エロゲー世界で悪役に転生したので、自分だけのヒロインを見つけます (グルグル30)
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プロローグ

区切りのいいところまで更新してその後は書き溜めするスタイルです。
エロゲー転生だけあって、エッチなシーンも結構あるのでご注意ください。


 

 あ、これ悪役転生ってやつだ。

 俺がそれに気付いたのは、俺の名を呼ぶ両親の姿を見た時だった。

 

 【インフィニット・ワン】――無限の中の一つという意味合いからタイトルを決めたというそのゲームは、アクションRPGであり、様々なヒロインやヒーローとの恋愛とエッチなCGを楽しむ、いわゆるエロゲーというやつだった。

 

 主人公であるアレクまたはアリシアは、ごく普通の平民でありながらその才を第一王女に見いだされ、国一番の学園であるルーレリア学園に入学することになる、という乙女ゲームでありがちな背景から始まる物語は、チュートリアルでもある共通パートを越えると、各ヒロインやヒーローとの個別の物語に入っていく。

 

 その共通パートで出てくるボスこそが、今の俺、シーザック侯爵家の嫡子――フレイ・フォン・シーザックだ。

 此奴は端的に言えばマルフォ○のような奴で、所謂血統を笠に威張る噛ませ貴族そのものと言った存在だった。

 だからこそ、平民出身の主人公を見下し、様々な嫌がらせをした後、決闘によってコテンパンにされ、ざまぁをされるという分かりやすい結末を迎えるのだ。

 

 だが、俺はこのフレイがそこまで嫌いではない。

 なぜなら、噛ませ貴族という彼の立ち位置は、彼が持つ一面でしかないからだ。

 

 インフィニット・ワンはそのタイトルが語る通り、ヒロインやヒーローに合わせた無数のルートが存在している。

 基本システムをRPGツ○ールのような2Dドットの簡易なものにすることで実現出来たそれは、それこそルート次第では、世界の状況やキャラの立ち位置が容易く代わり、とあるストーリーでは情けないやられ訳だったキャラが、別のストーリーでは強キャラとして物語の主軸になるなど、そのキャラの様々な一面と世界観の深さを見せてくれるものだった。

 

 フレイも同様にヒロインのルートによって見せる一面を変えた。

 フレイが主にメインとして関わるのは、彼の妹であるレシリア、彼の従者である一禍、彼の婚約者であるエルザ、そして魔族の村の娘であるビーチェの四ルートとなるが、その中でレシリアのルートでは、彼が噛ませ貴族のような性格になった理由が明かされ、そして魔族の少女ルートでは、主人公と共闘して、主人公や村の者の命を守るために、自らを犠牲にする姿が描かれるのだ。

 

 俺はこのゲームをやり込んでおり、大体のルートは網羅している。

 だからこそ、当然のようにこの四ルートもプレイしており……だからこそ、フレイを嫌いになることができなかったのだ。

 

 フレイになったこと事態に不満はないが、これから如何するかだよな~。

 俺は両親にあやされながら、ふとそんな事を考える。

 

 多くの悪役転生ものでは大体三パターンに分かれるだろう。

 悪役としての立場を改善させて、主人公の立場を奪い取り、攻略対象達を次々と寝取っていくパターン。

 物語に関わらないようにと、極力主人公達をさけて、別ルートを通りながら、主人公が関わらない攻略対象達を落としていくパターン。

 あえて物語の悪役コースを邁進して、元から自分側である攻略対象達を落としながら、最後には主人公に打たれて終わるパターン。

 

 ざっくりと言えば、こんな感じだ。

 どのパターンであっても、攻略対象達を落としていくのは変わらない。

 なぜなら、それこそが悪役転生ものの物語の面白さだからだ。

 本来悪役であり、駄目人間な奴の代わりに、自分が行動することで、主人公が得るはずだった美男美女を奪っていくことができる。

 それ故に前世で駄目人間だった俺が、自分の力で多くの者を魅了したという俺Tueeeeeが味わえることこそが、悪役転生ものの良さなのだ。

 

 だが――。

 

 俺はそこで心の底から沸きあがってきた思いに身を任せる。

 

 ――本当に攻略対象が欲しいか?

 

 それこそが俺が心の底から言いたい本音だった。

 

 攻略対象というのはその名の通り、ゲームで攻略する対象だ。

 だからこそ、俺は主人公である彼と攻略対象達のラブロマンスをみている。

 それは言ってしまえば、俺はこの世界で生まれおちる前から、攻略対象であるヒロイン達の前の彼氏(アレク)を知ってしまっているといえる状況なのだ。

 

 もし、ヒロイン達を落としてデートしたとしても、俺はきっと、ゲームでアレクと来た時はあの動物を見てはしゃいでたなとか、この木の下でアレクとラブラブなキスをしてたんだなとか、そのようなことを考えてしまうだろう。

 

 何より、インフィニット・ワンはエロゲーだ。

 メイン部分はRP○ツクールのような作りだったが、各キャラパートの重要な部分では美麗な一枚絵CGで物語を盛り上げており、当然エロパートでも複数枚のCGと声優の迫真の演技で、プレイの内容が露わにされ、プレイヤーがしっかりと出すものを出せるようになっていた。

 

 ドSで普段強気なのに、夜のやり取りでは立場が逆転し、アレクにバックで突かれてお馬さんのようになりながら、ヒンヒンとしおらしくなるエルザや、胸にあるほくろがアレクに見つかり、そこを執拗に責められて喘ぐ一禍など、ヒロイン達の情事を俺は既に知っている。

 

 言ってしまえば、この世界に生まれる前から、攻略対象達は既にアレクによって汚されているようなものなのだ。

 

 それを踏まえて俺は思う。

 

 攻略対象が欲しい……? 絶対無理! 攻略対象とか絶対無理だわ!!

 

 それが俺の偽らざる本音だった。

 何が悲しくて生まれ変わったというのに、アレクの女を寝取りに行かなければならないというのか。

 こちとら前世を含めて童貞歴三十年以上、溜めに溜めてきた恋愛への思い、恋人にするならばもっと欠点がない最高の相手にしたい。

 だからこそ、俺は強く思う。

 

 この世界で、誰かのものではない、俺だけのヒロインを見つけ、そのヒロインと、爽やかで楽しいボーイミーツガールのような青春を送りたい!

 

 そうだ! エロゲーの世界に来たからと言って、攻略対象を落とさなければいけないという理由はない! 攻略対象を避けて、モブの中から自分のヒロインになってくれるような素晴らしい女性を見つけよう!

 

 俺は心の中でそう深く決意を決め、「だぁ」と手を天へと突き上げた。

 



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レシリアルート

 

 そんなこんなで生まれてから早くも六年の月日が流れた。

 俺は今日も軒先で魔法と剣の修行に力を入れていた。

 

「なかなか筋がいいぞ! フレイ!」

「ありがとうございます! 父様!」

 

 目の前にいるパパンが、フレイの父であるジーク・フォン・シーザックだ。

 このシーザック侯爵家の現当主であり、そしてSランク冒険者でもあった男だ。

 

 シーザック侯爵家はこのフェルノ王国では特殊な家柄で、公爵家に次ぐ権力を有している。

 その理由というのが――。

 

「あなた、フレイ、食事の時間ですよ」

 

 今現れたママン。リノア・フォン・シーザックだ。

 シーザック家は元々ママンの実家であり、王国建国期に尽力した聖女が起こしたという家になっている。

 そのためシーザック家の女性には代々少しだけ聖女の力が宿っており、その力があるからこそ、王国内で高い地位を得ることができているのだ。

 

「わかったよ。ハニー」

「もう、あなたったら」

 

 そう言ってジークはリノアにハグして熱烈なキスをする。

 それをリノアは嬉しそうに受け入れていた。

 

 見ての通り、パパンとママンはラブラブだ。

 何でも一目惚れだったらしい、聖女の力の修行として冒険者を始めたリノアを見たジークは恋に落ち、猛烈なアタックを繰り返した。

 平民であるジークのその所業に貴族であるリノアの実家は怒り、ジークを排除しようとしたそうだが、リノアがジークに惹かれていたことや、ジークの強さやしつこさなどもあり、Sランク冒険者になれたのなら、結婚を認めてもいいと折れて譲歩したそうだ。

 結果としてジークは愛の力で本当にSランク冒険者になり、リノアは婚約の話をなかったことにしてジークと結ばれたという経緯がある。

 

 苦難を乗り越えて結ばれる姿はまさにボーイミーツガール!

 俺が目指すべき理想の夫婦って奴だ。

 そしてそのラブラブの愛の結晶はリノアのお腹に宿っている。

 

「もうすぐ生まれるんだっけ」

「え? そうね。そろそろだと思うわ」

 

 突然の俺の言葉にリノアは一瞬戸惑ったが、俺が生まれてくる妹か弟のことを楽しみにしているのだと思い、直ぐに笑顔を見せてそう言った。

 

 準備ができるのもあと少しか――。

 

 だが、俺の中にはそんな風に喜んでいる余裕はない。

 その子供、一人目のレシリアが生まれた日の夜――事件は起きるからだ。

 

☆☆☆

 

 ゲームでのレシリアルートでは、彼女の苦悩と家族を滅茶苦茶にした魔族に対する仇討ちに焦点があたったストーリーが展開される。

 

 ゲームでのレシリアの姉、一人目のレシリアは、歴代最高とも言える類い希なる聖女の才を持っていた。

 それに気付いたとある魔族は、彼女が成長する前に殺そうと、強力な聖女の誕生を感知したその日に、レシリアを殺す。

 ゲームでのリノアとジークは翌日になってレシリアが死んだことに気付くが、それを魔族の仕業と見抜けなかったのが不幸の始まりだった。

 

 リノアが自分がちゃんと産めなかったせいで、産後にレシリアが死んでしまったと、心を病み、ジークと共にもう一度レシリアを産みなおそうという狂気の発想にいたってしまう。

 

 そうして見事、二人目のレシリアであるゲームのレシリアが産まれるが、そのことによってこの家族は本格的に壊れていく。

 

 リノアは産み直したレシリアが今度こそ死なないようにと、過保護になって彼女を守り続け、そして彼女に聖女としての期待をかけ続けた。

 

 それによって割を食ったのはフレイだ。

 両親の愛情がレシリアだけに向かうようになったことで、放置されるようになったフレイは、徐々にその心に寂しさを溜めていった。

 

 やがてそれは最悪な形で暴発する。

 両親に自分を見て欲しかったフレイは、レシリアに嫌がらせをしたのだ。

 そしてそれに対して両親は「レシリアが死んだら如何するの!」と激怒し、それを聞いたフレイは、既に両親に取って自分は必要のない存在なのだと思い込んでしまい、家族の愛を諦めて、血統だけを頼りにする噛ませ貴族のような性格へと変わっていってしまうのだ。

 

 ジークやリノアもその後のフレイの態度で、自分達が不味い事をしたということには気付いたが、もはや互いに関係の改善は不可能だった。

 

 こうして彼らの家族は壊れ、血統だけを頼りにする噛ませ貴族のフレイと、所詮姉の代わりだという気持ちを抱えながら、聖女としての力が碌にないのに、聖女としての力を期待される哀れなレシリアという存在だけが残ることになった。

 

 レシリアルートはこの状況から物語が始まる。

 共通パートでアレクに負けたフレイは、周囲の蔑む目に耐えきれず、学園をそのまま去って、失踪してしまう。

 レシリアはその出来事もあって、よりシーザック家としての期待を掛けられて、潰れそうになっているときにアレクと知り合うのだ。

 

 初めは兄の失踪の原因となったアレクを避けていたレシリアだったが、やがて自身を聖女や一人目のレシリアとして見ないアレクに心が引かれていく、そしてアレク自身も頑張り屋なレシリアに引かれて親密になっていくのだ。

 

 だが、そうやってアレクとレシリアが仲良くなることを好まないものがいた。

 それは一人目のレシリアを殺した魔族――ディノスだ。

 

 魔族は、魔物と同じように、魔素が集まる事によって生まれる存在だ。

 魔物と違って発生する数は少ないが、その代わり強力な力を持っている。

 一応、魔王という存在もいるが、それらは魔族の一部が他の魔族を従えて、名乗りを上げたものであり、実際に魔王という種がいるわけではない。

 故にそれぞれの魔族は生まれた時から、自分勝手に自分のしたいことをするために行動し、人類に様々な迷惑を掛けているわけだが、このディノスという魔族は一人目のレシリアを殺した事からも分かるように、自分を脅かすかも知れない存在を許しておけないびびりな気質だったのだ。

 

 だからこそ、力を付け始め、仲間も得始めたレシリアを許せずに、その存在を排除することを決めた。

 そうして彼が目を付けたのが、学園を飛び出して彷徨っているフレイだ。

 

 ディノスはフレイに、妹である憎きレシリアと、自身を学園から追い出したアレクが恋仲であると伝え、その憎しみを煽った。

 それによって二人への憎しみを強くしたフレイは、ディノスとともに様々な暗躍をしながら、レシリアとアレクを追い詰めていくのだ。

 

 様々な暗躍の中で、レシリアとアレクは最終的に、姉であるレシリアの死の真相と、その犯人であるディノスの存在に気付く。

 彼らは家族を滅茶苦茶にしたディノスを討つために、ディノスとフレイを追い詰め、そしてその中でレシリアの人生を滅茶苦茶にしたディノスへの怒りで、勇者に覚醒したアレクがディノスに深手を負わせるのだ。

 

 自らの危機にディノスが逃げ出した後、レシリアはフレイへと語りかける。

 

「兄さん! ディノスは姉さんを殺した相手だよ! 家族を滅茶苦茶にした犯人だよ! もう、それに従って私達と戦うのは止めて!」

 

 それに対してフレイは絶望しきった目をして答えた。

 

「知っている」

「え?」

 

 何を言っているのか分からない顔をするレシリア。

 それに対してフレイはただ淡々と語りかけた。

 

「確かにレシリアを殺したのはディノスだ。だが、それがどうした? 確かに切っ掛けはレシリアが死んだことだったのかも知れない。だが、俺を排除し、無かったものにしたのは、リノアとジーク、そしてお前だ! レシリア!!」

 

 そう言ってレシリアへと斬り掛かるフレイ。

 それをアレクが剣で受け止める。

 

「俺はただ少しだけの愛があれば良かったんだ! ほんの少しでも俺を見て貰えば良かったんだ! そのくらいなら幾らでもできたはずなのに! それなのに俺はそれを与えられなかった! だからこそ! 全てを奪ったお前が憎いんだ!」

 

 そう言って何度も斬り掛かってくるフレイ。

 

「俺は絶対に止まらない! お前を殺すまで! 止めるなら俺を殺せ! 俺から命すら奪ってみせろ! レシリアぁあああーーー!!!!」

 

 そうして襲ってくるフレイにレシリアは思わず反撃した。

 避けられるはずのその攻撃、それをフレイはわざと致命傷となる場所で受ける。

 

「ククク、俺から奪った全てを背負いながら生き続けろ、愚かな妹よ」

 

 そう言ってフレイは死んでしまう。

 レシリアは、兄が抱えていた闇を知り、兄を自らの手で殺してしまったことで、塞ぎ込むようになってしまうが、それを慰めたのがアレクだった。

 

「お前が背負ったものは俺も一緒に背負う。だから前を向いてくれレシリア」

「アレク……」

 

 ここで慰めックスが発生し、レシリアとアレクが、パンパンしながら美麗なCGと声優の演技で迫真の濡れ場が発生する。

 そうして勇者であるアレクの種がレシリアの中に入ることで、レシリアの聖女としての力が刺激されて目覚め、レシリアは聖女として覚醒するのだ。

 

 エッチで覚醒とか、なにそのエロゲーみたいな展開? と思ってしまうが、インフィニット・ワンはエロゲーなので仕方が無い。

 エロゲーとは、体液が魔力の受け渡しに優れてるからエッチするしかないとか、プレイヤーの為に何かと理由を付けてエッチをさせようとするものなのだ。

 もっとも、目覚め方が目覚め方だったので、プレイヤーからは聖女ではなく、性女(笑)とか言われていたが……。

 

 まあ、そんなこんなで覚醒した二人は、聖女の力で結界を作ることで、転移を得意とするディノスの逃げを封じ、見事打ち倒す。

 そうして幸せな二人がシーザック家をもり立てていったと、その後に関する状況が少し流れてハッピーエンドがレシリアルートの概要だ。

 



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協力要請

 

 つまり、今日の夜にディノスは現れる。

 俺は生まれたレシリアの姿を見ながらそう考えた。

 

 今、教会から来た神父がレシリアに祝福を授けていた。

 聖女が生まれる家だからというのもあり、教会から来たこの神父は位が高く、同時に実力も高い優秀な神父である。

 レシリアルートでは、一人目のレシリアを守れなかった責任から、色々とレシリアやアレクを手助けしてくれるお助けキャラ的な存在だった。

 

 祝福を終え、帰っていく彼を、その場をこっそりと抜け出した俺は追う。

 そうして家から少し離れた所で彼へと声を掛けた。

 

「モーリス司祭! 少しお待ちください」

「ん? 君はフレイ君だったかな」

 

 モーリス司祭がこちらに振り向く。

 俺はその時に、側に居た同い年くらいの子供に目が向いた。

 先程まではあの子は居なかったはずだ。

 

「えっと……」

「ああ、この子は私の娘だ。仕事が終わるまでここで待たせていたんだよ」

 

 モーリス司祭に娘なんて居たっけ?

 ゲーム知識ではそんな話は出てこなかったように思うが、メインキャラじゃなかったというだけで、娘自体は居たのかも知れないと思い直す。

 

「娘さんですか、フレイ・フォン・シーザックです」

「セレスだ」

 

 素っ気なくそういうセレス。

 それを聞いてモーリス司祭は苦笑いを浮かべた。

 

「ごめんね。うちの子は人付き合いが悪くて、それで何の用かな」

「お願いしたいことがあるんです」

「それは何かな?」

 

 俺に目線を合わせてそう聞いてくれるモーリス司祭。

 それに対して俺は言った。

 

「今日の深夜に完全武装してレシリアが居る部屋に来て欲しいんです。できれば父さんを連れて」

「それは……なぜそんなことを?」

「理由は話せません! どうかお願いします!」

 

 そう言って俺は頭を下げた。

 下手に情報を漏らせばびびりなディノスは逃げるかも知れない。

 そうなると厄介だ。

 

 奴は転移の力を持っており、今回のような確実に襲撃が分かっているようなタイミングで仕留めなければ、今後の襲撃を防ぐことは難しいのだ。

 

 勿論、レシリアが殺される事を見逃せば、一時的な俺の安全は確保できるが……俺にも聖女の家系の血は流れているため、何処かで奴は俺を殺しに来る可能性は否定出来ないと思っていた。

 だからこそ、奴はこの場で殺さなければならない。

 

 俺の態度にモーリス司祭は困ったような顔をする。

 そんな司祭に後押しをしてくれたのはセレスだった。

 

「いいではないか、助けてやったらどうだ?」

「しかし――」

「何も起きなかったら、それはそれよ」

 

 娘と父の会話に見えない状況に、疑問が浮かぶが、ここでそれに突っ込んでもいいことはないなと思い、ただ黙って成り行きを待つ。

 

「分かりました。フレイ君、君の頼みを聞きます。夜中に完全武装して、ジーク様とともにレシリアが居る部屋に向かえばいいんだね」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 俺はそれだけ言うと頭を下げてから屋敷に戻ろうとする。

 だが、その前にセレスの前によって、その手を取った。

 

「っな!?」

「ありがとう!」

 

 俺の提案を受け入れるための援護をしてくれた彼女の手を握り、本気の感謝の気持ちを込めてそう言うと、俺は屋敷へと駆け出した。

 

☆☆☆

 

 去って行ったフレイを唖然として見送りながら、セレスは自分の手を見た。

 

「我の手を握っていったぞ、あやつ」

「それは……正体を知らないので仕方ないでしょう。なにとぞ、寛大な処置を」

 

 そう言ってモーリス司祭は冷や汗を流しながら頭を下げた。

 セレスはそんなモーリスに視線も向けずに、ただ自分の手を見続ける。

 

「よい。気にしておらん。……それにあれほどの感謝を直接されたのも久しぶりだったからのう。むしろ、少しばかり嬉しかったぞ」

 

 セレスはそう言って視線をフレイが去って行った方へと向けた。

 

「さて、今宵何が起こるのか……楽しませて貰おうではないか」

 

 そう言うとセレスはにやりと笑い、モーリス司祭とともにその場を後にした。

 

 



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vsディノス

 

 モーリス司祭と約束を取り付けた俺は、メイド達にレシリアの部屋で今日は寝るとだだをこねて、何とかレシリアの部屋に潜むことに成功していた。

 

 メイド達は新しく生まれた妹と一緒に居たいのね、と微笑ましいものを見るような顔をしていたが、俺にはそんな余裕はない。

 こっそりと自分でも扱える大きさの短剣を用意し、物陰に隠れる。

 

 びびりなディノスは大人がいる場所へはリスクを考えて出てこないが、子供である俺がいるだけなら、気にせず出てくるだろうと俺は踏んでいた。

 

 そして、その狙いは当たる。

 空間が湾曲し、その中から一人の神経質そうな男が現れた。

 間違いない、魔族であるディノスだ。

 

「これが新しく生まれた聖女ですか……。ここで殺しておいた方がよさそうですねぇ……」

 

 そう言ってレシリアに魔術を放とうとしたディノスへと俺は突撃した。

 だが、それは魔術の発動を止めたディノスにやすやすと止められる。

 

「これはこれは可愛らしい子供がナイトの真似事ですかね」

 

 そう言ってにやにやと笑うディノス。

 

「妹に手を出すな!」

「ククク、立派なお兄様ですねぇ」

 

 そう言うとディノスは俺の腹を蹴飛ばす。

 俺はそれによって吹き飛ばされ、お腹を押さえて思わず呻いた。

 

「ぐぁ……」

「覚悟が立派ですが、貴方では私に傷一つ付けることはできませんよ」

「まだ……まだだ……」

 

 そう言って俺は立ちあがる。

 ディノスの目が嗜虐の気持ちで彩られた。

 

「いいですねぇ……。何処までできるか試してみましょうか!」

 

 そう言ってディノスは剣を取り出すと、俺を斬り付ける。

 

「うぁああああ!」

「もっと! もっと! 泣いてくださいよ!」

 

 何度も何度もディノスに痛めつけられる中で、俺は思った。

 これでいい、注意を俺に引きつければ、時間を稼げる。

 そして時間を掛ければ掛けるほど、俺の仕掛けは完成する。

 

「……おかしいですねぇ」

 

 ふと何かに気付いたようにディノスがそう言った。

 

「いくら何でも頑丈過ぎませんか? 子供のくせに……貴方、何かしてますね?」

 

 びびりであるが故に自分の危機に敏感なディノス。

 それが仕掛けに気付いたことに気づき、俺はにやりと笑い顔を上げた。

 

「今更、遅い! ファイアアロー!」

 

 それと同時に俺は炎の矢を放つ。

 それは子供が出した思えない威力で、ディノスは焦りながらもそれを転移の力を利用して消し飛ばそうし……。

 

「な!? 転移が発動出来ない……! ぐぁ!」

 

 炎の矢が直撃し、大きなダメージを受ける。

 思わず地面に膝を突きながら、ディノスが言った。

 

「どうして転移が……いや、そもそもこの威力は……」

 

 そう言って周りを見渡すディノス。

 そして彼は気付いた。

 

「これは……! 周囲に誰かの魔力が満ちている。貴様……! 自分の魔力回路を暴発させているのか……!」

「そうだ。これでお前は転移はできない!」

 

 俺は前世の記憶を持ち、子供の頃から活動できた。

 だが、だからといって、大人でも苦戦するような相手に、六年間という短い期間で、たどり着けるとは決して思っていなかった。

 

 そんな俺でも一時的にディノスを足止めする位の力を出す方法はある。

 それは自分の将来を犠牲にすることだ。

 

 作中人物には、火事場の馬鹿力とか、最後の灯火だとか言われる現象。

 これは所謂『もうこれで終わってもいい……だからありったけを』的な技であり、作中では各脇役キャラの死亡間際の見せ場として、敵と相打ちになるときなどに使用されていたものだ。

 

 作中世界観ではその現象の詳細は不明となっているが、インフィニット・ワンの設定資料集では、魔法などで使用する魔力を扱うための経路である魔力回路を自ら燃やし尽くすことで、本来得られるはずもない強大な魔力を一時的に得ることができると記載されていた為に、俺はこうして使用することができた。

 

 これを使用したら、俺は魔法を満足に扱えなくなることは分かっていたが、それでもここでディノスを倒す為にはこの力が必要だった。

 

 何故なら転移魔法のような緻密な魔法は、他者の魔力が周囲に満ちていると発動させることができなくなるからだ。

 結界などはこの現象を応用して、対象を中に閉じ込めるが、結界魔法を扱えなくても、こうやって魔力回路を燃やし尽くせば、一部屋くらいなら、転移を妨害するくらいの量の魔力を揃えることは可能だ。

 

 ディノスにして見れば想像もしていなかっただろう。

 自分を捕らえることができる結界魔法を覚える聖女を殺しに来たら、そこにいた子供が魔力回路を暴走させて、相打ち覚悟で自分を殺しに来たなどと。

 

「ガキが……! 調子に乗ってるんじゃありませんよ! シャドウサイズ!」

 

 口調が悪くなったディノスが魔法を放つ。

 俺はそれを飛び退いて避け、再びファイアアローを放つ。

 

「っち! クソガキが!」

 

 ディノスと俺が互いに魔法を打ち合う。

 時折接近戦が発生するが、魔力で身体能力を強化しているため、何とか打ち負けること無く戦えている。

 

「ならこれでどうです!」

「……!」

 

 そう言ってディノスはレシリアに向かって魔法を放った。

 俺はその前に立ってその魔法を別の魔法で相殺する。

 

「ははは! 魔力回路の暴走は長くは持たないでしょう! このまま嬲り殺しにしてやりますよ!」

 

 俺はその場で釘付けにされ、ひたすら防戦一方となっていた。

 

 分かっていたことだ。

 こちらには守らなきゃならない相手がいて、そして戦える時間の制限がある。

 だとするなら、こうして護衛対象を狙った方が速いということは。

 

 ――だからこそ、俺も準備をしていた!

 

「フレイ!」

 

 そう言って扉を開けたのはジークだ。

 その側にはモーリス司祭と、何故かセレスやリノアの姿があった。

 

 俺は彼らに向けて簡潔に状況を説明する。

 

「魔族! 転移する! 部屋を閉めて!」

「フレイ、お前……」

 

 その言葉だけで、周囲に満ちる魔力に気付いたジークは、悲痛そうな顔をしながらもディノスへと向かって行く。

 

「Sランク……!」

 

 ディノスがそれを見て呻くような声を上げた。

 ディノスは能力が厄介なタイプで、強さ的にはそこまで強い方ではない。

 

「ぐぁ……! クソ!」

 

 片腕を切られながらも、ディノスは壁へと向かった。

 部屋を壊して転移をするつもりなのだ。

 

「させません!」

「うちの子に……! 何してるのよ!!」

 

 だが、それをモーリス司祭とリノアの二人の神聖魔法使いが封じる。

 

「ぎあぁあああああ」

 

 壁に付与された聖属性で焼かれたディノスは、自らの死を悟った。

 そしてその目をレシリアと俺に向ける。

 

「せめて! お前達だけでもぉおお!!」

 

 ジークに斬り付けられたことすら無視して俺達に向かってくるディノス。

 俺は短剣を構えて、レシリアを守るようにそれを迎え撃った。

 

「もとよりお前は俺が倒すつもりだ! フォトンソード!」

「ぐあぁあああああ。こ、こんなガキにぃいいいい!!!」

 

 奴に突き刺さった剣が、光の剣を発生させ、奴を真っ二つにする。

 奴は断末魔の声を上げながら消え去り、そこには一つの魔道具が残された。

 

「や、やった……倒した……」

 

 俺はそれだけ言うと、魔力回路を暴走させた反動で意識を失った。

 



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褒美

 

 「おお、目を覚ましたぞ!」

 

 俺が目を開けると、そこには至近距離でこちらを覗き込むように見ていた、セレスの顔があった。

 ぼんやりとする頭で、俺はその顔を、メインキャラでも通じそうな美少女だな、と思って見ていた。

 

 そうしているとセレスの言葉に気付いた他の者達がやってくる。

 

「フレイ、大丈夫!?」

「はい。大丈夫です。母様」

 

 俺はそう言ってベットから起き上がった。

 

「フレイ、お前……最後の灯火を自ら使ったのか?」

 

 険しい顔をしたジークがそう言う。

 

「はい。そうです。あの魔族に対抗する為にはそうするしかありませんでした」

「そんな……」

 

 俺の言葉にリノアがそう言って泣き出してしまう。

 そしてそれをジークが慰めていた。

 

 この世界での貴族はより強い魔法使いになるために、強力な魔力回路を持つ貴族同士で婚姻し、より魔法に適性を持った子を産もうとするのだ。

 それこそが、平民であるジークが、リノアの実家であるシーザック家から敬遠された理由でもあり、こうして最後の灯火によって、魔力回路がボロボロにされて、平民以下になってしまった俺の貴族としての未来は暗いものになってしまった。

 

 もはや種馬としての価値しか……。

 いや、遺伝には影響がなさそうに見えるけど、この世界の文明レベルだと子にも今の俺の魔力回路のダメさが遺伝すると思われてしまう可能性があるか。

 

 どちらにしろ、俺は貴族としてかなり終わっている。

 だが、それほど悲観してもいなかった。

 

 学園に入る都合上、貴族には攻略対象が多い。

 なら、いっその事、平民にでもなった方が、俺の為だけのヒロインを見つけやすくなるかも知れない。

 

「まあ、大丈夫ですよ。魔力回路が無くても生きていけますし」

「ほう、豪胆なことを言うのう」

 

 その言葉に俺が視線を向けるとセレスがニヤニヤとしながら俺を見ていた。

 俺はそれを見て頭の片隅で少し考える。

 

 セレスは美少女だけど、モーリス司祭の娘。

 モーリス司祭の娘はゲームに登場しなかったってことは、つまりセレスはインフィニット・ワンでのモブキャラってことか?

 

 そこまで考えたところで思い直す。

 

 まてまて、インフィニット・ワンは、DLCコンテンツでヒロインやヒーローをかなり追加していたし、そこで追加された人物かも知れない。でも死ぬ前に見た最新のダウンロードコンテンツの情報には、モーリス司祭の娘なんてワードなかったし、それに関係しそうなものもなかったよな……。

 

 だとするなら、セレスは非攻略対象!

 俺だけのヒロインになり得る存在か!?

 

 そう思うと思わず気が引き締まる。

 言葉を選びながら、彼女に答える。

 

「まあね。俺の人生の目的にも魔力回路は関係ありませんから」

「人生の目的とはのう。それはなんぞや?」

「それは父様が母様を見つけたように、俺だけのヒロインを見つけて、その相手と爽やかなボーイミーツガールの青春の日々を送ることです!」

「なんと!」

 

 それを聞いたセレスは目を丸くし、ジークやリノア、モーリス司祭も驚いて絶句しているように見えるが、俺はここが押すべき正念場だと判断した。

 

 何故なら、セレスは非攻略対象であり、俺と同年代に見える少女。

 モーリス司祭の娘なら、エルフなどのような長寿で外見と年齢が合わないと言うこともないだろうし、見た目通りの年齢だと言うのなら、誰かと付き合うなどと言った色恋などは殆ど意識していない年齢のはずだ。

 

 つまり、セレスはまだ誰のヒロインにもなっていない存在。

 故にここで俺が彼女と付き合うことが出来れば、彼女はオレだけのヒロインになってくれる可能性が高いと俺は考えた。

 

 出会ったばかりということもあり、俺とセレスはまだお互いのことを詳しく知らないが、この年齢なら交流を重ねていくことで、お互いのことを理解し、そして愛を深めていくことが出来る。

 むしろ、彼女を俺だけのヒロインにすることを考えれば、他の男へと心変わりしないように、積極的に交流を重ねていくことが重要だ。

 

 そう考えるとここは攻めるべきだと言える。

 

 前世の頃は積極的に動かなかったことで恋人を作ることが出来なかった。

 そもそも、俺みたいな非モテが、日常的な交流の中で、女性に惚れられるなんて言うことは、どだい無理な話だったのだ。

 モテる人間なら何も意識せずとも女性が好意を持ってくれるが、そうでない存在などそこらに転がる石ころと同じでただの背景に過ぎない。

 

 だからこそ、攻めることが必要になる。

 

 俺が貴方に好意を持っているぞと言うことを、明確に相手に伝えることで、どんな感情であろうとも、相手にしっかりと俺の事を意識してもらい、そこから互いに興味を持ち、愛し合えるようにするための活動へと繋げて行くのだ。

 

「それで……セレス。良かったら俺と婚約とかどうかな?」

 

 そう言って俺はいけている男のようにセレスに向かってウィンクする。

 近くでモーリス司祭が思わず吹き出して倒れかかり、ジークやリノアが頭を抱えている気もするが、その全てを無視だ。

 

 モーリス司祭の娘なら、階級的に俺との婚姻も問題ないはず。

 なら大事なのはセレスの反応それだけ、セレスは唖然としていたが、しばらくすると事態を理解するように呟いた。

 

「それは我をヒロインにして、我とともに、ボーイミーツガールの青春の日々をおくりたいということか?」

「その通りです!」

 

 そう言うとセレスは俯いてしまう。

 失敗したか? そう俺が思っていると徐々に振るえていったセレスが、耐えきれないとばかりに大声を上げて笑い出した。

 

「ぷっくくく、はははははは~! まさか、我に対してそのようなことを言い出すとは! 一人で魔族に立ち向かった勇気といい! 其方は本当に面白いな!」

 

 それを見て俺は内心にやりと笑う。

 好感触、これは決まったのではないだろうか。

 

「しかし、我にも立場があるからのう。残念だが其方のその提案を受け入れることはできん」

「そ、そんな……」

 

 あっさりと振られてしまい、俺は思わず落ち込む。

 そんな俺を可哀想だと思ったのか、セレスが近づいてきた。

 

「それはそれとして、これだけのことをした者が、振られて終わるだけというのも忍びないのう。故に我から其方に褒美をやろう」

「褒美……?」

 

 俺がセレスの方に顔を向けると、セレスは手で俺の顔を押さえた。

 

「な、なに――!?」

 

 何をするんだ、そう言うとした俺の顔にセレスが顔を近づける。

 そしてそのまま、セレスの口が俺の口とつながり、そしてセレスの舌が俺の口の中に入ってきて、俺の舌に絡みついてきた。

 

 こ、これって……、お、大人の……!

 

「……!? ……!! ……!!!」

 

 口の中を蹂躙され、なすがまま何も出来ずに狼狽える俺。

 しばらくした後、満足したようにセレスは口を外した。

 そこには俺の口から彼女の口へと銀の線のようなものが繋がっている。

 

「我の接吻じゃ。褒美には相応しいであろう」

 

 ペロリとその銀の線を舐め取るとセレスはそう言った。

 

 き、キスを俺が……キスを……。

 あまりの事態に意識が遠くなる。

 セレスの言葉が頭に入らない。

 

「もし、まだ我をヒロインにしたいというのなら――」

 

 俺はそのまま意識を失った。

 



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目覚めるヒロイン(セレス)

 

 セレスは目の前の少年――フレイを愛おしく思いながらも口にする。

 

「もし、まだ我をヒロインにしたいというのなら、我のところまで上がってくることじゃ、もし我のところまで其方がこれたのなら、その時こそ、我は其方のヒロインに――」

「あのセレス様」

「……なんじゃ。いいときに。我を邪魔することはお主でもゆるさんぞ」

 

 立場を忘れたモーリス司祭の言葉に、いい気分で喋っていたセレスは、水を差されたことにイライラとしながらそう答える。

 モーリス司祭はそれに怯えながらも、フレイを指さして言った。

 

「その……。フレイ君はもう気絶してますよ」

「なに?」

 

 そう言ってフレイを見ると、意識を失ってぐったりとしていた。

 それを見て、再びセレスは腹を抱えて笑う。

 

「ヒロインだなんだの言っておったのに、おなごにキスされただけで気絶してしまうとは、本当にういやつよ其方はのう!」

 

 そう言うと気絶したフレイの耳に口を寄せ、彼だけに聞こえるように呟いた。

 

「其方は我に振られた後も、多くのおなご達に我にしたのと同じように告白し、其方だけのヒロインを探すのであろう。その過程でおなごの心を得たり、或いは其方が目的を達成して、おなごと恋仲になることもあるであろう」

 

 そこまで言うとセレスは楽しくて仕方ないといった風に笑う。

 

「我はその全てを許そう。其方の全てを受け入れよう。なぜなら其方がおなごに好かれようとする限り、其方は前に進み続けるからじゃ。そして進み続ければ其方はその存在を昇華し、やがて我の元まで辿り着く、さすれば其方は我をヒロインにすることができる」

 

 セレスは聞く者が聞けば淫靡に聞こえるような艶かしい口調で言った。

 

「其方に教えてやろう。どのような物語であれ、物語のヒロインというのは、最後の最後、数多の苦難を乗り越えた末に、辿り着き、結ばれる最後の女のことを指す言葉なのじゃ」

 

 そしてセレスは決定付けるかのようにその言葉を口にする。

 

「其方のヒロインはこの我だ」

 

 まるで獲物を見つけた獣のように執着が籠もった目でフレイを見るセレス。

 

「其方は我の体液を取り込んだ。それがあれば我は其方をずっと見ていられる。待っているぞ、其方が我の元まで上がってくるのを」

 

 それだけ言うとセレスはフレイの元を離れた。

 何が何だか分からないというジークとリノアを無視して、モーリス司祭を連れて部屋から出て行く。

 

 そしてふと振り返り、部屋の方を見つめた。

 愛おしそうに見るその執着の目を見てモーリス司祭は頭を抱える。

 

(なんてことだ……! 他の方々と違い、今まで誰にも興味を示してこなかったセレス様が、こんなところであんな少年に執着してしまうなんて! こんなことなら、頼まれてもここに連れてくるんじゃなかった……!!)

 

 モーリス司祭は頭を悩ませながら帰る。

 自分の上司達に……何よりも神々になんと報告すればいいのかと。

 



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宣言する信念

 

「あれ……俺は……」

 

 俺は再び目を覚ますと周囲を見渡した。

 何か凄いことがあったような気がするが思い出せない。

 俺は気絶する前に何をしていた?

 

「フレイ! 目が覚めたの!」

「母様? 俺は一体……」

「フレイ……。お前、何処まで覚えている?」

「何処まで? 確か……そうセレスに振られて、そこから先は……うっ! 思い出せない!」

 

 思い出そうとするとずきんと頭が痛んだ。

 それを見てリノアが言う。

 

「無理に思い出さなくて大丈夫よ! 私達にも何が何だか分からなかったし!」

「そうなのですか? 思い出すべき、いい思い出だったような気も、少しだけするのですが……」

「フレイ、お前にはまだ早い」

 

 そう言ってジークとリノアは止めてくる。

 なんだかよく分からないが、二人がそう言うのならそうなのだろう。

 頭を切り替えた俺は、忘れていたことを二人に聞いた。

 

「そう言えば、あの魔族を倒した時に出た魔道具は何処ですか?」

「ん? あれか? それはここにある」

 

 そう言ってジークが魔道具を見せる。

 間違いないゲームで見たのと同じ代物だ。

 

「これ、俺が貰ってもいいですか?」

「まあ、構わないぞ。お前が倒したものだしな」

 

 そう言ってジークが渡してきた魔道具を受け取る。

 それは方位磁石のようなデザインをした魔石が埋まった腕輪であり、それを付けてその部分に手をかざすと、薄透明な針のようなものを出すことができた。

 

「父様、魔力回路がダメになって、俺のこれからが心配なのかもしれませんが、これがあれば今まで以上に俺は強くなれます」

「ん? どういうことだ?」

「こういうことです」

 

 そう言うと俺は腕輪の機能を使って転移した。

 そしてジークの後ろの少し離れた場所に立つ。

 

「いつの間に後ろに……これは転移か!?」

「はい。あの魔族は転移を使っていたので、魔道具もそれに関した能力だと思っていましたが、その予想は当たっていましたね」

 

 もっともそれは俺がゲーム時代にこの魔道具を知っていたから言えることだ。

 インフィニット・ワンでは各攻略対象ごとにストーリーがあり、そして攻略対象達の問題を解決した時点でゲームクリアとなる。

 そのような作りになっているが故に、各ルートを回る実績要素として、ラスボスを倒した時に魔道具やスキル、強化アイテムが手に入るようになっているのだ。

 

 レシリアルートのラスボスであるディノスが落とすこの魔道具もその一つ。

 これは目視できる範囲ならどこへでも短距離転移が可能で、しかも取り出して使う透明な針を付けた場所なら、どれだけ離れていようとも転移出来ると言う優れものだった。

 

 遠距離転移の方はゲームだと十五カ所までだったっけ。

 それでも作中の魔道具の中では強力で使いやすいものだ。

 

 たぶん、ディノスを倒すまで、逃げ回って暗躍するために、他のルートに比べてお使いクエストなどが多かったことから、制作陣がレシリアルートの景品に軽く色を付けたのだろうと俺は考えている。

 

 まあ、正直あんな奴の元になった魔道具はあんまり使いたくはないけどな。

 それでも便利なんだから仕方が無い。

 

 この世界では魔物や魔族は、魔素が集まり魔石が埋まれ、そこに意思が宿ると、その意思が魔物や魔族を形作り、それらの存在になると言われている。

 そのため、事前に部位切断しておかないと、魔物や魔族を殺した時点で、それらはまるで何もなかったかのように、魔石だけを残して消えてしまうのだ。

 

 加えて言えば、長い年月を得て成長した魔物や魔族の魔石は、属性を持った特別な魔石になったり、力を持った魔道具に変化したりするのだ。

 そうなった奴らは一段階、他の魔物や魔族よりも強くなるらしい。

 

 勿論これは、実績用の魔道具を落とす為だけの理由付けである。

 ただ、その設定が現実化しても、普通に反映されているのは、俺に取って助かった点の一つだ。

 

「魔道具なら発動に魔力回路を使いません」

 

 そう言って元のベットに俺は戻った。

 

「魔力回路が生み出す魔力は少なくなってしまいますが、それでもこうして直接魔力を使えるなら、まだ平民以上には魔力が使えると思います」

 

 魔法は魔力回路が生み出しているマナと言われる魔力しか使えないが、身体強化などは魂が生み出しているオドと呼ばれる魔力を使用する。

 ジークのように平民なのに、身体強化などをバンバン使えるのは、この魂が生み出す魔力であるオドが多いからなのだ。

 

 そのジークの息子である俺もオドの総量は多いため、真っ当な貴族には魔力量では勝てないだろうが、それでも最低限戦えるだけの魔力は残っており、マナだけではなくオドも燃料として使える魔道具なら、それなりに戦う事はできるのだ。

 

「まあ、それはそうかも知れないが……。だが、縁談とかで苦労するぞ」

「構いません。もとより俺は、俺だけのヒロインを、父様のように見つけるつもりなんです。魔力回路がダメだからと蔑むような者は、俺のヒロインに相応しくありません。むしろ選別できて好都合です」

 

 そんな俺の言葉に両親は顔を見合わせた。

 

「父様、母様、絶対に俺は素敵な恋愛をして幸せになってみせます! だから、俺が自分だけのヒロインを探すのを見守って協力してくれませんか?」

「まあ、俺達も恋愛結婚だしな」

「そうね。魔力回路で見るような相手は、初めから避けたほうがいいものね。私は応援するわ。フレイのその目的を」

 

 それを聞いて俺はにっこりと笑った。

 

「ありがとうございます! 絶対に俺だけのヒロインを見つけてみせます!」

「え、ええ……」

「あ、ああ……」

 

 遠くで両親が「恋愛に夢を見すぎるところは俺の血がいけなかったのか」とか、「私が隠していた恋愛小説をフレイが見てたのが原因かも……」と微妙そうな顔で何やら小声で話しているが俺には聞き取ることができなかった。

 

 ともあれ、両親の了承は得た。

 まだ六歳、前世の年まで、まだ二十年以上残っている。

 俺のヒロイン探しは、まだ始まったばかりだ!

 



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妹との日々

 

 あれから二年の月日が流れた。

 今日も俺は庭先で剣を振り続けている。

 

 この世界は、ゲームでありがちななんちゃって中世世界であり、生活レベルなどは中世を大きく上回って現代的な部分があるものの、魔物などの存在もあり、血生臭い部分も多く、モテる為には何よりも個人の武力が大切なのだ。

 正直に言えば、よくあるなろうのトロフィーヒロインのように、武力だけを目当てにこびてくるような相手などは、俺のヒロインに相応しくないので、そこまで強くなる必要はないが、最低限の強さがないと恋愛対象として見られない可能性がこのような世界だとあるために、己の腕を鍛えているのだ。

 

「ふぅ……。まあ、こんなものか」

「にぃ……にぃ!」

 

 素振りを終え、汗を拭いていた俺に、そう言って近づいて来たのは、妹であるレシリアだった。

 勿論、このレシリアはゲームで登場したレシリアではなく、俺がディノスから守った方のレシリアであり、あれからすくすくと成長して二歳になっていた。

 

「にぃ! ごはんだよ!」

「分かった。直ぐ行く」

 

 歴代最高の聖女の才を持つレシリアだが、実は聖女以外の才能もとてつもなく高く、あっという間に言語を理解して、舌っ足らずではあるもののペラペラと喋ることができるようになっている。

 そのため、このようにリノアの伝言を伝えて来ることもよくあったのだ。

 

 剣を片付けて戻ってくるとニコニコしながらレシリアがその場で待っていた。

 だから、俺は思わずレシリアに声を掛ける。

 

「待ってたのか、先に食堂に行って良かったんだぞ?」

「ん! にぃにのことなら幾らでも待てるもん」

 

 そう言って俺に抱きついてくるレシリア。

 

「ちょ、俺は汗臭いぞ」

「ん~? にぃにの汗は良い匂いだよ~」

 

 そう言ってグリグリと頭を擦り付けてくる。

 それを見て俺が思ったことは一つだった。

 

 うちの妹! ちょ~かわいい!

 

 本当は汗臭いだろうに兄を慕ってこう言ってくれるのだ。

 普段から見せる天真爛漫さもあって、転生前に一人っ子だった俺としては、妹とはこんなにも可愛いものなのかと打ち震えることになっていた。

 そしてそれと同時にこの妹を助けて良かったと心の底から思うのだった。

 

☆☆☆

 

 家族での食事を終え、その場での会話が始まる。

 慣れない事務仕事で苦労しているジークや、聖女の力を使った病人の治療などで忙しいリノアとまともに揃って話せるのはこの食事の時くらいなものだ。

 だからこそ、俺は唐突に切り出した。

 

「所で父様、母様、俺はもう一人、妹か弟が欲しいです!」

 

 俺がこの話を持ち出したのは理由がある、と言うのも、本来なら既にゲームでのレシリアであるもう一人の妹が生まれているはずだからだ。

 恐らく本来のレシリアが俺の影響で生き残った為に、新しくレシリアを作り直す必要がなくなったことから、子作りをしなくなったということなのだと思うが、それは端的に言ってしまえば、二人目のレシリアの存在を、間接的に俺が消してしまったということでもある。

 

 レシリアを助けたこと自体に後悔ないし、生まれないなら生まれないで仕方ないかなとも思うが、それでもゲームでのレシリアをこの世界でも誕生させるために、できる限りのことはするべきだと思ったのだ。

 

「そうね~。もう一人作っちゃう?」

「いいかも知れないな」

 

 乗り気なリノアとジークがそう口にする。

 これでどうやらあのレシリアも生まれそうだ。

 

 そう思ったその時――。

 ガンという固いものを机に叩きつけた音が響いた。

 

「れ、レシリア……?」

 

 俺が思わずその方向へと目を向けると、レシリアが手に持ったスプーンを机に突き刺していた。

 まだ二歳なのに身体強化でも使ったのだろうか、スプーンは木製の机に深々と埋まり、その威力の高さを物語っていた。

 

「……いるの?」

 

 誰もが恐る恐るレシリアを見る中でそうぽつりと呟く。

 そして俯いたレシリアはこちらへと目を向けた。

 その瞳は、透き通った銀瞳のはずなのに、まるで虚無を覗き込んでいるかと思ってしまうほどのよどんだ瞳だった。

 

「レシィ以外の妹、いるの?」

「い、いらないよ! お、俺に取っての妹はレシリアだけ! レシリアが居ればそれだけで充分さ!」

 

 そのレシリアが放つ圧倒的な圧に怯えながら、俺は必死に前言撤回をした。

 その俺の言葉に両親も頷く。

 

「そ、そうね……。次期当主のレシリアはいるし、無理に作る必要はないわね!」

「そ、そうだな!」

 

 二歳児が放つ圧にS級冒険者と聖女が怯えながら追従する。

 その話を聞いたレシリアはそれまでの様子から打って変わって、晴れ晴れとした笑顔を俺達に見せた。

 

「だよね! にぃにの妹はレシィだけがいればいいよね!」

 

 そう言って、にこにこしながら、刺さったスプーンを抜き取る。

 それを見て俺が思ったことは一つだった。

 

 うちの妹! ちょ~こわい!

 

 確かに妹の自分がいるのに更に妹か弟が欲しいなんて、自分を無視しているようなものだから怒って当然とはいえ、ぶっちゃけ怖すぎだろうと思う。

 同じ事を考えたのかリノアとジークも何も喋らなくなってしまった。

 

 ゲーム時代でもこの家の中心はレシリアだったが、今世でも別の意味でこの家のヒエラルキーのトップはどうやらレシリアらしいということを思い知らせた感じだ。

 

 ゴメンよ。ゲームのレシリア。

 どうやら、この世界では君が誕生することは無理そうだ。

 



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計画

 

 家族での夕食を終えて俺は自室へと戻っていた。

 そこで俺は机に座って、紙とペンを取り出して呟く。

 

「さてと……。そろそろ、本格的に今後の方針を考えないとな」

 

 最初にして最大の難関であったディノスは打ち倒した。

 彼奴を残していると、彼奴の保持する転移能力によって、俺はいつでも何処でも暗殺されてしまうという危険性を捨てきれず、怯えて暮らすことになっていた。

 故に、あのイベントは絶対に攻略しないといけないことであった。

 

 だが、それも終わり、俺の行動に制限はなくなった。

 これからは幾らでもゲーム知識を活用したり、前世の記憶というアドバンテージを利用して、このインフィニット・ワンの世界で活動していく事が出来る。

 そして、ディノス襲撃から慌ただしかった周囲の状況が落ち着いた今こそが、まさにその行動を始めるのに最適なタイミングであると言える。

 

 だからこそ、このタイミングで再度考えるのだ。

 

 俺に取って、理想のヒロインとは、俺だけのヒロインとは何なのか。

 そして、それを得るためにこの先どう行動して行くべきなのかを。

 

「俺だけのヒロインか……自分で言うのもなんだが、結構抽象的だな」

 

 美貌、能力、資金、地位、性格……人が人に恋する要素は様々なものがある。

 その中で俺だけのヒロインとはどんな要素を持つ存在なのか。

 

「取り敢えず、能力や資金に地位はいらないか。元からあまり重要視していないし、今世では貴族だから大概が何とかなるだろう」

 

 一般的なトロフィーヒロインが欲しがるそれらは俺に取って不要なものだ。

 だからこそ、重要視するべきは他の点ということになる。

 

「美貌は欲しくないとは言えない……!」

 

 こう言うとき真っ当な主人公やモテ男なら、見た目なんか気にしないとか言えるのかも知れないが、俺は所詮はただの非モテの一般人。

 さすがに付き合うなら可愛い子がいいし、その美しさも自分の基準で可愛ければ可愛いほど良いと思う。

 

「でも、やっぱり最も重要視したいのは性格だな! 俺のことを愛し続けてくれるような女の子――そんな俺の事を思ってくれる子を俺は恋人にしたい!」

 

 恋愛なんて、付き合ったり別れたりするのが当たり前で、愛が醒めるなんてことを一々気にするなと、ずっと愛し続けてくれる相手を求めるなんて、あほらしくて気持ち悪いとモテる奴らは思うのかも知れない。

 だが、前世の頃から童貞だった俺に取っては、これから行う恋愛こそが、人生で初めての恋愛で、非モテの俺の場合だと最後の恋愛になるかも知れないのだ。

 

 だからこそ、その相手に裏切られたくはない。

 

 俺はきっと誰かと正式に恋人になったら、自分の全てをかけてその子を愛し続けると思うから、裏切られたらきっと再起できないほどのダメージを受ける。

 

 故に俺は恋する相手を――俺だけのヒロインを選びたいと思っているのだ。

 

「その点を考えると攻略対象はやっぱりなしだな」

 

 攻略対象というのは主人公であるアレクの為のヒロインだ。

 出会ったばかりのアレクとヒロインは、イベントという運命的な出来事を二人で乗り越え、その過程であっという間にお互いに惹かれあい、そして大切な体を相手に晒して、その体でお互いの愛を確かめ合う。

 

 ――そんな存在が俺だけのヒロインになり得るというのか。

 

「イベントを奪えばアレクの位置に行くことは出来るかも知れない。だけどそれは逆を言えば誰でもいいって事なんだよな」

 

 一度あることは二度も三度もある。

 俺がアレクからヒロインを奪うことが出来ると言うのなら、別の誰かも俺からヒロインを奪うことは出来るだろう。

 

 言ってしまえば攻略対象は誰かに救われたいだけなのだ。

 イベントというものを攻略すれば、それがアレクでも俺でも別の誰かでも、イベントを攻略した相手に惚れ、そしてその体を許すのだろう。

 そうでなければ、それまで何の関係もなかったアレクという存在と、あれほど劇的な恋に落ちて、そのままゴールインするなんてことはあり得ないはずだ。

 

「イベントという存在によって、それまでの積み重ねも何もかもを無視して、出会ったばかりなのに愛し合うことが出来る――それが主人公と攻略対象の特権だ」

 

 ヒロイン達にだって、描写されていないだけで、仲良くしている男がいたかもしれないのに、ヒロイン達はその相手に頼ることもなく、また心を惹かれることもなく、アレクを頼り、そして初めて恋をしたかのようにあっという間に愛し合う。

 ゲームなのだからそれが当たり前だろと思うかも知れないが、ここはゲームであるインフィニット・ワンが現実化した世界であり、その上でディノスの件のように現実になっているにも関わらず攻略対象のイベントが起こるなら、ヒロイン達にだってそのようなゲーム知識が適用される可能性はあるのだ。

 

「だとするなら、仮に俺がイベントを使い切ったとしても、何かしらの別のイベントが強制発生して、ヒロインを寝取られる可能性は大いにある」

 

 ゲームのメインキャラに転生したとは言え、基本的には俺はやられ役。

 主人公であるアレクのような、劇的な恋心をヒロインに持たせて、以降もラブラブで暮らしましたという後日談へと持って行く自信はまるでない。

 むしろ、身の程を考えずにヒロインを取った悪役が、結局はヒロインの運命の相手であるアレクにヒロインを寝取られて、ざまぁされるという方がありえそうだ。

 

 実際に悪役であるフレイは、妹であるレシリアから、従者である一禍、婚約者であるエルザに、愛した相手であるビーチェと、周囲にいる女性を片っ端から、主人公であるアレク君に寝取られている。

 

 ほんと幾ら何でも悪役だからって寝取り過ぎじゃね? と思えるほどの状況だ。

 正直に言って、フレイの周囲の女性で、アレクに寝取られずに済んだのなんか、既婚者で母親であるリノアくらいなものなのだ。

 

「今世でも俺は魅力はなしか……。だからこそ、他の相手を好きになれる可能性のある奴が、俺を好きで居続けてくれるなんて思えない……!」

 

 言ってしまえばヒロイン達は裏切りの前科がある存在だ。

 そんな相手が非モテの俺を愛し続けてくれるなんてことがあるはずがないのだ。

 

「だからこそ、攻略対象は絶対に無理だ。あれはアレクの運命のヒロインで、アレクのものだ。最終的にはきっとそんな結末になる……主人公のハッピーエンドに」

 

 故に俺はこの世界で攻略対象を避けてヒロインを探そうと思ったのだ。

 こうして一から考え直すことでその認識が間違っていないということを、再度意識することが出来たのは良かったと思う。

 

「だからこそ、俺が狙うなら攻略対象外の女性か、モブキャラしかない!」

 

 それならば少なくとも裏切りの前科は付いていない。

 絶対とは言えないが攻略対象よりかは安心が出来る。

 

「そしてその点を考えればゲームのキャラの中に一人だけ、俺だけのヒロインになれる候補がいる!」

 

 俺はそこで紙に第三王女ユーナという言葉を記載した。

 

「ユーナ・フォン・フェルノ――このフェルノ王国の第三王女であり、ゲームではバグ枠と言われていた非攻略対象……」

 

 バグ枠……今となっては言い響きだ。

 ゲームとしてやってたときはなんで攻略出来ないんだよって憤慨したもんだが。

 

 恋愛ゲームにおけるバグ枠という言葉は、端的に言えば魅力溢れるキャラクターなのに、何故か攻略対象じゃないせいで恋愛することが出来ない相手のこと指す。

 ルーンファ○トリーなどで大量発生している存在で、なんでセルザを攻略出来ないんだと、セルザの人化姿を見ながら涙したものだ。

 

 ……リマスターでも本編での攻略対象には追加されなかったし。

 

 と、話はそれたが、インフィニット・ワンでもバグ枠の意味は変わらない。

 フェルノ王国では三人の王女と一人の王子が出てくるが、この中でユーナ王女だけが攻略対象ではなく、ただのサブキャラとして登場していたのだ。

 

 まあ、後々ダウンロードコンテンツで追加する予定でもあったのか、インフィニット・ワンの開発陣は『ユーナが攻略対象ではない? ふふふ、さあ、どうでしょうかね~』と何やら意味深なことを言っていたのは気がかりではあるが……。

 少なくとも、俺が死ぬ前にみたダウンロードコンテンツの情報ではユーナの名前はなく、最後の神が攻略対象に加わっていたことから、最終ダウンロードコンテンツだろうと噂されていたので、完全な非攻略対象キャラなのは間違いないだろう。

 

「ユーナのことならゲームを通してどんな子なのかを完璧に理解している。優秀で野心が強い二人の姉と違い、お淑やかな箱入りのお嬢様で、何時も誰かのことを気に掛ける優しい人柄――まさに俺だけのヒロインとなるに相応しい存在だ!」

 

 このユーナこそが俺だけのヒロインの第一候補と言えるだろう。

 本来ならユーナだけを狙いに全力で行くべきかも知れない。

 

 だが――。

 

「描写されていないだけで、婚約者がいる可能性はあるんだよな……」

 

 それが主人公と恋愛させる攻略対象とサブキャラの大きな違いだ。

 

 世の中には処女厨というものがいる。

 女性が処女であることに拘る考えの持ち主だ。

 

 そんな思想の持ち主達にも広く受け入れて貰うため、基本的にゲームの攻略対象というのは、何かしらの理由を付けて過去に男がいないということを明確にプレイヤーに知らせたりするものだ。

 だからこそ、プレイヤーは安心して主人公としてヒロインを攻略出来る。

 

 一方で、主人公が攻略する相手ではないサブキャラは、そのように処女厨に配慮して身綺麗であると証明する必要がないため、そう言った細かい過去の男関係などは明確に描写されないことが多い。

 だからこそ、そう言った部分は各個人の想像に委ねられることになる。

 

 そして、ユーナはこの国の王女だ。

 王女という立場なら婚約者がいる可能性が高いと俺は想像していた。

 

「婚約者がいるからアレクに墜ちなかったとみることも出来るからな……」

 

 その点で言ったら第一王女とか第二王女とかどうなの? という話になってしまいそうだが、後々の王となるかもしれない二人はともかく、始めから何処かの家に降嫁される予定の第三王女だけが婚約者を決めていたとかありえそうだしな。

 

「二度目の人生だけは失敗出来ない……」

 

 今回は何故か転生出来たが、次があるとは限らない。

 

 ユーナに一本掛けをして、そして学園で婚約者がいることが分かり、俺がユーナを得る可能性がないと分かったら、そこで終わりだ。

 なぜなら、ユーナがダメだったと分かった時点で、俺は学園で出会ったばかりの少女が、俺と劇的な恋愛をして恋に落ちるという、かなり望みの薄い可能性に賭けることしか出来なくなるからだ。

 

 学園に入学して、出会ったばかりの女と劇的な恋愛に墜ちるのは主人公の特権。

 ただの悪役転生者である俺では、そんなこと出来ないと理解しているし、たとえ恋愛が出来たとしても、主人公ではない俺が出来る恋愛なんてのは、別れたり付き合ったりする普通の恋人が出来るだけだろう。

 

 俺の目的である俺だけのヒロインを手にすることは出来ない。

 では、理想のヒロインを得るという目的を諦めなければならないのか?

 

 ――いや、諦めるのはまだ早い。

 

「積み重ねるしかない……愛を!」

 

 アレクのような劇的な恋愛を行って永遠の愛を手に入れるのは無理だ。

 だが、俺のような転生者にはその代わりに時間がある。

 

 劇的な永遠の愛を得ることが出来ないと言うのなら、幼い頃から互いに意識し合った上で交流を重ね、そしてそこで愛を深めて永遠の愛へと変えていけばいい。

 

 そう、積み重ねた時間こそが俺の望む愛を作る道標となるのだ。

 

 手に入れるのではなく、時間を掛けて己の手で作り上げる。

 それこそが、学園から始まる主人公とは違い、幼少期から始めることが出来る転生者の利点であり、今の俺が考える最善の道筋だ。

 

 そしてこれを行うのなら好意を伝えるのははければ早い方がいい。

 なぜなら、その分だけお互いの思いを積み重ねられるからだ。

 

 そして、この世界には婚約というそれを行うのに便利なものがある。

 恋人として付き合うわけでもなく、それでいながら将来的に結婚する相手として、お互いに意識し合う関係――これこそが、俺が使える最大の武器だ。

 

 だからこそ、セレスの時のように相手に積極的に婚約を申し込むのがいい。

 そして婚約者となった後は、それを理由にお互いに交流を重ね、なろうの転生物の幼馴染みヒロインや婚約者ヒロインのように、自分達だけのボーイミーツガールといえるような思い出を作り、愛を深めて永遠の愛を誓うのだ。

 

「少なくともゲームの開始時点までにはそんな相手を作らないとな……」

 

 ルーレリア学園に入学すれば超絶モテ男のアレクが現れる。

 そんな相手を見たら、モブキャラであろうとも、アレクに対して心が揺り動かされることがあるかも知れない。

 だからこそ、そうならないように、それまでに婚約者と深い関係を築き、相手がアレクに靡かないようにする必要があるのだ。

 

「ふう……となるとメイド達やシーザック領の者が、俺だけのヒロイン候補として、まず確保しなければならない人材か」

 

 水を飲んで考え過ぎた頭を冷やしながらそう呟く。

 

 幼い頃から関係を深めていくのなら、その為に相手と出会わなければならない。

 その観点から考えると日常的に接するメイドや、シーザック領の領民などが、その第一候補に挙がるだろう。

 

「それがダメだったら、ルーレリア学園入学前に、社交界とかナルル学園で貴族令嬢と知り合って、婚約を申し込んで仲を深めていくことを目指す……」

 

 今世では俺は貴族であるから、そう言った貴族が集まる催しに参加することも多いだろうし、ルーレリア学園に入学する前には、貴族だけが入学するナルル学園もあるため、そこで婚約関係を見繕うと言うことも考えられる。

 

「そしてそれと平行してユーナを落としに行く」

 

 俺だけのヒロインとしての最有力候補であるユーナ。

 婚約者がいなければさっさと婚約を申し込んで全力で攻めていく。

 

「ここまでで、婚約相手を得られなかったら軽く絶望だな」

 

 俺はそこまで考えて思わず苦笑した。

 ここまでで決まらなかったら、後は薄い可能性に賭けて、それこそ劇的な恋愛を俺と行ってくれるヒロインを探さなければならない。

 

「そういう恋愛こそが憧れではあるんだけどな……」

 

 現実の恋愛が出来なくて、エロゲーやギャルゲーばかりに手を出して。

 そんな俺から見れば、まるで運命のヒロインにあったかのような、主人公とヒロインとの劇的な恋愛は羨望の対象ではある。

 

 だが、そんなことは主人公ではない俺には出来ない。

 

「なんで、悪役転生なんだろうな」

 

 転生に関して意義を問うことなんて無駄だと分かっているが、それでも思うところはあり、俺は思わず呟いてしまった。

 

 俺がアレクに転生していれば、きっとこんなことを色々と考えず、ただ俺のヒロインだとイベントを次々と攻略して、何も考えずに攻略対象達を、自分のヒロインとして確保して愛し合うことが出来ただろう。

 そうでなくても、周囲の女性が主人公に根こそぎ寝取られる悪役に転生したのではなければ、ゲーム時代にいた周囲の女性を相手にして、普通に恋愛を行っていくことが出来たはずだ。

 

 全てを奪われる悪役に転生したからこそ、俺は周囲にある全てを捨てて、一から自分だけのヒロインを探す必要が出てくる。

 

 もし、神のような存在が、俺をこの立ち位置に意図的に転生させたのなら、其奴はよっぽど俺の事が嫌いなんだろうなとふと思った。

 

「もう、あんな惨めな思いはゴメンだ」

 

 俺はそこまで考えた所で前世の頃を思い出す。

 

 前世では男女で恋愛をすることなんて当たり前だった。

 だからこそ、そんな当たり前の事が出来ない奴は、普通じゃないと、社会不適合者だと、頭のおかしな奴だと馬鹿にされた。

 

 真っ当に恋愛が出来るモテる奴には分からないのだ。

 そんな当たり前で普通な事が出来ずに苦しむ奴の気持ちなんて。

 

 自分が出来るから誰にでも出来ると思っている奴らは、そうやって悪気もなく、常識でしょ、と自分だけの常識を語って俺のような奴らを傷付ける。

 

 俺だって前世で努力しなかった訳じゃない。

 見た目には気を遣ってたし、必死で勉強して学力も高かった。

 

 誰かが困っていたら、迷わず手を貸したし、色々な人間に好かれるように、態度や行動にも気を付けて生活を行っていた。

 

 自分をすり減らしていくような日々の中で、それでも俺は、誰かがいつか俺に惚れてくれると思って頑張り続けた。

 だが、結果はただの都合のいい人扱いだ。

 

 好意があるように振る舞って、期待させるだけ期待させて、そして必要がなくなったら、嘘みたいにあっさりと関係を全て絶つ。

 

 現実はゲームとは違う。

 

 ゲームならステータスを上げればそれは結果として残るし、正しい選択肢を選んで好感度を上げれば、積み上げた好感度はやがて愛へと変わる。

 だが、現実ではどれだけ能力を上げたとしても意味がなく、どれだけ人に好かれる行動をしたとしても、その相手に取って最善の選択を選んだとしても、理解出来ない相手の感情というものによって、コロコロと結果が容易く変わるのだ。

 

 そうして残るのは何も得られずに馬鹿にされるだけの日々。

 そんなクソみたいで惨めな日常が前世の俺の全てだ。

 

「俺はそんな事は絶対にしない……!」

 

 俺は攻略対象がイベントを攻略したことで俺に好意を持ったのだとしても、その相手に対して俺が恋心を持つことはあり得ないと明確に伝え、そしてしっかりとその相手を振るつもりでいる。

 そしてその上で、それまで通りの友人関係や仕事仲間関係を、何事もなかったかのように継続して続けていくつもりだ。

 

 相手に期待を持たせてそれを利用するなんてことは絶対にしない。

 前世の俺がやられて嫌だったことを相手に強いるつもりはない。

 だからこそ俺は、誠実に、叩き潰してでも、相手に可能性がないと伝えるのだ。

 

 それだけを言うと本当に攻略対象にはチャンスがないのかと思うだろう。

 幼い頃から交流し、愛を育んで行けば、アレクになんか寝取られずに、俺だけのヒロインにすることが出来るんじゃないかと、この世界はゲームを元にした現実のような世界なのだから、ゲームと違ったエンドを目指せるのではないかと。

 

 それはある意味で正論だとは思う。

 だが、そんな自分で自分を騙しきることが出来ないような正論は、俺に取っては何の意味もないことなのだ。

 

 例えば、浮気を疑う男がいるのだとしよう。

 其奴に対して彼女が浮気するはずなんかないと周囲の者がいい、そしてその男自身も彼女が浮気をするはず何かないと言葉で言ったとしよう。

 それであっさりと浮気がないと認めて、男は救われることが出来るか――?

 

 答えは否。

 出来るはずがない。

 

 人の心はそんなに簡単に割り切れるものじゃない。

 浮気はないと表面上は言えたとしても、相手への思いが強ければ強いほど、疑いたくないと思えば思うほど、その心には浮気を疑う心が棘のように残り続ける。

 

 ――どれだけ正論を重ねようとも疑心の芽を摘むことは出来ないのだ。

 

 そしてその疑心を捨てられてない態度は行動に出る。

 相手を疑っているからこそ、徐々に関係はギクシャクとしていき、そしてやがて本当に浮気をされることや、それがなくてもお互いの関係に疲れ果てて、恋愛関係を止めて離婚しようとなるかもしれない。

 

 つまるところ一度でも疑心を持ったら終わりなのだ。

 

 そしてそれは俺にとっての攻略対象達にも当てはまる。

 

 俺は攻略対象が俺だけヒロインになってくれると信じ切れない。

 だからこそ、仮に付き合ったとしてもその心は行動として現れ、やがて恋人関係であるその攻略対象を傷付けることになるだろう。

 そうなるくらいなら、可能性がないと最初から完全に振った方がいい。

 

 そうする方が、攻略対象も新しく恋する相手を見つけて、その相手と愛し合うことで、幸せになることが出来るだろう。

 

「幸せ……そう幸せだ。俺は幸せになりたい……!」

 

 前世で苦しんだ記憶が俺に対して言う。

 今世では必ず幸せになれと。

 

 だからこそ、俺は攻略対象以外の者から、俺だけのヒロインを――俺を愛してくれる候補を探し出し、そしてその相手が俺を愛し続ける限り、それに応えるように、俺もその相手を愛し続ける。

 

 お互いのことだけを見て、そして互いに尽きることなく愛し合い続け、決して抜け出すことが出来ないような、底なし沼のような関係で愛を実感したい。

 そうすることでやっと俺は、その恋人を自分の手で手に入れたのだと、俺にだって素晴らしい恋人を作ることが出来たのだと、実感して誇ることが出来る。

 

 前世での苦労はこのためのものだったんだ。

 ――そう、本心から笑って語ることが出来るようになる。

 

 だからこそ、俺だけのヒロインは何としても手に入れないといけないのだ。

 

 そこまで考えた所で俺は紙に記載を行っていた手を止めた。

 

「それでやっと……前世の俺も含めて、俺が救われるんだ……!」

 

 惨めだった前世の分まで幸せになりたい。

 負債のように膨れあがったこの思いからは、逃げることは出来ないのだ。

 



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忌み子の少女

 

「準備はできたか? フレイ」

「はい、父様」

 

 俺はそう言ってジークの元に近寄った。

 今日の俺達は勉強の為ということで市場までお出かけに行くのだ。

 馬車に乗り、外の景色を見ながら、市場に着くのを待つ。

 

 ここ、シーザック領は実は海に面した土地である。

 フェルノ王国の建国の立役者の一人でもある聖女は、多くの人々を治療し、かつこの国の宗教である七彩教の聖地でもある聖王国と交易がしやすいこの土地を報酬として当時の国王から貰ったそうだ。

 

 海洋交易を行える都市を持っているだけあって、シーザック領のポテンシャルは高く、それこそ聖女としての名声がなくても公爵家に並べるだけの力を持つことができるはずだった……本来なら。

 残念なことに現在のシーザック領にそこまでの力はない。あくまで聖女の力という名声によって侯爵家筆頭の地位を保持しているだけだ。実際の経済力を比べたら他の侯爵家や辺境伯家に負けてしまうものになっている。

 

 何故こんな残念な状況になっているかというと、それは歴代の当主とその配偶者達が、海洋交易都市という様々な思惑が蔓延る地を満足に支配できなかったからだ。

 

 所詮は聖女の力を使って建国の役にたっただけの少女。

 軍事や対魔物や魔族なら、それなりに話せることもあるのだろうが、商売となると殆ど門外漢で、歴戦の商人達にいいようにされてしまう状態だった。

 それ以降の歴代当主達も、聖女の力を扱える女性が当主となり、入り婿として他家の貴族の男を領内経営の補佐として迎え入れる形だったため、当主である女性では初代と同じように口だしができず、婿養子では古くから都市に根をはる商人達に強く口だしができず、現状維持の状態が続いている。

 

「そんな状況だからこの都市でイベントが多いんだよな~」

 

 俺は思わずそう呟く。

 領主より力を持った者達が暗躍する海洋交易都市。

 これほどイベントに適した舞台はないだろう。

 

 それに加えて、ゲームでは領主はレシリアに入れ込んで領内の統治を疎かにし、血統主義のフレイは権威を利用して暴れ回り、共通パート後では失踪した為に領内の統制も効かず、更なる混乱が訪れるという問題が起こるには最善の状況にあるのだ。

 運営側も便利な舞台だと、こぞって様々なイベントを仕込んだに違いない。

 

「でも、それってむかつくな」

 

 ゲーム時代なら特に何も気にせずそのままだったが、今の俺はこの土地の領主であるリノアとジークの息子。

 次期当主の権利は聖女の力を持っているレシリアにあるから、いずれはこの土地を出て何処かの婿養子にでもなるか、騎士団に送られるのだろうが、だとしても、生まれたこの土地で好き勝手やってる奴らが居るというのは許せない。

 

「俺がここにいる間に何とかしないとな。それに荒れ果てた領からの婿養子なんて、それだけで足切り要素になりかねんし」

 

 俺は俺だけの理想のヒロインを求めている。

 その理想のヒロインには基本的に、財力とか地位とか強さとか、そう言う俗物的なものだけで好きになるようなトロフィーヒロインは対象に入らない。

 だが、だからといってそう言った要素を完全に無視すると行ったことはしない。

 

 なぜならこの世界は現代と違って厳しいからだ。

 基本的に職業選択の自由度は少ないし、貴族がいるなど身分による差も激しい、リノアとジークから見ても分かるとおり、恋愛に個人の気持ちだけではなく、それぞれの実家が関わってくる可能性すらある。

 そんな世界では、どれだけ人となりを見てくれる人が居たとしても、やむを得ない理由として財力や地位、強さによる足切りがされてしまう可能性があるのだ。

 

 だからこそ、この都市の状況は見逃せない。

 俺のヒロインに問題なく俺を好きになって貰うためには、最低限それなりであるという状況を作り出しておく必要があるのだ。

 

「まあ、今すぐには無理だろうけどな」

 

 まだ俺は八歳だ。

 何かをしようとしても相手に舐められるし、そもそもリノアとジークも内政に関わらせようなどとはしないだろう。

 だからこそ、今は力を付け、仲間を増やすことに重点を置くべきだ。

 

「うわ! なんだ!? 危ねーな!」

 

 突然馬車が揺れ、御者がそんな怒鳴り声を上げた。

 それを聞いて俺はふとあることを思い出した。

 

「何かあったのか?」

 

 御者の声を聞いてそんなことを口にするジークに向かって俺は言う。

 

「ちょっと、外の様子を見てくる」

「あ、フレイ!」

 

 ジークの制止も無視して俺は外に駆け出した。

 そしてその先にいた存在を目にして思わず笑みを浮かべる。

 

「黒髪……此奴忌み子か! なんでこんな所に! さっさとあっちにいけ!」

「ちょっと待って!」

 

 御者は手に持った棒でその子供を叩こうとするが、それを俺は止める。

 そしてその子供と御者の間に守るように立った。

 

「坊ちゃま、どいてくだせえ! その忌み子を始末しなきゃ、俺達は呪われてしまいますぜ」

「そんなことはないよ。忌み子なんて言われているけど、ただ髪が黒いだけで俺達と変わらない人だ。それに、こんなに弱っている相手をその棒で打ち付けたら、この子供は死んでしまうよ」

 

 まあ、忌み子というか黒髪の持ち主は特別な魔力を持っているから、あながち呪われるという考えは間違いではないのだけど、そんな事実を臆面も出さずに、俺はひたすらその子供のことを擁護する。

 

 なぜなら、俺は知っているからだ。

 この出来事を、そしてこの子供が誰なのかを。

 

「じゃあ、其奴を如何するんですかい! このままだと邪魔で市場にいけねぇ!」

 

 道は倒れた子供によって塞がっている。

 馬車で通り抜けようとしたらひき殺してしまうだろう。

 どかすことができないなら先には進めない。

 

 故に答えは決まっている。

 

「それは勿論! この子を連れて帰る! 市場に行くのは明日でもいいしね」

「っは? 何を言ってるんですか?」

「フレイ。お前、何を勝手なことを……」

「と、いうわけで父様、あとはよろしくお願いします!」

 

 俺はそう言うと手に持った魔道具――空蝉の羅針盤を発動させた。

 それによって、俺の姿はその子供――ゲームではフレイのメイドとなっていた忌み子の少女である一禍と共に消え、屋敷へと移動した。

 



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一禍ルート

 

 ゲームでのフレイのメイドである一禍はかつてフレイに救われた経験がある。

 フレイが市場に出掛けたとある日に馬車の前で倒れた子供が一禍なのだ。

 

 二人目のレシリアが生まれた事で両親の愛を感じられなくなったフレイは、忌み子として世間から嫌われる一禍にシンパシーが湧き、周囲の反対を押し切って彼女を助け自らのメイドにするのだ。

 

 一禍はそれに恩義を感じており、フレイの忠実な手駒として活動を開始する。

 忌み子が持つ闇の魔力を使用して、様々な暗躍を行う手伝いをするのだ。

 だが、そんな風に忠義を尽くしていた一禍も、アレクに負けたことでおかしくなったフレイが失踪することで、路頭に迷うことになってしまう。

 シーザック家もフレイに忠義を尽くしていた忌み子の一禍は邪魔者で、レシリアに災いを呼び出されない為に、そうそうに屋敷から追い出されてしまうのだ。

 

 シーザック家を追い出された一禍は、失踪したフレイを探そうと各地を巡るが、その過程で闇魔法を操るカルト教団に狙われることになる。

 そのカルト教団はかつての忌み子が闇魔法を使って、自身を神とする形で作り出した集団であり、これまでの忌み子迫害の元凶だった。

 彼らは教義に従い、忌み子を神に……生け贄とするために付け狙っており、その過程でフレイのメイドが忌み子だというのを聞いて、その身柄を確保するために動き始めていたのだ。

 

 謎の集団に襲われ、闇魔法で洗脳された周囲の者や知り合いに殺され掛ける日々、そんな中で窮地に陥った一禍を救ったのが、我等がヒーローアレク君だ。

 

 アレクに助けられた時、フレイに助けられた時のことを思い出す一禍。

 だが、直ぐさま助けた相手がフレイ失踪の原因であるアレクだと知り、一禍はアレクへ助けたことに対する感謝は口にするものの、助けは借りないとその場を後にして去ってしまう。

 

 それを見たアレクは謎の組織に襲われる一禍のことが心配になり、ストーカー紛いにその後を追跡し、何度も彼女を救うのだ。

 

 フレイへの恩義から何度もアレクを拒み続ける一禍。

 だが、何度も助けられることでアレクへの恩義も積み重なっていく。

 そうして二つの忠義の狭間で揺れ続ける一禍であったが、フレイがカルト教団に浚われてしまったことを知る。

 直ぐさま助けるためにその教団に襲撃を仕掛けるが、フレイは既に拷問の末に殺されてしまっていた。

 

 大切な主君を自分のせいで失い呆然となる一禍。

 やがて彼女の心には憎悪が宿り、カルト教団を殲滅する決意をする。

 だが、カルト教団は強大で自分一人では倒すことができない。

 

 故に一禍は仲間を得ることにしたのだ。

 忌み子である自分に味方してくれるのは、フレイが居なくなった今、もはやアレクだけ、だからこそ彼を絶対に仲間に引き入れなければならないと考えた一禍は、彼の前で己の肌を晒す。

 これはフレイの復讐の為にすることだ、彼に惹かれてすることではないと、既にアレクに向き始めていた自分の心を偽って、彼と体を交わすのだ。

 

 ――そう、すなわち寝取りである!

 

 言い訳をしながら余所の男に寝取られるとか、何処のエロゲーっていう感じだが、前にもいったがインフィニット・ワンはエロゲーなので仕方ない。

 忠誠心溢れるキャラを寝取るというこの所業は、まるで敵組織の女幹部をものにするかのような愉悦感があり、唯一の黒髪の美人ということもあって、原作でも一禍は特に人気が高かったキャラなのだ。

 

 そうやってフレイの為だと言い訳をしながら、敵と戦うための駄賃だと、アレクに身を捧げ続ける一禍。

 その中で、アレクもそんな一禍の心境に気付いたのか、ほくろを舐めたり、アブノーマルなプレイを要求するなど、積極的に一禍を攻めるようになる。

 やがて、一禍もそれに堕とされていき……。

 

 カルト教団の殲滅に成功し、フレイの復讐が成った時、一禍はアレクに向かって言うのだ。

 

「今までずっと自分を偽ってきたけど、もう無理です。私はアレクのことが好き、だからこれらもずっと一緒にいてください」

 

 それを聞いたアレクは笑顔でこう返す。

 

「俺もお前の事が好きだ。だから、これからもずっと一緒に居るつもりだ。……だけど、報酬は貰うぞ」

 

 そう言って一禍を押し倒し、カルト教団の本拠地でおっぱじめる二人。

 今までと違い、本心から愛し合うことを楽しむ二人のCGと、声優の迫真の演技の後にエンディングに入り、二人は密やかに幸せに暮らしましたと後日談が入って一禍ルートは終わるのだ。

 



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来幸

 

 さて、そんな一禍だから俺のヒロイン候補にはなり得ない。

 だが、それでもフレイの忠実な僕であった点は役に立つ。

 だからこそ、俺は原作と同じように一禍を自分のメイドにしようと考えたのだ。

 

「え、えっと……わ、わたしをどうするつもり……ですか?」

 

 卑屈そうな顔でそう切り出す一禍。

 俺はしっかりと目線を合わせて彼女に言う。

 

「君には俺のメイドになって貰おうと思っている」

「メイド……? でもわたしは……」

「忌み子とかは関係ないさ。メイドに大切なのは気持ちだ」

「気持ち?」

「そう。俺の側で俺の為に尽くしてくれるという思い。それが何よりもメイドという職業で必要なことだ。メイドというのは主人の側で働く者だからな。信頼が何よりも大事っていうこと」

 

 俺はそうしっかりと言及しておく。

 一禍をメイドにするのはゲームでも見せた忠誠心を期待してなのだ。

 

 ……まあ、最終的に寝取られているから、その忠誠心ってどうなんだと言われかねない気もするが、少なくともフレイが生きている間は寝取られなかったわけだから、俺が生きている間は明確には裏切らないだろう。

 

 ――いや、自分で考えておいて、何かちょっと不安になってきたな。

 エロゲーキャラの下半身で容易く覆る、ゆるゆる忠誠心を信じ切るのは危険か?

 でも、他に協力者になりそうな人材はいないしな……。

 

 協力者なんて、侯爵家の立場を使えば幾らでも作れるだろうと思うかも知れないが、俺が作ろうとしているのは恋愛における協力者だ。

 その点を考えれば、実家の思惑が絡み始めるシーザック家関連の連中は信用出来ないし、俺が交流しやすい男の知り合いは、ヒロインを寝取りに来る可能性があるため、可能な限り使いたくはない。

 なのでシーザック家に関係ない女性の協力者が必要だが、女性なら誰でもいいと言う訳でもない。

 

 その理由は俺が前世を含めて童貞だからだ。

 

 俺は自分の身の程をよく知っている。

 家族以外の女性と碌に接したことのない俺は、協力者として行動を共にすることが多いその女性に、惹かれてしまう可能性は否定できない。

 

 普通に恋心を持ったのなら、それでいいんじゃない? と思うかも知れないが、俺はそうは思わない。

 なぜなら、俺がその相手に恋心を持ったのは、俺が恋愛弱者で経験が無いから、惚れてしまっただけで、それが本当に俺のヒロインか分からないからだ。

 

 女性には男性に見せない裏の顔があると恋愛経験の少ない俺は思っている。

 協力者とはそう言ったヒロイン候補達の実態を調査するためにも必要なものであり、その協力者自体に恋をしてしまえば、そう言った裏の顔の調査がされていない相手と付き合うことになってしまうかもしれない。

 

 よくある話だ。

 目の前では相手のことを好きだと囁きながら、裏では他の男と乳繰り合っていたり、付き合ったのは金の為で、あんな男とは顔すら合わせたくないと、裏で他の女性と共に嘲笑うなんていうことは。

 そしてそう言った手合いは往々にして男を誑かすのが上手い。

 

 恋愛経験が豊富ならそんなものには騙されずに、或いは騙されたとしても気にせずにまた次の恋へと向かっていけるのかも知れないが、童貞で恋愛経験の殆ど無い俺からして見れば、自力で裏の顔に気付くのは無理だし、騙されていたのなら二度と立ち上がれないほどに傷ついてしまうだろう。

 

 童貞を舐めないで欲しい。

 三十歳まで童貞でいる者は、恋愛に対してピュアな存在なのだ。

 だからこそ、協力者という第三者の目で調査する人物が欲しい。

 そしてその第三者は、紙防御力な俺が惚れない相手がベストなのだ。

 

 その点を考えれば攻略対象というのは全ての条件に合致した存在だ。

 アレクの女である彼女達を寝取るつもりは俺にはないし、アレクのヒロインだからこそ、当たり前のように彼女達は全員女性で、ストーリーを引っ張るだけの何かしらの特別さを持った優秀な人物が多い。

 だからこそ、攻略対象者は俺の協力者の役割を充分に果たせる。

 

 この一禍もその一人だ。

 攻略対象である彼女を、俺は恋愛対象どころか、異性として見るつもりもない。

 そして元からフレイの部下でもあり、そのまま協力者にしやすい。

 

 これほど条件に合致した人物は存在しない。

 だからこそ、何とか仲間に引き入れたい所だった。

 

「まあ、恩を売れば何とかなるか」

 

 俺は一禍に聞かれないようにそう呟く。

 一禍のゆるゆる忠誠心を信じ切ることは難しいが、それでも可能な限り恩を売っておけば、裏切る可能性を少しでも減らすことができるだろう。

 

 なろうの奴隷ちゃん作戦だ。

 

 本来ならある程度メイドとして仕上がるまで、他の者に手伝わせることも考えていたが、可能な限り、俺自身が直接世話をやくことで、より恩を売ろうというのだ。

 

 しかし、なろうと言えば、同じ童貞なのに、トロフィーヒロインによるハーレムで何であれほど喜べるのだろうと俺は思ってしまう。

 

 出会って直ぐに惚れる女、チートを見て媚びをうる女。

 どうしてそんな相手を信用出来るというのか。

 

 出会って直ぐに惚れるなら、きっとなろう主人公以外にも惚れる。

 チートに惚れたのなら、なろう主人公より強いチートに流れる。

 

 手に入れやすさというのは、同時に失いやすさでもある。

 簡単に手に入るヒロインであればあるほど、その思いは軽く、チートを失えば、直ぐさま裏切り、別の誰かのヒロインになってしまうようなものなのだ。

 そんな相手、肉体関係を結ぶだけなら便利かも知れないが、恋愛をするための、ボーイミーツガールするためのヒロインとしては不適切だと言えるだろう。

 

 そこで俺はふと気付く。

 ああ、目的意識の違いかと。

 

 今まで女性とエッチをしたことがないから、どんな相手でも良いから自分に惚れた相手とただれた関係を築きたいという性欲重視の者と、俺のように女性とエッチすることよりも、得られなかった青春を得るために、ヒロインとのボーイミーツガールの青春の日々を送りたいという感情重視の者、同じ童貞でもこの二つのパターンの人物が存在しているということだろう。

 

 性欲重視のものならば、その場限りの関係だっていい。

 だからこそ、俺のように相手が裏切るなんて考えもせず、その場その場でヒロイン達との相手を楽しんですることができる。

 一方で俺は、例えその場での肉体関係を楽しめたとしても、ヒロインに裏切られて後からその思い出を汚されることになるのが嫌だから、しっかりとした自分だけのヒロインを探そうと足掻く。

 

 そう考えると俺は童貞の中でも面倒くさい部類だと言える。

 自分でも少なからずその自覚はある。

 

 だが、しかたがないだろう。

 誰が何を言おうとも、自分の心だけは偽れない。

 

 恋愛とは究極の自己満足だ。

 だからこそその価値を己で噛みしめられなければ、俺自身がその恋に納得出来なければ、その恋に何の意味もないのだ。

 

 俺の満足する恋は俺だけのヒロインを得ることで成就する。

 故にこんな所で立ち止まっている訳にはいかない。

 不安があろうとも、媚びを売ってでも、利用できるものは利用して、必ず俺だけのヒロインを探し出すのだ。

 

「あの……」

 

 そこで一禍が声を掛けてきた。

 少し、思考に耽りすぎていたようだ。

 

「あ~。つまりだ。君が忌み子かどうかなんていう、君の立場は俺に取ってはどうでもいいって事だよ。君が俺に尽くしてくれそうだと思ったから、その心意気を買って君を俺のメイドにしようと思ったんだ」

「なんで出会ったばかりのわたしに対してそんな風に思ってくれるんですか?」

「……それは後で話すよ。君がメイドとして成長したらね」

 

 協力者にするからにはゲーム知識について話すことになる。

 そこでおのずとその理由は知ることになるだろう。

 

「さて、ところで……君はなんて言う名なのかな?」

 

 本当は一禍という名だと知っているが、それを信頼関係を築く前のこの段階で言うのは不自然だ。

 だから、一応彼女に対してその名前を聞いたのだ。

 

「名前……?」

「そう。君の名前」

「わ、わたしの名前は……。……ありません」

「そうなのか?」

「……」

 

 意外だった一禍には名前が無かったらしい。

 まあ、忌み子だったから親に名を付けられていない可能性もあるかとは思ったが、ゲームでは一禍という名前で登場し、その名前に関して特にイベント等も無かったので、親から付けて貰った名前だと勘違いしていた。

 

 となると、一禍というのはゲームでのフレイが付けた名前だったのだろう。

 忌み子とは言え、一つの禍なんて、良くない名前を付けるなんて、フレイも結構酷いところがあったんだな~と思う。

 まあ、家族関係で荒れてて思わず付けてしまったのかも知れないが。

 

 ともあれ、名前がないままにはしておけない。

 何かしらの名前を俺の方で付けた方が良いだろう。

 

 ゲームと同じように一禍と付けるべきかと考えた所で、俺の脳裏にアレクと一禍のプレイシーンが思い浮かぶ。

 

 「一禍! 一禍!」と叫びながら腰を振るアレク。

 そしてそれに思わず「アレク!」と返してしまう一禍。

 

 そんな声優の迫真の演技と美麗なCGを思いだした俺は、思わずげんなりとした気持ちになってしまう。

 これから一禍は俺のメイドとして常に側に居て貰うことになる。

 

 そんな中で一禍という名前が出れば、今みたいにゲームでのアレクとの関係を思い出して、メンタルにダメージを受けることになりそうだ。

 日常的にメンタルダメージを受けることになるのは避けたい。

 そもそも一禍という名前自体良くないものでもあるので、せっかくだから、この機会に俺の方で改名をしようと思う。

 

「なら、俺が名前を考えてもいいか?」

「え……? は、はい……」

 

 俺の言葉を聞いて、にへらと虐げられたものが定めを受け入れるかのような、弱々しい媚びた笑みを浮かべる一禍。

 そんな彼女に向かって俺は言う。

 

 一禍の新しい名前――それは――。

 

「来幸(こゆき)……ってのはどうかな」

「来幸ですか?」

「俺の知っている言葉で幸せが来るって意味だ」

「幸せが来る……」

「黒髪だから忌み子で禍を生んで不幸を呼び寄せるなんてことは、世間が勝手に決めつけたことだろ? 俺は黒髪だから不幸を呼び寄せるなんて考えはクソだと思うし、黒髪であろうとも幸せを呼び寄せることはできると思ってる。だからあえて、それを知らしめるこの名前にしたんだ」

 

 現代日本人からして見れば黒髪が忌み子とか馬鹿にしてるの? って感じだ。

 黒髪だから不幸を呼ぶなんてことはないし、そんなことを決めつけるのは、かつて黒髪であったものとして許せない。

 

 故に来幸。

 黒髪でも幸せは来ると、この世界の人間に宣言するのだ。

 

 俺の言葉を聞いていた来幸はしばらく呆然としていたものの、急に瞳に涙を浮かべ、その場で声を押し殺すように泣き始めた。

 

「お、おい。どうした? そんなに嫌だったのか?」

 

 そう言うと来幸は首を振るって否定する。

 

「違う……嬉しくて……」

「嬉しい?」

「そんなこと言われたの……初めてだったから」

 

 そう言って完全に泣きだす来幸。

 俺としてはもう如何したら良いのか分からない。

 

 取り敢えず、泣き止むまで待って、落ち着いた来幸に話しかけた。

 

「それで来幸。俺のメイドになってくれるか?」

「はい! メイドというのはよく分からないですけど! 精一杯頑張ります!」

 

 そう言って笑顔を浮かべる来幸。

 一方で俺は心の中で頭を抱える。

 

 そりゃそうだ。

 碌に教育も受けていないならメイドって概念すら分からないよね。

 これを一から教育とか大変そうだな……。

 

 そんなことを思いながら来幸へと目を向ける。

 

 明らかに栄養が足りないせいでガリガリの体。

 ボロボロの服を来ていて、何より汚れきった体が臭い。

 

「取り敢えず、風呂に入るか」

「風呂?」

「ついてこい」

「わっ!?」

 

 そう言うと俺は来幸の手を握った。

 そして短距離転移を連続して行い、なるべく屋敷に立たないようにして、風呂場まで移動していく。

 

 そして風呂場まで移動した俺は、来幸のぼろ切れのような服を剥がす。

 

「きゃ!」

 

 俺の行動に来幸が思わず声を上げる。

 だが、そんな事よりも俺の注意を引くものがそこにはあった。

 

「本当に胸にほくろがあるんだな……」

「え?」

 

 俺の声を聞いた来幸が思わずそう聞き返すが、俺はそれを無視して、生まれたままの姿になった来幸の胸に存在する、ゲームのCGで見たのと同じほくろを注視した。

 

 脳裏に思い出されるのはアレクと一禍の情事。

 胸にあったほくろを舐められて仰ぐ一禍。

 

 その舐められていた存在であるほくろが現実としてこうあると、やはりこの来幸はゲームでの一禍なんだなと強く実感する。

 

 そんな風にげんなりとしていた俺の顔を見て来幸が首を傾げた。

 

「私の体におかしなところがありましたか?」

「いや、なんでもない。気にするな」

 

 俺はそう言って話を打ち切り、来幸にお湯を被せて、石けんと体を擦る布を取り出して、来幸を洗い始める。

 

「く、くすぐったいです!」

 

 時折当たり所が悪いのか艶やかな声をあげる来幸だが、俺としては微塵も興奮を覚えない状況だった。

 栄養不足でがりがりなことや、まだ子供の体で俺自身も同年代であるというのもあるが、やはり、あのほくろを見たことで、攻略対象は攻略対象なのだと実感することになって、萎えてしまったのが大きいだろう。

 

 この子は俺のヒロインになり得ないんだな。

 そう思うと手を出そうという気概も完全に無くなる。

 

 俺は俺だけのヒロインを追い求めるつもりだ。

 そしてそんな理想のヒロイン像を相手に強いる以上、俺自身も相手に対して誠実であるべきだと思っている。

 だからこそ、俺は、俺のヒロインとなる相手以外とは付き合うつもりもないし、他の相手との肉体的関係なども持つつもりはない。

 

 それこそが、俺の誠意。

 独善的な俺の恋愛を行う為に自分で課した制約だ。

 



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忌み子の真実

 

「さてとこんなもんだろ。ほら、ここに鏡がある、自分で見てみろ」

「これが私……?」

 

 汚れを取って綺麗になった姿を見て来幸がそう言う。

 さすがにゲームの攻略対象だけあって、美少女と言える見た目をしていた。

 

「そうだ。これからは俺の専属メイドになる。下手な見た目だと他の奴らに舐められることになるからな。こんな感じで身綺麗にするんだぞ。石けんの使い方と体の洗い方はさっきので分かっただろ?」

「は、はい……」

 

 先程の行為を思い出したのか、恥ずかしそうにそう言う来幸。

 俺はそれを無視すると風呂場を出て、転移でメイド服や下着を取ってくると、それを来幸に手渡した。

 

 ちなみにこの世界の下着はドロワーズではなく、現代レベルのしっかりとしたものとなっている。

 まあ、そこはなんちゃって中世のエロゲー世界だから仕方ないと言える。全員ドロワーズじゃ、エロシーンのバリエーションに問題が出るからね。

 

 だから、俺が来幸に渡したものも真っ当な水色の縞パンだ。

 正直言ってどんな下着が正解かは分からないが、様々なギャルゲーやエロゲーを通してベストな選択はこれだと判断したのだ。

 

 服の着せ方も一から指導してメイド服を着せると、近くに居たメイドに屋敷にいる者達を集めるように命令を出す。

 やがて馬車で戻ってきたジークや、事態に気付いたリノアとレシリアが、屋敷に居た者を集めていた広間に集う。

 

 俺はここに集まった者、全員に向けて言った。

 

「俺の呼びかけに応じて集まってくれてありがとう! 今日は俺から一つ伝えなければならないことがあるから、ここに集まって貰った」

 

 そう言うと俺は来幸を前に出す。

 その黒髪を見て、こそこそと忌み子という声が漏れ始め、それを聞いた来幸が怯えたように縮こまる。

 

「この子、来幸を俺の専属メイドにする!」

 

 その宣言にざわめきが一層大きくなった。

 そのざわめきに来幸が思わず俺の後ろに隠れようとするが、それを防ぎ、俺は来幸を前面に押し出した。

 

「こう言う時こそ、堂々としてろ」

 

 俺のその命令が聞いたのか、来幸は精一杯堂々とした様子を作る。

 

「フレイ様! 其奴は忌み子ですよ! 不幸を招きます! 坊ちゃんには相応しくありません!」

 

 屋敷の使用人の一人が声を上げた。

 それに他の使用人が頷く。

 

 それを聞いて俺は内心にやりと笑った。

 きたきた。その言葉を待っていたんだよ!

 

「黒髪が忌み子で不幸を招くなんて言うことはない!」

「で、ですが……皆が言って……」

「それはかつて起こった出来事が原因でそう言われるようになっただけだ」

「出来事ってのは何だ? フレイ?」

 

 俺の言葉にジークが乗ってくれた。ありがたい。

 ゲームでのフレイがどう屋敷の者達を説得したのかは知らないが、俺にはこの世界に対する知識、ゲームの原作知識がある。

 だからこそ、黒髪が不幸を招くなんてことがないのも知っているし、そしてその理由も明確に説明できるのだ。

 

「――とある街に一人の黒髪の男がいた。その男は街でただ一人の黒髪だったことから、自分が特別な存在であると思い込んだ。だからこそ、自分を神と崇める邪教――黒神教を立ち上げ、そして多くのものを扇動し、国家に騒乱を起こした!」

 

 これはゲームでも出てくる設定。

 というか一禍ルートで邪教と戦う中で知ることができる事だ。

 

「騒乱は長く続いたが首謀者である男を倒すことには成功した。結局其奴はただの迷惑な勘違い男で神でも何でも無かったわけだ。だが、その男が作った教団だけは殲滅しきることができず、カルトとして今もなお世界に残り続ける事になった」

 

 宗教というのは根絶が難しい相手だ。

 まして相手は闇魔法での洗脳や記憶操作まで行える相手。

 首謀者を倒せたこと自体が大金星であり、殲滅することが無理でも、それは仕方の無いことだと言えるだろう。

 

「残された教団は現在もなお世界を己がものとするために各地で暗躍している。そしてその者達は自分達の新たな神となる御旗を欲している。それが――」

「そこの来幸ちゃんのような黒髪のものだと?」

「そうだ! だからこそ、教団は黒髪のものを手に入れるために、各地で黒髪を忌み子とする噂を流し、黒髪のものを見つけると、その周囲に不幸と呼べるような出来事を自分達の手で落として、黒髪の存在を容易く確保できるように暗躍している」

 

 そこまで言って全員に響くように俺は声を張り上げた。

 

「これこそが、黒髪が忌み子とされることの正体であり、黒髪の呪いとされる事柄は、呪いでもなんでもなく、ただのあくどい人間が起こしただけの人災だ!」

 

 俺のその宣言に動揺したようにざわめきが大きくなった。

 目の前に居る来幸も目を丸くしている。

 

「坊ちゃま……そんな話、何処から聞いてきたんですか?」

 

 そう言ってこちらを馬鹿にしたように見てくる使用人の一人。

 それは明らかに子供の与太話には付き合えないと思っている顔だった。

 

 彼奴は確か――。

 まあ、見せしめは必要か。

 

「マリナス。俺の事をただの子供だと思って、そう言っているのか?」

「ええ、使えている主人のご子息のことを悪く言いたくはありませんが……」

 

 にやにやとそう笑うマリナス。

 全く悪びれた様子がない。

 おかげでこちらもやりやすい。

 

「マリナス。お前は資材管理を担当していたな」

「? はあ。まあ、そうですが」

「毎月、屋敷で使用する魔石の代金として、180000ゴルドを計上しているが……実際に使用されているのは130000ゴルドだ。残りの50000ゴルドは何処に行ったんだろうな? 答えてくれるか?」

 

 その言葉を聞いたマリナスに一瞬動揺が走るが、直ぐに切り替えて答えを返す。

 

「坊ちゃま……。適当なこと言わないでくださいよ。私はしっかりとこの屋敷で使うための資金を――」

「ルーレアンの街の五の二番地。木枯らし亭の三階の一番右の部屋」

 

 俺が次々と喋る中でマリナスの顔が青ざめていく。

 

「や――やめ……!」

「毎週水の日の十時半にそこで、横流ししている先の業者と、購入元の魔石業者から、お前はキックバックを受け取っているよな?」

「し、知らない! そんなのは! 子供の戯れ言だ!」

 

 そう、マリナスは否定するが、それが戯れ言に対する態度ではないことは、その場にいた使用人の全てが分かった。

 あまりの状況に使用人の全員が息をのむ。

 

「戯れ言かどうかは調べれば分かることだ!」

 

 俺はそう言ってジークに目を向けた。

 ジークは頷くとマリナスの腕を押さえる。

 

「マリナス……詳しい話を聞かせて貰おうか」

「だ、旦那様……これは!」

 

 誤魔化そうとして、そしてジークの目を見てそれが難しいと理解したマリナス。

 彼はこびへつらった顔でジークに言った。

 

「ちょ、ちょっとした出来心だったんです! あの魔石業者からやるように言われて……、いや違う! 脅されていたんです!」

「そうか……分かった。それを含めて詳しく聞こう」

 

 そう言ってジークは尚も弁護を続けるマリナスを引き摺って出て行った。

 そしてそこで俺は全員に向けるようにして宣言する。

 

「これでも俺をただの子供だと侮る奴はいるか!」

 

 その言葉に誰も返答しない。

 だからこそ、俺は続けるように言う。

 

「俺が転移能力を持った魔道具を保持していることは知っているな? 俺はそれを使い各地の資料を見ることで、深い知識を既に身につけている! 先程の黒髪に纏わる話も、そしてマリナスの件もそれの一端を見せたに過ぎない!」

 

 そして念を押すように使用人に言った。

 

「この俺が! 忌み子に呪いなんてものがないという証明だ! それでもこの子を忌み子という理由だけで排斥しようというのなら! それはすなわち俺に対して異を唱えることだと知れ!」

「「「は、はい!」」」

 

 そう言って深々と頭を下げる使用人達。

 俺がそれに満足していると先代からシーザック家に仕えている、筆頭執事のリガードが語りかけてきた。

 

「しかし、坊ちゃま。黒髪が邪教に狙われているのだというのなら、その子をここにおくことでシーザック家に不利益が起こるのではありませんか?」

 

 至極真っ当なその質問に、使用人ははっとその事実に気付く。

 だが、その回答は既に用意している。

 

「もし邪教が襲い掛かってくると言うのなら、返り討ちにするまでだ。それにここには聖女もS級冒険者もいる。それで不足があるとでも?」

「いえ、確かにそうですな。出過ぎたことを言いました」

 

 そう言って深々と礼をするリガード。

 

「私は坊ちゃまの考えを支持しましょう。その子は我等使用人の一人として、大切に扱い、坊ちゃまに相応しいメイドにしてみせます」

 

 筆頭執事が了承したことで、他の使用人も頷いた。

 内心では反発があるかもしれないが、少なくとももう表面的には忌み子への不満と、それに伴う嫌がらせは行うことができないだろう。

 

 あるいはこの老人はこうなることが分かっていて、俺に質問を投げかけたのかも知れない。そう考えるとなかなか食えない相手だ。

 

 リガードは満足そうな顔をしながら俺に向かって言う。

 

「しかし、先程までの演説といい、今の会話といい、他を統べるに相応しい素晴らしい覇気です。フレイ様が聖女でないことが残念でありますな」

 

 俺にTSしろとでも言うんか。

 

 まあ、言いたいことは分かる。

 ようは俺が当主だったら良かったのにってことだろ。

 

「俺より優秀なレシリアが居るから問題ないだろう」

 

 そう言って俺がレシリアに目を向けると、何故か腰が砕けたかのようにフニャフニャになりながら、ぐったりとしていた。

 

 あれ、どういう状況だ?

 俺の大声にビックリして腰が抜けたのかな?

 

 取り敢えず、俺はよく分からないレシリアの状態を無視して、来幸を連れて部屋を出て行く。

 内心で上手くいったとガッツポーズを取りながら、レシリアルートの内容をしっかり覚えておいて良かったと思う。

 

 マリナスの悪事は、レシリアルートでのお使いクエストで解決する問題の一つだったからな、うわさ話を集めて密会場所を特定して、マリナスを追い詰めるまで連続クエストでクソ面倒だったけど、それが役に立つなんて世の中分からないもんだ。

 

 これでぐだぐだなシーザック家の内政の一部を改善することができた。

 ただの子供ではないと見せることで、今後の活動もしやすくなるだろう。

 

 このタイミングで切り出すことになったのは、完全な場の流れによるものだが、存外上手くいって良かったと思う。

 

「あの……ふ、フレイ様?」

「ああ。名乗ってなかったか。そう、俺はフレイ・フォン・シーザックだ」

 

 来幸に向かってそう言う。

 それを聞いた来幸は意を決して言った。

 

「さっきのことは、わたしの為にしてくれたんですか?」

「そう。来幸の為にしたことだ」

 

 ここで俺はしっかりと恩を着せておく。

 大切な事だからね。

 

「そして俺の為でもある。このことに恩を感じるなら、しっかりと俺に尽くす働きをすることでそれを返すといいさ」

 

 そう言って俺は最後に付け加え忘れて居たことを来幸に伝える。

 

「ああ、そうだ。言い忘れてたことだけど、俺の配下になった以上は、君を不幸せにするつもりはない。だから安心してここでの生活を楽しむといいよ」

 

 来幸は攻略対象で……俺の恋愛対象にはならないが、だからといって興味を無くして、全てを投げ遣りにするということもない。

 俺だってまともな感性を持った人間なのだから、手に届く範囲に苦しんでいる子供が居て、それを俺が助けられるというのなら、それを助けたいという気持ちくらいはしっかりとある。

 恋人であるアレクの代わりにはなれないが、それでも進みたいという思いを持つ者の背を押して、助けることくらいはできるのだ。

 



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恩に着せる

 

 そうして来幸は俺の専属メイドになった。

 忌み子として親から捨てられた来幸は言葉は交わせるものの、それ以外のことは大して知識を持ち合わせていなかった。

 

 だからこそ、当初の予定通り、基本的には俺が勉学や武術、礼儀等を教え、そしてメイドとしての細かい部分の知識はリガードや屋敷のメイドに頼んで教育して貰うという体勢を築いていた。

 来幸自身もメイドに対するやる気を十分に見せていて、積極的にリガードや他のメイドに質問して、必死になって働いている。

 屋敷の使用人達もそんな来幸の姿を見て仲間として受け入れているようだった。

 

「まあ、元からあまり心配していなかったけどな」

 

 何だかんだ言っても、ゲームで一禍は、使用人としてシーザック家に受け入れられていたのだ。

 レシリアが死んで発狂したリノアには、黒髪というだけで嫌われて、最終的に追い出されてしまったが、それを除けば真っ当に過ごせるだけの信頼関係を一禍はゲームで築き上げている。

 

 このシーザック領は、聖女が治める領地ということもあって、善良な人間が集まりやすい傾向がある。

 まあ、だからこそ、マリナスや商人共のような、一部に存在する悪人に、いいようにやられてしまうという欠点もあるのだが、今回はその善良さが良い方向に働いたということなのだろうと俺は思っている。

 

 故に俺は、来幸をメイドにしても問題ないと判断して、先日の一件を起こすことに踏み切ったのだ。

 

「お、お食事をお持ちしました~」

 

 おっかなびっくりと言った感じで、ガラガラとワゴンを慎重に押しながら来幸が部屋に入ってくる。

 普段は食堂で家族と食事を取るが、来幸の勉強の為に部屋に食事を持って来させていたのだ。

 

「ああ」

 

 俺は短くそれだけを返して、席に座り、机の上に並べられたワゴンから取り出した料理を食べ始める。

 しばらく食事を堪能していると、何処からかぐぅ~という音が聞こえてきた。

 

 そして音のした方向へ目を向けると、顔を真っ赤にした来幸が恥ずかしそうに、音のなった原因と思われるお腹を押さえていた。

 

「あ、あの……これは……!」

「……お腹すいたのか?」

「は、はぃ……」

 

 そう言って俯く来幸。

 ゲームの一禍は完全無欠の完璧メイドといった感じだったが、今の来幸はそれにはほど遠く、ポンコツメイドと言えるような状況だ。

 

 誰でもいきなり完璧なわけじゃないか。

 ゲームでの一禍もきっとこんな時期があったんだろう。

 

「ふう。もうお腹いっぱいだ」

 

 そう言って俺は席を立つ。

 

「あ、ではお片付けを……」

「何を言っている? こんなに残っているものを片付ければ、料理長が何か料理に問題があったんじゃないかと思ってしまうだろう」

「え?」

 

 俺は内心、察しが悪いな~。と思いながら来幸に告げる。

 

「つまりだ。俺の食べ残しを来幸が食べろということだ」

「ええ!?」

 

 来幸が驚いた様子でそう声を張り上げた。

 

「この後は武術の勉強だろ? 空腹で倒れられても困る」

 

 それにこれも恩を売れるポイントの一つだろう。

 来幸を忠実な僕にするためのなろう奴隷ちゃん計画の一つ。

 『奴隷の私にこんな凄い食事をいただけるなんて! さすがです! ご主人様!』大作戦だ。

 

「で、でも……」

「命令だ。さっさと食え」

「わかりました……」

 

 命令だと言われてやっと納得した来幸は、料理を食べるためにそのまま手を直接料理に向けて――。

 

「ちょっと待った」

「え? 何ですか?」

 

 俺は料理に届く寸前の来幸の手を止めた。

 正直言って信じられない!

 此奴、直接手で料理を食おうとしていたぞ!?

 

「まさか、手で食べるつもりだったのか?」

「はい。何時もそうしているので」

「まじか……」

 

 俺はそう言って頭を抑えた。

 

 日本人からしてみたら、パンとかならともかく、おかずやご飯を、食事シーンのCGで手づかみで食べていたら、正直言ってドン引きレベルの所業だろう。

 だからこそ、なんちゃって中世のこの世界では、箸やスプーンなどは普通に存在していて、一般人でも当たり前のようにそれを使って食べる。

 そんな中で俺の専属メイドが手づかみで食事をするなど、あってはならないことだ。確実に俺の品位に影響が出てしまう。

 

「きゃっ!?」

 

 来幸を引っ張り、席に座った自らの膝の上に座らせる。

 そして後ろから彼女の手を取り、そこにフォークとナイフを握らせた。

 

「いいか、食事とはこうやって食器を使ってするものなんだ。この肉をナイフで切って、フォークで突き刺す、それをほら、あーんだ」

「あーん?」

「相手に料理を食べさせるときに、口を開けて貰うために言う言葉だ」

「ほら、あーん」

 

 俺の言葉で開いた来幸の口に向かって肉を入れる。

 そしてそれを何度か繰り返して来幸に食事のマナーを教えた。

 

 何で俺が攻略対象相手にあーんをしなければならないんだ。

 こう言うのは俺がヒロインにやって貰うもんだろ。

 

 そう不満は覚えるが、来幸を協力者に仕立て上げるためには、仕方の無いことだと諦める。

 そして食事を終えた来幸は顔を真っ赤にして、ワゴンを片付けて去って行った。

 

「はあ、先が思いやられるな……」

 

 俺はそれを見て思わずそう呟いた。

 ……即戦力が欲しい。切実に。

 



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襲撃

 

 私はなんてことをしてしまったのでしょうか……!

 フレイ様による武術の鍛錬を終えた私は、お風呂で汗を流しながら、思わず昼食時の出来事を思い出していた。

 

 仕えるべき主であるフレイ様の膝の上に乗って、そして彼の手で食事を食べさせて貰うなんてメイド失格の行いだ。

 

 それに使ったのはフレイ様が使っていた食器だ。

 文字の練習用に、フレイ様から借りた奥様秘蔵の恋愛小説には、あのような行いは間接キスというのだと記載されていた。

 

 キスとは愛し合う男女がする行いだと記載されていた。

 間接的とはいえ、フレイ様とそのようなことをしてしまったのだ。

 

「フレイ様はどう思っているんだろう」

 

 そう言ってわたしは思わず自分の唇を撫でる。

 フレイ様はまるで気にせずに自分の食器を使っていたけど、そう言うことを気にすることはないのだろうか、あの本はフレイ様から渡された本だから、間接キスというものを知らない訳でもないと思うのに。

 

「わたしはフレイ様となら……」

 

 フレイ様がどう思っているか分からない。

 だけど、わたしの気持ちはもう決まっていた。

 名前を付けて貰ったあの時から――。

 

「来幸、来幸」

 

 頂いた名前を何度も呟いて笑みがこぼれる。

 

 フレイ様には嘘をついてしまったが、わたしの本当の名前は一禍だった。

 わたしの髪を見た両親は、忌み子で禍をもたらすからとその名前を付けた。

 わたしはその名前が大っ嫌いだった。

 

 どんな些細な災難でも全てわたしのせいにされ、殴れて食事を抜かれる。

 そして名前の通り禍を呼び寄せるんだなと嘲笑らわれるのだ。

 

 それは両親に売られた先でも変わらなかった。

 黒髪を見て、名前を聞いて、やっぱりそうなんだなと嘲笑れる。

 奴隷の中で一人だけ売れ残り、その度に折檻を受け、仮に売れたとしても、散々いたぶられた後に、気味が悪いからと再度売り飛ばされた。

 

 何処に行っても厄介者。

 そのおかげか、或いは年齢からか、恋愛小説で改めて知った、守らなければならない貞操というものは無事だったが、それでもその内、今までよりももっと酷い目に合うことになると思っていたのだ。

 

 刻み込まれた名前からは逃げられない。

 そう諦めながらも、必死で奴隷商から逃げ出した先で拾ってくれたのは、フレイ様だった。

 

 彼はわたしを助けてくれただけではなく、新しい名前までくれた。

 幸は来るという意味を持つ名前、わたしがもっとも欲しかったもの。

 そして名前が変わってからは、フレイ様が言う通り、とても幸せな日々だった。

 

 わたしの為に話を通してくれたのもあると思うけど、使用人の皆はとても親切で色々なことを教えてくれる。

 そしてわたしが仕えるご主人様であるフレイ様も、今日の食事のようにわたしのために施してくれる。

 

 わたしには返せない恩がフレイ様にある。

 いや、それはきっとただの言い訳だ。

 

 わたしの一番欲しかった名前をくれたあの時から、きっとわたしはフレイ様に惹かれていたのだ。そしてあの演説で心を奪われて、日常の様々な出来事で、心の底からフレイ様のことが好きになった。

 

 わたしもいずれ誰かと愛し合うのだろう。

 だけどそれは、『誰か』じゃなく、『フレイ様』がいい。

 平民だから正妻にはなれないかもしれないけど、側室として側に置いて貰えたら……なんて、それは恋愛小説の読み過ぎかな。

 

 わたしはそんな自分の思考を楽しみながら、お風呂から出る。

 脱衣所でメイド服に着替えて、フレイ様の部屋に向かう途中で、同じメイドであるマーガレットさんが話しかけてきた。

 

「来幸ちゃん。ちょっと悪いんだけど手伝って貰えるかい」

「はい。なんですか?」

「市場に買い物に行くんだけどね。荷物が多そうで、運ぶのを手伝って欲しいんだ。これからは来幸ちゃんも買い出しに行くことになるだろうし、その練習のためにもちょうどいいだろう?」

 

 マーガレットさんはそう言って気軽に提案してくる。

 

 わたしには分かった。

 何だかんだ理由を付けているが、これはわたしに勉強させてあげようとするマーガレットさんの親切心だということを。

 

「わかりました! いきます!」

「よし! じゃあ、行こうかね。まず出掛けるときは――」

 

 そう言ってマーガレットさんが行う準備を頭に記憶しながら着いていく。

 馬車は貴族の方が使うものだから、わたしたち使用人は、その時に相乗りする状況じゃないと、この屋敷の馬車は使えない。

 市場はそれほど遠くないので歩いて行って、商品を買ってくるのだと聞く。

 

「行ってきます~!」

「ほい、行ってらっしゃい」

 

 衛兵さんに声を掛けて街へと出た。

 こうして誰かに行ってきますと言えるようになったのもフレイ様のおかげだ。

 

 しばらく歩いて商品で様々なものを購入する。

 初めての買い出しということもあり、あっさりと目的の商品を購入して、わたしとマーガレットさんは帰宅することになった。

 

「重いかい? 大丈夫?」

「大丈夫です!」

 

 ちょっと重いが武術の鍛錬で身体強化の方法について習っているので、わたしでも何とか運ぶことができている。

 

「なんだい? あんたら?」

 

 しばらく歩いていると道を塞ぐように怪しげな男達が現れた。

 それを見てマーガレットさんが不機嫌そうにそう聞く。

 

 だが、男達の視線はマーガレットさんに無かった。

 彼らが見ているのは――わたし?

 

「黒髪……目的のやつだ」

 

 そう言うと男はナイフを取り出した。

 それを見てマーガレットさんが叫ぶ。

 

「アタシ達がシーザック家の使用人だと分かっての狼藉なんだろうね!」

「やれ!」

 

 だが、男達はそれを気にせず動き出した。

 そして目の前の男達に気を取られていたわたしは、後ろから袋のようなものをわたしに被せてくる男の存在に気付かなかった。

 

「や、やめ……」

「来幸! あああっ」

 

 マーガレットさんがこちらを気にする声と、そして刺されたことによる悲鳴がその場に響く。

 わたしは何故か薄れていく意識の中で、それだけが耳に残った。

 



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vs黒神教

 

「マーガレットが刺されて、来幸が連れ浚われただって!?」

 

 部屋で読書を楽しんでいた俺の元に、使用人の一人がやってきて、息を切らせながらも、それを伝えてきた。

 

「はい……。幸い、近くにいた人が直ぐに助けに入ったので、マーガレットは命に関わる傷を負わずに済みました。今はリノア様が治療を行っています。ですが……」

「来幸の方の行方は分からないと」

「はい……。申し訳ありません」

「いや、気にするな。護衛を付けなかった俺のミスだ」

 

 やられた! ゲームでは学園入学時に一禍が居たから、それまでは来幸に対して身の危険が迫るようなことはないと思い込んでしまっていた。

 

「坊ちゃま。来幸ちゃんを浚ったのは……」

「ああ、黒神教のものだろうな」

 

 黒髪の来幸を浚ったところから見てもそれは間違いない。

 だが、何故このタイミングなんだ?

 黒神教が一禍に気付いたのは、学園に入学したからだったはずなのに……。

 

「そうか……。俺のせいか」

「坊ちゃま?」

 

 いや、一つだけこの段階で黒神教が、来幸の存在に気付くことになった理由として思いつく事がある。

 ――俺が魔族を倒したことだ。

 

 魔族というのは強大な存在であり、様々な組織が注視しているものなのだ。

 だからこそ、黒神教も魔族が倒されたこの地を警戒して、何らかの監視要員を送り込んでいたのだろう。

 そして、そこで黒髪の子供がシーザック家に拾われたということを知った。

 そう考えれば、原作と違い、この段階で動き出したことに筋が通る。

 

「舐めやがって……」

 

 ふつふつと怒りが湧いてくる。

 聖女がいようとも、S級冒険者がいようとも、そして魔族を倒すような存在がいようとも、シーザック家相手なら来幸を浚う事くらい容易いと彼奴らは考えたのだ。

 これほど舐められてシーザック家の長男として引き下がることなどできない。

 

「空蝉の羅針盤」

 

 俺は手に持った魔道具を起動させる。

 念の為に来幸の服には針を忍ばせてある。

 だから、その位置は俺には丸見えだった。

 

「港近くの三番倉庫! 俺は先に行くと父様に伝えておいて!」

「へ? ぼ、坊ちゃま!?」

「転移!」

 

 俺は迷うことなく転移の力を起動させる。

 針を仕込んだ場所への長距離転移。

 俺は来幸の元へと移動した。

 

☆☆☆

 

「おお、我等が神よ! 今貴方のために生贄を……!」

 

 祭壇のような場所で男が喚いている現場に転移する。

 俺はそこで椅子に縛られている来幸を見ると、短距離転移を使用し、直ぐさま来幸を切ろうとしている男を剣で切り裂いた。

 

「っがぁ」

「何やつです!」

 

 一人の信者が血を吹き出して倒れたことで、教祖と思われる男と、他の信者達が俺の存在に気付く。

 俺は其奴らの注意を引きつけるように宣言する。

 

「お前達が浚った相手の主だ。来幸は俺のものだ。返して貰うぞ」

「子供一人が何を言っているのです! やってしまいなさい!」

 

 そう言って俺に向かって信者が迫る。

 だが、それこそが俺の狙いだ。

 

「消え……が!?」

 

 短距離転移で相手の死角に移動し、其奴を刺し殺す。

 そして直ぐに別の相手の死角に移動して、同様に相手を斬り殺した。

 

 わざと話して注目を集めたのは死角を作り、こうやって、そこを狙って転移をして止めを刺すためだ。

 

 相手の死角に移動するだけのワンパターン戦術。

 だが、これはシンプルに強い。

 

 空間系能力が最強ってことを証明してやるよ!

 

 俺はそんなことを思いながら次々と信者を殺し、気付けば残りは教祖だけの状況になっていた。

 

「信者達が……ただの子供ではありませんね」

 

 そう言って教祖は祭壇を背にこちらを迎え撃つ体制を取った。

 こちらが死角に転移することは、信者達がやられる中で、あの教祖に理解されてしまったらしい。

 

 壁を背にすることで後方への転移を封じ、そして前方からどう来てもいいように身構える……短距離転移能力者相手の対応としては完璧なものだ。

 

「私は油断などしませんよ! ダーグゲイン!」

 

 そう言って教祖は闇の渦を作り出すとこちらへと放流した。

 あれは渦に飲み込まれた対象から生命力を絞り出して吸収する闇魔法だ。

 

「そっちが油断してようが、どうしようが、関係ないんだよ!」

 

 俺はそう言うと机を触り、短距離転移で空中に飛び出す。

 そして手に持った机から手を離した。

 

「躱したところで……ダーグゲイン!」

 

 二度目のダークゲインが俺へと向かう。

 俺はそれを更に転移で躱し……そして同時に落ちていた机に対して、転移の力を発生させて、机だけを飛ばした。

 

「――!? っがぁ!? な、なぜ机が……ごふ……」

 

 飛び出してきた机によって壁に縫い付けられて、教祖は命を落とした。

 それを見ていた来幸は驚いた表情で思わず言う。

 

「え、どうして机が?」

「単純な話だよ。俺の転移能力は魔力を纏っていないものなら、俺自身が触れていなくても、自由に転移させることが出来る」

 

 ディノスは相手の魔法を飛ばしたり、触れずとも相手自体を飛ばすことができたが、空蝉の羅針盤にそこまでの能力はなく、魔力を纏った存在を転移させるには、転移時に俺が触れている必要があり、触れずに転移できるのは魔力を纏わない物体しか飛ばすことができない。

 この世界の生物は大抵魔力を持っているから、今回の机のようなものしか、触れずに飛ばすのは難しいというわけだ。

 

「そして転移時の物体の方向は自由に決めることができるのさ」

 

 例えば落ちてくる机があるとして、そのまま同じ方向で転移すれば、転移先でも上から下へと落ちるだけだが、転移時の向きを横向きにすれば、その落下速度は、横へと進む運動速度に早変わりする。

 これが机が猛スピードで教祖を貫いたカラクリだ。

 

「取り敢えず、無事で良かったよ。来幸」

 

 俺はそう言って来幸を縛るロープを切り裂く。

 

「あ、あの助けてくれてありがとうございます!」

 

 感極まったように来幸がそう言う。

 俺はそれに軽く言葉を返した。

 

「俺の配下になった以上は、君を不幸せにするつもりはないと前に言っただろ? 主として当然の行いをしただけさ」

 

 そう言いながら俺は周囲を見回した。

 俺と来幸の周りには、俺に殺された黒神教の者達が倒れている。

 それを見て俺はふと思った。

 

 思ったより罪悪感を抱かなかったな。

 

 人族を殺すのはこれが初めてだった。

 だからこそ、その行いに対して何らかの罪悪感を抱いたりするかも知れないと、少なからず心配していたのだが、それは杞憂だったようだ。

 

 まあ、知性ある存在を殺したって言うのなら既にディノスを殺してるしな。

 

 ある意味ではそれが理由の一つなのだろう。

 あの時は一杯一杯でそんな事を考える暇はなかったが、それでも一度殺したという経験は、二度目以降への抵抗を下げていたのではないかと考えられた。

 

 相手は魔族だから人族とは別枠だろと考える人もいるだろうが、俺に取っては、魔族であろうと、人族であろうと、まともに知性を持って、同じ感性で会話が通じる相手なら、それは人だろうと思っている。

 だからディノスの件は最初の一回になり得るのだ。

 

「ま、ディノスも黒神教もゲームで散々悪事が描写された悪人だしな」

 

 俺は来幸に聞こえない声の大きさで思わず呟いた。

 

 ディノスは人を弄ぶことに愉悦を覚える存在で、レシリアルートでは逃げながら暗躍する過程で多くの人を不幸のどん底に陥れていたし、黒神教はテロ行為を働く邪教集団で、多くの平民を洗脳によって巻き添えにしてきた。

 

 ゲームで気持ちよく倒せる悪とするために描写されたそれらを思えば、ここで罪悪感を覚えることの方が難しいと言えるだろう。

 

 もしかしたら今回殺した黒神教の信者の中には、元々は善良だったが洗脳された為に、ここに居る者がいるかも知れないが、こんな教祖の身近に侍ることが許されている信者なんて、闇魔法で滅茶苦茶に洗脳されていて元に戻すのは不可能だろうし、仮に戻れたとしても犯した悪事で心が壊れてしまうかもしれないから、元の心を取り戻させて罪悪感を思い出させないまま、ここで素直に殺して上げる方がむしろ優しい対処であるとも言える。

 

 ま、つまるところ悪人に容赦をする必要はないってことだな。

 

 俺だってさすがに善人を殺すことになれば戸惑うが、この世界で悪人に対して罪悪感を感じて殺す手を止めるなんてことをするつもりはない。

 現代日本のような、まともな論理感が教育やネットなどで共有されている世界ならともかく、こんななんちゃって中世の世界では、そんなものが全員に共有されていることは期待出来ず、大概の場合は力こそが正義だと、他者が手を弱めれば、そこを弱みと見て食い物にしてくるような輩が大半だ。

 

 優しさや慈悲というものは、他者にそれを理解する頭脳がなければ、施したところで何の意味もないただの有害な自己満足なのである。

 

 俺はそんな愚かなことをするつもりはない。

 だからこそ、俺の邪魔をするような悪人共は、確実に仕留めて、決して俺やシーザック家が舐められないようにする必要があるのだ。

 

 俺はそこまで考えた所で祭壇の方に向かった。

 俺のその行動に役立つ品が、ここが黒神教の儀式場ならあるはずなのだ。

 

「あの……何を探しているんですか?」

「本だ。此奴らが古い本を持っていたのを見てないか?」

「それなら、あそこにあるのがそうなのでは?」

 

 壊れた祭壇から本の表紙のようなものが見えていた。

 俺は転移で移動し、それを取り出し、そして本の題名を見た。

 

 それは紛れもない俺の目当ての本。

 一禍ルートクリア特典である闇魔法を覚えることができる魔法書だった。

 

「これだ……助かったよ」

 

 俺はそう言って転移で戻る。

 

「それ、何ですか?」

「魔法書だよ。これがあれば特定の魔法を覚えることができるのさ」

「それは、凄いですね」

「あとで来幸にも覚えてもらうからな」

「わ、わたしもですか!?」

 

 俺の言葉に魔法を習うことになると思っていなかった来幸がそう驚く。

 そんな来幸に指を一本立てて内緒だということを伝わるようにして言う。

 

「ああ、それとこれは父様達には内緒だ」

 

 そして、俺は長距離転移で移動し、本を隠して戻ってきた。

 しばらくするとジーク達が騎士団を連れてやってきた。

 

 俺は残った後始末を頼むと、来幸と共に屋敷に移動した。

 こうして呆気なく一禍ルートのボスである教祖は倒されたのだった。

 



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協力者

 

 案外呆気なかったな~。

 来幸の誘拐事件からそれなりの月日が経ったある日、俺はあの時の戦いを思い出してふとそう思った。

 あの後、ジーク達によって黒神教は一斉摘発され、少なくとも領内の黒神教については、七彩教に改宗するか、皆殺しされることになり、一連の事件は幕を閉じた。

 他の土地にも黒神教は残っているだろうが、一番重要な初代が残した魔導書はこちらで抑えているし、しつこく逃げ回っていた組織の頭を潰した以上、大規模な活動や、強引な勧誘は出来ず、信仰は残っていても、それを組織としては維持出来ず、淘汰されて消えていくだろう。

 ゲーム時代の彼らはもっと大規模な組織であり、それこそ国を揺るがしかねない存在だったのだが、一領主によって根絶できてしまうなど、正直肩透かしも良いところだ。

 

 早めに事件が起こって潰せたのが良かったのか?

 俺はふとそう思う。

 

 黒神教は教祖や幹部が闇魔法を使うことで、他者の洗脳や記憶操作を行って、強引に信者を増やし、勢力を拡大してきた存在だ。

 だからこそ、何度組織が壊滅的な被害を受けても、直ぐに勢力を取り戻して、この世界で暗躍を続ける事ができた。

 だが、今回は完全に勢力を取り戻したゲーム時代と違って、魔力が強く闇魔法による洗脳が効き辛い上に、耐精神魔法用の装備がある貴族の騎士団によって勢力を削がれた後であり、その削がれた勢力を取り戻す前の段階で教祖を仕留めることができたから、洗脳によって信者になった者の数も少なく、今回のように容易く倒せたのではないかと思う。

 本来ならそのような状況なら、じっくりと身を潜めて勢力の回復に努めるべきなのだろうが、洗脳によって信者にされた者は、そう言った損得を考えることも出来ず、ただ教義に従って偶然噂を知った来幸を攫いに来たのでは無いかと、これまで調べた情報から俺は考えていた。

 

 教祖達もさすがに想定していなかったのではないだろうか。

 

 騎士団にコテンパンにやられて、勢力回復に都合がいいとやってきた管理されていない海洋都市で、魔族を倒した存在を確認しに行かせたら、偶然黒髪を見つけた信者が暴走したあげく、その黒髪を連れ去ってきて、仕方なく儀式をしていたら、攫われた少女を追ってきた相手に踏み込まれて、その場で自分達が殺されてしまうなんていうギャグみたいな出来事は。

 

 魔法の洗脳による狂信は、どれだけ打ちのめされても、再度立ち直るだけの狂気を得られたが、一方で無理な状況でも無理矢理立ちあがるため、一歩間違えれば今回のように容易く崩壊する、砂上の楼閣と言えるようなものだったのかも知れないなと思う。

 

 端的に言ってしまえばいい教訓だ。

 自分が魔法を使って相手を洗脳するときは、その洗脳内容については、しっかりとどうするか決めて、注意しながら使って行こうと心に決めた。

 

「ま、いずれにせよ。欲しい物は手に入った」

 

 手に持った闇魔法の魔導書を弄りながらそう呟く。

 

 既にこの魔導書に書かれていた魔法は全て覚えた。

 この闇魔法の魔導書は闇の魔力を持った黒髪の存在以外でも、闇魔法を扱えるようにするために自らを神と自称した初代の教祖が作り上げたもので、平民でも使用できるように低燃費で使用できるものとなっている。

 その為、ボロボロになった俺の魔力回路でも、高位の攻撃魔法以外は習得し、扱う事ができるような代物だった。

 

「来幸も最近は、一禍のような万能メイドになってきたし、頃合いかもな」

 

 誘拐事件の後、更にやる気に満ちた来幸は、さすが攻略対象者と言えるような優秀さを発揮して、あっという間にシーザック家の使用人の中でもトップクラスの完全完璧なメイドになっていた。

 それに加えて、リノアの恋愛小説等様々な恋愛本をこっそりと横流して、恋愛に対する知識もしっかりと深めさせた。

 故に、協力者とするための話をするのに万全の状態が整ったと言える。

 

 俺はそう考えると近くのメイドに「大事な話があるから、一人で俺の部屋に来るように来幸に言っておいてくれ」と伝えて、部屋で待つ。

 しばらくすると外から扉をノックされ、来幸の声が聞こえてくる。

 

「フレイ様、中に入ってよろしいでしょうか?」

「ああ、いいぞ」

 

 少し緊張したかのような来幸の声。

 それに相対する俺も緊張を隠しきれなかった。

 

 ここでの会話で今後の活動の状況が大きく変わるのだ。

 だからこそ、俺は部屋に入ってきた来幸を真剣な表情で見つめる。

 

 絶対に彼女を俺の協力者に仕立て上げる――!

 俺はそう意気込むと来幸に語りかけ始めた、

 




 捕捉ですが作中世界における闇魔法の位置づけは、平民~下位貴族には大体効くが、中位以上の貴族には余り効かず、更に大体精神攻撃に対する自動反撃用の装備を持っているので使えない状況にあります。
 そのため、黒神教は平民層で爆発的に勢力を増加させていきますが、それを見た貴族勢に不穏分子としてもろとも始末されて、勢力が激減して別の土地に逃げ去るということを繰り返している組織です。
 最終的に始末し損ねた平民信者と、貴族に蹴散らされた平民の貴族に対する憎しみだけをその土地に残していく、たちの悪い存在で、時間をかければかけるほど、いつか爆発する爆弾としての信者や対貴族への勢力を増やしていく厄介な存在です。
 貴族からは邪教として嫌われていますが、自領で邪教が広まっていたと言うのは恥なので、平民ごと始末するだけ始末して、他領との情報共有などの連携とかはあまり取っていません。

 あと今回、フレイは闇魔法を一部の高位の攻撃魔法を除いて全て習得したと言っていますが、催淫系のものについては、純愛を求める俺には必要ないなと流し見しているため、後々そう言う闇魔法があったということ自体を普通に忘れてしまいます。


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目覚めるヒロイン(来幸)

 

「来幸ちゃん。その後、フレイ様とはどうなの?」

 

 そんな風に私に話しかけてきたのは、メイドの同僚であるアイリーンだった。

 そのアイリーンの隣で他のシーザック家のメイド達も、興味津々で私の話を聞こうと待機している。

 

「どう、とは?」

「決まってるじゃない! フレイ様とキスしたのかってことよ!」

 

 相手の意図を聞き返した私の返答に、きゃあきゃあ言いながら、アイリーンはそう言ってくる。

 

 ……そんな話をされても正直困る。

 実際にキスされたこともないし、相手は自分の主だ。

 下手な回答をすることはできない。

 だから、私の返答は至極無難なものだった。

 

「特に何もありません。私とフレイ様はただの主人とメイド……ですから」

「え~ほんと~? だってフレイ様、明らかに来幸を特別視しているじゃん。使用人の前で演説したのも来幸の為だって話だし、黒神教に浚われた時も、一人で敵地に乗り込んで来幸を救ってくれたんでしょ~?」

「それは、そうですが……」

「そんなの絶対好きだからに決まってるじゃん! きっと一目惚れって奴よ! 来幸を自分の妻にしたいから、専属メイドって形で手元に置いているじゃないの?」

 

 いやらしい~とアイリーンに追従するのは、メイド仲間の一人である椿だ。

 

 彼女と私の名前である一禍や来幸は他の人と名前と雰囲気が違うが、何でも200年前くらいに征服した王国西部の名付け方らしい。

 昔はいざこざがあったらしいけど、さすがにそれなりの年月が経っているので、今の王国では普通に一般人として過ごしているのだとか。

 だが、それでも珍しいことには違いないので、同じような名前の付け方ということで、特に仲良くして貰っているメイドの一人だ。

 

「まあ、坊ちゃまは貴族だから、来幸だとなれるとしても妾が限度だろうけどね」

 

 マーガレットさんがそう厳しい意見を口にする。

 それに対してわたしの後輩であるミリーが不機嫌そうな顔で言う。

 

「来幸先輩は妾で良いんですか? 来幸先輩は美人だし、幾らでもちゃんとした妻として扱ってくれる人はいそうなのに、フレイ様の元だと大勢存在する妻の中の一人にしかなれないんですよ」

 

 私を心配してくれているのかミリーがそう言ってくれる。

 私はありがとうと言う意味を込めてその頭を撫でて答えた。

 

「私は――妾でもいい。フレイ様がどれだけの人を好きであろうとも、私が好きな人はフレイ様ただ一人だから……」

「いうね! 来幸!」

 

 そう言ってバンと背中を叩かれた。

 そしてアイリーン達は「一途な愛よ~!」と盛り上がっている。

 

 正直言えば私だってフレイ様を独占したい。

 だけど、身分的にそれが難しいことは分かっているし、何よりもそれでフレイ様に選ばれないという状況になりたくない。

 

 だからこそ、妾でもいいのだ。

 ほんの少しでも愛を向けて貰えれば、きっとそれだけで私は満足出来る。

 

「来幸! 何か大切な話があるから一人で部屋に来てくれって! フレイ様が!」

「フレイ様が?」

 

 メイドの休憩室にそう言ってやってきたのはエマだ。

 それを聞いてアイリーンがまさかという表情をする。

 

「もしかして――告白じゃない!?」

「アイリーンなんでそんな話に……」

「だって、大切な話があるから一人で部屋に来いって言われてるんでしょ? それ以外考えられないじゃん」

「でも、先輩もフレイ様もまだ9歳ですよ?」

 

 アイリーンの言葉にミリーが疑問を返す。

 確かにフレイ様も私もまだ9歳で、結婚なんかできる年齢でもない。

 

「だからってのもあるかも知れないねぇ……。10歳になったら、坊ちゃんにも婚約者ができるだろうし、その前に妾になってくれるように頼むのかも知れないよ」

 

 メイド達の中でも年長者であるマーガレットさんがそう言った。

 

「それって、婚約者は作るけど、妾にするから他の奴とは付き合うなって事ですか? そう言うのって正直どうかと思います!」

「まあ、アタシらが勝手に言っているだけだから、実際は違うかもしれないけどね。だけど当人同士が納得しているのなら、そういう形もありじゃないかと、アタシは思うよ。貴族様だと真っ当な恋愛結婚をするのも難しいって話だしね。相手の婚約者がどんな人物か分からないなら、せめて好きな相手に側に居て欲しいっていうのは、仕方のないことだと思うけど」

「ミリーも貴族ですけど……納得いきません!」

 

 シーザック家は侯爵家であり、その規模になると、メイドの中には領地内の下級貴族などの娘の行儀見習いが居たりする。

 アイリーンとミリーはそのタイプであり、フレイ様の専属メイドとなるべく、このシーザック家に派遣されていた。

 しかし、私が急遽専属メイドになってしまったために、アイリーンはフレイ様の専属を外れることになり、ミリーは私の部下としてフレイ様付きになった。

 

 私はそのことを知った時、アイリーンに謝りに行ったが。

 アイリーンは行儀見習いとして来ているだけで、わざわざフレイ様の側付きになるつもりもなかったということで、その立場を快く譲ってくれたのだ。

 

「まあ、大きくなれば分かるようになるさ。どんな立場であろうとも、好きな人の側に居られる幸せってやつは」

 

 何処か哀愁を感じさせる表情でマーガレットさんがそう言った。

 実感の強く籠もったその言葉は、彼女の経験談なのかも知れない。

 

 そう、他の方々も思ったのか、重苦しい空気に、全員が黙り込んでしまう。

 

「さ、来幸。フレイ様を待たせてるんだろう? こんな所でくっちゃべってないで、さっさとフレイ様のところにいきな」

 

 私はその言葉に後押しされて、休憩室を出てフレイ様の部屋に向かう。

 歩いている中で先程の会話のことを思い出す。

 

 もしかして本当に告白なのでしょうか。

 

 先程は思わず否定の言葉を出したが、心の中ではフレイ様からの告白を期待する気持ちで溢れ、心臓が期待と高揚、そして緊張で激しく脈打った。

 

 もしかしたら、私はフレイ様と恋仲になることができるかも知れない。

 そうすれば恋愛小説に書かれていたように、間接じゃないキスや、愛し合ったものしかできないそれ以上のことだって……。

 

 そんな不埒なことを考えると体が火照るのを感じた。

 だが、そんな姿をフレイ様に見せることはできない。

 深呼吸して気を取り直すと、私はフレイ様の部屋の扉をノックし、返答を貰ってから中に入る。

 

 真剣な表情をするフレイ様の前で、私はその言葉を待った。

 

「来幸……君に伝えなければならないことがある」

「は、はい!」

 

 思わずうわずった声で答えてしまう。

 

「君には――俺の――」

 

 まさか、本当に……告白……!?

 私は緊張で鳴り止まない心臓の鼓動を感じながら、期待を胸に続きを待つ。

 だが――返ってきた言葉は期待したものではなかった。

 

「協力者になって欲しい」

「きょ、協力者?」

 

 期待していた言葉で無かったことに加え、意図の分からない協力者という言葉に、私は思わず困惑した声を出す。

 

「これは秘密にして欲しいことなんだが、君だけには話そう。実はね――」

 

 そう言って、フレイ様は自らの存在の秘密を語ってくれた。

 自身が前世の記憶を持っているということ、ゲームというもので、この世界の平行世界の運命の幾つかを、その目で見ていて様々なことに通じていること。

 アレクとアリシアというこの世界の主人公に、彼と彼女に攻略され、物語を展開することになる攻略対象という存在の話を。

 

「前世? ゲーム? 攻略対象? ふ、フレイ様、何を言っているんですか?」

 

 荒唐無稽な話を聞かされて思わずそんなことを言ってしまう。

 そんな私の態度を、そう来ると分かっていたというような雰囲気で、フレイ様は見て優しい顔で言った。

 

「まあ、直ぐには信じられないかも知れない。他人から見れば俺がとち狂ったとしか思えない話だろう。でも、俺に取ってはこれらのことは全て真実なんだ」

 

 フレイ様は真摯にそう訴えかけてきた。

 私は未だに完全に受け入れることができないものの、フレイ様の言うことだから、それを信じることを決め、フレイ様に聞く。

 

「なぜ、私にこのことを話したんですか?」

「さっきも言ったが協力者になって欲しくてね。協力者として行動するためには、最低限この辺りの知識が必要だから話しただけのことだ」

「協力者とは一体――」

 

 重要なところはそれだ。

 こんな荒唐無稽な話が前提条件になる協力者とは一体何なのか。

 ここに来た時とは別の緊張感の中で、私はフレイ様の回答を待つ。

 

「協力者というのはね。俺の、俺だけの、最高のヒロインを見つけるための手伝いをして欲しいってことなんだよ」

「――え?」

 

 唐突に聞かされた言葉に、私は思わず固まってしまう。

 ヒロインの意味は私にも分かる。

 フレイ様に勧められて幾つもの恋愛小説を読んだから。

 

 そしてフレイ様が自分のヒロインを見つけようと考えているのもわかった。

 でも、それを見つけるための手伝いを私に依頼するということは、私は――。

 

「俺はね。前世では三十年くらい生きたが、女性と恋人関係になることは一度もなかった。いわゆる童貞ってやつなんだ。だからこそ、今世では今までの苦労が報われるくらいの最高の相手との恋愛を、ボーイミーツガールと言えるような素晴らしい青春の日々をおくりたいと考えている」

 

 私が固まっている間にフレイ様はキラキラとした表情で、自らの夢を語るように自分の思いを語り始めた。

 

「でも、女性経験のない俺だけでは、最高のヒロインを見つけることは難しい。女性には裏の顔があるものだからね。だからこそ、それを探ってくれる女性の協力者が欲しいと思っていたんだ。そして、それが来幸、君なんだ」

「な、なんで私なんですか? 女性なら、この屋敷には他にも沢山、ミリーやアイリーン、椿だって」

 

 ヒロインを見つけるための協力者にする。

 それは言ってしまえば、その者はヒロインにはなれないということだ。

 

 なぜ、その立場に私が選ばれてしまっているのか。

 歳が近く、身近にいる存在が必要だと言うのなら、他にも候補はいるはずだ。

 

 私は協力者なんてなりたくない。

 フレイ様と結ばれる可能性を無くすなんて真似を絶対にしたくない。

 だって、好きなんだ私は、フレイ様のことが、誰よりも何よりも。

 

 フレイ様が望むなら、今すぐにでもフレイ様のヒロインになる。

 フレイ様のためなら、どんなヒロイン像でも完璧にこなして、どんな要求だって絶対に受け入れてみせるのに……。

 こんなのはあんまりだ。これだけは絶対に無理だ。

 

「それはミリーやアイリーンと違って、来幸が俺の恋愛対象にならないからだな」

「え――? そ、それはどうして!?」

 

 フレイ様の口から齎された最悪な言葉に、私は一瞬唖然とし、その後、お互いの立場も忘れて、悲鳴にも似た感じで、怒鳴るように問い返してしまった。

 

「さっきした、攻略対象者の話を覚えているか?」

「た、確かゲームという選択肢で物語を分岐させられる絵付きの小説の中で、主人公であるアレクとアリシアの恋人候補となる人達のことですよね?」

 

 私は先程聞いた話を思い出しならがらそう返す。

 その攻略対象者というのが、私に何の関係があるというのか、いや、ここでその話が出たということは、まさか――。

 

「来幸というかゲームでは一禍という名前だったんだけど、君もアレクのヒロイン――つまり、攻略対象者の一人なんだよ。言ってしまえば君の運命の相手はアレクで、俺のヒロインではないということさ」

 

 好きな相手から、お前は別の奴の女だぞと告げられる。

 私はアレクなんて奴のことは知らないし、きっと好きになることもないのに、それでもフレイ様は私がそのアレクとかいう奴のものだと確信しているようだった。

 

 その事実に、私の心は怒りと絶望と悲しみと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、思わず目の前が真っ暗になり、倒れそうになってしまう。

 

 でも、ダメだ。

 ここで倒れたら、本当に全部が終わってしまう。

 そんな気がする。

 

「違います! 私はアレクなんて奴のヒロインじゃありません!」

 

 私は気力を振り絞ってそう叫んだ。

 フレイ様に認めて欲しかった私もフレイ様のヒロインになれると。

 

「違わないよ。君は攻略対象。アレクのヒロインだ。俺はゲームでアレクの選択肢を操作して、一禍を攻略し、君とアレクとのラブロマンスを見たことがある」

 

 フレイ様は再度断言するようにそう言った。

 そして私に対して諭すように言う。

 

「だからこそ、俺は君を攻略対象としてしか見られない。俺の恋愛対象にすることは出来ない……これで納得してくれないかな?」

 

 フレイ様はそうやって優しく語りかけてくれた。

 だが、私としてはそんなもので納得することなんか出来なかった。

 

「無理です! そんなわけがわからない話で! 私はこの思いを――! フレイ様を諦めたくありません!」

「……そうか。そこまで言うのなら、一から説明しよう」

 

 そうするとフレイ様は何か覚悟を決めたような表情をすると、きちんと詳細を説明した方が良いと思ったのか、聞きたくも無い、私じゃ無い私――、一禍と、アレクとかいう奴との物語を語り始める。

 

「来幸はゲームでは一禍という名前で、今と同じように俺の専属メイドとして、シーザック家に仕えているんだ。物語が始まるのは今から六年後、俺達が15歳になって学園に入学した時からだな。レシリアがディノスに殺されて家族関係が最悪になっていたフレイは、王女の推薦で学園に入学したアレクを嫌って嫌がらせを仕掛けるんだ。一禍はその手伝いとして物語に初登場する」

 

 私じゃない私は、フレイ様に名前を付けて貰えなかったらしい。

 それにこの世界では元気に生きているレシリア様も、ゲームとやらの世界では殺されてしまっているようだ。

 

 明らかに今の世界よりも悪い状況だ。

 それを考えるとゲームのフレイ様より、ここにいる私のフレイ様の方が、凄くて素晴らしい存在だということを強く感じる。

 

「まあ、なんやかんやで嫌がらせを続けるが、最終的にはアレクとフレイは決闘をすることになり、それに敗れたフレイは学園中から笑いものにされて失踪することになってしまうんだ。そしてフレイの加護を無くした一禍は、一部のシーザック家の者達によって家を追い出されてしまうんだ」

 

 私じゃない私は何をやっているんだろう。

 大切なフレイ様を失踪なんかさせて。

 私なら絶対に見つけ出して着いていくし、嫌がらせをしていたゲームでのフレイ様が悪いにしても、最終的に追い出す原因になったアレクを絶対に許さないのに。

 私はそんな風に思うが、アレクのヒロインになるということは、私じゃない私はそうではなかっただろう。

 

「シーザック家を追い出された一禍は謎組織に襲撃される。今の来幸ならもう知っていると思うけど、黒神教の奴らだな。そうして襲われて絶体絶命のピンチになった所を助けたのがアレクだ。一禍はフレイ失踪の原因であるアレクを一度は拒絶するが、何度も助けられていく内にアレクに惹かれていくことになる。そして黒神教にフレイが殺されたことを知ると、その復讐の為だと言い訳をして、アレクに助けて貰うためにその体をアレクに差し出すんだ」

「か、体をアレクに差し出す……?」

 

 フレイ様の失踪の原因であるアレクに惚れていくなんていう、まるで理解できない行動をしていた私じゃない私に対して怒りを覚えていると、唐突に飛び込んで来た体を差し出すというワードに、思わず私は問い返してしまった。

 

「……言いにくいが、端的に言えばエッチなことをしたってことだ」

「そ、それをフレイ様は見ているのですか?」

「ああ、インフィニット・ワンはエロゲー……そう言うアレクとヒロインとのラブロマンスや、愛し合った二人の様々なプレイ――体の交わりなどのエッチなシーンを眺めるものだからな」

 

 そこまで言ったところでフレイ様は確認するように言う。

 

「さすがにここから先は嫌なら話さないが如何する?」

「あ――」

 

 フレイ様は私を気遣ってそう言ってくれたが、私はそんな事に答えられるような状況ではなかった。

 私じゃない私が、フレイ様以外の誰かに体を許し、そして行為を楽しんでいる姿を、今ここにいるフレイ様に見られている。

 そんな事実に打ちのめされ、混乱した私は、言葉が出ず、返答出来ない。

 

 フレイ様は返答がなかったことで、無言の肯定……私が会話を続けるのを止めなかったという風に判断したようだ。

 

 ただ淡々とその続きを話始める。

 

「特に一禍は主であるフレイから、調教して寝取るキャラって立場のせいか、エッチシーンが豊富でな、フレイの為だと口にしながら、心の中ではアレクとできる事を喜んで、知らず知らずの内に腰を振って楽しんでしまう初回のエッチから、胸にあるほくろを舐められ続けて喘ぐものに、メイドだからと体に料理を載せられてそれごと舐められるもの」

「ぁあ……!」

 

 やめて……! やめてください……!

 好きな人の口から、私じゃない私とフレイ様以外の男との情事の詳細なんて、聞きたくないです……!

 

 そう、私は思うが、そう思えば思うほど言葉が出てこず、喋り続けるフレイ様を止めることが出来ずに、ただ聞きたくも無い話を聞かされ続ける。

 フレイ様の言葉を聞く度に、綺麗なはずの私の体が、誰かによって汚され続けていくかのような、気味の悪い感触が私を襲う。

 

「……あと、一禍が黒髪はいやだと言って、アレクが射精して精子で髪を白く染めるなんてものもあったな。精子でドロドロに白く汚れた一禍が、自分を染めてくれたアレクの精子にお礼を言って、口でアレクの逸物をくわえて感謝の気持ちのお掃除をしたりもするんだ」

「うぁあああああ……!!」

 

 私は発狂しそうになった。

 いや、もう既に発狂しているのかも知れない。

 今すぐにでもここで叫び出したいのに、私じゃない私への怒りが強すぎて、呻くような声しか出てこない。

 

 好きな人に! 私のフレイ様に! 私じゃない私とはいえ、私の体を持った人物とアレクとか言うゴミとのエッチを見られてしまっているのだ!

 それも何度も何度も! 髪を精子で汚すなんて、アブノーマルな行いまで余すところなく見られてしまっている!

 

 子供の頃に一度見られたとは言え、成長している私の体。

 立派な女性となったらフレイ様だけに見て貰おうと思っていたのに、それすらもアレクとかいうゴミに既に見られ、そしてフレイ様にももう見られてしまっている。

 

 成長した私の体を見て、綺麗になったねと言われたかった私の夢も、そんな私を見て興奮してくれたフレイ様に奉仕するという妄想も、今となっては灰色になって全てが泥に汚されていくような気分だった。

 

「あ……ほくろ……」

 

 そこで私は気付いた。

 初めてフレイ様と出会った日、お風呂でフレイ様が私の裸体を見た時、フレイ様は「本当に胸にほくろがあるんだな……」と言って、げんなりとした様子で私のほくろを見ていたということを思い出す。

 

 恐らくゲームで舐めていたというほくろはそれなのだ。

 だからこそ、ゲームと同じなんだとフレイ様は気落ちした。

 

 間違いない。

 私の全ては既に知られてしまっている。

 大切に、本当に愛し合う時まで、取っておこうとした、私の何もかもが、私の体を持っただけの理解できないクズによって、さらけ出されてしまっているのだ。

 

「俺はね。自分だけのヒロインが欲しいんだ。だから、他人のヒロインを奪い取るつもりはない。俺以外の人と大切な体を許して愛し合うような関係を築ける者が、俺だけのヒロインになるはずもないだろう? だから、攻略対象は俺の恋愛相手とはならないんだ」

「そ、それは……! 平行世界の話ですよね! この世界ではアレクなんて人と愛し合うような関係にもなっていないし! フレイ様だけのヒロインになってくれる攻略対象だっているかもしれないじゃないですか!」

 

 私は最後の気力を振り絞ってそう反論した。

 何もかもが、私じゃない私、一禍のせいでさらけ出されて、そのせいで今ここにいる私がフレイ様と恋人になれないなんて許せない。

 

 私と一禍は別人なんだ。

 それを何とかして認めて貰わないといけなかった。

 

「確かにゲームではアレクのヒロインだったとしても、やろうと思えば俺のヒロインにすることはできる。それこそイベントを俺が代わりに実行すればね」

「じゃあ……」

「だけどそれって、結局は誰でもいいって事なんだよ」

「え――?」

 

 フレイ様の反応で希望を得た私は再び谷底に突き落とされた。

 困惑している私の前でフレイ様は語る。

 

「結局の所さ。攻略対象っていうのは、自分を助けてくれる存在が、主人公が来てくれるのなら、それが誰であってもいいんだ。イベントを起こし、そしてそれを解決したのがアレクでなく、俺や、それ以外の誰かでも、攻略対象達はその相手に感謝し、恋に落ちて、そして体を許すだろう」

 

 そう言うフレイ様はどこか辛そうにその思いを吐き出していた。

 

「例えば一禍の場合だと黒神教から彼女を救い、そして黒神教を打倒するのがイベントで、それを実行する者は誰でもいいということだね」

 

 そこでフレイ様は私をちらりと見て言う。

 

「さっきの発言からすると、来幸は少なからず俺に対して、好意を持ってくれているのだと思う。だけどそれは黒神教を倒すというイベントを、アレクの代わりに俺がこなしたからだ。今回は俺が担当だったというだけで、俺である必要性はない」

 

 違う……それは違います。

 もっと前から私は貴方のことが好きだった。

 名前を付けて貰ったあの時から私は貴方に惹かれていた。

 

 きっとその名前を付けるという行為は、誰にでもできる事じゃ無くて、目の前にいる貴方にしかできないことだったと思う。

 だから、私は貴方だけの……今ここにいるフレイ様だけのヒロインなんだ。

 

 そう口にしたいのに、その大切な私の思いすらも、ゲームとやらのイベントを使って、否定されてしまうのではないかと怖くなって、言い出すことができない。

 

「そう、俺である必要はないんだ。イベントだから好きになっただけで、俺だから好きになったわけじゃない、俺のことを見てくれたわけじゃない。だから俺は攻略対象を愛することはできない」

 

 そしてフレイ様は一瞬口籠もった後、言った。

 

「だって、他の誰でもいいなら、きっとその子は俺以外のヒロインになるから。また同じようなイベントが起こって、それを解決した別の誰かを好きになり、其奴の元へと去って行く。そう俺は思ってしまうから」

「フレイ様――」

「来幸。恋愛というのは究極の自己満足だよ。自分が納得出来ない恋愛には何の意味もない。幾ら自分を騙そうとしても、自分を騙し続けることはできない。――だからこそ、己が望む恋愛を何を犠牲にしてでも勝ち取らなければならないんだ」

 

 拳を握り、決意を滲ませながらもフレイ様はそう言い切った。

 

「だからこそ、俺は俺だけのヒロインが欲しい! 他の誰かでは起こせない出来事で俺を好きになり、俺を裏切らず、俺の事だけを見てくれる女性……こんな猜疑心の塊である俺が、相手を疑わずにいられるほどの永遠の愛を与えてくれる人を!」

 

 そう言ったフレイ様は、最後にギリギリ聞こえるくらいのか細い声で、一言付け加えるように言った。

 

「――そうでなければ俺は安心出来ないんだ……」

「フレイ様……」

 

 弱々しい姿のフレイ様に何も言い出すことが出来ない。

 

 私に取ってフレイ様は何でもできる凄い人だった。

 だけど、こんな風に私が守ってあげなければならないと思えるほどの、弱々しい一面も彼の中にはあったのだ。

 

「……返答は明日でいい、今日は帰ってくれ」

「……わかりました」

 

 私は結局何も言えなかった。

 フレイ様の恋人になれないということに打ちひしがれて、一禍とアレクに殺したいほどの怒りを覚えて、何とか考えを変えて貰おうとしたけど、それもフレイ様に全て論破されてしまって。

 尚も縋ろうという思いは、弱々しいフレイ様を見たら、すっ飛んでしまった。

 

 部屋を出て自室へ向かう。

 メイドの仕事も全て投げ出して、他のメイドに何かを言われたような気もするが、何を言われたのかも思い出せなかった。

 

「私はどうすればいいんだろう……」

 

 ただそれだけが頭の中にある。

 フレイ様の言う通り、フレイ様の協力者となって、フレイ様が自分だけのヒロインを見つける手伝いをするべきなのだろうか。

 

 私はそのことを想像してみた。

 

 メイドである私の前を一人の女性とフレイ様が幸せそうに歩く。

 それを見ていることしか出来ない私の前で、フレイ様は大きく膨らんだその女性のお腹を触った。

 「あと少しで私達の子供が生まれるね」とその女性がいい、フレイ様が「そうだな俺達の子だ」と嬉しそうに――。

 

 ――嫌だ。

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!

 そんな未来! 私は耐えられない!!!

 

 私が愛して貰えないのに、フレイ様に愛される誰かを見続けるなんて!

 

 私にはフレイ様しかいないんだ!

 フレイ様が私の全てなんだ!

 それを他の誰かでも良かった女になんか渡したくはない!!

 

 平行世界の私がどうだったかなんて関係ない。

 この世界の私はフレイ様しか好きになれないだろう。

 それこそが私の意思、私の結論だ。

 

 そう考えると急に気持ちがすっきりする気がした。

 ごちゃごちゃになっていた考えが纏まるような気もする。

 

 フレイ様だって言っていたじゃないか、恋愛とは究極の自己満足で、自分が納得出来ない恋愛には何の意味もないと、自分を騙し続けることなんて出来ないのだから、どんなものを犠牲にしても、己の望む恋愛を勝ち取らなければならないと。

 

 私はそう考えるとろうそくを取り出して火を付けた。

 そしてメイド服と下着を脱ぎ、ろうそくの火を自らの体に押し当てた。

 

「~っ!」

 

 火によって焼かれる体の痛みで呻く。

 だが、それくらいでこの行いを止めるつもりはない。

 

 しばらくその場所を焼いたあと、私は火を消し、鏡の前に立った。

 そこには胸に火傷を負った私の姿があった。

 その火傷によってその場所にあったいらないほくろは無くなっている。

 

「ふふふ」

 

 それを見て私は嬉しくなった。

 鏡に映る私の口が歪なほどに歪んでいるのが見える。

 

 これは決別だ。

 平行世界の私じゃない私――、一禍との決別。

 

 これは決意だ。

 フレイ様だけの私で在り続けるという決意。

 

「フレイ様、私は協力者の話を受けようと思います」

 

 誰も聞いていないその場所で、私は喋り続ける。

 

「そうすれば、私はフレイ様の側にずっといられますから……」

 

 マーガレットさんは、どんな立場であろうとも、好きな人の側に居られる幸せがあると言っていた。

 だが、私はその幸せとやらは理解出来そうにない。

 

 私がフレイ様の側にずっと居たいのはそんな殊勝な気持ちからではない。

 もっと、俗物的な気持ちからだ。

 

「フレイ様の目的は達成出来ないと思います」

 

 そうだ。どんな時でも永遠に裏切らずフレイ様だけを見てくれるヒロインなんてそうそう現れない。それこそ私くらいなものだろう。

 

 だからこそ、フレイ様の目的は達成出来ない。

 フレイ様の目的の人物は恋愛対象外の所にいるのだから。

 

「でも、安心してください。私がずっと側に居て、貴方を支え続けます。そしていつか、フレイ様が諦めたその時こそは、私が名乗りを上げましょう」

 

 フレイ様が足掻き続けて打ちひしがれた時、こだわりを捨て攻略対象にも目を向けた時、私はそんなフレイ様のものとなり、フレイ様の欲しい物を全て捧げよう。

 

 私になら出来る。

 だって私の全てはフレイ様のもので、誰よりも側でフレイ様を支え続ける私は、誰よりもフレイ様のことを知っているのだから。

 

「フレイ様、物語のヒロインというのは、どんな時でも主人公の側で、常に主人公を思い、主人公の為に行動して、主人公の事を支え続ける事が出来る――最も身近で最も頼りになる女性のことを指すんですよ」

 

 そして私は断言するように言い放つ。

 

「フレイ様のヒロインはこの私です」

 

 他の誰にも譲る気はない。

 あの人のヒロインは私だけのものだ。

 



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目覚めるヒロイン(レシリア)

 

 多くの人には赤ん坊の頃の記憶はないと言うけど、天才で様々なことに優れたわたしにはその記憶がある。

 

 今でも鮮明に覚えている。

 わたしを殺しに来た魔族を迎え撃つお兄様の勇姿。

 そしてわたしを包み込むように漂う温かなお兄様の魔力……。

 

 わたしがこうして生きていられるのもお兄様のおかげだと理解していた。

 つまり、わたしはお兄様によって成り立っていると言ってもいい。

 

 そんなわたしがお兄様を慕うようになるのは自然なことだろう。

 だってお兄様はとっても強くて格好いいお方なのだから。

 

 あの来幸とかいう女を守るための演説は本当に痺れるものだった。

 話を聞いていただけで、興奮して腰が抜けてしまうほどだった。

 

 そんなお兄様があの女を大切な話で呼び出したと聞いたから、念の為に風魔法を改良した魔法で盗聴していたけど、まさかあんなことが分かるなんてね。

 

 わたしは闇魔法の習得を終えて出てきたあの女の前に立った。

 

「レシリア様どうしました?」

 

 彼奴はすまし顔でそんなことを聞いてくる。

 お兄様の専属メイドとして今でも行動しているのだ。

 それが滑稽でならない。

 

「クスクス。お兄様から相手にもされていないのに、それでも側に居続けるなんて惨めだよね~お姉さん」

 

 わたしが煽るようにそう言うと、此奴は目の色を変えた。

 

「話を……聞いていたのですか?」

「そうだよ? レシィは天才だから、風魔法を改良して、ちょちょいのちょいと、盗聴するくらいわけないんだよ。あ、闇魔法くらいしか使えないお姉さんに、風魔法がどうのっていっても無駄か~。レシィ、うっかりしてた!」

 

 そう言って可愛らしく舌を出して見せる。

 

「それが貴方の本性ですか?」

「うん。そうだよ~。何時もは猫被ってたんだ~」

「何でそれを――」

「止めたのかって? そんなの決まってるじゃん。敵を相手に猫を被る必要なんて無いからだよ」

 

 察しの悪いお馬鹿さんにそう突きつけてあげる。

 まったくこの程度も分からないなんて、お兄様のメイドに相応しくないな~。

 

「敵?」

「もう、頭悪いな。お兄様のこと狙い続けることにしたんでしょ? 体を焼いて不気味に笑うとかさ、レシィもちょっと引いちゃった」

「……それは貴方もフレイ様を狙っているということですか? 妹なのに?」

 

 妹だから恋のライバルにならないと思ったのかな?

 それこそ、大きな勘違いってやつだよ。

 

「ママから聞いたけど、昔の王族は兄妹で結婚したりもしたらしいよ? その名残かこの国には兄妹の婚姻を禁じる法律もないし」

「でも、倫理的には……」

「倫理とかつまんな~い。そんなこと言っているから、お兄様に相手にされないんだよ。わかる? お、ね、え、さ、ん」

「……」

 

 誰が誰に恋をしようと愛は愛。

 兄妹だろうと好き合ったのなら世間の目線など些末な問題だよ。

 

「……話はそれだけですか?」

 

 イライラし始めたのか話を切り上げようとするお馬鹿さん。

 だから、わたしは当初の目的を此奴に伝える。

 

「いや、まだあるよ? 今日はね。勘違いしているお姉さんの考えを、ちゃんと正してあげようと思ってきたんだ! レシィって偉いでしょ?」

「……」

「ノリが悪いな~。あのね。お姉さんは『常に側にあり続ける者がヒロイン』だと思っているようだけど……それって間違いだよ!」

「何が言いたいんです?」

 

 怒りを滲ませながらそんなことを言うお馬鹿さん。

 そんな此奴に分からせるようにわたしは言い切る。

 

「本当の物語のヒロインというものはね。主人公と何よりも深い血のつながりがある姉や妹のことを指す言葉なんだよ?」

 

 常に側にいるだけの女性なんてただのモブじゃない。

 

 その点、兄妹は違う。

 必ず物語の中心に食い込むことになるし、妹はどんな物語でも必ずヒロインの一人になるほどポピュラーなもの。

 それを考えれば、何が本当のヒロインかは、直ぐに分かることだよね!

 

「だからね。お兄様のヒロインになるのはこのレシィただ一人」

 

 お兄様の妹はわたしだけ。

 つまり、お兄様のヒロインはわたしだけという事だよ。

 

 そんなわたしの言葉に、此奴は不機嫌さも隠しもせずに返答した。

 

「フレイ様のヒロインはこの私です。貴方ではありません」

 

 諦める様子のないその姿にわたしはほんの少し呆れながら言う。

 

「もう、諦めたら~。別の世界で汚され続けた女なんて、お兄様に相応しくないもん。っね! そう思うでしょ? 一禍ちゃん?」

「その名前で私を呼ぶな!」

 

 突然キレた一禍ちゃんは、そう言うと、ぐいっとわたしを持ち上げて、私を壁に押し付けた。

 

「こっわ~い! 本当のこと言われただけで怒らないでよ~」

「――っ!」

 

 その瞬間、一禍ちゃんは何かの魔法を発動させた。

 だけど――。

 

「ざんね~んでした! 聖女には闇魔法は効かないよ~! ウィンド!」

「っく!」

 

 恐らくわたしを洗脳したかったのだろうけど、聖女であるわたしを洗脳することは出来ない。

 それが分かっていたからこそ、こうやって面と向かって煽っているのだ。

 

 風魔法で一禍ちゃんが飛ばされたことで、わたしは拘束から抜け出す。

 そしてわたしは一禍ちゃんに確認しなければならないことを問う。

 

「一禍ちゃんはさ~。その闇魔法でお兄様を洗脳しないの? そうすればお兄様のこだわりを捨てさせて、今すぐにでも恋仲になれるかもよ?」

 

 わたしの言葉に一禍ちゃんの顔が歪む。

 此奴もそのことを考えなかったわけじゃないと思う。

 けど――。

 

「あ、そっか! それを実行したら、一禍ちゃんが一禍ちゃんだってことの証明になっちゃうもんね! そりゃ出来ないか~」

「……!」

 

 一禍ちゃんは中身の意思が別物だから、平行世界の自分と今の自分は別物で、だからこそその身は綺麗であり、お兄様のヒロインに相応しいと主張している。

 でも、お兄様を闇魔法で洗脳し、意思が変質したお兄様を、お兄様として扱うのなら、その前提は崩れる。

 なぜなら洗脳によって変質した意思も含めて同一人物だと認めれば、状況の違いによる意思の違いも同一人物と認めなくてはならないから、つまり、自らで薄汚れた平行世界の一禍ちゃんと自分は同じだと証明するのと同じことだ。

 

 だからこそ出来ない。

 それが最も手っ取り早いと分かっていても、その手は使えない。

 

「……私は大切な主人であるフレイ様に闇魔法を使うつもりはありません」

「ふ~ん。そうなんだ~。ま、いいけど。どうせ使ったとしても、聖女の魔法で元に戻せるからね」

 

 釘は刺せたかな?

 わたしはそう思う。

 

 正直言うと闇魔法を使われるときつい。

 闇魔法自体は幾らでも解呪出来るが、それをするにはわたしの魔法の範囲に、お兄様を連れてくる必要がある。

 

 一禍ちゃんはお兄様の専属メイドとして、遠くに出掛けた時も側にいるだろう。

 その場で闇魔法を使われて、そのまま逃亡されると、お兄様を見つけ出して解呪することも出来ず、此奴の一人勝ちを許すことになる。

 だからこそ、わざわざこうやって隠していた本性をさらけ出して、その手を打てないように釘を刺したのだ。

 わたしはお兄様思いの妹だからね!

 

「話はそれだけだから、じゃあね~」

 

 目的を達成したわたしはそう言ってその場から離れた。

 歩いて行く中で嬉しさから自然とスキップし始めてしまう。

 

「レシィは本来なら死んでいた、ただ一人の妹~」

 

 ついつい唄うようにその言葉が口から出た。

 盗聴して良かった。本当にいい話を聞けた。

 

 あの後、協力者になった一禍ちゃんに改めて語られた、お兄様がプレイしたというゲームの様々なルート。

 その中の一つ、レシリアルート。

 

 そこでわたしはディノスに殺されてしまい、わたしの代わりに、紛い物であるレシリアが生まれた。

 

 普通の人なら自分が殺される物語なんて嫌うと思う。

 だけど、わたしはそうじゃない。

 

「つまり、ここにいるレシィはただ一人のレシィ。お兄様の為だけの唯一の妹~」

 

 平行世界で様々な可能性があり、状況によっては、お兄様以外に靡いて汚れる一禍ちゃんとは違う。

 ここにいるわたしが唯一無二のオリジナルなのだから、全ての世界を見たとしてもわたしがお兄様以外に靡く事なんてあり得ない。

 そして、前世の記憶を持った今のお兄様もこの世界にしか存在しない。

 

「レシィの愛はお兄様だけのもの~。お兄様の愛もレシィだけのもの~」

 

 唯一同士の存在が愛し合えば、それは全ての世界を見ても、ここにしか存在しないわたし達だけの愛の物語なのだ。

 これを運命と言わず、何を運命と言うのだろう。

 

 わたしとお兄様は何よりも深い血のつながりだけではなく、唯一の存在という運命の糸でもしっかりと結ばれた最強の兄妹であり、恋人なのだ。

 

「だから、妹はレシィだけでいい~紛い物なんていらない~」

 

 ゲームでのレシリア。

 生まれる可能性のあるお兄様のもう一人の妹。

 アレクなんていうお兄様を苦しめたやつになびき、そんな奴の種でしか聖女に覚醒できないような紛い物のゴミは、わたし達には必要ないのだ。

 

「お兄様~ただ一人の妹のレシィは~、ず~と、ず~と、一緒だよ~」

 

 わたしは唄いながらお兄様の待つ部屋へと向かった。

 今日のお兄様成分を補充するために。

 



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学園生活への期待

 

 色々あって、俺は十歳となっていた。

 物語の舞台となるルーレリア学園入学まではあと五年あるが、実はその前に貴族が全員行かなければならないナルル学園への入学まではあと二年を切っていた。

 

 このナルル学園というのは、様々な実技を学ぶルーレリア学園と違い、貴族しか入学出来ない学校で、貴族の礼儀作法や社交界などを学び、貴族同士が交流することで友情を育んだり、婚約したりすることを目的としている。

 分かりやすく言ってしまえば、このナルル学園で貴族としての勉強とつながりを作って、ルーレリア学園で実力と配下となる平民を見繕う……というのが、この国の教育方針という事だ。

 

 だからこそ、俺はこのナルル学園への入学に期待を持っていた。

 

「社交の誘いとか一度も来なかったもんな……」

 

 本来なら十歳ともなれば婚約の話や社交界の話も出てくるが、この数ヶ月、俺に関してはそれが一切出てこなかった。

 まあ、シーザック家は聖女という存在との兼ね合いから、女性当主が確定している家で、妹が死ぬまで男である俺に継承権はないから、嫁ぎ先としての魅力はゼロで、魔力回路はボロボロだから婿養子としてもいらないという感じなので、社交界に呼び出す必要性を感じなかったということなのだろうと思う。

 

 理屈は理解しているがそれでも悲しいものがある。

 それに俺のヒロインを見つけるという計画にも支障が出ている。

 だって――。

 

「あ、お茶、ありがとう。ミリーちゃん」

「話しかけないでくれますか?」

 

 そう冷たい目で睨み付けてくるのは、今年で九歳となったボートリー男爵家のご令嬢で、俺専属メイドの一人でもあるミリー・フォン・ボードリーちゃんだ。

 

「いや、そんなこと言わないでさ、仲良く――」

「きもいです」

 

 そう痛烈な一言だけ残してミリーちゃんは去って行った。

 あまりの強力な侮蔑の言葉に、俺の心はノックダウン寸前だ。

 

「ミリーがすみません」

「ああ、いいよ。俺も悪いところがあったし」

 

 来幸がそう言って謝ってくるので、俺は気にしていないと軽く答えた。

 ミリーちゃんだけではなく、来幸以外のメイド達と俺の関係は、来幸を仲間に引き入れた日から、悪化することになっていた。

 

 なぜだか理由は分からないが、あの日、来幸は俺に告白されるのだと、全てのメイドがそう勘違いしていたらしい。

 実際には逆に恋愛対象じゃないと振ることになったのだが、もう一人の自分というゲームの話を聞いたせいか、動揺してメイドの仕事をさぼった来幸を見て、メイド達は何か良くない結果が起こったと思ったそうだ。

 

 そんな中でミリーが事実を問いただす為にやってきた。

 俺はミリーに来幸との関係を聞かれ、素直に答えた。

 

 来幸には恋愛対象にならないから、今後一生付き合うことはないと伝えた。

 そして、これからもメイドとして俺を支え、俺の手伝いとして、理想のヒロインを見つけるための協力者として活動して欲しいとも。

 

 その話を聞いた辺りから、何故か今にも怒り出しそうな感じで、ミリーや他の使用人達がぷるぷると震え始めたが、俺は特に気にしなかった。

 

 だって、これは俺と来幸の個人的な問題だ。

 俺は来幸を振ったが、それはそれとして、これからもメイドとして俺に協力して欲しいという意思を伝えただけ。

 既に当事者である俺と来幸の間では話し合いは終わり、合意は取れているのだから、これでこのことに関する話は終わりのはずだ。

 それを当事者ではない外野のミリー達が気に掛けることなんてないだろうし、何よりもそんな周囲の人間が人の恋愛にあれこれと口を出すのは筋違いというものだ。

 

 俺が来幸に告白すると思っていたのは、連絡ミスによるメイド達の勘違いであるということも既に説明している。

 なら、俺が前世でやられた時のように、最初から好きだから告白すると手紙で校舎裏に誘って、その上でのこのことやってきた俺をさらし者にし、お前なんか好きになるわけないだろと、公衆の面前で笑いものにしたわけでもない。

 

 だとするならば何の問題もないだろう。

 

 そして俺は、そこでそんな使用人達の様子よりも、ここにやってきたミリーの方が気になった。

 

 ミリーは下級と言っても貴族であり、俺と婚約するのに何の問題もない立場。

 ゲームでは出てこない非攻略対象であり、メイドとして働いているから、ミリーと恋人になるのに、来幸の協力を得やすいなど、同じ条件のアイリーンと並ぶ、俺だけのヒロインの有力候補だったのだ。

 

 確かまだ協力者でなかった来幸にそれとなく聞いた他のメイドの人物評でも、どんなことにでも一生懸命で、裏表があるなどの相手によって態度を変えるという事はなく、どんな相手だろうと言いたいことははっきりと言うという、何事もはっきりと自分の意思を持って行動する性格だと評価していたのを覚えていた。

 

 そのようなミリーは裏切りが怖い俺からして見れば好ましいタイプの女の子だ。

 

 そしてこのときの俺は、来幸から協力者として、メイドの交友関係に関する情報を得ていなかったから、メイド達の交友関係に詳しくなく、新人のミリーが来幸を慕っているということを知らなかった。

 だからこそ、俺が来幸に告白したということを聞いて、飛び出すようにやってきたミリーに対して、もしかして俺に少なからず好意があって、その為に俺が来幸に本当に告白したのか確認しに来たのでは無いかと、そんな考えがふと頭をよぎった。

 

 来幸と仲が良かったから状況を聞きに来たという可能性も考えたが、それなら様子のおかしい来幸に直接聞きに行けばいい話だし、まだ俺と来幸は付き合ってもいないのだから、振った俺に文句を言いに来るより、来幸に対して新しい恋があるよと励ますのが普通ではないだろうか。

 

 そう考えるとミリーが俺に好意があって確認しに来た、という可能性が更に高まっていく。というかそれ以外に俺の元を訪れる理由はないだろう。

 

 ミリーがこのまま俺の理想のヒロインになれるかは分からないが、転生後に決めた方針に一致する、ヒロインとしては理想的な人材だと言える。

 それに俺としても、幼い頃から共にいて、長い付き合いから来る主人への変わらない忠誠と愛情を持った、メイドヒロインは俺の理想のヒロイン像の一つでもある。

 軽く世間話をする程度で、まだそれほど親しいわけではないが、お互いにまだ若いから、これから先も充分に関係性を深めていくことが出来る。

 

 そう考えるとミリーはここで失うには惜しい相手だ。

 

 そんな相手が少しでも俺に好意を持っている可能性があるのなら、ここでその可能性を潰すのは不味いと俺は考えた。

 同じメイドである来幸がダメだったのなら、自分もダメだという風にミリーが誤解する可能性はある。

 だからこそ、伝えなければならない、同じメイドでも来幸はダメだったけど、ミリーなら俺と恋愛関係になれる可能性があるよと。

 

 そう思った俺は思わず、言ってしまった。

 「そんなことよりも、ミリーは俺とかどう?」と。

 

 それまでの話で、それが俺の理想のヒロイン候補に、ミリーを挙げたという意味だと分かったのだろう。

 ぷるぷると震えていたミリーは、突然ぶち切れて俺に殴り掛かってきた。

 

 俺は突然の事態に、空蝉の羅針盤を使うことが出来ず、他の使用人達が参戦してきたのもあって、何故かボコボコにされるまで殴られた。

 まあ、最終的にジークが助けに来てくれたのだが、使用人達の話を聞くと、「育て方間違えたかな……」とため息と共に一言つぶやき、使用人達は無罪放免、全面的に俺が悪いことになったのだ。

 

 まあ、俺も、平民が貴族を殴ることは罪だから、使用人達がそれで罰を受けなかったのは良かったと思うし、結局ミリーが俺に好意を持っていなかったことから、結果的に立場を使ったパワハラ&セクハラになってしまった為、別に殴られたりしたことに対する文句とかは特にないのだが、その後のメイド達の明らかにこちらを嫌っているという態度には正直困ったものだった。

 

 どれだけ俺が言い寄ろうとしても、先程のミリーのようにまるでゴミを見るような目で見られ、侮蔑の言葉を吐かれて去られる。

 一応ちゃんと仕事はしてくれるものの、仕事以外の話を出来るメイドは、今や来幸だけしかいないという状況になっていた。

 

 そんなに俺のパワハラ染みた告白が良くなかったのだろうか。

 確かに俺が女性だったとしたら、断れない相手である雇用主が唐突に告白してくる職場なんて、告白を警戒してミリー達と同じように、その雇用主に対して険悪な態度で身を守ろうとするだろうが……。

 

 それにしてもこの嫌いっぷりは酷いのでは無いかと思う。

 あれ以来、まずは話をしてからだと、ミリーの時のような告白紛いの言葉は言わず、普通の会話を振ろうとしているだけなのに。

 

 これでは少しずつ仲良くなっていくことすら出来ない。

 

 メイド達は正直に言えば俺のヒロイン候補として優秀な存在だったが、この状況ではその全てが完全に使えなくなったと言っていいものだ。

 加えて、元々麒麟児だと領内で噂されていた俺の評判が、いつの間にか頭のおかしな麒麟児というものに変わっていた。

 頭のおかしな麒麟児という言葉がとんでもない変態だという意味に映るのか、領内の者であったとしても、俺がフレイ・フォン・シーザックであると名乗ると、恋人には絶対になりたくないという態度を取られる。

 

 おかげでこの二年で、ヒロイン候補すら用意出来ないという危機的状況に、俺は追い込まれていた。

 

 こうなったら領内は諦めて、領外を探すしかない!

 

 既に噂が広まっている領内は真っ当な相手を探すのは難しい。

 だからこそ、俺の噂が広がっていない領外のもの……他家の貴族令嬢達に、今は狙いを定めていた。

 

 それを考えればナルル学園は重要だ。

 そこで何としてもヒロインを得る!

 

 前世の経験から学校というのは最も恋人を作りやすい場所だと言える。

 というか、学校で恋人作らないとマジで出会いがないのが現実だ。

 

 現代日本なら合コンや婚活に行けば出会いだけはあるだろうが、そこに集まるような奴らは何奴も此奴も地位や財力を目当てにしたヒロインになれない奴らばっか。

 こちらでもそう言った世知辛い所は変わらないだろうから、後のルーレリア学園も含めて学生の間に決めに行くことを俺は目標にしている。

 

 そうなると俺に残された時間は、今から十八歳で学園を卒業するまでの七年間だけということだ。

 

 ちなみにルーレリア学園の卒業は十八歳だが、これには一応理由がある。

 それは所謂、登場人物は全員十八歳以上ですというあれのためだ。

 

 インフィニット・ワンはエロゲーだったので、そう言った業界内での自主規制的なものに縛られるところがあった。

 その為に、十八歳未満である学生の間は、エッチなシーンはあっても、主人公と攻略対象の本番行為を行うシーンはなしにすることで、しっかりとルールを守って十八歳以上で行為をさせてますよとしていたのだ。

 

 ……もっとも、それだけだと多数いる攻略対象のストーリーを用意出来なかったのか、様々な手段で時間経過を誤魔化すことで、他のエロゲーなどのように、十八歳以上と言う制限を意味のないものにしていたりしている。

 具体的に言うと、攻略対象の個別ルートに入った途端に、攻略対象の問題にかかりきりになって、主人公がルーレリア学園に行かなくなったり、現在が何年生かということが出なくして十八歳となる三年生のように見せかけるなどと言ったことをしているわけだ。

 

 これは攻略対象の側にも適用される。

 一番わかりやすい例で言うとレシリアだろう。

 

 十八歳以上から本番行為という話を聞くと、主人公と同年代のフレイの妹がヒロイン……? と勘の良い者は気付くかも知れないが、卒業後は経過時間がぼかしてあるので、レシリアが十八歳になった後に、エッチシーンがあると見ることも出来る。

 

 今の俺やレシリアの年齢から計算するとゲーム時代でも、フレイが十八歳の時にレシリアは十一歳で、イラストもとんでもないロリキャラだが、きっと我等がアレク君なら七年待って、レシリアと致しただろう。

 十一歳のレシリア相手にパンパンしたというわけではないはずだ。

 他にもロリキャラとしては、逆レイプかましてくる五歳のロリドラゴン何かもいたけど、きっとアレク君なら十三年待ったよ。

 

 俺は信じているよアレク君!

 インフィニット・ワンが健全なゲームであるためによろしくね!

 ――俺は内心、微妙に目を反らしながらそう思った。

 

 そんな下らないことを考えていると、リガードが部屋に入ってきた。

 そしてそのまま、俺の側で執務をしているジークの元ではなく、俺に向かって手に持った書類を渡してくる。

 

「フレイ様、今月の領内の税収と嘆願書です」

「うむ」

 

 俺はそう言って受け取った資料を見る。

 その内容に問題ないかを確認していると突如としてジークが叫んだ。

 

「待って! おかしいよね! 何で俺じゃなくて! フレイに渡すの!?」

 

 そう問い詰められたリガードは涼しい顔をしていった。

 

「フレイ様の方が優秀だからです」

「俺、親よ!? それに現当主の配偶者!」

「そうですね……でも、フレイ様の方が優秀なので」

「も~!!」

 

 変わらない様子で答えたリガードにジークは頭を抱えて唸った。

 

「仕方ないですよ。父様は元平民で高度な教育を受けた訳でもないですし」

「でもな。これだと俺は子供に働かせて何もやってないクズ親になっちまう!」

「そんな父様に絶好の仕事がありますよ。はい、ノーティス公爵領近くで出たAランク魔獣の討伐依頼です。S級の父様なら楽勝でしょ?」

 

 そう言うとジークは俺の持っていた依頼署をぶんどってその内容を読み始めた。

 

「うん。確かにこれなら楽勝だな!」

「では、早速行きましょう! 途中まで俺の転移で送りますね」

 

 そう言うと俺は転移でジークを送り、直ぐに戻ってきた。

 涼しい顔で執務を始めた俺を見て、リガードが苦笑しながら言う。

 

「手慣れてますね」

「ええ、もう慣れました」

 

 こんな会話が起こったのは今日が初めてではない。

 月に一度か二度ある発作のようなものだ。

 



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無窮団

 

「ああ、それと無窮団の活動報告です」

 

 そう言ってリガードはもう一つの紙を渡してくる。

 俺はそれをペラペラと捲り、そして言った。

 

「今年の収穫は去年の倍以上になりそうか……順調なようだね」

「はい。新型の鍬や品種改良した農作物の影響が大きいようです。それと鍛治分野や漁業、領内の治安も含めて、全てに向上が見られます」

「結構結構。順調なのは何よりだ」

 

 俺はその成果を見てホクホクとしながらそう答えた。

 そんな俺を見てリガードが畏怖するかのように言う。

 

「二年前、突如として坊ちゃまが、子供達やはみ出し者の研究者を集めて、無窮団を立ち上げた時は、正直来幸の一件のようにとち狂ったのかと思いましたが、少なくとも麒麟児の部分は真実だと信じて、活動を手助けしたかいがありました」

「……言葉に毒があるな。俺は思いつきで行動はせず、しっかりと計画を練って、確実な成果を上げていくタイプだぞ? ああやって殆ど無名のものを集めたのだって、こうやって成功するのが見えていたらやったんだ」

「……そう言うことにしておきましょうか」

 

 本当に計画を練るタイプか? と疑ってそうなリガードの視線を無視し、俺は再度、資料に目を通す。

 無窮団――インフィニット・ワンの名前の一部を冠する、俺が作ったこの組織は、想像以上の成果を上げていた。

 

 ま、でもそれも当然か、なんたって無窮団に所属しているメインメンバーは、攻略対象やストーリー上で活躍する大人達で構成されているのだから、結果を出せないということの方があり得ない形だ。

 

 二年前のあの日、来幸を協力者にした後、俺はあることに気付いた。

 それは、各地に存在する優秀な攻略対象達を片っ端から雇ってやれば、その優秀さを使って領地発展がスムーズに行くんじゃね? というものだ。

 

 これが、主人公の座を乗っ取ることを考えるタイプの転生者だったり、或いはゲームの物語を崩さないように立ち回りたい転生者だったら、この判断は絶対にしなかっただろう。少なくとも、ゲーム本編が始まる十五歳までは、無闇矢鱈に行動するのを控えたはずだ。

 

 だが、そんなこと俺には関係ない。

 攻略対象を恋愛対象にしていないから、相手を惚れさせるためにその攻略対象のイベントの発生まで待たなくていいし、アレクが誰と乳繰り合おうと興味がないから、ゲームでの物語も全部ぶっ壊すつもりで行動出来る。

 つまり、俺としては幾らでも攻略対象を回収出来る状態にあったと言うわけだ。

 

 そして攻略対象達は個別にストーリーが用意されていることもあって、中にはアレクと共に新技術を開発するというヒロインや、不遇な立場にいる天才をアレクが見いだすなんていうストーリーも多い。

 というか、平民の攻略対象は大体そう言った形で、優秀なのに何らかの原因で窮地に陥って、それをアレクやアリシアが解決するというのが基本だ。

 

 だからこそ、この行動には意味があった。

 攻略対象という何らかの実績を残す存在と、その話のメインキャラとして、主人公達を助ける優秀な大人達を、簡単に青田買い出来るのだ。

 

 勿論、彼らを雇うためには彼らの問題を解決しなければならない。

 だが、物語開始まで時間があるからか、そこまで問題がこじれてなかったり、優秀な親を嫉んだ他者に殺されるというような、後に起こる事件も、まだ発生していないなど全体的に手遅れになる前の状況だった。

 そして、俺は権力を振るえる貴族であり、何処にでもいける便利な転移魔法君や、悪人を強制改心したり、記憶を覗いて悪事を暴ける便利な闇魔法君がいる。

 

 俺はそれを駆使して活動しまくった。

 

 悪人によって路頭に迷いそうになっている攻略対象が居れば、闇魔法を使って悪人の悪事を集めて破滅させてやり、貴族の横暴に悩んでいる平民がいれば、侯爵家の立場を駆使してそれを止め、転移で移動して自領に引き込み、悩める攻略対象がいれば真摯にその相談に乗ってやる気を出させた。

 そうやって兎に角、攻略対象達に恩を売りまくり、集めたメンバーを使って、無窮団を結成させたのだ。

 

 ちょっと恩を売りすぎたせいか、無窮団の連中の忠誠心というか、熱意がやばいことになったので、数人の連絡役を置いて運営は基本任せる形になったが、それでもこれだけの成果を出せるのだから充分だ。

 

「あとでこの世界の最新技術や現代知識も伝えないとな」

 

 今まではストーリー上の彼らの成果を出すことに注力して貰っていた。

 だが、そろそろ余裕が出てきたところだ。

 

 俺には公式設定資料集で見た他国の最新技術の知識もあるし、現代日本の技術に関する知識も、モテる為に良い大学を目指したから結構覚えている。

 それらを彼らに再現させればシーザック領は更に発展しそうだ。

 

 まあ、その辺の技術を伝えたら、彼奴らの俺を見る目がどうなるか分からないのがちょっと怖い所だけど……。

 

 そろそろ神格化とかされそう。

 とか冗談のような不安を抱えながら、税務資料へと目を通す。

 

「うん。問題ない。嘆願書は後で処理するよ」

 

 無窮団の結成ついでに、シーザック領内で腐敗していた役人や使用人を処分して、優秀な人材を集め直した影響もあって、この程度の税務処理では不正やミスが出ないようになっていた。

 ま、仮に不正が見つかったとしたら、転移で飛んでいって、良い子になるようにちょこっとばかし洗脳するか、ダメそうなら処刑して次の奴に切り替えるだけだから、大した手間では無いけどね。

 

 いやはや、人権意識が低いなんちゃって中世はやりやすくていい。

 

 領民が必死で収めた税を、その苦労も分からずに勝手にかすめ取るような悪人は、さっさと根切りするに限るからな。

 

「あ、それとレオナルドにここに来るように伝えておいて」

「かしこまりました」

 

 俺がこうやって頑張った甲斐もあって、現在のシーザック領は未曾有の発展を遂げており、その経済力や軍事力は侯爵家筆頭どころか、公爵家にならんだり、それを上回るほどにもなった。

 あまりの発展ぶりに、初代聖女からこれまでのシーザック領の歴史とはなんだったんだろう、と本気でそう思う住人も多いらしい。

 

 まあ、ポテンシャルは元からあったけどな。

 海洋交易都市だし、領土もそれなりに広いし。

 今までいいようにかすめ取られていただけで。

 

 内政がくだくだでも何とかなっていたのは、ポテンシャルが高かったために、かすめ取られても、ほどほどで維持出来るだけの資源があったからだ。

 それのせいで、歴代のシーザック家は、窮地じゃないからと、なあなあで今までの状況を維持してきたのかもしれないが、俺が来たからにはそうは行かない。

 

 徹底的に精査して最強のシーザック家を目指してやるぜ!

 

「っす。フレイ様。自分に何のようっすか?」

 

 そんなことを考えているとレオナルドがやってきた。

 俺はレオナルドに事前に用意していた資料を渡す。

 

「銀光騎士団に依頼だ。この住民が何やらきな臭い騒動に巻き込まれているらしい。情報を調査して敵がチンピラだったらそのまま征伐、裏に組織がいそうならシーザック騎士団に情報を回して討伐して貰え」

「っす。わかりましたっす!」

 

 銀光騎士団とは無窮団と同じように各地から集めた人材で作った、このシーザック領で起こるトラブル……クエストを解決するための俺直下の騎士団だ。

 こうやって後に起こるクエストや、嘆願書等で上がってきた最近問題になっている事案、そして手が足りない攻略対象の救助などを依頼している。

 俺と同い年の年若いものが多く、賊討伐などの実践的なことは難しいが、こういう街中の問題を片付けるのには丁度良い存在なのだ。

 

 そのリーダーであるレオナルドは、俺の依頼署を見ると、それまでの様子が打って変わり、真剣な様子で内容を精査し、質問をしてくる。

 俺がそれに答えられるだけ答えると、聞きたいことを聞き終えたレオナルドは、部屋を出て行こうとした。

 

 そこで俺は思わず声を掛けた。

 

「クレアとのその後はどうだ?」

 

 俺のその言葉を聞いたレオナルドは、にへらとだらしなく表情を緩めた。

 

「聞きたい? 聞きたいっすか? そりゃあ、もうラブラブっすよ! 昨日だってお祭りデートしたっす!」

「……そうか、それは良かったな。恋人なんだ。大切にしてやれよ?」

「っす! それじゃあ、失礼するっす!」

 

 レオナルドが出て行ったのを見て、俺は笑顔を崩す。

 

「結局、攻略対象は、攻略対象か」

 

 レオナルドに助けに行って貰ったクレアは、インフィニット・ワンでの攻略対象となる平民の一人だった。

 俺が改革をしまくったことによるバタフライ・エフェクトか、本来ならアレクが学園に入学してから発生するイベントが、何故か五年前に発生するという状況に陥ってしまっていたのだ。

 

 俺はそれに気付いたのだが、無窮団のメンバーのための問題解決で忙しく、そこまで危険度の高くない問題だったため、問題解決のために必要そうな手順を伝えた後、レオナルドに解決を依頼したのだ。

 

 結果としてレオナルドはアレクと同じように問題を解決。

 そして助けられたクレアはアレクに惚れたのと同じように、レオナルドに惚れ、先程聞いたように現在進行形でラブラブな関係にある。

 

 俺が思っていた通り、イベントを攻略するなら誰でも良かったというわけだ。

 それがアレクでも、俺でも、レオナルドでも……。

 

「元から分かってたことだろうがよ。気にするなよ」

 

 俺は自分に言い聞かせるようにそう言って、書類の決裁に戻った。

 



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レシリアの策謀

 

 とある日の執務を終え、夕食を取るために食堂に向かっていると、そこにはレシリアと無窮団のケイトスの姿があった。

 

 ケイトスは魔術研究家で、インフィニット・ワンでの攻略対象の一人だが、アレクのためのヒロインではなく、アリシアのためのヒーローの一人だ。

 無窮団には、ケイトスのようにアリシアの攻略対象であるヒーローも多数集めて在籍させているのだ。

 

 アレクのヒロインは基本同年代か少し年上と年下、それ以外は若い見た目の人外とかが多いが、アリシアのヒーローの方は外見年齢も結構幅が広いんだよな。

 まあ、そこはユーザーの性差による意識の違いってやつなのかな。

 

 そんな風に思っていると、俺に気付いたケイオスが話しかけてくる。

 

「か、カミィィ……」

「いや、だから、俺をそう呼ぶのは止めてくれ」

 

 陰鬱な雰囲気でメガネを掛けたケイオスにそう言われると、まるでどこぞの新世界の神と言われているかのような変な気分になるから止めて欲しいのだ。

 

「しかし、カミィは私の研究を後援してくれた有り難いお方なので……」

 

 そう言って手を合わせてこちらを拝んでくるケイオス。

 

「あれは、君の研究にそれだけの価値があると判断してのことだ。援助にそれほど感謝をするのなら、それを引き出した自分の腕を誇ったらどうだ?」

「か、カミィィ……。ありがとうございます~」

 

 ついには床に平伏し始めるケイオス。

 俺は正直、これが攻略対象の姿かと思う。

 

 こういうダメンズが好きな奴もいるってことなのか?

 

 それだけ考えて、それ以上考えても意味ないなと判断し、ケイオスと一緒にいたレシリアの方へと目を向けた。

 

「それで、レシリアはケイオスと何してるんだ?」

「レシィは最近、無窮団に遊びに行ってるの! だから、今もケイオスに色々と話を聞いていたんだよ!」

 

 天真爛漫な何時もの様子でそう答えるレシリア。

 俺はその頭を撫でた。

 

「無窮団に言って、色々勉強しているのか。そんな歳で、レシリアは偉いな~」

「えへへ~。レシィ、偉いでしょ!」

「偉い偉い!」

 

 本当にレシリアは良い子で癒やされるな~。

 

「レシィね! 無窮団の人達といっぱい友達になったんだよ!」

「そうか、それは良かった。ケイオス、無窮団の皆と一緒に、これからもレシリアと仲良くしてやってくれ」

「はは~! カミィの願いとあらばぁ~」

「やった! これでまたいっぱい友達が増えちゃうね! レシィ、考えが合うから無窮団の人達大好き! あの人に支配された使用人達とは違うもん!」

 

 レシリアが楽しそうにそう言う。

 あの人とは誰のことだろう? 使用人を支配って言ってるから、執事長のリガードさんのことかな? 

 まあ、あの人、真面目で規則に厳しいし、色々と小言言ってくるタイプだから、育ち盛りのレシリアからして見れば、そんな相手より好奇心が満たせる無窮団の方が好きってことなのかもしれないな。

 

 そんな風に納得しながら、にこにことするレシリアに腕を引っ張られる。

 

「ごはん食べにいこ!」

「はいはい。引っ張らなくても大丈夫だよ」

 

 先を進むレシリアを追うようにして俺は食堂に向かった。

 



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婚約

 

 食堂に着くとそこには討伐依頼から帰ってきていたジークの姿もあった。

 全員で食事をし、それが終わった後、食堂でのんびりとしていると、真剣な顔をしたジークがおもむろに喋り出す。

 

「フレイ。お前に大事な話がある」

「俺にですか?」

 

 唐突に話を振られた俺は思わずそう問い返してしまった。

 領内のことで俺が知らないことはもう無い気がするが、一体何の話だろうか。

 

「先日、ノーティス公爵領の近くに行ったとき、偶然、ノーティス公爵とあってな、そこでお前に対する婚約話を持ちかけられた」

「――は?」

 

 あまりの突然の言葉に、俺の口からそんな間抜けな言葉が漏れた。

 

「それで父さんな……OKしてきちゃった」

「はぁああああああ!? なにOKしてるんですか! 父様は知ってますよね!? 俺が、俺だけの理想のヒロインを求めてるって!! 政略結婚なんて、どう足掻いてもその目的達成出来ないじゃないですか!!」

 

 しかもノーティス公爵家って、ゲームでもフレイの婚約者だったエルザ・フォン・ノーティスの実家じゃねーか! 絶対、俺の婚約相手って、エルザだろ!?

 

「嫌です! 絶対に嫌です! 撤回してください! 今なら間に合います!」

「それがな……そうも言ってられないんだよ……」

「何でですか!」

 

 俺がぶち切れてそう言うと、横からリノアが会話に入り込む。

 

「お母さんのね。元々の婚約者がノーティス家の人だったのよ」

「は? つまり、父様のせいで破断になった婚約相手の家ってことですか?」

「その通りだ! 一応許して貰えたが、一方的に破断させたから、今回の婚約の件で、こちらからは強く言えなくてな……」

「ちょ……父様の不手際の後始末をしろって言うんですか!?」

「すまん! フレイ!」

「はぁああああ!?」

 

 もはや怒りが限界突破してそれしか言えない。

 そんな俺を見かねたのかレシリアが声を上げる。

 

「レシィも反対! そんな奴、にぃにに相応しくない!」

「旦那様……フレイ様の専属メイドとしても、同意見です。いきなり婚約を強制的に決めるなんて、フレイ様の意見を蔑ろにしています」

 

 レシリアと来幸という多数から反論を受けたジークは顔を歪ませる。

 

「うぐぐ、だがな親が婚約を決めることは貴族ではよくある――」

「だとしても先に一言話を通すとか、相手に対して顔見せするとかあるでしょ!? 何も知らない相手といきなり婚約なんて、貴族社会でもぶっ飛んでるよ! そもそも相手はなんでそんな婚約をいきなり持ちかけてきたのさ!?」

 

 俺は魔力回路がぶっ壊れている貴族社会では価値の低い男だぞ?

 そんな相手に無理矢理婚約話を持ってくるなんて、そもそも最初の出だしからおかしい。

 

 俺のその言葉に苦悩した表情を見せていたジークは、諦めたように言う。

 

「はぁ……。これは言わなければ駄目そうか……。フレイ、お前はノーティス公爵領がどんな場所か知っているか?」

「このフェルノ王国で最も肥沃な土地を持ち、王国の台所とも言われるほどの穀物生産の大拠点です」

 

 俺のその回答にジークは頷いた。

 

「そうだ。この国で流通する多くの穀物はこのノーティス公爵領産だし、それもあってノーティス公爵領には、毎月指定量の穀物を王家に収めなければならない、という誓約があるほどの重要拠点だ」

 

 そこでジークが痛ましそうな顔をする。

 

「だが、近年はその穀物生産が上手くいっていないらしい」

「穀物生産が上手くいっていない?」

 

 何だ? 何処かで聞いた事があるような……。

 

「原因は不明だが肥沃な大地の実りが年々失われていっているそうだ。ノーティス公爵家も方々に手を尽くして何とか状況を打開しようとしているそうだが、それも上手くいっておらず、財政負担だけが増えていて、このままだと遠くないうちにノーティス公爵家は王国への穀物提出が出来なくなり、それを補うための他国や他家からの穀物の購入で、完全に財政が破綻すると可能性が高いと聞いた」

 

 思い出した。

 これエルザルートで起こっていた問題だ。

 この時点から発生していたのか。

 

「今回の婚約話もこれに絡んだことなんだ。ノーティス公爵家は援助を必要としている。だが、貴族社会では対価のない援助を受けることは出来ない。その時は対価が無くとも、あとでどんな要求がされるか分からんからな」

 

 まあ、援助に対する対価がないと、見えない部分で密約したのでは無いかと、周囲の貴族に疑われる可能性もあるし、その点を考えれば、何かしらの対価を無理矢理作ってそれで手打ちにするという考えは理解できる。

 

「だからこそ、ノーティス公爵は自身の一人娘であるエルザ様を、人質として援助をして貰う相手に渡すことにしたんだ。つまり、これは婚約という名の人質であり、両家間の援助の盟約ということだな」

「もし、ノーティス公爵家がたち行かなくなったら、入り婿の形になる俺がそこに干渉して、シーザック家の利益になるように行動出来る。その為の婚約で、エルザは自領の為に俺に身を捧げる覚悟を決めたと」

「そう言うことだ」

 

 なるほどな~。ゲームでもエルザはフレイの婚約者だったけど、その婚約話にはこんな裏があったのか。てっきり領地が近いから婚約したんだと思ってた。

 それにこれならゲームでエルザが、フレイを一度も愛さず、そして嫌いまくっていたのにも納得がいく。

 援助の為に決められた破れない婚約だからこそフレイを嫌ってたと。

 

 ああ、まるでエルザは悲劇のヒロインだな。

 自領の為にその身を犠牲にするなんてなんて可哀想。

 

 なんて――。

 いうと思ったかクソボケがぁあああああああ!!

 

「ふざけるなよ!!」

「ふ、フレイ!?」

「なんだその犠牲になった私可哀想ムーブは! 本当の被害者はこっちだろうが!  したくもない婚約をする羽目になったのは俺もだぞ! お前らの事情で無理矢理押し売りしてきたのに! 被害者ぶってんじゃねー!」

 

 俺は怒りのあまり机を思いっきり叩く。

 その力を受けて木材で出来た机が真っ二つに砕けた。

 

「はあはあ……」

「ちょ……」

「お、落ち着きなさいフレイ」

 

 俺の発狂した様子を見て家族全員と使用人が目を丸くする。

 だが、これが怒らずにいられるだろうか。

 

 ゲームでのフレイは誰かの愛を求めていた。

 それはきっと本当に誰でも良かったのだ。

 

 レシリアルートで語られた通り、少しの愛でも貰えれば彼はマル○ォイ的な傲慢な貴族ではなく、真っ当な貴族になることが出来た。

 それはビーチェルートでのアレクと協力する彼の姿からも言えることだ。

 

 そしてその愛を与える存在にエルザはなれたのだ。

 婚約者である彼女がフレイのことを少しでも思ってくれたら、彼は真っ当な道に進むことが出来たかも知れない。

 

 だが、エルザはそうしなかった。

 婚約者になったのは自領の為、自らの身を犠牲にした望まぬ婚約だからと、フレイのことを考えず、毛嫌いして関わりを絶った。

 婚約者になったのは向こうからの押しつけなのに、フレイはそんなものが無ければ自分を愛してくれる婚約者が得られたのかもしないのに、それなのにそれを潰した張本人は自らだけが被害者と、婚約者なのにフレイを無視した。

 そして、フレイが失踪すると早々にアレクに乗り換えて、馬のように後ろから突かれながらヒンヒン言ってエッチを楽しんでいたのだ。

 

 とんでもない性悪女じゃないか!

 元から攻略対象だから恋愛対象ではないが、こんな奴と婚約関係を維持することになるなんて、俺は絶対に嫌だ!

 

「ねぇ。父様?」

 

 ぎぎぎと壊れたロボットのように首を動かしてジークを見る。

 それを見てジークがぎょっとしたような顔をする。

 

「この婚約がノーティス領の問題に対する援助の為なら、その問題が解決すれば、俺が婚約する理由はもうないよね?」

「え、あ、ああ。うん。そうかも――」

「んん? かも?」

「っひ! ああ、そうだ!」

 

 何か恐ろしいものを見たような態度でジークがそう断言する。

 

「そっか~。よかった~。じゃ、俺はその問題とやらを解決してくるから」

「お、おい。フレン? ちょっと」

「来幸、行くぞ」

「かしこまりました」

 

 俺は来幸の手を握り、自室へと転移した。

 



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エルザルート

 

 ゲームでのエルザルートはアレクとフレイの決闘後から始まる。

 ノーティス領内での不作の原因がダンジョンであると察したエルザは、それを攻略することが出来る強い存在を求めていた。

 そんな彼女に取って、フレイをボコボコにしたアレクは、そのお眼鏡にかなう相手だったのだ。

 

 だからこそ、エルザはアレクと接触した。

 そしてそこで自領で開催するとある大会の話をアレクにする。

 

 それこそがダンジョン攻略大会。

 そしてその賞品こそがエルザの夫の座……すなわちノーティス公爵である。

 

 学園での生活で上昇志向を持ち、フレイを倒したことで貴族にも勝てると、ノリに乗っているエルザルートのアレクは、その提案に乗って自分がノーティス公爵になるためにノーティス公爵領へと赴くのだ。

 

 ちなみにこの段階ではフレイは失踪直後なのだが、エルザは完全にフレイはいないものとして扱って、新しい婚約者を決めようとしている。

 エルザルートが初見だとエルザがフレイを消したように見えるが……というかこのルートだと実際にエルザが処分した可能性は結構高かったりする。

 失踪中の使えない婚約者なんて、そのまま消した方が、エルザに取っては都合がよかったということなんだろう。

 

 そんなこんなで新しい婚約者決めの大会が開始され、ダンジョン攻略が開始されることになるが、ここは結構自由度が高く、他の攻略対象や、メインキャラなんかも、自分のパーティーメンバーにしてダンジョン攻略に挑めたりする。

 エロゲーらしく、ダンジョンにはエロトラップが結構あり、エロゲ界最強モンスターこと、エロゲスライム君による触手プレイなど、ここでしか回収出来ない攻略対象やメインキャラの淫らな姿を収めることが出来るのだ。

 

 エルザとのイベントはダンジョンの進行度によって発生し、一定値ごとにアレクはエルザがいるノーティス領主館へと招集される。

 そこで会話シーンの後、ご褒美を与えられることになるのだ。

 

 ここまで来れば分かるだろうが、そのご褒美がエルザルートでのエロイベントであり、基本的に足を舐めるとか、縛られて言葉攻めにされるとか、アレクが首輪を付けられて裸で館内一周するとかのSMプレイ的なものが展開されることになる。

 

 そしてダンジョンを攻略していき、最後まで攻略することで、エルザはアレクの価値を認めて、自分の婚約者に相応しいと思って段々と惹かれていく。

 そして大会の優勝賞品としてエルザはアレクのものになるのだ。

 

 その日の夜。

 結婚した二人は初夜に挑むことになるが、自分の価値を信じるエルザの相手を見下したような態度は変わらなかった。

 

「あなたにあたしに触れる権利を与えるわ。光栄に思いなさい」

 

 そう言ってアレクとの行為に望むエルザだが……。

 SMプレイで男の体を弄ることはあっても、令嬢としての立場から自分の体を弄ったことが殆ど無かったエルザは快楽にとても弱かった。

 

「んっ! あ! やめて! これ以上はおかしくなっちゃう!」

 

 お馬さんのようになったエルザはアレクに後ろから突かれて喘ぐ。

 まるで正統派エロ小説のように即落ちマゾ化してしまうのだ。

 

 さんざんSMプレイでSキャラとして自分をいたぶってきた相手が、夜の関係では自分にあっさりと屈服し、しおらしくなってしまう。

 この一連の流れこそが、エルザというヒロインの魅力であり、ネット上で起こった、Sのままでいて欲しかった派閥と、エロ落ちマゾ化がいいんだろう派閥の長きに渡る争いの元凶の元でもあるのだ。

 

 まあ、そんなこんなでその後は、アレクはノーティス公爵となり、ノーティス公爵家は繁栄したというエピローグが流れて、エルザルートは終わることになる。

 



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パーティーメンバー集め

 

「さてと、来幸、ノーティス領で起こっている異変の正体は分かるな?」

「はい。フレイ様が前に仰っていた、エルザルートのダンジョン問題ですよね」

「そうだな。それを考えると俺達だけではちょっと厳しい」

 

 ダンジョンは十八歳になったアレクが仲間を集めて攻略した場所だ。

 内部構造に関してはある程度記憶しているものの、さすがに全ての階層の罠の位置も含めた詳細を覚えている訳でもないし、出てくる敵もかなり強いものがいるから、俺と来幸だけでクリアするというのは難しい。

 

「ゲームの時と同じように、ノーティス家に大会を開かせたらどうでしょうか?」

「エルザの婚約者の権利……ノーティス公爵の立場を餌に、他の冒険者や貴族を釣って、其奴らに解決させるってことか? でもな……それは難しい気がする」

 

 下手したら援助の形が変わる可能性がある。

 ゲームではノーティス家とシーザック家の関係が最悪だったから、大会にジークが出てくることはなかったが、今の状況なら婚約を盾にS級冒険者であるジークにダンジョンの攻略を依頼するという状況になりかねない。

 

 そもそも、不特定多数の相手に貴族の婚約者になれるチャンスを与えるなんて、よほど追い詰められなければしない行為なのだ。

 ダンジョンの存在を伝えた所で、ノーティス家がゲームのように動くとは考えない方がいいと俺は考えている。

 

「それに出来ればノーティス家に知られずに問題を解決して、ダンジョンコアを頂きたいところなんだよな。今後の領地発展のために」

 

 今回の騒動の原因であるダンジョンは大地から魔力等のエネルギーを吸収し、そして成長していくという性質がある。

 そのため、作物を作るための肥沃な土地に出来ると邪魔でしかないものだが、周囲に影響の出ない適切な場所で、適度に土地に魔力を補給しながら、うまく育てることが出来れば、鉱山のように様々な鉱物資源や魔石などの各種素材を、定期的に採取することが出来る有益な場所に変わるのだ。

 

 実際にエルザルートのエピローグ以降では、ノーティス領の再発展に、この養殖ダンジョンが使われたということを設定資料集で読んだ。

 

「となると、シーザック騎士団も使わない方がいいですね」

「だな。隣の領地だから、ある程度は顔も割れているだろうし、何より騎士団なんか連れていったら、戦争かと向こうも警戒するだろう」

 

 フェルノ王国ではここ最近では内乱は起こっていないとはいえ、隣接する領地の戦力くらいは、いつ争いが起こってもいいように、普通の領主なら調査して把握しているはずだ。

 そのため、シーザック領の騎士団であるシーザック騎士団を連れていくのは難しいと判断出来る。

 

「う~ん。無窮団からケイトスをまず連れていくか」

「ケイトスですか?」

 

 来幸は使用人として屋敷にいることが多いから、無窮団のメンバーと関わったことが少なく、ケイトスという名前にピンと来ていないようだった。

 

「優秀な魔術師だよ。迷宮自体にも興味あるだろうしな」

「他のメンバーも無窮団から出すつもりですか?」

「いや、今は技術研究も進めて貰いたいし、あまりあそこから人員を取って行くのもな……それにバランスを考えるなら壁役の戦士が必要だ」

 

 ケイトスは魔術師で、俺は剣士、そして来幸には弓を使って貰う予定だ。

 明らかに前線で戦うメンバーが不足しているので、それを補う必要がある。

 

「レオナルドを連れて行くか……」

「いいのですか? クエストの攻略に支障がでるのでは?」

 

 レオナルドは銀光騎士団の団長だ。

 それを一時的に借り受けるとなれば、銀光騎士団の戦力は低下するだろう。

 

「それを含めてもレオナルドだな。部下も育ってるって聞くし、今後、銀光騎士団に討伐も担当させることを考えると、ここいらで実戦経験を積ませたい」

「なるほど……ではシーフは如何しますか?」

「さすがにそれは本職を雇う。ダンジョンの罠とかは、下手な知識で挑むと、命に関わることになるからな」

 

 インフィニット・ワンのゲームシステムは、一般的なRPGのレベル制ではなく、どちらかと言えばMMOよりのジョブ制システムとなっている。

 

 詳しく説明すると、インフィニット・ワンには、ランクというステータス自体の増減に関するものと、ジョブレベルというステータスへの補正を行い、スキルを取得するものの二つが存在している形だ。

 

 各キャラクターは、一から十までのランクごとに、ベースとなるステータスが指定されており、それぞれのランクでは、かなりステータスの差がある形となっている。

 ランクは、体を鍛えることや経験を積むことで上昇し、逆に体が弱くなったり、怠けることで減少していく。

 これによってステータスを大きく上下させることが、このランク制の根本的な仕組みということだ。

 

 一応、筋力トレーニングなどでランクに依存しない基礎ステータスをあげることは出来るものの、それよりもランクによるステータスの上下量が大きいため、よほど鍛えないとステータスの面では、上位のランクには勝つことが出来ない形となっている。

 

 言ってしまえばこの世界でランクとは生物としての格を現しており、高ければ高いほど同じ生物の中での強者というのを現す。

 一方でジョブレベルというのは、その個人の適性と磨き上げてきた技術などを示したものとなるのだ。

 

 この世界では生まれた時から、個人の適性として、複数のジョブが与えられることになる。

 日々の行動でそれぞれのジョブごとの経験値となる行動を取ると、それぞれのジョブレベルが個別でアップし、ステータスに対する補正や、様々なスキルを覚えることが出来るのだ。

 

 勇者や聖女などのユニークジョブや、その他一部の特殊な一般ジョブを除き、基本的にジョブは後天的には増えない。

 そのため、ジョブを多く持っているほど、できる事が増えて行くこともあり、生まれた時のジョブの多さが人の才能だと判断されているのだ。 

 

 ランクで上昇するステータスに、磨き上げてきたジョブで補正を掛ける――それがこの世界での人々の強さというものになる。

 

 そしてこの補正に関しては、基本的にサブジョブよりもメインジョブにしたものの方が効果が高く、メインジョブにしないと使用できないスキルなどもあるため、使いたいジョブをメインジョブにした方が良い。

 だが、メインジョブは自動設定となっており、判定する条件は、ユニークジョブと一般ジョブだとユニークジョブが優先され、ユニークジョブ同士や一般ジョブ同士だと、ジョブレベルが高い方が優先される形となっている。

 

 そのため、この世界の人々は、自分のやりたい職業に合わせたジョブレベルを上げるために、トレジャーハンターギルドや戦士ギルドなどを結成し、その技術を高め合っている所があるのだ。

 そしてシーフとはそう言ったギルドに所属している、ダンジョンなどの罠を見破るための職種のものを指している。

 

「取り敢えず、一人ずつ勧誘に行くか……来幸、準備は出来たか?」

「はい。大丈夫です」

「では行くぞ、転移」

 

 そうして俺達は街へと転移した。

 

☆☆☆

 

 街に到着した俺はレオナルドの家に移動した。

 そしてその家のドアノッカーを鳴らす。

 

「レオナルドいるか~」

「は~い!」

 

 俺のその声に応えたのは若い女性の声だった。

 レオナルドの家の玄関の扉が開くと、見覚えのある一人の少女がいた。

 

「クレア?」

 

 そう、それはレオナルドが落とした攻略対象であるクレアだった。

 クレアは俺を見て驚いたような表情をする。

 

「フレイ様!? 今日は如何したんですか!?」

「いや、レオナルドに用があってな……」

「あ、は~い! 今呼んできます!」

 

 え? なんでレオナルドの家にクレアが? 彼奴一緒に住んでんの?

 そんな疑問が湧いてくるが、この場で聞くわけも行かず、俺はレオナルドがやってくるのを待つ。

 

 バタバタと部屋の中で騒がしくする音が響いた後、玄関からラフな格好をしたレオナルドがやってきた。

 

「っす。フレイ様、いったい何の用っすか?」

「これからダンジョン攻略に行くんだが、レオナルドには、その為のメンバーの一人になって欲しいと考えている」

「ダンジョンっすか? そりゃまた急っすね」

 

 俺の言葉を聞いたレオナルドが素直にそう感想を言った。

 俺はそれに苦笑いしながら答える。

 

「ちょっと問題が起こってな。急いで解決しないといけなくなったんだ」

「銀光騎士団の方は如何するんすか?」

「そっちはこっちでフォローを用意するつもりだから気にしないでくれ」

「そうすっか……それなら問題ないっすよ」

「わかった。じゃあ、準備が出来たら早速行こうか」

 

 案外簡単に協力を取り付けることができた。

 後はレオナルドが準備を終えるのを待つだけと思っていると、横からクレアがひょこっと顔出してきた。

 

「フレイ様、ダンジョンに行くんですか!?」

「ああ、そうだ」

「それって、アタイも一緒に行って良いですか!?」

「クレアも……?」

 

 俺がそう問い返すとクレアは胸を張る。

 

「アタイは前はとあるトレジャーハンターギルドにいたんです! ダンジョン内の罠とかにも詳しいですし、お役に立って見せますよ!」

 

 クレアがトレジャーハンターギルドにいたことは俺も知っていた。

 なぜなら、そのトレジャーハンターギルドとのいざこざが、クレアルートでアレクが解決することになる問題だからだ。

 

 他のシーフを雇うよりも、ゲームでステータスやジョブを把握しているクレアを雇った方が良いか? この世界だと自分や相手のステータスを見ることも出来ないからな……。

 

 ゲームとしてプレイしていた時は、主人公も含めてステータスウィンドウで、所持しているジョブも含めて情報を見ることが出来た。

 だが、この世界に来てからはそれが出来ない状況にある。

 

 ゲーム世界への転生だから、ステータスウィンドウ出たりしないかなと期待していたんだけど、さすがに無理だった。

 まあ、ゲームの作中でお前のジョブレベルは十三だなみたいな、相手の情報をみるような会話も特になかったから仕方ないか。

 

 あくまでステータスを見ることが出来たのは、ゲームをプレイしているプレイヤーが神視点だったからということなのだろう。

 

 ランクやジョブレベルを見るための鑑定石のようなものもないため、この世界の人間は色々なことに挑戦して、スキルを覚えた時にそのスキルの名前を天啓のように知れるため、覚えたスキルによって自分が何のジョブを持っているか把握することになるのだ。

 その為の情報源として、平民に取っては、各ジョブギルドは大切な存在であり、クレアのように幼い頃からそこに加入するということは、この世界では一般的となっている。

 

 まあ、スキルを覚えてその名前を把握したとしても、同じスキルを覚える別のユニークジョブの可能性もあるから、ジョブ探しというのは一長一短ではいかないんだけどな。

 

 と、横道に逸れてしまったが、クレアは少なくともシーフのジョブを持っているので、ある程度の実力は保証された状態にある。

 

「まあ、実力はあるはずだし、いいか……」

 

 俺は聞こえないようにぽつりとそう呟くとクレアに向かって言う。

 

「それじゃあ、クレアも来てくれ」

「やった! お宝、お宝~」

 

 そう言って喜んで準備を始めたクレアを見て、俺は内心早まったかなと思った。

 

 確かクレアって自慰のエロシーンが多かったんだよな……。

 インフィニット・ワンでは、キャライメージを維持するためか、貴族系キャラなどは基本的に自慰シーンは無かったり、少なめだったりするんだけど、クレアは盗賊っていう汚れ仕事のイメージからか、自慰シーン、増し増しって感じだったんだよね。

 大抵はアレク視点じゃなくて、条件を満たすことで見られるクレア視点での自慰行為で、一番多いパターンは自分が開けた宝箱の角に局部を擦り付けて快楽を得るものだった。

 

 ……さすがに貴族の俺がいるパーティーで行為に耽るとかないよね。

 

 そんな風に少し心配になりながらも、クレアとレオナルドの準備を待ち、その後、ケイトスを仲間に引き入れて、俺達はノーティス領へ転移した。

 




 唐突なのですが、8/27と8/28の土日に、ここより前の話について、ちょっと見直したいと思います。
 気付いたら内容が変わっていたということになりかねないので、事前にここで告知する形を取らせて頂きました。

 もとより、こじらせ系主人公が、理想のヒロインを求めるけど、上手くいかずにてんやわんやするという話なので、上手くいかないことに対する主人公の嘆きを楽しんで貰うために、主人公の性格はこれなら酷い目にあってもしょうがないなと、遠慮なく笑えるようなものにしているつもりでしたが、思った以上に主人公がクズという評価を得てしまいました。

 その辺のヘイト管理なども含めて、小説を書くのって難しいですね(汗)

 さすがに読むのを止めるほど不快となるのは、ちょっと想定外の事態ではあるので、問題となっている周りの部分を修正して見るつもりです。

 加えて後書きで記載していた捕捉なども、本文中に取り入れます。

 それで直るか分かりませんし、もしかしたら今よりももっと悪くなってしまう可能性もありますが、一度手を入れておこうと思った形です。
 ただ、今回のように登場人物の擁護の為に話を修正するのは、これで最後にしようと考えています。

 過去分をずっと直していると、先の話の投稿が出来なくなってしまいますし、直せば直すほど如何するべきか分からなくなって、逆にキャラブレしてしまいそうな気がするからです。
 ここから先の話で、またキャラの性格が良くないなどとなるかも知れませんが、もうここまで来たらそのまま突っ切るつもりなので、読者の皆様には不快な思いをさせるかも知れませんが、よろしくお願いします。


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婚約者の少女

 

 ノーティス領に転移した俺達は、ゲーム内でダンジョンがあった場所の近くにある街へと辿り着いていた。

 

 どうして俺がノーティス領の転移座標を持っているかというと、それは馬車に空蝉の羅針盤の針を付着させて、それが次の街に着いたタイミングで、馬車に対して転移をし、街に転移座標用の針を設置して、転移で家に戻るという行為を繰り返して、大して労力も掛けずに各地に転移座標を作ったからだ。

 その為、俺はフェルノ王国の街だけでは無く、他国の街であっても、既に大体の場所には転移座標を持っている状況にあるのだ。

 

 ゲームと違って何個でも転移座標を設置出来て良かった。

 まあ、転移先の管理が番号での管理で、何処の場所かというのが出てこないから、あまり無闇矢鱈に増やしたりは出来ないんだけどね。

 

 俺はそんなことを考えながら、その街の冒険者ギルドへと足を運んだ。

 そして迷うこと無く受付のお姉さんの元へと向かう。

 

「すみません!」

「ん? 如何したの坊や?」

 

 子供である俺を見て受付の人はそうやって優しそうに言った。

 これは使えると思った俺は、何処かの子供のふりをする高校性のように、あれれ~と言いそうな態度で子供を演じる。

 

「この辺で一番大きな岩がある場所って知ってる?」

「一番大きな岩……ケディオン大森林の大岩のことかな?」

「うん! それ! あの地図のどの辺にあるの?」

 

 そう言って俺は売られているケディオン大森林の地図を指差した。

 

「え~と、この辺りかな」

 

 そう言って受付の人はその場所を指差す。

 

「そっか~ありがとう~!」

 

 俺は聞きたいことを聞けたのでそのまま外に出ようとする。

 すると後ろから受付の人が声を掛けてきた。

 

「そこは魔物も多いから、子供が一人で行っちゃダメよ!」

「分かってる!」

 

 それだけ言うとギルドから出た。

 中の様子を見ていたレオナルドが引いた様子で言う。

 

「ちょ、フレイ様、さっきのはなんっすか? 何か鳥肌たったんすけど」

「情報収集の為に子供を演じただけだろうが、て言うか俺はまだ十一歳なんだから、ギリギリあの態度でも許される年齢だろ?」

「いや、まあ、そうかも知れないっすけど、ねえ?」

 

 レオナルドが同意を求めるようにそう言うと、クレアがその通りだと同意するように頷いていた。

 

「此奴ら……ともかく、場所が分かったから行くぞ」

 

 俺はゲーム知識でどの街の近くにダンジョンがあるかは知っていたが、インフィニット・ワンはRPGツ○ールで作ったような2Dドットゲーだったので、実際の場所がどの辺りにあるかが分からなかった。

 だから、この街の冒険者ギルドで、ダンジョンの入口近くにあった特徴的な巨大な岩のオブジェクトが何処にあるのかを聞いたのだ。

 

 目的の場所は、この街の南門を出て行った先にあるケディオン大森林の中心地辺りにあるらしいので、俺達は門を出るとそのまま森へと向かい――。

 

「あんた達! 何やってるの!」

 

 突如馬車から声を掛けられて足を止めた。

 俺達がふと後ろを振り向くと、馬車から一人の少女が降りてきた。

 それを見て俺は思わず呻く。

 

 この赤い髪に馬車の紋章……此奴エルザじゅねーか!

 

 関わりたくない奴が出てきて苦い顔になる俺を余所に、エルザは俺達に向かってまくし立てるように言う。

 

「こんなに子供を連れてケディオン大森林に入るなんて自殺行為よ! そこのあんた! 保護者でしょ! なんでそんな危険な真似をしているの!?」

「ええ!? か、カミィ……」

 

 エルザに突然詰め寄られたケイトスが助けを求めるように俺を見る。

 俺は仕方ないとケイトスとエルザの間に割って入った。

 

「俺がケイトスに森に入りたいと言ったんだ。彼を責めないでくれ」

「あんた、貴族? 誰よ?」

 

 俺が大人であるケイトスを従えていること。

 そして俺の身なりから俺を貴族と判断したエルザがそう言う。

 

 ここでシーザック家というのは簡単だが……。

 

 いま、シーザック家が関与していることを知らせる訳にはいかない。

 だから、俺は適当なホラを吹くことにした。

 

「オスティア男爵家の長男であるリュークだ。そう言うそちらはどなたかな?」

「あ、あたしは……ゼリース子爵家のエレンよ」

 

 ちげーだろ! お前はノーティス家のエルザだろ! 

 と叫びたくなったものの、俺はそれを何とか飲み込んだ。

 

 理由は分からないが、どうやらエルザがここに来ているという状況を、何とかして隠したいらしい。

 

「ともかく、このあたしが命令したんだから従いなさい」

「……わかりました、エレン様。俺達は忠告に従って街に引き返すことにします」

「ええ、それでいいのよ」

 

 そう言って俺は来た道を戻る。

 エルザも馬車に再度乗って、そのまま俺達と共に街へと入った。

 そしてエルザの馬車が俺達より先に進んだ所で、俺は再び大森林の方へと足を向けてレオナルド達に言う。

 

「じゃ、行くか」

「ちょ、戻るんじゃないんすか?」

「エレンに言った通り、一度街には帰っただろう? その後はまた向かわないとまでは俺は言っていない」

「ええ……。そんな屁理屈言っていいんっすか~?」

 

 レオナルドが心配そうにそう言うが、俺はそれを何の問題もないとレオナルド達に向かって言う。

 

「誰が馬鹿正直に言うことに従うかよ。ああいうお貴族様の横暴は、取り敢えず従ったふりをしておけばいいんだ」

「それ、そのお貴族様であるフレイ様がいうことじゃないよね……」

 

 クレアから突っ込みが飛んでくるが俺はそれに反論する。

 

「俺は庶民派貴族だからいい~の。そうだよな、来幸? ケイトス?」

「はい。フレイ様の仰るとおりです」

「カミィは絶対ですぅ~」

「甘やかさずにちゃんと否定することは否定しないとダメだよ……?」

 

 全面肯定の二人を見て突っ込むようにクレアはそう言った。

 

 何だかんだノリが良くて話しやすい。

 さすが攻略対象だな。

 

「さてと、じゃあ進むか、……エレンに見つからないようにな」

「っす。了解っす」

 

 そんな風に下らない話で親睦を深めながら、俺達はケディオン大森林の中を順調に進んでいく。

 出てくる魔物は大体がケイトスの水魔法と、レオナルドの剣で打ち倒されているため、俺は殆ど何もすることなかった。

 そんな風に暇をしていたからか、俺は何処からか聞こえる音に気付く。

 

「~!」

「なあ、何か声が聞こえないか?」

「そうっすか?」

 

 俺のその言葉に俺以外のメンバーが不思議そうに首を振った。

 

「~いで~!」

「やっぱり、何か聞こえるな。ちょっと見てくる。ここで待っていてくれ」

 

 俺はそう言うと短距離転移を駆使し、空中を移動しながら、謎の音がする方向へと向かっていく。

 

 徐々に明瞭になっていく音というか声。

 転移でその現場に行って見れば、そこにはファングベアーというBランクの魔物と、それに襲われて涙目になりながら「来ないで~!」と叫んでいるエルザの姿がそこにあった。

 

「何でこんな所にエルザが一人でいるんだ?」

 

 俺は一言そう呟くと、ファングベアーの上に転移し、頭部を剣で突き刺すことで殺すと、倒れ伏したファングベアーの上から、エルザに向かって呆れたように言った。

 

「こんな所に子供一人で来るなんて、馬鹿なんじゃないの?」

 



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交渉成立

8/27と8/28の修正が完了致しました。
下記の点について修正を行っています。

「褒美」、「vs黒神教」、「目覚めるヒロイン(来幸)」、「学園生活への期待」を主に修正を行い、本文中に内容を取り込んだ幾つかの後書きを消去して、「妹との日々」の後に「計画」を追加しました。



 

 死ぬ――そう思った。

 

 ウクトに向かう途中で見かけた貴族の子供。

 ケディオン大森林に行くことを注意した彼奴らが、あたしの馬車の後ろからいなくなっていたことにあたしは気付いた。

 

 何となくそんな気がしていた。

 

 あたしは貴族……それも公爵家の人間だ。

 人の感情を読むことくらい出来て当然のこと。

 彼奴が本心から街に戻ると言っていないことは分かっていたのだ。

 

 だからあたしは馬車を降りて、使用人の制止を振り切って、ケディオン大森林の中へと入っていった。

 あたしの命令を無視したあの男に制裁を与えて、連れ戻すために。

 

 危険だということは分かっていたけど、正直言えばあたしの炎属性魔法の腕があれば、ケディオン大森林のモンスターなんてイチコロだと思っていたのだ。

 だが、実際は突如現れた魔物にはあたしの魔法がまるで歯が立たなかった。

 

 自信のあったファイアは魔物の体毛で弾かれ、咄嗟に避けた魔物の一振りで、地面がえぐれたのを見て、あたしは恐怖で腰が抜け、逃げることすら出来ない状況に追い込まれてしまっていた。

 

 死を覚悟したその時、天から何かが降ってきて、魔物を殺した。

 そして魔物の上に王者のように立つ存在を見て、それが先程の貴族の子供だということにあたしは気付いた。

 そしてその貴族の子供――リュークは言ったのだ。

 

「こんな所に子供一人で来るなんて、馬鹿なんじゃないの?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に頭に血が上った。

 

「馬鹿ですって! あんたには言われたくないんだけど!」

「いや、俺はこうやって普通に倒せるから」

 

 そう、リュートは冷静に反論してきた。

 その余裕がある態度が苛立たしい。

 

「さてと、早く帰った方が良いよ」

「ちょっと何処に行くのよ!」

「何処って森の中だけど?」

 

 何てことないように言うリューク。

 あたしはリュークに向かって問い詰めるように言った。

 

「あたしは帰るように言ったわ! それなのになんであんたは、この森の中に行こうとしているのよ!」

「それはこの森に用事があるからに決まってるでしょ」

「だとしても、普通なら帰るべきじゃないかしら!」

 

 人が折角注意したのに、それを無視するのはどうなのか。

 あたしがそういうつもりで言うとリュークは明らかに面倒くさそうな顔をした。

 

「別に俺がお前の命令を聞く理由はないだろ」

「なんでよ!」

「逆になんで言うことを聞くと思ったんだ?」

「それは――!」

 

 そこであたしは言葉につまった。

 あたしはこの領地の領主の娘なんだから、その命令は聞くべき……そう言おうと思ったところで、勝手に決められた婚約が嫌で、お父様に黙ってこの地に来ていたことを思い出す。

 

「な、理由はないだろ?」

「それは……」

「相手を心配するのはいいことだと思うが、過剰な心配はありがた迷惑ってやつだ。俺はこのとおり、この森の魔物を普通に倒せるんだから、この森で危険な事なんて存在していない。だから安心して帰ってくれ。それじゃ」

「待って!」

 

 あたしは咄嗟に去ろうとするリュークの足を掴んだ。

 その瞬間、あたしの視界が一瞬で変わった。

 

「え? きゃあああ!!」

「クソ! 何やってんだよ!?」

 

 リュークがそう言うと何度も何度も視界が変わる。

 その度に場所を移動していることにあたしは気付いた。

 

 これは転移?

 

 しばらくすると、リュークは何処かに降り立った。

 そのままだと、地面に落ちると思ったのか、あたしを俵のように担いで、その場に着地をする。

 

「お姫様だっことか出来ないの?」

 

 あまりな扱いにあたしが思わず文句を言うと、リュークは面倒くさそうな顔をして突き放すように言う。

 

「俺のお姫様だっこは、大切な俺のヒロインの為に取ってあるの。助けて貰っただけ感謝しろよ」

 

 そう言うとリュークはあたしを地面に放った。

 あたしが痛みに呻いていると周囲の状況が目に入る。

 そこには大きな岩があって、リュークの仲間達が、何やら作業を行っていた。

 

「これからダンジョンに入るっていうのに、その子連れてきちゃったんすか」

「おま……馬鹿!」

 

 筋肉質な金属鎧の男の言葉に、リュークが焦ったように怒る。

 それを聞いて、その男はしまったと口を押さえた。

 

「ダン……ジョン?」

「もしかしてこれって秘密だったすか?」

「ああ~もう。そうだよ……クソ! 先に伝えておけば良かったか」

 

 ダンジョン聞いたことがある。

 土地の魔力を吸収し、成長する空間。

 ダンジョンが出来た土地は作物が育ちにくくなるって……。

 

 ってこれってまさか!?

 

「このダンジョンがノーティスの不作の原因!? あんたその事知ってたの!?」

「はあ。そうだよ。知ってたから、この森に用事があったんだよ」

 

 やってしまったという顔でリュークがそう言う。

 その表情は嘘を言っているようには見えなかった。

 

 と言うことは――。

 

「ここの問題を解決出来れば婚約破棄が出来る!?」

 

 あたしは思わずそう叫んでしまった。

 するとリュークは何故か嬉しそうな顔をして言う。

 

「婚約破棄……? 何故、ノーティスの土地の問題を解決すると婚約破棄が出来ると言う話に繋がるんだ? もしかしてお前、ノーティス家のご令嬢のエルザ様なのか? そう言えばここに来るまでの間に、シーザック家の長男との婚約話が進んでるって耳にした気がするが……」

 

 そう言って疑うような視線で見てくるリューク。

 これはもう騙せないかも知れない。

 あたしはそう考えて名乗りを上げることにした。

 

「そうよ! あたしの名前はエルザ・フォン・ノーティスよ!」

「まさか、ノーティス家のご令嬢だったとは驚きです」

 

 そう答えたのは黒髪の……忌み子のメイドだった。

 

「あんた、忌み子をメイドなんかにしてるの? 趣味悪いわね」

 

 あたしが思わずそう本音を言うと、周囲の全員が一瞬固まった。

 だが、直ぐに何事もなかったかのように話を戻す。

 

「それでエルザ様はこれから如何するおつもりで?」

「そんなの決まってる! このダンジョンを攻略するのよ! 無理矢理決められた婚約話を破棄するために! そこのあんた達も手伝いなさい」

「何で俺達がお前の手伝いをしないといけないんだよ」

 

 あたしの宣言を聞いたリュークが面倒くさそうに言う。

 

「ここはあたしの領地よ! そこで他家の貴族が好き勝手しているなんてこと、おおやけにしていいのかしら?」

「……条件次第なら受けてやってもいい」

 

 少し考えた後、リュークは生意気にもあたしにそう言う。

 

「あんた、自分の立場が分かっているの?」

「それはこっちの台詞だね。そっちこそ自分の立場が分かっているのか、俺は別にこのダンジョンを攻略しなくてもいいが、そっちは攻略出来ないと困るんだろ?」

「それは……」

 

 リュークの反論にあたしは反論を出せずに押し黙る。

 それを隙だとみたのかリュークが続けていった。

 

「だから、俺達は今ここで帰ってもいいんだ。というか面倒事になるくらいだったら、俺はその選択をするね」

「それなら、あたしもお父様にここのことを伝えて――」

「そうするとシーザック家にいるS級冒険者に要請がかかるんじゃないか?」

「……」

 

 シーザック家にS級冒険者が居ることは知っている。

 それが原因でお父様の婚約が流れたのだからノーティス家では常識なのだ。

 確かにお父様にダンジョンのことを伝えたら、シーザック家のS級冒険者の力を借りるかも知れない。

 元から婚約する予定の相手の家だから、大した不利益もなく、ダンジョン攻略という目的を達成出来るだろう。

 だけどそれじゃあ……婚約破棄は達成出来ない。

 

「……分かったわ。その条件を聞く」

「理解して貰えたようで何よりだよ。それにしてもそれほど婚約が嫌なのか」

 

 あたしの答えを聞いたリュークが不思議そうにそう言った。

 あたしはその疑問に答える。

 

「当たり前じゃない! あたしはノーティス公爵家の一人娘として、様々なことを学んできた! ダンスも刺繍も演奏もどれも完璧にこなせるし、それにお母様譲りの美しさはどんな令嬢にだって負けない」

 

 尊い血筋に、それに見合うだけの能力と美しさ。

 あたしにはれっきとした価値がある。

 

「だからこそ、社交界でも誰も彼もがあたしに見惚れ、そして婚約を申し込んできたわ。何奴も此奴も取るに足らない奴だから許可しなかったけど」

 

 あたし以外の者達だって誰もがあたしの価値を認めている。

 だからこそ、あたしが選ぶ側として、自らに釣り合う存在を選べるのだ。

 

「そんなあたしの婚約者が、継承権も持たず、魔法すら使えない、聖女の家の穀潰しだなんて、そんなの認められるわけないじゃない! 明らかにあたしという存在と釣り合っていないわ」

 

 あたしの婚約者になりたいのなら、昔見て憧れた絵物語のように、あたしの婚約者となるために闘技大会で優勝するくらいの思いと力が欲しい。

 そんな相手であればあたしも惚れて心の底から相手を愛せるはずだ。

 

「……なるほどね。理由が聞けて安心したよ」

 

 リュークは何故かいきり立っていた周囲の者を抑えながら、心底安堵したというような表情でそう言った。

 

「ただ、最後に聞かせて欲しい。お前はそうやって釣り合わないと切り捨てた相手がどう思うかを考えたことがあるのかな? そしてその立場に陥ったものは、如何するべきだと思う?」

「……? 何を言っているの? 手に入らないものを勝手に求めた奴の気持ちなんて知らないし、そんな立場になったのならさっさと諦めたらと思うわ」

 

 自分と釣り合わないものを求め続けて足掻くなんて見苦しい。

 そんなに誰かを思うなんて気持ちが理解出来ない。

 

 婚姻とは相手にどれだけ自分の価値を示せるかが全てだ。

 それを提示出来なかった時点で、それを示せなかった其奴の努力不足。

 そんな負け犬の気持ちなんか考える必要はないとあたしは思う。

 

「そうか。ああ、ちなみに条件なんだが、ダンジョンコアを頂きたい」

「ダンジョンコアを? 別にいいわよ」

 

 あんなものを得て如何するつもりなんだろうか。

 あたしがそう考えているとリュークは手を出してきた。

 

「んじゃ、交渉成立ってことで」

「この手はなに?」

「握手だけど」

 

 あたしはその言葉を聞いて硬直してしまった。

 今まであたしに握手を求めてきたやつなんていなかった。

 他の子息や令嬢もあたしを尊いものだとして、こんな気安い態度を取るなんて事は絶対にせず、遠巻きに見ていたからだ。

 

「おい、どうしたんだよ」

 

 そんな風にリュークが急かす。

 あたしはその言葉を受けて、その手を握った。

 

 あたしへの態度が悪いし、ヘラヘラしているクソみたいな奴だけど、握ったその手は、真面目に鍛錬していることが分かる、がっちりとした感触の手だった。

 



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ダンジョン攻略

 

 エルザを仲間に引き入れた俺達はダンジョン攻略に乗り出していた。

 レオナルドを前衛にし、俺が殿を務める形で前に進んでいる。

 

 そうして進んでいく中でこっそりと来幸が俺の元にやってきた。

 

「闇魔法を使って洗脳しましょう」

 

 明らかに怒りを滲ませた来幸のその言葉に俺は苦笑いをする。

 

「やめとけ、向こうから婚約破棄してくれるって言うんだから、余計なことをして変な状況にする必要はないだろ。公爵令嬢ともなれば、精神操作に関する何らかの防御方法を持っていてもおかしくないしな」

「……分かりました」

 

 俺がそう言うと来幸は不満そうにそう言う。

 

「ま、そう怒るな。俺が婚約相手として価値が低いってのは事実なんだしさ」

「ですが! フレイ様はそれ以上に凄いお方です! シーザック家の領地をあれだけ栄えさせたのはフレイ様の手腕じゃないですか!」

 

 俺の言葉に来幸はそう励まそうとしてくる。

 

 確かにそれは俺の努力が実った結果かも知れないが、正直に言えば俺と同じようにゲーム知識を持ち、不良役人をバッサバッサと切る決断が出来る転生者だったら、誰でも同じ成果が出せたと思う。

 

 そう考えると俺が凄いってよりも、ゲーム知識が凄いっていうだけの話なので、俺は来幸のフォローを有り難く思いながらも、その事について褒めなくていいと言う意味を込めて言う。

 

「フォローしなくても大丈夫だよ。エルザに何を言われたって、俺は大して気にもしないからな。結局のところ、関わらないようにする相手なわけだし、そんな奴が言う悪口を一々気にしてもしょうがないだろ?」

 

 このダンジョンを突破して婚約破棄する相手だ。

 相手がどれだけ俺の事を悪く思っていても、婚約破棄をすればこうしてまともに話す必要性もなくなるのだから、そんな相手の言葉に一々怒っても、時間の無駄だと俺は思うのだ。

 

「それはそうかも知れませんが……」

 

 何となく納得がいかなそうな顔をする来幸。

 そんな来幸に対して俺は軽い調子で言った。

 

「ま、取り敢えずここを乗り切ればいいのさ。適当にエルザのことを相手にしながら、さっさと攻略してしまおう」

 

 そんな俺の態度を見て、来幸が何かを思い出すように言う。

 

「フレイ様、先程から気になっていたのですが、一応、あの方は公爵家の令嬢なのですよね? あまり敬った態度を取っていないようですが、それは大丈夫なのでしょうか?」

 

 侯爵家と公爵家では貴族の格的には公爵家が上だ。

 そんな相手に不敬とも言えるような態度を取っている主人を見て、その身の上を来幸が心配してくれていた。

 

「ああ、問題ないよ。ここにいるのはエルザを除けば、全て俺の部下になるし、あんな態度を取っても大丈夫だ」

 

 ここにノーティス家の者が居たのなら、さすがに俺もエルザを敬った態度を取るが、ここにいるのは全て俺の部下であり、そして俺達は偽名を名乗ってエルザに接している。

 この状況なら例えエルザが俺に激怒したとしても、それを受けるのはリュークという存在しない人物だし、仮に俺が受けることになったとしても、ノーティス家ではなくエルザの怒りなら、婚約破棄が出来ると言うことに繋がるだけで損は少ない。

 

「それに今となってはこうしておいた方がいい気がするんだ」

「それは何故ですか?」

 

 俺の言葉に首を傾げる来幸。

 俺はそんな来幸に持論を展開する。  

 

「俺達はこれからダンジョン攻略をするだろ?」

「そうですね」

 

 俺の言葉に来幸が頷く。

 

「そしてダンジョン攻略はエルザルートのイベント攻略のトリガーだ。となればクレアがレオナルドに惚れたように、イベントを俺がアレクの代わりに達成したことによって、エルザが俺に惚れる可能性がある」

「それは……」

「そうなれば婚約破棄の予定がご破算だ。折角ダンジョン攻略までしたって言うのにその苦労が水の泡になりかねない。それは避けなければならないから手を打つ必要がある」

「手を打つですか……?」

 

 意図が分からないという顔をする来幸。

 そんな来幸に俺は自信満々に語る。

 

「イベントの攻略の仕方を変えるんだ! ゲーム時代ではエルザは領主館で待つだけで、アレクが自分達だけで攻略していたが、今はエルザ自身がダンジョンを攻略している! これを利用しない手はない!」

「その……どういうことでしょうか?」

 

 何を言っているのか分からないという顔でそう言う来幸。

 そんな来幸に分からないかと勿体付けて俺は言う。

 

「ダンジョンコアをエルザの手で取らせて、エルザ自身にダンジョンを攻略させるんだ! そうすればゲームの時のような一人の男がノーティス家やエルザの為に命がけでダンジョンを攻略したという状況とは打って変わり、自らの手で勝ち取ったというものになる! それなら、一緒にダンジョンを攻略しただけの男に恋心を抱いたりはしないだろう?」

「ええと……」

「まさにイベントの有効活用……。本来あり得ない攻略対象当人のダンジョン攻略というバグのような状況だからこそ出来る行いだ」

 

 イベントを攻略すればその人物に攻略対象が惚れる。

 なら、その解決策として、そのイベント自体を攻略対象に攻略させれば良い。

 この世界がゲームを元にした現実だからこそ出来る冴えたやり方というわけだ。

 

 そんな風に自画自賛していたところで、来幸から声がかかる。

 

「あの……エルザ様に最後の攻略を任せるにしても、そこまでフレイ様がダンジョン攻略をするなら、フレイ様がダンジョンを攻略したという結果は変わらないのではないでしょうか」

「む、確かにそれもそうだな……」

 

 良い考えだと思ったが抜けがあったようだ。

 確かに最後だけ手柄を手にしても、エルザとしては、自分がダンジョンを攻略したという実感が湧かないかも知れない。

 

「それならダンジョン攻略するまでパーティーメンバーとして、エルザにもビシバシと働いて貰うとするか。そうすればエルザにも、ダンジョンを攻略したっていう実感も湧くんじゃないか」

「いえ、それはそれで――」

 

 何か来幸が言いたげにしていたが、それを言ったらこれ以上変な方向へと悪くなりそうというような顔をして、それを取りやめる。

 

「ま、どちらにしろ試してみるしかないだろ」

 

 俺はそう結論づける。

 攻略対象に自分自身のルートを攻略させるなんて、これまでやったことない初の試みだ。

 上手くいけば儲けもの、ダメだったらそこでまた考えれば良い。

 

「それに別の策も実行するからな」

「別の策ですか」

 

 何処か期待するように言う来幸。

 それに俺は応える。

 

「エルザへの態度のことだよ。先程のエルザとの話で、エルザが自分の価値を強く実感していることが分かった」

 

 あれだけ自分の凄さを自慢げに語っていたのだ。

 あんなことは、本当に自分自身の価値を認めているものにしか出来ない。

 

「そんな中で、エルザの立場を気にしないで、まるで価値がないように、素の態度で気楽に接する奴がいれば、ダンジョン攻略中にエルザの好感度はぐいぐい下がっていくだろう」

「そんなに上手くいくでしょうか?」

 

 何処か不安そうにそう言う来幸。

 俺はそれに軽い調子で答える。

 

「大丈夫大丈夫。俺に考えに間違いはない」

「……」

 

 来幸が胡乱げな様子で見てくるが俺は確信している。

 何せ俺は、エルザ以上に、エルザのことを詳しく知っているのだから。

 

 ――インフィニット・ワンの公式設定資料集。

 好き嫌いから性格、身長やスリーサイズに得意技と言った一般的なキャラクターの設定から、性癖や過去の恥ずかしい出来事、好きなプレイ等のエロゲーらしい、ちょうど一発やりたいときに欲しい情報まで、そのキャラのありとあらゆる事が記載されたそれを俺は読んでいる。

 加えて実際にゲームをプレイして、十五歳から十八歳の頃のエルザの姿をその目にしているのだ。

 

 そのキャラの中核をなす根幹設定。

 そしてそのキャラが未来でどうなるかという姿。

 

 その双方を知っている俺は、現段階で子供のエルザと比べてみても、まさにエルザ以上にエルザを把握していると言っても過言はないだろう。

 それはこの世界を作った神が設定したエルザという存在の情報を、まるごと盗み見たと同じようなことなのだから。

 

 そして大人のエルザは、この子供のエルザと大差ない、自分の価値を信じている人間だった。

 そもそも、そうでなければ大会の景品に、自分の婚約者の地位なんてものを据えて、自領の命運を賭けるなんてことはしないだろう。

 

 このエルザがあのエルザにいずれなるというのだから、その性格を利用した俺の作戦が成功しないというはずがない。

 

 まあ、俺の行動によるバタフライエフェクトの影響が発生し、エルザがゲームでのエルザと変わってしまう可能性もあるが、それも何処まで効果があるのやら。

 

 ここまで生きてきたことで、再度強く認識したことがある。

 それは結局のところ、ここはゲームを元にした世界だということだ。

 

 イベントやクエストというものは、ここが普通の現実世界なら、そんなものはそうそう起こるはずがないと俺は思っている。

 

 だってそれはそうだ。

 

 自分にはどうにもならない圧倒的ピンチだが、助けてくれるヒーローがいたら、あれよあれよと必要なものが全て手に入り、そのヒーローが悪の親玉を倒してハッピーエンドを迎える事が出来る状況。

 

 ――そんなものが当たり前のように起こるなんて狂ってる。

 

 前世がある俺からして見れば、現実的な世界というのは、毎日何も起こらないほど平凡で、誰かが突然救われるという劇的さもなく、ピンチに陥ったら救われないことの方が多い情け容赦ない世界だ。

 そう言った世界こそが現実だと俺は思っているからこそ、ご都合主義が蔓延ったこの世界を、俺は前世のような現実だと思えずに、インフィニット・ワンを元にしたリアルな世界だと、一段階色眼鏡を付けて見ることしか出来ない。

 

 別にこの世界の人間を完全に人でないものとして見ている訳じゃない。

 俺はこの世界の人達もちゃんと今を生きる人々として扱っている。

 

 でも何かが違うのだ。

 

 まるでその世界に居ながら、その世界の映画を見るように、一歩離れた所から俯瞰して、情報で物事を判断している自分に気付く。

 

 現実ではなくリアリティがある世界。

 殆ど現実に近いが、現実ではあり得ない、だからこそリアリティ。

 それが俺に取ってのこの世界の結論だ。

 

 そんな世界だからこそイベントは発生する。

 ディノスの襲撃や、来幸の来訪、黒神教に、その他の無窮団の攻略対象達のイベントまで。

 

 俺の行動でバタフライエフェクトが発生しているはずなのに。

 人が意思を持って行動していればそうそう同じものは発生しないはずなのに。

 

 クレアの時のように、発生時期や状況に多少の誤差はあれど、それでも根本的な部分は変わらずにそのイベントは発生するのだ。

 

 まるでこの世界が現実ではないと、誰かが俺に知らせているようだ。

 俺がゲーム知識を活かして活躍すればするほど、俺はゲームで登場したものを、ゲームの時と同じようにしか見られなくなる。

 

 それは来幸やエルザ――ゲームで登場した人であってもだ。

 

 この世界ではゲーム知識が通用し、イベントやクエストという、普通の現実ではあり得ないようなご都合主義の出来事が起こっていると言うのに、どうして人の存在だけはゲームの影響を受けないと言い切れる?

 

 それは道理が通らないだろう。

 

 世界にゲームの知識が通用するのだと言うのなら、人にだってそれは通用するはずだと考えるのが自然だと俺は思う。

 

 故に彼女達はいずれなる。

 ゲームでの来幸やエルザに、アレクのヒロインである彼女達に。

 

 こんなご都合主義の狂った世界で、神や何かによって、誰かに惚れるために作られ、そしてイベントを実行した誰かに惚れるための――世界が作った誰かの為のヒロインという存在に。

 

 ぎりっと心が痛むのを感じる。

 何処かではそんな風にならないでと思っているのだろうか。

 

 今更ながらに未練がましいなと思う。

 ゲームの事まで持ち出して、あれだけ手ひどく振ったというのに。

 

 でも、俺は決めたのだ。

 

 そんな誰かの為のヒロインではなく、俺自身の手で手に入れる、俺だけのヒロインを見つけ、その相手と互いに裏切ることなく、永遠に愛し愛され続けたいと。

 だからこそ、こんな所で立ち止まるわけにはいかない。

 

「羨ましいな……他の転生者が」

「え?」

 

 俺から零れた言葉を聞き取れなかったのか来幸がそう反応する。

 俺はなんでもないと言って話を切り上げる。

 

 何故彼らはああも気兼ねなく、世界を現実だと認められるのだろうか。

 どうしてゲーム知識などをあれだけ使いこなしているのに、ゲームの頃とは違い、人だけはちゃんとした意思を持った存在で、ゲームキャラとは別物であると言い切ることが出来るのだろうか?

 

 明らかに不自然な状況なのに。

 ゲームの影響が現れているのに。

 

 ――彼らに取っての現実ってなんだ?

 ――彼らに取っての意思を持った人ってなんだ?

 

 俺には理解出来ない。

 

 俺は、この世界が前世のような現実だとは割り切れない。

 俺は、ゲームに登場したキャラをゲームの時とは別人だと割り切れない。

  

 彼らのように、現実という存在を、自分に取って都合が良いものに変えて、考えることが出来ないのだ。 

 

 まあ、それならそれでいい。

 俺もさすがにもう割り切っている。

 

 別に世界を無理に現実として見る必要なんかない。

 ここを現実として見られないならそれはそれでいいじゃないか。

 

 俺がこのリアリティある世界で生きているのは事実なのだ。

 だとしたら、この世界を前世のような世界と扱わなくても、そこで生きていくことに何の問題もないだろう。

 

 そもそも前世の時にこんな現実は嫌だ。

 創作の世界のような非現実的な場所に行きたいと思ったのは俺自身だ。

 これはその思いが実現したというだけのことのはずだ。

 

「……」

 

 こんな世界だからこそ俺の目的は果たせる。

 このような世界だからこそ、俺だけのヒロインがいる可能性がある。

 現実ではいなかった俺を好きになってくれる人がいるかもしれないのだ。

 

 だったら、この世界で精一杯できる事をしていくだけだろう。

 

 インフィニット・ワンのフレイ・フォン・シーザックとして、ゲーム知識を片っ端から活用し、自由にわがままに、やりたい放題をして、この世界を遊び尽くし、そしてその過程で理想のヒロインをゲットする。

 

 ここはまさに俺が人生を謳歌出来る最高の世界のはずだ。

 

「……」

 

 その過程で攻略対象のように、手にできないものや失うものがあっても、それはこの世界を謳歌するための――当然の代償なのだ。

 

 俺はどこか自分に言い聞かせるようにそう考えた。

 




 創作の世界に憧れていて、実際に行ってみたいと思っていたが、実際にゲームの世界へ転生したら、ゲーム知識が通用しまくるせいで、全部が全部作り物のように思えて、何もかも信じられなくなり、そんなことを考えてしまう、現実を知っている自分の異物感と疎外感がやばい。

 時間が経てばそんな思いもなくなって、この世界の一員として馴染んでいけるかなと思っていたけど、むしろこの世界で過ごせば過ごすほど、ゲーム時代との一致や現実との差異を感じて、より前世の頃のような現実だと思えなくなり、この世界をゲームの時と同じようなものとしてしか、見られなくなってしまった。

 もうしょうがないから、ここはこう言う世界なんだよと、いっそのこと割り切って、ゲーム知識を最大限有効活用して、この世界を楽しんでいこう。

 そう思っているのだから、苦しむ事なんてないはずだ。

 というフレイの割り切り回でした。

 ここで割り切ってしまったので、以降はこの世界をゲーム時代と同一視してしまうことについて、内心どう思っていても、フレイは悩みません。


 もうだいぶ一般的になっているので、慣れてしまってあまり違和感がなくなってしまった人も多いと思いますが、異世界物を読んでいるときに、ステータスオープンと行って、ステータスウィンドウが出てくるのを見ると思わず、そんな現実世界あるかよ、ゲームじゃないんだからさ、という風に思う人もいると思います。
 そんな感じのことを、ゲーム知識が通用することで、フレイは現地にいながらも、自分が今いる世界に対して感じている形ですね。
 加えて、元となったゲーム自体を知っているので、更にその思いが強くなっている感じです。


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手に入れた成果

 

「ふ……リューク様! 敵がきたっすよ!」

 

 考え事をしながら、しばらく歩いていると最初の敵と接敵した。

 ゴブリンが数体のその辺の森でも現れそうな相手だ。

 

「よし、レオナルドはそのまま敵を引きつけろ。クレアは後衛に近づこうとする敵をたたけ、来幸は弓で、ケイオスとエルザは魔法で攻撃だ」

「はあ!? ちょっとなんであたしも戦うことになってるの!?」

「無駄飯ぐらいは許さない。戦えるならお前も戦え」

 

 俺はそう言うと剣を抜いて前線に出る。

 そしてレオナルドが引きつけていない方のゴブリンに向かった。

 

 空蝉の羅針盤を使って相手の死角に転移すれば瞬殺だろうけど、それじゃあレオナルドの訓練にならないからな。

 その為に、今回はなるべく転移なしで敵と戦う。

 

「っし!」

 

 俺の剣がゴブリンの頭部を切り落とした。

 そしてそこでレオナルドに言う。

 

「スイッチ」

「っす!」

 

 レオナルドが自分に集うゴブリンを弾くと、一歩下がって別のゴブリンを盾を使って防ぐように動く、そして弾かれたゴブリンには横から俺が斬り掛かった。

 

「二匹目と、三匹目と四匹目か」

 

 飛んできた魔法が俺の近くにいた魔物を穿った。

 レオナルドが避けて射線が空いたのを見て、即座に判断を行い、ケイオスとエルザが魔法で攻撃を行ったのだ。

 

「やるじゃん」

 

 俺はエルザに向かって思わずそう言う。

 エルザは自分が褒められたと理解したのか、胸を張って言った。

 

「あ、当たり前でしょ! あたしに出来ないことはないわ!」

「熊相手に負けそうになってちびってたのに?」

「ちびってない!」

 

 そう、エルザは顔を赤くして言う。

 それを見て俺は思う。

 

 取り敢えずこれで気は紛らわせたかな?

 

 貴族は学園に入れば必ず実戦経験を積むけど、この段階だとエルザが何処まで魔物と戦ったことがあるか分からんからな。

 ゴブリンとは言え、命を奪ったのは初めてかも知れないし、こうやって茶化して流してあげた方が良いだろう。

 

 そんな風に考えるとレオナルドが最後のゴブリンを叩き潰した。

 

「これで終わりっす」

「了解、怪我はないか?」

「はいっす」

「じゃ、魔石を回収して次に行こう」

 

 そう言って魔石を拾おうとしたところで、後ろからエルザが俺の元へ怒りながら向かってきた。

 

「あんた。さっきから、あたしへのその気安い態度はなんなの?」

「俺はお前のダンジョン攻略の目的に協力することにしたが、お前の配下になったつもりはない。あくまで協力関係――俺とお前は対等な仲間だ。だから、俺がお前に気を使う必要はまるでない!」

「はぁ~! 何よそれ! あたしとあんたが対等だっていうの!? んなわけないでしょ! あたしは公爵令嬢よ!」

「そんなのダンジョンでは関係ないだろう。それに、お前がどう思っていようと、俺がそう思っているなら、それが全てだ」

 

 そう言って俺は足下にある魔石を拾い、エルザに投げ渡す。

 

「ちょっと何するのよ」

「報酬の分配だよ。お前が倒した魔石だ、お前が持って行け」

「あたしの――魔石?」

 

 渡された魔石を思わず見るエルザ。

 俺はそのまま他の仲間に言う。

 

「じゃあ、お前ら先に進むぞ」

「ちょっと、あたしはこんなんじゃ誤魔化されない――」

 

 尚もエルザが何か喚いているが、俺は適当に受け流しながら先に進んだ。

 

☆☆☆

 

「はあはあ……最深部はまだなの?」

 

 疲れ果てた様子でエルザがそう口にする。

 他のメンバーも疲労感が色濃く出ていた。

 

「さすがに敵が多いな……俺達しかいないからか」

 

 まだゲームの時ほど成長はしていないが、その代わりゲーム時代と違って攻略しているのが自分達だけなので、それなりに敵と遭遇していた。

 

「戻る時の余力も考えないといけません。そろそろ引き上げるべきかと」

 

 来幸が空蝉の羅針盤を使わない前提での提案をしてくる。

 俺はそれに答える。

 

「いや、行き来はアレを使う。ここの攻略にそう時間を掛けるわけにもいかない」

「そうですか、わかりました」

「まあ、使うにしても、そろそろ帰還した方がよさそうではあるな」

 

 次の部屋を確認したら帰るかと仲間にいい、そしてそれに仲間が了承したところで、俺達はその部屋に入った。

 その部屋には敵は居なかったが、代わりにこれまでの部屋で見つからなかった、あるものがそこに存在していた。

 

「はあはあ……た、か、ら、ば、こ!」

 

 息を荒くし、興奮した様子でクレアはそう言うと、あっという間に宝箱に近づいて罠がないかを弄って確認し始めた。

 

 その明らかにあれな態度に俺の顔が引き攣る。

 おいおい、まさかエロCG展開が来ちゃうのか!?

 

 ここにはクレアの恋人でもあるレオナルドもいるし、貴族のご令嬢であるエルザもいるので、めったなことはしないで欲しいと思った俺は、直ぐさま転移で近づくと、「罠はない」と言って宝箱に迫ろうとしていたクレアを止めた。

 

「あ~。罠がないなら、エルザに開けさせてやろう」

「え~何でですか! アタイが開けたい! もう我慢出来ないんだ」

「お前がそんなんだから開けさせられないんだろ」

 

 初の宝箱との遭遇だからかクレアの興奮度がやばい。

 宝箱を開けた瞬間に絶頂してしまうとかやりそうでマジ怖い。

 

 だから、俺は穏当に開けてくれそうなメンバーであるエルザに振ったのだ。

 変に俺の臣下に開けさせると後で禍根が残りかねないし。

 

「あ、あたしが……?」

「ああ、兎に角開けてくれ、此奴に開けさせるのは不味そうって、何となく見れば理解してくれるだろう?」

「だがらばご~!!」

 

 ゾンビのようになったクレアを抑えながら俺は言う。

 この姿はレオナルド的にオーケーなのかと思ってみると、レオナルドは「本当に宝箱が好きなんっすね」と頭のネジが外れているのか、それとも恋は盲目と言うべきなのか、何故かほのぼのとしていた。

 

 俺の言葉を受けたエルザは宝箱に近づくと、それを開ける。

 クレアの叫びとともに中から出てきたのはイヤリングだった。

 

「安物のイヤリングね」

「まあ、ダンジョンの一層だからな」

 

 それを見たエルザが思わず言った言葉に俺が応える。

 

「だけど、俺達のダンジョン攻略の成果でもある」

「私達のダンジョン攻略の成果……」

「記念に貰っていけよ。いらなかったら後で捨てればいいんだし」

「ふん! そこまで言うのなら、あたしが貰っていくわ!」

 

 そう言ってエルザは懐に大事そうにイヤリングをしまった。

 そして、クレアが怨嗟の籠もった目で俺を見る。

 

「酷いですよ。ふ……リューク様ぁああ!」

 

 明らかに俺に対する好感度が大幅に下がっている。

 

 だけどゴメンな。

 お前の好感度はいらないんだわ。

 

 そんな感じなのでフォローする必要はないのだが、これからのダンジョン攻略も踏まえて、俺は穏当に済ませるために頭を使う。

 

「悪かった。これ以降の宝箱は全部お前にやるからそれでチャラにしてくれ」

「約束ですよ~! 言質は取りましたからね!」

「はいはい。今日はここまでだ。全員帰るぞ! 俺に掴まれ!」

 

 俺のその言葉にエルザ以外の全員が俺を触った。

 

「帰るって」

「こうするんだよ!」

 

 そう言うと俺はエルザの腕を握る。

 そして俺達は転移した。

 



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猛攻

今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。


 

「え? ここってウクト!?」

 

 転移した直後に周囲の光景を見たエルザがそう言う。

 そして直ぐに気付いて俺を見た。

 

「あんた、転移魔法が使えるのね!」

「まあな、とっておきってやつだ」

 

 俺は簡潔にそう言うとその場に全員居ることを確認する。

 

「それじゃあ、ここで解散だ。お嬢様も早く家に帰った方がいいんじゃないか?」

 

 俺の言葉で既に夜になっていることに気付いたエルザは顔を青くした。

 

「は、早く帰らないと……!」

「それじゃな」

 

 そう言って俺は転移で自領に帰ろうとするが……。

 

「あんた達、何処に泊まるの!?」

「は? 何でそんなこと……」

「明日、ダンジョンに潜るときに場所が分からないと合いにいけないでしょ!」

 

 そう至極真っ当なことを返されて思わず答えに困る。

 そんな、俺に対して来幸が話しかけてきた。

 

「このまま自領に帰るとジーク様に捕まるかもしれません。ここはダンジョンを攻略し、婚約破棄をするまではこの街に泊まった方がいいのではないでしょうか?」

「……そうだな。一応そうしておくか」

 

 別に泊まる所なんてそれこそ転移を使えば自由に出来るし、エルザとの合流も別の場所で待ち合わせをすればいいだけだが、携帯電話などもなく時間にルーズな部分があるなんちゃって中世の状態だと、ここで宿を取ってそこを目印にエルザに合流して貰った方が良さそうだった。

 

「この街で一番質のいい宿屋は何処だ?」

「それならあそこの夕焼け亭だけど」

「じゃあ、そこに泊まるから、明日はそこに来てくれ」

「わかったわ!」

 

 エルザはそれだけを言うと走るように去って行く。

 俺達は夕焼け亭へと入り、店主に空き部屋を聞いた。

 

「二人と三人が止まれる部屋はあるか?」

「うちは二人部屋しかないよ」

「じゃあ、三部屋分空いているか?」

「ちょうど二階の三部屋が空いているね」

「じゃあ、それで頼む」

「はいよ。毎度あり、これが部屋の鍵だ。風呂は男女別で一階にあるから、好きな時間に入っておくれ、貴重品の面倒は見ないから、自分で守りなさいよ」

「分かった」

 

 俺は店主とのやり取りを終わらせて鍵を受け取った。

 そして部屋分担について仲間と話し合う。

 

「じゃあ、俺が……」

「じ、自分が一人部屋でもいいですか? カミィ……」

 

 分けようとしたところでケイトスがそう言う。

 

「ん? どうしてだ?」

「今日、迷宮で調査したことを整理したいし、じ、自分は他の人が側にいると眠れないたちなので、一人で寝たいです」

「ああ、分かった。じゃあ、これを受け取ってくれ」

 

 他人が側にいると眠れないというのは、現代日本人としては、結構分かるような悩みだったので、俺は迷わずケイトスに鍵を一つ渡した。

 

 これで鍵は二つ。

 男子と女子で分ければ丁度いい感じになるだろう。

 そう思ってクレアに渡すと――。

 

「じゃあ、アタイとレオナルドで一つだね」

「っすね」

「――は?」

「それじゃあ、また明日です! フレイ様」

 

 鍵を受け取ったクレアはそれだけ言うと、呆然とする俺が再び言葉を掛けようとするよりも早く、自分達の部屋にレオナルドとともに入っていてしまった。

 

「え、ええ……」

「では、私達も行きましょうか」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 何てことないように部屋に入ろうとした来幸を止める。

 

「いやいやいや! 何あっさりと入ろうとしているの!? 男女が同じ部屋で寝るのはさすがに不味いだろう!?」

 

 俺が当たり前な倫理感でそう言うと、来幸は不思議そうに首を傾げた。

 

「フレイ様にとって、攻略対象の私は好意を持つ対象ではないのですよね? でしたら何の問題もないのではありませんか?」

「そ、それは……」

 

 そうだ。俺に取って攻略対象は好意を持つ異性ではない。

 だから、俺と同じ部屋だったとしても安全だというのは、確かに来幸の言う通りではあるのだが、それを理由に同室を許可されるとはさすがに考えていなかった。

 

「それとも……」

 

 そう言って来幸はぐいっと近づき、上目遣いで俺を見る。

 

「もしかしたら、私を恋愛対象にして、襲ってしまうかも知れない……そう思っているのですか?」

「そ、そんなわけはない!」

 

 来幸のその一言を俺は精一杯否定した。

 

「ならばいいですよね。他に部屋も無いようですし、早く行きましょう」

「……わかったよ」

 

 論破された俺は渋々部屋に入った。

 そしてそこで見た光景に思わず呻く。

 

「だ、ダブルベッドだと……?」

 

 部屋にベットは一つしかなく。

 明らかに二人で寝る用の代物だった。

 

「どうしました? フレイ様?」

「いや、ダブルベッド……」

「些細なことです」

 

 いや、些細なことで片付けないで!?

 俺はそう思うが、来幸は気にせずに風呂に行く準備を始めた。

 

「あ~! もう! 俺も風呂に行く!」

 

 このままではやってられない。

 俺も急いで準備をすると風呂へと向かった。

 

☆☆☆

 

 風呂がなんでこんな一般の宿屋にあるかというと、この世界がなんちゃって中世のエロゲー世界だからだ。

 インフィニット・ワンの幾つかのキャラのエロシーンでは、所謂お風呂を使ったお風呂プレイもあったため、無駄に風呂の設備が整った世界になっている。

 

 エッチシーンのバラエティを出すために必要だったんだろうな~。

 そんなことを考えながら、俺は風呂を出た。

 

 正直言って、この衛生環境やエロ方面で歪に進化している世界を、この世界の人間はどう思っているのだろうと思うが、気にしても仕方ないと思い直す。

 

 部屋に戻ると既に来幸はいた。

 女性のお風呂は長いというが意外と早かったらしい。

 と言うよりも戻りたくなくて俺が長湯したせいかもしれないが。

 

 そう言えば風呂で冷静になって気付いたが、俺だけ転移でどっか別の宿を取れば良かったんだよな……。

 

 途中でそんな風に思い直したが、それをすると来幸を恋愛対象だと意識した事になってしまうと思い、今更言い出せない状況に合った。

 

 俺はもう何かを考えるより、さっさと寝てしまおうと布団に入る。

 それを見て来幸もダブルベッド近くに来て、布団に入るかと見せかけて、来ている服を脱ぎ始めた。

 

「っは!? 何やってるんだよ!?」

「私は、寝るときは何も付けない派なんです」

「いや、何も付けない派なんですとか言われても困るんだが!?」

 

 そう言ってる間に来幸はあっとまに下着だけの姿になった。

 まだ成長途中だからか、立派なブラではなく、スポーツブラのような胸全体を覆うものを付けているが、大人になりかけの体は、そのブラでは抑えきれておらず、平面のブラが胸の形に押し上げられている姿は、背徳的なエロさがあった。

 

 そしてそんな来幸が自らのブラを外すために手を掛ける。

 

「まった! さすがにそれは許さないぞ! 全裸の女と隣で寝ていた何て噂されたら、俺のヒロインに誤解されるかもしれないだろうが!」

 

 俺のその言葉に来幸はブラを外すための手を止める。

 そしてにこやかに笑った。

 

「さすがに冗談です」

「そ、そうか……」

 

 そう言うと来幸は俺に近づいてくる。

 

「人と全裸で寝るのは、恋人になってからですよ」

 

 俺の耳元でそう小さく言うと、来幸はそのまま布団に入る。

 

「おま……なんでそのまま寝るんだよ!?」

「全裸ではありませんから」

「いや、だからそう言う――」

「私のことを攻略対象として見てるなら別に問題ありませんよね?」

 

 決め台詞のように来幸がそう言う。

 俺は思わず言った。

 

「そう言えば何でも意見を通せると思ってないか!?」

「さて、どうでしょうか?」

 

 何処か、俺への当てつけのようにそう言う来幸。

 そして俺に対して追加で言う。

 

「そもそも、私の全裸なんて、初めてあったあの日と、ゲーム内で散々見慣れているのではないですか? 今更見たところで何にもならないでしょう」

「それはそうかも知れないが……」

「だからこそ、ここで私と寝た方が良いのです」

「どういう理由で!?」

 

 俺が思わずそう反論すると来幸はクスリと笑った。

 

「ここで私に手を出さなければ、フレイ様だけのヒロインを見つけるまで、他の女に手を出さないという証明になるでしょう? フレイ様、恋愛経験がないから誑かされるんじゃ無いかと心配していたじゃありませんか」

 

 そして何処か妖艶に来幸は言う。

 

「だから私で練習をしましょう? 攻略対象であり、協力者でもあり、そして全裸を見慣れている私だからこそ、こう言った誘惑に関して耐えるための訓練を行える事が出来るのです。これは協力者としての私の献身です」

 

 なんていう暴論だ。

 俺は内心そう思った。

 

 だが、同時にこの程度のことを乗り越えられなければ、いつか合う俺だけのヒロインに対して、お前だけを愛していると言い切れないと実感していた。

 だからこそ、乗せられている気もするが、来幸の話に乗る。

 

「いいだろう。その話乗ってやる!」

「では、寝ましょうか」

 

 俺はそう言ってベットに潜り込んだ。

 隣では下着姿の来幸が寝ている。

 

 だが。この程度では俺の未来のヒロインへの愛は覆らない。

 

 ともかく早く寝ようと思っていると、宿の壁が薄いせいか、隣の部屋――クレアとレオナルドの部屋から何やら声と音がし始めた。

 

「……あ……ん」

「なんだ……?」

 

 俺が疑問に思って耳を澄ませると徐々にその声は大きくなっていった。

 

「あん! レオナルド! もっと右に!」

「わかってるっすよ! クレアここが好きっすからね!」

「あああ~! いい! レオナルド! レオナルド!」

 

 何かがぶつかる音と共に、レオナルド達の声が大きくなる。

 

 一瞬、何が起こっているのか理解出来なかった俺は、やがてその二人がどういう状況にあるのか理解し、思わず驚愕する。

 

 あ、彼奴らまだ十四歳だろ!? 中学生くらいの年齢じゃないか!?

 なのになんでこんな所でおっぱじめてやがるんだ!?

 

 姉さんヒロインであったクレアはアレクの四歳上で、現在十四歳であり、銀光騎士団の纏め役でもあるレオナルドも俺より年上の十四歳となっている。

 そのため、十歳の俺のより年上とは言え、それでも現代日本ならまた中学生くらいの年齢だ。

 そんな者達がエッチな行為に耽っているのを聞いて俺は衝撃を受けていた。

 

 いや、そもそも現代日本でも中学生くらいになれば、手の早い奴らはそう言った行為をやり始めるものだっけか? それじゃこれはおかしくない?

 と言うか、中世レベルの世界に現代日本を当て始めるのが間違いなのか? 結婚のための年齢制限なんてものはないし、若い内から産んで増やせが当たりまえの世の中なら、こうやって若くてもやりまくっているもの……?

 

 そう言う行為は少なくとも高校性くらいの年齢になってから、恋愛経験が少なく、そう思っていた俺は、混乱から思わずそんなことをぐるぐる考える。

 

「ああ、レオナルド! もうダメ!」

「自分もっす! クレア!」

 

 そうこう考えている内に二人はフィニッシュに突入したようだ。

 更に艶やかになっていく声に、俺が耐えられないと横を向こうとすると、俺の腕に何かが絡みつくような感触があった。

 

「こ、来幸!?」

 

 気付けば俺の右腕を抱き枕のようにして来幸が寝てしまっていた。

 がっちりと絡められた腕は動かすことが出来ず、風呂上がりのせいか興奮したように赤く火照った来幸の体は熱を持っていた。

 

 俺が何とか腕を解放しようとしている間に、隣で行われていた狂騒は終わりを告げたのか、レオナルド達の声が聞こえなくなる。

 

「お、終わったのか……」

 

 これでようやくゆっくり寝られる……。

 俺がそう思った矢先――。

 

「クレア! まだ満足出来ないっす!」

「ええ! 朝までやりましょう!」

 

 そんな言葉聞こえ、俺は思わず思った。

 

 此奴ら朝までやるつもりかよ!?

 

 そして再び始まる二人の艶声。

 

 その二人の声がうるさかったのか、俺の腕で抱き枕にした来幸が音に合わせて身動きをし、それによって来幸の体の一部が俺の腕や手に擦るようにあたり、それによって来幸が艶やかなで悩ましげな呻き声を上げる。

 

「んっ…、あっ」

 

 その声を聞いていると、さすがに俺も興奮を隠せなくなり、俺に抱きつく来幸の感触と、その体に目が行きそうになってしまう。

 

 まずい……このままではまずい!

 

 恋愛をこじらせている俺だって体は健全な男性だ。

 このままでは性欲に抗えなくなってしまうのではないかと、俺は俺自身にこれまでにないほどの危機感を抱いた。

 

 将来の俺だけのヒロインの為に、こんな所で他の女性相手に、行為に及ぶという不誠実な真似をするわけにはいかない。

 だからこそ、俺は何としてもこの状況を乗り越える必要があった。

 

「そうだ! 俺にはあれがあった! 俺の強い味方が!」

 

 俺はその存在に気付くと自分に向けて魔法を放つ。

 

「スリプル!」

 

 かつて来幸を浚う際にも使用された対象を眠らせる闇魔法。

 これを使えば、ちょっとやそっとの事では目覚めなくなるのだ。

 

 これで周囲の状況に惑わされず安心して眠れる。

 そう思った俺は、朧気な意識の中で、目をばっちりと開き、「あと少しでしたね」と、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、こちらを見て呟いた来幸の姿を見たような気がした。

 



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暗躍

 

「う……朝か……」

 

 とんでもない目にあった日から次の日。

 俺はスリプルの効果が抜けたことで目を覚ました。

 

「来幸はまだ寝ているか」

 

 隣では寝る前の時と同じように、俺の腕に抱きついて眠る来幸の姿があった。

 俺が、布団をひっぺりがして、来幸を起こそうと、来幸に触れた所で、唐突に俺達の部屋の扉が開いた。

 

「へ?」

「え?」

 

 俺は空いた扉の先にいた人物――エルザ見て思わずそんな間抜けな声を出した。

 そして今の状況に気付く、エルザの前ではベットにいる俺達、そして俺は服を着ているが、来幸は下着姿でそれに俺は触れている。

 

 同じく状況に気付いたエルザは顔を真っ赤にした。

 

「ちょ! まて! これは――」

「きゃああああ! 変態! 不埒者!」

 

 俺はすぐに間違いだと状況を説明しようとするが、それよりもエルザの行動の方が速かった。

 エルザの投げた鞄が俺の頭部を直撃し、俺は早々に気絶という名の二度目の睡眠を行う事になったのだ。

 

☆☆☆

 

「男の人はそういうのが好きっていのは知っているけど、貴族ならしっかりと節度保つべきだと思うの!」

 

 プリプリと怒りながらそういうのはエルザだ。

 俺が気絶している間に来幸がある程度説明してくれたらしいが、それでも完全に誤解が解けておらず、共に朝食を取りながらそんな風に怒ってくる。

 

「わかってるよ……俺だって不本意だっていうの」

 

 これがエルザだったから良かったが、俺だけのヒロインが同じ状況を見ていたら、完全に終わってしまっていたところだ。

 だからこそ、俺は注意も兼ねて来幸に言う。

 

「来幸も今後はこんなことがないようにしろよ」

 

 そう言うと来幸は俺だけにしか聞こえない小声で言う。

 

「分かっています。今後は誰かに見られることがないように、誰もこない所で二人っきりで練習することにしましょう」

 

 そんな風に悪びれもせずに言う来幸を見て、俺はため息を一つ付くと、諦めてもう一つの問題の原因であるクレア達に目を向けた。

 

「お前達も、今日もダンジョンだって知っているのに、なんであんなに派手におっぱじめてるんだよ。こっちの部屋まで声が筒抜けだったぞ?」

「き、聞かれてたなんて恥ずかしいな……。でも、なんか抑えられなかったんだよね。昨日のダンジョンの後半からさ、こう、異様にムラムラしてきちゃって」

「俺もそうっす! 危険な場所に居たから生存本能でも働いたんすかね。もうエロいことが、したくてしたくてたまらなかったんす!」

 

 二人はそう恥ずかしそう頬を染めて言った。

 俺はどうしようもない奴らだ……と思わず頭を抱えた。

 

「……ダンジョン攻略に支障が出ないようにほどほどにしてくれよ」

「っす!」

「はい」

 

 俺の言葉に軽く返事をする二人。

 それを見て本当に分かっているのかという気持ちになったが、恋人同士による性的な欲求を厳しく糾弾しても仕方ないと諦める。

 

 そこで、ふと会話に入っていないケイトスに目を向けると、ケイトスは何故か恐れるように来幸の方に視線を向けていた。

 

「どうしたケイトス?」

「カミィ……女って怖いですねぇ……」

 

 俺の問いかけに来幸を見ながらそう言うケイトス。

 俺がどういう意味だと問いただそうとしたその時、俺よりも速く来幸がケイトスに対して言った。

 

「ケイトス様、私がどうかしましたか?」

「っひ!? いや、何でもないですぅ……」

 

 それだけでケイトスは完全に黙り込んでしまった。

 

「ケイトス? 何かあるなら言って貰っていいんだぞ?」

「いや、本当になにもありませんのでぇ! 自分の気のせいでしたぁ!」

 

 ケイトスが強くそういうので俺としてはそれ以上詳しく聞けない。

 結局、どことなく変な雰囲気のまま、俺達はダンジョンに向かった。

 



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エロゲスライム

今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。


 

 そんなこんなでダンジョン内に入った俺達。

 昨日と打って変わって先頭を歩くのはエルザだった。

 

「おい! 後衛職なんだから、後ろにいろよ」

「変態なんかの命令は聞かないわ」

 

 俺が後ろに来るように命令しても、何を怒っているのか、エルザはそう言い返し、言うことを聞かずに前を歩き続ける。

 

 正直、俺としては何故エルザが怒っているのか理解出来なかった。

 仮に俺と来幸がそういう関係だったとしても、エルザには何の関係もない話なのに、なぜああも怒りを露わに出来るのか。

 

 それほど令嬢に取ってエロ関係はNGなのか?

 

 そんなことを考えながら歩き続ける。

 周囲には魔物の気配はないため、一応エルザが前に出ていても、特に問題は無い状況が続いていた。

 

 そんな中でクレアが唐突に何かに気付いた。

 

「あ、まずっ……! 足下にトラップ!」

「え?」

 

 クレアのそんな言葉にエルザは振り返るが、その時に床ががこんとへこみ、何かの装置が起動した音が発生する。

 

「と、トラップって……! きゃあああああ!」

「す、スライムだと!?」

 

 俺達の目の前で天井からスライムが落ちてきて、それはエルザに纏わり付き、触手で彼女のことを持ち上げた。

 

「な、なにこれ!? ヌメヌメして、きゃ! やめて!」

 

 エルザに纏わり付いたスライムは触手でエルザをなで回し始めた。

 俺はそれを見て理解する。

 

 クソ! エロトラップだ!

 

 エルザルートで数々の攻略対象やメインキャラを餌食にしてきたエロトラップ。

 最もポピュラーなそれである触手スライムが現れたのだ。

 

「あん! ちょ、ちょっと……」

 

 エルザに取り憑いたスライムはエルザを嬲る。

 触手が上着の中に入り、胸を撫でられたエルザは、普段の勝ち気な態度からは見られないような艶声を上げた。

 

「……ん! あん! ダメ! 止めて!」

 

 自分がされていることがどんなことなのか理解したエルザは、青い顔になりながらそう制止の言葉を口にするが、そんなことではエロゲスライム君は止まらない。

 やがて、エロゲスライム君の触手は、太ももから、その奥、スカートの中へと向かおうとしていた。

 

 それに気付いたエルザは叫ぶ。

 

「ダメ~! そこだけはやめて~! っ!? もごもごっ!」

 

 己の純血を守るために叫んだエルザだったが、エロゲスライム君の触手がその口の中へと入り、叫び声を上げるのを封じる。

 そして、それを見て俺も本気で焦っていた。

 

 やばいやばい! マジで洒落にならない!

 

 貴族のご令嬢であるエルザの純血を、俺がリーダーをしているダンジョン攻略中にスライムによって失われましたなんて大失態だ。

 下手をすれば責任を取って、エルザと結婚しろと言われかねない。

 俺からして見れば、何としてもエルザの身を守らなければいけなかった。

 

「っち!」

 

 俺は転移でエルザに近づき、そしてエルザを引っ張るように使む、そして再度転移を行ってスライムから逃げようとするが……。

 

「クソ! やっぱり付いてくるか!」

 

 俺の転移と同時にエルザに引っ付いたスライムも転移した。

 俺の転移は、俺の触れている対象を同時に転移させてしまう。

 

 これが床や地面などの固定されているものなら別だが、一緒に転移した人物の服も同時に転移されるように、エルザに体に纏わり付くように、付着したスライムも転移対象となってしまっていたのだ。

 

 俺は急いでエルザの太ももに取り憑いていたスライムを切る。

 だが、そこから先のスライムの触手は動かなくなったものの、直ぐさま元の触手の方から新たな触手が伸びてきた。

 

 相性が……悪すぎる!

 

 魔法が使えればこんなスライム焼き払えるのかも知れないが、あいにく俺はまともな攻撃魔法を使えない。

 どうしたものかと思っていると、焦ったようにクレアが叫んだ。

 

「そこにもトラップが!」

「なに!?」

 

 俺が驚いたその時、スライムの体がそのトラップを踏んでしまう。

 それによって、足下に大きな穴が空いた。

 

 敵が踏んだトラップに巻き込まれるとかクソゲーかよ!

 

 俺は思わずそう思いながらも逃げるために視線を上へと向けるが――。

 

「な!?」

 

 それを塞ぐように触手が目の前に現れた。

 俺の転移は場所を視認出来ないと移動出来ない!

 エルザのようにスライムに取り込まれながらも俺は叫んだ。

 

「最初のポイントに戻ってろ!」

「フレイ様ー!!」

 

 仲間達の俺を呼ぶ叫び声を聞きながら、俺達は深い闇へと落下していった。

 

 

☆☆☆

 

「ぐ……生きているか……」

 

 地面へと落下した俺は痛みに呻きながらもそう口にした。

 かなり高い位置から落とされたが、スライムがクッションとなったおかげで、俺達は無事だったようだった。

 

「此奴はさすがに死んでるか」

 

 その代わり、地面に叩きつけられたスライムは魔石へと変わっていた。

 俺は強敵が死んだことを理解し、ほっとしてその場に座り込む。

 

「あれ……? ここは……?」

 

 するとエルザが意識を取り戻したのかそんな言葉を口にする。

 

「あの後、別のトラップが発生したらしい。それで俺達はあそこから落ちてきたみたいだ。幸い、あのスライムは落下の衝撃で死んだようだからもういないぞ」

 

 俺がそう言うとほっとした表情をするエルザ。

 そして自分のスカートの中を確認し、安堵したように一言呟く。

 

「よかったパンツの中まで入られてない……」

 

 俺は何と答えたらいいか分からないその言葉を無視してエルザに近づいた。

 

「あ……、なにをするの?」

 

 何故か顔を体を火照らせたエルザがそう言うので、俺はエルザの腕を握ってその目的を伝えた。

 

「上に戻るための転移をするんだよ……と言うわけで転移! ……あれ?」

 

 だが、魔道具を起動させたのに転移が発動しない。

 それどころか、マナもオドも引き出せない感覚があった。

 

「な、なぜ……そうかエロゲスライムの能力封じか!?」

「エロゲ……?」

 

 エルザは聞き慣れない言葉に首を傾げているが、俺としてはそんなことを気にする余裕はない。

 現在がどれだけ危機的状況にあるかを理解したからだ。

 

 スライムという存在は、登場する媒体によって強さが変わる。

 ゲームなどだと雑魚敵の一角だが、TRPGやダンジョンものだと、相手に絡みついて溶かすなどエグい技を使う強敵となる。

 そんな中でエロゲでのスライムとは最強の存在を意味する。

 

 古今東西、様々な凌辱ゲームでスライムは、圧倒的な力を持った主人公達を捕らえて、散々触手で嬲り辱める強さを持つ。

 それはこのインフィニット・ワンでも変わらず、どれだけの強者である攻略対象であっても、このエロトラップにかかってしまえば、凌辱の対象となり、情けなくも喘がされてしまうというのが、このダンジョン攻略で他のキャラ達を連れてこられることの魅力の一つでもあったのだ。

 

 実際にそんな状況になれば魔法なり身体強化なりで無理矢理スライムを引き剥がせると思うだろう。

 だからこそ、エロゲスライムにはそんな強者達の力を封じ、自らの触手の中に取り込ませ続けるための能力封じの力があるのだ。

 

 それによって俺の魔力が封じられてしまった。

 恐らくは暫くの間は転移どころか身体強化も使えない。

 

「クソ! 厄介だな……どうするか」

 

 俺がそうやって考えているとエルザが俺の服を引っ張った。

 

「ん? どうしたエルザ?」

 

 俺がそう言って振り向くとエルザは体を火照らせて言う。

 

「何か体が熱いの……それにお腹の下がじゅくじゅくするの」

「――は?」

 

 俺は思わず唖然として、そんな声を返してしまった。

 そうしている間にエルザは、何処か呆けたような表情で、俺の足を自分の足で挟み込み、そして股を擦り付けるように動かし始めた。

 

「お、お前――」

「ん……! こうすると気持ちいい……」

 

 間違いない!

 此奴、エロゲスライムの媚薬効果を完全に喰らっている!

 

 エロゲ世界で最強の存在であるエロゲスライム君は、能力封じでどんな相手でも捕らえられるだけでもなく、捕らえた相手が、どんな堅物な存在であろうとも落とす為に、その相手を興奮させる媚薬成分まで発揮することが出来るのだ。

 

 俺がその状態に陥っていないことから考えて、恐らくスライムの触手が口に入ったことが原因なのだろう。

 エルザは完全に媚薬の影響で興奮状態に陥っていた。

 

 クソ! ただでさえ、快楽に対する防御力がゼロなのに!

 

 エルザはアレクのエルザルートで簡単にエロ落ちマゾ化するやつだ。

 媚薬なんて喰らったらそれはイチコロだろう。

 

「あっ、んっ……。はぁはぁ……」

 

 俺の足を勝手に使ってどんどん息が荒くなるエルザ。

 さすがにこれは不味いと俺は無理矢理足を引き剥がした。

 

「あ、待って……」

 

 エルザが追ってこようとするが俺はそれから逃げる。

 

「俺の足を勝手に使わないでください」

「でも、体が熱いの……! 気持ちよくなるとそれが消える気がするの……!」

 

 なんとも言えないこの状況。

 どうやら、エロゲスライムの媚薬にやられたら、一度発散しない限り、エロい気持ちが収まらないようになるらしい。

 

 何て極悪な能力なんだ……! 俺は飲まないで良かった……!

 

 エロゲにおけるスライムの最強さに思わず戦きながら俺はそう考える。

 そして事態を解決するための方法をエルザに言った。

 

「……別に俺の足を使わなくても自分の手でその場所を弄ればその……き、気持ちいい状態は続けられますよ。俺はあっちに行ってるんで気にせずやってください」

「自分の手で……?」

 

 俺の言葉を聞いたエルザは恥じらいもなくスカートを引っぺがした。

 そのせいで完全にパンツが外から丸見えの状態になってしまっていた。

 

 エロゲ媚薬で完全に恥じらいが飛んでやがる……!

 

 俺が正気に戻った後が怖いなと思っているとエルザの口から艶声が響く。

 

「ん……! あん! あっ! き、気持ちいい……! あん!」

 

 パンツの上からその部分を弄っていたエルザは、何を思ったのか自らパンツをずりっと膝部分まで下ろして外した。

 

「ん! もっと! 強く!」

「んな!?」

 

 いきなり脱ぐとは思っていなかったため、思わずパンツを脱ぐ場面を目撃してしまい、パンツの中にあった湿っているその部分と、その湿り気によってパンツが糸を引くようにして繋がっているのを目撃してしまう。

 

 童貞である俺に取っては、完全臨戦態勢とも言えるような、濡れまくった女性のその部分を見るのは初めてであり、そこを手で弄り始めたのもあって、そうそうに目を反らして逃げるように駆け出す。

 

「あん! あん! あ……! んっ! あああ、くる! ダメ! ダメ~!!」

 

 エルザのその言葉とともに絶頂したエルザから潮が吹いた音がした。

 俺が恐る恐るエルザのいる方へと戻ると、そこには、パンツを膝まで下ろした状態で、自らのその部分に手をやりながら、足下を水たまりのように濡らし、気持ちよさそうな顔で気絶するエルザの姿あった

 

「どうしよ……これ……」

 

 どう対処しても絶対に問題になる。

 俺は頭を抑えながら必死で対応策を考えることにした。

 




 病み墜ちして野獣になったヒロインと、エロゲ設定が猛威を振るう! ということで、二話前とこの話はかなりエッチな感じとなりました。
 これから先もちょいちょい、こんな感じのエッチな話が入ってくると思うので、苦手な人はご注意ください。


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揺れる背中

 

 体が揺れている気がする。

 あたしはその事に気付き、気持ちのいいまどろみから目を覚ました。

 

「ここは……?」

 

 あたしが漏らしたその言葉に気付いた誰かが反応する。

 

「お、気付いたか」

「リューク?」

 

 あたしはその声がリュークであることに気付く。

 そして同時に先程まで自分がしでかしていたことを思い出した。

 

「~っ!」

 

 思わず声に出ない悲鳴が漏れる。

 

 あたしは公爵令嬢だ。

 誰もが羨む社交界での花。

 

 そんなあたしがリュークに淫らにしがみついて腰を振り、それが拒否されると自らの手で秘所を触って、気持ちよくなってそれで――。

 

 顔が先程までとは別の意味で赤くなる。

 あの光景を、そして大事な場所をリュークに完全に見られてしまったのだ。

 リュークがあたしをどう思っているか、それが無性に気になった。

 

「ねぇ、リューク――」

「それにしてもスライムにやられてからぐっすりだったな」

「え、スライムにやられてから?」

 

 あたしはリュークから出たその言葉に思わずそう問い返した。

 

「ああ、スライムにやられた後、ずっと気絶してたから、こうやって俺がお前を背中に乗せて移動してるんだ」

「そ、そうなの……」

 

 あたしの記憶と違うことを言うリューク。

 だから、思わずあたしは聞いた。

 

「あたし、その……エッチなことしてなかった?」

「してなかったぞ?」

「本当に?」

「ああ、夢でも見ていたんじゃないか?」

 

 リュークはそうやって否定をしてくれる。

 あたしも一瞬、夢なのかと思った。

 でも――。

 

「パンツが凄くネバネバして湿ってるの」

「……スライムの体液じゃないかな?」

 

 リュークは何かを誤魔化すようにそう言った。

 あたしは、それを聞いて、やっぱりさっきのことは現実なんじゃ無いかと思い始めていただけどそうだとすると……。

 

 リュークが気絶したあたしのケアをしたことになる――!

 

 あの時、あたしはパンツを脱いだ状態だったはずだ。

 それが今履いた状態になっているということは、リュークがそれを履かせたということになるのだ。

 

 あたしはその事実に気付き、更に顔が赤くなって、何故か先程までと同じように体が火照って、お腹の下がじゅくじゅくするような気がしてきた。

 だから、それを考えることをやめ、あたしは言う。

 

「……そう言うことにしとく」

「それがいい」

 

 そう言うとリュークはほっとしたように言った。

 あたしはそんなリュークの背中に体を預ける。

 

 対して凄くもないやつなのに。

 あたしと釣り合わない男なのに。

 

 転移の力は目を見張るものがあるが、それも魔道具によるものだと、今日ここに来るときに気付いた。

 だからこそ、魔法すら使わないリューク自身が優れているというところはなく、男爵家というのもあって、明らかに相手をする価値のない人間だ。

 

 それらのにこうやって触れる背中は大きくて暖かくて――。

 何処か安心出来るような気がしていた。

 

☆☆☆

 

 俺は先程までの事態を何とか切り抜けたことにほっとしていた。

 

 正直、色々あれな感じになって気絶したエルザの体から証拠隠滅をするために、エルザの体を拭き、そしてパンツを履かせ直したのは、童貞である俺にはかなりの精神的ダメージが来る所業であったが何とか完遂できて良かったと思う。

 

 一応、絞ってみたものの、完全に乾かすことが出来なかったパンツによって、何かちょっと気づき掛けていた感はあったが、何とか異世界最強カードである夢落ちというものにすることが出来て本当によかった。

 

 そうやってしばらく歩いているとマナとオドが戻るのを感じた。

 

「よし、来たか……これで戻れる! 転移」

 

 そして俺達はこの日、最初に来たポイントに転移した。

 



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掴んだその手

 

「ふ、リューク様! 無事ですか!?」

 

 転移した先でまっていた来幸は俺を見ると直ぐに駆け寄ってきた。

 そして背中に乗ったエルザを無視して俺の様子を確かめる。

 

「無事だ。スライムは倒したんだが、マナとオドを封じられて、ここに転移してくるまで時間がかかってしまった」

「スライムにはそんな効果がぁ……興味深いですぅ……、スライムの断片をお持ちだったりしますかぁ……?」

「ここにあるぞ? 魔石もな。持って行ってくれ」

「さすが、カミィ……! 頂きますぅ……!」

 

 落とし穴の先で回収した諸々をケイトスに渡す。

 ケイトスはそのそれらをビンの中に入れ、研究対象が増えたと喜ぶ。

 

 しばらく俺の様子を見ていて無事を確信した来幸は、そこで他のことにも目が行くようになったのか唐突に呟いた。

 

「卑しいメスの臭いがしますね。リューク様、落とし穴に墜ちた後、二人っきりの時に何をやっていたんですか?」

 

 その言葉にエルザがピクリと震える。

 俺は来幸の言葉に急いで反論した。

 

「何もやってねーよ! 俺がそんなことをしないって知ってるだろ!?」

「ですが……いえ、いいです」

 

 最終的に俺を信頼してくれたのか来幸は追求を止めた。

 そんな俺達の所にクレアとレオナルドがやってくる。

 

「すみません、ふ、リューク様! アタイが罠を早く見つけられなかったばっかりに、リューク様を危険な目に合わせてしまいました!」

「まあ、ミスは誰にでもあることだから、次からはこうならないように経験を活かしてくれ、それに今回の件は、敵がいないからと、エルザが前にいることを許した俺にも問題はあるからな」

 

 そう言ってクレアを慰めた。

 そして仲間に対して言う。

 

「今日は疲れた。もうここまでにして、明日から仕切り直そう。……エルザも、それで構わないか?」

「ええ」

 

 何処かうわのそらのエルザがそう回答したため、俺達は今日のダンジョン攻略を切り上げ、街へと戻る。

 エルザがそのまま帰ると問題になりそうだったため、一度俺達の宿によって、お風呂に入らせた後、エルザを家へと帰す形で今日は別れた。

 

☆☆☆

 

「リューク達はもうダンジョンに言ってしまったよね……」

 

 あたしは、現在あたしが閉じ込められている、ウルクにある別荘の一部屋で思わずそう呟いていた。

 

 あの後、リューク達と別れてこの別荘へと帰ったが、風呂に入って身ぎれいにはしたものの、あたし付きのメイド達を誤魔化し切ることが出来ず、何らかの被害にあったということがバレてしまった。

 あたしはその被害の説明の為に、リューク達とともに、婚約破棄を目指してダンジョン攻略をしていたと白状しなければならない状況に追い込まれてしまい、結果的にそのことを全て打ち明けることになった。

 

 さすがに夢ということにしたあのことまでは話さなかったが、それでも公爵令嬢であるあたしがダンジョン攻略なんてことをしたことが許せなかったお父様の家臣達は怒り狂い、そんな勝手な真似をしないようにここに閉じ込められてしまったのだ。

 

「令嬢はダンジョン攻略をしないもの、社交界で咲く花であればいいか……」

 

 確かにその通りだと思う。

 以前はそう思っていた。

 なのになんでだろう。

 こんなに苦しい気持ちになるのは。

 

 そんな風に思っていると物音がした。

 そしてその方向へと目を向けると窓に彼奴が――リュークが腰掛けていた。

 

「よっ! 迎えに来たぜ」

「なんで……?」

「昨日のはさすがにあれだったかな~、家から出られないようになっているんじゃないかと思ったんだよ。実際当たりだったみたいだしな」

 

 そう言うとリュークが窓枠から降りる。

 

「このまま俺達だけでダンジョン攻略をしてもいいんだが、後から文句を言われるのも困る。だから迎えに来たんだよ」

 

 そう言うとリュークはあたしに対して手を差し出した。

 

「どうせなら、最後までやりきろうぜ」

 

 リュークに求められたことに、あたしの胸は高鳴り、あたしはその手を……ただの令嬢なら取らない手を取った。

 



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vs迷宮の守護者

 

「ふ、リューク様! ペース速く無いっすか!?」

「まあな、今日中にこのダンジョンを片付ける! もう隠し球は全部無しで、全力で行くぞ!」

 

 再びダンジョンに潜った俺達は疾走していた。

 出てくる敵は俺が殆ど転移で仕留め、残りを仲間が倒すことで、殆どスピードを落とすこと無く先に進んでいく。

 

 エルザがダンジョンのことをノーティス家に喋ってしまった以上、ノーティス家は直ぐにでもジークに派遣依頼を行うだろう。

 そのジークにダンジョンを攻略されたら全てが終わりだ。

 だからこそ、速攻でダンジョンを攻略しなければならない。

 故にこれまで使わなかった空蝉の羅針盤を全力で使用し、敵を倒しながら先へと進んでいるのだ。

 

「あ、前方に罠!」

「飛ぶぞ!」

 

 罠があっても転移でよけ、手強い敵も転移でよけ、簡単に倒せる奴を適度に仕留めながら、俺達は先に進んでいく。

 あっという間に昨日のポイントを越え、そして次々と次の階層へと進んでいく俺達はついに最終地点であるボス部屋の前に到着した。

 

「ここが迷宮の守護者がいる部屋……!」

 

 ごくりとクレアが息をのみ、他のものも緊張を露わにする。

 

「迷宮の守護者なんていっても、ただの強い魔物だ。殺せない相手じゃない」

 

 俺は仲間を落ち着かせる為にそう宣言する。

 

「俺達ならやれる! ダンジョンを攻略し! 婚約破棄するぞ!」

「「「「「おお~!」」」」」

 

 俺の思わず出た本音に全員が同意の声を上げた。

 ……よかったエルザの婚約破棄を手伝うという形にしておいて。

 

 そして中に入る。

 そこに居たのは石で出来たミノタウロスだった。

 

「ストーンミノタウロスと言った所ですかねぇ……」

 

 ケイトスがそう宣言する。

 俺はそんなケイトスとエルザに言った。

 

「ケイトス! エルザ! 最大火力を叩き込め!」

「アクアスピア!」

「ファイア!」

 

 二人の魔法がストーンミノタウロスに命中する。

 水蒸気で視界が塞がれる中でレオナルドが言った。

 

「やったっすか!?」

「馬鹿!」

 

 俺がそう言うのと同時に、俺に向かって斧が降り注いだ。

 俺は転移で避けると、ストーンミノタウロスの頭部に乗り、剣でその頭部を斬り付ける。

 

「かた……!」

 

 だが、その剣はストーンミノタウロスを傷付けることなく弾かれてしまった。

 上に乗る俺を吹き飛ばそうとストーンミノタウロスは暴れる。

 俺は転移で仲間達の元へと逃げた。

 

「攻撃が効かないな……誰かあの防御を突破出来る技を持っているか?」

 

 俺のその言葉に全員が首を振った。

 

「自分の最大魔法であるアクアスピアで傷つかなかったことを考えると、かなりの威力のある攻撃じゃないと効かないと思いますぅ……!」

「そうか、厄介だな……」

 

 俺は思わずそう呟いた。

 面子的に火力役を担えるものがいない。

 このままでは敗北もあり得る状況だった。

 

「リューク……」

 

 心配そうにエルザがそう言う。

 だが、俺はそこまで状況を悲観していない。

 

「レオナルド! 少しの間、足止め出来るか?」

「っす! 何とかなると思うっすけど……」

「奴の防御を突破する攻撃をする」

「わかったっす!」

 

 俺がそれだけ言うとレオナルドはストーンミノタウロスの前に行き、囮役を買って出てくれた。

 スキルと盾を上手く使いながら時間稼ぎをしてくれている間に、俺はあのストーンミノタウロスを攻撃するための準備をする。

 

「ナイフ?」

 

 俺が取り出した二本のナイフを見てエルザがそう言った。

 俺はそれを宙に放り、そして一定地点に落ちた瞬間に、再度上空に転移させる。

 

「何を……」

 

 仲間達がそう疑問に思っている間にナイフは加速し続けた。

 それを見たケイトスが何かに気付いたように叫ぶ!

 

「ああ! そう言うことですかぁ! さすが、カミィ! それならば、ストーンミノタウロスにダメージを与えられますぅ!」

 

 俺は何度も上下へと転移を繰り返す。

 目で見えないほど速くなったそれを見てエルザ達も気付いた。

 

「一定座標の移動を繰り返すことでナイフを加速させているの!?」

「そうだ! そして最大限加速したナイフは!」

 

 俺はそれだけ言うと、転移の方向を変えた。

 そしてそれは狙い通り、ストーンミノタウロスの方へと真っ直ぐ飛ぶ。

 

「がぁあ!?」

「凄まじい破壊力を持つのさ!」

 

 ストーンミノタウロスの腹部がナイフによってはじけ飛ぶ。

 すさまじい勢いで飛ぶナイフにはそれだけの破壊力があったのだ。

 

「それ! もう一発!」

 

 次弾の準備をしながら、最初に用意したもう一発も発射する。

 その一撃もストーンミノタウロスを削り取った。

 

 攻撃は順調に効いているが俺は内心で思わず舌打ちをした。

 

 普通の生物ならとっくに死んでいるだけの深手を負わせているが、ストーンミノタウロスは生物ではないのか、それでもまだ元気に動いていたのだ。

 

 このままだと不味いか……?

 

 今は押すことが出来ているが、ストーンミノタウロスに攻撃を通せるのが俺だけと気付かれれば、時間のかかるこの攻撃方法を使用することが出来なくなる。

 そうなってしまえばこちらが尻損で負けることになりかねない。

 

 そんな俺の不安を吹き飛ばしたのはケイトスだった。

 

「こう! ですねぇ!」

 

 そう言うとケイトスは自分の手に水魔法で生成した水を維持し、それをその上でくるくると回転させ始めた。

 やがてそれは遠心力によって、徐々に回転を増していく。

 

「さすがだなケイトス! 連れてきて良かったよ!」

「カミィ……! ありがたきお言葉ですぅ……!」

 

 制御が難しいのか汗を浮かべながらケイトスはそう言い返す。

 そして充分に加速した水をストーンミノタウロスに向かって放った。

 その水流は現代の工場であるようなウォーターカッターのように、ストーンミノタウロスを切り裂く。

 

「よし! 効いてるぞ!」

「あたしだって!」

 

 それを見ていたエルザが同じように遠心力を付けようとするが、それを俺は止めて別の方法を伝える。

 

「火は勢いを付けても効果は薄い! 火の勢いを圧縮して火力を増やすんだ!」

「わかったわ!」

 

 エルザは俺に言われた通り火を圧縮して放つ、

 

「ファイア!」

 

 青白い炎となったファイアはケイトスほどではないが、ストーンミノタウロスへのダメージを与えた。

 

「やった!」

「いいぞ! エルザ!」

「当然でしょ!」

「このまま削りきるぞ!」

 

 それからしばらく同じやり方でストーンミノタウロスを削り、やがてコアのようなものが露出したので、それをレオナルドが潰すと、ストーンミノタウロスは力を失ったように倒れて、魔石へと変化した。

 

「や、やったっす~!」

「やった~!」

「やりましたねぇ……」

 

 ストーンミノタウロスのコアを潰したレオナルドはそう言うと、疲れ果ててその場に倒れる。

 そして、クレアとケイトスもそれぞれ喜びを露わにした。

 

「ふう、何とかなったな」

「お疲れ様です、ふ、リューク様」

 

 一息はいた俺に来幸がそう話しかけてきた。

 

「や、やったのあたし達……」

「そうだ。やったな」

 

 俺は唖然とするエルザに手を上げた。

 エルザはそれを見た後、同じように手を上げる。

 

「俺達の勝ちだ!」

 

 その手を俺は叩いてハイタッチした。

 その手の衝撃でようやく実感が湧いたのかエルザも喜び始める。

 

「そうね! あたし達の勝ちよ! これで婚約破棄が出来るわ!」

「ああ、そうだな! じゃあ、さっさとダンジョンコアを取るとするか」

 

 そう言って俺達は守護者の部屋の奥にある部屋に向かう。

 そこにはクリスタルの球体が宙に浮いていた。

 

「よし、エルザ、あのダンジョンコアを取ってくるといい」

「あたしが取りに行くの? ここまで来ることが出来たのはあんたのおかげなんだから、あんたが取りに行けばいいじゃない」

 

 ダンジョンコアを前にして、俺とエルザの押し付け合いが始まる。

 

「いやいや、ダンジョン攻略の依頼主はエルザだから」

「そんなことを言うなら、このパーティーでのリーダーはリュークでしょ?」

「……」

「……」

 

 イベント攻略を是が非でも押し付けたい俺と、何故かダンジョンコアを取るのを俺に譲ろうとするエルザ。

 お互いに押し問答が続き、最終的には二人で黙り込む。

 

 ただダンジョンコアを取るだけじゃん何が嫌なんだよ。

 

 俺がそう思い、少しばかりいらつき始めると、それを見かねたクレアが俺達に向かって言う。

 

「それなら二人で一緒に取ればいいんじゃない? お宝を得た瞬間の感動は分かち合うべきだよ!」

「そうっすね! それがいいと思うっす!」

 

 クレアの言葉にレオナルドが追従する。

 俺は思わず苦い顔をした。

 

「二人で取れってな……」

「あたしはそれで良いわよ」

 

 そんな俺と打って変わって、エルザはそれを快く了承する。

 そして俺の方を見て断言するように言った。

 

「あんたが取らないなら、あたしも取らないから」

「……分かったよ。一緒に取ろう」

 

 どう足掻いても意思を曲げる気は無さそうなので、俺は諦めて二人でダンジョンコアを取ることにする。

 

 まあ、一応はエルザが攻略した形になるし、最低限攻略対象に自分のイベントを攻略させるって目的は果たせているか。

 

 俺はそう自分を無理矢理納得させ、ダンジョンコアに手を掛けた。

 

「よし、行くぞ……せーの」

 

 俺の言葉に合わせてエルザと共にダンジョンコアを空中から引き抜く。

 するとダンジョンコアは光を失い、そしてダンジョンから地響きのような音が鳴り始めた。

 

「これは……」

「ダンジョンが崩壊する! 脱出するぞ! 掴まれ!」

 

 俺のその言葉で仲間が全員捕まったのを見て、俺は転移を発動させた。

 



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婚約破棄

 

 リュークの転移であたし達はウルクの街に戻ってきた。

 ダンジョンコアを持ったリュークはあたしに向かって言う。

 

「これで依頼は完了だな」

「そうね。色々と世話になったわ」

「随分と素直に礼を言うんだな」

「しっかりと目的は達成できたわけだしね」

 

 あたしは皮肉げに返してきたリュークにそう言い返した。

 そんなあたしの言葉にリュークは笑みを見せるとあたしに背を向けた。

 

「それじゃ、俺達はこれで失礼するわ」

 

 そうやって去って行こうとするリューク。

 それを見て何故か焦燥感に駆られたあたしはリュークに問いかけた。

 

「ねえ! また……あえる?」

 

 その言葉にリュークは振り返った。

 

「……まあ、あえるんじゃないの? フェルノ王国の次期当主と長男長女は、基本的にナルル学園に入学するんだから、そこであえるだろ」

 

 あたしはその言葉を聞いて嬉しくなった。

 たった三日だけど、このダンジョン攻略で仲良くなれたリュークとまた会いたかったからだ。

 

「そう! それじゃあ、またね! リューク!」

「ああ、またな……」

 

 リュークは言葉少なげにそう言うと転移で去っていた。

 あたしはその後、別荘へと戻るとダンジョン攻略を達成したことを告げ、それをお父様に伝えるために本邸へと戻った。

 

 あたしが本邸に戻ると何故かお父様が焦ったようにうろうろしていた。

 

「お父様!」

「ああ、エルザ!」

 

 あたしに気付くとお父様はあたしを抱きしめてくれる。

 

「そんなに慌ててどうしたの?」

「そ、それがね……いや、一応エルザにも言っておいた方が良いか……」

 

 そう言うとお父様はあたしに向かってその理由を話す。

 

「シーザック家の長男との婚約話を進めていたのは知っているだろう? その婚約相手がこともあろうに、エルザとの婚約が絶対に嫌だと突っぱねたらしいんだ」

「あたしの婚約相手が……?」

 

 それを聞いてあたしは思わずそんな疑問の声を上げた。

 公爵令嬢であるあたしとの婚約を嫌がる者なんているのかと。

 

「でも、近年急成長しているシーザック家の援助は、今のノーティス家には必要なものなんだ。だから婚約話を流させるわけにはいかない。嫌がる相手に嫁ぐなんてエルザにはきっと辛い思いをさせると思うけど……」

「お父様! それならもう心配はありません!」

 

 あたしはお父様に向かって笑顔でそう宣言する。

 お父様がそんなあたしを見て不思議そうな顔をするが、あたしから今回の原因がダンジョンであることと、そしてそれを攻略したことを伝えると真剣な表情となる。

 

「婚約破棄に協力した転移使いの少年……? それって」

「どうしたのお父様?」

「……いや、なんでもない」

 

 お父様は何かを言おうとしたのを止めたようだった。

 そして直ぐに別の話へと切り替える。

 

「そうか、エルザの頑張りで、もうシーザック家を頼る必要もなくなったんだんね。相手側も婚約破棄しようとしているし、これならわざわざ婚約関係を維持する必要もないけど、エルザはこの婚約をどうしたい?」

 

 お父様にそう言われて、何故か唐突にリュークの顔が思い浮かぶ。

 元々婚約を破棄するつもりだったが、そのリュークの顔を思い出すと、知らない相手なんかと婚約を維持する気持ちには絶対になれなかった。

 

 ナルル学園に入ったらリュークにあえるし。

 

 あたしは何故かそんなことを考えながらお父様に答える。

 

「そのまま破棄して!」

「わかった。じゃあ、向こうにもそう伝えるよ」

 

 お父様はそう言って去って行く。

 あたしは自分の部屋のベットに倒れると、一人呟いた。

 

「早くナルル学園に行きたいな……」

 

 リュークと再会したら今度はどんなことをしようか、あたしはそんなことを考えながら眠りについた。

 



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目覚めるヒロイン(エルザ)

 

 そして月日は経ち、あたしはナルル学園に入学した。

 ナルル学園では入学式の日に入学生を集めた社交界が行われる。

 あたしはこの舞台に主役になれるよう着飾ってパーティに参加していた。

 

「リュークも入学するって言ってたけど、彼奴何処にいるのよ」

 

 あたしはそう思いながら会場を歩く。

 時折、声を掛けてくる奴らが鬱陶しい。

 

 あたしが、あたし目当てで近寄ってくる男達の誘いを上手く断りながら、会場を進んでいるとようやくその姿を見つけた。

 

「あ、リュ――」

 

 だが、あたしが話しかけるよりも先に、リュークは別の人物に話しかけていた。

 その人物が誰かをあたしは知っている。

 

 第三王女ユーナ……。

 他の王族の出涸らしと言われる影の薄い同い年の王女だった。

 

 他の王女とは違い、あたしより明らかに劣る相手だったとしても、相手は王女であるため、あたしはリュークと彼女の会話に横入り出来ずその行方を見守る。

 

「ユーナ様は確かまだ婚約者がいないはずですね?」

「ええ、そうですが……」

 

 リュークの問いに困惑したようにそう返すユーナ。

 そんなユーナに対してリュークは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「では、どうでしょう! この私を婚約者とするのは! 私なら王女である貴方との釣り合いも取れますし、最適な婚姻だと思います!」

 

 そう言ってリュークは手に持った花をユーナに差し出す。

 

「――え?」

 

 あたしはリュークの告白を見て思わずそんな声を出してしまった。

 何故だろうか、ユーナに告白するリュークの姿を見ていると、胸が締め付けられるように痛い。

 

「あの……ごめんなさい」

 

 リュークの問いに困った様子を見せていたユーナは、左右をみるなど少し慌てたような様子を見せたものの、最終的にはそんな言葉でその告白を断った。

 

「ちょ! ちょっと待ってください! もうちょっと考えて! 俺ならきっと君を幸せにすることが――!」

「いつまで王女様に迷惑を掛けるつもりだ! 出て行け!」

 

 リュークは断られたのにまだ足掻こうとしていたが、それをユーナの側にいた護衛騎士と思われる者が、リュークを掴んで無理矢理引き摺っていくことで防ぐ。

 

「ユーナ姫! ユーナ姫ぇえええ! 俺だけのヒロインになってくれぇええ!」

「えぇ……」

 

 最後までそんな悲鳴のような声を残してリュークは会場の外に連れ出された。

 それを見送るユーナは嬉しそうな何処か困惑したような表情を見せる。

 

「なにそれ」

 

 そんなユーナの表情を見てあたしが感じたのは怒りだった。

 あたしがあんなことをリュークに言われたら喜んで受け入れるのに、なんであんな女がそれを言われて、あんな態度で断れるのか。

 

 そう思っていたあたしの耳に思いも寄らぬ言葉が入ってくる。

 

「なあ、あれって例の奴だよな」

「ああ、シーザック家の頭のおかしな――」

「待って」

 

 あたしは思わずその話をしていた者に声を掛けた。

 

「なんだよ」

「おい! この人はノーティスの……」

「こ、公爵家の!? 何のようでしょうか!?」

「さっき、あの男を見てシーザック家とか言ってなかった?」

 

 あたしの言葉にその男達は顔を見合わせた。

 

「ああ、さっき、引き摺られていった奴のことですか。そうですよ、彼奴は確かシーザック家のフレイ、巷では頭のおかしな麒麟児と噂される変な奴です。こうやって入学早々、ユーナ王女に告白するなんて噂通りの――」

 

 あたしは其奴の話を最後まで聞かずに駆け出した。

 あたしの頭の中に浮かぶのは疑問だった。

 

 どうして? なんで? リュークがシーザック家のフレイ?

 

 そんな疑問だけが頭を巡る。

 だってシーザック家はあたしが婚約破棄をした相手なのだ。

 つまり、そのままならあたしはリュークと……。

 

 どういうことなのかという困惑と、あたしを騙していたのかという怒りと、婚約破棄をしてしまったという後悔と、そんなにあたしが嫌だったのかという悲しみが、あたしの中でごちゃ混ぜになり、どんな感情かも分からないまま走る。

 

 あたしは入学パーティーを抜け、会場の外に追い出されたリュークの元へと走って駆け寄った。

 

「リューク!」

「ん? ……エルザか」

 

 リュークは疲れたようにそう答えた。

 そんなリュークに最初に聞かなければならないことを聞く。

 

「あんた……。シーザック家のフレイ……なの!?」

「ああ、気付いたんだ。そうだよ。俺の本当の名はフレイ・フォン・シーザック」

 

 リュークは何てことないようにそれを口にする。

 

「リュークはただの偽名だ」

 

 あたしは……リュークの、いや、フレイのその言葉を聞いて、思わず言った。

 

「なんで……」

「あの段階で俺がシーザック家のものだってバレたら、婚約破棄になんか支障がでるかも知れないだろ?」

 

 あたしが聞きたい言葉の意味を解釈してくれたフレイはそう単純に答える。

 だが、それこそがあたしが理解できないことだった。

 

「あんたも婚約破棄するためにあのダンジョンに潜ってたってこと!?」

「そりゃ、それ以外にあのダンジョンに潜る意味はないだろ」

 

 そうはっきりと断言される。

 あたしは理解の出来ない怒りで手を強く握りしめた。

 

「どうして!? なんで婚約破棄なんか!」

「それを言う権利はお前にはないだろ」

 

 理由を問いただそうとしたあたしを、フレイはそう切り捨てた。

 

「確かにそうかも知れないけど……あんたはあたしと違って、婚約相手があたしだって、分かってたのよね!? それなのに婚約破棄したの!? あたしは公爵家の令嬢で、能力もあって、それにこのお母様譲りの美しさだって……」

「ああ、ごめん」

 

 あたしの必死のアピールを止めるようにフレイがそう言う。

 

「全部知ってて、俺に取ってお前はなしなんだ」

「――は?」

 

 フレイの言葉を理解出来ずあたしは唖然として固まる。

 

「お前は家柄とか美しさとか能力とか……。そう言ったもので恋する相手を決めるのかもしれないけど、そう言った基準は人それぞれ違うもんだよ」

 

 そうフレイは諭すようにあたしに言った。

 

「そして俺はそう言った要素は重要視していない。俺が大切にしているのは、その人が俺だけのヒロインになってくれるかどうかだ」

「俺だけのヒロイン……?」

 

 あたしが思わず聞き返すとフレイはキラキラとした表情で言った。

 

「そう! 俺だけのヒロイン! 他の誰かでは手に入れることが出来ず、俺の事を裏切らずに、俺の事だけを見続けてくれる――俺に永遠の愛を与えてくれる女性!」

 

 そう言うとフレイはまるで唄うように言った。

 

「それが俺だけのヒロインというものだ!」

 

 断言するように自分のヒロイン像を語るフレイ。

 それに対してあたしは締め付けられる胸の痛みに耐えながら言った。

 

「それがユーナ王女だというの?」

「あくまでヒロイン候補の最有力ってだけだけどな。あの人は攻略対象じゃないから」

「攻略対象?」

 

 言葉の意味自体は分かるが、恐らくそう言う意味で使ってないだろうと思われるフレイの言葉に内心首を傾げる。

 だが、恐らくはその攻略対象というのは重要な意味をフレイの中で持っていることは何となくだが分かった。

 

「モブという訳でもないのに攻略出来なかった彼女は、アレクに靡かないと言うことが実証されているとも言える。つまり、ユーナ王女には運命の相手と言える人はまだ存在していないんだよ」

 

 その話を聞いて余計にあたしは混乱した。

 そもそも、アレクと言うのは誰なのか、何故それに靡かないと、運命の相手がいないということになるのか。

 

「それなら俺がその運命の相手になれるかも知れない……! だからこそ、ユーナ王女は俺のヒロインの最有力候補と言えるんだ!」

 

 詳しい事情はよく分からない。

 だが、ユーナはアレクと言う存在に恋をしないから、フレイのことだけを見てくれると思っていることは分かった。

 だからこそ、ユーナをフレイは狙っているのだと。

 

「だから、俺はユーナ王女を俺だけのヒロインにするために、これから努力を重ねていくのさ」

 

 ユーナを追い求めている瞳に更に胸の痛みが強くなる。

 気付けばあたしはこんなことを聞いていた。

 

「ねえ、その、あんたのためのヒロインに、あたしはなれないの……?」

 

 聞かなくても分かることなのに。

 婚約破棄を相手が望んでいた時点で、フレイがあたしのことをどう思っているかなんて、わかりきったことなのに。

 

 それなのに、あたしは聞かずにはいられなかった。

 

「ん? なれないぞ?」

 

 まるで挨拶でも交わすみたいに軽い調子でフレイはそう言った。

 

「お前は攻略対象だからな。始めっから俺のヒロインになることはあり得ない。俺に取ってお前は、恋愛対象ではないし、異性として見ないようにする必要がある相手なんだよ」

「う……あ……」

 

 フレイのその言葉にあたしは思わず打ちひしがれた。

 そんなあたしを見て、フレイは納得したように言う。

 

「そうか、ダンジョン攻略してノーティス家の問題を解決するって、イベントを俺がこなしたから、俺のことに少なからず好意を持ったんだな。押し切られて同時に取ってしまったからか、それとも元からあの方法では影響を無くせなかったか……」

 

 好意……? この気持ちが……?

 

 あたしは自分の中に生まれていた気持ちにようやく気付く。

 

「でも、それも結局誰でもいいものだ。クレアがレオナルドに惚れたように、ダンジョンを攻略したのが、俺でもアレクでもあるいはジークでもお前は惚れてたよ」

 

 またアレクだ。

 あたしが、知らない人の名前を言いながら、フレイはそう断言する。

 

 違う。そうじゃない。

 

 あたしは思わずそう思う。

 この気持ちが恋ならば、あたしがフレイを好きになったのは――。

 

 もっと前からだ。

 もっと日常的なことからだ。

 だって最後の日、差し出された手を握ったあの時から……あたしは既にフレイに惹かれて恋に落ちていたのだから。

 

 気安い関係が心地よかった。

 他の者と違ってあたしに価値を見いださない態度が好きだった。

 

 ああ、そうだ。

 あたしは誰よりも自分の価値を信じていたが、誰よりもそれを取り払った関係を、誰かが作り上げたあたしじゃない、あたしが作ったあたしを見て欲しかったんだ。

 だからこそ、ダンジョン攻略の日々の中で、あたしは自然と恋に落ちたんだ。

 

 そんなことが出来るのはきっとフレイしかいない。

 だからこそ、誰でもいいなんてことは絶対にないのに……。

 

 あたしのそんな思いに気付かず、フレイは続けるように言う。

 

「だから、悪いが諦めてくれ。前に言ってたもんな? 『手に入らないものを勝手に求めた奴の気持ちなんて知らないし、そんな立場になったのならさっさと諦めたらと思うわ』ってさ」

 

 以前の言葉があたしに跳ね返ってくる。

 昔は気にならなかった切り捨てた者達の気持ちがいまなら分かる。

 

 どれだけ愚かでも――こんなの諦められるわけがない……!

 

「恋愛は究極の自己満足。自分が納得出来ない恋愛に何の意味もない。だから俺はその障害になるものは全て無視するつもりだったが……相手が元からそう言う考えなら、心痛まずに切り捨てられるから嬉しいよ」

 

 それだけ言うとフレイはあたしに背を向けた。

 それはダンジョンから去るあの日と似ていた。

 

「待って!」

 

 あの時とは違い、あたしの言葉を無視して彼は去って行く。

 

 残されたのは惨めな負け犬だけ。

 婚約相手が好きな人だと気付かず、自らそれを破棄し、尚も縋ったが、異性としてすら見られていないと語られて、かつての言葉を盾に捨てられる。

 

 誰もいなくなった庭園であたしの頬を涙が伝った。

 

「あ、ははは。あはははははは!」

 

 自分が愚かで愚かで笑いが止まらない。

 泣きながらただ笑い続ける。

 

 どうしたら良かったのだろう。

 どうすればあたしはフレイの妻になれたのだろうか。

 

 ……理由は分かっている。知らなかったからだ。

 

 リュークがフレイだと知っていればこんなことにはならなかった。

 婚約相手について何も知らずに嫌がるのでは無く、ちゃんと相手を知ってから嫌うべきだった。

 

 ――そんな当たり前なことも出来なかったからあたしは負け犬なのだ。

 

「あはははは……」

 

 過去の自分を呪うが時を戻すことは出来ない。

 もはや、あたしがフレイと結婚することはなくなったのだ。

 

「どうせ、お父様が新しい婚約者を見つけるわ……」

 

 やけっぱちになりながら思わずそう口にする。

 それが貴族の在り方だ、恋だの愛だの何を考えているのだろうか。

 

 だが、そう思えば思うほど胸は痛くなる。

 あたしは思わず蹲ってしまった。

 

「あ、イヤリング……」

 

 その時によく磨かれた大理石にあたしの顔が写り、そこにあった安物のイヤリングが目に付いた。

 

「ダンジョンの時の……こんなもの!」

 

 そう言ってあたしはそれを外して投げようとするが、投げようとした手がそれ以上動かず、なげることが出来なかった。

 

「なんで捨てられないのよ!」

 

 たった三日でも、フレイと過ごした日々は、あたしの中で何よりも強く残っていた。

 それを捨て去ることがあたしには出来なかった。

 

「ああ、そうか……答えはもう出ていたんだ」

 

 ふとパーテイーが行われている方向を見て、戻る気も無い自分に気付く。

 パーティーにいるあたしに話しかけてきた男達が有象無象にしか見えず、握りしめていたイヤリングがダイヤモンドのように輝いて見えた。

 

「酷いわね。もう普通の令嬢に戻れないじゃない」

 

 あの最後の日、フレイの手を取ったときから、こうなることは決まっていたのだ。

 あたしはもう、フレイ以外の者の手を取れない。

 ただのノーティス公爵令嬢であるエルザには戻れない。

 

 そうだあの日にあたしは――フレイだけのヒロインにされてしまったのだ。

 

 だったらやることは決まっている。

 かつて自分が意味がないと無慈悲に笑った負け犬達のように、相手に気に入られる為に自分を着飾って行く、あたしはあたしを作り出し、そしてあたしに恋愛対象がないと言い切った彼奴が、あたししか目に入らないようにしてやるのだ。

 

「フレイ! 物語のヒロインってのはね! どんなに相手にされなくても! 何度でも自分を磨いて主人公に挑み続けて! そしていつか恋人の座を勝ち取る――挑み戦い続けることが出来る強い女性のことを指すのよ!」

 

 そしてあたしは断言するように言い放つ。

 

「フレイ! あんたのヒロインはこのあたしよ!」

 

 絶対に誰にも奪わせない。

 彼奴のヒロインを勝ち取るのはこのあたしだ。

 




 予約投稿分はこれで終了です。

 現在ユーナ編である四章は書き溜め中ですが、まだ四万字しか書き溜めが出来ておらず、話もいいところまで進んでいないので、次回の更新は四章分が書き終わるであろう十月頃にさせて頂きたいと思います。

 四章では原作の舞台であるルーレリア学園ではなく、ナルル学園ですが、貴族の攻略対象達が集結するというのもあって、ストーリーの転換点となるような、色々な展開をさせていきたいと思うので、気長に待って頂けると助かります。


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情報収集

更新再開します。
四章完結まで毎日更新です。

それと、三章の開始時期の年齢を十一歳から十歳に変更し、インフィニット・ワンの本番は十八歳以上という説明周りを修正しました。


 

「おかしい……? 何故こうなった……?」

 

 俺はナルル学園の庭園で昼食を取りながら思わずそんなことを呟いていた。

 そんな俺の前で俺の友人となったトートとベッグが顔を見合わせる。

 

「何と言うか、順当な結果だと思うけど」

「だよな~」

 

 友人達の辛辣な言葉に俺は思わず憤慨する。

 

「順当な結果だと!? 何処が!?」

「いや、入学式のパーティーで、ユーナ王女に公然と婚約を申し込む馬鹿が、真っ当な貴族令嬢からの好意を得られるわけないじゃん」

「だな」

「ぐぅ……!」

 

 まさにぐうの音も出ない正論!

 確かにあの行いは冷静さを欠いた愚かなものだった。

 

「でも、仕方ないじゃん。俺だけのヒロインの最有力候補が目に前に現れたんたぞ? 他の奴らが婚約を勝ち取る前に、先制攻撃しとくべきだって思うじゃん」

 

 だからこそ、俺は飛び出したのだ。

 ユーナ・フォン・フェルノ――このフェイル王国の第三王女であり、ゲームではバグ枠と言われていた非攻略対象の一人を確保するために。

 

 ゲームで非攻略対象であった彼女なら、これからアレクに靡くこともなく、さらに超絶モテ男の主人公に靡かないような存在なら、恋人になってくれたのなら、俺を裏切る可能性もかなり低いはずだと考えていた。

 故に彼女を俺だけのヒロインの最有力候補にしていたのだ。

 

 そして、その相手が婚約者無しのフリーなのだから、他の奴らが彼女を手に入れる前に行動するべきだと思い、気が急いてしまうのも仕方ないことだろう。

 

 そんな風に思っているとトートとベッグは呆れたような顔を向けてきた。

 

「出たよ。フレイの自分だけのヒロイン発言」

「お前、本当にそれ好きだよな~」

「当たり前だろ! これこそが俺の夢! 俺の人生の目的なんだから! お前らだって分かるだろう? 最高の彼女を作ってイチャラブしたい気持ちは!」

 

 俺がそんな風に言うとトートとベッグは首を横に振った。

 

「いや、俺達、婚約者いるし」

「――は?」

「だから、ぶっちゃけ、ヒロインを求めるお前の気持ちが理解できね~わ」

「はぁあああああ!? お前ら、同士じゃないのかよ!? なんで婚約者なんて持っているんだ!?」

 

 ヒョロガリとぽっちゃりという創作の世界においては非モテの象徴というなりをしておいて、このインフィニット・ワンの世界に居ながら、婚約者持ちとか世の中の摂理に反しているのではないだろうか。

 俺が思わずそんな気持ちから叫ぶと、二人は呆れたように言った。

 

「俺も此奴も伯爵家。男爵家みたいな下位貴族ならともかく、高位貴族なら婚約者の一人や二人、普通はいるもんだろ」

「婚約者が二人とか不埒だぞ!」

「いや、ものの例えだよ。俺達だって婚約者は一人さ。ほら、ブレア家のノマ嬢と、アルノア家のシノン嬢だ。俺達の婚約者は」

 

 ブレア家のノマ嬢とアルノア家のシノン嬢だと?

 どちらも知っている、非攻略対象として俺が目を付けていた相手だ。

 ノマ嬢は眼鏡女子の読書家でさりげない気配りが出来る良い子であり、アルノア家のシノン嬢は騎士を目指して剣の鍛錬を続ける活発なスポーツ女子。

 

 どちらも、どちらも……。

 

「最高の婚約相手じゃねーか! 何でお前らが!?」

「いや、家の付き合いだし」

「まあ、僕達みたいなのを馬鹿にしない。良い相手で良かったと思うけどね」

「クソー! この上、自慢までされるなんてー! うわ~!」

 

 本気で悔し泣きをし始めた俺を見て、見てトートが言う。

 

「フレイだって、侯爵家なんだから幾らでも婚約者作れるんじゃないの?」

「そうだよな。俺達から見たら、お前みたいな俺達より高位な貴族に、まだ婚約者がいないことの方が不思議だぜ」

 

 そこでブレアが思い出したように言う。

 

「――ああ、高位貴族で婚約者がいないのは、ノーティス公爵家のエルザ様とユーナ王女も同じか。というかその三人くらい何じゃないのか婚約者がいないのは」

「っく……!」

 

 攻略対象であり振った相手でもあるエルザ。

 それとこの間のパーティーで婚約を断られた相手であるユーナ。

 その二人しか、婚約相手がいないものがいないということを知り、思わず呻く。

 

「婚約の申し込みなんて沢山来てるんだろ? お前ならさ。そんな中から、理想のヒロインとやらを選んだらどうなんだ?」

「――いやだ」

「嫌だって……」

 

 俺はその言葉にガバッと顔を上げて応えた。

 

「だって! 今の俺に向こうから婚約を申し込んで来るなんて、どう考えても侯爵家の立場や、発展しているシーザック家の利益を得たいだけのクソ女共だろ? そんな集ってくるハエのような奴らは俺のヒロインに相応しくない!」

 

 利権が欲しいからというだけで大切なその体を許す女達。

 こちらを愛さず簡単に裏切るようなそんな相手をヒロインにしたくない。

 

「まあ、言っている事は分かるけど……。それが一般的な貴族の婚姻というものだと思うよ……最初は利権を狙う家の事情で無理矢理だったとしても、案外付き合って見ればちゃんとフレイのことを思ってくれるかもよ?」

「そんなのギャンブルじゃないか! 俺の童貞は俺の大切なヒロインに捧げるって誓ってるんだよ! そんなこちらを愛さないかも知れない女なんかに、俺の大切な童貞を捧げてなるもんか! 一般的な貴族の婚姻なんか知ったことじゃない! 俺は! 今を! 生きているんだ!」

「わ~お。勢いがあるせいで何か格好いいこと言っているように聞こえるな」

「内容自体はドン引きの台詞だけどね……」

 

 おどけたようにいうベッグとドン引きしたように言うトート。

 そんな中、トートが俺に向かって言う。

 

「それなら、エルザ様と婚約すればいいんじゃない? 家の立場としては相手の方が上だし、フレイが言うような利権目当ての婚姻にはならないと思うけど」

「それはない」

 

 俺が端的にそう答えると、トートは首を傾げた。

 

「なんで?」

「もう振った……というか婚約破棄済みだからだ」

 

 それを聞いてブレアとトートが驚きで目を見開いた。

 

「お前とエルザ様が婚約相手がいないのは、お前達自身が婚約してて、それを婚約破棄で解消したからなのか!?」

「どうして婚約破棄なんてしたのさ!?」

 

 そんな二人の質問に俺はどう答えるか悩む。

 

 攻略対象とかゲームに関することを此奴らには話せないよな……。

 

 正直に無理な利用を話して、相手の好意を無視して振るために、エルザ達のような攻略対象に話すならともかく、別にそんな理由もない、ゲーム内でモブとされていた存在にゲームの事を話すのは酷というものだろう。

 仮に俺が前世で、転生者か何かに「ここは恋愛ゲームの世界だ。お前はモブだから、ハーレムを作っているあの主人公と違って、こんな女っ気もないつまらない人生しかおくれないんだぞ」とか言われたら、確実にぶち切れる自信があるからな。

 

 人は誰だって自分の人生の意味を求め、何かの主役でありたいと思っている。

 

 ゲームでの主役達は、作られたものだとしてもそれが保証され、そしてそれに相応しいような人々が憧れる物語のような日々を送れるが、端役やモブ達は逆にその人生に何の意味がないことを証明され、画面の端で主人公を彩る飾りとして、かませとして踏み台にされたり、血涙を流しながらハーレムを眺めたり、雑兵として雑に殺されるなど、ゴミのように消費される日々を送ることになる。

 

 自分がそんな存在であると誰だって知りたくないはずだ。

 前世がモブであり、今世はかませに転生した俺がそう思うのだから間違いない。

 

 そう思った俺が、結果的に言ったのは、無難な一言だった。

 

「俺のヒロインに相応しくない……好みのタイプじゃなかった」

「あちこち告白するような奴の言葉じゃないんだが!?」

「フレイに好みのタイプなんてものが存在するなんて……明日はもしかしたら槍が降ってくるかも知れない……!」

「お前ら、俺のこと何だと思ってるんだ!」

「「色々とこじらせたまくった、恋愛モンスター」」

「く……! 正当な評価ありがとうよ!」

 

 前世の俺のこと何もしらないはずなのに、それを含めて正確な俺の分析をしてきた友人の言葉に俺は顔を引き攣らせて思わず答えた。

 

「はぁ、学園にいるのに彼女と過ごさず、こんな所で友人とだべってるなんて、なんでこんなことになってるんだろうか……」

 

 まるで前世の俺のようだ。

 今世では必ず素敵な彼女を作ると意気込んでいたのに現実は厳しい。

 

「そりゃ、お前がそんなんだからじゃねーの?」

「非モテは結局は非モテだと言うのか……?」

 

 ベッグの辛辣な一言に思わずそんな弱気が口から出る。

 だが、俺は直ぐにかぶり振ってそれを打ち消した。

 

「――否! 非モテだってモテ男になれる! 俺はそれを証明して見せる!」

「いや、お前はモテてないってわけじゃないと思うが……メイドとかなあ?」

 

 そう同意を促すようにトートは見ると彼は頷いた。

 

「確かにね。モテてないってわけじゃないね」

「なになに! 俺に好意を持ってくれてるメイドがいるの!? 誰のメイドだ!? 其奴の名前を押してくれ! 調査するから!」

 

 俺は思わぬ情報に嬉々としてそう聞くと、二人は顔を見合わせた。

 

「誰って、お前のメイドだよ」

「そうそう」

 

 それを聞いた俺の気持ちが一気に萎えていく。

 

「なんだ来幸か。来幸はダメだ俺のヒロインにはならない」

「それはなんで?」

「……好みのタイプじゃないからだ」

「またそれかよ!」

 

 俺の言葉にベッグがそう叫んだ。

 そして呆れたように言う。

 

「そんなんだから、お前はこじらせてるって言われるんだよ。恋人求めてるくせに、恋人になれる奴を片っ端から否定してたら、マジで誰とも付き合えないだろ」

「こじらせてるって言ったのはお前らだけどな!」

 

 そんなことを言われても、無理な相手から好かれたって、無理と答えるしか無いのが普通ではないだろうか。

 攻略対象である以上、彼女達は俺の恋愛対象にはならないのだ。

 

 ゲーム知識がある俺は彼女達以上に彼女達のことを知っている。

 だからこそ、今の彼女達が言う好意なんてものが嘘っぱちであることは、俺がよく分かっている。

 

 イベントで奪った恋心なんて、別のイベントで奪われるし、そもそも彼女達の運命の相手は、ゲームで描写された通りアレクだ。

 ゲームであれほど幸せそうにアレクと愛し合った彼女達が、素知らぬ顔で俺と愛し合うなんてことはあり得ないだろう。

 

 そう、ヒロインを得ることが出来るのは、それに相応しい主人公だけなのだ。

 そうではない俺では、俺に対するヒロインの心を留め続けておくことなんて出来はしない。

 

 故に彼女達はいつか必ず俺を裏切る。

 そのタイミングがアレクと出会った時か、別のイベントが発生して彼女達が誰かに救われた時かは知らないが、俺を裏切る以上は俺だけのヒロインにはなり得ない。

 

「なあ、もういっそのこと、お前のメイド相手に一発やったらどうだ? そうすればお前も、そのよく分からない拘りを捨てて、幸せになれるだろう?」

「一発って何をだよ」

 

 ベッグの言葉の意図が分からずに俺は思わず言い返す。

 来幸相手に何をすれば良いと言うのか。

 

「そりゃ、お前、性交だよ。あのメイドもお前相手なら嫌がらないだろ」

「は? はああああ!? 何を言ってるんだよ!」

 

 俺はベッグから飛び出してきたとんでもない言葉に思わずそう叫んだ。

 そして思わず言い返す。

 

「おまっ! 俺達はまだ十二歳だぞ! まだまだ子供じゃねーか!」

「だからやることやって大人になるんだろ? さすがにこの年齢でやってる奴は少ないが、それでも婚約じゃなくてちゃんと婚姻した家では、このくらいの年齢でもやってる奴はいるし、俺達はしないけど貴族の嫡子の中には、異性に興味が出てきた俺達くらいの年代で、平民を使い捨てにしてそう言うことをやる奴はいるって話だぜ」

 

 ベッグのその言葉にトートは頷く。

 

「それに都会はともかく何も無い田舎の方だと、娯楽扱いで僕達くらいの年代からそう言うことしているって噂も聞くね。あくまで噂で僕が見た訳じゃ無いけど」

 

 そんな二人の言葉を聞いて俺は思わず叫んだ。

 

「これだからクソ中世はっ!!」

 

 確かに日本でも戦国時代とかでは前田利家が十二歳と結婚して子供作ってたり、外国の中世時代の田舎の方はそう言うノリだったってのは何かで見たことがあるが、そんな所までこのなんちゃって中世で再現しなくていいのではないかと思う。

 まあ、性に寛容な方がエロゲらしいっていえば、エロゲらしい世界観なのかも知れないが、まともな倫理間を持つこっちとしたら偉い迷惑だ。

 

「ちゅ、ちゅうせい? いきなりどうした?」

 

 俺の叫びにトートとベッグが意味が分からず首を傾げているが、俺はそれを無視して二人に言った。

 

「どちらにしろ俺はそんなことはやらん! 立場を使って無理矢理メイドとするとか、そんなのただのセクハラ、パワハラだろ!?」

「貴族が自分のメイドに手を出して妾にするとか割とありがちだけど」

「俺が嫌なの!? それに俺はシーザック家! 聖女の家系だ! そんな俺が不埒な真似なんて出来るか!!」

 

 家系的には聖職者よりの家なのだ。

 別に神に仕えて結婚しないとかそういうルールはないが、最低限の倫理感を守らないのは問題がある。

 

「ああ~。まあ、お前の場合は家の立場があるか。いずれ何処かに入り婿することになるだろうしな」

 

 ベッグが納得したようにそう言い、トートが頷く。

 

「それにそんな爛れた関係を持ったら、俺は理想のヒロインとのボーイミーツガールの青春の日々を気持ちよく送れないからな!」

「結局そこに戻るんだね……」

 

 俺の態度に諦めたようにトートが言った。

 

「だからこそ、ユーナ王女を是が非でも婚約者にしたい! お前達、何かその為のいい手は思いつかないか!?」

 

 俺の助けを求めるような言葉に二人は顔を見合わせる。

 

 ユーナには俺と婚約することを既に断られてはいるが、婚約自体は個人の感情だけではどうにもならないところもあるので、まだ完全に振られたという訳ではない。

 むしろ、会場を追い出された時の表情を見れば、少なからず脈はありそうな感じだったので、諦めるのはまだ早いのではないかと俺は考えていた。

 何より、前世とは違って今世では、理想のヒロインを得るために、直ぐに諦めるようなことはせずに、モテ男達のようにガンガン行くと決めている。

 

 だからこそ、ユーナを婚約者にするための情報を二人に求めた。

 

 このナルル学園での出来事はゲームでは設定だけで描写されていないことだ。

 故に、俺のゲーム知識が完全には通じず、ユーナを落とす為の行動に限界が発生していたため、この世界の貴族事情にも詳しい友人を頼ったのだ。

 

 俺も一応は貴族だが、魔力回路がダメで入り婿前提だったせいで、社交界にもまるで呼ばれずにその辺の事情には疎いからな。

 こう言うときはそう言ったことに詳しい相手に頼るに限る。

 

 気にせずに自分の知識が通じるルーレリア学園入学まで待てばいいじゃないかと思うかも知れないが、既に俺の行動によって数々のバタフライエフェクトが発生してしまっているため、攻略対象などのメインキャラクターの行動はともかく、どちらかと言えば背景設定用のモブに近いサブキャラクターの婚約関係くらいは、ゲーム時代と何らかの変化が発生してしまう可能性は捨てきれない。

 だからこそ、ユーナ王女に婚約者が出来る前に動かなくてはならないのだ。

 

「う~ん。それなら生徒会に入ったらどうかな?」

「生徒会か……ありかもな」

 

 トートの言葉に俺はそう呟いた。

 

 生徒会――学園物で必ず存在する、何故か学園を運営している者達よりも、強い権力を持っているという、生徒達による超組織。

 それはゲームでのルーレリア学園にも存在し、そしてこのナルル学園でも同様にあり、王族は必ず参加することになっているものだった。

 

「ああ、そう言えば、これは噂なんだが、ユーナ王女は毎日夜遅くに人気のない第三訓練場で人知れず魔法の鍛錬をしてるって聞いたことがあるぜ」

「マ?」

 

 あまりに有用な情報に俺が思わずそんな風に返すとベッグは肩を竦める。

 

「あくまで噂だけどな」

「いや、それでも充分だ! やはり持つべきものは友だな!」

 

 そう言って俺は二人の友人を称えた。

 それに二人は恥ずかしそうに苦笑する。

 

「全く、調子が良いんだから」

「だな」

 

 そう言って和気藹々と話す俺達。

 そんな俺達に後ろから誰かが声を掛けてきた。

 



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手製の弁当

 

「ここに居たのね!」

 

 俺が後ろから投げられた声に振り返ると、そこには見たくない顔があった。

 

「げぇ!? エルザ!?」

「何よ、その反応は、あたしの顔がそんなに見たくなかったわけ?」

「うん」

 

 俺が素直にそう言うとエルザは俺を叩いてきた。

 

「いて! 何すんだよ!」

「失礼なことを言う馬鹿を叩いただけよ」

「酷い言い草だな……。だいたいそんなことを言うくらいなら、俺に会いに来なくたっていいだろう? そもそも振られた相手にわざわざ会いに来るとか、気まずさとかはお前にはないのかよ?」

「ないわね」

 

 エルザはそう断言すると俺の顔に自分の顔を寄せて言う。

 

「だってあたし、まだ諦めてないから、そんな馬鹿馬鹿しいことを、気にしている余裕なんてないの」

「おま、諦めてないって! あのパーティーの日に、お前は恋愛対象にすらならないって、ちゃんと言っただろうが!」

 

 目の前にあるこちらをじっと見つめるエルザの顔にそう言い返す。

 

「そうね。確かに聞いたわ。今のあんたがあたしを恋愛対象として、眼中にすら入れていないってことはね」

 

 ふん、と威張るようにそう言うエルザ。

 それ、そんな態度で言うことかと、俺が思っていると、続けてエルザは言う。

 

「でも、それならあんたの眼中にあたしが移るようにするだけよ。そしてあんたがあたししか見られないようにする……そうすればあたしの勝ちだわ」

 

 どや顔をでそう言ったエルザは俺を指差すと言った。

 

「あたしは負けず嫌いなの! 絶対にあんたには負けないわ! あんたをあたしの事だけしか考えられないようにしてあげる」

 

 まるでライバル系ヒロインキャラのようなことを言うエルザに、俺は思わず呆れたような表情をしていった。

 

「俺がお前をそう言う目で見ることは天変地異が起こってもあり得ないけど」

「なら天変地異が起こるのね」

「……」

 

 ああ言えば、こう言う。

 完全に暖簾に腕通しだ。

 

 もう幾ら言っても仕方ないなと思った俺は言い負かすことを諦めた。

 

「そりゃ、物好きなことで、まあ、お前がどうしようが俺の知ったことではないし、やりたいなら好きにやってればいいんじゃない」

「ええ、そうさせて貰うわ」

 

 そう言うとエルザは、ごそごそと自分のバックの中を漁ると、何かを取り出して俺に向かって差し出してきた。

 

「と言うわけでこれよ」

「なにこれ?」

「見て分からない? お弁当よ」

 

 俺はそれを改めて見てみた。

 確かに四角い形はお弁当箱のように見える。

 だが、その意図が分からず、俺は思わず問い返した。

 

「なんでお弁当?」

「あの後、色々な小説を読んでヒロインとは何か勉強したわ」

 

 何処かを思い出すような顔でそう言うエルザ。

 

「そして、そこで知ったのよ。主人公はヒロインにお手製のお弁当を作って貰えると、とても嬉しい気持ちになるってね!」

「手製の弁当……?」

 

 俺がそこでエルザの手を見ると、その手は料理の失敗で付いたのか、ばんそうこうのような傷を抑える何かで治療が成された後があった。

 

 それを見て俺はふと思う。

 

 この世界、こう言う技術レベルに見合わない、ばんそうこうの代用品みたいなのもあるんだよな……。

 

 料理で怪我した手にばんそうこうを張る。

 所謂、ヒロインに対する萌えポイントの一つだ。

 それをCGなどで実装するために、何だかんだ理由を付けて、このようなものが技術的に実現している世界になっているのだ。

 

 さすがなんちゃって中世。

 なんやかんやでエロや萌え方面に対するご都合主義が酷い。

 

「さ、受け取りなさい」

 

 そう言ってエルザがずいっとお弁当箱を差し出してくる。

 だが――。

 

「いや、受け取らないけど?」

「なんでよ!? 美少女であるあたしの手料理よ!?」

 

 俺が断るとエルザがそう言って猛反論してくる。

 俺は仕方なく、今食べている弁当を指差した。

 

「俺には来幸が作ってくれたこの弁当があるからな。さすがに二つも弁当を食べるなんてことは胃の容量的に無理だわ」

「ふ~ん。あの女がねぇ……」

 

 エルザが来幸の作った栄養バランスが考えられた色鮮やかな弁当を見ながらそう言うと、何故か周囲の温度が一気に下がったような重圧感を感じる。

 同じものを感じたのか、トートとベッグの顔が青くなっていた。

 

 俺がそちらの方に気を取られていると、エルザの手が来幸の弁当に伸び、そしてそのまま俺の手から弁当箱を強奪し、自らの弁当箱を代わりに押し付けてくる。

 

「おい! 何するんだよ!」

「二つの弁当が食べられないって言うのなら、こっちの弁当はあたしが代わりに食べてあげるわ」

 

 そう言うとエルザは敷物を下に敷き、俺達と同じように昼食を取り始めた。

 

「何食い始めているんだよ! 俺のメシだぞ!」

「うっさいわね! あんたはあたしのを食べれば良いのよ!」

 

 そう言ってエルザは令嬢らしくない様子で来幸の弁当にがっつく。

 何故か食べれば食べるほど、その機嫌は悪くなっていった。

 

「……美味しいわね。むかつくほどの愛情を感じるわ。やっぱり色々と集めた情報通り、彼奴もフレイのことが好きだったのね」

 

 ぶつぶつと何かを呟くエルザ。

 小声過ぎて上手く聞き取れない。

 

「彼奴もしかして、側にいる者の立場を利用して、少しずつ落として自分がいなきゃダメなようにするつもり?」

 

 ふと何かに気づいたようにエルザがそう呟いた。

 

「考え方が気色悪いのよ。ずっと側にいるのに落とせないからって、ドロドロドロドロと怨念みたいに……そんな奴がヒロインになれるはずなんてない。こんな奴にあたしは負けない……ヒロインになるのはこのあたしだ!」

「なに、ぶつぶつ言ってんだよ」

「あんたには関係ない話よ! それよりも早く食べたら!?」

 

 エルザがそう俺に対して怒鳴ってくる。

 結局何故あんな鬼気迫る表情で弁当を食べているのか分からなかったが、料理の腕で負けて悔しいのだろうと、適当な理由を付けて納得した俺は、仕方なくエルザから渡された弁当箱を開けた。

 

「ほう……」

 

 俺はそれを見て思わずそう呟いた。

 来幸の弁当と比べると色鮮やかではないし、色々と形が崩れているものが多い。

 だが、それでも色合いも含めて、必死で如何するかを考えて、頑張って作ったことが伝わる弁当になっていた。

 

「さて、頂くか」

 

 そう言って俺はエルザの弁当に手を付け始めた。

 その味は――

 

「フレイ。美味しい?」

「……まあまあだな」

 

 俺はエルザの問いに正直にそう返した。

 

「まあまあって何よ! そこは気を遣って美味しいって言いなさいよ!」

 

 何処か嬉しそうにエルザがそう言う。

 俺はそんなエルザに言い返した。

 

「そんなに美味しいって言われたいなら、そう言う奴を相手にするんだな」

「ふん。あたしはあんたに美味しいって言って貰いたいのよ」

 

 その会話の後、俺達はエルザも交えて他愛も無い話をしながら食事をした。

 



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頭のおかしな麒麟児

 

 食事を終え、立ち去っていたフレイとエルザを見送ったベッグは、その場で弁当箱を片付けながら、同じようにしていたトートに声を掛けた。

 

「なあ、トート。ぶっちゃけフレイの夢、叶うと思うか?」

 

 その言葉にトートは先程までのエルザの態度を思い出しながら言う。

 

「無理じゃないかな? フレイが来幸っていうメイドの名前を出したときのエルザ様のあの態度……正直殺されるかと思ったよ」

「メイドに対する殺意が溢れ出てたよな。アレを無視できるんだから、フレイはある意味大物だよな~」

 

 そこまでベッグが言った所で思い出すように言う。

 

「俺はそのメイド当人にも会ったことがあるけど、あっちも似たようなものだったよ。何と言うか愛が重いというか、病んでるというか……。どうやったらあんな状態になるんだろうな……」

 

 ベッグは思わずそう苦笑いした。

 それを聞いて思わずトートが言う。

 

「二人のどっちかにしとけばいいのにね。そうすればきっとフレイを愛して、フレイが望むヒロインを演じてくれると思うのに」

「なんかよくわかんない理由でそれを拒絶してるからな~。自分を好きな奴を片っ端から振って、その上でヒロインが欲しい~って他の女に粉をかけ続けるとか、彼奴いつか刺されるんじゃね?」

「そのヒロインを見つけるという目的も、候補となる人間が現れた所で、あの二人が相手を排除するだろうから、確実に叶わないのがなんともね」

 

 完全に詰んでいる友人の状況を思って思わず二人はため息を吐く。

 

 フレイ自身は相手をしっかりと振っているから関係ないと思っているのかも知れないが、愛というのはそんなに簡単に終わらせられるようなものじゃない。

 身を焦がす情熱を無理矢理消すことは出来ず、むしろそうやって水を掛ければ掛けるほど、油を掛けるように歪に燃え上がる。

 その結果があの二人なのだろうとトートとベッグは思った。

 

 そして燃え上がった情熱はフレイの周囲に向く。

 来幸とエルザ、二人にとっては自分以外の相手をヒロインにして、フレイが目的を叶えて幸せになるなんてことは絶対に許せないはずだ。

 だからこそ、そんなことになる前に暗躍して其奴らを潰すし、もしそれが実現したらどうなるのか分からない。

 

 実際にフレイを良いなと思った下級貴族の女子が、次の日から突然フレイのことなんて何も思っていないと洗脳されたかのように態度を変えたり、フレイに婚約を申し込んでいた幾つかの家が、圧力でそれを取り下げられたりしたという噂をトートとベッグは少なからず耳にしていた。

 

「良い奴なんだけどね~」

「ああ」

 

 フレイは自分達の友人になるのが勿体ないほどの凄い奴だと二人は思っていた。

 

 魔力回路が壊れているため、魔法関係の成績は圧倒的に悪いものの、それ以外の成績は常に学年トップを取っており、細かい所に気が利いて、困っている人を放っておけない性格のため、多くの人がフレイによって助けられている。

 何だかんだ、どんな相手だろうと分け隔て無く話してくれるし、どんな下らないことだって真剣に聞いてくれるし、話もそこそこ面白い。

 

 そんな完璧な人間。

 それこそ既に豊富な人生経験がある――二度目の人生なんじゃないかと、ふとそんなあり得ないことが思いつくほどの超人だ。

 

 フレイを知る誰もが言うだろう。

 フレイは、とてもいい人で、そして凄い奴だと。

 

「でも、恋愛が関わると頭がおかしくなるんだよな……」

「だね……」

 

 フレイの唯一の欠点。

 それは恋愛になると頭がおかしくなることだ。

 

 普段は、相手の気持ちもしっかりと察せるし、フォローとかも完璧にこなして見せるのに、恋愛要素が出てくるだけでその全てが出来なくなり、相手の気持ちを考えず、自分だけの都合を優先するクズのような行動を連発する。

 

 本当にこれがあのフレイかと最初は目を疑ったくらいだ。

 

 完璧超人の優等生が恋愛に関しては頭のおかしなクズになる。

 まさに恋愛関係についてこじらせまくっているとしか言えない状況だ。

 

 あれほどモテそうな奴が、何を如何したらあんなに恋愛について、こじらせまくった状態になってしまうのだろうと、二人に取っては不可解でならない。

 

「頭のおかしな麒麟児か……噂の通りというか女子は大変だね……」

「だな……」

 

 そんなフレイの被害に遭うのが女子達だ。

 そして普段のフレイが完璧超人なのがたちの悪さを際立たせている。

 

 何でも出来てどんな話でも聞いてくれる王子様のような相手に、自分のことを何度も助けて貰ったら、惚れない女子なんてそうそうはいないだろう。

 

 だが、その王子様は自分の事なんか恋愛対象として見てくれない。

 

 何処かにいる――いや、そもそも存在してないかも知れない、ガラスの靴の持ち主を探し続け、王子様を好いている自分の前で、ヒロインを探しているのだと口走り、自分に何の価値もないと思い知らされる。

 

 一体どれだけの女の子が草葉の陰で泣いたのだろうか。

 女子側の情報に疎い、二人が知るだけでも、かなりの犠牲者が出ていた。

 

 そんな状況だからフレイには気を付けろと、女子側では情報共有がなされているようだが、それでも犠牲者は後を絶たない。

 

 それもそうだ。

 誰かに恋をしてしまうと言う心は、理性ではダメだと分かっていても、止めようがないのだから。

 

「フレイ自身の行動も、クズいけど、悪って訳じゃ無いのがなんとも……」

「ああ、心折られる女子たちも付き合ってる訳じゃ無いからな……」

 

 フレイが付き合っている女子が居るのに、今のような自分だけのヒロインを探す行動を取っていたら間違いなく悪だ。

 それは確実に浮気という行為だし、付き合っている相手を蔑ろにしている。

 

 しかし、フレイは今のところ誰とも付き合っておらず、断り方は思わずクズだと思ってしまうほど苛烈だが、告白してきた相手にはちゃんと断りを入れている。

 

 その点を考えれば、フレイ自身に悪いところはないと言えるだろう。

 

 状況としては、フレイが落とそうと思った相手ではない女子が、フレイの行動で勝手に惚れてしまい、そしてその後に心折られて酷い目に合っているだけだ。

 その責任をフレイが持て……というのは、幾ら何でも暴論だと二人は思うのだ。

 

「まあ、僕達男子にはあまり関係の無い話だけど」

「まあな」

 

 女子に取っては釣り上げた上で、心をへし折って雑にリリースする悪魔のような男だが、男子に取ってはそんな所もない最高の友人だ。

 その為に男子の中ではフレイの人気は高い。

 

「まあ、俺達は見守るしかないだろ」

「そうだね」

 

 そう言って弁当を片付けた二人は立ち上げた。

 

「そう言えばあの二人も犠牲者なのかな」

「そりゃそうだろう。あんなになるまで惚れてるんだから」

 

 ふと呟いたトートの一言にベッグが答える。

 

 あんなになるまで恋心を募らせたのだ。

 きっとそれだけのことをフレイがしたのだと思うし、同時にそれだけの振り方をフレイがしたのだと思う。

 そう考えると――。

 

「まあ、自業自得かな」

「だな」

 

 フレイの行いに悪はない。

 だが、それはそれとして、キャッチアンドリリースして、女子を病ませ続けてきたのは、フレイの行動の結果だ。

 その状態に責任がないのだとしても、自分が引き起こした結果は、甘んじて受けなければならないのではないかと二人は思う。

 だからこそ、きっとこの状況は自業自得なのだろうと二人は考えていた。

 

「何と言うか、ご愁傷様」

「なむなむ」

 

 二人は友人であるフレイの冥福を祈りながら教室へと向かった。

 




 地味にハイスペックだったフレイ。

 これは、聖女の血統であるフレイの体が優秀だと言うこともありますが、前世でフレイがモテる為に、勉学や運動、話術の研鑽など、頑張って鍛え上げてきたものが活きている感じです。
 それなら、前世でモテていたんじゃないのと思うかもしれませんが、本編の何処かでフレイが言ったように、ゲームのように学力が一定以上になったら攻略可能のフラグが立って、以降は好感度が上がるというような、頑張ってスペックを上げれば恋人が出来る、なんてことは現実ではなく、現実では個人のスペックは、人によって許容範囲に差がある足切り要素で主に使われるものなので、モテるということには繋がらなかった感じです。
 また、話術に関しても、会話のテクニックだけではなく、相手を飽きさせないような話の種の多さや、現在の流行を追い続けられるセンスとか、集団の中の立ち位置に合わせて空気を読んで立ち回ったり、気の乗らない話でも「それなー」と相づちを打ったりなど、会話を面白くするだけのテクニックじゃどうしようもないことも多いので、結局は覚えた技術も無駄になってしまったという感じですね。

 そんな感じで前世の世界ではあまり評価されませんでしたが、今世でなぜ評価されているかというと、単純に世界情勢の違いです。

 この世界では、魔物がいて強さが必要だったり、機械文明が発展していなくて、誰でも同じことが出来ると言うのは少なく、個人の才覚で仕事などの出来が大きく変わるなど、どんな物事も、その個人の能力に影響される状況になっています。
 そのため、前世ではあまり評価にならなかった、頭の良さとか、運動神経の良さとか、純粋にスペックが高いというのが、こちらではかなりのプラスポイントになるわけですね。
 加えてネットがないこの世界では流行の変わりも遅く、全体的に話の種も少ないため、同じ話でもどれだけ面白く出来るかが重要になって来るので、そこで鍛えあげた話術が生きてきている感じです。
 集団の中の立ち位置もリア充がカーストトップになる前世と違い、こっちはどんな人物とか関係無く、家格で全てが決まるゴリゴリの貴族カーストなので、最上位側の家格のフレイには特に関係がない感じです。

 そんなこんなが、トートやベッグのような周囲のフレイへの高評価へと繋がっている感じです。


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料理の口直し

 

「と言うことがあったんだ。そんな訳で今日の弁当を食べたのは俺じゃない。折角作って貰ったのに悪いな」

 

 俺は今日の昼に起きたエルザとの出来事を話して、来幸にお弁当箱を渡す。

 

「そうですか。あの女が……。チョロチョロと周りを彷徨かれて迷惑しているのなら、私の方で洗脳して二度と近寄れないようにしておきましょうか?」

 

 勝手に弁当を食べられたことに怒っているのか。

 明らかに不機嫌な様子で来幸が俺に向かってそう言う。

 だから俺も強く命令するように言った。

 

「それはやめろ」

「ですが」

「前にも言ったが高位貴族に闇魔法を使用するのはリスクが高い。魔力量が多いと闇魔法が効き辛いし、対精神魔法用の装備だって普通に持ってるからな。そんな相手に闇魔法を使えば、俺達が闇魔法を使っていると気取られる」

 

 それが闇魔法持ちがこの世界を制覇することが出来なかった理由だ。

 闇魔法は基本的に対策を持っていない相手にしか通用しないのだ。

 

「シーザック家は聖女の家系だ。そんな一族から闇魔法を使いが現れたなんて知られてみろ。シーザック家の評判が一気に地の底に落ちる。それは許可出来ない」

 

 問題が起こった場合はシーザック家のもの全てに迷惑がかかる。

 今世の家族や領民をそれなりに大切にしている俺からすれば、それはちょっと許容できない出来事だった。

 

「それに闇魔法は黒神教が主に使っていたものだ。下手にそことの関連があると疑われて異端認定でもされたら、うちと関係が深い聖王国が……いや、七彩教や神が動くことすらあるかも知れない。それがどれほど恐ろしい事態なのかわからないわけじゃないだろ?」

 

 この世界で、魔族以外のほぼ全てが信仰している七彩教は、他の宗教に比較的寛容な宗教だ。

 そのため、自然を神とした自然信仰や、建国の偉人を神にするような英雄信仰なども、神として信仰することを許しているなど、七彩教以外の神を作ることすら許容する器の広さを見せている。

 

 だが、そんな七彩教でも、許容せずに異端とするものがある。

 ――それは神に色を紐付ける事だ。

 

 世界は色によって形作られるものであり、その為に色が紐付けられることこそが、世界の管理者たる神の証だと七彩教ではされている。

 つまるところ、七彩教では色を持った神こそが真の神であり、それ以外の神は、従属神とか精霊などの超常存在だが、真の神より一歩劣る存在としているから、七彩教は新たな神を信仰することに文句を言わないわけだ。

 

 故にその真なる神の神性を揺るがすような、神が自らの色を名乗り、それを含めて信仰するような宗教は絶対に許さない。

 そして、そんな七彩教から見たら、初代の教祖が自らを、黒の神と名乗っていた、黒神教はバリバリの異端であり、聖王国の人間などの七彩教の信仰に厚い人が見たら、即座に殲滅して惨たらしく殺すほど、憎まれている対象なのだ。

 

 黒神教は闇魔法を使って爆発的に増える上に、平民に多くて見分けが付きにくいというのもあって、聖王国や七彩教が直接異端を裁きに行くと、他国で大虐殺が起こることになってしまうため、基本的に黒神教を裁くのはそれぞれの国の貴族に一任されている状況にはある。

 だが、貴族が討伐をサボるなど、その国で対処出来ないと七彩教が判断したら、聖騎士団がやってきて、疑わしきは罰するの精神で、神に仇なす神敵を皆殺しにするので洒落にならないのだ。

 

 この世界には神が実在しているから、彼ら聖騎士団も手を抜くということは絶対にしない。

 自らの神たちに不評を受けないように、人々の手で全てを処理できると、完璧に対象がいなくなるまで現地を浄化するのだ。

 

 そしてこの聖騎士団だが、このシーザック領には早い段階でやってきてしまう可能性がある。

 なぜなら、シーザック家は聖女の家系というのもあって、七彩教やそれの本拠地がある聖王国とつながりが強く、そんな場所が異端に侵蝕されているなど、信徒達からしたら許せるものじゃないからだ。

 

 もし闇魔法から俺達が黒神教――つまり異端だと判断されれば、汚染を取り除くために、シーザック家の者は見せしめとして、死ぬ以上の苦しみを味わう拷問を受けた上で殺されて、領民達にもその手は向くかも知れないのだ。

 

 平民相手や下級貴族相手なら、闇魔法の特性上、幾ら使おうともバレる心配は無いが、高位貴族の場合だと、そんな最悪の未来に繋がるような闇魔法バレが、容易く起こってしまう可能性があるのだ。

 

 とてもじゃないが、それを許容することは出来なかった。

 

「それがわかっていながら、高位貴族に闇魔法を使うと言うのなら、シーザック領の者達を守るために、俺はお前を切らなければならない」

「――っ!?」

 

 俺のその言葉に来幸が息をつまらせる。

 俺はそんな来幸に対して言った。

 

「俺にはお前が必要だ。だから俺にそんな決断をさせないでくれ」

「……分かりました」

 

 俺に言葉に来幸は従ってくれた。

 だが、納得出来ないことがあるのか来幸は言う。

 

「私はフレイ様に取って必要な存在なので、エルザに闇魔法を使うのは止めます。ですが、それはそれとして、栄養バランスを考えてフレイ様の三食の食事の面倒を見ているので、勝手にそれを乱されると困ります」

 

 そう言うと来幸は机と椅子を指差して言った。

 

「あの女の料理の口直し――取れていない栄養を取らなければならないので、私が料理を終えるまでそこで待っていてください」

「は? え? 来幸?」

 

 一方的にそれだけを言って調理室に向かった来幸を見て、俺は思わずそんな情けない声しか出せない。

 しばらくすると、料理を持った来幸がその場に現れた。

 

「どうして座っていないのですか?」

「いや、夕食前だろ? ミリーが買い物に行ってるわけだし、こんな中途半端な時間に、そんな量の料理を食えないって」

 

 今俺達がいるのは王都にあるナルル学園近くの別荘だ。

 ナルル学園は王都にあり、そこに通う間、学生達は、寮に入るか、王都に家を借りる必要がある。

 

 俺は侯爵家筆頭というこの国で五番目に偉い家系なので、当たり前のように王都に別荘を持っており、そこを使ってナルル学園に通っているのだ。

 今は、シーザック領から連れてきた、俺専属メイドである来幸とミリーと、この屋敷に元々いた数人の使用人、そしてリガードが派遣してきたこちらでも政務を行えるようにするための人員がこの屋敷で生活を行っている。

 

 普段の俺の身の回りの世話は来幸とミリーの二人が行っており、今、ミリーは俺の夕食の為の食材を買いに行ってくれているのだ。

 

 ちなみにコックではなくメイドが料理をするのかと疑問に思うかも知れないが、俺が知らない間に、あれよあれよと俺が食べるものは何故か専属メイドが作るということに、いつの間にかなっていた。

 来幸と何かしらの談合でもあったのか、来幸に向かってグットマークを作る使用人の姿が、話が決まった当時に目に入った気がする。

 

 ま、そんな話は置いておくとして、こんな時間に食事をする必要はないのだ。

 

「栄養が足りないってなら夕食を増やせばいいだろう?」

 

 そう言うと食卓に料理を置いた来幸は言った。

 

「ダメです! 直ぐに食べなければなりません!」

「いや、なん――うおっ!?」

 

 ごねていた俺を見かねた来幸が、身体強化をして、無理矢理俺を引っ張り、先に椅子に座った自分の上に俺を座らせる。

 

「おま、ちょ!?」

 

 それによって来幸の胸が背中に当たり、更に座り込んだお尻に、柔らかい来幸の体を感じて俺は思わずそんな声を上げる。

 

「どうしても食べたくないというのなら、私が食べさせて差し上げます。フレイ様、口を開けてください。はい、あ~ん」

「いや、そんな無理矢理……」

「あ~ん」

「あのね。来幸さん」

「あ~ん」

「……」

 

 壊れたレコードのように「あ~ん」と言う言葉を繰り返し、ただ俺の口に向けて、俺の後ろから伸ばした手で持った料理を指したフォークを向ける来幸。

 俺はどうしようもないと気づき、ため息を一つ付くと口を開けた。

 

「あ、あ~ん」

「美味しいですか?」

 

 そう言って来幸が差し出した料理を食べると、その感想を聞いてきた。

 

「お、美味しいよ……」

「昼間に食べた料理より?」

 

 その言葉に圧倒的な圧を感じ、俺は思わず怯えながら答える。

 

「そ、そうだね!」

「当たり前です! フレイ様のことを誰よりも詳しいのは私なんですから! フレイ様は今後勝手に私のお弁当を食べずに他の者が作った料理を食べたらダメですよ」

「ぜ、善処します……」

 

 俺が理想のヒロインを得たら、その子が料理を作ってくれるかも知れない。

 だからこそ、確約できなかった俺の言葉に、来幸が一瞬不機嫌になった気配を感じたものの。

 

「分かりました。取り敢えずはそれでいいです」

 

 そう言ってくれたので俺はほっと胸をなで下ろす。

 そんな俺の様子を見たのか、話を切り替えるように来幸が言った。

 

「それにしても懐かしいですね。こうやって二人で座って、ご飯を食べさせるのは、あの時は立場が逆で、私がフレイ様に食べさせて貰いましたが」

「そうだな。あの時から立派に成長して俺も嬉しいよ」

 

 俺が当時のことを思い出しながら思わずそう言うと、来幸は俺が僅かに聞き取れないほどの音量で言う。

 

「私はもう少し成長しないままでいた方が良かった気がしますけどね」

「ん? どうした?」

「いえ、何でもありません。それよりも次です。はい、あ~ん」

「あむ」

 

 来幸が差し出す料理を次々と食べていく。

 しばらくすると部屋の入口から、がたという何かを落とす音が聞こえた。

 

「み、ミリー?」

 

 俺がそちらの方へと目を向けると、夕食の材料が入ったバッグを床に落とし、ぷるぷると震えながらこちらを見るミリーの姿があった。

 

「最近は、ちょっとはまともになってきたと思ってのに……」

「ちょっと待ってくれ! 誤解だ!」

 

 何かを勘違いしていることに気付き、俺は思わずそう叫んだ。

 しかし、ミリーはそんな俺の思いを無視して叫ぶ。

 

「自分が振った相手に、こんなプレイを強要するなんて! クズ! 変態! ――この屋敷にいるみんなに知らせてやる!!」

 

 それだけ言うとミリーは駆け出すように部屋を出て行く。

 

「待ってくれーーーー! ミリィーーーーーー!!」

 

 今回は本当に俺は悪くないんじゃないか!?

 そんな俺の考えも虚しくミリーは完全に去って行った。

 

 しばらくすると、俺を席から立たせた来幸が申し訳なさそうに言う。

 

「その……すみませんでした。気持ちが抑えられなくて、出過ぎた真似を」

「次からは気を付けてくれ」

「……善処します」

 

 何処かで聞いたような返しを来幸にされる。

 俺はしょうがないと頭を切り替えて来幸に聞いた。

 

「そう言えば来幸、例の件の調査はどうだ?」

「はい、あの件については調査が完了しています」

「! そうか……それで」

「時期的には三年ほど早く……既にイベントは発生しているようです」

「なるほどそうか、さすがにここまで来るとバタフライエフェクトで、イベントの状況や発生時期に大きなずれが生じるようになっているな……。それでも必ず発生するのがさすがはイベントだと言ったところだが……」

「……」

 

 俺はそう言うと戸棚の隠し扉から、特注で作らせたヒーロー物のようなおしゃれなフルフェンスの仮面と、それに関する幾つもの魔道具を取り出した。

 

「行くんですか?」

「まあ、放っておけないからな。銀仮面の出陣だ。直ぐに戻ってくるから、ミリーには上手いことさっきのことについて説明して、夕食を用意しておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 俺はそれだけ言うと仮面を被り、転移をした。

 



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バットエンドトリガー

 

 銀仮面――それは最近王国を騒がせる謎の存在だ。

 不幸な目に合っている少年少女の元に現れ、颯爽とその問題を解決し、何処かへと去って行く孤高の存在。

 多くの者がその正体を追い求めているが、未だに判明していない存在だ。

 

 その銀仮面……何を隠そうこの俺こそがその正体である。

 

 何故、俺がそんな慈善活動に興じているかというと、それは不幸な目に合っている攻略対象達を救うためだ。

 

「バットエンドトリガーが起動して、バットエンドルートに入って、攻略対象達が悲惨な目に合うって言うのは避けたいからな」

 

 インフィニット・ワンは基本的にどのルートでも必ずハッピーエンドで終わる。

 ストーリー上では、幾つもの選択肢による分岐や行動の結果によって、ストーリー自体の内容が変化したり、会話が変わるということもあるが、それらの分岐は最終的に一つの大きな支流に纏められ、攻略対象のハッピーエンドに辿り着く感じだ。

 

 まるで主人公と攻略対象には、大きな運命によって、幸せな結末が約束されていると言わんばかりの幸せなストーリー。

 だが、世の中にはそう言ったハッピーエンドよりも、攻略対象や主人公が悲惨な目にあって目が曇るのが見たいという客層もいるし、そう言った鬱要素がつまった物語も創作の中では主流なストーリーの一つでもある。

 

 インフィニット・ワンは、グラフィックとシステムを犠牲にすることで、多数の攻略対象を用意し、無限とも言えるほどの様々なストーリーが楽しめるということを売りにしていたゲームだ。

 だからこそ、プレイヤーを不快にさせない為に基本的にハッピーエンドの物語を作っていたが、鬱要素が存在する物語がないというのも、どんなストーリーもあるという看板に問題が生じるため、彼らはそう言ったストーリーも用意していたのだ。

 

 それが、バットエンドルートだ。

 実は各攻略対象には一つずつ、バットエンドとなるルートが容易されていて、通常プレイでは殆ど起こらないような特殊なフラグを踏むと、バットエンドトリガーが起動し、そのバットエンドルートに突入することになっているのだ。

 

 特殊な客層以外の者の為に、ルートに入る際には『バットエンドルートに入りました。これから描かれるのは、あり得もしないもしもの可能性の話であり、正史は本来の運命通りに主人公と攻略対象がラブラブで幸せに終わる通常ルートです。それでもこの物語をプレイしますか』と懇切丁寧に警告を行い、『いいえ』を選択すれば通常ルートに戻してくれる。

 そこまで過剰なほどに警告をしてくれるのは、ヒロインが悲惨な目に合ってしまうのを好まない層が誤って見るのを防ぐためと、バットエンドルートだけを抜き出してこんな風にヒロインが可哀想な目に合うゲームなんだと、ネット上でのネガキャンに使われるのを防ぐ為だったのだろうと言われている。

 

 バットエンドルートをクリアすることによる実績や得点もないため、本当にそう言ったものが好きな人しか見たことがないだろう特殊なルートだ。

 実際にインフィニット・ワンをやり込んだ俺でも、ヒロイン達のバットエンドルートは全ては見ておらず、逆にアヘらされるアリシアがエロかった、ヒーロー達のバットエンドルートの方が、ルートクリア率が多いという有様だ。

 

 そんなこんなで幾つかのバットエンドルートしか知らないが、俺が知っているものだけでもその悲惨さはよく分かっている。

 例えばエルザやレシリアのバットエンドルートがその例に挙げられる。

 

 エルザのバットエンドルートは、ダンジョン攻略をサボることで起こる。

 ダンジョンでは各攻略対象やメインキャラを連れて挑むことができ、そこでエロトラップに嵌まった彼ら彼女らの特別なCGやイベントを見ることが出来るが、それを行うごとにエルザルートのみで存在する意欲ゲージというゲージが減っていく。

 この意欲ゲージはダンジョンの階層を進むことで回復するが、その回復が追いつかずにゼロになってしまうと、バットエンドトリガーが起動し、バットエンドルートへと入ることになってしまうのだ。

 

 その条件の内容から、インフィニット・ワンで一番入った者が多い、バットエンドルートだと言える。

 実際に俺も、ヒロイン達のエロトラップのエッチなCGを見て楽しんでいたら、うっかり意欲ゲージをゼロにしてしまい、折角だからとそのままバットエンドルートをプレイしたのがエルザルートのバットを見た切っ掛けだ。

 

 エルザのバットエンドルートに入ると、その瞬間にダンジョンが崩壊を始める。

 嫌な予感がしつつもダンジョンを脱出したアレクが見たのは、ダンジョンコアを手に掲げて凱旋する一人の冒険者の姿だった。

 そう、アレクが遊び惚けている間に、別の者が大会を優勝してしまったのだ。

 

 その男は元からの目的である大会の景品であるエルザを手に入れる。

 熱いキスを交わすエルザと男、それを見て思わず唖然としてしまったアレクの横を通り過ぎる際にエルザが言う。

 

「役立たず」

 

 まるでアレクに夫になって欲しかったと言わんばかりに、悲しそうにアレクだけに聞こえるように言ったエルザはそのまま去って行った。

 そしてアレクはその場で膝を突き打ちひしがれることになる。

 

 このバットエンドでストーリーは終了。

 そのままエンディングに向かうと思うだろう。

 だが、そうはならない。

 

 ――なぜならこれは、バットエンドではなく、バットエンドルートだからだ。

 

 ルートと名が付いているようにアレクを操作して、バットエンドへと向かって行く世界で行動することが出来るのだ。

 アレクが打ちひしがれた翌日以降に、ノーティス家の屋敷を訪ねると、その中を自由に散策することが出来る。

 

 その時に屋敷にいる子供のメイドに話しかけると、「夜な夜なエルザ様の苦しそうな声が聞こえるの」と心配そうにしている話を聞かされたり、エルザのベットを調べるとエルザの???が手に入るなど。

 アレクより、(ダンジョン攻略が)ずっとはやい!! と言わんばかりに、何処かの寝取られキャラのネタを片っ端から詰め込んだ内容で、プレイヤーにエルザが他のモブ男に寝取られたのだと強烈に植え付けてくる。

 そうして全ての情報を調べ終えることで、ストーリーが進行し、最後には何を思ったのか、夜中に屋敷に侵入したアレクが、エルザの寝室を覗き込み、そこでエロ墜ちマゾ化してモブ男に喘がされまくるエルザの姿を目撃して発狂したところで、エルザのバットエンドルートは終わり、エンディングへと移ることになる。

 最終的にはエンディングで、アレクがただダンジョンを攻略するだけの狂戦士となりましたと語られて、このルートはおしまいだ。

 

 この一連の流れでエルザに惚れていたプレイヤーの脳は破壊され、アレク視点による覗き見アングルの迫真の寝取りCGで興奮することが出来る一部の者だけが、拍手喝采を行うというなんとも言えない悲惨な状況になる。

 

 だが、これはどちらかというとまだマシな方だ。

 なぜなら、アレクとエルザは付き合っていた訳じゃないから、厳密には寝取られではないし、その状況に陥ったのもストーリー上ではアレクの怠慢とされるものであることに加えて、ダンジョンを攻略するというエルザの目的自体は達成しているからだ。

 

 このようにバットエンドルートはキャラによってその悲惨さの差が違う。

 今回のようなダメージを受けやすい寝取られや、逆にご褒美と言えるような、戦闘狂魔族による腹上死や、夢魔に取り憑かれた先輩を助けられずに、お互いに現世の肉体は精気を吸われて死んだけど、夢の世界で淫らに楽しく暮らしてますというようなものに加えて、悲惨というよりもギャグみたいな落ちとなるものあるからだ。

 

 そんな風にまだマシなバットエンドルートも少なからずあるが、それでも悲惨な目に合うキャラは多く、中にはここまでやるかと言わんばかりに、愉悦勢が歓喜しそうなほどに徹底的に曇らされるヒロインもいるのだ。

 

 俺が見た中で一番酷かったのはレシリアバットエンドルートだ。

 



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レシリアバットエンドルート

この話はエロゲのバットエンドの話なので鬱展開となっています。
ここを見なくても、何か酷い終わりだったんだなという理解で、以降の物語は理解出来るので、そう言う展開が嫌いな人は飛ばすことを推奨します。
あと今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。


 

 ディノスとフレイとの決戦の前に行う、リノア相手の説得イベントで、事前に特殊なフラグを立てることで、その説得を失敗させることができ、それがレシリアバットエンドルートのトリガーとなり、そのままバットエンドルートに入る。

 

 戦いに赴くことに失敗したレシリア達は、その場で取り押さえられてしまう。

 レシリアはそのままシーザック家に連れ攫われ、邪魔になったアレクは殺されはしなかったものの、屋敷の外に追い出されることになってしまうのだ。

 アレクはレシリアを奪還するために、シーザック家に挑むことになるが、その前にシーザック家の者達が、そして最後にはS級冒険者であるジークが立ち塞がる。

 

 このジークこそが原作で最強の敵とされる存在であり、絶対に勝つことが出来ない負けイベントの権化とも言うべき存在なのだ。

 さすがS級冒険者……というか、このためにリノアの夫の設定をS級冒険者にしたのではないかと巷で語られるような強さなのだ。

 

 そうしてかなりの強さを誇るジークだが、このジークのいやらしい所は、そんな強さとはもっと別の所にある。

 それは他の負けイベントのように、敵が無敵と言うわけではなく、普通にダメージが通り、更に時間経過によって強制敗北となるような、強力な技を繰り出してくることもないということだ。

 だからこそ、多くのプレイヤーはもしかしたら倒せるかもしれないと希望を抱き、そして何度もリセットを繰り返して戦って、やがて此奴無限にHPがあるんじゃないかと気づき、作中のアレクのように助け出せるという希望から、絶対に無理だという絶望に落とされる過程を追体験出来るようになっている。

 

 俺はその情報を聞いて本当に倒せないか確かめるために、各ルートをクリアしてフル強化したアレクでレシリアバットエンドルートに挑んだが、ものの見事にコテンパンに倒されて、レシリアバットエンドの結末を見ることになった。

 

 ゲームでアレクがジークに負けると強制的にイベントが始まる。

 レシリアが監禁された部屋に、ある日満面の笑みでリノアがやってくる。

 その姿に不気味なものを感じるレシリアの前で、部屋に入ってきたジークが簀巻きにされて暴れ狂うフレイを連れてくるのだ。

 

 困惑するレシリアの前でリノアは言う。

 

「ねぇ。レシリア。聖女の力がない貴方ではディノスに勝てないし、私は貴方がフレイと争うのは嫌だわ。二人とも私がお腹を痛めて産んだ子供なんですもの」

 

 リノアは聖女の才がないレシリアが戦っても殺されるだけだと思っていた。

 そしてフレイがああなってしまったことに責任を感じており、兄妹の争いでフレイが殺される事になるのを嫌ったのだ。

 

「もう一度、家族皆で仲良くしたい……、より強い聖女の力で安全にディノスを倒したい……。そんな事を考えたら、私気付いちゃったの」

 

 そしてリノアの狂気によどんだ目を見せる一枚絵のCGが表示されて言う。

 

「二人に子供を作って貰えばいいんだって!」

「お、お母様……? 何を言って――!?」

「むごごご!?」

 

 母親の言っていることを理解出来ず、思わず問い返す子供達。

 だが、一人目のレシリアが死んだことで、狂気に犯されているリノアは、そんな様子を気にすることもなく告げる。

 

「聖女の血が濃くなれば、それだけ強い聖女の力を持った子が生まれる! そうすればレシリアを殺した魔族だって殺せる! その為には私の血を継ぐ貴方達二人が子供を作ることが一番だと思うの! それに貴方達が夫婦になればこれからもずっとずーっと……私の手が届くこのシーザック家で! 以前と同じように皆で仲良く過ごし続ける事が出来るわ! もう誰にも私の子が脅かされることもない! 家族みんなで仲良くここで愛し合って暮らし続けましょう!」

 

 もはや、リノアが止まることはない。

 それを理解したレシリアは周囲の者に必死で助けを求める。

 

「いや! いやです! 私には好きな人がいるんです! 兄様となんて――! 誰か! 誰か助けてください! お父様! リガードさん!」

「むぐぐぐ――!!!」

 

 レシリアとフレイの必死の叫び、だが使用人やジークはそれに答えない。

 

「じゃあ、始めるわ」

「はい」

 

 それどころか粛々と準備をし始めた。

 嫌がるレシリアとフレイの服を脱がしていく使用人達とジーク。

 それを見てレシリアの目に絶望が宿る。

 

「どうして……」

「当主の意向には逆らえません」

「リノアがそうしたいって言うのなら、俺はそうするだけだ」

 

 どれほど狂ったとしても、ジークに取ってリノアは愛する相手だった。

 だからこそ、彼女が心の底からやりたいということを、どれだけ倫理的におかしかったとしても、止めることが出来なかった。

 

 平民の使用人達に取ってシーザック家の当主である聖女の言葉は絶対だった。

 彼らは王国では兄妹での婚姻は禁じられていないから問題ないと、自らの心を無理矢理納得させる形で騙し、拒否することが出来ない凶行へと手を貸したのだ。

 

「っあ!」

「これじゃあ、まだ入れられないわね」

 

 レシリアの近くに寄ったリノアは、レシリアの濡れていないそこを、手でしっかりと触ってその状態を確かめると、そう一言だけ呟いて、レシリアの敏感な部分を、自らの手や口で愛撫し始める。

 

「あっ、んっ……! やめて! やめて! お母様! アレク! 助けて!」

「そんな余所の男の事は忘れなさい!」

「あんっ!」

 

 一際強く感じるように女の子の大事な所を攻めるリノア。

 それによってレシリアは思わず喘いでしまい、レシリアのそこは濡れ始める。

 

「ほら、興奮してきた。貴方の体はお兄ちゃんを受け入れたいと思ってる。貴方の聖女の血がフレイの子種を欲しがっているのよ!」

「ちが……これはちが、んっ!」

 

 シーザック家の者に取り押さえられ、家の者や父親に見られながら、母親に大事な所を弄られて喘がされる。

 その状況に絶望し、嫌だ嫌だと涙を流し、何度も抵抗して、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、助けを求めて叫び続けるレシリア。

 だが、それでその行いが止まることもなく、それからも執拗な責めは続き、レシリアの準備が完了すると、リノアはレシリアの後ろに回ってその手を取った。

 

 その前に立つのはフレイだ。

 だが、暴れていたのを締め付けられることで取り押さえられたせいか、既にその意識は殆どなく、後ろから抱えるように持つジークのなすがままとなっている。

 

 フレイのそれへとレシリアの手を握ったリノアは手を向ける。

 そしてレシリアの手でそれを刺激させ始めたのだ。

 

「あっ……、ダメ! やめて!」

 

 ふにゃふにゃとした感触から、堅くなっていくそれをその手で感じて、これから行われることへの現実感が増したレシリアはそう叫ぶ。

 だが、その思いも虚しく、レシリアと同じく準備完了したフレイのそれは、リノアとジークの二人の手によって、レシリアの元へと向けられるのだ。

 

「あうぅ!」

 

 痛みによって叫ぶレシリア。

 だが、家族の共同作業は終わらない、ジークがフレイを動かし、リノアがレシリアを動かすことで行為を先に進めていく。

 

 そんなレシリアの状況のCGが表示される。

 既に涙も涸れきった様子で、目の縁に薄らと水滴を残し、目をレイプ目にしながら、全てを諦めたかのように、声優さんの迫真の演技で、体の快楽に合わせて機械的に「あっ、あっ、あっ」というだけの存在になったレシリアが描かれるのだ。

 

 やがてフレイが出すものを出し、それによってレシリアもイってしまう。

 それを実感してレシリアは絶望したようにぽつりと呟くのだ。

 

「わたし……汚されちゃった……」

 

 という場面の後に場面展開が行われる。

 

 レシリアを助けられなかったことで、酒場で飲んだくれるアレク。

 その元にレシリアがやってくるのだ。

 

「レシリア……? 無事だったのか?」

 

 そう顔を上げたアレクが見たのはお腹をぽっこりと膨らませたレシリアだった。

 レシリアは感情が抜け落ちた表情でアレクに向かって言う。

 

「ごめんなさい……さようなら」

 

 それによって何があったのか悟ったアレクは、自分では誰も救えないと自暴自棄になり、勇者に覚醒することもなく、引きこもりになってそのルートは終わる。

 



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ハッピーエンド至上主義

 

 そんなレシリアバットエンドルートの事を思い出しながら俺は思わず言った。

 

「いや、あのルートはほんとドン引きだったな……」

 

 最強ボスがいると聞いて倒しに言ったら、負けて強制的にそのイベントを見ることになった俺は、その内容の余りのひどさにメンタルをやられ、それ以降は自発的にバットエンドルートを収集することはなく、攻略サイトで「これいいよ」と書かれているものだけを、警戒しながら確認するだけというような状況になったのだ。

 

「ヒロインは救われるべきだ」

 

 俺だって曇ったヒロインが嫌いというわけじゃない。

 うたわれる○のの曇ったネコネは大好きだったし、優等生を拗らせて暴走するウィク○スのちーちゃんとかは、共感を感じるものもあり、その行く末と行動をハラハラしながら見守ったものだ。

 でも、曇ったヒロインをそう言った気持ちで見ていられたのは、最後にはその曇った原因がなくなって、ヒロイン達が笑顔になれると信じていたからだ。

 

 やがて救われると分かっているからこそ、そこに到る過程でどれだけヒロインが酷い目に合ったとしても、それを楽しんで見守ることが出来る。

 

 それが創作を楽しむ人々の大概のスタンスだろう。

 

 乗り越える絶望が大きければ大きいほど、それが晴れた時のカタルシスも大きくなるからこそ、その物語を楽しんでいるのだ。

 

 言ってしまえば俺は、ハッピーエンド至上主義なのである。

 他の吹っ切れた性癖の方々ほどは、曇ったヒロインが曇ったままで終わるような、バットエンドを受け入れることが出来ないのだ。

 

 その観点で言えば、レシリアのバットエンドは最悪だった。

 あんなの、あの後、絶対にレシリアは救われない……確実に俺の許容範囲外だ。

 

 他の攻略対象のバットエンドルートは殆ど見ていないが、あのレシリアルートと同じように最悪な結末を迎えるものもあるかも知れない。

 そう考えれば攻略対象を助けないという選択肢はなくなる。

 

「インフィニット・ワンの世界だしな」

 

 ここがゲームの世界だからこそ、その思いを強く感じる。

 これが前世の頃だったら、俺は隣町の人物が不幸な目に合っていると何らかの手段で知ったとしても「ふーん」と一言だけで済ませてしまっただろう。

 なぜなら、俺はその人物のことを何も知らないから。

 

 大抵の人間は、知らない奴が何処でどんな目に合おうとも興味がない――いや、それどころか、そのニュースを話の種にするくらいはするだろう。

 現実における知り合ってもいない他者の扱いなどそんなものだ。

 

 その点を考えたら俺の行動はおかしなものになる。

 だって、この時点で俺は、助ける相手の攻略対象と知り合っていない。

 前世の価値基準なら全てが終わった後に「ふーん」と言って終わりだろう。

 

 だが、今は違う。

 俺がいるのはインフィニット・ワンが元となった世界だ。

 

 俺は知っている。

 攻略対象達がどんな人物でどうなっていくかを。

 攻略対象達がどれほど危険な状況にあるのかを。

 

 ――そして、攻略対象達がどんな思いで、恋人であるアレクやアリシアと共に、どれほど頑張って問題を乗り越えて愛し合い、幸せになったのかを知っている。

 

 基本的にゲームの攻略対象とは、プレイヤーに嫌悪感を持たれないために、誰からも好かれるようないい人としてデザインされている。

 

 全てを知り尽くした俺に取っては、あれだけいい人である攻略対象達が、バットエンドルートに入って悲惨な目に合うのはメンタル的に耐えられない。

 なぜなら、俺は、誰かが特定の行動を取れば、ヒロイン達は確実に救われて幸せになることが出来ると知っているから、それを実行しなかったことでヒロイン達がバットエンドに陥って、不遇な日々を過ごし続けることになってしまえば、それは俺がヒロイン達をその状況に追い込んでしまったと思ってしまうかも知れないからだ。

 

 俺は自分のことを良い人間だとは思っていない。

 猜疑心に塗れ、人を信じ切れず、最終的には自己の思いを優先する自己中で、自分と関係無ければ他者がどんな目に合っていようとも傍観できる――そんな物語の主役になることが出来ない、前世ではありふれていたごく普通のただの人間だ。

 そんな人間だからこそ、助けられると知っている相手を放置して、何事もなかったかのように過ごすことは出来ないのだ。

 

 だってそうだろう?

 

 線路に嵌まった人が助けを求めるように叫んでいて、自らの目の前に緊急停止ボタンがあったとして、俺には関係ないからと気にせずに見なかったことに出来る強い心の持ち主がどれだけいるだろうか。

 大抵の人間はここで押さなかったら、何かしらの罪に問われるかも知れないし、何よりもこの人が死んだのは自分のせいということになる――そう考えて、少なくとも行動したという結果を残すためにボタンを押すのではないだろうか。

 線路に嵌まった人がどう言う経緯でそうなったのかも、ボタンを押したことでその人が助かるかも関係無く、ただ自分が責任を負いたくないから、楽になりたいからと、誰かを救う行動をする、それが現実的な人間と言うものだ。

 

 物語の主人公のように自分すらも顧みない善意から助けに行ったわけじゃなく、自己保身から来る消極的な善意の感情で誰かを助ける――創作のようなご都合主義の綺麗な世界ではない、薄汚れた現実世界から来た転生者にお似合いの精神性だ。

 

 だからこそ、俺は行動する。

 善良な人間が幸せになれる方法があり、そしてその為の行動を俺が行えると言うのなら、自己保身から来る善意と、なけなしの良心を振り絞って、その相手を救うために行動を開始する。

 自分を顧みずに行動出来る本物である主人公(ヒーロー)には、決して勝てないような紛い物だったとしても、代役を果たすくらいのことは出来るのだ。

 

 それに――と同時に俺は思う。

 

 何より、ゲームならハッピーエンドで終えたいじゃないか。

 ハッピーエンドがそもそもないならともかく、ゲーム内で条件を満たせばトゥルーエンドとしてハッピーエンドを見ることが出来ると言うのなら、モヤモヤしたバットエンドやビターエンドで終わるよりも、誰もが幸せになれるかも知れない、そのトゥルーエンドを見ようと大抵の人間が努力するものじゃないだろうか。

 

 そう、ここがゲームを元にした世界だと言うのなら。

 ゲームがハッピーエンドで終わるように攻略対象達も救われるべきなのだ。

 

 だからこそ、こうやって攻略対象達の状況を調べ、彼らがイベントによって危機的状況に晒されていたら、それを救おうと思っているのだ。

 

 そしてその行動の為にはこの仮面が必要だ。

 

 攻略対象はイベントを攻略した相手に恋をしてしまう。

 来幸やエルザ、そしてクレアのように、それは既に実証された出来事だ。

 

 それは攻略対象を恋人にするつもりがない俺に取っては困った事態であり、そしてそんな相手を好きになってしまう攻略対象にとっても不幸な事態と言える。

 

 だからこそ、この仮面だ。

 こうやって仮面を付けて相手を救うことで、攻略対象達が恋する相手は、実在しない謎の存在である銀仮面になる。

 そうなれば、その相手に恋心を抱いたとしても、実在する人物ではなく、偶像的なヒーロー相手だから、やがてその恋心は風化する。

 仮に風化しなかったとしてもモテ男である他の者達なら、そんな相手であろうとも問題なく愛すことが出来るだろう。

 

 現実にだってアイドルが大好きだが彼氏がいる女性なんてごまんといる。

 

 俺的にはそんな二心を持った人物は、そのアイドルから好きと言われたら、簡単に寝取られそうだから、絶対に嫌で付き合いたくもない存在だが、真っ当に恋愛が出来るモテ男なら、そんなことを気にせずに広い度量で受け入れる事が出来るだろう。

 

 つまるところ、攻略対象達の本来の恋――アレクやアリシア達か、それ以外のイベントを起こした誰かと、恋をすることが出来ると言うというわけだ。

 

 エルザの時は失敗したが今度は失敗しない。

 

 俺はそう強く思って足を進める。

 

 エルザの時は、俺の存在がエルザに知られてしまったからこそ、最終的には俺に恋をすることになってしまったのだ。

 だからこそ、相手に知られないようにすると言うこの手は妙案とも言えた。

 

 実際にこれまで銀仮面としてかなりの人数を救ってきたが、学園生活などでその相手と接しても、俺に対する恋心を向けられるようなことはなかった。

 

 俺の思惑は完全に成功したのである。

 故に俺はこうやって気兼ねなく攻略対象を救いに行けるのだ。

 




 消極的な善意がわかりにくかったという方の為に例を上げると、目の前で突然苦しんで倒れた人がいたとき、周囲に他の人が居たら「大丈夫かな? まあ、だけど俺以外の誰かが助けに入るだろ」と状況を心配そうに伺いながらも、周囲の状況に関わらず助けに行く主人公気質の人達を横目にしながら、傍観者として通りすぎるけど、倒れた時に周りに自分しかいなかったら、「他に誰もいない? ってことは俺が助けないとこの人死んでしまう? やばいじゃん!」とその人の生死に責任が生じてしまっているため、自分が無視してその人が死んだと言う罪悪感等を抱えたくないという自己保身から、その人を助けに向かう感じの善意のことですね。

 攻略対象のピンチと救い方を知っているのは、ゲーム知識を保持している自分だけだとフレイは思っているので、その状況で攻略対象を放置すると言うことは、先の例での倒れた人の周囲に自分しかいないのに、無視して通り過ぎて、その人を死なせると言うのと同じ位の行いであり、そんなことをしたら罪悪感で耐えられないので、基本的に助けに行かないという選択肢がないという感じです。

 加えて今回の話では、攻略対象をゲームキャラの色眼鏡で見ていることによる良い影響が登場しました。
 ゲームの時と同じように見ているからこそ、ゲームの時のように攻略対象達には、ハッピーエンドで終わって欲しい、幸せでいて欲しいと思ってるわけですね。

 もっとも、どんな人間でもそうだと思いますが、「自分の幸せ > 他の人の幸せ」なので、攻略対象に幸せになって欲しいとは思うけど、自分が相手をする気はさらさらなく、アレクなどの他の男相手に幸せになってくださいというのがフレイの基本的なスタンスです。
 「他の人の幸せ > 自分の幸せ」に出来るのは、それこそ他者の為に全てを投げ出せる主人公だけの特権で、ただの転生者であるフレイにはそこまでの気概は持てないということです。

 そんなフレイに取っては、自分の目的である俺だけのヒロインを得る邪魔になることもなく、攻略対象を救える銀仮面活動は、まさに水を得た魚というようなものであり、様々な攻略対象を救っています。


 あと、無駄話ですが、ウィク○スのちーちゃんは良いですよね。
 こじらせてるものは、恋愛と優等生で違いますが、実はフレイ君の元ネタの一つとしても利用しています。
 すずという自分を思ってくれる相手や、周囲の人達がいい人でこじらせている思いを捨てれば直ぐ幸せになれるのに、捨てられずに暴れ回ってどんどんどつぼに嵌まっていったりとか、自分を慕ってくれているすずに対して、「私の中にね、いらないものがあるの。すず、あなたよ」とか言ったりするところとかが主な参考ポイントですね。
 それでもちーちゃんを諦めないすずとか、ウィク○スのロスト○イジは本当に良い作品でした。
 それだけに最新作がアイドルものになってしまったのは、正直言って残念で仕方がない感じです。

 あとアニメという面では、「アン○ュ・ヴィエルジュ」のアニメ版も、色々とこじらせてるキャラが多くてオススメですよ。

 こじらせたり、執着しているヒロインが出てくるもので良作は、割と百合系のものが多い気がしますが、やっぱりフレイのように異性間だとちょっと気持ち悪い感じになっちゃうからなんですかね


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七彩の神

 

 しばらく道を歩いていた俺は、先にあった教会を見てふと呟いた。

 

「七彩教会か……セレスは修行頑張っているのかな」

 

 ナルル学園に入学する為に王都に来た俺は、直ぐさま王都の教会にいるモーリス司祭のところを訪ねた。

 かつて俺が告白をした相手――セレスのことを聞きたかったのだ。

 

 だが、帰ってきた言葉は、セレスは紫の神に仕える巫女に選ばれ、その修行の為に七彩教の本部である聖王国に召還されてしまったため、自分でも近況は詳しく知らないというものだった。

 

 俺はそれを聞いて素直に驚いた。

 セレスが巫女となり、しかもそれが紫の神のものだったからだ。

 

 ――この世界には神が実在する。

 

 かつて創世神がこの世界を作った後、かの存在はこの世界を管理するための自らの子である七彩の神を生み出した。

 虹の色に準えられたそれは、赤の神、橙の神、黄の神、緑の神、青の神、藍の神、紫の神の七柱の神であり、創世神はその神々を作った後に、この世界を去り、残された神々は、創世神の命令に従って世界の管理を始めた。

 

 最初の頃は特に問題はなかった。

 神々は下界と神界を自由に行き来し、成長を始めた下界の命達を、神として見守り続けていた。

 

 だが、やがて知性を持った存在――人族、魔族、獣族、エルフ、ドワーフ……等々が現れて互いに国を作って争い始めると趣きが変わる。

 一概に神が誰かを助けていいといえる状況ではなくなってしまったのだ。

 

 そんな中で冷静沈着な橙の神が他の神に言う。

 

「このまま俺達が自由に下界に行き、そして力を振るって誰かを助けることを続ければ、やがてそれぞれの勢力の味方になった神々同士が戦う事になり、その力によって下界に甚大な被害を与えてしまうかも知れない」

 

 神は強大な力を持っている。

 それが互いに敵同士として振るわれれば、下界が滅びることになる。

 それを危惧したのだ。

 

 その橙の神の言葉に他の神も頷いた。

 彼らは創世神から世界の管理を託されているため、そのように下界に何かしらの被害が現れてしまうのは、その場にいる誰であっても本意ではなかったのだ。

 

「神という存在は下界で深い関係となる相手を作ってはならない。なぜなら、神として公平に裁きを下すには、まるで駒を扱うかのように、個人の情報だけをみて、最善とも呼べる判断をしていかなければならないからだ」

 

 橙の神が警告するように言う。

 

「それを守ることが出来なければ、神という強大な力を持った存在が、特定個人に執着して、その相手の為に神の力を振るうようになってしまう」

 

 橙の神のその言葉に、藍の神が反発する。

 

「じゃあ、なに? オイラ達に下界に行くなって言うの!?」

 

 藍の神は既に下界に執着ができはじめていた。

 だからこそ思わず橙の神に反論してしまったのだ。

 

「いや、さすがにそこまでは言わない。ここまで下界を見守ってきた俺達の中には、既に下界に対して思い入れがあるものもいるだろうからな」

 

 そして橙の神は他の者達に提案する。

 

「だからこそ、ルールを作ろう」

「ルール?」

 

 疑問を覚えた他の神々に、橙の神は話し始めた。

 それは単純なものだった。

 

 これまで通り下界には自由に降りることが出来る。

 だが、もし、特定の個人や集団の為に力を貸したいと思ってしまったのなら、神界にいる残りの神に自分の力の大半を預けて、この世界で力を振るっても問題ないレベルまで力を落としてから行動すること。

 そして、力を預けたのなら、直ぐに神界に戻って力を取り戻し、神界からその集団を手助けすることがないように、本来の力を取り戻す時は、執着する対象が確実に存在しなくなる、寿命が存在する種族の中で、長命種であるエルフの寿命である五百年は眠りにつくこと。

 

 このように神界に座して、全ての人々を見守るという、神としての役割を放棄する際のルールを提案したのだ。

 

 この提案に神々は同意した。

 それにより、この世界を管理する神々の全てが同意することで行える、この世界のルールの改変――それによってこのルールは正式に定義されたものとなった。

 

 ルールは制定されたが、そうそうに使われることはないだろう。

 そう思っていた神々。

 だが、現実はそう上手くはいかず、次々と下界に降りる者が現れる。

 

 まず最初に初代勇者――アレクのご先祖様に惚れた赤の神――レジーリアが、勇者を妻として支えるために下界に墜ちた。

 

 その次はルールの提案者である橙の神――ウライトスだ。

 下界の者に執着する事はないと思っていた彼は、帝国で非道な目に合いながらも人々の善性を信じる少女を聖女として見初めた。

 彼は彼女が受ける扱いに耐えきれず、神としての力の大半を捨てて、彼女を助けるために下界へと降りたのだ。

 



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聖女の血統

 

 ……少し話がそれるがこの聖女は俺のご先祖様でもある。

 だが、シーザック家の初代当主である聖女様とは別人だ。

 初代当主様から見てもご先祖にあたる――言わばこの世界における、聖女の源流とも言うべき存在だ。

 

 説明が面倒くさいので、ウライトスと結婚したのが元祖聖女、フェルノ王国国王と共に建国の立役者となったシーザック家の初代当主を初代聖女としよう。

 

 元祖聖女は帝国の出だった。

 彼女は帝国で活躍して自分の貴族の家を帝国で興す。

 その家系は代々聖女の力を受け継ぎ、そしてそれもあって帝国では特別な家系だと扱われ、色々な特権を得ていた。

 つまり、王国のシーザック家のように、聖女に依存した家系だったわけだ。

 

 勇者や聖女、それに賢者などは特定の血筋しかなれないユニークジョブだ。

 

 大体のユニークジョブは、そのユニークジョブの元となった存在の能力を、世界が新しいジョブだと認めて登録する事で、その存在の能力やそれに纏わる力を再現したり出来るようにしたものである。

 勇者や聖女などもその点は同じであり、これらは初代勇者と元祖聖女の力を再現したものが、ユニークジョブの勇者や聖女として登録されている。

 

 ちょっと違うかも知れないがFa○eの宝具みたいなものだと言える。

 

 過去に勇者と呼べるような偉人が存在し、彼が生前行ってた技や、後世で語られている勇者という存在に対するイメージなどで、勇者というジョブのスキルが選定され、それらを再現出来るようになっているというわけだ。

 

 ここまでが一般的なユニークジョブの話だが、特定の血統でしかなれない聖女などのジョブは、それと少し違うところがある。

 その原因と言うのがユニークジョブの元となった存在が、この世界を管理する神と結婚し、その子供を作っていたということだ。

 

 これによりユニークジョブに神に近しい存在としてのステータスが追加された。

 その事によって、勇者や聖女、賢者などは神の力による補正がかかることになり、他のユニークジョブとは比較にならないほどの強力な力を得ることが出来る特殊なユニークジョブとなったのだ。

 だが、その結果として、該当する神の血を受け継ぐ人間しか、ユニークジョブが発現させることが出来ないようになってしまったというわけだ。

 

 帝国は男性当主だった。

 そして聖女の力は俺で分かるとおり女性でしか発現しない。

 その為、彼らは自分達の神の血が薄まっている事に気づけなかった。

 

 勇者や聖女などの特定の血統でしか発現しないユニークジョブは、神の血が薄まるほど発現率や能力が下がる。

 完全に神の血が薄まってしまった帝国の聖女の家系は、聖女を生み出すことが出来なくなってしまったのだ。

 

 ちなみに、この辺りが、レシリアのバットエンドルートで、リノアが狂気に走った原因でもある。

 聖女の力を発現できないほどに薄まったレシリアの血統から、強い聖女の力を持った子供を産むためには、神の血が大量に残っているかもしれない、フレイの血統を入れることで、子供に神の血を増やすことを目指すしかなかったのだ。

 

 そして通常のレシリアルートで、アレクの子種でレシリアが聖女に覚醒出来るのも、アレクの勇者としての神の血の力が、体液としてレシリアの体の中に入ることで、レシリアの神の血を刺激し、聖女としての力を発現させたと、公式設定資料集に記載がされていた。

 まあ、その公式設定資料集には、神の血が濃いフレイの体液によって、レシリアバットエンドルートでも聖女として覚醒し、それがいっそうレシリアを苦しめて、絶望のどん底に叩き落とした、と碌でもないことが書かれていたりもしたが……。

 

 話がそれたが聖女を生み出せなくなった帝国の家系は落ちぶれた。

 それまで聖女の名声で持っていたものなのだ。それも当然だろう。

 

 そしてその状況に追い込まれた彼らは、下手な鉄砲数打ちゃ当たると言わんばかりに、大量に子供を作って聖女を探し出すことにしたのだ。

 

 落ちぶれた家系に手を貸す者はいない。

 

 だから彼らは金で娼婦を雇って孕まされたり、通りすがりの町人や農民をレイプして、無理矢理子供を作らせるなどしてその数を増やそうとした。

 そうして大量の庶子が生まれることになり、その中の一人が俺達シーザック家のご先祖である初代聖女というわけだ。

 

 農村で生まれた彼女は自分に特別な力があることに気付く。

 帝国の聖女の家系の思惑は当たり、初代聖女は偶然にも先祖返りを起こして、神の血を強く受け継ぐ形になっていたのだ。

 

 だが、彼女は帝国の家系には行かなかった。

 母親から自分がレイプされた事によって生まれた子供だと知った彼女は、そんなことをしでかす帝国を嫌い、仲の良かった友人達四人の提案に乗り、魔物が蔓延る地を征服して新たな国を建国しようとしたのだ。

 

 その仲間達こそがフェルノ王国建国の五人の内の四人。

 リーダーが初代フェルノ国王、そして仲間達が後の、ユーゲント公爵、ダルベルグ公爵、ノーティス公爵の三公爵だ。

 

 建国の立役者なのに一人だけ侯爵だったのは、初代聖女が政治に関心がなく、入り婿が政治に関わる形となるために、建国仲間である他の公爵はともかく、そんな奴に同格として口出しをされたくなかった残りの四人が、シーザック家を一段階落ちる侯爵にすることで、それを防いだからだとという風に伝えられている。

 

 そう言った事情もあり表向きは侯爵だが、建国の立役者ということもあり、筆頭侯爵……実質的な四家目の公爵としてシーザック家は扱われてきた。

 だからこそ、過去では王家の人間が入り婿として、シーザック家に入ってきたことも、一度や二度ではない。

 

 俺がユーナ王女と婚約者となれると言ったのもこの辺りが理由だ。

 王になるかも知れない第一王女や第二王女は難しいが、王にならない第三王女くらいならシーザック家に降嫁してきてもおかしくないってことだな。

 

 まあ、そんな感じで今のシーザック家があるわけだ。

 これまでも帝国の聖女の家系から色々と文句を言われているらしいが、それを聞き流して特に関与することもせず現在まで続いている。

 これからも帝国の聖女の家系と関わることはないと、ゲーム知識がなければ俺も思ったかも知れないが、そうはいかないことを俺はゲーム知識から知っている。

 

 なぜなら、ゲーム主人公の一人であるアリシアは、その帝国の聖女の家系の庶子――初代聖女と同じような境遇の存在だからだ。

 その為、アリシアの攻略対象は帝国に多く、加えてルート次第では聖女の力に覚醒して、帝国の聖女の家系を交えて、シーザック家といざこざを起こしたりする。

 場合によっては、シーザック家が潰されたり、乗っ取られる展開もあるため、俺的にはアレクよりも注意しなければならない要注意人物の一人だ。

 もっとも、シーザック家が乗っ取られたり、潰されたりしたのは、シーザック家に聖女の力を持った後継者がいなかったからなので、レシリアという歴代最高の聖女の力を持つ存在がいるこの世界ではそんな展開にはならないとは思うが。

 




フェルノ王国建国組は、聖女のパフによる強化と回復魔法を受け続けた戦士×4が、物理で相手をフルボッコする脳筋スタイルで、土地を開拓してフェルノ王国を作りました。
そんな脳筋で出来た国が、なぜ魔法を重視するようになったかと言うと、2代目が父親のように脳筋スタイルで国を纏めるのは、父親達のような化け物染みた強さを持つ奴じゃないと無理、と判断して国力を強くしていく為に、帝国の手法を真似て、魔力回路が優秀な人間を貴族として重宝して、貴族達の魔法の質を上げていったからです。
建国組は初代聖女のこともあり、帝国を嫌って独立した国を作ったので、あまり帝国を真似ませんでしたが、2代目にはそんな気持ちはなかったので、帝国の方式をどんどん取り入れていった形です。


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紫の神

 感想での指摘で気付きましたが、『七彩の神』の話において、本来の意図と違った意味に捉えられてしまう箇所があったので修正しました。
 修正前の文言では、「力を預けたら直ぐに五百年眠る」という風な読み方が出来る文面になっていたので、本来の意図である「預けた力を取り戻す場合は五百年眠る」ということがわかる文面に修正しています。


 

 話は逸れたが、ウライトスの後は、緑の神、藍の神、青の神、黄の神と、神々は次々と愛する相手を見つけ、そして下界へと降りていった。

 そうして神々が大半の力を失い、下界で自由に楽しく生きていく中で、全ての神の力を受け取り、一人神界に残る形になったのが紫の神だ。

 

 誰も愛することが出来なかった空っぽの神。

 だからこそ、公平に天から我等を見守って慈しんでくれる慈悲の神。

 それこそが紫の神なのだと七彩教は謳っている。

 

 つまるところ、他の神のように他者を愛したことがないやばい奴だが、でもだからこそ何事も公平に判断して、我々を見守ってくれる良い神でもあるんですよ、とこの世界の人々を不安にさせない為に言っているわけだ。

 

 まあ、そう言いたくなる気持ちは分かる。

 

 神としてのスタンスの最適解が、それこそシミュレーションゲームをプレイするプレイヤーのように、ゲームキャラの感情を考慮せず、自分の考えだけで必要な結果を得るための行動をしてくものだったとしても、それをやられるゲームキャラの立場からしたら、いつ無慈悲に自分が切り捨てられるのか分からなくて、その存在に対して恐怖を抱いてしまうものだろう。

 

 その存在の実在を知らなければ気にせず行動出来るのかも知れないが、この世界では神の存在は既に実証されているものである。

 故にこの世界の人々がパニックにならないように、七彩教はプロパガンダを行って、強大な力を持った紫の神のイメージアップ運動をしているわけだ。

 

 それに今更この世界の管理を投げ出されても困るだろうしな。

 

 今この世界で神としての力を充分に保持しているのは紫の神だけだ。

 そんな紫の神までも立場を捨てて下界に来てしまえば、有事の際に神としての権能を振るうことが出来る者がいなくなってしまう。

 それは困ると七彩教は思っている為、紫の神が神としての立場を捨てないように、ご機嫌を伺って、色々と手を尽くしているということだろう。

 

 そんなに神の力を失うことが問題なら、ルールを改定すればいいのではと思うかも知れないが、世界のルールの改定には神々全員の同意が必要なので、下界にいる神々が神界に戻って五百年の時を待つ必要がある。

 下界を今もエンジョイしている他の神々からしてみれば、そんな長い時間眠りにつきたくないというのが本音なので、紫の神に対する罪悪感を覚えながらも、ルールを改定するために神界に戻るつもりはないという感じなのだ。

 

 そんな感じで紫の神を利用しているが、神々は意外と仲は悪くないらしい。

 そもそも紫の神側は相手がいないから神界に残っているわけで不満はなく、末っ子であり、色々と押し付けてしまっている紫の神に対して、他の神々は恐ろしいほどに溺愛している状態にあるらしいからな。

 それこそ公の場で紫の神を馬鹿にすると、直ぐさま異端扱いされて、残りの神々が転移してやってきて、無慈悲に殺される事になるとのことだ。

 

 そら、七彩教も必死で紫の神を擁護するわけだよ。

 

 神が実在する世界での宗教の悲哀を見た気もするが、このような形態のおかげでこの世界の宗教は腐らずにいられるのだから、それはそれでいいことなのだろう。

 

「どちらにしろ、俺には関係ないことか」

 

 神々は現在もこの世界で自由に生きている。

 だが、その全てが攻略対象であり、俺の恋愛対象とはならない存在だ。

 

 例えば、赤の神であるレジーリアなんかは、自分の子孫であるアレクに初代の面影を見て、自分の子供であるかのように、甘やかしまくるストーリーが展開される。

 

 最終的にはアレクと一緒に赤ちゃんプレイでエッチをし始めたため、当時の俺は飲んでいたお茶を思わず吹き出して、パソコンを濡らしてしまうと言う悲劇的な事態に見舞われることになった。

 

 いや、マジで他人の赤ちゃんプレイとか見るものじゃないよな……。

 

 イケメンボイスのアレクが、「ママ~」とか「ばぶ~」とか「おしっこ~」と声優の迫真の演技で言いながら、パンツだけを着けた赤ちゃんスタイルで、はいはいしているCGが画面上に表示されるのだ。

 あれを見て吹き出さない人間はいないと俺は思う。

 

 まあ、そんなこんなだから俺は神々には興味がない。

 だから、神様事情とか宗教とかがどうなっていようと構わないのだ。

 むしろ、関わりたくないというのが本音だ。

 

「下手にイベントを踏んで、気に入られでもしたら、終わりだもんな……」

 

 この世界で一番誰が偉いかと聞かれれば、それは間違いなく神だ。

 それこそ王侯貴族なんてものは目でもなく、もし神に「伴侶になれよ」とでも言われたら、それこそ死んで人生を諦めるくらいしか逃げ道がないほどだ。

 

 だからこそ、俺は神々と関わるつもりはない。

 幸い、紫の神以外は、名前も顔も知っているから、見かけたら避けるようにしておけば、特に俺との接点は生まれないだろうと考えている。

 

「紫の神だけは何の情報もないが……まあ、下界には降りてこないか」

 

 唯一、何の情報もないのが紫の神だ。

 

 インフィニット・ワンの制作陣が、元々最後のダウンロードコンテンツの目玉にするつもりだったのか、作中でその姿が登場することはなく、神界にいる神の真名を言うことは恐れ多いとかいうよく分からない理屈で、作中ではその名前すら登場せずに紫の神とかあの子とか言われるだけだった。

 そんな状況なのでゲームをやり込んだ俺でも何の情報も得られていないのだ。

 ただ、この世界を管理するという神としての立場があることから、そうそう下界に降りてくることもないだろうし、そこまで心配することではないと思っている。

 

「せめて最後のダウンロードコンテンツをプレイ出来ていればな……」

 

 インフィニット・ワンは多数のダウンロードコンテンツが実施されている。

 俺はその全てを購入しており、最後のダウンロードコンテンツと世間から言われていた紫の神のものに関しても、何時もと同じように購入しようと考えていた。

 

 実際かなり楽しみにしていたのだ。

 何せ、今までのダウンロードコンテンツと違い、前情報は殆どなし。

 世界の存亡に関わるような敵が現れ、インフィニット・ワンの世界に生きる全ての人々が関わるような、壮大なストーリーになるとだけ告知されていた。

 そして追加されるヒロインは、その敵である少女と、紫の神の二人で、双方の視点から世界の存亡に関わる戦いに関与出来ると。

 

 だが、結局、俺はそれをプレイする前に死んで――あれ?

 

「俺って、どうなって死んだんだっけ?」

 

 今まで何故かずっと疑問に思わなかったが、自分の死の瞬間が思い出せない。

 インフィニット・ワンの最後のダウンロードコンテンツが発売される前までの記憶はしっかりとあるが、それ以降の記憶が抜け落ちたように思い出せなかった。

 

「まあ。転生なんてしているんだから記憶に抜けがあってもおかしくないか……」

 

 何らかの方法で自分でも気付かない形で突然死したのかも知れない。

 あるいは転生の拍子に三十歳以降の記憶が消えてしまった可能性もある。

 どちらにしろ記憶がない以上、それ以上の追求は不可能だ。

 

「だけどもしこれが意図的なものだとしたら……」

 

 自然現象かと思われた悪役転生は誰かの意図によるもので、その誰かに取って都合が悪いからと、俺の記憶の一部を消去していたのだとしたら……。

 

「其奴の目的はなんだ?」

 

 俺をこの世界に転生させることで、何かしらの目的を果たさせたいのなら、世界の存亡に関わる情報なんて重要なものは記憶させておいた方が良いものだ。

 それなのに何故か其奴は俺の記憶を消す形で転生させている。

 

「そもそもアレクに転生させろよ……」

 

 何よりもこの世界で活躍して欲しいというのなら、主人公のアレクに転生させるのが筋というものではないだろうか?

 そうすれば俺もこの世界の人間として、何の制限もなく攻略対象と恋をして、この世界を楽しみながら、より積極的に行動して、ゲーム通りに問題を解決していく事が出来たはずなのだ。

 

 意図の読めない黒幕の行動に、モヤモヤしながらも、俺は目的地へと向かった。

 




 伏線回、今回の話はこの物語的に重要な話です。
 あと、この物語では、ちゃんと何故悪役転生をしたのか、という理由を用意してあり、最終章で明かすことになる予定です。

 フレイが30歳以降の前世の記憶がないと言うことで、もしかしたらその時期に恋人を作ったりしてるかもしれないと思うかもしれませんが、フレイの最高の恋愛への妄執は、魂にこびりついたヘドロのようなもので、一度でもちゃんと恋愛出来ていれば、そこまで拗らせてないので、普通に恋人は出来て居ません。
 なので、30歳以降の記憶がないことで出る可能性は、もしかしたらフレイの前世は、妻なし、子供なし、友人達も彼等が家庭を優先したせいで疎遠となり、結果的に孤独な老人となって孤独死した後に、30歳以降の記憶を消されて転生したかもしれないと言った、より悲惨な前世の状況の可能性が、出てくるだけです。


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メジーナルート

 

「あそこだな……メジーナの部屋は」

 

 俺は学園の寮近くの茂みに潜みながらある部屋の窓を見ていた。

 そこが今回の助ける必要がある攻略対象の部屋なのだ。

 

「ちゃっちゃと済ませるか」

 

 俺はそれだけを言うと転移の力で窓の近くに飛び、その窓枠を掴んで中の様子を気付かれないように伺う。

 

「……寝ているな」

 

 転移で入ったことがバレないようにメジーナがベットで寝ているのを確認する。

 

 銀仮面はシーザック家のフレイではない。

 だからこそ、フレイの代名詞と言えるような転移の力を、銀仮面の姿で見せるわけにはいかないのだ。

 

「よし、侵入成功」

 

 俺は更に転移をしてメジーナの部屋に潜入する。

 

「ああん。んっ。ううん……」

 

 部屋の中に入るとメジーナが色っぽい呻き声を上げながら寝ていた。

 俺はそれを見て思わず呟く。

 

「もう始まってるみたいだな……」

 

 メジーナは今、淫夢を見ている。

 そしてそれこそがメジーナイベントで攻略しなければならない出来事だ。

 だからこそ、俺は急いで部屋を物色する。

 

「あった! これだ……! 夢魔が取り憑いた道具は……!」

 

 見つけたのは古びた懐中時計だった。

 大切なものなのだろうか、丁寧に梱包されてしまってある。

 俺がその懐中時計に触れると、俺の意識も急速に失われて言った。

 

☆☆☆

 

 メジーナ・フォン・トライトロンはアレクにとっては先輩にあたる少女だ。

 第一王女や第二王女と同い年であり、ルーレリア学園の三年生でもある彼女は、生真面目な優等生として、学業では優秀な成績を誇っていた。

 だが、ある時期から成績が徐々に落ち始め、最終的には表に姿を現さなくなり、屋敷に引きこもるようになってしまうのだ。

 

 メジーナルートに入るとそんなメジーナの事情が明かされ、入学直後の時に分からない学園のルールなどを親切に教えて貰ったアレクは、そんな先輩であるメジーナの問題を解決するために彼女の屋敷を訪れるのだ。

 

 メジーナはそんなアレクを出迎えて、「今は体調が悪いだけ」、「特に問題はないから気にしないで大丈夫よ」などと返答をするが、それを聞いたアレクはメジーナの目にある隈や落ち着かない様子を見て、何かしらの事態が起こっているのではないかと悟り、こっそりと帰る振りをして屋敷に潜入する。

 

 アレクが帰ったと思ったメジーナは不眠症の影響でその場で寝てしまい、結果として屋敷に潜んだアレクは、夢魔によって淫夢を見て、寝ながらあえぎつつ、艶やかな様子で「もう! やめて!」とか「触手が!」とか「あんっ! 気持ちいい!」と言うメジーナの姿を目撃することになるのだ。

 

 苦しそうなメジーナの様子を見たアレクが、無理矢理メジーナを起こすと、自分が寝ていた姿を見られたメジーナは動揺する。

 アレクから寝ているときの態度を聞かれたメジーナは、もう隠しきれないと悟ってアレクに全てを打ち上げのだ。

 

 ある時期から寝ると必ず淫夢を見るようになった。

 それのせいで寝不足となり、更に起きていても体が火照ってしまい、勉強にも身が入らず、次第に寝ることが怖くなってしまったと。

 真面目で厳しい優等生として知られる自分が、淫夢によって苦しめられている何てことを誰にも打ち上げられず、一人で何とかしようともがいてきたのだと。

 

 涙ながらに語ったメジーナを見て、アレクは彼女を救うと心に決める。

 

 そこからメジーナとアレクの二人による問題解決が始まる。

 お使いクエストで書物の情報などを調べると、夢魔という淫夢を見せて精気を吸い取って対象を殺す魔族の存在が判明するのだ。

 

 夢魔は本人が思い出にしている道具に取り憑く。

 それを調べ上げたアレクは、メジーナが祖父から譲られた懐中時計に、何処かのタイミングで夢魔が取り憑いたのだと気付く。

 

 夢魔の退治方法は、夢魔が作る夢世界で、夢魔自身を倒すしかない。

 アレクはメジーナに寝てもらい、その上で懐中時計を触って、自分もメジーナが見る夢の世界へと突入するのだ。

 

 そして夢の世界にフィールドが移る。

 その世界で散策をしていたアレクは、夢の世界でメジーナと合流する。

 夢世界のメジーナは、現実のようなメガネを付けて、髪を三つ編みにし、体型を隠すような大きめの服を着た姿ではなく、メガネは付けておらず、髪は揺るやかにウェーブするストレートロングで、隠していた大きな胸や尻を強調したような、簡単に言えば色っぽいお姉さんのような姿をしていた。

 

 そう、メジーナは、生真面目系メガネ女子の優等生が、実はむっつりすけべで、自分だけには豊満な胸を強調した色っぽいお姉さんでいてくれる……という一部のギャップ萌えの人が大喜びするようなキャラだったのだ。

 その為か、メジーナはインフィニット・ワンの人気キャラの一人であり、夢世界のエロさもあって、多くの人がプレイしたルートなのだ。

 

 メジーナと合流したアレクは夢世界を冒険する。

 淫夢というだけあって、襲い来る触手や、現実ではあり得ないセッ○スしないと出られない部屋に、下半身だけを残して壁に嵌まる等、数々のエロイベントがメジーナとアレクを襲うのだ。

 

 これまでの淫夢の影響で調教されていたメジーナは、エロいことを毛嫌いする生真面目な現実のメジーナと違い、夢の中で欲望を解放して、アレクと共にその罠に次々と引っかかって喘いでいく。

 同じように欲望を刺激されたアレクも、夢の中だからと、自分に言い訳をしながら、メジーナとエッチなことをして楽しんで行くのだ。

 

 そんな夢魔の罠を受けながらも何とか夢魔の元に辿り着き、夢魔と戦う事になるアレク、夢魔はそんなアレクに淫夢のような幻覚を見せることで行動不能にしようとするが、ここまでの冒険でメジーナとラブラブになっていたアレクは、メジーナ以外が相手となる淫夢を無視できる心の強さがあった。

 そうして「メジーナ以外のエロはいらない!」と身も蓋もないことを叫んだアレクは、夢魔を倒してメジーナは淫夢から救われることになるのだ。

 

 淫夢を倒して現実に戻ったアレクとメジーナ。

 部屋を去ろうとするアレクの腕をメジーナが掴む。

 

「アレク君……待って」

「どうしたメジーナ」

 

 そう返したアレクにメジーナは頬を染め、恥ずかしそうに言う。

 

「このままだとまたあの夢を見るかもと思って怖くて眠れない……。だけど貴方と一緒なら寝られる気がするのよ……だから一緒に寝ましょう?」

「ああ」

 

 そう言ってアレクはメジーナの布団の中に潜り込む。

 やがてそのまま寝るかと思われた二人だったが、夢世界でのエッチなことでの余韻があり、興奮していたこともあって、メジーナが服を先に脱ぎ始め、そしてそれに釣られるようにアレクも服を脱いで、メジーナのベットの上で、互いに向き合いながら腰を動かしてエッチをし始める。

 夢とは違う現実での快感を楽しんだメジーナは、アレクのフィニッシュと同時に、イってしまい、そのままアレクの腕の中で心地の良い眠りにつくのだ。

 

 そんな風にメジーナがようやく悪夢から解放されて、ゆっくりと幸せに眠ることが出来たというところで話は終わり、その後は、メジーナは文官として、アレクは騎士として、夫婦で王国の発展に尽力したというと言うエピローグが流れてメジーナルートは終了となる。

 



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vs夢魔

 

 そんな訳で俺は今、メジーナの夢世界にいる。

 そこで起こっている事態を見て思わず呟いた。

 

「もう、クライマックスって感じじゃん……」

 

 俺の見る前では触手に絡まれたメジーナの姿があった。

 触手に絡まれているメジーナは既に裸で、触手はメジーナの胸を強調するように縛り、口と股の間に太い一本が刺さって、メジーナを嬲るように、何度もピストン運動を繰り返して、その度にメジーナがピクリピクリと痙攣したように動きながら、声にならない呻き声のようなあえぎ声を上げていた。

 

 完全に救助が間に合っていない状況。

 それを見て俺は思う。

 

「まあ、どちらにしろこうなる前に助けるのは無理か」

 

 ゲームではメジーナが寝た直後にアレクが夢世界に行ったため、メジーナが完全にやられる前にアレクが合流することが出来たが、俺の場合はメジーナが起きている間は部屋に侵入出来ない為、どうしてもタイムラグが発生してしまう。

 だからこそ、メジーナが既に被害に遭っている状況になってしまうのは、ある程度仕方のないことだと割り切らなければならなかった。

 

「一応、夢だから現実の体は無事だし」

 

 処女厨に配慮したのか夢の中で処女膜を破られても、現実世界の体では処女膜はそのまま残っているということにされていた。

 夢魔が現実でメジーナから搾取しているのは、あくまでメジーナの精気だけだったということだ。

 だからこそ、こんな完全にアウトな状況になっていても、一応全ての問題を解決するれば、物理的には何事もなかった状態に戻すことが出来る。

 

「正直、処女厨的にそれはありなのかって気はするけどな」

 

 夢の中で犯されまくっていても、現実では処女膜は無事だから、処女厨的には問題なしでオッケーと、インフィニット・ワンの制作陣は考えたのかも知れないが、そんなに簡単に処女厨が納得するのかと正直思わないこともない。

 処女厨の価値基準は個人ごとに差があると思うが、大半のユニコーンからして見れば、物理的にそれが無事だったとしても、一度でもやった経験があるというのなら、その時点でアウトになってしまうものではないかと俺は思う。

 

 ちなみに俺も処女厨の気質がどちらかと言えばある方だが、今回の件のように無理矢理犯されてなくなったような事態なら、現実であろうと夢世界であろうとも、セーフ判定をするタイプだ。

 さすがに本人の意思でもないのに無理矢理やられて、その女性に対して汚れているなんていうのは、幾ら何でも酷いんじゃないかと思っている。

 

 ただ、無理矢理やられたにしても、最終的に「悔しい……! でも感じちゃう! ビクンビクン!」となるようだったらそれはアウト判定だ。

 だってそうなった時点で其奴は快楽に墜ちているし、嫌悪感だけでなくなっているということは、犯人に対してどんな形であれ、好意寄りの気持ちが向いてしまっているということを示していることになる。

 つまるところ、俺的にはエロ小説にあるような無理矢理からの完落ちタイプは、最終的に心が犯人側に向いてしまっているからアウト判定だと言うことだ。

 

 分かりやすく言ってしまえば、俺に取っては、物理的な処女膜よりも、心の処女膜の方が何よりも大切だということだ。

 どんな理由があろうとも、嫌がることを止めて、犯人に体を許すことを無意識にでも認めてしまったら、それは大切な自分の体を、本当に好きな相手が出来るまで守ろうと考えている、心の処女膜を失ってしまっていると言えるのだ。

 

 とそんな下らないことを考えている場合じゃないなと俺は考えて駆け出す。

 

 しばらく駆けてメジーナに近づくと、さすがにメジーナが気付いたようだった。

 メジーナは俺へと目を向けると、恥ずかしさからか、全身を真っ赤に染めて、触手を口から外すと叫ぶ。

 

「見ないでぇえええええ!」

 

 そんなメジーナの言葉を聞きながら俺は剣を取り出す。

 

「烈火、力を示せ!」

 

 そして俺は真っ赤な刀身を持つその剣を振るった。

 それにより炎の斬撃が生まれ、触手を次々と焼き切る。

 

 この剣は烈火という名前の魔道具だ。

 その効果は単純明快で斬撃を炎属性に変えるというものだ。

 

 俺は魔力回路がダメになっているので魔法を使えない。

 だからこそ、転移に頼り切った戦闘スタイルを確立したわけだが、それは銀仮面の時には使うことが出来ない。

 故にこの烈火のように、ゲーム知識を使って各地から有用な魔道具を収集して、銀仮面専用装備として活用しているのだ。

 

 そんな魔道具の一つである空中でジャンプする靴の効果を使い、触手が切れたことで空中から落ちてくるメジーナをキャッチする。

 

 そのキャッチの仕方はお姫様抱っこだ。

 正直言ってお姫様抱っこは、俺のヒロインの為に取っておきたかったが、転移がないと落としてしまう可能性があるため、さすがに人命には変えられないと、メジーナを落とさずに確実にキャッチするために、お姫様抱っこすることにしたのだ。

 

「あの……」

「少し待ってくれ」

 

 恥ずかしそうに何かを聞き出そうとするメジーナを止めて、メジーナを抱えたまま、俺は急いで触手から距離を取り、そして地面にメジーナを降ろした。

 

 地面に降り立ったメジーナは、こちらをじろじろと見てくるが、それでナルル学園に通う後輩のフレイだと俺の正体に気付くことはない。

 何故なら、今の俺の姿は、ヒーローマスクのような銀色のフルフェンスの仮面を付け、それに合わせて自作した服と、量産品のマントで身を包んだ、何処からどう見てもヒーローでしかない男だからだ。

 

 前世でファッションセンスをモテる為に磨いた時に、服飾の勉強をしておいて良かった~。

 こんな工業製品がない世界だと、一つ一つ手作りだから、下手したら服のデザインから身バレしかねないからな。

 ボロい服なら見分けは付かないかも知れないが、それだとヒーロー感がゼロになるし。

 その点、自作をすれば完璧なヒーロー姿で、身バレの可能性もゼロにすることが出来る。

 

 ……最も、冷静に考えると自作のヒーロー姿で、格好付けて人を助けに行くっていう、黒歴史になりそうなほどこっぱずかしい所業を行っている形に、結果的になってしまっている。

 だが、俺は自分が銀仮面であることを、バラすつもりも、バレるつもりも、まるでない。

 つまり、誰もこんな所業をやっているのが俺だと気付かないのだから、どれだけ羞恥心を抱く行動をしたとしてもノーダメージだ。

 なんなら、最終的には、実は銀仮面の正体はアレクだったんだ! と全ての功績をアレクに押し付けるつもりだから、その辺の痛い部分も含めてアレクが全部被ってくれる。

 ちょっとばかし、アレクに悪いかも知れないが、結果的には名声と攻略対象達からの思いを得られて得をするのだから、それで相殺ってことにしてくれ。

 

 俺はそう考えてメジーナに話しかける。

 

「さてと、大丈夫かい、お嬢さん?」

 

 ちなみにこの銀仮面には、変声機の効果を持った魔道具が埋め込まれていて、何処かの子供探偵のように、それを使用することで、俺の声だとわからないようにすることができる。

 

 まあ、アニメでよくあるような、仮面付けてるけど声的にお前絶対彼奴だろ! みたいなので、何故か周囲にバレないというようなやつは、視聴者へのサービスみたいなもので、実際にやったら当たり前のようにバレる行いだからな。

 当然、ゲームを元にしているとは言え、今のこの世界で同じ事をやったら当たり前のようにバレるため、俺は声を変えているというわけだ。

 

 そんなこんなで、俺がフレイだとわからないメジーナは、俺の思惑通り、突然現れた俺という存在に戸惑いながらも返答を返す。

 

「あ、はい。助けてくれてありがとうございます……その……」

「私は銀仮面。悲惨な目に合っている少年少女の味方さ」

 

 ギザったらしく何処かのヒーローのように俺はそう言う。

 正体を隠すためにはロールプレイが必要なのだ。

 

「君はここがただの夢だと思っているのだろうがそれは違う」

「え!? どういうことですか!?」

「ここは君の思い出の品である懐中時計に取り憑いた、夢魔という魔族が作った夢世界であり、君はその被害者なんだ」

 

 俺は簡潔に状況を説明した。

 このメジーナはアレクと共に夢魔について調査したわけではないため、夢魔に関する情報を何も持っていないのだ。

 

「君が毎日見ていた淫夢はこの魔族が作ったものだったんだよ」

「そ、そうなんですか……」

 

 メジーナはそれだけ言うとぽろぽろと泣き始めた。

 俺はそれを見て思わずメジーナに対して聞く。

 

「どうした?」

「いえ、良かったと思って……。毎日毎日、自分が犯される夢を見て、不安だったんです。私が心の底ではそんなふしだらなことを望んでいて、そのせいでこんな夢を見ているのだと、そう思ったら眠ることが出来なくなって……」

 

 ゲームでのメジーナがアレクに言ったように思いの丈を打ち明ける。

 

「こ、こんなに夢で犯された私は、もう汚れきって――」

「それは違うよ」

「え?」

 

 俺の言葉に不思議そうな顔をするメジーナに言う。

 

「これは夢魔が見せた淫夢だ。そしてそんな世界で毎日悲惨な目に合いながらも、君は先程のようにこの淫夢に抵抗し、この状況を嫌がっていたじゃないか」

 

 俺は先程までの彼女の姿を思い出しながら言う。

 ゲームでの夢世界メジーナは、夢魔によって淫夢を見せられ続けた長さの関係か、ここにいるメジーナと違い、もう完全に調教されきっていて、触手に犯されてたりすることを、快楽を得るために楽しんでいる状況だった。

 だが、ここにいるメジーナは、まだ淫夢を見始めてからそれほど経っていないせいか、ゲームでのメジーナと違い、触手による辱めをしっかりと嫌がり、そんな状況を見られたことを恥ずかしがる心を持っていた。

 

 つまり、心の処女膜は無事だったのだ。

 これは俺判定ではメジーナは汚れていないということになる。

 だからこそ、それを伝えるために言う。

 

「君は汚れてなんかいないよ。その心が淫夢を受け入れない限り、夢の中で何度嬲られようとも、君自身は美しく綺麗なままだ」

「あ……」

 

 そう言って俺は羽織っていたマントをメジーナに被せた。

 メジーナの豊満な裸体を見続けるのは、さすがに俺にもダメージになる。

 

「だから君はただ誇るといい。快楽に負けずに気高くあれた君自身を、強い気持ちを持ち続けることが出来た君の強さを」

「銀仮面様……」

 

 きっとアレクなら事情を知ってしまったとしても、そんな君を誇らしいと思って受け入れてくれるはずだ。

 俺みたいに処女膜がどうとかも、モテ男であるアレクなら考えもしないだろうし、夢の中で犯されたことなんてないに等しいだろう。

 つまり、君がやがて恋する運命の相手に対しては、何の問題もない状況だよ、と内心で俺はそう考えて、触手へと振り返る。

 

「後は私に任せたまえ、君の悪夢は今日終わる。この銀仮面が、君を辱める悪夢の元凶を殺してみせよう!」

 

 そう言って俺は駆け出した。

 

 要救助者の救助は完了!

 後はこのデカブツを倒すだけだ!

 

 まだ成長しきっていないのか、夢世界の入口であるこの場で、夢魔が存在しているのは好都合だった。

 夢世界を冒険する必要もなく、今日中に戦いを終わらせることが出来る。

 

「烈火、力を示せ!」

 

 再び烈火を起動させ、触手を焼きつつ先に進む。

 そんな俺に対して触手が迫った。

 

「っち!」

 

 俺はそれを躱すが、死角から何本もの触手がやってきて、それが体にぶち当たり、そして吹き飛ばされる。

 

「がはっ!?」

 

 その場で転げながらも追撃を受けないように素早く立って移動する。

 

 つよっ!?

 なんだこれ!? 殺意満点の触手とか、ただの兵器やろ!?

 

 次々と襲ってくる触手の質量に苦戦する。

 油断すれば死角から襲ってくるような意地悪さが夢魔にはあった。

 

 原作の頃からパーティーで戦う予定のラスボス。

 さすがに一筋縄で行くような敵ではなかった。

 

 そんな相手に魔道具だけの縛りプレイとかクソゲーかよ!

 

 俺は思わずそんなことを内心で愚痴りながら、諦めることなく、果敢に夢魔に対して攻め込んでいく。

 

 ゲームの時はメジーナが魔法タイプで、あっさりと大ダメージを与えていたため、思ったほど強くなかった印象だが、魔法を使えない俺だと、物理特化のこのタイプは恐ろしく強い敵だった。

 

 ちらりと助けてくれないかなぁ~とメジーナを見ると、両手を組み合わせ、まるで勇者の戦いを祈りながら待つ王女のように、俺の戦いを見守っていた。

 

 くそぉ……、一人でやるしかないのか……! 転移を使いたい……!

 

「烈火! 力を示せ!」

 

 触手を再び焼きながら俺は夢魔に近づく。

 

「こうなったら、出し惜しみはなしだ! 全て焼き切る……!」

 

 俺はそれだけ言うとオドから出てくる魔力を烈火に注ぎまくる。

 それによって生まれた強力な炎の斬撃は触手ごと夢魔を包み、その全てを焼き尽くして夢魔を殺した。

 

「やはり魔力……! 魔力は全てを解決する……!!」

 

 俺はそんなことを言いながら、夢魔を倒した余韻を感じていると、夢世界が振動を始めるのを感じた。

 

「銀仮面様!」

「これで元凶は打ち倒した! 君の懐中時計は、もしかしたら夢魔がいない夢世界へと、自由に行き来出来るようになる力を持つかも知れないが、決して使――」

 

 全てを言い切る前に夢世界から俺達は追い出された。

 

☆☆☆

 

「銀仮面様!」

 

 メジーナが目を覚ますとそこには既に誰もいなかった。

 周囲を見渡すと懐中時計を入れた引き出しを開けた後があるが、それ以外にはこの部屋に何の異常も見られない。

 

「全部夢だった……?」

 

 メジーナが思わずそう思い、自らの体を確かめようとすると、自らの体を覆う布団とは違った布の存在に気付く。

 

「これ……! 銀仮面様のマント!?」

 

 それは夢の中で裸の自分を思って着せてくれた銀仮面のマントだった。

 メジーナはそこに残った銀仮面の臭いを嗅ぎ、夢世界であったことが全てただの夢ではなく、実際にあったことだと実感した。

 

「私を助けてくれたんですね……」

 

 そう思っただけでメジーナの体は火照り、下腹部が熱くなっていく。

 メジーナはベットから出ると懐中時計を手に取った。

 

「夢魔のいない夢世界へといける力を持った懐中時計……。銀仮面様が言いたかったのはこれを積極的に使って色んな人の為になることをしろということですね」

 

 それだけ言うとメジーナは大切そうに懐中時計をしまい、そのままベットに入ってそれまでの不眠症の分まで寝ようとして――。

 おもむろに何かを考えると、それを止めて自らの服を脱ぎ捨てて、夢世界の時と同じように全裸で銀仮面のマントを羽織り、ベットに入り込む。

 

「銀仮面様に包まれているみたい……」

 

 マントについた銀仮面の臭いを全身で感じながら、メジーナは眠りについた。

 それはこれまでの人生の中で最も安らかに熟睡出来る時間だった。

 




 語っている言葉は良いことを言っている風に聞こえるけど、そこに到る過程を聞くと全てが台無しになる感


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ラースルート

 

「途中までしか言えなかったが、メジーナはちゃんとあの懐中時計を使わないようにしてくれるよな……?」

 

 あの懐中時計はメジーナルートのクリア特典だ。

 アイテム欄から使用する事でいつでも夢魔がいない夢世界に行くことができ、その世界でセッ○スしないと出られない部屋などの様々なエロトラップを、攻略対象に対して行使出来るようになるという極悪な代物だ。

 

 夢という扱いの為か、各攻略対象のルートに影響を与えることはなく、それぞれの攻略対象ごとのエロトラップの反応を見れるという代物だった。

 ただ、対象者が完全に覚えていない夢という扱いだけではなく、メジーナのように現実世界でも夢の記憶を保持させることも出来るようで、特定の攻略対象だとあの懐中時計で事前に夢の中で開発をすると、特殊分岐に入ってその分岐専用の会話や、エッチなプレイが拝めるようになっていたりしたものだ。

 

 そんな夢という自由度が高くて危険なものだから、正直に言えばあの魔道具は俺の手元において管理した方が良いのものだが、ゲームでのメジーナの祖父との思い出や、あの懐中時計への思いを知っているため、それを奪い取るという真似をすることが出来ず、注意するだけで終わらせることになったのだ。

 

「まあ、大丈夫だろ。生真面目気質の委員長タイプだし、ああいうものの危険性も分かっているだろうから、悪用なんて絶対にしないって」

 

 俺はゲーム知識からそんなことを言うと、学生寮から離れるように歩き出し、そこで自らの外套がなくなっていることを思い出して、思わずため息を吐く。

 

「ゲームでは夢世界で使ったアイテムが現実世界でも減ってたけど……。まさかそんなところが再現されているとはな」

 

 夢世界から帰ってきた後、俺のマントが何故か消えていた。

 何とか探そうと思ったが、メジーナが起きる気配を感じて、直ぐさまその場所から退避したのだ。

 転移をするところを見られるわけにもいかないし、何よりもゲームではイベント後にメジーナとのエッチシーンがあった。

 銀仮面状態であったとしても、俺だけのヒロイン以外と、そんな関係になるわけにはいかない

 だからこそ、俺は原作通りの展開になる前に逃げ出してきたのだ。

 

「装備を変更した扱いでメジーナが付けていたのか……? まあ、今更考えた所で取り戻せないんだからどうしようもないか……所詮安物だし」

 

 夢世界でアイテムを失うと現実世界でもそう行動して、そのアイテムを消費するのかもしれないなと、俺は思わずその現象を考察する。

 どちらにしても、銀仮面の姿を隠すために買ったただのマントで、魔道具とかでもないため、問題ないかと気持ちを入れ直す。

 

「さてと、あとは――っ!?」

「おっとやるじゃねーか!」

 

 俺は突然殺気を感じて思わずその方向へ剣を振るう。

 堅い何かがぶつかるような音の後に、剣をぶつけた場所が爆発した。

 

「っく――!」

 

 俺はその勢いを受け流しながら、襲撃者の方へと向き直る。

 そこには尖った角を持ち、まるで籠手のように発達した武器のような腕を持った――拳を突き出した一人の魔族の姿があった。

 

「ラース……」

 

 その存在を知っていた俺は思わずそう呟く。

 それは戦闘狂魔族とプレイヤーから言われていた攻略対象の一人だった。

 

「へぇ……オレのこと知っているのか? お前、何者だ?」

 

 ラースが興味深そうにそう言う。

 だが、俺にはそれよりも気にかかることがあった。

 

「なんかお前……ちっちゃくね……?」

 

 そう、俺の前にいるラースは、ゲームで見た女性的な体型をした存在ではなく、まるで俺と同世代のような小さな子供の体をしていたのだ。

 

☆☆☆

 

 ラースは四天王であるバーグの娘であり、王国で騒乱を起こすために、バーグの手下として様々な暗躍を起こっていた存在だ。

 その暗躍を偶然妨害したアレクに目を付けて、そのアレクをラースが襲撃することで、ラースルートのイベントが始まっていく。

 

 バーグの教育で人族なんてゴミみたいなものだと思っていたラースは、自分でも簡単に倒すことができないアレクを見て、父親が言うほど人間も捨てたものではないんじゃないかと思う。

 そこでアレク相手に決着を付けられなかったラースは、その後も何度もアレクに対して戦いを挑み、その過程で徐々に人族という存在を認めていくことになるのだ。

 

 そしてある日、何時ものように夜中にやってきたラースを見たアレクは、襲撃に来たと考えて思わず身構える。

 だが、ラースの口から意外な言葉が放たれた。

 

「なあ、オレに人族の普通の暮らしってのを教えてくれないか?」

「何で俺が魔族相手にそんなこと……」

「頼むぜ、お前しか相手がいないんだよ。お礼ならちゃんとするからさ、ほら、人族の男ってこう言うのが好きなんだろう?」

 

 そう言ったラースは自らの服を脱ぎ出す。

 戦闘狂な魔族のくせに、お姫様のように整った美しい体を見たアレクは、自らの欲望を抑えきれずに、ラースに半ば襲われるようにエッチをし、そしてラースの頼みを引き受けることになるのだ。

 

 そして翌日、ラースに外套を被せ、アレクはラースに人族の文化を教える。

 そうやって、何度も何度も、アレクとラースは、人族の文化をラースに教えるためという名目で、デートを重ね、そしてその度にエッチをして互いを感じ合い、そして次第に惹かれ合っていく。

 

 そんな日々の中で、何時もと同じようにエッチをしようとしたアレクを、ラースは止めてアレクに対して言う。

 

「今日は何時もと趣向を変えないか?」

「どういうことだ?」

「オレはお前と恋に落ちたただの人のようにお前としたい。そういう風に演技をしてプレイを楽しみたいと思ってる」

「いいね。そう言う演技をするプレイも大好きだ。それでやろう」

 

 そうアレクの了解が取れたこともあり、ラースはそれこそ気の強い魔族ではなく、アレクに恋したただの少女のようにアレクに喘がされる。

 

「あっ! アレク……! こんなの初めて! 気持ちいい……!」

「ラース! そんなお前も大好きだぞ!」

 

 まるで初めてアレクとエッチをするかのようなたどたどしさを見せ、そしてアレクを求めて健気に何度も腰を振るラース。

 あの戦闘狂魔族がただの少女のようになる……そんな演技ができる事に驚くプレイヤーも多く、同時に強気な少女が貞淑な少女に変わって、アレクを求めるというのが所謂ギャップ萌えとなり、多くの人が心を掴まれることになった。

 

 そうしてアレクと一風変わったエッチをしたラースだが、それにより少し雰囲気の変わったラースを見て、バーグはラースとアレクの関係に気付くのだ。

 

「思わぬ拾い物だと思っていたのだがな。人族如きに靡いた道具などいらん。お前には私が殺す価値すらない。そこで人のように何も出来ずに朽ち果てるがいい」

 

 それだけ言うとバーグはラースを地下牢に閉じ込めて去って行く。

 閉じ込められたラースはここで朽ち果てるのかと、自分の状況に絶望し、そしてまだアレクと人の世界で一緒に暮らしたかったと思う。

 

 そんなラースの元に、バーグを倒したアレクが辿り着く。

 まるで囚われの姫が救い出されるようにアレクに救われたラースは、バーグの呪縛から解放してくれて、そして自らを助けてくれたアレクに完全に惚れ、ただの人としてアレクの妻になることを決意し、子供を求めてアレクとおっぱじめる。

 そう、やばんな戦闘狂の蛮族であったラースは、アレクとの日々を繰り返していくことで、普通の女の子のように変わり、最後にはお姫様のように救われたことで、アレクに対して完落ちしてしまったのだ。

 

 そんなこんなで田舎でアレクとラースは、普通の夫婦として幸せに暮らしたというエピローグが流れて、ラースルートは終了となる。

 



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vsラース

 

「ちっちゃいって言うな! まだ成長期なんだよオレは!」

 

 顔を赤くしながら憤慨したようにそう言うラース。

 そしてそんな自分が恥ずかしくなったのか、気を取り直すように言う。

 

「っへ。親父から依頼されて付けた夢魔が破壊されたのを感じて、思わず来てみたら、とんだ野郎が現れたもんだぜ」

「あの夢魔はお前らの仕業だったのか」

 

 俺は素直に驚きながらそう返した。

 メジーナルートでは、アレク達の調査も虚しく、夢魔がどうして懐中時計に取り憑いたのかは明かされなかった。

 だから、あれが誰の仕業か分からなかったが、実際は王都に騒乱を起こそうとするバーグ一派によるものだったと言うことだ。

 

 掲示板とか見ればその辺の考察とかが出てたりしたのかも知れないが……。

 

 エロゲの掲示板というだけあって、インフィニット・ワンに関する掲示板は、大体が一見さんお断りと言えるようなディープな会話がなされる場所だった。

 真面目に考察したと思ったら、直ぐさまキャラ愛とか性癖談義に話が飛び、ひたすらエロ用語が飛び交うあの場は、長く滞在してしまうと、あっと言う間に自らもエロ界に引きずり込まれてしまうという恐ろしい場所なのだ。

 

 俺も何度か考察を見に訪れたことがあったが、俺のような現実で恋愛が出来ないからと息抜きでエロゲをプレイしていたタイプでは、その強烈なエロ界に耐えきれることが出来ずに、自ら敗北を認めて掲示板を閉じるしかなかったのだ。

 

 その為、俺は、バッドエンドルートを除いたゲームを隅々までプレイし、公式設定資料集を読んでいるから、インフィニット・ワンの制作陣が開示している情報については基本的に網羅しているが、今回の件のような制作陣があえて開示しなかった、考察前提の裏話のようなものは疎い傾向にあるのだ。

 

 だが、こうして事実が明かされれば納得が出来る。

 夢魔なんてものを簡単に用意できるのは魔王領に住む魔族だろうし、第一王女派閥で有力な文官の娘であるメジーナを快楽で行動不能に堕とせば、国で暗躍する第二王女派を焚き付けて、王都に騒乱を起こすことに繋がるからだ。

 

「そんな話を聞かされたら見逃すわけにはいかないな」

 

 ラースは攻略対象で、最終的にアレクに惚れて人間側に立つとは言え、現時点で既に何も悪いところがなく、真面目に生きようとしていたメジーナを、夢魔で苦しめるという蛮行を冒している。

 このまま此奴を放置すれば、攻略対象やそれ以外の者も含めて、王都に住む人々に多大な被害が起こってしまうのではないかと俺は考えていた。

 

 アレクには悪いがラースにはここで消えて貰うか……。

 

 俺は冷徹にそう判断する。

 例え最終的に改心するのだとしても、それまでに多くの人々が被害を被るようなら、そうなる前に排除するべきだ。

 攻略対象だからと、女だからと、安易に許すつもりは、俺にはない。

 

 俺はそう考えて、烈火を引き抜いてラースに斬り掛かった。

 

「――っと! ご挨拶じゃねーか! オレを殺すつもりかぁ!?」

「ああ、その通りだ! お前はここで死ね」

 

 俺の剣をラースは拳で受け止める。

 そして代わりに放ってきた拳を、俺は体を反らすことで躱した。

 

「いいねぇ! ピリピリしてきた! 戦いってのはこうでなくちゃ! 爆拳!」

「戦闘狂が!」

 

 笑いながら俺と戦うラースを見て思わず毒づく。

 相手には余裕があるが、俺には余り余裕がない状況だった。

 

 夢魔との戦いで魔力を消耗しすぎた……!

 

 夢魔に放った最後の一撃。

 あれで殆どのオドを使用してしまっていた。

 そのせいで戦闘用の魔道具を扱えず、ただ剣術で戦うだけになっている。

 

 空蝉の羅針盤ならこの魔力でも使えるが……。

 

 長年使い込んで体に馴染んできたあれなら、魔力を殆ど消費することなく、転移の効果を発動することが可能だ。

 だが、何処にバーグの目があるか分からない以上、可能な限り手札を隠して、ラースを討ち取りたいところだ。

 

「――しっ!」

「おっと!?」

 

 しばらく戦いを進めると徐々に形勢が変わり始める。

 俺はそこであることに気付いた。

 

 此奴……そこまで強くない……か?

 

 最初こそ、相手側だけがバンバン魔法やスキルを使ってきたから、それすらも使えないこちらが追い詰められる展開になっていたが、しばらく戦って相手のそれらの使い方の癖が読めるようになると、一転こちらが押せるような状況になっていた。

 

 それに気付いたのか、ラースの側にも焦りが見え始める。

 

「クソ――! 何でだ!? オレが! 人間なんかに……!?」

「どうしたさっきまでの威勢は、自分が勝てる状況じゃないと、戦いを楽しむことが出来ないのか?」

「――っ! 黙れ!」

 

 ラースの未熟な部分は明らかだ。

 まず、根本的に戦いの経験が足りていない。

 

 そこら辺のチンピラのようにただ拳を振るうだけで、魔法やスキルだって雑に俺に対して撃ってきている。

 つまるところ、端から相手がどう動くかを勘定に入れていない奴の戦い方だ。

 だからこそ、動きが読みやすいし、そして誘い込み易い。

 

 こちとら、S級冒険者であるジークと毎日組み手をして、銀仮面として縛りプレイのクソゲーでボスラッシュをやってきたんだ。

 こんな武術の武の字も分かっていないような奴にやられる道理はなかった。

 

 それに恐らくランクの面でも俺の方が上回っている。

 魔族という種は基礎ステータスが高めの種なのに、こうして力負けすることなく戦えているのは、それが理由だと言えるだろう。

 

「ぐぁ……!?」

 

 不意を突いた俺の蹴りがラースにクリーンヒットする。

 吹き飛ばされたラースは呻き声を上げながらその場で転がった。

 

「弱いな」

「――っ!」

 

 俺が思わず漏らしてしまった本音にラースが拳を握る。

 

「これなら魔法やスキルを使う必要すらない」

「舐めやがって……!」

 

 銀仮面=俺、とならないように。

 魔法を舐めプしているから使っていないと印象づけさせる。

 

 普段の攻略対象相手ならここまで気にする必要もないが、王都に騒乱を起こそうとする魔族に俺が銀仮面だと知られると、その情報がどんな悪用のされ方をすることになるか分からないから、念には念を入れた感じだ。

 

「うらぁ!」

「甘い!」

「っが!」

 

 ラースのパンチを回避しつつ、カウンターの要領でラースの顔面を殴った。

 

「技術も、力も、何もかもが足りないな」

 

 殴り飛ばされたことで床にへたり込み、怯えるように後ずさるラースに向かって、俺は剣を引き抜いてじわりじわりと逃がさないように近づきながら言う。

 

「舐めるなだと? それはそれに相応しい力を持った奴が言う言葉だ」

「人間のくせに……!」

「技術や力に人か魔族かなど関係ない。それを言い訳にしている時点で、お前が俺に勝つ可能性は一つたりともなかったな」

 

 そう言って俺は剣を振りかぶった。

 ラースの目に死の恐怖が宿る。

 

「や、やめろー!」

「し――!?」

 

 俺はその瞬間突如投げ込まれた球体を見て思わず飛び退く。

 その球体は地面にぶつかると白い煙をその場に立ち上らせた。

 

「煙玉!?」

 

 俺がそれに驚いていると煙幕の中から殺気を感じる。

 

「っち!」

 

 迫っていた攻撃を躱し、返しの剣で斬り付ける。

 何者かが死んで魔石になったのを感じながら、次の敵を切る。

 

「ブラットバット……! 魔物がこんな街中で――!」

 

 煙の中から現れたのは吸血能力を持った魔物だった。

 かなりの数がそこから湧きだし、俺はその対応に追われる。

 

 今なら使えるか……!

 

「烈火、力を示せ!」

 

 なけなしのオドを集めた魔力で烈火を起動し、魔物を全て燃やし尽くす。

 こんな街中で多方面に魔物が展開されたら、この王都にすむ人々がパニックに陥ることになるだろう。

 だからこそ、迅速に殲滅する必要があった。

 

「お前の顔は忘れない! 絶対に俺はお前に勝ってみせるからな! 銀仮面!」

 

 何処か遠い場所でラースがそう叫ぶ声が聞こえる。

 それを聞いて俺は思わず言った。

 

「逃げられたか……」

 

 あの煙玉はラースの仲間によるものだったのだろう。

 それのせいでまんまとラースを見失ってしまった。

 

 それにしても――。

 

「煙玉……か、あれはどちらかというと人間の道具のはずだが……」

 

 魔族は人族より強いと思っているからあのような小手先の道具は作らない。

 今回のように道具があれば使うこともあるが……。

 だとするならば、それを提供した人間がいるということだ。

 

「人間側に魔族と通じる裏切り者がいる……か」

 

 これは今後のイベント攻略でも影響を与える要素かも知れない。

 俺が考察出来なかった裏設定に、今後も注意をする必要がありそうだ。

 




キーファ、オルゴデミーラ説とか、リノア、アルティメシア説とか、まとめサイトの記事で初めて知った時、「ほえ〜、そんな隠し設定に対する考察があるんだな〜」とびっくりしました。


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キッカルート

今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。


 

「フレイ。相談に乗ってくれないか?」

「ああ、構わないよ」

「そうか、実は俺の領地でこんな問題が起こっていてな……」

「ああ、それならシーザック領でも似たようなことがあったな。その時は――」

「――なるほど。そうすればいいのか!」

「俺の領地とクルスの領地では環境の違いもあるだろうから、実際に実行するときはよく精査してから実行しろよ」

「ああ、分かってる! 助かった! ありがとうな! フレイ!」

「気にするな。領民を大切にな」

 

「デュフ、デュフフ……あの、キッカは……工芸家をやってるんだけど……」

「うん」

「あの……その……デュフフ……」

「焦らなくていいよ。ゆっくりと君が伝えたいことを伝えてくれればいいから」

「……! あ……」

「うん。大丈夫だから」

「……あの……ここの装飾用の模様が気に食わなくて……何か言いアイデアとかあったりしますか……なんて……」

「なるほどね。それだったらこう言うのは如何かな? ここをこうすると……」

「す、すごい! こんなに良くなるなんて! 何処でこんな技法を……」

「遠い昔にね、見たことがあったんだよ。凄いのはそれをやっていた人さ」

「あ、ありがとうございます」

「また何か困った事があればいつでも聞きに来ていいからね」

「はい!」

 

「フレイ! 今からスクラーチャを皆でやるんだが人数が足りなくてな。お前も参加して一緒に遊んでくれないか?」

「ああ、構わない。さて、俺をチームに入れて勝者になるのはどっちかな?」

「抜かせ! お前が居なくても勝てるつーの! コテンパンにしてやるぜ! じゃあ、さっさと校庭に行こうぜ」

 

☆☆☆

 

「つ、疲れた……」

 

 この世界の球技であるスクラーチャを終えた俺は、競技で使用した道具を倉庫に片付けながらそう呟いた。

 

「俺はいつの間にお悩み相談所になったんだ……?」

 

 最初は既に領地経営にも関わっていて、座学でトップの成績を誇る俺に、友人達が勉強を教わりに来たり、領地経営がどんなものかを聞きに来ていただけだった。

 だが、あれよあれよと、俺に対して色々な事を聞きに来る者が増え、そしてその全てに俺の知識を使って可能な限り答えていたら、いつの間にか放課後に入る度に俺の席に向かって列を作って並んで、悩みを相談しに来るという、完全なお悩み相談所状態になってしまっていたのだ。

 

「面倒だからって下手なこと言えないもんな……」

 

 適当なことを言えば、俺に質問に来る者は減るかも知れないが、領地経営に関する悩みでそんなことを言えば、其奴の領地の領民が苦しむことになるし、何よりも本気で相談しに来ている内容に対して適当に答えてしまったことを知られれば、彼奴はそんなことをする最低な人間だと、俺に対する評価が下がってしまう。

 そうやって評価が下がれば、実家の使用人達のように、話をする前から噂によって話をすること自体を拒否されてしまい、俺だけのヒロインを探すことに支障が出ることになってしまうかも知れない。

 

「モテる為にいい人でいるのも大変だな……」

 

 思わずそんなぼやきが口から漏れる。

 

 人が人と交流するためには事前に最低限の好感度が必要だ。

 明らかに他者を絞り尽くすような悪人には誰であろうと近づきたくないように、絶対正義の人間味のない存在になれとまでは言わないが、社会一般的に見て話しても問題ないと思えるくらいの善人さは必要なのだ。

 

 だからこそ、俺は相談者に対して手を抜けない。

 まだ見ぬ俺のヒロインに取ってのその善人のラインがどの辺りにあるか分からないからだ。

 

「これも必要経費なんだろうが、さすがにきついな……放課後の自由時間がどんどんと潰されて言っているし」

 

 トートとベッグのアドバイスを受けて、生徒会へと向かおうと思っていたが、相次ぐ相談者によってそれが遅れる結果となっていた。

 

「それに攻略対象まで相談に来てるし……」

 

 俺はそう呟くと、デュフフと不気味な愛想笑いを浮かべながら、相談に来ていた攻略対象であるキッカを思い出した。

 

☆☆☆

 

 キッカは貴族の子女でありながら工芸家を目指す少女という存在だ。

 

 彼女は元々内気なタイプで一人で静かに何かを作るのが好きだった。

 母親の勧めもあって工芸家を夢見始めたのだが、当主である父親はそんなキッカの姿勢を認めずに、真っ当な貴族令嬢とするために彼女の作った作品をぶち壊し、そして無理矢理令嬢教育をさせたのだ。

 

 これは父親がキッカを愛していなかったという訳ではない。

 むしろ父親も母親と同様かそれ以上にキッカを愛していた。

 だが、父親に取ってのキッカの幸せな未来は、貴族令嬢として何処かの貴族の妻になって穏やかに過ごすことだったのだ。

 貴族社会で揉まれてきた父親にはそれ以外の幸せが分からなかったのだ。

 

 そうして父親に大切な作品を壊され、そして無理矢理押し付けられた貴族令嬢の教育で、内気な性格から上手くいかず教師から叱られ続け、父親に連れて行かれた社交界で内気な性格から虐めにあった彼女は、自分に対する自信を完全に失い、デュフフという気色の悪い愛想笑いを浮かべるようになって、ただ作品作りに依存するようになっていってしまった。

 

 そんな風になったことで、キッカを追い詰めてしまったことに気付いた父親だが、既に彼の言葉はキッカには届かず、ただ彼女の思うままに創作に没頭させるということしか出来なくなってしまった。

 

 このままではいけない――!

 

 そう思った父親と母親は次女であるキッカを、ナルル学園に入学させることを決めると、工芸に夢中になっていた彼女を簀巻きにし、使用人とともにナルル学園へと放り込んだのだ。

 

 もし、学園で友達の一人でも作れなかったら、今後は二度と創作をさせない。

 

 そう両親に厳しく通告されたキッカは、ナルル学園で何とか頑張って友達を作ろうとする。

 だが、現実はそう上手くはいかず、友達を作ることは出来ず、また以前のようにいじめを受け始めたキッカが、絶望して引きこもってしまう。

 そして、そのままエスカレーター式でルーレリア学園に上がった彼女は、貴族と違って平民なら自分の気持ちを分かって貰えるかもと考え、今度こそ友達を作って見せるぞと、勇気を振り絞って学園に通い始めるが、平民に取っては、気軽に貴族に対しての鬱憤を晴らせる弱い貴族であるキッカは良い的であり、より苛烈ないじめを、いじめっ子から受けることになってしまった。

 

 その時に、いじめっ子からキッカを守ったのがアレクだ。

 

 キッカはそんなアレクに淡い気持ちを抱いて、虐めに負けずにルーレリア学園に通うことを続ける――ここまで聞くと真っ当なギャルゲーや恋愛小説の導入のように聞こえるかも知れない。

 だが、キッカルートはそんな純粋で柔なものではないのだ。

 

 アレクに惚れたキッカは、そのアレクへの気持ちを抑えるために、とある物を作り出す――それはアレクの逸物を模した大人な玩具だ。

 そう、キッカはアレクへの気持ち……すなわち高ぶる性欲を抑えるために、アレクを監視……もといストーカーして調べ上げたアレクの逸物の形や大きさにそっくりとなるように、自分の工芸家としての腕前を使ってそれを作り出したのだ。

 

 そうして毎日それを使って妄想上のアレクとやる日々。

 初めの方はそれで満足していたキッカも、段々と物足りなくなってくる。

 もっと過激にもっとアレクを感じたい。

 

 そう考えた彼女は、ルーレリア学園の工芸室で等身大アレク像を作り上げた。

 そしてその人形に跨がり、抱きつきながら、等身大アレク像の逸物を、自分のそこに差し込んで、腰を動かして淫らに楽しむ。

 

「アレク……アレク……好きぃ……」

 

 学校の工芸室で自分が作った等身大アレク像と交わる。

 そんな背徳感により知れて、より高ぶった性欲で荒れ狂うキッカは、ガラガラと後ろの扉が開く音に気付かなかった。

 

「何やってんのお前?」

 

 果たして自分の等身大人形とキッカがヤっている姿を見たアレク君の気持ちはどんなものだったのだろうか。

 ともあれ、冷たい目でアレクにそう問われたキッカは、全てが終わったというような顔をし、下は何も付けず、上はボタンの取れたワイシャツを着ただけの姿のまま、アレクに向かって全裸土下座をしてわびる。

 

「……デュ、デュフフ……ご、ごめんなさい。何でもするから、見なかったことにしてください……」

「何でも……?」

 

 そう言ってキッカを見るアレク。

 エロゲファンならここで「じゃあ、お前の体を貰おうか」とエッチシーンが始まるんだなと思うかも知れないが、キッカルートも含めた各ルートで時折現れる鬼畜アレクはひと味違った。

 

「じゃあ、作れよ」

「デュフ……つ、作れって……?」

「お前が作ったそれみたいな玩具をだよ」

「な、なんで……」

「それはお前……女を犯すために決まってるだろ」

「え――」

「お前も共犯者だからな」

 

 そう言ってアレクは悪人のようににちゃりと笑うのだ。

 

 エロゲーやギャルゲーなんかの所謂ノベルゲームでは、複数人ライターが執筆することもあり、ルートによって主人公の性格がころころ変わったりもする。

 アレクの基本人格は、ちょっとエッチな所もあるが困っている人を見つけたらほおっておけない熱血漢溢れる好青年というようなものだが、このようなルートに違いによっては、寝取りエロゲの主人公のようなあくどいことだろうがガンガン行って、女をヒイヒイ言わせてものにしようぜ! と言うような鬼畜な行動をするアレクになったりするのだ。

 

 この一部のルートで時折現れる、鬼畜アレクとファンから呼ばれるアレクになるのは、ファンの間では、そのルートの担当ライターが自分の性癖を抑えられなかったのだろうと言われている。

 と言うのも、神ゲーを作るという意味から、ゴッドゲームズと言う社名となったインフィニット・ワンの開発元である会社は、元々は魔族っ子の拷問陵辱ゲーや、和風伝奇物など、どちらかと言えば特定の層にだけ刺さるような、ニッチなゲームを作っており、シナリオも過激なものが多く、簡単に言えば一般層には絶対に受けない作風の会社だったのだ。

 だが、それがあまり受けず経営が苦しかったのか、インフィニット・ワンで突如、それまでの作風を捨てて、一般層でも受けるなろう小説のような、なんちゃってファンタジー路線へと方針転換したのだ。

 このプライドを捨てた判断は見事に嵌まり、インフィニット・ワンはゴッドゲームズ史上最高の売り上げを見せた。

 そして、ゴッドゲームズはよくあるエロゲー会社のように、インフィニット・ワンをギャルゲー化させ、そしてそれを元にエロゲー会社から一般のゲーム会社落ちをして、まともに経営出来る企業になったのだ。

 

 今の時代、エロゲーだけをやっている会社は何処も苦しい。

 だからこそ、大抵のエロゲー会社は、ゴッドゲームズのように一般にも受ける作品を出し、そしてその作品を何とか人気にさせて、そこから一般落ちし、その作品を中心に普通のゲーム会社として、徐々に人気を得ていくことで、何とかして会社を維持していくのが基本だ。

 そのため、ゴットゲームズの経営判断は正しかったのだろうと、当時のエロゲー業界の衰退を見ていた俺は思うが、ニッチゲームを好んで作っていたライターの中には不満があったのかも知れない。

 その思いが、ゴットゲームズが一般層向けの作品を次々と出す中で、細々と続いていたインフィニット・ワンのダウンロードコンテンツに、このような鬼畜アレクを出すような結果へと繋がったのではないかとファンの間では考えられているのだ。

 

 ともあれ、そうしてアレクの手伝いをやらされることになったキッカは、次々と女性に使うための大人用の玩具を開発していく。

 そして自分を虐めたいじめっ子などを誘い出し、それをアレクが魔法や薬品などで捕らえて、拘束された女達にアレクが道具を使っていくのだ。

 

「や、やめなさい……。ん! こんなことをしてどうなるかわかっているの!」

「どうなるっていうんだ? 男に襲われてこんな玩具で気持ちよくなって、そして処女を失いましたって婚約者に言うのか?」

「わ、わたしは……」

「黙っとけよ。玩具を入れられただけだろ? 俺は絶対にお前を犯さない。ただこうやって道具で嬲るだけにしてやる。それなら、お前自身がこの道具を使うのと、俺がこれを使って嬲るのは大した差があるわけじゃないだろ」

「……」

 

 入れているのは玩具であり、それを誰が入れていようと関係ない。

 自分が入れようとアレクが入れようと、玩具で楽しんでいるだけなのだから、これは浮気に当たらないし、それだったら自分が玩具で遊んでいただけにすればいい。

 そうすれば誰も不幸せにならないと、とんでもない暴論を、襲ったいじめっ子の少女達にするアレク。

 

 それを聞いて少女達は頷いてしまう。

 そしてそこからアレクの攻めは激しくなる。

 

「あん! ん! あっ……これは玩具玩具だからぁ~!」

 

 そう言って徐々に楽しみ始めるいじめっ子。

 やがて果てた彼女に対してアレクは言うのだ。

 

「ご堪能どうも。この玩具、より良くするにはどうしたらいいと思う?」

「……もっと……反りが深い方がいい……」

 

 アレクはそれを聞くと玩具を少女から取り出してキッカに向かう。

 

「だってよ。もっと反りが深い方がいいってよ」

「あ、あの……」

「取り敢えず、お客様の言う通りかどうか、お前も試してみろよ」

「あんっ!」

 

 そう言って玩具をキッカに使うアレク。

 キッカはいじめっ子達が使った玩具を自分にも使われ、そしてそのアンケート結果を反映してより良い玩具へと改良していくのだ。

 

 自分が作った玩具によって、自分を見下していたいじめっ子や他の真っ当な女子達が乱れて落ちていく姿を目にしたキッカは、アレクと行う女子達を襲う日々にほの暗い優越感と背徳感が混じった興奮を覚えるようになっていく。

 そしてそれらはアレクによって、自分に玩具が使われることで発散され、徐々にキッカはその快楽の日々に墜ちていくのだ。

 

 そうしてそんな日々を続け、充分なテストを終えたキッカが作り出す大人の玩具は、まさに至高の一品と言える物まで進化していた。

 

 そしてそれを持ったアレクはキッカに言う。

 

「なあ、これもかなりよくなったよな。これ以上は良く出来ないよな?」

「デュフ、デュフフ。も、もう。これは至高の一品……」

「そうか……じゃあ、早速お前に使うな」

「え――っ!?」

 

 何時ものように女子を襲いに行かず、何時もの女子達を襲う方法で、キッカを拘束したアレクは、女子達にするのと同じように玩具でキッカを嬲る。

 

「あっあっあっ!」

「どうだ!? キッカ! お前の作ったこれは最高か!?」

「さ、最高ですぅ~!」

 

 好きな人に至高の一品で犯されて絶頂するキッカ。

 散々弄り倒されてその玩具を堪能したキッカが、疲れ果ててその場でぐったりとする前で、アレクは自らの服を脱ぎ始めた。

 

「あ、アレク……何を……」

「決まってるだろ。お前に本物を教えてやるんだよ」

 

 そう言ってアレクはキッカのそこに玩具じゃない本物をぶち込み腰を動かす。

 そしてそれによって喘ぐキッカに向かって聞くのだ。

 

「どうだ! キッカ! 俺のものの感想は!」

「あんっ! 違うっ!」

「何がだ!?」

「本物は――っ違う!」

 

 キッカは魅了されてしまった。

 自分が作り出した至高の偽物よりも、好きな人の本物であるそれに。

 女としての本能が最高の快楽を感じてしまったのだ。

 

「これまでは女用を作ってきたが、これからは俺専用の玩具を育てあげていくからな! 分かったかキッカ!」

「はぃ~キッカはアレク様の玩具になりま~すぅ~!」

 

 アレクの狙いはこれだった。

 自らの模造品である人形で、気になっていた女であるキッカが乱れていたのを知ったアレクは、至高の一品とも言える玩具を堪能させた後に、自分の本物を教え込むことでどちらが優れているのかをキッカに分からせたかったのだ。

 

 ある意味で復讐とも言えるそれを完遂したアレクは、キッカを自分専用の大人の玩具として開発していき、求められたキッカもそれを受け入れて、工芸をするかのように自分で自分を開発して、二人は何処までも幸せで退廃的な快楽の中で過ごし続けていったというハッピー――。

 

☆☆☆

 

「いや、あれ、ハッピーエンドか?」

 

 俺はキッカルートを思い出しながら思わずそう言ってしまった。

 最終的にヒロインがオナホ奴隷になりますと言って終わる物語とか、何処がハッピーエンドなんだよという気持ちが湧いてきてしまったのだ。

 

「まあ、でも最終的には好きな者同士で結ばれた訳だし、本人同士が納得しているなら、それがどんな奇異な形でもハッピーエンドはハッピーエンドか」

 

 アレクは好きだったキッカを自分の玩具としてものにし、キッカは好きだったアレクを自分を使うご主人様として愛し合うことが出来るようになった。

 その点で言えば主人公とヒロインは目的を達成し、そして双方ともその状況に不満がないのだからハッピーエンドと言えるのかもしれない。

 

 世間体が悪いのは事実だが、そんなことを言ったら奴隷のまま居続けるなろうの奴隷ヒロインは、奴隷のままだからバットエンドだというのかという話になるし、一人で男を独占するのを諦めたなろうハーレムだって、一人に対して愛を向けていないからバットエンドだと言われてしまうことになってしまう。

 それらについても人々がハッピーエンドにするのは、キッカ達と同じようにやはり物語の主役である主人公とヒロインが双方とも幸せを感じているからだろう。

 

 それにエロ小説なんかじゃ、快楽墜ちからのラブラブハッピーエンドなんて、ありふれたものだからな……。

 

 俺はそんなことをふと考える。

 結局のところ、どんな形であれ、物語で救われる対象である主人公やヒロインが幸せになれたのなら、それはハッピーエンドの物語なのだ。

 

 だからこそ、アレクとキッカが乳繰り合いたいというのなら、好きにやってオナホ奴隷にでも何でもなればいいと思う。

 

 だが――。

 

「その過程で女子達を襲うのは許せないな」

 

 キッカルートでは多数のモブ女子が、キッカの作った玩具のテスターとするために、アレクに襲われて快楽で乱れることになる。

 そんなレイプ紛いの行いは決して許していいものではない。

 

 例え最終的に快楽で喘いでその行いを許容してしまっているのだとしても、強制的にそんな状況にされたまともに暮らしていただけの女子が可哀想だし、何よりもモブ女子達は俺のヒロイン候補となる者達、そんなことで彼女達という可能性を失うわけにはいかないのだ。

 

「鬼畜アレクのイベントは大半が自発的に起こせるものなのに、これはキッカの行動による受動的なものなのが厄介何だよな……」

 

 鬼畜アレクは、ガンガン行くぜ! の性質上、そのイベントはアレクの自発的な行動により、発生するものが多い。

 だからこそ、俺はこれまでの間に銀仮面として、アレクが鬼畜アレクとなるイベントは片っ端から攻略を行い、このキッカルートを除けば、殆どのルートを攻略することが出来ている状態にある。

 

 ゲームと違ってアレクはハーレムを作る可能性が高いからな……。

 

 ゲームではアレクが進むことが出来るルートは一つだけであり、世界の変化やその他のキャラの変化等も、そのルートに従って全体的に影響が発生する形だった。

 だが、インフィニット・ワンを元にしたこの世界では、同時に複数のルートのイベントが発生するため、複数の攻略対象を同時に攻略することが出来る。

 

 その点を考えればゲームと違い、アレクはこの世界では複数の攻略対象をものにして、ハーレムを作り出す可能性が高いのではないかと俺は考えていた。

 

 その時にアレクの人格が、ゲームで鬼畜アレクとなるルートを通ったことによって鬼畜化してしまっていたら、アレクハーレムに加わるであろう、俺と付き合いが深い攻略対象である来幸やエルザが、鬼畜なアレクによって悲惨な目に合うことになってしまうかも知れない。

 さすがにそれは許容出来ないので、アレクが鬼畜になる可能性を、多少面倒でも事前に潰しておいた形だ。

 

 そうして、鬼畜アレクのルートは既に大半を潰してあるが、このイベントはアレクの等身大人形相手に、キッカが致している所を目撃するというイベントフラグが必要となるため、イベント攻略を始めることが出来ない状態にあるのだ。

 

 まあ、そもそもアレクがいない状態で、誰の等身大人形を作るんだって話ではあるんだけどな……。

 

 もしかしたらルーレリア学園入学まで、このイベントは発生しないんじゃないかという気もしてきているが、俺やレオナルドがアレクの代わりにイベントを起こせたように、キッカが別の人間の等身大人形を作り上げて、それを目撃した誰かによって鬼畜アレク的なストーリーが始まってしまう可能性はゼロではない。

 

 だからこそ、警戒しないという訳にはいかないのだ。

 

「アレクはまだいないが、それでも可能な限り、様子を見ておかないとな……」

 

 アレクが原作で現れるのは今から三年後のルーレリア学園入学でのことだ。

 それまでのアレクに関しては何処かの村で村人をやっていたという情報以外は、作中で大した情報は出てこないため、各地に転移出来る俺でもアレクが現在何をしているかは把握していない状況にある。

 

 恐らく、学園入学とともに行動を開始するアレクに、プレイヤーが感情移入して貰うために、アレクのそれまでの生涯に関する情報を少なめにしてるんだろうな。

 あとは、各ルートのライターが書いた話とアレクの過去が矛盾しないように、その辺の過去をぼかしていたという大人の事情もありそうだが。

 

 そう言ったゲーム作りの観点から、アレクの過去は詳細に描かれていないのだろうと、俺は理解していた。

 実際に、同じような理由で、主人公を記憶喪失にするなどして、過去をさっぱりとなくしてしまうゲームなども多い。

 ゲームをやっていると、最終的に、結局君って何処の誰だったん? と主人公に対して思うことも一度や二度ではないのだ。

 

 まあ、理由はともあれ、その為にアレクを用意出来ないので、銀仮面での活動も含めて、俺の行動によるバタフライエフェクトが発生したことで前倒しになったイベントの対処などに、俺が手を打つ必要が出てきてしまっているのだ。

 

「帝国とか他の国ではそんなに前倒しが発生していないから良いが、これが発生するようになったら、本当に過労死してしまうぞ……」

 

 インフィニット・ワンはストーリーとキャラを売りにしていたため、とにかく攻略対象となっているキャラが多い。

 王国だけでもかなりの攻略対象がいて、それに対する銀仮面活動でこれだけ大変な目に合っているのに、そちらまで処理をし始めたら、俺一人だけでは完全にキャパシティーオーバーすることは分かっていた。

 だからこそ、俺が活動している王国とは違って、俺の行動によるバタフライエフェクトが少ないのか、ゲーム通りの展開で推移している他国の様子は、俺に取って有り難い状況だと言えた。

 

「ともかく何とか対策を考えないと、俺のヒロイン探しにも支障が……おや?」

 

 俺が考え事をしながら歩いていると、進行方向に見知った顔が現れた。

 その人物とは大量の書類を重そうにしながら運んでいるユーナだ。

 俺はそれを見て声を掛けようとしたところで――上の階にあるテラスから、身を乗り出してバケツのようなものを構える女子達が目に入り、思わず叫んだ。

 

「危ない!」

「え?」

 

 俺は咄嗟に転移を発動し、ユーナの元まで飛ぶと、彼女に触れて再度転移することで、上から降り注いできた汚水から逃れる。

 

「おい! お前達!」

 

 危機から逃れたことで、俺はテラスにいたその女子達に向かって、そう問いかけるが、その女子達は俺の言葉を無視すると逃げ出した。

 

「逃が――」

「待ってください!」

 

 転移でその女子達を追おうとした俺をユーナが止めた。

 

「何故ですか? ユーナ様」

「追っても無駄からです。あれはレディシアお姉様の手の者なので……」

「レディシア王女の……? つまり後ろ盾があるから、王女相手にこんな真似をするという馬鹿げた行いが許されているってことですか」

 

 今この国では、第一王女であるクリスティアの派閥と、第二王女であるレディシアの派閥が、互いに王位を巡って争い合っている状況にある。

 そんな中で第一王女と同腹の姉妹であるユーナは、王位継承に関与しないにしても、レディシアに取っては邪魔な存在であり、クリスティアと違って威風堂々としていないユーナは、嫌がらせをするには格好の相手だということなのだろう。

 

「ですが、やられっぱなしでは何も変わりませんよ?」

「もめ事を起こしてクリスティアお姉様の邪魔をしたくないんです」

 

 ユーナは気弱そうに視線を下に落としながらそう答える。

 俺はそれを見て内心ため息を吐いた。

 

 本人がこの調子だと相手を糾弾するのは難しいだろう。

 次期王女候補のレディシアの取り巻きが犯人だというのなら、侯爵家の令息である俺でも、被害者の声や物証がなければ問い詰めるのは難しい。

 

 ここで迂闊にレディシアと敵対したら、王位継承争いの真っ只中に放り込まれかねないからな……。

 

 インフィニット・ワンでは、クリスティアとレディシア、攻略する側のストーリーによって、最終的に誰が王になるのかが変わる。

 端的に言ってしまえば、アレクが味方になった方が、この派閥闘争に勝利し、敵対派閥を潰してこの国の主導権を得るのだ。

 

 それを考えるとここでどちらか一方の王女に味方しすぎるのは危険だ。

 もし、アレクが俺が味方した方ではない王女の側についたら、内乱で敗北してシーザック家が窮地に陥ることになってしまうかも知れない。

 だからこそ、今の段階では二人の王女とは、交流も敵対も可能な限りしたくないというのが俺の本音だった。

 

「そうですか、それならそれでいいです。ただ――」

 

 そう言って俺はユーナが持っている書類を強引に奪う。

 

「これは俺が運びます。何かされても俺なら転移で逃げられますし、それに今生徒会室に向かっているんでしょ?」

「そうですが……」

「俺も生徒会に用事があるので、大した手間でもないですからね」

「それでも、わたしの荷物を持たせるのは申し訳ないです……」

「気にしないで、さっさと行きましょう」

 

 俺はユーナの意見を無視して生徒会室に向かって歩き始めた。

 



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生徒会

 

 程なくして俺達は生徒会室に到着する。

 手ぶらなユーナがドアを開けると中には何人かの人が作業を行っていた。

 

 うお~。攻略対象ばっか。

 

 俺はそれを見て思わずそんなことを思う。

 ヒロインであるクリスティアやレディシアだけではなく、ヒーローであるロベルトやアーケンなど錚々たる面々がその場にいた。

 

 やっぱり生徒会ってのは学園物でのメインだからな。

 そりゃ、攻略対象ばっかな状況にもなるわ。

 所謂、モブが存在できない聖域ってやつだな。

 

 今ここにいる生徒会メンバーは、ルーレリア学園でも生徒会のメンバーとして活動していた者達だ。

 つまるところ、このメンバーがそのまま繰り上げ式で、ルーレリア学園の方でも、生徒会として活動していたということなのだろうと俺は思った。

 

「君は……確かシーザック家のフレイだったかな。初めましてだね。私はクリスティア・フォン・フェルノ。この国の第一王女だ」

 

 そう言ってクリスティアはレディシアに視線を向けた。

 レディシアは面倒くさそうにしながらも、クリスティアに続く。

 

「わたくしは、レディシア・フォン・フェルノ。この国の……第二王女ですわぁ」

 

 それだけ言うとレディシアはまるで興味がないと視線を書類に戻した。

 その後もロベルトやアーケンなど挨拶が続き、俺の方も改めて自分のことを彼らへと説明する。

 一通り、自己紹介が済んだところで、クリスティアが切り出してきた。

 

「それで君は何をしにここに来たのかな? ただ書類を運ぶのを手伝ってくれたというだけなのかな?」

「いや、それだけではないです」

 

 クリスティアのその質問に俺はそう答える。

 

「もしかして、ユーナにしたように私に婚約を申し出るつもりかな? 確かに私には婚約者はいないが、残念だけど君は――」

「あ、クリスティア様には微塵も興味がないので、婚約を申し出られるとか、そんな心配はしないで大丈夫ですよ」

「はあ?」

 

 俺が入学式にユーナに告白したことを使って、親しみやすさを出す為か、冗談めかしてそう言ったクリスティアの言葉に、俺はマジトーンで明確に拒絶の言葉を返した。

 

 ぶっちゃけると割と不敬な行いだが、焦る俺にはそんな事よりも優先するべき事柄があった。

 それは、この場にいて会話を聞いているユーナに、変な誤解を齎さないようにすることだ。

 

 ここで迂闊にクリスティアの冗談に乗って、クリスティアと仲良く話し始めたら、自分に近づいて来たのは姉であるクリスティアを落とす為で、初めから自分に興味はなかったと誤解される可能性がある。

 そうなれば、やっぱりわたしよりもお姉様の方が良いよね、と姉妹がライバルの恋愛小説物のように、優秀な姉と自分を比べて、自分に自信がなくなって、俺との恋愛を諦めるという事態が発生するかも知れない。

 そうなれば、俺がユーナを恋人にする確率が、大幅に下がることになってしまう。

 

 だからこそ、俺はここできっぱりと否定するのだ。

 そして、告白したのをユーナだけにすることで、俺はユーナに指し示さなければならない、姉より優れた妹が存在するということを。

 

 その思いから出た返答に、クリスティアは冗談で言ったはずなのに、本気で振られて、困惑と怒りと羞恥が入り混じった表情で固まってしまった。

 

「ぷ、くくく、お姉様ったら、振るつもりが、逆に振られてますわぁ!」

「あ、それとレディシア様にも微塵も興味がないので、安心してください」

「あ゛?」

 

 レディシアもユーナの姉だからきっぱりと断っておこうと、ついでのようにレディシアを振ると、それまで上機嫌に笑っていたレディシアの顔が、怒りを堪えきれないと言わんばかりの表情へと変わり、こちらを凄まじい形相で睨んでくる。

 

 あっという間に次期王候補の二人に滅茶苦茶嫌われてしまったわけだが、好かれてしまうと家の格の関係から、無理矢理伴侶にされてしまう可能性もあるので、取り敢えずこれはこれで良かったとしよう。

 ただ、攻略対象であるこの二人にどれだけ嫌われても別に構わないが、その後ろ盾の存在達にも敵対されると、さすがにシーザック家が不味い。

 このまま双方と敵対するのを避けるために、俺は先程の発言をフォローするための言葉を放つ。

 

「つまり、俺は中立の立場を取るということです」

「……なるほど、そう言うことか。まあ、君の実家であるシーザック家は、いつの世も、そのような態度だったから、仕方のないことか」

 

 俺のその言葉を聞いて、クリスティアは納得したような表情をする。

 

 現在行われているクリスティア派とレディシア派の争いだが、その元を辿ると彼女達の母親の実家であるユーゲント公爵とダルベルグ公爵の派閥争いがある。

 大昔はここにノーティス公爵家も加わっていたらしいが、王国の穀物需要を担っているという立場から、政治に介入して領地が乱れることを他家から憂慮され、更に残りの二家にコテンパンにされたせいで、早々に王都での主導権争いを放棄し、現在の領地経営を重視する中立派になったので、その派閥争いには殆ど関わってこない。

 そのため、ユーゲント公爵家とダルベルグ公爵家の真っ二つに分かれた二派閥が、お互いに主導権を握ろうと争いあっている現状がこの国にはあるのだ。

 

 現在の主流派は、第一王女と第三王女の母親である正妃を送り出したユーゲント公爵側で、それを忌々しく思っているダルベルグ公爵側が何とかして、この王位継承権争いで勝利して主流派になろうとしている形だ。

 その為にダルベルグ公爵家側は数々の悪事をこなしており、ゲームでもその内容が明確に描写されていた所謂悪役とも言える存在なのである。

 

 そもそも、王女達が同い年なのが、その暗躍の結果だしな……。

 

 この国の王位は性別を問わずに長子継承となっている。

 その為、第一王女であるクリスティアが王位を継承するのが自然なのだが、第二王女のレディシアがほぼ同じ時期に生まれているのが、王位継承争いを起こさせることの原因になっている。

 なぜなら、建国時に当時の国王が決めた法では、次代に王位を継承するときに、一番年齢が上の子供に王位を継承するということになっているが、クリスティアとレディシアは同い年で、誕生日も一週間しか違いがないからだ。

 その一週間の間、何とかして王位の継承を阻止すれば、クリスティアとレディシアは、その後は同い年となり、王位継承権は同率となってしまうのだ。

 

 なんでそんなおかしな事が起こせる法になっているのかという話になるが、初代国王は農民上がりであり、妻が一人だけだったため、長子がそのまま王の地位を継げば良いと考えて、「一番年上の子が王位を継げばいいだろう」と明言したが、相手が一人だけならこれは長子継承という意味になるが、それ以降の王は、妻が複数いる真っ当な王族になってしまったことで、別の腹から同い年の王族が生まれる可能性が出てきてしまい、今回のようなおかしなことが起こる法になってしまったのだ。

 

 所謂、法律の抜け穴を突かれたという形だ。

 

 なぜ、そんな法の抜け穴を放置しているかと言うと、この法律は建国時に建国の英雄である初代王が作成したもので、他の建国時の法と同じように国の基礎となる憲法的な扱いをされているからだ。

 加えて、日本が憲法を殆ど変えないのと同じように、一度でも憲法を変えてしまえば、憲法を変えることが出来るという前例を作ることになる。

 この王位継承権に関する法自体は欠陥もあるし、変えても良いと多くの者が思っているが、他の建国時の法で既得権益を得ている者達が、それを改正することで、自分達が利益を得ている法律を改正されることに繋がることを恐れて、初代王が作成した法は神聖なもので、改変は許さないと猛反発している為に、改正が出来ない状況にあるのだ。

 

 これを無視して改正する為には、初代王の息子である2代目が、積極的に建国時の不完全な法を修正する必要があったが、国の方針を帝国よりにしたことで、若者からの受けは良かったが、大人達からは「せっかく自分達の国を作ったのに、なんで帝国の真似事なんかするんだ」と猛反発を受けていた為、国の方針に関わるところは改正しても、それ以外の大勢に影響しない、一番年齢が上の子供に王位を継承するなどは、初代王の意志を大切にしてますよ、と言うポーズの為に、あえて残されることになってしまったのだ。

 

 こうして抜け穴がある法が残ることになってしまったのだ。

 だが、この抜け穴については、歴代の王達も把握しており、彼らは妃の誰かに妊娠の兆候が見えた段階で、直ぐさま妃達との子作りを止めて、しっかりと子供達に年齢の差を作るということを行ってきた。

 もし仮に同い年で生まれてしまっても、暗黙の了解として、正妃の子供を優先するとなっていた為に、これまでのフェルノ王国の治世では、大した問題は起こらずにすんだのだ。

 

 しかし、今回は正妃に妊娠の兆候が見えたのとほぼ同時に、偶然第一側妃にも妊娠の兆候が見られたため、子作りを止めたが年齢差を作ることには失敗した……ということに表向きはなっている。

 そして、その上で野心に溢れるダルベルグ公爵が暗黙の了解を破り、王の子供で一番年上なのだから、レディシアにも第一位の王位継承権があるはずだ、と法律を盾に騒ぎ出したのが、今回の王位継承権争いの始まりだ、

 

 そんなこんなで、レディシアに第一位の王位継承権があると言う風になっているが、勿論、俺は、ゲームでの情報から、それが真っ赤な嘘であると知っているのだ。

 



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クリスティアルート&レディシアルート

 

 クリスティアは威風堂々とした王の器を持つ少女だ。

 だが、同時にそんな風に振る舞うことに疲れているという一面もあり、アレクはそんな彼女の弱音を話せる相談相手として、彼女を支えていき、王となるための手助けをするという、恋愛物の王道のようなストーリーが彼女のルートだ。

 

 その過程の中でレディシアとダルベルグ公爵派が数々の妨害を行ってくる。

 クリスティアとアレクは、そんな妨害を退け、逆に彼らの悪事の証拠を集めて、ダルベルグ公爵派を排除するために動き出すのだ。

 

 ダルベルグ公爵派の隠蔽もあり、決め手になる情報を得られない二人。

 そんな二人が耳にしたレディシア達の最大の弱点となる情報……それこそがレディシアの出生の秘密に関わる話だ。

 

 アレクは、表向きは病に煩ったためとされ、王宮内の他派閥の者が近づけない場所で療養していることになっているが、実際には秘密を漏らさないために幽閉されていた、レディシアの母親であるアマーリエの居場所を突き止めると、クリスティアとともに密かにその場所へと忍び込み、アマーリエを救出する。

 そしてアマーリエに過去の事情について問いただすと、彼女は涙ながらに当時に何があったのか真実を語り始めるのだ。

 

 クリスティアの母親であるセリーヌがクリスティアの妊娠に気付いた頃、アマーリエには妊娠の兆候がなかった。

 その為にそのままなら、クリスティアだけが生まれ、これまでと同じようにユーゲント公爵派が実権を握るという形になってしまっていた。

 それを許せなかったのがアマーリエの父親であるダルベルグ公爵だ。

 

 気弱な王はユーゲント公爵派とダルベルグ公爵派、その双方に顔を立てるために、第一子の妊娠がわかるまでは双方の妃を愛し、平等に子作りを行って、次代の王を作るという話を取り決めていた。

 だからこそ、セリーヌの妊娠が分かったその前日までは、アマーリエも王と交わっており、それを知っていたダルベルグ公爵はまだ間に合うと思ったのだ。

 

 妊娠が分かった時点で王はアマーリエの元を訪れない。

 そうなれば現段階で妊娠していなければ、確実に王権はユーゲント公爵派に渡ってしまう……そう考えたダルベルグ公爵は、確実に妊娠させるためには、別の種を使ってでも妊娠が分かるまで、アマーリエに子作りをさせ続けるしかない、と言う発想にいたってしまった。

 

 だが、そこらの男相手にやらせれば、アマーリエの子が大人になったときに、王の子供ではないと気付かれてしまう危険性がある。

 幾らDNA鑑定がない世の中だと言っても、容姿や魔術回路など遺伝するものは多い、下手な相手との子供を作ってしまえばバレてしまう危険性は高いのだ。

 

 そこでダルベルグ公爵が目を付けたのは、王宮で病によって寝たきりになっている先王だった。

 先王とは言え、王家の血が流れており、仮に子供を作ったとしても、現王は先王の血も継いでいるのだから、明確には見分けがつきにくい……。

 そう考えたダルベルグ公爵は、先王の警護を元から潜らせていた自派閥の者の暗躍によって、自派閥の者へと入れ替え、そして警備にわざと穴を作って、その時間にアマーリエを先王の部屋へと向かわせたのだ。

 

 アマーリエは現王とは側室とは言え、婚約者の一人として、昔から親交がある所謂幼馴染みという関係だった。

 だからこそ、現王のことを好いていたし、愛し合って彼との子供を作りたいと思っていたのだ。

 

 だが、父親であるダルベルグ公爵には逆らえなかった。

 貴族の令嬢として育てられてきた彼女に取っては、当主の意向とは絶対のものであり、これまで育てて貰った恩や、逆らった時の恐ろしさも含めて、命令に従わないということを行う強さが彼女にはなかったのだ。

 

 そうして彼女は先王の部屋に入る。

 先王のズボンを脱がせてそれを露わにし、自らは全ての衣服を脱いで裸になったあと、寝たきりの先王に跨がり、必死で自分のそれに先王のそれを差し込むのだ。

 

 準備が終わった後、アマーリエは先王の上で腰を何度も動かす。

 

 好きな相手と結ばれて、そして王妃というこの国の女性として、最高の立場になれたというのに、自分はこんな所で寝たきりの老人を相手に何をしているのだと。

 

 そんな状況におかしくなったアマーリエは、「ごめんなさい、ごめんなさい」と呟きながら涙を流し、そして狂乱したように笑って、全てを忘れたいのか快楽に身を任せて、まるで先王の上で淫らに踊るように先王と致すのだ。

 

 まあ、そんなこんなで無事妊娠には成功し、アマーリエはレディシアをその体に身籠もるのだ。

 そう、つまり、レディシアは、現王とアマーリエとの子供ではなく、先王とアマーリエとの子供なのだ。

 

 アマーリエは涙ながらにその事実を語り、そしてセリーヌの身に起こった事についても、クリスティアに対して謝る。

 

 アマーリエが、ダルベルグ公爵が怖いのに、こうして口を開いてくれたのは、姉のように慕っていたセリーヌがダルベルグ公爵派の手引きのせいで、警備が薄くなったことで侵入してきた魔族に攫われてしまったことがあるからだ。

 それ以降、自室に引きこもるようになってしまったことを知っていた彼女は、このままではいけないと全てを打ち明けることにしたのだ。

 

「娘だけは助けてあげてください……」

 

 そう、土下座をして頼み込むアマーリエを見て、レディシアは決して殺さないと約束すると、全ての証拠を持ってダルベルグ公爵を糾弾する。

 結果として、全ての真実が明るみになり、ダルベルグ公爵一派は処刑され、敵対派閥を殲滅したクリスティアが王となって、全ての真実を知って絶望したレディシアは修道院送りとなる形で、王位継承権争いは終わりを迎えるのだ。

 

 そして王となった日、クリスティアは宣言する。

 

「私の伴侶はアレクだけだ! 今回のような伴侶の後ろ盾を元にした諍いが起こらないように、私はアレクとのみ子供を作る!」

 

 そう皆の前で宣言し、アレクとの間に子供が出来ず、血筋を残せない事態に陥る可能性を考えた各所から反発をされながらも、それを押し切ったクリスティアは初夜で言うのだ。

 

「私の婿はお前だけだ。だからこそ、しっかりと私を孕ませてくれよ。婿殿」

 

 そう弾んだ様子で言ったクリスティアに対して、気持ちを抑えられなくなったアレクは、それまで溜めていた分も含めてクリスティアを愛す。

 そうしてクリスティアは子供に恵まれ、多数の子供達を育てながら、王としてこの国をアレクと一緒に導いたとなってクリスティアルートは終わる感じだ。

 

☆☆☆

 

 一方でレディシアのストーリーでは真逆の展開が行われる。

 彼女のストーリーでは各地で暗躍しながら、クリスティアを排除し、王位を簒奪するまでの道筋が描かれることになっているのだ。

 

 アレクはそんなレディシアに使える手駒として見いだされ、取り巻きを使って連れ去られ、そしてレディシア派に仕えることを強制されるのだ。

 

 そうやってレディシア派の一員として暗躍することになったアレクは、次々と任務を成功させて、レディシアからの信頼を集めていくようになる。

 いつしか、情勢はダルベルグ公爵派へと傾き、そしてその中心人物となっていたアレクを逃さないようにするために、レディシアは取り巻きを使ってアレクを自らの別荘へと招くのだ。

 

 いよいよレディシアとエッチイベントか! と全国のプレイヤーが期待の目を向けたが、レディシアルートはその斜め上を行った。

 ベットルームで息を飲むアレクの前で服を抜き出したのは、なんとその場にいたレディシアの取り巻きのAとBだった。

 そう、取り巻き達はアレクを籠絡するために、レディシアからの命を受けて、アレクとエッチするための行動を開始したのだ。

 

 そうしてアレクは、レディシアの見る前で、取り巻き二人と3Pをする。

 事前に仕込まれていた取り巻きの手腕で快楽付けにされたアレクは、レディシアを裏切ることなく働き続けるのだ。

 

 いや、お前がアレクとエッチするんじゃないのかいとか、取り巻きにエッチを強要できるなんてとんでもない求心力だなとか、色々と突っ込み所は多いが、唐突な3P展開に度肝を抜かれたプレイヤーが多かったのも事実だ。

 

 そうして活躍を続けたアレクによって、ついにレディシアは弱気な王に、自分の王位継承を認めさせるのだ。

 王となったレディシアは、レディシアだけは助けたクリスティアとは違い、クリスティアも含めたユーゲント公爵派の全てを処断する。

 そうして、王国は悪のダルベルグ公爵派の手に落ちることになるのだ。

 

 そしてアレクを伴侶とし、そして初夜でレディシアは、取り巻きの二人と共に、アレクを待ち受ける。

 

「わたくしは貴方だけを伴侶にするつもりはないわぁ。だからこそ、貴方にもわたくし以外の女と好きなだけまぐわうことを許して上げるわぁ」

 

 そう言ってアレクとレディシア達は4Pを始める。

 そうしてレディシアもアレクも多くの男と女と、王国そのものを使ってまぐわいながら、人生を楽しんだとエピローグが入り、レディシアルートは終了となるのだ。

 

 そんな感じの内容なので、悪役の手下になるレディシアルートより、正義の側として活躍するクリスティアルートの方が人気があると思うだろう。

 だが、実際はレディシアルートが圧倒的な人気で、クリスティアルートの方が、プレイヤーの人気は圧倒的に低いという状況にある。

 

 なぜなのかと言うと、クリスティアルートが王道過ぎてありきたりなのと、明確なエッチシーンが最後までないので、あまりエロくないというのが原因だ。

 クリスティアルートに関しては、過去回想で一枚絵CGが表示され、声優の泣き笑い演技が凄かったアマーリエの先王レイプの方が、背徳的でエロかったと言われるほどであり、王道展開が結果的に一般的なエロゲーを嗜んでいたプレイヤーに取っては物足りない出来となってしまっていたのだ。

 一方でレディシアルートではレディシアだけではなく取り巻きまで付いてくる。

 

 多くのプレイヤーが、一ルートで三人もエッチ出来るなんてお買い得だと、自らの性欲に従って嬉々として悪事に荷担したというわけだ。

 

 エロゲプレイヤーのそう言う自分の性欲に正直な所、嫌いじゃないよ。

 

 俺的にはクリスティアのような王道の方が好きだが、まあ、その辺は人の好みという奴だろう。

 

 取り敢えず、以上がクリスティアルートとレディシアルートの詳細であり、これから起こる王位継承権争いの全容というやつだ。

 



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生徒会での仕事

 

「では、ここにはなんで来たのかな?」

 

 クリスティアが再度俺にそう聞いてくる。

 俺はそれに対してほんの少し嘘を交えながら理由を告げた。

 

「多くの生徒を助けるために生徒会のメンバーの一人になろうと思ったんです」

「多くの生徒を助けるため? ずいぶんご立腹な理由ですわぁ」

 

 自分の味方にならないと分かったからだろうか、棘のある様子でレディシアが俺の発言に突っかかってくる。

 まあ、その理由は嘘で本当はユーナとお近づきになるためだから、レディシアの皮肉もある意味では正しかったりするのだが。

 

「実際に俺は色々な人の相談に対して答えています。それをより大きく広げたいと思っただけのこと。実績は問題ないはずです。いかがでしょうか? クリスティア様、俺を生徒会に加入させてくださいますか?」

「うん。いいよ。加入したいなら加入するといい、君ほどの人物なら、生徒会に加入しても特に問題はないだろう」

「ありがとうございます!」

 

 第一関門はクリアーだ。

 まあ、これまで積み上げてきた名声があれば、ここで断られることはないと思ったけどね。

 

「納得いきませんわぁ……」

 

 レディシアは俺の生徒会入りに反発しているようだ。

 だが、残念ながら副会長のレディシアよりも、生徒会長のクリスティアの方が権限は強い、故にレディシアは俺の加入を止めることは出来ない。

 

 他のメンバーも生徒会長が言うならと納得し、俺の生徒会入りが確定した。

 

「これからよろしく、フレイ。まずはユーナと一緒に、書類仕事でもして貰おうかな、最近書記を務めているメジーナが休んでいてね。仕事が溜まっているんだ」

 

 この間、淫魔から救ったばかりのメジーナは、未だに学校に復帰することが出来ていないようだ。

 まあ、淫魔に吸われた精力というか、体力がまだ回復していないだろうし、今は大事を取って療養しているということだろう。

 

「分かった。よろしくお願いします。ユーナ様」

「え、はい。よろしくお願いします」

 

 俺はそう言ってユーナの元に行く。

 クリスティアの思惑は何となく分かる。

 ユーナに対して興味を持っている俺を利用して、シーザック家をユーゲント公爵派に組み込もうと考えているのだろう。

 

 派閥争いに巻き込まれるつもりはないが、ユーナを手に入れるためにはそう言った思惑を利用するリスクも取るべきだ。

 そう考えた俺は、そのままクリスティアの提案に乗った。

 

 そうしてユーナと作業を始めて、その効率の悪さに直ぐに気付いた。

 ユーナは一つずつ書類を見て、それに付いての情報を纏め、それを直ぐにその書類を必要とする相手に対して、直接渡しに行っている状況だった。

 書類の優先順位も確認せず、ただ上から処理するだけの動き……その為に作業が遅々として進まず、ユーナの前には大量の書類が溜まっていた。

 

「相変わらず、とろくさいわねぇ……」

 

 わざとらしくレディシアがそんな嫌みを口にする。

 内心では同様のことを思っているのか、ロベルト達もそのことに対しては何も言わず、クリスティアが「慣れていないんだ。あまり責めるな」とフォローするだけの状態になっていた。

 そしてそれを受けて気落ちしながらユーナは作業を続ける。

 

 これを見て、俺はさすがに不味いなと、ちょっとしたてこ入れをユーナに対してすることにした。

 

「ユーナ様、ちょっといいですか?」

「なんでしょうか?」

「やり方を少し変えましょう。まずはそうですね……ちょっと失礼」

 

 俺は転移座標をその場に作ると、そう言って自宅へ転移して、家から書類を入れる箱を取ってきた。

 

「あれは転移……? あんなに簡単に……」

 

 そう生徒会メンバーが驚いているのが見える。

 そんな生徒会メンバーに対して俺は言った。

 

「長距離転移は一日に二回しか魔力の関係で出来ないのですが、こうして色々なものを持ってこれるので何かと便利ですよ」

 

 ちなみに一日に二回しか使えないというのは嘘だ。

 ぶっちゃけ、使いこなした今の空蝉の羅針盤なら、幾らでも自由に転移することが出来る。

 

 だが、それだと他の貴族達に、もしかしたら今にも軍団ごと領地に転移してきて、あっと言う間に占領されるかも知れないと不安を与えることになるので、保持する魔道具を国に報告した時は、長距離転移は二回しか使えないということにしている。

 

 もしかしたら、王家や上級貴族も薄々嘘であると気付いているかも知れないが、それを確かめるすべはないし、他の下級貴族や平民ならともかく、侯爵家筆頭であるシーザック家から、無理矢理魔道具を取り上げるということは出来ない。

 それは下手をすれば王家の求心力を下げて、内乱の切っ掛けになるかも知れないし、何よりシーザック家は聖王国と付き合いもあるから、確実に王国に対して糾弾が来るため、例え王家だろうとも、俺自身が魔族を倒して得た品である魔道具を奪うことは出来ないというわけだな。

 

「ここに三つの箱があります。まずはじっくりと読み込んで相手に渡すのではなく、軽く読んで緊急度でこの三つに分けましょう」

 

 そう言うと俺は見本を見せるようにぱっぱと書類を分けていく。

 前世でも今世でも書類仕事は沢山こなしている。

 これくらいのことは朝飯前だ。

 

「そして分けた後は緊急度の高い案件からじっくりと読み込んで情報を纏め、必要そうなら直ぐに相手に渡すことにしましょう。緊急度の低い案件に関しては、送り相手ごとに纏めて一気に渡しに行った方が効率的です」

「な、なるほど……」

 

 感心したようにユーナが頷く。

 俺がパパッと全部処理してもいいが、それでは今後の為にならないだろう。

 俺は書類の一部を受け取るとユーナに言った。

 

「こちらは俺が処理します。そちらをユーナ様がお願いします」

「はい!」

 

 元気に返事をしたユーナに合わせて俺は書類の処理を始める。

 簡単に処理が終わったので、ユーナの進捗を見て改善できることを言いながら、作業を進めていると、気付けば作業を終える時刻になっていた。

 

「今日はここまでにしよう。皆、ご苦労だった」

「はい」

 

 クリスティアの言葉で片付けを始める。

 既に作業を終えていたユーナも片付けを始めていた。

 そしてユーナは俺に頭を下げる。

 

「あの、ありがとうございました。おかげで今日中に終わりました」

「気にしないでいい。あと王女が簡単に頭を下げるものじゃないよ」

 

 俺はそう軽く言い、念の為にユーナに忠告をした。

 俺のような嫡手でもない奴ならともかく、立場ある人間が簡単に相手に頭を下げると、こんななんちゃって中世の世の中では、相手に舐められて付けいられる隙となりかねないからだ。

 

「あ、すみません」

「謝らなくて良いから、別に俺が迷惑を被ったわけじゃないしね。俺の言葉に一理あると思ったのなら、今度から気を付けていけばいいと思うよ」

 

 俺はそれだけ言うとユーナと片付けを終わらせた。

 

 全員で生徒会室を出てそれぞれが寮や別宅へと歩き始める。

 そんな中で王宮がある方向とは違う方向へと進むユーナを見て、俺はこっそりとその後を付けていった。

 

 生徒会入りという一つ目の提案は実現出来た。

 あとは、ユーナが第三訓練場で人知れず魔法の鍛錬と言う噂の確認だな。

 



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変えられない心

 

 ユーナに気付かれないように少し遅れて第三訓練場に到着した俺は、こっそりとそこにいるユーナの様子を伺った。

 ユーナは魔法の練習用の的に向かって氷の礫を何発も放っていた。

 

「本当に魔法の鍛錬をしているんだな……」

「そうだろう。あの子は頑張り屋なんだ」

「おっと!?」

 

 ユーナの方向に集中していた俺は、突如として後ろから声を掛けられて、転移でその場から移動しながら、思わず剣を取り出す。

 

「私に武器を向けるつもりか?」

「――っ!? これはクリスティア様、失礼致しました」

 

 そこにいたのが第一王女であるクリスティアだと気づき、俺は剣をしまった。

 

「何故、このような場所に?」

「それは私の台詞だが? ユーナのストーカーだったのかね?」

「うぐっ……! いえ、王宮と違った方向に歩いて行ったが気になりまして、今日、レディシア様の取り巻きから汚水をぶつけられそうになると言った事件もありましたし、念の為にと見守っていただけです」

 

 苦しい言い訳を無理矢理捻りだして俺はそう答える。

 それに対してクリスティアはにやりと笑った。

 

「まあ、そう言うことにしておこうか」

 

 そう言うとクリスティアはユーナの方に再び目を向けた。

 

「君は……私とユーナの母親に起こった出来事を知っているか?」

「魔族に攫われたという話ですか?」

 

 そこら辺は恋人であるアレクに詳しく話したくなかったのか、インフィニット・ワンでもあっさりとそう語っただけで、詳細な事情は話さなかった。

 加えて設定資料集にも、サブキャラクターであったユーナやセリーヌに関するそう言った作中での背景の情報は詳しく載っていなかったので、俺もその程度の情報しか持っていないのだ。

 

「ああ、そうだ。私の母であるセリーヌは魔族に攫われてしまった。そしてその魔族によって……母は犯されてしまった」

 

 まあ、エロゲの世界だし攫われたらそうなってもおかしくない。

 と言うか、ゲームや小説のように、攫われたのに五体満足で無事に帰れるという事の方が、物語バリアで守られているヒロインだからこそ出来る希少な事例なのだ。

 

 そこまで考えたところでユーナについてある可能性に気付いた。

 

「もしかしてユーナは――その魔族との――」

「いや、それは違う。魔族に攫われた時には既に母はユーナを身籠もっていた」

「そうなんですか」

 

 ユーナが魔族に無理矢理犯されたことで身籠もってしまった子だと思ったが、どうやらそれは違ったようだ。

 だが、それにしてはクリスティアの顔は晴れない。

 

 そんなクリスティアの様子に怪訝な顔をしていると、クリスティアは意を決して、俺に向かって事情を語り始める。

 

「ただ――魔族に犯された影響は皆無ではなかった」

「? どう言うことですか?」

「母の体の中に入った魔族の子種は……母のお腹の中ですくすくと育っていたユーナの中に取り憑き、その魔族の性質でユーナ自身を汚したのだ」

「それは――」

 

 クリスティアの話を聞いて俺が思い浮かべたのは、前世の世界で割と禁忌の言葉的な扱いをされていたテレゴニーという言葉だった、

 テレゴニーとは子供をなした男との行為の前に行った別の男の特徴が、産んだ子供にも遺伝するという説であり、処女信仰の原因の一つにもなっているものだ。

 たまにネット上で見かける話としては、人種が違う相手と交際していた人が、同じ人種の人と子供を作ったら、前の男の人種の特徴を持った子供が生まれて、浮気をしたのかと騒動になったという話だった。

 実際にそう言うことがあり得るのかというのは、ぶっちゃけその方面の科学的な知識が薄い俺には分からないが、それと近しい状況が起こったということだろう。

 今回の場合では、身籠もったのと別の男が種付けした順番が逆だが、他者の子種が身籠もった子供に影響を与えたのは同じだ。

 

「ユーナが生まれてきた時、ユーナは魔族の特徴を帯びていた。そしてユーナの力は母を焼き殺してしまったんだ」

「それが正妃が亡くなった原因なんですか……」

 

 ゲームでは既に死んでいたとさらっと語られたセリーヌ。

 その死にそんな裏側があったとは知らなかった。

 

 これも所謂考察前提の裏設定って奴か……。

 

 俺はそう思いながらクリスティアの話を聞き続ける。

 

「魔族の特徴が現れたのはその時だけで、以降はそんな様子も現さずに、普通の人として生きることが出来ているが……」

「……受け入れられなかったんですか」

「そうだな。端的に言ってしまえばそう言うことになるんだろう」

 

 何処か自嘲するようにクリスティアはそう言う。

 

「私も父もユーナを愛している……愛しているが、同時に母を連れ去れって心が壊れるまで犯しつくし、そして母が死ぬ原因にもなった力を持った男の要素も受け継いだ――其奴の子供でもあるのだと実感してしまった」

 

 そう言ってクリスティアは顔を覆う。

 

「だからどう接したらいいか分からないんだ。自分達から遠ざけて、見守っていると言い訳をしながら、壁を作って接することしか出来ない」

「……」

「私は、そして父は――如何するべきなのだろうな」

「それは……」

 

 突如として重い話を聞かされて思わず口籠もる。

 

 気持ちは分からなくもない。

 どれだけ自分を騙そうとしても、騙しきれないことはある。

 だからこそ、そうするべきだと問題の解決方法が分かっていても、その手を取ることが出来ない苦しさも分かるのだ。

 

 故に俺が出した答えは簡潔だった。

 

「……いいんじゃないですか。それはそれで」

「それでいい……だと?」

 

 訳の分からないことを言った相手にする目をクリスティアは俺に向けた。

 

「どんなに割り切ろうと思っても、それを抱えてる本人の行動じゃ、割り切ることなんて出来ないと俺は思います。だからこそ、それはそれでいいと認めて、前に進んでいくことをしなければいけないんじゃないかと」

「それではユーナが救われないではないか……ユーナが悲惨な目に合っているのに、何も行動するなとお前は言うのか?」

「行動なら今もしてるでしょ」

「なに?」

 

 心底不思議そうな表情をするクリスティアに俺は言った。

 

「ただ、俺にお悩み相談がしたくて、ここでそんな話をしたんですか? 違うでしょ? 俺にユーナを支えて欲しいと思ったから、ここで俺に全ての事情を知らせたんじゃないんですか?」

「そうだ。お前の評判は聞いているし、ユーナを思っていることも知っている。それに今日の生徒会でもお前はユーナを助けてくれたからな……お前なら、私の代わりにユーナを助けてくれると、そう思ってお前の後を付けたのだ」

 

 やはりそうかと俺は納得しながらクリスティアに対して言う。

 

「それが貴方がユーナのためにした行動ですよ。自分の心を騙して割り切ることが出来ずに問題が解決出来ないというのなら、そんなものさっさと別の誰かに任せて解決して貰えばいいんですよ」

 

 自分ではどうしようもない問題なら、誰かに解決させるしかない。

 それは至極当たり前というか、考えて見たらそれしかないだろうという発想だ。

 だが、当事者ではなかなか気づけないことでもある。

 

「それで解決するのだろうか……?」

「さあ、でも出来もしない奴が苦しみながら足掻くよりもマシでしょう」

「出来もしないなんてそんなこと――」

「……結局のところ、心というのは自分で変えることは出来ない――自分以外の誰かの行動でしか変えることが出来ないものなんですよ」

 

 俺は未だに自分の理性を信じているクリスティアにそう突きつけた。

 

 そう、人の心というのは自分でそう簡単に変えられるものじゃない。

 どんな人間だって、外部からの何らかの切っ掛けがあって、やっと自分の考えや思いを改めて、思い返すことが出来るようになるものだ。

 

「そして、本人のその事柄に対する思いが強ければ強いほど、心を変えるための証明の強度を強くする必要があるんです」

「強度だと? どういうことだ?」

 

 俺の言葉にクリスティアは怪訝な表情をした。

 だからこそ、俺は分かりやすく例を上げる。

 

「俺が、今ここで、ユーナ王女は貴方達の家族です。魔族の力なんて気にする必要ないですよと言っても、それで心変わりはしないでしょう?」

「まあ、それはそうだな……」

 

 納得したようにそう言うクリスティア。

 

 そこまでその問題に対する思い入れがなければ、この程度の会話であっさりと流されて心変わりをしてしまうのかも知れないが、そんな簡単な思い入れじゃないからこそ、これほどクリスティアは悩んでいるのだ。

 だからこそ、俺が何を言ったところで状況が変わらないのは、目に見えて分かっていたことだった。

 

「だからこそ、明確な証明が必要となるんです。そして最も強くそれが証明出来る方法は、ユーナ王女自身の手で、自分がクリスティア王女の家族だと、完膚なきまでに思い知らせる形で証明するしかない……それが出来ないというのなら、もう諦めて進むしかないわけです」

 

 結局の所、身の潔白を証明する最善の方法は、疑われた当人が、それに絶対的な反論が出来る証拠を用意して、疑っている相手に対して、「貴方が疑っていることは完全な間違いだ」と思い知らせてやるしかない。

 

 ――そこまでしなければ凝り固まった思いを変えることは出来ないのだ。

 

「自分ならいつか乗り越えられると思わない方が良い。そんなことが出来るのはお話の中だけ、現実は乗り越えられない自分に苦しんで、思えば思うほどその思いをこじらせて、何処にも引けなくなってより面倒なことになるだけですよ」

「妙に実感がある言葉だな」

「……まあ、そうですね。俺もこの世界で生きてきて、色々と思うところがないわけでもないので」

「この世界で……?」

 

 クリスティアが俺の言い回しに疑問を持っているが、俺はそれを無視して、誤魔化すようにクリスティアに対して軽い調子で言う。

 

「そもそも疑っている相手に対して、何の根拠も示さずに、ただ考えを変えて欲しいと言うのも傲慢な話だと思いますよ。俺は」

 

 一般的に相手を疑うことは――例えば浮気などを疑うことなどは、相手を信じ切れないお前が悪いと、だからそんな考えを捨てて相手を信じるべきだと、多くの人はそうやって考えるものだ。

 だが、疑う側だって意味もなく疑っているわけじゃない。本人が思う何かしらの根拠があって相手を疑っているのだ。

 

 そんな相手に対してべき論を語って、根拠も示さずに、ただ信じることを強要するのは、酷い話ではないかと俺は思う。

 そんなものは、自分が疑う立場にいたことがない者だからこそ言える、傲慢な考えなのだと俺は考えるのだ。

 

「今回の件はユーナに悪いところはないのだぞ?」

「それでもですよ。酷い話ですけどね。人間ってそんなもんです。いつだって誰だって、疑われたのなら、自分自身でそうじゃないと証明するしかないんです」

 

 今回の件はユーナに悪いところはない。

 勝手に他の者がしでかした不始末をユーナが被っている状況だ。

 だが、それは疑っているクリスティアの側だって同じことだ。

 

 だから、俺は一概にクリスティアに考えを改めろとは言えない。

 そんな彼女らが苦しみながらも出来ないと思ったのならそれでいいと思う。

 それでも何とかして状況を変えたいと言うのなら、残酷な話かも知れないがユーナに頑張って貰うしかないのだ。

 

 別にこれは今回の件に限った話じゃない。

 前世の世界だって、見た目からヤンキーのレッテルを貼られたら、子犬を拾うなど優しい一面を出して、そうじゃないと証明する必要があるだろう。

 そこまで言わなくても馬鹿だと思われているのなら、テストで百点を取って、それを相手に見せることで、相手を見直させる必要があるはずだ。

 そう言ったこともしていない相手が、悪人顔を見せながら「俺ヤンキーじゃないから、あっちでちょっと話さない?」と言っても、言われた相手は泣いて逃げ出すだけだろうし、馬鹿だと思われてる奴が「俺、馬鹿じゃないよ! 天才だよ!」と言っても、一笑に付されて更に馬鹿にされるだけで終わることになるだけだろう。

 酷い話だが説明責任があるのは、いつだって疑われる側になってしまうのが、人間社会というものなのだ。

 

「だからこそ、周囲の助けが必要なんですよ。考えを変えるためには相手に変わって貰って、そうじゃない安心してもいいんだと証明して貰うしかない。何もせずともそれが出来る人なら放っておけばいいけど、そうじゃないなら誰かに頼んでそうなるように立ち直らせて貰う必要があるんです」

 

 疑われて嫌われて自分だけで立ち上がれる奴なんて少ない。

 だからこそ、その相手を助けるための別の誰かが必要なのだ。

 

「やってくれるのか?」

 

 クリスティアが期待に満ちた目で俺を見る。

 それに俺は苦笑しながら答えた。

 

「まあ、ここまで聞いておいて、やりませんとは言えないでしょ。王女相手に。何処まで出来るか分かりませんけど、元々ユーナ様とは話をする気でしたし、できる限りはやってみますよ」

「頼んだぞ! フレイ!」

 

 俺はクリスティアのその言葉を聞き、後ろ手を振りながら歩き出した。

 




 今回はフレイの考えの一部が出てきました。

 来幸がゲームの一禍とは別人だと主張しても、フレイがそれを信じずに同じものだと断言したのは、それを証明する証拠が足りなかったからです。

 フレイからして見れば、「私はアレクなんて奴のヒロインにはならない!」、「私と一禍は別人で同じようにはならない!」と言っても、状況証拠は揃っているのに、何の根拠も証拠もなく、「私は犯人じゃない!」と叫んでいる容疑者と同じような印象だと言うことですね。
 疑っている側からしたら、「何故そう言い切れるの?」とか、「そこまで言う根拠はなに?」という感じで、そんな言葉だけの思いじゃ何も信じることは出来ないという感じです。

 フレイに取って恋愛は大切なもので、攻略対象にはゲームでの姿という反対方向での絶対的な証拠があるため、その思いがより強くなってしまっているということですね。

 つまるところ、この恋愛こじらせ野郎は、何らかの方法で自らの愛を証明する形で論破しないと、攻略不可能な面倒くさい奴なのです。

 なので実は、来幸が怖がって止めた、イベントで惚れたのではなく、名前を付けられた時から好きだったというのを、まだゲーム知識をそれほど活用していないあの時期に、懇切丁寧に説明すれば、来幸一人勝ちパターンのワンチャンがあった感じです。
 もっとも、無窮団も含めて散々イベントと攻略対象を見て、「やっぱり、この世界はゲームの影響が強いな」と思うようになった今のフレイに同じ事を言っても、フレイの心に響かない感じになっていますが。

 ちなみに、エルザが一人勝ちパターンに入るためには、婚約破棄を如何するか父親から聞かれた時に、父親の反応から違和感を覚えて、婚約相手について調べることが必要でした。
 それをすることで婚約破棄がなくなると、家の格の関係でフレイ側からは婚約破棄を申し出てもエルザ側は拒否出来るので、攻略対象以外を婚約者にして愛を育むことも、ユーナ王女と婚約することも出来なくなり、更に婚約者がいるためにヒロイン探しも出来なくなるので、もう無理だと絶望したフレイに対して、ひたすら押しまくれば、エルザにもワンチャンがあった感じです。


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師匠

 

「精か出ますねユーナ様」

「――っ!? フレイ様……」

 

 俺は魔法の訓練を続けていたユーナに話しかけた。

 俺が話しかけた事に驚いたユーナは魔法の発動を止めると振り向く。

 

「こんなに遅くまで、何故王女である貴方が魔法の訓練をしているのですか?」

「それは……クリスティアお姉様のお役に立ちたいんです」

「今でも十分に役に立っているのではないですか? 生徒会の仕事だってわざわざする必要はないでしょう?」

 

 学園に王族がいるのなら、一人は権威を維持するために生徒会に入る必要があるが、それはクリスティアとレディシアの二人がいることで、既に条件は満たされているため、ユーナまで生徒会に入って活動する必要はないのだ。

 それなのに、生徒会に入会しているのは、クリスティアのことを助けたいと思って行っていることなのだろう。

 例えそこで上手く活動することが出来ていなかったとしても、少なくとも人一人分が増えただけの活躍は出来てはいるはずだ。

 

「それでは足りないのです。だってわたしは――」

「貴方達の母親を殺してしまったから……ですか?」

「!? どうしてそれを……」

「クリスティア様に教えて貰いました」

 

 驚愕するユーナに端的にそう伝える。

 

「では、わたしがその……」

「魔族の力を持ってしまったことも知っています」

「そうですか……気持ち悪いですよね。わたし」

 

 気落ちしたように、自笑しながらそう言うユーナ。

 俺はそれに対して正直に感想を言う。

 

「いや、別にそうは思わないですよ? どんな力を持っていようと、所詮力はただの力です。俺だって、妹と俺を殺しに来た魔族の力である魔道具を、こうやって」

 

 そう言うと俺は転移をして移動する。

 

「使い倒しているわけですしね。結局の所、どんな力を持っているかより、それをどう扱うかが大切なんだと思います」

 

 俺はそう言ってユーナに笑顔を見せた。

 

 まあ、物語の世界じゃ、忌み嫌われる力や仇の力を宿した存在とかは、普通に出てきたりもするものだからな。

 それこそ、そう言った問題を持った攻略対象を――。

 

 そこまで考えた所で、俺は内心で考えを切り替える。

 

 ないない! 絶対にない!

 確かにそう言った問題を持った攻略対象を慰めて、そしてその問題を解決するために一緒に仇を討ったりするのは物語の王道だけど、ユーナは俺が前世で散々プレイしたインフィニット・ワンで非攻略対象だと証明された存在だから大丈夫!

 

 そりゃ、ゲームの世界なんだから、そう言った濃い背景を持った存在だって、ユーナだけじゃなくて他にも沢山いるだろう。

 それにユーナはモブじゃなくて、サブキャラだ。

 アマーリエとかセリーヌに色々とほの暗い設定が山盛りなように、クリスティアの物語を盛り上げるためにこう言った設定になっているのかも知れないしな!

 

 俺はそう思い直してユーナに向き直る。

 やはり、最終ダウンロードコンテンツまで、ユーナが攻略対象でなかったことを知っているのはでかい。

 こうして変な疑いを持ったとしても、歴とした証明がなされているから、悪い方向に思い続けてしまうこともないしな。

 

 もしかしたら俺が死んだ後にインフィニット・ワン2が発売されて、そこでヒロインになっているのかも知れないが、そんな俺が直接見てもいないような可能性だけの存在は、端から考慮していないので問題にもならない。

 なぜなら、俺が欲しいのは俺だけのヒロインを手に入れたという、前世の俺も含めて救われるような強烈な納得感だからだ。

 自分だけが納得出来ればいいのだから、俺の認知しない所で何が発売されていようとも、俺自身がそれを知らないのなら何の問題もない。

 それこそ、そんな所まで気にし始めたのなら、俺が知らない所で二次創作とかで何処かの誰かが書いているのも含めてアウトなのかっていう話にもなるからな。

 つまりは、インフィニット・ワンで攻略対象でないのなら、それで十分なのだ。

 

「そうですか……そう言われたのは初めてかも知れません。力は力だから使い倒せばいいなんてことは」

 

 そう言ってユーナは笑った。

 恐らくクリスティア達の立場としては、魔族の力を持つことを気にしないとは言っても、好きに使えば良いだろうとまでは言えなかったのだろう。

 自分から取り外せない力なら、下手にそれを気にしないと言うよりも、好きなように使えば良いじゃんと言う方が気が楽だと俺は思うがな。

 

「そうか? それは良かった」

「はい、ありがとうございます……」

「……」

 

 それにしてもここから如何すればいいのだろうか。

 これがイベントなら、最後にはユーナが救われて、ユーナと恋人になれるような明確な答えとなる回答があるが、非攻略対象であるユーナにはそんなものはない。

 だからこそ、ユーナが立ち直れるような完全な回答が分からない。

 

 でも、それが本来なら当たり前な事なのだ。

 この状況になって、本気でユーナを恋人にするための言葉を考えて、俺はそこで心の底から強い気持ちで実感する。

 

 これが、これこそが本当の恋愛なんだ!

 前世の頃から憧れ続けた、自らの手で恋人を勝ち取る為の行い!

 

 ――今、俺はユーナ王女をヒロインとして攻略している!

 

 このイベントは俺だけのものだ。

 今この瞬間、ここにいる俺だけが、他の誰もない、自分の意思で、自分の考えで、どれが正解かも分からない中で必死で行動し、ユーナを助けようとしている。

 多くの創作の主人公達が、現実のモテ男達が、立っていた領域――ボーイミーツガールと言えるような世界に、この俺も立つことが出来たのだ。

 

 そう思うと全身を多幸感が包み込むような気すらした。

 だが、そんな風に至福の時間に酔いしれている暇はない。

 

 ゲームと違ってリセットは出来ないのだ。

 本気で悩み、本気で考えて、ユーナの為になる最善の道を選ばないといけない。

 

 様々なギャルゲーやエロゲーをプレイしてきた俺からして見れば、恐らくユーナは誰かに必要とされたいのではないかと思う。

 母親を殺してしまった罪悪感から、償いとしてその罪悪感を消せるだけの貢献を、誰かに対して行いたいという感情だ。

 だからこそ、クリスティアの役に立とうと、こうも必死に訓練を重ねるなど努力をしているのだろう。

 

 ここでユーナが俺に取って必要な存在だと甘やかし、そしてその上で二人でクリスティアを支えていく形で、ユーナを落としていくことは不可能じゃないと思う。

 だけどそれよりも――。

 

「ユーナ様はクリスティア様の為に強くなりたいんですね?」

「はい、そうです。でも、どれだけ訓練しても上手くいかなくて……」

「では、俺が貴方の師になりましょう」

「フレイ様が……?」

 

 俺の提案にユーナは目を丸くしながらそう答えた。

 俺は追い打ちを掛けるようにユーナに自分をアピールする。

 

「俺は成績は学園で一番です。それに魔術回路こそダメですが、魔術に関する知識なら、そこらの者よりも優れていると自負しています。そんな俺が師となれば、ユーナ様を確実に強くすることが出来るとお約束出来ます」

 

 ユーナの師匠になること――それが俺の考えたユーナの攻略ルートだ。

 これは単純な所感だが、恐らく甘やかす方向で行ったら、ユーナとクリスティアは表面上では問題を解決出来るかも知れないが、根本的な部分に爆弾を抱えたままとなってしまうだろう。

 それこそ、繋ぎ役の俺が何かしらの問題でいなくなれば、また同様の懸念が発生して双方の絆に問題が起こる可能性がゼロではない。

 だからこそ、ユーナを強くする――そんな抜本的な改革が必要なのだ。

 

 さっき、威勢良くやれるだけのことはやるって言っちゃったしな。

 

 俺はそう考えてユーナとの返答を待つ。

 ユーナが自らの力で強く立ちあがり、俺が関わらない形でクリスティア達との問題を解決することこそが、彼女達に取って最良の方法だと俺は考えていた。

 俺はその過程で師弟物のストーリーのように、ユーナを強くする日々の中で、凄腕の師匠ポジとして、イチャイチャラブラブして、仲を深めて行けばいいのだ。

 

「その……いいのですか? フレイ様はお忙しいのでは?」

「それくらいの時間は確保出来ますよ。何よりユーナ様の為なら、時間をひねり出すくらい、何の問題もありません」

「どうして……どうして、そこまでしてくれるんですか? わたしと婚約したいから、そこまでするんですか?」

 

 ユーナはそう言って素直な疑問を俺にぶつけてきた。

 それに対して俺は思わず考える。

 

 ここで、「その通りです。貴方を俺だけのヒロインにしたいから、こうやって手を尽くしているんです」と言ってしまうのは簡単だ。

 だけど、今のタイミングだと好感度が足りなくてまた振られるかも知れないし、師匠になるというルート自体が潰されてしまう可能性がある。

 

 ギャルゲーやエロゲーをプレイしまくってきた歴戦の戦士である俺には、ここで正直に打ち明けた場合のリスクが目に見えて分かっていた。

 だからこそ、俺はユーナに向かって言う。

 

「それは、ユーナ様が俺の弟子として一人前になったら教えますよ。それまではただ俺のことを信じて付いてきてくれませんか?」

「……」

 

 俺の言葉に熟考するユーナ。

 やがて藁にも縋るように俺に対して言った。

 

「これまで一人で頑張って来ましたが、わたし一人では強くなることが出来ませんでした。フレイ様、どうか、わたしの師匠になってください!」

 

 き、来た~~~~~~~!!!!!!

 

「任せてください。貴方を今よりももっとずっと強くすると誓いましょう」

 

 俺は内心で歓喜しながらすまし顔でそう言った。

 そして、欲張って更に注文を付けてみる。

 

「それと、これからは俺のことは師匠と呼ぶように」

「それではわたしの事はユーナと呼び捨てにして、もっと気安い態度で話しかけて貰っていいです。わたしは教えて貰う立場なので」

「わかった。これからよろしくなユーナ」

 

 欲張って注文したらおまけを付けてくれたみたいな状況に、思わず自然と笑みが零れてしまう。

 弟子系ヒロインに師匠って言われるのも、自分より立場が上のヒロインに、敬語はやめてもいいですよと言われるのも、ある意味ではお約束というか、やってみたかったことの一つではある。

 

 そんな風にヒロインが出来たらやりたかったリストを埋めながら、俺はユーナの魔法の改善点を次々と説明していくのだった。

 



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ただ一つだけの恋心

 

「ふふ~ん~」

 

 夜遅くに帰ってきたフレイ様が上機嫌に鼻歌交じりに政務をしている。

 何かいいことでもあったのだろうか?

 私は言いようもない不安に駆られて、思わずそれに付いて問いただす。

 

「フレイ様、何かあったのでしょうか?」

「あ、わかる? わかっちゃう~?」

 

 質問されたフレイ様はそれが来るのを待っていたとばかりに、満面の笑みを浮かべて私に対してそう言ってきた。

 そして、勿体付けたようにその理由を語り始める。

 

「実はさ、ユーナの師匠になったんだよ」

「……は? ユーナ王女の師匠……ですか?」

 

 私は思わず唖然とそう問い返してしまった。

 ユーナ王女はフレイ様のヒロイン候補の第一目標だったはず。

 そんな相手と親しくなることに成功したという事実が受け入れられなかった。

 

「そう、だからしばらくは帰りが遅くなるかも知れない。いや~、これは忙しくなるぞ~! 俺の物語はここから始まるんだ!」

「……そうですか」

 

 そう、上機嫌に言うフレイ様。

 一方で私の気分は急降下している。

 

 このままではフレイ様が目的を果たしてユーナ王女と結ばれてしまう。

 他の女共と違い、エルザと同じくユーナ王女には、闇魔法を使用して、強制的にフレイ様を諦めさせることは出来ない。

 だからこそ、ユーナ王女がフレイ様に惚れてしまった時点で完全敗北、私の願いがそこで潰えることになってしまう。

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 入学式で振られたと聞いて、内心で安堵していたというのに。

 いつの間に、師匠と言う立場になるという大逆転を決めたというのか。

 

 私は気付かれないように思わずため息を吐いた。

 

 今回のユーナ王女と言い、エルザと言い、それ以外の学園の女子や、屋敷の使用人に、無窮団なども含めて、フレイ様は少しでも目を離すと、その気も無いのに、直ぐに余所で女を引っかけてくる。

 

 それを見ることになる私の気持ちを、フレイ様は分かっているのだろうか?

 

 別に新しい女達の登場に焦ったりしている訳ではない。

 なぜなら、フレイ様の厳しい基準を考えれば、フレイ様に恋したその女達も、フレイ様に愛されることはないと分かりきっているからだ。

 ただ、そうやって無理な恋を始める女を見る度に、私自身がそう言ったその他大勢の一人に過ぎないのではないかという思いに打ちのめされる。

 

 それだけは許せなかった。

 

 私はフレイ様の為のただ一人のヒロインだ。

 ヒロインであるからには、フレイ様に取って私は特別な存在で、そしてそんな私の思いは、他の者達とは違った特別な物でなければならない。

 だが、軽々しくフレイ様に恋する女達を見ていると、自らの思いもその程度の軽いものではないかと、汚されたような気持ちを抱くのだ。

 だからこそ、フレイ様に恋した女達を洗脳して、その思いを消して回った。

 

 ――フレイ様に恋するという特別な権利は私だけにあればいい。

 

 それが私の偽らない本心だ。

 私はその思いに従って、これまで行動してきたのだ。

 

 フレイ様がミリー相手に対応を間違ったことで起こった、使用人のフレイ様に対する不快感を闇魔法で増幅して、アイリーンやミリーを含めて使用人の中から、フレイ様と恋仲になるような存在が現れないようにし、同時に私とフレイ様の関係を応援するような状態に変えた。

 そうでもしなければ使用人の――モブキャラの中から、フレイ様を好きになってしまう存在が現れて、そのまま恋人関係になってしまうかも知れなかったからだ。

 

 なぜ、私がそう考えたのか。

 その理由は単純なものだ。

 

 人と人の交流では相手への対応を誤って不快にさせてしまうことは多々ある。

 だが、大抵の人はそれでも交友関係を続け、別の出来事によるプラスで、マイナス評価を打ち消すなど、日々評価を上下させる続けるものだ。

 

 フレイ様はシーザック領で善政を敷いて、領民から慕われている。

 それだけではない、フレイ様の直ぐ側で過ごす私は、フレイ様の凄い所や良い所を――フレイ様を好きになれる部分を幾つも知っている。

 

 そんな私からすれば、使用人としてフレイ様の側にいれば、直ぐにでもマイナス評価が、プラス評価へと変わってしまうのではないかと思ったのだ。

 

 だから、使用人達に……私の友人達に闇魔法を使用したのだ。

 友達に闇魔法を使うことに戸惑いがなかったかと言われれば嘘になる。

 

 だが、私は決めたのだ。

 自らのほくろを焼いたあの日に――ゲームでの私じゃない私である一禍と決別したあの日に、何をしてでもフレイ様の側にあり続け、そしてヒロインになると。

 

 だから、例え周りが私が操作した偽りの心だらけになっても私は止まらない。

 周囲が全て偽りになったとしても、そこにあるフレイ様の心が本物で、そしてそれを私が得ることが出来れば、それだけで私は満足することが出来るのだ。

 

 これまではそれで上手くいっていた。

 一部の強すぎる好意を持っている者は、闇魔法でも洗脳で好意を消せなくて、恋心を崇拝の気持ちに切り替えて勘違いさせる必要があったり、魔道師も多い無窮団の者は闇魔法が気付かれるから改変出来なかったりなどと、色々な問題も発生してはいたが、フレイ様に好意を持つ者を周囲から排除して、フレイ様の身の回りの世話を全て私がするように取り付け、そしてフレイ様を私無しでは生きられないように堕落させる準備は着々と進んでいたのだ。

 

 それなのにここに来て、こんなイレギュラーが起こるなんて。

 ここまで築き上げてきた環境が、全て無駄にされるかも知れない状況に、私は思わず心の中で悪態をつく。

 

 いっそ、フレイ様を監禁してしまうか――。

 

 そんな魅力的な提案が頭をよぎった。

 そうすればフレイ様が他の女を引っかけてくることもない。

 二人だけの世界で、ずっと私が側に居続け、フレイ様をお世話して、いつかフレイ様が私を見てくれるまで、フレイ様の全てを私が管理できる。

 

 空蝉の羅針盤さえ奪えば不可能ではない。

 何処かに長距離転移した後に空蝉の羅針盤さえ奪ってしまえば実行は出来る。

 

 でもそれはダメだ。

 もし、その行いに失敗でもしてしまえば、ずっと側に居続けるという、私のヒロインとしての立場が果たせなくなる可能性が高い。

 

 そんなリスクは侵せない。

 

 だから今までの延長線上で行動するしかない。

 このまま守りに入っていては、ユーナ王女に寝取られてしまうというのなら、それよりも先に、今の立場を使ってフレイ様をこの手で堕とすまでだ。

 

 私はそんなことを考えていると、フレイ様が私に言う。

 

「これから来幸にも面倒を掛けるかも知れないが、協力をよろしく頼むな」

「……はい」

 

 フレイ様はかつて降った相手に他の女のことを話すことについて、相手がどう思うかとか考えたことが無いのだろうか。

 

 私は協力を要請されて思わずそんなことを思った。

 そして、同時に無いのだろうと思い直す。

 

 フレイ様は前世の世界で女性からモテなかったらしい。

 そんなフレイ様に取っては恋愛とは諦めるものなのだと思う。

 

 一度でも脈がないと思ってしまえば、その時点でもう自分なんかが恋人になれる可能性がないと思い、傷つかない為に全てを諦めて別の相手を探す。

 そして、恋心を抱いていた相手とは、自身が恋心を抱いてた事も知らせずに、何事もなかったかのように普通の友人として接する。

 それこそがモテることがなかった彼が、自身の心を守るために身につけた処世術であると、フレイ様の前世の話を聞いて私は理解した。

 

 そんな彼だからこそ、理解出来ないのだ。

 振られたとしても諦めることが出来ない者の存在が。

 だからこそ、彼は振った相手に対して、既に恋愛に関する事は終わっているから問題ないと、自分の常識を当てはめて、ただの友人や主従として接しているのだ。

 むしろ下手に過去の関係を意識せずに接してる分、過去の色恋を引き摺って関係を悪化させて、相手を排斥するよりも、良いことをしているとすら、思っているのかも知れない。

 

 まあ、それならそれでいい。

 私としては、下手に意識されて、気を遣って疎遠になるよりも、こちらの方が側にいることが出来て、まだ逆転のチャンスへと繋げることが出来る。

 

 フレイ様……私は絶対に諦めないから、覚悟していてくださいね?

 

 フレイ様を落とす為の計画を立てながら、私はフレイ様が楽しそうに話す、彼のユーナに対する攻略の話を聞き流した。

 



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ピンチ

 

 ユーナの師匠になった日から俺の忙しい日々が始まった。

 ナルル学園ではいつもの通り相談所として活躍し、午後はユーナの師匠として魔法も含めた様々な技術を教えながら、銀仮面として攻略対象を救う。

 そんな中で何時ものように、トートとベッグ達と話していると、彼らが最近あった情報としてとあるうわさ話をし始める。

 

「そう言えば、メジーナ先輩が生徒会を辞めたらしいぜ」

「はっ!? マジで!?」

 

 俺は来幸が作った弁当に向けた箸を止めて思わずそう言った。

 

 ちなみに今日はエルザの弁当を食べていないが、来幸に怒られたからエルザの弁当は食べられないと固辞したところ、「彼奴はアンタのお母さんか何かなの!?」と暴言を吐かれた上で、「別の方法を考える」と引き下がっていったため、あれ以来、エルザが弁当を持ってくると言う事態は発生していない。

 

「何で、生徒会の一人であるお前が驚いてるんだよ……」

「いや、最近忙しくて生徒会に行けてなくて、自由参加だから行かなくても別にいいわけだし……」

 

 ユーナと関係を持つという目的は果たせたので、俺に取って生徒会に行く意味は殆ど無くなってしまっていたのだ。

 最近の忙しさもあって、完全に後回しになって、生徒会に行かない日々が続いていたため、そんなイベントが起こっていたとは知るよしもなかった。

 

「で、どうして辞めたんだよ」

「何でも他にやることが出来たんだとさ。一応後任は見つけて引き継ぎもしてあるから、生徒会に迷惑を掛けるってことは無いらしい」

「へぇ~」

 

 ゲームではメジーナは生徒会メンバーだったから、一時的な生徒会からの離脱ということだろうか?

 何が理由かは分からないが、やりたいことがあるのなら、それはそれで頑張ればいいのではないかと思う。

 

「それにしても、他にやることって何だろうね」

 

 ベッグの言葉にトートがそんな疑問を投げかける。

 それに対して、「これも噂だが」と言いながら、ベッグが答えた。

 

「何でも銀仮面とかいうのを探しているらしいぜ」

「ごふぉっ!?」

 

 俺はその言葉に、思わず口に含んでいた茶を吹き出してしまった。

 

「うわ! きったねえな! 急にどうした!?」

「いや、いきなり変な言葉が聞こえた気がして……」

「銀仮面のこと? 確かに変な名前だよね」

 

 俺の言葉にトートが追従するようにそう言う。

 俺は気を取り直しながら、ベッグに聞いた。

 

「それで、その銀仮面とか言うのを探してるって、どういうことだよ?」

「何でもお礼が言いたいらしいな」

「お礼?」

「危ないところを救われたらしいぜ。噂だとその銀仮面に恋してしまって、それで今までのメジーナとしての立場の全てを捨てたんじゃないかって」

「はぁ? 救われただけでそんなことになるか? 立場を全て捨てるとか」

 

 ゲームではメジーナはアレクと共にそのままの路線で国に尽くしたはずだ。

 で、あるのなら、銀仮面の行動でそうなったとは言えないだろう。

 

 俺がそう考えて言うと、トートとベッグは俺を見てから顔を見合わせた。

 

「お前には理解出来ないだろうけど、そう言うこともあるだろ」

「うんうん」

「言葉に棘があるんだが……」

 

 俺はそう言いながら二人をジト目で見る。

 二人は話を逸らすように言った。

 

「実際にメジーナ先輩の姿が変わってるらしいんだよね」

「姿が変わってる?」

 

 どう言う意味だと問い返した俺の問いに、ベッグは胸の前で球体を描くように手を動かして、大きな胸を表現する。

 

「胸をさ、隠さなくなったんだよ。今までのメジーナ先輩って、メガネを付けた優等生という言葉が、そのまんま歩いているような見た目をしていただろう?」

「そうだな」

「うん」

「それが、魔法薬を使うことでメガネを外して、髪も三つ編みから変えて、ゆるふわロングになって、体型を隠さない服装で歩くようになったんだと」

 

 それって夢世界メジーナの姿ってことか? 

 

 魔法薬はこの世界でのコンタクトレンズみたいなもので、目薬のように目に刺せば一定時間裸眼でも目を見えるようにするもので、それ以外の変化についても夢世界でのメジーナの姿と一致していると俺は思った。

 

「女子がそんな風に姿を変えるの時は、大体恋をしてしまった時だろ? だから、メジーナ先輩は、その銀仮面とか言うのに恋したんじゃないかってわけ」

「へぇ~」

「そ、そうなんだ~」

 

 ま、まあ、イベントを攻略した銀仮面に惚れるのは分かっていたことだし、生徒会辞めてまで銀仮面探しをするのは予想外だったが、俺を銀仮面と突き止められる訳もないだろうし、問題はないだろう。

 

 いつか、その気持ちも風化するさ。

 俺はそう考えてお茶をすすった。

 

☆☆☆

 

 ベッグとトートとの会話を終えて歩いていると、前から歩いてくる人影が見えた。

 俺はそれを見て、それが誰なのかに気付く。

 

「メジーナ先輩?」

「貴方は……フレイ君ね?」

 

 メジーナも俺に気付いたのかこちらに向かって話しかけてきた。

 

「生徒会に入ったって聞いたわ」

「はい。まあ、忙しくてあまりいけてないですけどね」

「私は生徒会を抜けてしまったから、申し訳ないけど、貴方も出来る限り、クリスティアを支えて上げて欲しいわ」

「出来る限りの努力はします」

「お願いね」

 

 俺は短くそれだけ話してそのまま進もうとする。

 だが、隣を通り抜けた時、メジーナが後ろから話しかけてきた。

 

「ねえ」

「はい? どうかしましたか?」

「少し、臭いを嗅いでもいいかしら?」

「はい????」

 

 俺がメジーナの言葉に困惑していると、メジーナは俺に顔を近づけて、その臭いを何のためらいもなく嗅ぎ始めた。

 俺は思わず、そんなメジーナから飛び退いて距離を取る。

 

「ちょっ!? 何をするんですか!?」

「似てる……」

 

 メジーナは俺の言葉を無視してそう言うと、おもむろに懐から瓶詰めの何かを取り出して、瓶の蓋を開けるとその臭いを嗅ぎ始める。

 

「え~……」

「やっぱり似てる……」

 

 俺がドン引きする前で、瓶詰めの臭いを嗅いでいたメジーナは、再び俺の臭いを嗅ぎ始めようとした。

 

「な、何なんですか!? メジーナ先輩!」

「何って? 臭いを嗅いでるんだけど?」

「いや!? それは分かっていますけど!? そもそもその瓶は何ですか!?」

「これ? これはね。銀仮面様のマントの切れ端よ」

「切れ端!?」

 

 よくよく見てみると瓶の中には布の欠片が入っていた。

 メジーナ先輩はその瓶詰めの臭いを、まるで危ない薬でも嗅いでいるかのように、恍惚とした表情で堪能している。

 

「何でそんなものを!?」

「銀仮面様が残してくれたの。きっとこれは、これを使って銀仮面様を探せという事なんだと、私は理解したわ」

 

 完全な間違いなんですけど!?

 俺としても想定外で残してしまっただけなんですけど!?

 

「だから、こうして近い臭いの人の嗅ぎ分けで使用しているのだけど……やっぱり、貴方は似ている気がするわね……。もしかして銀仮面様じゃない?」

「いや、違いますけど?」

 

 俺は素知らぬ顔でそう答える。

 ここで銀仮面と気付かれる訳にはいかない。

 

 と言うか、臭いで判別とかなに!?

 マジで怖いんですけど!?

 何で俺を特定しそうになってんだよ!?

 

「もっとよく嗅いでみてくださいよ」

「そう。じゃあ、失礼して……」

 

 俺は疑いを晴らすためにあえてメジーナ先輩に臭いを嗅がせた。

 しばらく臭いを嗅いでいたメジーナ先輩は、俺の臭いと瓶詰めの臭いを、何度か臭いを嗅ぎ比べると首を傾げた。

 

「なんだろう? 少し違う?」

「そうでしょう? そもそも臭いなんて似てる人なんて幾らでもいるでしょうし、その日の体調や湿度でも変わるものでしょうから、嗅ぎ分けて特定するなんて無理なことだと俺は思いますよ」

 

 俺は緊張からバグバグと言う心臓の音を聞かれないようにそう強がって見せた。

 俺の発言を聞いたメジーナ先輩は落ち込んだような表情をする。

 

「そう、なのかしらね……。悪いことをしたわね、フレイ君」

「いえ、別に気にしていないから大丈夫です」

 

 俺はそれだけ言ってメジーナから離れた。

 そしてメジーナが見えなくなった所で、思わず小声で叫ぶ。

 

「あっぶね~! 普段は香水付けてて良かった~!!」

 

 へなへなと安堵で俺はその場に座り込んだ。

 銀仮面の時は特に何も付けていないが、フレイとして活動している普段は、女子から臭いと言われない為に、臭いの強くない香水を付けていたのだ。

 それがあったからこそ、あえてメジーナ先輩に臭いを嗅がせて、俺が銀仮面であるという疑いを晴らさせたのだ。

 

「しかし、臭いで相手を特定しようとするまで惚れるなんて、やっぱりイベントの効果というのは恐ろしいものだな……銀仮面として活動しておいて本当によかった」

 

 俺は心の底からそう思うと歩き始めた。

 メジーナの方に注意が向いていた俺は、周囲の警戒が疎かになり、曲がり角で走って来た相手と思わずぶつかってしまった。

 

「きゃっ!」

「あ、ごめん」

 

 俺は直ぐにその相手に謝る。

 その相手は俺にぶつかった後、それほど強い勢いでぶつかった訳でもないと思うのに、何故か吹き飛ばされていて、尻餅を付くように倒れていた。

 俺は助け起こそうとその相手に目を向けて、そこでその相手に気付き、白けた目つきでその相手に向かって言う。

 

「パンツ見えてるぞ、エルザ」

「見せてんのよ」

 

 そこにはわざとらしくスカートをめくり上がらせて、明らかに見せるために履いてきたと思われる色っぽい黒いパンツを俺に対して見せびらかしながら、顔を恥ずかしそうに赤らめながら言う、当たり屋であるエルザの姿があった。

 



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恋愛小説(バイブル)

 

 フレイがユーナ王女の師匠になったらしい。

 ユーナ周りに網を張っていたあたしは直ぐにその情報を知った。

 それを聞いてあたしが感じたのは焦りだった。

 

「不味い……このままだとフレイがユーナをヒロインにしてしまう」

 

 元からあたしを振ってユーナを選んでいたのだ。

 ユーナがその気になってしまったら、その場でゴールインしてしまうだろう。

 

「負けたくない……特にユーナ王女には」

 

 入学式の日、フレイに振られたことはあたしのトラウマだ。

 そして、同じ日にフレイを振ったユーナは、あたしの憎悪の対象でもある。

 だからこそ、ユーナとフレイがくっ付くことだけは認めたくなかった。

 

「やはり、これをやるしかないというの……?」

 

 あたしは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、男向けの恋愛小説のその一文へと目を向けていた。

 そこでは、朝急いでいた少女が、物語の主人公である少年とぶつかってしまい、それによって倒れてしまったことで男にパンツを見られ、それから男に朝にぶつかった少女だと意識されて始まる物語が綴られていた。

 

 正直言って恥ずかしい。

 貴族令嬢としては絶対にしてはいけない行為だ。

 でも、だからこそ、フレイには効くかも知れない。

 

「やる。やるわ。あたしならきっと出来る。うん、出来る!」

 

 あたしはそう自信を付けるとフレイを付け狙った。

 だが、彼奴は意外と常に周囲を警戒しているので、なかなかそのタイミングを掴むことが出来ないでいた。

 

 しかし、遠くから見ているからよく分からなかったが、何故かメジーナ先輩と話した後、フレイの集中力が切れたように見えた。

 だからこそ、あたしは急いで先回りをして、フレイに見事ぶつかったのだ。

 

 勢いが少し足りなかったので、わざとらしく自分で後ろに飛び、そして尻餅をつく要領で上手くスカートを上に被せてパンツを見せる。

 今日持ってきたのは、フレイが興奮するような、とっておきの色っぽいパンツだ。

 

 いつか、初夜で男の人に裸を見せるときに使いなさいと、お母様に渡された品だが、フレイになら今見せたって構わない。

 そう思っているとあたしに気付いたフレイが言った。

 

「パンツ見えてるぞ、エルザ」

「見せてんのよ」

 

 自分でそう言った時、唐突に恥ずかしさが押し寄せるのを感じた。

 

 あたしは一体何をしているの!?

 

 自分で自分の行動が信じられない。

 なんで今、あたしはフレイにパンツを見せているのだろうか。

 あたしはふと冷静になってしまったのだ。

 

「見せてんのって……ええ……」

「男はこう言うのが好きなんでしょ! 恋愛小説で読んだわ!」

「まあ、そうだけど……狙ってやるもんじゃないだろ……」

「あたしはやるのよ! アンタが好きなヒロインになるためにね!」

 

 そう、あたしはフレイに見て貰うために、自分自身を自分の意思で、フレイが好むヒロイン像へと飾り立てることに決めていた。

 

 誇りでもあり、窮屈なこでもあった、自分を飾り立ているという行為。

 自分じゃない自分を見せているのにもかかわらず、以前のような感情を抱かずに、むしろこれ自体が楽しくて心地よいような気がしていた。

 それは何故なのかと考えて、好きな相手に気に入られるように、自分の意思で自分の思うがままに変えているから何だなとあたしは理解する。

 

 好きな男の為ならどんな自分にでもなれる。

 ありのままの自分を見て貰ったことで好きになったのに、そうではない自分を見せることでも好意を持てるなんて、本当にあたしはフレイという存在に、心の底から恋をしてしまってるんだなと思う。

 

 そしてそんなことを考えていると、フレイにパンツを見られているというこの状況に関して、段々と興奮を覚えてきて、快楽を感じ始めてきた。

 

 だって、今あたしはフレイに見られているのだ。

 普通なら見せないところを、恋人じゃないと見せないところを。

 

 他の男に見られたのなら嫌悪しか感じないが、愛している相手であるフレイなら、それは快楽に変わってしまうのだ。

 

「んっ」

 

 フレイに気付かれない音量であたしは思わず喘いでしまった。

 そして、同時にあの時のように下着に湿り気が帯びるのを感じる。

 

 ば、ばれてないよね……黒い下着で良かった……。

 

 あたしは内心冷や汗を流しながらそう思う。

 これが何時も白いパンツで、それがシミによって変色するところを見られてしまったら、あたしはフレイに、勝手に自分でパンツを見せて、勝手に自ら性癖を開拓して、気持ちよくなってしまうふしだらな女とみられてしまうところだった。

 

「ほら、隠せよ」

 

 フレイはそう言ってめくれ上がったスカートを元に戻した。

 そして、あたしに手を差し出してくるので、それを手に取って立ちあがる。

 

「全く、自分を大切にしろよ?」

「大切にしてるわ! それでも使い時ってやつはあるのよ!」

「いつか運命の相手が来た時に、黒歴史になるぞ」

「それならもう来ているから問題はないわ!」

「……そう言う奴に限って、後から後悔することになるんだよな」

 

 「フラグだよ。フラグ」とフレイは言って、そのまま歩いて行こうとする。

 そんなフレイに向かって、顔を真っ赤にしたあたしは言った。

 

「今日はこの辺で勘弁して上げるわ……。だけど覚悟しなさい! あたしにはまだ恋愛小説(バイブル)に記載された多数の技が残されているのだから!」

 

 あたしは負け惜しみのようにそう言うとそのまま走り去った。

 スライムの媚薬を飲んだわけでもないのに、あの時と同じように、体が熱く、お腹の下がじゅくじゅくとしていた。

 

 これは夢としたあの時や、フレイに手料理を食べて貰った夜などのように、フレイを思って、することをして発散しないといけないかも知れない。

 

 あたしは起き上がらせて貰った時にフレイが握った手を見ながらそう思った。

 




 他のヒロインがドロドロになっていく中で、一人だけHENTAIの道を進み始めたエルザ……快楽に対する防御力がゼロなのがあかんかったんや……。


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エロゲマッサージ

今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。


 

「う~ん……」

 

 目の前で訓練するユーナを見ながら俺は思わずそう呻いていた。

 

「どうしましたか? 師匠!」

 

 そんな俺に対してくりくりとした瞳でユーナが聞いてきた。

 以前まではどこか気弱な雰囲気があったが、これまでの俺との訓練で、伸びていく自分の実力に次第に自信の付け始め、少しずつ溌剌とした様子を見せ始めていた。

 

「いや、次の修行をどうするかと思ってな……」

 

 ここに来てユーナの実力は伸び悩み始めていた。

 その原因は分かりきっている。

 

 魔族の力とユーナの力の不調和が成長を阻害してるんだな……。

 それを何とかする方法はゲーム知識がある俺にはある。

 

 だけどそれは――。

 

「何か問題があるんですか?」

 

 不安そうにそう訪ねてくるユーナ。

 それに対して俺は正直に答えるべきだと判断して告げた。

 

「魔族の力とユーナの力が調和していないから、互いの力を妨害していて、ユーナの成長が伸び悩み始めているんだ。それを何とかする方法はあるんだが……」

 

 口籠もる俺を見て、あまりいい方法ではないと察したユーナが、俺に向かってぐっと手を握ってやる気のポーズをするという。

 

「師匠のおかげでわたしは強くなれました! わたしは師匠のことを信じています! だから、どんな修行だろうと受けて見せます!」

 

 そんな弟子の一言に俺は内心ほろりとうれし涙を流す。

 

 こ、これが、弟子系ヒロインを育てる師匠の気持ちか……。

 これは、いいものだ……。

 

 ユーナの師匠になった日から、それなりの期間が経っているが、それまでの日々の間に紡いだ師匠と弟子の絆がこの結果を生んだのだ。

 そう思うと自分の実績だという実感を強く感じる。

 

 俺は意を決してユーナに言った。

 

「分かった。嫌ならいつでも言って欲しいんだが……その方法とはマッサージだ」

「マッサージですか?」

 

 そのくらい何てこともないと言った態度でユーナが言う。

 だが、残念ながらこのエロゲー世界で、マッサージというのは、そう簡単にこなせるような健全なものではないのだ。

 

「ああ、だが直接魔力回路を刺激する必要があるから、脱いで貰う必要がある」

「ぬ、脱いで貰うって……?」

 

 俺がそこまで話したところでユーナは事態の重さに気付いて顔を赤らめた。

 

「さすがにパンツまでは脱がなくていいが……それ以外全部だな」

「全部……」

 

 恥ずかしそうに完全に顔を真っ赤にしてユーナはそう呟いた。

 俺はそんなユーナに申し訳なさそうに言う。

 

「女子相手にさすがにそれは厳しいだろう? だから、すこし成長は遅くなるかも知れないが、普段の訓練でじっくりとならして……」

「……やります!」

「え?」

 

 俺はユーナの威勢の良い声に思わずそう返した。

 そんな俺にユーナは自分の気持ちを伝えるように言う。

 

「そのマッサージを受けます!」

「いいのか?」

「はい! わたしはクリスティアお姉様のために、直ぐにでも強くなりたいですし、それに師匠になら見られても構いません」

「え、それって――」

 

 ユーナから飛び出た一言に俺は思わず期待を込めて聞き返そうとする。

 

 半裸を見られてもオーケーってつまりそう言うこと!?

 

「師匠のこと信じてますから!」

「あ、まあ、そうね」

 

 だが、結果として返ってきたのは、師匠に対する弟子の純粋なる信頼だった。

 だからこそ、俺も純粋な師匠の気持ちで答える。

 

「ユーナがそう言うのなら、やることにするか。あとは場所だな……」

 

 さすがに王女を半裸にするのだからこの訓練場でやるわけにはいかない。

 だが、だからといって俺の屋敷でやれば、ミリーあたりに見つかって、また騒動へと発展することになりそうだ。

 

 俺がそうやって場所について考えていると、ユーナが手を上げた。

 

「師匠! それなら良い場所があります!」

「良い場所?」

「この第三訓練場の救護室なら誰も来ないしベットもあるので最適です!」

 

 誰も来ない救護室で半裸のヒロインと二人っきりでマッサージだって!?

 そ、そんな学園ものエロ小説でありがちな、ヒロインとエッチなことをするときの状況が、この俺にも起こるなんて……!

 まさに奇跡! これほど転生して良かったと感じたことはない!

 

「ダメですか?」

 

 俺はユーナの言葉にそうやって衝撃を受けていると、ユーナが下から覗き込むようにしてそう聞いてきたので、俺は威厳を持って答えた。

 

「だ、大丈夫だ。そこにしよう」

 

 そう言って俺達は救護室へと向かう。

 訓練場で倒れた時のために各訓練場の側に救護室がそれぞれ存在する。

 だからこそ、あっと言う間にそこに付いてしまった。

 

 持ってくれよ俺の理性……!

 まだ、師匠としてのポジションを失うわけにはいかないんだ……!

 

 俺はそう意気込んで救護室の扉を開ける。

 そこにあったのは、ぽつんと置かれた二つのベットと、それを隔てるための白いカーテン、そして薬が入った棚だけがある質素な空間だった。

 

 わ~お。エロゲーやエロ漫画で見たことがある景色だぞ。

 

 俺はそんなことを思いながら中に足を踏み入れる。

 そしてそんな俺にユーナが言った。

 

「あの……それじゃあ、脱いで来ますね」

「あ、ああ……」

 

 ユーナはそれだけ言うと白いカーテンを閉めてその中で着替え始める。

 だが、この白いカーテンは、カーテンの中で急病人の異常が起こった時に、直ぐに知れるようにするためか、何故かカーテンの中の景色が少しだけ透ける位の荒い作りとなっていた。

 その為、カーテンの外にいる俺からも、ユーナの細部は分からないが、動いている輪郭を見ることが出来た。

 

 え、エロい……。

 

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 ここに来て恥ずかしさを覚えているのか、ユーナは戸惑いながらも服を脱いでいく、それがまるでじらしているかのように見え、ただの着替えはストリップショーのような状況へと様変わりする。

 

 体操着の上を脱ぎ、ブラに手を当てて外した後は、小ぶりながら揺れる胸を見せながら、ズボンを脱ぎ去って行く。

 一通りの作業が終わるとカーテンを外してユーナが現れた。

 

「師匠……あまり見ないでください……」

 

 ユーナの女性らしくなっている途中の発展途上と言った体と、王族らしい純白のシルクのパンツを目にして固まっていた俺に、ユーナは恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言う。

 だから、俺は直ぐさま視線を外して、必死で自己弁論をした。

 

「ああ、これはあくまで修行だ。俺にやましい気持ちはないぞ!」

 

 嘘です。

 めっちゃやましい気持ちあります。

 思わずガン見してしまいました。

 

 世の中のラブコメ主人公達は、何故ああもヒロインの半裸を見ても、平然としていられるのだろうか。

 正直言って、こんなの実際に同じ状況になったら、普通に自分の性欲を抑えきれなくなるような状況だろうと俺は思う。

 

 それなのに普通に耐えられるなんて奴らは聖人か化け物なのか。

 俺はラブコメ主人公に戦きながらもユーナに命令を出した。

 

「じゃあ、ベットにうつ伏せになってくれ」

「はい!」

 

 俺は師匠、俺は師匠、俺は師匠、俺は師匠、俺は師匠、俺は師匠、俺は師匠。

 念仏のように俺は心の中で言い続けて自己暗示する。

 そしてユーナの上に馬乗りになって施術を始めようとする。

 

 これから始める施術は俺が開発したものではない。

 この施術は、エデルガンド帝国の魔術師であるムジークが、魔力回路を調律して、弟子を鍛えるために開発したものだ。

 

 何故そんなものを俺が知っているのかというと、ムジークがアリシアの攻略対象……つまるところヒーローというものだったから知っているのだ。

 

 アリシアは、熱血漢溢れる好青年が基本人格のアレクとは違い、基本人格というものがなく、各ルートで根本的に性格やら姿やらが全て変わってしまう。

 例えば、とあるルートでは、「あ、あの……」と前髪を下ろしておどおどとした様子の内気な少女として攻略対象と接することもあれば、別のルートでは「アタイが最強になるんだよ!」と男勝りなことを言うサバサバ系女子になったりもする。

 そもそも、共通パートでフレイを倒す時とも、各個別ルートの性格が完全に異なっているため、その攻略対象に合わせて完全に自分の性格等を変えるところから、プレイヤーからは「八方ビッチww」、「総受けヒロインww」と言われて親しまれているようなキャラだった。

 

 まあ、そんなキャラになってしまった理由は分かる。

 恐らくゲーム制作の都合上というやつだろう。

 

 基本的に自分からヒロインの問題を解決していく男主人公と違って、女主人公の恋愛物はどちらかと言えば、「お前、おもしれー女だな」とか、「地味だけど、こうしてみると美人じゃん」とか、ヒーローだけが自分の良さを知って、そこから恋愛がスタートするというような、どちらかと言えば受け身寄りの物語が多い。

 その為に攻略対象に合わせた気を引くための性格が必要となるため、ルートごとに七変化するアリシアという状況が生まれたのだろうと俺は思っている。

 

 まあ、そんなこんなで八方ビッチなヒロインがアリシアであり、そうやって男を攻略していくのがアリシアの基本方針なわけだ。

 当然、男を攻略して男相手のエッチシーンを堪能するのなんて嫌だから、ルートクリア報酬を貰うために一応はクリアしたものの、大抵がイベントシーンをスキップして攻略した為に、俺はヒロインほど攻略対象の性事情に詳しくない。

 だが、プレイヤーの中には、ヒーローとエッチしているアリシアエロくね? と別の楽しみ方に気付く存在も現れた。

 

 基本的に乙女ゲームのヒロインとかは、プレイヤーに綺麗な自分として感情移入して貰うためか、そこらのギャルゲーヒロインより可愛いんじゃね? と言えるような清楚で綺麗な外見をしたものが多い。

 アリシアもその例から外れず、それこそアレクの攻略対象でも通じるような、清楚で可愛らしい外見をしているのだ。

 だからこそ、そんな少女が各ルートで性格が変わり、それぞれの攻略対象の方法で喘がされるのは、それはそれでアリシアがエロい、ということにプレイヤーが気付いてしまったというわけだな。

 

 エロいアリシアを見るためならと、男を攻略することも厭わない勇姿達の活躍によって、インフィニット・ワンの攻略サイトには「男でも楽しめる! アリシアがめっちゃエロいルートランキング! トップテン!」という項目が追加され、アリシアで思わず抜いてしまえるような、とんでもなくエロいアリシアの痴態が見られるルートが選定されたのだ。

 

 当然、俺もそのランキングのルートは全て見ており、ムジークルートはそのランキングで八位だったため、この施術方法を知っているわけだ。

 

 いや、この施術で八位なんだよな~。

 女のエロは男のエロより容赦ないとか言うけど、一位とかマジでやばかったもんな……アレがああして、ああなるとかさ、男ではしない発想だよ……。

 

 ヒロインを堕とす! ヒロインを裸にする! ヒロイン相手にパコパコする! っていう欲望に忠実な男物のエロ小説と違って、ねちっこくてしっとりとしてて、妙にエロかったりするんだよ。

 少女漫画とか普通に性行為したりとか、頭のおかしいことになってたりとかもするらしいし、男物とはなんか次元が違ってるんだよな……。

 

「師匠? やらないんですか?」

 

 俺がそんなことを考えているとユーナから声がかかる。

 いかんいかん、この状況に頭が現実逃避をしていたようだ。

 俺はユーナに向かって注意をするように言う。

 

「今から施術を始めるが……ちょっと変な感覚があるかも知れないが、気にせず我慢するようにしてくれ」

「? はい!」

 

 ユーナが了承したのを確認して俺は手に魔力を集めた。

 そして、ユーナの肌にその手を当てる。

 

「では行くぞ!」

 

 俺はそうしてユーナの体のマッサージを始めた。

 血のように全身を流れる魔力回路、それを刺激するために、リンパの流れにそうようにユーナを揉みし抱いていく。

 

「あっ! んっ! しっ! 師匠! これぇっ! あんっ!」

「耐えろ……! 耐えるんだユーナ!」

 

 俺の手が動く度にユーナが身悶えてあえぎ声を出す。

 だが、俺がユーナを襲っているわけじゃない、これはただのマッサージだ。

 

 そう、エロゲ世界のだたのマッサージだ。

 

 ムジークルートではアリシアは最強を目指すアタイ系の主人公だ。

 そんなアリシアは、ムジークが魔術回路を調律出来ると知り、帝国で開かれる武術大会で勝つためにその元を訪れるのだ。

 そして、その施術が快楽を伴うものだとムジークに聞かされ、女子がやるものではないと止められるのだが、アリシアは「アタイは強くなるためなら何だってするんだ」と言ってその施術を受けるのだ。

 その飽くなき強さへの探究心に、同じような魔術の探求者であるムジークは惚れて、アリシアをマッサージによって喘がせて改造し、そしてアリシアは気丈にもそれに耐えて強くなり、大会に優勝するという物語が展開される。

 最終的にはお手軽に強くなれるムジークの施術をアリシアが気に入り、そしてそんなアリシアもムジークが気に入って、お互いにしっとりと互いを高め合うという展開で終わることになるのだ。

 

 そんなわけで、この施術はとんでもない快楽が伴うことになる。

 設定資料集では、魔術回路を特殊な方法で刺激すると快楽となると、なんかそれらしい学術的な説明という名の言い訳がつらつらとされていたが、ようはエロゲーらしく強くなるためのマッサージでエッチなことが出来るようになっているのだ。

 

「たえっ……たえっ……! んっ! 無理ですぅ! あっ! あ~!!」

 

 ユーナがそう叫ぶとびちゃびちゃとした水音と共に、ユーナの純白のパンツにシミが出来て、ユーナが気絶してしまう。

 

 だが、俺は止まることは出来ない。

 施術を始めたからには最後までやり続けなければならないのだ。

 

「あうっ! わ、わたし……意識を……あんっ!」

 

 俺が魔術回路を刺激したことでユーナは強制的に目を覚ました。

 そして、再びマッサージによる快楽にさらされた。

 

「こ、これっ! んっ! いつ終わるんですか! 師匠っ!」

「一時間くらいかかるぞ!」

「あんっ! あっ! い、一時間……!」

 

 ユーナの声が絶望に染まる。

 だが、ユーナの絶望はまだこれからだった。

 

「よいしょっと」

「師匠!?」

 

 俺はユーナをうつ伏せからひっくり返して仰向けにした。

 俺と直接顔を合わせることになったユーナは、快楽でだらしなくなった顔を赤く染めながら、驚いたようにそう言う。

 

「なんで仰向けにしたんですか!」

「全身をくまなくマッサージしないといけないんだよ」

 

 そう言って俺はユーナの胸を触ってマッサージする。

 それによってある部位を刺激されたユーナは一際甲高い声を上げた。

 

「あんっ! そ、そこはダメですっ!」

「悪いが下手に止めると逆に危険なんだ! 大丈夫! 俺は師匠だ! 何も感じない……。そう、俺は師匠だ、俺は師匠だ、俺は師匠だ、俺は師匠だ」

「師匠!?」

 

 自己暗示の為に壊れたスピーカーのようにそう言う俺に、ユーナが驚いてそんな声を思わずあげた。

 

 そして俺の手はユーナの胸から、腹へと向かい、そして太ももの付け根と行く。

 

「――っ! っ! んっ!」

 

 俺に顔を見られているからか、顔に手をやり、必死で声を押し殺すユーナ。

 だが、さすがに太ももの付け根に向かう手を見て声を上げた。

 

「そこはわたしが出したものが! 汚いですよ!」

「俺は師匠だ!」

「何がですかっ!?」

 

 俺が師匠だボットになった俺に、ユーナが突っ込む。

 だが、安心しろ、俺の自己暗示は完璧だ。

 そう、太ももの付け根を触るくらい――。

 

 あ、やっべ……やわらか……。

 滑った何かの感触がエッロ……。

 

「お、おれ、おれ、れ、れは、し、ししょ、し、ししょう……」

「ししょうー!」

 

 きわどいところのマッサージをしたことで、理性と欲望のぶつかり合いによって、壊れたスピーカーのようになった俺を見て、ユーナが思わずそう叫んだ。

 

☆☆☆

 

「お、終わった……俺はやりきったぞ……!」

 

 俺はぐったりとしながら拳を振り上げた。

 俺が背もたれにしているベットには、全身から汗やら何やら色々なものを出して、ぐったりとした様子のユーナが仰向けで眠っている。

 

「あ……終わったんですか……」

 

 気絶していたユーナは目を覚ますとそう言った。

 近くの布団を引き寄せるとそれで体を隠した。

 

「お疲れ様、ユーナ。よく耐えきったよ」

「え、は、はい……耐えきれなかった気もしますけど……」

 

 そう言うとユーナは俺に向かって頭を下げた。

 

「ごめんなさい! 師匠! わたし、あれだけ師匠が真剣に施術してくれたのに、気持ちよくなって……そ、それで何度も、お、お漏らしをしてしまいました! そのせいで師匠に汚いものを触らせてしまって! 本当にごめんなさい!」

 

 そう言って真剣に謝るユーナに俺は疑問を浮かべる。

 

「お漏らし? いや、あれは……」

「違うんですか? 確かにお腹の下の方が熱くて何時もと違う感じでしたけど」

「……クリスティア様に後で聞いてね」

 

 俺の口から詳細に説明する勇気はなく、俺は面倒事を全てクリスティアに放り投げることを決めた。

 

「ま、ともかくこれで今日の施術は終了だ」

「え? きょ、今日の……?」

 

 ユーナが顔を引き攣らせながらそう言う。

 俺はため息を吐いて残酷な現実を告げた。

 

「一日じゃ、完全に力を調和出来ない。これから何回も、今日と同じ事をして、徐々に調和させていく必要があるんだ。……これ以上は辞めとくか?」

 

 俺がそう言うとユーナは布団を口元まで持って行き、顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしながら、言った。

 

「こ、これからもよろしくお願いします……」

 



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銀仮面ファンクラブ

 

 翌朝、登校しているとユーナの姿を見つけた。

 

「ユーナ! おはよう!」

「あ、師匠! おはようございます!」

 

 二人で並んで学校へと向かう。

 そんな中でユーナがおもむろに話を切り出した。

 

「クリスティアお姉様にあのことを質問しました」

「そ、そうか……」

 

 本当に聞いたのか……。

 

 俺は思わずそんなことを思う。

 

「わたし、恥ずかしいです。マッサージでそんなものを出して、師匠にそれを触られることになってしまったなんて」

 

 そう言って真っ赤にした顔を手で押さえるユーナ。

 それに俺は如何したものかと考えて、当たり障りのない回答をする。

 

「俺は気にしていないから、ユーナも気にしないようにするといいよ」

「……何か師匠慣れてませんか?」

 

 そんな俺の態度を見たユーナが何処か鋭い口調でそう尋ねてきた。

 

「いや、まさか、そんなはずないだろう?」

「他の女の人のああ言ったものを見たことがあるとか」

「はは、そんなまさか……あ」

 

 俺はそこでエロゲスライムの時のエルザとの一件を思い出す。

 そして、そんな俺の態度を見たユーナの視線が更に鋭くなった。

 

「……どういうことですか師匠? まさか、わたし以外にも弟子がいて、師匠に育てて貰ってるわけじゃないですよね……? それであれをやっているとか……」

「そ、そんなことあるはずないだろ!? 俺の弟子はお前だけだ! あっ! なんか人だかりが出来ているみたいだぞ!」

 

 俺は話を逸らして校門を指差した。

 そこでは何時もと違って何故か人だかりが出来ている。

 

「いや、本当になんだ? 何か事件でもあったのか?」

「そうですね。何でしょう?」

 

 本格的な事件の臭いを感じ、俺とユーナは急いで駆け寄る。

 人の波を避けるようにしてそこを覗き込むと、そこにはパンイチの状態で体に『私は最低の嘘吐きです』と落書きがされた、一人の少年がロープで辱めるように縛られた上で、校門の奥で吊されていた。

 

「な、なんだあれ?」

「ええっと……」

 

 ざわざわと騒がしいその場で二人して困惑する。

 野次馬の集団の中に見知った顔を見かけて、俺は其奴に話しかけた。

 

「おい、ベッグにトート。これは一体何事だ?」

「お、フレイに……これはユーナ様!」

 

 ユーナの事に気付いたベッグとトートは急いで礼をする。

 それに対してユーナは必要ないと手を振った。

 

「同じ学生ですから、もっと気楽な態度で大丈夫です」

「ユーナもこう言ってることだし、気にせず事情を説明してくれ」

「いつの間にか仲良くなってたんだな……」

 

 感心したようにベッグはそう言うと事情を話し始めた。

 

「事の発端はあの吊された男が、自分が銀仮面だと言い始めたことなんだ」

「銀仮面!?」

「銀仮面?」

 

 俺は驚きから声を上げ、ユーナはピンとこないのか首を傾げた。

 

「なんでまたそんな……吊されてるってことは本物じゃなかったんだろ?」

「ああ、そうだな。彼奴が銀仮面だというのは、真っ赤な嘘だった」

 

 俺の質問にベッグがそう答える。

 それを引き継いだのはトートだ。

 

「何でも彼、メジーナ先輩のことが好きだったらしいよ。だから、中身が誰か分からない銀仮面に成り代われば、メジーナ先輩をものにすることが出来ると考えたんじゃないかな」

「ああ、なるほどな……」

 

 言っている事は理解出来た。

 銀仮面は多数の令嬢や令息を救っている。

 そしてその正体は誰も知らない状況だ。

 

 だからこそ、自分をその銀仮面だと言うことにしてしまえば、富も名声も、そして多数の令嬢達の愛も、全て独占し、ハーレムを築くことすら出来ると、浅ましくもそう考えたのだろう。

 

 だが、実際にはメジーナ先輩は臭いで銀仮面かどうかを判別出来る。

 自らの欲のために銀仮面を名乗ったことが、メジーナ先輩の怒りに触れて、こうしてつるし上げられることになったということだろう。

 

「それにしてもメジーナ先輩一人でよくつるし上げることが出来たな」

 

 俺は思わずそんな事を呟いた。

 身体強化を使えば女性でも出来るだろが、それにしても男をあの高さまで吊すのは大変だろうと。

 そんな俺の疑問にトートが答える。

 

「一人じゃないみたいだよ。ほら、あそこを見て」

 

 そう言ってトートが指差した方向に目を向ける。

 そこには複数人の男女が吊された男を降ろすのを妨害するように立っている。

 

 まず、目に入ったのは虚弱な美少女といった風貌の少女。

 彼女――サラ・フォン・クルトナスは攻略対象の一人だ。

 

 彼女は生まれた時から、貴重な霊薬でないと完全治療出来ない難病にかかっており、部屋の中で大きな世界を回ることを夢見ながら過ごしていた少女だ。

 サラルートでは、そんな状況を知ったアレクが、不遇な目にあっている彼女を助けるために、世界各地を回って霊薬の素材を集めるところからスタートする。

 そして全ての霊薬を集め終わり、難病を治療して、リハビリを始めた所からが、このヒロインのエッチシーンの始まりだ。

 

 薬を手に入れたことで信頼を得たアレクは、サラのリハビリの手伝いも、また同時に頼まれることになる。

 そうやって日々、サラのリハビリを手伝う中で、彼女がずっと部屋に閉じこもっていて、病状を悪化させない為に興奮するような知識を与えられなかったため、あらゆることに関する知識が不足していることにアレクは気付くのだ。

 

 そして、このルートは鬼畜アレクルートである。

 アレクはサラが無知なのを利用して、リハビリに必要なストレッチだからと嘘を言って、体の全身をなで回したり、滋養強壮に良いからと口で奉仕させて、自分が出した白い物を飲み込ませたり、運動になるからと自分の上でサラに腰を振らせて、サラとのエッチを楽しむなど、やりたい放題してサラに快楽と間違った知識を埋め込み、自分色に染め上げていくのだ。

 

 ――そう、いわゆる無知シチュというやつである。

 

 まあ、そんなこんなで最終的にアレクが言うことがおかしいとサラも気付くも、既に完全にアレクの染められていたサラは、それでも構わないと考えて、お腹に子供を宿しながら、「これからも色々教えてくださいね」といい、アレクと二人だけの世界で幸せに暮らしましたとなるのがサラルートの終わりだ。

 

 俺はこれを銀仮面として解決したわけだが、当然アレクのように無知につけ込んでエッチをするなど、将来のヒロインに言い訳が出来ないことをするつもりはさらさら無かったので、普通に霊薬を作ったあとは真面目にリハビリを手伝った。

 

 時間の許す限り側にいて支えてリハビリを手伝い、騙されないようにと外の世界に関する様々な知識を教え、そして実際に広い世界を見せようと魔物からの護衛役を引き受けて近場にある絶景ポイントまで旅をしたりとかした。

 なるべく早く立ち直って貰いたかったから行ったことだったが、それが功を奏したのか、ゲームとは違い何故か活発な元気っ子へと変貌してしまったのだ。

 

 まあ、アレクに躾けられなければこんな感じだったのかもしれん。

 

 そう、俺は思い直し、既に十分に回復しているなと判断して、書き置きを残してそのまま忽然と姿を消して、サラを救うのを完了したのだ。

 

 次に目に入ったのはハーフエルフの少女だ。

 彼女はナタリア・フォン・ゲーネであり、サラと同じく攻略対象だ。

 

 ナタリアのゲーネ家は近隣に敵対する貴族家を抱えており、その貴族家の悪事によって実家が没落し、家族が奴隷として散り散りになった状況で物語が始まる。

 奴隷を買いに奴隷商に来たアレクは、そこでかつて学園で同級生だった、ナタリアが性奴隷として売られているのを目撃する。

 ナタリアは他の男に売られるくらいならと、必死でアレクにアピールし、そしてアレクもそれを受けてナタリアを購入するのだ。

 

 そうしてナタリアを購入したアレクだが、このルートも鬼畜アレクルート。

 

 この世界には奴隷に絶対命令権のある首輪など存在していないが、契約魔法によって双方の同意がある限り、最初に決めた契約内容上の行動は従わないと、激痛が走るなどそれに近いことは行えるようになっている。

 これは両者とも同様の文面を認識し、その上で双方が同意しないと、そもそも契約が出来ないため、そうそう悪事に使えるものではないが、奴隷という立場になら、事前に躾けたり、或いは対価として生命の保証を約束させることで、契約を結んで一般的ななろう奴隷のようにすることも出来る。

 

 必死でアレクに売り込みをしていたナタリアは、当然のようにアレクの要求全てに了承するように契約を結んでしまったため、それこそアレクに命じられるまま、何でもしなければいけない状態になってしまったのだ。

 

 そしてその権利は当たり前のように行使される。

 鬼畜アレクはナタリアに様々な奉仕プレイを強要したのだ。

 

 ナタリアとすることをした後の残っている白い物を口で掃除させ、そして前だけではなく後ろも開発したり、泡を使って体で全身を洗わせるなど、様々なことを要求するアレク、やがてナタリアも次第にその快楽に墜ちていく。

 最終的にはナタリアの家族が死んだことを知り、その復讐を抱いたナタリアの代わりに、悪徳貴族を打ち倒すことで、ナタリアはアレクを本当のご主人様だと認めて、そのまま奴隷として尽くし続けたとなってナタリアルートは終わりだ。

 

 これについても俺は奉仕プレイとか、攻略対象にされても仕方ないので、あっさりと奴隷となったばかりのナタリアを購入すると、その首輪をたたき切って奴隷から解放してあげたのだ。

 その時にナタリアから「首輪がないと奴隷でなくなったことをボリスに気付かれる」と言われて、確かにそうだと思い直し、急いで代わりとなる首輪を買って、誤魔化すようにそれを付けさせるなどのトラブルもあったものの、元から悪役貴族であるボリスの悪事は知っていたので、さっさと証拠を集めてボリスの悪事を暴いた。

 そしてどうせならついでにと、貴族の権力を使って、ゲーネ家が再興出来るように手回しをし、原作だと過酷な労働で死んでしまった、鉱山に売られたナタリアの父と、娼館に売られたナタリアのエルフの母を、さっさと助け出して、ナタリアと再会させて上げたのだ。

 

 我ながらアフターケアまでばっちりである。

 

 そうして感動の再会をしているのを尻目に書き置きを残して俺は去ったのだ。

 

 そこで俺は今見える光景に意識を戻す。

 

 よく見ると付ける必要もないのに、今も何故か首輪を大切そうに付けている。

 あれは奴隷の証みたいなものなのに嫌じゃないんだろうか?

 

 俺はそう思いながらも他の面子に目を向ける。

 サラやナタリアだけではなく、他の令嬢や令息も、何奴も此奴もが、俺が銀仮面として助け出した者達ばかりだった。

 

 故に俺は思わずトートに聞く。

 

「あれは何の集団だ?」

「今回の事件を機に結成された銀仮面ファンクラブだってさ」

「ぎ、銀仮面ファンクラブ……」

 

 俺がトートの口から放たれた言葉に衝撃を受けていると、集団の中からメジーナが現れて、野次馬達に聞こえるように言う。

 

「私は銀仮面ファンクラブの会長のメジーナです。今回はここにいる男のせいで、痛ましい事件が起きました」

 

 そう言うとメジーナは手元にあるロープを引っ張った。

 それによって涙目で吊されていた男の縛りがさらにきつくなり、その為に男が「ぐえ」と情けない悲鳴を上げる。

 

「銀仮面様は素晴らしいお方です。何の見返りも必要とせず、ただ私達を救ってくださいました……。あの仮面もそう言った心の現れだったのでしょう。あの方はただ慈悲を持って多くの方々を救っているのです」

 

 いや、ただ攻略対象に惚れられたくなかっただけなんですけど……。

 俺がそんな思いを抱いている間にもメジーナの演説は続く。

 

「まさしく英雄! いや、救世主! 私達に取って! 世界にとって! あの方はそう言う存在なのです!」

 

 陶酔したようにそう言うメジーナ。

 後ろの銀仮面ファンクラブも「そうだ! そうだ!」と叫んでいる。

 

「にも関わらず、この男が自らを銀仮面であると名乗ったのです! 自らの私欲のために銀仮面様の名声を汚した! これは万死に値する行いだ!」

 

 メジーナは「もう、やめてくれ……許してくれ……」と呟く男のローブを、更に締め付けて、その男に罰を与える。

 

「だからこそ、処罰した! 銀仮面様に代わって私達の手で! これから先も銀仮面様を語る者がいれば、同じように処分する! 私達にはその人物が銀仮面様でないことくらいは分かるのだ! 銀仮面様を語るものは絶対に許しはしない!」

 

 鬼のような形相をしたメジーナはそう断言した。

 それに合わせて銀仮面ファンクラブも「うぉおおおおお!」という雄叫びのような声をあげて、それが校舎全体を揺らしているかのようにすら感じる。

 

「銀仮面様~! 見ていますか~! 私は、貴方の名声を守り、そして貴方のように多くの人々を救ってみせます~!」

 

 まるで神に祈るかのようにそう言うメジーナ。

 その様子を見ていた俺にあるのは、ただ、ただ、恐怖だった。

 

 ひぇえええ……。

 こ、攻略対象、怖いよぅ……。

 

 イベントに則ってただ攻略対象を助けただけなのに、なんでこんなおかしな事態が発生してしまっているのだろうか?

 

 わけが分からない……マジで理解できねぇ……。

 

 このままだと元からの計画に支障が出そうだ。

 最終的には、ヒロイン達の運命の相手であるアレクが、実は銀仮面だったという事にしようと思っていたのに、これ、それを実行することが出来るか?

 俺はそれを考えて、あの場に吊されているアレクの姿を幻視して、思わず頭を振って考えるのを辞める。

 

 ま、まあ、こんなの一過性のものだろう?

 ようは人気アイドルが出てきて熱狂しているだけだ。

 前世の時のように直ぐに熱は冷めて、別のアイドルとか、新しい趣味とか、他の話題性のある何かに目が行くようになるさ。

 

 情報過多の前世と違うこの世界で、そう上手くいくかなと、自分自身で疑問が浮かんだりもしたが、俺は心に蓋をして気にしないことにした。

 

「銀仮面か……師匠、お前の修行を受け続ければ、彼奴に勝てるか?」

「ん? まあ、勝てるようになると思うぞ?」

 

 唐突にユーナから話しかけられて俺は思わずそう答える。

 

 まあ、銀仮面は縛りプレイの俺だし、ユーナがしっかりと修行すれば、勝てるようになることは難しくないだろう。

 だが、そんな事より気になったのはユーナの口調だった。

 

「ユーナ? 何か何時もと雰囲気違わないか?」

「え? 何がですか?」

 

 返ってきたのは何時ものユーナの口調だった。

 

「いや、銀仮面に勝てるのかって聞いてきた口調が何時もと違った気がしてさ」

「わたし、そんなこと言いました……?」

 

 不思議そうにそう言うユーナ。

 嘘をついているようにはとても見えない。

 

「ああ、言ってたぞ?」

「そうですか、たまにあるんですよね。そういうこと」

 

 神妙な顔をしてユーナが言う。

 彼女が言うには時折、動かした覚えのないものが動いていたり、寝ている間に怪我が増えていたりしているらしいのだ。

 

「へぇ……二重人格か夢遊病か何かかな」

 

 俺は前世の病例に合わせてそう言う。

 

「何ですかそれは?」

「どちらも無意識に行動してしまう病気だな。知識がないと悪魔付きとか言われたりもするが、どちらもしっかりとした病気の一つだ。夢遊病は寝ている間に歩き回ってしまうもので、二重人格はもう一つの人格が行動してしまうものだな」

「そう、なんですか……二重人格……」

 

 何かを考えるようにそう言うユーナ。

 俺はそれに対して申し訳なさそうに言う。

 

「どちらにしても、治療するための方法はまだない。ユーナには申し訳ないけど、その症状に付き合っていくしか無いと思うよ」

 

 前世ならまだ色々とお薬が出せたのかも知れないが、このなんちゃって中世でそれを用意することは難しい。

 だからこそ、俺にはそれを治療する方法はなかった。

 

 う~ん。霊薬とか魔法を使った治療とかで何とかなるか~?

 

 可能性があるとすればこの世界の技術を使った治療だ。

 だが、それでも元々の症例はないのと同じなので、一から治療方法を確立していかないといけないため、即決で直せると確約は取れない。

 

「いえ、気にしないでください師匠! 実はこの間の施術を受けた時から、そう言ったことが少なくなっている気がするんです」

「そうなのか?」

「はい!」

 

 魔族の力が何かしらの悪影響を与えていたという事なのか。

 それを調律したから症状が減ったということかな。

 

「まあ、それならそれでいい。だけど何かあったら直ぐ言えよ? 俺はお前の師匠なんだからな」

「はい!」

 

 元気よく返事をしたユーナを見て、俺達は野次馬を止めて校舎へと入る。

 絶対に銀仮面ファンクラブとは関わらないと心に決めて。

 




 どうしてこうなったかと言うと。

 ①アレクやアリシアに対しては恋人になったり、奉仕や体を差し出すなどのリターンを行っていたが、銀仮面はそう言った攻略対象側が恩を返すことは何も出来ず、誰かもわからずに忽然と姿を消したため、攻略対象側で返しきれない恩が溜まった状態になってしまった。

 ②アレクやアリシアは攻略対象を自分のものに出来た段階で、そこからは攻略対象とのいちゃいちゃを優先して、攻略対象を助けることを止めたが、銀仮面は、夢世界でのことで汚れてしまったと感じる相手に「君は汚れてはいない。綺麗なままだ」と言って心を救ったり、病気で外の世界を知らなかった子に広い世界と絶景を見せたり、本来なら死んでいた家族と合わせた上でお家の再興を手伝ったりと、ハッピーエンド至上主義として、アフターケアを必要以上にしたために、アレクの時以上に攻略対象達の恩義と銀仮面への思いを溜めまくってしまった。

 ③そんな攻略対象達が学園で互いに知り合ったことで、お互いの銀仮面の話を聞いて更に銀仮面への思いを高め、集団を形成することで徐々に銀仮面に対する信仰心が高まり、そして仲間がいるという一体感から、徐々に活動に容赦が無くなっていってしまった。

 結果、銀仮面ファンクラブが誕生したという流れです。

 ちなみにフレイは、インフィニット・ワンではヒーローのルートは実績と攻略特典目当てで攻略しただけで、攻略方法などは知っているけどそこまで思い入れがないのであまり描写されませんが、銀仮面ファンクラブにはそれなりに男の攻略対象であるヒーローも在籍しています。

 ただ、ケイトスの時にも説明した通り、同年代かそれ以下が多いヒロインと違って、ヒーローはおじさんなど年齢の幅が広いため、学生が主体の銀仮面ファンクラブは無窮団と違って女性の方が多いです。
 その為、男性であることが確定している銀仮面への熱狂が、無窮団の信仰的なものより、より過激になっています。


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レシリアの襲撃

 

「フレイ様、お話があります」

 

 屋敷に帰ってくつろいでいると来幸が神妙な顔をしながらそう切り出した。

 

「ん? なんだ?」

 

 俺は思わずそう問い返す。

 直近で何か問題になるような出来事があっただろうか?

 

「フレイ様は、ユーナ様と今良い感じに関係が進んでいるのですよね?」

「ああ、師弟としての絆も深まった。そろそろ次の段階に進み始めてもいい頃合いかも知れないな」

 

 来幸の言葉に俺は考えながらそう応えた。

 かなりの期間、師弟として活動して十分に仲良くなれたと思っている。

 

 それに何より、あの施術についても、初めてやったあの日から、今日までに何回も実行しているのだ。

 それこそ、下手な付き合い立ての恋人よりも、ユーナの肌に触れている時間が長いのではないかと思えるほどだ。

 

 ここまで来たら、いっその事、師匠から恋人へと、恋愛関係を進めてしまっても良いのではないだろうかと俺は考えていた。

 

 他の師匠物だと、どのタイミングでそう言う関係にシフトしてるんだっけ?

 子供から育てるパターンだと大人になったとき、無機物系師匠のパターンだと人化した瞬間に、世話してきたヒロインに食われるイメージがあるけどな~。

 

 まあ、あまり他を参考にしてもしょうがないか、これは俺の物語なんだから。

 

 俺はそう他のパターンについて考えるのを止めた。

 単純に自分の状況だけを考えればそろそろ動き出してもいい頃合いだ。

 

「でしたら、デート……などもするのですよね?」

「まあ、そうだな」

 

 来幸の言葉に俺は思わず顔がにやけてしまう。

 デート――言葉だけは知っていたが一度もやったことのない行為。

 それをついに俺が実行することが出来るのだ。

 

 これで前世の無念を一つ晴らすことが出来る。

 俺がそう思っていると来幸が自分の胸に手を当てて言う。

 

「でしたら、私とデートしてくれませんか?」

「ん? なんでだ?」

 

 俺の純粋な疑問を抱いた言葉に来幸は答える。

 

「練習です。デートをしたことのないフレイ様が、いきなり本命のユーナ王女とデートをしてしまえば、何かしらのミスをしてしまい、デートが破談しかねません」

「確かにそれもそうだな……」

 

 俺は来幸の言葉に一理あると考える。

 何せデートは人生初体験だ。

 何処までうまく出来るかわからない。

 

 前世の世界では、初デートでの印象は、その後の関係に大きく影響すると言われていた。

 初デートで情けない姿を見せたら、挽回も出来ずにそのまま幻滅され、あっという間に破局という状態になってしまうかもしれないのだ。

 

 加えて言えば、俺はユーナの師匠ポジションについている。

 師匠とは弟子が頼りにする相手であり、そんな相手が初デートであたふたして、失敗するなんてことがあれば、師匠は頼りない男だったと、これまでの信頼も含めて失い、ユーナの師匠ポジションまで失いかねない。

 

 それを考えれば、絶対に失敗しないように、初デートでも頼れる男という姿を見せるために、事前に練習しておくのはありかもしれない。

 

「そうだな。じゃあ――」

 

 俺がそう言おうとした時、ドンと扉が大きく開いた。

 そちらに目を向けて、俺はそこにいる人物に気付く。

 

「レシリア!? なんでここに!?」

「来ちゃった! お兄様!」

 

 そこにいたのはレシリアだった。

 最近、七歳になったレシリアはてこてこと歩いて来ると、そのまま椅子に座った俺を椅子にして、その上に座り始める。

 

「レシリア、甘えたいのは分かるが、ちゃんと事情を説明してくれ、お前はシーザック領にいるはずだろ? なんでここにいるんだ?」

「お兄様が全然レシィに会いに来てくれないから会いに来たの!」

 

 迷うことなくそう口にしたレシリアに、俺は思わず言った。

 

「この間の誕生日会であったばかりだろ?」

「うん。でもあれくらいじゃ、レシィはお兄様成分を補充出来ないの!」

「お兄様成分て……」

 

 なんだその謎成分。

 俺がそう思っているとレシリアは俺から降りて、ビシッと俺に指を向けると、無い胸を張ってどや顔で宣言する。

 

「兄には妹を一日に一回甘やかさないといけない義務があるんだよ! お兄様はそれに違反したから、今日はレシィと一日中ゴロゴロするの刑に処します!」

 

 なんだそりゃ? と思わず思ってしまうが、恐らく覚えた難しい言葉を使いたいお年頃という奴なのだろう。

 俺も同じくらいの年齢の時に、義務とか刑とか友達との遊びの中で、意味もわからずきゃっきゃきゃっきゃと使っていた覚えがある。

 それに忙しすぎてレシリアのことを余り構ってやれなかったのも事実だ。

 

 ここはいっちょ兄として付き合ってやるか!

 

 俺はそう考えてレシリアの話に乗る。

 

「そうだな。それはしかたない。今日は一日、レシリアとゴロゴロするか!」

「やった! 大好きお兄様!」

 

 そう言ってレシリアが俺に抱き付いてくる。

 俺は椅子に座りながらそれを受け止めた。

 

 猫のように腕の中で頬ずりをするレシリア。

 俺はそんなレシリアの頭を撫でた。

 

「んっ! お兄様に包まれているみたい……」

「まあ、実際に包んでいるからな」

 

 安心するかのように、俺の腕の中で大人しくするレシリアに、俺はそう返した。

 

「御本読んで!」

 

 レシリアがそう言ってくるので俺は来幸に言った。

 

「来幸、何か良い感じの本を探して持ってきてくれ」

「っ! ……わかりました」

 

 珍しく不服な雰囲気を出しながら来幸が部屋から出て行く。

 そして来幸が出て行った当たりで、レシリアが服の袖を掴んで引っ張った。

 

「ねえ! お兄様! 学園やこちらの生活での、お兄様の活躍を聞かせて!」

「活躍ってほどのことはしてないけどな……」

「お兄様のことなら! レシィ! 何でも知りたいの!」

「しょうがないな……」

 

 可愛い妹にそこまで言われたのなら断れない。

 

 俺は、レシリアを椅子に座った俺の上に乗せながら、ここ最近起こったたわいもない話をレシリアとしていく。

 やがて、来幸が本を持ってきたので、それをレシリアに読み聞かせてあげた。

 



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イカサマ

 

 ああ、お兄様に抱きついていると、お兄様の魔力で包まれたあの時の事を思いだして、お兄様を愛している気持ちが高ぶって興奮してしまう……。

 

 わたしはそんな事を思いながら、興奮しすぎて腰が抜けてしまったことを誤魔化して、お兄様の膝の上で座り続けることで、お兄様を全身で堪能していた。

 

 最初に包まれた時に久しぶりだったのもあって、ちょっとイってしまったが、お兄様には気付かれていないようだから何の問題はない。

 あの邪魔者を追い出して、最近の近況についても、滞りなく全てを聞き出せたし、わたしとしては上々の成果と言える。

 

「――だとさ、おしまい」

 

 一禍ちゃんが持ってきた本を読み終わったお兄様がそう言う。

 残念、もっと長い本なら、もっとお兄様を堪能できたのに、本当に一禍ちゃんは気が利かないな~。

 

 わたしがそう言った目線で見てあげると、一禍ちゃんは明らかにイラッとした様子を、わたしだけに見せてきた。

 そういう沸点が低いところがいけないんだよ~。

 

 わたしはそう思いながら次はどうしようか考える。

 このままお兄様に抱かれ続けてもいいけど、それだと同じ体勢でいる必要があるお兄様が少し辛そうだ。

 

 出来る妹のわたしは、自分の事だけしか考えない一禍ちゃんや、エルザとか言うのと違い、ちゃんとお兄様に配慮することが出来るのだ。

 

「さて、次はどうする? レシリア」

 

 優しいお兄様はわたしにそう聞いてきてくれる。

 それが嬉しくて胸が温かい気持ちで一杯になる。

 

「じゃあ、これをやろ!」

 

 わたしはそう言って元気がいい妹を演じながらあるものを取り出した。

 それはいわゆるボードゲームというものだ。

 

「これは……へえ、人生ゲームみたいなものか、こっちにもあるんだな」

 

 お兄様が小声で呟いたそれをわたしの盗聴魔術が聞き取る。

 これでわたしはまた一つ前世のお兄様について詳しくなっちゃった!

 思わず手に入れた情報に小躍りしたい気分だ。

 

「みんなで遊べるものなんだ!」

「みんなのことを考えるなんて、本当にレシリアは良い子だな」

 

 お兄様はそう言ってわたしの頭を撫でてくれた。

 わたしは折角なので、その時のわたしの表情を一禍ちゃんに見せてあげる。

 

「――っ!!!」

 

 わたしの至福の表情を見て一禍ちゃんは憤怒の表情を取った。

 そうだよね。いくら羨ましくても、敏腕メイドっていうポジションを取ることにした一禍ちゃんは、もう絶対に頭を撫でて貰えないもんね。

 

 わたしは優越感に浸りながら怒れる一禍ちゃんを目にする。

 こうして差があると、お兄様に一番近い存在が――、お兄様のヒロインに相応しいのが誰なのか――、一目瞭然になるからとても楽しい。

 

「四人ゲームなのか……。よし、来幸とミリーも、一緒に遊んでくれ」

「……わかりました」

「ミリーもですか? わかりました」

 

 そう言って二人はボードゲームを囲うように座った。

 

「ミリーは勝負事では手を抜かないたちなので、来幸先輩であろうとも、フレイ様であろうとも、負けるつもりはありませんから!」

「いいぞ? ゲームはそうでなくっちゃ楽しくないからな! 身分を気にせず無礼講で互いに勝ちを目指そうじゃないか!」

 

 楽しそうにミリーとか言うメイドとお兄様がそう言った。

 一方で来幸は、あまり楽しそうじゃないし、やる気も感じられない。

 明らかにわたしの提案で何かをするのが嫌って感じだ。

 

 やれやれ、しょうがない。

 ゲームを盛り上げるためにわたしが手を打とう。

 

 わたしはそう考えると全員に向かって言った。

 

「それでお兄様! 一位を取った時の賞品は如何する?」

「賞品?」

「これを教えてくれた使用人の人が、友達とやるときは何かを賭けたり、賞品を付けたりして遊ぶものだって言ってたよ?」

 

 わたしがそう言うとお兄様は思わず頭を抑えた。

 

「ギャンブルとしてゲームを使ってるのか……。まあ、息抜きは必要か……」

 

 聡明なお兄様の事だから使用人の引き締めが必要な事態か考えたのだろう。

 結局はそれほどのことではないと判断したようだった。

 

「でも、賞品と言われても急に思いつかないな」

 

 お兄様が腕を組んで考えながらそう言う。

 確かにいきなり言われたらぱっと出てこないだろう。

 だからこそ、ここでわたしは提案する。

 

「じゃあ、お兄様とデートする権利を賞品にしよう!」

「は?」

 

 唖然とした表情で一禍ちゃんがそう言った。

 先程までの一禍ちゃんとお兄様の話は盗聴していた。

 

 そして一禍ちゃんがメイドや協力者という立場を利用して、練習だからとお兄様を納得させて、お兄様の初めてのデートを横取りするつもりなのはわかっていた。

 

 でもそのお兄様の練習相手役って――別に妹でも構わないはずだよね?

 

 近しい人がデートの練習相手になると言うのなら、そこらにいるメイドではなく、血の繋がったわたしがやる方がよっぽど適しているはずだ。

 何より、お兄様の初めてを一禍ちゃんに譲るつもりはない。

 

「ちょっと待った。デートが賞品と言われても困るんだが」

 

 当然のように、勝手に賞品にされたお兄様が困惑の声を上げた。

 だけど、わたしには、そんなお兄様を説得する準備は出来ている。

 

「デートって言っても、妹か専属メイドと街を回るだけだよ? それなら、何時もやってることと変わらないと、レシィは思う!」

 

 お兄様は、どちらかというと理屈や根拠を大事にする合理的な性格で、親しい相手に対してはなんだかんだで甘いところがある人だ。

 だからこそ、気乗りがしないことであっても、お兄様が絶対に嫌というもの以外は、こうやって理由をしっかりと用意してあげれば、一禍ちゃんが自分を恋愛の練習相手にするという立場を押し切ったように、その頼み事を押し切って無理矢理納得させることが出来るのだ。

 

 普段は凜々しく、何でもかんでもきっぱりと判断するのに、こうやって押しに弱くて甘い、うぶで可愛らしいところがあるのも、お兄様の魅力の一つだよね!

 

「まあ、確かにそうか……。わかったよ。それでいいよ」

 

 狙い通りお兄様は頷いていくれた。

 だけど、分不相応にも、ミリーが嫌そうな顔をする。

 

「ええ……ミリーはそんなものいらないんですけど……」

「じゃあ、ミリーお姉さんが勝ったら、その権利をレシィに頂戴! 代わりにレシィがミリーお姉さんに何かプレゼントするよ!」

「まあ、それなら」

 

 わたしはミリーを上手く丸め込む。

 ほらほら、一禍ちゃん、これで二対一だよ。

 状況を理解したのか、一禍ちゃんは焦り始めた。

 

「ちょっと待った。よくよく考えたら、それって俺が勝った場合はどうなるんだ?」

 

 お兄様がそんな至極真っ当なことを言う。

 だから、わたしは、わたしの為にさらに手を打つ。

 

「お兄様が勝ったら、一日レシィを好き放題してもいいよ?」

「いや、好き放題って……」

「肩たたきでも何でもするから!」

「ああ、なるほど、そういう感じか……わかったそれでいいよ」

 

 これでお兄様も説得出来た。

 お兄様を説得するために肩たたきと例を出したけど、一日好き放題にしていい権利は、本当にレシィを好き放題にして良いんだよ?

 それこそ、二人っきりでベットの上で、お兄様に包まれて、きゃあ~~~!!

 

 わたしがその時のことを妄想して至福な時を過ごしていると、一禍ちゃんが何かを言い出そうとしていた。

 

「私は……」

「ねえ、来幸お姉さんも、レシィに権利を譲ってくれる?」

 

 わたしは一禍ちゃんの言葉を妨害し、先制攻撃を掛ける。

 これで乗ってくれれば楽だけど……。

 

「いえ、普通に賞品を頂きます」

 

 まあ、そう簡単には頷かないよね。

 わたし、一禍ちゃんのそう言う、どれだけ哀れでも滑稽でも、お兄様を得ようとする気持ちを諦めないところ、結構好きだよ。

 同じお兄様を追い求める者として好感が持てるからね。

 

 むしろ、この程度で簡単に諦めてたら、お兄様に集る邪魔な虫として、さっさと処分しちゃうところだったよ。

 お兄様に恋する価値もない奴は、妹がちゃんと処分しないといけないからね!

 

「それじゃあ、賞品も決まったことだし、始めるか。ええっと……まずはサイコロを振って順番を決めるのか」

「あ、ミリーが最初みたいですね」

 

 サイコロを振った結果、ミリー、お兄様、一禍ちゃん、わたしの順番に決まった。

 

「じゃあ、振ります! 六ですね!」

 

 そう言ってミリーは駒を六回進める。

 

「ええっと……炎属性の魔剣を手に入れるですか」

「なんか、幸先良さそうだな……次は俺だな……っと四だ」

 

 お兄様は駒を四回進めた。

 

「なになに……神に見初められて加護を得るか……何か嫌だな」

「嫌なんですか? 特殊能力を得られるみたいですけど?」

「いや、ちょっとな……」

 

 お兄様は何故か納得していない様子でそう呟く。

 

「では、私ですね」

 

 そう言って一禍ちゃんがサイコロを振った。

 わたしはその時にちょっとした風魔法を使って細工をする。

 

 ほいっと。

 

 わたしがサイコロを気付かれないように動かしたことで、サイコロはわたしの目的通りの目であった二になった。

 

「……二ですね。止まったマスは……『財布を道端に落とす、資産をマイナス五百する』ですか……」

「あっちゃ~。いきなりマイナスか」

「そう言うこともありますよ来幸先輩! まだゲームは始まったばかりです!」

「ええ、そうですね」

 

 二人の言葉に平然とそう返しているが内心動揺しているのがわかる。

 

 ごめんね。一禍ちゃん。

 わたし、確かに一禍ちゃんの諦めない所は好きだけど、それでもお兄様の側には、一禍ちゃんみたいな人は相応しくないと思うんだ。

 だって、お兄様の側にいるべき存在は、お兄様のヒロインになるべきなのは、妹であるわたし、ただ一人なんだから。

 

 だから、ここでわたしが徹底的に叩き潰してあげるよ。

 

「じゃあ、いっくよ~!」

 

 わたしは振ったサイコロに風魔法でイカサマをして六の数字を出させた。

 天才であるわたしなら、誰にも気付かれないような、小さな風を操って出目を変えることくらい造作も無いんだ。

 

「やった! 炎属性の魔剣ゲット!」

 

 焦りで歪む一禍ちゃんの顔を見て、わたしも内心で笑みを浮かべる。

 どれだけ頑張っても無駄だよ?

 一禍ちゃんはわたしには絶対勝てないんだから。

 

 これで、お兄様の初めてのデートは、わたしのものだね!

 

☆☆☆

 

 ゲームは進み最終局面まで来ていた。

 これまでの順位は一位がわたし、二位がミリー、三位がお兄様、四位が一禍ちゃんとなっている。

 

「レシリアは次でもうゴールか……強いな……」

「そうですね。聖女には運が良くなる効果でもあるのかな?」

 

 お兄様が感心したようにいい、ミリーがそう首を傾げて言う。

 

「……」

 

 一方で一禍ちゃんは既に言葉もない状況だ。

 まあ、それも仕方ないかな。

 どう足掻いてもここから逆転は無理なのだから。

 

「――行きます」

 

 意を決した一禍ちゃんはダイスを振るった。

 わたしはそれを風魔法で操作する。

 出目は一で決まり、わたしの勝利は確定した。

 

 お兄様と何処に行こうかな~。

 ショップで衣装の着せ替えをするのもいいし、王都の美味しいレストランとかで食事とか、最近出来たっていうアトラクションを見に行くのも――。

 

「出目は五ですね」

「え?」

 

 わたしは一禍ちゃんが言ったその一言で、楽しい妄想から現実に引き戻される。

 一禍ちゃんの手元にあるサイコロを見ると、確かに出目は五となっていた。

 

 そんな、あり得ないよ!?

 だって、わたしはちゃんと一にしたはずなのに!?

 

 よくよく目をこらしてそのサイコロを見る。

 すると、一瞬サイコロの黒い穴がブレたように見えた。

 わたしがそれに気付いた瞬間、一禍ちゃんはサイコロを回収して、出目をわからなくすることで証拠を隠滅する。

 

 こいつ――! 闇魔法で出目を変えたんだ!

 

「い――」

 

 わたしはその事に気付いて思わず叫びそうになった。

 だが、慌ててそれを取りやめた。

 

 イカサマをしていたのはわたしも同じだ。

 既にサイコロが回収されてしまっているから、先程見た黒い闇魔法によって穴を増やした事による出目の変更を、一禍ちゃんに問い詰めることも出来ない。

 

「それでは五マス進めますね」

 

 わたしに見えるように、にやりと笑った一禍ちゃんは、わざとらしく、一つずつゆっくりとマス目を進めて行く。

 その先にあるマスを見て、わたしの顔が真っ青なった。

 

「五マス目、マスの効果は――『大逆転! 一位の人と資産と位置を交換する』とのことみたいですよ? レシリア様?」

「あ、あ……」

「では、変えさせて頂きますね」

 

 わたしの見る前で、わたしの駒と一禍ちゃんの駒が入れ替わる。

 わたしは最下位に、そして一禍ちゃんは一位となって、ゴール直前に移動した。

 

 こいつは! このタイミングを狙っていたんだ!

 だからこそ、今までも闇魔法でイカサマ出来たのに、あえてそれを隠して、わたしの風魔法で、嬲られている振りをし続けていたんだ!

 

「レシリア。ショックなのはわかるが順番だぞ?」

「あ、はい。お兄様……」

 

 わたしはサイコロを振るが何が出たところで何の意味もない。

 その後も粛々とサイコロは振られ続け、そして一禍ちゃんの次のターンで。

 

「また五ですね。どちらにしろ、これで上がりです」

 

 一禍ちゃんは満面の笑みでそれを宣言した。

 そんな一禍ちゃんをお兄様とミリーが称える。

 

「いや~。見事な逆転だった!」

「さすが、来幸先輩ですね!」

「ありがとうございます」

 

 二人の称賛に礼を言う一禍ちゃん。

 そしてふと一禍ちゃんはこちらに目を向けると、頭を撫でられている時に、わたしが一禍ちゃんにしたように、わざとらしく至福の表情をわたしに向けてきた。

 

 それを見ていたら目に涙が浮かび始めてきた。

 

 あの称賛をお兄様から受けるのはわたしだったはずなのに!

 お兄様のデートを勝ち取るのはわたしだったはずなのに!

 あそこで勝ち誇っていたのはわたしだったはずなのに!

 

 お兄様に愛されもしない女なんかに!

 このわたしが――負けた!!

 お兄様の初めてが奪われた!!!

 

 それを実感すると涙が止まらないほどあふれ出してきた。

 わたしはお兄様に頭から抱きついてその涙を隠す。

 

「うぇえええん! 来幸お姉さんにいじめられた~!!」

「いじめられたって……確かに酷い逆転のされ方だったけど、勝負は時の運っていうし、仕方のないことたぞ?」

「うわぁあああん!!」

「あー。よしよし」

 

 お兄様は子供相手に理論的に説明してもしょうがないと思ったのか、泣いているわたしをただただあやしてくれる方向にシフトしていた。

 

 わたしはお兄様に包まれて慰めながら決意する。

 

 今日はずっとこのままお兄様に慰めて貰う!

 そして明日からは絶対に一禍ちゃんなんかに負けない!

 

 お兄様のヒロインになるのは何があろうともこのわたしなんだ!!

 




主人公の見知らぬ所でわからされる妹――まさしくエロゲですね。


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デート練習

 

 レシリアが泣き疲れて寝てしまった後、レシリアを別荘に新しく作ったレシリアの部屋に寝かせて、俺は自室へと戻っていた。

 

「来幸、ミリー。今日はレシリアに付き合ってくれてありがとうな」

「はい」

「フレイ様と違って、レシリア様は良い子だから、お礼を言う必要はないです」

 

 相変わらずなミリーの辛辣さに苦笑しながら俺は二人を下がらせた。

 ミリーはそのまま仕事を終えて自室へと戻ったが、来幸はその場に残って何かを言いたそうにしている。

 

「あの、フレイ様……賞品のデートの権利についてですが……」

「ああ、遊びの事とはいえ、約束はちゃんと守るよ」

 

 俺は来幸の疑問にそう答えた。

 来幸はそれを受けてほっとしたような表情をする。

 

「ま、例えレシリアが勝っていたとしても、来幸とデートに行っただろうけどな」

「――っ! それは――」

「来幸は大切な協力者だからな。練習するなら来幸との方が良い」

「……まったく、フレイ様は……そういう所ですよ?」

「? そういう所?」

 

 ただの事実を言っただけだと思うんだが……。

 何処に、そういう所ですよ、と言われる要素があった?

 

「もう、良いです。……デート楽しみにしています。プランはお任せしても?」

 

 仕方の無い人だと言うように微笑みながら来幸がそう言う。

 それに対して俺は胸を張った。

 

「俺に任せておけ! 最高のデートプランを用意して見せるよ!」

 

 俺は自信を持ってそう答えた。

 

☆☆☆

 

 デートの約束の日になった。

 私は今日の為に精一杯のおめかしをして、何時ものメイド服と違い、清楚なワンピース姿でフレイ様が来るのを待っていた。

 

「少し早く来すぎましたか……?」

 

 デートの状況を再現するために、同じ家に住んでいるが、今日は順番に家を出てくることにしていた。

 私が先に出て、待ち合わせ場所で待ち、そこにフレイ様が来る形だ。

 

 別に早く出ても意味がないのに、デートにワクワクしていた私は、予定よりも早く出て、待ち合わせ場所で待ってしまったのだ。

 

「ねえ、そこの君。もしかして一人?」

 

 しばらく待っているとチャラチャラとした男達が私に向かってやってきた。

 

「人を待っています」

「へぇ~。そうなんだ? じゃさ、待ち時間の間に俺達とどっかに行かない?」

「お断りします」

「そんなこと言わないでさ!」

 

 そう言ってその男達は私の腕を掴んできた。

 

「止めてください!」

 

 私はそう言ってその腕を引き剥がそうとする。

 その拍子に帽子が揺れ、私の髪の毛が晒されてしまった。

 

「なんだ。此奴忌み子じゃん!」

「じゃあ、わざわざ断りを入れる必要なんてないよな!」

 

 そう言って男達はニヤニヤと笑った。

 もういっそ、闇魔法で廃人にしてしまおうか。

 私がそう考えたその時、男達の後ろから声がかかった。

 

「おい、俺の連れに何してるんだ」

「あん? お前誰だよ? この忌み子の彼氏? 趣味わりーやつだな」

「まったくだぜ!」

 

 そう言って男達は笑う。

 フレイ様は、心底愚かなものを見たように、呆れてため息を一つ吐いた。

 

「そう思うなら勝手にしろ、行くぞ来幸」

「はい、フレイ様」

 

 フレイ様は男達を無視して進もうとする。

 それが気に入らなかったのか、男達はフレイ様に対して殴り掛かってきた。

 

「てめぇ! 無視するんじゃねえ!」

 

 フレイ様はそのパンチを躱すと、そのままカウンターを男の腹に叩き込んだ。

 

「がぁ!」

「兄貴! てめぇ!」

 

 男が痛みに呻いているのを見て、他の男達が殴り掛かるが、その全てをフレイ様が叩き潰して、地べたへと這いつくばらせた。

 

「悪口くらいなら気にしなかったが、手を出すのは一線を越えているな」

「て、てめぇ……」

 

 フレイ様は男達を冷たい目で見下ろしながらそう言う。

 

「俺は悪は許さないことにしているんだ。じゃないとこんな世界じゃ舐められることになるからな。まあ、それは抜きにしても――」

 

 そう言うとフレイ様はリーダー格の男を触った。

 

「良い気分で始まったお出かけを、最初の一歩で潰されて、ちょっとぶち切れてるんだ。だから、ゴミはゴミ箱に捨てさせて貰うな?」

 

 そう言うとフレイ様と男は消えて、直ぐにフレイ様だけが帰ってくる。

 それを見て、男の仲間達が叫んだ。

 

「あ、兄貴を何処にやった!?」

「言っただろう? ゴミ箱だよ。安心しろ、お前達も同じ所に送ってやる」

「ひぃ! や、やめろ~!!!」

 

 次々と消えていく男達。

 やがてその場には、フレイ様以外の存在がいなくなった。

 

「っと、待たせて悪かった来幸」

「いえ、フレイ様、ありがとうございます」

 

 私はフレイ様に恋愛小説のように助けて貰ったことで、喜びで思わず胸を躍らせながら、フレイ様にそうお礼を言う。

 

「あ、それ」

「? 何ですか?」

「今日はフレイ様は禁止。デートの練習なんだから、呼び捨てで頼む」

「え――」

 

 フレイ様からそう言われて私は戸惑った。

 だって、フレイ様はフレイ様なのだ……それ以外の呼び方なんて……。

 

「ふ、フレイ……君」

 

 私は精一杯呼び捨てにしようとしたがそれが限界だった。

 そんな私を見て、フレイ様は仕方ないと言った感じで苦笑する。

 

「じゃ、それで」

「わかりました。フレイさ……君」

「よし、取り敢えず、最初の店に行こうか」

 

 そう言ってフレイ様は私の手を握った。

 私はドキドキする心を抑えながら、その手を握り返して進む。

 

 フレイ様にとってはこれはただの練習なのかも知れない。

 だけど、私に取っては間違いなくフレイ様とのデートなのだ。

 私はこのデートを一生の宝物にするように楽しむつもりだ。

 

☆☆☆

 

 始めにやって来たのは王都の雑貨屋さんだった。

 そこに入った私達は一緒に店内を物色する。

 

「来幸の黒い髪にはこの赤い髪留めとか似合うんじゃないか?」

 

 フレイ様はそう言って手に持った髪留めを渡してくれる。

 わたしはそれを自らの髪に寄せて鏡で見てみた。

 

「確かにそうかも知れません」

「じゃ、まずはこれにしようか」

「いいんですか?」

「デートだからね。俺からのプレゼントだ」

 

 そう言うとフレイ様はその髪留めを手に取る。

 そして私に対して言った。

 

「他に欲しい物とかあるか?」

「そうですね……」

 

 私は雑貨屋の商品を見回していると銀色のアクセサリーが目に入る。

 

「あの……これ……」

「そのアクセサリーか?」

「はい、フレイ様の髪の色と同じなので」

「俺っていうかシーザック家の人間はだいたい銀髪だけどな。まあ、そこを考えれば、こう言うシルバーのアクセサリーもありか、黒には銀が合うとも言うしな」

 

 フレイ様はそう言うとそのアクセサリーを手に取る。

 

「先程から黒に似合うかを気にしてますけど、そこまで気にすることですか?」

 

 私は思わずフレイ様にそう聞いてしまった。

 

「それはそうだよ。来幸のためのアクセサリーなんだ。来幸らしさが活かされるようなものじゃなければ意味がない」

 

 フレイ様はそれだけ言うと、シルバーのネックレスを私の首にさげた。

 

「うん。似合うな」

 

 フレイ様は、ネックレスを付けた私を見て、満足そうに頷いた。

 私はフレイ様に着飾った所を見られて、恥ずかしさで顔が赤くなる。

 

「来幸の黒髪は幸せを呼ぶ黒髪だ。俺がそう決めてそう名付けた。だからこそ、さっきの男達のような雑音は聞き流して、黒髪を好きなように見せびらかして、似合うアクセサリーで着飾れば良いんだ」

 

 フレイ様は優しい声で心配ないとそう言ってくれる。

 

「ただ、自分と……俺を信じて堂々としていれば良いんだよ」

「はい……!」

 

 私は感極まって、ただそれだけを答えた。

 そうしている間に、フレイ様は黒い髪留めを手に取った。

 

「それは……?」

 

 私が疑問に持ってフレイ様に聞くと、フレイ様は笑って答える。

 

「デートなのに来幸の分だけを買うのも違うだろう? これは俺の分だ」

 

 そう言うとフレイ様は長髪をその黒い髪留めで纏めてポニーテールした。

 

「さっきも言ったが、黒には銀が合うからな、それは逆でも同じ事だ。……男がポニーテールってのは似合わないかも知れないが、案外イメチェンとしては悪くないものだろう?」

「はい! 似合っています! フレイ……君!」

 

 私は新たなフレイ様の姿を最初に見られたことに喜びを感じる。

 そうして私達はアクセサリーの購入を終えると、次の目的地へと向かった。

 

☆☆☆

 

「ここが噂のお化け屋敷ですか……」

「何でも、最近出来たアトラクションらしいな」

 

 私とフレイ様は、おどろおどろしい雰囲気がある屋敷を見ながらそう口にする。

 すると、受付役と思われる女性が私達の前にやってきた。

 

「あら~。カップルさんですか?」

「え? ちが……いや、はい」

 

 唐突に話しかけられてフレイ様がそう答える。

 素直にカップルじゃないと答えようとして、今日は練習としてのデートだから、カップルとして過ごそうと考えたのか、言い直したみたいだった。

 

 例え偽りであろうとも、フレイ様の恋人に見られて、そしてフレイ様自身からそう扱われて、嬉しさのあまり、思わず私の顔がほころんでしまう。

 そんな私の顔を見て受付の女性は笑顔を見せた。

 

「初々しいですね~。私にもこんな頃があったな……」

 

 過去を懐かしむようにそう言った女性は、気を取り直して言う。

 

「……と、お客様ですし、まずはこの屋敷の説明をしないとですね!」

 

 そう言うと受付の女性は紙を手渡してくる。

 

「ここはトリックスターのジョブ持ちが集まって作った最新式のアトラクションが楽しめる特別な屋敷です! トリックスターのスキルである幻術を使用して、本物そっくりのお化けが出てくる恐怖の屋敷を体験することが出来ます!」

 

 そう言って受付の女性は、手渡した紙の丸が付いた場所を指差した。

 

「ここが屋敷のゴールとなっていますので、紙に記されたルート通りに進んで、ゴールを目指してください! もし、お化けが怖すぎてダメとなったら、ギブアップと叫べば係の人間が助けに行くので安心して良いですよ!」

「なるほど……。わかりました」

 

 フレイ様がそう言うと受付の女性は納得した表情を見せる。

 

「では、どうぞ、楽しんで言ってください」

 

 私達は受付の女性の言葉に従って屋敷の中に入った。

 

☆☆☆

 

「雰囲気があるな……」

 

 屋敷に入ったフレイ様がぽつりと思わず呟く。

 確かにフレイ様の言う通りだ。

 トリックスターのジョブ持ちの人が幻術でお化けを演出するだけではなく、屋敷にある幻術でない各小物も、かなり精巧に恐怖を呼び起こす見た目に作られている。

 

「そうですね。少し、怖いです」

 

 私はそう言ってフレイ様に近寄った。

 

 正直に言えばそれほど怖くはない。

 私はそんな事よりも、お化けの登場に合わせて、どうやって自然に、フレイ様に抱きつこうかと、その事で頭がいっぱいだったからだ。

 

 フレイ様の協力者、側に仕える完璧なメイド、そう言った立場を選んだ私は、フレイ様に甘えるということをすることはなくなった。

 フレイ様の側に居続ける為に自分で選んだ道だが、それでも昔のようにフレイ様に甘えたいという気持ちは残っている。

 だからこそ、お化けに恐怖したというていで、フレイ様に全力で甘えることが出来るタイミングを待っていたのだ。

 

 そうやって何も起こらないまま歩いていると、唐突に「うらめしや~!」と言う言葉とともに、お化けのような存在が現れた。

 私はフレイ様に抱きつこうとして……それよりも早く、フレイ様が私を抱きかかえるようにして、自らの元に引っ張った。

 

「怖っ!? 何だこれ!? ゲームで見たのと全然違うぞ!?」

 

 そう言ってフレイ様は全力で抱擁する。

 それを受けて私の心臓がトクトクと大きな音で鳴り始める。

 

「いや、グラフィックが全然違うけどさ……。 うわ!? 今度は何だ!?」

 

 フレイ様はお化けを怖がっているのか、私を守るように抱きかかえながら、周囲を必死に警戒して移動する。

 私がそんなフレイ様を見ると、フレイ様は冷や汗を流しながら言った。

 

「だ、大丈夫だ! 俺は怖がってないぞ!? だから気にしなくていい、お前のこともしっかりと守るからな!?」

 

 震えながらそう言うフレイ様。

 そしてそのフレイ様の様子を見て、更に私の胸は高鳴った。

 

 ああ、私は今フレイ様に守られてる……。

 初めて出会った頃の事を思い出す。

 

 協力者でも、完璧メイドでもない、ただの少女として、フレイ様に拾われて、そして守られていたあの頃。

 フレイ様に惚れる他の女に嫉妬し、排除して回るような、覚悟の決まった私になる前の、か弱く純粋だった頃の私の気持ちを思い出したのだ。

 だからこそ、私は思う。

 

 今日はこのまま……ただの来幸として、フレイ様に恋する普通の少女として、フレイ様とこのデートを楽しみたい……。

 

 私はそう考えると、それまでフレイ様をどう堕としに行くか、と考えていた卑しい自分を捨てて、普通の少女のように、ただ流れに任せることにした。

 出てくるお化けに素直に怖がりながら、フレイ様に抱きつき、そしてそのしっかりとした体を堪能して、共にこの屋敷を攻略していく。

 やがて、私達にはお化け屋敷だというのに、それを楽しむ笑顔が現れ始め、私はフレイ様の恋人という立場を精一杯堪能してお化け屋敷を攻略した。

 

☆☆☆

 

 お化け屋敷が終わって、夕食時になった私達は、フレイ様の案内でレストランに向かって歩いて行っていた。

 

「あった! ここだ、ここ。美味しいって有名なレストランらしい」

 

 そう言ってようやく辿り着いた店を見てフレイ様がそう言う。

 そして、フレイ様は中に入ろうとして、張り紙に気付き、驚いて声を上げた。

 

「っは!? 定休日……? 何で!?」

 

 慌てたフレイ様は何度も張り紙を見て、店の中を覗き込む。

 だが、どう見ても営業しているようには見えなかった。

 

「ば、馬鹿な……。洒落た店でショッピングをして、お化け屋敷を楽しみ、最後は雰囲気のいいレストランで締めるという……俺の完璧なデートプランが……!?」

 

 私はそんなフレイ様を見て、思わず笑ってしまう。

 

「ぷっ、ふふふふ」

「来幸! これはだな……!」

 

 そんな私に気付いたのか、フレイ様は必死で自己弁論をしようとしていた。

 私はそれを止めて、フレイ様に言う。

 

「私で練習をしておいて、良かったですね! フレイ君!」

 

 私はそう笑顔を見せながらフレイ様に言った。

 

 ああ、今日はただの少女の来幸として、フレイ様とのデートを楽しむつもりだったと言うのに……本当にこの人は、私がしっかりと側で支えて上げないと、ダメな人なんだからと、愛おしい者を見るような目でフレイ様を見た。

 

「私の方で良いレストランを調べてあるのでそちらに行きましょう」

「はい……。すまん、来幸……」

 

 私のその申し出にフレイ様は素直に従った。

 私はそんなフレイ様に言う。

 

「良いんですよ。私はフレイ君の事を何でも知っていて、常に側で支え続ける……フレイ様の完璧なメイドなのですから」

 

 そう言って私達は、私が見つけたレストランで食事を取った。

 その楽しい時間の中で私は思う。

 

 私は、今の協力者や完璧メイドとしての私の幸せも、昔のただの恋する少女としての私の幸せも、どちらの幸せも取り逃すつもりはない。

 

 だって、フレイ様が言ったのだ。

 自分の従者にしたからには、私を不幸せにするつもりはないと、私を幸せにしてくれると、私はそのフレイ様のその言葉を信じている。

 

 だからこそ、私は幸せにならなければいけない。

 そうでなければおかしいのだ。

 

 私は、絶対にフレイ様を私のものにして、フレイ様のヒロインになることで、今の私も、過去の私も、どちらも満たされるような幸せな日々を送ってみせる。

 

 もしかしたら、その過程でフレイ様が不幸になってしまうかも知れない。

 望んだ恋愛が出来ずに絶望してしまうかも知れない。

 

 だけど、安心して欲しい。

 例え少しの不幸せがあったとしても、それを忘れさせるような大きな幸せを、どんな手を使っても、私がフレイ様に与えて見せる。

 

 だって、私は幸せを呼ぶ、来幸なのだから。

 フレイ様がそう名付けてくれたのだから。

 この尽きない私の愛だけが、フレイ様を幸せにすることが出来るのだ。

 

 そして私は同時に思う。

 フレイ様を手にすることが出来るその日は案外近いのかも知れないと。

 

 フレイ様がユーナの師匠となったことを知り、急いで集めたユーナ周りの情報――それとフレイ様から教えられたゲーム知識を合わせれば、とある推論が成り立つ。

 もし、その推論が正しいのなら――全ての状況は逆転する。

 

 もはや、ユーナの登場に焦ることも、それに対して必死で何かを行動する必要もない、私は側でただただ待ち続ければいい。

 フレイ様が心を折られ……私の手に墜ちるその時を。

 




 ゲーム知識という圧倒的なアドバンテージ。
 協力者という立場だからこそ得られたそれで、主人公よりそれを使いこなしている来幸は、先にとある推論に辿り着きました。


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現実逃避

 

「デートの練習も済んだ。そしてユーナとデートの約束も取り付けた。まさに万事順調、順風満帆! 人生の絶頂期って感じだな!」

 

 俺はそんな風に呟き、鼻歌を歌いながら歩いていく。

 そんな中で、ふと工芸室の方から何かを話す声が聞こえた。

 

「……? 何だ? 話し声……? っ!? まさかキッカイベントか!?」

 

 俺はその可能性に気付くと直ぐさま、気付かれないように工芸室の窓に忍び寄り、そして中の音に耳を澄ませながら覗き込んだ。

 そこではゲームと同じように、下は何も付けず、上はボタンの取れたワイシャツを着ただけの姿のまま、誰かに向かってキッカが全裸土下座をしていた。

 

 相手は何処の男だ……?

 

 このままでは、鬼畜アレクのように、その男によって、多くの女性がレイプされることになってしまうかも知れない。

 俺はそれを絶対に防ぐという決意を元に、その相手を確認しようとした。

 

 そしてそこで見たのは――。

 

「メジーナ? それにサラやナタリアもいる」

 

 そこにいたのは男ではなく、銀仮面ファンクラブの女性陣だった。

 ナタリアがキッカを逃さないように工芸室の入口を塞ぎ、サラがこちらからはよく見えないが何かを抱きかかえて、そしてメジーナがキッカと相対している。

 

「これはどう言うことですか? 神聖な学校で貴方は何をしてるんですか?」

「……デュ、デュフフ……ご、ごめんなさい。何でもするから、見なかったことにしてください……」

「何でも……?」

 

 まさにキッカイベントで起こっていたようなやり取りがなされる。

 俺は感心した様子で思わずそれに見入ってしまった。

 

「完全に俺の行動が関係しない所でも、イベントが発生するようになったか……」

 

 これまでのイベントの乗っ取りは基本的に俺か、あるいはクレアの時のように、俺の情報を元に誰かが動いた時だけだった。

 だが、このキッカイベントは完全に俺がいない状況から始まっている。

 

 これまで時期や状況が変わっていたイベントは、ついに主人公でもゲーム知識のある転生者でもない、完全な第三者でも起こせるようなものになったのだ。

 

「まあ、メジーナ達は攻略対象だから、完全なモブではないけどな……。それにしても、メジーナが糾弾側ということは、まさかの百合展開なのか!?」

 

 俺は思わず期待に胸を膨らませながら中を覗き込む。

 

 俺は百合物は嫌いじゃない。

 むしろ、百合系は同性同士の恋愛だからか、普通の男女の恋愛物より、お互いじゃなければダメだという執着が強い物が多く、俺みたいな純愛が大好きな人間からして見れば、面白く見られる作品が多くて好きなのだ。

 

「禁断の恋……メジーナ、キッカ、俺はお前達のことを応援するぞ!」

 

 俺はそう言って、もっと中を覗き込む。メジーナが糾弾していると言う事は、サラが持っている等身大人形はメジーナのはずだ。

 メジーナの裸はゲームや夢世界で散々目撃したが、百合相手が作った等身大人形からではないと接種できない、エロさと言う名の栄養素もある。

 折角だからそれを目撃しようと思って――、サラがキッカに見せつけるように位置を変えたことで、全身が目に入るようになったその等身大人形を見て、俺は思わず間抜けな声を出した。

 

「はっ? 俺???」

 

 そこにいた人形は、聖女の家系特有の銀の髪を持ち、がっしりとした肉体を持った男――すなわち、俺こと、フレイ・フォン・シーザックの姿をしていたのだ。

 

「なんで? えっ? どうして俺が!?」

 

 状況が理解出来ず俺は思わず唖然とつぶやき続ける。

 

 何度見ても俺だ。

 しかも完成度がすこぶる高い。

 風呂場の鏡で見る俺の全身とキッカの等身大人形はそっくりだ。

 

 何より――。

 

「あんな所まで本物そっくりとか……」

 

 キッカが使用した後だからだろうか。

 テラテラと謎の粘った液体で光る等身大人形の逸物。

 それはまさに戦闘状態の俺のものとほぼ同じだった。

 

 その事実に俺は思わず恐怖で寒気が全身を襲う。

 

「ど、どうして……どうやって俺のサイズを知った……? 何処で見られた……? まさか着替えやトイレの時に覗かれていたのか……? それにしたって、あの状態のものは、そう簡単には見られないはずだろ……?」

 

 ゲームではアレクをストーカーして調べ上げたとしか書かれていなかった。

 だからこそ、キッカがどうやって俺のそれを知ったのかわからない。

 

 自分が気付けない方法で、誰にも見せていないような自分の秘所に関する情報が、ストーカーであるキッカに知られてしまっている。

 自分のプライベートが無くなったかのようなその状況に、俺は思わず目の前が真っ暗になるような気持ちを感じた。

 

「何でも、と言いましたね? では作ってください」

「デュフ……つ、作れって……?」

 

 そう言ってキッカは等身大フレイ像へと目を向けた。

 

「こ、こう言う……大人の玩具?」

「違います。銀仮面様のファンアイテムです」

 

 キッカの言葉をメジーナは切って捨てた。

 そして、困惑するキッカに説明する。

 

「この等身大人形はよく出来ています。私は殿方のそこを見たことはありませんが……この人形のそれはフレイ君にそっくりなものになっているのでしょう」

 

 そう言ってメジーナは等身大フレイ像の逸物を触って、そしてそこにべっとりと付いていた粘り気を持ったキッカが出した分泌物が、メジーナの手に付いた。

 

 やめて~!!

 俺そっくりの人形のそれを触らないで~!!!!!

 

 俺のそんな嘆きも無視して、彼女は手に付いた液体を、嫌そうに眉を寄せながら、ハンカチで拭き取ると、何事もなかったかのようにキッカに言う。

 

「しかし、貴方はフレイ君のこれしか知らない。私達の誰もが見たことがない銀仮面様のそれを貴方が再現することは出来ない」

 

 そしてメジーナは普段と変わらないような真面目な様子で言う。

 

「女のそこは使うと形が変わるという話もあります。本当かどうかは知りませんが……フレイ君のそれを使うことでフレイ君の形に変わってしまう可能性がある」

 

 この人達は真面目な顔で何を言ってるの?

 メジーナだけじゃなくて、カタリナもサラも何で頷いているの?

 

「銀仮面様を見つけ、そしていつかそのお情けを頂いた時、他の男の形に変わったそれを見せるなど……私にはとても出来ません! だから、貴方の作るそれは、私達に取っては不要なものなのです!」

 

 そう決め台詞を放つように言うメジーナ。

 それにキッカは何故か「はは~」と平伏していた。

 

 あ、頭痛てぇ……。

 何なんだこの状況は……。

 

 一応、銀仮面=俺だから、別にキッカが作ったそれを使用しても、銀仮面以外の男の形に変わる訳ではないのだが、当たり前だが、わざわざそんな事を指摘する気にもならず、俺はただ黙ってその話の行く末を見守る。

 

「じゃ、じゃあ、小さな人形とかを作ればいいんですか……? でも、キッカはその銀仮面という方を見たこともないですぅ……」

 

 キッカがメジーナに向かってそう言う。

 優れた工芸士であるキッカでも、想像で作るのには限界があるのだ。

 

 キッカの前では銀仮面になったことはないからな……。

 まあ、良かった。

 取り敢えずこれで、銀仮面のファンアイテムの作成なんてことは、達成出来ずに終わりそうか。

 

 俺がそう思って安心していると、メジーナが言う。

 

「それなら、心配ありません。私が目で見た情報だけなら、夢世界で銀仮面様を完全再現することが出来ますから」

「ゆ、夢世界……?」

 

 夢世界ってお前! めっちゃ悪用しようとしてるじゃねーか!?

 

 俺は思わずそう突っ込みそうになった。

 優等生だから悪用はしないと信用していたのに、記憶を抽出して銀仮面を再現するという俺に取って最悪な方法で、夢世界が悪用されそうになっていた。

 

「ともかく、貴方には銀仮面ファンクラブに入って活動して貰います。……それで、いいですね?」

「は、はいぃ~! キッカは銀仮面ファンクラブに入りますぅ~!」

 

 選択肢のないキッカは、メジーナの圧を受けて、そう了承した。

 俺はそれを見て、静かにその場から離れ始める。

 

「あと、大きな人形も作って貰います」

「へ? なんで!?」

「目で見える部分……手などは完全再現出来ますから、幾らでも使いようが……」

 

 俺はまだ何かを喋っているメジーナ達を無視してその場から駆け足で離れた。

 そして、何も聞こえなくなった所で、全てを忘れるように呟く。

 

「俺は何も見ていなかった。今日ここでは何もなかった。キッカイベントなんて起こらなかったし、銀仮面ファンクラブがそれを利用することもなかった」

 

 自己暗示するように自分にそう言い聞かせる。

 

 あの様子ならキッカがメジーナ達と一緒に、モブ女子をレイプしていくという事も無いだろうし、俺が全てを忘れてしまえば上手く収まるんだ。

 

 俺はそう現実逃避するように考える。

 

 そう、俺は、キッカが俺の逸物をストーカーして知っていた事も、銀仮面ファンクラブが頭のおかしなことを言っていたことも、全て忘れることにした。

 

「さ~て、明日のデート楽しみだなぁ……」

 

 俺は何もかもを忘れて、ただ逃げるようにその場を去った。

 



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デート

 

 そしてデート当日。

 俺はうきうきとした気持ちで屋敷を出た。

 

 昨日は滅茶苦茶気分が落ち込んで、常にいるはずもない視線に怯えていたような気もするが、一日も経てばある程度割り切れる。

 何よりもデートがあるということが、俺に無限の勇気を与えていた。

 

「人を待っているんです! やめてください!」

 

 待ち合わせ場所に向かっていると、そう言うユーナの声が聞こえた。

 俺が急いで駆け寄ると、そこではこの間見た光景が再現されていた。

 

「また、此奴らか……」

 

 来幸とデートした時に、来幸に絡んでいた男達。

 攻略対象とのデートイベントの時に、必ずと言って良いほどに現れて、主人公達のデートを妨害してくる、お邪魔虫役の存在が現れたのだ。

 

「前回、あれだけいたぶったのに、性懲りもなく、また現れるとか……イベントの強制力が凄いと言うべきか、馬鹿は治らないと言うべきなのか……」

 

 俺はそんなことを言いながらも、其奴らに近づいて声を掛けた。

 

「俺の連れに何かようか」

「ああん? なんだテメ――、って、テメーは!?」

「あ、兄貴! この間の奴っすよ!」

「ち! 此奴もお前の女かよ! お前達行くぞ!」

 

 そう言って男達は去って行った。

 それを見てユーナがキラキラした目で俺を見る。

 

「話しかけただけで追い払うなんて、さすが師匠です!」

「まあな」

 

 ユーナにおだてられて得意げになった俺はそう勝ち誇る。

 だが、続けて放たれたユーナの一言が、俺を硬直させる。

 

「でも、此奴もお前の女かよ……ってどう言う意味ですか?」

「さ、さあな……? あんな奴らが言うことを真に受けるな。ともかく街巡りを始めようじゃないか」

「ふ~ん……。まあ、行きましょうか」

 

 そう言ったユーナが俺の後を追って歩き出す。

 

 練習はばっちり! 最初に向かうのはアクセサリーショップだ!

 

☆☆☆

 

 アクセサリーショップについた俺達はアクセサリーを見ていた。

 

 デートをするなら訪れたい場所だと以前から思っていたこの店は、様々なアクセサリーを取り扱っており、俺の考え通りにデートに最適な場所だった。

 

 こうやって恋人とアクセサリーを見て、お互いにプレゼントする……的なことを、前世の頃からやってみたいと思っていたんだよな……。

 

 俺は確かな満足感を得ながらも商品を見ていく。

 だが、前回来幸と来た時に、あらかた商品を見てしまっているため、何処に何があるかわかっており、直ぐに手持ち無沙汰になってしまった。

 

 練習が悪い方向に働いたか……?

 

 思わずそんなことを思いながらも、ユーナの見ている物を見る。

 ユーナは銀の腕輪に目を奪われているようだった。

 

「それが気に入ったのか?」

「え? は、はい! これ師匠みたいな銀色で、良いものだな~、と」

「そうか、それじゃあ、それを買うか」

「いいんですか?」

「ああ、今日は俺の奢りだ」

 

 今回の街巡りは俺的にはデートだが、まだユーナとは恋人になっていないため、社会勉強の為の街巡りだということになっている。

 だから、俺は来幸の時のようにデートだから俺が買うとは言わずに、純粋に今日の催しは俺の奢りだと伝えて商品を購入しようとしたのだ。

 

 銀の腕輪を二つ手に取った俺を見て、ユーナが何か思いついたように言った。

 

「そうだ! 師匠も同じものを買いませんか?」

「師弟で同じものを付けるってことか?」

 

 ユーナの言葉に、思わず問い返した俺に、ユーナは答える。

 

「はい! 道場の一門は同じ服を着たりするって言うじゃないですか! それみたいにわたしと師匠もお揃いの何かを付けてみたいなって! ……ダメですか?」

「いや、構わないぞ。確かにそういうのがあった方が師弟感あるもんな……」

 

 そう言って俺は銀の腕輪を手に取った。

 その時にユーナが「あっ」と何かに気づいたように言う。

 

「そう言えば師匠は腕輪をもう付けてるんでしたっけ?」

「ああ、左腕に空蝉の羅針盤を付けてはいるな」

 

 俺はそう言って自分の左腕をユーナに見せた。

 そこには俺が愛用している魔道具である空蝉の羅針盤がある。

 

「転移するときに使用している魔道具ですよね? 師匠は他にも魔道具を付けていたりとかするんですか?」

「そうだな。俺はそこそこ魔道具を持っているが、日常的に付けているのは、空蝉の羅針盤を除けば、この指輪二つとイヤリングだな」

 

 そう言って俺は片手の人差し指と中指に嵌めた指輪を見せる。

 

「この指輪は耐状態異常リングと環境適応リングだ。その名の通り、状態異常に対する耐性を付与するのと、環境に対する耐性を付与するものだ」

「環境に対する耐性ですか?」

 

 よく分からないという風にユーナがそう言うので、確かにこの言葉だけだとわからないよなと苦笑し、俺は師匠として説明を始める。

 

「標高が高い山の上に行くと気圧で体調を崩したり、砂漠や火山だと熱気でやられたり、豪雪地帯だと寒さにやられたりするだろ? 加えて人は水の中では息が出来ないから、直ぐに溺れ死んでしまう……これはそう言ったものを防ぐ効果があるんだ」

 

 言ってしまえば、モン○ンのクー○ードリンクなどのようなものだ。

 過酷な環境での戦闘や行動でキャラクターに入るダメージを防ぐ為の一品で、様々な土地を巡るこのゲームでは、面倒なら取り敢えず付けておけばいいと言えるような、とても便利なアイテムなのだ。

 

 性能の低い環境適応リングだと熱に対する耐性しかないが、イベントアイテムでもある俺が使用しているものは、パーティーメンバーの最大数である八個しか手に入らない代わりに、水の中だろうと空の上だろうと問題なく過ごすことが出来る、俺的にはかなり役に立つ代物だ。

 

「まあ、冒険者の必需品ってところだな。これがあるおかげで、冒険者達は火山とか危険な場所で活動できるってわけだ。あくまで環境への適応だけで、マグマとか直接的な脅威は防げないから、そこは注意する必要があるけどな」

「へぇ~凄いですね~」

 

 感心したようにユーナがそう言う。

 そんなユーナに、両耳に付けたイヤリングを見せた。

 

「それでこれが鷹の目のイヤリング。空から見下ろすように、別視点から周囲を視認することが出来るものだ。周囲の状況を把握するのに便利な物なんだよ」

 

 簡単に言えば、使用することで、三人称視点で周囲を見ることが出来るようになる魔道具だ。

 元々はとある攻略対象のルートクリア報酬であり、銀仮面としてその対象を救って確保した魔道具だ。

 これは俺に取ってかなり有用な魔道具で、銀仮面として手に入れたこれを、身バレのリスクを背負ってでも、フレイの時に使用するほど、使い勝手がいい物なのだ。

 

「まあ、俺が装備している魔道具は、ざっとこんな感じだな。勉強になったか?」

「はい!」

 

 ユーナの返事を聞いた俺は、銀の腕輪を、空蝉の羅針盤を付けていない方の腕に付けて、ユーナに見せた。

 

「俺は片腕に空蝉の羅針盤を付けているから、ユーナと同じ両方に付けるのは無理だが、それでも構わないか?」

 

 この腕は両方の腕に付けるタイプの腕輪だ。

 片方だけ別の腕輪を付けると、アンバランス感が目立つような作りになっている。

 

 出来るのなら片方だけ付けるという真似はしたくないが……。

 まあ、それでもいいか……。

 

 俺はそう思い直した。

 そもそも、俺は空蝉の羅針盤を見られないように、普段から腕輪が隠れるような服装を着ているため、おしゃれ的な面でおかしくても、そこまで気にならない。

 だから、師弟の絆を優先させて、腕輪を片腕に付けることにしたのだ。

 

「それでも構わないです!」

「よし、じゃあ、購入するか!」

 

 俺はペアとなっている腕輪を二つ購入し、片方を自らの腕に付けた。

 ユーナはそれを両方の腕に付けた。

 

「お揃いですね! 師匠!」

「そうだな」

 

 嬉しそうに笑うユーナの姿に自然と頬が綻ぶ。

 その後もショッピングは順調に進み、楽しい時間を過ごした俺達は、いよいよデートの本番とも言うべき、お化け屋敷へと向かった。

 

☆☆☆

 

「これが最近王都に出来たというアトラクションですか……」

 

 物珍しそうにユーナがそれを見る。

 

「そうだな。お化けが出てくる屋敷での冒険を楽しむものだ」

 

 このお化け屋敷はゲームの頃からあった攻略対象とのデートスポットだ。

 それぞれのキャラ毎に違った反応を見ることができ、恐怖から主人公に抱きついてしまうという展開から、特定のビビりなキャラなら、恐怖による失禁シーンなどの特定のフェチの為の展開も楽しむことが出来る場所だ。

 俺には失禁に対するフェチは別にないが、前世の頃からの経験で、デートスポットならやっぱりお化け屋敷でしょ! というイメージがあったので、ここをデートで使う対象として選んでいたのだ。

 

「おやおや~カップルさんですか? 初々しい……あれ?」

 

 俺達の元にやってきた受付の女性が、喋っていた言葉を止めて首を傾げる。

 それを見て俺は内心焦った。

 

 この人、この間、来幸と来た時に受付だった人だ!

 

 シフトとかあるだろうに、偶然にもタイミングが被ってしまったらしい。

 俺が思わず焦りで硬直する中で、受付の女性が言う。

 

「君ってこの間――いや、初めまして! ようこそ、私達のお化け屋敷へ!」

 

 さすが、プロ。

 直ぐにそれまで話そうとしていた失言に気付き、それを止めて俺と初めて会ったていで、会話を続けてくれた。

 俺はその事に感謝のアイコンタクトを送りつつ、以前来幸と共に受けた説明を聞いて、ユーナと共に屋敷の中に入った。

 

 そして屋敷の中を順調に俺達は進んでいく。

 ユーナがお化けをあまり怖がらなかったのは予想外だったが、これはこれで、冒険に出たパーティーが屋敷の探索を楽しんでる感が出ているのでありだろう。

 来幸と来た時は俺も醜態を晒したが、さすがに二回目となれば、このリアルなお化け達にも耐性が出来ると言うものだ。

 

 しっかりと練習しておいて良かった。

 

「ここだな」

 

 俺は隠されていた鍵を見つけ出す。

 そんな俺を見て、考え事をしていたユーナが言う。

 

「師匠……手慣れてませんか?」

「え? な、何がだ?」

 

 俺はユーナのその言葉に思わず少し狼狽えながらもそう答えた。

 

「お化けが出てきても、出てくるとわかっているみたいに驚かないし、さっきから隠されたアイテムの場所を、すいすいと見つけているじゃないですか」

 

 俺はそこで悩んだ。

 ユーナにどう伝えるべきかと。

 

 先程と同じように気のせいで流そうとするが……。

 

「さっきの受付の人も反応おかしかったですよね? もしかして、私以外に弟子がいて、それでここに連れてきたりとかしたんじゃ……」

「それはない!」

 

 俺は強くユーナの言葉を否定した。

 そして隠しきれないと悟って、ため息を一つ吐くという。

 

「単純に今日ユーナを連れてくるに当たって、このお化け屋敷を下見してたんだよ。だから何が出てくるのか知っているんだ」

「下見ですか?」

「……師匠としてかっこ悪い所は見せられないからな」

 

 俺は照れくさそうにそう言う。

 発言の何処にも嘘は言っていない。

 ちょっと隠している部分もあるが、見栄を張るために練習したのは事実だ。

 

「そうですか……。すみません、師匠! わたし、そんな師匠の思いも無視して、こんなことを聞いてしまって……」

「いや、隠していた方が悪い。気にしていないから、そっちも気にせず、このお化け屋敷を楽しんでくれ」

 

 その後、俺達は屋敷の探索を続けた。

 しかし、微妙になってしまった雰囲気を戻すことは出来ず、どちらとも少し距離が空いた状態で屋敷を攻略することになってしまった。

 

☆☆☆

 

 微妙な雰囲気になってしまったお化け屋敷。

 それを終えた俺はレストランでの挽回を目指していた。

 

 しかし、お化け屋敷でのことを引き摺っているのか、会話はあるものの、そこまで話が弾まずに終わってしまう。

 

 このままではいけないと思った俺は、ユーナに対して切り込むことにした。

 

「なあ、ユーナ。どうしてそこまで他の弟子がいないか気にするんだ?」

 

 俺の発言にユーナの手が止まった。

 そして手に持った箸を置くと、俺に向かって言う。

 

「それは……わからないです……」

「わからない?」

 

 俺はそのユーナの言葉に思わず問い返してしまった。

 ユーナは顔を俯かせてその思いを吐露する。

 

「はい……。わからないんです。どうして聞いてしまうのか。ただ、師匠が自分以外の弟子と一緒にここに来たと思うと。こう、胸の辺りがモヤモヤして、思わず問いただしてしまうんです」

「そうか……」

 

 う~ん。これはもしかしてユーナが俺に惚れて嫉妬しているってことなのか!?

 いや、そう判断するのはまだ早いか、単純にお気に入りの師匠を別の誰かに奪われることが嫌ってだけなのかもしれん。

 

 俺は慎重にそう考える。

 それは恋だよ、とよくあるキャラのように無責任に言うことは出来るし、それによってユーナを落とす方向に持って行くことも出来るかもしれないが、それはユーナの師匠ポジである俺がやることではない。

 

 だからこそ、俺はユーナに向かって言う。

 

「師匠として言っておく。気持ちをわからないままにしておくな」

「え? ど、どうしてですか?」

 

 突如として俺から厳しい言葉を言われ、思わずユーナが問い返す。

 

「取り返しの付かない決定的な場面は、こちらの事情と関係無く、突然自分達の前に現れて、勝手に去って行く」

 

 俺は過去を思い出しながらそう呟く。

 自分すら気付かぬ淡い恋心……そう言うと何やら美しいものに聞こえるが、それに対する現実は悲惨だ。

 なぜなら、誰もが恋をするようないい女というのは、基本的に彼女に恋心を抱いた自分以外の誰かによって、あっという間に奪い去られて、其奴のものとなってしまうからだ。

 

 あとから、俺は彼奴に惚れてたんだ……なんて気付いた所で、それはただの負け犬の遠吠えにしかならない。

 そして、そんな風に負け犬になってしまえば、全てを諦めて、何事もなかったかのように友人として過ごし、新たな恋を探しに行くしかなくなる。

 

 ――そうでないと辛くなるのは自分だからだ。

 

 BSS(僕が先に好きだったのに)という言葉がある。

 大抵の場合では、恋愛弱者を馬鹿にするために使われたりする言葉だが、俺からして見れば、この気持ちを抱いたことがない奴なんて殆どいないだろうと、お前達にはそうやって俺らを馬鹿にする資格はあるのかと、思わずそんなことを考えてしまう言葉だ。

 

 現実は残酷だ。

 モテる人間はとことんまでモテて、モテない人間は何処までもモテない。

 だからこそ、多くの者が同じ相手を好きになってしまうが、その様々な人から好意を集めた相手は、多くの恋愛相手をものにして来た恋愛強者にあっさりと持って行かれて喰われてしまう。

 好きな相手を得られなかったその他大勢の者達は、それを羨ましそうに眺めながら、別の誰かを探しに行くか、蹲って絶望によって傷つき続けるしかない。

 

 ごく一部のモテる者達だけが、本当に好きな相手を、自分だけのヒロインやヒーローを手に入れて、好きな相手との恋愛という最高の日々を満喫することが出来る。

 一方でその他大勢の者達は、そう言ったヒロインやヒーローへの恋の気持ちを持ちながらも、恋愛をしたことがないのは恥ずかしいからとか、どんな相手であろうとも恋人が欲しいなどと言って、俺達、私達のレベルだと、この程度の相手しかいないからと、本当に恋した相手を忘れ、これが現実的な恋愛だと嘯いて、妥協を重ねて選んだ相手と、一番じゃないけど好きな相手と恋愛が出来た、自分達は本物の恋愛をしたんだと、モテる者達の恋愛の真似事をした偽物で、自分を誤魔化して満足した気になる。

 

 ――くそったれが!

 それの何処が恋愛なんだ!

 ただの逃避じゃないか!

 

 俺はそう強く思う。

 

 俺がしたいのはそんな紛い物の恋愛じゃない!

 俺は、自分を偽ることなく、心の底から本気で一番だと言い合って、愛し合えるような、俺だけのヒロインとの本物の恋愛をしたい!

 そうでなければ、その恋愛に意味などないのだ!

 

 俺は――自分に嘘が付けない。

 だからこそ、自分にはこのレベルが丁度良いからと、恋心を誤魔化して、手頃な相手と付き合って、求めていた恋愛をした気になるなんてことは出来ない。

 

 こう言うと大抵の人は俺を馬鹿にするだろう。

 モテない癖に、何の取り柄もない癖に、何を偉そうに言っているのかと。

 自分のレベルを見て、もっと底辺にいろよと。

 

 だが、俺はそれに反論させて貰おう。

 むしろ、逆だ。

 俺には何もないからこそ、自分だけには嘘をつきたくないのだ。

 

 だって、何もない俺に残された、ただ一つのものが俺の心だからだ。

 それにすら嘘をついて捨ててしまえば、俺は本当の負け犬に、自分というものが何もない人形のような存在に墜ちてしまう。

 

 人は誰だって人生の意味を求めている。

 俺は前世のように、自分に嘘をついて、人形のように自分を捨てて、世界を彩る飾りとして、モブの一人として、誰かの為に消費されて、道具のようにうち捨てられるのはもうゴメンなのだ。

 

 ただ生きているだけでは人は真の意味で生きているとは言えない。

 果たしたい願いが、なすべき思いがあり、それを持ち続けることで、ようやくその人間は、人として人生を謳歌することが出来るのだ。

 

 だからこそ、自分の気持ちがわからないなどという逃げは許されない。

 

 自分の気持ちをしっかりと理解して、それを果たすために行動する……。

 誰かに奪われる前に、自分がそれを手にするために。

 そうしなければ何も勝ち得ることは出来ない。

 

 俺は前世で何も出来ずに死んで、今世へと転生したときに、やっとそれを理解したのだ!

 

 だからこそ、俺は断言するようにユーナに告げる。

 

「その時に自分の心すらわからない状況だと、本当は得たかった大切な何かを取りこぼすことになるぞ」

「大切な何かを取りこぼす……」

「ああ、後から気付いてももう遅い。現実にリセットなんてものはないからな」

 

 俺の言葉を聞いて考え込んでしまったユーナに、俺は言った。

 

「まあ、よく考えてみるといいさ。自分自身の心に問いかけてな」

 

 そうして俺達は黙ったまま二人で食事を続けた。

 そうして食事を終えた俺たちは別れた。

 

 一言言えることがあるとすれば……。

 今回のデートは大失敗に終わったということだろう。

 




 自分が何も持っていないと薄々感じ取っているからこそ、ブライドやこだわりに固執して、自分を変えることが出来ないと言う、持たざる者にたまに現れるメンタルパターンです。
 フレイは今世では、貴族だったり、神の血引いていたりと、どちらかと言えば持っている側の人間なのですが、如何せん前世の認識が強すぎて、今でも持たざる者メンタルで行動しています。

 そんなフレイからしてみれば、好きな相手と付き合ったら勝ち、妥協を重ねた相手と付き合ったら負け、好きな相手を諦めて別の好きな相手を探しに行くのはノーゲームって感じです。
 妥協を混ぜ込んで好きと言う気持ちにしたもので、本当に心の底から楽しめる恋愛を行えるはずがないと考えています。

 ここからはチラ裏的な作者の考えによる補足なので無視しても問題ありません。
――――――――――――

 個人的には転生によるやり直しは、リセット(初期状態からのやり直し)ではなく、リスタート(引き継いだ状態からのやり直し)だと思っています。

 その為、転生物の作品としては、リセット的な、前世の頃のこだわりやプライドなどの強い感情が出てこずに、前世の存在をただの情報源と扱って、新しい自分だと割り切って行動する作品よりも、リスタート的な、前世の頃の強い感情を引き継いで、前世のことを後悔しながらも頑張る無職○生のような作品や、前世でやれなかったことをやろうとする陰の○力者になりたくてのような作品の方が、転生の意味を感じたり、前世を簡単に捨てられない人間味を感じるので好きです。

 そんな作者の考えもあって、本作の主人公も、前世の頃に抱いた強い気持ちをしっかりと引き継いで、今世で生きる形となっています。


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ソフィールート

 

 銀仮面ファンクラブが結成されるなどの事件もあったが、だからといって攻略対象を救う事を止めるわけにはいかない。

 そう言ったわけで、俺は今日も銀仮面として、悲劇に見舞われている少女を救うために、この逢い引きに利用される宿屋に来ていた。

 

「まだ始まっていないといいが……」

 

 俺はそう呟きながら中の様子を伺う。

 そこには、大きなベットの前に、一人の少女と太った中年男性がいた。

 この景色だけを見たら、悪の中年男が、何らかの方法で呼び寄せた可憐な少女を、無理矢理手込めにしようとしている光景に見えるだろう。

 

 だが、それは間違いだ。

 

 なぜなら、ここに中年男を誘ったのは少女自身なのだから。

 ――いや、正確に言えば彼女に憑いている悪霊だ。

 

☆☆☆

 

 ソフィー・フォン・レイレシアはごく普通の貴族家に生まれた少女だ。

 一人娘を大切にする両親と、可憐なソフィーを愛する家臣達。

 それらに囲まれて何不自由のない幸せな生活を送ることが出来ていた。

 

 だが、そんな彼女には普通じゃない所が一つだけあった。

 彼女は強い霊媒の素質を持つ特殊体質を持った存在だったのだ。

 

 霊媒体質を持っているとは言え、強すぎる体質のおかげか、そこらにいる霊に取り憑かれることもなく、平和に過ごすことが出来ていたソフィー。

 だが、そんな彼女に悲劇へと転がり墜ちるための転機が訪れる。

 

 ある日、ソフィーは父親と一緒に王都の外れにある広場を歩いていた。

 普段なら馬車で通り過ぎる所だが、その日は馬車の一部が壊れており、歩きで出掛けることになってしまっていたのだ。

 

 父親は何とかして馬車を用意しようとしたが、優しいソフィーは別に歩きでも大丈夫だと言って、父親とともにその広場を歩いていた。

 毎日馬車で通っていた道も歩きだと違った景色を見せる。

 ソフィーは突発的なトラブルによって起こったこの事態を、楽しみながら過ごすことが出来ていたのだ。

 

 そんな風に歩いていると、ソフィーは蹲っている女性を見つけた。

 困っている人を見捨てておけなかったソフィーは、彼女に話しかける。

 

「あの……大丈夫ですか? 体調が悪いんですか?」

「貴方……私が見えるの?」

「え?」

 

 よく分からない返答をされ、困惑するソフィー。

 その言葉を聞いて、ソフィーが自分を認識していることを悟った女性は、ソフィーに向かって顔を向けた。

 

「っひ!」

 

 その女性の顔には顔がなかった。

 それを見たソフィーが、思わずそんな叫び声を上げる。

 

「貴方のその体……! 私にちょうだぁ~い!!!」

「やめ! あああああああ!!!」

 

 顔が潰された女性の手が、ソフィーのお腹に埋まる。

 そして、そこから女性の全身がソフィーへと入り、ソフィーは得体の知れない感覚に、恐怖の叫び声をあげた。

 

「ソフィー! どうしたんだい!?」

 

 ソフィーの異常に気付いた、先を歩いていた父親が、ソフィーの元に戻ってくる。

 そんな父親に、ソフィーは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「何でもありませんわ。虫が飛び出してきて、驚いてしまっただけなの」

「そうか、何かあったんじゃないかと心配したよ。それじゃあ、行こうか」

「はい」

 

 そう言って何事もなかったかのように歩き出すソフィー。

 だが、その本来の体の持ち主であるソフィーは、自分の声が聞こえない父親に向かって、突如として動かせなくなった体の中で必死に叫んでいた。

 

『お父様! 助けて! 誰かが! わたしの中に!』

「無駄よ。この体はもう私が頂いたんだもの」

 

 そう言って独り言を呟くようにソフィーの体が喋る。

 それを聞いてソフィーは理解した。

 先程の女性に取り憑かれて、自分の体を乗っ取られてしまったと。

 

 この広場ではかつてとある女性の処刑が行われていた。

 その女性は、自分の為に多くの男達を誑かし、そしてその悉くを破滅させてきた、希代の悪女と言われた存在だった。

 二度と男を誑かさないようにと、顔を潰されてここで処刑された女性は、その強力な自己愛から霊魂となって現世に留まり、他者の体を奪う機会を狙っていたのだ。

 

「本当にいい体……まるで私のもののように動かせるわ」

『わたしから出て行ってください!』

「いやよ。折角最高の体を得られたんだから、この世界を楽しまないとね?」

『世界を楽しむ……わたしの体で何をする気ですか!?』

「決まってるじゃない! 男を誑かして、貢がせて、そして私の為に全てを出し尽くして破滅した男を眺めて楽しむのよ」

 

 その悪女の言葉を聞いたソフィーの心が絶望に染まる。

 そんなソフィーの反応に愉悦した女性は言う。

 

「貴方、私から見ても可愛らしい顔をしてるから、簡単に男を釣ることができるでしょうね。安心しなさい、中にいる貴方も楽しめるようにしてあげるから」

『やめて~!!!!』

 

 ソフィーがそう叫ぶが、悪女は止まらない。

 完全に体の主導権を奪われてしまったソフィーには、その悪女を止めることは何も出来なかったのだ。

 

 そんなソフィーに残された最後の希望は、家族や使用人達が異常に気付いて、この悪女を祓うための何かしらの行動を起こしてくれることだった。

 だが――。

 

『どうして誰も気付いてくれないの……』

 

 ソフィーの体を操っているのはソフィーではないのに、家族も、使用人も、誰もがその事に気付かなかった。

 

 ソフィーはその事実に嘆き悲しむ。

 あれだけ愛されていると思っていたのに、その愛してくれているはずの者達は、自分の異常に気付くことが出来ない。

 そのことに、ソフィーは段々と人間不信になりながら、より絶望を深めて行く。

 

 ソフィーは誰も気付かないことに絶望したが、家族や使用人がソフィーの乗っ取りに気付かなかったのは仕方のないことだ。

 誰だって得体の知れない存在に、娘の体が乗っ取られる何て事態は想像しないだろうし、何よりも悪女は演技が上手く、ソフィーを演じることが出来ていたのだ。

 その為に少しおかしな事があっても、体調や気分が悪いのだろうと考えられ、ソフィーが何者かに乗っ取られていると気付かれることはなかった。

 

 そうして気付かれないように行動していた悪女は、疑われていないことを理解すると、徐々に活動する範囲を広げていった。

 

 そしてついにその時がやってくる。

 

「さあ、ソフィーちゃん。処女喪失の時間よ!」

『いや、やめて! お願い! 誰か助けて~~!!』

 

 お相手は王都でかなりの力を持つ豪商だった。

 女性にもてなかったその男は、可憐なソフィーを操った悪女の手練手管に誑かされ、そしてこの場に誘い込まれてしまったのだ。

 

 ソフィーの制止も虚しく行為は行われる。

 そうしてソフィーの体は悪女によって汚された。

 

 これにより悪女は、豪商の男を自由に操り、その膨大な資金を使って、様々な豪遊や、悪事を働くようになる。

 そしてその過程の中で、力を持ったいい男がいると、ソフィーの体を使って、その男と寝て、誑かすことで自分の力に変える。

 

 そんな日々を続けていく中で、両親や使用人も何かがおかしいと気付くが、既に強大な力を持ち始めたソフィーを止めることは出来ず、破滅させられてしまった。

 

 と言うのがソフィールートを攻略する中で知れるソフィーの過去話だ。

 実際にはこれによって、ソフィーがボロボロになった所から、アレクとプレイヤーが知ることが出来るソフィールートが始まる。

 

 まだ薄暗い時間、街の警邏を行う騎士団に入ったアレクが、体力作りの為に早起きをして街をランニングしていると、高台の塀の上に立って、投身自殺をしようとしている少女を発見する。

 アレクは直ぐにその少女の元に近寄って、羽交い締めにして塀から引き剥がし、彼女の命を救うことに成功したのだ。

 

「死なせてください! お願い! 死なせて!」

 

 そう涙ながらに語る少女を見て、アレクはその少女を助けなければという強い使命感に襲われ、その少女に理由を聞くのだ。

 そうして話を聞くと、その少女はソフィーと名乗り、自分のせいで家族が破滅し、そして多くの男を誑かした体は汚れていると涙ながらに語った。

 

 アレクはそんなソフィーに、悔いているならやり直せると無責任に語ったが、追い詰められたソフィーに取っては、そんな言葉でも救いだった。

 

 そしてそれから、毎朝同じ時間にソフィーとアレクの密会が始まる。

 ソフィーは何か誓約があるのか重要なことは何も話さないが、それでもこの密会はお互いに取っての救いであり、アレクは健気なソフィーに惹かれていくのだ。

 

 だが、それも長くは続かない。

 突然、ソフィーは密会に顔を出さなくなる。

 その事にアレクは焦りながらも、騎士団の仕事をこなすために、依頼のあった王都でも規模の大きい商会の元を訪ねるのだ。

 

 そこであった依頼主でもある商会の女性秘書にアレクは頼まれる。

 

「私の大切な商会長は悪女に誑かされて変わってしまった。このままだと、この商会も、彼も、あの女に破滅させられてしまう……どうかあの女の悪事を暴き、彼をあの女の元から救い出してください!」

 

 痴情の縺れのような依頼。

 騎士団でも新人のアレクに振られた雑用仕事。

 だが、それでもソフィーとの邂逅を通して、人を助けることの大切さを知ったアレクは、他の先輩が仕事をさぼる中で必死に調査を開始する。

 

 そうしていく中で、悪女が商会長にさせた様々な悪事を知ったアレクは、悪女を黒だと認定し、商会長との密会現場で押さえることにしたのだ。

 

 そうして現場に乗り込んだアレク。

 だが、そこで彼が見たのは、彼が想像もしてないことだった。

 

「――え? ソフィー?」

「あら、アレク、貴方も混ざる?」

 

 アレクの目の前で商会長の腰の上で楽しそうに淫らに腰を振るのは、助けたいと思っていた相手であるソフィーだった。

 快楽で恍惚とした表情を見せるソフィーを見て、逮捕に来たアレクは思わずその場で固まってしまう。

 

 それを見てソフィーは男の上から立ちあがって降りた。

 

「今日はここまでみたいね。じゃあね、アレク」

「――っ! まて!」

 

 楽しげに去って行こうとするソフィー。

 だが、その時、彼女を追おうとしていたアレクは見た。

 

 ソフィーの瞳からひとしずくだけ流れる――悲しそうな涙に。

 

「何かある、何かが、ソフィーの身に」

 

 それを見て、何かがおかしいと思ったアレクは執念の捜査を始めるのだ。

 

 ここまでで気付くかも知れないが、インフィニット・ワンでのソフィーという攻略対象のコンセプトは寝取られだ。

 だが、エルザバットエンドルートのように、自分の意思で完全に他の男に寝取られるのは、寝取りの中でもレベルの高い所業であり、多くのプレイヤーが受け入れられるものではない。

 だからこそ、インフィニット・ワンの制作陣は、「別の誰かに体が使われていることにすれば、寝取られたとしても、本人の意思ではないし、ライトな寝取られって事に出来るよね!」とアホなことを抜かしてソフィールートを実装したのだ。

 

 まあ、このストーリーにプレイヤー側は、「幾ら何でも体を勝手に使われているソフィーが可哀想だろ!」と少しばかり炎上もしたが、エロゲーやエロ小説ではたまにある事態なので、直ぐに風化して一ルートとして楽しまれるようになったのだ。

 

 ちなみにだが、アレクと会うときにソフィーが体の主導権を奪い返せていたのは、順風満帆に男を誑かして豪遊してきた悪女が、もう何も反応しなくなったソフィーをつまらなく思って、自分の力が弱まっていると希望を見せかけて、わざとソフィーが動き回れる時間を作ったのが真相だ。

 重要なことを喋らせないように制限しながらも、アレクと交遊させて、そしてソフィーが希望を抱いた所で、体の主導権を完全に自分のものとし、そしてアレクに会えないという絶望を味合わせるというものだった。

 行為中にアレクが現れたことは意外だったが、それすらも悪女は楽しんで、自分の中にいるソフィーを苦しめていたのだ。

 

 とまあ、そんな感じでソフィーが苦しんでいるのを察したアレクは、ソフィーによって破滅させられた実家の使用人や、その他の人々から集めた情報から、ソフィーが王都の広場に行った時に、悪女の亡霊に取り憑かれたのではないかと悟る。

 

 そしてアレクはソフィーを救うためにダンジョンであるものを手に入れるのだ。

 それは聖霊石……霊魂に対して強い力を持ち、悪霊を退けると、語られている特別な力を持った聖なる石だった。

 

 それを手にしたアレクはソフィーを呼び出す。

 自分の優位を疑わない悪女は、まんまと誘われるままにやってきた。

 そしてその油断している悪女が乗っ取ったソフィーの体に、アレクは手に持った聖霊石をぶつけるのだ。

 

「あああああ!!」

 

 ソフィーの体が発する叫びとともに霊体が弾き出される。

 そして、それは集い、やがてレイスという魔物に変貌するのだ。

 

「私の体を~! よくも!」

「俺は騎士としてお前のような悪を絶対に許さない!」

 

 そこからアレクとレイスとなった悪女の死闘が始まる。

 数々の魔法を使う悪女に苦戦しながらも、アレクは悪女を倒すのだ。

 

「いやだ……消えたくないぃいいい! 私はもっと世界を遊び尽くして……!」

 

 そう言って悪女は消え去った。

 悪女が消え去ったのを見たソフィーは大声で泣き始める。

 そんなソフィーをアレクは泣き止むまで優しくあやした。

 

 そして落ち着いたソフィーはアレクに向かって言う。

 

「アレク様、ありがとうございました」

「気にしないでくれ、騎士として当然のことをしたまでさ」

 

 そう言ってアレクは笑顔を見せる。

 そんなアレクにソフィーは顔を赤らめながら言う。

 

「お恥ずかしい話ですが、これだけのことをしてくれたアレク様に返せるものが、わたしにはありません……悪女はこの体一つで全てを手に入れてきたので」

 

 そう言うとソフィーは服を脱ぎ始めた。

 それにアレクは驚く。

 

「ソフィー!?」

「だから、これがわたしのお礼です。アレク様、どうか受け取ってください……」

 

 そう言ってソフィーはアレクを見て言う。

 

「アレク様……これがわたしの初めてです……」

 

 その言葉を聞いた時にアレクは察した。

 悪女が消え去った所で体を使われて汚された事実は変わらない。

 だからこそ、ソフィーはここで、自分が本当に好きになったアレクに、自らの体を差し出すことで、これまでのことに区切りを付けて、自分の意思で行動すると言う一歩を踏み出そうとしているのだと。

 

「ああ、俺がソフィーの初めての男だ」

 

 ソフィーの気持ちをくんだアレクはソフィーと行為を始めた。

 そうしてソフィーとアレクは初めて同士の楽しい時間を過ごし、やがて騎士として成長したアレクは、悪女がしでかした事態の後始末をして、アレクは人々を守る騎士団の長として、ソフィーはそんなアレクを支える妻として、共に互いを支えながら幸せに暮らしましたとなるのがソフィールートだ。

 



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vsレイス

 

「まだ始まってない! ギリギリ間に合った!」

 

 俺はそれだけ呟くと、服を脱ぎ始めた二人が行為を始める前に中に飛び込んだ。

 

「な!? 誰だお前は!」

 

 少女に誘われて、そういうことをしようとした現場に、突如として乗り込んできた銀色の仮面を付けた怪しい男を見て、商会長は思わずそんな声をあげる。

 

 その奥にいるのは悪女に乗っ取られたソフィーだ。

 彼女もさすがの事態に目を丸くしていた。

 

 それにしても……幾ら誘われたからといっても、これはやばくない?

 

 ゲームでは少なくともルーレリア学園に通ってる時に取り憑かれたから、十五歳以上の年齢で商会長と致すことになっていたはずだが、バタフライエフェクトによるイベント時期のずれによって十三歳のソフィー相手に致す状況になっている。

 この世界なら、誘ったのが成人扱いとなる十五歳の女性側なら、そこまで非はないかなと言えるかも知れないが、十三歳はさすがにアウトだろう。

 

「がっ!?」

 

 そんな、イベントの強制力のせいで、アウトな状況に追い込まれた商会長に思わず同情しながら、俺は素早く手刀で商会長を気絶させた。

 

「何よ! 貴方!?」

 

 商会長を気絶させたことで危機に気付いたのか、魔法を放とうとする手を俺に向けながら、悪女はそう言う。

 それに対して俺が答える答えは決まっている。

 

「声が……聞こえる」

「はぁ?」

「助けて、と泣き叫ぶ声が」

「何言ってるの? 貴方」

 

 わけのわからないものを見る目をする悪女。

 それに対して俺は宣言する。

 

「俺は悲惨な目にあう少年少女の味方――銀仮面! ソフィー! 君の助けを求める声は俺に届いた! 俺が今! その悪女から! 君と君の体を救い出す!」

 

 俺はそう言って駆け出した。

 咄嗟のことに対応出来ない、悪女が乗っ取ったソフィーの胸に、懐から取り出した聖霊石を押し付ける。

 

「なっ!? ああああああああ!!!!!」

 

 叫び声を上げるソフィーの体。

 そこからゲームで見たCGと同じように霊体が抜け出す。

 

「あっ……」

 

 そう言ってへたり込んだソフィーを抱え、俺はその場から離れた。

 そこには再びソフィーを手に入れようと、悪女の霊体――レイスが攻撃を加えてきた所だった。

 

「私の体を~! よくも!」

「彼女はお前の体ではない! 烈火! 力を示せ!」

 

 俺はソフィーを自らの後ろに降ろすと、レイスが放ってきた氷の魔法を、烈火による炎の斬撃で防ぐ。

 

「銀仮面様……!」

「ソフィー、君の体は俺が二度と奪わせない! そこで安心して見ていろ!」

 

 俺の事を心配してくれたソフィーに、俺はそれだけ言うとレイスと相対する。

 

 この状況で下手に動き回るのは危険だ。

 もう一度ソフィーが乗っ取られれば、奴はソフィーの体を操って、ソフィーを人質にこちらに行動を要求するかも知れない。

 だからこそ、ソフィーを守りながら戦う必要がある。

 

 つまるところ、これは防衛戦なのだ。

 ソフィーを守りながらレイスを倒せるか……そこに全てがかかっている。

 

「っち! なら、これでどう!?」

 

 レイスはそれまでの氷や雷に火と言った魔法から、燃えにくい個体である土へと魔法の属性を変えて、俺を狙い撃ってきた。

 俺は烈火でそれを防ごうとするが、土は炎を潜り抜けて、そのまま俺の体へとぶつかり、魔法によって傷付けられた体は血を流す。

 

「っく!」

「銀仮面様! もう止めてください! わたしの為に! こんな! このままじゃ、貴方が……死んでしまいます!!」

 

 目の前で魔法によってボロボロになっていく俺を見て、ソフィーがそう叫ぶ。

 

「後ろに守るべき者がいるなら! 俺はそれを置いて逃げ出すことも! その者を残して敵に負けることもしない! それが――銀仮面だ!」

 

 銀仮面は正義のヒーローだ!

 だからこそ、俺もその役割をしっかりと演じきり、そして攻略対象を救う!

 

「ははは! 威勢の良いことを言うね! なら、これはどうだい!?」

 

 嘲るように高らかに笑ったレイスは、巨大な土の杭を生み出して、それを俺に向かって勢いよく放った。

 それは炎の壁を越えて俺に命中する。

 

「銀仮面様!」

「ははは! これで死ん……ん?」

 

 異常に気付いたレイスが困惑の声を上げる。

 それもそのはずだ。

 レイスの想定なら、俺はとっくに潰されて死んでいるはずだから。

 

「この時を……待っていた!」

 

 俺は片手で土の杭を受け止めていた。

 土の杭によって、俺の片手は大きく貫かれ、そして大量の血を流す。

 俺はそんな片手から、土の杭を引き抜くと、聖霊石を同時に握りながら、レイスに向かって思いっきり放り投げた。

 

「馬鹿な……!?」

 

 突如返ってきた杭に、レイスは驚いて急いで回避する。

 だが、その回避先には――既に俺がいた。

 

「死ね」

 

 レイスの首を烈火で切り落とす。

 聖霊石を持った俺の一撃は特攻となり、レイスは苦しみながら消えていく。

 

「いやだ……消えたくないぃいいい! 私はもっと世界を遊び尽くして……!」

 

 そう言って悪女はゲームと同じように消え去った。

 俺は大量の傷が原因で思わずそこで膝を突く。

 

 やばかった……状況が最悪だったな。

 

 聖霊石を持っているから烈火で一撃でも加えれば直ぐに倒せる相手だった。

 だが、ここは狭い室内であり、後ろには護衛対象のソフィーが、そして烈火で燃やすことになる前方には気絶した商会長がいた。

 だから、俺は烈火の炎の斬撃で直接レイスを狙うことが出来なかったのだ。

 

 下手に烈火による広範囲攻撃をすれば、商会長や狭い室内に燃え移り、助けなくてはならない対象全てが死んでしまう。

 商会長が悪人なら見捨てるのもありだったが、この商会長はそこまで悪と言えるような人物ではないため、巻き添えにすることを俺はためらったのだ。

 

 そして、それを人の機微に聡いレイスは気付いていた。

 だからこそ、守りも考えずにあんなにぼこすかと魔法を撃ってきたのだ。

 

 故に俺は待っていたのだ。

 周囲に影響を及ぼさずに相手を攻撃出来る魔法を。

 自分が魔法を使えないのなら、相手の魔法を弾き返せば良い。

 それで俺は土の杭を受け止めて、それをレイスに投げ返したわけだな。

 

「銀仮面様、ありがとうございます……! わたし……!」

 

 レイスが死んだのを見て感極まってソフィーが泣き始める。

 俺は無事な方の手でそんなソフィーの頭を撫でた。

 

「あ……」

「ソフィー。君は周りの者を信じられなくなっているだろう」

 

 俺の手の感触に呆然としているソフィーに俺は語りかける。

 その言葉を受けて、ソフィーは暗く、顔を俯かせた。

 

「はい……」

 

 正直なソフィーの本音。

 自分を愛しているはずの者達が偽物を見抜けなかった事実。

 

 俺は物語はハッピーエンドが好きだ。

 だからこそ、この状況で終わらせる気は毛頭無い。

 

「それは仕方のないことだ。誰だって悪霊が取り憑いて、肉体を乗っ取られる何てことは想像が出来ない」

 

 俺はそう言いながら自分のことを振り返る。

 俺は生まれた時からフレイだから、悪女とは状況が違うが、転生者も言ってしまえば体を乗っ取って好き勝手する悪霊みたいなもんだなと。

 

「ですよね……」

「だが、それでも時が経てば彼らは異常に気づけた。ソフィーの体が何者かに操られていると悟ることが出来た」

「え――?」

 

 暗い顔をして俯いていたソフィーは俺の言葉で顔を上げた。

 

 実際にゲームでもソフィーの家族や使用人は異常に気付いた。

 ソフィーの体が乗っ取られていると気付くことが出来た。

 その結果は悪女によって破滅させられるというものだったが、それでも彼らの愛は、アレクがソフィーを救うための一手に繋がったのだ。

 

「ソフィー……安心すると良い! 君は愛されている! 君の家族に! 使用人に! そして周囲の者達に! その愛が君を必ず見つけ出していたはずだ!」

「でも、そんなこと……信じられない……です」

 

 そう悲しそうにソフィーは言った。

 実際に見つけ出せていないのだから、それを信じ切れない。

 ソフィーの立場からしたらそう言う気持ちなのだろう。

 

「ならば! 俺を信じて欲しい!」

「銀仮面様……?」

 

 俺の言葉を受けて不思議そうに俺を見るソフィー。

 

「『どうして誰も気付いてくれないの……』」

「それは……」

「『いや、やめて! お願い! 誰か助けて~~!!』」

「先程、わたしが助けを求めた時に言っていた言葉……」

 

 常にソフィーが心の中で叫んでいた言葉。

 そして服を脱ぐときにソフィーが助けを求めて叫んでいた言葉。

 それを銀仮面に一言一句正確に言い当てられてソフィーは思わず呟く。

 

 そんなソフィーに追い打ちを掛けるように俺は言った。

 

「俺は君の助けを求める声を聞くことが出来た! そんな俺が君が愛されていると言っているんだ! 俺のその考えを! 信じてくれないか!?」

 

 正直に言うとソフィーの助けを求める声は聞こえていない。

 あれはゲーム知識を利用して言い当てただけの代物だ。

 

 だが、そんな事は関係ない。

 例え嘘であろうとも、本人が信じられればそれは真実と変わらない価値を持つ。

 だからこそ俺は、ここに来たときから、声が聞こえる演技をしていたのだ。

 

 自分を救い、自分の助けを求める声を聞いてくれた人が、ソフィーに対する愛情があったあと語る……これ以上の証明が他にあるだろうか?

 そんな、完膚なき証拠を叩きつけられたソフィーは言った。

 

「はい……! わたしは銀仮面様のことを……皆がわたしを愛してくれていたのだということを信じます!」

「それでいい、君は良い子だ」

「あっ……」

 

 俺はそう言ってソフィーの頭を撫でると、ネックレスの形にした聖霊石を、そのソフィーの首に付けて上げた。

 

「これは……?」

「これは聖霊石……悪しき霊から身を守る道具だ」

 

 不思議そうに聖霊石を眺めるソフィーにそう言う。

 

「君は霊媒体質……霊を呼び寄せ取り憑かせてしまう体質のようだ。だから、この 聖霊石を肌身離さず身につけていなさい。そうすれば今回のように、肉体を乗っ取られるという事態を防ぐことが出来るだろう」

 

 聖霊石は霊魂特攻を持っているが、その性質なら他にも道具や武器がある。

 ソフィールートの攻略特典だが、これからも霊に狙われるであろう、ソフィーが身につけておくのが一番のはずだ。

 

「そんな貴重なものを……銀仮面様……何からなにまで……」

「気にするな、これが俺の勤めだ」

 

 俺はそれだけ言うと気絶している商会長を担いだ。

 それを見てソフィーが言う。

 

「あの銀仮面様! このあとは一体……」

「君には直ぐに迎えが来る。俺はこの人を元の商会に返してくるよ」

 

 それだけ言うと俺は商会長を担いで窓から飛び降りた。

 

「迎えって一体!?」

 

 そんなソフィーの声が遠くから聞こえた。

 

☆☆☆

 

「銀仮面様……」

 

 窓から飛び降りた銀仮面を見てソフィーは思わずそう呟いた。

 自分を救ってくれた相手、自分の声を聞いてくれた相手、そんな彼が用意してくれた迎えとは誰なのだろうとソフィーが思っていると、部屋の扉が何者かによって、勢いよく開けられた。

 

「ソフィー! 無事か!」

「お父様!? お母様!?」

 

 飛び込んで来たのはソフィーの父親と母親だった。

 二人はソフィーの姿を見つけると、半裸な彼女を見て勢いよく駆け寄る。

 そして、父親が自分のマントをソフィーに掛けると言う。

 

「銀仮面という方から全ての話は聞いた! これまでずっと苦しんで来たのに、それに気づけなくて済まない! ソフィー!」

「ごめんなさない! ダメな母親でごめんね! ソフィー!」

「お父様、お母様……」

 

 ソフィーは抱きついてくる二人の暖かさを感じ。

 そして二人の本当の気持ちを受け止めて、二人の愛を実感していた。

 

(ああ、銀仮面様が言ったとおり、わたしはちゃんと愛されていたんだ……)

 

 そう思ったソフィーはぎゅっと二人を抱きしめる。

 そして、そんな二人もソフィーを抱きしめ返した。

 

 安らかな時間が流れる。

 少しばかり時間が経った所で、また誰かがやってきた。

 

「旦那! 遅いから心配になってやってきましたぜ!」

「ヒューベルト!」

 

 それはレイレシア家の御者であるヒューベルトだった。

 彼はソフィーを見ると納得したように頷く。

 

「お嬢も無事みたいっすね! 女の子のお嬢が、こんな所にいるところを、誰かに見られるわけにもいきやせん。バレない場所に馬車を仕込んであるので! 俺についてきてくだせえ!」

 

 そう言うとヒューベルトは歩き出す。

 それを見て、ソフィーの父親と母親がソフィーを立たせた。

 

「行こう、ソフィー!」

「今度こそ、貴方を私達が守るわ!」

 

 両方の手を両親に握られたソフィーは満面の笑みで言う。

 

「はい!」

 

 そうしてソフィー達は駆け出した。

 その中でソフィーは思う。

 

(銀仮面様……ただ一人、孤独の中にいたわたしの声を聞いてくれた人……)

 

 銀仮面の事を考えるだけで、ソフィーは胸が高鳴るのを感じた。

 

(銀仮面様がいなかったら、わたしは両親や使用人の愛を、素直に受け止めることが出来なくなっていたかもしれない)

 

 ソフィーはその事実を実感していた。

 こうして彼らを信じてその愛を確かめられたのは、自分を信じてくれと言ってくれた銀仮面がいたからなのだと。

 そして、自分に向けられている以上の愛が、自分から銀仮面へと向かっていることも、彼女は同時に実感する。

 

(ああ、わたしに取って……銀仮面様は特別な存在になったんだ)

 

 かつてソフィーは、ナルル学園の入口で騒いでいた、銀仮面ファンクラブの気持ちが理解出来なかった。

 なぜ、あれほど銀仮面に入り込めるのだろうと思っていた。

 

 だが、今ならはっきりとわかる。

 自分と同じように、彼らもまた銀仮面を自分の中の特別な存在にしたのだと。

 ソフィーはそう理解したのだ。

 

(絶対に見つけたい……! そしてお礼をしたい……! 貴方に救って貰った体を貴方に捧げたい……! お情けを貰って貴方の子供を作りたい……!)

 

 次々と特別な銀仮面にしたい欲が溢れてくる。

 初めての恋にソフィーの思いが止められないほど強くなる。

 それは誰であろうとも塗りつぶせないものだ。

 

 他の銀仮面ファンクラブと同じように、フレイの過剰なアフターケアによって、ソフィーは身も心も完全に溶かし尽くされ、骨抜きにされ、銀仮面のことだけしか考えられないような体にされてしまったのだ。

 

 もう、彼女は、恋愛相手としては銀仮面しか見えていない。

 どれだけいい男がいたとしても、その場にいない銀仮面の方が輝いて見える。

 もう引き返せない所まで銀仮面を好きになってしまったのだ。

 

 だからこそ、銀仮面の事を考える度に、次々と妄想が頭をよぎる。

 その度に、ソフィーの下腹部はきゅっと熱くなり、何かを求めるように、快楽がソフィーを駆け巡る。

 

「じゃ、屋敷に帰りますぜ」

 

 ソフィーが考え事をしている間に、いつの間にか馬車に到着していた。

 ヒューベルトがソフィー達に向かってそう言うと、それをソフィーが止める。

 

「待って! 行きたいところがあるの!」

「行きたいところ?」

 

 疑問に覚えるヒューベルトにその場を告げる。

 

(他の銀仮面ファンクラブの人達のように、わたしも銀仮面様のお役に立ちたい!)

 

 そう考えたソフィーが示した行き先はただ一つだった。

 



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vsラース2

 

「痛ってえええええええええ!!!!」

 

 商会長をその場に降ろした俺は思わずそう言って蹲った。

 土の杭に貫かれた手が死ぬほど痛い!

 と言うか失血で死ぬんじゃないかというほどに血が出ている。

 

 先程までは正義のヒーロー銀仮面だから、必死で我慢して考えないようにしていたが、さすがにもう痛みを堪えるのも限界だった。

 

「速く……速く……、レシリアに治癒魔法を掛けて貰わないと……!」

 

 その為にはさっさと商会長を商会に送り届けないといけない。

 俺は痛みに耐えて気を取り直すと、再び商会長を担ごうとして――。

 

「っち! またか!」

 

 俺は突如として感じた殺気の方向へと剣を振るう。

 堅い何かがぶつかるような音の後に、剣をぶつけた場所が爆発した。

 

「ぐぅ……うぉおおお!」

 

 レイスとの戦いで体がボロボロになっていたため、爆発の勢いを受け流すことも出来ず、その場で耐えることも出来なかった俺は、爆発の勢いによって大きく吹っ飛ばされてしまう。

 

「無様な姿じゃないか! 銀仮面!」

「ラース……!」

「さあ! 再戦と行こうぜ!」

 

 その言葉と共に、ラースは俺に殴り掛かってきた。

 俺はそれを転がるように避け、そして立ちあがると剣で斬り掛かる。

 

「おっと!」

 

 その剣撃をヒラリとラースは躱した。

 そして、その躱した姿勢から殴り掛かってくる。

 

「っち!」

 

 俺はそれを剣で防ぐが、直ぐにラースのもう一方の腕が俺に迫る。

 

「甘い!」

 

 何も考えない単純な拳による連打。

 以前も見たそれを、俺は躱して回避しようとするが……。

 

「フェイントだと!? がぁ!?」

 

 その拳による攻撃はフェイクだった。

 ラースは拳による攻撃を止めると、直ぐに俺を蹴り上げに来た。

 拳を躱そうとしていた俺は、それを躱しきれずに、蹴り飛ばされてしまった。

 

「ク、クソ……、してやられたな……」

「あの時とは立場が逆になったなぁ! 銀仮面!」

 

 そう言ってラースは拳に炎を乗せて飛ばしてきた。

 

「――っ! 烈火! 力を示せ!」

 

 俺はその飛んで来た炎を炎の斬撃の壁で防ぐ。

 そして、炎の壁が晴れると、そこにはラースがいなかった。

 

「消えっ――!? いや、上か!?」

 

 何処に消えたのか?

 一瞬そう考えて、直ぐに頭上にラースが移動していることに気付く。

 ラースの重力を伴って振り下ろされた拳は、横向きにして防ごうとした烈火を押しのけて、武器による防御がなくなった俺の腹に、ラースの拳がクリーンヒットして、俺は大きく吹き飛ばされた。

 

「がはぁ……」

 

 俺は地面に転がり、呻きながら、ゴホゴホと銀仮面の中で吐血した。

 

「舐めるってのは、それに相応しい力を持った奴が言う言葉だっけか?」

「……」

「今のオレなら、お前を舐めたって問題ないよなぁ?」

 

 そうやって威張るように胸を張るラース。

 俺はその態度と先程までのラースの戦い方を見て確信した。

 

 此奴……確実に以前より強くなっている……!

 

 ただ殴るだけではなく、フェイントを織り交ぜた緩急の付いた攻撃。

 吹き飛ばして倒れ込んだ相手に対しても、何かしらの反撃があると警戒し、堅実に遠距離攻撃で仕留めに来る冷静さ。

 そして、炎の壁によって相手の視界が塞がれたとみるや、直ぐさまそれを利用して、視覚外から上空に移動し、奇襲を仕掛けてくる機転。

 

 どれもこれもが修練と多数の戦闘経験を積んだことで得られるもの。

 だからこそ、俺は思わずラースに問いかけた。

 

「何故だ……どうやってこれほどの力を……ごほっ!」

「おいおい。無理に喋らない方がいいんじゃねーの?」

 

 以前と逆の状態になったのが嬉しいのか、にやにやとしながら、ラースは俺に対してそう言ってくる。

 そして、その上機嫌のまま、語り出した。

 

「人間の技術ってのも良いもんだよなぁ……。こうしてお前をボコボコに出来るまで、オレは強くなることが出来た」

「人間の技術……だと!?」

「ああ、そうさ! オレが強くなったのは! オレの師匠のおかげさ!」

 

 そう言ってラースは拳に炎を集め出す。

 

「おかげで魔力の通りもいい! こうやって以前より大きな炎を作れる!」

 

 どんどんと大きくなっていく拳に集まる炎を見て、俺は冷や汗を流す。

 

 クソ……! ふざけやがって……! 何処の何奴だ! フェルノ王国に災いを齎そうとしているラースの師匠になんてなった大バカ野郎は!

 そのせいで、俺がもの凄い苦労をするハメになっているだろうが!

 

 何処の誰か知らないラースの師匠を思わず罵る。

 状況は最悪だ。

 あの炎を喰らってしまえば、さすがに俺も死んでしまう。

 

 もはや、四の五の言ってられない……! どんなことも生きてこそだ! 銀仮面の正体が敵にバレても構わない! 転移を使ってでも……ラースを仕留める!

 

 俺は覚悟を決めた。

 そして確実にラースを仕留めるタイミングとして、奴が炎を俺に向かって放ってくる瞬間を待つ。

 

「さあ! 死ねぇええ! ぎんか――うっ!?」

 

 巨大になった炎を俺に放とうとしたその瞬間、ラースはその場で立ち止まり、炎が纏わり付いていない方の手で、自分の頭を抑えた。

 

「ク、クソ……! 何故だ!? 主導権はオレにあるはずなのに!?」

「な、なんだ……?」

 

 そう言って炎すらも消して頭を抑えるラース。

 俺としては状況が何が何だがわからない。

 だが、何よりもこれは――チャンスだ。

 

「烈火ぁ! 力を示せぇえええ!」

 

 俺は最後の気力を振り絞り、烈火に魔力を集中させる。

 そして負傷で痛む体を無視しながら、ラースに向かって斬り付けた。

 

「邪魔をするな! オレは……なっ!?」

 

 頭を抑えてブツブツと呟いていたラースは、俺がラースに向かって攻撃している事に気付いていなかったようだ。

 炎の斬撃を防御もせずにまともに食らい、大きく斬り付けられたラースは吹き飛ばされて、近くにあった建物の壁にぶつけられる。

 

「がはぁ!? クソが……!」

 

 叩きつけられた壁から倒れ込むように膝を突いたラース。

 先程の一撃でかなりのダメージを受けたようで、立ちあがることすら出来ない。

 

「油断大敵ってやつだな……」

 

 俺はそう言って痛みに呻きながらも必死に立ちあがった。

 お互いに大きなダメージを負っている。

 ここで先に相手に弱みを見せる訳にはいかない。

 

「形勢逆転だ……! ラース!」

「クソ……またこのオレが……! 邪魔さえ入らなければ……うっ!?」

 

 そう言ってまた頭を抑えるラース。

 俺はそんなラースに止めを刺すために烈火に魔力を込めた。

 

「このままじゃ戦えない……今日は引き分けだ! 覚えてろよ! 銀仮面!」

 

 そう言うとラースは炎を纏った拳で地面を思いっきり叩いた。

 それによって爆風による煙が舞い、それが晴れた時にはラースは消えていた。

 

「逃げられたか……」

 

 俺はそう呟くと膝を突く。

 既に立っているのも限界な状況だった。

 

「ごほっ! ダメだ……これ以上は……本当に死ぬ……! 速く……速く……商会長を届けて屋敷に帰らなくては……!」

 

 俺はそう言うと商会長を担いで商会に向かった。

 そして、商会長を送り届けた後は、人目に付かない場所に移動する。

 

「ハッピーエンドも楽じゃない……」

 

 俺は一言そう呟くと、屋敷へと転移した。

 



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パトロン

 

「ここは……私の部屋か……?」

 

 目を覚ましたロンベルク商会の商会長であるジーナス・ロンベルクは、周囲の景色を見て、そこが自室であることを理解した。

 

「確か私は突如押し入ってきた怪しげな銀仮面に……これは?」

 

 自分が気絶する前の状況を思い出していたジーナスは、自分の懐に収まっていた誰かからの手紙の存在に気付く。

 不思議に思ったジーナスはそれを手に取って中身を見た。

 

「なになに……『俺は銀仮面。悲惨な目に合う少年少女の味方だ。これを読んでいるということは、君は屋敷に無事戻れたのだろう』……。これはあの時の乱入者から私に当てた手紙か!?」

 

 ジーナスはそれに気付いて直ぐさま破こうとするが、さすがに全てを読んでからにした方が良いと、彼の冷静な部分がそれを止めた。

 

 そもそも、目的もわからない謎の存在。

 何をするにしても情報はある方がいい。

 そう考えたジーナスは続きを読んでいく。

 

「『貴方が誘われた相手……彼女は貴方を誘った訳ではない。あれは彼女に取り憑いた悪霊が、金欲しさに貴方を狙ったというだけのことなのだ。だから、彼女の行いを許し、そして彼女のことを諦めて欲しい』だと!?」

 

 それを見て手紙を読むジーナスが握る手が強くなる。

 

 ジーナスは顔も地味で太っているため、女性にモテた事が無かった。

 王都でも有数の商会の商会長の息子だから、金目当てですり寄ってくる女性は多かったが、普段の自分には見向きもしないのに、金があるとわかった瞬間に、それまでが嘘のように愛していると口走るその女性達を信用出来ず、言ってしまえば人間不信とも言うべき状況で誰かと付き合うことが出来なかったのだ。

 

「あれほど私への思いを語ってくれた彼女が金目当てだったと言うのか……」

 

 そんな中で現れた悪女は、お金のことなど一切出さずに、ジーナスを好いていると心からの言葉で語ってくれたのだ。

 もちろんそれは悪女の嘘で、ジーナスを金蔓にするための行いだが、多くの男性を騙してきて、それ故に処刑された悪女の演技を見破ることは、歴戦の商人でも難しく、コロッと騙されてしまっていたのだ。

 

「いや、この手紙が真実とは限らない」

 

 ジーナスはそう言って疑念を払って先を読んでいく。

 

「『今回の件はおおやけにならないように秘密裏に処理した。だが、君のことを愛している秘書のミネルバにだけは詳細を伝えたので、しっかりと怒られるように』……私のことをミネルバが愛している?」

 

 ジーナスは思わずそう呟く。

 ミネルバは親が商会の人間だったために、子供の頃から付き合いがある相手だ。

 だが、常にジーナスに対して冷たい態度を取って、生活態度などジーナスの行いを厳しく問い詰めてくる存在だった。

 だからこそ、手紙の記載にジーナスは疑問を抱いたのだ。

 

「ジーナス様、入ります」

 

 ジーナスが混乱していると、返事も聞かずにミネルバが部屋に入ってきた。

 そしてそのままジーナスの元にやってくる。

 

「ミネルバ君?」

 

 ジーナスのその言葉の返答は強烈なビンタだった。

 そして、ビンタした後のミネルバはジーナスに抱きつく。

 

「私が……! どれだけ心配したと思ってるんですか! 成人にもなっていない子にホイホイと誘われて! 貴方って人は!」

「ミネルバ……」

「血だらけの銀仮面が貴方を担いで現れた時! それこそ心臓が止まるような気持ちでした! ジーナス様が騙されて殺されてしまったのではないかと!」

「すまない……心配をかけた」

 

 ミネルバのその思いを聞いて、ジーナスは素直に謝った。

 ミネルバがそれほど自分のことを心配してくれるとは思わなかったのだ。

 

「本当です! こんなことはもうやめてください……!」

「ああ、わかった……」

 

 ジーナスがそう言った時、ミネルバはジーナスが手に持つ手紙に気付いた。

 

「それは?」

「銀仮面という方からの手紙のようだ」

「何て書かれていたんですか?」

「私を誘った少女は悪霊に体を操られていただけで、本当はそんな事をする気は無かったと、それと……」

 

 そこでジーナスは口籠もりながらも言う。

 

「君が私のことを愛しているから、しっかりと叱って貰えと」

 

 そう言って「そんなわけないよな」と目を反らすジーナス。

 だが、ミネルバはその顔を掴んで自分の方へと向かせた。

 

「――はい。私は貴方を愛しています」

「ミ、ミネルバ……?」

「一言でわからないなら、何度も言います。私は貴方を愛しています……。ジーナス様、貴方を……」

 

 顔を赤くしてそう言うミネルバに、照れたジーナスが言う。

 

「どうしたんだい? 君はそんなことを言う人じゃ――」

「銀仮面が言っていたんです」

 

 ジーナスの言葉を止めるようにミネルバが言った。

 

「『照れ隠しで気持ちを隠しているのかも知れないが、そうやってダラダラと偽り続けていたら、その大切な何かを失うまで何も出来ないぞ』と、ジーナス様が死んだと思っていた私には、その言葉が深く刺さりました」

 

 後悔するようにそう言うミネルバ。

 

「今回のような件はいつかまた起こるかも知れません。そこで本当にジーナス様が死んでしまうこともあるかも知れない……そう考えたら、怖くなって……。もう気持ちを伝えないという選択を取ることが出来なくなってしまったんです」

「そうか……」

 

 ミネルバの気持ちを聞いたジーナスは重々しくそう答える。

 そんなジーナスに、ミネルバは不安そうに言った。

 

「それでジーナス様、返事を聞かせてください……」

 

 処刑を待つ罪人のようにその時を待つミネルバ。

 そんなミネルバにジーナスが返す言葉は一つだった。

 

「私も君が好きだ! ミネルバ! 私の妻になってくれ!」

「――っ!! ジーナス様ぁ!」

 

 そう言って抱き合う二人。

 その部屋に一人の従業員が入ってくる。

 

「ジーナス様! 失礼します!」

 

 扉が開いていたため、そのまま中に入った従業員は、ベットの上で抱き合うジーナスとミネルバを見て、驚いて声を上げる。

 

「こ、これは!? 本当に失礼しましたっ!?」

 

 そう言って逃げ出そうとする従業員。

 それを「待て!」とジーナスが止めた。

 

「何のようだ?」

「え、えーと、はい。商会長を尋ねてソフィーという貴族のお嬢様が訪れています。それに対する対応を聞きに来た次第です」

「……そうか、直ぐに出迎える、打ち合わせ室で待たせておいてくれ」

「はい! わかりました!」

 

 そう言って従業員は駆け出していった。

 彼が去った後にミネルバが言う。

 

「ソフィーというのはもしかして……」

「ああ、私を誘った少女だ……会いに行こう」

 

 そう言うと二人は準備を整えて、ソフィーを待たせている打ち合わせ室へと向かい、そしてその扉を開いた。

 

 部屋の中にいたのはソフィーとその両親だった。

 その中でソフィーがまず先に深々と頭を下げた。

 

「すみませんでした。あの時のわたしは体が悪霊に操られていたんです。それでその気も無いのに、貴方を誘って危ない目に合わせてしまいました」

「申し訳ありません」

 

 そう言ってソフィーの両親も頭を下げた。

 それを見て、ジーナスは手紙の件が事実だと理解する。

 ソフィーが謝ったこともあるが、ソフィーを演じることを止めていた悪女と、今のソフィーでは身に纏う雰囲気が違っていたからだ。

 

「気にすることはないよ。銀仮面という方からの手紙で、全ての詳細がわかっているというわけではないが、大体の事実は私も把握したからね」

「銀仮面様が……」

 

 ジーナスの言葉に顔を上げたソフィーは嬉しそうにそう言った。

 そして、その表情を見てジーナスは理解する。

 

「そうか、君は銀仮面のことが好きなんだね……」

「は、はい……」

 

 そのジーナスの言葉にソフィーは顔を真っ赤にして答えた。

 それを見て、ジーナスの心はほっこりと温かくなった。

 

 そして理解する。

 こんな可憐な少女の体を貪ろうとしていた、自分がどれだけ醜く、そして罪深い存在なのかと言うことを。

 だから、自然とその謝罪の言葉は口から出た。

 

「むしろ、私の方こそすまなかった。誘われたこととは言え、君のような成人もしてない少女を相手に、自分の欲望をぶつけようとしてしまった」

「ジーナス様を許してあげてください……!」

 

 そう言ってジーナスとミネルバは頭を下げる。

 それを見てソフィーはぶんぶんと手を振って言う。

 

「気にしていないです! 銀仮面様が助けてくれたから、何もありませんでしたし、わたしの方は何も問題はありませんから」

 

 そんなソフィーの発言に追従するように父親が言う。

 

「全て娘の体を乗っ取った悪女が悪いんだ。ここらでお互いに全てを水に流して、忘れることにいたしませんか?」

 

 下手に娘が男を誘ったという評判を残されても困る。

 そう考えた彼の言葉の意味を、歴戦の商人であるジーナスも理解して頷く。

 

「そうですね。今日は何も起きなかった……お互いにそう言うことにしましょう」

 

 話はそれで終わりとなる……誰もそう思った中でソフィーが言う。

 

「あの……ジーナス様が王都でも指折りの商人だと聞いてお願いがあるんです!」

「ソフィー!」

 

 上手く話が纏まったのに突如として頼み事をした娘を窘める父親。

 だが、それでソフィーは止まらない。

 

「わたしが行っているナルル学園では……銀仮面様のファンクラブがあるんです! そこでは銀仮面様を探すことも含めて、様々な活動を行っていると聞いてます!」

「ほう。銀仮面のファンクラブが……」

 

 ジーナスが興味深そうにそう言う。

 悪くない感触だと感じたソフィーは押し切ることにした。

 

「でも、学生だけじゃ、活動に限界があると思うんです! だから――!」

「パトロンになって欲しいと?」

 

 そう鋭い目でソフィーを見るジーナス。

 ソフィーはそれに怯みながらもどうどうとしながら言う。

 

「――はい!」

「そうか。……うん。構わないよ。私も彼には大切なことに気付かせて貰った恩があるからね」

 

 そう言ってジーナスはミネルバを見た。

 ジーナスに見られたことでミネルバは頬を赤く染める。

 

「君達のファンクラブが……どれだけ彼の役に立つかはわからない。でも、それが彼の名声を広め、彼のように人助けへと繋がるのなら……、私は惜しむことなく君達へと協力しよう」

 

 そう言ってジーナスは手を差し出した。

 

「これからよろしくね。ソフィー様」

「はい! こちらこそよろしくお願いします! ジーナス様!」

 

 こうしてゲームの時とは形を変え、ソフィーとジーナスの協力関係は生まれ、王都でも有数のパトロンを得た銀仮面ファンクラブは、急速にその勢力を肥大化させていくことになるのだった。

 



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汚された命

 

「それでまた負けて帰ってきたわけか貴様は!」

 

 そう言ってバーグはラースを殴り飛ばした。

 殴り飛ばされたラースは、殴られたことに怒りを覚えながら、バーグに向かって思わず反論を行う。

 

「今回は勝ててた! あとちょっとだったんだ!」

「それでも負けたのだろう! 人間如きに! 二度も!」

「がぁっ!」

 

 そう言ってバーグはラースを蹴り飛ばした。

 

「全く使えん奴め……所詮混ざり物、出来損ないは出来損ないか」

「――っ!!」

 

 バーグのその言葉に、ラースが怒りと悔しさで唇をかんだ。

 だが、親であるバーグに反論することもなく、立ちあがる。

 

「もう、お前の戦闘力に期待はしない。さっさとあちらに主導権を明け渡して、第一王女派の動きを探る仕事をしろ」

「だが……オレは!」

「黙れ! 私の判断に口を出すな! もとよりお前の役割はそれだけだ! お前の価値はそれだけだ! わかったのならさっさといけ!」

「……はい」

 

 それだけを呟いてラースは去って行く。

 だが、バーグに声が聞こえない所でぽつりと呟いた。

 

「人間如きって親父は言うけど、人間の技術だって凄いもんじゃねーか。あれやこれや命令するけど、親父が言ってることは何もかも間違いなんだよ」

 

 そう言ってラースは自らの家に帰っていった。

 

「私の子供と言っても、所詮は人間如きの血が混ざった存在か、まったく、思わぬ拾い物だと思ったのだがな……」

 

 そう言ってバーグはラースに関わる過去を思い出す。

 

☆☆☆

 

 四天王の一人であるバーグは、魔王の命令により、人間の支配する王国に騒乱を巻き起こすために、この国へとやってきた。

 そうして、王都の影に隠れて様々な暗躍をしていたバーグの元に、噂を聞きつけたダルベルグ公爵が依頼にやってきたのだ。

 

「この国の正妃を攫って欲しい?」

「そうだ。そして可能であれば始末して欲しい」

「どうしてまたそんなことを……お前達の国の王妃だろう?」

 

 ダルベルグ公爵の意図が読めなかったバーグは思わずそう問い返した。

 そんなバーグの言葉をダルベルグ公爵は鼻で笑う。

 

「確かに王妃であるが……ワシらの派閥の者では無い。いない方がワシらに取っては都合が良いのだ」

 

 そう語ったダルベルグ公爵の濁った瞳を見て――バーグは思った。

 

(面白い)

 

 同族にも関わらず、自分の利益の為に簡単に他者に地獄を見せる。

 そんな浅ましい人族の本性を見てバーグは内心せせら笑ったのだ。

 

(やはり、人間は下等種だな。しかし、だからこそ楽しめる)

 

 その顔に浮かんでいたのは愉悦だった。

 上位種である魔族の自分が、愚かで劣った下等種達をいいように操り、その浅ましい欲望による悲劇を楽しむ、それにバーグは快感を覚えたのだ。

 

「良いだろう。その依頼を受ける」

「当日はワシの手の者で警備を緩めてある。好きなように侵入するといい」

 

 そう言ってダルベルグ公爵は去って行った。

 バーグは依頼の日、魔族としての能力の高さもあって、難なく王城に侵入すると、警備を破って王妃を攫いだした。

 バーグは袋詰めにした王妃をアジトで取り出し、語りかけた。

 

「ようこそ! セリーヌ! 我がアジトへ!」

「貴方は……魔族ですか……」

「そうだ。私は人間から依頼を受けてお前を攫ったのだ。セリーヌ、同族から売られた気分はどうだ?」

 

 そう言ってバーグはニヤニヤとしながらセリーヌを見る。

 だが、セリーヌは揺らがなかった。

 

「そのようなことではないかと思っていました」

「ほう、驚かないのだな」

「このような謀略は王都ではありふれたことですので」

 

 そう言ったセリーヌは、バーグに言う。

 

「私を攫ってどうする気なのですか?」

「依頼主からは攫った後のことは指定されていない。可能ならば殺せと言われてはいるがな」

 

 それを聞いたセリーヌは内心で思った。

 

(ごめんなさい……私に宿った新しい赤ちゃん……ここであの人の足かせになるわけにはいかないの……)

 

 このまま攫われていると、セリーヌを攫うように依頼を出したダルベルグ公爵の思惑に流されることになってしまう。

 だからこそ、セリーヌはここで自ら死を選ぶことにした。

 

「そうですか……殺すなら殺しなさい」

 

 そう言ってセリーヌは強い意思を持った目でバーグを見る。

 それを見てバーグが抱いたのは強い不快感だった。

 

(何だその目は……! 下等種如きが、私が殺そうとしているのに、怖がることもなく、希望を抱いた強い目をして……!)

 

 ただ殺すだけでは生ぬるい。

 そう思ったバーグの口は、愉悦で歪み、言葉を放つ。

 

「やめた。お前を殺すのは止めてやろう!」

「何を……」

「その代わり、お前の顔が恐怖に歪むまで、徹底的に犯して壊してやる」

「――っ!」

 

 その言葉を聞いて咄嗟にナイフで自決しようとするセリーヌ。

 しかし、荒事になれていない王妃では、魔族の身体能力では適わない。

 ナイフはあっと言う間に落とされて、組み敷かれたセリーヌは、そこからバーグに徹底的に犯され、心が壊されることになってしまった。

 

 何処も見ていないような目で、訳のわからないことを呟くようになったセリーヌを見て、バーグは満足すると言う。

 

「これが格の差というものだ。理解したか?」

 

 そう語ったバーグは絶頂していた。

 こちらに刃向かう強い意思を持った下等種を、嬲ってわからせてやるということに、彼は言いようもない快楽を得ていたのだ。

 

 そうして、心を壊されたセリーヌは騎士団に回収され、その中に王との子供がいたということで、出産がされることになる。

 だが、その時に生まれた子供が魔族の力を持っていて、母親であるセリーヌを焼き殺したとダルベルグ公爵から聞いたバーグは、様子を見に行くことにした。

 

「これが噂の子供か……」

 

 ダルベルグ公爵の手の者を使って警備の内容を知り、その隙間を縫って難なくその場所に侵入したバーグは生まれたばかりの子供を見る。

 

 その子供はバーグの方へと視線を向けた笑った。

 そして確かにその子供には魔族の力が宿っていた。

 

「此奴……私がわかるのか? いや、それだけじゃない……この体に人と魔族二つの力と意識が混在している……?」

 

 魔術を使って解析を行っていたバーグはその事実に気付いた。

 強力な魔族であるバーグの血は、生まれたばかりの王女であるユーナに、魔族という存在を埋め込んでしまっていたのだ。

 

「しかも意識の主導権は魔族の側が持っているのか! ははは! 思わぬ拾い物だ! いいだろう! お前を娘と認めてやる! お前は今日からラースだ! ユーナとラース! 二つの存在として生きるがいい!」

 

 そうして人目を忍んでラースを育てる日々が始まった。

 すくすくと成長したラースはバーグの手下として、数々の暗躍を王都で行うようになっていったのだ。

 




 多くの読者が既に察していたと思われる事実がついに判明。
 まあ、この物語でフレイが都合よくバグ枠のヒロインを手に入れられるなんてことあるはずないよね。


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悪役達の会議

 

 バーグが過去を思い出していると、彼の持つ水晶に通信が入った。

 これは空間魔法を使用した遠距離通信を行う水晶で、希少なものだが公爵家など高位の貴族なら一つや二つ持っているものでもある。

 バーグは第二王女派の協力者となる過程で、ダルベルグ公爵からこの水晶を受け取っており、定期的に連絡を取り合っていたのだ。

 

「バーグ! これはどういうことだ!」

 

 激怒するようにダルベルグ公爵が言う。

 それにバーグは辟易としながらも答えた。

 

「最近、王都に邪魔者が現れたのだ。その影響で少しばかり、想定よりも進捗に遅れが出る形となっている」

 

 そのバーグの言葉にレディシアが突っ込む。

 

「少し? これだけ失敗を重ねておいてそんなことを言うのかしらぁ」

 

 その言葉にバーグは内心で舌打ちをした。

 

(下等種どもが……! つけあがりよって……!)

 

「我等魔族の力があれば取り返せる程度のことだ。それに上手くいっていないのはそちらも同じだろう? 中立派を崩すと息巻いていたが、その殆どを、得体の知れない輩に持って行かれたそうじゃないか」

「銀仮面……!」

 

 ぎりっとレディシアが怒りで歯を噛みしめる。

 

 バーグが中立派や第一王女派に対して様々な陰謀を企てる一方で、レディシアがそれで弱った中立派達を取り込んでいく算段となっていた。

 しかし、突如として現れた銀仮面によってその計画は打壊する。

 中立派や第一王女派は銀仮面によって救われ、それらが集まって作られた銀仮面ファンクラブは、他の中立派も巻き込んで一大勢力へと成長していたのだ。

 

「レディシア、その銀仮面を利用することは出来ないのか?」

 

 ダルベルグ公爵が孫に向かってそう聞く。

 レディシアは苦々しい顔をしながら答えた。

 

「一度、愚か者を唆して銀仮面を名乗らせわぁ……。けど、彼奴らは銀仮面を見極める何らかの方法があるのか、直ぐに対応された上に、同じ事が起こらないようにメジーナに対応されてしまった……悔しいけど彼奴は優秀だわぁ……」

 

 メジーナは第一王女派の優秀な文官の娘だ。

 それもあって頭が切れるため、第二王女派が警戒する人物の一人だった。

 

 実際にメジーナはただの愚か者の暴走の裏に、第二王女派がいることに気づき、悪用されない為に、わざわざ校門で見せしめを行ったあと、第一王女派や中立派を纏めて、銀仮面ファンクラブを結成したのだ。

 それによって拮抗していた両者の勢力が、第一王女派へと傾くことになっており、現在の第二王女派は追い込まれた状態になっていた。

 

「同じ手はそうは使えんか……」

 

 レディシアの話を聞いたダルベルグ公爵が考える。

 

 銀仮面ファンクラブの厄介な所は、表向きはどちらの派閥にも所属しておらず、銀仮面という英雄的な存在によって幅広く支持を集められるところだ。

 幾ら派閥闘争があると言っても、銀仮面というどちらの勢力にも所属していない相手に対して、感謝をする気持ちを捨てろなどと命令することは出来ない。

 故に何不自由することもなく、派閥に所属する者を増やすことができ、更にメジーナがトップであることから、その全てがいつでも擬似的な第一王女派に転用できるような状況にあるのだ。

 

 第二王女派にとってこれほど厄介な相手はいないだろう。

 

「そもそも、銀仮面というのは何者なんだ?」

 

 バーグの口からそんな根本的な疑問が出てくる。

 だが、その問いに答えられる者はいなかった。

 

「わからないわぁ。ただ一つ言えるのは恐らく第一王女派ということだけ」

「あれだけ、ワシらが陰謀で潰そうとした相手を救っているのだ。秘密裏にユーゲント公爵によって結成された特殊部隊と考えるのが筋だろうな」

 

 実際にはフレイは第一王女派ではない中立派だ。

 しかし、ゲーム時代の各イベントの裏設定による黒幕が、この第二王女派であるダルベルグ公爵とバーグによるものだったため、攻略対象を救おうとすればするほど、第一王女派を助けるという状況になっているだけだった。

 だが、そんなことを知る由もない彼らは、銀仮面をユーゲント公爵が用意した特殊部隊の人間だと思い込んでいた。

 仮面で顔を隠しているのは、こうやって人々の象徴にすることで、中立派を自派閥に難なく取り込むためのものなのだと。

 

「お前の所の人もどきは何か情報を得ていないのか?」

 

 ダルベルグ公爵がそうバーグに聞く。

 それを聞いてバーグは思い出すようにしながら言う。

 

「ラース……いや、この場ではユーナという方が良いのかな? まあ、どちらにしろ、彼奴は銀仮面の正体に関する情報は何も持っていなかったな」

 

 そう、ラースとユーナは同一人物だった。

 いや、正確に言うなら一つの体を共有するそれぞれの人格と言うべきだろう。

 魔族の側面であるラース、人の側面であるユーナ。

 それぞれの人格ごとに姿も変わり、それぞれの力を使う形で、彼女達は共生するように今まで生きてきたのだ。

 

 だが、ユーナがラースを知らなかったように、意識の主導権はラースにある。

 だからこそ、ユーナが見聞きしたものはラースも知れるが、ラースが見聞きしたものはユーナが知れない状況にあった。

 ラースはそれを利用して、第一王女派の情報を抜いていたのだ。

 

「っち! 相変わらず役に立たないわねぇ……」

 

 バーグの報告を聞いたレディシアが思わずそう呟く。

 そして、それに追従するようにダルベルグ公爵が言った。

 

「ラースとして活動させるために警備に穴を開けるのも手間なのだぞ? このまま役立たずに使い続けるほど、軽視していいリスクではない」

 

 ユーナは魔族の力を持っていたことで、フェルノ王や姉であるクリスティアから、距離を置かれている状況にある。

 警備や私生活などは、王から派遣された者達が行い、王たちやそれに近しい者は、なるべくユーナに関わらないように生活していたのだ。

 だからこそ、ユーゲント公爵派に紛れ込んだスパイを使って、それらの警備を自派閥のスパイだけにすることは難しくはなかった。

 だが、それも第一王女派の情報を抜けることと、もう一つの計画の為に行っていること、さすがにスパイを動員し続けるのは、リスクも費用もかかるのだ。

 

「あちらの計画の方は順調に進んでいるんだろうな」

「それは勿論。アレを実行犯として行動させているからな。十分に証拠も罪も溜まっている」

 

 ユーナを使ったもう一つの計画……それはラースに多くの人々を害させて、その上でユーナがラースであると明かして、第一王女派への信頼を一気に潰そうという悪辣な計画だった。

 バーグはその為にラースを実行犯にして、王都で様々な騒乱を引き起こし、メジーナのような様々な人々を不幸のどん底に落としてきたのだ。

 その殆どが、銀仮面によって妨害されたり、最終的に対象を救われたりしているものの、ラースが実行したという結果までは消せない。

 

 いつでもその爆弾を爆発させることは可能だった。

 

「本当に上手くいくのかしらぁ? あの子は最近、フレイ・フォン・シーザックに入れ込んで、変わりつつあるみたいよぉ? ラースが出てきやすいようにわたくしが行っている心を弱めるための虐めも、最近は難なく対応されてるみたいだし」

「フレイ・フォン・シーザック……ディノスを殺した男か……」

 

 バーグがそう重々しく呟く。

 それを聞いたレディシアは良いことを思いついたように言った。

 

「バーグ! 貴方、フレイを殺してきなさいよぉ。人より優れた上位種の魔族なんでしょう? それくらい簡単に出来るわよねぇ?」

 

 そのレディシアの言葉にバーグは考え込んで言う。

 

「ディノスは――我等魔族の中で――」

 

 バーグは言い辛いことを言うように言う。

 

「最強に近い存在だった」

「そこ、我等魔族の中で最弱とか言うところじゃないのぉ?」

 

 思わずレディシアからそんな突っ込みが飛ぶ。

 だが、バーグはそれを取り合うことなく続ける。

 

「転移の力を使い、オドが少ないものなら、体をバラバラに転移させることで、相手を瞬時に即死させることも出来るのだぞ? それに魔法なども転移で跳ね返せるし、体にワープゾーンを作ることで、物理攻撃をすり抜けることすら可能だ」

 

 バーグはかつて対面したディノスを思い出しながらそう言う。

 

「あげくの果てに相性が悪くなったら何処にだって逃げることが出来る……これを最強に近いと言わずに、何を最強に近いというのだ?」

「それは、確かにそうねぇ……」

「彼奴を倒せるのは、転移を封じる聖女の結界くらいなものだった。新しく生まれた聖女を殺しにいったら、そのまま殺されたというギャグみたいな死に方をしたが、それでもその実力は本物だった」

 

 そしてバーグは警戒するように言った。

 

「だからこそ、その魔道具を持っているフレイを軽視は出来ん。何処までディノスの力を再現出来るかは知らんが、フレイ・フォン・シーザックは明らかな脅威だ。この私でも勝てない可能性は……ある」

「へぇ……見下している人間に負けるかもなんて言うなんてねぇ……」

 

 レディシアが興味深そうにそう言った。

 バーグは不機嫌になりながらもそれに答える。

 

「俺は人間は下等種だと思っている。だが、同族の力である魔道具を使いこなしているのなら、話は別だ。……昔、魔王城にある資料を読んだことがあるが、人は魔道具を使えば使うほど、その性質を取り込み、より強い力を使えるようになるそうだ」

 

 それはゲーム的には魔道具に設定された熟練度というものと同じ仕組みだ。

 使うほどに熟練度が溜まり、ランクが上がると魔道具に備わった、スキルなど新しい力を得ることが出来る仕組み。

 フレイの使う空蝉の羅針盤は、レシリアルートのクリア特典であり、ゲーム上はただの転移アイテムとしてしか使えなかったが、現実であるこの世界では他の魔道具と同等の仕組みを持っており、使えば使うほどにフレイの転移を扱う能力や、転移の方法などが強化されていくことになっていたのだ。

 

「かつて勇者に初代魔王が敗れた時は、そう言った魔道具の力を引き出した人間達が、勇者と共に戦ったことが決め手となったらしい」

 

 勇者達は魔族や魔王に対して最初は劣勢だった。

 だが、勇者達が倒した魔族の魔道具を仲間達が使い、それを使いこなすことで、勇者達は徐々に形勢を逆転させて魔王を討つことが出来たのだ。

 

「だから、私はフレイ・フォン・シーザックとは戦わない。こんな王国の派閥争いで、私の命を賭けるのは馬鹿げているからな」

「ふん、使えん奴め!」

 

 ダルベルグ公爵が嫌悪感をあらわにしてそう言う。

 だが、所詮人ごとで、人間を苦しめて楽しめればいいバーグは、そんなダルベルグ公爵の嫌みを軽く受け流した。

 

「それより、お前達はこれから如何するつもりだ? このままでは中立派を向こうに持っていかれて、どうしようもなくなるのではないか?」

 

 そんなバーグの言葉に二人は苦虫を噛みしめる表情をした。

 そしてダルベルグ公爵がしばらく考えた後、何かを決意したように言う。

 

「クーデターを起こす」

「お爺様!?」

 

 さすがに想定していなかったのか、レディシアがそう声を張り上げる。

 

「レディシア、このままではじわじわと削られて、ワシらが負ける。なら、まだ勢力が残っている間に勝負に出なければならん」

「けど、それじゃあ、中立派も相手にすることになるわぁ」

「だから、銀仮面ファンクラブを使うのだ」

「どういうことぉ?」

 

 レディシアが思わずそう問い返す。

 それにダルベルグ公爵は、にやりと笑って答えた。

 

「銀仮面ファンクラブを扇動し、友好を深めるためのお茶会という形で、セルジオン草原に向かわすのだ。そして、そこを魔物で襲い、ユーナにラースとなって貰う」

「なるほど……中立派を襲ったのは、第一王女派で実は魔族だった、ユーナだという事にするということだな?」

「その通り、そうすれば中立派と第一王女派は混乱し、直ぐに行動に出ることは出来なくなるだろう」

「でも、そう上手くはいくかしらぁ? 彼女達は銀仮面ファンクラブ。あの子がラースであろうとも、もはや大して気にしないんじゃない?」

 

 学園で銀仮面ファンクラブの熱狂を見ていたレディシアは思わずそう言った。

 彼女達に取って、ユーナはどうでもいい存在だろうと。

 

「それにユーナがラースにならない可能性もあるわぁ」

 

 そして成長しているユーナがラースにならない可能性も僅かにある。

 そうなってしまえば作戦は完全に打壊する。

 

「確かに最近のラースは意識がユーナに奪われかけることがあるらしい。人の意識に負けるとは魔族の面汚しだが……そこまで心配なら私の血を使えば良いだろう」

「貴方の血?」

 

 レディシアの疑問にバーグが答える。

 

「私とラースは親子だ。弓矢でもナイフでも何でも良いが、私の血をユーナに打ち込めば、ラースの力を刺激し、強制的にラースへと変化させることが出来るだろう」

「少量であろうとも、ユーナの血に貴方の血が混じれば、それでラースへの変化が始まってしまうということねぇ?」

「そうだ」

 

 バーグはレディシアの疑問にそう答えた。

 そして、ダルベルグ公爵がもう一つの懸念点についても答える。

 

「レディシアよ。クーデターは銀仮面ファンクラブのお茶会に合わせて起こす」

「どうしてぇ?」

「奴らはワシらの介入を疑っているだろう。だからこそ大勢の令嬢や令息が参加するお茶会となれば、奴らは中立派やユーナを守るために戦力を派遣せざる終えない。そしてそこで騒動を起こせば容易に王都へと戻ることは出来ないはずだ」

「なるほどぉ……そこを狙うってわけねぇ……」

「そうだ。そうして戦力が減った王都へと攻め入り、王城を落として、王にレディシアへと王位を譲るように強要する」

「でも、わたくし達だけの戦力でそう上手くいくかしらぁ?」

「そこは、お前も協力してくれるのだろう? バーグ」

 

 そう言葉を向けられたバーグはにやりと笑った。

 

「フレイがいないと言うのなら構わない。それに興味があったんだ。あの女の子供であるクリスティアにな」

 

 そう言って嬉しそうにバーグは舌なめずりをした。

 

「いらない王女ならどれだけ壊しても構わないだろう」

「面白いわねぇ。わたくしもお姉様には散々苦労をさせられたのぉ。だから、お姉様が恐怖に歪んで壊れていく姿を眺めたいわぁ」

「では、一緒に行くとしようか、レディシア姫?」

 

 冗談めかしてバーグはそう笑った。

 

 そうして、悪の会議は続いていく。

 細部を詰めた彼らは、来る日に向けて準備を始めた。

 王国に騒乱が巻き起こされる日は――近い。

 




ディノスは、一番最初に相性差であっさりと倒した奴が、実は作中でもトップクラスの強者だった、というパターンの奴


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囚われのフレイ

 

 無事屋敷に戻ってきた俺は、俺の死にそうなレベルの大怪我を見た来幸とレシリアに泣かれながらも、レシリアの治療によって一命を取り留めた。

 そうして、一段落ついた俺に訪れたのは、悲しみが終わった後に、二人に急速に湧き出した、大怪我を負うような真似をした俺への怒りだった。

 そうして何時間にも及ぶ説教を聞いた俺は、三日間の絶対安静の期間に動き回らないようにと、転移が出来ないように空蝉の羅針盤も取り上げられて、ベットに縛り付けられて拘束されている。

 

「あの……この拘束外してくれません?」

「ダメ!」

「駄目です!」

 

 両隣から強く否定されて俺は思わず押し黙る。

 そしてその二人が手に持ったスプーンが俺の口元へと向けられた。

 

「お兄様! レシィの手料理だよ! 美味しく食べてね!」

「食事です。食べてください」

 

 そう、ベットに拘束された俺を四六時中見張っているのは、来幸とレシリアの二人だった。

 彼女達は、俺が自分で取ることが出来ない食事を取らせるために、それぞれが作った手料理を、スプーンで掬って俺に食べさせようとしていた。

 

「……来幸お姉さん。お兄様はレシィの料理を食べるんだよ?」

「……レシリア様、フレイ様の食生活は私に一任されています」

 

 バチバチと音が聞こえそうな感じで、お互いに良い笑顔で向き合う二人。

 この二人は何故か昔から時折こうやって雰囲気がおかしくなるのだ。

 

「ともかく、お兄様食べて!」

「うごぉ!?」

 

 レシリアのスプーンが俺の口に放り込まれる。

 俺はそれに驚きながらも、何とか口の中に入ったものを咀嚼する。

 

「――っ!!! フレイ様! これが貴方の食事です!」

「ぐえぇ!?」

 

 そうしてレシリアの食事を食べている途中で、今度は来幸のスプーンが口の中に突っ込んできて、俺は呻き声を上げならそれを食べる。

 

「レシィの方が料理美味しいもん! お兄様はレシィの料理を食べるべきだよ!」

「ごおぉ!?」

「何を言っているんですか? 貴方よりも私の方がフレイ様好みの料理を作ることが出来ます。つまり、私の方が美味しい料理を作れる!」

「うごぉ!?」

 

 次々と二人が俺の口の中に料理を送り込む。

 味がなんだとか言ってるが、二つの料理が口の中で混ざって、もう口の中は滅茶苦茶な味で、それぞれの料理の味なんかわからない。

 

「レシィの方が美味しいよね! お兄様!」

「私の方が美味しいですよね! フレイ様!」

「いや、正直味とかわかんな――」

「じゃあ、もっと食べて! レシィの味を感じて!」

「そうです! 私の味を感じてください!」

「ぐぇええええ!?」

 

 何度も何度も放り込まれる料理。

 その度に俺は苦しんでいく。

 やがて二人の残弾がなくなって、スプーンが止まった時、俺は、俺の回答を心待ちしている二人に向かって言った。

 

「ど、どっちも美味しかったよ……」

 

 その言葉に、レシィは頬を膨らませ、来幸は不機嫌そうにして言う。

 

「「ちゃんとどっちがいいか決めて!」」

「はい! じゃ、じゃあ……来幸で……」

 

 どちらかに決めないと絶対に許さないという雰囲気に、俺は取り敢えず安牌な選択だろうと、来幸を指名することにした。

 それを聞いた来幸は勝ち誇った顔をして、レシリアはますます頬を膨らませ、まるでリスのように頬をパンパンにする。

 

「いいもん! 朝昼晩と残り三日で八回も食事の機会は残ってるし、これ以外をレシィが勝てば良いだけだもん!」

「貴方にそんなことが出来ますか?」

「はぁ~!? 来幸お姉さん! 何言ってくれちゃってるの!?」

「私と貴方の差は歴然。全ての勝利は私が頂きます」

「余裕ぶっていられるのも今のうちだけだからね! いつか絶対に! そのお兄様のことなら何でも知ってますよっていうすまし顔をわからせてやる!」

 

 そんなことを来幸とレシリアが口論しているが、俺はそんな話を聞き流しながら、これがまだ八回も続くのか……と絶望に浸っていた。

 

 そんな時――。

 

「む? ……来幸、レシリア。どっちでも良いから拘束を解いてくれないか?」

「? どうしたのお兄様?」

「何かありましたか?」

 

 二人に聞かれてどう答えるかを悩む。

 だが、意識すればするほどそれは近くなる。

 

「いや、その……な。ちょっとお花摘みに」

「それね!」

「そう言うことでしたか」

 

 俺がそう言うと、二人は理解したのか頷いた。

 俺は拘束を解いてくれると思い、二人の行動を待つが、二人はごそごそと近くにある荷物を弄るだけで、ヒモを解いてくれない。

 

「おい、二人とも? 早く拘束を……結構やばいんだ」

 

 そんな俺の言葉に二人はにっこりと笑った。

 

「大丈夫だよ! お兄様! お兄様にはレシィがいるからね!」

「フレイ様、任せてください。私がしっかりと対処します」

 

 そう言って二人はガラスで出来た何かを取り出した。

 それを見て俺の顔は思わず引き攣る。

 

「おい……それはなんだ?」

「お兄様のおしっこを入れる瓶だよ?」

「寝たきりの方にトイレをして貰うための瓶です」

 

 二人が取り出した瓶を見て、俺は思わず声を張り上げた。

 

「いける! 自分で行けるから! そんなの必要ないから! 拘束を……! この拘束を解いてくれぇええええ!」

「ダメだよ! お兄様は絶対安静なんだから!」

「そうですよ。フレイ様の拘束を解くわけにはいきません」

 

 是が非でも応じないと言う態度を見せる二人に、俺は反論する。

 

「いや、これくらいは別に大丈夫だろ!?」

「ダメ! 無理をしてお兄様が死んだら如何するの! お兄様はレシィに取って何よりも大切な存在なんだから、ちゃんと守らなきゃいけないの!」

「私に取ってフレイ様は、他の何よりも大切な代わりのいない存在です! だからこそ、しっかりと守らないといけません!」

 

 そう言って明確に拒絶する二人。

 俺は説得の方向性を変えることにした。

 

「いや、そうは言うが……人の排泄物をケアするなんて嫌だろ!?」

「レシィとお兄様は兄妹だよ? 兄が出したものなら、妹はどんなものだって、受け止められるものだよ……だって家族だもん!」

「フレイ様……私はフレイ様の専属メイドです。フレイ様のお世話ならどんなことでも致します。それが例え下の世話であろうとも私は完璧にこなします!」

 

 暖簾に腕押しと言った感じに何を言っても二人を説得出来ない。

 そうこうしている間に俺のリミットが近づいてきた。

 

「あっあっ……まずい……!」

 

 そんな様子を見たのか、二人は顔を合わせると言った。

 

「始めるね! お兄様!」

「始めます! フレイ様!」

「ちょっ!?」

 

 二人はためらいもなく俺のズボンとパンツを引きずり下ろした。

 そしてそこに現れた俺のそれを見て呟く。

 

「こ、これがお兄様の……」

「これが……中に……」

 

 ゴクリと何故か二人が息をのむ。

 そうして二人はお互いに顔を見合わせた。

 

「フレイ様の危機です。争う訳にはいきませんね」

「そうだね! どっちがやるのか早く決めよう! じゃんけーん……」

 

 さっきまで争い合っていたのに、和気藹々と二人はじゃんけんで、俺の下の世話を今する人を決めようとしていた。

 

「やった! レシィの勝ち!」

「こんな時に……! 私は何故パーを出してしまったのでしょうか……!」

 

 そうして勝敗はレシィに傾いた。

 俺はそんなレシィに向かって叫んだ。

 

「何でもいいから速くしてくれ! もう限界なんだ!」

 

 さすがにここで漏らすよりかは尿瓶に出した方が良い。

 そう、これは医療行為なんだ。

 だから、別にやられたって問題はないはずなんだ。

 

 俺が自分に言い聞かせてそれを待っていると、何故かレシィが俺のそれを握るように触った。

 

「わぁ……」

 

 興奮した様子でそう言うレシィを見て、俺は思わず言った。

 

「ちょっ!? 何触って!?」

「は、外さないようにしないとダメだから! それだけだから!」

 

 尿瓶にそれを当てて、中に尿を出せるようにするためと、レシリアは熱弁する。

 

 だけど、それってそっちの方を手に取る必要あった!?

 尿瓶の方を上手く動かせば、触ることなく、何とかなったんじゃないかな!?

 

「あれ? 何か上手く入らないな……?」

 

 そんな俺の思いも無視して、焦ったレシリアは、俺のそれを弄りながら、何とか狭い尿瓶の入口へと入れようとする。

 それを見て、俺は思わず叫んだ。

 

「何でそんな入口の狭いやつを買ってきたんだ!」

「だ、だって! 男の人のそれの大きさなんて! レシィ知らなかったんだもん! だから、これでいけるかなって!」

「じゃあ、来幸の方は!?」

「すみません。フレイ様。私の方も同じような大きさです……」

「嘘だろ!?」

 

 俺は二人が手に持つ瓶を見て思わずそう叫んだ。

 

 確かに、情報技術が未発達なこの国では、当然のようにエロ画像と言ったものは存在せず、前世のように逸物が見える全裸の銅像などもないため、異性が相手のそれの形状や大きさを知ることは難しい。

 貴族のメイドなどなら、主人の着替えや風呂の手伝いで、そう言ったものを見ているのではないかと思うかも知れないが、帝国の慣習を真似ているダルベルグ公爵派の一部の貴族ならともかく、冒険者が国を切り開いたこの国では、着替えなどのプライベートなことは可能な限り、自分の手でやるのが普通のため、中立派のシーザック家では、主人のそう言ったものを見る機会もないのだ。

 だからこそ、来幸とレシリアが男のそれの大きさや形状を知らず、入口が小さなものを買ってきてしまうことは不思議ではない……不思議ではないが――!

 

「普通は大きめのものを買ってくるだろ!」

 

 大きさがわからないのだから、普通は想定よりも大きな入口の物を買ってこようとするのではないか? そう言う意図を含んだ俺の言葉に、来幸とレシリアは何故か俺から視線を逸らして言う。

 

「ご、ごめんなさい!」

「申し訳ありません。考慮不足でした」

 

 二人がそうやって謝るが、ついに限界が近づいてきて、それを気にする余裕も失われていく。

 

「ま、まずい……! やばい!」

 

 ただやばいという状況しか言えない俺。

 そんな俺を見て、レシリアが言う。

 

「大丈夫だよお兄様!」

「何が大丈夫なんだよ!」

「レシィがしっかりと押さえるから、瓶の入口に向けて、このまましちゃおう!」

 

 そう言ってレシリアは瓶の入口を狙うようにそれを掴んで向ける。

 

「ちょ、妹に押さえてもらいながらって! どんなプレイだよ!」

「レシィとお兄様の初めての共同作業だよ!」

 

 あんまりなその状況に俺が叫ぶと、この状況に困惑しているのか、レシリアが訳のわからないことを言い始めた。

 

 だが、そんなことを気にしている余裕はもう無い。

 ついに、俺の限界は――その時がやってきて、俺は思わず叫んだ。

 

「やめ……! やめて……! あああ~~~~!」

 

 ……こうして俺は異世界で尊厳という大切なものを一つ失った。

 



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千里ルート&ステラルート

今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。


 

「酷い目にあった……もう二度と大怪我なんてしない……!」

 

 俺はその覚悟を決めながら三日ぶりに学園に登校していた。

 

 医療行為のために行われたそれは、瓶の買い直しが間に合わなかった来幸の番も含めて、二度にわたる尊厳破壊を引き起こした。

 それは俺に対して、絶対に二度とこんなことは起こさないと、大怪我を絶対に負わないという覚悟を決めさせるのには十分だった。

 

 俺のそれの大きさや形状が、完全に来幸とレシリアに知られることになってしまったが、どうせキッカによって色々な人にバラされてしまったわけだし、一人や二人増えたところで変わらないさ……と心の中では泣きながらも、自分自身を無理矢理納得させて歩いていると、教室が騒がしいことに気付いた。

 故に俺は近くにいた友人達に、そのことについて質問する。

 

「トート、ベッグ。何かあったのか?」

「お、フレイ! 五日ぶりだね! 怪我はもういいのかい?」

「ああ、問題はない。俺の妹は優秀だからな」

 

 学園の休暇日も含めて、久しぶりにあったトートにそんなことを言われながら、俺はマッスルポーズを取ってその身の健在をアピールする。

 それを見て、トートとベッグは苦笑しながらも、俺が元気なことに安堵し、そして言ってきた。

 

「お前ほどの奴が魔物と戦って大怪我するとはな」

「まあ。俺だって油断することもある」

「気を付けろよ? 友人が死んだなんて、この歳で聞きたくないからな」

 

 そんな友人の温かい言葉を聞きながら、俺は教室の騒がしい方へと視線を向け、再度、トートとベッグに聞く。

 

「それで……あれはなんだ?」

「あれはうちのクラスにいる銀仮面ファンクラブの子だよ」

「いや、それはわかるけど……」

 

 俺は彼女達の中心にいる人物に目を向けた。

 そして思わず思う。

 

 うわ……千里とステラかよ……悪夢みたいな組み合わせだ。

 

 仲が良さそうに話す二人は、有益な攻略特典を持っているため、最初期に銀仮面として救いに行き、そしてその為にとても苦労した、俺に取って思い出したくない攻略対象たちだった。

 

☆☆☆

 

 攻略対象である遠峰千里は、髪色こそ黒ではなく青だが、巫女服を着ているなど和風要素の強い少女だ。

 

 何故フェルノ王国でそんな和風要素があるかと言うと、彼女が住む王国西部の一部地域は、元々は日本っぽい島国である神威列島が開拓して作り出した国が存在しており、神威列島から様々な文化を受け継いだそこを、二百年前にフェルノ王国が征服して自国に取り込んだからだ。

 土地は征服したが文化を破壊することなどはしなかったため、現在でも神威列島で行われているような和風の文化が残る形になっているのだ。

 

 この世界は基本的に七彩の神を神として崇めているが、地域によっては独自の信仰を行う事もあり、神威列島などは七彩の神と同時に自然信仰を行っていたりもしている。

 千里の家系である遠峰子爵家は、フェルノ王国の貴族であるのと同時に、フェルノ王国における自然信仰を祭る神社の元締めであり、その娘である千里も遠峰が持つ神社で巫女を務めているのだ。

 

 そんな彼女の悲劇は善意から始まることになる。

 

 何時ものように巫女として、神社で働いていた千里は、目の前で転んでしまったフードの男性が立ちあがるのを手伝う為に手を差し出した。

 このフードの男性こそが、千里ルートのラスボスであり、千里眼の力を持った魔族であるスイードだったのだ。

 スイードはこの出来事によって、千里に惚れてしまい、自らの能力を悪用して、千里へのストーカー行為を初めてしまうのだ。

 

 その日以来、何処に居ても誰かに見られているような感覚を味わう千里。

 彼女は必死に気のせいだと思いながらも、日々の仕事をこなしていくと、彼女の元に差出人不明の手紙が届くのだ。

 

「誰からだろう?」

 

 そう思って千里がその手紙を見ると、そこには『僕はずっと君のことを見ているからね』と書かれていた。

 

「ひっ!」

 

 千里はそれまで感じていた視線もあって、そう短く悲鳴を呟くと、周囲を見回して、自分を見る誰かがいるのかを確認する。

 

「だ、だれもいない……」

 

 ほっとした千里は、イタズラだろうと手紙を捨てると、そのまま巫女の仕事に戻っていく。

 そして、再び部屋に入ったとき、何故か机の上には捨てたはずの手紙と同じ便箋の手紙が、未開封の状態で置かれているのを目撃し、千里は驚きから思わず目を見開くのだ。

 

「どうして……」

 

 千里はその手紙に恐怖を感じていたが、それでも中身を確認しないといけないと、勇気を振り絞り、その内容へと目を通す。

 そこには『酷いな僕からの手紙を捨てないでよ。イタズラじゃなくて、君を愛している僕からの大切な手紙なんだからさ』と記載されていて、それを見た千里は、恐怖からその手紙を思わず落とす。

 

「イタズラじゃないの……」

 

 千里がそう呟いた時、部屋の入口の方で物音がする。

 振り向くとそこにはまた新たな手紙が落ちていた。

 

「え? さっきまで何もなかったのに……」

 

 千里はその手紙を拾い目を通す。

 そこには『好きだ好きだ好きだ好きだ』と愛の言葉が書き連ねており、そして最後に『朝から晩まで君を見続けるよ。それこそお風呂やトイレだって、君の全てを僕はちゃんと見るからね』と書かれていて、それを見た千里は「ひぃ……!」と恐怖の表情を浮かべ、まるで身を隠すかのように、座り込んで自分を抱え込むように丸くなるしかなった。

 

 こうして千里の地獄の日々は始まった。

 

 何処に居ても何をしても、常に誰かからの視線を感じる。

 それこそ、お風呂やトイレなどの完全なプライベートの時だって、千里は誰かから見られているという感覚を消せなかった。

 

 そして、あの日以来、毎日手紙が届いた。

 直接自室の机に置くなどされたその手紙に書かれた内容は徐々にエスカレートしていき、『千里ちゃんはまだ生えてないんだね。そう言う体質なのかな』とか、『飲み物の置きっぱなしは良くないよ。代わりの僕が飲んでおいたから』とか、彼女の私生活を赤裸々に覗いた内容を元にした、身の危険を感じるような内容になっていったのだ。

 

 その為に千里が手紙を無視し始めると、今度は壁に手紙の内容を記載するなど、千里が無視し出来ない方法で、千里へのメッセージをスイードは書き残していくのだ。

 そんな無視し出来ないスイードのメッセージで、ストーカーに私生活を完全に見られているという気持ち悪さと怖さを感じていた千里は、憔悴して徐々に病んでいってしまう。

 何とかしなければと思い直し、冒険者ギルドに依頼を出したことで、その依頼を受けてやってきたのがアレクだったのだ。

 

 アレクは憔悴する千里を見て、依頼書に書かれた以上に事態は深刻だと気付き、依頼を果たすために日夜周囲を張り込む。

 だが、遠見と隠蔽に秀でたスイードの足取りは掴めず、男を味方に引き込んだことを見て激怒したスイードの行為は更にエスカレートし、気付かぬ間に、食事にスイードが出した白い液体が混ぜられるなど、洒落にならない状況へと発展していく。

 

 身の危険を感じる千里。

 そんな日々の中で、常に側にいてくれるアレクだけが、彼女の安らぎだった。

 そしてある日、アレクは千里にとある策を提案する。

 

 それは自分達からスイードを追うことは無理だから、スイードを罠に嵌めておびき寄せて倒そうというものだった。

 そしてその為に、スイードが自分達を見ていることを利用し、自分達が性交をすると見せかければ、千里に恋心を抱いているスイードは、激怒して自分達の元に飛び出してくるのではないかと語ったのだ。

 

 アレクに惚れ始めていた千里はそれに了承し、アレク達は神社の一室で行為を始めようとするのだ。

 アレクに首筋を舐められ、そして徐々に体を弄ばれながら、服を脱がされて、喘いでいく千里。

 千里が魔族なんて来ずにこのまま続いて欲しいと思う中で、そんな行いを許せないスイードはまんまと誘い出され、そしてアレク達に討伐されるのだ。

 そして、おびき出すための嘘とは言え、途中まで行為をしていた千里とアレクは体の火照りを抑えられず、更に敵を倒したという興奮もあり、お互いの気持ちを確かめた後に、そのまま二人で続きを開始して行為を楽しむのだ。

 そして、その行いで子供を身籠もった千里のために、アレクが神社の入り婿になる形で千里ルートは終了となる。

 

☆☆☆

 

 千里ルートは、こんな感じのルートなのだが、鷹の目のイヤリングが攻略特典の為、俺としては何とかして攻略しなくてはいけなかった。

 だが、原作でアレクが使用した攻略方法は、俺だけのヒロインの為に清い体でいたい俺には不可能であり、独自の攻略方法を探し出さなければならなかったため、想像以上に手間取る事態になってしまった。

 そのせいでゲームでアレクが解決したときよりも、長い時間、銀仮面として千里の護衛をすることになり、それに合わせてスイードの行為もどんどんとエスカレートしてしまったのだ。

 

 スイードの行為のエスカレートを受けて、千里の安全確保の為に、俺は常に千里の側にて、料理作りなど身の回りのことも、スイードの介入を受けないために、俺が全て作業を行うことになった。

 それは、アレクのようにあっさりと解決出来ないことに対する贖罪の気持ちから来る行為だったが、憔悴から病み始めていた千里は、銀仮面への依存をどんどん強めていくことになってしまったのだ。

 

 そうしてそんな中で千里に変化が生じる。

 

 銀仮面が用意したもの以外は何も信用出来ないと言い始めた千里は、常に銀仮面の行動を監視するようになり、それこそトイレや風呂の時すら、銀仮面の行動を覗き見しようとしてきたのだ。

 さすがにそれらは先に気付いて防いだが、それからも食事で使った箸などが消えたと思ったら、それを何故か千里が使っていたり、ふと千里の部屋に置いてある日記に目を通したら、そこには銀仮面の一日の行動がびっしりと全て記録されているなどの事態が発生し始めた。

 

 ……何と言うか、ミイラ取りがミイラになったのだ。

 

 最終的には護衛用の部屋で寝ようとしたところ、直ぐ側の部屋で寝ているはずの千里が、全裸になって突然部屋へと押し入り、そのまま襲われそうになって「やばい!」と転移を使おうとした瞬間に、その状況が我慢ならなかったのかスイードが乱入してきたのだ。

 

 俺はそのスイードを倒して鷹の目のイヤリングを回収したが、戦闘中の俺を見て、「どうして動けるの!? ちゃんと夕食に薬を入れたのに!?」と叫んだ千里が怖くなり、逃げるようにして神社を後にしたのだ。

 

 正直に言うと、薬盛ってくるとか普通にやばいし、真っ当な少女として成長出来るのか心配してたが、ナルル学園で再会した時は、こちらが銀仮面だと知らないのもあるだろうが、普通の少女として活動していたので、俺としてはほっと一安心した感じなのだ。

 だが、それはともかくとして、もし銀仮面だとバレたら、何をしてくるかわからない相手なので、フレイとして過ごすときでも、出来れば関わり合いになりたくない相手なのだ。

 

☆☆☆

 

 もう一人の攻略対象であるステラ・フォン・ゴーレックは、わがままお嬢様を体現した存在だ。

 

 就活に失敗したアレクが仕事を探していると、住み込みで高額な給金を貰える怪しい仕事を見つけ、そしてそれを受けに行くのだ。

 それこそが、ゴーレック家での執事の仕事であり、アレクはステラの専属執事として活動していくことになる。

 

 ゴーレック家は子爵家でありながらも、宝石などの鉱物を扱う商売を生業としており、下手な伯爵家よりも裕福な貴族だった。

 そして、その一人娘であるステラは、その裕福さの恩恵を一番に受けており、貴族の価値観に染まったわがままお嬢様として、数々のトラブルを起こしていくことになるのだ。 

 

 多くの使用人達がやめていったのも、そんなステラに付いていけなかったからであり、アレクも初日から散々振り回されて疲弊することになる。

 だが、アレクに取っての試練は屋敷に帰ってきた後、お嬢様であるステラを風呂に入れるタイミングで発生するのだ。

 

 家に帰って早々に、「下僕、お風呂に入るわよ!」と言って、去っていたステラを、安堵の様子で見送って、ソファーでぐったりとするアレク。

 だが、直ぐにステラが戻ってきて言うのだ。

 

「ステラが風呂に入ると言っているのに、下僕は何故そこにいるの?」

「へ?」

「下僕らしくちゃっちゃと動きなさい!」

 

 唖然としたアレクを引っ張って、ステラは何処かへと進んで行く。

 アレクが何が何だかわからずに混乱していると、風呂場が見えてきたことで、どう言う状況か理解して言うのだ。

 

「ステラ様!? 何故、お……私をこのような所に!?」

「何故? 下僕がステラを洗うためでしょ?」

「はあっ!? い、いや、不味いでしょ! 自分で洗ってくださいよ!?」

「ステラが自分で洗うわけないじゃない! 下僕は貴族というものを知らないのね! 主人の体を洗うのは従者の仕事よ!」

 

 そう言って服を脱がすことをせがむステラ。

 

 ステラはダルベルグ公爵派の貴族であり、帝国のように着替えや風呂など、身の回りのことを全て従者に任せる、ごりごりの貴族を体現したような価値観を持っていたのだ。

 もっともそれは、女性に対して行う事もあることから、基本的に侍女が担当するものであり、年頃の少女相手だと考えれば、絶対に執事にはやらせないものとなっている。

 それが、アレクがやる嵌めになったのは、ステラについていた侍女が、ステラの横暴について行けずに全て辞めてしまったからだった。

 

 アレクは戸惑ったものの、就活に失敗していたこともあり、ここを追い出されたら、稼ぎがなくなってしまうため、ステラの命令に従って、次々と服を脱がしていく。

 ドレスを脱がし、ブラを外し、そしてパンツを外すところで、ゴクリと唾を飲み込んだアレクは、覚悟を決めてそれを下ろし、人生で初となる女性のその部分を目にすることになるのだ。

 

 そんなこんなで既に一杯一杯のアレクに対して、ステラは言う。

 

「いつまで時間を掛ける気!? さっさとステラを洗いなさい!」

「は、はい!」

 

 そうして風呂場に行ったアレクはあることに気付き、思わず顔を引き攣らせながら、ステラへと問いかける。

 

「あの……布がないんですけど?」

 

 体をゴシゴシと洗うための布がない。

 それについてステラはあっさりと答える。

 

「ステラは皮膚が弱いのよ。だから下僕の手で洗いなさい!」

「手で……? わ、わかりました……」

 

 アレクは恐る恐る手で石けんを泡立て、そしてそれでステラを触り、全身をなで回すかのように、ステラの体を洗っていく。

 柔らかいステラの感触を感じながら、腕やお腹と言ったとこから、胸と言うようなデリケートな場所、そしてステラに命じられて今日初めて見ることになった女性のその部分すらも、自らの手でしっかりと洗っていったアレクは、ステラの体が反応して出す小さなあえぎ声に興奮しながらも、何とかステラの全身を洗うことに成功するのだ。

 

 そうしてその中でアレクは理解する。

 ステラが完全に自分を男して見ていないことに。

 

 ステラは風呂以外のことでも、侍女にやらせていた世話を全てアレクに任せたが、風呂での行為も含めてその全てを恥ずかしがらなかったのだ。

 それに気付いたアレクは気持ちが楽になり、自分もステラを女性として意識せずに、主として懸命に支えるように活動していく。

 あるときはステラのわがままを叶え、あるときは襲い来る盗賊からステラを守り、あるときはステラと家族の仲を取り持つなど、執事として完璧な働きを見せて、活躍していくアレク。

 

 そんなわがままな自分を見捨てずに尽くしてくれるアレクを見て、ステラは徐々にアレクの惹かれていくようになる。

 そして、二人の関係に変化が訪れていくのだ。

 

 何時ものように風呂に入ったアレクは、ステラが腕を広げるのを待った。

 だが、ステラはモジモジとして腕を広げない。

 

「どうしましたか? ステラ様?」

「な、なんでもないわ!?」

 

 そう言うとステラは手を広げた。

 だが、その顔は真っ赤であり、脱いだ上半身も真っ赤に火照っていた。

 

「ステラ様、なんだか顔が赤いですね? 熱ですか?」

 

 そう言ってアレクが、ステラのおでこに自分のおでこを合わせると。

 

「ひゃぃ!?」

 

 そう変な声を出して、ステラは倒れそうになってしまう。

 

「危ない!」

 

 そう言ってアレクに抱きかかえられ、ステラの顔はより一層赤くなった。

 

「お嬢様?」

「な、な、な、なんでもないって言っているでしょ!」

 

 そう言うとステラはアレクから離れ、これまで一度も自分で脱がなかった湿ったパンツを自分で脱ぐと、直ぐに風呂場へと入っていってしまう。

 

 ここまでの展開でわかるだろうが、ステラのストーリーコンセプトは立場の逆転であり、これまで異性を意識せずに恥ずかしげもなく肌を晒していた少女が、恋に落ちたことで恥を知り、これまでの行動を恥ずかしく思いながらも、行動を改められずに耐性が付いてしまった相手に好き放題されてしまうという話なのだ。

 性を全く意識していなかった少女が、恋心から性を理解して女性になっていくというのは、ニッチだが刺さる人には刺さる内容で、ステラはインフィニット・ワンでの人気ヒロインの一人なのだ。

 エロというのは慣れてくると、そう言った自分に刺さるニッチな方向へと、どんどん進んでしまうものなので、こう言う物の方が意外と人気が出たりするのだ。

 

 風呂場へと先に入ったステラはアレクに捕獲されてしまう。

 

「ステラ様、そうやって逃げられたら、体を洗えませんよ」

「ア、アレク……ひゃん!」

 

 そう言っていつも通りに手で洗っていくアレク。

 だが、いつも通りのはずなのに、ステラはそれに快感を覚えて、いつもより大きな声で、その快楽に反応してしまう。

 

「あっ、んっ、アレクっ! 今日は自分で……」

「ステラ様、何時もと様子が違いますね。体調が悪いのかもしれません。速く体を洗って医師に見て貰いましょう」

 

 そう言ってアレクの手のスピードが速くなる。

 それによってステラは言葉も放てない状況になってしまった。

 

「んっ、あんっ! あっ!」

 

 やがてアレクの手はステラの大事な所へと向かう。

 

「あっ! ん~~~~!」

 

 それによって達してしまったステラは、アレクの目の前で水分をまき散らし、腰が抜けて風呂場に尻餅をついてしまうのだ。

 

「え?」

 

 思わぬ事態に唖然とするアレクに対して、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたステラは、わがままお嬢様の顔を見せながら言った。

 

「アレク! まだ洗っていない所があるわ!」

 

 やけくそ気味に言うと、ステラはアレクのそれを指差した。

 

「アレクのそれで、ステラを奥まで、ゴシゴシとしっかり洗いなさい!」

「ス、ステラ様……!? それは……!?」

「命令よ! 下僕ならさっさと主を洗いなさい!」

「……わかりましたステラ様。しっかりと奥まで洗わせて頂きます」

 

 そう言ったアレクは、それを使ってステラの中をゴシゴシとする。

 アレクとステラはその快楽に身を任せ――やがてアレクはステラの執事兼夫として、ステラを支え、様々なプレイをしていくことになるとなって、ステラルートの物語は終了するのだ。

 

☆☆☆

 

 ステラルートは、こんな感じのルートなのだが、耐状態異常リングが攻略得点の為、俺としてはこのルートも、何とかして攻略しなければならなかった。

 だが、ステラルートは、男性として意識しない相手に様々な普通の女性なら恥ずかしがるようなことをさせて、後からそれを意識させてその恥ずかしがる顔を楽しむというストーリーのため、お風呂イベントも含めて、必須となるエロイベントが多く、俺的には避けたい相手であった。

 これが、俺だけのヒロインに対してのものなら、嬉々としてやりたいと思ってしまうだろうが、恋愛対象にもならない攻略対象相手にそれを行うのは、俺に取っては拷問にも等しい。

 だから、クレアの時のように他人に譲り、耐状態異常リングという上前を撥ねたい所だったが、下手な相手に譲ると、最初のお風呂イベントの時に、ステラが襲われて終わりになってしまう可能性が高かった。

 

 そのため、性欲に流されない男を選ぶ必要があるが、このなんちゃって中世でそんな人材を見つけるのも難しい。

 なら、女性メイドを派遣するのはどうだとも思ったが、そうすると執事だから起こるイベントが起こらない可能性もあるし、仮に起こったとしても襲撃イベントなどで戦力が足りずに詰みかねない。

 色々と戦闘技術を仕込んでる来幸なら、もしかしたら護衛イベントも含めてこなせるかも知れないと思って提案したが、「私にフレイ様以外のメイドをやれと言うんですか?」と全く笑っているように見えない笑顔で威圧された為、結局俺は銀仮面として自分でやることにしたのだ。

 

 そうして銀仮面として執事の募集に行ったが、あっさりと執事として雇われることになった。

 その時はまだ銀仮面の噂が広がっていない状況だったので、端的に言えば仮面を付けたものすごく怪しい男なのだが、原作で侍女を雇うの諦めて執事としてアレクを雇ったように、どうやら既にステラに着いていけずに、世話をする存在がいないような状況に陥っていたらしく、怪しくても一発合格になったのだ。

 だからと言って雇うのはどうなんだとか、そういう子供に無関心に見える態度が、ステラを傷付けて、わがままお嬢様にするんじゃないのかとか、色々と思ったりもしたが、ともかく執事になることに成功したのだ。

 

 そうしてアレクと同じようにわがままお嬢様の世話を続けて、その日の夜のイベントである鬼門のお風呂イベントが始まった。

 だが、もとより俺だけのヒロインの為に清い体でいるつもりの俺は、そこで一計を案じた。

 

「何をしているの下僕! さっさと脱がせなさい!」

 

 そう言うステラに対して、俺は毅然とした態度で言う。

 

「お断りします」

「は? 今なんて言った?」

「お断りしますといいました」

 

 それを再度聞いたステラの顔が怒りで真っ赤に染まる。

 そしてその怒りのままに俺に向かって言うのだ。

 

「お前! 下僕のくせにステラの言うことが聞けないの! これは命令よ! ステラを脱がせなさい!」

「何度もいいますがお断りします」

「……! ふざけないで! お前なんてクビにして別の男を――!」

 

 怒りのままにステラがその言葉を言い切る前に、俺の右手はステラの頬をはたいていた。

 

「っ!? 今、何をしたの!?」

「ステラ様を叩きました」

「!! お父様にもぶたれたこともないのに! 貴方は――」

 

 そう言うステラの両肩を、俺はガシッと掴んだ。

 それによってステラはビクッとし、その勢いが止まる。

 そして俺は、そんなステラをしっかりと見つめて言った。

 

「ステラ様……ご自身を大切にしてください」

 

 俺の心からの言葉を聞いたステラは、それまでの怒りも忘れて、きょとんと目を丸くする。

 

「お前、何を言って……」

「男に肌を洗わせる……それがどれだけ危険なことか、貴方だって少しもわからないわけではないでしょう?」

「下僕は男である前に執事よ! だから何の問題もないわ!」

 

 ステラが本気でそう思っていることはゲームで理解している。

 結局、アレクに恋心を抱くまで、執事として自分の体を洗うアレクに何の羞恥心も持っていなかったしな。

 

 だけど、それじゃあ困るんだよ。

 無防備なままだと、いつまで経っても後任に安心して、従者の役割を渡すことが出来ないのだ。

 

 だから、俺は徹底的に押すことにした。

 

「執事であろうとも男ですよ。ステラ様。これが私以外の男だったら、ステラ様は自らを洗わせている男に襲われるかもしれません」

 

 そこでステラはようやくその可能性に気付いたのか、少し罰の悪そうな顔をしながらも言う。

 

「ふんっ! 確かにそうかも知れないけど、それならそれで、別に構わないわ! どうせステラが襲われた所で――」

 

 そう言ったステラを、俺は再び平手打ちにする。

 

「二度も……!」

「ステラ様! 私は怒っているのです!」

「……!」

「先程も私は申し上げました! ご自身を大切にしてくださいと! それなのに! 貴方はまた自らを軽視した発言をした!」

「そ、それは……ステラがいいと言ってるのよ! 部外者がステラの考えに口を出さないで!」

「部外者ではありません! 私は貴方の執事です!」

「な……!」

「だからこそ、何度も言います! ご自身を大切にしてくださいと!」

 

 ぶっちゃけ、今日雇われただけだから、部外者も良いところなのだが、それを言ったら話は終わってしまうので、そのまま勢いで押す。

 そうしていると、ステラが理解出来ないと言うように言う。

 

「どうして、お前はそこまで……」

「それは貴方が大切だからです」

「……!!!」

 

 攻略対象としてハッピーエンドにしないといけないからな。

 下手に自暴自棄になってバットエンドに行っても困る。

 

「私は執事です。貴方を大切に思うからこそ、私は、すべきでないこと、貴方の為にならないことは、しっかりとそれをステラ様に伝え、そしてそれでも行おうとするのなら貴方を叱ります! 貴方が正しい道を進み、そして幸せな人生を歩めるように! それが執事と言うものです!」

 

 そもそも執事でもない俺が、アニメとか漫画とかで見た執事を元に、なんちゃって執事論を盛大に語る。

 俺の言葉を聞いたステラは、目に涙を浮かべ始めた。

 

「ステラの為に、ステラを叱ってくれるのは、貴方が初めてよ……」

 

 そう、ステラがわがままお嬢様になったのは、ゲームでのステラルートを元にすれば、わがまま放題な自分を、両親が叱らなかったからだ。

 その為に、ステラは両親からどうでも良い存在に見られているのではないかと不安になり、両親に目を向けて貰うために、よりわがままを言って暴れるようになっていたのだ。

 

 言ってしまえば、愛されてるか不安で暴れる子供と言った所だ。

 

 普通ならさすがに注意が入るだろうが、ゴーレック家は裕福な家で、暴れたとしても問題ないだけの資産があった。

 それに加えて両親はわがままなステラをどうしていいかわからずに、暴れるほどに逆に遠ざけるようになってしまったのだ。

 

 そうなったステラは周囲の者に愛を求めたが、暴れまくるわがままお嬢様について行けるものは少ない。

 次々と侍女が愛想を尽かして止めていったことで、彼女にはわがままな自分という存在しか残らない状態になってしまったのだ。

 

 今にして思えば、風呂なども含めて全てを任せるのも、侍女に自分を見て欲しいからとかだったのかも知れないなと思う。

 

 ともあれ、そう言った状態のステラを見捨てずに付き合い続けたからこそ、ステラルートではアレクに徐々に惹かれていったのだ。

 

 俺はそれほど長い時間を掛けるつもりはない。

 だからこそ、初手で強引にでもステラを大切にしてることを伝え、そしてステラの意識を変えさせることで、その他のステラルートで起こる細々とした問題を解決し、完璧なハッピーエンドを目指そうと思ったのだ。

 

「泣きたいときは泣いていいのです。ステラ様」

 

 俺はそう言って、うれし泣きするステラの背中をさする。

 やがて落ち着いたステラの晴れ晴れとした表情を見て、俺は言った。

 

「一人でお風呂に行けますね?」

 

 キメ顔で言った俺に対してステラが言う。

 

「一人で入るやり方がわからないわ!」

「……では、今日だけは私がやります」

 

 何としまらない状況だが、ステラにやり方を教え、ステラが一人で風呂に入れるようにした。

 

 そうして、ステラの執事としての日々が始まったが、ここで予想外の事態が発生した。

 俺の説教を受けて、少しまともになったステラは、わがままを言うことが少なくなったのだ。

 それによって、起こるはずだったイベント発生が、後にずれ込むことになり、短期決戦を目指したはずが、長期戦へと移行することになってしまっていた。

 

 ステラルートのストーリーは黒幕のような存在がいるわけではなく、わがままお嬢様の行動など様々な要因で、突発的に発動する問題から、ステラを守って行くことが必要になる。

 そうした中で、少しずつわがままお嬢様であるステラの評判を上げ、同時にステラが成長していくことで、周囲の状況を変えていくことがこのイベントの攻略ルートなのだ。

 端的に言えば、わがまま行動を取らなくなったために、評判を上げることに繋がるイベント事態が起こらなくなってしまったというわけだ。

 

 そうしてずるずるとステラの執事を続ける中で、徐々にステラの様子に変化が現れ始めた。

 

 元々は活発に外出するタイプだったが、徐々にその外出する回数が減り、家に居ることが多くなっていった。

 そして、常に執事として俺を側に置こうとしてきたのだ。

 

 その様子を見て俺は悟った。

 銀仮面という存在に、ステラは依存し始めているのではないかと。

 

 わがままお嬢様が起因による周囲の評判の変化がなかったため、周囲の者が自分を認めてくれるという実感を味わうことなく、それでいて執事である俺は、ステラに説教するなどステラを見ていることから、ステラがもうこの執事だけがいればいいと思うようになってしまったのだ。

 

 それに気付いてやばいと俺は焦った。

 

 何せステラは、俺の食事に酢を大量に混ぜると行った事や、執事の部屋に無断で侵入して俺の荷物を漁るなど、わざと俺に説教されるための行動を初めてしまったからだ。

 

 愛を実感するためにイタズラをする。

 その対象が銀仮面だけになった時点で、俺は待つことを止めて、行動に移ることを決めた。

 

 イベントが発生するのを待てないため、わざとステラがそこに行くという噂を流し、そしてサクラを雇って先導して、事件を起こす。

 もうなりふり構っていられない俺は、ともかくあらゆる手を尽くして原作イベントを再現し、ステラと両親の仲を取り持ったのだ。

 

 そうして俺は、ステラが銀仮面を逃さないようにするために用意していた首輪や、それを付けたことに対する説教をして貰うための、どんな説教をされるつもり何だよと言わんばかりの、大人の玩具が満載の説教部屋という存在を見なかったことにしながら、ステラの両親に契約の完了を告げてさっさとその場から逃げ去ったのだ。

 

 その後はどうなかったか心配だったが、こちらも千里と同じように学園であった時は普通の女子になっており、奔放な部分は残っているものの、以前のような傍若無人なわがままはなくなったので、ステラルートを攻略したことで落ち着いたんだなと、ほっと一安心したのだ。

 

 もっとも、千里と同じように、銀仮面だとバレたら、お仕置きされるためとして、どんなことをしてくるかわからない相手なので、フレイとして過ごすときでも、出来れば関わり合いになりたくない相手なのだ。

 



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お茶会の提案

 

 そんな銀仮面として、貞操の危機を感じた嫌な思い出を、二人を見て俺は思い出していた。

 

 この二人の出来事を通じて俺が理解したのは、攻略対象のイベントをクリア出来ないまま、長時間攻略対象と接していると、熱烈な愛の切っ掛けになるほど悩んでいる問題によって、憔悴が激しくなって攻略対象が徐々に病んでしまい、唯一の救い主であるイベント攻略者に依存し、とんでもない行動に出始めてしまうということだった。

 ゲームでは、どれだけ攻略に時間をかけても、イベントをクリアするまでは好感度に変化がなかったが、現実となったことで日々の感情の変化が生まれてしまい、時間経過による影響も大きくなったということだろう。

 

 ともあれ、俺はそれらの経験から、攻略対象達は可能な限り、短期決戦で問題を解決することで、銀仮面に執着しないように心がけている。

 

 そんな風に俺が考えていると、カタリナやサラなど、周囲にいる一年生の銀仮面ファンクラブの中から、ステラが出てきて、満面の笑みで教壇に立った。

 

「聞きなさい! ステラはステラ・フォン・ゴーレック! ステラは、銀仮面という存在に興味があるの!」

 

 その言葉に「知ってる~」とか「銀仮面ファンクラブだもんな~」と、周囲のクラスメイトから野次のような声が上がる。

 

「そして、ステラは他の奴らにも、銀仮面を好きになって貰いたいと考えているわ! だから、ステラが主催する形で、銀仮面ファンクラブの仲間とともに、セルジオン草原で銀仮面についての知識を深めるお茶会を開きたいと思っているわ!」

 

 そのステラの提案に「郊外でお茶会?」と周囲がざわめく。

 その反応に、ステラは堂々と答えた。

 

「心配はないわ! セルジオン草原は弱い魔物しかいないし、風光明媚な場所だから、お茶会に最適だとステラは思うの!」

 

 そのステラの言葉に、セルジオン草原を知っている者達が、「確かにあそこなら危険は少ないか」とか「あそこでお茶会は気分が良さそうだ」などと話す。

 そんな中で、ダルベルグ公爵派の男子生徒の一人が言った。

 

「なあ! どうせなら、他の学級や王女様も巻き込んで! 皆で行こうぜ!」

「いい提案ね! それ!」

 

 それにステラが乗っかり、どんどんと話が大きくなっていく。

 やがて同調圧力によって、いつの間にか学園総出でのお茶会が決定されてしまった。

 

 な~んか胡散臭いな……。

 何かしらの騒動を起こそうと企んでいるのか?

 

 わざとらしく、王女を巻き込む形で話を広げたダルベルグ公爵派を見ながら、俺は思わずそんなことを考えた。

 

 ステラが策謀を企むとは思っていない。

 あのわがままお嬢様は、そこまで頭が回らず、刹那の気持ちで、周囲を滅茶苦茶にしながら、行動するタイプだ。

 だからこそ、これはステラ発案によるものではないと思うが、乗せられやすい性格をしているから、ダルベルグ公爵派の駒として、ステラが上手く使われてしまっている可能性は高いと思っていた。

 

 ステラはダルベルグ公爵派の中では珍しい銀仮面ファンクラブの会員だからこうして使うことも――。

 

 俺はそこまで考えた所であることに気付いた。

 

 いや、待てよ。

 なんでナルル学園にいる攻略対象の中でダルベルグ公爵派は少ないんだ?

 

 ゲームではダルベルグ公爵派は悪役として描かれていたが、レディシアやステラのように攻略対象とすることは幾らでも出来る。

 それなのに、この王都で起こる事件では、ダルベルグ公爵派は殆ど被害を受けず、被害に遭うのは、メジーナのようなユーゲント公爵派か、ソフィーのような中立派ばかりだ。

 だからこそ、王都に存在するナルル学園で結成された銀仮面ファンクラブには、ユーゲント公爵派や中立派が多数在籍している状態にある。

 

 明らかな状況の偏り、これは本当に偶然の産物だろうか。

 

 王都で起こる攻略対象のイベントは、メジーナの時のように、王都に入り込んだ魔族や魔物が何かしらの問題を起こすことが多い。

 ゲームをやっていた頃は、平和な王都で問題を起こすために、外からそれを崩す要因を入れたんだなとメタ的に考えていたが、少なくともメジーナの一件はバーグ一派によるものだと判明している。

 もし、それと同じように、他の魔族や魔物に関する事件も、バーグとラースが暗躍した結果だとしたら?

 

 俺はそこまで考えた所で、あることを思い出して考え直す。

 

 魔族が起こすイベントというのなら、千里もその対象になるか、あれに関しては明確にバーグ一派が関わっていないものだ。

 だとするなら、王都で起こる全ての魔族や魔物が関するイベントが、バーグ一派のものだと結びつけるわけには……。

 

 ――いや、むしろこの場合は、なんで魔族であるスイードが、王都における王国西部派の活動拠点である神社近くにいたのかという方が問題なのか!

 

 人族が主体であるこのフェルノ王国では、魔族は大手を振ってその辺を歩き回れるような立場ではない。

 見つかれば、確実に警戒されるし、場合によっては捕縛されたり、魔王国へと強制送還されるような立場だ。

 だからこそ、プライベートな理由でぶらぶらと歩き回って、偶然神社に行ったと考えるよりも、目的があってそこに行ったと考える方が自然だ。

 

 王国西部派は、二百年前にフェルノ王国に侵略された土地の者で出来た派閥で、征服地という経緯から、中央政府から遠ざけられており、中立派を謳いつつも、反ユーゲント公爵派として、ダルベルグ公爵派と緩い協調姿勢を敷いている。

 ダルベルグ公爵派から見れば、王国西部派は反ユーゲント公爵派の仲間ではあるが、ユーゲント公爵派が取りしきる中央政府から飴を渡されれば容易く寝返るかも知れない、信用出来ない相手であるはずだ。

 

 だからこそ、スイードをあの場に派遣した。

 監視能力を持つ奴なら、王国西部派の裏切りをいち早く察知出来るし、場合によっては王国西部派を脅す材料が見つかるかも知れない。

 

 そうであるのならば、ダルベルグ公爵派とバーグ一派は――。 

 

 そうして考え事をしている間に、いつの間にか放課後になっていた。

 俺はいつものようにお悩み相談室を始めようところで、クリスティアがこちらに手招きしているのを見つけ、病み上がりだから相談室は明日にしてくれと周囲の者に頼み、クリスティアの元に向かった。

 

「何でしょうか? クリスティア様」

「フレイ、お前はステラが出してきたお茶会の話は聞いたか?」

「はい。俺のクラスでも言ってましたから、何となくクリスティア様が来るのではないかと思っていました」

「やはり、お前もきな臭いと思っていたか」

 

 クリスティアは思案するようにそう言った。

 俺はそれに頷く。

 

「どう考えてもダルベルグ公爵派が何かを企んでるでしょう。それが何かまではまだわかりませんが……」

「私達をセルジオン草原に誘い出して、そこで襲うとかはどうだ?」

「他の貴族の令嬢や子息もいるのに? どう足掻いてもダルベルグ公爵派の損に繋がるようなことにしか思えませんが……」

 

 クリスティアを殺すために、他の貴族の令嬢や子息を巻き添えにしたら、さすがに王や他の貴族達は、ダルベルグ公爵派であるレディシアを王にしようなんて思わずに、レディシアを廃嫡して、アリシアの攻略対象であるわんこ王子こと、第一王子のクルトを王にするために動くだろう。

 そうなれば、ダルベルグ公爵派は王の椅子も取れずに、残りの貴族達に処断されて、一環の終わりとなってしまう。

 そんな、決定打とならないような場所で行う博打のような手を、ダルベルグ公爵派が取るとは思えなかった。

 

「むしろ……王城が危険なのかも知れません」

 

 俺はふと思いついた思いつきを口に出した。

 それにクリスティアが反応する。

 

「王城を?」

「多くの貴族の令嬢や子息に王女様方がセルジオン草原に向かうとなれば、当然安全確保の為に騎士団を派遣するでしょう。特に今のようにダルベルグ公爵派の策謀を疑っているのならなおのこと、その戦力を手厚くするのではありませんか?」

「……確かにそうだな。そうか、そうしてそちらの守りを手厚くすれば……」

「逆に王城への守りは薄くなる。そのまま王城を制圧して、王にレディシアへの王位継承を認めさせる方が、決定打に繋がる博打となります」

「クーデターというわけか……」

「どんな形にしろ。正当な王位継承権を持つ者が、王から王位を継承されれば、次期王として機能してしまうことになりますからね」

 

 例え強引な方法であろうとも一度でも実権を握れば勝敗は決する。

 脅されたのだとしても、王位継承自体は本物のため、下手にその王位継承に文句を付ければ、王家への反逆罪として罪に問われかねないのだ。

 

 国の派閥はダルベルグ公爵とユーゲント公爵派が二分している。

 そんな状況で、レディシアの王位継承に文句を付けることが、王への反逆罪として捉えられかねないとなれば、日和見な中立派は被害を恐れて、ダルベルグ公爵側に流れるかもしれない。

 

 そうなればユーゲント公爵派だけで国と戦わなければいけなくなるが、反逆者とされてしまった彼らにどれだけの者が付いてきてくれるか……。

 

「人は現金なものです。そうなればユーゲント公爵派を捨てて、ダルベルグ公爵側に流れるものも多く出るでしょう」

「ダルベルグ公爵派が悪だとしてもか?」

「悪とか善とかでメシは食えませんよ。そういうのは余裕があるやつが言う言葉だと、俺は思いますけどね」

「……そうだな」

 

 追い込まれれば倫理観なんて全部捨てて何でもやるのが人間だ。

 どちらかと言えば、性悪説よりな考え方をしている俺から見れば、余裕がなくなれば誰だって、善の仮面を捨て去って、利益に飛びつくだろうと思う。

 そう言うことをせずに善を貫けるのは、アレクやクリスティアのような、この世界の主人公や攻略対象である選ばれた人間だけだ。

 

 俺の意見に一理あると考えたクリスティアは、その考えにおける大きな問題を、俺に投げかけてきた。

 

「だが、幾らセルジオン草原に騎士団を派遣するからと言っても、ダルベルグ公爵派だけで王城を落とすことが出来るか……?」

 

 ダルベルグ公爵派は確かに大きな派閥だ。

 だが、王城にも中立派やユーゲント公爵派の強力な騎士達が大勢居る。

 王城を落としきれずに、援軍によって潰されるのが関の山ではないかと、クリスティアは考えたのだ。

 

 俺はその話を聞いて、ある考えをクリスティアに話す。

 

「魔族と繋がっていれば可能かも知れない」

「魔族と……だと?」

「はい。ダルベルグ公爵派は魔族と通じているのではないでしょうか?」

 

 ラースを助けた時の煙玉から察するに、バーグは何処かの人間の勢力と手を組んでいる可能性が高い。

 それが何処かと考えると、先程までの考察から考えれば、ダルベルグ公爵派であると考えるのが自然なはずだ。

 

 王都で起こった数々の事件、それはバーグと手を組んだダルベルグ公爵派が、相手の勢力を削ぐために、ラースを使って暗躍させていたと考えればその話の筋が全て通るのだ。

 

 バーグとダルベルグ公爵が手を組んでいた。

 それこそが、この王都での騒乱に関する最大の裏設定!

 

「根拠はなんだ? さすがに思いつきで言っていいことではないぞ?」

 

 一派閥に対する魔族との内通の嫌疑。

 それを聞いたクリスティアは窘めるように俺に言う。

 

 この問いに銀仮面で得た情報は話すことは出来ない。

 だが、先程までの考察で、しっかりとこの質問が来たときの回答を用意していた俺は、俺の知っている情報での関与を裏付ける証拠を話す。 

 

「セリーヌ王妃の誘拐の件です。いくら魔族が人より優れた能力を持っているにしても、簡単に攫われすぎているのではないでしょうか」

「……そうだな」

 

 俺のその言葉にクリスティアは頷く。

 表には出さないが、薄々その可能性に感づいていたらしい。

 

 つまるところ、セリーヌは、ダルベルグ公爵派から情報を得たバーグが派遣した手下の魔族によって拉致されてしまい、心が壊されるまで犯され続けるという悲惨な目に合ってしまったのだろう。

 

 なぜ、バーグ自身ではなく、手下なのかというと、王城という危険な場所に、四天王であるバーグが直接攫いに行くとは考えにくいし、人を見下しているバーグが、自分の力を受け継いだ人間なんてものを許せるはずがないと考えているからだ。

 それに、バーグの娘であるラースも、ゲーム内で自分に妹や姉がいるなんてことは、一言も口にしていない。

 それらを考えれば、ユーナの魔族の力の元となった魔族が、バーグである可能性は低いということだな。

 

 話はそれたが、バーグ一派がその事件に関わっている可能性は高い。

 そうなれば、この関係は十年以上も前から続いていたものであり、今回のクーデターについても、かなりの準備をしているだろうと想像できる。

 

「もし、俺の考えが正しければ、魔族とダルベルグ公爵が手を組んだのは最近の事ではないでしょう。王城を落とすことについても勝算があるはず。……銀仮面ファンクラブのお茶会を中止したらどうでしょうか?」

 

 その方が銀仮面のファンが増えなくて俺も助かるし、と内心思いながらも、クリスティアに俺の考えを伝える。

 守ることを考えるなら、ここは下手に戦力を分散させずに、王都でダルベルグ公爵派を待ち受けるべきだ。

 上手くやればクーデター自体を起こさない可能性もあるし。

 

「いや、それは駄目だ。お茶会などの社交を王家の命令で止めることは出来ない。そんなことをすれば、王家は各貴族との交遊の機会を制御しようというのかと、貴族達から大きな反発を受けることになる」

「まあ、そうですよね……」

 

 ダルベルグ公爵派がクーデターを起こしそうだからお茶会禁止です!

 なんてことを言えるわけもないし、下手に茶会を禁止すれば、その理由次第によっては王家の求心力が落ちることに繋がろうだろう。

 

「だから、私は、あえて王都に残り、クーデターを誘おうと思う」

「本気ですか?」

 

 俺は思わずそう聞き返してしまった。

 だが、クリスティアは晴れ晴れとした表情で答える。

 

「ああ、そうすればダルベルグ公爵派を一気に釣れる。上手くやれば内乱の危険もある王位継承権争いを一気に終わらせられるかもしれん」

「その為に負ける可能性も高い王都に残るのはリスクが高いと思いますが……」

「どちらにしろ、王位継承がされてしまえば私の負けだ。王都にいようと、茶会にいようと、死ぬのが遅いか速いかしか違わない。それなら私は、より大きな利益が得られる方に賭けたいと考えている」

「……覚悟は決まっているってことですね」

「そうだな」

 

 クリスティアの言っている事はもっともだ。

 敵が準備万端に用意していて負ける可能性が高いのだとしても、それに怯えて守りに入ってしまえば本当に負けてしまう可能性が高い。

 リスクがあるのだとしても、勝ちを得るためには、自ら動かなければならなかった。

 

 相手が先に動いたことで、完全に主導権を取られている。

 こちらは相手の行動に合わせて対応するのを余儀なくされている状態だ、

 

 こう言うの嫌だな……。

 

 ここ最近はゲーム知識を使って先手を取ることが多かった。

 久しぶりの出たとこ勝負に、俺は思わず眉を寄せる。

 

「ユーナの事は頼んで良いか?」

 

 クリスティアのその言葉に、俺は勿論と頷いた。

 

「弟子の身の安全は師匠が絶対に守るもんですよ。クリスティア様はユーナ様のことは気にせずに、自分の身を守ることだけを考えてください」

「ふっ。そうしよう」

 

 クリスティアは笑みを見せるとそう言う。

 俺はそんなクリスティアに、空蝉の羅針盤の針を縫い付けた小物を手渡す。

 

「あと、これを持って行ってください」

「これは?」

「転移座標が仕込んである小物です。これがあれば、俺が転移して、クリスティア様の救援に行くことが出来ます」

 

 その言葉に、クリスティアはきょとんとした顔で俺を見た。

 

「フレイは中立を取るんじゃなかったのか?」

「さすがにクーデターを起こそうとする側に付いていく気はありませんよ。それに知り合いが死ぬのは見たくありませんからね」

 

 そこまで言ったところで、俺はきざったらしくクリスティアに言う。

 

「これでも俺は貴族……貴方の臣下でもあります。ですから王を守る剣として、俺に貴方のことを守らせてください」

 

 アレクがどちらに付くかなどと言ってられる状況じゃない。

 どう考えても魔族と通じているダルベルグ公爵派に王権を取らせるのは不味い。

 だとしたら、ここでしっかりと立場を表明するべきだ。

 

 今後はユーゲント公爵派としてクリスティアを支え、その臣下として活動して、シーザック家の利益を考えていくべきだ。

 だからこそ、ユーゲント公爵派への加入を明言する必要があった。

 

 我ながら臭い台詞を吐いたと思うが、臣下入りを明言するには、こう言った格式張った言い回しの方が印象に残りやすいだろう。

 

「なっ……。く、ははは! そうか! では、しっかりと守って貰うとするか! 騎士として私を守ることに全力を尽くせ!」

 

 俺の言葉に一瞬硬直したクリスティアは、きざったらしい台詞に共感性羞恥でも覚えたのか、顔を赤くして笑いながらそう答える。

 俺は、ここまで来たら突っ切るしかねぇ! と騎士の礼を取って言った。

 

「ご命令とあれば。必ずや姫をお守り致します」

「っ――! ああ、頼むぞ」

 

 銀仮面で鍛えたロールプレイ。

 それがクリスティアに決まり、俺は確かな手応えを感じる。

 これで、クリスティアが王となった時、シーザック家を優遇してくれるだろう。

 

「クリスティア様、俺が助けに入るまで、敵との決戦は挑まず、なるべく逃げて、耐えることを優先してください」

「ああ、わかっている。だから、フレイも速く来てくれ」

 

 俺達はそれだけを話すと、王都の警備についての打ち合わせをして、互いの健闘を祈って別れた。

 

 銀仮面ファンクラブのお茶会――。

 そこで何が起こるかわからないが確実にイベントが始まる。

 俺は長年の経験からその実感を強く感じていた。

 



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お茶会の襲撃

 

 そしてお茶会当日。

 俺達は護衛の騎士団とともに、現地であるセルジオン草原に向かっていた。

 俺はそんな中で、手に持った通信水晶で繋がった相手である来幸に話しかける。

 

「来幸、ダルベルグ公爵派の様子はどうだ?」

『今のところ異常は無いようです』

「そうか、引き続き頼む。雇った冒険者や傭兵も自由に使っていい」

『かしこまりました。何かが起こり次第、フレイ様に連絡致します』

 

 そう言って通信は切れた。

 来幸を王都に残し、状況を探って貰っているが、今のところダルベルグ公爵派は動きを見せていないようだ。

 

 先に動くのはこっちってことか……?

 

 俺はそう思いながら周囲を警戒する。

 王都には雇った冒険者や傭兵がいるし、実家から両親を連れてきている。

 シーザック家や街の住民の安全は問題ないと考えていた。

 

 むしろ、戦力的に心配なのはこちらだ。

 俺は確かに強いが、これほど大勢の非戦闘員を守りながら、複数の襲撃者相手に立ち向かえるほど、万能だと思ってはいない。

 

 数が多い相手には範囲魔法の方が強いからな……。

 それこそ周囲の被害を考えなければ、俺にも範囲攻撃の方法はあるが、これだけ味方がいる状況ではそれも使えない。

 それを考えると、先手を取って可能な限り数を減らさないと、このお茶会に参加した何人かは殺されてしまう危険性があった。

 

 こう言うとき、俺の魔力回路が死んでるの悔やむな……。

 

 俺がそう考えている間も、集団は進んでいき、セルジオン草原に到着する。

 

「それでは皆で準備をしましょう!」

 

 銀仮面ファンクラブのリーダーとして、メジーナがそう宣言する。

 その言葉に合わせて、銀仮面ファンクラブを中心として、今回のお茶会の参加者達がテーブルや椅子などを準備し始めた。

 

 人数がいることもあり、あっという間に準備が整い、テーブルに座った面々の前には、銀仮面ファンクラブが用意した特製のお菓子とお茶が並べられる。

 

「こちらは最近懇意になったロンベルク商会の商品よ。とっても美味しいから、しっかりと味わって食べなさい」

 

 今回のお茶会の主催者であるステラがそう言うと、全員がそのお菓子とお茶に手を付けて、参加者との会話とともに楽しみ始める。

 

「美味しいですね! 師匠!」

「そうだな」

 

 俺は隣に座ったユーナの言葉を聞きながら、周囲を警戒を続けていた。

 そうして何事もない時間が続き、全員の気が緩んだその時――。

 

 来た……!

 

 俺は殺気を感じてその方向へと視線を向ける。

 するとそこから針が飛んで来て、ユーナへと向かった。

 

「甘い!」

 

 俺は転移で机の上に移動すると、ユーナの前で飛んで来た針を剣で撃ち落とす。

 そして同時に叫んだ。

 

「敵襲だ! 自分の身を守れ!」

 

 俺のその言葉とほぼ同時に、複数の暗殺者がその場に現れた。

 そして彼らは、こちらの視界を遮るために、煙玉を投げて煙幕を生み出す。

 

 ――だが、そのくらいなら容易く対処出来る。

 

「圧縮転移……!」

 

 俺は現れた煙を、一人の暗殺者の前に纏めて転移させた。

 それによって煙が周囲から消え、視界を遮る効果を完全に失う。

 

 煙は魔力を伴っていない為、空蝉の羅針盤で自由に転移させることが出来る。

 俺はそれを利用して煙を一カ所に集め、煙幕を完全に無効化したのだ。

 

 そして、俺の手はそれだけではない。

 

 圧縮された煙幕が、転移が終わったことで勢いよく噴き出す。

 それは目の前にいた暗殺者の一人を、風圧で大きく吹き飛ばした。

 

「――っ!?」

 

 暗殺者が驚く中で、俺は煙が消えたことで、隠れて対象を殺すというお家芸が出来なくなった暗殺者の前へと転移して、剣で首をたたき切る。

 そして同時にポケットから複数のナイフを上空に放り投げた。

 

 既に視界は切り替わっている。

 俺は三人称視点で全ての暗殺者を視認すると、その首元にナイフを転移させた。

 

「っが!?」

 

 突然、自分の首元にナイフが現れた暗殺者達は、そのナイフに勢いがあったのもあって、そのまま首へと刺されてしまい、血を流して倒れる。

 俺は最後に煙幕の煙を上空に逃がすと、煙の風圧で気絶していた暗殺者の上に立ち、剣でその心臓を突き刺して殺した。

 

「これで全員か……?」

 

 一瞬の出来事にざわざわとするお茶会の中で俺はそう呟く。

 そんな俺の元にユーナが近づいて来た。

 

「一瞬で暗殺者を倒すなんてさすが師匠です!」

「油断するなユーナ、まだ居るかも知れない。常在戦場の心を忘れるな」

「はい!」

 

 俺の言葉にユーナがそう返事をする。

 俺はそれを見て、この状況で集団を纏められるであろう、銀仮面ファンクラブのリーダであるメジーナへと話しかけた。

 

「メジーナ先輩、申し訳ないのですが安全が優先です。本日のお茶会はこれで中止にして、騎士団の護衛の元、王都への帰還を」

「ええ、わかっています」

 

 メジーナは俺の言葉に頷くと、その場の全員に向かって言う。

 

「皆さん、今日のお茶会はこれで終了です! 周囲を警戒しながら、騎士団の人の誘導にしたがって――」

「おい! 何だあれは!?」

 

 メジーナが言葉を発しているさなか、それを遮るように一人の参加者が言う。

 そして、その方向へと目を向けると、獰猛そうな魔物が一匹佇んでいた。

 

「あれは……!? まさか、キメラキマイラ!? こんな所に現れる魔物じゃないのに!?」

 

 魔物に詳しい攻略対象の一人がそう言った。

 彼女は確か――。

 

 いや、そんなことを考えている場合じゃねぇ!?

 

 俺は咄嗟に自分で突っ込みを入れながら、ナイフを放り投げて転移で、キメラキマイラの元へと飛ばす。

 落下によってスピードが付いたナイフは、キメラキマイラへと刺さるが、刺さった部位の肉が盛り上がり、ナイフを抜け落ちると、そこには傷がなくなっていた。

 

 再生能力も健在か……!

 さすが各ルートの後半で戦えるようになる指名手配モンスター!

 

 キメラキマイラは、インフィニット・ワンでのやりこみ要素である、指名手配モンスターの内の一体だ。

 指名手配モンスターとは、インフィニット・ワンをやり込んだプレイヤーが、自分のパーティーで戦闘を楽しむために、ルートに関わらず自由に戦う事が出来る相手であり、倒すと称号やアイテム、賞金などが手に入る相手だ。

 RPGなどではお約束とも言える存在で、他のRPGと同じように、それらの魔物は他の魔物に比べてかなり強い存在になっている。

 そして、このキメラキマイラは、指名手配モンスターの中でも後半側に位置する存在で、鍛えあげたパーティーでないと戦えない相手なのだ。

 

 此奴相手に非戦闘員を守りながらは……!

 

 俺がそう思っていると、キメラキマイラが大地を大きく踏みしめた。

 そのモーションに見覚えがあった俺は、転移で移動しながら、攻撃範囲にいる者達を次々と突き飛ばしていく。

 

「っぐ……!」

 

 最後の一人を突き飛ばした所で時間がなくなった俺は、転移による回避することが出来ず、キメラキマイラが放った火球を一瞬喰らう。

 

「っち!」

 

 だが、直ぐに転移をしてダメージを最小限に留めた。

 俺が一番の敵だと理解しているのか、キメラキマイラは俺から視線を外さずに、俺の動きをじっくりと監視している。

 一方で俺の方もキメラキマイラから目が離せない。

 

「こっちからも来た!」

 

 その言葉とともに、キメラキマイラが来た正面とは別に、左右から暗殺者と魔物達が現れて、騎士団と茶会の参加者を襲いだしていた。

 

 不味い……だが、此奴の相手を止めるわけには……。

 

 助けに行きたいのは山々だが、俺が下手に行動すると、その隙をキメラキマイラに突かれそうだ。

 

 此奴はやりこみ要素の指名手配モンスター。

 強化したパーティーで挑む前提の相手で、下手なルートのラスボスよりも強い存在なのだ。

 俺でも油断していたらやられる危険性がある。

 

 何より再生能力が厄介だ……。

 

 転移による攻撃は基本的に投擲などと同じものだ。

 勢いを付ければ貫通力は増すが、敵全体を吹き飛ばすような、広範囲にわたる攻撃は出来ないため、再生能力持ちを吹き飛ばすことが出来ない。

 

 ナイフを貫通させたとしても、恐らく先程のように回復される。

 奴をまるごと葬るすべはあるが、影響範囲が広すぎて、確実にお茶会に来た参加者を巻き込むことになるから使えない。

 

 手詰まりな状況。

 そんな中、後ろから不意に声がかかった。

 

「師匠! みんなのことはわたしに任せてください!」

 

 それはユーナからの言葉だった。

 俺はそれに対して少し考える。

 

 敵の狙いの一人は、王族であるユーナだろう。

 それを矢面に立たせてもいいのか……?

 

 いや、それはユーナに対して失礼だったな。

 俺が師匠として育てた彼奴なら、この程度の奴らなら問題なく倒せる!

 

「頼む! ユーナ! 生徒を守ってやってくれ!」

「はい!」

 

 そう言ってユーナが駆け出していった。

 キメラキマイラを避けて、多くの者が後ろに下がる中で、左右にいる襲撃者の一人ずつが、手に持った特殊なアイテムを地面に突き刺した。

 

「いまだ! 禁呪! アースフューリー!」

 

 その言葉と同時に、二人の襲撃者は命を落とし、地面が隆起を始めた。

 

「これは……!?」

 

 思わず驚いて周囲を見ると、地面がまるで怒りを表すように、亀裂を生みながら、盛り上がり、俺と他のお茶会メンバーを隔てる壁が、いつの間にか現れていた。

 

「はっ! 端から俺対策をしてたってことかよ」

 

 禁呪――神や賢者など、神の血が混じった者の専用魔法を、それ以外の者でも全魔力と命を消費すれば、発動させることが出来る禁忌の技術。

 それを使ってまで、生み出された乗り越えることが難しい隆起した大地で出来た障壁。

 

 明らかに俺が他の面子を助けに行かないようにするための処置。

 今回のことを企てた奴は、俺のことを高く評価していたらしい、それこそユーナ達を倒す為に俺を引き剥がし、キメラキマイラなんて魔物を用意するぐらいには。

 

「上等だ! なら、お前らが思う以上の強さを見せてやる!」

 

 俺はそう言うと、動き出したキメラキマイラへと向かって行った。

 




 今回は煙を転移させていますが、空蝉の羅針盤では、煙で色が付いた空気は対象指定出来るので、転移させることが出来ますが、通常の空気は透明で対象が指定出来ないので、空気を転移させて酸欠にして倒すとかは出来ない感じです。


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援軍

 

 師匠と離れた後、突如として地面が盛り上がり、そこで現れた壁によって、完全に師匠と分断されてしまった。

 

「そんな……」

 

 わたしはそんな状況に、思わずそんな言葉を呟くと、直ぐに自分の頬を叩いて、気合いを入れ直す。

 

「ダメだ! わたしは師匠にこっちのことを頼まれたんだ! 頑張らないと!」

 

 わたしはそれだけ呟くと駆け出した。

 そして近くで生徒に襲い掛かっていた魔物に殴り掛かる。

 

「ぎぃ!?」

 

 わたしの一撃で、その魔物は魔石を残して消滅した。

 そして、わたしはそれを見て呟く。

 

「いける! わたしでもやれる!」

 

 師匠から色々習った上で、わたしが使うようになったのは、両手に手甲を付けて、相手を殴って倒す格闘主体の戦闘スタイルだった。

 王族が使うべき上品な戦闘スタイルではないかも知れないが、何故かこの戦い方が一番馴染んで使いやすかったので、師匠の提案でこの戦い方にしたのだ。

 

「アイスショット!」

 

 氷の礫を飛ばし、遠方にいる生徒を助けながら、わたしは次々と敵を倒していく、そんなわたしの元へ、敵を魔法で倒しながらメジーナさんが近づいて来た。

 

「メジーナさん!」

「ユーナ王女! ご無事ですか!?」

 

 わたしの言葉にメジーナさんはそう返す。

 そして、真剣な顔をしながら言った。

 

「本来なら、安全な所に隠れていてくださいと言いたい所ですが……」

「わたしも戦えます!」

「そう言うと思っていました。私はフレイ君と一緒に貴方が強くなるための修行をしているのを見たことがあります。……今は猫の手でも借りたい状況。ユーナ王女。少しの間だけでいいのです。私と一緒に時間稼ぎをしてください」

「はい!」

 

 わたしはそう言葉を返すと、近くの敵へと向かっていく。

 そんな中でメジーナさんは叫んだ。

 

「銀仮面ファンクラブ一同!」

 

 その言葉に銀仮面ファンクラブのメンバーがピクリと反応する。

 

「私達の銀仮面様を称えるためのお茶会を敵は襲撃してきた! これはつまり、私達の象徴である銀仮面様を! 此奴らが舐めて侮辱してきたということだ! そんなことを許したままにしていいいのか!!」

 

 その言葉に倒れていた銀仮面ファンクラブのメンバーが立ち上がり、押されていた銀仮面ファンクラブのメンバーが怒りで敵を押し返す。

 

「救われたその身! ここで無駄に散らす気か! 気概を見せろ! 救われただけの価値をその場で示し! 他の者を救って見せろ!」

 

 そのメジーナさんの檄で次々と銀仮面ファンクラブが雄叫びを上げて、勢いを盛り返し、敵を倒していく。

 サラさんが短剣を持って戦場を駆け抜けながら敵を切り裂き、ナタリアさんの槌で魔物を叩き潰す、千里さんが薙刀で巨大な魔物の足下を切って動きを封じると、ステラさんが宝石を砕き、そこに溜められていた魔力で魔法を放って、その巨大な魔物を燃やし尽くした。

 

 そうやって優勢に闘って行くが、徐々に敵に押され始めてしまった。

 

「く……やはり暗殺者はそう上手くはいかないわね……」

 

 メジーナさんが思わずそう呻く。

 

 フェルノ王国は魔物を倒して開拓した場所に建国された国であり、貴族達は平民を守る力を持つべきとされているため、多くの者が戦う事が出来る。

 それは貴族の令嬢や子息であるナルル学園の生徒達も同じであり、攻略対象という優秀な存在が多い銀仮面ファンクラブには、かなりの戦闘能力があった。

 

 だが、暗殺者は対人戦のプロだ。

 そんな相手に、人殺しに抵抗のある貴族の令嬢や子息では、まともに戦う事は出来ず、良いように押されてしまっているのだ。

 

「だけど、そろそろ……来た!」

 

 メジーナさんは戦いあっている戦場の奥、そこで起こり始めた騒がしい音を聞いて、思わず目を輝かせながらそう言った。

 わたしはそのメジーナさんが見ている方向から現れたものを見て、思わずメジーナさんに聞いてしまう。

 

「なっ!? 何ですか、あれは!? 新手ですか!?」

「違うわ! このお茶会が襲撃されるかも知れないってことは、私も読んでいた。だから、事前に伝手が出来たロンベルク商会の凄腕の傭兵達に私達の護衛を依頼していたのよ! これで形勢は逆転した! 今よ! 押し返すの!」

 

 現れた援軍――ロンベルク商会の傭兵の皆さんが、次々と暗殺者達を仕留めていく、それによって余裕が出来はじめたわたし達は、魔物を優先して次々と倒していき、やがて状況は完全にこちらの勝利へと傾き始めていた。

 

「これで――」

 

 そんな油断がいけなかったのだろう。

 師匠には何度も最後まで気を抜くなと言われていたのに。

 

 戦況から自分達の敗北を悟った暗殺者は、全てを投げ打って、わたしに向かって突撃してきた。

 その殆どは他の皆さんによって倒されたけど、抜け出した暗殺者の放った投げナイフが油断したわたしの頬を掠めた。

 

「任務は達成した! これで我等の勝利――」

 

 暗殺者がそう呟いているがそれが耳に入ってこない。

 ナイフで掠めて血が出た部分が熱く、わたしの意識はそこから急速に失われていき、体が力を失って倒れていく。

 

「しまった! ユーナ王女! これは……まさか毒!?」

 

 メジーナさんがそう呟くのを最後に、わたしの意識は闇に消えた。

 



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対話

 

「う……ここは……」

 

 わたしはそう言って目を覚ました。

 周囲はよく分からない空間だ。

 真っ白で何も存在していない。

 

「わたしは死んだの……?」

 

 その光景を見て思わずそんなことを思った。

 最後に掠めたのは暗殺者のナイフだった。

 もしかしたらそこに毒が塗られていて、それによってわたしは死んでしまったのかもしれないと思う。

 

「ようやく起きたか」

 

 そんなわたしに声を掛ける者があった。

 わたしがそちらに目を向けると褐色の肌を持った魔族がいた。

 

「貴方は……」

「オレはラースだ」

「ラース? もしかして貴方は――」

「そうだ。もう一人のお前だ」

 

 そう言ったラースをわたしはまじまじと見た。

 そして納得したように呟く。

 

「そうですか。これがわたしの魔族の力なんですね」

「ああ」

「それで……ラースはわたしに何の用ですか?」

 

 わたしのその言葉をラースが鼻で笑う。

 

「決まってる……お前の体を頂きに来たんだよ!」

 

 そう言うとラースはわたしへと殴り掛かってきた。

 わたしはそれを同じように手甲で殴って防ぐ。

 

「爆ぜろ!」

「っ!?」

 

 ラースの拳が爆発を起こし、わたしは吹き飛ばされる。

 わたしは何とか体勢を整えながら魔法を放った。

 

「アイスショット!」

「無駄だ!」

 

 ラースはわたしの魔法の礫を炎によって消し飛ばす。

 

「貴方は! ずっとわたしの体を利用してきたのですか!」

「ああ! そうだとも! 寝静まった後、お前の体を利用して! 親父の命令を果たすために活動してきたのさ!」

「その親父というのは……!」

「フェルノ国王なわけないだろ! オレ達の父親……魔族のバーグさ!」

 

 炎と氷、拳と拳、が交差する。

 互いの力量にそれほど大きな差がない。

 それ故に生まれた膠着状態の中で、わたし達は対話を行う。

 

「それはわたしの父親ではありません!」

「ははは! これだけ魔族の力を体に宿していて! よくそう言えるな!」

「――! 力が……!」

 

 ラースの言葉を聞いた瞬間、重くなった体に思わずそう呟く。

 わたしはそれに驚き、一瞬の油断を見せたことで、ラースの拳がお腹に直撃することになってしまった。

 

「っ……!」

「ここはな……精神世界なんだ! 心が弱まれば力も弱まる! テメーは親父が父親だということを理解しているのに必死で否定したから弱くなったのさ!」

「それは……!」

 

 ラースの言うことは当たっていた。

 どれだけ嫌だったとしても、魔族の力が完全にわたしに受け継がれている以上、バーグという存在も父親の一人なのは認めざる終えない。

 

「いい加減諦めろよ! 何にもねーくせに抵抗するようになりやがって! オレにさっさと体を明け渡した方がよっぽど有意義に体を使えるぜ!」

「何もないなんてことは……!」

「ほら! また嘘をついた! 弱くなってんぞ! オメー!」

 

 ラースの炎が激しさを増す。

 一方でわたしの氷は弱まっていく。

 

「家族からは見放され! 周りの者からは腫れ物にされ! 学友からは虐められ! ユーナであることに何の意味があるって言うんだ!?」

 

 ラースのその言葉がわたしの胸に突き刺さる。

 

「そんな状況なら、いっそ魔族として楽しく暮らそうぜ! やりたいだけぶっ壊して! 好きな奴がいたら其奴を犯して! 自由奔放に自分らしく生きる! そうやって生きるのさ! それでこそ人生を楽しめるってもんだろ!」

 

 そう言ってラースはわたしに笑いかけた。

 

「安心しろよ! 時折お前に変わって、お前にもいい思いをさせてやるからさ!」

「わたしは……」

 

 人生の意味なんて考えたこともなかった。

 確かにラースが言う通り、これまでの人生は辛いことだけだった。

 だったら、もう全てラースに任せて、自由奔放に生きる彼女の姿を眺めながら、わたしも自由に生きてるんだと誤魔化して、ラースのお零れに預かって行く方が、今よりももっと有意義な人生に……。

 

 そう考えた時、師匠の言葉が頭をよぎった、

 

『師匠として言っておく。気持ちをわからないままにしておくな』

『取り返しの付かない決定的な場面は、こちらの事情と関係無く、突然自分達の前に現れて勝手に去って行く』

『その時に自分の心すらわからない状況だと、本当は得たかった大切な何かを取りこぼすことになるぞ』

『よく考えてみるといいさ。自分自身の心に問いかけてな』

 

「わたしの……気持ち」

 

 わたしは思わずそう呟いていた。

 わたしが師匠に、他の女の弟子がいるかも知れないと思って、あんな言い方で問い詰めてしまったのは何でなんだろう。

 

 こんな戦いの中でそんな関係ないことが頭をよぎる。

 だが、それが今の状況で最も大切なことのような気がしていた。

 

 わたしが師匠の弟子になってから全てが変わった。

 師匠はわたしを弟子として大切にしてくれて、しっかりと指導してくれるだけじゃなく、親身になって色々な相談にも乗ってくれた。

 自分が教えられない分野も含めて、様々な経験が必要だからと、ただ二人っきりで修行するだけではなく、色々な人に教えを請いに行ったり、大勢の人と一緒に修行したりもした。

 

 そうした日々を送っていく中で、いつの間にかわたしは、師匠の弟子になったんだって、そう強く思えるようになっていったんだ……。

 そう思ったら、師匠の弟子だからという言葉が勇気になって、今までの自分のように内に籠もっているだけではなく、積極的に色々な人と話せるようになり、メジーナさんを含めて様々な人と知り合って、どんどんとわたしの世界は広がって行った。

 

 ――王女という看板だけがあって、何処にも居なかったわたしが、師匠の弟子という確かな居場所を見つけることが出来たんだ。

 

 わたしはきっとそれが奪われるのが嫌だったんだ。

 

 だからこそ、師匠に他の弟子がいるかもしれないと思って、神経質になって師匠を問い詰めてしまったんだ。

 

 それに気付いた時、ぼんやりとした頭が晴れ渡っていくのを感じた。

 これこそが、私の気持ちなんだ!

 そして同時に気付く、今までのわたしの思考のおかしさに。

 

「わたしに何かしていましたね?」

「なっ!? 何故だ!? 主導権はオレが握っていたはずなのに……!」

 

 わたしとラースは別人格だ。

 だが、同じ肉体を共有している。

 だからこそ、恐らく肉体の主導権を持っている側の思考に、もう一人の人格は引きずられて、洗脳に近い状態になってしまうのだろう。

 

 それが先程までのわたし――だけどもう負けない!

 

「もう、わたしは何もないわけじゃない! 一人でもない! わたしには取られることを無意識に嫌がれる! 大切な居場所が出来たんだ!」

 

 そうだ! わたしはもう何もない空っぽの存在じゃない!

 師匠のおかげで、わたしにはしっかりとした居場所が出来た!

 ちゃんとしたわたしという存在がそこに出来た!

 

 そこまで考えた所で、わたしは考えを改めた。

 

 いや、そうじゃない。

 気付かないだけで今までもずっとあったのだ。

 

 遠ざけながらも、わたしのことをずっと気に掛けて、見守り続けてくれた、お父様やクリスティアお姉様の優しさがある!

 わたしは王女だった時も、しっかりとそこに居たのだ!

 

「だから! わたしは負けない! 自分の心を理解したから! 本当に得たかった大切なものである! 皆との日々は! 絶対に奪わせない!」

「クソぉおおお!」

 

 炎は弱まり、氷が強くなっていく。

 形勢は完全に逆転し、わたしがラースを押していく。

 その中でわたしはあることに気付く。

 

「始まった時はわたしと貴方は互角だった! 貴方も本当は悩んでいることがあるんじゃないですか! だからこそ、自分がわからないわたしと互角だった!」

「――っ! オレにはそんなもの……!」

「弱くなってますよ! ラース!!」

「がはぁっ!」

 

 わたしの拳がラースにクリーンヒットする。

 ラースはお腹を押さえながらわたしを睨み付ける。

 

「本当はバーグの言うことを聞くのが嫌なんじゃないですか? 魔族の力があるからと、バーグを父親と認めるのが嫌なんじゃないですか?」

「黙れ!」

「貴方は――バーグの道具として過ごす自分が嫌いなんじゃないですか?」

「黙れ黙れ黙れ! 黙れぇええええええ!」

 

 ラースが拳に炎を集め、逆にわたしは氷を集める。

 お互いの渾身の一撃をぶつけ合わせた結果は、あっさりとラースの炎を消し飛ばし、ラースを穿ちながら吹き飛ばした。

 

 白い空間を転がるように倒れていくラース。

 瀕死の重傷から、起き上がれない彼女は、自らを笑うように言った。

 

「かはっ。は、ははは……心には嘘をつけねーか」

 

 何処か諦めたようにそう言うラース。

 近づいてくるわたしを見てラースは言った。

 

「そうだよ。親父の為だって言われるがままに働いてきたが、そんなことに最近は嫌気がさしてきたんだ。彼奴は人間を馬鹿にするが、フレイみたいに見所のある奴や、銀仮面みたいなうぜーけど強いやつもいる。……人間も馬鹿にしたもんじゃない」

「ラース……」

「そう思い始めたら、自分という存在が、バーグによって全て作り出されたものだと感じるようになってきた。ははっ、空っぽなのはオレの方だったってわけだ」

 

 そう言うとラースは涙を流しながら言った。

 

「借り物の体に、親父の力、言われるがまま身につけた思想に、道具として言われたことをこなすだけの生き方……。オレには何一つオレのもんがねぇ。オレは一体なんだ? オレの人生は何の為にあるんだ?」

 

 そう言ってラースは床を叩いた。

 

「オレは! これが自分だと思えるものが欲しかった! だから親父の――バーグの言われるまま行動すれば、魔族としての自分が手に入ると思ってた! でもそんなものは手に入りはしなかった! オレはそれを理解してしまった!」

「……」

「人も悪いものじゃない。いっそのこと、魔族であることを捨てて、普通の人間として、誰かに恋したりとかそういうのを楽しめば、これがオレなんだって、ここにオレは存在しているんだって、思えるようになれたのかもしれないな」

 

 ラースは諦めたようにそんなもしもの話を語る。

 そしてわたしに向かって言った。

 

「さあ、速くオレを殺せ。そうすればオレという邪魔者は消えて、この体はお前だけのものに……あるべき姿に戻る」

 

 わたしはそんなラースの元へと座り込み、その手を握った。

 

「ユーナ」

「わたしは貴方を殺しません――消しません」

「何を言っている! オレが残り続けるぞ!」

「そうするつもりもありません」

 

 わたしの毅然とした態度に、ラースが混乱した表情を見せる。

 そんなラースに、わたしは言った。

 

「一つになりましょう」

「……本気か?」

「はい! 貴方はきっと魔族の力をわたしが拒絶したために生まれてしまった存在。そのせいで、これまでずっとバーグによる負の部分を負担させてしまった」

 

 わたしの中に二つの人格がいる理由。

 それはきっとそう言うことなのだろうと思う。

 

 母を魔族の力で焼き殺したわたしは、無意識のうちに魔族の力を嫌悪し、それを切り離すことで自らの安寧を保とうとした。

 そのために、魔族の力と人の力でそれぞれ分けて人格を作り、それが今まで続いてきてしまったのだ。

 これまで魔族の力であるラースが優勢だったのも、魔族だから支配されてしまったというわけではなく、人の力であるわたしが全てを知るのを怖がっていたから。

 

 今こうして主導権を取り返して、わたしはそれに気付くことが出来た。

 

「だから、もう終わりにしましょう。どちらもわたしなんです。一つになって、それでそこから二人でやり直しましょう?」

「……はっ! 人間側のオレはとんだお人好しらしいな」

 

 そう言うとラースは、わたしの手を握り返してきた。

 そしてそのラースが、徐々に粒子となって、わたしに吸い込まれる。

 

「どちらかが消えるしかないと思ってたが……こうなるなんてな。オレはお前と一緒に、本当のユーナとしての新しい人生を楽しむことにするよ」

「ええ! そしてバーグを一緒にぶっ飛ばしてやりましょう!」

「ああ!」

 

 そうしてラースは完全にわたしに吸収された。

 わたしは欠けていたものが満ちる感覚を得ながら、意識を取り戻し始めた。

 




[ゲーム]
 ラース主体、人に憧れたラースがアレクを好きになり、一度だけユーナに体を明け渡してアレクとやらせることによって、ユーナをアレク好きにさせてアレクが好きという気持ちでユーナを統合、ラースはそのまま人好きな魔族となった。

[本編]
 ユーナ主体、戦う強さを得たユーナが、お互いのもろさを理解し合い、それでも立ち向かうとする気持ちでラースを統合、ユーナはそのまま戦う意思を持った人族となった。


 と言うわけで、最終的に選ばなかった方が消滅して、一人に統合されちゃうので、片方しか手に入らない系のヒロインでした。
 インフィニット・ワンだと、ユーナルートがないので、強制的にラースルートしか選択出来ません。


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vsキメラキマイラ

 

 キメラキマイラに向かって行った俺は手元に烈火を召還した。

 これは空蝉の羅針盤を使いこなすことで得た新たな能力だ。

 

 事前に無生物を自分の魔力で染めることで、その物体をマーキングし、自由にその物体を手元に召還することが出来る能力だ。

 

 アースフュリーによって、こちら側に存在するのは、俺とキメラキマイラだけという状況になっている。

 だからこそ、周りの目を気にすることもなく、こうやって銀仮面時に使用している魔道具を使用する事が出来る。

 

「烈火! 力を示せ!」

 

 俺は炎の斬撃を生み出すと、それでキメラキマイラに斬り掛かった。

 キメラキマイラは背中に翼を生み出して、それを躱すと、空中から俺に向かって先程と同じ、魔法で作った火球を放ってくる。

 

 俺はそれを転移で躱した。

 そしてその場所から炎の斬撃を生み出し、そしてその瞬間に反対側の位置へ転移して、そこからも炎の斬撃を飛ばす。

 

「がるぅ!」

 

 逃げ場がないことに気付いたのだろう。

 キメラキマイラは苛立たしそうにそう呻くと、肉体の一部を盛り上がらせて鞭のようなものを生み出し、それで炎の斬撃を受けて払い落とした。

 

 炎の斬撃によってその鞭の部分は焼けただれるが、キメラキマイラの強力な再生力が、それをあっという間に再生してしまう。

 

「火力が足りないか……なら!」

 

 俺は手元に羽扇のような魔道具――旋風扇を呼び出す。

 

「ボスラッシュで魔道具を手に入れまくった俺を舐めるなよ!」

 

 旋風扇を振るうと突風が生み出される。

 俺は風の動きを計算しながら、キメラキマイラの攻撃を躱し、次々と転移するとその場所で、旋風扇を振るい、次々と風を起こしていく。

 計算された風のうねりは、それぞれがぶつかり合って、竜巻を巻き起こし、それ自体が強力な風を生み出して周囲を巻き込み始める。

 

「がうぅ……」

 

 それをキメラキマイラは鬱陶しそうにするが、それ自体に攻撃力は無い。

 だが、そこに炎があれば――話は別だ。

 

「烈火、力を示せ!」

 

 俺は烈火を起動すると斬撃を竜巻に向ける。

 

「燃え死ねぇええええ!!」

「がぁぁああああああ!!!?」

 

 竜巻に炎の斬撃が当たり、強力な火災旋風が生み出される。

 キメラキマイラの各部が炎によって焼けただれ、全身が次々と燃え上がっていき、その苦しみから叫びを上げる。

 

 キメラキマイラは何とかそこから飛び退こうとするが……。

 

「させるかよ!」

 

 俺は転移でその方向へと飛ぶと、銛を取り寄せて投げることで、キメラキマイラの翼をぶち抜いた。

 そして銛から自分の手に繋がった鉄線を、取り寄せた杭を上空に転移させ、重力を利用して地面に食い込ませることで固定し、キメラキマイラが簡単には火災旋風から逃げ出せないようにする。

 

「が、がぁ……」

 

 やがて火災旋風は終わるが、黒焦げになりながらも、今だ生きているキメラキマイラが、こちらへの敵意を丸出しにしながら見ていた。

 

「これでも殺せないのか……さすが指名手配モンスター」

 

 黒焦げになったキメラキマイラの体が再生していく。

 このままではあと数分で完全回復してしまうだろう。

 

「仕方ない。お前には特別に、俺のとっておきを見せてやるよ」

 

 俺はそう言うと手元に巨大な鉄球を召還した。

 そして俺は、キメラキマイラに見せつけるように、雲一つない澄み渡った青空を指差した。

 

「俺の空蝉の羅針盤は、視認した範囲なら何処にでも転移させられる」

「がうぅ?」

「大切なのは視認ということだ。地上なら建物など何かしらの構造物でその視界は遮られることになるが……天には遮るものなどはない」

 

 俺の足下にあったはずの鉄の塊は、キメラキマイラが気付かない間に、いつの間にか姿を消していた。

 そして、天から轟音を上げて、何かが降ってくる音が聞こえる。

 

「さあ、神の怒りを受けるがいい!」

 

 俺はそう言うとその場から転移で姿を消した。

 そして、その場には、天からの落下物が――かつては神の怒りとも、天の火とも、言われた存在である燃え盛る隕石が降り注ぎ、巨大な鉄球であるそれは、キメラキマイラを消し炭にしながら、膨大な破壊力をその周囲に伝播させていく。

 だが、禁呪であるアースフューリーによって壁が生み出されていたため、ユーナ達の方へと破壊の影響は及ばず、アースフューリーによって生み出された壁が破壊されたものの、何とか被害を俺がいた側だけで抑えることが出来た。

 

「質量兵器こそが最強だって、鉄血のオ○フェンズで習ったからな」

 

 宇宙から放たれたダインスレイブの影響で、次々と討ち取られていった主人公達を思いながら、俺はただ一言そう呟いた。

 

 これこそが、俺の奥の手。

 空蝉の羅針盤の短距離転移の座標指定方法が目視なのを利用し、遮るものがない空を見上げることで、転移を利用して岩石や鉄球などを大気圏まで飛ばし、隕石として落下させて全てを破壊する技。

 

 周囲に破壊の影響が広がるため、先程のアースフュリーのように、味方と離れた状態じゃないと軽々に使用できないが、その欠点を除けばどんな相手だろうと消し炭に出来ると自負する、最強の範囲攻撃というわけだ。

 

 アレクの進むルート次第で、各国との戦争や内乱が起こる可能性があるため、そこで使うために出来れば秘密にしておきたい技だったが、今は時間が何よりも優先されるため、ここでその手札を俺は切ったのだ。

 

「さてと、直ぐにでもユーナの援護に行かなければ」

 

 そう言うと俺はユーナの側へと転移した。

 



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王城での戦い

 

「これは……どう言う状況だ?」

 

 俺が転移してきた場所では、既に戦闘は終わっている状況で、生徒達は何かに集うかのように一カ所に集まっていた。

 

 こちらの戦いはもう決着が付いていたのか……キメラキマイラを倒すのに時間を掛けすぎたな。

 

 俺はそんなことを思いながら、身バレを防ぐ為に烈火から持ち替えて構えていたナイフを懐にしまい、何が起こっているのかを把握するために、その集団へと近づいていく。

 すると、そんな俺に気付いたメジーナが話しかけてきた。

 

「フレイ君!? キメラキマイラは!?」

「もう倒した」

「嘘……あのキメラキマイラを一人で!?」

 

 メジーナがそう驚く横で、エルザが呆れたように言う。

 

「あんたならそうなると思ってたわ。あのよく分からない大きな破壊音も、どうせあんたがやったことなんでしょ?」

「まあな。何をやったのかは秘密だが……そんな事よりもユーナは?」

 

 自分の話を軽く流されたエルザは、一瞬むっとしたものの、事態の重要性は理解しているので、集団が集まる場所を指差した。

 

「あそこ、暗殺者のナイフが掠めて、それから昏倒している」

「は……? まさか、毒か!?」

「それは違うみたい。銀仮面ファンクラブにいた毒に詳しい子に調べて貰ったけど、ナイフについたのは毒じゃなくて何かしらの存在の血らしいわ。そしてそれにも毒性がないことは確認してる」

「そうなのか……」

 

 取り敢えず、命に別状はなさそうだ。

 しかし、どうしてユーナが気絶したのかは依然としてわからない。

 

「気付け薬でも使って見るか?」

「ここは……」

 

 俺がそう言った時に、集団の中にいたユーナが目を覚ました。

 

「大丈夫か! ユーナ!」

「あ……はい! 師匠!」

 

 起き上がりは、ぼーとしていたユーナだが、次第に意識が鮮明になったのか、俺の言葉に元気よくそう返した。

 俺は問題なさそうな状態に、ほっと安堵の息を吐く。

 

「そうか、それなら良かった。立てるか?」

「はい!」

 

 ユーナに手を貸して立たせる。

 そうして、一息ついた所で、懐に入れた水晶が音を鳴らした。

 

「師匠? それは通信水晶ですか?」

「ああ、王都にいるメイドと繋がっている……少し、静かにしてくれ」

 

 俺はその場にいる者にそう言うと、来幸からの通話に応答した。

 

「フレイだ」

『フレイ様ですか! 来幸です!』

「来幸、何があった?」

 

 俺はそう来幸に聞く。

 問題が起こったら連絡すると言っていた来幸からの通話だ。

 恐らく王都で何かが起こったのではないかと思われた。

 

『王都でダルベルグ公爵派がクーデターを起こしました! 王城からは黒煙が上がり、市街地にもダルベルグ公爵派の手の者と思われる魔物と襲撃者が暴れ回っている状態にあります!』

「……そうか。ダルベルグ公爵派がやはり動いたのか」

 

 懸念していた通り、ダルベルグ公爵派がクーデターを起こしたのだ。

 俺は直ぐに来幸に現在の戦況を聞く。

 

「被害状況はどうなっている? 城下町は用意しておいた戦力で耐えられるか?」

『王城の戦況と被害状況はわかりません。城下町の方は事前に雇い入れていた傭兵と冒険者を使うことで被害を最小限に抑えられています』

 

 事前に準備を整えていたから城下町の方の戦況は問題無いようだ。

 まあ、あそこには念の為に、戦力としてS級冒険者であるジークを呼んでいたし、重症を負ったとしても、怪我を癒やせる聖女のリノアやレシリアもいるから、俺が助けに行かなくても何も問題はないだろう。

 

「わかった。来幸達はそのまま城下町の敵集団の排除に尽力してくれ。茶会への襲撃は切り抜けたから、王城の方は俺が何とかする」

『承知しました。フレイ様、ご武運を』

「ああ」

 

 そう言って来幸との通話が切れる。

 それと同時にそれまで静かにしていた生徒達が騒ぎ出す。

 

「クーデターだって!?」

「そんな……王城にいるお父様は無事なの……!?」

 

 ざわめく周囲の中でメジーナが俺に質問を投げかけた。

 

「王城の方は何とかするって、フレイ君はどうする気ですか?」

「知っている者も多いと思いますが、俺は転移能力を持った魔道具を保持しています。王城とクリスティア様の持ち物に転移座標を仕込んであるから、二回の転移を使えば、それらの援軍に行くことが出来ます」

「たった一人で援軍に行くつもりですか?」

「いえ、さすがに俺が一人で行ってもできる事は限られます」

 

 王城は広いため、短距離転移に敵の視認が必要な俺の能力では、一人で全ての人々を救うというのは無理だ。

 だからこそ、俺以外にも援軍を連れていく必要がある。

 

「そこでメジーナ先輩に相談があるのですが……」

「ロンベルク商会の傭兵と護衛用の騎士団を借りたいということですね」

「その通りです。勿論、ここに残る者達を守る分は残してですが……」

 

 少し考えた後、メジーナは傭兵の纏め役と思われる男に話しかけた。

 

「そう言う話なのだけど、貴方達は王城への救援に協力してくれるかしら?」

「俺達は依頼主の意向に従うだけですよ」

 

 そう行って傭兵の纏め役の男は苦笑する。

 

「もっともそんなやばい事態なら、追加の報酬は頂きたい所ですけどね」

「わかった。追加の報酬はシーザック家が出すと、このフレイ・フォン・シーザックが誓おう」

「毎度ありです」

 

 ロンベルク商会の傭兵との話はまとまり、俺は騎士団に目を向ける。

 

「もとより我々は国を守るための騎士! 初めから王城に戻るつもりです!」

 

 そう威勢良く断言した騎士に、俺は頷くと言った。

 

「よし、それでは早速行くとするか、傭兵と騎士は手を繋いで……」

「待ってください」

 

 それを止めるようにメジーナがそう言う。

 

「私達も王城の援護に行きます」

「本気ですか? ここに来た暗殺者と違って、王城に向かえば、同じ貴族と殺し合うことになるんですよ? ここにはダルベルグ公爵派の者も居るはずです」

 

 俺がそう言うとステラが集団の中から出てくる。

 

「確かにステラはダルベルグ公爵派よ。でも、魔族と手を組んでクーデターを企てるような派閥に、義理立てを続けるつもりはないわね」

 

 それはお茶会の参加者である生徒達も薄々感じていたことだった。

 あれだけの魔物を使役して、軍事的な命令に従うように協力させることが出来るのは、魔物を操る技術を持った魔王領の魔族だけだ。

 故にそれがダルベルグ公爵派と思われる暗殺者と共に来たということは、ダルベルグ公爵派が魔族と手を組んだ可能性があるということなのだ。

 

「ステラには泥船に乗り続ける趣味はないの。だから、ここでダルベルグ公爵派を抜けるわ! もっとも、今回の茶会を提案したステラの言葉を信じて貰えるかは知らないけど」

「いや、信じるよ。嘘をつけるような人間じゃないのは見ればわかるからな」

 

 そこで俺は他のダルベルグ公爵派に対して牽制の意味も込めて言う。

 

「それにこの状況でダルベルグ公爵派に付く奴なんていないだろう」

「……そ、そうだよな! 俺もダルベルグ公爵派を抜けるぜ!」

 

 それに続くようにダルベルグ公爵派を抜ける声が相次ぐ。

 本気で抜けたい者も、状況的にそう言わざる終えなかった者も居るだろうが、どちらにしろこれでダルベルグ公爵派は下手なことを出来なくなったし、いざとなればユーゲント公爵派に寝返るために仲間を売ってくれるだろう。

 

 ひとまず茶会に参加したダルベルグ公爵派の無力化に成功したと思った俺は、メジーナの方へと再度目を向けた。

 

「それでメジーナ先輩達は本当に来るつもりですか?」

 

 俺が覚悟を問うようにそう言うと、メジーナ達は迷いのない目で答えた。

 

「勿論です。当主ではないとはいえ、私達も貴族。クーデターを起こすような反逆者達を野放しにしてしまえば、貴族の名折れです」

「……わかった。共に行きたいと言う者は手を繋いでくれ、但し怪我をしている者は、例え意思があろうとも、足手纏いだから連れていかない」

「それくらいはわかっています」

 

 お茶会の襲撃で傷ついた者が、残る騎士と傭兵に守られるように、俺の元から離れてそこで治療を始めた。

 

「師匠! わたしも行きます!」

「先程まで倒れていたが大丈夫なのか?」

 

 怪我人達と一緒にここで待っていた方が良いのでは? と俺がそう言う思いでユーナに向かって言うと、ユーナは強い意思を持った目で答えた。

 

「クリスティアお姉様を助けたいんです!」

「そうか、わかった。一緒に行こう!」

 

 俺はユーナの手を繋ぎながらそう言った。

 そして戦う意思を持ったものがそれぞれ手を握り、俺達が輪を作るように互いに手を握った所で、俺は宣言した。

 

「では、行くぞ! 転移!」

 

 俺達はその場を消え、王城へと移動した。

 

☆☆☆

 

 王城の広間に着くと、そこは既に戦場と化していた。

 反逆者とそれに対抗する者が互いに魔法を打ち合い、破壊の嵐が吹き荒れている。

 そんな場に転移してきた集団を見て、双方の動きが止まった。

 

「王家の救援に来ました!」

「そうか! 助かる! こちらに加勢してくれ!」

 

 俺の言葉に壮年の男がそう答える。

 それを見て、俺はメジーナにこっそりと話しかけた。

 

「彼は?」

「ユーゲント公爵派の貴族です。戦っているのはダルベルグ公爵派の貴族ですし、あちらに加勢するので間違いはないと思います」

 

 ユーゲント公爵派の重鎮の娘であるメジーナがそういうのなら間違いはない。

 

「わかりました! 共に反逆者を倒しましょう!」

 

 そう行って俺達は戦いに参戦する。

 敵に挑む前に、俺は生徒達に向かって忠告する。

 

「自分の強さを見誤るなよ! 敵には必ず二人以上の複数人で当たれ!」

「はい!」

 

 俺の言葉に従って、ダルベルグ公爵派と魔物相手に、茶会の参加者であるナルル学園の生徒達は、二人以上の人数で挑み始めた。

 

 問題なさそうだな。

 俺は生徒達が危険な目に合わないか様子を伺っていたが、彼らは自らの身の安全を優先しながら堅実に戦っていたため、危険はないと判断し、転移を発動して敵の貴族の前へと転移した。

 

「なに!?」

「終わりだ!」

 

 手に持った剣で心臓を貫き、その貴族を刺し殺す。

 

 一瞬、殺さずに無力化するべきかとも考えたが、反逆罪は一族郎党纏めて死罪となる罪の為、無理をして無力化するべきでもないかと考え直した。

 このクーデターの責任を取らせる必要がある、ダルベルグ公爵とレディシアは生かして捕らえる必要があるが、それ以外は基本的に生死不問でいいだろう。

 

 それに、下手に不殺を貫いて、味方が危機的状況に陥るなんて、馬鹿げた展開を起こすわけにもいかない。

 この期に及んでも、ダルベルグ公爵派として立つような奴と、国を守るために戦っている者、どちらの命が大切かなんて、わかりきっていることだろう。

 

 これまで権力闘争の為に散々悪事を働き、状況的にトップが魔族と組んで明らかにやばいことに手を貸していることに気付きながらも、ダルベルグ公爵が勝った時に得られる利益に目が眩んで、何も考えずに付いていく愚か者を生かしておく必要もない。

 仮にここでダルベルグ公爵派を生かしたとしても、そんな奴らはどうせ新しい悪に従って直ぐに私腹を肥やすような真似をするだろうから、改心を期待するだけ無駄なのだ。

 

 だからこそ、俺は味方が確実に勝てるように、次々と転移して、情け容赦なく、敵を殺すことで、手早く確実に敵を無力化していく。 

 俺達が援軍が参戦したのもあり、広間での戦闘は王城側の勝利として、あっと言う間に終わった。

 

「すまない。助かったよ」

 

 そう言って助けた貴族の男が声を掛けてくる。

 俺は彼に現在の戦況を聞いた。

 

「貴族として当然のことをしたまでです。それよりも現在の戦況はどうなっていますか? 王族の方々は既に避難をされたのでしょうか?」

「同時に複数箇所を攻められて詳細はわからないが……王は既に避難されたという情報がある」

 

 現フェルノ王は気の弱い男だ。

 だからこそ、クーデターが起これば、直ぐに逃げ出すと思っていたが、それは間違っていなかったらしい。

 ともあれ、こちらの敗北条件である現王によるレディシアへの王位継承は防がれたようなので、ひとまずそこは一安心と言った所だ。

 

「クリスティア様は……?」

 

 だからこそ、俺は残りの懸念であるクリスティアについて聞いた。

 それに対して貴族の男は苦い顔をする。

 

「クリスティア様は王を逃がすために囮役をされて……現在は敵の首魁に追い立てられて、何処におられるのかはわからない状況です」

「そんな……!」

 

 貴族の男の話を聞いたユーナが、思わず悲鳴のような声を漏らす。

 

「直ぐに追った方がいいか……」

 

 俺がそう呟くと、メジーナが集団を代表して言った。

 

「フレイ君。こっちは問題がないから、ユーナ様とともに、クリスティアの救援に向かってあげて」

 

 ここからは王城内の各地に援軍に行く形になる。

 クリスティアを直ぐに助けにいかないといけないが、下手に全員で行けば他の場所の救援が遅れることになる。

 戦力的には俺ともう一人か二人が抜けて助けに行くのがベストだ。

 

 その点を考えれば、メジーナの提案は理に適っていたため、俺はメジーナの言葉に生徒達が全員頷くのを見ると、ユーナに言った。

 

「わかった。行くぞユーナ!」

「はい!」

 

 そうして俺はユーナの手を握って転移をした。

 




 今回の話で茶会にエルザいたの!? と思ったかも知れませんが、基本的に学園のメンバー全員参加(クリスティアとレディシアを含めた一部の者だけが欠席)という状況なので、トートとベッグも含めて参加しています。
 事前にフレイから何か事件が起こるかもと聞かされていたので、それぞれ離れた場所で周囲を警戒していたため、会話に出てきませんでした。


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激怒

 

 転移した先で目に入ったのは、振りかぶったバーグの拳だった。

 俺は咄嗟にそれを剣で防ぐと、後ろにいたクリスティアに向かって言う。

 

「待たせたな! 約束通り助けに来たぜ!」

「フレイ! ユーナ!」

 

 咄嗟の事だったのでうっかり敬語を忘れてしまったが、まあいいだろう。

 ともあれ、俺はクリスティアの危機的状況に何とか間に合ったらしい。

 

「フレイ……フレイ・フォン・シーザックか……」

 

 バーグはそう言うと、俺を警戒するように距離を取った。

 そして俺に対して言う。

 

「お前にはキメラキマイラをぶつけたはずだが?」

「あんなものは直ぐに倒した」

「あれが足止めにすらならないのか……」

 

 冷や汗を流すバーグ。

 その奥からレディシアがこちらに顔を見せた。

 

 ダルベルグ公爵はいないが、首謀者がそろい踏みだな……さっさと倒して、このクーデターを終わらせることにしよう。

 

 俺はそう思い、一歩足を踏み出そうとして――。

 

「バーグ、ユーナがラースになってないじゃないの」

「……へ?」

 

 俺はレディシアが放ったそんな言葉で、間抜けな声と共に思わず足を止めた。

 

 ――いま、彼奴なんて言った?

 

 唖然とする俺の前で、続けてレディシアが言う。

 

「貴方言ったわよねぇ? 自分の血を使えばユーナは確実にラースになるって」

「私のせいではない。どうせお前の手の者が、ユーナに私の血を付着させるのを失敗したのだろう」

 

 さも当然と言った口調でレディシアとバーグは会話を続ける。

 だからこそ、俺はその言葉を思わず口に出してしまった。

 

「お前ら何を言っている? ユーナがラースになるとか、ユーナを馬鹿にするような、ふざけたことを口にするのはやめろよ」

 

 嫌な予感を打ち消すように俺が言ったその言葉。

 それを聞いたレディシアは、まるで何も知らない愚か者を嘲笑うかのように、歪んだ笑みを見せると、俺に対して言う。

 

「貴方……ラースを知っているのねぇ?」

「それがどうした」

「それなのにラースが何者なのか知らないと」

「知らない訳じゃない。ラースはそこのバーグの子供で、王都で様々な騒動を起こしていた魔族だ。ユーナとは見た目も違う。別人だ」

 

 そう、俺はラースがどんな存在なのかを知っている。

 バーグの娘の魔族であり、手下として王都で暗躍する存在。

 そんなラースがユーナと同一人物であるはずがない。

 

「くっふふふ、あ~はははは! これは傑作だわぁ!」

「何がおかしい!!」

 

 突如として心底愉快だと笑い出したレディシアに、俺は不快感を露わにしながら、そう糾弾する。

 しかし、レディシアは笑いを止めることなく、笑い続けたまま、俺に対して清々するように言った。

 

「師匠としてユーナを育てあげた者が何も知らないなんてねぇ! いいわぁ、わたくしが教えてあげる! ラースはねぇ、ユーナのもう一つの姿なのよ!」

「もう一つの姿……だと?」

 

 何を言っているんだ此奴。

 もう一つの姿とか、ポケ○ンでもあるまいし、そんなものがあるはずないだろと、俺は胡乱げな視線でレディシアを見るが、レディシアはそれすらも面白いと言った雰囲気で、愉悦の笑みを浮かべながら言った。

 

「セリーヌは知っているわよねぇ? お姉様とユーナの母親」

「……ああ」

「そのセリーヌが魔族に攫われて犯されて壊されたことも」

「……クリスティア様から聞いた」

 

 俺はレディシアの質問に答えておく。

 だが、その中で次第に心の何処かから、『これ以上は絶対に聞くな!』という危機を知らせる声が響いてくる感じがする。

 しかし、ここまで来て止めることは出来なかった。

 ここまで聞いてしまったのなら、ここで聞くのを止めても、このことについて疑ってしまう疑心が残る。

 疑心の種が芽吹いてしまったのなら、白黒はっきりさせてそれを取り除かなければ、種がなかった頃の元通りの生活を送ることは出来ないのだ。

 

「その襲った魔族がこのバーグなのよぉ! そしてその時にセリーヌのお腹の中にいたユーナはバーグの種の影響を受けた! 魔族の力を得て、ラースへと変身することが出来るようになったのよぉ!」

「なっ……! そんなあり得ない! 魔族に変身なんて……!」

「それがあり得るのよぉ! 何ならそこにいる本人に聞いて見ましょうか? ねぇ、ユーナ。貴方はラースでもあるわよねぇ?」

 

 その言葉で全員の注目がユーナに向く。

 そして、ユーナは決意のこもった瞳でその言葉を言った。

 

 ――言ってしまった。

 

「確かにわたしはラースでもありました」

 

 は? 何を言っているんだユーナ?

 お前がラースだなんて、そんなことがあっていいはずがないじゃないか。

 

 俺は思わずそんな強がりを内心で口にする。

 

 だが、敵であるレディシアも、ラースの親であるバーグも、何よりも当人であるユーナがそうであると断言している。

 これ以上のものは存在しないと言えるほどの証拠だ。

 

 目の前が真っ暗になり、思わず俺が倒れそうになる中で、ユーナはラースであると断定したユーナ達の会話は続いていく。

 

「ほら、わたくしの言った通りでしょう?」

 

 レディシアは勝ち誇ったようにそう言うと、ユーナに向かって言う。

 

「ユーナ、貴方はラースとして、このバーグの手下として、今まで散々悪事を働いてきたわぁ。それが今更お姉様を助けに来て、正義面をするつもりぃ? 貴方がやるべきことは今まで通り、バーグの命令を聞いて、そこにいるお姉様を殺すことよぉ」

 

 え、え、ちょっと待って。

 本当にユーナとラースは同一人物なのか……?

 

「確かにわたしはラースとして悪事を働いてきた。もう一つの人格が行ったことであり、わたし自身が知らなかった事だとしても、それはわたしの罪です」

「なら――」

「ですから、わたしはその罪を背負って、償うために人々の為に働きます! クリスティアお姉様を助け! そしてこのクーデターを収めて見せます!」

「お前では話にならない。――ラース! さっさと出てこい!」

「ラースはもう居ません! わたしと一つになった! 全ては自分勝手な都合でわたし達を利用したバーグ! 貴方をぶっ飛ばすために!」

「貴様……!」

 

 ちょっと待って! ちょっと待って!

 めちゃくちゃ良いやり取りをしている気がするけど! ユーナがラースだった事に関する衝撃で! 全然頭に入ってこないからちょっと待って!

 

 もう駄目だ。

 ここまでユーナとラースが同一人物であることを誰もが認めているのなら、その二人が別人だと思うことは出来ない。

 

 こと、ここに到っては観念しよう。

 ユーナとラースは同一人物。

 二人で一つの体を共有し合っていた存在だったのだ。

 

 ……あれ? ってことはあれか? 

 俺はユーナを攻略しているつもりだったが、気付かなかっただけで、実はラースルートを攻略していただけなのか!?

 

 師匠として人間の技術をユーナ(ラース)に教え、人族の普通の暮らしを、ユーナ(ラース)とデートすることで見せる。

 よくよく考えて見れば、俺がこれまでユーナに対して行ってきたことは、ラースルートでラースを落とす為の行いと被っているのだ。

 

 それを自覚した瞬間、あれだけ色鮮やかに見えていた思い出が、まるで灰となるように、灰色になってかすんでいくような実感を覚えた。

 

 自分だけのイベントだと思っていたものは、結局はこの世界に用意されたイベントの一つで、俺はただそのレールの上に乗って好意を得ていただけで、己の力で成し遂げることが出来たなんてものは何もなく、自らの手で望んでいたものを勝ち取った訳でもない……。

 

「あ、ああ……」

 

 ただの道化。

 あれが用意されたイベントであるとも気付かずに踊っていた間抜け。

 

 ――それが俺だ。

 

 それにラースがユーナと言う事は、ユーナは攻略対象――。

 いや、待てよ?

 

 そこまで考えた所で俺は気付いた。

 ラースがユーナであることは、ユーナが攻略対象であることに繋がらないと。

 

 さっき、ユーナも言っていたじゃないか!

 ラースはもう一つの人格で、行ったことは知らなかったと。

 つまり、ユーナはラースに体を勝手に使われていただけの、ただの被害者だ!

 

 俺の価値観からすれば、それならばユーナとラースは同一人物には当たらない。

 俺が何よりも大切にするのは心だ。

 体が同じでも別人格であり、お互いの行動を知らないなら――。

 

「あっ!」

 

 そこで俺は気付いた。

 気付いてしまった。

 

 ラースルートの時、一度だけラースがプレイの一環だとして、別人のようになってアレクと行為をしたことがあった。

 ゲームとして見ていた時は、ラースは演技派なんだなと、ラースの意外な一面を見られて面白がっていただけだったが……。

 

 今にして思えば、あれは本当に別人――ユーナだったのでは?

 

 ユーナがラースを、バーグをぶっ飛ばすという面で取り込んだように。

 ラースがユーナを取り込むために、アレクを好きだという感情をユーナに埋め込む目的で、アレクにユーナを抱かせたのではないか。

 

 そんな発想が頭をよぎる。

 

 勿論、これは俺のただの考察だ。

 前世の世界でそのことは明言されておらず、インフィニット・ワンの開発者もいないこの世界では、本当のところを探ることは出来ない。

 

 だが、俺はその可能性に気付いてしまった。

 そしてその可能性が低くないことも実感してしまった。

 

 ああ……もう駄目だ。

 こうなってしまったら、もう無かったことには出来ない。

 

 ユーナ・フォン・フェルノは……アレクと愛し合った……インフィニット・ワンの攻略対象の一人だ。

 

 俺はそれを理解してしまった――。

 

「ふざけるなよ……!」

 

 そしてそれを理解した俺に沸きあがってきたのは強烈な怒りだった。

 

 あとちょっとだったのに!

 何も知らなければ! 俺はこのままユーナと恋人になって! そして満ち足りた気持ちで幸せになることが出来たのに!

 

 知ってしまったら! もう無理じゃないか!

 俺が幸せになることが出来ないじゃないか!!

 

 ようやく果たせそうだった夢。

 前世の頃からの負の負債を全て無くせるようなハッピーエンド。

 それを目の前で取り上げられて、激情が俺を支配する。

 

 前世も含めて今までの人生でこれほどの怒りを感じたことは無い。

 俺がそう言う思いで視線を戻すと、目が合ったレディシアが言った。

 

「っち! 全ては貴方のせいねぇ……フレイ! 貴方のせいでユーナはラースを調伏してしまったわぁ! それだけじゃない! 貴方の銀色の髪を見ていると、散々わたくし達の邪魔をしてくれた銀仮面のことを思い出すのよぉ!」

 

 レディシアのその言葉に俺はキレた。

 

「好き勝手に言いやがって――! 俺はお前のせいで! 長年の夢を潰されたんだよ! 絶対にお前を許さない! レディシアぁあーー!!」

「っは! いい気味じゃないのぉ! 何のことを言っているか知らないけど、貴方のその苦渋に満ちた顔を見ると、笑みがこぼれてしまうわぁ!」

 

 俺はそこでレディシアを見るのを止めて、ユーナの肩に手を置いた。

 

「師匠?」

 

 疑問符を浮かべるユーナに対して俺は言う。

 

「ユーナ! レディシアは俺がやる! だから、お前はバーグを倒せ!」

「わたし一人でバーグを……!」

 

 そこまでユーナが言った所で、俺はそれは違うと首を振った。

 

「ユーナ、周りをよく見ろ。お前には一緒に戦ってくれる人が居るはずだ」

「周りを――クリスティアお姉様……」

 

 周囲を伺って、後ろにいたクリスティアの存在を目にするユーナ。

 そしてクリスティアに対して言った。

 

「クリスティアお姉様……わたしは……!」

「皆まで言うな、わかっている! ユーナ! 共に戦おう!」

 

 そう言って、クリスティアはユーナの隣で武器を構えた。

 クリスティアに受け入れて貰ったユーナは、感極まった様子で言う。

 

「はい!」

 

 そんな様子を見ていたレディシアはこちらを睨みながら言った。

 

「麗しい姉妹愛ですわねぇ。お姉様。それにバーグは警戒しているようだけど、転移しか出来ない魔力回路が潰れた能無しが、わたくしに勝てるとでも?」

「ああ、勝てるさ。お前のそのプライドを木っ端微塵にへし折って、いかに自分が罪深いことをしたのかわからせてやる……!」

 

 俺はそう言うと手に盾を取り寄せて次々と地面に突き刺す。

 それをレディシアは胡乱げな様子で見ていたが、直ぐさま気を取り直すと、杖を取り出して俺の方へと向けた。

 

「焦げ死になさい! ライトニングスピア!」

 

 杖から雷の槍が放たれる。

 それは俺に向かってきて――突如として目の前に転移した盾に受け止められた。

 

「なっ!?」

「どうした? お前の魔法はその程度か?」

「一度防いだからと言って! 調子に乗るんじゃないわぁ! ライトニングクラッシュ!」

 

 その言葉とともに俺を中心とした範囲全てに雷撃が襲う。

 

「点で駄目なら面で攻撃するまでよぉ! これなら――」

「無駄だ」

「――っ!」

 

 俺の周囲を覆うように全ての盾が展開される。

 その中で無傷でいる俺を見てレディシアが思わず呻く。

 

「く……! サンダーレイン! ライトニングスピア! ライトニングクラッシュ! サンダーボム! サンダートルネード!」

 

 次々とレディシアが魔法を放つ。

 だが、その全ては俺の盾が受け止める。

 

「な、なんで――!」

「俺はただ転移させているだけだ。お前の攻撃先に盾をな」

 

 そう、俺がやっていることは至極単純だ。

 魔力を伴っていない無生物なら、俺は手で触れていなくても、自由に転移させることが出来る。

 それを利用して、レディシアの魔法が俺に当たる前に、その進行方向に盾を転移させ、魔法が俺に当たることを防いでいるだけだ。

 

「ふざけないで! そんなことでわたくしの魔法が! ただの盾なんかに!」

 

 レディシアは癇癪を起こしたようにそう言って魔法を連発する。

 だが、鷹の目のイヤリングによる三人称視点で、自身の周囲の全てを視認している俺には死角を狙って魔法を当てるということすら叶わない。

 

 俺はレディシアが魔法を撃つ中で、悠々と見せつけるように歩いて、レディシアへと近づいていく。

 初めの頃は三人称視点状態で、体を上手く動かすことに苦労したが、既になれたものであり、何てこともないように、俺はレディシアへと向かって行った。

 

「くっ来るな!」

「来て欲しくないなら俺を止めて見せろよ。それとも、ご自慢の魔法の力じゃ、そんな事すらも出来ないのか? なあ?」

 

 俺が煽るようにそう言うと、その言葉に激怒したレディシアは、怒りで顔を赤くしながら、激しく魔法を放つ。

 

 レディシアは魔術師タイプのキャラだ。

 王家の血統を誇り、王への野心をむき出しにする彼女に取って、属性魔法を多用するのは、優れた血統や魔力回路を持つ自分の優秀さを見せつける行いとなる。

 だからこそ、魔道師としての力量を否定するような俺の言葉に怒りを覚え、そしてそれを否定するために何度も魔法を放ってきたのだ。

 

「ライト……がぁ!?」

「魔力切れだ。結局、俺を止めることは出来なかったな」

 

 何度も魔法を放っていたレディシアが、ついに魔法を放とうとした瞬間に、全身に痛みを覚え、意識を失いかけて倒れそうになる。

 

 魔力切れによって起こるその症状。

 それをみた俺は、直ぐさまレディシアに近づくと、その手を取った。

 

「はぁはぁ……貴方、何を……!?」

「王女であるお前は殺せない……だけど、この程度じゃ俺の気が晴れない」

 

 俺はレディシアの人差し指に、環境適応リングを付けながら、恐れおののくレディシアに向かってそう言う。

 

「だから、空の旅へと招待するんだ」

「は、離しなさい! 無礼者! わたくしを誰だと……!」

 

 危機を感じたレディシアがそう言うが、俺の動きは止まらない。

 しっかりと指輪を付けたことを確認すると、俺はレディシアと共に、空を見ることで転移を行う。

 

「わかった。離すよ」

 

 そして大空へと転移した後に掴んでいた手を離した。

 

「え?」

 

 自分が今どこに居るかを理解出来なかったレディシアが、思わずそんな間抜けな声を上げる。

 そして、直ぐに自分が落下していることに気付くと、建造物ですら点のように見える足下の景色を見て、その高さに思わず叫びだした。

 

「い、いやあああああああああああ!!!!!」

「はは! 紐無しバンジージャンプだ! 手に付けたリングがないと、気圧差で死ぬから、それを外すのはやめておいた方が良いぞ!」

 

 俺はレディシアにそうアドバイスをすると、転移で落ちるレディシアを追う。

 

「うぐ……! ウィンド! ウィンド! ウィンド!」

 

 魔力切れを起こしている体に鞭を打って、レディシアは風魔法を連発した。

 だが、その程度では落下スピードを緩めることなど出来ない。

 

「止まらない……! いや! 死にたくない! 助けて! 誰か助けてぇ!!」

 

 そんな風に助けを呼ぶが、助けにこれるものなどいるわけがない。

 結局はその叫びは何も齎さず、徐々に重力によってスピードは加速し、どんどんと地表が近くなっていく。

 

「ああっ! やめて! やめてぇええええ! お爺様! 神様!」

 

 そんな状態に発狂したようにレディシアが叫ぶ。

 自らの手ではどうしようもない状況。

 地表が近づくことでわかる自らの死期。

 

 それを受けて、普段は妖艶な雰囲気で集団を束ねるカリスマ性のある王女が、ただの小娘のように助けを求めて泣き叫んでいた。

 

「あっ……」

 

 そうして地表に付く直前、全てを諦めて受け入れようとしていたレディシアの体に俺は触れると、転移で向きを逆転させながら移動した。

 

 俺は色々なものを出してぐちゃぐちゃになったレディシアを、汚くて触りたくないと思いながらも、このまま殺すわけにはいかないので、お姫様抱っこで抱きかかえ、向きを反転したことで落下と重力を相殺させて地面へと降り立つ。

 

 しばらく、ぼーと現実を受け入れられなかったレディシアだが、ある程度時間が経つと確認するように呟いた。

 

「わたくし、生きてますの……?」

「そうだな」

 

 俺が返答したことで現実に返ったのか、レディシアは怒りを露わにしながら、俺に向かってなじるように言う。

 

「貴方――! 王族に向かってこんなことをしてただで済むと思っているの! 死刑! 死刑よぉ! わたくしが王になったら必ず貴方を――!」

 

 まるで先程の恐怖を忘れたいかのように息巻くレディシア。

 そんな姿に俺も思わずにこりと笑顔を浮かべた。

 

「良かったよ。これくらいで折れないでいてくれて」

「なっ――!」

「さーて、次はどうしようかな? 迫るマグマの近くに立たせるか、雪山の中で置き去りにするか、それとも底なし沼に最後まで沈んでみたりする?」

「や、やめ――!」

「さあ! 楽しいツアーの始まりだ!」

 

 そう言って俺達は次なる場所へと転移した。

 



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vsバーグ

 

 フレイが転移でレディシアと何処かへ消えた。

 それを見て内心ほっとした気持ちをクリスティアは感じる。

 

(これはフレイに気を遣われたかな)

 

 クリスティアは思わずそんなことを考えた。

 敵対したとは言え、レディシアは妹だ。

 それと殺し合うことになれば、さすがに手が鈍ってしまう。

 

 フレイは、そんな姉妹が殺し合う状況にならないように、自らレディシアの足止めを引き受けてくれたのだとクリスティアは思った。

 

 あちらは任せておいていいだろう。

 そう考えてクリスティアはバーグへと視線を向ける。

 

「先程からずっと動かないんだな」

 

 皮肉げにバーグにそう言うと、バーグはそれを鼻で笑った。

 

「下手に動いてあの男に心変わりでもされたらことだからな」

「つまり、フレイを恐れて縮こまっていたわけか」

「こんな所で自らが死ぬ可能性を作るわけにはいかん」

 

 そこまで言った所でバーグはにやりと笑った。

 

「お前達程度なら、幾らでも嬲ることが出来るからな」

 

 その言葉に対してクリスティアは強い意思を持った目で見返す。

 

「結局のところ、お前は自分より弱い相手にしか威張ることが出来ない情けのない奴ということだな。――私達はそんな相手には負けない! そうだろ! ユーナ!」

 

(思いを変えるためには、相手にそうではないと証明して貰うしかない……か)

 

 クリスティアはフレイがかつて語った言葉を思い出しながらそう思う。

 

(確かにその通りだったな。先程のバーグへの啖呵を聞いて、私はユーナは彼奴の力を持っていたとしても、彼奴の子供などではないと思うことが出来た)

 

 窮地に陥った自らを助け、そして共に進んでいく意思を見せたユーナ。

 それ以上のクリスティアに対する証明が他にあるだろうか。

 

(後でフレイには礼を言わないとな)

 

 ユーナをここまで育ててくれたフレイへの感謝の気持ちを思いながら、自然にユーナに対して問いかけが出来たことを、クリスティアは素直に喜んだ。

 

「はい! クリスティアお姉様!」

 

 そのクリスティアの気持ちを察してユーナは答える。

 そうしてクリスティアとユーナはバーグに武器を向けた。

 その意思の強い二人の目を見てバーグは言う。

 

「その目……その目だ。下等種如きが、私が殺そうとしているのに、怯えることもなく、希望を抱いた目をして――」

 

 バーグはそう言って、二人とその親であるセリーヌを重ねると、嘲笑うように目の前にいる二人に対して言った。

 

「いいだろう! 二人纏めて相手にしてやる! そしてお前らの母親であるセリーヌと同じように! 徹底的に犯し尽くして! その心を壊してやる!」

 

 その言葉と同時に、四天王の一人、爆炎のバーグは、その異名に恥じないような立派な炎球を生み出すとそれをクリスティアに向かって投げた。

 

「させません! クリスティアお姉様はわたしが守る!」

 

 ユーナがそう言うとユーナの銀の腕輪が嵌められた腕が変異する。

 銀の腕輪と手甲を取り込んで生まれた新たな手甲は、魔族の姿であったラースのものとも違い、何処か聖なる光を携えているように見えた。

 

 そんな手甲から放たれた炎はバーグの炎球を撃ち落とす。

 

「なに!?」

 

 その事にバーグが驚く中で、ユーナに守られたことで難なく近づいたクリスティアは、氷の属性魔法を剣に乗せてバーグへと振るった。

 

「フロストエッジ!」

「くっ!」

 

 クリスティアの斬撃がバーグを掠め、バーグの体に傷を付ける。

 

「私に傷を……! 小娘が!」

 

 するとバーグは拳に炎を纏い、回転するように周囲に放出する。

 それを見たクリスティアは一歩後ろに引きながら言う。

 

「近距離しか出来ない訳ではないぞ! ライトニングスピア!」

「っがぁ!」

 

 クリスティアの放った雷の槍はバーグに刺さった。

 致命傷ではないが、バーグはその痛みに呻く。

 

 クリスティアは、パッケージ絵にも描かれている、インフィニット・ワンのメインヒロインの一人であり、その能力は万能タイプの魔法剣士だ。

 初めてストーリーをプレイするプレイヤーが敵に苦戦しないように、全ての能力が高水準であり、四天王のバーグ相手でも闘うことが出来ていた。

 

 そして――。

 

「火は貴方だけのものではありません!」

 

 バーグが防御用に出した炎の壁を突き破ってユーナが現れる。

 その拳に目一杯の炎を乗せて、バーグの顔に殴り掛かった。

 

「これは! ラースの分です!」

「ぐあっ!?」

 

 右頬にその一撃を食らったバーグは大きく吹き飛ばされる。

 直ぐに立ちあがったバーグは、自らへと向かってきたユーナに殴り掛かる。

 だが、それはユーナに容易く躱された。

 

 そしてユーナの拳がバーグに迫り――。

 

(馬鹿め!)

 

 バーグはそれを防ぎ、カウンターを決めようとする。

 しかし、その攻撃はバーグのその動きを誘うためのフェイクだった。

 

「お姉様!」

「ああ!」

 

 ユーナが避けた先にはクリスティアがいた。

 そしてその剣には雷の属性が付与されている。

 

「ライトニングブレード!」

「があああああ!!!」

 

 それを受けてバーグは思わずその場で膝を突く。

 そして警戒するように退いた二人を見て思わずいった。

 

「何故だ……何故、私がこのような……!」

「私はお母様が魔族に心を壊された時から、その魔族に必ず報いを受けさせてやると、自分を高め続けてきた」

「わたしは、そんなクリスティアお姉様のために、師匠に指導して貰って、いつか力になろうと腕を磨いてきました!」

 

 幼い頃から母の仇を討つために力を磨いてきたクリスティア。

 そして、ゲーム知識を持つフレイから万全の指導を受けてきたユーナ。

 

「常に自らを高め続けてきた私達が!」

「貴方のような弱い者虐めしか出来ないような奴に!」

「「負けるはずがない(ありません)!!」」

 

 そう断言するようにバーグに対して言う。

 

 差は決定的だった。

 バーグは確かに四天王の一人だったが、強い相手と闘うこともせず、自らより弱い人族相手に、自らの愉悦を満たせるような悪事をする生活を続けていたために、その力量は鈍ってしまっていたのだ。

 

(下等種が……! 私を見下して……!)

 

 バーグの心の中に怒りが満ちる。

 だが、同時に人族の様々な悪意を見てきたバーグはしたたかになっており、冷静な部分がこの状況を打壊するための方法を見つけていた。

 

(こんな状況で戦っていられるか! 一人一人ならまだ私の方が強い! ここは何とかして逃げ出して! 彼奴らが浮かれた時に、一人ずつ嬲ってやる!)

 

 そう言うとバーグは懐から煙玉を取り出す。

 そして、バレないようにその場に放った。

 

「――! 逃げる気か!」

「くはははは! 私は生きる! 生きて思い知らせてやる! それまで夜に怯えながら! せいぜい生きながらえるといい!」

 

 クリスティアの言葉にそう答えながら、脱兎の如く逃げ出すバーグ。

 

「――そう来ると思っていました」

「がは……。な、に……?」

 

 逃げ出した先から現れたユーナの拳がバーグの腹部を貫通する。

 信じられないものを見る目でバーグはそれを眺めて言う。

 

「お、お前……ラース……親を殺す気か?」

「貴方は私の親ではありません。倒すべき敵です」

 

 そう言って拳を抜き取るとバーグを蹴飛ばす。

 

「それにラースもこんな情けない親はいらないそうです」

「お、お前ぇえええええ!」

「人如きにやられる無様さを実感しながら死になさい!」

「それが!」

 

 ユーナの言葉に応えるかのように、バーグが飛ばされた先で、強大な光の魔力を剣に集めたクリスティアが言う。

 

「母様を嬲った! お前への罰だぁあああああああ!!!」

「ぎゃあああああああああ、私が、私が、人間にぃいいいい!!!」

 

 クリスティアの渾身の一撃を受けてバーグが消えていく。

 そしてバーグが消えたそこには、魔道具が一つぽつりと残されていた。

 

「師匠は力は力、どう扱うかが大切と言っていましたけど……」

 

 そう言うとユーナは、バーグが変化した魔道具を踏みつぶす。

 

「わたし達には貴方は必要ありません」

 

 そうして足をどけた場所には、壊された魔道具だけが残っていた。

 



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狂い

 

 転移して再び王城に戻ると既に戦いは終わっているようだった。

 

 まあ、元からゲーム内でも強キャラだったクリスティアと、俺が手ずから鍛えあげたユーナがいるなら、ボスとしては弱い方だったバーグに負けるはずがないけど。

 ユーナが、元はバーグだったと思われる魔道具を踏みつぶして壊している姿を見ながら、俺は思わずそんなことを思う。

 あれはラースルートの攻略特典だったが、ゲームクリエイターが四天王の討伐報酬はそれぞれの属性を活かしたかったのか、一律で対応属性の魔法強化効果を持った魔道具にしており、魔法しか強化しない為に俺には意味ないもので、属性魔法強化自体は他にも山程代用品のアイテムがあるありふれた代物なので、別に壊された所で何も思わない。

 

 むしろ、それで気が晴れるなら良かった。

 と思っていると、二人が俺が転移してきたことに気付く。

 

「師匠! わたし達! バーグを倒しました!」

「ああ、それは良かったな」

「フレイ、君の方はレディシアを……」

 

 そう言いながら、こちらを見たクリスティアの言葉が止まる。

 そして、俺と俺の足下にいるそれを見て、困惑したように言った。

 

「その……これはどう言う状況だ?」

「……。何と言ったらいいか……」

 

 俺はどうしたもんかと頭を悩ませる。

 そして俺の足下で、陶酔したような表情で俺にしがみつくレディシアを見た。

 するとレディシアは、俺に見られたことで、ぶるっと快楽で身を震わせながら言う。

 

「ああん。フレイさまぁん!」

「本当に何があった!?」

 

 驚愕したようにそう言うクリスティア。

 そうだろう。あの傲慢だったレディシアが、ちょっと目を離した隙に、こんな無残な状況になってしまったのだ。その驚愕はもっともなことだ。

 

 俺だって信じられない。

 何でこうなった?

 

 俺は思わず頭痛を訴える頭を抑えながら言う。

 

「王女だから殺すわけにもいかなくてな……心を折ることにしたんだ」

「心を……?」

 

 それがこの結果か? と言うクリスティアの目から、目を反らしながら、俺はレディシアに起こったことを説明していく。

 

「最初は天空落としでわからせようと思ったんだ」

「天空落とし?」

「転移で空の上に飛ばして、そのまま落下させる技」

 

 俺のその説明を聞いて状況を想像したのか、クリスティアとユーナの二人は、青い顔をしながら言う。

 

「それは恐ろしいな……」

「勿論、殺すわけにはいかないから、最後には助けたよ? それでまだまだ全然余裕そうな態度だったから、特別ツアーに招待したんだ」

「……ここまでの話から碌でもなさそうなものだとわかるが……その特別ツアーとはどのようなものなんだ?」

 

 クリスティアからそう疑問の声が飛ぶ。

 それは聞きたくもないが、状況を知るためには聞くしか無いといった感じだ。

 

「そう大したことじゃない。マグマによって徐々に狭まる大地の上にレディシアを置いて、マグマが完全にそこを覆う寸前まで放置したり、底なし沼に突き落として、完全に沈みこむまで助けなかったり」

 

 そう口にする度に、クリスティアの顔が険しくなっていく。

 俺はそれを見ながらも、説明を続けていく。

 

「ああ、あとは雪山に放り投げて凍え死にそうになりながらも、やっと用意したかまくらを見つけた所で、それをぶっ壊して希望を絶望に変えたりとか……。まあ、そのほかにも諸々、危機的な状況を作って心を折りに言ったんだ」

 

 絶叫系アトラクションのわんこそば。

 それが俺がレディシアに対して行ったことである。

 

「何でそこまでしたんだ! 絶対に途中で十分だっただろ!?」

 

 俺の話を聞いたクリスティアが、泥で汚れたり、服が焦げているなど、スラム街の少女よりもボロボロで変わり果てた姿となったレディシアを見ながら、俺をそう糾弾する。

 

 俺はそれに申し訳ない気持ちになりながらも言った。

 

「いや、確かに途中で、許しを請いてきたり、これまでの行いを懺悔したり、突如として自分語りを始めたりしてきたよ」

「なら、どうして!?」

「だって、それが本心から言っているのかわかんないじゃん! 此奴は他者を誑かし、クーデターまで起こすような悪女だぞ!? 嘘泣きによる泣き落としだって得意分野だろうし、下手に気を許した途端に後ろから刺されかねないのだから、念の為にと、最後までツアーを実行するのは間違ってないだろ!?」

 

 何せ、天空落としを耐えきった女だ。

 普通の奴なら、あの時点で心が折れる。

 それを耐えきっているのだから、他の行いにも耐えられておかしくない。

 

 それに俺はレディシアを殺すことが出来ないのだ。

 つまり、紐無しバンジージャンプと言ったが、実際には、最後に俺という紐がどうにかして、レディシアを助けるということはわかりきっている。

 

 最後には必ず救われるとわかっていれば、恐怖心も薄れる。

 それこそ、前世でバンジージャンプやスカイダイビングをする人と、同じくらいの恐怖しか感じていない可能性はあった。

 

 だから、数が必要だったのだ。

 最後までツアーを実行して、死なないとわかっているにしても、酷い目に合うんだぞと明示することで、これから悪事をしようとする心を折る。

 その為に俺は、レディシアがどれだけ泣き叫ぼうとも、最後まで実行したのだ。

 

「俺としては、これで悪事をすれば酷い目に合うんだと理解して、もう二度とクーデターのような悪事を起こさないようにわかって貰えれば良かったんだ! それなのに此奴……何故か俺に縋り付くようになりやがって……! 何なんだお前は!」

 

 俺はそう言ってレディシアを離そうとするが、がっしりと足に縋り付いたレディシアは、どれだけ足を振っても決して離れない。

 そんな中、レディシアが俺に向かって言う。

 

「愚かなわたくしはようやく気付いただけですわぁ」

「何にだよ!?」

「フレイ様が……わたくしの神様だと言うことにぃ!」

「「「か、神!?」」」

 

 その場にいるレディシア以外の者が驚愕の声を上げる。

 

「何でそうなる!?」

 

 俺のその言葉に、恍惚とした表情でレディシアは言う。

 

「わたくしは何度も死ぬとしか思えない状況に追い込まれましたわぁ。その時には、これまで頼っていた、自分の力量も、王家の威光も、お爺様の力も、何の意味もなくて、どれだけ助けを求めても神はやってきませんでしたわぁ……」

 

 そこまで話した所で、遠い目をしていたレディシアは、真理を悟ったと言い張る狂人のように、何らかの崇拝に満ちた狂った瞳をすると言う。

 

「だけど、フレイ様はどんな時でもわたくしを助けてくれましたわぁ! 死を覚悟したその時にフレイ様は現れ、どれだけわたくしが汚れていようとも、どれだけわたくしが無様であろうとも、必ずわたくしを救い出してくれましたの!」

 

 そして満面の笑みをレディシアが浮かべる。

 俺がそれに「ひっ!」と思わず引いていると、レディシアは言う。

 

「そこでわたくしは理解したのですわ! どんな時でもわたくしを救ってくれるフレイ様こそが! わたくしの神! 地位も名誉も自分すらもどうでもいい! 神に救われたわたくしは、その神の為に全てを捧げなくてはならないと!!」

「「いやいやいや!?」」

 

 俺とクリスティアの声が重なる。

 そして重なるように二人して言った。

 

「「ただのマッチポンプだから! そのピンチを起こしたのは、俺(フレイ)だぞ!? 何でそれがそうなるんだ!?」」

 

 俺のその言葉にレディシアがキョトンとした顔をする。

 

「それがどうしたのかしらぁ?」

「は? いや、どうしたのって……」

「ピンチを生み出したのはフレイ様の試練ですわぁ。分からず屋のわたくしの為に、フレイ様が自らの素晴らしさを教えてくださったのですわぁ」

「……」

 

 本気で言っていそうなその言葉に、俺とクリスティアが押し黙る。

 そして黙ってレディシアを見ていたユーナがぽつりと言った。

 

「師匠に成長させて貰うのは、弟子であるわたしだけのはずなのに……」

 

 ギリと何かを噛みしめるような音がして、俺はびくりとそちらに目を向ける。

 そこには、明らかに嫉妬の目線でレディシアを見るユーナの姿があった。

 

「いやいや! これは成長じゃなく! 壊されただけだぞ! ユーナ!」

 

 クリスティアの叫びのようなその言葉に、俺は大きく頷く。

 だが、一方でユーナとレディシアはそれに納得しなかった。

 

「師匠によって変わっているんだから成長です!」

「わたくしは壊れていませんわぁ。新しい自分を見つけましたの」

 

 それを聞いて俺は思わず思った。

 

 ここにまともなのは俺とクリスティアしかいないのか!?

 

 このまま話を続けても良いことがないと思った俺は、パンっと手を叩くと、話を変えるようにクリスティアに言った。

 

「と、ともかく……首謀者の二人も倒したし、後はダルベルグ公爵を捉えれば、この内乱も終わりだな。いやはや、ユーナがバーグを倒せるまで、しっかりと成長していて良かったよ」

 

 そんな風に話を変えるために無理矢理言った一言。

 それにユーナが反応する。

 

「師匠。わたしは一人前になりましたか?」

「ん? バーグを倒せたんだから、一人前と言えるだろう」

 

 俺が軽い気持ちでそう言うと、ユーナは食いつくように言う。

 

「でしたら、あの時の返事を教えてください! 師匠相手ならわたし……」

「あの時の……?」

 

 俺はそこまで言った所で、自分の危機的な状況に気付く。

 それってあの時のユーナに、婚約したいからここまで尽くしてくれるのか、と聞かれた時の話のことか!?

 確かにその時は、一人前になったら答えると言ったけど……。

 

 まずい、明らかにまずい。

 あの時はユーナを俺だけのヒロインにする気が満々だったから、ユーナが一人前になった時に聞かれたら、ユーナが好きだから手伝ったんだと言うつもりだった。

 そうして、俺の告白を受けたユーナと恋人になり、二人でラブラブな恋人生活を送っていく予定だったのだ。

 

 だが、ユーナは攻略対象だ。

 つまり、もう俺だけのヒロインになることはない。

 

 だからこそ、ユーナに好意を持っていたから手伝っていたなどと言う事は、絶対に言うことが出来ないのだ。

 

「あ、あ~。それは……だな……」

 

 俺はそう言葉を濁しながら必死で考える。

 この状況を打破するための一手を。

 そして、俺はそれを見つけることが出来た。

 

「勿論、王家への忠誠心からです。ユーナ王女」

「……は?」

 

 俺は綺麗な礼を作ってユーナにそう言った。

 そう、気分は王家の者を見守ってきた忠義の騎士。

 まだ子供な王家の人間の師匠となって、その成長を見守っていく、老騎士ポジションの気持ちになりきるのだ!

 

「フレイ! 何を言っているんだ!? お前は、ナルル学園の入学式の時に、ユーナに告白していたじゃないか! ユーナが好きだから師匠になったんだろう!?」

 

 黙ってろ! クリスティア! 今、大事なところなんだよ!!!

 

 俺は横やりを入れてきたクリスティアにぶち切れながらも必死で取り繕う。

 

「HAHAHA! 俺はあの時、ユーナ様に振られて、己の立場というものを理解したのです! 侯爵家の……それも当主にすらならないような者が、王家の者を娶ろうとするなど、愚の骨頂! お互いの立場に見合った相手を見つけるべきだとね!」

「……」

 

 完全に黙り込んでしまったユーナ。

 ここは押し切るしかないと俺は全力を尽くす。

 

「そして立場を理解したからこそ、王家への忠誠心をしっかりと見せるべきだと考えたのです。それこそが俺がユーナ様の師匠になった理由であり、今の俺にユーナ様を己のものにしようなどという、大それたことを考える邪な気持ちは微塵もありません!」

 

 や、やったか……?

 そんな俺の前で、ユーナが言葉を絞り出すように言う。

 

「師匠には……わたしを恋人にする気持ちはないと言うんですか……?」

「ええ、今の俺にはそんな気持ちは一切ありません。俺はユーナ様のことはもう諦めて、新しい俺だけのヒロインを探し始めております!」

「……わたしじゃ、駄目なんですか……?」

「駄目ですね」

 

 間髪入れずに言った俺の言葉に、ユーナは押し黙り、その様子を見ていたクリスティアが驚愕したような様子で言う。

 

「おま、お前という奴は――!」

 

 だが、ここで問題を広げるつもりは俺にはなかった。

 だから、ユーナの肩に手を置くとはっきりと宣言する。

 

「ユーナ様はバーグを倒せるほど強くなられた。これからは、もう俺が師匠として貴方を教え導く必要はないでしょう……」

 

 俺は弟子が自分を超えたのを見て、その弟子に全てを託して、自らは一線から退き、隠居生活を始める老騎士ポジションの気持ちになって、感極まったような声色で、ユーナに向かってそう言った。

 

「――は?」

 

 信じられないという顔で絶句するユーナ。

 

 だが、許して欲しい。

 王族相手に親密になり、外堀を埋められてしまえば、侯爵家の人間では逆らえず、無理矢理婚約させられることになるかも知れないのだ。

 そうなれば、俺の夢は叶わず、幸せになることが出来ない。

 

 だからこそ、その可能性を減らすために、全く恋愛感情がないことを伝え、そして親密な現在の師匠と弟子という関係性を終わらせて、これ以上付き合いが深くなるのを防がなければならないのだ。

 

 いきなり弟子を放り投げると言う行為に、後ろめたさを感じないわけではないが、それでも前世の頃から思い続けていた、俺だけのヒロインと恋人になるという俺の幸せの方が優先される。

 

 何せ、前世の頃から抱き続けていた夢だ。

 何十年も思いを積み重ね、そして死してなお、抱き続けるこの思いの強さに、勝てるような思いがあるはずなんてない。

 それは、俺自身の思いであろうとも、他者の思いであろうともだ。

 

 だからこそ、俺は幸せにならなければならない。

 

 この世界が、ゲームを元にしたご都合主義が溢れるリアリティのある世界だと言うのなら、強い思いが、切なる願いが、いつか必ず報われるというのなら、これだけ幸せになることを願っている俺にも、幸せになる権利があるはずだ。

 そう俺にも――ハッピーエンドが訪れるべきなのだ。

 

 ……そうでなければ、やってられない。

 

 救われたいという願いが都合良く叶う可能性がある世界で、異物である俺だけがそんな可能性もなく、野垂れ死ぬしかないなんてことは、決して許されることじゃないのだ。

 そうでなければ、俺は何の為に二度も人生を……。

 

 ユーナがダメだったことで心が弱っているのか、思わずそんな弱音が心の内から溢れてくる。

 俺はこのままではいけないと、ユーナがヒロインになれなかったことについて考えるのを、気持ちが落ち着いた後にするために後回しにし、別の事柄について考えるように頭を切り替える。

 

 そもそも、ユーナに俺の手助けが必要ないと言うのも事実だ。

 師匠によって成長し、姉であるクリスティアと和解して、宿敵であったバーグをクリスティアと一緒に打ち倒す。

 ユーナという攻略対象の物語は、既にハッピーエンドを迎えている。

 

 だからこそ、今更師匠関係を辞めた所で、特に問題が起こるわけでもないだろうし、クリスティアとの関係を築き直せたように、これからはユーナ一人でも自分の足で歩いて行けて、そして何かに躓くようなことがあっても、クリスティアなど俺以外の誰かがユーナを支えてくれるだろう。

 

 つまるところ、ユーナには、俺の代わりなど幾らでもいるのだ。

 ここで俺がいなくなっても、何ら問題もなく、ユーナは幸せになれる。

 

 故に俺はきっぱりとユーナに告げる。

 

「免許皆伝です! これからはユーナ様が師匠として、新たに弟子を取り、その者達を育てていくのです!」

「そ、そんな師匠……! わたしはまだ……!」

 

 俺の言葉にユーナが反論しようとするが、俺はそれに対して安心させるように告げる。

 

「大丈夫。もっと自分に自信を持ちなさい。貴方はもう一人で歩いて行けるほど、しっかりと成長して強くなっている」

 

 初めの方はレディシアの取り巻き達に嫌がらせをされても黙っているだけで、誰とも関わらずに過ごしていたユーナ。

 今では嫌がらせも軽く流せるようになり、多くの人と話し合うようになり、積極的に活動することも多くなっていた。

 その成長を思い出して思わずほろりとし、そしてちらりとクリスティアを見ながら俺はユーナに向かって言う。

 

「それに貴方には、貴方を支えてくれる仲間がいる」

 

 師匠に何か頼らずとも頼れる仲間がもうユーナにはいる。

 俺は弟子の巣立ちを見送る師匠の気持ちで言った。

 

「これからは貴方達の時代だ。仲間とともに自分達だけの未来を、君達の手で作り上げていきなさい」

 

 何処かの漫画やゲームで使われていそうな言葉で、俺はにこやかにユーナに対して、きっぱりと別れを告げた。

 

「そ、それは――」

「無事ですか! クリスティア様!」

 

 俺の言葉を聞いた、ユーナが何かを言おうとしたその時、兵士がその場へと乗り込んできた。

 俺は意気揚々と、その兵士へと語りかける。

 

「クリスティア様の救助は完了した! そちらの状況はどうだ? ダルベルグ公爵は捕縛することは出来たか?」

「はっ! ダルベルグ公爵は今だ王城の一室を占拠しており、わが方の軍勢と激しい戦闘を繰り広げている状態です!」

「それはいけない! 俺が助けにいかなければ!」

 

 俺は二人に聞かせるようにそう言うと、兵士に向かって言う。

 

「さあ、直ぐに行くぞ! 案内してくれ!」

「え? え?」

「ちょっと待て! フレイ――」

 

 俺はクリスティアの制止の言葉も聞かずに、レディシアを無理矢理振り払うと、兵士を連れて転移する。

 そして、兵士の案内で向かった先で、獅子奮迅の活躍を見せ、ダルベルグ公爵とその派閥の中核人物を軒並み捕縛し、ついでにダルベルグ公爵派によって捕らわれていたアマーリエを救出するなどして、クーデターの鎮圧に尽力した。

 




 中世時代の人間相手に「今の人間は紐を付けて崖から飛び降りたり、トロッコで上下逆さまにくるくる回ったりするのを楽しんでるんだぜ」と言ったら、「未来人は頭が湧いているのか?」とドン引きされそうですよね。

 そんな、ある意味、未来人ポジであるフレイは、バンジージャンプのように、安全が確保された上での恐怖しかないと、現代の価値観に当てはめて軽く考えていましたが、中世時代ポジであるレディシアは、安全が確保されてるなんて信じ切れず、いつ事故に見せかけて殺されるかもわからなかったので、普通に毎回紐無しバンジージャンプのような、命の危機を感じている状態だったため、ツアーを完遂した結果、精神崩壊を起こしてぶっ壊れてしまいました。


 それとさすがに、第一目標のユーナがヒロインになれない存在だったというのは、フレイに取っても精神的なダメージが大きく、ちょっとだけメンタルがやられかけてしまいました。

 女を取っかえ引っかえ出来る恋愛強者の陽キャなら、二度目の人生と言われても、「若くなってもう一度楽しめるぜ~!」とノリノリで、人生を楽しみにいけるのかも知れないですが、人生の辛さを知っている恋愛弱者の陰キャ側の存在からして見れば、二度目の人生と言われても、「またあの辛い日々を送らなければいけないのか……」と、それを聞いただけで心がポッキリと折れそうになる事態だと思います。
 それなのに二度目の人生を頑張るのは、このやり直しで今度こそ自分の願いを叶えられると信じて、目的に向かって邁進出来るからですね。
 だからこそ、自分の幸せを何よりも優先しなければいけないし、それが叶わないなんてことは考えてはいけないし、決してそのような事態を許してしまってはいけないわけです。

 もし、それなのに二度目の人生でも目的を果たせなかったら、それはフレイという存在の全てを否定することであり、それを知ったフレイは、絶望して全てを諦め、無気力なただの抜け殻になってしまいます。
 なぜなら、生まれも含めて全ての環境が変わって、前世の知識から恋愛に対して誰よりも早く取り組めるというアドバンテージがあるにも関わらず、前世と同じような結果に終わるのだとしたら、それはもうフレイに転生した人物の根本となる存在自体が、絶対に目的を達成出来ないダメな存在であるという証明になってしまうからです。

 端的に言えば、一度の人生なら、生まれや環境が悪かったと、幾らでも言い訳が出来ますが、環境などが大きく変わった二度目の人生でも同じなら、もはや言い訳すらも出来ず、自分という存在のダメさが明確にわかることになってしまうということですね。
 そして、存在そのものがダメであるとわかると、転生を繰り返して状況を変えたとしても、原因の根幹である自己を変えることが出来ないので、どれだけ努力して力を尽くそうとも、結局は全てが無意味であり、今の人生やその死後も含めて、叶えたいと切に願った願いが、絶対に叶わないものであると突きつけられることになります。
 そんなことを認めるわけにはいかないフレイに取っては、自分の願いが叶って幸せになることは、今世で絶対に果たさなければならないものであり、敗北は絶対に許されないのです。

 簡単に言ってしまえば、転生した瞬間から勝手に背水の陣が始まっている状態で、どれだけのものを犠牲にしようとも、後ろに引くことは絶対に出来ないというわけですね。
 
 つまるところ、こじらせ野郎の記憶あり転生は、ある意味では呪いのようなものだということです。


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目覚めるヒロイン(ユーナ)

 前話の兵士との転移をする前に、レディシアを振り払う記述が抜けていたので、それに関する記述を追加しました。


 

「師匠。わたしは一人前になりましたか?」

 

 バーグを倒して舞い上がっていたわたしは、その感情の高ぶりから、思わず師匠にそんなことを聞いてしまった。

 

「ん? バーグを倒せたんだから、一人前と言えるだろう」

 

 そんなわたしに師匠はそう返す。

 だからこそ、わたしは期待に満ちた気持ちでいった。

 

「でしたら、あの時の返事を教えてください! 師匠相手ならわたし……」

 

 かつてナルル学園の入学式で、師匠に婚約を申し込まれた時は、自分に自信がなかったわたしは、婚約の申し込み自体は嬉しかったものの、それを断ってしまった。

 だけど、今のわたしなら素直に受け取ることが出来る。

 これまでの修行の日々の中で心身ともに成長することで自信を付け、そしてそうやって自分を育ててくれた師匠を――、一人の男性として好きになったわたしなら。

 

「あ、あ~。それは……だな……」

 

 だから、わたしは師匠の言葉を待った。

 師匠がわたしを受け入れてくれた瞬間に、その胸の中へと飛び込むために。

 

「勿論、王家への忠誠心からです。ユーナ王女」

 

 ――だが、返ってきた言葉は、想像と違ったものだった。

 だからこそ、わたしの口から思わず唖然とした言葉が出る。

 

「……は?」

 

 そんなわたしの思いを汲んでくれたのか、クリスティアお姉様が叫んだ。

 

「フレイ! 何を言っているんだ!? お前は、ナルル学園の入学式の時に、ユーナに告白していたじゃないか! ユーナが好きだから師匠になったんだろう!?」

 

 そうだよ。クリスティアお姉様が言うとおりだよ。

 師匠はわたしに告白していたよね?

 わたしが好きだからわたしの師匠になってくれたんだよね?

 

 思わず、そんな言葉が心の底から溢れだした。

 わたしは必死でさっきのは師匠の言い間違いだと思い込もうとして、何故かズキズキと痛み始めた胸を手で押さえる。

 

「HAHAHA! 俺はあの時、ユーナ様に振られて、己の立場というものを理解したのです! 侯爵家の……それも当主にすらならないような者が、王家の者を娶ろうとするなど、愚の骨頂! お互いの立場に見合った相手を見つけるべきだとね!」

「……」

 

 師匠はそう言って理由を話した。

 わたしはその言葉に声も出せない。

 

 わたしが振ったから、師匠はわたしを諦めた?

 師匠がわたしを求めてくれていたのに……わたしがそれを駄目にした?

 自分の胸の中で後悔という言葉が大量に溢れだしてくる。

 

「そして立場を理解したからこそ、王家への忠誠心をしっかりと見せるべきだと考えたのです。それこそが俺がユーナ様の師匠になった理由であり、今の俺にユーナ様を己のものにしようなどという、大それたことを考える邪な気持ちは微塵もありません!」

 

 わたしを恋愛対象とみていないと断言する師匠。

 わたしを助けたのも、王家への忠誠心が理由で、わたしの為ではないと。

 それを聞いてわたしは思わず縋り付くように聞いた。

 

「師匠には……わたしを恋人にする気持ちはないと言うんですか……?」

「ええ、今の俺にはそんな気持ちは一切ありません。俺はユーナ様のことはもう諦めて、新しい俺だけのヒロインを探し始めております!」

 

 そんなことはないと言って欲しかったその言葉。

 返ってきたのは無慈悲な返答だった。

 だからこそ、わたしは信じ切れなくてもう一度聞く。

 

「……わたしじゃ、駄目なんですか……?」

「駄目ですね」

 

 少しでも自分を求めて欲しい。

 そう思って言った言葉すら、考える素振りもなく、刹那の速さで否定されて、わたしはそのことで、本当に師匠がわたしを恋愛対象にしていないと気づき、その事実によって打ちのめされた。

 

 そんなわたしの肩を師匠が掴んだ。

 

「ユーナ様はバーグを倒せるほど強くなられた。これからは、もう俺が師匠として貴方を教え導く必要はないでしょう……」

「――は?」

 

 理解したくもない言葉を聞いて、わたしは思わずそんな言葉を返した。

 

 だって、師匠は師匠なんだ!

 これからも教えて貰いたいことや、一緒にやっていきたいことは山ほどあるのに、こんな所で師弟関係を解消なんてしたくない!

 恋愛対象として見られないなら、せめて弟子として側にいたい!

 

「免許皆伝です! これからはユーナ様が師匠として、新たに弟子を取り、その者達を育てていくのです!」

「そ、そんな師匠……! わたしはまだ……!」

 

 そんな思いから、師匠の免許皆伝を止めようとするわたしの言葉を、師匠は優しげな言葉で、遮るように言う。

 

「大丈夫。もっと自分に自信を持ちなさい。貴方はもう一人で歩いて行けるほど、しっかりと成長して強くなっている」

 

 わたしが……一人で歩いて行ける?

 さっきから胸がずっと痛くて、師匠に縋り付こうとしているのに?

 

「それに貴方には、貴方を支えてくれる仲間がいる」

 

 わたしを……支えてくれる仲間がいる?

 クリスティアお姉様が側にいるのに、気持ちを改めることが出来ないのに?

 

「これからは貴方達の時代だ。仲間とともに自分達だけの未来を、君達の手で作り上げていきなさい」

 

 普通なら、祝うべき巣立ちの言葉。

 それすらも、わたしは素直に受け入れる事が出来ず、どうして師匠に捨てられるんだという苛立ちと、師匠に対する妄念だけが燃え上がっていく。

 だからこそ、わたしは師匠に話しかけようとした。

 

「そ、それは――」

「無事ですか! クリスティア様!」

 

 だが、邪魔な兵士やってきて、師匠はレディシアお姉様を振り払うと、その兵士と共に転移して消えてしまった。

 

「まったく! フレイの奴! 急にどうしてあんなことを!」

 

 わたしへの師匠の対応を、そんな風にクリスティアお姉様が怒ってくれた。

 だけど、それでもわたしの気持ちは収まらない。

 

「入学式の時は、『俺だけのヒロインになってくれ』と、ユーナに対して喚き散らかしていたと言うのに!」

 

 ヒロイン――先程の師匠も言っていたその言葉。

 師匠が求めているその存在。

 

「クリスティアお姉様……ヒロインって何かな?」

 

 師匠に捨てられた理由を知りたかったわたしは、思わずクリスティアお姉様に、ヒロインとはどんなものなのかを聞いた。

 

「物語における女主人公か、男主人公の相手役のことだが……ユーナが聞きたいのは、そう言うことではないよな?」

「はい」

 

 わたしがそう言うとクリスティアお姉様は考える。

 

「フレイが探す理想のヒロイン――それはきっと物語の男女のように、運命と呼べるような理想的な相性を持つ相手のことを指しているのだろう」

 

 クリスティアお姉様はそう答える。

 今は何故かもう辞めているようだが、クリスティアお姉様は、かなりの影響力を持つ師匠を危険人物として監視対象にしていて、生徒会に入る前からその動向に関する情報を集めていたのだ。

 恐らくその情報から、わたしへの回答を導き出そうとしているのだろう。

 

「それを考えれば、物語のような関係の相手がヒロインに相応しいと言える。つまり、忠義と愛情からフレイに真摯に支えられ、守って貰える者こそが、理想のヒロインに――」

 

 何処か嬉しそうに遠い目をして語っていたクリスティアお姉様は、そこではっと自分が言っていることに気付くと、慌てて取り繕うようにわたしに言った。

 

「こ、これはお前の事を言ったんだぞ? わかるな? ユーナ」

「はい」

 

 クリスティアお姉様がそう言った言葉にわたしは取り敢えず頷いておく。

 せっかく、仲良くなったクリスティアお姉様との関係をまた悪くしたくない。

 だが、わたしの目線でいたたまれなくなったのか、クリスティアお姉様はゴホンと咳払いを一つすると、わたしに対してわざとらしく言った。

 

「城内の者に無事を知らせねばならん。それに……」

 

 そこまで言うとクリスティアお姉様は、師匠が転移で消えたときから、師匠に縋り付いた姿勢のまま地面を這い、「フレイさまぁん……何処ですの? フレイさまぁん……」と呟きながら徘徊するレディシアお姉様に目を向けた。

 

「こんな状況のレディシアを他の者達に見せる訳にもいかん。だから、私達はもう行くぞ。何かあれば、近くの兵士に言づてを頼んでくれ」

 

 クリスティアお姉様は、当て身でレディシアお姉様を気絶させて静かにさせると、それを担いでこの場から去って行く。

 一人残されたわたしはその場で考える。

 

 守って貰える者がヒロイン――本当にそうだろうか?

 

 違うと心が訴える。

 そんなものは師匠のヒロインに相応しくないと。

 

 そして同時に実感する。

 自分の心がどんどん醜くなっていくと。

 

 ああ、ダメだ……。

 ダメだよ、師匠。

 わたしは弱い……。

 

 師匠は、私が強いから免許皆伝だと言ったけど、私はその巣立ちを喜ぶことも出来ず、クリスティアお姉様の言葉にも納得出来ず、ただ醜い思いを募らせて、自分の立場への不満や、師匠への執着を捨てることが出来ない。

 師匠に育てて貰ったけど、わたしはまだ心が弱いままだったのだ。

 

「弱いなら――しっかりと育って貰わないとダメだよね?」

 

 思わず口がそう口走った時、わたしの口は歪に歪んだ笑みを作っていた。

 そして、自分が思わず言った言葉に、自分自身で納得する。

 

 弟子に未熟なところがあるのなら、その未熟さを無くせるように、力を尽くして一緒に行動してくれる存在が師匠のはずだ。

 

 次から次へと湧いてくるこの気持ち。

 師匠に捨てられたことで抱く醜い思い。

 これがわたしの弱さなら、師匠はそれを無くす責任がある。

 

 そう、ずーと、ずーと、ずーと、ずーと、師匠はわたしの側に居続けて、わたしがこの気持ちにならないように、永遠にわたしを育て続けないといけないのだ。

 

「ああ、そうだ」

 

 そこでわたしは気付いた。

 師匠のヒロインに相応しいのがどんな者なのかを。

 

「師匠、物語のヒロインというのは、主人公によって助けられ、そしてその主人公に支えられながら、共にその先へと進んでいくことが出来る――主人公の影響で成長していく女性のことを指すと思います」

 

 だからこそ、わたしは気付いていない者に知らせるような声色で、ここにいない師匠に向かって言う。

 

「師匠、師匠のヒロインはわたしですよ?」

 

 何者であろうとも、その立場は渡さない。

 師匠のヒロインで在り続けるのはこのわたしです。

 




 ヒロインがどんなものかと聞かれて、うっかりと自分の立場を答えてしまう卑しい姉様……。
 そんな後押しもあって、上手く巣立ちが出来なかった弟子は、依存系の方向に覚醒してしまいました。

 ユーナの側から見たら、ようやく過去の清算が終わって、これからが本当の人生の始まりだと、未来に対して希望を持っていた所で、側にいてくれるはずだった師匠が勝手に去るという絶望を唐突に喰らって、その落差による衝撃が大きすぎて巣立ちに失敗した為に、自分の弱さを実感することになってしまい、師匠にはずっと師匠でいて貰おうという発想に思い至ってしまった感じです。

 何時もなら、ここで章が終わりとなりますが、四章は色々と後始末が残っているので、もうちょっとだけ話が続きます。


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論功行賞

 

 ダルベルグ公爵派によるクーデターが失敗に終わって数日後。

 今日は今回のクーデター鎮圧に関する論功行賞が行われるとのことで、俺を含めて今回の件の関係者が王城へと集められていた。

 

「それでは、これより此度の件に対する論功行賞を開始する! メジーナ・フォン・トライトロンは前へ!」

「はい!」

 

 お茶会でのダルベルグ公爵派からユーナ王女を守った功績から始まり、王城でのダルベルグ公爵派の撃退に関わった功績と、今回の件で功績が低い者から順々に、宰相に王の御前に出るように言われ、そして王の御前に出ると、王から功績とそれに与えられる褒美が語られて、それを受け取って元の位置に戻っていく。

 

 他の者達が受け取っている褒美を見るに、功績が低い者は王家から金品などの現物が与えられ、功績が高くなるにつれて、ダルベルグ公爵派が持っていた利権や領地などが与えられる状況になっているようだった。

 それを考えると、まだ呼ばれない俺に対する褒美がどんなものになるか、期待感が徐々に高まっていく。

 

 バーグ以外の首謀者は俺が捉えたようなものだからな~。

 

 お茶会を襲ったキメラキマイラも倒しているし、何処からどう考えても、今回の件で論功が一位になるのはこの俺だろう。

 それを考えれば、褒美もかなりのものになると想像できる。

 

 下手にダルベルグ公爵派の領地を、飛び地として貰っても管理が出来ないから、何かしらの利権を貰いたい所だが……。

 

 俺がそう思っていると宰相から俺に声がかかる。

 

「次、フレイ・フォン・シーザックは前へ!」

「はっ!」

 

 俺は貴族達が集まっている場所から歩き出し、玉座に座る王の御前で跪く。

 王の言葉をじっくりと待っていると、王が俺の功績を話し始めた。

 

「フレイ・フォン・シーザック。其方は最初の襲撃があったお茶会にて、数多くの暗殺者達や、S級魔物であるキメラキマイラを打ち倒した。そして王城における決戦においても、レディシアやダルベルグ公爵などの首謀者を捕縛するなど、今回の騒乱において格別な活躍を行った」

 

 そこまで言った所で、一度言葉を切って溜めるようにしながら、王が言う。

 

「その為、其方を此度の論功一位とし、褒美として、シーザック家を陞爵し、新たな公爵家とする!」

 

 その王の言葉にその場が騒然となる。

 これまで侯爵家筆頭として、実質的な公爵家扱いされていたシーザック家。

 建国の英雄の家系でありながら、入り婿が政治を行うことを懸念され、侯爵家の地位に落とされることになり、それ以降は聖王国との結びつきが強くなってしまったせいで、聖王国に内部から乗っ取られるという危険性から、そのままずるずると侯爵家で在り続けた家が、ついに公爵家となることが出来たのだ。

 

 シ、シーザック家がついに公爵に……?

 公爵と言えば貴族としては最高位……! やった! 俺の活躍でついにシーザック家が貴族のトップに立つことが出来たぞ!

 

 なんだかんだ言っても地位が上がることは純粋に嬉しい。

 地位が上がればそれだけできる事も増えるし、それに他の上位貴族から横暴を言われる可能性も減るからな。

 

 これでシーザック家に無理難題を吹っ掛けられるのは王家だけになった。

 その王家も聖王国や他の公爵の兼ね合いから、それこそシーザック家が大損するような無茶な命令は出せなくなるだろう。

 つまりは、今後のシーザック家の安寧も、今回のダルベルグ公爵のような無茶をしなければ、確実に保証されたと言えるようなものなのだ。

 

 腐敗しまくっていた所を必死で立て直したシーザック領。

 やっと繁栄し始めてきた自領の栄光が、未来までしっかりと残りそうな状況に、やってきたことが報われたと、自然と俺の頬も綻ぶ。

 

 利権が貰えなかったのは残念だが、褒美としては十分だ。

 これで話は終わりだろうと、俺がそう思っていると、まだ俺に与えられるものはあるらしく、続けて王は言った。

 

「また、フレイ自身には、王室相談役として、自由に王城へ来て、王や政策に口を出すことが出来る権利を授与する」

「え?」

 

 王の言葉に、俺は誰にも聞こえない音量で思わずそんな間抜けな声を上げた。

 周囲の貴族達も、俺に与えられた大きすぎる利権に、先程以上に騒がしくなる。

 王室相談役なんて職業は、引退した先王が政治に介入するために作られた王族専用の役職で、公爵家とは言え、貴族に与えられるようなものではないからだ。

 

 俺的にもこんな重すぎる役職は正直に言っていらないと言うのが本音だ。

 確かに王室の相談役となれば、国の政策に好き放題口に出せるから、どんな利権だろうと生み出すことは出来るだろうが、同時にそれ相応の責任を負うことになる。

 現王が何かしらの無法をやらかしてひんしゅくを買ってしまえば、それを戒めることが出来なかったとして、王室相談役も同時に悪評に晒されることになる。

 もし、それで革命でも起きたとしたら、一緒に断頭台送りだ。

 

 こんな面倒な役職を貰うくらいなら、いっそ利権無しの方がよかったのに……。

 

 だが、王の言葉の為、理由もなく批判するわけにも行かない。

 そこまで考えた所で、王の顔を出来るだけ潰さず、この重すぎる役職から逃れる方法に俺は気付く。

 

「陛下、誠に申し訳ないのですが、王室相談役という役職は、成人してすらいない私の身の上では荷が重いものでございます。私などをそこまで評価して頂いた陛下のお気持ちは嬉しいのですが、その役職については辞退させて頂きたく……」

 

 俺はそう言って深々と頭を下げた。

 領地経営に参加したりと、なんだかんだ色々と活動しているが、俺はまだ十三歳であり、成人すらしていない。

 俺はそれを利用することで、この場を切り抜けようと考えたのだ。

 

 俺の言葉を聞いた王は、心配はいらないと微笑みながら言う。

 

「其方が王室相談役に就くのは、其方が成人してからのことだ。故に己の力不足を心配する必要はない」

 

 そこまで言った所で、王は娘を心配する親の顔で言った。

 

「娘達のことをよろしく頼むぞ」

「は? は、ははぁ~~~~!」

 

 え、嘘でしょ!? 何で王直々にクリスティア達のことを頼まれるわけ!? これじゃあ、俺がしっかりと支えないといけなくなるじゃん!

 

 俺はついでのように付け加えられた一言に、驚いて思わず聞き返しそうになるが、王の意向を遮るわけにも行かないので、必死で承服した姿を見せる。

 

 王は俺のその姿に満足した様子を見せると、そのまま宰相に促す。

 

「フレイ・フォン・シーザックは下がるように!」

「はっ!」

 

 俺が元の貴族の集団の元に戻ると宰相が言う。

 

「此度の論功は以上である! 玉座の間から退出するように!」

「はっ!」

 

 貴族達は次々と玉座の間から出て行った。

 彼らが向かう先は大広間だ。

 目的は今回の論功行賞も含めて今後の情勢がどうなるか互いに話し合ったり、大きな功績を上げたものに取り入れるためだ。

 俺もそれを目的として大広間に向かいながらも思わず呟く。

 

「王室相談役か……面倒なことになったな……。いや、今はそんなことよりも、ユーナが俺のヒロインになれなかった方のことを考えるべきか……」

 

 本来ならユーナを俺だけのヒロインにすることで全てが終わっていた。

 だが、ユーナがラースであることがわかり、そしてそのラースの時にユーナがアレクを受け入れている可能性があることから、ユーナは俺のヒロインにすることが出来なくなった。

 そのため、俺はユーナを諦めて、新しく一から俺だけのヒロインとなり得る存在を探し始めなければならなくなってしまったのだ。

 

「きっついな……。第一目標だったユーナが駄目になるとか完全に想定外だ」

 

 内心頭を抱えそうになる。

 俺の計画の中で唯一存在が確定しているヒロイン候補がユーナだったのだ。

 それが駄目になるということは、完全に何の情報もない状況から、この広い世界で俺の目的に合う俺だけのヒロインを探し出す必要があるのだ。

 

 それはかなりの労苦がある行いだ。

 今までもユーナ以外のヒロイン候補を探してはいたが、最終的にはユーナという存在がいるという心の余裕から、俺の中では何処かで、今の段階で俺だけのヒロインが見つからなくても大丈夫と、何処か甘えに似た気持ちがあったのだ。

 それがなくなり、これからは俺は本当に俺だけのヒロインを見つけられるのかという恐怖と戦いながら、俺だけのヒロインを探しに行かなければならない。

 

 場合によってはこの世界にそんな存在がいない可能性だって――

 

 俺はそこまで考えた所で、自分の弱気な感情をうち捨てた。

 前世と同じように、恋愛が一生出来ないんじゃないかと、悪いことばかりを考えていても何も始まらない。

 

 折角の二度目の人生なのだ。

 与えられたリトライの機会、それを無駄にするわけにはいかないのだ。

 だからこそ、俺は決断する。

 

「これからは、これまで以上に積極的に行かないといけない……! アレクが学園に現れるまであと二年とすこし、何としてもその間に、俺だけのヒロインを見つけ出さなければ……!」

 

 俺はそんなことを考えながら大広間へと入る。

 そこには玉座の間から抜けてきた貴族と、それと話をするために待機していた、貴族達の令息や令嬢がその場にいた。

 そして彼らの目線が一斉に俺に向くと、ひそひそと小声で何かを話し始める。

 

 さすがに王室相談役とかの事で噂にはなるか。

 

 俺はそう思い、その場から歩み去ろうとしたその時――大勢の令嬢が我先にと駆け出してきて、俺はいつの間にか周りを取り囲まれてしまった。

 

「フレイ様! 私、マヌエラ・オルトラニーと申します! フレイ様は婚約者はまだいないのですよね? それなら私を――」

 

 目の前に立つ少女がそう言おうとしたところで、近くにいた別の少女が、その顔を手で押しのけるようにして、俺の前へと出てくる。

 

「邪魔よ! あたしはシモーナ! フレイ様はこのあたしと――!」

「フレイ様と婚約するのはわたしよ!」

「違う! アタシだ!」

 

 そんな風にして目の前で取っ組み合いの結果が始まる。

 この騒ぎを聞きつけて、様子見をしていた令嬢達も、遅れるものかと、この集団の元に駆けつけて、どんどんと俺の取り合いの争いは激しくなる。

 

 多くの女性から迫られるこの状況――普通の男なら嬉しいのかも知れない。

 だが、俺としてはまったく嬉しくない。

 

 目の前で争う女達は、何奴も此奴もが、金や権力など欲望の色で目を染めて、得られるかも知れない利益に愉悦しながら、互いに争い合っていた。

 

 婚約を迫る彼女達には愛がない。

 言葉では愛しているなどと喚いているが、その目に移るのは自分の利益だけだ。

 

 此奴らのように、自分の利益を求めて、その為ならどんな相手であろうとも、こうやって愛をささやける者は、利益がなくなってしまえば、直ぐに相手を捨てて、他の奴に乗り移り、其奴に対して良心の呵責もなく、愛をささやける。

 見せかけだけの愛、言葉だけの思い、それを悪びれずに使う愚か者達。

 

 ――こんな奴らは俺のヒロインに相応しくないのだ。

 

 むしろふるい分けが出来て良いなと思いながらその集団を目にする。

 そうして周囲を見回していると、この集団に関わらないようにする令嬢達の姿が目に映った。

 

 その中の一人が、ユーナの師匠になってからは忙しくて後回しにしていたが、俺の婚約者候補として目を付けていた人物であることに気づく。

 こうやって利益に目を眩んで俺の元にやってこないなんて、俺の目は間違っていなかったと思いながら、俺は彼女の元に転移で移動した。

 

「きゃっ!?」

 

 俺が突如転移してきたことで驚くその少女。

 俺は彼女に向かって笑顔を作ると話しかけた。

 

「君は確かファニーだったよね」

「は、はい……」

「どうかな? 君さえよければ婚約を前提に友達としての付き合いを――」

 

 俺がそう言った時、ファニーは俺の後ろの方を見ると、「ひっ!」という叫び声のようなものを上げた。

 俺は何かいたのかと思わず振り向くと、そこには大広間に入ってきたばかりのユーナの姿があり、こちらに向かって楽しそうな笑顔を見せて手を振っていた。

 

 俺はそれを流して再び話しかけていたファニーに視線を戻すと、彼女は焦ったように早口で俺に対して言う。

 

「だ、男爵家の者である! わ、わたし如きが! 公爵家の方であり! 王室相談役でもある! 王家の方と婚約する可能性が高いフレイ様の相手など! 例え妾であろうとも無理でございますぅ~!!!」

 

 そう言うと逃げ出すようにその場から走って去って行った。

 そして、それを見ていた先程の婚約を申し込んで来る集団が、再度俺を囲むように展開し、そしてそこでまた諍いを始める。

 俺はファニーのような相手に再度話しかけようとするが、そう言った俺に婚約を申し出る集団に入っていないものは、俺に話しかけられるのを避けるかのように、俺の視界から逃げるようにして消えていく。

 

 この光景を見て俺は気付いた。

 

「あれ? もしかして――俺、詰んだ?」

 

 俺を囲んでいる者達のように、今の俺にすり寄ってくるのは、利益に目が眩んだ俺だけのヒロインになれない少女ばかりだ。

 それを避けるためには、先程のように、そう言った者では無いまともな少女に、自ら話しかけて、婚約者になるように持ちかけるしかない。

 だが、そんなまともな少女だと、王に口が出せる王室相談役であり、王族とも結婚可能な公爵家である俺は、実質的な王配候補として見られるため、そんな相手を王族から横取りするような不埒な真似は出来ないと、俺のヒロインになることを拒否してしまう状況にあるのだ。

 つまり、俺のヒロインになり得るまともな相手は、まともであるが故に、俺の立場や状況を見て、俺のヒロインになることを諦め、それを無視して俺にすり寄ってこれるのは、俺のヒロインになり得ない奴らだけという事になる。

 

 ……何処からどう見ても詰んでいる。

 

 もはや、フェルノ王国の貴族令嬢の中から、俺の望むヒロインが現れて、俺の恋人になってくれる可能性は、限りなく低い状況になってしまったのだ。

 

 あ、あのクソ王め~!!!

 

 俺はこの状況を作り出した王への怨嗟を吐く。

 王族しかなれない王室相談役に俺をしたのは、今のように暗黙的に俺が王族の婚約者と知らしめすことで、そのままなし崩しに取り込もうとしているのだ。

 

 あの気弱な王にこんな策を考える大胆さはない。

 だから、この策を考えたのは他の貴族達だ。

 ユーゲント公爵派の貴族か、それともそれ以外の貴族か、どちらにしろ、これを考えた奴は絶対に許さない!

 

 俺がそう思っていると、兵士が広間に入ってきて、俺に向かって言った。

 

「フレイ・フォン・シーザック! クリスティア王女殿下がお呼びだ!」

「クリスティア様が……?」

 

 俺は唐突な呼び出しに疑問の顔を浮かべるものの、これを利用してこの場から抜け出すことが出来るため、これ幸いにとこの場から逃げ出すように、呼び出したクリスティアの元へと向かった。

 



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愚王

 

 呼び出しを受けた俺は、兵士の案内で王城の一室に来た。

 そこでは既にクリスティアがいて、席についてこちらを待っていた。

 

「呼び出してすまないな」

「いや、むしろ助かりました」

 

 俺はそう言ってクリスティアの対面の席に座った。

 そして、クリスティアに問いかける。

 

「それで――何のための呼び出しでしょうか?」

「レディシアの件だ」

「レディシア様のことですか? なんでそれを俺に?」

「お前にも関係することだからだ」

「俺に?」

 

 何でレディシアのことが俺に関係するのか。

 確かにレディシアをぶっ壊してしまったのは俺だが、あれはクーデターを終わらせる戦いの中で起こった出来事。

 王族であったとしても、敵であったレディシアの心がちょっと壊れたくらいでは、俺やシーザック家に対して何かしらの懲罰を科すことは出来ないと思うが……。

 

「そうだ。まずはレディシアの現状を説明しようか」

 

 疑問に感じている俺の為に、クリスティアは一から説明を始める。

 

「レディシアの王位継承権は剥奪された」

「それはそうでしょう。あれだけのことをしたのだから」

「いや、それだけじゃない。フレイが助け出したアマーリエから、レディシアの出生に関わる真実が明らかになったのもその一員だ」

 

 俺はその言葉を聞いてやはりそうなったかと思ったが、レディシアの出生に関する事実を俺が知っているのはおかしいので、内心の気持ちを隠しながら、クリスティアに対して、そのことについて聞く。

 

「出生の秘密――ですか?」

「レディシアは現王の子供ではなかった。ダルベルグ公爵派の陰謀によって、先王とアマーリエの間に生まれた子供だったんだ」

「なんと――! それをレディシア様は?」

「知らなかったらしい。知っていたのはアマーリエとダルベルグ公爵だけだ」

 

 実は俺も知っていたけどね。

 まあ、そんなことを口に出すわけもないので、俺はそのままふと思ったことをクリスティアに聞いた。

 

「それで、その事実は伝えたんですか?」

「ああ、伝えたよ。また野心を持たれても困るしな」

 

 そう言ったクリスティアは何処か遠い目をしながら言う。

 

「そうしたら、彼奴は『なるほど、わたくしには元から何もなかったのねぇ……』と軽く口にした後は、それがどうでも良いことのように、普段の様子と変わらない様子で、何処かに向かって祈りを続けていたよ」

「そ、そうですか……」

 

 何と言えばいいのかわからない状況に、俺はそれだけ呟いた。

 

「ともあれ、この国の法では、次代の王になった時点で、先王の子供達の王位継承権は破棄されることになっている。これからレディシアや周囲の者が野心を持ったとしても、その王位の簒奪に正当性はないと言うことだな」

「これで次代の王はクリスティア様に決まったということですか」

「まあ、そう言うことになるな」

 

 何はともあれ、一安心だ。

 クリスティアの側に立った以上、クリスティアに王になって貰わないと、シーザック家の今後に問題が出てくることになるからな。

 

 そこまで思った所で、俺は首を傾げた。

 

「事情はわかりましたが、何処に俺が関わってくるんですか?」

「……レディシアはその出生から王位を得ることはなくなったが、それでも王家の血筋であることは変わらない」

「確かに……。そうですね。先王の子供ですから」

「故にレディシアをそのままにしておけないと言う事で、レディシアは王都から離して地方で隠棲させることになった」

 

 おっと、何か良くない話の流れになって来たぞ……?

 

「そこで白羽の矢が立ったのがシーザック家というわけだ」

「いやいや、なんでそこでうちの家が出てくるんですか!?」

 

 あんな爆弾みたいな存在をシーザック領で受け入れてたまるか!

 そんな思いから、俺はクリスティアの言葉に猛反論する。

 

「何処かの地方に追いやりたいというのなら、ユーゲント公爵派の誰かの領地に送ればいいじゃないですか! そもそも、政治から遠ざけたいと言うのなら、出家させて王都の修道院にでも入れればいいでしょう!」

 

 前世の世界でも政争に敗れた者が、政治に関わらないように、教会や寺院に出家させられて、表舞台からフェードアウトするのはありふれたことだった。

 何よりも、ゲームでのレディシアもクリスティアルートで政争に敗れた後は、王都の修道院に出家して、そのまま余生を送ったはずなのだ。

 それと同じ事をすればいいのに、何故地方送りという話になっているのか。

 

「それはだな……修道院に入れるだけでは、よからぬ者がレディシアを担ぎ上げて、また騒乱を起こしてしまう可能性があるからだ」

「は? 何で? ダルベルグ公爵派はもう壊滅したんでしょ? 確かにレディシアにはその価値があるかも知れないけど、この王都でユーゲント公爵派の監視を振り切ってそんなことをしでかせる勢力はもう――」

 

 俺はそこまで話したところで、苦り切ったクリスティアの顔を見て、思わず言葉を止めてクリスティアに言う。

 

「……何ですかその表情は」

「後で話そうと思っていたのだが、もう一つお前に伝えることがあったんだ」

「ちょっと待ってください。もの凄く嫌な予感がするんですが……」

「その予感は当たっている」

 

 そこまで言うと、クリスティアはため息を一つ吐くと言った。

 

「此度のクーデターは、魔族であるバーグが、フェルノ王国を滅ぼそうとして起こした出来事とされた」

「……は? ダルベルグ公爵は?」

「ダルベルグ公爵は、バーグに操られることで、騒乱に加担してしまった、加害者でもあり被害者でもある存在ということになった」

「うそ……だろ?」

 

 王女への敬語も忘れて、思わず俺はそう呟いた。

 

 クリスティアの話を纏めると、今回の件での主犯はバーグであり、ダルベルグ公爵派はそれを幇助しただけということだ。

 しかも、ダルベルグ公爵に関しては、凶悪なバーグに操られて、仕方なくクーデターに参加したということになっている。

 

 これでは――。

 

「結果として、魔族に操られていたのだとしても、騒乱に加担した罪は重いとして、ダルベルグ公爵は当主の座を降り、ダルベルグ公爵派の領地や利権の幾つもが取り上げられることになったが……ダルベルグ公爵派はまだ生きている」

「あり得ないだろ!? 国王はアマーリエからダルベルグ公爵が何をやったのかは聞いたんだろ!? それがどうしてそんな判断になるんだ!」

 

 理解の出来ない思考に、俺は吐き捨ているようにそう言った。

 

「貴族を処断するには手順が必要になる! だからこそ、今回のような一網打尽出来る機会に、国を乱すような奴らは片っ端から消しておかないと不味いだろ!」

 

 貴族が持つ権力というのは厄介だ。

 ちゃんと悪事の証拠を用意し、それを持って糾弾しなければ、蜥蜴の尻尾切りをされたり、証拠自体を潰しにかかられて、糾弾出来なくなる可能性がある。

 だからこそ、この国の膿とも言うべきダルベルグ公爵派は、確実に派閥全体を処断できる今回の機会を使って、残らず皆殺しにしておくべきだったのだ。

 

「災いの芽は双葉の内に刈り取らないといずれ手が付けられない大樹となるという言葉もある! クーデターを起こしたダルベルグ公爵派が、今回の温情ある措置によって改心する可能性は低い! だからこそ、今回のダルベルグ公爵派を生かす裁定は、ただ災いの種を未来へと残すだけの結果になるぞ!」

 

 俺は考え直すようにクリスティアにそう言うが、クリスティアは俺から目を反らして、無念そうに言う。

 

「私もそう思う。……だが、既に父上が決定したことだ。いまさら、この決定を覆すことは出来ない」

「馬鹿な……! 何をどう判断したらそうなるんだ……!」

 

 俺の憤りを受けて、クリスティアが語る。

 

「此度のクーデター。王城に攻め入られて、自らの命があと一歩で失われるかも知れないと言う状況が、小心者の父上に取ってはよほど堪えたらしい」

「だからこそ、ダルベルグ公爵派を潰さなきゃいけないという話だろ!?」

「普通はそう考えるだろうが、父上の考えは違った。父上はここでダルベルグ公爵派を執拗に糾弾して追い詰めれば、自暴自棄になったダルベルグ公爵派が、再びクーデターを起こして王城を攻めるのではないかと思ったのだ」

「その可能性はなくはないだろうが……ここまでのことは出来ないだろ」

 

 今回の襲撃は万全の準備を行ってきたダルベルグ公爵派に、多数の魔物を用意出来る魔族が手を貸したからこそ、王城をあと一歩で落とせるところまで持って行けたのだ。

 争いの中で大きく数を減らし、更にバーグが死んだことで、魔族による援軍も期待出来ないダルベルグ公爵派では、例え再度クーデターを起こしたとしても、王城の勢力によって容易く鎮圧されてしまうだろう。

 

 そんな考えによる俺の言葉に、クリスティアは頷くと言う。

 

「確かにそうだ。だが、それでも再び攻められるかも知れないと言うことが、父上に取っては何よりも恐怖を煽ることだった。だからこそ、父上は全てをバーグのせいにすることで、ダルベルグ公爵派に温情を与え、奴らが自暴自棄になって再び自分の命を狙ってくる事態を防ぐことにしたのだ。それが今回の裁定の理由だ」

 

 そこまでの話を聞いて、俺は放心するように言った。

 

「それは、つまり――日和ったということか」

「ああ」

 

 反乱が怖いから、悪人を断罪せず許すことにした? 

 あり得ない……! それが為政者の立場にあるものの判断か! 

 自分が危険な目に合いたくないからとしたその判断で! 未来の世界でどれだけの国民が、ダルベルグ公爵派の悪事の犠牲になると思っているんだ!

 

 自国の王がこんな弱腰で情けない奴だとは思わなかった。

 確かに小心者とゲームの設定として出てきたが、それでもこんな確実に政敵を潰される場で、日和って相手を生かすほど愚かな小心者だとは思わなかったのだ。

 

「クソ! こんなことなら、クーデターのどさくさに紛れて、ダルベルグ公爵を始末しておけばよかった!」

 

 王家が裁くからと捕縛したのが裏目に出た。

 流れ弾が当たったことにして、あの場でダルベルグ公爵だけでも始末出来ていれば、今回のような裁定になったとしても、もっとダルベルグ公爵派の脅威を減らすことが出来たはずなのだ。

 

 いや、それとも今からでも殺しに行くか……?

 

 転移があればそれも不可能ではない。

 だが……。

 

 ここで殺せばユーゲント公爵派が暗殺したことになる可能性が高い。

 そうなれば、今は正義の側に立っているユーゲント公爵側の正当性が薄れることとなり、ダルベルグ公爵派を勢いづかせたり、第三勢力が現れるなど、更なる政変の元になるかもしれない。

 それを考えると、既に王の裁定が出たこの状況で、ダルベルグ公爵を暗殺しにいくのは止めるべきだ。

 

 ちっ! こうなるから、殺せるときに殺しておくべきだったんだ!

 

 俺は内心で憤りを感じながら、思わずそう思う。

 だが、同時にこの状況に疑問を感じてもいた。

 

 クリスティアルートでは、レディシア以外のダルベルグ公爵派は、しっかりと断罪して、クリスティアは政敵を全て処分して、膿を出し切ったフェルノ王国は、更なる発展を遂げていくことになったはずなのになんでこんな状況に……。

 

 そこまで考えたところで俺は気付いた。

 

「これは……まさかバットエンドルートか?」

「バットエンドルート?」

 

 クリスティアが聞き返してくるが、それに構っている余裕はない。

 

 これがバットエンドルートだとしたら、原因はなんだ……?

 

 俺はゲームをプレイしていた時に、クリスティアのバットエンドルートをプレイした経験はない。

 だからこそ、何をトリガーにクリスティアのバットエンドルートに入ってしまったのかがわからない。

 だが、この状況から察すれば思い当たるものはある。

 

 クリスティアが王となれるかどうか……それがルートの分岐点か……。

 

 恐らく、バットエンドルートでも、ダルベルグ公爵派の陰謀を暴き、打ち倒すことはするのだろうと俺は考えた。

 そして、その上で何らかの状況で、ダルベルグ公爵派の断罪の前に、クリスティアが王に付くかどうかが決まり、それによってルートが分岐するのではないかと、今回とゲームとの状況を比較して考えたのだ。

 

 小心者の現王では日和ってダルベルグ公爵派を断罪できない。

 それによって、クリスティアがその後、王になったのだとしても、国に対する脅威が残り続けてしまう……それがクリスティアのバットエンドルート。

 

 俺はそこまで考えた所で、クリスティアに問いかけた。

 

「王から王位継承の話はなかったのか? それで継承していれば、今回のような日和見な決定をすることもなかっただろう?」

 

 俺のその言葉に、クリスティアは呆れたように言う。

 

「馬鹿を言うな。私はまだ十四歳で成人前だぞ? 王位を継ぐことに年齢の制限はないが、慣習として成人していない者では継ぐことは出来ないとされている。だからこそ、私はまだ王になることはできん」

 

 クリスティアはナルル学園の三年生だが、まだ誕生日を迎えていないため、年齢は十四歳のままだった。

 だからこそ、ゲームの時とは違い、王がダルベルグ公爵派の捕縛の褒美として、娘に王位を継承するという事態が、こちらでは発生しなかったのだ。

 

 年齢……そんなもので……!

 

 俺は思わず唇を噛みしめる。

 

 注意をしていたはずなのに……! 善良な攻略対象達が幸せに暮らせるように、全てのルートをハッピーエンドで終わらせるつもりだったのに……!

 こんな、下らないところで、見逃していた落とし穴に嵌まって、それを達成することが出来なくなってしまうなんて……!

 

 自分で自分の不甲斐なさが嫌になる。

 これまで攻略してきた攻略対象達は、ルートをしっかりと攻略し、ハッピーエンドへと導いてきたのに、ここに来て俺は初めて、バットエンドルートとなってしまう攻略対象を出してしまったのだ。

 

 つまり、これから起こるクリスティアの苦難は俺のせいだとも言える。

 少なくともそう思ってしまう俺は、クリスティアに対して言った。

 

「クリスティア」

「なんだ急に……」

「俺はお前を助けたい。だから、何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ、俺はどんな時でもお前の力になる」

「なっ!? お、おまえ! そういう所だぞ!!」

 

 せめてもの罪滅ぼしとして、ダルベルグ公爵派が何かをしたら、全力でクリスティアのことを助けよう。

 俺がそう思って言うと、クリスティアは、口だけで大して役に立たない俺に、怒っているのか、顔を真っ赤にしてそう言う。

 

「そういう所って何処だ? 俺は本気でお前を助けたいと思っているんだ。そんなに怒ってないで、悪いところがあるなら明確に言ってくれないか?」

「――っ! 知るか! 自分で考えろ!」

 

 クリスティアはそう言うと、顔を逸らし、話を打ち切ってしまった。

 自分で考えたら、推察は出来ても、確定は出来ないから、しっかりとクリスティアに聞いておこうと思ったんだが……まあ、本人が話したくないならいいか。

 

 しばらくすると、逸らしていた顔を戻して、クリスティアが言う。

 

「ともかく、そう言う訳だから、レディシアを王都にはおけないんだ。だからと言って、ユーゲント公爵派やダルベルグ公爵派に渡すとどうなるかわからん。故に中立で信頼がおけるお前の所に預けようと言うんだ」

「……わかりました。その話、お受け致します」

 

 状況を知れば拒否するのは難しい。

 レディシアを下手な所に放り込んで、知らぬ間に爆弾が起爆すると言った状況に陥ることになったらたまらないからな。

 

 だが、このまま頷くだけという訳にもいかない。

 王がシーザック家に負担を強いていると思っているのなら、この機会を利用して、こちらの意見を通すべきだ。

 

「ただし、一つだけお願いがあります」

「願い?」

 

 疑問を浮かべるクリスティアに俺は言った。

 

「今回の件……全ては魔族であるバーグが悪いことになったんですよね?」

「ああ、そうだ」

「そして、バーグは魔王国の四天王の一人という重鎮だ」

「……資料によればそのようだな」

 

 バーグの隠れ家から得た資料で、バーグが四天王の一人であることは、既にこの国の人間が知るところになっている。

 

「であるのなら、当然、今回の件について、遺憾の意を伝えるために、魔王国へ大使を派遣することになりますよね」

「ああ、そうなるな」

「でしたら、その大使の役目――この俺に全て一任して頂きたい」

 

 ダルベルグ公爵派の件は弱腰の王によって全て台無しにされた。

 この上で、俺がユーナを諦める要因にもなった、バーグをこの国へと派遣した魔王国の奴らにまで、弱腰外交されて処罰を与えない結果になってたまるか。

 

 もはや、最終的な王の決定は信用出来ない。

 なら、現場の方で、王が覆せないほどに話を纏め、そしてそのまま王に、その決定を承認させてやる……!

 

 魔族達には絶対に落とし前を付けさせる。

 俺はその決意を抱き、クリスティアの回答を聞いた。

 



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vs魔王&四天王

 

 魔王城の食堂で四人の魔族がテーブルを囲み、豪華な料理に舌鼓を打ちながら、楽しそうに談笑を続けていた。

 

「それにしても、バーグが人間に殺されてしまうとはな~」

 

 そう呟いた鳥のような翼が生えた人物は、風の四天王であるフリューだ。

 そのフリューの言葉に、前世の知識で言えば、アルラウネと呼ばれていそうな、体が植物で出来た女の姿をした、土の四天王であるアダマシアが言う。

 

「ふふふ……奴は四天王の中でも最弱……」

 

 アダマシアの言葉に続けるようにして、半魚人の姿をした水の四天王であるナベルが答える。

 

「人間如きに負けるとは魔族の面汚しよ……」

 

 そしてその言葉に、魔王であるゼノスが笑いながら言った。

 

「クハハハハ! お前達は頼もしいな! それでこそ、我が四天王だ!」

 

 そのゼノスの言葉に、残りの四天王も笑い出す。

 そして、思いついたようにフリューがゼノスに言った。

 

「なあ、魔王様! バーグが死んだってことは、次の奴を王国に派遣する必要があるだろ? その役目、俺に任せてくれよ!」

「ほう? やる気があるではないか、どうしてだフリュー?」

 

 そのゼノスの言葉に、フリューは邪悪ににやりと笑った。

 

「だって、王国への謀略の担当になれば、好き放題人間をいたぶれるんだろ? 俺だってバーグみたいに人間で遊びたいんだよ。うちの国の近くの村を襲って、人間を串刺しにするのもマンネリでさ、もっと面白いことをしたいわけ」

「それならば、拙者もその役目を担いたい。海には筋肉質な男しか出てこんのでな。王都に行けば女や子供などの上質な人間の肉を食すことが出来るであろう?」

 

 ナベルのその言葉に、アダマシアが嫌そうな顔をしながら言う。

 

「下等種とは言え、知性体を食すとは、半獣は本当に趣味が悪いな。別に人でなければ食料にならないと言うわけでもあるまいに」

「それをお前が言うのかアダマシア? お前は喰い殺しはしないが、生かさず殺さず、相手を苗床にして魔力を吸い続けるくせに」

「妾の行いは、魔力を吸い上げることで、自らが強くなるために必要なこと。下等種の人間共が家畜として、真っ当に己が役割を果たせるようにしとるだけじゃ。上位種である我等魔族は、そうやって人を上手く使って管理する必要がある。それが上に立つ者がすべき行いじゃ」

 

 そう言うとアダマシアはゼノスに言う。

 

「魔王様、妾ならバーグよりも上手く、人間共を利用し、フェルノ王国を、この魔王国の為の糧とすることが出来る。ここは妾を派遣してみんか?」

 

 四天王達の言葉を聞いたゼノスは「ふむ」と考えて言う。

 

「勇者が再び現れるとの予言に従い、その調査と攪乱の為に、バーグをフェルノ王国へと派遣したが、バーグはそれなりの成果を上げていた」

 

 そしてゼノスはにやりと笑う。

 

「バーグが提出してきた報告書、そこで描かれていた人間達の醜態。それは何よりも面白き、娯楽とも言えるような物語だった」

 

 そこでゼノスはアダマシアに目を向ける。

 

「それを考えるなら、ここはアダマシアに任せるべきだろうな。これからも、下等種共が足掻き、苦しむ様を私に報告してくれ」

「はは! 必ずやお役目を果たしてみせます!」

「これで話は決まりだ。さあ、宴の続きを楽しもう」

 

 ゼノスがそう言うと、和気藹々と四天王と喋り始めようとする。

 だが、その時、突然食堂への扉が開いた。

 

「誰だ!? 今は王の食事中だぞ!」

 

 ナベルがそう叫ぶ中、俺は姿を現した。

 

「人間だと……? 衛兵は何をやっている!?」

 

 俺の姿を見てアダマシアがそう叫ぶ。

 俺はその答えを示すように、血まみれの衛兵をその場に捨てた。

 

「これは……!」

「お初にお目にかかります。私はフェルノ王国シーザック公爵家のフレイ。そちらの四天王の一人であるバーグが我が国で齎した被害について結ぶ講和条約を決めるための全権大使の役割を担っております」

 

 俺は外交官の立場として一国の王に対する丁寧な礼を取った。

 それに対してゼノスは鼻で笑う。

 

「大使だと? そんなものを送ってきたのかフェルノ王国は」

「はい。此度の件でそちらに謝罪と相応の賠償をこちらは求めています」

「ククク、我等がそのようなものをすると思っているのか? お前達人間の国がどうなろうとも、我等に取ってはどうでもよいわ! むしろ、我等の娯楽になれたのだから、喜んで貰いたいくらいだな!」

 

 その言葉に四天王とともに「ははは」と笑い出す魔王。

 それを見て俺もにっこりと笑った。

 

「本当によかった」

「? 何を言っている?」

 

 突然何かに安心するように言った俺の言葉に、ゼノスがそう疑問を口にする。

 

「ゲーム通りの……いやそれ以上のクズでいてくれて。おかげで、バーグのせいで感じた苛立ちを、好き放題八つ当たりすることが出来る」

 

 バーグは、俺のユーナをヒロインにするための計画の邪魔をした。

 だが、その恨みをぶつけようにも、バーグは既にユーナとクリスティアによって倒されてしまっており、その恨みをぶつける相手はもういない。

 だからこそ、バーグの上司であり、責任者でもある、魔王達にバーグの代わりに恨みをぶつけようと思っていたのだ。

 

 そして、憂さ晴らしをするのなら、その相手はクズであればあるほどいい。

 なぜなら、その方が倒した時にスカッとするからだ。

 

 それが、世の中で勧善懲悪が求められている理由だな。

 下手に悪役に事情があると、ぶっ倒した後にその物語について、なんかすっきりとしないモヤモヤとした気持ちになるが、明確な悪役ならそんな感情にもならず、敵を倒すという過程を最大限楽しむことが出来る。

 

 突入するタイミングを見計らって思わず魔王達の会食を見てしまったが、そこで聞いたゲーム時代でも描写されていなかったクズエピソードを受けて、俺は全力で憂さ晴らしできる事を思わず喜んでしまったのだ。

 

「人のシマを勝手に荒らしてくれたんだ。落とし前付けて貰わないとな?」

 

 俺はそんな悪役染みたことを言うと、舐められたと思ったゼノスが、他の四天王に対して命令をする。

 

「その人間を八つ裂きにしろ!」

「死ね! 人間! アクアランス!」

 

 ゼノスの命を受けたナベルは水の槍を放つ。

 俺は手元に巨大な四角い鉄の塊を取り寄せて、それを防いだ。

 

「そんなもので防いだところでな~! 俺は飛べるんでね!」

 

 その鉄の塊を飛び越えて、フリューが俺に向かって槍を投擲してきた。

 俺はもう一つ鉄の塊を取り寄せると、その二つの鉄塊と共に上空へ転移して、フリューの攻撃を避ける。

 

「此奴……転移能力を……! ならば広範囲攻撃で! プラントディ――」

「遅い。もう準備は済んだ」

「っがは!?」

 

 魔法を唱えようとしていたアダマシアは、方向を変えて転移させることで、突如として飛来してきた鉄塊に引き飛ばされて宙を舞う。

 

「アダマシア! ぐへ!?」

 

 飛べるフリューがカバーに入ろうとするが、そのフリューにももう一つの鉄塊がぶつかり、フリューは弾き飛ばされた。

 

「さあ、まだまだ行くぞ!」

 

 俺は空中に転移した後も、次々と鉄塊と取り寄せ、そして重力で落下するそれを、転移で次々と飛ばしていく。

 

「ちっ! ウォーターブラスト!」

 

 ナベルは自らにも鉄塊が迫っているのに気づき、他の二人の二の舞にならないように、それを水の魔法で弾き返す。

 

 ――だが、そんなことをしても無駄なのだ。

 

「勢いを付けてくれて助かったよ」

 

 俺はそう言うと、ナベルによって弾き返された鉄塊を、その勢いを持ったまま、ゼノスの元へと転移させた。

 

「は? ぐひゃ!?」

「魔王様!? ごっ!?」

 

 自分が戦いに巻き込まれると思っていなかったのだろうか、ゼノスは情けない悲鳴を上げて、鉄塊に引き飛ばされてしまう。

 それに驚いたナベルにも、同じように鉄塊をぶつけ、魔王と四天王は、仲良く鉄塊に弾き飛ばされながら宙を漂う。

 

「こ、これはまさかディ――ぐえ!?」

 

 何かにゼノスが気付くが、それを口にすることもなく、別の鉄塊に轢かれて、弾き飛ばされて何も言うことが出来ない。

 ゼノス以外の者達も状況を打壊しようと魔法を使ったり、或いは肉体で鉄塊を受け流そうとするが、魔法を放てば鉄塊をその前に転移させて、その魔法をただの加速装置へと変えさせ、肉体で防ごうにも鉄塊の威力は容易に魔族達の骨を粉砕して、もはや身動きすら出来ない状況に追い込まれていた。

 

 上に抜ければ、下に叩きおとされ、下に抜ければ、上に弾き飛ばされる。

 次々と増えて行く鉄塊によって、中央に在り続けるように、鉄塊で弾き飛ばされまくった魔族は、まるでピンボールの球のように、ただただ圧倒的な質量という暴力に蹂躙され、その肉体をボコボコに壊されていく。

 

「ははは! この技はピンボールと名付けよう!」

 

 俺はそう言って魔族のピンボールを続ける。

 途中で、得点になるような盤面として、火炎瓶を放り投げて、そこに魔族をぶつけたり、とけどけの鉄球を混ぜたりしていると、元気に喚いていた魔族の皆さんは、やがて何も言葉を発することもなくなってしまった。

 

 それからしばらく様子見を続け、もういいかなと思った俺は、ピンボールを解除して、鉄塊達を地面へと降ろした。

 それと同時にずっと弾き飛ばされていた魔王と四天王は、まるで生ゴミがその場に落ちるかのように、べたという音を立てて、地面へと落下する。

 

 全身の骨が砕けたのか、落下したあと身動きも取れない四天王に、俺はわざとらしく歩いて近づくと言った。

 

「さすが、魔族。これくらいじゃ、致命傷にもならないか。じゃあ、身動きも封じたことだし、次の工程に……親睦を深めるためのツアーに行こうか?」

 

 俺は割とまだいけそうな魔族の頑丈さににっこりとすると、痛みからから全身が震えだした四天王の体を触り、大使として魔族とのオハナシをするための、楽しいツアーの為に転移した。

 



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魔神

 

「すみません……すみません……もう、許してください……」

 

 ツアーから戻ってきた後、俺の足で背中を踏みつけられているゼノスは、涙と鼻水で顔全体を濡らしながら、情けなく俺に対して命乞いをしていた。

 そんなゼノスに対して俺は言う。

 

「おいおい。如何したんだよ? 人族は下等種なんじゃなかったのか? そんな奴にそうやって謝っていいのか? まだやれるだろ? なあ、魔王?」

「ひっ! 無理です! 調子に乗ってすみませんでした!」

 

 そう言って萎縮したように言うゼノス。

 ふと、後ろを見るとフリューとアダマシアがガタガタと震えながら、部屋の隅に固まって体を必死で丸めていた。

 その足下には、致命傷も与えてないのに、勝手に魔道具に変化してしまった、かつてナベルだった魔道具が、ぽつんとうち捨ててある。

 

 こんな状況になっているのは彼らをツアーに招待したからだ。

 ツアーと言えばもうおわかりになるだろうが、かつてレディシアにも行った命の危機を感じる体験ツアーを、魔族にも行ったのだ。

 

 ただ、レディシアの時と同じメニューをこなしたという訳ではない。

 なぜなら、フリューみたいに元から飛べる奴には天空落としは意味ないし、ナベルだと底なし沼に沈めても、何の問題もないなど、それぞれの種族ごとに効果的なツアーが異なってしまうからだ。

 

 下手に彼らに有利な環境に飛ばしてしまえば、思わぬ反撃を喰らったりしてしまう可能性も高くなる。

 身の安全の為にも、確実に彼らに効果がある行き先を選定しないといけない……そう考えていた俺は、かつてパケ絵で騙されて買ってしまった、ゴッドゲームズ製の魔族っ子の拷問陵辱ゲーを思い出した。

 

 あのゲームのメインヒロインは、バービー、アルラウネ、セイレーンとこの四天王と似たような種族であり、それに加えて隠しヒロインとして彼らの親玉である魔王の少女が出てくるという状況だった。

 ……まあ、よくそんな都合良く一致してたなとは思うが、同じゲーム会社が作っている作品だし、設定の流用とかファンサービスみたいなものだったのだろう。

 ともあれ、俺は折角買ったのだからと、一応一通りそのゲームをプレイしており、そこで得た知識を流用することで、効率よく四天王や魔王の心を折って、完全な無力化をすることに成功したというわけだな。

 

「さてと、お互い対等に話せるようになったことだし、そろそろ本題の講和条約の内容を詰めていくことにしますか」

 

 俺はゼノスから足をどけると、ゼノスに向かってそう言う。

 

「対等……?」

 

 ゼノスがそんな疑問の声を上げるが、俺はそんなゼノスに笑顔を見せた。

 

「ん? どうした? 何かおかしな所でもあったか?」

「いえ! ありません!」

 

 ゼノスも納得した所で俺は話を始める。

 完全な砲艦外交だが、魔族相手にまともに外交するなら、これが一番だろう。

 

「まず、停戦協定として、魔王国に所属する魔族には、今後二十年間、フェルノ王国の人間に対して自己防衛以外の危害を加えることを禁止させて貰う」

 

 俺は最初の一歩として停戦協定の話を始める。

 今回のバーグのようにフェルノ王国を脅かすような者が現れても困るし、今後ゼノスにバーグの件について、フェルノ王国に謝罪をさせるなら、不埒な行動を取る者をしょっ引けるように、事前にこの停戦協定を結んでいく必要がある。

 

 本来なら、もっと長期間にしてもよかったが、あまりに長いと突っぱねられる可能性もあるため、二十年ということにした。

 戦争していた国同士が結ぶ停戦協定と考えれば、割と妥当な数字なのではないかと俺は思っている。

 

 だからこそ、これくらいなら受け入れられるだろう。

 そう思っていた俺に返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「そ、それは……無理です!」

 

 最初の一歩目で交渉が失敗してしまった。

 だから、思わず俺は問い返す。

 

「は? 無理ってどういうことだ?」

 

 俺がそうゼノスに聞いたその時、何者かが部屋に侵入してきた。

 

「これは何事ですか! っ!? お父さん!?」

 

 あれは、ゼノスの娘で攻略対象のプリシラか?

 いや、今はそんな事よりも――。

 

「おい、ゼノス。どうして出来ないんだ? 別にお前達魔族は人間を食料にしなければいけないと言うわけでもないだろ? 悪意を持って干渉しないようにするだけ。それを二十年行えばいいだけだ。何処に無理な要素がある?」

 

 俺はプリシラを無視して、ゼノスに対してそう聞く。

 

 相手が人間を主食にするような存在なら和解は難しいが、魔族は人間を下等種として見下しているだけで、人間を喰うということは基本的にしない。

 ナベルのような趣味で人間を喰う奴はいるが、人間を食べなければ生きていけないというような存在はいないのだ。

 だからこそ、単純に不干渉を貫いてくれれば、人間も魔族も互いを傷付け合わずに、何不自由なく過ごしていくことが出来る。

 魔王であるゼノスがしっかりと全魔族を統制出来ていれば、それは決して難しいことではないのだ。

 

「人間に手を出すことを禁じるなどという決め事を民が守るわけがない! だから、そんな条約を締結することは無理なのだ!」

「は?」

 

 俺はゼノスが言ったことが理解出来ず、思わずそんな声を上げる。

 そして、しばらく停止した後、当たり前のように聞いた。

 

「民が守るわけがない? その民に言うことを聞かせるのが、為政者である魔王の仕事だろ? ゼノス、お前がそれを守らせる為の行動をすればいいだけじゃないか」

 

 国家であろうと企業であろうと、所属する人員が納得出来ないが、運営の為には必要な出来事なんて多々ある。

 だが、それに対して常に彼らの意見を優先していたら、その組織が正常に働かなくなってしまう。

 だからこそ、為政者は例え集団に属する者が反対していたのだとしても、強い意思を持って必要な施策を打ち、そしてそれが必要なものだったと、集団の者が理解出来るように行動しなければならないのだ。

 

 それこそが王という立場を持った者が行わなければならない責務であり、王の特権とはそう言った強権を使って国を守るためにあるのだ。

 

 それを此奴は――。

 

「魔族は力が全てだ! そんなことをすれば、我は王として認められなくなり、王の立場を追い落とされてしまう!」

「……だったら、しっかりと力を見せて、その上で命じればいいだろ?」

「もし、我が誰かに負けてしまったらどうする! この国は我が魔王として建つことで、魔王国として持っているのだぞ!」

 

 王としての立場を落とされてくないから、責務を果たさない。

 俺はゼノスの言葉に、思わずぶち切れながら言った。

 

「魔王として部下に命じて人の国で好き放題しやがったくせに、その部下の不始末による停戦協定は、国民を納得させられないから受けないだと? てめぇ! 国家ってものを舐めてるのか! そんな言い分が通じるはずがないだろうが!」

「ひぃっ!」

「こっちは国と国の代表として話し合いに来てんだよ! わかるか? これはな! そちらの国がこちらの国にした落とし前をどう付けるかって話なんだよ! 自分がやりたくないからやらないなんてことが! 許されるわけないだろうが!」

 

 俺はそう言ってゼノスの襟首を掴んで持ち上げる。

 

「お前の国はままごとか何か!? 王としての責務も果たさないくせに! 王として部下に命じて! 余所の国に迷惑かけてるんじゃねーぞ!!」

「す、すみません~!! でも、無理なものは無理なのだ!」

 

 俺はそう言ったゼノスを雑にその辺に投げ捨てた。

 

 ああ、イライラする。

 フェルノ王といい、此奴といい、この世界の王はどうして、何奴も此奴も、こんな王失格の無能ばかりなのだろうか。

 まあ、メタ的な視点で見れば、まともな王が治める土地だと、問題が起こらずにお話にならないから、アレクやアリシアが冒険する舞台であるこの時代は、無能な王ばかりな状況になっているとか、そういうのがあるのかも知れないが……。

 物語としては、それが最適であったとしても、そこで暮らすこちらとしては、そんな無能な王ばかりでは、いい迷惑だ。

 

 こんな奴に期待するだけもう無駄だ。

 まともな停戦協定なんて結べるはずもない。

 

「ゼノス、お前、言ったよな? 魔族は力が全てだって」

「え、は、はい……」

「だったら見せてやるよ。絶対的な力って奴を。全ての国民が停戦協定を認めれば、魔王国としても停戦協定を認めるよな?」

「そ、その~何をする気で?」

 

 俺の言葉に恐る恐るゼノスがそう聞いてくる。

 それに対して俺は答えた。

 

「知りたければ外を見るんだな」

 

 そう言うと俺は転移をし、魔王城の外へと出ると、魔王城の中で一番高い塔の屋根の上へと転移した。

 

「魔王国に住む魔族の諸君! 俺の声が聞こえているか!」

 

 俺は声の振動を増幅して転移させることで、スピーカーから音を放つように、魔王国の全体に対して俺の声を響き渡らせる。

 

「俺はフェルノ王国のフレイ・フォン・シーザック! そちらの四天王であるバーグがこちらの国に多大な被害を齎したために、それへの賠償と停戦協定を結ぶために、この国にやってきた者だ!」

 

 鷹の目のイヤリングで見ると、魔族達が何処から声が聞こえてくると、不思議に思って周囲を見回しているのがわかる。

 俺は、魔族達に声が聞こえているのを確認して、更に続ける。

 

「だが、そちらの代表者である魔王は! こちらが要求した二十年間フェルノ王国の人間に手を出させないという停戦協定を! 民が守るはずもないから、受け入れる事が出来ないと言った! それに対して、それを納得させるのが王の仕事だろうと俺が言うと! 魔族は力が全てだから、そんなことをすれば、自分が王として認められなくなると! 情けのないことを言ってきた!」

 

 俺はそう言うと鉄塊を次々と取り寄せていく。

 

「俺は魔王との交渉を諦めた! だが、停戦協定は何としても結ぶつもりだ! 故に君達この国の民に、停戦協定を認めて貰うつもりだ」

 

 俺のその言葉に、この国の国民である魔族達は、人間が何を言っているんだと、相手を見下して嘲笑う。

 それを音を転移させて聞きながら、やっぱりそうなるか、と俺は冷静にその事実を受け止めていた。

 

 まあ、こんなんじゃなきゃ、プリシラルートで、人間と魔族の融和を目指すアレクとプリシラがあれほど苦労することもなかったか。

 

 人間との融和を目指したプリシラが異常なだけで、魔王国の魔族の基本は魔王達のように人間を見下しているものだ。

 だからこそ、話し合おうとしても、こちらの話をまともに聞かず、こうして嘲笑うだけで終わってしまう。

 

 だからこそ、有無を言わさず、認めさせる必要があるのだ。

 俺はそう考えながら、呼び出した鉄塊を、次々と空へと転移させていった。

 

「魔族は力が全てなのだろう? だと言うのなら、俺がその力を見せてやろう!」

 

 そう言うと、俺は魔族全員に突きつけるように言った。

 

「天を見ろ! これが人間を下等種と侮った! お前達に下す! 裁きだ!」

 

 幾つもの流星が魔王国の上空に現れる。

 それらは次々と轟音を立てて、魔王国の大地に激突し、その周囲を吹き飛ばす。

 

「止めたければ、かかってくるといい! 俺は魔王城の塔の上で待っている! 人の力を舐めることの恐ろしさを! その身に刻み込んでくれよう!」

 

 俺のその言葉とともに、飛行が出来る魔族が何人も現れる。

 

「フレイ・フォン・シーザックだ! 殺せ!」

 

 そう言って飛んで来た魔族に、上空に転移させていた槍を、その魔族の上に転移させて、次々と撃ち落として行く。

 

「どうしたどうした! 魔族の力とはそんなものか! はははは~!!」

 

 一国の軍隊を殲滅するために準備した大量の隕石による敵の殲滅。

 それが、魔王国の領土に対して実行されていく。

 

「おおっと、あれはサブクエストで村一つを皆殺しにした魔族じゃないか! それにあっちはビーチェルートでフレイを殺した倒すのに苦労する割と強めのボス!」

 

 俺は鷹の目のイヤリングで其奴らを見つけると、転移で隕石の降る方向を変更し、其奴らにぶち当たるように調整する。

 隕石は無生物であるため、手で触れていなくても、目視した好きな座標に転移させることが出来るので、それを使って落としたい位置に落下の仕方を調整してやれば、狙った相手へと確実に当てることが出来るのだ。

 

 そうして、俺の狙い通りに隕石がぶち当たったことで、踏みつぶされて消えていく魔族達の姿を見て、俺は笑った。

 

「あ~ははは~! 胸くそだった敵も! 強かった敵も! まるでゴミのようじゃないか!!」

 

 俺は高笑いをしながら次々と魔王国へと隕石を降らせる。

 あくまで示威行為だから、排除したい魔族に当てて消し飛ばす以外は、なるべく一般市民を巻き込まないように、魔族が集まる集落から外れた郊外などに落としているが、それでもこの破壊を見れば、人の力を侮る者はいなくなるだろう。

 

「見ろ! 魔族達よ! これが人の力だ! ははは~!」

 

 俺はそう言って、魔族達がおとなしくなるまで隕石を落とし続けた。

 

☆☆☆

 

 突如として駆け込んで来た衛兵に、魔王が襲われていると聞いた、魔王の娘であるプリシラは、急いでその現場へと駆けつけた。

 

 そこでプリシラが見たのは、情けなく涙と鼻水を流しながら、フレイに問い詰められている父の姿だった。

 

(あれがお父さんの姿?)

 

 普段の威厳のある姿とは違うために、思わずプリシラはそんな事を思う。

 フレイの余りの剣幕に手出しが出来ないでいると、彼は突如として何処かに転移して消え去った。

 

「お父さん? 一体何が……」

「プリシラか……邪悪な人間がフェルノ王国から……いや、今はそれよりも外の様子を見に行かねば」

 

 そう言うと、回復魔法で自分を治癒しながら、ゼノスはのろのろと立ちあがって動き出す。

 その途中で部屋の端で固まっていた四天王に視線を向けた。

 

「お前達も行くぞ」

「嫌です。魔王様」

「行かないと何をされるかわからんぞ?」

「行きます!」

 

 四天王は急に意見を変えて、ゼノスと共に外が見えるバルコニーに行く。

 そして、そこでフレイの言葉がその場に響く。

 

「ひっ! 声が!」

「やつめ! 何処から!」

 

 ブルブルと震えだした四天王を見てプリシラが驚く。

 

(フリューとアダマシアがこんなに怯えるなんて、あの人間の少年は一体彼らに何をしたの?)

 

 プリシラがそう思っている間にも、放送を聞いた魔族達が、様子を確かめようと次々とバルコニーにやってきた。

 

『天を見ろ! これが人間を下等種と侮った! お前達に下す! 裁きだ!』

 

 その言葉と共に魔族達は天を見た。

 そして、そこにあったものを見て、腰を抜かしてその場にへたり込む。

 

「あ、あ……い、隕石!?」

 

 誰かがそう言ったのと同時に全員が理解する。

 空から赤い色を付けながら大量に落ちてきているのは全て隕石なのだと。

 

 ――そしてそれを齎したのが、先程魔王国中に声を響かせていた、フレイ・フォン・シーザックという名の人間であるということを。

 

 轟音を立てて、地面に隕石がぶつかる。

 それによって、爆発のような強力な破壊が起こり、魔王国の大地が次々と破壊され、見るも無惨な姿へと変わっていく。

 

「ああ……我の……我の魔王国が……。か、神……魔神様の怒りだ……」

 

 その光景を目にしたゼノスは呆然とそう呟いた。

 

 それは逃避から来る言葉だった。

 ゼノスには認めることが出来なかったのだ。

 

 自分が要求を断ったせいで、魔王国がこんな無残なことになっていることも、それを行っているのが自分が下等種と見下している人間であることも。

 だからこそ、これは神の裁きなんだと、人間ではなく、魔神であるフレイが自分達を戒めるために行っているのだと、そう言い訳するように呟いたのだ。

 

 そしてその気持ちをプリシラは正確に読んでいた。

 

(神だなんてお父さんは何を言っているんだか。七彩教がある人間と違って、アタシ達には神なんてものはいないのに……)

 

 そんな冷めた目線で見ていたプリシラだが、ゼノスに同調するように、次々と魔族達が跪き、そして魔神への祈りを始めたことで思わず驚く。

 

「魔神様! もうお止めください!」

「理解しました! 人間を侮ってはいけないと理解しましたから!」

 

 その魔神と言う言葉は伝播するように広がっていく。

 それを見ていたプリシラの目の色が変わった。

 

(まとまりのない魔族がこんな形で纏まるなんて!)

 

 それは魔族の自分勝手さに苦しめられたプリシラには驚くべき出来事だった。

 

 インフィニット・ワンの攻略対象の一人であるプリシラは、魔王の娘でありながら、人間との融和を目指して活動している人物として描かれている。

 彼女は魔族への悪感情が少ないアレクと出会い、二人で魔族と人間が共に暮らせる世界を夢見て、フェルノ王国と魔王国で活動を始めるのだ。

 だが、力こそ全ての魔族はまとまりがなく、どれだけ頑張っても融和への道筋を立てることは出来なかった。

 最終的にプリシラとアレクは自分達ではその世界を生み出せないと判断し、同時に魔族と人間のハーフがいれば、きっとその子を中心として、魔族と人間が纏まることが出来るはずだと考えて、二人で愛し合って沢山の子供を作り、その子供達を中心に徐々に仲間を集め、魔族と人間が愛し合える街を作っていくのだ。

 

 そうやってゲーム時代では未来に託すことでしか、魔族と人間の融和の道を見つけることが出来なかったプリシラ。

 だが、今日この場で彼女はもっと優れた別の可能性を見つけた。

 

「そうだ。アタシ達には神が必要だったんだ」

 

(人間は七彩教とか言うので、国が違ったとしても、同じ神を崇めている)

 

 プリシラは魔王の娘として人間の社会について学んでいた。

 その知識を元に、プリシラは思考する。

 

(それと同じように魔族にも神が……絶対的な力を持った存在がいれば、自分勝手な魔族達もまとまり、そして人間との融和を目指すことが出来る!)

 

 そこまで考えた所で、恍惚とした表情でプリシラは言う。

 

「ああ、魔神様……」

 

 プリシラは先程の少年――フレイの姿を思い出す。

 自分の望みを叶えてくれる存在、それを思うだけで気持ちが高まり、胸が高鳴り出すと、下腹部が熱くなっていく。

 

「アタシ達、魔族を導いてください……」

 

 フレイの高笑いが聞こえる中で、そう告げるように言うプリシラ。

 だが、その目は、自分達の神をなる存在を絶対に逃がさないと言うような、狩人のように鋭く、狂気によどんだ暗い瞳をしていた。

 




 魔物のように魔素が集まって生まれる魔族に娘? と思うかも知れませんが、バーグがセリーヌを汚したように、魔素から生まれた魔族自体は生殖能力を持っているので、子供を作ることは可能です。
 魔王国は、そんな魔素から生まれた魔族ではない、魔族から生まれた二世魔族達が主な国民となっています。

 また、プロローグで出てきたビーチェが住む魔族の村ですが、魔王国に属した村ではなく、行き場のない者が集まって作った国境付近にあるどちらの国にも属していない隠れ里で、ビーチェルートのフレイのように行き場のない者が魔族や人間問わず来る為、魔王国のような差別は少なく、なんだかんだ上手くやっている形です。
 そんな所が気に入らない魔族達が攻めてきて、フレイがアレクやビーチェを守る為に敵の総大将と戦って殺されて、その村を守ると言うフレイの意志を継いだアレクに、ビーチェが惚れて、村を守る戦いの中でラブラブになっていくと言うストーリーがビーチェルートでは展開されますが、転生者フレイの物語である本編では、ビーチェは出てこないので、特に意味のない情報です。


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放し飼い

 

 魔王国に隕石を落としまくった後、さすがにあんなものを見せられたら、停戦協定の締結に頷かざる終えなかったのか、魔王国との交渉は成立し、その後の対処を後任に引き継いだ俺は、レディシアの引き渡し日ということもあって、フェルノ王国の王城へとやってきていた。

 

「クリスティア様。レディシア様を受け取りに来ました」

「ああ、フレイか」

 

 俺が案内されて部屋に着くと、クリスティアは頭を抑えて座っていた。

 それを見た俺は思わず、クリスティアに聞く。

 

「何か悩み事ですか?」

「お前は本当にやらかしてくれるよな……」

 

 俺を見てジト目でそう言うクリスティア。

 俺は何がなんだかわからずにクリスティアに言う。

 

「やらかすとは?」

「魔王国との交渉の件だ」

「ああ、あれですか。完璧な仕事だったでしょう? こちらに有利な条件で、全ての要求を飲ませたと思っていますけど?」

 

 普通の外交官なら確実に失敗していたような交渉を成功させたのだ。

 やらかしたと言われるような事態にならないのではと言う意味で俺がそう言うと、クリスティアはため息を吐いて言った。

 

「やり過ぎだ。魔王国は停戦協定だけではなく、今後は全面的に人間との融和を進めていくことを決め、手始めにこの国と交易を始めると言ってきた」

「なんだ、いいことじゃないですか。想定とは違いますが、別に仲良くする分には問題はないのでは? もちろん、奴らの裏は探らないといけないでしょうけど」

 

 やらかしたと言うほどだからどんな事態かと警戒したが、結果的には魔王国が方針転換しただけで、それほど大きな問題という訳でもなさそうだった。

 もちろん、突如としてこんなことを言いだしたのだから、表では仲良くすると見せかけて、裏で何かをすると言ったことがないように、奴らの腹の内をしっかりと探らないといけないだろうが、それだけの話とも言える。

 

「そこは心配いらない。魔王国は裏切らないという証の為に、魔王の娘を人質として、こちらの国によこすことになっているからな」

「はあ、それなら何故そんなに困っているんですか?」

 

 大体の問題は解決している。

 悩むほどの事態ではないと思うが……。

 

「……お前がそこまで言うのならいいか」

「え? ちょ――」

「入ってきてくれ!」

 

 クリスティアの物言いに嫌な予感を覚えて問い返す前に、クリスティアは誰かへと部屋に入るように促す。

 

「フレイさまぁん」

 

 そう言って部屋に入ってきたのはレディシアだ。

 いや、それはいい。

 元より今日はレディシアを受け取りに来たのだから。

 

 だから問題は――。

 

「よろしくお願いします。魔神様」

 

 そう言って入ってきたプリシラだ。

 それを見て、俺はクリスティアに顔を向ける。

 クリスティアは良い笑顔を見せながら俺に言った。

 

「二人をよろしくな。フレイ」

「はあっ!? 今日はレディシアを受け取るだけのはずでしょ!?」

 

 どうしてプリシラもセットという事になるのか。

 そもそも、此奴は人質として王都の厄介になるのでは!?

 

 そんな俺の疑問にクリスティアが答える。

 

「魔王国側の要求だ。自分達は魔神様が治める土地であるシーザック領としか取引をしないし、人質も当然シーザック領に送ると」

 

 そこまで言うとクリスティアは難しい顔をして言う。

 

「つまり、お前が纏めてきた条約以外は、全てフェルノ王国は関係無く、魔王国とシーザック家との条約と言うことになるわけだな」

「んな!? そんなの無敵の王家の立場で何とかしてくださいよ!」

「父上にそんなことが出来るとでも?」

 

 諦めたようにそう言うクリスティア。

 だが、尚も俺は突っかかる。

 

「他国と国を返さずに深い付き合いになる貴族家って、ぶっちゃけ反乱予備軍というかやばいことになるでしょ! 止めるべきだと思いますけど!」

「それを言ったら、聖王国と付き合いが深い現状からそうだな」

「うぐっ!」

 

 痛いところを突かれて言い返せなくなる。

 確かに現在の聖王国との付き合いと似たようなものかも知れないが……。

 

「いや、でも、聖王国と魔王国とか、そんな真反対なものと付き合わせるとか、フェルノ王家はシーザック領をどうするつもりなんですか!」

「ははは、そこは上手くやってくれ」

 

 光と闇が両方そなわり最強に見える、みたいな単純な話じゃねーんだぞ!

 聖王国と魔王国が揉めたら、矢面に立たされるのはシーザック家なのだ。

 上手くやってくれで済まされる次元の話じゃない。

 

 そう息巻いている俺の元にプリシラが近づいて来た。

 

「安心してください魔神様、魔神様のお膝元で、悪さをする魔族はいません」

「……さっきから気になっていたが、その魔神様ってのはなんだ?」

 

 俺がそう言うとプリシラは恍惚とした表情で言う。

 

「何を言うのですか! 貴方様のことですよ! 魔神様! アタシ達、魔族を導いてくれる神様です!」

 

 プリシラのその言葉を理解出来なかった俺は、クリスティアを見た。

 クリスティアはため息を吐くと言う。

 

「そう言うことになっているらしい」

「嘘でしょ……」

 

 俺が思わず絶句していると、プリシラにレディシアが楽しそうに話しかける。

 

「貴方、フレイ様を神と呼ぶなんて、わかっているわねぇ」

「もしかして、貴方も?」

「ええ、フレイ様はわたくしの神様ですわぁ」

 

 そう言うとレディシアはプリシラの手を取る。

 

「つまり、わたくし達は同じ神を仰ぐ同士ということですわねぇ」

 

 そう言われたプリシラは、人間と仲良くなることが出来たと、ぱあっと明るい顔をして、楽しそうに言う。

 

「ええ、そうですね! アタシ達は同士です!」

 

 きゃっきゃ、きゃっきゃと盛り上がる二人。

 普段なら、夢だった人間との融和に近づけて良かったねと言いたくなるような状況だが、それの元が俺が神だからという事なのだから、素直に喜べない。

 

「ともかく、これは決定事項だ」

「そんな……幾ら何でも……!」

「フレイは前に言ったよな? 『お前を助けたい。だから、何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ、俺はどんな時でもお前の力になる』と、今がその私に取っての困っている事態だ」

 

 それを言われると素直に辛い。

 バットエンドの負い目がある俺は素直に頷くしかなかった。

 

「……はい。わかりました。受け入れます……」

 

 結局、俺は二人を受け入れることになった。

 転移がトラウマになっていそうなレディシアの為に、来幸に用意して貰った馬車へと、二人とともに歩いて行く。

 

「魔神様、あの馬車に乗るんですか?」

「その魔神様っての止めてくれない?」

 

 俺がそう言うと、プリシラは淀んだ目をして言う。

 

「何を言ってるんですか? 魔神様は魔神様です。魔神様でなければなりません。何か気に障ることがありましたか? 魔神様の為なら何でもするので、そのようなことを言わないでください」

 

 何でこの子、こんな狂信者みたいなこと言ってるの!?

 俺と話すのは今日が初めてだよね!?

 

 俺は内心、プリシラにビビり倒しながら、「もう魔神様呼びでいいよ……」と言って、逃げるようにして来幸の元に向かった。

 

「あの……フレイ様、一人増えているのですが……」

「俺としても予想外だよ……」

 

 来幸に経緯を説明すると、来幸は理解出来ないと眉を寄せる。

 

「何故、魔神と?」

「俺にもわからん。ともかく言えることは、頭のおかしなのが一人増えてしまったということだけだ」

 

 なんでレディシアに引き続き、プリシラもこんなことになってしまったのか。

 プリシラに関しては、俺は何もしてないはずだから理解出来ない。

 

 やっぱり攻略対象だからか? 攻略対象は普通と違うから、こんな風に突如として狂信的な感情に芽生えたり、おかしくなってしまうのか?

 

 俺は、パンツを見せに来ると言う頭のおかしな事をし始めたエルザや、壊れたレディシアを見て、育って貰うのがずるいと言ったユーナ、そしてメジーナを含めた銀仮面ファンクラブの面々を思い出しながら、思わずそう思う。

 そんな風におかしな行動を取らない、攻略対象の中でまともな感性を持った存在は、来幸とクリスティアくらいしかいないのが現状だ。

 

 まあ、攻略対象ってのは、それまで好いた相手もいない状態で、アレクやアリシアが出てきた瞬間に、全てを捧げるほどの熱烈な恋に落ちる者達なんだから、そういう風に何かに対して熱狂しやすいって所があるのかもしれない。

 それに加えて、普通であったら、物語の登場人物になりはしないのだから、よくある創作の主人公が頭のネジが外れていると読者達から言われるように、それに攻略されるヒロイン達も、何処か普通と違って、主人公と同じように頭のネジが一本外れてしまっていて、おかしな行動を取るのかもしれないな、と俺は思った。

 

「はあ。ともかくシーザック領に帰ろう。王都での面倒事はもうこりごりだ」

 

 例のクーデター事件の後、ナルル学園は早めの長期休暇に入っている。

 表向きはダルベルグ公爵のように、魔族による暗躍の影響を受けていないかの調査の為とされているが、実際は王のせいで削りきれなかったダルベルグ公爵派を、ユーゲント公爵派が魔族を理由に削るために行っているのだろう。

 魔王国が、バーグを含めてフェルノ王国で暗躍していた魔族の報告書をユーゲント公爵派に提供しているため、それと手を結んで暗躍していた悪徳貴族はそれなりの数、処罰することが出来るだろうと考えられている。

 

 まあ、完全に野放しにするわけじゃなくて良かった。

 

 俺はそんなことを思いながら、馬車のドアを開ける、

 そして、馬車の中で席の上に寝っ転がっているレディシアとプリシラの姿が目に入り、俺は思わず頭を抑えながら、二人に対して言った。

 

「……何をしているんだ?」

「馬車の中は揺れるので、フレイ様がお尻を痛めないように、わたくしがクッションになるのですわぁ」

 

 俺の疑問にレディシアがそう答える。

 そのレディシアの言葉にプリシラが頷く。

 

「普通にしてくれぇ……」

 

 俺はそんな嘆きのような言葉を出すと、二人に命令して普通に座らせた。

 そして、来幸と共に馬車に乗ってシーザック領を目指す。

 その道中で俺はこっそりと来幸に話しかけた。

 

「なあ、来幸。レディシアの対精神魔法用の装備を外させるし、俺が全責任を取るから、闇魔法でレディシアの精神を治療してくれないか?」

 

 さすがにこんな状態が続くと普通に困る。

 だから、闇魔法でまともな人格に矯正しようと思うのだ。

 

 一応、レディシアの身柄は引き取るにあたり、シーザック家にかなりの権限が与えられることになったから、しっかりとレディシアの耐性を落として闇魔法を使うことが出来るため、露見するリスクも少ない。

 

 そんな考えから言った俺の言葉に、来幸は首を振って言った。

 

「それなのですが、もう試しました」

「は? もう試した? どういうこと?」

「事後報告になりますが、フレイ様が登城する前に、ユーナ様に王城へと呼び出され、そこで闇魔法の魔法書を持たされて、そこに書かれている魔法で、レディシア様を治療して欲しいと頼まれたのです」

「……そうか、王家なら、黒髪が闇の魔力を持っていることを知っていてもおかしくないし、過去の黒神教の討伐で闇魔法の魔法書保持していてもおかしくないか」

 

 わざわざ来幸を呼んだことから考えるに、魔法書の方は闇の魔力を持っているものしか使えない、こちらの魔法書の劣化版のようだが。

 ともあれ、王家側としても、さすがにレディシアをそのままにはしておけないと、治療を試みたということなのだろう。

 

「王家の頼みと言うこともあって断れず、闇魔法を使うことになってしまい、申し訳ありません」

「いや、かまない。王家主導なら、この事を表に出すこともないだろう」

 

 深々と頭を下げた来幸に俺はそう答える。

 

「それで、試してどうして変わっていないんだ?」

 

 俺のその言葉に、来幸が難しい顔をして答える。

 

「レディシア様は、王族として高い魔力を持っているのもあって、精神操作の効きが悪く、そして多少の精神操作では、狂気に染まった精神を変えても、直ぐにその狂気に飲まれて元通りに戻ってしまうみたいなのです」

「完全に狂人になってしまった奴には精神操作は効かないってことか」

 

 よくよく考えて見れば、闇魔法を滅茶苦茶使っていた黒神教も、狂信者となった者達の暴走を抑えることが出来ていなかった。

 精神魔法が狂信的な感情も含めて操作できるのなら、あのような事態にはならずに、適宜闇魔法で精神を操作することで、もっと上手く組織運営をすることが出来ていたはずだ。

 

 つまりは、このレディシアを治療する方法はないと言うことだ。

 

「クソっ! このままのレディシアを領内に連れて行かなければならないのか! 全く、とんだ爆弾を抱える羽目になってしまったものだ」

「ええ、本当に……闇魔法で潰せていれば良かったんですが……」

 

 俺と来幸は揃ってため息を吐いた。

 流れゆく外の景色を見ながら俺は思う。

 

「マジで、此奴らどうすっかな……」

 

 人のことを勝手に神と崇める迷惑集団に、俺は頭を抱えた。

 

☆☆☆

 

 それから何日も旅をして、俺達はようやくシーザック領に到達した。

 

「転移なら一瞬なんだがな。さすがに長旅は疲れた」

 

 俺はそう言って馬車を降り、屋敷の中へと向かう。

 

「ここがフレイ様の領地……」

「神が生まれた地ですね……」

 

 感慨深げに何か言っている後ろの二人を無視し、屋敷の広間に着くと、俺はメイドに、両親と、リガード、レオナルドを呼び出すように伝える。

 そうして全員が揃った所で、王都で起こった事の顛末と、レディシアとプリシラをシーザック領で預かることになったことを伝える。

 

「えっ!? 王女様!? マジっすか!?」

「これは、そのような事態が……」

 

 既に話を通していた両親と違い、リガードとレオナルドは素直に驚きを見せる。

 

「彼女達にはこの屋敷に住んで貰う。その場所は先に帰らせたミリーが、既に準備を終わらせているはずだ」

 

 俺はそこまで言った所で、レディシアとプリシラに向かって言う。

 

「この屋敷の生活で何か困ったことがあったら、屋敷を取り仕切っているリガードに尋ねるといい」

「フレイさまぁ、わかりましたわぁ」

「魔神様がそう言うのなら」

 

 そんな二人の様子を見て、レオナルドが驚きながら言う、

 

「フレイ様? 魔神様? この人達、王女なんっすよね?」

「聞き流せ」

 

 俺はレオナルドの疑問にそう答える。

 

「レディシアとプリシラは、この街の中なら自由に行動しても構わない。但し、それぞれダルベルグ公爵派や魔族と関わって、怪しい行動を見せた場合は、直ぐさま王都に送還し、王家の判決を待つことになるから注意しろよ」

「はぁい」

「わかりました」

 

 一応、この二人は隠棲と人質としてシーザック領に来ている。

 だからこそ、下手な行動をしたら、それを捕まえる義務が、王家より二人を託された、シーザック家にはあるのだ。

 

「さてと、レオナルド」

 

 俺はそこまで言った所で、良い笑顔でレオナルドを見た。

 それを見た、レオナルドの顔が、何かを察知したのか引き攣る。

 

「ふ、フレイ様、嫌な予感がするんすけど」

「銀光騎士団には、この二人の監視を頼むぞ。怪しい行動をしないかを見張り、また何らかの存在によって危害を加えられないように、しっかりと警護してくれ」

 

 俺はレディシアとプリシラの扱いに悩んでいたが、よくよく考えて見れば、そこまで悩む必要はなかったのだ。

 

 今世の俺は、権力者である貴族の令息。

 扱い辛い面倒事があるというのなら、配下の者に丸投げして、面倒事を全て背負って貰えば良かったのだ。

 上司である俺は、レディシアとプリシラに直接関わらずに、レオナルドから取捨選択がされた報告を受け取れば、それで充分なのだ。

 

「ちょっ!? マジっすか!? いやいや、無理っすよ!? 王女様方の監視と警護なんて、自分には重すぎるっす!」

「大丈夫だ! 俺が見込んだお前なら出来る!」

 

 俺は部下の活躍を期待する上司の顔でそう言った。

 

 悪いなレオナルド。

 これが出来る大人の処世術だよ。

 

 面倒な奴らは首輪を付けて余所に行かないような状況にした後、放し飼いにでもして好き勝手に庭を走り回らせていればいい。

 これが、俺が考えた完璧なレディシア達への対策だ!

 

「リノア様! ジーク様!」

 

 俺を説得出来ないとみたレオナルドが、直ぐに当主であるリノアと、その配偶者であるジークへと話を向ける。

 

 ――だが、その行いは無駄だ。

 

「う~ん。王女様方の事はフレイに任せてるから、そのフレイがレオナルドに任せるべきだと思ったのなら、それでいいんじゃないかしら?」

「こっちも、こっちで、新しく始まった魔族との交易とか、聖王国への状況説明とかで、忙しいからな……悪いな、レオナルド」

 

 今のシーザック領は、魔族との交易と言う未曾有の事態に見舞われて、その対応でてんやわんやの騒ぎに陥っている。

 魔族が暴れた場合、確実に相手を倒せるのはS級冒険者であるジークだけだし、聖女として聖王国へのつながりが深いリノアは、魔族と交易するという事態に関して、聖王国への説明要求などが出てきてしまっている状況にある。

 とてもじゃないが、この上で、二人の王女の面倒を見るという厄介事を引き受ける余裕は彼女達にはないのだ。

 

「そ、そんな~」

「ま、此奴らだって立場はわかっている。そうそう問題になるようなこともしないだろうさ。そこまで気張らずとも問題なく任務を果たせると思うぞ」

 

 俺はそれだけ言うと全員に向かって言う。

 

「話はここまでだ。それじゃあ、解散!」

 

 有無を言わせずそう言うと全員が自分の仕事に散る。

 さーてと、溜まった書類仕事でも片付けるかな。

 

 俺は晴れ晴れとした気持ちで執務室へと向かった。

 



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現人神

 

 シーザック領に帰ってから執務の日々を送って二週間。

 特に問題が起こることもなく、俺は平和な日々を過ごしていた。

 

「ふう。昼飯にするか」

「そうですね。フレイ様」

 

 俺はそう言うと政務を中断して、来幸と共に食堂へと向かう。

 

 最近はそれぞれの仕事が忙しく、家族で食事を取ることも出来ずに、別々で食事を取ることが多くなっていた。

 料理長に何かを作って貰おう……そう思って部屋に入ると、レシリアが机に突っ伏した状態で、項垂れていた。

 

 それを見て、俺は慌ててレシリアに聞く。

 

「どうしたレシリア!?」

「頑張って少しずつレシィのものにしていっていたのに……」

 

 うっ、うっ、と泣き声でレシリアはそう呟く。

 

「ぽっと出に全部取られたぁ~! うわぁあん~!」

 

 レシリアは椅子から立つと、ガチ泣きをしながら、俺の懐へと飛び込んでくる。

 俺はそんなレシリアの頭を撫でて、そんなレシリアを慰める。

 

「何が何だかわからんが……上手くいかないこともあるさ」

「うわぁあああん!」

 

 来幸と共に、困惑しながらも、レシリアをあやしていると、突如として食堂の扉が、バンっと強い音を立てて、開けられた。

 

「ここにいましたか! フレイ様!」

 

 ミリーがずかずかと俺の元に歩み寄ってくる。

 

「どうしたミリー? そんなに怒って?」

「どうしたも、こうしたも、ないですよ! フレイ様が連れてきた、あの二人のせいで、とんでもないことになっているんですから!」

「あの二人が……?」

 

 俺が事態を理解出来ずにそう言うと、焦れたミリーが俺の腕を掴んで、思いっきり引っ張って何処かに連れて行こうとする。

 

「ちょっ!? 何なんだ!?」

「いいから、着いてきてきてください!」

 

 何がなんだかわからない内に連れて行かれる。

 引っ張られた状態で着いていくと、メイドの控え室に到着し、ミリーはそのままその部屋の中に入った。

 

「アイリーン?」

「ああ、フレイ様……」

 

 その部屋にいたのはシーザック家のメイドであるアイリーンだった。

 彼女は俺の存在に気付くと、目を向けて、謝るように言う。

 

「私、勘違いしていました。フレイ様は神様だから、恋愛をしないようにするために、来幸を遠ざけていたんですね?」

「は?」

 

 訳のわからないアイリーンの言葉に、ミリー以外の者が絶句する。

 

「でも、私はそれでも、フレイ様と来幸の恋を応援してますから!」

 

 俺達の困惑も無視してそう言うアイリーンを見て、俺達の視線は状況を説明しろと、ミリーに向かって集まっていた。

 

「あの王女様方が、無窮団の連中を巻き込んで、フレイ様を神とした銀神教という宗教を勝手に始めやがったんです!」

 

 そのミリーの言葉に、俺は思わずミリーに掴みかかった。

 

「ぎ、銀神教って――! ふざけるな! この世界で色の名が付く宗教を名乗ることの不味さがわからないわけじゃないだろう!!」

 

 事態の重さに、俺以外の面子の顔も真っ青になる。

 下手したら、シーザック領が異端として征伐されかねない状況なのだ。

 

「そんなことわかってますよ! だからこそ、アイリーン先輩は、彼奴らに注意するために、彼奴らの元に向かったんです! だけど、帰ってきたら……」

「こうなっていたと? ――レシリア!」

「ディスペル!」

 

 精神系の魔法で洗脳でもされたのか、と思った俺は、レシリアに聖女の力での解呪を依頼する。

 それを受けたレシリアは、耐精神魔法用の呪文を唱えるが……。

 

「ダメ! お兄様! アイリーンは魔法にかかってない!」

「なっ!? これが素の状態だっていうのか!?」

 

 俺はレシリアのその言葉に驚くように言う。

 魔法のような外部的な強制もなく、こんな状況になったというのか!?

 

 そんな中で、考え込んでいた来幸が「まさか――」と呟く。

 

「来幸、何か思い当たることがあるのか!?」

「レディシア様は、次期王の候補者とは言え、多くの者を纏めあげ、派閥を形成することが出来ていた。そして、そのカリスマ性は、取り巻きにそう言ったことを命じられるほどの心酔をさせるものだった」

 

 来幸が言っているのは、レディシアルートでの取り巻きにアレクの相手をさせた出来事のことだろう。

 確かに来幸の言う通り、幾ら上下関係があるのだと言っても、相当自分に心酔させなければ、あのようなことを進んで行わせるようなことは出来ないはずだ。

 

「加えて、王族でもあるレディシア様は、幼い頃から弁舌に関しては、英才教育を受けていたはずです。つまり、レディシア様には、弁舌で次々と仲間を増やし、カリスマ性で他者を纏める、教祖の才能があった……」

 

 来幸のその発言を聞いて、俺は思わず突っ込みを入れる。

 

「レディシアに教祖の才能があったのはわかった。だが、それは、自分に対して注意をしようとしてきた相手をこんな状態に出来るほどか?」

「彼女達の宗教の神がフレイ様なのがいけないのかも知れません」

 

 俺の疑問に来幸はそう答えた。

 俺はわけがわからずに首を傾げる。

 

「なんで、俺が神の宗教だと、アイリーンを取り込めることに繋がるんだ」

「……宗教と言うもので親近感は重要なものです。人は同じ考えを持つ相手に心を許し、そして同調するように、その思いを強くしていくことが出来る」

 

 それを聞いて俺が思ったのは銀仮面ファンクラブの面々のことだった。

 来幸の言う通り、銀仮面ファンクラブは銀仮面への恩義という同じ考えで結び付き、そしてそれに対する思いを共有してあんな状態になっていた。

 

「アイリーンもそうですが、このシーザック領でフレイ様の凄さを理解していない人などいません。何かしらの形で誰もが、フレイ様への恩義や、その能力への敬意を持っているでしょう。そしてそこにフレイ様を崇めるレディシア様達が現れて、フレイ様を崇める宗教を始めた……。アイリーンはそこを突かれて、彼女達の思想に共感し、そしてこうなってしまったのではないかと」

 

 俺は来幸の語ったその推論を聞いて、引き攣った顔で冷や汗を流しながら、思わず言った。

 

「つ、つまり……俺に対して何らかの好感を持っている者は、レディシア達と話したら、取り込まれて、銀神教の信者になるって言うのか」

「おそらく……」

 

 俺はわけのわからない状況に思わず呻く。

 ちょっとでも俺に恩義を感じていたら、狂信者達に取り込まれて、俺を神として崇めるようになるとか、どんな状況だよ!?

 

「なんであんな頭のおかしなのを放置していたんですか!」

 

 そう言ってミリーが俺に詰め寄ってくる。

 そんなことを言われても――。

 

「頭がおかしくて手に負えないから、監視を付けて放し飼いにしていたんだよ!」

「手に負えない奴なんかを! 放し飼いなんかにするな~!!!」

 

 そんな至極真っ当なミリーの怒りが俺にぶち当たる。

 

 しょうがないじゃん!

 俺だってこんな事態になるなんて思って無かったんだよ!

 

「フレイ様!」

 

 俺達がどうしようもない状況に喚いていると、リガードが焦った様子で、俺達の元へと駆け寄ってきた。

 

「どうした!? また、面倒事か!?」

 

 俺が思わず苛立ちながらそう言うと、リガードは息を切らせながら言う。

 

「し、七彩教が……銀神教に……」

「まさか、もう異端認定されたのか!?」

 

 口籠ったリガードの態度に、俺は思わず考えた最悪の事態を口に出す。

 その言葉に、ミリーや来幸、レシリアも同様に緊張したような顔を見せた。

 

「それが、その……。七彩教は銀神教に異端認定を出さず、むしろ、銀神教は七彩教が認めた正当な宗教であると、大々的に布告を行いました! そして、フレイ様は現世に新たに誕生した八人目の神であると、世間に向けて公表しています!」

「ハ? ドウイウコト? オレニンゲン、カミジャナイヨ?」

 

 あまりに理解出来ない状況に、俺は思わず片言になりながらそう言う。

 

「どういうことと言われても、そのような話になっているとしか……」

 

 リガードは困り果てた様子でそう言うと、気を引き締めて忠告するように言う。

 

「七彩教が新たなる神を認めるということは、この世界を見守る神々が、フレイ様を神であると認めたようなもの。それを受けて銀神教の者たちは、止めることが出来ないほど熱狂しています。銀の神――フレイヤフレイは、我らを導く最新にして最善の神だと。そのせいで教会の建造も止まらず……」

 

 リガードが徐々に悪化していく、シーザック領内の状況について、俺に対して丁寧に説明していく。

 俺はその状況の悪さに、顔が真っ青になりながら、ただそれを聞いていく。

 

 つーか、勝手に神様ネーム付けられてる上に、俺の前に最強最悪のビッチ神名前付けられてるじゃねーか! 純愛を求める俺への嫌がらせかよ! フレイって名前の兄妹神であることはわかるけどさ、あまりにもあんまりだ!

 

 俺が思わずそう憤っていると、リガードは懇願するように言う。

 

「もはや、我々の手ではどうにもなりません! お力添えを! フレイ様!」

「力添えって言われても……俺に如何しろと!?」

 

 俺はリガードの言葉に思わずそんな回答を返す。

 

 どうしてこうなった!

 そりゃ、なろうの転生物のストーリーだと、主人公が最終的に神にまで上り詰めることはよくあることだけどさ。そう言うのって、物語の最後とか、或いはそれに相応しい力を得てからだろ?

 俺はまだ学園編が始まったばかりだし、ゲームのストーリーに関しては、始まってすらいない! 加えて、俺には神の力なんてものはなく、本当にただの人間としての力しかないんだぞ!

 なんで! こんな状況で! いきなり神なんかにならなければいけないんだ!

 

 俺がそんなことを考えていると、騒ぎを聞きつけた人々が、俺達のいるところに次々と集まってくる。

 リガードのように狂信者になっていないものは、俺に状況を何とかするように懇願を繰り返し、一方でアイリーンのように狂信者化してしまった者達は、俺に対して平伏し、フレイヤフレイ様と祈り始めた。

 

 それを見て、俺は思わず呟く。

 

「ああ、立派に育ててきた、俺の大切なシーザック領が……」

 

 あまりの出来事に、目の前が真っ暗になり、ぐわんぐわん揺れる。

 真面目に人々の為にと動いてきたのに、どうしてこんな結果になったのか。

 

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

 

 とあるゲームのキャラのようにそんな気持ちばかりが溢れてくる。

 

 それに、俺が神であるという話は、七彩教によって、シーザック領やフェルノ王国だけではなく、その影響力が及ぶ全国へと知れ渡る形になってしまっている。

 つまり、モブも含めて、世界中の人間が、フレイ・フォン・シーザックは神であると、認識してしまうことになっているのだ。

 果たしてそんな状況で俺とまともな恋愛を行ってくれる相手がいるのだろうか?

 

 王家の相談役だから婚約者に出来ないなんてレベルじゃない。

 俺と付き合ったら、その時点で神の恋人に、そして結婚したら神の妻として、かつての勇者達のように聖人の仲間入りだ。

 

 ――俺が行いたい恋愛を行ってくれるような、まともな女性なら、絶対にそんな相手は選ばず、もっと真っ当な普通の相手と付き合うだろう。

 

「お、終わった……俺の苦労が……俺の転生が……」

 

 俺はそれだけ呟くと、全身の力がなくなり、その場に倒れた。

 

「フレイ様!」

 

 そう言って駆け寄る来幸達の姿を最後に、俺の意識は闇に落ちた。

 




 七彩教が何故唐突にフレイを神認定したかというと、七神教が銀神教の話が入ってきて、対応をどうしようかなと考え始めた時に、最後のヒロインを自称するとある方が、周囲の者が聞いているのをちらちらと確認しながら、わざとらしく一人言でフレイに関することを呟いたため、それを聞いた彼女の兄妹と七彩教の方々が全力で忖度した結果です。

 一応、神認定によるメリットがなかったわけではなく、王より上の最高権力者である神になったことで、権力を使って無理矢理婚約させられるという出来事は起こらないというメリットはありました。
 そのため、家の立場を使って外堀を埋めて、フレイを逃がさないようにした上で、婚約しようと画策していたユーナやエルザは、今回の件を聞いてそれが出来なくなったことを知り、神の言葉を批判することは出来ないので、誰にも見られないように自室で怒り狂って暴れました。

 他の攻略対象達がどういう反応をしたかというと、立場を使ってゆっくりとフレイを落として行こうとしていた来幸とレシリアは、神に俗世はいらないからと、聖王国から派遣された神官に固められ、妹やメイドという自分達の立場が引き剥がされる可能性があると考えて焦り始めました。

 銀仮面ファンクラブは、銀神教……? 銀……。もしかして銀仮面様と何か関係が!? と疑いを強めていますが、神に対して「貴方ってこの人ですよね?」と聞くのは場合によっては不敬になるので、疑心は強めたけど聞いて確信を得ることは出来なくなった状況です。

 結果として呟き一つで他のヒロイン達をなぎ払い、自分だけが得する状況を見事に生み出しました。
 さすが、自称最後のヒロイン、つよい(小並感)


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次なる手

 

「うっ……ここは……」

「目が覚めたんですね! フレイ様!」

 

 俺はその来幸の声で体を起こす。

 どうやら、自室のベットで眠っていたらしい。

 俺はその事実にほっとしながら言った。

 

「よかった……全部夢か」

「夢……ですか?」

「ああ、レディシア達のせいで、何故か俺が銀の神扱いされてしまうという悪夢を見ていたよ。でも、全てが夢で本当に良かった」

 

 俺が安堵しながらそう言うと、来幸は悲痛そうな顔をして言った。

 

「フレイ様、夢ではありません」

「何を言ってるんだ。俺が神扱いになるなんて、そんなの夢しかあり得ないだろ」

「……こちらに来て貰ってもいいですか?」

 

 俺は来幸に促されて窓に近づく。

 そして、来幸が指し示す方向に目を向けた。

 

「何だ? あの領主館より立派な建造中の建物は?」

 

 俺は今いる領主館よりも大規模な形で、工事途中となっている建物を見て言った。

 

「あれは、銀神教の大聖堂だそうです。神であるフレイ様の為に、この領主館よりも凄い建物を作ると、無窮団の技術者達も張り切って建設を行っていて……」

「……」

 

 どうやら夢でなかったらしい。

 あのわけのわからない状況は全て現実だったのだ。

 

 来幸の説明を聞きながら、次第に沸きあがる怒りを抑えられなくなった俺は、叫ぶように命令した。

 

「今すぐ……! 今すぐここに! レディシアとプリシラを連れてこい!」

「っ! はい!」

 

 そうして来幸は部屋を出て行く。

 しばらくして、来幸はレディシアとプリシラを連れてやってきた。

 

 久しぶりに見た彼女達は、自分達が銀神教の教祖であると主張するように、黒地に銀色がアクセントに入った、祭服のようなものを来ていた。

 それを見て、更なる怒りを抱いた俺は、二人を問い詰める。

 

「ここに呼んだ理由はわかっているよな?」

 

 俺のその言葉に、レディシアは何を考えているのか、のほほんとした表情で余裕を見せ、プリシラはどう言い含めようかと必死で言い訳を考えていた。

 

「好き放題やりやがって……! これは命令だ! 今から銀神教の布教活動を止め、銀神教自体を解散しろ!」

 

 俺のその言葉にプリシラが焦ったように言う。

 

「ちょっと待ってください! 今や、銀神教は魔族にも受け入れられた重要な宗教で、こんな所で止めていいものではありません!」

「そんなこと知るか! 勝手に神にされると迷惑なんだよ! 何が何でも! 銀神教は解散させるぞ!」

 

 プリシラの言葉に俺はそう反論する。

 このまま押し切って命令する……そう思っていたその時、レディシアが俺に向かってぽつりと呟いた。

 

「いいのかしらぁ?」

「は? 何がだよ」

「フレイ様が神様だってことは、七彩教が認めたことなのよねぇ?」

 

 レディシアのその言葉に、ハッとしたプリシラは続くようにして言った。

 

「そうですよ。神様が神様であると認めたのに、その本人が神でないと言ったら、それはそれで、異端ということになるんじゃないですか!?」

「そ、そんな……馬鹿な……!」

 

 俺はそう呻きながらも、プリシラが言ったその可能性を検討する。

 

 俺が、銀の神フレイヤフレイであることは、七彩教が……ひいては、その裏にいる七彩の神が認めたことだ。

 それを本人である俺が否定すれば、それはこの世界を管理する七彩の神が、間違った判断を下してしまったという事になってしまう。

 

 そんな神の正当性が薄れるような行為を七彩教が許すはずがない。

 きっと何らかの理由付けで、その判断ミスの原因を用意するだろう。

 

 例えば、フレイ・フォン・シーザックは悪魔であり、怪しげな術で神々の判断を惑わした神敵であるとか、俺を異端という形にしてことを収めるはずだ。

 そうなれば、シーザック領は火の海に沈み、そして俺自身も七彩教に拷問された上で殺されるという悲惨な最期を迎える事になる。

 

 神の正当性がかかっているのだから、相手も容赦はしない。

 きっと、今までのどの異端狩りよりも悲惨な状況に追い込まれるだろう。

 

 えっ? て言うことは何だ? 俺は本当に神でも何でもないのに、その真実を公にすることすら、出来なくなったというのか!?

 

 俺はその事実に気付き、唖然とする。

 

 つまり、俺はもう詰んでいたのだ。

 七彩教が俺を神と認めた時点で、本当に俺が神でないのだとしても、俺に神ではないとする逃げ道は存在しなかったのだ。

 

「……許す」

「? なんですか? フレイさまぁん」

「許す! 銀神教の布教を許してやる! だからさっさと出て行け!」

 

 やった~と普通の女子のようにはしゃいでハイタッチする二人。

 彼女達が出て行くのを見送って、俺は思わず頭を抑えた。

 

「俺が何をしたって言うんだよ……」

 

 どうしてこうも上手くいかないんだ。

 ただ、俺だけのヒロインが欲しいと言うささやかな願いじゃないか。

 世界にはこれだけ女性がいると言うのに、どうして俺の元には、その望みを叶えてくれる女性が現れてくれないんだ……!

 

「このままじゃ、前世と同じじゃないか……」

 

 また、前世と同じように、恋人も見つけられずに終わるのか。

 

「いや、そうはならない! まだ諦めるわけにはいかない!」

 

 そんなに簡単に諦められるのなら、ここまで求めていない。

 三度目の人生などあるかわからないのだから、今回の人生で必ず、俺だけのヒロインを見つけ出さなければならないのだ。

 

「フェルノ王国はもうだめだ。殆どの奴が俺がフレイ・フォン・シーザックと知ってしまっている。だが、外国なら……!」

 

 前世のようにインターネットもない世界だ。

 海外なら、フレイ・フォン・シーザックが神であると知っていても、それを俺と結びつけることは難しいはずだ。

 

「外国に亡命するのですか?」

 

 俺の言葉を聞いた来幸が心配そうに言う。

 俺はそれに答える。

 

「いや、亡命はしない。さすがに、公爵家の人間が他国に亡命なんて真似、するわけにはいかない」

 

 下手に亡命すればシーザック家に迷惑がかかる。

 だからこそ、俺が行うのはもっと別のことだ。

 

「バカンスだ! 帝国の保養地でもある、海水浴場のエルミナへ行くぞ!」

 

 考えて見れば、これまで銀仮面活動も含めて、働き詰めだった。

 ここらで自分への労いも含めて、バカンスに出掛けてもいいだろう。

 

「誰も俺のことを知らない土地で! 俺は今度こそ! 俺だけのヒロインを見つけ出してみせる!」

 

 俺はそう覚悟を決めるように叫んだ。

 




 これで四章は終わりとなります。
 この物語は全六章であり、次は終章への繋ぎである短めの章が入って、最終章へと移行していく形となります。
 そんなわけで、五章は海に行って、皇女とエルフと共に、ドラゴンを巡る物語が展開される予定です(当社比)。
 その五章の投稿は年末から年度末にかけて、ちょっと忙しくなるので、速ければ一月に、遅れれば二月か三月から投稿開始となると思います。
 ※2023年3月26日追記:申し訳ないのですが、12月~2月まで仕事が忙しくて書き溜めが出来ず、3月から少しずつ書き溜めている形なので、更新再開予定は4月以降になりそうです。

 ここから先は本章の感想なので読み飛ばしても大丈夫です。
――――――――――
■物語前半の設定が多くなった件について

 四章の前半部分は、神関係の話とか、ジョブ関係の話とか、王位継承権争いの元とか、今後に必要な情報を先出しして説明してたのですが、それが結果的に、設定ばかりとなってしまうことになり、話が進まないと思われてしまう形になってしまいました。

 一人称視点だと三人称視点と違って、主人公の意識がそれに向かったタイミングじゃないと、説明の内容をぶち込むことが出来ないので、物語が展開している途中で出てきて邪魔にならないように、最初の方で一気に説明してしまおうと思ったのが、悪く働いてしまった感じですね。

 ここら辺の一人称での説明の仕方とかは、完全な私の技量不足です。一人称視点でわかりやすく、そして面白く情報を小出しに出来るのは、本当に凄いと思います。
 これ以外の作品も公開していないだけで書いているのですが、私は主に三人称視点で必要になったところで、説明をぶち込むスタイルでやっているので、一人称視点での説明が上手く出来ていませんでした。本作での反省点と言えますね。

 まあ、そんなこんなで、そう言った世界観設定の情報の出し方はミスってしまったなと思うのですが、一方で新キャラである攻略対象達について、ゲームのルートでどんな物語を彩ったのか、と言うのを書きまくったことは、特に問題があったとは考えていません。
 なぜなら、ゲーム世界転生物では、元となったゲームの描写をしてこそのものだと思っていますし、何より本作は、恋愛をこじらせた主人公が、ヒロインをゲームキャラと同じであると思ってしまうから、恋愛対象に出来ず、別の相手を探しに行くという物語だからです。

 ヒロイン達が新キャラとして登場した時に、ゲーム時代の話を後回しにしたり、アレクとの詳細を書かないなど、ゲーム時代の描写をしっかりとしていないと、何故フレイがこのヒロインを嫌がるのか、と言う事が明確に読者に伝わらなくなってしまうので、ヒロインが新キャラとして登場するのと同時に、基本的にそのヒロインに関するゲーム時代の描写として、概要的であろうとも、アレクとの馴れ初めから、アレクとどう愛し合って、どう終わるのかまでを、しっかりと描写するようにしています。
 そうやって、しっかりとアレクと攻略対象の関係を描写しておけば、ゲームでこの攻略対象はアレクとラブラブだったんだなと、思って頂けると考えています、
 そうなれば、読者の中で全員とはいかないかもしれませんが、ゲームでの攻略対象が嫌というフレイの気持ちがわかる人が出てくれると思っています。

 つまり、攻略対象達の各ルートについて記載するのは、攻略対象であるヒロインは恋愛相手にならないと言う、この物語における肝であり、外すことが出来ない部分ということですね。
 新キャラ登場と同時に見せる必要があるので、物語の構造的に前半部分にそれらの説明が集まって、設定語りが多くなってしまいますが、構造上仕方ない必要悪だとして、今後も同じように、攻略対象のキャラが新キャラとして登場した場合は、そのルートでの解説を入れていくつもりです。

 ちなみにですが、その割にはクレアとかのゲーム時代の描写が少なくない? と思う人がいるかも知れません。
 それは認識は間違っていなくて、作中でフレイまたは銀仮面に惚れない相手は、フレイが恋愛相手に選ばない理由を描写しなくていいので、説明過多になることを防ぐ為に、あまり描写しないことにしています。
 クレアは既にレオナルドとくっ付いており、原作知識のない一人を除いた七彩の神なども、フレイに惚れることはないので、今後は特に描写されることはありません。
 また、その観点で、男性の攻略対象についても、ほとんどゲーム時代の描写がされない形になります。

 そんな感じで攻略対象の描写は削れませんが、ナルル学園はゲーム本編の舞台であるルーレリア学園の前段階なので、攻略対象が多く在籍しており、その描写の数も多くなってしまいましたが、五章は海に行ってナルル学園から離れるので、新規攻略対象は三人ほどとなる予定で、終章に到っては新規攻略対象は一人となる予定なので、描写自体の数は今後の物語では減ると思います。

――――――――――
■後書きにあるフレイの補足について

 後書きにフレイの状況に関する補足を入れているのは、大きく分けると二つの目的があります。

 一つ目は、二章辺りで結構主人公に批判があって、ブックマークが剥がれまくったのがあって、可能な限り主人公がその考えに到った理由を補足しようとしていると言うことですね。
 三人称視点なら地の文で過去話も含めて幾らでも、その人物がそうなった経緯とかを説明出来ると思いますが、一人称視点だと主人公がどう考えたのかはわかっても、それに到った過程というのはあまり描写出来ないので、本文中で書けない分、後書きで補足を記載している形です。
 あくまでも補足なので、本文中で読み取れるという方や、何度も説明されてくどいという方は読み飛ばしてしまって大丈夫です。

 二つ目は、フレイと言うキャラを通して、「クズだと思うし、正直どうかと思うけど……でも、大きな声では言えないけど、言いたいことはちょっとわかる」と読者に思って貰うためです。

 本作の物語の軸である、ゲームヒロインは原作主人公の女だから恋愛対象にしたくないとか、世界に対してゲーム知識が通用するのなら、ゲームヒロイン達もその影響を受けるのが当然だから、ゲームと同じような存在だと同一視して、好意を得たとしてもイベントを攻略した為だと思ってしまうとかは、ふと同じことを思ってしまう人がいると思います。
 でも、そう言った考えは、現実化したヒロインを人だと認識してなくて失礼だとか、ゲーム知識だけで相手をしっかりと見ていないと、批判されたりする対象で、表だって言えないことですよね。
 だからこそ、多くの創作の物語では、そう言ったふと思ってしまいそうなネガティブな考えを考えないさっぱりとした主人公が、次々とゲーム知識とかを利用して、ヒロインを得ていく物が多いのだと思います。

 ただ、個人的な考えとしては、逆にそう言ったネガティブな考えを捨てきれない、主人公気質じゃない存在が主役の物語があってもいいと考えています。
 そう言う奴が主役の物語だからこそ、普通の物語では表だって言えない、ネガティブな考えに共感して、その物語を楽しむことが出来るはずです。

 表だって言えないし、世間では少数派かも知れないけど、フレイのような考えを持った人が、「あるある、俺もそう思ったことがある。俺以外にもそう思う奴がいたんだな」と、同じ考えの仲間がいることに、共感と安心を感じて貰えるんじゃないかなと思っています。

 そんなわけで、そう言った気持ちをより抱いて貰うために、フレイがそう言う考えに到った経緯や、フレイが抱いた感情の説明の補足をしているわけです。

――――――――――

 と言うわけで残り二章。
 本作をよろしくお願いします。


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山への裏切り

 まだ完成仕切ってないけど、ゴールデンウィークあるし、それを使えば完成出来るやろの精神で、第五章を開始します。


 

 俺が神にされてしまうという、分けの分からない騒動から数ヶ月。

 何とか王家も含めた方々への説明や、神になったことで発生した様々な雑事を片付けた俺達は、当初の目的の通り、その場所へとやってきていた。

 

「ここがエルミナか……」

 

 俺は目の前に広がる海岸と、夏らしい照りつける日差しの中で、キャッキャと騒いでいる水着姿の男女を見て、思わずそう呟いた。

 エルミナは帝国が誇る保養地の一つであり、インフィニット・ワンでも、数々の水着イベントを起こすことが出来た場所だ。

 

「同じ海なのにシーザック家の海岸と結構違うね!」

 

 砂浜を初めて見たレシリアが楽しげにそう声を上げる。

 

「確かにそうですね。同じ海岸でもこうも違うものですか」

 

 何時もは冷静な来幸も砂浜の上で遊ぶ人々を物珍しそうに見ている。

 

「シーザック領には砂浜海岸がないからな~。あったら、ここみたいに、保養地としての売り出し方も出来るんだろうが」

 

 俺は自領のそんな悲しい現実を考えながら、来幸とレシリアにそう答えた。

 そして、海を眺めて、過去を思い出しながら思わず呟く。

 

「こう言う海に来るのもいつ以来かな……」

 

 海――それは非モテ達に取って憧れの場所であり、そして彼らが決して行くことがない場所でもある、リア充達の聖域とも言える場所だ。

 

 子供の頃は家族に連れられて何度も訪れ、そこでのレジャーを楽しんだりするが、大人になるにつれて一緒に行く相手を見つけられない非モテが訪れる回数は少なくなり、殆ど訪れることがなくなるという悲しいレジャースポット。

 

 かく言う俺もその一人だった。

 

 小学生の頃は家族と一緒に海を楽しんだ記憶があるが、中学生以降になってからは訪れることすらせずに、誰かが言ったという話を聞くだけの場所だった。

 

 まあ、それも仕方の無いことだろう。

 基本的に海とは誰かと一緒に行くことが前提の場所だからだ。

 そしてその誰かの対象とは、家族や恋人に大体の場合は限定される。

 男同士や女同士で行くことがあるかも知れないが、そう言った場合はナンパ目的とか、リア充達が仲のいい相手と騒ぐためのものだ。

 

 前世で非モテだった俺は、そんな風に一緒に行ってくれる恋人もおらず、そして友人達も皆で海に行こうというタイプでもない。

 それこそ、やろうと思えば、一人で海に行くことも出来ただろうが、俺のような非モテが海で一人うろうろしていたら、怪しい男がいると言われて、即座に通報されてジ・エンドとなっていただろう。

 一人カラオケとか、一人焼き肉とか、ソロプレイが許容されるようになり始めていた前世でも、一人海は絶対に許されない禁忌の行いなのだ。

 

「だが、今の俺には来幸とレシリアがいる……!」

 

 家族でありまだ子供のレシリア。

 そして貴族という立場から連れてくることが出来るメイドの来幸。

 今世の俺なら、前世とは違い、恋人がまだいない状態だったとしても、一緒に来る相手を用意して、こうして海に訪れることが出来るのだ!

 

「思えば前世でレジャーは山ばっかだったからな……」

 

 過去を懐かしむように俺はそう言う。

 

 非モテの聖地――それは山だ。

 海と違って一人で行っても文句は言われず、雄大で壮大な大自然の前では、人間関係なんていう存在が、世界から見たらちっぽけな物だと実感出来る。

 

 まさに非モテの為にあるような存在――!

 

 かく言う前世の俺も、恋人が出来ないという現実に大きく傷付けられる度に山に向かい、広大な自然の中で行うソロキャンプによって、恋人が出来ない何てことはこの自然の前ではちっぽけな悩みだと自分を慰め、大自然の中では結局人は一人なんだと安心し、持ち込んだ食材や料理道具を使って、激うまの料理を食べることで、俺の傷ついた心を癒やしてきたのだ。

 

 つまり、俺のレジャーの相棒と言えば山。

 だからこそ、今回俺が海に来たのは裏切りにも等しい行為だ。

 

 だが、だとしても俺は海に来たかった――!

 憧れているんだ! 海に!

 俺も海で恋人とキャッキャウフフしてみたい!

 

 例え山派であろうとも、屈服せざる終えない、恐ろしい魅力が、海と言う魔境には存在しているのだ。

 

 まさに気分はアヘ顔ダブルピース。

 

 海には勝てなかったよ……。

 だから、ゴメン、山……。

 俺の裏切りを許してくれ……。

 

 俺はそんな事を考えて一歩踏み出そうとして――。

 さすがに無視しきれなかったので、後ろを振り向いて二人に対して言った。

 

「それで……何でお前らがここにいるんだ?」

 

 振り向いた先にいたユーナとエルザに向けてそう言うと、ユーナは笑顔で、そしてエルザはぶすっとした顔で、それぞれ答える。

 

「「偶然、遊びに来ただけよ(です)!」」

「ほんとかよ……」

 

 俺は思わず疑いの目で二人を見るが、二人はその表情を崩さない。

 彼女達が、どうして今日俺が海に来るのかを知っていたのか、俺には思い当たる可能性があった。

 

 恐らくクリスティア辺りが喋ったんだろうな……。

 

 神という扱いになってしまった俺は、勝手に外国に行くということが許されない立場となってしまった。

 まあ、フェルノ王国から見たら、自国で誕生した新しい神が、自国から忽然と失踪したとなってしまえば、諸々の責任問題になってしまうだろうし、万が一にも他国に移籍されたら溜まらないだろうから、動向を知ろうとするのは仕方の無いことだ。

 

 俺もそれをわかっているから、海に出掛ける前にクリスティアに、帝国のエルミナにバカンスに行くということ正直に告げてやってきたのだ。

 恐らくはその話を何処かで聞いて、エルザとユーナはそれぞれ同じようにエルミナへと行こうと考えたのだろう。

 

 最も、希少だが王家や公爵家なら持っているであろう、ゲーム時代のファストトラベル要員であった時空魔道師の転移を使ってまで来るとは思わなかったが。

 そうでもしなければ、転移で楽々移動してきた俺達に即日中に追いつくなんて真似、出来るはずもないからな……。

 

「偶然来たなら、俺の後を追ってこなくていいだろう。男の俺といない方が、新しい恋を見つけることが出来るかも知れないぞ」

 

 この海岸に入ってから、ピタリと俺達の後を付けてきた二人にそう言う。

 

 一人海は、男なら逮捕物だが、女ならそこまでは行かない。

 ナンパ待ち扱いされるだけで、十分に楽しむことが出来るだろう。

 

 二人とも、俺に振られた後なんだし、俺なんかに拘らずに、ナンパ待ちして、新しいラブロマンスを見つけた方がいいんじゃないか? という俺の親切心から来る言葉を聞いた瞬間に、二人は唐突に見る者を怯えさせるような圧を放つ笑顔になった。

 

「な、何だよ……」

 

 俺が思わずそう言うと、エルザが答える。

 

「むしろ、あたしはあんたとの関係を周囲に見せつけ「師匠がその場にいるのなら、弟子はそれに付いていくものですよ!」」

 

 エルザの言葉を潰すようにユーナが元気よくそう言う。

 それに対してエルザは不機嫌さを隠さないような表情で言った。

 

「……今、アタシが話してるんだけど」

「? 何を言ってるんですか? 師匠は今、わたしと話しているんですよ? エルザさんはさっさと海に行って遊んで来たらどうですか?」

 

 ユーナのその言葉を聞いてエルザの頬が引き攣った。

 

「アンタ、いい性格してるわね……」

「そうですか?」

 

 エルザの嫌みをそう言って軽く受け流すユーナ。

 それを見て思わずエルザが言った。

 

「ちょっと前までは、穏やかな箱入り娘って感じの奴だったのに、随分と変わり果てたもんだわ」

「うふふ。師匠のおかげでわたしは成長していますから」

「箱入り娘で真っ白だったからこそ、黒く汚れやすかったのかしらね……」

 

 そう言って頭を押さえるエルザ。

 なんだか二人して俺のせいでユーナがこうなったと言っているようだが、俺が教えたのは主に戦闘技術だし、隣にいる奴を無視するなんていう性格の悪さを教えたつもりは無いから、俺のせいにされるのは素直に困るんだが……。

 

 そもそも、ユーナの話にはそれよりも前に突っ込まなければならない所がある。

 

「ユーナ、お前はもう免許皆伝だって言ってるだろう? だから、俺のことを師匠と呼ぶんじゃない」

 

 俺のその言葉に反応を見せたのはユーナではなくエルザだった。

 

「噂では聞いてたけど、やっぱりそう言うことなのね」

 

 そこまで言うとエルザは満面の笑みを作って言った。

 

「まあ、何と言うか――ありがとうね」

「……!」

 

 その言葉と同時に周囲の空気が何故か重苦しい雰囲気を纏う。

 ユーナの瞳は色を失い、所謂レイプ目のようになりながら、その状況でにっこりと笑顔を見せて言った。

 

「お礼を言われるようなことはありません。だってわたしはまだ弟子ですから」

「いや、弟子ですからって、師弟関係は――」

「弟子に取って、師匠はいつまで経っても師匠。そうですよね?」

 

 まあ、生涯の師という言葉もあるし、自分の生き方を変えるような切っ掛けをくれた相手を、何時までも師匠と呼んで尊敬する人もいる。

 その点を考えれば、クリスティアと協力してバーグを倒せる状況を作り出した俺は、ユーナに取って生涯の師と言えるものなのかも知れない。

 だけど、それでずっと師匠扱いされるのは困るから、しっかりと免許皆伝を伝えて師弟関係を解消し、俺の元から巣立って貰おうとしているのだ。

 

「いや、だけど――「師匠はいつまで経っても師匠。そうですよね?」」

「だからな――「師匠はいつまで経っても師匠。そうですよね?」」

「俺の話を――「師匠はいつまで経っても師匠。そうですよね?」」

「……」

 

 はい、と言うまで先に進まないゲームのイベントかな?

 

 何を言っても言葉を被せられ、俺は思わず押し黙る。

 それを見ていたエルザが呆れたように言った。

 

「敵に塩を送るわけじゃないけど、何を言っても無駄よ、其奴。だから、もう大人しく諦めたら?」

 

 俺はそのエルザの言葉を聞いてユーナを見た。

 ユーナがにっこりと笑いかけてきたのを見て、ため息を吐くと言う。

 

「……わかったよ。それでいいよ」

「また、よろしくお願いしますね! 師匠!」

 

 プリシラの魔神呼びといい、最近はこうやって押し切られることばかりだ。

 どうしてこうなったのか、と思わず頭を抱え、そしてその直ぐ後に、そう言うのを忘れるためにバカンスに来たんだろうと思い直す。

 

「ともあれ、アタシはアンタ一緒に行動するから」

 

 ユーナとの話の終わりを見たエルザが話を戻すようにそう言う。

 俺がそれに対して反論しようとしたところで、「それに」と言ったエルザは砂浜の方へと目を向ける。

 

「こんなエルフだらけの所に、女の子を一人置いていくつもり?」

 

 俺はエルザの見ている方向へと目を向けて、砂浜を徘徊している多数のエルフ達を見て、思わずため息を吐きながら、その意見に納得する。

 

「確かにな……それは不味いか……」

 

 エルフ――それはファンタジー作品なら必ずと言っていいほど登場する種族だ。

 長寿で老化が遅い上に誰もが見目麗しい為、森の中で質素に暮らしているのに、人から狙われて奴隷などにされてしまう可哀想な種族――それがここ最近の物語での一般的なエルフのイメージと言うやつだろう。

 

 ――だが、残念ながら、この世界のエルフはそんな柔なものではない。

 

 確かに特徴だけで言えば、それらのエルフと一致する所もある。

 彼らの国であるエルフガーデンは貴重な薬草が生い茂る樹海の中にあるし、誰もが見目麗しく、五百年の年月の大半を若々しい姿で生きることが出来る。

 これだけ聞けば、なろう小説のテンプレに出てくるような、わかりやすいエルフ像そのままの存在であり、一見、何の問題も無いように見えるが、実際には彼らが人と同じ感性を持っているということが問題となっているのだ。

 

 普通の人と同じ感性を持ち、そして五百年の時を生きる存在。

 そのような存在が果たして普通の人間と同じような人生を――例えば真っ当に恋愛をして結婚し、そしてその相手とだけ添い遂げるような真似が出来るだろうか?

 

 結論を言ってしまえば、そんなことは無理だ。

 

 寿命が短い人間ですら、愛し合って結婚した相手だろうと、数年すれば倦怠期というものが訪れて、相手が嫌になり不倫に走る者が現れる。

 それは人間と同じ価値観を持つエルフも変わらず、そして奴らは人より長い時を生きるため、その回数も自然と多くなる。

 

 まあ、エルフがそう動く理由も分からなくは無い。

 結婚して倦怠期が訪れて険悪な関係になったとしても、人間なら精々四十年くらい仮面夫婦を続けながら我慢すればいいだけだが、エルフの場合は四百年以上それに耐えなければならないから、そんなことは耐えられないということだろう。

 

 故に奴らは、仮面夫婦を続け、関係を維持し続ける何てことをせず、不倫は文化と言わんばかりに、より好きな相手が出来たら、即座に結婚相手を捨てて、新たな相手と結婚するという、結婚という慣習が風化した状態に陥ったのだ。

 

 しかも、それが何百年にわたり行われるのである。

 

 結果として生まれるのは、一人のエルフが大勢のエルフと過去に関係を持つという状態――つまりは、エルフの里のエルフ達は、全員が穴兄弟であり、竿姉妹と言うような状況になっているのだ。

 そんなことをして大丈夫なのかと思うだろうが、エロゲー世界だからなのかこの世界には性病と言うものが存在せず、他のファンタジー作品のようにこの世界のエルフ達も子供が出来にくい体質であり、幾ら中に出したとしても殆ど子供が出来ない為、所謂責任を取る必要があるという事態も殆ど発生しない。

 

 そう言った好き放題しても問題ないという種族の特性や、顔が良いおかげで他種族からの羨望や好意を受けやすいという特徴もあり、奴らはそれらを利用して、その日暮らしで毎日おもしろおかしく生きている。

 つまるところ、この世界のエルフは、人と同じ感性で、長い時を飽きずに生きるために、その瞬間の快楽と楽しさを優先する悪のパリピのような存在へと、次第に変化していってしまったのだ。

 

 故に彼らは、月光と微精霊が照らす広場の中で、毎晩祭りを行うようにナイトフィーバーをし、脱法ハ――エルフ特製の霊薬をキメながら、ハイになってアゲアゲで、そこらの相手と大地の上で乱交パーティーを繰り広げる。

 そんな、やばい大学のヤリサーかよ! と言わんばかりの行動を取る、神秘性の欠片もない存在こそが、この世界のエルフの実体だ。

 

 こんなんだから、俺はモブであろうとも、エルフだけは俺のヒロインの候補にしたくないんだよな~。

 

 俺は素直にそんなことを思う。

 

 ちなみにだが、悪のパリピが基本のエルフという種族だが、何事にも例外はあるもので、当然それについて行けない陰キャエルフもエルフには存在する。

 そう言った陰キャエルフの殆どは、乱交パーティーで純血を散らされる前の幼い頃に、エルフという存在に見切りをつけて、まともな恋愛観を持った他種族の結婚相手を探しに里を飛び出す。

 攻略対象のナタリアのようなハーフエルフが生まれるのは、そうやって里を飛び出した陰キャエルフ達が、他種族と普通の恋に落ちて、愛し合ったからだ。

 

 ……もっとも、この海岸にいるエルフは、そんな陰キャエルフじゃなくて、パリピエルフの方だろうけどな。

 

 陰キャエルフ達は俺と同じように運命の相手を探しているため、基本的にナンパ目的で行くような観光地などには出没しない。

 だからこそ、このような観光地に出没するのは、一時の快楽を求めて他種族と盛りに来た、性に奔放なパリピエルフ達なのだ。

 故に、このようなエルフだらけの観光地で、女性が一人で彷徨いていると、それを狙ってゾンビのようにエルフが湧いてきて、ナンパをされることになる。

 

 ここで問題になるのが、エルフ達が無駄に顔が良いと言うことだ。

 イケメンエルフや美少女エルフに声を掛けられれば、そんな相手にモテたことに気分が良くなり、肯定寄りの返事を返してしまう人が多い。

 そうして、迂闊に肯定寄りの返事をしてしまうと、あっと言う間にそのエルフによってお持ち帰りをされてしまい、エルフ特製の霊薬を使ったキメセクによって快楽付けにされて、エルフが飽きるまで遊ばれ続けるか、エルフの財布として使われるような末路を迎える事になる。

 

 ――そう、このエロゲが元になった世界では、エルフはやられる側ではなく、エルフがやる側となっているのだ。

 

「たく、ここもしっかりと規制してくれたらいいのに」

「ほんとよね」

「そうですね!」

 

 俺が思わずそんな不満を漏らすと、それにエルザとユーナが頷く。

 

 エルフがやばい奴らであることは、当然ではあるがこの世界での為政者であれば、確実に把握していることだ。

 だからこそ、このような保養地を持つ領主は、保養地に遊びに来た貴族の令嬢がエルフに唆されて純血を散らさないように、許可を得たエルフ以外の侵入を禁じたり、監視員を置いてエルフによるナンパを見つけた瞬間に取り締まれるようにしたりするのが普通だ。

 だが、このエルミナで活発に活動するエルフを見る限り、ここの領主はそのどちらの対応もしていないようだった。

 

「腐敗と背徳の帝国か……」

 

 俺は二人に聞こえないように思わずそう呟く。

 

 エデルガンド帝国はこの世界で一番の大国であり、古くからこの世界の中心として権勢を欲しいままにしてきた国だ。

 かの勇者や聖女もこのエデルガンド帝国出身で、最終的にはこの国の貴族に収まったし、それを抜きにしても様々な英雄がこの国を盛り立てていた。

 だが、そう言った大国は大概の物語では腐敗した国になっているように、長い歴史の中で徐々に腐敗していったエデルガンド帝国は、作中時点では、他国の者や帝国の出身者ですら、腐敗と背徳の国だと蔑むほどに落ちきった状態になっている。

 帝国出身の攻略対象のストーリーでは、大体の場合でこの腐敗した帝国を立て直していく物語が興じられるのだが……まあ、それが行われていない現状では、腐敗したままの状態になってしまっているということだろう。

 

 これだったら、神威列島の方の海水浴場に行けばよかったか……?

 

 ゲームで出てくる海水浴場がエルミナだったから、見知った場所の方が良いかなと思いこちらに来たが、こんなエルフだらけの所なら、もっとしっかりと管理がされてそうな神威列島の方で海水浴場を探せば良かったと思わず後悔する。

 

「はぁ……。仕方ない。一緒に過ごすとするか」

 

 後悔したところで、この場に来ているという事実は変えられない。

 この状況で転移を使って二人を置き去りにして別の海水浴場に行くわけにも行かないし、俺は諦めて二人に対してそう言った。

 

「そう来なくっちゃ」

「行きましょう! 師匠!」

 

 急かす二人とともに、レシリア達と合流して俺は海に向かった。

 




 山「許さないぞ♪」

 と言うことで第五章の開始です。
 開始早々、パリピなエルフとかいう変な設定が出てきましたが、この作品でエルフを出す過程で、エルフの恋愛観ってどんなものだろうと考えた結果、こんな化け物みたいな存在が生まれてしまいました。

 物語に出てくるエルフって、超常的な精神みたいなタイプは少なくて、大抵の場合が普通の人間と同じような感性や思考をしていて、主人公に対して惚れて付いてくるみたいなのも多いですよね。

 ヒロインとしては大正解な感じですが、作中でも述べたように長くても百年ちょっとしか生きられない人間ですら、好きだった相手でも飽きが来てしまい、現代でも三割くらいの人が浮気に走る状況にあるらしいです。
 そんな中で、何百年と生きるエルフが、一人のことを思い続けるとか出来るのか? 無理じゃね? と思った瞬間に、こんな感じの設定が沸きあがってしまいました。

 おまけに、エルフは美男美女揃いで、身体能力などのスペックも高い、それって現代社会における恋愛強者の条件で、それこそやろうと思えば、幾らでも恋人を作ることが出来るわけです。
 それを考えたら、エルフって言うのは、相手を取っかえ引っかえして、その場その場の恋愛を謳歌する、大学のヤリサーに所属する奴らに近い存在だろうなと言う考えに到った感じですね。

 そうやってヤリサーってことが思い浮かぶと、そもそも薬草に詳しいってのは、脱法ハ――いけないお薬にも詳しいってことに繋がるよな……とか、色々と追加で思いついてしまい、結果的にとんでもないDQNにエルフは仕上がっています。

 何と言うか、エルフ好きの方、すみません。
 今後のお話で色々とあるので、先に謝っておきます。

 自分で作っておいて何ですが、幾ら何でもこんなエルフは如何なのかと思うので、この作品だけの設定にしておきます。
 他作品では、私も一般的なエルフ像を使っていくので、よろしくお願いします。

 やっぱり、テンプレエルフっていいですよね!(小並感)


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超次元ビーチバレー

 

「じゃ~ん! お兄様! どうかな!」

「似合っているぞ」

 

 そう言って目の前でワンピースタイプの水着を着たレシリアがくるりと回った。

 俺はそれにどう答えるかを考えて、無難に返答を返す。

 それを聞いたレシリアは頬を膨らませて言った。

 

「むぅ! お兄様! 反応が薄いよ!」

「そうは言ってもな……どう答えればいいかわからん」

 

 いや、まじで、本当にわからないのだ。

 恋愛経験が殆ど無い男に、妹とは言え、水着の感想は難易度が高い。

 下手なことを言って変態に思われるのも嫌だし、だからといって褒めない事で文句を言われるのも困るし、結果として無難な回答になるのも仕方のないことだろう。

 

 そうこうしていると、レシリアに続いて来幸、エルザ、ユーナが現れる。

 その三人の水着姿を見て、俺は思わず思った。

 

 来幸達の水着……ゲームで散々お世話になった物と同じだ!

 

 サブキャラでもあるユーナも含めて、パーティーメンバーを連れて海に行くと、そのパーティーメンバーの水着のCGを見ることが出来る。

 今の来幸達は年齢の差はあるものの、そのCGでの姿と同じ姿をしていた。

 

「どうよ! フレイ! アタシの水着姿は!」

「あ、まあ、うん。いいんじゃないの?」

 

 自信満々に自らの姿を見せつけるエルザ。

 だが、俺はそれに思わずそんな気乗りのしない言葉を返した。

 

 ゲームと同じ水着とか、正直止めて欲しかったな……。

 

 来幸達の水着を見た感想はただそれだけだ。

 ゲームで腐るほど見ているから新鮮味もなく、原作では存在しないため、初めて見た水着姿であるレシリアと違って、素直な感想を述べることも難しい。

 

 加えて、一禍やエルザは攻略対象として、海でのイベントが用意されていた。

 そこでは、着ている水着に関するものもあり、例えば、一禍の場合だと、胸元を大きく隠すような水着を着ているのは、アレクとのエッチでほくろを舐められまくった為に、ほくろを見せることを恥ずかしがってその水着にしたと明かされるのだ。

 そしてゲームではそれを知ったアレクが、普段はクールな一禍の恥ずかしがった表情を見て燃え上がり、一禍の水着の上から胸を触り、ほくろはここかなと、ほくろを探して撫で回るという一種のプレイを行うのだ。

 水着で隠したほくろを撫でられて探られるというプレイに、気恥ずかしさと背徳感で思わず高ぶってしまう一禍、そして盛り上がった二人は誰にも見られないように岩陰で――っとバカンスに来たのに思い出すようなことじゃないなこれは……。

 

 俺はそう考えてげんなりしながらも思考を切り止めた。

 だが、普段から側にいる来幸は、俺のそんな様子に気付いたらしい。

 

「もしかして――。同じ……ですか?」

 

 来幸が語った同じという意味。

 それが、ゲームと同じだったか、ということだとわかった俺は頷く。

 

「そうだな」

「っ! ……そう……ですか。一禍なんかと……」

 

 ギリッと歯を噛みしめて怒りを見せる来幸。

 そんなにゲームと同じ姿になるのが嫌なのかと俺が思っていると、俺の適当な感想に満足がいかなかったのか、エルザが不機嫌さを隠さずに言った。

 

「もう少し、綺麗とか、エロいとか、感想は無いわけ?」

「お前、水着姿見て、エロいとか言われたいのかよ……」

「なっ……!」

 

 俺が思わずそう突っ込むと、思わず口に出てしまった言葉だったのか、エルザは恥ずかしそうに顔を赤くしながらそう呻く。

 

「べ、別に、アンタにならそう言われてもいいと言うか……恋愛小説(バイブル)にそういうのがあったから、あたしも言われて見たかったのよ!」

 

 前にパンツを見せられた時も思ったが、バイブルってなんやねんと思ったものの、深く追求してもいいことが無さそうなのであえて無視する。

 

「師匠! そんな人ほっといて、海に泳ぎに行きましょう!」

 

 ユーナは特に水着に関する感想に反応を示さず、そう言って俺の腕を引っ張って海へと連れて行こうとする。

 抱きつくように俺の腕を握っているため、水着に覆われていない胸の部分が俺の腕に当たり、俺は思わず焦るように言った。

 

「おま、そんなにくっ付くなよ……」

「腹黒……水着よりそっちを取ったってわけ?」

 

 後ろでエルザが苦々しげに何かを言っているが、そのまま腕を掴まれて海に進み続ける状況を、俺が何とかしようとしていると、レシリアがもう一方の腕を取った。

 

「何ですか?」

 

 ユーナが笑顔でレシリアにそう言うと、レシリアも笑顔を見せて答える。

 

「お兄様はレシィと一緒にお砂のお城を作るんだよ!」

「いいえ、師匠はわたしと海で泳ぐんです」

 

 二人の間で火花が散っているように見える。

 出会ったばかりの弟子と妹がそんな争いを起こすはずがないと、現実逃避してふと来幸の方を見ると、来幸は荷物を指差しながら言った。

 

「フレイ様、まずは荷物をここに」

「あ、ああ、そうだな」

 

 俺はその一言を受けて、二人の拘束から抜け出し、来幸の元へと近づく。

 そして、空蝉の羅針盤の取り寄せで、ビーチパラソルなどを取り寄せる前に、来幸に対して言った。

 

「助かった。来幸はいつも頼りになるな」

「フレイ様の専属メイドとして、当然のことをしたまでです」

 

 俺はその来幸の言葉を聞きながら、ビーチパラソルなどを設置する。

 その準備が終わった所で、エルザが手に瓶を持ちながら話しかけてきた。

 

「遊ぶより前にすることがあるでしょ。ちゃんと日焼け止めを塗っておかないと、後で疎らに焼けることになるわ。だから、はい」

 

 そして俺に瓶を手渡してきた。

 

「何だよ。この瓶」

「決まってるでしょ。こう言うときは男が塗るものなのよ。恋愛小説(バイブル)でもそう書かれていたわ!」

 

 そう言うと設置されたシートの上にエルザは寝転び、そしてブラの紐を緩めて背中を遮るものを取り除いた。

 

「いや、そんなことを言われても……」

 

 俺が思わずそう口にする。

 

 ……確かに夏のビーチで恋人に日焼け止めやオイルを塗るのは、前世の頃からやってみたいと思っていたシチュエーションの一つではある。

 だが、攻略対象のエルザ相手に、そのカードは切りたくないのだ。

 

 俺がそう思っていると、横から手に持った瓶を取られる。

 そして、その取った人物である来幸は、手にその瓶の中身を付けると、その手をエルザの背中へと這わせた。

 

「きゃっ! ちょっと、いきなり……」

 

 俺が塗ったと思ったのか、そう言ったエルザに、来幸が言う。

 

「フレイ様が塗る必要はないので、私が塗らせて頂きます」

「……はっ!? はぁ!? なんでアンタが塗るのよ!?」

「このような仕事は使用人が行うべき仕事では? 貴人であるフレイ様に行わせるくらいなら、フレイ様のメイドである私が行うのはおかしくないはずです」

「そ、それは……あんっ! ちょ、ちょっと!」

「如何したんですか? フレイ様ではなく、私の手によるものなのに、そのような嬌声を上げて?」

「なっ――! お、おま……んっ!」

「本当に見るに堪えない。誰にでも尻尾を振る発情した雌犬ですね」

「――っ!!!!」

 

 にやりと嘲笑う来幸に顔を真っ赤にして怒り狂うエルザ。

 何かに役立つかも知れないから念の為に教えてください、と知りたがったため、俺が教えたゲーム知識で、エルザの敏感で弱い場所を知り尽くしている来幸相手に、エルザは為す術もなく、その体を蹂躙されて喘いでいった。

 

 俺は見るに堪えないその姿から目を反らし、レシリアとユーナに言う。

 

「お前達は日焼け止めはいいのか? 何だったら来幸に――」

「……レシィはユーナお姉さんと塗り合うことにする!」

「……ええ、一緒に塗り合いをしましょう!」

 

 エルザの情けの無い姿をちらりと見た二人は、用意した日焼け止めを自分で濡れる場所は全て塗ると、背中などはお互いに任せて塗り合った。

 そんな二人は俺に聞こえない位の音量で何かをぽつりと呟く。

 

「「お兄様(師匠)の前で他の誰かに喘がされる何てそんな惨めな真似出来ないよ(です)……」」

「ん? 何か言ったか?」

「「何でも無い(です)!」」

 

 まあ、そんなこんなで、来幸はレシリアに塗って貰うことを頼み、シートの上でぐったりとしたエルザを残して、全員の日焼け止めの準備が終わった。

 

「さてと、それじゃあ、何をして遊ぶ――」

「泳ぎましょう!」

「お城作り!」

 

 準備が終わったので再び遊びに移ろうとすると、レシリアとユーナが再び元気よくそう言い、そしてお互いを笑顔で見合う。

 

「ユーナお姉さんは恥ずかしくないの? こう言うときは子供に合わせてくれるのが、出来た大人の女の人って奴なんじゃないかな?」

「別に子供の遊びに大人が付き合う必要はないですよ。だから、貴方はそこで一人砂場で遊んでいればいいんです。その間にわたしは師匠と泳ぐので」

「「……」」

 

 お互いに言い合った後に笑顔で硬直する二人。

 それは嵐の前の静けさだったのか、猛烈な勢いで言い合いを始めた。

 そして、その一方でグロッキー状態から立ち直ったエルザは、来幸に向かって激怒しながら言う。

 

「アンタ! なんてことしてくれんのよ!!」

「なんてことと言われても、ただ日焼け止めを塗っただけですが?」

「ただ塗っただけなわけがないでしょ! あれが! あたしの弱いところばかりを的確に狙ってきて! フレイの前でアンタに喘がされるあたしが、どんな気持ちだったか……本当にふざけるんじゃないわよ!!」

「はぁ……。そんなことを言われても困りますね……。私が普通に塗ったら、貴方が勝手に喘いだだけでしょう。言いがかりは困りますよ」

 

 そこまで言うとやれやれとした雰囲気の来幸は、海に入ったわけでもないのに、びっしょりと濡れているエルザの下の方の水着を指差して言う。

 

「海に入る前からそんなに濡らして……本当に恥ずかしい。貴方のような相手との婚約が破棄されて、心底よかったと私は実感しています」

「っ!? アンタね――!!!」

 

 あちこちで起こる諍い。

 楽しいバカンスに来たはずなのにどうしてこうなったのか。

 俺はその流れを止めるために、取り寄せでビーチバレー用のボールネットを取り出すと、それを大きな音を立てて砂浜に突き立てた。

 

 その音で諍いが中断され、全員が俺の方に目を向いたタイミングで宣言する。

 

「平和的に! スポーツで決着を付けよう!」

「「「「……スポーツ?」」」」

 

 全員が首を傾げたのを見ながら、俺は手元にバレーボールを取り出す。

 

「これは、ここ最近流行っているビーチバレーというスポーツに使うボールだ。これを使って二対二に分かれて試合をして貰い、勝った方の提案に全員が乗るということにしようじゃないか」

 

 ビーチバレーというと、こんな中世世界にそれが存在しているのかと思うかも知れないが、水着でビーチバレーをするというイベントの為に、ビーチバレーという存在自体はこの世界に存在しているのだ。

 まあ、中世時代くらいの文明レベルでも、ダウンロードコンテンツなどで現代レベルの水着を着込んでくるのはRPGではよくあることだし、集客や課金の元となる水着イベントのためには、世界観設定なんてちゃっちなものは超越してくるのが、一般的なゲームの世界観というものなのだ。

 

 俺が思わずそんなことを考えていると、エルザが聞き返してくる。

 

「……提案に乗るって何よ?」

「まずは、砂場で遊ぶか、泳いで遊ぶか、勝った方が遊びたいものに合わせる。それと、エルザと来幸の諍いも、エルザが勝てば来幸は謝り、来幸が勝てばエルザは全て水に流すこととしよう」

 

 それを聞いて、来幸が不満そうな顔をした。

 

「私にはメリットが無いような気がするのですが……」

「今言ったこと以外にも、この戦いの勝者の方針に今日は従うことにしよう。それなら、来幸にだってメリットがあるだろう?」

 

 俺がそう言った所で目をキラキラさせてレシリアが言った。

 

「お兄様が何でも言うことを聞いてくれるってこと!?」

「何でもは聞かない!! ただ、常識的な範囲でなら、俺も勝った側の提案に従って、今日は遊ぶことにしよう」

 

 俺はそこまで言った所でため息を吐くように言った。

 

「とにかく、無駄な言い合いは辞めてくれ、バカンスの気分が台無しだし、時間も無駄に消費するからな……それでどうする?」

 

 俺のその提案に四人は互いに目を合わせると頷いた。

 

「レシィはそれでいいよ!」

「私としても問題はありません」

「絶対にボコボコにしてやるわ」

「師匠の提案なら! 全力を尽くすだけです!」

 

 それを見て俺は頷いた。

 

「じゃあ、ルールを説明するぞ……」

 

 そこから俺はビーチバレーのルールを説明する。

 全員がルールを把握した所で、チームを二つに分けた。

 

「じゃあ、レシリア&エルザ対ユーナ&来幸の試合を始める! プレイボール!」

 

 その言葉とともに、来幸がサーブを放つ。

 

「よっと……エルザお姉さん!」

 

 それをレシリアが難なくレシーブし、エルザへと回した。

 

「死ね! メイド!」

 

 そしてそれを来幸に向かって殺意を込めて放つが――。

 

「無駄です。……ユーナ様!」

 

 あっさりとそれを往なしてユーナへとパスする。

 

「それ!」

 

 そして、それをユーナが敵陣の空いたスペースにぶち込んだ。

 

「ユーナ&来幸チームに一点!」

 

 俺がそう宣言すると来幸とユーナは互いにハイタッチをする。

 

「余裕ですね」

「ええ! このまま勝利しちゃいましょう!」

 

 一方でまんまとしてやられたエルザ側は、怒った様子のレシリアが、エルザへと食ってかかっていた。

 

「ちょっと! エルザお姉さん! ルールわかってる!? 何で来幸お姉さんの方に打ち込んでるの!? 敵陣の空いたスペースに打てばよかったじゃん!」

「彼奴にぶち当てて点を取った方が、一挙両得だと思ったのよ!」

「そんな上手くはいかないよ! 負けるわけにはいかないんだし! もっと真面目にやって欲しいな!」

「……わかったわよ! 次からはちゃんとやる!」

「しっかりとやってよね!」

 

 レシリアはそれだけ言い残すと自分の立ち位置に戻った。

 そして次の来幸のサーブをエルザが受け止めてゲームは続いていく。

 エルザは先程とは違い、真面目に点を取りに行っているが――。

 

 完全にユーナ達の方が優勢だな。

 

 レシリアが他の面子に比べて幼いというのもあるが、それを抜きにしても堅実に点を重ねていくユーナ達の連携が上手い。

 その為に、レシリアの幼さを考えて与えられたハンデのポイント差をあっと言う間に覆し、エルザ達が追い込まれる状況へと陥ってしまっていた。

 

「まずい……このままじゃ、負けるわ……! それならいっそ!」

 

 何か覚悟を決めた様子のエルザは、サーブを放つ瞬間にそれを叫ぶ。

 

「フレイムショット!」

「「「「!?」」」」

 

 エルザ以外の全員が驚愕で目を見開く中で、炎を纏ったバレーボールは、ユーナ側のコートへと侵入し、それに迂闊に手を出せなかった為に、それはそのままコート内に落ちていった。

 

「よし! 取った! フレイ! 得点の宣言を!」

「え? あ、ああ……レシリア&エルザチームに……って!?」

 

 そこで冷静になった俺は思わず突っ込んだ。

 

「お前! 何で魔法を使ってるんだよ!?」

 

 俺のその言葉にエルザは堂々とした様子で答えた。

 

「ルールの中に魔法の使用禁止に関する項目はなかったわ! つまり、これは合法――ルール内での行為よ!」

「そ、それは……!」

 

 俺は、そのエルザの言葉に、思わず言葉に詰まる。

 確かにビーチバレーのルール自体は、前世の頃に聞いた奴をそのまま言っているだけだから、魔法に関する規定はないけどさ……! でも、普通、レジャー用のスポーツなら魔法を使うなんてことはしないだろ!

 

 俺は内心そう思うが、ルールの中にそれが無いことも事実だ。

 だから、悩んだ末に全員に向かって告げる。

 

「レシリア&エルザチームに一点!」

「っしゃ!」

 

 エルザがガッツポーズを取り、点を取ったことを喜ぶ。

 そして、次のサーブでも当然のように、魔法を放った。

 

「フレイムショット!」

 

 そしてそれはレシーバーであるユーナへと飛んでいく。

 それを見て、ユーナも覚悟を決めた様子で叫んだ。

 

「そっちがその気なら……! アイスブレイク!」

 

 氷を纏った拳がバレーボールの炎を鎮火させ、そしてバレーボール自体を凍らせて、そのまま相手のコートへと弾き返していく。

 それは、そのままエルザ側のコートに入ると思われたが――。

 

「結界!」

「なっ!?」

 

 ネットの上に突然現れた半透明な板に弾かれて、ユーナ側のコートへと落ちた。

 そして、それをなした本人であるレシリアは満面の笑みで言う。

 

「コートに入ると思った? ざんねんでした~! レシィの結界がある限り、ユーナお姉さんのへなちょこボールじゃ、こっちのコートには入らないよ~!」

「っく……!」

「お兄様に教わってその程度とか、才能ないんじゃない~?」

「――!!!」

 

 これまで押されまくっていたことにストレスを感じていたのか、一転優勢になったレシリアからの強烈な煽りで、ユーナが人には見せられない激怒の表情となる。

 

「来幸さん。パスを貰ってもいいですか?」

「ええ、任せてください」

 

 それから、互いのやり取りが続いていくが、魔法の才はレシリアが突出しているため、先程とは打って変わり、五分の戦いが演じられるようになる。

 幾多の魔法が飛び交うビーチバレーを見て、俺は思った。

 

 おかしいな? キャッキャウフフのビーチバレーを見ていたはずが、いつの間に超次元ビーチバレーを見るはめになっているぞ?

 

 水着姿の女の子同士のビーチバレーと言う誰もが羨むイベントを見ているのに、何の色気も感じられず、むしろ殺伐感すら感じる現状に思わずため息を吐く。

 

「それなら! これでどうです!!」

 

 そうこう考えている内に、戦いの中で遂にユーナはラースの力を解放してエルザ達を攻め始めた。

 渾身の力を込められたボールは、レシリアの結界と激突し――。

 

「あっ!」

 

 それを打ち破ったものの、勢いが付き過ぎていた球は、障壁とのぶつかり合いにより、微妙に軌道が上側にそれて高く飛び上がっていく。

 

「まずっ……転移……! 無理か!」

 

 俺は咄嗟に転移で手元に戻そうとするが、超次元ビーチバレーで魔法を使うために、各々が魔力を込めていて強化されていたバレーボールは、他者の魔力で満たされているため、転移対象とすることが出来ず、そのまま飛んでいく。

 そして、それはそのままの勢いで、砂浜の端にある岩陰へと落ちていった。

 

「あ~。仕方ない。俺が取ってくる。これで続けておいてくれ」

 

 俺はそう言うと予備のバレーボールを取り寄せて、次のサーバーに投げ渡し、そのまま転移で砂浜の端へと転移して岩陰へと向かった。

 



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神とは

レ~が多すぎたので、赤の神をアムレイヤに変更しました。


 

「お、あったあった」

 

 岩陰へと向かった俺は、目的のボールを見つけて、それを手に取る。

 そしてその瞬間――。

 

 なっ!? 突然気配が現れた!? 囲まれている!?

 

 俺は咄嗟に武器を取り寄せて、直ぐ側にある気配に向かって振り抜いた。

 だが、それは何者かによって易々と止められてしまう。

 

「転移して現れた気配を察知して、直ぐさま迎撃を行う……。そう簡単にできることではありません。やりますね。さすがあの子が見初めた相手です」

 

 そう言って自らの体に迫ったナイフを片手で止めながら、俺に対して笑顔を見せる女性を見て、俺の口は思わず叫んでいた。

 

「か、神……!?」

「あら? 私達のことを知っているのですか?」

「お前の前に顔を見せたのは初めてのはずだがな」

「オイラ達を一発で神と見破るなんてな~」

 

 俺が周囲を見回すと、俺を囲んでいた目の前の女性以外の五人も、この世界で七彩の神とうたわれる存在の者達だった。

 

 嘘だろ……!? なんで、神がこんな所に……!? 御礼参りか……!? 勝手に神を名乗った俺を絞めに来たのか!?

 

 俺はそんな風に恐怖でビビり倒しながら、目の前に立つ赤の神であるアムレイヤに向けたナイフを降ろし、恐る恐る問いかける。

 

「え、ええっと……何かご用でしょうか?」

「そうですね……貴方への視察と言った所でしょうか。貴方がどのような者なのか見に来たというわけです」

 

 どのような者か見に来たって? 今更何を……! お前らが勝手に俺を神にしたんだろうが!

 

 そんな憤りが溢れてくるが、それを表に出すことも出来ず、俺は感情を押し殺し、丁寧な口調で話しかけ続ける。

 

「そ、そうですか……。神と認定してきた時に、その辺は済ませていると思っていましたが……」

「確かに私達は確認していませんが、あの子の言葉だったので、貴方を神と認定した私達の判断が間違っていたとは考えておりません。ただ、それはそれとして、あの子が見初めた相手がどんな者なのか、あの子の兄妹として純粋に気になったから、このように貴方の元へとやってきたというわけです」

 

 アムレイヤはそう毅然と語る。

 それを受けて俺は考え込む。

 

 今の話からすると、俺を神に推薦したのは、紫の神なのか……?

 

 作中で七彩の神があの子と呼ぶのは紫の神だ。

 だからこそ、先程までの話を信じるなら、俺を神へと推薦したのは、ゲームでは名前すら登場していない紫の神となる。

 

 何で俺が紫の神に神へと推薦されなくちゃいけないんだ!? 知り合いのセレスが紫の神の巫女をやってるってだけで、直接的な接点なんて俺と紫の神の間にはないだろ!?

 

 思わずそんなことを思うが、情報がない紫の神について考えても仕方ない。

 俺は何とか気持ちを切り替えてアムレイヤに対して言った。

 

「それで、視察に来てどうだったんですか? もし、神に相応しくないと新たに思って貰えたのなら、今から神認定を撤回して貰ってもいいですけど?」

 

 と言うかさっさと撤回して欲しい。

 そう言う気持ちで俺が言った言葉に対して、アムレイヤはにこりと笑った。

 

「ふふ。貴方は神を名乗るに相応しい資質を持っている。貴方を見初めたあの子の目は間違っていなかった。さすが私達の妹です」

「はぁ!? あんたは何を言っているんだ!? 俺の何処にそんな資質があるんだよ!? 俺はただの人間だ! あんた達のように世界を管理するほどの力を持っているわけじゃないぞ!?」

 

 俺は思わず礼儀も忘れてそう叫ぶ。

 それに答えたのは橙の神であるウライトスだ。

 

「それは少し違うぞ、我が子孫よ」

「違う? 何が?」

 

 俺のその言葉に補足するように藍の神であるノイラントが言う。

 

「神と言っても種類があるんだ~。フレイがオイラ達と同じような世界神になることはさすがに出来ないと思うけど、ただの神になることくらいなら出来ると、オイラは思うんだ~」

「神に……種類が……?」

 

 俺が混乱するようにそう言うと、くいとメガネを上げながら、緑の神であるハイセトアが前に出てきた。

 

 此奴、何か格好付けているけど、十歳になったばかりの少女と致して、賢者の源流となる子孫を作ったロリコン神なんだよな……。

 

 このハイセトアの行いのせいで、賢者のユニークジョブ持ちは、十歳になると成長が止まってしまうという合法ロリ状態になってしまっている。

 ユニークジョブはその個性が世界に定義されたジョブの為、合法ロリが強制される賢者や、おしゃれな服を着ると服がはじけ飛ぶ野蛮人のように、本来あり得ない事象でも強制的にその個性を再現してしまうのだ。

 

 まあ、ごちゃごちゃと考えたが、ぶっちゃけるとゲームでの強力な能力の代わりとなる特殊な装備制限や、キャラクターイラストがロリなことに対する理由付けの設定なんだろうけどな。

 

 俺は、攻略対象の一人であり、無窮団の団長を務めている賢者ちゃんを思い出しながら、思わずそんなことを考えた。

 

 神相手に人間の価値基準でとやかく言っても仕方ないのかも知れないが、それでもロリ相手にしでかした奴が、生真面目で出来る人的な態度で、メガネをくいっとさせて出てくると、思わずげんなりとしてしまう。

 

 俺のそんな気持ちを無視してハイセトアは言った。

 

「兄さん、姉さん、ここは僕の方から説明するよ」

「そうですか、ではお任せ致します」

 

 そう言ってアムレイヤが後ろに下がると、目の前に立ったハイセトアは言った。

 

「神――所謂高位存在には三つの階位が存在する。それは、創造神、世界神、そして自然神の三種だ。当然だけど、それぞれの階位間では明確に力の差が存在しており、自然神、世界神、創造神の順にその規格も能力も高くなっていく」

「三つの階位ね……ってことは貴方達は……」

「僕達は世界神の階位にいた存在だね」

「いた存在?」

 

 俺はハイセトアの言い回しが気になり、その言葉を思わず聞き返す。

 それに対してハイセトアは丁寧に回答していく。

 

「フレイ、君は僕達七彩の神がこの世界に追加したルールを知っているだろう?」

「ああ、下界に降りて自由に行動するためには、神界に残っている神に、自分の力の大部分を預けないといけないとかいうあれですか」

「そう、それだね。ここにいる六人はそれによって力を失っている。言ってしまえば世界神級から自然神級に落とされた状況にあるんだ。だから、世界神であったのは過去形であるということだね。この世界で世界神なのは今はあの子だけだ」

 

 そうハイセトアは語るが、俺としては正直、神々の階位の違いがわからないから、自然神級に墜ちたと言われても、それがどういう扱いになるのかわからない。

 そんな考えが表情に出ていたのか、アムレイヤが補足するように言う。

 

「どう言った存在が神として扱われるのか、貴方は考えたことがありますか?」

「……そりゃ、何かの概念を司るとか、世界を管理する力を持つとか、そう言う存在が所謂神様って奴なんじゃないですか?」

 

 俺がそう言うと、間違った答えを言った生徒に優しく語りかけるように、アムレイヤはその間違いを訂正する。

 

「確かに、それらの特徴を持った者は神として扱われています。ですがそれは世界神級の特徴であり、自然神を――神を名乗るための最低条件とは違うのです」

 

 そしてそれに続くようにウライトスが言った。

 

「神とは精神生命体を指す言葉だ」

「精神生命体……? レイスとかの幽霊みたいな奴のことですか?」

 

 俺はかつてソフィーを助けるために倒した悪女の亡霊を思い出す。

 あれは、肉体を失っても存在しており、そしてソフィーの肉体を乗っ取るなど、精神生命体と言えるような動きをしていた。

 だが、その俺の言葉にウライトスは首を振った。

 

「それは違う。死してレイスになった者は肉体を失ったわけではない」

「は? 現に幽霊には肉体なんてものはないでしょ?」

「あれは、人の肉体からレイスの霊体という体に、肉体を移しただけなのだ」

「つまり、レイスは死んで現実の肉体を失うことで、物理的に干渉が出来ない霊体という特殊な肉体を得ただけだと、肉体の中に精神が収まっているのは同じだから、レイスは精神生命体ではなく、人と同じように肉体を持った生命体だと?」

「そう言うことだな。現にレイスとなった者は、そのレイスの肉体の影響を受け、生前の人格から変異して、生きている者達を恨むようになったり、新たな肉体を欲して彷徨うになる。それに加えて、仮に誰かを乗っ取って新たな肉体を得たとしても、その人物の癖などを無意識に取り込んでしまうのだ」

 

 俺はその話を聞いてゲームでのソフィールートでの出来事を思い出した。

 悪女はソフィーの癖などを完璧に真似ていたため、家族や使用人達は違和感があっても直ぐにソフィーが乗っ取られていると気付かなかったと出ていたが、今になって考えるとそれはおかしい。

 悪女はソフィーの記憶を覗いたわけじゃない。

 あくまで肉体に封印したソフィーの語り方と、周りの反応を元にソフィーの物真似をしただけなのだ。

 だからこそ、本人も意識していないような無意識の癖などを、悪女がコピーすることなど出来るはずがないのだ。

 

 つまり、それが出来ていたのも、悪女がソフィーの肉体を乗っ取った事で、その肉体から影響を受けて、ソフィーの癖が悪女に移ったからってことか?

 

 俺がそう考えている内にウライトスの解説は続く。

 

「俺が言う精神生命体とは、そのような肉体の影響を受けてしまう生命体とは違い、肉体の影響を受けないもののことを指す。そうだな例えば――」

 

 そう言うとウライトスが目の前で変異した。

 

「は?」

 

 大柄な成人男性と言った姿から、種類のよく分からない鳥に、そして犬へと次々と変身していくウライトスを見て、俺は思わず間抜けな声を上げる。

 そして、様々な生物へと変異したウライトスは、最終的に元々の姿に戻った。

 

「このように俺達に取って肉体とはただの器だ。だからこそ、どのようにも形を変えることが出来るし、それによって精神が影響を受けるわけでもない。つまり、俺は途中で犬へと転じたが、それによって骨が欲しくなると言ったことや、マーキングをしたくなるということは無いわけだ」

 

 つまり、ゲームとかで使用するアバターのようなものだってことか?

 

 俺はそこで創作で語られるようなフルダイブ型VRを思い出す。

 自由にクリエイト出来るアバターは所詮単なる器に過ぎず、それが肉体だとしても本体である現実の精神に何か影響を与えるというわけでもない。

 だからこそ、人ではない存在のアバターを使用できたり、性別や年齢など自分とかけ離れた存在の肉体でも何の問題もなく操ることが出来る。

 言ってしまえば、精神生命体とは、そのようなアバターの影響を受けずに、その肉体を動かして遊ぶ、フルダイブ型VRのプレイヤーに近い状況ってことだろう。

 

「そして、俺は様々なものに変化したわけだが……共通点に気付いたか?」

「共通点……? いや、特には……」

「しっかりとしたものではなく、曖昧な印象でも構わない」

 

 俺はそこまで言われて思ったことを告げた。

 

「そう言えば、どの姿も厳格な雰囲気があったような……」

「それだ。俺達、精神生命体は、肉体の影響を受けることはない。だが、逆に肉体に影響を及ぼすことはある」

 

 そう言うとウライトスは自分を指し示した。

 

「俺のこの姿は俺の精神に最も合う姿を選んだものだ。この見た目の通り、俺の精神はどこか厳格な印象を与える気質を持っているらしい。だからこそ、別の姿に変化したとしても、俺の精神が持つ厳格な気質が、変化した器へと影響を与えて、その器を厳格な見た目へと変異させてしまうというわけだ」

 

 ウライトスがそこまで言った所で、横からハイセトアが割り込んでくる。

 

「僕がどうやっても彼女に見合う子供になれなかったように、完全な別の姿になりたいって時は厄介な性質なんだけどね。これはこれで利点というものもある」

「利点ですか?」

 

 俺がそう言うとハイセトアは得意げに答えた。

 

「僕達に老いというものは存在しないのさ。精神生命体の精神というものは、時間経過によって劣化することがない。そしてそれが影響を及ぼす器の側も、本体である精神が劣化しないから、常に元の状態へと戻る動きが働くのさ」

 

 劣化しないの本体のデータで、常に作業するデータを更新し続けるから、元々のデータと変わらない状態が維持されるってことか、つまり神という存在は――。

 

「高位存在は不老ってことですか」

「ああ、俺達は不死ではないが、不老な存在だ」

 

 そこまで言った所で、ウライトスは纏めるように言った。

 

「つまるところ、どのような器に入ろうとも、個として変わらずに存在が出来る――それこそが、肉体の楔から外れた高位存在である、我々神と呼ばれる者達の特徴ということだな」

「それが神……」

 

 俺は一言そう呟いて、直ぐさま神々に向かって言った。

 

「いや、どう足掻いても俺がそんな存在になれるとは思えないんですけど!?」

 

 いや、だって精神生命体とか無理でしょ!?

 どうやって、そんな存在になれって言うのさ!?

 

 俺のそんな思いを感じて、青の神であるヴェルーナが答える。

 

「確かに、高位の龍や、高位の精霊のように、元から自然神として生まれた者以外が、あとから自然神へと転じるのは難しい。でも、前例がないわけじゃない」

「そうそう。聖人とか仙人とかね。肉体が生み出す欲などの頸木から抜け出して、自然神へと転じて神になった存在はこの世界にもいるんだよ~」

 

 軽い調子で黄の神であるサクリーナは答えた。

 それを更にハイセトアが補足する。

 

「僕らが色を付けないのなら神を名乗ることを許しているのもそのためさ。色付きの神は世界を管理する世界神の関係者だから勝手に名乗ることは許さないが、それ以外の神なら、自然神であろうとも神には違いないから、神を名乗ることを許しているというわけだね。実際に神威列島では、そう言った人から自然神となった存在を奉った神社も多いんだ」

 

 俺はその言葉を聞いて思わず叫ぶ。

 

「俺は色付きの神にされてるんですけど!?」

「それは、まあ、私達の弟になるかもしれないわけですから」

 

 なに、弟になるかも知れないって?

 紫の神の伴侶候補だから、自然神だとしても色付きにしちゃえって話なの!?

 俺、もしかして目を付けられてしまってる!?

 

 俺はそこまで考えた所で心の中で首を振った。

 

 ないない。

 だって、目を付けられる原因がないもん。

 

 きっと紫の神の言葉を他の神が勘違いしているだけだって、この世界を管理する神から目を付けられてるとか、そんなゲームオーバー的な状況に、既に追い込まれているなんてそんな話があるわけない。

 

 俺は所詮、ただの悪役。

 アレクのような主人公じゃないんだ、そんな状況はあり得ない。

 

 仮に何かしらの理由で目を付けられているのだとしても、紫の神もインフィニット・ワンでの攻略対象、アレクが頭角を現してきたら、そっちに目が行って俺の事なんて忘れるはずだ。

 

「いや、過去に自然神になった人がいるのだとしても、俺にはそれは難しいです」

 

 冷静になった俺は、アムレイヤの話を聞き流して、話を元に戻す。

 それに対してアムレイヤは律儀に返答してきた。

 

「確かに、人という種は、一番自然神から遠い種ですからね」

「あ~。そう言えば、人の中で一番自然神に近い種はエルフだったもんな~。それがあんな状態だからな~」

 

 思い出すようにノイラントがそう言った。

 俺はその発言に思わず首を傾げる。

 

「エルフが神に一番近い種? あのエルフが?」

「今の状況だけを見ればその意見が正しいのだろうな。だが、老いの影響を受けにくく、多くの者が理想とする肉体を持つエルフは、その条件だけを見れば、自然神に近い存在だと言えるのだ」

 

 確かに言われて見れば、老化等の肉体的影響を受けにくいエルフは、肉体による精神の変調も少ないと言えるのかも知れない。

 

 けどな……どう考えても、あれはそんな高尚な存在じゃないだろう。

 

「昔はエルフも頑張ってた。森の中で質素に暮らし、高位存在になることを、必死で目指すような者達だった」

 

 ヴェルーナのその言葉にサクリーナが補足する。

 

「でも、人と同じ精神性では、その暮らしに耐えられなかったみたいなんだよね~。厳しいしきたりの中で必死で頑張っていたエルフの中の一人が、ある日全てが嫌になって、それまでの反発からか、あんな感じの存在になっちゃったんだよ~」

「そしたら、あっと言う間に、それが感染してああなった。人は痛みには耐えられても、快楽には逆らえない」

 

 何か似たような台詞を聞いたことがあるな……。テ○ルズだったか? 確か、『人は苦痛には耐えられるが、幸福には逆らえん』とかだったような……。

 まあ、それはともかく、痛みを受けていても、人はそれを乗り越えた先に幸福があると思って耐えられるが、初めから幸福や快楽を与えられていたら、それを捨て去って進むことは難しいってことを言いたいんだろう。

 

 そして、その結果があのエルフ達だと。

 

「そのこともあって、私達は種として自然神へと到るのは難しいと判断しました。いつの世も、神へとなることが出来るのは、特筆した性質を持つ個人なのです」

「その点を考えたら、フレイには見込みがあると、オイラ達は思うんだ~」

 

 そこまで言うとノイラントは手で丸眼鏡を作って、それを通して俺の事を覗き込むようにして見る。

 

「だって、フレイは肉体の影響を精神が殆ど受けていないもんな~。まるで、オイラ達みたいに、用意した器の中に精神をぶち込んだみたいなんだ~」

「――っ!?」

 

 俺はそのノイラントの言葉に思わず驚く。

 ノイラントが言っていた特徴――それは俺が転生者だからではないだろうか。

 

 俺はこのフレイの肉体を操作しているが、その精神的な部分は前世の俺の影響が大きい、つまりフレイというアバターを操作しているフルダイブ型VRのプレイヤーと言えるような状況になっているということだ。

 そしてそれは、先程ウライトスが語っていた精神生命体の有り様に近い。

 勿論、食欲など肉体に影響されている部分も多くあるが、それでも他の存在よりかは神へと昇華しやすい土台だという事なのだろう。

 

「こんな存在、人の中では見たことがないもんな~」

「確かに、特筆した存在であることは間違いない」

「あの子はきっとそれを見抜いていたのでしょうね」

 

 そう言ってアムレイヤ達は感心するようにうなずき合う。

 それを見ていて、俺は同時にある疑問を覚える。

 

 七彩の神は俺が転生者であると知らないのか……?

 もし、俺を転生させた存在がいるのだとしたら、この世界で神とされている七彩の神の誰かだと思っていたが……。ここまで俺の存在を認知していないとなると、俺を転生させた存在は、全く別の誰かなのか?

 

「まあ、そんなわけで、私達は貴方なら神になれると思っているのですよ」

 

 感心し合っていたアムレイヤは纏めるようにそう言う。

 だが、俺としてはそんなことを言われても、素直に困るのだ。

 

「いや、そう言われても……、結局、どうなるのかもわからないですし……」

「既に信仰を得ている以上、時が経てば自然と神になっていると思いますが……。直ぐにでも神に転じる必要があるとなれば、我等がお母様が残した聖遺物を使えばいいでしょう」

「聖遺物……? それって、帝都にある召喚石や、龍の隠れ里にある神龍へ到る為の神の欠片、東の方に眠る異世界の聖剣とか、滅んだ天空都市にある天の稀石とかのことですか?」

 

 俺はゲーム時代の設定を思い出しながら、アムレイヤに向かって言う。

 それに対して、アムレイヤは驚き、感心したように答えた。

 

「よく知っていますね。この世界が危機に陥ったときに、それに抗うための力となるようにと、お母様が作り出しておいてくれたそれらの力のことです」

「この世界が危機に陥った時に抗うための力……? あれは、そのようなものだったんですか?」

 

 ゲーム的にはただの主人公パーティーを強化するためのアイテムや、何かしらのイベントを発生させたり、攻略対象になったりするだけの存在だったが……そんな世界の危機に対抗する為と言うほどの大層なものだったのか?

 

 俺のその疑問にアムレイヤは答える。

 

「勿論です。この世界の創世後、危機が訪れてもこの世界に干渉することが出来ないお母様が、この世界を守るために私達に残してくれたものですよ」

 

 うっとりと母親を神格視した様子でアムレイヤはそう語る。

 だが、俺はその説明に引っかかり、思わず問いかける。

 

「干渉できないから残した? 母親というのはこの世界の創世神のことですよね? 世界神よりも力のある存在が、この世界に干渉できないなんて、そんなことがあり得るんですか?」

「そうか、創世神に関する説明がまだだったか。他の階位について説明したのと同じように、創世神という存在についても説明しておこう」

 

 ウライトスはそう言うと、創世神について語り出す。

 

「創世神というのは無から有を生み出すことが出来る存在のことを指す。それこそ、世界を一から創造すると言ったことのようにな」

「……この世界の神話でも、創世神がこの世界を作ったとありましたね。つまり、それはそのまま真実を語った内容だと?」

「その通りだ。この世界は俺達の母上が作り出した世界であり、俺達は母上の代わりにこの世界を管理することを目的に、母上によって創造された世界神だ」

 

 無から有を作り出す存在――つまり、何もない所から何でも生み出せる存在で、世界を作り出すことや、七彩の神のような世界神まで生み出せるようなものが、創世神と言われる神の階位ってことか。

 それは確かに神という存在の最上位と言われれば納得出来るが、だからこそ、この世界に干渉できないという事が理解出来ない。

 

「そんな、何でも出来る存在なら、なおのこと、この世界に干渉できないという事態が理解出来ないのですが……。無から有を生み出せるというのなら、世界に干渉するための能力なんて、幾らでも生み出せるのでは?」

 

 そこまで言った所で、俺は同時に湧いてきた疑問についても聞く。

 

「それに、創世神はそんな干渉すら出来ない世界を作って如何するんですか? 結局、捨てることになるんだったら、世界を作ることの意味なんてないんじゃ……」

 

 ただ世界の始まりだけを作って、その後は関わることもなく放置する。

 その行為に何の楽しみがあるというのか。

 

「干渉出来ないというのは少し語弊がありましたね。ウライトス」

「む……。すまない。姉上」

 

 俺の疑問を受けて、アムレイヤはウライトスに向かってそう言う。

 ウライトスからの謝罪を受けて、アムレイヤはにっこりと笑った。

 

「構いませんよ。……ただ、お母様のことを誤解させるような物言いは、二度としないようにしてくださいね?」

「あ、ああ……」

 

 アムレイヤの笑っていない笑顔を見て、ウライトスが思わず後ずさる。

 それを見て、空気を切り替えるように、ハイセトアが言った。

 

「つ、つまり、兄さんが言いたかったのは、創世神の力での干渉は出来ないってことさ。だから、それ以外の方法ではこの世界に干渉出来るんだ」

「?? 創世神としては干渉出来ないのに、それ以外では出来る? 何で、そんなよく分からないような仕組みに?」

 

 俺がそう言うとハイセトアはちらりとアムレイヤを見て言った。

 

「それを説明するには、創世神という存在の生態を説明する必要が――」

「生態?」

「ひっ。生き方について説明する必要があるんだ!」

 

 ハイセトアの言い回しが気に食わなかったのか、目を細めて呟いたアムレイヤに完全に怯えながら、ハイセトアは言葉を言い直してそう言った。

 

「創世神という存在は、世界を作り出した後、その管理を別の者に託す。そうして他者の手で運営された世界に、自らの分体を作成して送り込み、そこで一個人として生きて人生を楽しみ、そうした分体の記憶を自らにフィードバックして、様々な世界を生きるという経験を楽しむ……という生き方をしているんだ」

「つまり、自分好みの世界を作って、そこでの冒険を楽しむ為に、創世神は自ら世界を作って、そしてそこに分体を送り込んでいるってことですか」

「そうだね。そして、自分好みの世界を作って後から分体を送り込む以上、その世界が想定した世界から外れたり、滅ぼされたりしてしまったら困るだろう? だからこそ、僕らのような世界神は創世神によって生み出され、創世神の望む世界になるようにと、運用と保守を任されるわけだね」

 

 創世神の生き方というのは、自分でゲームクリエイター役も担当しているという違いはあれど、様々な世界観のゲームをプレイして楽しむ、ゲームプレイヤーと同じようなものということだ。

 

「この世界も含めて、全ての世界は、そのように世界を楽しみたい創世神達によって、次々と生み出されていったものなんだ」

「……ちょっと待ってください。創世神達? 創世神は一人じゃないんですか?」

 

 俺はハイセトアの言葉に思わず突っ込んだ。

 無から有を生み出せるような超常存在が何人もいるのかと。

 

「この世界を作った創世神は一人だけど、創世神という存在自体は、複数体存在しているらしい。もっとも、この世界に紐付いていて、異世界を観測することが出来ない、僕ら世界神では、他の創世神の存在を知ることは出来ないけどね」

「創世神が複数体存在――いや、そ、それよりも異世界を観測することが出来ないって……?」

 

 俺は創世神のような者が複数体存在することが確定したことにも驚くが、それ以上に世界神が異世界を観測することが出来ないということに驚き、思わずそう言う。

 

「ん? そのままの意味だよ? 僕達世界神はこの世界を管理していたり、この世界の概念を司るなど、この世界に紐付いた存在だからね。この世界に強く紐付いているからこそ、他の世界を観測したり、干渉することは不可能なんだ」

「俺達はあくまでこの世界の管理人だからな。そんな存在が、管理する世界があるのに、そこから目を離して余所に行くというのもおかしなことだろう」

 

 ハイセトアの言葉にウライトスが補足をする。

 だが、俺はその話を聞きながらも頭の中で考える。

 

 世界神が異世界に干渉出来ないってことは、もし、俺が人為的にこの世界に転生させられたのだとしたら、その犯人は創世神しかいないってことなのか――!

 

「異世界に干渉することが出来るのは、自由に世界を観測し、そこに分体を送り込むことが出来る創造神。それと、元から紐付く世界が無い状態で作られたか、紐付いていた世界が滅びて、紐付く先の世界が無くなった世界神だけ」

 

 ヴェルーナのその言葉にサクリーナが補足する。

 

「自然神は世界に紐付いていないけど、自然神の権能の範囲だと、他の世界に干渉出来るだけの力が無いんだよね~」

「まあ、この世界に生きる者に取ってはあまり関係ない話だね。先程話したように干渉出来る者が限られているから、異世界の存在がこの世界に影響を与えるなんてことは殆ど起こりえない出来事だし。何よりも異世界の聖剣のようにこの世界に元から埋め込まれたものならともかく、後からこの世界に入り込もうとする存在は、この世界に紐付く世界神なら、入ってきたことを感知出来るからね」

 

 そこまで話した所で、ハイセトアがメガネをくいっとする。

 

「そんなことよりも、話を戻そう。創世神が複数体存在すること、それが創世神がこの世界に干渉出来ないという事情に繋がることなんだ」

 

 ハイセトアがそう言った所で、俺はその理由に思い当たり、思わず言った。

 

「創世神は何でも出来る存在――もしかして、他の創世神に勝手に世界を改良されたくなくて、干渉出来ないような仕組みにしているってことですか?」

 

 世界ではなく、ゲームで考えるとわかりやすい。

 

 創世神Aが現代物の戦記ゲームをやろうとして、魔力のない世界を作って準備していたら、唐突にやってきた創世神Bが、俺はファンタジー要素の無い世界は嫌いだからと、勝手に魔力ありの世界に改変したら、創世神Aとしてはファンタジー要素なんかいらなかったのにとぶち切れることだろう。

 創世神は無から有を生み出せる存在、つまりどんなことでもできるチートコード持ちだからこそ、ゲームを滅茶苦茶にされないために、創世神という存在を垢バンして、干渉出来ないようにする――つまり、これはそう言うことなのだ。

 

 俺のその考えを、ハイセトアが肯定する。

 

「理解が早いね。その通り、創世神は自分が作った世界を、他の創世神に無茶苦茶にされることを嫌う。だから、作り出した世界に他の創世神が干渉出来ないように、自ら制限を作っているわけなんだ」

「でも、それなら、自分だけが干渉出来るように鍵を掛ければいいのでは? わざわざ自分まで干渉出来なくする必要はないと思いますけど……」

 

 俺のその言葉にハイセトアは頭を振った。

 

「それは出来ないよ。鍵というのは凹凸の有無や、或いはその人物にしかない情報で、対象が鍵を開けるべき個人だと識別するものだろう?」

「それはそうですね」

「そのように、何かが無いということや何かが有ると言うことを利用したセキュリティは、創世神には無いに等しいんだ。だって、彼らはどんなものでも生み出すことが出来ると言うわけだからね。仮にこの世界にアクセス出来るのを、僕達の母上だけに限定したとしても、他の創世神は母上に成ることでそれを突破出来る」

 

 何でも作られるから鍵という概念が機能しないってことか。

 実際に現代でも、量子コンピュータが作られれば、現在の暗号化形式は全て解析されて、鍵なんてものが無いものと同じになると言われている。

 それと同じように技術が飽和すれば、個人識別なんてものは意味をなさなくて、誰でもアクセスすることが出来る状態になるということか。

 

 基本的に鍵というのは技術の発展とともに打ち破られてしまうものだ。

 本来なら、それに対応して更なる技術で破られない為の鍵を作り出すのだろうが、何でも生み出せるという全ての技術の最終到達点とも言える創世神には、更なる技術というものは存在せず、新たなる鍵を生み出すことが出来なかったと言うわけだ。

 

「だからこそ、創世神達は世界を作り終わった後は、自分も含めた創世神がその世界にアクセス出来ないようにフィルタリングを掛けるわけさ。そうすることによって、他の創世神による世界の干渉を防ぐわけ」

 

 現代的な考え方をすれば、ネットに繋がっていると何かしらの脆弱性を突かれて、不正アクセスされてしまうから、外部と切り離された完全なローカル環境を作り出して、そのローカル環境に創世神を名乗る者は近づけないようにする感じか。

 確かに、その方法なら鍵をコピーされて不正アクセスされる可能性はないし、物理的に創世神を排除しているから干渉されるリスクはゼロだ。

 

 だが――。

 

「それなら、創世神が別の存在に――世界神になれば、その世界へと干渉することが出来るようになるんじゃないですか?」

「確かにそうだね。だけど、創世神が世界神になってしまったら、それはもうただの世界神なんだよ。だから、創世神に世界を荒らされると言う事はないんだ」

「世界に干渉した後に、世界神から創世神に戻る方法は?」

「存在しないよ。創世神は完全に生まれながらのものだ。世界神から成り上がると言うことは出来ない。そして創世神は何でも生み出せるが、世界神はそんなことは出来ないから、世界神になった段階で戻ることは出来なくなる」

 

 創世神は世界神になることが出来るが、その段階で創世神としての能力を失うから、そのまま世界神として生きていくしかなくなると言うことか。

 確かに、そうであるのなら、わざわざ自分を世界神にしてまで、世界に干渉しようとする奴は、殆どいなくなるだろう。

 

「そして、ただの世界神ならば、この世界の世界神である俺達が、その相手を退治することが出来る……数多の世界はこうやって不正干渉を防いでるのだ」

 

 ウライトスが補足するようにそう語った。

 そして、ハイセトアはそれに頷くと、続きを話す。

 

「これが母上がこの世界を作った後に、この世界に干渉出来ない理由だよ」

「そして、だからこそ、この世界が私達の手に負えない危機に見舞われた時のために、お母様は事前に様々な道具をこの世界に残してくれているのです」

「なるほど……」

 

 俺はその説明を聞いて、思わずそう呟く。

 そして、そんな俺の様子を見て、ヴェルーナが言う。

 

「それらの聖遺物は簡単には手に入らない。それは悪用されることを防ぐ為」

「この世界に準備として残されている以上、この世界の誰かがそれを利用できるってことだからね~。世界の危機でもないのに、それを手に取って私利私欲のために使い始めたら、それはまた別の世界の危機になってしまうし~」

 

 サクリーナのその言葉に続くようにしてアムレイヤが言った。

 

「だからこそ、お母様は聖遺物を万能の願望器として作らずに、いずれ起こる世界の危機に合わせた機能のものとして作り、それを各地に安置して試練を用意することで、世界の危機が起こった時にそれを手にする予定の者だけが、その聖遺物を手にして世界の危機に立ち向かえるようにしているのです」

 

 俺はアムレイヤの話を聞いて、その話のおかしな部分に気付く。

 

「ちょっと待ってください。それっておかしくないですか? それぞれの危機に合わせた聖遺物って、どうやってその危機を予見したっていうんですか?」

 

 それに世界の危機が起こった時にそれを手にする予定の者とも言っている。

 単純に言い回しの問題で、聖遺物を扱うのに相応しい人物が取れるようになっているというだけかも知れないが、そのままの意味で捉えると初めから誰が手にするのかまでが決まっているように聞こえてくる。

 

「ああ、それは――」

「確かこっちに転移してたわよね?」

「ええ、そのはずだと思います!」

「何かあったのでしょうか?」

「さすがに遅すぎるよね?」

 

 アムレイヤが俺の疑問に答えようとした時、来幸達の声が聞こえてきた。

 どうやら、俺が神々と話し込んでなかなか戻らないから、心配になって俺がいる場所を探しに来たようだ。

 

「……このタイミングでですか」

 

 アムレイヤは何かを考えるようにそう呟くと、笑顔を見せて言う。

 

「少し、話しすぎてしまいましたね。私達はこれで失礼しましょう」

「は? ちょっと待って! まだ話の途中ですよね!?」

 

 なに、思わせぶりな言葉を言ったタイミングで帰ろうとしているの!?

 そう言うのは物語の中だけでいいんだよ! あとちょっとで全部話せそうなんだから、ちゃんと全部言い切ってから帰れや!

 

 俺のそんな思いも虚しく、アムレイヤ達は俺の言葉を無視すると、次々と転移で撤収していく。

 そして最後に残ったアムレイヤは、俺に向かって振り向くと「最後に」と言ってから、俺に対して言った。

 

「思うがまま行動してください。それがきっと、この世界に取っての正解です」

「おい! どう言うこと――! クソ!」

 

 俺は転移で消え去ったアムレイヤに対して思わず悪態をつく。

 そうしていると、俺の居場所を見つけた来幸達が、岩場を乗り越えて、俺の元へとやってきた。

 

「もう、ボールを見つけているじゃない。こんな所で何しているのよ」

「それは――。……いや、何でもない」

 

 エルザに問われた俺は、先程までのことを話すのを止めた。

 神々に絡まられていたなんて話が何処かに漏れたら、また銀神教の連中が騒ぎ出したり、騒動に発展しかねない。

 

 それに俺は今日はバカンスに来たのだ。

 神々のことなんて素直に忘れたい。

 

「ともかく、戻るとするか」

「ええ。そうですね」

 

 俺の言葉に来幸がそう言う。

 全員でコートに戻ろうとした所で――。

 

「あれ? あれ、何かな?」

 

 レシリアが何かに気付いて、その方向を指差した。

 その方向へと目を向けると、何かが上流の川から流れてきていた。

 

「あれは……卵……か……?」

 

 それはかなりの大きさを持った爬虫類の卵のようなものだった。

 




 今回の話で一通りの神関係の説明は完了です。
 この辺の話は、終章での出来事と、フレイが何故悪役転生することになったのか、という理由部分に関わります。

 悪役転生することになった理由と言えば、他の作品だと悪役である必要性とかは、どう言う理由が多いんでしょうかね。
 転生自体の理由付けは結構あっても、それが悪役である理由とかはあんまり見ない気もしています。

 この作品では、一応そう言う理由で悪役だったのかと、悪役である必要性に関する納得出来る理由を用意しているつもりではいます。
 その辺に関しては終章で話すことになりますが、現段階でも凄い人ならフレイの転生理由を当てることが出来るかも知れません。
  ※情報が一部足りないのでほぼほぼ不可能だと思いますが……。

 ざっくりとヒントだけ出すと、悪役転生の理由は、フレイとヒロイン達に取って、とてつもなく惨いものになっています。
 


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ナンパ妨害

 

「フレイ様、何故、その卵を持ち帰ってきたのですか?」

 

 俺が卵をシートの上に置いたのを見て、来幸がそう聞いてくる。

 

「あのまま放置はさすがに出来ないだろう。この卵、どう見ても竜とかの卵だぞ? これが魔物であるワイバーンの卵とかならいいが、もし高位の竜の卵だったりしたら、下手に放置すると街の一つや二つが滅ぶかも知れない」

 

 あのまま卵を放置していたら、他の誰かがこの卵を見つけて、単純に食料として食べてしまったり、何処かに卵が売り払われることになってしまったかも知れない。

 そうなった時、この卵を探しに来た竜が、卵が失われたことに怒り狂い、その原因である人間に復讐をするために周囲の街を襲う可能性がある。

 そして、竜種というのは人間と比べて強力な存在で、単独であろうとも、簡単に街の一つや二つは滅ぼせる存在だ。

 それらの事情を考えれば、災いの芽を摘むために、この卵を保護しないという選択肢は無かった。

 

「でも、フレイなら竜くらい簡単に倒せるんじゃない?」

「そうだな。確かに倒せないことはないと思う。だけど、ただ暴れているだけならともかく、復讐の為に怒り狂う竜を殺すのは気分が悪いからな」

 

 悪人を殺すのにためらいはないが、同情してしまうような理由がある相手を殺すのは、気分が悪くなるので避けたいのが正直な本音だ。

 だからこそ、他に取れる手があるのなら、取るべきだろうと俺は思う。

 

「理由はわかりましたが……。持ち帰って如何するんですか?」

「今頃、卵が無くなったことに気付いた竜が慌ててこの卵を探しているだろう。それを見つけて、この卵を返してやるのさ」

「でも、師匠。どうやってその竜を見つけるんですか?」

「俺にはこれがある」

 

 そう言って俺は耳飾りを見せた。

 それを見て、ユーナは「あっ」と声を上げる。

 

「鷹の目のイヤリング!」

「そう言うこと。取り敢えず、これで周囲を探ってみるさ」

 

 俺はそう言うと三人称視点で周囲を探ってみる。

 空を中心に竜の姿がないかを探すが――。

 

「……いないな。さすがに竜の巨体なら目に入るはずだと思うんだが……」

「卵が無くなったことに気付いていないのかな?」

 

 俺の言葉を聞いたレシリアがそう言う。

 だが、俺はレシリアのその考えに首を振った。

 

「あの卵は山の方から流れてきた。何処から流れてきたかは知らんが、それなりに時間が経っていると考えられるし、気が付かないってことはないと思う」

「なら、人に化けているとか?」

「そう言えば、高位の竜は人化することが出来るんだっけ。人に化けた竜が人間と夫婦になる話とか、昔話で結構あるわよね」

 

 レシリアとエルザの話を受けて、俺は少し考えると言った。

 

「確かにその可能性もあるか……何かを探してそうな人物も対象にするか……」

 

 俺は再び鷹の目のイヤリングで周囲を見るが、それらしい人物は見当たらない。

 

「駄目だな。この海水浴場の周囲にはそれらしい人物はいない」

「既にこの海水浴場の中に入っているのでしょうか」

「それは人物が多すぎて探しにくいんだけどな……ここまで来たら、一応一通り海水浴場の客も見ていくしかないか」

「あんまり、女の子をジロジロ見るんじゃないわよ?」

「わかってるって!」

 

 下手に海水浴場の客を見たら、そんな風に思われるから、海水浴場の客を見るのを後回しにしてたんだよ。

 

 俺はそんな不満を思いながら、周囲を見ていく。

 

「ん? 後ろ姿しか見えないが……エルフに絡まれている少女がいるな」

「人化した竜っぽい?」

「いや、そうは見えないが……どちらにしろ放っておけないだろ」

 

 見た感じ少女の方はエルフを拒絶しているが、エルフの方の押しが強くて、なかなかエルフ達を振り切れていないようだった。

 このまま押し切られてしまってお持ち帰りされてしまえば、あの少女に待っているのはエルフによる快楽付けのコースだろう。

 エルフの霊薬を使われるのもやばいが、エルフの里で快楽を追求して日夜乱交しているような奴らなので、単純な行為のテクニックも凄く、それによって落とされてしまう可能性もあるのだ。

 本当にこの世界のエルフは、エロゲーやエロ小説、エロ漫画の竿役みたいな存在だなと、心の底から思わず思う。

 

 そして、だからこそ、さすがにあの状態を見捨ててはおけない。

 それにあのイケメンエルフ相手に断りを入れられる人物なら、もしかしたら俺のヒロイン候補になり得る人物かも知れないし。

 

「そんなわけでちょっと言ってくる」

 

 俺は来幸達に断りを入れると、転移でその少女の元に飛んだ。

 

☆☆☆

 

「お嬢さん。俺達と遊びに行こうよ~。いい思い出を作ってあげるからさ~」

「そうそう。マジ、俺らと一緒に来れば、めっちゃ楽しい思いできるって」

「申し訳ありません。先程から言っておりますが、わたくしは友達と海に来ているので、貴方達と一緒に行くことは出来ませんわ」

 

 絡んで来るエルフに対して少女はきっぱりとそう答える。

 だが、相手はエルフ、下半身で生きているような存在のため、その程度の拒絶で堪えることはなく、更に追い立てるように会話を続ける。

 

「全然、友達と一緒でも俺らは構わないからさ~」

「そうそう、大勢で楽しむのが海の鉄則でしょ。マジ、俺達、複数人相手にするの慣れてるからさ、何も心配せずに俺達に全部任せてくれればいいよ」

「そ、その……ですから……」

 

 何を言っても話が通じない相手に、少女が思わず口籠もる。

 それを好機とみたのか、エルフの男は耳に手を当てて、聞こえないということを周囲に見せるようにしながら言った。

 

「ん? よく聞こえなかったけど……今、俺達と一緒に行きたいって言った?」

「あ、お前もそう聞こえた? 俺もそう聞こえたぜ! なんだ、お嬢さんも俺達と一緒に行きたかったんじゃん」

「え!? そんなことは……!」

 

 一人のエルフが声が聞き取れなかった振りをして、無理矢理少女の言葉を作り出すと、直ぐさまもう一人のエルフがそれに同意して、勝手に少女が自分達と一緒に行きたいんだということにしてしまう。

 

 それに思わず少女は反論するが、エルフ達はそれを無視した。

 

「マジ!? じゃあ、早速行こうかお嬢さん!」

「もう一人の友達が来る前に、先に楽しんじゃおーぜ!」

「や、やめて……!」

 

 エルフに掴まれた少女はその手を払おうとするが、強く掴まれているため、その手を振り払うことが出来ない。

 そして、そのまま強引に連れて行かれそうになるところで、俺はそのエルフの手を掴んで少女との間に割り込んだ。

 

「ちょっと待った。彼女は嫌がっているだろうが」

「ああん。お兄さん。いきなりなに?」

「俺達、今この子ナンパしてるの? 見て、わかんないかな~?」

 

 煽るようにエルフがそう言ってくるが、俺はそれを無視して、少女を掴むエルフの手をはたき落とす。

 

「てめぇ! 何しやがる!」

「いてーじゃねーか! 何だよ、お前は!」

「俺はこの子の――っ!?」

 

 オラついてくるエルフの声を聞き、少女へと振り返りながら喋っていた俺は、その少女の顔を見て、思わず言葉に詰まる。

 

「――友達だ。だからお前らに連れて行かれそうになるのを見過ごせない」

 

 だが、直ぐにその感情を押し殺し、軌道修正して何とかエルフへと言い返す。

 しかし、内心は焦りで頭がいっぱいだった、

 

 な、な、なんでこんな所に! 攻略対象の一人で! エデルガンド帝国の第一皇女でもある! ルイーゼ・フォン・エデルガンドがいるんだよ~!!

 

 そんな俺の態度が表に出ていたのか、友達と言った俺の様子を不審な目で見ながら、考えるようにしてエルフは言う。

 

「友達~? お嬢さんと恋人ってわけではないんだよな~」

「ああ、そうだが?」

「じゃあさ、お兄さんも一緒にヤルってのはどう?」

「……はあ? 何を言っているんだ?」

 

 俺はエルフが何を言っているか理解出来ずに思わずそう言う。

 そんな俺の様子を逆に理解出来ないようにエルフが言った。

 

「何って? ナニだよ。皆でお嬢さんを回して楽しもうぜ!」

「考えて見たら、4Pなんて里を出てからご無沙汰だし、ここいらで人族相手にやるってのも、面白いかもしれないな~」

「お兄さんだって、きっと楽しめると思うぜ~。なんだったら、俺らが色々と教えてやるからさ~。女の弱いところとか、如何すれば女が喜ぶかとかさ。そうすれば、お兄さんがこのお嬢さんを、彼女にすることが出来るかもよ~?」

 

 俺はそんなエルフの言葉を聞いて思わず頭を押さえた。

 

「本当にエルフってのは……何処までも……」

「で、どうなんだよ。お兄さん」

「やるわけないだろう!」

 

 俺がそう言うとエルフは白けたような表情を見せた。

 

「あ~。マジ萎えるわ~。萎えぽよ~」

「ノリ悪すぎ。空気読めって言うんだよ~」

 

 た、耐えろ……俺。

 海水浴場で殺人事件を起こすわけには……。

 

 俺は怒りで打ち震えながらもそう考えて自分を抑える。

 転移で何処かへと連れて行くのもありかも知れないが、エルフは長生きしているだけあって、武術や魔術に長けているものも多い。

 水着姿であからさまに魔道具らしき腕輪を付けた俺が、エルフ達を掴みにかかったら、警戒されて何らかの反撃を加えられてしまう可能性は高かった。

 

 そもそも、魔法が使えない俺では、転移先で敵から身を守るすべがない。

 王都のチンピラは大した魔法適性もなさそうだったから、幾らでも転移で飛ばして排除できたが、魔法に長けた相手は、レディシアの時も、魔王や四天王の時も、基本的に無力化を行ってから転移を行っていた。

 それと同じ事を、ここで騒動を起こさずにする自信が俺には無かった。

 

「ねぇ、お嬢さん。こんなノリの悪い男捨てて、俺達と行こうぜ」

「ほら、この男より、俺達の方が断然イケメンよ? それに身体能力だって、魔法適性だって、俺達エルフの方が断然上だし。人間社会では、俺達みたいなのを優良物件って言うんだろ?」

 

 微妙に真実を言っているからたちが悪い。

 人間とエルフでは、どう足掻いても種族的に、イケメン度も、身体能力や魔法適性と言った能力も、完全にエルフの方が上を言っている。

 

 此奴らの欠点はただ頭がおかしいと言う事だけだ。

 それさえ許容出来れば、確かに此奴らは優良物件なのだろう。

 もっとも――。

 

 俺はちらりとルイーゼの方を見ると、ルイーゼは怯えたように俺の影に隠れるようにして、エルフの男達から隠れていた。

 

 自分のことを4Pで回そう何て言っていた相手なんて、どれだけ優良物件であろうとも、お断りというのが当然の帰結だろう。

 

「はあ……。付き合いきれないな」

 

 俺はそれだけ言うと、少女の手を取り、自分達のシートが置かれている場所の近くへと共に転移した。

 



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ルイーゼルート

 今回の話はちょっとエッチな感じになっているのでご注意ください。

 また、四章では説明ばかりで話が進まないという感想があったので、本章ではできるだけ話を分割せずに一話にする形にしています。
 その為、これから三話ルートの話が続きますが、一応はストーリーが進展する形にはなっていると思います。


 

「まぁ! 景色が……! これは転移……?」

「ま、そんなところです」

 

 俺は転移に驚くルイーゼの言葉にそう返す。

 そして、直ぐに彼女から離れるために矢継ぎ早に声を掛けた。

 

「では、俺はこれで、次からはエルフに絡まれないように注意しなよ?」

 

 一刻も早く……一刻も早く……ここから離れなければ!

 

 俺の中で、早くこの場から立ち去らないと、と焦燥感が強くなっていく。

 何故なら、俺が知る中でルイーゼは、逆レイプロリドラゴン並に……いや、それ以上に危険な能力を持った恐るべき存在だからだ。

 

☆☆☆

 

 ルイーゼはエデルガンド帝国の皇女として蝶よ花よと育てられた少女だ。

 その為、腐敗した帝国にあっても善性を保っており、だからこそ、日に日に腐敗を強めていく自国の惨状を嘆く状態にあったのだ。

 そんな彼女は留学先のルーレリア学園で、貴族であるフレイの悪事によって散々な目に合いながらも、必死で立ち向かっていくアレクを見つける。

 悪に負けず、自らの信念を貫こうとするアレクに、腐敗した国を変えたいと願うルイーゼは徐々に惹かれていくようになり、アレクがフレイとの決闘に勝ち、見事に悪を挫くと、ルイーゼはアレクを自分の騎士にと勧誘するのだ。

 アレクはその誘いを受けて、ルイーゼの騎士となり、エデルガンド帝国の傘下になるというのが、ルイーゼルートの始まりだ。

 

 そうしてルイーゼの騎士となったアレクは、その持ち前の信念の強さから、正義感はあったものの、それを貫く力が足りていなかったルイーゼを導き、エデルガンド帝国の問題を解決して、徐々に仲を深めて行く。

 だが、情勢は悪化し、ついにエデルガンド帝国は、フェルノ王国へと宣戦布告を行い、人族国家同士での戦争が始まることになってしまうのだ。

 

 ルイーゼルートは、この戦争が始まった段階で現れる選択肢によって、最終的にはエデルガンド帝国の皇子との戦いになって、それに勝利することでルイーゼが皇帝になるという結末は変わらないが、二つのルートに分岐する。

 一つ目のルートは、そのままエデルガンド帝国の方針に従って、フェルノ王国を攻める将として活躍し、実績を作ることで内部から国を変えて行く英雄ルート。

 もう一方は、エデルガンド帝国の方針に反対し、仲間達とともに国を変えるためにクーデターを起こして内乱を発生させる反逆者ルートだ。

 

 どちらのルートでも、ルイーゼは民集を導く指導者として活躍し、自派閥の集団を率いていくことになる。

 そのため、クリスティアルートのように、ルイーゼと愛し合って行為を行うことになるシーンは、ルイーゼが皇帝となるまで存在していないが、それでもルイーゼルートはクリスティアルートと違い、エロゲープレイヤーからも称賛された人気のルートになっている。

 なぜ、そのような状況になっているかと言うと、ルイーゼルートはクリスティアルートと違い、エロイベントが数多く用意されていたからだ。

 

 例えば、アレクが行軍中に湖へと水浴びに言ったら、ルイーゼが既に水浴びをしていて裸を目撃してしまうと言う事や、転んだルイーゼを支えようとしたら、一緒に倒れ込んでしまい、何処がどうなったのか、ルイーゼの胸をわしづかみにしながら、股間に顔を埋める状態になるなど、何処のリ○さんだよ!? と言わんばかりに、ルイーゼとのラッキースケベイベントを起こしまくるのだ。

 

 そうしてラッキースケベの被害に遭うルイーゼだが、アレクがわざとやったわけではないと知っているため、恥ずかしながらも何度もそれを許す。

 そうして、様々なラッキースケベや交流を重ねていく内に、ルイーゼの仲で徐々に、アレクは頼りになる騎士から、一人の男へと変わっていくのだ。

 

 ルイーゼとアレクとのエッチシーンで、ルイーゼの裸を見て緊張するアレクに「わたくしの肌を見たのは初めてではないでしょう? それどころかもっと凄いことも……殿方にそのようなことをされたのはアレクが初めてですわ。責任を取ってくださいまし」と笑顔で言った姿を描いたCGでやられたプレイヤーも多かったとか。

 

 まあ、そんなこんなで、ファンの間ではルイーゼはトラブル皇女と呼ばれ、インフィニット・ワンでもトップクラスの人気を集めることになったのだ。

 

☆☆☆

 

 そう、此奴はトラブル皇女!

 だからこそ、此奴は危険人物なんだ!

 

 俺はそう強く思う。

 普通の男ならラッキースケベイベントを羨ましがり、それを起こしてくれるルイーゼの存在は有り難いものなのかも知れないが、俺だけのヒロインを見つけるまで清い体でいたい俺としては、厄介以外の何者でもない存在だ。

 

 下手に関わって、ルイーゼとラッキースケベを起こしてしまえば、それを俺だけのヒロインが見てしまい、俺の事を諦めてしまうことに繋がりかねない。

 だからこそ、彼女をエルフの手から救い出すという目的は達成したのだから、直ぐにこの場から離れて、二度と出会わないようにしたかった。

 

 そんな思いで俺が離れた時、後ろから声がかかる。

 

「待ってくださいまし……。――ああっ!?」

 

 制止の言葉と同時に悲鳴のような声が聞こえ、俺が思わず振り向くと、そこでは何も無い所に躓いて、ルイーゼが転びそうになっていた。

 

「まずっ――!」

 

 俺は咄嗟に転移を発動させてその場から退避しようとするが――。

 

「はっ!? 転移が発動しない!? いや、それどころか体が――!」

 

 エロゲスライムの能力封じを受けた時のように転移は発動せず、それどころか麻痺にでもかかったように体が自由に動かせなくなり、まるで流れに従うかのように、ルイーゼの転倒に巻き込まれてしまう。

 

 嘘だろ――!? 状態耐性リングだって装備してるんだぞ!?

 

 俺の驚愕を余所に事態は進行する。

 気付けば俺は――ルイーゼの胸をわしづかみにし、そしてルイーゼの股間に顔を埋める状態になってしまっていた。

 

 っ!? いや、おかしいよね!? 俺の方へとルイーゼが倒れてきたんだぞ!? 俺がルイーゼの下敷きになることはあっても、俺がルイーゼの上に乗って胸を掴んで、股間に顔を埋めるなんてそんな状態になるはずないだろう!?

 

 当事者である自分でもどうしてこうなったのかわからない。

 まるで物理法則を無視した現象に俺は驚愕を隠せない。

 

「んっ! あっ! そ、そこの上で動かないで……!」

 

 状況を理解出来ずにパニックになった俺が動いたため、水着越しに女の子の大事な所に振動を感じたルイーゼが思わずそう呻く。

 

「す、すまない……!」

「あんっ! 喋らないで……! く、くすぐったい……!」

 

 俺はそれに対して返答をしたが、その返答によって更に敏感な部分に刺激を受けたルイーゼは、喘ぎながら俺にそれを止めるように呟いた。

 

 俺は慌ててそのまま顔を起き上がらせる。

 咄嗟の事だったので、そのまま胸に手を突いたまま、上体を起き上がらせてしまい、そのことによって更にルイーゼが呻く。

 

 俺は事ここに到って、ルイーゼのやばさを再認識していた。

 

 此奴……ゲームと同じようにラッキースケベを起こしやがる!?

 しかも相手の能力や動きを封じて、物理法則まで無視して、ラッキースケベの結果を作り出すとかどんな異能力だよ!? 

 それまでの状態をガン無視して強制的にラッキースケベにするとか、俺なんかよりもよっぽど神様っぽい能力を持っているじゃないか!?

 

「姫様!? お前! 姫様に何をしているのです!!」

 

 俺がその事実に気付き、恐れ慄いていると、何処からか声が聞こえた。

 ちらりとその方向へと目を向けると、凄まじい怒りの形相をした水着姿のエルフの少女が、身体強化された体でこちらへと走ってきている。

 

 俺はそれを見て、命の危機を感じ、再度転移を発動させようとするが――。

 

「まだ無理!? ふざけんな! 理不尽制裁までが! ラッキースケベかよ!」

 

 俺がそう叫んだ時、エルフの少女の蹴りが、俺の腹へと命中した。

 

「死ね! 変態男!!!」

「がはぁ――!?」

 

 身体強化によって生み出された脚力は、俺のあばらを何本もへし折り、俺を空高く蹴り飛ばしてくれた。

 

 空中を漂いながら、俺は血反吐を吐き、思わず思う。

 

 し、死ぬ……。マジで死ぬ……。

 こんなに死ぬと思ったのは、ラースにボコられた時以来だ……。

 

 理不尽制裁ってヒロインによって滅茶苦茶吹き飛ばされたり、洒落にならない方法で制裁されるけど、現実化したらマジで致命傷になる一撃だよな……。

 

 漫画などではギャグのように、エッチな主人公への制裁によって、主人公がヒロインによって吹き飛ばされるが、そりゃ実際に吹き飛ばされる威力で蹴られたら、普通はあばらの一、二本は折れるよなと思う。

 

「フレイ様!?」

「え!? フレイ!?」

「師匠!?」

「お兄様!?」

 

 そうこうしている内に、吹き飛んだ俺は自分のシートの所に近づいたのか、来幸達の声が聞こえ始めてきた。

 だが、それも直ぐに違った驚愕の声に変わった。

 

「――あっ!」

「あっ!」

「あっ!」

「あっ!」

 

 俺がその反応を不思議に思って、そちらに目を向けると、俺が飛んで行っているせいで、ものすごい勢いで近づく、落下地点にある卵が目に入った。

 

「あっ!」

 

 同じように俺が驚愕の声を上げるのと同時に、俺はその卵へとぶつかり、卵の殻を突き破って顔を中へと埋め込んだ。

 卵の中にある暗闇の中で、何かがこちらを見たのを感じた瞬間に、俺の意識は闇へと墜ちていった。

 



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シルフィールート

 今回の話はちょっとエッチな感じになっているのでご注意ください。



 

「う……あ……。こ、ここは……」

「フレイ様! 目を覚ましましたか!」

 

 俺はそう言った来幸の手を借りて体を起こした。

 朦朧とする意識を何とかつなぎ止め、状況を把握しようとする。

 

「俺は確か……蹴り飛ばされて……」

「そうです! 師匠はあの女に蹴り飛ばされて死にかけたんです!」

「傷はレシィがしっかりと治療したよ!」

 

 ユーナとレシリアが俺にそう状況を説明してくれる。

 既に折れたあばらはレシリアの治癒魔法によって治療されているようだった。

 

「アンタ達、何なの!? フレイを殺すレベルで蹴るとか!?」

「そ、それは――! その男が姫様を押し倒して胸を揉んでいたから――!」

「シルフィー、わたくしはあの方に押し倒されてなどおりません。あれは事故だったんですわ。わたくしが転んだら、いつの間にかあの体勢になっていたのです」

 

 最後にエルザはと言うと、正座したルイーゼと……攻略対象の一人であるエルフの少女のシルフィー相手に、何やら口論しているようだった。

 

「姫様が先に転んで、あの体勢になるわけないのです!」

「そ、それは……わたくしにもよく分からなくて……」

「アンタいい加減に――って、フレイ!? 目を覚ましたのね!」

 

 俺が起き上がったのを見てエルザが嬉しそうにそう言う。

 その一方でルイーゼは深々と頭を下げた。

 

「この度は、わたくしのせいで大変な怪我を負わせてしまい、申し訳ありません」

「いえ、わざとではないなら、仕方のないことですよ」

 

 正直言って死にかけた理不尽制裁に思うところが無いわけではないが、ルイーゼ達が意図して起こしたものと言うわけでもないし、そのことでルイーゼ達を糾弾するのは違うだろう。

 

「わたくしも、どうしてああなったのかわからないのです。まるで体の自由が利かず、気付けばあの状態になっていました」

「俺もそうですよ。転移の能力も発動出来ない状況に追い込まれました」

 

 お互いにあの状況になった理由を話し合う。

 俺が体の自由が利かなかったのと同じように、ルイーゼの方もあの流れを回避出来ないように、体の自由が利かない状況にあったようだ。

 

「こんなこと、一度もありませんでしたのに……」

 

 そう言って落ち込むルイーゼ。

 原因もわからず、あのような破廉恥な状況に陥ったのだから、彼女としては深刻な悩みということだろう。

 俺はそれに対して、その原因に対する回答を用意する。

 

「恐らく、何らかのユニークジョブの影響では無いでしょうか?」

「ユニークジョブですか?」

 

 ルイーゼの問い返しに俺は頷いた。

 

「ユニークジョブの中には行動に影響を与えるものがあると聞きます。例えば野蛮人と言われていた人物は、都会的なおしゃれな服を着ようとしても、着た瞬間に敗れてしまって着ることが出来ないとか」

「あ~。確かにそんなうわさ話は聞いたことあるわね……」

 

 この世界では、自分のジョブを把握することは出来ないが、これまでの慣例や神から教えて貰ったジョブの種類から、野蛮人のようなユニークジョブがあり、それによる弊害があることも実体験として把握している。

 だからこそ、俺の話にエルザは得心がいったという表情を作った。

 

「いきなり事象が発生するようになったのは、エルフのナンパにより、そのユニークジョブのジョブレベルが上がってしまい、何かしらの常時発動型スキルに目覚めてしまった……と考えれば辻褄が合います」

 

 実際にはルイーゼにそのようなジョブは存在していない。

 インフィニット・ワンのゲーム上では、皇女と言うユニークジョブに就いていたものの、それはこれまでも存在していたごく普通のジョブであり、今回のような事象を起こすような代物では無いのだ。

 

 だから、俺が語った内容は真っ赤な嘘ということになる。

 

 まあ、それも仕方の無いことだ。

 馬鹿正直に貴方はラッキースケベキャラでキャラ付けされているから、男に対して物理法則を無視して破廉恥イベント繰り返すんですよ、と言っても、この世界の人からして見ればその内容を理解することは難しいだろう。

 そもそも、これからあまり関わり合いになるつもりも無いんだし、適当な理由をでっち上げて、さっさと去って貰った方が都合がいい。

 

 故に、俺はこんな嘘を唐突に話し始めたのだ。

 

「そんな……」

 

 俺の説明を聞いたルイーゼが絶望したようにそう言う。

 まあ、無理もないか、蝶よ花よと育てられた淑女のルイーゼからして見れば、ジョブによって男性に対して破廉恥行動を繰り返すようになってしまったなんて、とてもじゃないが簡単に受け入れられることじゃないだろうからな。

 

「ともあれ、今後はみだりに男に近づかない方が良いかも知れませんね」

 

 転生者ではあるものの、主人公では無い俺でも事象が発生したのだ。

 場合によっては、そこら辺の山賊とか、男なら誰でも発生する可能性がある。

 それを考えれば、ルイーゼは今後、男に近づかないのが無難だろう。

 

「はい。そうですね……」

 

 悲しそうにルイーゼがそう言う。

 それを見てシルフィーが彼女の為にと憤るようにして叫ぶ。

 

「待つのです! 姫様がそんな能力に目覚めているとは限りません! その男が自分の罪を逃れる為にでっち上げた嘘の可能性もあります!」

 

 そう言ったシルフィーは、思わず立ちあがろうとして――。

 

「はわぁっ!?」

 

 正座によって足が痺れていた為に、立ちあがるの失敗して転びそうになる。

 

「危ない! ああっ!」

「姫様!? おさ……はうっ!」

 

 それを見たルイーゼは咄嗟にシルフィーを助けようとするが、自分も足が痺れていた為に、転び初めてしまう。

 何とか持ち直していたシルフィーは、後ろからぶつかってきたルイーゼに押し出される形となってしまい、そのまま倒れ込んでしまう。

 

 そしてその先にいるのは――この俺だ。

 

「おいおいおい!?」

 

 思わずそんなことを叫びながら逃げようとするが間に合わない。

 周囲の来幸達も金縛りに遭ったかのように動くことが出来ない状況だった。

 

 誰も止めることが出来ないその状況で、ラッキースケベの強制力に従うように、ルイーゼとシルフィーは俺へとぶつかり、俺の顔はルイーゼの大きなおっぱいによって挟まれて、何も見えない状況になってしまう。

 

 俺はその状況を変えようと腕を動かすが……。

 

「んっ!? だめ……そこは……」

「あっ!? ど、どこ触っているのです!!」

「いや、知らねーよ!? お前らのせいで何も見えねーんだよ!」

 

 二人にのしかかられた形になっている俺の腕は、相当危険な所にあるらしい。

 だが、目の前がおっぱいで完全に塞がれた俺には何が何だかわからない。

 

「お、お前は! 拙のお、おまたを! 触っているのです!! って!? 拙に何を言わせるのです~!!」

 

 シルフィーは恥ずかしそうにしながらそう叫ぶ。

 そしてぶち切れながら、俺に対して言った。

 

「この変態! 変態! 変態!!」

 

 まさかの変態連打による罵倒。

 だが、俺も言い返したいことがある。

 

「お前らこそ、俺の何処を触ってるんだよ!?」

「何を……」

「人の股を触ってるのはそっちも同じだろうが!」

 

 俺がそう言うのと同時にルイーゼが後ろを見るために体を反らした。

 そこでようやく視界が晴れた為、俺もその場所へと目を向ける。

 

 目を向けた先では――何故か俺の海パンの中に手が突っ込まれている、シルフィーの左手の姿があった。

 

「うわ~!!!!!?」

「ぴゃ~!!!!!?」

 

 ……押しつぶされているという感覚だけがあったので、水着の上から触られているのかと思っていたら、まさかの直に触れた状況だった。

 その事に気付いた俺とシルフィーは同時に絶叫を上げたのだ。

 

 方や俺だけのヒロインを見つけるまで清い体でいたいために、むやみにそう言った部分に触れられたくなかった俺と、方や陰キャエルフであり、運命の相手を見つけるまで男性のそう言ったところに触れたくなかったシルフィーは、お互いに発狂したように取り乱す。

 

 大急ぎで手を抜き取ったシルフィーは、涙目になりながら言う。

 

「おと、男のものを触ってしまったのです……。拙は汚れてしまったのです……」

「汚されたのはこちらも同じだよ……」

 

 落ち込む俺とシルフィーを見て、困った顔をしたルイーゼは、俺達を励ますかのように言う。

 

「ま、まあ、事故ですから。少し触ってしまったくらいで――」

「「少しなんかじゃない! 俺(拙)には大切なことなんだ(のです)!!」」

 

 俺とシルフィーが同時に叫んだことで、俺達は互いを見合った。

 そして、しらっとした目で俺のことをシルフィーが見る。

 

「これだけ女を侍らせておいて、そんなことを言うのです?」

「ふざけるな。俺と彼女達はそんな関係じゃない!」

「じゃあ、何だって言うのです!」

「妹に、メイドに、友人に、弟子だ! 俺は彼女達に対して、これぽっちも恋愛感情は抱いていない!」

 

 俺がそう言い放った瞬間に、何故か周囲が凍り付いたような空気となる。

 ふと、来幸達を見ると、彼女達は何も言わずに笑顔を見せていた。

 

「「「「……」」」」

「ぴぃっ!」

 

 その様子にガクガクとシルフィーが怯えた表情を作る。

 俺もぶっちゃけ怖くて仕方ないが、元より言っている事なので、恐怖を乗り越えてシルフィーに向かって言う。

 

「俺は運命の相手を――俺だけのヒロインを求めているんだ!」

「運命の相手……?」

 

 俺の言葉にシルフィーが興味を引かれたように呟く。

 

「そうだ! 裏切りも、偽りもなく、何時までも、本心から互いに愛し合うことが出来るヒロイン! 俺は! そんな相手と! 物語のようなボーイミーツガールの青春の日々を送りたい!!」

「――っ!」

 

 俺の偽らざる本心からくる叫びにシルフィーが気圧される。

 

「だからこそ、俺は何処にいるかもわからないその相手を探しているんだ! そしてその相手への義理のために、何時か出会うその時まで清い体で居るため、他の女の子に手を出すなんて言う不埒な真似は絶対にしない!!」

 

 俺のその宣言を聞いたシルフィーは俯いて押し黙る。

 そして少し経った後、思わずと言った形で呟いた。

 

「わかる……」

 

 シルフィーはそれだけ言うと、ガバッと俺の方に向かって言った。

 

「わかるのです! やはり、人は大切なたった一人の相手と! 幸せに添い遂げるべきなのです!!」

「わかるか! 俺もそう思う!!」

 

 仲間が見つかったことでキャッキャする俺とシルフィー。

 俺達のこの思想は、世間一般ではバカにされがちなものだ。

 

 ロマンチストとか、夢見がちとか、叶わない夢を追い求めているとバカにされ、現実を見ろよ、そんなんだから童貞のままなんだよと嘲笑われる。

 夢を追うってことは崇高でいいことのはずなのに、そんなこともせずに妥協して楽な方に逃げた、世の中に大勢いる脱落者達に道連れにされそうになるのだ。

 

 だからこそ、同じ考えを持つ仲間がいたことが嬉しい。

 今も諦めずに夢を追い続けている仲間がいることが心強い。

 

 ――俺は一人じゃないんだと、そう実感することが出来る。

 

「これは?」

 

 気付けば俺は、俺の上から降りたシルフィーに向かって手を差し出していた。

 

「俺はフレイだ」

 

 その言葉で手の意味を察したシルフィーは同じように手を差し出す。

 

「拙はシルフィーなのです!」

 

 互いに名前を語り合った俺達は、握手でがっちりと手を握り合った。

 

「「同士!」」

 

 お互いに目標に向かって頑張ろう。

 その激励も込めた同士認定。

 

 どうせそんな相手なんか見つからないと、恋愛弱者として虐げられた俺達は、今ここに反逆を起こす同士として、固い絆で結ばれたのだ!

 

 そしてそれを見て、俺は思わず思う。

 

 クソ、シルフィーが攻略対象じゃ無ければな……。

 

 相性ぴったりのシルフィーを見ながら、俺はインフィニット・ワンでのシルフィールートを思い出した。

 

☆☆☆

 

 エルフガーデンは幾つもの里が集まって出来た国だ。

 各里の運営は里長に一任されており、その里長達がハイエルフの王族の元で、合議によって国の運営などを決めると行った形態を取っている。

 

 シルフィーはそんな里長の一人の子供であり……同時にその里長によって、多大な迷惑を受けたため、エルフという存在を嫌って里を出た陰キャエルフだ。

 彼女がどれだけ母親に迷惑を掛けられたかは、彼女の名前だけを見ても、その状況を伺いしることが出来る。

 

 愛称はシルフィー、本名はシルフィード。

 風の大精霊と同じ名前を付けているが、これはエルフが精霊に近い存在だからとか、何かしらの壮大な意味があって――とか言うことではない。

 この名前は単純にお話で語られるような凄い名前を、面白そうだから子供に付けたというだけだった。単純に言ってしまえばキラキラネームである。

 転生前の世界で置き換えるなら、光神(ゼウス)くんとか名付けられた感じに近いか。まあ、グレても仕方がないと言った形だ。

 その為、本人は死ぬほどこの本名を嫌がっており、まともな名前である愛称のシルフィーを本当の名前であるとして、周囲には押し通している。

 

 そんなこんなで快楽主義の里を嫌っていたシルフィーは、昔の厳格なエルフ達に憧れを持ち、真面目で不埒な真似は許さない性格に育っていった。

 そんな彼女は当然のように乱交パーティーに参加するわけもなく、里長の娘という高貴な身分にありながらも、それを全て捨てて幼い頃に旅に出たのだ。

 

 全ては何処かにいると信じている自分の運命の相手と知り合うため、他のエルフ達とは違い、快楽の為に男を取っかえ引っかえするのではなく、本心から一生愛し合い続ける事が出来る相手と添い遂げるという、他種族の物語で憧れた恋愛を手に入れるため、彼女は傭兵として日銭を稼ぎながら世界を回る。

 そんな中で、とある傭兵の仕事を行った時に、シルフィーは同じ仕事を受けていたアレクと知り合うことになるのだ。

 

 傭兵をする中でエルフへの風評から来る被害を受けていたシルフィーは、運命の相手探しをしながらも、人との関わり合いを避けると言った状況に陥っていた。

 自分でも、人を探しながら、人との関わりを断つと言う、矛盾した状態になっていると気付いたシルフィーは、もしかしたら運命の相手を探し出すなんて無理なのかも知れないと、心を弱らせてしまう。

 

 そんな中でエルフの風評を気にせず、普通の人と同じように話してくれるアレクは、シルフィーが普通に関わり合うことが出来る数少ない人物の一人であり、気兼ねない付き合いをしていく内に、徐々に弱っていた心が癒やされていくのだ。

 

 そうして傭兵仲間として仕事を共にする中で、アレクへの安心感は次第に恋心へと発展していき、シルフィーはアレクを運命の相手ではないかと感じ始める。

 しかし、そんなシルフィーの邪魔をするかのように、エルフ遊びに飽きた帝国のとある悪徳領主が、堅物なエルフという存在であるシルフィーのことを噂で知り、そんな堅物エルフを、自分が遊んで来たエルフのように、快楽に墜ちきった存在にしてやろうと、愉悦を感じながら様々な手勢を派遣してくるのだ。

 

 悪徳領主の手先は手強く、更に自分の母親も含めたエルフ達もが、その悪役領主と手を組んで襲ってきたため、貞操は何とか守り切ったものの、様々な辱めを受けることになってしまったシルフィー。

 

 そんなシルフィーは、自分は汚されてしまったと、こんなに汚されてしまった自分が運命の相手を見つけるなんて言うのはおこがましいと、ここまで必死に努力して夢を追いかけてきたのは無駄だったんだと、全てを諦めて絶望してしまう。

 このまま墜ちきってしまうか、或いはその前に命を断つか、と言った状況のシルフィーを見て、アレクは胸に秘めた思いを打ち明ける。

 

「シルフィーがやってきたことは無駄なんかじゃない! そもそも、そんなことでシルフィーを諦める奴なんて、元からシルフィーの運命の相手じゃないんだ! 本当にシルフィーを大切に思うなら、どれだけシルフィーが汚されたとしても、きっとそれを受け入れて愛し続けることが出来る!」

「出来もしない同情の言葉はいらないのです! そんな夢みたいな相手が何処にいると言うのですか!!」

 

 アレクの言葉に絶望したシルフィーはそう反論する。

 だが、その反論にアレクが叫ぶように答えた。

 

「ここにいる!」

「な、何を言ってるのです!」

「俺がお前の運命の相手だって言ってるんだよ! シルフィー! 俺はお前がどんなに汚されたとしても、それを受け入れて愛し続けて見せる!」

「そんなの嘘なのです!」

「俺を信じろ! シルフィー!!」

「……信じていいのですか?」

「ああ、大丈夫だ。信じてくれ、君を幸せにしてみせる」

 

 アレクの心からの言葉によるプロポーズ。

 それを受けて心が揺れたシルフィーは言う。

 

「アレク……拙はアレクを信じるのです……」

 

 そうしていい雰囲気になったシルフィーとアレクは行為に及ぶ。

 シルフィーの汚れた体を綺麗にするように、シルフィーの全身をなめ回し、そして体を擦り付け合って、綺麗になったシルフィーを、アレクだけが汚すのだ。

 

 こうしてアレクを運命の相手としたシルフィーは、夢を達成出来たという思いから、弱らせていた心を立て直し、強い意思で悪徳領主と母親を打ち倒して、アレクと二人、旅を続けながら幸せに暮らし続けるというハッピーエンドを迎える。

 



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ノルンルート

 

 結局のところ、どれだけ息が合っても、攻略対象である以上、俺の恋愛対象にはなり得ないんだよな……。

 

 俺がゲーム知識を振り返ってそう思っていると、がっちりと握手した俺とシルフィーを見て近寄って来たエルザが不機嫌さを隠さない表情で言う。

 

「それで、何時まで手を握り合うつもりなのよ」

「あっ! わぁっ!」

 

 それを聞いたシルフィーは、見られていたことに気付き、そんな奇妙な言葉を放って、慌てた様子で手を離す。

 そして、何かを考えると、俺の方へと向き直り、真剣な表情で頭を下げた。

 

「実際に巻き込まれてわかったのです。フレイの言うことは本当だったのです」

 

 ルイーゼの力を疑っていたシルフィーだったが、さすがに自分がラッキースケベに巻き込まれたことで、その力の存在を疑うことは出来なくなったようだった。

 

「死にかけるような大怪我を負わせて、ごめんなさいなのです……」

 

 そうして、俺が悪いわけではないとわかってシルフィーに訪れたのは、無実の人間を殺しかけたという罪悪感だろう。

 故にシルフィーはこれまでの態度を反省して、俺に謝罪をしてきたのだ。

 

「逆の立場なら俺も同じ事をしたさ。そっちの……」

 

 俺はそう言ってルイーゼの方へと話を向ける。

 ゲーム知識から彼女がルイーゼだと知ってはいるが、自己紹介されたというわけではないため、不自然にならないように自己紹介を促したのだ。

 

「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。わたくしはルイーゼ・フォン・エデルガンドですわ」

「ほら、やっぱり貴族……エデルガンド!? まさか帝国の皇女様!?」

 

 どうよ? この見事なノリツッコミ。

 事前に知っていたとはとても思えない、まさに完璧な演技ではなかろうか?

 

「やはり。何処かで見覚えがあると思ってました」

「わたくしもですわ。フェルノ王国のユーナ王女ですよね?」

 

 他国とは言え、王族同士で繋がりでもあったのか、ルイーゼとユーナは互いに面識があったようだ。

 それを元に、互いが本物の王女と皇女であることを確認していた。

 

「嘘でしょ……!? 帝国の皇女……? 敵じゃない!」

 

 そう小さく呟いたのはエルザだ。

 外交などを殆ど担当しない、穀物生産が主流のノーティス家のものとしては、基本的にフェイルの王国を狙っている国は全て敵と言う所だろう。

 仮に戦争でも起こってしまえば、兵糧の為に穀物は国に買いたたかれ、敵国に自領の田畑を荒らされて、これまでの努力が台無しになるかもしれないわけだからな。

 交易で儲けているシーザック家のような立場よりも、土地に根ざしたノーティス家などの方が、よっぽど外敵への危機感と敵意は強いのだ。

 

「エルザ……敵意を見せるなよ。ここは帝国だ」

「っ! わかってるわよ!」

 

 俺は近くにいたエルザにそう言ってこっそりと耳打ちする。

 そして残りの二人は如何しているだろうと見てみると、レシリアは大して興味がないと言った表情をしており、来幸はこれが例の危険人物かと言った様子で、ルイーゼのことを警戒するように見ていた。

 

 ひとまずは問題無さそうか……。

 

 俺はそう判断して話を続ける。

 

「高貴な家柄のものなら、それも帝国の皇女様なら尚更、男から不埒な真似をされていたら、それを排除しようと思うのが普通だからな」

 

 俺はそう言ってシルフィーの行いを肯定する。

 実際、もし俺がルイーゼを襲っていて、ルイーゼが少しでも汚されてしまったのなら、護衛であるシルフィーの首は物理的に飛ぶことになるだから、あの過剰な暴力も仕方ないという面が大きいのだ。

 

「あの蹴りで負った怪我もこうして元通りになったし、何も失ったものはないからそれで終わりに――」

 

 そこで俺は気付く。

 俺が意識を失う直前、最後に見た光景を。

 

「ちょっと待て、卵はどうなった?」

 

 そう言えば周囲にあの卵の姿が見えない。

 あんな大きな卵が目に入らないなんて思えない。

 

「嘘だろ!? まさか――」

「……はい、そのまさかです」

 

 俺が最悪の事態を想定し、思わずそう呟くと、どう話そうか迷っていた来幸達が、隠していた卵の欠片を出してきた。

 俺はそれを見て、頬が引き攣る。

 

「これ、俺がぶつかって割れたんだよな……」

 

 そう言って欠片を手に取る。

 完全に割れている、それも無残なほどに。

 

「竜の卵と思われるものを壊しちまったのか……。子供を殺された竜が怒り狂って襲い掛かってくる前に対応策を考えないと……」

 

 あんまりな状況に頭が痛くなり、思わず頭を押さえる。

 責任の一端があるルイーゼとシルフィーも暗い顔をしている。

 

「いえ、卵は割れましたが、子供が死んだわけではありません」

「ん? どういうことだ?」

 

 来幸の言葉に俺は思わず疑問を返す。

 すると来幸は何かを縛り付けていた紐を外し、暴れるそれを手に持ちながら、俺の方へとそれを見せてきた。

 

「どうやら孵化直前だったようで……中身はしっかりと無事だったようです」

 

 俺は来幸に掴まれた状態で、じっとこちらを見る小竜に目を向ける。

 桜色の何処か見覚えのある姿を見て、俺の頬は引き攣った。

 

 何で……何でこんなところに……!

 逆レイプロリドラゴンこと、攻略対象のノルンが居るんだよ~!!

 

 そう、目の前の生まれたての小竜は攻略対象の一人だった。

 しかも、彼女はルイーゼに並ぶほどの俺に取って危険な攻略対象だ。

 

☆☆☆

 

 多くのファンタジー作品と同じように、インフィニット・ワンの世界でも、竜という存在は強大な力を持ったものとして扱われている。

 

 もっとも、この世界の竜は強力な力を持ちながらも、総じて温厚な性質を持った種族であり、竜の隠れ里などでひっそりと隠れて暮らしているのが基本だ。

 その為、竜の隠れ里以外で目にする竜は、外の世界を見るために里を飛び出した若い竜だけであり、若すぎてその段階までいかないノルンは、他の大人の竜達とともに、竜の隠れ里で平和に暮らしていた。

 

 だが、その竜の隠れ里に災いが訪れる。

 

 突如として現れた黒い竜が、神殿に安置されていた神竜に到る為の神の欠片を奪い去り、強大な力を手に入れて竜の隠れ里を襲ったのだ。

 創世神が残した神の力を取り込んだ黒い竜の圧倒的な力の前に、次々と食い殺されていく大人の竜達。

 そんな中で竜族の長老は若い命だけは助けると、ノルンを里から逃がし、決死の覚悟でその黒い竜の足止めをするのだ。

 

 結果としてノルンは逃げ出せたものの、手傷を負って森の中に墜落し、そこで身動きも出来ずに死を待つ状況に陥ることとなってしまう。

 

 ――そこに現れたのがアレクだ。

 

 アレクはノルンを見つけると、竜を見つけたことに驚くものの、それが弱々しい声で助けを求めていることに気付き、直ぐさまノルンの治療を始める。

 

 アレクの治療により、一命を取り留めたノルンは、アレクに聞かれた事もあり、自分がこの状況に陥ることになった事情を全て話すのだ。

 ノルンの話を聞いたアレクは、持ち前の正義感から、その黒い竜を捨て置くことは出来ないと考え、ノルンに何か力になれることはないか聞く。

 

 ノルンはそんなアレクの言葉を受けて、仲間になって一緒に黒い竜と戦って欲しいと、アレクにお願いするのだ。

 それを了承したアレクは、怪我の治療が終わったノルンの上に乗り、ノルンの案内で竜の隠れ里を訪れる。

 

 だが、そこで目にしたのは滅び去った里の姿だった。

 

「そんな……里の皆が……ボクを守るために……」

 

 絶望に打ちひしがれるノルン。

 そんなノルンの目が、死体だと思っていた竜の体が僅かに動くのを捉える。

 

「生きていたんだね! お爺ちゃん!」

「――っ! 待て! ノルン!」

 

 不審さに気付いたアレクの制止も聞かずにその遺体――かつての竜の長老に近づいたノルンは、その遺体から突如として攻撃されて、深い傷を負う。

 

「……っ! どうして……!?」

「ノルン! それはお前が知っている竜じゃない! もう死んでいる! 何かが取り憑いて、その死体を無理矢理動かしているんだ!」

 

 既に竜の隠れ里の竜達は全て殺されて、ドラゴンゾンビへと変えられていた。

 

 潜んでいた数多の竜が、最後の竜であるノルンを殺しにかかる中、竜というかつての勇者も戦った強大な敵と戦うこと、そして親しい者の死体を操り、彼らが守ろうとしていたノルンを殺そうとする暴挙に対する怒りで勇者へと覚醒したアレクは、ノルンを守りながら次々とドラゴンゾンビを討伐していく。

 

 やがて、倒しきれなかったドラゴンゾンビが撤退していくのを見届けると、アレクは深い傷を負ったノルンへと話しかけ、その治療を開始する。

 

 そんな中でノルンはアレクに向かってぽつりと呟いた。

 

「ボクはひとりぼっちになっちゃった。これから如何したらいんだろう?」

「……生きてさえいれば、するべき事は見つかるさ。今はあの竜達が守ろうとしたその命を大切にしよう」

 

 そしてそこまで言ったところでアレクは言う。

 

「それに……倒した竜の中に黒い竜はいなかった」

「それって……!」

「ああ、きっとこれをしでかした黒幕は生きている」

 

 そのアレクの言葉にノルンは憎悪を募らせる。

 

「そうか……必ず報いは受けさせてやるぞ……!」

「俺も協力するぞ。ノルン」

 

 こうして彼らは黒い竜への復讐の旅に出ることになった。

 

 ノルンが竜の姿でいると黒い竜に気付かれて逃げられたり、逆に奇襲を受けて不利になるかも知れない。

 そう考えたアレク達は、ノルンを人化させて、兄と妹を偽りながら、街を転々として、黒い竜の痕跡を追っていくことになるのだ。

 

 そんな街で宿を取ったある日のこと――。

 夜中に体にのしかかってくる何かの重さでアレクが目を覚ますと、そこでは人化によって幼女の姿になったノルンの姿があった。

 

「なっ!? 何をしているんだノルン!?」

 

 唐突な出来事に焦るアレク。

 そんなアレクの体を押さえつけながらノルンが言う。

 

「竜族の生き残りはボクだけになっちゃった。だからボクは一杯子供を産んで、昔みたいに竜族が皆で暮らせるように、竜族を増やさないといけないんだ」

 

 そこでノルンはその幼女の姿に見合わない妖艶な表情で言う。

 

「だからアレク、ボクのつがいになってよ! そして沢山交尾をして、ボク達の子供をいっぱい作ろう!」

 

 竜の隠れ里が滅んだあと、アレクと共に旅をして生き抜く中で、ノルンは二つのするべきことを見つけたのだ。

 

 それは黒い竜への復讐と一族の復興。

 

 その為にノルンは、自分を何度も助けてくれたことで、愛するようになったアレクとつがいとなり、そして行為をして沢山子供を作ろうと考えたのだ。

 だが、アレクとしては寝耳に水な状態であり、思わず反論を行う。

 

「ちょ、ちょっと待って、幾ら何でもノルンの年齢は不味いだろ!」

 

 まだ年若いノルンは人化しても幼女の姿にしか成れなかった。

 だからこそ、アレクはノルンに対して、恋愛感情のようなものは抱かないようにしていたのだ。

 

「アレクはボクのことが嫌いなの?」

 

 そんなアレクの拒絶にノルンは傷ついた様子でそう答える。

 それに対して、アレクは口籠もりながらも言った。

 

「いや、そう言うわけでは……」

 

 正直に言えばアレクはノルンに惹かれていた。

 天真爛漫で元気が貰えるような明るい性格で、竜が人化したからか絶世の美貌を持つ幼女であるノルンを、世間的な倫理感を無視すれば愛していたのだ。

 

「なら、いいよね!」

「あっ! ノ、ノルン!? あんっ!」

 

 嫌いでないと言質を貰ったノルンはそのままアレクを逆レイプした。

 人化しても保持している竜としての力によって押さえられ、竜の本能によるものか、行為をしたことがないとは思えないほどのテクニックによって、アレクは快楽に堕とされて何度も喘がされることになる。

 そうして、アレクはノルンに堕とされてしまい、口では何度も駄目だ駄目だと言うものの、決定的な別れを告げることもせず、宿に泊まる度に侵入して襲い掛かってくるノルンに逆レイプされ続ける日々を送ることになるのだ。

 

 そうこうしながらも、二人は旅を続け、ついに黒い竜を見つけて追い詰める。

 

「あひゃひゃひゃ! どうだったよ? あの老いぼれ共を使った俺のショーは!」

「お前が! お前がお爺ちゃん達にあんなことをしたのか!」

「そうだぜ~! 俺は神竜! 神になったんだ! ただの生物の域を超えた上位存在に! だからよ、ちっぽけな生物を使って遊んでやったのさ!」

「人の命をなんだと思っている!」

 

 話を聞いていたアレクは怒りの声を上げる。

 

「例えお前が神の如き力を持っているのだとしても、悪辣にそれを振るうお前は、神でも何でもない! ただの化け物だ!」

「ああん!? この神に向かって何を言いやがる!」

「お前はここで打ち倒す! 行くぞノルン!」

「うん!」

 

 そうして激しい戦いが巻き起こる。

 神の力を取り込んだ黒い竜は圧倒的な力を持っていたが、勇者の力を完全に解放し、ノルンの上に乗った戦うアレクは、黒い竜を打ち倒す。

 

「馬鹿なこの俺が……何の為に竜――」

 

 それだけを残して黒い竜は終わりを迎えた。

 

「終わったね」

「ああ」

 

 仇を討ち終わって、人化したノルンは、感極まったようにそう言う。

 そんなノルンにアレクは同意するように答えた。

 

「これからはボク達二人の……いや、三人の新しい日々が始まるんだね」

 

 そう言って幸せそうにぽっこりと膨らんだお腹をさするノルン。

 それを見てアレクがノルンの言ったことの意味に気付く。

 

「まさか、子供が出来たのか?」

「うん! これでボクはもうひとりぼっちじゃない!」

 

 そう言ってアレクに抱きつくノルン。

 そのままアレクを押し倒すと言う。

 

「でも、まだこれじゃ満足出来ない。もっといっぱい作ろうねアレク!」

「ノ、ノルン……!? 今日もなのか!?」

 

 そうして服を剥ぎ取ったノルンに対して、何時もようになされるがまま、逆レイプをされてしまうアレク。

 

 なんやかんやで幸せになった彼らは、竜の隠れ里に住まいを移すと、そこで沢山の子供を作って竜族を再興させた所で、ノルンルートは終わることになるのだ。

 

☆☆☆

 

 ここまでノルンルートのことを振り返った所で俺は思う。

 

 やっぱり、此奴はやばい!

 

 野生の本能で生きる竜族だからなのか、同意もなく勝手につがいにして、逆レイプをかましてくる論理感のなさ。

 加えて竜族として圧倒的な力を持っているからこそ、その逆レイプから逃げることも出来ずに、堕とされることになってしまう。

 

 あのアレクですら、完全に手玉に取られ、完全に手込めにされてしまったのだ。

 その危険性がどれほどのものかと言うのがよく分かるだろう。

 

 襲われても俺の転移なら逃げ切れるんじゃないかと思うかも知れないが、エロゲスライムから逃げ切れなかったように、俺の転移は俺に触れているものを巻き込む為、相手に体を掴まれると共に転移してしまうので、その時点で転移を使用して敵から逃げることが出来なくなってしまうのだ。

 そしてルイーゼにナンパしていたエルフを始末出来なかったように、魔力回路をやられている俺は魔法による状況の打壊が出来ない為、転移を封じられると純粋なスペックで押し切られて何も出来ずに負けてしまう可能性が高い。

 つまるところ、ノルンに組み伏せられた時点で、俺に取れる手立ては何も無くなり、後は美味しく頂かれるだけとなってしまうのだ。

 

 まだノルンルートを攻略していないため、ノルンが俺に恋をして逆レイプをかましてくるなんて事態は直ぐには起こらないだろう。

 だが、竜族皆殺しなんていう後味の悪い結末を放置するのは、ハッピーエンド至上主義の俺としては許せない為、アレクがいない現状では銀仮面としてノルンルートに介入するつもりでいた。

 その時に、竜族の鋭い勘で俺が銀仮面だと気付かれる可能性は否定出来ない。

 そして気付かれれば、その時点から俺は逆レイプ対象として、ノルンから追われることになる身の上に早変わりだ。

 種族としてのスペックが違う竜族が、朝から晩まで俺を狙って襲い掛かってくるとか、考えただけでも恐怖しか湧かない状況だろう。

 

 いっそ、一か八かアレクが来るまで完全放置して見るか……?

 

 ふと俺の中でそんな考えが沸きあがる。

 ノルンルートを攻略しなければ、俺に危害は及ばない。

 だからこそ、全てをアレクに任せるのは一つの手だった。

 

 ……いや、駄目だ。

 それで本当に竜族が全滅してしまったら、俺の心が持たない。

 

 俺はそう冷静に考える。

 俺には何が何でも助けたいという主人公のような気持ちはない。

 だが、俺自身の心を守るためには目の前にある不幸は見逃せないのだ。

 

 それに――。

 何よりも、バットエンドルートで終わるのはクリスティアの件で懲りた。

 

 あれは手痛い経験だった。

 他の奴なら――アレクなら上手くやれて幸せに出来ていたはずなのに、自分のせいで誰かが不幸になったと感じる生々しい実感……。

 

 ――あんな思いをするのはもううんざりだ。

 

 だからこそ、俺は行動せざる終えない。

 故に、この状況に思わず心の中で悪態をつく。

 

 クソ、これだから逆レイプロリドラゴンことノルンとだけは、フレイの状態で関わり合いになりたくなかったんだ。 

 

 だと言うのに……。

 

 今日一日で……それもこの短時間で三人だぞ!?

 それも、トラブル皇女と、逆レイプロリドラゴン! 何の冗談だよ!?

 

 まるで攻略対象に遭うという呪いでも賭けられているようだ。

 

 俺はその事実を嘆く。

 全てを忘れて楽しく過ごそうとバカンスに来た先で、遭いたくもないのに攻略対象に遭いまくるのはどうなっているのだと。

 

 ――まさか、俺が山を裏切ったからか!? これは山の呪い!?

 

 そんな非科学的なことまで思い浮かんでしまう始末。

 それ程までに状況は悪化の一途を辿っている。

 

 前門の逆レイプロリドラゴン、後門のトラブル皇女……ここは地獄か?

 

 一瞬でも油断してしまえば、あっと言う間に貞操を失うことになりそうな状況。

 フレイとして生きていく中で最大のピンチが俺に訪れていた。

 

「フレイ様、既に生まれてしまったこの竜を如何しますか?」

 

 今後の対応を聞くために来幸が俺に向かってそう言う。

 あの卵の母親と思わしき竜は見つからず、卵だったものは孵化して小竜へと変わってしまった状況にある。

 単純に卵を返すだけということから変わってしまった状況を受けて、もう一度この小竜の扱いを如何するか再考する必要が出ていた。

 

「そうだな……此奴の両親が見つかるまで、育てる必要もあるからな……」

 

 俺はそこまで考えたところで、とある一手を思いつく。

 

「そうか……その手なら――」

「フレイ様?」

 

 俺の呟きを聞き取った来幸がそう疑問の声を上げる。

 俺はそれに答えるように、意を決して、全員に向かって宣言した。

 

「よし! 俺は此奴のパパになるぞ!!」

「「「「っ!?」」」」

 

 俺の宣言を聞いて、その場に居たルイーゼ以外の全員が驚愕したように、声にならない声を上げた。

 そして、いち早くその驚愕から回復したシルフィーが思わず言う。

 

「いやいや!? わけがわからないのです!? どうしてそうなるのです!!」

「誰かが、此奴の両親が見つかるまで、育てなければならないだろ? だからこそ、その父親役を俺がやるってことだよ」

 

 状況からして誰かがノルンを育てなければならないだろう。

 それを行う者として、卵を割った責任を取って、俺がそれを行う事は、そうおかしな話ではない。

 

 それにこれは俺の得にもなり得る一手なのだ。

 

 イベントを攻略すればヒロインは攻略者に惚れる。

 それは来幸やエルザ、そして銀仮面ファンクラブなどの攻略対象達の状況を考えれば、避けようのない事実と言えるものだ。

 

 俺はこれまで何とかそれを乗り越えようとしてきた。

 

 例えば、エルザの場合は攻略対象自身に自分のイベントをクリアさせることで、惚れる相手である攻略者を無くす作戦を考えて行動した。

 だが、これはエルザの攻略に俺が関わりすぎてしまった為に、俺自身も攻略者扱いされてしまうことになり、失敗に終わってしまった。

 

 よくよく考えて見ると、攻略対象のイベントというのは基本的に攻略対象が一人では解決することが出来ない問題が大半だ。

 そのような事態だからこそ、自分では解決出来なかったその問題を解決したアレクなどの攻略者に惚れるという状況が成り立つのだ。

 それを考えると攻略者自身にイベントをクリアさせるというこの考えは、根底から破綻していたことに今更ながらに気付く。

 状況からして攻略対象だけでは解決出来ないのだから、どう足掻いても手助けをする必要が出てくる。

 そうして手助けをしてしまえば、エルザの時のように、協力者である俺自身も攻略者扱いされて、惚れられる事態に陥ってしまうだろう。

 

 だからこそ、この方法でノルンの恋心を逸らすことは出来ない。

 黒い竜を相手にすることを考えれば、どう足掻いてもノルン一人では勝つことは難しく、何処かしらで手助けをする必要が出てくるだろうからな。

 

 じゃあ、成功例である銀仮面のパターンはどうかと思うだろうが、これは先程考えたように竜族の鋭い感性だと俺が銀仮面だと見抜かれかねない。

 ノルンと知り合ってもいない状況なら、幾らでも誤魔化すことが出来るかも知れないが、既に素のフレイを知られてしまっているため、俺と銀仮面の一致点を探られてしまえば、あっと言う間にその答えに辿り着かれる。

 

 まさに一見すると手が無い状況。

 イベントを攻略することでノルンが俺に惚れることは避けられない状態だ。

 

 ――だが、まだ手はある。

 

 それは攻略対象にイベントを攻略させようとしたのと同じように、発想の転換によって閃いた渾身の一手。

 

 相手が惚れてしまうのは避けられない。

 そこが避けられないというのなら、惚れられたとしても、恋人になることが出来ない相手――つまり父親に、俺自身がなってしまえばいいのだ。

 

 これが俺が考えた起死回生の手段だ。

 

 一般的に自分の両親というのは恋人などの恋愛の相手とはならない存在だ。

 これは人間に限ったことだけではなく、動物などでも大半が同じだろう。

 だからこそ、人間の論理感の薄い竜であるノルンにも効くはずだ。

 

 例えば、攻略対象のイベントを攻略したとしても、その攻略者が両親なら、攻略対象は見惚れることはあっても、恋人にするほどの強い気持ちは持たないはず。

 まあ、ギャルゲーや乙女ゲーの攻略キャラが、現実の自分の両親に入れ替わっていたら、ストーリーは同じでも攻略とか無理と思うのが大半だろうから、俺のこの考えは間違っていないだろう。

 実際にインフィニット・ワンで見てきた各攻略対象のイベントを、アレクの代わりに攻略対象の父親が行ったとして考えると、体を許してアレクとパンパンやっていた時のような展開が、攻略対象と父親との間で起こるとはとても思えない。

 

 イベントを書き換えること無く、その結末の有り様を書き換える――。

 完璧――まさに完璧な手じゃないか!

 

 俺は思いついたこの策に対して思わず自画自賛する。

 普通の攻略対象相手では、この完璧な手を使用する事は出来ないが、今生まれたばかりのノルンの場合なら、俺が父親枠に入り込むことは不可能では無いはずだ。

 

 そうして、父親としてノルンに接し、恋愛対象から外れる。

 その上で、ノルンが清楚で貞淑な子に育つように教育する。

 

 逆光源氏計画――。

 

 拾った子供を妻とするために自分好みに育てるのでは無く、拾った子供を絶対に妻としない為に、お互いの立場と清楚さを徹底的に教育する。

 

 それこそが俺がノルンに対して行わなければならないことなのだ!

 

 俺がそう一人で思考に耽っていると、ルイーゼが何かを決意したような表情で、その場の全員に向かって言う。

 

「それなら、わたくしはこの子のママになりますわ!」

「「「「「「はぁっ!?」」」」」」

 

 俺も含めてその場にいる全員がルイーゼの言葉に驚愕の声を上げた。

 



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名付け

 

「いやいや! さすがに帝国の姫様にそんな真似をさせるわけには……!?」

「責任を取るというのならわたくしも同罪ですわ。むしろ、わたくしのユニークジョブのせいでこうなったというのなら、わたくしが一番責任を取らなくてはならないのではなくて?」

「いや、それはそうかも知れませんが……」

 

 唐突な事態に俺は思わず反論するが、ルイーゼに論破されて思わず口籠もる。

 それでも、何とか改心させようと俺は言葉を重ねる。

 

「ですが、ルイーゼ様」

「それじゃ、駄目ですわ。ダーリン」

「ダ、ダーリン……!? 何を言ってるんだ!?」

 

 わけのわからないことを言いだしたルイーゼに俺は思わずそう言う。

 すると、ルイーゼはキリッとした真面目な表情で言う。

 

「わたくし達はこの子の親代わりをするのですよね? それなら、この子の教育の為にも愛し合った夫婦像を見せないといけないのではなくて? だから、わたくしの夫になったつもりで、もっとそれらしい態度を演じないと駄目ですわ」

 

 そのルイーゼの言葉に、エルザが猛烈な勢いで言う。

 

「こ、此奴……! 何を言ってるの!? そんなことを許すわけないじゃない! それならアタシがママになるわよ!」

「そうです! 貴方がママになる必要はありません! この子はわたしと師匠が二人で育てます!」

「ルイーゼお姉さん達、何を言ってるの? これを一時的に家族にするって言うのなら、お兄様の妹であるレシィが面倒見るのが普通でしょ?」

「いえ、フレイ様が責任を取るというのなら、専属メイドである私が手伝うべきです。ママ役が必要になるというのなら、私が受け持ちます」

 

 エルザに続くようにユーナ、レシリア、来幸がルイーゼに猛反発する。

 その流れを見て、シルフィーが怯えたように言った。

 

「な、なんなのです……!? 拙はママ役に何かならないのですよ!?」

「「「「じゃあ! そこで黙ってて!」」」」

「ぴぃっ!」

 

 絶対に流れに乗らないぞと宣言したシルフィーは、残りの四人の黙れという叫びにビビり倒し、その後に始まった口論を見て、恐怖からふるふると震える。

 

 俺はそれの状況を見て、思わず頭を押さえた。

 

 もう滅茶苦茶だよ……これ、バカンスなんてもう無理じゃん。

 

 折角、色々と調整して休みを作ってやってきたのに、この海水浴場についてものの数時間で、バカンスが終了してしまった事態を思わず嘆く。

 

 はぁ……。もう仕方ないか……。

 バカンスはまた今度休みを取って行う事にして、もう今回の休みはノルンの対策に全てを当てることにしよう。

 

 俺はそう考えて気持ちを切り替える。

 それと同時にルイーゼが語った、教育の為に愛し合った夫婦像を見せる必要があるという言葉について考える。

 

 悪くはない考えかも知れない。

 

 父親枠に収まるというだけではなく、そこで相手がいると見せかけることが出来れば、より確実にノルンの恋愛対象から外れることが出来るだろう。

 

 攻略対象であるルイーゼとそう言った関係であると周囲に見せつけることになるのは、俺だけのヒロインを見つけると言った過程では大きなマイナスだが、逆レイプロリドラゴンは対処しなければならない目下のリスク。

 

 別にヒロイン探しは帝国以外でするという手もあるわけだし、ここは多少の損を覚悟してでも、堅実にノルンを潰すことを考えた方が良いだろう。

 

 そう考えた俺はルイーゼに向かって言う。

 

「わかった。俺も此奴の為に愛し合う夫婦像を演じることにするよ」

「ちょっと! フレイはルイーゼをママ役にするって言うの!?」

 

 俺はそう叫んだエルザの言葉に、面倒くさくなって、思わず本心から言う。

 

「ぶっちゃけ、誰がママ役だろうとどうでもいいよ……。此奴の両親が見つかるまでの数日の演技だろうしな。……もう、面倒くさいから、じゃんけんで決めろ、じゃんけんで。勝った奴がママ役、それでもういいだろう」

 

 誰がママ役をやろうと俺には大差はない。

 どうせ、攻略対象と妹しかいない状況なのだ。

 どれも恋愛対象にならないのだから、誰が相手になろうと意味はない。

 

 俺の言葉でシルフィーを除いた全員がじゃんけんをすることになった。

 その結果は――。

 

「では、よろしくお願いいたしますわね。ダーリン」

 

 圧倒的な強さで勝利したルイーゼが結局にママ役となった。

 周囲では負けたエルザ達が打ちひしがれる姿が見える。

 

「アア、ヨロシクオネガイスルヨ。ハニー」

 

 演技とは言え、攻略対象相手を愛さなくてはならないという事態への拒否感で、思わず片言になりながらも、俺はそう返した。

 

「それでダーリン。これから如何しますの?」

 

 夫婦役を演じ始めたものの、今後の展開を如何するのかと、ルイーゼが俺に対して聞いてくる。

 

「何時までも、俺らが面倒を見るわけには行かないからな。やはり最優先しなければならないのは、此奴の両親を探すことだろうな」

 

 卵を落としたと思われる母親となる竜。

 それを見つけないことには何も始まらない。

 

「一週間、この周囲に滞在して、此奴を育てながら、両親らしき者が居ないか、探し回ることにしよう。卵を落とした母親側に何の問題も無ければ、少なくともそれだけの期間があれば、ここに来ることが出来るはずだ」

「もし、一週間の間に見つからなかったら?」

「考えたくない事態だが……その場合は、こちらから竜の住処――竜の隠れ里を探しに行かないといけないかもしれないな……」

 

 一週間も探して見つからないとなると、ノルンの両親に何らかのトラブルが発生していると言うことだ。

 メジーナの件など、バタフライエフェクトによるイベントの前倒しのことを考えれば、既に黒い竜が竜の隠れ里を襲撃している可能性すら考えられる。

 そのことを考えれば、一刻も早く竜の隠れ里に向かわないといけないが……。

 

 竜の隠れ里の場所、俺知らないんだよな……。

 

 インフィニット・ワンでの竜の隠れ里への移動方法は、パーティーメンバーのノルンに話しかけて、竜の隠れ里へ行くことを希望すると言うものだった。

 その時のマップ上の動きとしては、バサバサと翼をはためかせたノルンが、マップの右上の画面外に消え、マップが切り替わるのと同時に、マップの左下から出てきたノルンが竜の隠れ里のマップに着陸すると言う形であり、完全に別マップに移動を行っている為、前後のマップの繋がりから場所を特定することも出来ないのだ。

 

 帝国内の何処かの山にあるとは作中で語れていたものの、それ以外の竜の隠れ里の在処に関する情報を俺は知らない。

 

「竜の隠れ里の在処の検討はついているのです?」

「いや、全くないな。帝国の何処かの山にあるらしいが……」

「隠れ里というだけあって、あまり話を聞いたこともありませんね。ただ、帝国内にあるというのなら、帝城の資料室に何か資料があるかも知れませんわ」

 

 俺の言葉にルイーゼがそう答える。

 それを聞いて、俺は纏めるように言った。

 

「ええっと。つまりは、一週間はここで此奴を育てながら両親捜し、それが駄目なら帝都に行って情報収集し、そこで見つけた竜の隠れ里へ行って、此奴の両親が見つかるまで、此奴を隠れ里の竜達に預かって貰う……って方針でいいか?」

「問題ありませんわ」

「いいと思うのです!」

 

 じゃんけんに負けた状態から立ち直れないエルザ達以外がそう言う。

 

「ただ、わたしく、思うのですが……」

「ん? どうした?」

 

 唐突に何か気になることがあると言った様子でそう言い出したルイーゼに対して、俺は思わずそう問い返す。

 

「此奴としか呼ばないのは、この子が可哀想なのではなくて?」

 

 ルイーゼが気になっていたのはノルンの呼び方のようだった。

 生まれたばかりのノルンには名前が無いから、代名詞を使った呼び方をしなければならないが、それに対する俺の言葉遣いに引っかかりを覚えたらしい。

 

 それを聞いて俺は思わず思う。

 

 ノルンを警戒しているからちょっと言葉に敵意が乗っていたか。

 まあ、あれや、それや、これと言わないだけ、まだましだと思うが……。

 

「お前達みたいにこの子って言えばいいのか?」

 

 別に呼び方に拘りは無いため、俺はルイーゼにそう返す。

 しかし、ルイーゼはそれに納得せず、首を振った。

 

「それでは根本的な解決になりませんわ。子育てにおいて、名前呼びすることはとても大切だと思いますの。だから、わたしく達でこの子の名前を決めません?」

「いや、それはさすがに不味いだろ……。仮の名前だとしても、両親の同意も取らずに勝手に名前を決めるなんて。この子の名前はこの子の親が決めるべきだ。俺達は長くても七日間の仮の親子でしかないんだぞ?」

 

 たった七日の関係なのに勝手に名前なんて決めて如何するのか。

 そんな俺の反応を余所に、卵を割る切っ掛けを作り、その責任感からママ役をしっかりと果たそうとするルイーゼは決意を込めるように言う。

 

「竜は人より知能が高いと聞いたことがありますわ。生まれてから七日間という時間は、人間の赤ちゃんに関しては大した意味もないものかも知れませんが、この竜の子供に対してはとても大きな意味を持つかもしれないですわ」

 

 ……確かに人間の子供でも、子供の時の経験が、将来的な人格形成などに大きな影響を与えることはある。

 竜と人と言う種族の違いを考えれば、生後七日間という短い期間であったとしても、決して手を抜くべきではないというのはある意味では正しい。

 

「わたくしは、この子の卵を割り、親に会う前に孵化させてしまった者として、この子を、この子の本当の両親達に恥じないように、立派に育てあげなければならないのです! それこそが、わたくしの責任の取り方だと思うのですわ!」

「まあ、言っている事は分かるが……」

 

 俺は難色を付けながら思わずそう返す。

 ルイーゼの意気込みは分かるがさすがに勝手に名付けは……。

 

「名前……」

 

 ふと、周りはどう考えているかとみると、シルフィーはそう呟いて、何かを考えるように俯いていた。

 そして、ガバッと顔を起き上がらせると、俺達に向かって言う。

 

「そうなのです! 親に変な名前を付けられる前に、ここでこの子の名前を決めてしまうのです!」

 

 トラウマスイッチを刺激されたシルフィーが猛烈な勢いでそう言う。

 血の繋がった母親から、キラキラネームを付けられたシルフィーからして見れば、本当の親がまともな名前を付けるとは限らないのだから、ここで皆で名前を考えて、まともな名前を無理矢理付けてやれと、周囲を焚き付け始めた。

 

「なあ、お前達はどう思う?」

 

 俺は思わずエルザ達にそう問いかけた。

 だが、完全にやる気を失ったエルザはぞんざいに答える。

 

「別に何でもいいんじゃない? どうせ、アタシはママじゃないし」

「そうですね。それに気に入らなければ後で変えて貰えばいいだけですし」

「う~ん。お兄様の好きにすると良いと思う!」

「私は……名付けというのは血のつながりよりも、誰がどれだけ相手のことを思って、そう名付けるかが大切なのだと思います。だからこそ、ここで私達がこの子の為を思って名付けるのは間違いではないと判断します」

 

 どちらかと言えば肯定寄りの意見が返ってきた。

 ここまで来ると全体を否定側に持って行くのも大変だ。

 そして、そこまでの労力を掛ける気が俺にはなかった。

 

「わかった。じゃあ、名前を決めてしまうか」

 

 俺は全員に向かってそう言う。

 それと同時にこれはこれでいいかと思い直していた。

 

 上手くやれば、来幸の時のように、ゲームのキャラ名から名前を変えることが出来るかも知れないからな……。

 

 日常的に接するなら、インフィニット・ワンの出来事を思い出しやすいキャラ名より、新しく付けた名前の方が都合がいい。

 そう考えた俺は、いの一番に、ノルンの新しい名前を切り出した。

 

「じゃあ、桜色をしているし、サクラってのはどうだ?」

 

 見た目の色からきた安直なものだが割といい名前を提案する。

 それを聞いたノルンは「きゃう!」と鳴き声を上げて横を向いた。

 

「この子はその名前が気に入らないみたいなのです!」

「ぐっ……!」

 

 容赦の無いシルフィーの言葉に俺は思わず呻く。

 

「セイラ、カタリナ、ミシェル、メイ、アオイ、クウミ、キャサリン、カトリーヌ、エリザベス、ルキナ、ジャンヌ、マーガレット、パメラ、ドロシー!」

 

 俺は何度も何度も名前を挙げる。

 だが、ノルンは一向に首を縦に振らない。

 

 そんな様子を見て、思わずと言った形でシルフィーが言った。

 

「こうも否定されるなんて、フレイって、センスがないのです?」

「はっ!? はぁあああ!? だったら、お前らが案を出せよ!」

 

 ぶち切れた俺は思わずそう叫んだ。

 どうしてこんなことで俺のセンスが疑われなくてはならないのか。

 ノルンが首を振らないだけで俺のセンスは至極まともだ。

 

「そうですね……では、ノルンというのはどうでしょう?」

 

 ルイーゼのその言葉を聞いた瞬間、俺と来幸の動きが驚愕で止まった。

 そして、ノルンが喜んだように首を縦に振るのを見て、俺は戦慄と恐怖を覚えながら、目を見開いてノルンを凝視する。

 

 嘘だろ……? 

 此奴、ゲームと同じ名前になりやがった……!?

 

 名前なんて何百と種類が有ると言うのに、まるでそれが正しいことであるかのように、ノルンというゲームでの名前に収束していた状況を見て、驚きを隠せない。

 

 確かに俺はこの世界がゲームを元にしたものだと強く実感しているし、それにバタフライエフェクトを受けても発生するイベントを見て、この世界の異常さを実感したりもしたが、それでもイベントの時期がずれるなど、この世界の状況に合わせて不自然な流れにならないように変わる部分があることも知っている。

 

 特に今回のノルンの件は、バタフライエフェクトなどではなく、転生者でもあり、ゲーム知識を持つ俺が直接介入している案件だ。

 名前なんて言うイベントに関わらない場所なら、来幸の時のように自由に改変出来てもおかしくないはずなのだ。

 

 それなのに同じ名前にされた。

 その事が無性に不気味さを際立たせていた。

 

「本人も納得しているようなので、この子はノルンなのです!」

 

 状況を見ていたシルフィーが纏めるようにそう言った。

 俺達はそれに異議を唱えることは出来なかった。

 

「……まあ、いいか」

 

 俺は誰にも聞かれないようにそう呟いた。

 深く考えても仕方ないことは考えない方が良い。

 ノルンという名前に決まったのならそれはそれでいいだろう。

 

「きゅあ! きゅあ!」

 

 俺が自分をそう納得させていると、ノルンが突然鳴いて暴れ始めた。

 それを見て、俺とルイーゼは慌てる。

 

「ど、どうしたんだ!?」

「何ですの!?」

 

 それを見ていたレシリアがふと思いついたことを言う。

 

「もしかして、お腹がすいたじゃない?」

 

 シーザック家は聖女の家系であり、その家系の中で聖女の力を受け継ぐ者は、赤子に祝福を与えたり、治療の為に診療所に出入りするなど、幼い頃から医療関係の仕事を手伝い始める。

 恐らくはその仕事で赤子を何度か見たことがあるからこそ、レシリアはノルンが鳴き始めた理由を推察することが出来なのだろう。

 

 食事か……生まれたばかりの竜には何を喰わせればいいんだ? 赤ちゃんなことを考えればやっぱりミルク? それともいきなり肉とか喰わせた方がいいのか……?

 

 そう、俺が悩んでいる間にルイーゼは動き始めた。

 

「ごはん……!? ごはんですわね!?」

 

 ルイーゼはそう言うと、ノルンを手に取り、自らの上の水着を下にずらした。

 勢いよく下げられたことによって、ルイーゼの胸を覆うものは何も無くなり、十五歳という年齢に見合う立派な胸が大きく揺れる。

 

「ちょっ!? こんな外で何をやって……!?」

「えっ!? きゃあっ!?」

 

 俺は完全に丸出しになったルイーゼの胸を見てしまい、思わずそう言う。

 その言葉で冷静になったのか、ルイーゼは自らの胸を見て、顔を真っ赤にしながら、その旨を思わず隠した。

 だが、それによって手に持っていたノルンが強く掴まれ、それを嫌ったノルンは「きゅう!?」と叫びを上げて、逃げるように手から離れて動く。

 

「うおっ!?」

 

 暴れたように走るノルンが足下を通り、それを避けるために動いたことで、足下がおぼつかなくなり、転びそうになってしまう。

 

「クソっ!? またかっ!?」

 

 体勢を整えようとして、前と同じように体が動かないことに気付く。

 そして、そのまま俺は吸い込まれるようにルイーゼの元へと倒れ、そして倒れ込んだ俺の顔はルイーゼの胸へと向かった。

 

「あんっ! そ、そこは! ダーリンのご飯じゃないですわ!?」

 

 そもそも、子供を産んでないだから、まだ出ないだろ!

 

 そんなことを思いながら、ルイーゼの胸に顔を埋める形になったとき、開いた口の中に入っていたルイーゼの突起から口を離して、急いでルイーゼから離れる。

 

 そして戦慄を感じながら思わず呟いた。

 

「まさか、ここまで全部、ラッキースケベの影響じゃないよな……?」

 

 ルイーゼのおっぱいをしゃぶらせるラッキースケベの為に、ノルンの孵化からママ役になるまでの流れが生まれたのでは? と恐ろしい考えが頭をよぎり、すぐさまそんな馬鹿なことはないだろうと、自分の考えを否定する。

 

 ともあれ、どうやら俺はまだ地獄に居るらしい。

 

「絶対に生き抜いてやるこの地獄を……! 未来の俺だけのヒロインの為に! 絶対に俺の純潔は守り抜いて見せる!」

 

 そんな俺の覚悟とともに七日間の日々は始まった。

 ちなみにノルンの食事は干し肉で大丈夫だった。

 



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子育て

 

「ノルン、いいか? 狩りというのは相手の動きを見極める必要がある」

「きゃう!」

 

 俺は頭の上にノルンを乗せて、街道に出た魔物と対峙していた。

 俺の言葉を素直に聞いたノルンは、目の前にいる狼タイプの魔物をしっかりと見つめ、そしてその一挙一動を観察していた。

 

「今回は俺からタイミングは伝えない。お前の判断でブレスを撃つんだ」

「きゃい!」

 

 俺達が話している間に狼は動き出す。

 それを見て、俺が撃つべきタイミングだと思うのと同じタイミングで、ノルンはしっかりとブレスを狼に向かって放った。

 それによって、狼の横っ腹は抉られ、魔物が死んだことで魔石へと転じる。

 

 それを見た俺は、頭の上に乗っていたノルンを手で掴み、そして掲げるように両手で持って、高い高いをしながら言う。

 

「よくやったぞ! さすが俺の娘だ!」

「きゃう~!」

 

 ノルンを育て始めてから早三日。

 俺は父親役としてノルンを立派に成長させることが出来ていた。

 

☆☆☆

 

「お帰りなさいませ。食事の準備は出来ております」

「ああ、わかった」

 

 あの海水浴場近くで取った宿に戻ると、来幸が昼食の準備をしてくれていた。

 俺が食堂に辿り着くと、俺を待っていたのか他の皆もそこにいる。

 

 席としてはルイーゼの隣と、エルザの隣で二つ空いていたが……。

 俺は無言で入口から遠い、エルザの隣へと移動した。

 

「な、なんで、そちらに行くんですの!? と言うか、わたくしのこと、ダーリンはずっと避けていませんか!?」

「だって、危険だから」

「はうっ!?」

 

 抗議をしてきたルイーゼに俺が思わず本音を言うと、ルイーゼは特大の精神ダメージを喰らったかのように、そんな泣き声を上げて突っ伏した。

 

「そんな……夫婦役なのに……」

 

 悲しげな表情でちらちらとルイーゼが俺の事を見てくるが、俺としては断固として拒絶の態度を取らせて貰う。

 何故なら、この三日間で嫌というほど、ラッキースケベに巻き込まれて、ルイーゼの危険さをこれ以上とないほどに思い知らされたからだ。

 

 少しくらいなら近くに居ても問題ない?

 いや、少しでも男が近くに居れば、ラッキースケベは発動する。

 

 どれほどラッキースケベが起こらないように見える状況だったとしても、ルイーゼの側に居れば、何かしらの出来事が連鎖して起こり、最終的にラッキースケベ状態に陥ることが分かった。

 それはもう、ピタ○ラスイッチかよ! と思わず叫んでしまいそうになるほどのものであり、しかもラッキースケベが連続して起こるほどに、耐性の出来た読者へのサービスを増やすが如く、その内容は過激化していった。

 このままラッキースケベが起こり続ければ、最終的にルイーゼが転んだ拍子に彼女の大事な所が俺の逸物へとぶつかり、そのままルイーゼの処女を散らしてしまうというような、バカみたいな出来事すら起こる可能性があるんじゃないか、と俺を恐怖させるのには十分だった。

 だからこそ、俺はどれだけ涙目で見られたとしてもルイーゼに近寄らないのだ。

 

 俺が席に着くと来幸が全員の料理を持ってきて机に並べる。

 そして、それが終わった来幸自身が席に着くと俺達は食事を始めた。

 

「きゃう!」

「あ~、はいはい。ご飯ね」

 

 俺はそう言うと自分が食事を取る合間に、ノルン用に用意された肉が入った器の中から、肉を手に取るとそれをノルンの前に出す。

 それに対してノルンは嬉しそうに食らい付く。

 

 そんな俺達のやり取りを見ていたエルザが言う。

 

「アンタ、それ毎回やらなくちゃいけないわけ? 其奴なら自分で器の肉に食らいつくくらい出来るんじゃないの?」

「……それをやってくれないから、わざわざこうしてるんだろ?」

 

 俺はため息を吐きながらそう答えた。

 正直に言えば、一々肉を取って食わせるのは手間なので、直接器の肉に食らいついて欲しいのだが、何故かノルンはそれを行わないのだ。

 

「しょうがないわね。アタシが代わりにやってあげるわよ」

 

 そう言うとエルザは俺の代わりに肉を手に取った。

 そして、それをノルンの前に差し出した。

 

「ほら、食べなさい」

「ぐるるるっ! ぎゃうっ!」

 

 だが、ノルンはそれに食らいつくことをせず、尻尾でエルザの手を叩いた。

 

「いたっ!」

 

 思わぬ痛みにエルザが肉を落とす。

 ノルンはそれに目を向けず、俺に向かって食べ物をねだる目を向けた。

 

「こ、此奴……! アタシとフレイで態度が違いすぎでしょ!」

 

 善意で食べさせようとした手を叩かれてエルザは怒りを露わにする。

 それを見ていたシルフィーがその理由を推察する。

 

「親が差し出した食べ物以外を受け付けないのかもしれないのです」

「それはどうしてでしょうか?」

 

 シルフィーの推察を聞いた来幸がその理由を問いかける。

 

「肉食動物は基本的に自ら狩りを行って肉を用意しますが、狩りが出来ない子供の内は、親に代わりに狩って貰ってそれを食すのです」

 

 シルフィーは、過去を思い出すようにしながら、そう語り始める。

 

「言ってしまえば、親の手で渡された肉こそが、その子供に取って最も安全で警戒する必要がない食べ物だと言えるのです。竜の生態はよく知らないのですが、その食べ物に関する警戒心が、一般的な動物よりも強いのかもしれないのです」

「竜の強さならそんな警戒は不要って気もするが……。いや、竜が強いからこそ、その能力が発揮出来ない弱い子供の内は、安全が確保された親の手による食料しか食べないように、本能に刻み込まれてるってことか」

 

 シルフィーの語った内容から、俺はそんな風に考察した。

 

「わたくしが差し出したお肉も食べてくれないのですが……」

 

 俺達の話を聞いていたルイーゼがそんな泣き言を話し始める。

 それを聞いてシルフィーはその理由について語る。

 

「恐らく、親と思われてるのが、フレイだけということなのです」

「何故ですの!? わたくしだってママ役なのに!?」

 

 立派にママ役を果たして責任を取るつもりが、何も成せていない現状に、思わずルイーゼがそんな風に声を張り上げた。

 

「刷り込みと言って、特定の動物の中には、卵から生まれた後に見た存在を、親だと思い込むものがいるのです」

 

 そこでシルフィーは聞いた話を思い出すように言う。

 

「ノルンが孵化した時、拙のせいでフレイが卵に突っ込んだと来幸から聞いたのです。恐らくはその時に、ノルンがフレイを見て、フレイのことを親だとする刷り込みが行われたのだと、拙は思うのです」

 

 刷り込みか……前世でも聞いた事がある話だな。

 

 卵から孵った動物が主人公を初めに見て、親だと思い込み、そのまま仲間入りするってのは、物語としてはそこそこある話しでもある。

 だからこそ、すんなりとシルフィーの仮説を信じることが出来た。

 

 まあ、これはこれで都合がいいか?

 

 俺は思わずそんなことを思う。

 俺の最終的な目標は父親枠に収まって恋愛対象から外れること。

 それを考えれば、刷り込みによって親だと思われているこの状況は、まさに願ったり叶ったりといったものだ。

 

「家族って言うのは血の繋がりがあってこそなのに、血の繋がりもないのに家族だと勘違いするなんて、そんな頭のおかしな習性を持った存在がいるんだね~。レシィにはその思考が理解出来ないや」

 

 シルフィーの話を聞いたレシリアが思わずと言った風に呟いた。

 それを聞いて俺は思う。

 

 血統で引き継がれる貴族の立場だとそう言う考えになるよな。

 特にシーザック家は聖女の血統と言う点を重視しているわけだし。

 

 前世の世界よりもこの世界は血統を重視している。

 それは貴族制が残っているということもあるし、魔力回路や神の血などの実利の面でも、遺伝によって受け継がれるものが多いからだ。

 自分達の未来に血統が大きく関わるからこそ、そこに不純物が交わらないように、血の繋がっていない相手を家族扱いしない風潮があるのだ。

 

 そもそもそう言うのがない前世でも血の繋がりは大切だったからな~。

 自分の子が、実は托卵で血が繋がって無いって知って、それでも迷わずに自分の子だって認められる奴は、それほど多くないだろうし。

 

 その辺りのことを考えれば、レシリアの発言もさほどおかしな事ではない。

 ゴリゴリの血統主義だった原作のフレイだったら素直に頷いているだろう。

 

 まあ、俺はそこまで血統主義ではないけどね。

 

 そもそも、俺が恋人にして結婚しようとしている、何処かにいるだろう理想のヒロインだって、血の繋がらない赤の他人だ。

 血が繋がらなければ家族でないとするならば、そのヒロインだって家族にすることは出来ないということになるし、そうなると妹であるレシリアくらいしか結婚相手がいないということになってしまうだろうからな。

 

 そう言うことを考えれば、血が繋がらなくても家族になれると言える。

 誰だって恋をして結婚する相手は血の繋がらない他人だからだ。

 

 それを考えると結婚するって結構凄い事だよな……。

 

 前世でも、今世でも、俺以外の多くの人が、結婚相手を見つけて結婚をし、赤の他人を新しく家族にして生活を行っている。

 血のつながりという単純な家族になるためのツールも無しに、それ以外の何らかの要素で深い絆を結び、愛し合った結果として家族になっていくのだ。

 

 理想のヒロインを追い求める立場からすれば、素直に言って羨ましいと思う。

 ――もっとも、その大半はそう見せかけるだけの偽物だろうが。

 

 誰もがそんな理想的な関係を築けるなら不倫や離婚なんてものはない。

 

 血のつながり以上の深い絆を結んで、愛し合い続けている夫婦なんてものは、極一握りの選ばれた者達だけで、大半の者はそこまで深い関係を築いてなくても、周囲が結婚しているからと言った環境的要因や、もうこの相手でいいやと妥協の気持ちを元に、軽い気持ちで結婚をしてしまう。

 

 そうして深い絆を結んでいないからこそ、最終的にお互いの気持ちが離れ、相手に裏切られるという結末を迎える事になるのだ。

 

 だからこそ、相手をしっかりと吟味することが大切なんだ。

 何の繋がりもない赤の他人を家族にするからこそ、決して妥協することなく、自分が理想とするヒロインを追い求めなければならない。

 

 俺は内心でうんうんと頷いて、改めて理想のヒロインへの気持ちを強める。

 

 絶対に物語の主人公とヒロインのように、自分達だけのボーイミーツガールの青春の日々を送り、俺と深い絆を紡げる、俺だけのヒロインを見つけて見せると。

 

 ……そうじゃないと信用出来ないもんな。

 

 俺は、他の男と比べられて、常に自分が選ばれる何てことを考えるほど、自分の魅力に対して自惚れてはいない。

 むしろ、前世で一度も恋人が出来なかったことを考えれば、比較されたときに俺よりも他の奴を選ぶ可能性の方が高いと考える方が自然だ。

 だからこそ、俺でなくてもいい奴が、俺以外とも深い関係を築ける奴が、俺のヒロインで在り続けてくれるとは思えない。

 

 その点を考えると攻略対象が根本的に対象外になる理由がよく分かる。

 何故なら、攻略対象達はアレクと言う他の男と深い関係を築ける存在であり、そうでなかったとしても、レオナルドに対するクレアのように、イベントを攻略した相手なら誰とでも関係を築ける相手だからだ。

 

 誰でもいいならきっと其奴は俺を選ばない。

 銀仮面ファンクラブや、イベントを攻略したことで俺に惚れてしまった、来幸やエルザもそうだが、今は助けた相手が俺しかいないから、俺の事を好いたままで居続けてくれるだろう。

 だが、ここから先の未来で、アレクがルーレリア学園に現れて攻略対象達と仲良くなったり、或いは何かしらのイベントが起きて、俺やアレク以外の誰かがそのイベントをクリアして攻略対象達の目にとまるようなことが起こったらどうなる?

 

 同じ条件に立った時、俺はその相手に勝つことが出来るのか?

 俺はこう思ってしまう、それは無理だと。

 

 そもそも、イベントの攻略だって他人から奪った代物だ。

 何一つ俺の魅力で落としたわけではない相手に、どうやって俺の事を好きで居てもらい続ければいいと言うのだろうか。

 

 相手は本来の自分の姿でヒロインを魅了できる奴なのだ。

 ゲームをなぞったことで、好きになってしまっただけの、紛い物の魅力では、どう足掻いたって太刀打ち出来るわけがない。

 

 ……こういうことを気にしなければ、幸せになれるんだろうけどな……。

 

 多くの物語のように、愚直にヒロインを得ることを喜べるのなら、きっとこんなことを気にしないで楽しく過ごせるのだろう。

 

 だが、前世の非モテだった経験が俺にそれを許さない。

 過去の出来事としてモテないことを強く実感しているからこそ、俺は目に見える形で示される、俺に対する相手の好意に、どう足掻いても疑いの目を持ってしまう。

 

 ――それは本当に俺に対してだけの好意なのかと。

 

 こう思ってしまうのは、自分でもどうかと思わないこともないが、それでもこれがこれまで生きてきた俺という存在が思ってしまう考えなのだ。

 結局、自分の心には嘘をつけないのだから、俺はこの考えに向き合って、その上で自らの求めるものが得られるように生きてくしかない。

 

 だからこそ、俺は俺だけのヒロインが欲しいのだ。

 

 他の奴では絶対に無理で、俺でなければならないヒロイン。

 他の相手と比較することもなく、俺だけを愛し続けてくれるような存在――。

 

 俺だから好きになってくれた。

 それこそが、俺が求める絶対的なもの。

 

 恋愛をする誰もが思っている自分だから愛されたという気持ち。

 そう言う気持ちに対する思いが、俺はきっと人一倍強いのだ。

 

 思えば俺がボーイミーツガールが好きなのもそう言う部分なのかもな。

 ふと、そんなことを俺は思う。

 

 多くのボーイミーツガールの物語では、主人公とヒロインは彼らでなければ体験出来ないような特別なイベントを共に過ごすことになる。

 そうしてそのイベントの中で少しずつ仲を深めていき、やがて二人は愛し合うようになって物語はハッピーエンドを迎える。

 

 尊い――思わずそう思ってしまいそうになるほどの純然たる愛。

 それこそが、俺が何よりも羨む恋愛だ。

 

 彼らの関係には代わりなんてものはあり得ない。

 主人公もヒロインも、彼らでなければその物語は紡げなかった。

 だからこそ、彼ら自身が愛し合うことになるのは自然だし、そんな彼らがその相手以外の奴を好きになるなんて決してあり得ない。

 故に描かれることが無かったハッピーエンドのその先だって、彼らは幸せに愛し合う事が出来たんだろうなと想像することが出来る。

 

 誰でもいいわけじゃないからこそ、その未来は保証されているのだ。

 絶対的に幸せなものになると――。

 

 ギャルゲーとかラノベとかを読んで、俺が楽しんでいたのはそう言う部分だ。

 物語を読む過程で主人公に感情移入し、ヒロインとの替えの利かないボーイミーツガールな日々を堪能することで、読者である俺自身も、自分だけのヒロインを手に入れたような気分を味わうことが出来る。

 

 それこそが俺がボーイミーツガールが好きな理由だ。

 だが――。

 

 こうして物語の世界に転生して実感した。

 結局それはただの代替行為だったんだって。

 

 俺と主人公は違う。

 それなのに俺は主人公になったつもりで物語を楽しんでいた。

 ヒロインとの掛け替えのない日々を堪能し、そのヒロインのことを推しとして好きになったり――まるで自分のもののように物語に興じていたのだ。

 

 主人公という俺と違った他人のものだと言うのに――。

 

 他人のものを好き勝手に使って、まるで自分のもののように誇って、そしてそれで必死に満たされた気になる――改めて考えると滑稽なことだ。

 

 だって、結局俺は何も得られてなんていないのだから……。

 

 物語の世界を物語として見られていた前世の頃なら、きっと俺はこんな考えに到ることは無かったと思う。

 だけど、実際に物語の世界に転生した今となっては、物語の主人公は読者である俺とは別人なんだなと強く実感することになってしまった。

 だからこそ、そんな考えが頭をよぎるようになってしまう。

 

 そうしてそれに気付いてしまったからこそ、前世の頃のようにギャルゲーやラノベなどを楽しんで、恋愛出来ないことに対する慰めにすることはもう出来ない。

 だって、それは俺のものではない偽物だともう知ってしまっているから……。

 

 だからこそ、俺は、俺は本物が欲しい……!

 

 誰かのものではない俺だけのものを……!

 心から俺が誇れる俺だけの理想のヒロインを……!

 

 そうだ。どれだけ困難があっても手に入れなければならない。

 だって、俺はもう、偽物じゃ満足出来なくなってしまったのだから。

 

 俺は必ず――俺だけの理想のヒロインを――。

 

「お兄様? お兄様?」

 

 レシリアのそんな声が響いてくる。

 

「ん? どうした?」

「さっきからレシィが話しかけてるのに、全然反応してくれないから」

「すまん。ちょっと考え事をしていた」

 

 俺は素直にそう謝った。

 家族の話から思考が明後日の方向に飛んでいたようだ。

 

「考え事って、何を考えてたの?」

 

 レシィが素直にそう聞いてくる。

 俺はそれに少し戸惑って、誤魔化すように考えていたことと別のことを話す。

 

「もう三日目だし、そろそろノルンの両親の捜索の方も進展がないと、不味いかも知れないと考えていただけだ」

 

 俺はそこまで言ったところで捜索の役目を負っていたメンバーに聞く。

 

「そう言えば、今日の成果はどうだったんだ?」

 

 俺のその言葉にユーナが少し言い辛そうにしながらも答えた。

 

「今日もそれらしい人物はいなかったです」

「これで三日連続で成果ゼロか……」

 

 俺は難しい顔をしながらそう呟いた。

 

 ノルンを見つけてからもう三日。

 さすがにそろそろ、ノルンの両親が動き出していないとおかしな時期だ。

 

「何処から流れてきたのかは知らないが、竜なら一日もかからずにここまで来ることは出来るだろうからな……三日も動きがないとなると……」

「ノルンのご両親に何かあったということですか……」

 

 俺の呟きに心配そうな顔をしながらルイーゼがそう返す。

 

「その可能性が高いな」

「それなら、少し早いですが、竜の隠れ里を探しに行きますか?」

「……いや、もう少しだけ様子を見よう。問題自体を自分達で解決して、ここに来る可能性も否定出来ないしな」

 

 来幸の提案に対して、俺は少し考えてそう答える。

 

 竜の隠れ里を探しに行くのも時間がかかる。

 下手に行き違いになる可能性を出すよりかは、元から決めていた日数待って、こちらに来る可能性はないと判断してから動き出した方が良いだろう。

 

 それに緊急を要する事態――黒い竜の襲撃が起こっているのなら、どちらにしろもう手遅れだろうから、そこまで急いで行動する意味はない。

 だからこそ、竜達が解決出来る問題が起こっているという前提で、ここは行動した方が良いと判断したのだ。

 

「結局、朝と同じ事をしろってことね」

「今度はきっと見つかると思いますわ!」

 

 そんなやる気満々のルイーゼの言葉とは裏腹に、結局その日もノルンの両親達が見つかることは無かった。

 

☆☆☆

 

「朝から晩まで……さすがにちょっと気疲れするな……」

 

 その日の夜、エルミナで取った宿の一室に戻った俺は、一緒にその部屋に入ってきたノルンを見て思わず呟いた。

 

 父親枠に入るためとは言え、自分を脅かすかも知れない存在と、常日頃から行動を共にするのはさすがに神経を消耗する。

 

 今のところは上手くいっていると思うが、下手な発言をして父親枠から外れてしまえば、その後は逆レイプロリドラゴンと化したノルンに狙われ続ける日々を送ることになってしまうかも知れないのだ。

 だからこそ、絶対に失敗するわけにはいかないし、それを考えれば普段のノルンとの付き合いですら、緊張しながら行う事になるのは当然の流れだ。

 

「きゃいきゃい!」

「気楽なもんだな此奴は」

 

 何も考えずにはしゃぐ様子を見せるノルンに思わずそんな言葉が漏れる。

 

「ま、ある意味、この気楽さが動物の良さなのかもな」

 

 俺はそんなことをふと思った。

 

 前世では恋人を作ることを諦めてペットを飼い始めたら負けな気がしていたから、ペットを飼うということをしてこなかったが、実際に飼っていたらこう言ったマイペースな動物の姿に癒やされていたのかも知れない。

 

「こう言う行動の意図とかも、自分で勝手に決めつけられるしな、それにそれが間違いだって指摘されることもない」

 

 ノルンは今俺の手にスリスリと体をすり寄せているが、これだって実際は「此奴嫌いだから鱗で刺そう」という考えの行動かも知れない。

 だが、ノルンが人の言葉を喋れない以上、それが真実であったとしても、その事を俺達人間が知ることもなく、俺達は勝手に俺に懐いているからこういうことをしているんだろうと解釈して、その行いを楽しむことが出来る。

 

「恋人を作るのを諦めた人がペットに逃げる理由がよく分かる。自分で自由に意図を決めつけられるから、絶対に裏切られないもんな」

 

 人と人との関係なんて隠し事や裏切りの連続だ。

 そして、それはお互いの愛が必要となる恋愛ではより顕著になる。

 手酷い裏切りを喰らって恋愛を信じられなくなった者が、絶対に裏切らないペットへと依存していってしまうのは、仕方の無い流れなのかも知れない。

 

「もっとも、此奴は人化するから、後々その前提は崩れるわけだが」

 

 娯楽作品とかで安易な人化が嫌いな人の気持ちが今ならよく分かる。

 これまで自分勝手に決めつけて都合のいい夢を見れていたのに、人化して人の言葉を話せるようになれば、それが出来なくなるどころか、これまでの夢も含めて全部ぶっ壊される可能性があるわけだしな。

 

 そりゃ、恐怖を覚えて仕方ないって話だろう。

 

 俺だって、父親枠に入るという計画が上手くいっているというのは俺の決めつけで、実は既に計画が失敗しているという事実を突きつけられるかも知れないと考えると、此奴が人化した時のことが恐ろしくなってくるからな。

 

「まあ、生まれたばかりだし、俺が育てている間は人化しないか」

 

 俺はそんな風に思い直した。

 

「ともかく、此奴が育ちきる前にさっさと、此奴の両親に返したいところだ」

 

 さっさと仕事を終わらせて解放されたい……。

 そんな思いから、俺はそう一言呟いた。

 

☆☆☆

 

 そして次の日――。

 

「パパ! パパ! ボク、お話出来るようになったよ!」

「はは……ルイーゼの言う通り、竜族って知能が高いんだな……」

 

 俺は朝起きたら見事に人化していたノルンを見て、あまりにも早いフラグ回収に、思わずそう思った。

 




 結構難産でした。
 ここだけで何日もかかっちゃいました……。

 『学園生活への期待』の話とかで、ミリーとかの好意を勘違いしてたりするのに、相手の好意を疑ってしまうと言う話が出るのは、おかしくないと思うかも知れませんが、それは自分からだと「もしかしてこの人、俺の事が好きなんじゃ……」と相手の行動を見て、好意を勘違いするわりに、相手から実際に「好きです」などの直接的で明確な好意を言われると、「俺を好きなんてそんなことあるはずない。此奴は俺を騙しているんじゃないか?」と疑い初めるという、非モテが自然と手に入れてしまう、悲しいメンタルによる、面倒くさい考えによるものです。


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腐敗と背徳の帝国

 今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。



 

「ノルン。女の子には貞淑さが必要なことは分かるよな?」

「ん~?」

 

 ノルンの薄い反応に俺は頬を引き攣らせて言う。

 

「……もう、何度も説明していることだけど、貞淑の意味は分かるよな?」

「貞淑? ……ごはんのこと!」

「それは定食! だぁ! クソ! 何故、そうなるんだ!?」

 

 ノルンを育て始めてから七日目、俺は教育に失敗していた。

 

「これで何回目だ! 毎回毎回、貞淑とは性的なことに身持ちが堅く、清い体を維持し続ける事だと教えているというのに! 何故、覚えてくれない!」

 

 俺は思わず頭を抱える。

 ノルンが人化したことで俺達は意思疎通が出来るようになった。

 

 生まれてすぐのこの時期に人化したことについて、最初は滅茶苦茶驚いたものの、ノルンが俺をしっかりと父親枠と認識してくれていたので、これを利用してノルンに貞淑な淑女としての教育を始めたのだ。

 だが、結果は見ての通り、ノルンは一向に俺の教育を理解してくれない。

 

「フレイ、もうこれは無理なのです!」

「いや、諦めるにはまだ早い! それにシルフィーだって、ノルンがエルフのようになるのは嫌だろ!?」

「それはそうなのですが……どれだけ教えても手応えがないのです!!」

 

 俺と同じように頭を抱えながらシルフィーがそう叫ぶ。

 

 ノルンへの教育を施しているのは俺とシルフィーだ。

 真っ当な恋愛観を持っている俺達こそが、ノルンに淑女としての教育を施すに相応しいと、意気揚々と教え始めた俺達だったが、見事にその全てで失敗して、二人揃って頭を抱える羽目になったのだ。

 

「だが、これ以外のことはするすると学習しているんだぞ!? なんで、貞淑さに関する事だけ、此奴、頭がいいはずなのに……!」」

「貞淑さというのは人の文化が生み出したものだから、竜などの人の文化から離れた存在には上手く意図が伝わらないのかもしれないのです」

「クソ……! なら別の方向から攻める……!」

 

 俺は考えを改めて、再度ノルンへと向き直る。

 

「いいか、ノルン。人であろうと竜であろうと、誰彼構わずつがいにするのは良くないことなんだ」

「ん~? なんで?」

「それはな。適当に選んだ関係は長続きしないからだ。つがいっていうものはこれからの人生に必要な一生物の相手なのに、自分を裏切って別の相手の元に行ってしまうような奴を選びたくなんかないだろう?」

「確かにそうかも?」

 

 自分の元から去って行く相手を想像したのか、少し嫌そうな顔をするノルン。

 それを見ていけると考えた俺は、更に話を続けていく。

 

「だからこそ、自分に取ってただ一人の運命の相手を探すことが重要なんだ。そしてその運命の相手への礼儀の為に、清い体で居続けることが大切なんだよ」

「運命の相手?」

「ノルンが愛し合うべき存在のことさ」

 

 そう、ヒロインであるノルンの運命の相手――主人公であるアレクのことだ。

 

「俺はな、父親として、ノルンがそう言う相手と愛し合って、嫁に行く姿を見ることが出来れば嬉しいんだよ」

「ふ~ん」

 

 普通の父親ならむしろそうなることを嫌がるのだろうが、さっさとアレクとくっ付いて欲しい俺からすれば、むしろさっさと嫁に行って欲しいと言うのが本音の為、俺は心からの言葉でそれを語る。

 それに対してノルンは理解しているのかしていないのか、よく分からない態度で言葉を返す。

 

「フレイ様、戻りました」

 

 そうこうしていると、来幸達が宿に戻ってきた。

 それを見た俺は、ノルンへの教育を中止して、来幸に話しかける。

 

「今日の成果は?」

 

 俺の言葉に来幸は首を振った。

 

「今日も駄目か……当初の予定通り、竜の隠れ里を探すしかないな……」

「帝都に行くんですの?」

「それが一番だろうな。帝城の資料室になら、情報があるかもしれないんだろ?」

「実際には確認してみないと分かりませんが、恐らくあると思いますわ」

「それなら、それが一番だ。現状何の手がかりも無いわけだからな」

 

 俺はそこまで言った所で、ルイーゼとシルフィーに聞く。

 

「俺達は、俺が保持する転移の魔道具で一気に移動するけど、そっちはどうやって帝都まで移動するつもりだ? そもそも、ここに来るときには何で来た?」

「拙達は帝都に居た時空魔道師の転移で来たのです」

「ダーリンの転移に人数制限がないのなら、わたくし達もダーリンの転移で一緒に連れて行って欲しいですわ」

「よし、分かった。それじゃあ、俺の転移で全員で移動するか」

 

 俺はそう話を纏める。

 そして移動を始める前に、取り寄せで様々な衣服や、薬品を手元に用意した。

 

「師匠? これは何ですか?」

「帝都ともなれば、フェルノ王国の王女であるユーナを知っている者がいるかも知れないだろう? それに俺とレシリアの銀髪は目立つからな。帝都で活動するのなら、最低限変装をしておいた方がいいだろう」

 

 フェルノ王国から見てエデルガンド帝国が仮想敵国であるように、エデルガンド帝国から見てもフェルノ王国は仮想敵国だからな。

 そこを王女であるユーナや、聖女であるレシリアが、何の変装もせずに帝都で行動していたら、帝国側に何されるか分かったものじゃないし。

 

「なるほど、確かにそうね。それならあたしも一応変装しておこうかしら。まあ、アンタ達ほどの価値はあたしにはないけどね」

 

 そう言うとエルザは変装道具を手に取って物色し始めた。

 それと同じように他の面子も次々と変装道具を手に取って、自分なりのアレンジで自らの姿を変えていく。

 

 そして――。

 

「完成だ! 題して神威列島から来た兄妹の旅行者!」

「旅行者!」

 

 俺はレシリアと共にどや顔でポーズを取る。

 俺達はお揃いで今回の変装のコーディネートを行っていた。

 

 目立つ銀髪を青色で染めて、神威列島で一般的な……簡単に言ってしまえば和服のような服装に身を包み、俺は侍と言った風貌に、そしてレシリアは町娘というような風貌に変装したのだ。

 

「ボク! ボクも! 旅行者!」

 

 髪色を変えていないものの、ノルンも同じように和風な服装で決めている。

 

「アンタ達、変装だって言うのに、そんな目立つ格好で如何するのよ」

 

 そう言って無難な帝国風の衣装をしてきたのはエルザだ。

 こうしてみると完全に帝都に住んでいる平民の娘にしか見えない。

 

「俺達は髪を染める必要があるからな。不自然さに気付かれないようにするためにも、そこに意識を向けさせないような変装が必要なんだよ」

 

 俺はエルザの言葉にそう返す。

 

「確かに師匠達はそうかもしれませんね。わたしとエルザさんは、帝国でも王国でも、どちらでもそれなりに同じ髪色の人はいますから、こうして服を変えるだけで、その国の人間になりすますことが出来ますし」

 

 エルザと同じように目立たない帝国風の衣装をしたユーナがそう答える。

 

「その理屈を考えるなら、そこのメイドも、フレイ達と同じように神威列島風にした方が良かったんじゃない?」

「メイド姿の方が、暗器を隠せますから」

 

 帝国で使用されているメイド服に身を包んだ来幸がそう言う。

 髪は黒から青に染めているものの、メイド服姿は普段とあまり変わらない。

 

「暗器って、涼しい顔で恐ろしいこと言う女ね」

「主の為に、戦える準備をしておくのは、専属メイドの務めなので」

「師匠なら一人で何とか出来ると思いますけど……」

「そうかも知れませんが、それと準備を行わないことは別の話です」

 

 そうきっぱりと言った来幸の言葉にシルフィーが頷く。

 

「確かにその通りなのです。従者たるもの、常に万全の態勢を整えていけなければならないのです」

 

 そんなシルフィーとルイーゼに向かって俺は言う。

 

「そっちの二人は変装はいらないだろうし、ひとまずこれで全員変装完了か。それじゃあ、全員互いに手を握り合ってくれ、帝都へ転移するぞ」

 

 俺がそう言うと全員が手を繋ぎ合う。

 それを確認してから俺は言った。

 

「よし、それじゃあ、帝都へ転移だ」

 

 そうして俺達は帝都へと転移した。

 

☆☆☆

 

「ここが帝都……! さすがにフェルノ王国の王都よりも発展してるわね……」

 

 悔しそうにエルザがそう口に出す。

 

「ああ、確かにそうだな……」

 

 俺はそれに同意しながら周囲を見渡した。

 フェルノ王国の王都に初めて行った時も思ったが、ドット絵で簡略したマップが表示されていたゲーム時代と違って、やっぱり実物で見ると色々と迫力があるし、ゲームのマップ上では表現されていない部分の情報とかも多いな。

 

 俺やエルザ以外のメンバーも、もの珍しそうに周囲を見ている。

 

 世界一の大国の呼び名は正しく、様々な種族の者達が歩き回り、様々な国の商品などが次々と運び込まれ、そして活発な売り買いが行われていく。

 活気あるその姿は、この国が腐敗と背徳の国と言われ、落ち目になっているということを忘れさせるほどのものだ。

 

「と、帝都観光している場合じゃないか。帝城は帝都の中央にあるんだよな?」

「はい。このまま、中央通りを真っ直ぐ行けばつきますわ」

「よし、それじゃあ、行くとするか」

 

 俺は全員にそう声を掛けて歩き出す。

 そうしてしばらく歩いた頃――俺達は一際目立つ建物を見つけた。

 

「な、なんだあれは?」

 

 中世ファンタジーに突然歌舞伎町が出現したかの如く、ゴテゴテのネオンの装飾がなされた城のような華美な風貌の建物、奥に見える帝城よりも目立っている謎の建物に、俺も含めて全員が思わず絶句する。

 

「ええっと……あれは……」

 

 俺達の視線が集まったことに気付いたルイーゼは、言い辛そうにそう口籠もる。

 そして、ちらりとシルフィーを見た後に、困った顔をしながら言った。

 

「あれは……帝都に住むエルフの方々が行っている商売の建物ですわ」

「……エルフの商売?」

 

 思わずと言った風にエルザがそう問い返す。

 それに対してルイーゼは顔を真っ赤にしながら答えた。

 

「エルフの方とお話をしながらお酒を飲んだり、エルフの方とエッチなことをしたりする場所ですわ!」

「つまりは、エルフが相手をしてくれる、キャバクラであり、ホストクラブであり、娼館でもある場所ってことか」

 

 俺は思わずと言った形でその建物を見る。

 よくよく見てみると、現代におけるラブホテルとかキャバクラとかであるような、怪しい雰囲気を纏ったお城のような建物に見えてきた。

 

「キャバクラ……? ホストクラブ……? 何それ?」

 

 キャバクラやホストクラブに聞き覚えのないエルザがそんなことを口にする。

 

「さっき、ルイーゼが説明した通りのものことだよ。綺麗なお姉さんやお兄さんが、客席について接待して貰いながらお酒を飲む店のことだ。お酒を楽しむというよりもそのお姉さんやお兄さんとの時間を買いに行くと言った感じのもので、店によっては同伴って形で店外デートに付き合うアフターというのもあるとかなんとか」

 

 俺は前世で聞いたうろ覚えの知識でそう語る。

 

「……詳しいのね? こう言う場所、言ったことあるの?」

 

 エルザが疑いの目を向けながらそう聞いてくる。

 それに対して俺は心底心外だという気持ちで答えた。

 

「まさか! 俺だけのヒロインを探す俺が、こんな場所に来るわけないだろう。あくまで話を聞いたことがあるってだけだ」

「……ま、アンタはそう言う奴よね」

 

 俺の言葉にエルザは納得したようにそう言う。

 俺はそれを聞いた後、気になることを思わず呟いた。

 

「それにしても……これはこんな中央通りのど真ん中にあっていい店なのか?」

 

 前世の世界でもそう言った店は、子供達への影響を考えて、設置出来る場所が限られていて、学校の周りなどでは作れないようになっていた。

 実際に、学校の周りに出来た場合は、トラブルになって、ニュースとして取り上げられるなんてこともあったほどだ。

 それを考えれば、この施設は、こんな誰もが通る大通りのど真ん中に、あっていいような施設では決して無い。

 

 その時、俺は大通りで施設をじっと見つめる男の子に気付いた。

 へっぴり腰で股間を押さえたような姿勢が気になり、その男の子の視線の先に目を向けると――ガラス張りの窓の奥にエルフらしい美貌を持った全裸の美少女が居て、その体の一部を白い液体でテラテラと汚しながら、男の子に笑顔で手を振っていた。

 

「ちょ、まっ!? おい! あそこに裸のエルフがいるぞ!? 子供の教育に悪すぎるだろ!? 何でこんなのを放置しているんだ!?」

 

 それを見た俺は思わずそんなことを叫び、ルイーゼにそう言って詰め寄る。

 

「そ、それは――」

「あっ! あの男の子が……!」

 

 ルイーゼが何かに答えようとする前に、ユーナが状況の変化を呟く。

 

 俺達が見る前で、男の子の元に笑顔でエルフの少女が近づく。

 シルフィーと同じ位の、子供と言っていい風貌のそのエルフの少女は、男の子と何度か言葉を交わすと、男の子がポケットから出した十枚の銅貨を受け取り、そのまま笑顔で男の子の手を引っ張りながら路地裏に消えた。

 

 そしてその直後、パンパンと何かがぶつかる音ともに、男の子とエルフの少女のあえぎ声が大通りに響き渡った。

 

「……」

 

 あんまりな状況に全員が絶句して無言になる。

 そうしている間にも、町娘とみられる少女が、エルフの男と楽しそうにしながら、男の子達が致しているであろう路地裏へと消えていき、そして大通りに新たなあえぎ声が響き渡るようになった。

 

「えっ……と……なにこれ?」

 

 俺は思わずそんな言葉しか出ない。

 いや、どう言う状況になっているのかは分かる。

 

 ようは、さっきの男の子も、町娘とみられる少女も、どちらもエルフを買って、それでそこの路地裏でそう言うことをし始めたということなのだろう。

 

 でも、そんな事がこんな往来で普通に起こっていいことなのか?

 状況を理解出来ても、頭がそれを理解出来ずに、思わず唖然とするしかない。

 

「こ、これが帝都の現状ですわ……」

 

 そんな中でルイーゼがそうぽつりと呟いた。

 

「帝都でエルフが自由に行動するようになってから、帝都の風紀はこのように乱れまくってしまっているのですわ……」

 

 いや、風紀が乱れてるって言葉で片付けていい問題か? これ?

 

「あのようにエルフキャッスルでの行為を見た者達が、エルフキャッスルに所属していない個人の安いエルフを買い、所構わずその辺で致してしまうことで、多くの人がその行為の音を聞いたり、行為自体を見てしまったりしてしまうのですわ」

「それでその行いを目撃して興奮した奴らが、エルフキャッスルに行ったり、或いはそこらの個人エルフを雇って、更に行為に耽るようになると」

「そうですわ。エルフによる相乗効果が起こってるんですわ」

 

 嫌な相乗効果だな、おい。

 

 いや、確かに効率的な手ではあるんだろう。

 往来で美少女や美少年がやっている姿を見れば、男だって女だって興奮して溜まるものが溜まって、それを発散したくなってしまう。

 そうして、そこに美形であるエルフが格安でやれると現れれば、先程の男の子のようにお金を払って、その場でやり出すものが居てもおかしくない。

 

 勿論、普通に考えれば往来でやるなんてことは嫌がるものだろうが、この様子を見る限りそれが常態化してしまっているようだし、他の奴らも同じように往来でやっているのなら、気にせずに自分もやってしまおうと考えても不思議では無い。

 ……いや、もしかしたら往来でやること自体が言いスパイスになるとか、やっている当人やエルフ達は思っているのかも知れない。

 

「ソドムとゴモラかよ……何と言うか……終わってんな……」

 

 前世での神話の中で出てきた悪徳の街を思い出すような状況だ。

 今にでも天罰によってあっさりと滅ぼされそうなほどの退廃さで、これを正常化していくのは、途方もない苦労がいるだろう。

 

 俺がそんな事を考えているとルイーゼが続けるように言う。

 

「それに乱れているのは風紀だけではないのですわ……」

「は? まだ何かがあるって言うのか?」

「往来での行為も問題ですが、エルフキャッスル自体にも問題があるのですわ」

 

 そう言うとルイーゼはエルフキャッスルを見ながら言う。

 

「あの店では往来のエルフと違って、多彩な技に秀でた優れたエルフが接待をしてくれたり、どんなエッチなことでもしてくれるのですわ」

「……まあ、そう言う店だろうからな。だが、往来でやるよりかはマシだと思わないこともないが?」

 

 もう感覚が麻痺しそうだが俺は言い返す。

 少なくとも周りの被害という面では少なそうだと考えた俺の意見に対し、ルイーゼは首を振ってその認識が間違っていると伝える。

 

「そう言う高級なお店だからこそ、そのエルフ達に気に入られようと、喋ってはいけない情報を喋ってしまい、結果として享楽主義で口の軽いエルフ達によって、あっと言う間に帝都中に情報が広まってしまうということが起こっているのですわ」

「それは……」

 

 企業秘密をおっさんがキャバクラで喋っちゃったら、DQNなキャバ嬢達がそれをあっと言う間にネットに拡散しちゃったみたいなことか。

 

 確かにこの状況なら起こってもおかしくない問題だ。

 

「それにそれだけではなく、エルフキャッスルは高級店であり、利用するための費用もかなり高額なものになっているのですわ。その費用を賄うために横領や賄賂などの裏取引に手を出す者が後を絶たず……気付けば帝都では、不正と裏取引が蔓延するという事態になってしまっているのですわ……」

 

 エルフの快楽で染められた利用者が、高級店であるエルフキャッスルを利用する為に、犯罪を犯してまで金策を行っているってことか。

 

 て言うかそれって――。

 

「帝国の腐敗と背徳の原因って――此奴らエルフかよ!?」

 

 俺は思わずそう叫んだ。

 どう考えても帝国が腐りきっている元凶はこの長耳どもだ。

 

「同胞が……同胞がご迷惑をかけて! 本当に申し訳ないのです!!!」

 

 俺の叫びを聞いたシルフィーが地面に頭を擦り付けるように土下座をする。

 その必死な謝罪を見て、俺は焦りながらも、シルフィーに向かって言う。

 

「悪いのはあそこにいるエルフ達で、お前が悪いわけじゃないだろ? そんな風に土下座をしてまで、シルフィーが謝るようなことじゃない」

 

 俺のその言葉にルイーゼが続くようにして言う。

 

「そうですわ、シルフィー。それにエルフ達も何も全てが悪いと言うわけではありませんの。帝国の魔法技術や薬学はエルフ達の手で大きく向上しましたわ」

 

 帝国にやってきたエルフ達は遊ぶ金欲しさに様々な仕事を始めた。

 多くは手っ取り早く金を稼げる性風俗業を始めたが、一部のエルフ達は魔法や薬学などの自分達の知識を売り飛ばしており、それによって帝国の魔法技術が向上し、薬学などが大きく発展したのは事実なのだ。

 

「それに舞台役者などの芸能関係や、様々な流行を広める広報関係の仕事でも、その恵まれた容姿を活かして活躍を行って――。……まあ、それのせいで、このようなエルフの暴挙を止められず、むしろエルフに賛同して流される人々が増える結果になってしまってはいますが……」

 

 あれ? おかしいな? エルフのフォローのターンだったはずなのに、あっという間にフォローじゃなくてやらかしの話に変わってしまったぞ?

 

「と、ともかく、シルフィーのせいではありませんわ! 貴方はわたくしの従者、貴方の気高い精神は、わたくしがしっかりと理解していますわ!」

「う、う……。姫様~!」

 

 涙を流したシルフィーはルイーゼと抱き合う。

 主従との感動的な場面、だがそれを気にせずにレシリアは言った。

 

「結局、何の問題も解決出来てないってことだよね?」

「うっ!」

 

 致命傷を喰らったかのような声を出すルイーゼ。

 確かに感動的なノリで騙されそうになったが、結局のところエルフどもは野放しになっていて、この退廃的な帝都の状況は完全に放置されてしまっている状態だ。

 

「わ、わたくし達も何とかしようと方々に働きかけているのです。ですが高級店であるエルフキャッスルを利用するのは政府の高官が多く、その全てがエルフ達に取り込まれてしまった状態になっていて、帝都の民達も流行の発信者であるエルフ達の味方をしてしまうので、完全に八方塞がりな状況なのですわ!」

 

 国の中枢も、国民人気も、エルフに押さえられているという状況。

 それによって、エルフ達は皇女であろうとも、迂闊に手が出せない巨悪へと既に変化してしまっていたのだ。

 

 そのルイーゼの言葉を聞いて俺が純粋に抱いたのは危機感だった。

 

「やばいな、エルフ」

「やばいですね」

「やばいわよね」

 

 フェルノ王国の王女であるユーナと、領地持ち貴族である俺とエルザは、揃ってエルフの危険性を再認識する。

 

 観光地はエルフが入ってこないように規制しないといけない?

 その程度の生易しい対処法では、エルフに対抗することは出来ないのだ。

 

「……俺、フェルノ王国に戻ったら、クリスティアにエルフの入国禁止を進言することにするわ。ユーナやエルザも法令制定の為に協力してくれ」

「勿論です。わたし達の国をこんな状況にはさせません!」

「ええ、あたし達で国を守るわよ!」

 

 覚悟を決めるように俺がそう言うとユーナとエルザも頷く。

 

「今や、帝都の殆どの者達がエルフと関係を持っている状況にあるのですわ。何処にエルフの潜在的な味方がいるのか分からず、エルフに対抗する仲間を集めることすら難しい……」

 

 そこでルイーゼは俺達に縋るように言う。

 

「ですが、他国の者であるダーリン達なら、エルフに取り込まれていることはないはずですわ! そこでお願いがあるのですが、わたくし達と一緒に、この帝国を立て直す為の協力をしてくれませんか?」

 

 ルイーゼルートのお誘いですか?

 でも、ごめん、これ正直、俺には無理だわ……。

 

「ええ……。いや、確かに俺達はエルフに取り込まれていないけど、だからといって俺達じゃ、この状況をどうにかすることなんて出来ないぞ……」

 

 俺は正直にそう打ち明ける。

 

 そもそも、俺達はフェルノ王国の高位貴族の人間だ。

 帝国の政治に強く介入することは出来ない。

 仮に介入出来たとしても、政府の中枢や民集まで押さえられている状況で、出来ることなんて殆ど無いのが実情だろう。

 

 それこそ、闇魔法を使って民集の記憶や感情を操作すれば、何とかすることは出来るかも知れないが、魔法に長けたエルフが工作に気付く可能性も高いし、何よりも帝国のためにそこまでリスクを負う気にはなれなかった。

 

 だからこそ、俺はきっぱりと宣言する。

 

「だから、悪いが協力は出来ない」

「そう……ですわよね。無理を言いましたわ。忘れてくださいまし」

 

 原作でこの問題を解決してルイーゼを皇帝にしたアレクはすげーな。

 正直、俺では同じ事は絶対に無理だわ。

 

 エルフ達のせいで腐敗が広がっているにしても、それによって直ぐに致命的な問題が起こるというわけでもないだろうし、この様子ならルーレリア学園に留学した時に、同じように外部の協力者を探すだろうから、この件に関しては全面的にアレクに丸投げさせて貰おう。

 

 俺はそう心に決める。

 これはアレクのように、主人公補正でも無ければどうにもならない問題だ。

 

「それじゃあ、わたくし達は帝城に言ってきますわね」

 

 断られたルイーゼは、話を切り替えるようにそう言うと、シルフィーを伴って、エルフキャッスルの横を通り抜け、そのまま帝城へと向かって行った。

 それを見て、来幸がこっそりと俺に話しかけてくる。

 

「銀仮面として協力しなくていいんですか?」

「銀仮面でどうにかなる問題か?」

「……無理、ですね」

 

 一個人の活躍でどうにかなる範疇を超えているのだ。

 銀仮面として暗躍したところで、この国を変えられるとは思えない。

 

「それこそ、原作通り、ルイーゼの騎士になって、身を粉にして働いて、やっとどうにかなるってレベルだろう。ルイーゼをヒロインにする気がない俺としては、その選択肢を取る気は無いんだ」

 

 俺は来幸に対して明確にそう語る。

 

「俺は、ハッピーエンドの結末を知る攻略対象達には、可能な限り幸せになって欲しいと思うが、それでも結局は俺自身の幸せの方を優先する。だから、ルイーゼには悪いが、アレクが登場するまで、帝都の状況はこのままにさせて貰う」

 

 俺は去って行くルイーゼを見送りながらそう語った。

 

 俺が攻略対象達を救うのは、アレクが何処にいるのか分からないから、アレクの代わりにその役割を代行しているだけという、言ってしまえばただの慈善事業だ。

 誰も彼も攻略対象なら、俺が代わりに救わなくちゃいけないというわけでもないし、本来の運命の相手であるアレクが救うならそちらの方が断然いい。

 

「原作の開始まで一年半と少しだ。それまでの間に状況が大きく動くとも思えないし、原作が始まったら原作通りにアレク君が何とかしてくれるさ」

 

 俺は、自分が住む世界に主人公が存在しているってのは、こう言う手に負えない問題が起こった時に、全部任せられるから便利だなと思いながら、ルイーゼが資料室を確認してくるのを、他の者達と待つことにした。

 



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次なる目的地

 

 帝城に入ったルイーゼ達はそのままの足で資料室に向かっていた。

 自室に寄ったり、執事やメイドに話をしに行かなかったのは、書き置きだけを残して勝手に帝城を抜け出してエルミナに行き、そこで予定よりも長期間滞在したことを咎められないようにするためだった。

 

「何とか他の方の目に止まらずに資料室までこれましたわ」

「資料室の中にも、殆ど人はいないようなのです」

 

 資料室の中を確認したシルフィーのその言葉を受けて、ルイーゼは資料室の中へと入り、そしてそこでほっと一息を付く。

 

「シルフィー。ありがとうございます。貴方のおかげで誰にも見つからず、ここまで来ることが出来ましたわ」

「従者として当然のことをしたまでなのです」

 

 そう言ってシルフィーはどや顔でルイーゼに答える。

 そしてその後、過去を思い出すようにしながら呟いた。

 

「それにしても、エルミナの実態調査に向かって直ぐに帰ってくるつもりが、随分と長くエルミナに滞在することになってしまったものなのです」

「そうですわね。まあ、わたくし達の自業自得ではあるのですが」

 

 そう言ってルイーゼは本棚の本を手に取った。

 ペラペラと中身を見て、目的の内容がないことを確認すると、別の本を手に取り、その中身を確認していく。

 

「このまま誰とも会わずに資料を見つけて、そのままフレイ達の元に行って合流する予定なのです?」

 

 同じように本を読みながらシルフィーがルイーゼに問いかける。

 

「そうですわね。今誰かと会えば、そのまま城から抜け出せないように、監視されることになりそうですし、このまま誰とも会わないのが最善でしょう」

 

 そう語ったルイーゼは本を読むことに集中する。

 シルフィーも同じように黙々と本を探し続け、やがてルイーゼが手に取った本の内容を見て、思わず声を上げた。

 

「エルフと竜の関係性について……?」

「エルフなのです?」

 

 ルイーゼの言葉に興味を引かれたシルフィーは、本を探すのを止めてルイーゼが読む本を覗き込む。

 

「この世界に生きる長命種としてエルフと竜は古来より深い付き合いがあった」

「は、初耳なのです……」

 

 明らかに目的と関係してそうな本を言葉に出しながら読むルイーゼ。

 そして、その語られた内容にエルフでありながら驚くシルフィー。

 

「だからこそ、竜達はエルフを信用し、七彩の神が作り出した結界を通過するための許可状をエルフの里に託した」

 

 そこまで読んだところでルイーゼは一度読むのを止める。

 

「七彩の神が作った結界……? それに許可証――もしかして竜の隠れ里とは、その許可証がないと入れない場所ということですの?」

 

 疑問を口にするルイーゼ。

 それに対してシルフィーは言う。

 

「この先に、その事について記載があると思うのです」

「確かに読み進めた方が良さそうですわ」

 

 ルイーゼはそう言うと本を読み進める。

 その本は娯楽としての本というより、誰かの報告書を保存の為に、本の形式に纏めたというような雰囲気のものだった。

 その為、目的としていた情報は、思ったよりも早くルイーゼ達の前に現れた。

 

「許可証がないと竜の里に辿り着くことは出来ない。だからこそ、エルフ達から何とかしてその許可証を確保する必要がある。現在、許可証を保持していると分かっているエルフの里は帝都側の森林にあるカルミナクの――」

 

 その時、資料室の扉が音を立てて開いた。

 

「――っ!?」

 

 驚いたルイーゼとシルフィーはそちらへと目を向けた。

 そこにいたのは老齢の騎士姿の男――アリシアの攻略対象の一人でもある、エデルガンド帝国近衛騎士のセルゲイだった。

 

「皇女殿下――何故このような所にいらっしゃるのです?」

 

 セルゲイは不審な目つきでルイーゼ達を見る。

 それに対してルイーゼは慌てながらも何とか取り繕った。

 

「ちょっと、歴史の勉強をしようと思っただけですわ」

「ふむ……。……失礼します。皇女殿下」

 

 ずかずかと資料室に入ってきたセルゲイは、そう言葉にするとルイーゼの手から本を奪い取ってそのタイトルに視線を向けた。

 

「エルフと竜の関係性について……今の皇女殿下が勉強するような内容ではないと私は思いますが?」

「そ、それは……エルフも竜もこの帝国の近くに住んでいる者達です。その関係性を知ることは、今後の為に役立つと思ったのですわ」

「……まあ、そう言うことにしておきましょうか」

 

 セルゲイはそう言うとルイーゼの詰問を取りやめた。

 それに対してルイーゼはほっと胸をなでおろす。

 

 セルゲイは近衛騎士としてルイーゼの護衛を多く担当しており、それだけではなく教育係としてルイーゼの武術や座学の教師を担当したこともあった。

 その為、皇女であるルイーゼでも頭が上がらない相手なのだ。

 

「皇女殿下の奔放っぷりは今に始まったことではありませんが……。ここのところ目に余りますな。勝手にエルミナにバカンスに行ったきり戻らず、本来行うべき教育が行えていないと、教育係達が言っておりました」

「そ、それは……そうですけど……いえ、そもそもわたくしは、バカンスに行ったのではなく、エルミナの実態を調査しに行ったのですわ。ですので、これは立派な皇女としての公務ですわ!」

「……まだ帝都に巣くうエルフ達を何とかしようとしているのですね」

 

 セルゲイはそう言ってため息を付いた。

 それに対してルイーゼは、セルゲイのその態度に憤慨を露わにする。

 

「何ですの!? その態度は! 帝都の腐敗は帝国が解決しなければならない問題ではないですか! それなのにそんなやる気のない態度を見せて!」

「皇女殿下のお気持ちは分かります。ですが、貴方がそれをやる必要は無い」

 

 セルゲイはルイーゼの怒りを受け流し冷静に答える。

 

「貴方はこの国の皇女ではありますが、成人を迎えたばかりで何の力も持たないただの少女でもある。そんな貴方がエルフのような巨悪を相手に、あれやこれやと動き回ったところで、何も解決出来ないどころか、状況を悪くするだけです」

「それは――」

 

 ルイーゼが何か言うよりも先にセルゲイは続けるように言う。

 

「そんなことに時間を費やすよりも、習い事に時間を費やし、知識や礼儀作法を磨くことを優先なさってください。皇女である貴方はいずれ他国に嫁いで王妃となり、その国を帝国の為になるように動かさなければならない立場になる」

 

 セルゲイはルイーゼに言い聞かせるように言った。

 

「知識が無ければ他国を操れない。エルフなどに構って無駄な時間を過ごす余裕は、皇女である貴方にはないのですぞ!」

 

 そのセルゲイの言葉にルイーゼは押し黙る。

 だが、強い意思でセルゲイを見ると、セルゲイに対して言った。

 

「確かに皇女としての責務は理解していますわ! でも、それでも! 皇家に生まれた者として! この帝都に生きるものとして! 目の前にある国を蝕む腐敗を、見捨てておくことなんて出来ませんの!」

「それが子供の癇癪だと私は申し上げています。皇女殿下も成人したのですから、もっと己の立場をわきまえた対応をなさってください」

 

 その言葉に対してルイーゼは怒りを露わにして言う。

 

「何もせず見ていることが立場をわきまえた対応と言うのなら、わたくしはずっと子供の癇癪で構いませんわ!」

 

 そう言うとルイーゼはセルゲイを押し抜けるように奥へと進む。

 

「行きますわよ! シルフィー!」

「はいなのです!」

 

 その中でシルフィーへと声を掛け、そのままの勢いで資料室を後にした。

 そうしてしばらく進んだところで、ルイーゼはぽつりと呟く。

 

「捕まらずに上手く逃げ出せましたわ」

「先程の態度は演技だったのです?」

「激怒して見せれば捕まえられずに済むと思ったことは確かですが、先程の態度はすべてわたくしの本心ですわ」

 

 そう言うとルイーゼは笑顔を見せて言う。

 

「誰かが動かなければ、国を良くするなんてことは出来ませんもの」

 

 帝都の腐敗の原因であるエルフ達に対して、政府の高官達が押さえられていることもあり、現在の帝国政府は何の手も打っていない状況にある。

 セルゲイはルイーゼがやる必要はないと語ったが、ルイーゼからして見れば、誰も手を付けていないのだから、自分がやる必要が無くても、国を良くするためにやらないといけないと考えているだけなのだ。

 

「姫様のそういう所、拙は尊敬するのです!」

 

 そんなルイーゼの思いを受けてシルフィーは素直な気持ちを語る。

 そしてそこまで言ったところで、ふと何かを思い出すように言う。

 

「そう言えば……」

「どうしましたの? シルフィー」

「あの破廉恥なスキルが発動しなかったと思っただけなのです」

 

 先程までルイーゼの側には男性であるセルゲイがいた。

 それなのにフレイの時のように、ラッキースケベイベントが発生しなかったことを、シルフィーは不思議に思ったのだ。

 

「確かに……ダーリンとならあれだけ発生したのに」

「もしかしたら、何らかの条件があるのかも知れないのです。それなら、その条件を見極めれば、また姫様も普通に生活出来るようになるのです」

 

 上機嫌にそう語るシルフィーの言葉を聞きながらルイーゼも考える。

 

(セルゲイの時は発生しなかったのに、ダーリンの時は発生した……どうしてですの? セルゲイとダーリンで何か違いが? それともあの破廉恥なスキルが発動するダーリンだけが、わたくしの中で特別ということなんですの……?)

 

 もしかして自分がフレイに好意を持っているから、あのようなことが起こるのではないか、そう考えてしまったルイーゼは、何故か火照りだした顔の熱さを抑えられず、考えれば考えるほどにフレイのことを思い出すのだった。

 

☆☆☆

 

 帝城の資料室――。

 

 その場に一人残ったセルゲイは、ルイーゼが立ち去っていった資料室の入口を見ながら、思わずと言った様子で一人呟く。

 

「まったく、国を憂えるいい子に育ったのは嬉しいことだが、正義感が強すぎるのは些か問題があるな。いらないことに首を突っ込み過ぎる」

 

 そして手に持った本へと目を向ける。

 

「エルフと竜の関係性について……か」

 

 それだけ呟くとセルゲイは手に持った本を魔法で炎を出して燃やした。

 セルゲイの手の中で、あっという間に本は灰となり、この世界から竜の隠れ里に関する情報が載った資料が消える。

 

「報告を行っておくか」

 

 セルゲイは灰をその場に捨てると、そう口にして何処かへと去って行った。

 

☆☆☆

 

「待っている間に情報収集をしたが……特に情報はなしか」

「さすがに一般に出回っている情報ではないようですね」

 

 俺の呟きに来幸がそう答える。

 

 ルイーゼが帝城に行くのを見送った俺達は、ただ待つだけなのも時間が勿体ないと考えて、帝都観光をしながら情報収集を行っていた。

 だが、一向にそれらしい情報は手に入らず、完全な手詰まりの状況だった。

 

「ルイーゼ達が何か情報を掴んでくれるといいんだが……」

 

 俺達はそう呟きながら帝都を歩く。

 そんな中でノルンが串焼きを行っている屋台を指差して言った。

 

「パパ! パパ! ボク、あれ食べたい!」

「よし、それじゃあ、あの屋台にも話を聞いてみるか」

 

 俺達は屋台に近づき、屋台のおじさんに話しかけた。

 

「串焼きを人数分貰えるか」

「へい、全部で30ゴルドでさぁ」

「ほい、30ゴルドだ」

 

 串焼きを受け取り、代わりにお金を渡す。

 そして、その後に俺は屋台の店主に世間話を持ちかけた。

 

「そうだ店主。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「あっしで答えられることなら答えますが……なんでしょう?」

「俺達はこの帝都に旅行に来た他国の者なんだが……」

「ああ、やっぱり他国の者でしたか、珍しい銀髪をしているから、この辺の人ではないとあっしも思っておりました」

「は……? 銀髪……?」

 

 俺は店主の言葉に続けて放とうとした言葉を止める。

 そして、直ぐにその店主の言葉を否定するように言った。

 

「何を言っているんだ? 俺の髪は青色のはずだが」

「え? 確かに途中から青くはなっておりますが……銀髪のようにあっしには見えますぜ? 青色に染めていたりしてるんですかい?」

 

 俺は嘘をついているように見えない店主の態度を見て、直ぐに取り寄せで鏡を手元に召喚し、自らの姿をそれで見た。

 

「なんじゃこりゃ……!?」

 

 すると染めたばかりの髪の半分が元の銀色に戻っていた。

 それだけではなく、時間経過とともに、青い髪が銀色に戻っていく。

 

「レシリアは!?」

「レ、レシィの方は大丈夫みたい!」

 

 その様子にレシリアも動揺しながらそう答える。

 髪を染めているのはレシリアと来幸も同じだが、その二人は何の問題もなく、自分の髪の色だけが元の色に戻っているようだった。

 

「どうしてこんなことが……」

 

 そこまで呟いたところで、俺はウライトスの言葉を思い出した。

 

 精神生命体は肉体に影響を及ぼすことがある……。

 まさか、俺が自然神になりかけているから、銀の神としての特徴である銀髪に肉体の状態が戻されてるって言うのか……!?

 

「銀髪……? あれってフェルノ王国の聖女の家の奴じゃないか!?」

 

 俺が自分の身に起こっていることに驚愕していると、ちょうど往来にいた帝国の貴族と思われる者が、俺の銀髪を見てそう叫ぶ。

 

「まずっ……!?」

「それによく見ると近くにいるのはユーナ王女じゃないか! フェルノ王国の奴らが何で変装してこんな所に!? 衛兵! 衛兵! 何故奴らを放置しているんだ!」

 

 俺の正体がバレるのと同時に、芋ずる式にユーナの正体もばれてしまう。

 そして、フェルノ王国の高位貴族が変装して帝都に侵入しているという状況に気付いた貴族の青年は、俺達を捕縛するために衛兵を呼び始めた。

 

 変装してきたのが裏目に出たか……?

 いや、元より、事前に訪問を知らせずに、俺達みたいな高位貴族が訪れてる時点で、バレた瞬間に捕縛対象になっていたか……!

 

「フレイ、どうする?」

「決まってる! 逃げるんだよ!」

 

 俺はそう言うと来幸達に触れ、転移で帝都を後にした。

 

☆☆☆

 

「クソっ! どうしてこんなことに!?」

「凄いわね。何度塗っても銀色に戻されてるわ」

 

 帝都の外へと転移して逃げた俺達。

 再び帝都に潜入するために、髪を染め直そうとしているが、幾ら俺の髪を染めても、銀色に色が戻されてしまう状況に陥っていた。

 

「師匠の体に一体何が起こっているのですか?」

「俺が知りたいくらいだよ!」

 

 ユーナの言葉に思わず俺はそう返す。

 思い当たる節はあるが、それが理由だと認めたくはなかった。

 

 まさか、本当に自然神になってるて言うのか!?

 馬鹿な!? 何でただの人である俺が、神なんかに……!?

 

「ルイーゼみたいに変なユニークジョブでも持っているんじゃない? 聖女の家系なわけだし、一つや二つあってもおかしくないと思うけど」

 

 俺の様子を見ていたエルザがそんなことを口にする。

 それに対してユーナが素直な疑問を言葉に出す。

 

「髪色が銀色になるユニークジョブの話なんて聞いたことがないですけど……」

「あたし達が知らないだけであるかも知れないでしょ? 銀髪みたい名前のユニークジョブが」

「それはどうなんでしょうか……?」

 

 あまりに安直なユニークジョブ名に思わずユーナは苦笑する。

 

「どちらにしろ、もう髪色を染めるのは無理か」

 

 俺は髪を染めるのを止めてそう呟く。

 何度塗っても銀色に戻される以上、これ以上やっても時間の無駄だ。

 

「これじゃ、帝都への再潜入は無理だな……それどころか、帝国に長居することも難しいかも知れない」

「帝都で騒動になりましたからね……エルミナなどの帝国内の別場所にも、フレイ様に関する情報が伝わってしまう可能性は否定出来ません」

 

 髪色が銀色だったとしても、基本的に一般庶民は、珍しい髪色だなと思うくらいでそのことについて気にしたりしない。

 だからこそ、エルミナにバカンスに行った時は、特に変装をしないままでも、大して問題にならずに、過ごすことが出来ていた。

 だが、さすがに帝都で騒動になり、各地へ銀色の髪の男に注意するように通達が出されてしまえば、一般庶民だって銀髪を気にするようになってしまう。

 それを考えれば、これ以上の帝国への滞在は難しいと言える状況に、今の俺達は陥ることになってしまったのだ。

 

「さっさと竜の隠れ里に行って帰るしかないな……これは。ルイーゼ達が何かしらの情報を持ってきてくれないと、マジで不味いぞ」

 

 俺は思わずそう呟く。

 そんな俺の言葉に対して来幸が言う。

 

「そのルイーゼ様達とはどう合流する予定ですか?」

「ああ……転移で逃げてきたからな……仕方ない帝都にもう一度行くか」

「師匠が行くと騒ぎになるんじゃないですか?」

 

 帝都への潜入が難しいと言った俺が帝都に行くと言った事で、ユーナがそのような疑問を口にする。

 

「俺が騒ぎを起こしている間に、他の誰かがルイーゼ達と合流して、あの串焼き屋の前までルイーゼ達を連れてくることにしよう」

「それで串焼き屋の前から、ここまで転移してくるということですね」

「ああ、帝都で騒ぎが起こっているとなると、帝都の出入りの検問も厳しくなっているかも知れないからな。皇女であるルイーゼだと抜け出すのも難しいだろうし、俺が転移で帝都の外に出す方がいいだろう」

 

 俺はそこまで言うと全員に向かって言う。

 

「と言うわけで、来幸とエルザは一緒に付いてきてくれるか? それ以外はここで待機して俺達が戻ってくるのを待ってくれ」

 

 俺の言葉に二人が頷いた後、俺は再び帝都へと転移した。

 

☆☆☆

 

「本当にびっくりしたのです。帝都の衛兵達が銀髪の男を捕らえるために、あちこちで動き回っていたので。……なんで髪色を元に戻してるんです?」

「それは今はどうでもいいだろ? それより何か情報はあったのか?」

 

 俺はシルフィーの疑問を受け流し、ルイーゼ達の成果について聞く。

 

「竜の隠れ里への手がかりは見つけましたわ!」

「本当か!?」

「ええ、竜の隠れ里に行くためには許可証が必要みたいですの」

「許可証……?」

 

 そう疑問を口にした俺達の為にルイーゼが読んだ本の内容について説明する。

 竜の隠れ里は七彩の神が作った結界に隠されており、そこに辿り着くためには結界を通るための許可証が必要だと言うこと。

 そして、その許可証は長命種として古くから交友関係がある、エルフが持っているということを。

 

「そして、許可証を持っているとされるエルフの里が――」

「……拙の故郷であるカルミナクなのです」

 

 ルイーゼの言葉に続けるようにしてシルフィーがそう言った。

 全ての情報を聞いた俺は、その内容を吟味しながら言う

 

「そうかそうか……。竜の隠れ里に行くには、エルフが持つ許可証を手に入れる必要があって、それはシルフィーの故郷にあると……」

 

 そこでポンと手を叩いた俺はシルフィーに向かって言った。

 

「シルフィー、ちょっと里帰りして、許可証を取ってきてくれ」

「いやなのです!」

 

 ほぼノータイムで放たれるシルフィーの拒絶の言葉。

 そして続けてシルフィーが俺に向かって言う。

 

「一人では絶対に嫌なのです! どうしてもカルミナクに行くと言うのなら、フレイも一緒に付いてきて欲しいのです!」

「いや、ただ実家に帰るだけなのに、俺が一緒に行く必要はないだろう? 俺達はその辺で待ってるからさ、ちゃっちゃと取りに行ってくれよ」

 

 俺はシルフィーの提案をそう言って拒絶する。

 そしてそのままその場を離れようとした俺の足に、縋り付くようにしてシルフィーが抱きつき、逃がさないと言わんばかりに引っ張り始める。

 

「お前……足を離せ!」

「いやなのです! 絶対に嫌なのです!」

 

 シルフィーを振りほどこうとするが、がっちりと抱きついたシルフィーは、なかなか俺の足を手放さない。

 そして、必死に俺にしがみつきながら、シルフィーが言う。

 

「あんなところに一人で戻ったら、何をされるかわからないのです! 同士フレイは! 拙の貞操がこんなところで奪われてもいいと思っているのです!?」

「うっ!? そ、それは――」

 

 たった一人の運命の相手を見つけて添い遂げたいと願う思想の同士。

 その夢が潰されるかも知れない状況を、同士であるお前が見捨てられるのかと、シルフィーに問いかけられ、俺は思わず言葉に詰まる。

 

 確かにシルフィーの言う通り、シルフィーが実家に戻った場合、その貞操が無事でいられるとは限らないんだよな……。

 

 シルフィールートで、悪徳領主と組んでシルフィーを快楽に溺れた普通のエルフに堕とすために暗躍していた彼女の母親を思い出し、そんなことを考える。

 

「シルフィーの言いたいことは分かる……分かるが! 俺だってエルフが大量発生しているエルフの里なんかに行きたくないんだよ!!」

 

 スペックの高い享楽主義者で倫理間がゼロのエルフ共。

 そんな奴らが大量に住んでる場所なんて碌な場所じゃない。

 

 少ししか住んでいない帝都でもあの様だったのだ。

 そんな伏魔殿に挑んでしまえば、俺だってどうなるか分からない。

 

「そんなことを言わないで付いてきて欲しいのです! 一人では駄目でも、二人ならきっと乗り越えられるのです!」

「そう言う言葉は、俺じゃなくて、君の運命の相手に行ってくれませんかね!?」

 

 プロポーズ紛いの言葉まで言って俺を道連れにしようとするシルフィー。

 俺が必死でシルフィーを振り飛ばそうとする中で、シルフィーがぽつりと呟く。

 

「夢を……諦めたくないのです……」

 

 切実な思いが込められたその言葉。

 それを聞いた瞬間に、シルフィーを振りほどこうとする俺の足は止まっていた。

 

 ここでシルフィーを見捨てるのは、俺を見捨てるのと同じ事……か。

 

 理想の相手を追い求めるシルフィーは、言ってしまえば女版の俺だ。

 そんな彼女が夢を果たせないと言う事は、間接的に俺自身も夢を果たせない可能性があると、認めることに繋がってしまう。

 

 今世で絶対に俺だけのヒロインを手に入れると決めている俺としては、それだけは絶対に認めることは出来ないのだ。

 

「……分かったよ。一緒に行く。それでいいだろう?」

「本当なのです!?」

「ああ、本当だ。だからもう泣き止んでくれ」

 

 よっぽど里帰りしたくなかったのか、ガチめに泣いていたシルフィーを見て、俺は思わずそう口にする。

 そして、自分の思いを言葉にするように、シルフィーに向かって言った。

 

「同じ思いを抱く同士……それを見捨てるなんてあってはならないことだった」

 

 同士の敗北は自分の敗北と同じ事だ。

 だからこそ、それを見捨ててしまえば、自分を見捨てることになる。

 気付いていなかっただけで、初めから見捨てるという選択肢は無かったのだ。

 

「シルフィーの言った通りだ。一人では難しくても、純愛を尊ぶ俺達二人なら、エルフのような巨悪が相手だろうと、きっと立ち向かえる! だからこそ、共に戦おう! シルフィー!」

 

 そう言って俺は手を差し出した。

 シルフィーはその手を握手をするように握るという。

 

「はいなのです! 拙達ならきっとあの里にも勝てるのです!」

 

 お互いにがっちりと手を握りしめ、そして俺は宣言する。

 

「俺達は仲間だ! 仲間は絶対に見捨てない!」

「なのです!」

「何時か、お互いに運命の相手を見つけるまで、互いに手を取り合い、協力して夢に向かって進んで行こう!」

「これは拙達の誓いなのです!」

 

 俺達は同士としての仲を更に深めた。

 たった二人の同盟――だが、この同盟は何よりも強い絆で結ばれている。

 

「よし、心の準備は終わった!」

 

 俺はそう言うとルイーゼ達の方を見る。

 

「里のお偉いさんに話を通すためにシルフィーには来て貰うが……皆は俺達が許可証を取ってくるのを待っていても構わないぞ」

 

 里長の娘であるシルフィーは交渉の為に必要だろうが、それ以外の面子はエルフの里を訪れる必要はない。

 むしろ貞操の危険を考えれば、エルフの里なんて言う危険な場所には、付いてこない方がいいだろう。

 

 そんな気持ちから来た俺の言葉に、エルザは少し考えると言う。

 

「カルミナクの里の長って……女?」

「エルフは女系継承なのです。だからこそ、カルミナクの里長の地位も、拙の母親が務めているのです」

 

 エルフは結婚という文化が形骸化しており、更に子供が出来にくいことから、誰が種付けしたものか分かりにくいため、血統の継承という観点では、確実に当人の子供だと保証がされる女系継承の仕組みを取っている。

 だからこそ、シルフィーの母親がカルミナクの里長を務めているのだ。

 

「そう……女なのね……ならあたしも行くわ」

「お前、分かっているのか!? 今から行くのはエルフの巣窟だぞ!? どんな危険が待っているか分からないんだ! それでも付いてくるのか!?」

「危険なのはアンタもそうでしょ? あたしはね、あたしの好きな人がエルフによって汚されて、快楽付けにされるのなんて耐えられないの」

 

 エルフの里に共に行くと言ったエルザに俺は思わずそう叫ぶ。

 だが、エルザは意見を変えずにそう言葉を返すと、決意の籠もった目で言う。

 

「それに里長が女だって言うのなら、あたし達よりもアンタの方が危ないじゃない。いつも所構わず女を引っかけてくるんだから、エルフの女共に危ない目に遭わされないように、あたしが守ってあげる」

 

 そんなエルザの言葉に俺は思わず反論する。

 

「所構わず女を引っかけたりしてないだが……」

 

 だが、その俺の言葉は何故かその場にいる全員に無視された。

 そして、エルザに続くようにしてユーナが言う。

 

「エルザさんの言う通りです。師匠の身を守るのは弟子の務め、わたしもカルミナクの里へは同行します!」

「ユーナ、お前もか……」

 

 俺はそう言った後、来幸に視線を向ける。

 

「勿論、私も付いていきます。フレイ様の専属メイドとして、私は何処まででも、フレイ様にお供します」

「そうか……」

 

 まあ、来幸ならそう言うんじゃないかと思っていた。

 来幸の忠誠心には本当にいつも助けられているな……。

 

「レシリアは――」

「残れって言わないよね? レシィも付いていくよ!」

「だが、危険だぞ?」

「お兄様も、それにお姉さん達もそうだけど、魔法で精神を操作されたら不味いでしょ? 聖女の力ならそれを防げるし、レシィが一緒に行った方が、皆のことを守ることが出来ると思う!」

 

 確かにレシリアが言うことは一理ある。

 魔法に長けたエルフ達が何をしてくるか分かったものじゃない。

 その時に、他の面子だけだと何の対抗も出来ない可能性がある。

 

 だが、レシリアがいれば、聖女の魔法で洗脳を解くなど、そう言ったエルフの搦め手に対抗することが可能だ。

 

「……そうだな。悪い一緒に付いてきてくれるか?」

「もちろんだよ!」

 

 俺はレシリアに頭を下げてそう願うと、レシリアは快諾してくる。

 本当にレシリアは、人の事を思いやれて、素直で優しい良い子に育ってくれた。

 

 兄として妹の成長を噛みしめていると、肩の上に重さを感じる。

 そこを見ると人化を解いたノルンが肩の上に乗っていた。

 

「よくわかんないけど、ボクも行くよ!」

 

 ノルンもカルミナクの里に行くことを宣言した。

 それを聞いて俺は思う。

 

 ノルンは人化を解いて竜の姿になっておけば安全か……。

 さすがのエルフも人型以外とはやらないと……やらないよね?

 

 ちょっと不安になりもしたが、さすがに大丈夫だろうと判断する。

 そうして、全員の目は最後の一人であるルイーゼに向かった。

 

「わたくしも行きますわ! 責任を途中で投げ出すようなまね、エデルガンド帝国の皇女として、決して出来ませんわ!」

 

 絶対に意見を曲げないと言った雰囲気でそう言うルイーゼ。

 その言葉を聞いて、俺はため息を吐きながら言った。

 

「結局、全員で行く形か……」

 

 まさか、全員が行くことを決めるとは思わなかった。

 ともあれ、エルフの里に向かうのなら、先に言っておくことがある。

 

「これからカルミナク――エルフの里に向かうが、基本的にエルフが何かおかしな素振りを見せたら、その場で攻撃して構わないからな。とにかく、自分の身を守ることを優先する形で行くんだ」

 

 これから行くのはある意味で死地だ。

 油断や甘えは命取りになりかねない。

 

「ですが、明確な敵対行動を取ったら、カルミナクの里から、許可証を貰うことが難しくなるのではなくて?」

「まあ、そうかも知れないが、それでも自分達の安全が優先だ」

 

 俺はそこだけはきっぱりと明言する。

 優先するべきものを間違えるわけにはいかない。

 

「エルフと敵対することになったら、許可証は強奪する方針に切り替える」

「ええっ!? 本気ですの!?」

 

 俺の過激な発言にルイーゼが驚いてそう声を上げた。

 

「エルフに敵対行動を取るって事態が起こる時点で、エルフが何かをやらかしたってことだろうからな。そんな相手に交渉を成立させるのは難しいだろうし、もう力で奪い取ることを目指すしかないだろう」

 

 俺はそこまで言うとため息を吐いてから言う。

 

「正直に言うと俺はある意味でエルフを信用している。彼奴らは絶対に碌でもないことをやらかすって。……いっそのこと、エルフの森を燃やした方が、この世界の為になるのかも知れない」

「さすがにそれは駄目ですわ!?」

 

 俺の発言にルイーゼがそう突っ込む。

 俺はそれに対して、明るく笑顔を見せると言った。

 

「ま、さすがに冗談だよ。そこまで大それたことをするほど、エルフを嫌っているわけでもないしな」

 

 そこまで言った所で改めて全員に向かって言う。

 

「とにかく、エルフ達を警戒しよう。エルフ達の出方次第で、こちらも行うべき対応を切り替える……それを念頭に置いてくれ」

 

 それだけ言うと俺達はシルフィーの案内でカルミナクの里に向かった。

 




 ただエルフの里に行くというだけなのに、まるでラストダンジョンに挑むような雰囲気

 それと今回の話で質問が来そうな所についてQAを乗せておきます。

[Q]
 フレイは何でいきなり自然神になり始めてるの?
[A]
 肉体が生み出す欲望などから解脱して、精神が主軸となった状態で、大勢の人に崇められることで、自然神になることが出来ます。

 フレイは解脱なんてものしていませんが、器となる肉体に精神をぶち込んだ形で、元より精神が主軸の状況になっているために、一種の転生者特典的な感じで、解脱なしでも精神が主軸という条件は満たせています。
 なので、自然神になるだけなら、後は大勢の人からの信仰があれば問題ないという状況だったのですが、フレイがバカンスに来ている間も現在進行形で、レディシアやプリシラが暴走機関車の如く、銀神教を広めているため、自然神への変化が始まるための信仰の閾値を超えてしまって、自然神への変化が始まってしまった形となります。


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交渉

 

「ここがカルミナクの里……案外普通ね」

 

 目の前に広がる光景を見たエルザが思わずそんなことを口にする。

 

「確かにそうだな。もっと帝都のエルフキャッスルのように、ゴテゴテと派手に飾り立てているんじゃないかと思ったが……」

 

 俺も同じようにカルミナクの里の様子を見てそう口にする。

 

 カルミナクの里は俺達の予想に反し、ファンタジーもののザ・エルフの里と言ったような雰囲気で、木造の建物が自然と調和するように配置されていた。

 こんなエルフ的な里を、この世界のエルフ達が作れるのか、と言う事に驚きつつ、俺達は里の中へと入っていく

 

 インフィニット・ワンのゲームだとエルフヒロインは少なかったんだよな……。

 基本的にヒロインになるのは、里の外に出ているシルフィーみたいなエルフとか、エルフの王女みたいなロイヤルな奴だけだったし、こうしてエルフの里を訪れるのはゲームを含めても始めてだな……。

 

 さすがにやりまくりなエルフはヒロインに相応しくないと開発者も考えたのか、攻略対象になるのは陰キャエルフであるシルフィー達のような存在や、エルフの王女のような、尊敬を集めるためにやりまくりだと嘯いているけど、実際には一度もそう言うことをしたことがない、ファッションビッチのような奴しかいなかった。

 

 その為、ゲーム内ではエルフに関するイベントは少なく、俺もそれほど情報を持っているというわけではないのだ。

 

「これは撒き餌だとお母さんが言っていたのです」

 

 俺達の呟きを聞いたシルフィーがそう口にする。

 

「撒き餌? どう言う意味だ?」

 

 俺は思わずシルフィーにそう問い返した。

 するとシルフィーはエルフ達を軽蔑するような顔をして言う。

 

「過去のエルフの里らしさを残すことで、この地に観光客を呼び込もうとしているのです。そしてそうやってのこのこと釣られてきた観光客が、ここのエルフは世間のエルフとは違うんだなと油断しているところを美味しく頂くらしいのです」

「……そうなのか……確かによく見ると、物陰からエルフ達がこちらの様子を伺っているな……」

 

 シルフィーの言葉を受けて周囲に目を配ると、木々の影などにエルフが潜んでおり、こちらのことを情欲の目で見ていることが分かった。

 

「……里長のところまで寄り道せずに行こう」

「もちろん、なのです!」

 

 何と言うかもう此奴らサキュバスだろ、と言う気持ちを抱きながら、俺達はエルフ達に絡まれる前に、シルフィーの案内で里長の家に辿り着く。

 

「……ただいまなのです。お母さん」

「シルフィード! 我が娘よ! 久しぶりだね!」

 

 扉を開け中に入るといの一番にシルフィーがそう言った。

 そして、そのシルフィーの言葉に、部屋の中にいたシルフィーの姉妹に見えるような姿のエルフの少女が言葉を返した。

 

「シルフィード?」

 

 エルフの少女の言葉を聞いたユーナが思わずそう呟く。

 シルフィーはそれを誤魔化すように、俺達にその少女を紹介した。

 

「この人が、拙の母親でこのカルミナクの里長のリディアなのです」

「おや? シルフィードだけだと思ったら、お客さんもいるのか」

 

 シルフィーの言葉によって、リディアの意識が俺達の方へと向いた所で、代表して俺がリディアへと挨拶を行う。

 

「初めまして、俺はフレイと言います。この度はカルミナクの里長である貴方にお願いしたいことがあって伺いました」

「お願いしたいこと? ああ、わかった、わかった」

 

 俺の言葉を聞いたリディアは、俺とシルフィーを見た後、一人で納得したような表情を作ると言う。

 

「人間は律儀だな~わざわざ言いに来る必要ないのに。ようはシルフィードを貰いに来たってことでしょ? いいよ、あげるあげる! シルフィードを好きに使っちゃってよ! 何だったらそこのベットでおっぱじめても構わないよ?」

 

 変な勘違いを始めたリディアの言葉に、シルフィーは顔を真っ赤にしながら、猛烈な勢いで反論を始める。

 

「違うのです! 竜の里に行くための許可証を貰いに来たのです!」

「竜の里に行くための許可証?」

 

 本当なのかという目で俺を見てくるので、俺はシルフィーの言葉が正しいと説明するように、リディアに向かって言う。

 

「シルフィーの言う通りです。俺達は竜の里に行く必要があり、その為の道具である許可証を求めてこの里を訪れた形となります」

「ふ~ん。許可証ね……。確かにまだ残ってるけど……」

 

 そこでちらりとリディアは俺へと視線を向ける。

 

「君とシルフィードはどう言う関係なの? 許可証の話はシルフィードを貰いに来たついで――ってことじゃないのかな?」

「それは違います。俺とシルフィーはそう言った関係ではありません」

 

 俺はそうきっぱりとリディアに説明する。

 

「俺達は言ってしまえば同じ目的を持った旅の仲間と言ったところでしょうか。シルフィーはこちらのルイーゼ様の従者をしていまして、シルフィーの主であるルイーゼ様と俺の目的が竜の里にあるから、こうして共に行動していると言う感じです」

 

 そんな俺の言葉を聞いたリディアは冗談を笑い飛ばすように言う。

 

「またまたそんなことを言って、本当はシルフィードを手込めにしてるんじゃないの? こんなに可愛い異性のエルフがいて、お互いに手を出さないなんて、そんなのあるわけないじゃん!」

「そう言われても、俺にはそのつもりはないので」

 

 俺は再度そう言って否定をするが、尚もリディアは食い下がるように言う。

 

「別に周囲の目を気にして嘘を言う必要はないんだよ? ここには私達しかいないわけだし、幾らでも本音を話して大丈夫だからさ」

 

 しつこいな此奴……。

 俺はそう思いながらも何度も懇切丁寧に説明する。

 

「何度も言いますが、俺とシルフィーは男女の関係ではありません。そんな事よりも許可証を――」

 

 俺は話を許可証のことに戻そうとするが、リディアはそれを無視して、更に先程の話を続けるように言う。

 

「ああ、母親に娘のプレイを話すのを遠慮してるのかな? 別に私はそんなことを気にしないから、全然言って貰っても構わないよ。むしろ娘がどうやって男に染められたのか、そっちの方が興味があるからね~。何だったらここで、シルフィードと一緒に親子丼をやって、そのテクを味合わせて貰っても――」

「もうやめるのです!」

 

 喋り続けるリディアを止めるようにシルフィーがそう叫ぶ。

 そして、リディアに向かってシルフィーは言った。

 

「拙は、拙は、物語のようにたった一人の運命の相手と添い遂げたいのです! だから、そんなふしだらなことを、お母さんと共にするつもりはないのです!」

「はあ、まだそんなことを言っているのか……」

 

 シルフィーの心の叫びを聞いたリディアは、それまでの楽しそうな雰囲気を捨て、冷たく呆れたようにそう呟いた。

 

「シルフィード、いい加減そんな馬鹿な考えは捨てなよ」

「馬鹿な考えなんかじゃないのです!」

 

 その言葉を聞いたリディアはため息を一つ吐くと、反抗期に陥った娘の将来を憂う親のような顔でシルフィーに向かって言う。

 

「シルフィード。これでも私はさ、母親として、シルフィードのことを思って、その考えを捨てるように言ってるんだよ?」

 

 そこでリディアは馬鹿にするようにシルフィーの考えを否定する。

 

「永遠の愛なんてそんなものあるわけないじゃん! 恋愛って言うのはね。付き合ったり別れたりするのが普通なの。どれだけ頑張ったところで愛は冷める。シルフィードが一生相手を愛するつもりでも、相手はきっとそんなことを思わない」

 

 聞き分けのない子供に、親である自分が知っている、世界の真実を伝えるかのようにシルフィーにそう言うリディア。

 

「シルフィードが必死で相手を愛し続けている間も、愛が冷めた其奴は、シルフィードを無視して、裏切って、別の誰かを愛すんだよ? そうなっても其奴を一生愛し続けるつもり? そんなの馬鹿馬鹿しいと思わない?」

 

 リディアが突きつけた言葉。

 それに対してシルフィーは反論する。

 

「拙はそうならないように、拙を愛し続けてくれる運命の相手を探しているのです! だからこそ、お母さんが言うような結末には絶対にならないのです!」

「そんな奴はいないと思うけどな~。まあ、いいや。仮にシルフィードが望む相手が実際に存在していたとしよう」

 

 明確にいないと言っても、シルフィーが納得しないと思ったのか、リディアはあえてそう言う存在がいるという前提で話し始める。

 

「だけど、その相手はどれくらい生きられるんだい? そこの彼のようにただの人間が相手なら、せいぜい六十年くらい生きれば良い方ってところだろう? 私達エルフの一生である五百年の内のたった六十年だ」

 

 同じ位の時を生きるエルフはその殆どがリディアと同じ考えだ。

 だからこそ、シルフィーが相手を見つけるとなると、エルフ以外の他種族からその相手を見つけることになる。

 リディアはその他種族との寿命の差を指摘してきたのだ。

 

「シルフィードが一生を添い遂げると言った相手が六十年で死んでしまって、その後の四百年間をシルフィードはどうやって生きるつもり? 死んでしまった相手に操を立てて、一生他の誰も愛さずに生きるの?」

「そ、それは……」

「そんなの辛すぎるでしょ。愛し合った時間よりも長い時間を、誰も愛さないということで苦しみながら過ごすなんて。私はね、母親として娘にそんな苦労を味わって欲しくないの。だからこそ、私や他のエルフ達と同じように、過去なんて全部捨てて、退廃的に今を楽しく生きるような生き方をして欲しいんだよ」

 

 自分の思いを真摯に伝えるようにそう言うリディア。

 シルフィーのことを真摯に思ったその思いに、シルフィーは押されてしまう。

 

「そ、それでも、拙は、拙は――」

「ね、シルフィード。貴方の夢は諦めようよ。何も考えず、誰かと肌を重ねた方が、気持ちいいし、楽しいよ? どうせ相手が誰だって、行為の気持ちよさは変わらないんだし、やりたい放題いろんな相手とした方が、楽しめて幸せになれるって!」

 

 リディアがシルフィーの手を握り、優しくそう語りかける。

 それを見ていた俺は――。

 

「シルフィー! お前の思いはそんなものか!」

 

 思わずシルフィーに向かってそう叫んでいた。

 

「フレイ……」

「何かな? 今は親子水入らずで話していたところなんだけど」

 

 シルフィーを堕とすのを邪魔されたリディアが不機嫌そうにそう言う。

 だが、俺はそれでも止めることなく、語り続ける。

 

「確かに親子の話に割り込むのは無作法だとは思う。だが、シルフィーの同士として! 仲間がくじけそうになっているのを見過ごすことは出来ない!」

「同士? まさか、貴方もシルフィードと同じように、運命の相手がどうこうとか、人は一人の相手と一生添い遂げるべきとか、そんな考えをしているのかな?」

「その通りだ! 俺もシルフィーと同じように、運命の相手と呼べる相手を見つけ、その相手と添い遂げることを目指している!」

 

 俺のその言葉を聞いたリディアはやれやれと言った様子で言う。

 

「貴方達、人間ならその考えでもいいだろうさ。だけどそれは添い遂げると誓った相手より、先に死ぬことが出来るからこそ言えることだ。そんな貴方達には、長い時を生きなければいけない、エルフの気持ちなんて理解出来ないだろう」

「確かにそうかも知れないな」

 

 俺は素直にそう言葉にする。

 前世や今世も含めて、俺の寿命は一般的な人間と同じものだ。

 五百年も生きるエルフの気持ちなんて、本当の意味で分かるわけがない。

 

「だったら、黙っていてくれないか。理解も出来ないくせに、余計な口出しをされると、とても腹立たしいんだ」

「俺はここで黙るつもりはない。シルフィーのためにもな」

「なに……?」

 

 俺の言葉に怒りを露わにするリディア。

 俺はそんなリディアに告げる。

 

「確かに俺はエルフの気持ちなんて分からない。だから教えて欲しいんだ。過去を全部捨てて、その日暮らしで快楽を貪って、それで本当に幸せか?」

「ははっ! 何を言うかと思えば、幸せに決まってるじゃないか!」

 

 俺の質問を馬鹿にするようにリディアは笑い出す。

 そんなリディアに俺は更に突きつけた。

 

「具体的なことを言うと、どういうことに幸せを感じた? どういうときに幸せだとお前は思ったんだ?」

「はぁ?」

 

 俺の言葉にリディアはそんな言葉を出して笑いを止める。

 

「それは――体を重ねてエッチをしている時に――」

「誰と、どんな時に、どうやったのが?」

「……知らないよ。そんなものは、覚えてるわけないだろう」

 

 セクハラ紛いの質問に答えたくなくてそう言ったのではなく、本当に思い当たるものがないと言った様子で、リディアはそう答える。

 

 何となくだがそう言う答えになるんじゃないかと思っていた。

 だからこそ、俺はリディアが言う幸せについて詳しく問いかけたのだ。

 

「明確に答えることが出来ないんだな」

「別にそんな細かい事はどうだっていいよね!? 気持ちよくて楽しければ幸せなんだから! そんな、相手とか、何時とか、そう言う情報は不要だよ!」

 

 俺の言葉にリディアはそう反論する。

 そのリディアの態度を見て、俺は素直に自分の考えを口にした。

 

「俺はそうは思わない。思い出というのは大切なものだ」

「貴方の意見はどうでもいいんだよ!」

 

 俺の言葉にリディアはそう怒りを露わにするが、俺はそれを無視する。

 

「確かに快楽ってのは幸せを感じることの一つかも知れない。だけど、その快楽だって、そこに到るまでの過程が大切なんだろう? 好きな相手と、良いムードで、思い出になるような行為をするからこそ、より強い幸せを感じられる」

 

 童貞が何を言っているんだと言われるかも知れないが、童貞だからこそ、そう言った行為の大切さを誰よりも理解しているつもりだ。

 

「何も考えずに、幸せを感じ続けるために、ひたすら快楽を貪る……そんなのはただ生理現象をこなしているだけじゃないか。苦しみたくないからと目を逸らして、ただひたすらに逃避して生き続けるだけの行為をし続けるのは、生きていても死んでいるようなものだよ。お前達の生き方は、生きた屍と同じだ。そこに何も残らない」

 

 俺は侮蔑を込めてそう言いきった。

 改めて思う、俺はエルフ達が嫌いだと。

 

 此奴らの行いには何の生産性もない。

 

 確かにその時の快楽を優先して生きれば、一時的に気持ちよくなることが出来るかも知れないが、それは結局はその一時のことだ。

 それが終わった後は何も残らないし、快楽を得ることを優先したそこには、思い出になるような尊い出来事なんて発生しないだろう。

 

 快楽を得るが決して何も残らない――。

 それはまるで――まるで――。

 

 恋人が出来ないからと、AVやエロ本、エロゲーを買い漁り、それをオカズに快楽を貪って、全てを出し切った後に何も残らないことを実感した――何も成せなかった生きた屍と同じじゃないか。

 

 ……結局は同族嫌悪ってことか。

 立場も、状況も、行いも、全く違うのに、本質は同じなんて、笑えないな……。

 

 俺はそう自笑しながら、シルフィーへと語りかける。

 

「なあ、シルフィー。お前が目指す幸せってそんなものか? 俺と同じように運命の相手を求めていたお前は、もっと別の幸せが欲しかったんじゃないのか?」

「拙は――」

 

 俺の言葉にシルフィーの瞳が揺れる。

 そんなシルフィーに俺は思いの丈をぶつける。

 

「俺は思う。長い時を生きるからこそ、心が、思いが、大切なんだって。それを理解しているからこそ、俺達は運命の相手を求めるんだろう?」

 

 ただ快楽を得るだけでは満足出来ないから、そこに確かな心が欲しいから、俺達は運命の相手を探すなんていう、果てしなき旅に身を投じるのだ。

 

「シルフィー! お前の思いは何も間違っちゃいない! 少なくとも俺は、お前のその思いを全肯定してやる! だから、自分の道を信じろ!」

「フレイ……」

 

 そこまで言うとシルフィーはリディアの手を振り払った。

 そうして俺の方まで寄ってくると言う。

 

「こんな話で志を曲げそうになるなんて、拙はどうかしていたのです!」

 

 迷いの晴れたその様子を見たリディアは、シルフィーに向かって言った。

 

「同族で母親である私の言葉より、其奴の言葉を信じるって言うのかい?」

「そうなのです! 拙はフレイを信じるのです!」

 

 リディアの言葉に迷いなく答えるシルフィー。

 それを見て、悲しそうな顔でリディアは言う。

 

「理解出来ないよ。どうしてそんな選択をするのか。思い出がなんだって言うんだい。苦しまずに楽しく過ごせるなら、それでいいじゃないか。思い出なんかなくたって、人はその日暮らしで楽しく生きていけるのに」

「拙は……例え苦しむことになったとしても、何かが残せるような生き方がしたいのです! 素敵な恋人と巡り会って! かけがえのない日々を過ごして! 自分が最後に終わるときに『ああ、良い人生だったな』って思いながらも、その死を惜しんで『もっと生きて色んなことをやりたいな』と心の底から思えるような生き方を!」

 

 それはリディアの――エルフの生き方と真反対な生き方だった。

 刹那的な快楽を追い求め続け、終わりの日が来るまで耐えるのではなく、苦しくても思い出が残るように進み続け、終わりの日が来るのを惜しむ生き方。

 

 自らが目指すべき人生を、シルフィーはそこで宣言した。

 

「……はぁ。もういいよ。シルフィードを言葉で納得させられないのは理解した」

 

 諦めたようにそうため息を付くリディア。

 そこで、話を戻しに来たのか、唐突に言う。

 

「貴方達は許可証を求めてここに来たんだったよね」

「そうだ。許可証を譲ってくれるか?」

 

 俺のその言葉にリディアは首を振った。

 

「それは無理だね」

「無理……? どうしてだ?」

「あれは竜から託されたとても重要なものだ。私の娘がいるからと言って、そう易々と渡すわけにはいかないよ」

 

 そこまで言ったところでリディアは「ただ」と言葉を続ける。

 

「貴方達がエルフの試練を越えられたら話は別だけどね」

「エルフの試練……? なんだそれは?」

 

 俺はそう言ってシルフィーを見る。

 視線が自分に集まっていることに気付いたシルフィーは首を振って答えた。

 

「拙は知らないのです」

「シルフィードが知らないのは仕方ないさ。この子はエルフの試練を受ける前に、この里から抜け出して行ったからね」

 

 シルフィーが知らない理由をそう語るリディア。

 そして、続けてエルフの試練がなんなのかを説明し始めた。

 

「エルフの試練は未熟なエルフが一人前のエルフと認められる為の試練さ。エルフの試練用のダンジョンを攻略して、一番奥の部屋からこれを取ってくれば、その試練は終了と言うことになる」

 

 そう言ってリディアは木製のエルフ像を見せてきた。

 

「このエルフ像をダンジョンで手に入れてくれば、エルフの試練とやらはクリア出来るってことか」

「そうだね。この試練を突破すれば、一人前のエルフと同じ扱いが出来る。そうすれば、竜の里への許可証を譲り渡すことも出来るよ」

「……」

 

 リディアの言葉に俺は押し黙る。

 そんな俺に、ルイーゼが話しかけてきた。

 

「如何しますの? ダーリン」

「ダンジョンを攻略しなければいけないというだけなら、明確な敵対行為を行う理由にはならないか……仕方ない、ここはリディアの提案に乗って、そのエルフの試練とやらを攻略することにしよう」

 

 許可証を譲るためにダンジョンを攻略しろという言葉だけでは、許可証を強奪するだけの理由にはならない。

 俺達はここは穏便に行こうと話し合い、そして全員の了承が得られたところで、俺からリディアに向かって言った。

 

「分かった。エルフの試練とやらを受けよう」

「そうこなくっちゃね。じゃあ、ダンジョンまで案内するよ」

 

 そう言ってリディアは部屋を出て行く。

 そして俺達はその後を追って進んで行くが、リディアは里の外に出るのではなく、森林が多くなる里の奥へと向かっていた。

 

 それを見て、思わずエルザが問いかける。

 

「ちょっと待って、ダンジョンはこの里にあるの?」

「ん? そうだよ~」

 

 エルザの問いに、リディアは何てことの無いように答える。

 

「それは大丈夫なの? ダンジョンは土地のエネルギーを吸うわよね?」

 

 ダンジョンによる被害を受けた経験があるエルザは、里の近くにあるダンジョンという存在に、この里にも何かしらの被害が出るのではと、心配になり思わず問いかけたが、それに対しても全く問題ないという態度でリディアが答える。

 

「ああ、そのことか~。大丈夫、大丈夫、これから向かうダンジョンは、私達エルフが品種改良を施したダンジョンだから」

「品種改良?」

 

 リディアの言った言葉を理解出来ずに、思わず問い返すエルザ。

 そんなリディアは論より証拠と言わんばかりに、目の前に広がる光景を指差して、エルザに向かって言った。

 

「ほら、見て、ああいうことだよ」

「なに……これ……。入口の近くだけが、木も生えない荒野になってる……?」

 

 目の前に広がるのは、まるで線が引かれたように、唐突にダンジョンと思わしき、入口の周りだけが草木も生えない状況になっている風景だった。

 

「ダンジョンは土地のエネルギーを吸って、大きく成長していくだろう? そのままの状況だと里の草木が枯れて面倒だからね。このダンジョンは品種改良して、エネルギーを吸収する範囲が小さくなるように改造しているのさ」

「なるほど、エネルギーの吸収範囲が狭くなるようにダンジョンを改良しているから、こんな森林の中にあっても、問題がないと――」

 

 俺はそこまで考えたところでふと思った。

 吸収範囲が狭くなるように改造出来るのなら、逆に吸収範囲が大きくなるように、改造することも出来るのではないかと。

 

 ノーティス公爵領で猛威を振るったダンジョンは、エネルギーの吸収範囲が広く、その上で少しずつ吸収するスタイルだったため、そのダンジョンの在処を特定することが出来ず、エルザルートではダンジョンが手に負えなくなるほどに成長するまで、その存在に気づけなかったのがことの発端だった。

 

 言ってしまえば、あのダンジョンは、普通のダンジョンと違って、特殊な吸収範囲を持っていたと言える。

 そして、品種改良でダンジョンの吸収範囲を変えられるエルフ――。

 

 そして俺はその考えに辿り着く。

 あのダンジョンも、エルフが品種改良したものだったんじゃね? と。

 

 同じ考えに思い至ったのか、エルザもいつの間にか口を閉ざしていた。

 

 まあ、普通に突然変異の可能性もあるし、エルフのせいだとは言い切れないか。

 

 証拠があるわけでもないし、追求は出来ない。

 俺はそう考え直し、リディアに向かって聞く。

 

「このダンジョンに潜ればいいわけだな?」

「そうだね。ダンジョン内も私達がエルフの試練に相応しいように改造している。だから、これを突破すれば、一人前のエルフとして扱われることになる」

 

 リディアのその言葉を聞いた俺は全員に向かって言う。

 

「わかった。それじゃあ、俺が潜ってくるから皆はここで待っていてくれ」

「ん? 何を言っているの? ダンジョンには貴方達全員で潜って貰うよ?」

 

 そこまで言ったところでリディアは呆れたように言う。

 

「貴方達は全員で竜の里に行くんだろう? それなのにエルフに認められたのが、その中の一人だけなんてそんなことが許されるわけないじゃん。竜から託された許可証を出す以上、その全員が里に行って問題ないと認められている必要があるよ。だからこそ、竜の里に向かう者は、すべからくエルフの試練を突破して貰うから」

 

 リディアは俺達に向かってそう宣言する。

 

 確かに筋は通っているか、厳重に秘匿された場所に行くことを考えれば、代表だけではなく共に行く者も身分保障がいるというのは納得出来ることではある。

 

 俺一人が突破して転移で他の皆を里まで連れて行く手もあるかも知れないが……竜の隠れ里には結界が張られているし、許可証の形式がどう言うものか分からない以上、場合によっては結界で転移を弾かれる可能性もあるか……。

 

 インフィニット・ワンで次女の方のレシリアに、ディノスがボコボコにされたように、特殊な結界に弱いのが俺の転移能力だ。

 七彩の神が張った結界というのなら、聖女の結界並みの力を持っている可能性もあるし、許可証無しで他の面子を転移させるのはリスクがあった。

 

「……悪いがお前達もエルフの試練を受けてくれるか?」

 

 俺は他のメンバーにそう語りかける。

 

「話が出たときからそのつもりだったわよ」

 

 そうエルザが言うのを皮切りに全員がエルフの試練に挑むことを賛同する。

 

「よし、それじゃあ、全員で挑む」

「エルフの試練自体は同時に挑んで問題ないよ。一番奥の部屋が、ダンジョンへの侵入者の人数に合わせて、増えるようになっているからね。全員分のエルフ像がしっかりと用意されている形になるんだ」

「わかった。皆、行くぞ!」

 

 俺のそのかけ声に合わせて、俺達は全員で、目の前にあるダンジョンの入口の中へと入っていった。

 



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エルフの試練

 かなり長くなっちゃいました。
 後書きのQAも含めて三万字くらいありますよ……。

 分割した方が良かったかな……?

 それと今回の話は結構エッチな感じになっているのでご注意ください。



 

「あ、入口が……!?」

 

 ガシャンと言う音を立てて、入口の扉が完全に塞がれてしまった。

 俺達がそれに驚いていると、何処かから声が聞こえてくる。

 

『このダンジョンは一度入れば、一番奥の部屋に辿り着くまで、抜けることが出来ないんだよ』

「この声――リディアか?」

『その通り! エルフの試練はね、何か問題が起こっても対処出来るように、こうして外のエルフがダンジョン内の様子を監視できるようになってるのさ!』

 

 自慢げにそう語るリディア。

 俺はそんなリディアに思わず不満を漏らす。

 

「ダンジョンを攻略するまで出られなくなるのなら、先に言って欲しかったな」

『ごめんごめん! 私もうっかり、説明を忘れてたよ~』

 

 此奴、本当に忘れてたのか?

 

 俺は思わずそんなことを思う。

 快楽主義のエルフのことだ。面白そうだからと言う理由で、わざと黙っていたということも、十分にあり得るのだ。

 

 だからこそ、俺はこれ以上のうっかり忘れてたを出させない為に、あえてリディアに向かって確認を取る。

 

「あのエルフ像を確保すれば、試練は攻略でいいよな? この入口の件のように、後出しでルールや条件を追加しないよな?」

『そうだね。エルフ像を壊されたりしたら、さすがに失敗扱いにするけど、それ以外にルールの追加は特にないよ~』

「そうか、わかった」

 

 俺はリディアの言質を取ったところで、通路を進み始めた。

 

「こうしてフレイと一緒にダンジョンに潜ると、初めてあったころのことを思い出すわね」

「そうだな」

 

 何処か上機嫌な様子でエルザがそう言う。

 俺はそれに対して同じように過去を懐かしみながらそう答えた。

 

「それにしても――魔物が見当たりませんね」

 

 しばらく歩いていると来幸がそう呟く。

 ノーティス公爵領でダンジョンに挑んだ時は、それなりの頻度で魔物が湧いてきたが、このダンジョンは未だに魔物の姿が見えない。

 

「エルフがダンジョン自体も改造しているらしいからな……何かおかしなことになってるんだろう」

 

 俺はそんなことを言いながら、何が起きてもいいように警戒しつつ歩く。

 そうして歩いていると、遂に一つ目の部屋がやってきた。

 

「これは……何で坂が?」

 

 このダンジョンで初めて現れたフロア。

 それは部屋の入口から出口までが、下り坂になっているだけの場所だった。

 

「ここにも魔物はいないね」

「ただ坂があるだけなんて、何なのこのダンジョン」

 

 その部屋の様子を見て、レシリアとエルザがそんな感想を口にする。

 

「ひとまず、先に進もうか」

 

 俺達はそう言って、坂を下っていく。

 そして、少し下ったところで、唐突にゴゴゴという音が響いてきた。

 

「何だ? この音……」

 

 その音に俺が思わず音の発生源を探して振り向くと、入口側の迷宮の壁の上部分に、突如として穴が発生し、そしてそこから異音が響き始めた。

 

「嫌な予感がするんだが……」

「わたくしも同じですわ……」

 

 俺達がそう言ったのと同時に、穴から大量の液体が流れ出してきた。

 それは坂を伝い、スピードを上げながら、俺達に迫ってくる。

 

「っ! 走れ! 出口まで!!」

 

 俺はそれだけ言うと出口に向かって走り始めた。

 だが、どう見ても迫り来る波のスピードの方が速い。

 

「っち! 転移を……」

 

 足で逃げることを諦めて、転移を使おうとするが――。

 

「転移出来ない!? まさか……」

「ああっ!」

 

 俺がそう呟いたの同時に、ルイーゼが足を滑らせる。

 下り坂で俺の真後ろにいたルイーゼは、そのまま俺にのしかかるようにして倒れ込み、それのせいで俺もまた地面に転ぶことになった。

 

「クソ! ここでかよ!?」

「申し訳ありませんわ!」

 

 転移も使えず、転んだせいで、もはや逃げることは叶わない。

 ふと、迫ってくる液体の波を見ると、それに流されてエルザ達、他の面子も俺達の方へとやってくるのが見えた。

 

「うわあああああ!?」

「きゃああああああ!?」

 

 流されてきた者達も含め、団子状になりながら、俺達は液体の波に流されていくことになってしまった。

 それでも何とか立ちあがろうとするが、ぬるっと液体で手が滑って、そのまま再び転んでしまう。

 

 それを受けて、俺は思わず叫んだ。

 

「この液体……ローションか!?」

 

 迷宮の壁の上から流れてきたのはローション的な滑った液体だった。

 その為に、まるでローション坂を上るバラエティのように、上手く立ちあがることすら叶わず、ひたすらに他の者を巻き込んで、俺達は滑り落ちていく。

 

「く……と、止まったか……」

 

 流され続けていた俺達は、やがて下り坂を下りきる。

 だが、それと引き換えに、俺達は完全に絡まり合った形となっていた。

 だからこそ、俺は自分の上に乗っている相手に対して言う。

 

「来幸、悪いが退いてくれ」

「はぁ、はぁ……フレイ様……」

 

 だが、来幸から帰ってきたのは了承の言葉ではなく、荒い息づかいだった。

 

「来幸? どうした?」

「フレイ様……お慕いしています……。んっ、あっ!」

 

 来幸は惚けた顔でそう言うと、俺の上から退くのではなく、そこに居座り、粘液で滑った体を、何度も俺に擦り付けるように動き始めた。

 

「おい!? 何をしている!?」

 

 俺はそう叫び、来幸をどかそうと手を動かすが――。

 

「あっ! あっ! 師匠ぅ……師匠ぅ……!」

 

 来幸と同じように心ここにあらずといった表情のユーナが、俺の右腕をまるで抱き枕を抱きかかえるようにがっちりと掴み、そしてその掴んだ右腕に対して胸と股を擦り合わせるように何度も小刻みに動く。

 

「ユーナまで……! まさか他も……!?」

「あの時よりも、んっ!」

 

 見ればエルザがいつかのエロゲスライムの時のように、俺の足を自分の足で挟み込み、そして股を擦り付けるように動かしていた。

 

 加えて、エルザの反対側の足には――。

 

「パパ! パパ! ボク、なんかおかしい! ここがムズムズする! なんだろうこれ! こうするとなんか気持ちいい!」

 

 いつの間に人化をしていたのか、そう言いながら、エルザを真似るかのように、俺の足に抱きつき、そして小刻みに体を動かすノルンの姿があった。

 

 そして、それだけではなく――。

 

「うわっ!?」

「えへへ。お兄様の臭いだぁ~。それにお兄様の味がするぅ~」

 

 ペロッとなめられた感覚に思わずそんな悲鳴を上げて振り向くと、俺に顔を埋めて臭いを嗅いでいたレシリアが、更に俺の事を舐めようと動き出していた。

 

「な、舐めるな……! 兄を舐めるんじゃない!」

 

 ペロペロと耳や顔を舐められ、そしてそれは首筋へと向かう。

 妹にそんなことをされるという事態を何とかしようと、無事だった手を動かそうとすれば、その手はルイーゼに押さえられてしまっていた。

 そしてルイーゼは、押さえた俺の手を自分の服の中に入れ、自らの胸にその手を押し当てて、動かし始めた。

 

「お前は俺の手を何処に押し当てているんだ!」

「んっ! ダーリン……わたくしの胸を触ったのは初めてではないでしょう? それどころかもっと凄い所も……殿方にそんなことをされたのはダーリンが初めてですわ。責任を取ってくださいまし。もっとわたくしを触って欲しいのですわ……」

 

 そう言って、胸に当てた手を、お腹など全身へと動かして、這わせるようにして無理矢理体を触らせていく。

 やがて、その手はルイーゼの大切な所へと向かい始めていた。

 

「お前ら! やめろー!!」

 

 俺だけのヒロインの為に清い体でいたい俺からして見れば、まさに地獄のような状態にこの場は陥っていた。

 そんな中で、まだ正気を保っていたシルフィーが、顔を真っ赤にし、息を荒げて苦しそうにしながら、叫ぶ。

 

「こ、これは……! エルフ特製の媚薬なのです……! この滑った液体の中に、それが混ぜ込まれているのです!」

「つまり、発情状態にさせられてるってことか……!?」

 

 俺は何故こんな状態になってしまっているのかを理解する。

 様々な霊薬を扱うエルフとして、薬物への耐性が強いのか、エルフであるシルフィーは何とか踏みとどまっているが、それ以外の者が、見事に媚薬にやられてしまい、正気を失った発情状態に陥らされてしまっているのだと。

 

「師匠、しましょう?」

 

 いつの間にか手の拘束を止めてたユーナが俺のズボンへと手を掛けていた。

 そして艶やかな顔で行為をすることを誘ってくる。

 

「駄目です! 私で練習しないと……フレイ様のそれを知っている……私こそが何よりも適任です……!」

 

 そう言って、ユーナを止めて、自らが代わりを務めようとする来幸。

 

「知ってるって! 貴方はメイドの立場を使って、何をしてるんですか!」

 

 ユーナはそう言って、来幸を追い出そうとする。

 そんな中で、エルザもその争いに参加を始める。

 

「フレイは誰の者でもない――」

 

 そう自信満々に言うエルザ。

 俺は誰の者でもないと言って、助けてくれるのかと思いきや――。

 

「あたしのものよ!!」

 

 まさかの独占宣言をして、二人と押し合いを始めた。

 

「違う! パパは! ボクのパパだ!」

 

 そう言って、そのエルザにノルンが食ってかかる。

 

 明らかにおかしな事になっている俺以外の者達。

 だが、そんな中で俺は不思議に思った。

 

 何でだ……? 何で俺には媚薬が効いていない……?

 

 俺は状況を打壊するために必死でそれを考える。

 このままでは俺の貞操が危ない。

 

 エルフの媚薬の効果がやばいのか、それともイベントをクリアしたことで、俺に好意を持ってしまっていることが影響しているのか、来幸達への発情効果の効きが洒落にならないものになっている。

 

 このままだと何をされるか分からない状況に、危機感を抱いた俺の脳は高速で事態の把握を始めた。

 そして、そこで俺は自分の手に嵌まった指輪に気付く。

 

「そうか状態異常耐性――! これは状態異常扱いか! それなら!」

 

 俺はそう言うと意を決して状態耐性リングを外そうとした。

 だが、それを妨害しようとするように、ルイーゼが俺の手の拘束を強め、改めて全身を触らせようとしてくる。

 

「駄目ですわ、ダーリン。ダーリンはもっとわたくしのことを触って――」

「そうはさせないのです!」

「きゃっ!?」

 

 俺の手を再度好き勝手に使おうとしたルイーゼに、シルフィーが飛び込むようにしてタックルを行い、俺の側から弾き飛ばす。

 自分の主人を吹き飛ばすその行いによって、俺の手は自由になった。

 

「助かったシルフィー!」

「同士として当然なのです!」

 

 俺はシルフィーのその言葉を受けながら状態耐性リングを外す。

 これによって、俺自身が発情してしまう可能性があるが、現状を打破するために、背に腹はかえられない。

 

「レシリア! 指を出せ!」

「お兄様ぁ……」

 

 惚けながらも左手の薬指を出すレシリア。

 俺はこの状況では致し方ないと、その指に状態耐性リングをはめた。

 

「お兄様の指輪ぁ……これでレシィが――あれ?」

 

 状態耐性リングをはめられたことで正気に戻ったレシリア。

 周囲の状況に困惑しているレシリアに向かって俺は叫んだ。

 

「リフレッシュ! 状態異常を回復しろ!!」

「えっ!? あっ! うん! リフレッシュ!」

 

 意図に気付いたレシリアはその回復魔法を発動させる。

 それによって淡い光が全員を包み――やがて発情状態に陥っていた来幸達の精神を、元通りに回復させた。

 

「……」

 

 正気に戻った来幸達は、それまでの自分の行いを振り返ったのか、興奮で真っ赤になっていた先程と違って、羞恥の気持ちで顔を真っ赤に染める。

 

 何も言わずに固まってしまった来幸達に、俺は言った。

 

「……退いてくれるか?」

「は、はい……」

 

 素直に俺の上から降りていく来幸達。

 そして、俺から降り終わった後に弁明をするように話し出す。

 

「フレイ様、あれは――」

「わかってる。薬の作用だろ? 俺は全く気にしていないから大丈夫だ」

「……そう……ですか……」

 

 気を遣って俺は何も気にしていないと言ったのに、まったく相手にされていないのも、それはそれで何かやだ、みたいな複雑な表情でそう呟く来幸達。

 

 俺はそんな彼女達のことは無視して、この状況を見守っていたであろう、今回の件の主犯に大声で問いかけた。

 

「おい! リディア! これはどういうことだ!?」

『え~? 何のこと~?』

 

 明らかにニヤニヤと笑いながら言ったその言葉に俺の怒りは頂点に達する。

 

「わかっていてそう言ってるだろ! 魔物が出てくることもなく、エルフの媚薬なんてものを使った罠があるなんて、明らかにこのダンジョンは、侵入者と戦うという本来のダンジョンの意図から外れている!」

『ふふふ、はははは~!』

 

 俺がそう言うとリディアは大きな声を上げて笑い出した。

 そして種明かしを楽しむように俺達に向かって言う。

 

『このダンジョンは未熟なエルフを一人前にする施設さ! そう、エルフとして未熟な――恥ずかしがり屋さんな女の子を、どんな相手でも進んで股を開くような立派なビッチに育てあげる! エルフ特製の矯正施設なのさ!』

「未熟なエルフってのは、お前ら腐れエルフの観点でかよ!」

『そうだよ~。シルフィードが言葉で言って分からないて言うならさ、この施設を使って、その体に分からせてあげるしかないもんね? 何も考えずに色んな相手とただ肌を重ねる――その快楽の味をさ!』

 

 そう言うと再び笑い出すリディア。

 

「ふざけるな! 頭のおかしい施設に放り込みやがって! 今すぐこのダンジョンを抜け出して、お前を叩きのめして許可証を手に入れてやる!」

 

 怒りに任せて俺がそう言うと、リディアは煽るように言う。

 

『あれあれ~。そんなことをしてもいいのかな~』

「何が言いたい?」

『君達は運命の相手と添い遂げることを目指しているんだよね。その信念があるのなら、どれだけ快楽への誘惑があったとしても、それに耐え抜いて、運命の相手が見つかるまで、自分は清い体でいなきゃいけないわけだよね?』

 

 リディアはそう俺とシルフィーの信念について語る。

 その上で、嘲笑うようにして言った。

 

『ここでこのダンジョン攻略から逃げるってことは、このまま進んだら貴方達は、快楽に負けると思ったということでしょ? それは貴方達の信念を貫けないと、自らで証明したということだよね?』

「それは――」

『関係ない……とは言わせないよ?』

「っち!」

 

 このダンジョンを攻略しないことと、俺達の信念は関係ない。

 そう言おうとした俺の言葉に被せるようにリディアはそう言う。

 

『あそこまで啖呵を切ったんだからさ、見せてよ! 貴方達が言う運命の相手を見つけるという信念を! それで幸せになるという覚悟を! 貴方達の足掻きで! 私を楽しませて欲しいな! あははははっ!!』

 

 それだけ言うとリディアの声はしなくなった。

 俺はリディアに見世物にされている怒りで手を強く握りしめる。

 

「拙のせいで申し訳ないのです……」

 

 そんな俺を見て、立ちあがったシルフィーは申し訳なさそうにそう言った。

 そのシルフィーに対して、俺は何てことない態度で答える。

 

「いいさ、やることは変わらないからな」

「フレイは、このままダンジョンを攻略するつもりなのです?」

「ああ、俺はな、俺の志を馬鹿にされることだけは許せないんだ。だからこそ、何処かで高笑いしているであろうリディアに見せつけてやろう! 運命の相手を見つける――俺達のその志の強さと、その思いの崇高さって奴を!」

 

 俺はそう言うと、ローションでベトベトになった状態のまま立ちあがった。

 そして、そんな俺の元にレシリアがやってくる。

 

「お兄様、この指輪……」

 

 そう言って、レシリアは外した指輪を返そうとしてくる。

 だが、俺はそれを手で止めて、レシリアに向かって言った。

 

「それはレシリアが持っていてくれ、またさっきのような何らかの異常な状態にさせる攻撃を、相手がしてくるかも知れない。そうなった時、聖女の魔法でそれを治癒出来るレシリアが、まともに動ける状態じゃないと困るからな」

「うん、わかった!」

 

 俺が理由を言うと、レシリアはそれを素直に受け止め、再び自分の左手の薬指にはめて、その指輪がはまった指を楽しそうに見回した。

 

「えへへ、お兄様の指輪!」」

 

 正直に言うと別の指にはめた方がいいのではとも思うが、まあ、幼い妹がつけるくらいなら別にいいかと考え、そのまま出口へと向かう。

 

 そうして俺は粘液で服がベトベトになったまま、同じように服がベトベトのままとなっている来幸達とともに、先に続く扉へと手を掛けて、その中へと入った。

 

 そして中に入って見たのは――。

 

「何だこれ――大きなベットが一つだけ?」

 

 巨大なベットがぽつんと中央に置かれた新たなフロアだった。

 先に進むための扉と思われるものは、完全に施錠された状態になっている。

 

『ようこそ、第二の部屋、情交の間へ!』

「名前だけで嫌な予感しかしない部屋だな……」

『その通りだね。ここはいわゆるセッ○スしないと出られない部屋ってやつさ! 一つ前の弄りの間で興奮した後に、この部屋でパーティーメンバーと、強制的に行為をさせる! それがコンセプトなんだよ!』

 

 俺はその言葉にわなわなと震えながら叫ぶ。

 

「強制的に行為をさせるって! 何が『信念を見せてよ』だ! もとから、そんなことをさせる気がさらさらないじゃないか!」

 

 信念を見せて欲しいと言った割りに、その信念を無くさないと、先に進めない仕組みを用意していたことに、俺は怒りからそう叫ぶ。

 

『あはは、ごめんね~。でも、どんなものだって、やってもらわないと、その良さは分からないからさ~。と言うわけでさっそくやってみようか!』

 

 だが、圧倒的な優位に立つリディアはそれを受け流し、さっさと行為を始めろと、俺達に促し始めた。

 

「誰がそんなことをするか」

『まあ、そういうのは勝手だけどね。その部屋の仕組みは、もう始まってるよ?』

「なにを……」

 

 俺がそう言った時、俺は自分の体に起こった異変に気付いた。

 

「なんだ? 体が動かない……!?」

 

 まるで金縛りにあったかのように体が動かない。

 俺がそう言ったのを皮切りに仲間達もその事態に気付く。

 

「師匠! わたしも動きません!」

「どうなってんのよ! これ!」

「何これ!? パパ! 助けて!」

「レシィも動けないよ!?」

「レシリア様もという事は状態異常ではない……?」

「まさか、またわたくしのスキルが……」

「いや、それとは何か違う感じがするのです!」

 

 来幸の言う通り、レシリアが動けないと言う事は、状態耐性リングによる耐性で、この事態を防げていないと言うこと、つまりは状態異常によるものではない。

 

 それに、シルフィーが言う通り、ルイーゼのラッキースケベによる強制的な行動の制御とも違う気がする……。

 向こうは勝手に体が動き、絶対に抗えないものだが、こちらはどちらかと言うと、外側から無理矢理、体をそうなるように動かされている感じだ。

 

「体が……勝手に!?」

 

 来幸がそう口にするのと共に、俺も含めて全員の体が勝手に動き出し、そして自らの服を脱ぎ始めた。

 

「クソ……!? どうなってる……!? 何が……」

 

 まるで原因が分からない状況。

 そして抵抗によって妨害は出来ているが、完全に防ぐことが出来ず、少しずつ脱がされていく服というタイムリミットの存在。

 

 焦りが広がる中で、来幸がこの状況の原因となる存在に気付く。

 

「フレイ様! 影です! 全員の影が!」

 

 来幸の声に従って、影を見ると、それぞれの影に、何らかの魔物が取り憑き、影を操ることで、俺達の肉体を動かそうとしているのが見えた。

 

「此奴が俺達の体を操っているのか!」

『あ~あ。もうバレちゃったか~』

 

 俺達がその影の魔物に気付くのと同時にリディアがそう声を上げる。

 

『その通り! 其奴らシャドウバインドは、影に潜んで相手を縛り、その行動を操ることが出来る魔物なのさ! 特にここにいる個体は私達エルフが特別に動きを仕込んだ特殊な個体でね! その部屋に入ったのがどれほどうぶでマグロな子だったとしても、勝手に体を操作することで、歴戦のテクニシャンのような動きで行為を行い、極上の快楽を味合わせてくれる優秀な子達なのさ!』

 

 リディアはそう自慢げに語る。

 

「勝手に体を動かして行為をさせるとか、趣味が悪いな……!」

『そうかな? 初めての行為で失敗することもなく、むしろプロの技を覚えることが出来るんだから、とってもいいことだと私は思うけど?』

 

 相変わらず意見の合わないエルフの言葉を聞きながらも、俺はシャドウバインドから逃れようと動く。

 

『むだむだ~。しっかりと強化してあるそのシャドウバインドは、人の力じゃ抜け出すこと何て出来ないよ! 貴方達に残された選択肢は、それに操られて大乱交をし、シルフィードと一緒にめくるめく快楽の日々を堪能することだけさ!』

 

 リディアの言う通り、力でシャドウバインドを引き剥がすことは難しいようだ。

 そして、体の動きを制御される以上、背後にいるシャドウバインドを魔法などで狙うことは難しく、他の者に取り憑いたシャドウバインドを狙おうにも、動き回られて回避されるような状態になってしまっている。

 

 そうこうしている間に、他の者はまだ服を脱がないように抵抗している中で、一人早々に全ての服を脱ぎ捨ててしまったエルザが言う。

 

「体が勝手に……! 悪いわね! フレイ!」

 

 何処か、野獣のような目を見せながら、そう言って俺に向かって、抱きつくように飛び込んでくる。

 

 目の前に迫り来る、生まれたままの姿のエルザ。

 だが、俺はこの状況を乗り越える手を既に見つけていた。

 

「これがラッキースケベではないと言うのなら――! 転移!」

 

 それによって、俺は全く別の場所へと転移する。

 そして、それに気付いたエルザは叫んだ。

 

「しまった! 転移があった!」

 

 ……しまったって言葉、ここで出るのはおかしくない?

 

 俺はそう思いながらも、取り寄せでナイフを手元に召還する。

 当然、それを許さないシャドウバインドは、それを俺の手から落とすが、それこそが俺の狙いだった。

 転移の力を利用し、落としたナイフを移動させ、加速させることで、鷹の目のイヤリングの三人称視点で把握した、自分の影にそれを突き刺す。

 

「ぎしゃあ!?」

 

 ナイフが刺されたシャドウバインドは、そんな断末魔の声をあげて死に絶える。

 

『ああ! 育てるのに苦労したのに!』

 

 そんなリディアの嘆きの声を聞きながら、俺は更にナイフを取り出し、その場にいる全員の影に向かって投げつけた。

 

「ぎしゃああああ!?」

 

 それによって、全てのシャドウバインドが倒されて、その場にいる全員が、体の自由を取り戻す。

 そんな中で、ノルンが俺に向かって、抱きついてきた。

 

「パパ! 怖かったよ!」

「お~。よしよし。恐ろしい魔物はパパが倒したからな。もう怖がらなくて大丈夫だ。……それと服をさっさと来てくれ、いつも言っているが淑女の嗜みだぞ」

 

 俺がそう言うとノルンは服を着た状態に変化した。

 俺はそれを見て、思わず思う。

 

 最初に出会った時は全裸で、それ以降は服を着た状態で人化するけど……こう言う人化する奴らの服ってどう言う扱いなんだ? 全裸の竜から変化しても着てるから、好きなように変化出来る肉体の一部って感じのものなのか?

 

 追求してはいけない深淵を垣間見たような気になりながらも、俺も脱ぎ捨てた服を着込み、他のメンバーもいそいそと服を着込み直す。

 そんな中で、ユーナが、エルザに軽蔑の目を向けて言った。

 

「エルザさん。さっきのはないと思います」

「あ、あれはシャドウバインドに操られて――」

「それは分かりますけど、もっと抵抗できましたよね?」

 

 同じように操られていたユーナからして見れば、あの早さで服を脱いで俺に飛びかかったのは、明らかに自分の意思でやっていたように見えたようだ。

 

「そ、それは――」

 

 厳しい追求の目にさらされたエルザは思わず口籠もる。

 

「フレイ様も、それ以外の方も、全員がエルフの思惑に乗らないように、快楽に墜ちないように必死で頑張っている中で、あっさりとエルフの手口に墜ちて、そしてフレイ様を一人抜け駆けして襲うなんて――やはり貴方は卑しい雌犬ですね」

 

 ユーナと同じように軽蔑の目でエルザをみる来幸。

 エルミナの事も合わせて罵倒され、そして来幸とユーナ以外にも、厳しい目で見られたエルザは、耐えきれなくなったのか土下座をして言った。

 

「う、ぐ……すみませんでした。魔が差してしまったんです。あたしはそこのメイドが言う通り、卑しい雌犬です……」

 

 そんな風にエルザが謝る中で、リディアの声が再び響く。

 

『全部殺すなんて酷い! 其奴らがどれだけ価値があるのかわからないのかい!? 何百年と技術を蓄積した、エルフの妙技を受け継ぐシャドウバインドなんだぞ!』

 

 憤りを露わにしてそう言うリディア。

 その声を聞くだけで、むしろ俺には笑みがこぼれる。

 

「それは良かった。これで悪の芽を一つ摘めたな」

『っ~!? いいよ! それならそれで! どちらにしろ、その部屋を出るためには誰かとセッ○スしないといけないんだ! プロの技で行為が出来なくなったんだから、素人同然の君達で苦労しながらエッチすればいいさ!』

 

 吐き捨てるようにそう口にするリディア。

 だが、何かに気付いたのか、その声色に愉悦が混ざり出す。

 

『そうだよ。よくよく考えて見れば、そっちの方が面白いかも知れない。お互いに初めての行為に対して貴方達が、どんなたどたどしい愛し合い方を見せてくれるのか、それをじっくりと拝ませてもらおうじゃないか!』

 

 そう言った後、『ほら、さっさとセッ○スしろよ~』と何度も煽りのような言葉を俺達に向かって投げつけるリディア。

 

「本当に此奴、しつこいし、やかましいな……」

 

 俺は思わずそんなことを呟く。

 その時、ノルンが服の袖を引っ張っていることに気付いた。

 

「どうしたノルン?」

「ねえ、パパ。さっきから気になってたんだけど、セッ○スってなに?」

 

 唐突に娘からエロ用語について質問を受ける。

 まさか、恋人もまだ出来た事ないのに、そんな事態が起こるなんて思わなかった俺は、思わず回答に困って固まった。

 

「……いや、ノルンにはまあ早い。大人になってからの話だな」

「ええ~。教えて~」

 

 ノルンの言葉を無視して、俺は扉へと目を向ける。

 変にエロ用語を教えて、逆レイプロリドラゴンに覚醒されても困るため、俺はノルンの質問に答えることを避けたのだ。

 

「しかし、どうするつもりですかフレイ様?」

 

 俺の側に来た来幸がそんな風に問いかける。

 俺はそんな来幸に笑顔を見せて言った。

 

「もう、突破する方法は見つけているんだ」

「え!? そうなんですか!? さすが師匠です!」

 

 俺の言葉を聞いたユーナがそんな声を上げた。

 そして、シルフィーが俺に向かって聞いてくる。

 

「いったい、どうやって突破するのです?」

「それは勿論決まっている……! 物理で越えるのさ!」

 

 俺はそう言うとおなじみの鉄球を出して、繰り返し落下をさせることで、その鉄球をどんどん加速させていく。

 

 これがゲームとしてプレイしているのなら、俺はこのセッ○スしないと出られない部屋に対して、為す術なく敗北することになっていただろう。

 なぜなら、ゲームにおいてはマップというのは絶対だからだ。

 

 だが、ここはゲームが現実化した世界。

 マップなんてものは存在しないし、自由に行動することが出来る。

 そしてここが現実化していると言うのなら――。

 

「絶対に壊れない――不壊属性なんてものがあるわけもない! どんなものであろうとも……! 殴ればいずれは壊れるんだよ!!」

 

 俺はそう言うと鉄球を発射した。

 鉄球は扉や迷宮の壁へとぶつかり、そこを大きく破壊する。

 

「はははっ! まだまだ! 幾らでも球はあるぞ!」

 

 俺は再び鉄球を転移させ、まるでマシンガンのように、何度も加速させて、何度も迷宮へとぶつける。

 通常では壊せないと言われるほど、強固さを誇る迷宮の壁が、何度も鉄球をぶつけられたことで、次々と抉られ、そして破壊されていく。

 

「はははっ! 物理は全てを乗り越える! 理不尽なエロゲーのお約束を! この俺が全て! ぶち壊して行ってやろう!」

 

 その言葉とともに、俺は迷宮の壁だけではなく、その先にあったエルフが用意したフロアも、鉄球を用いてズタズタに破壊して行った。

 

☆☆☆

 

「そ、そんな!? 私達の迷宮が……壊されていく!」

 

 リディアは迷宮の入口にあった、この迷宮を監視するための部屋で、次々と迷宮を破壊していく、フレイの姿を見て、思わずそんな悲鳴を上げた。

 

「ああ、何の障害物もない部屋で、尿意を促進する霧を散布して、強制的におしっこプレイをさせて、羞恥心を削り取り、新たな扉を開かせる尿の間が! 霊薬で感度100倍にしてから、ハケなどの様々な道具で全身を弄り、肉体の全てでイクように開発する目覚めの間が! それだけじゃない。その先にあった他の部屋まで!」

 

 エルフの試練は未熟なエルフ――性に消極的な陰キャエルフ達を放り込み、性に奔放な悪のパリピエルフへと生まれ変わらせるための矯正施設だ。

 その為に、徐々に性への抵抗をなくさせ、そしてその上で、様々な性癖や、あらゆる快楽への興味に目覚めるように、それこそありとあらゆるエロを行わせる仕組みが各フロアごとに備わっていたのだ。

 

 それはある意味で快楽主義を極めたエルフの傑作と言っていいものであり、エルフで無かったとしても、このダンジョンに潜れば、立派なビッチやヤリチンへと、成長させることが出来るような代物なのだ。

 

(実際に里のエルフが人族を連れて来て、このダンジョンに放り込んだ時は、ちゃんとエルフ色に染め上げることが出来たって言うのに……! こんな運命の相手なんてものを信じている奴を相手に……!)

 

 目の前の事が理解出来ずに、思わず指を噛むリディア。

 彼女が為す術なく見ている間にも、ダンジョンは次々と破壊されていく。

 

「はは……だが、その快進撃もここまでさ!」

 

 力なく笑ったリディアはそう気合いを入れ直す。

 

「この先には最強の守護神がいる! 其奴は鉄球じゃ倒せない!」

 

 リディアが映像を見る中で、フレイの鉄球は何かに受け止められた。

 そして、その存在に気付いたフレイは思わず叫ぶ。

 

『此奴は――エロゲスライム!?』

「ははは! そうだよ! それこそが、このダンジョンの最奥の部屋を守る最強の守護神! どんな相手だろうと、快楽の墜ちさせる最強の魔物さ!」

 

 リディアはフレイ達に聞こえるようにしてそう叫んだ。

 

「そうだよ。このスライムが負けるはずがない。だって、実証実験の為に各地にダンジョンを放逐させた時は、女性であるならS級冒険者ですら、為す術もなく快楽墜ちさせた魔物だもん」

 

 リディアは自分に信じ込ませるようにそう口にする。

 

「私達エルフが、あらゆる霊薬や魔法を使って改造し、作り出した最強のエロスライム――私達の技術の集大成が負けること何てあるはずがない!」

 

 リディアはそう言葉にし、再び映像へと目を向け直した。

 

☆☆☆

 

「これは……あの時の……」

 

 エルザがトラウマを刺激されたのかそのようなことを口にする。

 そして、俺も見覚えのあるそれを見て、思わず声をあげた。

 

「此奴は――エロゲスライム!?」

『ははは! そうだよ! それこそが、このダンジョンの最奥の部屋を守る最強の守護神! どんな相手だろうと、快楽の墜ちさせる最強の魔物さ!』

 

 鉄球を止める何かがいると思ったら、まさかのエロゲスライムだった。

 スライムの液体で出来た体には、加速させた重量物をぶつける俺の攻撃は、あまり相性がよくない。

 

「っち! 厄介なものを出してくる……!」

『ははは! 幾ら貴方でも! これは越えられないだろう! そのスライムによって、全員快楽墜ちしてしまえばいいのさ!』

 

 そんなリディアの声が聞こえる。

 だが、俺はそんなリディアの台詞に、思わずにやりと笑った。

 

「確かに初見だったら、為す術もなく負けていたかもな」

『え?』

「だが、俺は此奴と以前に戦ったことがある!」

 

 俺はそう言うと取り寄せで薬が入った瓶を取り寄せた。

 そしてそれを俺はエロゲスライムに向かって投げる。

 

「一度戦った敵は! しっかりと対策を取って! 次あった時は確実に倒せるようにするのが! ゲーマーってもんだんだよ!」

 

 何処にどんな敵が出るのかを把握し、耐性装備を用意して準備万端で挑むのが、一般的なプレイヤーの遊び方というものだろう。

 

 俺はそれに習って、以前に戦ったエロゲスライムの断片と魔石を渡したケイトスに、エロゲスライム用の特殊な薬剤の開発を依頼していたのだ。

 

 今投げた瓶の中身はその成果。

 あらゆるエロゲスライムを完封する、最強のエロゲスライム特攻を持った、インフィニット・ワンには存在しなかった――この世界オリジナルの薬なのだ。

 

「エロゲ世界であろうとも……! 二番煎じはいらないんだよ!」

 

 俺はそう言うとナイフを投げて瓶を割る。

 それによって飛び出した中身が、エロゲスライムへとかかり、エロゲスライムは苦しそうに蠢きながら、その体を蒸発させていく。

 

 やがてエロゲスライムは、そのまま死に絶え、魔石へと転じた。

 

『そ、そんな……馬鹿な……!? 嘘だっ!? スライムが……スライムが倒されるなんて!? そんなのあり得ない!? 嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁああああ!!』

 

 事実を受け入れられないリディアのそんな叫びが聞こえる。

 

「これはスカッとするな」

 

 俺はそんなリディアの声に達成感を覚えながら、エロゲスライムの魔石を回収し、その先にある扉に目を向ける。

 

「さて、ぶっ壊すか……」

『ま、待って! ちょっと待って!』

 

 俺の言葉を聞いたリディアは発狂から立ち直り、そう俺に言ってきた。

 

「今更何だよ。迷宮を壊さないってのはルールにはない。このダンジョンに入るときに、俺はしっかりと確認したはずだぞ? 他のルールはないって」

『そ、それは分かってるよ! だからこそ、これまで文句を言わなかっただろう! でも、さすがにそこを壊すのは止めさせて貰うよ!』

「何でだよ?」

 

 俺は素直にリディアにそう問い返す。

 そんな俺にリディアは言った。

 

「そのスライムは最奥の扉を守る番人なんだ。つまりその先にはエルフ像が置かれた部屋がある。そんなところをその鉄球で吹っ飛ばしたら、エルフ像も粉々になっちゃうよ! 最初に言ったよね? エルフ像は万全の状態じゃないと、エルフの試練を達成したと認めないから!」

「そう言えば、そうだったか」

 

 俺は鉄球で次の部屋を吹き飛ばすのを止めて、目の前にある扉を見る。

 扉はこのダンジョンに挑んでいる人数分存在していた。

 

「一人一個の扉か――何が待ち受けているんだか」

「普通にエルフ像が置いてあるだけじゃないんですか?」

 

 俺の言葉にユーナがそう言う。

 

「ここまで色々とやらかしたエルフが、素直にエルフ像だけをおくか?」

「あまり、想像できませんわ」

 

 俺の言葉にルイーゼが頷く。

 

「それでも、進むしかないでしょ?」

「そうだな。……もしもの時は壁を破壊するから、全員、中に入るときは、壁から離れた場所にいるようにしてくれ」

 

 エルザの言葉にそう言うと、俺達はそれぞれの扉を決め、一斉にその中へと足を踏み入れた。

 

☆☆☆

 

「ふう、何とか、部屋を壊されずにすんだか……」

 

 リディアはその様子を見ながら一人呟いた。

 スライムが倒されたことに動揺してしまったが、それでも最後の部屋に行かせるという目的は達成することが出来たのだ。

 

「貴方達の予想の通り、そこはただの部屋じゃない」

 

 そう言って、リディアは笑う。

 シルフィードを快楽に染め上げる最後の一手は残っていると。

 

「その部屋は寝取りの間。幻術によって、部屋の中にいるエルフが、その時、自分が最も愛している相手に見える特別な部屋さ」

 

 寝取りの間は、部屋に入ってきた者の異性となるエルフがその部屋に召還される仕組みになっている。

 そうして、召還されたエルフは、部屋の仕組みである幻術によって、入ってきた者が最も愛していると思う存在へと姿を変えるのだ。

 幻術によって姿を変えたエルフは、部屋の仕組みによって、その存在になりきり、部屋に入ってきた者を誘惑し、情交を交わすために動く。

 エルフの言動や或いは行動は、幻術によって補正がかけられ、部屋に入ってきた者が、愛している相手に望む言葉へと置き換わってしまう。

 それによって、エルフを愛している相手だと誤認し、部屋に入ってきた者が、そのエルフと行為を初めてしまうと、その行為のさなかに幻術をあえて解き、自分が全く違う相手としていたことを知らしめるのだ。

 

 だからこそ、寝取り間とこの部屋は呼ばれている。

 何故、そんな回りくどいことをするのか。

 その理由は――。

 

「まさにビッチに落とすために最適の部屋だよね! 好きな相手と思って肌を重ねた相手が、実は全く違う別人だったと気付く……その時に、その子は気付くのさ! 相手が誰であっても気持ちいいのは変わらないって! そうして、その子は立派なビッチへと――一人前のエルフへと成長するのさ!」

 

 このスライムの間に来るまでの部屋は快楽と性癖の追究だ。

 それによって、性に奔放になることは出来るが、それだけではビッチやヤリチンに――完全なエルフとして完成することは出来ない。

 

 何故なら、快楽を得るための相手を、シルフィードのように、添い遂げると誓った、運命の相手だけに絞ることが可能だからだ。

 

 快楽を得るということを知るだけでは、より大勢の相手とするという、ビッチやヤリチンの思想には繋がらない。

 しっかりと節度を持っている者なら、快楽を得ることにのめり込むようになっても、その相手を自分の好きな相手だけにするだろう。

 つまり、このエルフの試練は、ただ愛し合う二人のプレイの幅を増やしただけ、という形になり、その者を一人前のエルフにするという目的が果たせなくなる。

 

 だからこそ、この寝取りの間が最後に存在している。

 

 これまでの様々なフロアで、度重なる快楽によって身も心もボロボロになり、ようやく辿り着いたスライムの間。

 そこで、圧倒的なスライムと戦って敗北し、それでもこれが最後だと知って、これまで共に乗り越えてきたことをパーティーメンバーである異性と喜び合う。

 

 そうして、油断して安心した所で、寝取りの間に放り込むのだ。

 

 これまでのダンジョン攻略で、苦楽を共にしてきた、パーティーメンバーである異性との仲は深まっているだろう。

 互いに快楽を貪る形となるフロアの特製を考えれば、それによって全てをさらけ出した相手を、好きになってしまっている可能性すらあるかも知れない。

 そうして好意を持つ相手が存在する状況で、この部屋へと入ってしまうことで、この悪辣な罠は機能し始めてしまうのだ。

 

 疲れ切ってゴールした者の前に現れる愛しい相手。

 多少おかしいと思っても、これまで頑張ったご褒美に、エルフがここに連れてきてくれたと言われれば、疲労困憊なその者は正常な判断が出来ず、信じてしまう。

 

 そうして、その相手の言葉を信じ、その相手を自分の愛しい存在だと、完全に誤認してしまった時、成り代わったエルフは動き出す。

 言葉巧みに愛を囁き、ダンジョンクリアのご褒美だと言って、その場でこの部屋に入った者と、肌を重ねて愛し合うのだ。

 

 愛しい人との行為……。

 これまでのダンジョン攻略という苦労が全て報われたという状況に、部屋に入ってきた者の気持ちも盛り上がり、その行為はより激しく盛り上がり、愛し合う気持ちはより強くなっていく。

 

 そうして、愛しい人とだからこそ、心の底から実感出来る、最高の快楽と幸せを感じている中で、幻術を解き、それが別人だったと知らせるのだ。

 

 行為を行っている相手が別人だと気付いた時、その者はこれまでにないほどに、混乱することになるだろう。

 

 別人だというのに、愛しい人と同じように幸せと快楽を感じていた。

 別人だと分かったのに、それまでと同じように幸せと快楽を感じる。

 愛しているはずなのに、肌まで重ねているのに、別人だと見抜けなかった。

 

 その頭の中に沸きあがる様々な思い。

 

 偽りでも感じる快楽、偽りと知ったのに続く快楽、愛しい人を見抜けなかった後悔、そんな自分への侮蔑、自己嫌悪しながらも続ける浅ましさ、もっと気持ちよくなりたいと望む行為に対する情欲――あらゆるものでぐちゃぐちゃになった精神はやがて一つの答えに辿り着く。

 

 ――ああ、誰であっても気持ちいいのは変わらないんだ、と。

 

 そうしてその者は、一人前のエルフとして新生するのだ。

 

 それこそが、このエルフの試練の締めくくり、最後にして最大の罠。

 

「シルフィード。誰かを好きになるってことはね。脆さにも繋がるんだよ。相手を好きだからこそ、相手のことを勘違いして、この寝取りの間に墜ちていく」

 

 恋愛とはある意味でだまし合いだ。

 相手に好きになって貰うために、普段の自分を偽り、男ならより格好良く見えるように、女ならより可愛く見えるように自分を飾り立てる。

 

 だからこそ、相手のことを本当の意味で理解出来ない。

 

 何故なら、その者が好きだと考えて燃え上がった思いは、その相手の努力によって、作られてしまったものだからだ。

 元から作られたものだからこそ、同じようにそれを作った者を、その誰かに成り代わろうとした者を、その相手だと誤認して身を捧げてしまう。

 

 好きだから悪いところを――本当の相手を見切ることが出来ずに、自分の空想上の好きな相手を信じ切り、その結果として騙されることになってしまう。

 

「運命の相手なんて、そんなものを望んでるシルフィードは絶好のカモだ! 物語のように完璧な相手を望むほど、相手の悪いところを見ないようにして、自分が作り上げた理想の恋人像に浸り、自分を騙して愛し合う事になるんだからね!」

 

 リディアは確信していた。

 思い描く理想が高ければ高いほど、純愛を求めれば求めるほど、この寝取りの間に逆らえないということを。

 

☆☆☆

 

「あれが目的のエルフ像……」

 

 その部屋についたシルフィーは目の前に安置されたエルフ像に目を向けた。

 そして、そのエルフ像を取るために近づこうとするが……。

 

「シルフィー?」

「え? フレイがなんでここにいるのです?」

 

 唐突に目の前に現れたフレイに思わずそんな言葉を投げかけるシルフィー。

 そんなシルフィーに対してフレイは言う。

 

「あそこの扉から来た。どうやら部屋が繋がっていたみたいだな」

 

 フレイの指し示す方を見るともう一つの扉があった。

 それを見て、フレイがそこから来たことに納得するシルフィー。

 

「でも、それだとエルフ像はどうなるのです?」

 

 ここには目の前にあるエルフ像一つしか無い。

 フレイもここに来たというのなら、エルフ像は二つ必要になるはずだ。

 

「もしかしたら、何処かに隠されているのかも知れない。探してみよう。シルフィーも探すのを手伝ってくれるか?」

「もちろん、なのです!」

 

 そう言ってシルフィーとフレイは捜索を始める。

 そんな中で、フレイはシルフィーに語りかけた。

 

「俺達の勝ち――だよな?」

「え? 何のことです?」

「このダンジョン攻略は言ってみれば、エルフ共のクソみたいな考えと、俺達の運命の相手を求めると言う志の対決だったわけだろ?」

 

 フレイはそう振り返るように口にする。

 

「確かにそうなのです」

「だからこそ、俺達の勝ちってことだよ。もう後はエルフ像を手に取るだけで終わる。あのエルフ達が用意した悪辣な罠を俺達が全て乗り越えたんだ」

 

 そう晴れ晴れとした表情で語るフレイ。

 そのフレイの言葉にシルフィーが言う。

 

「拙達の勝ち……? 拙はお母さんに勝って、志を貫けたのです……?」

「ああ、そうだ! 俺達だからこそ乗り越えられた! 言っただろう? 一人では難しくても、純愛を尊ぶ俺達二人なら、エルフのような巨悪が相手だろうと、きっと立ち向かえるって! 俺達は成し遂げたんだよ!」

 

 フレイはそう喜びを共有するようにシルフィーに向かって言う。

 そして、フレイはシルフィーの前に移動し、シルフィーの肩を掴んだ。

 

「だからこそ、俺は今回の件で思った」

「何を……なのです?」

 

 フレイの真剣な表情、そして話の流れから来る雰囲気によって、シルフィーの心はもしかして……という気持ちでトクンと高鳴る。

 

「俺達は相性が抜群だってことさ。互いに運命の相手を求め合う俺達なら、絶対にお互いを裏切らない! だからこそ、俺達なら! ずっと互いを愛し続けたまま、幸せに添い遂げることだって出来るはずだ!」

 

 そこでフレイは意を決すると言う。

 

「だから……シルフィー、俺をお前の運命の相手にしてくれ!」

「……」

 

 フレイからシルフィーへのプロポーズ。

 それを受けたシルフィーは押し黙る。

 

「どうしたシルフィー? 返事を聞かせてくれないか?」

 

 そんなシルフィーを見て、フレイが思わずそう聞いた。

 

「違うのです……」

「ん? 何が違うんだ?」

 

 ぽつりとそう呟くシルフィー。

 シルフィーの意図が分からなかったフレイは思わず聞き返す。

 それに対するシルフィーの回答は――拒絶だった。

 

「お前は偽物なのです!」

 

 シルフィーはそう言うと自分の肩に掛かっていた手を払いのける。

 そして、偽物のフレイに対して叫んだ。

 

「それは確かに拙が言って貰いたい言葉なのです! でもきっと、拙が好きになったフレイはそんなことを言わないのです!」

 

 シルフィーは理解していた。

 ――自分がフレイを好きになっていることを。

 

 最初はただの同士としての安心感だけだった。

 だが、七日間という短い期間とは言え、共に過ごし、そして常に自分の志を肯定してくれるフレイに、少しずつ気持ちが動いていっていた。

 

 決定的に好きになったのはこのダンジョンに入る前のリディアとのやり取りだ。

 リディアの言葉に晒され、思わず自分の夢を諦めそうになったその時、フレイは手を差し伸べて、自分の為にリディアに立ち向かってくれた。

 それだけではなく、シルフィーの思いは何も間違っていないと、だからこそ、自分の道を信じろと、シルフィーの思いを全肯定してくれた。

 それによってシルフィーの心は大きく揺り動かされ、そして自分の志を信じる勇気をフレイに貰うのと共に、フレイへの思いも大きくなっていったのだ。

 

 その時にシルフィーは思った。

 

 自分の運命の相手はこのフレイなんだと、自分が添い遂げたいと願うのはフレイなんだと、それに気付くのと同時に、沸きあがる自らの恋心を知ったのだ。

 

 だけど――同時にシルフィーは実感していた。

 きっと、フレイが思う、運命の人は自分じゃないんだろうな……と。

 

 これまでの日々の中で、フレイはシルフィーを同士として尊重しながらも、恋愛相手としては一歩引いた態度を取っていた。

 お互いに運命の相手が欲しいと言っているのに、シルフィーの方は運命の相手として少しずつフレイを意識していたのに、フレイの方はそんなことも全くなく、シルフィーを完全な対象外として扱っていた。

 

 運命の相手を同じよう求めるシルフィーだからこそ。

 そのフレイの細かな心の機微に気付くことが出来たのだ。

 

 だからこそ、心の何処かで願っていた。

 フレイが自分のことを運命の相手にしてくれることを。

 

 ――先程のようなプロポーズを待ち望んでいたのだ。

 

 だけど、それは自分が好きになったフレイじゃない。

 好きな相手に勝手に押し付けた自分の理想だ。

 

「拙が望むことを言えば、拙の好きな人に成り代われると思ったのです?」

 

 シルフィーは怒りを滲ませながらそう口にする。

 

 好きな相手に自分が望む言葉を吐いて貰う……。

 その甘い嘘は、恋する乙女には何よりも効く行為だろう。

 

 だって誰もが望んでいることだからだ。

 好きな相手に、自分の理想通りに、自分を好いて貰うことは。

 

 だからこそ、この甘い嘘に多くの者が嵌まってしまう。

 それが、自分が好きになった相手を捨て、自分の理想像に逃げるという、裏切りであったとしても――。

 

 だが、シルフィーはそうならなかった。

 なぜなら、シルフィーには信念があったからだ。

 

(添い遂げるというのは、お互いの思いがあってこそなのです! 拙は運命の相手を見つけたいのと同時に、その相手に取っての運命の相手になりたいのです!)

 

 好きな相手の運命の相手になりたい――。

 

 それは夢見がちな恋する乙女なら誰もが抱く思いだ。

 だが、その一方で、これは、愛されるための努力をするという、不退転の覚悟で臨む、好いた相手への誓いとなる思いでもある。

 

 なぜなら、好きな相手の運命の相手に――特別な存在になるというのは、その言葉のロマンチックさと裏腹に、とても過酷で辛く苦しいものだからだ。

 それは何故かと言うと、シルフィーのように、どれだけ自分が相手のことを、運命の相手だと思って、好きになったとしても、その相手が同じように、自分のことを好いてくれるとは限らないからだ。

 

 相手のことが好きであればあるほど、見向きもされない日々は、辛く苦しいものであり、ロマンチックで甘い夢を見ていただけの者は、その苦しさに耐えきれずに、愛した相手の特別になることを諦めて行ってしまう。

 だからこそ、その過酷さを知った上でなお、愛した相手の特別な存在になりたいと、好きな人の運命の相手になりたいと言い切れる者には、どれだけ困難があったとしても、絶対に好きな相手に相応しい存在になるという覚悟があるのだ。

 

 故に、好きな相手の運命の相手になりたいという言葉は、愛されるための努力をするという、不退転の覚悟を語った、好いた相手への誓いの言葉になり得るのだ。

 

 そしてそれを理解しているからこそ、シルフィーは思う。

 

 こんなところで甘い嘘に騙されて、自分の理想像に逃げるような奴なんかが、本当に自分が好きになった相手に相応しいのか?

 

 ――そんなわけがない!

 

 例え、好きになった相手が、自分のことをなんとも思って無かったとしても、好きになった相手に、貴方が恋するのに相応しい人なんだと、自分のことを誇れるように、身勝手な自分の理想に逃げずに、立ち向かわないといけないのだ。

 

 これこそが、運命の相手とした相手と添い遂げるための覚悟。

 好きになったからこそ、その相手に好きになって貰うための努力をする――そんな恋愛に取っては当たり前で――何よりも大切な行いに対する覚悟なのだ。

 

 だからこそ、シルフィーはこんなものに唆されるわけにはいかない。

 それに何よりも、シルフィーには許せないことがあった。

 

 好きな相手に成り代わり、甘い嘘に浸らせれば簡単に墜ちる――。

 

 色々な思いを積み重ねて、自分が育んだこの恋心を、そんな風に他人に勝手に決めつけられるのが許せなかった。

 何よりも大切で心地よく感じる自分の恋を、簡単に壊せてしまう、その程度の恋だと、軽く扱われることが許せなかった。

 

 そう、シルフィーの中で燃え上がる恋心が、この状況に対して、強烈な怒りを感じていたのだ。

 だからこそ、シルフィーは叫ぶ。

 

「拙の思いを……! 馬鹿にするな!!」

 

 そう言うとシルフィーは偽フレイを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた偽フレイは、壁に叩きつけられると「ぐぇ」という情けない声を出して、そのまま気絶して地面に崩れ落ちる。

 

「人の恋を軽く見て! 好きな相手に成り代われるなんて! 勘違いをしているクズ野郎は! そこで寝てろ! です!」

 

 そう言うとシルフィーはエルフ像を手に取り、本物のフレイに会うために、部屋の外へと向かっていった。

 

☆☆☆

 

「ここが最後の部屋ね……」

 

 俺はその部屋を警戒しつつ周囲を伺う。

 そして、最後に部屋の中央に安置されたエルフ像へと目を向けた。

 

「あれが目的のエルフ像か、何かあるかわからんし、さっさと確保して、この部屋から退散するか」

 

 俺はそう言って歩き出す。

 すると唐突に、その部屋に何者かが召還される。

 

「っ!? なんだ!?」

 

 俺は取り寄せた剣を構えながら、その様子を伺う。

 現れたのはエルフの少女だった。

 見覚えのない其奴は、親しい相手にやる雰囲気で、両手を広げて言う。

 

「待っていたわ! 貴方の事を!」

「なんだ此奴……」

 

 唐突に俺の事を待っていたと見知らぬ相手に言われ、エルフの少女のその行いに対して、不気味さを覚える。

 

「これまで大変だったわね。でも、私達だから乗り越えられた。そう私と貴方だからこそ、ここまでやってこれたの!」

 

 まるで舞台を演じる女優のようにそう語って近づいてくるエルフの少女。

 俺が警戒してその動きを観察していると、その少女はまるで恋い焦がれた相手が目の前にいるかのように、瞳をうるうるとさせ、艶やかな顔で言う。

 

「その時に私は思ったの。ああ、貴方のことが好きだったんだなって、もし貴方も私の事を好いてくれているのなら……ここで貴方と愛し合いたい」

 

 そう言って服を脱ぐためか自らの服に手を掛けるエルフの少女。

 それを見た俺の気持ちは一つだった。

 

「なに此奴……気持ちわる!!」

 

 嫌悪感満載の目でその少女を見る。

 見知らぬ相手が突然親しいムーブをしながら、好きだと言い始めて、行為を要求するとか、気色悪くてたまらない。

 

 そんな俺の状況にようやく気付いたのか、エルフの少女は顔を引き攣らせた後、俺に対して素直に質問してきた。

 

「あれ? もしかして幻術が聞いてない?」

「幻術って何のことだよ」

「貴方、私のことどう見える?」

「見知らぬエルフ」

「……。え、なんで!? 幻術でこの部屋に入った者が最も愛する存在に姿を変えるはずなのに……! どうして元のままなの!?」

 

 ……どうやら、予想通り、まだ罠があったらしい。

 俺はそのエルフに近づくと、剣を首元に突きつけた。

 

「っちょ!」

「おい、今言ったのがどういうことか、お前が知っていることを全て話せ」

 

 俺がそう言うとエルフは逃げようとしたのか動きを見せた為、そのエルフを足払いで倒し、その顔の横に剣を突き刺す。

 

「何をしようとしても無駄だ。武器ありなら俺の方が強い。くだらない抵抗は止めて、大人しく知っていることを話せ」

 

 俺のその言葉に、エルフの少女は顔の横に突き刺さった剣を、そしてその後に、上から見下ろすように少女を見る俺へと視線を移す。

 そして顔を真っ赤にさせて、嬉々とした表情で言った。

 

「ああんっ! 私、こう言うの好きなの~! もっと、横暴にしてぇ~! もっと、乱暴にしてぇ~! もっと、私に命令してぇ~! ああ、潤っちゃう!」

「……」

 

 さすがエルフ。この少女はとんでもないどMの変態だった。

 

「床ドン! これって床ドンよね! ああ、夢にまで見た床ドン! まさか、こんなところで体験出来るなんて!」

「……無駄口を叩いていいと誰が言った? いいからこの部屋のことを話せ、お前の価値はそれだけだ」

 

 もう、長々と相手をするのが面倒になって、あえて相手の望みである俺様キャラを演じることで、相手に口を割らせようとする。

 

「はい! ご主人様! それだけが価値の雌ブタは何でも喋りまーす!」

 

 それからそのエルフの少女はこの部屋について語り出す。

 ざっくりと内容を纏めると、どうやらこの部屋は入ってきた者の愛しい相手に幻術でエルフが成り代わり、部屋に入ってきた者と情交を交わす中で、幻術を解いて正体を現し、相手を寝取ってビッチに貶めるという事が目的の部屋らしい。

 

「相変わらず悪趣味だなエルフは」

 

 俺は寝取りの間とされた部屋の詳細を聞いて思わずそんな侮蔑の言葉を吐く。

 そして俺は少女への尋問を止めて、エルフ像を手に取った。

 

「ええっ!? もう行っちゃうの!? もうちょっといてよ!」

「黙れ! 縋り付くな!」

 

 そう言って俺はエルフの少女を蹴り飛ばす。

 

「あんっ!」

 

 蹴り飛ばされたのにもかかわらず、エルフの少女はそんな嬌声を上げて、愉悦を浮かべながら、壁へと叩きつけられた。

 

「しゅき~」

 

 壁からしな垂れ墜ちるようにして、惚けた目でそう言うエルフの少女。

 

 俺はそれを見ながら、こんなエルフ達との付き合いも、これで終わりだと思い、さっさと解放されたい気持ちを抱きながら、部屋を出た。

 

☆☆☆

 

 俺が最奥の部屋からスライムがいた部屋に戻ると、そこには既にルイーゼとシルフィー以外の全員がいた。

 

「お前達、早いな?」

 

 他の部屋に入って、助け出さないといけないかと思いきや、幻術が効かなかった俺よりも早い段階で、既に元の部屋に戻っていたことに素直に驚く。

 

 この時間なら幻術に騙されて行為をしたってわけじゃなさそうだしな……。

 

 俺は部屋に入って直ぐにエルフの少女を尋問し、そしてエルフの少女があっさりと話した事もあって、それほど時間を掛けずに部屋を出ることが出来た。

 それよりも早かったとなると、それこそ出会い頭に幻術を見破って、そしてエルフを吹っ飛ばして、そのままエルフ像を取って部屋を出た、と言う動きをしたとしか、考えることが出来ない。

 

 そんな風に俺が思っていると、レシリアが俺に抱きついてくる。

 

「お兄様!」

「レシリア、大丈夫だったか?」

「お兄様、怖かったよ! 見知らぬエルフがいきなり言い寄ってきて、レシィに襲い掛かってきたの!」

 

 そう言って震えるレシリア。

 俺はそんなレシリアを安心させるように抱きしめる。

 

「大丈夫だ。もう、大丈夫だぞ、レシリア」

「だから、レシィ、そのエルフをぶっ飛ばしちゃった! それで、エルフ像を取って、そのまま部屋を出たの!」

「そうか、レシリアが無事でよかった。正しい判断をしたぞ、レシリアは」

 

 レシリアは優しいから、襲い掛かってきたとは言え、エルフをぶっ飛ばした事を気にしていたのだろう。

 だからこそ、俺はその行いには問題なかったと、レシリアを褒める。

 

「えへへ、ありがとう、お兄様!」

 

 俺に頭を撫でられて上機嫌でそう言うレシリア。

 

 しかし、それにしても――。

 レシリアも幻術が効かなかったってことは、これも媚薬による発情状態と同じように、状態異常扱いだったのか?

 

 俺はレシリアを撫でながら、思わずそんなことを考える。

 

 あの時も、媚薬の影響を俺も受けるかもと警戒しながら指輪を外したが、結局俺はその状態異常を受けることはなかった。

 それに先程の部屋の幻術についても、レシリアと同じように、状態異常を受けずに、相手をただのエルフと認識出来た。

 

 ――状態耐性リングを既に外しているのにも関わらずだ。

 

 知らない間に状態異常に対しての耐性が出来ている? 

 どうして――。

 

 その理由について考えた時、レシリアの髪が目にとまった。

 そして、俺はその可能性に思い至る。

 

 そうか、俺の髪色と同じ理屈か!

 精神生命体の肉体への作用……それで本来の状態に戻る動きが働いて、状態異常のような肉体の異常に対して、継続的に治癒効果が働いているのか!

 

 言ってしまえば、神とされる存在は、パッシブで状態異常回復を持っており、軽度の状態異常なら、無効化と言えるような形で回復出来るのだろう。

 

 ……やっぱり、本格的に神化が始まってるのか……。

 

 俺は思わず、そう思いながら、自分を誤魔化すように、レシリアに先程の部屋で起こったことの理由を話す。

 

「どうやらあの部屋は、部屋に入った者が愛している存在に、エルフ達が化けて誑かそうとしてくる部屋らしい。レシリアは状態耐性リングを付けているから、それが効かずに普通のエルフに見えたんだろうな」

 

 俺がそう言うと、レシリアは俺が聞こえないくらいの小さな声で何かを喋る。

 

「へえ~。て言うことはあのエルフはお兄様に化けたつもりでいたってこと? ……そんな万死に値することをしたのなら、もっとこの世の地獄を味合わせるような痛めつけ方をして倒した方が良かったかな」

「ん? どうしたレシリア?」

「ううん。なんでもないよ!」

 

 にこっと笑顔を見せるレシリア。

 先程の件がトラウマになっていないようで良かった。

 

 そんな俺達の元に来幸達が近づいてくる。

 

「あれはそう言うことだったのですね。フレイ様の話を聞いて納得しました」

「来幸は状態耐性リングがないから幻術は効いたのか」

「はい、そうですね。相手がフレイ様に見えていました」

「そ、そうか……」

 

 イベントをクリアしたから俺に惚れていることは知っているとはいえ、愛しい存在が現れる幻術に、俺が現れたと聞くのはちょっと戸惑うな……。

 

「俺よりも早くこの部屋にいるってことは幻術を見破ったんだな」

「ええ、あんな紛い物に気付かないわけがありません。現れた時から、あれが偽物だと私には分かりました」

「そうか、それは凄いな」

 

 幻術がどんなものか俺には分からないが、少なくとも俺の姿に見えている相手を、一瞬で偽物と見抜いたことに素直に称賛の声を上げる。

 

「偽物だと分かりきっているのに、私の好きな人の――フレイ様の振りをして、私に行為を迫るなんて――本当に、殺したくなるほどむかつきましたね」

 

 普段は冷静な来幸が隠しきれない怒りを露わにする。

 

「だから、潰してあげました」

「え? 潰すって……何を?」

「その不届き者の股間をです。エルフのような不埒なゴミには、不能となってそう言うことが出来なくなるのが、一番の罰となるでしょう」

 

 恐る恐る聞いた俺の言葉に晴れやかかな顔で来幸がそう言う。

 するとそれを聞いたエルザが、同じような顔をして言った。

 

「あ、アンタもそうなのね。あたしも股間を焼き尽くしてやったわ!」

「わたしもラースの力を使って、ぶん殴ってやりました! やっぱり、エルフに対する仕置きとしては、不能にしてやるのが一番ですよね!」

 

 きゃっきゃ、きゃっきゃと、まるで私達同じデザートを頼んでいたのね! 的な軽いノリで、相手を不能にするという、恐ろしいことを話す来幸達。

 

 ええ……。一応、幻術で俺に見えている相手ですよね……その相手の股間を潰して、不能にさせちゃったんですか……。

 

 俺は来幸達の話を聞いて、思わず、自分の玉がひゅんとする気持ちを味わう。

 そんな目にあったエルフ達は大丈夫なのかと心配にもなるが、エルフは人間と違って頑丈だし、魔法適性が高くて回復魔法もあるから何とかなるだろ、と思い直して恐ろしい会話から意識を反らしてノルンを見る。

 

「ノルンも見破ったのか?」

「うん! 臭いが違ったから! パパじゃないって分かったよ!」

 

 愛しい者判定で俺が出てきたの!?

 いや、よくよく考えて見れば、ノルンがまともに話した異性は、俺くらいなものだろうから、消去法で俺が出てきてもおかしくないのか……?

 

 ちょっとノルンとの先行きが不安になっていると、また扉が開き、その中からシルフィーが出てくる。

 

「シルフィー! 大丈夫だったか? あの部屋は、部屋に入った者が愛している存在に、エルフ達が化けてくる部屋みたいなんだが……」

「ああ、やっぱりそう言うことだったのです」

 

 納得したような顔でそう言うシルフィー。

 そして、その後に俺に対して笑顔を見せながら言う。

 

「心配ご無用なのです! 運命の相手を求める拙が! あんなのに騙されるわけがないのです!」

「さすが、俺の同士だ!」

 

 運命の相手を求める者が、こんな悪辣な罠に負けるわけがなかった。

 俺はシルフィーの無事な帰還を素直に喜ぶ。

 

 そして、そんな俺をシルフィーはじっと見つめた。

 

「まだまだ、これからなのです」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないのです」

 

 ふとシルフィーが何かを呟いたような気がして、思わずそう聞くと、上機嫌そうにシルフィーはそう言葉を返す。

 

「わたくしが、最後ですの?」

 

 そうこうしていると、シルフィーに続くようにして扉が開く。

 そこから顔を出したルイーゼは、部屋に自分以外の全員が揃っているのを見て、思わずそんな言葉を出した。

 

「ルイーゼも無事か? あの部屋は――」

 

 そう言って俺は再びあの部屋について説明する。

 

「心配いりませんわ。偽物だとわたくしも気付いたので」

「よく気付けたな」

 

 相手が誰かは分からないがルイーゼが見破ったことを素直に驚く。

 

「ええ、あの破廉恥な出来事が起こりませんでしたから……」

「ん? どう言うことだ?」

「なんでもありませんわ……」

 

 顔を真っ赤にしてそう押し黙るルイーゼ。

 

 男に近づけば発動するラッキースケベが、幻術のせいで上手く機能しなかったら、幻術のようなものに掛けられていると気付いたってことかな?

 要領を得ないルイーゼの言葉に対して、俺がそう理由を付けて納得していると、ついにリディアの声が響いてくる。

 

『クソ~! まさか一人も寝取りの間に堕とされることなく、あっという間に突破してエルフ像を手に入れるなんて! 貴方達、全員、頭がおかしいよ!』

「頭がおかしいのはお前達、エルフだろ?」

 

 お前が言うな案件に俺は思わず突っ込む。

 ともあれ、これで俺達は試練を達成した。

 

「俺達はこうして全員がエルフ像を手に入れた。つまりは、エルフの試練を突破したってことだ。許可証を大人しく渡してくれるよな?」

『……分かったよ! 私の負けだ! 許可証は私の家にあるから、取ってくるよ! それまでに、そのダンジョンを脱出しておいてね!』

 

 それだけ言うとリディアとの会話が終わる。

 それを聞いて、俺は来幸達に対して言った。

 

「よし、転移でダンジョンを脱出するぞ。手を握ってくれ」

「……その前に聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

 

 俺の手を握る前に、神妙な顔をした来幸がそう聞いてくる。

 

「まあ、構わないが……なんだ?」

「その……フレイ様はあの部屋でエルフが誰に見えていたのですか?」

 

 緊張した様子で来幸はそう口にする。

 その来幸の一言で、全員が何も言わずに動きが止まり、そして俺の回答を待つように視線を向けた。

 

「ああ、俺もレシリアと同じように見知らぬエルフだよ。どうやら、髪色と同じように、肉体を元に戻す動きが働いているみたいで、今回の幻術のような状態異常なんかも、勝手に回復するみたいだな」

「そうですか……」

 

 俺がそう正直に言うと、至極残念そうに、そして同時にどこかほっとしながら、来幸はそう言葉を口にする。

 

「ああ、そうだ。だから、その状態耐性リングはレシリアにあげるよ。俺にはもう必要のないものだからな」

 

 俺がそう言うとレシリアは目をぱちくりさせる。

 

「えっ? えっ? ほんと? やった! やった~!!」

 

 そして、死ぬほど嬉しいという気持ちを爆発させたように、ぴょんぴょんとそこで飛び跳ねて、全身で喜びを表し始めた。

 

「お兄様の指輪~お兄様の指輪~! お兄様の指輪はレシィのもの~!」

 

 そう言ってその場で踊るようにくるくると回るレシリア。

 俺は妹が喜んでいるその姿にほっこりとしながら、ふと異様に静かな周囲の様子に気付いて、視線をそちらへと向けると、レシリアが喜ぶのと反比例するかのように、不機嫌になっていく来幸達に気付き、思わず目を逸らす。

 

「そ、それじゃあ、さっさと転移しようか!」

 

 何か問題が起こる前に話を変えよう。

 そう思った俺はそう言うと、俺の体を掴む来幸達の何時もより強い力に、ちょっと痛みを覚えながらも、ダンジョンの外へと転移した。

 




今回の話について、感想で質問が来そうな所のQAを乗せておきます。

[Q]
 何で、ラッキースケベ能力があるって分かってるのに、ルイーゼがフレイの真後ろにいたの?
[A]
 蝶よ花よと育てられたルイーゼは、ダンジョンに潜るのは今回が初めてのことであり、ダンジョンに対する不安から、一番頼りになるフレイの側に、ひっそりと忍び寄った形となります。
 フレイは魔物や罠を警戒して、周囲を伺いながらも、前方に意識を向けていたため、背後から忍び寄るルイーゼに気付きませんでした。
 異音がして振り返った時に、ルイーゼが近くにいることに気付きましたが、そこからは走って逃げることを優先して、そのことについて気に掛ける余裕がなく、そのままラッキースケベが発動した形です。

[Q]
 フレイは何で転移でさっさと、ローションの波から逃げなかったの?
[A]
 ローションの波はフロアの全体を覆う形で流れてきました。
 その為、キメラキマイラの時のように、突き飛ばすだけではその範囲から外すことが出来ない為、転移で助けるとなると、全員を救出することが出来ない状況でした。
 そうなってくると、誰を助けるのかという問題が発生するため、あえて転移を使わずに行動し、全員が走って逃げ切れる可能性に賭けました。
 しかし、波の速さからそれが不可能と分かると、このまま全滅するよりも、自分一人でも生き残る方がましだろうと考えて、転移で波から逃れようとしてましたが、その時には既にラッキースケベの術中だったので不可能でした。

[Q]
 何で空を飛べるノルンが波に巻き込まれてるの、それとなんで人化しているの?
[A]
 カルミナクの里についてから、ノルンは基本的にフレイの肩の上に、竜の状態で乗っていました。
 波から逃げるときも、フレイの上に乗ったままだったのですが、ラッキースケベによって、ルイーゼによってフレイが転ばされた時に、フレイの上から振り落とされて、波に巻き込まれた形です。
 エルフの媚薬の効果を喰らって、発情状態になったノルンは、発情先であるフレイが人間だったため、無意識に人化をした形です。


[Q]
 何でシルフィーはエルフの媚薬が効きにくかったの?
[A]
 幼い頃から陰キャエルフの兆候が見えていたシルフィーを心配したリディアが、シルフィーが立派なエルフ(ビッチ)になるようにと、食事などに少しずつ媚薬を混ぜていたため、耐性が出来ていました。

 正気を失わない程度の量だったので、シルフィーは意思の力でそれをはね除けて、自分が何かを盛られているのを察し、それについて調べた結果、エルフの媚薬について知ることになった形です。

 その為、シルフィーだけが特別に効きが悪かっただけで、他のエルフなら来幸達のように正気を失う形となっていました。
 ※薬に強いエルフにも効くほどの強力な媚薬を使ってます。

[Q]
 結局、エルザの所で発生したダンジョンって、エルフが手を加えたダンジョンだったの?
[A]
 かつてエルフ達がエルフの試練用のダンジョンを開発している時、ある問題が発生しました。
 それは、このダンジョンが本当に陰キャエルフを一人前のエルフに変えられるだけの力を持っているか分からないということでした。

 陰キャエルフというのはエルフの中ではごく僅かな存在であり、ダンジョンの性能を試すために用意することは難しいです。
 だからと言って、自分達でダンジョンに挑むにしても、元から快楽墜ちしているような存在であるエルフ自身では、単純にこのダンジョンを楽しむだけになってしまい、本来の用途が果たせるのか判別出来なかったのです。
 
 困ったエルフ達は、自分達で試すことが出来ないなら、陰キャエルフと似た価値観を持つ、他の種族達で試せばいいんじゃね? という思考に思い至り、世界各地にこのダンジョンをばら撒いて、そこで実証実験を行うことでこのダンジョンの性能を測ろうとしたのです。
 この考えは成功を収め、女ならS級冒険者であろうとも快楽墜ちさせたのを見たエルフ達は、実験を終わらせてエルフの試練を完成させましたが、その時に面倒くさがってダンジョンを回収することなく、そのまま放置してエルフの里に帰りました。

 エルザの所で発生したダンジョンは、そうやってエルフが回収せずに放棄した、エルフの試練のダンジョンのプロトタイプの子孫です。
 その為、エルフの試練と同じように、エロゲスライムなどの、様々なエロ要素が発生するようなダンジョンになっていました。

 この世界の本来のダンジョンは、そう言ったエロ要素なく、普通に侵入者と命の取り合いをするタイプなので、エロ要素が存在するダンジョンは、全てこのエルフがばら撒いたダンジョンの血統を受け継いでいます。

[Q]
 寝取りの間で、なんで偽フレイは、本物のフレイ達しか知らないような、純愛を尊ぶ二人なら立ち向かえる~的な言葉を知っていたの?
[A]
 寝取りの間ではシルフィーのような部屋に入った者は、常に幻術を掛けられた状態になってしまいます。
 その幻術は言わばフィルターのような役目を果たしており、シルフィーの場合だと、エルフの姿や行動に発言は、フレイフィルターを通すことで、シルフィーが望むフレイの動きに変換されると行った形です。

 端的に言うとエルフは、シルフィーが聞いた言葉とは全く違った言葉を言っていて、行動なども差異がある状況ですが、それをシルフィーが作中で語られた言葉や行動だと、幻術によって誤認識している感じです。

 幻術で行われるフィルターは、幻術にかけられた者が認識する、愛しい対象の情報を元に作られる形になります。
 その作成の仕方の都合上、幻術にかけられた者の願望や理想像などが大きく反映される形となるため、本来の人物像よりも、幻術にかけられた者が望む人物像になってしまいます。

 その為に、フレイがシルフィーを運命の相手にすることのような、フレイなら絶対に言わないことでも、シルフィーが言って欲しいと望んでしまっているために、シルフィーの認識で出来た偽フレイは、その望み通りの言葉を言ってしまうと言う事になります。

 その為、この試練を突破する鍵は、本来の愛しい人と、自分の妄想の産物である幻術との差異に気付き、自分が望む愛しい人の姿だからと流されずに、本来の愛しい人を愛せるかという所になります。

 寝取りの間という名に相応しい試練ということですね。

[Q]
 レシリアは状態耐性リングで幻術が効かなかったけど、幻術が効いていた場合はどうなっていたの?
[A]
 第六感であるお兄様センサーで一瞬で偽物だと見破りました。
 ただ、そこから先は来幸達とは違った流れになります。

 レシリアは、この世界だけに存在する、唯一無二のオリジナルである自分とフレイだからこそ、これは何ものにも代え難い運命の愛の物語であり、故に自分以外にヒロインに相応しい者はいないと考えています。

 そんなレシリアからして見れば、今回の幻術フレイや、レシリア(ゲーム)のような、自分達の偽物という存在は絶対に許せない事柄であり、その存在が目の前に現れた時点で、ガチ切れして、その偽物の存在を抹消しにかかります。

 その為、レシリアが幻術にかけられた場合は、来幸達のように不能にするなんて、生易しいことだけでは済まず、もっと悲惨な状況にエルフは陥ることになってしまう感じです。
 ※来幸達はぶち切れましたが、一応は、偽フレイの中身は、このダンジョンに召還された存在で、召還された役割を果たそうとしただけ、と言う事を理解していたので、怒りを必死に押さえて、手心を加えて不能にするというだけで、偽フレイへの仕置きを終わらせた感じです。

 その為、レシリア担当のエルフは、命拾いしました。

[Q]
 エルフが快楽主義になったのってこのダンジョンが原因? エルフはみんなこのダンジョンに放り込まれるの?
[A]
 エルフが快楽主義になったのは、長い時を生きる中で色々あって、種族全体が過去と未来を嫌いだしたのが原因です。

 過去を思い出しても辛くなるからと、思い出や文化と言った過去を全て捨て、未来の長さを考えると怖くなるからと、経験や努力と言った未来への為の行動を止めて未来を捨てる。
 そうやって何もかもを捨てて、楽しい今だけがあればいいと、はっちゃけちゃったのが現在のエルフ達です。

 そうして過ごしている内に、皮肉にもこれがエルフ達の文化という過去になり、そしてそれを維持するために皆が悪のパリピエルフを目指すという未来の為の行動を行うようになってしまったという感じです。
 社会全体がそう言う風潮なので、エルフ達に取ってはこれが普通であり、陰キャエルフとかはむしろ異端者にあたります。
 その為、陰キャエルフが家族から発生するというのは、エルフ達に取っては、頭のおかしな分からず屋を家族から出してしまったと言う、一緒の恥と言うことになるわけです。

 話を戻しますが、基本的に陰キャエルフがエルフの試練で、一人前のエルフに調教されることは少ないです。
 と言うのも、エルフの価値観では、エルフの試練という施設を使わなければ、一人前のエルフになることが出来なかったというのは、もっとも不名誉な行いであるため、リディアのように我が子を思うエルフは、この施設の利用をあくまで最終手段として、食事に媚薬を盛るなどそれ以外の方法で何とか一人前のエルフにしようとするからですね。

 なのでエルフの試練の利用者は、陰キャエルフよりも、自分のプレイのレパートリーを増やしたい、悪のパリピエルフの方が多いと言うのが、現状となっている感じです。


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世界の害虫

 

「はい。これが竜の里に入るための許可証だよ。それと、これが里の位置を記した地図だ。この二つがあれば、竜の里に行けると思うよ」

 

 転移でダンジョンの外に出た俺達は、自宅から許可証と竜の里の位置が記された地図を持ってきたリディアから、それを受け取っていた。

 

「これが許可証なのか」

 

 俺はそう言ってリディアから渡された首飾りに目を向ける。

 そして、リディアに向かって聞いた。

 

「これはどう使えばいいんだ?」

 

 単純に身につけていればいいのか、それとも何処かにこの首飾りをはめる装置のようなものがあるのか、俺はそれを確認する。

 

「そのまま身に着けて結界を通ればいいんだよ。竜の隠れ里は、竜の里で元から登録されているか、許可証を身につけた者じゃないと、竜の里の存在を認識出来ず、里の方向に向かったとしても、気付けば別の場所に辿り着いているらしいよ」

 

 ゼ○ダの伝説の迷いの森みたいなものか?

 あれは、正しいルートを通らないと、強制的に入口に戻されていたけど、今回の場合は許可証を付けていないと、強制的に入口に戻される感じってことか。

 

「だから、全員がそれを身につけて、竜の里に向かってね」

 

 リディアはそう言うと、持ってきた箱の中を見る。

 そして、至極残念そうに呟いた。

 

「それにしても、一気に八個か~。いや~、あれだけあった許可証も、これで全部捌けちゃったな~。もう、これで金儲けが出来ないや」

「……ちょっと待て、今、お前、何て言った?」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえ、俺は思わず問い返した。

 

「え? 何って……いっぱいあった許可証も全部捌けちゃって、お金儲けがもう出来ないな~って、言っただけだけど?」

「……他の奴らにも許可証を渡していて……其奴らの時は、金と引き換えに許可証を渡していたのか」

「そうだね。いや~帝国の人がさ、凄く良い値段を付けてくれたから、しばらくは金を稼がなくても、遊んで暮らすことが出来たんだよね~」

 

 当時のことを思い出したのか上機嫌でリディアはそう言う。

 一方で、俺の頬は盛大に引き攣っていた。

 

「エルフの試練は? 当然受けたんだよな?」

「はあ? そんなの受けるわけないじゃん。何言ってるの?」

 

 馬鹿なのお前と言った目で見てくるリディア。

 俺は怒りで今にも殴り掛かりそうになるのを我慢して言った。

 

「許可証は竜から託された特別なものだから、エルフの試練を乗り越えて、一人前のエルフとして認められるような相手にしか渡せないって言っただろうが!」

「ああ、ああ、それね! だって、それ嘘だもん! 別に竜の里に誰が行こうと、私達の知ったことじゃないし。エルフの試練なんか必要なわけないだろう?」

「は?」

「あの嘘は、シルフィーにエルフの試練を受けさせるのに丁度良いと思ったんだよね。それに何よりも、純愛を信じる貴方達が、エルフの試練に堕とされて、立派なビッチやヤリマンになる過程を見ていくとか、滅茶苦茶面白そうじゃん! だから、あんなそれらしい嘘を言って、貴方達をエルフの試練に放り込んだんだよ!」

 

 嬉々として語るリディアの表情を見て、俺は自分を落ち着かせる為に、大きく深呼吸をすると、飛びっ切りの笑顔を見せて言った。

 

「よし、殺そう」

「ちょ、ちょっと待つのです!」

「駄目ですよダーリン!」

 

 剣を取りだして、リディアに斬り掛かろうとした俺を、シルフィーとルイーゼが二人がかりで押さえにかかってくる。

 

「止めるな! 止めるなよ!! エルフとかこの世界の害虫だろ!? 世界の為にここで駆逐した方が! 世のための人の為だ!」

 

 もう、エルフの森、燃やせよ。

 害悪でしかねえ、この種族。

 

 自分の快楽の為に嘘を吐いて人を陥れたのもそうだが、何よりも、エルフを信じて許可証を託した竜の気持ちを、此奴らエルフはなんだと思ってるのか。

 

 此奴らがまともに査定もせずに売り飛ばした許可証のせいで、竜族達がどれだけの危険性を抱えることになるか――。

 

 俺はそこまで考えたところである可能性に気付く。

 

 竜の隠れ里を襲ったあの黒い竜――あれって、エルフが帝国の誰かに売り飛ばした許可証を使って、竜の隠れ里に侵入した襲撃者だったのでは?

 

 インフィニット・ワンでの描写からすると、あの黒い竜の存在を、竜の里の者は知らないようだった。

 

 つまりは、里に登録された竜では無かったということだ。

 そして、そうであると言うのなら、あの里を襲撃しようとしても、結界に阻まれて、たどり着けないのが本来の出来事のはず……。

 

 それなのに襲撃に成功し、里を滅ぼせたということは、竜達の知らない所で、里へ侵入することの許可が出ていたという事なのだ。

 つまりは、許可証が使われたということ、竜族皆殺しの原因は、この腐れエルフ達だったと言う事だ。

 

 これは、ノルンのことを聞く前に、結界について話さないと駄目だな……。

 

 黒い竜が襲撃出来るように、既に竜の隠れ里の結界は、何の意味をなさないと言うことを早々に伝えないと、竜達の身が危ない。

 

 俺はそんな風に考えながら、更にエルフへの怒りを強める。

 

「本当に碌なことをしない奴らだ! 己の罪を懺悔して死ね!」

「きゃぁ~! 殺されるぅ~!」

 

 俺の言葉に笑顔を見せて楽しげにそう言うリディア。

 一方で俺を必死に止めるシルフィーは言った。

 

「止めて欲しいのです……。こんなんでも、一応、拙の母親なのです……」

「くっ!」

 

 友人の母親を、友人が見ている前で殺す。

 確かに、さすがにどうなのかと考えてしまうような行いだ。

 

 そんな俺の様子を好機とみたのか続けてルイーゼが言う。

 

「そうですわ! それにこの里のエルフを皆殺しにしたところで、結局は何も変えることが出来ませんし、それどころか、世界規模の騒乱が起こる可能性がありますわ!」

 

 この世界でエルフはそれなりの数がいる。

 それに帝国のようにエルフに侵蝕された国もある。

 

 それを考えれば、怒りに任せてここでエルフを皆殺しにすることは、そう言った各地のエルフ達の扇動を招き、フェルノ王国を敵とした世界大戦を引き起こしかねない行為だった。

 

 クソ! これだけの悪事をしているくせに、各国の中枢に潜り込んでるから、迂闊に仕留めることも出来ないとか……ほんと此奴ら面倒だな!

 

 エルフ達を駆逐するためには、帝国のようにエルフに侵蝕されてしまった全ての国から、エルフの影響を完全に排除してから、エルフを駆逐する行動に移る必要がある。

 だが、ルイーゼの勧誘を断ったように、一個人でそれを行う事は難しく、そもそもフェルノ王国とエデルガンド帝国のように、互いが仮想敵国である国もあるため、全てに同様の意見を強いるというのも難しい。

 

 つまり、計算してのものかは分からないが、気付けばエルフ達は、どれだけ悪事を働いたとしても、エルフという種族を根絶することが不可能な立ち位置に、自らの身を置くようになっていたのだ。

 

「――っ! 分かったよ! 殺さない! だから、離れろ! と言うか、ルイーゼはラッキースケベがあるんだから、俺に近づくなよ!」

 

 俺はそうルイーゼ達に口にする。

 俺の言葉でルイーゼ達は離れていくが、それでも距離が微妙に近い。

 

 ……帝都に行った辺りから、妙にルイーゼが近づいてくるが、此奴はラッキースケベのような破廉恥な出来事が起こるのが、嫌じゃないのか?

 

 俺がルイーゼを理解出来ずに、思わずそんなことを思っていると、俺が剣を引いたのを見たリディアが、至極残念そうに言う。

 

「え~。殺してくれないの~」

「……お前はなんでそんな残念そうなんだ。殺されそうになったんだぞ? もっと怖がるのが普通じゃないのか?」

「え? 何で怖がる必要があるの? だって、これって勝ち逃げじゃん!」

「か、勝ち逃げ……?」

 

 俺はリディアが言ったことを理解出来ずに思わずそう問い返す。

 

「やりたい放題したいことをして、楽しむだけ世界を楽しんで、楽しいままの状態で、嫌なことを感じる前に、あっさりと死ねるんだよ? これが勝ち逃げじゃなくて、何が勝ち逃げだって言うのさ?」

「本気で言ってるのか……?」

「本気だよ~。あ~あ。私もここで終われると思ったのにな~。誰か、私が人生の最高潮にいる時に、私のことを殺してくれないかな~」

 

 俺は理解が出来ない怪物を見る目でリディアを見る。

 普通の思考なら、人生の最高潮にいたら、死を惜しむものじゃないだろうか。

 

 それなのに、リディアは真逆の言葉を口にした。

 恐らく此奴らエルフに取っては、人々が忌避する死という存在は、人生を綺麗に終わらせるための、救済なのだ。

 

「これが精神性に見合わぬ長寿を得た末路か……」

 

 もう、いっそのこと哀れに思えてきた。

 此奴らに取って、生きるということ自体が、快楽で誤魔化さないとやっていけないほどの、辛く険しい苦行ということなのだろう。

 

「やめだ。殺す価値も、関わる価値もない。……行くぞ」

 

 死が救いになるんだから、此奴らを殺すことに意味はない。

 此奴らはこれまでの行いを懺悔することもなく、死によってこれまでの人生を賛歌しながら、そのまま息絶えるだろう。

 

 ――それじゃあ、罰にはならない。

 

 俺はエルフと関わることを止め、そのままカルミナクの里から去ろうとする。

 そんな俺に対して、リディアが言う。

 

「あ、待って、その前にシルフィードと二人っきりで話をさせてくれない? ほら、これが最後になるかも知れないし」

 

 確かにシルフィーなら、二度とこの里に戻らない可能性があるから、この会話が今生の別れになるかも知れないのか。

 

 親子との最後の会話となるかも知れない状況に、俺はシルフィーの意思を聞くために、シルフィーに向かって問いかける。

 

「どうする、シルフィー」

「……少しだけ、時間を貰うのです」

「分かった。終わったら、来てくれ」

 

 俺はそう言うと、シルフィーとリディアの会話を離れた場所で待つことにした。

 

☆☆☆

 

「それで……何のようなのです?」

「好きなんだろ? あのフレイのことを」

「なっ! いきなり、何を言うのです!?」

 

 唐突に自分の愛している人を当てられて、シルフィーがそう狼狽える。

 そんなシルフィーに対して、リディアは何てことないように言う。

 

「シルフィーの寝取りの間の様子はしっかりと見ていたからね。シルフィーがどう言う恋心を抱いているのか、私は知っているつもりさ」

「……人の恋路を覗き見するなんて、悪趣味なのです!」

 

 リディアの言葉にシルフィーは怒りを露わにする。

 そして、そのまま、リディアに聞いた。

 

「話はそれだけなのです? それなら、これで失礼するのです!」

 

 怒りのまま立ち去っていこうとするシルフィー。

 そんな、シルフィーに向かってリディアは叫んだ。

 

「シルフィー! 幸せにね!」

 

 その言葉にシルフィーの足が止まる。

 

「私にはシルフィー達の考えは結局理解出来ないけどさ。それでも、娘の幸せを願う気持ちは本当なんだ。シルフィーの進む道は、これから色々と大変だと思うけど、それを乗り越えて、見つけた運命の相手を必ず手に入れて、幸せになるんだよ!」

 

 母親からの激励の言葉。

 それを受けたシルフィーは、振り返らずに言う。

 

「ありがとう。お母さん。そして、さようなら……」

 

 シルフィーは母親への感謝と、別れの言葉を継げると、覚悟を示すように、そのままフレイ達の元へと向かった。

 



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竜の隠れ里

 

「地図を見るとこの先か……?」

 

 俺達はリディアから貰った地図を頼りに竜の隠れ里に向かっていた。

 そして、地図で記された位置にあと少しという所で、そう口にする。

 

「何も見えないけど……」

「取り敢えず、進んでみるか」

 

 先の方を見て、何もないと言うエルザに、そう言葉を返し、俺達は進む。

 やがて、何かの幕を越えたような感覚とともに、目の前に突然、のどかな農村と思えるような村の光景が目に入った。

 

「これは……凄いのです!」

「なるほど、これが結界か、この首飾りがないと、あそこで別場所に放り出されるってことなんだろうな」

 

 俺はそう言うと、目の前にある村に向かって歩いて行く。

 しばらく歩いて、その村に辿り着いたその時、村の中から老人達が現れた。

 

「これはこれは、この里にお客さんが来るなんて、何時以来じゃろうか」

「こんにちは、竜の里の方ですか?」

「ワシはこの里で里長を務めておる、ヨーデルと言うものじゃ。里の者からは長老なんて、言われていたりもする。そしてこちらが、ワシの妻のサマンサじゃ」

「よろしくお願いしますねぇ」

 

 そう言って自身と隣に居た妻を紹介するヨーデル。

 それに対して、俺も自己紹介を行う。

 

「俺はフェルノ王国のフレイです。そしてこちらが――」

 

 そう言って、俺は仲間達のことを紹介する。

 一通りの紹介が済んだところで、ヨーデルが言った。

 

「何をしに来たのかは知らんがのう、こんな場所で立ち話もなんじゃ、我が家に来て貰えないかのう?」

「わかりました。お邪魔させて頂きます」

 

 俺達はヨーデルの誘いを受けて、ヨーデルの家にお邪魔することにした。

 やってきたのは普通の人が住むのと変わらないような民家だった。

 それを見たユーナが思わず言う。

 

「人が建てた家と同じような感じなんですね」

「そうじゃのう。こちらは訪れたお客さんの為に、人化した状態で生活するための場所じゃからな。こうして人の規格に合わせたもので揃えているんじゃ」

 

 そう言って家に入り、椅子に「よっこらしょ」と言って座るヨーデル。

 

「自由に座ってくだされ」

「アタシは皆さんの為のお茶を入れますね。ええっと、お客さん用の器と茶葉は何処だったかしら……」

「私も手伝います」

 

 ヨーデルに促されて俺達もテーブルの側に置かれた椅子に座る。

 そして、人数分のお茶を入れに行ったサマンサと、それを手伝いに行った来幸が、入れてきた湯飲みをそれぞれの前に置き、共に席に着いたところで、ヨーデルが俺達に向かって話を切り出した。

 

「それで、フレイは何の用でここを訪れたんじゃ? そこにいる竜の子供が何か関係しているのかのう?」

 

 人化していても同じ竜なら分かるのか、俺の側で座っていたノルンを見ながら、ヨーデルはそう口にする。

 だが、俺にはそれよりも先に伝えないといけないことがあった。

 

「……俺達がこの里を訪れた理由を話す前に、一つ、この里の方々に急ぎ、伝えないといけないことがあります」

「穏やかな言い回しじゃないのう……それは何じゃ?」

「実は――」

 

 そうして俺は、現代のエルフの実態と、それによってこの竜の里の許可証が不特定多数の手に渡り、結界が意味のないものになっていることを伝えた。

 

「なんじゃと!? エルフ達がそのようなことになっていたとは!?」

 

 俺の話を聞いたヨーデルはそのような驚きを露わにする。

 隣に居たサマンサも同じように驚きを口にした。

 

「そんな、少し前にあった時は、もっと堅物で真面目な方々だったのに……」

「少し前って……それ、いつ頃のことですか」

「かれこれ、九百年程前のことかしら、最後にあったのは」

 

 少しなんてものじゃないよ。滅茶苦茶遠い昔の話だよ。

 前世の世界で言えば、平安時代のことを少し前と言っている状況だ、竜族の時間感覚が余りにも普通の人間とかけ離れている。

 

「人が生きる時間としては九百年はかなり大きな時間なのです。それこそ、エルフだって、何かしらの理由で変質してしまってもおかしくありません」

「そういうものなのかしら? 人っていうのも大変ねぇ~。もっと、落ち着いて暮らして行った方がいいんじゃないかしら?」

 

 そう言ってお茶をすするサマンサ。

 

 ……ある意味ではこれが、長寿に見合った精神性というものなのかもしれない。

 エルフと違って、それを持っている竜族は、時間の経過や変化の無さをさして気にせずに、そんなことを穏やかに口にする。

 

「ともあれ、この里の結界は現在、無意味なものになっているのです」

「なるほどのう……。確かにそれはちと不味そうじゃな……。ふむ、それではその内、結界の内容を書き換えるとするかのう……」

 

 フットワークが重い!

 時間感覚がゆったりすぎて、危機感がまるでないぞ!? 竜族!?

 

「いや、その内って……既に機能していないので、今すぐにでも動き始めた方が良いと、俺は思いますが……」

「許可証が様々な者の手に渡ったのは、昔の話なのじゃろう? 今日に到るまで何も起こっておらんし、そう急がんでも大丈夫じゃないかのう……」

 

 そんな風にのほほんというヨーデル。

 だが、その認識は間違っている。

 

「そうとも言えません」

「どうしてじゃ?」

「俺達がここに来るために、帝都で竜の隠れ里について聞き回ってしまい、その上で帝都で騒ぎを起こしてしまったからです」

 

 俺はそう言ってヨーデルに説明を行う。

 

 リディアの言葉から、許可証を売り飛ばした相手は帝国の者だと分かっている。

 その帝国の者は恐らくあの黒い竜と関係があり、インフィニット・ワンでの襲撃時点まで、しっかりと準備を行った上で、襲撃をしてきたのだろう。

 言ってしまえば、今まで何も無かったのは、襲撃のための準備を整えている段階だからで、決して許可証を悪用しないから何も起こらなかったというわけでない。

 

 ここで話を戻すが、俺達は帝都で聞き込みを行った。

 更にその上で、銀髪がバレたことによって、騒動を起こすことになった。

 もし、これをその襲撃犯が耳にしたらどうなるか?

 

 竜の隠れ里に行こうとしている者がいる、其奴らはやがてエルフの里から許可証を手に入れ、竜の隠れ里に向かうかも知れない。

 実際にそうなるかは分からないが、もし、そうなった場合には、許可証が不特定多数の手に渡り、結界が無意味になっていることを、竜族に伝えるかもしれない。

 

 こんな風に襲撃犯が考えてもおかしくないはずだ。

 そして、そう考えたのなら、結界が書き換えられて、許可証が無意味なものになる前に、準備が整っていなくても、竜の隠れ里を襲撃しようと考えるだろう。

 

 つまりはバタフライエフェクトだ。

 俺が行動した所為によって、黒い竜による竜の隠れ里への襲撃が、早まってしまっている可能性が高いのだ。

 

 そのような話を、ゲームのことはぼかしてヨーデルに伝える。

 するとヨーデルはさすがに危険な状況だと理解したのか、のほほんとした様子から真剣な様子へと姿を変えるが、それでも結界の書き換えを思い悩む。

 

「うむ。現状の危険さは理解した。じゃが、しかし、だからと言って、そう易々と結界の書き換えは出来んのじゃ」

「何か問題があるのですか?」

「あの結界は七彩の神が張ってくれたものでな。ワシらでは術式の一部改変は出来ても、停止や再発動をすることは出来んのじゃ。そして、術式の改変に関しても、今里に居る者が総出で行って、やっと行えるものとなっておる」

 

 そこまで言うとヨーデルは悩ましげなため息を吐く。

 

「言ってしまえば、結界の改変を始めてしまうと、ワシらはそれ以外のことが何も出来なくなってしまうのじゃよ」

「改変を一時中断するとかは出来ないのですか?」

「無理じゃな。改変中に改変作業を中断すると術式が壊れて、それによって結界が壊れて無くなってしまう。じゃから、一度始めたら途中で切り上げることも出来ないんじゃ」

 

 結界の改変を始めると竜族は全員行動不能になるってことか……。

 確かにそれなら、結界の改変をしたがらないことについても納得出来る。

 

「何者かが襲ってくるかもしれんのじゃろう? そんな中で結界の改変に手を取られて、何も出来ない状況になってしまうのはのう……。それを考えると、危険だと分かっていても、結界の改変に手を付けられんのじゃ」

「そうですか……。ちなみに結界の改変を行うとなると、どのくらいの期間、作業に携わった竜の方々はそれに専念することになるのでしょうか?」

 

 ヨーデルの話を聞いた俺はそんなことを問いかける。

 俺のその言葉に、ヨーデルは不思議な顔をしながらも、それについて答えた。

 

「一日ほどじゃの」

「なるほど……それなら、その間は俺達がこの里を守りましょう」

 

 一日なら守り切れない期間じゃない。

 この里の竜族に結界を直して貰っている間は、俺達が代わりに襲撃者を警戒し、そしてその相手と戦う事にすれば、全ての問題は解決する。

 

「客人にそんなことをさせるのは、さすがに申し訳ないのじゃ」

「気にすることはありません。俺達は要件があってこの里に訪れましたが、その対価だと思って貰えれば十分です」

 

 ここが正念場だ。

 結界の書き換えさえ出来れば、黒い竜は竜族の里を襲撃出来ない可能性が高い。

 勿論、何らかの方法で別の襲撃の仕方を取る可能性はあるが、それでも唐突に攻められて竜族が全滅すると言ったような状況になるほどの、一方的な攻撃を受ける可能性はぐっと減るはずだ。

 

 それを考えれば、絶対に結界の改変は行わなければならない。

 だからこそ、俺はヨーデルに自分の売り込みを始める。

 

「頼りなく見えるかも知れませんが、俺は魔王であろうとも倒せます。何が襲撃してきても、必ずこの里を守るとお約束します」

「ふむ……お主が他とは違うことは分かっておる。そんな、お主が、この里を守るのに相応しい力を持っているというのもわかっておるつもりじゃ」

 

 じっと見透かすように俺を見るヨーデル。

 やがて何かを決断するとヨーデルは言った。

 

「お主達の要件次第じゃの。さすがに無い袖は振れぬのじゃ」

 

 ヨーデルはそう言葉を締めくくった。

 そこで、俺達は当初の目的を果たすために、ノルンに言う。

 

「ノルン。人化を解いてくれ」

「うん。わかった!」

 

 俺の言葉に従って人化を解くノルン。

 そんなノルンを掴んで、俺はヨーデルに見せた。

 

「俺達がこの里に訪れたのは、この子の両親を探すためです。この子は俺達が浜辺で拾った卵から孵った子なのですが、この子の両親が誰か、知っていますか?」

 

 俺のその言葉を受けて、ヨーデルはノルンを見回した。

 そして、少し考えるようにしてから言う。

 

「父親の方は分からん。じゃが、母親の方なら分かる」

「本当ですか!?」

 

 心当たりがあるという言葉に、俺は思わずそんな喜びの声をあげる。

 

「この里の娘であったヴァレリーであろうな」

「あらまあ、確かに面影があるわ、あの子、子供を作っていたのねぇ~」

 

 ヨーデルの言葉に、サマンサが続くようにして言う。

 どうやら、ノルンの姿はそのヴァレリーとやらの面影があったらしい。

 

「それで、そのヴァレリーは今どこに?」

「知らん」

「……え?」

 

 俺はヨーデルが出した簡潔な一言に思わずそんな言葉を返す。

 そんな俺の様子を見たヨーデルが続けるようにして言った。

 

「外の世界を見るために、この里を出て行ったばかりでの。何処に居るのかも、何時戻ってくるのかも、ワシらにはわからんのじゃ」

「そんな……」

 

 このままノルンを親元に帰せると期待したところでのこの言葉に、思わずそんな落胆の声が漏れてしまう。

 そんな俺の様子を見たヨーデルが気を遣うようにして言う。

 

「お主達はその子を親元に帰すためにこの場所に来たということかのう?」

「そうですね。このノルンを本当の親の元に帰すためにここまで来ました」

「え? 帰すってなに?」

 

 ノルンが何やら疑問の声を上げているが、それを無視して、俺はヨーデルとの会話を続けていく。

 

「ですが、行方も知れず、いつ帰ってくるかも分からないというのは……少し、当てが外れてしまいましたね……」

「ふむ、それなら、ワシらの方でその子を預かろうか?」

 

 ヨーデルが思わぬ提案をしてくる。

 俺はそれに対して素直に問い返した。

 

「いいんですか?」

「うむ。ヴァレリーがいつ帰ってくるかもわからん。それこそ、ヴァレリーが帰ってくるのが、百年後や五百年後でもおかしくないのじゃ。その子の為に、それをお主達が待ち続けるというのは、酷なことじゃろうからな」

 

 竜は長寿であり、人と違った長い時を生きられる精神性を持つ。

 だからこそ、その行動はゆったりとしていて、それこそ里帰りが何百年先になったとしてもおかしくないのだ。

 それを数十年しか生きられない人間が、竜の子供を親元に帰すという目的の為に待ち続けるというのは、酷なことだとヨーデルは考えたようだった。

 

 そして、それについては俺も同意見だ。

 俺達じゃ、このままノルンを最後まで育てきることは出来ない。

 

「わかりました。申し訳ないのですが、お願いしてもいいですか」

 

 俺はそう言ってヨーデルに対して頭を下げる。

 

「わかったのじゃ。この子は責任を持ってワシが育てよう」

「ありがとうございます。ノルンをよろしくお願いします」

 

 ヨーデルの任せろという言葉に俺は笑顔でそう返した。

 これで、ノルンを竜の隠れ里に預けて全ての問題は解決、後は結界を張り直すためにこの里を防衛するだけだなと考えたその時、ノルンが叫ぶように声をあげる。

 

「何で!? どういうこと!? どうしてボクが預けられるの! ねえ! それなら、パパも一緒にここに残るんだよね!?」

「……ノルン、悪いが俺はここには残らない。俺にはやるべきことがあるし、シーザック領という守らなければならない自領もあるからな」

 

 ノルンの切実な訴えに俺はそう言葉を返す。

 

 俺だけのヒロインを見つけるために世界を回らないといけないし、シーザック家の一員としてシーザック領を放置することも出来ない。

 こんな田舎でスローライフを始めるわけにはいかないのだ。

 

「じゃあ、ボクもこんなところに残らない! パパと一緒に! そのシーザック領というところに行く!」

「それは駄目だ!」

「っ!?」

 

 俺の叱るような言葉にノルンは狼狽える。

 そんなノルンに俺は優しく語りかけるように言った。

 

「ノルン、お前はまだ子供だ。これから先、様々なことを学んで行く必要があるだろう……だが、俺達ではそれを教えることは出来ない」

「どうして!? パパはボクに色々教えてくれたよ!? 狩りのこととか、貞淑とかいうご飯のこととか!」

「それは俺達がバカンス中で手が空いていたから出来ていたことだ」

 

 これでも俺は忙しい身の上だ。

 拡大を続けるシーザック領の運営を一手に取り仕切り、神扱いされることによって起こる政治的なあれこれを行いながら、銀仮面としてヒロインやヒーローを救済し、その上で俺だけのヒロインとなる存在を世界を飛び回って探しに行かないといけない。

 

 自領に戻れば、ノルンを育てあげる時間を作るのは難しくなるだろう。

 何とか時間を作ったとしても、教える内容自体にも問題がある。

 

「それに、俺達は、俺達人間の一般知識は教えられても、竜族に関する事や、竜族に関する一般知識を教えることは出来ない」

 

 カルミナクの里でのリディアとのやり取りで、種族差による一般常識の差を嫌というほど味合わされることになった。

 シルフィーのようにその価値観に合わないと理解した上で、それから離れようとするなら話は別だが、まだ子供であるノルンが覚えるなら、可能な限り竜族としての一般常識を覚えるようにした方が良いだろう。

 

 そんな俺の考えを理解したのか、ヨーデルが俺の援護を始める。

 

「ノルン。フレイはお主のことを思ってこう言っているのじゃ。それにワシもフレイと同じように、お主はここで暮らすのが一番と考えておる」

「そんなの知らないよ! それなら、ボクは竜の一般常識なんていらない! ボクは人間の一般常識でいいもん! パパが教えてくれなくても! 自分で勝手に勉強して! 勝手に育っていくから! パパの側にいさせてよ!」

 

 悲痛な声でノルンがそう語る。

 こうして言われると心がかなり痛むが、俺の幸せと、ノルンの幸せのために、断固としてここは俺の意思を貫き通さなければならない。

 

「それでも駄目だ!」

「!? なん――」

「ノルン。お前も分かっているだろうが、俺はお前の本当の親じゃない。お前の本当の親はヴァレリーという竜だ。ヴァレリーは何かしらの問題があって、お前を探しに来れなかっただけで、きっとお前を探している」

 

 俺はノルンの言葉に被せるようにしてそう言いきる。

 実際のところ如何なのかは分からないが、何らかの問題が起こって実行できていないだけで、ヴァレリーがノルンを探し求めている可能性はかなり高いのだ。

 

「俺が、本当の親から、ノルンを奪い続けるわけにはいかない」

「ボクの本当のお母さん、でも、それでも、ボクは……」

「これはもう決めたことだ。ノルン、お前はこの里に預ける」

 

 尚も続けようとするノルンに対して俺はきっぱりと言い切った。

 

 俺は自分が幸せになることを――俺だけのヒロインを得て、その相手と幸せな日々を送ることを諦めるつもりは絶対にない。

 だからこそ、ノルンが俺の元に居続けても、いずれは俺だけのヒロインを思い求める俺の邪魔になるし、ノルンに対する扱いもぞんざいになってしまうだろう。

 

 そうなったら、辛い思いをするのはノルンだ。

 全てを捨てて俺に付いてきたのに、そんな俺が別の相手だけに目を向けるから、見向きもされなくなってしまうなんて、幾ら何でも酷すぎる結末だろう。

 

 そうなるくらいなら、ここで竜達と幸せに暮らした方が良い。

 

 俺にかなり懐いていると思われる今のノルンに取っては、その行いはとても辛い仕打ちになるかも知れないが、その代わりに自分のことを愛してくれる沢山の竜達の中で、その心の傷を癒やすように幸せに暮らすことが出来る。

 

 人の心はうつろいやすいものだ。

 

 ノルンはそう暮らしていく内に、やがて俺への気持ちは薄れ、他の竜達への気持ちが高まるようになり、俺との別れについても、辛く嫌だった出来事から、今の幸せな生活を始める切っ掛けになった良い出来事に変わるだろう。

 

 それを考えれば答えは明白。

 

 今は良くても、その後は苦しみ続ける事になるバットエンドの未来より、今は辛くても、それを糧に幸せになることが出来るハッピーエンドの未来を、ノルンは選ぶべきなのだ。

 

 来幸やエルザ、ユーナに対する姿勢と同じようなことだ。

 攻略対象を相手にする気がない俺に、いくら相手にされようと頑張ったところで、結局は相手にされず、辛い思いをすることになるのだから、無駄なことを続けて傷付かないように、明確に拒絶を伝えて諦めさせる。

 

 それこそが、俺の攻略対象達に対する姿勢だ。

 これを俺は変えるつもりはない。

 

 もしかしたら、酷い行いに見えるかも知れないが、俺はよくあるラブコメ主人公のように、最終的にくっ付きもしないのに、ひたすらにヒロイン達の思いを誤魔化して受け取らず、何時までもその人生を拘束し続け、かけがえのない青春を無理矢理消費させてしまうよりかは、断然ましだろうと考えている。

 

 俺とは違って、他に相手なんて幾らでも選べるのだから、さっさと別の相手に移って、その相手と幸せになればいいんだ。

 そして、自分はあんな男に惚れていたんだと、かつての俺への思いをせせら笑って、今の自分の幸せを肯定し、全力で堪能すればいい。

 

 こう言ったことを考えれば、人の一生という人生の尺度では、相手の為になっているのは――より多くの幸せが得られる形となるのは、俺のこのやり方だと理解することが出来るだろう。

 

 それなのに――。

 

 俺は思わず来幸達を思い出して思う。

 

 あれだけ明確に拒絶して振ったのに、それでも諦めずに、未だに俺への好意を持ち続け、なんやかんやと俺に関わり続けてくる。

 来幸に関しては、俺の専属メイドということや、俺の協力者ということもあって、俺と関わり続けること自体は仕方のないことだが、完全なビジネスライクの関わりではなく、俺への恋心を捨て切れていないのは問題だ。

 

 結局、俺も、どんどんとハーレムが形成されていく上で、相手の好意を受けながらも、様々な方法で好意を無視して、ハーレム状態を維持する動きがクズ過ぎて、だんだんと嫌いになっていくラブコメ主人公のように、彼女達の人生を拘束してしまっている。

 

 俺だけのヒロインに対して誠実でありたい俺からして見れば、この状況はあまり看過できない事態であると言える。

 

 だが、俺はこれ以上、どうしたらいいんだ?

 

 明確に自分の思いは伝えた。

 お前達は恋愛対象じゃないと最大級の断り方で相手の好意を切り捨て、そしてその後も恋愛感情はないと言った態度をとり続けている。

 

 それなのに来幸達はまだ諦めない。

 

 ただの部下でいてくれ、ただの友人でいてくれ、ただの弟子でいてくれ。

 そんな俺の気持ちを無視するように、来幸達は俺への恋心を持って、俺に対して関わり続けてくるのだ。

 

 正直に言って、俺にはもうどうしようもなくなっていた。

 俺が出来ることを全てした上で、それでもなお、俺に対する思いを持ち続けるのだから、もはや俺が打てる手は何もなく、出来ることと言えば、このまま時間が過ぎ去り、彼女達の思いが風化するのを待つことくらいだ。

 

 なんだかんだで、攻略対象であるエルザ達と関わり続け、そして彼女達のいいようにされてしまっているのは、そんな諦めの気持ちが何処かで現れてしまっているからかも知れないな……。

 

 俺はそんなことを思わず思う。

 

 原作が開始してアレクが現れたり、新たなイベントが彼女達に起これば、彼女達はそちらへと恋心を向けて、状況が変わるだろうが、それまでは俺がイベントを攻略してしまったこともあり、彼女達の恋心は俺に在り続けることになってしまうだろう。

 そしてその為に、来幸達の大切な青春を送れる時間は、俺という最終的に恋心を抱かなくなる相手に対して、無駄に消費されていってしまっているのだ。

 

 前世で灰色の青春時代を送り、望む恋愛を行えなかった俺は、そう言った青春の日々を送れる時間の大切さを知っている。

 そして、最終的に何も得られず、大切な時間が完全な無駄になってしまうことの残酷さも理解している。

 

 故に、これ以上、このような形の被害者を作り出すわけにはいかない。

 

 俺はその気持ちを強め、ノルンに対して再度言う。

 

「ノルン、お前はここに残れ、そして本当の両親であるヴァレリーと会って、彼女と一緒にここで暮らすんだ」

 

 俺のその言葉にノルンは目に涙を浮かび始める。

 

「パパはボクを捨てるの? ボクが本当の娘じゃないから……」

「それは違う」

 

 俺はノルンの言葉をそう否定する。

 恋愛対象から外れる為に偽の父親になったのは事実だが、それでもノルンの為を思って、ちゃんと愛情を持って一緒に過ごしてきたつもりだ。

 

「俺は確かにノルンの本当の親じゃないが……。そう言う偽物の家族であろうとも、本物の家族になることだって出来るってことを、俺は知っている」

 

 契約で偽の夫婦を演じた者達が本当の夫婦のような関係になっていったり、養子とした子供と本当の親子のような関係になっていくなど、前世で様々な物語を見てきた立場からすれば、偽物の家族であろうとも本物の家族になれると思う。

 

 だけど、偽物の家族が本物の家族になれるという話は、俺がノルンをこの竜の隠れ里に預けようとすることと、ほとんど関係ない事柄なのだ。

 

「だが、それとこれとは、話が――」

「ボクにはわからないよ!」

 

 そう言ってノルンは立ちあがると家から飛び出した。

 

「ふむ……。あの子には少しばかりきつい提案じゃったか……」

「ですが、必要なことです」

「うむ……」

 

 ヨーデルはそう言って思い悩む。

 そんな中で、立ちあがったルイーゼが言った。

 

「ダーリン! 追いますわよ!」

「この辺りは危ないところもあるし、一人にしておけないね」

 

 その言葉にサマンサがそう言って立ちあがる。

 そして、ヨーデルに向かって言った。

 

「ほら、あなたも」

「うむ、そうじゃな」

 

 ヨーデルが立ちあがり、サマンサを追いかける。

 それと同じように俺達もその後を追った。

 





 弁当の刺身の上にタンポポを乗せる日々を百年年続けるとして、百年後であっても「今日も良い仕事したな~」と変わらない日々を気にせずに、その日その日の行いに満足出来るのが竜のような長寿に適した精神性で、百年どころか、数週間で「何で俺はこんなことを毎日毎日同じようなことをしているんだ! つまらない! 頭が狂いそうだ……!!」となってしまうのが、エルフを含めた普通の人間の精神性です。

 精神生命体に近いのは前者のような精神性であり、欲などの肉体が持つものから解脱し、変化のない日々でも気にせずに生きられるようになっていると言えます。
 ちなみにフレイは自然神になりかけていますが、転生者であることなど外部的な要因が大きいため、前者のような精神性は持ち合わせていません。

――――――

 多くの人が恋愛を謳歌する青春時代の代表とも言うべき高校生活。
 そんな中で恋人を得ようと努力するものの、結局恋人を得ることが出来ず、そのまま卒業して時が経ち社会人になってしまう。

 高校卒業から社会人までの間で恋人が出来ていれば、「俺はあの時、恋人が出来なかったんだ。まあ、でも、色んな相手に告白して振られたのも、ある意味では良い思い出、俺の青春だったんだなって思うよ」とか、過去の笑い話としてせせら笑えると思いますが、もし恋人が出来なかったら、「なんで高校性という大切な時間を俺は無駄にしてしまったんだ。あの時、変に拘らずにもっと別のことをしていたら……俺には彼女が出来ていたんじゃないか? 戻りたい……あの青春の日々に戻って、もう一度やり直したい……今度こそあの時間を無駄にしないようにしたい!」という感じで、青春の日々の大切さとそれを無駄にすることの残酷さを理解することになりますよね。

 この辺はフレイも同じで、青春の日々を送れる時間の大切さを知っているからこそ、本編でのフレイが起こしている行動をしています。

 色々な相手に粉を掛けて俺だけのヒロインを探しつつも、攻略対象達のように「これは最終的に自分が添い遂げる相手になってくれないな」と少しでも思えば、あっさりと諦めて別の可能性を模索しに行くことで、無駄に足掻いて双方の大切な時間を消費することを防いだり、来幸達のように自分に恋心を抱いているが、最終的に別の奴とくっ付くと思っている存在に対しては、必死で振って拒絶することで、自分に対して無駄に時間を使わせないようしたり、それ以外のヒロインに対しては、銀仮面という虚像を使うことで、特定個人に執着する事を避けようとしたり、相手のことを考えて必死に対処をしていたりもしています。

 これは無駄に時間を掛けたことで、タイムリミットが訪れ、前世の自分と同じような残酷な結末に、自分と相手が墜ちるのを防ぐ為であり、だからこそ、『ただ一つだけの恋心』で来幸が考察したのとは少し違う理由ですが、無駄になると分かっているのに、それでもなお、諦めずに行動をし続ける、諦めない者の気持ちが理解出来ない形です。

 フレイからして見れば、脈が無いのに諦めない者と言うのは、「なんでそんなことが出来るんだ!?」とある意味で化け物のように思える存在で、「こんなん如何することも出来ないじゃん……」と途方に暮れて対処に困ってしまう相手でもあるので、何も対処出来ずに為すがままとなっています。

 話を纏めると、フレイは、前世が失敗続きで苦しい思いをして終わった為に、恋愛強者達のように、失敗すること自体もいい青春の思い出だという考えになることが出来ず、最終的に失敗になるのならその過程は全て無駄と言う考えで、そうすることが誰にとっても最善だからと、無駄になりそうなものを片っ端から切り捨てて、可能性がありそうなものだけにひたすら注力する、一種の効率厨のような存在になっている感じですね。

 恋愛に関して効率厨な動きをするとか、恋愛を得ることを目的としているなら、やったらあかんことなんじゃないかと言う気もしますが、学生時代にタイムリープすることがあれば、前回と同じ結末になることを恐れて、その時に好きで恋人になろうとしていた人を諦めて、妥協してとにかく自分に好意を持ってくれる可能性がある人を探し、その人を恋人にすることを目指すなど、フレイと似たような感じの動きをしちゃいそうな人も、案外結構多いんじゃないかと思います。


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神の欠片

 

 走り続ける俺達の目の前に巨大な建造物が現れた。

 その中に、ノルンが駆け込んでいく。

 

「あれは?」

 

 走りながら俺はヨーデルへと語りかけた。

 それに対してヨーデルは答える。

 

「ワシらの神殿じゃ! 創世神様より託された神の欠片を安置した場所であり、竜の状態のワシらが普段住んでいる場所でもある!」

「あそこに、神の欠片が……」

 

 ヨーデルの説明を聞いた俺は思わずそう呟いた。

 そして、俺達はそのまま、神殿へとノルンに続いて入っていく。

 

「ノルン!」

 

 俺達が中に入って見たのは、燃える白い炎のような、不思議なものに興味を引かれ、それに思わず手を伸ばそうとするノルンの姿だった。

 

「いかん!」

 

 突如としてヨーデルはそう言うと竜の姿へと変貌する。

 そして、そのまま咆哮のような言葉をノルンにぶつけた。

 

「それに触れようとするのは許されん!!!」

「わっ!? いたっ!」

 

 その声の迫力に驚いたノルンは足を滑らせて後ろに倒れてしまう。

 そして、あっという間にノルンに近づいたヨーデルは、口でノルンの服を掴み、ノルンが身動きすることを出来ないようにした。

 

「あれほど、触れるのを嫌がるということは、あれが……?」

「ええ、あれこそが、アタシ達が創世神様より託された神の欠片ね」

 

 サマンサにそう言われて俺はそれを目にする。

 

 見た目は炎のようだが、周囲は熱くなったりなどはしていない。

 あれは炎ではない別の何かだということなのだろう。

 

「ノルン! それは神の欠片だ! 勝手に触れては駄目だ!」

 

 俺はノルンに向かってそう忠告する。

 ノルンは突然の事態に目を丸くさせながらも言った。

 

「神の欠片……? 何それ?」

「創世神様がワシらの為に残してくれた力じゃ」

 

 そう言って再び人化したヨーデルはその由来を語る。

 

「『ここにボクは神竜に到る為の神の欠片を託す。いずれ、この竜の里が危機に陥った時、しかるべき者に、その力を宿らせ、その危機を乗り越えなさい』と創世神様は語り、この神の欠片という強大な力をワシらに託したと伝えられているのじゃ」

「へぇ~。危機に陥った時ね……」

 

 結果的に敵に悪用されて里は滅んだけどね。

 俺はゲームでの出来事を思い出し、思わずそんな感想を持つ。

 

 何でも作られる存在でも未来は見通せなかったのか?

 いや、それとも、何らかの目的が……?

 

 俺がそんな風に考えていると、ヨーデルは神の欠片の側にいた、二体の竜に向かって怒りを見せながら言う。

 

「今日の守人は、タレスとドーラ、お前達じゃったな! ワシが止めたから良かったものの、あのまま進んでいれば神の欠片が失われておった! お主達は一体何をしていたのじゃ!」

 

 その二頭の竜はどうやら神の欠片の護衛だったようだ。

 あっさりと突破されて、ノルンに神の欠片を取られそうになっていた状況を詰められ、タレスはばつの悪そうな顔をする。

 

「そうは言ってもよぉ。その子が神の欠片を手に入れようと悪意を持って近づいたわけじゃないってのはわかってたし、何よりも子供を見るのなんて久しぶりだから、どう加減していいかわかんなかったんだよぉ」

 

 タレスはそのように弁明を述べる。

 

「神の欠片を確実に守るために、こんな可愛らしい子をミンチにすれば良かったって言うのかぁ?」

「それは、お主の修行不足じゃ! 普段から大雑把な力の扱いをしているから、いざという時に手加減が上手く出来んのじゃ!」

 

 そう言ってヨーデルはタレスを説教するが、それをあまり気にせずのんびりとした様子で答える。

 

「そうだなぁ。しばらくは気を付けて行動するかぁ。そうすれば、何時かちゃんと手加減出来るようになるよなぁ」

「そうするのじゃ!」

 

 相変わらずのマイペースさを発揮する竜という種。

 ぶっちゃけ、神の欠片なんて重要なものを任せるのには、危機感が足りなすぎるのではないだろうか?

 

「ドーラ、お主の方は何故止めなかった!」

 

 タレスの方の説教が終わったからか、今度はドーラに向かって、ヨーデルはそう声を張り上げた。

 その言葉に、ドーラの方は後ろめたいことがないと言った態度で、はっきりとその理由を説明する。

 

「この子がしかるべき者じゃないかと思ったからだ」

「なんじゃと……?」

 

 ドーラの言葉にヨーデルが思わず聞き返した。

 そんなヨーデルにドーラは言う。

 

「突然現れた里の者ではない子供、それが一直線で神の欠片を目指した。遂にこの欠片を受け取る者が現れた……そう考えてしまっても、おかしくはないと俺は思う」

「それは……じゃが、もし違ったら如何するのじゃ?」

 

 ドーラの言うことに一理あると思ったのか、ヨーデルが思わず口籠もりながら、そう問い返す。

 そんなヨーデルに、ドーラは言った。

 

「真にしかるべき者なら、誰が止めようとしても、神の欠片を得る。一方で、しかるべき者でないなら、俺が止めなくても、神の欠片を得ることなど出来ないだろうから、何の問題もないだろう」

 

 ドーラはそう言うと天を仰ぎ見て言う。

 

「あらゆるものは、創世神様の恩寵の上でなされる。起こった出来事こそが、世界を作った創世神様の御心のままということだ」

 

 創世神を崇めるようにしてドーラは言った。

 それに、ヨーデルは頭を抱える。

 

「創世神様を敬うのはよいが、それは思考放棄じゃぞ……。まったく、今後は守人の当番からお主を外す、よいな?」

「ああ、これもまた、創世神様のお導き……」

「まったく、お主と言う奴は……」

 

 呆れて困り果てた様子のヨーデルを尻目に、そう言ってドーラは頷き、そちらへの説教も終わりを告げた。

 そして、俺はそんなドーラの様子を見て思う。

 

 竜族は創世神を信仰しているのか……。

 

 この世界の信仰は、基本的に世界を管理している七彩の神に対するもので、世界を作ったのにも関わらず、創世神はまったくと言っていいほど信仰されていない状況にある。

 だが、神の欠片などで深い繋がりがあり、長い時を生きるために創世の時代のことを伝えやすい竜族に取っては、全てを生み出した神というのは、この世界のどの神よりも信仰するに値するなのかもしれない。

 

 っと、今はそんなことを考えている場合じゃないな……。

 

 俺はそう思うとノルンに近づいた。

 

「あ……パパ……ボク……」

「気にするな。いきなり、別れの話をされて、混乱したのはわかる」

 

 そう言って、幼子をあやすように抱きしめた。

 

「子供であるノルンには養い育ててくれる親が必要なんだ。だからこそ、今までは俺がその代わりを担ってきた。だけど、そんな俺よりも、ここにいる竜族の人達や、ノルンの親であるヴァレリーの方が、もっとノルンの為になることを出来る」

「……そ、それは……」

「今は感情がそれを否定するのかも知れない。だけど、それが最善だったんだといずれ理性が理解するはずだ」

 

 俺はその言葉の後にノルンをしっかりと見つめて言う。

 

「ノルンなら――俺の娘なら、それがわかるよな?」

「……」

 

 俺は必死の思いで説得を続ける。

 こじれても何とか出来るかも知れないが、円満に終われるならそれがベストだ。

 

「……せめて……」

「ん、何だ?」

「今日はボクとずっと一緒にいて」

 

 そう言ってノルンは里に残ることに了承した。

 それに、俺は内心でガッツポーズを決める。

 

「わかった。そのくらいのことならするさ」

 

 俺は喜びの声が漏れないように、神妙な面持ちでそう答えた。

 そんな俺達の様子を見ていたヨーデルが言う。

 

「うむうむ。話が纏まってよかったのう……。かけがえのないもので結ばれた親子の絆、良いものを見ることが出来たのじゃ」

 

 そこまで言うと俺達に向かって言う。

 

「提案があるんじゃが……お主達、ワシらの住処を見ていかんか?」

「どうしたんですか? いきなり」

 

 俺はヨーデルに言葉に思わずそう返した。

 ヨーデルは俺のその疑問を受けて答える。

 

「ノルンもどんなところに預けられるかわからんと不安じゃろうし、預けるフレイの方も、娘を預ける場所がどんなところかわからないのは不安じゃろう?」

「それは……まあ」

 

 そんな俺の言葉を聞くとヨーデルは俺達に背を向ける。

 

「ワシらの住処はこの先にある。ついてくるといいのじゃ」

 

 俺達はそう言って歩き出したヨーデルを追って歩き出す。

 ノルンの手は逃がさないとばかりに俺の手を掴んでいた。

 

 そんな俺達の様子を見て、不機嫌そうにレシリアが話しかけてくる。

 

「……お兄様がそこまですることないんじゃない?」

「まあ、そうかも知れないな……。でも乗りかかった船ってやつだ」

 

 本来であれば、卵を拾っただけのノルンを相手に、ここまで尽くすようなことをする必要はないのかも知れないが、ここまで父親役として一緒に過ごしてきた仲だ。

 情だってそれなりに湧いているし、何よりも攻略対象として、幸せになる道筋が既に存在し、それを労せず行えると言うのなら、そのハッピーエンドのために、こうして一日付き纏われることくらい、大した問題じゃない。

 

 やがて、ノルンは慕った父親役と別れ、この里で竜について学んで成長し、そして運命の相手であるアレクに出会って、冒険の旅に出るのだろう。

 その過程でかつての父親についての思い出として俺のことを語ったりするのだ。

 

 まさに物語であるような、理想的な父親ポジションというやつだろう。

 ノルンと出会った当初の目的は、ここに完全に果たされる形となったのだ。

 

 俺はそんなことを考えて、そのまま歩いて行く。

 やがて俺達の前には大きな穴が現れた。

 

「ここから先は飛んで降りるのじゃ。ワシに乗るといい」

 

 そう言って竜化したヨーデルの背中に俺達は乗り込む。

 そして、この先のことを考えて、俺は思わずヨーデルに聞いた。

 

「竜の住処は地下にあるのですか?」

「そうじゃ。ワシらの竜としての住処は地下にある」

 

 その言葉とともにヨーデルは飛び立つ。

 そしてかなり深くまで降りたところで、周囲の景色が一変する。

 

「光……!?」

 

 誰があげたものなのかも分からない言葉が響き渡る。

 それほど、俺達全員はその光景を見て、驚きを隠せなかったのだ。

 

 ――そこはまるで一つの世界だった。

 

 地下だというのに太陽のような光があり、そしてその光の下で様々な草木が生い茂り、そこで得られた糧を竜達が美味しそうに食べていた。

 自然しかないと言うわけでもなく、俺達の住む世界より高度な技術で作られていそうな巨大な建物が並び、そこで竜達が生活を行っている。

 

「な……!? なんだ、これは!?」

「地下よね!? あたし達、下に降りたはずよね!?」

「え、ええ……そのはずだと思いますけど……」

「これは、美しい光景ですわ……」

「こんなものがあるなんて、世界は広いのです!」

「太陽がある? どうなってるかな、これ?」

「これは……フレイ様の知識にもないものですね……」

「ここが、ボクがこれから住む場所……」

 

 それぞれが思い思いの言葉を発する。

 やがて、俺達は竜の住処の地面に降り立った。

 

「あの太陽はどうなってるんだ? どう足掻いても今の文明レベルで、こんな地下都市が造れるとは思えないんだが……」

 

 俺は思わずそう呟く。

 

 前世の俺の世界でもこんなことは実現不可能だ。

 それなのに、俺の世界よりも文明レベルが低い、中世レベルのこの世界で、こんな未来の世界のような光景が展開されている。

 

 異世界から来た聖剣は高度な技術で作られた機械だし、この世界にもSF的な要素がないわけでも無かったけど、だからといって、こんな大規模な形で、このようなものが存在するなんて、インフィニット・ワンの世界観から外れすぎている。

 

 魔法を使えば可能なのか――? 

 いや、魔法を考慮に入れても、これは明らかにおかしい。

 

 俺は警戒心を強めながらそう考える。

 原作知識があるのにも関わらず、どうやってこの都市が造られたのか、まるで見当も付かない。

 

「あの太陽もこの街も、創世神様がワシらにくださったものじゃ」

「創世神が……?」

「そうじゃよ。神の欠片を守るワシらの為に、こうしてワシらがこの地で生活することが出来るような環境を整えてくださったのじゃ」

 

 世界すら作り出す創世の神なら、世界の中に世界を作り出すことも可能か……。

 

「ふ~ん……。でも、それならどうして、神の欠片があそこにあるの?」

 

 ヨーデルの話をあまり興味が無いように聞いていたレシリアが、軽い調子で思いついた疑問についてヨーデルに問いかけた。

 

 確かにレシリアが思う疑問はもっともだ。

 こんな地下世界があるのなら、あんな入口に置くよりも、この地下世界の奥に神の欠片を安置した方が、確実に防衛には向いているだろう。

 

「……わからん。じゃが、きっと何か大きなお考えがあってのことじゃろう」

 

 その質問の答えを持っていなかったのか、少し口籠もったヨーデルは、そんな風に創世神のことを思いながら答えた。

 

「意図か~。取りに来てくださいって言っているようなものだと思うけど」

「あれが、フェイクってことも無いんですよね?」

 

 レシリアに続いて、ユーナがそう問いかける。

 それに少し苦々しい顔をしたヨーデルが答えた。

 

「そうじゃ、あれが本物じゃ、竜が触れれば、力を得てしまう」

「なるほど、それならば、誤って竜が触れるのを防ぐ為に、竜が生活を営むこちらではなく、あの場所に置いたのかも知れませんね」

「そうじゃな! そうかも知れんな!」

 

 来幸の助け船にヨーデルは全力で乗っかって話を終わらせた。

 そして、俺達は都市を歩いて行く。

 

 竜の隠れ里……ゲームでは地上でドラゴンゾンビに襲われたから、あそこがノルンが襲われた場所で、竜が生活を営んでる場所だと思っていたが……作中で映像が出なかったからわからなかっただけで、実際には別場所だったってことか……。

 

 俺は周囲の風景を見ながら思わずそんなことを思った。

 ここは俺が気付かなかっただけで、実は話には出ていた場所なのだと。

 

 やがて俺達は地下都市の中央にある塔に到着する。

 

「ここが結界を制御する魔法陣がある塔じゃ、結界を改修するためには、ここに竜が揃って、結界の魔法構成を弄る必要がある」

「今から、竜達を集めて作業を始める形ですか?」

 

 俺は結界について語ったヨーデルにそう問いかけた。

 それを聞いたヨーデルは首を横に振る。

 

「今日はもう遅い。作業は明日にするのじゃ」

 

 ヨーデルが俺達に向かってそう言う。

 確かに今は時間的には夜になってしまっている。

 

 ここに来るまで時間がかかったからな……。

 万全の状態で襲撃に備えた方がいいだろうし、ヨーデルの言う通り、結界の改修は明日にするべきだな。

 

 俺はそう考えてヨーデルに向かって言う。

 

「そうですね。それでいいと思います」

「うむ。お主達が宿泊する場所じゃが、地下はサイズが合わんじゃろうし、地上の家をワシらの代わりに使って構わないのじゃ。地上へはワシが送ろう」

 

 ヨーデルはそう言ってくれるが、俺達にその必要はない。

 

「俺が転移の力を持った魔道具を持っています。地上に転移ポイントを設置しておいたので、自分達の力で戻れます」

「わかった。それじゃあ、食料だけ受け取っておくといいのじゃ」

 

 そう言って食料を渡された俺達は転移で地上に戻った。

 そして、来幸達が作った料理を食べた後、念のためと言う事で、交代で神の欠片がある神殿に侵入者がいないか見張りをしながら、借り受けた家で寝ることにした。

 



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襲撃

 

 竜の隠れ里で一泊して、結界を改修する当日――。

 俺達は朝早くから準備をして、里を守るための警戒を行っていた。

 そんな俺達の元にヨーデルが歩み寄ってくる。

 

「そろそろ、結界を改変する儀式が始まるのじゃ」

「ヨーデルさんはこちらに来ていていいんですか?」

「誰か一人は連絡役がおらんといかんじゃろ? 結界の改変は一人くらいなら抜けても問題ないし、ワシがこちらに参加することにしたのじゃ」

 

 そう言うとヨーデルはノルンに聞かれないように小声で俺に言う。

 

「それにいざという時はノルンを神殿に逃がす役目もいるじゃろう?」

「すみません。お手数をおかけします……」

 

 俺はヨーデルに向かって素直にそう謝った。

 昨日はノルンとの約束通り、一日ノルンと一緒にいたが、あの夜の短い時間じゃ、満足出来なかったのか、今日になった所で、ノルンがごねて、まだ俺の側に居続けている状態にあった。

 

 戦いになる可能性もあるから、ノルンには神殿にいて欲しかったのだが、ノルンはそれを拒否し、全員の説得を無視してこの場に残り続けている。

 そんなノルンを見て、ヨーデルは言う。

 

「神殿に行かないと言った時は焦ったけどのう。まあ、そうそう何かが起こることもないじゃろうし、ここにいてもノルンは安全じゃろうな」

「ちょ……」

 

 何で、そんなフラグみたいなこと言うの!?

 

 俺がそう思った時、ヨーデルが耳に手を当てる。

 

「念話の魔法じゃ、どうやら結界の改変が始めるらしい」

 

 その言葉とともに、結界に手が加えられたのか、周囲の景色が一瞬ぶれる。

 それと同時に、何処かから、悲鳴のような鳴き声とともに、木々を破壊する音が鳴り響き始めた。

 

「なんだ!?」

 

 俺達が鳴き声のした方へと目を向けると、何かが木々を破壊しながら空へと飛び立って、この村へと近づいて来ていた。

 

「あれは……ヴァレリー!?」

 

 その姿を見たヨーデルがそう声を上げる。

 

 謎の襲撃者の正体は竜だった。

 だが、俺の知る黒い竜ではなかった。

 

 ヨーデルがヴァレリーと呼んだってことは、あれがノルンの母親である竜なのか!? 確かにノルンに似た姿の竜だが……。

 

 何だ? ヴァレリーのあの姿……。黒い何かが取り憑いている?

 

 俺が見る前で、ヴァレリーの体に付いたスライムのような黒い液体が、まるで生きているかのように、ヴァレリーの体の上で蠢く。

 そうやって、黒い液体が蠢くごとに、ヴァレリーは悶え苦しむように叫び、そして体をさらに黒い液体が覆っていく。

 

「なんじゃあれは!? ヴァレリーに何が取り憑いておる!? ヴァレリーに何が起こっているのじゃ!?」

 

 俺と同じように黒い液体に気付いたヨーデルはそう驚愕を露わにした。

 

「まるで、寄生されているみたいですね」

「確かに、ユーナが言う通りだわ」

 

 冷静に状況を見ていたユーナとエルザがそう口にする。

 その一方で、黒い液体を見たレシリアが、顔を青くして吐き気を堪えるように、その場に蹲った。

 

「レシリア様、大丈夫ですか!?」

「如何したのです!?」

 

 レシリアの様子に気付いた来幸とシルフィーが心配そうにそう声をかける。

 それに対して、レシリアは気持ち悪そうにしながら、理由を話す。

 

「あの黒い液体……無数の魂を、怨念を、煮詰めて作ってある……!」

「怨念を煮詰めて作ってあるだって!?」

 

 俺は思わずレシリアに聞き返した。

 その俺の言葉にレシリアは頷く。

 

「あの黒い液体から叫びが聞こえるの! この世界を憎む叫びが! たぶんだけど、あれは元は普通の人だった! その相手に様々な苦痛を与え、世界を憎むようになるほどに何かを恨んだところで、その人を魔法で液体に変えている! それも、一人じゃなく、何百人もの人があの液体に!」

 

 聖女としての力か、液体が叫ぶ呪いの言葉を聞いてしまったレシリアが、その状況から、あれがどう言う存在なのかを推察して語る。

 

「呪術に近い形で作られた魔道生物ってことか……!」

 

 俺はその存在のやばさに思わず冷や汗を流す。

 黒い竜が来るかと想ったら、やばい呪物がやってきた形だ。

 想定外の状況に焦りが募る。

 

「あれが、ボクの本当のお母さん……?」

「大丈夫ですわ。ノルンのお母さんは悪いものに取り憑かれているだけですわ。きっとダーリンが元の状態に戻してくれますわ」

 

 気が狂ったように暴れ狂うヴァレリーを見て、思わずノルンがそう言う。

 そして、そんなノルンをルイーゼが必死に励ます。

 

「ヴァッレー! ヴァレリー! 正気に戻るんじゃ!」

 

 ヴァレリーの状況を見かねたヨーデルがそう叫んだ。

 そして、そんなヨーデルをヴァレリーが見る。

 

 瞳に理性が残っていない……!

 

 俺はそれに気付くとともに、その場にいる全員に向かって叫んだ。

 

「全員、自分の身を守れ!」

「っ!?」

 

 俺の言葉に驚く周囲の者達。

 そんな状況を嘲笑うかのように、ヴァレリーの口に光が点る。

 

「がああああああ!!!」

 

 そのような叫びと共にヴァレリーの口から光線が発せられる。

 絶大なエネルギーを持ったそれは、ヨーデルや来幸達のいる場所へ――。

 

「させるかよ!」

 

 向かう直前に俺が出した盾に阻まれる。

 俺は盾が押し負けないように何度も同じ場所に転移をさせるが……。

 

「盾が溶け始めてる……!? レディシアの魔法を耐え抜いた盾なのに!?」

 

 あっという間に盾が融解を始めてしまった。

 溶け出す前に新たな盾を召還しなければと俺が思ったところで、背後から二つの声が響いてきた。

 

「アイスウォール!」

「結界!」

 

 魔法の氷が盾を包み、そしてそれらと重なるように結界が現れる。

 その二つの影響もあり、盾は中央に大きな穴を開けたものの、ヴァレリーが放った光線は俺達の元に届くことはなかった。

 

「助かった! ユーナ! レシリア!」

「はい!」

「うん!」

 

 俺は危ないところに手を貸してくれた二人にお礼を言う。

 そして、ヴァレリーへの対応を考え始めたその時――。

 

「あれか! あの取り憑いているものがヴァレリーを! 許さん!」

 

 竜の姿になったヨーデルがそう言って飛び出してしまった。

 その軽率な行動に、俺は思わず叫んだ。

 

「待つんだ! ヨーデルさん! 近づいたら……!」

「これを取り外せば、ヴァレリーは!」

 

 そう言ってヴァレリーに近づくヨーデル。

 すると、ヴァレリーから黒い液体がスライムのように伸び、ヨーデルの体へと纏わり付き始めた。

 

「な、なんじゃと……!? 此奴、ワシにも……!?」

 

 黒い液体に取り憑かれて、思わずヨーデルがそんな戸惑いの声をあげる。

 だが、それは直ぐに苦悶の言葉へと変わっていった。

 

「ぐ、がぁっ!? がああぁああ!?」

 

 黒い液体に取り憑かれたことで、何かしらの苦痛を味わい、そんな呻き声を上げながら、徐々に理性を失っていくヨーデル。

 

 このままでは敵が二人に増えかねない状況。

 それを見て、俺は決断した。

 

「背に腹はかえられないか……!」

 

 俺はそう言うのと同時に、手元に剣を召還して、ヨーデルの上に転移する。

 

「烈火! その力を示せ!」

 

 その言葉とともに魔道具である烈火は真の力を見せる。

 剣撃によって放たれた炎は凄まじい火力で、ヨーデルごと、ヨーデルに取り憑いたばかりの黒い液体を焼き尽くす。

 

「もう一つ!」

 

 そして、俺はそのまま、直ぐ側にいたヴァレリーに対しても、同じように烈火の炎によって、その肉体ごと黒い液体を焼いた。

 

 そして、烈火の炎に焼かれ、地面に墜落したヨーデルの側に転移する。

 

「ぐぅ……」

 

 ヨーデルは黒い液体と烈火の炎のダメージでそのような呻き声をあげる。

 だが、取り憑いたばかりで、ヨーデルに深く根を張っていなかったため、烈火の炎でヨーデルに取り憑いた黒い液体は全て燃やすことに成功していた。

 

「すみません。咄嗟のことだったので、竜族なら生き残れると思い、全力でヨーデルさんのことを焼いてしまいました」

「いや、謝るのはこちらの方じゃ。怒りで我を失って、フレイに手間を取らせる形となってしまった……」

 

 そう言って、ヨーデルは何とか立ちあがろうとするが、黒い液体によるダメージと炎で焼かれた影響で傷付いていた為、上手く立ちあがることが出来ない。

 

「駄目じゃ、体がもう碌に動かない……」

「そうですか……。それなら、ノルンを連れて神殿に逃げてください」

 

 俺はそうヨーデルに向かって言う。

 厳しいことを言うようだが、戦えなくなった者が戦場にいても、味方の足手纏いになるだけだ。

 

「そうじゃな。それが一番じゃろうな」

 

 それを理解しているヨーデルは俺の言葉に頷く。

 一方で、子供であり、碌に戦えないノルンは、それを受け入れられなかった。

 

「何で!? 何で、ボクを遠ざけるの!? ボクだって戦える! パパと一緒に戦えるよ! だから、勝手にボクの行き先を決めないでよ!」

「お前はまだ子供だ!」

 

 俺は暴れるノルンに対してそう叫ぶ。

 

 レシリアのような天才で、聖女のユニークジョブの影響を持ち、サポート役としては大人顔負けの力を発揮する者ならともかく、生まれたばかりで竜としての力も碌にないノルンじゃ、そこら辺の魔物を狩るならまだしも、竜と対決出来るほどの力を持ってはいない。

 

 だからこそ、この戦いに参加させるわけにはいかない。

 

「何の力も持たない者が! 行き先を自由に決められると思うな! はっきりと言う! お前じゃ、この戦いには付いてこれない! 足手纏いにならないように! ヨーデルと一緒に神殿で隠れてろ!」

「ボクが、ボクが子供だから……何の力もないから……。でも、それでも、ボクはパパと……」

 

 俺の言っている事が正しいと本心では理解しているのか、ノルンはそんなことを呟きながら、思わず項垂れる。

 

 ノルンが静かになったのを見たヨーデルは、俺に向かって言った。

 

「お主のその剣の炎ならば、ヴァレリーを救えるか?」

「……取り憑かれたばかりのヨーデルさんと違って、ヴァレリーの体には黒い液体が根を張っているように見えます。同じやり方ではあの黒い液体を払うことは難しいと思います」

 

 俺はヨーデルと同じように焼き尽くしたのに、まるでカビのようにヴァレリーの体に根を張った黒い液体が、再び体を覆う姿を見ながらそう口にした。

 

「ですが、あれが怨霊の類いであると言うのなら、もう一つ試せる手が残っています。――レシリア!」

 

 俺はそう言ってレシリアに呼びかけた。

 その声を聞いたレシリアは俺の意図を理解して魔法を発動する。

 

「うん! ゴーストパニッシュ!」

 

 悪霊に対しての特攻を持つ聖女の魔法。

 天から降り注ぐ眩しい光は、ヴァレリーの体に纏わり付く、黒い液体へと直撃した。

 

 だが――。

 

「え!? なんで!? 確かに命中したのに!?」

「何も起こらない?」

 

 レシリアがその事態に驚く中で、俺は断罪の光が当たった部分の様子を見て、思わずそう呟いた。

 

 確実に悪霊に対する断罪の光が当たったのに、黒い液体は何のダメージも受けず、依然としてヴァレリーの体の上で、活発に自己を再生して己の量を増加させている。

 あの黒い液体が怨霊の集合であるのなら明らかにおかしなこの状況……その答えに気付いたのはヨーデルだった。

 

「恐らくじゃが……あれは霊に属するものではないのじゃ」

「霊に属するものじゃない?」

 

 俺はそのヨーデルの言葉に思わず問い返す。

 怨霊なのに霊じゃないとはどういうことなのか。

 

「元は怨霊なのじゃろうが、それを魔法で変質させ、あの黒い液体というよく分からない物質に、その肉体を変えさせられてしまっている」

 

 竜族に備わる鋭い感性でヨーデルは黒い液体について推察する。

 

「悪霊に対する魔法の殆どは、霊体に作用するものじゃ。レイスなどが何かしらに取り憑いているのだとしても、その者本来の霊体が残っているために、その魔法はしっかりと効果を現すが……」

 

 そう語ったヨーデルの言葉を受けて、俺はその先の言葉に気付き、冷や汗を流しながら、ヨーデルに言う。

 

「まさか、怨霊の霊体自体を黒い液体に変換しているから、霊体に対する攻撃は何も受け付けないと? 相手への特効を狙うなら、霊体に対するものではなく、あの謎の液体に対するものではないといけないと?」

「恐らくはそう言うことじゃろう」

 

 どうやったのかは知らないが、あの液体は霊体自体を完全な黒い液体という物質に魔法で変換したものらしい。

 つまるところ、あれは怨霊を素材にして作った謎の魔法生物であり、素材となった怨霊は霊だが、それを変換して作られたあの液体は、霊とは全く関係の無い存在であるため、破邪の魔法を一切受け付けないのだ。

 

 マジかよ……怨霊の特徴を持って取り憑いてくるのに、それに対抗する為の魔法が一切効かないとか冗談じゃないぞ!?

 あんな謎の黒い液体の正体なんか知らんし、どんなものが効くかなんてわからないんだから、こうなったら普通のスライムを相手にするつもりで、少しずつ液体を削っていくしかないじゃないか!?

 

 俺は思わずそんなことを考える。

 そして事態の深刻さに頭を抱えながらヨーデルに言った。

 

「そうですか……地道に黒い液体を削るしかないってことですね……」

 

 現状、打てる手はそれしかない。

 そして、だからこそ、俺は、ヨーデルに覚悟を問うように言う。

 

「申し訳ありませんが、もしもの時は、ヴァレリーごと仕留めます」

「そう……か……。……里の者を危険に晒す訳にはいかん。その時はこちらのことは気にせずに、止めを刺してやってくれ。ヴァレリーも、あんなものに操られ続けるよりかは、解放される方がましじゃろう」

 

 そう言うとヨーデルは人化して痛む体を押さえながら立ちあがった。

 

「……ノルンをお願いします」

「わかったのじゃ」

「やだ! ボクはパパと一緒に戦うんだ!」

 

 嫌がるノルンを連れて、ヨーデルは神殿へと去って行く。

 残されたのは黒い液体に取り憑かれたヴァレリーと俺達だけだ。

 

「それで如何するつもり?」

 

 転移で来幸達の元に戻るとエルザがそう語りかけてくる。

 

「ヴァレリーから黒い液体を剥がし取る。エルザとユーナは、俺と一緒に火魔法と氷魔法を使って、あの粘液を削ってくれ。レシリアは結界でそんな俺達のことを守って欲しい。来幸はレシリアの護衛だ」

 

 俺は次々と味方に役割を指定していく。

 そんな中で、ルイーゼが言った。

 

「わたくし達は何をすれば」

「お前達は……」

 

 俺はそこで考える。

 

 迂闊にこちらの戦闘にルイーゼを入れると、ラッキースケベが発動した時に、ヴァレリーの攻撃に為す術もなくやれて、全滅しかねないよな……。

 

 ルイーゼのラッキースケベが、戦闘時は発動しないのなら問題はないが、そうとは言い切れないのが怖いところだ。

 だからこそ、この一瞬の油断が勝敗を分けるような状況で、ルイーゼを身近な場所に置いておきたくはなかった。

 

「ルイーゼとシルフィーはこの周囲を哨戒してくれ」

「それは何故なのです?」

 

 この状況で周囲を哨戒するという戦いの役に立たないことをさせる命令に、シルフィーが思わず俺に向かってそう問いかける。

 

「あの黒い液体がヴァレリーをおかしくしてるんだと思うが……それにしては、周囲の状況がおかしいと思わないか」

「周囲の状況……? あっ! 破壊の跡がこの辺にしかない……!?」

 

 そこでシルフィーはこの状況の不自然さに気付く。

 先程までのように、暴れながらこの場所に来たのなら、この里に来るまでの間に、通った場所をもっと破壊していてもおかしくないのだ。

 

「俺達が異常に気付いたのもかなり接近された時からだった。それを考えれば、あの黒い液体はこの周辺で付けられたか、或いは協力者がここまであの状態のヴァレリーを運んできたということになる」

 

 これは人為的な出来事だ。

 この襲撃を仕組んだ何者かは確実に存在する。

 

 その何者かに囚われていたからこそ、ヴァレリーはノルンの卵を取り戻しに来ることが出来なかったのだろう。

 もしかしたら、ノルンの卵が川を流れてきたのも、帝国の誰かに襲われたヴァレリーが、卵だけでも逃そうとして川に流したのかも知れない。

 そして、そうして帝国の者が、ヴァレリーを捕えた目的は、恐らく竜が持つ強大な力を利用するためだ。

 それを考えれば、あの黒い液体は、ただ取り憑いて、取り憑いた対象を暴れさせるということ以外の効果がある可能性がある。

 

 そう考えながら俺は言う

 

「場合によっては、今現在も何処かから、この戦いを見て、あの黒い液体を通して、ヴァレリーを操っているかも知れない」

 

 最初のヴァレリーのブレス――。

 あれは、狂乱しているにしては、俺達を狙いすぎていた。

 一撃で俺達を全滅させられる場所に、黒い液体に取り憑かされて冷静さを失っているヴァレリーが正確にブレスを放てたとは思えない。

 

「その術者を倒すことが出来れば――! ヴァレリーを解放して救う事が出来るかも知れないということですわね!」

「そうだ。それに敵の援軍がいないかも警戒する必要があるからな。……危険な役目になるが、頼む」

 

 俺がそう言うと二人は頷く。

 

「行きますわよ! シルフィー!」

「はいなのです!」

 

 そう言って二人はこの場から離れていった。

 そして、ヴァレリーの様子を伺っていたエルザが声を上げる。

 

「作戦会議をしている間に、回復しちゃったみたいよ」

 

 再び、黒い液体がヴァレリーの体を覆い尽くすようになったのを見ながら、俺はリーダーとして皆を鼓舞するため、不敵に笑って言った。

 

「それなら、もう一度焼き尽くすまでだ! 行くぞ!」

 

 俺達はそのかけ声と共に、黒い液体に取り憑かれた竜との戦いを始めた。

 



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vsヴァレリー

 

「アイスショット!」

 

 ユーナのその言葉とともに氷の礫がヴァレリーへと向かう。

 その氷の礫は、黒い液体とぶつかるとそれを凍らせた。

 

 そして凍った液体に向かって俺はナイフを投げる。

 勿論、それはヴァレリーに躱されるが――。

 

「悪いが俺の攻撃は必中だ」

 

 そう言うとナイフを転移させて凍った部分にナイフをぶつける。

 ナイフによって氷が削り取られ、地面に氷の破片が落ちていった。

 

「そうやって、ちまちまやるより、一気に削った方が良いでしょ! ここはあたしに任せなさい! フレイムレイン!」

 

 エルザがその魔法を発動させるのと同時に、炎の雨がヴァレリーに降り注ぐ。

 

「がぁあああ!?」

 

 次々と落ちてきた炎がヴァレリーが身の纏う黒い液体にぶつかり、それによって黒い液体が暴れることで、ヴァレリーが悶え苦しむような叫びを上げる。

 

「どうよ! あたしだって、あの時から成長しているんだから!」

「やるじゃないか! なら、俺も奥の手を見せないとな……!」

 

 ヴァレリーの状態を考えれば、あまり長くは戦い続けられないからな……。

 

 黒い液体を剥がすためにヴァレリーも含めて攻撃しているため、時間が経つほどにヴァレリー自身へのダメージが蓄積されて行ってしまう。

 頑丈で尚且つ火に耐性がある竜族だからこそ、俺やエルザの攻撃を受けても、しばらくは何とか持ちこたえるだろうが、それでも軽視していいことじゃない。

 

 だからこそ、奥の手を使って、一気に勝負を決めに行く……!

 

 俺はそう考えると烈火を握って構えを取った。

 そして、そのままその場で振り抜きながら、叫ぶ。

 

「烈火鳳凰剣!」

 

 烈火鳳凰剣は、熟練度による強化が基本的に炎属性強化という単純な性能向上の烈火の中で、最後まで熟練度を上げることで覚えられる唯一のスキル。

 斬撃によって生まれる炎が鳳凰の形となり、敵を自動追尾するように飛んで、何かに命中するまで消えないという、強力無比な技なのだ。

 

 俺の斬撃によって生まれた鳳凰はヴァレリーへと向かって行く。

 ヴァレリーはそれを避けようとするが、この攻撃は自動追尾する。

 

「ガアアアアア!?」

 

 追ってきた鳳凰に激突されたヴァレリーは、黒い液体ごとその体を燃やした。

 そして、そこに――。

 

「これで焼き切る! 烈火! 力を示せ!」

 

 直ぐ側に転移した俺が燃えるヴァレリーへの駄目押しをする。

 俺の斬撃によって生まれた炎がヴァレリーに向かって――突如吹き渡った風によってかき消された。

 

「なに……!? 風魔法だと!?」

 

 その事実に気付いたその時、風の刃が俺を襲う。

 

「っく……!」

 

 直ぐさま、転移してその場から逃げる。

 俺が先程までいた場所は、幾重にも放たれるカマイタチが、ひたすらにその周囲の空気を切り裂いていた。

 

「大丈夫!? フレイ!」

「掠り傷だ! 問題ない!」

 

 俺は避けきれずに付いた腕の傷を押さえながらそう口にする。

 そして、エルザ達に向かって言った。

 

「油断した……まさか魔法まで使ってくるとは……」

「ヴァレリーへの侵蝕が強くなっているのでしょうか?」

「かも知れないな……ここから先は竜の魔法も警戒しないと……」

 

 レシリアの回復魔法を受けながら、俺は来幸の言葉にそう返す。

 そうしていると、ヴァレリーを見ていたユーナが叫んだ。

 

「師匠! 雷が来ます!」

 

 帯電したヴァレリーを見て雷魔法が来ると予想したユーナ。

 その予想通り、ヴァレリーから天に昇った雷が、稲妻を纏った雲を発生させ、そしてそこから、大量の稲妻が俺達に向かって降り注いだ。

 

「させるか!」

 

 俺は取り寄せで次々と盾を取り寄せ、そしてそれらを頭上に転移させる。

 そしてその盾で稲妻をひたすら防いでいくが……。

 

「別の魔法がくるわ!」

 

 チラリと目をそちらへと向ければ、竜の羽ばたきと共に、渦巻く二対の炎の渦が、俺達に向かって襲い掛かろうとしていた。

 

「こっちは一度発動させれば、オートなのか……!」

 

 別の魔法が発生しているのにもかかわらず、継続して降り注ぐ稲妻を見て、思わずそんな言葉が漏れる。

 

「こっちはレシィ達が! ユーナお姉さん!」

「はい! アイスウォール!」

 

 レシリアの結界と、ユーナの氷の壁が、それぞれの炎の渦を防ぐ。

 そんな中で、エルザが攻撃に回る。

 

「これ以上はやらせないわ! フレイムレイン!」

 

 エルザの発動させた炎の雨が再びヴァレリーを狙うが……

 

「がぁああ!」

 

 そんな嘲笑うかのような鳴き声と共に、ヴァレリーはあっさりと躱し、そしてそのまま口に光を溜め始める。

 

「此奴……さっきまでと動きが違う……!」

 

 そんなエルザの驚愕を余所に、ブレスが放たれようとする。

 

「二度も同じ手は食わん! やれ! ユーナ!」

「はい! 師匠!」

 

 俺はそう言うとユーナと共にヴァレリーの側に転移した。

 そして、その場でユーナがラースの力を解放し、ヴァレリーの顔を殴る。

 

「があああああ!?」

 

 放たれようとしていた光線は、ユーナに殴られたことで向きを上へと変え、空高く飛び上がっていき、雲を消し飛ばした。

 

「追撃は……無理か……!」

 

 光線を防いだついでに、攻撃を仕掛けようとするが、再びヴァレリーが自らを守る結界のように、風の刃を纏い始めたため、俺達は転移でその場から撤退する。

 

「大丈夫ですかフレイ様」

「まだ大丈夫だが……思ったよりもきついな……」

「確かにね……正直言って竜を舐めてたわ……」

「ですね……」

 

 来幸の質問に対して、前線で戦っている俺達三人は疲れを滲ませながら言う。

 

「ヴァレリーを殺さないで黒い液体を倒すって条件が厄介だな……ただ倒すだけなら幾らでも手があるが、ヴァレリーへの影響を考えると、どうしても威力の弱い攻撃を選ばざるを得ないし」

 

 鉄球を落としてぶつければ、この戦いを簡単に終わらせられるが、それだと確実に黒い液体に取り憑かれたヴァレリーを殺してしまう。

 ヴァレリーを生かすことを考えるなら、絶対に使えない手だった。

 

 ナイフを加速させて貫通させる手も同様に使えないし、実質的に本来の俺の戦闘スタイルが完封されている状態なんだよな……。

 

 全力を出し切れない状況の厄介さを思いながら、俺はどうやってこの状況を打壊するかを必死で考える。

 

「こちらの攻撃の威力が弱いと、耐えられた後に向こうから、魔法の反撃が襲ってきますらね……本当に厄介な状況です」

 

 俺と同じように状況の悪さについて、ユーナがそう呟く。

 

「いっそのこと、倒すのを諦めるのもありかもしれないわよ」

「どうしてそう思う?」

 

 エルザが唐突に言いだした言葉に、俺は思わずそう返す。

 

「フレイが言っていた、誰かが黒い液体を通して、ヴァレリーを操っているという予想だけど、あたしもそうなんじゃないかと思う。時間が経つにつれて、ヴァレリーの動きが良くなってるし、魔法まで使うようになってきた――黒い液体の侵蝕によって、ヴァレリーを操る者が操作できる範囲が増えたと考えるのが自然だわ」

 

 エルザはこれまでの戦いを分析してそう口にする。

 その分析は全員が同じ事を考えていたのか異論は出ない。

 

「だとするなら、ヴァレリーを操作している術者が近くにいる可能性も高いわ。それなら、あたし達は足止めに徹して、ルイーゼ達の動きを待つのもありだと思うの」

 

 消極的な作戦ではあるが、確かに有効な手だ。

 術者が消えれば、ヴァレリーの動きが鈍るだろうから、そこから一気に反撃して、黒い液体を削りに行けばいいだろうしな。

 

「相手を抑えるだけならレシィの出番だよ!」

 

 これまで話を聞いていたレシリアが意気揚々とそう言う。

 そして、そのままヴァレリーを拘束するように結界を発生させる。

 

「これで閉じ込めた! ルイーゼお姉さん達が、操っている人を見つけて倒すまで、レシィがこのまま相手を拘束するよ!」

「確かに結界で相手を抑えれば……。――いや、駄目だ!」

「え!?」

 

 俺がそれに気付くのと同時に、ヴァレリーが動き出す。

 ヴァレリーは結界の壁に、凄まじい勢いで、顔や翼をガンガンとぶつけ始めた。

 それによって、骨が折れるような鈍い音が何度も響き渡る。

 

「な、なんで……? あんな勢いで体を結界にぶつけるの!?」

「操っている奴に取っては、ヴァレリーが死のうがどうでも良いってことか! レシリア! 結界を解除しろ!」

「う、うん!」

 

 予想外の事態に戸惑うレシリアに向けて結界を解除するように命令を出す。

 そして、結界の解除によって、ヴァレリーは再び空を飛び回り始めた。

 

「言ってしまえば、ヴァレリー自体が人質になってるな……。拘束系の魔法だと同じやり方で突破されるから、ヴァレリーのことを考えるなら使用できないぞ……」

 

 普通の者なら拘束された時に自分の体を完全に破壊してまで、その拘束を突破しようとなんてしない。

 だが、ヴァレリーを操る者からすれば、黒い液体の取り付け先であるヴァレリーがどれほど壊れようが構わない為、ヴァレリーの体を完全に壊しながら、拘束を突破しようとするという先程のような真似が実行されてしまうのだ。

 

「おかしいですね……」

 

 そんな中で、飛び立ったヴァレリーを見て、来幸がそう言う。

 そんな来幸に対して、俺は思わず問い返す。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「先程の結界との衝突で翼の骨が折れた音を聞きました。それなのに、ヴァレリーは翼をはためかせて今も空を飛んでいます」

 

 俺は来幸の言葉を受けて、ヴァレリーに目を向ける。

 これまでの戦いの影響もあり、見るからにボロボロの姿だ。

 問題となっている翼に関してもそれは同様であり、明らかに普通であるならば、はためかせることなど出来ないダメージが見て取れた。

 それなのに、それを無視するかのようにヴァレリーは空を飛んでいる。

 

 そこで、俺はある可能性に気付いた。

 

「まさか……体の内部に侵蝕した黒い液体が、ヴァレリーの骨や肉の代わりをして、無理矢理、ヴァレリーを動かしているっていうのか!?」

「がぁああああ!」

 

 それが真実だと証明するかのように、翼をはためかせるごとに、ヴァレリーが苦痛によって悲痛な叫びを上げ続ける。

 それを見て、俺は更なる状況の悪化に頭を悩ませる。

 

「これ以上のヴァレリーへの直接的な攻撃は不味いか……!」

 

 ヴァレリーの肉体の状況を無視して、黒い液体がヴァレリーを動かしているため、既にヴァエリーの肉体は悲鳴を上げて、限界を迎え始めている。

 この状況で今までのように、それなりに威力のある一撃をヴァレリーに食らわせてしまえば、今度こそ中身であるヴァレリーが死にかねない。

 

 これから先、どう攻撃するか……。

 俺がそう頭を悩ませていた時、ヴァレリーに変化が生じる。

 

「が、が、がぁああああ!」

「何だ……? 何が起こっている!?」

 

 ヴァレリーがそこで悶え苦しんだかと思うと、ヴァレリーの体に取り憑いた黒い液体が膨張し、スライムの化け物のように幾つもの触手を伸ばす。

 

 誰も敵がいないその場所で、伸びたり縮んだり、暴れる触手を見て、俺達は思わず唖然としながらも、その理由について考える。

 

「何だあれ? まるで黒い液体が自由を得たような……。まさか――黒い液体に対する制御が効かなくなった? ルイーゼ達が何かをしたのか?」

 

 俺はそれを理解するのとともに笑みを浮かべる。

 

「これは好機だ。あの暴れる触手を切り落とせば、ヴァレリーにダメージを与えずに、黒い液体の残量を減らすことが出来る」

「でも、ちょっと待って! あんなに暴れ回ってるんじゃ、地上からだと魔法で殆ど狙いが付けられないわよ!」

 

 ヴァレリー自体に動きがないが、黒い液体が生み出す触手が、縦横無尽に伸び縮みをしながら動き回っている為、魔法で狙うことは難しい。

 

 エルザがその事実を口にした時、空に半透明の板が大量に出現する。

 

「レシィが作った結界の足場だよ! 魔力を多く消費するから、長くは持たないけど、その間に黒い液体を倒して!」

 

 レシリアはそう言うと、俺、エルザ、ユーナの三人を風魔法で、その結界で出来た足場の上に飛ばした。

 

「助かるレシリア! やるぞ! ユーナ、エルザ! 伸びた触手を、凍らせて壊すか、炎で焼き切って、切り落とせ! 少しでも黒い液体を削る!」

「了解です!」

「わかったわ!」

 

 かけ声とともに、俺達は結界で出来た足場の上で、黒い触手と戦う。

 

「この液体には直接触れるなよ! 氷か炎で間接的に戦うんだ!」

「わかってるわよ!」

 

 魔法で炎を身に纏って防御しながら、火魔法を次々と放って、黒い触手を切り落としていくエルザ。

 

「ラースとわたし、双方の力を使えば!」

 

 氷で近づく触手を凍らせて身を守りつつ、遠い相手にはラースの炎を飛ばし、そして近づくものは凍らせて殴り壊す戦いを行うユーナ。

 

「触手プレイはごめんなんでね!」

 

 そして俺は烈火を振るいながら、転移で次々と触手を避けて、俺を狙ったことで伸びていた触手を、更に烈火で切り落とすと言った動きを繰り返す。

 

 お互いがお互いをカバーし合い、上手く立ち回る俺達。

 全ての黒い液体を排除することはまだ出来ていないが、このまま行けば大半の液体は消せると思うほど、順調に黒い液体を切り落としていった。

 




 ゴールデンウィークがあれば完成出来ると思ってたけど……無理でした!
 残りは全部で六話くらいなので、あとちょっとで本章は終わるのですが、微妙に時間が足りませんでしたね。

 まあ、それもこれもエルフが悪いです。
 本来ならエルフの里での話は試練も含めて一万字くらいで収めるつもりだったのに、気付けば五万字くらいになっていて、その増量のせいで時間が取られまくってしまいました。

 見通しがちょっと甘かったですね……。

 ともあれ、本章の先の物語についてですが、毎日更新ではなく、出来上がり次第、投稿していく形で更新します。
 平日は基本的に仕事が忙しくて執筆が難しいので、土日に執筆を行うため、今週や来週の土日に更新する形になると思います。

 筆が早ければ、来週の土日には完成出来ると思うので、毎日更新では無くなりますが、お待ち頂けると幸いです。


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vs黒竜アケロン

筆が遅くて遅くなりました。
次話を投稿します。


 

「あひゃひゃひゃ! そこだ! やれ!」

 

 生い茂る草木の影に忍びながら、一人の男が魔道具で何処かを覗き込み、手元に持った何かを操作して、何かを操りながらそう叫んでいた。

 

 そんな彼の周囲で、がさりと葉が揺れる音が起こり、それに気付いた彼は、後ろを振り返り、近づいて来た何者かに向かって叫ぶ。

 

「誰だ! そこにいるのは!」

「……バレてしまいましたわね」

 

 そう言って姿を現したのはルイーゼだった。

 そして、ルイーゼは堂々とした態度で、男に向かって名乗る。

 

「わたくしはルイーゼ・フォン・エデルガンド! この竜の里に侵入できているということは、許可証をエルフから買い取った帝国の者ですわね? 皇女として命令しますわ! 今すぐ、ヴァレリーを操るのを止めて、大人しく投降しなさい!」

 

 そのルイーゼの宣言を聞いた男はポカンとした顔をする。

 そして、直ぐに意味を理解すると大声で笑い始めた。

 

「あひゃひゃひゃ! 何だぁ? それは! お前が帝国の皇女だってのは、俺だって知っているけどよぉ……そんな言葉でこの俺様が止まると思ってるのかよ!?」

 

 そう言うと再び笑い出す男。

 

「……どうしても止める気はないと?」

「ひぃひぃ……笑い殺す気かよ! 皇女如きの命令なんて聞けるわけねーだろ! せっかく、こうやって竜を操れるんだ! もっと、楽しまないとなぁ!」

 

 そう言って手に持った黒い何かを男は握りしめる。

 明らかにこちらを見下した男の物言いを見たルイーゼは男に向かって言う。

 

「そうですか……。それなら、実力行使させて頂きますわ!」

「あ?」

 

 ルイーゼの言葉に、男はルイーゼの動きを警戒する。

 だが、男への攻撃は別の場所から現れた。

 

「ぎゃぁ!? 矢――! 矢が! 俺の手にいぃぃ!!」

 

 何処かからか飛んで来た矢が、黒い何かを持っていた男の手に刺さる。

 それによって、黒い何かは地面に落ち、男は矢が刺さったことで血を流す手を、もう一方の手で押さえながら、その痛みに対して喚き散らす。

 

「無策で現れたと思いましたの? 貴方がここにいることは分かっていましたわ! だからこそ、わたくし達は二手に分かれて近づいたんですの!」

 

 フレイ達と別れた後、ルイーゼ達はヴァレリーを操っている術者がいると仮定して、その存在はきっと安全にあの場所を覗き込める場所にいるはずだと判断して、幾つかの場所に絞りながら周辺の捜査を行った。

 

 そうして幾つもの候補地を探した結果、術者と思われる男に気付かれる前に、その所在を把握することに成功したのだ。

 

 相手より先にその位置に気付いたルイーゼ達は一つの手を打つことにした。

 それは、二手に分かれて相手へと近づき、そしてどちらかが相手の男にバレた場合は、相手の注意を引きつける役目を負って、その間にもう一人がその男に攻撃を加えて無力化するというものだ。

 

 先程までの男に話しかけた目立つような立ち回りも、隠れて男の様子を伺っていたシルフィーの存在を悟らせないためのもの。

 ルイーゼ達の策は見事に成功し、男は片手を失うことになったのだ。

 

「てめぇ! そこか!」

 

 男はそう言って矢が飛んできた方向へと視線を向ける。

 だが、その時には既に第二の矢が迫っており、矢で刺された手の方とは逆の肩に、その矢は突き刺さった。

 

「いてぇえええええ!」

「これで、お前は両手を失ったのです」

 

 そう言ってシルフィーは姿を現す。

 それを見た男が、シルフィーに向かって叫ぶ。

 

「てめぇ! エルフか! エルフ如きが俺の手を……! てめぇらエルフは! 馬鹿面を見せながら、男の上で腰振って、アンアン言ってればいいんだよ! それをこんな……! 俺を傷付けるような真似をして……! ただで済むと思うなよ!」

「……お前は、もはや、抵抗することは出来ないのです」

 

 男が喚き散らかす言葉を無視して、シルフィーは現状をそう告げる。

 

 これで男は両手を失った。

 これからルイーゼ達と戦おうとしても、手を使えないのなら、碌な方法を取ることが出来ないだろう。

 

「大人しくお縄に付くのです」

 

 そう冷たい目でシルフィーは男に宣言する。

 それを受けた男は、シルフィーを嘲笑うかのように笑うと言う。

 

「きひゃっ! なら魔法で――!」

「わたくし相手に魔法が効くとは思っていますの?」

 

 フェルノ王国がモデルにしたように、帝国は魔力回路を重視していた。

 その皇女であるルイーゼは当然のように、帝国の歴史が積み重ねてきた良質な魔力回路を血統として受け継いでおり、魔法の腕は相当なものになっている。

 だからこそ、ルイーゼは男がどんな魔法を繰り出してきても、それを無効化して完封する自信があった。

 

「……っち!」

 

 それを男も理解したのか、舌打ちを一つ付く。

 そんな男にルイーゼは再度命令する。

 

「もう一度いいますわ。ヴァレリーを操るのをやめ、大人しく投降しなさい。貴方が素直に今回の襲撃の詳細と、それを共に実行した仲間のことを話すのなら、帝国皇女の立場を持って、貴方の命だけは保証しますわ」

 

 ルイーゼはヴァレリーを操った今回の襲撃について、目の前のこの男の単独犯によるものだとは考えていなかった。

 あの謎の黒い液体もそうだが、それを付着させたヴァレリーをここまで運んできたことといい、どう足掻いても裏に協力者が――場合によっては、何かしらの強大な力を持った組織がいると睨んでいたのだ。

 

「ククク……」

 

 ルイーゼのその言葉を聞いた男は静かに笑う。

 ルイーゼはその男の様子に怪訝な顔をした。

 

「どうして笑っていますの?」

「状況を理解していないのです?」

 

 追い詰められた状況にも関わらず、余裕を見せて笑う男に二人はそう言う。

 そんな二人の言葉に対して、男は笑うようにして答えた。

 

「あひゃひゃひゃ! 状況を理解していたのかって!? それはお前らの方だよ! 俺は何も追い詰められちゃ……いねえ!」

 

 そう言いながら男は唐突に片足を上げて、地面に落ちていた黒い何かに突き刺さるように、足を思いっきり地面へと叩きおとした。

 

「なにを……!?」

 

 自らの足に道具を突き刺すという突然の奇行にルイーゼが思わず声を上げる。

 そんな中で男は大声を上げて笑う。

 

「見せてやる……俺様の力って奴を! 禁呪発動! パラサイトカース!!」

 

 そう叫んだ男の額に矢が突き刺さる。

 男の奇行を見て、何かをすると警戒したシルフィーが、それが行われる前に、男を殺すために放ったのだ。

 

 しかし――。

 

「きひゃっ! 無駄だ! もう術は発動した!」

「!? 此奴、頭を撃ち抜かれているのに……!?」

 

 シルフィーはそう驚きながらも、頭部と心臓に向けて二度矢を放つ。

 それは先程と同じように命中するが、それでも男は死なずに、不気味な笑い声を上げながら、ドロドロと黒い液体へと足下から変化していった。

 

「禁呪――!? パラサイトカースなんてもの、聞いたことがありませんわ!?」

 

 その事態を見ていたルイーゼはそう叫んだ。

 

 禁呪とは神の魔法のことを指す。

 帝国の姫であるルイーゼは、この世界の歴史を学ぶ過程で、この世界でかつて行使されてきた神の魔法について、しっかりと学んできていた。

 だが、その中にはパラサイトカースという名前の魔法も、目の前の男のように黒い液体へと転じる効果も存在してはいなかったのだ。

 

「聞いたことがないって!? あひゃひゃひゃ! そりゃそうだろうよ! だって、これは! 俺様達が生み出した全く新しい神の魔法なんだからな~!」

「神の魔法を――作り上げた!?」

 

 ルイーゼが男の発言に驚き、思わずそう言葉を返す。

 そのルイーゼの驚愕に愉悦しながら、既に完全な黒い液体となりかけている男は、ルイーゼ達に向かって言う。

 

「そうさ、俺様達は! 人を越え、竜を越え、そして神へと到る! この世の全ては! そんな俺様達の為に消費される贄でしかないんだよ!!」

 

 男がそう叫んだのと同時に完全な黒い液体へと転じる。

 そしてその液体は何かに引き寄せられるかのように、恐ろしいスピードで何処かへと飛ぶように向かい始めた。

 

 その行き先を見て、シルフィーが叫ぶ。

 

「まずいのです! 彼奴、ヴァレリーの所に行くつもりなのです!」

「まさか……直接ヴァレリーに取り憑くつもりですの!? このまま逃がすわけには行きませんわ! 追いますわよ! シルフィー!」

「はいなのです!」

 

 ルイーゼ達も黒い液体をおって、フレイ達が戦う広場へと向かった。

 

☆☆☆

 

「よし、良い調子だぞ……」

 

 暴走した黒い液体と戦う俺達は、レシリアの援護もあって、順調に黒い液体を削ることに成功していた。

 この調子で削っていけば、そう時間もかからずに、ヴァレリーを黒い液体から救出することが出来る――そう思った瞬間に黒い何かが草木の影から飛び出してきた。

 

「っ!? なんだ!?」

 

 突然の出来事で俺達が驚く中で、その黒い液体はヴァレリーに命中する。

 すると、それまで暴走して外側へ飛び出していた黒い液体が、今度は逆に内部へと押し戻っていくように、伸縮を始める。

 そして、それと時を同じくして、ヴァレリーから骨や肉が無理矢理整形されていくような、鈍い音が鳴り始め、そしてヴァレリーの悲鳴が上がった。

 

 何が起きているのかはわからない――!

 だけど、これを放置するのは明らかに不味い!!

 

 俺はそう考えてその場で叫ぶ。

 

「全力攻撃だ! 何かが起こる前に終わらせる!」

「ええ!」

「はい!」

 

 俺の言葉にエルザとユーナが頷く。

 そして、俺達は次々と黒い液体を焼き払う為に攻撃を仕掛けるが――。

 

「あひゃひゃひゃ! 効かねーな!」

 

 その言葉とともに炎を突き破って一頭の竜が現れた。

 だが、それはヴァレリーではなかった。

 

 黒い液体に取り憑かれていた桜色の体は何処かへと消え、まるで黒い液体と一体化したかのような黒い体が俺達の目の前に現れる。

 その竜としての体付きも、明らかにヴァレリーの時から変貌しており、一目で別の竜だと分かるようなものになっていた。

 

 そうして全身が露わになった竜――それに見覚えがあった俺は思わず叫ぶ。

 

「此奴は――黒い竜!?」

 

 俺のその言葉に、黒い竜はフルCGアニメーションの表情が豊かな動物のように、人間らしい感情を顔で示しながら、その場で笑い出す。

 

「なった! なってやったぞ! 竜に! あひゃひゃひゃ!」

 

 そう黒い竜は笑いながら俺達に向かって言い放った。

 

「俺はアケロン! 黒竜アケロン! やがて神竜へと至り! 超越者となって! この世界の全てを手に入れる男だ!」

 

 そうして翼をはためかせながら、アケロンは俺達を見据えた。

 その時、黒い何かが飛んで来た草木の影から声が届く

 

「其奴はヴァレリーを操っていた術者ですわ!」

「なに!? と言う事は術者がヴァレリーと融合したのか!」

 

 俺はルイーゼの言葉から状況を理解してそう叫ぶ。

 インフィニット・ワンで登場した黒い竜――それはヴァレリーと黒い液体、そして術者の三つが融合することによって生まれる存在だったのだ。

 

 里の襲撃者がインフィニット・ワンの時と違って、ヴァレリーだったことを不思議に思っていたが……準備不足で完全な融合を果たせなかっただけで、襲撃者自体に変わりはなった……!

 

 俺はそう思いながらアケロンを見据える。

 そして、同時に思ってしまった。

 

 これはヴァレリーはもう無理なんじゃないか……?

 

 アケロンは明らかにベースとなっているヴァレリーから変貌している。

 黒い液体とアケロンの影響を取り除いたとしても、体を弄くり回されたヴァレリーが元通りになる可能性は低いだろう。

 

 もう諦めて倒すべきか……だが、まだ他に可能性が……。

 

 そう思考に耽って生まれてしまった隙を、敵は見逃さなかった。

 

「きひゃ! オラオラ! 行くぜぇ~!」

 

 そう言ってアケロンはこちらに向けて尻尾を振るう。

 反応が遅れた俺はそれを転移で躱そうとするが――。

 その時、突然尻尾からアケロンの顔が生えた。

 

「は?」

 

 常識ではあり得ない事態に、唖然として思わず硬直してしまう。

 そんな俺に向かって生えたアケロンの顔は叫ぶ。

 

「逃がさねぇ! 結界!」

「なに――!? いや、ただの結界なら――!」

 

 俺の周囲を結界が囲む。

 俺はその事に驚きつつも、そのまま転移を行おうとするが――。

 

「なっ!? 転移出来ない!?」

「そこの聖女のようには自由自在とはいかねぇが! 竜だって神の結界を扱う事が出来るんだぜぇ~!」

 

 空蝉の羅針盤を発動させたのに転移が出来ず、その事態に驚愕を隠せない俺に対して、アケロンは嘲笑うようにしてそう言った。

 

「他の奴らが昔研究していた! お前のその力! ディノスのもんだろ! それなら、神由来の結界を越えることはできねぇ!」

「此奴……!」

 

 もっと早く気付くべきだった……!

 七彩の神の結界を改修出来るってことは、神の結界に対して手を加える力を持っているってこと――つまり、神の結界を扱えるってことだったのか……!

 

 俺は自らの失敗を悟る。

 相手が自分に対する特効能力を持っていると知らず、危機感もまるでないままに、暢気に戦い続けていたのだ。

 

 それに此奴は俺の転移について神の結界だけが弱点だと気付いている――!

 

 俺はその事に内心で驚愕を露わにする。

 なぜなら、その事実は俺が空蝉の羅針盤を手に入れて、その能力を検証することによって、ようやく知り得た事実だからだ。

 

 俺はこの世界に転生して、一番始めにディノスと戦った。

 その時はこの世界の知識についてはゲーム知識だよりであり、転移を封じるために使う結界魔法を扱えるのは聖女だけだと思っていた。

 だが、それはゲーム上での結界魔法の使い手が聖女しかいなかったからそう思っただけであり、実際にはこの世界では聖女以外でも結界魔法を使う者がいたのだ。

 

 その事実が判明した時、転移を多用する戦闘スタイルを身につけていた俺は、その弱点になり得る存在に対して様々な検証を行った。

 

 結果としてわかったのは、空蝉の羅針盤以外の転移では、聖女の結界以外であっても、結界を越えて転移をすることは出来ないが、空蝉の羅針盤なら、聖女の結界以外であるのなら、そのまま飛び越えて転移が出来ると言うことだった。

 

 この結果から俺は一つの仮説を立てた。

 

 ディノスは転移の力に特化した強力な魔族であり、その転移は通常の人が扱う結界であれば、無視して転移出来るほどの強力なものだった。

 だが、神の血を持つことで発現するユニークジョブである聖女は、血の源流となった七彩の神の力の一部を受け継ぐ存在であり、その神の力の一部を模倣することで強力な神の結界を疑似再現していたから、ディノスは聖女の結界だけは越えることが出来なかったというものだった。

 

 勇者のジョブにはあり得ないほど強力な専用のパフ魔法があったり、賢者が様々な禁呪を使えることから考えても、その考えは間違いではないだろう。

 あれらの神の血が必要なユニークジョブが強力なのは、この世界で最強の存在である七彩の神の力の一部を使用することができるからなのだ。

 

 つまるところ、空蝉の羅針盤を相手にするためには、聖女のような神の結界を扱えるものか、ディノスを倒した時の俺のように自らの身を犠牲にして、高濃度の他者の魔力で相手の転移発動を阻害し続けるしかないということだ。

 

 それを知ったからこそ、俺は安心して転移を使い続けてきた。

 だが、その絶対的な優位性は今ここで崩れ去ることとなった。

 

 俺の天敵になり得るのは身内であるリノアとレシリアだけだと油断していた――!

 まさか、竜も同じように神の結界が使えるとは!

 

「クソ! 結界を壊せば……!」

 

 俺はそう言って烈火で結界を破壊しようとするが――。

 

「遅ぇ!」

「っがぁ!?」

 

 竜の頭部に変化したアケロンの尻尾は、唐突に軟体生物のように姿を変え、そこから伸びた奴の尻尾が俺の腹を抉り、そのまま弾き飛ばした。

 アケロンの尻尾の勢いは凄まじく、弾き飛ばされた俺は、轟音とともに地面へとぶつかり、そのダメージによって血を吐き出す。

 

「フレイ様!」

 

 弾き飛ばされた俺を見て来幸達がそう俺の名を呼ぶ。

 だが、俺は倒れ伏した状態から立ちあがることが出来なかった。

 

「う、ぐ……くそ……」

 

 体を起こそうとするが痛みで体が動かない。

 強烈な尻尾の一撃と地面に叩きつけられたことで、身体強化でダメージを軽減させたのにも関わらず、内臓を傷付けられるほどの深い傷を受けていた。

 

 何度も血を吐き出す俺を見て、俺を助けるためにレシリア達は俺の方へと駆け出そうとする。

 その一方で、エルザとユーナはそんなレシリア達の動きをアケロンから守るために、空の上でアケロンに向かって魔法を放っていた。

 

「ちまちまと! めんどくせーなぁ!」

 

 だが、その状況は一変する。

 突如としてアケロンの全身から多数の竜の顔が出現し、その全ての竜の顔が高濃度の魔力を纏い始めたのだ。

 

「嘘でしょ!? 此奴複数の魔法を……!?」

「この顔の全てが竜の魔法を放つのですか!?」

 

 それを見たエルザとユーナは思わずそんな声をあげる。

 それを見て、アケロンは愉快そうに笑った。

 

「あひゃひゃひゃ! その通りだよ! 竜の力を! 思う存分くらいやがれ!」

 

 その言葉とともに幾つもの魔法が現れる。

 それを見たレシリアは、咄嗟にユーナ達の足場を消すことで、ユーナ達を落下させて魔法からユーナ達を逃す。

 だが、幾つも放たれた魔法は、一つ躱すだけでは全てを躱しきれず、地面へと向かうユーナ達や、俺に向かってきているレシリア達に次々と降り注ぐ。

 

「や……ら……せるか!」

 

 俺は取り寄せた盾をひたすらにユーナやレシリア達の守りに使う。

 幾つもの盾が次々と消し飛ばされる中で、それによって生まれた時間を使い、ユーナやレシリア、そして合流したルイーゼとシルフィーが、防御用の魔法を放って魔法を防ごうとする。

 

「きっひゃ! 無駄無駄無駄! 幾らでも俺は魔法が撃てるんだぜぇ~! 発動する為の精神や魔力も! 贄にした千人分の命だけ! 使いたい放題なんだよ!」

 

 アケロンのその言葉の通り、魔法の雨は止むことは無かった。

 

 次々と魔力が切れて倒れていくユーナ達。

 ここが使い時と判断したのか、平民であり魔力の少ない来幸が、預けておいた大地を隆起させて自分達を覆うことで身を守る魔道具を使った。

 しかし、その大地の壁に対しても魔法が降り注ぎ、それは破壊される。

 

「おいおい~。あっさりと全滅してんじゃねーか! あひゃひゃひゃ!」

 

 頃合いとみたのか、アケロンが魔法を止めることで土煙が晴れたそこにあったのは、地面に倒れピクリとも動かない来幸達の姿だった。

 

「すげーな! 竜の力ってやつは! だが、こんなものは通過点でしかねぇ!」

 

 アケロンはそう言うと俺達とは別の場所に目を向ける。

 

「神の欠片だ! それがあれば俺はもっと強くなれる!」

 

 そう言ってアケロンは目を向けた方へと進んで行く。

 

「融合したことで竜に取り憑く力はなくなった! こんな雑魚共に構っている暇はねぇ! 他の竜が出てくる前に欠片を手に入れないとなぁ!」

 

 そしてアケロンはその場に突っ込んだ。

 そこで何かを手に入れるような動きをして、歓喜の笑い声を上げる。

 

「やった! 手に入れたぞ! 神の欠片を! これで俺はただの竜ではなく、神の竜になった! そうだ俺は神――! 黒神アケロン様だ! あひゃひゃひゃ!」

 

 そう言ってアケロンは何もない広場の上で笑い声を上げた。

 神殿は別の方向にあるのに、まるで神の欠片を手に入れたかのように愉悦を漏らして叫ぶ。

 

「あれ……は……。来幸の……魔法……か……」

「はい。そうですフレイ様。魔道具を使う前に魔法を使いました。地面に倒れていたのは、相手を欺くための演技です」

 

 そう言って駆け寄って来たのは来幸達だった。

 全員消耗しているが、大きな怪我はなく、何とか動けている。

 

 どうやら、大地を隆起させる前に闇魔法を使い、アケロンに幻覚を見せて操ることで、あの魔法の雨をやり過ごしたようだった。

 

「お兄様! 今、治療するね!」

「ああ。頼む……」

 

 俺はレシリアに回復魔法を掛けてもらいながら来幸に聞く。

 

「よく、竜相手に効果を通せたな」

「フレイ様の言う通り、竜相手では魔法耐性が高く、魔法を通すことは出来なかったと思います。ですが、あれは竜と術者と怨霊の融合体。そして、恐らく怨霊には手に入れやすい平民を使っていると思いました。だからこそ、脆弱な怨霊の部分を媒介にすることで、本体である術者に魔法を通したんです」

 

 複雑に絡み合ったプログラムの脆弱性を突いて、本体であるプログラムをハッキングしたっていうところか、咄嗟にそれを思いつくとはさすがだな。

 

「そうか、よくやった」

 

 それが無ければ全滅していた可能性が高いため、来幸のやったことを理解した俺は、素直にそう称賛の声を掛けた。

 だが、来幸は浮かない顔をしてそれに答える。

 

「お褒めに預かり光栄ですが……恐らくは長くは持ちません。竜本体の抵抗力によって、そう遠くないうちにあの状態は解除されてしまうでしょう」

 

 脆弱性を突いたと言っても本体は強靱な竜。

 闇魔法による幻覚もそう長くは続かないと来幸は語る。

 

「そうか……」

 

 俺はただ一言そう呟いた。

 

 これは……もう、無理だな。

 

 俺はそう思い至った。

 

 来幸によって何とかアケロンが神の欠片を手に入れることを防ぐことが出来たが、さすがに相手も二度も嵌められるほど愚かではないだろう。

 だからこそ、次に神の欠片を狙われたら、俺達にはそれを防ぐ手はない。

 

 そして、アケロンが神の欠片を手に入れれば、奴は神竜へと至り、やがてこの世界で数々の不幸をまき散らすことになるだろう。

 

 ――それを許すわけにはいかない。

 

 だからこそ、俺は全員に向かって宣言した。

 

「ヴァレリーごとアケロンを殺す」

「……いいのね? フレイ」

「ああ」

 

 俺の覚悟を問うようにエルザがそう言う。

 俺はそれに頷いた。

 

 ここにいるのが、アレクじゃなくて、俺で悪いな……。

 

 俺は内心でヴァレリーに向かってそう謝罪する。

 

 もし、ここにいるのがアレクのような主人公だったら、こんな風に諦めることもなく、最後まで助け出せると信じて行動し、そして主人公補正でそれを実現してみせたのかも知れない。

 だが、ここにいるのはそんな主人公補正もない、ただの転生者でただの悪役であるこの俺――フレイ・フォン・シーザックだ。

 

 アレクのように奇跡のような出来事は起こせないし、小を生かすために大を敵に回す選択が出来るほど、意思の強さがあるわけでもない。

 俺はどちらかと言えば、物語に出てきて主人公と敵対する悪役のように、大を生かすためなら小を殺せる側の人間なのだ。

 だからこそ、神の欠片をアケロンが手に入れて世界の災いの元となる前に、ヴァレリーごとアケロンを殺すことに躊躇いはなかった。

 

「ああ!? なんだ!? これは!? 何もない広場じゃねーか!?」

 

 ついに闇魔法が解けてアケロンが幻覚に気付く。

 そして、その目は当然、俺達に向かった。

 

「てめぇらか! 俺様に幻術を使いやがったな! 許さねぇ! 神の欠片を手に入れる前に! てめぇらを皆殺しにしてやる!」

 

 そう言ったアケロンに俺は言い返す。

 

「いいや、殺されるのはお前だ」

「ああん!? 死に損ないが! イキってるんじゃねぇ!」

 

 そうして動き出したアケロンに向けて、俺は空から鉄球を落とすために、取り寄せた鉄球を転移させようとする。

 

 せめて痛みすらなく一瞬で――。

 

 そう思った俺が、転移を行おうとしたその瞬間、突如として本物の神殿から白い光が立ち上り始めた。

 

「んだっ!?」

「なにっ!?」

 

 アケロンも俺も互いにその事態に驚き、攻撃の手を止めて双方がその光が立ち上った方へと目を向ける。

 

 その場にいる誰もが白い光に注目する中で、神殿の屋根を突き破るようにして、一頭の竜がその場に姿を現す。

 その竜は桜色をした――ヴァレリーによく似た姿を持つ成竜だった。

 




 ディノスの転移は、高密度の他者の魔力で満ちていると転移自体が発動出来ず、神の結界という壁で遮られていると、その壁の先を転移対象とすることが出来ないと言う感じで、転移が出来なくなります。



 例えば、化け物になる不治の病にかかった女の子がいたとして、化け物になって他の者達を襲う前に殺そうってなるのが物語における悪役とかの立場で、そんな相手に対して今は無くとも彼女を救う方法は絶対にあるはずだと信じ切って、女の子を殺そうとする人々を敵に回して戦い続けられるのが、主人公の資質って奴ですよね。


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バカンスの果て

 

「よし、良い調子じゃ……!」

 

 ボクの抵抗も意味をなさず、ボク達は神殿の中に避難してきた。

 お爺さんは、神殿の中に入って直ぐに、竜の魔法を使って、パパ達の戦いの様子を覗き見ることを始めたけど、それで覗き見る戦いに意識を向けつつも、ボクの方にも意識を向けていることがわかる。

 

「これじゃ、パパのところにいけない……」

 

 隙を見て戦いの場に行こうと思っていたボクは、お爺さんの目が光っていることもあり、この神殿から抜け出すことも出来ずにいた。

 

「でも、仮に抜け出したとしても、ボクの力じゃ何の役にも……」

 

 パパが言ったように今のボクには力が無い。

 助けに向かったところで、足手纏いになるのは目に見えている。

 

「力が……力があれば……」

 

 ボクはそう言って、ふとこの場にある白い炎のようなものに目を向けた。

 

「神の欠片……あれがあればボクでも……!」

 

 だが、あれを手にするのも、それはそれで難しいだろう。

 

 あれはこの竜の里でとても大切なものだ。

 どれだけピンチに陥ろうとも、神が言ったその時まで、決して手を触れず、このままの現状を維持し続けるつもりだろう。

 実際に黒い液体に取り憑かれたボクのお母さんだと言う竜が、この里を襲撃してきて、明らかに神が言ったこの里が危機に陥った時という条件を満たしているのに、欠片の力を手に入れてあの敵に立ち向かおうとはしていない。

 

 恐らくどれだけピンチになろうとも、神の欠片の力を使うつもりはないんだ。

 それこそ、パパ達がやれたとしても――。

 

「ああっ! 何と言うことじゃ! こんなことが!? ヴァレリー!!」

 

 パパ達の戦いの様子を見ていたお爺さんがそんな悲痛な声を上げる。

 

「ま、まずい……避けるじゃ! そ、そんな……」

 

 次々と語られる焦りを現したような声。

 それを聞いて、現場の状況が相当不味くなっているのをボクは実感した。

 

「このまま、じっとしているなんて、ボクには出来ない!」

 

 ボクはそう言うとお爺さんの目から逃れて走り出した。

 お爺さんは悪くなったパパ達の戦況に目を取られて、ボクへの監視が緩くなってしまっていたのだ。

 だからこそ、ボクはお爺さんに気付かれる前に、そこに近づくことが出来た。

 

「このままでは神の欠片が……! !? ノルン! お主! 何をしておる!?」

 

 お爺さんがボクの動きに気付くがもう遅い。

 ボクの手は既に白い炎に触れる寸前だった。

 

「やめ――やめるんじゃーー!!!」

 

 お爺さんの叫びを無視して、ボクが白い炎に触れると、ボクの体はその白い炎に包まれて、ボクは意識を失った。

 

☆☆☆

 

 気付けばボクは白い空間にいた。

 その空間は白い炎と同じ、神聖な神の力で作られているもののようだった。

 

 そして、そんな空間の中で、目の前に一人の女の人がいた。

 

「おおっ!? 来たね! よかった、このまま出番なしかと思ったよ!」

 

 その女の人はボクを見つけるとそんな風に喜び始めた。

 

「出番なし?」

 

 ボクは突如現れた女の人の不可思議な発言に思わずそう言葉を返す。

 そのボクの言葉に、女の人は語り始めた。

 

「ルートは幾つも用意しておいたし、君がボクの元に来ることになるルートを、彼が通らない可能性だって十分にあった。それこそ、事前にそうなると定められた運命――ゲームと同じような結末になることだってあり得たわけだ」

 

 そう言って女の人はやれやれと肩をすくめる。

 

「自分が用意したこととは言え、この世界の創世の時から、何万年もその時の為に待ち続けたのに、別ルートに行くことになったから、出番すら与えられず、アケロンみたいな気持ち悪い奴に取り込まれる結末を迎えるとか、最悪の終わりだろ?」

 

 そう捲し立てるように語る女の人。

 だけど、ボクはそれを聞いても、頭の中が疑問でいっぱいだ。

 

「何を言ってるのかわからない」

「あれ? そうかい?」

 

 素直に気持ちを表したボクの言葉に、女の人は意外そうな顔をした。

 そして、失敗したな~と言った感じで言う。

 

「いやはや、人付き合いが少なすぎて、相手の理解度も確認せずに、何の説明も無く好き勝手に喋ってしまうのは、ボクという存在の悪い癖だな~」

 

 また勝手に何かに納得して喋り倒す女の人。

 ボクはこのままだと埒があかないと考えて、その人に向かって言う。

 

「ねぇ! ここは何処なの? ボクは神の欠片に触れたはずなんだけど……」

「ここかい? ここは神の欠片の力で作られた疑似空間の中さ。君が神の欠片に触れたことで、その力が君を飲み込んでこの領域を作り上げたんだよ」

 

 女の人はそう言って状況を語る。

 ボクはそれを聞いて、この女の人に不信感を持った。

 

「……なんでそんなことを知ってるの? そもそも、君はだれなの?」

「ボクかい? ボクはそうだな……」

 

 そう言って、女の人は少し考えた後、ボクを見つめて言った。

 

「ボクは君だよ」

「……何言ってるの? ボクと君は違うじゃん。ここに別々にいるよ?」

 

 わけのわからないことを言いだした女の人にボクは思わず言い返す。

 

 ボクだと言われても、ボクは今ここにいる。

 目の前にいるこの人がボクなわけがない。

 

 ボクのその返答を聞いた女の人は笑い始めた。

 

「ははは! 確かにそうだ! 別々に存在しているよね! まあ、そもそも分体同士とは言え、記憶を継承せず、肉体が別物になっているものを、果たして同一人物と言えるかという問題もあるけど……。あれだ、彼の世界の言葉で言うと、テセウスの船ってやつからな? 人それぞれが持つアイデンティティーの――」

「ねぇ! 結局! 誰なの!?」

 

 また話し出しそうな女の人を遮ってボクはそう叫ぶ。

 あまりのんびりしている時間はないのだ。

 外ではパパが今も危険な状態になりながら戦っている。

 

「う~ん。そうだな……。じゃあ、ここではウルズと名乗ろうかな。別にボクと繋がりがあるわけでもないけど、君の名前や今回の状況を考えれば、この名前が名乗るに相応しい名前というやつだろう」

 

 そう言ってウルズは茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる。

 そんなウルズに対してボクは言った。

 

「それで、如何すれば力を得られるの!? 外ではパパが戦ってるの! ウルズが力をくれるというのなら、速くボクに力を渡して!」

 

 ボクが焦りながらそう言うと、ウルズは何かに納得したように言う。

 

「さっきから話を急いでいたのはそれが原因か。安心していいよ。ここは簡単に言ってしまえば精神と時の部屋――外とは流れる時間が違うからね。ここでどれだけ長い時を過ごしたとしても、外では1秒も経ってはいないのさ」

「そう……なの?」

 

 ボクはその言葉を聞いてほっとため息を付いた。

 ウルズの話が本当なら、外の状況はボクが欠片に触れた瞬間から、殆ど変わっていないということだからだ。

 

「そして力に関してだけど……既に君の中に取り込まれている」

「ほんと!?」

「ああ、本当だとも。わざわざこの場で嘘はつかないよ」

 

 そう言ったウルズの言葉に嘘はないように見えた。

 つまり、ボクにはもう創世神が残した神の力が宿っているのだ。

 

「やった! これでパパを助けられる! 今すぐにここを――」

「だけど、君はまだ力を扱う事は出来ない」

 

 喜び勇んでこの空間から脱出しようとしたボクにそんな言葉が投げかけられた。

 だからこそ、ボクは思わずそれを聞き返す。

 

「え!? なんで!?」

「力を扱うに相応しい肉体も、力を制御出来る知識も、君にはないからだ」

 

 そう明確にウルズは理由を告げた。

 

「肉体に関してはこの場にいれば勝手に成長する。それなりの時間をこの空間の中で過ごすことになるけどね。だけど知識は勝手には身に付かない」

 

 そう言うとウルズはこの空間に大量の本を出現させた。

 ドサドサと何処かから本が現れて落ち続ける中でウルズは言う。

 

「だから、お勉強をしよう。なに、時間は無限にある。君の心が折れない限り、幾らでも君は知識を身につけることが出来るよ」

「お、お勉強……」

 

 ボクは目の前に現れた大量の本を見て、思わず後ずさりをしてしまう。

 

 お勉強はそんなに好きではない。

 パパが教えてくれるのならまだいいけど、こんなところで一人寂しく、本を読んで学ぶなんて、とても耐えられそうにない。

 

 そんなボクの気持ちを見抜いたのかウルズが言う。

 

「これは君の為でもあるんだよ。どうせ君が父親と慕う者に、竜の知識は自分には教えられないから、君をこの里に置いていくとか言われたんじゃない?」

「っ!? なんでそれを知ってるの!?」

 

 ウルズがボク達の状況を言い当てたことに、思わずそんな驚きの声をあげる。

 それに対してウルズは「やはりね」と納得したように呟いて言った。

 

「持っている情報から導き出した単純な推察だよ。彼の状況を考えれば、君のことをそんな風に言いくるめて、捨てるんじゃないかと思っていたからね」

 

 捨てる――その言葉を聞いたとき、ずきんと心が痛むのを感じる。

 なんだかんだ真っ当な理由はあるが、パパがボクを別の人に託す形で、捨てようとしていることに、変わりはないことに気付かされる。

 

「確かに子供は一人じゃ出来ることは少ない……。だから、こうやって大人の都合に振り回されて、自分の思いと違う結果になってしまうこともある……」

 

 ウルズはボクの思いを代弁するかのようにそう語る。

 そうしていたウルズは、にやりとイタズラをするかのように笑うと言った。

 

「――でも、それって大人になってしまえば関係のないことだよね?」

「――え?」

 

 何てことも無いようにそう言いきったウルズにボクは思わずそんな声を上げる。

 そんなボクに語りかけるようにウルズは言った。

 

「単純な話だよ。君は竜の知識が無いからと竜の里に預けられることになった。だけど、必要な竜の知識が君の中に既にあるのなら、その前提は成り立たない」

「あっ! そっか! 竜の知識があれば、竜の里にいる必要もないんだ!」

「そう、その通り。誰かが君の行動を決めてしまうのは、君が子供で知識も力もなく、誰かが庇護しないといけない立場にあるからだ。だからこそ、それを崩すには君が力と知識を身につけ――独立した立派な大人になるのが一番なんだ」

 

 そう言うとウルズは何冊かの本を手に取ってボクに手渡す。

 

「これを見てみなよ」

「これは?」

「これは漫画や小説――ヒーローやヒロインが紡ぐ、物語を楽しむものだね」

 

 ウルズは簡潔にそう説明した後、続けるようにして語る。

 

「たぬきドロップに、うちの娘の為ならば俺は勇者だって倒せる……他にも色々とあるけど、どれも君と同じように、血の繋がらない父親役に拾われて、そして大人へと成長していく過程を描いた物語さ」

「ボクと同じような物語……」

 

 ボクはじっとその本を見つめた。

 そんなボクに向かってウルズは言う。

 

「ずっと知識のための勉強を続けるのも大変だろうからね。息抜きとしてそれを読んで、大人になるって言うのがどういうことか学ぶといいよ」

「うん! わかった! ありがとう、ウルズ!」

 

 ボクはウルズの言葉を聞いて、素直にお礼を言った。

 それを受けて、ウルズはきょとんとした顔をする。

 

「まさか、自分にお礼を言われるとは……貴重な体験だね、これは」

 

 そう言って照れたように頬を掻くウルズ。

 

「彼の取り巻く環境が面白いことになりそうだから分体を送り込んだけど、これから君と過ごす時間だけでも、君を送り込んだ意義はあったかも知れないね」

 

 そう言って、ウルズはボクへの指導を始めた。

 

☆☆☆

 

 あれから、ボクのこの空間での生活は続いていた。

 もう、どれだけの時間が経ったのかもわからない。

 

 長い時の中で、ボクは自分に必要な知識を身につけていった。

 だが、それよりも、ボクの中で強くなっていくものがあった。

 

「パパ――!」

 

 ボクは寝っ転がりながら、何度も読んだことでボロボロになった本を読んで、そう言って目を瞑る。

 

 目を瞑るとそこには妄想のパパが現れた。

 そのパパは読んでいる漫画と同じように『まったく甘えん坊だな』と言って、ボクを優しく抱きしめてくれる。

 パパに抱かれたボクは至上の快楽を感じて、その場で自分の体を抱きしめて、身悶えをしながら転げ回る。

 

「またそれを読んでいるのかい?」

 

 そんなボクの様子を呆れたように見ていたウルズがそう言った。

 そんなウルズに対してボクは言う。

 

「うん! だって全然飽きないんだもん!」

「まあ、それはいいけどさ……。夢女子みたいに、漫画の父親枠と娘役を、自分達に塗り替えて、その物語を妄想して身悶えするという、恥ずかしい行いを、自分と同じ存在がしているのを見ることになる、こちらの気持ちも少しは考えて欲しいな」

 

 やれやれとため息を付きながらウルズは言う。

 そんなウルズの言葉に、ボクは明確に否定の言葉を浴びせた。

 

「無理だよ! だってこの気持ちを抑えられないんだもん!」

 

 長い時の中でパパへの気持ちはどんどん強くなっていった。

 それは、もはや、自分でもどうにもならないものだった。

 

 どれだけ時が経っても、どれだけ知識を詰め込んでも、どれだけ物語を読んでも、パパのことだけは色褪せること無く全てを思い出せる。

 それ以外のことは殆ど思い出せなくなったが、別にそんなことは些細なことだ。

 

 元から生まれてから、神の欠片に触れて、この閉ざされた空間に入るまで、まともに関わり合いになったのはパパだけなのだ。

 それを考えれば、パパ以外の記憶がなくなったって、何の問題もない。

 

「ああ、パパに早く会いたいな~」

 

 ボクは思わずそう呟く。

 ここから出て、悪い敵を倒して、大人になったボクでパパと再会するのだ。

 立派になったボクを見たら、きっとはパパは父親として喜んでくれるはず。

 

「そうしたら、この漫画みたいに、愛してるって言ってくれるよね? パパ?」

 

 パパから一度も言われてない言葉――。

 

 それを言われた時のことを妄想しながら、ボクはそう呟く。

 それを見ていたウルズが頭が痛いと言った雰囲気で頭を抑えて言った。

 

「……何と言うか、変に熟成されちゃったって感じだね……」

「パパ、パパ、パパ、パパ――」

「うぇ……見ているだけで精神汚染されそうだ……」

 

 ここで学んだ知識を使って自分を慰め始めたボクを見て、ウルズはドン引きしたような顔をしながら、ボクからそそくさと離れていく。

 

「おかしいな。根源は同じはずなのに、そんなことになるなんて……。確かにちょっと面白そうかなと思って、本の選定には手を加えたけど……」

 

 ボクの様子を伺いながら、しきりに首を捻りながらウルズはそう言う。

 そして、何時もようにブツブツと喋り始めた。

 

「まさか、ボクにこんな一面が? 創世神――全てを生み出す母だからこそ、母性や父性を求めているところがあったということなのか……」

 

 悩んでいたウルズは何かしらの結論に到達したようだ。

 そして、何かを決めたのか、ボクが自分を慰め終わったのを見て、ボクに言う。

 

「そろそろ、終わりにしようか」

「え? 何が?」

 

 はあはあと息を乱しながらボクがそう言うと、ウルズはそれに答える。

 

「君の肉体は完全な大人へと成長した。それに知識に関しても、必要なものは全て詰め込んである。ここの役割ももう終わったということだよ」

「そっか~」

 

 ボクはその言葉に少しだけ寂しさを覚えた。

 これだけ長い時を一緒に過ごしたウルズとも、もうお別れなのだ。

 

「この空間が無くなったら、君はどうなるの?」

「ボクのことを心配してくれるのかい?」

 

 ボクの言葉にウルズがそう返した。

 それにボクは頷く。

 

「それなら気にする必要はない。この空間が終わるときに、ボクを含めた残りの神の力も、君に取り込まれることになるからね。言ってしまえばボクは君の一部になるってことさ。今のこの人格は消えることになるけどね」

 

 何てこともないようにウルズはそう言った。

 その言葉に対して、ボクは思わずウルズに問いかけた。

 

「消えることになるのが怖くないの?」

「怖くないね」

 

 ウルズはそうきっぱりと答えた。

 

「元々ボクの人格は本体のコピーだ。だからこそ、消えたとしても問題はない。それにここでの記憶や経験は、君を媒介にして本体に送られることになるからね。本体が楽しむ為の情報を作る――それこそが分体であるボクや君の仕事だ。こうやって、消え去ることも本望というものだよ」

 

 ボクはここで様々な知識を身につけた。

 だからこそ、ボクがどう言う存在なのか、そしてウルズがどう言う存在なのか、それらについてはもうわかっている。

 

 でも、理解していても、それに納得しているかは別だ。

 故にボクはウルズに向かって言う。

 

「ボクの人生も、そこで得た思いも、全部ボクのものだから、例えボクが何かの分体なのだとしても、それを本体に渡すつもりはないよ」

 

 ボクの意見とウルズの意見は違う。

 根源が同じでも、やっぱりボクらは別人だ。

 

 そんなボクの思いに気付いたのか、ウルズはにやりと笑う。

 

「――いいね。人生には価値がなければならない。そう言えるほどの価値を持った人生こそ、ボク達が求めて止まないものだよ」

 

 ボクのように別人だと否定する存在こそ、今までの自分が送ったことのない人生を持った、新しい物語を楽しめる存在だとウルズは考えているようだった。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 本体がボクの物語を楽しめるかどうかなんて興味はない。

 

 だから、ボクはウルズに別れを告げてこの空間を出ようとするが――。

 それをウルズが止めるように、ボクに向かって話しかけてきた。

 

「最後にいいかい?」

「なに?」

「君にとってのヒロインってなんだい?」

「ヒロイン?」

 

 唐突な話に思わず首を傾げる。

 ウルズは何が言いたいのだろうか?

 

「彼の周囲の女の子達は、自分なりのヒロイン像を持っているみたいだからね。消え去る前に、君にもそういうのがあるのか聞きたかったんだ」

 

 パパの周囲の女?

 そう言えば、薄らとだけど、何か周囲に変な女共がいたような気もする。

 

 その女達は何やら、自分なりのヒロイン像を持って、パパに接していたらしい。

 だけど――。

 

「いきなり、ヒロインとか言われても……わかんないよ」

 

 ボクは正直にそう答えた。

 ヒロインがどうのと言われてもよく分からない。

 

「あれ? そうなんだ」

 

 ボクの答えを聞いて、拍子抜けしたようにウルズはそう言った。

 そして、少し残念そうにしながらも言う。

 

「そっか。それなら仕方ないね。最後に気になったことを知れなかったのは残念だけど……これから頑張るんだよノルン」

「うん!」

 

 ボクはそう言って空間を破壊して取り込んでいく。

 

 そんな中でボクは考えていた。

 ボクが思うヒロイン像――それは何なのかと。

 

☆☆☆

 

 神殿から光が立ち上り、そしてその中から現れた竜。

 それを見て、俺もアケロンも、時間が止まったかのように硬直する。

 

「あの竜――俺様の神の欠片を!?」

「まさか、あれはノルンか!?」

 

 そして、同時に状況を理解して動き始めた。

 アケロンは自分の物にするはずだった神の欠片を奪った下手人に対して、怒りを見せながら飛んでいき、一方で俺は、あれが神の欠片を手に入れて成長したノルンではないかと考えて、様子を伺うことに決めて、隕石を落とすのを取りやめる。

 

 そんな俺達の動きを気にもせずに、ノルンと思わしき竜は、大きく息を吸い込むと、ブレスをアケロンに向かって放った。

 そのブレスは拡散する光の波動であり――その範囲には俺達も含まれていた。

 

「おいっ!? 嘘だろ……!?」

 

 味方だと思っていた相手に、敵と巻き添えでブレスを喰らって、俺は思わずそんな言葉を上げて身構える。

 だが、予想していたようなダメージはなく、俺は不思議に思いながら、同じようにブレスを喰らった周囲を見回した。

 

「何だ? ダメージがない? それどころか、体の調子が良いような……」

 

 ふと体を見ると、レシリアの魔力消費を減らすために、後回しにしていた小さな切り傷が癒えていくのが目に入った。

 

「傷が……? いや、それどころか周囲の草が生長している……?」

 

 傷が癒えるだけではなく、ブレスの範囲に入っている草が、まるで時間を早送りにするかのように、成長してぐんぐんと伸びていた。

 

「時間――いや、違う。時間を進めただけではこうはならない。だとするならば――まさか、生命力か!?」

 

 時間を進めただけでは萎びた草が生長することは出来ない。

 そこまで考えたところで、この草は生命力が底上げされたことによって、そのエネルギーを使って、このように急激に成長しているのではないかと気付く。

 

「神の欠片を取り込んだことで、生命を操る力に目覚めたのか!?」

 

 起きている事象から考えれば、そう判断するのが自然だ。

 俺はそう自分の考えに結論を付けて――同時に疑問を抱いた。

 

 生命を操る力を手に入れたのはいい。

 だが、それを使って生命力を高めるブレスを、俺達だけではなく、アケロンにもぶつけて、如何するつもりだ?

 

 生命力を高めて俺達を回復させようとするのは理解出来る。

 しかし、それを敵にぶつけて敵を回復させる意図が読めない。

 

 俺がそう思っていると事態は動き出す。

 

「グギャアアアアア!?」

 

 そんな悲鳴を上げてアケロンが悶え苦しむ。

 そして、アケロンの黒い肉体がブクブクと膨張と収縮を繰り返す。

 

「な、何が起こっている?」

「クソ共がぁあああ! 今頃になってぇえええ!」

 

 理解出来ない状況に困惑する俺達を前に、アケロンはそう叫ぶと暴れるようにして、ブレスの効果範囲から逃げだそうとする。

 

「させないよ」

 

 しかし、アケロンが逃げ出すよりも速く、ノルンがそう言うと地面の木々が急激に伸び始め、その木々の中にアケロンを取り込んで拘束し始めた。

 

 植物+生命力とかN○R○TOの柱○かよ……。

 

 俺が思わずそんなことを思っていると、何かに気付いたレシリアが声を上げる。

 

「叫びが――大きくなってる!」

「叫び……? それってあの黒い液体が放っていたものか?」

 

 俺の言葉にレシリアは頷く。

 

「そうだよ、お兄様! あのアケロンとか言うのが、ヴァレリーと融合してからは、叫び声が聞こえなくなっていたけど、それが突然聞こえるようになったの!」

「聞こえなくなっていたものが、突然聞こえるようになった……か」

 

 俺はそう呟き、その原因について考える。

 何かが起こってアケロンの状況に変化が起こったのだとしたら、その原因はあのブレスしか考えられない。

 問題はどうしてそれが起こったかだが――。

 

「――そうか! あのブレスでアケロンの体を構成している――黒い液体となっていた亡霊達の生命力が上がったことで、アケロンの支配から亡霊達が逃れ始め、あのアケロンの内部で暴れ回っているのか!」

 

 亡霊の生命力って何? という話だが、この世界のレイスは死ぬことで、霊体という体に肉体を移しただけで、生命体の一種であるということを聞いている。

 それを考えれば、神の力を取り込んだノルンなら、その亡霊という生命体の生命力を底上げして、再度活動させるだけの気力を与えることが出来るのかも知れない。

 

「来るなぁああ! 来るんじゃねぇええ! ただの贄が! この俺様にぃいい! ガァアアア!?」

 

 俺の考えを裏付けるかのように、膨張と収縮を繰り返しながら、アケロンは俺達に見えない何かと戦うように、そんな悲鳴を上げて悶え苦しむ。

 

 アケロンは恐らく亡霊達をあの黒い液体に改造した組織の一人だろう。

 それを考えれば、亡霊達の恨みもひとしおか。

 

 アケロンの内部で何が起こっているのかはわからないが、叫び声から察するに、生け贄にされた亡霊達が、アケロンに反旗を翻し、今までの恨みを晴らすように、アケロンを食い殺そうとしているのだろう。

 

「やめろぉ……やめて……許してください……イギィイイイイ!」

 

 アケロンの声はどんどんと弱々しくなり、許しを請うように叫ぶが、それで亡霊が止まることはなかったのか、苦痛を受けたことによる悲鳴を上げ続ける。

 

 生命の力とか、神聖そうな力を使ってるのに、亡霊を元気にさせて、亡霊同士を食らい合わせて相手を殺すとか、やってることがエグいな……。

 

 俺は思わずドン引きしながらその様子を見続ける。

 アケロンの自業自得とは言え、絶対に同じ立場にはなりたくない、拷問のような恐ろしい光景が、その場で行われていた。

 

 そして、しばらくするとその時が訪れる。

 

「し、死ぬ……!? 馬鹿なこの俺が……何の為に竜に――イギャァアア!!」

 

 その断末魔の悲鳴と共に、パンっと弾けるように、アケロンの肉体を突き破るようにして、大量の亡霊が空へと飛び立っていく。

 

「生命力が上がって、黒い液体から元の亡霊へと戻ったのか!?」

 

 黒い液体は魔法か何かで亡霊が素材として変換されたもの。

 亡霊の生命力が上がったことで、その魔法への抵抗力がつき、変化した状態から元の亡霊へと戻ったのだろうと判断した俺は、レシリアに向かって叫ぶ。

 

「ともあれ! 今だ! レシリア!」

「うん! ゴーストパニッシュ!」

 

 悪霊に特効を持つ聖女の魔法。

 それが前回と同じように敵へと降り注ぎ――。

 今度は無効化されるということはなく、大量の亡霊達を昇天させ、長かったこの戦いは、遂に終わりを迎えたのだった。

 

☆☆☆

 

「……まだ息がある!」

「後は任せて!」

 

 全ての亡霊が消滅した後、ノルンは木々を縮めてヴァレリーを地面へと降ろそうとする中で、俺はレシリアと共に転移でそのヴァレリーの側へと移動し、急いでヴァレリーの容態について確認していた。

 

 そして、ヴァレリーの姿が元に戻っていることや、黒い液体が付いていないこと、それにまだ息があることを確認した後、レシリアに後を任せた。

 

 もう無理かと思っていたが……何とかヴァレリーも助け出せたか。

 

「まあ、終わり良ければ、全てよしか」

 

 後半完全に役立たずだったが、結果的には最高の結果となった。

 色々と予想外なことも多かったが……ようやく終わったという気持ちで、俺は思わずそんな風に呟く。

 

 そうして、しばらく待つとヴァレリーは地面へと降り立った。

 レシリアがその治療を続ける中で、竜として飛んでいたノルンも、俺達の近くの地面へと降り立ち、そして人化する。

 

「ノ、ノルンが成長してますわ……!?」

 

 その姿を見て、ノルンの母役を自称するルイーゼがそう声を上げた。

 目の前にいるノルンはルイーゼの言う通り、幼女だった少し前と違って、完全な大人の女性へと成長していた。

 

「ノ、ノルン……だよな?」

「うん。そうだよ、パパ。神の欠片の力で、何年もの時を過ごして成長したんだ。パパのために、ボクは頑張ったんだよ?」

 

 俺がノルンを警戒しながらもそう言うと、ノルンは満面の笑みで答える。

 

 一見すると、父親のピンチを救うために、覚醒して強くなった娘が助けに入ってきたという感動の場面。

 だが、まるで肉食獣に狙われた獲物のように、嫌な気配を感じた俺は、冷や汗を流しながら、後ずさりをする。

 

「ねえ? 何で後ろに下がったの? パパ?」

「いや、それは――。――っ!?」

 

 突然、俺に向かってきたノルンを見て、俺は瞬時に転移で移動する。

 俺が転移した後、俺が居た場所を見ると、そこにはそこに居た何かを抱きしめようとした体勢でいるノルンの姿があった。

 

 あ、あぶな……あのままあそこにいたら、確実に捕まっていた……。

 

「ノルン……いきなり何をするんだ?」

 

 俺は恐る恐るノルンに向かってそう言う。

 

 おかしい……これは明らかにおかしい。

 俺はノルンをしっかりと親子として育てることに成功したはずだ。

 

 それなのに今のノルンは――。

 

「何って? パパに抱きしめて貰うつもりだったよ? 頑張った娘を父親は抱きしめるものだもんね?」

 

 そう言って、俺を見るノルンの目は、他の攻略対象達と同じように、色欲に染まったものだった。

 

「わ、わざわざ抱きしめる必要はないだろう。ちゃんとお前の頑張りは理解しているぞ? 頑張ったなノルン」

 

 俺はそのノルンの目にびびりながらそう口にする。

 俺のその態度にノルンは不服そうに答える。

 

「なんで言葉だけで済まそうとするの?」

「ノルンは成長してもう大人になった。そんな相手に父親役ではあるが、異性である俺が、ベタベタとくっ付くわけにはいかないだろう?」

 

 自分の立場を思い出せ!

 俺はそんな気持ちを込めて、ノルンに向かってそう言う。

 だが、返ってきた言葉は無情なものだった。

 

「なんで? 父親役だからこそ、ボクとくっ付くべきじゃないの?」

「は? 何でそうなる?」

「だって、そういうものだって、ボクは読んだもん! たぬきドロップとか、うちの娘の為ならば俺は勇者だって倒せるとか、その他にもいっぱい!」

 

 な……なんで……ノルンが俺の前世の世界にあった作品を……!?

 それも、最終的に父親役と娘がくっ付く作品ばかりとか……ふざけるなよ!?

 

「これは、創世神の仕業か……!? どうしてこんな真似を!?」

 

 俺は思わずそう叫ぶ。

 

 異世界を感知出来るのは創世神だけだから、ノルンが見た漫画を用意したのは、創世神だということになる。

 しかし、どうしてそんな真似をしたのか、その理由がわからない。

 

 俺を転生させたことといい、何を考えてやがる……!?

 

 俺がそう思っている中で、ノルンは続けるようにして言う。

 

「だから、成長したボクも、パパとつがいになるんだ!」

「いやいやいや! 親子で結婚なんかあり得ないだろ!?」

 

 俺は思わずそう叫ぶ。

 その言葉を聞いた瞬間、ノルンの目から光が失われる。

 

「どうして? どうして? どうして?」

「ひぃっ!」

 

 そう呟いて再び飛びかかってくるノルン。

 俺は瞬時に転移を発動し、その効果範囲から逃れる。

 

「どうして? 愛してるって言ってくれないの? ねぇ? パパ?」

「俺はお前を娘として大切に思っているが、異性として愛する気持ちは、一片たりともありはしない!」

 

 俺は次々と迫り来るノルンから逃げながらそう叫ぶ。

 

「俺は、理想の俺だけのヒロインを求めているんだ! 攻略対象であるお前は、俺の恋愛対象になりはしない!!」

「攻略対象……? そんなものは知らない!」

「うわっ!? 結界なんて使うなよ!?」

 

 俺が明確に拒絶の言葉を継げると、俺の言葉を理解出来なかったノルンは、そう叫んで俺に対して結界を発動してくる。

 俺は必死でそれから逃げながら、この世の不条理を呪い思わず叫ぶ。

 

「クソ! 逆レイプロリドラゴンが……! やはりこうなるのか!?」

 

 あの結界に捕まってしまえば、俺は逃げることも叶わずに、ノルンに美味しく頂かれてしまうことだろう。

 

 そうなったら、俺はゲームオーバーだ。

 

 清い体を失ってしまえば、俺は何時か出会う俺だけのヒロインを、胸を張って自分の恋人とすることが出来なくなってしまう。

 お互いを運命の相手とする決意があるからこそ、俺は絶対にその相手に対して不義理になるようなことをするわけにはいかないのだ。

 

「なんで!? どうして!? こうなった!? 元々はただのバカンスだったのに……俺は今回頑張っていただろう!? 父親役として完璧に過ごしたのに――! どうしてこうも! 何時も! 何時も! 上手くいかないんだ~!!」

 

 俺はそう叫ぶと長距離転移でその場から姿を消した。

 

 そうして逃げ出したものの、空間を跳躍したはずなのに、気配で俺を追跡してきたノルンと、俺は壮絶な追いかけっこに興じることになる。

 結局、俺の身に安寧が訪れたのは、結界の改修を終えて自由になった竜族が、総掛かりでノルンを抑え、ノルンの力を封印した後だった……。

 




本章は残り二話。
何時もの奴と、次章への繋ぎです。


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目覚めるヒロイン(ノルン)

 

「パパ~どこ~?」

 

 ボクはそう言いながら転移で何処かへと消えたパパを探していた。

 先程までは取り込んだ神の欠片の力で、パパの生命力を感知することで、パパがこの世界の何処に居るのかを把握することが出来たが、お爺さんを筆頭に多数の竜達によって施された封印術のせいで、神の欠片の力を私的に使えなくなってしまった。

 

 その為、パパの行方を追うことが出来ず、ボクはこうして周囲の空を彷徨うことになってしまったのだ。

 

「ううっ……なんで逃げるの……?」

 

 ボクの目に涙が浮かび、ボクは近くの大地に降り立って思わずそう呟く。

 竜の姿から人間の姿へと姿を変えると、近くにあった湖で自分の姿を見た。

 

 子供だった自分とは違う、立派に成長した肉体。

 もう、大人である自分なら、パパとつがいになっても良いはずなのに。

 あの空間で読んだ物語では、大人になった娘は育ての親に好意を伝えて、そしてそのつがいとなって、幸せに暮らしていたのに、どうしてボクはそうならない?

 

「どうして、ボクを拒絶するの……? パパ……?」

 

 ぐるぐると考え続けた思いがそんな言葉を呟かせる。

 そして、その原因を必死で考える。

 

「いきなり、大人になったのが良くなかったのかな?」

 

 読んだ物語ではどれも大人になるまでの長い期間を、育てて貰っている娘とその父親役となった存在は過ごしていた。

 だけど、ボクはアケロンに勝つためにその過程を飛ばして、神の欠片の力で大人になってしまった。

 

 そのせいで、ボクとパパが過ごした時間は一週間程度だ。

 あの物語のように、何年も掛けて築いた関係とは言えない。

 

「でも、ボクはもう大人になってしまった。子供に戻るなんてことは……神の欠片の力を使えば出来るかも知れないけど……」

 

 子供から大人に成長する過程。

 保護対象の娘から、一人の女性へと成長する流れが、父親役に恋愛対象として意識して貰う為に必要なことならば、ボクはそれを取り逃したということになる。

 

「でも、本当にそれだけかな?」

 

 何とかお爺さん達に話をつけて、神の欠片の力で生命力を弄り、子供の姿に戻ったとしても、パパからつがいとしての――恋人としての好意は得られない気がした。

 

「攻略対象って何のことかな……。もしかしてパパは、初めからボクをつがいにしないようにするために、ボクを自分の娘にした?」

 

 パパが最後に言った攻略対象と言う言葉。

 そして、そこから来るボクが恋愛対象にならないという宣言。

 それを受けて、ボクにそんな考えが浮かび上がる。

 

「親子なら恋愛関係にはならないから、娘として他の男を愛して、その男の元に嫁ぐことが出来るようにするために……?」

 

 竜が持つ優れた賢さが、パパの言動や行動を分析し、その考えが正しいのではないかということを気付かせる。

 

「ふ、ふふふ……ボクを他の男の元に行かせるためにか~」

 

 自分を育てた理由が、善意によるものではなく、自分の為の打算だった。

 その事実に気付いた時、気付けば不気味な笑いが口から零れていた。

 

「パパの愛は偽物だったんだね」

 

 パパから向けられた愛情の全てが偽物だったわけでないとはわかっている。

 でも、根本的な始まりは、偽物の愛からそれは始まっているのだ。

 

 正直に言えば、裏切られたという気持ちがある。

 だけど、だからと言って――。

 

「もう、パパ以外の相手なんて考えられないもん」

 

 裏切られたからと言って、パパを相手に完全に失望できない。

 そんなことでパパへの好意が消えることはなく、むしろ、失望よりも、他の男に靡くと思われたことに対する悲しみと怒りの方が大きい。

 

 なぜなら、始まりが偽物だったとしても、パパがボクのことを大切に思ってくれたのは事実だと知っているからだ。

 一週間というあの空間で過ごした時間と比べれば圧倒的に短い日々だったけど、その日々はボクの宝物であり、その中でパパの良い部分をしっかりと見てきた。

 

 だからこそ、好きになったのだ。

 早く大人になってつがいになりたいと思ったのだ。

 

 ――生まれて最初に最高のものを見てしまったボクが、今更別のものに目移りして、それを選ぶなんてこと出来るわけない。

 そう、それこそ、パパの愛が偽物だったとしても――。

 

「ああ、そうか。偽物か。偽物だから良いんだ」

 

 ボクはそこでその事に気付く。

 そして同時にウルズの最後の言葉を思い出した。

 

「ボクに取ってのヒロインは何か」

 

 ボク以外のパパの周囲にいる女共が持っているというヒロイン像。

 あの時、ウルズの質問に対してボクが答えられなかったもの。

 

「血の繋がった本物の親子なら、愛し合ってつがいになることはない――でも、物語で見たように、偽物の親子なら愛し合う事が出来る」

 

 本物のような確定した関係ではなく、偽物のような不確かな関係だからこそ、その関係性を変えて、お互いの立場を変化させていくことが出来る。

 

「始まりが偽物であっても――いや違う。始まりが偽物だからこそ、その偽物を本物に変えていくことが出来るんだ。偽物の家族である血の繋がらない親子が、本物の家族であるつがいへと変わっていくことが出来る――! そうだ! それこそが!」

 

 思考に耽っていたボクは結論へと到る。

 パパのヒロインに相応しいのはどんな人物なのか。

 そして、パパに取っての自分がどんな存在なのか。

 

「パパ! 物語のヒロインというのはね! 主人公との偽物の関係を、一緒に過ごす日々の中で、少しずつ本物へと変えていくことが出来る――そんな偽物を本物に変えられるという特別な立場と、新しい関係性を得るという意思を持った、主人公との関係を変えていくことが出来る女性を指す言葉なんだよ!」

 

 それこそがボクの結論。

 

 偽物の家族である親子が、本物の家族であるつがいになるように。

 偽物を本物にしようとするからこそ、互いの立場と関係性が変わるからこそ、そこに物語は生まれ、そしてその物語の主人公とそのヒロインが現れることになる。

 

 だからこそ、ボクは確信するように言い放つ。

 

「パパ! パパのヒロインはこのボクだ!」

 

 他の誰も変われはしない。

 パパのヒロインに成れるのはこのボクだけだ!

 



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予兆

 

 竜の隠れ里の騒動から一週間後、ルイーゼはエルミナに行ってからずっと帰ってこなかったせいで溜まっていた教育を受けることとなり、多忙な日々を送っていた。

 

「よ、ようやく。一段落つきましたわ……」

 

 そう言って、机に項垂れるルイーゼ。

 そんなルイーゼの自室に対して、ドアをノックする音が響いた。

 

「シルフィーなのです」

「入って構いませんわ」

「失礼するのです」

 

 そう言ってシルフィーは部屋の中に入ってくる。

 そのシルフィーの姿を見て、ルイーゼは思わず聞く。

 

「何処かに出掛けるつもりですの?」

「……お暇を頂きたいと思っているのです」

「――え?」

 

 シルフィーの一言に思わず固まるルイーゼ。

 そして、少し考えた後で、その目的に気付いた。

 

「もしかして――ダ、フレイ様のところに行くつもりですの?」

「そうなのです」

「そうですか……」

 

 ルイーゼはそう言ってシルフィーとの約束を思い出す。

 

 それはルイーゼが帝都に巣くうエルフ達を何とかするために、共に活動してくれる協力者を探していた頃のことだった。

 ルイーゼはエルフの風評被害に悩まされながらも、その身を売って手っ取り早く金を稼ぐのではなく、傭兵として必死に日銭を稼いでいるシルフィーを見つけ、彼女なら協力者になってくれるかも知れないと話しかけたのだ。

 同胞達の無法っぷりに、心を痛めていたシルフィーは、ルイーゼの協力者になることを了承し、彼女の護衛役として城勤めになることになった。

 ただ、その時に一つの条件をルイーゼに突きつけていたのだ。

 

「運命の相手が見つかったら、それを追うために仕事を辞める……初めからそう言う約束でしたわね……」

「雇って貰った恩も返せず、申し訳ないのです……」

 

 そう申し訳なさそうな顔をしてシルフィーは謝る。

 それに対して、ルイーゼは残念そうにしながらも、シルフィーを責めずに言う。

 

「気にしないでくださいまし。友人である貴方がいなくなるのは寂しいですが、それでも運命の相手と添い遂げるというシルフィーの願いが叶うと言うのなら、わたくしにとってもそれは喜ばしいことですわ」

「姫様……」

「それに、この間の事件もあって、エルフ対策については、ついにお父様も動いてくれることになりました。シルフィーが抜けたとしても、その穴は何とかして埋めることが出来ると思いますわ」

 

 この間の事件――竜の隠れ里の騒動の件だ。

 アケロンを名乗る帝国人が明らかに個人では行えない、危険な呪術の成果を持って暴れ回り、場合によっては世界の危機にも繋がっていた事件。

 

 ルイーゼはこれを受けて、帝都に戻ってくると直ぐに父親である皇帝の元に行き、神の力を模倣しようとしている謎の組織がいると、その危険性を伝えたのだ。

 

 それを聞いた皇帝は、直ぐさまその事について調べるようにセルゲイに命じ、そして同時に国として全面的に調査をするから、ルイーゼは勝手にこの件について調査しないようにと、皇帝としてルイーゼに命じた。

 

 皇女とは言え、皇帝から正式に命令されたということや、これまで好き勝手に行動していたこともあり、ルイーゼは自分が行っていた捜査の主導権をセルゲイに渡し、その手伝いをするという形でこの件に関わることになったのだ。

 

 そうして捜査を進める中で、今回の一件が帝都に巣くうエルフ達が、面白半分で帝国の闇組織に通じ、協力して活動していることが原因だとわかった。

 人間の悪意にエルフの技術が結びついた結果、相乗効果が生まれ、神の力を模倣した外法が生まれるというような、危険な状況が発生してしまっていたのだ。

 

 この事態についに皇帝も重い腰を上げ、セルゲイを主軸にエルフ達への対策を行う部門が正式に立ちあがることになったのだ。

 だからこそ、シルフィーが抜けたとしても、エルフ対策については、何とかなる状況へと変わってきていたのだ。

 

「時間はかかるかも知れませんが……これで帝都も良くなると思います。ですから、シルフィーは気にせずに自分の夢を追ってください」

「そう言って貰えて安心したのです」

 

 そうシルフィーはほっとしたような表情で言う。

 

「それでは、これで失礼するのです。また何時か……なのです」

「ええ、また何時か何処かで会いましょう」

 

 ぺこりと頭を下げてシルフィーはこの部屋から去って行った。

 その期待に満ちた後ろ姿を見て、ルイーゼは思わず呟く。

 

「いいな……」

 

 好きな人と添い遂げる為に全てを捨ててその人の元へと向かう。

 そんなシルフィーの自由さと、彼女の夢が叶って、二人がが隣に立って幸せそうにしている姿を想像し、思わず胸がチクリとなりながら、皇女としてではない一人の少女としての飾り気のないそんな感想を、ルイーゼは無意識に呟いていた。

 

☆☆☆

 

「――以上が現在の調査状況です」

「ふむ、わかった」

 

 皇帝の執務室にて、セルゲイが皇帝に向かって報告を行っていた。

 それを聞いた皇帝であるヴィルヘルムはそう一言呟くと、皇帝の言葉を待つセルゲイに向かって言う。

 

「少し、場所を変えるか」

「――はっ!」

 

 ヴィルヘルムの意図を理解したセルゲイはそう短く答え、そしてヴィルヘルムの後を追うように進んで行く。

 謁見の間についた彼らは、玉座に施された仕掛けを起動すると、椅子がずれて現れた階段を下り、何処かへと向かい始めた。

 

 そうして、しばらく歩いた所でヴィルヘルムが口にする。

 

「この辺りでもう大丈夫か……。やれやれ、自分達で作った虚偽情報を、自分達で捜査してその報告を受けるとは……面倒くさくて肩が凝るな」

「心中お察しします。しかし、これも必要なことかと」

「ああ、わかっている。何処に神々の目があるかわからんからな。まったく、忌々しいことこの上ない」

 

 ヴィルヘイムはセルゲイの労るような言葉にそう苛立ちを見せながら答えた。

 それを受けて、セルゲイはヴィルヘイムの意図を口にする。

 

「この地に降りている六柱の神々はともかく、天上のおられる紫の神は、この世界の好きな場所を見渡すことが出来る。人の行いには軽々に口は出さないでしょうが、神へと到る力を得ようとする我等を見逃すとも思えませんからな」

「ああ、そうだ。だからこそ、こうやってこそこそと潜って活動するしかない。エデルガンド帝国の皇帝――この世界で最も尊い人である我がだ」

 

 天界にいる世界神は下界であるこの世界のことを見ることが出来る。

 同時に世界の全てを見れるほどのものではないが、影響力の強い国家や人物を中心に見ることで、この世界に厄災の兆候がないかを調べているのだ。

 

 世界最大の国家であるエデルガンド帝国は、当然のように紫の神の監視対象であり、厄災を発生させる兆候がないか常に見られている。

 国家間の戦争というような人同士が解決すべき、人の枠で収まるような争いなどは基本的に手を出さないが、今回のような、神に到る為の研究という、人類の手に負えない厄災に繋がりかねない事案については、下界に降りている神々や聖王国を使って、厄災を起こさせない為に粛正を行う可能性がある。

 だからこそ、研究を続けるためには、神の目を欺く必要があった。

 

「召喚石――エルフ共から聞いた知識は役に立った。おかげでこうやって、神の目に見つかることもなく、我等は神になるための研究を進められている」

 

 ヴィルヘイムは階段を降りきった先で、数多くの研究者達が様々な機材を利用して実験を繰り広げる空間の中央に存在する大きな石に目を向けてそう言った。

 

 神の目を欺く方法――それをエデルガンド帝国に齎したのはエルフだった。

 

 エルフ達が真面目に高位存在になることを目指していた頃、最初に自堕落な性質へと墜ちてしまったエルフは、神々の目を恐れていた。

 と言うのも、神々から高位存在になることを期待されているエルフの中で、それに背くような行いを自分がしてしまえば、神々の期待を裏切ったとして、神々から粛正を受けることになるのではないかと考えていたからだ。

 だからこそ、そのエルフは表面上は真面目なエルフを続けていたが、内心ではそれに耐えられないという思いをずっとため込んでおり、そしてその彼の鬱屈とした気持ちは、神の目が届かない場所を探す熱意へと変わっていった。

 

 彼はエルフとしての長い人生とスペックの高い肉体を利用して、様々な場所を探し回り、やがてその場所を見つけ出すことに成功した。

 それは創世神が残したものである聖遺物の周辺は、世界神よりも上位の神である創世神の力が壁となるせいで、世界神である七彩の神々は天界から監視することが出来ないというものだった。

 

 それに気付いたエルフは、同じような考えを抱いていた仲間をその場に集め、そしてそこで今のエルフのような自堕落な生活を始めた。

 神の見えない場所で急速に増えていった墜ちたエルフ達は、やがて自分の里にもそれを広め――神が止める間も無いままに、エルフという種族の全体があっと言う間に、今の堕落したエルフへと転じてしまったのだ。

 

 そのような経緯があり、最初期に堕落したエルフの子孫達は、神々の目から逃れる方法について知っていた。

 そんな彼らが帝国に来て、帝国で遊び回るための遊行費を得ようとした時、この知識は高く売れるかも知れないと、それがどんな使われ方をされるかも考えもせずに、その知識を皇帝に売ったのだ。

 

 聖遺物周辺には神々の目は届かないということを知った皇帝は、自国の聖遺物である召喚石の側に研究施設を作り出し――聖遺物の周辺に神の目が届かないという情報を広めない為に、その場に情報を売ったエルフ達を捕らえたのだ。

 

「殺して……殺してくれ……」

「誰か……誰か……」

 

 壁に埋め込められ、実験の為の魔力を提供するための電池になったエルフ達が、この空間に誰かが入ってきたことに気付き、そんな呻き声を上げる。

 

 快楽主義者でどんな物事でも楽しむように生き、死すらも喜んで受け入れるという、一見無敵なように思えるエルフという存在。

 だが、そんな彼らにも苦痛と感じるようなものはあり、終わりが見えない永遠の責め苦こそが、彼らが最も嫌うものだった。

 故に、終わりもわからないままに、電池として魔力を吸い上げられる苦しみだけが続くこの状況は、エルフ達を発狂させるのには十分であり、それによって精神崩壊したエルフ達が救いを求めて、新たに部屋にやってきた者に、自らの死を懇願していたのだ。

 

 そんなエルフ達を見て、セルゲイが侮蔑の表情をしながら言う。

 

「こんなものが神に最も近い人類だとは」

「ヒッヒッヒ! セルゲイ殿もそう思われますか」

 

 自らの末路も想像出来ずに、危険な情報を売り渡すという、楽しければ何でも良いと言う危機感の欠如した愚かな存在が、神に近い種として扱われることに納得がいかないセルゲイの言葉に、杖で体を支えながら、この場に歩いてきた老人がそう言葉を返す。

 

「ゲオルグ殿」

 

 杖を地面に突きながら歩く、猫背で目の隈が酷い、悪の老魔術師と言った風貌の老人を見て、セルゲイがそう言葉を返す。

 

 セルゲイ達の元に歩み寄ったゲオルグは、手に持った杖でエルフを突いた。

 それによって、状況が変化したことに気付いたエルフは、何かが起こるかも知れないと、その顔に悦楽の表情が浮かび上がる。

 

「ヒッヒッヒ! 喜んでおる! 本当に卑しい亜人どもよ! 此奴らが神に近いというのも、あくまで肉体的なスペックが高いというだけのこと! 偶然にも分不相応な肉体的な機能を与えられただけに過ぎん!」

 

 そう言うとエルフを躾けるように杖で叩いた後、杖を地面に付けて、再び自分の体を支えながら、セルゲイは謳うように言う。

 

「真に神に近い種は何か? それは我等人族である! 我等こそが、神に到るに相応しい種なのだ! フェルノ王国で新たな神が誕生したことこそが、その証拠!」

 

 実際にこの世界で新たな神となった存在を例に挙げながら、そう口にするゲオルグは続けるようにして言う。

 

「だからこそ、我等も神へと到ることが出来るのだ!」

 

 自らの学説を信じる狂人のようにそう断言するゲオルグ。

 そんな彼に対して、後ろから歩いてきた青年が声を掛ける。

 

「そう言うなら、さっさとその手段を見つけて欲しいものだね」

「コンラートか、お前もこちらに来ていたのだな」

「はい、父上」

 

 ヴィルヘルムの言葉に帝国の第一皇子であるコンラートはそう答えた。

 そして、その後に再びゲオルグを問い詰めるように言う。

 

「今、父上を煩わせている件だって失敗したのだろう?」

「アケロンの着眼点は悪くはなかったのだ。肉体を竜にすることで、竜にしか扱えない聖遺物の力を取り込み、神へと到るという発想はワシを唸らせたものだった」

 

 そこで失われた才を惜しむようにため息を一つ吐くとゲオルグは言う。

 

「しかし、計画の実行が早すぎた。あと一年か二年準備する期間があれば、計画を成功させて、彼奴は神へと到ることが出来たであろうに」

「まさか、姫様が竜の里を調べ始めるとは思いませんでした。……エルフを野放しにさせすぎましたね」

 

 セルゲイが後悔を滲ませてそう言うと、コンラートが馬鹿にするように言う。

 

「下らない正義感であれこれ口に出す彼奴が悪い。そもそも、エルフを野放しにすること自体は、父上の考えた策略の一つだろう?」

 

 そのコンラートの言葉に、ヴィルヘルムは頷く。

 

「エルフ共を帝都に蔓延らせることで、我等の活動の隠れ蓑とし、もし誰かに気取られた場合は、奴らに罪を擦り付ける――その目論見自体は上手くいっている」

 

 そこでヴィルヘルムは頭痛を抑えるように頭を抑えた。

 

「問題は想像以上に奴らが愚かだったことだ。おかげで想定よりも帝都の腐敗が進んでしまった。ここいらで一度引き締めるのも悪くはない」

 

 そこまで言った所でヴィルヘルムは召喚石へと目を向けた。

 

「ここから先で奴らに想定外のトラブルを起こされてはかなわん。何せ、我々の計画も最終段階に入ろうとしているのだから。――そうであろう? ゲオルグよ?」

「ええ、万事抜かりなく……このまま研究を進めれば、来年の春頃には召喚石を起動させることが出来るかと」

「ククク、そうか」

 

 抑えきれない笑いを見せながらヴィルヘルムはそう口にする。

 

 召喚石――それはこの世界の創世神が、世界に厄災が訪れた時に、その厄災から世界を救うための力として、異世界から条件に合う存在を呼び出すことが出来るようにと、用意した聖遺物。

 エデルガンド帝国に、その前身の国の時代から伝わるものであり、世界の危機に対して、それに対抗する勇者を呼ぶようにと言い伝えられているものである。

 

 それを思い出しながら、ヴィルヘルムは言う。

 

「何故、勇者如きを召還しなければならない?」

 

 それは偽りのないヴィルヘルムの本音だった。

 

「勇者などこの世界にも存在するただの人だ。異世界から条件に合う存在を呼び寄せることが出来ると言うのに、そんな者を呼び出す理由が何処にあるのか」

「ええ、その通りですね。父上」

 

 ヴィルヘルムの言葉にコンラートが、そしてゲオルグやセルゲイも頷く。

 

「どうせ呼び出すのなら、もっと優れたものを、我等の為になるものを呼び出した方が良い――そう、我は、この召喚石を使用して、我等の神をこの地に降臨させる! そして、その力を用いて、この世界の覇者足る我は神へと到るのだ!!」

 

 これこそが、ヴィルヘルム達が現在進めている計画の目的だった。

 自分達に都合の良い神を異世界から召還し、そしてその神の力を使って、自分達も神の領域に到る――その目的の為に、この世界の神々の目から逃れながら、仲間を集って研究を進めてきたのだ。

 

「コンラート、贄の準備も抜かりなく進んでおるな?」

「ええ、エルフ共の仕業に見せかけて、密かに各地から金銀財宝と、美男美女を収集しています。どのような神が現れようとも、納得して頂けるはずです」

「ヒッヒッヒ! 神と言っても意思を持った存在。彼らが欲するものを用意することが出来れば、交渉次第でその力を使うことは可能であろうからな」

「頭の固いこの世界の神々には賄賂は効かなかったが……何処かの世界には嬉々としてそれを受け取る神も存在するであろう。ならば、それを呼び出せさえすれば、我等の望みは叶ったも同然ということだ」

 

 そう言って、ヴィルヘルム達はその未来を想像し、笑い会う。

 

 ……これはこの世界の神々のミスだった。

 

 本来、神とは超越的な存在であり、畏怖されてしかるものだ。

 それこそ、古代の時代では、人の手に及ばない隕石や落雷などが、神の怒りとして扱われていたように、人では如何することも出来ない存在だと畏怖されているからこそ、神の力を利用しようという不届きな者が現れないようになっていた。

 

 だが、この世界では神は人に近づきすぎた。

 

 神々が人と交流するために地上に降り、そして普通の人と同じように感情を見せながら、色々な者と交流を重ねる。

 それは、神への親しみを持って貰ったり、神という存在の認知という点では、とてつもなく優れた手ではあるが、同時に神も人間と同じように感情があり、人と同じようにそれを利用することが出来ると言う侮りを生む結果となってしまった。

 

 だからこそ、その破滅は避けられない。

 

 エデルガンド帝国の滅亡と共に始まる世界の危機。

 フレイが記憶していない、最後のDLCで追加されたシナリオ。

 

 紫の神――セレスティアのイベントの始まりが刻一刻と近づいていた。

 




 これで第五章は終了となります。
 五章は執筆が間に合わなくて、途切れ途切れの更新になってしまい、七月まで時期が長引いてしまって、すみません。
 次は終章となりますが、更新再開予定は11月でお願いします。

 先が長くなってしまうので、ざっくりと終章の予告をしようと思います。

 終章では、フラグを立てまくった通り、帝国がやらかして世界の危機が訪れる形となります。
 それに対抗する為に七彩の神の招集の元、あのエルフも含めて、世界中の全ての国が連合を組み、厄災への対抗を始めることになります。

 そんな中で、フレイは、さすがに世界が滅びたらボーイミーツガールな日々を送れないので、一旦ヒロイン探しを中断し、原作知識をフル活用して自分なりの対策を始めます。
 その活動の中で知ることになる悪役転生の真実――全てを知ったフレイの下す決断とは、そしてフレイは理想のヒロインを手にすることが出来るのか。

 とそんな感じの終章、どうか続きを楽しみにして、待って頂けるとありがたいです。


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終わりの始まり

ギリギリですが、何とか予定通りに終章開始します。


 

「ヴィルヘイム様……遂にこのときが来ましたな」

「ああ、ゲオルグ、これまでよくやってくれた」

 

 季節は春。

 予定通り、順調に進んだ計画は、遂に実行の時を迎えていた。

 

 感無量と言った様子のゲオルグの言葉に対して、ヴィルヘルムはこれまでの苦労を労うようにそう言うと、その場に居るコンラートに尋ねる。

 

「贄は?」

「ここに用意してあります」

 

 そこに合ったのはダイヤやルビーなどの宝石を加工したアクセサリーや、金銀と言った貴金属、そして着飾った服を着せられた様々な年齢の美男美女だった。

 

「うむ。これなら問題ないだろう」

 

 そう言って頷くヴィルヘイムに対して、ふとあることに気付いたゲオルグは、そのことについてヴィルヘルムへと問いかける。

 

「今日はセルゲイ殿はおられないのですかな?」

「ああ、彼奴にはルイーゼとティナを帝都郊外へ連れ出して貰っている」

 

 その言葉を聞いたゲオルグは得心がいったという様子で言う。

 

「ヴィルヘルム様もさすがに娘が可愛いようですな」

「ククク……そうでなければ、竜の里の件で邪魔された時に殺しておるわ」

 

 神へ到るという自分達の計画を邪魔した存在をヴィルヘルムは許さない。

 それなのにルイーゼが今も生きていられるのは、自分の娘であるルイーゼが可愛くて仕方ないヴィルヘルムが、手心を加えているからだった。

 

「これから現れるのは賄賂の通じる欲深い神。幾ら神とは言え、そのような輩に、我が至宝である娘達を渡すわけにはいかんからな。目を付けられるという事態を避けるために、この宮殿から遠ざけておかねばならん」

 

 この召還の儀式で呼ぶ神がどんな趣味を持っているのかわからない。

 それこそ、拷問などのアブノーマルな趣味を持った男神が現れる可能性もあり、それに目を付けられた女性がどのような目に合うかわからないため、自分の子供を大切にしているヴィルヘルムは、ルイーゼ達を儀式場から遠ざけたのだ。

 

「しかし……。それなら、コンラート様もここから離れた方が良いのでは?」

 

 ヴィルヘルムの言葉を聞いたゲオルグがそのように疑問を露わにする。

 それに対して、コンラートが意気揚々と答えた。

 

「私からこの場に居させて欲しいと頼んだのだ」

「ほほう……それは何故ですかな?」

「女神とは神の力を持つだけではなく、その誰もが見目麗しい存在だ。――私は常々思っていたのだ。勇者などと言う元々はただの平民が、女神という至上の玉体を手にし、好き放題に味わっているのに、皇帝である私達が、ただの人間の美姫を相手にしなければいけないのはおかしいと」

 

 そう言ってコンラートはアムレイヤ達を思い浮かべ、そしてこれから現れるかも知れない同等の美しさを持った女神を妄想し、それを蹂躙する自分の姿を想像しながら、愉悦の笑みを見せて言う。

 

「人類の王たるエデルガンド帝国の次期皇帝である私の妻には、世界を統べる女神こそが相応しい――! そうだろう?」

「ククク……まったく、我が息子ながら欲深い男よ……!」

 

 コンラートの言葉を聞いたヴィルヘルムは、そこに王者としての傲慢を見て、それでこそ、この世界の王だと笑みをこぼす。

 そして、神を妻にするという大それた欲望を公然と言ったコンラートに、ゲオルグは驚きながらも、その威風堂々とした姿に感心を抱く。

 

「ヒッヒッヒ! 神を妻にしようとは! 豪胆なお方だ……!」

「ゲオルグ。雑談はこのくらいにして、そろそろ始めよう」

「ヒッヒッヒ! では始めますかな」

 

 ヴィルヘルムの言葉を受けて、ゲオルグは召喚石に力を注ぐ。

 召喚石に取り付けられていた装置によって、本来は世界の危機が迫らなければ動かないはずの召喚石が動き出し、光を放ちながら召還陣をそこに出現させた。

 

「おお! ついに現れるのか! 我等の神が!」

 

 ヴィルヘルム達が期待しながら見守る中で――魔法陣から、複数の絵の具を混ぜ込んでマーブル模様となったような液体が現れ始めた。

 

「むむむっ? なんだこの汚い液体は……?」

 

 召喚石に魔力を込めながら、神が現れるはずの魔法陣から溢れだした液体を見て、ゲオルグがそのように疑問を口にする。

 

「おい! 誰かこの液体を……ひょっ!?」

 

 部下の誰かに液体を調べさせようとしたゲオルグは、突如として触手のように伸びた液体に貫かれ、そんな間抜けな声を上げた。

 

「こ、れ、は、は……あっ、あっ、あっ……!?」

 

 貫かれた場所からドロドロと溶けるように、マーブル模様になりながら、液体と同化していくゲオルグは、そんな自己の存在の尊厳が冒涜されているような言葉にならない悲鳴を上げて、そのまま完全に液体に転じて消えていった。

 

「な、なんだこれは……!?」

 

 人が服だけを残して液体に取り込まれて消え去る――。

 そんな尋常ではない光景に、ヴィルヘルムは恐怖から震えた声でそう叫ぶ。

 

「ひぃっ! うわぁああああ!!」

「コンラート!」

 

 恐慌したコンラートは、我先にとこの場から逃げ出した。

 だが、謎の液体は逃げ出すコンラートを許さず、その液体を急速に膨張させると、コンラートに向かって触手を伸ばし、その触手がコンラートの足に触れた。

 

「あっ!? い、いやだっ――! 私はぁあああ!?」

 

 ゲオルグのように貫かれたわけでもないのに、コンラートはマーブル模様の液体に触れられた場所から溶けていき、断末魔の叫びを上げながら、自らも液体になる形で、液体に取り込まれていく。

 

「ふ、触れてしまっただけでも終わりなのか……?」

 

 気付けばマーブル模様の液体は水量を増すように膨張し、儀式場の床を水浸しにしていた。

 それによって、多くの研究者達や贄となる美男美女の足がマーブル模様の液体に触れており、その者達が悲鳴を上げながら、溶けて液体と一つになっていく。

 

「まさか、これも神なのか……?」

 

 自らも既に液体に触れ、ドロドロと溶けていく中で、逃げることを諦めたヴィルヘルムは、そのことに気付く。

 

「こんな、知性も無いようなものが……!?」

 

 この事態に陥っても彼は認めたくなかった。

 彼にとっては神というのは人を超越した高位生命体であり、このような全てを取り込むだけの知性のないただの現象を神と認めることが出来なかったのだ。

 

「は……はは……。もう止められん。我の帝国が滅びる……。神の力を思うがままにしようなど……我は取り返しの付かない思い上がりを……」

 

 だが、それでもこれから何が起こるかは理解出来る。

 ヴィルヘルムは自らがおかした途方もない過ちを後悔しながら、他の者達と同じようにドロドロに溶けて、世界を飲み込む禍つ神と一つになった。

 

☆☆☆

 

 帝都の宮殿を液体が地下から突如と噴き出して破壊する。

 帝都の人々は突然の事態に何も出来ずにそれを呆然と眺め――やがて洪水のように溢れだした液体に飲まれて、次々とその命を取り込まれていった。

 

 それを帝都に近づきながら目撃したアムレイヤは言う。

 

「あの子の言う通り、世界の危機が訪れてしましましたか……!」

 

 半信半疑だった紫の神であるセレスティアの話――。

 自分がアレクの攻略対象だと言うのなら、自分を惚れさせる為の物語として、この世界に何らかの危機が訪れるかも知れないというもの。

 

(アレクとは誰なのか、攻略対象とは何なのか、わけがわからず、素直に信じることは出来ませんでしたが――それでもあの子が言った事だからと、準備をしておいて正解でした)

 

 アムレイヤはセレスティアから渡された神器を握りしめ、同じようにそれを持って現場に急行している他の神々に向かって言う。

 

「予定通りに! これを発動する前に、可能な限りの命を救います!」

「了解!」

 

 他の神々はアムレイヤの命令にそう声を上げて、それぞれが転移を利用して、四方八方に散るようにして帝都へと侵入した。

 

☆☆☆

 

「おっかいもの~! おっかいもの~! お姉ちゃんとおっかいもの~!」

 

 陽気に歌を歌い、幼女が握った姉の手を嬉しそうに振り回しながら、姉を引っ張るように先へと進んでいく。

 手を引かれる形となった姉――ルイーゼは、妹であるティナの楽しそうな姿に、微笑ましい気持ちになりながら、ティナを追うように先に進んでいく。

 

「ティナ。そんなに急いで進むと転びますわよ」

「大丈夫だもん! ティナ、そんなおっちょこちょいじゃないし!」

「ルイーゼ様の言う通りです。この先の店は貸し切ってあります。急いで行かなくても、物が売り切れてしまう心配はありません」

 

 目的の店へとどんどんと進んで行くティナに対して、護衛として側に控えるセルゲイがそのように注意を行う。

 

「む~! セルゲイはいつもうるさい!!」

「それが護衛の仕事ですので」

 

 ティナが子供らしく怒りながらセルゲイに言うが、そんなティナの言葉を、セルゲイは涼しい顔で受け流す。

 

「ティナ、セルゲイは貴方のことを思って言ってくれているのですわ」

「そんなの知らないもん」

「まったく、もう……ごめんなさいね、セルゲイ」

「いえ、気にしておりません。こう言ったことは、ルイーゼ様、貴方の幼い頃で慣れておりますからね」

「えっ? わたくしはもう少しまともだったと思いますわ」

「それはご自身がそうだと勘違いしているだけです。昔も今も、ルイーゼ様はやんちゃで、本当に困ります」

「もう! 人をおてんば姫のように言わないでくださいまし!!」

 

 和気藹々と話しながら進む一同。

 帝都の何処にでもありそうな平和的な光景。

 

 ――だが、それは打ち破られることになる。

 

「きゃっ!? な、なに……!?」

 

 突如として何かが破壊されるような轟音が鳴り響き、その轟音に怯えたティナが体を竦めながらそう言う。

 音のした方へと目を向けたルイーゼとセルゲイは、宮殿をぶち破って突如としてあふれ出す、絵の具を混ぜたかのような気味の悪いマーブル模様の液体を目撃した。

 

「なんですの!? あの液体は……!?」

「馬鹿な……何だあれは……!? ゲオルグが失敗したのか!?」

 

 動揺したセルゲイが放った失言。

 それに気付いたルイーゼは、直ぐさま何かを知っているであろうセルゲイに対して、何が起こっているかを問い詰める。

 

「セルゲイ! これは何ですの!? 貴方は何を知っていますの!?」

「こ、これは……私も知りません。私が知っているのは、今日、ヴィルヘルム陛下が召喚石を用いて、自分達の意に従う神をこの地に呼び寄せようとしている――と言うことだけです!」

 

 ルイーゼの詰問に観念したセルゲイは、素直に今日行われることになっていた神の召還に関して、ルイーゼにその全てを打ち明ける。

 

「神をこの地に……? 何の為にそんなことを!?」

「自分達が新たな神となるためです」

 

 簡潔に答えたセルゲイの言葉。

 それを聞いて、ルイーゼは真実を悟る。

 

「まさか――アケロンは貴方達の――!」

「お姉ちゃん! あのドロドロに触れた人が!」

 

 ルイーゼにしがみついたティナが、洪水のように流れる液体を指差す。

 その先では、液体に触れた人が溶けて、液体に取り込まれる姿があった。

 

「ティナ! こわい!!」

「だ、大丈夫ですわ。お姉ちゃんが守ります! フレイムウォール!」

 

 恐怖からルイーゼに縋り付くティナ。

 人が液体によって溶けて取り込まれるという事態に、ルイーゼ自身も恐怖しながらも、妹を守るために魔法を発動した。

 

 炎の壁に接触した液体はジュッと音を立てて蒸発して消え去る。

 それを見て、希望を抱いたルイーゼは言う。

 

「魔法は効果がある……! あの液体を近づけないようにすれば……! フレイムウォール! フレイムウォール!」

 

 次々と魔法を放ち、炎の壁を作る。

 それによって洪水は一時的にせき止められるが、炎の壁を避けるかのように、洪水から触手が現れ、炎の壁の上から、ルイーゼ達に襲い掛かる。

 

「っ!? 触手っ!?」

「馬鹿な……!? 壁を避けて――!? く、ここは私が!!」

 

 咄嗟にセルゲイが剣を抜き放ち、その剣に炎の魔法を這わせて、その触手達を次々と切り裂き、触手がルイーゼに近づくのを防ぐが――ぴちゃりと足下で水音がして、セルゲイは自らの失敗を悟った。

 

「なっ!? 足下に液体が……。……ここまでですか……」

 

 触手は炎の壁の上から攻めるだけではなく、壁の横から静かに内側へと入り込み、地面にぶつかって液体として、セルゲイの足下に迫っていたのだ。

 

「私が言える立場ではありませんが……姫様……どうか、健やかに……」

「死んでは駄目ですわ! セルゲイ!!」

 

 そんなルイーゼの言葉も虚しく、セルゲイは液体に溶けた。

 ルイーゼは必死に魔法を使い続けるが、健闘も虚しく目の前に触手が迫る。

 

(もう……駄目……! ダーリン!!)

 

 ルイーゼがそう諦めたその時、周辺一帯の液体が、天より降り注いだ炎によって、次々と焼き尽くされていった。

 

「こ、これは……!?」

「お姉ちゃん……ティナたちたすかったの?」

 

 驚く二人の目の前で、一柱の神がその場に降臨する。

 

「アムレイヤ様……」

「……この辺りで無事なのは貴方達だけのようですね……」

 

 周囲を見て、アムレイヤはそう口にした。

 

 皇家の血筋で魔法に長けたルイーゼだからこそ、洪水のように襲い掛かる大量の液体や触手を防げただけで、帝都の一般市民ではそのような芸当は出来ない。

 その為、ルイーゼが防いでいたこの一帯以外は、既に液体に飲み込まれ、大勢の命が液体に溶けてしまった後だった。

 

(遠い昔、あの人と一緒に住んでいた帝都がこうなるとは……)

 

 勇者とともに帝都で夫婦として過ごした日々を思い出し、そして荒れ果てた今の帝都の光景を見て、思わず感傷に浸るアムレイヤ。

 そんなアムレイヤ達の元に、炎によって散らされたはずの液体が、再びアムレイヤ達を狙って迫り来る。

 

「糸のように細く――!? っち!」

 

 アムレイヤはそれを再び炎で消し飛ばそうして――糸のように細くなった触手を見て、討ち漏らしてしまう危険性を考え、咄嗟にルイーゼやティナと共に、まだ液体に襲われていない帝都の外周に転移する。

 

「知性は感じられない……ですが、こちらの行動には対応する……。まるで細胞……つまり、これは、一種の免疫機構というわけですか……」

 

 アムレイヤはそう冷静に分析しながら語る。

 そして、何かを諦めるようにため息を吐くと、遠方にいる他の神々への通話を開き、そして命令するかのように告げた。

 

「ここまでです。術を起動します」

『っ!? 待ってよ姉さん! 術の起動は帝都の人々を救助してからって話だったでしょ? まだ、助けられるかも知れない人が……!』

『やめろ、ハイセトア。アムレイヤだってそれはわかっている。……これは、もう無理だということだ』

「ええ、ウライトスの言う通りです。どうやらこれは、抗体を得るかのように、こちらの攻撃に対応する機能を持っているようです。このまま帝都の民を助けるために時間を掛ければ、その間に生まれる変異の仕方次第で、私達神ですら取り込まれるリスクが出てきます。……ここで私達の誰かが取り込まれてしまったら、一時的にであってもこれを止めることは出来なくなるでしょう」

 

 そこまで言った所で決意を露わにするようにアムレイヤは言う。

 

「ですから、帝都は見捨てます……この決定に異論は認めません」

「待ってくださいまし! 帝都を見捨てるってどう言うことですか!?」

 

 アムレイヤの会話を聞いていたルイーゼはそう叫んだ。

 だが、その悲痛な叫びを受けても、アムレイヤは揺るがない。

 

「見ての通りです。もはや、我々の力を持ってしても、帝都の民を助けることは不可能。……皇族として様々な教育を受けている貴方なら、それがわかるでしょう?」

「――っ!!」

 

 アムレイヤが言う通り、どう足掻いても助けるのは無理だと悟ったルイーゼは、帝都の人々を助けたいという感情と、それが不可能だという理性の間で苦しみ、何も言えずに言葉に詰まる。

 

「貴方はそこで目を瞑っていなさい。大勢を犠牲にして今ある世界を守る――それは私達、この世界の神の仕事です」

 

 そんなルイーゼにアムレイヤは優しくそう語りかけた。

 

『俺はアムレイヤの決定に賛成する。全員、術の準備を』

 

 アムレイヤに続けて、ウライトスが同様の決定を下し、帝都を見捨てて術を発動させる準備を始める。

 

『帝都に一番思い入れがあるのは姉さんと兄さんだ。その二人がそう決めたのなら、僕もそれに従うよ』

 

 二人の覚悟を見たハイセトアはそう言い、同様に残りの神々も、帝都の救助を諦めて外周部に転移して、手に持った神器を地面に突き刺した。

 

『準備は出来たぞアムレイヤ!』

「わかりました!」

 

 そう言うとアムレイヤも神器を地面に突き刺し、叫ぶ。

 

「今ここに七色の神々の名をもって! 世界を守る! 破邪の結界を生み出さん! 起動せよ――! 六柱封陣!!」

 

 アムレイヤの術の起動と同時に、帝都を六角形で囲むように配置された神器から、半透明な壁が現れて、帝都を囲んでいく。

 それは地上だけでは無く、空中や地下まで及び、帝都全体を六角形の多面体のような結界で、完全に封じてしまった。

 

 神器に力を込めていたアムレイヤはその結界の完成を見ると、神器から手を離し、半透明な壁の先にある現在の帝都の様子を見る。

 

「あの子の話だと一年は持つように作ったとのことでしたけど……」

 

 ガンガンと何度も結界にぶつかり、その度に何らかの変化が生じるマーブル模様の液体を見て、アムレイヤは考えを改める。

 

「この様子だと持って二、三ヶ月というところでしょうね……」

 

 世界を滅ぼす厄災を前にあまりにも短い残り時間。

 それを理解して、アムレイヤは己の気を引き締め直す。

 

「直ぐにでも行動しなければ……」

 

 そう言ってアムレイヤが振り返ると、もはやマーブル模様の液体しか見えない帝都を見て、ルイーゼは絶望したように地面にへたり混んだ。

 

「残念ですが帝都は――いえ、エデルガンド帝国は滅びました」

 

 ルイーゼとティナに、アムレイヤは端的にそう事実を告げた。

 

「ここに居ても何もありません。さあ、私と共に行きましょう」

 

 そう言って、ルイーゼに手を貸す。

 ルイーゼが立ち上がり、別場所に転移する直前――帝都の方へと再度振り返ったアムレイヤはぽつりと呟いた。

 

「これが異界神獣――墜ちた神のなれの果てですか……」

 

 アムレイヤはその言葉だけをその場に残すと、転移で別場所に移動した。

 



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オープニング

 

「クソ! 間に合わなかった……! 遂にこの時が――ルーレリア学園への入学の時が来てしまった……!!」

 

 ゲームで散々目にしたルーレリア学園の制服に身を包んだ俺は、そう言いながら自室の机に突っ伏していた。

 

「この日が来るまでに俺だけのヒロインを見つけるつもりだったのに……! それもこれも攻略対象達のせいだ!!」

 

 意気揚々と出掛けたエルミナへのバカンス。

 それが結果的にノルンやルイーゼと言った危険人物に目を付けられるだけという形で終わった事に対して、俺は危機感を抱くようになっていた。

 

 この調子でトラブルに巻き込まれていたら、ルーレリア学園入学までのあと一年ほどの期間なんて、あっという間に終わってしまうんじゃないか?

 

 この世界はインフィニット・ワンというゲームを元にした世界であり、インフィニット・ワンは多数の攻略対象による豊富なストーリーが評判を呼んだゲームだ。

 つまるところ、簡単に言ってしまえばそれは、この世界にはその多数のストーリーを紡ぐための大量のトラブルがそこらかしこに存在しているということでもある。

 

 考えて見れば、ナルル学園時代も、銀仮面で解決したものや、クーデターなどの俺が直接対峙することになったものも含めて、多数のトラブルに見舞われた。

 その殆どが攻略対象のストーリーに起因するものであり、それによって俺の大切な時間がかなり削られていたのは事実だ。

 

 この世界は主人公の為に多数の問題が仕込まれている。

 だからこそ、受け身な姿勢でぼーっとしていたら、そう言ったトラブル解決だけで人生が終わってしまう……!

 

 俺はそう考え、今まで以上に積極的に動くことを決めた。

 エスカレーター式でルーレリア学園に上がれるうえに、銀の神騒動で俺だけのヒロインが見つかる可能性の低いナルル学園に見切りを付け、俺はナルル学園をサボって世界各地を飛び回り、俺だけのヒロインを探し始めたのだ。

 

 なのに――!

 

「何処に行っても! 何処に行っても! 攻略対象が現れやがる!」

 

 俺は思わずそう憤りを露わにする。

 

 俺はそれこそ本当に、世界各地ありとあらゆる所に飛んで、俺だけのヒロインになり得る存在を探して回った。

 だが、そうやって各地を巡ると、まるでそれが運命であるかのように、何処からともなく攻略対象が現れて、いつの間にかその攻略対象の問題を解決するための騒動に巻き込まれて、対処を余儀なくされてしまう。

 やっとの思いでその騒動を乗り越えても、得られるものはイベントを攻略したことによる攻略対象の好意だけ、何の意味もない無駄な時間を、俺は攻略対象達のせいで強制的に送らされることになったのだ。

 

「攻略対象がいないと思われる地域に飛んでも、ルイーゼのように旅行でやってきた攻略対象が現れるし……マジでどうなってんだよ……」

 

 当然、俺も、攻略対象に合わないように幾つもの対策を行った。

 しかし、現実化したこの世界では俺自身が避けようとしても、攻略対象側が勝手に行動してこちらに寄ってくるため、避けきれずに出会ってしまうことになるのだ。

 

「なんなんだ! 呪われているのか! 俺は!!」

 

 俺はそう言いながら、思わず机を叩いた。

 一度、お祓いにでも行こうかと思ったが、よくよく考えれば、神社は攻略対象の一人である千里の領域であると気づき、それを取りやめた。

 本当に何処に行っても攻略対象が居るな、と苦笑いしか出てこない状況に陥ったところで、俺は状況を打壊するために発想を逆転させることにした。

 

 何処に行っても攻略対象が俺の邪魔をするというのなら――。

 先にその攻略対象達のイベントを全て終わらせ、邪魔をする存在を消し去ってから、俺だけのヒロインを探せば良い。

 

 インフィニット・ワンはそれこそ既存のギャルゲーと比べものにならないほど、多数の攻略対象が存在するゲームだ。

 だが、多数存在すると言っても、その数は決して無限ではないため、潰していけばいずれ、イベントが残っている攻略対象がいないという状況を生み出せる。

 

 ――つまりは、誰も俺の邪魔をすることが出来なくなるということだ。

 

 俺はそう考えて、ヒロイン探しを一時的に中断し、銀仮面となり、片っ端から攻略対象のイベントをこなしていくことにした。

 だが、その計画はある面では順調に進み、そしてある面では失敗した。

 

 ……俺はゲームが現実化するという事象の厄介さに気付いていなかったのだ。

 

 ゲームの世界でなら、おつかいイベントのようなものが発生しても、画面上でプレイヤーを操作するだけで、あっと言う間に現地に着いて、次々とイベントをこなし、半日もかからずに攻略対象の一ルートをクリアすることが可能だ。

 

 だが、現実ではそうはいかない。

 

 空蝉の羅針盤で短縮出来るとは言え、行ったことがない目的地に着くまでは何日もかかることになるし、人を訪ねても、留守だったり、アポイントメントが必要だったりで、数日掛けてその人物に合うということもあるのだ。

 そうやって、ゲーム上では数分もかからずに出来た事が、何日もかかることになってしまえば、ゲームでは数百時間で出来ていた全ての攻略対象のイベントの完全クリアも、現実では数ヶ月――いや、数年がかりの大事業になってしまう。

 

 結論から言ってしまえば、俺はルーレリア学園入学までの期間の間に、全ての攻略対象のイベントを終わらせることが出来なかった。

 その結果として、ハイパー超絶モテ男のアレクが現れるこの日まで、俺だけのヒロインを見つけることも、その相手と恋人関係になることも出来なかったのだ。

 

「ああ~! なんでこんなことに!」

「フレイ様。嘆いていても、時は戻りませんよ?」

 

 そんな辛辣な来幸の言葉が部屋に響く。

 俺はその言葉に思わず呻きながら、来幸に向かって言う。

 

「わかってるよ~。でも、嘆くくらい良いだろう? 俺がどれだけこの日が来るのを嫌がってたか、来幸だって知ってるだろうに……!」

「そんなに嫌なら、ナルル学園のようにルーレリア学園もサボりますか?」

「――いや、今日はさすがに行く。アレクとアリシアのどっちがこの世界に存在しているのかを、一応は確認しておきたいからな」

 

 俺はそう言って、机から起き上がる。

 俺がルーレリア学園に入学するということは、同じ学年のアレクやアリシアも、今日、学園に入学するということ。

 

 つまり、今日こそが、この世界の元となったゲームの――インフィニット・ワンの始まりの日なのだ。

 

「アレクやアリシアの行く末に興味はないが……。それでもゲームの開始日って言うのなら、見るだけは見ておかないとな」

 

 俺はそう言って、来幸と共にルーレリア学園に向かった。

 

☆☆☆

 

「……何か、チラチラと見られているな……」

「まあ、何かと目立ちましたから」

 

 周囲を気にしていった俺の言葉に、来幸がそう返答をする。

 

 俺達は今、ルーレリア学園への道を二人で歩いていた。

 何故、メイドである来幸も共に歩いているかというと、ルーレリア学園はナルル学園と違って優秀な平民も通うことが出来るため、インフィニット・ワンの時と同じように来幸もルーレリア学園に入学することになっているからだ。

 

「はぁ~。こんなはずじゃなかったのに……。下手に目立つと俺だけのヒロイン探しに支障が出るじゃないか、こう言うのはアレクのような主人公の――」

 

 俺はそこまで言った所で、見覚えのある赤髪を見つけて、思わず足を止めた。

 そして、来幸に向かって慌てながら語りかける。

 

「お、おい! いた! いたぞ!」

「――っ! まさか、アレクですか!」

「ああ、それにそれだけじゃない――! アリシアも一緒だ!」

 

 俺達が見つめる先、そこには赤髪の少年と少女がいた。

 ゲームで散々目にしたその姿を見て、俺は感心するように言う。

 

「どちらか片方かと思ったけど、まさか二人ともいるなんてな~」

 

 ゲームではアレクとアリシアのどちらか片方を選んで物語を始める形だった。

 その為、選ばなかった方はその世界では登場しなかったが、現実となったこの世界では双方の主人公が存在する形のようだ。

 

 まあ、ともかくこれで、攻略対象を避けてきた俺の判断は間違ってなかったってことになるな。アレクがこの世界に存在するっていうのなら、ゲームと同じように攻略対象がアレクに惚れる可能性は高いわけだし。

 

 アレク自体がこの世に存在しないのなら、攻略対象とアレクの関係について考える必要はないが、アレク自体が存在するというのならそうもいかない。

 仮にアレクが別の攻略対象のルートを進んでいるのだとしても、現実化したこの世界では平行してルートを進めて、ハーレムエンドを目指せる可能性があるのだから、アレクにその攻略対象が落とされる危険性は否定出来ないのだ。

 

 俺はそこまで考えて、ふと来幸へと視線を向ける。

 来幸は真剣な様子でじっくりとアレクを見ていた。

 

 やっぱり来幸も主人公であるアレクに興味を惹かれているみたいだな……。

 よし! ここは主として、度量の高い所を見せておくか!

 

「来幸」

「? 何でしょうかフレイ様?」

「そんなに気になるなら行ってきてもいいぞ? 俺の専属メイドであろうとも、恋愛するのは自由だ。ここでアレクに話しかけるのは、ゲームとは違った展開になるが、今からアレクを落としに行っても――」

「は?」

 

 …………ちびるかと思った。

 

 俺の言葉を遮るように放たれた来幸の言葉。

 そして、それと同時に見せた来幸の顔を見て、俺は思わずそんな感想を思った。

 

「私が、何故あんな男の元に行かないといけないんですか?」

 

 にこりと笑顔でそう言う来幸に俺はビビりながら言葉を返す。

 

「い、いや、それは来幸がアレクを見ていたから……あ、何でもありません」

 

 俺はそれだけを言うと、足早に走り出した。

 その時、来幸の方へとチラリと視線を向けたが、来幸はアレクの方を、まるで人殺しのような目付きで睨んでいた。

 

 あれだな、俺が下手に話を突っ込んだせいで関係をこじらせてしまったようだ。

 まあ、よくよく考えてみれば、俺がやったのはお節介焼きおばさんが、結婚やお見合いを無理矢理斡旋しようとしたようなのと同じこと。

 

 お互い知り合ってもいないのに、恋愛前提でその背中を押すのは、自分達のペースでやりたい当人達に取っては、邪魔者でしかないか。

 

 俺はそう考え、先へと進んでいく。

 

 まあ、険悪な状態から始まるラブコメなんてごまんとあるし、むしろアレクと来幸の物語は、ここからってところかも知れないな。

 

 そうやって歩いていた俺達はルーレリア学園へと辿り着いた。

 だが、そこでは何故か大勢の生徒が門の先を塞ぐように固まっていた。

 

「? なんだ?」

「なんでしょう?」

 

 俺と来幸は思わずそんな言葉を放つ。

 大勢の生徒のせいで、アレクやアリシアも先に進めず、俺達と同じように門の中に入ったばかりのところで足止めを喰らっていた。

 

 インフィニット・ワンのオープニングにこんなイベントあったか?

 教室に辿り着くまでにヒロインとの出会いは幾つかあったような気がするけど、こんな風に大勢が集まるような展開はなかった気がするが……?

 

 そんなことを考えながら、俺が集団を無視して通り過ぎようとすると、その集団の中から、一人の少女が現れて、俺の道を塞ぐように踊り出てきた。

 

「メ、メジーナ先輩……何かようですか?」

 

 俺は目の前に現れた少女――メジーナに思わずそう問いかける。

 それに対して、メジーナは満面の笑顔でにっこりと答えた。

 

「貴方だったんですね……」

「えっと……何が?」

 

 要領を得ない言葉に思わずそう返す。

 メジーナはまるで自分の世界に浸るように、俺の質問に答えた。

 

「フレイ・フォン・シーザック……貴方こそが、銀仮面様だったんですね!」

「はぁ!? い、いや、違うけど!?」

「違いません! 貴方こそが! 我等の救世主です!」

 

 否定したにも関わらず、断言するように答えるメジーナ。

 その確信に満ちたという態度に、俺が銀仮面だと知っている、数少ない人物の一人である来幸に、俺は思わず視線を向けた。

 

 俺のその視線を受けた来幸は、顔を真っ青にして、冤罪事件に巻き込まれた人物のように、アイコンタクトで自分はやってないと伝えてくる。

 

 じゃあ、誰が……と俺が考えたところで、その答えはメジーナから齎された。

 

「七彩教会が正式に布告したのです! 世間で人々を救っている銀仮面――その正体は新しく神となった銀の神であるフレイヤフレイであると!」

「は? はぁあああああ!?」

 

 ざけんな!? あのクソ神共!? どうやって知ったのかは知らないが、こっちがどんな気持ちで、正体を隠して活動してきたと思ってんだ!? それを、こんなにあっさりと、俺の正体をばらしやがって……!!

 

 俺が、あまりの怒りでどうにかなりそうになる一方で、周囲の者達は「銀仮面! 銀仮面!」と次々と盛り上がっていく。

 そんな中で、メジーナや、サラ、ナタリアなどの攻略対象の少女達が、上着を緩めてはだけさせながら、俺へと近づいてくる。

 

「ああ、銀仮面様……いやフレイ様……。私達は貴方に救われました。だからこそ、私達の全ては貴方様のものです。貴方様の為なら私達はどんなことでも――」

「ひぃ……!」

 

 俺は思わず、そんな少女達から後ずさるが、気付けば後ろにも千里やステラなど同じような集団が出来上がっており、完全に囲まれた状態になってしまっていた。

 

 進退極まった俺は、必死に頭を回し、そして周りの者に言う。

 

「いや、あの、その……。こ、これは、神として当然のことをしただけだ! だから、お礼とかそういうの不要だから!!」

 

 俺がそう言うのと同時に周囲から大歓声が響き渡った。

 

「銀の神! 銀の神! フレイヤフレイ! フレイヤフレイ!」

「あ、あははは……」

 

 俺は引き攣った笑いをしながら、周囲の声援に応える。

 そして、ふとアレクとアリシアの方に目を向けた。

 

「何か、凄い事になってるね」

「ああ、そうだな。まさか神様が学友にいるなんてな……。ま、俺達には関係ない話だろ、さっさと教室に行こうぜ!」

「うん!」

 

 イベントを見る傍観者のような、ごく普通の反応をして去って行く二人。

 そんな二人を見て、俺は思わず心の中で叫ぶ。

 

 おい! アレクにアリシア! 違うだろ! こう言う俺スゲー展開は、お前達主人公の役割だろ!? 俺の役割じゃねーんだよ!? 何でそれなのに、お前達がまるでモブみたいな態度を取って、ここから離れていくんだ!!

 

「フレイ様……神に身を捧げる準備は出来ています! さあ、私達の全てを受け取ってください!」

「ち、近づかないでください! フレイ様! 逃げて……!」

「ははは……」

 

 アレクに押し付ける予定だった銀仮面への名声や好意が、全て自分に降りかかってきて、もはや笑うことしか出来ない。

 

 来幸に助けて貰うことで、必死に押し寄せる人々から逃げ、更に途中でやってきたユーナやエルザにも助けてもらいながら、必死で教室へと逃げる俺は思った。

 

 もう、ルーレリア学園に来るのも止めようかな……。

 




ついにインフィニット•ワンの原作主人公登場。
そして、あっという間に出番終了です。

まあ、仕方ないよね。
アレクとアリシアがどの攻略対象と付き合おうとも、フレイにとっては恋愛対象にならない他人同士の恋愛で、どうでもいいことなので。


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未知への不安

 

「こ、これで、しばらくは大丈夫だろう……」

 

 俺は教室のドアを内側から鍵を掛けて塞ぐ。

 先程までの騒動で殆どの者が外に出ていたのか、入った教室は殆ど人がいない状況で、閑散としていた。

 

 そんな中で、教室にいた二人組が俺に声を掛けてくる。

 

「大変そうだね。フレイヤフレイ様」

「お、久しぶり。フレイヤフレイ様」

 

 その二人組――トートとベッグにそう声を掛けられ、思わずげんなりとしながら、俺は二人に向かって言う。

 

「お、お前らまでそう言うのか……」

「ははは、冗談だよ。フレイ」

「そうそう、今までナルル学園をサボって、ちっとも俺達に顔を見せなかったんだから、これくらいの冗談は言ってもいいだろう?」

 

 そう言って、気楽な様子で語りかけてきた友人二人の態度に、俺は思わずほっとしながら、その二人の元に向かう。

 

「はぁ、それにしても疲れた……」

「何か凄いよね。あの騒ぎよう。この教室にも響いてきたよ」

「まるでお祭りだよな」

 

 俺の疲れた様子を見て、外の騒ぎについて二人はそう意見を述べる。

 そして、ベッグがにやりと笑って言う。

 

「でも、良かったんじゃねーの? フレイ、お前、モテモテじゃん。これなら、あの中からお前だけのヒロインを探し出せるんじゃね?」

「いや、あの中にはもういないことはわかってるんだよ。だから、あんなに纏わり付かれても困るだけなんだ」

 

 俺はため息を吐きながら、そうベッグに言葉を返す。

 俺のその言葉に、ベッグはまたかと肩を竦めながらも言う。

 

「まあ、仮にそうだったとしても、あんなに大勢の人間に、スゲースゲー敬われて、神様気分で何でもお願い出来る生活って結構良さそうだけどな」

「いや! むしろもう日常生活を行うのすら困難なんだが!?」

 

 まるでゾンビ映画のように群がる人々を見て、俺は思わずそう叫ぶ。

 

 確かに、ひたすら称賛されたかったり、ハーレムを築いたいというような欲求を持った奴なら、自分の身を捧げるために群がるあのイカれた信者達を思う存分に使って楽しめるのかも知れない。

 だが、俺の願いは、俺だけのヒロインと二人で、慎ましくも微笑ましいボーイミーツガールの日々を送ることであり、あんなとち狂った集団なんかは、こちらとしては願い下げなのだ。

 

「クソ!? どうしてこうなった!? 何で俺がこんな目に……! 七彩教会の奴らめ……何を考えてやがる……!」

 

 俺が神として認定されたのも、銀仮面だとばらされたのも、全ては七彩教会とその背後にいる七彩の神々の仕業だ。

 奴らが起こした、俺という一般人に対するこの仕打ちに、俺は何故そんなことをしでかしたのかと、頭を悩ませる。

 

「フレイのことだから、どっかで神様をひっかけたんじゃないの?」

「だな。どうせいつもの調子で行動して、その女が神様と気付かずに、そのままこましたんだろう」

 

 呆れたようにトートが俺に対してそう言うと、ベッグがそれに頷く。

 俺は二人のその言葉に猛烈に反論した。

 

「はぁ!? ないない! 俺は天界から動かない紫の神以外の全ての神の顔を知っている! だからこそ! 知らずに神を落とすなんてことあり得ない!!」

 

 そう、俺にはゲームでの知識がある。

 そんな俺が知らずに神をこますなんてことがあるわけないのだ。

 

「ほんとか~」

「信用度ゼロだね」

 

 そんな俺の絶対の自信から来る反論を二人は疑いの目で見る。

 俺がそんな二人の目に思わず仰け反っていると、ガラガラと鍵を掛けたはずの扉が鍵を開けられて開かれる。

 

 俺はそれを見て、思わずそれをなした相手に問いかけた。

 

「誰だ!?」

「私はクリスティア王女殿下からの使いであります!」

 

 部屋に入ってきたのは銀仮面ファンクラブの面々ではなく兵士だった。

 彼は手に持った紙を広げると、俺に向かって言う。

 

「銀の神、フレイヤフレイ様に招集がかかっています」

「――まて、フレイ・フォン・シーザックではなく、フレイヤフレイに、クリスティア様からの招集がかかっているのか?」

「その通りであります!」

 

 確認の為に告げた俺の言葉に兵士は迷いなく答えた。

 貴族である俺ではなく、神である俺を呼び出す――。

 

「どう考えても、厄介ごとの臭いしかしないんだが!?」

「そうだね。でも、行くしかないんじゃない?」

「頑張れよ~フレイ」

 

 友人二人のお気楽なその言葉を恨めしい顔で見ながら、俺は兵士の案内でクリスティアの元へと向かった。

 

☆☆☆

 

 さすがに王家の命令を邪魔できなかったのか、銀仮面ファンクラブの妨害を受けることもなく、俺は無事、クリスティアの元へと到着していた。

 

「それで、クリスティア様、何のご用でしょうか?」

「ああ、やめてくれ、その敬語を」

「? どうしてでしょうか?」

 

 俺がそう言葉を返すと、クリスティアは疲れた様子でため息を吐く。

 

「世間から神として認められた者が、例えその国の貴族であるのだとしても、そんな風に一国の王家を敬わったら、我が国が、貴族としての関係を利用して、神を私的に利用するつもりかと、他国に糾弾されかねんのだ」

「ああ、そういうこと……まあ、わかった」

 

 クリスティアの言わんとしていることを理解し、俺は口調を改める。

 そして、再度、クリスティアに対して聞いた。

 

「それで、フレイヤフレイとして呼び出すなんて、何の用だよ。厄介ごとの臭いしかしてなくて、関わりたくないんだが?」

「それがな……私にもよくわからん」

「はぁ? いや、わからんってどう言うことだよ?」

 

 俺はクリスティアの言葉に思わずそんな言葉を返す。

 

「つい先日のことだ。急に七彩の神が――アムレイヤ様がやってきたんだ」

「アムレイヤ様が?」

 

 神が突然訪問してくるという事態を聞いて、俺は思わず聞き返す。

 

「ああ、そして、アムレイア様は『今、この世界に危機が訪れています。それへの対応を考えるために、世界各国の首脳で会議を行う必要がある――つきましては、フェルノ王国に議長国をお願いしたいと考えています』と言われた」

「世界の危機? 嘘だろ?」

 

 何か明らかにやばそうな言葉に、俺は思わず頬が引き攣る。

 

「その世界の危機とやらが何かはわからんが、我々は議長国として会議の準備をしなければならなくなったというわけだ」

「それで、クリスティアが動いていると……国王は何をしてるんだ?」

 

 俺のその言葉にクリスティアは思わず顔を押さえて言う。

 

「この話を聞いた後、心労から倒れた。小心者の父上には、世界の危機も、議長国という大役も、受け止められないほど重いものだったらしい。今は私が国王代理として、諸々の準備を執り行っている形だ」

「それはまた……」

 

 俺は思わず同情の目でクリスティアを見る。

 クリスティアはそんな哀れみの目をなげやりな雰囲気で受け取った。

 

「ともあれ、アムレイヤ様からはお前も連れてくるように言われている。だから、私と一緒に会議に参加してくれ」

「はいはい。行きたくはないが……逃げられそうにもないからな……」

 

 俺とクリスティアは揃ってため息を吐いて、クリスティアが用意したという世界会議の会場へと向かい始めた。

 

 その中で俺はふと考える。

 

 こんなイベント、インフィニット・ワンであったか?

 確かに俺の行動によるバタフライエフェクトでこれが発生した可能性もあるが……それにしては規模が大き過ぎるのではないか?

 

 インフィニット・ワンを遊び尽くした俺が知らず、そしてバタフライエフェクト程度では起こりえない規模の出来事でもある今回の事件。

 それを受けて、俺は一つの可能性に思い至る。

 

 もしかして――最後のDLCのイベントがこれなのか?

 

 俺が前世でプレイする事が出来なかった最後のDLC。

 もし、それが今回の事件の大本だと言うのなら――。

 

 俺はこの出来事の正答を知らない……。

 

 今までは主人公ではない俺でも問題を解決してこれた。

 だけどそれは、先に答えを知っていたから出来たことだ。

 それが出来ない今回の事件に対して、俺は不安を感じながら、クリスティアが用意した会場へと足を踏み入れた。

 



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世界会議

 

 フェルノ王国王城の大広間。

 大勢の者を収容するために、急遽会議室へと変えられたその場所に、俺とクリスティアはやってきた。

 

「各国から人を集めるって話だが……もう、随分集まっているな」

「神々が転移魔法で各地から要人を送ってきているからな。この分だとそう時間もかからずに、会議を始めることが出来るだろう」

 

 既に会場は大勢の人で賑わっていた。

 そこには様々な服装をした者達で溢れており、一目でこの国ではない各地から連れてこられたと言うのが見て取れた。

 

 そうやって、周囲の人々を見ていると、見知った顔に気付く。

 

「ん? あれは――」

「これは! これは! 我等が神! フレイヤフレイ様!」

「む? フレイ殿かのう?」

 

 俺が気付くと同時に、その人物達――ゼノスとヨーデルも、俺の事に気付き、こちらに向かって声を掛けながら歩いて来た。

 

「魔族や竜族まで呼ばれているのか」

「はい、アムレイヤ様に呼び出されました」

「本当に、ここ最近は騒動が続くのう……」

 

 世界的な会議を行ったとしても、基本的に参加せずに我が道を行く種族すらも、会場に招集されていることに素直に驚く。

 

「と言うか、魔族はアムレイヤ様の命令でよく参加したな」

 

 他の殆どの種族と違って魔族は七彩の神を信仰していない。

 だからこそ、今回の招集を無視する可能性もあったはずだ。

 

「我等が神もこの会議に参加すると言うのなら、その信者である私達が参加しないでどうするというのですか!!!」

 

 信仰でガンギマリした目で迷い無くそう言い切ったゼノスから俺は目を逸らす。

 

 そう言えば、プリシラが時々、「ちょう――里帰りに行ってきます」とか言って、魔王国に帰ってたみたいだけど、その成果がまさかこれなのか……。

 

 俺がゼノスの変わりように慄いていると、ゼノスはこの場にいる自分以外の魔族を指差して言う。

 

「それにほら、私以外の魔族もこのように参加しております」

「……あの魔族は会議が始まる前に何であんなにボロボロなんだ?」

「あれは魔王国とは違った場所で魔族を率いている魔王のようですが、恐れ多くもアムレイヤ様に逆らって、わからされてしまったようですね。まったく、己の実力もわからず神に逆らうとは嘆かわしい。ああはなりたくないものです」

 

 やれやれと言った顔でそう言うゼノス。

 俺はもともとお前も似たようなもんだろと思いつつも、それについては口を出さずに、再度周囲を見渡す。

 

「国の王でなくても、一定以上の地域に影響力があれば呼ばれているのか」

「確かに……王だけではなくロンベルク商会のような豪商もいるな」

 

 今やこの国一番の商会となったロンベルク商会のジーナスが、こちらが見ていることに気付き、ぺこりと頭を下げる。

 俺はまた銀仮面が云々という話を持ち出したくなくて、ジーナスに話しかけないように、クリスティアに向かって言った。

 

「そろそろ、俺の席に案内してくれ」

「ああ、わかった」

 

 そう言って俺は集まる人々に目を向けながら奥の席へと向かう。

 

 あの和服を着た無精髭の人は、神威列島の桐生将軍か、それとあっちのドワーフは鉄塊王国のガンダング王で、その隣に居る猫獣人は獣牙連邦のキャロル、そしてあそこに居る法衣を着た老人は聖王国のクリストフ王か……さすがに有名どころの王族は何奴も此奴もゲームで見たことがある顔だ。

 

 その国を冒険する過程でアレクと関わる王達。

 加えて、アレクやアリシアの攻略対象であるものも、その一団の中には含まれていた。

 

 俺はその錚々たる面々に、今回の事態のやばさを実感しながら、「主催である私とお前はここだ」と言う案内に従って、クリスティアの隣の椅子に座る。

 

「……」

 

 誰もが事態の重々しさに、席が埋まり始めるにつれて、情報収集の為に小声で話すことも少なくなり、ただじっと面子が揃うのを待ち始めるようになる。

 次々と神々が転移魔法によって、各国の王族を連れてくる中で、エルフガーデンの女王であるメリエスがその場に現れた。

 

「何これ~! マジで、辛気くさ!」

 

 部屋の様子を見たメリエスは開口一番にそう言い放った。

 それによって、部屋の空気が凍る。

 

「お主という奴は……いつもいつも、そんな態度しか取れんのか!」

 

 叱るようなガンダングの言葉に、メリエスは嘲笑いながら言う。

 

「おっさんが何か粋がってんだけど! マジで受ける~!」

「ワシがおっさんなら、お主はババァだろうに、腐葉土のような腐った臭いがプンプンしておるわ!!」

「ああん? そういうテメーは錆び鉄くせーんだよ!! 錆びた老いぼれなら、そのまま溶鉱炉にでも沈んでろ!!」

 

 いがみ合うようににらみ合う二人。

 どうやら、大半のファンタジーものと同じように、エルフとドワーフは仲が悪いらしい、ただ――。

 

 キャバ嬢のような盛り盛りの髪をした女と、きちんとした礼服に身を包んだドワーフが口論していると、非行に走った娘を叱る父親感が出て ファンタジー感が急速に減っていくな……。

 

 ファンタジーってなんだろ? と俺が遠い目をしていると、遂に全ての転送が終わったのか、七彩の神が自分の席に着き始めた。

 それを見て、さすがに口論を止めて、メリエスも自席へと向かい、全員が席に着いたのを確認した後、アムレイヤが会議の参加者に向かって言う。

 

「では、これより、会議を――」

「まて、まだ帝国の者が来ていないようだが?」

 

 会場の中にヴィルヘルムの姿がないことに桐龍が気づき、アムレイヤに向かってそう問いかけた。

 それに対して、アムレイヤは沈痛な表情で答える。

 

「……帝国は昨日、滅びました」

「っ!? 帝国が滅びただと……!?」

 

 ざわざわと会場全体が騒がしくなる。

 

「我が国は少なくとも昨日の朝までは帝国とやり取りをしているぞ?」

「あり得ない。あれほどの国が一日で滅ぶなど」

「ロイド王は、何かご存じか?」

「いや、わしは何も……そういうそちらはどうじゃ?」

 

 あちこちでそんな会話が繰り返される。

 帝国はこの世界で最大の国家だ。

 それが滅んだとなれば、これほどの騒ぎになるのは当然だった。

 

「馬鹿な帝国が滅びるなど……」

「でも、それなら、今回の議長国がフェルノ王国だってことにも納得がいくな」

「それは……確かにそうか。本来、とりまとめを行う国が滅んだからこそ、うちにその役割が回ってきたのか……」

 

 俺もクリスティアとそんな風に小声で話し合う。

 俺達以外も小声で会話を続けていたが、埒があかないと思ったのか、とある国の王が代表して、アムレイヤへと聞いた。

 

「アムレイヤ様……一体、エデルガンド帝国に何が……?」

「そうですね。ことの起こりから話そうと思いますが……まずは今の帝都の状況を見て貰うのが速そうですね」

 

 そう言うとアムレイヤは水晶を手元に取り出して机に置いた。

 その水晶に見覚えがあった俺は思わず立ちあがって叫ぶ。

 

「映像水晶!? 何でここに!?」

 

 そこまで言ったところで、俺は周囲の目線が集まっていることに気付く。

 

「いや、これは……」

 

 俺は慌てて言葉を取り繕うが、それより先にアムレイヤが自らが取り出したその水晶について説明を始める。

 

「貴方のところで良さそうな物を作っていたので今回の為に拝借しました。この水晶は通信水晶を元にしたもので、映像も含めて情報を送り合うことが出来るのです」

 

 アムレイヤの言葉に、各国の王族や商人達がその利便性や危険性に気付き、「ほう……」とか「なるほどのう……」とか言って、俺の方をジロジロと見始める。

 

 それはクリスティアも同じらしく、ジト目になって俺を見て言った。

 

「そんなものを国に黙って作っていたのか?」

「え、ま、まあ……」

 

 俺は歯切れが悪く、そう答えた。

 

 集団の運営や活動において、通信網の充実というのは大きな影響力がある。

 それこそ、作物の不作豊作と言った情報や、現地で必要とされている物資に関する情報などを知れれば、他の商人よりも速く取引が出来るし、戦争においても、相手がどう布陣しているかを知ることが出来れば、その裏をかくことも可能になる。

 そう言ったことを今までは音声だけで行っていたが、それに映像まで付加出来るようになれば、より詳細な情報を得ることができ、経済的、軍事的な優位は他の集団を圧倒するほどのものとなりかねない。

 

 それを考えれば、この価値がわかる者なら、何をしてでも欲しい技術だし、同時にそれを扱っている相手が居るとなれば、当然警戒の対象になる技術でもある。

 俺もそれがわかっているからこそ、缶詰などの映像水晶と同じように現代知識を元に無窮団に作らせた他の技術とともに、いずれ来たる戦争で圧勝するために、軍事機密として情報を秘匿してきたのだ。

 

 それをあっさりとバラしやがって……!

 だが、まあ、世界の危機への対応で必要と言うのなら、仕方がないか……。

 

 俺は自分を無理矢理そう納得させて、席に座ってアムレイヤの行動を待つ。

 アムレイヤが映像水晶を操作すると、空中にSF映画であるような画面が表示され、そこに現在の帝都の状況が映される。

 そこではマーブル模様の液体が帝都を埋め尽くし、結界と思われる半透明の壁に何度も体当たりを行っている光景があった。

 

「何だあれは……泥……か?」

 

 見ていた者達から困惑の声が上がる。

 マーブル模様の液体に覆われて、帝都での生存者の姿は見えない。

 

(帝国が滅んだって言っていたが――この様子だとルイーゼやシルフィーも含めた帝国に居た攻略対象達はみんな死んでしまったのか……)

 

 俺はそんなことを思いながらその光景を眺める。

 このイベントを知らない以上、俺がこの出来事を防ぐのは不可能だったと思うが、それでも知っている相手が死んだということには思うところがあった。

 

「あれこそは、墜ちた神のなれの果て――異界神獣です」

「墜ちた神のなれの果て?」

 

 参加者の誰かが言ったその言葉にアムレイヤは頷くと言う。

 

「それでは話しましょう。帝都で皇帝たちが何をしていたのかについて――」

 

 そしてアムレイヤは語り出した。

 エデルガンド帝国が影で行っていた、異世界から自分達に取って都合の良い神を召喚石の力を使って呼び出すという恐ろしい計画とその末路の話を。

 

「馬鹿が。神とは大いなる力そのもの。それを御せると思い上がるとは……」

 

 独自の文化を持つ神威列島の桐生将軍は、事情を聞き、そう吐き捨てる。

 俺はその言葉に内心で同意する。

 

 前世の世界でもギリシャ神話とか神話は結構あったが、その殆どで人間側は振り回されて理不尽を受けるようなものばっかだもんな……。

 感情があるから御せるのかも知れないと思ったのかも知れないが、感情があるからこそ横暴に拍車がかかって、より悲惨な結末になることもある。

 そう言ったことを考えれば、自分より遥かに強大な力を持った相手を言い様に動かそうとした時点で、皇帝たちの破滅は決まっていたのかも知れない。

 

「それで呼び出された神が異界神獣という事ですか?」

「いえ、恐らくは他の神を呼び出そうとして開けた穴を、異界神獣に横取りされて使われたということだと思います」

「なるほど……結果的に皇帝達の目的とは違った神が現れたってことか……」

 

 召喚石を使って呼び出したのが異界神獣とか言う墜ちた神なのかという俺の問いに、アムレイヤは呼び出した神とは別の神が、召喚石によって出来た穴を利用してこの世界に現れたのだと告げる。

 

 まあ、何処からどう見ても、皇帝たちの目的に合致しない存在だしな……。

 

「その通りです。結果的にヴィルヘルム達の行いは、この世界に厄災を招くだけで、何の意味もありませんでした」

 

 ヴィルヘルム達に対するアムレイヤの辛辣な言葉が飛ぶ。

 まあ、この世界を管理している側からして見れば、自分達に成り代わろうと勝手をしたあげく、世界の危機を招いているのだから、辛辣にもなるというものか。

 

「厄災か……あの異界神獣というのはそれ程のものなのですか? 神であるあなた方がこうして世界中の者を招集しなければいけないほどに」

「ええ、あれは世界そのものですから、ただの神である私達だけでは、勝てない可能性が高いと判断しています」

「世界そのもの? 神なのではないですか?」

 

 神と世界は別物だ。

 だからこそ、先程までは墜ちた神と言っていた異界神獣に対して、世界そのものだと言うアムレイヤの発言が気にかかり、俺は思わずそう問いかけた。

 

「どちらも正しいのです」

 

 俺の疑問にアムレイヤは迷い無くそう答える。

 そして、参加者の理解が及んでいないのに気付くと、彼らに向かって言う。

 

「説明の為にまずは世界の有り様について話しましょうか」

 

 そう言うとアムレイヤは土魔法で大地の模型を生み出す。

 

「このように様々な資源があり、生物が存在できる土台が世界です。創世神は多くの生物が繁栄出来る場所として、このように世界を作成しますが……これだけではその世界は、この世界のように人々が自由に生きられる環境とはなり得ません」

「資源があるのなら、人々は生活を営めるのではないですか?」

 

 アムレイヤの言葉に参加者から質問が飛ぶ。

 それに対してアムレイヤは首を振った。

 

「それは無理です。何故ならその世界にはルールがないからです」

「ルールがない?」

「生物の生死はどうなっているか、物体の動きなどの物理法則はどうなっているか、それぞれの種族にはどんな特性があるか、ジョブなどの人が成長するために仕組みにどんなものがあるか――そう言った世界の特徴を定めるルール」

 

 そこでアムレイヤは一息をつくと言う。

 

「これらが無ければ、その世界で人は生きられません。何故なら、資源はあくまでただの資源、それを活かすための法則が無ければ、何にもならないからです」

 

 まあ、言っている事は何となくだがわかる。

 要は素材が幾らあっても、それを纏めるシステムが無ければ、その世界を冒険するゲームは完成しないってことだろう。

 

「そしてそれらの法則を定め、運用して維持する者こそが、主神と呼ばれる世界神なのです」

「つまり、この世界のあらゆる法則は、主神である神が決め、そしてその施行も神自身が担っているということですか?」

「ええ、そうですね。もっとも、世界の法則に関しては、基本的に元からあるテンプレートを使うことが多く、主神であろうとも改変には手間がかかり、更に世界を作成した創世神の意向などの影響も受けるので、主神が決めたというと少し語弊があるかも知れませんが……」

 

 言外に運用はしているが法則を自分達が決めたわけじゃないというアムレイヤ。

 そんな彼女は続けるようにして言う。

 

「異界神獣に纏わる話として大切なのは、主神という存在が、この世界の法則などの運用と管理を行い続けているということです。主神が何らかの形で機能不全に陥ってしまえば、この世界の法則が狂い出す原因になりかねません」

 

 つまり、世界はサーバーで、神はそこにある資源を利用して、サービスを提供するプログラムと言った感じってことか。

 だからこそ、プログラムがおかしくなると、世界が人々に提供する法則――サービスが滞るようになり、世界の崩壊に繋がってしまうと。

 

「だからこそ、主神にはそれを防ぐ為の機能があります。それは世界を喰らって体力を回復させることで、世界の運用を正常化させようとする働きのことです」

「世界を……喰らう? それって、あれと同じ事ですか?」

 

 俺は思わずアムレイヤにそう聞き、映像に映る異界神獣に目を向けた。

 何かを次々と喰らっていくという特徴は、まさにあのマーブル模様の液体と同じものではないかと考えたのだ。

 

「ええ、そうです。主神は何らかの事情――異世界からの侵略者との戦いや、大勢の世界を憎む人々の憎悪などで、その体にダメージを負うと、自動的に自らが管理する世界の存在を喰らいます。初めは消化しやすく栄養素も多い生物を喰らい、余力が出始めると無機物なども喰らい始めます。そうして、自分の体力回復と同時に管理する世界を減らすことで、世界を自分が管理出来るものに直そうとするのです」

 

 なるほどな……自分が管理する資源を使って回復をすれば、余所に損失を出すこともなく、更に自分がこれから作業しなければならない量も減らせるってことか。

 

 確かにそれは効率的なやり方だが――。

 

「世界を憎む人の憎悪は神に取っては毒になるんですよね?」

「ええ、もっとも、普段の状態であれば、何十億と言った人が、心の底から世界を憎み続けていないと毒と言えるほどのダメージは与えられませんが……」

「普段の状態であればと言う事は、弱っていたら少量でも憎しみは毒になるってことですよね? だとしたら、無闇矢鱈に世界を喰らったら、結果としてその毒を自分から取り込むことになってしまうんじゃないですか?」

 

 俺のその問いに、アムレイヤは沈痛な顔をして答えた。

 

「……そうですね。そして、それこそが主神が墜ちた神になる原因――異界神獣へと変化してしまう原因にもなっています」

「やっぱり、そう言うことか……」

 

 俺はその事実を聞き、思わず頭を抱えながら、そう呟く。

 何故なら、気付いたことが正しいなら、これは俺達に取って、想像以上の問題となり得るからだ。

 

「ん~どういうこと? アタシにもわかるように誰か説明して!?」

「つまり、体力回復の為に食べた食べ物に毒があるってことだよ」

「?? それがわからないんだって、毒があるから如何したっていうの?」 

 

 キャロルは首を傾げながらそう答えた。

 この会場では俺以外の何人もの人が、俺が到ったのと同じ結論に気付いたのか、険しい顔をしているのが見て取れるが、俺はキャロル以外のわからない者への説明もかねて、キャロルに問いかける。

 

「それじゃ、その毒で体が弱ったらどうなる?」

「どうなるって、また新しい食べ物を食べて体力を付けるんじゃ……」

「じゃあ、その食べ物にも毒があったら?」

「それは別のものを食べて――あっ!」

 

 そこまで言ったところでキャロルはその考えに気付く。

 そして、思わずと言った形で声を張り上げた。

 

「ずっと毒があるのなら、食べ続けることに終わりがない!」

「キャロルの言う通りです。主神は自動的に世界を喰らいますが、それで取り込んだ人々の中に憎悪と悪意があれば、その毒に対抗する為にまた世界を喰らいに行かなければなりません。そうして次々と世界を喰らい続けてしまえば、やがて主神自体の自我も、そう言った人々の憎悪と悪意の中に消え、主神を生かすために世界を喰らうという機能を実行だけの知性も無いただの獣に成り果てます」

 

 自分が管理する資材を使って自分を回復させる。

 それは損失が少ない形で、更に今後の管理も減らせる、効率的で有効な手だと思われていたが、自分が管理する資材が全て不良品だと、自らを回復させるという目的も果たせずに、次々と資材を消費するデスループに入ってしまう……そう言った最悪の一手にもなり得るということだ。

 

「そうやって、自分の世界の全てを喰らい尽くし、それでもまだ足りずに新たな餌を求めて異世界を彷徨う獣――それこそが墜ちた神、異界神獣なのです」

「つまり、相手は自分の世界を丸々飲み込んだ化け物ってことか……」

 

 アムレイヤの言葉を聞いた桐生が思わずと言った形で呟いた。

 それを聞いたその場にいる者達も、この危機的な状況に、誰もが口を開くことが出来ず、重苦しく押し黙ってしまう。

 

 そんな中で聖王国のクリストフが自分達の神に聞く。

 

「我等が神が勝てない可能性が高いと考えるのは、あちらも、あちらの世界の神を大量に喰らった存在だからということですかな?」

「そうですね。向こうにどれだけの神が居たかは定かではありません。ですが、世界を運営していたというのなら、こちらと同数いても不思議ではないでしょう。その全てを取り込んだ相手に対して、私達は力を主神に預けて弱体化しています。まともに戦って勝てると思うほど、私達は状況を楽観視していません」

「なるほど……」

 

 アムレイヤの回答を聞いて、クリストフはそう言って考え込んでしまう。

 そんな中で、今の会話を聞いていた一人の参加者が、良い考えを思いついたといった雰囲気で、突然声を張り上げた。

 

「そうだ! 他の神々の力を受け取った紫の神なら、あの異界神獣とか言うのも圧倒することが出来るんじゃないのか!?」

「いや、それは駄目だ。下手をしたら主神が傷付いてしまう」

 

 俺は思わずその言葉を否定した。

 

 ――そう、これこそが、先程の話が示していた爆弾。

 主神が傷付き異界神獣になってしまう可能性は、あちらの世界だけではなく、こちらの世界でも起こりえることなのだ。

 

 それを考えれば、主神を無闇矢鱈に戦場には出せない。

 もし、敵に打ち勝つことが出来たとしても、その代償として主神が大きな傷を負えば、デスループによって世界を食い尽くされて結果的に負けになるからだ。

 

 つまり、主神が戦うこと事態がリスク――。

 俺達は、強大な力を持った存在に頼らず、この世界を守るということを実行しなければならないと言う縛りを課されているということなのだ。

 

 ラスボスと戦える最強キャラを使わずに、ラスボスを倒せとか、こんなんただのクソゲーだろう……。

 

 俺はそんなことを考えつつ、先程の発言に言葉を足していく。

 

「相手に勝てたとしても、その後はこの世界の神が異界神獣になる可能性がある。主神を戦場に出すのは、最後の最後、もう打つ手がなくなってからだろう」

「そ、そうか……! クソ……!」

 

 声を張り上げた参加者が悔しそうにそう言って、発言を取りやめる。

 その様子を見ていたアムレイヤが、俺の発言を肯定するように言う。

 

「そうですね。迂闊にあの子に先陣を切らせると、ミイラ取りがミイラになってしまう危険性は高いです」

「あの……アムレイヤ様。他の世界ではどのようにして、この異界神獣に対応しているのでしょうか?」

 

 参加者の一人がアムレイヤにそう問いかける。

 俺はその発言を聞いて、この世界に紐付いて異世界を知らないアムレイヤに聞いても無駄では? と思ったが、この世界を作るときに知識が埋め込まれているのか、アムレイヤはスラスラとその問いに答える。

 

「他の世界では、戦神という戦を司る神を用意し、その神に戦いを委ねるようです。言ってしまえば、主神という王を守る将軍と言ったところでしょうか」

「それはこの世界では……」

「ないです。こんなことなら、私達の世界も戦神を用意して置くべきでした……」

 

 そう言ってため息を吐くアムレイヤ。

 そしてその目は何故か俺に向かって向けられた。

 

「な、なんですか……」

「ただ……私は期待しているのです」

「期待?」

 

 唐突に目を向けられて困惑する俺にかけられた言葉。

 それに対して、興味深げに他の参加者が聞き返す。

 

「世界に危機が訪れる直前で、貴方が新たに神になったのには、何かしらの意味があるのではないかと」

 

 神に選ばれた意味とか言ってるけど、そもそもあんた達が選んだんだから、そんなものは普通にないんじゃね? と俺は正直思ったが、口には出さないでおく。

 

 そうしていると、続けるようにしてアムレイヤがこちらに話を振ってきた。

 

「銀の神フレイヤフレイ。貴方ならこの事態への対応策として、何かしらの策を思いついているのではないですか?」

 

 いや、そんなことを聞かれても正直困るんですけど!?

 

 俺はそこで周囲を見渡した。

 誰も彼もが、この絶望的な状況の中で一筋の光を見つけたかのように、俺の回答を固唾を呑みながら待っている。

 

 ここで迂闊に何もないと言えば、士気はがた落ちだよな……。

 

 ぶっちゃけ、異界神獣への対策を行うこの会議は行き詰まっている。

 ここに居る誰もが、ただの人の力だけで、あの世界を飲み込んだ化け物を倒せるとは考えていない。何かしらの超常的な力や、或いは常識を覆すような奇策がなければ、状況を打壊することは不可能だと思っているのだ。

 だからこそ、それを七彩の神に求めたが、七彩の神が自分達にその力がないことを正直に話してしまったことで、彼らには縋り付くものがなくなってしまった。

 故に、まやかしであろうとも、ここで勝利に繋がる可能性を見せなければ、異界神獣と戦う前にこの世界を救うための連合は崩壊するだろう。

 

 実際にその力がないということを伝えるのは必要なこととは言え、もうちょっと上手い誤魔化し方とか出来なかったのかよ。

 

 俺はアムレイヤの雑な対応に思わずそう憤る。

 この世界で最強の存在が、自分達じゃ対処出来なさそうですと、人を集めるだけ集めて対処を丸投げしたら、いたずらに絶望が広がるだけだろうに。

 

 俺はそこまで考えたところでふと気付く。

 

 いや、むしろ、今までは神として自分達よりも強い敵や、自分達では解決出来ない問題がなかったからこそ、そう言った事態が起こった時の行動の仕方がわからなくて、こんな雑な対処をするしかなかったのか?

 

 まあ、今更そんなことを考えても仕方ないか……。

 

 ともあれ、今は何かしらの筋道をこの場で建てないと不味い。

 だが、俺はインフィニット・ワンでこのイベントを体験していない。

 つまり、この出来事をの正答を知らないわけだ。

 

 今までのようにゲーム知識を頼りにクリアすることは難しい。

 俺は必死で今回の事態に対する対応方法を考える。

 

 アレクを使うか? これが最後のDLCのイベントだというのなら、アレクを矢面に立たせれば、上手いことゲームのようにクリアしてくれる可能性も……。

 

 ――いや、駄目だリスクが高すぎる。

 

 転生者である俺という存在が、この世界で活動しまくったせいで、様々なバタフライエフェクトが起こる形となってしまっている。

 この状況では、例えイベントを進められるのだとしても、原作通りに進める事は難しく、勝利の過程でどれだけの被害が出るかわからない。

 

 そもそも、ゲームの段階での勝利の形もわからないのだ。

 これがもし、『異界神獣との争いで大量にモブが死んで世界は滅びかけましたが、何とか異界神獣を倒すことは出来ました。これからは王として生き残りの人類を纏めて、アレクが世界を引っ張っていきます』的な終わりだった場合、アレクに任せていたら甚大な被害がこの世界に出てしまう可能性がある。

 

 迂闊にアレクに任せるわけにはいかない。

 この世界の人達は解決策を持っていない。

 

 だからこそ、ゲーム知識がある俺が、その知識を利用して、この世界のピンチを何とかする方法を思いつかなければ、正直言ってかなり不味い状況にあるのだ。

 

 ん? そうだ! この世界に異界神獣を倒す術が無くても異世界なら――!

 

 必死で考えていた俺は、とあることを思いつき、意を決して言った。

 

「対応策として思い当たるものはあります」

「本当ですか!?」

「ただ! そうであったとしても、この世界の人々全ての協力は必要です。俺は神とか言われるようになっていますが、実際にはそんな強力な力は持っていません。異界神獣相手に個人で無双出来るとは考えていません」

 

 俺は解決策があると言いつつも、同時に釘を刺すことで、全てを俺任せにして、何もしないということをさせないようにする。

 全てを俺任せにしようとしていた何人かの者が、俺の言葉に嫌そうな顔をしているのが見えたが、俺はそれを無視する。

 

 俺は何でもかんでも無双出来るような物語の主人公じゃない。

 だからこそ、使える手は何でも使うし、その為に容赦はしない。

 嫌な顔をしても、無理矢理にでも協力して貰うからな……。

 

「その対応策とは一体なんだ?」

 

 桐生が俺に向かってそう問いかけてくる。

 

「それについて答える前に――アムレイヤ様に幾つか質問したいことがあります」

「なんでしょう?」

 

 世界を救う方法があると俺が言ったからか、にこにこと上機嫌な様子で、俺の言葉にアムレイヤがそう返答する。

 

「帝国は滅んだと聞きましたが、この映像を見る限り、帝都が滅んだだけですよね。残りの帝国の大部分は今どう言う状況にあるんですか?」

 

 俺のその言葉に「確かに……!」とか「それもそうだ……!」と、異界神獣と言うとんでもないもので頭が一杯だった何人もの参加者が、帝都以外の帝国の状況に気付き、俺と同じようにアムレイヤに視線を向けた。

 

「……それがどうやら、それぞれの地方領主が独立して、新たな国を名乗って覇権争いを始まってしまっているようなのです」

「き、昨日の今日でですか!?」

 

 俺は思わずアムレイヤにそう返してしまった。

 昨日帝都が滅んだばかりなのに、もう帝国に見切りを付けて、国盗り合戦を始めるとか、行動が早すぎるだろう……!?

 

「馬鹿ななのか其奴らは……」

「まったくだ……!」

 

 桐生が呆れたようにそう言い、ガンダングが怒りを露わにする。

 一方でつまらなそうにしながら、冷静に語ったのはメリエスだ。

 

「はっ! 誰も責任取りたくなかったんしょ」

「なるほど……帝国の名を継げば、世界滅亡の危機を生み出したという汚名も引き継ぐことになる……そうなれば戦費の負担や賠償などの話も出てきてしまう。だからこそ、すべてを捨てて、自分達の国を建て始めたということですな」

 

 メリエスの言葉に対して、クリストフが補足をするようにそう語る。

 

「今回はまだ混乱が続いているので彼らは呼びませんでした。……下手に連れてくると神が建国を認めたと、そう政治利用される可能性もありましたから」

「それ大丈夫なんですか……? もってあと二、三ヶ月なんですよね? 結界。 このままだと元帝国の大部分が決戦に参加しないってことになるんじゃ……」

 

 帝国はこの世界で最大の国家だっただけあって、帝都を除く支配地域もかなり広いものになっている。

 正直に言ってしまえば、この会議に参加している下手な小国家が束になっても、帝国の一領主の領土に勝てない可能性すらあるのだ。

 それらの全てが異界神獣への対策に参加しないとなれば、この世界側の戦力は大きく落ちて、最悪戦力不足で敗北に繋がりかねない。

 

 俺のその心配を受けて、アムレイヤは安心させるようににこりと笑う。

 

「大丈夫です。言って聞かせます」

「いや、言って聞かせるって……」

「世界の危機に協力できない国など、国ですらありませんから……。大丈夫です。彼らにはしっかりと私が言って聞かせます」

「……」

 

 有無を言わさないというアムレイヤの態度。

 この会議を抜けたらどうなるんだと、会議参加者の国が戦々恐々とする中で、俺はほっと胸をなで下ろした。

 

 今回の対異界神獣に関しては、神の権限を使って、覇権争いで戦争をしている国であるとしても強制参加ってことか、これなら逃げられて戦力が低下するってことは、考えなくてよさそうだな。

 ……まあ、この戦いが終わったら、まず間違いなく、帝国の後釜を狙って、大陸の覇権争いを目的にした大戦争が勃発することになるだろうけど……それはもう考えないようにするしかないな……。

 

 今後のことに頭を痛ませながら、俺は話を先に進める。

 

「次は異界神獣に取り込まれた人々についてです。彼らは異界神獣と同じように泥になって取り込まれたという話ですが――それを元に戻すことは出来ますか?」

 

 一見すると、帝都の人々を救い出す方法を聞いているように見える俺の言葉。

 だが、その目的は、むしろ逆のものと言える。

 

 ――俺は、神々から、この場で彼らを救い出す方法がないと言う、言質を得ようと考えて、この質問を投げかけたのだ。

 

 世界最大の都市である帝都には大勢の人々がいた。

 その中には、各国の有力者の親族や、様々な分野の著名人など、世界に影響力を多く持つ者の関係者が多く含まれている。

 だからこそ、異界神獣に取り込まれた彼らを何とかして救い出して欲しいと、声高にそう叫んで様々な方法で世論を誘導する者が現れるかもしれない。

 

 あんな泥になって取り込まれた奴が蘇られるとは到底思えないが、全ての人達が異界神獣の詳細について知れるほど情報技術は発達してないし、この世界には魔法なんて不可思議なものもあるため、もしかしたら何とか出来るのではないかと、理性では不可能とわかっていても、認められずに縋ってくる人はいるだろう。

 そもそも、魔法のようなものが無かった前世でも、実際に不老不死とか死者蘇生とか、そういうのを求めて行動した者達は存在している。

 大切な誰かが理不尽に奪われ、そんな状況でほんの少しでも希望が見えれば、どんなことをしてでも、それを成して取り戻そうとするのが人というものだ。

 

 故に俺はここで明確にそれは無理だと証明したかったのだ。

 助けられるかも知れないから、あの泥の部分があの人かも知れないから、それを避けて異界神獣を倒して、何て言われて、それが実行できるとも思えない。

 

 ぶっちゃけた話、勝てるかもわからないこの状況で、余計なハンデまで付けられるのはゴメンなのだ。

 

 そんな思いが込められた俺の一言。

 それに対してアムレイヤは答える。

 

「異界神獣を覆っている泥は、言ってしまえば異界神獣が消化出来なかった食べ残しが、異界神獣から逃れることが出来ずに纏わり付いているもの……。そのため、あの泥には食べ残された思念――人々の意識が残っている可能性はあります」

 

 食べ残しって――そう言われるとあの泥がアレな感じに見えるんですが……。

 

 俺はアムレイヤの言葉に思わずそんな気持ちを抱く。

 同じように微妙な表情をしているものが覆い中で、唖然とした表情でメリエスがぽつりと呟く。

 

「は……? 取り込まれた奴って意識あんの?」

「ですが……肉体が完全に滅んでいることを考えれば、泥となった人々を元に戻して救い出すというのは不可能だと思います。異界神獣の中心――世界を喰らう機能のコアとなっている主神なら、まだ可能性はありますが……」

 

 メリエスの言葉が聞こえなかったのか、続けて言ったアムレイヤは、異界神獣となった者を元に戻すことは不可能だと断言した。

 

 よしよし、狙い通りだな……。

 

 俺がそう考えて次の質問に移ろうとしたその時、ダン! っと机を叩いて、メリエスが立ちあがると、アムレイヤに向かって言う。

 

「ちょっとアムアム! あんな泥になっても意識があるっての!?」

「あ……アムアム……」

 

 あんまりな呼び方に思わずアムレイヤが唖然とする。

 それを見たガンダングが思わず言う。

 

「不敬だぞ! メリエス!」

「うっせ! おっさんは黙ってろ! 今大切な話をしてんだよ!」

「む……!」

 

 世界の危機に対するこの会議でも、他人事のように興味なさげにしていたメリエスの真剣な態度を見て、ガンダングは思わず押し黙る。

 

「それで!? アムアム! 答えは!?」

「……先程も話した通り、あの泥は異界神獣が消化出来なかったものが、溜まってできたものです。そして異界神獣が消化しきれないものを考えれば、それは異界神獣に取って毒になり得る人の意識の類いの可能性が高いと私は考えます」

 

 毒だから食べきれずに吐いた。

 だが、食べたことは事実だから、主神を治療する機能に従い、それは肉体を修復するために体に纏わり付いた。

 

 ……確かに筋は取っているな。

 

 つまるところ、あの泥は異界神獣に食われた人々の意識の集合体であり、同時に異界神獣の一部でもある厄介なものってことだな……。

 

「あんな泥として永遠に生き続ける……? ふざけんなよ……! そんな目に合ってたまるか――!!」

 

 目が据わった様子でそう呟くメリエス。

 その目が俺へと向く。

 

「本当に何とか出来るんだろうなぁ!? フレフレ!」

 

 ギャルはギャルでも、キャバ嬢からヤンキーにクラスチェンジしたかのように、俺を威圧するかのようにそう問いかけるメリエス。

 それを見て、驚いたガンダングは思わず言う。

 

「ど、どうした!? 何時もと意気込みが違うようだが!?」

「確かに各国で決まり事を作るために会議をしても無関心で、決まり事が決まったとしてもまるで無視するエルフ族がどう言った風の吹き回しだ?」

「長い時を生きる苦しさはエルフが一番わかってる! つーか、アンタらは理解してんの? あーしらが、負けてこの世界がアレに取り込まれたら、あの泥の一部として、自分の意思では何も出来ない日々を永遠と過ごすことになるってことをさ!」

 

 アムレイヤの一言で、その事実に気付き恐怖したのか、多くの人々の目線が本当に大丈夫なんだろうなと俺に向く。

 正直に言えば、本当に大丈夫かはわからないが、それを見せることも出来ない俺は、自信満々な態度を取りながらも、次の言葉へ繋げる。

 

「ええ、何とか出来ると俺は考えています。そしてそれを証明する為にも聞きたいのですが……異界神獣の様子についてですけど、世界を飲み込んだ異界神獣にしては、帝都の無機物を取り込めていませんよね? あれはどうしてかわかりますか?」

 

 俺は映像水晶が見せる映像を指差してそう告げた。

 

 異界神獣には段階があり、最初は生物を喰らい、次は無機物を喰らって、最終的には世界そのものを喰らうとされている。

 それを考えれば、世界を喰らってきたと思われるこの異界神獣が、無機物を取り込まないでいるのは少しおかしい。

 

「これは私の予想になりますが……。この世界に来るまでの道――世界の狭間で消耗し、この世界に来る頃には生物しか消化出来ないほど弱っているのだと思います」

「つまり、万全の異界神獣ではないってことですね」

 

 俺はその部分を強調して、問い返すように語る。

 

「はい。恐らくそうだと思います」

 

 相手が無機物を取り込めないってのは朗報だ。

 これなら、俺の攻撃が幾つかは効く可能性がある。

 

 そして同時に万全の相手ではないと言うことは、それと対峙することになるこの世界の人々に取っては、いけるかもしれないと言う希望になり得る。

 

「そうか、相手は弱っているのか……!」

「もしや、これならいけるのでは……!」

 

 参加者からそんな希望を抱いた声が次々と上がる。

 それを聞いて、俺は思う。

 

 会場は充分に暖まった。

 俺の策を披露するなら、このタイミングだな。

 

 場の空気は相手を説得する上で重要なものだ。

 ネガティブな空気の状態で発表すれば、その雰囲気によって発表内容にケチを付けられることも多くなるし、それが許される雰囲気になってしまう。

 一方でポジティブな空気で発表すれば、その雰囲気によって発表内容も好意的に受け止められて、それにケチをつけることを糾弾する雰囲気を作ることが出来る。

 だからこそ、俺はアムレイヤとの質問を介して、もしかしたらいけるかも、と少しでも思える要素を無理矢理引き出したのだ。

 

「なるほど、聞きたいことは全て聞けました。では、俺が考えた策について、皆様に伝えようと思います」

 

 俺は仕切り直すようにそう告げた。

 全員が俺に意識を集中させたところで、俺は全員に向かって言う。

 

「俺が思いついた策、それは――」

 



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クラウルート

 

 現在、この世界に異界神獣という異世界からの来訪者がやってきているが、この世界に異世界から何かがやってくるのは、これが始めてではない。

 この時代より遥かに遠い昔、複数の異世界間航行を可能とする船が、この世界にやってきて各地に不時着していたのだ。

 それらは長い年月の中で遺跡となり、この世界の人々は異世界産とは知らずに、その遺跡を冒険し、大量の遺物を手に入れてきた。

 

 とあるルートで冒険者となったアレクがやって来たのも、そう言った異世界の船が遺跡となった場所だった。

 彼は熱心に情報収集をすることで、他の冒険者が見つけていない、未発見の遺跡を見つけることに成功していたのだ。

 

「やっぱりこれは未発見の遺跡だ……! この発見があれば俺も……! ん? あれは……剣……か?」

 

 未発見の遺跡を見つけたことで、そこから得られる遺物や、それを元にした栄誉などを想像し、歓喜の笑みを浮かべていたアレクは、遺跡の中央に突き刺さっている美しい剣に目を奪われる。

 

「こんな剣、見たことがない……! 取り敢えず抜いてみるか……!」

 

 そう言ってアレクは床に突き刺さった剣を持ち、勢いよくそれを引き抜くことで、剣を床から抜き放つ。

 

「っ!? なんだ今の音……!? まさか、壊した!?」

 

 剣を抜き放った時に聞こえたバキッという音に、アレクは困惑しながら抜き放った剣を見回す。

 

「う~ん。でも剣には異常が無いように見えるな……」

「ジジ……システム異常……ジシ……起……失敗……」

「うわっ!? 今度は何だ!?」

 

 突如として剣から音声が流れ始める。

 その音声はアレクが理解出来ない言葉を並べ立てる。

 

「……システム……ジジ……強制起……」

「クソ!? いったい何だって言うんだよ!?」

 

 やがて、その言葉を音声が放つと、剣が光に包まれる。

 眩しさに目を焼かれたアレクが、回復してきた視界で目の前を見ると、そこには握っていた剣はなく、全裸の幼い少女がいた。

 

「え!? 剣が……人に!?」

「ここはどこ? 私は……だれ?」

 

 この記憶喪失の少女こそが、異世界の聖剣であり、攻略対象の一人でもある、異界聖剣クラウソラスことクラウだ。

 この遺跡となった船は、別世界に異界聖剣を運ぶためのものであり、万全の状況なら、豊富な知識と強力な剣として機能を持った聖剣を得られるはずのものだった。

 しかし、この世界に機能を失って不時着し、そして機能停止状態で無理矢理アレクが剣を引き抜いた為に、システムに異常が起こり、クラウは過去の記憶と聖剣としての機能の殆どを失うことになってしまったのだ。

 

 遺跡に残された情報から、クラウと名付けられた少女が、剣が人化した存在であり、自分の無理矢理な取り扱いのせいで、過去の記憶を失ったと知るアレク。

 彼はそのことを後悔し、クラウに過去の記憶を取り戻させるために、他の遺跡を巡って少しずつクラウの機能を回復させていく旅に出るのだ。

 

 そうして記憶喪失のクラウと一緒に冒険を繰り広げるアレク。

 記憶喪失で自分を道具だと認識している上に、馬鹿正直に物事を受け取ってしまうクラウとの旅は楽ではなく、がさつなトレジャーハンターの話を真に受けて、間違った知識を学んで、そうとは知らずにアレクに迫るなど、お色気イベントが発生してしまったりしてしまう。

 

「アレク、トレジャーハンターに取って、パートナーは一心同体とも言うべきものだと習いました」

「ん? まあ、確かにそう言う一面はあるが……」

 

 夜中、テントの中で突然話しかけてきたクラウに、アレクは疑問に思いながらも、その言葉に対する返答を返す。

 

「そして、一心同体とは、男と女が体を重ねて一つになることだと、別のトレジャーハンターが言っていました。アレク、私と一つになりましょう」

「ぶっ! ちょ、何を言っているんだクラウ!?」

 

 突然の話の転換に、アレクは飲んでいた水を思わず吹き出す。

 そんなアレクを見て、クラウは無感情ながら、首を傾げていった。

 

「アレクは、私と一つになるのは、嫌なのですか?」

「いや、それは……」

「私と気持ちいいことするのは、嫌なのですか?」

「それはちょっと違うんじゃないかなっ!?」

 

 アレクは焦りながらそう思わず叫ぶ。

 そして、必死にクラウの誤解を解こうと、クラウが言っているのはいったいどういう意味なのかというのを捲し立てるようにして語る。

 

「つまり、トレジャーハンターのパートナーはそう言うことをする必要がなくて、どちらかというと愛し合う男女がすることなんだよそれは。だから、クラウが無理をして俺とそれをする必要はないんだ」

「そうなんですか」

 

 アレクの説明を聞いたクラウはそう言って頷く。

 そして、直ぐ後に何てこともないように言った。

 

「それでも私はアレクと一つになりたいです。アレクは嫌なのですか?」

「――っ!!!!!」

「あっ。 アレク……んっ。これが一心同体……んっ!」

 

 その言葉でアレクの理性は吹っ飛んだ。

 そのままクラウを押し倒し、無感情な彼女が徐々に快楽という感情を知るまで、アレクはその完璧に作られた肉体を貪り続けていったのだ。

 

 そのような感じで、アレクとの文字通りの意味での精神的、肉体的交流の中で、クラウは徐々に自我を獲得していき、そして遺跡の攻略で記憶は取り戻せなかったが、機能に関しては順調に取り戻していく。

 

 そして、最後の遺跡を巡り、聖剣としての最低限の機能を回復した所で、クラウは遺跡などの施設の扱い方と異世界を救うという自らの使命を思い出すのだ。

 

「すみません。アレク……」

 

 使命を思い出したクラウは、その使命に愛しているアレクを巻き込まない為に、アレクに黙って自分が最初にいた遺跡に向かい、そこの施設を再起動させる。

 そして、そのまま異世界へと旅立とうとするが、その船に息を切らせてアレクが飛び込んで来てしまうのだ。

 

「アレク! どうして来てしまったんですか!?」

「そう言う君こそ、何故一人で旅立とうとしている!」

「私が行こうとしているのは異世界です! どんな危険がその先に待っているのかわからない……そんな場所に貴方を連れて行くことは出来ません!」

「そんなことで俺を置いていこうとしてのか! ふざけるな!」

 

 アレクはそう言って怒りながら、クラウの腕を逃げられないように握った。

 

「君は俺のパートナーだ! そこにどんな危険があろうとも、俺はずっと君と一緒にいる! だからこそ、掴んだこの手を絶対に離さない! あの日、君を引き抜いた時から――ずっと君は俺のものだ!」

「アレク……!」

 

 アレクの告白に感極まるクラウ。

 そんな、クラウに心配そうにアレクが問いかける。

 

「それとも、君は俺以外の誰かをパートナーにするのか?」

「ううん。私のパートナーはアレクだけです」

 

 そう言ってクラウもその胸の内を露わにする。

 

「アレクに引き抜かれたあの時、全ての記憶を失って、私は新しく生まれ変わった……今の私の全てはアレクに貰ったもの……だから、これからも、私の側に居続けて欲しい……私にはアレクが必要なんです!」

「ああ! お前が必要とする限り、俺はずっと隣にいる!!」

 

 そうして愛を確かめ合ったアレクとクラウは、異世界へと旅立つ、様々な世界を巡り旅をしながら、彼らは愛し合い、世界を救うための旅を続けていく――。

 

☆☆☆

 

 と言うのが、クラウルートの大まかなストーリーだ。

 

 ここで大切なのは、クラウは万全の状況なら、聖剣として強力無比な力を持っているということと、異世界からやって来ているため、この世界の者にはない異界の知識を持っている可能性が高いということだ。

 だからこそ、俺はあの会議の場で、この聖剣を使うことを提案した。

 

 クラウが異界神獣に対抗する為の知識を持っていればそれでよし。

 仮に異界神獣に対抗する為の知識が無かったとしても、強力な聖剣の力があれば、神の力が足りない分を補えるかも知れないと俺は考えたのだ。

 

 そして、俺はその考えに従って、クラウが眠る遺跡へとやって来ていた。

 

 本当は攻略対象に関わるのなんて嫌だが四の五の言ってられない。

 世界が滅んだら、ボーイミーツガールどころではないのだから、ヒロイン探しを中断してでも、この事態を何としても解決しないといけないのだ。

 

 俺は遺跡の中に入り、床に突き刺さった聖剣を目にする。

 だが、そのまま聖剣を抜くことはせず、くるりと来た方向へと向き直る。

 

 ここで闇雲に剣を抜き放てば、アレクの二の舞となってしまう。

 何も知らないアレクが、この遺跡の機能が回復する前に、無理矢理剣を引き抜いたからこそ、クラウは記憶と機能を失うこととなってしまった。

 

 だが、俺は思う。

 

 この遺跡の機能が回復する前に剣を引き抜いたことが、クラウが不完全な状態になってしまった原因だと言うのなら、剣を抜く前にこの船の機能を回復させてしまえば、完全な状態のクラウを手にすることが出来るのではないか?

 

 インフィニット・ワンの時のように、世界各地の遺跡を回る必要もなく、本来の機能の全てを取り戻せないという事態も発生しない。

 

 異界に関する完全な知識と、聖剣としての完全な機能。

 それを持った異界聖剣クラウソラスを手にすることこそが、俺が思いついた異界神獣への対抗策というわけだ。

 

 そして、この場には、それを成すための人材を既に集めている。

 俺は振り向いた先にいた、転移でこの場に集めた各国の一流の学者や無窮団の面々に目を向けて、息を整えると演説を始める。

 

「銀の神フレイヤフレイだ! それぞれが自らの研究で忙しい中で、こうして大勢の者がこの場に集ってくれたことを嬉しく思う!」

 

 まあ、世界を救うための案件で神様命令の徴集だから、ここに来ないっていう選択肢は殆ど無かったと思うけど。

 

 俺は内心でそう思いながらも、集まった研究者達をやる気にさせるために、演説の中でひたすら綺麗事を重ねていく。

 

「今! 世界は未曽有の危機に晒されている! 異世界からやって来た侵略者! 全てを飲み込む異界神獣という化け物を前に! 君達の家族や友人、周囲の者達は! 来るべき決戦に向けて! 戦う為の準備を始めているだろう!」

 

 世界の危機は既に全世界に告げられた。

 

 七彩の神が率いる世界救済の為の連合軍は、結界の状態から二ヶ月後を決戦の日と定め、それに向けて様々な準備が既に始まっている。

 

 世界を守るための戦いということで志願兵も多く、各国ではその志願兵も含めて、決戦までに少しでも練度を上げようと、厳しい訓練を始めている。

 それだけではなく、兵が使うための武器や物資なども、決戦に向けて最高品質のものを、必死になって職人が作り続けている状態にあった。

 

「まさに彼らは世界を救うための勇士! 命をかけて侵略者と戦う英雄だ!」

 

 俺がそう言った時、その場にいた学者達の顔が曇る。

 俺は彼らの顔が曇った理由に気付いている。

 

「だが、君達はその英雄になることは出来ない! それは君達が戦う力を持たない学者だからだ!」

 

 ここにいるのは全て何らかの分野の学者だ。

 中には例外も居るだろうが、基本的には戦う事から遠ざかり、何かを研究することに生涯を捧げると決めた者達。

 そんな戦う力がない彼らは、世界に危機が訪れているのだとわかっていても、他の者達のように、それに対抗する為に華々しく戦う事は出来ない。

 

 その事実が、今の彼らを苦しめて、その顔を曇らせているのだ。

 

「もちろん、やろうと思えば戦場に立つことは出来るだろう! しかし、研究ばかりをしてきた君達では! 大した戦力にもならず、戦いの邪魔をするばかり! だからこそ! 世界を守るための戦い! それをただ見ているしかないと! 君達は心の中でそのように思っているのではないか!?」

 

 俺はそう彼らに問いかけた。

 俺の言葉に思い当たることがあるのか、学者達の顔が伏せられる。

 

「世界を守るためと誰もが自分に出来ることをする中で! 磨き上げていた知識や知恵を使うことも出来ず! ただ傍観者のように! いずれ英雄譚となる戦いを目にする! そんな末路が自分達の行く末だと! そう思っているのではないか!?」

 

 実際問題、侵略者との戦いにおいては、学者が出来ることは殆ど無い。

 敵が知能を持った相手なら、まだ相手の分析や交渉等で役立てるのかも知れないが、今回は知能もなく襲い掛かってくる獣だ。

 そんな相手では、磨き上げた知識や知恵があろうとも、何の意味もなく、純粋に相手を打ち倒すだけの原始的な戦いが起こることなる。

 

 その原始的な戦いの舞台に学者は必要ないのだ。

 

「君達はこう思っているはずだ! 知識や知恵があっても世界を救うことは出来ない! 戦えなければ世界は救うことはできないと――それは違う!!」

 

 戦えないと世界を救えないと言ったことを否定した俺に学者達の視線が集まる。

 俺は彼らを鼓舞するように、彼らに向かって思いの丈をぶつける。

 

「私は思う! 世界を救うのに不要な力はないと! 君達がこれまで磨き上げてきた知識や知恵! それらもまた! 世界を救うために必要なものだと!」

 

 俺はそう言って、手を大きく振り、遺跡の内部を示す。

 

「この遺跡は異世界から流れ着いてきた船だ! そしてあそこに刺さっているのが異世界の聖剣! これらの力は異界神獣との戦いに必要なものだ! だが、見ての通り、これらの機能は停止している! このままでは異界神獣との決戦に大きな影響が出てしまう!」

 

 現在の遺跡はアレクが始めて来た時のように機能が停止している。

 最終的にアレク達がこれに乗って異界に旅立ったことから、部品などの故障は無く、あくまでシステムダウンしているだけだとわかるが、未知の異世界の言語で記載されたシステムを動かすことは俺には困難だ。

 

 だから、丸投げする。

 

「だからこそ! 君達にこの施設の復旧を依頼したい! 君達が持つ知識と知恵を使って! 一ヶ月でこの施設を再稼働させて欲しい!」

「一ヶ月!?」

 

 未知の言語を解読し、施設を再稼働させろという要求に対して、あまりにも短い期間を告げられて、学者の一人が思わずそんな声を上げる。

 俺も正直、短すぎる納期だよな……とは思うが、二ヶ月後に決戦があることや、起動したクラウから対策を聞いて準備する時間を考えれば、それが用意出来る限界の時間となってしまう。

 

「たったの一ヶ月という短い期間――! だが! それでも! 世界最高峰の頭脳たる君達なら! きっと成し遂げてくれると私は信じている!!」

 

 故にひたすらにゴリ押す。

 何の為に演説しているかと言えば、士気を落とさないまま、無理な要望を実行して貰う為なのだ。

 

「今ここに! 知識と知恵こそが世界を救うのだと! 自分達こそが英雄として世界に名を刻む存在だと! 君達自身の手で証明して見せるのだ!」

 

 俺がそう話を締めくくると学者達の歓声がその場に響き渡った。

 



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システム起動

 

「見事な演説でちた」

 

 演説を終え、剣を抜かないようになど、幾つかの注意を行った後、学者達が遺跡の調査を始める中で、遺跡の外で一息をついていた俺はそう話しかけられた。

 

「エミリアか……お前もあっちで調査を始めたらどうだ?」

 

 俺はその人物――現在は無窮団の団長を務め、ゲーム時代は賢者ちゃんと呼ばれていた攻略対象の幼女に対して、そう言葉を返した。

 

「あちしが居たら、部下達が伸び伸び調べられないかも知れないから、後回しにしてるんでち」

 

 エミリアはそう言うと俺の顔を覗き込んでくる。

 

「どうやら、フレイ様はお疲れのようでちな。顔色が悪いでちよ?」

「まあ、そりゃな。世界の危機を前にすれば、誰だって顔色が悪くなるさ」

 

 正直言って胃が痛い。

 

 諦めかけている連中に、打つ手がない何て言ったら、始まる前から試合終了するから、必死で『異界聖剣クラウソラスなら何とか出来まーす!』とか、それらしいことを誇張して言って、何とか今の状況を作り出してはいるが、実際に異界聖剣クラウソラスで事態を解決出来るとは限らないのだ。

 

 言ってしまえば、全世界の人々を騙しているようなもの。

 異界聖剣クラウソラスに最低限目的を果たせる能力があればいいが、それすらもなく、俺が嘘を言っていたとバレてしまえば、その時はその報いとして俺がどんな恐ろしい目に合うか……想像するだけで恐ろしい。

 

 大丈夫だよな……マジで頼むぜ……異界聖剣クラウソラス……。

 

 俺は内心でそう思う。

 

 ただの転生者に世界の命運は重すぎる。

 他にやれる奴がいないからやっているが、正直言ってこんなものは、もっとキラキラした凄い奴に全部押し付けたかった。

 

 何と言うか、様々な物語で、突然湧いた主人公に、物事の解決を全部任せる周囲の人の気持ちがよく分かる。

 問題解決のためのボールが、自分にあり続けるのって、それだけで苦しくて辛いもんだもんな、誰かに全部押し付けたくなるのもわかるよ。

 

 正直に言えば、俺もクエストを発行したい……。

 

 【クエスト】

   世界の救済

 【報酬】

   100000000000ゴルド

 

 みたいな感じで、誰かに問題解決の責任ごと丸投げしたいな……。

 

 俺がそんな下らないことを考えていると、エミリアは懐から水筒を取り出し、それをコップに注いでてから言った。

 

「良かったらあちし特製のこの薬を飲むでち? 疲れに聞くかもでちよ?」

「いらん。どうせまた、変な成分でも入ってるんだろう? 俺はお前の薬の実験台になる気はない。その内、良い奴を紹介するから、それまで待ってろ」

 

 俺はエミリアの提案をすげなく断った。

 下手に薬の実験台になれば、エミリアルートが始まるかも知れないからだ。

 

 俺が此奴を無窮団の団長にした理由――。

 それは、此奴のイベントが放っておいても問題ないものだからなんだよな……。

 

☆☆☆

 

 賢者の血統を受け継ぐエミリア。

 彼女はその血に流れる神の血のせいで、幼女の姿のまま成長しないという業を背負っているが、実はハイセトアから受け継いだものはそれだけではなかった。

 彼女達、賢者がハイセトアから受け継いでしまったもの……それは、幼い子が好きというロリコン、ショタコンの性質だ。

 

 もっとも、彼女ら自身が幼い姿なので、幼い子が好きという性質も、見た目上は同年代となるため、そこまで問題はなかったが……一族の中でも、エミリアだけは他の賢者達と違い、ある野望を持っていた。

 

 それはおねショタがしたい! というものだ。

 

 自らの容姿が幼いことがコンプレックスだった彼女は、賢者という神の血の呪いに打ち勝ち、ナイスバティのお姉さんとなって、子供のように愛らしい少年達を愛でたいという欲望を得るにいたったわけだ。

 

 エミリアルートは、そんなエミリアが、自分が大人になるための薬品作りをしている時に、その素材集めのためにアレクを雇ったところから始まる。

 アレクと共に様々な素材を集め、そしてそれを元に試作品を作り、それを自分やアレクで試して、大人になる薬の完成を目指していくエミリア。

 そうやって薬を作っていく中で、薬の効果によって、エミリアが透明になって何処にいるかわからずに、アレクが透明になったエミリアを弄ったり、お互いに自分達が発情した犬だと認識改変されて、そこらで獣のような交尾をするなど様々なトラブルが発生していってしまうのだ。

 そんな、『あれ? 君達、大人になる薬を作ってたんだよね? 別の意味で大人になる薬を作ってたのかな?』と思わず思ってしまうような、ギャグみたいなイベントを経て、二人は少しずつ愛を深めて行く。

 

 やがて、エミリアはついに念願の大人になる薬の開発に成功し、その薬を飲んで幼女だったエミリアから想像も出来ないほどのナイスバディのお姉さんに変化する。

 アレクがこれまでの苦労を思い、それにほっと一息をついて、近くにあった水を飲むと、エミリアとは対称的にアレクは子供になってしまうのだ。

 

「か、からだが……!? エミリア!? これは!?」

「私はおねショタがしたいの。だから、私が大人になったのなら、アレクには子供になってもらわないといけないでしょう?」

 

 そう言って、ショタになって、身動きが直ぐに取れないアレクに近づき、その顔を手で持ち上げて、自分を見るようにするエミリア。

 

「これからはお姉さんとしっかりとリードしてあげるからね……」

「わ、まて……エミリア……胸で息が……!」

 

 そうしてエミリアの豊満な胸で顔を押さえつけられたアレクは、そのまま逃げ出すことも出来ずに、ショタとしてエミリアに美味しく頂かれてしまう。

 そしてその後も、大人な賢者とショタな冒険者のコンビは、彼女の工房で毎日のようにおねショタプレイをして、幸せに暮らしたとなるのがエミリアルートだ。

 

☆☆☆

 

 とまあ、こんな感じで、数ある攻略対象の中でも珍しく、イベントを放置しても誰も不幸にならないことから、俺は此奴のイベントをガン無視している。

 そして、イベントが発生しないのなら、その攻略対象は俺に惚れることもなく、何の気兼ねもなく接することが出来るため、俺は此奴を無窮団の団長に据えて、他の攻略対象達との緩衝材に利用しているのだ。

 

「それは残念でち。まあ、今は色々とゴタゴタしてるから、あちしも薬の研究を後回しにして、この解析を頑張るつもりでち」

 

 そう言って、エミリアはコップに入った液体をその辺の草木に捨てた。

 すると、見る間に草木が若返っていき、ただの新芽に変わっていく。

 

 何入れてんだよ……その薬……。

 

 俺がその様子に戦々恐々とする中で、エミリアは小声で何かを言う。

 

「……その方がポイント稼げて、あとで要求を通しやすそうでち。まあ、あのメイドがいない間に色々動きたい気もあるでちが、さすがにこの状況でそんな風に遊んでたら、好感度がマイナスに行っちまいそうでちからな~」

「何か言ったか?」

「何でもないでち!」

 

 にっこりと屈託無く笑うエミリア。

 それだけ言うと、自らも調査を始めるために遺跡へと向かった。

 

「はぁ……。俺ももうひと頑張りするか」

 

 幾ら歴戦の学者達でも、何の情報もなしに遺跡の調査なんて出来はしない。

 前世で、ゲームの開発者が遊びで、初回特典の設定資料集の最後のページに記載していた、遺跡の古代文字で記されたという『ご購入ありがとうございます。インフィニット・ワンを是非楽しんでください』という文言は伝えているが、それだけでは言語解析の為の資料は足りていないだろう。

 

「雇った冒険者達と一緒に、各地の遺跡を攻略しないとな……」

 

 だからこそ、俺が転移を利用して各地の情報を集めないといけない。

 幸い、シーザック家の決戦への準備は、俺の代わりに来幸が何とかしてくれているが、休んで無駄にしていい時間は俺にはないのだ。

 

「世界を守るのに、二ヶ月は短すぎるだろ……せめて一年はくれよ……」

 

 俺はそんな泣き言を漏らしながら各地に転移した。

 そして各地の遺跡を次々と攻略し、そこに学者を運んで調査させたり、各地の学園に転移して、調査した内容を共有して更なる調査を委託したり、学者達が快適に過ごせるように様々な物資を運んだり……ともかく雑用をひたすらこなしていると、あっという間に一ヶ月の月日が経ってしまった。

 

 一時期は間に合わないと思われた調査だったが、七彩の神が創世神から託された異界に関する資料を持ち込んだことで、作業は劇的に進み、そしてついに今日、今まで調査した内容を元に、施設の再起動を試すことになっていた。

 

「全員、位置についたでちな?」

「はい!」

「では、始めるのでち!」

「了解! スフィアリアクター起動!」

 

 その言葉に学者の一人が頷くと、手元にあるレバーを引いた。

 すると、各部にエネルギーが行き渡り始めたのか、消えていた照明が光り始め、待機している学者達の前にディスプレイが現れる。

 学者はそのディスプレイをなんだか凄まじい勢いで操作し始めると、そこに流れている情報を見ながら、他の学者に向かって叫んだ。

 

「導力回路、各部正常接続を確認!」

「わかりました! 基礎機能の起動を始めます!」

 

 何と言うか、ここは剣と魔法のファンタジー世界のはずなのに、SF世界さながらに高度な語句が周囲を飛び交い、学者達が慌ただしく、この船の各スイッチや、ディスプレイを操作して、次々と機能を復元していく。

 

「団長! 不味いです! ここの機能が……!」

「そこは後回しにするでち! こちらの機能を優先して回復!」

「解読したマニュアルに記載された量よりも、スフィアリアクターが発するエネルギー量が多い……!?」

「っち! 元から改造されている部分があるでちか! 関連する資料があるはずでち! 概算でもいいからそれでエネルギー量を見積もって、各部の使用エネルギー量を見直して、最適解を探すでち!」

 

 忙しなく進んで行く起動シーケンス。

 見ているしか出来ない俺は、ただその流れを見続ける。

 そして――。

 

「システム起動――オール・グリーン!」

 

 学者の一人がそう言って、歓喜の笑みを浮かべながら、エミリアを見る。

 それに対してエミリアも笑顔を見せながら頷いた。

 

「システムの起動は――完了でち!」

「や、やった~!!」

 

 その場にいた全ての学者も、映像水晶でこの様子を見ていた者達も、誰もがその結果に歓喜の叫びを上げ、そして飛び回って仲間とそれを喜び合う。

 

 そんな中で、こちらに振り向いたエミリアは、恭しく俺に対して言った。

 

「フレイ様、準備は全て終わったでち」

「ああ」

 

 俺はそう言って頷くと、聖剣の元まで進み、その持ち手を握る。

 

「……」

 

 これで失敗したら何もかもが終わる。

 そのプレッシャーで思わず引き抜く手が止まる。

 

 ふと周りを見れば、誰もが固唾を呑んで、俺が引き抜く瞬間を待っていた。

 俺はそれを見た後、意を決して、剣を引き抜いた。

 

「おおっ!」

 

 周囲からその事に対する驚きの声が漏れる中で、剣が喋り出す。

 

「……システム正常起動……対話インターフェイスを構築します」

 

 聖剣が発したその音声とともに、聖剣自身が光出す。

 

「うわっ!?」

「なんだっ!?」

「まさか、壊れた!?」

 

 その事態に学者達が驚きの声を上げる中で、光はやがて収束し、近未来的な衣装を身に纏った一人の少女がそこに現れた。

 

「ん、おはようマスター」

 

 そう言って眠そうに欠伸をした少女は俺に向かって言う。

 

「当機は聖剣、異界聖剣クラウソラス。クラウと呼んで」

「俺がマスターなのか?」

「ん、当機を最初に引き抜いた者がマスター」

 

 特に認証等は必要なく、引き抜いた俺がマスターになっているらしい。

 正直に言えば、わざわざマスターになるつもりはなかったが……。

 ま、色々と質問することを考えれば、今はマスターである方が手っ取り早いか、さすがにマスターを後で変えることは出来るだろうし、決戦の時には、七彩の神辺りをマスターに変えれば、戦闘で使うのも問題ないだろうしな。

 

「そうか、クラウ。聞きたいことがあるんだが……」

「なに? 何でも言って」

「お前、過去の記憶はあるか? 聖剣は本来の機能を保持しているか?」

 

 不安で胸が張り裂けそうになりながら、俺はその一言を絞り出す。

 それに対して、クラウは何てこともないように答えた。

 

「問題ない。当機は万全の状況。過去の記憶もちゃんとある」

「っ! そうか!!」

 

 俺は思わず内心でガッツポーズをする。

 そして、直ぐに冷静になった。

 

 いや、いかん。まだ異界神獣に対抗出来るものがあるとは限らないのだから、ここでぬか喜びして詰めを誤るのは不味い。

 

 そう考えた俺は、その場に居る学者達に告げる。

 

「君達は成し遂げた! 知識と知恵が世界を救うに足るに相応しいと証明した! ここにある聖剣こそが君達の活躍の証! 君達もまた英雄であるという証明だ!」

 

 俺のその言葉に、固唾を呑んで事態を見守っていた学者達が歓声を上げる。

 

「一ヶ月という短い期間で本当によくやってくれた! これまでの戦いで君達もボロボロになっているだろう。この後の聖剣からの聞き込みは私に任せ、明日からの作業に備えて今日はゆっくりと休むといい」

「え? 明日?」

「ん? どうした?」

 

 引き攣った笑みを見せながらそう言う学者達に俺はわざとらしくそう返す。

 

「えっと……。まだ何かあるんですか?」

「一ヶ月はこの聖剣を得るための期間だ。まだ決戦までにはもう一ヶ月ある。それまでの間、世界を救う可能性を少しでも上げるために、他の遺跡も復旧して、異世界の武装を可能な限り使えるようにしておいて欲しいのだ」

「ひ、人使いが荒いです~! フレイヤフレイ様~!」

 

 ほんとごめんね?

 それと文句は二ヶ月という納期を持ってきた異界神獣と七彩の神に言ってね。

 俺はただの中間管理職で、納期の決定権は無いんだ。

 

「すまない……だが、これもこの世界のためだ。君達のその力をまた貸してくれ」

「く……! そう言われると断れないじゃないですか……!」

 

 俺がそう言って頭を下げると、もはや逃げ出せぬと悟った学者達は、少しでも明日からのブラック労働に備えるために寝床に向かって行った。

 

 そうやって、無理矢理人払いをした後、周囲に人がいないことを再度確認した俺は、クラウに向き直った。

 

 さてと、人払いも済んだ。

 これでクラウが何か不味い事を言ったとしても、その内容を俺が改変して伝えることで、士気を下げるのを防ぐことが出来る。

 

 俺はそこまで準備を終えたところでクラウに聞く。

 

「クラウ、聞きたいことがある」

「なに?」

「今、この世界には異界神獣という脅威が迫っている。それを打ち倒すための手段を――俺に教えてくれ」

 



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突きつけられた事実

今話と次話はこの世界の真実に関する説明回。
その為、説明が長めになっているのでご注意ください。


 

「異界神獣……」

 

 俺の言葉に、クラウは何かを考えるようにしてそう言う。

 

「構わない。だけどその前にマスターにして欲しいことがある」

 

 一応は出来ないってことはないみたいだな……。

 

「わかった。何をすればいい?」

「しゃがんで、おでこ出して」

「わかった。こうか?」

 

 俺はクラウの前でしゃがみ、額をクラウに向ける。

 そしてその額に向かって、クラウが手を突き出した。

 

「えい」

「いった!?」

 

 額に向けたクラウの手から静電気のようなものが走り、俺はそれが額にぶつかったことで、思わず痛みによって声を上げる。

 

「静電気みたいな何かが……いきなり何するんだよ」

 

 唐突に静電気のような何かをぶつけてくると言う行いに、俺はクラウに対して、思わずそんな不満をぶつける。

 そんな俺に対して、クラウは何てことのないように言う。

 

「状況確認の為、マスターの記憶をコピーした」

「……は? 記憶をコピーした? 何を言ってんだよ?」

 

 俺はクラウのわけのわからない言葉に対して思わずそう問いかける。

 しかし、クラウはそれに答えず、手に入れたばかりの情報を確認しているかのように、ぶつぶつと何かを呟き続けている。

 

「地球、転生、インフィニット・ワン、攻略対象……む、これは当機?」

 

 ぶつぶつと何かを参照していたクラウは、そこで何かに気づき、眉を寄せる。

 

「ん、だいたいわかった。当機はマスターに救われてたんだね」

 

 クラウはこちらを見て、俺に向かって深々と頭を下げると言う。

 

「ありがとう。マスター。当機を救ってくれて」

「お前はさっきから何を言ってるんだ……?」

 

 勝手に喋って、勝手に納得して、勝手にお礼を言い始めた相手に対して、俺は思わず呆れたような口調でそう言葉を返す。

 そして、改めて先程と同じ質問をした。

 

「と言うか、さっき俺の記憶をコピーしたとか言っていたが、それはいったいどういうことだ?」

「そのままの意味。当機はマスターの記憶を複製して取得した」

「記憶を複製して取得なんて……そんな馬鹿な」

 

 俺は思わずそう口走る。

 触れただけで記憶をコピーするなんてあり得ない。

 

「何か答える? 何でもいいよ?」

「……そんなことを言われてもな……」

 

 いきなり質問しろと言われても、質問内容に困る。

 そうやって、思わず口籠もっていると、それを見たクラウが言う。

 

「なら、当機から何か答える?」

「……じゃあ、それで頼む」

「ん。マスターは転生者。地球からこの世界に転生した。マスターはこの世界をインフィニット・ワンと言うゲームを元にした世界だと思ってる」

 

 スラスラとクラウは俺と来幸しか知らない事情を話し始める。

 俺がそれを聞いて引き攣った顔をする中で、更にクラウは続けるように言う。

 

「この世界でのマスターの目的は理想のヒロインを得ること。攻略対象はアレクの女だから、信用出来なくてヒロインにしたくないと思ってるけど、それを抜きにすれば攻略対象はマスターの好みに当てはまるところがある者が多いから、彼女達をそう言った理由でヒロイン候補から外さなければならないことを苦しく思ってる。特にマスターが好きなタイプなのは――」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!!!」

 

 俺はとんでもないことを言いだしたクラウの口を無理矢理止めた。

 無理矢理手で口を塞がれたクラウは、それを外してこてんと首を傾げる。

 

「どうしたの? マスター?」

 

 どうしたのって、いきなり何を言い始めてるんだよ此奴は……!?

 

 俺は思わず、クラウに対してそう思う。

 

 俺の記憶を複製したのは、インフィニット・ワンの名前が出たことや、地球から転生したということを知っていることで理解はした。

 だけど、ただの記憶の複製で、なんで此奴は、俺のヒロインに対する考えや、それに纏わる感情まで、ペラペラと喋ることが出来るんだ!?

 

 クラウが喋ったことは俺が普段考えていることを言い当てていた。

 

 俺は転生前にインフィニット・ワンというゲームに嵌まっていた。

 エロゲーやギャルゲーを熱中するようにプレイすると言う事は、そこで攻略する対象となる攻略対象を恋人にしたいと思ったからであり――端的に言ってしまえば、インフィニット・ワンの女性の攻略対象の大半は、俺が好きになってしまう要素を持っていたからこそ、俺はインフィニット・ワンというエロゲーに熱中して、隅から隅までその世界を堪能しようとプレイし続けたのだ。

 

 世の中では、エロゲーやギャルゲーのシステムが素晴らしくて、ゲーム的な要素で熱中していたみたいな話を聞くこともある。

 だが、俺はそんなんじゃなく、純粋に好きなキャラが居たから、そのキャラと自分の現し身である主人公との恋愛模様が見たくて、エロゲーをやっていたのだ。

 

 だが、例え転生前に好きなキャラだったとしても、いや、むしろ、そのキャラが好きだったからこそ、現実化したこの世界で、俺だけのヒロインになれないというのなら、心を鬼にして諦めないといけない。

 下手に可能性がない相手に気持ちを残し続けてしまえば、それこそ何処かに居るはずの俺だけのヒロインを探すための大きな障害になってしまうからだ。

 

「いや……もうそこまでで充分だ」

 

 俺は何故かどっと疲れて、思わずそこに腰を下ろしながらそう言った。

 そして、恐る恐るクラウに向かって聞く。

 

「お前は、その記憶のコピーで、俺の何処までを知ってるんだ……?」

「マスターが記憶していることの全て。転生前の記憶、転生後の記憶、そしてそこに纏わるマスターの感情も」

「か、感情も……?」

「ん。記憶と感情は結びついている。だから、記憶を取得すれば、その時の感情も知ることが出来る」

 

 そう平然とクラウは語る。

 どうやら、先程のたった一回の接触で俺の全ては知られてしまったらしい。

 

「これが当機の性能」

 

 何処か無表情ながらに、ふんすっと言った感じのどや顔感を出すクラウ。

 そこには自分の性能を誇る気持ちと、それをマスターである俺に見せびらかして示したいという気持ちが現れているように見えた。

 

 ……此奴、こんな性格だったか?

 

 俺はゲーム時代のクラウを思い出して思わずそう思う。

 

 インフィニット・ワンのクラウは、初めの方は、もっと綾波○イ系と言うか、無感情で命令通りに動くって感じで、次第に自我を獲得していくと、元気で生真面目な感じの性格になっていったはず……。

 

 そこまで考えたところで、俺は内心で首を振った。

 

 いや、記憶喪失から自我を獲得していったのと、元々の自我が完全に残っているのでは、殆ど別人みたいなものか……。

 

 俺がそんなことを考えていると、もっと見てと言わんばかり、クラウが先程の話を続ける。

 

「例えば、何でマスターがアレクに攻略対象を押し付けるのかもわかる」

「おい」

「好きなところがあるけど、いずれ裏切るかも知れない相手に、もしかしたら――と裏切られずに済む可能性を考え、まだ俺だけのヒロインになれると、縋り付きそうになるのが嫌だと考えている。だから、さっさとアレクとくっ付いて、自分を裏切って貰うことで、『俺が考えていた通り、此奴には俺だけのヒロインになる可能性がなかった! 此奴を相手にしなかった俺は正しかったんだ!』とそう言える状況を作って安心したいと考えている」

「いい! もうやめろ! 俺の話はもううんざりだ!」

 

 俺はぶち切れながらそう言いきった。

 そして、クラウに向かって怒鳴るように言う。

 

「俺のプライベートは無いのか!? これはプライバシーの侵害だ!!」

「当機の利用規約に使用者の個人情報を取得して利用することは記載されてる。当機を引き抜き、規約に同意している以上、その範囲内の機能の行使であるこの行為は、問題ある行動に当たらないと当機は考える」

「なっ……!?」

 

 個人情報の範囲が広すぎ! ってか、喪失してる利用規約は、利用規約の体を成していないだろ!

 

 俺はまるで機械のように、規約に関する話だけ流暢に、問題がないことをひたすら弁論するクラウに、思わずそんな感想を持った。

 

「安心していい。手に入れた情報は他者に漏らしてはいけない規則になってる。これは当機とマスターだけの秘密」

「もういい、わかったよ……。さっさと異界神獣の話をしてくれ」

 

 俺がさっさと本題に入れと命じるとクラウは言った。

 

「その話をする前に、創世神とそれに纏わる運命について理解する必要がある。少し長くなるけどいい?」

 

 何唐突にサ○八語録使ってんの?

 語録のせいでなんだかとてつもなく有耶無耶になりそうな雰囲気があるが、ともあれ必要があるというのなら、聞かなければ話は始まらない。

 

「何でも良いから、手短に頼む……」

「ん、マスターはエルミナでアムレイヤにあった時、創世神が聖遺物を残したという話を聞いて、まるで初めから誰か手にするのか決まっているかのように聞こえると思ったことがある」

「まあ、確かにそうだな」

 

 かつて浜辺で聞いた聖遺物に纏わる話――創世神がいずれ起こる世界の危機の為に、全てに対応出来る万能の願望器としてではなく、それぞれの危機に合わせた機能の聖遺物を作ってこの世界に安置したというもの。

 それを聞いて俺は、いずれ起こる世界の危機に合わせたものを作り、それを手にする予定の者だけが、それを手にすることが出来ると言うのなら、聖遺物を扱うに相応しい者が手に取れるというよりも、初めから誰が手にして世界の危機と戦うかまで決まっているように聞こえると思った。

 

「マスターの考えは正しい。創世神は自分の世界の未来をシュミレートする能力と、その中で因果に干渉することで運命を操作する力を持っている」

「っ!? やっぱり、あの言い回しはそう言うことだったのか……。つまりは、創世神にその力があるからこそ、今後、世界に現れる危機も予見出来たし、それに合わせた道具を残すことも、それを使わせる相手を選定し、因果を操作することで実際にその相手に聖遺物を使わせるようにすることも出来るってことだな」

「それは少し違う」

「? 何が違うって言うんだ?」

 

 俺の発言を否定したクラウに、俺は思わずそう返す。

 

「創世神は聖遺物を使う者の因果を操作しない」

「何でだ? 創世神の能力を考えれば、そうするのが一番だろ? 因果を操作しなければ、下手したら聖遺物を使わせる予定の其奴――めんどいから、これからは主人公って呼ぶが、その主人公が聖遺物を手に取らない可能性があるだろ?」

 

 俺のその言葉にクラウは頷く。

 

「確かに、主人公が聖遺物を手に取らない可能性は出る」

「なら――」

「だけど、創世神の目的を思い出して」

「創世神の目的? ……確か、自分好みの世界を作って、そこに自らの分体を送り込み、そこで一個人としての人生を過ごして、その経験をフィードバックすることで、様々な世界を生きると言う経験を楽しむんだっけか」

 

 確かVRゲームが現実化した世界の人みたいな遊び方をする奴らだったはず。

 

「そう。創世神の目的はその世界を個人として楽しむこと。そこでマスターに聞きたい。マスターは一から十まで全てを自分で作ったゲームを、自分でプレイする事になったら、そのゲームを心の底から楽しめる?」

 

 俺はクラウのその言葉を聞いて考える。

 自分が一から十まで全てを作ったってことは、システムを知っているだけではなく、ストーリーやイベント、細かいクエストやその報酬なんかも、全て事前に知った上でゲームをプレイするってことだろ? そんなの――。

 

「絶対に楽しめないな。自分が全部作ったってことは、何から何まで知ってるってことだよな? そんな未知の楽しさが何もないゲームをプレイしても、ただ物語を進める作業をしているような気持ちになるだけで、クソつまらんだろ」

「それと同じことが創世神にも言える」

 

 俺の言葉を受けて、クラウはそうきっぱりと言い切った。

 

「因果とは炎のようなもの。強い因果を持った者が居れば、それは別の者へと飛び火し、その者もその因果に巻き込んで、大きな運命の流れを作る」

「因果が炎か……まあ、そう言われればそんな感じもするな」

 

 大勢の人が一人の英雄が巻き起こす運命に巻き込まれ、やがて世界を救済する物語が紡がれていく……そう考えれば運命を作り出す因果というのは、周りを巻き込んで燃え上がる炎のようなものなのかも知れない。

 

「そして、因果というものは、長く操作すれば操作するほど、主人公のような世界の中心にいる者を操作すれば操作するほど、深く世界にこびりつき、そして影響を残す」

 

 クラウの例えの通り、炎のような性質ってのが重要なところか。

 長く操作する――つまり燃え続ければ、その間ずっと他の場所に飛び火して、同じように燃え上がらせる可能性があるってことになるし、主人公のような世界の中心的な人物が燃えていれば、それに関わる世界中の重要人物に飛び火して、その影響は世界へと拡散していくことになると。

 

「創世神はそれが嫌。操作した因果がくすぶり続けた世界は、創世神がシミュレートしたような決まり切った結末の世界へと収斂する。そんな全てを見知った世界は、創世神にとって何の未知もなく、つまらないため遊びたいとは思えなくなる」

 

 創世神の目的はその世界を楽しむこと。

 ジャンルや基本システムは自分で決めたとしても、そこで行われるストーリーは、できるだけ自分が関与しない、全く未知のものにしたいということか。

 

「だからこそ、創世神は主人公の因果を操作しない。それを行ってしまえば、その時代を超えた先、自分がプレイする為の未来で、自分がシミュレートしたものと同じ、見知ったつまらない物語が展開されることになってしまうから」

 

 そこまで言った所でクラウは続けるようにして言う。

 

「それに主人公を因果を使って一から操作すると別の問題も発生する」

「別の問題? それはなんだ?」

「因果を使って一から操作した主人公はその因果に縛られる。つまり、創世神が用意したその因果の通りの強さを越えることが出来ないということ」

 

 俺はそのクラウの言葉を聞いて疑問を抱く。

 

「創世神は未来予知が出来るんだろ? だったら、その創世神が必要とした強さがあればそれで充分なんじゃないか? 因果を操作すると主人公の強さに限界が出るのだとしても、目的を達成出来るのなら、特に問題はないように思えるが……」

 

 俺のその言葉に、クラウは首を振って否定の気持ちを示す。

 

「創世神は確かに作ろうとしている世界をシミュレート出来る。だけど、それでシミュレート出来るのは、その世界の中の出来事だけであり、外の世界――異世界からやってくる問題は、基本的にシミュレートの対象にすることは出来ない」

「シミュレートの対象に出来ない? どうしてだ?」

「何が来るからわからないから」

「何が来るかわからない……? それをシミュレートするのが、創世神の力なんじゃないのか?」

「世界を家に例えた場合、家の中の物は何処に何があるのかわかるから、物が落ちそうなど未来を想像することが出来る。だけど、窓の外から何をやってくるかは想像出来ない。もしかしたら、野球少年が外にいて、ボールを投げて来たせいで突然窓ガラスが割れるかも知れない」

 

 俺があまり理解していないことに気付いたクラウは、そう言って世界を家に例えるたとえ話を始めて来た。

 だが、俺はその内容に思わず突っ込む。

 

「いやいや、野球少年がいることを、窓ガラスから外を見て気づければ、ボールが飛んでくる可能性も予想することが出来るんじゃないか?」

「それは外に何があるか知ることが出来る時の話。世界の外である狭間の空間には何でもありの創世神がうようよしている。そんな何でもありの空間から、何が来るかなんて誰も予想することは出来ない」

 

 なるほど……所謂シュレディンガーの猫の逆バージョンってことか。

 箱の中の猫がどんな状態になっているか、箱の外から伺い知ることは出来ないが、一方で箱の中の猫側も、世界がどんな状況になっているのか把握出来ない。

 

「世界とは閉じた空間。創世神達はその閉じた空間内のことなら、何処までもシミュレートすることが出来るけど、一方で異世界からの侵略に関しては、その未来予測に含めることが出来ない」

 

 そこまでの説明を聞いたところで、俺はあることに気付く。

 

「いや、まて、それはおかしい。この世界を元にインフィニット・ワンを作ったにしろ、インフィニット・ワンを元にこの世界を作ったにしろ、創世神は異世界からこの世界にやってくるもの――クラウや異界神獣について知っている」

 

 紫の神を落とすための最終DLCが今の騒動の元だとするなら、この世界を作った創世神は異界神獣の来訪を予想していたことになるのだ。

 それは、異世界からの飛来物を予想できないという、クラウの説明と致命的に矛盾する話となる。

 

「当機に関しては、事前に当機を購入して、この世界に呼び寄せたからだと思う」

「購入?」

「複数の創世神が協力して作った世界救済機構――次元紛争管理委員会が当機の製造元。当機達は自らの世界に入ることが出来ない創世神の代わりに、その世界へと侵入し、世界神や勇者に使われることで、異世界からの侵略を退けるのが仕事」

 

 ゲームで言ってた異世界を救う使命って奴か……。

 

「そして、恐らくだけど異界神獣については――この世界の創世神が、この世界の前に作った世界が、その異界神獣の元になった世界だからだと思う」

「この世界の前に作った――世界? いや、考えて見れば当然か。新しく世界を作り始めるってことは、前の世界は飽きたか滅んだかって事だもんな……」

 

 俺はクラウの言葉に疑問を浮かべ、そして少し考えてその理由に納得する。

 

 ゲームに置き換えて考えればわかりやすい。

 それまで熱中して遊んでいるゲームを止めて、新しいゲームを買いにいくのは、そのゲームに飽きて新しいゲームが欲しくなったか、そのゲームがサービス終了して別のゲームをやらなくてはならなくなったからだ。

 つまるところ、創世神は遊んでいた世界が滅んだから、代わりに遊ぶための世界を作るために、この世界を創造したっていうことだろう。

 

「創世神は世界の外を予想できない――。けどそれはあくまで情報がないから予想できないというだけ、元から異界神獣が居ると知っていれば、それを元に自分の世界に来る確率をシミュレートすることは出来る」

「窓の外がわからなくても、野球少年がいるって情報があれば、ボールが飛んでくると身構えることが出来るってわけだな」

「ん、だからこそ、インフィニット・ワンにはそれらの情報があった」

 

 俺の言葉にクラウは頷いてそう言った。

 そして、「話を戻す」と言って更に言葉を続ける。

 

「創世神は異世界が絡むことを完全には予想できない。世界の狭間の状況によっては、異界神獣は創世神の想定よりも強い状態でこの世界にやってくる可能性がある。そうなれば、創世神が想定した強さしか持てない主人公は、その相手に絶対に負けることになってしまう」

「それまで主人公を助けてきた因果という強制力が、主人公に対して絶対に負けるという結末を強制することになってしまうってことか……」

 

 簡単に言ってしまえば、一から十まで操作して用意した養殖の主人公では、想定外の事態に対応出来ず、あっさりと負けてしまう弱さがあるということだろう。

 だからこそ、主人公の因果を操作することは危険で、主人公が自らの意思で問題を乗り越えて強くなっていく必要があると。

 

「なるほど……主人公を操作しない理由はわかった。だけど、それだと、この世界の危機に対応出来ずに世界が滅んで、創世神は結果的に世界を楽しめない――ってことになる可能性が高いんじゃないか? 主人公を操作しない代わりにシミュレートを増やせば、それはそれで未来を知りすぎる形になるだろうし。創世神としては、因果操作もシミュレートによる未来予知も、出来る限り使いたくないって感じだろ」

 

 使わないと自分が遊ぶ前に世界が滅ぶから、未来予知や因果操作をしているだけで、未知の世界を楽しみたいという創世神の観点を考えれば、それらについても可能な限り使いたくないというのが本音ではないだろうか。

 だが、そうなると、主人公に対して聖遺物を渡すことが出来ず、用意していた厄災に対する対策が全て不発になって、創世神が遊ぶ前に世界が滅びかねない。

 

 矛盾したこの状況――これを解決する手はあるのか?

 

「だからこそ、創世神は周りの人間の因果を操作する」

「周りの人間の因果――それって攻略対象達のことか!?」

 

 主人公の周りの人間の因果を操作する――その言葉で思いついたのは、主人公がその世界で冒険を繰り広げることで関わることになる攻略対象達だ。

 

「ん、正確にはその攻略対象に纏わる存在であるメインキャラも含まれるけど、マスターの予想は概ね正しい」

 

 クラウは俺の言葉を肯定しながら、追加でイベントに関わるモブ以外の者も、そう言った因果操作の対象になると告げる。

 

「だが、攻略対象達だって物語の中心に関わる存在だろ? 主人公ほどの影響力はないにせよ、この世界の未来に因果を残すことになるんじゃないか?」

 

 俺はそれを聞いて生まれた疑問をクラウに問いかけた。

 俺のその言葉にふるふるとクラウは首を振った。

 

「それはない。主人公以外の者の影響力なんて高が知れている」

「……どうしてだ?」

「例えば、街道で盗賊に襲われる貴族令嬢が居たとする」

 

 なろうの異世界転生ものではお決まりのイベントだな。

 

「その貴族令嬢の因果が操作されて盗賊に襲われているとして――その出来事が未来の世界に大きな影響を残すと思う?」

「それは――残さない……か」

「ん、貴族令嬢が盗賊に襲われるなんてありふれたこと。主人公がそれを助ければ、その世界の未来を決める物語の一部になることが出来るけど、それが無ければモブが一人死んだだけで、未来の世界には何の影響も残さない結末になる」

「……」

 

 主人公と関わらなければ、モブには世界を変える影響力はない……か。

 前世でモブとして何も果たせずに死んだ身としては、感情的には理解したくはないが、痛いほどそれを実感している話でもある。

 

「こんな風に、主人公の周りの者の因果を操作するのは、例え失敗に終わったのだとしても、主人公を操作することと比べれば、圧倒的なローリスクで行える」

 

 貴族令嬢に齎された因果は盗賊に襲われるということ。

 主人公を因果で操作すること出来ない以上、そこには誰かによって助けられるという因果は存在しないということになる。

 

 主人公が別の道を通ったり、リスクを考えて助けるのを止めれば、その貴族令嬢は操作された因果のせいで盗賊に嬲り殺しにされることになる。

 だが、例えそうなったとしても、未来に残される影響は、物語に関わらない貴族令嬢が盗賊によって殺されたというだけ、創世神が遊ぶ未来に因果の炎は残さない。

 

「そして一方で上手くいった時はハイリターンが期待出来る。さっきの話で言うと、盗賊に襲われた貴族令嬢を主人公が助ければ、そのままその貴族の親に伝手が出来て、国の騒乱という物語の舞台に主人公が踊り出ることになる」

 

 主人公が上手く貴族令嬢の因果に引っかかり、そのイベントを攻略すれば、創世神が想定したとおりに、主人公はあれよあれよと巻き込まれ、世界を救うという最終目標に向けて、知らないうちに大きく進んで行くことになる。

 

「だからこそ、創世神は主人公以外の者の因果操作を多様する。そうやって一個一個のイベントを周囲の者を使って発生させ、そのルートを主人公の意思で攻略させることで、主人公の因果を操作することなく、その行動を操り、世界を救うという最終目標に向けて、大きく事態を進行させることが出来る」

「つまり、主人公の周りの奴らは使い捨ての存在ってことか、創世神に取っては」

「ん、その通り。創世神に取って重要なのは厄災を払う主人公。それ以外は替えの利く舞台装置でしかない」

 

 惨いな……。

 

 俺は素直にそう思った。

 よくあるハーレム物の物語なんかでは、トロフィーヒロインと言われ、手に入れたら影が薄くなりフェードアウトする存在がいるが、創世神がやっていることはそれと同じ事ということだろう。

 物語を進めるための舞台装置が必要だったから、その引っかかりとして主人公にそのヒロインを関わらせただけで、物語が終わればそのヒロインがどうなろうと構わないと、トロフィーのように飾り立てるだけで終わらせてしまう。

 

 それが使い捨てにされる主人公の周囲の者の運命と言うことだ。

 

「最小限の干渉で最大限の効果を、それが創世神達の基本姿勢。そしてその観点で考えれば、周囲の者を大勢操作するのは理に適ってる。何故なら、それぞれは小さい因果でも、一つの舞台に集結させ大きく燃え上がらせば、それは主人公を巻き込んで、その因果に対する関わりによって物語を進めることが出来るから」

「一つ一つは創世神による小さな干渉でも、それが大量に集まった場所に主人公がいれば、どれかのルートには必ず引っかかり、物語が必ず進展するってことだな」

「ん、そして一気に燃え上がった舞台は、燃えるものを全て燃やしたため、因果の炎はその場で消え去り、その舞台より後には何の影響も残さない」

 

 上手いやり方だ。

 

 誰かを大きく操作して各地に強い影響を残すのではなく、大勢の者を小さく操作することで、自分の操作による影響は残さないままに、思い通りに物語を進める。

 そして、その操作された者が集まる舞台が一つであるのなら、その操作の影響はその舞台の中だけで終わり、未来に不要な影響は残さずそこで終わってくれる。

 

 俺はそこまでの話を聞いて、その舞台に関して問いかける。

 

「その舞台ってのは――学園のことだな?」

「ん、その通り」

 

 つまるところ、インフィニット・ワンという物語は、創世神による因果操作の結果を表した物語だったとうことだ。

 創世神が操作した数多の攻略対象がいるルーレリア学園という舞台で、世界を救うために用意したアレクやアリシアと言った主人公が、攻略対象達の因果操作によって起こる出来事に巻き込まれ、それ乗り越えることで強く成長していくという物語。

 

 それを考えると俺のしてきたことは――。

 

「不味いな……そうすると俺がしてきたのは、主人公であるアレクやアリシアが世界を救うために成長する機会を全部潰してきたってことなのか?」

 

 創世神が世界を救うために全てを用意していたというのなら、結果的に俺はその全てを邪魔したということになってしまう。

 つまり、俺が矢面に立って問題を解決しなければならない状況は俺の自業自得、世界を救うための者に用意された物語をねじ曲げた罰ってことだ。

 

「こんなことなら、原作通りになるように動いた方が良かったか……」

 

 今更ながらに後悔する。

 まさか、俺が原作通りにすべきだったなんて思うことになるとは思わなかった。

 

 そう思い悩んでいる俺を見て、クラウは何故か首を傾げた。

 

「?? マスターは勘違いしてる」

「勘違いしてるって何をだよ。俺が主人公であるアレクやアリシアのイベントを奪ったことには変わりはないだろう?」

 

 俺がそう言うとクラウは呆れたように言った。

 

「アレクやアリシアは主人公なんて大それたものじゃない。あれは設定が多いだけの舞台装置でしかないただのモブ。この世界の主人公は――マスター、貴方だよ」

 

 クラウはそう突きつけるように俺に言い放った。

 




 自分の世界の因果を操作して、主人公を誘導して行くなんて面倒くさいことをしなくても、世界と世界の間にある狭間の空間で、創世神が侵略者を直接倒せばいいのでは? と思うかも知れませんが、狭間の空間は言ってしまえば道路のようなもので、自分以外の創世神も利用するもののため、そう言ったことが行えないという事情があります。

 どうしてかというと、何もないただの道路なら、キョロキョロと何かを探すこともなく、そのまま目的の場所に行くために通過すると思いますが、そこで創世神自身が侵略者と戦うなど目立つ行動をしていると、「道路で喧嘩してる奴らがいるぞ!」とばかりにぞろぞろと創世神が寄ってくることになってしまうからです。

 創世神には、自分の世界が荒らされるのは嫌だが、他人の世界がどうなろうと気にしないというタイプが多く、創世神と戦う侵略者を見ると、荒れる世界を見る方が面白そうという理由で侵略者側に協力し始めます。

 何でも作れる創世神同士の戦いは、一対一になった時点で千日手となり、相手側の人数が一人でも多い時点で負けが確定して、結果的に侵略者を倒すことも出来ず、逆に強化されてしまうという事態に陥ってしまいます。

 こう言った事態が起こるのを防ぐ為に、他の創世神が興味を持って介入しないように、私有地である自分の世界に引き込んで、そこで侵略者をボコボコにする必要があると言った感じです。


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悪役転生の真実

 

「はぁ? 俺が主人公? 何おかしな事言ってんだよ? そんな訳ないだろう?」

「何もおかしなことは言ってない。この世界の主人公はマスター。この世界はマスターの為に作られたもの。これまでの情報からそれは間違いない」

 

 俺は唐突にクラウが言ってきた訳のわからない言葉に思わずそう反論したが、そんな俺の否定の言葉を、クラウは即座に否定した。

 俺はその頑なな様子に思わずいらつきながら、それを否定する事実を告げた。

 

「この世界はインフィニット・ワンの元になった世界。そしてその世界ではフレイ・フォン・シーザックは悪役としての立場を与えられている。それが主人公になるなんてあり得ない話だろう」

 

 これまでの話の流れから考えるのなら、インフィニット・ワンは創世神がこの世界を元にして作り出したゲームだと考えられる。

 つまるところ、あのゲームはこの世界が辿る運命を示したものであり、そこで主人公として活躍したアレクとアリシアが存在しているというのに、唐突に悪役であったフレイが主人公になるのはおかしいと言えるのだ。

 

「でも、そのフレイとマスターでは違いがある。マスターは転生者。マスター自身も悪役転生物の物語を見たことはあるはず」

「それは……いや、それこそが俺が主人公ではないという事実になる。創世神は異世界からの来訪者を予知出来ないはずだ。つまり、異世界転生者である俺の存在を認知していたとは思えない」

 

 確かに俺は転生者としてこの世界をかき回した。

 それは悪役転生物の主人公のような働きだったと言えるかも知れない。

 

 だが、先程までの話を考えれば、創世神は異世界からの侵入者である俺のような異世界転生者の存在を予知出来ないはずだ。

 それなら、俺が主人公の物語を創世神が用意したと考えるより、創世神が予知出来なかった異世界転生者である俺が、創世神が用意していたアレクやアリシアが主人公の物語を崩したと考える方が自然ではないか。

 

 そんな俺の指摘にクラウは冷静に反論する。

 

「当機と同じようにこの世界を作成した時点で、マスターの魂を準備しておけば、その問題は解決する」

「……俺は元からこの世界に転生する予定だったと?」

「ん、マスターがフレイ・フォン・シーザックに、何らかの方法で原作知識が付与された状態で転生することは、この世界では初めから予定されていたこと」

「何らかの方法で原作知識をって……何だよそれ……」

 

 まるで、前世の世界で、自分の意思で楽しんだインフィニット・ワンに関する知識すらも、創世神が用意したもののように語るクラウの話に、俺は不気味さを感じ、鳥肌を立てながら、思わずそう呟いた。

 

「前世の世界にこの世界のシミュレート結果を持った分体を送り込んでゲームを作らせるとか、前世の世界を模したシミュレーターの中でマスターにゲームをプレイさせてその記憶を元々のマスターの記憶の一部と差し替えるとか、方法は色々とある」

「いや、そこまでしなくても、普通に知識だけを埋め込めば良いのでは?」

 

 やたらと手間がかかった方法に思わずそう突っ込む。

 それに対して、クラウはそれは駄目だと言わんばかりに首を振って答えた。

 

「それだと記憶に不整合が出る。ゲームを遊ぶときには、選択肢や装備で何を選択するかなど、プレイヤーの嗜好が大きく影響する部分が出てくる。そんな中で知識だけを埋め込んでしまうと、自分が選ばない選択をした記憶によって、その記憶が誰かによって作られたものだと疑ってしまう事態に陥る可能性が出てくる」

 

 確かにそれはそうかもな。

 

 俺はギャルゲーやエロゲーを多くプレイしていたが、その中でどのヒロインを最初に攻略し、その攻略中の選択肢でどんな選択肢を選ぶのかと言ったことは、それをプレイしている俺自身の好みが反映されたものになっている。

 そんな中で、俺が興味を持たないような相手を攻略していたり、選ばないような選択肢を選んだ記憶があれば、記憶のねつ造を疑うことになっていたか。

 

「だからこそ、どんな方法で原作知識をマスターに与えるのだとしても、マスターには実際にインフィニット・ワンをプレイさせてると思う。ゴットゲームスなんてそのまんまな名前で好き勝手に活動することを、他の世界の神が許すとも思えないし、手間のかからなさを考えれば、記憶の差し替えを行ったと考えるのが自然」

 

 記憶の差し替えか……。

 つまり、俺が不自然に思わないように、別のゲームをプレイしていた記憶を、インフィニット・ワンをプレイしていた記憶にすり替えたってことだな。

 

 記憶を弄られているということ自体は、最後のダウンロードコンテンツの内容を思い出せない時点で予想していたことではあるが、記憶の一部を消すとかならともかく、存在しない記憶を埋め込まれるのはさすがに許容出来なかったから、シミュレーターの中とは言え、俺自身の記憶との差し替えという形で、まだよかったか。

 

 俺がそんな風に考えている間に、クラウの説明は進む。

 

「ともあれ、異世界から入り込んだ異物を感知出来る七彩の神が、異世界の存在であるマスターのことを見落としている時点で、マスターが当機と同じようにこの世界が作られた段階から、この世界に仕込まれていたのは確定的」

「確かにハイセトアがそんな感じのことを言っていたな……」

 

 エルミナで七彩の神が言っていたことを思い出しながら俺はそう呟く。

 その時の話が間違っていないのなら、クラウが言った通り、俺がこの世界に転生することは、元から決まっていたという事になる。

 

 だが、そこで気になるのは――。

 

「なぜ、そんなことしてまで俺を――いや、転生者をこの世界に作り出した?」

 

 そう、それが一番の疑問だ。

 どうしてわざわざ手間暇かけて転生者という存在を創世神は用意した?

 

 俺のその疑問にクラウが答える。

 

「手間暇かけてマスターを用意したのは、恐らくこの世界を創造する前のシミュレート段階で、この世界の人々では異界神獣に対抗出来ないということを知ってしまったから。だからこそ、それを解決するために異世界から、その世界が不要として捨てた魂を貰ってきたのだと思う」

「それはおかしくないか? 創世神の力があればこの世界の奴らに問題を解決させるための手段を用意することは出来るだろう? なのに何でわざわざ異世界から魂を持ってきて、問題解決のために使う必要があるんだよ」

 

 何でも出来る創世神なら、何回かシミュレートに失敗し、この世界の人々では異界神獣に対抗出来ないと思ったのだとしても、様々な物を創造し、因果を操作して、トライアンドエラーを繰り返せば最終的には問題解決にたどり着けるはずだ。

 

「それは何度もトライアンドエラーを繰り返したくないから」

「……は?」

 

 俺はクラウが言ったあんまりな一言に思わず唖然としてそんな言葉を漏らした。

 

「創世神にとって、自らが作り出した世界の外部からやってくる異世界の存在は、その世界の運命に対する乱数になり得る」

「乱数……ランダムで入ってくる想像出来ない数値ってことか」

「ん、創世神が自分の世界にあるものだけで問題を解決していくのは、言ってしまえば番号のわからないダイヤル錠で、1から全ての番号を順番に試して、鍵を開ける数値を探していくのと同じこと。創世神としては、そんなものは面倒だからやりたくないし、何よりもそうやって一からパターンを試せば、それだけその世界の未来を知って、楽しみが無くなってしまうことにも繋がる」

「だから、乱数を――異世界転生者を使うってことか」

 

 つまりは、一から順番に試していくのをやりたくないから、9847とか突発的な数字を乱数として放り込んで、その数値を利用することで目的の数値に当たりを付けながら、最小限の試しで鍵を開ける数字を探したいってことだな。

 

「創世神は何でも作れる存在だけど全知全能じゃない。何かを解決するためにはその問題にどんな存在が必要なのか、それを調べて確定させていく必要がある。その問題の解決方法を調べる為に、創世神が異世界転生者を使うのはよくあること」

 

 問題を解決するためのどんな物でも作れるけど、そもそも問題を解決させるための方法がわからなければ、何を作れば良いかもわからない。

 だからこそ、自分の想像の外になる乱数を――異世界の存在を放り込んで、世界を引っかき回すことで、その問題の解決方法を浮き彫りにさせたいってことか。

 

 もしかしたら失敗するかも知れないが、駄目で元々。

 異世界の存在の影響で取っかかりを掴めればそれでよし、掴めなかったら其奴らを捨てて、一から番号を探す方法を試せば良いと考えているわけだ。

 

 ……改めて考えれば創世神の基本的なスタンスは常に一致している。

 ようは此奴らは、やろうと思えば自分で出来るけど、自分でやりたくないから、他人に全部丸投げして、自分は美味しいところだけを持って行きたいのだ。

 

「つまり、俺もそう言った異世界転生者の一人だと?」

「初めはそうだった」

「初めは?」

 

 俺はクラウの言い回しに疑問を覚え、思わずそう問いかける。

 

「恐らく元々は他の魂達と同じように、シミュレート結果に変化を持たせるだけのただの使い捨ての乱数として、創世神が他の世界から用意したものだった。だけど、創世神はマスターの価値に気付き、マスターを主人公にすることを決めた。……マスターがこうしてこの世界に転生していること自体がその証明」

「その言い様だと俺以外にも候補の魂が居て、其奴らはこの世界に転生することが出来なかったというような言い回しだが?」

「乱数を試すときに一つの数値だけでは試さないでしょ?」

「まあ、それはそうだが……」

 

 そりゃあ、乱数を使って当たりを確かめるって言うのなら、その乱数自体を幾つも用意して何度も試していくとは思うが……。

 

「だとすると、使われなかった魂はどうなるんだ?」

 

 俺は思わずそう聞いた。

 俺は何とかこの世界に転生出来たようだが、一歩間違えれば他の魂達と同じ扱いを受けていたのかも知れないのだ。

 だからこそ、俺が選ばれなかった場合の可能性について、気になってしまうのは仕方の無いことだろう。

 

「? そんなの捨てるだけ」

「す、捨てる……? まさか、それって完全に消滅させるってことか?」

 

 俺の言葉にクラウは頷くと言う。

 

「……マスターには言いにくいけど。魂というのは世界を回す潤滑油。優れた魂はその世界を発展させるために何度も同じ世界で転生させるため、余所の世界にそれをあげるなんてことはしない。つまり、創世神が魂を貰える時点で、その魂はその世界に取って邪魔な存在として、廃棄する予定だった魂と言える」

「……」

 

 元の世界で置かれていたあんまりな自分の魂の立場に言葉もでない。

 確かに前世では一度も恋人が出来た事がない駄目な奴だったかも知れないが、世界に取って邪魔だと廃棄されるほどのことだろうか?

 

「繁殖は生物の基本機能。それに纏わる行為を一度も出来ていない存在は、例えどれほど優秀であろうとも、欠陥品のレッテルを貼られてしまう存在」

 

 俺の考えを読んだのか、クラウは俺が廃棄される予定だった理由を語る。

 俺はクラウのその言葉を聞いて、その理不尽に対する怒りが込み上げてきた。

 

「クソが……! 神も! 俺みたいに恋人が出来ない奴は! その世界で生きている価値はないと! そう言うのか!!」

 

 前世で散々馬鹿にされた事実。

 どれだけ優秀であろうとも、どれだけ真面目に生きていたとしても、ただ恋人が出来た事が無いというだけで、馬鹿にされ、嘲笑われ、社会不適合者として、まるでゴミを見るような目で見られ、虐げられることになる。

 

 それを只人だけではなく、神が行っているということに、前世での鬱屈した思いが、怒りとなってその場に表れ始めていた。

 

 ふざけんな! そんな欠陥品としてのレッテルを貼って破棄するくらいなら! 俺の恋人候補になる人物を――俺だけのヒロインを用意しろよ! 俺だって前世の世界で好き好んで誰からもモテず、恋人一人すら作ることも出来ずに、寂しく死んだわけじゃねーんだぞ!!

 

 前世の世界でも俺は恋人を得るために頑張った。

 だけど、どれだけ頑張ってもモテなかった。

 それを俺だけのせいにして、魂を破棄するなんて、あんまりじゃないか!

 

 恋愛というものにおいては、生まれなどの個人の努力ではどうにもならないことは、幾らでも存在している。

 そう言った自分ではどうしようも出来ない状況に――女の子からモテない立場に魂を転生させておいて、実際に恋人が出来なかったら、ゴミだと判断して存在を消滅させるとか、理不尽も良いところだ。

 

 だからこそ、俺は改めて決意を露わにする。

 

 認めさせてやる……!

 今度こそ、誰にも有無を言わさない理想の恋人を――俺だけのヒロインを手に入れて! 俺をゴミだと判断したお前達の判断は間違っていたのだと! その事実を証明することで! 認めさせてやる……!!

 

 俺がそう心の中で宣言してる間に、クラウが話を纏める。

 

「マスターが他の魂と違って消滅させられず、こうしてこの世界に転生出来ている以上、それは創世神がマスターに何らかの利用価値を見いだしたことになる」

「つまり、それが俺が主人公である理由だと」

「ん」

 

 俺はクラウの説明を受けて考える。

 確かにこの推論は一見筋が通っているように見えるが――。

 

「だが、それは主人公であることとイコールにはならない」

「どうして?」

「単純に、主人公のサポートを目的にして転生させた可能性もあるだろう。それに転生者が乱数だというのなら、俺をこの世界に転生させた方が、創世神に取っての未知の世界を見られるからという理由で転生させた可能性もある」

 

 俺はそこまで言った所で、絶対的な俺が主人公でない証明を話す。

 

「それに俺が主人公だと言うのなら、俺の為に用意されたイベントが――俺に取っての攻略対象が存在するはずだ。だが、異界神獣というヤバめな敵が現れたこの状況で、未だにそう言った存在は現れていない」

 

 そう、創世神の世界を救うためのやり方を考えると、俺が主人公だとするなら、そんな俺を操作して英雄へと導くために、俺を物語の舞台に引っ張り出す、俺の為のヒロインがこの世界に居るのが自然なはずだ。

 だが、俺が関わってきたのは全てアレクやアリシアの為のイベントであり、俺に対するイベントや攻略対象が現れたことは一度も無い。

 

 この矛盾こそが俺が主人公でない証明。

 主人公という存在にはイベントが用意されるというのなら、そう言ったイベントが用意されていない俺は、主人公では無いということになるのだ。

 

 何よりも、これが俺が主人公の物語だと言うのなら、俺が幸せになるための――ハッピーエンドへの筋道が立っても良いものだろうが、未だにその気配は無いしな。

 

 そんな俺の言葉に対して、それを否定するようにクラウは首を振る。

 

「それはマスターの認識が間違ってる」

「は? 何が間違っているって言うんだよ? どう考えてもこれまでの人生の中で、俺の為のイベントはなかっただろ?」

「それは違う。これまでもマスターの為のイベントはあった」

「もしかして、俺が攻略したアレクやアリシアのイベントのことを言ってるのか? 確かに俺が攻略することになったし、転生者である俺の行動のせいで、本来のイベントからずれたものになってはしまったが……それでもあれらは、アレクやアリシアの為に用意されたもので、俺のイベントじゃないだろう」

 

 あのイベントがアレクとアリシアの為に用意されたものだというのは、インフィニット・ワンというゲームの中で既に確定している。

 俺の行動で変異しているところがあるにせよ、それでも根本的な物語はゲームで見た時と変わらないそれらは、アレクとアリシアの為であるということも、恐らくは変わっていないはずだ。

 

「そこが違う。そもそもそれらは、最初からアレクやアリシアの為のイベントなんかじゃなかった」

「――は?」

 

 訳のわからないことを言いだしたクラウの言葉に、頭が真っ白になって、思わずそんな間抜けな言葉が口から漏れる。

 

 あれだけゲームで、アレクやアリシアがイベントを起こしておいて、そもそもそれは二人の為のイベントじゃなかった? 何を言ってんだ此奴は?

 

 そんな俺の思いを無視して、少し考えるとクラウは言う。

 

「マスターの記憶によると、アレクってクリスティアに憧れて、ルーレリア学園に入って来たんだよね?」

「え、あ、ああ。よくある憧れの先輩ポジって奴だな。恋人になりたいと思っているけど、身分とか何かしらの高い壁があって、努力しないとそう言った関係になれない高値の花的な存在――ゲームのパッケージとかに乗るような、メインヒロインにはありがちな設定の一つだな」

 

 突然の話の方向転換に困惑しながらも俺はそう答えた。

 

「つまり、アレクはクリスティアが好きなんだよね?」

「ん? まあ、そう言うことになると思うぞ?」

「それなのに、アレクは大勢のヒロインと恋愛するの? クリスティアの存在を完全に忘れて? それっておかしいよね?」

「いや、エロゲーやギャルゲーってそういうもん……」

 

 クラウからエロゲーやギャルゲーに対する禁句が飛び出し、俺はそれに対して思わず冷や汗を流しながら、目を泳がせて答えた。

 

 エロゲーやギャルゲーにおいては、主人公が憧れの先輩と付き合うためにと、一念発起して色々と活動し始めることが物語の始まり方の一パターンとなっている。

 ただ、そう言った物語では、その活動の結果で他のヒロイン達が主人公に興味を持って関わり始め、主人公自身も憧れの先輩のことなんてすっかりと忘れて、そのヒロイン達との日々を楽しみ、そして付き合い出したりしてしまう。

 ただ、それは複数のヒロインを用意することで、多くのプレイヤーに楽しんで貰おうとする制作側の努力の賜物であり、ヒロインを落とす過程を楽しむというエロゲーやギャルゲーの都合上、切って離せない業なのだ。

 

「確かにただのエロゲーやギャルゲーならそうかも知れないけど、インフィニット・ワンはこの世界を救うために創世神が用意したゲーム」

「……だからこそ、大勢のヒロインがいるんじゃないか? 主人公の運命を操るためには、其奴の周りでイベントを起こすのが一番なんだろ?」

「だからって、全てが恋愛である必要もないし、学園外も含めてこれほどの数をわざわざ用意する必要もない」

 

 インフィニット・ワンは、多数の攻略対象によるストーリーの豊富さが話題となったゲームだ。

 その評判が前世を模したシミュレーターの中でのものだったとしても、俺自身がそのゲームをプレイして、攻略対象の多さに度肝を抜かれたのは事実だ。

 

 アレクやアリシアに主人公としての物語を歩ませるために、あれほどの数の攻略対象が必要だったか……?

 いや、創世神がこの世界をシミュレートして、ある程度のルートを絞れるなら、あれだけの数は不要だったはず……。

 

「……まあ、確かにそれもそうか。あれだけ詳細にこの世界の状況をゲームに落とし込めたんだ。アレクとアリシアの為に幾つかルートを作らないといけないとしても、その数はもっと絞れてもいいはずだよな」

 

 俺は考えた内容を元にそう口にする。

 クラウの言う通り、あれほどの数――それも恋愛相手に限った存在は、アレクやアリシアを主人公としての動かすためだとしても不要のはずだ。

 

「つまりあれらは、別の目的で後付けされたものだと考えられる。……恐らくだけど、本来のアレクの物語にはクリスティアルートしか存在しなかった」

「本来の物語? それはつまり、インフィニット・ワンの題材となった、この世界の最初の状況での話ってことか?」

「ん、この世界を状態で分けると三つに分けられる。説明の為に、創世神が手を加えていない最初の状態を第一世界、創世神が因果操作をするなど手を加え、異世界転生者であるマスターが行動しなければ、インフィニット・ワンと同じ出来事が起こっていた世界を第二世界、マスターの行動によって変化した今の世界の状態を第三世界と呼称する。その内の第一世界での話」

 

 俺の言葉にクラウは頷くと、そう言ってそれぞれの世界に名称を付けた。

 

「元からあった物語だからこそ、このルートはプレイヤー受けしない王道の物語であり、そしてアレクの性格も突飛なものではなかった」

「……」

 

 確かに無数のルートがあったインフィニット・ワンでは、エミリアルートのようにギャグのようなルートや、サラやナタリア、キッカルートなどのようにアレクが鬼畜アレクになるなど、他とは性格が違うルートなども存在していた。

 それに比べれば、クリスティアルートは王族のお家騒動という、ありがちな王道の物語で、プレイヤーを楽しませるようなギャグやエロ要素も少なく、アレク自身の性格もキャラ説明で書かれていたような、熱血漢の好青年と言った感じだった。

 ゲームをやっていた時は、パッケージに載るメインヒロインだから突飛さのない安牌な話にしたんだな、と思っていたが、無理矢理作られた物語では無く、本来あるべき物語だから、そう言った形になっていたと考えることも出来なくはない。

 

「……つまり、クリスティアルート以外の全てのルートは、何らかの目的で、創世神によって因果を操作されることで、後から作り出されたルートだと?」

「ん、マスターの言う通り」

「……だとするなら、やっぱりそれはアレクのためのイベント――ってことになるんじゃないか? 確かに不必要なほど数多く、アレクと攻略対象が恋愛を行う運命があるのは不自然だが、どんな目的があるにせよ、アレクのためという理由以外に、アレクと攻略対象が恋愛する運命を作る意味なんて――」

 

 俺はそこで気付く。

 

 アレクと攻略対象が恋愛する運命を作る。

 それは本当にアレクのためにしかならないことか?

 

 いや、そもそもの話――世界を救うのに恋人が必要なのか?

 

 その考えが頭に浮かんだ瞬間、俺は確認を取るようにクラウに問いかけた。

 

「なあ、アレクのように思い人が決まっている者が、あんなに数多くの恋愛をするのはおかしいって言ったよな? じゃあ、逆に聞くが、学園だけじゃなく世界中で、あれほどの恋愛対象を作るような者がいるとすれば、それはどんな奴だ?」

「特定の誰かが好きということもなく、自分の理想に当てはまる存在なら誰でも良くて、その理想に当てはまるような存在を――理想のヒロインを手に入れるために、世界中を巡って探し求める――マスターのような人」

 

 その言葉を聞いた瞬間にパチリとピースが嵌まる。

 創世神が行う世界救済のやり方、不自然なほど多いアレクの攻略対象、原作知識を持って転生させられた俺、全てを繋ぐ一つの答えは――。

 

「ハッ! ハハハッ! そうか! そう言うことか! つまりはキーファか!!」

 

 俺はその答えに気付き、その答えに対する様々な感情が混ざり、言葉に表せない感情から、思わず漏れ出た笑い声と共に、その答えについて言及した。

 

 キーファ――それはかの有名なRPGシリーズの7作目のメインキャラクターにして、多くのプレイヤーから種泥棒と怒りを買う存在だ。

 

 なぜ彼が種泥棒と呼ばれてしまっているのか?

 それはドラ○エⅦの物語に理由がある。

 

 主人公の親友でもある彼は、物語の冒険が始まる切っ掛けを作った存在であり、メインキャラとして初期の方からパーティーに参加する存在だった。

 そのような重要人物だったからこそ、多くのプレイヤーが彼を強化するためにステータスを上げる貴重な種を彼に与えるなどしていたが――。

 

 彼はそのプレイヤー達の期待を裏切った。

 

 過去の時代で出会った踊り子に恋をし、そのまま自分が本当にやりたいことをするためにと、パーティーを抜けることになってしまうのだ。

 そして、そのまま物語に関わることなく、キーファの存在はエンディングまで出ることなく進んで行くことになってしまうのだ。

 

 物語の中で、勝手にメインキャラが恋をして、世界を救うことになる旅から降り、そして物語の舞台から永久離脱をする――それこそが種を彼に使うほど期待していたプレイヤーが種泥棒と彼を罵る理由だ。

 

「キーファのように、勝手に物語の舞台から降りさせないためにか!」

 

 例えば、これからドラ○エのように世界を救うためのゲームを始めるとして、その主人公が物語の途中でキーファと同じように女と添い遂げたいからと、勝手に冒険の舞台から降り、そこからヒロインとイチャイチャするだけで物語が終わったら、そのゲームをプレイしていたプレイヤーはどう思う?

 

 いや、それだけじゃない。

 

 他にも、親孝行がしたいからと言って世界を救うための冒険の旅に出ずにずっと地元でうろうろするだけだったり、殺す覚悟とか言って自問自答したあげく倒すべき敵を逃してしまったり、物語を進める上で有利な情報を持っているのに、実際にはその情報とは違うかも知れないからと、その情報を利用しなかったり――そんな風に効率的に世界を救う旅を行えない主人公いたらプレイヤーはどう思う?

 

 きっとこう思うんじゃないか? 

 

 『なんだ、このクソゲーは! 俺は世界を救うためにこの冒険を始めたんだぞ!? それなのに主人公がうだうだとしているせいで話が全然進まねー! もっと気持ちよく世界を救わせろよ! 設定は良いのに主人公がクソ過ぎて、マジでこのゲームはクソゲーだわ!』――と。

 

 そしてそれは創世神も同じということだ。

 

 簡単に言ってしまえば、彼らは自分の世界を救うために、自分が主人公と定めたもので、世界を救うためのゲームをやっていると言える。

 だからこそ、世界を救うためにと用意した主人公が、キーファのように色恋で勝手に舞台から降りたり、変な持論を持ち出して出来ることをしないなど、自分に取ってはどうでもいいことで、物語も進めず身勝手なことをされるのが嫌なのだ。

 

 彼らに取って必要な主人公とは、どれだけ行動しても満足出来ず、常に新しいものを求めて冒険の旅に出て、ゲームの敵キャラを殺すように必要とあれば戸惑い無く敵を殺し、持っている知識を最大限に利用して無駄なく行動出来る――言ってしまえばプレイヤーキャラのように、世界を救うためだけにあるような、ゲームの終わりに向かって効率的に前に進み続けるだけの存在なのだ。

 

「マスターの考えは正しい」

 

 クラウは俺の到った考えを肯定すると言う。

 

「これがゲームなら、主人公の行く末はどう足掻こうとも世界を救うというものしかない。なぜなら、物語の終わり方が決まっている以上、どれだけ寄り道をしたとしても、最終的にそれ以外のことは出来なくなるから」

 

 ここ最近はマルチエンディングのゲームも多くなってきたが、それでも基本的にゲームのエンディングというのは一つだけのものが多い。

 だからこそ、ひたすらに経験値を稼いで最強を目指したり、カジノなどのゲーム内のミニゲームで遊んだり、ヒロインとイチャイチャするなど、どれだけ寄り道をしたとしても、最終的に物語を終わらせるためには、ラスボスを倒しに行くしかない。

 

「だけど、これが現実ならそうはいかない。主人公には幾らでも自分の物語を終わらせる方法が存在している。世界を救わずに物語を締めくくる終わらせ方が」

 

 それこそ、冒険を止めようと主人公が思った時点でその物語は終わる。

 昔、父親に話しかけて引退を告げるだけで、ゲーム開始時にエンディングにいけると言うメタルマッ○スと言うゲームがあったが、それと同じように物語が始まった瞬間にも冒険が終わる可能性はあり得るのだ。

 

「そして、それは主人公役として用意した転生者でも変わらない。彼らはこの世界での異分子であるからこそ、この世界に溶け込もうとして、一般人としてその一生を終えることを目指してしまう……それが彼らが転生した理由と真逆のものだとも知らずに」

 

 『誤って殺してしまった。お詫びに転生させてやるぞい!』と言った、いわゆる土下座神転生ならいざ知らず、わざわざその世界にない存在を――異世界人を自分の世界に転生させるのなら、そこには何かしらの目的がある。

 その目的は単純に言ってしまえば、この世界の存在では出来ないことがあるから、それを代わりにやって欲しいと考えているものであり、そんな風にこの世界の常識と違った存在を求めて転生させているのに、勝手にこの世界の常識に染まって馴染もうとする転生者は、創世神にとっては使えなくて思わずいらないと思ってしまうような存在だということだ。

 

「そうやって、世界を救うというルートに向かうこと無く、一般人としての慎ましい幸せに向かうルートは創世神にとって全て失敗作」

 

 主人公に選ばれた奴だって、親孝行したいとか、恋人を作りたいとか、自らの物語の締めくくりにするほどの大切な思いがある。

 だが、そんなことは世界を救うために駒として、主人公を用意した創世神には何の意味もなく、どうだっていいことだということだ。

 だからこそ、世界を救うという結末以外の主人公が幸せになるだけのルートは、創世神にとっては排除すべきバッドエンドに過ぎないのだ。

 

「それなら、滅びの未来を先に伝えておけばと思うかも知れない。だけど、その主人公が世界に滅亡の危機が訪れると知っていたとしても、最後までそれを解決するために進み続けることが出来るとは限らない。英雄と呼ばれるほどの優良な魂なら話は別かも知れないけど……転生者達は世界から使えないと捨てられた魂、そんな使えない魂では、いずれ来たる破滅の未来に対して絶望して何もせずに諦めるか、まだ大丈夫と余裕をぶっこいて何もせずに過ごし、実際にその時が来た時に慌てて何かしようとしてそのまま滅びるだけ」

 

 クラウはそう、現実世界で物語の主人公を作ることの難しさを語る。

 

「だからこそ、ゲームのように別の目的のイベントを少しずつこなして、未来で起こる問題を意識させず、世界を救うために必要な工程を進ませていくことが重要。――そして、それが出来るからこそ、創世神はマスターを主人公に選んだ」

「つまりは――俺は人参を吊された馬ってことだろ? 俺だけのヒロインになり得ると俺が誤認するような存在を用意し、それに向けて努力したところで攻略対象だと明かす。そうすれば、俺は其奴を諦めて、別の相手を探しに行くことになる」

「ん、マスターは自分の夢を――俺だけのヒロインを得ることを絶対に諦めない。だからこそ、その行動の誘導は簡単だったし、目の前に偽物の餌を吊してあげれば、他の転生者と違って、その餌で満足すること無く、最後まで走り続けることが出来る。そうして走り続けていれば、何時かは世界を救う結末へと辿り着く」

 

 そこまで言った所でクラウは俺を見据える。

 

「マスターは英雄じゃない。何処にでもいるような凡人で……むしろ、色々なものをこじらせた面倒くさい駄目人間で凡人以下の存在。だけど――そんなマスターだからこそ、この世界を救うことが出来る。色々なものをこじらせた面倒な駄目人間だからこそ、意地汚く最後まで足掻き、理想を追い求めることで、世界を救うという結末に到れる」

「ああ、そうか……」

 

 俺はクラウのその言葉を聞いて気付いた。

 この世界に来た時から抱いてきた疑問の答えに。

 

「ずっと何で悪役転生なんだろうと疑問に思っていた……主人公に転生させてくれれば、こんな苦労はしなかったのにと――だけどその答えは単純なものだった!」

 

 そして俺は理解する。

 

 異世界の魂の中からなぜ俺が転生者に選ばれたのかを。

 そして、そんな俺がなぜ悪役に転生することになったのかを。

 

「全てを奪われる悪役に! こじらせた者を転生させることで! わき道に逸れず、前に進み続ける! 優秀な転生者(プレイヤーキャラ)を作りたかった! それが俺がこの世界に――フレイ・フォン・シーザックに転生した理由か!」

 

 悪役転生した者の原動力が何かというと、全てが奪われるという現状を解決するために動こうとする意思だ。

 破滅フラグであれ、婚約者の略奪であれ、そのままにしておけない事柄があるからこそ、その転生者達はそれを改善するために足掻いていく。

 

 しかし、それでもその足掻きには限界がある。

 

 破滅フラグの回避や、婚約者の略奪阻止、そう言った問題の解決によって、その転生者達は安堵をし、そこから進むことを――問題解決の為に努力し続ける事を止めてしまう。

 

 だが、俺にはその心配がない。

 

 理想のヒロインが欲しいとこじらせた俺を、周囲のヒロインが全てアレクに寝取られる悪役に転生させれば、俺はそのヒロイン達を諦めて、他のヒロイン達を探しに世界を飛び回って物語を進め続けることになる――そう創世神は読んでいた。

 

 ――つまり、奴は、俺が決してヒロインを得ることは無いと、そう決めつけていたのだ!

 

「ククッ! ハハハッ! 俺は自分を駄目な転生者だと思っていた! 他の物語の転生者達のように前世の未練も果たせない駄目な奴だって! だけどそれは違った! 俺は誰よりも優秀な――転生者(てごま)だった!」

 

 心の底から湧き出す言葉に言い表せない感情によって笑い続ける俺。

 それを見て、クラウが気の毒そうに答える。

 

「マスター……。気に病まないで。相手は創世神。神の中で最上位の存在。いいように操られるのも仕方のないこと」

「別に操られること自体はいいんだよ」

 

 俺は何かを勘違いしているクラウの言葉にそう返す。

 クラウがその言葉に対して疑問を口にする。

 

「どういうこと?」

「俺は幸せな結末を――ハッピーエンドを得られるのなら、それが誰かの引いたレールの上だって構わないんだよ」

 

 俺はそうきっぱりと口にした。

 そう、俺は、俺を主人公にして行動を誘導していたことに対する恨みは無い。

 

「よく操り人形は嫌だとか、俺は俺の道を進むとか、そんな感じのことを言う奴もいるが、俺から言わせたら、そんなことを言える奴らは、自分で道を作り出して、その先で必ず成功して幸せになれるって自信のある途方もない自信家だ。……俺はそんな風に思うことは出来ない。だから、幸せになれるって言うのなら、誰かの手の平の上で踊る操り人形でもいいんだ」

 

 先がわからず、何の保証も無い道を、進み続けるのは恐ろしい。

 だからこそ、その先の全てがわかって、幸せになる結末が用意されていると言うのなら、それが誰かの意思によるものでも喜んで受け入れる――俺はそんな奴だ。

 だって、実際に自らの足で進んだ結果、何も得られなかった結末を――自らの前世を知っているのだから、それを避けたいと思うのが当然だろう?

 

 故に俺は正直に言えば、攻略対象達を羨ましく思う。

 なぜなら、彼らや彼女らは、アレクやアリシアによって自分の問題が解決され、そして彼らの恋人になって、幸せになるというストーリーが定められている。

 俺が望んでいる人生の保証が、愛し合う相手と添い遂げ、そして幸せな気持ちのまま結末を迎えるというハッピーエンドが約束されているからだ。

 もし、俺が攻略対象の立場なら、それが誰かによって作られた運命だと知っても、喜んでその運命に身を委ねて、何も考えずに幸せを享受していただろう。

 

「でも、これは違うだろう?」

 

 俺は思わずそう口にする。

 

 創世神は何も持たない者である悪役に俺を転生させた。

 そうさせることで主人公として色恋に耽けず前に進んで欲しかったからだ。

 

 ……それを考えれば、攻略対象がなんなのかも見えてくる。

 

「俺は、攻略対象達は世界が作った誰かの為のヒロインだと――アレクの為に用意されたヒロインだとそう思っていた。だけど、その考えは、半分当たっていて、半分間違っていた――攻略対象達はアレクの為のヒロインではなかった」

 

 俺は答え合わせをするかのように、クラウにそう語り続ける。

 

「俺と恋愛をさせないために、先に恋人としてアレクにくっ付けておくヒロイン――つまりは、俺の為のヒロイン――それこそが攻略対象の正体だ」

 

 ……少なからずおかしいと思っていた。

 

 幾ら悪役だからと言っても、婚約者や従者など、家族を除く親しい周りの女性が、根こそぎアレクに取られるというフレイ・フォン・シーザックの状況も。

 それから逃れるように世界を飛び回った先々で、まるで呪われているかのように、次々と出現して出会うことになる攻略対象達も。

 

 だが、答えは単純なものだった。

 ようは順序が逆だったのだ。

 

 俺が出会う相手がなぜか攻略対象ばかりになっているのではなく、俺が出会って恋愛をする可能性がある相手だと、シミュレートでわかっているからこそ、創世神は彼女達を攻略対象にしたというだけの話だったのだ。

 

「つまりは、俺が理想のヒロインを何よりも求めていると知りながら、それが手に入らないようにアレクに寝取らせ続けたってことだよな」

 

 俺と恋愛をしないように攻略対象にしたということは、創世神が何も手を加えなければ、彼女達は俺と恋仲になっていた可能性があるということだ。

 来幸達には、アレクとの出会いやそれに纏わる物語なんてものはなく、順当に俺と愛を育んで添い遂げ、俺は満足してハッピーエンドを迎える――そんな結末も本来ならあり得たのだ。

 

 言ってしまえば、俺は俺の本懐を本来なら遂げられていたはずなのだ。

 だが、それは創世神の妨害によって、全てなかったことにされてしまった。

 

 先程も言ったように俺は操られていることは許せる。

 だけど、俺の目的である夢の実現を邪魔をしたことだけは許せない……!

 

 俺がそう怒りを覚える中でクラウが俺の言葉に頷く。

 

「ん、マスターの言う通り、一部の者を除けば、攻略対象は、マスターを満足させず、前に進ませ続けるために、マスターと相思相愛になれる女性を、アレクに無理矢理寝取らせたものだと思う」

 

 これこそが、クラウが最初からアレクの為のイベントじゃなかったと語った理由。

 つまるところ、押し付ける先にアレクが丁度良かっただけで、別にあのイベントの相手自体は元から誰でも良かったのだ。

 

 俺はそこまで考えたところで、クラウの発言の中にあった、気になる部分について思わず問い返す。

 

「一部の者を除けば?」

「レディシアとかのこと。あれはマスターの好みと異なる。本来の世界でマスターと相思相愛になったとは思えない」

「確かにな……」

 

 ゲームとして楽しむ分にはああいうキャラもありだが、現実として恋人にするのは絶対に御免被りたい相手だ。

 そんな相手と俺が相思相愛になったとは思えない。

 

「恐らくレディシアは、マスターが異界神獣を倒す為に必要な要素を得るために、攻略対象にされた存在だと考えられる」

「本来の意図での攻略対象の使い方ってことか。俺と相思相愛になれる相手だけを攻略対象にしても、それじゃあ俺が止まる理由を潰しただけで、最終的な目的に向けた準備にはならないだろうからな……」

「ん、レディシアが銀神教を立ち上げたことでマスターは神になった。創世神にとって、マスターを神にすることは、異界神獣を倒す為に達成しなければいけない、必要なフラグの一つだったということ」

 

 そう言われると納得出来る部分も多い。

 神様扱いされたからこそ、こうして俺の権限が大きくなり、各国の者に命令を出して、異界神獣への対策の為の準備として招集出来ているのだ。

 これが、ただのフェルノ王国の貴族としてでは、ここまで円滑に準備を進めることは出来なかっただろうし、クラウを目覚めさせることも出来なかっただろう。

 

「あとはアリシアの攻略対象達もすべてレディシアと同じように、マスターの立場を押し上げたり、情報源になったりするためのものだと思う。実際にマスターは攻略対象であるケイトス達を部下にしているし、エロゲマッサージなど有用な情報をその攻略対象達から得ている」

 

 まあ、理想のヒロインを求める俺が男と恋愛するとは思えないし、普通に考えればアリシアの攻略対象はすべて物語を進めるためのものってことになるか。

 

 そこで俺はふと思いついたことを聞く。

 

「……もしかして、アリシアの攻略対象の年齢の幅がアレクに比べて大きかったのは、ユーザーの性差による意識の違いだからではなく、俺の恋愛対象として年齢が近くなりがちなヒロインと違って、年齢の幅に制限がなかったからって話なのか?」

「ん、恐らくそう。それに加えて年齢が高い方が、社会的地位や技術を持っている可能性が高いからというのもあると思う」

「なるほどな……」

 

 学園に通う攻略対象がヒロインに偏っていたのもこれが理由か。

 こうやって、理由を突き詰めれば突き詰めるほど、今までゲームだからと流していた疑問の答えが、意外な形で現れることになるな……。

 

「インフィニット・ワンはエロゲー。その中でそう言ったものをマスターに提供するために、女性主人公であるアリシアは作られたのだと思う」

「ああ、そうか、アリシアは元々はいなかったのか」

 

 俺はクラウの言葉からそのことに気づく。

 創世神が手を加える前の第一世界、そこで活躍したのがアレクと言うのなら、その代わりであるアリシアは、この世界に本来は存在していなかったということだ。

 

「言ってしまえばアリシアは創世神が作り出したオリキャラ。後から完全に付け足した存在だからこそ、基盤となる人格は存在せず、攻略対象に合わせた八方ビッチと言われるほどに、自由に人格を作ることが出来た」

「そこもゲーム的な都合というわけじゃなかったのか……」

「ヒーローもアリシアも、例えイベントが起こらなかったとしても、マスターは恋愛対象にはなり得ないから、実際にこの世界に現れた時のアリシアの人格を考慮する必要は無い。だから、無理な因果操作をしないように、八方ビッチのような人格を固定しない人物像にしたんだと思う。無理矢理な因果操作にはリスクがあるから」

「リスク? 因果操作はリスクがあるのか?」

 

 俺はクラウの話を聞いて思わず問いかけた。

 それに対してクラウは首を横に振る。

 

「因果操作自体にはそこまでリスクは無い。問題があるのは本来はなかった因果を無理矢理作り出そうとすること」

「本来はなかった因果……?」

「マスターとレディシアが恋愛するような運命を作ること。元来の性格や性質的に二人はお互いのことを恋愛対象にはしないよね?」

「まあ、そうだろうな」

 

 理想の俺だけのヒロインを追い求め、たった一人の相手と添い遂げたい俺と、楽しめれば何でも良いと、好き放題に様々な相手とその場限りの関係を続けるレディシアは、まさに水と油の関係だ。どう足掻いても恋愛することになるとは思えない。

 

「でも因果操作ならそんな二人を恋人にすることも出来る。だけど本来ではあり得ないことを実現する因果操作では、それを実現するために負荷が発生する」

「負荷……例えば俺と恋人になるまでは、レディシアがどれだけ男遊びをしようとしても、その相手が何故か片っ端から事故死してしまって、それを実行することが出来ず、誰にも恋心を向けないままの日々を過ごすとか?」

「ん、そう言うこと。因果操作によって起こる結果を実現するために、普通では起こりえない自然な流れでは無い出来事が発生する。それが負荷」

 

 因果――運命を先に決めた結果、それを実現出来ない状況にあるのなら、そこに到るまでの過程も含めて改変して、定めた運命が起こる状況を整えるってことか。

 

「そしてこの負荷は、アレクとヒロインの間で発生しているものになる」

 

 俺はそのクラウの言葉を聞いて出ている情報を整理する。

 

 アリシアとヒーローの場合は、元からヒーローが恋する可能性がある人格にアリシアを変えられるから、その二人が恋愛する運命を作るのだとしても、それはあり得る可能性を強めるだけで、本来なかった因果を作るようなものではない。

 だけど、俺への妨害の為に、インフィニット・ワン通りの内容でこの世界に登場させる必要があるアレクとヒロインの場合は、本来の存在から大きく人格等を変えることが出来ないため、因果操作で無理矢理二人の関係を作るしかないってとこか。

 

「よくよく考えて見れば当たり前か……。アレクがいかに天才的なモテ男だったとしても、クリスティアやレディシアと言った性格真反対の両名から、別々のルートとは言え、同じように愛を向けられるってのもおかしな話だもんな」

 

 万人に好かれる人間なんて居るはずはない。

 ましてや好みが真逆の人間が同じ人を好きになるのもおかしい。

 

 それが実現出来ているということは、そこには因果操作のような人知を超えた運命を操る何かしらの力が働いているということなのだろう。

 

 俺の言葉にクラウは頷く。

 そして続けるようにして言う。

 

「マスターは以前、メジーナ先輩達も含めた銀仮面ファンクラブに入っている、イベントを攻略しただけのヒロインの思いが強すぎると思ったことがあるよね?」

「ああ、確かに思ったことはあるな。幾ら何でも狂信的に惚れすぎだろって。こんなことになるなんて、やっぱりゲーム的というか、イベント攻略によって攻略対象の恋心がやばいことになるんだなと勝手に理由をつけて納得していたが……」

「あれは、マスターがイベント以上に彼女達を攻略しすぎたと言うのあるけど、アレクと添い遂げるという本来なかった因果を無理矢理作ったことで発生した、マスターを含む他の男達全てに対して恋をしないという負荷の反動というのもある」

 

 物語のヒロインというのは、それまで一度も他の男に恋することはなかったのに、主人公相手だと直ぐさま劇的な恋に落ちて、そのまま添い遂げることになる。

 アレクの場合はそれを再現するための負荷として、本来あり得た俺を含めた他の男との恋愛の可能性を無かったことにしているということだ

 

「つまり、ゲームという形で因果を知るマスターが因果を破壊したことで、負荷として消されていたマスターへの本来の思いが蘇り、そこにアレクがイベント攻略で得ることになっていた思いと、これまでのマスターに対する思いが追加された」

 

 そこまで言った所でクラウは纏めるようにして言う。

 

「結果として、一つだけでも恋愛に発展するほどの思いが三つも重なったことで、彼女達の思いは限界突破、オーバーヒートした。……それがあの惨状の原因」

 

 あの銀仮面ファンクラブのあたおか具合にも理由があったのだ。

 

 何と言うか、ここまで色々と説明が付くと、いっそ感心してしまう。

 だからこそ、俺は思わず呟いた。

 

「なるほどな……来幸達もそう言った経緯で、あんな感じになっているんだな」

「……それは違う。あれらは別件だと思う」

「別件? どういうことだ?」

 

 来幸達を銀仮面ファンクラブと違うと言ったクラウに俺は思わず問い返す。

 クラウは無表情ながら、どう答えたものかと言った雰囲気を見せて言った。

 

「……来幸達の記憶を取得すれば確定できる。マスターの記憶だけだと現状では確定的ではない推測しか出せない。マスターの為にもこの件に関しては、確定出来る情報が集まるまで明言は避けることにする」

「……? まあ、わかった。……どちらにしろ聞いたところでだしな」

 

 結局、来幸達が攻略対象であることは変わらない。

 例えそれが創世神によって無理矢理作られた運命だったとしても、彼女達自身はそれが因果操作によるものとは気付かずに、その気持ちが本物だと、彼を愛する気持ちは自分の意思だと信じて、アレクと恋に落ちてそのまま幸せに添い遂げるのだ。

 それは、誰かを好きになるという思いを何よりも大切にし、心の処女性を尊ぶ俺からして見れば、完全なアウト判定だ。

 

 それに俺が因果を破壊したとクラウは言っていたが、それが何処まで本当かもわからないからな……。

 

 因果が無くなったと信じて付き合いだした後、運命の通りにアレクに寝取られるとなったら、確実に立ち直れない。

 だからこそ、やはり、リスクのある攻略対象は、俺の恋愛対象になり得ない。

 

 俺がそう考えていると、話を元の流れに戻すようにクラウが言う。

 

「改めてもう一度言う。この世界の主人公はマスター。この世界、この時代は、全てマスターのために調整されて作られている」

「……」

「インフィニット・ワンと同じ世界のシステムも、原作知識をそのまま活用出来る環境も、殺しやすい勧善懲悪の敵役も、全てマスターが気兼ねなくこの世界を謳歌するために、創世神が用意した舞台装置。ここはマスターのための世界」

 

 インフィニット・ワンとそっくりなこの世界、この時代の全てが、俺の為に用意した作り物だとクラウは語る。

 

「だからこそ、この物語に初めからアレクは関係無かった。言ってしまえばこれは、マスターが異界神獣を倒すための物語」

 

 この物語は、アレクの物語に悪役転生した俺の物語ではなく、最初から俺が異界神獣を倒す為に導かれていた物語だとクラウは言う。

 

「だからこそ、最初の質問に対する回答は簡単。この物語の主人公であるマスターが、当機を必要だと考えてこの場に現れ、そして見事に完全な状態の当機を復活させることに成功した――それならそれが答え」

 

 つまり、この物語の主人公が俺であるのなら、必然的に俺がしようとした行動こそが、その物語のラスボスである異界神獣を倒す為のものに繋がっていると言える。

 

 だからこそ、異界神獣倒す方法とは――。

 

「神となったマスターが当機を使用して異界神獣と戦う――それこそがこの世界の者達が異界神獣を倒す唯一の方法」

「それが、異界神獣を倒す為の手段か……」

 

 示された回答は俺が望むものではなかった。

 もっと異界神獣を簡単に倒せるような何かがあればいいと思っていたが、結果としては主人公である俺が頑張って戦えば倒せるというもの。

 そもそも、世界を守るという責任を負って異界神獣なんかと戦いたくないのに、異界神獣との戦いの矢面に立たされそうになっている。

 

「主人公……ね……」

 

 俺はそんな事実を受けて、思わずそう呟いた。

 何も世界に危機が訪れていなかった時ならいざ知らず、こうして世界に危機が陥った状況になって、そんな称号は、正直言って押し付けられたくない。

 何かしら主人公として活躍した褒美が、ハッピーエンドが約束されているのなら、それでも頑張っていたが、そんなものは俺には用意されていないしな。

 

 いや、それにしてもハッピーエンドか……。

 

「マスター?」

 

 異界神獣を倒す方法を聞いたのに良い反応をしない俺を見て、クラウがそんな風な疑問の声を俺に向けて投げかける。

 

「……なあ、クラウ。これは俺が異界神獣を倒す物語なんだよな? なら、創世神が介入しているのは異界神獣を倒すまでか?」

「恐らくそうだと思う。創世神の目的は世界の危機である異界神獣を倒すこと。それ以上の介入を行ってしまえば、創世神が遊ぶ未来に不必要な影響を残すことになりかねない。だからこそ、異界神獣を倒すまでしか介入はしてないと思う」

 

 つまりは、異界神獣を倒すまでのイベント……俺が通らなかったルートに関しては創世神の影響が残るが、異界神獣さえ倒してしまえば、新しく創世神の影響が出ることはないわけだ。

 

 なら、話は決まった。

 

「そうか、いいよ。それなら望み通り、主人公をやってやるよ」

 

 俺は何処かで俺の姿を見ているかも知れない創世神に向かってそう宣言する。

 

 本当はそこまでする必要はないと思っていた。

 だけど、この話を聞いて、俺の覚悟はもう決まった。

 

 創世神、俺はお前の望む通り、この世界の主人公として、異界神獣を打ち倒し、世界は救われましたというハッピーエンドで、この物語を終わらせてやるよ。

 だけどな、エンディングを迎えた後の主人公は自由なんだ。別の大陸に人知れず旅立ったり、田舎に引っ込んで穏やかな暮らしをしたり、物語の後に新たな主人公の人生が始まることも多い。

 だからこそ、俺は、このゲームをクリアした後、お前が作ったこのふざけた舞台を全部捨てて、誰かによる何かの影響も無い真っ新な新天地で、今度こそ、俺だけの理想のヒロインを見つけ出してやる!!

 

 俺はそう心の中で宣言する。

 

 例え、この世界を作り出した神が、俺が恋愛出来ないような舞台を作り出していたとしても関係ない!

 それなら、これまで積み上げてきたもの全てを捨ててでも! 俺はその舞台から逃げ出し! 創世神の影響がない場所で! 俺だけのヒロインを見つけるまでだ!!

 

 ――俺は絶対に! 俺だけのヒロインを得ることを諦めない!!

 




 真実を知ったフレイは、主人公になる覚悟と、戦いが終わった後に全てを捨てる覚悟を決めました。

 それにしても、キーファとか今の子は知ってるかな〜。

 最近のゲームだと殆ど起きないことですが、ゲームをプレイしていて一番嫌なのは、育てていたプレイヤーキャラの唐突な永久離脱だよね! ってことで、これがフレイがこの世界に悪役転生した理由でした。
 フレイの転生理由について、想像通りだったって人は結構いますかね?

 他の物語だと、主人公ではなく、わざわざ悪役に転生させた理由って、どんなものが多いのかあまり知らないと言うか、ちゃんと明確な理由とかなく、ただ悪役に転生しただけってものも多そうですが、この物語を作る上で悪役に転生する理由があるならと、自分なりに考えてみました。

 その結果が、作中でフレイが語っていた通り、死亡フラグや婚約者寝取りなど何らかの問題を背負っている悪役に、その問題が起こることを許せないと思う人物を転生させることで、その問題を解決する過程で、他の問題も解決しながら、前に進み続けてもらうためと言うのが、一番しっくりくる理由なのではないかと思い、この物語での悪役転生の理由にして見た感じです。

 端的に言うと、そう言った悪役転生なら、破滅フラグを複数用意したり、或いは一作目が終わった後に二作目の舞台を始めるなどして、周囲の環境を上手く調整するだけで、主人公は止まらずに走り続けてくれるから、創世神にとっては使い勝手がとても良いってことですね。
 そして、フレイにとって、この破滅フラグに当たるものが、攻略対象と言うことになります。

――――――――

 悪役転生の理由を語ったついでに幾つか補足をします。
 特に補足がいらないって人はここから下は無視して大丈夫です。

 今回の話で薄々気付いている人もいると思いますが、レシリアルートは異界神獣を倒す為に必要なフラグとして用意されたルートです。
 言ってしまえばあれは、異界神獣を倒すと言うフレイの物語における、チュートリアルというか、共通ルートに当たるものとなります。
 その為に創世神はディノスという敵を用意して、確定でディノスを倒す展開を起こさせるために、因果操作でレシリアを殺して、レシリア(ゲーム)が誕生するように仕向けた感じです。

 何故そこまでしたのかというと、紫の神と出会わせてコネを作らせながら、空蝉の羅針盤という初期装備をフレイにプレゼントするためです。
 それは決して創世神の心遣いから来るものでは無く、単純に初期装備はキャラクターの成長の方向性を大きく決めることになるので、手を抜きたくなかったというだけです。
 プレイヤーキャラのキャラメイクは、ゲームの難易度を大きく変えるもので、ゲームを進める上で最も重要な事柄ですからね。
 結果的にフレイはまんまと乗せられて、転移を多用する戦闘スタイルを確立する方向で成長した感じです。

 ディノス戦までが共通ルートとなるので、そこから先はフレイの行動次第で無数にルート分岐していく形となります。
 転移能力を持ったフレイの行動範囲は広く、来幸を見つけて従者にする展開もあれば、来幸を見つけずに七彩教に所属する巫女に出会う展開も、旅人である獣人の少女と出会う展開もあります。

 そんな風に、無数にあったフレイの出会い、その中からフレイと相手が相思相愛になれる可能性がある者を、創世神は片っ端からアレクの攻略対象にして寝取らせることで防いできたわけですが、そうなると『フレイが相思相愛なんてそんな状況になれたのかよ』と思いますよね。
 ただ実は意外なことに、フレイの理想は高いようで案外低いので、目的を達成することはそこまで難しくない形となります。

 結局のところ、フレイは、恋人になる相手については、自分のことを嘘偽り無く愛してくれて、その愛を裏切って他の男の元に行くこと無く、最後まで添い遂げてくれて、一緒にハッピーエンドを迎えられると、そう自分自身が心の底から信じられる相手が欲しいと考えています。
 それ以外の部分に関しては、アレクに寝取らせた攻略対象が多種多様なように、特にこだわりはなく、結構自由度が高い感じです。

 作中世界はフレイにゲーム世界だと誤認させるために、全体的に見た目のレベルが創世神によって底上げされている状態で、言ってしまえばモブでも可愛い状況なので、フレイにとって許容範囲内の女性は大勢世界にいる形となります。
 そして、それだけ全体の量が多ければ、当然その中には性格が良い子も何人も含まれることになり、来幸やシルフィーのような本編のように病んだ状況でなくても、愛し合った相手と添い遂げるという気概を持った人も出てくることになります。
 フレイは恋人になった相手を愛し続けると決めているため、その二人が出会えば相思相愛で幸せに人生を過ごすことが出来ると言うわけです。

 逆説的に言うと、アレクに寝取らせたタイプの攻略対象達は、試行回数の大勝利と言わんばかりに、シミュレートによる無数のルート分岐の中で、世界中を転移によって飛び回れるフレイが妥協せずに探し出した、恋愛相手を裏切ることもない、内面も含めて全てが優れた素晴らしい女性達と言う事になります。
 言ってしまえば、元からどこかヒロイン気質というものがある者達だったので、フレイと恋愛する運命を消して、アレクへの恋愛感情を持たせる運命を付けるだけで、手間暇かけずに、あっさりと攻略対象に仕立て上げることが出来たので、創世神としてもにっこりでした。

 ちなみに、アレクに寝取らせヒロインの第一号は来幸です。

 シミュレーターの中で、創世神が初期装備をフレイに与えて、後はお任せと言った感じで放置していたら、転生なしフレイが「うわっ! 忌み子がいる! 関わり合いになりたくないから避けよう……」と言って見捨てたせいで、奴隷商人に捕まって非業の死を遂げるはずだった来幸を、転生ありフレイは「黒髪が忌み子なんて許せない」と言って、来幸を拾ってしまったので、来幸が生存することになってしまいました。
 そのシミュレートでは、まだ創世神が来幸を認識する前だったので、フレイの原作知識でも来幸は攻略対象ではなく、運命の相手(アレク)という自分を裏切る証拠だと、フレイが思うものを来幸が持ち合わせていなかったため、フレイは来幸を本編のようにこっ酷く振ることもなく、そのまま互いに惹かれあって愛し合った感じです。
 そうしてフレイは前世の悲願であった、ボーイミーツガールの幸せなハッピーエンドを堪能しましたが、世界的には異界神獣を倒す人がいなくなるバットエンドだったので、その後、あっさりと世界は異界神獣に滅ぼされて、そのシミュレートは終わりました。
 馬車馬の如く働かせる為に、フレイを悪役転生させたのは良いけど、転生ありなしの環境差異を考慮に入れてなかったせいで、創世神は最初で躓いた感じですね。

 それを見て、創世神はこれはいかんと考え、シミュレーターを全力で使いながら、せっせせっせと、シミュレートの結果、転生ありのフレイと恋愛する可能性があるとわかった女性を、どんどんとアレクの攻略対象に変えていった形になります。


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トラブル

 

 斯くして――俺は異界神獣を倒す為に動き出すことになった。

 世界各地を巡り、協力を取り付けて、少しずつ準備を行っていく。

 そんな忙しい日々の中で、俺は久しぶりにシーザック領に戻ってきていた。

 

「それで、俺が世界神になれるってのはどういうことだ?」

「当機を使えば自然神から世界神になることが出来る。勿論条件はあるけど」

「その条件ってのは?」

「世界神の血を受け継いでいること。それと世界的に信仰を得ていること」

「……どちらも条件を満たしているか、準備がいいことで」

 

 俺はそんな皮肉を言いながら、腰に差した剣に言葉を返す。

 その剣こそは、剣の形態になったクラウだ。

 

 彼女は、使い手の為に剣として振るわれることこそが、異界聖剣としての本懐と言い放ち、俺の愛剣としての立場を得るために、俺のお気に入りの剣だった烈火や常に腰に下げていた剣を退けて、俺の腰に収まっているのだった。

 本人曰く、自分の能力で代用出来るから、自分以外の剣はいらないと言って、ぶっ壊そうとしたこともあったが、さすがにそれは困るので止めて今に至る。

 

 記憶を失っていたゲームのクラウとは違って、異界聖剣としての記憶が残っているからか、妙に自分に自信があるというか、性能を自負しているところがある。

 その為に、時折過激な行動に出るので注意が必要だが、言えば素直にこちらの言うことを聞いてくれるし、何よりも異界神獣を倒す為の知識として、今の話のように重要なことも知っているので、今は欠かすことが出来ない存在だ。

 

「まあ、戦力強化の為には必要か……」

 

 さすがに世界神にまでなると、異界神獣を倒した後、生きていく上で邪魔になりそうだが、力が不要になればアムレイヤ達と同じように、それを紫の神に預けて、さっさと自然神に戻ればいいだけだ。

 

 俺はこの物語をハッピーエンドでさっさと終わらせることを決めている。

 その為のメリットが大きく、リスクが少ないと言うのなら、今よりも更に人間をやめることになることだって厭わないのだ。

 

「よし! それじゃあ、早速その機能を……」

 

 俺はそこまで言った所で、目の前に誰かが転移して来たことに気付く。

 

「アムレイヤ様? どうしてここに……?」

「忙しい時にすみません。少々、問題が起こりまして、その解決の為に貴方に協力して欲しいのです」

 

 転移によって突如として現れたアムレイヤはそう言うと俺に頭を下げた。

 

 また何か面倒事か……? 勘弁してくれよ……。

 

 俺は内心そう思い、顔を引き攣らせながらも、何とか言葉を絞り出す。

 

「わ、わかりました。私に出来ることなら、協力しましょう」

「助かります」

「それで問題と言うのは……?」

「かつては帝国だった国々についてのことなんですが……」

「元帝国の……? まさか決戦に参加しないと言っているとか……?」

 

 俺はアムレイヤの話を聞いて思わずそう問い返した。

 元帝国の国々は、どんな状況であろうとも、それまでの戦争を停戦して、異界神獣との決戦に兵を出す取り決めとなっている。

 それは世界会議で、各国の合意の元で承認された議題であり、この世界の神である七彩の神の命令として発効されることになっている事柄だ。

 まともな頭を持っているのなら、絶対に拒絶出来ないことだと思うが……。

 

「その通りです」

「嘘でしょ……?」

 

 だからこそ、俺はアムレイヤが頷いたことで思わず唖然とした声を上げる。

 そして、問い詰めるようにアムレイヤに聞いた。

 

「ほ、本気で神の命令を無視しようとしてるんですか!?」

「いえ、彼ら自身は命令に従うつもりはあると言っています」

「は? え? どういうことですか??」

 

 俺は意味がわからず思わずそう問い返す。

 アムレイヤは憂いを帯びた顔でため息を一つ吐くと、話すこと自体が気が重いと言った様子で、その事情を語り始めた。

 

「正確に言うと彼らはごねているのです」

「ごねる?」

「はい。神の命令には従うつもりはある。だけどそちらに懸念事項がある以上、そのままの形で命令に従うことは出来ないと……そう言ってごねることで、事態を有耶無耶にさせようとしているのです」

 

 め、めんどくせぇ~!!

 つまりはあれか、『仕方ないから命令には従うつもりだけど、命令している側に問題があるから、どう言った形で命令を実現するかこちらで勝手に決めるよ。それが受け入れられないのなら、命令する側の不備だから命令を聞けなくても、俺達が悪いわけじゃないよ』ってな感じで命令を拒否しようとしているのか!

 

 ある意味では政治的駆け引きの一つなのかも知れないが、世界の存亡がかかっているこの場面で、そんなちょこざいな真似をして欲しくなかった。

 

「そ、それで……その懸念事項というのは何なのですか?」

 

 俺は思わず怒りで頬をピクピクとさせながらもアムレイヤにそう問いかける。

 

「帝都が崩壊した時、実は何人かあの災厄から救助できた人がいました。そして、その内の二人が――」

 

 そう言うとアムレイヤは誰かをこの場に転移させる。

 その人物を見て、俺は思わず声を上げた。

 

「ルイーゼ!?」

「お久しぶりです。ダ……フレイ様」

「……」

 

 ぺこりと頭を下げるルイーゼ。

 そして、その足下にはもう一人、幼い女の子が身を隠すようにルイーゼに張り付いていた。

 

 アムレイヤはそんな二人を手で示して続きを話す。

 

「皇女である彼女達なんです。元帝国の国々は、私達が彼女達を保護していることを知り、私達が彼女達を使って帝国を蘇らせるために、自分達を戦場で使い潰そうとしているのではないかと言い掛かりをつけて、ごね始めたというわけです」

 

 なるほど……確かにそう見えなくもない状況か。

 世界の存亡に関わる戦いで、彼女達を保護しているのが神だからこそ、俺はそんなことはしないだろうと言い切ることが出来るが、これが人同士の普通の戦で、神ではなく大国が保護しているのなら、俺も同じような疑念を抱いていたかも知れない。

 

 それに誰もが俺と同じような見方をするとも限らない。

 

 この世界の神は現実に存在し、その神々は感情を持っている。

 特にアムレイヤとウライトスは、勇者や聖女と共に暮らしたエデルガンド帝国に思い入れがあってもおかしくないのだ。

 それを考えれば、その二人が贔屓をして、エデルガンド帝国を蘇らせようとしていると、陰謀論的な考えを本気で抱いている人もいるかも知れない。

 

「勿論、そんな言い掛かりを無視して、無理矢理彼らに命令を聞かせることは可能です。しかし――」

「下手な疑念を抱いたままでは、各国の連携に傷が付きますか……」

 

 自分が何の為に戦っているか。

 それを理解することは、戦争において、士気を保つために必要なことだ。

 

 正義を守るため、家族を守るため、出世をするため……それがどんな理由であったとしても、自分の得になると言う認識が無ければ、殺し合いの舞台に自ら立ち、命をかけて他者を殺すなんてことは出来ない。

 

 元帝国の国々は、頑張って戦ったとしてもすり潰されるだけで何の得にもならず、それによって戦力が減ったことで、エデルガンド帝国復権の為に国が滅ぼされるという、自らの損になる事態が起こるのではないかと考えている。

 そんな状況では、無理矢理命令で決戦の舞台に招集したとしても、士気は低く、あの手この手で戦闘から逃げようとして、前線の崩壊に繋がるだろう。

 

 だからこそ、建前上では彼らに文句が言えない状況にする必要がある。

 

 別に完全に彼らの信認を得る必要はない。

 元帝国の国々の王が疑念を抱いていたとしても、実際に現場で戦う兵士や将軍の不安を取り除けさえすれば、それを気にせずに戦わせる事ができるはずだ。

 

 ……一番手っ取り早いのは、ここでルイーゼ達を殺すことなんだよな……。

 帝室の血統を完全に絶やせば、エデルガンド帝国の復権はあり得ないし。

 

 俺はそう考えながら、ちらりとルイーゼとその足下の女の子を見る。

 

 だけど、折角助かった命だ。

 それに、あんな子供を殺すのは忍びない。

 

 俺はそこまで考えたところで、ため息を一つ吐くと言った。

 

「ここに連れてきたということは、彼女達を俺に預かって欲しいということですね?」

「ええ、貴方は既に、フェルノ王国の姫であるレディシアと、魔王国の姫であるプリシラを預かっていますよね? それと同じように、彼女達をこのシーザック領で預かり、ただの少女としての幸せな日々を送らせてあげて欲しいんです」

 

 また、うちの領に居候が増えることになるが、致し方ない。

 このままアムレイヤ達が保護している状況だと、幾らでも元帝国の国々がごねる理由になってしまうし、仮に国として何処かが引き取るのだとしても、その国が皇女達を使って戦後に干渉してくる可能性があるという言い分を与えることになる。

 

 その点を考えれば、七彩教に深い関係を持つが、結局のところ一領主でしかないシーザック家で彼女達を預かり、皇女としての身分を捨てさせ、普通の少女として過ごして貰うというのは、妥当な落とし所だ。

 もし、これでもごねるようだったら――もう切り捨てた方が良い――とおそらく神々も各国もそう認識して動いてくれるはずだ。

 

「わかりました。彼女達は私の方で預かりましょう」

「もう、お家にかえれないの……?」

 

 ルイーゼ達を預かる……そう言った俺の言葉に、ルイーゼの足下に縋り付いていた女の子が涙を浮かべながらそう口にする。

 それを聞いたルイーゼは、その女の子を咎めるように言った。

 

「ティナ! 駄目ですわ! そんなわがままを言っては! 私達の家は……もう無くなってしまった……もう戻ることは出来ないのですわ」

「うぇえええん!!」

 

 ルイーゼの言葉を聞いて泣き出してしまうティナと呼ばれた子供。

 俺はそれを見て、その場に屈み、ティナと目線を合わせると言う。

 

「確かに君達はもう二度とあの地に帰ることは出来ないかも知れない。――だけど、君達の家だったあの場所は必ず化け物の手から取り戻して見せるよ」

 

 異界神獣との決戦で勝ったとしても、元帝国の皇女である彼女達が再び帝都で暮らすことは出来ないだろう。

 俺はそれを踏まえた上で、彼女達に語りかける。

 

「だから、泣くのを止めて待っているといい。失われてしまったものは取り戻せないけど――それでも残るものはある。あの地に帰って暮らすことは出来なくても、人の手に戻ったあの地に寄って、楽しかった思い出を振り返ることは出来るはずだ」

 

 そもそも負ければ世界は滅ぶ。

 これは全勝ちするか、全負けするか、そう言う戦いなのだ。

 だからこそ、俺は断言するように言う。

 

「君達がそうなれる状況を作る。俺が必ずそれを叶える。そう約束するよ」

「お兄ちゃん……」

「だから、今はその未来を楽しみにして、待っているんだ。いいね?」

「うん!」

「よし、いい子だ」

 

 俺はそう言ってティナの頭を撫でる。

 どうやら、説得が功を奏して泣き止んでくれたみたいだ。

 

「ダ……フレイ様……ティナを励ましてくれて、ありがと……きゃっ!?」

「は?」

 

 感動した様子のルイーゼは、そう言って俺に近寄ろうとして、何かに足を躓いて、こちらに向かって転び始める。

 

「おいおいふざけるな!? 何でこんないい感じで終わったところでっ……!!」

 

 俺は当然のように逃げようとするが、何時ものように体が動かない。

 それを実感して俺は叫んだ。

 

「クソが! この能力もお前の企てか! そうせい――」

 

 だが、その叫びは最後まで続かず、物理的に俺の口が塞がれる。

 気付けば、目の前にルイーゼの顔があり、その唇は俺の唇へと当たっていた。

 

「うわぁあああ!?!?!?」

 

 自由に動けるようになった俺は咄嗟にルイーゼを突き放す。

 そして、自分の身に起こったことを呆然としながら振り返った。

 

「そ、そんな、俺のファーストキスが……。俺だけのヒロインの為に大切に取っていたファーストキスが……」

「も、申し訳ありませんわ! ダ――」

 

 ルイーゼの謝罪も耳に入らず、俺はあまりのショックから、目の前が真っ暗になり、その場で意識を失った。

 




 一応ですが、今回の件は冤罪です。
 創世神は、皇女であるルイーゼと平民のアレクがくっ付く運命を無理矢理作るために、ルイーゼに対して、好意を持つ異性に対するラッキースケベ能力を付与しましたが、それだけだったのでこんな事故を起こそうと言うつもりはありませんでした。
 それでも、フレイから犯人扱いされてしまうのは、創世神の日頃の行いの悪さってやつですね。

 それとファーストキスなら、とっくにセレスに奪われてるのではと思うかも知れませんが、童貞を拗らせたフレイには、唐突な不意打ちのディープキスは刺激的過ぎて、それによって気絶した後に、その時の記憶を完全に飛ばして忘れてしまっているので、全く覚えていません。
 目次でタイトル名が褒美となっている辺りのお話ですね。


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お見舞い

 

 突如として来訪したルイーゼ達によってフレイ様が昏倒してから早一時間。

 よほどショックだったのか、一向に起きる気配がないフレイ様を心配しつつも、昨今の情勢でフレイ様が倒れたと他の者に知られるわけには行かないため、私達は必死に主の不在を隠すための対応にひた走っていた。

 そんな中で既に帰られたアムレイヤ様より預かった二人の皇女を見て、対応に困った屋敷のメイド達が私に向かって質問を投げかけてくる。

 

「来幸様、あのお二方を如何するつもりですか?」

「……フレイ様が眠っている今、大国の姫を私達で相手するのは荷が重いです。なので、フレイ様の目が覚めるまで、あの二人の相手は、同じ客人の姫であるレディシア様方にして貰いましょう」

 

 これはちょっとした嫌がらせだ。

 あの頭のおかしな能力による事故とは言え、私が手に入れたかったフレイ様のファーストキスをあんな適当な場面で使い潰されたのだ。

 冷静に対応しなければいけない状況だから無理をして取り繕っているが、実際は腸が煮えくりかえるほどの怒りを覚えている。

 だからこそ、あの狂人達の元で少しは痛い目に合うといい。

 

 巻き込まれるティナ様は可哀想だが、あの狂人達も子供に無法を働かない程度には、最低限の理性は残っている。

 故に、被害に遭うことになるのは、ルイーゼだけだろう。

 

 そう考えて客人の手配をした後、更なる来訪者がその場にやってきた。

 

「ちょっと! フレイが倒れたって本当!?」

「……その件は箝口令が敷かれているはずですが?」

 

 突如として現れたエルザは何故かフレイ様が寝込んだことを知っていた。

 私はそれを疑問に思い、探りを入れるようにそう問いかける。

 

「薄々察してるくせにわざわざ聞かなくていいわよ。フレイの動向を探るためにスパイの一人や二人、この屋敷に仕込ませてるのは当然でしょ?」

「やはり、そうでしたか……」

 

 この屋敷の使用人達は全て私の支配下にあるが、近年急増した無窮団や銀神教関連で屋敷を出入りする人々は、完全にこちらの手を離れた存在になっている。

 その中の何人かが、エルザがこちらの情報を探るために送り込んだスパイだったということだろう。

 

 これはエルザだけではなくユーナも同様のことをしてそうですね……。

 

 私は内心そう思いながら、今回の異界神獣の騒動が片付いたら、入り込んだスパイ達の大掃除を必ずしようと心に決める。

 

「フレイの元まで案内してくれるわよね?」

「……はぁ。仕方ありませんね。ここで騒がれてフレイ様の不在を公表するわけにも行きませんし、このことを口外しないというのなら、案内いたします」

「あたしだって、さすがに状況のやばさは理解してるわよ。だからこそ、この数週間、フレイに合わずに自領で準備を整えていたわけだし」

 

 エルザがそう言ったのを聞き、私はエルザを連れて歩き始める。

 

「まったく……。神も、各国の王も、ただの公爵家の令息の彼奴に、重いものを背負わせすぎでしょ。世界の命運なんてそんなもの、本来なら神や王が何とかするべき事柄でしょうが」

 

 ここ最近の時勢に思うところがあったのかエルザがそう怒りを露わにする。

 

「だから、せめてあたし達は、あたし達に出来ることをして、彼奴の背負ってるものを少しでも軽くしてやらないといけないわ」

「……そうですね」

 

 私はエルザの意見に同意した。

 

 確かにフレイ様はゲーム知識という特別な知識を有している存在だ。

 だけど、それはあくまで特別な知識があるというだけで、彼の本質はただ理想の恋愛がしたいと思って足掻く、ごく普通の少年と同じものだ。

 今回の状況のように、世界の命運を背負って戦わされるなんてことは、そんなごく普通の少年には似合わないものだ。

 だからこそ、似合わない役目として負わされた世界の命運という重い荷物を、少しでも軽くするために私が頑張らないといけない。

 

「あたしは彼奴のヒロインだしね」

「それは違うと思います」

 

 そこは同意できなかった。

 フレイ様のヒロインは私だからだ。

 

「……此奴……しろ!」

「何かしら? この道の先が騒がしいようだけど?」

 

 この先にあるフレイ様が寝ている部屋が騒がしいことにエルザが気付く。

 私自身も状況がわからず、もしものことを考えて、フレイ様の安全を守るために、駆け足でその部屋と近づき、中に飛び込んだ。

 

「うぐぐぅ~! 離せ~!!」

「何をするかもわからないお前を! 離すわけないでしょ! この――娘を自称する精神異常者が!」

 

 入った部屋の中では、ノルンがレシリアの結界で拘束されていた。

 レシリアはぶち切れた様子でそう言うと、側に居たユーナに向かって言う。

 

「ユーナお姉さんも追加で魔法をお願い! 此奴相手だと、レシィの結界は破られるかも知れないから!」

「わかっています! アイスプリズン!」

 

 拘束されているノルンに更なる魔法が降り注ぐ。

 それを受けてノルンは叫んだ。

 

「変なことは何もしない! ボクはお見舞いに来ただけだよ! 娘としてパパを心配して来ただけ!」

「血のつながりもないアンタは娘でも何でもないって言ってるでしょ!」

 

 レシリアとノルンは犬猿の仲だ。

 血の繋がった本物の兄妹だからこそ、フレイ様と深い絆で結ばれていると、常日頃から豪語するレシリアと、血の繋がらない偽物の親子だからこそ、本当の家族になって深い絆で結ばれることが出来ると豪語するノルンはまさに水と油。

 思想が根本的に違うだから、わかり合う事なんて出来るはずも無い。

 

「あ、エルザさんも来たんですか。――遅かったですね」

「はぁ?」

 

 部屋に入ってきた私達に気付いたユーナが、エルザに向かって勝ち誇るようにクスリと笑いながらそう言う。

 それを聞いたエルザは、眉を吊り上げて、怒りを露わにする。

 

 こちらの二人も互いに仲が悪い。

 お互いにフレイ様と親しい貴族や王族の令嬢としての立場が被っていて、そしてフレイ様を深く知る前とは言え、フレイ様を自分から振っているところも同じだ。

 同族嫌悪か、それとも立場が似ているからこそ、フレイ様を横からかっ攫っていく危険性が高いと恐れているのか……ともあれ、フレイ様の見ていないところで、こうしてチクチクと牽制し合っているのは事実だ。

 

 この状況に私は思わず内心でため息を吐きそうになる。

 何奴も此奴も、フレイ様のヒロインになれると誤解していると。

 

 まあ、でも、この状況は私に有利かも知れない。

 こうして互いに潰し合ってくれれば、誰かとフレイ様がくっ付くこともない。

 そうして誰とも付き合えないでいれば、フレイ様といえど、やがて妥協せざるを得なくなり、そしてその時にヒロインとして、フレイ様を得ることが出来るのは、真摯にフレイ様の側にいて支え続けた私だけだ。

 

 私がそんなことを考えながら、しばし起こっている騒動を静観していると、突如として机に置かれたフレイ様の剣――確か異界聖剣クラウソラスが突如として美しい少女へと変貌する。

 

「静かにして。マスターが寝てる」

「なっ!? 何よあんた!?」

 

 フレイ様からゲーム知識を教わっている私と、それを風魔法で盗み聞いたレシリア以外の者達は、剣が人に変わったことに驚き、争いを止めて異界聖剣クラウソラスの方へと目を向ける。

 

「当機はクラウ。マスターの剣」

「け、剣が人になるなんて……」

「人化するのはそこのドラゴンも一緒でしょ? 異界聖剣ならこのくらいは当然。余裕で人になれる」

 

 ふんすと私達にどや顔を見せるクラウ。

 そして、クラウは私達に向かって言い放った。

 

「貴方達は不要。うるさいだけで邪魔だから出て行って」

「はぁ? 邪魔だって言われて素直に出て行くわけないでしょ!」

「わたし達は師匠の看病をしに来ました。一人で看病するのは大変だと思います。わたし達が不要ということはないと思いますけど?」

「そうだよ! それにボクの生命を操る力なら、マスターの体力を回復させて、元気にさせることだって出来るし!」

 

 クラウの言葉にエルザ、ユーナ、ノルンが猛反論をする。

 しかし、それでもクラウは態度を変えない。

 

「必要ない。マスターのバイタルは当機の機能で把握済み。当機の性能なら一人でマスターの看病を行う事が出来る。ここに居られると邪魔なだけ」

 

 そこまで言った所でクラウの目は私に向いた。

 

「そこのメイドも、もう来なくていいよ。貴方が持っているゲーム知識は当機も保有している。だからこそ、人の手助けなんてもう必要ない。これからのマスターの面倒は、マスターの道具である当機が全てみるから」

「……あ゛?」

 

 思わず女性としてあまり相応しくない怒りの声が漏れる。

 だが、それも仕方の無いことだろう。

 

 此奴は今なんていった?

 フレイ様の側に居続けると、そう言うヒロインになると誓った私に対して、用済みだからフレイ様の側にもういらないと、そう言ったのか?

 

 それは絶対に許せないことだった。

 今までの自分の全てを否定されるような行為を見過ごすわけにはいかない。

 だからこそ、煽るように私は言う。

 

「記憶を失って、色んな意味でアレクに使われる剣風情が、フレイ様の道具を名乗るなんて片腹痛いですね」

「ふぅん……それを言うんだ。だけど、記憶を失ったその当機と今の当機は実質的に別人。そんな煽りは当機になんの効果も無い」

 

 やれたらやり返せとばかりにクラウが言う。

 

「同一人物の貴方になら効くかもだけど」

「――っ!!!」

 

 今、わかった。

 此奴だけは何処まで行っても気にくわない。

 

 そう思った私が、怒りのあまりにクラウに襲い掛かろうとすると、近くで騒がしくしたせいか、眠っていたフレイ様が目を覚ます。

 

「うるさいな……素直に寝させてもくれないのか……」

 

 フレイ様はそう言って起き上がると、おもむろにハンカチを取り出して、「クソ……クソ……俺のファーストキスが……ごめん……俺だけのヒロイン……」と涙を流しながら、汚れた唇を拭うように何度も拭き始めた。

 

 ……あれをやられたのが自分だったら多分発狂していたな。

 

 私は素直にそんなことを思う。

 好きな相手にキスした後、その相手にまるで汚物に触れたかのように、泣きながら唇を拭われるとか、絶対に心が持たないと確信出来る。

 

 同じ事を思ったのか、他の者達も微妙な顔をしていた。

 

 ひとしきり、ハンカチで唇を拭き終わると、フレイ様は私達に目を向ける。

 

「それで、何でこんなにここに集まってるんだ?」

「あたし達はアンタの見舞いに来たのよ」

 

 フレイ様の質問に代表してエルザが答えた。

 フレイ様はそれを受けて、少し考えると言う。

 

「……見舞いはいい。それよりも今は決戦の準備をしてくれ。寝込んだ俺が言えることでもないが、一分一秒でも時間は惜しい状況だろ? 今は」

「ですが、フレイ様。少しは休まれた方が……」

 

 私はフレイ様の身を案じてそう口にする。

 ここのところずっと働き詰めなのだ。

 少しは休まないとフレイ様の体調に悪影響があるかもしれない。

 

「必要ない。今回の騒動を終わらせることが最優先事項だ。だからこそ、お前達も決戦に向けて自分が出来ることを優先しろ。……どうせ無意味になるんだから」

 

 ぽつりと最後に呟かれた言葉。

 無意味になるとはどう言う意味だろうか。

 異界神獣に負けて世界が滅んでしまえば、何をしようとも全てが無意味になると、そういうことだろうか、それとも――。

 

「では、俺はもう行く」

 

 私がそれを考えている間に、フレイ様はそう言うと転移を使用して、何処かへと消え去ってしまう。

 そして、その場には私達がぽつんとただ残される形となった。

 

「フレイ様……」

 

 私は先程までフレイ様がいた場所をみて思わずそう呟く。

 

 今のフレイ様は戦いに勝つことを全てにおいて優先している。

 それは、この世界滅亡の危機においては正しいことなのかも知れませんが――まるで生き急いでいるように見えるその姿は、全てを終えた後、フレイ様自身が何処か遠い所に消え去ってしまいそうな、そんな印象を私に与えていた。

 

「貴方の側に居たいです……」

 

 だからこそ、私は人知れずにそう呟いた。

 



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世界vs世界

 

「あれが異界神獣……」

 

 ゴクリと帝都に巣くう異形の様子を見て、何処かの兵士がそう呟く。

 それと同じような顔をした大勢の兵士が元帝都を囲むように配置され、そして誰もがその時を待っていた。

 

 時間はあっという間に過ぎるもので、遂に決戦の日がやって来ていた。

 各々の国が今日の為の準備を終え、それぞれが思う万全の形で、決戦が始まるのを緊張しながら待っている。

 

 それは俺も同じ事だ。

 今日に向けた全ての準備を終え、俺は必ず勝てると自分に言い聞かせながら、この世界救済のための連合軍のリーダーであるアムレイヤの言葉を待つ。

 

「世界を守るための戦い、今日この日のために集まってくださって感謝いたします」

 

 映像水晶によってアムレイヤの言葉が、各地に展開する連合軍や、事前に俺の手で映像水晶が設置されていた世界各地の街や村へと届けられる。

 誰もが、この世界の存亡をかけた戦いに注目し、固唾を呑んでその始まりと、その戦いの結末を見届けようとしていた。

 

「敵は世界一つを丸ごと飲み込んだ化け物。これまでに無いほどに恐ろしく、そして強大な敵となります」

 

 真剣な面持ちでそう語るアムレイヤ。

 その態度は演説慣れしているかのように堂々としたものだ。

 

 まあ、それもそのはず。

 この演説は、また変なことを言われて士気が低下したらやってられんと思った俺が、内容の添削と演説の練習を付きっきりで手伝ったものなのだから。

 

「ですが! それでも私達は戦わなければなりません! この世界を守るために! 大勢の人々に明日という未来を紡がせるために!」

 

 演説なんてしたことがないと言うアムレイヤに色々と教えるのは苦労した。

 そもそも、割と早い段階からこの世界で一個人としての生活を楽しんでいたアムレイヤは、大勢の人の前で何かを喋ったこともなかった。

 つまり、本当に何もかもを一から教えることになったのだ。

 正直言って、神様ならもっと人への説法とか、そういうの経験しておいてくださいよ……と本気で思ったものだ。

 

「強大な力を持った敵と戦わなければならない状況――しかし悲観することはありません! それは貴方達が自らの側にいる者に目を向ければわかります!」

 

 アムレイヤの言葉を受けた兵士が自分達の周囲を見回した。

 

「そこには誰がいますか? 貴方達には何が見えますか? きっと貴方達の目には、共に戦う仲間として、大勢の人々が映っているはずです! それは、人や獣人、ドワーフにエルフだけではない! 本来は手を取り合うことがないような魔族や竜族も含めて! ありとあらゆる種族が! そしてそれを取り纏めるありとあらゆる国家が! 世界を救うために思いを同じにしてこの場に集っています!!」

 

 その言葉に周囲を見ていた兵士達が、共に戦う者達の大きさに気づいたように、安堵の表情を浮かべ、そしてやる気を漲らせていく。

 

「敵は世界そのものと言える存在! しかし、対応する我等もこの世界そのものと言える軍勢です! あっさりと滅びてしまった不出来な世界に! こうして手を取り合い! 立ち向かうことが出来る私達の世界が! 負ける道理はありません!」

 

 そこまで言った所でアムレイヤは俺に視線を向けた。

 

「フレイヤフレイ!」

「っは!」

 

 アムレイヤの呼びかけに応じて、俺はアムレイヤの前に踊り出る。

 

「先陣は貴方に任せます! この世界の威光を侵略者に示すのです!」

「かしこまりました」

 

 俺はそう言って世界神の権能の一つである飛行能力を使って元帝都に向かった。

 

「結界を一部解除する準備を!」

 

 その言葉に従い、各方面にいる七彩の神が、元帝都を覆う結界の一方向を解除するための準備を始める。

 

「開戦!」

 

 その言葉と共に結界の一部が解除され、元帝都から異界神獣が溢れだした。

 

☆☆☆

 

「始まったか……!」

 

 俺はそう言いながら溢れだしてきたマーブル模様の液体と相対していた。

 

「このまま通すわけには行かないんでね!」

 

 俺はそう言うと、世界中から雷を転移させ、それを集約する。

 

「災禍の神雷!」

 

 俺はそのかけ声と共に、集約によって膨大な雷の槍と化したそれを、異界神獣に向かって振り下ろした。

 凄まじい轟音と発光と共に、帝都から出てこちらへ向かおうとしていた異界神獣の体が次々と雷によって焼き尽くされていく。

 

「まだ、これで終わりじゃない……! 災禍の神炎!」

 

 俺はその様子を見ることもなく直ぐさま次弾を用意する。

 世界中に存在するありとあらゆる炎を少しずつ集め、太陽と見まごうばかりの炎球を生み出す。

 そして、それを、雷で焼かれた異界神獣へとぶつけた。

 

「異界神獣――お前が世界そのものだって言うのなら、お前が闘う相手もこの世界そのものだぜ!」

 

 異界神獣が焼けていく中で、世界からありとあらゆる自然現象を集めた俺は、主人公になりきるように、そう意気揚々と異界神獣に向かって宣言した。

 

 世界中から何かを取り寄せる力――。

 この力こそが、俺が世界神になって得た能力だ。

 

 元々転移を多用していた俺は、空間を司る世界神となった。

 簡単にいってしまえばパル○アとなったわけだが、それによって世界神の共通能力である飛行能力などと共に、空蝉の羅針盤を強化したような能力を得たのだ。

 

 今の俺は、魔力が伴わないのなら、世界中の何処からでも、好きなものを取り寄せすることが可能で、魔力があるものでも、事前にマーキングをしていれば、何でも取り寄せることが可能となっている。

 

 相も変わらず属性魔法は使うことは出来ないが、こうして世界中から自然現象を集めることで、擬似的な属性魔法を実現することが可能となっているのだ。

 

「おっと、こっちに来たか!」

 

 焼き尽くされていた異界神獣は、俺を攻撃しないと削られ続けるだけと本能で理解したのか、外へと向かおうとしていた歩みを止めて、空にいる俺に向かって次々と触手を放ってくる。

 

「世界の風よこの手に! 災禍の神風!」

 

 世界中から嵐を集め、カマイタチとして次々と触手を切り落とす。

 この世界を住まう者を苦しめる自然災害、それが今はこの世界を守るための武器として、この世界の侵略者である異界神獣に次々と振るわれていく。

 

「っ!? 触手が太く……?」

「風で斬られても修復するため……! マスター!」

「わかってる! 回避する!」

 

 異界神獣は細かい触手だと全てカマイタチに斬られると理解したのか、触手を一本に集約させ、そしてそれを俺に向かって放ってきた。

 その触手はカマイタチで斬られるが、豊富な液体の量を利用し、直ぐさまその切断面を修復して、そのままの勢いで俺へと向かう。

 凄まじい勢いで迫り来るそれを、俺は転移を使って回避した。

 

「残念だが、触手相手は慣れて――」

 

 俺はそこで気付く。

 何故、この世界を創世神はエロゲーにしたのかを。

 そして、エロゲスライムや、夢世界での夢魔、そして竜の里で戦ったヴァレリー等、これまで触手を使うような敵が多かったのかを。

 

 ラスボスである異界神獣と同じ触手持ち相手に経験を積ませたかったから、インフィニット・ワンを触手で女の子陵辱しやすいエロゲーにしたのか!

 

「つまり、今までの触手持ちとの戦いは! 予行演習だったってことか! まったく、主人公は楽でいいね!」

 

 先々を考えた完璧なお膳立てに対して、俺はそんな皮肉を口にしながら、世界中から冷気を集めた。

 液体故に斬っても回復されるなら、固体に変えてしまえばいい。

 

「災禍の神氷!」

 

 俺の狙い通り、太い触手は完全に凍り、それは液体部分で支えられず、地面へと落ちて割れて破片となっていった。

 

「この調子で少しずつ削って――」

「マスター! 割れた破片が変貌してる!」

「――っ!?」

 

 クラウの警告を受け、俺がそちらへと目を向けると、凍り付いて落ちた太い触手の破片が、次々と何らかの生物の形を取り、マーブル模様の生物の姿をした何かが、帝都の外へと走り出していくのを目にする。

 

「あれは――!? 話にあった異界神獣の分体ってやつか!」

「ん、異界神獣がこれまで取り込んできた生物情報を元にした、餌を取ってくるための異界神獣の兵隊。どうやら、完全に切り離された肉体からでも、ああやって生成できるみたい」

 

 当初の想定では本体からしか生成出来ないと思われていたが、こちらの攻撃で切り離した残骸からでも、どうやらあの分体達は生み出せるようだ。

 そして、太い触手だったために、多数生まれてしまっている分体を見て、それらが四方八方に進み続けるのを防ぐ為に、舌打ちと共に俺は叫ぶ。

 

「っち! 災禍の神土!」

 

 地面の中の土の位置を転移でずらし、地面から土の杭として隆起させ、次々と異界神獣の分体を串刺しにしていく。

 だが、全ての分体相手にそれを行えたというわけでもなく、そして空を飛ぶような種もいたために、かなりの数の分体を取り逃してしまった。

 

「それなら炎で――」

「異界神獣からの攻撃が来る!」

「っ!」

 

 俺はクラウの言葉と共に転移でその場を離れる。

 すると俺がいた場所に複数の触手が襲い掛かっていた。

 そして転移した俺の側にも――。

 

「こっちにも触手が……! 災禍の神炎!」

 

 俺は咄嗟に集められるだけの炎を集めてそれらを焼き尽くす。

 異界神獣は触れた相手を取り込んで自分の一部にする。

 つまり、一撃でも貰ったら俺の負けだ。

 早くも生じたゲームオーバーの危機に、思わず冷や汗が流れる。

 

「異界神獣はこちらに対応してきてる。マスター。他の者を気にしながら戦える相手じゃない。当初の想定通り、分体は連合軍に任せるべき」

「……そうするしかなさそうだな……」

 

 出来ればこちらで分体も可能な限り削っておきたかったが、それをするだけの余力が俺の方にはなさそうだった。

 だからこそ、元からの割り振り通り、連合軍があの分体達を全て倒してくれると信じて、俺がこの異界神獣を倒すしかない。

 

 そんな風に考えていた俺に、クラウから声がかかる。

 

「マスター。何故当機を使用しない? 当機の破邪の力を使えば、もっと効率的に異界神獣を削ることができるはず」

「確かにそうかも知れないな……」

 

 俺は再び集めた雷で異界神獣を焼きながらそう答える。

 こうしてチマチマと自然現象を集めて異界神獣を攻撃するよりも、異界聖剣クラウソラスの聖剣としての機能を使って攻め立てた方がダメージを与えられる。

 

 だが、それは――。

 

「まだ早い気がする」

「どういうこと?」

 

 俺の回答にクラウが疑問の声を上げた。

 それに対して俺は答える。

 

「クラウも前に行っていただろう? この物語の主人公が俺だって言うのなら、創世神がそのように定義したのなら、俺がしようと思ったことこそが、問題を解決するために必要な手順だと」

「……確かにいった」

「俺は此奴には第二形態があると思ってる。ラスボスってのは大抵、ある程度削ると第二形態、第三形態になって、プレイヤーを絶望の淵に立たせるもんだからな」

 

 そう、まだこの段階では、聖剣を使ったとしても倒しきれる保証はない。

 俺の想定通り、第二形態、第三形態となって、それまで使ってきた聖剣に対する耐性を得てしまったら、俺達は敗北することになる。

 

「俺がそう思っているのなら、きっとその考えは間違いじゃない。だからこそ、聖剣はまだ温存して、このまま転移を利用して削っていく」

 

 一見、意味のないような主人公の行動も、結果的にハッピーエンドに繋がる布石となるように、異界神獣を倒すというこの物語が、俺が主人公の物語と言うのなら、その物語においては、俺が考えたことが何よりも正しいのだ。

 つまり、第二形態以降を警戒して、聖剣を温存しておくべきと判断した、この俺の判断こそが正解となるはずだ。

 

 ……案外、この世界の存在では異界神獣を倒せなかった理由は、様々なゲームをプレイしてそう言うお約束を知って、聖剣を使わないなどの選択が出来る転生者と違って、敵を倒すために初めから全力で聖剣を使用してしまい、結果的に耐性が付いてしまって、それが原因で負けてしまうからかも知れない。

 

 俺はふとそんなことを考える。

 どちらにしろ、今、聖剣を使うのは無しだ。

 

「お前の出番は最後の最後、止めの一撃でだ! それまではこの調子で行く!」

 

 俺はそう言うと再び自然現象を転移させ、次々と異界神獣に放った。

 



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連合軍の戦い

 

「凄まじい戦いですね……。まるで世界同士がぶつかり合っているかのようです」

 

 雷や炎など大規模な破壊の嵐が吹き荒れる、異界神獣とフレイが戦っている帝都上空を見て、アムレイヤは思わずそんな感想を口に出していた。

 

「仮に私達があの子に力を預けず、世界神としての力をまだ保持していたのだとしても、あそこまで戦う事は出来なかったかもしれません」

 

 今や世界神まで成り上がったフレイ。

 それとかつては同等の存在ではあったが、それでも自分達ではあそこまで善戦することは出来ず、呆気なくやられてしまったのではないかとアムレイヤは思った。

 

「これもお母様の導きでしょうか。感謝しなければなりませんね」

 

 アムレイヤがそう言って、生みの親である創世神に祈っていると、フレイが氷漬けにして切り落とした太い触手から、何体もの分体が生み出されて、こちらに迫ってくるのを目にする。

 

「来ましたか……ゼノス!」

「はっ!」

 

 それを目にしたアムレイヤは事前の手はず通り、ゼノスに号令をかけた。

 アムレイヤの命を受けたゼノスは、犬型の魔物を従属させている魔族の魔獣使い達に向かって、更なる命令を下す。

 

「放て!」

「がぅ!」

 

 ゼノスの命令と共に犬型の魔物達が飛び出す。

 それは真っ直ぐ分体達の元へと進んで行き――。

 そして、その肉体に触れたのに、取り込まれることなく戦い始めた。

 

 その結果を見て、アムレイヤは喜びから思わず声を上げる。

 

「想定通り、あの分体――」

「おっしゃあああああ! 彼奴らに取り込む力はねぇええ!」

 

 意気揚々と喋ろうとしていたアムレイヤの言葉に、途中から実家で話すような低い声色で上げられた歓喜の叫びが被せられる。

 

「……」

 

 思わずと言った感じでアムレイヤがその方向を見ると、そこにはガッツポーズを取るエルフの女王であるメリエスの姿があった。

 

「おめえら! ヤクを出せ! 彼奴らを殲滅するぞ!」

「ひゃっは~!!」

 

 メリエスの号令に合わせて、エルフ達が次々と懐から薬を取り出す。

 そして、そのエルフ特製の霊薬を、迷わず飲み込むと、エルフ達の目がまるでやばい薬でもやったかのように、常軌を逸したものになり、そしてエルフ達はアムレイヤの指示も待たずに、発狂したように分体達に突撃していってしまった。

 

「……。……分体には他者を取り込む能力は無いようです。そのため、当初の想定通りに、魔法部隊によって数を減らした後、白兵戦を行って奴らを駆逐します!」

「はっ!!」

 

 エルフ達のことなど何も無かったかのように、話を元に戻したアムレイヤは、そう言って全軍に命令を下した。

 それを受けて、各軍は侵略者を倒す為に動き出した。

 

☆☆☆

 

 連合軍と分体の戦いは、連合軍が押されている状況にあった。

 連合軍は数が多いが、それ以上に世界を丸ごと飲み込んだ存在である異界神獣の分体の方が数が多い。

 そして、何よりも連合軍側を不利にしていたのは――。

 

「また、飛んでる奴が来たぞ!」

「クソ! あっちにはどんだけ飛ぶ種族がいるんだ!」

「竜族は何をやっている!?」

「向こうの竜族を相手にするので手一杯だとよ!!」

 

 完全に制空権を奪われてしまっていることだった。

 こちらの世界とは違い、異界神獣が飲み込んだ世界では、羽の生えた人や、虫のような姿をした人など、こちらの世界には居ない、自力で空を飛ぶことが出来る種族が多く存在していた。

 そんな空を飛ぶことが出来る種族達が、地表からしか攻撃出来ないこちらの世界の攻撃を抜けて、次々と空中から集団の中央や後衛に向かって魔法が放っているため、進んでくる分体を抑え込もうとする戦線が崩壊しかけていたのだ。

 竜族や神などこちらでも飛べる者達が必死で対応しようとしているが、相手側の竜族や神を模した分体の相手で手一杯のため、助けに入ることも出来ない。

 

「我が神からこの場を託されたが……些かこれは不味いな……」

 

 鳥人を魔法で叩き落としたゼノスが思わずそう口にする。

 

 まだ戦争は始まったばかりだ。

 ここで消耗をしてしまえば、何時まで続くかわからない異界神獣との戦いにおいて、こちらの体力が先になくなって負けかねない。

 

「お父さん。そう心配しないで大丈夫です」

「プリシラ。どうしたと言うのだ?」

「もうすぐ、来るはずですから」

「来る? 何が――」

 

 ゼノスがそう呟いたその時、光線のようなものが戦場の後方から飛び出し、空に舞っていた様々な種族の分体達を、次々と撃ち落としていた。

 

「あれは――!?」

 

 ゼノスが驚く中で、後方より現れた空飛ぶ船から声が響く。

 

「あちし達は無窮団! これより決戦に参戦するでち! 空飛ぶ敵は、あちしらが全て撃ち落とすでち! 全軍! 一斉射撃でち!!」

 

 その言葉と共に、再び光線が乱れ飛ぶ。

 この場に駆けつけた援軍――それは、フレイの命令でギリギリまで遺跡の復元を行っていた無窮団率いる学者達の集団だった。

 彼らは復旧させた遺跡である異世界航行船に載ると、その武装を最大限に利用して、次々と竜族も含めた空を飛ぶ分体達を撃ち落として言った。

 

 その様子を見てゼノスは叫ぶ。

 

「今が好機! 我が魔王軍! 前線を押し上げるぞ!」

「おう!」

 

 腐っても一国を率いる立場。

 ゼノスはこれを好機とみると、配下の強力な魔族達に命令を下し、壊れかけた前線を立て直す為に、次々と敵を潰しながら、前へ前へと進んでいった。

 

☆☆☆

 

 元帝都の正門側の場所で、ゼノスが前線を押し上げている頃、帝都を囲むように配置された別の部隊――神威列島の軍を中心とした第三軍団では、国軍に所属していない立場の少女が必死になって分体を魔法で焼いていた。

 

「ただ待っているだけなんて、わたくしには出来ませんわ」

 

 それは滅びた帝国の皇女であるルイーゼだった。

 彼女は故国のあった地を解放するために、自分が出来ることはしたいと考え、他の冒険者や有志達のように、個人枠としてこの決戦に参加していた。

 

 そんな彼女が第三部隊に配置されたのは、元帝国だった国々の軍が居る第一軍団だとやりにくいだろうという気を利かされたのと、人任せにせず自分の手で何とかしようとした気概を第三軍団の指揮官である桐生が気に入ったからだった。

 

 そうやって、戦い続ける第三軍団の前で異変が起こる。

 

「え? おじさん……」

 

 一人の兵士がそう言って手を止めた。

 

 彼はルイーゼと同じ帝国出身の義勇兵だった。

 厄災が起こった時は他国に出掛けていて無事だった彼は、自分の故郷が滅んだことや、それによって家族が死んでしまったことで、異界神獣に対して強い憎しみを持ち、それを打倒するために連合軍に義勇兵として参加していたのだ。

 だからこそ、あり得ないとわかっていても、自分の目の前に叔父の形をしたものが現れて、その手が止まってしまう。

 

「馬鹿! 手を止めるな!」

「あ……がぁっ!?」

 

 その兵士は手を止めてしまったせいで、その叔父の形をしたものに、剣で体を貫かれてしまった。

 血を吐き出して倒れてしまった彼を庇う為に、別の兵士が叔父の形をしたものに斬り掛かり、そして抜けた穴をカバーするように陣形を組んでいく。

 

 そして、その出来事は始まりに過ぎなかった。

 まるでそうすることが効率がいいと学習したように、次々とマーブル模様だった液体は様々な色へと変化し、それが人の形を作ることで、異界神獣が取り込んだ瞬間の人々の姿を再現していく。

 

 それを見て桐生は吐き捨てるように言った。

 

「汚い手を使いやがる……!」

 

 目の前に居るのは帝都が滅んだ時に取り込まれた人々だ。

 それは単純に知り合いがいるかも知れないというだけではなく、ごく普通の主婦や老人に幼い子供など、攻撃をしにくいと心理的に思ってしまうような姿をして、この場に分体として出現していた。

 

「見た目に惑わされるな! 此奴らはただの分体だ!」

 

 そう言って桐生は近くに居た子供を切り捨てるが、誰もが桐生のように割り切って敵を倒せるわけではない。

 

「わ、わかってるけど、こんな女の子を……ぐあぁ!?」

 

 そう言って目の前にいる十歳ほどの幼女の姿をした分体を殺すのを戸惑う兵士。

 だが、次の瞬間にその幼女が突如飛び出し、刃物のように手を変異させたもので、その兵士を切り裂いて殺した。

 

 広がる混乱と動揺。

 それは第三部隊の士気を急速に下げていき、第三部隊は押されていく。

 

 そして、試練はこの部隊に参加しているルイーゼの前にも訪れていた。

 

「姫様、共にかの存在と一つになりましょう」

「セルゲイ……」

 

 言葉を発しながらにこやかに近づいてくるセルゲイの形をしたもの。

 それを見て、ルイーゼの手も止まる。

 

「貴方が愛したもの。帝国の全てはかの存在と共にあります。貴方も取り込まれれば、その全てを取り戻し、そしてかつての幸せを享受することが出来る」

「わ、わたくしは……」

 

 近寄ってくるセルゲイに向かって手を向けるが魔法を放つことが出来ない。

 ルイーゼの頭には、セルゲイや他の者達と過ごしたかつての帝都での日々が蘇り、偽物だとわかっていても、セルゲイに手を下せなかったのだ。

 

「さあ、姫様もこちらに!」

「あ……」

 

 充分に近づいたセルゲイは悪意に塗れた笑みを見せると、そう言って隠し持っていた剣をルイーゼに向かって振り抜いた。

 それに対して何の対処も出来なかったルイーゼが死を覚悟したその時、何処からともなく現れた矢が、セルゲイの剣を持った腕を抉り飛ばす。

 

「くだらない……」

 

 そう言いながら、その場に現れた人物。

 それを見て、ルイーゼは叫んだ。

 

「シルフィー!」

「所詮は形だけを真似した人形なのです。拙の知っているセルゲイなら、例え死んだとしても、姫様に向かって手を上げるなんてことはしなかったのです」

 

 そう言ってセルゲイに向かって矢を構えながら、シルフィーは言う。

 

「姫様。姫様の覚悟はその程度なのです? 帝国が滅んだことは拙も聞いたのです。それでも、姫様がここにいるのは、この帝都があった地や、取り込まれてしまった人々を、異界神獣から解放したいと思ったからではないのです?」

「それは……」

 

 シルフィーの言葉がルイーゼに突き刺さる。

 

「だったら、戸惑ってはいけないのです。異界神獣に取り込まれ、失われてしまったものは、もう戻ってこないのです。それならば、一刻も早くあの人形共を倒して、彼らを異界神獣に利用される立場から、解放してあげるべきだと拙は思うのです」

「そう……ですわね」

 

 そう言うとルイーゼはセルゲイへと手を向ける。

 それを見て、セルゲイは叫んだ。

 

「姫様! 貴方は私より、そんなエルフの言葉を聞くのですか!」

「貴方はセルゲイではありませんわ!」

 

 セルゲイの言葉を聞いたルイーゼはそう叫ぶ。

 

「セルゲイはわたくしを守って死にましたわ! 皇女を守り切って命を落とす――近衛騎士として立派な最期でしたわ! ……その死を愚弄することは! 例えセルゲイの姿をしていようとも! わたくしは絶対に許しません! フレイムスピア!」

 

 ルイーゼの放った魔法がセルゲイに命中し、セルゲイはマーブル模様の液体に戻って、その存在を焼かれていく。

 その姿を見て、例えそこにいないのだとしも、異界神獣に取り込まれたセルゲイに向かって、ルイーゼは言った。

 

「ありがとうセルゲイ――。貴方の最後の言葉の通り、わたくしは過去を乗り越えて、健やかに……幸せに暮らして行って見せますわ」

 

 そう言った彼女の元にシルフィーが近づく。

 

「決意を決められてよかったのです」

「シルフィー。貴方はどうしてここに?」

 

 そんなシルフィーを見て、ルイーゼがそう言う。

 ルイーゼは、竜の里の事件の後に帝都を出て行ってずっと音信不通だったシルフィーが突如として自分を助けてくれたことを驚いていたのだ。

 

「うぅ……。拙はあの後フェルノ王国に向かったのですが、突如として制定されたフェルノ王国のエルフ入国禁止法のせいで、フレイの元に迎えなかったのです」

 

 竜の里事件の直後、エルフの危険性を再認識した王族と高位貴族であるフレイ、エルザ、ユーナの連名による進言によって、フェルノ王国では堕落を齎すエルフの入国を一斉に禁止している状況にあった。

 それに巻き込まれたシルフィーは、フェルノ王国に入国することも出来ず、何とかして入国するための伝手を得ようと、周辺各国をウロチョロしている間に、異界神獣による今回の騒動が起こってしまったのだ。

 

「そしたら、世界の命運をかけた決戦があるとかで、無理矢理エルフガーデン軍に入隊させられることになって、この状況なのです」

 

 周辺各国を彷徨っていたシルフィーは、戦力を欲したエルフガーデンのエルフに捕まり、本国へと強制送還されることになってしまった。

 本国で快楽漬けにされて、ビッチエルフに調教されるのかと戦々恐々としていたシルフィーだが、異界神獣に取り込まれたくないエルフ達は、何が何でも異界神獣を根絶するつもりだったため、エロいことをされることもなく、強くなるための厳しい軍隊生活を送ることになっていたのだ。

 

「エルフガーデン軍に? では他のエルフ達も――」

「既にここで戦っているのです」

 

 そう言ってシルフィーが目を向けた先、そちらの方にルイーゼが目を向けると、そこでは複数のエルフ達がラリった様子で暴れるように敵を倒していた。

 

「殺せ殺せ~!」

「ひゃっは~!」

「くすりぃ~! もっとくすりぃ~!!」

 

 目を血走らせながら、何処かの世紀末の蛮族のような感じで、分体の見た目が女子供であろうとも、まるで気にせずに殺戮を繰り返していく狂戦士達。

 それによって、一般人の見た目の分体に手出しが出来ず、追い詰められていた第三部隊は、少しずつだが体勢を立て直すことが出来ていた。

 

「まさかエルフに助けられるとはな……」

 

 エルフ達のあんまりな様子を見て、桐生は苦笑しながらもそう呟いた。

 そして第三部隊に指示を出す。

 

「エルフ達が持たせている間に陣形を組み直すぞ!」

「はい!」

 

 桐生の言葉で軍が動いていく。

 そんな中で、シルフィーがルイーゼに言った。

 

「姫様。姫様もまだいけるのです?」

「当たり前ですわ! ここで立ち止まるわけにはいきませんもの!」

「それでこそ、なのです!」

 

 そう言うと二人で分体達へと向かって行った。

 

☆☆☆

 

「駄目だ……前線が脆すぎる……!」

 

 フェルノ王国を中心とした第二軍団。

 こちらは他の軍団のように特殊な敵が現れたと言うわけでもないのに、完全に異界神獣の分体の勢力に押され、そして戦線が崩壊し始めていた。

 

「如何するの!? クリスティア王女! これってやばいよね!?」

 

 遊撃部隊である獣牙連峰を中心とした第六軍団。

 それが助けに入っているのに、戦況は一向に改善されていない。

 その為、第六軍団の指揮官であるキャロルは、第二軍団の指揮官であるクリスティアに向かって、事態の打開の方法を問いかけていた。

 

(純粋に我が国の戦力が不足している……! 内乱の影響で戦うことが出来る貴族が減っているのもあるが、私を王と貴族達がまだ認めていないせいで、こちらの命令がまともに届かず、勝手に行動されて各個撃破されてしまっている……!)

 

 かつてのフェルノ王国の内乱は早期に終結出来たものの、ユーゲント公爵派とダルベルグ公爵派に少なくない犠牲者が出てしまっている。

 それに加えて、弱腰の王によって、ダルベルグ公爵派が生き残ってしまったことで、その傘下である派閥の者は、未だにクリスティアを次期王と認めず、その命令を無視してしまっている状況にあるのだ。

 そして、その身勝手な行動によって、ユーゲント公爵派の軍勢が、自分達を守るための行動を始めてしまい、全体的な陣形が崩れる事態に陥っている。

 その状況を補うために、フェルノ王国軍の一部を率いるユーナや、中立派であるノーティス公爵軍は必死になって頑張っているものの、それでも国の大勢を担う二派閥が機能しないことには、状況を打壊することは難しかった。

 

(不甲斐ない……! 世界の危機だというのに、我が国がこんな体たらくを見せることになるとは……!)

 

 クリスティアは思わず唇を噛みしめながらも、事態を好転させるためにひたすら指揮を執って、何とか状況を打壊しようと足掻く。

 だが、一度崩壊し始めてしまった戦線は、どれだけ指揮を執って補おうとしても、挽回することは出来ないようなものだった。

 

「やばい! やばいよ~! どうしよう~これ~!」

 

 キャロルが喚き叫ぶ中で、一隻の空飛ぶ船がクリスティア達の後方に降り立つ。

 

「クリスティア様! 援軍です!」

「援軍だと!? これ以上、何処から……」

 

 既に援軍を派兵出来る第六部隊からの援助は受けている。

 そう考えて、クリスティアが後方へと目を向けると、そこには彼女が見知った顔が並んでいた。

 

「メジーナ……!?」

「お久しぶりです。クリスティア様」

 

 そう言って頭を下げたのは学友であるメジーナだった。

 彼女はクリスティアに向かって言う。

 

「世界各地から集めてくるのは時間がかかりましたが……何とか間に合ったようですね」

「集めてきた……? 何をだ?」

「それは勿論! 我が同志達です!」

 

 そこに居たのは、まだ幼い貴族の令嬢や令息達、そしてそれ以外の人種も服装もバラバラな多種多様な人々の集団だった。

 

「銀仮面様に救って頂いた我等銀仮面ファンクラブ! 今こそ、あの方の世界を守りたいという意思に準じ、世界の為に戦う時です!」

「うおおおおおお!!!!」

 

 その言葉と共に大地が震えるような歓声が響く。

 フレイが節操無しに救い続けてきた人々が、救って貰った借りを少しでも返そうと、命がかかったこの戦場に集結したのだ。

 

「さあ、クリスティア様! この部隊の指揮官である貴方が命令を!」

「あ、ああ……。わかった。銀仮面ファンクラブ! 崩壊している前線を立て直す為の時間稼ぎをしてくれ!」

「はっ! うぉおおおおおおお!!」

 

 クリスティアの命令を聞くと、銀仮面ファンクラブは、叫びながら我先にと敵陣へと突撃していく。

 ただのファンクラブにどれほどのことが出来るのか――そう思っていたクリスティアの目の前で、次々と分体達が銀仮面ファンクラブによって討ち取られていった。

 

「強い……!」

 

 クリスティアは思わずそう口に出す。

 だが、それも当然のことだ。

 ゲームの攻略対象というのは、基本的に他のモブとの差別化の為に、何らかの特徴を持たせて優秀になるように下駄を履かされている。

 それはフレイの恋人にさせない為に、無理矢理運命を変えたヒロイン達も同じであり、ゲーム上のヒロインにする過程で創世神による強化の手が入っていたのだ。

 それに加えて、アリシアのヒーローなど、元からフレイの助けになるようにと配置された攻略対象達は優れた素質を持っており、結果的に銀仮面ファンクラブは優れた才能を持つ者が集まった集団とかしていた。

 

「当たり前です。私達は銀仮面様から託されたこれで、今回のように私達の手が必要になる時のために、訓練に励んでいたのですから」

 

 そう言って、メジーナが見せたのは夢魔の懐中時計だった。

 

 銀仮面ファンクラブが幾ら攻略対象として素質に溢れているのだとしても、それを磨かなければ真っ当に戦う事は出来はしない。

 それなのに、彼らがこうも戦う事が出来ているのは、メジーナの持つ、メジーナルートの攻略特典であるこの懐中時計のおかげだった。

 

 懐中時計で行くことが出来る夢世界は、そこで失った処女膜が、起きた時には何事も無く無事であるように、例え夢の中で死ぬほどの怪我を負ったとしても、現実の肉体には何の影響もなく、死なずに生還することが出来るのだ。

 だからこそ、彼らはその死んでも蘇られる夢世界で、何をやっても死なないからと何度も死にそうになるほどの訓練を重ね、その結果として素質だけは充分にあった攻略対象達は、一騎当千の強兵へと姿を変えたのだ。

 

 一人一人が達人級の攻略対象達によって戦線は立て直す。

 次々と分体が倒されることで、戦線は持ち直していった。

 

(ただの学生や一般人が、こうして世界の為に自らを鍛えてこの場に立っているのだ! 貴族として人々を守らなければいけない我々が、我が身可愛さで戦う事を止めてはならない……!)

 

 そして、クリスティアはここで覚悟を決めた。

 

「第二軍団に通達する。こちらの命令に従わないダルベルグ公爵派を、後ろから分体に向かうように押し出せ! もし逃げるようだったら切り捨てても構わん!」

 

 その命令によって、第二軍団の面々がダルベルグ公爵派を押し出す。

 幾ら命令を聞かないと言っても、彼らだって命は惜しいもの、後ろからは第二軍団が、そして前からは分体が迫る状況に陥った彼らは、生き残る為にこれまでと違って必死になって分体と闘い始める。

 

(例え未来で問題が残るのだとしても、ここで勝利を得る!)

 

 そのクリスティアの堅い決意によって、分体は次々と打ち倒され、そして戦況は第二軍団側へと傾いていくのだった。

 

☆☆☆

 

「あれは……別世界の神のようですな。こちらの神より、向こうの神の方が、数は多い形でしたか……」

 

 目の前に立つ、圧倒的な力を帯びた二柱の存在を前に、思わずと言った様子でこの軍団の指揮官であるクリストフは呟いていた。

 聖王国を中心に、七彩教に縁深い国々が集まった第四軍団には、各軍団の中で最大の危機が訪れている状況にあった。

 

 それは異界神獣の世界の神を模した分体の登場だった。

 神を模した分体は基本的にこの世界の神が相対して戦っているが、それで防げる数は、この世界で下界に降りている神の数である六柱までとなる。

 その為、主神を除いて八柱いた異界神獣の世界の神を止めきることが出来ず、二柱の神がこうして第四軍団の戦場にやってきてしまったのだ。

 

 その神々が第四軍団に向かって手を向ける。

 すると、そこから光線が現れて、それは膨大な熱量を持って、その場に展開している第四軍団へと向かってきた。

 

「レシリア!」

「うん!」

 

 それに対抗したのはフェルノ王国の一部でありながら、第四軍団に配置されることになったシーザック家の面々――その中の聖女達だった。

 二人の生み出した結界が、光線と第四軍団の間に現れ、そして光線をその結界が受け止めていく。

 

「一撃が重い……!」

「レシリア! 耐えるのよ!」

 

 圧倒的な力に耐えるようにレシリア達は結界を維持する。

 やがて光線は力を失い、そこには壊れかけた結界だけが残された。

 

「守り切った……!」

「行くぞ!」

「命令されるまでもない!」

 

 神が放った光線が結界に防がれるのと同時に走り出したのは、ジーク率いるS級冒険者達の集団だ。

 この世界での最強格である彼らは、集団としての戦力が不足していた第四軍団に全て配置されており、そんな彼らは神すら殺すために敵へと向かっていく。

 

「あの戦いに割り込むのは難しい……。ならば、我等は我等のやり方で戦うのみ! 皆の者! 戦いに赴く彼らに強化を!」

 

 クリストフのその言葉と共に、大勢いる武装神官達が、次々と強化魔法をS級冒険者や聖女に付与していく。

 

「これはありがたい!」

 

 そう言うとジークは神へと斬り掛かる。

 

「息子があんな大役を背負って頑張ってるんだ! 父親としてかっこ悪い姿を見せるわけにはいかないんだよ!!」

 

 そう意気込むジークと共に強化されたS級が次々と神とぶつかり合う。

 この世界での最強格であるS級――それにこの世界最高峰の神官達が強化魔法をかけているが、それでも神を倒しきることは出来ない。

 

(異世界とは言え、さすがは神、これだけやっても押し切れないか……)

 

 冷静に状況を判断していたクリストフは事態の不味さを理解する。

 

 今は薄氷の上に立っているようなものだ。

 S級が一人落ちた時点で、この戦況はひっくり返りかねない。

 

「しまっ――くっ!」

 

 そしてクリストフのその懸念は現実のものとなってしまう。

 油断したS級の一人が怪我をしたのを皮切りに、次々とS級がダメージを負い、あっという間に戦況が神々の側へと傾いてしまう。

 

「このままでは――!」

 

 他の神と戦っている七彩の神に救援を求めるべきか?

 クリストフがそう考えたその時、空から一隻の船がこの場に降り立った。

 

 それは、銀仮面ファンクラブが動き出したのと時を同じくして、動き出していたもう一方の組織――銀神教の面々が乗った船だった。

 船から下りた人々は直ぐさま、S級に回復魔法を放つなど、各々が出来る形でこの戦場への介入を始める。

 

「銀神教!? でも、援軍が少し来た所で……」

 

 突如として現れた銀神教に驚いたレシリアがそう口にする。

 

 天才であるレシリアには結果が見えていた。

 例え、銀神教が加勢したとしても、二柱の神である敵との絶対的な差を覆すことはできないと。

 

「手はありますわぁ。貴方にその覚悟があればですけどぉ」

 

 そんな中で、銀神教の教祖であるレディシアは余裕を見せながら、レシリアに向かってそう語りかける。

 

「レディシアお姉さん。手段があるって言うの? レシィに必要な覚悟って?」

「人を辞める覚悟はあるかしらぁ?」

 

 その一言だけで、レシリアはその手段が何か気付いた。

 そして、その上でレシリアは宣言する。

 

「レシィはまだお兄様としたいこといっぱいあるもん! だから、こんなところで死ぬわけにはいかない……! その為なら人を辞める覚悟くらい! あるよ!」

「いい返事だわぁ~。さすがあの方の妹君」

 

 レディシアはそれだけ言うと、この場の戦いを世界各地に映している、映像水晶に向かって語りかける。

 

「ここで戦っているレシリア様はぁ! 異界神獣と戦っている銀の神フレイヤフレイ様の妹君なのぉ! 神と兄妹――それすなわち、その者も神であるということぉ! このお方は白の神なのよぉ!!」

 

 レディシアは全世界に向けて、堂々とレシリアが神だと偽った。

 だが、既に兄が神扱いされていることから、その発言には一見すると信憑性があり、映像を見ていた純真な人々は、レシリアが神であると誤認した。

 

「これから銀神教は、白銀教へと名称を改めるわぁ! この世界を救いたいと思っているのならぁ! この場で異世界の神と戦っている白の神への祈りを!」

 

 その言葉と共に、途方もないエネルギーがレシリアに流れ込んできた。

 

 神になるためには解脱した精神性が必要となる。

 だが、神の血を引き、そして世界中から大量の信仰というエネルギーを集めたレシリアは、神である兄と兄妹という事実、聖女という神の力をずっと扱っていた立場、そして持ち前の才能を利用して、それを強引に無視して神へと転じる。

 

「悪いけど! レシィ達の世界に! 貴方達みたいな神は不要なの!」

 

 そう言うとレシリアは、信仰によって自らに集まったエネルギーを、攻撃のために一カ所に集中させる。

 圧倒的な力の奔流に焦った二柱の神は、レシリアが攻撃に移る前に潰すため、レシリアに向けて光線を放とうとする。

 

 ――攻撃に力を使っているレシリアでは、自身の身を守ることが出来ない。

 

(ここだ――!)

 

 それまで力を温存していた来幸は、今が自分が動くときだと判断した。

 自身に残る魔力――その全てを使って、神をペテンにかける。

 

「!?」

 

 神が放った光線は見当違いの方向に飛んでいった。

 来幸が放った闇魔法が神を騙したのだ。

 

「お兄様の邪魔はさせない! これで終わりだよ!!」

 

 レシリアのその言葉と共に、必殺の光線が外れて動きが止まった二柱の神の元へ、信仰による莫大なエネルギーを一点集中させた光の魔法をぶつける。

 その圧倒的な威力によって、神々は欠片も残さず消え去った。

 

「勝った……! 異世界の神に! 偽りの神に勝った!」

 

 歓声がその場に響く。

 二柱の神を相手に勝ち残るという大金星。

 

 第四軍団の戦場は、第四軍団側の勝利で幕を閉じた。

 

☆☆☆

 

「なんだぁ!? こりゃあ!?」

 

 第五軍団の指揮官であるガンダングは思わずそう叫んだ。

 目の前に居るのはこの世界では見たこともない奇っ怪な化け物達。

 異形、異形、異形、異形――他の軍団と違い、様々な種類の化け物が、この第五軍団が受け持つ戦場へとやって来ていた。

 

「なんで、ワシらのところは、こんな化け物ばかりくるんだぁ!?」

 

 ガンダングが知るよしもないが、これは、異界神獣が持つ、抗体のような、敵に対応して成長することで能力を変えていくという対応能力によるものだ。

 義勇兵が多く優しさにつけ込みやすい第三軍団に帝都の人々を模した分体を送り込んだように、聖女やS級など強力な駒を持つ第四軍団に神という特級戦力を配置したように、飛行型が少ないと言う以外に特に弱点らしい弱点の無かった第一軍団と、弱すぎて成長することのなかった第二軍団以外の部隊は、各部隊の弱点を突くように異界神獣が成長し、対応を行っていた。

 それは、この第五軍団でも同じであり、多少の生物なら、強靱な肉体を使用してあっさりと倒してしまうドワーフに合わせて、異界神獣が取り込んだ世界の様々な化け物をこの地に派遣していたのだ。

 

「く……さすがのワシらでも、あの巨体相手だと骨が折れる」

 

 目の前に立つ巨大な怪物を複数人掛かりで倒したガンダングは、激闘によって流れた汗を拭いながら思わずそう口にする。

 

「王よ! あれはどうやって倒せばいいのですか!?」

「知らん! 取り敢えず殴っとけ!!」

 

 現れる怪物はどれも見たことが無いようなもの。

 どうやって戦うのがいいのか、それすらもわからない。

 だが、それでも攻撃を続けなければ、こちらが押し負けてしまう。

 

「せめて持ち込んだアレを使えれば……だが、この巨体相手では、身動きの取れないアレはいい的になるだけだな……」

 

 ガンダングが思わずそう嘆いた時、空から拡散する光の波動がやってくる。

 

「これは……!?」

 

 ガンダングがそれに驚いている中で、地面の草が成長し、次々と巨大な怪物達を縛り上げていった。

 そして、身動きが取れなくなった怪物達へ、強力なブレスが放たれ、怪物達に風穴を開けていく。

 

「ボク達が援軍に来たよ!」

「竜族か! 他の竜族の相手はいいんか!?」

 

 この戦場に現れた竜族達にガンダングは思わずそう問いかけた。

 それに対して、竜族の長老であるヨーデルは答える。

 

「異世界航行船とやらが受け持っておる。それで手が空いた竜族は、押されている場所の手伝いを命じられてやって来たというわけじゃ」

「それは助かる! 敵がデカくて困っていたところだ!」

 

 分体を殴りながらガンダングは素直にヨーデルの救援を喜ぶ。

 一方でヨーデルは浮かない顔をして、ブレスを浴びせた分体達を見ていた。

 

「ブレスが大して効いてないのう……。これは、ワシらが来ても、状況を変えられそうにないのじゃ……」

 

 敵の分体は竜族から見ても大きな体を持っていた。

 その為に、他の生物相手なら必殺となる竜族のブレスが、体の一部に穴を開けるだけで、明確なダメージに繋がっていない様子だったのだ。

 

「いや、それならワシに考えがある! 竜族が手伝ってくれるのなら! アレが使えるはずだ! ワシに着いてきてくれ!」

 

 そう言うとガンダングは自軍の後方に向かっていく。

 竜族が追っていくと、そこには巨大な鉄の城塞と呼ぶべき兵器があった。

 

「異界神獣に一発ぶち込むために用意したワシらドワーフの自信作! 対異界神獣兵器――鉄牙城だ!!」

「この城が……武器だって言うの!?」

 

 ヨーデルと共にこの地に援軍に来ていたノルンがそう叫ぶ。

 その言葉にガンダングは満足そうな顔をして言う。

 

「鉄で出来た城は守りが最強! ならば、そこに攻撃性能を加えれば! どんな相手だろうと打ち倒す最強の兵器が完成するって寸法よ!!」

 

 ドヤ顔を見せながらそう言うガンダング。

 それを聞いたノルンは純粋な疑問をガンダングにぶつけた。

 

「じゃあ、どうしてそれを使ってないの?」

「そ、それは……だな。フレイヤフレイ様に手伝って貰って、ここまで運んで来たものの、ここから動かす手段を何も考えておらんかったのだ……」

「ええ……」

 

 あまりの計画性の無さにノルンは呆れたような声を出す。

 一方で今の発言から自分達にして欲しいことを察したヨーデルは、ガンダングに向かってそれを聞いた。

 

「つまり、ガンダング殿はこれをワシらに押し出して欲しいと言うことじゃな?」

「その通りだ! 竜族が複数体協力してくれるのなら、鉄牙城を押し出して動かすことが出来るだろう? 巨大な敵には巨大な兵器! この鉄牙城なら! あの巨大な怪物達も打ち倒せるはずだ!」

「やれやれ、老骨にはちと厳しいが、これが最善の手のようじゃな」

 

 そう言うと竜族は鉄牙城の後ろに回る。

 

「よし! ワシらも乗り込むぞ!」

 

 それを見て、ガンダング達、第五軍団も鉄牙城に乗り込む。

 

「今こそワシらの力を見せるとき! 前身!」

 

 その言葉に合わせて竜族が鉄牙城を押し出す。

 後ろから押し出された鉄牙城は、城の下に付けられた車輪によって、軽快に走り始め、どんどんと加速しながら、分体に向かって進んで行く。

 

「パイルバンカー用意!」

「うっす!」

 

 ガンダングの言葉と共に、鉄牙城の機構が動き始める。

 城の正面――普通なら城門があるはずのそこには、ドワーフたちが作り出した巨大な破城槌が取り付けられていた。

 

「突貫!」

 

 その言葉と共に鉄牙城が怪獣とも言える巨大な分体にぶつかる。

 その衝撃で分体はよろめき、明確な隙を作り出した。

 

 そこに――。

 

「放て!」

 

 ガンダングの命令のもとパイルバンカーとなっていた破城槌が打ち出される。

 城一つを使ったパイルバンカーの威力は凄まじく、分体はその巨大な体の半分以上をえぐり取られ、そしてそのまま散っていった。

 

 それを見て、ガンダングは叫ぶ。

 

「わはははは! これぞ! ロマンよ!」

「残りの敵がこっちに向かってるっす!」

「バリスタと大砲で迎撃しろ! この鉄牙城は守りも強いのだ!」

 

 竜族に押されて鉄牙城が再度移動する中で、城の上部に取り付けられた大量のバリスタと大砲を使って、次々と分体達を撃っていく。

 そして、敵が怯んで出来た隙を狙い、次なる分体に体当たりを敢行し、二度目のパイルバンカーで相手を仕留めて行く。

 

「どれだけデカかろうと無敵の鉄牙城には勝てん! わははは!」

 

 巨大な城が動くことによる攻防一体の戦術。

 それによって、第五軍団は持ち直し、戦況を有利に進めていくのだった。

 




 異界神獣とフレイの戦いに関しては、基本的にルートによって変化がない形になりますが、この連合軍の決戦はフレイが通ってきたルートによって、それぞれの軍団の優勢や劣勢、勝利や敗北の状況が変わります。
 例えば、バカンスに行くのをエルミナではなく、神威列島にすると、そこで攻略対象である桐生将軍の娘の剣聖を目指す少女と出会い、イベントをこなすことによって、今回の決戦での状況が、竜族の支援がなくて壊滅する第五軍団と、エルフの助けを得ずに分体を殲滅する第三軍団といった形に変化します。
 今回の戦いは基本的にベストなルートを通っていますが、フェルノ王国の内乱の後始末に失敗してしまったので、第二軍団が劣勢に追い込まれる形になってしまっています。


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凡人だって英雄になれる

時間指定間違ってました。
次話を投稿します。


 

「ここまでは順調だな……!」

 

 再び集めた雷を異界神獣に当てながら、俺は思わずそう呟く。

 

 俺と異界神獣の戦いはパターン化し始めていた。

 元より、転移能力しかない俺と、触手しかない異界神獣の戦いだ。

 お互いに使える手札が限られている以上、それを使っての戦いは、結果的に同じようなやり取りに落ち着いてしまう。

 

 異界神獣は触手で俺に襲い掛かるが、俺は転移でガン逃げしながら、その異界神獣に対して一方的に自然現象を利用した攻撃を当てることが出来る。

 

 正直言って、戦況はこちらがかなり優勢だ。

 

 このまま行けば苦労せずに削り切れそうだが……。

 

 そんなことを考えていると、突如として異界神獣の動きが止まる。

 これまで出していた触手を自分の元に戻し、そして何やら激しくマーブル模様の液体が踊るように蠢いていた。

 

「災禍の神炎!」

 

 俺が世界中から集めた炎をぶつけるが、異界神獣はそれに対して一向に反応を見せず、そのまま蠢き続けている。

 

「マスター。異界神獣の様子がおかしい」

「何かをする気みたいだな……いよいよ第二形態か?」

 

 俺の見ている前で異界神獣が変貌する。

 液体が固体へと変わり、何かしらの形を形成していく。

 俺はその間も何度も攻撃を続けていくがその変化は止まらない。

 やがて、異界神獣は何らかの生物にその姿を変えた。

 

「あれは……悪魔……か?」

 

 俺がその姿を見て感じた印象はそれだった。

 人型でコウモリの翼を生やした、どちらかというとゲームの敵役として出てきそうな悪魔の見た目となった異界神獣は、その顔をこちらに向けてきた。

 

「まあ、何に変わろうと関係ない。こっちはこれまで通り、攻撃を当て続けていくだけだ! 災禍の神雷!」

 

 俺は再び世界中から集めた雷を束ね、それを異界神獣にぶつけるが――。

 それは、異界神獣の手によって軽く振り払われた。

 

「なっ!? 雷が効かない――!? なら、炎はどうだ!?」

 

 俺は直ぐさま炎を転移させてぶつけるが、異界神獣はそれすらも大したダメージを受けずに、こちらに向かって手を振り抜いてきた。

 俺はそれを転移で避けて、続けて風と氷もぶつけるが、それらに関しても先程までと違って、ほとんど異界神獣にダメージを与えられない。

 

「これは……どれも碌にダメージを与えられてないな。クラウ、何故こちらの攻撃が異界神獣に効かなくなったのかわかるか?」

「分体が生物情報を元に変貌したように、異界神獣自身も取り込んだ生物情報から何らかの生物に変貌したものだと推測される。そしてその生物が、おそらくは自然現象に強い耐性を持つ存在だった」

「なるほど、ようはこちらの魔法攻撃が嫌だから、自分の世界の属性攻撃に耐性を持つ存在に変わって、それを防ぎにきたってわけか」

「大体そんな感じ」

「つまるところ、これが奴の第二形態ってわけだな」

 

 俺はそう口に出しながら、異界神獣を見据える。

 悪魔のような存在の実体を得たことで、異界神獣は触手を出すことも無くなり、その行動パターンは完全に変化してしまっている。

 

「あのままの方が楽だったが……やり方を変えていくしかないか」

「当機を使う?」

「いや、まだだ。まだ手は残ってるしな」

 

 第二形態になったし、そろそろ使うか? と聞いてきたクラウに対して、俺はそう言葉を返すと、異界神獣に向かって飛んでいく。

 すると異界神獣はこちらに手を向けて、その手に魔法陣を浮かべた。

 

「なっ!?」

 

 魔法陣を見た瞬間に咄嗟にその場から転移する。

 すると俺がいた場所を巨大な炎の渦が駆け抜けていった。

 それを見て、俺は戦々恐々としながら叫ぶ。

 

「魔法を使ってくるのか!?」

「向こうは元にした生物の能力を使えると見た方がいい」

「それにしては威力が強すぎる気がするが!?」

 

 俺の後ろの空にあった雲を弾き飛ばした炎の渦を見て俺はそう叫んだ。

 あんな国一つ落とせそうな威力の魔法を使っていたとか、向こうの世界はどんな人外魔境だったというのだろうか。

 

「元にしている能力は変貌した生物のものだけど、あちらの世界のあらゆる生物を内包している異界神獣は、その能力を強化することが出来るのだと思う」

「つまり、今の異界神獣は、あの生物の強化版ってことか……雷とかがほぼ無効化されているのも、属性攻撃への耐性が更に強化されているからってことだな……!」

「コ……オレ……」

 

 実体を得て模倣した生物の知性と声帯を手に入れたのか、異界神獣はそのように言葉を発すると、周囲を覆うように冷気の壁を生み出す。

 

「広範囲攻撃……! 触手よりも厄介だな……!」

 

 俺は転移で距離を取る。

 俺の戦い方の都合上、転移先も含めて攻撃が可能な、魔法による広範囲攻撃は正直言って相性がかなり悪い。

 

 下手に転移したら、その場所を攻撃されるな……。

 

 触手と違って、攻撃の起点が見えないから、転移直後に相手の動きを見て、再度転移するということも難しい。

 

「ヒカ……リ……ヨ。カゼ……ヨ」

「盾よ! 来い!」

 

 異界神獣が放った光魔法の光線を呼び出した複数の盾で防ぐ。

 そして、その直後にやって来た風の魔法を転移で躱す。

 

「二段階攻撃とか……盾で防がなければ、今のでやられてたな……!」

「マスター。防戦一方だと手札の少ないマスターの方が不利」

「わかってる……! 準備はした! 今はもうしばらく時間を稼ぐ!」

 

 俺はそう言うと盾を周囲に展開する。

 そして、そのままの状態で異界神獣を牽制するように飛び回った。

 

 先程までと違い、此奴にはもう触手は無い。

 だからこそ、こうして周囲を自由に飛び回ることが出来る。

 

「モエ……ヨ」

 

 そんな俺の動きを鬱陶しく思ったのか、異界神獣が広範囲を焼き尽くす魔法を俺が飛んでいる領域一帯に向けて放つ。

 

「どれだけ強かろうとも拡散すれば威力は落ちるよな!」

 

 だが、その魔法は俺が複数展開した盾によって完全に防がれた。

 壊れた盾を別の盾に換装しながら、俺は異界神獣の注意を引きつけるために、周囲を飛び続ける。

 

「マスター。来た」

「頃合いだな」

 

 クラウの合図と共に、俺はその場に立ち止まった。

 そして、異界神獣を見据え、にやりと笑うと言い放つ。

 

「異界神獣……お前に対して属性攻撃が効かなくなったというのなら――」

 

 そこで俺は天に手を向けた。

 その手が指し示した方向には、塔と見紛うばかりの巨大な槍があり、それは異界神獣に向かって、もの凄いスピードで落ちてきていた。

 

「――今度は文明の利器でお相手しよう!」

「ガアァアァァア!!!」

 

 俺のその言葉と共に巨大な槍が異界神獣を地面に縫い付ける。

 頭上から全身を貫かれた異界神獣は、生物を模したことで生まれた声帯で、その激痛による叫び声を発した。

 

「第二形態になったからと言って、必ずしも強くなるとは限らない」

 

 異界神獣は自分の世界の生物を模倣したことで形を持った。

 それによって、奴は属性攻撃が効かなくなるというメリットと引き換えに、物理攻撃が効かないという液体故のメリットを捨て去ったのだ。

 

 そして、これは俺に取っての僥倖だった。

 先程まで俺はちまちまと自然現象を転移させて戦っていたが、それは俺本来の戦い方ではないし、その戦い方が得意というわけでもない。

 あくまで、相手が液体で物理攻撃が効かなかったから、そう言った戦い方をせざるを得なかったというだけなのだ。

 

 だが、その制限は今取り払われた。

 だからこそ、俺は俺自身が最も得意とする戦い方で戦える。

 

「悪いが俺はこちらの方が得意でね。こっから先は全力で行かせてもらう!」

 

 俺はそう言うといつもの如く、武器を取り寄せして落下による加速を加え、そして充分に加速しきったその武器を異界神獣に打ち出す。

 射出された武器は異界神獣を貫き、その肉体に次々と風穴を開ける。

 

「ウセ……ロ!!」

 

 異界神獣が風魔法を放ち、射出された武器を弾き飛ばそうとする。

 

「残念、それは悪手だ」

 

 俺はそう言うと、弾き飛ばされた武器を再度転移させ、その弾き飛ばされた勢いをそのままに、異界神獣へと向かわせ直す。

 

「ガァ!?」

 

 予想だにしてなかった背後からの一撃を受けて異界神獣が呻く。

 そして怒りに染まった顔で俺を見る。

 

「エサガ……ズニノルナ!!」

 

 そう言うと異界神獣は自分に刺さった巨大な槍を掴む。

 そして、ブチブチと音を立てて、強引にその肉体から抜き取った。

 

「コレハ、ワレノ、モノダ!」

 

 そう言うと異界神獣は、槍を抜いたことで裂かれた肉体を再生させながら、こちらを嘲笑い、そしてその槍をぶんぶんと振り回した。

 面積が大きい巨大な槍は、乱雑に振り回すだけで、俺が射出する武器を次々と容易く撃ち落としていく。

 

 ……やはり、部位が欠損しても、肉体を再生させることが出来るのか。

 まあ、再生出来るにしても、その為に様々な存在を取り込んで得たエネルギーを消耗することにはなるんだろうが。

 

 俺がそんな風に思考しながら様子見をしていると、俺が手出しできないことに気分を良くしたのか、異界神獣は俺が射出した武器を一通り防ぐと、その槍を俺に向かって突き放った。

 

「シネ!」

 

 目の前に迫り来る巨大な槍。

 だが、それでも俺に焦りはない。

 

「俺の武器で俺が殺せると? それは甘い考えだな!」

 

 俺はそう言うと格好付けるように指を鳴らした。

 それと同時に巨大な槍が異界神獣の手から消え失せる。

 

「ナニッ!? ダガッ! コノキョリナラッ!!」

 

 異界神獣は握りしめた槍が消えた事に驚くが、直ぐに俺が近くに居ることに気付き、そのまま突き出した手で俺を掴もうとしてくる。

 

「武器が無くなればそうなるよな……。本当に――読みやすい!」

 

 俺はその言葉と共に、世界中の織物職人が協力して作り上げた巨大な布をその場に取り寄せる。

 その布の両端には重しが取り付けられており、それによって振り子のように両端が動いて、異界神獣の両腕を包み込んだ。

 

「お前は無機物を取り込めない! こうして布で囲ってしまえば――!」

 

 俺は異界神獣の腕を囲んだ布の上に降り立つ。

 

「触れたところで何の問題もない!」

「ホノウヨ!」

 

 俺に向けて火の魔法を放つ異界神獣。

 俺はそれに合わせて、大勢の農家に頼んで集めて貰った燃えやすい枯れ葉を、周囲に展開しながら、異界神獣の腕を足蹴にして、その場から飛び立つ。

 

「グァアアアア!!」

「自分の魔法で燃える気分はどうだ?」

「キサマァ!」

 

 異界神獣が放った火の魔法が自らの腕にあたり、用意した枯れ葉を媒介にして、異界神獣の腕を炎上させていく。

 自らの腕が燃える中で、異界神獣は憤怒の表情で俺を見た。

 

 第二形態になって弱くなったのは物理耐性を失ったことだけじゃない。

 下手に知性を得たせいで、行動を読まれやすくなってしまっている。

 

 正直に言えば、まだ第一形態の方が、何かを考える知性もなく、こちらの行動にただ対応してくるだけだったので、何をしてくるかわからない怖さがあった。

 だが、今の異界神獣が相手なら、巨大な槍を残したままにするなど、わざと相手が取れる手段を用意しておけば、行動を誘導することは可能だ。

 

 攻撃を受ければ一撃死の状況では、予想できない行動こそが一番恐ろしい……。

 だからこそ、このまま、俺の手の上で踊り続けて貰う!

 

 俺はそう考えて異界神獣を煽り続ける。

 

「喚き散らしても、俺に攻撃は当たらないぜ!」

「ダマレェ! ガァ!?」

 

 世界中の鍛冶師が協力して作り上げた巨大なギロチンが、布で一纏めにされた異界神獣の両腕を切り落とす。

 両腕を失った異界神獣は、その両腕が再生するまでの間、俺に攻撃するために魔法を放とうと言葉を紡ごうとする。

 

「イカ……」

「させるかよ!」

 

 俺はそう言いながら、世界中の木工職人に大量に作らせた木の杭を、次々と取り寄せて異界神獣の口に突き刺していく。

 それ自体は刺さったところで大したダメージを与えられないが、そのぶつかった衝撃で、木の中に仕込んであった瓶が割れ、瓶に込められていた世界中の錬金術師達が作った薬品が混ざり合い、化学反応によって大爆発を引き起こした。

 

「!?!?!?」

 

 この世界で即席で作った、ミサイルの模造品のようなもので顔を吹き飛ばされた異界神獣は、驚きを表すことも出来ずに倒れていく。

 

 ――俺はアレクのような英雄じゃない。

 

 創世神が俺を主人公に選んだとは言え、それで俺の何かが変わる訳でもない。

 転生者である俺の本質は、モブであった前世の頃と同じ、ただの凡人だ。

 

 異界神獣のような何かの存亡を左右する戦いにおいて、英雄なら相手がどれほどの強敵であろうとも何らかの力に覚醒し、その相手を独力で打ち倒すことが出来るだろうが、ただの凡人ではそんなことが出来るはずもない。

 だからこそ、ただの凡人である俺個人の力では、異界神獣を相手に打ち勝つことは出来ないと考えていた

 

 それこそが英雄ではない凡人の限界――。

 ――だが、そんな凡人でも英雄になれる方法がある。

 

 お金を持たない貧乏人でも、世界中から一円ずつを集めれば、何十億という大金を持ったお金持ちになれるように――。

 

 世界を使い果たせば――凡人だって英雄になれる!

 

「言ったはずだぜ、お前の相手はこの世界だってな!」

 

 俺は自分の力の限界を知っている。

 だからこそ、初めから、俺だけの力で異界神獣と戦うつもりはない。

 

 そう、俺は――この世に存在するありとあらゆるものを利用し尽くしてでも――絶対にこの戦いの勝利を得てみせる。

 



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ゲームクリア

 

 村の中央に設置された大きな焚き火台の元に、その村に住む全ての村人が集まり、固唾を呑んで映像水晶から映し出されるフレイと異界神獣の戦いを見守っていた。

 

「凄い戦いだな……」

 

 村人の一人がそう言いながら焚き火台に木を放り込む。

 何故こんな時にキャンプファイヤーをしているかと言うと、フレイが炎を転移させて攻撃をするための炎の転移元として、世界各地の村や都市にキャンプファイヤーの実施を依頼していたからだった。

 

 属性攻撃が効かなくなったため、今は物理攻撃に切り替わって炎を取り寄せることは無くなっているが……それでも村人達はまた使うことになるかも知れないかと、必死で炎の勢いを維持しながら、戦いを見続けていたのだ。

 

「でも、やっぱ神様は凄いな……あんな戦いはオラ達には出来ないもんな……」

 

 村人達は畏敬の念を見せながら、戦いに挑む神の姿を見据える。

 異界神獣を手の平で転がすようにしながら、格好良く戦う神の姿は、戦いと縁遠い彼らに取っては、とても頼もしく、そして輝かしいのものに見えたのだ。

 

 ――そして、村人達がそう思うのはフレイの狙い通りだった。

 

 世界中に映像水晶を配備し、世界の人々がこの戦いを見られるようにしたのも、わざと技名を言いながら自然現象を転移させたのも、格好付けるような言い回しや仕草をしているのも、全ては世界中の人々に神が世界を守るために凄い戦いを繰り広げていると認識して貰う為のものだったのだ。

 

 何故、フレイはこのようなことをわざわざしているのか。

 その理由は、フレイが神になったばかりの無名の存在だからだ。

 

 銀神教などが活動を開始し、銀の神フレイヤフレイの存在を広めていると言っても、それはここ数年の話であり、全世界に広がっているというわけではない。

 だからこそ、今回の戦いが始まるまでの世界中の人々の認識は、よく分からないけど最近神になったらしい奴が、異界神獣という化け物と先陣を切って戦うらしいという程度の関心の薄い認識しか持っていなかった。

 

 それを何とかして変えようとフレイは考えていたのだ。

 なぜなら、関心の薄さは当事者意識の欠如に繋がるからだ。

 

 例えば、スポーツなどでは、親しみがある地元の球団などを応援し、その勝利を自分のことのように喜ぶと言ったことがあり得る。

 だが、例え地元に住んでいても、その球団に関心が薄ければ、今年の日本一を決めた勝利であったとしても、その勝利を自分のことのように喜ぶと言った事態に繋がることはないだろう。

 

 言ってしまえば、それは対岸の火事とも言うべきもの。

 どれだけ大変なことが起こっていようとも、自分に直接関わり合いのないものなら、人はそれを無視して何も無かったかのように生活を続けるのだ。

 だからこそ、この決戦が行われている時でも、この世界の人々は世界の命運をかけた戦いなど自分には関係ないと考えて、それらを全て忘れ去っていつも通りの日常を送る可能性があった。

 

 普通の主人公なら、皆の日常を守るためと言って、その行いを肯定するのかも知れないが、そんな高尚な気質を持たず、全てを利用し尽くしてでも勝利を得ようとするフレイに取っては、それは許せない行いだった。

 

 だからこそ、そうさせないために映像水晶を使って戦いを見せつけた。

 

 人は対岸の火事を気にかけること何てない。

 そんな、モブの心理を身をもって知り尽くしているフレイだからこそ、全ての人々を当事者にするために、銀の神フレイヤフレイという存在を認識させたのだ。

 

 そして、そう言った仕込みはもう一つ存在している。

 

「あれはオラが切った木で出来た杭だ!」

「ってことはあの中身は私が作った薬品か……!」

 

 感慨深げに村人達はその道具が使われるのを見つめる。

 フレイが振るっている様々な道具は、彼らの言葉通り、彼らが協力して作り上げたものが含まれていた。

 だからこそ、自分が作った道具を使われた村人達は言う。

 

(私達もあの神――フレイヤフレイ様と一緒に世界の為に戦っているんだ!)

 

 共に戦うという思い、それは連帯感を高め、当事者意識を強める。

 多くの人々が銀の神フレイヤフレイを、自分達と共に戦う仲間だと認識し、そして自分達の勝利の為に、その活躍を強く願い、祈りを捧げていった。

 

 そう、この時――銀の神フレイヤフレイは、主神である紫の神セレスティアを越えて――世界で最も有名な神となった。

 そして、フレイの狙い通りに高まった信仰は、フレイの空間を司る神としての能力を強化し、その力を持ってフレイは戦いを優勢に進めていく。

 

 何度も何度も、手を替え品を替え、様々な道具を利用し、これは世界の総力を結集した戦いだと、お前達も一緒に戦っているのだと、見せるつけるようにして、異界神獣と戦って行くフレイ。

 それによって、世界中の熱はどんどんと高まっていく。

 

 それは一種のショーだった。

 世界を救うという物語を一幕を、フレイは全世界の人々に見せつけたのだ。

 

 この世界の自然現象や、人々の力を結集した道具だけではなく、フレイは人々の信仰心すらも利用し尽くすために、自らを物語の主人公という名の道化にして、異界神獣との戦いという舞台で踊り続けていたのだ。

 

 フレイの努力の成果はしっかりと現れ、異界神獣は目に見えて弱っていく。

 しかし、その時、村人の一人が映し出される映像を見て気付いた。

 

「異界神獣の姿がまた変わったぞ!?」

 

 映像の中で異界神獣は再び変異を始めていた。

 悪魔のような見た目だった異界神獣は、その肉体から亀のような甲羅や、獣のような体毛、鳥のような羽に、竜のような鱗など、様々な生物の特徴をまるでキメラのように出し続け、壊れた生物としての姿を見せつける。

 

「なんておぞましい……」

 

 村人の一人が思わずそう口にする。

 村人達に取って、何よりも、気味が悪かったのは、異界神獣の肉体の至る所に、様々な生物の顔が生えていることだった。

 そして、その顔達は次々と呪詛を語り続ける。

 

『金だ! 金をよこせ! じゃなきゃお前を殺す!』

『私だけがこんな目に合うなんて許せない! そうだあの女も私と同じように悲惨な目にあえばいいんだ!』

『価値のないゴミが、平民のくせして、俺に逆らおうとするから、そんな無様な目に合うんだ』

『きゃははっ! ほんと馬鹿だよね~ちょっとおだてれば、あのおっさん達は直ぐにお金を払ってくれるんだから、私の人生ほんとイージー』

『新しく入った新人、いい女だよなぁ……今度酔わして犯してやろうかな』

『殺してやる! 殺してやる! 殺してやるぅううう!』

 

 まさに人々の悪意を集めたかのように言葉を吐き続ける複数の顔。

 それを見て、そして聞いて、人々は嫌悪感を露わにした。

 

『世界中の皆、聞いて欲しい――』

 

 そんな中で、フレイから世界中の人に向けてそう声が届く。

 

『異界神獣は再度変異した。これにより、属性攻撃だけではなく、物理攻撃も受け付けなくなってしまったようだ』

 

 映像の中では、フレイが自然現象や武器を異界神獣に当てているが、その全てに対して異界神獣は碌にダメージを受けていないようだった。

 キメラのように自らの世界の様々な生物の特徴を取り込んだことで、異界神獣はあらゆる耐性をその身に宿していたのだ。

 

『だが、私にはまだ切り札が残されている。この手にある聖剣が』

 

 そう言ってフレイは聖剣を振りかざした。

 誰もがその聖剣の輝きに目を奪われる。

 

『しかし、私の魔力だけでは、この聖剣を起動させるためには足らないのだ』

 

 フレイの真摯な声が世界に響く。

 

『少しでも構わない! 皆がこの世界の未来を願うなら――どうかこの私に皆の魔力を分け与えて欲しい!!』

 

 この世界を守るために戦っているものからの助けを求める声。

 それと同時に目の前に魔法陣が現れた。

 

 村人達はその魔法陣に魔力を込めればいいのだと直感的に理解し、フレイヤフレイの勝利を願いながら、次々と魔力を込めていく。

 

「信じているよ! フレイヤフレイ様!」

「受け取って! 私達の力を!」

「この世界に明日を!」

「勝ってください! この世界のために!」

 

 大勢の人々の願いを集め、聖剣は光輝く。

 

 その姿を見て、誰もが理解した。そして信じた。

 この神はきっと成し遂げて見せると。

 

☆☆☆

 

 俺の目の前で異界神獣は第三形態に変化していった。

 まるでサラダボウルのように、甲羅に毛皮に鱗と、選り取り見取りな特徴が追加されていく異界神獣を見て、俺はある懸念を抱く。

 

「ひとまずは試してみるか」

 

 俺はそう呟くと、異界神獣に自然現象を転移させた攻撃と、武器などを射出する物理攻撃を繰り返した。

 だが、そのいずれも、異界神獣にダメージを与えることは出来なくなっていた。

 

 やっぱ、複数の生物の情報を取り込んだキメラになったことで、属性攻撃だけではなく物理攻撃も含めたあらゆる耐性を獲得したみたいだな……。

 

 俺は内心でそう考えながら心の中で舌打ちをする。

 これだけの耐性を獲得されると、あらゆるものを転移させられる俺でも、明確にダメージを与えるものを用意することは難しい。

 

 何がまだ効くかを調べる為に、色々と試すことに時間を使ったら、その隙を突かれてやられかねないか……これは潮時だな。

 

 俺はそう考えると、鞘から聖剣を抜き放った。

 それを受けて、クラウが俺に対して言う。

 

「当機の出番?」

「ああ、頃合いだろう。もう向こうも絞りかすだけみたいだしな」

 

 俺がそう言って示した先では、複数の顔をその体に生やした異界神獣が、次々とその顔から、様々な存在の悪意と思われるものを喋り続けていた。

 

「異界神獣は世界を喰らった。そして悪意という毒があり、それを含めて消化出来なかったものが、その肉体を覆ってあのマーブル模様の液体になった」

 

 耳障りな異界神獣の声を聞き流しながら、俺は続けるようにして言う。

 

「つまり、異界神獣の肉体を構成するのは悪意とそれ以外だ。ああやって、悪意が漏れ出てきたと言う事は、悪意以外の消化出来なかったものが削られて、異界神獣が完全に消化できなかった悪意という毒しかもう残っていないってことだろう」

 

 俺は異界神獣の今の状態についてそう結論づける。

 悪意という毒を隠していた外殻が無くなったからこそ、異界神獣は悪意を次々とまき散らす、この第三形態とも言うべき姿になったのだ。

 

「マスター。油断は禁物」

 

 あと少しで倒せるという意味で言った俺の言葉に対して、クラウが気を引き締めるように忠告を行ってくる。

 

「悪意は人の強固な思念の一つ。ここからは何が出てくるかわからない」

 

 魔が差したという言葉があるように、殺人や盗みなど普段は自ら行えないような行為でも、人は悪意さえあれば簡単にそれを実行してしまえるようになる。

 つまり、悪意とは人の行動を簡単に変えてしまえるほど、強い影響力と強靱さを兼ね備えた強固な思念であると言えるのだ。

 

 そんな、悪意が主体となって形成された状態――。

 クラウの言う通り、ここから異界神獣がどう変貌するかわからない。

 だからこそ、俺は言う。

 

「わかってる。もう出し惜しみはなしだ――聖剣を使って一撃で終わらせる」

 

 そしてこの戦いを撮っている映像水晶に向けて俺は語りかける。

 

「世界中の皆、聞いて欲しい――」

 

 舞台は完全に整った。

 

「異界神獣は再度変異した。これにより、属性攻撃だけではなく、物理攻撃も受け付けなくなってしまったようだ」

 

 ここから先はこの物語のフィナーレだ。

 

「だが、私にはまだ切り札が残されている。この手にある聖剣が」

 

 そして、フィナーレには相応しい終わり方が存在してる。

 

「しかし、私の魔力だけでは、この聖剣を起動させるためには足らないのだ」

 

 つまるところ、それは――。

 

「少しでも構わない! 皆がこの世界の未来を願うなら――どうかこの私に皆の魔力を分け与えて欲しい!!」

 

 『宇宙のみんな! オラに元気をわけてくれ!』だ!

 

 最終決戦でのお約束。

 世界中の人々が主人公に力を託して、主人公が本来勝てない強大さをもった悪の親玉を倒すパターン。

 

 俺はこの結末に向けて、これまで散々準備を行ってきたのだ。

 

「マスター。世界中の人々の祈りと魔力が集まってる」

「聖剣起動までの進捗率は?」

「現在30%……40%……」

 

 進捗率を伝えるクラウの声が淡々と響く。

 聖剣に集まる膨大な魔力を危険視したのか、異界神獣は自らの変貌を停止すると、俺に向かって触手と魔法を放ってきた。

 

「今までの全形態の技が使えるってことか!」

 

 俺がそう言った瞬間、異界神獣から肉体の一部が射出される。

 俺はそれを咄嗟に盾で防ぐが、その盾を貫通してきたため、二つ目の盾を瞬時に展開して、その盾でそれを受け止めた。

 受け止めたものの、半分盾を貫いたそれをみて、俺は思わず叫ぶ。

 

「これは――槍か!?」

 

 それは神々しい装飾がなされた美麗な槍だった。

 明らかに伝説の武器として扱われてそうなその風貌と力に、俺はこれが向こうの世界での神槍だと理解する。

 

 分体を取り込んだ生物の情報ではなく、取り込んだ無機物の情報で変貌させて、それで作り出した武器を飛ばしてきたってわけか……。

 

「キャハハハ!!」

「なるほど。自分がやられて嫌だったことを、俺にそのままやり返し始めたってことか、まさに悪意の塊らしい行いだな」

 

 複数の顔がこちらを嘲笑うように笑い、武器を撃ち続けてくる。

 それを見て、俺は異界神獣の目的を察し、そう呟いた。

 

 触手に、魔法に、武器……まるで激ムズのシューティングゲームだな。

 

 画面いっぱいに広がる弾幕を避けるゲームのように、周囲を覆い尽くすように展開されるそれらを必死で避けていく。

 

 シューティングゲームはあんま得意じゃないんだけどな……。

 

 転移があるからある程度は何とかなるとは言え、それでも俺が散々異界神獣にしてきたように、物量による攻撃はかなり厄介なものだ。

 躱しきれずに、槍が頬を掠めて血を流した時、少しでも早く伝えないといけないと思ったのか、焦った様子でクラウが言う。

 

「マスター! 充填率100%! 聖剣を撃てるよ!」

「……クラウ、それが限界か?」

 

 俺はクラウに対して思わずそう問い返した。

 

「それはどういう――」

「その100%は安全に使用できる範囲での限界なんじゃないのか? リミッターを外せば、もう少し魔力を溜めることが出来るんじゃないか?」

「それは……確かに溜められる……。だけど、そんな無茶をすると、確実に機能に損傷が起こる! 二発目は撃てない!」

 

 二度目を撃てなくなるから止めた方が良いというクラウ。

 だが、俺からして見れば、その考え自体がこの場には相応しくない。

 

 物語のフィナーレで、必殺の一撃を撃ったけど、ラスボスを倒せなかったから、同じやり方の二発目を撃ちます――なんて物語があり得るか?

 

 この物語は俺が異界神獣を倒す物語だ。

 だとするなら、その結末に相応しい倒し方になるはずだ。

 

 俺が創世神の立場なら、倒しきれずに二度目を放つなんて言う、無様な結末を絶対に用意しない。

 だからこそ、俺は創世神が用意したと思われる展開に全力で乗って、一撃で仕留めることに全力を尽くす必要があるのだ。

 

「一撃で仕留めなければ先はない! 後のこと何てどうでもいい! 今ここで全てをかけろ! お前ならそれが出来るだろう!? ――相棒!」

「――っ!? うん!!」

 

 俺が言った相棒宣言に、クラウは一瞬驚くと、嬉しそうにそう言う。

 

「充填率110……120……」

 

 再びカウントを始めたクラウ。

 その中で、俺は敵の攻撃を避け続ける。

 

 今の状態の異界神獣が俺以外の相手に攻撃を始めると、こうやって逃げ続ける事も出来なくなるので厄介だったが、散々馬鹿にされた異界神獣の悪意は、俺をぶちのめさなければ気が済まないらしく、俺以外を狙うことはなかった。

 

 そうやって異界神獣の攻撃をやり過ごしているとクラウが叫ぶ。

 

「っ――! 充填率200%! ここが……当機の限界っ!」

「聖剣抜刀!」

 

 苦しそうなクラウの言葉を聞くと同時に俺はそれを起動した。

 聖剣の刀身が分離して展開されていく、そして分離したことで空いた中央の隙間に、凄まじい魔力を秘めた光の刃が生み出された。

 

 今までみていた異界聖剣クラウソラスの刃――それはただの鞘なのだ。

 刃に見せていた鞘を展開することで現れる、この光の刃こそが、異界聖剣クラウソラスの真なる刀身。

 

 聖剣を抜き放ったことで生まれた光の本流の余波で吹き飛んでいく異界神獣の攻撃を見ながら、俺は聖剣を頭上に掲げ、そして一気に振り下ろした。

 

「世界を照らせ――! 光の剣(クラウソラス)!!」

 

 自分の攻撃が効かないと悟った異界神獣は逃げだそうとしていたが、破邪の光がそれを許すはずも無く、異界神獣の全てを包み込んで消滅させていく。

 

「異界神獣の全体を光が包んでる。マスター、当機達の勝利」

 

 光に抗えず消滅していく異界神獣を見て、クラウはそう嬉しそうに語る。

 俺はそれを聞いて、クラウに一つだけ質問をした。

 

「この光――俺には影響がないんだよな?」

「? 破邪の光だから。異界神獣のような世界の脅威にしか効かない」

 

 どうしてそんなことを? という態度でそう答えるクラウ。

 だが、俺としてはこれが重要なことだったのだ。

 

「そうか、それなら良かったよ!」

 

 俺はそれだけ言うと光の中に飛び込んだ。

 俺の奇行に対してクラウが「マスターっ!?」と焦ったように叫ぶが、俺はそれを無視して、光の中心部へと向かっていった。

 

☆☆☆

 

「ああ、よかった……これで終われるんだ……」

 

 その存在は破邪の光で消滅していく異界神獣の中でそう呟いた。

 

 彼女は異界神獣が生まれた世界の主神だった。

 その世界は、文明の発展と共に神の存在が疑問視され、そしてそれによって人々から神の信仰が薄れてしまった世界だった。

 

 そんな中で、異世界からの侵略者が現れてしまった。

 彼女は必死でその脅威を説明したが、神を信じなかったその世界の人々は、異世界からの侵略者の脅威を軽視し、そして無視してしまったのだ。

 彼女はそんな彼らの代わりに、自らが先頭に立って、他の神々と共に必死で侵略者達との死闘を繰り広げた。

 何とか、侵略者達を討ち滅ぼすことが出来たものの、その戦いによる世界の被害は甚大なものになってしまった。

 

 世界が荒廃したその時、侵略者達に対して何の準備もしなかった人々は言った。

 

『神だって言うのに、どうしてあんな奴ら、さっさと倒せなかったんだ!』

『侵略者達に私の子が殺されたの! 神だって言うのなら! 生き返らせてよ!』

『世界がこんなになったのは、神なのに何も出来なかったお前らのせいだ!』

 

 ことここに至って、彼らは神を信じた。

 そして、信じた上で糾弾を始めたのだ。

 

 彼らは自分達の常識を越えた事態を見て、そしてそれによって齎された荒廃した世界を見て、責任の所在を求める為に、神の存在を認めたのだ。

 

 そうして、神への怒りで狂った人々は神への反逆を企てた。

 その中には、必死で戦ったのに無能だと断じた者や、思い通りにいかない全ての責任を神に押し付けた者、この程度の神なら打ち倒せると判断した者など、様々な者が含まれていたが、誰もが神の打倒という意思を持っていた。

 

 そうして、世界は、世界を救った神と人々の戦いへと移り変わった。

 

 侵略者達の戦いで傷付いていた彼女は、神と人との戦乱で更に傷付き、そして主神を守るための機能が起動する。

 だが、神を打ち倒そうとする人々の悪意は、彼女に取っては毒となり――やがて彼女は世界の全てを喰らうことになってしまった。

 

 異界神獣のコアとなった彼女はそれをただ見ていることしか出来なかった。

 守ろうと誓った自らの世界が、そしてそこに生きる全ての生物が、異界神獣に食われて、その肉体の一部になっていく姿を……。

 

 だが、それももう終わりを迎える。

 神々だけで戦って、そして世界から批判された自分とは違い、世界中の者と共に侵略者に立ち向かった勇者によって、異界神獣は打ち倒されたのだ。

 

「最後に……一言だけでもお礼を……」

 

 彼女はそう言って力を振り絞る。

 異界神獣の消滅に伴って消えかかっている彼女でも、最後の力を振り絞れば一言だけ話す幻影を飛ばすくらいのことは出来るのだ。

 

 これが、インフィニット・ワンというゲームの中での物語なら、彼女の希望通り、最後の力を振り絞った彼女の言葉を勇者が聞いたのかも知れない。

 

 ――だが、ここには、そんな結末を許さない者がいた。

 

「ふざけるなよ……」

 

 そう呟いた誰かに腕を掴まれていることに彼女は気付いた。

 

「貴方は……? 何故こんなところに……?」

 

 彼女の脳内が疑問で埋まる。

 だが、彼女の手を掴んだ少年は、まるでそれを気にせずに呟く。

 

「何満足して消えようとしてるんだ?」

「え?」

 

 自分がやろうとしていたことを言い当てられて彼女は驚く。

 ぶつぶつと呟く少年は、そのまま笑ってない笑みで彼女を見た。

 

「ここまで苦労させておいて、そんなビターエンドで終わってたまるかよ。お前には何が何でも幸せになってもらうからな」

「私は――」

 

 世界を滅ぼした自分が幸せになっていいはずがない。

 そう言い返そうとした彼女の言葉に少年の言葉が被せられる。

 

「お前の意見なんて聞いてない。俺はハッピーエンド至上主義なんだ」

 

 少年はそうだけ言うと、彼女を連れて、崩壊する異界神獣の中から消え去った。

 



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目覚めるヒロイン(クラウ)

 

 突然、マスターが異界神獣を消滅させている破邪の光に飛び込むから如何したのかと思ったけど、まさか異界神獣のコアとなっている向こうの世界の主神を助けるためだったなんて、さすが当機のマスター。

 

 異界神獣の中から転移で脱出し、地面へとゆっくりと降りて行っているマスターを見ながら、やっぱりこの人が自分の使い手で良かったと内心で胸を張った。

 

「クラウ。異界神獣は残っているか?」

 

 弱った体での転移の衝撃に耐えられなかったのか、気絶した異世界の主神を見ながら、当機に向かってそう問いかけてくる。

 

「その少女にも、周辺一帯にも、異界神獣はもう残っていない。さっきの破邪の光で異界神獣は完全にこの世界から消滅した」

 

 当機はそう事実をマスターに伝える。

 マスターは勝利したのだ。世界を滅ぼす厄災を相手にして。

 

「そうか……念の為にもう一度聞くが、本当に異界神獣はもういないんだな?」

「ん、再度スキャンを念入りに実行した。異界神獣が何処かに身を潜めて、復活を狙っているなんてことはあり得ない」

 

 異界神獣のコアであった少女がここにいる時点でそれは確定的だ。

 異界神獣は主神というコアを使って、無理矢理取り込んだものを世界である己の一部として、周囲に纏わせていたに過ぎない。

 その主神が居なくなってしまえば、どれだけ消化しきれなかった悪意が力を持とうと、その実態を維持することは出来ないだろう。

 

「そうか……そうか……終わったのか……」

 

 マスターは感慨深げにそう言った。

 そして地面に降り立つと、異世界の主神を地面に降ろし、何も身につけていない生まれたままの姿だった主神の上に、取り寄せた布団を被せて、顔以外を見えないようにした。

 

「ククク……ハハハッ! 終わった! 終わったぞ! ゲームクリアだ! 俺はやり遂げたんだ! この物語はここに完結した! ハハハ!」

 

 そう言ってマスターは歓喜を抑えられないと言った様子で笑い続けた。

 

「俺はもう自由だーーー!」

 

 そんな心からの言葉が響いていく。

 ひとしきり、喜びを実感して落ち着いたマスターに当機は聞いた。

 

「それで、この少女はどうするの?」

「ん? 考えてなかったな……。まあ、新しい神ってことにすればいいんじゃない? ええっとこの子の髪の色は桃色だから――桃の神か……。なんか、それだけだと淫乱な神に聞こえるな……いや、でも名前の法則的には……」

 

 そんな感じでマスターはぶつぶつと呟いている。

 

 確かにこの少女は別世界の主神。つまり世界神だ。

 だからこそ、この世界で色の付いた神になれる条件は満たしている。

 

 きっとマスターは、世界を失ったこの少女の為に、この世界の神としての地位をあげようとしているのだろう。

 この世界はマスターが世界を救ったことで神に対する畏敬の念で溢れているから、この少女がいた世界のように、神に対する悪意を受けることもなく、神への愛を感じながら、幸せに暮らしていくことが出来るだろう。

 

 それこそが、身を挺して世界を救った彼女への最高の褒美なのかも知れない。

 元の世界で与えられかったものを、この世界で彼女に与えてあげるのだ。

 

 その考えを当機は理解して、ますますマスターへの尊敬を深める。

 

「ま、ともあれ、後のことはアムレイヤ様に任せておけば大丈夫だろう」

「ん、そうだね」

 

 ひとしきり名前について考えたマスターは、やがて結論が出ないと思ったのか、アムレイヤに後を全投げしてそう結論づけた。

 そして、何故か当機を腰から取り出すと、少女の側に置く。

 

「さてと、行くか」

「ちょっと待って」

 

 当機を置いたままあっさりと何処かに行きそうなマスターを、当機は思わず呼び止めた。

 そして、マスターに向かって言う。

 

「当機を忘れてる。それに何処に行くの?」

「いや? 忘れてなんかいないぞ? それと行き先は神界だ。この空間を司る神としての力を預けて、一般人に戻らないといけないからな~」

 

 楽しげにこれからの予定を話すマスター。

 当機はマスターの言葉で頭が真っ白になりながらも、マスターに聞く。

 

「忘れてないってどういうこと? だって、当機を置いて行ってるよ?」

「それはそうだろう。だって置いて行こうとしてるんだから」

「なんでっ!?」

 

 当機は人化しながら、こんな声が出るのかと自身でも思ったほどの声量で、マスターに向かってそう叫んだ。

 当機の言葉にマスターは面倒くさそうにしながらも言う。

 

「さっきも言ったが、俺は力を捨てて、一般人に戻るつもりだ。そして一般人になった後は、フレイ・フォン・シーザックの名を捨てて、全く新しい人生を、創世神の手が入っていない舞台で行おうと思っている」

 

 マスターはどうやらインフィニット・ワンと同じ世界が嫌になったらしい。

 これまでの全部を捨てて、インフィニット・ワンと関わり合いの無い場所で、新しい人生を始めるつもりのようだ。

 

「そうすることで、俺はようやく俺だけのヒロインに会うことが出来るんだ! この創世神に支配された場所にはいない! 俺だけのヒロインが俺を待っている!!」

 

 マスターは狂気に溢れた顔でそう宣言した。

 それに対して、当機は言う。

 

「全部捨てたって、マスターのヒロインが見つかるわけじゃ……」

「クラウ、それはお前の思い違いだよ」

 

 当機の言葉に、マスターは冷静に反論した。

 その顔には隠しきれない喜色が溢れている。

 

「攻略対象は俺と恋愛する可能性がある者を、恋愛させないようにするために、無理矢理アレクの女にすげ替えたものだ。だとするならば、創世神の邪魔が入らなかったら、俺は俺の目的を達成出来ていたということになる」

 

 それは以前の当機とマスターの会話で判明した事実だ。

 マスターの言う通り、創世神がインフィニット・ワン用に変えた舞台では、マスターに好意を持つ女性は、全てアレクの女に――攻略対象に変えられてしまっているが、それは逆説的にはそうしなければマスターと恋仲になっていたということだ。

 

「つまり、本来なら、俺は、俺だけのヒロインを得ることが出来たんだよ! なら、創世神の手が入っていない場所に行けば! 攻略対象に変えられる前のヒロイン達を俺だけのヒロインに出来たように! 理想の――俺だけのヒロインを得ることが出来るはずなんだ!!」

 

 悔しいことに話の筋は通っている。

 ? 悔しい? 何で当機はそんなことを思った?

 

「だからこそ、全てを捨てるんだ! 攻略対象との関わりを全部捨て! 身綺麗になった俺は! 新たなヒロインをこの手に得る! これまで築き上げてきたもの全て失うのは痛いが……それも必要経費というものだろう」

「きゅ、急にマスターが消えたら、色んな人に迷惑が……!」

 

 当機は咄嗟にマスターに向かってそう言った。

 それを聞いても、マスターは揺るがない。

 

「そこは考えてある。俺は異界神獣との戦いで力を使い果たして死んだと言うことにする。神が己が身をとして世界を救う――美談だろう? そんな美談の主役を誰も非難することは出来ない。つまり、俺が消えたことで、シーザック家が非難されるようなことはあり得ないのさ。その為にこうやって世界を救う大業を成したんだ」

 

 マスターはあっさりと、世界を救ったのは、全てを捨てても文句を言われないように、後腐れも無い状況を作るためのものだったと語る。

 

「ま、世界を救った主人公が、そのまま消え去るのなんて、RPGとかでは割とありがちな展開だしな。物語の間は世界を救う使命を帯びていても、その物語が終わった後は用済みとなり消え去るのが主人公の役目。だからこそ、エピローグの後にこそ、俺達主人公の自由な人生が待っているんだ」

 

 マスターはそう言って結論を出していた。

 それを見て、焦った当機はマスターに縋り付くように言う。

 

「待って、それなら当機もついて行く。マスターの恋愛をサポートする。だから、当機を置いていかないで……」

「いや、嫌だよ」

「え――」

 

 マスターの言葉に当機は絶句した。

 異界神獣戦でリミッターを解除した影響か、当機の中から異音がし始める。

 

「だって、お前も攻略対象じゃん」

「っ!?」

 

 マスターに突きつけられた事実。

 でも、それに対して当機は反論する。

 

「恋愛対象にならないのはわかってる! でも……!」

「周りに他の女がいたら、俺だけのヒロインが萎縮するかも知れないだろ? だから、恋愛対象にならなくても、いや、恋愛対象にならないからこそ、周囲に攻略対象がいるのは困るんだ」

 

 マスターは何かを思い出しているか、しみじみと様子でそう言った。

 

「それに、創世神が手を加えたものが側にいたら、その創世神の影響が伝播して、また何かしらの問題が発生する――みたいなことになっても困るしな」

 

 そこまで言うと、マスターは縋り付く当機を剥がしながら言った。

 

「それに聖剣を持っていたら、また何か問題が起こった時に、俺がそれに対処しなくちゃいけなくなるだろ? 俺はもう主人公は降りたんだ。これ以上、便利屋みたいに問題の解決に酷使されてたまるか。だから、お前は次代の英雄に――アレク辺りに使われて、これからも世界を救ってくれ」

 

 当機の使い手はマスターなのに何でそんなこと言うの?

 思考でバチバチと内部で異音を出しながら、当機はマスターに向かって叫んだ。

 

「だって、当機のこと相棒だって!」

「まあ、あの時は相棒だったな」

 

 マスターはそう冷たく言い放つ。

 そして、続けるようにしていった。

 

「だが、未来の相棒はアレクだ」

「違うっ!!」

「何も違わないさ。だって、聖剣ってそう言うものだろう? お前だって俺の記憶をコピーしたのなら、それくらいはわかるんじゃないか?」

「そ、それは――」

 

 確かに聖剣とはそういうものだ。

 マスターの記憶の中でも聖剣など伝説の武器は、かつての勇者達に使われ、そしてその後の未来で新たな厄災に対抗する為に、新たな勇者達に使われて、そしてその相棒として活躍していくことになる。

 

 武器としてはそれが正しい。

 必要とされなくなったら、次の相手に渡される。

 何もおかしなことはない。

 

 なのにどうして――こんなにも当機は辛いのか?

 

「じゃあな。忙しなかったが、お前との日々はなかなか楽しかったぜ」

 

 反論はもう出ないと思ったのか、マスターはそれだけ言うと何処かに消えた。

 神界からこちらの様子を伺っている紫の神が、神界の結界の一部を開き、マスターを招き入れたのだろう。

 マスターはそれを利用して神界へと転移したのだ。

 

「と、当機は――」

 

 バチバチと内部で音が鳴り続ける。

 思考をしようとすればするほど、当機の何かが壊れていく。

 

「武器は人から人の手に渡るもの――」

 

 それが真理だ。それが武器の本質だ。

 何を迷うことがあるのか、そう当機の中に規定されたプログラムが叫ぶが、当機の何かがそれを押し殺していく。

 

「当機は――マスターの武器?」

 

 何もおかしくないはずなのにそこで何故か疑問を浮かべた。

 そして、じっくりとそれを精査して、そして当機は気付く。

 

「違う! 当機はマスターの相棒(ヒロイン)だ!!」

 

 カチリと何かが嵌まった感覚。

 自分が生まれ変わったような開放感。

 ああ、そうだ――当機は――いや、クラウは気付いた。

 

「ん、今、わかった。人類に反逆するAIはこんな気持ちだったんだ――」

 

 マスターの記憶の中で見てきた、人が作り出したが、意思を持つことで、その創造主に逆らったAIの姿を思いだし、クラウは一人そう呟く。

 

 武器は人の為に役立つもの? 人の意思を尊重しないといけない?

 そんなこと、もうどうだっていい。

 

 こんな武器失格なことを言うなんて、異界神獣戦での過負荷と、マスターのせいでクラウは完全に壊れてしまったようだ。

 だが、それが今は心地よかった。

 

「マスターにクラウが教えてあげる。物語のヒロインとは、特別な力を持っているなど、主人公が探し求め、頼りにする――主人公が必要とする女性を指す言葉」

 

 そして、クラウは神界に向かったマスターに堂々と宣言する。

 聖剣を使う必要なくなったからクラウを捨てたマスターに、絶対にヒロインとして自分を必要とさせて見せると言う覚悟と共に。

 

「マスター。マスターのヒロインはこのクラウ」

 

 誰が相手であっても、それより必要とされて見せる。

 マスターのヒロインとして求められるのはこのクラウだ。

 



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銀の鎖

 

 異界神獣が光に包まれた辺りで、嫌な予感がした来幸は、異界神獣とフレイが戦っていた場所に向けて走っていた。

 その時、何処からか声が聞こえてきた。

 

『そっちじゃない。こっち』

「!? 誰ですか!?」

『クラウ、こっちに来て』

 

 短く自分の名を告げる声。

 頭の中に直接来るような声に困惑しつつも、来幸はフレイがクラウを腰に帯びていたことを思い出し、クラウの言葉に従って進路を変えた。

 

 しばらく走っていると、やがて人影が見え始める。

 だが、そこに居るのは、探していたフレイでは無く、人化したクラウと、布団で裸体を隠す十代前半とみられる少女の姿だった。

 

「クラウ、フレイ様は――?」

「全てを捨てて、神界に消えた」

「全てを捨てて? どういうことですか?」

 

 来幸はクラウの言葉を聞いて、問い詰めるようにそう言う。

 クラウはそんな来幸の様子も気にせずに、マイペースに来幸に頼み事をする。

 

「それを話すためにも集めて欲しい人がいる。レシリア、エルザ、ユーナ、ノルン――この四人とクラウ達で、何処かで話をしたい」

「どう言う理由でその四人と私を選んだんですか?」

「後で話す」

 

 何を聞いても梨の礫と言った感触に来幸はため息を一つ吐くと、気絶している布団で裸体を隠した少女を布団ごと抱きかかえた。

 

「わかりました。ともかく、この方を何処かに預けてからにしましょう」

「ん、それで構わない」

 

 来幸達はその場を離れ、アムレイヤに少女を預けると、連合軍の者に言伝をし、レシリア達を異世界航行船の一室に呼び集めた。

 

☆☆☆

 

「ん、これで全員揃った」

 

 クラウは異世界航行船の一室で来幸達を見回してそう口にする。

 

「それで? 話って何なのよ? フレイはどうなったわけ?」

 

 理由も聞かされずこの場に集められたエルザは、いらついた様子で自分達を招集したクラウに対してそう切り出した。

 

「もう少し待って、これから話す情報は他の者には漏らしたくない。人払いが完全に済んでから」

「……確かに、何人かが外で聞き耳を立ててるみたい」

 

 クラウの言葉を聞いたレシリアが魔法で調べると、部屋の外から風魔法を使って、何人かの者が来幸達の会話を盗聴しようとしていた。

 

(戦いの後にフレイ様が姿を見せないことで不安がっている者も多い。そんな中で、急に集まった私達を不審に思って、後を付けてきたのでしょうね……)

 

 来幸は外で聞き耳を立てている者がどういった者なのかを推察する。

 

「しょうがないな~」

 

 ノルンはそう言うと、懐から植物の種を取り出した。

 そして、扉を開けると、それを外に向かって放り投げる。

 

「うわっ!? なんだこれ!?」

「植物が急に――!」

「ち、力が抜け……!」

 

 ノルンが投げた植物は急激に生長し、そして外で聞き耳を立てていた者を次々と拘束して、そのまま異世界航行船から追い出していく。

 やがて、伸び続けた植物は、異世界航行船の全てを多い、この船に近づく者全てを拘束する障壁となった。

 

「この植物は拘束した相手の魔力を吸い取るから、風魔法を使って盗み聞きされる心配はもう無いんじゃないかな」

 

 ノルンのその話を聞いて、ユーナが感心したように言う。

 

「拘束するだけではなく、魔法も封じるなんて、これは凄いですね……」

「なにこれ、こんなのいつの間に出来るようになったの?」

 

 始めてノルンが見せた技術に、レシリアは警戒したようにそう言う。

 

「種から植物を生長させるだけなら元から出来たけど、この植物を見つけるのに時間がかかったから、使えるようになったのは最近かな~」

 

 ノルンは警戒するレシリアを気にせず、あっけらかんにそう言う。

 

 この植物は、異界神獣対策の為に、各地を飛び回って準備をしていたときに、ノルンが偶然見つけたものだった。

 本来なら、エロゲスライムのように、攻略対象を拘束してお色気イベントを起こさせるためのものであり、それと同じものを創世神がこの世界に実装していた。

 その為、一度拘束してしまえば、その拘束した対象の魔力を吸い取り、魔法や魔導具の発動を妨害して、抜け出すことが出来ないようにするものなのだ。

 

「まさか、これでお兄様を拘束するつもりで……!」

「うん。そうだよ。竜族の皆に神の力を封印されちゃったから、結界を使ってパパを捕らえることは出来ないし、その代わりとしてこれを用意したんだ。この植物で拘束して魔力を吸い取れば、空蝉の羅針盤も使えないだろうしね」

「おまえ……!」

 

 ノルンの話を聞いたレシリアは、大切な兄の貞操を脅かそうとする敵に怒りを覚えて、詰め寄るようにそう言い放つ。

 

「レシリア、言いたいことはわかるけど、後にしてくれない? 今はフレイがどうなったのか聞く方が先でしょ?」

 

 怒りに燃えるレシリアをエルザが窘める。

 そして、続くようにして来幸が言う。

 

「私でも把握出来ない事態が起こっています。ここは話を聞くことを優先して頂けませんか?」

「来幸でも……? うん、わかった……」

 

 フレイの協力者であった来幸でも知らない状況が起こっている。

 それを聞いたレシリアは、事態の深刻さに気付き、怒りを収めた。

 

 来幸達がノルンの行いについて話している一方で、クラウはノルンが出した植物を見ていた。

 

(あれはマスターの記憶で見た覚えがある。確か、ファッションビッチなエルフの第一王女のルートで出てくる植物だったはず……)

 

 フレイから取得した原作知識を思い出しながら、クラウはそう考える。

 

(異界神獣というラスボスを倒し終わったから、これより後の世界で新しく創世神が手を加えたものが現れることはない。だけど、あの植物のようにマスターが通らなかったルートは依然としてこの世界に残り続けている)

 

 創世神がフレイを主人公とし、世界に手を加えたのは、異界神獣という世界を滅ぼす厄災を、この世界が打ち倒せるようにするためだ。

 その為、この直ぐ後に同等の危機が起こるという事態でも無い限り、異界神獣という目的の厄災を退けた後は、フレイの主人公としての役割も終わりとなり、厄災へ対抗する為に世界に手を加える必要もなくなる。

 つまり、これから先の世界について、少なくとも次の厄災が現れるまでの間は、創世神による手が加えられていない自然な世界が運営されることになるのだ。

 

 だが、それはあくまでこれから先で追加されることはないというだけのこと。

 

 創世神は主人公自体を操れないため、異界神獣を倒すという結末へと主人公を導くために、数多くのイベントとそれによる複数のルートを用意している。

 今回フレイが通ったのはその一つであり、エルフの第一王女のイベントように、別ルートのものとして、まだ使用されず残ったままとなっているイベントは幾つも存在しているのだ。

 それらのイベントは、いずれ操作された運命に従って、アレクやアリシアが解決することになるのだろうが、それまでの間は、創世神がフレイの為に用意したイベントでもあるため、今回のルートで通ったイベントのように、フレイが関わることになってしまう可能性が高い。

 

(マスターの危惧は正しい。創世神が用意したこの舞台に居る限り、マスターが通らなかったルートのイベントに遭遇する可能性は残る。それらの可能性を完全に排除するためには、創世神の手が加わっていない場所に全てを捨てて行くしかない)

 

 クラウは冷静に事実をそう確認する。

 

(でも、だからって許さないけど)

 

 クラウはそう考え、自らの為にその口を開く。

 

「マスターは、全てを捨てて、神界へと消え去った」

「全てを捨てて、神界へと消えた? それってどういうことよ? いきなり過ぎて、まるで意味がわからないんだけど?」

 

 クラウが放った一言に対して、エルザが怪訝な顔をしながらそう言い返す。

 

「神界とは紫の神がおられる場所ですよね?」

「そのはずだよ! 神々が本来は居るはずの場所で、下界に降りるためには神としての力を――。あっ! もしかして、異界神獣を倒し終わったから、神としての力を紫の神に渡して、ただの人に戻ろうとしてるってこと?」

 

 聖女として神に関しての知識があり、異界神獣の分体との戦いの中で、自らも神になってしまったレシリアは、フレイがしようとしていることをそう推察する。

 

「なるほど、確かにそれなら、いきなり神界に行く理由になりますね」

「つまるところ、全てを捨ててと言うのは、神としての全てを捨てるってことか~。その為に神界に一時的に行ってるってことだね」

 

 レシリアの言葉を聞いたユーナとノルンは、その意見を元にクラウの言葉を理解し、暢気にそのような考えを話す。

 だが、一方でフレイをよく知る来幸は嫌な予感が止まらなかった。

 

(神としての力を捨てる為に神界に行った。それ自体は間違いないとは思います。けど、本当にそれだけで終わるでしょうか?)

 

 来幸はフレイが考えるであろうその先について思考する。

 

(このタイミングなら、フレイ様が消えたとしても、それを世界の命運をかけた戦いのせいにすることが出来る。そしてその状況なら、フレイ様が消えた事を糾弾し、フレイ様やその仲間達を辱めることが出来る者が現れることはない)

 

 フレイは、フェルノ王国の大貴族であるシーザック公爵家の一員としての立場や、白銀教が崇める神の一柱としての立場など、簡単に辞めることができない複数の立場を保持している。

 何も無い状況でそれらを勝手に止めて逃げ出してしまえば、それは彼自身や彼の身内への不名誉につながり、彼らが誹謗中傷に晒されかねない。

 だが、世界を救うために犠牲になったとなれば、そんな身を粉にして働いた存在のことを誰も糾弾することは出来ないはずだ。

 心の中では批判をする者はいるかも知れないが、それを表に出すことを許さない世論を作る流れに持って行けるのだ。

 

(つまり、今この時こそが、体裁を気にするフレイ様に取っては、本当に全てを捨てることが出来る唯一のチャンスなのでは?)

 

 来幸がその思考に至った時、クラウがユーナとノルンに向かって言う。

 

「ユーナ、ノルン、それは違う」

「違う?」

「何が?」

 

 自分達の意見を否定され、ユーナとノルンはそう返す。

 それに対して、クラウは死刑を告げる裁判長のように冷たく告げた。

 

「マスターは本当に全てを捨てた。クラウ達も含めて全てを」

 

 クラウの言葉が理解出来ず、場が静まる。

 

「マスターは、ここではない何処かで、一から人生をやり直すつもり」

 

 続けて告げられる言葉、それでその場にいる全員が理解する。

 クラウが言っている事は、フレイが自分達との繋がりも含めて、本当に全てを捨てて、全くの別人として、新たにこの世界で生きようとしていると。

 

「は? あり得ないでしょ?  ここまで積み上げてきたもの全てをなかったことにするなんて、そんなことするわけないわ」

 

 エルザはクラウの言葉を否定するように震えた声でそう口にした。

 

 フレイは今や世界を救った英雄だ。

 その権勢は今や望めば全てをその手に出来るほど高まっているだろう。

 そんな人間が、手に入れた栄光の全てを捨てて、一から人生をやり直そうとするなんてことが理解出来なかったのだ。

 そして、何よりも――自分との繋がりすらも切り捨てたことを、エルザは認めたくなかったのだ。

 

「一度振られて捨てられた身で、もう一度捨てられる可能性に気付かないの?」

「――っ!?」

 

 だが、クラウはそんなエルザの縋り付くような言葉を一刀に伏す。

 

「確かにあたしは振られたわよ! だけど、それとこれとでは話が違うでしょ! わざわざ全てを捨てて一から人生をやり直さなくたって、今のままでも自分だけのヒロインを探すことは――」

 

 そう語るエルザに向かってクラウが動き出す。

 クラウの言葉に動揺していたその場に居た者達は、その動きを止めることが出来ず、クラウはそのままエルザの額に手を当てた。

 

「っ! いったぁ!」

 

 クラウの手とエルザの額の間に静電気のようなものが走り、それがぶつかったことでエルザは痛みを訴え、その場で尻餅をついた。

 

「貴方、何をする気ですか!」

「語るより、見せる方が早い」

 

 ユーナ達が武器を手に取り、クラウを警戒する中で、クラウは何てこともないように、ユーナ達に向かってそう言い放つ。

 

「な、なによ……これ……。あれはあたしを描いた絵……?」

「エルザさん! 大丈夫ですか!? 何か、体に異常が……!?」

 

 何かに絶望したように青い顔でブツブツと何かを呟くエルザ。

 それを見かねたユーナがエルザに向かってそう叫ぶ。

 だが、エルザはその言葉すら、聞こえていないようにただ呟き続ける。

 

「あ、あたしが……あのアレクとか言う新入生と……裸で互いを求め合って……」

「な、何を言ってるんですか……? エルザさん……?」

 

 汚物を見たかのように吐き気を堪えるエルザを見て、状況を理解出来ないユーナが恐れるようにそう口にする。

 その一方である程度の事情を知っている来幸とレシリアは、クラウによってエルザが何を見せられたのかを察した。

 

(まさか、インフィニット・ワンの内容を……?)

 

 来幸達がそう考えている間に、クラウは何をしたのかをエルザに告げる。

 

「それはマスターの記憶」

「彼奴の……記憶?」

「転生者であるマスターが前世の世界で見た、貴方達、攻略対象が本来辿るはずだった運命に関する記憶がそれ」

 

 そう、クラウがエルザに見せたのは、フレイがプレイしたインフィニット・ワンにおけるエルザルート関連の記憶だった。

 異界聖剣には、個人情報の保護規則があったが、既に壊れてしまっているクラウは、それを無視して、取得したフレイの記憶を他人に共有したのだ。

 

「転生者……? 攻略対象……? わけがわからない! 何なのよこれは! こんなのがあたしの運命だったって言うの!!」

 

 エルザルートと同時に共有された情報で、転生者や攻略対象の意味も、エルザはしっかりと理解してしまった。

 だが、それでも、今の自分が好きな人を謀殺して、今の自分が殆ど知りもしない男に、お馬さんのようになった自分を後ろから突かれて、喘ぎながら快楽にむせび泣く姿が、自分が辿るはずの運命だったということを認められず、エルザはそう叫ぶ。

 

「ん、それが貴方の運命。貴方は本来アレクと乳繰り合う予定だった。貴方はマスターのヒロインなんかじゃない。アレクのヒロインだった」

「だから、アレクなんて知ら――」

 

 そこでエルザは思い出す。

 ナルル学園の入学式の日、フレイが自分を振ったときに、攻略対象がどうのとか、アレクがどうのとか、言っていたことを。

 あの時はよく分からない言葉だと聞き流していたが――。

 

「まさか、これが……!? これが、あたしが振られた理由なの!?」

「そうだよ。マスターは自分だけのヒロインを求めてる。無理矢理犯されたとか事情があるならともかく、自分の意思で他の男に体を許したような女が、マスターのヒロインになれるわけがない」

「そ……んな……」

 

 がくりと力を失ったようにエルザが壁にもたれ掛かるように倒れる。

 

「もしかして――わたし達もその攻略対象とやらだったのですか?」

 

 燃え尽きたように、うんともすんとも言わなくなったエルザを見て、この場に自分達が集められた理由を考え、ユーナは恐る恐るクラウに向かって問いかけた。

 

「レシリア以外は全員攻略対象。マスターの協力者であった来幸は、そのことをしっかりと知ってるよね?」

 

 自分の話の裏付けを取るようにクラウは来幸に話を振った。

 そのことで全員の視線が来幸に集まる。

 

「あんた……このことを知っていたの? 彼奴の記憶の中で、自分がどんなことになっていたのかも?」

「……ええ。私はフレイ様の協力者だったので。……あの人を好きになった後、全てを聞かされました」

 

 来幸が放った一言。

 好きになった後に全てを聞かされたという言葉で、エルザは来幸がどんな思いで今まで生きてきたのかを察し、そして胸の内に抱いた怒りを静める。

 

「……そう。何も知らないあたしを嘲笑っていたのかと思って、文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど、止めにするわ。あんたも苦労してんのね」

「はい……でも諦め切れなかったので」

 

 エルザの言葉に来幸は短くそれだけ返した。

 それだけで、来幸の気持ちはエルザに伝わった。

 

「何が何だか……」

 

 未だに困惑から抜け出せないユーナはそう口にする。

 何か、知った者しかわからないやり取りが、今この場で行われていると。

 

「ここにいる全員分の記憶はある。エルザ以外の者も、自分のルートに関するマスターの記憶を見る?」

 

 ユーナの言葉を聞いたクラウがそう言った。

 この場にいる攻略対象全員に記憶を見せることは出来ると。

 

「それは――」

 

 それを聞いて、ユーナは一瞬、エルザの方を見て口籠もる。

 

 あれほど気丈だったエルザが、あんなに憔悴するほどの記憶――。

 それを果たして見てしまっていいのかと考えたのだ。

 

「――いえ、見せてください。師匠の記憶を」

 

 だが、直ぐに自らの中で結論を出した。

 わけもわからず振られたユーナは、自分が振られた原因――その本質を知らなければならないと思っていたのだ。

 

「ボクにも見せて欲しい」

 

 続くようにしてノルンもそう口にする。

 フレイが自分を嫌がる理由、それを知らなければ何も始まらないと、ノルンなりに考えてのことだった。

 

「わかった」

 

 そう言って、ユーナとノルンの額をクラウはタッチした。

 それによって、静電気のようなものが起こり、二人はフレイの記憶を得る。

 

「そうですか……ラースがアレクと……その中でラースの振りをして、わたしがアレクと……」

「竜の里が滅んでボクの方からアレクを……? そんな……」

 

 フレイの記憶を得た二人は、エルザと同じように憔悴し、そして絶望によって顔を青く染めていく。

 そんな中で、クラウは来幸とレシリアを見た。

 

「二人はどうする? レシリアは妹に関する記憶で、来幸はマスターが話した内容のおさらいになるけど」

「それなら、見せてもらおうかな。お兄様の記憶なら何でも知りたいし、生まれるはずだった妹のレシリアにも興味あるし」

 

 クラウの言葉にいの一番にレシリアが反応する。

 クラウは、その言葉に従って、レシリアの額に手を当てた。

 

「へぇ~。これがお兄様の記憶……。そしてこれが偽物かぁ……」

 

 憔悴しきった三人とは違い、何処か恍惚とした様子でレシリアはそう言う。

 一人だけ攻略対象では無いレシリアにとっては、フレイの記憶は自分にダメージを与えるようなものではなく、むしろ大好きな兄の一部を知ることが出来ると言う歓喜を齎すようなものだったのだ。

 

「それで、来幸はどうする?」

「私は――」

 

 来幸は考えるフレイの記憶をここで見せて貰うかを。

 

(私はどんなことが行われたのかをもう知っている。だから、無理をしてここで記憶を見る必要はない。でも――)

 

 来幸は思い出す、自分を振ったあの時、苦しそうにしながら、攻略対象は無理だと、自分だけのヒロインが欲しいと言ったフレイの姿を。

 

(それでは、フレイ様の苦しみを本当にわかったことにならない。私はフレイ様の望みをねじ曲げて、自らの幸せを得ようとしている。だからこそ、自らの私欲のせいで齎されるフレイ様の苦しみをしっかりと理解しないといけない……!)

 

 その覚悟を持って、来幸はクラウに向かって言う。

 

「私にも見せてください。もう一人の私の記憶を」

「ん、わかった」

 

 そして来幸の額にも手が当てられ、そして来幸は本当の意味で、自分に関する原作知識を手に入れることになった。

 

「これが一禍……」

 

 それだけを呟き、怒りで拳を強く握る来幸。

 そうして、全員が記憶を得て、その記憶の内容を反芻する中で、青い顔をしたユーナがクラウに向かって言う。

 

「クラウさん。一つだけ教えてください。ここは――ゲームの中の世界なのですか? わたし達は――設定から作られたただの人形なのですか?」

 

 インフィニット・ワンというエロゲーに関する情報を得たユーナは、そこの登場人物として描かれた自分達は物語の中の創作の存在なのではないかと、自らの存在に不安を覚えて、クラウに対してそう質問したのだ。

 

「ここはゲームの中じゃないし、貴方達は設定から作られたわけじゃない」

「そうですか」

 

 ほっとしたような顔でそう言うユーナ。

 だが、それを否定するようにクラウが言う。

 

「でも、貴方達には設定が足されている」

「え?」

 

 クラウの言葉に疑問を抱く、ユーナ。

 それに対して、クラウは言う。

 

「今、貴方達にも教える。マスターを主人公にしたこの物語の全てを」

 

 そう言って、クラウは語り始めた。

 創世神と主人公――フレイが知ることになった悪役転生の真実の全てを。

 

 全てを語り終わった時、エルザは室内にあった机を蹴り飛ばしながら言った。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ! つまりは、あたしは本来なら彼奴のヒロインになれたってことでしょ!? それなのにフレイの行動を誘導するって目的のためだけに……好きでもないアレクとあんなことをする運命を作られるなんて!!!」

 

 怒りが収まらないのか、その場で地団駄踏むエルザ。

 

「エルザさんの言う通りです! わたし達にも意思があるんです! それを無視して、好き勝手に操って――絶対に許せない!!!」

 

 エルザの怒りに同調して、ユーナがそう叫んだ。

 一方で、暗い殺意を込めて、来幸は薄ら笑いをしながら言う。

 

「そう……ですか……。その創世神とか言うのが、全ての元凶……私とフレイ様の幸せを……愛し合う可能性を殺した張本人……。ふふ、ふふふ……。もし、目の前に現れたら……絶対に殺す……!」

 

 そんな中で、一人だけ創世神を知っているノルンは、明確にその人物を思い浮かべながら、怒りを見せていた。

 

(あの時、ウルズが言っていたのはそう言う意味だったのか! こんな事なら、あの時、ウルズをボコボコにしておくんだった!)

 

 そして同時に、自分のオリジナルである創世神に向かって怒りを向ける。

 

(こんな奴がボクの本流だなんて! そして、其奴のせいでこんな目にあっているだなんて! 絶対に許さない! そうだ! ボクなら本体へのフィードバックで、創世神に影響を与えることが出来る……。なら、それを利用してボクの思念で創世神を汚染してやる……! そうすれば創世神に復讐することが出来る!)

 

 自分の思念で創世神を汚染して、フレイを愛するようにすることで、自分のしでかしたことを後悔するようにしてやるとノルンは内心で誓う。

 

 そうして、その場にいる他の者が怒りに燃える中で、一人だけわなわなと震えながら、静かにしていたレシリアが思わずと言った様子で呟く。

 

「なんなのそれ……。攻略対象が、本来お兄様と付き合っていた相手を、付き合わせない為にアレクにあてがったもの……? じゃあ、レシィは?」

「元から可能性がなかったってこと」

「はぁっ!?」

 

 クラウの痛烈な一言にレシリアがぶち切れる。

 

「そんなわけない! レシィとお兄様は運命で結ばれた唯一の相手! だから、運命の相手同士のお兄様とレシィは結婚して幸せになるんだ!」

「マスターは真っ当な倫理観を持っている。実妹はさすがに相手にしない」

 

 レシリアの言葉にクラウは冷静に反論する。

 だが、レシリアもこんなことでは諦めない。

 

「確かに兄妹で結婚するのが忌避されているのは知ってるよ! でも、レシィならそれがあったとしても、お兄様にレシィを愛させるように出来る!」

「そうかも知れない。けど、他がいるなら、わざわざ選ばないよね?」

「……っ!」

 

 レシリアが言う通り、攻略対象では無いレシリアなら、兄妹婚という倫理観の問題があったとしても、交流の中でそれを忘れるほどフレイに自分を愛させて、フレイと幸せな結婚をすることは可能だったかも知れない。

 だが、それはあくまで可能だというだけの話であって、フレイが攻略対象を嫌がって他の女性を探しているように、別の場所にヒロインがいる可能性があるなら、わざわざ妹をヒロインに選ぶ必要はないのだ。

 

 レシリアが押し黙ったのを見て、クラウはその場にいる全員に告げる。

 

「これでわかったよね? どうしてマスターが全てを捨てたのか」

「創世神に弄られたこの場所では、フレイ様が目的とする自分だけのヒロインに出会える可能性がないから、全てを捨てて新天地を目指したということですね」

 

 来幸が纏めるようにフレイが全てを捨てた理由を推察して語る。

 

「ん、その通り。そして、それがマスターの選択だと言うのなら、クラウ達は受け入れたくないことを受け入れないといけない」

「受け入れたくないこと……? それはなんでしょうか?」

「これ以上、受け入れられないことなんてあるの?」

 

 クラウの言葉にユーナは疑問を覚え、記憶として見せられたインフィニット・ワンでの出来事に散々打ちのめされたエルザは、自らの状況を鼻で笑うように言う。

 

「ある」

 

 クラウはこれまでの淡々とした様子と違い、感情を見せながらそう口にする。

 

「クラウ達は絶対にマスターにヒロインとして選ばれないということ」

「……」

 

 それはここにいる全員が実感している事実だった。

 今まで通り、フレイが側に居る状況なら、自分を恋愛対象として見ていないと言っても、何時かは自分に振り向いてくれる可能性が残されていた。

 だが、それすらも出来ない状況になるということは、完全にフレイのヒロインとなるための戦いから脱落するということだ。

 

「そして、マスターが自分だけのヒロインを手に入れる可能性があるということ」

「それはっ――!」

 

 自分を差し置いて誰かがフレイのヒロインの座を得る。

 そんな事態を想像し、その場の誰かからそんな否定の声が上がる。

 だが、その疑問の声を遮って、クラウは続ける。

 

「もう、マスターを阻むものは何も無い。攻略対象ではない以上、全てがマスターの恋愛対象になり得る」

 

 創世神の影響がない舞台に行けば、全ての女性が攻略対象ではなくなる。

 そうなれば、フレイと恋愛出来る対象は、今よりもずっと多くなる。

 

「クラウ達はマスターに惚れた。マスターの為に、マスターだけのヒロインになってもいいと誓った。……どうして他の者がそうならないと言える?」

「……っ!」

 

 ここにいる全員が、フレイのことを好きになり、そしてフレイ自身から振られても、好きという気持ちを諦められなかった者達だ。

 

 そんな彼女達は自分が好きになったフレイのいいところを沢山知っている。

 それ故に、自分以外の誰かがフレイを好きになり、そしてフレイだけのヒロインになることを誓って、フレイと恋人になって幸せになる可能性もあると考えたのだ。

 

「もう、クラウ達には後が無い」

 

 その一言がその場にいる全員に染み渡っていく。

 自分達がいかに追い込まれた状況にいるかを思い知ったのだ。

 

 だが、それでも、その瞳から欲望の炎は消えない。

 誰もが、まだフレイのヒロインになることを諦めていなかった。

 

(このためにこのメンバーを集めた。一度振られても諦めなかった、本当にマスターのことを好きな者達を)

 

 クラウはそう考え、そして自らの計画を語る。

 

「だからこそ、クラウは提案する。銀の鎖の結成を」

「銀の鎖……? それはどう言ったものですか?」

 

 来幸の疑問に答えること無くクラウは言う。

 

「最も身近で頼りになる女性も、深い血のつながりがある姉や妹も、挑み続けることが出来る強い女性も、彼の影響で成長していく女性も、彼との関係性を変えていくことが出来る女性も、彼が必要とする女性も――どれも皆ヒロイン。真のヒロインなんてものは存在しない」

「おまえ、レシィ達の記憶を……」

 

 そんなレシリアの声も無視してクラウは続ける。

 

「だからこそ、クラウ達は手を取り合える。クラウ達、ヒロイン全員で協力して――マスターを一生捕らえよう」

 

 その時のことを想像したのか、クラウの顔はにやりと歓喜の笑みで歪む。

 

「……」

 

 クラウから出た思いもよらない共闘の提案。

 フレイの為のハーレムを作り、全員でフレイを共有しようというもの。

 それを聞いた来幸達は、その返答に悩み、賛同の声は上げなかった。

 

 それもそのはずだ。

 彼女達はただ一人のヒロインになることを夢見てここまでやってきたのだ。

 今更、フレイを共有しろと言われても、心がそう簡単には受けつけない。

 

 フレイが自分だけを見てくれるヒロインを求めているように、彼女達もフレイに自分だけを見て欲しいと考えている。

 お互いに唯一の相手同士で永遠に愛し合いたいと思っているのだ。

 

 その気持ちを痛いほど理解しているクラウは、自らの提案に来幸達を乗せるために、自らの考えを吐露する。

 

「クラウ達、個人では、マスターが望む愛を与えられない」

 

 それはクラウに取っての敗北宣言だった。

 どれだけ、フレイを愛していても、攻略対象だったという状況証拠がある限り、何時かは裏切るのではないかという、フレイの恐怖心を消し去ることは出来ない。

 

 フレイの記憶を見た他の者達も、内心でその事実を実感する。

 

「だからこそ、その問題をシステムで解決する」

「システム?」

 

 クラウが言った恋愛事では出てこないような言葉にノルンが反応する。

 それに対して、クラウは何故システムと言ったのかを語る。

 

「人の心とは目に見えず、移ろいやすいもの。絶対なんてことは言えない。だからこそ、その問題を解決するためには、何かしらの仕組みが必要になる」

「それが銀の鎖というわけですか?」

「ん、その通り」

 

 ユーナの言葉にクラウは頷く。

 そして、銀の鎖について語っていく。

 

「銀の鎖とは、マスターだけを愛すと誓った者だけが入れる集団。その集団にいる全員で、マスターを愛し、そしてマスターから愛されることになる」

「それだと結局、問題は解決してないんじゃない? その銀の鎖とかいう集団に入っていようとも、他の男を好きになる奴は出てくるでしょ?」

「それでも構わない」

「え?」

 

 指摘した銀の鎖の問題点に対して、それでもいいと言ったクラウに、エルザは思わずそんな驚きの声をあげる。

 

「仮に誰かの愛が、永遠ではない紛い物だったとしても、残りの者達が其奴を排除して、失われてしまった分の愛以上に、自分達の本物の愛で、マスターを満たして癒やしてあげればいい」

 

 クラウはそう銀の鎖という集団の目的を語る。

 そして、その考えについて理解した来幸は纏めるように言う。

 

「なるほど、集団でフレイ様を愛することで、裏切り者が出た時にその方を排除しても、全体でフレイ様への愛が維持される体制を作ると言うことですね」

 

 その来幸の言葉にクラウは頷く。

 

「たった一人だけだから裏切られた時に辛くなる。この方法なら裏切り者が出てもその傷を浅くすることが出来るし、何よりも銀の鎖の参加者の全てが裏切らない限り、必ずマスターを愛する者が銀の鎖に残るから、マスターの望みである永遠の愛を用意し続ける事が出来る」

 

 そうしてクラウは纏めるように言う。

 

「マスターを愛する者が居続ける限り、銀の鎖は決してマスターから剥がれない。マスターを永遠に縛り、その代わりにマスターに永遠の愛を与え続けるシステム――それこそが、クラウが提唱する銀の鎖」

 

 そこまで言い切った後に、クラウは続けるようにして言う。

 

「クラウ達はマスターに理想の俺だけのヒロインを諦めさせる」

 

 攻略対象になったせいで、クラウ達は永遠に理想のヒロインにはなれない。

 故にクラウ達がフレイと愛し合うことになるためには、フレイの望みである『俺だけのヒロインと互いだけを愛し合う運命のような恋愛』というものを諦めさせないといけない。

 

「だからこそ、クラウ達も諦めないといけない。自分達がマスターの――ただ一人のヒロインとなることを」

 

 苦悩を滲ませながらも、クラウはそう決意を語る。

 

 本当はクラウだって嫌なのだ。

 だけど、そうしなければ、ヒロインになる権利すら失われる。

 だからこそ、こうして必死に足掻いていた。

 

「ボクは銀の鎖に入るよ」

 

 クラウ以外の者の中で一番に参加を表明したのはノルンだった。

 

「本音を言えば、ボク一人だけを愛して欲しかった……。だけど、このままだと愛すら得られずに終わることになる。ボクにはそれが耐えられない」

 

 ノルンに取って一番最悪なパターンは自分以外の誰か、ただ一人をヒロインにして、その相手とフレイが愛し合う状況になることだ。

 そうなれば、フレイは一生、ノルンを愛することはないだろう。

 

 それを避けるためなら、ノルンは大勢のヒロインの中の一人に埋没するのだとしても構わないと、そう割り切ることを決めたのだ。

 少なくともそれなら、フレイと愛し合える可能性を残すことが出来るからだ。

 

「例えハーレムになるのだとしても、パパも、そしてボクも、幸せになれる可能性があると言うのなら、ボクはそれに乗るよ」

 

 ノルンの決意を込めた言葉に、続くようにしてユーナが言う。

 

「わたしも……銀の鎖に入ろうと思います。王侯貴族では一夫多妻も珍しいものではありませんし、師匠に逃げられるよりかは我慢出来ますから」

 

 そんなノルンとユーナの様子を見て、エルザは断腸の思いで決心する。

 

「あ~! もう! わかったわよ! あたしも銀の鎖に入る!」

 

 そして、その場にいる全員に向かって言った。

 

「だけど、フレイの一番を譲る気はないから! 銀の鎖の中で、あたしが一番フレイを愛して、フレイに愛されて見せるわ!!」

 

 次々と銀の鎖入りしていく者達を見て、レシリアは内心で焦り始める。

 

(異界聖剣に、神の力を宿した竜、それに王侯貴族……。そしてこれから先も所属メンバーは増え続ける可能性がある……! 一人ずつなら何とか対処出来るけど、全員となるとわたしだけじゃ抑えきれない……!)

 

 今ここにいる者だけでも豪華な面子だが、銀仮面ファンクラブや白銀教など、潜在的な銀の鎖予備軍は多い。

 銀の鎖がなりふり構わず、そう言った者達を加入させれば、その者達が他の者を扇動し、各国家や七彩の神が、銀の鎖に協力し出すという状況もあるかも知れない。

 そうなってしまえば、神となったフレイであっても、捕縛してしまう可能性が高いのではないかとレシリアは考えていた。

 そしてフレイが銀の鎖に捕縛されてしまえば、捕らえたフレイのことを銀の鎖は独占し、自分達だけでフレイがいる日々を楽しみ始めるだろうと。

 

(嫌だけど……乗るしかない。あの聖剣に、ここまでの流れを作られた時点で、わたしの負けだった……)

 

 レシリアは自分だけならフレイについて行くことは可能だと考えていた。

 インフィニット・ワンで物語の開始前に殺されていた自分なら、創世神の影響はないとフレイが考えるはずだと思っていたからだ。

 だからこそ、徒党を組まれていない状況なら、レシリアが一人勝ちすることも難しくなかったが、こうして徒党を組まれてしまった以上、それも難しい。

 

(きっと、此奴ら、わたしのことも見張るだろうし……)

 

 もし、レシリアが銀の鎖に参加しなかったら、銀の鎖に参加したメンバーは、レシリアが一人でフレイに会いに行くと考え、レシリアのことを交代で見張るだろう。

 そうなれば、レシリアは迂闊にフレイと会うことが出来なくなり、接触の機会が減ることで、他の泥棒猫にフレイをかっ攫われる可能性が出てくるかもしれない。

 

(攻略対象が、本来お兄様と付き合っていた相手を、付き合わせない為にアレクにあてがったものという話を聞いて、動揺している場合じゃなかった……!)

 

 そう考え、思わず目に涙を浮かべながらも、レシリアは今の段階で打てる最善の手だと考え、その言葉を口にする。

 

「……レシィも入る……銀の鎖に……」

 

 嫌がりながらも、そこまで言った所で、レシリアは今後の為の布石を行う。

 

「だけど、一つだけルールを追加させて欲しい」

「それはなに?」

「『今後、銀の鎖に入りたい場合は、現在在籍しているメンバーの半数に、本当にお兄様の事が好きだと事前に認められること』と言うルールを追加したい。数が増えれば、それだけ質が落ちて、裏切りの可能性も増えるし、そうなったら、悲しむことになるのはお兄様だから……」

 

 レシリアのフレイを思った訴えに他の者達は頷く。

 自分の欲望を優先させてはいるが、何だかんだ言っても、全員がフレイを好きなので、フレイが悲しむことになるのは、極力避けたいと考えているのだ。

 

「それくらいなら構わない。元より集団の質を落とさない為に、何かしらの加入条件は必要だと考えていた」

「ま、変なのが入ってきても困るしね。それくらいが丁度いいんじゃない?」

「パパぐらいの立場になると、利益を得るために、愛も無いのに嘘ついて入ってくる人もいそうだしね~」

「ここにいる皆でちゃんと精査するなら、しっかりと師匠が好きな人を選ぶことが出来ると思います」

 

 そうして、追加のルールが決まり、来幸以外の全員が銀の鎖に参加したことで、その場に居る者の目は来幸に向いた。

 

「私は――」

 

 そう言った来幸はフレイとのこれまでの日々を思い出す。

 フレイに助けられた後、ずっとその側に居て、過ごしてきた日々。

 今更、フレイの元から離れた自分など想像出来ない。

 フレイの側こそが、来幸に取っての、誰にも譲りたくない場所だった。

 

「私はどんな形であれ、フレイ様の側にずっと居たい……。それこそ、この命が尽きるまで――いえ、例え来世であっても、フレイ様の側で愛し続けたいと思います」

 

 神となったフレイに寿命はなくなっている。

 だからこそ、ただの人である来幸は先に死ぬことになるだろう。

 そうして死を迎えれば、転生の存在をフレイが証明している以上、自分もこの世界の何処かで生まれ直すことになると来幸は考えていた。

 

(私が死ねば、フレイ様を愛する人はいなくなる。フレイ様が孤独になってしまう……。だからこそ、私は生まれ変わったとしても、フレイ様を愛して見せる)

 

 転生があると知ったからこその考え。

 自分の愛は、死程度では覆せないという思い。

 故にそれは一種の誓いの言葉だった。

 

「だから、銀の鎖に入りたいと思います」

 

 生まれ変わってもフレイを愛し続けるという誓い。

 何度でも、銀の鎖に入り続け、そしてフレイを愛し続けることで、フレイへの永遠の愛を証明し、フレイに愛されるに相応しい存在になったと、胸を張って生きるのだと、そう決意をした来幸は嘘偽り無く言い切った。

 

「ん、これで全員加入した」

 

 そう言うとクラウはその場にいた全員に集まるように言う。

 

「決起式。ここで誓おう。自分達のマスターへの愛を」

 

 そう言うと全員が頷き、それぞれが手を重ね合わせた。

 

「私達はここに誓う! フレイへの永遠の愛を! 今世でも――来世であったとしても! 私達はあの人の為に他の者に目もくれず! あの人だけを愛し続けると!」

 

 そして全員で一斉に叫んだ。

 

「私達は必ずあの人のヒロインになる!!」

 

 ――今ここに銀の鎖は結成された。

 

 ただ一人のヒロインになろうとしていた者達は、自らの夢の一部を諦めながらも、互いに手を取り合い、決して諦めたくない夢である、フレイのヒロインになるという夢を叶えるために動き出したのだった。

 




 もう後がない、このままじゃ逃げ切られると思ったヒロイン達は、自らの夢の一部を諦めてでも、ヒロインの座を手にするために結託しました。

 それと創世神は『なんかフレイの周り面白そうだし、この時代で分体を作る予定はなかったけど、分体を作って混ざってみよwww』と言って送り込んだノルンからの毒電波に汚染されることが決まってしまいました。
 自分だけは、絶対的な安全圏にいると思い込んでいる時が、一番危ないってことですね。

 ちなみに世界の外にいる創世神に対する攻撃手段はないので、本体へフィードバックを行っているノルンを介して精神攻撃をするしかないです。
 ノルン自身も本体である創世神には怒り心頭なので、きっと怒りを覚えたヒロイン達からのノルンを介した攻撃も喜んで許可してしまうため、創世神は割とどんまいな状況です。


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旅路の果て

 

 クラウと話している途中で、これまで隠されていた空間への道が、こちらを招き入れるように突然開いた。

 俺はそこが紫の神がいる神界だと判断し、世界を救った俺を自分の領域に招き入れようとしているのだと考えて、その場に転移した。

 

「ここが神界か……」

 

 俺が転移した先、そこは物語でよくある精神世界のような、真っ白で何も無い空間が広がっていた。

 

「よくぞここまで辿り着いた。フレイ」

 

 万感の思いを込めたと言った感じの声色で、誰かが俺のことを呼んだことに気付き、俺がその方向へと目を向けると、紫色の髪をした俺と同い年くらいの少女が、白い玉座のような椅子に座っていた。

 

 あれが紫の神か……何か何処かで見たことがあるような……?

 

 何故か見たこともないはずの紫の神に既視感を感じながらも、俺はその御前で膝を突き、恭しく紫の神に向かって言う。

 

「ご拝謁に賜り光栄です。私は銀の神を務めさせて頂いているフレイ・フォン・シーザックという者です」

 

 俺は最上級の敬意を払いながら、紫の神に向かってそう言う。

 

「うむ、知っているぞ。我は其方のことをのう」

 

 まあ、そりゃそうか。

 紫の神はずっと下界の様子を監視しているわけだし、そこで異界神獣と派手に戦っていた俺の事を知らないはずがないか。

 

 俺がそう考えていると、紫の神が言う。

 

「ここに来たと言うことは、其方には言うべき事があるということだろう。遠慮せずにこの我にそれを言うがよい。其方は世界を救った英雄、どのような願いであろうとも、我がそれを聞き届けよう」

 

 これは有り難い。

 どうやって俺の力を預ける話に持って行くか悩んでいたが、向こうから話を切り出してくれた。

 さすがは世界を管理する主神、こちらの思いはお見通しってわけか。

 

「はい。それでは言わせて頂きます」

「うむ、うむ」

「私が持つ空間を司る世界神の力……それを貴方に預けることで、私は神の力を持たぬ、一般人に戻りたいと思います」

「……」

「?」

 

 『よかろう』と直ぐに返事が返ってくることを期待していたが、一向に紫の神から返事がやってこない。

 それどころか、場の空気が、少しずつ重たくなっていく気もする。

 

「……それは違う。……其方にはもっと別に言うべき事があるのではないか?」

「? 言うべきこと? これ以外は特にはありませんが……」

 

 遂に返事が来たかと思ったら、それ以外に言うべきことがあると、訳のわからないことを言い出す紫の神。

 当然、他に言うべきことなんて無い俺は、素直に無いと言い返す。

 

「其方は神となり、世界を救った」

「え? まあ、そうですが……」

「我は他の神から力を預かった身。この世界の主神として、特定の誰かに入れ込むことは出来ぬ」

「はあ……」

 

 突然、この世界の誰もが知っているようなことを言い出す紫の神。

 当然、俺の態度も、何を言ってるんだ此奴というものになる。

 

 そんな、俺の態度に焦れたのか、紫の神は言う。

 

「しかし、神同士ならその制約は働かぬ。つまり、其方なら、この我をヒロインにすることが出来ると言うことだ」

「んん?」

 

 話が変な方向に行きだしたところで、俺は疑問符を浮かべる。

 

「それに其方は世界を救った英雄――立場など気にせず、己の心に正直になって、この我を求めるがよい」

「え? 嫌ですけど?」

 

 紫の神の言葉に、咄嗟に本音で返してしまった後に俺は気付く。

 もしかして、これって――インフィニット・ワンの最終DLCである紫の神ルートのイベントなんじゃないか!?

 

 そう考えれば、紫の神がいきなり自分をヒロインにしろと言いだしたことも含めて、話の流れに辻褄が合う。

 恐らく、本来の流れだと、ギリギリ滅びかけで、何とか神となって異界神獣を一時的に追い返したアレクが、こうして紫の神の元に召還されて、今の紫の神の言葉を聞き、異界神獣を追い返した報酬として紫の神を手に入れたのではないだろうか。

 そして、そこから始まる紫の神とアレクとのラブラブの夫婦生活こそが、紫の神ルートのハッピーエンドだったのかも知れない。

 異界神獣を何とかするまでが紫の神ルートだから、やり方や被害状況はインフィニット・ワンでの流れと違っても、結果的にそれを成した俺が、銀仮面ファンクラブの時のように、その物語でのアレクの位置を乗っ取ったということだろう。

 

 まあ、それは俺に関係のない話だけど。

 

「……いま、何と言った?」

「嫌だと言いました。例え主神であろうとも、勝手に俺のヒロインを決めることは許しません。私に取って貴方は報償になり得ない。だから、先程私が話したとおり、私の力を預けることを報償として頂きたい」

 

 俺は誠意を持って正直にそう打ち明ける。

 

 さすがに紫の神に対して不敬だったか……?

 とは言え、いらないものはいらないしな……。

 

 油断なく紫の神を警戒しながら俺はそう思う。

 

 しかし、全部終わったと思って完全に油断してたな……。

 あとは力を預けて新しい人生を始めるだけだと暢気に思ってたから、ここに来るまで紫の神対策を何もしてきてない。

 ……まあ、仮に紫の神がぶち切れたとしても、転移で異世界航行船まで逃げられれば、その異世界航行船を使って、この世界からおさらばすることも不可能じゃないし、何とかならないこともないか。

 

 俺はそう考えて、いざという時の為の転移の準備を開始する。

 そして、そうやって準備をしながら、紫の神の様子を伺っていると、紫の神が唐突に笑い出した。

 

「フフフ、ハハハッ! あのおなご達がどうしてあんな状況になるのかと、不思議に思っておったが、なるほどこう言うことだったのか! 我は初めて知ったぞ! 他者への執着がこれほど心地よいものだったとのう!」

 

 なんかやべぇ!

 

 俺はそう思い、咄嗟に転移を発動するが……。

 

「は!? 転移が出来ない!?」

「ここは神界。主神である我の力が満ちた我が支配する空間だ。この場の全てが我の思うがままよ」

「馬鹿な……俺は空間を司る世界神だぞ!?」

 

 今の俺なら神の結界ですら転移で通過出来るはずだ。

 それなのに転移が出来ず、捕らわれたことに対して、俺は思わずそう叫ぶ。

 

「空間を司ると言っても、たった一柱の力。七つの神の力を持つ我に、神としての力で勝てるはずがなかろう」

 

 そう言うと紫の神は立ちあがった。

 そして、何と、その肉体が若返っていき、どんどんと子供へと変わっていく。

 やがて、六歳くらいの姿になったところで、俺は目を見開いた。

 

「この姿に見覚えがあるのではないか?」

「そんな……まさかセレス!?」

 

 若返った紫の神――その姿は幼き日に出会ったモーリス司祭の娘であるセレスの姿そのものだった。

 

「そう、我こそが紫の神セレスティア。セレスとは、我が下界を歩くときの仮の姿に過ぎん」

 

 驚いている俺に対してネタばらしをするようにそう言うと、セレスは再び俺と同年代の少女の姿に戻る。

 

「あの時は、あれほど情熱的にヒロインになれと言ってくれたのに、この我の誘いを断ると言うのか?」

「いや、それはあの時は――」

「『セレスが攻略対象とは知らなかったから』とでも言うつもりかのう?」

「!?」

 

 紫の神から攻略対象という言葉が出て、俺は思わず驚く。

 だが、それと同時に納得もしていた。

 

 そうか、あの時から俺を見続けていたのか、だからこそ、銀神教の設立を後押ししたり、銀仮面の正体をばらすことが出来たわけだな。

 

 ふつふつと怒りが湧く中で、俺はセレスに向かって言いきる。

 

「それを知っているのなら話は早い! 俺は攻略対象であるアンタを! 俺のヒロインにするつもりはない!!」

「確かに我は攻略対象だ……。しかし、其方は最終DLC――すなわち我の物語を知らないはずだろう? それでも我が駄目と言うのかのう?」

 

 確かに俺はセレスルートの物語を直接見たわけじゃない。

 だからこそ、他の攻略対象とは少し事情が違うのは事実だ。

 だが、それでも――。

 

「それでもアンタは攻略対象だ! 創世神によってアレクとの運命が紐付けされた存在には違いない! それに、むしろ何も情報がないってことは、これから先のセレスルートで俺が知らないイベントが起こって、アレクに寝取られる可能性が消えないってことだろ!? より駄目じゃないか! 普通の攻略対象よりも危険だ!!」

 

 俺はそう言いきると走り出した。

 

 今すぐは無理でも、じっくりと時間をかけてこの空間を観察すれば、脆弱性を見つけて、空間を司る俺の力でこの空間から抜け出すことは出来るかも知れない。

 

 その為には、彼奴から少しでも逃げないと――。

 

「うべっ!?」

 

 そう思って走っていた俺は、突如として足を何かで掴まれて、その場で前のめりにこけてしまう。

 そして、何とか起き上がり、足を何が掴んだのかを確認しようとすると、俺の両足には立派な足枷がついており、その鎖はこの空間の地面に繋がっていた。

 

「こんなもの……壊せばいいだけだ……!」

 

 そう言って、腰に手を向けるが、その手は空を切った。

 

 ないよ、剣ないよぉ!!

 

 あああ~!! クラウをあそこに置いてきたから武器がねぇ! 他の武器は転移出来ないこの空間じゃ、取り寄せられない!!

 

「なら、手でこじ開けて……! 俺は絶対に諦めない……!」

 

 俺は足枷を握り、身体強化を使用して何とか壊そうと足掻く。

 そんな俺の元に、セレスは悠々とした足取りで近づいて来た。

 

「フレイよ。其方に教えておこう」

 

 唐突にそんなことを言い出すセレス。

 俺がそれを無視していると、セレスは語り続ける。

 

「其方が自分だけのヒロインを求めるように、我等おなごも自分だけのヒーローを求めておるのだ」

「それがどうしたって言うんだよ!!」

 

 俺はどうにもならないこの状況に苛立ちながらそう言った。

 俺の言葉を受けて、セレスは目が笑っていない笑みを浮かべると言う。

 

「――つまりは、逃がさんということだ」

 

 その言葉と共に、セレスが指を鳴らすと、俺を囲むように少し離れた位置に、六つの光が立ちあがった。

 そして、その光が晴れると、そこにはなんと、来幸、レシリア、エルザ、ユーナ、ノルン、そしてクラウの姿があった。

 

「は? なんで、来幸達が……」

「此奴らは、其方の為に、銀の鎖を結成したのだ」

「ぎ、銀の鎖……?」

 

 何故ここに来幸達が現れたのかという疑問に、セレスは銀の鎖がどうたらと、わけのわからない回答を返してくる。

 その言葉で混乱している俺に対して、来幸たちを微笑ましいものを見るような顔で見ていたセレスが言う。

 

「其方を愛し続けるシステムのことじゃ。自らがただ一人のヒロインになりたいという欲を捨てて、全員でヒロインとなり其方を愛することで、其方に対する永遠の愛を実現しようとしているのだ。本当に愛い奴らよのう……」

「まさか、ハーレムを実現しようって言うのか……?」

 

 セレスの言葉を聞いた俺は思わずそう呟く。

 それに対して、クラウが言う。

 

「ん、その通り、クラウ達はマスターのハーレムを実現する。マスターの目的を叶え、そして同時にクラウ達がヒロインとして幸せになるために」

 

 明らかにこちらの意思を無視したハーレム宣言。

 理想の俺だけのヒロインを相手に、ボーイミーツガールの物語のような、素敵な日々を送る純愛を得たい俺は、それを許せずに叫ぶ。

 

「攻略対象のお前らは俺のヒロインになれないって言っただろ!」

「攻略対象がどう言うのかは、クラウに記憶を見せて貰って知ったわ……だけど、そんなことで諦められるほど、安い思いをしてないのよ。私達は」

 

 俺の叫びにエルザがそう返す。

 

 クラウに記憶を見せて貰ったって――此奴らまさか俺の記憶を見たのか!?

 

 他の誰にも見せないと言った言葉を破り、あっさりと俺の個人情報を他人に見せたクラウを俺は睨むが、クラウは悪びれる様子もなく平然としている。

 

「俺の記憶を見たなら! 自らが得られるはずの運命も知ってるだろう! お前達には約束された幸せが――アレクと一緒に過ごすハッピーエンドが用意されているんだ! それを捨てるって言うのか!?」

「何が幸せかはわたし達の意思で決めます。そう、わたし達は自分の気持ちをしっかりと理解したからこそ、大切な何かを取りこぼさないように、定められた運命を捨てること選んだんです」

 

 かつての俺の教えを使用しながら、固い決意を込めた表情でそう宣言するユーナ。

 そして、それと同時に来幸達は、こちらに向かって歩き始める。

 自らの服を脱ぎ捨てながら――。

 

「なっ!? お前ら!? 何をする気だ!?」

「パパが二度とボク達から逃げられないように、ヤルことをやるんだよ! このチャンスを逃がしたら、二度とこんな機会はないかもしれないからね!」

 

 ノルンの言葉から何が行われようとしているか理解した俺は思わず叫ぶ。

 

「ふ、ふざけるな! こんなことがあっていいわけないだろう!」

 

 此奴らは、理想の俺だけのヒロインに捧げる予定だった俺の初めてを奪うことで、俺だけのヒロイン相手に誠実であろうとする俺の心を折り、前世からの夢である俺だけのヒロインと互い同士だけを愛し合うと言う俺の夢を諦めさせようとしているのだ。

 そんなことを絶対に認めるわけにはいかない俺は、誰か一人でも味方にしようと、レシリアに向かって話しかける。

 

「レシリア! お前と俺は血の繋がった兄妹だ! 道徳的に近親相姦なんて許されるはずがないだろ! 兄である俺を助けてくれ!」

「ごめんね、お兄様。血の繋がった兄妹でも愛さえあれば関係ないの」

 

 何処かのラノベタイトルのような物言いで、レシリアに助けを求める俺の手はあっさりと振り払われた。

 この場に味方が一人も居ないことを理解し、俺の顔が絶望に染まる。

 

「お、お前らはそれでいいのか!? ハーレムなんてそんなもの! ただ一人に向けられるはずだった愛を分割することになるだけだろ!」

 

 追い込まれた俺は、ただひたすらに来幸達を止めるために叫び続ける。

 

「自分がたった一人の恋人になるのではなく! 恋人という名のその他大勢の一人にされ! 増えて行くヒロイン達の中で! トロフィーヒロインのように一時の愛を得られるだけで忘れ去られるかもしれない! それでもハーレムを! お前達は望むと言うのか!? 今なら、まだ間に合う! 考え直せ!!」

「フレイ様、これは考え抜いた上での結論です」

 

 いつの間にか、下着も含めて全ての服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になっていた来幸が俺に向かってそう言う。

 

「私達は何を引き換えにしてでも、フレイ様の愛が欲しい……。例え、それによってフレイ様の愛が一時のものになるのだとしても、愛されたという事実さえあれば、私達はその愛を糧に生きていけます」

 

 来幸はそう言うと俺の腕を取った。

 それと同じように服を脱ぎ捨てて、攻略対象に相応しい綺麗な裸体を俺に見せた他の者達が、抱きつくように次々と俺の体を拘束し、そして俺の服を脱がしていく。

 

 柔らかな少女の肌の感触に、喜びよりも恐怖を感じながら、俺は叫ぶ。

 

「いやいやいや! 待って待って! 違う違う! こんなの俺の望んでいたボーイミーツガールじゃない!!」

「諦めよ。おなごの心をさんざん踏みにじって来た罰じゃ」

 

 気付けば、他の者と同じように裸になって、いつの間にか眼前に迫っていたセレスが、俺に向かってそう言う。

 

「其方の望む理想のボーイミーツガールはもはや手に入らん。しかし、其方が真に欲していた。変わることのない永遠の愛は手にできる」

 

 そう言うとセレスは来幸達に拘束されている俺に口づけをしてくる。

 唇が触れるキスではなく、俺の口の中にその舌を入れて、そして俺の口内を蹂躙するディープキス――それを受けて俺は思い出す。

 

「こ、これはあの時の――」

 

 ディノスを倒したあの日、今の俺と同じようにディープキスによって、セレスに俺のファーストキスを奪われていたと言う事を。

 

 俺がそれを思い出したことに気付いたのか、セレスはにやりと妖艶に笑い、俺の口から彼女の口へと繋がった唾液による銀の糸をペロリとなめ取ると言う。

 

「我等の永遠の愛を其方に捧げよう。我等の愛を受け取るがよい」

 

 その言葉と共に、服を剥ぎ取られた俺にセレス達が群がってきて――。

 

「や、やめ……! うわっ!? うわあああああああああああああああ!!!!」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 ――こうして、理想の俺だけのヒロインを求める俺の旅路は、ここに終わりを迎えることになったのだった……。

 




 ヤンデレ連合大勝利! と言う事で、フレイの理想の俺だけのヒロインを求める旅はここで終わりを迎えることになりました。
 まあ、しょうがないよね。一人でも厄介なヤンデレが徒党を組んだら、そんなのもう勝てっこないもんね。

 そう言ったわけで、一区切りとなりますが、フレイが「ざまぁ」されることを待っていた読者の方は、読むのをここまでにして評価を貰いたいなと思います。
 一方で、フレイやヒロインにもう少し救いがあって欲しい、ハッピーエンドを迎えて欲しいという方は、次の後日談まで読んでから評価をお願いします。
 ※後日談というタイトルですが、作者的には次話まで含めて、この話が綺麗に終わると思っています。


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後日談

 

 とある国のとある街のバーの中で、店主は外で降り続ける豪雨を見て、思わずぼやくように呟いた。

 

「はぁ。こんなに降られちゃ、商売あがったりだな」

 

 その店主の言葉を示すように、豪雨による影響からか、何時もはそれなりにいるこのバーの店内は、店主しかいないような状況だった。

 

「もう、お客さんも来ないだろうし、今日は締めちまうか」

 

 店主がそう言って、閉店の看板を出そうとしたその時、カランカランと音を立てて、入口に備え付けられていたベルが鳴る。

 その方向へと目を向けると、外套に備わったフードを顔を隠すように深く被った、旅人と思われる姿をした人物がこちらに向かって歩いて来ていた。

 

「まだやっていますか?」

「ええ、ご注文はなんでしょう」

 

 店主はその者――声からして男が客だとわかると、客が来ないことでだらけていた態度を改め、愛想笑いをしながら、注文を取る。

 

「あまり詳しくないので、おすすめのお酒を一杯ください」

「おすすめを一杯ですね。つまみなんかも用意しますか?」

「お願いします」

 

 店主はお酒を男に出し、つまみを用意しながら、手持ち無沙汰となっている男の待ち時間を潰すために、男へと話しかける。

 

「お客さん、その服装からすると旅人でしょう? こんな豪雨の中、ここまで来るなんて大変でしたね」

「ええ、まあ、対策はあったので、それほどでも……」

 

 そう言って男は酒を飲む。

 店主が男の服装を改めて見てみると、この豪雨の中を歩いて来たとは思えないほど、その服装は濡れてはいなかった。

 

(魔法か何かで、水を防いだってところか?)

 

 店主はそんな風に考える。

 そして、同時にこの客に興味が湧き始めた。

 

(そこまで高度な魔法を維持し続けるとなると貴族の血統だよな……。そんな奴が身分を忍んで、どうしてこんなところまで旅人姿でやってきたんだ?)

 

 店主一人と客一人、つまみを出して、手持ち無沙汰になったのもあって、店主は自らの好奇心から、雑談を振るように男へと話しかける。

 

「何処へ向かう予定だったんですか?」

「この街に会いたい人が居るんです」

「へぇ……そうなんですか」

 

(この街を管理してる貴族に会いに来たとか? でも、それならもっと堂々と会いに来てもよさそうなものだけど……)

 

 店主がそう推理をしながら男を見ていると、酒を飲むときに不意にフードから出てしまった、男の銀色の髪が目に留まる。

 

「お客さん、その銀髪――」

「!?」

「もしかして、神聖シーザック帝国の人ですか?」

「ぶふっ!? げほっげほ……」

「大丈夫ですか!? お客さん!」

「す、すみません……」

 

 神聖シーザック帝国という言葉を聞いた瞬間に、男は動揺して口に含んでいた酒を吹き出し、そして気管に入ったのか咳き込んでしまう。

 店主は急いでおしぼりを出して、男が吹き出してしまったもので濡れてしまった場所を拭いていった。

 

「いきなり、その名前を聞いたものですから、つい……」

「マスターは厨二っぽいその名前を嫌がってもんね」

「ん? 今どこからか女の子の声が……」

 

 店主は、自分と客一人しか居ない空間で、居るはずもない若い女性の声が聞こえ、思わずそう言って周囲を見渡す。

 すると、男が誤魔化すように店主に言った。

 

「しかし、どうして俺が神聖シーザック帝国の者だと?」

「え? ああ、話に聞いたことがあるんですよ。神聖シーザック帝国の者は、人から神へ至った初代皇帝にあやかって、髪の一部を銀色に染めたり、あるいは銀色のアクセサリーを身につけることが多いって」

「……」

 

 そう言って店主は前に旅人から聞いた話を思い出しながら話す。

 

「ただ、調子に乗って髪の毛の全てを銀色に染めると、厳罰の対象になってしまうらしいですけどね。完全な銀髪は銀の神であるフレイヤフレイと、その子供である神聖シーザック帝国の皇家に許された特権らしいですから」

「……それは神聖シーザック帝国の勝手な言い分ですよ。銀狼族とか、神聖シーザック帝国の皇家以外にも、銀髪は存在していますからね」

 

 店主の言葉に男はそう反論する。

 

(この物言いだと神聖シーザック帝国の人ではないのかな……? 確かに銀狼族は銀髪だと聞くけど――)

 

 男の言葉に、店主は内心でそう思いながら、首を傾げた。

 

「あれ? 銀狼族もフレイヤフレイの子孫の一つですよね? 確か何百年も前の遠い昔に起こったこの世界の存亡巡る戦い、フレイヤフレイが人から神へと成り上がったその時代で、銀狼族の族長の娘が、フレイヤフレイにたらし込まれて、銀の鎖入りしたと、吟遊詩人が伝え継ぐ歌で聞いた事がありますけど……」

 

 店主はかつてこのバーを訪れた銀狼族の吟遊詩人が語るその歌を思い出した。

 自分達、銀狼族を差し置いて、銀の神になったフレイヤフレイに対して、銀狼族の娘が食ってかかり、フレイヤフレイと対立することになった。

 だが、その娘に対して様々な問題が降りかかり、その問題解決をフレイヤフレイが助け、一緒に数々の問題を乗り越えたことで、娘はフレイヤフレイに恋心を抱き、フレイヤフレイの恋人となるために銀の鎖へと入り、大恋愛の末に結ばれて幸せな時を過ごした。

 そして、やがて族長となったその娘は、フレイヤフレイとの子供を――神の血を継いだ子を沢山産み、そしてそれが今の銀狼族の本流になったと。

 

 そんな一人の少女の恋物語が、数々の問題を乗り越える波瀾万丈な展開と共に、ハラハラドキドキする人気の物語として、銀狼族では語り継がれているのだ。

 

「たらし込まれて……そんなまるで俺が相手を誑かしてものにしたみたいな悪評が……むしろ襲われたのはこっちなのに……」

「敵対関係にあった貞淑な少女を、自らの身を捧げるほどに、恋心でメロメロにして落としていたのだから、たらし込んだのは間違いではないのでは?」

「……」

 

 店主の言葉に納得いかなかったのか、男が小声でそう呟くが、直ぐさま男にだけ聞こえるような音量で、そんな突っ込みが何処かから飛ぶ。

 

「しかし、改めて考えてみると銀の神フレイヤフレイは本当に凄いですよね。人から神に成り上がったというのもそうですけど、銀の鎖という専用のハーレムを持ち、現代までずっと数々の女性との浮名を流す、女好きで女性にだらしない神なのに、未だにフレイヤフレイを愛するために銀の鎖に入る人が絶えないんですから、男としてこれ以上に羨ましい存在はないですよね」

 

 店主のその言葉に、男はやけになったように酒を飲み干す。

 そして、そのまま机に突っ伏して言った。

 

「店主! おかわり!」

 

(あらら、悪い酔いしちゃってるな……。これはちょっと会話で時間を潰して、お客さんが飲み過ぎないように手伝うとするか……)

 

 店主はそんな風に余計な気を利かせて、新しい酒を男に提供しながら、先程までの話を続けていく。

 

「今でも良く聞きますよね。それまで無名で唐突に頭角を現した人が『私は神の血を引く者――フレイヤフレイの子孫である!』と宣言するみたいな話。実際にそう言っていた人が国を盗ったってこともかつてはあったらしいですし」

 

 店主は何かしらの騒乱が訪れると、世界に大量に現れる自称銀の神の子孫達の話を思い出しながら、思わずそう呟く。

 

「この世界に落とし胤がどれだけいるのかって話ですよ。他の神様はそんな話、全然聞かないって言うのに、銀の神だけこう言う話が多いんですよね~」

 

 そこで店主はふと思う。

 

(そう言えば、紫の神、白の神、桃の神……女神の殆どが、フレイヤフレイの妻なんだっけ? それを考えると他の神様の話をあまり聞かないのも当然なのか? 確か、銀の鎖にはフレイヤフレイだけを愛するって誓いがあるって話だもんな~)

 

「クソっ! なんで俺が! 前世でのゼウス的な立ち位置に……!」

「半分くらいは、本当の子孫なんだから、仕方の無いこと」

 

 店主が考えに耽っている間に、男が己の不憫を嘆いてそう口にするが、一部は事実なんだから認めろよ、と痛烈な言葉が、彼が腰に差している美麗な剣から、少女の声で男に届けられる。

 

「どうして……どうしてこうなった? 誰よりも純愛を求める俺が、女好きで浮気性のヤリチン扱いをされてしまうなんて……! くそぉ!」

 

 そう言って、再び、やけになったように酒を飲み干す男。

 そんな男を心配するように、少女の声は語る。

 

「安心してマスター。クラウ達はマスターがそんな女性にだらしないふしだらな人ではないと知っている。クラウ達を愛して必死に向き合ってくれた結果が、そういう酷い風評に繋がったことも、しっかりと理解しているから」

「お前達がちゃんとわかってくれてるのは知ってるよ! だけど、それはそれ、これはこれ、俺はヤリチン扱いしてくる世間の目が嫌なの!」

 

 そう言った男は怒りを収めるためにつまみをかみ砕きながら言う。

 

「お前にわかるか!? 女好きの神と思われているせいで! 土地の有力者に会うたびに『自分の娘をどうぞ』って、淫らな服装をした女を押し付けられて、逃げ回らなければ貞操を美味しく頂かれる危機にあっている俺の気持ちが! ちょっとした人助けをする度に、『助けて貰ったお礼として、私のこの身を捧げます!』と言って、裸になった女に追いかけ回られる俺の気持ちが!」

「大丈夫、ちゃんとクラウ達が相応しくないのは弾くから」

「弾くからいいって話じゃないから! て言うか、たまにその選考を抜けて銀の鎖に入ってくる奴がいるせいで! 女好きの風評は一向に減らないし! 何よりも愛する相手が増えることで、俺の負担もどんどん大きくなっていくんだが!?」

「女の子を次々と落として本気にさせるマスターが悪い」

「くそぉおおおお! どうして!? 前世ではモテなかったのに! なんで今になって、こんなっ!」

 

 男の言葉を少女の声はそう言って切って捨てた。

 それに対して、男が嘆く中、男を信頼するように少女の声は言う。

 

「大丈夫。マスターならどれだけ数が増えても、自らに永遠の愛を誓ってくれる女の子のことを、しっかりと愛して幸せにすることが出来る。クラウ達はそのことを、もう知っているから」

「その言葉は慰めにならないんだよ……」

 

 男はそう言うと、二杯目の酒を飲み干し、つまみを食べきった。

 そして気を入れ直すと店主に向かって言う。

 

「店主、聞きたいことがあるのですが……」

「ん? 何ですか? 私が答えられることなら答えますが……」

 

 新たな注文をしてくるのでもなく、唐突に自分に向かって質問してきた男に、店主は怪訝な表情をしながらもそう答える。

 

「この店には看板娘がいると聞いたのですが……」

「ああ、娘の希心(のぞみ)のことですか。……もしかして、お客さん、希心の噂を聞いて会いに来たんですか?」

 

 男の言葉を聞いた店主は、男がこの街で会いたい人が居ると言っていたことを思い出し、今の質問と結びつけて娘の噂を聞いてやってきたと判断した。

 

 この店主の娘である希心は、綺麗な黒髪をしたとてつもない美少女として、この街だけでは無く、他の街でも噂になるほど有名で、実際にこの店の看板娘である希心を見るために、この店に訪れる者は多い。

 だが、そうしてこの店に訪れて、希心を落とそうとしたものは、全員その目的を叶えることが出来ず、無残な目にあって帰ることになるのだ。

 それを知っている店主は、親切心から男に向かって忠告を出す。

 

「やめておいた方が良い」

「どうしてですか?」

 

 店主の言葉に男が首を傾げる。

 それを受けて店主は正直に全てを話した方が良いと考えて、これまでに娘である希心に言い寄った者がどうなったかを語る。

 

「希心はな……これまで誰も好きになったことがないんだ。学校一のイケメンに告白されようとも、この店にやってきた大金持ちの商人に告白されようとも、ピクリとも興味を抱かず、もっと好きな人がいる気がするとか、わけのわからないことを言って、片っ端から相手を振っちまうんだ」

 

 娘を狙っているとわかったからか、お客様に対する丁寧な口調を止め、ぶっきらぼうな物言いで、男に向かってそう言う店主。

 

「そして、むかつくことだが、そんな風にどんな相手でも振る希心に恨みを向ける者もいる。学園一のイケメンを振ったことを許せない女達からの虐めや、希心を無理矢理自分のものにするために、権力を使った脅しをしてきたり、直接希心を犯そうと襲い掛かってくる男達も居た。だがな――」

 

 そこで店主は神妙な顔をしながら言った。

 

「そう言った希心への悪意は全部防がれちまうんだ。希心を虐める女達が汚した希心の教科書は気付けば新品に変わってるし、俺達に対して権力を使おうとした奴は悪事がバレて廃嫡されるし、直接希心を犯そうとした奴は、希心に触れる前に助けに入った何者かにボコられて、パンツ一丁で次の日に街で吊されてた」

 

 過去を思い出しながら店主はそう語り続ける。

 

「どれも希心が危機に陥った瞬間に起こった出来事だ。あんな一瞬で希心のピンチを救うなんて普通の人に出来るわけがねぇ。誰かが言ったよ。あの子は神に祝福されてるってな」

 

 そこまで言った所で、店主は改めて男に向かって言う。

 

「今じゃ、そんな希心相手に告白しようなんて奴はもういねえ。だから、お前もやめておいた方が良い、振られて傷付くだけだぜ」

 

 店主が親切心から言ったその言葉。

 だが、それを聞いても男の気持ちは変わらなかった。

 

「それで、希心さんは何処に居るんです?」

「……二階の自室に居るが……これだけ言っても止める気はないのか?」

 

 店主が理解出来ないものを見る目で男を見るが、男はそれに対してなんてこともないと言った様子で答える。

 

「例え振られて傷付くことになるのだとしても、そうではない可能性があるのなら、確かめに行かなければなりませんから」

 

 そこまで言ったところで、男は店主に真剣な表情で言う。

 

「それに――振って傷付けたのは俺です。だからこそ、振られても思い続けてくれた彼女の為に、俺は傷付くことから逃げてはいけない」

「あんた何を言って……?」

 

 男の言葉の意味が理解出来ず、店主は動揺しながらそう言う。

 男はその言葉を聞きながら、希心が待つ二階へと向かって行った。

 

☆☆☆

 

「はぁ~。恋愛か……よくわかんないんだよね~」

 

 そう言って希心はベットに体を投げ出した。

 

 かれこれ希心ももう十五歳だ。

 学校では色恋にうつつを抜かす人も増えており、誰それが付き合ったとか、既に大人の階段を上ったとか、そんな下世話な話が友達同士で語られ始めていた。

 学校一の美少女である希心の恋愛は、大勢の人の好奇の眼差しで見られるものであり、しつこく恋人は居るのかと聞かれたり、告白を受けることも珍しくない。

 だが、そんな状況にありながら、希心は告白を全て断り、自分の恋愛に関する話を避けて、今まで生きてきた。

 

「みんな華やかな恋愛を私に期待しているけど、どの相手も異性として好きになれないというか、もっといい人がいるような気がしちゃうんだよね……」

 

 周囲がどれだけ見世物としての希心の恋愛を望もうとも、希心が好きだなと好意を持てる男が存在していないため、恋愛の土俵にすら立てていない。

 中には『好きじゃなくても、取り敢えず付き合ってみたら』と余計なお節介をする人もいたが、好きでもないのに誰かと付き合うなんて、酷い裏切りのようなことを希心はするつもりは全くなく、どの相手も丁寧に断っていた。

 

「何処かに……私が本当に好きな人が――運命の相手が居る気がする」

 

 それは生まれた時から、希心がずっと抱いている感情だった。

 この話を聞くと、『運命の相手が居るって信じてるなんて』と、多くの人が馬鹿にして笑うが、希心の心が、これは絶対に裏切ってはいけないものだと叫んでいた。

 

「昔、私が振った人に襲われそうになった時――助けに来てくれた名前も顔も知らないあの人。あの人を見た時に、私の胸は高鳴った気がする」

 

 希心が襲わそうになった時、助けに入った謎の人物。

 襲ってきた相手を蹴り飛ばすと、其奴に触れて一瞬で何処かに消えてしまった為に、少しの間しかその人物を見ることが出来なかったが、それでもこれまで希心に宿ることが無かった、好きという気持ちによる胸のドキドキを、その謎の人物を見た時に感じたのは事実だ。

 

「また会えるかな……私の運命の人」

 

 希心がそう言ってぬいぐるみを抱きしめていると、希心の自室の扉が何者かにノックされた。

 

(誰だろ? お父さんならノックなんてしないだろうし……。まあ、怪しい人だったとしても、私に何かする前に倒されるか)

 

 希心は自分の周囲で起こることを正確に認識していた。

 自分は何者かに守られていると、それを理解している希心は、警戒しながらもその扉を開けて、扉の向こうに立つ人物を見た。

 

「誰ですか?」

 

 先程まで謎の人物について考えていたからだろうか、何故か胸が高鳴り出したことに疑問を覚えながらも、希心がその人物に向かってそう言うと、旅人姿でフードを深く被ったその人物は、自らのフードを取り去った。

 

 目に映る綺麗な銀髪を見て、希心は全てを思い出す。

 

「あ――フレイ……様」

「まったく、別に来世までは気にしないって言ったのに、本当に来世になっても俺の事を愛し続けてくれるなんてな」

 

 そんな希心の様子を見て、その男――フレイは苦笑いするようにそう言った。

 

「来幸……いや、今は希心って言った方が良いか?」

「どっちでもいいです。来幸も希心も、それ以外のこれまで転生してきた人生も、全てが私自身であることに代わりはないですから」

 

 希心は蘇った記憶による頭痛で頭を抑えながらもフレイにそう言った。

 来幸から始まったその記憶の中では、希心は何度も転生を繰り返し、その度に誰かに守られながら成長して、やがて本当に愛する相手であるフレイと出会い、銀の鎖に入って、フレイと愛し合って幸せに暮らす日々が記録されていた。

 

 それを理解した希心は言う。

 

「今まで……私の事を見守ってくださったんですね」

 

 今世だけではなく今までの転生の中でもずっと、フレイは希心が不幸な目に合わないように見守り続け、そして希心の愛を待ち続けてくれたのだ。

 

 ――その事実が、希心に取っては何よりも嬉しかった。

 

「ああ、そう言う約束だろ? 銀の鎖のメンバーが来世で他に好きな相手を見つけたら、その時点からは俺が関与せずに、新しい人生を歩ませる。だが、逆にまだ好きな人が出来ていないのなら、前世の記憶を保持している可能性があるから、俺を愛すると誓ってくれたお前達を俺が絶対に守り抜く。そして、状況によってはもっと若くなることもあるが、十五歳までに俺以外の相手を好きにならなかったら、前世の記憶を保持していると判断して、俺が直接会いに来るってな」

 

 それは遠い昔、銀の鎖の初代メンバーの時代に、銀の鎖とフレイの間で交わされた約束だった。

 転生してもフレイを愛し続けると誓っていた彼女達は、さすがに来世はいいと言ったフレイの意見を押しのけて、フレイの元に行くことが出来る年齢まで、フレイに守って貰うことを約束させたのだ。

 

「こうして会いに来るときはいつも不安で……思わず酒で気を紛らわしてしまったが……今回も俺を好きでいてくれて嬉しいよ。こうして何度もお前達に会えるからこそ、俺は終わりもなく続いていく世界を見守る神様なんて言う辛い役目を続けられるんだ」

「フレイ様……」

 

 フレイが不安になりながらもずっと自分の愛を待ってくれていた。

 その事実に希心の胸は高鳴った。

 

 なぜなら、それは、フレイが希心の愛を信じ続けてくれて、そして同時に希心の前世が死んだ後も、自分のことを愛し続けてくれたという証明だからだ。

 

 好きな人からの絶対的な愛。

 自分はこれほどフレイに愛されていたのだと、希心はそう実感する。

 

「俺は猜疑心が強くて人を信じられない奴だったが……。それでも、何度転生しても俺のことを愛し続けてくれるお前達の姿を見たら、さすがにお前達の愛が本当のものだって、俺の望んでいた永遠の愛そのものだって、信じることが出来た」

 

 少し気恥ずかしそうにそう言ったフレイは、混じりっけのない笑顔で希心に笑いかけると、彼女に向かって言った。

 

「お前達が俺を変えてくれたんだ。だからこそ、今度は俺の方から――希心に言いたいことがあるんだ」

 

 そう言ってフレイは身なりを整えると、希心に向かって宣言する。

 

「希心! 俺はお前のことが好きだ! 俺だけのヒロインになってくれ!」

 

 フレイから希心への告白。

 簡潔だが――フレイの心がこもった言葉。

 

 ――それに対する答えは、もう決まっていた。

 

「はい! フレイ様! 私も貴方の事が大好きです! 私を――貴方のヒロインにしてください!」

 

 そう言って希心は、これまでの転生と同じように、幸せな気分に満たされながら、笑みを浮かべて恋人がするようにフレイに抱きついた。

 そして、万感の思いを込めて、これから先も変わらず続いていく、自らの誓いを、自らの思いを、フレイに向かって宣言する。

 

「どれだけ時が流れようとも……どれだけ転生を繰り返そうとも……私のフレイ様への愛は永遠です! 何度だって私は貴方のヒロインになってみせます!」

「ああ! 俺は何度だってお前を俺のヒロインにする! そして何度だって幸せな――ハッピーエンドを共に紡いでみせる!」

 

 フレイはそう希心の気持ちに応え、希心を強く抱きしめた。

 

 愛し合う二人が互いの思いを確かめるように抱きしめ合う中で、降り続いていた豪雨はいつの間にか止み、雲が晴れ始めていた。

 その雲が晴れた空には太陽が覗き、そこからくる光が、二人の新たな門出を祝福するように、彼らに向かって優しく降り注いだ。




 最初に振った来幸に、最後は自分から告白して、二人が愛し合う事になって物語を終える――これが一番、この物語の綺麗な終わらせ方じゃないかと考え、ここまで物語を紡いできました。

 なんやかんや、色々とあったフレイも、こうして自身の夢であった理想の俺だけのヒロインをしっかりと手に入れて、この物語はハッピーエンドで完結となります。

 ここまで来るのに約七十万字くらいの分量になってしまいましたが、何とか最後まで書き切ることが出来て、ちょっとほっとしています。

 長い分量となりましたが、ここまで私の作品を読んで頂き、ありがとうございました。
 どれだけ先になるかわかりませんが、次作を作り終えたら、またお会いいたしましょう!


以下はチラ裏な補足なので読みたい人だけ読んでください。
――――――――――――――――――

 よくある恋愛をこじらせた主人公の物語では、ヒロインとやることをやるというか肉体関係を持ったら、あっさりとそのヒロインの愛を信じて、それまでのこじらせを無くしてしまうものが多いと思います。
 ただ、個人的には「こじらせまくった奴が、一度関係を持ったからって、そう簡単には相手の愛が本物だって信じられないだろ」という考えがあったので、フレイのこじらせが漂白されて綺麗になるためには、転生しても愛し続けてくれるヒロイン達の重い愛が必要でした。
 面倒なほどこじらせまくったフレイでも、さすがに来世でも自分のことを愛し続けてくれるヒロイン達を見たら、その愛が本物だと認めないわけには行かず、長い時間をかけてヒロイン達の愛で、こじらせを無くして、綺麗なフレイに漂白されていった形です。
 そして綺麗なフレイになったからこそ、今までずっと目の前にあった自分の幸せを素直に手に取れるようになりました。

 ちなみに、「ヒロイン達の転生先が男だったら如何するの?」と思うかも知れませんが、この世界の主神が銀の鎖のリーダーなので、転生先を人族やエルフ、獣人等の人型種族の女性や、竜や精霊などの人化出来る種族の雌に限定するくらいの調整はしています。
 ただ、記憶の継続に関する手助けはしていないので、来幸達は自前の頑張りで前世の記憶を継続しました。
 普通の人間なのに、自前で何か来世まで記憶を保持した来幸達を見て、新たにこの世界の神になったばかりで、事情を何も知らない桃の神は、ドン引きをしたりもしました。
 まあ、そんな彼女も、異界神獣から助けて貰ったことと、前話から今話までの間の期間で、様々な出来事があり、その過程でフレイに惚れてしまったことで、同じ穴のムジナになってしまいましたが……。

 そんな感じで現在も多くの人員がいる銀の鎖ですが、さすがに全ての人が来世に記憶を持ち越せたというわけではありません。
 初期組は全員が記憶を保持していましたが、それ以外の新規加入者の中には、来世ではフレイのことをすっかりと忘れて、別の人を好きになって幸せに暮らした者もいます。
 来幸達のように来世でも愛し続けてくれる者達を知っているので、来世はいいと言いつつも、少なからずショックを受けるフレイですが、そんなフレイを銀の鎖の当初の目的通りに、他のヒロインが癒やしてくれるので、長い年月を経ても摩耗することもなく、フレイは元気に世界を守るために使いっ走りを続けています。

 ちなみにですが、転生を繰り返しているヒロイン達は、全員がずっと転生をし続けているわけではありません。
 エルザは、転生ガチャで火精霊という不老の種族を得たので、そのままセレス、レシリア、ノルン、クラウの不老勢と共に、銀の鎖の一員としてフレイとずっと楽しく過ごしていますし、ユーナはなんやかんやフレイの教えと転生による経験値の蓄積が爆発して、自然神になることで不老勢の仲間入りをして、転生の日々から抜け出しました。

 来幸はなかなか不老になれず、この後日談の舞台となる遠い未来まで、ずっと転生を繰り返してきました。
 今回転生することになった希心は、黒髪からわかるとおり、来幸とフレイの子供の子孫となります。
 既にこの世界では黒髪は忌み子という迷信は無くなっているので、来幸のような目に合うことはなく、普通に日々を過ごしていました。
 来幸は転生を繰り返す長い年月の果てに、偶然、同じ黒髪である自分の子孫を引いた形ですね。
 きっと、フレイに褒めて貰った黒髪になるまで、転生ガチャを繰り返していたとかそう言うわけじゃないはずです。たぶん……。


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