID:4bG3ddkLa

ワイも全額無くなったから気持ちはわかる

 

195: ID:5WjthJoxa

馬券に全額ぶっぱは辞めろってあれほど……

 

202: ID:zezuiYQ9p

ワイルドケープリとかいう当時は謎の馬に負けたのは確かにショックだった

 

208: ID:eueGvYHfv

謎の馬に弱いクアザール概念好き

 

211: ID:GSQIp+AG0

もう謎の馬に弱いのは事実なんだよなぁ……

 

213: ID:usTsAgySn

ワイルドケープリ一気に知名度上がったよな、クアザールに勝って

 

215: ID:jlZE2lPvq

ワールドレコード出してる時点で知名度ぶち上がるわ

 

220: ID:8XvbUmHI+

オールカマーの時に最低人気、お前らは見る目が無さすぎる

 

228: ID:43c8o71hU

買える訳ねぇだろ

 

231: ID:nzTLAIWDu

オールカマーで競馬仲間に冗談で言ったワイルドケープリが勝つってのが現実になって顎外れたわ、おかげで天皇賞は美味しく頂けましたありがとうございます

 

235: ID:7u9Ldjnuk

林田「帝王賞3着!よし、次はオールカマーから天皇賞や!」

 

239: ID:63dI7+Nlh

草www買えんわwwww

 

243: ID:zyXfL6C46

陣営の慧眼やべぇな

 

244: ID:NwyqgeAWH

去年ドバイワールドカップでUMA相手に1馬身差の2着がダークネスブライト……を南部杯で倒したペガサス馬ワイルドケープリ……を落馬させたネビュラスターがダート最強、つまりドバイはネビュラスターが勝つ

 

250: ID:ZaFXs7NzK

物凄く小物に見える印象操作やめろ。ネビュラスターだってダート三冠馬の超絶名馬なんだ

 

255: ID:0UvpFIZHJ

ワイルドケープリってダート無敗三冠馬ネビュラスターと芝クラシック三冠馬クアザールに勝ってるんだよな? 

 

262: ID:iOTXLf0gS

アメリカ三冠馬のヒートコマンダーにもペガサスで勝ちました

 

272: ID:3UdtP1DD0

三冠馬殺し ワイルドケープリ

 

276: ID:uoz3/poJm

なんだこいつ

 

282: ID:LIrYuSrpD

こわ

 

290: ID:dxmkcauJ0

ドバイでアメリカ古馬最強のUMAであるクリムゾンカラーズも撃破して勲章増やそう

 

298: ID:xtiXHWReC

しかもワイルドケープリは8歳

 

308: ID:qSLKCY7OM

しかもクソローテ

 

317: ID:bvWMWyhc1

ばけもの

 

326: ID:SMEc25JxO

ペガサスだぞ

 

327: ID:t/V1JGlHw

でもぶっちゃけペガサスってださい

 

328: ID:EskyRlkG1

は? 格好いいやろ、主な勝ち鞍ペガサスやぞ

 

 

 

     ―――以下、主な勝ち鞍のカッコよさについて雑談が続く

 

 

 

 

 ドバイワールドカップ実況スレ 日本馬からワイルドケープリとネビュラスターが参戦!

 

 

はじまった!

きたああああああああああ

緊張する

きたああああああああああああああ

ネビュラスター頑張れよ!

ワイルドケープリとネビュラスターの馬連しこたま買ったゾ!

ネビュラスターとワイルドケープリが飛んだらもやしを覚悟してる

全財産賭けた、頼む!

馬券全力ぶっぱニキは自重しろ

やべぇ、手の汗が噴火してる

見てるこっちが怖くてたまらん

くるぞくるぞ

スタート!

スタートしたぞ!

あああああああああああああああああああああああああ

うわあああああああああああああああああ

ワイルドケープリ出遅れたぁぁぁぁぁ

なんで大事なレース出遅れるんだよコイツ!

出遅れ終わったああああああああああああああ

林田死ね!

ボケカス林田のゴミが死ね死ね死ね死ね!

ネビュラスター頼む!

やっぱネビュラスターやねん!

っぱネビュラスターしか勝たんわ

ワイルドケープリ最後方で追走

ん?

あ?

ネビュラスターあかん

ネビュラスターおかしい

怪我だけはやめてくれ!

あああああああああああああ

競争中止!

ああああああうそだああああああ

ネビュラスター無事でいてくれええええ

クリムゾンカラーズはええええええええええ

クリムゾンカラーズやべえよ

マジかよ!

ワイルドケープリ捲ってきたぞーーー!

頼む頼む頼む!!!!

いけいけいけいけいけ

クリムゾンカラーズ4角で突き放し

えっぐい

やべぇ!

負けたわ

この差は無理だ!

終わったぁぁぁぁぁxあああああああ

アメリカのサイレンススズカじゃん

画面の外から飛んでる!

ペガサス来た!

ワイルドケープリきたあああああああああああ

うおおおおおおサセサセ佐瀬!!!!!

差せるぞ!

クリムゾンカラーズなんでこのペースで垂れねぇんだよおかしいだろ!

強すぎる

ラスト100ここや!!!!

ワイルドケープリいけえええええええええええ

ワイルドケープリ頑張れ!!!!

いけいけいけいけいけ!!!

飛べぇええええええええええ

勝ったやろ!

交わしtら!

うおおおおおおおおおおおおおおおおおお

写真

写真

ああああああああああああ

絶対差せたって!

クリムゾンカラーズくそ強かった

コースレコード!?

クリムゾンカラーズマジ強い

クリムゾンカラーズUMAすぎんだろ

これは負けたかぁ?

クリムゾンカラーズさん、サイレンススズカみてぇだった

てか負けたくさいんだが

判定なげー

まだかよ

ネビュラスター無事なの?

確定! ワイルドケープリ1着!! ワイルドケープリ1着!!

同着だ

落ち着け、ワイルドケープリとクリムゾンカラーズ同着だぞ

うおおおおお、差し切れてなかったあああああああ

同着でも一着に代わりねぇ!

上がり3F31.7wwwwwwwwwwwwやばすぎんだろコイツ(真顔)

言葉もねぇわ

GⅠ同着稀にあるけど、初めて見たぞ

園 田 の 怪 物  ワイルドケープリ

世界ダート最強馬や!!!

飛んだあああああああああああああ

これは認める、マジでペガサスだったわ

うおおおおおおおおワイルドケープリ最強! ワイルドケープリ最強!

ワイルドケープリ、すげぇ発汗してる

ずぶ濡れやんか

ビショビショだ

激闘だった

 

 

 

  ワイルドケープリ応援スレ 15

 

58: 2037/4/13 18:53:49 ID:KkKKMw0du

 

【今度は長距離】ワイルドケープリの次走が決定 天 皇 賞 (春) へ

 

 

73: 2037/4/13 18:54:27 ID:MdnlC80TG

草www

 

78: 2037/4/13 18:55:12 ID:n0kBXjY4f

天  皇  賞  (春) 

 

88: 2037/4/13 18:55:58 ID:LiI1wf3eG

さすがに無理やろ……

 

96: 2037/4/13 18:56:38 ID:paETrPgo+

林田さぁ……

 

101: 2037/4/13 18:57:26 ID:SOiDW+zqs

林田wwwww狂ったwwwwww

 

107: 2037/4/13 18:58:24 ID:l60Jlyh0/

馬主何考えてんだ、3200走れる馬じゃないだろ、ないよな?

 

116: 2037/4/13 18:59:08 ID:G5VkEVdfM

園田で1400勝ってるんだから長距離よりスプリントマイル路線の方が良いんじゃねぇの? 知らんけど

 

121: 2037/4/13 19:00:03 ID:igoK/IiBh

短距離は走れそうだよね

 

127: 2037/4/13 19:00:57 ID:ElpK2orK5

ダイオライト記念勝ってるから砂の2400は走れる体力はある

 

130: 2037/4/13 19:01:53 ID:LwV4pEQQm

走り切れるだけじゃなぁ

 

134: 2037/4/13 19:02:52 ID:CtL+P20aF

菊花賞・阪神大賞典ぶっちぎってるシャカロックいるから無理、ハイペース展開だった時にワイルドケープリの脚が残ってるとは思えねぇんだわ

 

135: 2037/4/13 19:03:48 ID:JG/34Ht47

クアザール居ないからチャンスと思ったけど、シャカロックが居るわ

 

144: 2037/4/13 19:04:27 ID:4z7PEKk//

ステイヤーSと日経賞勝ってるネイヨンクリークとシャカロック居るからなぁ

 

153: 2037/4/13 19:05:05 ID:8jE+UwG32

重馬場ワンチャンあるで、シャカロック良場でしか勝ってねぇから

 

156: 2037/4/13 19:05:54 ID:6MvEYGJFv

まかり間違ってワイルドケープリ勝ったら史上最強馬と認める

 

164: 2037/4/13 19:06:41 ID:lFAE+Lpu3

クアザールを天皇賞(秋)で撃破してるんだからシャカロック潰しても驚かんわ、いや驚くけど

 

169: 2037/4/13 19:07:35 ID:RZCJi20zQ

お前ら、去年の天皇賞もう忘れたのかよ、なんなら直近のドバイも忘れたのかよ

 

175: 2037/4/13 19:08:25 ID:bQ6UJ8uMI

アンチを黙らせてきたワイルドケープリの末脚を信じろ

 

185: 2037/4/13 19:09:15 ID:m2ofOJkPv

ダークネスブライトとネビュラスターとクアザールと米のヒートコマンダーとクリムゾンカラーズ撫で切ったワイルドケープリだぞ、ダート2400重馬場の実績あるし芝3200全然あるわ

 

187: 2037/4/13 19:10:08 ID:wbJCf3XxU

羅列するとマジでヤベェ

 

195: 2037/4/13 19:11:02 ID:BARcTJ2xE

勝ったライバルがえぐすぎ

 

204: 2037/4/13 19:11:56 ID:xfXkMj/y5

三冠馬絶対殺すマンじゃねぇか

 

209: 2037/4/13 19:12:51 ID:aWVApvbD9

よくコレ等に勝てたなワイルドケープリ

 

217: 2037/4/13 19:13:33 ID:Ch6sLHPlW

本当だ、クアザール・ヒートコマンダー・ネビュラスター、みんな三冠馬やん……こわ

 

223: 2037/4/13 19:14:25 ID:gcJ/KTIJ+

ワイルドケープリ「三冠馬は殺す」

 

225: 2037/4/13 19:15:18 ID:TLPQx+W32

なんでワイルドケープリ去年まで無名だったんですかね……

 

234: 2037/4/13 19:16:07 ID:l1TLjhvD0

天皇賞春も彗星のごとくペガサスして勝てる気してきた、軸にするわ

 

244: 2037/4/13 19:16:55 ID:fGNwiN0+1

考え直せ、飛ぶ気か?

 

254: 2037/4/13 19:17:33 ID:Lom8JiUr0

馬券ペガサスすんな

 

259: 2037/4/13 19:18:33 ID:cVb6vsB+U

3200しっかり走れたらシャカロックはワイルドケープリに勝てんやろ

 

261: 2037/4/13 19:19:21 ID:AUI3EkfPz

1400~3200とか距離適性の概念壊れる

 

268: 2037/4/13 19:20:03 ID:3XD/h/aoj

っぱワイルドケープリ来るかも

 

274: 2037/4/13 19:20:51 ID:TFVOA5apl

いや流石に長距離走るの今回が初だぞ、落ち着けよ

 

279: 2037/4/13 19:21:43 ID:mexXrohDY

アメリカ三冠馬とアメリカダート最強馬のクリムゾンカラーズ撃破してんだぞ

 

285: 2037/4/13 19:22:32 ID:BjTSn5iwM

クリムゾンカラーズとは同着だよ

 

290: 2037/4/13 19:23:12 ID:SBP2gchmR

次は 芝 なんですが

 

296: 2037/4/13 19:24:00 ID:JKSwdNL3i

芝でも現役最強馬のクアザールに勝ってるんだよ?

 

306: 2037/4/13 19:24:38 ID:KOfuulSnA

なんだこの控えめに言っても怪物な馬は

 

312: 2037/4/13 19:25:17 ID:6r2QiaCI9

園田のペガサスだが?

 

315: 2037/4/13 19:25:58 ID:rLfbDI/f3

これで勝ったらもう凱旋門いこうぜ、洋芝のワカメでもいけるやろ

 

321: 2037/4/13 19:26:52 ID:+l9/ccep/

8歳馬の凱旋門賞制覇とか草しか生えなくなるわ

 

325: 2037/4/13 19:27:41 ID:pWGIKb1g8

でももし、ワイルドケープリが天皇賞春を勝ったら?

 

330: 2037/4/13 19:28:34 ID:SXTz9+g3N

なんやこいつってなる

 

332: 2037/4/13 19:29:27 ID:tiotVs24E

ペガサスだよ

 

335: 2037/4/13 19:30:17 ID:5JBXnZktU

ペガサスwwwださすぎるwww

 

342: 2037/4/13 19:31:12 ID:jFujlcyLH

普通に芝路線なら安田とかVMで良くない?

 

348: 2037/4/13 19:31:53 ID:DlWUOZUMj

調教師が言うには馬がやる気で行きたがってるんだと

 

357: 2037/4/13 19:32:35 ID:rxEc+vu9p

ワイルドケープリ喋るんか(驚愕)

 

359: 2037/4/13 19:33:19 ID:v3r5bxn/+

そらペガサスやもん、日本語くらい喋る

 

369: 2037/4/13 19:33:56 ID:pIrxX31kp

ワイルドケープリがラストファインに煽られたってなんやねん

 

379: 2037/4/13 19:34:48 ID:M3UIx4wYZ

真面目に答えろ林田

 

380: 2037/4/13 19:35:42 ID:vMAGtvA+E

なんだかんだ主な勝ち鞍ペガサスカッコよく見えてきたわ

 

 

   以下主な勝ち鞍について雑談が続く―――

 

  シャカロックかワイルドケープリか 天皇賞春 実況スレ 4

 

 

いけいけいけいけいけ

ここでも捲り一閃かよ、やべええええ

あー、これはもう、ワイルドケープリ最強でした

歓声すげええええ

あーーーうめえええ、ワイルドケープリ銀行に全額預けてる時に飲むビールはよぉぉぉ!

ミスターCBかよ! いや、ゴルシかよ!

最終直線、シャカロックと並んでるやんけ!

勝ったわ、風呂

シャカロック詰んだ

ワイルドケープリ最強!ワイルドケープリ最強!

あれ?

あダメだこれ

垂れてるwwwwwwww

おいおいおいおいwwww

いや無理だわ

だめだあーーーー!

あかん

ああああああああああワイの金ぇえええええええええ

まったく伸びねぇえええ

知 っ て た

草ぁ!!wwwwwwwwwwwww 

沈んだぁぁぁぁ

故障は止めて!!

【悲報】一番人気ワイルドケープリ、芸術的な垂れを披露

実況笑わすな

こんなん芝3200生えるわwwww

飛べねぇwww

実況・角居「直線先頭で迎えたワイルドケープリ! さぁ、ぐんぐん下がって!? 下がっていく!? これはダメだ馬群に飲み込まれた! 今日のペガサスは飛べない!」

4角から手応え怪しすぎた

シャカロックやべぇ

シャカロック強すぎだろ

7馬身差ってwwww

ワイルドケープリは13着wwww俺悲しいよ……

故障か?

なんで最終直線で他馬がスパート掛けてる中、先頭走っていたコイツひとりだけ逆噴射してるんや

ツインターボかな?

距離だなぁ、2500くらいまでならやれそう

距離あかん

終わってみれば無謀な挑戦だった

4角までは最強馬だった

3角から捲って上がっていき、直線で先頭に立って13着まで下がる馬が居るらしい

故障じゃないみたい、ガス欠やね

距離適性の壁には流石のペガサスも苦笑い

てかペガサスとドバイ獲ってる馬なんだぞ、素直にダート走らせとけ

さすがに陣営が悪い

むしろワイルドケープリは頑張ってた

調教師や馬主の思い付きで芝走ることになるダート最強馬のワイルドケープリかわいそう

むしろ3200走らされるのが可哀そうだろ

いやでも秋は天皇賞勝ってるから……

ペガサスなら飛べると思ってたんやろ

JRAは芝ダート走れる馬の為にダート3200のGⅠを新設しろ早くしろ

3200じゃワイルドケープリ垂れるだろ! いい加減にしろ!

軸馬にしてたワイの馬券が飛んだわ

ペガサス乙

草ww

なんで軸にしたんだよ、天春は負けるってwww

でも皆買ってたんでしょ(ワイルドケープリ一番人気を見ながら)

そうだよ

そおだよ

ワイは単勝で飛んだ

流石に軸にはしなかったけど不気味だったから紐にしちった

ワイの応援馬券(1万)も思わず飛んだわ

そりゃペガサスだもん、飛ぶでしょ

しゃーない、にしてもシャカロックは強かったな

ワイルドケープリはダート馬だからしゃーない

ダート馬(芝G1勝利、上がり3Fワールドレコード)

 

 

 

  ワイルドケープリ 応援スレ 18

 

 

87: ID:YdVSx5y+X

【次走決定!】ワイルドケープリ、BCクラシックに挑戦!

 

92: ID:I4bexDNi7

やっと陣営が正気に戻った

 

99: ID:AxCjgVQ99

アメリカダート馬かかってこいやぁ

 

107: ID:D/BlYrgU+

むしろカチコミに行くのはワイルドケープリの方なんですが

 

112: ID:p3M5nBR4/

BCクラシックは悉く日本馬は追い返されてるからな

 

115: ID:tnWI9B8GF

凱旋門賞はクアザールが獲ったぞ、ここも続いていけワイルドケープリ

 

116: ID:zCFUFNKmo

日本馬の凱旋門賞制覇は長かったけど、二頭目は早かった、呪いがもう無くなったという証明をしたクアザールの功績は大きい

 

124: ID:5doyY/axY

キセキ民が煩すぎてクアザール好きじゃない

 

128: ID:5f6BPZCdm

ネビュラスターも怪我が無ければなぁ

 

137: ID:OXgJ6J7Rd

ネビュラスターはドバイが完全に失敗だった、骨折からの屈腱炎で終わったわ

 

145: ID:I0pQw2ARG

雉子島が悪い

 

146: ID:XKOtSLKWX

屈腱炎ほんま

 

154: ID:G5wtKda5o

ネビュラスターは骨折は治ったし屈腱炎も軽度だから冬に復帰予定だぞ

 

160: ID:n2428AGXg

復帰してもきついやろ

 

165: ID:DobXI6PO0

今度のBCクラシック出走したら通算69走目、怪我もまったくしないしワイルドケープリがタフすぎる

 

175: ID:Qq72Okru6

タイキブリザードから今まで挑戦してきて一度も獲れてない海外GⅠの一つ、ワイルドケープリも無理だと思うわ

 

176: ID:Y+OQmxYMZ

BCターフとか他のBC競争は結構勝ててるんだけどなぁ

 

184: ID:qeG2iQLgz

アメリカ最後の砦や

 

186: ID:ggF/db4UE

BCクラシック勝ったら伝説になるな

 

195: ID:q7XM86QPx

もう伝説定期

 

205: ID:NWmF88THP

ペガサスでも当たったヒートコマンダー、ドバイで同着のクリムゾンカラーズも当然出走

 

215: ID:RBPKTv91K

そりゃ日本のワイルドケープリに二度も負けられねぇよな

 

223: ID:cxtKijaFP

アメリカ本気の面子揃えてるな

 

226: ID:pFIU8ndXW

クリムゾンカラーズとヒートコマンダーの二頭だけで GⅠ 16 勝 なんですよ

 

236: ID:JBLILP8iu

加減しろ馬鹿

 

245: ID:S13GbETMI

強いわ

 

251: ID:I7bj9FsSY

ワイルドケープリ居なかったらマッチレースだったね……

 

255: ID:+cGSMoh+z

レーティング128とかワイルドケープリ舐められてるぞ

 

262: ID:De7z2uzTF

世界ダート王者レーティング128(芝2000mで上がり3F31.1のワールドレコード持ち)

 

270: ID:Q5Q5QwpEM

なんなんだよこの8歳馬!?

 

278: ID:hKbruINZr

園田のペガサス定期

 

281: ID:7WCibTWww

戦績見てるとずっとダート走ってて勝てなくて、いきなり覚醒してオールカマーと天皇賞秋を獲ってるの笑う

 

283: ID:EADmZBjrh

むしろ芝走ったから変わったんじゃねぇの、本質的に芝馬だったりしない?

 

284: ID:A9AHWQOzB

天皇賞秋→ペガサス→ドバイは今後二度と見れないローテだろ

 

289: ID:/7h4pKtWT

サウジ挟んで欲しいマン

 

293: ID:AbuA9NmUL

それは流石にクソローテ超えてる

 

300: ID:Bs3WyiIp2

当時ペガサスあったらデジタル行ってたか?

 

306: ID:rGSS6O5Ey

アグネスデジタルも大概変態だったけど香港行ったでしょ普通に……いや普通かどうかは自信が無いけど

 

316: ID:/G6VXLAAU

実際さぁ、天皇賞(春)出たの謎すぎるんだが

 

325: ID:mM2a2z5a1

本当にもう一つ芝のG1獲りたかったら安田記念か宝塚記念の方が良かっただろうね

 

333: ID:g3ImcQvfb

春秋天皇賞の制覇をしたかったんやろなぁ……オーナー

 

335: ID:HuRn8eVLG

馬が天皇賞(春)に出たかったんだから仕方ないじゃん

 

345: ID:ldjM/PYyM

 

ワイルドケープリ「レースに出たくて落ち着かない、ローテと距離の不安は囁かれているが消耗戦そのものには慣れているので、そこは問題ない」

 

 

351: ID:ENcDoLh6E

貼るなよwwww

 

360: ID:4bJGMJp6X

草wwww

 

365: ID:Gl9FXv0kX

距離の不安wwww

 

371: ID:GRAYALuwR

問題しか無かっただろwwwwww

 

376: ID:i7CzLAIrg

最後方から捲っていって全員抜いた後に13着まで垂れる馬

 

379: ID:RSdZpoxfO

画像漁ってたけどワイルドケープリなんか結構な写真で上向いてる

 

382: ID:el3DhPaL4

よく太陽を見たり上を向いたりする癖があるらしい

 

384: ID:KMPFKTiWX

なんだそれ、かわいいかよ

 

386: ID:MS7fo0sJg

愛嬌あるなw

 

394: ID:+l7T4dDVo

馬名のケープリはエジプト神話の太陽神から準えて付けたってオーナーがインタビューで答えてるよ

 

395: ID:nOUvVIHxU

同じ厩舎のラストファインがワイルドケープリの真似して一緒に太陽見てるらしい

 

404: ID:lUM4PZ7du

は? かわいいが過ぎる

 

409: ID:C956nZjLL

可愛いだけじゃなくて羽も生えてる

 

412: ID:UexJh6qqL

ラストファイン、調べてみたけどクワイトファインのラストクロップやん、こんなん応援するしかない

 

417: ID:1io0RVJfQ

今までのクワイトファイン産駒の中でもまともにレース出てて一番勝ち負けしてるのがラストファインやで

 

422: ID:NUdF79yxU

ラストファイン結構頑張ってるぞ、先月の園田アッパートライ競争2連勝してる

 

430: ID:yGLJka0Og

まぁその前が結構惨敗してるからなんとも

 

431: ID:3dNSgTQ+x

ラストファインはまだ3歳やしこれからこれから

 

438: ID:HRLzCuOl2

この廃れた血統で結果伸ばしてる時点ですごいわ

 

448: ID:NHKtHexVi

ラストファイン追いかけるわ

 

457: ID:wKfW1KWnr

もしかしてラストファインも林田厩舎?

 

467: ID:ksSuVnEW4

ワイルドケープリとラストファインが林田厩舎の最後の2頭だぞ、今度リステッド走るみたいやな

 

469: ID:DjDxMuLzk

ワイルドケープリとラストファインが一緒に空見上げてる画像あった、なんか胸が熱くなる

 

471: ID:e9YxwkrG7

いい写真だなこれ

 

480: ID:BNhW9Juov

朝なんだろうけど夜明けが赤くて夕暮れに見える。 ワイルドとファインの二頭で太陽と星を眺めてるみたいでかわいいな

 

487: ID:sjHcMMjwM

ワイルドケープリ、BCクラシック勝って欲しい、頑張れ……

 

 

     以下ラストファインと林田厩舎の雑談が続く――

 

 

 ダートの頂点へ! ワイルドケープリ、BCクラシック出走 応援実況 13

 

始まった!!!

きたーーー

ワイルドケープリ頼むぞ!

本気のアメリカさん叩き潰して気持ちよくさせてくれ!

クリムゾンカラーズ仕上がってるぞ

クリムゾンカラーズやばすぎ

クリムゾンカラーズがモニター越しでも超絶気合乗ってるの分かる、これ絶対強いわ

すげぇ馬体、バキバキやんけ

ヒートコマンダー気合入ってんな、状態良さそうだわ

こいつらオーラがやべぇ

アメリカ超本気やんけ

そらそう

こっちも完璧な仕上げ!

ワイルドケープリの仕上がりやべぇ

うおおお鶴首っ! すげぇ気合だ!

怖いくらいだ

鳥肌

これは勝てるかもしれん

クリムゾンカラーズとヒートコマンダーの二頭は昨今のアメリカGⅠを独占してる

あたおか戦績

やべぇ

地方の8歳馬がアメリカのBCクラシック挑戦ってだけで泣ける

実績も普通にあるから

園田のペガサス頼むで!

うおおおおおおおおおおお

くるうううううう

あかん、胸が痛い

緊張するんだが

スタートしたぞ!

きたぁぁぁああああああ

おいいいいいいいいいい

林田あああああああ!!!!!!!!!

出遅れたwwwwwww

林田しね!

林田氏ね!

林田しね!

林田師ね!

お前何回出遅れんねん!!!!!

いい加減にしろ!

あああああ、もう画面みれねぇ!

い つ も の 

怖いんだけど

追い込みだしへーきへーきへきへーき(震え

林田もうおまえ馬おりろ

またかよ、ふざけんな!

ワイルドケープリ掛かってない?

出遅れやめて!!!!!!!!

ぐんぐん前に行く

掛かって……はいなさそう

てかクリムゾンカラーズのペース……

うわあ、消耗戦だぁ

おいおいおい

やばい

クリムゾンカラーズとヒートコマンダーがもう突き抜けてるやんけ!!

ザ・アメリカ競馬

バチバチやん

ワイルドケープリ追ってる

おいおいおいおいおいおいやばいやばい

追い込み(3番手)

大丈夫か

強豪の前目二頭が速いから上がるしかない、こいつら相手に後ろからは絶対無理

クリムゾンカラーズとヒートコマンダーとワイルドケープリのマッチレースじゃん

まだ向こう正面だぞ

ペース早いってもんじゃねぇ!

他の馬がまったく追い付いてねぇ

やばいやばい!

ワイルドケープリ食らいついてけ!!

林田びびんなぁ!

クリムゾンカラーズのラップタイムやばすぎんだろ

ラップタイム異常

ラップずっと右肩上がりやぞ

やべえええええ

このまま行くのかよ! ばけものかよ! ばけものだわ!

ヒートコマンダー先頭並んだ! やっぱこいつも大概だわ

前垂れろ前垂れろ!

ワイルドケープリいけぇ!

お見せ!

4角!

ワイルドケープリいけいけいけ

いけええええええええええ

勝てえええええええええええええええええええええ

うおおおおおおおおおおおおおおお

クリムゾンカラーズとヒートコマンダーの叩き合いやべええええ

ワイルドケープリなんとかしてくれえええええ

一馬身が縮まらねぇえええええええええええ

あかんあかんあかん!

きたああああああああああああ

伸びたああああ!

いけえええええええええ!!!!!!!!

うおおおおおおおおお

抜け!

ハナ伸びろ!!!!!!!!!

三頭叩き合い!

いけいけいけいけいけ

ワイルドケープリ最強!ワイルドケープリ最強!!!

お見せ!お前の末脚を!!!!!!

ぬけぬけぬけぬけぬけぬけぬけぬけヌk!!!!!

上がり3Fワールドレコードを更新しろ!!!!!!!!!!!!!

クリムゾンカラーズ突きでんな!

マジかよ!

並んで並んで並んで並んだ!

ああああああああああああああああ

抜け出せねぇ!

なんとかしろおおおおお

ヒートコマンダー差し返すんじゃねぇ垂れてろハゲ!

頑張れえええええええええええええええ

並んだ!

並んでる!

3頭並んでんじゃねーか!

伝説のデッドヒート

あああああああああああああああああああああ

いけええええええええええええ

飛べえええええええええええええええええええええ

頼む頼む頼む!

ワイルドケープリ!!!!!!

並んだままゴォォォォォォォル!!!!

わかんねぇええええええええええええ

わからねぇよ!

あああああああ、息ができんかった!

クリムゾンカラーズとヒートコマンダーやっぱ強ええええええ

ワイルドケープリすげえな

最後まで並んだまま

互角だ

完全に三頭が互角だった

わかんねぇこれ……

二頭マッチレースはたまに見るけど三頭は中々ない

すげえレースだった

勝っていてくれぇ

脳が焼かれそう

前三頭以外の馬が大差ついてるんですけど……GⅠなのに……なんだこのレース

伝説だわ

勝っててお願い、もやしで生きたくない

写真判定

いやこれ分からん

まじ分からん

同着あるか

ああああああああああ、こんなことあるかぁあああああ????

胸が破裂してる

3頭ほんとに並んでんぞ

何回見ても同着

もっと拡大しろ

う~~~~~~~ん、わからん!!

手汗やべぇわ

脳が壊れそう

もう15分

トイレいけねぇ!うんこもれそう

はよいけ

アメリカ忖度すんじゃねぇぞ!

クリムゾンカラーズが勝ってるように見える……

どんだけ揉めてんだよ!

心臓が痛い

もうやだ、勝ちでも負けでも早く結果をくれ、頼む

頼む頼む

またかよおおおお

25分は経ってるぞ、流石に結果だせよ

なげーよ!

神様お願い

きたああああああああああああああああああああああ

やったあああああああああああああああああ

確定! ワイルドケープリ 1着 !! ワイルドケープリ 1着 !!

うおおおおおおおおおおおおおおおおおお

世界最強ダート馬 園田のペガサス ワ イ ル ド ケ ー プ リ

きたああああああああああああああああああああああああ

うおおおおおきたああああああああああああああ

日本初 B C ク ラ シ ッ ク 制 覇 !

ワイルドケープリのBCクラシック制覇気持ち良すぎだろ!!!!!!

うんこもれたあああああああああああああああ!!!!!!!!!!

主な勝ち鞍 B C ク ラ シ ッ ク 格好良すぎて前が見えねぇ

クリムゾンカラーズに勝利、こんなん脳焼かれるわ

ヒートコマンダー、ハナ差3着、陣営悔しいだろうなぁ!!

3頭同着にしか見えねぇ

もう同着でいい

アホ言うなワイルドケープリの勝ちやで!

ワイルドケープリおめでとう!!!!

伝説のBCクラシック!!!!

馬主の柊の顔wwwwwwwwwww

ガチ泣きしてんぞwwwwww

オーナー、逝くwwwwwww

脳焼かれてますねwwwwwwwwww

砂塵の神馬 ワイルドケープリ

ワイルドケープリ最強!! ワイルドケープリ最強!!

最っっっっ高だった!!!

 

ワイルドケープリめっちゃ疲れてるな、ゆっくり休んでくれ

 

 

 

 

………

……

 

 

  ワイルドケープリ 応援スレ 31

 

 

 

98: ID:cnS02hFKc

今年のワイルドケープリ戦績

 

   高松宮記念     2着   届くかボケ

   安田記念      5着   前が壁

   宝塚記念      1着   中団からぶっ差してシャカロックを潰す

   天皇賞 秋     5着   前が壁

   ジャパンカップ   7着   届くかボケ……というより伸びなくて馬群に埋もれた

   有馬記念      6着   まさかの先行、直線粘れず

 

 

104: ID:G+tXYbeMW

今年もよう走った、ワイルドケープリ

 

108: ID:iOmWR0waP

38年度の古馬戦線全部でてきて競馬を盛り上げたのはえらい、すごい

 

117: ID:/HHUK6XnV

久しぶりにBCクラシックの動画見たら再生数やばすぎて草

 

123: ID:MeVUD6Jk3

アメリカ歴代の怪物と比べても遜色ないクリムゾンカラーズさん、今やGⅠ16勝で草

 

133: ID:1FcXRgxQU

ヒートコマンダーもバケモノなんですけど

 

141: ID:8veobcmFr

海外はGⅠの数が多いし単純に比較できない

 

142: ID:EX9p89N0B

クアザールはジャパンカップ勝ってれば有馬で10冠馬だったのに

 

149: ID:2oqZYlS6e

デュードランプリンスとかいう主な勝ち鞍がジャパンカップだけの謎の 海 外 馬 が居たからしゃあない

 

151: ID:NVmXXkmgI

クアザールこそ9冠の壁を突破すると思っていたんだがな

 

154: ID:WBQo5LNZ5

クアザール陣営の顔が一番面白かったジャパンカップ

 

159: ID:Tmjm7A7rk

JCで負けたのが悪い

 

169: ID:j27GhjGCa

謎の馬に弱すぎるのが悪い

 

174: ID:OFdr6z3ye

なんで園田競馬で燻ってたんだろうなワイルドケープリ

 

178: ID:1OVIVSAdo

林田が下手こいたからだよ。 両方とも、インタビュー追ってるとどっちもワイルドケープリの全盛期無駄にしたって嘆いてる

 

186: ID:TejYLESpi

去年が全盛期じゃないと言うんですか!!!!!????

 

193: ID:tMOFGsfRR

真実なら林田親子は無能すぎない?

 

201: ID:LpcyhQRpj

でも由緒正しき最強ローテしっかり完遂したし無能とは言えないわ

 

211: ID:f1FtjlfBK

若いころのワイルドケープリ全盛期はどんだけ怪物なんだよ

 

213: ID:5LnjJ3DHP

たられば

 

225: ID:/seakrayP

そりゃそうね、まぁ7歳から全盛期ってのはカンパニーとか居るし無くはないのか?

 

234: ID:R8cjn7srQ

初めて出会う謎のウマには負けるが、一度見知った相手には絶対に負けないクアザールさん好き

 

239: ID:9cAqERiQk

基本的になんで負けるのかが本当に謎なのがネタ感増してて笑うわ

 

246: ID:wi+HQCJn2

クアザールはガチやろ

 

252: ID:NQ1PyX1vT

ネタだよ

 

260: ID:2P/lRdlL8

ワイルドケープリ、ダート戻った方がいいんじゃないか

 

265: ID:geIbASaac

このスレだとBCクラシック取った後からもう、無理させるなって意見が多かったよ、古馬戦線盛り上がったのは確かだけど

 

274: ID:hgFfikkFy

無理させるなってさぁ、来年もなんか走るみたいなんだけど

 

280: ID:8/Gi+m9dK

ナンバーで馬主が有馬走ったらダート路線に戻るとか言ってたな

 

282: ID:+6TCk4qoE

色々あるんだろうけど引退させてあげたい

 

283: ID:F0Iihkg+L

有馬記念で76戦目だぞ、地方じゃ珍しくないのかも知れんけど、もう十分走ったわ

 

285: ID:ZsCNs8rUB

もう怪我の方が怖いよ

 

290: ID:awvlHOnRK

来年もだと一体何戦まで走るんだろう

 

299: ID:QVrwUsZOx

往年の力は無いって判るだろwwwww有馬で先行したのも苦し紛れなのが丸見えじゃんwww馬券ペガサスした奴等は乙wwwwww ちなワイもパドック見て買いました

 

302: ID:D+NZkr2IY

馬券ペガサス共乙

 

307: ID:N63tWJxQr

ワイルドケープリ10歳現役かぁ

 

309: ID:FJh3Hs0+E

馬がタフすぎる

 

318: ID:5OYFwz1TW

ワイルドケープリの次走・フェブラリーSに決まったね

 

327: ID:GGuuRoOZo

今のダート戦線ってどうなの

 

336: ID:cFRlkGr4R

自分で調べろハゲ

 

337: ID:G5ti/mhzH

暮れの東京大賞典は復帰したネビュラスターが勝った

 

338: ID:VaU8dX02n

ネビュラスターってスペって終わったんじゃないのか?

 

346: ID:kueC0cvy3

ネビュラスターの感動復活劇を知らんのか?

 

355: ID:iKzJRK6ZT

ドバイで屈腱炎で競争中止 →復帰戦のチャンピオンズカップの直前で右前脚骨折 →復帰戦の帝王賞でレース後に左後脚開放骨折判明 →骨折完治後の調教中に二度目の屈腱炎 →復帰戦の東京大賞典で勝利

 

361: ID:+DnplXvXe

不屈の塊すぎる

 

371: ID:gMI4A2ld0

闘争心が失われなかった、よく頑張ってくれたって陣営のインタビューが一番泣ける

 

381: ID:vk/wP3U0c

凄まじいメンタルだな、ネビュラスター

 

386: ID:HROgrVu7K

雉子島が悪い

 

387: ID:hSs9dgclA

むしろ対抗だったクロリカが情けねぇだろ

 

397: ID:qlz4lgpBi

クロリカ出遅れたし運が良かったのもあるな

 

399: ID:mRnqZjGqO

史上二頭目のダート三冠馬がこんなことになるなんて

 

404: ID:q+yyZgnzH

実際ドバイから数えて1年10ヶ月に及ぶ苦難のリハビリだったぞ

ネビュラスターの重賞勝利は2年3ヶ月ぶり、ワイルドケープリとダークネスブライトに勝てず怪我して、それからはずっとリハビリと調教……

ワイルドケープリとネビュラスターが相まみえるのもドバイ以来だ

 

413: ID:X99ks9nww

芝適応できなくてダートで才能開いたと思ったら園田の変な馬とダークネスブライトに判らされちまったけど諦めずに怪我を直して2年ぶりのGⅠ制覇

 

419: ID:xil7N1Hi4

こんなんネビュラスター応援したくなる

 

423: ID:VdxOLxvoP

フェブラリーSか、ってことは二頭出しね

 

427: ID:pJZtv+l7a

ん? 林田厩舎から?

 

432: ID:qaQi9Kqve

衰えが見える10歳のペガサス馬ワイルドケープリ、怪我まみれの不屈、復活の7歳ネビュラスター、皇帝・帝王の血を継ぐヘロド系の後継者で5歳のラストファインが一堂に集まるぞ

 

441: ID:FvaVurhjF

今年のフェブラリーSは空気読まずクロリカが勝つぞ

 

444: ID:p+WP6/kM/

本当にそうなりそうで草

 

452: ID:CUTXY+uSM

まじかよ、ラストファインG1出れるのか

 

462: ID:0ErnTIxG9

皇帝・帝王の系譜、頑張ってるやんけ

 

463: ID:YRPY8jOe2

ラストファイン平安Sの勝ち馬だぞ

 

472: ID:VX9O/uWze

当時話題になったのに知らない奴も居るんだな

 

478: ID:sbc0L4c5u

今更こんな血統で重賞取るのすげーわ

 

486: ID:e0lWw/1V6

林田最強

 

490: ID:SwH03Ce5R

ラストファイン応援したいなぁ

 

498: ID:WTGBSUG1B

夜明けのワイルドケープリとラストファインが並んで空を見上げてる写真

 

499: ID:/9LqcPAWz

綺麗

 

501: ID:5jq3qmEAl

壁紙にした

 

502: ID:/9LqcPAWz

ワイルドケープリの顔、格好いいなぁ

 

522: ID:XmgVZYidw

林田厩舎の最後の2頭が血統すら謎の馬ワイルドケープリと廃れた血統のラストファインってのがドラマを感じさせるわ

 

527: ID:gGMTNUDrT

ワイルドケープリの血統見てると、やっぱ突然変異なんやろうなぁ

 

528: ID:u0cHELEGt

一緒に走るのやっぱ見たい、フェブラリーステークス現地行くか

 

 

………

……

 

550: 2039/2/11 15:52:34 ID:N0VJsvMGd

フェブラリーS結果

 

   1着  ラストファイン

   2着  ネビュラスター   ハナ

   3着  クロスリカード   2馬身

 

   15着  ワイルドケープリ  大差

 

 

554: 2039/2/11 15:54:18 ID:+PabZXPeh

ラストファインGⅠ勝利おめでとう!

 

555: 2039/2/11 15:55:36 ID:AtUpMFUTl

ワイルドケープリあかんかった

 

558: 2039/2/11 15:56:49 ID:XGZ5A+eH+

クロリカ期待外れすぎるだろ

 

561: 2039/2/11 15:57:55 ID:EaqMXqOfz

くぅーーーどっちかっていうとネビュラスターに勝ってほしかったなぁ

 

564: 2039/2/11 15:59:32 ID:IYT3cbKql

ネビュラスターもラストファインも走りに魂を感じたわ

 

566: 2039/2/11 16:00:37 ID:pf3VjR29e

ヘロド系の後継者、ラストファインおめでとう!

 

569: 2039/2/11 16:02:00 ID:N66Ce6dsL

ワイルドケープリ心房細動だったって

 

573: 2039/2/11 16:03:04 ID:t8RIpWBw5

クロリカ行けると思ったんだけどな

 

575: 2039/2/11 16:04:20 ID:9wp9nn/NF

言ったよね? ワイルドケープリもネビュラスターもラストファインも最早ドラマだけの馬、実力は地道に実績を積んで才能が開花したクロリカには遠く及ばないって! この結果は何!?

 

580: 2039/2/11 16:05:34 ID:4wyl4iA0a

4角手前から沈んでいくワイルドケープリを交わして二頭突き抜けたのがラストファインとネビュラスターで胸熱だった

 

582: 2039/2/11 16:07:13 ID:y+owTYpxu

魂の叩き合いだったなぁ

 

587: 2039/2/11 16:08:37 ID:tiPNBv46K

空気読んで叩き合いの2馬身後ろを追走するクロリカ君

 

589: 2039/2/11 16:10:07 ID:xVTdiLiOL

ネビュラスターも流石に往年の走りは出来てなかった、けど間違いなくラストファインの粘りも凄かった、素直におめでとうだ

 

 

......

...

 

53: 2039/3/15 12:08:34 ID:MqsbxClp4

【速報】ワイルドケープリ

 

55: 2039/3/15 12:10:12 ID:86zwDb77n

なんか書けよ

 

58: 2039/3/15 12:11:18 ID:RAEDznPXu

ワイルドケープリ引退

 

59: 2039/3/15 12:12:42 ID:FbE1CvdgP

引退発表や

 

60: 2039/3/15 12:14:14 ID:uet+lGzpE

引退、種牡馬にだって

 

65: 2039/3/15 12:15:31 ID:b1VzwCT1x

ワイルドケープリ引退か、寂しくなる

 

66: 2039/3/15 12:17:04 ID:+I83c/ml4

まじか、なんだかんだで今年も走ると思ってた

 

68: 2039/3/15 12:18:40 ID:S1D1GJ3am

秋競馬から燃え尽きてたもんな、妥当やわ

 

69: 2039/3/15 12:20:19 ID:1xAM/pyif

マジで良かった、大事になる前に種牡馬として活躍してくれ

 

74: 2039/3/15 12:21:29 ID:dHKbKSUbP

これは朗報、走りすぎだったもん

 

78: 2039/3/15 12:22:48 ID:kVW1L/Lts

篠田牧場に絶対に見に行くぜ

 

83: 2039/3/15 12:23:53 ID:SHGB+yAzX

ワイルドケープリお疲れさま

 

86: 2039/3/15 12:25:08 ID:V39OfUH7C

ワイルドケープリよう走った

 

91: 2039/3/15 12:26:25 ID:KbSLXogpG

色々な名馬がいるけど、俺が一番好きになった馬、顔の傷痕も美しいぜ。 ワイルドケープリ感動をありがとう

 

95: 2039/3/15 12:27:49 ID:dw5dxfAcA

園田の変態、その血を残してゆっくり余生を過ごしてくれ

 

100: 2039/3/15 12:30:56 ID:je+K8WA7F

 

  ワイルドケープリ 号

 

  77戦22勝      主な勝ち鞍    22-16-10-29

    BCクラシック       ドバイワールドカップ

    ペガサスワールドカップ  天皇賞(秋)

    宝塚記念         マイルCS南部杯

              総獲得賞金   約26億3千5百万   GⅠ 6 勝

 

 

101: 2039/3/15 12:32:24 ID:bGRilalni

高松宮を勝ててれば7冠馬だったの草

 

103: 2039/3/15 12:33:52 ID:kNVk0+4nE

GⅠ9勝のクアザールってやっぱ凄いわ

 

106: 2039/3/15 12:35:14 ID:kPPtoLcf9

賞金すごい

 

111: 2039/3/15 12:36:29 ID:rRSe3WGU2

BCクラシック気持ち良すぎだろ

 

115: 2039/3/15 12:37:38 ID:hEgz6OVsx

三冠馬だけは絶対許さない馬だった

 

120: 2039/3/15 12:39:22 ID:h0MRH18dp

園田からこれ以上のペガサスは流石にでねぇ

 

125: 2039/3/15 12:40:50 ID:F8I7Qc4i+

転厩しないでずっと林田厩舎だったね、ラストファインもこのままだとそうなりそうだ

 

127: 2039/3/15 12:42:19 ID:AoRM4pZHV

10歳まで走って怪我らしい怪我はなし、心房細動の経過も良く体調面に不安はないようで

 

131: 2039/3/15 12:43:29 ID:XQo+wsFsM

地方馬で総獲得賞金26億は草すぎるwwwwwwwww

 

136: 2039/3/15 12:44:44 ID:NRqFjmncO

アメリカとドバイの金

 

137: 2039/3/15 12:45:55 ID:ocgmdz/Qx

9歳の時に国内じゃなくサウジ走ってたら30億超えたかもしれん

 

139: 2039/3/15 12:47:35 ID:Q31OJ+8uA

こいつ実は600万で買った馬らしいですよ

 

140: 2039/3/15 12:48:44 ID:VbKysS32D

安すぎぃぃぃ

 

142: 2039/3/15 12:50:09 ID:sLOSCfpXa

どんだけ稼ぐんだよ

 

147: 2039/3/15 12:51:14 ID:SuDfrN67+

幼駒時代のワイルドケープリ安すぎるだろ!

 

150: 2039/3/15 12:52:42 ID:Ufw7KH8md

血統みたらまぁ……そうねぇ………

 

151: 2039/3/15 12:53:52 ID:LAcMgWiMs

たまに爆発するリボーさんの血が強すぎる

 

154: 2039/3/15 12:55:00 ID:7uAl8+/sF

最高の馬だったな、このスレでも滅茶苦茶楽しませて貰った

 

159: 2039/3/15 12:56:26 ID:maoKI71Aw

ああ、馬券も美味かった

 

164: 2039/3/15 12:57:59 ID:9MwP1I/wu

偉大な名馬の仲間入りだ

 

168: 2039/3/15 12:59:16 ID:WzGroVfWv

GⅠ6勝の馬って変なのしかいねぇな

 

 

……

 

956: 2039/4/22 13:00:29 ID:87UIu0G1O

【悲報】ワイルドケープリ、種牡馬生活はアメリカのウェスタンウッドホースで

 

959: 2039/4/22 13:01:39 ID:bGfeEzY6+

は?

 

960: 2039/4/22 13:03:10 ID:++HMG3xMz

マジかよ

 

963: 2039/4/22 13:04:50 ID:h59WbXDHw

日本じゃないの?

 

965: 2039/4/22 13:06:31 ID:spE7yxHr3

記事あった、シンジゲート組まれてアメリカに売った

 

967: 2039/4/22 13:07:41 ID:RZJOR1xmf

俺は春に篠田牧場に行く予定まで組んでたんですけどぁ!?

 

972: 2039/4/22 13:09:00 ID:8gP2/AQg9

篠田牧場含めて関係者一同、噴飯ものだろ、こんなの

 

975: 2039/4/22 13:10:10 ID:1TUl8A208

トミオに会えなくてワイルドケープリ激おこ不可避

 

977: 2039/4/22 13:11:33 ID:VIawKeNS2

クリムゾンカラーズとまさかの再会なのか

 

979: 2039/4/22 13:13:00 ID:8CxoaIQ8y

ウェスタンウッドホース、クリムゾンカラーズだけで十分だろ、満足してろや

 

985: 2039/4/22 13:14:08 ID:icaah2700

くそがよ、俺はワイルドケープリに逢いたかったのに!

 

989: 2039/4/22 13:15:38 ID:h4F5IAvi/

俺はアメリカのウェスタンウッドホースまで行くわ、クリムゾンカラーズも居るし

 

993: 2039/4/22 13:17:06 ID:ia0/+fG9r

1000なら馬主の柊慎吾がハゲる

 

1000: 2039/4/22 13:18:43 ID:+5SFj1XWI

もう禿げてる

 

 

―――このスレッドは1000を超えました。 もう書けないので、新しいスレッドを立ててください

 

            U 24

 

 ぐるぐるを走る。

他のウマと比べると長く走る生活をしてきたのか、それとも短いほうなのか。

なんにせよ、ぐるぐるを走るのはもう、終わりのようだ。 

ウマヌシであるヒイラギが俺を引退させるとイワオやシュンに話している。

ハヤシダキュウシャの目の前にある、小さな囲いはホウボクチだ。

バボウの掃除をしている時は俺はこの中に良く入れられる。

そんな時にニンゲン達が集まってそんな話をしていた。

 

今後、俺はシュボバという役職で牧場に送られるらしいが……そうなるとちびとはお別れという事になる訳だ。

感慨深く思うのは、年を食った証拠だろうか。 もう一回や二回くらい、ちびと一緒に走ってやりたかったが。

ヒイラギが俺の近くに来て顔を触った。

イワオが俺の前で泣いている。

シュンが俺の身体を叩いて、ありがとう、と感謝を告げていた。

別にお前らの為にぐるぐるを走った訳じゃあ無いんだが。 まぁ受け取っておいてやる。 

厩舎のバボウの奥からチビが顔を出す。 不思議そうな、間抜けな顔を晒して首を傾げていた。

馬鹿がよ、お前ともこれでお別れなんだぞ。

 

ああ、しかし―――そうか。 これで終わりか。

結局、光の先に辿り着くことは出来なかったな。

その先の景色を見るのは、俺以外のウマなんだろう。

もしかしたら、ちびが見るのかもしれない。

そうじゃないかもしれない。

 

悔しいような、それで良かったような、不思議な感情が胸の中を巡る。

フスっと鼻息と共に纏まらない感情を吐き出して嘶く。

俺は空を見上げた。

あのタイヨウは変わらずに、ただただ輝いて俺達を照らしている。

 

 生まれてきたことを恨んだこともあった。

 沈んでくすんだ色の世界に置かれて腐していた事も鮮明に覚えてる。

 そうだな。

 俺を色のある景色の場所に導いてくれたあんた達には、言っておくべきなんだろう。

 

 シュン

 イワオ

 ちび

 ありがとう。 俺はお前たちに感謝をしている。

 

 また、何処かで会えると良いな。

 

照らされた太陽を見上げて、俺は照れくさくて視線を向けてくる皆を無視する。

 

まったく、慣れない事はするもんじゃない。

 

空に浮かぶ太陽は、今までに無いほど眩しく、明るく輝いて俺の視界を真っ白に埋め尽くした。

 

 

 



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最終話 陽はまた昇る

 

 

 

            U 24

 

 

 

 

―――俺達は 命を揺らして走ってる

 

 

俺は空を見上げて

世界に彩を与えて行くタイヨウが

水平線の向こうから顔を出していく様子をじっと見つめた。

 

 

ああ、そうさ。 こうして俺達ウマは繋がっていく。

そうだろう。

あの光の先に到達することが出来るかもしれない。

俺が見れなかった領域へと、脚を踏み入れるかもしれない。

そんな期待なんて、してはいないが。

こうして切っ掛けをくれることが、ウマとして生きることに繋がる事を俺は知っているから。

なぁブッチャー。

 

何かを言いたそうにしてるのに、息の整わない葦毛のちびに、俺は苦笑しながらこう言った。

 

―――ま、気張って走りな、ちびすけ

 

だから、俺はニンゲンの隙を伺って、時折あんたの真似をする。

こうして俺達ウマは繋がっている。

そう思っているからな。

 

通じているのかそうでないのか。

葦毛のちびすけからは視線を外し、俺は脱走していた放牧地に向けて脚を進める。

まぁ、あまり戻りたくは無いんだが

 

 

 

 ―――なーなーなーなー、何してたんだよ、何してたの? もうさー俺はもうマジでめっちゃ暇だったんだけど

 ―――黙ってろなんて言うのやめてよ~、俺はアニキと喋りたいよ~もっと構ってくれよ~

 ―――おうよ、俺はあほうよ……そろそろアニキ、あほうって意味教えてくれんか? あほうって何? まぁアニキが言うから俺はあほうだろうけどさ。 ってかこの草うめぇよアニキ、超おススメだから一度は食った方が良いって、ほらほらコレ、うまっ、美味い! マジうまい!!

 

もう何度も何度も食べ飽きるほど食べてる草を、実に美味しそうにモリモリ食っているのはクリムゾンカラーズとかいう阿呆だ。

種牡馬生活ってやつを始めてから暫く、俺はこのカラーズの阿呆と共に居ることが日常になった。

最初に再会した時はレースが始まるのだと勘違いしてカラーズは俺に絡み、違うと分かっても併走にしつこく誘ってくる。

まぁ走る事そのものはストレスの解消に丁度いいので何度か付き合ってやっている。

実際にカラーズは頭の具合は残念だが、走ることそのものの才能は俺が見て来たウマの中でも飛びぬけて突き抜けている奴だ。

ハッキリ言って、この阿呆ほど速いウマは稀有だろう。

阿呆だから速いのかもしれん。

なんでか分からんが、光の領域を目指してムキになっていた俺がぐるぐるでは不思議と勝利していたようなのだが、負けていてもそうだろうな、としか思えないくらいには脚が速い奴だ。

仮にもう一度レースで勝て、と言われても無理だろう。

そこだけは認めている。

だが

 

 ―――ああ、そうだ、俺また明日タネツケってやつまたやらされるんだって、うわぁぁ、俺もう嫌だよぉ

 ―――あ、アニキそういえば最近あんまりタネツケしてねぇよな? はぁ? ずるいんですけどー、ちょっとずるくないですかぁ? ほんとマジ困るんですけどぉ?

 ―――ん? 背中に虫がいるよ、取ってやるぜ、おらおら、アニキによぉ~くっつく虫は俺が全部取るぜ、口に咥えてやるぜ、おらっおらっ!

 

痛ぇなおい! やめろ阿呆が!

 

 ―――痛いよアニキ!? 俺は、俺は虫を取ってあげようとしただけなんだよぉっ…………っ!

 

首に噛みついてきたので頭で小突いてやると物凄くショックを受けた顔でカラーズが落ち込み、柵に向かって頭をこすりつけている。

見ての通りコイツはとんでもなく喧しい。

喧しい上に物理的接触が途轍もなく多い。

感情表現が豊かだ、という言葉では足りないくらいに騒がしいのだ。

端的に言って煩わしい。

一人きりで居てもとにかく独り言が多く、何かに気を取られた瞬間、それまでの会話が次元の彼方に消え去って新しい話題に集中し始める。

なので、俺はこのクリムゾンカラーズというウマの事を阿呆だと認定した。

まぁ物事を教えてやればある程度覚えている事ができるので、本当の馬鹿ではないのは確かだが、実害を被るので何度ブチ切れそうになったか分からない。

ニンゲンも大変だ、カラーズが何かやらかす度にバタバタと建物から出てくるからな。

俺がカラーズを蹴飛ばしたり押し飛ばしたりしてる理由だけじゃないはずだ。

どうしてこんなに懐かれたのかというと、心当たりはまったくない。

初顔合わせの時に顔を寄せてきたと思うと、カラーズの阿呆が一人でワチャワチャ暴れだして、何故か分からんが俺がコイツの兄貴分ってことになっていた。

実際の年齢でも俺の方が年上みたいだし、などとニンゲン達もなんか良く分からないが納得していたが、俺が納得してねぇよ。 阿呆を押し付けるなニンゲンども。

 

……とはいえ、カラーズの阿呆はこれでも大変な身だ。

流行血統って奴の筆頭種牡馬って感じで、タネツケを日を殆ど置かずに色んなメスに行う仕事をこなしている。

ストレスは相当溜まっているだろう。

俺だってこの牧場に来てから数年間は、ニンゲンにメスと交尾するように促された。

今でもちょいちょい交尾することになるが、その数はここ数年でめっきり落ち込んでいる。

ただまぁ、カラーズの方はな。

需要ってやつだろう。

ニンゲンのウマの扱いを鑑みるに、俺の子供やカラーズの阿呆の子供を作って、またぐるぐるを走るウマを増やそうとしているってことだ。

ウマの交尾がどういう結果をもたらすのか、余程の馬鹿じゃない限りは自然と判るという物だ。

カネが大部分を占めているのは間違いない。

それに、カラーズの阿呆の子供は、ぐるぐるで勝ち星を挙げていると予測できる。

比して俺の子供はそれほど勝てないと思われる。

思うところがないでは無いが、ハッキリと自分に関係するわけではないから特段それについては気にしていない。

 

 ―――なーアニキ、なーなー、アニキアニキ! タイヨー見てないで俺と走ろうぜ、俺走るの好きだよ、ちょっと付き合ってよねーねー

 

ったく、明日もタネツケなんだろうが、余計な体力を使わない方が良いんじゃねぇか

 

 ―――そうだよ! 俺は明日もタネツケだったんよ! あーもーやだよー、毎日毎日さー、もういいじゃん、一杯子供作ったと思う! ね? そうだよね?

 

最初は喜んでたじゃねぇか

 

 ―――もう今は相手によるよね! 前は誰でも良かったよ! 気持ちよかったし! おお、そうだよ、タネツケ気持ちいいんだよなぁ、頑張るかぁ! おっしゃかかってこい!

 

なんだこいつ……

いきなり元気になってヤル気満々になりやがった。

それはそれとして併走をその後2時間に渡ってお願いされ続けた俺は、流石にムカついて来たのでカラーズの腹を蹴飛ばしてやった。

大袈裟にぶっ倒れる阿呆。

ニンゲン達がワラワラと10人以上の塊となって、俺とカラーズの元に駆け寄ってくる。

 

おやおや、レースでもしてるのかい? ニンゲン様も大変なこって

 

俺は理解しながらすっ惚けて、ホウボクチの真ん中でタイヨウをずっと見上げ続けた。

 

 

あまりに暇な時間を持て余して、ある時俺は地面に脚を使って文字を書いてみた。

ニンゲンが使っていてそれらを熟知している文字は英語と日本語だけだ。

なので、まず日本語で 「おはよう」

そして英語で 「hello」 と地面に記載してみたのだ。

その横に、興味本位で 『計算』 という物を試してみる。

例えば3という数字に1という数字を加えると4という数字になることを俺は知っている。

文字の形状に含まれた意味を解読するのに手間が掛かったが、一度理解をしてしまえば計算そのものを演算することは容易かった。

つらつらと地面に4桁の数字の足し算、引き算、そして掛け算や割り算の答えを適当に並べ立てて答えを記載する。

その日は丸一日かけて、ホウボクチに漢字と英語の単語。

そして無軌道な計算結果を地面に書いていった。

特に意味を求めて始めたわけでは無かったが、ニンゲンの真似をして文字を大地に描くのはなかなか楽しかった。

 

翌日になるとニンゲンたちがとんでもない顔をしながら叫び狂乱していた。

あまりに恐ろしいテンションを向けてくるので、俺は久しぶりに驚きと戸惑いにニンゲン達から距離を取ろうと暴れてしまった。

 

原因は言うまでもなく、暇つぶしで描いてた文字と計算結果のせいだった。

 

さらにそこから数週間、カメラなどを抱えたニンゲンを含め、何百人、何千人とわらわら沸いてくる。

そして俺に紙やペンを差し出したり、計算問題の映ったモニターなどが並べ立てられたりした。

 

う、うぜぇ

なんてうざい連中なんだ。

はっきりと嫌悪の感情を示しても、しつこく迫ってくる。

とにかく俺は何があったのか分からない振りをした。

それでも俺に構ってくる、取材を申し込むニンゲン達はしばらく止まなかったらしい。

 

騒がしいニンゲン達の終わりを告げたのは、俺の真似をしたカラーズの阿呆が地面に謎の文様を刻みまくって、誇らしげにニンゲン達へふんぞり返ることを繰り返した後くらいだった。

なんかクリムゾンカラーズの描いた文様として、額縁に飾った絵にしたら結構売れたらしい。

何時の間にか俺が書いた地面の文字や計算結果は、誰かのイタズラということで収まり、やがて風化していった。

 

たまには役に立つじゃないか、お前。

もう二度と地面にニンゲンの使ってる字は書かない

 

ちょっと、怖かったからな

 

 

 アメリカの牧場、空気に慣れ、そしてアメリカの言語を読み書き会話、文法やスラング言葉など、すべてを解読し終わった頃。

カラーズの阿呆は毎日、俺を併走に誘ったり、猫を見つけて興味本位で全力で追いかけまわして柵にぶつかって転倒したり、虫に尻を刺されて激昂しながら全力で追いかけまわしたり、水と草を同時に摂取することを思いついて美味みの無限ループ戦法を編み出して事あるごとに咽てニンゲンが大騒ぎし、獣医を呼ばれたりして平和な時間が緩やかに過ぎて行った。

タネツケの回数も俺はほぼ皆無となり、カラーズの阿呆の頻度も少なくなった。

腐るほど沸いてきたニンゲンの観光客も、随分と訪れる人数が減ったように思う。

そう考えるとタネツケだけじゃなく、中々騒がしい日々が種牡馬生活にも用意されていたなと俺は思い返していた。

ホウボクチはカラーズと一緒では無くなり、隣に引っ越すことになった。

毎日変わらない日々。

毎日変わらない音。

やがて俺はウマの終着点に辿り着いた事を察した。

ニンゲンが求めるウマの役割を果たし終えたという事だ。

これからはニンゲンに世話を続けてもらうだけ。 そう、あの幼き日々を、何も知らなかった頃に享受していた時に巻き戻ったかのように。

未知や不明に挑む日々が終わりを告げたのだ。

 

草を食む。

自らが咀嚼する音を聴きながら、遠くで空を飛ぶ鳥を眺めて。

俺は幸せなのだろう。

ウマとして生まれ、ウマらしく走って、ウマを産ませて、草を食める。

だからこれは幸せの一つの形だ。

用意された物とはいえ、ニンゲンにとって理想の一つ。

俺が生きているこの時代。

その前にぐるぐるを走っていたブッチャー。

そして、もっと前に走っていた、ウマを産んできたウマ達。

ニンゲンの残した競馬の歴史に、蹄の後を刻み付けて、そうしてニンゲンに整備されてきた安寧の場所。

ウマがウマとして生きる事の到達点の一つ。

この牧歌的な景観を泰然と受け入れることが出来るのならば、それは一つの幸せの形なのは認めるべきだ。

ウマは、ニンゲンと共に生きているから。

ニンゲンに愛され、そして恵んでもらう世界が答えの一つだから。

 

意地を張らずに受け入れれば、そこが終わりなんだ。

 

俺はホウボクチの囲いの先をじっと見つめた。

カラーズのホウボクチのさらに奥には、ウマの子供が教導馬代わりのリードホースって奴に連れられてホウボクチをうろついている。

じっとそれを眺めていると、カラーズの阿呆が近づいてきた。

 

 ―――アニキ、走りたいの?

 

俺はカラーズの阿呆を無視してタイヨウを見上げた。

今、俺の胸に去来するものは悩みという奴だろう。

いっそこのまま囲いの柵をぶち破り、ホウボクチを駆け抜け、牧場の外に出てみようか。

ニンゲンの町がすぐに広がってくるだろう。

そうして飛び出していったところで、すぐにニンゲン達の優れた文明の利器によって牧場に舞い戻ることになるのは目に見えている。

仮に誰にも気づかれず、どこか遠くに行けたところで生きていけるかどうかは微妙だ。

肉食動物という存在が居て、俺達のようなウマを食べる為に捕食することもあるらしい。

世話されていると同時に、俺達ウマは野生からニンゲンに守られてもいることを俺は知っている。

それでも、この未知の無い場所に留まり続けるのは、俺にとって彩が薄いものだ。

 

ニンゲン達の話に聞き耳を立てれば、俺はもうしばらくしたら篠田牧場に帰る事になるらしい。

ずいぶん長くこの場所で過ごしたが、カラーズの阿呆とも別れの時が来たようだ。

場所を変えたところで、何かが変わるかなんて期待できないだろうが。

 

―――ちぇー、なんだよなんだよぉ~、ちょっとくらいさぁ、構ってくれもいいじゃん? もう併走も柵が邪魔してあんまりできないしさぁ、もぉーホントアニキはもーだよ、もう!

 

おい、カラーズ、走るか

 

―――そうだよ、俺と併走するくらいは……え! ホント!? いえーい、俺が勝つぜ! アニキ以外にはあんまり負けたことがねぇんだ、俺ってば結構速いぜ、ふへへへへ!

 

 俺は鼻息を一つ吐き出し、柵を思い切り蹴っ飛ばした。

芸術的と言ってしまえるほど美しい蹴りだ。 柵を蹴る際に、どういう力学で最も効率よく破壊できるのか。

威力・腐敗が進んだ場所などを計算した甲斐があるってもんだ。

小気味よく連続で蹴り脚を繰り出し、カラーズの囲いも破ってやる。

 

―――アニキすげぇ! 俺もやる! 柵壊しかっこよすぎだろ! 俺もやるわ!!

 

 おい、その前に併走すんぞ、ニンゲンどもが来る前にな。

ゴールはホウボクチを抜けて牧場入り口の看板まで、スタートはここからだ。 いいな?

オラ行くぞ、よーいスタートだ。

 

―――あ、ずっこい! アニキずっこい! 俺は知ってる! そういうのずっこいって言うんだ! 待て待て! 俺が勝つ! 今度は俺がアニキに勝つぞ!

 

喧しい、いいから速く追いついて来いよ、俺が【逃げ】でお前が【差し】だ

 

 結局カラーズの阿呆に最後は抜かれるかと覚悟した所で、観光客の持っているバナナに気を取られて行き脚が止まり、俺が勝利した。

お前が逃げの作戦だったの絶対その性格のせいだ。

レースでもなんでもない、お遊びの併走だから別に気にしてねぇけど?

 

でもまぁ、勝ちは勝ちだからな。

篠田牧場に帰る迄、しばらく弄ってやるぜ、このネタで。

あともう二度とこの阿呆とは併走しねぇ。 お前は永遠に俺のケツに追いつけない敗北者だ。 判ったな。

 

カラーズの阿呆は3日後、思い出さなければ良い物を柵を狂ったように蹴りだして盛大にずっこけると、股間を強打して悶絶していた。

そしてニンゲン達のレースがまた始まった。

 

俺は苦笑を零してその様子を見守ってやったのだった。

 

 

   【衝撃】 ワイルドケープリ・クリムゾンカラーズが放牧地から脱走して併走!!

 

 ウェスタンウッドホースの管理体制どうなっとん?

 別の放牧地に離してた二頭が併走してるのなんなんだ……?

 うおおお、ワイルドケープリ勝ってる!

 クリムゾンカラーズに2度も勝った馬

 ゴールどこやねん

 動画の迫力ありすぎて草wwww

 画面が豪華すぎる

 なんて贅沢な光景

 そりゃ観光客もバナナ落とすわwwww

 カラーズがバナナ食ってる

 ワイルドケープリの顔www

 なんか不満そうな顔してるwwもしかしてバナナ好きなのか

 バナナが食べたかったワイルドケープリ

 これはバナナ食べれなかったワイルドケープリの敗北では……?

 もしかして放牧地から抜け出したのってバナナを……まさかな

 ワイルドケープリ「バナナは俺のだ」 クリムゾンカラーズ「いや俺のだ!」

 ウェスタンウッドホースBANANAステークス 天候・良 芝 1600 【バナナ】クリムゾンカラーズ 2着 ワイルドケープリ

 現役の頃を彷彿させる、気合の乗った併走を見せるGⅠホースがバナナをめがけて争っている訳ないだろ! いい加減にしろ!

 俺こんど向こう行くときはワイルドケープリにバナナ買ってくわ

 

 

そうして俺は種牡馬生活を終えて、篠田牧場に、俺とブッチャーが生まれた故郷へと帰る事になった。

 

篠田牧場にはトミオが居なくなっていた。

俺を産んだ母親も、どこにも居ない。

随分と長い間、故郷には帰って無かったからな。

トミオの代わりに、トミオの息子が俺の世話の担当になった。

見知らぬウマがずらりと並んで、俺を見るなり顔を突き合わせてくる。

相変わらず他のウマ達は自分たちで上下を決めるのが好きな奴ばっかだな。

無視していたら、いつの間にかボス扱いされていた。

 

勝手に持ち上げたって俺は誰の面倒もみねぇぞ。

 

しかしまぁ、考えると、ウマもニンゲンも変わらないな。

誰かが居なくなって、代わりに誰かが働いて。

誰かが走らなくなって、代わりに誰かが走り出す。

 

蹄跡、か。

 

上手い言葉もあったもんだ。

俺は久しぶりの日本語を堪能しながら、前脚を掻いて鼻を鳴らした。

 

 

 

そういや久しぶりに故郷に戻ってきたら、観光客がアメリカに居た頃よりも多く訪れるようになった。

俺なんかを見て、ニンゲン達の何が満たされるんだか。

もうレースは走って無いこと位は知ってるだろうに。

ま、見世物みたいなもんか。

判っちゃいるが、付き合う義理もねぇ。

今は牧場に急にぽこじゃか配置されたyobiboとかいうクッションの謎を追っているんだ。

わざわざ手間暇をかけてニンゲン達がせっせと設置した置物だ。

何かの理由があるはず。

俺が興味を示したからか、他のウマ達もわらわらと俺の真似をしてyobiboに近づいてくる。

まさかニンゲンの奴らはウマがクッションを使用するのを期待している訳ではあるまい。

あれはニンゲンがリラックスするのに使用する道具の一つだからだ。

この形状でウマはリラックスできんだろう。

いやどうなんだ?

なんにせよ一番yobiboが設置された可能性が高いのはスポンサーってやつか?

だが、他に理由はあるかもしれん。

その謎の解明をしなければいけない。

ああ、ちょっとだけワクワクしてるぜ。

おい、邪魔だけはするなよお前ら。

どけ。

まずは俺がコイツを調べる。

さて、まずはニンゲンと同じように使えるか試してみるか。

なるほど、蹄触りは……特に何にも感じねぇな。

さて、じゃあちょっと横になって頭を……ほう、なかなかフワフワじゃねぇか……

っと、寝てる場合じゃない。

俺はこのyobiboの謎を解かないとならないのだ。

さて、じゃあちょっと踏んでみて弾力を測るとするか、なかなかフワフワだったからな……

 

 

 ワイルドケープリは後にかつての名馬のように、ネットCMに出演することになった。

 

 

……

 

 

幾年月すぎたか。

 

しとしとと、雨が降る。

だんだんと小さくなっていく雨音に、俺は予感に顔をあげる。

 

 

馬房から見上げた薄闇と星の瞬きを彩る空を赤々と染め上げ。

 

 

俺はそっと太陽を見つめる瞳を閉じた。

 

 

あぁ、また今日も陽が、昇っていく。

 

 

 

 

 

 

 気が付くと俺は小さなぐるぐるに立っていた。

ニンゲンも居ない。 ウマも居ない。

静かなぐるぐるだった。

辺りは音もしないし周囲は明かりすら無く真っ暗だ。

おかしい、馬房の中にこんな暗い場所なんて記憶にないぞ。

俺の周りだけはぼんやりと灯るように照らされて視界がきく。

だからぐるぐるということだけは分かった。

なんだなんだ。

俺はまた随分と懐かしい場所に居るじゃないか。

思わず俺はそのぐるぐるを歩き出した。

最近、少しばかり歩きずらかったのが嘘のようにスッと前脚が上がる。

思わぬ抜群の身体の反応にバランスを取る。 

身体が軽い。

不思議な体験だった。

ぐるぐるは近くに無いし、牧場の空気や匂いはあるのに視界に映るのは見たことすら無い記憶に残らない、ぐるぐるだ。

結構ぐるぐるを走ったから、大概の場所は知っているはずなんだが。

気が付いたら俺の前にゆっくりと、しかし何処か見た力強い足取りで前を歩くウマがいた。

その後姿は脳裏に焼き付いて離れなかった、もう遠い遠い昔に見た影であった。

俺をぐるぐるに送り出した大きな背中。 俺がブッチャーの見つけた世界の先を見に行くためにぐるぐるを走る事を決意した―――偉大な背中が。

ブッチャー、なんでこんな場所に?

俺は声を上げていた。

ぐるぐるを囲むニンゲン達の影が僅かにどよめき、小さな音として俺の耳朶に響く。

何時の間にニンゲンが集まっていたんだ?

顔も見えないニンゲン達が、パドックで見るように俺達を遠巻きに見守っていた。

いや、顔は見えないが判る。

このニンゲン達は、かつて俺が走っていたぐるぐるに居た者たちだ。

スターのガキを、ブライトを。

かつて俺と競馬をしていた時に集まって、俺の競馬を見守ってきたニンゲンたちだ。

何故この場所に?

そんな疑問を抱いた俺を他所に、ぐるぐるの周りには熱気が溢れていく。

一つ。 一つと周囲に光が戻ってきて。

そして、その光の先にはウマ達がたくさんぐるぐるを回っていてた。

立ち止まっていた俺の横を通り過ぎていく。

ちびだった。

このぐるぐるに集まったウマ達全員、俺は知っていた。

普通、パドックではキュームインとかが一緒にぐるぐる回るのに、今日はウマだけで回っている。

おかしいぞ、記憶にあるぐるぐると違うぞ。

いや、そもそもこのぐるぐるは―――

俺は情報を集める為に何故か設置されていた電光掲示板へと視線を移す。

 

1枠1番 アイブッチャーマン

1枠2番 ワイルドケープリ

2枠3番 ラストファイン

2枠4番 クリムゾンカラーズ

3枠5番 ネビュラスター

3枠6番 シャカロック

4枠7番 ダークネスブライト

4枠8番 ヒートコマンダー

5枠9番 クアザール

5枠10番 ディスズザラポーラ

6枠11番 ――――――

 

 見えている範囲にひしめく、俺と共にぐるぐるを走った事のあるウマ達。

どいつもこいつも、気合が入って、見る影も無かった馬体が若々しく―――そう、仕上がっていた。

多分。

俺は気づいていた。

ああ、そうか、という納得が頭の奥、もっとも深い場所で『理解』していただろう。

顔をぐるぐるに戻すと、パドックが終わっていたのかウマ達は俺を見ていた。

ブッチャーもちびもカラーズの阿呆も、みんな俺を待っているかのように、立ち止まって俺を見ていた。

今は懐かしい、頬面がチリチリ疼いて俺は口をモゴモゴとさせた。

ああ、やっぱりあるじゃないか。

俺の口の中にはハミがある。

ゼッケンや鞍も乗っていた。

顔は見えないが一人のニンゲンが俺の背に何時の間にか乗っている。

バランスの取り方で判る。 俺の背中に乗る奴はやっぱりコイツが一番しっくり来た。

 

まったく、いつもそうだ。

ぐるぐるを走るのに無駄に真剣で、むき出しの魂をぶつけてくるんだ。

もうちっと肩の力を抜いて楽しめば良いものを。

勝ち負けなんて意味、ニンゲンにしか価値の無い娯楽にすぎないんだぜ。

お前らはどうか知らないが、俺はただぐるぐるで一着を獲るんじゃなくて、先の世界を見たかっただけだったんだ。

まぁ、そりゃあ負けるのは嫌だから少しはそこも必死にもなったかも知れねぇ。

光の先を求めてムキになっていたから、たまたま一着を獲ることも何度かあったさ。

でも、俺が知らない世界は其処にしか無かったからソイツが欲しかっただけなんだ。

光の先にしか、俺の理解できないことは無かったから、それしか求めていなかったんだ。

お前らは違うかもしれんし、ニンゲンからすりゃ、ちっとばかしカネや人生が動く事でもあるかも知れないけどな。

ちびが俺に向かって前脚を掻いた。

カラーズの阿呆が派手に嘶いてニンゲンたちを沸かしている。

ブライトがじっと俺を見つめ

スターのガキが威嚇してふんぞり返った

 

そして

ブッチャーが一つ鼻息を漏らし頭を降って、地下馬道へと踵を返していった。

ああ、まったく

どいつもこいつも

 

―――ほんとに、しょうがねぇなぁ

 

俺は空を見上げた。

何も見えないのに、眩しくもないのに、目を細めて。

そのまま暫く、ぼうっと立っていた。

それにしてもこの場所、ぐるぐるでっていうのは何かの皮肉かい?

この一歩が、次の一歩で。

名残惜しさなんてそれほど無いが、それでもやっぱり考えちまう。

ブッチャーの後ろを、レースが始まる場所までぞろぞろとウマ達が追うのが視界の端に映る。

 

ああ、そうだな。

まぁ、行くか。

このぐるぐるなら、俺はきっと光の先へと行ける。

根拠も理論もないが、それは確定した未来で間違いなかった。

俺はゆっくりと、前脚を踏み出した。

一歩踏み出せば、後は止まらなかった

薄暗い地下馬道を抜けて

輝いた星空の下を潜り抜けて

ゆっくりと閉じかけていた目を開けば収まったゲートの中で声なき音が合奏していた。

隣り合ったブッチャーとちびから、見えない感情の気炎が吹きあがる。

俺は鼻をひとつならして―――

ゲートから飛び出した。

 

ブライトを引き離し

ちびを置いていき

カラーズをぶち抜いて

先頭を走るブッチャーを千切り捨て

俺は走った

無限に続く疲労とは無縁のこの身体を持ち上げて

長く長く続く光の道を、ただ只管に駆け上がる

何時か見た太陽へ。

 

その光の先へ向かい脚は止まらなかった

 

ぐるぐるから続くこの大地から

 

闇夜を切り裂いて昇る陽めがけて

 

光の先の 『領域』 へと、俺は到達したのだ

 

 

そう

 

   天つ空へと

 

       陽がまた、昇るように

 

           ―――さぁ、今日はどこへ行こうか

 

 

 

ワイルドケープリ   21歳   7月初頭

 

夜空が東雲に照らされる、雨上がりの朝であった。

 

 

 

 

「ほら、あなた。 どうしてこんな日に寝坊するのよ、もう」

「寝坊じゃない、10分遅く起きただけだよ」

「馬鹿言ってないで急いで、大事な日なんでしょう、まったくもう」

 

 妻の美代子に押し出されるように、玄関口へ荷物を纏められる。

結局50歳まで騎手を続けて、なんだかんだその後の進路を調教師として働く事を決めて、ようやく。

林田厩舎を開業することに漕ぎ着けたのが、今日という日だ。

調教師試験を合格するのに手間取った。

諸々の手続きを終えるのに我慢が必要だった。

だが、ようやく、林田 駿は亡くなった父の背中に追いついた。

そして、篠田牧場に戻ってきたという。

駿にとって忘れられない、あのワイルドケープリに胸を張って会いに行くことができる。

寝坊をしたわけじゃない。

もう少し長く、余韻に浸って居たかっただけだ。

柄にもなく感傷的になってしまったんだろう。 駿はワイルドケープリと駆けていた、人生においても忘れられない栄華の頃を夢に見ていたから。

なんだかんだ、林田厩舎開業のこの日を迎えて、高揚していたに違いない。

 

スーツを着込んで、必要な手荷物のチェックを終えると、玄関口に立つ妻に笑いかける。

 

「いってらっしゃい」

「ああ、ありがとう。 行ってくるよ」

 

 ワイルドケープリの訃報を駿が受け取る、2時間前のことだった。

玄関を開け、上がったばかりの陽が駿の顔を照らした。

夏の入り口に差し掛かる、粲然と降り注ぐ太陽の。

 

 

思わずその眩しさに顔を上げる。

 

 

  ―――見えているか

 

 

「あぁ……綺麗な虹だな」

 

 

雨上がりの空には、美しい虹の梯が、空に一本。

 

 

 

薄雲が広がる蒼穹の、昇りきった太陽の輝きに照らされていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

   見えているか、あの眩耀の空が    

 

 

 

 

 

 

      終

 

 

 

 








 すべての感想、評価をくれた方に。
 お気に入り登録、ここ好きなどをくれた方に。
 ここまで読んでくれた皆様に。

 嬉しかったです。
 深く感謝を致します。
 


 読了、ありがとうございました。


 


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外伝 その馬の名は
一話 泥中の蓮


 

 

      U 01

 

 

 星の海が白と赤に染められて、夜半ばから明くる暁の兆しが空を染め上げて行く。

 光輝いた星が天空からゆっくりと落ちていった。

 生れ落ちて初めて見た物は、流れゆく蒼星が黒の海を切り裂いていく朝焼けの景色だった。

 

 

 

   外伝  その馬の名は ~ラストファイン~

 

      第一話   泥中の蓮

 

 

 

「え、ハシルヒメモリを売却ですか?」

 

 それは出し抜けに切り出された、思いがけない話であった。

 地方競馬で数多くの競走馬を所持して、走らせている馬主の一人、五藤 茂樹オーナーが業界から撤退すると突然の報告。

 オーナーが所有している繁殖牝馬であり、縁もあってそれを預託していた藤木 康夫氏は不意に訪れた凶報に呆気に取られてしまった。

 ハシルヒメモリは競争生活は奮わず未勝利のまま引退したが、繁殖に回された牝馬だ。 今年で12歳であり、健康面でも問題の無い肌馬である。 

 血統を見れば母父にオルフェーヴルという偉大な三冠馬を持ち、その父は言わずと知れたステイゴールド。

 藤木にとって凶報となったのは、少なからず愛着があるハシルヒメモリが手元から離れてしまうという事であった。

 というのも、ハシルヒメモリの母であるハシルオヒサマ号を厩務員として担当していたのが藤木であったからだ。

 

「そうなんです、なのでハシルヒメモリも容態に問題が無ければ早々に輸送を行いたいと」

「ちょ、ちょっと待ってください。 まだ産後間もない事もそうですが、トネッコはどうするんです」

 

 藤木は慌てた。

 複雑な経緯を経て、昨年度クワイトファインという牡馬と交配を行ったハシルヒメモリは無事に受胎し、つい先ごろ出産を終えたばかりである。

 母馬と仔馬が一緒に居るのには生物学的な側面において多くの理由がある。

 最も直感的に理解しやすいのは免疫の獲得だろう。 授乳することによって母馬から仔へ、雑菌に対する免疫を得るためには良質な母からの母乳が不可欠だ。

 

「当然、期間は設けるつもりです。 おおよそ4ヶ月ほどを目途にしてほしい、と五藤さんからは申し入れられておりまして」

「そんな、離乳するにしても時期が早すぎますよ。 おおよそ半年から8ヶ月ほどが一般的なのは、ご存じでしょう」

 

 個体によっては早くに離乳を行える仔馬も存在するが、それは食の観点や免疫力、他にも母と離れる際に発生しうる悪癖の発露やストレスなど。

 様々な観点を鑑みてから慎重に決行するものである。 乳母をつけるにしても、4ヶ月も経てば時期が遅い。 そもそも、乳母の当てなどない。 

 藤木は個人的にも愛着のあるハシルヒメモリを留めようと、何とか説得しようとしたが、五藤オーナーも競馬の世界から撤退を判断した理由から逆に説き伏せられる事となった。

 様々な事情が関わっていた。 藤木が望んでも、五藤オーナーが首を縦に振ることはないだろう。

 最も大きな経済的な理由が出てしまえば、どうのこうのと話をする余地すら無くなってしまう。

 その日、藤木は何をするにしても手が動かなかった。

 

 翌日明朝。 日が昇る前の早い時間から、藤木は自宅から1時間の道のりを経て新潟の山間に向かった。

 厩務員として競馬に携わっていた頃、藤木は最後に担当したハシルオヒサマ号が、引退後どうなるか判らないという話を聞き、引退馬のその後について考えていた事がある。

 それは引退馬を、少なくとも個人的な感情がある馬達の面倒を見ようと決意するに至ったものであった。

 結局は無事に繁殖に上げられ、安堵したことも懐かしい思い出だ。

 その馬の子供、ハシルヒメモリをこうして受け入れることになったのは何かの縁があったのだろうと、今でも想いに耽る時がある。

 規模は小さい。

 老後の貯金を崩しながら、個人で営んでいるものだ。

 妻が早くに逝き、子供も独り立ちしているからこそ出来ること。

 今年の冬に一頭、預託していた肌馬が亡くなってしまって今ではハシルヒメモリとその子供だけとなってしまった。

 面倒を見ているハシルヒメモリが居なくなれば、藤木自身の年齢的にも、この場所の役割はもう終わりなのだろう。

 目的地についた藤木は、手馴れた様子で古びた厩舎の中を覗く。 音に気付いていたのだろう。

 ハシルヒメモリは顔を出して、藤木の顔を見ると尻尾を振りながら、前脚を掻く。

 その後ろ、母馬に隠れるようにハシルヒメモリの2034がそっと顔を出していた。 藤木はその微笑ましい親子の様子に笑みを浮かべ、何時も通りカイバの用意を始めた。

 穏やかに流れる雲と、山間に響く鳥の甲高い声が響き、ハシルヒメモリはリラックスした様子で草を食み、その子は母の背を追って頭を振る。

 長閑な景観の中で二頭連れたって放牧地を歩んでいた様子を、藤木は眺めていた。

 

 

「まぁそりゃね、五藤オーナーもほら、会社が傾いちゃったんじゃしょうがないでしょ。 誰だって自分所の生活が優先だよ。 馬に構ってられなくなったんだから」

「事情は分かるけどね。 あまりに急すぎて……竜ちゃん、それ受けになって無いよ。 5手詰めだよ」

「あ、くそ、ホント強いなヤスちん」

「ははは、将棋始めたばっかの人には負けてられないくらいには、それなりだよ、俺も」

「ちぇ、にしてもハシルヒメモリに付けた種が寄りにも寄ってクワイトファインっていうのがね。 もしかしたら五藤オーナーもロマン云々じゃなく、経済的な理由で提供したんじゃないの」

 

 稲永 竜平は高校時代から競馬を切っ掛けに付き合いのある竹馬の友だ。

 藤木は咳込みながら手順を示して、詰みの形までしっかり見せてあげると、稲永は両手を上げて降参した。

 稲永は負けた将棋には興味を失くしてしまったのか、持参してきた食事を机に並べ藤木へと差し出す。

 二人は食事を行いながら、話題はハシルヒメモリとその子供に移っていった。

 机に立て掛けた、ハシルヒメモリを馬舎に迎え入れた写真入れを眺めて、藤木は息を吐いた。

 

「勘ぐりすぎだよ。 五藤オーナーは競馬に愛がある人だったさ」

「そうかい、それはそうなんだろうけど、実際問題どうしようっての?」

 

 稲永は判っていながらも、重要な問題に触れた。 藤木は顔を顰めて冷やし中華の麺を啜る。

 ハシルヒメモリが手元を離れる時が近づいている。

 通常ならば共にその子供も引き取ってもらうのが道理だが、ハシルヒメモリを引き取った牧場からは拒まれてしまった。

 五藤オーナーにはその旨を伝えたが、慌ただしく電話を切られて引き取り先は決まらなかった。

 競走馬として見た時、実績が無く、活躍も見込めず売れる算段も取れない仔を養う余裕はないという理由が一番だろう。

 ハシルヒメモリの売却先は五藤オーナーの方で既に決定されており、拒否された仔は行き先が今も決まっていないままである。

 贔屓目に見ても4月生まれにしては馬体が小さいのは否めない。

 もともとしっかりと競争生活に向けての飼料を用意することが、個人では難しかったのもそうだ。

 放牧地の牧草も、何も手を入れていないから、栄養素の面で言えば遅れを取っているといえる。

 何より免疫の獲得が十分かどうか、設備が無くデータも取れてないので病気も怖い。

 競売にかけて売れなければ、そのまま引き取った相手の負担となってしまうことは容易に想像できるが…… 

 かといって藤木が競走馬として登録する余裕は無いし、伝手もない。

 農業大学などを頼る事も考えたが、結局はお金の問題と所有者の問題が出てきてしまう。

 難しい顔で黙り込んでしまった藤木に、稲永は用意してきたノートパソコンを開きながら口を開いた。

 

「な? 金なんか無いからな。 ヤスちんも俺も。 金持ちの知り合いも居ないし、居たとしても競馬に興味が出るかって話だよ。 だからさ、持ってる人に頼ろうや」

「ネットで公募でもするのか? そんな簡単な問題じゃぁ」

「じゃあハシルヒメモリの仔を見捨てるのか? そんなの嫌だろ?」

「そうだけど……」

「だからほら、競馬が好きなら少しくらい関わり合いを持ちたいって興味を持ってくれる人が居る物さ。 知らんけど、やってみなくちゃ何とかなる物もならないぞ」

 

 押し付けられるようにしてノートパソコンの画面を見て、藤木はまた驚いた。 経緯や概要を個人に関わる所は上手い具合に伏せてあり、殆ど全て理解しやすいように纏められていた。

 思わず稲永の顔を見返してしまう。

 ハシルヒメモリの写真もしっかり入れられており、今風の綺麗なページ構成は多くの人が興味を抱くだろう構成だった。

 パソコンの操作そのものが覚束ない藤木が、同じことをやろうとしてもきっと酷い案内になってしまったに違いない。

 不細工なウインクをかまし、稲永は笑った。

 

「俺も退職して現場を引退してから暇だから、ヤスちんの事手伝うよ」

「竜ちゃん……ありがとな」

 

 そうして時は流れ、公募を集ってハシルヒメモリの2034を競走馬に、という藤木と稲永の活動の成果は残念な事にすぐには出ず。

 馬舎に向かって世話をし、家に帰り細々と競走馬としてハシルヒメモリの2034が生きて行けるように、目標金額を集める算段を立てる生活が淡々と続いた。

 藤木は休まずに活動を続けていたが、ある日から咳が酷くなり、やがて昏倒してしまう。

 ハシルヒメモリと別れを告げた1ヶ月後に、肺炎で入院することとなった。

 

 

 母馬であるハシルヒメモリが馬運車に乗せられて引き取り先の牧場に向かって行く。

 決して大きくはない山間に建てられた馬舎の中、それでも其処でたった一頭となってしまったヒメモリの2034にとって、そこは大きくて暗い世界であった。

 たった一頭で山間の中に取り残されると、情けなく嘶き、声を響かせる。 物音に過敏になり、恐怖に涙を溢れさせた。

 太陽が落ちて夜が訪れると、身体が勝手に震えだした。

 母を探して馬房から顔を出す。

 真っ暗な景色が広がって、暗雲に月が隠れれば何も見えない世界に包まれる。

 空を瞬く星々と、月明りだけがほんの少しだけ、孤独を紛らわしてくれる。

 長い長い、暗く冷たい夜を凌ぐと、やがて陽が昇る。

 この時間帯になって人が現れると、ヒメモリの2034は喜びを露わに藤木へと顔を擦りつけた。

 放牧地に出されれば、藤木が柵の外に出る迄はずっとその背中を追って後を追う。

 自分とは違う、何者かの体温が震えた身体を唯一落ち着かせてくれることに、ヒメモリの2034は気付いていたから。

 頬を撫でる手が安心を齎した。

 暖かな陽光が差している時だけは、無邪気にはしゃげた。

 そして陽が落ちる。 赤く染まった夕焼けは、山間に遮られていき青と黒の帳が呑みこんでいく。

 藤木は居なくなり、また大きな暗い夜が訪れる。

 この場所は嫌だ。

 早く陽が昇って欲しい。

 馬房で震えながら、ハシルヒメモリの2034は朝を焦がれて待つようになった。

 

 そうしたある日、台風が来た。 9月の入りの頃だった。

 強風によって叩きつけられる音が、暗い馬房を強く揺らす。

 激しい雨が、音の洪水となって耳朶を響かせて、厩舎の床を水浸しにした。

 その日、藤木はカイバと水だけを用意し、激しい咳を繰り返しながらすぐに帰っていった。

 そして残されたのは暗闇と激しい風雨による音だけになる。

 ヒメモリの2034にとって、何時もよりも長い夜であった。

 馬房の隅に寄りかかり、時に寝転がる。 立ち上がってカイバ桶を覗き、水を飲む。 そしてまた身体を震わせる。

 山の中から姿も見せずに大きな獣の声が鳴った。

 その声に驚き、ヒメモリの2034は狭い馬房のなかで必死に辺りを見回して恐怖を飲み込んだ。

 暗かった。

 暗くて、冷たかった。

 その内に、ヒメモリの2034は自らの境遇に疑問を抱いた。

 何故、自分は闇の中に居るのだ。

 何も見えない中で風雨に打たれて震えなければならない。

 それは疑問から、怒りという感情に変わっていった。

 闇を睨みつけ、自分を恐怖に蝕んで縛る何かに、ヒメモリの2034は声をあげた。

 台風の夜。 山間の馬舎に一頭の幼駒の嘶きが響いた。 何度も、何時までも。

 

 台風が過ぎ去った、雲一つない蒼がどこまでも突き抜けて行く空に浮かんだ太陽が照らす馬房の中。

 ハシルヒメモリの2034は立っていた。

 気付けば、ハシルヒメモリの2034の馬房のベニヤで遮られていた壁が壊れていた。

 空を見上げ、陽の光を浴び、そっと脚を外に向ける。

 照らされた雨露を反射させながら木々がそよ風に揺れて。

 放牧地まで脚を運べば、青々と茂る草木に光が溢れていた。

 それをじっと見つめて、ただただ立ちつくす。

 

 その日、藤木は来なかった。

 

 

「竜ちゃん、入院することになった。 お願いがあるんだ」

「それより、身体は大丈夫なのかい」

「夏風邪をこじらせて、肺炎だって言われた。 歳も取っているから、入院しろって」

「救急車で運ばれたって聞いた時は何事かと思って心配したぞ。 無事なら良かった……それで、ヒメモリの仔の事だろう」

 

 かつては斬新的だったクラウドファンディング。 今でも様々な形に変わって運用され、競馬界隈でもいくつか実績のある資金繰りの一つ。

 それを聞いた時は、ヒメモリの仔の事も簡単とまでは行かなくても、きっと何とかなると思って提案、実行に移した稲永であったが、応援する声こそ挙がれど金を出してくれる人は10人に足らずであった。

 ネット記事を作っている知り合いの競馬記者に、伝手を頼ってヒメモリの事を記載するよう依頼をしたが、話題に上がることも無くひっそりと記事は埋もれて行った。

 競馬に興味が無い物にとって、血統を守ることに価値を見出せない。

 競馬に携わる者であれば、古く廃れた血が復古することなど現実的にありえないと見切ってしまう。

 血に文句を言っても仕方が無いが、これがもしディープインパクトを始めとした流行血統であれば少しは違ったのだろうか。

 

「判った、とりあえずヤスちんが戻るまでは俺が面倒を見よう」

「ああ、本当にすまん、ありがとう。 判らないことが在ったら電話をくれ」

「今日は人と会う予定があってもう無理だが、明日から行くよ。 病院なのに、朝方に掛けてもいいのか?」

「お医者さんに相談して、許可を貰う。 頼んだぞ……竜ちゃん」

 

 稲永は溜息を一つこぼし、翌日の準備を今から始めないと、と首を振った。

 競馬は好きだが、実際に馬の―――それも幼駒の面倒を見るなんてことは初めてだ。

 思いつく限りの準備をしても、きっと足りないはず。 公募のページを一度開き、閉じる。

 頑張ってください、応援しています、というメッセージが一件だけ追加されていた。

 街から離れた山間の馬舎は車でおおよそ一時間。 

 起床時間はそれよりも早くなるし、馬の準備を始める事を考えると2時間は必要だろう。

 

「気楽なもんだ、ちぇ。 しょうがねぇな。 こうなったら巻き込んでやる」

 

 一人でずっと面倒を見るには、ハシルヒメモリにも、その子供にも情熱が足らないことを稲永は自覚していた。

 これが将来を約束された名血の馬であれば、もっと興味を抱いたかもしれないが。

 古臭い血統。

 走るとは思えない小さくみすぼらしい身体。

 自分から始めたクラウドファンディングの公募にも、情熱が薄れ始めてきているのを自覚している頃。

 友人との約束という義務感だけでは、きっと続かない。

 車に乗り込むと、稲永は持ち歩いているノートパソコンを立ち上げて、競馬仲間にダイレクトメールを打った。

 古い友人から、ネットだけでしか会話を交わした事の無い人、公募に応援メッセージを送ってくれた、見も知らない人たちに手あたり次第だ。

 他人の迷惑といったものすら考えない、半ばヤケッパチの行動だった。

 そうして翌日、公道を走って山間の林道を抜け、厩舎に辿り着く。

 稲永がそこで見たのは、台風の影響で崩れたのだろう。 馬舎の馬房の中から抜け出して、一頭。

 簡素な仕切で放牧地で佇む幼駒の姿。

 一日とはいえ、誰も居ないこの場所で過ごしたからだろうか。 少し馬体がやつれていたが、その顔には思いのほか気力がみなぎっていた。

 稲永は、恐る恐ると近づいていった。

 踏み足に、ヒメモリの2034は少しばかり後ろに退いた。

 確か、馬の前に立って自分が安全な存在だと示さなければいけない。 聞きかじった知識を動員し、稲永はヒメモリの2034と恐々とコミュニケーションを取っていく。

 30分以上も続けた、赤の他人が見ていれば滑稽とも思えるその邂逅の成果は、確かにあった。

 稲永が慣れない様子で用意した飼い葉に口をつけ、ヒメモリの2034は稲永という人間を受け入れたのである。

 

「くぅ、思った以上に大変だ。 こりゃ、呼びつけた奴も最初は一緒に居てやらんとまずいな」

 

 代わる変わるだ。

 ハシルヒメモリの2034は来なくなった藤木は居なくなり、自分を見守るニンゲンが毎日変わっていることに気付き始めていた。

 母は居なくなり、そしてニンゲンも居なくなり、変わっていく。

 何か、義務的にそうするようになっているから、そうしている、という風な形でヒメモリの2034に食事と水を与えて一息をつく。

 殆どのニンゲンは触れ合う時間も恐々としており、遠巻きに見守るだけの時間が多かった。

 お互いがお互いに、距離と壁を作り、相手に戸惑っていたとも言える。

 稲永はその事に気付いてはいたが、誰もが余りに馬という生物との関わり合いが薄すぎて、どうすることも出来ずにいた。

 むしろ何も分かっていなくても、何とか助けてくれようと人が訪れてくれるだけ幸いなのだ。

 稲永の感謝とは裏腹に、ハシルヒメモリの2034は新しく来るようになった者が、馬舎の中で小さな箱を見つめていることが多い事に寂しさを感じていた。

 朝、食事を用意し 『ヒメモリの仔』 と呼ぶ自分を何時も昼間に過ごす放牧地に放ると、その日は陽が沈むまで馬舎や建物の中で殆どを過ごしている。

 もう記憶にも朧げな母の事を、時に思い出しながら草を食み、周囲を窺う。

 ヒメモリの2034は変化の乏しい世界の中で、放牧地から丁度見えるよう設置された、箱の中に映る物をじっと眺めている人間とその箱の映像を覗いていた。

 それは競馬と呼ばれる物だった。

 ハシルヒメモリの2034を殆ど見ないで競馬や他の映像を人間達は見ていた。

 そして競馬と呼ばれる何か、ウマという存在に、感想を言い合い、歓声をあげて喜んだり悲しんだりしていた。

 思えば、藤木というニンゲンも自分を見る事よりも、ハシルヒメモリという母を眺めていた事の方が多かった。

 人は変わっていく。 だが、誰が来ても同じだった。

 ハシルヒメモリの2034の周囲は暗かった。

 誰も見ていない。

 誰も見ない。

 最初から自分は闇の中に居た事を、この頃に自覚をした。

 

 箱を見つめるニンゲンから視線を逸らし、ハシルヒメモリ2034は山間に昇ろうという太陽を、その場で立ったまま眺め続けた。

 まだ、ここは明るい。

 あの空に、陽が昇って山に遮られて光が落ちいくまでは、此処は明るく照らされているのに。

 

 

 でも、ここはずっと暗い夜のままだ。

 

 

 わっと、声が上がってハシルヒメモリの2034は再び、箱を見つめるニンゲンを見た。

 競馬を見ていたニンゲンが、立ち上がって手を振って喜んでいた。

 あの箱のウマのように、競馬が出来れば変われるのだろうか。

 

 朝が、来るのだろうか。

 

 ハシルヒメモリの2034はじっと自らの脚を見つめた。

 陽の光に照らされ、朝霜のおりる青草が視界に星を散らばした。

 もう真っ暗な夜の雨は、嫌だった。

 

 

「本当か!?」

「嘘言ってどうすんの。 公募してることを知って、知り合いの馬主さんが少し興味があるって言ってくれたんだよ」

 

 ジャパンカップ当日の朝、競馬番組を見ていた稲永の元に吉報が舞い降りた。

 関西で地方競馬の組合馬主協会に参加している、江藤 勇気オーナーが声を掛けてくれたのだという。

 馬主登録は組合で共有する形となり、代表に江藤が据わってくれるらしい。

 公募に達する金額すべてを出してくれる訳では無いが、それでも大きく動いて、競走馬への登録が現実味を帯び始めてきた。

 一度に大きく動いたからなのかは判らないが、公募のページも何処の誰かも知らない人が、血統を守る人たちということで動画にまとめてくれたようで、一気にハシルヒメモリ2034の事も世間に広く知れ渡った。

 今までの活動が何だったのか、と思うくらいには瞬く間に目標金額まで達成となった。

 稲永は、そこで藤木へと吉報を届ける為に電話をした。

 

「もしもし、吉報だぞ! ヤス―――」

『お掛けになった番号は、現在使われていないか、電源が切れている為、掛かりません』

 

 藤木康夫は、肺炎の進行が速く進み、73年の生涯を閉じていた。

 

 

 ハシルヒメモリの2034は、新潟県にある山間の馬舎から青森の育成牧場へと移されることになった。

 通常とは経緯が異なるため、かなり特別な措置となったが、江藤オーナーの計らいによって育成牧場での生育と、そのまま競走馬として転用できるように用意されたものである。

 金額は協会の負担となっており、金銭面での心配はまったく無くなった。

 稲永は藤木の代わりに諸々の手続きを行い、移送当日になってようやく、馬舎へと顔を出すことができた。

 稲永が巻き込んだ競馬友達も、全員は見送りに来れなかったが4人ほど集まっている。

 世話をしたハシルヒメモリの2034 改めて、クワイトファインのラストクロップであることを意味している名。

 ラストファイン。

 単純だけれど、だからこそ分かりやすいのだろう。

 そう江藤オーナーを含む馬主の方々に名付けられた若駒が、顔や背を撫でられて別れを惜しまれている。

 夕陽が差し込み始めた空を見上げて、稲永は息を吐いた。

 

 終わってみれば4ヶ月弱。 あっという間と言えるか。

 大した思い入れも無かったのに、実際に関わってみるとこれで別れる、という事になんとも寂しい感情が去来するものだった。

 勝手な物だな、と稲永は思う。

 好奇心や興味心で顔を突っ込んで、ずっともっとハシルヒメモリと、その仔に熱情を傾けていた人がここには居ない。

 そんな友人のためにも、ラストファインに頑張って欲しい―――なんていうのも、烏滸がましい話だ。

 ルドルフ・テイオーに連なる血。

 かつての栄華を誇った血統を守るため。

 クワイトファインの後を継いで、後継種牡馬に。

 たいしてラストファインそのものを見ていなかった、情熱の無い男が託して良い願いでもないだろう。

 出来るとするなら、少しばかり臆病で。 でも触れ合いにはおずおずと応じる。 そんな一頭の馬そのものにエールを送る事くらいだ。

 

「……贅沢な話だ。 それを出来ずに死んじまった男がいるんだ」

 

 感傷的な気分に顔を振って、稲永はラストファインへとゆっくりと歩み寄った。

 顔を向けて稲永を見て、ラストファインが目を細める。

 最後まで人には愛想が良くなかった馬だったが、こうして触れ合えると、やはり可愛いものだ。

 競馬が好きでも、馬に実際に関わることが今まで無かったから、余計にそう思うのかもしれない。

 顔を撫でて、別れを告げる。

 

「じゃあな、元気でやれよ」

 

 稲永は頑張れなどとは言わない。

 代わりになるなんて思わない。

 それでも。 精一杯を手のひらに込めて贈る。

 この旅立ちが幸福であるように。 

 他の奴らが言っているような競走馬として大成しろとも、血を繋ごうとする人間の顔色を気にしろとも、何も言う必要なんて無いだろう。

 ただ、ハシルヒメモリの仔として、ラストファインとして、元気に一生を過ごして欲しい。

 それだけを込めて、稲永はそれを別れとした。

 そっと差し出した手の平に、ラストファインが頭を押し付ける。

 その様子にラストファインが分かってくれたなんて、人間の思い込みでしか無いのかもしれないが、稲永はそうであれば良いと思った。

 

 馬運車に乗り込んで、1年にも満たない期間を過ごした生まれ故郷の馬舎をラストファインが後にする。

 じっと馬運車が見えなくなるまで見送って、それぞれが帰り支度をする頃に、稲永は車で持ってきていた花と、一枚の写真を放牧地に添えた。

 

 

 友人へと送る、ハシルヒメモリの写真と手向けの花は山間の放牧地の傍らで、陽光を受けて輝いていた。

 

 




なんとなく纏まってきたのでちまちま書いていこうと思います


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二話 太陽の馬

 

 

      U 02

 

 

 

 育成牧場へと移送されたラストファインは、その経緯から扱いには注意を要されていた。

 母親と共に過ごした期間が通常よりも2ヶ月ほど短く、生産牧場というよりかは預託厩舎に似た場所で生まれたこと。

 育成牧場に入るには早すぎるまだ1歳に満たない年齢。

 そして、馬と人間に触れ合う機会が極端に少なく過ごした幼駒である。

 青森で育成牧場を営む 茂原 修 牧長は下手な扱いをすれば競走馬にすらなれずに生涯を終えることを危惧し、知り合いの生産牧場に声を掛けた。

 馬同士の関係性を育むこと、そして競走馬になるためには必要な馬として人間に関わる事を、育成牧場のやり方のままで教えてしまう事に危険を感じたのである。

 

 

 

      第二話   太陽の馬

 

 

 

 そんな茂原牧長の心遣いを知らないラストファインは、引き受けてくれた生産牧場で同い年の若駒たちを相手にひたすらに威嚇していた。

 最初はこの場所に連れてこられた時に、競馬をする場所だと勘違いしたからだ。

 箱の中で見た競馬では、同じ馬という生物が多くいた事を知っていた。

 そして馬を見たのは母親以外では初めてで、ここには数十頭も同じような自分と体格が変わらない者たちが放牧されていたから。

 そんなに沢山の馬が集まる場所は、箱の中で見た競馬以外になかったから。

 つまるところ、ラストファインは若駒たちが集まった者たちを競馬で走る際に敵になることを理解してしまったのである。

 それはまぁ、実際のところ間違いではないのだろう。

 生まれた時から競走馬として育てられるサラブレッド、その名が示す通り"競い争う"のだから将来的に敵と認識するのは間違いないのだ。

 だが、多くの幼駒たちはそんなことを今はまだ知らないのである。

 馬を相手に、顔を見るたびに耳を伏せて威嚇。

 草を食んでは威嚇。 ボロを出してまた威嚇。 最終的には身を捩って蹴り脚を繰り出すなど、ウマ付き合いも何もあったものでは無かった。

 その内に同じ馬からも疎まれ、ラストファインは時に追いかけまわされ、それに反抗をした。

 同期と比べても一際小さな体格故に、突っかかっては跳ね返されるという、見ていて気持ちがいいとは言えない光景に、生産牧場の人は預かったラストファインの扱いに頭を悩ませることになってしまった。

 かといって、それじゃあ人に懐いているかと言えばまったくそんなことは無かった。

 飼い葉を与えれば威嚇。 馬房の掃除をしようと牧夫が中に入ればまた威嚇。

 何が気に入らないのか、下手に触ろうとすればまたまた暴れだして手が付けられなくなる。

 ラストファインを相手にする時、牧夫は普通の馬よりも多くのコミュニケーションを取ってからでないと、肌に触らせる一事だけでも倍の時間を要することになった。

 慣れない環境に適応するのに、時間が掛かっているのかとも思ったが、意外と早く生産牧場での生活そのものを受け入れているのは確かだった。

 ただ一頭で居る時は、何の問題も無く落ち着きを得ているのだ。

 特に、育成牧場へ送る前に、馬具の馴らしには普段からは想像もできないほど異様に素直に受け入れる姿勢を見せる。

 ラストファインはいずれ来る、競馬を行う事にひたすらに前向きだった。

 だから、競馬に関わる事に関しては何も文句を言わずに従順な姿を見せ、人々を感心させた。

 人を寄せ付けようとしないのは、生まれついてから今まで、人がラストファインという自分を見てくれなかったからだ。

 馬を嫌うのは、いずれ戦い競い合って、蹴落とすべき敵であることを知ってしまっているからだ。

 そして、関わった人間はいずれ、必ずどこかに消えて行く事に気付いている。

 暗い夜を照らす為に、馬を蹴散らさなければいけないことを覚悟している。

 その人間が自分を見て居ようと、見ずにいようと。 馬がどれだけ周りに居ても関係なく、誰もいなくなる。

 何も周りには居なくなるのだ。

 だから、人の触れ合いを、馬との交流をラストファインは拒んだ。

 どうせ居なくなるのであれば、誰がどう関わってこようと意味がない。

 本格的に育成牧場へと移された1歳を迎えた春でも、ラストファインの態度と対応は変わらなかった。

 なまじ、競馬を教え込む時は従順なので猶更、その人嫌い―――そして馬嫌いは目についた。 

 気付けばラストファインは孤独な存在となっていた。

 誰をも拒み、馬社会から離れ。

 誰をも拒み、人の関心からも逃れ。

 ラストファインに関わる多くの者が口をそろえて話す。

 

 ルドルフの血が、テイオーの血が。

 クワイトファインのラストクロップ。

 古い血統。

 生まれの影響で身体が小さいまま。

 馬体が余りに細い。

 ヘロド系の後継になるかも。

 

 ラストファインを見て談笑する人は、多くがこういった話題に終始する。

 それを見て、ラストファインはまた、太陽の光を浴びながら自らの脚を見つめる。

 

 

 暗い。

 今見えるものは全て欺瞞の光だ。

 ここは、暗い、暗い夜のままだ。

 

 

 ラストファインは確信を深めていく。

 この暗い夜を照らすには、太陽が必要なのだ。

 瞬く星を消し去り、闇を切り裂いて輝く、光が。

 初めてこの世界で見た時の様に、陽が闇を切り払って暗雲を晴らしていく光景が。

 競馬だ。

 ウマは競馬をするんだ。

 競馬に勝てば、輝けるんだ。

 何の根拠も無かった確信だったが、ラストファインにとっての真実はそれだけだった。

 

「牧長、ちょっと良いですか」

「ああ、どうした」

「ラストファインですけど、進みが本当に速くて。 人も馬も嫌がっているのに本当に順調なんですよ。 そろそろ行程的には1ヶ月も掛からずに終わってしまいます」

「ああ、その事か。 本当、どうしてなんだかな」

「預託厩舎などは、決まっているんでしょうか? 最悪、こっちで身体が出来上がる時期が来るまで預かるのも手だと思いますけど……」

「どうも所有している江藤オーナーの組合のほうで、所属厩舎のあてを用意するって話をしてあるらしいからなぁ。 進み具合やラストファインの状況を伝えて、一度ちょっと話し合ってみよう」

「ええ、そうしてください。 しっかし、異例が重なる馬ですね、ラストファインって子はホントに」

「生まれも育ちも、まぁちょっと特殊だわな。 話はそれだけか?」

「ああ、後この前の場外馬券場で買った馬券、配ったまま、回収まだしてないです」

「うるせぇー、そっちは全部負けたからいらねぇよ」

 

 ラストファインは育成牧場の全工程を終えると、江藤オーナーを含めた馬主組合の者たちの判断で、そのまま林田厩舎へと移動することになった。

 

 

  

 

 ラストファインは園田競馬を主体として営まれている林田厩舎へと、脚を踏み入れ馬房の中に入れられる。

 今度こそ競馬をする場所についたのか。

 ラストファインは鼻息を荒くして馬房の中で落ち着かなかった。

 人を乗せる事をした。

 馬が身に着ける装具も、全てつけた。

 他の馬と競り合うように、長い道だけがある場所を併走した。

 だったら、後はもう競馬を走るだけじゃないか?

 人間は競馬を見て、あの箱で見て、喜んだり悲しんだりする。

 競馬をしなければ、ウマは何者にも注目されず、誰からも見られない。

 そして、暗い夜の中をさまよう。

 負けたウマはどうなる。 存在そのものを忘れ去られて消え行くのか。

 誰からも何からも消えて行くのか。

 逆にウマの周りに何も居なくなるのか、どちらかなのだろう。

 それならば産まれた意味はどこにあるんだ。

 だから、競馬をする。 競馬で勝つ。 

 勝ったウマは讃えられ、話に上がる。 そして認められる。

 他の誰でもない、自分の為に……競馬で勝つための場所。

 やってやるんだ。

 負けない。 

 絶対に逃げない。

 競馬で勝って輝いて見せる。

 馬房の中で脚を掻き、身体が自然と揺れて馬房の壁を打つ。 

 心臓の鼓動に血が湧きたった。 抑えられない興奮に鼻息が漏れる。

 

   ―――おい、うるせぇぞ

 

 思わず馬房から顔を出す。

 今まで見たことも無いほど図体のデカイ馬が、ラストファインの隣の馬房に居た。

 そして、今までに無いほど鮮明に声が聞こえた。

 人間の出す音でもない。 馬が出す嘶きでもない。

 はっきりと、意味が理解できる言葉で話しかけられて、思考が止まる。

 

  ―――考え事ってのは頭を冷やしてするもんだぜ。 判ったら空でも眺めて没頭してな、ちび

 

 諭されるように言われて、ラストファインは驚きが止まないまま、踵を返して馬房の中に戻るウマを見送ってしまった。

 その後すぐに、人間たちが現れて騒ぎ出す。

 考えを纏める暇もなく、図体のデカイ馬に声を掛ける事さえ出来ずに身体を触れられる。

 ラストファインは結果、邪魔な人間達をどかそうと本気になって暴れだした。

 

 デカイ馬はラストファインが走る練習をする前に、ちょっかいを出してきた。

 何がそんなに構いたくなるのか。

 一刻も早く競馬をする為には邪魔な存在だ。

 歯をむき出しにし、耳を伏せ、拒絶を繰り返しても構うことなく、どこ吹く風と話しかけてくる。

 生まれた時から沢山の馬と一緒だった? 知るか、そんな話をしてどういうつもりだ。

 人間たちが構い倒してくるのはレースをするため? 競馬をする為に馬が走ることなんて、とっくに理解している。

 競馬を勝つにはコツがある? 勝負ごとにそんな些細な事など考えている余裕なんてある訳がないだろう。

 

  ―――命を揺らして、走っている。 俺はそのブッチャーに言われたんだよ。

 

 このデカイ馬の話を聞いていてラストファインは、殆どの事がどうでもいい下らない話であった。

 そして、もうすでに競馬をしているこの馬が、他のウマに勝利を譲っている等とふざけた戯言を語った瞬間に、ラストファインは鼻で息を吐き出し嘲笑った。

 何もかも理解をした振りをしながら、結局、一番肝心なところを見失っているバカな奴。

 競馬は勝負をする場所だ。 

 自らの存在を懸けて価値を証明する為の場所だ。

 競馬で敗北を受け入れた時点で、それは馬としての自己証明から逃げていることに他ならない。

 格好をつけたつもりで、驚くほど滑稽であることを分かっていないじゃないか。

 ウマが、競馬をする根本の事すら分かっていないのだから、この図体ばかりの奴の『程度』が知れるという物だ。

 

 勝つためだ。

 勝って、自らが何者であるのかを、全てを示すこと。

 

 そして、何よりも、この暗い世界を照らすこと。

 

 仕方がない、気は進まないがこんなに熱心に話しかけてくるのなら本質を教えてやる。

 この格好の悪い、気取った図体だけがデカイ馬に教えてやる。

 

 善意でデカイ馬に、如何に情けなく、格好悪くてダサい奴なのかという教えを説いたら、何が気に入らなかったのか。 

 デカイ馬は本気で怒って踊りかかってきた。

 抵抗を試みたものの、体格差からかどうしても吹き飛ばされて地面に転がされてしまう。

 話をすることができる、そんな役にも立たない能力を持つ、このデカイ馬の事が心底嫌いになった。

 こんな情けなく、競馬で勝負すらしない惨めな奴、怒ってくる奴と一緒に暮らすなんて。

 その日は結局、走る事もできずにラストファインのストレスだけを募らせて終わってしまった。

 いつになったら競馬をすることができるんだ。

 いつになったらこの暗い夜は晴れるんだ。

 その次の日、ラストファインは初調教となる馬場でぐうの音も出ないほどデカイ馬にぶっ千切られて、実力と言う形で思い知らされた。

 

 ―――ちび、ブッチャーと俺を馬鹿にするには早すぎんぜ

 ―――いいか、お前はまだ競馬をする以前の段階ってことだ。 ハヤシダキューシャは競馬をする為に俺達ウマを鍛える場所だ

 ―――あー? 生まれも育ちも関係あるかよ。 速い遅いがこの狭い世界じゃ一定の価値だ。

 

 うるさい。 そんな事は分かっている。

 

 ―――判っちゃいねぇさ。 まずはテメェの背中に乗っけてるニンゲンをちゃんと見てやれよ。 競馬は俺達ウマだけで走ってるわけじゃねぇんだ

 ―――そもそも、走り易いからって走り方を変えないなら、ニンゲンの方に寄り添ってもらわなきゃならねぇんだ。 それで結果が出るなら良いけど、お前じゃ無理だろ

 ―――ハミってのはニンゲンがウマに意思を伝える為の道具だ。 耳と目も重要だが、口にも意識を残すんだ。 そうしないと負けるぜ

 

 偉そうに語る情けない馬、そんな馬の背中の影すら踏めなかった。

 次の日も。 その次の日も、力の差を見せつける様に隣で走るデカイ馬に、ラストファインはまったく太刀打ちできなかった。

 他の厩舎の馬達は、そんなラストファインを見て、そして何も無かったように通り過ぎて自分の調教へと向かって行く。

 見守っていたニンゲン達は誰も彼も、ラストファインを千切って走り去っていくデカイ馬の背中を見ていた。

 その豪快な走りは園田の調教馬場の衆目を浴びるのに十分だった。 

 それは誰が見てもそうだった。 ラストファインもまた、気付けば目を奪われデカイ馬の背中を追っていた。

 情けなく、口煩いだけのデカイ馬は、本当に脚が速かった。

 誰も追いつけなかった。

 この園田という馬場で、ラストファインが見た中では一番速くて強かった。

 ラストファインは躍起になって必死に脚を回した。

 負けてなるものか、とがむしゃらに、速くなろうとした。

 だが、どれだけ頑張っても、他の馬にさえ置き去りにされて、余りの惨めさに感情をかき乱され、自覚なく顔を濡らした。

 そんな日々が続いて、デカイ馬は隣の馬房の中で急に嘶いた。

 

 ―――くそがよ、どいつもこいつも、ふざけやがって、決めたぜ

 

 普段とは違った様相に、ラストファインは馬房から顔を出してデカイ馬を見つめる。

 何処かでこのデカイ馬が競馬をするという話に気付いて、思わず声をあげる。

 

 ―――うるせぇな、テメェは少しでも速くなるために調教でも受けてろよ

 

 ラストファインは怒りを抱いたが、速さを引き合いに出されて黙り込んだ。

 悔しさに歯噛みしていると、デカイ馬は言った。

 

 ―――逃げるのは止めてやるよ。 テメェがその気にさせたんだ。

 

 そう言ってニンゲンに何処かに連れてかれたデカイ馬。

 

 

 そいつは宣言通りに、競馬を勝って帰ってきた。

 顔に目立つ、傷痕をこさえて。

 ラストファインが顔の傷の事を尋ねると、デカイ馬はなんだか小さくなって、そっぽを向いて黙り込んでしまった。

 

 

 

 

「テキ、ちょっと良いですか。 ワイルドケープリの事を見てて忙しいとこアレなんですが」

「おう? 稲葉君どうした」

「いえ、その、ファインの調教なんですが、すみません。 暴れてしまって」

「ファインがか?」

「ええ」

 

 ファインの調教も担当している橋本と厩務員の稲葉は、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。

 その様子を見て林田巌は帽子をかぶり直して、眼鏡の位置を直しながら一息はいた。

 面倒を見ていたという生産牧場で、育成牧場で人にも懐かず馬も嫌いだ、という話は聞いていたが、併走を頼んだ相手に迷惑をかけるほどとは思わなかった。

 

「理由は分かりそうか?」

「すみません、いざ、走ろうってなった時に急に暴れてしまって。 原因はちょっと」

「じゃあしょうがねぇな。 先方には俺の方から謝っておくから、乗り運動だけして馬房に戻しておいてくれ」

「わかりました」

 

 去っていく稲葉達を見送って、林田巌はどうしたものか、と頭を悩ませた。

 ラストファインはその経緯から4月に産まれたにしては同年代の馬と比して、その身体が成熟するのが遅れている。

 同じ厩舎に唯一居る、ワイルドケープリとは併せる以前の問題である。

 競走馬である以上、他の馬たちと必ず一緒に走る必要があるのに調教中の併走で暴れだすなど、競馬以前の問題だ。

 一度、自分が見定める必要があるだろう。

 何にせよ、まずは身体を作るところから始めないとラストファインは話にならないが、余りにも酷いようなら実際に競馬を走らせる際の作戦にも影響を及ぼす可能性がある。

 

「しかしまぁ、走ることに関しては素直だ。 競馬に熱意があるし育成牧場で併走に問題があったとは聞いてないが、ん? 待てよ……」

 

 巌はふと気付く。

 もしかしたら、ラストファインは無自覚にワイルドケープリと調教を重ねたせいで萎縮してしまっているのではないだろうか。

 実際、ワイルドケープリと離して調教を始めても、勝手に近づいて行ってワイルドケープリがラストファインをぶっちぎっていってしまうから、対処法も無いのだが。

 そもそも、ワイルドケープリは林田厩舎の中でも……いや、園田競馬全体で……それ以上の抜群の才能と能力を持っていると巌は確信している。

 そんな馬に散々に千切られてしまえば、馬本人にその気はなくても心が折れてしまっていることもあるのではないか。

 杞憂であればそれでいいが、問題があるならまた、馬に迷惑を掛けてしまっている。

 直近のかしわ記念が終われば、帝王賞まで時期は空く。

 そこでラストファインに必要なのは自信の回復と、そして何よりも急務は人との―――ここでは林田厩舎に所属する者との信頼関係。

 

「もう6月に入るな……時間が微妙だ、間に合うか」

 

 巌はワイルドケープリの姿をしばし眺めてから立ち上がり、厩舎へと戻っていった。

 

 

 いくつか時が流れ、ワイルドケープリのかしわ記念が終わった。

 巌は厩舎の事務所でパチリ、とホワイトボードの上に置かれた磁石で音を鳴らす。

 瞼を抑えて巌は溜息を吐き出した。

 ラストファインの人嫌い、馬嫌いは、良くこれで育成牧場の行程をこなせたものだと感心するほどだ。

 担当につけた稲葉は苦労していることだろうが、良く踏ん張ってくれと直接願ったおかげか、辛抱強くファインを見てくれている。

 かしわ記念を終えて、息子の駿の落馬。 レース後の手続きやこれからの予定。 柊オーナーとの会合。 そしてラストファインとの付き合いに組合馬主協会とのやり取り。

 ワイルドケープリがやる気を出してからというもの、休まる暇がまったく無い。

 いや、調教師としては喜ぶべきことだろう。

 隣の馬房から、大きな嘶き声と何かがぶつかった音が響く。

 顔を出せば、稲葉がラストファインを宥めながら馬房の中に入っていくのが視界に入る。

 しばらくこの馬を見ていて巌には気づいたことが幾つかある。

 その中でも一つハッキリと分かった事は、この馬は夜が苦手だということだ。

 夜、ラストファインが一頭でも問題ないように担当である稲葉の出勤時間帯をずらして対応しているが、効果があるのかどうかは分からない。

 そして、誰であっても人も馬も頼らないはずの馬が、競馬に関する事柄にだけはトコトン素直に言う事を聞いてくれる事だけは分かったのだ。

 この馬は競馬に熱意がある。

 理由は分からないが、育成牧場で順調だったのもそれが原因だ。

 この真っすぐな競馬に向かう意思が、ワイルドケープリの燻った心の炉心に火を灯したのだろう。

 巌は何もない中空を見る様に顔を上げてしばし思考を巡らした。 

 そして、一つ唇を噛むと、先ほど貼ったばかりの磁石を剥がし、ラストファインの予定を消す。

 そしてマジックペンで二文字だけを乱雑に書いて筆を置いた。

 

 ラストファインとワイルドケープリ、どちらの枠も跨ぐように 『併走』 とだけ書かれていた。

 

 

 まだ夜も空けない中、馬蹄を響かせて連れ立ち歩き、林田厩舎から出てくる二頭の馬が居た。

 風もなく、音も無い。

 時折車道を通り過ぎて行くトラックや車のエンジン音が響く。

 稲葉厩務員に連れられて、ラストファインは殆ど毎日と言っていい頻度で来る馬場へと脚を踏み入れた。

 かしわ記念という競馬で負けた、デカイ馬は時折顔を夜空へと向けて、ゆっくりと後ろを歩いてくる。

 少しだけその視線の先を、ラストファインは追った。

 瞬く星が雲に隠れたり、月の明かりに照らされたりしながら、ちかりちかりと存在を主張する。

 

「ほら、ファイン。 大丈夫だぞ。 今はもう朝だぞ~」

 

 稲葉が首筋に手を触れて、落ち着かせるように声を出す。

 この頃になると、ラストファインは自らの脚が競馬に立つに足る資格が無い事を実感していた。

 どれだけ思いの丈を募らせたところで、目の前の図体のでかい馬に脚は届かない。

 他の馬にだって、一緒に走れば後塵を拝すばかり。

 そんな奴等が競馬にいけば、それより速いウマ達がぐるぐるに居て、情けなく負けるのだ。

 ラストファインは自覚なく涙を流す。

 首を下げて地面を見る。

 周りはとても暗かった。

 声が掛かる。

 

 

 ―――何やってんだ、ちび。 行くぞ

 

 

 牧野と言う人間を落として、練習を拒否している。 ラストファインから見ても競馬に不真面目なこの馬が、とんでもない速さで駆け抜けていく。

 放馬と騒ぐ人間たちを尻目に、ラストファインはその背中を追った。

 走っても走っても、追いつけなかった。

 何処まで行っても届かなかった。

 ソイツが脚を止める迄。 ラストファインは心臓がはちきれるほど大きく息を吐きだしているのに。

 自然と下がった頭の上に声が掛かる。

 

 ―――競馬を知らないお前に言うもんでも無いと思うが、競馬をしなくちゃ競馬には勝てないんだ。

 ―――ただ走るんじゃないんだぜ。 『頭』を使わねぇと負けちまうぞ。

 ―――競っているのは同じウマだ。 だから頭をより使った方が勝ち星を拾えるのは道理だろ? 速い遅いは多少関係あるが、重要なのは展開とレースそのものをコントロールする事だ。

 ―――走り方一つとっても考える事はあるぜ、ソノダの競馬は砂だから最低限の力は必要だ。 特に前脚が砂に入る時と抜きの時の角度もな。 砂だって地面だから、反発力を推進力に変換できるんだよ。 分かるか?

 

 ラストファインはデカイ馬がまったく何を言っているのか分からなかった。

 だから、その事を素直に伝えた。

 デカイ馬は呆れたように鼻息を漏らし、今度は良く分からない擬音を例えにラストファインへと声をあげ、実際に走り出す。

 やっぱり何を言っているか分からないし、走り方に変化があったのかも見えなかった。 

 言葉の意味は半分くらいは理解できるが、肝心な部分はあやふやだ。

 真面目にやって欲しい、とラストファインは言った。

 

 ―――ったく、しょうがねぇな。 ちゃんと教えたとおりに出来るまで付き合ってやるよ

 

 ラストファインとワイルドケープリは傍から見れば自由に馬場を駆け回って遊んでいた。

 時折激しく動き、ワイルドケープリの背をラストファインが追っていく。

 人から距離を取る様に。

 牧野騎手と稲葉厩務員がようやくと言った形で走り回って二頭を捕まえると、デカイ馬は朝焼けの空を見上げた。

 

 ―――しっかりついて来いよ。 俺はお前にちょびっとは期待してるんだ

 

 前を歩くデカイ馬……いや、ワイルドケープリというウマは昇っていく太陽を見上げながらそう言った。

 その言葉は、『ラストファイン』そのものを見てくれている事に気付いて顔を上げる。

 ワイルドケープリの背中を視線で追った。

 自然とラストファインの視界を埋め尽くすように、ワイルドケープリの馬体の影から光が差す。

 でかくて情けないだけの馬だったのに、気付けば誰よりも寄り添ってくれたワイルドケープリという存在が暖かく感じた。

 

 ―――ちび、『競馬』に勝つのは大変だぜ

 

 ラストファインは顔を上げてワイルドケープリを見つめた。

 太陽の光が差し込んで立ち眩む。

 身体を一つ震わせて、ラストファインは眩さに目が瞬かせながら、ワイルドケープリの背中を見続け首を伸ばした。

 

 分かっている。 今はもう。

 この身の惰弱を知った。

 でも、いつか必ず。

 きっと、この太陽のように。

 

 決意を抱いていると、太陽は見なくて良いと茶化すようにからかわれて、ラストファインは怒った。

 自覚なくラストファインは涙を流し、そしてワイルドケープリはリンゴを取り上げられた。

 

 

 

 負けない。 絶対に逃げない。 誰であろうと。 何者でも。

 

 

 

 ワイルドケープリの大きな馬体の向こうから昇る太陽に照らされて。

 その日からラストファインの周囲は少しだけ、明るくなった様な気がした。

 

 

 



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三話 泣くが糧

      U 03

 

 

 帝王賞を3着で終え、ワイルドケープリは放牧に出されることになり、ラストファインも帯同することが告げられる。

 そう連絡を受けたのは、調教助手として働いている橋本であった。

 橋本が記憶している限り、林田厩舎において管理馬がまったく居なくなる、という事は初めてである。

 巌調教師がラストファインとワイルドケープリの2頭を最後に引退をするという話は聞いていた。

 ラストファインが馬運車でワイルドケープリと合流する為に出て行き、厩舎の中に管理馬が居なくなると初めてそこで実感が生まれる。

 本当に、最後の2頭なんだ、と。

 ワイルドケープリの目的は完全なる休養と、リフレッシュ。

 ラストファインはテキの判断で一緒に居た方が良いとして、帯同することになったのだ。

 

 

 

      第三話   泣くが糧

 

 

 

「あ、橋本さん、事務所に居たんですね」

「ああ、ヤマ、稲葉君も。 お疲れさま」

「お疲れ様です」

 

 林田厩舎で働くスタッフの数は、現在では総勢で5名だけ。

 かつては15名を超える人数で林田巌の元に勤めていた事を考えると、随分寂しくなった気はした。

 調教師である巌、厩舎の専任である騎手の駿。

 ワイルドケープリの厩務員である山田は橋本と1歳違いの同期であり、厩舎で最も付き合いの長い友人でもある。

 同じく厩務員である稲葉は、4年前に此処へと入ってきた20代前半という若さの遊びたい盛りの青年であった。

 

「そういや、はっちゃん、稲葉君にも聞かれたんだけど、飼料の資料ってあったよな?」

「飼料? あったと思うけど、どうしたんだ?」

「あ、いえ。 その、ファインの飼い葉についてテキと相談があったんですけど……居ないので、先輩お二人に意見を聞いてもらいたくて」

 

 テキである巌調教師はワイルドケープリのオーナーである柊 慎吾氏との会合があるとのことで、園田には戻ってきていなかった。

 ワイルドケープリの主戦騎手である林田 駿も同様に、関東に滞在して戻ってこず、ワイルドケープリの放牧先へと出向することが伝えられている。

 話を詳しく聴いてみると、稲葉はラストファインの飼い葉に少し手を加えたいと考えているようだ。

 少し前に、橋本は稲葉からラストファインに使う鞍について相談を受けた事を思い出しながら、稲葉厩務員の熱心さに感心しきりであった。

 まだ身体そのものが競馬をするに成熟していないから、気を使うのは当然のことだが。

 しかし、この若さでは見落としてしまいがちな事も、良く気付く。

 同じ年齢の時に橋本が同様の配慮が出来ていたかというと、自信はない。 いいや、そんな事は出来ていなかっただろう。

 身体の成長に合わせて阻害しないように馬具を選ぶ、毎日気を使っていなければ出来ない事だ。

 ともすれば、今でもうっかり忘れてしまう事もあるかもしれない。

 稲葉厩務員は若く、4年前は本当に何も知らずにこの業界に踏み入れたばかりなのに。

 そういえば、稲葉が厩務員として担当馬を持つのはラストファインが初めてなのかと橋本は気づいた。

 資料を手渡し、雑談もそこそこに事務所を後にする稲葉を見送って、テーブルに置いた弁当を突きながら橋本は呟いた。

 

「よく馬の事を勉強してて偉いな……」

「テキに気に入られる訳だねぇ。 はっちゃんや俺みたいな不真面目なのとは違うや」

「そうだなぁ……俺はヤマよりはマシだとは思うけどな」

「言うねぇ」

 

 橋本は茶化すように話す山田に適当に相槌を打ちながら、予定の書き込まれたカレンダーへと顔をじっと向けた。

 食事をしながら、山田はスマホを取り出しながら口にする。

 

「そうそう。 管理馬もいないから、いい機会だし1週間くらい、旅行に行こうと思ってるんだよ」

「へぇ? 何処にいくの、ヤマ」

「北海道、海の幸と自然を楽しみに。 もし暇なら一緒に行こうぜ?」

 

 休日が重なった時などは、ときおり遊びに行く仲であったが、このタイミングでの北海道旅行とは。

 差し出されたスマホには旅行の行程が書き込まれていた。 それを見て思わず苦笑をする橋本に、山田は顔をにやつかせている。

 どうやら同僚も、稲葉の若いパワーと真剣さに当てられたらしい。

 普段は無いと言っても良い、長期の休みの日に仕事をしようだなんて、物好きな奴だ。

 ワイルドケープリの休養先であり、ラストファインも帯同していった篠田牧場に寄るつもりしか無いではないか。

 遊びに行くと言い張っているが、ただの照れ隠しにしか見えない。

 

「それじゃ、稲葉君には俺から声をかけとくか」

「橋本先輩の権限で連れてきてくだせーや、いやぁ、俺もそれとなく誘ってはみたんだけどさ」

「ファインの名前だしゃ一発だろ」

「わかってないなぁ、そこはね? サプライズしたいから黙っててくれよ」

「おいおい、めんどくせぇな、もう」

 

 それから丁度一週間が過ぎた頃、付き合いという形で渋々ながら稲葉は承諾し、3人は北海道旅行へと旅立って行った。

 

 

 

 ワイルドケープリは篠田牧場の放牧地を気ままに走り回っては、草を食み、ゆったりとした時間を落ち着いて過ごしている。

 巌の眼から見てもそれは間違いなく、データ上でも今までにないくらい調子が上向き始めていた。

 懸念は戻ってきた時に、やる気や闘志、勝つ気力が失われていないかどうかだが。

 篠田牧場の好意によって設置されたベンチに腰かけて、眼鏡の位置をなおして首を巡らせば。

 座っている反対側の道から、数人の男が顔を出し放牧地へと向かって行く姿を認めた。

 おや、と思いながら立ち上がる。 見学予定者の話は聞いていなかったからだ。

 不自然にならない程度に牧柵沿いに近づいて、話を盗み聞くと、どうやらラストファインの見学に訪れた者だった。

 少しばかり経緯が特殊な馬ではあるが、まだデビューすらもしていない若駒を、馬主とも違う者がわざわざ見学に訪れるとは。

 気になって話を伺うと、まだ生まれて間もないころにラストファインの世話をしていた事がある縁で、見学に来たという。

 確かに、ネット上で厩舎のお知らせとして、ワイルドケープリもラストファインも放牧していると記載してあるが、それでも追いかけてくるとは巌には信じられないことだった。

 彼らはラストファインがワイルドケープリの後を追って走る姿を見て、満足そうに帰っていった。

 その翌日も、そして、その翌日もワイルドケープリではなく、ラストファインを見学する者が続いた。

 そうした者たちが入れ替わり、立ち替わり、時には江藤オーナーを始めとした協会の馬主たちが見学に訪れ、その中で巌はうん? と思う。

 自信はまったく無かったが、どうにも見学者が訪れると、ラストファインの機嫌があまり良くない事があった。

 人嫌いゆえなのか、と思ったが、写真を撮ろうとスマホを構える人たちの前では、むしろ機嫌が良さそうに尻尾を揺らしてポーズを決めていた。

 決まって見学者を喜ばせて、そして最後に豪快な走りで去っていく姿を見せつけて満足させている。

 だが、その走り去っている時はどうにも厩舎で過ごす中、拗ねて居たり怒って居たりしている時に似ている様に巌には見えた。

 

 翌日になって林田厩舎の面々が、一同に介する事になる。

 休暇などあって無いような貴重な時間を、わざわざ馬の為に潰す馬鹿野郎どもが雁首揃えて集まったのである。

 巌は苦笑しながらも嬉しく思い、その日の夜に食事会を開くことにした。

 そこで巌は、丁度良いと口にした。

 

「稲葉、少し聞きたいんだが、ラストファインな」

「あ、はい」

「いや、俺も自信は無いんだが―――何か、特定の言葉に反応して機嫌を悪くしたりはしなかったか?」

「え? うーん……機嫌ですか……?」

 

 そう、巌はラストファインの見学に訪れた者たちは、しばらくラストファインを構ってから決まってその背景や血統の事について雑談し興じていた。

 別に馬を見る時にそうした話が出る事は珍しくもなんともないが、その話がされるたびにラストファインは放牧地の奥へと行ってしまう。

 そうした話が出た時にだけ、ラストファインは逃げるように走り去っていく。

 何かがあるのでは、と巌は感じていた。

 

「確かに……思い返してみると、そうだったような気もします」

「そうか……」

「馬がそんなこと判るんですかね」

「いや、ほら。 ちょっとした単語から連想してるんじゃないかな、そういう話は聞くし」

「何か、トラウマがあるとか?」

「分かりませんけど、そういうこともあるかも知れませんね」

「テキ、すいません、俺からも良いですか。 ファインは成長期ですし、坂での動きを増やして試したいんですが」

「稲葉の補足ですけど、そもそも馬体が小さいから、馬の背を作るのは重要だよなっていう話を飛行機の中でしていたんですよ。 ワイルドケープリと違って、人の体重負荷が厳しくなるのは当然ですから」

「なるほど。 どの時期から行うかは悩んでいたが、ワイルドケープリは賢すぎるし、馬体も頑丈だから、その辺も自分で調節してきた節がある。

 ファインを見ているお前らが揃って言うならラストファインは坂での運動を増やして飼い葉も変えるべきだろう。分かった、許可しよう」

「俺も手伝うよ、協力させてくれ」

「お願いします、駿さん……そういえば、ワイルドケープリの蹄鉄交換の話、なるべく早めにって装蹄の方に言われてるので時期を教えてくれるとありがたいです」

「ああヤマさん、分かりました。 ワイルドケープリの放牧が終わり次第だから、分かった時点で連絡を入れるよ」

「なんで北海道まで来て俺達は仕事の話だけしか、してないんだろうな」

「何ぼやいてんだ、橋本。 テキの飯が食えねぇってのか」

「そうは言ってないだろ。 俺もちゃんと仕事の話はあるよ」

 

 その日から林田厩舎には一つ、決まり事ができた。

 ワイルドケープリ、ラストファインの前ではルドルフ・テイオーを含めた他の馬の話を極力排除することだ。

 そして一つ一つの目標に確かにスタッフの気持ちが纏まったのを実感して、巌はワイルドケープリを放牧に出して良かったと改めて思った。

      

  

 

 ラストファインから見て、放牧を終えた後の調教は今までとまるで違う様子を見せていた。

 一つは食事の内容がハッキリと変わった事。

 そしてもう一つは、自分の傍を良くうろついている、稲葉という男が調教を行う前に必ず坂をゆっくりと登るのに付き合わされることだった。

 普通に歩けばいいものを、何故か時間をかけて歩かされる。

 これが終われば馬場を走ることができるのに、とラストファインはその生活の変化に最初は受け入れない姿勢を見せていた。

 稲葉は身体を使って示す、ラストファインの体当たり、脚の踏みつけや頭突き、飼い葉桶を利用した拒否を全力で受け止めた。

 擦り傷や打撲、鉄板が入って居なければ折れていたり罅が入ってしまったかもしれないと思えるような踏みつけを、我慢強く辛抱して。

 馬の背を作るのは普段の生活から決して疎かに、作る事を諦めたり毎日の行いを欠かしてはいけない事を、師である巌から直々に指導されたからだ。

 わざとゆっくりと坂道を歩くことによって、筋肉と脳を鍛え上げる。 馬はその事を意識して身体を扱わねばならないから、ゆっくりと歩く、というのは結果として体幹と筋肉に意識が向く。

 

 ―――少しデカくなったんじゃねぇか、ちび

 

 ワイルドケープリのそんな言葉に励まされたラストファインは、稲葉の行動にも我慢して付き合うことを是としたのも良かったのだろう。

 その効果は一ヶ月、二カ月と経るごとに、食生活の改善の助けも手伝って目に見えてきた。

 みすぼらしい、と言われてきた背中は大きく盛り上がり、しなやかで強靭な筋肉へと変化を遂げた。

 体幹が鍛えられたことによって人が背に乗った際にもバランスを取ることが容易になる。

 それは人、馬、どちらにも実感させるに足りて、時計という目に見える数字になって結果が出た。

 未だに馬体が一際小さいというのは否定は出来ないが、それでも競馬をするに足る身体が出来上がってきたのは確かだ。

 巌は調教助手の橋本から 夏を越えてから自信がついてきた、という言葉を耳にして、直後に電話をかける。

 その日からはワイルドケープリだけではなく、他厩舎に所属するデビュー前の若駒たちとの併走がメニューに加えられた。

 一日、二日。 そして三日。

 ラストファインはワイルドケープリの様に豪快な走りを見せていた。

 ずっと一緒に近くでワイルドケープリを見て来たからか、それとも身体が出来上がってきて元来の走りがそうだったのか、分からないが。

 巌はラストファインを追っていた双眼鏡を下ろして大きく頷き、稲葉は笑みを浮かべた。

 園田の能力試験を受ける予定が入れられたのである。

 一度目こそ緊張からか、散々な結果に終わった物の、ワイルドケープリが天皇賞(秋)で驚嘆の競馬を見せつけた3日後に無事、試験を通過した。

 

 

 能力試験をラストファインが終えて、園田の競馬場でデビューできる、という話を聞いた江藤オーナーは協会の定例会でその事を淡々と報告した。

 もともとは江藤が興味を持って、血統保護を題目に始めた話であるから、定例会に参加した馬主たちの関心は薄い。

 どちらかと言えば、人との交流を目的にして集まっている場でもあるので、殆どの人は一言声をかけることすらなく話題は流された。

 一応、付き合いの長い岸間社長だけは、話題性が出る様に騎手は人気の子を使った方が良いんじゃないかとだけは言ってくれたが。

 江藤はそんな経緯もあって、定例会後にほとんど独断に近い形でデビューの希望日を人づてに、林田厩舎へと連絡を入れて置いた。

 地方競馬、そして余りに古臭く廃れた血統と、お世辞にも良いとは言えない馬体。

 1勝でも出来れば、まぁ話題になるだろうという思惑もあって、今時代になっても数少ない女性騎手。 

 そして若手でその容姿から世間でも人気ある綾乃 由香騎手を主戦に推した。

 

 

 ラストファインの競馬が、始まりを告げたのである。

 

 

 ラストファインはパドックを回る最中、自分自身が非常に落ち着いている事に驚いていた。

 初めての競馬。

 もっと緊張や恐怖などを感じるものだと思っていたからだ。

 実際にこの場所を稲葉と歩いていると、己の為すべきことがハッキリしている分、他の馬達と比べて慌てることが無かったのだろう。

 そう分析できてしまうほど、ラストファインは心が落ち着いている事を自覚している。

 踏み足は軽く、一歩踏みしめるたびに全身が泡立つ。

 競馬に勝つためにきた。

 それ以外は等しく無価値で。

 夜を晴らす光がこのぐるぐるの何処かにある。

 目頭が熱くなって身体を震わせる。

 全身が燃える様に熱くなる中、ワイルドケープリの言葉が脳裏をかすめた。

 

 頭をあげて、ラストファインは熱を捨てるようにして息を吐き出す。

 緊張からか大袈裟に歩くことを辞めない馬、そして未知への恐怖から普段からは想像もできないほど萎縮している馬。

 何でもない様に歩く中で物見が止まらない馬。

 ラストファインを含む全11頭、それぞれの思いを抱えてパドックを回り終える。

 自身の上に乗る騎手と、調教師の巌が近づいてくるのを眼で追って。

 ラストファインは初めての競馬に臨んだ。

 

 

「園田競馬・第3R、1400m。 新馬戦となります。 ゲート態勢整い次第に発走です。

 続々とゲートに入っていきますが、少々4枠7番のアイルノートがごねついております。 

 一度外に出て……どうやら最後に回されました。 落ち着いた様子でラストファインが入ります。 大外、ウィンソルジャーが収まります。

 さて、アイルノートですが……おっと、もう一度入れ直して、ようやくゲートイン。

 っと! これは5枠9番のミドリミニッツ、放馬してしまいました。 一旦、全馬がゲートから出されます。 放馬の影響で発走が遅れそうです」

 

「大丈夫大丈夫、よしよし」

 

 綾乃騎手がラストファインを宥める様に首筋へと手を当てる。

 突然、ゲートが開く前に飛び出していった馬に驚いてしまって思わず後を追って飛び出そうとしてしまったが、ラストファインはそれでも落ち着いていた。

 ミドリミニッツの馬体検査の間も、脚を回しながら跳ねそうになる心臓に息を入れる。

 まだか。

 まだだ。

 逸る気持ちを言葉で打ち消す。 

 再び係員に誘導されて、ゲートへと入っていく馬達の後をついて、ラストファインはじっと自分の出番を待っていた。

 

「ミドリミニッツは馬体検査の結果、問題が見つからずこのまま発走となるようです。

 今度は枠入り順調な様子です。 アイルノートは最後にゲート入りします。 さて、ウィンソルジャー入りました。

 アイルノート、今度は上手く入れるでしょうか。 入っていきます。 大丈夫です。

 園田競馬、第3R。 まもなく発走いたします。

 スタートしました!

 出遅れました、ミドリミニッツ、アイルノート、二頭遅れてのスタートとなります。 先手を伺うのは①のオユワリハンマー、シャインガイ、アリアナビットラ辺りが前に前に出ています。

 さぁ、先頭集団最初のコーナーに取り付いたところでハナはシャインガイが行くか。 二番手にアリアナビットラ、そのすぐ後ろにオユワリハンマーが居ます。

 ④キレイデネイア、5番手位置に単独でジャーニーグリンク、その後ろを⑨ウィンソルジャーとラストファインで並んでいる。

 ⑧チタニア、鞍上の手が動いています。 出遅れたアイルノートが何時の間にか此処に、⑪サイルサイン、遅れてミドリミニッツ最後方です」

 

 800標識を通過して、ラストファインは外目から内へと身体を傾けた。

 調教時にも利用したことがあるこのコースの仕組みを理解している。

 既にワイルドケープリからゴールの存在とハロン棒の意味を教え込まれていたラストファインは、最短距離を選択して全力で勝利を得ようと動き始めたのだ。

 砂を浴びて視界が遮られるが、もっとも短い距離を効率的に進むのが一番勝利へ近づくことだと確信していたから。

 しかしラストファインは競馬を知らなかった。

 ここは競馬場で、馬が競い合う場所であることを。

 そして、そこには絶対に必要な、騎手という存在があることを。

 いや、知っていたからこそ、レースが始まってから忘れてしまっていた。

 内々を付いて加速を始めたラストファインを抑える様に、手綱が引かれた。

 綾乃騎手の思惑は、スタートをまずまずとして進んできたこの道中。 中団外目、他馬から邪魔を受けないままコーナーをやり過ごすつもりであった。

 コーナー手前から捲って差し脚で前目を捌こうと考えていたからだ。

 そんな考えなど知らぬとばかりに、ラストファインが内に凭れたことによって、鞍上はラストファインを控えさせようとしたのである。

 騎手に抑えられ、頭が上がってラストファインは苛立った。

 加速しようと思った瞬間だったから、猶更に気勢がそがれる。

 前の馬から跳ね上がる砂が全身に降り注ぐ。 加速をしようにも、もう前の馬に内を塞がれて最短距離は望めなくなった。

 食いしばってラストファインは今度は外に振ろうと身体を揺らしたところに、外目から上がってきたアイルノートにあわや、接触するかという程のすんでの距離を横切られ蹈鞴を踏む。 

 結局外にも回れずに進路を塞がれて、ラストファインの行き脚が鈍った。

 

「コーナーで内を付くよ!」

 

 綾乃騎手は行く気が萎えない馬を必死に御そうと、思わず声を挙げ鞭を見せて誘導する。

 その声の意味を解せないラストファインは、脚に沈む砂を、生まれて初めて重く感じた。

 加速と減速。 急な抑制と解放が決して丈夫ではない身体に負担を強いていた。

 

「最終コーナー、上がってきたのはアイルノートだが、前も止まりそうにありません。

 シャインガイは一杯か、直線入って鈍い。 シャインガイ粘ろうと鞍上追っているが、その横をオユワリハンマーが抜いていきます。

 オユワリハンマーが先頭、後ろからはウィンソルジャーとサイルサインが襲ってくるが3馬身リード保っている。

 ラストファイン追い出して5番手から上がっていく、アイルノートは限界か? 伸びがない、その横にジャーニーグリングと熾烈な争い。

 先頭はオユワリハンマーだ、サイルサインとウィンソルジャー追っているが間に合わない!

 これは間違いないでしょう。 オユワリハンマー、2馬身差まで詰められましたが問題ありません! 今、一着でゴールイン!

 2着はウィンソルジャーか。 3着はサイルサイン、4着にはラストファインが粘っているでしょうか。

 新馬戦、見事に勝ち上がったのはオユワリハンマーです。 先行策がドンピシャ、強い競馬でした」

 

 全身で息を整えて、ラストファインがレースが終わった事を察して脚を緩めた。

 前にどれだけ馬が居たのか。 その数をラストファインは覚えていた。

 3頭だ。 横にも1頭いた。

 それはつまり、敗北であった。

 なぜ負けたのか、ラストファインは分からなかった。

 首が沈んで、顔が熱くなる。

 こんな無様な結果、許されるわけがなかった。

 先頭でゴールした馬が何も分かっていないような顔で人間たちに引かれて行って、競馬に勝ったとして歓呼を受けている。

 観客席から疎らな拍手で称えられ、厩舎の人間と馬主たちから拍手が沸く。

 ラストファインは暴れたくなる気持ちを抑えてその光景を眺めた。

 眺めて、暴れたくなるのを我慢するのに、ただただ必死であった。

 

「残念だったけど、次は勝てる、大丈夫だぞ」

 

 稲葉厩務員に慰められるようにして声を掛けられて、そして口を引かれて林田厩舎へと戻る。

 陽が沈んで星が瞬いた頃に、ラストファインは敗北した事実を改めて実感し、そこでようやく感情を爆発させた。

 

 翌日のラストファインの馬房の外には、落鉄した蹄鉄が転がっていた。

 

 

「新馬戦、未勝利戦、未勝利戦……あららら、やっぱアカンか。 さて、次も乗ってくれるもんかねぇ」

 

 江藤オーナーは朝食を取りながら、持ち馬の事をまとめたデータを流し見していた。

 そういえばラストファインはどうなったかな、とスマホをタップしてみれば、走ったレースとその結果だけが表示されていく。

 初戦は4着。 その次は3着と順調に掲示板に載って順位を上げたと思ったら、その次の未勝利戦では7着と沈んでいた。

 まぁ、こんなものだろう。

 一応の役割として、ラストファインの事は任されているので馬主協会へと一報を入れておく。

 朝食を食べ終えて日課の散歩をしながら、江藤は電話をかけた。

 林田厩舎へと、ラストファインの今後について話をしておこうと思ったからだ。

 もうしばらく走らせてみて、組合馬主の面々からも否が無ければ血統を守る為だけに購入したラストファインは種牡馬に転籍しようと話をしておきたかった。

 大事なのは、勝たせることではなく血の保護だ。

 いずれ大成してくれる馬が出てくれれば、良いじゃないか。

 少なくとも、ラストファインに最初に興味を抱いたのはかつて自身が馬主となる前に最も大好きだった馬、トウカイテイオーの血統を繋げたいという個人的な私欲だけ。

 馬主との付き合いもあるし、芽が無いようならばガムシャラに走らせるよりも、怪我無く回って種牡馬になってほしい。

 そうして掛けた電話に出たと思ったら、物凄い騒音が鳴り響いて、江藤は身を引きながらスマホを落としてしまった。

 なんだなんだ、と顔を顰めながら、今度は耳に着けずにスピーカーで鳴らしてみると、厩務員と思われる男と巌調教師のワイルドケープリとかラストファインとか名前を呼ぶ大声と馬の嘶きが響き渡る。

 衆目の目を集めていることを自覚しながら、江藤はそっと電話を切った。

 大変そうだなぁ、と散歩の続きに戻って万歩計を眺める。 歩数が1000歩ほど上がった頃に、折り返しの電話が来た。

 

『すみません、江藤オーナー。 気付きませんでした』

「いえ、大変そうなところに丁度電話をしてしまったようで、こちらこそ申し訳ないです」

『はぁ、お恥ずかしいところを。 それで、ご用件の方は?』

「ああ、ラストファインの事なんですが」

『ああ、次走のことですよね? ええ、ラストファインですが、次走は期待して頂いて良いですよ。 勝てると思います』

「え?」

『え? 違うご用件でしたか?』

「あ、いや、そうですか。 それなら、ええはい。 じゃあ次は見に行こうかなぁ」

『ええ、是非見に来てラストファインを応援してください。 予定はご存知かと思いますが、今月19日の園田の4Rを予定していますよ』

「分かりました、ではお忙しいところを失礼しました」

『いえいえ、それでは』

 

 そうして思わず用件を濁して電話を切ってしまう。

 まぁ、行くと言ってしまった手前、行かないのも不義理になるだろう。

 特異な経緯を持つラストファインを押し付けてしまったのだから、一度くらいは見に行くのが筋だ。

 次に直接会った時に種牡馬への転用を考えている事を話せばいい。

 それにしても、随分と強気な発言だったなぁ、と江藤は思う。

 ワイルドケープリという地方馬のまま天皇賞を征した管理馬が居て、気が大きくなっているのだろうか。

 確かに途轍もない偉業を成したし、手放しで自分も称賛し、勝った事に驚いた。

 ワイルドケープリを称える声は大きく、園田競馬場では気が早い事にワイルドケープリのグッズや商品を多く開発しているというが……江藤オーナーは気持ちを切り替えて万歩計の針を進めることに戻った。

 

 流石に未勝利で燻っているラストファインに、そこそこ目立つ重賞で勝利し、世間にも人気をしている綾乃騎手は起用が叶わなかった事を後日知らされる。

 誰か馬に無理をさせない良い騎手は居ないか、と尋ねれば一人の騎手を斡旋された。

 ワイルドケープリにも騎乗したことがある、園田でもトップクラスのジョッキーの五良野 芳樹を紹介され、そのままヤネを五良野に任せることに決まった。

 

 

 馬鹿にされた。 ラストファインは悔しさを晴らすように調教帰りの林田厩舎内で暴れまわった。

 ワイルドケープリという馬はGⅠという最高の格付けの競馬を勝って天狗になっているのだ。

 林田厩舎の周りに集まる人間は爆発的に増えて、ラストファインの目の前で多くの衆目を浴びて称賛されている姿が毎日のように訪れている。

 そんな馬が競馬を三回もやったのに負けてばかりの自分を鼻で嗤ったのだ。

 許せなかった。

 最初の敗北の時に、ラストファインは暴れた。

 二回目の敗北の時に、自覚なく泣き叫んだ。

 そして三度目、それまでレースの事を聞いても何も言わなかった、言う事が無かったワイルドケープリが思いっきりラストファインのことを馬鹿にしたのだ。

 悔しかった。 そして苦しかった。

 散々に暴れまわって、五月蠅いと、ワイルドケープリに突き飛ばされて厩舎の壁に叩きつけられ、そこでようやくラストファインは吠える嘶きを止めた。

 山田と橋本にワイルドケープリと共に馬房の中に押し込められ、ラストファインは夜を迎えて鼻を啜った。

 稲葉が心配そうに事務所から顔を出しては戻り、顔を出しては様子を見る。

 そんな稲葉も月明かりが雲に隠されて、暗く冷たい夜が訪れると消えて行った。

 風が吹いて身体を冷やす。

 闇が全身を包むように視界が効かなかった。

 隣の馬房から呆れた声が掛かる。

 

 ―――また泣いてるのか、ちび

 

 泣いてなどいない。 

 ラストファインは閉じかけていた目を見開き、壁の向こうに居るはずのワイルドケープリを睨みつけた。

 もうすぐワイルドケープリは居なくなると告げられる。

 アメリカという場所に行き、そこで競馬をするのだという。

 ワイルドケープリは勝ったから価値を認められたのだ。 

 多くの人間に称えられ、認められ、だから此処から去っていく。

 人間達も、競馬を勝ったワイルドケープリについていき、負けた自分を忘れて去っていく。

 人間も馬も、勝たなければ意味の無い場所。

 それが競馬だからだ。

 ラストファインは自身の脚を覗きながら壁に頭を擦りつけた。

 競馬に勝てない。

 競馬で勝てない。

 考えているのに、考えないと勝てないと言われているのに、考えても勝てない。

 どうして。 どうすれば。

 暗くて冷たいこの世界に、いつまで。

 沈んでいくような感覚に頭が下がっていく。

 

 ―――バカがよ、同じことやってダメなら他を試せよ。 0と1しか無ぇのかお前の頭の中には。

 ―――100通りくらいパパっと好きにやって試してだめなら新しく考えろ。 それでダメなら調教にまた戻って来た時にもう一回100通り考えるんだ。 無駄何てことは意外とこの世には無いもんだ

 ―――判ったら 泣いてないで気張って走れよ。 もう勝負の場所に、居るんだろ

 

 泣いてなんかいない!

 ラストファインは声を挙げて否定した。

 ワイルドケープリの鼻息が漏れて聞こえる。

 夜中の間、話したり話さなかったりしながらラストファインへとワイルドケープリは声を掛け続けていた。

 ラストファインはやがて、馬房の外が明るくなったことに気付いた。

 何時の間にか空は白く染まり始め、空を覆う雲を照らしていた。

 ワイルドケープリはなんで競馬を勝てるんだ。

 それはこれまで付き合ってきた中で抱いていたシンプルな疑問。 

 決してラストファインが聞こうとしなかった、もしかしたらそれは意地だったかもしれない言葉。

 ラストファインは声に出して聞いた。

 

 ―――勝ち負けなんて星、どうでもいい。 俺は光にしか興味がない。 その為には競馬をしなくちゃいけないからだ。 結果なんで勝てるかってそりゃ、競馬が上手かったんだろ。

 

 光。

 ワイルドケープリが競馬する事になったブッチャーが言ったという。

 命を揺らす場所には光があるのか。

 ラストファインは顔を上げて馬房の外へと首を出す。

 そこに行ければ俺の夜を照らしてくれるのか。

 顔を上げたラストファインの眼には、もう涙は無かった。

 

 ―――らしい顔に戻ったじゃねぇか

 

 そう言ったワイルドケープリの傷痕の残る顔を思わず見て、ラストファインは何だか悔しくて無視することにした。

 

 

 

「大雨の中、園田第4R、砂の1230m戦。 初勝利に向けて若駒たちが競い合います。

 ……スタートしました! おおっ、素晴らしいスタートを決めたのは③のラストファインです。

 おっと、そのままゴーサインか鞍上の五良野、ぐんぐん前に出て行きます、これまでの控える競馬とは打って変わってラストファインがハナを主張しました。

 その後ろには同じくスタートが良かった②のヘッシュハラン。 この馬は逃げ馬です。 追走して⑧のミナミハシロイヤルと続いていきます。

 4番手⑦リベリオンサーガ、その横に馬体を合わせるようにして④アッシュクリボン。

 ここで逃げているラストファインに鈴を点けに行ったか、ヘッシュハラン、逃げ馬としては前は譲れないか。

 戻りまして後方3番手に①アムアスゴールド、④ネイヨンコーリア、最後方に⑤フィルス。

 最後のコーナーへと差し掛かって先頭は変わってヘッシュハラン。 ヘッシュハランが先頭です。

 好スタートを決めた③ラストファインは下げて二番手追走、後ろからミナミハシロイヤルここで前目を捉えようと鞭が入る。 勝負所、4角回っていきます2歳馬8頭、さぁ直線どうなるか」

 

 最後のコーナーを抜ける直前、加速を始めようとする他の馬達に遅れてラストファインはギアを上げる。

 首を押し始める五良野の手が、コーナー終わりで外に泳ごうとする身体を前に押し出してくれた。

 ラストファインは自身を抜かそうと迫ってくるミナミハシロイヤルへと視線をひとつ投げた。

 前を見て、抜かそうとしてくる馬だ。

 競馬に勝つために、敵となって立ちはだかる、ラストファインの敵だ。

 自然とラストファインは憤怒に瞳が揺れ、追い抜こうと加速しようとしているミナミハシロイヤルを睨みつけた。

 抜かせない。 抜かされたら負けるからだ。

 どけ、邪魔だ。

 俺の視界に入ってくるな。

 スタートで使った行き脚を休めることは十分に出来た。

 だから、ラストファインはもうミナミハシロイヤルを見る事はしなかった。

 途中から先頭に躍り出ようと躍起に脚を回し、すでに疲れ始めているのが分かるヘッシュハランだけしかラストファインの眼には映らない。

 あの馬さえ抜かせば。

 あの馬を抜けば。

 ヘッシュハランの跳ねあげてくる、水分をたっぷりと吸って泥となった砂を頭からかぶり、ラストファインはそれでも首を下げた。

 勝つんだ。

 競馬に勝つんだ!

 競馬で勝つんだ!

 暗い世界を、吹き飛ばしてやる。

 被る泥すら蹴散らして。

 ワイルドケープリの言葉が蘇る。

 悔しさその物をエネルギーへと変換させるように。

 地面に叩きつけた前脚が、反発力で後ろに跳ね上がって前に進む推進力に変わっていく。

 息を入れて脚を残すことが出来れば、後ろ脚を蹴り上げる苦は何も無い。 

 ダートという砂で脚の入りの角度は重要だった。 そして大雨の馬場に適応するということ。

 ラストファインはこのレースで少しばかり 『競馬』 を理解した。 

 

「ラストファインが抜け出した。 ラストファインが抜け出して、先頭を奪い返す。

 ミナミハシロイヤルは苦しいか、鞍上大野、懸命に叩いているが前にはちょっと行かないか。 ラストファインだ、ラストファイン完全に突き抜けている。

 2馬身は離れたか。 ネイヨンコーリアがようやく良い脚で前に上がってくるが、前とは離されている。 ラストファインで決着しそうだ。

 ラストファイン、嬉しい初勝利です。 今一着でゴールイン。

 二着は二馬身開いてネイヨンコーリア、三着はミナミハシロイヤル。 勝ったのはラストファインでした。 

 鞍上の五良野はしてやったりか、見事な競馬でした、ラストファインの勝利です」

 

 

 大雨の中、観衆は少なかった。

 少ない拍手と歓声に迎えられて、泥だらけになってラストファインは初勝利を飾った。

 口取りで写真を撮られ、普段はどこにも居ない江藤オーナーを始めとした数人の馬主達が笑顔で歓談している。

 稲葉は嬉しそうにラストファインの泥だらけの顔を拭いながら褒め讃え、同じく泥にまみれた五良野騎手が笑顔で拍手を贈ってくれた。

 

 これが勝利。

 

 数えられるくらいに少ない人数の祝福と拍手が、全身に沁みて心に行き渡るようだった。

 ラストファインはこの光景をじっと眺めて脳裏に焼き付けようとした。

 忘れないように。 忘れられない様に。

 

 

 その日、ラストファインは胸を張って馬房に戻っていった。

 ワイルドケープリがアメリカという場所に行く前に、競馬に勝ってやったと猛々しく伝えたのだ。

 

 ―――おまえ、他のウマをビビらせて勝つのはなんか違うんじゃねぇか? ……いや、まぁあるのか……? ルール違反じゃねぇしな……作戦の一つとして機能するなら、アリか?

 

 勝ったのに、文句や疑問ばっかりぶつけてくるワイルドケープリに、ラストファインは腹をたてた。

 睨みつけた程度で競馬を止めたその馬が悪いじゃないか。 何が悪いんだ。

 ならば、次の競馬こそワイルドケープリにぐうの音が出ないほどの、文句なしの勝利を飾ってやると息を巻いた。

 

 そして、ワイルドケープリはアメリカへと飛び立っていった。

 昇級直後に行われた競馬でラストファインは、もっと脚を溜めれば一気に他の馬を抜き去れるはず と思い込み、後方からじっくり進めた。

 結果、ラストファインは後方尽、最下位に沈みっぱなしとなり、ぐうの音も出ないほどの敗北を喫した。

 そしてワイルドケープリが居なくて良かった、と謎の安堵を感じて苛立ち馬房で暴れ、稲葉を困惑させたのである。

 

 そしてその夜にまた顔を濡らす。

 冷たく暗い夜の中を潜り、泳いでいく。

 泥に沈んだように。

 思考が真っ暗に塗りつぶされる前に、目を開く。

 何度も。

 何度でも這い上がってやる。

 負けじゃない。

 負けていない。

 これは未来の糧にすぎない。

 ただ競馬ができなかっただけだ。

 まだ競馬を知らなかっただけだ。

 耐えがたい屈辱からが始まりだなんて、この世界に産まれた時からだ。

 何度だろうと、何度でも這い上がってやる。

 負けない。

 絶対に逃げない。

 『光』 を必ず見つけ出してやる。

 

 そしてラストファインは気付かないまま、濡らした顔を上げるのだ。

 朝を迎えて陽が昇る頃に。

 橋本が現れ、そして少し遅れて稲葉が顔を出し。 その前にラストファインは立つ。

 立ってまた前に脚を進ませる。

 振り返らず、振り返って、何処までも探し続ける。

 

 暗い暗い闇の中を、闇雲に彷徨いながら。

 ひたすらに光を求め続け、ラストファインはどこまでも競馬に真剣に向き合っていた。

 

 

 

 

 余談だが、ワイルドケープリはアメリカでの初戦、ペガサスワールドカップで珍しく抜群のスタートを決めた。

 ところが、わざわざ他の馬の居るところまで下がっていくのだ。

 ジョッキーである駿は僅かに動揺したが、ワイルドケープリに全てを任せてやりたいようにやらせて見た。

 

 ―――おらおら、どうだこら。 怖いか? おらどうだ、舐めんなこら。 あっ、おい待て、くそがっ、全然ダメじゃねぇかこの作戦!

 

 睨みつけてビビらす作戦を試したワイルドケープリだったが、相手に余裕のガン無視をされて睨みつけた分だけロスとなった。

 ヒートコマンダーという怪物を相手に、ワイルドケープリは途轍もない苦戦を強いられたのである。

 

 

 

 

 



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四話 風塵一路

 

 

       U 04

 

 

「―――後続は遅れているか、これは前が残る競馬になりそうです。

 先頭はヒッターシーンのまま最終コーナー。 その後ろ3頭並んで誰が抜け出すか。

 ヒッターシーン先頭、リードは二馬身、二番手にはマーリンシャトルか、ワースクラック、ラストファイン、その後ろは2馬身離れてプログラムハガー。

 内マーリンシャトルが抜け出しそうだ! ヒッターシーン粘る粘る、まだ粘っているがついに捕まった。

 ヒッターシーン躱してマーリンシャトルが先頭、ラストファイン、ワースクラックが後ろから追うが距離が足りない!

 マーリンシャトルだ! マーリンシャトルがクビ差制して勝利です! 二着はラストファインか、ワースクラックか並んでゴールしています、微妙な差です」

 

「くそっ……」

 

 レースを終え、砂塵を被ったゴーグルを外して、五良野騎手は顔を手で拭きながら悪態をついた。

 ラップが早くなった競馬で、最終コーナーを外付けで回す展開になった事に悔しさを滲ませる。

 速いラップで外を回る、それが不利となって直線勝てる競馬を負けてしまったことに、納得がいっていなかったのだ。

 ラストファインがスタート後、最初に内々に潜り込もうと動いているのを止めたのが悔やまれる。

 馬場状態を見て外を回るべきだと判断したが、結果的には裏目となって騎手が脚を引っ張る形になってしまった。

 稲葉厩務員がラストファインの口を取り引き歩くと、五良野は下馬して一言だけ口にした。

 

「すまなかったな……」

 

 ラストファインの首を叩いて、待機場所まで戻る五良野に、稲葉は少しだけ頭を下げて見送った。

 

 

      第四話   風塵一路 

 

 

 レースを走り、クールダウンを終えて馬房に戻ってきたラストファインは敗北を振り返っていた。

 なぜ上の人間は最短距離を走らない事を選ぶ時があるのだろう、と疑問を抱いたからだ。

 レースの無い普段の調教の日に、ラストファインは自分の背に乗ることが多い橋本の意思を読み取ろうと口へと意識を寄せる。

 すると他の馬が居る時と比べてその行動は容易である事に気付く。

 実際の競馬と調教では、意思の配分に余裕の差があった。

 競馬を重ねていき、理解を深めて行く中でラストファインは騎手の意図を読み取ること、そしてそれを実践することを覚え始めていた。

 今回、内を回る事を人間が嫌ったのは何故だろう。

 砂を浴びるのが嫌だったのか? 確かにあまり気持ちの良いものでは無い。 それとも馬群に入るのを忌避したのか。

 他の馬との距離が近いと何かあった時に道中のラップペースが崩れやすくなる。 それはラストファインも学んでいる。

 調教の広い馬場を単走で走りながら、マッサージを受けて蹄鉄を履き替えている最中、或いは陽の落ちた暗くなった馬房の中で。

 ラストファインは思考を止めなかった。

 レースと調教時ではまったくの別物であることをもう分かっている。

 身に着けた技術、知った事、競馬に勝つために何をすれば正解なのか。 どう最適解を導けばいいのか。

 ラストファインはとにかく言われた通りに沢山の事を考えて実践することを繰り返した。

 いくつの事を考えたのか、100も無いかもしれないが、とにかく沢山だ。

 分からないを分からないままに競馬を走れば負ける事に、ラストファインはもう気付いていた。

 知識を、理解を貪欲に欲す。

 勝つために。

 

「え、五良野ジョッキーが乗れない?」

「当日は川崎競馬で予定があるとのことで。 テキが次走は長い距離を使いたいっていうから日程は変えられないし、どうしたものかと」

「橋本がファインは長い距離の方が良いんじゃないかって言ってたんだよな、それでか」

「多分、距離延長した方が合ってると思うんだよ。 それでテキは何時戻って来るって?」

 

 橋本の声にカレンダーを捲って山田が指を揺らしながら指し示す。

 ワイルドケープリの次走がドバイワールドカップに決まり、そのままアメリカから現地へ輸送されることが決まっていた。

 林田巌は、一度園田にラストファインの様子を見に戻ってくるとのことだが、残念ながら日程的にはラストファインの次走に間に合いそうも無かった。

 気難しい面のあるラストファインだが、ワイルドケープリと違って騎手に注文を付けるタイプではない。

 とはいえ、ラストファインは身体が小さい。 馬体重も420~430kgがアベレージだ。

 乗り役は慎重に選びたいし、テン乗りは性格面から考えても出来るだけ避けたい。

 

「一応、五良野騎手が好意で後輩を乗せてはどうかっていう声を掛けて貰ってるんですけど、勝手に判断も出来ないですから」

 

 まだ4年目だが馬との折り合いをつけるのに才能があるとの触れ込みだった。

 ラストファインは競馬に真摯に向き合っている。

 特にレース前になると普段からは想像も出来ないほど落ち着いて、本番に備えるのだ。

 レース中になるとラストファインはかなり自我が強く、騎手としては御するよりも促せるやり方が出来た方が良いとの見解を五良野からは貰っている。

 稲葉は当然、ラストファインを担当している為全てのレースを一緒に見て、経験しているが確かに頷ける意見であった。

 

「なるほど……五良野騎手の伝手なら信用できるな。 連絡先は貰ったか?」

「はい、こっちです」

「場所は姫路だ。 園田じゃないからそこの連絡はしっかり頼む」

 

 稲葉から受け取った連絡先。 名前は東山幸次。 稲葉とそう変わらない、20を過ぎたばかりの年若い騎手であった。

 

「テキに連絡は入れておく。 許可が下り次第で東山さんに頼む前提で動いていこう」

「オッケー、そうしよう」

「分かりました」

 

 

「木枯らしの中、粉塵が舞い上がっています姫路競馬場。 その中で第3R、まもなく発走です」

 

 東山を鞍上に迎えたラストファインは、この乗り手が消極的なコミュニケーションを取っている事に早くに気付いていた。

 それは調教の場の時からそうで、基本的にはラストファインの意思が優先されている。

 どこか子供の頃に関わった人間と同じ感覚がして、ラストファインはあまり好きにはなれなかった。

 この日の姫路は砂が激しく飛び交っている。

 季節柄か、とにかく風が強く、成人男性の身体が泳ぐほどの突風が吹き荒れていた。

 

 スタートは珍しく、綺麗に揃って各馬が最初のコーナーへ殺到する。

 大外枠に入ったラストファインは自然と隊列後ろの方からの競馬となった。

 何時もとは違うスタートのゲートの位置、そして調教中から周囲に気を配っていたラストファインは距離の延長にこの時から既に気付いていた。

 前2頭の馬が一頭すっぽりと入れるように内枠を開けている。

 騎手の指示を待っていたラストファインだったが、次第に焦れて前に突っかけようと加速しようと思い始めた瞬間だった。

 前の二頭の内一頭が内に傾き、その前にいた馬が垂れてきてラストファインの目の前にいた馬の進路が消える。

 口の中で意思が動く。

 慌ただしい馬群の動きを尻目、外に回ってラストファインは内でもたつく群を抜き去って、コーナーを抜けた頃には中団後方にとりついていた。

 

 もっと前に居た馬の騎手が、仕掛けた罠だったのか。

 

 ラストファインはレースの最中に気付く。

 もしも焦って最初に内に潜り込んでいたら、コーナーで馬群に埋もれて体力を削られ、後方まま道中不利の中で脚を進めることになっただろう。 

 1週目の直線に入りラストファインは左右に首を巡らし、周囲を確認しながら自らのコンディションに意識を向ける。

 11頭中前には7頭。 先頭までそう遠い距離ではないが、ペースは落ち着いている。

 脚を抜く砂の入りが深い。

 大型のクルマがトラックに入るのを見ていた。 きっとあの時に砂を入れ替えたのだろう。

 首を沈めて加速する。 この砂の深さと自身の脚を計算すると、後ろからの競馬では間に合わない可能性が高い。

 ラストファインは決断すると中団からそのまま前に、ペースを上げて食らいついた。

 東山はラストファインの判断を邪魔することはしなかった。

 

 最後の緩やかなカーブに入り前目の馬を射程距離に捉えた時、東山から鞭が飛んだ。

 ラストファインの視界にゴールが飛び込んで、周囲の馬達の動きが慌ただしく動く。

 一番前で内を走る先頭の馬が、外に外にと遠心力を殺せずに膨らんでいったのが目に見えた。

 隣でスパートをかけている馬が乗り手の指示が飛んだのか、空いた内に飛び込もうとしている。

 調教で併走した事がある馬だ。 ラストファインは覚えている。

 トップスピードは殆ど変わらない相手で、外に回している余裕などない。

 風とコーナーでよれた馬の尻を目掛けて、ラストファインは躊躇いなく脚を踏み出した。 

 馬体が触れたかと思うほどの距離で先頭の馬を抜き去って、鬣を揺らし必死に脚を回す隣の馬と共に先頭に躍り出る。

 開けた視界に風が吹いた。

 強い木枯らしが、姫路の砂を舞い上げて。

 ダストストームが一際吹き荒れる馬場のど真ん中を突っ切っていく。

 負けない。

 絶対に逃げない。

 欠片の恐れすら見せず、ノイズとなっている砂嵐を視界から完全に消し去り、ラストファインの目にゴール板だけが映し出された。

 横の馬が目を細め怯む。

 

 ―――競馬をしなくちゃ、競馬には勝てない。

 

 ラストファインの横で一瞬の躊躇い……ほんの数舜、競馬に怯んだ馬との差が出来た。

 

「オウヤノムテキ、もたついて外に膨れた。 鞍上必死に持ち直したが、その間に空いた内からヒカリマサムネ、ラストファインも突っ込んでくる。

 砂嵐舞う姫路の直線残り200,後ろの行き脚が鈍い、後ろからは何も来ないか。

 マサムネとラストファインの二頭だ、二頭の争い。 内ヒカリマサムネ、外ラストファインの叩き合いだ。

 砂塵の中を突っ切って、どっちが来る。 ヒカリマサムネがやや遅れたか! ラストファインか、ラストファインとヒカリマサムネが同時に今ゴール! どっちでしょうか、僅かにラストファインが態勢有利でしょうか。

 いやしかし、凄まじい砂嵐です。 ゴールした後の騎手たちが、腕で顔を守っております。 

 おっと、結果が確定しました。 ラストファイン1着、7枠11番のラストファインが一着です。 二着はアタマ差、2枠3番ヒカリマサムネです。 3着はロイアイランド―――」

 

 

 風が砂を吹き飛ばし、ラストファインの馬体を激しく打ち付ける。

 他の馬達が顔を背けたり、首を振って馬場から逃げるように戻っていく中で、ラストファインは微動だにせず馬場の真ん中で立っていた。

 この激しい砂嵐の影響でスタンドに観客はほとんど居なかった。

 仕事で残っている厩務員や競馬場のスタッフを除いて、人の姿も殆ど見えずに閑散としている。

 場内アナウンスがたんたんと響く中、ラストファインは東山ジョッキーに促されてようやく脚を回す。

 稲葉が砂にまみれながら、白い歯を見せてラストファインを迎え入れた。

 初勝利の時に居た馬主たちの姿もまったく無かった。

 

 砂塵舞う姫路競馬場の中で掴んだ2つ目の勝利は、最初の勝利よりも小さな拍手と歓声で称えられた。

 

 

 

 7戦目を走り、園田・姫路での競馬でのランクが上がった。

 格付けはB2クラスとなり、今後も競争成績によって昇降することになる。

 ラストファインは知る由もないが、その昇級に最も喜んだのは担当の稲葉厩務員であった。

 物思いに耽る様に、ラストファインの馬房の二階、住まわせて貰っている自室でスマホを弄りながら次の予定表を眺める。

 負けるたびに落ち込んで顔を濡らし、その後に暴れて競馬にまっすぐ向かうラストファインを最も近くで見ているから、目に見える形で世間から評価が上がるのは嬉しかった。

 3歳なったばかりのこの時期に、2勝をしているのなら大したものだ。 

 そう、本当に凄い事なんだ。

 蹄を切る時には噛みついてきて、不用意に傍に近寄れば足を踏んでくるような暴れ馬だが。

 勝った時に勇ましく馬場に立って周囲を睥睨するように、周りを見渡す姿が雄々しく、とても美しい馬だとラストファインの事を思っている。

 特に2勝目を挙げた風塵の中で堂々としていた様子が、記憶に新しい。

 先ごろの競馬では馬群に取り残されて小さい身体を揉みくちゃにされ、体力を奪われてしまって6着で負けた。

 ステップアップした後の競馬ではいつもこうだ。

 散々に負けて、誰が見ても分かるくらいに顔を沈ませて閉じこもる。

 泣いて、暴れて、そしてまた立ち上がる。

 その際に稲葉には傷が耐えないが、痛みを我慢するだけでラストファインが次に勝ってくれるなら安い物だと思った。

 勿論、厩務員として一番大事なのはケガをしない事。 そしてその怪我の要因を出来得る限りで取り除く事だ。

 最近ではレース前に、自費で特注で頼んだ緩衝材を馬房に張り巡らしたり、怪我の要因になり得る小石などが混ざらないよう、寝藁を全て引っ張り出して完全な清掃を行っていた。

 勝てずとも、無事に完走してくれるだけでも、稲葉は目一杯ラストファインを褒め称えた。

 当然、レースのあった翌日は暴れまわるのが分かっているので、朝も夜もプライベートの時間を削って林田厩舎に顔を出してはラストファインの傍にいる日の方が多くなった。

 どうしてこんなに、自分がこの小さな馬に魅入っているのかは稲葉自身も分からなかった。

 初めて一頭の馬を最初から最後まで預かる、という責任感だけではないと思う。

 確かに嬉しかった。 馬の事を何も知らないで飛び込んだ世界で、最初は他の厩務員の手伝いをするだけで過ごし、手当が無い代わりに巌先生が特別に給与を出してくれていた。

 だから必死になって馬の事を勉強してきた。

 それでようやく、認めてくれたわけでは無いが一頭の馬を厩務員として担当させてくれるようになったから。

 だから嬉しいのは確かだった。

 進上金―――いわゆる、担当馬の勝利で得る収入―――が入るからか? 確かに収入が増える事そのものは嬉しい。

 担当した馬が競馬に勝ってくれることで年収に直結するのだから生活の上でも切実なことだと、一人の社会人として稲葉も収入増加は嬉しく思う。

 でもそれだけじゃない。

 目に見える形だけではなく、ラストファインという馬が好きなのかもしれない。 

 他の馬達と比べると愛着は一入だし、暴れている時はもっと割り切ってくれないか、と腹を立てることもあるけれど。

 思うのは。

 勝利以外を求めていない、この誇り高き馬が一つでも多く勝ち星を掴んで幸福になって欲しい。

 それだけはきっと、稲葉の本心に違いなかった。

 

 寄りかかった壁から打ち付ける音に、稲葉は落としていた顔を上げた。

 時間を確認すると、ラストファインの飼い葉を与える時間だった。

 食事の時間を覚えているのか、と感心しながら立ち上がって準備を始める。

 師である巌や先輩の山田から教えられた通り、ラストファインの為に考案された食事を混ぜ合わせ、適量を測って桶に入れる。

 準備を終えて馬房を覗いてみれば、ラストファインは外に首を出して空に浮かぶ太陽を見上げていた。

 

「ほら、ファイン。 飯だぞ」

 

 声を掛けたものの、中々こちらに顔を向けてこなかった。

 おーい、と桶を叩いたりしたものの、まるで居ないものとして扱われてしまう。

 食事を催促したのは向こうなのに……いや、時間に気付かなかった自分も悪いけど、と稲葉は頭を掻いて心の中でぼやく。

 息を吐いて、しばらく見守っていたラストファインから自室に戻ろうと思い始めたところで、ようやく顔を向けてきた。

 なんとも、この奔放さは身勝手なものでは無いか。

 ルドルフやテイオーといった往年の名馬のことは、正直に言って知らない馬で思い入れもないが、きっとこの様に傅く者たちを振り回していたに違いない。

 

「王様さん、食事の準備ができましたでございますよ」

「ブルル」

 

 鼻息を漏らされ、ラストファインはその場で首を振って肩を落とすように首を下げた。

 のそのそと近づいてきて、稲葉を覗き込むように顔を突き出す。

 ぶつかりそうになって、うおっとのけ反りラストファインを不思議そうに見つめ返してしまった。

 フンスと鼻息を漏らすラストファインに稲葉はゆっくりと顔を触ろうと手を伸ばし、その瞬間にラストファインが肩口をガチリと噛んだ。

 

「いだぁぁぁ! ちゃうでしょ! ご飯はこっちだよファイン! いだだだだ、痛いって!」

 

 しばらく甘噛み(とは言っても慣れている稲葉にしても涙が出る位痛い)をしてから、ようやく食事を始めたラストファインに稲葉は情けなく声をあげた。

 禁句である名前を思い浮かべてしまったのがいけなかったのだろうか。

 次のレースに向けてモリモリ食べ始めたファインを尻目に、稲葉はちょっとだけ出血した肩の治療をしに事務所へと引き上げて行った。

 

 

 

 春競馬。

 日本全域で猛暑が続き、晴れ日照りとなった為に、早々に夏バテを起こす馬達も多く出た5月の頃だ。

 組合馬主の定例会で、江藤オーナーは驚くことになった。

 久慈会長と、もともと江藤の考えに近く賛同を真っ先にしてくれた岸間社長がラストファインについて触れたのである。

 もっとも、育成牧場や生産牧場に輸送する際や所属厩舎の当てなどを探す際にも協力しあい、少なからず金を掛けているのだから気にすることもあるだろう。

 ただ、江藤も時折、自分自身の持ち馬のついでにラストファインに目を向ける事がある程度で、忘れている事の方が多いから余計に意外に思えた。

 

「いやいや、でもまぁ、どうも成績を見てみると芽があるんじゃないかと」

「そうそう、意外と頑張っていますよね。 この前、自分のラッキーハンター号を見に園田に向かったんだけど、その時にラストファインの方もついでで見てきて」

「ああ、言ってたね岸間さん。 なんか、あまり見てない馬の口取りに呼ばれちゃって居心地が悪かったって」

「そうなんですよ。 いやぁ、もっとちゃんと関わっていれば良かったなぁっと、あの時は思いましたね」

 

『―――ダメだ! 今日のペガサスは飛べない!』

 

 メインレースとなった競馬中継の画面をぼんやりと見ながら、ここ最近はラストファインの成績は追っていなかったな、と思い出して江藤は持ち歩いているネットパッドを開いた。

 勝ちと負けでは、圧倒的に敗北したレースの方が多いが、そんなのは何処の馬も同じような物だ。

 大事なのは勝っているレースで、その勝っているレースは昇級競争であることが殆どだった。

 お、と江藤は思う。

 特に直近の競争に2連勝しており、これで勝ち星は4つ。 

 負けている競馬でもしっかり掲示板に食らいついており、A3クラスまでもう一歩と言ったところである。

 

「いやぁ、このクラスまで上がれるなんて、しかも血統がヘロド系ですよ」

「僕の持ち馬より勝ってるなんて、複雑ですねぇ」

「うーん、凄いなぁ。 林田厩舎は、今飛ぶ鳥を落とす勢いに乗ってるかもしれませんなぁ」

「ワイルドケープリですよね、まぁ今日の天皇賞はアレでしたが。 ドバイワールドカップ凄かったですよ。 園田で一番名前が売れてる厩舎じゃないですか?」

「うんうん。 ワイルドケープリのレースは私も見ていて、感動しましたよ」

「はははは、そういう意味でもラストファインをもっと押し出しても良いかも知れませんね、この組合の宣伝になりますし」

 

 思わぬ話に転んで、江藤はラストファインを種牡馬に転用する話を飲み込んだ。

 確かに、所属している林田厩舎は今、園田で最も注目を浴びている。

 ワイルドケープリという名馬に付随して、ラストファインの名もネットでは時折見かけるようになっても来ていた。

 出走資格を満たした地方重賞あたりを一発取れれば、それだけでこの組合馬主の名も、先ほど岸間社長が言ったように大きく名を馳せるだろう。

 そうすればもっと大規模な活動に繋がるし、人との交流も増えて行く。

 江藤は皮算用をしながら、次走に関して岸間と久慈に相談という体をしながらラストファインの運用に口を挟んだ。

 少しでも勝率を上げる為、若手の東山ジョッキーから、地方競馬の騎手の顔としても知られる、ベテランの今村ジョッキーへと依頼することになった。

 

 

「橋本ぉ! 周りをうろつく記者共を追い返しとけ!」

 

 巌調教師の怒号が飛んだ。

 ドバイワールドカップを見事に勝ち、天皇賞(春)を走り切って、林田厩舎へと戻ってきたワイルドケープリの周辺はいよいよ騒がしくなった。

 園田競馬の運営関係者から一般の人間まで。 とにかく今まで何処に居たのかというくらい、人の波が押し寄せていた。

 度重なる輸送と激しいレースの影響か。

 ワイルドケープリは厩舎の馬房に戻る最中に跛行し、身体を怠そうに横に倒し、時折普通では見られない発汗を示した。

 馬に悪い影響がある、という建前で林田厩舎はその周辺から好奇心からワイルドケープリに関わる人々を完全に締め出し、その内実はワイルドケープリの状態の把握にてんてこ舞いであったのだ。

 

「テキ、周辺からは締め出しました」

「誰も居ないな。 報道陣は」

「大丈夫です、橋本と俺で確認しました」

「よし」

 

 巌が馬房の中で倒れ込むワイルドケープリに視線を向ける。

 中では医者と、駿がワイルドケープリの近くで身体を支えていた。

 

「後脚の関節が腫れあがってますね。 特に後肢のトモには負担が強く掛かっているのでしょう。 激しいレース内容もそうでしょうが、走法的に負荷がかかる部位です」

「山田、先生から処置の方法を良く聞いておけ。 橋本、事務所に行ってデータ印刷してこい」

「分かりました」

「それで先生、ワイルドケープリの競争能力に影響はありますか?」

「診療所で詳細の検査が必要ですが、経過が良ければ問題ないでしょう。 炎症の度合いで言えば、まだ軽度だと思います」

「運動は大丈夫でしょうか」

「当然ですが、すぐにはできませんよ。 運動の許可が出ても歩様に乱れがあればすぐに中止です。 

 まずは検査を行うために、明日から診療所の方へ輸送をお願いします。

 なんにせよ、3日~1週間は状態を見て完全な安静にすることを勧めます。 飼い葉に混ぜて投薬も行うと思うので専用の物を使ってください」

 

 馬医者の先生に見てもらい、診療所の検査によってワイルドケープリの病状は球関節炎と診断された。

 その後の経過診断では幸いなことに回復が早く、順調に復調を示していたが、秋までは休養に当てることが決定。

 巌は息子の駿と、ワイルドケープリの作戦の変更をするべきかどうかを真剣に話し合った。

 すなわち、得意戦法の末脚を活かした追い込みから、脚の負担を和らげる為に前目での作戦をするべきかどうかだ。

 歩く程度の運動に許可が出てから、ワイルドケープリは毎朝1時間、暮れに1時間の散歩を山田厩務員と林田駿によって行われ、ワイルドケープリに関しての話し合いが厩舎の事務所では夜遅くまで続けられていた。

 そんな中、まだまだワイルドケープリの人気は引くことが無く、園田近くの厩舎では人が多く集まるようになっていた。

 記者や報道陣、そして競馬ファン、中には競馬をまったく知らないが有名なレースを勝ったという馬がいるということで一般の方まで。

 時折馬房の外に出してリフレッシュしている姿をワイルドケープリが見せては衆目を集め、人々を喜ばせていた。

 

 ―――めんどくせぇな、早く俺のぐるぐるの次走を決めろってんだ

 ―――あぁそうだ。 あれお前、睨みつけ作戦はあんま使えねぇから気を付けろよ

 

 当の馬はそんなことをラストファインに愚痴を零していた。

 ラストファインは一体何をワイルドケープリが言っているのか分からなかった。

 それよりもワイルドケープリの身体の方が気になった。

 

 ―――バカが神妙な顔してんなよ。 調子が狂うだろ、ちび

 

 ラストファインの目には、そう話をしているワイルドケープリの馬体が何時もよりも小さく見えた。

 

 

 

 

  

 ワイルドケープリが戻ってきてからというもの、ラストファインに変化が見られた。

 そう感じたのは勘違いではないのだろう。

 稲葉はラストファインの様子をずっと窺ってきたから、ハッキリと分かったのである。

 ワイルドケープリが倒れて治療を受けている間、ラストファインはワイルドケープリのことをずっと見ていた。

 運動が再開されてからも、獣医の許可が出て次走がBCクラシックに決定しても、林田厩舎だけではなく園田に集まる多くの競馬関係者が騒ぎ出しても。

 ラストファインはワイルドケープリの背中をじっと見つめて、その様子を観察するようになった。

 

 それは競馬に関してもそうだった。

 相も変わらずにラストファインは負けては負け、負けながらやっと勝ち星を拾い、そしてまた負ける。

 それでも上等だ。 殆どの馬が拾えない勝ちを、ラストファインは必死になって手繰り寄せて拾ってくる。

 負けても一つでも着順を上げようと、ひたすらにゴールを目指して脚を掻き込む。

 その繰り返しの中で稲葉が生傷を負う機会はめっきり少なくなった。

 負けても、顔を濡らす事はあれど、暴れることが無くなった。

 せっかく稲葉が自費で用意した馬房に合わせた特注の緩衝材も、使う事が無くなった。

 

「ファイン……またワイルドケープリを見てるのか?」

 

 夏競馬の終わりに惜しくも2着で終わった翌日。

 園田の運営サイトからは着実に高順位を確保し、ポイントの到達したA1クラスへの昇格組にラストファインの名が載せられている。

 自分の馬房の中からワイルドケープリの背中を見つめるラストファインは、稲葉の声に顔を向けた。

 ふすふすと鼻から息を吐き、しばらく稲葉の手に頭を付けた後に、またクールダウンを行っている乗り運動最中のワイルドケープリの背中を追う。

 

 夏を越えた9月。

 園田に近づいてきた台風の影響に、調教を行うかどうかの判断が曖昧だった。

 馬場が使えるかどうかは分からないが、調教が出来る可能性は十分にあり、予定の入っている行動のまま行われることが夜半ばに決定された。

 稲葉は雨合羽を羽織って、ラストファインの馬房で準備を始める。

 調教をサボる事をしないラストファインは、どれだけ天候が悪かろうと素直に馬具の装着を済ませる。

 むしろ自分からせびるくらいの勢いだが、近頃はとにかく大人しかった。

 3歳の秋になって、精神が成長したのだろうか。

 それとも隣の馬房にいた、ワイルドケープリがいよいよBCクラシックに挑戦するとなって、アメリカへと輸送の為に移動したからだろうか。

 

 ラストファインが装具を済ませて稲葉に連れられて外に出ると、台風の威勢と風雨はいっそう激しくなり、厩舎の建物を揺らして掲げられた看板が風に煽られて音を立てる。

 踏みしめた脚からは水が跳ね上がり、ラストファインの馬体に角度の付いた雨粒が叩きつけられた。

 転がっていく誰かが捨てたポリ袋のゴミが道路を横切っていって、建物に貼られた何かのポスターが剥がれ千切れて飛んでいく。

 ラストファインは稲葉と共に何時も走っている調教場へと脚を運ぶ。

 一歩踏みしめて、まっすぐに。

 一歩踏みしめて、嵐の中を淡々と歩む。

 ワイルドケープリが天皇賞(春)から戻ってきて、目の前で倒れ込んだ時のこと。

 ラストファインには衝撃となって記憶に刻まれた。

 追っていた背中がそのまま消えて行くのではないかと思うほど、小さく収縮を繰り返し、息を吐くたびに身体を震わせていた。

 あの、ワイルドケープリが無様を晒すなど。

 ラストファインは大雨の中をゆっくりと歩く。

 かつて稲葉がそうしてくれたように。 筋肉とバランスに意識を割きながら。

 

「こりゃ駄目じゃねぇか? すげぇ風と雨だ」

「いやぁ、でも中止の連絡は貰ってないから。 あ、こっちは連絡来たみたいだ」

「お、こっちもだ。 良かったなぁ、厩舎に帰るぞ」

「林田さんとこはまだやるのか?」

 

 園田競馬を走る全ての馬達が拒絶や難色を示す天候の中、殆どの厩舎で中止の判断が下される。

 陽も登っていない分厚い雲の下で。

 暗い闇の中。

 ラストファインは泥だらけの砂の中を走る。

 風を切って泥をかぶり。

 たった一頭と一人。 ラストファインと稲葉は馬場の真ん中で風雨の中を駆けた。

 

 ハミを通して意思が宿る。

 ガッチリと噛んでラストファインは身体を躍動させた。

 今よりも、今よりももっと。

 強くなるために。

 速くなるために。

 いつかどこかで、ワイルドケープリが夜、掛けてくれた声を思い出す。

 

 まだ頑張れよ。

 まだ踏み堪えろ。

 背中を追っているんだ。

 幻なんかを追うなんて絶対にしたくはない。

 何時までも足踏みしていたら、もう届かなくなる。

 脚を踏み出せ。

 脚を踏み出すんだ。

 言っただろう。

 ワイルドケープリを追い越すんだ。

 ワイルドケープリに競馬で勝つんだ。

 光のある場所を知っている。

 まだ。 まだ。

 進め、進め。 誰よりも真っ先に駆け抜けて。

 台風の目すらも切り裂いて、その先にある光を俺は手に入れるんだ。

 時間がないんだぞ。

 時間が足りなくなる前に。

 孤独も悲しみも、暗い夜も、もう十分だ。

 

 追いついて、追い越してやるんだ!

 

 2000mに及ぶ泥濘を駆け抜けてラストファインは稲葉の手綱に引かれて脚を止めた。

 稲葉の携帯に調教の中止の連絡が、今頃になって入ってくる。

 

「ファイン、帰ろう。 終わりだ」

 

 突風が泥をはね上げて。

 馬も人も居ない園田競馬場を風が揺らす。

 その黒と灰色の景色に満たされた世界をラストファインは見渡した。

 何も無い景色を目に焼き付けて、風と雨の中をじっと立って。

 

 もう敗北に首を下げる事は止める。

 羨望に顔をそむける事も。

 踏み出す脚に恐れを抱くな。

 見ていろ。

 どんなに遠くても、必ずこの脚で掴んで見せる。

 

 

「異常なラップで引っ張っているのはクリムゾンカラーズだ! クリムゾンカラーズが先頭、殆ど変わらず追走するヒートコマンダーと競り合ったまま直線に入っていく!

 その後ろから来たぞ! 来たぞ! 来たぞワイルドケープリ! ワイルドケープリ届くか! 後一馬身!

 ヒートコマンダー差し返す、これがアメリカ三冠馬! クリムゾンカラーズ先頭だがヒートコマンダーも負けていない!

 ワイルドケープリ伸びてきた! 一完歩! 一完歩伸ばして並ぶ! 三頭並んだBCクラシック、日米の意地が激しくぶつかり合う、叩き合いだ!

 頑張れワイルドケープリ! クリムゾンカラーズか!? アタマが出たか!? ワイルドケープリ食らいつく!

 三頭並んだままだ! これはどっちだ!? 三頭ままだ! 並んだままゴール板を通過したぁ! 

 最強古馬のクリムゾンカラーズか! アメリカ三冠馬ヒートコマンダーか! それとも、日本の園田から産まれた世界のワイルドケープリか!!」

 

 

「中央から転厩してから初めての園田競馬、フィールドラインが捲って上がってきた! 上がってきたが4角回って先頭入れ替わったか!

 ラストファインだ! コーナー抜け出して内ラチギリギリを素晴らしいイン突き! ベテランの鞍上今村、乗り代わりもなんのその、作戦がバッチリ決まったのか!

 一気に差を広げて直線先頭に立ったのはラストファイン! 二馬身、三馬身と差を広げる! 後続は間に合うか!

 少しよれたか!ラストファイン! 最後方から凄まじい脚で中央馬のフィールドラインが突っ込んでくる。

 ラストファイン粘るか! 粘れるか! 二番手ランディングスルー必死に追いすがる! フィールドラインの末脚が鋭く迫ってあと一馬身前を追う! 残り100を切った!

 ランディングスルーも外から伸びる。 フィールドライン突っ込むがっ! 外二頭が必死に追っているがラストファインには届かなぁぁい! 

 ラストファインだ! ラストファインだ! 粘り切ったぞ、血統の証明~~~! ラストファイン一着!

 園田競馬に復活した、3歳重賞コウノトリ賞を見事に制したのは血の復古を告げにきたラストファインです! 地方重賞を初制覇です!」

 

 

 見事にBCクラシックを勝ち切って、林田厩舎に戻ってきたワイルドケープリは心身を枯らしていた。

 全身の疲労が判るように身体を鈍く動かし、ラストファインから見れば歩様すら乱れていた。

 ガレきった馬体で、気怠そうに馬房の中で過ごしている。

 そんなワイルドケープリは連日多くの人間に囲まれて、称えられている。

 酷くやつれているのに、周囲の人間は明るく輝いているワイルドケープリを褒め讃え、周囲を照らしていた。

 ラストファインはそんなワイルドケープリを一切視界に入れずに、まるで無視をするように見ることをしなかった。

 稲葉に連れられて、園田の砂の上に立つ。

 ただただ次走に備えて、自らの身体を作っていく。

 次のレースに勝つために、思考を巡らす。

 競馬で勝たねばならないから。

 競馬が出来る時間が限られているから。

 負けない。

 絶対に逃げない。

 追い越さねばならない太陽に、この脚が届くまで。

 

 ―――さぁ、次の俺の勝利はどこだ。

 

 調教の場で一頭、風塵を浴びてラストファインは馬場をひたすらに駆け抜けて行った。 

 

 

 

  

 



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五話 辿り着く

 

 

      U 05

 

 

 年を越えてワイルドケープリは9歳。 ラストファインは4歳を迎える。

 林田厩舎では新年の挨拶として、二頭と共に祝賀をスタッフ全員で迎えることにした。

 厩舎のトップ、林田巌が新しく仕入れた厩舎専用の全員分の帽子を抱えて。

 林田駿は、妻の林田美代子を伴ってバイクで自宅から厩舎の前に。

 厩舎の二階で済みこんでいる稲葉と山田は事務所でそんな二人を出迎え。

 ワイルドケープリの稼いでくれた進上金とボーナスで、念願の一軒家を買ったばかりの橋本が、二人の子供を伴って。

 事務所の前で集まった10名に満たない林田厩舎の面々が、前年の躍進と今年の無事を祈って一所に集う。

 

「じゃ、親父。 頼むぜ」

「おう、新年あけましておめでとうございます。 今年もよろしく頼む!」

「おめでとうございます!」

「よろしく!」

「よろしくお願いいたします!」

 

 高々と掲げられた清酒の入ったグラスを、林田駿以外の全員で天高く掲げる。

 駿は違反になってしまうので、酒は遠慮して代わりにBCクラシックのトロフィーを事務所から取ってきて掲げていた。

 人間たちは何をやっているんだ。

 普段とは違う様相に馬房の外に出されたラストファインは、そわそわと落ち着かなかった。

 ワイルドケープリは何時も通り、新年でも変わらない空をぼんやり見上げている。

 

 ―――まぁそんな気にすんな、ちび。 ニンゲンは時折、合理的じゃないことで仲間内の結束を深めるもんだ

 

 何時もよりもリンゴが多く豪華になった飼い葉に口を付けながら、ワイルドケープリは教えてくれた。

 それまで人参などのおやつを貰ったことはあるが、果物はワイルドケープリのついでにリンゴを食べた事があるくらいだった。

 見たことも無い色とりどりのフルーツの入った飼い葉桶に、ややあって口を付ける。

 う、うますぎる。

 ラストファインの口内に幸福が広がった。

 

 ―――大袈裟だな……お前

 

 隣で呆れたように呟くワイルドケープリの声などまったく聞こえず、ラストファインは何時もよりも早く飼い葉を食べ終えて物足りない顔を向けていた。

 

 

 

      第五話  辿り着く  

 

 

 

 ラストファインの主戦騎手が定まらない。

 稲葉はその事に少し不安を抱いていた。 事務所の中で園田に所属するジョッキー一覧を眺めながらぼやく。

 最初に乗ってくれた綾乃ジョッキーは園田から川崎に転籍して、園田を中心に走るラストファインに乗る事は難しい。

 五良野ジョッキーは園田以外の競馬でも名が売れ始め、南関東を始めとした地方重賞に引っ張りだこだ。

 ラストファインの所有者である組合馬主は、東山ジョッキーを始めとした経験の薄い騎手を起用することに難色を示している。

 そして、コウノトリ賞を勝ってくれた今村騎手は、昨年度一杯で現役生活を終えた。

 年末のA1競争、関西うどん飯屋盃をオユワリハンマー、ヒカリマサムネと競って2着で終えたラストファインは、今村騎手から評価されている。

 

「いいね、ラストファイン」

「え?」

「林田さんとこはワイルドケープリが居てみんなそっちを賢い賢いって言うけどね、この子も凄いアタマが良い。 競馬に関しちゃ、ファインの方が賢いかも」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「謙遜や世辞じゃないぜ、覚えておくと良いさ」

 

 騎手の事に関してだけは、稲葉はワイルドケープリが羨ましかった。

 厩舎の専属騎手の駿がついて、山田厩務員と共に馬と人が一丸となっているから。

 事務所の蛍光灯がチカチカと明滅する。

 椅子に腰かけて天井を見上げ、その明滅する光を稲葉をしばしぼんやりと眺めた。

 遠巻きにその姿を見ていた橋本が、事務所の外で何処かに電話をかけていた。

 

 

 

『直線向いた根岸ステークス。 先頭はクジェイル。 ピンクの帽子ブリードリーンが不気味に前へ迫ってくるぞ。

 その後ろに二頭並んでピライアロンド。 ネイヨングッド。 大外からホワイトシロイコが良い末脚で気持ちよく伸びているぞ。 人気しているクロスリカードは後方でまごついている! クロスリカードは沈んでいる!

 クジェイル突き抜けた、突き抜けた。 ブリードリーンを突き放して二馬身広げる!

 だが外からホワイトシロイコが迫る! ホワイトシロイコが迫ってくる! ホワイトシロイコ届くか、念願の中央重賞制覇なるか!

 クジェイルとホワイトシロイコ! クジェイル! ホワイトシロイコ! クジェイルか! ホワイトシロイコか! 殆ど同時に駆け抜けたがホワイトシロイコが僅かに前だー!』 

 

「岸間さん、ちょっと良いかな?」

 

 メインレースを観戦してリラックスしていたところに、ラストファインを所有する馬主協会、久慈会長から声を掛けられた。

 岸間は頷いて席を立ち、用意された個室へと移動して椅子に座る。

 

「ラストファインのことだけどさ、交流重賞に出してみないか」

「ああ、ラストファイン。 去年、なんでしたっけ」

「コウノトリ賞だよ。 地方重賞勝っただろう」

「そうそれだ。 よく覚えてますね」

「昔は園田のコウノトリ賞で良く馬券を掴んだものだからね、まぁその話はともかく」

 

 江藤オーナーは、もう既にラストファインが出した結果に満足仕切であった。

 ついこの間の定例会で、そろそろ引退を視野に入れたいとの話を向けられたのである。

 しかし、久慈の考えは少し違った。

 血の保護を目的に購入はしたが、今や協会所有の馬で最も勢いがあるのがラストファインである。

 あのダートGⅠ最高峰の舞台といって良いBCクラシックを見事に勝ち取ったワイルドケープリが所属して、園田だけではなく日本競馬の中心の一頭となった馬が居る事で林田厩舎の注目度はべらぼうに高い。

 ラストファインが地方重賞を勝ち取ったことも、ネット上では話題に上り、久慈の目に触れる事も多々あった。 

 世間からの注目が非常に高いのだ。

 なにより、シンボリルドルフ・トウカイテイオーの往年の名馬を応援していた層が、ラストファインに情熱を傾け始めている。

 その中に久慈も含まれているのは、その心情からいって否定できない。

 岸間はその話に同意するように頷いた。

 

「引退させるのは確かに収まりが悪いかもですね」

「それでだ、協会で顔の利く岸間さんに声掛けしてもらいたいんだよな」

「うーん、ラストファインに関しては殆ど江藤さんに任せきりだったんで、少し申し訳ない気もします」

 

 とはいえ、久慈会長の感情も分かる、と頭を悩ませた。

 あの皇帝・シンボリルドルフをリアルタイムで観戦した事がある、久慈会長自身がラストファインに期待を寄せ始めている。

 馬主歴も実際に生きた年齢も一回りは違う久慈会長は、岸間にとって大先輩であった。

 岸間の本音はどちらかと言うと、意見は江藤オーナーよりだ。

 購入した目的をブレさせるのもどうなのか。

 しかし、組合馬主としてメリットを考えるとラストファインが勝てば勝つだけ、名誉と展望が開けるのは確かだ。

 事実、去年の暮から組合馬主となった所属馬主が4名も増えている。

 人の数が馬を買う原動力であるこの形態、どれだけ所属する協会員が居ても満ちるという事はない。

 

「交流重賞ってなると、直近は……えーっと」

 

 ネットパッドを開き、岸間は纏めてある重賞一覧の項目に視線を這わせた。

 ダートGⅢ。 マーチステークス。

 今村ジョッキーが引退したから、その辺も話し合いたいと横から口を出される。

 久慈会長が岸間の座る椅子の横に立って、画面を覗きながら。

 もしもラストファインが中央重賞に勝ったら、とんでもないことになるな、と岸間は汗を掻いた。

 

「実は、伝手を頼って少しラストファインについて進めている話があるんだ」

「これ以上まだあるんですか? 僕より全然顔が広いじゃないですか、会長」

「はははは、いやたまたま、ね。 ラストファインは私たちが思っている以上に、世間で話題になっているってことだ」

「それで、進めてる話と言うのは?」

「転厩の話があるんだ。 ラストファインの今後や林田さんとことの兼ね合い、他にも色々とあるが、話が出たら前向きに考えてくれるって返事をもらった」

 

 岸間は驚いた。

 園田に限らず地方で転厩の話が出るのは珍しい事ではない。

 中央からも頻繁に移籍して競争生活を続ける馬の話は、どこに居たって聞く話だ。

 しかし、今、林田厩舎ほどの勢いがあるところなんて一体どこに―――と思った所で岸間は気づく。

 

「まさか、中央への転厩ですか?」

「そう、ほら、デイビショップのところの満司調教師がね。 知ってるだろ?」

「うっそでしょ」

 

 今日だけで何度驚かしてくれれば気が済むのだろうか、と岸間は口を開けたまま久慈を見つめた。

 開きっぱなしだったネットパッドの画面から、通知音と共にメールが届く。 岸間が顔を向けて確認すれば江藤オーナーからであった。 

 何と言うタイミングだ、と思いながらメールの内容を見ると、次走と騎手の変更についての相談だった。

 

「おお、凄いじゃないか」

 

 久慈の声が響く。

 メールにはJRA所属の牧野晴春ジョッキーの名が、記載されていた。

 丁度良い、と岸間は江藤に、そのまま返信のメールを送る。

 次走をマーチステークスにする提案と、転厩の話だ。

 久慈は笑って頷いていた。

 これが、ラストファイン所有の組合馬主を紛糾させ、運用について協会が真っ二つに割れる原因となると知らず。

 メールが転送された。

 

 

 

 ラストファインの次走は、中央重賞、中山で開催されるマーチステークスとなった。

 ワイルドケープリの高松宮記念への挑戦は、中京競馬場で開催される。

 日程が重なっている為、林田駿と山田は中京へ。 林田巌と稲葉が中山へと向かう。

 まだ予定の段階でしかないが、ラストファインの予定も協会の方で地方・中央の重賞レースを中心に決められていた。

 事務所でデータの打ち込みをしている橋本に、予定票の整理を行っていた巌のもとに電話が鳴り響く。

 

「テキ、既走馬の転厩について相談したいと電話が」

「またか、多いな」

「えーっと、どうしますか?」

「どうするもこうするも無い。 ウチはラストファインで最後なんだ。 断っておいてくれ」

 

 手を止めて、巌は息を吐いた。

 ワイルドケープリの活躍と比する様に、またラストファインの躍進からこういった電話は頻繁に来るようになった。

 特に多いのは今回の様に中央馬が園田に転厩する際、林田厩舎を希望する声が多くなったのである。

 ワイルドケープリは最早GⅠ5勝馬。 

 日本念願のBCクラシックのトロフィーも持ち帰ってくるという偉業も果たし、9歳の今年も走るとあって名が売れ過ぎたのだろう。

 今はもう懐かしい、柊 慎吾オーナーと会合した時に決めた、ワイルドケープリが行けるところまで行く、という約束。

 まだまだ走る気が萎えないが、引き際は考える時期に差し掛かっただろう。 

 林田巌は、ワイルドケープリが名馬になることを確信していたが、過分にすぎる活躍に目を眩ませてしまうくらい突き抜けた馬だった。

 だからこそ、引退の時期を見誤るわけにはいかない。

 逆にラストファインを中央へと転厩させる話も伺ったが、この件に関しても巌はすぐには頷けない。

 ワイルドケープリとラストファインは互いに互いを意識している。

 経験上、離して良い影響があるとはどうしても思えなかったからだ。

 

「テキ、江藤オーナーからです」

「あ? ああ、こっちに内線を回してくれ」

 

 帽子をかぶり直して巌が電話を受け取ると、ラストファインのマーチステークスの出走を取り消すと穏やかではない声色で江藤オーナーから告げられた。

 用件だけを叩きつけて電話を切るような、少し尋常ではない様子が伺える。

 巌は呆気に取られながら、しかしと首をホワイトボードへと向ける。

 出走を取り消すことは出来るが、既に追切を終えてラストファインは次走に向けて絞り切ったばかりだ。

 今回は馬主の意向に従って、中央重賞に焦点を合わせてきたから余分なレースを使わずにメイチで仕上げている。

 稲葉厩務員から状態の好調さは聴いているし、実際に巌の目にも勝負できるくらいの状態に持ってこれていると確信している。

 せめて代わりの番組くらいは用意しなければ。

 出走登録を出来そうな目ぼしいレースを探そうと、資料を引っ張り出したところで改めて事務所の電話が鳴って、今度は巌自身が受け取ると、相手は久慈オーナーであった。

 

「え、マーチステークスには出走させる? えっと、どういうことでしょうか。 たった今、江藤オーナーから取り消しの電話を頂きましたが」

 

 その後、岸間や他の組合馬主の者たちからも連絡が来て、混迷することになった。

 埒が明かないと、巌は一度しっかり話し合いをしてラストファインの事について会合しようと提案。

 マーチステークスまで日が無い為に、出走するにしろ取りやめるにしろ、馬運車で中山競馬場近くの外厩までラストファインを送り、出走の是非を決める席に向かう事になる。

 出席した巌が纏めたところ、代表所有者となっている江藤オーナーは最初に取り決めた事を反故にするやり方は後に尾を引くことも危惧して、決められた通りに種牡馬に転用すべきと主張していた。

 対して久慈オーナー側についている意見では、いずれ等と言う前に、既にヘロド系の代表として大成しつつあるラストファインは重賞を狙ってレースに出走すべきと反論していた。

 江藤オーナー側と久慈オーナー側とでは意見が真っ向からぶつかってしまっていた。

 組合馬主という、一つの団体の中で真っ二つに意見が割れていた。

 ワイルドケープリを除いて、今まで見て来た馬の中でも、かなり成績の良いラストファインに対して、巌はまだまだ勝ち負けできるとは思っている。

 しかし地方重賞ならばともかく、中央重賞に勝てるかと言われれば安易に断言はできなかった。

 成長は著しい。

 ワイルドケープリの背を追っていた頃に比べれば、競馬そのものを覚えて身体も心も、最盛期を迎えていると言っても良いだろう。

 席を外して、トイレの中で巌は難しい顔をしながら考え込んだ。

 ラストファインの今後に直結する会合だ。 基本的に馬主の意向に沿うのがやり方だった。

 だが、ラストファインの将来を真に憂うのであれば、走らせてあげるべきだ。

 やる気になったワイルドケープリ以上の気概を、ラストファインからは感じるからだ。

 馬の気を、人間が削ぐのは避けるべきだ。

 馬そのものが死んでしまいかねない。

 

「……あまり大口をたたくのは、性では無いんだが……腹を括るか」

 

 非常に言葉を選んで、オーナー達を刺激するのを最大限控えながら、巌はハッキリとラストファインは中央重賞でも勝負になるだろうと口にした。

 

 

 

 

 

「先輩、もう来てたんですね。 俺の方から迎えに行こうと思っていたのに」

「よう牧野。 まぁ今回はこっちから声を掛けたからな」

 

 先輩ジョッキーである林田駿に、食事に誘われていた。

 個人的な親交も目的の一つだが、それ以上にラストファインに跨る事になった経緯故に、この一席を設けられたのだろうと分かっている。

 かつて思いっきり拒否をされた馬に余り良い思い出はないのだが、ジョッキーとして先輩であり恩師でもある駿のお願いに牧野は首を縦に振ってしまった。

 挨拶もそこそこに、予約をしていた寿司屋の中に入っていく。

 ほどほどに酒も進んで、牧野は大きく息を吐き出しながら畳の上に横になった。

 

「おいおい、呑み過ぎたんじゃないか。 今週もレースだろ、減量辛いぞ」

「良いんすよ、減量は。 そんなの関係なく呑みたくもなります。 先輩は~、去年は一杯GⅠ取ったじゃないですかぁ。 俺は一個も取れないのに!」

「散々、重賞は獲ってるじゃないか。 そもそもお前、GⅠジョッキーだろ」

「何時の話してるんすか! あーっもう、何でGⅠだけは全っ然、取れねぇのかなぁぁ~~~」

 

 牧野晴春はGⅠジョッキーだ。 14年前に安田記念を僅か20歳の時に征して、一躍若手筆頭としてJRAが持ち上げる位に劇的に勝利を収めた。

 素質馬が集まって、牧野晴春というジョッキーは天才だ、などと持て囃されて、すぐに次のGⅠも手中に収めると当時は自他共にそう認識していた。

 ところが、現実は甘く無かった。

 GⅡ・GⅢといった重賞は勝てるものの、本番のGⅠになると勝てなかった。

 最初の数年は、あの時の安田記念が出来過ぎただけだった、と余裕もあったが、10年を越えれば焦りもでる。

 牧野じゃ無理、下手をする、二流、などという心無い言葉もネットで牧野自身が見てしまっている。

 騎手としての成績は決して悪くはない。 むしろリーディングでは30位以内に毎年顔を出しているから、上から数えた方が早いと言える。

 だが、GⅠが勝てない。 乗鞍を貰えるチャンスも、10年以上続ける中で素質馬も頂いているのに、GⅠに勝てない。

 世間じゃGⅠの牧野は買うなと囁かれている事も知っている。

 暫し自身の成績をぼやいていたが、徐に身体を起こし、マグロを食べる林田駿と向かい合う。

 

「まぁ、俺がGⅠジョッキーになれたのは、全部ワイルドケープリのおかげだから、俺が誇れるものじゃないさ」

「凄い馬っすよね。 なんか運命の名馬! みたいな感じで。 先輩が競馬japanで話してたの、この前見ましたよ」

「ん、ああ、あれか。 いや、何時もは見ている側だったから、何と言うか……何とも言えない気分だったな」

「わかるー! 俺も何度か出てますからね。 自分ってこんな態度や仕草してるんか、とか緊張しすぎだろって画面越しに見えて、あれ滅茶苦茶恥ずかしいんすよね」

「本当にな。 もう二度と自分が出演してる所は見たくないな」

「先輩もガッチガチでしたしね。 笑えましたよ」

「くそが、もう二度と出ねぇ」

 

 日本酒を仰いで、駿は息を吐いた。

 

「……牧野、ファインの話を受けてくれて助かったよ。 うちの最後の一頭だ。 頼むぜ」

「ファイン……なんか、揉めてるって噂聞きましたけど……」

「ああ、オーナー方のほうでバタバタしてたぜ。 でもマーチステークスの出走は、ちゃんと決まったみてぇだ」

「ええ、まあ。 受けたからにはちゃんと乗りますよ……」

 

 同じく酒を呑みほした牧野は、だらしなくテーブルに体重を預けて空になったビンをぼんやりと見つめた。

 追切、そしてその前にラストファインの調教に実際に乗ってみた牧野の所感は、それほどの手応えを感じなかった。

 いや、ハッキリと言ってしまえばラストファインに期待できる所はまるで無かった。

 乗り味という意味では馬体が小さいこと、走法が他の馬と比べてかなり身体を沈ませて走ることから騎乗にはコツが必要だと思った。

 実際に走らせると折り合い面でも難しいところがあると、牧野は思う。

 なにより馬の我が強い。 乗り手の指示に逆らうというよりも自分の意思を優先する癖が見受けられる。

 主流の血統からは外れているせいか、ジリ脚気味の気質。 瞬発力には期待できないので自然と前目の競馬を目指すことになるし、好位置に入れなければ厳しい展開になるだろう。

 これまでのレースの映像を渡してもらい、全て牧野は振り返って拝見させてもらったが、脚質を無視して中団に控えることも多い。

 作戦というより、どちらかというと騎手が折り合いを欠かないよう、ラストファインの気質に合わせて戦法を選択しているように思えた。

 中央の重賞で勝負になるかというと、展開が向けば、という前提でなんとか上位に食い込めるかもしれない、と言った感覚だ。

 あくまで牧野自身がこれまで積み上げてきた経験と実見であり、どうなるかは分からないが。

 

「ああ、馬を信じてやってくれ」

「……何か先輩、競馬japanでもそうだったけどアメリカから戻ってきてから、調教師の先生みたいなこと言い出しますよね」

「そ、そうか? そんなに老けてるつもりはないぞ……」

「いや、なんかこう、雰囲気っていうかさ。 まぁいいや、乾杯しましょ乾杯! すみませーん! 日本酒一つ追加で!」

「何に乾杯するんだよ」

「そりゃ、先輩の高松宮記念と、俺のマーチステークスの先祝いっすよ。 勝ちましょう!」

「ははは、良いな。 乾杯しよう」

 

 言われて駿は苦笑しながら、カップを持ち上げる。

 牧野は勢いよくそれに合わせて勝利を願って祝い酒を飲み干した。

 

 

 パドック、本馬場入場、返し馬と。 地方では見られないほどの大観衆の中でラストファインは落ち着きを見せていた。

 牧野はどっしりと構えているラストファインに感心しつつ、待避場からゲートへと向かう。

 本来、馬は臆病な生き物で、環境が少しでも変わると飼い葉の食いも悪くなったり、物見が激しくなって新しい馬場で走る時に本調子を発揮できないことがある。

 しかし、この馬はただただ走る事に集中できていた。

 すんなりとゲートにも入り、じっと開くのを待つ。

 手綱を緩め、持ち手を掴んだり、開いたりしながら牧野はふっと息を吐いて自身の集中を高めた。

 

 ゲートが開く。

 出来るだけ前に行きたい牧野は、スタートからラストファインを追い出し始めると、調教では見せた事の無い機敏な反応で前へと脚を進めた。

 ぞわり、と牧野の背筋が震えた。

 調教付けではまったく感じた事の無い、異常とも思えるほどの操縦性。

 この馬は。

 内へと寄る指示を送って周囲を見渡す。

 コーナーに入る際には、牧野も驚くほどの角度でギリギリを切り込んで最短を目指していく。

 この馬は。

 この馬は、そう多くない数回の騎乗で間違っていると牧野が教えた事を、この短期間で全て吸収している。

 乗り変わってきた騎手の多さが、順応性を高めてきたのか。

 20戦もの競馬を集中して学んで来た経験が、その小さな馬体に詰め込まれているとでも言うのか。

 重賞のレース中であることすら忘れて、調教と追切だけに乗った牧野は、その乗り味の劇的な変化に驚きを隠せなかった。

 気を取られる中、ラストファインの前三頭が激しく先頭を争う中で、内外に挟まれた馬の行き脚が鈍った。 

 いち早く気付いたのは牧野ではなく、ラストファインだった。

 内に刺さりながら垂れてくる馬を、外に身体を向けて颯爽と交わしていく。

 しかも、ラストファインの後ろから捲ろうとペースを上げた後方の馬の進路をふさぎながら。

 ラストファインのすぐ真後ろの馬がつんのめって減速する。 その後ろも巻き込まれるように隊列が乱れていた。

 違反には絶対にならない、絶妙なタイミングと抜け出し。

 前目に集中したいと思っている牧野の意思を完全に汲み取ったような、そんな展開。

 騎手の意思を汲みとる速さ、レース全体のコントロール、展開すらも自分で作り上げようとしているのか。

 この馬は……この馬は。

 この馬はとんでもないぞ。

 牧野は鞭を左手から右手に持ち換えて4角に差し掛かる。

 理想的な展開で直線を迎えて、鞭を走らせる。

 前へと真っすぐに向かう意思は、ぐっと深く深く沈み込んだラストファインの馬体に現れて、むしろ牧野の方が追いつかずにバランスを崩してしまう。

 直線、逃げ馬の前3頭をしっかりと捉えるも、後方から差し込んできた馬群の一団に飲み込まれて、ラストファインは5着でマーチステークスを終えた。

 ラストファインから下馬した牧野の手は、疲労とは違う、若干の震えを見せていた。

 

 

 馬主席で江藤オーナーは鼻を鳴らして若干に不服な面持ちで肩を竦めていた。

 勝負になると言うから頷いたものの、直線で見せ場なく飲み込まれてしまったからだ。

 久慈会長を始めとして、数人の者たちが惜しかったと声を掛け合っている。

 だが、これで面目も立ったはずだ。 中央交流重賞にて掲示板に載った。 ああ、素晴らしい。

 その成績は手放しで称賛する。 それに江藤は否応もない。

 だが、これ以上は望むべくもないだろう。

 

『今日は下手な競馬を馬ではなく私の方がしてしまいました。 乗り替わったばかりというの有って、ラストファインという馬の事をまだ、分かっていなかった。

 ですが、次につながる手応えは確実につかめたと思います。 次走はもっとやれますし、勝ち目があるかなと思います。 またこの馬に乗りたいですね』

 

 中継からラストファインに騎乗した牧野騎手のリップサービスだろうインタビューが流れる。

 江藤は冷めた心でそれを眺めていると、岸間から声を掛けられた。

 

「江藤さん、ラストファインは残念でしたね」

「ええ、まぁ。 私は無事に完走してくれれば、後はもう良いんですけどね」

「まぁ、それはそうです。 私もどちらかというと江藤オーナーの考えに近いので」

 

 岸間は江藤の掲げる血統の保護、という面よりも、組合馬主の取り決めを翻す面において危惧している。

 今後のラストファインの動向は、春競馬の間は中央交流重賞を予定している。

 夏、そして秋からはまた話し合いということになっているが、いずれにせよ年内一杯で引退する、という取り決めを協会で話し合っており、これはもう決定事項とされていた。

 その間に結果が出れば、それはそれで良い。

 もっとも、怪我をしなければ、という前提ではある。

 本年度一杯でラストファインは引退する。 余程の事が無い限りは、間違いなくそうなる。

 

「そう甘い世界じゃない。 それは皆さん、分かっていらっしゃると思うんですけどね」

 

 江藤は居住まいを正してネクタイを締め直すと、馬主席から立ち上がって暇した。

 

 

 2ヶ月後、平安ステークスに鞍上を牧野で迎えたラストファインは、直線入る前に鋭く抜け出して先頭でゴールを駆け抜けた。

 人気をしていたネイヨングッド・クロスリカード・クジェイルなどの差し脚を見事に抑えて、1馬身差をつけての勝利であった。

 会心の競馬である。 

 鞍上の牧野はラストファインの主戦を望み、挑んだ重賞で見事な競馬をしてくれた。

 中央重賞の勝利。

 馬主組合に参加している者は全員、協会を挙げてその日は翌日の朝まで勝利を祝って騒いだ。

 なんせこの組合馬主の面々は、自分の持ち馬でさえ中央重賞を征した馬は居ない。

 オープン馬まで駆けあがった馬を持つのが一人だけという実態だ。

 都内の屋形船を一艘、まるまると借りて騒ぎに騒いで組合所有馬であるラストファインを称賛した。

 率先して江藤が手配したことから、どれだけ嬉しかったのかが垣間見える。

 牧野はオーナー達に囲まれてしこたま酒を呑まされ、今後も主戦騎手として宜しく頼むと頭や背中を散々に叩かれてしまった。

 

 

 江藤オーナーは平安ステークスをラストファインが獲った直後から、組合馬主の中での硬化させていた態度を柔らかくしていた。

 とはいえ、我が儘を聞いて貰っている形になった久慈オーナーを始めとした重賞出走を主張した馬主たちは、約束通り、年内一杯での引退をしようと話がまとまり。

 武蔵野Sを走り、6着で終えた時にラストファインの引退手続きが進められていた。

 その話を聞いた主戦騎手である牧野はGⅠも、もしかしたら、と思うくらいには期待を抱いていたのもあって、林田駿に引退を惜しむ事を電話口で告げた。

 その話は管理している林田調教師の耳に入り、江藤の耳にフェブラリーステークスに出走をしてはどうか、という話が回ってきたのである。

 中央重賞。 それもGⅠ。

 馬主組合の誰もが、GⅠ馬など持っていないし、GⅠ出走条件を満たした馬も持ったことが無い。

 ラストファインは組合馬主で共有している馬とはいえ、条件を満たしてGⅠに出走できる。

 江藤は舞い上がった。

 一も二もなく、江藤はこの話を定例会に持っていき、全員の承認を持ってラストファインの引退は引き延ばされることになった。

 

 ワイルドケープリも同様だ。

 オーナーの柊 慎吾にとって、ワイルドケープリとは運命の馬だった。

 念願だった芝GⅠも天皇賞(秋)、そして宝塚記念と獲ってくれて、数年前までは考える事すら烏滸がましかった国際GⅠを3勝もしてくれたワイルドケープリ。

 天皇賞(春)では球関節炎で倒れ込み、BCクラシックの後には今までに見せたことが無いほど馬体がガレ、体調を崩した。

 主戦の林田騎手からは、走法そのものが変わっていることを聞かされた。

 調教師の林田巌からは、引退の時期に差し掛かって来ただろう、と話されていた。

 馬主の柊慎吾は、有馬記念の結果をもって引退を考えていた所であったのだ。

 ところが、ラストファインがフェブラリーステークスを走る事が決まった翌日に巌調教師からワイルドケープリも出してみないかと打診された。

 理由はラストファインと一緒に走らせてあげたいという、いまいちピンと来ないものだったが、柊オーナーは頷いた。

 持ち馬では無いが、ラストファインとは少なからずワイルドケープリを運用していく中で付き合いのあった身だった。

 実際にワイルドケープリの為に金銭面でも負担を請け負ったことのある馬だ。 

 縁が無ければ難色を示しただろうが、他ならぬワイルドケープリを管理してくれた林田厩舎の最後の我が儘だ。

 柊慎吾は快く、フェブラリーステークスへの出走に同意した。

 

 こうして林田厩舎の最後の二頭。 ワイルドケープリとラストファイン。

 フェブラリーステークス参戦が決まったのである。

 

 

 ―――………

 

 

 馬房の中で脚を掻く。

 まだか。

 まだなのか。

 ラストファインは脚を掻く。

 平安ステークスという重賞レースを勝ち、ラストファインは今までに無いほどの喝さいと称賛を浴びた。

 人が多くいて、馬主という者たちもたくさん増えた。

 林田厩舎の人も、その周りにいる人たちも、ワイルドケープリだけではなくラストファインを称えてくれた。

 あれでは足りなかった。

 平安ステークス以外の競馬は、勝てなかった。

 3回も走ったのに、勝てなかった。

 競馬が下手だった。

 足りないのか。

 まだなのか。

 時間が無いのに。

 稲葉が落ち着かない様子のラストファインの下に駆け寄ってくる。

 馬房の中にまで入って、顔を撫でる。

 

「ファイン、凄いぞ。 GⅠに出れるんだ。 フェブラリーステークスだぞ! さっきテキが組合の方と話をしてて―――」

 

 白い歯を見せてそう言った稲葉の言葉が、ラストファインには分からなかった。

 何か嬉しい事があったのだろうと、雰囲気では分かるが。

 

 ―――へぇ……

 

 反応したのは隣の馬房―――有馬記念を走って戻ってきたばかりのワイルドケープリだった。

 感心したような、納得がいったような、そんな同意を表わす声を一言だけ漏らした。

 フェブラリーステークス・東京競馬場・ダ1600。

 ワイルドケープリと、ラストファインはそこで走る。

 同じ競馬を。

 分かったのはそれだけだった。

 だが、それだけ判れば十分だった。

 ラストファインは全身の血が一瞬で沸騰したかのように身体が熱くなった。

 届いたんだ!

 間に合ったんだ!

 皮膚が泡立ち、足元が勝手に震えて止められなかった。

 やっと、やっとここまでこれた。

 光を掴む事が出来る場所まで、やっと。

 ワイルドケープリから告げられたのは、その背中に届いた事を意味する言葉だった。

 顔が熱くなって濡れて行く。

 

 ―――何を泣いてんだ、ちび

 

 泣いてなどいない。

 なんで何時も泣いてなんかいないのに、そんな事を言うんだろうか。

 きっと揶揄っているのだ。

 ラストファインは怒りを込めて耳を伏せ、ワイルドケープリへと顔を向ける。

 首を曲げて、ワイルドケープリは鬣を揺らしていた。

 馬房から出している首を振って。

 ようやく届いたその背中に、ラストファインは追いついたのだと、やっと追い越せるのだと言ってやった。

 

 ―――おいおい、まさか、もう俺にぐるぐるで勝った気でいるのかよ

 

 傷痕の残る顔をワイルドケープリは真っすぐに前だけを見つめてそう言った。

 ラストファインを一瞥すらしていなかった。

 がつり、と地面をたたく音を響かせる。 ラストファインは前脚を掻いた。

 心底嫌いだったのに、ワイルドケープリは寄り添ってくれた。

 競馬を勝つために必要な事を教えてくれた。

 そしてきっと、導いてきてくれた。

 今はもう疑いようもない。 だからこそだ。

 だからこそ感謝はしない。

 ラストファインは脚を見つめる。

 馬房から差し込む陽に照らされた、自分の脚を。

 もし感謝をするとするならば、この自らの脚で贈るだけである。

 ワイルドケープリに競馬で勝つのだ。

 負けない。

 絶対に逃げない。

 誰よりも、この大きな背中を追ってきたのはラストファインだ。

 必ず勝つ。

 必ず、勝って『光』を手に入れる。

 

 

 ガン、と。

 

 

 地面をたたく音が耳朶に響く。

 ラストファインの顔がワイルドケープリに向く。

 ワイルドケープリが前脚を掻いていた。

 笑って。

 あざけるような笑いではなく、心底から楽しそうに。

 傷痕の残る顔を前に向けたまま。

 

 

 ―――ああ、楽しみだな

 

 

 フェブラリーステークスが、来る。

 

 

 

 

     GⅠ / フェブラリーステークス

 

 

東京競馬場 ダ1600m 晴れ/良 全12頭 16:00 発走

 

 

1枠1番  ネビュラスター    田辺 勝治  (厩舎・雉子島 健)

2枠2番  ネイヨングッド    小泉 修   (厩舎・大迫 久司)

3枠3番  クロスリカード    風間 早翔  (厩舎・新藤 一治)

4枠4番  アウターオブタウン  伊織 八   (厩舎・間藤 応)

5枠5番  クジェイル      綾乃 由香  (厩舎・光島 晃)

5枠6番  イエスオブワールド  佐藤 尋   (厩舎・鎌田 洋二)

6枠7番  ワイルドケープリ   林田 駿   (厩舎・林田 巌)

6枠8番  ラストファイン    牧野 晴春  (厩舎・林田 巌)

7枠9番  ミリオンジョーク   オーメン   (厩舎・波多野 修)

7枠10番  イングランスルー   藤真 敦   (厩舎・佐藤 裕司)

8枠11番  ホワイトシロイコ   五良野 芳樹 (厩舎・吉岡 真治)

8枠12番  エンディビオン    久保田 利通 (厩舎・佐野 庄司)

 

  



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六話 夜明けは何処だ

 

 

 

      U 06

 

 

 

「巡り合わせってやつか。 こんな風にお互いの引退が近づいて、一緒に走れるなんて」

「先輩は近くで見て来た分、なおさらそういう実感があるんでしょうね」

「ああ、ファインがこんなに走れるようになるとは、来た当初は思っていなかったのが本音だよ」

「ラストファインは、良い馬ですよ―――血統とか、そんなの関係なく」

 

 東京競馬場の調整ルームで駿と牧野はブラックコーヒーを飲みながら寛いでいた。

 ワイルドケープリに跨る駿は当然、ラストファインのラストランも牧野が引き続き手綱を任されることになったからだ。

 このフェブラリーステークス。 牧野はクジェイル陣営からも騎乗依頼を受けていた。

 クジェイルは昨年のチャンピオンズカップを制したクロスリカードとライバル関係であり、ラストファインとも2度走った事がある素質馬だ。

 回答はギリギリまで引き延ばしたが、牧野が選んだのはラストファインだった。

 今からもう一年は前になるマーチステークスでの衝撃を、今でも鮮明に記憶に残っている。

 それから平安S、武蔵野Sなどを一緒にラストファインと走ったが、走るたびに牧野の技術を盗んでいくかのように、競馬そのものを理解し吸収していく。

 結果が平安Sで出たのは幸運ではあった。

 対してクジェイルは確かに素質馬で、実際に乗った感触もGⅠ勝ち負けできる馬だとは分かっている。

 牧野がこれまで乗ってきた馬達と比べ、確かな実力があることと、実績を残してきたことは間違いない。

 しかし、きっと。 牧野が乗っていても負けて後悔しない方はラストファインの方だと思った。

 良い馬、と評したのは掛け値なしの本音だ。 そっと手を伸ばして、自分の掌を丸める。

 じんわりと汗が滲んでいるのを自覚した。  GⅠに勝ちたい。

 勝てなくても、牧野の競馬をじっくりと教え込んできたラストファインが負けるのならば、納得はいく。

  

「お、早いねぇ。 駿君にマッキー、もう入ってるの」

「あ、こんにちは。 ナベさん」

「ちわっす」

 

 談笑しているところに顔を出したのはネビュラスターの鞍上、田辺勝治。 彼の乗る馬も、引退が囁かれている。

 何せ史上二頭目のダート三冠馬だ。 どこまで走らせるのかは陣営次第なのだろうが、復活を果たしたネビュラスターも何時引退してもおかしくはない。

 暮れの東京大賞典を勝ったネビュラスターの状態は、好調を維持するどころか、やる気に漲っているようであった。

 その後も昨年チャンピオンズカップを優勝したクロスリカード騎乗の風間早翔、そのライバルと目されているクジェイルに乗る事になった綾乃由香。

 ダートGⅠ初勝利を目指してホワイトシロイコに騎乗する五良野騎手などが集まって、他愛のない話の中、相手の腹を探るような会話が行われていく。

 林田駿はGⅠ特有の和気あいあいとしながらも、ピリついた雰囲気には随分と慣れたものだと一人苦笑を零した。

 

「でもやっぱり注目はワイルドケープリでしょう、ダート戦線戻ってきての初戦ですし、自信はあるんじゃないですか」

 

 誰が言ったか、林田駿はその問いに緊張もなく自然体で答えた。

 

「俺は馬を信じて乗るだけだよ。 自信も何もないさ、作戦だって特に考えてないしな」

「本当ですかぁ?」

「なんか怪しいっすね」

「そう疑われてもな……でも、まぁ、みんなビックリするかもな」

「うわ、やっぱあるんじゃないか!」

「いやぁ、自信たっぷりだねぇ。 みんな、ワイルドケープリをマークして囲んじゃおうぜ」

「ナベさんま~た、そういう事やる。 だめっすよ」

「うははは、それじゃま、明日は宜しく。 俺は部屋に戻るぜ」

 

 自然と調整ルームの自室に解散していく騎手たちを見送って、牧野は最後までテレビを見ながらぼんやりとその場にとどまっていた。

 

 

 馬主専用の駐車場で江藤オーナーと岸間オーナーは車から降りて歓談していた。

 GⅠ競争の行われる東京競馬場に、所有馬が走る日に来るのは当然ながら初めての事だ。

 勝つ、勝たないよりもこの舞台に立てた事に緊張していた。

 両名ともに仕切に身だしなみを整えて、首や顔を触って緊張を誤魔化しながら馬主席へと向かっていると、何人かを連れて歩く大柄な人物に目を惹かれる。

 ネイヨン軍団とも呼ばれて数多の所有馬とGⅠタイトルを保有する、羽畑会長の姿があった。

 挨拶を交わし、お互いに名刺を交換する。

 柊慎吾オーナーもその輪に加わって、和やかな談笑を続ける事15分あまり。

 江藤オーナーと岸間オーナーは、この一事だけでもラストファインを出走させた甲斐があったものだと、満足気に笑いあった。

 内枠を引いた羽畑会長も、どこか機嫌が良さそうに、フェブラリーステークスの開始時刻を仕切りに気にしていた。

 勝つにしろ、負けるにしろ。

 ラストファインの最後の出走を目一杯、応援しようと江藤オーナーは声を掛けて回った。

 組合所属のオーナー達が一同に会する。

 定例会でも欠席が目立つのに、やはりGⅠともなると違うものだ。

 時計を覗く。

 時刻は12時を指し示していた。

 

 

 

      第六話  夜明けは何処だ  

 

 

 

 パドック直前、オッズは割れていた。

 GⅠ馬だけでも6頭出走。 全ての馬が重賞馬。 

 面子の豪華さだけで言えば、例年でも稀に見る力の拮抗している顔ぶれが揃っていたからだ。

 昨年宝塚記念を勝って芝競争でもまだまだ一流、本来向いていると言われているダートに戻って本領の発揮が期待されるワイルドケープリ。

 近走は掲示板にこそ乗れていないものの、何せBCクラシックを含むGⅠ6勝馬である。 大本命の一角として前日予想から変わらず一番人気を維持していた。

 いよいよパドックに姿を現すと、気合乗りも良く、かといって入れ込んでいる訳でも無く。 集中力を増していてかなり良く見える。 そもそも傍から見てもやる気と集中力は傑出して見える馬だ。

 それでもオッズは3.3倍。 全盛期を過ぎたという認識は世間でも競馬関係者でも一致するところである。

 僅差の二番人気に押されたのはクロスリカード。 3.9倍。 暮れの東京大賞典こそネビュラスターに出遅れが響いて負けたものの、原因は明白な分まともに走れれば一番強いのではないかと言われている。 

 出遅れたうえでの僅差の敗北は、力負けをしていない証明であり、いよいよその潜在能力が開花したという陣営の自信も人気に一役買っていた。

 その前のチャンピオンズカップを快勝していることもあって、クロスリカードには多くの人の期待が寄せられている証左だった。

 殆どクロスリカードとのオッズに開きが無く三番人気。 オッズは5.7倍。 三冠馬ネビュラスターだ。 

 劇的な復活劇で年末の話題を掻っ攫った二代目ダート三冠馬。

 怪我の影響から往年の迫力は薄れたものの、三冠馬としてその実力は疑問を挟む余地はなかった。

 6.8倍となった4番人気はホワイトシロイコ。 五良野騎手を迎えてから根岸ステークス、マリーンカップ、JBCレディスクラシックと重賞戦線で負け知らず。

 連勝記録も5勝と伸ばして絶頂期を迎えている。

 4歳の頃が全盛期と思われたが、血統的には晩成傾向だったことも手伝って、本当の全盛期は今では無いかとも噂され、この中でも一番勢いがある馬といっても過言では無かった。

 その後はクジェイル、内枠を引いたネイヨングッドと一桁代のオッズが続き、8番人気となったラストファインは30倍台となっている。

 オッズがばらけているのは、主役が不在の証拠である。

   

 

 

 装鞍所から次々と出走馬がパドックに向けて出て行く。

 隣で装具を終えたワイルドケープリは山田厩務員に連れられて、馬蹄の音を一際大きく響かせてラストファインの目の前を通っていった。

 首を叩かれる。

 稲葉厩務員が普段とは違う、正装に身を包んで厳めしい顔で口取りを揺るがした。

 促されて一歩踏み出す。

 良く晴れた東京競馬場のパドックへと続く道は、光が差し込んでいた。

 ワイルドケープリはその光の中をゆっくりと上がっていく。

 長い鬣と尻尾を揺らし、大柄な鹿毛の背中が光の先に立って現れると、一際多くの人の声がパドックで上がった。

 感嘆、喝采。 

 横断幕のようなものをぶら下げて手を挙げる人々。

 ワイルドケープリの名を声高に呼んで、歓呼に迎えられている。

 稲葉に引かれて同じようにゆっくりと光の先に立つ。 少し先を歩くワイルドケープリが人々の視線を集めていた。 

 どの馬よりも一際輝く太陽だった。

 その影に隠れるようにして、ラストファインは歩く。

 首は下げない。

 胸を張って歩く。

 この場に居るのが証明だ。 ワイルドケープリと同じ場所に立てた今がスタートラインだ。

 逃げず、折れず、まっすぐに目指してきたからこの場に居る。

 それは己の誇りを懸けてきたもので、誰よりも自分が認めている事だ。

 だからラストファインは自信をもって歩く。

 目の前の大きな、眩しくて立ち眩みそうなほどの大きな背中を追い越す為に。

 このパドックで自らの証明を主張するように。

 

 合図によって騎手達がバラバラと集まって整列する。

 

「さぁて行くかい」

 

 首を一つ回し、肩を抑えながら田辺ジョッキ―が 栗毛の馬体で堂々とふんぞり返って立つネビュラスターの下に歩み寄る。

 クロスリカードの馬体に2,3度触れて、風間騎手がその背に跨った。

 五良野騎手がホワイトシロイコの前で深呼吸を一つ。

 そして林田駿と牧野晴春が並んでワイルドケープリとラストファインの前まで歩いてくる。

 ゴーグルを下げて駿がふっと息を吐き出した。

 牧野が握り込んだ拳をゆっくりと開いて。

 

「行こう、ワイルドケープリ」

 

 会話なく牧野騎手と林田騎手は別れて、山田厩務員と言葉少なに交わし、駿はワイルドケープリの背中に乗り込んだ。

 

「牧野騎手、お願いしますね」

「ああ、任せてくれ―――勝って来るぜ」

 

 支えられてラストファインに乗り込んだ牧野が、ゴーグルの位置を調整しながら息を吐いて稲葉にそう言った。

 

 促して本馬場へと入ると、ゆっくりと駆け足し、ラストファインの勢いに乗る様に気合をつける。

 雨の振らなかった東京競馬場の砂は乾ききっており、深かった。

 2月中頃の冷え切った空気と砂の混じった風が身体と馬体を打ち付ける。

 落ち着いている。

 牧野は自身の緊張も適度であり、ラストファインの状態も最高潮であることを返し馬の最中に確信した。

 精神も体調も、人馬共に問題なし。

 後はどれだけ、競馬に集中できるかだ。

 

 GⅠが欲しいか。

 ああ、欲しい。

 15年もお預けを食らっているのだから、そろそろ良いだろう?

 牧野は待避場で他の馬の様子を見ながらそう心中で呟く。

 ラストファインは落ち着いたまま、しっかりと発走に向けてテンションが高まっている。

 そうだ、まだだ。

 誰だってこの瞬間は勝利の栄光を欲す。 例外なく誰もが同じ条件で立つ場所だ。

 競り合って最初にゴールをしなければ、勝つことは出来ない。

 当たり前の話だ。

 漫然と待ち望むだけでは届かない事を、もう知っている。

 

 GⅠのファンファーレが鳴り響く。

 

 ラストファインの鼓動が速くなった。

 いよいよ、もうすぐ。

 鼻から漏れる息を整え、踏み出す。

 砂の入りも抜きも、ゲート前に来る迄に完全に把握した。 

 後はこの場所で、培ってきた 『競馬』 をするだけ。

 そして追ってきた背中を追い越して、勝利を得ることだけだ。

 パドックの最中でワイルドケープリだけを見ていたわけではない。

 ラストファインの目にはネビュラスターも、クロスリカードも、ホワイトシロイコも、クジェイルも。

 競馬をするからには全てが敵だということを知っている。

 落ち着け、大丈夫だ。 全部出すだけだ。 

 負けない。

 絶対に逃げない。

 

 ラストファインの目の前で、ワイルドケープリがゲートの中にすんなりと入っていく。

 ネビュラスターが入り、ネイヨングッドが収まって、ラストファインは地をしっかり踏みしめるようにしてゲート前へと立つ。

 目を瞑る。

 牧野がそっとラストファインの首を撫でた。

 勝つぞ。

 そう互いに意思を込めて。

 ラストファインはゲートの中に向かって脚を踏み出した。

 

「さぁ、ダートの主役が今年の戦線を占うように勢ぞろい致しました。 第××回フェブラリーステークス。

 最後に大外12番ゲートにエンビディオンが入りまして―――スタートしました!

 好スタートを決めたのは、おお、絶好のスタートを決めたのはワイルドケープリだ! 場内からどよめきに似た歓声。

 ワイルドケープリがスタートをバッチリと決めて、一気に前に飛び出した! ミリオンジョークが僅かに出負けしたか!」

 

 ゲートが開いた瞬間から、時が止まった様だった。

 ラストファインが脚を踏み出した瞬間には、もう大きな鹿毛の馬体が一完歩分、前に飛び出していた。

 足元の芝が爆発するように、力強い踏み足に煙を巻き上げて。

 スタートしてゲート開いたと思った時にはもう、11頭全ての馬を引き離して1馬身前を走っている。

 ワイルドケープリの隣にいたミリオンジョークが出足の迫力に押されて僅かに怯むのが見える。

 ラストファインはその背中を追いかけた。

 前脚を掻き出し、後ろ脚を抜いて。

 ワイルドケープリは速い。 分かっているからこそ、競馬に勝つために追いかけねばならない。

 そうしてギアを一つ上げた瞬間、ワイルドケープリとの馬身差がまた開く。

 ただ一頭、凄まじい速度で駆け抜けて行った。

 圧倒的な出足だった。 テンを競うなどという次元ではなく、全力疾走だ。

 なぜ?

 ラストファインは動揺した。

 確かにラストファインは速度を一つ上げたはずなのに、ワイルドケープリとの差は一気に開いていく。

 まるで最後の直線に入ったかのように、他の馬が止まって見えるほどの勢い。 こんな所で脚を使い過ぎたら持つはずが無いのに。

 林田駿が追っている。

 目一杯、走れるようにとスタートから追いっ放しだ。

 真っ先に芝から砂へ入っていき、それでも加速は続く。 

 口の中で転がるハミが、困惑を伝達する。 牧野は迷っている。

 ラストファインは周囲を慌てて見回した。 ワイルドケープリのダッシュにクロスリカードとネイヨングッドが困惑の中で追いかけ始める。

 ホワイトシロイコとクジェイルが行きたがっているのを五良野騎手と綾乃騎手が手綱を抑え込んで、宥め始めていた。

 一番内枠で田辺騎手の口元が面白そうに歪み、右手で持っている鞭を挙げてネビュラスターが脚を掻き込んでいる。

 

「まじかよ」

 

 ラストファインの上で牧野の言葉が耳朶に響く。

 ワイルドケープリの背中はもう5馬身はついている。 まだ10秒にも満たない僅かな時間。 ラストファインを含めてようやく砂のコースに入る。

 ラストファインは震えた。

 展開のコントロール。 競馬が始まって10秒も経たない時間で全ての馬がワイルドケープリの手中の中にいた。

 11頭の競馬を壊し、そこに居る馬は選択しなければならない。

 どうする、などというラストファインの逡巡は秒にすら至らなかった。

 後ろ脚に力を溜めて、一気にトップギアへと加速する。

 このままワイルドケープリが脚を使い果たして垂れるなどとは欠片も思わなかった。

 

「飛ばす飛ばす、一番人気のワイルドケープリ。 これは逃げか! 大逃げか!

 ワイルドケープリまさかまさかの大逃げ、鞍上林田、奇策をうった! 波乱の開幕フェブラリーステークス。

 先頭はもう、もう7馬身、8馬身と一気に他馬を置き去りにして走るワイルドケープリです!

 ようやくワイルドケープリ以外の馬が砂コースに入っていく。

 二番手追走はクロスリカードか、いやネイヨングッドが抜かした。 三番手にラストファイン、おっとネビュラスターも今日は前だ。

 凄まじいテンの速さで逃げているワイルドケープリを見てクロスリカード鞍上風間、控えたでしょうか。 追ってきたラストファイン、ネビュラスターにも抜かれて4番手。

 その後ろ5番手にアウターオブタウン、ホワイトシロイコ、クジェイル、エンビディオンと馬群固まって、その一馬身後ろにイエスオブワールドとイングランスルー、最後尾に出遅れたミリオンジョークだ。

 先頭ワイルドケープリ、まだ加速している。 これは、これは持たない。 こんな異常なペースでは絶対に持たないが、大丈夫なのかワイルドケープリ!」

 

 暴走に等しい。

 スタンドに居る観客席も、調教師や関係者、馬主を含め、フェブラリーステークスというGⅠレースを見守っている誰もが―――いや一緒に走っている騎手の全員がそう思っていた。

 1600mという高速決着するレースですでに10馬身以上のリード。

 残り10fを示すハロン棒をただ一頭、ワイルドケープリは通過して、鞍上の林田駿が僅かに首を傾けて後続との差を確認している。

 その顔は涼しい物であった。

 最内の経済コースを陣取り、豪快なフォームで走るワイルドケープリの背中が揺れる。

 追いかけるべきなのか、控えるべきなのか。

 一瞬の判断が勝敗に直結する勝負の世界、そこで常に襲い掛かる選択肢をただ一頭の馬が突きつける。

 ラストファインはまたも迷いなく選んだ。 脚を前に掻きだす。 牧野は腹を括って力んだ手から小指一本離して手綱を緩める。

 ネビュラスターと田辺も見せ鞭を使ってまた一つギアを挙げて追いかける。

 引いたのはネイヨングッドとアウターオブタウン。 逆に最初のコーナーでこの差は詰めないと厳しいと見たか、クジェイルとホワイトシロイコを始めとした後方集団が追い出した。

 背中を追いかけている。

 背中を追いかけていた。

 今でも、この瞬間でも。

 競馬を支配して進む馬の背中を。

 そうだ、足踏みをしている時間なんてないのを教えてくれたのは、ワイルドケープリだ。

 だから追いかけなくちゃいけない。

 辛くても苦しくても、あの太陽のような馬を追いかけなくちゃ、ラストファインは勝てない。

 

 

 ワイルドケープリのペースが落ちている。

 いち早く気付いたのは二番手、三番手で追走しているネビュラスター田辺騎手とラストファイン牧野騎手だった。

 一番近くでワイルドケープリの背中を追ったから分かった事だ。

 後続は間違いなく、まだワイルドケープリが暴走している最中だと勘違いしているだろう。

 信じられなかった。

 走り方も、そのフォームも、鞍上の林田駿でさえ全力で追っていて、間違いなく最高速度を出しているかのように本気で走っている―――そう錯覚してしまっている。

 遠目からでは絶対に分からなかった。 

 だが時計―――騎手として当然のごとく備わっている体内時計が教えてくれる。

 異常なほどにペースが落ちている。 ワイルドケープリは息を入れている。

 追って追って、やっと追いついてみればこの様か!

 最終直線で脚が残っている馬がどれだけ居る? ワイルドケープリの驚異の末脚が最終直線で二度も吹いて、捉えられる馬が一体どこに居るのだ?

 日本はおろか世界でも通用した世界最高峰の追い脚を持つ馬の二度目の爆発があるなんて、誰が想像できるんだ。

 暴走とも思えるほどの大逃げをしているのに、ワイルドケープリの脚には余裕がある。

 競馬を長年、トップステージで走ってきた騎手としての観察眼があるからこそ、目の前を走る馬に余裕と余力がある事が分かってしまう。

 牧野も田辺も、氷柱を背中に突っ込まれたような感覚に襲われていた。

 逃げて差すなんて、ワイルドケープリの差し脚でやられたらどうにもならない。

 競馬をもっとも理解して最も器用にこなしている。 それも騎手すら欺く完璧なやり方で。

 田辺は自覚できるほど冷や汗を流し、牧野は歯噛みした。

 衰えがなんだ。 全盛期が過ぎたからどうだっていうんだ。

 こんな無茶苦茶な戦法を単独で成立させるバケモノが、10歳になる競走馬だなんて誰が思う。

 田辺も牧野も互いに背筋を凍らせながら、後続と互いの様子を一瞬だけ視線で追った。 

 ―――ネビュラスターも、かつてない速さで脚を使わされてもう余裕はない。 

 ―――外のラストファインの頭が上がっている、余力はないだろう。

 だが、それでもだ。

 それでも、後続はワイルドケープリの挑戦権を失った。

 ラストファインとネビュラスターだけだ。

 この場所に立っていなければ勝負すら許されない。

 恐ろしい―――いや、いっそ悍ましいとさえ言える馬だ。

 こんな馬と競馬をしなくてはならないなんて!

 

「痺れるねぇ、まずいぜこりゃ」

 

 田辺はぼやいた。

 

「ファイン、気張れ! 最後は辛いぞ!」

 

 牧野は活を入れた。 それしか出来なかった。

 

 

 ワイルドケープリは思惑通りに事が進んでいる事を確信していた。

 消耗戦にもつれ込ませるのが最初から狙いだ。

 全盛期を過ぎている事を、レースで全力を出せる時間が短くなったこと、何より自らの脚が生物学的に見て衰えている事を誰よりも理解しているのがワイルドケープリ自身だった。

 競馬を耐えれる身体はまだあるのか? 後どれくらいの期間持つ?

 光の先に到達する為に、一つでも多くのレースを走るためには、向き合わなければ行けないことが多すぎた。

 ワイルドケープリは競馬をする、命を揺らす為の場所で光の先へと到達する方法を、その英知を持って考え抜いた。

 最初と最後に全力を出せば良い。

 それ以外はいらない。 むしろ、やり方を変えて改善を目指せばもっと光の先の領域へと近づけるのではないか。

 簡単に言えば途中で休むということだけ。

 言葉にすれば、なんとも単純な話である。

 スタート時にはその回転だけを上げてテンの滑り出しで最も効率的な手法で、他の馬ではまず不可能な差をつける。

 走法そのものを改善し、全力で走っている時に脚を回すピッチだけを落として最後に全力を出せる余力を残す。

 そうすれば誰もが錯覚を起こす。 

 調教していた時、園田の馬場でぐるぐるを回っていた追切の時に、林田巌も、山田も、橋本もワイルドケープリが道中ペースを落とした事に全く気付かなかったほどの完成度だ。

 気付けたのは、ワイルドケープリの上に跨っている林田駿だけだった。

 ニンゲンもウマも気付けない。 誰も追いつけないスタート直後から広がる圧倒的なリードが、ぐるぐるの展開そのものを支配する。

 習得には時間をかけたが、これでクリムゾンカラーズがやっていた様に、最後の直線で二の脚を爆発させる準備が出来た。

 やり様によっては三の矢まで繰り出せるだろう可能性がある。

 クリムゾンカラーズという怪物馬は天然でこれをやっていた節がある。 

 あれほどのフィジカルモンスターと全く同じとは行かないが、その真似事くらいはワイルドケープリはようやく出来るようになった。

 それに、仮にワイルドケープリがクリムゾンカラーズと同じ事をやっている所に気付いたところで、ぐるぐるで勝つというだけならば、対処法など無いに等しい。

 競馬を勝つための一つの到達点が、クリムゾンカラーズの走法であり、やり方だ。

 勝つのになりふり構ってられないのは、ワイルドケープリがその身で経験したこと。

 何のために走法そのものまで手を加えて、駿とのバランスの調整に日数をかけ、最初に全力の脚を使う消耗戦を想定してきたのか。

 突き放したリードが猶予。

 8Fのハロン棒を抜けて、必死になって追い上げて来ているだろう後方へと視線を一つ向ければ、3馬身から4馬身後ろにちびとスターのガキがいた。

 やっぱりお前らか。

 ワイルドケープリは口を曲げて鼻息を漏らした。

 芝の競争では間に合わなかった、完成には至らなかった、クリムゾンカラーズを模したやり方。

 一年以上の歳月を費やして完成した今だからこそ、ワイルドケープリには自信があった。

 

 ―――さぁ、命を揺らそう。 その世界を越えたその先に

 

 ラスト3ハロン。

 越えられるものなら越えて見ろ。

 俺に勝つのは、ちょっと大変だぜ。

 ぐるぐるの光の先の領域へと、最初に駆け抜けるのは――――

 

 

 突き込んだワイルドケープリの脚が、砂に捕られた。

 

 

 なんだ? とワイルドケープリが思ったのもつかの間、息が乱れて胸の奥にある肺が収縮する。

 人で言えば嗚咽に似た何かが口から吐き出された。

 目の前が霞んで見えなくなり、息を吸おうと鼻孔を広げても、呼吸ができない。

 なんだ、何が起きたんだ。

 ワイルドケープリは初めて身に降りかかった心房細動の症状に、自身に何が起きたのかを理解しようと思考を巡らした。

 だが今は競馬をしている最中だ。

 脚を。

 とにかく、脚を。

 脚を出さねば。

 踏み込んだ脚が砂に沈んで蹈鞴を踏む。

 ワイルドケープリは真っすぐ走っているつもりだったが、外にヨれて逸走していた。

 一体、何が―――

 

 

 突然だ。

 目の前で競馬を支配していたワイルドケープリが残り3ハロンの標識を通過した途端に外にヨレた。

 先頭を大逃げという派手な作戦。 それも一番人気で引っ張ったのだから、視線を集めて当然だろう。

 背中を必死に追いかけていたネビュラスターは、一気に開けて行く内側のコースと、外に逸走していくワイルドケープリに気付いて首を左右に巡らす。

 その後ろを追走していたクロスリカードも、ホワイトシロイコも、クジェイルもワイルドケープリの突然の異変にすぐに気付いて隊列を乱した。

 騎手の牧野や田辺は勿論、五良野や綾乃、ジョッキーの誰もがその挙動に気を取られて意識が逸らされた。

 スタンドの大観衆の声が歓声から悲鳴に代わり。

 中継を見ていた全ての人がワイルドケープリの異変に視線が集まる。

 

 その瞬間。

 アクシデントが起きた、という事実。

 全ての人間と、走っている馬はワイルドケープリという太陽に目を奪われた。

 

 それは時間の空白に等しい。

 

 刹那の逡巡さえ置き去りにする、コンマ1秒を争う競馬の世界で。

 ただ一頭。

 誰もが真っ白に思考を染めた時間すらもひたすらに前へ。

 ただ一頭。

 思いの丈をまっすぐにぶつけて、前へ前へとゴールだけを目指して突き進む。

 

 

 競馬を止めない馬が居た。

 

 

 

 ラストファインの視界から他の馬達も騎手たちもすべて消えて行く。

 コーナーに差し掛かって遠くに薄っすらと見え始めたゴールだけが、世界に取り残されたように残る。

 ワイルドケープリの背中がずっと近くなる。

 その脚が砂を掻きだし、乾いた空気に砂が混じって煌めくように空に溶けて行く。

 舞い上がる砂煙の中にワイルドケープリの背中がまたぐんっと近くなった。

 内側が空いた。

 ゴールへの最短距離。

 勝つんだ。

 競馬に勝つんだ。

 競馬を勝つんだ。

 競馬で勝つんだ!!!

 

 

 小さな流星が、大きな鹿毛の馬の背を追い抜いた。

 

 

「なんということだ! ワイルドケープリにアクシデントです! 外に外に向かっていく!

 空いた内のコースを先頭で駆け抜けるのはラストファインか? ラストファインです。 波乱のフェブラリーステークス!

 最後のコーナーを抜けて先頭はラストファイン! そのすぐ後ろをネビュラスターが追う展開!

 さぁどうなる。 ハイペースの中で余力がある馬は居るのか!? 後続が一気に上がってきた!」

 

 ラストファインは息を入れた。

 やっと、やっと息を入れることが出来る。

 ワイルドケープリが支配した世界は、掌握した展開は水の中で走っているかのように苦しかった。

 脚が震えている。

 身体そのものが言う事を聞いてくれない。

 ハイペースに引っ張られただけじゃない。 それだけだったら息を入れる余裕なんてある。

 音が、景色が変わっている。 競馬場が揺れている。

 歓声と、怒号で満たされて。

 世界そのものが渦を巻いている様に。

 肺を満たす空気を吐き出して、ラストファインはこの場所が命を揺らす場所だという事を理解したのだ。

 背中を追い越したワイルドケープリを他の馬達が次々と抜き去って、直線を向いたラストファインの背中に襲い掛かってくる。

 だが、まだだ。

 最後に踏ん張らなきゃいけない、残しておかなければならない脚が、まだ―――

 

 音が鳴った。

 大地を揺らす、砂を蹄が踏みしめる音。

 

 ネビュラスターがラストファインの横に並んでいた。

 内を掬ってラストファインが進路を塞ぎ、外に膨らんだワイルドケープリに邪魔されて来れないハズの馬が横に居る。

 一杯いっぱいの脚を踏みしめて、闘争心に命を揺らして。

 ハミを限界まで噛みしめ、顔を歪ませ勝利を掻っ攫おうと必死なネビュラスターが真横に居た。

 ギラギラとした視線をラストファインに向けて、栗色の馬体を一際、この世界で主張するように身体を弾ませて。

 前脚を叩きつけて、噴煙を巻き上げていく。

 ネビュラスターがラストファインを睨みつけた。

 だめだ。

 行かせてはならない。

 このままネビュラスターに追い越されては勝てない!

 負けない! 

 脚が一歩。

 砂を噛む。

 絶対に逃げない! 

 

 光は何処だ!

 

 弾いた砂を巻き上げて。

 

 光は何処だ!

 

 ラストファインの夜明けは何処だ!

 

「先頭ラストファイン、一馬身つけて前を行く。 ネビュラスターがラストファインに迫る。 追って追って前のラストファインを捉えるか!

 ラストファイン一杯か!? 行き脚鈍った! 後続からはクジェイル、ホワイトシロイコ、クロスリカードが迫って来ているが!

 まだラストファイン粘る! ラストファインとネビュラスターの馬体が合わさって、競った競った! 内のラストファインを外のネビュラスターが交わしたか!

 ホワイトシロイコ伸びが苦しい! クジェイルと共にやや遅れている! クロスリカードも懸命に追っているが二馬身先が遠いぞ!

 突き抜けたのは二頭だ! ネビュラスターがアタマ一つ抜けたか! ネビュラスターやはり三冠馬、地力が違うか! 残り100! クロスリカードは一杯だ!

 内からラストファインが差し返す! ラストファインが差し返した! まだ脚があるのかラストファイン! ラストファイン並んだ! 並んだ! 馬体をびっしり併せて!

 ラストファイン! ネビュラスター! ラストファインかネビュラスターか譲らない譲らない! どちらも譲らないぞ―――」

 

 もうだめだ。

 もう限界だ。

 心臓の鼓動が跳ねて息ができない。

 ラストファインは声にならない嘶きをあげて光を探していた。

 何処にあるんだ、夜を照らしてくれる光はどこにあるんだ。

 ゴールが近づいてくる。

 ネビュラスターの脚が上がって蹈鞴を踏んで鞍上田辺の活が飛ぶ。

 勝たなければ、照らされないのか。

 なら勝たないと。

 この競馬で絶対勝たないと。

 ああ、でも。

 もう脚が上がらない。 

 身体が揺れてしまうんだ。 苦しいんだ。

 頭があがってしまう。 脚が止まってしまう。

 首が押された。

 馬体が沈み込む。

 そうだ、人間が乗っている。

 ラストファインは首を下げた。

 押された手で、執念を込めて必死に追う牧野の手に縋った。

 

 人の手に押されて身体が、沈み込んでいく。 

 ほんの少しでも前に。 前にと。 勝利へと。

 

「ラストファインとネビュラスター! ラストファインを必死に追う牧野! ネビュラスターも辛そうだ! どっちだ!? 今ゴール板を駆け抜けた!

 どっちが勝ったのでしょうか! ラストファインが最後に突き出たように!?

 ああっ、危ない! あっと、大丈夫でしょうか! ラストファイン鞍上牧野、ゴールと同時に態勢を崩していますが、何とかしがみついている。

 牧野のGⅠを獲るという執念か! ラストファインがバランスを崩して躓いたようにも見えました、大丈夫でしょうか!?

 とんでもない、凄まじくタフなレースになりました、第××回フェブラリーステークス! ワイルドケープリは無事でしょうか。

 ゆっくりと歩くように、いや歩いて今ゴールを通過しました。 鞍上林田、すぐに下馬しています! ああ、ワイルドケープリが止まってふらついている、大変な事になりました」

 

 

 鐙が外れて落ちかけていた牧野がやっとの思いで下馬し、何時の間にか観客席の目の前まで来ていた外ラチ沿いでようやく息が整った。

 ラストファインは顔を起こして、巡らして、期待を弾ませて光を探した。

 

 

「結果が出ました! 1着はラストファインだ! 2着はネビュラスターです! 

 まさに負けられない、意地と魂の籠った叩き合いを制したのはラストファイン! 牧野晴春やりました!

 15年ぶり、二度目のGⅠ制覇! 長く苦しかったでしょう! しかしようやく手に届いた二度目の栄冠です! 牧野、笑顔で手を振って観衆に応えています」

 

 牧野に賞賛が、馬運車が到着し、ワイルドケープリに心配と悲鳴と怒号が。

 勝ったラストファインよりも、衝撃的な結末を迎えたワイルドケープリの方に注目が集まっていた。

 

 ラストファインには光が見つからなかった。

 夜明けになるような太陽が、命を揺らす場所に来たのに見つけられなかった。

 あんなに苦しかったのに。

 あんなに辛かったのに。

 ようやく、ワイルドケープリの背中を追い越せたのに。 

 ウィナーズサークルへと牧野が下馬し、顔をくしゃくしゃにして稲葉と共に歩いて向かう中、ラストファインは必死に顔を巡らした。

 何かを探すように。

 何かを求める様に。

 

 ただ必死に。

 ラストファインの夜明けの光を探し続けて頭を振っていた。

 今までに無いほどの喝采と称賛を浴びながら。

 それは何時もよりも確かに眩しかった。 世界が少しだけ明るくなったような気がした。

 でも、光は満ちていなかった。

 兆しに過ぎなかった。

 江藤オーナーが、テイオーと呼ぶ。

 久慈オーナーが、ルドルフと声をあげる。

 血統が。 ヘロドの。 後継に。

 素晴らしい、おめでとう、と。

 喝采を浴びて、人々が祝福を贈ってくれた。

 

 ラストファインの夜明けには足りなかった。

 

 夜明けの兆しだけにしか、ラストファインの脚は届いていなかったのである。

 

   

 

GⅠ / フェブラリーステークス

 

東京競馬場 ダ1600m 晴れ/良 全12頭 16:00発走 勝ちタイム 1.33.0

 

1着 6枠8番 ラストファイン    牡5 牧野 晴春  人気9 厩舎(園田・林田巌)

2着 1枠1番 ネビュラスター    牡7 田辺 勝治  人気3 厩舎(東京・雉子島 健)

3着 2枠2番 クロスリカード    牡5 風間 早翔  人気2 厩舎(栗東・羽柴 有信)

4着 8枠11番 ホワイトシロイコ   牝7 五良野 芳樹 人気4 厩舎(東京・吉岡 真治)

5着 5枠5番  クジェイル      牡5 綾乃 由香  人気5 厩舎(栗東・鯨井 恭二)

  

 

 

 

 ―――……

 

 

 林田厩舎に戻ってきて、激闘のフェブラリーステークスから2週間が経とうとしていた。

 ラストファインは初めて、競馬から厩舎の馬房に戻ってきてから、競馬以外の事を考えていた。

 レース後だから、引き運動と乗り運動しかしない、ゆったりとした調教を受けながら。

 どうして光が見つからなかったのだろう、と。

 そもそも、ラストファインの夜明けとは一体なんなのだろうか。

 本当に競馬をしていて見つかるのだろうか。

 ラストファインが求めている『光』とはいったい何なんだろうか。

 見つからなかった光の正体が何なのかを、ラストファインはずっとずっと考えていた。

 

 談笑が多くなった林田厩舎では、橋本が最初に居なくなった。

 ラストファインからすれば、急にだ。

 何故か周囲からは影も形もなくなってしまった。

 橋本が居なくなったことに気付いたラストファインは、どうして居なくなったのか判らずに、橋本の人影を探す日がしばらく続いた。

 

「ワイルドケープリの、引退手続きを済ませてきました。 経過が順調で良かったです……ああ、もう涙が。 すみません」

「いえ、柊オーナー……私も感無量ですよ。 ええ、ワイルドケープリは本当に頑張ってくれました」

「ありがとう、ワイルドケープリ……俺は、お前のおかげで救われた」

 

 厩舎の中から顔だけ出して覗き見る。

 ワイルドケープリが林田厩舎のスタッフと、柊オーナーに囲まれて太陽を見上げていた。

 その夜中にワイルドケープリに声を掛けられる。

 

 ―――ちび、俺は光には届かなかったみたいだ

 

 最初は何を言っているのか分からなかったが、ラストファインはワイルドケープリが競馬をしなくなるという事を理解すると、慌てた。

 まだ、その背中をハッキリと追い抜いていなかった。

 フェブラリーステークスではアクシデントで、光の場所を知っているワイルドケープリをラストファインの力で追い越せなかった。

 だから、求めていた光が見つからなかったんだ、と思っていたから。

 何でこれで終わりなんだ。 どうして終わりなんだ。

 競馬を止めてしまうんだ。

 

 ―――引退ってやつだ。 ウマとしての競争が終わったのさ。

 

 引退は人間が決める事だから、どうしようもないんだと判ると、ラストファインはいよいよ切羽詰まってしまった。

 なんで、どうして、その背中をまだ、完全には追い越していないのに、と。

 

 ―――ぐるぐるを頑張れよ、ちび

 

 それから少しして、ワイルドケープリが隣の馬房から消えてしまった。

 目が眩むほど、周囲を照らし続けていた太陽の馬が、居なくなってしまった。

 馬運車で、林田厩舎の人間全員と、園田競馬の運営団体、大勢の記者と報道陣―――そして沢山の人間に見送られて。

 拍手と大声で惜しまれて。

 同じように、厩務員の山田が居なくなってしまった橋本と同じように、何時の間にかラストファインの前から姿を消してしまった。

 

 そのすぐ後だった。

 何か、言いようの知れない恐怖がラストファインの背中を這っていた。

 江藤オーナーを始めとした組合馬主の人間達が全員集まって、林田厩舎の事務所の前で話していた。

 

 

 ラストファインの引退を―――種牡馬に転用―――

 

 引退。

 まだ何も手に入れていないのに、ラストファインは引退する。

 

 ワイルドケープリが居なくなってしまった言葉、引退という言葉をラストファインは覚えていた。

 ワイルドケープリとのちゃんとした再戦も叶わず、光も見えなかったのに、競馬を止めることになる。

 なんで、嫌だ。

 まだ何も手に入れていない。 まだ誰も見てくれていない。 まだ背中を追い越していない。

 

 ラストファインは暴れて、騒ぐ人間達を突き放して、園田の馬場へと向かった。

 見せないと、ちゃんと見せないと。

 まだ走れる。 まだ競馬を出来るって。 まだ。 まだ。

 まだなんだ。

 まだ、まだ俺は俺じゃないんだ!

 

 顔が熱くなって、馬体が震えた。

 こぼれるほど多くの まだ がラストファインを包み込んでいた。

 

 競馬ができるんだ。 見てくれ! 競馬ができるだろう!

 ほら、大丈夫だ! 怪我なんてしていないし、光の兆しだってあったんだ!

 俺が探していた光は―――

 

 

 ―――そうだ、自分だけを見てくれる誰かが 『光』 なんだ。

 

 

 やっと気付いた。

 産まれた時に、最初から在ったはずの、自分を見てくれる、見守って優しく包んでくれる存在そのものが暖かな光だった。

 それがずっとずっと追いかけて求めていた『光』だという事がやっと分かった。

 橋本が居なくなって、山田が居なくなって。

 ワイルドケープリが居なくなってやっと気付けた。

 この暗くて冷たい闇の正体にやっと気付いた。

 昇っていた陽が沈んだら、暗くなってしまう。

 やっと求めていた光が何なのか、わかったのに。

 ワイルドケープリが居なくなって、照らされていた場所が闇に飲まれてしまう。

 

 ラストファインの切実な想いは、当然の様に無視されてしまった。

 和やかな表情を浮かべて馬主たちは馬場を走り回るラストファインに、あれなら元気よく過ごせて良い種牡馬になるだろうと満足げに頷いて。

 林田調教師に、よろしくお願いします、と頭を下げて。

 ラストファインは馬場を、本気で目一杯で駆けながら、その様子を見守っていた人間達の背に、悲痛な気持ちで視線を這わせ嘶いた。

 車で遠ざかっていってしまう、馬主たちへ。

 届くはずの無い声を、必死に、必死に喉から絞り出して、走り続け追いかけて行く。

 フェブラリーステークスで見つかった夜明けの兆しが、闇に飲まれていく。

 暗くて冷たい世界が、広がって。

 

 

 待ってくれ、待ってくれよ!

 誰もいなくなる。

 また誰も居なくなってしまう!

 競馬で速くなるのが遅かったから。

 競馬を上手くなるのが遅かったから。

 俺が!

 俺が頑張れなかったから!

 だから居なくなる!

 誰も居なくなる!

 ワイルドケープリも!

 ニンゲンだって!

 俺の前から誰も! 誰も!

 頼むから、俺を見て! 

 俺を見捨てないで!

 待ってくれ! 

 待ってくれよ!

 まだ頑張るから!

 一杯頑張るから! 

 絶対、次も競馬で勝つから!

 まだ走れるから!

 だから、待ってくれ! 置いてかないで! 

 お願いだ! お願いだから!

 

 俺を、見捨てないでくれえ!

 

 

 

 ―――太陽が、山間に沈んでいってしまった。

 

 

 

 稲葉が必死に放馬したラストファインを追いかけて、ようやく捕まえれば。

 ラストファインの顔は今までに無いほど砂をかぶり、涙で濡れていた。

 稲葉が何度拭っても拭っても、その顔は乾かなかった。

 

 

 ラストファインが馬場を爆走し、散々に暴れまわった夜が来る。

 稲葉が身体に無数の傷をつけて寝起きに事務所に顔を出すと、引退日が4日後になったと巌調教師から告げられた。

 林田駿は、ワイルドケープリが引退してアメリカに行くまで、預けられている預託厩舎に騎乗依頼を断って着いていっている。

 そのままJRA短期騎手免許を取得して、アメリカに渡りに行くとも言っていた。

 どう考えてもワイルドケープリにくっついて渡米する気が満々であった。

 きっと種牡馬になったワイルドケープリを見る為だ。 旦那に振り回される妻の美代子さんが大変そうだと稲葉は思った。

 事務所もすっかりと片付けられて、頼りにしていた先輩である山田と橋本も、居なくなった。

 稲葉は寂しくなったこの場所を、思わず感慨深く見回してしまう。

 

「……終わりなんですね、テキ」

「ああ……そうだな。 この厩舎も、終わりだな」

 

 様々な想いが駆け巡っているのだろう。

 若造である自分なんかじゃ、きっと想像すらも出来ない苦労や苦悩を、この場所に立って築き上げてきた人だ。

 辛いことも、良い事も、散々に経験してきただろう巌の邪魔をしないように、稲葉はラストファインの馬房にまた向かった。

 陽が差す前にラストファインの馬房に顔を出すことが、最早習慣となっている。

 この生活も、あと少しすれば終わりなのか。

 そんな自分がまるで想像できなかった。

 稲葉は思わず苦笑を零してしまいそうになる。 数年前まで馬の事なんて何も知らなかったのが、嘘のようだ。

 いつもは稲葉の足音に反応して馬房から顔を出すラストファインだが、今日はまだ奥に居るようだ。

 水の入れ替えの準備だけ済ませて、ラストファインの様子を窺うと、馬体を隅っこに寄せて横になっていた。

 

「珍しい、ファイン、寝てるのか」

 

 水を入れ替えて、飼い葉の準備を始める。

 もう引退だから、競馬に合わせていた飼い葉の内容も少しばかり変わっていた。

 高タンパクなどを除き、健康維持を主体としたものだ。

 分量に気を付けながら準備を進め、もう一度ラストファインの馬房を覗くと、やはり身体を倒したまま馬房の隅で耳を伏せていた。

 

「ファイン?」

 

 稲葉はそこで様子がおかしい事に気付く。

 飼い葉桶だけ交換し、そのままラストファインへと近づくと、その馬体を震わせていた。

 稲葉が近づいた時に、顔を背けて、もう退きようが無いのに脚を伸ばして馬房の奥へと身体を揺らす。

 まさか、何かの怪我か病気か。

 稲葉は駆け寄ってラストファインの身体に触れた。 見た目から震えていることが判るくらいだ。

 触ればその身体は震え切っている。

 細かく呼吸を繰り返し、鼻息を漏らしていた。

 稲葉は真剣な面持ちで、馬体をつぶさに観察した。 医者ではないが、多少の診断くらいはできる。

 脚は大丈夫だ。

 昨日、暴走して痛めた訳ではなさそうである。

 便秘や風気などの疝痛か? 稲葉は寝藁の奥を探って落ちているボロを拾った。

 普段の便の状態とさほど違いはない。 匂いも特に変わらない。 軟便でもない。 

 掌でラストファインの馬体を探る。 震えはあるが熱発でもない。 馬房のすぐ外に用意してある検温計を用意して調べてみても体温は正常だ。

 詳しく検査をしないと、身体の異常は分からないかもしれない。

 稲葉は巌調教師を呼んで医者を手配して貰おうと立ち上がった時に、視界の中にラストファインの蹄が飛び込んできた。

 形が歪んでいる。

 ずっと担当して毎日毎日見ている蹄が、普段と形が違う。 稲葉だからこそ、見た瞬間に気付けた。

 何故か身を逸らして逃げようとするラストファインの脚を必死に抱えて、稲葉は蹄の奥を覗き込んだ。

 

 裂蹄。

 

 恐らく、何か小石のような固い物を踏んでしまったのだろう。

 痛みによる震えか? ラストファインの顔を見る。

 瞳を震わせて、今にも泣いてしまいそうだった。

 何かおかしい。

 稲葉の直感は裂蹄による怪我の影響だけではない事を察した。

 林田厩舎にラストファインが来てから、最初から最後までラストファインの事だけを見て来た稲葉だけにしかきっと分からない。

 何かに苦しんでいる。

 人には分からない、何か見えない物にラストファインは苦しめられている。

 稲葉はとにかく、怪我のことだけは話さなければとラストファインを置いて馬房から飛び出していこうとした。

 

 ラストファインがその稲葉の姿を見て嘶いた。 

 

 一瞬だけ躊躇して、稲葉はラストファインへと顔を向ける。

 

「大丈夫だ、ファイン。 ちょっと待っててくれ!」

 

 声をかけて消えゆく稲葉を見送ったラストファインの瞳から、小さな雫が頬を伝って落ちていった。

 

 

 

 

 

 



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最終話 その馬の名は

 

 

 

      U 07

 

 

 

 ラストファインの引退の日にちが、組合馬主の話し合いの結果伸びる事になった。

 裂蹄の影響から暫くは林田厩舎で過ごす事になったのである。

 と、いうのも、治療に当たって金銭面での問題があったからだ。

 厩舎に所属し、競走馬として生活している馬の治療は、構内にある診療所から馬医者が即座に対応する態勢が整っている。

 引退馬として競走馬登録が剥がれると、原則として所有者から実費で出すことになるのだ。

 蹄に関わらず、怪我や病気となると保険が効くが、その書類の用意も林田厩舎にすべて揃っている。

 江藤オーナーは下手に揉めるよりもそれならば、と裂蹄したラストファインの蹄が治るまで、実態は療養中だが、形の上では競走馬として扱うに決めた。

 それ自体は容易に受け止められた。

 むしろ稲葉としては、まだラストファインの面倒を見ることが出来るし、林田厩舎の終わりが伸びた事に喜びを感じたくらいだ。

 調教師である巌も、急いでいないとのことで、江藤オーナーの話を快く受け入れていた。

 問題は、ラストファインの身体よりも心の方だ。

 稲葉は一日、一日と陽が昇るたびに身体を震わせて、馬体を馬房の端に寄せるラストファインが心配だった。

 あまりに食事にも手をつけないから、飼い葉は今までの、競争生活でずっと作ってきた物に戻した。

 それからは食べる様にもなったが、飼い食いは悪化する一方だ。

 何よりその原因が中々掴めない。

 ワイルドケープリが居なくなったからか?

 それだけではどうも説明がつかない。 仲の良い馬が居なくなって寂しがる話は聞いた事もあるが、長期に及んでこじらせる何て話は聞かないからだ。

 フェブラリーステークスの直後は普段と変わらなかった。

 2ヶ月経った今、変わった事はなんだ、

 環境の変化を感じ取った? フェブラリーステークスの後に変わった事と言えばなんだ。

 人が居なくなったから? しかし、輸送の多い中で寂しさから精神を萎えさせるといった事はラストファインには今まで無かった。

 ラストファインが急速に精神に不安を抱えた原因。

 絶対になにか要因があるはずだ。

 稲葉は思考を巡らして考えた。

 陽が落ちた後にラストファインは良く嘶いて、二階に居る稲葉を起こす。

 その度に稲葉は馬房にまで降りて行って傍についていたが、何時しか、あまりに頻度が多いからラストファインの馬房の前で、一緒に眠るようになった。

 昼間、乗り運動の準備を始めるとラストファインは暴れだすようになった。

 暴れて、調教の馬場まで稲葉を振り払って、がむしゃらに走るようになった。

 その度に稲葉はラストファインを捕まえて、また暴れだすのを必死に宥めすかした。 

 だから、治りが遅くなってしまった。

 蹄がまた割れて、悪化してしまう。

 夜になれば馬体を震わせて。

 厩舎に誰も居なくなると、必死に嘶いた。

 

「稲葉、大丈夫か」

「テキ……」

 

 取り押さえる際に馬の力で引っ張られ、柱に頭をぶつけた稲葉が厩舎の事務所で横になっていると、巌が心配そうな面持ちで声をかけてくれた。

 

「大丈夫です。 ちょっとふらついただけで。 それより先生、ファインの事が心配です」

「ああ……」

 

 林田巌は身を起こしながら、暗い顔でそう言った稲葉に、なんと声を掛けた物かと逡巡してしまう。

 ラストファインの変調には当然ながら、巌も気付いていた。

 厩舎を引き払う準備も十全に済ませ終わって、後は書類の提出のみとなっている。

 巌が思うに、ラストファインの変調は競馬が出来ないことに対しての反発だ。

 だが、こればかりはもう巌の意向で覆しようのないものだった。 

 ワイルドケープリと共に走る事、それがラストファインの競争生活には必要だったのではないかと思い込んでいたが、不正解だっただろうか。

 最後の最後まで、馬の事を分かっているつもりで、馬に無理をさせて来たのだろうか。

 もし、そうであるならば、とんだヘボ調教師である。

 

「稲葉、ラストファインは競馬をしたがってるが……今回ばかりは力になれない。 引退は決められたことだから、馬に納得してもらうしか無いだろう」

 

 巌は時間に頼ることにした。

 ラストファインが走れる日がくることは、もう無いのだから。

 

 

 

      第七話  その馬の名は  

 

 

 

「ファインが、競馬をしたがっている……」

 

 稲葉はやはりそうなのか、と納得しようとした。

 組合馬主のオーナーたちが、ラストファインを競馬に出すことがもう無いから、仕方ないんだと。

 回復した稲葉は巌と別れ、厩舎の馬房へと足を進める。

 この林田厩舎、最後の一頭との別れの時はもう覆らないのだから。

 ラストファインは馬房の奥の隅っこに居た。

 競馬ができないから、怖いのか。

 震えて顔を腫らして、怯えているのか。

 なぜ、こんなにも恐れてしまっているんだ。 

 ファイン、どうしてそんなに泣いてしまっているんだ。

 稲葉は馬房の柵に体重をかけて身体を預け、ラストファインをじっと見つめた。

 ずっと見て来た。

 朝も昼も、夜もプライベートも捧げて、この目の前で小さくなって身体を震わしている馬を。

 誰よりも間近で、誰よりも身近に。

 負ければ暴れて泣いて。

 勝てば雄々しく胸を張って立って。

 この園田に在籍する、どんな馬よりも真っ先に馬場に駆け込んで速くなろうと藻搔いてきたじゃないか。

 馬がこんなに涙を流すなんて、知らなかった。

 先輩の山田や橋本も、こんなに顔を濡らす馬は見たことが無いと言っていた。

 どうして泣いてしまうんだい。

 なんで、引退する時になってそんな姿を最後に見送らなくてはならないんだ。

 この馬は。

 この馬は、立派に戦ってきた。

 最初に来た時はどの馬よりも遅く小さかったのに。

 誰からも勝てないだろうと笑われてきたのに。

 戦って、戦って掴んできた勝ち星は、今じゃ園田競馬の中にも納まらないほどの大きな勲章を掴み取ってきたじゃないか。

 誰よりも称賛されて然るべきだ。

 もろ手を挙げて称えるべきだ。

 この小さな、でも力強い馬を、どうして過小評価するんだ。

 誰よりも誇り高く立ち向かってきた馬が、なぜ震えて競馬の世界から消え去らなければならないんだ。

 稲葉は腹が立った。

 悔しくなった。

 ラストファインがもう一度競馬に立って、勝つ姿を見たくなった。

 懐から取り出したスマホの画面を睨みつけて、稲葉は探した。

 馬主たちが納得して送り出しそうな、ラストファインがもう一度競馬に立てる場所を。

 見つけたところで、走れるはずが無いと分かっていても。

 稲葉は画面を睨みつけるようにして、番組を探していた。

 

 

 

 組合馬主の定例会が5月、日本ダービーの行われた日に開催されていた。

 久慈オーナーと共に姿を現したのは、つい先日に所属した新人馬主の八木 一彦オーナーである。

 配られたばかりのJRA、地方競馬の資料を脇に抱えて、慣れない場で緊張を露わに、末席へと腰を下ろしていた。

 江藤オーナーが本日、回復しきったラストファインの引退手続きを行い、書類の提出をするとの話である。

 岸間オーナーに声を掛けられて歓談し、馬主についてのあれこれを、経験を交えて話をされた。

 久慈オーナーからは場を楽しめるように、組合所属の多くのオーナーを冗談交じりに解説されて、名刺を交換していく。

 八木が緊張よりも、人との交流を楽しめるようになった頃、メインレースである日本ダービーのファンファーレに場内が沸いた。

 ホースマンであれば何よりも特別な、勝負と誇りと栄冠の。 3歳クラシックの頂点を決めるレースが始まって。

 注目が大型のモニターに集まる中、八木は資料を開いた。

 最初に開いたページ、一枚目のページを捲ろうとした指が、冊子の中ほどになってしまって、開いたページ。

 ただの偶然で、留まった。 最初に読んだ場所。

 本年度開催予定の、第××回ジャパンカップ出走条件、そのJRA選定馬としてラストファインの名が小さくそこに書かれていた。

 一番最初のページに戻ろうと親指を冊子に手を掛けた八木はおや、思って手が止まる。

 ラストファインはこの組合馬主が所有している馬ではなかったか。

 そもそも久慈オーナーから協会に所属しないかと声を掛けられた時に、ラストファインの名を聞いていた。

 しばし見つめて、八木は首を傾げた。

 なんとも勿体ないと思ったからだ。

 望外とも呼べる形でフェブラリーステークスを獲ったから、もう十分なのだろうか。

 ワイルドケープリを追走してフェブラリーステークスを勝ったラストファインは、世間ではレース展開に恵まれて勝ち取ったという風潮である。

 実際に八木が見た映像でも、するするとワイルドケープリの開けた内を通って前粘りで勝てたように見えた。

 そんな不思議そうな顔で冊子に目を落としている姿に、久慈オーナーはまだ緊張しているのかと苦笑いしながら声をかける。

 八木は苦笑を零しながら言った。

 

『直線抜け出して、ついにやったぞ! ネイヨン軍団の、羽畑オーナーの悲願が今ゴールイン! ネイヨンフォーリア、ダービー制覇だ!!』

 

「いえ、ラストファイン、これを見てるとジャパンカップに出走できるのに。 今日で引退なんて、凄い世界だなぁと感心してました」

 

 久慈オーナーは持っている資料をひったくる様にして奪い、八木は目を回すことになった。

 

 

 

 江藤オーナーから慌ただしく連絡が入って、電話を切られると巌は愕然とした面持ちになって暫くテーブルにある固定電話を見つめて固まってしまった。

 まさか話が覆ることがあるなんて。 

 一体全体、どのレースに使うのかを聞けばジャパンカップと聞いて目玉が飛び出しそうになった。

 夏入りの直前、気温が急激に上がっていく中で舞い込んだ話に巌は困った顔を浮かべていた。

 まだ競馬ができる事はラストファインにとって喜ばしい、という気持ちと全てを引き払ってしまった今になって言われても困った、という顔を混ぜ込んだ表情であった。

 林田厩舎ではもう、準備が何もできない。

 仮に調教に入れたとしても次走がジャパンカップという芝競争なら、園田では難しくなる。

 目を瞑って巌は考えた。

 ラストファインの事を、まず最初に。

 次にそのラストファインを自分がしてきた指導を守り、まっすぐに見続けてきた稲葉の事を。

 電話の受話器を持ち上げて、巌は知り合いの調教師の番号を調べながら、入力した。

 

 

 暴れる事すらしなくなったラストファインは、日に日に身体を細くしていった。

 稲葉は戻らないメンタル状態と、その影響が出てき始めたフィジカルの状態に歯止めを掛けようと、足繁く馬医者の下まで駆けこんでは、ラストファインを支えている。

 もう、どうにもならないかも知れない。

 半ば諦めかけている心を叱咤し、稲葉はラストファインの傍にずっと寄り添っていた。

 スマホを開いて、予定表をじっと見つめる。

 蹄の状態もようやく完治し、いよいよ引退が近づいてきていた。

 集中して画面に視線を落としていた稲葉に、人影が重なった。

 

「稲葉、話がある。 事務所まで来れるか?」

「……テキ?」

 

 事務所に腰掛けている先生に、お茶を入れてお互いに対面で座り合う。

 一息ついて対面に座り込むと、巌は帽子を脱いで脇に置き、稲葉へと向かって居住まいを正した。

 

「稲葉、ここを引き払った後の当てはあるのか?」

「先生……いえ、ファインに付きっきりだったので、特にはまだ……」

「そうだろうと思ったが……どう考えているんだ?」

「……」

 

 稲葉は首を振ってしまった。

 きっとバカなんだろう。 ラストファインの引退も決まって、林田厩舎も閉じて行く。

 厩舎の二階を借りて生活していたから、住む場所だって手配しなくてはならないのに。

 次の行き先をまったく考えずにずっとラストファインの傍に居るなんて、自分の人生を軽んじてると思われても仕方がないかもしれない。

 

「お前、中央の厩務員にならないか?」

「え?」

 

 ラストファインの引退が先延ばしになり、ジャパンカップの出走を目指すようになった事。

 林田厩舎から、ラストファインは転厩して中央所属になること。

 組合馬主の江藤オーナーからは、ラストファインを中央に転厩させるに当たって何処か良い人は居ないかと打診を受けていた。

 一年前には満司調教師との話が進んでいたが、引退の話が通ったのか、馬房が埋まってしまったとして断られたのである。

 そうした経緯から巌は転厩先に雉子島厩舎を選んだ。

 稲葉はそうですか、と顔を伏せた。

 

「雉子島先生と俺は、昔は同じ師を仰いで調教助手で働いていたことがあったんだ。

 期間こそ短かったし、調教師として独立してからは中央と地方で別れて、顔を合わすことも殆どなかったけれどな」

 

 とはいえやはり、突然すぎる話だ。

 雉子島は巌との会話もそこそこに、ラストファインの受け入れには難しい声をあげていた。

 巌は師との思い出話を一つ語って、雉子島が息を吐いて受け入れると、一つの条件をつけられた。

 

「条件?」

「ラストファインを担当していた厩務員も来るように、と。 そうでなければ、転厩の話は断られるだろう」

「……まさか」

「俺達の師であった先生は、一度面倒を見る事になった担当馬を、必ず一人の厩務員に最後まで面倒を見させていた。

 そのやり方は、俺も、雉子島先生も変えなかったんだろうな。 ははは……稲葉、どうだ。 俺の厩舎はもう終わる。 ラストファインの為にも、この話を受けてくれんか」

 

 稲葉は顔を上げて巌調教師をまっすぐに見つめた。

 笑みを浮かべて、最後に出来ることはこれしか無かった、と恥ずかしそうに眼鏡を外して。

 

「ラストファインの事を、頼んだぞ、稲葉」

「テキ……はい、ありがとう……ありがとうございます」

 

 こぼれそうになる涙を堪えて、稲葉は頭を下げて声を絞り出した。

 最後まで、テキには面倒をみて貰ってしまっている。

 巌が立ち上がって席を外すまで、じっと頭を下げて稲葉は感謝の言葉を告げていた。

 

 そうして転厩日を迎えてラストファインはやはり、暴れてしまった。

 馬運車に乗り込むのを必死に拒んで、やがて暴れる事に疲れて無理やり引きずられて行った。

 稲葉はラストファインの横でずっと首や顔を触り、宥めようと一緒にいた。

 

 

 

 知らない場所に来た。

 ラストファインは暗い世界の中で、稲葉以外の人間が居なくなってしまった事に気付いていた。

 居なくなってしまう。

 誰も居なくなってしまう。

 ずっと一緒に居た人が居なくなって、また新しい人間に変わってしまったんだ。 

 走る場所も砂ではなく、いつかワイルドケープリと共に練習をしていた芝に変わっていた。

 何をされるのだろう。

 競馬が出来なくなって、何をしているのだろう。

 未知が怖かった。

 必死になって藻搔いても届かなかった光は消えて、暗い世界の中で、厩舎で一緒になったばかりの馬と芝の上を走らされた。

 知らない馬がラストファインを突き放していく。

 走ることさえ上手く出来ない。

 ラストファインは己の脚を見ることすら、しなくなっていた。

 調教の場で見ていた人たちは、適応ができていないと口を揃えている。

 こんなものか、仕方ない、馬主の都合だ。

 ヘロド系を、芝のGⅠに。 記念に、回らせるだけ。

 その様子は、初めて林田厩舎で調教を受けた時に似ていた。

 周りからは誰からも期待されず。 誰もがラストファインの走りを見て呆れていた。

 稲葉は歯噛みをしながら、黙ってラストファインの面倒を朝も夕も、時間を問わずにみていた。

 雉子島先生に許可を取って、ラストファインの馬房の前にも稲葉が居られるように計らってもらった。

 

「ラストファイン、ジャパンカップ前に叩かないんですかねー?」

 

 誰かが雉子島厩舎の事務所で、そんな声を雑談といった形の中であげていた。 

 たまたま、事務所の外にいた稲葉に聞こえてしまった。

 答えていたのは部屋の奥から出てきたのだろう。 雉子島先生の声だった。

 

「馬が走る気になってねぇんだから、叩くも何もねぇだろ。 なんだテメェは、馬鹿野郎か?」

「やっべ、すいません」

「あー? 加藤てめぇ、今の話、周りに吹聴すんじゃねぇぞ。 よっぽど真面目だ、稲葉の方が」

 

 雉子島は当然、多くの管理馬を抱えてる中でもラストファインの様子をしっかりと見ていてくれている。

 しかし、と稲葉は思った。

 ラストファインが、競馬を走る為の調教が再開されても復調しない。

 その兆しすら見えない。

 馬鹿にされっぱなしで良いのかよ。

 笑われっぱなしで良いのかよ、ファイン。

 お前はいつも、その脚で馬鹿にしてきた奴等を自分の力で見返してきたじゃないか。

 負けても、めげても、顔を上げて立って走って。

 最後には胸を張って、園田じゃそれで認められていたじゃないか。

 悔しい。

 頑張ってくれなきゃ、自分は何も出来ないから、余計に悔しい。

 林田厩舎で、ワイルドケープリの真似をして首を上げていた馬と同じ馬だと、思えない。

 ファイン、お願いだ。 目を覚まして立ってくれないか。

 泣き顔を腫らす前に、怯える前に、立って、走ってくれないか。

 悔しいんだ。

 覗き込んだ馬房の奥で、ラストファインは隅っこで震えていた。

 稲葉は知らず拳を握って歯を噛みしめていた。

 

 10月に入る前だ。

 スプリンターズステークスが行われた1週間後だった。

 雉子島厩舎のクラッシュランドが優勝し、大騒ぎをして、厩舎全体で祝いあっていた。

 そんな中、アメリカからの短期留学を終えて戻ってきた林田駿が、雉子島厩舎に顔を出していた。

 稲葉が林田厩舎最後の一頭。 ラストファインの転厩と共に、雉子島厩舎へと所属を変えた事を知って、尋ねにきたのである。

 久しぶりにあった林田駿は、肌がこんがりと焼けていた。

 

「久しぶりだな、稲葉、元気だったか?」

「お久しぶりです、駿さん。 連絡受けてましたけど、ちょっと遅かったですね」

「わるい、牧野とそこで丁度合って、少し話をしてて遅れた」

「それにしても凄い焼けましたね、最初、駿さんだって気付きませんでした」

「ああ。 ウェスタンウッドホースで、牧夫の真似事をしてたら、こんなに焼けちまったよ」

 

 騎手として渡米したはずでは?

 疑問を飲み込んで、稲葉は笑いながら話す駿に、アメリカでの土産話を聞きながらラストファインの下へと案内をしていた。

 後ろを向いて、身体を倒しているラストファインが居た。

 その後姿が―――記憶と違って随分と小さく見える。

 駿は稲葉の顔色が会った時から優れない理由を察した。 声をかけても立ち上がりもせず、結局ラストファインは顔を見せてもくれなかった。

 

「……ああ、そうだ、稲葉。 現地で動画を撮ってきたのが幾つかあるんだ。 ワイルドケープリの」

「いくつかって、ファイル名が234ってあるんですけど」

「ああ、もっと撮りたかったな」

「……ワイルドケープリ、元気でしたか?」

「そりゃあそう。 元気いっぱいだった。 牧場でもボスになったみたいでな。 もし、もっと馬が大勢いる時だったら、うちの厩舎でもボス馬になったのかもな」

「はは、なんか想像が出来ますね。 ワイルドケープリは迫力ありましたし」

 

 少し大きめのスマートフォンで、稲葉に見える様に掲げた映像から、今はもう随分と懐かしい。 傷痕の残った顔をカメラ目線で向けている馬が姿を現した。

 奥で倒れている馬が居る。 馬体の特徴に見覚えがあって、奥に居る馬はクリムゾンカラーズだと分かってしまった。

 なんて豪華な画なんだろうか。

 稲葉は思わず笑ってしまいそうになって動画に集中してしまい、映像の中のワイルドケープリがクリムゾンカラーズに振り向いて、同調するように嘶いていた。

 

 『―――いつまで倒れてんだ、阿呆』

 

 ラストファインの耳が動いた。

 背中を向けていた林田駿と、稲葉は再生された動画に集中していて、その様子に全く気付かなかった。 

 

 『―――たいして痛くもねぇだろ。 とっとと立てよ。 せっかく良い天気だってのに、日が暮れちまうぜ』

 

 顔が上がる。

 暗い世界の中で声が降りかかった。

 何かどこか遠くから、籠ったような声が。

 知っている声だ。 ずっと追ってきた声だ。 

 今みたいに暗くて冷たい夜の中、何度も何度も聞いてきた声だった。

 

 映像を繰り返していた駿のスマートフォンから、ラストファインの耳に、今度はハッキリとワイルドケープリの声が聞こえた。

 旅立つ前に貰った言葉が蘇って。

 

 『―――いつまで倒れてんだ、阿呆』

 

 0か1しかねぇのか。 馬鹿が神妙な顔をしてるんじゃない。 判っちゃいねぇな。 産まれも育ちも関係あるかよ。

  しょうがねぇな、しっかりついてこいよ。 競馬をしなくちゃ、競馬は勝てない。 ああ、楽しみだな。

 

 

 ―――ぐるぐるを頑張れよ

      俺は光には届かなかった

        おい、足踏みしている暇なんかないぜ

 

 

 言葉が、ひとつに繋がっていく。

 

 

 

          また泣いてるのか、ちび

 

 

 

 喉の奥から絞り出した嘶きに驚いて、駿と稲葉はラストファインの馬房を振り返った。

 ラストファインが、また暴れだしたのか。

 稲葉が馬房の中に潜り込もうとした時、二本の脚で立ち上がっていたラストファインが、蹄を大地に着けると、荒い呼吸を繰り返して前脚を掻いていた。

 濡らした顔を上げて。

 精一杯、その身体を大きく見せて。

 ラストファインは暗い暗い世界を睨みつけた。

 知っていたはずなのに、見ようとしていなかった。

 山間に沈んで暗くなれば、長い夜を抜けて、また陽が昇る事を知っていたのに。

 

 

 泣いてなんか、いない。

 

 泣いてなんか、いないんだ。

 

 

 ラストファインの瞳に闘志が宿る。

 暗闇の中で聞いていた。

 次が最後の競馬であることを知っている。

 競馬の中でも大きなレースで、格式の高い芝のGⅠ競争。

 全ての人が勝利を讃える競馬を。

 成し遂げてみせれば、きっとラストファインは光の中でいられるから。

 ワイルドケープリでさえ届かなかった、光を掴まなくちゃ。

 掴まなくちゃいけない!

 まだ、競馬が出来るのだから!

 

 自身の夜を切り払う為に。

 光に満ちた世界に、踏み入れる為に。

 

 長い長い夜を越えて、ラストファインはやっと前を見据えることができた。

 

「ファイン……」

 

 稲葉が様相の変わったラストファインに驚きながら手を伸ばす。

 そっとその頭を、稲葉の掌に擦り付けた。

 目を閉じて。

 ただ一人が齎す光は小さかった。

 稲葉の手の暖かさを感じながらラストファインはゆっくりと目を開けた。

 視界の先に闇はもう、広がっていなかった。

 

 

 

 

 脚を回せ!

 

 調教を受けているラストファインの馬体が弾んで、力強い踏み足に芝が捲れ上がる。

 ずっと併せていて、置いてかれていたオープン馬との併走。 それまでの走りが何だったのか、と思うくらいにラストファインの踏み足は力強かった。

 周回半ばから一気に千切り、風を切って置き去りにする。

 周囲からの視線ががらりと変わる。

 なんだいきなり。 どうした、急に。

 変化に戸惑ったのは、稲葉以外の厩舎のスタッフ全員であった。

 雉子島調教師だけは少しだけ笑みを浮かべて、厳めしい顔を歪ませた。

 併走する馬が変わっても、調教時の動きは激変し、どんな馬を当てても、決して前を譲らなかった。

 競馬をしなくちゃ競馬に勝てない。

 競馬をしていた時の感覚を、一刻も早く取り戻さなくちゃいけない。

 

 脚を回せ!

 

 衰えた筋肉を回復させるように、稲葉に食事を催促する。

 質の高い飼い葉から、多くの栄養素を吸収するように、とにかくラストファインは目一杯に食べた。

 あれほど悪かった食い気が何だったのか。 

 桶に勢いよく顔を突っ込んで、腹に栄養を詰め込んでいく。

 食べて食べて、そしてまた走って飯をたらふく掻き込んだ。

 みるみる内に、と言って良いほど窶れていた馬体が良質の筋肉へと変換されていった。

 引き運動でも、乗り運動でも、教えられてきた事を総動員し、ラストファインは身体と体幹を鍛え直して行く。

 時間がないことを理解していた。

 次が最後の競馬であることを分かっていた。

 ラストファインは一日が、たったの一日が必死であった。

 光を掴むために。 この脚が届くように。

 足掻いて、藻搔いて勝ち取る為に、一日を必死に過ごしていく。

 

 脚を回せ! 脚を回せ!

 

 ラストファインはとにかく脚を回した。

 様子を見守ってきた雉子島調教師が満を持してメニューを増やした。 

 坂路にプール、なんでもやらせてくる。 異常なほどの密度で構成された調教メニュー。 

 通常では在り得ないほどの量を叩きつけて、ラストファインはそれを順調に消化していく。

 ラストファインは泳ぐのが下手だった。

 溺れながら懸命に足を掻きまわして、プールが終わると咽てクシャミのような声をあげていた。

 やりすぎだ、とスタッフが止める中、雉子島調教師は恫喝するように叫びながら強行し、それでもラストファインは足らぬとばかりに調教が終わろうとしても暴れまわった。

 ネビュラスターの引退を控えたレース前に顔を出した、田辺騎手がその様子に苦笑をこぼす。

 雉子島は愉快そうに笑って稲葉の肩を叩いた。 芝でも走れると言った巌の見る目は正しいな、良い馬じゃねぇかと声をかけて。

 主戦の牧野晴春が、調教から乗りつけるようになって、レースが間近に迫った事を敏感に感じ取った。

 脚を回して。 脚を回して。

 ラストファインはがむしゃらに身体を作り上げた。

 

 ジャパンカップの話が世間では話題になり始めていた。

 記者や報道陣が増えて行く中でラストファインは大雨の中で追切を走った。 苛めぬいた身体は、いっそ芸術的であった。

 ネビュラスターと併せてラストファインは走る。

 どこまでも前へ。 どこまでも先へと、脚を踏み出す。

 休養すら許されずに絞った身体は、平凡なタイムを叩き出して、芝のネビュラスターに後塵を帰した。

 その日は追切の為の一本だけの併走だけで、調教は終わりを告げ僅かな時間の休養に入る。

 

「かなり平凡なタイムの追切でしたが、手応えはあるでしょうか」

「今週末にはもうジャパンカップですが、ラストファインは芝に適応できてないのでは」

「ラストファインは勝負できるでしょうか?」

 

 そう質問が飛んで来た雉子島は、記者達を睨んだ。

 

「おい、たわけた事を言ってるんじゃねぇよ。 勝負になるに決まってるだろ、出走するんだから」

「勝ち目はあると、思っているんでしょうか?」

「あるに決まってんだろ。 なきゃ出さねぇよ。 ヤラズでも疑ってんのか?」

 

 初めからたいして期待もしていない声に、終始不快そうな顔を崩さず。

 

「前走がフェブラリーステークス以来となります、勝算はありますか?」

「何度同じこと言わせるんだ。 そうでなきゃ、調教師なんか最初から競馬にいらねぇし、レースだって出ねぇんだよ。 もういいか?」

 

 雉子島は立ち上がってつまらなそうにそう答えて、記者たちへの対応を終えた。

 

 

 

 煽り文句を盛大に付け足され、ジャパンカップへ出走する馬たちの紹介が始まった。

 次々に追切の様子が映されて、近走や近況を時間を割いて紹介されていく。

 稲永竜平は今週末のジャパンカップに向けて、競馬番組をかじりつくように見ていた。

 クアザールを破った前年チャンピオン・デュードランプリンス(愛)、同じくアイルランドから帯同馬としてゾーンファニーが二連覇を目指してやってきた。

 昨年度、クアザールに凱旋門賞を取られた仏からコロネーションS・ジャックルマロワ賞を制した8戦無敗の3歳馬 ブロスペラボヤージュが日本の国際競争タイトルを奪いに来日。

 アメリカ芝競争で圧倒的な戦績を引っ提げて日本に乗り込んできたメダルオブスカーが、突然と言って良いほど前触れもなくジャパンカップに参戦。

 イギリスダービー馬、ヒルデザードシーズンが。

 香港から不気味な存在、騙馬ヒューマンアナライズドが。

 対する日本馬からは天皇賞秋を勝ったステイブルダイス・宝塚記念を制したビレッジバロン・今年の日本ダービー馬に輝いたネイヨンフォーリアが。

 そして、転厩し1枠1番という最内枠を引いたラストファインが映像に映されて現れる。

 それまでの馬は大きく尺を取って詳しく説明されていたのに、僅か20秒弱。 

 殆ど期待されるようなコメンテーターの言葉もなく、それまでの派手な紹介が嘘のように、ヘロド系という血統要素のみが注目されラストファインの追切映像が終わっていった。

 

 海外馬の参戦は2030年以降から日本馬の海外挑戦に合わせるように、また多くなってきたが、今年のジャパンカップでは全16頭中海外馬が6頭と大盛況であった。

 因縁もあるだろう。 結果を出したから来たのだろう。 勝算があると踏んだのだろう。

 それでも日本馬ばかりであった頃と比べれば、今年もまたお祭り感のある顔ぶれとなった。

 特に注目が集まったのはクアザールを破った前年覇者 デュードランプリンス。

 そしてフランスから日本のタイトルを取りに来たと豪語するプロスペラボヤージュは、凱旋門賞でクアザールと叩き合いを演じたフラットクライオンの全弟。

 強気な発言を繰り返しメディアに再三取り上げられているアメリカ芝競争の王者メダルオブスカー。

 それらの存在が手伝ってか、SNSや掲示板では活発に議論や煽り合いが乱れ飛んでいた。

 日本馬では主役足る者が居ない。

 海外馬優勢の雰囲気が風靡しており、今年のジャパンカップのタイトルは昨年に続いて海外馬が攫って行くのではと予想されていく。

 

 パソコンに向かってラストファインの事に触れている場所へと、稲永は記事や掲示板を覗いていった。

 殆どが勝つとは思っていないだろう、上っ面だけの気の無いエールを送るコメントばかり終始していた。

 怪我をしないように回ってくれ、だの、入着目指して頑張ろう、だの、勝利を望む声は皆無だったと言っても良い。

 もしもラストファインの事をまったく関わりなく過ごしていれば、稲永も彼らと同じように考えていただろう。

 そして心無いコメントを残していたはずだ。 勝てるわけがないだろう、ダート馬が出るのは組合馬主の宣伝にすぎない、と。

 最後に出走表を開いて、それを一度見てから稲永は席を立って窓辺による。

 この時期では珍しく、今週はずっと大雨の予報で、外は豪雨に見舞われていた。

 

 

 

      GⅠ / ジャパンカップ

 

東京競馬場 芝2400m 曇り/不良 全16頭 15:40 発走

 

1枠1番  ラストファイン       牧野 晴春  (厩舎・雉子島 健)

1枠2番  ビレッジバロン       清倉 賢吾  (厩舎・満司 史朗)

2枠3番  ネイヨンフォーリア     竹岡 遼   (厩舎・大迫 久司)

2枠4番  プロスペラボヤージュ    ミレク    (仏・アモン)

3枠5番  ゾーンファニー       キーアン   (愛・トーマス)

3枠6番  ハシルヒオウジャ      田辺 勝治  (厩舎・富士野 遥)

4枠7番  ヒルデザードシーズン    デザイー   (豪・スミス)

4枠8番  ステイブルダイス      広山 應治  (厩舎・北川 元)

5枠9番  デイスピードエース     岸本 祐   (厩舎・片山 康夫)

5枠10番  ウィスパレード       平野 有吉  (厩舎・内田 渉)

6枠11番  デュードランプリンス    マルセル   (愛・トーマス)

6枠12番  フィンクス         久瀬 佳樹  (厩舎・猪俣 幸三)

7枠13番 ヒューマンアナライズド    ローマン   (香・ノング)

7枠14番 メダルオブスカー       ジョンソン  (米・アーサー)

8枠15番 オルゾォーク         飯山 広   (厩舎・榊 五郎) 

8枠16番 グラスクォーツ        新野 幹   (厩舎・間戸 一成)

 

 

 ―――……

 

 

 雨が止まなかった。

 ジャパンカップ当日、馬房の中で打ち付ける雨音を聴きながらラストファインは静かに立っていた。

 僅かな時間ではあったが、身体の休息は完全で、今すぐ競馬が行われても問題は何もない。

 陽が昇る時間になっても分厚い雲は空を覆っていて、ようやく雨脚が弱まったのは昼を過ぎてからだった。

 強いという程ではない風が吹き、東京競馬場のターフを濡らしていた。

 耳がぴくりと動いて、ラストファインは分かった。

 稲葉の足音が聞こえる。

 閉じていた瞼を開いて、ゆっくりと目を開ければ視野の中に映る景色が、仔細に把握することができた。

 飼い葉を食べた時にはもう、今日がレース。

 最後の競馬をする日だということがラストファインには分かっていた。 味が違うからだ。

 心構えは出来ている。

 これが最後だ。

 足音が近づいて、ようやく稲葉が顔を出す。

 ラストファインの耳は遠くから歩いてくる稲葉の足音が、ハッキリと聞こえていた。

 この雨の中、GⅠ競争で慌ただしい厩舎の中、しっかりと捉え切っていた。

 

 不思議な感覚だった。

 今までに経験したことの無いほど、ラストファインは自分が最後の競馬に臨んで、己の態勢が整っている事を自覚できた。

 準備を進める稲葉の指示に従って馬体を綺麗にされる。

 鬣を結えられ、尻尾を梳かされて、ラストファインは稲葉に手入れをされている間、自らの脚をじっと見つめていた。

 時間が来たのだろう。

 正装に身を包んだ稲葉がラストファインの口を引いて歩く。

 装鞍場までの道すがら、すれ違う馬達と人の一挙手一投足が全て把握できるようだった。

 パドックに出れば人々の目が一つ一つ、どこに視線が向かっているのかさえ判るようだった。

 ラストファインは顔を上げた。

 堂々と歩く。

 誰が見て居なくても、誰も見て居なくても。

 今この場に自分が立って歩いている事を、誇示するように。

 この場所にラストファインは立って歩いている。

 稲葉が立ち止まって、牧野が顔を見せた。 雉子島が首を叩いてかまして来い、と意気をつける。

 江藤オーナーを始めとした馬主たちが、ラストファインに頑張れ、と声を挙げていた。

 小さな光の兆しが、近くで輝いていた。

 

「牧野騎手、ファインをよろしくお願いいたします」

「ああ、行ってくる」

 

 

 

「第××回ジャパンカップ。 1981年に創設された国際招待競走が今年もやって参りました。

 海外からは6頭参戦しております。 

 出走の回避やトラブルなどもなく、全頭が完全なコンディションで迎えております。

 昼頃には威勢の弱まった雨の中、馬場状態は不良ではありますが、晴れ間がぽつぽつ垣間見えました。

 東京競馬場には既に8万人を越える大観衆が詰めかけて、今か今かと発走を待っている状況です。

 やはり注目は前年、あのクアザールを見事に破って優勝したデュードランプリンスでしょう。

 人気もこのジャパンカップで実績があることから、一番人気となっております。 今年は人気している馬が海外馬に集中していますね、小関さん」

「はい、日本馬では宝塚記念を制したビレッジバロンや、直近の天皇賞(秋)を見事に差し切ったステイブルダイスが居ます。

 当然、力負けはしていないと思いますが、それでもやはり今年のジャパンカップに集った海外馬は実績と力がありますからね。

 特にプロスペラボヤージュはまだ無敗であり、海外でもレーティングが130と高い評価を得ている馬です。

 追切でも日本の高速馬場に対応しているようにも見えましたし、アメリカから来たメダルオブスカーはとにかく陣営の自信が漲っていますから。

 実際にパドックで見た所感も、どこもしっかり仕上げてきているな、と思える馬体でしたし、世間の風潮は正しいのかもしれませんね」

「確かにそうですね。 昨年はあのクアザールが、デュードランプリンスに破れてしまいました。

 しかし、今年こそ、日本馬にも意地を是非とも見せて欲しいところです。

 ステイブルダイス、ビレッジバロン、そして3歳馬ながら菊花賞を回避してまで挑戦してきたネイヨンフォーリアが居ます。

 どこも仕上げには自信がありそうですし、期待が持てるのではないでしょうか」

「不良馬場ですからね、ウィスパレードやハシルヒオウジャは重馬場は得意でして、この東京競馬場でも勝ち鞍があります。

 当然、宝塚記念を制したビレッジバロンはタフなレースもこなせますし、ダービーを3馬身差つけて世代ではトップを証明したネイヨンフォーリアも個人的には期待したいです。

 今はもう雨は止みましたが、馬場状態を味方につけることが出来れば、わかりませんよ」

「なるほど、是非とも好走を期待したいところですね。 

 さぁ、ゲート前に各馬が集まりました。 いよいよ今年のジャパンカップが始まろうとしています!」

 

 風を切って返し馬を行う最中には、自分が捲り上げた芝の一本まで把握できた。

 歓声が上がる。

 大きな、大きな歓声が。

 数えきれないほどの人がスタンドから、光の兆しを送っていた。

 暗い夜の雨を抜けて、光を掴み取るまで。

 2400m先に夜明けがある。

 ラチ沿いをゆっくりと歩いて、メインレースまでに荒れ切った馬場の状態を眺める。

 ラストファインは返し馬の最中、傷んでない芝の上だけ、脚を踏み入れてみた。

 簡単だった。 とても簡単で走り易かった。

 ラストファインは雨が完全に止み切った空を見上げて、ゲートの前に立った。

 目を閉じて。

 重馬場に付き合う必要のない事に確信を深めて、息を大きく吸って吐き出した。

 零れた空気が喉を鳴らして小さく嘶く。 

 闇に取り残されるくらいなら、命を失っても構わない。

 己の存在が消え去らなければいけないなら、生きている意味なんて何処にもない。

 ラストファインという存在を懸けて、ここに立っている。

 瞼を開く。

 

 

 さぁ、競馬をしよう。

 

 

「ファンファーレをお聞きいただきました、東京競馬場。

 長い雨が続いていましたが、曇り空から太陽が顔を出そうかという中。 ジャパンカップの発走時刻になりました。

 前年覇者のデュードランプリンスが入っていきます。 宝塚記念を制したビレッジバロンが、今年のダービー馬、ネイヨンフォーリアが入りました。

 アメリカからの刺客、メダルオブスカー……英ダービー馬のヒルデザードシーズン、少しゲートを嫌がっているでしょうか。

 係員に引っ張られて、今はゆっくりと入っていきます。 最後に、大外枠。 グラスクォーツが入りまして態勢完了です。

 ―――スタートしました!

 ラストファイン好スタート! ぽんっと飛び出した! デイスピードエースも良い出足だ!

 後ろからの競馬を選んだか、デュードランプリンス。 ステイブルダイス天皇賞馬、ヒルデザードシーズンやや出遅れて後ろに控えた。

 前を行くのは②のビレッジバロン、あとはウィスパレードも前目勝負か。 さぁ、先頭から見て行きましょう。

 先頭、ハナを主張したのは1枠1番ラストファイン。 枠番の有利を活かすように、このまま前で逃げる作戦を選んだか鞍上の牧野晴春。

 最初のコーナー入口を駆け抜けて、ラストファインが逃げました。 もうすでにリードは3馬身。 これは作戦でしょうか。

 二番手にはデイスピードエース。 おっと中団から上がっていきますアメリカの⑭番メダルオブスカー、楽には逃げさせないと一気に上がっていく。

 ②ビレッジバロン、そのすぐ後ろに⑥ピンクの帽子ハシルヒオウジャ、香港騙馬のヒューマンアナライズドがこの位置。

 追走してネイヨンフォーリア、今年のダービー馬です。 アイルランドのゾーンファニー、その後ろ追走しているのが此処にいた、フランスの無敗馬プロスペラボヤージュ。

 どこから仕掛けてくる、プロスペラボヤージュ。 欧州の無敗馬が、ジャパンカップの栄冠を手に入れようと、力強くターフを駆けています。

 その後ろグラスクォーツ、フィンクスと続いていますが―――しかしラストファイン、思い切った逃げを打っています。

 二番手からはもう6馬身以上は開いている。 レースを引っ張る形になりました。

 中団後ろからはステイブルダイス、そして前年王者、クアザールを破ったデュードランプリンスが後方から睨みを効かせている。

 その1馬身後ろにオルゾォーク、最後方からペースを上げてヒルデザードシーズンが横に並びかけて行く。

 二番手入れ替わってメダルオブスカーが一気に上がっていきます。 ラストファインに鈴をつけに行く勢い。 掛かっているようには見えませんが、この判断はどうか」

 

 最初のコーナーを回る時にはもう、牧野はラストファインの上で判断を迫られていた。

 先行位置から進めようと思っていた作戦は、余りに完璧なスタートをしたことによってご破算だ。

 このまま進めるか、下げるべきか。

 こんな時になって林田駿との会話が脳裏をよぎる。

 牧野はしばし逡巡をしたが、ターフを集中して走っているラストファインの意気に力を抜く。

 完全に手綱を緩ませて、牧野は笑みを浮かべて自身の構想を放棄した。

 人気が無かった。

 芝の適性があるとはいえ、ダートばかり走ってきた馬が勝つなんて余程の事が無い限りはありえない。

 少しでも上の順位を目指す走りをと思っていたが―――馬が勝つ気でいるのに、そんな弱気な事を騎手がして良い物でも無いだろう。

 どうせ誰もが負ける前提で見ている競馬だ。

 ラストファインのやる気が手綱を通して伝わってくる。

 このまま馬の行くままに任せようじゃないか。

 

 牧野は視線を後方に送った。

 ビックマウスばかり報道されてきたアメリカのメダルオブスカーが近づいてくる。

 動きがあったのはそれだけだ。

 ラストファインがペースメーカーとして逃げてくれてむしろ、好都合だと誰もが思っているようだった。

 牧野は鞭を取って、一つ。 手を掲げた。

 なぁ、おい。

 舐められてるぜ、ファイン。

 ぶちかましてやるか。

 度肝を、抜いていこうぜ。

 牧野の意思を汲むように、ラストファインのペースが一つ上がった。

 

 重くたっぷりと水分を含んだ芝が捲れ上がる。

 次の瞬間には加速する。 踏み足はまったく荒れていない芝をしっかりと噛みしめる。

 その次の瞬間にはまた加速する。

 メインレースまでに荒れ切った最内の経済コース。 芝模様が悪すぎるはずのその場所で、ラストファインの脚は軽く弾んでいた。

 馬体をぐっと沈み込ませて、顔をガッチリと下げて前だけを見据える。

 何も追ってこない不良馬場の中を泳ぐように。

 

「先頭はラストファインだ。 一頭だけの一人旅。 10馬身は離して大ケヤキの向こうに入っていく。

 追っているのはメダルオブスカー。 重馬場に苦しんでいるか、デイスピードエース、少し遅れています。

 各馬ぞくぞくと欅の向こうへ。 さぁ、差が縮まって来たか。 ラストファイン、それとも息を入れたのか!」

 

 誰もが口を揃え、無理だと言う言葉だけが、周囲に溢れていた。

 生まれた時からそうだった。  

 誰も彼も、ニンゲンでもウマでも、この身に降りかかったのは期待とは無縁の無遠慮な視線と声だけ。

 己の身体に流れゆく"別の何か"

 存在も知らない幻を見て、それを追いかけて、ほそぼそと繋いでいく見えない何かが求められ、ラストファインには価値が無かった。

 誰も見ない。

 誰も見てくれない。

 なにかが何なのか、そのものを理解しているわけではない。

 しかし判る。 この身に期待を抱くニンゲンは、自身の意思や感情ではなく、それ以外の物でラストファインというウマを測っていた。

 足並みを揃えて同じように、誰も彼もが。

 生まれてきてから今まで、これまでも、そしてきっとこの先も俺を通して『何か』に夢を語る者は居るのだろう。

 それは暗い闇だと知っている。

 『今』だってきっと、それは同じで。

 林田厩舎ではラストファインの周りは少しだけ明るかった。

 ワイルドケープリという太陽が居たから。

 巌が、駿が、橋本が、山田が、そして稲葉が居たから。

 でも、それも居なくなって、また暗くなってしまった。

 ラストファインを見てくれる者はもう、稲葉だけしか居なくなってしまった。

 "何か"を見ていて、ラストファインは忘れられて見られなかった。

 何処まで行ってもそれはラストファインに付随してくる、価値の在り方だった。

 いつまでも晴れない雨の正体―――それこそが暗い夜の本性。

 嵐の中で弱さを知った。

 あの幼き日にこの身を襲った、許されない存在そのものには、絶対に負けない。

 そんなものは蹴散らしてやるんだ。

 

 俺は『俺』であることを証明する為にこの場所に居るんだ。

  

「ラストファイン、15頭の馬群を従えて先頭のまま―――」

 

 見えているか。

 "俺"の価値を勘違いしているニンゲンよ。

  

 見えているか。

 己を知らぬ全てのウマを従えて、この競馬で先頭を走る"俺"を。

 

「さぁ! さぁ! 東京競馬場・525.9mの長い最終直線が待っている!」 

 

 見ろ。

 

 見ろ。

 

 俺を見ろ。

 

「海外の、そして日本の強豪馬が一気に襲い掛かってくるぞー!」

 

 馬鹿にするな、決めつけるな、知らぬ尺度で測ろうとするな。

 見てくれだなんて、もう言わない。

 俺を見ろ。

 俺は負けない。

 絶対に逃げない。

 もう二度と俺以外の何かを見る暇なんて与えない。

 もう一度、馬鹿げた夢だと嗤われても、俺はこの脚で掴み取って見せる。 

 闇の中に取り残されるくらいなら、そのまま命を失っても構うものか。

 

「ラストファイン、後続とのリードが縮まってきた!」

 

 さぁ―――勝負だ!

 己の存在価値を、大死一番にて誇示する最後の競馬。

 真っ暗な夜を切り拓く光になって。

 さぁ―――勝負だ!

 俺と競馬をするウマ達よ。

 必死に足掻け、足踏みしている暇なんかないぜ。

 超えられる物なら越えて見ろ!

 

 俺の背中は―――

 

   ―――ちび、俺の背中は―――

 

 

  俺の背中は―――容易くはないんだ!

 

 

 風を切る。 一完歩。 脚が大地を踏みしめて。 捻じ込み、響く。 芝を抉って跳ねあげ。 

 瞼をとじて。

 そして眼を開く。

 

 

 緑の大地に闇を切り裂く光星が走った。

 

 

 ラストファインの夜明けは何処だ。

 

 

「逃げるラストファイン! 後続との差は3馬身、2馬身と縮まってきたぞ!  ラストファインが懸命に逃げる。

 縮まって―――ち、縮まらない! むしろ突き放した! ラストファインただ一頭、400標識を通過する!

 二番手メダルオブスカー、鞍上ジョンソン追っているが伸びが苦しい! その後ろからステイブルダイス、、ビレッジバロンと天皇賞馬と宝塚記念を制した二頭追い込んでくる!

 プロスペラボヤージュもゴーサインか欧州無敗の最強馬! 横広がって各馬スパート! ラストファイン逃げる! ラストファインまだ逃げる!

 大外から、大外から昨年ジャパンカップ覇者のデュードランプリンス、一気に中団差し切って前に出た! 凄まじい切れ味! 

 残り300! ラストファイン、リードは一馬身! 余裕が無くなってきた! メダルオブスカーは一杯だ!」

 

「いけっ、牧野ぉっ!!!」

 

 トラックの端でレースを追っている林田駿がラチ沿いにまで身体を出して叫ぶ。

 

「ファイン! 頑張れぇ! 粘れぇ!」

 

 稲永が街中で中継を見ながら、わき目も振らずに大声でエールを送る。

 

「ファイン、いけえええええええええ!」

 

 稲葉が厩務員の集まる場所で、誰よりも大きな声を張り上げて。

 ラストファインの背中を押した。 

 

「追いすがるステイブルダイス、! ビレッジバロン伸びないか! ラストファインまだ逃げている! 

 プロペラスボヤージュ二番手に上がってきた! デュードランプリンスが大外で一気に加速! 残り200標識を通過した!

 ステイブルダイスは伸びない! ステイブルダイス脚が止まった! 海外馬に屈するのか日本の意地! プロペラスボヤージュとデュードランプリンス馬体を併せてラストファインに一気に襲い掛かってきた!

 ラストファインまだ先頭! 2400東京競馬場の重馬場で逃げ切るのか!? 追い比べ! 追い比べだ!」

 

 競馬に勝つんだ!

 競馬で勝つんだ!

 

 『ラストファイン』を見てもらうために。

 

 光を掴むために!

 

 俺が、勝つんだぁぁあぁああああああ!

 

「ラストファインだ! ラストファインどこにそんな力があったんだ! 伸びて行く! 逃げる逃げる! 逃げ切るぞ! 背中を追いすがるデュードランプリンスもプロペラスボヤージュも必死だが!

 一馬身、後ろに置いたまま、ラストファイン後続を振り切った! 信じられない! この東京競馬場の長い直線を今!

 今一着で、ラストファインが逃げ切って優勝だああああ!

 やってやった! ラストファインが並みいる強豪馬を従えて2400mを完全に逃げ切った! 完全に逃げ切りました、牧野晴春とラストファイン!!!!」

 

 

 静寂が包んだ。

 命を揺らした馬達がゴール板を駆け抜けて。

 先頭で走っていたラストファインの行き脚が速度を緩める迄。

 ひらりひらりと馬券が飛んでいく中。

 いっそ不気味とさえ言えるほどの静寂が、東京競馬場を包んでいた。

 

 牧野晴春が、帽子を上げて顰めた顔を潤ませていた。

 雲に隠れた太陽が、顔出して。

 光がラストファインの馬体を照らした。

 

 

 

 何処だ、何処だ、と叫ぶ。

 

 

 

 俺は俺の居場所を探していた。

 俺を見てくれる、陽の当たる場所を探していた。

 悔しさと悲しみを目一杯噛みしめて。

 寂しさに俺は涙を流していた。

 泣いてなどいないと、本気思い込んでいたのは

 真っ暗な夜の雨の中を俺はずっと歩いて気付けなかったからだ。

 

 

 脚を踏み出して、一つ。 

 誰かが手を叩く。

 俺はこの脚で暗い世界を拓いてきただろう?

 どんな時でも、誰であろうと。

 いつか浴びた、光が雲から顔を出して。

 脚を踏み出して、一つ。 

 誰かが声を大きくあげた。

 そしてほら。

 俺の脚が切り拓いた後には光が差す。

 あれだけ暗かった世界が、飲みこまれていくように輝いて。

 沈み込んだ芝を蹴り上げて、影が消え去って光輝に呑まれて消えていく。

 脚を踏み出して、また脚を、そして、またひとつ踏み出し。

 大きな音が波となって、称賛と歓声がぐるぐるを包み込んで盛大に盛り上がっていく。

 スタンドの観客たちから、光が昇っていく。

 夜が明けて闇を切り裂くように。

 暗雲を切り開いて朝日が昇っていくように。

 大きな空の上で目が眩みそうなほど輝く。

 光を追い続けたあの、太陽の馬の様に、ラストファインは胸を張った。

 祝福を告げる手を叩く音が、人々の突いて出る口から歓呼の声が、ラストファインの耳朶に称賛となって一歩。

 緑のターフを一歩と踏みしめるたびにだ。 

 一歩・一歩、そして一歩と大きく大きく響かせはじめて。

 顔を上げる。

 見えているか。

 濡れている顔をラストファインは上げて。

 数えきれないニンゲンと、俺と共に走った馬を視界におさめて。

 見えているか、俺の姿が。

 あの太陽にだって負けないくらい、俺は輝いているか!

 目を開けてられないほどの光が、眩しい光がラストファインの世界に満ちていた。

 祝福に満ちた光いっぱいの称賛が雨の様に降り注ぐ。

 この日、初めて、ラストファインは自分が泣いている事を自覚したのだ。

 

 

 そうだ―――そうだ。

 

 

 さぁ、俺を見ろ。

 ルドルフじゃない。

 テイオーなんて知らない。

 俺はラストファインだ。

 さぁ!

 俺を見ろ!

 格好悪いだろう、情けないだろう。

 いつも俺は泣いていたんだ!

 泣きながら俺は競馬に勝ったんだ!

 でもこれが俺なんだ。

 見えているか!

 見えているだろう!

 

 

 俺が―――俺がラストファインなんだ!

 

 

 

 ラストファインの夜明けは 『此処』 だ。

 

 

 

 

 東京競馬場を包む万雷の拍手と歓呼が包む。

 ゆっくりとゆっくりと走るラストファインのウィニングランを称えに讃え、牧野が手を挙げる。

 凡そ8万8千人の大観衆が折り成す祝福は、3分間に渡って鳴りやまずに響かせた。

 そして引きゆく歓声に黙っていたアナウンサーの声が響く。

 

「このジャパンカップの前、ほとんど誰からも注目されていませんでした。

 誰もが無理だと口を揃えました。

 誰もが無謀だと決めつけていました。

 しかし、やり遂げて見せました! 2400を見事に逃げ切ったラストファインと牧野晴春。 

 晴れ切った東京競馬場を今ゆっくりと、堂々の凱旋! ウィニングラン!

 砂の王者が、芝の王座に、腰を下ろして!

 新帝の誕生です! 第××回ジャパンカップ、 優勝馬は新帝・ラストファインです!」

 

 

 そうだ、俺を見るんだ!

 俺の名を、呼んでくれ!

 

 

 俺が 『ラストファイン』 だ!

 

 

 ラストファインはその脚で、ついに目が眩みそうなほど輝かしく光る、お天道様の下に躍り出たのである。

 

 

 

GⅠ / ジャパンカップ

 

東京競馬場 芝2400m 晴れ/重 全16頭 16:00発走    タイム 2:23:9  

 

1着 1枠1番    ラストファイン      牡5 牧野 晴春 人気11

2着 2枠4番    プロスペラボヤージュ   牡3 ミレク   人気2 1馬身

3着 6枠11番    デュードランプリンス    牝5 マルセル  人気1 アタマ

4着 4枠8番    ステイブルダイス     牡4 広山 應治 人気6 1馬身

5着 1枠2番    ビレッジバロン      牡5 清倉 賢吾 人気3 ハナ

 

 

 

「口取り式の前、馬場から引き上げる時に、ラストファインが地下馬道の壁に身体を預けて倒れ込んでしまったんです。

 観衆の前ではあんなに威風堂々と歩いていたのに。 いきなり予兆もなく、誰からも見えなくなった瞬間に。

 驚いて、そのまま亡くなってしまうんじゃないかと、衝撃を受けました。 もう感動と恐怖でぐちゃぐちゃになってしまいました。

 牧野騎手もすぐに降りて、馬運車を呼んだ方が良いんじゃないかって心配をしてくれたのを覚えてます。

 ラストファインは本当に力を―――全ての力を尽くしてきたんだと、その時に分かりました。

 大事になる前にラストファインは自分で立ち上がって、何事も無かったかのように歩いてくれて……

 その後の検査が終わっても、馬房に戻っても、一夜を過ごすまでまったく安心できなくて……先生、迷惑をかけてスミマセンでした。

 でも怖かった、無理をもうしないでくれと頼みたかった。 

 号泣していたのは、ジャパンカップを勝ってくれたラストファインに感動したのもそうでしたが……

 必死に……本当に、競馬に必死になって頑張ってくれたラストファインを想って、それであんなに泣いてしまったんです」

 

 稲葉厩務員はそう雉子島調教師へとジャパンカップを終えた後に胸の内を明かしていた。

 

「良い馬に出会えたな」

「この馬に―――ラストファインに出会えたことは、一生の宝物であり、私の誇りになると思います」

「男だな、稲葉。 立派なホースマンの顔をしてるじゃねぇか」

 

 雉子島は稲葉の肩を強くたたいて、笑い声をあげた。

 

 勝利インタビューで牧野は答えていた。

 

「ラストファインが逃げ切れた勝因ですか? この滅茶苦茶に重い馬場の中、内々で良い芝の上を走れたからだと思います。

 信じられないかもしれませんが、メインレースで荒れている内側のコースの中で、一番良い所を馬が選んで走っていました。

 馬がですよ? 騎手がどうこうできる物じゃないでしょ、そこは。

 正直、今でもまだ若干、ラストファインに乗った手が震えてますよ。

 ラストファインは今までに出会ったどんな馬より、競馬が上手くて賢くて……とても強い馬だと心底から思います。

 だから、きっとこの勝利は必然です。 誰よりも強い競馬をしたのだから、勝ってくれたのだと思います。

 きっと、誰も信じてはくれないでしょうけど」

 

 この牧野騎手の言葉は数か月後に映像を解析した一人の競馬ファンが、動画をアップロードするまで嘘だと思われていた。 

 不良馬場が上手くハマって、適応の差で勝てたという意見が大勢であった。

 しかし実際にラストファインが走った場所は、解析の結果、芝の荒れていない所だけだったと判明すると、大きな騒ぎになって話題となった。

 ラストファインがとんでもなく利発な馬で、とても強い馬であったことを、世間がようやく認知したのである。

 

 

 そして時は。

 流れて。

 

 

 種牡馬としての生活に慣れ始めた頃であった。

 ラストファインが繋養されている牧場で、一つのイベントが行われようとしていた。

 それは、馬に触れ合う事の少ない子供たちが一同に集まって、牧場の種牡馬たちと触れ合ってもらおうという物だった。

 地元と地域に馬との繋がりと触れ合いを、というテーマで行われ、牧場全体で取り組もうとしている大きなイベントだ。

 

 ラストファインは芝とダートの両方の中央GⅠを制した馬として、最初に呼ばれる手はずになっていた。

 この牧場でも最も人気があって、最も有名な馬だからだ。

 ところが、リハーサルの最中にラストファインはどうしても暴れだしてしまった。

 原因がハッキリしているだけに、余計に困った問題だ。

 子供たちに紹介を促す、司会のような役目を請け負った若い牧夫は、どうすればいいのか頭を抱えてしまった。

 暴走されては子供たちの安全面で問題が出てきてしまう。

 かといって、この牧場ではラストファインは目玉と言っても良い一頭。 

 なんせ観光客の殆どが引退後のラストファインを見に来ていると言っても良いほどだ。

 しかし、彼の紹介にはどうしても、ヘロド系の血統というものと、ルドルフとテイオーの名前が入ってしまう。

 ルドルフ・テイオー・ヘロド。

 これらの名前を聞くと、ラストファインは怒って暴走してしまうのだ。

 見学者の前でも、名前が出た途端に拗ねて、放牧地の奥に引きこもる様に逃げて行ってしまう。

 最近では見学希望者に必ず、ラストファインの前で禁句を言ってはいけないと注意を促す羽目になってしまった。

 

「なんとかなりませんかね」

「何とかって言ってもな……とりあえずスタッフ全員に相談でもしてみるか、何かいい手があるかも」

 

 そうして相談を繰り返した結果、苦肉の策に打って出ることになった。

 ラストファインを連れてくる前に先に紹介を済ませてしまい、最後に呼ぶ方法を取ったのである。

 馬を見せながら紹介するのを諦めることになったが、これしか無かったのであった。

 

 そうして迎えた本番。

 どこまでも青い空が広がって、良く晴れていた。

 用意された席がすべて埋まって、イベントは大いに盛り上がっている。

 最前列に子供たちに交じって稲永が、江藤が、久慈が、ハシルヒメモリの写真をかかげてイベントに参加していた。

 

 牧夫が声を挙げる。

 

「そうです! 皆も、もしかしたら、その馬の名前を知っているかもしれませんね~~~~!

 もし分からなかったら、私の合図と一緒に、この看板に書いてある名前を、読み上げて、盛大に迎えてください!

 それでは、登場してもらいましょう! 

 ジャパンカップ・フェブラリーステークス。 芝と砂を制覇した新帝。 誰もが諸手を上げて称賛する名馬の登場です!」

 

 牧夫は大袈裟に手を開いて、奥から姿を現そうとしている馬に身体を向けた。

 子供たちに分かる様に、大袈裟な態度で大きな声を。

 

「さぁ、みんな! 精一杯、元気よく声を出して呼んであげてくださいね!」

 

 

 スタッフに引かれながら、ゆっくりと建物の奥から姿を現す。

 小さな馬体を揺らし、大きく胸を張って。

 長く長く、愛されて呼ばれる事になった、その名を。

 眩く空に浮かび上がる太陽の輝きを一身に浴びて。

 

 

「せぇーーーーっの! その馬の名はぁぁーーー!」

 

 

 光に満たされた世界で、子供たちの大声に呼応する様に、盛大に嘶いた。

 

 

 

 

 

      『 ラ ス ト フ ァ イ ン !!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外伝 その馬の名は ~ラストファイン~

 

 

 

 

 

 

      終

 

 

 

 

 

  






外伝 その馬の名は ~ラストファイン~ 終了です。

これにて本作 『見えているか、あの眩耀の空が』 を完結と致します。



お気に入り登録、ここすき、感想、評価。 ありがとうございます。 
書く力を貰えました。 
背中を押してくれた皆様に、まずは深く感謝を致します。



所感や評価を頂ければ泣いて喜びますので、良ければ是非、よろしくお願いします。



読了、ありがとうございました!




いつかその気になれば、wiki風とかも書くかも知れませんが、予定はありません。


途中までワイルドケープリとラストファインの成績書いてたんですけどね。
ええ、ほんとに。
ワイルドケープリが77戦も走ってるのが悪いんだ、俺は悪くねぇ!



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ワイルドケープリ全成績と何か









21世紀の名馬 〇〇位

 

   ワイルドケープリ 全成績

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

2031年 2歳 5戦

 

 

 

9/07 園田 2歳新馬 ダ1230 1着 (林田 駿)          ワイルドケープリ

9/30 園田 2歳1勝 ダ1230 1着 (林田 駿)           ワイルドケープリ

10/8 園田 2歳兵庫ジュニアアッパー競争 ダ1230 1着 (林田 駿) ワイルドケープリ

10/21 姫路 2歳ツバキ賞 ダ1200 1着 (林田 駿)        ワイルドケープリ

11/27 園田 園田ジュニアアッパートライ ダ1400 1着 (林田 駿) ワイルドケープリ

 

 

 

3歳 6戦

 

 

 

2/28 姫路 早春特別 ダ1900 1着 (姫野 一)        ワイルドケープリ

4/25 大井 羽田盃  ダ1800 5着 (林田 駿)        キタノソラカラ

6/03 大井 東京ダービー ダ2000 3着 (林田 駿)      キタノソラカラ

7/15 大井 ジャパンダートダービー ダ2000 2着 (林田 駿) ネイヨンデザイア

9/16 川崎 戸塚記念 ダ2100 5着 (林田 駿)        アフガンクリヒロイ

12/21 園田 兵庫ゴールドトロフィー ダ1400 2着 (林田 駿) ラドンタックオン

 

 

 

4歳 12戦

 

 

 

2/05 園田 兵庫ウインターカップ ダ1870 2着 (風間 祐平)ナイトロウ

4/29 園田 兵庫大賞典 ダ1870 2着 (林田 駿)      パカパカ

5/08 姫路 交流 スズラン賞 ダ2000 2着 (五良野 芳樹) イスカットシャカ

5/24 姫路 推し馬キラメキ杯 ダ1600 1着 (林田 駿)   ワイルドケープリ

7/01    競争除外

9/11 園田 新南あわじ麺所A1 ダ1400 3着 (荻野 伸介)  ナブレラドック

9/19 園田 福寿草特別A1 ダ1400 1着 (林田 駿)     ワイルドケープリ

9/30 園田 A1 ダ1870 3着 (五良野 芳樹)        ファイフラワーラ

10/16.園田 秋京都畜産協会特別A1 ダ1400 7着 (林田 駿) シックハンター

10/25.園田 もみじ賞A1 ダ1400 6着 (林田 駿)      パカパカ

11/13.姫路 姫路宝塚A1 ダ1600 2着 (五良野 芳樹)    ナイトロウ

11/27.園田 A1  ダ1400 1着 (林田 駿)         ワイルドケープリ

12/06.園田 園田金杯  ダ1870 4着 (林田 駿)      ラドンタックオン

 

 

5歳 21戦

 

 

 

1/16 園田 新春特別  ダ1400 2着 (林田 駿)      スヴェンダームー

1/27 園田 A1     ダ1870 3着 (白川 和時)     ウィットシンク

2/05 姫路 姫路山陽工業A1 ダ1600 1着 (林田 駿)    ワイルドケープリ

2/14 園田 草芝造園特別杯 ダ1870 1着 (林田 駿)    ワイルドケープリ

3/10 船橋 ダイオライト記念 ダ2400 5着 (林田 駿)   ミスターアコック

4/06 大井 ブリリアントカップ ダ1800 4着 (林田 駿)  ネイヨンシグトラ

4/25 園田 A1 ダ1400 10着 (荻野 伸介)        ナブレラドック

5/03 園田 A1 ダ1870 11着 (荻野 伸介)        シックハンター

5/11 園田 A1 ダ1400 5着 (林田 駿)         スマイリーシュアー

5/21 園田 A1 ダ1400 2着 (林田 駿)         ナブレラドック

6/02 浦和 さきたま杯 ダ1400 4着  (木倉 整)     ジャクラニ

6/14 園田   競争除外   

7/27 盛岡 マーキュリーカップ ダ2000 5着 (林田 駿)  ミニスティガール

8/16 園田 常夏山遊び特別杯 ダ1400 2着 (林田 駿)   スイングス

8/25 園田 晩夏花火企画記念杯 ダ1870 6着 (林田 駿)  イオークフォッシュ

9/26 浦和 オーバルスプリント ダ1400 3着(林田 駿)   ウェディングコール

10/21.園田 兵庫ゴールドカップ ダ1230 2着 (林田 駿)  ヒュメイドスーツ

10/30.園田 重工業商会一同記念 ダ1870 3着 (林田 駿)  キスティックス

11/04.園田 B1  ダ1870 1着 (林田 駿)         ワイルドケープリ

11/27.園田 A1  ダ1870 2着 (林田 駿)         ワイルドケープリ

12/03.園田 雪の日ふるふる特別 ダ1400 12着(林田 駿)  ナイトロウ

12/19.姫路 A1  ダ1600 2着 (林田 駿)         パカパカ

 

 

 

6歳 16戦

 

 

 

1/15 中京 東海ステークス ダ1800 3着 (林田 駿)    ダークネスブライト

2/02 園田 兵庫ウインターカップ ダ1870 2着 (風間 祐平)ナイトロウ

3/07 船橋 ダイオライト記念 ダ2400 6着(林田 駿)    フィルクスーク

4/14 阪神 アンタレスS ダ1800 5着(林田 駿)       クリアレイトン

4/25 園田 A1  ダ1400 5着 (荻野 伸介)       ジネイ

5/13 姫路 推し馬キラメキ杯  ダ1600 1着 (林田 駿)  ワイルドケープリ

5/21 園田 A1  ダ1870 4着 (林田 駿)        キスティックス

6/10 浦和 さきたま杯  ダ1400 3着 (林田 駿)     ジャクラニ

6/30 園田 初夏海遊び特別杯  ダ1400 2着 (林田 駿)  パカパカ

7/12 園田 A1  ダ1870 1着 (林田 駿)         ナイトロウ

9/15 浦和 オーバルスプリント ダ1400 6着(林田 駿)    ウェディングコール

10/01    競争除外

10/07.園田 A1  ダ1870 2着 (林田 駿)         ナイトロウ

10/25.園田 重工業商会一同記念 ダ1870 3着(林田 駿)   シックハンター

11/13.姫路 姫路宝塚A1  ダ1600  4着 (五良野 芳樹)   スイングス

11/27.園田 園田銀杯  ダ1870 4着  (林田 駿)     アジャスティア

12/21.園田 兵庫ゴールドトロフィー ダ1400 5着(林田 駿) ジネイ

 

 

 

7歳 6戦

 

 

 

3/5 船橋 ダイオライト記念  ダ2400 1着 (林田 駿)   ワイルドケープリ

5/4 船橋 かしわ記念  ダ1600  落馬失格          ディスズザラポーラ

7/1 大井 帝王賞 ダ2000 3着 (林田 駿)         ダークネスブライト

9/25.中山 産経省オールカマー  芝2200 1着(林田 駿)   ワイルドケープリ

10/8.盛岡 マイルCS南部杯  ダ1600 1着(林田 駿)     ワイルドケープリ

11/1.東京 天皇賞(秋) 芝2000 1着(林田 駿)       ワイルドケープリ

 

 

 

8歳 4戦

 

 

 

1/21 米  ペガサスワールドカップ  ダ1810 1着(林田 駿) ワイルドケープリ 

3/29 ドバ ドバイワールドカップ  ダ2000 1同着(林田 駿) ワイルドケープリ

4/30 阪神 天皇賞(春)  芝3200 13着(林田 駿)      シャカロック

10/3 米  BCクラシック  ダ2012 1着 (林田 駿)      ワイルドケープリ 

 

 

 

9歳 6戦

 

 

 

3/21 中京 高松宮記念  芝1200 2着(林田 駿)        ベルヌーイスコープ 

6/01 東京 安田記念   芝1600 5着(林田 駿)        バンブーロケット  

6/26 阪神 宝塚記念   芝2200 1着(林田 駿)        ワイルドケープリ

10/24.東京 天皇賞(秋) 芝2000 5着(林田 駿)        ネイヨンディープ

11/28.東京 ジャパンカップ  芝2400 7着(林田 駿)      デュードランプリンス 

12/29.中山 有馬記念   芝2500 6着(林田 駿)        クアザール

 

 

 

2039年 10歳 1戦

 

 

2/14 東京 フェブラリーステークス  ダ1600 15着(林田 駿)  ラストファイン

 

 

 

 

 

      2039年 3月13日  ワイルドケープリ 引退

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

名馬の追憶。       小島のブログ

 

 

2051年12月12日の記事。

 

〇園田のペガサス ワイルドケープリ        著者:小島 仁文

 

   ワイルドケープリ 号      馬主:柊 慎吾

                   厩舎:林田 巌

                   所属:園田

 

   通算成績    77戦22勝    22-16-10-29    GI 6 勝

 

         主な勝ち鞍

   BCクラシック      ドバイワールドカップ

   ペガサスワールドカップ 天皇賞(秋)

   宝塚記念        マイルCS南部杯

 

   総獲得賞金       約26億3千5百万

 

   父 Esppilittie alment 母 Moon razsemiella

 

 

 もう10年ほど前だが、70戦以上を走りぬいた園田の英雄を忘れている者は居ないだろうか。

今年の初夏にこの世を去ってしまったと訃報を受け取った時、一人涙に暮れたのは、まだ記憶に新しいものである。

 

 

今回は勝ち鞍だけ見ても魅力たっぷりな、ワイルドケープリという名馬について振り返りたい。

 

 

現役時には豪快な追い込みで、前に居る馬をごぼう抜きにする流星のような後方一気が印象深い馬だった。

デビュー当時から馬なりで圧勝し、瞬く間に園田競馬を沸かせて人々を驚かせた事をよく覚えている。

ダート三冠挑戦時代には実力ありと目されるも成績が伴わず、長い年月の間燻る事になってしまった事実は、今でもファンにとって辛い時期だった事だろう。

そこから数えて5年、ワイルドケープリが飛躍する契機となったのが2036年に同馬の初重賞獲得となるダイオライト記念であった。

当時世間を大いに賑わせていたのは、海外ダート競争で結果を残してきたダークネスブライト号。

そして新星の如く中央からダートへと参戦して、二代目ダート三冠馬に輝いたネビュラスター号だった。

この時のかしわ記念ではレベルが等しく、どこも注目馬が各地から参戦するということで、一際盛り上がっていた時期であっただろう。

しかしながらダークネスブライトと、ネビュラスターはその中でも激烈に光り輝いていたと言えるし、多くの人がこの二頭がダート競争の主役だと信じて疑わなかったに違いない。

ワイルドケープリはこの二頭と『かしわ記念』からぶつかる事になったが、それがワイルドケープリという馬の闘争心に火を点けたに違いない。

オールカマー挑戦で待望の重賞2勝目を上げると、続く南部杯ではネビュラスター・ダークネスブライトを堂々と下して一躍、一流馬の仲間入りとなる。

返す刀で参画した天皇賞(秋)では、あの9冠馬『クアザール』を異次元の末脚でねじ伏せた。

翌年渡米後にはアメリカ三冠馬、ヒートコマンダー。

GI連勝が当たり前という物語に出てくるような怪物馬のクリムゾンカラーズを相手どって1着を譲らない。

BCクラシックでの話は有名すぎるので、わざわざ私が書き記すまでもないだろう。

当時のワイルドケープリという馬の人気、実力は間違いなく世界レベルであったのだ。

栄光の頂きにあったと言って良いワイルドケープリだが、翌年は芝競争が中心となり苦戦が続くことになる。

林田調教師は脚質は自在性に富むと話して居たが、前目の競馬をして勝ったことは地方開催時だけだった。

宝塚記念こそ獲れたものの、これはワイルドケープリ本来の中団後方からの追い込みであった。

ワイルドケープリの生来の脚質は、差しや追い込みの方が得意だったのは結果から見ても明白だったろう。

現役時代終盤は、足下に不安があるせいか、先行策を取ることも多かったという。

こればかりは陣営の判断ということになるので、私のような一ファンがどうこう出来る様な話では無いのだが、もしもワイルドケープリに脚の不安が無く後方からの競馬が出来ていれば……もしかしたら9冠馬も狙えたのではないか、と思ってしまうのは、贔屓目が過ぎるだろうか。

 

 さて、そんなワイルドケープリは引退後、アメリカのウェスタンウッドホースにて種牡馬生活となる。

産駒はオープン馬2頭を産出。

種牡馬として活躍したのは8年間で、8年目にして『サンダークラップス』がケンタッキーダービーを制して念願のG1馬をワイルドケープリは輩出している。

しかしサンダークラップス以外の産駒成績は振るわなかった。

種牡馬生活を終えてアメリカから日本の篠田牧場へと再び移動。 繋養されることになった。

日本に戻ってくることは元々決まっている事だったとウェスタンウッドホースの記事が残っている。

 

篠田牧場で功労馬として余生を過ごしたが、繋養された3年目の初夏、馬房内にて心臓麻痺により亡くなった。 

解剖の結果、脳化指数が人間に近しい「0.81」と記録されており、非情に賢かったと噂されました。

享年21歳。 早すぎる死に私は猛烈に悲しんだことを今でも覚えております。

 

 最後に。

ワイルドケープリの記事を改めて書こうと思い立ったのは、ファンだったという事もあるが、面白い事実を知ったからである。

ワイルドケープリの後継種牡馬として現在もウェスタンウッドホースで繋養されている『サンダークラップス』が居る。

そのワイルドケープリの血を持った『サンダークラップス産駒』の『アメイジングアヴォイドの2048』は、日本で馬主を営んでいる坂巻氏に購入された。

この事実は非常に面白いものです。

何が言いたいのかと言うと、ワイルドケープリの血がまた、日本の競馬で見られるかも知れないということ。

競走馬登録すらされていない『アメイジングアヴォイドの2048』について話すことは鬼が笑うかもしれない。

しかし、ワイルドケープリのヤネだった林田氏は調教師試験を受けており、合否次第ではもしかしたら、という想像をしております。

 

かつて世界を駆けまわって多くの人々の心を掴んだワイルドケープリという馬。

その血を継ぐ『アメイジングアヴォイドの2048』が日本のターフで花開くことに、私は縁故とロマンを感じてしまいます。

 

 

願わくば実現されることを、心の片隅に留めておきたいものです。

 

 

 

 

 

     ↓ 最近見られた記事はこちら ↓

 

 

〇新帝 『ラストファイン』

 

    通算成績    28戦9勝    9-3-5-11    GI 2 勝

                     馬主:江藤 勇気

                     厩舎:林田 巌 → 雉子島 健

                     所属:園田   → 栗東

 

              主な勝ち鞍

      ジャパンカップ       フェブラリーステークス

      平安ステークス       コウノトリ賞

 

      総獲得賞金   約5億1千万

      父 クワイトファイン

 

 ヘロド系の後継者として種馬になるために、5歳一杯で引退。 

種牡馬生活となって今も産駒を送り出している。

人も馬も、嫌う傾向で気難しい性格だったというから、プライドがよほど高かったのだろう。

引退してからもその傾向は強く、孤高で居る事を好むように思われる事が多くなった。

ワイルドケープリと馬が合い、放牧中、調教中を問わず背中を追って走り回っていた事が関係者から明かされている。

ヤネが変わる事が多いが、そのおかげで作戦指示の柔軟性が増して器用になっているとの話が、ジャパンカップに騎乗した牧野騎手の口から語られた事がある。

生まれ、そして育成環境が特異なことで有名だ。 ハシルヒメモリを知る人にはラストファインの歩んだ軌跡には感慨深い想いがある事だろう。

実際のレースでは前目につける先行策を得意として……

 

 

 

 

〇物議を巻き起こす9冠馬 『クアザール』

 

 

 

     通算成績   21戦14勝   14-4-2-1   GⅠ 9 勝

     父 キセキ

 

           主な勝ち鞍

        皐月賞     日本ダービー

        菊花賞     有馬記念×2

        天皇賞(春)  ジャパンカップ

        凱旋門賞    宝塚記念

        弥生賞     フォワ賞など

 

 

 クラシック無敗三冠馬で、30年代の日本競馬を代表する1頭。 

凱旋門含む9冠馬となり年度代表にも3度選出され、その3年後に顕彰馬となった。

脚質は先行・差し。 クアザールが中団から抜け出して先頭に立った展開の時には負けたことが無い(※1)

その実力は疑いようなく当時は完全に飛び抜けている存在なのだが、何故か古馬になってから初見の謎の馬には弱く必ず一度は負ける事がある。 原因は不明。 

その負けっぷりから 騎手「なんで?」調教師「なんで?」ファン「なんで?」関係者一同「なんで?」 と声を揃える事になった。

実力は間違いなく突き抜けているのに謎にコケる事も多い(※2) 事から、ファンからは常に他の三冠馬と比べられ、強い、弱い、騎手、陣営その他多く論争を呼び起こし飛び火させていた、ある意味で問題児でもあった。

陣営はクアザールの出走レースに謎の馬が出走しないかを常に警戒していたという噂があるが真偽のほどは……

 

※1 当時は謎の馬枠であったワイルドケープリにだけは、天皇賞(秋)でワールドレコードの差し脚に屈して敗北している。 この時が一番、掲示板が荒れていた。

※2 クアザールは怪我や体調、メンタル面で崩れた事は一度も無かったと言う。 レース当日で多少の興奮はあっても、海外でも国内でも落ち着いていて、泰然と過ごしている事が多かったらしい。

 

 

 

〇2500mのスナイパー 『アイブッチャーマン』

 

 

 

     通算成績   20戦7勝    7-3-3-7

     二つ名    芝2500のスペシャリスト

     父 ステイフーリッシュ

 

         主な勝ち鞍

     目黒記念     日経賞

     AJCC杯      阿寒湖特別

 

 ワイルドケープリ幼駒の頃は7歳引退済み。 GⅠは有馬記念3年連続出走し、2着が最高成績。

初年度産駒でダークネスブライトを産出。 ダート中心に種牡馬人気が集まり始めた翌年に早逝してしまった。 享年11歳。

2500mのスペシャリストとして勇名を馳せた、地味ながらも立派な成績で戦い抜いたこの馬に注目を向ける人は多くなかった。

ラストランとなった有馬記念もあと一歩だった。 もし獲れていれば、と思わずにはいられないほど、2500mの競争では強かった馬である。

もともと晩成気質だったのか、早い段階で同馬の素質を見切ってしまった人も多かったのかもしれない。

アイブッチャーマンは取り巻く環境から転厩が多くなったことで本来の実力を出せる機会が……

 

 

 

〇30年代ダート界の黒き光 『ダークネスブライト』

 

 

      通算成績   21戦11勝   11-2-1-7    GI 5 勝

      父 アイブッチャーマン

 

 

           主な勝ち鞍

       東京大賞典    ジャパンダートダービー

       フェブラリーS  帝王賞

       マイルCS南部杯 根岸S

 

 

 3歳ではなかなか勝ち上がれなかったが、4歳から眠っていた才能が爆発。 ダート界を席巻するが、5歳秋に骨折し、そのまま引退となった。

ダークネスブライトが現れる前のダート界隈は、多くの人が口を揃えて、今のダートは弱いとネット上で揶揄されていた時期だった。

筆者としてはそんな事は無いと思ってはいたが、実際の成績や結果から考えると頷いてしまう事も多かったのは事実だ。

そんな冬の時代のダート界に現れたのが、フェブラリーステークスを勝ち取った4歳のダークネスブライトという名馬だった。

誰もが絶対に勝てないと言われていたドバイワールドカップへの挑戦。 そしてクリムゾンカラーズという巨大な壁。

確かに負けた。

しかし、他馬を置き去りに余裕を見せるクリムゾンカラーズをただ一頭、ハナの差まで追い詰めたダークネスブライトの脅威の走りに、当時ダート界に悲観していた多くの者たちを……

 

 

 

〇不屈なる光輝 『ネビュラスター』

 

 

     通算成績    34戦11勝   11-2-1-20   GI 6 勝

     父 イクイノックス

 

 

             主な勝ち鞍

     フェブラリーステークス   東京大賞典

     川崎記念          羽田盃

     東京ダービー        ジャパンダートダービー

 

 

 2歳は芝で中央走っていたが成績が振るわず。 ダート転向後、無類の強さを見せ3冠+川崎記念を獲る破竹の勢いを見せた。 

その後、怪我に苦しめられたが東京大賞典にて圧倒的な一番人気クロスリカードに勝って大復活。 8歳まで走り種牡馬となった。

美しい栗毛に顔も良いとあって、一部ではイケ馬として代表的な存在である。

調教師として悪評高い、馬を壊すと言われているスパルタの雉子島厩舎でも、随一の根性と負けん気を見せたという同馬。

激しい調教に食いつくように、その身体を苛めぬいて作り上げた馬体は、まるで芸術の一部のようにさえ思え、パドックで多数の人の視線を集めていたのをよく覚えている。

ダート三冠馬という実績を引っ提げて、ダークネスブライトとの世代交代に臨んだ一戦、かしわ記念でワイルドケープリと出会う。

かしわ記念では先頭でゴール板を通過したものの、進路妨害として降着してから、ネビュラスターにはケチが付き始めた。

続く帝王賞・マイルCS南部杯でも結果が出せず、翌年に満を持して出走したドバイワールドカップで屈腱炎となり……

 

 

 

 

〇雷鳴の末脚 『サンダークラップス』

 

 

     ………………………

 

 

 

 

 

2053年 6月3日 最新記事

 

 

 

 

今年の6/30日に行われる新馬戦は大注目だ

 

私にとっては忘れられないレースが開かれそうなのである。

過去に記事でも紹介したが、ワイルドケープリの血を持つ『ワイルドタイフーン』号として林田厩舎から6/30日に行われる新馬戦に登録された事が発表されている。

問題はその後、この新馬戦に出走を表明した面子である。

 

『ファインロード』 ラストファイン産駒を買い続けている事で有名な、八木先生の2歳馬。 

『ローエンザール』 クアザール産駒、すでに大物の雰囲気が漂っていると噂されて界隈でも大注目を浴びている素質馬との話。

『スターオブライトオ』 兄弟にクラシック2冠馬のアズールを送り出したネビュラスターの産駒。 

『クリムゾングリード』 産駒成績、競争成績を含めて近代アメリカ競馬の代表と言われるクリムゾンカラーズの子が日本で走るのは初めての事。

 

 

この全てが 6/30日の東京 5R 新馬戦 の出走予定に名を連ねているのだ。

 

 

私はワイルドケープリのファンだ。

その血を継いでいる『ワイルドタイフーン』が、あの林田調教師と共に挑もうとしている。

ワイルドケープリにとって因縁深い者たちの子が『ワイルドタイフーン』の下へ集まり、一堂に介するというのだ。 

 

その名の通り新馬戦から嵐を呼び込むのではないかと胸が高鳴る一方だ。

『ワイルドタイフーン』の勝利を願い、今から陰ながらエールを送りたい。

 

 

少なくとも、私にとって6/30の東京 5R 新馬戦は、伝説の一戦となることは間違いが無いだろう。

 

 

 

 

 >>この次の記事はありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちまちま書いてたのを投下します。
だいぶ忘れてしまったので適当なこと書いて埋めてます。

特に成績。
まぁフレーバーみたいなもんです、雰囲気雰囲気。


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