GVSウィッチーズ (てっちゃーんッ)
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1話

エクバ か GVS か迷って。
それで未プレイの GVS にした。

まぁ、ちょうどええんやない??(適当)


ではどうぞ


 

 

 

 

「ぬわぁぁぁん!つかれたもぉぉぉおん!」

 

 

どこかまともじゃ無い台詞を吐きながらゲーミングチェアーに座り込み、仕事終わりの疲労感を背もたれに移す。

 

ご飯も食べた。

シャワーも浴びた。

歯も磨いた。

 

そして明日はみんな大好き、休日が来る。

 

明日は仕事が無い日だから夜更かしからのゲーム三昧が一番楽しいところ。

 

そして今の時間帯なら相当な手練れが多いだろう。画面の向こうでは日頃のストレスをゲームにぶつけようとする飢えた者たちの宴が今始まるタイミングだから。

 

 

「さて!何のゲームに手をつけようか」

 

 

今日は対人ゲーでも楽しもうか?

 

そう考えて横を見る。

 

ゲームソフトが並んでいる棚だ。

 

タイトルが多く並んでいる。

 

そこに目を引く作品があった。

 

 

「あー、そういや、最近やってなかったな、このゲーム」

 

 

とあるゲームソフトに手をつける。

 

軽く二ヶ月ほどは音沙汰無しの作品。

 

始めた当時は結構のめり込んだプレイしてたが、一通り熱中して飽きたあとしばらく別のゲームに手を出していた。

 

 

「たまには…やるか」

 

 

手に取ったそのゲームのパッケージを開き、懐かしみながら本体に投入してそのまま起動した。

 

すると懐かしく思うオープンニングが流れる。

 

しばらく眺めながら数パーセントほどアルコールが入っているお酒を飲む。二十歳になったばかりだから少しずつお酒を慣らしているところだ。ただ甘い食べ物が好きだからお酒はあまり向いてないかもしれないな。

 

そんなことを考えながら開かれたメニュー画面を触り、オンラインを選ぼうとして手が止まる。

 

今日は久しぶりのプレイだ。

 

あまりうまく動かせないかもしれない。

 

なので実戦投入する前に肩慣らしすることを考えてオンラインでは無くオフラインを選んだ。

 

CPU戦が主になるがトライアルモードから手をつければゲームの感覚を思い出せる。

 

丁度いい。

 

何せ慣れてない状態で相方さんにはあまり迷惑はかけたく無い。

 

プレイ次第で『了解です』と『助かりました』の嵐と荒らしに頭悩ますことになるから。

 

苦笑いしながらトライアルモードを選んだ。

 

すると画面が少し変わる。

 

 

「??……ああ、これ、アップデートか」

 

 

画面が切り替わり、少しだけ時間が経つ。

 

 

「てかオフラインにアップデートとかあるモノなのか?普通なら起動前に全体的なアップデートが施される筈なんだがね…」

 

 

素朴な疑問。

 

それとも勝手に仕様が変わったのか?

 

だがプレイ自体は充分に出来るだろう。

恐らく大したアップデートは無いはず。

 

お酒を飲みながら待機して、しばらくするとローディングを終えたメッセージが画面の中央に展開された。

 

過去のプレイングを思い出しながら選択する。

 

トライアルモードの画面だ。

 

 

「うわー、懐かしいな、コレ」

 

 

ワクワクを思い出す。

 

しかし、見たことないテキストが現れた。

 

 

「なんだ、この選択画面は…??」

 

 

イージーモードからハードモードまで色とりどり選ぶことが可能なステージの数々。久しぶりのプレイとはいえ大抵の雰囲気は覚えている。

 

しかしアップデート後に新しく追加された選択画面はどこか異質だった。

 

 

「strike witch ??」

 

 

す、すとらいく、うぉっち??

 

いや、これは、ういっち…か??

 

すとらいく、ういっち??

 

すとらいく…って、ストライク?

 

 

「SEED作品か? 機体、あるからな」

 

 

あと『ういっち』は『ウィッチ』だとすると…

 

『魔女』とかそんな意味だよな?

 

 

ガンダムオーヴェロンのことか?

 

確かあれって、妖精とか、魔術師とか、そんな意味合いだったはずだよな。

 

 

「でもストライクってどういうことだ?まずオーヴェロンは宇宙世紀の機体だよな?SEEDとはあまり関係無いはず…… てか家庭版にオーヴェロン出るの!?いやいや、まさかだろ!」

 

 

オーヴェロンはともかくとしてSEEDの考察になるが、なんとなくウィッチの理由はわかった。SEEDの作品に登場する兵器には神話の名前から来ている。

 

例えばオルトロスとか、ケロベロスとか、ツォーンとか、アロンダイトとか、そんな感じに何かと洒落た名前が付けられている。

 

それならwhich(ウィッチ)の様な名前を扱ったとしても、このゲームオリジナルの要素として取り扱えば案外違和感は無いかもしれない。

 

そもそもボス機体に登場するエクストリーム系がなかなかのオカルト要素だ。

 

機体が消える。

斬撃を飛ばす。

竜巻も起こす。

 

なら魔法の一つや二つ、そこまで気にするほどでも無いだろう。

 

それこそSEEDのお洒落具合をお借りしましたと言うのならお祭りゲーとしての新たな試みだろう。

 

何より原作コミックがガンダムの歴史にダイブしてデータを収集する物語だ。

 

下手にツッコミどころ探してもこのお祭りゲーなら今更だろう。

 

それよりもステージだ!

どんなネタで組み上げられたのか?

 

魔法使いと言うならそれに因んだ機体かな?

 

 

「さーて、何が敵として__」

 

 

 

 

 

<<< Νέυροι

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

<<< Νέυροι

 

 

 

 

 

「え?な、なんだ、コレ? ド、ドダイ…か?」

 

 

 

 

爆撃機(ドダイ)が単品として敵??

 

いや、違う、よく見ろ。

見た目はドダイじゃないな。

 

ならSEEDのサブフライトシステムか?

 

いやこんな形か??

似ているが、違うよな…??

 

それともこのゲーム特有の機体か?

 

 

 

 

 

 

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

 

 

 

 

「いや、少し多すぎだろ!てか名前なんだよこれ?なんて呼べばいいんだ?ギリシャ語かロシア語なんか、か?」

 

 

 

 

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

 

 

 

 

「いや、いやいやいやいや…そろそろ止まれよ」

 

 

 

 

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

 

 

 

 

「ちょ!うわっ!?はぁ!?右の画面がドダイ擬きで埋まり始めたぞ!?…気持ち悪っ!」

 

 

 

 

<<< Νέυροι <<< Νέυροι

<<< Νέυροι <<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι <<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι <<< Νέυροι

<<< Νέυροι <<< Νέυροι

 

 

 

 

「なんだこの数は!?クソゲーかよ!これメイン射撃がカートリッジの機体じゃなかったら終わってんぞ!?うわわわ!山のような形まで出て来やがった!!」

 

 

 

真っ黒に埋まり始める画面、敵機の情報で埋め尽くされてその数は尋常じゃない。

 

まるで人類を滅殺するために集われた悪夢だ。

 

これがエクストリームバーサスだって??

 

些かやりすぎでは??

 

それとも運営からの挑戦だろうか??

 

 

 

「!!?」

 

 

 

画面にノイズが走る。

 

最初はこれも演出か何かだと思った。

 

でもそうじゃない。

 

モニターが明らかにおかしい。

 

まるでウイルスでもダウンロードしてしまったパソコンみたいだ。

 

いや、もしかしたらアップデートしたものがウイルストラップだったりするのか!?

 

いやいや冗談じゃねーよ!

 

 

 

「っ、これ本当にウイルスが混じってるとしたら電源落としても解決しないだろ!っ、せめて動画にだけでもこの惨状を録画して…!!」

 

 

テーブルに置いてある携帯機に手を伸ばす。

 

この記録を残すために。

 

すると黒く埋め尽くされていたモニターは次に光を放ち始める。

 

 

「は!?」

 

 

 

 

異常なほどに瞬き…

 

そして___光った。

 

 

 

 

「なんの光ィィ!!?」

 

 

 

 

目を塞ぐことも忘れて、叫ぶ。

 

モニターから溢れ出る光線に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ココ、マジでどこなんだよ…」

 

 

 

目を覚ますと、薄暗い空間にいた。

 

あと地面が冷たい。床の手触りを考えて目を覚ました場所は洞窟だと知った。

 

俺は部屋着として使っているジャージを握りしめながら恐怖心と戦いながらとりあえず出口を探す。光が刺す方へ。

 

薄暗い空間の中で響き渡る小動物の声すらも恐ろしく、壁に手をつけながら向かった。

 

出口には薄い板の様なモノで押さえられていたが、なりふり構わず体当たりをして外に出た。

 

その時に土や砂利を被ってしまう。その洞窟は古く放置されていた場所なんだと知った。

 

俺は訳のわからない惨状に頭を抱えながらとりあえず森を進み、平原に出た。

 

 

 

「ここは、本当にどこだ??」

 

 

に、日本…だよな?

 

それにしては、道路も無く、山のような場所には見えない。

 

インフラ整備されたものは何一つなかった。

 

てか、俺、部屋にいたよな??

 

 

ひ、ひと…そう、人だ。

 

誰か、人を見つけて聞かなければ。

 

日の光を受けて脳が目を覚ます。アルコールすら飛んだ。お陰で今の現実を受け止めると不安が押し寄せてくる。

 

マジで、何が起きてんだ…?

 

 

「!」

 

 

平原を歩くと街が見えた。

 

入り口は開放的で誰でも出入りは可能。

 

しかしそこそこ大きな街に見える。

 

だが驚くことが一つ。

 

ジャージ姿の俺に対して、西洋の着衣で街を歩く人々。あまりにも格好が違いすぎる。

 

 

 

「ココは日本じゃないのか?」

 

 

 

それともグンマーか、なんなか…か?

 

ドッキリにしては手が混みすぎだ。

 

何せ、街すらも日本の雰囲気とは程遠いから。

 

挙動不審に周りを見渡す。

 

あまりにも年代が古い。

 

人も、街も、乗り物も。

 

そこらで馬が馬車を引いているのだ。

 

それらを見て弾き出される解答。

 

それは…

 

 

 

「異世界に飛ばされた??そんな、二次小説のような展開じゃあるまいし…」

 

 

思い切って街の人に話しかける。

 

すると使われる公用語が英語だった。

 

ご都合主義に日本語で会話はなかったみたいだが、知っている公用語が存在すると言うことはつまり完全なファンタジーと化した異世界(?)って訳でもなさそうだ。

 

まあ、辿々しい英会話なのはご愛嬌として色々と尋ねようとしたが、俺は気づく。

 

ジャージ姿であまりにも怪しすぎるぞ、俺。

 

内心焦りながらも表面上はニコニコと笑って「お話ありがとう」と告げて人気の少ない場所まで駆け足で去る。

 

 

「情報の限りだと日本じゃない。そして使われる言語は英語。そうなると俺は国外に飛ばされた?あのモニターの光に??」

 

 

あまりにも突拍子の無い超展開。

 

そもそもココは海外なのか?

 

それともちゃんと異世界であり、俺の住まう前世界と類似した場所か?

 

 

「なんだよそれ、意味がわかんねぇよ…」

 

 

 

だんだんと不安になる。

 

せめて日本人か誰か居てくれたらと思うがあまりうろちょろすると怪しまれるし、変に目立つ事はできない。あと公用語が英語の時点で俺の中では制限を食らっている。そこまで流暢に英語なんて使えねぇよ。

 

そもそも「japanese(ジャパニーズ)」のイントネーションが間違ってるのか知らないが「What's??」と返されてほとんど詰んだ気分だ。

 

とりあえず目立たないように街を歩く。

 

なんか、軍服を着こなした兵士もいるし。

 

あー、怖すぎる…

 

 

 

 

 

夕方。日が落ちてきた。

 

お腹すいた。

 

そこまで多く歩いた訳でも無い。

 

でも、立ち尽くす状態が続いて足が痛い。

 

でも、幾つかわかった事があるし、理解してしまったことがある。

 

まずここは日本じゃない事。

 

そして言語は英語である事。

 

つまり海外。

 

あと時代が違うこと。

 

それから………まともじゃなかったこと。

 

 

「そして、何より…」

 

 

 

()()()()()()()……

 

 

 

 

「ああ、本当、マジでどうかしてるよ…」

 

 

 

空を見上げる。

 

飛んでいるのは、戦闘機。

 

空で戦う鉄の塊。

 

それからもう一つ。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

戦闘機よりも小さく、薄い飛行機雲を作り上げながら突き進む、魔法使いの兵士たち。

 

正しくは、ウィッチであること。

 

 

 

「あー!!なんてことだぁー!この世界の女性のズボンが下着であることが判断材料としてトドメじゃねーかチクショー!これはそう言うことかよぉぉ!!」

 

 

 

頭を抱えてジタバタとする。

 

側から見たら頭のおかしい男の姿だ。

 

まあそんな醜態は気にする暇もなく、俺の頭は理解を拒もうと必死になるが、見てきた光景がアンサーであることにため息すら付く。

 

いやもうため息は疲れた。

 

 

「ぁぁ、ほんと、どうかしてるよ…」

 

 

否定しても、現実を退ける事は不可能。

 

だから受け入れるしかない。

 

そう、この世界は…

 

 

 

「ストライクウィッチーズ、かぁぁぁ…」

 

 

 

戦争アニメじゃねーかよ!!

 

下着がズボンだから見られても恥ずかしくないとかそんなふうに言われる世界だとしても、戦争を知らない平和ボケしてる青年にはキツすぎるわ。

 

クソデカため息を吐いて、体を起こす。

 

街を見渡す。

 

それと同時に日が落ちそうになってきた。

 

 

 

「あー、マジで、 あ ほ く さ」

 

 

 

気怠げに立ち上がり、ボーと眺める。

 

活気ある街だが、海の向こうはもしかしたら人類の敵が空を飛んでいるのだろうか?

 

それとも落ち着いてる頃だろうか?

そこまで張り詰めた空気を感じられないから。

 

まあそれで危険な時代と世界に堕ちたことには代わりがなく、まず自分の明日すらも危ない。

 

言語が英語ならまあ少しはなんとかなる。

 

でも、金もない、戸籍もない、住まいもない。

 

既に……詰み始めている。

 

 

 

「……………どうしよう」

 

 

 

崩れ落ちそうになる脚。

 

現実逃避も出来ないこの現状をなんとか打開しようと考えなければならない。

 

ともかく、今日はどうにかして食べ物と、せめて屋根の一つは確保をしなければ…

 

 

 

 

 

「おや?君は、扶桑の人間かな?」

 

「!」

 

 

 

眼鏡を掛けた男に声をかけられた。

 

俺は怯えたように振り向く。すると眼鏡の男はその仕草に少し驚いたが、俺が怯えてるだけだと知って表情柔らかく対応を取る。

 

 

「ふ、扶桑ですか? い、いや俺は日本人…」

 

 

 

待て、ココでは扶桑だったか?

 

確かそんな設定だったか??

 

あー、もう!!

アニメ視聴とか10年前やぞ。

 

最後に見た劇場版もそのくらいだったか?

 

当時はアングル神ってたパンツと一緒に夢中になって見てたけど、10年も経てばストライクウィッチーズの設定はそこまで詳しく覚えてる訳もないだろ、ふざけんな。

 

ミリタリーとかもそう詳しくないし。

 

 

 

「あ、いえ、そうですね。ふ、扶桑人、らしいですね、自分は」

 

「らしい…? まあ、いいか。しかしこんなところでどうしたんだい?」

 

「え?自分ですか?…そ、それは……」

 

「…………もしかして、なにか訳ありかな?」

 

「!!」

 

「随分と困り果ててるみたいだ。力になれるかな?」

 

「…っ」

 

 

 

ああ……だめだ。

 

涙出そうになってきた。

 

しかも同じ言語、日本語を語ってくれる…

 

ああ、この世界では扶桑語か。

 

ややこしい。

 

でも、いま目の前にいる男性に縋る他あるまい。

 

 

「はい。その…突拍子も無い話ですが、今すごく困り果てています」

 

「そうか… ふむ。それならお茶でもどうかな?そこで色々尋ねよう」

 

「!!……怪しいとか、思わないんですか?」

 

「?」

 

「自分は貴方と同じ日本……扶桑人でも全く見知らぬ異端な人物ですよ?」

 

 

 

優しさは嬉しい。

 

だから気になる。

 

何故、彼はそう言って助けれるのか?

 

しかし返ってきた答えは…

 

 

「僕はこれでも技術開発者の一人でね、見る目があると思ってるよ。だから君はそこまで危険な人とは思わない。コレが答えかな?」

 

 

 

戸惑いなく告げられた答え。

 

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

「うん、いいよ。とりあえず喫茶店でも行こう。ご馳走するさ」

 

 

 

俺は頭を下げる。

 

話、聞いてくれるだけでもいまは助かるから。

 

 

 

「あ、そう言えば自己紹介まだだったね」

 

 

 

眼鏡を掛けた男は柔かに告げて、俺も「そうでした」と返した。

 

そして眼鏡を掛けたその男性は夕焼けに包まれそうな街を見ながら、こう言った。

 

 

 

 

「ボクは宮藤一郎、ウィッチ達のために空飛ぶ箒を作りに来たのさ」

 

 

 

 

 

それは、革命を起こす人間の名前だった。

 

 

 

 

つづく





一行目から 淫夢語録 とか…
さては作者はホモだな?(名推理)


ではまた


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2話

 

 

 

 

街の外に出る。

コレがピクニックならどれだけ良かった。

 

しかし今日はそんな優しく無い。

 

俺の不安を拭うために答え合わせをしていた。

 

 

 

「これ、やはりそう言う事……ですか?」

 

「僕は技術開発者であり考古学者では無い。しかしコレを見たら流石に察してしまう。君は恐らくそう言った類の中で招かれたのかもしれない」

 

「とんでもなくファンタジーだ。そして傍迷惑な話だ。()()()の一つくらいちゃんと後始末しておけよ!先人の馬鹿タレどもが!」

 

「あ、あははは…」

 

 

 

宮藤一郎さんと出会って数日が経過した。

 

あの日、お茶に誘ってくれた後、本当に突拍子もない話を聞いてくれた。

 

信じられない話だと思っていたが、彼は興味深いとばかりに耳を傾けてくれた。

 

それから一晩だけ泊めてくれた後、次の日になって俺が目を覚ました場所まで宮藤さんと足を運んだのだ。

 

真っ暗な場所だった事を伝えたのでトーチランプを持ち込み、俺が目を覚ました場所に光を灯す。壁に沿って作られた足跡を辿りながら洞窟の奥に進み、行き止まり。

 

しかし、その床に『魔法陣』があったのだ。

 

宮藤さんもだが、これには俺も目を見開いた。

 

 

 

「魔法陣。それは呼び起こすため」

 

「呼び起こす?…どういうことですか?」

 

「知ってるだけの事を話すなら、この魔法陣はかなり大昔に扱われていたウィッチ達の()()()()を行うための儀式床だ」

 

「武装、召喚…?」

 

「厄災と闘うための武具。それは大昔の英霊達が使っていたものを引き出すための秘術」

 

「英霊達の武具…」

 

「例えば、魔を断つ針、山を裂く大鎌、大地を砕く鉄槌。実際に存在してたのか分からないが、研究家達の論文にはそんな事が書いてある。中には勝利が約束される聖剣や、どんな傷も治す鞘だってあったかもしれないと言うほどだ」

 

「ぶっ飛んでますね。まるで絵本のような物語だ」

 

「そう感じるのも無理はない。実際に魔法陣から武具を召喚した事例も報告はないんだ。ただそこに魔法陣があっただけ」

 

「あ、いないんだ…」

 

「調べに調べた考古学者が『恐らくそうだったのかもしれない』と言ってるだけだからね。だからこの魔法陣には何が秘められてるか実はよく分かっていないんだよ。でも少なからず、英雄達が扱っていた武具がこの中にあると言われているよ。土地。石板。日記帳。そう言った数少ない証拠から魔法陣の意味を調べている」

 

「それはそれですごい発見ですね」

 

「だからこそ考古学者や研究家、魔法陣の探索家が今必要として発見と解析を進めている。もしそれが本当なら…」

 

 

 

__ネウロイと戦えるかもしれない。

 

 

 

そう言った宮藤さんは目を鋭く魔法陣を見る。

 

彼はネウロイと戦っている技術開発者だ。

 

世界の平和を望むひとりの人間なんだ。

 

だから、もし本当にこの魔法陣の中に英霊達が使っていた武具が秘められてるなら、人類を脅かす敵を、ネウロイを討つ事ができる。

 

それは宮藤一郎の願いかもしれない。

 

 

「でも、俺はココから出てきた。それは過去の研究を否定することになりますよね?」

 

「なら……君は誰だい?」

 

「俺は人間だ」

 

「…」

 

 

俺は英霊なんかでは無い。仕事疲れでだらしなくゲーミングチェアーにもたれかかっていただけの一般人。ただ消費者だ。勇者のような器すら持っていない。今だってこんなにも怯えて仕方ないと言うのに。

 

 

「けど、君が…… 黒数(くろかず)くんがここから現れたと言うのなら、それは人類の願いかもしれない」

 

「英雄にするつもりですか?やめてください。俺なんて平和ボケして生きてきただけの人間です。戦争を知ってるつもりでいるだけの一般人です。戦いが鳴り止まぬこの世界で生きている人達に比べたらなんてこと、ないですよ…」

 

 

ストライクウィッチーズ。

 

少女達が戦う世界。

 

作られたはずの物語。

 

しかしそれを目の当たりにすると、ただのアニメやコミックでは終わらない。

 

どこかで聞いた歌詞だ。

 

_アニメじゃ無い。

_ほんとうのことさ。

 

ああ、この世界ではまさにそうなんだよ。

 

 

 

「宮藤さん。魔法陣に関する話って他にありますか?もっと調べて、それで帰る方法を探りたいです」

 

「簡単な資料ならどこかにあったはず。でも僕は明日からまた開発を始める。だから手伝えるのはそのくらいだよ?」

 

「いえ、ありがとうございます。本当に助かります。そして助けてくれてありがとうございます」

 

「そこまで畏まらないでいいさ。あと先ほどの発言は申し訳なかったね…」

 

「?」

 

「もし考古学者達の研究が本当ならこの魔法陣からやってきたキミは古の英雄なのかもしれない。それはネウロイに脅かされるだけの人類を助けてくれる希望になってくれる。そうであったのならこの世界は救われるんだって思った」

 

「それは…」

 

「責めてる訳じゃないんだ。むしろ君は被害者だね。魔法陣を通じて無慈悲に戦争が続くこの時代に招かれてしまった。途方に暮れてた人に英霊だって重ねるのは酷だ。だから本当に申し訳ない」

 

「いえ、大丈夫です。もし自分が宮藤さんの立場なら、俺だってそう願いますよ。ネウロイから人類を救う、希望なのかもしれないと…」

 

「……」

 

「でも、それは抜きにして、色々と信じてくれてありがとうございます。正直こんなに真剣になって助けてくれるとは思いませんでした」

 

「あははは!まあ確かに、突拍子の無いことばかり聞かされたけど、ここが誰にも見つかってない事と、壁沿いにある足跡、あと扶桑もブリタニアも聞いたことない。記憶喪失者か何かかとも考えたけど意識はしっかりとして自分のことを把握している。話の証拠は揃っている。それに…」

 

「??」

 

「魔法陣の第一発見者は国からとんでもない大金を受け取れるんだよ?さりげなくこの発見場所に招いてくれたけど、普通ならあり得ないからね」

 

「まるでお宝ですね」

 

「それほどなんだよ。もしこの魔法陣の中に武具が秘められていたとしたらそれはネウロイと戦える人類の武器だ。国は喉から欲しい代物なんだからね」

 

「………気をつけます」

 

「うん、これから魔法陣を調べるならそうした方がいい」

 

「はい、その事はしっかり心に刻んで……?んん?まてよ、なんだこの単語は? っ、これは…」

 

「む? どうしたのかな?」

 

 

宮藤の言葉に頷き、魔法陣に目を移して、ふと何か文字が刻まれていることに気がついた。

 

それはなんて事ない英文。

またはブリタニア語である。

 

薄らと照らされたランプの光。

 

そして、俺は__それを見て震えだした。

 

 

「み、宮藤さん!もう少し、近くに光を…!」

 

「え?あ、ああ…」

 

 

俺は気になる部分を砂を払い、床石に刻まれた魔法陣の全面が見えるようにする。

 

 

そしてランプによって照らされた魔法陣。

 

そこには…

 

 

 

「いや、まて、いや、まさ、か…」

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 

 

なんで?

 

なんでこの文字が??

 

いや、文字ではない。

名称だ、コレは。

 

円状に沿ってソレは小さく刻まれている。

 

そして、俺が知る名称が刻まれていた。

 

何せ…

 

それは…

 

それは…

 

それ、は……

 

 

 

 

「____ GUNDAM 」

 

「え?」

 

 

 

 

 

トーチランプの影が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も行くのかい?」

 

「はい。あの魔法陣を解明すれば、戻れるための手がかりになると思っています」

 

「そうかい。でも前も言ったようにあまり目立たない様にね?ブリタニアの服を着てると言っても君はこの世界の人間では無い。僕も力になれる範囲は決まっている。だから気をつける様にね?じゃ、行ってくる。今日もトースト美味しかったよ」

 

「はい、お気をつけて」

 

 

 

少し、小さな住まい。

 

しかし二人住まうには丁度良い大きさ。

 

なんなら部屋も与えてくれた。見知らぬ人にそこまでしてくれるのか…と、驚いた。

 

なので居候の俺は家事を全面的に請け負って少しでも返しているところだ。そんな宮藤さんはとても良い人だから、家だと思って寛いでくれて構わないと言ってくれたが、俺としてはそうは言ってられないので居候として家のお手伝いをしている。今出来る事はこのくらい。

 

まあそれでも家事に関しては宮藤さんから大変感謝されてしまった。

 

何というか、開発者あるあるとして家がとっ散らかってしまうらしく、片付けが出来ない日々に追われてしまってたらしい。

 

そこで居候している俺が色々と片付けたり整理するお陰で家が綺麗になったのだ。

 

それでとっっても感謝された。むしろ住まわしてもらってる俺が一番感謝してるのですがそれは…

 

まあ、とりあえず、俺は宮藤さんに頭が上がらない状態だ。

 

そんなわけで、宮藤さんのご好意に甘えながらも俺は1日でも早く帰れるよう、引き続き帰るための手段を探すべきだろう。

 

魔法陣から来たのなら、魔法陣で帰る考えになるのだが、そう簡単に都合よく進まない。ある程度わかった事もあり、驚くような事も多かった。しかしどうしたら帰れるのか?

 

それはまだわからない。

 

だから今日も引き続き調べるだけ。

 

 

「よし。今日も綺麗になった。軽く夜ご飯を仕込みすれば家事は終了。早速魔法陣のところまで行くか」

 

 

居候して早くも四日目。

 

魔法陣を確かめに向かって今日で三回目。

 

宮藤さんから土や砂を払うための箒、光を灯すランプ、あと筆記できる数枚程度の紙。

 

まるで考古学者ごっこだ。

……ごっこ遊びで済んだらどれだけよかったか。

 

 

 

「……」

 

 

 

外に出て、街を歩けば軍服を着た軍人の姿をそこらで見かける。

 

そこには少女もいる。

 

ああ、本当にストライクウィッチーズなんだな。

 

ズボンじゃなくて下着だ。

正直……目のやり場に困る。

 

だって……… 下着(パンツ)だぞ?

 

ストライクウィッチーズの世界観ならそれが当然のようになるが、俺からしたらチラ見せとかそんなレベルじゃない。しかもこの世界の女性ってなにかと美形が多く二次元から生まれた世界だからこそ年に見合わぬ体付きの娘が当然のように歩いている。

 

俺はストライクウィッチーズを知ってたからまだこの状況は理解はするが、そうじゃない人からしたら何かの間違いかと疑いが止まらないだろう。男からしたら情欲を引き立てるような光景ばかりだが、俺からしたら彼女達の羞恥心を心配する。この世界では場違いな心配だろうが。

 

 

「ま、まだ、スク水は、理解する…うん」

 

 

スク水に関しては水泳用の姿として受け止めれるし、ファッションの一つだと考えれる。

 

まあそれでも未成年が街中でスク水姿で歩くのは刺激が強いし、やはり目を引いてしまう。てかそもそも士官服の正面全開でインナー姿はかなり暴力だと思う。

 

これはこれでファッションの一環になるが、この世界ではそんなつもりは無いらしい。だからこそ厄介で……っと! 危うくブリタニアに駐在してる扶桑軍人と目が合いそうになった。

 

……考えるのをやめよう。

 

それが近道だ。この世界に長居するつもりはないが今は順応しよう。

 

あと下心抜きにウィッチの彼女達を見過ぎては怪しまれる。

 

あまり目を合わせないようにした方がいい。

 

まるでカボチャ頭を被ったテロリストに怯える上流階級の人間みたいだ。ハサウェイも言ってたな。目を合わせない方が良いって。

 

なのでブリタニアに住み慣れた住人のように歩いて怪しまれないよう街の外に出る。

 

その時に空高く、少女が通過した。

 

 

 

「ウィッチか」

 

 

 

見上げれば、細い飛行機雲を作ってブリタニアの空を白色に染める彼女達はこの世界の兵士。

 

重力に縛られた人間からしたら空を飛んで敵を殲滅してくれる彼女達はヒーローだ。

 

しかしその数はあまり多くないらしい。

 

何故なら今のストライカーユニットは莫大な魔法力を必要とされているから。それ相応に保有したウィッチ、または厳しい訓練を得て魔法力を伸ばしたウィッチがそこまで存在していないからだ。まさに選ばれた者だけがストライカーユニットで空を飛べる。

 

一応ストライカーユニットとは別で『鉄の箒』と名付けられた跨って空を飛ぶユニットが存在する。これに関してはストライカーユニットが開発された10年前から存在しており、鉄の箒は飛ぶために必要とされる魔法力はそう多くない。そのためストライカーユニットで飛べないウィッチはこの鉄の箒を使う。

 

しかしストライカーユニットと違って鉄の箒は旋回性能が悪く、機動力が足りないため時代遅れの印を押されている。

 

昔ならともかく、今の時代では使えたモノではないため彼女達は皮肉をこめて空飛ぶ棺桶と呼んでいる。それでも哨戒程度なら使えるから鉄の箒の先端にランプを吊るしてブリタニアの区域を飛んでいるらしい。

 

 

それでも時代はストライカーユニットだ。

 

これが無ければ今のネウロイとは戦えない。

 

しかし要求されるスペックは高い。

 

高い魔法力と、高い魔法技術、そして空を飛ぶために必要とされている魔道エンジンと言われたランドセルサイズの搭載機を背負いながら飛行する技術、それに加えて長時間戦える体力と集中力、これらを高水準に備えたウィッチのみエースとされストライカーユニットの使用が許されている。

 

しかし先ほども言った通り空で戦うウィッチはそう多くない。今のストライカーユニットはウィッチにとって負担が大きいのだ。

 

そうやって空を飛ぶ権利を得られないウィッチは陸で戦う。ココはまだそんな時代。アニメで放送された501が結成されるまで約10年前の時代なのだから。

 

だからこの世界を原作通りに『ストライクウィッチーズ』と言えるのはまだ先になるらしい。

 

 

 

「それを簡易化する事で機動性を高め、魔法力の要求量を大幅に低下させて、多くのウィッチが飛べるようにするのが宮藤理論か。普通に革命家だよな宮藤一郎さんって」

 

 

 

ブリタニアの空を飛ぶウィッチ達から目を離しながら街を抜けて数十分ほど歩き、周りに目撃されてないことを確認しながら森の中に。高低差激しい崖に注意して、洞窟を見つける。

 

見つかりづらい様に古びた木の板、あと適当な蔦で再度入り口を隠して、俺と宮藤さんだけが知る古の神秘。

 

お借りしたランプで洞窟の中を照らしながら20秒ほど歩けば、石床に刻まれた魔法陣が見えてきた。

 

小さな箒で魔法陣に被る埃を払い、ランプの光を強くして、宮藤さんからお借りした魔法陣に関する資料を開く。

 

 

「やはりどう見てもこれは正式名称だよな?」

 

 

数回に渡って紙に収集した情報と、宮藤さんから受け取った数枚程度の参考資料を見合わせて今日も解析を続ける。

 

 

「とんでもなく古いな。しかし文字はそこまで掠れていないし、刻まれた文字がブリタニア語なのは助かる。あと雨晒しになってないから保存状態が良くて解読しやすい。こりゃ確かに考古学者も熱くなる訳だ」

 

 

テーブルの埃を払う程度の小さな箒で、石床に彫られた穴を掃除して文字を明らかにする。

 

刻まれている単語の一文字目を探して、そこから右読みになるか、もしくは左読みとして扱うか、円状に沿って刻まれた暗号的な単語をそれぞれ二通り試す。

 

 

「決められた単語。決められた言葉。古代語は全くわからないが恐らく魔法陣を起動させるためのテンプレなんだろう。パソコンなどコンピューターの中にあるOS的なモノかな。まあこれに関しては家に戻ってまた資料を見比べるとするか」

 

 

古代語を覗いて文字を抜粋。

 

回収した言葉は最初に見つけた『GUNDAM』の六文字。これに関しては大変驚いた。

 

しかし続きがあった。

 

何故なら『GUNDAM』の単語に続いて…

 

 

 

VERSUS(バーサス)か…」

 

 

 

思わずため息をつく。

 

別に不快な思いをしたとかそうではなく、調べた結果としての疲労感と驚きの感情を交えて吐き出した。

 

これは二回目の調査で発見したこと。

 

 

「魔法陣は英霊達の武具を呼び寄せる儀式。凡ゆる厄災に打ち勝った者の力を借りるがために賢者が作り上げた儀式。それは人類のために」

 

 

ここはブリタニア。

 

つまり現れるのはブリタニアの英雄。

 

それはなにか?

 

GUNDAMと刻まれた単語から引き出されるブリタニアの英雄とは、何か?

 

それともブリタニアは関係なく、術者が望めばどの魔法陣で儀式を行おうと同じなのか?

 

まるで全国展開されたATMだ。

どこでも引き落としができる、そんな便利さ。

 

しかしこの考えは誤りだとして、魔法陣にも一人一人専用があるとしたら…?

 

 

 

「だが、俺はこの魔法陣からやってきた」

 

 

俺はこの魔法陣から選ばれたように呼び出された。

 

だからこの魔法陣は俺が扱うべきか?

 

俺にしかわからない『GUNDAM』の六文字とそれに続く『VERSUS』の単語。

 

英霊。

 

英雄。

 

召喚。

 

武装。

 

呼び寄せる。

 

それはまるで…

 

 

 

「まさにGUNDAM VERSUS(ガンダムバーサス)だよな。試作三号機とか大体そう言ったコンセプトで戦っている。ならこれはそう言うことが出来るのか?」

 

 

しかしあれは、ゲームだろ?

 

いや、この世界も二次元であるが、それとこれとは話が別なのでは?

 

それとも…

 

それとも…

 

 

 

「この世界で俺だけがわかるタイトル(文字)が刻まれているんだ。そしてこの魔法陣から選ばれたように呼び出された俺にしか扱えない限定的なナニカが秘められてるとしたら、解析を進めるたびに自ずとわかってくるはずだ。もっと目を凝らして、もっと見て、なにかと組み合わせてキーワードを探すんだ」

 

 

 

そしたら後は単純な筈だ。

 

そう思いたい。

 

 

 

「はー、しかし疲れたなぁ……首痛い」

 

 

膝をついて作業をして、首を魔法陣に向けて垂らしているから、首が痛くなる。

 

一度中断して仰向けに座り込む。

 

その時に魔法陣を尻に敷いて、ランプに目を向ける。オレンジ色の光だ。

 

こんな薄暗いところで作業なんて目が悪くなりそうだ。あまり長居する訳にもいかないな。

 

でも、あと少しくらいは休憩させてくれ。この世界に来て色々と疲れているんだ。それに魔法陣のオマエが俺を呼んだんだろ?なら少しくらい座れる場所を譲れよ。

 

そう考えて魔法陣の床石に座り込み、両手は床に倒れかかろうとする体を支えるように広げる。

 

しかしその状態も疲れてくる両手は支えることを放棄して俺の体はとうとう真後ろに倒れ込む。

 

掃除したとはいえ少し汚いだろうか。

 

ブリタニアの服を与えてくれた宮藤さんに申し訳ないかな。

 

 

そう考えて、体を起こそうとして…

 

 

別の光と、声が溢れた。

 

 

そう、背中から。

 

 

 

 

 

__そういう時は身を隠すんだ…!!

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

飛び起きる。

 

目を見開いて魔法陣を見る。

 

小さな箒を手に取り身構えて、表情は険しく。

 

しかし魔法陣は光を失い、ランプの光だけが洞窟を照らす。

 

 

 

「なんだ?今の?…何が、起きた?」

 

 

 

疲れから生まれた幻覚?

 

いや、それにしてはよく響いた。

頭の中で。

 

しかもどこかで聞いたような言葉な気がする。

なんだったんだ?…アレは。

 

それは魔法陣に触れたから聞こえたのか?

 

 

「……」

 

 

 

胡散臭い骨董品とは言え、調査だから魔法陣には丁寧に触れていた。貴重だから。

 

しかし生まれた疲れから雑になり、石床で作られた魔法陣を尻に敷いて思いっきり手をついた時だった。

 

大きく触れたことで作動した…

 

 

 

「触れることに躊躇いを無くすべきか??」

 

 

 

解析は充分に行ったつもりだ。

 

だとしたらもう、あとは手触りで、それこそ感覚派で挑んでみるのもアリかもしれない。

 

 

 

「今日は戻るか。明日、実行しよう」

 

 

 

 

そろそろ戻ろう。

 

そう考えて荷物を纏める。

 

ランプの光を落としながら、洞窟を出た。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

「なるほど、確かに人が居るみたいだな」

 

 

 

 

「!!!?」

 

 

 

日本語…じゃなくて扶桑語が襲いかかる。

 

俺は声の主を探して周りを警戒する。

 

すると木の影から少女が現れた。

 

白い士官服を纏っているがその正面は大胆に開かれていて、その中はインナーだ。

 

そして、腰に刀を吊るしていた。

 

 

 

「ウィッチか…」

 

 

「ん、見ての通りさ。ご名答だよ」

 

 

 

そのウィッチはポニーテールを揺らしながら扶桑語で返す。

 

扶桑人…宮藤さん含めて二人目か。

 

そして相手は軍人さんか。

 

あまり会いたくなかったな。

 

 

 

「なにか、用か?」

 

「ああ。もちろんだよ。君と、その洞窟の中に用がある」

 

 

 

ウィッチの表情は少しだけにニコやか。

 

でも、その眼差しは軍人として俺を捉える。

 

さて、どうしようか…

 

薄いランプの光は揺れるだけだった。

 

 

 

つづく

 





時系列戸惑い中だけど、あまり気にし過ぎても仕方ないか。

ではまた


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3話

 

 

 

時々だが…

 

扶桑に置いてきた泣きじゃくる愛娘を思い出してしまう。別れる前にあんなに泣いて、渡欧する前にこちらも少し泣きそうになったのは良い思い出かもしれない。

 

けれど今は人類のために私は動く。ブリタニアに集われし研究チームの一員として私はストライカーユニットを開発するために渡欧した。

 

そして始まるのは共同開発。

 

ブリタニアへ渡る前に扶桑で練り上げたユニットの開発論やそれに当たるプロセスを持ち込んで一気に研究を進めた。

 

最初は順調だった。

 

しかし途中手詰まりを起こしてしまう。

やはり難しい開発のようだ。

 

しかしこれがうまくいけば軽量化も捗り、魔法力の使用量も抑え、これを派生して可能性を広めることができる。

 

だから無理を押し通して完成させたいものだ。

 

 

 

ふー、それより、落ち着こうかな。

 

なにせココまで研究詰めだ。

 

周りも疲れている。

研究チームは二日ほど休暇を取ることにした。

 

私も続いて休暇を取る。

 

と、言っても散歩する程度かな。

 

適当に歩く。

 

ここは貿易盛んなブリタニアの街。

 

首都ロンドンから少し離れた場所だ。

 

人々は街を賑わせる。

 

この平和はウィッチ達が戦ってくれるから。

 

もちろん普通の軍人がいて成り立っている。

 

つまり人類皆が力を合わせた手に入れた平和だ。

 

たとえそれがひとときの平和だろうが、それをありがたく思いながら街の雰囲気を噛み締めて歩く。

 

 

「?」

 

 

一人の青年に目が付いた。

 

辿々しく喋るブリタニア語。

 

最初は扶桑の兵かと思った。

 

しかしその風貌はあまりにも異質だ。

 

そして時折

「なんでやねん!」とか

「ウッソだろお前ww」とか

「いやー、キツイっす」とか

「やめたくなりますよ…」とか

かなり愉快な言葉で苦闘を演じていた。

 

 

見た目不審者なんだけど、なんだかこの世界に無さそうな人間で少し気になったのが本音かな。

 

 

 

 

帰り道だ。

 

またその青年を見かけた。

 

芝生に座り、随分と落ち込んでいた。

 

そして困り果てていた。

あと目が死んでいた。

 

ブリタニアは漁業も盛んでありよく魚が水揚げされている。その水揚げされた魚と同じように死んだ目をしているこの青年に私は心配する。

 

もちろん彼と言う存在に対してほんの少し好奇心を混ぜ合わせながら声をかけるとやはり扶桑の言葉で返される。

 

彼が扶桑人であることが確かになった。

 

それからお茶に誘い、彼から色々と話を聞いた。

 

そして繰り出されたのは突拍子も無い話。

 

 

 

__異世界から来た。

 

 

 

まずブリタニアって国は無い。

 

住まいは日本と言う国名。

 

それから扶桑なんて国は存在しない。

 

またこの時代よりも豊かであり、少なからず平和であることを聞いた。

 

聞く話としては、とても羨ましい。

 

しかしそれを語る彼はこの世界と照らし合わせて随分と参った様にしていた。

 

戦争の世界に迷い込んだから。

 

 

それから彼は自身が異界から来たことを証拠を示すために案内された。

 

そこはまだ発見されてない洞窟。

 

そして洞窟の奥には……魔法陣があった。

 

これには私も驚いた。

 

 

 

「目が覚めたら、ココにいた」

 

 

疲れたように彼は言う。

 

それに関しても驚いたが、やはり目についたのは魔法陣だ。

 

魔法陣の事は聞いたことがある。

 

それは召喚の類であることも。しかし召喚する対象は人間ではなく、呼び起こされるのは英霊達が扱った武具…… であることが学会で広められている。

 

だから人物が魔法陣から来るのか?と疑った。

 

でも彼の様子は演技とかではなく、私に信じてほしくて余裕なく語っている。

 

 

 

__GUNDAM。

 

 

 

聞いたことない言葉。

 

刻まれた文字を私も見た。

 

しかし全く知らない単語。

 

だが、彼は知っている。

 

だとしたら、本当に、本当に、彼はこの魔法陣から来たというのか?

 

それも選ばれてこの場所にやってきたのか?

 

だとしたらこれは世界的驚愕の発見だろう。

 

でも彼は違うと言う。

 

自分はなんてことない一般人で英雄なんて大層な人間では無いことを。

 

 

__俺は人間だ!! 人間で沢山だ!!

 

 

 

彼は叫ぶ。

 

それは良くも悪くも、何もないそこらにいる人たちと変わらない生き物であることを主張する。

 

少し酷だったかもしれない。

 

でも許してほしい。何せこれ以上解明されていなかった魔法陣から誰かが現れた。

 

それはつまり、英雄としてこの世界を救いにきた人物なのでは、と、期待してしまう。

 

けれど違う。

 

彼は訳もわからず巻き込まれてやってきた。

 

戦争の世界に。

 

なんというか、かわいそうだ。

 

しかも見知らぬ大地に放り出された。ココは彼のいた世界と類似してるとは言ってたが、全く知らない土地に投げられては誰もが不安になるだろう。

 

それから私は一時的な保護も兼ねてしばらく彼を預かることにした。

 

深く感謝された。

少しだけ泣いてたように見えたね。

それも仕方ないだろう。

私が彼の立場ならそうなる筈だ。

 

 

それから彼は居候として家の家事を全面的に行って私の生活を助けた。

 

時代が違って少し戸惑っていたが、彼の生活力は随分と高く、何より彼は一人暮らしに慣れてるようで、すぐに順応した。

 

その結果としてかなり助かっている。

 

洗濯、掃除、料理。

 

 

正直に言うと…

 

 

大ッッッ変!!助かッッッてます!!

 

 

 

なんならお弁当すら貰っている。中身は簡単なサンドイッチだが、片手間に食べれるだけありがたい。

 

お陰で一気に生活水準が上がった気がした。お屋敷が使用人を雇うってこういうことなんだろうか?

 

随分と楽になり、研究が捗るようになっていた。

 

しかもちゃんとした食事を取れるようになったのか開発詰めで悪かった顔色も随分と良くなったと開発陣の仲間から言われた。

 

それだけ酷かったか?だとしたら扶桑に置いてきた愛娘に怒られてしまうな。

 

 

「いただきます」

 

 

今日も休憩を得て、お昼ご飯を取る。

 

そこまで量の多くないサンドイッチ。

しかし頭の栄養に充分だ。

元々少食だからこれでも充分すぎるくらいだ。

 

 

黒数(くろかず)くんは今回で三回目の調査だったかな。順調だろうか?」

 

 

私は国の技術開発者。故に国の命運を尊重して動くべき人間。そして魔法陣は国が管理対象として扱われるべきモノ。しかしそれを国の人間でもない、ましてや周りの一般人と変わりない彼に任せている。

 

普通なら私は魔法陣の存在を報告するべきだ。

 

世界の平和を願っている技術者だから。

 

けれど、私は黙認している。

一人の人間のために。

 

 

「彼を__黒数くんを信じよう」

 

 

その頑張りが報われることを願おう。

 

そう考えてお弁当箱を閉じる。

 

さて彼が頑張るように、私も今を頑張ろう。

 

白衣を着直して、開発室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ココは一人用の秘密基地だ。秘密であるために俺以外知る必要は無い。だからお引き取り願えないかな?軍人さん」

 

「それは難しい話だ。貴方の手に持っているモノがただの新聞紙ならまだ私も考えたが、それはどう見ても…… 論文だな?」

 

「なら一人で論文を読みたくなったんだ。秘密基地のような静かな場所、少し閉鎖的な空間でね。集中できるからさ。嘘は言ってない」

 

「………警告だ。()()()()()()()なら本当のことを話すといい」

 

「……気持ちはありがたいけど、この中は勘弁して欲しいな。必要な場所だ」

 

「そうか……なら、仕方ない」

 

 

 

すると静かに刀を構えるウィッチ。

 

牽制、または実力行使に出るのだろう。

 

 

 

「民間を守る刃を人に向けるか、ウィッチ」

 

「ああ、守るためだ。貴殿を()()()()()ため」

 

 

 

法、か。

 

そう言われたら、そこまでかな…

 

 

 

「…………引いて、くれませんか?」

 

「……」

 

「お願いします」

 

「…」

 

 

 

だから、俺は頭を下げる。

 

彼女はわかっている。

 

意味があって俺を守ろうとしていることを。

 

何故なら…

 

 

 

「世界が保持する管理対象ってのは分かる。でもこれは他の人に見つけられては困るんだ。頼む。全て終わってからなら幾らでも管理対象としてこの中にあるものを扱って構わない!だがまだ待ってくれ!頼むッッッ!お願いしますッッッ!!」

 

 

 

俺はランプと論文を置いて、土下座する。

 

しかも相手は年下のウィッチ。

 

それに対して俺は二十歳の人間。

 

まだ数日前まで同じ未成年だった。

 

けれど決められた社会に沿って、俺は大人になった人間だ。成人男子なんだ。

 

そんな自分は、年下の少女に土下座する。

 

 

「…」

 

 

これは、個人的な願い。

 

国の意思に反いた反逆者だ。

 

でも目の前にいるウィッチは軍人だから…

 

 

「それでも、知ってしまった以上は軍人として国と世界のために動かなければこの軍服は嘘になる。だからせめて同じ扶桑人として処置を取るんだ」

 

 

 

魔法陣は、世界の管理対象。

 

まだ魔法陣からは確かな実態を見たわけでは無い。しかし考古学会の叩き出した調査結果として対ネウロイのために扱えるモノだと判断された。

 

そのため国が、世界が、英知が残したこの遺産を保有して調査研究を進めようとする。

 

それが人類を救うための武器になるから。

 

だから国のために働く軍人は私情よりも役割として果たす。

 

 

「……」

 

 

願いは届かないみたいだ。

 

それも仕方ないか。

 

軍人たる彼女は何も悪くない。

 

むしろ同じ扶桑人として、警告してくるからこれ以上の荒事にならない。

 

だから俺は扶桑の人間に見つかったことが何よりも幸運なんだろう。

 

しかた、ない…か。

 

 

 

「っ……わかった。分かったよ。諦めるよ…」

 

「ありがとう…………すまないな」

 

 

 

俺は首を振る。

 

あなたは何も悪くないと伝える。

 

 

 

「………」

 

 

 

終わった…

 

終わってしまった…

 

見つかってしまった。

 

これで独り占めも叶わず、なんなら一般人が入ることすら許されなくなる。

 

俺は……無力だ。

 

 

 

「…だから、明後日までだ」

 

 

 

軍服ウィッチは口を開く。

 

 

 

「明後日までなら、待てる」

 

「!!」

 

「これは私情ではない。発見報告や調査動員など、それらを済ませるに当たって本格的にこの洞窟へ着手するのが明後日と言う話だ。私はあくまで今日の夜に『怪しい洞窟を見つけた』とまとめて報告するだけ。それから先はわからないがな」

 

「あ、あんた…」

 

「扶桑軍人とは言え、私がブリタニアに駐在してるのは戦技研究を進めるためだ。それ以上の役割を持つことは寧ろ軍規違反だな。然るべき者に対応してもらう。それだけだ」

 

 

そう言って扶桑のウィッチは去る。

 

最後にもう一度「明後日までだ」と言葉を残して森の奥に去って行った。

 

 

 

「…」

 

 

 

これは……彼女の慈悲だ。

 

ほんの数的な優しさ。

 

軍人ではない、一人の親切心だろう。

 

 

 

「……宮藤さん、ギリギリになるけど、ちゃんと夜は戻るから」

 

 

 

 

俺はランプの光を再度灯して洞窟の中に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

「それでオレはアイツに言ったんだ。お前のマグナムは立派だけど夜に向けての弾数が足りないってな」

 

「おいおいマグナムってだけ勝ち組だろう?」

 

「弾と玉がなければ女は満足させれないぜ?夜は特に放火するんだ。照準よし、残量よし、装填よし、ってな」

 

「待て待て、残弾はともかく照準は些か危険や過ぎんか?打ち込んだ傷跡は責任を取らないとならないぜ?」

 

「最近の避妊具は高性能だ。薬もある。まあだからと言ってウィッチに垂らし込むのはタブーだがな。幾つか例外はあるが煩悩塗れで純白を落とすとそれは一発だ。なんなら知り合いの情欲スプリンクラー野郎はお縄についた。それから顔は見てないね」

 

「やれやれ、なんための娼館だ」

 

「最低でもオレたちがウィッチに打ち込んで墜とすのは構わない。しかしネウロイに撃ち込まれて堕とされるのは勘弁願いたい。そんなところだな」

 

「はは、違いねぇ!!………オイ、アレはなんだ??」

 

「ああん?…………まて、アレとの距離は?」

 

 

下世話に盛り上がった二人。

 

しかし真面目な口調に戻るとその眼は軍人。

 

怪しく集まる黒雲に偵察機を傾ける。

 

そして、現れた。

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

1937年。

 

ヒスパニアの北の海域に厄災は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急いで戻る。

 

陽が落ちる寸前だ。

 

帰る為の魔法陣も大事だが、命を繋いでくれた宮藤さんに対する義理も大事だ。

 

 

「はっ、はっ…!」

 

 

走りながら今日の調査を頭の中でまとめる。

 

ある程度の単語、または用語がわかった。

 

それは俺だけが知っている世界。

 

そして俺だけが自己投影して、扱える世界。

 

つまり、画面越しの世界。

 

そこまではよく分かったんだ。

 

 

「俺だから、動かせるんだ、アレを…!」

 

 

長時間の調査により半分以上がわかった。

 

しかし悠長なことも言ってられない。

 

何せあの軍服前面全開インナー扶桑ウィッチがどれだけ話してるかもわからない。

 

でも俺のことはおそらく話さないはず。

 

あくまで洞窟だけを見つけたと報告するだろう。

 

しかし、洞窟の中身を覗かずともあの中にあることはバレていたようだ。雰囲気からしてただ者じゃ無い感じだったからな。そうでなければ軍服なんて着れないのだろう。

 

でも、優しさはあった。

 

たとえ、それが軍規軍法に沿った行動だとしてもわざわざ「明後日」と伝えてくれるあたり有情だ。だからそれに応えるべきだ。

 

 

「すみません!戻りました」

 

「ああ、おかえり。私も丁度戻ってきた」

 

 

出迎えてくれた宮藤一郎博士。

 

俺は手と足だけ洗ってから薪に火を付ける。

 

肉じゃがの美味しい香りを漂わせて、主食としてミスマッチだがフランスパンを割いて、二人で夜ご飯を食べる。

 

 

それから宮藤さんに報告した。

 

調査結果を。

 

そして……軍人にバレたことを。

 

宮藤は「そうか…」と一緒に落ち込んでくれた。

 

本当に優しい人だ、この人は。

 

それから明日の覚悟を告げる。

 

 

「作り置きはします。家事も済ませます。だけど明日は夜遅くまで魔法陣の調査を進めます。わがままですが、どうか…」

 

「構わないよ。自分のために、頑張りなさい」

 

「っ…はい!」

 

「じゃ、今日は早く寝よう。実は私も今日早く切り上げた代わりに明日も早いからね。お互いに忙しくなりそうだ」

 

 

 

そう言って夜ご飯を食べて、就寝する。

 

与えられた小さな部屋で布に包まる。

 

 

 

「そういや、あの扶桑ウィッチって、誰なんだろう」

 

 

 

名前は聞いていない。

 

しかしなんと言うか"とある登場人物"に似ている気がした。

 

だがアニメ自体もう10年前だからあまり思い出せないが、しかしこうなんと言うか「はっはっはっ!」と豪快に笑いそうなイメージがあったような…

 

 

「思い出せないって事は、大したことじゃないんだろう。それより明日だ。早く寝よう」

 

 

原作キャラに関心を向けるのは大事かもしれないが、今は自分の事だ。

 

あの軍人さんには感謝してるが、今は俺自身をどうにかするんだ。

 

そう、明日だ。

 

明日、全てをつぎ込む。

 

 

 

「…」

 

 

 

帰ってみせる、元の世界に。

 

目を閉じて、眠りついた。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

「いやいや、なんで昨日のアンタがいるんですか??もしや暇なんですか??暇なんか??」

 

「はっはっはっ!まあまあ良いでは無いか。それに今日は非番でな、君の言う通り暇ゆえに訓練するくらいしか予定がない。実のところ駐在武官として大凡の役割を終えていてな。あとは扶桑に戻って戦技研究の洗い直しを行い、舞鶴で落とし込むだけだ。それよりも中に入らないのか?」

 

「いや、入るけど…… それとは別としてアンタはそれなりに大役受けてる人だったんだな。もしかして上級大尉とかその辺りですか?」

 

「それはまた特殊な階級だ。いいや、私はまだ大尉だよ。大したことはない」

 

 

いやいやいや、大尉の階級で大したことないと何言ってんだコイツ??

 

大尉って、編隊を持てる人間だろうが。

 

わかりやすく言うなら逆襲のシャアに出てくるアムロの階級が大尉だ。

 

機体の開発研究行ったりと民間の出にしてはかなりデカい権限を持っていて、νガンダムを完成させた人間だ。

 

大尉に関しては偉いとかそんな簡単なレベルじゃねーぞ。めちゃくちゃすごいじゃないか。

 

 

しかし…

 

 

 

「まぁ……階級なんて、飾りさ」

 

「!!」

 

 

小さく呟いたそれを俺は拾う。

 

ほんの一瞬だけ、弱さを見せた。

それも、偽りなく、弱さを見せた。

 

しかしコロッと表情を変えてワクワクとしたように洞窟に目を輝かせる。

 

俺はその期待に応えるべきだだろうか、とりあえず古びた板を動かして中にはいる。

 

…お目付け役だろうか?

彼女も後ろから着いてくる。

 

 

そして奥まで進み、たどり着いた。

 

 

 

「予想通りだと思うけど、魔法陣だ」

 

「おお、やはりか」

 

 

 

本当、興味だけでやってきたみたいだ。

 

実は案外自由な人なのでは?この大尉は。

 

 

 

「てか、魔法陣なのわかってたのか?」

 

「ん?いや、なんとなくだ」

 

「はい?」

 

「ただ一瞬だけ感知したんだ。見張っていた洞窟から感じたことない魔法力が鋭く頬を撫でたんだ。それで確信した。街中で見かけたウィッチではない男性が入ったこの奥で何かある。まあそれが魔法陣の類ではないかと決定付けたのは君の握りしめていたモノかな。それ魔法陣に関する論文だろ?一般人が持つには少し詳しすぎる…」

 

「それこそ詳しいんだな、大尉も」

 

「はっはっは!これでも戦技研究を行なっている身でね、机も得意になった。だからその資料や論文の出も正直に気になるところかな」

 

「……明後日には報告通り無かったことになるさ」

 

「ん、かも知れないな。だが安心すると良い。伝えたのはこの洞窟が怪しい、それだけだ。あとは詳しい者達に任せるとして… 時間は有限だ。取り掛からないのか?」

 

「言われなくてもやりますよ、大尉」

 

「ほう、それは楽しみだ」

 

 

 

彼女は軍人であるが、さっきも言った通り武官として頭脳を使った働きもしてきた故か、こう言った調査研究は好きみたいだ。

 

これ、彼女も見つかったら本人も危険では?

 

いや、その場合はトカゲの尻尾切りで逃れれば良いだろう。まあ俺がそうさせるつもりだ。

 

これは俺のわがまま。

 

宮藤さんや、この高笑いウィッチのご好意があって今のブリタニアで五体満足。

 

ならこれ以上望んで、その他を気にするのは危険だろう。

 

 

「やはりこの空欄が怪しいな。展開時に浮き上がる仕様か?手元の方角から見て最後は刻む方針か?しかしそうなると未使用であることが条件か、または使うたびに消えてしまうのか。でもそうなると既に刻まれているGUNDAM VERSUSの文字はやはり使用者を限定とした事になる。やはり、これは俺に_」

 

 

「がん、だむ?とはなんだ」

 

 

 

思わず躓いてしまう。

 

ちょっと、調査の邪魔だな。

 

それよりもガンダムに関してはやはり聞いたことない言葉か。まあ当たり前か。こちら側の創作から始まったおとぎ話なんだから。

 

さて、どうしたものか…

 

 

 

「異界の兵器かなんかじゃないですか?」

 

「異界の?何故そう思う?」

 

「なんとなくです。だって呼び寄せると言ってもこの世界の過去に活躍した英霊限定とは限らないじゃ無いですか?もしかしたらこの世界では無い別のところから来る可能性だって捨てきれない」

 

「ほぉ、それは確かに。しかしよくその発想に行き着いたな?なにかきっかけが?」

 

「俺が一瞬起動させたから」

 

「……なるほど」

 

「固定観念は捨てる。そもそも魔法陣はウィッチ限定で考えてることが悪い。もしかしたら男性だって魔法を使ってた可能性もある」

 

魔術師(ウィザード)か」

 

「そもそも魔法使い(ウィッチ)魔術師(ウィザード)は似て異なる。球技で言うベースボールとソフトボールくらいか?方向性は似ているがルールが違う」

 

「では君の考えるウィッチとウィザードの違いとは?」

 

「魔法使いは体に保有してる魔法を解き放ち、魔術師は術式を組んで魔法の構築する、そんな感じかな」

 

「それは個人の解釈かな?」

 

「ああ。だって時代が違うからな」

 

「?」

 

魔法使い(ウィッチ)は魔法力で何もかも強化するからすごいんだ。一方魔術師(ウィザード)は準備が必要だ。体に刺青とかすればそれが魔法力のパイプになるが… そんなの面倒すぎる。だったら銃火器背負って戦う男性の方が強い。簡単に言えばその時代における取り扱いの話だよ」

 

「なるほど。だから時代の変化か。そうなるとウィッチの方がいつの時代にも浸透するか。だがウィザードは簡易化が進んだ時代に取り残されると言うわけだね。面白い話だ。それこそ論文にするべきだな」

 

「大尉にお譲りしますよ。この世界の功績にはそこまで興味ないからね」

 

「……その大尉っての、やめないか?」

 

「いや、だって名前知らないからな」

 

「あ、そうか。なら__」

 

「いえ、大丈夫です。今日でお別れだ。俺のことは聞く必要ないです。大尉はとある日にブリタニアの洞窟でおかしなことをしていたウィザードごっこをしていた男が居たと思ってくれればそれだけで充分です……からね!」

 

 

 

魔法陣を掌で叩いた。

 

すると床が光り輝く。

 

 

 

「な、なんだと…!?」

 

「だから言ったじゃないですか。ブリタニアの洞窟でウィザードごっこしていた男がいるんだってね。さて、これが血を垂らす場所か?ナイフ持ってきて正解だったな」

 

「な、なにをす…」

 

「こうする」

 

 

親指にナイフの先端を突き立て、血を流す。

 

そして窪みに押し込んだ。

 

すると奥深くまでガコンと入り、石床の一部が盛り上がり、刻まれた文字の部分が更に浮き出た。

 

 

 

「GUNDAM VERSUS……刻まれた文字通りか」

 

「すごい……ほ、ほんとうに、うごいた、のか?」

 

「やはり俺専用か」

 

「っ……待て、き、きみは、一体……??」

 

「何度も言わせるな。ただのウィザードごっこをしている男だよ。明後日にはこの世界から消える予定のな」

 

「ま、待ってくれ! だとしたら君は__」

 

俺は人間だ

 

「!!」

 

「大尉は魔法陣の意味を知っているようだから言っておく。俺はこの世界の希望の光にはならない。何故なら望まずして降り立ったから。だから俺はこの魔法陣で帰るんだよ。だって… 普通の人間だからな」

 

 

 

彼女は何かを言いたくて、でも何も言えない。

 

その時の俺の表情を見て何を思ったのかはわからないが、でも俺がそう特別じゃ無いことを知ってほしい。

 

俺は戦争を知らない。

 

知ってるつもりの人間だ。

法に守られてつい数日前に二十歳となったばかりの人間だ。戦いを知らない。

 

だから俺は違うんだよ、扶桑の大尉。

 

 

「さあ興味だけならもう充分だろう。今日はもう帰ってくれ。仮にまた来るとしても明日にしてくれ。その時に何もなくなるし、何も無かったことになるからな」

 

「……」

 

「さあ、ここからは知らない方がいい。どうせ誰の希望にもならないからな」

 

「……………ああ、わかった」

 

 

 

深い沈黙を得て、彼女は頷く。

 

刀を揺らしながら後ろに振り向いた。

 

素直に出るみたいだ。

 

……そうだな。

 

 

 

「大尉、できれば最後に頼みがある」

 

「……なんだ?」

 

「この論文と参考書、宮藤博士に持っていってくれないか?」

 

「!?」

 

「それと、よろしく言っといてほしい。すごくお世話になったから。あとこれは覚えてたらでいいから伝えてほしい。夜ご飯は鍋に作り置きはしてあることも」

 

「………きみは」

 

「出会えた軍人があなたのような人でよかった。ありがとう」

 

 

頭を下げる。

 

本当は宮藤さんにも下げるべきだ。

 

でも、ここで決めるつもりだ。

 

もし仮に決まらなくても、俺はブリタニアから去ってどこか国外に逃れるつもりだ。

 

そうして姿を眩ませれば元の世界に戻れたと思ってくれる筈だし、魔法陣の光を目の当たりにした彼女の証言が有ればどの道戻れたんだと考えてくれるはずだ。

 

これ以上宮藤さんに迷惑かけたくないから、どんな結果であれ俺はここを去るよ。

 

 

 

「………わかった、頼まれよう」

 

「ありがとうございます」

 

「そのかわり……個人としての願いだ」

 

「?」

 

 

願い?

 

どうせいなくなる俺なんかに?

 

 

 

「貴殿の名前を教えてほしい」

 

 

 

名前…か。

 

いなくなる人間の名前なんかどうでもいいだろうに…

 

 

 

黒数(くろかず)

 

「そうか。なら、こちらも応えよう」

 

「?」

 

「私の名前は___」

 

 

 

 

ウゥゥゥゥウウウ!!!

ウゥゥゥゥウウウ!!!

 

 

 

 

 

「「!!?」」

 

 

 

この警報、まさか!?

 

 

 

「これって…」

 

「な、なぜ!?そんな… !ブリタニアにはここ半年ネウロイが近づいてこなかったはず!?何故今になって来たんだ!?」

 

 

 

彼女は驚く。

 

どうやらこの辺りは相当平和だったらしい。

 

しかし、それはサイレンの音で崩れ去る。

 

 

「大尉、行ってください」

 

「!」

 

「あなたは、貴方の役割を」

 

「ッ… さらばだ!君の帰還を祈る!」

 

 

そう言ってランプ以外持ち込んで走り出す。

 

そして俺一人になった。

 

……少しだけ、寂しいかな。

 

でも帰れば関係なくなる。

 

もしそうでなくとも、魔法陣の当てがブリタニアに無くなるならもう来ないから。

 

 

 

「さあ、動けよ…!ネウロイに殺されて戻れなくなったなんて笑えないからな…!!」

 

 

 

この世界から逃げる??

何を言うんだよ。

俺なんかに何ができるんだよ。

答えてみろよ。

 

ここはウィッチしか戦えない。

 

ここはそう言う世界だ。

 

主人公でもなんでも無い奴に活躍の場は無い。

 

だから、俺は去るんだ。

 

この世界から…

 

 

 

 

 

 

 

__だから、世界に人の心の光を見せなきゃならないんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

頭に響く。

 

モニター越しに見てきたものが。

 

 

 

 

 

__ああ、恐ろしいね!恐ろしくない方がどうにかしている!!

 

 

 

 

 

 

聞いたことある声が響く。

 

モニター越しに見てきた言葉が。

 

 

 

 

「や、やめろ、語るな…」

 

 

 

 

 

__それでも、仲間のためなら戦える!

 

 

 

 

魔法陣を通して訴える。

 

この世界に降り立った俺に向けた。

 

 

 

 

 

「来るな、俺に望むな…」

 

 

 

 

 

__人はね、自分を見るのが不愉快なのよ!

 

 

 

 

 

 

「訴えるな、俺に伝えるな…」

 

 

 

 

 

 

__あなたに、力を…

 

 

 

 

 

 

 

「望むなよ…!望まないでくれ…!俺はここに居たって何も出来やしないから!!」

 

 

 

 

 

 

 

__戦え、お前の信じるモノのために。

 

 

 

 

 

 

 

「信じない!信じない!ストライクウィッチーズの世界なんて!これで!どうせ終わりなんだから!帰れば、何もかもが…!!」

 

 

 

 

 

なぜ、こんなに必死なんだ。

 

いや、そりゃ、必死だ。

 

望まずしてやって来たから。

 

……一昔なら、もう少し喜んでいたさ。

 

だって異世界転移なんだから。

 

今流行りの展開だから。

 

 

でもね。

大人になるとね。

少し違うんだよ。

 

 

そりゃ、今だって時折想像する。

 

妄想の先で、自分が居たらこうなるのかな?って。

 

でもそんなわけない。

 

知らない国、知らない時代、知らない世界。

 

何も与えられずして、降り立って何がある?

 

ただ、ただ、不安を募らせただけ。

 

しまいには人に迷惑だけかけた。

 

そんなの、嫌になるに決まってる。

 

だから迷惑かけないように、するために去る。

 

俺がこの世界になかった事にするんだ。

 

だから…

 

だから…

 

俺に何も訴えかけないで……!!!

 

 

 

 

 

__やだ、やだぁ!助けて!パパぁ!!

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

声が聞こえた。

 

洞窟の外から。

 

小さな子供の声だ。

 

俺は出口に振り向く。

 

気のせい…か??

 

こんなところまで幻聴が__

 

 

 

__痛いよ、置いてかないでよ、助けて…!

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

俺は気づいたら、光っていた魔法陣を背にして飛び出した。

 

 

 

「っ」

 

 

 

ああ、何をやってるんだよ、オレ。

 

もしかしたら、もうすぐ帰れただろうに。

 

何故優先しなかった??

 

俺はこの世界に存在してたことをなくそうとしていたのに。

 

そうすれば何もない筈なのに。

 

 

 

助けを聞いてしまって、足が動いてしまった。

 

知らないフリができなかった。

 

俺って、案外バカだから。

 

 

 

「!」

 

 

 

声の主を見つけた。

 

駆け寄る。

 

 

 

「いや、いやぁぁ、ネウロイが…」

 

 

 

それより何故道端に子供が!?

 

親はどうした!?

 

 

「!」

 

 

地面を見る。

 

強く削られたタイヤの後。

 

まさか馬車か何かに振り落とされた!?

 

 

「きみ、怪我は!?」

 

「ひっ!」

 

「だ、大丈夫だ!安心しろ!声を聞いて駆けつけたんだ!そ、それより、きみの親は?」

 

「ぅ、ぅぅ、わかんない。パパは、どこ?」

 

「わからない。でもどうして一人なんだ??」

 

「わ、わたし、後ろで、乗って、そしたら、いきなり揺れて、そしたら、お空にネウロイの声が…」

 

 

 

馬車の一番後ろ、つまり荷車に乗っていた。

 

しかしネウロイの出現により慌てて走り出した荷車に女の子が振り落とされて、この状態ってことか!?

 

っ、この子の家族は!

 

いまどこだ!?

 

タイヤの跡を見てこれは街の方…か??

 

 

 

「とりあえず、街に逃げるぞ!立てるか!?」

 

「あ、足、が、いたい…!」

 

 

どうやら捻ってしまったようだ。

 

立ち上がるに苦労している。

 

 

 

「なら俺が君を背負う。そして街まで避難しよう!そしたらパパに会えるはず!一緒に探しに行こう!」

 

「!」

 

 

子供は目に涙を溜めながらもこの言葉に少しだけ目を見開いて、頷く。

 

俺は少しだけ泣き止んでくれたその姿にホッとして、目線を合わせるように跪き、背中を見せる。

 

 

「乗れる?」

 

「う…ん…」

 

 

子供を背負うなんて久しぶりだ。

 

懐かしいな。孤児院にいた頃は最年長だったから、良くちびっ子の相手してあげたっけか。

 

 

 

「お嬢ちゃん、名前は?」

 

「おなまえ?」

 

「ああ。俺は黒数。く、ろ、か、ず、って呼んで」

 

「う、うん。あのね、わたし……りねっと」

 

「リネットか。うん、優しそうでいい名前だな。とりあえず街に向か__」

 

 

 

 

ズドーン!!

 

 

 

向かおうと言って、安心させようとして、その安堵をたやすく断つ存在が現れた。

 

真上から落ちて来たんだ、ソレが。

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

小さな子供、またはリネットの名前の女の子を庇うように俺は砂煙を浴びる。

 

そして、ゆっくり目を開く。

 

真上を通過した黒い物体から解放されて強襲上陸した黒い物体。

 

それは…

 

 

 

「キィィィ…??」

 

 

「__ぁ」

 

 

 

 

ネウロイだ。

 

四足歩行の厄災が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中に逃げる。

 

逃げて、逃げる。

 

こんなにも足が苦しいのは初めてだ。

 

 

「くそっ!?アイツ!まだ追いかけて…!」

 

「やだ、やだっ…!」

 

 

怯えて背中にしがみつく少女、リネットを背負いながらネウロイの追跡を逃れようと走る。

 

四足歩行とはいえ狭い森の中はそう簡単に追いかけれないはず… だが、強引に森を突き進んでくるそれはまさに厄災そのものだ。

 

 

「リネット!口を閉じてろ!舌を噛むから!」

 

「ん〜!んんんー!んんんんん!」

 

 

賢い子供なのか言われた通りに口を閉じているが恐怖を押し殺すように声をこぼす。かわいそうに。怖いだろうに。

 

しかも親と一緒だったはずの馬車から振り落とされて、一人になって、そしたらネウロイ追いかけられて、今も狙われている。

 

だが、もし俺が彼女に駆けつけなかったら…

 

 

「ッッ!!」

 

 

嫌な光景を振り払い、ネウロイの追跡も振り払おうとする。

 

しかしたくさん走ったお陰なのかネウロイからどんどん離れていく。

 

森の中に逃げたのは正解だったみたいだ。

 

とりあえずこのまま洞窟まで避難して……

 

 

 

 

 

 

__後ろにも目をつけるんだ!!

 

 

 

 

 

「あ…むろ…?」

 

 

 

 

声が聞こえた。

 

そして、その時、背筋が凍るような感覚。

 

それは、命の警告。

 

だから、体が真横に動いた。

 

 

 

「__!??」

 

 

 

先ほどいた場所にビームが通過する。

 

そして奥の木にぶつかり、弾け飛んだ。

 

 

 

「ッ〜!!」

 

 

撃った…??!

 

う、撃ってきたァァ!?

 

こ、怖い!!

 

怖すぎるだろ!?

 

あ、足を止めるな!

 

動け!!逃げろ!!

 

 

 

「ああああああ!??!」

 

 

 

射線を逸らすように動き、洞窟へ。

 

しかしその間にビームが乱射される。

 

その度に木々が薙ぎ倒される。

 

俺は急いだ。

 

急いで、急いだ。

 

 

 

「はぁ、はぁ!はぁ、はぁ!!」

 

「おにぃちゃん?」

 

「暗いのは我慢しろ!この、中なら!」

 

「ぅ、ぅぅ…うん」

 

古びた板をずらして入り口を隠す。

 

 

 

「痛っ…!」

 

「!?…どうした、どこが痛い?見せてみろ…」

 

「く、くび、が…」

 

「首?…………っ!」

 

 

 

先ほど避けたビームだろうか。

 

しかしほんの少し。

 

ほんの少しだけ、通り過ぎた時の余波がリネットの首筋に引っかかったようだ。

 

ああ、焼けている……

 

小さな子供の肌に、しかも女の子に…

 

 

 

「ッッ、ネウ、ロイッッ、貴様ら…!!」

 

「お兄ちゃん…」

 

 

 

ああ、なるほど。

 

そうか、これが失われる側。

 

戦争なんだ、これは。

 

これが、命の奪い合いであり、蹂躙である。

 

 

 

「は、はは、ははは…」

 

 

 

何がストライクウィッチーズだ。

 

何がパンツじゃないから恥ずかしくないだ。

 

その要素さえ除けば、惨たらしさが目の前に迫ってくる世界じゃないか。

 

優しくなんかない。

 

優しくなんかないんだよ、コレは。

 

人が奪われる。

 

ガンダムみたいに、ガンダムの戦争みたいに。

 

人が奪われてしまう。

 

 

 

「お兄ちゃん、ごめん…なさい」

 

「!!…何謝ってんだよ、誰も悪くないだろ」

 

「違うの、わたしね、行商人のパパとね、ロンドンから街に向かってね… それで、後ろの荷車で遊んでたら、ネウロイが襲って来て…」

 

「リネット。もういいよ。大丈夫だから」

 

「お、お兄ちゃん…」

 

 

怒りも悲しみもぐちゃぐちゃになるが、この少女のために俺は表情を柔らかくする。砂煙に汚れた頬を緩ませながら、その頭を撫でる。リネットはそれに少しだけ驚き、でも少しだけ恥ずかしそうに俯いて…

 

 

「あのね……助けてくれてありがとう

 

「!!!」

 

 

 

良かったんだ、これで。

 

俺は特段大事なことを、俺のために必要なことを置いて、小さな子供を助けた。

 

 

でも、それでよかったんだ。

 

多分…とかじゃなくて、恐らくだけど…

 

これで良かっ__

 

 

 

バキィッ!!

 

 

 

「!?」

「!!?」

 

 

 

板の割れる音。

 

それは厄災の音。

 

それはつまり、ネウロイの音。

 

 

 

洞窟の入り口から、それは覗いた。

 

 

 

「キィィィ??」

 

 

 

「うそ、だ、ろ…??」

 

「ぁ、ぁぁ…」

 

 

俺はすぐさまリネットを抱き上げて奥まで逃げる。ネウロイは大きくて入ってこれない。

 

しかしこの洞窟は真っ直ぐ一方通行。

 

光さえ灯せば奥が見える。

 

だから…

 

 

 

「やばい、ランプっ!」

 

 

しかしもう遅し、魔法陣の調査に使っていたランプの光でこの奥にいることがバレてしまった。

 

 

「キィィ!!」

 

 

「!」

 

「っ、リネット、俺の後ろに…」

 

 

 

彼女を背中に隠す。

 

しかし、もう、俺には睨むしかできない。

 

入り口の狭さに阻まれているネウロイ。

 

そして、目があった。

 

 

 

「来るな…」

 

 

「キィィィ?」

 

 

「来るな…!」

 

 

「キィィィ!」

 

 

「来るなっ…ぁ!!」

 

 

「キィィィィィ!!!!」

 

 

 

 

ネウロイの感激するような声が洞窟に響く。

 

するとネウロイの額から光が集まる。

 

レーザービームを放つためだ。

 

 

 

終わった。

 

そう感じた。

 

……出口はない。

 

ここは真っ直ぐ一方通行。

 

ネウロイのビームが襲ってくるだろう。

 

避ける場所もない。

 

ランプの光が消えた時が、俺の終わりだろう。

 

それを眺めてるしか出来なくて…

 

 

「っ!」

 

 

 

立ち尽くす俺の横を、誰かが通る。

 

それは俺よりも二回りほど小さな子供

 

 

「やら、せな、い!」

 

「!」

 

 

 

リネットは前に出て、展開した。

 

ウィッチだけが使えるシールドだ。

 

 

 

「リネット…!?」

 

「守ってくれたお兄ちゃんを!次はわたしが守るから!」

 

 

 

「キィィィ!」

 

 

 

ビームが襲いかかる。

 

リネットのシールドに直撃した。

 

ネウロイの攻撃はこちらまで飛んでこない。

 

しかし…

 

 

 

「きゃ!!」

 

「リネットッッ!」

 

 

小さな身体で抑えきれず吹き飛ぶ。

 

俺は咄嗟に飛びついてリネットのクッションになった。

 

魔法陣が刻まれた石床が背中に当たって痛い。

 

 

 

「ぅ、ぅぅ、お兄ちゃん、わたし、ごめんね、わたし、まだ、ウィッチに、なれない、だれも、守れない、から、ごめんね…」

 

「っ」

 

 

 

誰も悪くない。

 

誰も悪くないんだ。

 

強いて言うならネウロイが悪い。

 

 

「キィィ……キィィィ!」

 

 

ネウロイは『次は無い』とばかりに再びエネルギーを貯める。

 

次はさらに強いビームが襲ってきて、俺たちを消しとばす気だろう。

 

その光景はリネットも理解した。

 

 

 

__もう、終わりなんだって。

 

 

 

「リネット…」

 

「!」

 

 

 

俺は二回り以上小さなその体を抱きしめた。

 

リネットの視線はネウロイを見えないように隠して、俺の顔だけが見えるようにする。

 

そして、ぎこちなくだが、俺は柔らかく笑みんでみせる。

 

 

 

「ありがとう、ウィッチ」

 

「!」

 

 

小さな声だった。

 

些細な感謝だ。

 

でもちゃんと聞こえてたのか。

 

 

 

うん……」

 

 

彼女は応える。

 

その顔には恐怖心は無くなっていた。いや、違うか。死ぬのは誰だって怖い。今も少しだけ震えている。でも彼女は微笑んで、俺がつぶやいたような感謝の言葉に頷いてくれた。

 

この場所で一緒に消えてしまうことを受け入れた小さな手で俺の衣類を握りしめて、腕の中でリネットは目を閉ざした。

 

 

 

「……おれ、は

 

 

 

もう、手は尽くされた。

 

何もない。

 

俺たちは最後の抵抗をした。

 

そして、あとは迫り来る恐怖を受けるだけ。

 

 

 

 

「ぁぁ…」

 

 

 

父さん、母さん。

 

ココは世界は違うみたいだ。

 

でも、二人のいる天国は同じだと良いな。

 

そしたら、頑張って褒めてくれるかな?

 

あとね……

俺は二十歳になったんだ。

 

もう15年会ってないけど、お酒くらいは飲めるから、そしたら次はまた三人で色々語れるよね。

 

もうすぐそっちに、行くから…

 

 

 

「………」

 

 

 

ごめんね。

 

ごめんね…

 

ごめんね……

 

ほんとうに、ごめんね…

 

 

 

何に謝ってるのか、もうわからない。

 

恐らく、全てに対して。

 

俺も目を閉ざす。

 

ココでの終わりを受け入れようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

__あなたに力を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__俺が、俺たちが、ガンダムだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声は、響き渡る。

 

外側ではなく、内側から。

 

その声は、心の中に訴える。

 

肉体的ではなく、精神的に。

 

 

 

 

 

 

__君は、戦えるから、信じて、前を見て。

 

 

 

 

 

聞いたことある『 英雄 』達の声だ。

 

俺に次々と訴えかける。

 

まだ、終わらんよ…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、も、だ。

 

 

もしも、そこにあるなら。

 

 

そこになくても、ここにあるなら。

 

 

ここになくても、しっかり持っているなら…

 

 

 

 

「お、にい、ちゃん?」

 

 

 

 

彼女の声を聞きながら、俺は手を伸ばす。

 

そうして______ 人 類() は願った。

 

 

 

「__!!」

 

 

 

魔法陣は応えるように輝く。

 

それは望まれた者に、当然のように与えるが如く、俺に反応している。

 

ネウロイは光に驚いて動きが止まった。しかしなにかを感知してビームのエネルギーが一気に集約する。

 

リネットはネウロイの攻撃に目を見開く。

 

だが今の俺に焦りも恐怖もない。

彼女の肩を抱きしめる。

 

なぜなら…

ここには…

 

確かなモノがあるのだから。

 

 

だからソレに__叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「ガンダムゥゥゥゥ!!!」

 

 

 

 

 

魔法陣はこれまでに無いほど光に包まれて、抑えきれないとばかりに溢れ出る。

 

溢れ出る光は俺の手のひらへ糸のように絡みつき、次のその魔法陣には文字が浮かび上がった。

 

 

「!」

 

 

 

見たことある、とある正式名称。

 

 

 

それを見て思い出す。

 

 

 

引き込まれる直前の話。

 

 

 

それに触れて思い出す。

 

それは俺が望んで、選んだ機体が。

 

 

そう、確か…

 

そう、確か!!

 

それは…!!

 

それは…!!

 

その 機体 は…!!!

 

 

 

 

「RGM、7、9、えぬ?」

 

 

 

浮かび上がった文字。

 

リネットが言葉にする。

 

ああ、その通りだよ。

 

これは、その通りの 機体 だ。

 

 

 

 

 

「人類の英知が作ったモノなら!人を救ってみせろぉぉぉオオ!!!

 

 

 

 

腕に絡みつく光の糸を引っ張りあげる。

 

すると光はさらに溢れ出た。

 

その風圧と光圧によってネウロイが集めていたエネルギーはかき消された。

 

俺はさらに光を引っ張りあげる。

 

その叫びに応えるが如く、ナニカがこの手に収まった。

 

 

 

「!」

 

 

 

連射式のライフル。

 

その名は、ジム・ライフル。

 

ジム・カスタムが扱う優秀なメイン武器。

 

 

 

「キィィィ!!」

 

「っ!」

 

 

 

ネウロイが威嚇するような声を上げる。

 

俺は歯を食いしばり、残っている片手で再度リネットを強く抱きしめながら、もう片方の手に握られているジム・ライフルを真っ直ぐネウロイに構えてポジションを確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

トライアルモードは、遊ぶ前に機体を選ぶ。

 

選んだのは低コストの中でも特に優秀な機体。

 

それはRGM-79N。

 

通称、ジム・カスタム。

 

五日前に画面越しに選んだそれは、ネウロイを撃ち倒すための、人類の希望となるらしい。

 

 

 

 

「ネウロイィィィ!!」

 

 

 

 

 

トリガーを引いた。

 

 

 

 

 

つづく






長過ぎんだろ!?(15600文字)
どんだけ妄想膨らませてんだよ、オイ。

そんなわけで…
ガンダムバーサス始めました。


ではまた


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4話

 

 

 

「宮藤さん、お世話になりました」

 

「行ってしまうのか」

 

「はい。こちらの方ではもう何も収穫もないので。魔法陣に刻まれた文字も消えた。あとは開きもしない空っぽな宝箱だろうそこに心燃やす考古学者達に託しますよ」

 

「そうか。わかった」

 

 

ケラケラと笑って答える。

 

ここに来たばかりの頃は相当余裕が無かった。

 

しかし今となっては色々と失って、でも得た物も幾つかあって、お陰で定まった。

 

この役割が。

 

 

 

「宮藤さん。本当にお世話になりました」

 

「気にしないでいい。短い間だったがとても楽しかったよ。なんならいつまでもいて欲しかったくらいかな?」

 

「でしたらこのお手紙に私生活の散らかし具合を書き加えておきますよ」

 

「あ、あははは……それは勘弁してほしいな?」

 

「冗談です。でも手紙はちゃんと届けます。扶桑に着いた後はしっかり宮藤診療所までお渡しに向かいますから」

 

「ああ、よろしく頼むよ。一応その手紙には君のことも書いてある。怪我などで困ったら力になってあげれるようにね」

 

「そうなんですか?ありがたいですけど些か贔屓が過ぎません…?」

 

「黒数くんは僕を大いに助けた。それで充分だよ」

 

「そんな、助けられたのは俺の方で…… いや、やっぱりなんでもありません。宮藤さん。ありがとうございます。その時は宮藤診療所まで頼らせて頂きます」

 

「うん。これからも頑張ってね」

 

 

 

扶桑行きの船、赤城。

 

そろそろ出発の頃だろう。

 

一週間程度のブリタニア生活だったが、宮藤さんとの生活は悪くはなかった。

 

そんな恩人さんと別れようとして、最後に問いかけられる。

 

 

「君は……黒数くんは」

 

「?」

 

「やはり、そういうことなんだろうか?」

 

「……」

 

 

潮風を浴びながら、その言葉は流れゆく。

 

その意味はこの世界で生きる人類としての願いなんだろうか。

 

でもこの世界の縋りに応えるなら…

 

 

「前も言った通りです。俺は英雄な筈がない。俺は普通の一般人。人間で沢山です。だから違うと思います」

 

「そう、か」

 

「……でも」

 

「?」

 

 

 

ブリタニアの街を見る。

 

突如現れたヒスパニアの怪異から逸れてやってきたネウロイ達によって被害を受けた部分を修復している。俺も少しだけ復旧を手伝ったがネウロイの被害は恐怖の傷跡なんだとこの目で理解した。

 

それから被害を受けたのは街だけでは無い。

 

ウィッチ達も被害を受けた。突如現れたネウロイは昔よりも強く、その機動力は今のストライカーユニットでは太刀打ちが難しいくらいに。

 

今回はなんとかして人海戦術で討ち取ったが人的資源の被害は大きかった。

 

またヒスパニアの方でも第一波は抑えたが武装面で戦力が足りず戦力強化に勤しまれている。

 

宮藤博士も急いでストライカーユニットの開発に勤しまなければならない。

 

恐らく翌年の1937年辺りからネウロイの進行は大幅に広まってしまうだろう。

 

軍ではそう予想が立てられて、世界はまた混沌を迎えようとするだろうから。

 

 

 

「俺がやるべきことは決まったな」

 

 

この世界と同時に俺も始まった。

 

画面越しの続きが。

 

これはトライアルモードではない。

 

俺がボタンを押して選んでしまった物語。

 

しかしそこにリセットボタンは無い。

 

終わりがわからないモード設定。

 

だからひとりのプレイヤーとして挑むだけだ。

 

それが帰る方法だと考えているから。

 

 

「俺は英雄であることを否定する。でもこの世界が望んだと言うのなら。人類が望んだことだと思うなら。勝手にそうすれば良いさ」

 

「君は英雄にはならないんだね」

 

「ああ。でもここにいる間はそれらしい事はしてみるよ。しかし俺は何度も否定しておく。俺はそうじゃないと言うことを」

 

「そっか」

 

 

宮藤一郎は笑う。俺の答えに。

 

俺も笑う。宮藤一郎に釣られて。

 

赤城の汽笛がブリタニアの港を響かせる。

 

 

そろそろ扶桑行きの船が動き出す頃だ。俺は乗り込んだ船から再度宮藤さんに頭を深く下げて手を振る。

 

 

すると…

 

 

 

 

「黒数おにいちゃぁん!」

 

「!」

 

 

栗色の髪を靡かせたボブカットの小さな少女。

 

その名前はリネット、大商人の娘。

 

 

そして…

 

俺をネウロイから守ってくれた一人のウィッチ。

 

 

「わたし!ウィッチになって!お兄ちゃんみたいに守ってくれた英雄になるから!!だから!お兄ちゃぁぁぁん!わたしはウィッチになってみせるからぁぁ!」

 

 

 

小さな腕で精一杯振る。

 

しかしそんな腕でもシールドを貼ってネウロイの攻撃を受け止めて、俺を守った。

 

だから俺の中では、彼女が世界一のウィッチなんだ。

 

 

 

「大丈夫だ!君はウィッチだ!リネットォ!」

 

「!」

 

「俺の中では!もう君はウィッチだ!!」

 

「お兄ちゃぁぁぁぁん!!」

 

 

 

少女の声を聞きながら遠くなるブリタニア。

 

離れると少し寂しくなるな。

 

寂しさを誤魔化すようにため息をつく。

 

潮の香りが鼻をくすぐる。

 

それでもしばらくブリタニアの港町を眺めて、全てが小さくなってきた。

 

完全に別れの形になり、その港町を背にして甲板を歩いていると一人の扶桑ウィッチが近づいてきた。

 

 

「黒数、ここにいたか」

 

 

ポニーテールを揺らしながら目の前にやってきた少女、または扶桑のウィッチ。

 

 

 

「ああ、大尉か。どうした?」

 

「まず一つ。大尉はやめてくれ。わたしは_」

 

北郷 章香(きたごう ふみか)だろ?覚えてるよ、ちゃんと」

 

「お、 そうかそうか!あっはっはっは!覚えてくれてたか!それは良かった。うむ、その通り、わたしは北郷章香。しばらくの間だが扶桑までよろしく頼むぞ。黒数 強夏(くろかず、きょうか)

 

「ああ、よろしく」

 

 

互いに握手を行う。

 

赤城の甲板に穏やかな潮風が舞い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?じゃあ北郷は直接的に宮藤博士のストライカーユニットの研究を手伝ってたのか?」

 

「ああ、そうとも。前も言った通り技官として戦技研究を行う故、次世代のユニットを知る必要がある。まあブリタニアでは既に新ストライカーユニットの空戦ドクトリンは完成してたみたいだからな、テスト用のユニットを実際に履いて見て動きを合わせたりした。その時に技術開発チームと連携して使い心地や改善を行なってきた。その時に宮藤博士と何度か顔を合わせたかな。あと…君に頼まれた受け渡しの時だね?」

 

「それに関しては本当にありがとうございました」

 

「あっはっはっは!気にするな!わたしは嬉しかったからな!」

 

「…と、言うと?」

 

「んー?ふふん、そうだね。まあ、そこまで大した事じゃないよ。純粋に頼られて嬉しかっただけだからな。いやー、しかし、二ヶ月程度の駐在だったか有意義だったな。その分味噌汁が恋しい!」

 

 

駐在武官としてしっかり役割を果たした彼女は扶桑に戻れることが嬉しそうだ。そんな俺も日本をモデルとした扶桑が気になる。

 

でもそんな風に五体満足で望めるのは…

 

 

「北郷」

 

「んー?」

 

「ありがとうな。出会えたのが君でよかった」

 

「ぇ?…あ、あー、あはは?いやー、な、なんの感謝なのかなー? ちょっとわかんないかな」

 

「色々とだよ。根回しとか、あと色々黙秘してくれたりとか、北郷大尉の気遣いに大いに助けられたんだ」

 

「別に大したことはしてないさ。もちろん報告に嘘は言ってない。何せウィザードごっこをしようとした男の話をしても信じられないからそこら辺は省いたが、あの場所に魔法陣があることは伝えたさ。それに…」

 

「?」

 

「ネウロイを倒したなんて証拠はどこにもないからな、黒数」

 

「っ、まさか聞いてたのか!?」

 

「たまたまだよ。悪意はない。でも可愛い約束じゃないか。たしかリネットと言う女の子だったかな?ネウロイは二人で倒したから戦果はお二人で半分コ。だから撃墜数は1にならない。それに民兵でも何も無い一般人の活躍は正式に倒したものとしてカウントされない。なんともまあ大人の無茶苦茶な言い分だ」

 

「勘弁してくれ…… もし世界で生身の男がネウロイを倒したとかそんな話が広まったら魔法陣のところに居合わせたのと併せてややこしくなってしまう。俺はトチ狂った研究者達に解剖なんかされたくないぞ」

 

「まあ、それはそうだな」

 

「そうだよ。ま… とりあえず北郷。俺は出逢えた軍人さんが君で良かったと心の底から思ってるよ」

 

「!……そっか、なら、良かったさ!」

 

 

満足気にからからと笑う北郷。

 

その姿は洗練された人格者のように感じる。

 

部下を持ったら慕われるタイプだ。

 

 

「ところで黒数、君はこれからどうするんだ?」

 

「俺か?まあとりあえず宮藤博士の手紙を渡してから… その後は未定だ。とりあえずどこか適当な場所に腰を落ち着けて、それでネウロイを葬るために模索する」

 

「そうなのか!?」

 

「ああ。魔法陣を通して知ったが、どうやら俺はそういう役目らしい。あの魔法陣から力を得てやるべき事は決まった」

 

 

半分は嘘だ。

 

でも全てを告げるとややこしくなるから今は「もしかしたら」の範囲で打ち明ける。

 

 

「俺はこの世界で厄災と戦う」

 

「!!」

 

「英霊の武具、その英知を呼び起こす魔法陣から出てきたからには、とりあえずその通りに沿ってみることが近道だ。どこまで時間がかかるかわからないがネウロイを倒していけば少しずつ迫れるはずだ」

 

 

北郷は俺のことを知っている。

 

てか、大体のことは打ち明けた。

 

俺はこの世界の人間じゃないことを。

 

そしてあの魔法陣から現れたこと。

 

その魔法陣は俺に反応したこと。

 

それから、この世界に俺に望まれていること。

 

しかし俺は英雄ではない。英雄にもならない。

 

でも望まれたから、この存在は戦う事になった。

 

そもそもそうしなければ帰れる気がしないから。

 

だから、らしいことだけを、してみるつもりだ。

 

 

 

「よし、それならわたしに良い考えがある」

 

「?」

 

 

不意に彼女は提案する。

 

俺は目線で首を傾げた。

 

彼女はポニーテールを揺らしながら告げる。

 

 

「黒数、わたしの道場に来ないか?」

 

「ど、道場?」

 

「ああ。これでも私は皇国の生まれでな、そこそこの融通が効く。あと微力ながら講道館剣術免許皆伝を持っている身でもある。扶桑に帰った暁には新たな軍務として一つの道場を請け負うように言われているんだ」

 

「それは凄いな。北郷は指導者となるのか」

 

「そうだ。そこでだ。舞鶴に着いたら黒数を門下生の一人として風下に置きたい」

 

「…風下?」

 

「居所を提供したいんだ。そこでなら衣食住は用意できる。それから対ネウロイの一員として私が直々に君を民兵として雇ってしまえば黒数の目的に近づけるはずだ」

 

「そんな簡単に動かせるのか?」

 

「扶桑に帰れば私は少佐になれる。そうなれば建前上として民兵志願者である君を少佐の権限で所在管理ができる筈だ」

 

「軍権の暴力だなオイ」

 

「はっはっは!階級は飾りとは言えどもこう言う時にしっかり使わないとな!」

 

 

しかし未成年の少女が少佐か。

 

とんでもねぇ時代だな。

 

いや、時代というより世界観か。

 

まあ、それはそれとして…

 

 

「しかし活動拠点があるならそれに越したことは無いな。正直ありがたい」

 

「おお、そうか!それは良かった!」

 

「だが俺はいつまでも扶桑にいる訳ではない。あくまでブリタニアから眩ませるために亡命してる訳で、扶桑語の会話に困らない中間地点として今回扶桑を選んだだけ。それだけだよ」

 

「む?それはつまり、そうで無くなった場合は扶桑ではなくとも別のところに向かうと言う訳なのか?」

 

「ああ。だって俺はこの世にない特別性だからな。狂いに狂った研究員に捕まって解剖なんて受けたら堪まったもんじゃない。人類に力は貸す。ネウロイは敵。そのための体。与えられた武装。人類の役割。しかしそこに(そむ)かれた意志が襲ってくるなら俺は扶桑から逃れる。そう決めている」

 

「そ、そうなのか………それは、仕方ない……か…」

 

「………そんな、残念がる…か?」

 

「………」

 

 

 

すると彼女の表情は少しだけ曇る。

 

 

 

「…北郷?」

 

 

 

彼女の名を呼ぶ。

 

北郷は甲板から海を眺めてしばらくして、重く口を開いた。

 

 

 

「…君がいれば、押し込まれるだけの世界は変われる、そんな気がするんだ…」

 

 

彼女は言う。

 

それは一般人の俺に向けてか。

 

それとも…

魔法陣から現れし英雄に向けてなのか。

 

 

 

「英霊達の魔法陣からやって来た君なら、舞鶴だけじゃなくて、扶桑だって…」

 

 

 

それはこの世界に生きる人間の__願い。

 

 

 

「北郷…」

 

「っ……い、いや。すまない。なんでも無い。ブリタニアで色々あってちょっと考えてただけだ!あっ!あっはっはっは!」

 

 

笑って誤魔化す。

 

いつものようにカラカラと笑う。

 

それがほんの少しだけ……痛々しく感じた。

 

 

「だがその申し出はすごくありがたいよ。しばらくの間だがお世話になっていいか?」

 

「も、もちろんだとも!歓迎するよ」

 

「そうか。しかしそうなるとこれからは北郷が上官になるから呼び方としては北郷大尉になるのか?」

 

「いやいや、何を今更畏まるか。そこはあまり気にするな。ただ職務中に他の軍人と居合わせた場合は合わせて欲しい。それ以外なら君は軍人では無いため普通にして構わない。それに君と私の仲ではないか?だからわたしには躊躇うなよ!あっはっはっは!」

 

 

 

彼女の気持ちはありがたい。

 

そして、とても優しいことがわかる。

 

しかしそれでも彼女は軍人だ。彼女から危害はなくとも組織からの魔の手はあり得る。日本と近しい扶桑の環境に居るからと言って絶対に安全とは限らない。それこそ、アムロみたいに何か邪気を悟ったらその時は考えなければならないだろう。

 

 

 

「わたしは先に失礼するよ」

 

「ああ。わかった」

 

 

どこかホッとしたような表情の彼女はポニーテールを揺らしながら背を向けて軍服を揺らす。

 

俺は視線を外して甲板から何もない海を見渡した。

 

 

「どこかにネウロイがいるのか…」

 

 

この世界が前世のゲームの続きだとしてトライアルモードとして扱われる俺の物語なら、一人のプレイヤーとして行き着くところまで進むべきなんだ。それは果てしなき戦いなのかまだ分からない。

 

しかし間違いは無い。

 

前世でも、この世界でも見てきた。

 

モニター越しにも見てきた。

 

この世界に飛ばされる前に画面の右端から真っ黒に染め上げた『Νέυροι』の大軍。

 

プレイヤーの敵ならば…

 

プレイヤーであった俺の敵ならば…

 

それらは倒すべき相手だ。

 

 

「なんでこんなことになったんだろう。ただ懐かしくガンダムバーサスを起動しただけ。そしたら戦争に巻き込まれてこの様だ。それともこの状況を楽しめと言うのか?無茶を言う。素直に楽しめる訳ないだろう」

 

 

この世に対して余裕が出来れば、非日常なこの瞬間だって頑張れば楽しめるはず。

 

しかし今は、まだ、そんな気分になれない。

 

Gダイバーでもあるまいし、ガンプラバトルでもあるまいし、そこに気軽さなんて存在していない。これからもっと戦いが迫ってくるんだ。

 

平和ボケしていた人間はこれから先この世界で何を成せるのだろうか。

 

でも、少なからず、一つだけこの世界で出来た事と言えば…

 

 

子供(リネット)は助けれた、まずはそれで良いかもな」

 

 

ジム・ライフルの武装を握りしめた手のひらを眺める。それを手の甲がこちら側に見えるよう真上に翳して、視界に入る太陽の日差しを手のひらで遮り、その時、手の甲に見える『201 cost』と刻まれた薄い文字に目を通す。

 

太陽の眩しさに目を眩ましたのではない、その文字をよく見るために目を細める。

 

 

「…201、cost(コスト)か」

 

 

 

魔法陣の光に絡み付いたことで出来上がった謎の数値。これは何を意味するのか?

 

大凡の予想を浮かべながら赤城の舟に揺れる。

 

 

 

 

「ストライクウィッチーズ…か」

 

 

 

本当に……この世界に来てしまったんだ。

 

そう感じながら、潮風をしばらく浴びていた。

 

まだまだ扶桑まで時間は掛かるから。

 

 

 

 

 

つづく

 






黒数 強夏(くろかず きょうか)

黒数 → 『くろ』と『す』→ クロス
強夏 → 強化(きょうか)→ ブースト

それぞれを英語に変換。
つまり『クロスブースト』って事。

最初はクロブのつもりだったけどガンダムバーサスに多く登場する量産機の武装がストライクウィッチーズ風かなと思ってそっちに転換した。
名前はそのまま使った。

それより北郷章香…可愛くね?←この小説の目的


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5話

 

 

扶桑皇国の全体とは言わないが、この赤城に乗っている軍は俺の存在を認知している。

 

そして俺の扱いは宮藤一郎博士の使用人ということになっており、これは宮藤さんが戸籍も何もない俺のために気を利かせてそういう立ち位置にしてくれた。本当に頭が上がらない。

 

もちろん本当に宮藤一郎博士の使用人なのかは怪しまれたが、宮藤さん自ら「信頼できる」と軍人に伝えてくれたので俺は警戒対象として扱われながらも赤城に乗り込めた。

 

その代わり部屋は与えられず、適当な倉庫にハンモックを作ってそこで寝床を確保している。

 

てかあの宮藤博士からお墨付き貰っているのにこの扱いは扶桑皇国としてどうなんだ?まあいい。一応倉庫で寝泊まりしている理由を述べるなら赤城の船は大きいが部屋の数は限られており、ブリタニアから引き取った物資などで少し場所に余裕が無いのだ。

 

それでも眠れる場所と屋根があるだけ有難いので文句は言えない。寧ろ戸籍も血縁もこの世にない素性の知れぬ俺を乗せてくれた扶桑に感謝するべきだろう。

 

しかし俺も警戒する側だ。扶桑軍に対しては。

 

今はまだ魔法陣から授かったGVS(ガンダム)の力を隠しているがネウロイと戦っている内に明かされて行くだろう。

 

一応、北郷章香の後ろ盾があるのでマフティーなハサウェイほど身構えすぎる必要は無いかもしれないが激化が続くほど人間は欲する。

 

それはガンダムの作品でもよく見てきた。人の脳を弄くり回した結果ユニコーン3号機が大暴れして人間のいる研究施設をドカーンと破壊するとことか色々とな。その惨状にゾルタン・アッカネンは愉快に喜ぶ。いつも何かするのが人類だと言わんばかりに。

 

世界観も倫理観も違くとも人間って点ではストライクウィッチーズの世界も同じだろう。

 

 

「まあ、その時は振り払うがな…」

 

「黒数、よそ見とは随分と余裕だな」

 

「潮風気持ちよくてな。少し緊張感が薄れた」

 

「ほぉ?なら潮風を浴びるよりも汗を浴びてもらおうか」

 

 

 

さて、俺は今、北郷からボコボコにされようとしていた。え?何かって??

 

稽古(暴力)らしい。

 

アグニカカイエルもニッコリだ。

 

 

「いくぞ黒数!はっ!」

 

「このっ」

 

「やるな!ならば…!」

 

「!、!!」

 

 

講道館剣術の師範代である北郷章香から繰り出される斬撃、使っている物は木刀だが当たればひとたまりもないし何より斬撃が早い。

 

戦いの心得もないオールドタイプ(普通の人間)ならアザの一つや二つできてしまう。

 

それでもなんとか反応はする。

 

 

「っ!!」

 

「ほぉ、これを防ぐか!!」

 

 

素人目線でもかなり容赦ない攻撃だ。

 

右に振り下ろして防いだ瞬間、既に左の方から木刀が振り下ろされようとしている。

 

負けそうになる握力に耐えながら"勘"の良さと反射神経だけで防いでいた。

 

 

「反撃はしないのか!黒数!」

 

「できるかっ!」

 

「なら存分に打ち込ませてもらうぞ!」

 

「ちぃぃ…!」

 

 

扶桑に着くまで丸々二週間は掛かる。

 

天候次第では1か月以上は覚悟するらしい。

 

それで扶桑に着くまで何もしない訳にも行かないので北郷章香から「鍛えてよう」と誘われてから甲板の上で稽古が始まった。

 

最初は簡単なものばかりだ。

 

走り込み、素振り、柔軟、精神統一、時代を感じさせるような体験だが、やってる分には案外楽しく感じている。

 

運動は元々得意ではあるからそのくらいなら…… なんて思ってたけどこの時代の扶桑人と言うよりか、戦時中の扶桑人は普通に身体能力が高くて正直焦った。

 

これが戦で命を滾らせる軍人かと思わせるようなフィジカルを兼ね備えている。気を抜けば大人なんて子供と大差ないことを思い知らせてくれる戦闘力だ。しかも加減してくれてこの強さだ。

 

北郷章香という人間の強さが木刀で受け止める衝撃全てに伝わる。

 

女の子相手に握力で負けんなよぉ!俺!!

 

 

 

「前のっ!世界でも!何か!やってたっ!のかな!」

 

「特に!これとっ!言ってはっ、ね!」

 

 

木刀を振りながら受け答えする。

 

 

「嘘をっ!言うっ!必要は無いな!教えてくれてもっ!良いじゃっ!ないかい?」

 

「言ってもっ!わからないっ!なっ!」

 

「言えっ!言えっ!言わせてやるっ!」

 

「じゃぁ!フラッシュ暗算!」

 

「な、なんだそれはっ!」

 

「それからビームライフル(射撃部)!」

 

「びー、ビーム? な、なんだ!?」

 

「あとっ!アーチェリーっ!」

 

「わからーんっ!」

 

「(時代が)70年はえーんだよっ!」

 

 

小、中、高、と共に学生時代は結構楽しんでいた習い事や部活動を思い出しながら、鍛えに鍛えた反射神経と動体視力で北郷と渡り合う。それでも男性に負けない腕力と技術力は時間が経過するのと共に差がつき始めて、体力が危うくなった辺りで木刀が弾き飛ばされた。

 

 

「あ」

 

「ふっ、わたしの勝ちだな」

 

 

額の汗を拭いながらすっっごくいい笑顔で言われた。お前バチバチの経験者だろう。初心者相手にするレベルじゃねーぞ。

 

 

「大人気ない奴め」

 

「はっはっは!まだアガリを迎えてない未熟な子供でな、大人じゃないからついつい本気になってしまったよ」

 

「夢中になってたけど普通に怖かったからな?打ち込まれたら痛くてたまらないと思って必死だったぞコッチは」

 

「なら次も必死になってもらうか。その方が強くなるからな」

 

「強くなる前に壊れるわ」

 

「なーに、扶桑男児は丈夫だ。君も扶桑男児なら傷の一つや二つ!乗り越えた証にするんだ」

 

「俺は日本人だよ!」

 

「扶桑とは親戚みたいなものじゃないか、話を聞く限りだとな!あっはっはっは!」

 

 

カラカラと笑って誤魔化す北郷章香。

この人なにかと良い性格をしている。

 

まあ指導者とはそのくらい余裕にあしらえて振る舞えないとつとまらないのだろう。ましてや師範代と言う重たい役割を得ている人間だ。これから先率いる者ならこのくらいの心得は無いと自分が持たないのだろう…

 

あと…

 

 

「む?さっきからどうしたか?続きでも御志望かい?」

 

「いや、綺麗な汗をかく女性は綺麗だなって」

 

「!………こ、こほん。あー、黒数くん、あまりそうやって軍人を揶揄うな…?」

 

「俺は軍人じゃなくて北郷本人に言ってる」

 

「んむむむ……! そ、その、勘弁してくれ。反応に困るから…」

 

「そうかそうか。たしかにまだ子供だな。男性の口説き文句を捌けないなら未熟っ子だな」

 

「く、黒数っ…!」

 

 

アニメのストライクウィッチーズは何かとギャップ萌えが強烈なイメージあったが、なるほど、と言える収穫だ。

 

やはり軍人が少女ってところがポイントなのかな?戦争はともかくこの辺り素晴らしいな。

 

 

 

「まったく、君って人は、まったく…」

 

「稽古のお返しだ」

 

「……ふんっ」

 

「拗ねるなよ」

 

 

口を膨らませてプンスカと怒る北郷章香。

 

これは年相応なのか、まだ少しだけ子供っぽいところがあるのか、恐らくどれかだろう。

 

しかし軍人としての風格を除けば彼女はただの女性だ。随分と可愛らしいところがある。

 

 

「北郷、やっぱり君が望む通り俺は北郷の事を大尉と呼ぶのやめるわ」

 

「む、なんだ急に?そりゃ扶桑に帰ったら大尉ではなく、少佐になる身だが…」

 

「そうじゃないよ。そうじゃないんだ、北郷」

 

「??」

 

 

木刀を肩に乗せて首を傾げてポニーテールを揺らす彼女に俺は苦笑いをする。

 

木刀を拾いながら「そのうち意味は教える」と言って汗を流すために甲板からシャワールームに向かう。

 

雨水を再利用したシャワーだが贅沢言う必要は無い。借りた半袖をパタパタと叩きながら彼女より一足先に去る。

 

 

 

「俺は… 自分のことで必死だ。恐らくいつまでも必死になる。でも、そのついででも構わないなら、俺はそこに驕りながらも助けられる隣人は助けよう。ブリタニアの少女(リネット)にそうしてあげたように、ウィッチの力になろう」

 

 

魔法陣は、ウィッチの、またはウィザードの作り上げた叡智の泉なら、その魔法陣から現れた俺は魔法を使うこの世の少女のために武器を振るう。ストライクウィッチーズの世界に来た俺という存在をそう定めてもいいのかもしれない。

 

だからまずは…

 

 

 

「北郷章香くらいは、助けられるようになろう」

 

 

 

あくまで『ついで』の中。

 

本命はネウロイを倒すこと。

 

ヴェイガン殲滅おじさんと化したフリットのように俺は人類に危害を加えるネウロイを根絶する。

 

それが架空の世界で作り上げられた戦争の武具であり、ガンダムなどを通して戦争を知ってるつもりの俺が考えるべき役割。

 

架空の兵器で、架空の世界に、挑む。

 

黒数 強夏 に与えられた定め。

 

 

 

「身勝手な物語だ…」

 

 

もしこれが二次小説ならとんだ駄作だ。

動かされる人のことなど考えてもいない。

 

確実に苦しみが見える果てまで描こうなど自己満足も良いところだ。馬鹿らしい。

 

 

でも今ここにあるのは現実。

 

ストライクウィッチーズという架空の世界であろうとも、貯めた雨水で、汗水を流すこの温度や心臓のやかましさは夢なんかではない。

 

本当に起きていることだ。ならあまり否定しすぎても、この現状に考えすぎても仕方ない。

 

もう始まってしまったんだ。俺がゲームを起動してしまったあの日から。決められたんだ。

 

 

 

「………死んでたまるか」

 

 

不安も恐怖も消えやしない。

 

けれど確かな強さはここに出来た。

 

あとは生きるも死ぬも、俺次第だ。

 

モビルスーツに乗り込んだパイロットのように。

 

この戦争でどう戦い、どう生きていくか。

 

でも、どうせなら…

 

 

 

「少しは俺の周りが優しい世界であったらいいな」

 

 

 

ご都合主義が存在するならそうであってほしい。

 

元から有るものに強請り、無いものに強請る。

 

やはりどうあがいても、人類は欲するらしい。

 

そのために、自分のために。

 

ストライクウィッチーズだろうと、ガンダムだろうと、人間が身勝手になぞるなら、世界の違いなんて対して関係ないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「この場合は『トレース、オン!』って言った方がいいのか?」

 

 

どこぞの聖杯戦争で英雄を夢見た主人公のセリフを思い出す。何か起こる度にいつもガス会社が泣かされてる世界はともかく、武器を召喚すると言うのはかなりざっくりした表現だが、実際に召喚したのだからそう言うしかない。

 

 

「まあ、あの時は必死だったからな」

 

 

帰るはずの魔法陣から呼び出した。しかも前世のゲームの続きと言わんばかりに俺の選択した機体の武器が手元に召喚された。

 

 

 

「………()()()!」

 

 

手元に念じる。

 

すると一瞬だけ、手元に数本ほど青白い光が縦にスッと開いて、そこから瞬きも許さない速度でズッシリと乗っかる。

 

 

「ジム・ライフルだな」

 

 

適当に()()()武装を呼び出した。

 

するとデフォルトで設定されたままなのか、あの洞窟で召喚してネウロイを倒した武装がそのまま出てきた。あの時以来引き金は引いてないがネウロイが現れたらまたこれを撃ち放つ時が訪れるのだろうか。間違いなくその時は来るだろう。

 

さて、召喚したこのメイン武装。

 

何度も言う通りこれはジム・ライフル。

 

これは俺がモニターの光に飲み込まれる前までゲーム内で選んでいた機体、ジム・カスタムのメイン武装だ。それと…

 

 

「カートリッジ」

 

 

……は、召喚できないらしい。

 

元が自然回復(リロード)だからか?

 

なら手動リロードのメイン武装を召喚すればカートリッジもメイン武装の一つとして正常に召喚出来るかもしれない。

 

そこらへんは要検証だな。

 

 

「ビームサーベル!」

 

 

()()武装を念じる。

 

するとジム・ライフルを召喚した時と同じように瞬く速度で青白い光が手元で輝き、秒に入らない速度で召喚される。

 

そこには懐中電灯ほどの大きさ、またはリレーで使われるバトンのような筒状の棒が手元にのしかかる。

 

それを真っ直ぐ伸ばして、念じる。

 

紫色の光がシュン!と伸びた。

 

 

「初めて召喚した時よりは滑らかになったな」

 

 

召喚する時のこの感覚をどう伝えたら良いか分からないが、ゲームセンターにあるアーケードコントローラーで格闘ボタンを押すような感覚で武装を引き出している。

 

もう体の一部として備わっているらしい。

 

そうなると呼吸するが如く武装を出せるようになるだろう。むしろそうなった方がいい。高機動戦が強いられる空戦なんだから。

 

それからしばらく、出しては、消して、出しては、消して、手のひらをグー、パーを行う感覚で武装を試す。

 

少しアクションを混ぜ合わせながら召喚したりと身体に馴染ませる。大体手元に召喚出来るのでよっぽど変な体勢で召喚しなければ手元から落とすことはないが、例外はある。

 

 

 

「ぐぉ、イテェ…!」

 

 

()()武装、バズーカ系の武装。

 

こればかりは手のひらだけで抱えることはできず、召喚の際は肩に担げれるようにある程度姿勢を作っていないと体のどこかにぶつかって痛い。

 

てかこの倉庫で誤ってトリガーでも引いたらアボンだ。赤城でそんなの間抜けは許されない。

 

バズーカ系の武装は一旦中止だ。

 

すると不意に…

 

 

「うおっ、お、お、た、立ちくらみか…」

 

 

もちろん無償で使えるわけでもない。

 

思わず荷物をクッションに尻餅を付く。

 

ため息を付いて、天井を見上げる。

 

トリガーを引いて放火はしていない。

 

仮に引いてるとしてもビームサーベルの刃を展開するくらいで、そこまで回数は重ねていない。

 

色んな武装を出し引きしてる程度だ。

 

それはつまり…

 

 

「召喚の度に魔法力を消費している。そう言うことかな。ウィッチで言うシールドを展開する時と同じ感覚か。俺自身正統なウィッチじゃないからシールドを展開できないが、代わりに数多ある武装の数々が許されていると言ったところか。よくバランスが取れてるわ、こりゃ」

 

 

しかしそれはつまり、ネウロイの攻撃に当たれば一撃で落ちると言うことだろう。

 

 

……いや、普通に死ぬじゃねーか。

 

なーにがバランスだよ。

 

 

「まあ、まだ盾とかそういうコマンドは試していない。これからもっと試してみないとな」

 

 

ふらつく体に鞭打ってハンモックに転がる。

 

小さなランプがひとつだけ。

 

目が悪くなりそうな暗さ。

 

火が勿体無いのでランプの光を消してハンモックに揺れる。

 

 

「正式なタイトルはGUNDAM VERSUS(ガンダムバーサス)。でもその大元はエクストリームのタイトルから」

 

 

GUNDAM(ガンダム) EXTREME(エクストリーム) VERSUS(バーサス)

 

日本語に、または扶桑語に。

これらを都合よくこの単語を変換するなら。

 

 

『ガンダム で 究極的 な 戦いを』 って事。

 

 

「チート能力も大概だな。使うのは生身の人間だけれども、どんな戦闘でも戦えるとなるとこれほどやばい奴はいない」

 

 

この世界の基準なのかわからないが、この世界にある魔法陣とはこの世を凌駕したナニカらしい。

 

厳密にはその魔法陣の中に隠されたモノだが、そんな魔法陣から出てきた俺と、この体に備わるGVSの力は世界規模からすると絵本の中にある英雄(ヒーロー)そのものだ。

 

それが今の俺であること。

 

それを証拠づけるようにあらゆる武装が使えると言うこと。

 

つまり、それは、どんな敵でも戦えてしまう恐ろしさを秘めていること。

 

魔法陣から来た黒数強夏という男はこの世界の英雄なのかも知れない。そりゃ魔法陣の意味を理解する宮藤さんも期待もするよな。

 

人類の叡智から、今の時代に苦しむ人類のために召喚された存在なら、もしかしたら… と期待もしてしまう。俺がネウロイに襲われる側の人間なら魔法陣から来た存在に縋りたくもなるさ。

 

 

__君は英雄なのか?

 

 

 

「英雄ではない。愚者がそれらしいことをするだけだ。俺は戦争を知らない。戦いを知ってるつもりでいる画面越しの消費者だ。大層な存在じゃないんだよ、宮藤さん」

 

 

 

ブリタニアでお世話になった男の顔と名前を思い出しながら目を閉ざす。

 

俺がウィッチと似たようなものなら、体を休めると同時に魔法は勝手に回復するらしい。

 

波風立てる赤城の音を聞きながらハンモックに揺れる。まだ航海が始まって三日程度。

 

まだまだ扶桑まで時間はかかるらしい。

 

それまで出来ることを行い、理解を深める。

 

寝息を立てて、意識は闇の中に。

 

 

 

 

 

つづく






エクバと言ったらボタン一つで何もない空間から武装を引っ張り出して攻撃してしまうから召喚してしまう程度大したことないぞ、恐らく。

それ以上にネウロイがヤバい…

ではまた


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6話

 

 

「はい…はい…はい…はい…はいっ!以上!」

 

「むむっ…」

 

「さて、答えは?」

 

「よし……75…!!」

 

「惜しい、答えは85だ。繰り上がりをひとつだけ逃したな」

 

「ああああー!」

 

 

頭を抱えて悔しがる北郷章香。正解まであと少しだったことが相当効いたのだろう。

 

 

「なるほど… フラッシュ暗算、なかなか難しいな」

 

「こればかりはもう記憶力の勝負だよ。頭の中で噛まず、瞬間的に計算してトータルする。慣れも必要だけど毎秒身構えてないと何処かしらで詰まってわからなくなる。それが難しくて面白いところ」

 

「つ、次は私がやろう!」

 

「良いぞ」

 

 

少し厚めの紙に書かれた適当な数字。

 

それをランダムにシャッフルした後準備を終えたのか北郷は8枚ほど用意した。どこか楽しさ交えながらも挑戦的な目で「いくぞ!」と彼女は訴えると、一気に揃えた数字を捲る。

 

一枚に対して1秒か2秒くらい。

 

そして…

 

 

「答えは77だな」

 

「む?そうかのか?」

 

「いや、決めてないんかい!」

 

「はっはっは!私自身も分からないように適当だからな」

 

「なるほどな。負けず嫌いめ」

 

「なっ!」

 

 

それから選んだ数字を合計するとたしかに77で答えが合っていた。

 

まあ出された数字は小さいものばかりだからそこまで苦戦はしなかったが、北郷は感心したのか誉めてくれた。

 

でも何処か悔しそうにしていたけど気づかないフリをした。

 

 

「紙が勿体無いからあまり用意してないが、小学生の頃は3桁とかもやってたぞ」

 

「そうなのか!?」

 

「ああ。これ、そういう競技だからな。ただ俺は小学生の頃にやってた程度だから。この暗算競技は突き詰めていくと本当はもっと凄いことになってるよ」

 

「賢さとは様々だな。恐れ入ったよ。とりあえず… 悔しいからもう一度挑戦させてくれないか?」

 

 

 

 

負けず嫌いなのは確かなようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニアから扶桑に向かおうとして10日が経過した。船酔いなどは起こさなかったが如何せん道楽に囲まれた前世ではない70年ほど前の時代の世界だ、訓練やブリタニア語の勉強などを除いて暇を持て余しそうになる。

 

まあそんな時は赤城の艦内で手伝えることをして時間を潰すようにしている。

 

 

「黒数くん、料理の腕はとても良いな!さすが宮藤博士の使()()()だな! 」

 

「黒数くんはブリタニアでどんなお手伝いをしていたんだ?やはり使用人だから身の回りのお手伝いなのか?」

 

「はい。短期間だけですが、宮藤博士のブリタニアでの生活基準をある程度確保することを目的としてまして、それでもう終わったので扶桑に戻ることになりました」

 

「なるほどなー、そういうことか。それで料理やら掃除やら得意なのか」

 

「しかし珍しいな。その年齢なら大体は軍人を目指そうとするだろうに」

 

「あー、そこら辺は色々とありまして、とりあえずこれ以上は機密なんであまり喋ることは許されてません、申し訳ないですが」

 

「おっと、それは悪いことをしたな」

 

「まあ、赤城にいる間だ。時々で良いから厨房を手伝ってくれたらありがたいよ」

 

「訓練後にくたばってなければいくらでも手伝いますよ」

 

 

じゃがいもの皮をナイフで剥きながら赤城の調理兵と会話する。船に乗せさせて貰っている身なので可能な限り手伝おうと考えて、まず俺に出来ることは料理の手伝いだった。

 

最初は、あの宮藤博士直属の使用人と言うことで宮藤博士に関係しないそれ以外の手伝いは遠慮されていたが、既に使用人から外されているただの穀潰しと化した身なので幾らでも手伝うと調理兵に伝えれば、じゃがいも皮剥きを初めとして今は色々と厨房の手伝いをさせてもらっている。昨日は大量の肉じゃがを作って大変だった。

 

まあ宮藤博士直属の使用人の話は全くの嘘だけれども、俺がただ赤城に乗っているだけの生活に罪悪感あるのでどこかで還元しようと考えてこの結果だ。

 

ちなみに北郷章香も手伝おうとしてたが調理兵からは「だ、ダメです!」と断られていた。

 

扶桑に帰れば階級が少佐になるからこう言った区分違いの仕事は遠慮されているんだなー、と思っていたが別にそう言う訳でもないらしく、ただ純粋に…

 

 

「メシマズってほんとうにあるんだなー」

 

「めし、まず…?」

 

「あー、いや、こっちの話です」

 

「?」

 

 

北郷章香は壊滅的な料理センスのお持ちのようだ。

 

例えばおにぎりの中に、魚の目やタコの脚、蟹の爪をそのまま詰めてしまったりと彼女が料理に手をつけるとかなり酷いことになるらしい。

 

軍の中でもそこそこ有名な北郷章香だからこそ彼女がメシマズな話も広まっているようだ。

 

 

はえー、しかしメシマズとかまるでアニメだな。

 

 

そういやアニメだったわ、この世界。

 

 

 

「しかし黒数くんはこの先どうなるんだ?宮藤博士の使用人から外れた以上君は自由人なんだろ?」

 

「もし勤め先が決まってないなら調理兵として志願すれば良いんじゃないのか?ここに来てくれるなら歓迎するし、赤城じゃなくても加賀に乗れるかもな!」

 

「海の男も良さそうですが、実のところ次の配属先はもう決まっているんですよ。まあそこら辺も含めて機密ですが、食いっぱぐれる事は無さそうです」

 

「おお、そうなのか?まあ大凡予想は出来そうだけどな」

 

「そうなると今後に向けて今日も北郷大尉にシゴかれる感じか?」

 

「ええ、この後ボコボコにされそうです」

 

 

 

じゃがいもの皮を剥き終えて鍋の中に投入する。

 

今日は海軍カレーのようだ。

 

これは空きっ腹に良さそうだ。

 

 

 

「時間なのでそろそろ行きます。ありがとうございました」

 

「礼を言うのはこっちさ。気が向いたらまた頼むよ」

 

「夕飯楽しみにしてろよ!」

 

 

北郷章香に訓練を受けている。

 

それはつまりそういうことだと認知されている。

 

本当は扶桑に着くまであまり目立つ事はしない方が正しいだろうが、既に遅しと言うべきか北郷と関わる事で「彼は既に私が目を付けた」と周りに牽制しているのだろう。

 

これでも結構な頻度で俺と一緒にいる事が多い。

 

もちろん戦技研究の技官として赤城にいる間も艦内で仕事をしているが、ほとんど役割を終えた今、書類整理を行う以外あまりやることもないらしく、余った時間は訓練に勤しむのと同時に俺を巻き込んでいる。たまに空を飛んでは飛行訓練を行なっている姿も見られる。

 

 

「と、考えていると早速だな…」

 

 

甲板に出ると一つの細い飛行機雲。

 

鉄の箒ではなく、ストライカーユニット。

 

背中にランドセルのような形をした魔道エンジンを背負って彼女は飛んでいた。

 

 

 

「ウィッチか…」

 

 

やはりこの世界はストライクウィッチーズなんだと改めて思い知らされる。

 

綺麗に旋回する北郷章香は腰に付いている二刀流の扶桑刀を引き抜いて、赤城から浮き上がる洋凧(ようだこ)に向かって突き進むとそれを撫で切る。

 

安定した飛行、正しい軌道、魔道エンジンを背負いながらもブレなく振るわれた太刀筋に甲板から見ていた海兵たちは「おお」と声を漏らす。

 

感心したようなその声を浴びながらも次々と真上に浮かぶ洋凧にすれ違いながら扶桑刀で切断して、腰にぶら下げていた機関銃を構えて切断した洋凧に追撃を行う。

 

練度の高い動きを見せた。

 

 

「…」

 

 

 

扶桑のウィッチはこれだけ動ける。

 

その姿に海軍は安心と喜びを見せて、北郷章香も空から彼らに軽く敬礼する。

 

それは扶桑からしたら希望だろう。

彼女が居れば安泰だ……!!

 

そう感じる勇士ある姿。

 

 

 

 

 

しかし、それでも…

 

 

「私はまだ実戦の無いウィッチだ。二週間前のブリタニアの時だって民間に避難を呼びかけていただけだ」

 

「それでも立派だろ?戦場になるかもしれない港町に残っていた君は軍人だ」

 

「でも私はウィッチだ。空を飛べる兵士。あの時はたしかにウィッチの数に対して新型ネウロイと渡り合えるユニットが足りず、出撃許可を頂けなかったのもある。しかし私は海から迫り来るネウロイを見ていただけ。私はまだヤツらと戦った事はない…」

 

「…」

 

 

そう、北郷章香はまだ何一つ実戦を積んだ事ない無いウィッチだ。

 

元々、戦技研究技官として戦闘には赴かず、現時点で最大限に引き出せるストライカーユニットの空戦技術を開発して、それを実践に落とし込ませる役割を担う。ネウロイを倒すために出撃するウィッチではない。

 

まあでもこればかりは時代の違いもある。

 

何せ20年前に勃発した第一次ネウロイ大戦を終えてからはネウロイの数はそう多くなく、第一次の大戦から逃亡した残党処理程度のネウロイしか存在してないためネウロイ討伐のために飛ぶウィッチはそう多くないようだ。北郷章香もその一人。だからこそ次の戦いのために戦技研究を行なっていたのだが、こればかりは時代の違いだ。

 

平和で穏やかな頃に軍へ加入した彼女の軍人生活はそういうものだった。

 

だから今もこうやって空を飛び、訓練を行なって、いつでも戦えるように準備をしている。

 

それでもどこか……()()()を持ち合わせていた。

 

 

「ふふっ、こんな私が大尉で、次は少佐か…」

 

「そんなこと言うな北郷。君の他にも似たような軍人ウィッチはいる。それに戦う事全てが海軍なのか?それは違うと思う」

 

「わかっているさ。私も理解している。だから私が作り上げた戦技研究によってこの先ウィッチ達がネウロイと渡り合えるなら、この遺伝子は無駄ではない、そう思う……思いたい」

 

「それでも納得行かないか?今の自分が」

 

「かも…しれないな」

 

「そうかい……………ほれ、北郷」

 

「?」

 

 

 

木刀を投げ渡す。

 

北郷が受け止めた瞬間、俺は斬りかかった。

 

その攻撃は受け止められる。

 

 

 

「ッ……不意打ちとは、また随分なやり方で」

 

「お前を倒して代わりに俺が少佐になってやる。そしたら不安も消えるな、北郷」

 

「たしかに、不安も、重荷も、無くなるだろうが、しかし……これは譲れんっ!」

 

「!」

 

 

魔法力は使われていない。

 

しかしその腕力で攻撃は弾き返されて、次は北郷から攻撃が襲いかかり、次は俺が木刀を受け止めた。

 

 

「私はそれでも軍を持ち、導き手となる!そのためにも重ねてきた形を裏切らない!」

 

「ははは!しかし初陣果たせないコンプレックスなら一等兵から始めれば気は楽だぞ!今ここで俺に譲っちまえよ!そしたら俺が君を部下にしてやるよ!」

 

「あっはっはっは!面白いことを言うな黒数!なら倒してみるんだな!そしたら階級だけじゃない!私が君になんでもくれてやろう!」

 

「言ったな?言ってしまったな軍人さん?言質取ったからな?規律を守る軍人さんだから嘘は吐かせないぞ!」

 

「はっはっはっは!君が私を倒せたならな!その代わり君が負けたら今日から腕立て伏せを倍にしてやろう」

 

「やってみせろよマフティー!」

 

 

 

強引に木刀を打ち払い、距離を取る。

 

この騒ぎに海兵が集まるが特に慌てもせず「いつもの二人か」と傍観する。

 

 

 

「今日は観客増員日だ!ここで負け姿を晒すのは怖いなぁ北郷!」

 

「なに、いつもと変わらない日だよ。君が私にシゴキ倒されて、腕と一緒に震えているんだ。甲板の上でね」

 

 

10日も木刀を振るわされたら流石に型にもなるのか俺も構えはそれらしく作れる。北郷もどこか嬉しそうにしながら俺と相対して、油断なく木刀を構える。さすが免許皆伝持ちと言うか、剣に於いて構えが様になっている。

 

やはりカッコいい軍人さんだ。

 

その上、空を飛べる。

 

期待のウィッチ他ならない。

 

 

「流石にある程度わかってきたんだ!今回は特別性で行ってやるよ!」

 

「特別性?何かわからないが楽しみにしてるよ」

 

 

しかし観客多いの困るな。

 

そこら辺うまくやらないと。

 

まあこの至近距離かつこの赤城に乗っているウィッチはここにいる北郷だけだ。

 

そこまで不安視する必要もないか。

 

 

 

「てぇぇい!」

 

 

俺は雑に斬り込んで、北郷は一歩下がり、再び同じように斬り込んで回避を誘う。

 

すると俺は誘った先にある水入りバケツを蹴り飛ばして北郷の視界を奪う。

 

 

「!」

 

「そこっ!」

 

 

一気に踏み込んで突きを放つ。

 

しかし相手は流石に経験者。

 

軽い動作で水入りバケツを真上に弾き飛ばして更にこちらの木刀の突きも弾いた。

 

 

「特別性とは、水バケツかな?」

 

 

笑みを浮かべながらも真剣な目でこちらを射抜く彼女は怖い。

 

しかし俺は観客として集まった軍人から見えない角度に体を振り向いて、脇元に用意してた片手をグッと握りしめた。

 

手のひらに収まる程度の光。

 

それは魔法力。

 

ウィッチにしか無いと思われた、魔法力。

 

 

「なにっ!!?」

 

 

 

しかし、ただ展開しただけ。

 

特にシールドも放たれず、バーサスの武装も召喚されず、俺の魔法力が手元に集まっただけ。

 

例えるなら瓶の蓋を開けて中身を見せた程度。

しかし魔法力がある。

それだけで北郷を驚かせるに充分だった。

 

俺は魔法力をチラ見せさせた手を伸ばす。

 

反応に遅れた北郷は一歩後ろに回避。

 

しかし扶桑人の勤勉さによって綺麗に磨かれた甲板の床はよく滑る。

 

 

「ぅぉ!?」

 

 

体制を崩そうになった北郷に俺は踏み込んで、彼女の木刀を手で掴んだ。

 

攻撃手段を押さえつけられて目を見開く彼女。

 

俺はトドメを刺そうと木刀を握りなおす。

 

 

 

「これでェェ…!!!!」

 

 

 

完全に隙ができた。

 

とうとうこれで決まってしまう。

 

見ている、誰もがそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空っぽになったバケツが落ちてくるまでは。

 

 

 

 

__ガツンッッ!!

 

 

 

「ああああ!!!いっで ええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

腕立て伏せが二倍になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、やめたくなりますよぉ、赤城生活…アーナキソ」

 

 

どこぞの迫真空手部では無いが、バケツ直撃から迫真的な声と共に勝負は決まってから二倍になった腕立て伏せの後、バケツ水で汚した甲板を掃除しているところだ。

 

 

 

「ああ、もう!!一度限りの特別性だったのにもうこの先通用しねぇじゃねぇかチクショォ!あと少しだったのにぃ!!」

 

 

今頃、艦内は海軍カレーで夜ご飯だろう。

どうせ俺の負け姿が話題になってる。

 

 

悔しい………でもっ、感じちゃうッッ。

 

 

まあ、感じるのは頭の痛みだけどな!

ははは、ワロス。

 

 

 

 

「てか、あとどのくらいで扶桑に着くんだ?」

 

 

 

順調に海を進む航海。

あと今日の俺の後悔。

 

それは波風に乗せた赤城は海をかき分ける。

 

周りには何も無いな。

 

どこも海一面でむしろ怖くなる。

 

しかもそれが夜となると尚更だ。

 

 

「これで落ちたら誰にも見つからないとか、夜間偵察ウィッチも恐ろしいことをする…」

 

「だが哨戒があるからこその戦線維持だ。疎かには出来ないな…」

 

「そうなると夜に向けてかなり訓練が必要に……って!?…ああ、北郷か」

 

「後始末は終わったかい?」

 

「いま丁度な。ほら、ピカピカだろ?お陰で明日からこの輝きが俺の敗北を思い出させてくれるよ」

 

「ふむ、輝かしい思い出だな」

 

「この頭の痛みも込めてな、ちくしょうめ」

 

「はっはっはっは!」

 

 

 

カラカラと笑う彼女。

 

もう昼間の曇り顔は無い。

 

だから…

 

 

 

「ありがとう、黒数」

 

「どうした急に?甲板の掃除くらいいつでも手伝うが」

 

「あっははは、そうじゃない。私が言いたいお礼は昼間のことだよ。その…気を効かせたな」

 

「ああ……そっちか」

 

 

 

飛行訓練後の北郷の着陸に俺は居合わせた。

 

それから甲板に出たあと会話を挟んで、彼女のこぼした劣等感を聞いた。いつものようにカラカラと笑う彼女だけど、その時だけはそうも行かずどこか表情は弱々しかった。空を飛ぶ事ができる一人の軍人ウィッチとしての悩みだろう。

 

俺には彼女の悩みを取り除けない。

解決することもできない。

 

でも、一掴み程度の不安なら拭えるはず。

 

そう考えて木刀を投げ渡した。

 

彼女が言ったお礼はあの時のことだろう。

 

 

「別に。俺はただ偉かったら虐められる必要もなくなるからお偉いさんの地位が欲しいなぁ、って思ってただけだし。まあそれが叶わずしてこうして腕立て伏せと甲板掃除だけどな。結局虐められて終わりだ」

 

「虐めたつもりはないな。ただ少しだけお灸を添えようと…ふふっ」

 

「お前絶対バケツ思い出しただろ?」

 

「だ、だって、あのバケツは…ぐ、ぐっふっ、アッハハっはっは!あっはっはっは!あれはダメだ!思い出してしまう!ぐふっ、くくっ」

 

「ヤベェ、迫真超えて目力先輩なりそう」

 

 

 

まあ夜だからそんなことしないし、そもそもあんな声出せるわけでも無く、やれる以前の話になるがともかくしばらくはこの話題に苦しまれそうだ。だから赤城生活やめたくなるんだよ。

 

艦内での寝泊まり自体はそこまで苦じゃないんだけど、いじり倒されてしまう未来はアムロの言葉を借りるなら…

 

__圧倒的じゃないか!ってところ。

 

 

 

「く、くふふ、す、すまない、ふふっ… そう拗ねないでくれたまえ、黒数」

 

「ふん… まあいいさ!美人さん一人を笑顔に出来たからこの痛みは誇らしいよ」

 

「びっ!?ぇ、うぅえ?!」

 

「どうした?」

 

「ぇ?あ、ああ、いや、なんでもない。なんでもない、ぞ?…そ、そうか… び、美人なのか…」

 

「ほえー?あー、なるほどなるほど」

 

「な、なにさ…」

 

「別に?ただあまり褒められなれてないんだな、って思っただけ。良いことを聞いたね」

 

「く、黒数…!」

 

 

すこし考えるそぶりを見せて、北郷は少しソワソワしだす。

 

チラッと、目線で牽制して…

 

 

「お世辞抜きに綺麗だよ、北郷」

 

「っ〜!」

 

 

してやったり!

 

 

… …思ったが、よくよく考えたらかなり恥ずかしい言葉だ。

 

しかも漫画などによくあるテンプレのような掛け合いだと思うと、急にとんでもなく恥ずかしくなってきたが、流石にここまできたら俺は負けたくないのでポーカーフェイスを突き通して勝利者になる。

 

 

すっげぇー、虚しくなるなぁ、コレ。

 

しばらく忘れられなくなって枕元で悶えそう。

 

言わなければ良かった。

 

アホらしいわぁ。

ほんまつっかえんわぁ…

やめたらこの仕事(そうじ)?。

 

 

 

「まあ、なんだ。悩みすぎんなよ、北郷」

 

「黒数……」

 

「俺は軍人じゃないし、この世界の迷い子で戦争をよく知らない消費者だ。でも北郷の悩みはなんと言うか、見ている側の一人の目線からしたら考えすぎたと思う」

 

「…なぜ、そう思う?」

 

「違うからだよ」

 

「違う?」

 

「時代が違う。ネウロイは20年前に一度なりを潜めて収束した。今は残党狩り程度の数しか蔓延っておらず、被害も多なくない。今は平和そのものだ。それはつまりネウロイを討伐する機会は無いって事だ。だから対ネウロイのために訓練している他のウィッチだって北郷と同じ状態じゃないのか?」

 

「それは…そうだが」

 

「だとしたら高くなってしまった階級は仕方ない話だろ。そこに戦果を上げれずとな。そもそも求められてるのは実戦経験のある北郷では無くて、()()()()()()()()()()()()()()()じゃないのか?」

 

「!」

 

「部隊を作るんだろ?そして活かすんだろ?自分の戦技研究が正しい形で、正しい力で、正しい戦果として、その日まで重ねてモノが裏切りじゃない、これまでの軍生活が世界の平和を願った賜物として報われるために、そう頑張ってきた自分のため、そこに劣等感を持ち込むのはお門違いだ。そうだろ!北郷大尉」

 

「ぁ…」

 

 

 

両肩を掴む。

 

そのときに、少しだけビクッと跳ねた気がした。

 

その眼は、まだほんの少し弱々しい。

 

でもその眼は、間違いなく多くを見てきた。

 

空を、ウィッチを、研究を、学んで得てきた。

 

ならば絶対に無駄なんかではない。

 

劣等感を持ち合わせるべきじゃないんだ。

 

 

 

「それでも、初陣果たせないことが階級に対する裏切りで、それはお飾りだと、自分の積み重ねを嘲笑ってしまうなら、それこそ扶桑皇国に対する裏切りだ」

 

「っ!」

 

「お前は軍人だろ!国のために戦う兵士だろ?階級に見合わない身丈がなんだ、そんなの関係ない!その日のために裏切るな!再びネウロイが襲ってきても戦えるために準備してきた君の積み重ねを悲しく笑うな!階級も!成果も!研究も!全てもだ!」

 

「わ、わたしは…」

 

「それでも不安なら、俺も一緒に飛んでやる!」

 

「っ、君…が?」

 

 

 

発言に驚く彼女の両肩を離して、少しだけ俺は周りを見渡す。誰も見てないことを確認してから手元に集中する。すると昼間の模擬戦で見せた魔法力が青白い色を放ちながら集まる。

 

 

 

「!」

 

「これが俺の魔法力。そしてこれが叡智から与えられし力…!」

 

 

その光を掴んで手を横に払う。

 

払った距離に合わせて光が伸びて、俺のイメージした武装が、ガンダムバーサスに登場する機体に使われる武器が瞬く間に召喚された。

 

 

「ぶ、武器が…!?何もないところから…!?」

 

「こいつはジム・ライフル。俺の世界の過去や未来に()()()()()()起きたかもしれない戦争の果てで作られた兵器だ」

 

「み、未来の、兵器?」

 

「あくまで『もしかしたら』の兵器だ。俺の世界にはそう言った()()があるんだよ」

 

「戦争の教材…!」

 

 

正しくはアニメとかコミックとか、またゲームとか、そう言うことだが、ここらへんは色々と話すと面倒なのでこちらの世界ではそう言うことにしておく。信じてもらえるかも怪しいからな。

 

まあ、ガンダムの作品のことを教材と言うのも、当たらず遠からずであるが、参考になるお話なのは確かだ。

 

実際に『ポケットの中の戦争』とか『閃光のハサウェイ』とかは、人を見ても、軍を見ても、それは面白かった。

 

戦いが始まり、戦いに脅かされると、そうなってしまうんだと言う、教材が。

 

 

「これはその教材から得た兵器達。何故これが力になったのかわからない。でも戦いの渦に巻き込まれたと言うのは、この世界に於いて、黒数強夏と言う人間が戦争の中で存在したら『もしかしたら』このように収まったと言うことなんだと思う。何故この力なのかはハッキリしてない。だが魔法陣のことも併せて考察するならば…」

 

 

俺はジム・ライフルを強く握りながら感じるとその兵器は青白い光の線を作りながら瞬く間に消える。北郷は再び驚き言葉が出ない。

 

 

「これは人類の願いだ。その願いは黒数強夏に当てはめられた。黒数強夏たる俺にその武器を与えられた。この世界で俺だけが知るポケットの中のような戦争。それがこの世界の人類を救うための武器になったから。でもなぜコレなのか。それは考えたら実はとても簡単な話だった」

 

「それ…は?」

 

 

 

辛うじて出た言葉。

 

真上を、空を、または宇宙(そら)を見上げながら、俺はこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

G U N D A M(ガンダム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてことない、一つのタイトル。

 

それを何もない空に呟き、夜闇に消え征く。

 

しかし、この世界で放たれた言葉。

 

この世界に存在しない無い、一つの物語り。

 

 

 

 

「がん、だむ…」

 

「戦争に打ち勝つために作られた人類の兵器。それはガンダム。宇宙(そら)を巡るための存在。それはまるで…」

 

 

 

 

 

__(そら)を飛ぶ、ウィッチみたいものだな。

 

 

 

 

まあ、戦いの舞台は少し違うかもしれない。

 

あれは宇宙戦争、こことはまた戦場が違う。

 

でも同じことがあるとするなら。

 

それは人類が戦いに打ち勝つための兵器。

 

ここでの敵はネウロイだが…

 

『そら』に向けて放たれるのは同じこと。

 

それはガンダムも一緒なはずだ。

 

 

ああ……だから、この力なのかい??

 

モニター越しに触れたゲームタイトルが、この世界に蔓延る人類の敵が、魔法陣に刻まれた人類の願いが、俺を選んだのかい?

 

まったく、恐ろしいことをするもんだ。

 

 

 

「俺も、これがガンダムから始まった力なら()()を飛べるよ。飛んでみせる」

 

「!」

 

「だから、北郷。きみが敵を討つ時に初めて空を飛ぶなら、俺も一緒に飛んでやるよ」

 

「くろかず…」

 

 

 

まだ飛べるための方法を知らない。

 

その道標もまだ見ていない。

 

でも、ガンダムは宇宙を飛べる。

 

ならこの力は間違いないはずから。

 

 

 

「まあ、その時はエスコートは任せろ。扶桑の美人さんをひとり、この大空を案内できるならこれほど光栄なことはないさ」

 

「!!… ぷっ、くくっ…… あっはっはっは!おまえと、言うやつは!まったく、またそんなことを言い出して!あっはっはっは!」

 

「おいおい?魔法陣から招かれしこの世の英雄が直々にお手を拝借しようとしてんだ。光栄な事この上ないだろ?」

 

「くっ、ふふふっ、ああ、そうだな。かもしれないな。でも、大丈夫だ。そうならないようになるさ」

 

「そうかい?…いや、そうだな。きみは部隊長になって空を飛ぶんだ。後ろの者に積み重ねて来た背中を見せる。ならエスコートされる側なのは間違いだったな。北郷大尉」

 

「もう、きみは、ほんとうに…まったくだよ」

 

 

 

困ったように、でもその笑みは真っ直ぐだ。

 

そこに不安もなく、躊躇いもない。

 

いまやっと、彼女らしさが顔を出してくれた。

 

 

 

「でも空を飛んでやるのは本当だ。方法はまだわかってない。

 でも出来るはず。この力がホンモノ(ガンダム)なら…なんとでもなるはずだ

 

「ふふっ、そうか」

 

 

笑顔を取り戻す。

 

恥ずかしいセリフも報われたようだ。

 

 

「だから北郷も扶桑に帰ったら1秒でも早く少佐になって俺を部隊に引き込んでくれ。それが君の重ねて来た特権だからな」

 

「ああ、必ずそうするよ。だから黒数、そのためには…」

 

「?」

 

「もっと強くならないとな」

 

「あー、そう返されるかー」

 

「明日も負けたら腕立て伏せは倍だ。早く夜ご飯を食べて、早く寝て、明日に備えてくれ」

 

「わかった…いや、違うな」

 

「?」

 

 

俺は彼女に振り向き、ピシッと真っ直ぐ背を伸ばして、額に手元を持っていき…

 

 

「了解です、北郷少佐」

 

「!」

 

「…」

 

「……ふふっ」

 

「?」

 

「君に、ふふっ…敬礼は似合わないな」

 

「随分と失礼な奴だな、オイ」

 

 

 

はっはっは!!と甲板から響く声。

 

それは軍人である以上にウィッチ(少女)の声。

 

彼女の本心から、もしくは北郷章香から引き出された音色だった。

 

 

 

 

「ところで、昼間の模擬戦で私に勝てたら何を願うつもりだったんだ?」

 

「願い?ええと、なんだっけ… あ、そうだ、思い出した。いま俺は倉庫にハンモック作って寝てるだろ?ひどいよな宮藤博士直属の使用人だと言うのに部屋が無いから倉庫に空いてるスペースがあるからそこにしてくれなんて」

 

「ブリタニアやカールスラントから物資を多く引き取った故に置き場所が限られているんだ。物資をわかりやすく小分けするためにも黒数が来る前から部屋を占めすぎたな。それに関してはすまないと思う」

 

「まあ急にお邪魔する形になった俺も悪いからあまり文句は言わない。だから一部屋分だけでも小分けした物資をまとめて良いならその許可でも貰おうと考えた訳。一応勝手ながら俺の使っている倉庫内は実のところ綺麗にまとめ直して、別の部屋の物は置けるように準備してあるんだ」

 

「いつのまに」

 

「それで物資の移動許可もらいたくてな」

 

「なるほど、そんなことか。なら私が君に部屋を与えれるようにしてやろう」

 

「…まじ?」

 

「ああ。むしろもっと早く言ってくれたら良かったものを、そうすればこちらも考えだと言うのに」

 

「いや、まあ、ほら?俺が乗り込んだのは表向きだろ?少しばかしは負い目あったからよ。でもここに来てある程度還元してるつもりだからこのタイミングかな〜、と考えたまでだよ」

 

「特勝な心掛けだな。まあとりあえずそこは任せたまえ。なんなら今から話を持って行ってやろう」

 

「マジ!?助かる」

 

「はっはっは!」

 

 

 

それからモップとバケツを片付けて、食堂に。

 

海軍カレーを食べていると北郷章香がやって来てなにか紙切れを渡して来た。

 

彼女から「その番号だ」と伝えられた。

恐らく部屋番だ。

 

すると「あまり周りに言うなよ」と彼女は言葉を残して去っていた。

 

色々と押し切った話なのか?

とりあえず騒ぎにはしたくないらしい。

 

それから倉庫で使っていたハンモックを片付けて違和感を覚える。

 

物が運ばれてない??

片付けた訳でもなさそうだ。

 

もしかしたら、物資と一緒に使える部屋でも用意して、後々その物資を動かす考えだろうか?

 

部屋に慣れさせるためにも早めに伝えてくれたのだろうと考えて、紙切れの書いてある番号を探して、見つけた。

 

俺だけの部屋。

 

そう思って扉を開ける…と。

 

 

 

「さっそく来たか」

 

 

 

何故か北郷章香がいた。

 

なぜ……??

 

いや、もしかして片付けてくれたのか?

 

それにしては荷物が散乱しているが…

 

 

「む?どうした?」

 

「いや、えっと、どう言うこと?俺の部屋だよな?…あ、もしかして部屋の番号間違えたか!?」

 

「??、いや、ここであっている」

 

「え…なら、この荷物は?」

 

「私のだ。それからきみはそっちのベットだ」

 

「……はい?」

 

「厳密には『俺の』じゃなくて『私たち』の部屋だな」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前 は 一体 何を 言っているんだ ??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉を理解するのに腕立て伏せと同じくらい時間がかかったらしい。

 

 

 

つづく






唐突な男女二人の同室。
まさにアニメ的展開ですね。
なので何も問題ない。




この作品を評価してくれたら
作者のモチベーションが上がって
小説の更新速度が安定するぞ!!!

会いたかったぞガンダム!
↑↑評価する / 評価しない↓↓
【 貴様はガンダムではない! 】

ではまた


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7話

 

 

 

ブリタニアを発って12日が経過した。

 

まだまだ続くよ航海は。

 

もちろん2日前の後悔も続くよどこまでも。

 

そろそろバケツの騒動は落ち着け。

 

そんなにネタがないのか赤城には?

 

まあ、ないよな、この船には。一応フラッシュ暗算とかそういうのは宮藤博士と考えたって事で赤城の中で流行らせてみた。しかし俺と北郷のやり取りの方が一番話題性が高くて今日は何をしてくれるのだろうか?と期待の眼差しが飛んでくる。俺は君たちの道楽か!

 

まあそこはもう構わないさ。

 

取り繕っても遅いし、諦めてる。

 

それよりもだ!

 

問題はこの空間!!

 

 

 

「おはよう、黒数」

 

「ああ……おはよう」

 

 

 

こっちの方が一番辛いと思う。

 

ちなみに今のおはようの挨拶は北郷章香だ。

 

何故起きたらすぐそこにいるんだって?

 

それは簡単だよ。

 

一緒の部屋で寝ているから。

 

 

いやマジ、何を考えてんだ……???

 

 

 

「やっぱり同室おかしくないか?」

 

「社会的倫理観からするとそうだな」

 

「やっぱり自覚あるよな!?」

 

「だがこれは必要なことだ」

 

「な、何に対してだよ…」

 

「黒数は、私のモノだと言う牽制だ」

 

「ひっ…」

 

「君の事はもう離さないつもりだよ」

 

「ウィッチじゃなくて重ぃッチじゃねーか」

 

 

 

かなり物理的な牽制で驚いた。

 

説明の際も飄々と笑っているが、本気の声色と眼差しに対して流石に俺もふざけ倒す事も出来ずにやや頬が引き攣り、彼女はこうして当然とばかりにギラギラと笑みんでいる。

 

 

「お、俺も、随分と気に入られてしまったみたいで…」

 

「ああ。もしかしたら、ブリタニアで出会った時から君の事は気に入ってたかもかな」

 

「ウィザードごっこしてた偽物英雄の居候土下座野郎にか?だとしたら北郷の目利きは変だと言えるな」

 

「君の良さは私だけが分かれば良い」

 

「強いて言うなら宮藤一郎さんもだな」

 

「…ウィッチでは私が初だ」

 

「なんの張り合いだよ、全く。あと寝癖ついてるよ。後ろ向きな」

 

「色々言いつつも面倒見が良いな。とても助かるよ。前に寝ぼけて梳かしてくれたときは何事かと思ったがとても嬉しかったな」

 

「ああもう、それはやめろ。思い出さすな。だからこうやって朝の寝癖は整えてあげてる。部屋の外では誰にも言うなよ」

 

「ふふふっ」

 

 

実は北郷と同室になった初日、そう簡単に眠れるはずもなく軽く寝不足になった。

 

そりゃそうだ。女性と二人っきり。

 

これで眠れなんて厳しすぎる。

 

それでこの同室は不味いと思い、倉庫に逃げ戻ろうとして北郷に道を塞がれる。ならば途中眠りついたタイミングでこの部屋から撤退しようか考えていたが寝ていたはずのところ不意に「行ってしまうのか?」とか「やはり嫌だったか?」とかすッッッごい不安そうな声色で引き止めようとする。

 

その度に「お手洗いだよ」とか「水を飲むだけだ」と言ってその通りに動いて戻ってきてしまう。

 

ああ!逃げられない!(カルマ)

 

と、頭の中で悶えながら、この件は後日解決しようと諦めてそれでなんとか眠り付こうと頑張った結果、浅い中途半端な眠りになった。

 

それでウトウトしながら目を覚ますも頭がまったく回っておらず、フワッとした脳内では孤児院にいた頃の記憶が体に流れていたようで、テーブルに乗っていた櫛に手を伸ばすと朝から奇妙な状態の俺に困惑している北郷の頭を鷲掴みにして、後ろを向かせると髪の毛を梳かし始めた。

 

 

__もう、まったく、だめじゃないか〜

__また院長におこられぇるぞぉ〜

__髪はだぁいじなぁんだからさぁ〜

 

 

と、呂律の回らないまま北郷の髪を、しかも年頃の女性の大事な髪に触って遠慮なく櫛で梳かしていたとかなんとか。

 

それから髪を梳かし終えたタイミングでパタリと倒れて寝ちまったらしい。

 

これが同室となった初日の出来事。

彼女からそう教えられた。

 

まあ当然この寝ぼけ具合の説明を求められて、孤児院暮らしの頃の話も交えて年下の面倒はよく見ていた結果として髪に触れるようなことをしてしまったと謝罪した。

 

そこら辺は許してくれた。

 

それでそのまま倉庫に戻ろうとしたけど既に荷物は動かしたらしく俺の寝所はこの場に定まってしまった。ウッソだろお前。その名だけに光の翼が出てしまうぞ。

 

 

「ちゃんと倫理観あるならもう良い。いや良くないが… しかし俺が寝れる部屋もココしか無くて、ハンモックより寝心地良いから諦めてやる。でもな、ありもしない事は絶対に言うなよ?その髪に触れている事もな?社会的に抹殺されるのはごめんだ」

 

「大丈夫、口は硬い方だよ。仮に真偽関係なくそう言った話が出回るなら権限で根絶する。それで偽話でも流して認識を塗り替えるかな」

 

「職権濫用って言葉知ってるか?」

 

「もちろん。君が昨日教えてくれた」

 

「それはまたベクトルが違うだろ!」

 

 

この子こんな感じだったか??

 

もっと、こう、人格者な雰囲気があって、善悪を理解してる凛々しさを兼ね備えた、物腰柔らかなまっすぐとした扶桑軍人な気がしたんだけどそれは偽りだったか??

 

いやでも、普段はちゃんと北郷章香って感じに振る舞っているんだよな。濁りなき善意でサルミアッキを配るような優しい人。飛行訓練も扶桑の希望になろうと空を駆けるウィッチとしての姿を皆に見せる。最近はすごくやる気が入ってるくらいだ。

 

訓練も真剣だ。こちらの腕立て伏せを倍にさせようと厳しく指導してくる。しかも弛んでいると判定された時は背中の上に水入りバケツを乗せて腕立て伏せをペナルティにしてくる教官っぷりは確かに指導者なんだろう。お陰であだ名がバケツ野郎になってしまいそうだ。こんな辱め、穴があるなら潜りたい。バケツ以外で。

 

 

「とりあえず朝食に向かうぞ」

 

「ああ、共に行こう」

 

「……おう」

 

「ふふふっ」

 

 

了承したことに満足気だ。

 

そして食堂に着けば「おはようございます」の気持ち良い扶桑人の挨拶。こちらも同じように挨拶を返して朝食を貰い受けて適当に座ると調子の良い性格をしている扶桑男児から目線で「相変わらずだな」とか「今日も仲良いな」と微笑ましく投げ込んでくるが、中には「お熱いねぇ」とか「で?進展は?」とか意味深を込めてくる。

 

正直やってらんないわ。

 

こちらも目線で「わかったわかった」とか「やかましい、散れ」と返して扶桑男児は蜘蛛の子のように去ってしまう。ニヤニヤしてる奴も鬱陶しい。好きでこうなった訳でも無いんだけどな。

 

まあ、これも北郷の計画の一部だ。

 

俺を完全に捕まえておくための処置。

 

約束の事も含めて今はこうするしか無い。

 

まあこれもいずれ慣れるだろうと考えて朝の味噌汁を啜る。扶桑の味だ。俺からしたら日本の味って表現になる。世界によって呼び方が違うこの辺りの変化も慣れるしか無いな。

 

 

 

「まったく、困った子だ…」

 

 

 

現実逃避も許されない。

 

寝起きを覚ますように、この現実に覚めようと湯気たつ味噌汁を啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、夜ご飯の仕込みを終えて訓練の時間になったので、いつも通り北郷章香に声をかけた。

 

すると「今日は魔法研究だ」と言われる。

 

二人で使用している寝室にやってきた。

 

扉を閉めて、誰も入れないようにする。

 

正直かなりドキッとした。

 

誰もいない部屋で二人っきり。

 

何も起こらない筈が無い。

 

そして始まった。

 

ちゃんと言葉通りの魔法研究が。

 

 

 

「仮にこれがウィッチに秘めてるモノと同じ魔法力としたら、俺もウィッチのようにシールドも張れるってことか?」

 

「ああ。バケツ野郎のあだ名が付く前に見せてくれたあの魔法力、ウィッチの魔法力と大変似たような雰囲気だった。だからこそあの時は不意を突かれてしまった」

 

 

バケツ野郎のあだ名が広まってたことにガッカリしながらも俺は手のひらを見る。

 

やはりこれはウィッチと同じ魔法力か?

 

だがコレは…

 

 

「今の魔法力と同じかわからないな。もしかしたら仕様が違うかもしれん」

 

「魔法陣から力を引っ張りあげた際に得たものと説明してくれたな。それはつまり魔法陣の中に秘められていた魔法力は現代と毛色が違うと言いたいのか?」

 

「そうだ」

 

「それなら血筋の関係から矛盾する。ウィッチとなる少女は皆等しく魔法力を解き放つ同じ力を得ている。それは皆同じと言うことだ。大昔からな」

 

「ならブリタニアにあったあの魔法陣は特別違うって事になるんじゃ無いのか?それこそ大昔いたかもしれないウィザードの事だって」

 

「あれはあくまでおとぎ話だ。黒数は宮藤博士のところで魔法陣の研究のため歴史に軽く触れていたみたいだが、そもそもウィザードは存在も怪しい創作に近い存在だ。もしウィザードの存在が本当なら君を除いてこの世に生まれた男性の誰かしらが魔法力に目覚めている。それに魔法力は厄災を討ち滅ぼす力だ。取り扱いが危険な武具ならともかく人類がその魔法力を魔法陣に封印するなど考え難い」

 

「今も残して当然ってことだな?」

 

「そうだ。しかしそうで無い現実。ウィザードは存在しない。男性魔法使いは何百年も認知されて無い。だからその力はウィッチの魔法力に似たナニカだ。もしくは変化だな。黒数の体に備わるために魔法力の質が変化した可能性もある」

 

「…… とりあえずシールドを出してみればわかるんだな?シールドの種類でどこの国の血筋とか分かる。それで見たことない紋章だったらまた意味も変わる… ってことか」

 

「ああ」

 

 

手をかざす。

 

シールドを出そうと念じる。

 

手のひらから青白い光は放たれる。

 

しかし、シールドは出ない。

 

だが魔法力は充分に集まっている。

 

シールドを構成できるほどのエネルギーが。

 

だが、展開されない。

 

 

いや、違う。

 

これは何かが違う。

 

そう、なんというか、言葉にするなら。

 

 

「シールドとしての在庫がない??」

 

「どういうことだ?」

 

 

 

俺はシールドじゃない遠距離武器のジム・ライフルを取り出した。瞬く間に召喚されて手元に収まる。念じれば簡単。それが叶う。

 

しかしシールドは出ない。

 

いや、召喚されない。

 

これはつまり…

 

 

 

「俺のこの力は兵器の召喚系だとしたら、召喚するためのシールドが体の中に無いんだ」

 

「なんだと!?」

 

「だって魔法力で武器は出せる。いや、これから魔法力かはわからないが。でも魔法力で構成されたシールドを念じて出せないという事は展開する才能が無い以前に空っぽなんだよ。この世界で言うシールドって存在そのものが」

 

「なっ…」

 

 

 

いや、でも、考えろ。

 

そもそも防ぐためのモノがイコールとしてウィッチが使うようなシールドじゃない、この力らしさで引き出せる、ナニカだとしたら?

 

考えろ…… いや、感じろ。

 

これの正しさを。

 

 

シールド……

攻撃を防ぐ……

ガンダム……

 

 

 

ああ…

 

なるほど。

 

それなら。

 

 

 

ビームシールド…!!」

 

 

ガッツポーズのように腕を展開する。

 

すると前腕(まえうで)、つまり手首の下あたりから魔法力が放たれ、リストバンドのように青白い光が前腕に渦巻く。そして前腕に渦巻く光から縦長の五角形で展開されたビームシールドが正面に広がる。

 

目を見開いて驚く北郷。

 

俺も驚いたが、それに力をグッと込めて魔法力を流すとさらにビームシールドは拡大して頭の額から足の肘まで伸びた。その代わり薄く展開されてるため強度が落ちているらしい。つまり縮めると強度が増すということか。わかりやすい仕組みだ。

 

 

「これだ…!ウィッチとしての展開では無い!俺の中にある記憶で展開する!」

 

「それも…教材(ガンダム)から、か?」

 

「ああ。これはガンイージの力だな。たしかに毛色は違うけど恐らくウィッチと似ている。いや、似せているんだ。恐らく俺が知っている戦争(きおく)からこの世界に合わせて形作ったんだ。厄災と戦うウィッチと同じように」

 

「なるほど……君だけの構成(魔法力)か」

 

「毛色が違うとはつまり、俺の記憶に合わせた魔法力なんだ。それはこの世の魔法力ではガンダムの力を発揮できないから…!だと思う。でも原理はこの世界で理解している魔法力と同じ。北郷の勘違いはそこから。例えるなら。俺が『日本』であり北郷は『扶桑』なんだ。構成は似ている。でも別物なんだよ」

 

「ああ!なるほど!そこの違いか…!」

 

 

腕に流れる力。

 

なんとなく分かる。

 

不思議な感じ。

 

それを弱めて解放する。力を抜くように。

 

するとビームシールドは消えて、前腕に絡み付いていた魔法力は散布しながら引っ込んだ。

 

 

 

「また一つ引き金を理解した。これは大きな収穫だな。ありがとう北郷」

 

「いや、私も面白いものを見せてもらった。そうかそうか。君が呼吸してきた世界の空気に魔法陣は合わせた。…… あっ、それって!」

 

「ああ。俺も分かる。儀式の一つ。それは指先の皮膚に傷を入れて血を流しながら魔法陣に俺の血を注ぎ込んだ。そうして起動者である俺に与える魔法力は別世界の肉体に合わせて変化した。俺専用としてな」

 

「ッ〜!! これを論文に書いていいか!!?」

 

「ヤメロォ!俺が危ない!!」

 

 

 

文武両道な彼女は素敵だが、文の方は今回の事も考えて抑えてほしい限りだ。

 

 

 

「しかし、突然魔法学の話に入ったから何事かと思ったけど、でも今日の発見は俺の身を守る知識になってなってくれる。ありがとう北郷」

 

「武器を振るうだけが全てじゃ無い。身を守る事も大切だ。今日はそう考えただけだよ」

 

 

 

目をキラキラさせながらほんのちょっと涎を垂らして興奮していた彼女だが、俺の感謝の言葉を聞いて表情を正すと、柔らかく笑みんでポニーテールを揺らす。

 

指導者として導けたことが彼女の幸福になったらしい。これが器ってことを言うんだな。

 

 

 

「……もう一度、今の続けてみるか」

 

「?」

 

 

 

再び腕に力を入れて魔法力を纏わせる。ビームシールドは展開されないが魔法力は放たれたまま、立てかけていた木刀を握る。

 

 

「今は、まだ、この部屋で…だが!」

 

「なるほど。そう言うことか」

 

「っ、これは結構、意識、しないと、なっ!」

 

「……全て手動でやるのか」

 

 

体から魔法力を放ちながら木刀を素振る。

 

まるで頭で因数分解を行いながらランニングでもしているみたいだ。

 

結構、きつい…ッッ!!

 

 

「北郷っ!ビームシールドを展開するからそこに木刀で叩いてくれっ!」

 

「!」

 

「攻撃も防御もそれぞれオマケ程度の力にしてたまるか。全部100%で…!」

 

「……ああ、わかった!手加減はするが、甘いと剣先で射抜く!」

 

「上等、じゃ、ねーか!」

 

「いくぞ!」

 

 

 

腕立て伏せの方がまだ単純でマシだ。

 

それよりも苦しい、訓練を始める。

 

まるでモビルスーツを乗りこなすために修練するパイロットのようにそれ相応の血反吐は覚悟しよう。

 

彼女のためにと思うなら助けれるくらいには。

 

 

 

 

つづく





こいつらいつまで赤城でイチャイチャしてんだよ…
どうせ扶桑に到着しても同じやぞ


ではまた


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8話

既に存じてる方もいると思いますが
この作品は原作のスピンオフ
『1937扶桑海事変』が舞台です。

もっさん事、坂本美緒がまだ12才の頃ですね。あとアニメのブレイブウィッチーズ1話に校長として登場した北郷章香もこの頃はまだ19才だったりと扶桑を支えた英雄でした。

てか1973年の人類サイド辛過ぎだろ…
しかも舞鶴飛行隊のほとんどが新兵って…


ではどうぞ


 

 

日本であるが、日本ではない。

 

ここは扶桑皇国と名付けられた島国。

 

史実の日本とは異なり、鎖国せず、国外へ貿易大国として大いに発展した。

 

故に共通語として扱われるブリタニア語が扶桑に舞い込んで、初等部(小学生)の間では算数や国語のように必須科目となっており、子供が2桁の年に踏む段階では誰もがブリタニア語を使い始めている。

 

だから国境を超えても皆が皆困らず、流暢に会話できる訳だ。すごい世界だな。

 

そりゃ渡米後すぐに会話できてしまったアニメでも納得だ。

 

 

ちなみに俺も赤城の中で再度勉強を行った。

 

ちょうど優秀な先生(北郷)がいたから勉強は進んだが、やはりブリタニア(英語)は使ってないと忘れるもんだな。

 

しかしそんな心配はすぐに解消される。何せ先生となってくれた北郷に関しては指導者としての器は武道だけでは無く、学道も大いに兼ね備えていたので、学びの場として設けられたのが同室である事も相まって勉強はすごく捗った。

 

頭脳明晰な戦技研究武官としての指導力。

 

νガンダムのように伊達じゃない。

 

 

 

「あれが扶桑か!」

 

「はっはっは!その通りだ」

 

 

 

まあ、そんなこんなで20日が経過。

 

とうとう扶桑に到着したのだ。

 

お世話になった赤城から降りて寂しさを感じる。

 

仲良くしてくれた乗組員との別れも少し寂しかったが一生の別れでもない筈。

 

俺の帰還もまだまだ先になるだろうから、またどこで不意に会える筈だ。

 

さて、悲しみ耽る暇はない。

 

 

扶桑帰投後、なし崩しに北郷章香は動いた。

 

まず大役としての勤めを果たしたことで彼女は昇進することになり大尉から少佐になった。

 

エクバで例えるなら……銀色プレート。

 

マジで…???

まだ未成年の子供が…???

一個隊を率いれる少佐になるの???

 

相変わらずとんでもない世界だな…

 

それで欧州での戦技研究の成果を活かして彼女は皇国に提言を行い、舞鶴に舞鶴航空隊を設立する。この時に講道館剣道免許皆伝を受けた師範代として着任すると、舞鶴航空隊の飛行隊長に任じられて航空ウィッチの育成に着手することになった。

 

案外すんなりと話が進んでいたが、元々そうなる予定だったらしく、早め早めのウィッチの育成が望まれてたので既に配属準備が完了していた舞鶴航空隊に有力と認可された魔女候補生(育成ウィッチ)、もしくは舞鶴海軍付属小学校から軍加入を許された者達が数名送られてくると彼女の役割は一週間も掛からず早急に設けられた。

 

この手際の良さ。

皇国としての仕事の速さに脱帽した。

 

 

 

 

さて、そんな時俺はどうしていたのか?

 

忙しい北郷を他所に、俺はとある案内人に招かれて舞鶴にある講道館を案内された。

 

海から近く、少し出れば潮風が気持ちいい。

 

潮騒を感じるここは後に舞鶴航空隊の航空ウィッチを育てる大事な育成場。

 

北郷を始めとして、主にココで活動を始めることになるから、その確認として連れてこられたのだ。潮騒の音を聴きながら、次に道場の脇に作られた蔵まで案内された。

 

この蔵は元々は管理室として使われていたが生活用品を取っ払うとしばらくは倉庫として使われていたらしい。しかし蔵の中身は管理者達が既に取っ払ったらしく、しかも中を軽く改修して綺麗にされていた。それから簡単な生活用品を並べたと話を聴きながら、鍵を渡された。

 

講道館から数メートル離れた蔵。

 

そう、これから俺が利用する拠点だ。

 

 

 

お、お荷物ってことかな??

蔵だから…??

 

 

 

「まあ、冗談はさて置きとして…」

 

 

 

横須賀まで遠すぎるぞ、宮藤さん!?

 

京都の路線長すぎんだろ!!

教えはどうなってんだ教えは!?

 

 

 

 

 

手紙を一枚捲る。

 

 

 

 

 

『長旅になるけど、よろしくね⭐︎』

 

 

 

 

 

「あんのぉ生活力皆無研究馬鹿眼鏡め!絶対に娘さんに日々の散らかし具合伝えてやるわ!ブリタニアで水揚げされた魚と一緒に恐れてやがれぇ!!」

 

 

 

 

古き良き、そんな蒸気列車に揺られながらあまり人の乗っていない空間で長旅の悲鳴をあげる。

 

今頃、眼鏡でも輝かせて『b』と指でも立てているんだろうな、そんな気がしてならない。

 

 

「でも()()に頼まれたことだ。ちゃんとこの手紙は宮藤家に届けよう」

 

 

 

大事に手紙を閉まう。

 

そしてお楽しみを開ける。

 

駅弁だ。

 

 

 

「思わず奮発してしまったが… このくらいはいいだろう!金はある!京都の駅弁めちゃくちゃうまそうだな!」

 

 

実はブリタニアにあった魔法陣、俺はこれの第一発見者として国から報酬金を与えられた。

 

最初は何のことかわからなかった。しかし魔法陣と言うのは国が求めている秘宝であり、発見者には報酬が与えられるとか、なんとか。

 

それを俺が…

 

いや、北郷章香が「見つけた者がいます」と報告して、俺を第一発見者として軍を通して国に紹介した。

 

それで彼女は「報告に時間が掛かる」と言っていた。もちろん彼女の有情が働いて、俺のために時間を設けたのもあるが、魔法陣の発見者は北郷ではなくそのまま俺に委ねるつもりだったらしい。

 

もう、神様、仏様、北郷様だな。

 

これは彼女に足向けて寝れねえや。

同じ部屋で眠れなかったのもあるがな。

 

ちなみ寝相で北郷に足向けたことがある。

つまりもう既に足向けてた寝てたわ、すまねぇ。

 

 

罰当たりな英雄もいたもんだ。

 

レジェンド(英雄)だけに前格()らしい。

 

 

 

 

「しかしすごい報酬額だったな。持ちきれなくて半分は宮藤さんに渡したけど」

 

 

 

俺が使用したことで文字が消えてしまった魔法陣だったが、人類の叡智たちが扱っていた過去の遺産が手元にあるだけでも万々歳らしく、それが少しでも魔法陣の研究材料になるなら大金は大したことないらしい。

 

そうなるとその魔法陣から現れた俺はとんでもない価値になるな。

 

俺の骨とか血液だけで国買えるのでは?

 

恐ろしい。

 

 

まあ、それよりも恐ろしいことはある。

 

これは、おそらくだが…

一番恐ろしいのは…

 

 

 

__種馬として使われるだろうな、黒数。

 

 

 

 

全く笑えない表情で告げる北郷は印象的で、その言葉の通り俺の扱いはこの世でまともではなくなる。そうなると高潔な血筋を引いたウィッチに子を孕ませて強い戦士を作り上げる。それは人類と世界の平和ためだと正当化を行いながら、ヒトを生み出すためのマシーンとして扱われる当事者は望まない結果になりそうだ。

 

そこに愛も何も無い。

 

 

 

「これならまだ北郷の方が___」

 

 

 

 

 

 

 

北郷がなんだって??

 

 

 

 

 

 

 

「ゲッホっ!ゲッホっ!おえっ!喉に詰まったぁ!!ゲッホっ!!」

 

 

 

待て待て待て!

そうじゃない!!

 

違う違う違う!

そうではない!!

 

そんなつもりじゃない!!

げっほ!げっぼ!!

 

 

思考をかき消すように慌てて水を飲む。

 

喉の器官に引っかかった食べ物に苦しみながら胸を叩いて落ち着かせる。

 

 

「ふ、ふー、けっほ…」

 

 

やめやめ。

 

こんなの駅弁食べながら考えることじゃない。

 

味がわからなくなる。

 

難しいことも、変なことも考えるな。

 

今は純粋に長旅に苦楽を感じるんだ。

 

これから大事な手紙を渡しに行くんだ。

 

 

 

「一眠りするか…」

 

 

 

到着はまだまだ先。

 

俺は食べ終えた駅弁を置いて背もたれに寄りかかる。こちらに来る前に腰掛けたゲーミングチェアよりも座り心地が悪い。しかし疲れた体なら休まる場所を求めてあっさりと眠りつける筈だろう。そう考えて眠りつく。

 

まだまだ横須賀は遠いみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝早くから出発したとはいえ空はオレンジ色の綺麗な夕焼け。

 

あと1時間で横須賀の太陽は落ちそうになっている。どこか泊まれる場所を探すべきか?

 

いや、その前に駅からそう遠くない場所に配達先のご家庭がある。先に届けるべきだろう。

 

目指す先は『宮藤診療所』と言われる、名の通り患者の治療を行うところだ。

 

この辺りではそこそこ有名みたいで『宮藤』の名前は親和性が高く感じられる。やはりあの宮藤博士のことも関係してるからだろうか?名前を出せば教えてくれる。

 

あとは純粋に町のお医者さんってポジションだからこそ親しまれているのかな。この時代で治療できるところが身近にあるとそれはすごく頼もしいからだろう。

 

 

 

「もしやあれか?すこし急ぐか」

 

 

落ちる日に負けない駆け足。

 

赤城で北郷にみっちり鍛えられた体力が足取りを進めてくれる。

 

そして、その家の前までやって来た。

 

看板を見る。

 

書いてあるのは宮藤診療所の五文字。

 

間違いない、この場所だ。

 

 

 

「あの…おにいさん?」

 

「うおっ!?」

 

 

声をかけられるまで気づかなかった。

 

横に女の子がいた。

 

それよりも……アレ?

 

たしか、この子って…

 

 

 

「あー、君はここの子かな?」

 

「う、うん、そうだよ。ええと、お、お母さん呼んだ方が良いのかな?」

 

「そうだね。もしご両親がいらっしゃったら少しお話があるんだ。と言っても、この手紙を渡すだけなんだけどね」

 

「お手紙…?どこか遠いところ?」

 

「その通りだよ。ブリタニアにいる()()()()博士から__」

 

お父さんから!!?」

 

「ふぁ!?くぅーん…」

 

 

 

急な大声に少し意識が飛びそうになる。疲れが後押ししてるらしい。すると小さな女の子の声を聞いて家から大人が一人やってきた。

 

 

 

()()、どうしたの?」

 

「あ、お母さんっ!あのね!あのね!!」

 

 

 

芳佳……ん?

 

んん??

 

よしか……芳佳…??

 

いや、待てよ、まさか…

 

まさかだけど、もしかして…?

 

この女の子って…

 

 

 

宮藤芳佳…??」

 

 

 

 

まだ幼いだけの女の子。

 

しかし後の英雄が___そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかすいません、ご馳走になってしまった上に泊めて貰う形になりまして。でも本当に良いんですか?ご無理なさった上でお招きの方を致してましたら…」

 

「いいえ、構いませんよ。私の夫がお世話になったみたいでとても感謝しています」

 

「なぁに、構いやせんよ。この診療所には一人か二人程度患者を見るための部屋もあるからねぇ。しかしまさか彼が()()()()使()()()()()()()()()とは全く知らんかったねぇ…」

 

「いやぁ、今日は唐突にすみませんでした。宮藤博士に関しては扶桑の重要人として渡英される方なので、あまり近辺の詳細を語るのは些か危険だった故に、今日まで隠していました」

 

「なるほど、そう言うことだったのですね…」

 

 

宮藤一郎の妻である宮藤清佳さんと、宮藤芳佳ちゃんの祖母である秋元芳子さんはそれぞれ宮藤一郎に対して反応を示す。

 

渡された手紙を読んで色々と現状を知ったみたいで、その時に俺の話も載っていた。

 

秋元芳子さんの言った通り、俺のことは短期間だけ雇われた使用人として認知された。

 

もちろん俺からも、宮藤博士の生活環境を整えるため共に渡英して、扶桑から次の船がブリタニアまで来るまでが使用人としての仕事期間である、そう伝えた。

 

まあ、もちろんこれは作り話。

それは嘘だと言われる可能性もある。

 

しかし宮藤一郎が書いた手紙はすぐに本人の文字だと宮藤清佳さんは理解したので俺の話も信じてくれた。少しだけ心痛むな。でも実際に生活環境を整えたのは本当だから全面的に嘘かと言うとそれはやや違う。

 

俺は、それらしい、ことをしたまでだ。

 

 

「ねぇねぇ!強夏お兄ちゃん!またお父さんのお話聞かせてよ!」

 

 

すると大人同士の会話に割り込んできた元気いっぱいの女の子。

 

またの名は宮藤芳佳。

 

お目目をキラキラとして訪ねてくる。

 

 

「またかい?もうほとんど話したぞ」

 

「えー、まだ色々あるよね…!?」

 

「どうかな。君のお父さんはいつも研究詰めで家にはあまり居ないんだよ。自分も宮藤博士とあまり関わりが無いからそこまで話せることはないぞ?」

 

「…ほんとうに?」

「こら!芳佳、あまり困らせないの」

「でもー!だってー!」

「ごめんなさい黒数さん。この子ったらお父さんのこと大好きでね…」

 

「いえいえ構いませんよ。それに父想いの良い娘さんじゃないですか。そのことを宮藤博士が聞いたら大泣きしてくれますよ」

 

「強夏お兄ちゃん!強夏お兄ちゃん!もっともっと色々聞かせてよ!なんならお兄ちゃんのことでも良いです!」

 

「わわわ、っと、危ないっ!?わかった!わかった!とりあえず湯呑み持ってるから揺らさないで!危ないぞ!」

 

「こら芳佳!」

 

 

ユサユサと肩を揺らす宮藤芳佳。

 

俺は湯呑みを溢れないように格闘しながら、同じように聞かせてあげた話をしてあげる。

 

その度に父宮藤一郎のブリタニア生活と毎日ストライカーユニットの研究に勤しんでは、いまもウィッチのために空飛ぶ箒を完成させようと活躍している。話してあげた内容は変わらない。

 

それでも話してあげれば喜んでくれた。

 

 

「じゃあお父さん元気なんだね!」

 

「ああ。とても元気だよ。相変わらずお片付けに手が伸びなくて家の中は良く散らかっていたけどね」

 

「むむ、じゃあ帰ってきたらお母さんとお説教しないと!」

 

「それが良い。泣いて喜ぶぞ」

 

「むー、泣いても許さないもん」

 

 

どうやら散らかし癖は渡英する前から娘にも知られているらしい。

 

何というか、良くある印象だが、博士って感じがするな。

 

 

「黒数さん。お湯の方入れましたのでお入りください」

 

「お、お風呂まで!?い、良いんですか??」

 

「はい。ぜひ湯船でお疲れを癒してください」

 

「っ〜!! た、助かります!!」

 

 

 

それから湯船もお借りした。

 

ヤベェ…日本の風呂だぁ。

あ、ここでは扶桑か。

 

でも赤城ではシャワーのみだったから湯船は大変嬉しい。湯に浸かるのも大凡一ヶ月ぶりだな。

 

感動すらしてしまう。

 

そして風呂上がりに宮藤芳佳から冷たい飲み物を受け取って一気飲みしたら、もう一杯持ってきて「もう一回!」と頼まれたので、また一気飲みしてみせたら拍手された。

 

なんか微笑ましいな。

 

それと可愛らしい娘だな、宮藤一郎。

 

さっさと完成させて扶桑に戻ってこいよ。

娘のために。

 

それから部屋に招かれて新しい布団が一枚敷いてあった。お礼を言って寝転ぶ。

 

あー、和の国ぃぃぃ、これぞ日本(扶桑)

 

 

「ソロモンよ、私は帰ってきたぁぁ…」

 

 

布団の上でだらしなく横たわる。

 

これだよ、コレ。

和国って感じだ。

英国には無い安心感。

 

扶桑の敷布団気持ち良すぎんだろ。

 

 

 

「黒数お兄ちゃん?」

 

「ふぁ!?くぅーん…」

 

 

 

だらしないところ見られて思わずそのまま現実逃避のために気絶するところだったが、そんなことしても仕方ないので耐える事にした。

 

急なエンカウントはやめようね。

 

 

 

「どうしたんだ?遅くまで起きて、怒られないかい?」

 

「うん、大丈夫だよ。それよりも…あのね」

 

 

少しだけモジモジとしながら言葉を探す。

 

そして…

 

 

 

「お父さんのお手紙ありがとう」

 

 

少しだけ恥ずかしそうに。

 

それからぎこちなく頭を下げる少女。

 

俺は少しだけ目を見開いた。

 

しかしその姿に笑みで応える。

 

 

 

「君のお父さんも寂しがってたよ。娘にも会えないってな」

 

「!……ほんとう?」

 

「ああ、もちろん。少しお話するかい?」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、そうだな…」

 

 

 

俺は敷布団の上に彼女が座れるスペースを空けると、その隣にちょこんと座る宮藤芳佳。

 

まだ小学生で低学年だろうか?

俺よりも二回以上も小さい。

 

 

「…」

 

 

孤児院にいた頃を思い出す。

 

こんな感じに自分よりも小さな子供が何人かいたんだっけか。

 

あの環境では自分が一番年上だったから、似たような現状下に巻き込まれた年下の子供たちから俺は兄と慕われていた。

 

ちょこんと座ってこちらを見ながら「どうしたの?」と首を傾げる芳佳を見て思い出す。

 

もうあの場所から卒業した記憶。

 

今は無事に大人となった。

 

 

 

「って、風呂上がりかい?しっかり乾かさないとダメだよ?」

 

「えへへっ、お兄ちゃんからもっとお父さんのお話聞きたくて」

 

「やれやれ。散々話しただろうに。それに芳佳ちゃんは知らない男の人と話すのは怖く無いのか?今日会ったばかりの人だよ?」

 

「??強夏お兄ちゃんはお父さんのお手伝いさんでしょ?なら大丈夫じゃないの?」

 

「こりゃ肝が強い。まるで物語の主人公だな」

 

「しゅじんこう?ここの主人は、今はお母さんだよ?」

 

「あっははは。そうじゃ無いがまあ良いか。とりあえず後ろ向いて。髪が乾くまではお話してあげるよ、芳佳ちゃん」

 

「うん!ゆっくりで良いからね!」

 

 

 

念のため、宮藤清佳さんが用意してくれた小さなタオルと、何故か北郷から渡された携帯用の櫛を荷物から取り出して、後ろを向いて湿っている髪を見せる芳佳の後ろに俺は座るとタオルを髪の毛に当てる。

 

髪を引っ張らないように、水滴を丁寧に布で拭い取りながら、空気に透かして乾かし、櫛で適度に髪の毛を整える。しかしこの世界に来て女性の髪をペタペタ触るようになるとは、まあこの子はまだ子供だからノーカンで良いかな。しかしそうなると北郷も未成年だからノーカンになるのか?雰囲気からしてもう大人って感じはするけどな。

 

 

 

「君のお父さんはとても聡明な方で色んな人に期待されている人だね」

 

「うん!お父さんは凄く頭が良いんだよ!私が知らないことは何でも教えてくれるんだ!」

 

「そうだな。そして知らない人だろう助けてくれる優しい人だ。それはつまり芳佳ちゃんみたいな人って事だ」

 

「えへへへ」

 

 

ああ、本当にな。

 

全く素性の知らない怪しさ満点な俺をどこまでも助けてくれた。

 

こうして扶桑に来れたことも、そして宮藤家に泊まれたのも宮藤一郎さんのお陰だ。あの優しさに俺は永遠と頭が上がらないんだろう。

 

だから俺は代わりに誰かを助けようと思う。

 

 

少し、彼女にこんな質問をしよう。

 

 

 

「芳佳ちゃんは、お父さんの作ったストライカーユニットを履いて、空を飛ぶのかい?」

 

「ネウロイを倒すための道具?」

 

「ああ。ネウロイは空を飛ぶ。地球の引力に縛られた人間は空を飛べない。でもウィッチは魔法の力で飛ぶ。君のお父さんはそれを助けるために空飛ぶ箒を遠い場所で作っている。芳佳ちゃんは魔法が使えるんでしょ?」

 

「わたしは… まだ分からないの。でもお父さんにはね、人を助けれる立派な人になりなさいって言われたの。ネウロイのいる空に飛ぶことがわたしの立派なのかな…」

 

「立派ねぇ…」

 

 

 

戦うウィッチになりたい…とは、言わない。

 

でもこの世界では、魔法力が備わっているウィッチは戦うため軍に入ろうとするケースが多い。

 

しかし彼女はまだ小さな女の子だ。

 

去年、小学校に入学したばかりの子供。

 

未来はまだわからなくて当然。

 

 

 

「芳佳。立派かどうかってのは周りの人が決めることだ」

 

「周り…?」

 

「俺はやっと二十歳になった。大人の仲間入りになった。でもこれが立派な人間なのかはわからない。大人になっても台無しにしてしまうのは自分自身だ。その時に周りの人たちが立派かどうか決めるんだよ」

 

「じゃあ、空を飛ぶと、立派なのかな…?」

 

「それは芳佳ちゃんの力次第だよ。自分の考えを示すんだ。その時に周りが決めてくれる。もちろんそれが空を飛ばないことでも、それ以外の事でお父さんとの約束を果たせる筈だよ。君は君のやり方で、その時が来たら決めて良い」

 

「決める……んん、ふわぁぁ…むにゃ…」

 

 

湿った髪をタオルで優しく包んで、ポンポンと挟むように叩いて布に水分を吸い付かせる。

 

仕上げに椿の素材で作られた彩り豊かな櫛を月に反射させながら、サラサラになり始めた髪に癖を付けさせないため、櫛で整えて女性の魅力を仕立てる。

 

会話はもう少しだけ続く。

 

 

 

「……これはとある物語さ」

 

「んん……? もの、がたり……?」

 

「とある子供は親に親をしてもらえず、その子供は大人を知らず、でも強制されたような戦いの先で役割を背負い、子供でありながらも大人としての立派を尽くそうと足掻き、あらゆるモノを無くしながら、時には腕の中でも尊敬していた誰かを亡くしながら、戦いの根源を全身全霊で貫いて、それで…」

 

「ん、んん……むにゃ…それ…でぇ…?」

 

「いや、どうだったかな。これは二通りの未来が用意された物語だ。だからどちらが結末として自然で正しいのかもわからない。でもその子供は立派を果たそうと最後まで戦った。死んだ者の魂も背負いながら最後まで……芳佳?」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

うとうと、と、ゆらゆら、と、背もたれなく座ってる姿勢を倒さないように頑張りながらもその瞼は閉じていた。

 

俺は少しだけ前に移動して彼女の背もたれになり、前髪の辺りを最後の仕上げとしてタオルで拭き取って、指先で湿り具合を確認する。

 

 

 

「芳佳、報われない物語は沢山ある。もちろん可能性の獣を乗りこなして父上の願いを乗せて果たした青年だっている。データの世界だろうと自分の好きを突き通してひとりの少女を掴み取った子供だっている」

 

「すぅ…すぅ…」

 

 

タオルを置いて、櫛も安全なところに置く。

 

力なく夢の中に飛び込んだ少女の腰と足に手を回して両手で抱き上げて起こさないように俺は立ち上がる。

 

 

 

「この世界はわからない。俺と言うイレギュラーがあって、俺の知っている筈の出来事は変わるのかもしれない。まあ、そこまで覚えても無いから、覚えても無い事に対して心配しても仕方ないか」

 

 

 

廊下を歩き、彼女の寝室を探す。

 

寝る準備をしていた彼女の母、宮藤清佳を見つけたので、腕の中で眠る彼女の寝室まで案内してもらい、起こさないように運ぶ。

 

奥方に感謝されながら俺は部屋に戻り、髪を梳かした時に使用した櫛を荷物の中に仕舞った。

 

窓から見える満月を見る。

 

無数の星を描く広い世界だ。

 

 

 

「宮藤芳佳、君の宇宙(そら)を観てた」

 

 

 

画面越しにだけど、空を駆け巡るヒーローの物語を学生時代に見ていた。

 

一度見ただけだから、そこまで詳しく覚えてはいないが、この世界の事と、ウィッチって存在と、物語のタイトルは覚えている。

 

正しくは、思い出した、って事になるが。

 

 

 

「ぶっちゃけ無いようなモノだな、この原作知識も」

 

 

 

敷布団に残っている二人分の温もり。

 

俺はそれを背中に感じながら布団の中に。

 

目を閉じて、呼吸は浅く。

 

眠りつく前に、俺は呟くように…

 

 

 

 

「ストライクウィッチーズ、か…」

 

 

 

 

寝息と共に、その言葉は消えた。

 

 

 

つづく






そういや日刊ランキングに載りましたね。
この作品。

やったぜ(UC)


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9話

誤字脱字報告ありがとうございます。
めっちゃ温ったけぇ…

あと今回一人だけオリキャラ出します。
まあ整備士に名前を付けだけだが。


ではどうぞ


 

 

_はいコレ!色んなお話してくれたお礼です!

 

_これは…?もしや犬の折り紙か?

 

_うん!扶桑犬の折り紙だよ!真っ白な折り紙で作ったの!でもちょっと指切っちゃって、少しだけ尖ってるところが赤いんだ、えへへ…

 

_君の頑張りの証だな。大切にする。では宮藤さん、秋本さん、お世話になりました。芳佳も元気でな?

 

_うん!またね!黒数お兄ちゃん!

 

 

 

 

 

そんな別れから三日が経過した。

 

舞鶴近郊まで戻り、北郷が師範代として管理する講堂館道場まで顔を出せば北郷が「お、戻って来たか」と雑巾片手に出迎えてくれた。

 

どうやら雑巾で道場の床を綺麗にしてたので俺も荷物を置いて手伝おうとすると「休んでいても構わないぞ?」と言葉をもらったが、これから俺も世話になる道場なので綺麗にさせてくれとお願いしたら「なら頼む」とポニーテールを揺らしながら微笑んでくれた。

 

それから1日を終えて夕食に適当な蕎麦屋でお腹を満たして情報交換。

 

すると早速俺は明日からとある場所に配属… と言うには少し違うが、鍛錬以外で時間を費やす場所を決められた。

 

それは…

 

 

 

「舞鶴の格納庫か、初めて見た」

 

「主に飛行ウィッチ専用の格納庫だな。故にそこまで大きく無いが腕の良い整備士が一人ついてくれたから人員的には問題ない」

 

 

 

鉄扉を潜り、鉄の香りが歓迎する。

 

薄暗い格納庫を見渡す。

 

そこには訓練用のストライカーユニットと魔道エンジンユニット、あと対ネウロイの機関銃が備え付けられた格納機が真横に10台ほどズラリと並んでいる。

 

 

「おお!」

 

 

赤城で北郷専用のユニット格納機は見たことあるがこの光景に少しだけ感動した。

 

何せアニメで見た光景そのままだから。

 

周りをキョロキョロとする俺に北郷が微笑ましく見守っていると、眼鏡を掛けた一人の整備士が話しかけて来た。

 

 

「北郷少佐、お疲れ様です。今日来られたと言うことは、つまり隣にいる彼が前に話された例の者ですか?」

 

「そうだ。彼が()()()()()だ」

 

「……へ?」

 

 

どうやら俺の知らない所でなにやら話が通っているらしい。変な声がでてしまったがとりあえず大人しく様子を見る。

 

 

「それと前に伝えた通りだが、まだ彼の存在は内密にしておくように」

 

「わかりました。オイ、君、名前は?」

 

「え?……あー、北郷少佐?」

 

「そのまま伝えて構わない。今は舞鶴航空隊だけの機密情報だが、どのみち遅かれ、早かれになるだろう。なら彼には先に伝えても構わない」

 

「わかった。ええと、俺は黒数強夏。少佐からは民兵としてスカウトされた者だ。故に階級は無い」

 

「そうか。オレはユニット整備士の八羽(はちわ)だ。階級はとりあえず中尉。あと周りからは『ハッパ』と呼ばれてる」

 

「八羽中尉ですね、よろしくお願いします」

 

「んああ、よろしく。とりあえず…… アレを履け、話はそれからだ」

 

「……履け?」

 

 

指を刺された方を見る。

 

それはストライカーユニット。

 

 

「どこから現れたのか知らんが北郷少佐の言う通り君はウィザードなんだろ?ならとっとと履いて戦えるか見極めてくれ」

 

「随分と話が早いですね…… あとウィザードを信じるんですね」

 

「半分はな。でも北郷少佐が嘘を言うとは思えん。今はそれで充分だ。とりあえず戦えるウィザードなのか試す。そのためにストライカーユニットを履いて確かめるんだ。戦える事が分かったらこれから貴様に守って貰うんだよ」

 

「わかりました」

 

 

話の展開が早い。

 

でもそれこそ遅かれ、早かれだろう。

 

試すなら早い方が良い。

 

俺はハッパさんに指さされた方まで歩き、訓練用のストライカーユニットを上から見下ろす。

 

 

「ストライカーユニット…」

 

 

とうとう、履くのか、コレを。

 

アニメで見ていた、空飛ぶ箒を。

 

今、俺がココで。

 

 

「…」

 

 

赤城でも北郷のストライカーユニットで試そうと思えば試せたが、まだ俺のことは軍に深く知られるわけにもいかなかった。

 

そのためバケツ野郎以上の本格的な悪目立ちは控えて、北郷が舞鶴航空隊の環境を作り上げるまでは大人しくしていた。

 

しかし今日はその時だ。

 

いずれこうなるとは思っていた。

……半分だけ自信がない。

 

魔法陣から与えられた魔法力とは言えウィッチ同様にストライカーユニットは反応するのか?

 

北郷を見る、少しだけ笑みんでいるがその眼は真剣そのもの。

 

格納機の隣にストライカーユニットの電源を入れるハッパさんは手慣れたように腕を動かすが俺に対して半信半疑な視線を送る。やはりウィザードは信じるに厳しいらしい。

 

そもそもウィザードは神話に出て来た程度の話であり、それが本当かどうかも分からない。だから聞こえの良い神話であろうと現代でウィザードは存在していない。当然のように怪しまれている。

 

 

あれ??

 

もしこれ起動しなかったら北郷の信頼を裏切ることになるのでは??

 

そう考えると、今すっごい怖いな。

 

 

 

「すぅぅ……」

 

 

 

しかし迷っていても仕方ない。

 

俺は呼吸する。

 

集中……まずは足から。

 

ビームシールドの練習が活きているのか滑らかに魔法力を操れる。

 

魔法圧も正常、いつも通り。

 

しかし足元に力場は発生しない。なぜなら俺はこの世界の生まれの人間じゃないから、それを証明する魔法陣は発生しない。もちろん使い魔なんて居ないから耳も尻尾も生えてはいない。

 

まあ男なんざのケモ耳や尻尾に需要あると思えないのでそこら辺はホッとしているが、使い魔による魔法コントロールの支援は何一つないので俺の腕だけが頼りになる。

 

だからそのためにビームシールドを始めとした魔法訓練を行なったのだ。

 

北郷との鍛錬を裏切れない。

 

 

 

「なっ、これは…」

 

 

ハッパさんは俺から異常を感じたのか格納機から三歩ほど離れる。

 

体から溢れる魔法力が風圧となって、北郷達の頬を撫でる。

 

 

「やはり、ブリタニアでの…」

 

 

北郷も思い出すように頬を撫でる。

 

俺が魔法陣で何かを発動した時に感じたモノと似ているらしい。

 

俺も同じそれを感じる。

 

やはりウィッチが持つ魔法力とは別物だ。

 

 

「!」

 

 

 

俺は格納機から飛び降りて訓練用のストライカーユニットに足を落とす。

 

ちなみに今は長ズボンだが心配ない。着用している服もまとめて全身に魔法力を浴びているため、ストライカーユニットの装着時に素肌じゃなくとも問題無いだろう。

 

しっかり伝わっている。

 

 

そして…

 

訓練用のストライカーユニットは…

 

 

 

 

 

 

__起動した。

 

 

 

「おいおい!?まさか本当に動いたのか!?」

 

「黒数!」

 

 

「こ、こいつ、動くぞ…」

 

 

 

それぞれの反応を示す。

 

ストライカーユニットは起動した。

 

足元には魔法陣の姿をした魔力フィールドは展開されてないが、ハッパさんの反応を見る限りだと正常に動いてるらしい。

 

しかし…

 

 

 

「あ、あれ? プロペラは?」

 

「む?確かに、出ていないな」

 

 

 

俺と北郷は戸惑う。

 

プロペラが出ていないのだ。

 

ガソリンのような役割を果たす魔法力がストライカーユニットの内部エンジンに注がれることで、飛行魔法に転換させるとユニットの先端にはエーテル化したプロペラを発生させるのだが、起動するだけでなにも出ない。

 

 

「もっと出力を上げてみろ。魔道エンジンを背負ってないとは言えエーテルは可視化させれるはずだ」

 

「あ、ああ!…すぅぅ……ぐぐッッ!!」

 

 

 

全身に力を入れる。

 

体の何処かにある湧水が一気に溢れ出る感覚。

 

それが全身に伝わる。

 

 

 

「黒数!訓練通りだ!」

 

 

 

北郷の声を受け止めながら余計に溢れ出る魔法力を抑え込んで、全身に浸透させる。

 

呼吸を止めず、集中力を上げて、感覚的に伝わるエネルギーを体内で処理する。

 

魔法力を体から溢れでないよう内側に押さえた上で、一気に燃やす。

 

すると先ほどよりも大きな風圧が解き放たれる。

 

 

 

ガタガタガタガタ

ガタガタガタガタ

 

 

 

少しやかましい。

 

何か『ガタガタ』と強く音を鳴らしている。

 

なんだ?

 

 

 

「く、黒数!」

 

「止めろ!止めろ!!ユニットが壊れる!!」

 

 

「ぇ?………なっ!!?」

 

 

ハッパさんの声を聞いて意識を戻す。

 

最大まで高めた魔法力に耐えられなくなって来たストライカーユニットがガタガタと音を鳴らしていた。

 

こ、これはまずい!!

 

何かに転換しないと全てストライカーユニットに魔法力が注がれてしまう!?

 

 

 

「ッ、ビームシールドォォ!!」

 

 

 

腕を前に突き出して、展開する。

 

すると全身を埋め尽くすように大きな分厚い光の盾が正面に放たれた。

 

展開されたその魔力衝撃でハッパさんの眼鏡は吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日が経過した。

 

試験起動は成功??に納めたが訓練用のストライカーユニットを一つダメにしてしまった。

 

内部エンジンが焼き焦げたらしい。

 

これには整備士のハッパさんが驚いていた。

 

ストライカーユニットの内部にはウィッチから注がれる魔法力を強引に抑えるはずの制御システムが搭載されている。

 

しかし俺の魔法力はその制御システムを強引にぶち抜いたようで、ユニットの内部エンジンを確認したら制御システムが魔法力で焼き切れていたようだ。

 

魔法力と制御システムは水と油みたいな関係なのでどんなに莫大な魔力を秘めていたとしてもまずこんな事はあり得ないらしく、ハッパさんも「こんなケースは初めてだ…」 と言葉に詰まっていた。

 

仮に壊れるとしたら外部からの攻撃、またはその他のパーツ不良による連鎖損傷、もしくは酷く運が悪いウィッチが自然に壊してしまうくらいのことが無ければダメらしい。

 

もし仮に、とんでもない量の魔法力が注がれた衝動でストライカーユニットが不具合を起こしたとしても、魔法力を増幅させる魔道エンジンを背負わずに一人の身でストライカーユニットを内側から壊してしまったのだから「とんでもない事をしてくれたな!」と興奮しながらも少しだけハッパさんから怒られた。

 

不可抗力なんですがそれは…

 

 

そんな訳で、前回の反省を活かして…

 

 

 

「よし、そのまま50%でキープだ」

 

「っ、こ、これはまた、辛い…!」

 

 

風圧に飛ばされないよう腰にワイヤー巻いているハッパさんの声が格納庫に響く。

 

俺はまたストライカーユニットを履いて魔法力を解き放っているところだ。

 

 

「最初は抑えるんだ。いきなりはダメだぞ?またお釈迦にされちゃたまったもんじゃねぇからな」

 

「りょ、了解っ!」

 

「よしよし、良いぞ!…おら!もう一声!」

 

「え?じゃあ……60??」

 

「もう一声だ!」

 

「な、70…!!?」

 

「まだまだ行けるだろ!」

 

「80…!!」

 

「いや、もう一声いけるか!」

 

「きゅ、90ッ!!」

 

「キリのいいところで!」

 

「ッッ、100ゥゥ!!」

 

「よし!お客さんで決まりや!!」

 

 

 

何処かで聞いた事あるオークションだなオイ。

 

しかも今日のハッパさん水色の長袖だから余計だわ。涼しい格好しやがって。

 

 

「よーしよーし、とりあえず一段階目は合格に到達だ。そのまま魔法力をゆっくり落とせ」

 

「ぜぇ…ぜぇ……」

 

「おいおい?ウィザードにしては体力無い奴だな」

 

「体力っつーか精神力…だよぉ…」

 

「まあいい。とりあえず一旦脱いで適当にお茶でも飲んで腰掛けてろ」

 

「は、はい、八羽、中尉、けっほ…」

 

 

言われた通りに訓練用ではない実験用のストライカーユニットを脱いで、フラフラと椅子に座る。

 

ぬるいお茶を飲んで呼吸を落ち着かせながらチラリとハッパさんを見る。

 

どこか少し興奮気味にペンを走らせる。

 

既視感あるな………あ、北郷か。

 

てか北郷曰く、ハッパさんはとは一時期、同じ技術開発でチーム組んだことあると言っていた。

 

現段階のストライカーユニットと空戦理論を照らし合わせるために必要だったらしい。

 

それでもっと戦技研究を深めるために北郷はブリタニアまで渡欧したようだ。

 

これが半年くらい前の話だとか。

 

それで北郷は扶桑帰投後、そのパイプを活かして舞鶴航空隊を結成するに当たって八羽中尉を引き抜いたらしい。

 

似た者同士が集まるんだな、この世界でも。

 

 

「お前さんはユニットに魔法力を流すと言うよりは、そのまま撃ち放ってしまう性質だ」

 

「…そのまま?」

 

「ああ。蛇口捻ってぐるぐるしてるホースから水をドバーと出してきた、感じだ」

 

「そうなると、ユニットと言うバケツに貯水されなかったと言う事ですか…?」

 

「理解が早いな。まあその通りだ。ユニットと言うバケツを無理やり貫通させたからその他に損傷を起こしてしまった。だからお前さんの場合はバケツに貯水するなんて面倒な手順を踏まずそのまま放射させた方が速い。まあそれでも魔法力は一律に正しく放出させないと飛ぶのが難しい。だからプロペラによる高速回転の飛行では無く、スラスターに切り替えた」

 

「それって、ジェット機って事ですか?」

 

「お前さん自身がな。しかもスラスターによる推進力で強引に飛んでしまう珍しいタイプだ。まあやってることは旧世代と変わらないがな」

 

「それって()()()の頃の話ですよね?」

 

「もう20年前の話だ。しかしそんなのは本当にバカでかい魔法力を持ったウィッチで無ければ不可能な所業だ。それをお前さんはストライカーユニットでやったんだよ。そりゃ内蔵されたシステム全てぶち抜いてしまう訳だ」

 

 

つまりそれって自分で飛んだと言う事??

 

それなんてドラゴンボール??

 

まさか銀河最強どっかんバトル始まちゃう?

 

だとしたらネウロイなんか敵じゃないな。

 

 

 

「ユニット一つお釈迦に出来た魔法力だが、アプローチさえ変えればなんてことないな。ようはお前さんの魔法力は自己完結型だ。だから飛ぶに当たって必要ないシステムをぶっこ抜いてスラスターの数を増やすだけで良い。そうすれば余計な損傷も無いだろう」

 

「システムってのはシールドを自動的に展開するシステムを無くすとかですか?」

 

「まあ、そうだな。あとは魔力フィールドとかだな。ウィッチが離陸時に展開する魔法陣あるだろ?お前さんには魔力フィールドが発生しないから不要だ。もちろん制御システムも不要だ。垂れ流しの魔法力を押さえてんじゃエンジンがたまったもんじゃない」

 

「そうなると魔道エンジンは…」

 

「お前自身が魔道エンジンだな。身軽で動きやすいんじゃ無いのか?」

 

「軽量化しすぎるのも良いところだな…」

 

「もちろんユニットも軽量化だ。搭載するモノが減るからな。仮に搭載してもウィザードの魔法力に影響してどんなイレギュラーが起きるかわかんないね。それとも余計なダイナマイトを足に抱えて飛びたいか?」

 

「ま、まだ梅雨前ですよ八羽中尉…… 夏祭り前に花火は早いって…」

 

「んあ、そうだな」

 

 

 

この人、本当に優秀。

 

てか、それより…

ハッパさんって名前はつまりそう言うこと??

 

レコンギスタのエンジニアのソレか??まあ似てると言っても眼鏡ってトレードマークと、ハッパのニックネームは同じなだけで、後は普通の扶桑男児だ。

 

あと口調が少し癖がある。

 

まあ天才だからこそこんな人が居るのだろう。

 

そう言うことだろう。

 

 

 

「よし、とりあえず最終チェックだ。もう一度履いて確かめるぞ」

 

「了解です」

 

「あと畏まりすぎるのは嫌いだ。北郷少佐とイチャついてる感じの普通にしろ」

 

「わ、わかった……って!?別にイチャついてないからな!?」

 

「ふはっ!!こりゃ傑作だな。たしかに少佐は元々穏やかな人格者だが。それ以上にあんな柔らかい笑み作らせて、何もしてない発言とはねぇ?あれは絶対お前さんの影響だ。それともウィザードは英雄気質の女たらしってか?扶桑撫子相手にやってくれるもんだ」

 

「いや、北郷は元々あんな感じだろ?」

 

「おおっと、これは微笑ましいくらいに手遅れだったか。夏が来てないのにお熱いこった。まあ惚気は程々にしてとりあえずこっちが問題だ。もう一度履け。最終チェックだ」

 

「ぐぬぬ…」

 

 

 

何か腑に落ちないが……まあ良い。

 

いまは気にするほどでも無いだろう。

 

それより重要なのはこっちだ。

 

再びストライカーユニットを履いて魔法力を全身に行き渡らせる。

 

すると浮いた。

 

 

 

「箒でも無いのに浮くとはねぇ?どうやら神話の通りウィザードは天才の集いらしいな。まあだからこそ淘汰されたが」

 

「……淘汰された?」

 

「んあ?知らないのか?ウィザードは基本的にウィッチ以上の天才と言われてる。まあだからなのか人類から恐怖の対象として恐れられてしまった。それでもウィザードは人類のためを考えていたから、恐怖の対象である自らをどうにかしようと考えた結果として、その魔法力を何処かに封印して姿を消したらしいな」

 

 

何処かに封印??

それって…

 

 

「それでウィザードはどうなったんだ?」

 

「ほとんど消えたらしい。まあ元々極小でかなり珍しい存在だったがな。もしくは最初から居なかったとも言われてるが。しかしこの話が本当なら扶桑にもウィザードはいたらしいな」

 

「え?そうなのか?」

 

「有名なのが対馬の侍どもだな。元々ウィザードは格闘戦を主軸とした魔法使いだ。何せ身体強化能力が主軸だから」

 

「魔法使いの割には随分と漢らしいな…」

 

「むしろ魔法がオマケかもな。しかもその中で扶桑のウィザードは別格だった。有名な逸話だと北から攻めてきた蛮族どもを全員皆殺しにして地に還したらしい。元から対馬にいた侍も相当だが、魔法を捨てて侍となったウィザードも引けを取らなかったらしい」

 

「対馬すげー」

 

「だがあくまで逸話だ。それは亡霊の仕業では無いかとも言われている。人類のためを思うウィザードがそこで朽ち果てた。しかし亡霊になっても人類のためにウィザードの魂は尽くしたんじゃないかとな」

 

「ゴースト・オブ・ツシマじゃねーか」

 

 

 

__ウィザードは対馬のww

__亡霊じゃないかってなww

 

って、ガウマンの煽りが聞こえた気がした。

とりあえず奴は机に叩いてやろう。

バン!!

 

あとゴースト・オブ・ツシマはプレイした。

 

ラストは殺せなかった。

 

 

 

「ハッパさん、随分と詳しいな」

 

「とある知人がな、開発者の癖にやたらと詳しいんだ。それでオレも自然と学んだ訳だ」

 

「そうですか」

 

「さあ!無駄話はここまでだ!始めるぞ!」

 

 

 

ハッパさんは測定器のスイッチを入れる。

 

そして実験用ストライカーユニットの受け入れ準備が完了したことを確認したので、最初は半分程度の魔法力を注ごうとしたが…

 

 

 

「黒数、今回は最初から全開で行け」

 

「!?」

 

「内部のシステムをほとんど落として最初からスラスターに魔法力が渡るようした。そうすれば魔法力はジェット噴射のように放たれるはずだ。そのかわり真上に飛べ。万が一のため天井は開けている。格納庫内で暴れられても困るからな」

 

「ユニット格納機のジョイントは?」

 

「んああ?そんなの挟んで押さえられるかわかんねぇよ。だいたいお前の魔法力はそこらのウィッチの数倍は兼ね備えてんだ。それを魔力フィールドも無しに一直線に放ってみな、()ぶぞ」

 

「まだホタテ食ってる方がマシだな…」

 

「手を抜くな、全力だ。さも無いと数字に嘘つくことになる。それに…」

 

「北郷にも…だろ?言われなくても俺はちゃんと約束を宇宙で果たしてみせるよ!」

 

「そうかよ」

 

 

 

ハッパさんは軽く笑った気がした。

 

そして言われたとおりに、有りったけを…

 

 

 

「うおおおお!!!」

 

 

 

もう既にストライカーユニットが揺れ始める。

 

いや、少しちがう。

 

ユニット格納庫ごと注がれる魔法力の衝撃によってガタガタと揺れている。

 

しかも全体が小刻みに動くものだから格納機毎少しずつズレ始めていた。

 

 

 

「っ…!」

 

 

 

俺はハッパさんを見る。

 

本当に良いのか…?と。

 

しかし…

 

 

 

「オレはな、これでもウィザードの逸話をある程度は信じてるんだ」

 

「!?」

 

「お前のことは正直まだまだだが、だがその力がウィザードのモノなら、それは人類のための力だ。オレはそれを信じてる。ならウィザードをする貴様がオレたち人類を守れ!」

 

「ッ!それが……それが、望みか!?」

 

「ああ!そうだ!」

 

「ウィザードに対する望みだな!?」

 

「そのとおりだ!!」

 

「ならッッ!!」

 

 

 

この世界の人類が言うんだ。

 

そう望んでいるんだ。

 

なら、ウィザードな俺は…!!

 

 

 

 

「ガンダム…ッッ!!!!」

 

 

 

 

俺の中にある願いに、願う。

 

そして…

 

 

 

 

 

視界は真っ白に光った。

 

その瞬間__俺は浮遊感を得る。

 

 

 

 

「ぇぁ?」

 

 

 

 

あれ??

 

俺??

 

もしかして飛んだ??

 

飛んだのか??

 

は、ははは…

 

なんだ、できるじゃん。

 

身構え過ぎて損した気分だ…

 

でも…

 

あれ…?

 

な、何故か足が焼けるように痛いな…?

 

どうしたんだろ?

 

でも体がフワリと軽い感じだ。

 

やはり飛べてるじゃないか、ウィザードは。

 

やっぱり…

 

俺って、不可能を可能に__

 

 

 

 

 

 

「黒数っ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

人類はどう足掻いても重力に縛られる生き物だ。

 

それはガンダムで幾度なく見てきた。

 

だから俺はそれに従ってしまう。

 

 

 

 

「あれ?なんで、空が…逆さまで__」

 

 

 

 

 

打ち付けられた衝撃と共に気を失った。

 

 

 

 

 

つづく






整備士の八羽中尉、またハッパさんはアニメ『Gのレコンギスタ』からまんまイメージして登場させてます。

扶桑クオリティなので変態(天才)です。


ではまた


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10話

実はやっと『ROAD to BERLIN』の視聴終了。
やはり宮藤は公式チートだな!!

現在『ルミナス』を視聴中(まだ3話)
比較して501部隊ののヤバさを実感してます。


ではどうぞ


 

 

 

報告を受けて、病室を走る一人の少女。

 

そこには布の上で横たわる青年が一人。

 

 

 

 

_北郷少佐、すみません…

_流石に煽り過ぎた結果だ…

 

 

 

整備士は悔やむ様に頭を下げる。

引き金となったから。

 

 

 

_く、黒数は?

_くろ、かず、は…大丈夫、なのか?

 

 

 

不安そうに、どこか縋る様に声が震える。

いまこんなにも、恐ろしいく感じるから。

 

 

 

_医者によると命に別状は無いみたいです。

_天井が緩衝材になったお陰で人体は何とか…

_だが、脚は…魔力に焼かれて、爛れて…

_あと、流石に彼の保有する魔力については…

 

 

 

整備士は起こった結末に頭を押さえる。

流石に彼の現状を説明する必要があったから。

 

 

 

_バレたのか……いや、それは仕方ない。

_彼もいずれこうなることを理解してた筈。

_だが、意識のない中でこんな…

 

 

_意識はいつ戻るかわかりません。

_浅い呼吸がいつ止まるかもわかりません。

_魔力も……脚も……いつ回復するか…

 

 

 

彼の存命を心配する。

もっと必要なタイミングで明かしたかったから、

 

 

 

_北郷少佐、教えてください。

_彼は一体何者なんです?

_いや、まさか、あの逸話の…??

 

 

 

その様子を見て、大体を理解した。

これ以上の黙認は厳しいと思い、彼を伝えた。

 

 

 

_いや、彼はウィザードでは無い。

_ウィザード紛いな体にされた…未来人だ。

 

 

_み、未来…!!?

_ど、どう言うことですか!?

 

 

 

突拍子もない話が病室に舞い込む。

最初は信じられなかった。

しかし整備士は実験の過程で嫌ほど知った。

彼が保有する力がどれほどなのか。

 

 

 

_彼はこの世界に無い時間を生きてきた。

_けど彼はネウロイを討って人を助けた。

_戦争を知らず、だがその力を貸してくれた。

 

 

_だからあまり何も知らないのか…

_故にウィザードの自覚も無かったのか。

_逸話も…何も……

 

 

目を覚さない青年は戦争を知ってるだけ。

だが「それでも」を意志に武器を握った。

この世界に望まれた事にして、奮おうとした。

 

だが、この結果だ。

 

理解の届かない力を前に青年は溺れた。

空と、宇宙の広さに誤って墜ちてしまった。

 

 

_私は…彼に縋り過ぎたんだ。

_残酷を…強いたのかもしれない。

_戦いの果てに彼を望んでしまったんだ…

 

 

_少佐、いや…

_それは…

_けど、彼は自ら……

 

 

_もう良いんだ中尉…もう、大丈夫だ。

_彼の空を隣にせずとも、私は飛べる。

_既にそれ以上を私に与えてくれたから…

 

 

 

青年は戦争を知らない。

 

青年は軍人を知らない。

 

青年は魔女を知らない。

 

けれど…

青年は、魔女の彼女に与えた。

 

この世界には無い、知識と視野を。

この時間には無い、理解と感性を。

 

それは、紛れもなく、勇気と希望だ。

 

この世に望まれたモノはあったから。

 

 

 

_黒数、ありがとう。

_でも本当の事を言えば…飛びたいよ。

_君を隣にして、飛びたかったさ。

 

 

 

ポニーテールを揺らしながら病室を後にする。

 

失った重さを受け止めながらも、与えてくれた重さを背負い、扶桑の魔女は舞鶴の空と海を眺める。いつも隣いた人間が一人いなくなるだけでこんなにも寂しく広々としていることを改めて理解しながら。

 

 

「ぁぁ…私が。この世界の私達が彼に望んだからなのか…?戦いの世界に彼を望んだからなのか??それがダメだったのか??教えてくれ……だれかおしえてよぉ…

 

 

 

ほんの一筋、温かな頬から滴を落とす。

 

海鳥の鳴き声が、彼女の嘆きをかき消した。

 

しばらくして、潮風と共にそれを軍服で拭う。

 

 

 

「明日から、舞鶴航空隊は本格的に揃う。だから育てないと。そうじゃないと嘘になる。彼の慰めも嘘になる。ここにいる魔女達で、扶桑を守らないと…」

 

 

 

ウィザードは逸話だ。

 

人々が夢を見たただの神話だ。

 

だから無かったんだ、そこに望まれしモノは。

 

その証拠に青年は目を覚さない。

 

 

だって___黒数強夏は『英雄』じゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1937年 7月7日

 

舞鶴に夏が舞い込む。

 

頬を伝った跡も忘れて、ウィッチがいた。

 

 

 

「やれやれ、もう動ける奴はいないのか?」

 

 

 

ここは舞鶴近郊にある講道館道場。

 

そこでは魔女候補生達に訓練を設ける一人のウィッチが顎に指を置き、まだ気力が残っているウィッチを見定める。

 

しかしほとんどの魔女候補生は魔力が尽きたのか竹刀を片手に道場の床で倒れていた。

 

 

 

「ここに坂本以外で気合いのある奴は居ないのか?」

 

 

 

首を傾げて発破をかけるが誰も反応しない。

 

このまま道場の中央に一人立っている魔女候補生の坂本美緒(さかもとみお)が今日もこの訓練で天下を取ると思われていたが…

 

 

 

「いや、ここにいるぜ!」

 

 

道場破りのように参入してきたのは走り込みを終えた若本徹子(わかもとてつこ)と言われる魔女候補生の中で1番の有望株。

 

坂本美緒に負けない実力の持ち主だ。

 

 

 

「いくぞ!坂本!」

 

「望むところだ!若本!」

 

 

両者竹刀を打ち合い、実力が拮抗する。

 

しかし坂本は連戦の疲れを得て隙を作ってしまい最後は若本の攻撃で有効打になり勝負が決まる。

 

 

 

「ふむ、若の勝ちかな?」

 

「へっ、流石に息があがってんな、坂本!」

 

 

連戦で疲労した相手に勝ち誇る結果か分からないが、とりあえず挑発するように得意げな声で煽る。坂本は何かしら言葉を返そうとしたその時に一人のウィッチが息を切らしてやって来た。

 

 

 

「す、すみません!遅れました!」

 

 

竹井醇子、彼女も魔女候補生。

 

しかしこの中で劣等生と言われるに値する。

 

彼女は戦いが得意では無いから。

 

さらに言えば今日は遅刻をした。

 

面白くなさそうに若本はソッポを向く。

 

 

 

「今日はやめだ。引き分けで良い。自分の魔眼すら制御できず、空も飛ばないウィッチなんかに勝った気にもならないからな…」

 

「っ…!!」

 

 

 

「やれやれ…頭が痛いことを…」

 

 

魔女候補生と言えども組織だ。

 

そこに意識の差はある。

 

若本は特に意識の高いウィッチであり、有望株として嘱望されて、誰よりも鍛錬を積んでおり、自分のこの強さはどんなネウロイ相手でも戦えると信じている。

 

だから強い奴を目の前にして、特に坂本美緒には負けたく無かった。

 

彼女が現れるまでは若本徹子がこの中で誰よりも強く、期待されてたから。

 

だからウィッチになりたがらない坂本美緒の存在に鬱陶しくも、しかし負けずに後ろを追ってきて欲しくとも感じて、彼女なりに抱えてるものがあった。

 

 

 

「とりあえず昼にしよう。午後は飛行訓練に入るから広々とした空路で休憩を取ろう」

 

 

 

魔女候補生は使った道場に雑巾掛けを行い、北郷章香はタイミングよく炊き上がった米をよそいながら道場備え付けの小さな厨房に立ち、思い浮かべる。

 

 

そういえば、赤城で良く()は__

 

 

 

「いや、やめよう。彼はもう空を飛ばない」

 

 

 

あの事故から既に一ヶ月以上が経つ。

 

未だ眠りつく青年を思いながらも今自分にできることを考える。

 

 

__積み重ねてきた自分を裏切らない。

 

 

その言葉があるから少佐になった今も自分にできる精一杯を考える。

 

歩を止めない。

 

これまでの軌跡を本物にするために。

 

彼から与えてくれたモノを無駄にしないために。

 

 

 

とりあえず……

まずは昼ごはんを作ってみよう。

 

おにぎりに蟹の爪をそのまま入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_あああ、あぁぁ…

 

_とう、さん…?

 

_かあ、さん…??

 

_なんで?

 

_なんで…?

 

_なんで……死んだの?

 

_すぐ買い物から戻ると言って、なんで??

 

_明日は、飛行機に、乗って。

 

_それで旅行するって、言って。

 

_飛行機で空を見せてくれると、約束して。

 

_楽しいフライトを用意したと、喜んで。

 

_それなのに、なんで空に行く前に…?

 

_なんで、ぼくを置いて死んだの?

 

_どうして、二人だけ先にお空に行ったの??

 

_お星様になったの??

 

_どうして…?

 

_どうして…??

 

_ねぇ、どうして……

 

_僕を置いて……宇宙(そら)の星になったの…??

 

 

 

 

 

 

ああ、嫌な記憶だ。

 

とても苦しい痛みだ。

 

両親が死んだ後、孤児院に行った。

 

そこで一人空を見る子供だ。

 

今の『俺』がまだ『僕』だった頃の後ろ姿。

 

信じられなくて、でも信じるしか無かった。

 

泣いて、泣いて、苦しんで、泣いた。

 

でも泣き疲れて、そしたら他にもいた。

 

僕と同じような小さな子供達が。

 

その子供達は親を知らない者もいた。

 

空に行ったのか、地に向かったのか。

 

僕よりも、知らない子が多かったから。

 

そして僕が一番年上になった。

 

だから、年上として、頑張った。

 

小学校に行きながら子供達の兄になった。

 

そして中学生になって、感情豊かになった。

 

そう成長して、よく考えた。

 

死んだ両親のことを。

 

死んだ魂は本当に星になるのか?

 

院長に聞いてみた。

 

答えはあった。

 

天から見守ってくれる。

 

人はそう思いたいから空を見る。

 

ココに残された人はそう望むらしい。

 

僕は、それが正しいかわからなかった。

 

そして…

ある日、物語に出会った。

 

 

「これは…」

 

 

物語があった。

 

そこにはまず、小さな子供。

 

子供は普通の家庭の子。

 

そこに一つのロボットを破壊する工作員。

 

工作員の青年は子供に出会う。

 

なんてことないポケットの中で笑い合う。

 

クリスマスと共に火薬が強くなる。

 

それは6話程度の短い物語。

 

そこは宇宙のどこか。

 

なんてことない小さな区域。

 

でも戦争をしていた。

 

一つを破壊するために、命を争う。

 

青年はビデオに残して、最後は散った。

 

少年は知った。

 

その先に人が亡くなることを。

 

でもその少年は戦争に生まれたから知ってた。

 

いずれ、兵士はそうなることを。

 

 

「コレが…」

 

 

僕は知らない。

戦争の子供なんて。

工作員の青年の葛藤なんて。

そんなの何も知らない。

 

 

 

 

__嘘が下手だな、バーニィ。

 

 

 

 

クリスマスの中で繰り広げられた物語。

 

それはポケットの中の戦争。

 

人の知らないどこかで失われた命。

 

僕の両親も、人の知らないどこかで失われた。

 

何度かニュースにはなった。

 

でもそこで亡くなった人の名は知らない。

 

土砂崩れに巻き込まれたその果てで亡くなった。

 

しかし記憶からも忘れ去られて、過去になる。

 

初めて見た戦争アニメと同じ。

 

ポケットの中のような出来事。

 

それは物語の中のビデオテープみたいだ。

 

それから、僕は、知りたくなった。

 

物語でもそこで始まる戦争物語。

 

だから院長にその名前を聞いた。

 

__なんて名前なの?

 

 

 

__GUNDAM(ガンダム)

 

 

 

 

いつしか『僕』から『俺』になった。

 

現実を受け止める様になった。

 

そして現実を知る様になった。

 

だから両親の死を乗り越えた。

 

中学を卒業した。

 

孤児院を出て一人暮らしをした。

 

周りの学生と足並みを揃えて生きた。

 

アルバイトもした。

 

学校を卒業した。

 

変わらずアニメ鑑賞もした。

 

たまに孤児院にも顔を出した。

 

子供たちと遊んであげたい。

 

生きてる自分を謳歌した。

 

ゲームも多く楽しんだ。

 

しばらくダラダラと今を過ごした。

 

それほどに余裕ができたから。

 

そして二十歳になった。

 

夢は特にないから適当にアルバイトを続ける。

 

でもひとつだけ考えていた。

 

お金を貯めて、いつかあの頃の続き。

 

空の旅でも楽しもうかと考えた。

 

そうすれば、少しは空に近いだろうか?

 

わからないな。

 

でも宇宙の星に願うくらいなら良いだろう。

 

どうか、見守ってほしい。

 

そう思い、試しにお酒に手を出した。

 

それから…

久しぶりにとあるゲームに手をつけた。

 

そのタイトルは、確か__

 

その、タイトルは…

 

確か、タイトルは…

 

 

 

 

『ッッ』

 

 

 

急に締め付けられるような感覚

 

随分と体が痛い。

 

後から襲ってきたような痛さ。

 

あれ…?

そういや、なぜ、痛いんだ?

 

俺は、どうしてたんだっけ?

 

確か、そう…確か。

 

 

 

 

『宇宙を見てた筈』

 

 

 

これが憧れなのか、使命感なのか、または約束なのか、あまり確かではないが、そこに目指そうとしていた。

 

 

俺は、ナニカ、で、飛ぼうとしていた。

 

一体何で飛ぼうとしてたんだっけ?

 

 

いや、そうだ。

 

ストライカーユニットだ。

 

この世界の箒で…

 

 

違う、違う、そうじゃない。

 

俺は、ナニカを、掲げて、飛ぼうとした。

 

それは、たしか……なんだっけ?

 

 

 

 

 

__だから、人類に!

__希望の光を見せなければならないんだろ!

 

 

 

 

 

また、声だ。

 

 

 

 

 

__それでも!

__仲間のためなら戦える!

 

 

 

 

 

 

また、また、声だ。

 

 

 

 

 

 

__俺の体!!

__みんなに貸すぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

また、また、また、声だ。

 

 

 

 

 

 

 

__ボクが皆んなを守る!!

__V2で皆んなを守りたいんです!!

 

 

 

 

 

 

 

また、また、また、また、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は子供達を死なせやしない!!

 

過ちはマフティーが粛清する!!

 

応えろよ!ユニコォォーーン!!

 

頼む!ガンダム!天まで昇れ!!

 

勝利を掴めとォォ!轟叫ぶッ!!

 

見えた!?月は出ているか!!?

 

行け!行け!ホワイトドール!!

 

俺が!俺たちが!ガンダムだ!!

 

弱かった自分とお別れをした!!

 

轟けぇ!!アトラスガンダム!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの声、それは画面越しに見てきた英雄。

 

戦争の中で繰り広げられた物語。

 

それを誰もが触れるゲームに変えてガンダムファンに与えてくれた。

 

俺もその一人だ。

 

今はその枠に収まらないほどに巻き込まれている。巻き込まれている?

 

ああ、そうだ。

 

ここはストライクウィッチーズの世界だ。

 

思い出した。

 

なら、今の俺は……ここで何をして。

 

 

 

 

『ワン、ワン!』

 

 

ぇ?

なに…?

なんだ??

いまのは。誰だ?

 

 

『くぅーん、くぅーん』

 

 

い、ぬ?

これは日本…犬?

いや、扶桑犬か…?

あとなんか鼻先が赤いな…

どうしたんだろう?

 

『ペロ、ペロ』

 

 

ははは…何やってんだよ。

そんな焼け爛れてしまった脚。

舐めたって、汚いぞ…

 

 

『わん!わん!』

 

 

なんだい?

もしかして…

慰めてくれるのか?

ありがとう…やさしいな…

まるで『あの子』の様だ。

 

 

『わふっ!わふっ!』

 

 

脚の痛み…が?

無くなってるのか?

魔法みたいだな…

 

 

『わん!わん!わおん!』

 

 

はは、ちょっとやんちゃだ。

優しいけど、逞しい足取り。

やはり君はあの子に似ているな。

軍機違反ばかりしそうな、彼女に。

 

 

『くーん、くぅーん』

 

 

え?ああ…

そうだな……

脚、治ったもんな…

なら立たないと、だよな…

 

そしたら…

そしたら……

 

俺は宇宙の…

 

空の…

 

 

 

 

___つづき、を。

 

 

 

 

 

 

 

ウウウーー!!

ウウウーー!!!

 

 

 

 

 

 

「っ……!!」

 

 

 

耳をつんざくような音。

 

そして不安に駆けられる音。

 

それからヒラリと舞落ちる音も添えて。

 

それが目覚めになる。

 

 

 

「ぅぁ?ぁぁ、ぁぁ、ここ、は??」

 

 

 

警報の音が聞こえる。

 

その音に意識が少しずつ覚醒する。

 

目が開かれて、見えるのは知らない天井。

 

横を見る、花瓶が一つ。

 

あと、焼けた……紙??

 

これは、折り紙か…??

 

いや、それよりも騒がし過ぎる。

 

耳を傾ければ急いで廊下を駆ける従業員達。

 

これはなんの、サイレンだ??

 

声が聞こえる。

 

 

_来た!

_襲ってきた!

_避難路を確保しろ!

 

 

え?

なに?

来た?

なにが…?

 

 

__()()()()が来たぞォォォー!

 

 

 

 

「ネウ、ロイ…??」

 

 

 

 

ネウロイ……

 

厄災…

 

ネウロイ……

 

敵…

 

ストライク…

 

ウィッチーズ…

 

それと…

 

ガンダム…

 

バーサス…

 

 

 

 

「おれ、は、おれは…たし…か」

 

 

 

 

混雑する記憶。

 

はじき出される痛みと軌跡。

 

英雄。

 

宇宙。

 

約束。

 

扶桑犬。

 

ああ、ちくしょう…

 

眠ってる間に色んなものを見過ぎだ。

 

でも、落ち着け。

 

こういう時くらい、落ち着け。

 

ゆっくりと思い出す。

 

 

 

「はぁ、はぁ…すぅぅぅぅ…」

 

 

 

そう、おれは…

 

たしか…

 

そう、たしか…

 

あの日に見た…

 

画面越しに、見えた…

 

右枠から染まる…

 

黒い、無数の…

 

敵の…

 

 

 

 

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

<<< Νέυροι

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネ ウ ロ イ(Ν έ υ ρ ο ι)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッッ!!!???

 

 

 

 

 

意識が完全に覚醒した。

 

 

 

 

「そうだぁ…!そうだった…!!おれは…!俺はストライカーユニットであの空を目指して!それで、それで…!」

 

 

現状を把握する。

 

意識もハッキリした。

 

あと病人服の格好だ。

 

それよりまだ少し体が痛む。

 

 

 

「あ、脚は!?」

 

 

 

掛け布団を払い、包帯を外す。

 

記憶と共に思い出す。

 

たしかストライカーユニットに魔法力を込め過ぎて、それで拒否反応のように魔力に押し戻されて、その衝撃で異空間から焼けたんだ。

 

千切れたり、折れたりはしてない筈。

 

でも、ひどく焼け爛れて……

 

 

 

「ぇ、治って…る??」

 

 

 

何故だ?

 

何故治ってる?

 

俺の、魔法力か??

 

そんな、自己回復能力なんてあったか?

 

俺にあるのは純粋な身体強化。

 

まだそのくらいしかわからない。

 

でも体はまだ何処か痛い。

 

だから自己回復したとは思えない。

 

それなら医療のお陰か?

 

でも、こんなに綺麗に治ってるなんて…

 

 

 

「いや、それよりも…!!」

 

 

 

周りを見渡す。

 

間違いない。

 

ここは病院だが、舞鶴の海と空が窓から見える。

 

そしてこの警報は聞いたことある。

 

ブリタニアの時と同じ。

 

それはつまり…!

 

 

 

「ぐ…まだ何処か、イテェ…」

 

 

 

脚を除いて痛む体。

 

それから、やや衰えた筋肉。

 

動くのに苦労する。

 

しかし無理やり魔法力で身体強化を行なって筋肉を一時的に取り戻させると窓から這い出る。

 

草木を分けて、ベンチを手すり代わりに立ち上がり、一度呼吸して再び魔法力を体に回して身体強化を行う。

 

騒ぎがする方__海だ。

 

俺は病人服にも関わらず舞鶴の警報に混乱する人々を掻き分けて走る。

 

 

 

「格納庫!アレが!そこにッッ!」

 

 

 

俺は走る。

 

走って、走った。

 

すると飛行場にある格納庫から何かが放たれた。

 

それはすぐにわかった。

 

扶桑のウィッチだ。

 

しかし…

 

 

 

「まだ小さいではないか!ま、まさかアレで戦うと言うのかよ!?」

 

 

 

現世の感覚が蘇り、めまいがしそうだ。

 

あんな子供が今から空で戦うだと??

 

すると少し遅れて飛び出したウィッチが一人。

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

背中に二刀流の扶桑刀。

 

ポニーテールが靡く。

 

 

 

「なっ…」

 

 

 

それだけで『彼女』だと理解した。

 

ここからは表情は見えない。

 

周りを飛んでるウィッチもその横顔はおそらく分からないだろう。

 

なのに…

なのに…

 

俺はわかってしまう。

 

なんで…

 

なんだあんな不安そうにしているんだ…!

 

 

 

「っ、そうだ!彼女はこれが初陣か!」

 

 

 

だとしても彼女は強い。

 

弱くなんかない筈だ。

 

俺は彼女を知っているんだぞ。

 

止めていた足をまた進める。

 

久しぶりに使う魔法力に少し意識が取られそうになるが、それを根性で抑えて走る。

 

走って、走る。

 

そして、たどり着いた。

 

舞鶴のウィッチ達が離陸したところとはまた別の小さな格納庫である。

 

魔女でもない俺が空を飛ぶために試行錯誤するために設けられた小さな実験庫。

 

そこには…

 

 

 

「ハッパさん!」

 

「!!?」

 

 

 

そこには八羽中尉がいた。

 

ネウロイから与えられる被害を少しでも抑えるため格納庫の扉を閉めようとしていたらしい。

 

 

 

「なっ、黒数!目を覚ましてたのか!?それより脚はどうした!?魔力でひどい火傷を負って包帯塗れだったろう!?」

 

「それよりユニット!ユニットを!!」

 

「なんだと!?まさか飛ぶつもりか!?」

 

「飛びます!!てか、ソレは飛べますか!?」

 

「い、一応整備はした…が、いや、でも…」

 

「なら俺がそれで空を飛ぶ!!動かないならプロペラ機でも構わない!!無理にでも飛んでやる!!」

 

「だ、だが、君は……北郷少佐は…」

 

「俺が約束を果たそうとしてんだよ!」

 

「!!!」

 

 

 

八羽中尉に詰め寄り、そのスパナを掴む。

 

息は、走って荒れている。

 

だが、俺の目はよく見開かれている。

 

八羽中尉を射抜いた。

 

 

 

「ね、燃料を入れれば…飛べる…!」

 

「!」

 

「そ、それに生憎だが、この格納庫にプロペラタイプのストライカーユニットは無い代わりにとあるウィザードもどきの試験結果に駆られてつい整備してしまったユニットがある訳だが、それで良いな?」

 

「良い!…それが良い!!」

 

 

すると「よし来た!」と眼鏡を光らせて彼は取り掛かる。

 

俺は八羽中尉から渡されたホースを伸ばしてユニットに装着する。

 

 

 

「…」

 

 

 

改めて、そのユニットを見る。

 

プロペラタイプじゃない、ジェット機タイプ。

 

ジェット機タイプのユニットは空論上として飛ぶのは可能だがこれを扱えるウィッチはまだいない。何故ならそれ相応の魔法力を備えたウィッチがいないから。

 

それでも設計図はあった。計画されている宮藤理論が完成するまではお蔵入りだがジェット機タイプのユニットは既に考案されて、大凡の開発図だけは完成していた。まだ試作段階ではあるが。

 

 

しかし八羽中尉は空ではない、()のストライカーユニットを持ち込み、設計図に伴って改造を施していた。

 

そのユニットは飛行ウィッチが使うストライカーユニットと違い()()があった。

 

それがスラスターのタイプと化している。

 

 

何より…

見た目がモビルスーツの『足』に似ていた。

 

 

 

「ハッパさん!」

 

「わかってる!いま燃料を投入して…ッ、このレバー!固くてうごかねぇ!」

 

「なら、俺も!」

 

「ダメだ!お前はユニットを履いて魔法力を浸透させろ!慣らし運転無しでぶっつけ本番なんだ!燃料入れてから律儀に動かしてちゃエンジンの稼働に時間がかかる!あとそこにあるジャケットでも着てろ!少々ながらビーム耐性はある!」

 

「っ!」

 

 

俺はジャケットを掠め取りながら魔法力を体中に巡らせてストライカーユニットに足を落とす。

 

異空間に足が持っていかれる感覚。

 

しかし、これは…

 

 

 

「手足の様な感覚…!!」

 

「ああ!そうだ!だって『陸』のウィッチのユニットだからな!そりゃ足の感覚も固定された空以上って訳だ!そんでその中身を『空』に改造して、足裏と四方向にスラスターを取り付けた。それだけあればあとは強引に空でコントロールできる筈だ!」

 

「いや、それでコントロールって!」

 

「結局はお前の感覚が頼りだ!!てか、それより!くっそ!固えなぁ!このレバー!」

 

 

 

かなり無茶を言ってくれるが、そんなユニットを作ってしまう彼はやはり天才では??

 

しかし陸のユニットを空に改造した。

 

関節のある足で、空を舞える。

 

まるで…

 

 

 

モビルスーツだな……これは…」

 

 

 

モビルスーツもどきとは言え、まさかこんな形で巡り合わせるとはな。

 

足の感覚に慣れようと意識していると…

 

 

 

「?」

 

 

 

眼帯を付けた一人のウィッチが別の格納庫から飛び出して、慌てた整備士が「それはまだ改修が!」と心配そうに空へ言い放つ。

 

不安要素を抱えたストライカーユニット。

 

結果としてフラフラと飛んでいる。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

だがそれ以上に不安定すぎる。

 

まさか初めて飛んだのか!?

 

いやいやいや!!

それは不味い!!

とても不味いッッ!!

 

まともな初陣も果たせず舞鶴航空隊に犠牲者を出す気か!?

 

てかあの子は死ぬ気か!?

 

ネウロイは恐ろしいぞ!!

 

 

 

「ッ」

 

 

 

まだ……まだ、俺は飛べないのか!?

 

また置いていくのか!?

あの空に!?

 

あ、ああ!

ああああ!

 

くそぉ!!

 

俺が!俺が!気を失わずに!

いまあそこで北郷に力を貸せたのなら!!

 

そう、できたのなら!!

 

こんな苦しい惨状なんてなかったのに!

 

 

 

「ぁぁ…!」

 

 

 

 

格納庫から見える墜落の後。

 

ウィッチが一人海に落ちた。

 

 

 

 

「ぁぁぁあ…!」

 

 

 

 

ネウロイは待たない。

 

次のウィッチを狙おうと動き出している。

 

そしたら、また次、また次と、始まるんだ。

 

 

 

 

「やめろ…やめろ…!」

 

 

 

 

あの空にいるのは皆が初陣。

 

そして戦闘経験が皆無な魔女達。

 

それは、北郷も同じだ。

 

あそこにはネウロイと戦ったことのある兵士が誰一人として存在しない。

 

まるで一年戦争のジオンの新兵だ。

 

棺桶(オッゴ)で戦った学徒兵と変わりない。

 

 

 

 

「ぁ______」

 

 

 

 

ダメだ。

 

ダメだ。

 

そんな結末、ダメだ。

 

 

 

 

「ぁぁあ!!」

 

 

 

 

あの空に俺が行かなければ。

 

そうでなければ意味がない。

 

 

与えられた、この能力も!

 

与えられた、この叡智も!

 

与えられた、この役割も!

 

 

そして…!

 

そして…!!

 

そしてッッ___!!

 

 

 

___黒数、ありがとう。

 

 

 

 

「________」

 

 

 

 

彼女の声すらも意味が無くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッパさァァァァん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガコンッ!

 

 

 

 

 

 

 

「レバーが動いた…! 黒数っっ!!」

 

 

燃料がユニットに注がれる。

 

染み渡る感覚。

 

ほんの数秒の供給で良い!

そしたら往復分は行ける!

それで空を飛べるから…!

 

 

 

 

 

「___!!!」

 

 

 

 

 

この時、俺は極限状況の中で心臓が一度だけ大きく跳ねたような衝撃に襲われると、霊的な光に招かれる感覚が体を巡る。

 

 

すると一瞬だけ、眩しくなった。

 

 

ナニカが、解き放たれた感覚。

 

 

頬撫でる、暖かな光と風。

 

 

俺はゆっくりと、目を開いた。

 

 

目を見開いて…

 

空は見えない。

 

 

 

代わりに__宇宙(そら)が見えていた。

 

 

 

「ぇ…」

 

 

 

気づいたら、そこは『宇宙空間』だった。

 

体が軽い。

 

何も囚われがない。

 

重力に縛られもしない。

 

引力に引っ張られもしない。

 

まるで全てが曝け出されたようだ。

 

周りを見渡す。

 

 

すると__後ろから聞こえた。

 

 

 

「!」

 

 

 

振り向けば『誰か』が沢山いる。

 

その者たちはこちらを見ている。

 

だが表情は見えない。

 

首から上は黒く染まっている。

 

でも…わかる。

 

パイロットスーツだから、ある程度分かる。

 

ほんの少しニヤけそうになる光景だろうか。

 

すると、集わった英雄たちから光が溢れた。

 

この空間で、声が聞こえる。

 

優しく響いて。

 

時には力強く、響いている。

 

 

 

 

 

 

__さあ!向かってくれ!

 

__僕はあなたを信じてますから!

 

__もちろん!これからだよ!

 

__いけ!今すぐ行くんだ!

 

__兵士達よ!進軍ス!

 

__加速しろ!!誰よりも早く!!

 

 

 

 

 

沢山の声が背中を押す。

 

聞いたことある様なセリフから。

 

それっぽく繋げられた言葉まで。

 

ただの、アニメや漫画のセリフだ。

 

けれど、今はそれが一番…力になる。

 

それがガンダムだから、これで良いんだ。

 

 

 

 

ありがとう、俺はもう、大丈夫だから

 

 

 

 

そう伝える。

 

すると緑色の光が英雄達を包み込んで一人ずつ消えていく。

 

またひとり。

 

また、ひとり消えゆく。

 

まるで、もうこの場に何も残さないように。

 

英雄達は託し終えた様に役目を降りる。

 

 

 

 

__ああ…

__彼らは、俺から、消えていくのか。

 

 

 

 

そうして…

 

一人ずつ見送り…

 

最後の一人だけが残る。

 

すると手元に何か違和感が。

 

俺は見下ろす。

 

すると…

ジム・ライフルが握られていた。

 

俺が最初に使った武装。

 

コレで初めてネウロイ落とした栄光。

 

強く握りしめる。

 

するもジム・ライフルから光が伸びた。

 

その光を目で辿る。

 

すると、そこには…

 

 

 

 

 

頑張れよ、殻のついた、ひよっこ

 

 

 

 

 

 

あの場所で最後に選んだ俺の機体。

 

その魂は、目印になっていた。

 

 

 

「ああ、頑張るよ」

 

 

 

隊長機としてジム・カスタムに乗ったひとりのパイロットがその言葉を残して緑色の光と共に消え去った。

 

 

 

 

___

 

__

 

_

 

_

 

_

 

_

 

 

 

 

 

「黒数っ!」

 

 

「っ!」

 

 

ハッパさんの声で目覚める。

 

目の前を見れば舞鶴の航空路。

 

外からは厄災の気配がする。

 

たった数秒ほどの静寂だったか。

 

ユニットに意識を注ぐ。

 

そこまで多く注がれていない。

 

けれど…

 

 

 

「レバーを止めて!コレで出る!!」

 

「なにっ!?」

 

「行ける!約束を果たすに充分だ!!」

 

「ッ!ならホースを千切ってでも行けぇぇ!」

 

「行ってくるッッ!!」

 

 

 

 

スラスターからエーテル化した魔力のエネルギーが吐き出す。

 

空を目指そうと、ガ ン ダ ム は 立 つ

 

 

 

 

 

 

 

 

ふ み か ァ ァ ァ ァ ァ !!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞鶴の空へ、青年は彗星となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、残酷な空。

 

夏が舞い込む季節を塗り潰すように空を飛ぶ黒い厄災は人類を脅かそうとする。

 

舞鶴は混乱に巻き込まれ、人々はその空に怯えながら避難する。

 

 

 

「坂本ッッ!そのままじゃ落ちるぞ!」

 

「ぁ、あれ?ちから…が…」

 

 

 

人類を守るために空を飛ぶウィッチ。

 

彼女達はまだ子供だ。

 

あまりにも重たい役割だ。

 

それを広大な空で課せられる。

 

何故なら、ウィッチだけが頼りだから。

 

 

 

「言わんこっちゃない!」

 

 

 

舞鶴航空隊の隊長、北郷章香はユニットの不良により墜落する坂本美緒(さかもとみお)を受け止めようと急降下する。

 

その間に周りの魔女候補生はネウロイを抑えようと奮闘するが、ネウロイの強さに振り回される。

 

まだシールドが彼女達を守る。

 

しかし、戦意は絶えなく削る。

 

皆が皆、それぞれの不安を抱く。

 

この戦いに震えを抑えきれない。

 

その中で若本徹子(わかもとてつこ)は歯を食いしばりながらも機関銃を握りしめてネウロイを攻撃する。

 

銃弾が羽を掠めた。

 

しかし撃墜に至らない。

 

だが北郷少佐から学んだ戦技が正しいならネウロイに勝てる。

 

それを胸に秘めてプロペラを回して空を舞う小さな魔女達。

 

 

 

「ごほっ、げっほ、ごほっ…!」

 

「坂本!手を掴め!」

 

 

 

海の中で溺れる眼帯の少女、坂本はユニットを付けたまま海に浸水したためそれが重りとなって沈みそうになる。

 

そして坂本は元々空を飛ばなかった。だから飛行訓練の少なさ故に足のユニットの脱着を忘れている。それを心配した北郷はすぐさま駆け寄り、手を伸ばした。

 

 

 

「げっほ…げっほ………せん、せい…」

 

「もう大丈夫だ……全く、無茶をする…」

 

 

 

なんとかユニットを外して坂本を助けた北郷。

 

彼女を一度陸に戻そうと思い、そこに…

 

 

 

「キィィィ!!」

 

 

「っ!!ネウロイか!」

「ぁ、ぁぁ…!」

 

 

 

空から絶望の音がする。

 

夏の暑さすら忘れる、冷たい鉄の音。

 

北郷はシールドを展開して、ネウロイのビームを防ぐ。

 

 

 

「せん、せい、わたしは……置いて、ネウロイを…」

 

「だめだ!それは許さん!」

 

 

 

北郷は坂本を両手で抱き上げている。

 

少女を背負おうにも魔道エンジンが邪魔する。

 

そのため武器を引き抜けない。

 

防御ばかりを強いられた。

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

生徒に歪んだ表情なんて見せれない。

 

だが、この状況はかなり不味い。

 

シールドも無限ではない。

 

嫌な未来が頭によぎる。

 

北郷はプロペラを回してビームを避けながらネウロイを振り切ろうとするが、追ってくるネウロイは飛行機型であり、見たことない新型。

 

だが、形は見たことある。

 

まるで…

 

 

 

「まさか九五式…!?厄介な…!」

 

 

 

運動性の高い戦闘機がネウロイになって襲いかかってきた。

ひどい組み合わせだ。

 

このストライカーユニットで戦えるか?

いや、戦える。

 

扶桑刀で一撃入れれるならまだ望みがある。

 

しかし手出しが出来ない。

そして追われるだけの立場なら話は別だ。

 

あれが本気を出せばウィッチに追いつく。

 

 

 

「せん、せい…っ!」

 

「安心しろ!絶対に…!絶対に…!!」

 

 

 

絶対……なんだ??

 

絶対に、どうするって??

 

あのネウロイは理解して狙って来た。

 

一番強い北郷を封じるため、一番強いネウロイが襲って来て、それで絶対と言葉を吐いてそれでなんだ?

 

どうすると言うんだ??

 

陸からそう遠くない。

 

だが、これは……

 

 

 

「!」

 

 

 

ネウロイは北郷の進路を塞ぐ様にビームを撃ち放ち、海面を柱のように爆発させる。

 

足が止まってしまう。

 

そこにさらにビームが襲って来た。

 

北郷はシールドで防ぎながら諦めずに坂本の腰にぶら下げていた機関銃を手に取って放火する。

 

しかし姿勢が悪く、銃身はブレて弾はネウロイに当たらない。

 

そして見えないところからビームが襲う。

 

 

__2機目がやって来た。

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

魔女候補生の包囲網を突破したネウロイが一機だけ、北郷と坂本に迫って来た。

 

なんてことない小型ネウロイ。

 

だがその攻撃力はシールドの無い人間の体を容易く貫く。

 

気を抜けば終わり。

 

九五式のネウロイと小型ネウロイは取り囲む様に旋回して二人の逃げ場を奪う。

 

北郷は機関銃で牽制する。

 

しかし突然引き金が動かなくなった。

 

触れた海水で銃は故障したみたいだ。

 

 

 

「坂本!私の腰にある銃を!」

 

「!」

 

 

 

坂本は震えながらも北郷の腰にぶら下げている銃に手を伸ばす。

 

しかしネウロイはその機会を逃さない。

 

両サイドからビームが放たれた。

振り絞って展開するシールド。

 

震える手で受け渡す坂本の機関銃を貰い受ける。

 

これで打開する。

 

再び奮起して銃口を向けたその時、ネウロイのビームにて発生した火花が機関銃に降り注ぎチリチリと音を立てる。

 

 

 

「しまっ!」

 

 

 

中の火薬に届いてしまう。

 

熱を帯びた銃を手放し、坂本を庇う様に体を伏せる。

 

手元で爆発した。

 

 

 

「ぐぁぁっ!!」

 

「せんせい!?」

 

 

 

爆発に手が触れて焼け焦げる。

 

シールドに集中して手元の防護に魔法力が行き渡らなかった。

 

片手が使えない。

 

まだ無事な片手は少女を庇うだけで限界。

 

銃も使えない。

 

扶桑刀もまともに振るえない。

 

ネウロイは飛んでいる。

 

もしこの場に飛べないウィッチがいなければ今すぐにでも北郷は扶桑刀で斬り落とせた。

 

彼女はとても強いウィッチだ。

ネウロイに遅れは取らない…はず。

 

だが、この戦況は……あまりにも残酷だ。

 

 

 

どうする!?

どうする!!?

どうやって打破する!?

 

 

 

諦めていない。

 

彼女は諦めてなんかいない。

 

考える。

 

考えて、考えて、考えて…

 

そして…

 

九五式ネウロイは真後ろから急接近してビームを撃ち放って来た。

 

 

 

「!」

 

 

 

ビームがダメなら、体当たり。

 

それが目に見える。

 

なら避ける?

いや、逃げ場がない。

 

もう一機の小型ネウロイが進行方向を阻害するから。

 

なら刀…いや、無理だ。

 

振るうにしても坂本を海の中に下ろすしか無い。だがそれは無防備になる彼女を見殺しにしてしまう。何より大事な生徒を海に落とすなど北郷には考えられなかった。しかしその迷いが命取りになる。

 

 

 

「ァぁ____」

 

 

 

全てが、遅く感じる。

 

撃墜を悟ったから?

 

かもしれない。

 

その手で小さな少女を強く抱きしめる。

 

 

 

 

_なあ、坂本。

_私はウィッチとして軍人をやっているが…

_根は平凡な人間で、大層な存在でもない。

_はたから見れば二十歳も過ぎない子娘さ。

_私には怪異から世界を守るなんて出来ない。

_更に言えば扶桑を守れるほど強く無い。

_守れるのはせいぜい、この舞鶴だけさ。

 

 

 

 

 

皆はあまり知らない。

 

北郷章香は、自己評価の低い人間だ。

 

剣術の免許皆伝を受け、戦技研究などに着手し、ウィッチの空戦技術を高め、それが評価されて少佐となった文武両道の頭脳明晰なウィッチとして周りから慕われているが、彼女はそんなのを飾りだと自負するひとりの少女。

 

だから、そこまで自分を大層に思わない。

 

 

せめて、長くウィッチをやっているその経験だけが強みだった。

 

だがネウロイを落としたことも、倒したこともない、飾りだらけのウィッチ。

 

 

 

 

扶桑刀を背負ってるからなんだ??

 

成績優秀で士官学校を卒業したからなんだ??

 

講道館の師範代をしているからなんだ???

 

舞鶴航空隊の隊長だからなんだ???

 

カラカラと笑えるから…なんだと言うんだ??

 

 

 

それが____北郷章香。

 

 

 

 

彼女は本当に大したことないウィッチだ。

 

 

「キィィィ!!」

 

 

 

九五式のネウロイが襲いかかる。

 

回避を選ばず、せめて坂本だけでも…

 

そう思い、彼女を腕の中に隠して、焼けてしまった腕を痛々しく震わせながらネウロイの方に伸ばしてシールドを強化する。

 

 

そして、記憶と共に重なって見える。

 

 

 

 

_ああ、そう言えば。

_彼もこうしてたな。

_シールドが出ないから。

_自分でシールドを構成して。

_それで防御手段を作ってたっけか。

 

 

 

最後に、思い出してしまう。

 

とても器用な彼の姿を。

 

 

最後に、思い浮かべてしまう。

 

とても素敵な彼の心を。

 

 

その名は、消えそうになるシールドと共に…

 

零れ落ちた…

 

 

くろ、かず……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

章 香 ァ ァ ァ ァ !!

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

声が聞こえた。

 

こんなにも騒がしいのに、聞こえた。

 

久しぶりなのに、昨日のように感じる。

 

すると真上から弾幕が襲いかかる。

 

見たことない弾丸。

 

しかし、その熱量は知っている気がする。

 

だからそれがすぐに誰のか、わかった。

 

降り注ぐ九五式ネウロイの羽を貫き、その行動力を奪うと舞鶴の方から彗星が落ちてきた。

 

 

 

 

 

君との約束を果たしに来た!!

 

 

 

 

 

 

彗星から放たれる光の刃。

 

 

赤城で散々見てきた訓練の成果。

 

 

重ねてきた約束を裏切らないために。

 

 

だから、今日この日…

 

 

それは少女も約束も守る『盾』となったのだ。

 

 

ビームシールド がネウロイを斬り裂いた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 






まーたこの作者14000文字ぶち込んでるよ。

良くありげで、お約束な展開。
でも、わたしは好きです(素直)

ガンダムって
ストライクウィッチーズって

恐らくそうだから。


ではまた


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11話


誤字脱字報告があったけぇ。
全身から木製エンジンが吹き出すくらいあったけぇ(格闘CS中)


ではどうぞ


 

 

 

「お前さんもついに有名人だな」

 

「いずれこうなるとは思ってたけど情報の出回りが早過ぎないか?」

 

 

使い慣れた松葉杖を壁に立てかけて、俺はコンクリートの上に座りながらマニュアル通りにストライカーユニットの中身を弄り、別の作業を行なっているハッパさんに疑問を返す。

 

 

「まず病院で身体検査を受けたことでお前さんに魔力を保有してる事を知った。まだ民需の病院だったから広まりは遅かったが海軍基地でもある舞鶴の空で男が戦っている姿を目撃した軍人は多い。それがトドメとなったな」

 

「海の男は随分と目が良いな。そんなにウィザードが珍しいかよ」

 

「ウィザードかどうかはともかく、男が魔力を保有している上にストライカーユニットを履いて空を飛んでいるんだ。それだけで大騒ぎだよ海軍は。その後はお前さんのところに接触してこなかったのか?」

 

「そりゃしてきたよ。出戻りの入院中に軍服の人が何回か勧誘しに来たよ。もう絵に描いたように偉そうなやつも。中には車椅子姿の元軍人も俺の珍しさにコンタクトを取ってきた。退役した人はともかく扶桑海軍ってのは案外暇なんか?」

 

「そんなわけないだろ。騒がしくなってきたからこそ戦力強化に勤しんでる。で?勧誘に関してはどうしたんだ?」

 

「松葉杖に全体重を掛けながら満身創痍な表情して『俺は戦えません』と戦争に怯える哀れな子羊の様に振る舞った。それで諦めてくれた人もいるし、当然諦めなかった人もいる。その時は身体強化で松葉杖をブンブン振り回して『俺は病人だから面談は禁止だろ!教えはどうした教えは!?』と丁寧な肉体言語で威嚇して追い払ったりした」

 

「それのどこが病人だ」

 

 

 

ハッパさんに呆れられながらも俺は次のページのマニュアルを開く。

 

プラグの位置を確認しながら中身の調整を行なって、あらかた調整を終えるとユニットの側面に触れて軽く魔法力を流してみる。

 

するとユニットは魔法力を帯びて直ぐ温かくなった。正常に動いたらしい。

 

 

「てか俺を口頭で動かすことは不可能だ。まず長期的徴兵契約として黒数強夏の個人名義が書かれた契約書と、その人事権を北郷が手放すまで俺の身柄は彼女に掌握されてる。そのくらい根回しされてんだ。なので既に他者が干渉することは不可能な域に入ってる。俺の口から北郷に『破棄して』と頼むまでは不動であるが、まあ申し出る訳もないから今後一切あり得ない話だな」

 

「前から分かってたが二人揃って互いに随分と入れ込んでるな?」

 

「入れ込んでるのは北郷だよ。てかそもそも赤城の頃から距離感がおかしいんだよ。何で扶桑に着くまで同室だったのさ…」

 

「んあ?そりゃお前さんは私のモノだと牽制するためだろ?まるで飼い犬のような扱いだな」

 

「あながち間違いではないな。そもそも戸籍も血縁とこの世に何一つ無い俺はブリタニアで拾われた身だ。そりゃ保護対象の動物と変わらんだろう」

 

 

 

絶滅危惧種の類人猿かな?

 

ウッキー!今年は申年!!

アイ!アイ!アァーイ!!

黙れや!猿ゥ!!

ほんまつっかぇんわぁ…

全覚抜け横格覚醒落ちとかやめたら前衛?

うるさいんじゃい!!

 

 

脳内でチンパンジーが暴れてるのを感じながら手を進める。

 

すると「なぁ、黒数… 」と横から尋ねられる。

 

 

 

「お前さんは…この戦争は不本意か?」

 

 

 

不本意か…

 

まあ、どちらかと言えば…

 

 

「本音を言えばかなり不本意だった」

 

「……まぁ、それもそうか」

 

「でもそれは『だった』の過去形。いまは望んでこの場所にいる」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、それは間違いない。俺はこの世界に望まれてやって来た。そして俺は望まれることを選んだ。ウィザード擬きだろうとその役割を演じてこの力を振ることは決めた。それにネウロイと戦うことが現世に帰る道だと考えているからこの戦争に身を投じた。それだけだよ」

 

「そうかい…… なら、オレは勝手に望むとするよ。ウィザードのお前さんがネウロイを倒して平和まで近づけてくれる事をな」

 

「だとしたらその望みは高く付くぞ?このユニットの様にな」

 

「機械いじりは好きでやってんだ。安いも高いも気にしちゃいねぇよ。それが平和の一端をかつげるなら偽善だろうと魔女を空に飛ばせてやる。上等だろ?」

 

「違いない」

 

 

もう既に俺は彼を八羽中尉と呼ばずハッパさんで名前を通している。

 

そのくらいの信頼関係は築けたらしい。

 

 

「しかし、手際いいな」

 

「孤児院で良くおもちゃを修理してたので」

 

「おいおい、ウィザード擬きはストライカーユニットがおもちゃになるのか?かわいい見た目してるが一応軍用兵器だぞ、これは」

 

「料理のために作られた包丁だって殺人道具になる。そのくらいの差ですよ」

 

「やれやれ、異界の人間と、この世界の人間とは、また感性が違うか」

 

 

 

そりゃ感性も違うだろ。

魔女のことを良くみろよ。

 

おう!パンツだぞ!

おパンツ!または下着!!

 

何でお前らは違和感ねぇんだよ!?

 

俺は今もたまにギョッとしてるよ!

 

え?なに?自然に生きる使い魔の浸透性を高めるために肌を広くすることが魔女として長生きする秘訣ぅ??それならパンツ晒さないでも半袖とかでも良いだろうよ!!

 

それこそ教えはどうなってんだ教えは!!

 

え?なんだって?

倫理観は(はま)で死にました。

ネウロイを討つために…?

 

これには侍を捨てた冥人(くろうど)も反応に困り果てるな。

 

 

意識をユニットに戻す。

 

 

「てかそこまで複雑じゃないですよこのユニット、思ったよりスカスカで目立つのは冷却装置くらいじゃ無いですか」

 

「そりゃお前さんがやると穴あきバケツになってしまう」

 

「うげ、バケツぅぅ…」

 

「そもそも魔法力は『注ぐ』のが基本的な流れだ。バケツの中に魔法力を注いで、あとは棒で掻き混ぜるとか、泡立てるとか、不純物を取り除くとか、ウィッチ個人の性質によってそれで色々やるってのに、お前さんの場合はコンクリート道路を掃除するレベルの水圧ブレスで魔法力をバケツにぶち撒けてんだ。そりゃ嫌でも穴あきバケツになる。だったら過程すっ飛ばしてホースにそのまま繋いでやるほうがユニットも壊れないで済む」

 

「俺の魔法力、ガバガバかよ」

 

「叡智の産物である魔法陣から魔法力を与えられた結果じゃないのか?」

 

「それにしては多すぎだろ、魔法力」

 

「ウィッチってのは生まれつき魔法力を備えるものだ。時間も経てば子供が箸が握れる様になるのと同じで魔法力も体が無意識に扱い方を覚える。しかしお前さんは魔法力の理解はあるが学びや魔力行使の経験が短いため浸透性が低いその体がコントロール出来ていない。つまりオムツなしで好き放題やってんだよ」

 

「マジで俺のケツ、ガバガバやん…」デデドン

 

 

 

脳内で絶望の音を味わいながらもユニットの整備を終えて、最後は正常に作動するかどうか確認した後に蓋を閉めて作業を終了する。

 

布で手を拭き取りながら立て掛けていた松葉杖に手を伸ばして立ち上がる。

 

 

すると…

 

 

 

「黒数、ここにいたか」

 

「どうした、北郷?」

 

 

ポニーテールを揺らしながら格納庫までやってきた北郷章香。

 

その腕には包帯が巻かれている。

 

 

「なに、怪我人同士は仲良く昼でもどうかと思ってね」

 

「わざわざ講道館からここまで?なんか歩かせて悪いな」

 

「気にするな。軽い運動だ。それでどうだ?」

 

「行くよ。また蕎麦奢ってくれ」

 

「ああ、何杯でも食ってくれ。それで早く怪我を治してくれ」

 

「あー、北郷少佐?それでしたらこの穴あきバケツ野郎は病室に押し込んだ方が良いのでは?」

 

 

 

赤城を降りても扱いはバケツ野郎なのか。

 

しかも『穴あき』も追加された上方修正。

 

俺的には下方修正なんですがそれは…

 

 

 

「八羽中尉、私も最初はそう言ったが彼は寝ていた分を取り戻すと言ってな…」

 

「そもそも病院に居ると軍服の暇人共がやってきて病室は迷惑被るからな。あとこれ以上は入院費もかけられないし。だからとっとと退院して松葉杖でも出来ることを考えたんだよ。それで浮かんだのがやはりココ」

 

「やれやれ、遥かに階級が上の軍人を暇人とか言うのお前さんくらいだな」

 

「俺、階級の無い雇われだし。あと表向き徴兵されただけの民兵だから」

 

 

 

なので怖いモノなしだ。

 

そう考えていたが…

 

 

 

「いや、黒数、君はちゃんと階級があるぞ」

 

「……………は?」

 

 

 

 

バケツが頭にぶつかったような感覚。

 

衝撃が来たこっちにも来たぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッパさんと別れたあと格納庫を後にして、行きつけの蕎麦屋に向かいながら海岸沿いで彼女と話をしている。漣の音が気持ちいい。

 

 

 

「え?? お、俺が、准尉…?」

 

「ああ。君には舞鶴航空隊の()()()を務めてほしくてな」

 

「やめてくれよ…」デデドン

 

「やめないよ」

 

 

ニコッと返された。

 

まさかこの短時間で二度も絶望音を脳内で響かせるとは思わなんだ。

 

お陰で気持ちよく聞いていた漣の音すら右から左に受け流す。

 

てか准尉って青色プレート通り越して銅色プレートって事??

 

へー、やったじゃん。

これで対戦前に覚醒の種類選べるやん!

 

そしたらオンラインは怖くないな!!

 

 

いや、喜ぶところはそこじゃないだろ。

 

 

 

「む?准尉では低かったか?」

 

「そうじゃない」

 

「そうか。なら変わらず准尉だな」

 

「そうでもない」

 

 

てか階級とかオードブル風に選べんの??

 

絶対冗談だよな??いや、少佐になった北郷ならある程度のことは可能だろうが。あと新型ネウロイ落とした実績もあるし、そこら辺反映された結果だろうか。

 

それでも准尉って部隊のリーダー枠だろ?

 

民間兵になに任せようとしてんの??

 

 

 

「准尉はともかくとして、なんで俺なんだ?」

 

「簡単だ。君ならウィッチを守れるからだ」

 

「!」

 

「証拠に私をネウロイから守った」

 

 

 

腕に巻かれた包帯が生きてる彼女の証。

 

それは俺が割り込む形でネウロイをビームシールドで斬り落として彼女を助けたから。

 

俺が彼女を救ったんだ。

 

あの戦いで。

 

 

「しかも私だけではない。腕の中の坂本も守った。なによりブリタニアでは少女も守った。これだけの信頼がある。君にはそれ相応だと思うのだが?」

 

「そ、それは……いや、でも、北郷は!」

 

「言いたい事は分かる。坂本が墜落しなければ私は戦えた。ネウロイが弱ければ坂本を庇いながらも倒せた。それから…… わたしが初陣でなければ情けない姿にならなかった」

 

「なっ、バカ!! それこそ違うだろ!?」

 

「まあ聞け、くろかず」

 

「!」

 

 

 

困ったように彼女は笑う。

 

俺は言葉が詰まった。

 

 

 

「その時、その時に、人を助けれると言うのは案外限られているものだ。戦況次第では溢す数も多い。故にいつも結果論が纏わりつく。ああすれば、こうすれば、こうだったら、後悔は多い」

 

「だ、だからこそ自分を裏切らないために準備をするんだろ?そんな悲しい顔するなよ…」

 

「けど、事実が残った。君がウィッチを救った事実がある。ネウロイを落として舞鶴を守った実績がある。それは舞鶴で誰もが知っていることだ。だから君に与えられて当然の勲章」

 

「それは…いや、俺はただ、君たちを守りたいだけで…」

 

「そうであっても、この戦争に意味が絡む。

だ、だって……

き、君は……

ははは……だって、きみは…

こんな無様なわたしと違って…

ウィッチ達を……救ったんだぞ…??」

 

 

 

震える声は波風のせいじゃない。

 

無力さに苦しんでいる兵士の声。

 

彼女は…扶桑のウィッチは。

 

その腕を抱きしめて、震えていた。

 

 

 

「きみのおかげなんだ、なにも失わずに、積み重ねてきたものを、歩みを、それらを崩さずに済んだのは、くろかずの、おかげなんだよ…」

 

 

 

唇を震わせる。

 

不甲斐なさに、悔しさに、心も揺れる。

 

それが隠せないほどに滲み出て、誰かにこの弱さを打ち明けなければその重みに潰れそうで仕方ない。

 

目の前の軍人は、その前に未成年の子供だ。

 

まだ大人に頼るべき子供だ。

 

 

 

「だから、その信頼に、くろかずに、わたしのよわさを、どうか、置かせてくれ…」

 

「!」

 

「わ、わたしは………ぁぁ、わたしは………ね」

 

 

 

 

 

 

__きみ、抜きでは、無理だ……

 

 

 

 

 

背を向けて。最後に大きく震わせて。

 

吐き出された彼女の弱さがさざなみの音にかき消される。

 

いまの彼女それほどに程に弱々しい。

 

だから悲痛を交えたその音色は俺だけに届く。

 

 

 

「情けないのは、わかってる… でも、あの時、あの時に、覚悟をして、しまったんだ…」

 

 

 

見えていた。

 

遠くでも見えていた。

 

海面ギリギリでプロペラを回して空に浮きながら焼けた腕を震わせてシールドを展開する。

 

ネウロイ相手に諦めてない彼女の立ち姿。

 

でも彼女はこうも思ってた。

 

 

 

 

__これで、死ぬかもしれない。

 

 

 

 

けど、彼女にそれは訪れなかった。

 

俺がそうさせなかった。

 

 

 

『くろ、かず…?』

 

『約束を果たしに来た。俺も空を飛ぶ』

 

『ぁ、ぁぁ…くろ、かずっ…!』

 

『そこで待ってろ。俺がヤツを討つ』

 

 

 

彼女との訓練の成果。

 

魔法力の理解を形にしたビームシールドは約束を果たすために振るわれる。

 

空を飛ぶ厄災は舞鶴の空で討ち落とされた。

 

そして舞鶴のウィッチは救われた。

 

 

 

「北郷、俺は君を弱いなんて思わない」

 

「…」

 

「精一杯を突き通した。だからそんなに自分の情けなさを責めないでくれ。そうじゃないと俺は君に力を貸すことが、君の弱さを確かにしているように感じられて俺も辛いよ」

 

「くろかず…」

 

「俺は約束を果たす。だから力を貸す。君と空を飛ぶ。願うなら魔女だって守る。この世界に願われてやって来たのなら、世界の一つや二つくらい救ってやる。その中に君の願いも入れてやる。だから…」

 

 

 

俺は彼女の前に歩み寄り…

 

 

 

「泣かないでいい」

 

 

 

涙を溜める子供(ふみか)の頭に手を置いた。

 

 

 

「うっ、ぅぁ、ぁぁぁ!ぁぁぁ…」

 

「まったく…泣かないでいいと言ったじゃないか…」

 

 

 

彼女は巻かれた包帯を抱きしめる。

 

弱さの証。

 

そして救われて、生きた証。

 

 

 

「俺は知ってるから。君を知ってるから。いつも自己評価の低い北郷を知ってる。カラカラと笑い飛ばして不安を見せない君の強さを知ってる。俺は分かってるから。だから必要以上に自分を責めるな。ちゃんと知ってるから。悔しくて仕方ない君を、情けなくて仕方ない君を、俺はちゃんと分かってるよ。だから助ける。君がブリタニアで俺にしてくれたことを次は俺が出来る側として君にしてあげるから」

 

ぐぅぅ、ぁぁぅ、すま、ない、すまない…ありがとう…すまない…ほんとうに…ありがとう…

 

 

 

耐えて、耐えて…

 

それから耐えて…

 

そして耐えて、彼女は耐えていた。

 

だが、不安を押し殺し続けれるほど子供ってのは強くない。

 

彼女は泣き顔を隠すようにこちらの胸に顔を(うず)めて心に震える。

 

俺は孤児院にいた頃を思い出しながら、年下の子供をあやす様にその頭を撫でる。

 

落ち着くまで、何度も。

 

なんども…

 

その頭を撫でて少しでも不安を取り除こうと。

 

 

 

 

「ストライクウィッチーズ…か」

 

 

 

 

空の広さはおそらく、魔女の多くがある。

 

そこに多くの悲痛だって残されている。

 

それはまるで…

 

 

 

 

「ガンダムみたいだな…」

 

 

 

 

 

それは悲しい戦争の物語だ。

 

どれも、これも、な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女達は明日のために今日も鍛錬を積む。

 

舞鶴の空にふたつの影。

 

 

 

「うおおお!」

 

「若本、俺はプロペラの苦労を知らないが戦場で言い訳は通じない。単純明白、その時が弱かったらあとは落ちるだけだからな!」

 

「上等じゃねーか、ばか数!今日こそは倒してやる!」

 

「黒数だるるぉぉ??」

 

 

 

模擬戦用のペイント弾が装填された機関銃から発射音が舞鶴の空に鳴り響く。

 

 

 

「動け、動け、止まるな。進行方向に攻撃を置かれるな。追われる時に敵の位置は首筋と脊髄で感じろ。それと体重移動を悟らせるな、こっちは一方的に見えている」

 

「くっ、ピッタリと後ろ…!」

 

「迎撃時の振り向き撃ちの姿勢は瞬時に取るんだ。そのためのフラッシュ暗算!脳と体をしっかり噛み合わせろ」

 

「もう!あのユニットやはり早いって!」

 

「俺は全力で落とすからな。せめて5分は耐えてみせろ、若本」

 

「このぉぉ!!」

 

 

 

若本徹子、舞鶴航空隊に集われた魔女候補生の中で一番優秀と言われているウィッチ。

 

だが、例外があるとしたら…

 

 

「っ、避けた!」

 

「だから確信するまで足を止めるな」

 

「うわぁぁ!?」

 

「ほら、撃つぞ、良いのか?」

 

「こ、この!調子に乗るな!」

 

「うおっ、眩しっ」

 

 

 

シールドも無く、固有魔法も無く、ウィッチでも無く、ひとりの青年が空を飛んでいるこのイレギュラーさえ除けば、若本徹子はこの中で一番強いのかもしれない。

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

「よしよし、ちゃんと5分だ。どうやら生き残れたのはま君だけだな」

 

「く、くそぉ、負けたぁ……道場ではコテンパンに出来るのに」

 

「お前なぁ…… 現役の剣道少女を相手に武道から手を引いた社会人が勝てると思うなよ!」

 

「何でそこは偉そうなんだよこのバケツ野郎!坂本の攻撃から逃げ回って足を引っ掛けたマヌケのくせにさ!」

 

「お前の雑巾掛けの片付け忘れだろうが!?好きでバケツ引っ掛けた訳じゃねーよ!」

 

「ふん!」

 

「コ、コイツぅぅ…!」

 

 

 

口論を繰り広げながらも二人は空を降りる。

 

そこには腕の包帯の量が減ってきた舞鶴航空隊隊長の北郷章香と、ペイント塗れにされたその他のウィッチ達が待っていた。

 

 

「はっはっは!今日も勝てなかったな、若」

 

「地上ならこんなヤツに勝てますよ、先生」

 

「勝つのはネウロイにしてくれ、若本」

 

「わ、わかってるよ!」

 

「はっはっは!若者はそうじゃないとな!」

 

 

 

あの日を境に青年は松葉杖を、少女は涙を舞鶴のさざなみに置いてきた。

 

穏やかな笑い声はよく響く。

 

 

 

「あ、あの、黒数准尉…」

 

「坂本か、どうした?あと准尉は要らないよ」

 

「え、しかし…」

 

「俺はあくまで民間人だ。軍人として志願した君たちに劣る。普通で構わない」

 

「あ、…はい。ええと、その…黒数さん、次は模擬戦、私もお願いしていいですか?」

 

「良いぞ」

 

「げぇ、黒数はまだやるのかよ…」

 

「全員やると決めた。もし俺に百人斬りやめさせたいなら若本が倒しておくんだったな」

 

「つ、次こそは…!」

 

「あ、あの、も、模擬戦…を」

 

「はっはっはっは!!」

 

 

 

年下相手に手慣れた対応を取る青年。

 

カラカラと笑って愉快に微笑む先生。

 

負けを認めない勝気は少女。

 

気が弱くて置いてかれる眼帯の少女。

 

それから…

 

 

「あの、黒数さん、お水をどうぞ!」

 

「竹井か、ありがとう。それと坂本が終わったら君の番だから準備してくれ」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「ああ、がんばろうな。目標は2分だな」

 

「が、頑張ります!」

 

「何でオレよりも半分なんだよ!!」

 

「え?だって若本は強いから。だから君だけは5分なんだけど…」

 

「え?あ、そ、そうかよ……ふ、ふん!」

 

 

 

まだまだ発展途上な気の弱い少女。

 

この五人を筆頭として物語は進む。

 

 

次の舞台を 浦塩 に移して。

 

 

 

 

つづく






もうお前ら結婚しろ。


あとここまでバーサス要素が薄いけど、北郷が可愛いし別にええやろ。
因みに漫画にするとまだ一割も進んでないぞ、この作品。


ではまた


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12話

 

 

 

「ねぇ、やはり()()違和感じゃない?加東(かとう)

 

「言わんことはわかるよ穴拭(あなぶき)、だって異端だもんね。けどあの人の話は間違いなく本物みたいだよ。黒江(くろえ)はどう思う?」

 

「男女合同訓練と言うならわからないことも無いけど、届いた噂が本当なら今はなんとも言い難いわね。だって噂の男性ウィッチがあの部隊に紛れ込んでるなんてね。加藤(かとう)はどう考える?」

 

「そうね…少し気味悪く感じるわ」

 

 

 

視線の先に普通じゃない、一人のウィッチ。

 

加藤武子(かとうけいこ)(しか)めた。

 

 

 

 

 

 

さて、舞台は移る。

 

7月11日。

 

魔女候補生から正式に魔女(ウィッチ)として認められたその日に慌ただしく報告が舞い込む。

 

扶桑皇国の動員令により舞鶴航空隊、もしくは精鋭として数名ほど抜擢されたことで正式に部隊名を与えられた『扶桑海軍第十二航空隊』の各ウィッチ達は浦塩の方へと異動を開始。海から陸を経て遠征すると、そこからウラル方面の防衛に当たることになった。

 

この時、宮藤理論が完成したことでストライカーユニットは大幅に先進していた。まず小型化に成功した魔道エンジンは今後背負う必要もなくなり、その魔道エンジンはストライカーのユニットの中に全て収納されるとウィッチは快適な飛行が約束された。

 

しかし新型はまだまだ完成したばかり。

 

実戦時の炙り出しを行う必要がある。

 

そのため実験的最精鋭部隊として第十二航空隊はウラルの防衛と同時に抜擢されることに。

 

しかし戦技研究の士官を務めた北郷章香を除いて、ほとんどのウィッチが新兵であるため不安要素に不安要素を重ねる羽目になっている。

 

それでも飛行型の新型ネウロイを舞鶴の海上で撃破した功績を扶桑海軍は視認しており、また突如現れた謎の男性ウィッチの青年も含めて結成したばかりの第十二航空隊は実験的最精鋭部隊として託された。

 

 

だがウラルの防衛を先に行っている陸軍と陸軍ウィッチは不安がっていた。

 

ネウロイを撃破したエース集団と思われていたが、話を聞けば一人当たりの飛行訓練時間が100時間にも届かない未熟者の集まり。中には10時間弱の飛行訓練しか行ってないウィッチまでやってくる始末。これには陸軍のウィッチも共同戦線を張るにあたって経験弱者な海軍ウィッチ達に渋い顔をしており、または扶桑に突如現れた噂の男性ウィッチも第十二航空隊に参加しているあたりまともではない。

 

そんな航空隊に対して陸軍ウィッチの穴吹智子(あなぶきともこ)加藤武子(かとうたけこ)どこか面白くない顔をしていた。

 

 

 

「しかし、男性ウィッチね…」

 

 

ただ一人、冷静に彼を見定めようとしていた。

 

江頭敏子(えとうとしこ)、階級は中佐。

 

ウラル方面を防衛する陸軍飛行第一戦隊隊長。

 

彼女は古くからの親友である北郷章香から紹介された男性の動向を遠目から見ていた。

 

見た目なんてことないそこらの扶桑人… と、言うにはなにかと違和感がある扶桑人。

 

扶桑人だけど扶桑人ではないようなもどかしさ。

 

それは当たっていた。

黒数強夏は『日本人』である。

 

纏っている雰囲気に違和感を持ったのは長い軍人生活と部隊長として多くの部下を見てきた観察眼と経験があるからこそ。

 

まあだからと言って異界から呼び込まれてこの世界にやって来たイレギュラーな存在であることは流石に分かるはずもないが、彼女が彼に対して抱える違和感は流石だろう。

 

だからそんな男性ウィッチがウラルに構えた扶桑の前線基地で第十二航空隊と共に走り込みの訓練をする姿を目で追いかける。

 

しかも、その男は准尉として率いてる側だ。

 

 

 

「若本、あまり遅いと置いてくぞー」

 

「なっ、舐めんなぁー!」

 

 

7つほど年下のウィッチを煽りながらも訓練に参加して走り込みをする青年の姿は異端のほかに言葉はない。

 

どこからともなく現れた男性ウィッチ。

 

または逸話として一人歩きするウィザード

 

第十二航空隊隊長の北郷章香少佐が連れて来た以外に情報が全くない。

 

そして恐らく扶桑人。

 

最初は何かの間違いかと思った。

 

だがその男は整備士でもなく、飯炊兵でもなく、諜報員でもなく、主計家でもなく、お目付役でもない。

 

本当に、本当に、魔女と空を飛ぶ青年。

 

 

「はぁ…はぁ…!黒数さん!早い!」

「黒数せんぱーい!待ってよー!」

「やはりやるな、あの男!」

「強夏ちゃ〜ん、待って待って〜」

「准尉って何気に大人で歩幅あるですわね!」

 

 

「おいおい、これは競争じゃないんだぞ?やってることは持久走。体に薄く魔力行使を行って体力を増やすんだよ」

 

 

「そんなこと言ったってぇ…!」

「そう簡単じゃないよー!」

「てか准尉もう折り返して来たの!?」

「強夏ちゃ〜ん、走るのはやい〜」

 

 

「俺は赤城で散々やった。だから長時間飛べたし、前の迎撃飛行訓練で君たちを10人抜きしたのはそう言うことだ。あと地面に足つけたのは竹井からお茶貰った時くらいで、竹井だけしか気づいてないぞ」

 

 

「「「ええ!?う、うそ!!?」」」

「「「ほ、本当だ!確かに!!」」」

 

 

 

第十二航空隊は部隊長の北郷章香も含めて全11名の少数隊である。もちろん最初はそれ以上の魔女候補生がいたが、約十日前の戦闘で半数近くのウィッチが新型ネウロイ(九五式戦闘機)の暴力により撃墜されてしまい、まともに動けるウィッチがそう多くなかった。

 

死人が出なかったことが何より救いだろう。

 

だが前の戦いで病院送りにならず、この場で生き残ったからと言って彼女達の練度はそう高くない。

 

まだまだ、ひよっこである。

 

だから彼女達を鍛えるのが北郷少佐の役目。

 

そして…

 

准尉を受け入れた黒数の役割でもある。

 

 

 

「お前らー!砂糖入りの卵焼きは好きかー!」

 

「「「「!!!」」」」

 

「最後まで走り切った奴だけが食えるぞ!」

 

「「「「!!!」」」

 

「食べたいかー!?食べたいよなー!!」

 

「「「「食べりゅぅぅぅう!!!」」」」

 

 

 

黒数強夏、彼はもちろん最初は舞鶴の魔女候補生から警戒はされていた。

 

まあそれもそのはず。彼は舞鶴航空隊が本格的に設立される前に飛行実験時に事故を起こして入院していたので魔女候補生と顔合わせしてなかった。

 

そしてネウロイの侵攻と共に目を覚ますと病院を抜け出して空の下へ復帰した。

 

この時点で一ヶ月以上が経過している。

 

その頃には舞鶴航空隊に魔女候補生が集われていたので、先にいたはずの彼は後からやって来たような形でウィッチ達にその姿を見せた。戦闘の果てで北郷章香を救ったがそれでも最初は強く警戒されていた。やはり空を飛ぶ男性ウィッチは異端の他ならないため。

 

その前に北郷章香が黒数強夏の存在を魔女候補生達に知らせていれば現状は少し変わったかもしれない。

 

 

だがそれは北郷章香が許さなかった。

 

 

何故なら試験飛行失敗による墜落事故を起こした黒数強夏の身を案じて北郷章香は彼を空から引き離そうとしたたから。

 

その存在を舞鶴航空隊からは遠ざけていたため魔女候補生達は彼を全く知らなかった。

 

しかし北郷章香はネウロイの侵攻から坂本美緒と共に救い出され、ストライカーユニットを履いて空を飛ぶ彼に『約束を果たしに来た』と優しく頭に触れられてその手の温度に北郷章香は約束の空を知った。

 

後に、北郷章香は___縋った。

 

彼にしか見せれない弱々しい姿。

ひとりのウィッチとしての本音。

 

不安と本心、それらを漣に消える涙に変えながらこれからの空と宇宙に願いを乗せて赤城から続くその約束を黒数強夏はこの先も受け止めた。

 

その日から与えられた准尉の階級と同時に改めて本格的に舞鶴航空隊に加入した。

 

この時の舞鶴航空隊の魔女候補生は彼の参入をぎこちなくも受け止める。

 

しかし坂本美緒だけはあの絶望的状況から救い出してくれた恩人として直ぐに彼の存在を受け止め、坂本の受け入れの速さに対抗心を抱きながらも強者のことは少なからず認める若本徹子も彼の存在を認め、それからゆっくりと浸透する… と、思いきや、実のところ黒数強夏の存在は舞鶴航空隊の中ですぐに慣れ親しんでいた。

 

彼の行動力の高さもあるが、孤児院生活で年下を相手に慣れた距離感の作り方、また狭め方も心得てるため、魔女候補生も彼の受け入れにそう苦戦はしなかった。

 

訓練中に差し入れとして、焼き林檎、砂糖入りの卵焼き、冷凍した蜂蜜檸檬など、年頃の娘の胃袋と同時にその好感は掴み取ってしまう器用な腕前と、魔女候補生だった若本徹子とのやり取りは男性ウィッチであることを除けば親戚にいる愉快なお兄ちゃんと変わりない姿。

 

しかしストライカーユニットを履けば手足のように自由な空を楽しむ男性ウィッチの姿は異端で恐ろしくもあるが、前の戦いでネウロイを討ったことで皆が敬愛する北郷先生を救った実績は頼もしくもある。

 

そのため信頼を得るのはとても速く、彼は第十二航空隊のウィッチ達と打ち解けるのに時間はそう掛からなかった。

 

 

 

 

「若が一番で、黒数が二番か」

 

「ぜぇ、ぜぇ、や、やって、やったぜ…」

 

「持久走つってんだろ。ここでもう一往復と言われたら若本は走れるのか?」

 

「ゔぇ!?」

 

「まったく、コイツは…」

 

「はっはっは!まあまあ良いではないか。若者はそれくらいがいいさ」

 

「元気なのは良いけど訓練の本質から外れるのはダメだろ?そんなわけで若本、さっさと立ってもう一往復してこい。准尉命令だ」

 

「えええ!?横暴だー!」

 

「何度も言った。これは魔法行使の持続力を高めるための持久走だと。あと俺は見えてたからな?お前が魔力行使せずに体力だけで走ってたの」

 

「なっ!」

 

「わかったらやり直しだ。あと最後方の竹井に離されすぎたら特性の卵焼きは無しな」

 

「ああああ!バカ数ぅ!覚えてやがれ!!」

 

「早く走るのは構わないがちゃんと魔力行使しろよー!髪が伸びたらその時はまた切ってやるからちゃんと使えー!持久走しろー!」

 

「わぁーてるよぉー!うるさーい!!」

 

「はっはっは!はっはっは!!」

 

 

 

若本を筆頭として彼の異端さはなにかと緩和されている。まるで言うことを聴かない妹とそれに困り果てる兄のような図は警戒心すら忘れさせる。これに男性ウィッチの正体が隠されていればこの青年はただの教育者だ。

 

いや、もうそのようにしか見えないだろう。

 

しかし彼に対する警戒が薄れたのはそれだけではない。

 

 

 

一番の本命は____北郷章香であること。

 

 

 

「まあ、早朝に全員分作ってるけどな」

 

「黒数は優しいな」

 

「北郷ほどでもない」

 

「ふふっ、そうかい?あ、そうそう、黒数。君のストライカーユニットだが…」

 

「整備士には言ってあるよ。メンテナンスに関しては自分のは自分でやるって。あと予備にハッパさんがもう一式作ってくれたが、今頃出来上がった宮藤理論を突き詰めて俺専用に最新型のストライカーユニットを開発してる」

 

「そうかそうか。君の方で完結してるなら他に言うことないな。頼もしいよ」

 

「でも搬入の際は声かけてくれよ?一応取り寄せに応って暗号が必要なんだから」

 

「はっはっは、それはもちろんだ」

 

 

肩を並べ合いながら話す二人の雰囲気はとても柔らかく、初めて目の当たりにした者でも二人の信頼が強く結ばれていることがわかる。

 

その雰囲気に慣れるとこうも見えてくる。

 

ひとりの男性が冗談を交えながら豊かに会話を繰り広げ、ポニーテールを揺らしながらコロコロと笑って反応する女性の姿。

 

それはまるで…

 

 

「ねぇ、アレって、やっぱりだよね?」

「うん、どう見ても夫婦だね」

「「うん、夫婦だ」」

「どう見ても夫婦、はっきりわかんだ」

「北郷先生は准尉と話す時楽しそうだよね」

「先生って笑うとすごく美人だね〜!」

「黒数さんにしか引き出せない表情だよ」

 

 

 

黒数強夏が関われば、北郷章香はひとりの少女になってしまう、そんな魔法を一つ。

 

これだけでウィッチはお腹いっぱいである。

 

 

 

 

「なるほどね。確かに、アレは仕方ないとしか言えないわね」

 

 

やれやれとばかりに納得する、江藤敏子。

 

親友の顔がああなら、つまりそう言うことだ。

 

信頼に満たされた姿を見せる北郷章香だからこそ、あの男性ウィッチは少なからず信頼できるのだろう。

 

いまはそう納得することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ黒数、これって私が… と、いうより普通のウィッチが履いたらどうなるんだ?」

 

「ハッパさん曰く、魔法力が全部ぶっこ抜かれて気絶するらしい」

 

「え"、そうなのか?」

 

「ああ、このストライ『ク』ユニットは陸海空を兼ね備えている。見ての通り骨組みは陸戦型だがスラスター式だから空も飛べる。もちろん元が陸戦型だから地上も歩けるし、スラスター蒸せば適度に慣性ジャンプを行なって一気に移動距離を稼ぐことも可能だ」

 

「初めて聞いたぞそんなの!?」

 

「コイツはそれだけ可能なユニットなんだ。しかし使用する魔法力の量も半端ない。もし若本が誤って履いた日にはベッドの上で俺に煽られる日が続くだろうな」

 

「それは余計だ!てか、黒数はよくそれだけの魔法力が確保できるよな…」

 

「元々俺自身に多いのもあるが、実のところ最初の一回で魔法力を注ぎ切れば後は半永久的に飛ぶことは可能なんだよ、コレは」

 

「なんだよそれ、反則じゃねーか」

 

「だろ?でもその代わりあらゆるシステムを無くしたからできることだ。自動シールドや制御システム、あと力場フィールドを展開するシステムも無い。終いには魔道エンジンも通常の半分程度だ」

 

「!?」

 

「あと俺の魔法力はストライクユニットを履いた時がかなりヤンチャでな、餌を貰ったイワシの様に跳ねるんだよ。普通のバケツじゃ受け止めきれない。戦闘機に搭載されるような丈夫でデカいガソリンタンクを必要とする。でも順風満帆に魔法力を浸透させてやればストライクユニットもご機嫌になってくれる。そしたらブースト一回だけで後は幾らでも飛べる訳だ」

 

「き、規格外ってこう言うこと言うんだな…」

 

「だがユニットは機械だ。エネルギーを使えば機械は熱を溜める。そうなるとオーバーヒートを起こしてスラスターが止まってしまう。だから適度に()()するなり、誰かに担いでもらうなりして適度に冷却させながらオーバーヒートを起こさせないよう気をつける必要がある。だから半永久的なんだよ」

 

「なるほど。オーバーヒートでも起こして海にでも落ちたら最悪だな…」

 

「あ、いや、それなら、なんとかなるぞ」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

----▽ 以下、松葉杖中の日本人から ▽----

 

 

 

 

 

『って、ええ!?ハッパさんって、シールド使えるんですか!?』

 

『んあ?んな訳ねぇだろ…何言ってんだ?』

 

『いや、でも、溶接時に飛び散ってる火花をシールドで防いでるじゃないですか…?』

 

『んああ、なるほどな。いや、これはオレの魔法じゃないぞ。これは溶接用として開発した小型シールド機だよ。この小型機械に魔女の魔法力を込めれば後は任意でシールドを展開することが可能だ。流石にネウロイのような暴力的な攻撃は無理だがこの程度なら可能だ』

 

『はえー、すっっごい…(恍惚)』

 

『てか元々はネウロイの空襲攻撃を防ぐために開発された自動防衛シールドシステムだなコレは。だが小型機に搭載するには負担が大きすぎる上に今のネウロイはコイツが開発された頃よりも段違いに攻撃力が高い。そもそも第一ネウロイ大戦時に開発された道具だから今となっては時代遅れだな』

 

『いや、でも、スゴいっすね、コレ』

 

『あー、黒数はこんな話知ってるか?これはカールスラントで起きたとある扶桑人とウィッチの話だが…』

 

『?』

 

 

 

 

とある魔女がひとりの兵士を追っかけて地上に降りた。

 

その兵士はシールドの使えない中でネウロイ相手に正面突撃する突撃兵だった。

 

作戦の激烈さを知ったその魔女は魔法力を込めたお守りに『アイナ』と自分の名を刻んでその兵士に渡した。

 

 

__ユア、ヒーロー、シロウ。

__コレをアナタにあげる。

__ワタシの魔法が守るから。

 

 

その兵士は『俺の魔女(めがみ)』と笑いながら喜んでそのお守りを胸の中にしまった。

 

そして兵士は打開するために突撃した。

 

しかしその兵士は戦いの中でネウロイのビームが心臓に刺した。

 

魔女は空からそれを見て悲しみ叫んだ。

 

しかし魔法は奇跡を生む。

 

その兵士は生きていた。

 

魔法力を帯びたお守りが心臓を護ったから。

 

 

__"俺の魔女"が護ったんだ!!

__だから俺は生きる!

__生きてアイナと添い遂げる!!

 

 

その銃槍がネウロイを貫いた。

 

これはカールスラントで起きた魔法の奇跡。

 

地上に降りた女神(まじょ)と、人の身でありながらもネウロイを討ち倒したとある英雄王の誕生である。

 

 

 

 

 

 

『随分とロマンチストな話だがその扶桑人は生身でネウロイ倒したの?とんでもないな』

 

『そっちもかなり驚く出来事だが本命はまた別だ』

 

『そのお守りから派生した小型自動シールド機だろ?』

 

『ああ、そうだ。直ぐに開発された。そのお陰で陸軍の兵士たちはウィッチと共にネウロイ相手に退かずに戦えた。てかコレが無ければ第一ネウロイ大戦時は乗り越えれなかったと言われるほどだ。そもそもまだストライカーユニットが無かったりと高機動戦術が生まれてない頃の話だ。故にドッシリと構える歩兵を守るためは盾が必要だった』

 

『人類の勝利だな。でも今はもう戦いでは使われてないのか。ちょっと寂しいな』

 

『そんなもんだよ戦争は。だから開発者は必要なんだ。で、そんな開発者は溶接用として自動シールド機を利用してる訳さ。まあコレは手動でやってるから手動シールド機だな』

 

『そういやシールドって大体なんでも防ぐじゃないですか?ネウロイのビームだけじゃなくて物理的な攻撃。あと瓦礫とかも。なんだったら前にお世話になった宮藤診療所では料理の油跳ねとして奥方が使っていたりかなり万能なのわかったんですよね』

 

『まあ奇跡だのなんだの言われてる魔法から生み出された力だ。そりゃ万能であってもおかしく無いな。で、それがどうしたんだ?』

 

『いや、俺ちょいと、思いつきまして』

 

『んあ?思いついた??』

 

『シールドって結局は便利な()のようなモノじゃないですか。透けて見える板。暴力的な攻撃はともかく物理的干渉なら大凡なんでも抑えてしまう。それは人の体だって例外じゃない』

 

『まあ家庭でも不審者対策として防犯用にもあるからな。バッテリーと同じで定期的な魔力供給は必要だが…… で、何がしたいんだ?流石にネウロイの突撃程度じゃ効果ないぞ?』

 

『いや、防ぐ用じゃない、()()用だ』

 

『凌ぐ?』

 

『ハッパさん、これさ__』

 

 

 

 

 

 

___海面で足場とか作れない??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽ 以上、松葉杖のバケツ野郎から ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまえ頭良いけど、頭おかしいなよな」

 

「俺たちは所属上の関係で海軍なんだから基本的に海の上で戦うだろ?それを想定した開発なんだからコレで正しいの!」

 

 

真顔なのか判断に困るチベットスナギツネみたいな表情をした若本にツッコミを受けながらも俺はユニットの整備を続ける。

 

 

 

「俺のストライクユニットは適度なブースト管理が必要なんだ。だからブースト回復のために着地だって要求される訳。ウィッチより長く戦えるがウィッチほど長く飛べる訳ではない」

 

「なんか矛盾してる様で、矛盾してないような変な感じだが、でもそれって黒数じゃなくて普通のウィッチにも使えるんじゃないのか?」

 

「キャパシティーの関係上何かしらのリソースを割けばそりゃ搭載できるが、使用回数にも限りはあるし、発動時間も一分弱程度で防水のみの効果しか無い。あくまでも着地目的なんだから飛行ウィッチからしたら余計な要素になり得るぞ」

 

「それもそうか。でも変な発想」

 

「失礼な。そもそもこのシステムの発端はハッパさんではない()()()()の話から参考にしたんだよ」

 

「参考人がいるのか?」

 

「いるよ、ブリタニアに生活力皆無な眼鏡の友人が一人居る。ワインに酔って口が軽かったその友人から積み重ねてきた開発理想論を色々と聞いてな、話が弾んだんだ。それでハッパさんの話で思い出して、ピーンと来た」

 

 

 

てか機密漏洩は流石にビックリした。

 

気を許し過ぎじゃ無いかと思ったが、その時の俺もワインに少し酔って、色々と話をした。

 

それで余計なこと言ってなければ良いが…

 

まあ互いに酔ってたし、恐らくそこら辺の記憶にないだろう。

 

ブリタニアのワインは美味しかった。

 

そのくらいだ。

 

 

 

「そういや何でストライカーユニットじゃなくて『ストライ()ユニット』なんだ??」

 

「さっきも軽く話だが俺の魔法力は()()()に繋ぐ性質をしているんだ」

 

 

 

俺は休憩がてらに飲んでいたコップを手に取って若本の前に持ってくる。

 

まだ少しだけ残っている液体を彼女に見えるように回す。

 

 

「君たちが普段使うストライカーユニットはウィッチの魔法力が必要だ。それでユニット内にあるバケツの中に魔法力を注ぐんだ。ここまで良いね?」

 

「お、おう」

 

「コレをどのように使うのか。例えば注がれた魔法力をかき混ぜだり、泡立てたり、不純物を掬ったり、熱を与えたりと様々だ。それはプロペラを回すため。それは厚みを増やすため。それは精度を上げるため。それは熱量を高めるため。目的を持って魔法力を応用する。ここまでわかるな?」

 

「わ、わかる。そこは学んだ。大丈夫だ」

 

「なら言えることは一つ。俺はこの過程を全て無視して魔法力を直接的に取り扱うんだよ」

 

「過程を…無視する…?」

 

「そう、()()()に魔力行使する様。

つまりストライクってことだ」

 

「!?」

 

「俺に複雑なシステムを必要としない。何故なら全てが自己完結型だから。簡単に言えばストライカーユニットにあるシステムが体の全てに内蔵されてる状態のことだ」

 

「す、全てが、自己完結……」

 

「さて、ここで問題だ、若本」

 

「ぅぇ!?」

 

 

 

俺はコップの中にある水を全て飲む。

 

 

 

「この自己完結型ってのは俺だけじゃない。ちゃんとこの世にいる。もちろんウィッチのことを言うんだが、それは何のウィッチのことを指してるかわかるかな?」

 

「ええ!?え、え、えっと……うーん」

 

 

 

若本は胡座をかいて頭を捻る。

 

その間に俺はユニット内部の最終チェックを行い、全て終わったことを確認すると蓋を閉めてメンテナンスを終わらせる。

 

しばらくして…

 

 

「わかんない…そんな魔女本当にいるの?」

 

「いるよ。その特定のウィッチはまるで体の中に独自のシステムを得てるような状態だ。使い魔が関係してるのもあるが、でも本当に恵まれた体質じゃなければ使い魔が高性能でも成立しない。人間の視力と同じで、人間がそれに当てはまる能力を秘めてる必要がある」

 

「んん、んんー……ダメだ!わからない!」

 

「残念。じゃあ罰ゲームだ。ほれ…」

 

「わわわ!なんだよ急に!?」

 

 

 

俺はとあるカートリッジを投げ渡す。

 

 

 

「それは小型の自動シールド機だよ。さっき話した海面着地専用のシールドだ。適当に魔法力込めてくれ」

 

「な、なんでだよ。自分でやらないのか?」

 

「まず俺の魔法力は性質が違うからな。レギュラー車に軽油を入れた状態にしてもまともに稼働しないからね。だから()()()の然るべき魔女の魔法力が必要だ」

 

「じゃあ、いつもは誰に……あっ」

 

「そこは正解。大体は北郷に頼んでるよ」

 

隙あらば惚気かよ…

 

「なんか言った?」

 

「いやー?別に?とりあえず生命線に関わるなら協力してやらんこともないな。でさ黒数。さっきの問題の正解ってなんだ?その特定のウィッチってのが気になる」

 

 

 

 

俺は一度コップを下げるために立ち上がる。

 

答えを欲する彼女に背を向けながら宇宙に指を刺して、くるくると回す。

 

 

「自己完結型はあくまで俺専用の用語。本当はもっと単純な性質から。それは人の性格や性質が関わり、また秘めた感情に左右された願いからが立つ。そう言うのを…」

 

 

 

 

 

 

__ナイトウィッチって言うんだよ。

 

 

 

 

 

後ろから「あ!!」と声が漏れる。

 

ちゃんとその答えを宇宙から知ったようだ。

 

軽い授業を終えて、俺は格納庫を後にした。

 

 

 

 

つづく

 

 






舞鶴航空隊が受け入れてるだけで周りからしたら異質そのもの。

認めさせるには…そう!ガンダムだ!!


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13話

もうお前らはよ結婚しろ。


ではどうぞ


 

 

今日は天気が怪しいウラルの空。

 

雨は降らないみたいだが雲が濃く明るく無い。

 

少しだけ暗い昼頃の空でウィッチ達はユニットのプロペラを回して戦っていた。

 

 

 

「感情的だけどしっかり後ろに着いてくるあたり流石に前線のウィッチだな。使ってるのは旧式95だが機動技術は水準を満たしている。しかし単純だから…随分とやりやすいな」

 

 

「逃がさないわ!」

 

 

 

一人は黒数強夏。

ジャケットを靡かせながら空を飛ぶ。

 

もう一人は穴拭智子。

陸軍ウィッチとして負けられない。

 

二人は実力を測るために模擬戦を行っていた。

 

 

 

「さて、ここから上手くいけるか?」

 

 

黒数強夏は空を気にしながら逃げに徹して一切射撃を行わず穴拭智子から逃げ回る。

 

穴拭智子は黒数強夏の飛行訓練時間が少ない故に攻め(あぐ)ねていると思っていたが戦闘が始まり5分経っても反撃してこない彼の逃げ腰に少し苛立ちを覚えていた。しかし怒りに任せても仕方ない。不意をついて距離を詰めてペイント弾で敗北の色に染め上げる。いつでもトリガーを引けるように指を温めながら追跡を怠らない。

 

すると不意に黒数強夏は逃げながら後ろにペイント弾を放つ。

 

 

 

「やっと射撃したと思ったらどこを狙ってんのよ!ちゃんと見ないで撃ったところで当たるわけ無いわよ!」

 

 

 

やっと黒数強夏から放たれたペイント弾。

 

しかしやる気のない迎撃力に穴拭智子は叫ぶ。

 

その声にチラリと視線を向けてまた前に戻す。

 

意も介さない様子に穴拭智子はまた一段と苛立ちを感じていたが、まともな射撃が一つもないこの状況だからこそ奴は何か考えていることを穴拭智子は感じていた。

 

それでももどかしさは長引く。

 

その空の下でウィッチ達が観戦していた。

 

 

 

「おいおい!逃げてるだけかよ黒数」

 

「黒数さん!が、頑張ってください!」

 

「せ、先生、黒数准尉は全く反撃しません…」

 

「そうだな竹井。しかし彼のことだ。どこかで好転するだろう」

 

「え?」

 

「黒数はウラルの空を常に気にしながら飛んでいる。正しくは空のナニカだがな」

 

 

 

第十二航空隊は黒数強夏を応援する。

 

大半は静かに見守っているが、若本徹子のように騒がしさを抑えれない第十二航空隊のウィッチは空を飛ぶ男性ウィッチに焦燥感を投げつけていた。

 

それでも黒数強夏は何かを見定めるように穴拭智子の射撃を凌ぎながら時折後方に迎撃する。

 

 

「智子、なんか張り切ってるね」

 

「あの男性ウィッチには負けたくないらしい」

 

「でも、あの人…黒数強夏、中々やるわね」

 

 

加東圭子、黒江綾香、加藤武子は同じ陸軍ウィッチの穴拭智子の飛行を見守る。

 

終始背後を取っている状態だが焦りもしない黒数強夏の飛行に気味悪さを感じ取る。

 

何よりも驚いたのは黒数強夏が使うストライカーユニットは陸戦ウィッチが扱う関節付きのユニットだった。

 

空を飛ぶためにスラスターが取り付けられた異端なユニットだが、その性能は想像以上に高く備わっており、下で見守っている陸軍ウィッチ達は実際に飛んだとしたら彼の後ろに追いつけることは可能なのか?そんな疑問が空に投げる。

 

 

「これは……」

 

 

少し離れたところで眺めている陸軍中佐の江藤敏子はこの状況に目を鋭く細める。

 

穴拭智子には反撃手段として『燕返し』といった高度な動きができるウィッチだ。しかしそれは狙われる側に立たなければ意味がない。今は黒数強夏を追いかける側になっているため穴拭少尉はその背中を追う以外何もできない状態にいた。

 

ちらりと北郷章香に視線を移す。

 

その表情は余裕があり、柔らかい。

 

彼の強さを信じているようだ。

 

 

 

「自慢の男性ウィッチと章香は言ってたが、どこまでその言葉に信頼が込められているのか気になる限りだ…」

 

 

 

江藤敏子は視線を真上に戻した。

 

そのタイミングで状況は動いた。

 

 

 

「!」

 

 

 

黒数強夏は動き出した。

 

顔だけ後ろを振り向いて穴拭智子の位置を確認しながらペイント弾を後方に放つ。敵の位置を確認している分ほんの少しだけ射撃精度が上がっているがそれでも真上を通り過ぎて当たる気配はない。

 

ペイント弾を無駄にしているだけだ。

 

 

「…!!」

 

 

するとハプニングだろうか。

 

黒数強夏は射撃を止めると機関銃のカートリッジ部分をガチャガチャと触っていた。

 

もしや弾詰まりの不調か?

銃を支えずに激しく揺らしながら後方へ射撃した結果だろう。

 

銃の不調を直すためにほんの少しの減速してしまう黒数強夏。

その隙に穴拭智子は加速して一気詰め寄る。

 

 

 

「無駄な鬼ごっこも終わりよ!」

 

 

穴拭智子はユニットのプロペラを全開に回して黒数強夏へ一気に詰め寄る。

 

 

 

そして…

 

 

 

 

「___ああ、良いタイミングだ」

 

 

 

黒数強夏は空を見てつぶやき、その場でクルリと横に半回転しながら穴拭智子をと対面する様な形で姿勢を変える。

 

もしやこのまま射撃戦が始まるのか?

 

しかし弾詰まりを起こした銃で戦えるはずもなく、仮に射撃が可能だとしてもいつでも回避行動が取れる穴拭智子の方が上手だ。

 

しかし黒数の機関銃は下に向けられている。

更にカートリッジまで手元にある。

 

攻撃手段が無い。

何もできない証だ。

 

 

 

「残念ね!何も進展なく終わるなんて…!」

 

 

 

黒数強夏の飛行時間は40時間未満。

 

坂本美緒に続いて二番目に短い。

 

それはまるで新兵そのものだ。

 

そんな彼がネウロイを落とした??

 

この模擬戦ではいつまでも逃げ回り、無茶な射撃を行って弾詰まりを起こしては攻撃手段を無くした今の黒数強夏の姿は信憑性が低い。

 

一気に畳み掛けようと詰め寄る穴拭智子は銃口を向けてトリガーに指をかけた。

__次の瞬間だ。

 

 

 

「!?」

 

 

 

黒数強夏の魔法力が増幅する。

 

膨れ上がる魔法力に鼓動した黒数強夏のユニットからは一段階強く高められるとスラスターからエーテル化したエネルギーが吹き荒れる。

 

すると黒数強夏はまるで合図を行うかの様に機関銃のカートリッジをガチャ!と強く押し込んで真上に急飛翔した。

 

 

「「「!!?」」」

 

「なっ!なんて上昇力よ…!?」

 

 

まるでパチンコに弾かれた玉だ。

 

それを証拠に黒数強夏は歯を食いしばる。

 

風圧で苦しくなったのかジャケットを雑に脱いで彼は空高く垂直を目指して穴拭智子から距離を取る。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

また逃げられる。

 

小さくなる後ろ姿。

 

彼女は追いかける。

 

それよりまだ鬼ごっこを続ける気か?それとも空高く稼いで弾詰まりの銃でも直すつもりだろうか?だとしたら甘い。

 

 

 

「そうはさせない!」

 

 

 

穴拭智子も垂直に飛び上がる。

 

あの男性ウィッチを追いかける。

 

このまま逃すわけもない。

 

小さくなるその姿を目指して。

目を凝らして、捉えようとした。

 

次は射抜く。

 

 

「ここで……!!」

 

 

 

目を鋭く、奴を捉える。

 

そして……

 

 

 

 

暗がりの昼空は一気に光へと変わる。

 

 

 

「目の()さが命取りだ!」

 

「!!!??」

 

 

人間は暗い場所に合わせて視力を調整する。

 

暗視のため眼が開かれるのだ。

 

さて、ウラルの空は濃い雲によって暗くすこし気持ちが沈みそうな明るさ。そのためいつもよりも大きく開かれた眼。ではもしココに突然、太陽の光が差し込むと人はどうなるだろうか??

 

黒数強夏は影を作っていたジャケットを脇に引っ込めると日陰の量が狭まり、穴拭智子にウラルの太陽が突き刺さる。

 

 

 

「うあ”あ”っ__!!?」

 

 

 

真上を向いていた穴拭智子に焼け付くような光が差し込まれた。

 

あまりにも眩しすぎる夏のお日様。

 

目は強制的に閉ざされた。

 

自衛のため足も止まり、思考も一時的に止まる。

 

その隙に黒数強化は迫った。

 

 

 

「貰った…!!」

 

「っ!!」

 

 

 

接近する。

 

穴拭智子は片目だけ半開きになりながらも黒数強夏の進行方向を予測してトリガーを引く。

 

しかし真上に向けた弾は当たらない。

 

次に穴拭智子は少しでも回避を取れるように後方に動く。

 

その時に見えた…黒数強夏の位置が。

 

 

 

「そこっ…!!……………ぇ?」

 

 

 

人の影だったのに___ 人がいない。

 

そこに居たのは黒数強夏ではない。

 

 

「!?」

 

 

 

 

機関銃にジャケットの腕が絡み付いている黒数強夏の()()()だった。

 

 

 

 

 

「残念だったな、少尉」

 

 

そんな声が真後ろから聞こえる。

 

銃は無いのに、一体何を……??

 

すると黒数強夏の手元に何かが光っている。

 

 

 

__ああ、そう言うことか。

 

 

 

手のひらにペイント弾。

 

弾詰まりと見せかけてカートリッジから数個のペイント弾を取り出して握っていたらしい。

 

それを悟った頃には、もう遅かった。

 

 

 

「してやられたわ……」

 

 

 

身体強化で上昇した腕力から放たれたペイントの弾丸は閃光を生む。

 

陸戦ウィッチが扱う95式のストライカーユニットを敗北の色に染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、舞鶴から扶桑前線基地に異動してから二週間が経過した。陸軍との連携力を高めるために模擬戦や哨戒任務など重ねながらこちらも第十二航空隊の練度を向上させる。

 

それでもまだまだ新型のストライカーユニットの性能に振り回される第十二航空隊、しかし部隊の先生である北郷の指導力が高いこともあり着々と海軍ウィッチたちが成長している事がわかる。俺も准尉として助けれる部分は補佐をしているところだ。

 

もちろん俺自身も鍛錬を積んでいる。彼女達に指導を行う過程で毎日のように第十二航空隊による百人斬りで気の抜けない訓練を行なっている。

 

最初の頃は坂本や若本を除いて1分も経たないで百人斬りを終えていたがウラルに来てからはよちよち歩きだったウィッチ達も強くなり、段々と俺も彼女達を相手に苦戦を強いられることが多くなってきた。随分と嬉しい話だ。

 

まだ目立った実線経験はないため実感が湧かないだろうが、北郷や俺は彼女たちの指導者として少しでも成長を実感させるように働き掛けてるので第十二航空隊のウィッチ達のモチベーションは異国に来ても高い状態で保たれている。陸軍側にも何名か新人のウィッチが駐屯しているが彼女達の実力を追い抜くのも時間の問題だろう。

 

 

 

「良いかい?君たちは精鋭だ。文字通り選ばれてやってきたんだ。舞鶴で一度だけ戦った事があるからとか関係ない。俺たちは北郷少佐の元で訓練してきた。その日々を得てきた舞鶴航空隊ってのは間違いなく選ばれて当然な事なんだよ!」

 

「「「!!!」」」

 

「回数とか、階級とか、そんなのは百日くらい先になったその日に考えておけば良い。結局はその百日目に届くまで得てきた経験値と努力値だけが今もこの先も物語る。だから今日も俺はお前らの自信を折るために倒す!さあ一人ずつ並べ!旧型ユニットでも新型ユニットでも好きな箒を使ってかかってこい!!」

 

「「「はい!!!!」」」

 

 

 

魔力行使によるランニングや素振り、仲間同士のかかり稽古、それらを終えてから始まるのは恒例の百人斬り。

 

強制参加はしていない。

フラフラでやらせるのも危ないから。

 

しかし舞鶴にいたその日から全員が抜ける事なく参加している。自らスパルタへと潜り込むのは皆が北郷先生に示したいため。信頼と努力を見せようとしたいから。

 

 

「黒数准尉!わたしから行きます!よろしくお願いします!」

 

「いつでも来い!」

 

 

互いにユニットを蒸して空を飛び、決められた空域まで飛ぶと闘気溢れる目の前のウィッチから攻撃が始まる。

 

放たれたペイント弾を回避しながらこちらも迎撃を行い、多大な魔法力が込められたストライクユニットの性能の暴力で一気に追い込む。

 

ユニットによる性能差の違いもあり大体は即座に回り込まれてペイント塗れにされたりとウィッチは1分持たないことが多いが、それでも何とかして生き残ろうとする。

 

__生きていれば何とかなる。

 

それは真紅の稲妻であるジョニー・ライデンやジオン公国軍大佐ノリス・パッカードが経験浅い新兵に教えていた事。

 

 

「や、やられた…!」

 

「最後は立ち止まったな。でも即座に上を取ろうとした動きは良かった」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

「よし、次ッ!」

 

 

 

俺と北郷はやり方が違う。

 

北郷は戦技研究の技官としてユニットの性能を活かした戦闘技術をウィッチに落とし込む教育方針であり、勝ち負けはあまり関係させない。

 

それに対する俺はかなり厳しめの掛かり稽古と言うべきだろう。自分よりも強い敵と対面した時に易々と落とされなように立ち回らせるための訓練だ。

 

強い敵ってのは大体自分よりも動きが速いことが多く、基本的に何もできずに落とされる。それはエクバシリーズにも当てはまることで高機動の機体に対してハメられるのはストライクウィッチでも変わりない。

 

北郷も「速い敵は恐ろしい」と言っていた。

戦技研究の技官が言うなら間違いない。

 

でも理解していれば対策はおのずと出来上がる。

 

そのため機動力の高い敵に対して自衛力を伸ばさせるため戦いの中で頭と眼を慣らさせる必要がある。あとフラッシュ暗算による訓練も行っている。

 

俺はそれをウィッチに叩き込んでいた。

 

 

「っ、やはり速いっ!ッッ、でもっ!」

 

「おお?」

 

「なっ、外したッ!?」

 

「おうおう、やるじゃねーか!でもコレで終いだな」

 

 

 

素早い敵にも慣れてくれば迎撃のタイミングや攻撃の差し込み方もわかってくる。

 

 

理解力とは、適応力であり。

 

適応力とは、生存力であり。

 

生存力とは、戦闘力であり。

 

戦闘力とは、理解力に直結する。

 

 

戦いを知ってるから対応できる。

 

そして()()が出来るようになる。

 

それを全員が知れば全員が戦えるようになる。

 

そのためこの先で生き残ることが重要だ。

 

だから理不尽を知ってもらう。

 

そしてわかったのなら考えてもらう。

 

エクバのプレイヤーは連コインしてそうしてきた。

 

 

「次っ!」

 

「はい!」

 

 

撃ち落とす。

 

 

 

「次だ!」

 

「行きます!」

 

 

撃ち落とす。

 

 

 

「さあ!次は誰だ!?」

 

「バカ数!今日こそは!」

 

 

撃ち落とす。

 

 

 

「もっとだ!もっと来い!」

 

「さ、坂本美緒!押して参ります!」

 

 

 

撃ち落とす。

 

 

「はぁ、ふーぅ……よし、次は誰だ?」

 

「竹井醇子です!よろしくお願いします!」

 

 

 

模擬戦のルールとして自動的に展開されるシールドを張った時点でウィッチの負け。もしくはユニットが少しでもペイントに染まった時点で負けの判定。それは墜落した判定になるから。

 

 

「ふー……終わりか?全員か…?」

 

 

「うへー、強いよー」

「黒数ちゃんすご〜い」

「ダメだ勝てない、強すぎる…」

「准尉、相変わらず容赦ないね…」

「11人連続で相手して、コレって…」

「ちくしょう!また黒数にすぐやられた!」

「い、一分は、持ったぞ……でも疲れたぁぁ」

 

 

「ん、終わりみたいだな」

 

 

やっと地面に降りる。

 

目の前にはユニットを外して座り込み、息を絶え絶えに敗北を受け入れたウィッチ達が悔しがったり、一人で反省会を開いたり、大の字で倒れていたりと様々だ。

 

ちなみに俺も息が上がっている。

流石に大変だし、とても厳しい稽古。

 

何せこの娘達も段々と強くなっているから回数を重ねるたびに俺も危うくなる。しかし俺まだ空で誰にも負けてはない。准尉としての意地もあるので俺も彼女達に追い越されないよう頑張らないとならない。

 

まあこうした相互関係があるからこの百人斬りの訓練は全体的に練度を向上させる事ができるので効率がいい。俺は先生側だが随分と鍛えられるのでありがたい限りだ。

 

 

「今回は俺も流石に危なかった。つまり君たちが全体的に強くなってる証だな」

 

「「「!!」」」

 

「明日は今日より4ミリくらい強くなってるはずだから今回の掛かり稽古は仲間と反省点と情報交換するように。飯を食いながらでも、湯船に浸かりながらでも、夜寝る前にでも自由にしてくれ。じゃあこの後はユニットの外装を綺麗にして訓練終わりにする…解散ッ!」

 

「「「お疲れ様でした!」」」

 

「それと卵焼き焼いといたから、好きにしろ」

 

「「「食べりゅゅう!!」」」

 

 

訓練が終われば甘い卵焼き大好きな女の子に早変わりするウィッチ達、ストライカーユニットを抱えて格納庫に駆け出した。

 

俺は正直なその後ろ姿を見送りながらカラカラと笑いながら…

 

 

 

「黒数さん、これを」

 

「いつもありがとう、竹井」

 

 

 

バインダーを受け取ってそれぞれの成果を確認する。半数以上が1分を超えて、坂本美緒が今回3分を超えていた。二週間前までは誰も数十秒で終わってたのに成長したな。

 

 

「えへへ…今回も私は一分未満でしたね…」

 

「ええと竹井は、36秒……普通だな!」

 

「ふ、普通…」

 

「ま、この部隊ではな」

 

「?」

 

「つまり他の部隊なら普通以上ってこと。普通以上ってことは上に伸びてること。伸びてるってことは成長していること。つまり君は大変良くやっている訳だ」

 

 

 

置きやすい位置にある頭をポンポンと叩いてやれば「ぁぅ」と反応する竹井。

 

 

 

「北郷先生の訓練を受けてるウィッチだ。そしてその北郷先生から絶対的信頼を受けているこの俺が君達に空を教えるんだ。成長して当然だよ。当たり前だよなぁ??」

 

「うわわわわ!!」

 

 

 

わしゃわしゃと乱暴に頭を撫で回す。

 

軽くお眼目がぐるぐるになる彼女の眉間に2本ほど指をトンっと置いてやれば彼女はハッとなって俺と視線が合う。

 

 

 

「君は立派だよ、竹井醇子」

 

「!」

 

「これからも頑張ってほしい」

 

「ぁ……っ、はい!」

 

 

 

まだ殻の付いたヒヨッコ。

 

俺がその頭をわしゃわしゃしたところでその殻は自分で外すしかない。でも頭に付いたモノくらい外せる腕が彼女にはあるんだ。俺はその時を見守ろうと思う。これはとある人の約束だから。

 

 

 

「黒数、お疲れ様」

 

「北郷か。どうやら会議は終わったみたいだな」

 

「ひと段落ってところかな… お?今日はどんな感じだい?」

 

「ん、これ」

 

 

手元にあるバインダーを見せる。

 

 

 

「坂本が3分18秒か」

 

「新型に対する技術力が一番あるよ。若本とは相対的に落ち着いて空を飛んでいる。まあ落ち着きすぎて攻撃回数は少ないが…」

 

「だが一撃離脱の戦法によく合う。若のように突貫力があるのも良き事だがな。しかし数値化すると良く見えてくるな」

 

「むしろなんで今までやってなかったのか不思議だねぇ。なぁ、北郷少佐?」

 

「うぐ……き、君が惨めに空から落ちなければ良かったんだ」

 

「なにが『うぐ』だよこの甘ちゃんめ。実験中に堕ちてくたばっていた俺も悪いけど、君も少しながらでやり過ぎたな?」

 

「わかっている…その通りだ。魔女候補生だった彼女達の指導に手を抜いたつもりはないがそれでも変わりなさすぎた。君と言う人物を見てきたのに私は私のままだった。今でも恥ずかしく思ってるよ」

 

 

 

互いに思い出す苦い記憶。

 

俺は何もしてあげれず、そして彼女は何も変わらず、ただ魔女候補生だった舞鶴航空隊の育成に励んでいただけ。別にそれが間違いだとは言わない。

 

しかしまだ幼い彼女達にできる事を幾らでも増やせる筈だった。そんな俺は情けなく倒れてないでもっとはやく彼女の手伝いをしてあげれたらどれだけ良かったかと、今でも後悔している。

 

だから今取り戻そうと頑張っている。

 

そのための数値化。

 

フラッシュ暗算と似たようなモノで、それらを数字に出して、彼女達に積み重ねの数量を理解してもらう。

 

 

重ねてきたモノ()を裏切りにしない。

 

北郷章香にも言った言葉だ。

 

 

 

「彼女達はまだ新兵。だから知ってる事、できる事、先人だから差し出せる事を彼女達に見せてやらないとならない。俺が黒数強夏だからやってあげれる事を彼女にしてあげるんだ。もちろん北郷もな?」

 

「当然だ。そのために無茶も通した。技官もやってきた。裏切らないように努力するさ」

 

「それは頼もしい。なるほど、だから皆はそんな北郷先生のことが大好きなんだろう。ああ、好かれることは良い事だ」

 

「!」

 

 

 

自己評価が低い皆の先生。

 

実際に彼女は弱音らしき言葉を吐いている。

 

自分は舞鶴くらいしか守れない、と。

だから強くなる皆に扶桑を託したい、と。

 

生徒にそう言って、生徒もそれを知っている。

 

でも先人として彼女は示す、その強さを。

それから、めいいっぱいの優しさも与える。

 

そんな素敵な北郷先生が皆は好きだ。

 

だから皆は北郷先生に応えようとする。

 

ちゃんと彼女は慕われているんだ。

 

階級など関係無しに。

 

 

 

「ぅむ……な、なら、君は?」

 

「?」

 

「いや、その、好かれ…ええとだから、君は…」

 

「え?…あー、そうだな」

 

「…」

 

「俺はまず胃袋を掴んで皆に好かれたよ。コレが俺のできる事だからな」

 

「ぁ、いや、そうじゃなくて……だから…」

 

「?」

 

君も私が…いや…なんでもない…」

 

「ええ?なに?」

 

「もういい…うるさい」

 

「ふぁ!?遅めの反抗期…!?」

 

 

 

どこか不機嫌そうにポニーテールを揺らして去っていく北郷。

 

俺は「えー?」と頭を傾げながらもバインダーの紙に目を通しながら後にした。

 

 

 

ちなみに格納庫から「やはり夫婦だな」とウィッチ達が顔を出して頷いていた。

 

もちろん俺や北郷は知る由も無い。

 

つまり第十二航空隊は平和です。

 

 

 

つづく

 

 






軍神の隣に立つ男が弱い訳がない。
それ相応にやって来た、この12話まで。


ではまた


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14話

ルミナスウィッチーズが毎回神回でもう好き(好き)
あと新アニメ、水星の魔女も楽しみですね。

ではどうぞ


 

 

今こそネウロイは空を飛んでいるが、実際は地上の方が数を占めている存在だ。

 

これには俺も驚いた。

 

何せストライクウィッチーズのアニメでは空を飛び回るウィッチばかり描写されているから空がメインだと俺は勘違いしていた。

 

しかし冷静に考えればストライクウィッチーズは史実をオマージュした作品であり、陸と空の比率を考えればダントツに陸の方が多いに決まっている。

 

つまり地上のネウロイが多いということは戦うウィッチも陸のほうが多い。

 

数字に表すと九割以上が地上ウィッチであり、残りの一割以下が飛行ウィッチである。

 

これが真実だ。

 

それはつまり…

 

 

「空を飛べるウィッチってがまず希少なのか」

 

「黒数さん?」

「黒数ちゃ〜ん?」

「准尉、どうした?」

 

「ああいや、なんでもない。とりあえず決められたポイントに先行する。北郷部隊の合図と共に前線を援護だ。俺たちで三人で中核を仕留める」

 

「りょ、了解です!」

「は〜い」

「ああ、了解だ」

 

 

海に面したブリタニアの街と、同じく海に面した舞鶴市にしか俺は足を踏み込んでいない。

 

あと二ヶ月間の情けない空白期。

そのため俺は地上ウィッチを全く見たことない状態で軍に配属された。

 

しかし今回ウラル前線に配属されてからは地上ウィッチの姿をよく見かけるようになった。

 

そのため思わず「珍しい」と言ってしまったが北郷からは「いや、寧ろ逆だな」と説明を受けてウィッチの比率と真実を知った。

 

 

__私たち飛行ウィッチは1割以下しか存在しない。

 

 

認識が大きく変わった。

 

そして、空の意味を改めて認知した。

 

制空権は大事だという事を。

 

そう考えるとインフラ爆撃は恐ろしいな。

 

これだけで人類は機能停止するんだから。

 

 

 

「ネ、ネウロイの群れです!」

 

「見えてるよ竹井、落ち着こう」

 

 

緊張感が走る。

 

俺は心配させぬよう落ち着いたように返す。

 

しかし俺もネウロイと出会うのはこれでやっと二回目と言ったところだろう。

 

少しだけ緊張感しているが、あれだけ北郷達と訓練してきたんだ。不安に思うものか。

 

 

「俺たちはこのまま上昇した後にネウロイの中核を真上から叩く。奴らは地上に夢中だから初手は確実に貰い受けれるだろう。そして一気に降下して殲滅を行い北郷部隊と合流する形で前線を一時離脱する、良いな?」

 

「はい、了解しました!」

「了解で〜す」

「うむ、了解した准尉」

 

「それじゃいくぞ」

 

 

 

 

オペレーション、黒と三連星(ダークメテオライト)、開始!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上を援護する北郷部隊の真上に四つの黒い彗星が疾った。黒数部隊の作戦の内容を聞いていたとはいえ地上の戦いに夢中で空高く真上を通過する存在に気づく者はそう多くなかった。それだけ高く空を飛んでいたから。

 

だが戦況が変わり始める空気を肌で感じた北郷章香だけが一瞬だけ空を見て、ほんの少しだけ笑みを浮かべてそれを戦意に変える。接敵するネウロイを扶桑刀で斬り落とす芸当を見せれば地上にいる者達は感激の声をあげてネウロイから空を支配するウィッチを讃える。飛行ウィッチとはそれだけ英雄視されるほどに選ばれた存在だから。

 

 

「私たちも負けてられないわね!」

「穴拭、これは競い合いじゃないわよ?」

「まったく…とりあえず遅れないように」

「行くわよ」

 

 

第一戦隊の陸軍ウィッチも海軍に負けじと空から地上のネウロイを押し切る。戦況を押され始めるネウロイも戦線の厚みを絶やすまいと援軍を送り、そして少しずつ中身が薄れてきた。

 

そして、その真上では捕捉されていない四人が薄くなるネウロイの膜を待っていた。

 

 

 

「降下榴弾、用意」

 

「「「用意」」」

 

 

オペレーション『黒と三連星(ダークメテオライト)』の中核となる黒数強夏は誰も気づかぬ空高い場所から静かに合図を出すと、黒数部隊のウィッチ三名は抱えてきた榴弾を下に向けながら黒数強夏を囲うように位置取りを行う。

 

その間に黒数強夏は手元に魔法力を巡らせながら頭の中で英雄が使っていた武装を想像してソレを召喚する。一瞬だけ青白い光が手のひらで瞬くとずっしりと重量のある武装が肩の上からのしかかった。

 

 

「発射3秒前」

 

 

3__2__1___投下ッッ!!

 

 

「投下!」

「とうか〜」

「いきます!」

 

 

三人のウィッチは手元をパッと離して榴弾を真下に投下する。

 

そして黒数強夏は召喚した武装、ドムのメイン兵器である『ジャイアント・バズ』の重量を活かして垂直に落下する。魔法力で身体強化を行いながら風の抵抗を無効化させるとストライクユニットのスラスターからはエーテル化したエネルギーが吹き荒れてどんどん加速する。

 

綺麗な三角形を描いて投下する榴弾の間に挟まる黒数強夏を併せて四つの黒い落下物がネウロイの中核、もしくはこの戦線をコントロールするネウロイの真上に降り注ごうとする。

 

 

 

「キィィィ??」

 

 

空からの違和感。

 

だがもう遅い。

 

黒数強夏は有効射撃距離まで入った瞬間連続でトリガーを引いて最大6発分のジャイアント・バズを全て撃ち放つ。

 

我が物顔で地上に降り立っている大型ネウロイの頭上からジャイアント・バズが襲いかかると逃げ場を消すように投下榴弾も降り注ぎ、狙い定めたその一帯は大爆発を起こしてネウロイ達を破壊した。

 

「どうした!?今のは!!?」

「なんだなんだ!?」

「おお!まさか!!」

「ああ!もしやアレをウィッチが!!」

「やったぞ!地上の大型ネウロイをウィッチ達が消し飛ばしてくれた!」

「後に続けぇ!ネウロイを押せ!このまま一気に押すんだぁぁ!!」

 

 

「北郷先生!」

「投下爆撃が決まりました!」

「うっしゃ!黒数やるじゃん!」

 

「よし、このまま前線をこじ開けて陸軍と共に内側からネウロイを討つ、一気に続け!」

 

「「「了解!!」」」

 

 

ネウロイの群れをコントロールしていた大型ネウロイが破壊されたことで前線のネウロイは目に見える勢いで統率が取れなくなる。

 

塹壕に隠れていた兵士も陸軍ウィッチも好機とばかりに反撃を開始した。

 

 

 

「さて、これはもう良いな、ほれ」

 

 

身体強化された腕力でジャイアント・バズを真下に投擲すると混乱して動きが悪くなるネウロイの真上に降り注ぎその重量で地面深く叩き潰された。すると手元から離れて役目を失ったと認知したジャイアント・バズは音もなく消え去ると新たに黒数強夏は武装を召喚する。

 

先ほどのジャイアント・バズと同じようにドムが使用していたザク・マシンガンを召喚して腰にある機関銃と合わせて二丁構えて接近するネウロイに乱射する。

 

ネウロイのビームが黒数強夏に襲いかかるがそれを難なく回避しながら射撃を行い立ち止まるネウロイを撃墜すると更に真上から弾幕が襲いかかる。

 

 

「やぁー!」

「くらえ〜くらえ〜!」

「落ちろー!」

 

 

榴弾を落としていた黒数部隊のウィッチ達も降下しながら機関銃で弾幕の雨を形成すると取り残しのネウロイを破壊する。

 

黒数強夏は彼女達の合流を待ちながら使い切ったザク・マシンガンを手元から消して次にとても長い棒を召喚しながら黒数部隊のウィッチ達に合図する。このまま北郷部隊との合流だ。

 

 

「竹井、手を貸して」

 

「はい!」

 

 

黒数強夏は召喚した長い棒を横に伸ばしながら竹井醇子に近づけると彼女はソレを掴み、黒数強夏はストライクユニットのブーストを鎮めて冷却状態にする。鉄棒にぶら下がる形で黒数強夏は竹井醇子に身を任せて合流地点まで進行する。

 

 

「残党来ます!」

 

「了解した。竹井はこのまま進め!」

 

「は、はい!」

 

「二人は竹井を守る形で陣形を組め!俺はあと少し!」

 

「「了解!」」

 

 

黒数強夏は片手でぶら下がりながらもう片方の手で機関銃を再度構えて射撃を行いネウロイを蹴散らしながら目的地まで押し通す。

 

合流まであと少し。

 

そうすれば離脱が完了する。

 

 

そして___

 

次の瞬間、下から何かが襲ってきた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

地面に浅く潜っていたネウロイ。

 

ここに来てまた新型が現れた。

 

ネウロイの額が赤く光り、ビームが放たれる。

 

 

「黒数さん!?」

「准尉!!」

 

「この新型ッ!つくづく弱点を!!」

 

 

黒数強夏は即座にビームシールドを展開してネウロイのビームを受け止めるが、竹井醇子は思わず攻撃に足を止めてしまい側面にいたウィッチと離れてしまった。

 

 

 

「黒数さん!」

 

「竹井!棒ごと手を離せ!」

 

「!!?」

 

「はやく!」

 

 

命令のままに竹井は手を離してしまう。

 

 

「それから、すぐに回収しろよ!」

 

「黒数さん!!」

 

 

まだ黒数強夏のストライクユニットのブースト回復は充分に行われていない。

 

しかし黒数強夏は長い棒の丙部を掴み直すとビームシールドを展開した魔法力をそのまま伝達させる。

 

すると長い棒は魔法熱を帯びるとドムが白兵戦で扱う『ヒートサーベル』として一気に殺傷力が上昇した。それを地面に潜っていたネウロイに突き立てる着地と共に貫き、丙部を逆手に構えると身体強化を行なって一気にネウロイの胴体を振り抜いた。

 

 

「俺はともかくレディを下から覗くとはこの俗物がァ!!」

 

「キィィィ__!!?」

 

 

魔法熱により強引に溶断されたネウロイは悲鳴をあげる。

 

 

 

「アレは黒数!?」

 

 

大ぶりなオレンジ色の斬撃は北郷章香の目に留まる。その先ではもう一度ヒートサーベルをネウロイの胴体へ強引に突き刺して固定する黒数強夏の姿。

 

その下にいるネウロイは黒数強夏を振り落とそうと暴れるが胴体に突き刺さっているヒートサーベルが黒数強夏の支えになってるため振り落とすことも叶わない。ネウロイを見下ろした黒数強夏は機関銃で残りの弾を斬撃でこじ開けた傷口に撃ち放ってネウロイを追い込み、トドメにヒートサーベルを更に深く突き刺した。

 

 

「く、黒数…?」

 

 

北郷章香は思わずその名を呟く。

 

その所業はまるで無慈悲を形にした狂気。

 

まるでネウロイを絶対に葬ろうとする黒い悪魔だった。

 

そして黒数強夏は深く突き刺したヒートサーベルを放置してネウロイの胴体を駆ける。

 

一度だけスラスターを蒸して高く跳び、空を見上げながら手を真上に伸ばして叫ぶ。

 

 

 

「竹井ぃぃ!」

 

「黒数さーん!!」

 

 

 

声に反応した。

 

いや、彼の言葉を信じて待っていた竹井醇子は一気に降下して伸ばされたその手を掴み、黒数強夏を回収する。

 

そのタイミングで下のネウロイは弾け飛んだ。

 

こうして新型ネウロイは一人の青年によって真価すら発揮されなかった。

 

 

 

「よくやった、えらいぞ!」

 

「はい!はいっ!!」

 

 

 

手が空いてたらその頭をめいいっぱいに撫でてやりたい。黒数強夏はそんなことを思いながら一息付いてホッとする。

 

竹井醇子は仲間と共に前線を乗り越えれた喜びを感じながら尊敬するその人物の手をしっかり握りしめて空を進み、待っていた黒数部隊のウィッチ達と合流が完了する。

 

 

 

「終わったぞ、北郷少佐」

 

「ああ……ご苦労だった!黒数准尉!」

 

 

戻って来た彼の姿にほんの少しだけ身構えそうになる。

 

だがその表情を見て北郷章香はホッとした。

 

いつもの頼れるみんなの黒数強夏だから。

 

 

 

「さあ!残存戦力を殲滅してこの戦線を勝利に!」

 

「「「了解!!!」」」

 

 

 

 

オペレーション『黒と三連星(ダークメテオライト)』を完了させた黒数部隊と共に北郷部隊は空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

とりあえず一区切りとして人類側は一つの勝利を得たことで瞬くまに朗報として浦塩全体に舞い込む。

 

それでもウラル前線はだだっ広いから一つ打開したところで少しの前進に過ぎない。

 

しかしそれでも陸軍からしたらネウロイに打ち勝てたことは人類側にとって大きな勝利に違いなかったため大いに喜ばれた。

 

 

まあ、それはそれとしてだ。

 

 

話の問題はここから。

 

 

第十二航空隊が駐屯する基地への帰り道で陸軍達の上を飛行したのだが、俺の存在は軍から大変驚かれた。それもそうだろう。世界に一人だけの男性ウィッチだから。

 

一応、新聞や報道などで俺の存在は噂されていたがあくまでそれは噂程度。当然ながら信憑性は低い。そのため何かの間違いだと思われていた話だったが、今回の戦いで実際に目の当たりにしていた陸軍達から「ウッソだろお前!?」と男性ウィッチの実在に大変驚いていた。あと若本から他人事のように揶揄われて北郷は苦笑いしていた。

 

そんなこともあったので世間は男性ウィッチが実在した話題で持ちきりになった。

 

それから前線の打開が済んだ数日後の事だ。

 

 

 

「まあ覚悟はしてたけど。俺も本格的に有名人だな。これで世界クラスだよ」

 

「ふふっ、これはおめでとうかな?」

 

「鼻が高いくせに疑問かよ、北郷」

 

「ふふっ、バレてたか。だが実際に鼻が高い限りだよ。黒数強夏の活躍が世界に知れ渡る。それは私にとっても、扶桑にとっても大変喜ばしいことだからな」

 

 

 

カラカラと笑う北郷。

 

本当にうれしそうだ。

 

 

「あー、ところで准尉として通して良いのか?」

 

「ああ、君は軍隊の一部だ。そう扱われて欲しい」

 

「わかった」

 

「本当は軍服まで着てくれると良いのだが、それだと君らしくもないか」

 

「いつもの黒いジャケットで良いよ。ハッパさんのお古だけど」

 

「そうか……む?黒数ちょっと待て欲しい」

 

「どうした?」

 

「いや、襟が少し内側に曲がってるぞ。あとちょいと癖毛が付いてるな。それとゴミも肩に乗っている。ああ。ちょっと動かないで」

 

「悪いな」

 

「ふふっ、かまわないよ」

 

 

柔らかく笑みながら手入れされる。

 

すこし面映ゆいな。

 

 

「これでよし!しっかり写真撮影を決めておいで」

 

「分かった、君の自慢として決めて来る」

 

「ふふっ、いってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 

 

彼女に見送られて舞台に上がる。

 

 

 

「うーーん……うん!だね!」

「夫婦だな!」

「そだねー、夫婦だね」

「やっぱりあの御二方は夫婦でしょ」

「ああ、夫婦の他ならないな」

「今日は砂糖無しの卵焼きで良いだろうな」

「いいな〜、お似合いだな〜」

「どうあがいても夫婦、はっきりわかんだね」

 

 

 

写真撮影舞台の傍からヒョコッと顔を出している第十二航空隊のウィッチ達だが何やらヒソヒソと話している。

 

そんなに俺が写真撮影とか変か?

少し拗ねるぞ…?*1

 

 

さて、大層に写真撮影とは言っているが撮影場所は名も無き扶桑軍前線基地。

 

内地からはるばるこんな辺鄙なところまで足を運んで取材に来る記者が多い。

 

しかも今回は特に多い。

 

それは…

 

 

 

「あなたも撮影ね、黒数」

 

「穴拭か。戦闘脚を97に転換してからは活躍が目覚ましいと聞いてるよ」

 

「ええそうよ!そうよ!その通りよ!前なんて速攻でネウロイなんて斬り落としてやったんだから!動きも良くなって体が軽いのよね。だから今度の模擬戦は私が勝つからしっかりユニット洗って待ってなさい!」

 

「なるほど。つまり次で十連敗だな。勝てると良いな?俺とストライクユニットを相手に」

 

「勝つよ!97は本当にすごいんだから!次こそは勝てるわ!」

 

 

彼女は穴拭智子、陸軍の少尉ウィッチ。

 

今は軽口叩けるくらい何かと仲良くやっているが最初の内は何かと噛みついてくることがあった。

 

ちなみに噛みついてきた理由が『男性ウィッチで不気味だから!』と結構雑な感じだった。

 

これが穴拭智子らしい。

 

まあそれも仕方ない話だ。

 

誰も異端な存在に対して不安になる。

 

なので俺も「そうだな」と適当に返したりを繰り返していたある日のことだが急に模擬戦を申し込んで来た。

 

俺は北郷から許可を貰ってから穴拭と模擬戦を行い、太陽の光と腕力でペイント弾を穴拭にぶつけてルール上の勝利を得た。

 

もちろんこのやり方で負けた穴拭は「納得いかない!」と抗議してきたら彼女の上司である中佐の江藤敏子が「彼の戦略に狩られて負けたのよ穴拭」と一喝して渋々敗北を受け入れた。

 

それから先は基本的にまともな模擬戦を行ったが穴拭智子は俺に勝つことは出来なかった。ストライクユニットの性能が段違いなのもあるが純粋に彼女よりも俺の方が全体的に強いらしい。

 

これも赤城の船でバケツだけにバケツ野郎の汚名を被りながらも北郷と訓練してきた結果だろう。あと百人斬りのお陰で模擬戦程度なら息切れの心配が無いこともある。弱点はストライクユニットが長時間飛べないことだろう。

 

それでこれまで9回程模擬戦を行ってきた。

次で10回目だ。

 

そしたら10連勝だな。

 

 

 

「はい、撮りますよー!」

 

 

 

俺はシャッターの光に包まれる。

 

そしたら何かポーズを強請られた。

 

すると穴拭から声をかけられて振り向くと鞘入りの扶桑刀が投げられた。

 

俺はそれを受け止める。

 

鞘に入ったまま扶桑刀の剣先を地面に付けて縦向きに支えると、あとはそれらしく決めるていれば満足したかのように記者はフラッシュを焚いて写真に収めてくれた。

 

 

そして後日、多くの記事が世間に出回った。

 

 

 

__扶桑海の大鷲

 

__ウラルの益荒雄

 

__黒き疾風迅雷

 

__頂の黒彗星

 

__水星の魔女

 

 

 

様々な異名が広まっていた。

 

どれもインパクトある名前だ。

 

 

しかし、とある有力記事に書かれていた異名が世間の人々に目に入った。

 

 

それは俺が実際に答えた質問をそのまま載せたまでである。

 

 

 

 

_もし異名で呼ばれるならなんですか??

 

 

 

 

それを本人に聞くにはこそばゆい質問だ。

 

異名とは世間が名づけるものだ。

 

それでも俺は少しだけ考える。

 

この力の事を想像する。

 

そして、冗談混じりに…

 

___こう伝えた。

 

 

 

 

 

ガンダム、かな?』

 

 

 

 

 

なんてことない質問に返したつもりだった。

 

一応その意味を質問者に問われたが途中で北郷に呼ばれたので詳しい回答はは打ち切りにした。

 

まともに返してない話。

 

なので俺的には無いものだと思った。

 

しかし記者は、考えた。

 

聞いたことのない言葉。

 

その意味はなんなのか?

 

まるでマフティーを考察するコメンテーターのように。

 

そして、考えて、こう描いた。

 

 

 

 

 

それは陸海空の全てを背負った 甲。きこう

それは箒の魔女達を空へ息吹く 輪。どうりん

それは突然現れた魔法を秘めし 人。いくさびと

それは軍神北郷を支える黒柱の 塊。しこん

それは平和を求めし人類たちの 星。ねがいぼし

それは彗星の如く掴む事叶わじ 辺。なへん

それは厄災から救われし宇宙の 路。ゆめじ

 

 

 

 

 

 

そんなの事を世間はこう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機 動 戦 士 願 那 夢(きどうせんしガンダム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっっっずかしぃぃぃ!!!!!

 

 

 

 

 

あまりにも恥ずかしすぎるタイトル回収。

 

 

格納庫で頭を抱えてドタバタと転がる。

 

 

バケツがあったら今すぐ潜りたい気分だ。

 

 

新聞を持ってきた坂本に少しだけ心配された。

 

 

そして、その日は約束の模擬戦。

 

 

調子を落とした俺はそのまま穴拭智子に負けた。

 

 

 

 

 

 

つづく

 

*1
申し訳程度のクソボケ






やっとバーサス要素しましたね。
まぁこんなのおまけ程度ですよ。

この小説の目的は北郷章香です、はい(俗物)


ではまた


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15話

申し訳程度の日常回。
でも周りに女性しかいないので大変なんです、色々と。

ではどうぞ


 

 

「やっぱりズルいわ、その()()()()

 

「?」

 

「なに分からない顔してるのよ!武装召喚の魔法の事よ!ほんと、銃火器を異空間から引き寄せて自由に扱うなんて異常だわ。しかも一度異空間に収納すれば次取り出すときに弾が補充されてるなんて欲張りも良いところよ」

 

「ああ、なるほど。確かにこの固有魔法がイカれてるのはわかる。でも戦争中しか取り柄のない力だ。戦いが無くなればこんな固有魔法はお役目ごめんだ。なら使い所が戦時中しかないこの瞬間だけは贅沢に欲張っても良いだろう。それにこの固有魔法の使用者が俺で良かったと思ってるし」

 

「それはなぜかしら?」

 

エクスウィッチ(アガリを迎えた魔女)には重たいからな」

 

「!」

 

「ウィッチの全盛期は短い。そうなればウィッチもアガリを迎える前に少しでも多くのネウロイを葬ろうと奮起するだろう。しかし俺は思うよ。成熟していない女性がこの力によって戦場の兵器として死に急がせてしまうとしたらそれは悲し過ぎる」

 

「そんなの覚悟の上だわ。力の有無なんて関係ないわよ…」

 

「だな。この世界の女性はとても強い。それでも素敵な青春時代を銃火器に捧げてしまうのは少し悲しいかな。だからこの力の矛先が俺でよかったと思ってる。二十歳を超えてもアガリを迎えない特別性の男性ウィッチだから気負いなく戦える」

 

「でもそれだとあなたは死ぬまでネウロイと戦うって事よ?アガリで解放されることもなく永遠と戦場に縛られたまま。その役割はいつまで続いてしまうことになるのよ?」

 

「わかってるよ。でもこの力が存在するということは誰かがやらなければならない。誰かが何処かでその業を背負って引き金に指を掛けなければならない。それが何億人と居る世界の中で俺だっただけの話だった」

 

「黒数……」

 

 

 

夏の空が終わりそうな季節の空で俺は彼女に意味を教える。

 

今日は陸海を混合した哨戒任務。

 

陸軍と海軍の連携力を高めるためにも今回は穴拭と共にペアを組んでいる。

 

ウラルの広い戦線を二人で見守っていた。

 

 

 

「魔法は人間が生み出した奇跡。それは人類の願いを意味する。この力は俺に願われた。だからこの体に魔法が備わって空を飛ぶようになった。ネウロイを討つために俺という存在がこの世界で出来上がったならこの奇跡(願い)で起こすしかない。世間が望む願那夢(ガンダム)としてネウロイを討つことで示すんだ、ウィッチとなった俺が」

 

「覚悟、決まってるのね」

 

「ああ。舞鶴で決めたよ」

 

「そう」

 

 

 

手の甲に淡く光る『233cost』の数字。

 

それは厄災を落とす度に増えていくカウント。

 

小型はそう簡単に増えない。

それでも数を重ねれば増える。

 

中型以上を落とせば確実にカウントが1増える。

人類を脅かす厄災を討ち払った証。

 

そしてこの『cost(コスト)』コレは恐らく、そうなのだろう。

 

戦えば戦うほど増える。

 

それはつまり戦わなければならない。

 

まるでロールプレイングゲームだ。それとも地下に落とされた人間とモンスターの物語だろうか?やってることは虐殺によって膨れ上がる自己満足(ラブ)に過ぎないが、そこは俺も変わりない。

 

皮肉だな。

コストが高くなればそれだけ嬉しくなるから。

 

 

 

「さて、視線の奥では居てはならないヤツが空を飛んでるみたいだな」

 

「ええ、見えるわ」

 

「どう見てもネウロイだな。あと偵察型の」

 

「なら早めに落とすわよ」

 

 

 

しんみりとしていた空気はウラルの風に乗せて取り払われる。

 

俺と穴拭の視線はまだこちらに気づいていないネウロイに注目して、雲に隠れながら真上を取って武器を握った。

 

 

 

「俺は自動でシールドは展開できないからこの場で援護する。前をよろしく」

 

「ええ。でも私はあなたに出番を与えるつもりはないわよ?」

 

「言うじゃねーか」

 

「誤射だけは気をつけなさい……よっ!」

 

 

 

そう言って扶桑刀を引き抜いた穴拭は偵察型のネウロイに突貫して一気に羽を斬り落とす。

 

ネウロイは接近に気づくも97式の戦闘脚(ユニット)に機種転換してからの活躍が目覚ましい穴拭に敵うはずもない。

 

言葉通り出番は無さそうな俺だが念のためリック・ディアスが扱う『クレイ・バズーカ』を両手に構えながらネウロイを上から追う。

 

 

「落ちなさい!」

 

「キィィィ!」

 

 

しかし援護の必要は無いみたいだ。

 

穴拭はネウロイの両羽を斬り落とすと飛行能力を奪い、最後は胴体を両断する。

 

装甲を散りばめてネウロイは弾けた。

 

 

「ふっ、なんてことないわね」

 

「新型ユニットの性能がネウロイに追いついているんだ。やはり機動力は大事だな」

 

「貴方に言われると痛快するわ」

 

「おいおい、まだあの時の模擬戦を根に持ってるのか?」

 

「さて、それはどうかしら。でも機動性の高さは殲滅力に直結することを貴方との模擬戦で改めて再確認したまでね。やはり速いのは良いことよ」

 

「そうだな。当たらなければどうってことないってセリフがあるくらいだ」

 

「なにそれ?」

 

「そのままの意味だ。とりあえず周辺空域を哨戒……の前に、穴拭」

 

「?」

 

「文字通り手を貸して。そろそろ落ちる。いや落ちても良いけど地上で回復すると上昇の手間が掛かるから手を貸してくれると助かる」

 

「便利なのか不便なのか分からないわね。とりあえず手は貸すわよ」

 

「ありがとう」

 

 

直接触れる必要が無いようにタオルを取り出してぶら下がり用に纏めていたら「それこそ手間でしょ」と言って穴拭から手を取られたのでそのままぶら下がってユニットを冷却させる。

 

そしてほんのりと温かい温度が手に触れる。

戦闘で少し温まった感触。

 

一息ついてぶら下がっていると…

 

 

 

にぎ、にぎ、にぎ、にぎ……

にぎ、にぎ、にぎ、にぎ……

 

 

 

「穴拭…?」

 

 

 

手が少し強めに圧迫される。

 

俺はその原因を見上げる。

 

 

 

「(大きいわね……あと、がっしりしてる…)」

 

 

 

にぎ、にぎ、にぎ、にぎ、にぎぃ…

 

 

 

 

「(これが殿方の手なのかしら……)」

 

 

 

「あ、穴拭、痛い、痛いぞ…!」

 

 

 

必要以上に強く握られている。彼女のイタズラ心かと思ったがそれにしては彼女自身が大人しすぎる。もう少し感情豊かなはずだが。

 

しかし扶桑刀を振り回せるその握力では少し痛いくらいだ。

 

 

 

「…」

 

 

 

より強く、手と手が触れてしまう。

 

こちらの手のひらのよりは一回りほど小さい。

 

そして少しほっそりとしている指先。

 

つまり女性らしさが溢れた穴拭の手のひら。

 

でも手のひらには所々に硬い部分。

 

それは彼女の手のひらに豆があるということ。

 

刀を多く振ってきた努力の証である。

 

それがよくわかった。

 

 

いや、待て。

 

いつから俺は素手フェチになったんだ??

 

やめい、やめい!

そんなやましい目的のためじゃないだろ!

 

手を貸してくれた穴拭に失礼すぎるわ。

 

てか、それより…もっ!!!

 

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛い、痛い!」

 

「……」

 

 

 

にぎぎぎ、にぎぎぎっ、にぎぃぃ!

 

 

 

「穴拭、穴拭!穴拭ぃ!ちょっと痛い!」

 

「………え?」

 

 

 

ペチペチと穴拭の手を叩いて知らせる。

 

するとハッとなったのか手の痛みが緩んだ。

 

 

 

「え?あ、ごめ__」

 

 

 

そして彼女はパッと俺の手を離した。

 

 

 

 

「オああああああああ!!??」

 

 

「あああ!?うそぉ!?いや待って!?いや!本当にごめんッ!!黒数ぅぅ!!」

 

 

 

 

 

夕焼け色に染まったウラルの空でひとりの青年とひとりの少女の間抜けな声が広まる。

 

地面の衝突から逃れてなんとか空を飛んだが手を貸してくれる人も世の中には様々なんだと理解した。どっちの意味でも。

 

そしてブンブンと頭を下げて謝る少女。

 

 

必死な表情に染まる彼女の頬は夕日に焼けてほんのりと赤色に。

 

それが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、危うく地面にダイナミックエントリーしてヅダの覚醒技をするところだった哨戒任務を終えてから、数日が経過した。

 

八月が終わり、夏の暑さが終わりを見せる頃になるとネウロイからは散発的ながらも侵攻の回数が増えてきた。

 

タイミングとしてはオペレーション『黒と三連星(ダークメテオライト)』など大層な名前と共に降下爆撃強襲を行ったあの戦闘から。

 

そのため陸軍の第一戦隊と肩を並べるように第十二航空隊はウラル戦線を援護するため出撃する回数が増えている。

 

だんだんと忙しない空の日が続く。

 

そのため出撃のために体力を残すようこちらも軍事を進める必要があり、訓練量を考えながら第十二航空隊と付き合う考えが増えてきた。

 

と、言っても対策はある。

 

これは舞鶴でもやっていたことだが、ストライカーユニットを履かずに肉体を休める日は皆で集まって『フラッシュ暗算』で脳のトレーニングを行っている。こちらは遊び半分なので飲み物や嗜好品を片手にワイワイと楽しむ方向性で楽しんでいる。

 

空を飛ばずとも鍛え方のアプローチを変えることで肉体を休めながら頭脳を鍛えて、判断力を高めさせる訓練。

 

肉体が元気になったら外に出てまた鍛える。

 

そして体が疲れたら同じように頭脳を鍛える。

 

しばらくして疲れが取れたらストレス解放と共に外で元気よく鍛える。

 

体に疲労を感じたらまたフラッシュ暗算。

 

そして元気になったら空を飛ぶ。

 

疲れを癒す。

元気になる。

体が闘争を求める。

アーマードコアの新作ができる。

 

そんな流れを繰り返すだけだ。

 

 

 

「これがおとといのデータで。こっちが先週のデータか。そして前の陸空混合の模擬戦がコッチか。てかもう少し棚が欲しいなオイ」

 

「そうか?なら用意しておこう。しかし… ふふっ、なかなか様になってるぞ、君の机仕事」

 

「民間兵にやらせる姿か?いや、別に仕事と言えるほどでもないけどさ」

 

「そうでもない。軍隊の練度向上は立派な仕事だ。それを記録にまとめるのもな。私はとても助かっているよ。君のお陰で第十二航空隊の彼女達は数値化された成長記録によって戦意が高まっている状態だ」

 

「子供ってのは実感ってやつが鈍い。だから成果は見える形で置いた方がいい。それが脚色されたモノだとしても」

 

「自信を付けてもらうという事だな」

 

「そうだ。理解してくれたらあとは原動力を自分で見つけてくれる。例として若本がそんな感じだな。生意気なところはご愛嬌として意識が高い。坂本の存在が後押してるな」

 

「そうだな。若も坂本も良くやってるよ。もちろん他の子達も。それも君が手がけてからは目に見えるほど成長している」

 

「集まった子が優秀なんだろ」

 

「はっはっは、それもあるな。それとそうだ黒数。おととい辺りに扶桑のお茶を取り寄せたのだが休憩がてら羊羹と合わせて頂くかい?」

 

「マジ?頂く」

 

「ふふっ、では黒数の分も淹れよう」

 

 

北郷からお茶を貰い受けながら、俺は空白の紙に筆算を行って、最後に決められた記入表にウィッチの総合値を纏める。

 

しかしまだこの時代に電卓が無いのが辛い。

 

ソロバンの存在は知ってるけど使い慣れないためこの場合は筆算か暗算した方がまだ早い。そのため俺はアナログを一貫して机に向かっている。まあ小一時間の作業だ。

 

次の午後の訓練まで休憩の片手間にやれると思ったら大した労力じゃない。なのでお茶を頂きながら好きに作業させてもらっている。

 

 

「ふー、美味しいな」

 

「息つける間はついておこう。俺たちが潰れてしまっては後ろの子が迷い果てる」

 

「そうだな。特に君はもう倒れないでくれ。そうでないと私はまた泣くことになる」

 

「その『倒れる』ってのはどっちだい?」

 

「どっちもかな」

 

「その『かな』ってのは、どっちだい?」

 

「北郷本人でもあり、少佐命令でもある」

 

「欲張りさんめ」

 

「それを教えてくれたのは黒数だよ」

 

「やれやれ、年いかぬ生意気な小娘だ」

 

「君と変わらないさ、愉快な皆のお兄さん」

 

「…」

 

「…」

 

「……ぷっ、くくっ!くははは!」

 

「ふふっ! あっはっはっは!」

 

 

 

羊羹の味を交えながら俺は笑い、カラカラと笑う彼女の後味が執務室に響き渡る。

 

いつも通りの空気感で、いつもと変わらぬ会話が俺たちを彩らせてくれる。

 

だって笑えるんだ。

 

お互いに失敗しているから。

 

そしてお互いに救いあったから。

 

俺はブリタニアで。

 

彼女は舞鶴の空で。

 

有情と約束を一つずつ交換した。

 

それからも与え合い、受け止めた。

 

そうして、それぞれが出来ることを示し合うことで、今日も俺と北郷はこの第十二航空隊の居場所で、言葉や時間を交わし合いながら空と宇宙に生きて、活きる。

 

 

 

「よし、これでまとめ終わったな。さて俺は行くよ。あとお茶ご馳走様」

 

「お皿と湯呑みは置いたままで良い。私がまとめて下げておくから」

 

「そうか?ならお願いする。じゃ、また食堂で」

 

「ああ、今日も助かったよ、黒数」

 

 

 

数値化を終えた書類を棚の中に収めて北郷に見送られながら執務室を出る。

 

第十二航空隊のウィッチ達の様子を見るために廊下の奥に消え去った。

 

 

 

 

 

 

「………黒数…」

 

 

少女は閉めた扉の先から視線を外して彼の座っていた椅子と机の上にあるお皿に移す。

 

使っていた机にゆっくりと近づき、湯呑みにコツンと指を触れる。

 

 

 

「君が…この世界の人間だったのなら…」

 

 

 

忘れていた訳ではない。

 

彼は異世界からやって来た、ただの一般市民。

 

そして元の世界に帰るために今を戦っている。

 

もしこの世界が彼の活躍に満足して、この世界に望まれた結果まで行き尽けば、黒数強夏は恐らくこの世界を去って元の場所へ戻ってしまうだろう。

 

でも、それは、それは…

 

今の彼女にとって酷に近い未来の話だ。

 

でも、彼女は彼を引き止めれない。

 

何故なら望まずしてこの世界に身を投じたから。

 

 

 

「…… そうだな。いや、そうだった。私が求めるのは彼の事じゃない。この世界で戦ってくれる英雄とならん英雄が残してくれた時空(そら)のたもとで人類の希望にすることなんだ。その意味での願那夢(ガンダム)…あの人は、もう…そうなってしまった…」

 

 

 

願い、 また()は 夢を、宇宙()で証明する。

 

それが黒数強夏という存在。

 

時空を超えて現れた世界の望み。

 

 

 

「はは、ほんと…………いやだなぁ…」

 

 

 

力なく揺れるポニーテール。

 

こんな弱々しい姿はあまり見せれない。

 

だから、何かでごまかすために彼の使っていた机の上にあるお皿に残っている羊羹の破片を指で摘み上げて、それを口に放り込んでその味を噛み締める。

 

ほんの少しだけ…

ほんの少し、特別な味がする。

 

まるでこの世じゃないような舌触り。

 

現実に訴えられたような香りが渦ます。

 

それは知りたくない後味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えは246だ」

 

「正解です!!」

 

「「「おおー!」」」

 

 

毎度ながら食堂で開かれるフラッシュ暗算。

 

飲み物や手作りの卵焼きを片手に参加する第十二航空隊や第一戦隊のウィッチ達。

 

お遊戯半分、脳トレ半分といったこの催しだが、訓練や読書意外に道楽の少ないご時世なのでフラッシュ暗算は新鮮な経験としてこの扶桑軍前線基地でも受け入れられている。

 

特に対抗心の高いウィッチは単純な暗算勝負だろうとそこに競い合いの精神を持ち込み、隣の回答者に負けじと頭を捻って答えようとする。

 

ちなみにまだプロジェクターや投影機は存在しないので大型の画用紙を使っている。

 

そして、先程間違えなく答えたのが…

 

 

 

「ふむ、なかなか面白いな、これは」

 

「初めてにしてはやるな、ガランド」

 

「章香こそ、随分と慣れてるみたいだ」

 

「いやいや、これでも最初は苦戦した方だぞ」

 

 

 

北郷に親しく話しかけるのは観戦武官としてカールスラントからやって来たアドルフィーネ・ガランド大尉と言う名のとても有名なウィッチだ。カールスラントでは多くのウィッチを率いる部隊長であり、親友の北郷とは階級は違えど立場はほぼ同じである。

 

そして今回、扶桑の前線基地に赴任している理由は宮藤理論によって進化したストライカーユニットを最前線で扱う扶桑軍を観戦するためである。半年前に北郷がブリタニアで戦技研究を目的として駐在したのとほぼ同じ状態だ。

 

しかし肝心な戦闘は最近起きていないため観戦するタイミングが訪れない。なので暇を持て余したガランド大尉はフラッシュ暗算のお遊戯に参加していた。初挑戦とはいえ高い計算力と頭の回転の速さをしっかりと見せつけたのか第十二航空隊からは尊敬の眼差しが飛び交う。

 

 

 

「しかしこうして話すのも久しぶりだな、黒数…ああ、今は准尉だったな?」

 

「いや黒数でいい。お偉いごとの真似をしてるだけで、この階級は飾りだ」

 

「なら私もガランドで良い。ブリタニアの時のように普通に呼んでくれ」

 

「わかった」

 

 

実は彼女とはブリタニアで会っている。

 

当時はガランド大尉も北郷と同じように戦技研究の武官としてカールスラントからブリタニアまでやって来て駐在していた。あと北郷とは親しい関係なのでブリタニア赴任中は良く共に行動していたらしい。それでブリタニアに侵攻してきたネウロイを撃退した事後処理でガランド大尉は北郷と忙しく動いていた。俺はその二人を遠目から見ていたのだがニュータイプばりの感覚で視線に気づいた北郷に見つかり、しかもわざわざ寄って話しかけてくれた。

 

その隣にはガランド大尉もいたので流れで自己紹介をする。

この時が彼女とのファーストコンタクト。

 

するとそのまま三人で昼食を共にした。

彼女とはそんな間柄である。

 

てかさりげなく彼女達と昼食を取ったが正直周りの視線が怖かった。当時はまだ北郷も大尉だったがそれでも高い階級には変わりない。

 

なのでそんな凄いお二方とテーブルを囲っているのは素性の知れないひとりの民間人であり、しかも両手に花。あと誰もが認める美人二人と来た。宮藤博士の使用人って肩書きなかったら本気で周りの視線が怖くて堪らなかったぞアレは…

 

今は准尉だから堂々と食事を共にできるけどあの経験はもう勘弁してほしい。ガランド大尉に苦手意識はないが、苦い記憶が先行しているため失礼ながらもブリタニアのヘリから出てきた彼女にちょっと身構えてしまったのは内緒である。

 

 

 

「しかし出会いとはわからないものだな。数ヶ月前までは宮藤博士の使用人として出会ったはずの君はいつの間にか私達と同じ空を飛び、今はガンダムと言われて人類と世界の希望になっている。本当に何者なんだい?」

 

「色々あったんだよ。俺も空で戦う必要が生まれてしまった。その過程で北郷を助けようと思った。それだけの話だ」

 

「その割には随分と入れ込んでるようだ。ああもちろん章香の事だが、一体どんな魔法を掛けたんだ?」

 

「さて、知らないな。もし本当に魔法があるのなら隠し味に必要な言葉を少々かな…?」

 

「なるほど、ウィッチのシールドでは防げない弾で口説き落とした訳か。だとしたら君から学んで対策する必要があるらしい。カールスラントから遥々やって来て正解だった」

 

「なんだい?もしやこの先を独り身で突き通すつもりか?エクスウィッチは大人しく狙いの良い男に落とされてなよ」

 

「この私を落とせるならな。ああ、もしくは君が私を落とし__」

 

 

 

 

私の黒数に何をしてるのかな?ガランド

 

 

 

いつのまにかガランドの目の前に接近していた北郷。一瞬だけ動揺したガランドの様子を俺は見逃さなかったが、ガランドも北郷の圧力に負けずに飄々とした表情でヤレヤレと手を動かしながら反応する。

 

 

 

「別に。私からは何もしないさ、章香」

 

「そうか?だがもし彼を引き抜きならまずは私を倒してからだな」

 

「それは勘弁願いたいな。そもそも君とサシで勝てるウィッチなんているのか?」

 

「いるよ、そこに一人ね」

 

「……きみ、本当かい?」

 

「俺に関しては性能の暴力だから。純粋な技術力なら北郷に負けてるし、もし同じ土俵なら全部北郷が勝ってるよ。てか北郷を相手にサシで勝てるわけ無いだろう、ガランド」

 

「ああ、まったくだ」

 

「君たちは私をなんだと思っているんだ?」

 

 

 

呆れ顔の北郷。おかげで不穏な空気は一瞬にして取り払われる。もし先ほどの空気が長続きするならばお目目のハイライトが消えた北郷章香が見られたかもしれないが、第十二航空隊の少女達に悪影響なのでエクバらしくキャンセルすることにした。

 

 

 

「ま、とりあえずだガランド。俺は第十二航空隊を離れるつもりは全くない。今の俺は北郷のお陰だから」

 

「わかったわかった、わざわざ言わなくても良いさ。引き裂けれないモノが二人にある。それはそれで収穫だよ。まぁそれは別として…黒数は私と外に来てもらおう」

 

「外?」

 

「私を撃ち落としてくれるんだろ?それなら模擬戦の一つはないとそれは不可能だな」

 

 

 

 

それからフラッシュ暗算の会合を終えるとウラルの同じ空で俺はガランドと模擬戦を行った。

 

空の下では多くのギャラリーと息を呑むような声が所々に。

そして北郷とはまた違った空の強さをガランドから知った。

 

ちなみに約束通り撃ち落としてやったら「想像以上に収穫はあったさ」とガランドは笑う。

 

また俺の勝利に対して北郷は喜ぶべきか、複雑に思うべきか、しばらく微妙な気持ちに襲われてたらしくガランドはこれにもクツクツと笑っていた。

 

模擬戦は本気だったがこれは確信犯だろう。

俺も何故か勝った気がしなかった。

 

 

 

 

 

つづく

 






(北郷のお目目ハイライト消失は)キャンセルだ。

そろそろ展開を大きく進めたいね(まだ一巻の半分)


ではまた


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16話

 

 

10月14日。

 

夏が終わり、秋の肌寒さと衣替え。

 

新型ユニットの実戦投入が完了しつつある扶桑皇国軍はウラル前線を押して、これをしばらく支配していたが、人類の敵となるネウロイも少しずつ攻勢が強まっていた。まるでこちらの環境に合わせる如く新型の数も過去に比べて増えている。

 

その対策と対向を繰り返す人類は常に新兵器の更新が求められるようになったが、着々と補給と供給がネウロイに追いつかなくなり始めていた。武装面が足りない分はそれぞれ個々の強さが求められるようになり、制圧力の高いウィッチが前線に要求される。

 

そのため第十二航空隊は陸軍の第一戦隊に、戦力的にも精神的にも追いつくよう戦況に煽られる状況が続くが、まだ年いかぬ子供にその役割を背負わすには重たすぎる現状。それでも空の上で引き金を引けるその指を常に必要とするのがこの戦争。酷いこと他にない。

 

しかしそんな重苦しい現実と現状を打破しようとする貢献者がウラルの前線にいた。

 

それは北郷少佐の側近で潤滑油となって活躍する世界に一人だけの男性ウィッチ。

 

その男性ウィッチは舞鶴に突如現れた以外に詳しい報告は無く、北郷章香が連れてきたことだけが報告書に刻まれているだけ。

 

ただ海からの噂ではブリタニアに渡欧した宮藤博士の使用人であり、軍の非公認として存在が隠されていた素性の知れぬ青年だとか。しかし目撃者があまりいない故に信憑性は薄い。この辺りは何処かしらで紐解けば真実に行き着くだろうが今回、着目すべき点はそこでは無い。

 

人類の希望となる青年に秘められた多くの謎は大変魅力的な話だが、扶桑皇国軍として見るべき点はその活躍である。

 

まず彼の初出。扶桑海軍では軍神として謳われる北郷章香が黒数強夏の身元や軍属歴に追及を入れず、半ば強引に民間兵として舞鶴航空隊に当て嵌めるところから始まった。

 

最初は特に大きな目立ちは無く、むしろ一時期は民需の病院で眠っていた。

 

どうやらストライカーユニットの整備で大事故を起こして入院してらしいがここで黒数強夏から魔力反応を確認してしまう。

 

だがこの辺りは北郷少佐の手回しにより黒数強夏の情報は隠蔽されていた。また軍の息が届きづらい民需の病院だけあってその情報が扶桑皇国軍に届くまで数ヶ月程度の時間をある程度要した。

 

そして黒数強夏の存在が知れ渡ったこの時、舞鶴の海に新型のネウロイが現れると舞鶴航空隊の魔女候補生は迎撃のために初陣を飾る。

 

しかし練度の低さと実践経験の無さに次々とウィッチ達は新型ネウロイにて落とされる。まだ殺傷力が低い攻撃により魔女候補生から死亡者が出なかったのは救いだとしても、防衛線を突破するネウロイに北郷少佐は集中砲火を浴びて追い込まれてしまった。

 

これには遠くから状況を見ていた海軍は出撃に手間取り、軍神として名を飾る北郷章香の損失に焦りを生み出していた。

 

そして舞鶴を通して扶桑皇国はネウロイの攻撃によって損害を生み出してしまうのか?最悪なケースが頭を過ぎる視線の先で一つの彗星が舞鶴の空を疾った。

 

空を飛ぶひとりの男性ウィッチ。

 

それは数ヶ月眠っていた黒数強夏の姿。

 

舞鶴の魔女候補生と北郷章香を救い出し、舞鶴の空に侵攻してきた新型ネウロイの半数以上を撃退する素晴らしい活躍を見せた。

 

これも後に知ったが、彼もアレで初陣らしい。

表向きとしては…

 

 

そして、誰かが言った。

 

 

 

__あれは、ウィザードなのか…??

 

 

 

 

突如現れ、人類の厄災を振り払う。

 

厄災によって汚されることがなかった舞鶴市の夕焼けの真ん中で、手の甲を光らせたその後ろ姿はまるでウィザードの再来かと思われた。中にはアレこそが伝説のウィザードだと狂乱する者もいたとか。

 

それから舞鶴の縮図から放たれるようにその青年は第十二航空隊の精鋭としてウラルの前線に赴くと、その羽は広げる場所を得たが如く、ウラルにて獅子奮迅の活躍で扶桑皇国軍に貢献した。

 

人類は言う。

 

彼がストライカーユニットを履けば、彗星の如く戦場を駆け回り、文字通り流れ星の如くネウロイの頭上を通り過ぎると、厄災は瞬く間に打ち砕かれる。

 

また異空間から召喚される多くの兵器はまるで奴らを滅するために取り出された死神のレールのようだ。数多の兵器にて無慈悲にネウロイを葬り、これらを容易く蹂躙する。しかもとある線戦では地に朽ちたネウロイの装甲を踏みつけながら次の厄災を葬るがために空を見据えたていたその後ろ姿は『黒い悪魔』として兵達から恐れた。

 

あれこそ人の身で厄災を体現した姿である。

 

目には目を。

厄災には厄災を。

空を飛ぶ凶器には、宇宙(そら)を見る狂気を。

 

あらゆる者が彼を恐れて、讃えていた。

 

 

しかし、それは戦場の姿。

 

基地に戻れば……彼は違った。

 

まるでどこにでもいるような青年。

 

北郷少佐のように正しく築かれた人格者。

 

第十二航空隊のウィッチ達を育て、戦力強化のために働き、ひとりの大人として少女達に良く見聞きしてあげ、戦場に出ればウィッチ達と共に空を駆け巡る。

 

編成されたばかりの小さな部隊に所属してるとは思えないほどその青年は多くを貢献した。

 

人々はその活躍を聞き、そして世間は、もしくは世界は彼に大層な『名』を送った。

 

 

人類の希望を意味して機動戦士願那夢(きどうせんしガンダム)…と。

 

 

 

 

__奴が欲しい。

 

__奴は利用価値が高い。

 

__奴を、あの者を引き抜きたい。

 

__彼の遺伝子はこの先とても重要だ。

 

__あのような部隊には大変勿体ない。

 

 

 

軍は彼を知り、彼を欲するようになった。

 

この世で唯一、ただ一人だけの男性ウィッチ。

 

これを野放しにされて良いものか??

 

良い訳がない。

 

もっと利用価値があるはずだ。

 

もっと重要なところで扱われるべきだ。

 

そうすれば栄誉も報酬もありのままだ。

 

だから…

 

だから…

 

だから…

 

ああ、だから…!!

 

 

 

「我が軍の風下に収まるといい!」

 

「断る」

 

「な、なんだと…!?」

 

「名誉も、報酬も、待遇も、あと用意された()()()()の女性にも興味がない」

 

「な、何故だ!?お主が頷けばそれで済む話なんだぞ!?」

 

「ああ、知ってるさ。外側は硬いが内側は容易く、今の俺が、今の立場を否定すれば、それで関係も仮初も全て簡単に終わりを迎える。しかし俺は傾かない」

 

「なんだと…!」

 

「これは純粋な話だ。俺は俺を必要としてくれる人の元にいたい。それが第十二航空隊だった話だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 

北郷少佐が認可しなければ何も傾かない。

 

ならその本人を揺らして傾かせる。

 

そのために多くの取引を見せた。

 

名誉、階級、地位、報酬、声明、権利。

 

そして、遺伝子の器とする女性。

 

または選りすぐりの美女を。

 

頷きたくなるような高待遇が待ち受ける。

 

しかし、だが、しかし。

 

その青年は何一つ、振り向かなかった。

 

 

 

「何故だ?何故、そこまで??」

 

「俺はそれ以上を求めない。そもそも大体が勝手にそうなってるだけだ。俺自身が大層な役割をしてるとはあまり思ってない。周りは讃えてくれるようだけどな。もちろんプロパガンダのために手は貸すさ。けど、他はいらない」

 

「な、なんと、無欲な男だ……」

 

「俺はただ手の届く距離と約束を守れるならそれでいい。だから俺は望まない。だから周りが俺の代わりとなって勝手に望んでる。俺は英雄なんかにはならない。この器はその真似事をしているに過ぎないからな」

 

 

 

難しいことを言って誤魔化されている気がする。

 

わかることは絶対に頷かないとだけ。

 

それでも中には理解した者もいる。

 

その青年の意志で働きがあることを。

 

だから青年は笑っていることがわかる。

 

それはどこか愛おしそうにも見えるらしい。

 

なので、理解すれば案外簡単だ。

 

なら理解者はどのように感じたのか?

 

それは…

 

それは…

 

つまり……

 

 

 

「黒数強夏は純粋に一途ってことよね」

 

 

 

どこか呆れたように声をこぼすのは陸軍中佐の江藤敏子だった。

 

彼女の手元にはプロパガンダの一端として長々と書かれた彼の新聞記事だ。

 

随分と熱量が込められた長文を読んで、彼女は黒数にそう結論つけた。

 

__ただ単に、彼は一途なだけ。

 

 

その証拠として視線の先では見慣れた光景が広がっていた。

 

 

 

「北郷、ちょうど良い。話がある」

 

「黒数か、どうした?」

 

「ああ、一昨日話した件なんだが…」

 

「なるほど。それに関してか。ならお茶でも飲みながら話さないか?また羊羹が届いたぞ」

 

「マジ?食べる」

 

「ふふっ、なら一緒しようか」

 

 

 

その男性は沸かしたヤカンと湯呑みを持ちながら隣へ気軽に話しかけ、その女性はその人だから特別浮かべれる笑みでコロコロと穏やかさを転がしている。

 

だからか、肩を並べて歩く二人。

 

それは黒数強夏がいて成り立つ光景。

 

まるでそのために彼が居るが如く、隣を歩く。

 

もう随分と見慣れてしまった二つの姿だ。

 

 

 

「夏が終わったのに、まだ暑いわね…」

 

 

 

それは彼が持ち歩くヤカンのせいだろうか?

 

それともまだ夏の暑さが引きずっているのか?

 

もしくはあのウィッチに熱量を込めたから?

 

ああ、そうね。

それはおそらく、どれもだろう。

 

江藤敏子はまた呆れたようにする。

次は笑って呆れていたが。

 

 

「軍事で忙しかったからあまり考えなかったけど、こうして見るとあの関係も案外羨ましいく感じるわね。ほんとに」

 

 

思わず妬いてしまう。

 

何せまるでそのためだけに現れたような人間。

 

ヒーローであるウィッチを、ヒロインにしてしまったような本物のヒーローが。

 

だから難しく考えるのをやめて、簡単に考えてからそう結論付けて、長々と書かれた黒数強夏の武勇伝(新聞目録)を折りたたみながら二つの後ろ姿を見送り…

 

 

 

「わたしも勝手に望むわ、願那夢(ガンダム)に」

 

 

 

 

 

ああ、それが正しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、夏も終わり本格的に肌寒くなる。

 

秋がやってきた訳だが、つい前日扶桑前線にさつま芋が届いた。なので朝早くから落ち葉をかき集めて仕込みして、さつま芋放り込んで焼いて、寝起きのウィッチ達に振る舞おうと思ったその矢先にだ。

 

 

ネウロイの登場に邪魔された。

 

 

ただでさえ楽しみが少ない時代。

 

その少ない中での楽しみが食事だというのにそれをネウロイに邪魔でもされたらそりゃ俺だって、頭にきますよ!

 

厄災が相手だろうと食べ物の恨みは恐ろしいって事を叩き込んでやるべきなんだよね。

 

オラオラ!

ぶち込んでやるぜェ!!

 

まあ、とりあえずまずは、仲間が先だが。

 

 

 

「あの、わたし、これでいいんでしょうか…」

 

「いいんだよ竹井、俺たちはあくまで空域哨戒として周りの制空権を確保、そしたら下にいる若本達が頑張ってくれる。新型相手にな」

 

「………」

 

「戦場で考え事はやめとけ、死んじゃうぞ」

 

「!?……わかりました」

 

 

 

一度機関銃を握り直した竹井を横目にこちらも確保した制空権から周りを警戒する。

 

するとインカムから騒がしく聞こえる。

 

どうやら北郷達が数機の新型ネウロイと衝突したようだ。

 

若本からはネウロイの機動力に対して驚くよう声が聞こえ、ガランドからは落ち着くように宥める声も混じる。

 

こちらも誘爆性の低いクレイ・バズーカを召喚して新型ネウロイの逃走経路を予測しながら周りを警戒する。もし見つけた場合は軍から支給された機関銃を使って牽制するが場合によっては位置バレ覚悟でクレイ・バズーカで一撃粉砕を狙う。

 

本当なら自動シールドの使えない俺は目立たない方が良いがその時は竹井のシールドを当てにする。まあ被弾状況を作らせない方が理想的だが。

 

 

 

「竹井」

 

「!」

 

「君は俺の下に付いて三ヶ月だ。舞鶴からウラルまで俺と行った模擬戦は70回以上。ウラル前線の援護として出撃した回数は4回。あとネウロイ討伐のために直接駆り出されたのも3回で計7回だ。しかも初陣は降下強襲爆撃といった普通なら新兵には任せられない大役を無事に果たして今も生きている。この数ヶ月でこれだけを竹井がやってきた。まだ自分がどれだけ凄いのか実感できないかい?」

 

「それは… で、でも、そこには北郷先生や、若本ちゃん、それと美緒ちゃんに、そして黒数さんが…」

 

「ネウロイをほとんど倒して、自分は何もできていない、そう言いたいのか?」

 

「……」

 

「なるほどね。だとしたら……それは盛大な勘違いだな!」

 

「わぷっ!?ぁ、ぁ、ぁぅ!」

 

 

戦闘待機中とは言え竹井の隣まで近づいて手を伸ばし、その頭を真上から掴んでワシャワシャと雑に撫で回す。こうすればいつも通りの声の間抜けな声が竹井から漏れる。

 

 

「く、くろかず、さん…!」

 

「この俺が言う、君は周りに劣らない」

 

「!」

 

「竹井だけの強さがある。それは……っと!」

 

 

 

突然空気が変わった。

 

現在の高度に新型ネウロイが上昇してきた。

 

どうやら数機のうち一機だけ逃走している。

 

俺はそれを見てインカムにスイッチを入れた。

 

 

 

「穴拭、3発撃つから一気に追いかけろ」

 

『了解っ!!』

 

 

 

インカムから聴き慣れた彼女の声を受け止めながら高速で逃げ回る新型ネウロイの進行方向にクレイ・バズーカを撃ち放って妨害する。回避運動のために減速した新型ネウロイの真下から一人のウィッチの影、扶桑刀を引き抜いた穴拭が回り込んだ。

 

 

「そこぉ!!……なっ、浅い!?」

 

 

「おいおい」

 

 

穴拭に追われていた新型ネウロイは強引に方向転換を行なってさらに上昇すると穴拭の扶桑刀の斬撃を浅く済ませた。

 

しかし機動力にリソースを分けすぎたのか小さなヒットアタックでも致命所に近いダメージのようであり、あとネウロイの再生が遅い。

 

それこら装甲が脆いのか無茶な軌道を描いて装甲が剥がれて空中分解手前に見える。

 

ネウロイも案外性能に溺れるもんだな。

 

 

「俺たちが一番近い、追いかけるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 

スラスターとプロペラを多く回して追尾する。

 

浅く斬られてもまるで深傷を負ったように姿勢運動が不安定なネウロイ、その真後ろはすぐに取れた。

 

俺はクレイ・バズーカを肩に担ぎながら腰にある機関銃で射撃を行い、隣で飛ぶ竹井も訓練通りに両手で固定して精密な射撃を行う。

 

 

 

「お?なんだ、ちゃんとやれるじゃないか…」

 

 

しかも距離を詰めながらしっかり射撃で追い込む姿勢を守ってる辺り、百人斬りの無停止を絶対条件とした高速戦闘訓練技術が活きている証拠だろう。

 

竹井は北郷とはまた違った自己評価の低さを持っているウィッチだが、訓練の成果をしっかり物にしてる辺り要領が高いことが伺える。ならあとは自信つけてもらえれば、もっと彼女は先を行けるはず。

 

 

 

「……………」

 

 

 

………ほんと、嫌だなぁ…

小さな子供にそんなこと考えるなんて……

苦しい世界だ………

 

 

 

「俺が左右を奪う!竹井がとどめを刺せ!」

 

「!?」

 

「片手じゃ当たらないんでね!両手撃ちが得意な竹井に任せた!」

 

「っ!」

 

 

それでも彼女にネウロイと戦う意志があるなら導くだけ。

 

残弾がゼロのクレイ・バズーカからザク・バズーカに切り替えてトリガーを引く。

 

狙い定まっていないバズーカはネウロイの左右に逸れたがそれだけで充分だ。

 

ネウロイはバランスを崩す。

 

 

「これで、落ちて!」

 

 

すると隣にいた竹井がプロペラの回転を上げて速度を上げるとネウロイの上を取り、ガチャっと銃口を定める。

 

ネウロイの真後ろを取るよりも、真上から撃つ方が見える装甲の範囲が広く銃撃の命中率が上がる。隣にいた俺がそう指示を出した訳でもなくこの状況で彼女は自分の考えで動いた。

 

そして竹井はトリガーを引く。

 

新型ネウロイは空で爆ぜた。

 

 

 

「おお、新芽もやるじゃないか、章香」

 

「新世代に安心したかい?ガランド」

 

「前から安心はしてるが、見て確信だな」

 

「そうだな。自慢の教え子達だ…」

 

 

扶桑前線に赴任中のガランドも扶桑ウィッチの練度の高さと安定した空戦に頷き、北郷も教え子の成長にホッとしながら竹井の活躍を下から見守り、先生として誇らしげに笑みを浮かべていた。

 

 

 

「う、撃ち落とし…た?」

 

「よくやった、理想的な動きだったぞ」

 

「く、黒数さん…!」

 

「追撃の際、自分からネウロイの真上を取って攻撃の命中範囲を広めた。最適解を理解してるからできる賜物だ。それはつまり竹井の重ねてきた経験と努力の証、自分の積み重ねを裏切らなかった。よくやったよ」

 

「!、!!」

 

「准尉とか抜きにして、俺が竹井の頑張りを誇りに思う。だからありがとう」

 

 

武器を握った手で流石に頭をワシャワシャとしする訳にも行かないので、ニカッと笑いながら親指を立てて彼女の成果を誉める。

 

そして仲間も合流を開始。

 

竹井もワンテンポ遅れて追いかけてくる。

 

 

 

「低コストらしい、動きだったな」

 

 

北郷や坂本が3000や2500だとしたら竹井は2000くらいの力だろうか。

 

他のコスト帯に比べて爆発力に欠け、扱いが難しい不安定なコスト帯だが、位置取りと体力調整の見極めが出来る者ならば2000の強みを大いに引き出せる。

 

それが竹井だとしたら…

 

 

 

「僚機として頼りになるなぁ、本当に」

 

 

 

戦況を握るのは3000と考えられるがその支え柱を作るのは案外2000コストだ。

 

これらが的確に仕事すれば、敵なら鬱陶しいことこの上ないのが抵コストの強み。

 

おう、つまりお前のことだよアルケイン。

あと烙印、テメェもやぞ。

お前ら違う意味で姫プしてんじゃねーぞ。

 

 

 

「さて、帰ったら改めてさつま芋だな」

 

 

 

ウラルの秋風は、次世代の息吹かな。

 

ここに新しい風が舞い込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、任務を無事に終えた午前中。

 

午後になると俺は焼き芋をウィッチ達に振る舞った。それから俺も遅れて焼き芋を齧りながら北郷が不在の執務室で今回の戦闘データを整理する。今回現れた新型ネウロイに関してだが恐らく今後はもう現れないだろう。

 

何故ならコチラにあの性能が通じないことを知ったから。なのでネウロイも新たに進化を重ねてコチラを凌駕してくるだろ。そのため人類側も今後の予測も必要になってくる。つまり新たな武器の新調やストライカーユニットの性能向上が求められ、俺たち自身も戦術の見直しを行なったりと忙しくなる。今頃陸軍の加藤中尉が頭を悩ましながら上層部に新兵器の提供を掛け合っているだろう。

 

俺も帰ってから忙しく、第十二航空隊のローテーションを確認して予測外にも対応できるよう後で北郷にも考案する必要がある。

 

てか新型ネウロイが現れるごとにコレだ。

対応と対策の繰り返し。

 

エクバも同じ。新しい機体が投入されるたびに阿鼻叫喚しながら機体の対策を考える訳だ。それがリアルで起きている。でも彼方では百円玉を入れて新機体の恐ろしさを確認できるが、この世界では空で命を支払って初めて新型を理解するようになる。随分と軽い命だ。

 

 

まあそろそろ本格的に寒くなる。

 

そうなるとネウロイも大人しくなる。

 

奴らは冷たい空と水は苦手のようだ。

 

なのでしばらくはその勢いも鎮まる。

 

唯一、人類が息を吐けるタイミングだ。

 

 

 

「てか、このさつま芋、もう少し甘味が欲しいな」

 

 

忙しくも、一足先に息を吐いてる俺氏。

 

もし次も同じ質のさつま芋が届いたら薄く焼いてハチミツでも付けて少しスイーツ風にしてみるか?お金がそんなに多くなかった孤児院でもさつま芋はコスパが良かったから良く作ってあげた記憶。

 

立派な兵士になった第十二航空隊のウィッチとはいえ、まだ子供だから喜ぶだろ。

 

 

コンコン。

 

 

「?、どうぞ」

 

 

 

扉に声を掛ける。

 

すると…

 

 

 

「あの、黒数さん、失礼します」

 

「お?竹井か、どうした?」

 

「ええと、お茶を持ってきました…」

 

「おお、ありがとうな。丁度欲しかった」

 

 

戦いでは最後の辺り勇ましかったのに、基地に戻って今はまた借りてきた猫のようにおとなしくなった。まあそれが竹井だろう。

 

そんな彼女からお茶を受け取って喉に流す。

 

程よく熱い温度だ。

 

もしや気を利かせてくれたのか?

__だとしたら将来良い奥さんになるな。

 

 

 

「ふぇ?」

 

「?」

 

 

 

竹井の素っ頓狂な声が耳を通り抜ける。

 

どうした?

 

 

 

「あ、いえ、なんでもない、です」

 

「?」

 

 

 

とりあえずお茶を飲み干す。

 

彼女にお礼を言いながら書類に目を向けるとまた不意に声をかけられる。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「?」

 

 

意を決めたように声を上げる竹井。

 

少し驚いた。

 

しかし彼女は続ける。

 

 

「く、黒数さん!その、た、たくさんをありがとうございます!」

 

「おお?どうしたんだ?突然面白い扶桑語にしてきて」

 

「え?あ、いや、これは、ぇっと……ぁぅ」

 

「どうどつ、少し落ち着きな。ちゃんと聞いてるから」

 

 

と言っても、少しプスプスと顔を赤くしながらお盆で顔を隠す。

 

随分と可愛らしい。

 

その頭またワシャワシャとしてやろうか?

 

 

「んー、そうだな… よし、竹井。少しそこに座ってくれ。俺と話をしよう」

 

「はなし…?」

 

 

俺は机から立ち上がり、二人分の椅子に竹井と並んで座る。少し緊張気味の彼女に俺は引き出しにあったお菓子を渡す。そんな俺は袋を開封してバリバリとお煎餅を齧ってお腹を少しだけ満たすと竹井もおずおずと袋を開封してお煎餅の先端をリスのように齧る。

 

ある程度お煎餅を食べてお茶を喉にながしてから不意に俺は語る。

 

 

「俺はさ、確かに舞鶴にいた頃は誰よりも竹井に気にかけた部分はあった。君も恐らく分かっているはずだ。私は舞鶴航空隊の誰よりも心配されているんだと、な」

 

「!」

 

 

俺は舞鶴で目を覚まして、准尉として舞鶴航空隊に加わり直して、北郷と共にウィッチ達の教育に力を注ぎ始めた。

 

そこには役20名を超える魔女候補生。

 

その中で俺は竹井醇子を強く気にかけていた。

 

ほんのちょっと過保護だったかもしれない程度によく気にしていた。

 

でもそれにはちゃんと『理由』があった。

 

 

「でもさ。ウラルに来てからの君はちゃんと前に進める立派なウィッチだと分かった。だから俺は改めたよ、君は立派なんだって」

 

「そう…でしょうか?」

 

「そうだよ。だから俺は決めたよ。

あの『約束』はもう必要が無いなって」

 

「約束…?」

 

「元扶桑皇国海軍、竹井准将」

 

「!!??」

 

「君の『お爺さん』との約束だ」

 

 

 

 

 

_まーた面会ですか?俺は動きませんよ。

 

_これは失礼。確かに車椅子で不自由する老いぼれの相手は面倒じゃろ。だが少し付き合ってくれぬか?

 

_そうだな…面白い話をしてくれる庶民派なら老いぼれだろうと好きかな。

 

_ほほほっ、そうかそうか。なら丁度良い。儂も療養中故に軍服は許されておらぬ身での。しかしそんな錆びた老いぼれは過去の栄光、つまり未来の自慢話をさせてはくれんか?

 

_未来の自慢話?

 

_……聞いてくれるか?

 

_聞きますよ。車椅子に鞭打って来てくれたんだ。貴方のような澄んだ方なら聞きたい。

 

_ほほほ、澄んでるときたか。なら儂もまだ捨てたもんじゃないな。ありがとう。なら少しだけお主の時間を失礼しよう。黒数殿、先の短い儂には、この先多くの未来が待ち受けるウィッチが一人いる。その者は北郷少佐を師として仰ぎ、舞鶴航空隊の魔女候補生として奮起しておる。名は竹井醇子。儂の大事な孫娘だ。

 

_孫娘……

 

_とても可愛らしい珠のような子じゃよ。

 

_その子を、俺に…どうしろと?

 

_なに、ただお主に見守ってほしい。お主がウィザードじゃなかろうとも、ウィザードのような人類の救世主なら、どうか未来の若者を見守ってはくれないか?

 

_何故俺に?あの場には北郷少佐がいる。

 

_お主の眼は少女を兵士として見ない

 

_!!?

 

_故にお主の声は近しく分けなく暖かく感じておる。それはウィッチの存在を少女としてそのままに受け止めているホンモノだからじゃな。

 

_それは、今の時代で愚かでは?

 

_でも彼女達は、まだ子供であろう。

 

_それは、そうだが…

 

_なら……お主なら()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「君のお爺さん、本当に凄かったぞ。初めて出会ったその数分でそう言ってくれたんだよ。あんなの初めてだ」

 

「お爺ちゃん…」

 

「で、話の通り俺は竹井を気にかけた。でもちょっと違った。君のお爺さんは『見守って』欲しいと言っていた。そんな俺は君に贔屓していた。つまりそれは成長を信じてなかったことになる。だからごめんな…竹井」

 

「っ!ち、違います!私は黒数さんがいたからこんなに頑張れました!そんなこと考えないでいいです!」

 

 

 

やはりこの子は優しい子供だ。

 

戦いに出る必要のない子供だ。

 

だがそんな子供に、俺は戦いを教えてくる。

 

必要とは言え嫌になるな…

 

本当に…

 

 

「わ、私、本当は、特別ウィッチになりたいなんて思ってなかったんです。でも世界がウィッチを求めるから、たまたま魔法力が見つかって講道館に行って、そこでいろんなウィッチ達に出会って、それで美緒ちゃんにだって…」

 

 

服をギュッと掴んで彼女は語る。

 

そこには劣等感を交えながら。

 

 

「でも、たくさん劣っているから、たくさん怖くなって、それで…ダメになって…」

 

「たくさん…か…」

 

 

そうは言うけど、実際のところ最新鋭の第十二航空隊の隊員を見たら少なからずそうなるに決まってる。俺だってたまに思う。空はともかく地上では木刀を握ると未だ坂本美緒や若本徹子に勝てないんだから。強すぎだろ。

 

しかしその第十二航空隊をそうしてるのは紛れもなく俺や北郷だ。恐らく扶桑海軍で一番成長が早い部隊だ。なのでグングンと伸びていくあのウィッチ達を見て見劣りを感じてしまうのは仕方ない話だと思う。

 

その中でワーストって言葉を当てはめるなら竹井醇子になるだろうが…

 

いやでも…

 

 

「君は、とても立派だよ?」

 

「はい、黒数さんは私に何度もそう言ってくれます。そして黒数さんなら嘘を言ってない事はもちろん分かってるつもりでした。でもその言葉が私には遠くて、雲のようで、だから私こそ黒数さんを信じてなかったと思います。むしろ一番信じてなかったのは私の方で…」

 

「いや、竹井、それが普通だよ。特段おかしくなんてない」

 

「…そう、ですか?」

 

「ああ、そうだ。大体俺だってな『歴史の英雄たるウィザードの真似事してウィザードのような活躍ができるだろ』って整備士のハッパさんに何度も言われた事がある。そんなの言われたところで俺はあまり信じてなかった。だって考えてみろ?自動でシールド張れない実質オワタ式な英雄なんてひっくり返せばただの空飛ぶ馬鹿だ。良くも悪くも運の良いだけの男だ。そんな奴に『お前は英雄になれる』なんて言われても疑うって」

 

 

 

俺はハリボテのウィッチ。

 

叡智から託された貰い物によって空でイキっている主人公だ。よくありげな二次創作物の主人公のそれ。俺はそんな奴だ。そもそも二十歳超えた大人が何やってるのやらと今でも思う。

 

思うけど…

 

けれど…

 

 

 

「誰かが俺にそう期待する。そうなってくれると信じている。それってあまり無いことだと考える」

 

 

まあこんな世界だからこそ一日でも早く厄災を振り払ってくれると信じている。

 

いや違う。

 

そのナニカってのに信じていたい。

 

なんでもいいから、そうであってほしい。

 

その必死さが無力な人々から伝わっている。

 

「そうして出来上がったのが機動戦士願那夢って大層な望みかな。世界も随分と好き勝手してくれる。でもそれだけの大役を誰かが果たしてくれるような夢物語を地球の引力に縛られた人類達が宇宙に願っている。その対象ってのが黒数強夏だった話だ。皆が俺に期待する」

 

「…すごく、重たいですよね……」

 

「そうだな。重くて重くて、本当に重たくて仕方ないよ、竹井」

 

 

椅子に腰深く凭れ掛かり、天井を見る。

 

半年前までは平和ボケしてた人間だ。

 

戦いなんて画面越しだけ。そう考えていて、ブリタニアで武器を握りしめて、小さなウィッチと共にネウロイを討ち滅ぼした。初めて敵を殺して俺は生き残った。そこからこの世界が望む俺の役割は決まったんだ。知ってるから。分かってるから。俺から始まった。

 

 

「……こわい、ですか?」

 

「もちろん!」

 

 

ケロッとしながらバッと起き上がる。

 

それに驚く竹井。

 

俺はなんてことないフリをする。

 

フリをしている……が、でもそれでいい。

 

 

「だから考えすぎないで良い。もう始まってしまった物語だ。戦いに身を投じてしまった以上は考え過ぎない。でも考える。生きるための戦いと帰れる場所を。そのための力はここにあるから」

 

 

重たい役割だけだ、それ相応がある。

 

真似事をするくらいのソレがある。

 

なら俺はガンダムを信じている。

 

 

「だから竹井、よく聞いて。さっきの話だ。信じられるのも、信じられるのも、まずは疑うところから始まる。人間はそれが普通だ。だって自分のことは自分がよくわかってるつもりだから他者から受けた想いや言葉が自分相応なのかなんて、そんなの自分が決めることだ。信頼なんて基本は難しいんだよ」

 

 

だからニュータイプに希望を抱く。

 

そこに偽りなんて物は一つもないから。

 

 

「空を飛んでるのは自分だから、自分しか信じてないのは当然だ。周りの期待なんて恐ろしく極まりない。俺だっていつまた北郷の宇宙(やくそく)を裏切ってしまうのか怖くて仕方ない。外部からの言葉を信じるなんて人生死ぬまで一番難しい課題だ。それで当然だから」

 

 

 

エクバもそうだ。

 

素性知らぬ相方をシャッフルで信じれるか?

 

難しいだろ。

 

つまりそういう事だよ。

 

 

 

「…けど……けど…誰か、が…」

 

「?」

 

「誰かが、わたしにそうであって欲しいと思ってくれるなら、そこにがんばりたいと思うのは変ですか?」

 

「!」

 

 

されどこの子はとても優しい。

 

悩まして、苦しんで、考える。

 

でも、誰かに向けて頑張りたいと思える。

 

歩の遅いウィッチだけど、その分、踏み締めた足とその地固めはとても強固である。

 

恐らく、それが竹井の強さ。

 

 

「そんなことない。すごく同感だ。その通りだよ」

 

「わっ…」

 

 

 

その頭に優しく手を置く。

手触りが良くて、優しい温度が伝わる。

 

その時、カラカラと笑う癖に何かと自己評価の低い彼女の姿を思い浮かべた。

 

確かに、そうであって欲しいと思うなら、その人のために頑張りたいと思ったのは、おかしくなんてないはず。

 

 

『だから、その信頼に、くろかずに、わたしのよわさを、どうか、置かせてくれ…』

 

 

 

__きみ、抜きでは、無理だ……

 

 

 

 

その言葉は今でも覚えている。

 

だから頷いた。

 

彼女のためにしてあげれることを。

 

頑張りたいと思うことを。

 

俺は『誰か』に始めた。

 

 

 

「やはり、君は立派だな。自慢だよ」

 

「あ、ありがとう、ございます……えへへ…」

 

 

 

褒めるところしかないので褒める。

 

そして素直だから素直に喜ぶ、少女。

 

 

 

「だから俺は、そんな君に2つ分、見せないとならないことがある」

 

「2つ…?」

 

 

 

ひとつは…

 

コツンと彼女の額に指を置く。

 

 

「世間では俺を最強と思ってるらしい。衰えを知らぬ故に空から宇宙に向かう英雄だとか。それが願那夢(ガンダム)って言葉にして人類の願いまた()夢を乗せれるからだ。だから俺はホンモノらしい、竹井」

 

 

だから…

 

 

 

「竹井__そのくらいすごい俺を信じろ」

 

「!!」

 

 

 

目を見開く少女。

 

それは身長差があり、大人だからやれる事。

 

それは子供騙しを指に乗せた、ズルさ。

 

 

「そしたら世界が最強と謳う黒数強夏って男性ウィッチが信じる竹井醇子ってウィッチはどうやらこの世界で間違いないからな」

 

 

 

額に置いた指を再び彼女の頭に。

 

少しだけワシャ、ワシャと二度、触れた。

 

 

 

「そして、もう一つは」

 

 

 

俺はその頭から手を離して…

 

 

 

「俺は醇子(きみ)を信じます。だから頑張って」

 

「!!」

 

 

 

対等に__願う。

 

年齢など、階級など、そんなの関係なく。

 

ここにいる俺が、黒数強夏が、願っている。

 

この素晴らしきウィッチに。

 

 

 

「黒数さん」

 

 

 

願いは届いただろうか?

 

彼女は改めてこちらに向き合う。

 

 

 

「わたし、頑張って、黒数さんにもっと信じられたいです。だから黒数さんを信じます」

 

 

 

その眼は優しくも、強固である。

 

あの車椅子の老いぼれと同じで。

 

 

 

「だから、わたしも、もう一度だけ」

 

 

 

ほんの少しこぼれていた涙を彼女は拭い。

 

その表情は劣等感に苦しむ姿はなく。

 

劣等感を理解した上での姿。

 

 

 

「黒数さん!わたし、もっと第十二航空隊で頑張りたいです!そして黒数さんだけじゃないです。北郷先生や美緒ちゃんや、そして皆のためにも私はウィッチとしてもっと高く飛べるようになりたい。そしてそうなれる気がします、ここなら…!」

 

「!」

 

「最初に出会ったのは北郷先生です。でも今一番出会えて嬉しかったのは黒数さんです!だから見守ってくれた黒数さんに、気にかけてくれた黒数さんに、わたしはまた告げます!たくさんをありがとうございます!そしてこれからも!」

 

 

 

 

__よろしくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、なんだ…ここにいるじゃないか。

 

なあ、見てるか?不自由な世界よ。

 

もしくは重力に囚われた人類たちよ。

 

俺なんて紛い物(ニセモノ)よりも。

 

ウィッチ(ホンモノ)になれる逸材がそこにいる。

 

彼女こそがウィッチで、人類の願いや奇跡を背負える空だよ。

 

 

 

「ああ、よろしくな、竹井」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

___お主なら()()()()()

 

 

 

 

ああ、確かに、その通りだと思うよ。

 

車椅子のお爺さん。

 

貴方の孫娘は、立派な未来のウィッチだ。

 

 

 

 

つづく

 

 







~例えばこんな数年後~



_え?わたしが尊敬する人ですか?
_はい、そうですね。
_まずわたしの先生、北郷中佐。
_それと坂本少佐もです。
_もちろん他にも多くいますよ。
_皆さまはとても立派ですから。
_でも…
_先人として私が一番尊敬している方は…


部下を束ねるようになったウィッチは空を見る。
あの広いどこかで飛んでいるだろうか?
それとも、もうその場所で飛んでないだろうか。
わかるのは、その者のみ…
広大なこの宇宙を辿る…


_いえ、なんでもないです。
_その人は、皆が等しく思ってます。
_どこまでも素敵な方だったことを…
_解散したあの日から誰もがそう感じてます…


記憶と共に、強固な眼が優しさで語る。
もう一度だけ空を見た。

どこかで 彗星 が疾った気がしたから…




的な??

違う意味で黒数は遺伝子を残しましたね。
さてはオメー主人公だな?


ではまた


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17話

 

 

どうやら空の俺はかなり強いらしい。

 

それは自分でもそう思っている。ブリタニアの洞窟で小さなウィッチに守られながら戦っていた頃に比べたら今の自分は上出来だろう。あの頃よりも確かに強くなり、今は守れる側になれたはず。

 

それからは俺の居場所でもある第十二航空隊のウィッチ達を戦いの中で生きて帰れるよう北郷と共に鍛錬を重ねる毎日。

 

つい半年前まで平和ボケしていた一人の消費者なんだけど戦時中にも関わらずこの空で充実感を得てしまっている自分がいる。死を隣り合わせにする火薬と空をなぞる紛い物(ガンダム)だが、ストライクウィッチーズの世界だとそこに居場所を感じてるのも事実なんだろう。

 

確かに空を隣にして生きている。

 

 

 

まぁ、今は『最強』と隣り合わせにしているが。

 

模擬戦として。

 

 

 

「黒数!逃さんっ!!」

 

「息切れを知らない上司だな!本当にっ!」

 

 

 

いつもはカラカラと笑顔振りまく先生だが今は俺を討たんと空を駆け巡り、その眼は戦いを知らぬ者からしたら睨まれただけで怯みそうになる。命のやりとりを見て感じて来た眼差し。

 

二刀流で構えた扶桑刀が今日で最後になる秋陽を反射させながら、刃はウラルの色に染める。

 

 

「ちぃ!」

 

 

あの機動力を相手に重たい武装を召喚するわけにもいかない。俺は支給されたペイント弾入りの機関銃と扶桑刀一本だけ腰にぶら下げて北郷の猛攻から逃げる。

 

隙をついて苦し紛れに迎撃するが、コチラが足を止めるとすかさず北郷も機関銃でコチラを狙ってくる。

 

そして逃げる姿勢をみせると二刀流で構えた扶桑刀をチラつかせて接近してくる。

 

なんとも恐ろしすぎる敵だ。

 

いまの彼女はそれだけ__本気だ。

 

 

「さすが扶桑の軍神だな」

「アレが噂の願那夢か…」

「す、すごい!なんて機動戦だ!」

「は、早すぎるよ!」

 

 

模擬戦の下では早期にやって来たアドルフィーネ・ガランドと同じように武官として、もしくは派兵として各地からウラルの扶桑前線基地まで足が運ばれ、宮藤理論で一新されたストライカーユニットの性能を取り込んだ扶桑の空戦技術を学ぼうとしている。

 

そしてウラル前線にある扶桑の部隊を転々してとうとう第十二航空隊にも観戦に来た。

 

今日たまたま北郷と俺の模擬戦である。

 

 

「うおぉぉ!」

 

「甘いッ!」

 

 

指定された限界高度まで到達した瞬間、俺は右から捻り込ん(燕返し)でビームシールドで北郷を斬りつける。利き手じゃない方から攻めるがあまり効果的ではないようだ。

 

俺は北郷とすれ違いながら体を半分捻り、腰に付けたまま機関銃のトリガーを引いて腰から射撃を行う。腰の裏から放たれるペイント弾は突然現れる銃撃に見えるため北郷はこれに驚きながらも体をずらして回避した。

 

 

「はっはっは!面白いことをする!」

 

「対人専用だよ。ネウロイには意味がない」

 

「だが私は危なかった。しかしもうその手は喰らわん」

 

「そもそも喰らうとは思ってないから安心しろ!」

 

 

相手は少佐で上官だがもうこんなのは今更だ。

 

今はただ…

 

二人だけで許される限りを尽くすまで。

 

 

「と、言っても模擬戦故にペイント弾でしか遠距離が許されないからな」

 

 

殺傷力のある攻撃はウィッチのシールドで守られるがこれは模擬戦だ。流石にネウロイでもない生身の人間に本物のライフルやバズーカなど撃つわけにもいかない。ルールに沿って勝たなければならない。

 

 

 

「でも、やりようはある…!」

 

 

 

垂直の真上に飛んでいた俺は北郷と同じように扶桑刀を引き抜いて急停止すると、扶桑刀を構えて垂直に降下しながら彼女に接近戦を仕掛けた。

 

太陽と重なる人間はその距離感が一瞬だけわからなくなる。

 

あと視界の阻害も兼ねて振りかざす。

 

 

「ここで白兵?!」

 

「そろそろ終いにしてやるよ!北郷!」

 

 

 

ユニットの性能差ではこちらの方が上。しかしその性能差は技術量と精神力で跳ね返すのが北郷章香というウィッチである。お手本のような人だ。トレードマークのポニーテールを揺らしながら二刀流の扶桑刀で身構えて俺の振り下ろす斬撃を受け止める。

 

 

「随分とご自慢だな!!」

 

「ははっ!何が言いたいのかな…!!」

 

 

ギチギチと刀同士で削り合う。

 

流石に刃物は防刃されてるので血飛沫が上がるレベルで斬られることはない。

 

それでも向けられた刃は恐怖心を容易く煽る。

 

恐怖心を殺しながら俺は身体強化で強引に北郷の腕力に勝ろうとしていたが彼女は一歩も譲らない。

 

 

「普通なら機関銃で牽制!なのに刀には刀で挑んできたその愚直さ!北郷の負けだな!」

 

「ならこの状態から少しでも動いてみるんだな!その瞬間君の負けだ黒数!」

 

 

彼女の言う通り、このクロスレンジで俺が次の行動に移した瞬間斬られて終了だ。

 

それは容易に容易い。

 

本気の彼女はそれほどに強い。

 

でもそれは鍔迫り合いが離れるまでの話。

 

なら離さなければ良い。

 

 

「うぉぉぉぉおおお!!」

 

「ぐ、ぐぅぅ!!」

 

 

 

人間は真上から振りかかる力に弱い。

 

また空を飛んでいると踏ん張る場所が無い。

 

故に真上を取ったコチラが有利だ。

 

それを身体強化で押し切る。

 

 

「おいおい…」

「北郷少佐、押されてるのか!?」

「まさか願那夢の方が強いだと!?」

 

 

高度な機動戦と思いきや最後は力比べ。

 

下で見ていた者達は驚いているだろう。

 

そもそも俺に高度な技術が出来るとでも?技術的接近戦では坂本美緒以下だと言うのに何をそこまで期待するか。俺は与えられた力を持って性能を押し付けるだけの兵士だ。北郷章香のように心身共に研鑽を積んだ人間では無い。

 

何度も言ってる。

 

俺は半年前まで平和ボケしていた人間で戦争なんて知らなかった。それをつい半年前に身を投じた人間だ。今年戦いを始めた俺なんかよりも何年も前から心身共に築き上げてきた彼女より何十倍も劣ってしまう。そんな彼女に技量で勝とうなど一切考えていない。俺は与えられたモノで今も、そしてこれからも誤魔化すだろう。

 

そう、誤魔化す、この弱さを。

 

虎の威を借る狐のようにこのエクストリームバーサスの力で、そして叡智から授かった魔法力で理想を作り上げる。

 

それは人類の『願い』と同じ。

 

宇宙に描くだけの希望論と空想。

 

それをこの空で本物にする。

 

 

「だぁぁ!」

 

 

俺は咄嗟に足を後ろに折り曲げ、自分の腰にぶら下げていた機関銃に足スラスターの風圧ぶつけて真上に弾く。

 

機関銃は宙を舞った。

 

 

「なに!?」

 

 

先ほど腰を捻って射撃した時に引っかかりを緩くしておいたため足の裏一つで簡単に腰から機関銃がパージされる。充分に不意を突けた俺は力強くで鍔迫り合いから弾く。

 

宙を舞う機関銃に手を伸ばそうとして……扶桑刀が割り込んだ。

 

 

「やらせんッ!!」

 

 

強引に鍔迫り合いから弾いたとはいえ北郷の復帰が早い。

 

彼女から繰り出された斬撃によって宙を舞う機関銃は真っ二つだ。

 

しかも防刃付きでのきれいな切断。

 

アレで斬られたらたまったもんじゃない。

 

 

 

「ハァァァぁぁぁあ!!!」

 

 

 

生徒には普段見せないような表情だ。

 

叫びながら扶桑刀で斬りかかる北郷。

 

本気の本気で俺に勝とうとするウィッチ。

 

それが嬉しくもあり、恐ろしくもある。

 

 

 

「は、はは…!」

 

 

だからそんな彼女が素敵なんだろう。

 

こんなにも強くて頼もしいんだから。

 

俺は苦闘の中だろうとその姿に笑みを浮かべながら機関銃に伸ばしていた手に魔法力を巡らせると縦長くビームシールドとして展開、自分の足元に振り下ろした。

 

 

「!?」

 

 

振り下ろした先、それは俺のストライクユニットであり、スラスターから吹き出すエーテルに干渉したビームシールドはバチバチと火花のように激しく弾けて北郷に襲いかかる。

 

試作1号機の格闘前派生の真似事。

 

「ぐっ!?」

 

 

突然襲いかかる魔力の花火に北郷の動きが止まる。また防衛本能としてその光を浴びぬように顔を手で隠した。まるでスタン状態。

 

そして()()()の後はもちろん__()()()に続く。

 

 

 

「だぁぁぁ!!捕まえたァ!!」

 

「がっ!??」

 

 

俺は北郷の懐に潜り込み、その体を抱きしめるように両手で拘束するとストライクユニットの推進力で強引に空へ押し切り、ユニットの制御姿勢を北郷から奪い取りながら上昇する。

 

北郷は拘束から逃れようとするがストライカーユニット以上の高速移動に姿勢が取れない。

 

俺は北郷を抱きしめながら宙返りを行い互いの頭は地面の方に。そうして方向感覚と抵抗力を奪い取りながら二人揃って真っ逆さまに回転しながら、墜落した。

 

 

 

「沈めェェぇぇぇえ!!!!」

 

「うぁぁぁぁぁああ!!?!??」

 

 

 

試作1号機の有名な高火力コンボ。

 

それは格闘下派生の飯綱落とし。

 

ウラルの空から二つが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ流石に地面に直撃はNGなんですけどね、初見さん」

 

「ぜぇ、ぜぇ………く、くろ、かず……」

 

 

 

彼女の悲鳴を聞きながら地面に直撃する数十メートルの辺りで急減速した。

 

もちろん減速の際は彼女の骨を痛めさせないようにするため背首と背筋をしっかり強く抱きしめて緩やかに地面に降りている。

 

それでも流石に北郷も焦ったのか息を荒げながら抗議する。

 

あと助かったことに力が抜けていた。

 

 

 

「はぁ、はぁ……くふぅ………まったく!あんな危険なことをするとは!わたしは黒数にそんなやり方を落とし込んだつもりはない!教えはどうした教えは!」

 

「これもエクバ(ボン)の賜物だな!」

 

 

 

冗談を叩けば「バカやろう!」とお姫様抱っこの北郷から拳骨を喰らってしまう。

 

なんだ、けっこう元気じゃねーか。

 

 

 

「てか、それを言ったらまず最初に俺の機関銃を壊したのは北郷だろ?そうなると接近戦しか手段がないのに相手が北郷だ。刀で勝てるわけもない。勝てる手段を考えて組み合いだった」

 

「それが飯綱落としに繋がる黒数の頭はどうなっているんだ?まったく…… 私の機関銃を奪い取って突きつけるとかではダメだったのか?」

 

「クロスレンジにはそれ以上のクロスレンジを。対人として最大に機能できる、それが掴みの戦法」

 

「なんて奴だ…それも教材(ガンダム)から得た知識か?武器が無ければ格闘戦だってするというのか?」

 

「ああ、もちろん。実のところ殴り合い宇宙だってそこまで珍しく無い。それに俺たちは人間だ。なら人の身で出来ることを最大限にするべきだ。それが対人戦って事じゃないのか?」

 

「なるほど、模擬戦とはいえ平和ボケしてたのは私の方だったか。やれやれ参ったね…」

 

「そんな事ない。素敵だったぞ?本気の本気で勝ち得ようとする北郷の眼は」

 

 

 

落ち葉を踏みつけて前線基地へ。

 

お姫様の彼女のポニーテールが揺れる。

 

あの後も軽く言い合いが続いたが、互いに模擬戦の疲れもあるため文句や反省会は後回しにすることを決めて、今は枯れ葉が多い森林の中で揃って静かになる。

 

すると一気に寒くなり始めた。

 

先ほどの模擬戦が境目なのか、とうとう冬の風がウラルにやって来たらしい。

 

 

 

「北郷、寒いか?」

 

「ユニットで防護されてる。あと黒数の腕があったかいから寒くはない。平気だ」

 

「それは光栄だな。冷たい男だと思われたらしばらく冬眠でもしようかと考えてたよ」

 

「心配しなくていい。もし真冬で眠るようなら木刀で起こしてあげよう」

 

「随分と優しくない目覚めだ…」

 

「はっはっは」

 

 

模擬戦によって膨れ上がった闘争心は不可抗力ながら少しだけピリピリさせていたが真冬の風が俺たちを冷ましてくれたようで、互いの雰囲気はいつも通りにしてくれた。

 

冬の到来はタイミング的に良かったのだろう。

 

 

「……黒数は」

 

「?」

 

「……いや、なんでもない。ただ…もう半年近くが過ぎようとしているんだな、と…」

 

「ああ、そうだな…… もう半年だ。俺はそれだけの時間をコチラで過ごした。まだこの先も続くだろうけど…」

 

 

冷たい風が季節の変わりを知らせる。

 

それだけの時間が流れていることを。

 

 

「北郷が何も思う必要はない。俺は決めてココにいる。黒数強夏がこの世界に呼ばれた意味を知って、それで受け止めた。もし俺自身がこの空をどうでも良く感じてるなら既に全てを見捨てている。そしたら黒数強夏はこの世界に望まれなかった人間って事で帰ってはずだよ」

 

「…君が言うなら、そうなんだろうが……」

 

「現世に未練は無い… と、言ったら少しは嘘になる。彼方にも少なからず世話になった人や残したモノだって幾つがある。けど俺はその中で決めていることがあるんだよ。それがこの世界で叶いそうだ」

 

「決めていること?」

 

「ああ、それは…… っと、そろそろ到着だな。第十二航空隊のメンバーはともかく周りの武官には格好つけておかないとな。ここからは飛んで戻るぞ」

 

 

 

俺はお姫様抱っこから解放すると北郷の手をとって再び空を飛ぶ。

 

エスコートする形で先行して彼女を引っ張り、基地に戻った。

 

するとストライカーユニットを履いた若本達が飛ぼうとする間近だった。

 

どうやら森林に消えた俺たちの捜索に出ようとしていたらしい。

 

北郷を筆頭に「平気だよ」と笑いながら無事な姿を見せた。

 

俺も「平気だ」と返したが竹井が「本当に本当ですか!?」と慌ててくれた。随分と懐いてくれる彼女の頭をワシャワシャワしてやりたかったが手が汚れてたので断念する。

 

すると穴拭智子が目をキラキラさせながら「あの技なに!」と尋ねて来たので説明してやったら「黒数の外道!」と言われてしまった。じゃあなんで聞いたんだよ?少しイラっとしたのでお転婆娘の額にデコピンして追い払った。

 

 

 

 

さて、それから夜になると食堂では模擬戦の話で持ちきりになった。

 

 

_あんな機動戦は見たことない!

_すごい戦闘技術だった!!

_何を食べたらあんな事ができる!?

 

 

と、ほとんどの観戦武官のウィッチ達が口を揃えながら俺を囲い、色々尋ねて来た。

 

すると不意に酔っ払ったアドルフィーネ・ガランドから「章香の体は柔らかっただろ?」と脇を突いて揶揄ってきた。否定はしない。今思い出せば頬が幸せな感触を得ていたと思う。しかも北郷の近くでわざとそう言ってくるため反応に困りそうになったが、それこそ奴の思う壺なので「りんご三個分の軽さ」と誤魔化してやったら逆にツボにハマったのかガランドが大笑いしていた。ほんのりと頬を染めながら「こほん」とジト目で北郷が睨んできた。いやどうしろと言うんだよ。でも普通に軽かったぞ。

 

とりあえず厄介な質問をしてきたガランドはあとで〆てやるとして、色々考えているとひとりのウィッチが接触してきた。先ほどの模擬戦もそうだが俺に対して興味があるらしく、あと過去に行ったとある作戦を尋ねて来きたので説明をする。

 

 

「それってオペレーション『ダークメテオライト』のことか?言うてただの高高度降下爆撃だぞ?足を止めてのピンポイント爆撃」

 

「構わない。ぜひ詳しく教えて欲しい」

 

「まあ構わない……ところで名前は?」

 

「これは失礼した。ハンナ・ウルリーケ・ルーデル。階級は中尉だがあまり気にするな。そんなの飾りだ

 

「よし気に入った、そういうの好きだ。ではさっそく紙とペンで説明しよう」

 

「わたしも君のような話の早い男は好きだ。感謝しよう」

 

「ありがとう。さて、まず限界高度の指定。それから投下物を大きめにしてピンポイント爆撃を選んだ。ふんぞり返った指揮官型の中型だったから狙いやすかった。あとコレのお陰でネウロイは獣と同じでリーダーが死んだから統率力と戦闘力が目に見えて低下。しばらくすると次のリーダーを決めるために瘴気の奥に帰ってしまうことがわかった。お手柄だとさ」

 

「これはまた興味深い。世界平和に大股で近づける朗報だ」

 

「世界平和…? それでだな…っと思ったが紙とペンじゃキャパが足りないな。どうせなら食器使うか」

 

「ほぉ?」

 

 

 

正直ダークメテオライト程度の話なら紙切れ一つ程度の説明で済むが、周りの武官も興味津々なので友好を深めるのと同時にウィッチ達の戦技研究を進めようと考えて使ってない食器をテーブルにひっくり返して講義を開く。それからダークメテオライトに参加した部隊やネウロイを食器に見立てながら展開する。笑いが止まったガランドも興味深そうに加わり准尉以上の話し合いが発展する。

 

 

_この場合はこっちからが良い。

 

_ココだと効率が悪いな、西から攻めたい。

 

_このパターンならコレが有効だ。

 

_こっち側は分析が甘いと一気に倒壊する。

 

_撤退戦ならこの位置で防衛を築きたい。

 

 

などなど食堂はいつのまにか賑やかになり、第十二航空隊や脳筋寄りの若本や穴拭はちんぷんかんぷんな顔をして聞いている。竹井だけは平気な顔をして俺の後ろからおずおずと身を乗り出しながら聞いていてたので隙をついて頭をワシャワシャワとしてやった。

 

 

 

武官同士の話し合いは消灯時間まで続いた。

 

 

 

 

 

 

つづく






あんな健康的な体にしがみつけるとか裏山。
しかも帰りはお姫様だっこと来た。
追加でジト目で睨まれている始末。

さてはオメー主人公だな?


ではまた


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18話

投稿を開始してもう二か月が経つのか…
はやっ…

ではどうぞ


 

 

「んあー、これはまたガタが来てるな」

 

「ある程度は丁寧に扱ったぞ?」

 

「そりゃ中身はそこまで多く無いからな。必要パーツも少ないため仮に損傷を起こしても内部の破損箇所が増えない。あと複雑な関節も陸系の戦闘脚で幾らでも代用できる。正規の整備兵でない非軍人でも修理ならできる設計だ。改修をするならまた話は別だが…」

 

「なるほど。でも改修はしなくても俺のユニットに関してはオーバーテクノロジーだろ?」

 

「そうだな。そもそもジェットタイプのストライカーユニットが頓挫した理由は時代の先取りを目指しすぎた結果だ。まず兵器にはその時に見合った運用や管理環境、次にそれ相応の使用者(ウィッチ)が必要だ。しかし誰もコレを操れない現状として計画はお蔵入り。その時が訪れるまで眠っていたが、そこにお前さんが現れてコイツを思い出した」

 

 

ユニットの外装を戻し、ボルトを回しながらテキパキと作業するハッパさんは続ける。

 

 

「戦技研究の武官だった北郷少佐から得た空戦のノウハウ。ジェットタイプに適応した特別な魔法力。あとお前さん自身の戦闘センスの高さがコイツを乗りこなした。そしてなにより黒数強夏って存在が高いシンクロ率を持ってこのユニットの性能に追いついた。ドンピシャって奴さ」

 

「それはハッパさんが完璧に作り上げたお陰だろ?」

 

「設計図と計画書は完成してたんだよ。作るだけならエンジニアの資格を持ってる物好きなら誰でも可能だ。いいか?この話の注目するべき点はお前さんが()()()()()()って話だよ。オレは今でも覚えてるからな?病院服のお前さんが突然やって来て、訓練も調整も無しにぶっつけ本番で動かしたにも関わらずコイツで空を飛びやがったところを」

 

「ひ、必死だっただけだし…」

 

「あのなぁ… 赤城の航海中で北郷少佐からある程度の魔法訓練を受けたと言ってたがよ、普通なら航空ウィッチってのは半年近くの飛行訓練が絶対だぞ?それをぶっつけで乗りこなすとか普通に考えてどうかしてる。頓挫した計画だから当然ながら飛行試験なんて行ってない。つまりコイツのマニュアルなんざ一つも作成されてない。しかしお前さんは一人目の稼働者として飛びやがった。それも全て感覚でやりきった。ネウロイも落とした。すごいことしたのは分かる。だが同時に思う。お前さんってすげー馬鹿なんか?」

 

「褒めてんのかわかんねぇなコレ」

 

「どっちもだ。整備士からしたら『やってくれやがったな』の感情と『やってしまったのか』の感情だ。それにお前さん分かってるな?それがどう言うことかを」

 

「目立ち過ぎたとは思ってる。でもそれに関しては遅かれ早かれだと前にも言った。そんな訳だからむしろ前線での活躍を重ねることで世界に名を広める方向性に切り替えた。そしたら充分な牽制になったよ。第十二航空隊に黒数強夏ありってな。すると世間から『願那夢』って大層な三文字を貰ったりと誤算が発生したが、結果的にプロパガンダとして成功に収めれたので良かったわ」

 

「扶桑にも届いてるぜ?北郷部隊を支える大黒柱、もしくは魔女(ウィッチ)を支える黒き彗星(願い星)、その名を彗星の魔女ってな」

 

「俺は男だよ」

 

 

 

カミーユの気持ちがわかった気がする。

 

女に間違われるのは辛いところあるなこれは。

 

 

「だがそれだけ有名だと男性ウィッチってだけでも大変じゃねーのか?正直戦果だけ与えられても満足しない軍属は居ると思うが…」

 

「実際にあったぞ?扶桑からも、扶桑以外からも政略結婚を目論んでくる奴が現れた。その遺伝子を寄越せってな。そしたら女子は選びたい放題だってよ。まあ頷いだことは無いし、今後一切頷くこともないが」

 

「入れ込み具合からしてお前さんならまぁそうなるだろうな。てか黒数の人事権は北郷少佐が全て掌握している状態だっけか?こうして考えるとお前さんはかなり自由の効く身だが事実上だと人権や権利を全て北郷に委ねてる状態だ。言いたくはないが表面上の扱い、奴隷だな…」

 

「強ち間違いじゃないぞ?まず宮藤博士の使用人って肩書だったけど軍では非公認な人間で、しかも扶桑に住民登録の無い世捨て人。その時点で俺に人権ないだろ。そこで北郷に拾われたから、黒数って生き物は北郷の所有物って事でまかり通るんだよ。多分な」

 

「そこは少佐権限として押し通したんだろ。てかどれだけ身元を掌握されてんだよ。改めてお前さんの境遇を言葉にすると冗談にならねぇな。とんでもないぜ」

 

「知ってる。なので俺を縛ることは不可能だ。俺を動かせるのは俺自身と北郷だけだな」

 

「ああ、そうかい。お前さんがあまり気にして無いなら何も言うことがないが……なんかなぁ…」

 

「まぁ扱いが人間じゃないって言うならもう既に手遅れだよ。既に願那夢って大層な売り文句がこの体に付いてるし。てかこの時代はなにかとカッコ良さそうな異名付けたがるよな?暇なんか?」

 

「それがプロパガンダ」

 

 

 

希望を抱く人類の心の拠り所だろう。

 

そもそもウィッチってのが世界のヒーローだからそうなるのも普通なんだろう。これに航空ウィッチとして空を飛んでるなら尚更だ。

 

穴拭智子も『扶桑海の電光』とか呼ばれて人々の希望になっている。

 

この時代で異名は必要なことなんだろう。

 

 

 

「よし!コレで改修は完了だな!あとは先進した計画書に合わせて設定すればこのユニットはもっと良くなる。さーて、この結果がどうなるかはエンジニアとして楽しみだな」

 

「相変わらず仕事が早い。てかこんなに早く改修が済むならこれならもっと早く呼んでくれても良かったのでは?明後日から12月で真冬到来だぞ。連絡船が航海不能になる前にウラルに戻っておきたいんだけど」

 

「扶桑の船は冬海に強いから心配ねぇよ」

 

「普通に寒いから嫌なんだけどなぁ…」

 

 

 

あ、言い忘れてた。

 

俺、実は『舞鶴市』にいる。

 

二日前にウラルから扶桑に帰ってきた。

 

 

経緯としては二週間前にハッパさんから文が届いたところから始まる。

 

ストライクユニットのメンテナンスと合わせてユニットの改修を行いたから扶桑まで戻って来て欲しい、との事だった。

 

普通ならユニットだけ送れば良いはずだが、俺の場合そうは行かない。

 

理由は簡単。

 

ジェットタイプのストライカーユニットを動かせるテストパイロットウィッチが存在しないからである。

 

これはなんでもそうだが、改修した兵器ってのは実戦で問題なく使えるかを確かめるため試運転ってのが必要不可欠である。これはどの時代になっても変わらない。それが兵器開発。

 

しかしストライクユニットを動かせるのが現状として俺一人だけである。なのでウラルから扶桑に戻ってくる必要があった。そしていま懐かしの舞鶴市でハッパさんのところにいる訳。

 

 

あ、もちろん赤城に乗って帰ってきたぞ?

懐かしの顔も会ってきた。

 

それから前に使わせてもらった部屋を使って寝泊まりした。

 

しかし俺一人だけなので部屋が広い気がした。

少しだけ寂しく感じたのは気のせいだろうか。

 

いつも起きたら奥の布団には…

 

いや、思い出すのはやめておこう。

 

そもそも同室ってのがおかしい。

 

 

 

 

「黒数、飛べるな?」

 

「え?もう飛べるのか?」

 

「何度も言ってるがこのユニットは他のユニットと違って必要パーツが少ないんだよ。黒数一人で自己完結してるからな。だから半分以上は中身を取り替えるだけで終わる」

 

「赤城にいた時間の方が長いなコレは…」

 

「正直お前さんのいたウラルにそのままぶん投げて任せても良かったけど流石に微調整の一つや二つは必要だろ?改修やったけど全然動きませんでしたじゃ笑えねぇからな」

 

「まあ、それはそうだが……なんか拍子抜けだな」

 

「ここからが大事っての。とりあえずとっとと履いて空を飛ぶんだ」

 

 

 

言われたとおりに履いた。

 

いつも通りするりと異空間に足が入り込む。

 

ハッパさんが合図したタイミングで魔法力を注ぐ。

 

すると今までよりも通りが良かった。

 

それも、劇的に違う。

 

 

「お、おおお、おうぇぇえ!?!?」

 

「おお、良いじゃねーか。見たところかなり軽そうだ」

 

「マジで軽っ!なんだこれ!?」

 

「簡単に言えばパイプを大きくして詰まりを減らしたイメージだ。あと内側もかなり丈夫になったから暴力的な魔力行使にもある程度耐えれる状態になってる。制御システムも進化してるから無駄なく魔法力を浸透させて飛べるはずだ。だからといってあまり乱暴にするなよ?バケツひっくり返したようになるからな」

 

「未だにバケツ野郎扱いで涙出ますよ…」

 

「じゃああとは自由に飛んでくれ」

 

「雑だな!? てか、微調整良いのかよ?」

 

「今のところデフォルトでピッタリだ。ユニットの細かな違和感に関してはお前さん自身で違和感を確かめろ。少し左右にズレるとか、圧迫感があるのか、些細なことで良い」

 

「だとしてもこんな寒い時に呼ばなくても良いだろうに…」

 

「どうせユニット履けば魔法力で防護されで寒くないだろ?文句言わず行ってこい」

 

「はいはい。あ、それで、どのくらい飛べば良い?」

 

「燃料無くなるまでは飛んでこい」

 

「…あー、それこそどのくらい?」

 

「まあ少し燃料入れ過ぎたからな。まあそうだな。軽く……1時間くらいだな」

 

「長いわ!軽くないわ!」

 

「だとしたも最終的にそのユニットは黒数の魔法力で浸透させる必要があるからこのタイミングで充分に慣らしてこい。じゃ、お前さんが帰ってくるそれまでオレは飯にでもするよ。とっとと行ってこい」

 

「うわっ、酷っ!?へ、へー、なら良いぜ。そんなことなら俺もこのまま飯食べに行ってくるから」

 

「…んあ?なんだって?」

 

「いまから蕎麦食ってくるって言ったんだよ!」

 

「お、おい!?」

 

 

 

ハッパさんを無視して前進する。

 

あの時とは違い焦燥感も何もない。

 

彗星のごとく格納庫から飛び出した。

 

舞鶴の空は久しぶりに俺を歓迎したようだ。

 

 

 

 

 

 

「あー、今日蕎麦屋……閉まってるぞ??って、もうあんなに小さくなったか…やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし舞鶴の海空も懐かしいな」

 

 

 

彗星の如く格納庫を出て数十秒。

 

既に飛行場から遠く離れた。

 

あとハッパさんがなんか言った気がするが…

まぁそれは後で聞けばいいだろう。

 

 

俺は舞鶴の海をスレスレに背中でなぞりながら冬空を見上げる。

 

吐く息は白い。

 

 

 

「そういや『約束』はこの辺りか…」

 

 

 

ビームシールドでネウロイ切り裂いた時、初めて彼女との約束を果たせた気がする。

 

病院服の上からミリタリージャケットを羽織った姿で登場したけど、あの時の俺の姿は彼女の眼にどう映ったのだろうか?

 

少しは頼もしく思えてくれたか?

 

それとも怒ってたかな?

 

ヒーローでもない癖に遅れて登場した悪い大人だったかもしれない。

 

 

 

「てか改めて考えるといまから一時間も飛ぶのかよ。流石に休憩しながら飛べってことだろうけどそれでも長いな。指定限界まで飛ぼうかな?それなら燃料も一気に消費できるだろうし。あー、でもあまり飛びすぎると次は軍がうるさくなりそうだな。 しかし舞鶴の海ってこんなに狭かったか?」

 

 

 

狭くはないはず。

 

ただ俺が飛べるようになったから。

 

小さな子供はいつしか砂場を出てブランコや滑り台で遊ぶようになり、砂場がどれだけ狭いお城の中だったのかを知るようになる。

 

俺も気づいたら砂遊び程度で終わらずに今はそれ以上をこの翼で羽ばたいた。

 

その結果が、狭く感じる舞鶴の海域。

 

もうすぐそこだ。

 

ここから先は扶桑海。

 

軍船がウラルやスオムスに行き来する。

 

 

 

「?」

 

 

 

すると一隻の軍船を見つけた。

 

この位置では小さく見えるが扶桑の船ってのはわかる。

 

さて、アレはなんだろう?

 

そこまで艦船は詳しくないんだよなぁ。

 

名前とか聞けばある程度わかるけど。

 

てか、あの船。

 

こっちに来て………いないよな。

 

気のせいか。

 

でもなんか視線的なのを感じるな…

 

これも気のせいか?

 

てかここら辺は防衛領域か?

 

前と比べて随分と狭まったな。

 

そんなにネウロイ近くに現れてるのかよ。

 

さて、あまり邪魔はできないな。

 

これ以上は進行しない方が良いだろう。

 

このあたりで引き返し………んん?

 

 

 

「なんだ?発光信号…か?」

 

 

 

 

俺は一度後ろを見る。

 

しかし船がいない。

 

つまりこれは俺に向けての光か?

 

 

 

ピッ、ピッ、ピッ

ピー、ピー、ピー

ピッ、ピッ、ピッ

 

 

 

 

「………」

 

 

 

んんー

 

んんー

 

うん。

 

あかん。

 

わからん。

 

太すぎるっ『ピッ!』しかわかんねぇ。

 

クッソどうでもよい知識が先行してやがる。

 

もちろん閃光だけに。ははは、ワロス。

 

お腹減ったなぁ…

 

 

 

「とりあえず近づいて訪ねるか?俺に向けてるなら…え?」

 

 

 

黒い煙?

 

緩んでいた空気が一気に引き締まる。

 

俺は体を起こして目を凝らす。

 

 

 

「!??」

 

 

 

よく見たら艦船から煙が出ていた。

 

なんだ?

 

あれは、なんだ??

 

まさか火災なのか!?

 

何故っ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__お願いッッ、届いてよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!!!??」

 

 

 

ソレを見て無意識に魔法力を手に巡らせる。

 

無意識というより体が反応した。

 

しかし決定付けたのはひとつだけ。

 

それは黒い装甲の影があったから。

 

つまり、そういう事だ。

 

 

 

「ネウロイッッッ…!!!」

 

 

 

憎悪を込めて異空間からバーサスの武装を取り出すとそれを両手に持って、一気にブーストダッシュを行い発光信号を飛ばした船に近づきながらスコープを覗く。

 

 

あと、今になって思い出した。

 

見たことあるし、聞いたことある。

 

 

 

 

ピッ、ピッ、ピッ

ピー、ピー、ピー

ピッ、ピッ、ピッ

 

 

 

 

それは『S O S』ってこと。

 

それから『声が届いた』ってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、ぅぐ…」

 

 

爆発に意識が持っていかれそうになる。

 

歯を食いしばり、立ち上がる。

 

 

 

「新藤隊長!大丈夫ですか!?」

 

「な、なんとか……」

 

 

 

突如、急接近してきた厄災。

 

ネウロイ接近の警報も間に合わない速度で接敵するとビームを放ってきた。

 

そしてそのビームは翔鶴の格納庫に直接的な打撃を与えて、火災を起こした。

 

 

 

「ユニットは…!?ぜ、零戦は…?」

 

「片方だけ回収できましたが、残りは予備のパーツごと破壊されてしまいました…」

 

「なっ…」

 

「…」

 

 

なんてことだ、ウィッチの意味を奪われた。

 

 

 

「いま扶桑に援軍を呼んでます!しかしそれまでこの船が持つかわかりません…」

 

「武器を拾え!ウィッチは甲板からでも戦える!」

 

「!」

 

「急げ!船を守るんだ!」

 

 

 

まだ動けるウィッチを集めて、痛む体に鞭を打ちながら床に落ちている機関銃を握りしめる。

 

焼ける香り。

 

既に被害は出ている。

 

その厄災を止めるべく甲板に出る。

 

その先にはネウロイのビームによって薙ぎ払われる兵の姿だった。

 

 

 

「ぐあっっ!」

 

「がぁぁぁあ!!」

 

「ぐっ!?ぁ、がぁぁ…ごほっ…」

 

 

 

シールドも張れない兵士達。

 

それでも果敢に挑むみ、だが容易く薙ぎ払われる。

 

無惨に手痛く返され、甲板を赤く染めた。

 

 

 

「ウィッチ達はシールドを張りながら救出を!これ以上犠牲者を出させないで!」

 

「「はい!!」」

 

 

 

「あぁ…ぁぁぁ」

 

「ちくしょう……ちくしょう…」

 

「ネウロイめ……あの、ハリネズミが…ぁ!」

 

 

 

血を流す兵士達をまだ動けるウィッチや救護兵が救出して、私はその間に機関銃を持って甲板から射撃を行う。

 

少しでも注意を引いてシールドで防げばこの翔鶴が落ちる前に援軍が来るはずだ。

 

 

 

「キィィィ!!」

 

「!?」

 

 

 

鋭いビームが襲いかかる。

 

最初の一撃は防いだ。

 

だが続けて放たれるビームは違った。

 

シールドが緩んだ瞬間に重ねてきた。

 

 

 

「きゃぁぁあ!」

 

「隊長!?」

 

 

 

頬を熱が掠めて、手の甲に血が流れ落ちる。

 

その間にネウロイは真上を通過して回り込むと誰も防衛が追いつかない方面からビームが放たれて幾つかの連絡路が破壊された。

 

中には海の中に落とされる兵士まで。

 

 

 

「ぁぁ、うそ…嘘っ!………ッッッ!!」

 

 

 

隊長として周りを不安にさせないため、あまり出さないはずの悲壮感を思わず口から出してしまい、そんな自分が情けなく感じたから歯を食いしばって立ち上がる。

 

周りを見渡す。

 

損傷は大きく、これ以上の打撃は危険。

 

修理が追いつかなくなり、沈んでしまう。

 

翔鶴に乗員してるウィッチは私含めて4名。

 

しかしユニットは全て………破壊された。

 

……残った零戦の片足で飛ぶ?

 

できたとしてもアレにどうやって戦う???

 

対抗策はない。

 

できるのは援軍を待つだけ。

 

でも、それで、助かるのか??

 

っ…

 

し、指揮官として…

 

隊長としてできる事は…??

 

 

 

「キィィィィィィ!」

 

「っ、固有魔法!」

 

 

 

使ったのは『三次元空間把握能力』

 

ネウロイを捉えるために特化した能力。

 

しかし無意味だ。

 

こんな機関銃で落とせるわけがない。

 

先ほど弾かれたところを見た。

 

もう今のネウロイはそれだけ装甲が強い。

 

でも、今はそれでいい!

 

数秒でも注意を引くんだ!

 

援軍が来るまで持ち堪えれる!

 

そうでなくてはこの翔鶴は…!

 

この翔鶴に乗っている人たちは……!!

 

なんとしても!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z___________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぇ?」

 

 

 

 

何かが、捉えた。

 

翔鶴の遠くで、ナニカを、捉えた。

 

それは、異端な魔法力。

 

ネウロイではない異質なナニカを。

 

私はその方角を見る。

 

そこには、誰かがいる気がした。

 

ウィッチか?

 

それともネウロイか?

 

いや、もうこの際、奇跡でも、なんでもいい。

 

どうかこの翔鶴を、人々を助けてほしい。

 

 

 

「これで、たのむ、光を、見てくれ…!」

 

 

 

甲板に飾られていた照明。

 

今は昼だが、天候の暗い冬。

 

光の一つや二つは届くはず。

 

 

頼む、届けッッ

 

届いてくれ、頼む!

 

頼むッ!!

 

お願いッッ、届いてよ!!

 

 

 

 

 

キィィィィィィィィィィィ!!!!

 

 

 

 

 

しかし、私に届いたのは絶望の音。

 

人類を葬ろうとする厄災の光。

 

それはあまりにも無慈悲に思えた。

 

 

ああ……

 

間に合わない。

 

 

固有魔法を使って魔法力が弱まっているから。

 

なんとか展開しても薄いシールド。

 

それを張ったところでビームは防げない。

 

赤い光が、最後の光景に……

 

 

 

 

 

『やらせるかよ』

 

 

 

 

 

刹那____一つの閃光が疾った。

 

誰もが気づかない程の速さで通り過ぎる。

 

唯一、私だけが見えていたらしい。

 

周りの人たちは何が起きたのか理解してない。

 

そして把握もしていない。

 

今こうしてネウロイの装甲を砕けたことも。

 

しかしこれだけは…

 

 

誰もが、耳に届いたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

届いたぞ、声

 

 

 

 

 

 

まるで願いを叶える、流れ星。

 

彗星の如く、人類の願いがココに現れた。

 

 

 

 

 

 

つづく

 






まーたこの人ピンチに駆けつけて助けてるよ。
北郷と扶桑の脳を焼き続ける男。それがこの人。

ちなみにこの後はネウロイをしっかりボコボコにして翔鶴の乗組員を救いましたとさ、めでたしめでたし。


ではまた



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19話

 

「はぐれ…ネウロイ??」

 

「ネウロイってのは群体だから基本的に固まって行動する。そこにはネウロイを統率する隊長機が必ず存在する。しかしその隊長機が何かしらの理由でロストした場合率いられていたネウロイは巣に帰ろうとするが、一部のネウロイは稀に彷徨い始めることがある。この時に自立してしまったのが、はぐれネウロイ」

 

「つまり、私たちは辻斬りに遭ったと?」

 

「そう言う事だな。しかもこういったネウロイは強いケースが多い」

 

「!!……そんなことがわかるのか?」

 

「これはまだ仮説だが『はぐれ』と化すネウロイは生存本能よりも戦闘本能が強い。故に統率よりも本能を優先することで自立性を得てしまうんだ。そうして群体から離れてしまい、戦闘本能が溢れるほど戦闘能力が高いネウロイが誕生する。想像してみろ。自身の命を省みない狂戦士が無数の爆発物を抱えて特攻してきたらそこにいた奴らはどうなる?それが今回は翔鶴だった」

 

「なんと恐ろしい…」

 

「統率性を持つ限りネウロイはまだ利口。だがはぐれと化したネウロイは違う。ネウロイは命で生きていない。だから特攻することに抵抗がないんだ」

 

 

身体強化を使い、翔鶴の内部で崩れ落ちた装甲や壁、瓦礫を片付けながら、松葉杖で体を支える隣のウィッチに今回の襲撃を考察する。

 

消化作業は既に終えてるのでこの船が燃える恐れも、沈む恐れもない。

 

あとは援軍に来た他の船に牽引されて扶桑に帰投するだけ。

 

 

 

「情報と援護を感謝する、黒数准尉」

 

「准尉は付けなくていい、新藤少尉」

 

「え?いや、しかし…貴方にも階級が…」

 

「俺に対して階級に拘らないでいい。ただし俺も人の階級にも拘らない。拘るのはそこに敬意するべき人間だけ」

 

「しかし、軍規は…」

 

「わかるよ、わかる。君は勤勉なウィッチに見える。大事にするべきところは大事にする。でも高ければ良いって話じゃない。それ相応ってのが俺の考え。もし与えられただけで、そうじゃない奴が踏ん反り返ると言うなら、シャゲダンでもして煽ってやるよ」

 

「シャゲ…ダン?」

 

「左右にブレてやるってこと。敬意を表するための敬礼ってのは体が真っ直ぐだろ?これは軍律を守るために必要な出発点と終着点。シャゲダンはそこから逸れて従わないってことだ。まあ度が過ぎると北郷が困るから嫌なやつでもある程度は仕方なーーく守るけど、だが!この願那夢を従わせれるのは俺自身と北郷少佐の2人だな」

 

 

 

俺が堅苦しいの嫌いなだけで屁理屈捏ねてるところもあるが、俺が階級を理由にして頑なに従わないのもちゃんと理由がある。

 

俺は立場上、また存在上、他の者に靡けない。

 

例えその場所で軍規を掲げられても理にかなわない事は絶対に従わない。

 

口だけの輩も同じだ。

 

理由があり廃れきった者だろうと関係ない。

 

俺というカラクリを明かされては困るから。

 

だから人格者として信用できる北郷章香以外に触れさせてはならない。

 

俺は彼女に……北郷にしか委ねない。

 

 

 

「話をしていれば扶桑の船だな。ウィッチもいる。舞鶴に駆けつけてくれたようだ」

 

「雪風と時津風…!援軍に来てくれたか…」

 

「あれなら充分に引っ張れるだろう。それなら俺はお暇させてもらうよ。予定よりも二時間多くハッパさんを待たせてるからな」

 

「そ、そうか。行ってしまうのか」

 

「もともとテスト飛行のつもりで舞鶴の近海を飛んでたからな。そこにたまたま翔鶴がはぐれネウロイに襲われていた。狙撃が間に合って良かったよ…… あと見られたのが一人だけで良かった。あ、その件は他言無用な?コレに関してはさすがに隠しておかないと面倒だから…」

 

「もちろんだ。あの黒数准… いや、黒数さんのお陰でこの船は救われた。多くの乗組員やウィッチたちを失わずに済んだ。この礼は必ずさせてほしい」

 

「人類が願那夢に願った。それが声になって届いた。それだけのことだから気にするな、無事で良かった」

 

 

残りの作業は任せても平気だろう。

 

俺は新藤美枝に背を向けながら手を振り、ストライクユニットに魔力を通して一気に空へ上昇する。

 

ストライクユニット特有のスラスター音に気づいた翔鶴の乗組員達は空に向かって大声を上げて可能な限り手を振った。

 

 

「ありがとう!」

「願那夢っ!ありがとう願那夢!」

「黒数強夏!助けてくれてありがとおお!」

「おれたちの英雄!扶桑最強のウィッチ!」

「やはり彼はウィザードの再来なんだ!」

「あなたに感謝を!彗星の魔女!」

「ウラルの黒曜石!」

「ウラルの羽ばたく英雄譚!」

「助けてくれてありがとうおお!!!」

 

 

 

たくさんの声を受ける。

 

一度だけ翔鶴に振り返り、生き残った彼らに手を振って応える。

 

そうするとまた一段声援が大きくなり、海に生きる扶桑人達が俺を見送ろうとしてくれた。

 

そして最後に、遠くの海から声を届かせてくれた勇敢な扶桑のウィッチ、新藤美枝に目で挨拶して一気にブーストダッシュで翔鶴から離れた。

 

瞬く間に小さくなる船。

 

しかしあそこには何百と人が乗っていた。

 

それをたった一機のネウロイが人類を蹂躙しようと空から襲いかかっていた。

 

 

追えない人類の先進。

 

届かない人類の武器。

 

敵わない人類の戦術。

 

 

この冬を最後にネウロイは人間程度を時代遅れとして扱った。

 

その恐怖を刻んで人々は次の年を迎えることになる。

 

そしてまた無慈悲な厄災が、芽吹くはずの春に始まる。

 

 

 

 

「新藤、今は生き残れよ。助けられながらでいい。生き残ればその先で何とかなる」

 

 

 

 

冷たい冬の風は鋼鉄を冷徹にさせる。

 

それは艦船もネウロイも同じ。

 

真冬の季節が扶桑を包み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ世話になった、ハッパさん」

 

「気にすんな。しかし滞在日数たった一週間で帰るとか随分と(せわ)しいな。しかも話の限りだとお前さんが乗る船は一度佐世保を経由するんだろ?そこまで急がなくても10日待てば舞鶴から浦塩に直行する奴もあったろうに」

 

「確かに舞鶴からウラルへの直行は予定されてるが4日前の騒動によって元々高かった緊張感がより高まり扶桑をつなぐ海路は不安定と断定された。なにせ前日扶桑海にやって来たはぐれネウロイの存在に扶桑皇国軍が気づかなかった程だからな。しばらくは海域調査を強化するためこれ以上の被害を減らそうと出航数は減らされる見通しになる」

 

「んあ、そういうこと…」

 

「察してる通りそんなわけだから10日後に直行が予定された船があっても変更される可能性はあるから近日中に出航が決められた連絡船に乗ろうと決めたんだよ。直行の方が到着早いかもしれないが正直ここら辺は誤差だよ。出航予定変更なく決められた船の方が確実だから今日乗ることにした」

 

「んあ、なんだい。前線が心配で居ても立ってもいられないとかそんな訳じゃないのか」

 

「あはは、それもある。そりゃ第十二航空隊は半年前と比べて随分と立派になったがそれでもウラルを放ってはおけない。今回のことも早く知らせて北郷とまた戦技の練り直しだ。早めの対策が重要だからな」

 

「そうかい。決めたのなら止めやしねぇよ。なら引き続きウラルを頼んだぜ__願那夢」

 

 

 

艦船の軽空母『大鳳』に乗り込み、見送りに母港まで来てくれたハッパさんと別れる。

 

乗船して、転落防止柵に体を預けながら甲板から五日間程テスト飛行でお世話になった舞鶴の航空路を遠目に眺める。

 

それから俺がまたウラルへ出航する話は広めていないのに何処からか聞きつけたのか数十名ほど舞鶴市の住民達がハッパと並んでウラルに向かう俺を見送ってくれている。

 

どうやらまた舞鶴市を救ったことが知れ渡ったらしく、英雄扱いしてくれるらしい。

 

願那夢な俺は人類の希望として来年もまた続くんだと思いながら手を振りかえす。

 

 

 

 

 

 

__ありがとう黒数強夏、またどこかで

 

 

 

 

 

声が届いたのでそちらに振り向く。

 

遠くに見える堤防に手を振ってみた。

 

見えるだろうか?

 

俺は見えてないがちゃんと聞こえた。

 

その届き手はかなり遠くだ。

 

でも確かに松葉杖のウィッチがいる筈。

 

そう思いながら小さくなる舞鶴に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐世保って長崎だよな?だとしたらあるかなー、皿うどん」

 

 

デッキブラシを握りしめて寂しい独り言は海の彼方へ。

 

乗員とは言え何もしないのは体に悪いので甲板掃除を手伝っている。

 

最初は「恐れ多い!」と断られたが、空を飛ばない黒数強夏は願那夢じゃないので気にすることはない、ってことでデッキブラシを掠め取って掃除する。

 

この時に薄く身体強化をつかって作業するとなかなか鍛えられる。第十二航空隊がウラルに来たばかりの頃によくやった訓練法だ。慣れくると魔法力の運用がとても上手くなり魔力の燃費が良くなる。

 

例えるならアレだ、ドラゴンボールのセル編でセルゲーム始まる前に孫親子が日常でスーパーサイヤ人状態を維持してたアレ。魔力を無駄に多く使わず必要分だけを丁寧に丁寧に使用する訓練だ。燃費が良くなると数値的に増えるし楽になる。

 

もちろん俺も毎日やっている。

 

最初は鉛筆をそこそこ折った。

震える湯呑みで火傷もした。

勢いよく扉をぶち開けて壊した。

扶桑刀の丙部を握りすぎて潰した。

 

繰り返して、繰り返して、繰り返した。

 

半年で大体出来るようになった。

 

なんなら舞鶴ではリハビリ中だってした。

魔法力の存在バレたし躊躇わなくなった。

 

 

「あ、雪…降ってきたか…」

 

 

暖かいものが食べたい。

 

あんかけ系が良いな。

 

やはり皿うどんだよ。

 

てかこの頃って長崎に皿うどんはあったか?そもそも皿うどん自体いつからあるのか不明らしいが…

 

しかしうどんそのものは江戸よりも前からある訳だから、うどんを焼く発想があるなら皿うどんくらいある筈。いやでもそれは現世での話でここでは何か変化はあるはず。

 

あ、変化といえばこれもハッパさんから聞いた話だけど、この世界での織田信長は本能寺の変で死ななかったらしい。

 

あぁ^〜 原作壊れちゃ〜う^

 

しかも信長の側近にいた森蘭丸ってのはウィッチらしく、なんなら存命した先でそういった関係になったらしい。

 

男と女が二人。

何も起こらないはずがない。

 

しかしそうなるとこの時代で森蘭丸の遺伝子引き継いだウィッチがいたりしてな。てか時代が時代だからユニットも無しに空飛んで一騎当千の活躍をしたんだったんだろ?まず本能寺の変ってくらいだ。ここが原作通りなら変わらず大きな戦いの中で生き残った戦国ウィッチだ。強さが違う。

 

そんな血筋がウィッチになったら猛威を振るだろうな。

 

 

 

「そりゃ俺の遺伝子も欲しがるわけだ…」

 

 

 

この世界だから時折始まる生々しい話。

 

でもそれは俺だから避けれない内容。

 

それは世界で一人だけの男性ウィッチ。

 

軍神(北郷)と並ぶ扶桑最強だとか何だとか謳われているため、ウィッチといったアイドル目線よりも英雄視されるべき人類の希望。

 

その活躍は瞬く間に広がり人々の認知された。

 

結果として……俺は狙われた。

 

この体の、血を、肉を、因子を、遺伝子を。

 

黒数強夏の『力』を欲する者が現れた。

 

 

 

 

_強くて美しい絶世の美女(ウィッチ)を用意した。

_女は好きにしていいから、その種を寄越せ。

 

 

 

_我が国が誇る家名を集わせたから選べ。

_地位も名誉もくれてやる、その種を寄越せ。

 

 

 

_ジャンヌダルクと共に戦った血筋がいる。

_最強同士掛け合わせたい、その種を寄越せ。

 

 

 

 

 

俺は 望まない 望めない そんなことは

 

 

 

 

__何故頷かない?

__何が不満だと言う?

 

 

__何がダメなのだ!?

__これは人類のためだぞ!?

 

 

__貴様はもっと恵まれるべきだ!

__我と来い!英雄は相応しく有るべき!

 

 

 

 

 

靡かない 頷かない 望まない 願わない

 

 

 

 

 

 

「コレは貰い物だ。俺の力じゃない」

 

 

 

 

都合よくある力で強いことをしているだけのそこらの二次小説と変わらない良くありげなキャラクターなんだ。

 

運良く俺tueeeeeが出来ているだけ。

 

俺自身は皆が両手を上げて喜ぶような大層な血筋を引いておらず、そこに力も能力もない。

 

一般家庭で生まれた人間だ。

 

人間でたくさんだ。

 

ただのガンダム好きな青年。

 

至って普通な人間がやれる遺伝子がここにあるものか。

 

俺は違う。

 

だからそんなことを望むな。

 

望むのはせめて願那夢だけにしろ。

 

空で厄災を打ち払う願()夢だけを見てろ。

 

それが君たちの願いだろ。

 

 

 

 

でも…

 

「でも、仮にだ…」

 

 

 

 

仮に…

 

ああ、仮にだ。

 

こればかりは何度も言う。

 

これは仮の、話だ。

 

もしこの体の血筋にそれ相応のホンモノが流れていたとして…

 

男性の役割として女性に注げる良種を秘めている人間だとして…

 

高貴なる人間同士で子を成すことがこの時代では至って普通の倫理観だとして…

 

そうすることは何も間違いがなくむしろ男として誉高く、正しいことだとして…

 

人類にとって大いに望まれる結果だとしても…

 

そうだとしても…

 

それが正当に選べれることだとしても…

 

それが人類のためだとしても…

 

それが必要なことだとしても…

 

 

 

 

 

___俺は首を横に振って断るだろう。

 

 

 

 

 

だって…

 

なんか…

 

こう…

 

他の女に…

 

俺ってのを捧げるというのは…

 

その…

 

 

 

 

「何故か、すごく嫌だから……」

 

 

 

 

子供っぽい理由が空に消える。

 

これは男として譲れない感情か、それともただ単に受け付けれないからか、理由がわからないわがままな子供が駄々をこねたソレか、自分でもよくわかってない。

 

でも…

 

なんか、それが嫌なんだ…

 

 

 

 

 

「…………ふみか

 

 

 

 

 

無意識につぶやいた名前。

 

息を吐くように、ほんの少しこぼれた。

 

しかし俺はそのことに全く気づかない。

 

冬の寒さに肌が痺れてるからかわからないがそこに認識がない。

 

いつのまにか解いていた身体強化を入れ直してデッキブラシを動かす。

 

意識出来たのはそれだけ。

 

無意識以外はいつも通りだ。

 

ただ唯一…

 

はやく彼女に会いたいと、思った…

 

求めた願いは白の息として吐き出される。

 

行先はウラルの方か、舞鶴の方か。

 

その名は届くかもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生の勝ちです!」

 

「なに…!」

 

「だぁー!坂本でも勝てないのかー!」

 

 

竹井の笛と声、坂本の静かな声、若本の元気な声、冬の寒さに負けない子供達の彩りは白の中で混ざり合い、第十二航空隊は今日も一歩ずつ進む。

 

 

「雪も降ってきたし、今日はここまでにしようか」

 

 

 

12月の初期。

 

空の冷たさにユニットも鈍くなる。

 

代わりにネウロイもそう多くない。

 

唯一、戦いに明け暮れる人類が休まる季節。

 

皆はそれぞれ暖をとって英気を養う。

 

それが人類に許された憩いだ。

 

 

 

「あー、みんなは今の戦闘脚で行える回避機動について何か掴めたりしないかい?」

 

 

暖かい室内に戻り、暖かいお茶で一息付く。

 

周りの子供達もお茶を飲みながら考えた…

 

 

「なんか重たいです」

「寒くてわかりません」

「わかんなーい」

「空で、脳が、ふる、える!…のかな?」

「それは無茶な機動するからでしょ?」

「魔法みたいです…」

「わっかんねーぇ!」

 

 

総勢11名の第十二航空隊。

 

今は黒数が八羽中尉に呼ばれて舞鶴に戻って抜けている。

 

なので私を除いて9名の航空ウィッチたち。

 

訓練生を卒業した彼女達に今回の回避運動訓練の成果を尋ねたが、ピンとした答えは返ってこない。せめて「重たいです」と答えたウィッチだけが参考になる情報か。いや、これは純粋に寒波でユニットが鈍って重く感じているだけだろう。

 

そもそも魔力行使中のウィッチは身体能力が上昇するため重たい銃火器も軽く扱えるようになる。自動で展開するシールドと同じでユニットの魔力補助もあるが、ウィッチの身長の6割ある戦闘脚も例外なく足だけで振り回せるほどに身体強化される。または筋力強化と言った方が正しいか。まあそこはいい。

 

それでも少々ながら重たく感じるのは確か。

 

鉄の塊だから。

 

 

「黒数准尉ならどうするんだろう?」

「そもそも足を止めないって言うからね」

「見て回避は私達には早いってよ」

「シールドに頼るといつか命落とすって…」

「当たらなければどうってことない」

「言った!回避すれば解決だって!」

「准尉と先生だけよ?私達はまだ無理ね」

 

 

そしてこの子達は良く出来ている。

 

考えを放棄しない。

 

自分達でだめなら誰かを参考にする。

 

それを訓練に繋げれるか考える。

 

そう、黒数が考える癖をつけさせた。

 

脳を動かし、体に落とし込む。

 

フラッシュ暗算を利用して鍛えた。

 

 

 

『早い段階で知れることは知っておいて損はない。そしたら日常の一部になる。そうなればキャパシティーが空く。また新たに覚えれる枠が出来る。その時にコレまでよりもっと大きなナニカを吸収するようになる。彼女達には今からそれを繰り返してもらう。いつしか息を吸うようにやってくれるさ。だって人間はそれが出来る様に作られてるからな』

 

 

 

130年分の記憶ツールが人間の強み?

 

それを聞かされた時なんのことかと思った。

 

でも可能性らしい。

 

彼の生きている先の時代ではそこまで人の解明が進んでいた。なんなら人間の脳はまだ10%も使ってないらしい。それが20%になった時人は人を超えるだとか。

 

なんとも信じがたい話だけど黒数を疑わない私がいる。

 

それは私が彼のことを深く信じ込んでいるから。

 

彼なら大丈夫と言える信頼。

 

彼なら問題ないと頷ける実績な。

 

彼なら委ねれるその暖かさを覚えた肌が。

……まったく、ウラルが寒いからかな?

 

彼が発ってからまだ二週間だと言うのに。

今少しだけ彼の温もりが恋しくなるのは…

 

 

「あー、先生まただー!」

「また考えてるよ」

「ほんとうだ」

 

 

「ふぇ?え?な、なに?考えてるって?」

 

 

「みんなわかってるよ、先生のその表情」

「うん、黒数さんを思い浮かべた顔」

「すっごく優しくなってしまう」

 

 

「ぁ、ぇ?そ、そ、そうか…な?」

 

 

「ポニーテールが尻尾みたいに揺れてる」

「推せる」

「え、何その言葉?」

「黒数が言ってたよ?推しって言うらしい」

 

 

頬をペタペタと触る。

 

そんなに変な表情してたかな?

 

鏡がないとわからない。

 

でもそう言われるとちょっと恥ずかしいな…

 

 

「いつも優しい先生がまた一段と微笑む」

「やっぱり黒数マジックだよね、コレ」

「特攻!黒数特攻!別の意味で!良い意味で」

「先生かわいい〜!」「推せる!!」

 

「あ、あはは、はは…?あー、ええと、そんなに先生のお顔変だったかの?むぅ…なんか、少しだけ恥ずかしいな…

 

「「「あ、これはきゅんです」」」

 

 

 

たまにこの子達、黒数の影響なのか教えなのかわからないがたまに変な事を言い出す。

 

しかもよく統率が取れたように言葉揃えて反応するから少し遅れ気味な私は何を返すべきか分からず困ってる。

 

フラッシュ暗算以上に厄介だなぁ、コレは。

 

とりあえずお茶を飲んで気持ち誤魔化す。

 

ふー、あったかいな。

 

 

 

「あの、先生って…」

 

「??」

 

 

 

そして__油断した。

 

とあるウィッチが不意に尋ねた。

 

それは爆撃型ネウロイ以上の投下だったこと。

 

 

 

 

 

 

「黒数さんと結婚するんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

喉が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かひゅ、かひゅ、けっほ…けっほ…」

 

 

私は咽せる喉を抑えながら「これで終わり!閉廷!以上!コレで解散!」と自分でもよく分からない語録を飛び出させながら反省会を切り上げて逃げ帰るように食堂を飛び出た。

 

そ、それにしても…

 

いや、び、びっくりしたぁぁ…

 

 

「や、やれやれ、あの子達も随分と躊躇いが無くなってきたことだ。それも全部どこかの誰かさんに似てしまったみたいで…… まったく、困った人だよ、キミってのは…」

 

 

 

個性的な魔女候補生に集われた第十二航空隊だったが、私に軍神の威名が備わっていたため少し遠慮気味に距離を測っていた。

 

けれど「階級なんざ飾りだろ?」と軍規を覚える必要のあるはずの新兵ウィッチ達にそう落とし込んだ上に「准尉は付けなくて良いぞ」と階級関係に拘らせないやり方で距離感を作り接してきた。

 

頭の硬い内弁慶な扶桑皇国軍が見たらさぞかし驚かれるだろう。

 

何せ扶桑の英雄かつ最強の人間が部下にそんなやり方を落とし込み、付け加えるなら軍規や軍律にまったく意識がない姿勢を見せて自由を先行させる。前にも言ったが子供達の近所に住んでいる愉快なお兄さんポジションが良く似合う人だ。躊躇いもなく持ち込んでいる。

 

だがそんな彼の姿を見た第十二航空隊のウィッチは若本を筆頭に遠慮を無くすことを覚えるようになり、激戦を免れないウラル戦線でも笑って語り合える、そんな環境を作り上げた。

 

私なんかではできなかった。

 

彼だからできたことだ。

 

その活躍は第十二航空隊を強くした。

 

感謝しかない。

 

いつだってあの人は、私を大いに助ける。

 

それから、あと…

 

 

 

__そろそろ終いにしてやるよ!北郷!

__随分とご自慢だな!!

__普通なら機関銃で牽制!

__なのに刀には刀で挑んできたその愚直さ!

__北郷の負けだな!

__だぁぁぁ!!捕まえたァ!!

__沈めェェぇぇぇえ!!!!

 

 

 

あんなにも強くなってくれた。

 

頼もしくて…

 

とても頼もしくて…

 

だから、どこまでも…

 

彼は……

 

 

 

「で?結婚するの?」

 

「え?……う、うわああああ!?と、敏子!!」

 

「あははは!驚きすぎよ」

 

「な、なっ!き、きみは…!…もう!!」

 

「ふふっ、ごめんって。しかしそれにしても隙だらけじゃない?こんな誰もいない廊下でボーとしててたら彼がなんて言うかしら?」

 

「け、結婚はまだしないから!!」

 

「あらあら、知らないところでフラれちゃったわね、黒数准尉?」

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

「ヌっ!へっ!へっ!ヘックション!」

 

「おいおい、(あん)ちゃん急にどうした?なんか目力強くなりそうなくしゃみしてよ?噂でもされてるのか?」

 

「ただ単に寒かっただけさ。それより店員さん、皿うどんのおかわりあるか?」

 

「あるぜ。サービスするからたくさん食ってくれよ!って、それより兄ちゃん何処かで見たことあるな?…もしや有名人か?」

 

「どうかな。ただ皿うどんが恋しいだけの一般人のつもりだ_」

 

「それよりもお兄さん!私も一緒におかわり良いですか?あと三杯はいけますから!」

 

「那佳お嬢ちゃん?奢りはするけどキミはもう少し遠慮ってのを覚えてもろて」

 

「誰かに奢ってもらう!これ大きな節制ですから」

 

「やだこの子、すごくたくましい」

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フってない!」

 

「そうね。だって『まだ』って言ったもの」

 

「ぇ、ぅぁ…?!そ、そのつもりじゃない!」

 

「あら、なら放って良いんだ」

 

「ぅ、ぅぅ!?ぅ、ぅぅぅぅう!うあ!ああああああああああああ!!!」

 

「なるほど、黒数准尉が言う限りだとこれが脳が破壊されるって状態なのね。あとマーモット状態だったかしら」

 

「鬼畜か!?鬼畜なのか!?」

 

 

ストライカーユニットのようにブンブンと回るポニーテールを落ち着かせて敏子に詰め寄る。

 

彼女は「ごめんごめん」と笑いながら謝る。

 

ま、まったく!この人は日々のストレス解除方を友人で揶揄うことにして!

 

 

 

「でも貴方と黒数准尉、とてもお似合いな組み合わせだと思うわよ?それ以外に有り得ないってくらいにね」

 

「それは…………そのぉ……うん」

 

「……あ、もしかして、章香に誰か許嫁が__」

 

「ああ、それはない。仮にそんなことがあっても私は私より弱い者と嫁ぐつもりはない」

 

「あ、うん。流石に北郷の家名を背負った華族(かぞく)*1ね。ズバっと言ってくれるわ」

 

「だから…私は私で決める」

 

「…… でも真面目にお似合いだと思うわよ?章香と黒数さん」

 

「でも、私は……それが、叶わないんだよ」

 

「それは…黒数さんの方に誰かが居るってこと?」

 

「違うんだ。違うんだよ。私にも、彼にも、誰もいない。でも…ダメなんだよ」

 

「…」

 

「すまない。今日は少し疲れた。私は行く」

 

「え、ええ…お疲れ様、章香」

 

 

 

そう言って親友と別れる。

 

自室にたどり着き、扉を閉める。

 

上着を脱いで、ベッド腰掛けた。

 

 

誰もいない部屋でため息をついて、呟く。

 

 

 

 

「彼はこの世界の人間じゃない。戦争のない元の世界に帰るために戦っている。終わったら帰るんだ。だから求めることが出来ない。そうしてはならない。わたしなんかが… 彼を掴んではならないんだよ……」

 

 

 

そのままベッドに転がり、天井を見る。

 

今は扶桑に居るから、ここには居ない。

 

でも彼は第十二航空隊に帰ってくる。

 

そしたら彼が居る限り賑やかは続く。

 

けど既にある喪失感は、ナニカを締め付ける。

 

 

 

「…」

 

 

 

思い出す。

 

赤城での訓練の成果を、ウィッチのシールドが張れないから作り上げたビームシールドを、守るための盾を、空を隣にする私との約束を守ろうとして、舞鶴の空でその盾を使って私と約束を守ってくれた。

 

私の涙と想いを受け止め、共に背負うことを選んでくれた。約束の続きをはじめて私の隣に彼がいた。第十二航空隊を一つの居所としてあの人は私と歩んだ。ここまで来た。ここまで皆とやってきた。英雄になった。人類が願那夢と言って彼に希望を抱いた。願いを込めた。そうして空高きところまでその人は飛んだ。

 

けれどまだガンダムは飛び続ける。

 

手の届かない場所まで飛び続ける。

 

そうしていつか、この世界から離れる。

 

そんな気がしている。

 

彼は地球の引力に縛られない。

 

いつか…

 

そう、いつか…

 

天空(そら)に…

 

宇宙(そら)に…

 

時空(そら)に……

 

 

 

 

「……………くろかず……きょうか…

 

 

 

 

理解しろ北郷章香…

 

充分に満たされてるではないか…

 

私なんかではもったいない程なんだ…

 

だからこれ以上は手を伸ばせない。

 

今よりも求めるのは酷だ。

 

わたしにも、かれにとっても。

 

だから…

 

今ある隣を大事にしよう。

 

それでいい。

 

そうしよう。

 

わたし…よ…

 

 

 

「……キミは……こまった…人だな…」

 

 

 

思わず笑みがこぼれる。

 

諦めたような笑みだ。

 

目を閉ざす。

 

冷たい空気が孤独を助長させる。

 

誤魔化し方を忘れて、一雫だけ頬を伝う。

 

嫌に暖かいかな。

 

寂しさを覚えた冷たい肌だから。

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

*1
和の国だと『貴族』って意味



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20話

 

歩き慣れた舞鶴ならともかく他のところでは目立ってしまう。

 

黒数強夏ってのは何かと有名人だからあまり目立たないようにしたいので、ブリタニアで宮藤一郎にお世話になった頃に貰ったフードを被って到着した佐世保を歩く。

 

積み込みなどを含めて次の出航に2日近くは時間が掛かるようなので今のうちにこの時代の佐世保の観光を楽しんでおくことにした。フード姿でキョロキョロとしすぎるのは不審者なので自然と歩き回ることを心がける。ちょっとした展望台にたどり着いた。

 

 

「しかし随分と大きな陸軍の養成学校だなありゃ。もしや隣の建物も含めてか?滑走路も舞鶴より立派だし、財力というか、軍需設備投資というか、この頃は全てにおいてかなり気合を入ってんなぁ。そもそもこの時代の佐世保は周りと比較するとかなり大きいのか。ただ民需と軍需施設がぐちゃぐちゃに合わさってるところを見ると管理が面倒そうだな。悪質な横流しとか平気でありそう。俺はまだウラル前線みたいにこぢんまりしてるところで良いや」

 

 

佐世保が大きいことは知ってたがこうしてみると立派な建造物ばかりだ。

 

まあ史実だと閉鎖的だった日本と比べてこの世界の扶桑(にほん)は積極的に外交逞しく先進した世界線だから増える量も違うのだろう。

 

なんなら40年ほど先取って電子モニターとか電卓も扶桑で作られてるくらいだ。

 

もしこれに投影機も手に入りやすくなればモニターも利用してフラッシュ暗算で使えないだろうか?今はほとんど大型の画用紙を使って手動でフラッシュ暗算やってるからそういうところもしっかり簡易化したい。

 

 

 

「おお!あった!皿うどん!」

 

 

 

そして御目当てのお店を見つけた。

 

長崎といえばコレだな。

 

佐世保のラーメンも捨てがたいが今日はあんかけにパリパリのうどんが__

 

 

 

「親方ぁ!空から女の子がぁ!」

 

 

 

すると通行人が空に指を刺して声を上げる。

 

周りの住人や通行人と同じく俺もその声に釣られて空を見上げる。

 

すると文字通り空から女の子が落ちて来た。

 

 

「え」

 

 

「ユニットから煙が出てる!」

「おいおい!あのウィッチ!落ちるぞ!」

「だ、誰か!なんとかできないのか!?」

 

 

故障だろうか?わからない。

 

空を飛ぶ小さなウィッチは回らないプロペラを必死に回そうとするが、ストライカーユニットは動かず、街の道路に落ちて行く。

 

しかもちょうど俺の方に来ている。このままじゃ目的のうどん屋さんに突っ込んで店が文字通り潰れてしまう。これは大変だ。

 

 

 

「ウィッチ!シールドを前に展開しろ!!」

 

「!?」

 

 

俺は頭のフードを押さえながら落ちてくるウィッチの方に駆け出し、ビームシールドを展開しながら大声で指示を出す。

 

シールドはストライカーユニットによって自動的に展開されると思うが、ウィッチが任意で発動する方が魔法力の精度が高い、なので落ちてくるウィッチに手動でシールドを展開させようと考えてシールドの展開を促す。

 

そして今からやるのはこちらのシールドとあちらのシールドで衝突させて落下してくるウィッチの勢いを止めること。

 

 

 

「構うな!真っ直ぐ来い!」

 

 

 

俺は前屈みに踏ん張り、ビームシールドを展開した腕をもう片方の手で支えて衝撃に備える形を取ると、コチラに落ちてくるウィッチも理解したのかシールドを正面に展開した。

 

 

そして__互いのシールドがぶつかった。

 

 

 

「ぐぅっ!なんとぉぉお!」

 

「ぅぅううう!!!」

 

 

ズザァァァァ!と佐世保の道路を後進する。

 

道路から避難して横で見守っていた人々を背景の一部として視界から置いて行きながら俺は身体強化で足腰を強固に支える。

 

するとその努力が実ったのか20メートルほど後退りしたところで勢い落ちた。

 

後退りが止まったタイミングで俺はビームシールドで真横に薙ぎ払い、ウィッチのシールドを弾いて消滅させると、最後に両手を広げて少女を受け止めた。

 

二回りほど小さなその体を腕の中に納めながらその場で尻餅をついて受け止める。

 

最後に地面に落ちたストライカーユニットはプスッと小さな煙を上げて静止した。

 

 

__助かった。

 

 

街の誰かが呟く。

 

この一連を見ていた街の人々達はその事実に直面すると大声を上げて喜んでいた。

 

 

 

「ぅ、ぅ…」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

 

体が震えている。

 

飛行中にどこか痛んだのか?

 

 

 

お……お……

 

「お?」

 

 

 

 

 

そして…

 

そのウィッチは俺の肩に手を伸ばして…

 

 

 

 

 

「おなか、すい、た…」

 

 

「……………は?」

 

 

 

 

 

ウィッチは空腹によって魔力切れを起こす。

 

 

別にそう珍しくないことだが…

 

 

少し呆れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、ひどいですからね!訓練で成果を出せなかったから昼はメシ抜きなんて魔力効率落とします!そんなの空を飛ぶウィッチに死ねって言ってるのと同じですよお兄さん!」

 

「わかった、わかったから、少しは落ち着いて食え?もったいなく麺をポロポロこぼしてるぞウィッチのお嬢ちゃん」

 

「違います!黒田那佳(くろだくにか)です!お嬢ちゃんじゃありません!あとお嬢ってのあまり好きじゃないんです」

 

「そうかい。じゃあ黒田__」

 

「那佳で良いです。苗字より名前で呼ばれる方が好きです。あとこれ持ち帰れますか?」

 

「この娘マジで逞しいなぁ?あと皿うどん持ち帰りはできないだろ。持ち帰れても麺だけだと思うが」

 

「それでも構いません!パリパリならそのままでもいけますから」

 

「えええ……あー、一応聞くけど、店員さん?」

 

 

厨房に尋ねて…

 

 

「持ち帰りか?お金払ってくれるなら麺の持ち帰りくらいは別に構わんよ」

 

 

と、返ってきたので…

 

 

 

「みたいです!」

 

「お、そうだな」

 

「はい!お兄さん!こちらも奢っていただきありがとうございます!」

 

「俺はまだ何も言ってないだるるぉぉぉ??」

 

 

 

さて、この逞しい小娘こと改め黒田那佳(くろだくにか)は佐世保にある扶桑皇国陸軍の明野飛行学校に所属している飛行ウィッチだ。

 

まず街に落下して来た原因は長距離飛行訓練中に腹ペコを起こして魔力切れ、そのまま落下したパターンだ。

 

俺が落下を受け止めたあとは訓練中の仲間が遅れてやってきて説明した。

 

今は学校に戻って事情説明と救助のために手配してくれている。

 

その間にこの腹ペコ娘の空腹がかわいそうになった事と、袖を掴んで「助かりましたでもお腹すいたお兄さん何かないですかなんでも良いです何か食べたいですけど節約しなければならない受け止めたお兄さんわたしの空腹も受け止めてほしいだから奢ってください許してくださいなんでもしますから」とあまりのマシンガントークに別の意味で「ん?」の状態になった。

 

とりあえず助けを待ってる間に一杯奢りが決定した。

 

それで調子に乗って追加で三杯のおかわりは一旦静止して、半分くらい食べて落ち着いた頃に彼女から飛行中の落下共々事情を尋ねて、今に至る。

 

あとまだ9歳だというのに、かなり逞しい。

 

坂本美緒とは正反対だ。

 

そんな感じに残りの一口を食べていると

 

 

 

「黒田伍長ォォオ!!」

 

「!?」

 

 

 

すると大声がした。

 

店の入り口を見る。

 

養成学校の教官だろうか?

 

怖そうな人がやってきた。

 

……え、男性??

 

教官はウィッチじゃない??

 

 

 

「貴様はこんなところで道草を食ってたのか!しかも街に落下だと!?被害を出したらどうなっていたと思うか貴様は!!」

 

「ぁ、ご、ごめんなさ…」

 

「謝って済むものかぁ!その体たらく!叩き直してやるわい!!」

 

「!?」

 

 

 

少女に振り下ろされようとする大人の大腕。

 

それは紛れもなく体罰。

 

小さな身体に降り注ごうとするソレは見ているだけで痛々しい出来事なのがわかる。

 

周りの人間はそれがなんなのか理解している。

 

だから被る痛みを視覚から感じ取らないよう目を伏せて、逸らして、少女は迫りくる痛みに耐えようと恐怖に閉じこもり……俺は手を伸ばして受け止めた。

 

 

 

「おい、ウィッチに何しようとした?」

 

「あん??なんだ貴様は__」

 

何しようとしたかと聞いているんだよ?

 

「ッ!?」

 

 

 

俺は周りを見てここじゃ迷惑になることを考えると既に食べ終わったお皿の横に二人分の代金を置いて席を立ち上がり「こっちだ」と佐世保の空気よりも冷たい声でその男の腕を強引に引きずり店の外に誘導した。

 

 

 

「貴様…!離せ!!」

 

「…」

 

 

 

バッ!と払われる。

 

 

 

「貴様!このオレを誰だと思っている!扶桑皇国軍所属の魔女候補生教官だぞ!一般人ごときが手を掴もうとは世間知らずの空け者もいたもんだな!貴様!名を名乗れ!」

 

「奇遇だな、実は俺も__」

 

 

 

同じだよ、と言い返そうとして、店から魔女候補生の黒田那佳が慌てて出てくると俺と男の間に割って入る。

 

 

 

「きょ、教官!待ってください!そこのお兄さんはただ!」

 

「那佳!貴様は黙っておけ!それから帰ったら今日の失態と道草分は五倍にして死ぬまでしごいてやるからな?」

 

「っ!?」

 

「代理だからと言って甘いと思ったか?そんなんだからウィッチは精神的に弱いんだ。次々と落ちて、特に陸は落ちる始末!…… ふん!ネウロイに脅かされる扶桑皇国と扶桑人の痛みを覚えるためだ、シゴキが終わるまでまともに夜飯を食べれると思わないことだな?黒田伍長ぉ?」

 

「ぁ、ぅ……ぅ……」

 

 

 

なんだコイツ?何様だ??

 

てかコレが扶桑ウィッチの教官?

 

随分とペラペラ喋ってくれるから主任ではない代理ってのはわかったが… いや、それにしてもおかしいだろ?

 

普通ならウィッチはウィッチの経験があるエクスウィッチが育てる決まりだ。魔法力の理解が無ければ育てるにもどこかで躓くからな。だからウィッチとしての経験者でなければ務まらない役割だ。

 

しかし代理とは言え、魔法力も持たないウィッチの理解も足らないだろう口うるさいだけの人間が魔女候補生の育成を行っている?

 

人手不足か?佐世保のようなでかい所で?

そりゃ人手不足はわかるさ。

 

舞鶴での滞在中に起きたはぐれネウロイの件と良い、人類側の疲弊と供給不足の一端を目の当たりにしている。しかし早急な戦力強化が求められてる現状であり、使えるものはなんでも使えるようにしたいのが人類側。故になりふり構わない状態もところどころ起きている。

 

それが人手不足に直結して……こんな(俺からしたら)時代遅れな奴が出てくるのか。

 

 

あー、これはだめだ。

 

全くダメだ。

 

ウィッチに対する理解がなってない。

 

そもそも…

 

まだ子供だろ??

 

 

 

「おい教官紛い、やめろ。それ以上は手を上げるな。俺の時代ならパワハラ案件やぞ?」

 

「あ?貴様まだいたのか。それとも軍属の者だと言うのか?なら軍服はどうした!それを羽織ってから名乗り出ろ!」

 

「面倒だから普段は脱いでるよ。戦いとかでは重たいからな」

 

「なんだ貴様、兵士か?あん?愚連隊の雑兵か?弾除けごときが一丁前に楯突くか」

 

「!」

 

「お、お兄さん!も、もう、いいです!わ、わたしは、だ、大丈夫です、か…ら……」

 

 

黒田はこちらに振り向き、震える体を笑顔で押さえつけながら俺を宥めようとする。

 

精神力があるから出来ること。

そして精神力を持っているから潰れやすい。

 

彼女は続ける。

 

 

 

「皿うどん、ありがとうございました。とても美味しかったです。あとお兄さんの暖かくて嬉しかったです。わたしを受け止めてくれた魔法力からそう伝わって…」

 

 

 

いまの彼女は……らしくない。

 

ほんの数十分程度の付き合い。

 

でも、わかる。

 

これは黒田那佳じゃない。

 

震えながら、耐えながら、精一杯の感謝を伝える彼女は、痛々しくて、仕方ない。

 

 

「…」

 

 

……北郷、ごめん。

 

俺にも譲れない事があるわ。

 

これはその一つかな。

 

 

 

「なあ、教官代理。俺だけを貶すならまだ構わないよ。でも先ほどの聞き間違えじゃなければ俺含めて愚連隊と言ってのけたよな?」

 

「ああ?ああ、言ったな。貴様のような恥知らずを抱える部隊なんざたかが知れてると言うことだ。なるほど、少しは己を理解する頭はあるか、結構なことだ」

 

 

 

いや、ほんと…時代遡れば絵に描いたような光景があるんだな。

 

小説やドラマだけかと思ったけど、こうも時代の悪さが目立つと平成生まれの人間からしたら失笑モノだな。

 

 

 

「なんだ?なに勝手に一人で完結した顔してやがる?」

 

「ああ、悪い、こっちの話。でも確かに俺も素行はそこまでいいものじゃないし、軍規のぐノ字も触れようとしない愚者なのは充分承知の上だよ。貴方の言う通りだ」

 

「そうかそうか。それは良かった。で?その愚者極まった貴様は何が言いたい?」

 

「名乗り出ろ、だったな…?なら…その驕りを買って名乗ってやるよ人間のクズがこの野郎」

 

「く、クズ!?貴様ッッッ!!」

 

 

 

普通なら全く名乗らない。

 

名乗る機会はそうないから。

 

てか、それ以前に名乗ろうとは思わない。

 

階級なんかにこだわらない紛い物故に、それをかざそうとも思わないからだ。

 

しかし今回はただでは済まされない。

コイツは言った。

俺達を「愚連隊」とひと蹴りした。

 

 

__ユルセナイヨナ?

 

 

被っていたフードを外して、その男を見る。

 

 

 

____ 扶 桑 皇 国 海 軍

____ 第 十 二 航 空 隊 北 郷 部 隊

____ 副 隊 長 黒 数 強 夏、 准 尉

 

 

 

またの名は…

 

 

 

 

 

 

機 動 戦 士 願 那 夢(きどうせんしガンダム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は…?」

 

「ぇ…?」

 

 

大きな者の声。

 

小さな者の声。

 

 

それから街の人たちも声も交えた。

 

 

__その顔は良く知っている。

 

__その姿は良く届いている。

 

__その名は良く聞いている。

 

 

ここにいる多くの者が証人。

 

あとシャッターの音も聞こえた。

 

それほどに注目が集まっている証拠。

 

だからここにいる黒数強夏が真実である事を告げた。

 

 

この人は___ホンモノだ。

 

 

 

 

「き、き、北郷…部隊…??は、はは、な、何を言ってんだ??そ、そんな奴が、扶桑にいる訳が…」

 

 

「ビームフラッグ」

 

 

 

目の前に手をかかげる。

 

F91で登場したベルガ・ギロスの武装でありビームシールドとは違ってビームフラッグは貴族の紋章を粒子で描くことができる。俺はビームシールドの応用で指先から団扇くらいのサイズで展開する。あまり慣れない部位でやると魔法力の余波でチリチリと痛いから腕以外で使いたくないが、ほんの数秒ならと内心強がる。

 

ちなみにいま見せてるのは北郷の家名が持つ紋章だ。いまの扶桑は戦国時代とは違って家名の紋章をあまり表には出さないが、それでも北郷家にも飾られていた紋章は存在してた。それで過去にビームフラッグの練習を行うため何かそれらしい家名の紋章は無いかと考えて北郷から家の紋章を教えてもらいビームシールドの応用で練習したことがある。

 

まあ実戦的な武装じゃないので全く使ってないし、あと別の理由があってあまり人目の付くところで使いたくないが、今回は分かりやすくするためにも指先から俺が男性ウィッチであることを証明するべくビームフラッグを展開した。

 

 

 

「ま、魔法力ぅぅ!?ま、まさか、お前は、本当に男性ウィッチ…!?」

 

「ああ、そうだよ。扶桑が良く知るただひとりの男性ウィッチだ。しかも愚連隊と言われてる第十二航空隊のウィッチらしいな?」

 

「そ、それ、は…!」

 

「別に俺の事はなんとでも言えば良い。後ろ指刺されたって構わないさ。だけどな?俺や北郷の大事な教え子達をッ!その言葉で汚したお前を俺は絶ッッッ対に許せない!!」

 

 

ビームフラッグを握りしめて魔法力が拡散する。

 

頬を撫でる程度の風圧が広まるだけ。

 

そこに害はない。

 

だが魔法を扱っている人間ってだけでそれは恐ろしい対象に過ぎず、目の前の男は悲鳴を上げながら、一歩、二歩、怯えながら後ろに下がり男は誰かにぶつかった。

 

 

 

「何をやっている?」

 

「ひぃ!?」

 

 

 

男がぶつかった相手。

 

それはひとりの女性。

もしくは……ウィッチだ。

 

微かな魔法力からそう感じ取れる。

あと松葉杖をしている。病人か?

 

 

「久しいわね、教官代理」

 

「なっ!なぜ、貴方が、ここに居る!?」

 

「そうね。ウィッチの教育に対して別の意味で力が入ってると聞いたから、かしら?なので無理やり早退して様子を見にきたの。そしたらまぁ聞いた話以上の鞭撻で随分と行き過ぎた正当化によって虐待に走ってるとウィッチから聞いたわ…………このっ!大馬鹿ものがァァァ!!」

 

「ぐぅぎゃぁああァァ!!!」

 

 

 

ウィッチから放たれた渾身の右ストレートが教官代理の頬に捩じ込まれる。

 

戦国アストレイの粒子発勁(はっけい)でも入ったかのような威力だ。

 

 

「どうせ!海に劣ることが陸にとって大恥だと言い!これも全て陸のためだと小さな子供に正当化を行ったその愚かさ!指導者にあるまじき鞭撻!原石達を磨くこともできない者にウィッチを育てる資格など無い!!…… 貴方は然るべき処置を取ります、覚悟しておきなさい!」

 

「ぅ、ぅ、ぅぇ、ぁが…」

 

「まったく、人手不足とはいえ偏った人格者を送ってくる陸軍上層部も呆れたわね…私がちゃんと選別するべきだったわ」

 

「くぅーん…」ちーん

 

 

 

「…………こわっ」

 

 

 

俺の横で冷たい地面を温めるような熱いキスをしている教官代理の男。

 

あまりにも強烈な一撃で俺の怒りと同時に佐世保の冬風を吹き飛ばしたように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて場所は移して、明野飛行学校にいる。

 

理由は簡単。

 

事情聴取と今回のお礼がしたいらしい。

 

てかこの人、松葉杖なのに無理するなぁ…

 

それから色々話をした。

 

黒田那佳の事、彼女の墜落を受け止めた事、皿うどんを奢ってあげた事、教官代理が頭陸軍でウィッチの育成に相応しくなかった事、多少の愚痴も交えながら待合室でお茶を飲んでお話をしていた。

 

 

 

「飛行練習中にネウロイと出会ったとはいえそのままエクスウィッチが戦うなんて貴方こそ随分と無茶をしますね…」

 

「訓練生を逃すためよ。あと増援を呼んでもらうために私が一人で残ったの。時間稼ぎが必要だからね。流石に訓練用ユニットと訓練用の銃じゃ限界はあったけれど私は昔から悪運が強いウィッチでね、死にはしなかったわ」

 

「もし自己犠牲だけで働いてたら同じ教育者として非難してましたよ、ジェンコ教官」

 

「ジ()ンコじゃなくてこっちではジ()ンコと呼んで欲しいわね。私は扶桑が好きなの。それと自己犠牲なんてのはヒヨッコのあの子達にはまだ早いわ。せめて一日中片足で飛べるくらいにはならないと自己犠牲なんて大役は任せられないわ」

 

 

この人はジュンコ・ジェンコ。

 

扶桑人とブリタニア人のハーフであるが30年前に扶桑へ移住した後、陸軍に所属すると欧州に派兵しながらしばらく研鑽を積み、第一次ネウロイ大戦終期に参加する。

 

ネウロイから領土の奪回を行うために編成された人類側のレジスタンス『神聖軍リガ・ミリティア』の中隊長を務めながら航空ウィッチの初動機として転換を完了させた。ここからが鉄の箒の始まった。

 

そして領土内を徘徊する残党ネウロイの殲滅に成功すると神聖軍リガ・ミリティアは解散したのたがジュンコさんを含めて初期組の殆どが生き残ったらしい。第一次を生き残ったマジもんの英雄じゃねーかオイ。

 

それからアガリを迎えながらも10年近く駐屯して国力回復に力を尽くす。情勢が整うと役割を終えて扶桑に帰還してそのまま退役も考えたが佐世保に駐留すると魔女候補生の教官として鞭撻を振るう事を決めて今は明野飛行学校で働いている。

 

あと名前もそうだが見た目がまんまVガンダムの登場人物である『ジュンコ・ジェンコ』なのは大変ツッコミ所さん。ちなみに扶桑での登録名義は純子(じゅんこ)らしい。

 

まあコチラにも八羽(ハッパ)さんがいるのでガンダムに類似した人間が居てもガンダムバーサスしてる俺を筆頭にこの世界ではそんなもんだと深く考えず彼女と自己紹介を交わした。

 

あと普通に色々話が聞きてぇ…

神聖軍リガ・ミリティアって何さ。

北郷は知ってるだろうか?

 

てか戦争終期とはいえ第一次ネウロイ大戦の現役兵だった訳だし何か聞けるならぜひ経験にしたい。マジで色々話伺いたい。

 

多分シュラク隊って小隊があるんだろうな。

 

ちなみにジュンコさんは既婚者であり原作と真逆で幸せそうに生きている。

 

数週間前まで死にそうになったらしいけど。

 

てか30代だろうと飛ぶのか…

 

まあアガリ迎えても体から魔法力が消えない限りはシールドの強度が紙切れになるだけでユニットを履いても元気に飛べるらしい。

 

あとユニットじゃなかろうともごく稀にだが体の調子が良いとか言って箒で空を飛んで買い物に出るご婦人方を見かけることある。てかブリタニアで見かけたことあるわ。この時代の人間は随分とたくましいな。

 

ちなみにアガリで魔法力が握り拳程度になったエクスウィッチ(ご婦人方)でもその日飛べる条件は()()()()()()時に注がれると満たされて頗る調子が良くなって飛べる時があるらしい。

愛を注ぐ…??

 

 

あ、ふーん…(察し)

 

 

 

 

「それで、あの子は元気かしら?」

 

「あの子?」

 

「"穴吹智子"よ。新聞を拝見したけど黒数准尉は彼女と同じウラル戦線で戦ってるみたいね」

 

「ええ、同じ混合部隊ですが…」

 

「彼女はココ、佐世保の明野飛行学校の卒業生よ」

 

「ふぁ!?」

 

 

佐世保はこんなに広いのに世界狭くね??

……いや、そうじゃないか。

 

佐世保って陸軍ウィッチを輩出する有名どころだから穴吹が佐世保にある育成学校の卒業生でもおかしくないのか。そうなると他にもいそうだな。

 

なるほどね、生まれた時からカステラとか麺とか魚とか美味しそうなの食べながら育ってきたのか。羨ましいな。

 

とりあえず第十二航空隊に長崎のお土産買って帰るか。無難でカステラで良いかな?

 

すると待合室の扉がガチャ!と勢いよく開いた。

 

 

「あ、あの!失礼します!」

 

「何かしら?」

「黒田か、どうした?」

 

「那佳って呼んでください!黒田って苗字は嫌なんです!」

 

「佐世保のウィッチは苗字嫌い多いな!?」

 

「それで?どうしたのかしら?」

 

「あ、はい!あの黒数さん!」

 

「お、おう」

 

 

目の前にトテトテと歩く。

 

ほんの少しモジモジとしながら頭を下げた。

 

 

「今日はなんか色々たくさんありがとうございました!」

 

「随分と大雑把だな…まあ、気にするな」

 

 

 

ヒソヒソ

 

「ねぇねぇ、あの人って本物なの?」

「扶桑の英雄ってほんと?本当に??」

「ええ見たのよ!空から受け止めた所を!」

「新聞の通りだ…本物だよ…!」

「すごい……人類の願那夢だ……」

 

ヒソヒソ

 

 

扉の隙間には数名ほどのウィッチ達。

 

小さな兵士が俺を見ようと集まっている。

 

 

「あー!勝手に着いてきて!」

 

 

すると黒田那佳は覗き見のウィッチに叫ぶとウィッチ達は「やばい!」「逃げろ!」「見つかった!」とそそくさ退散する。

 

黒田那佳も待合室を出ると駆け出した。

 

 

「ごめんなさいね、元気なのは美点なんだけど」

 

「構いませんよ。俺も慣れないとならないことですから」

 

「それは良いことね。私も昔はあんな感じだったもの…」

 

 

そう言ってお茶を飲み、遠い目をする。

 

 

「向けられる視線の数ほど期待されている。それは重たかったわ。死んではならない。絶ってはならない。数だけプレッシャーだった。でも人類に希望を与えるため私はウィッチとして長く生きて今も生きている」

 

「…」

 

「戦争は命を支払う。でも全て投じて捨てるためじゃ無い。だから私は教官してる。兵士を死なせるためじゃない。生き残ってもらい、知ってもらいたいから」

 

「むかし、貴方は、そうだったんですね」

 

「ええ。でも今は違う。竹とんぼが鉄のプロペラになった時代よ。戦争は変わり果てた。わたしに出来ることは死なないために必要な基礎訓練だけ。飛ぶ。落ちない。死なない。その最初の飛ぶを失わせぬよう固める。今のわたしはそれしか出来ない。もう… 遠の昔にアガリを迎えたこんな体では戦えないから…」

 

「…」

 

「黒数准尉、私は『飛ぶ』を教えます。同じ教育者として、希望となる願那夢の貴方には空を任せて良いですか?」

 

 

 

それは願那夢に対する希望。

 

しかしそれ以上に…

 

黒数強夏に対する期待だった。

 

 

 

「願那夢は宇宙(そら)のように広いです。世界の(そら)を埋めるほどだから届きます。でも黒数強夏は人間ですから両手を広げても届く範囲は決まってます」

 

「…」

 

「ジュンコ教官、もし黒数強夏にその言葉を送るとしたら、人間の俺は答えます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__第十二航空隊は『そら』を飛び続けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を送り、佐世保から船が出る。

 

 

いつだって願那夢は人の希望を背負う。

 

 

黒数強夏はそのために、機動する戦士。

 

 

甲板から見渡す。

 

 

多くの人を、空を飛ぶウィッチを。

 

 

そこにはまだ飛べる空がある。

 

 

しかしネウロイはこれを脅かす。

 

 

これから残らない可能性だってある。

 

 

そうさせないために、ウィッチは戦う。

 

 

 

「………ビームフラッグ」

 

 

指先から旗が飛び出る。

 

小さなビームの光。

 

それはベルガ・ギロスの武装。

 

そして、コイツは…

 

 

 

「『300cost』か…」

 

 

 

魔法力で光、手の甲を見る。

 

そこには『300』の数字が淡く光る。

 

舞鶴で翔鶴を襲ったネウロイを撃ち落とした時にちょうど『300』に到達した。

 

そうして解禁された。

 

 

 

「………」

 

 

 

出来る事、やれることが格段に広まった。

 

GUNDAM VERSUSの力で多くを示せるはず。

 

しかし慢心はできない。

 

これは願那夢だけじゃない。

 

黒数強夏自身がもっと強くなる必要がある。

 

だからまだ終わらない。

 

これからが始まりだ。

 

もっと大変になるだろうから。

 

 

 

「帰るぞ、第十二航空隊に」

 

 

 

小さくなる扶桑島を背中で見送る。

 

年明けが迫ろうとしていた。

 

 

 

 

つづく






ノーブルウィッチーズはあまり知らないけど人間物語と聞いてガンダムを連想した。
てか戦争の時点でガンダムか。


それより 300コスト ですよ。
とうとうここまで来ちゃったよ。
一気にインフレ進んで環境やばいことなる…

圧倒的ネウロイ絶対殺すマンになった黒数に狙われるネウロイくん可哀そう。


ではまた


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21話

ブラックコーヒー好き?


ではどうぞ


 

 

「北郷、ただいま。舞鶴から戻ってきたよ」

 

「「「!!?」」」

 

「く、黒数!?…ああ!おかえりなさい!よく戻った!」

 

 

ウラル前線にある名も無き扶桑前線基地に戻ってきた黒数強夏はまだ明かりの付いている食堂に顔を出すと、夕食を食べていた第十二航空隊と、お茶だけを飲んでいた北郷章香らは彼の唐突な帰還に驚き、手が止まる。

 

黒数強夏は現れるタイミングが悪かったか?と苦笑いするが、湯呑みを置いた北郷章香は第十二航空隊のメンバーよりも先に彼の元に寄り歩いて無事の帰還を喜び、彼の巻いている深めのマフラー外しながら遠征の勤めを労う。

 

すると真冬の寒さにて頬や耳を赤くなっている肌を見た北郷章香は次に彼の手袋を外し、冷え切った彼の両手を掴んでその冷たさに驚いた。

 

 

 

「もしかして車を使わず浦塩から飛んで戻ってきたのか?」

 

「地面はほとんど凍ってしまいタイヤが動きづらいと聞いてな、だから飛んだ方が早いと思って軽く防寒済ませてからお土産だけ持ち込んで一気に空を突き抜けたよ。大きな荷物は後日届くらしい」

 

「そうか…… いや、そうかじゃない!まったく君って人は!飛んでる最中は魔法力で防護してるとはいえ流石に頑張りすぎだ。ああ、もう… 手が氷のように冷たいじゃないか」

 

「北郷の手は暖かいな。女性だからか?」

 

「たしかに女性の体温は高いが今魔法力で熱を与えている。それでも私の手まで凍りそうだ」

 

「ならその手を離せばいい」

 

「君の頑張りが凍りつく訳には行かない。このまましばらくジッとしてくれ」

 

 

そして彼女はマフラーと手袋を横にまとめながら彼の冷え切った彼の両手を、自分の暖かい両手で抱きしめるように握りしめて、昂まった体温で生み出される暖かい息を吹きかけて彼の指先から温めた。

 

そんな彼女に黒数強夏は少し驚いたが彼女なりの温もりある労りだと受け止めて、しばらくなすがままに温度を受け止める。

 

 

そしてこの食堂には他の者もいる。

 

特に第十二航空隊のウィッチが。

 

だから、突然…

 

 

「もう夫婦だよね?」

「ああ夫婦だね、どう見ても」

「てか夫婦のほかに言葉ある?」

「いや夫婦で間違いないと思う」

「なら夫婦ってことで」

「もう夫婦で良いや」

 

 

今日は渋めのお吸い物。

 

黒数強夏の横には長崎からお土産として買ってきたカステラが置いてあり、甘いお菓子が視覚的に舌を甘く刺激してくれるが、この夕食から砂糖味が口の中に広がるのは絶対にあの二人からだと皆は理解した。

 

また黒数強夏を副隊長として敬愛する竹井醇子も自分のことのように幸せを感じては二人のやり取りを暖かく見守る。もし本当にこの二人が結婚した場合、ここにいる誰よりも一番祝福するのは彼女だろう。それだけ隊長想いなウィッチである。

 

あと若本徹子は「はいはい、いつものいつもの」と見慣れたようにお吸い物を啜り、なぜか甘くなる味に顔を顰める。渋めの緑茶を飲む。やはり甘くなっている。いつもお世話になっている隊長が幸せそうなのは構わないが味覚を狂わせるのは少し勘弁してくれ。

 

それと恋沙汰関連にまだ若干疎い坂本美緒だけは味覚に変化なく普通に食べていた。そういうところだぞ未来のもっさん。

 

 

それから遅れて第十二航空隊のウィッチからも帰還を労わる。やはり皆の副隊長だ。帰りを待っていたのは皆も同じ。そして忘れずお土産を買ってきた黒数強夏の親戚のお兄さんムーブはウラルに戻ってからさっそく健在であり、カステラのお土産はウィッチ達に大変喜ばれた。

 

しかし北郷章香だけは「なぜ佐世保の?」と疑問に首を傾げていた。そこから導き出された解答としては佐世保を中継して浦塩に戻ってきたんだろうと予測してそれは正解である。頭脳明晰な彼女は変わらず流石だろう。

 

 

 

「黒数、少しだけ湯浴びして温まってくるといい、冷たいままだと体を壊しそうだ」

 

「そうだな。なら軽く浴びてくる。上がったら話がある。早めに情報共有しておきたい」

 

「では執務室を暖めて待っておくよ」

 

「助かる」

 

 

まだ冷たい彼の両手だが、気持ち程度には温まったと思い、北郷章香は彼の手を解放するとヤカンに水を入れて沸騰させいる間に黒数強夏はお土産の袋から二人分のカステラを引っ張り出しながら、夕食中の第十二航空隊のウィッチ達に「後で食えよ」と一言告げて食堂を去る。

 

食事中のウィッチ達から喜びの声が上がった。

 

 

「君はいつも誰かを優先してばかりだな…」

 

 

食堂を出るその後ろ姿を見送り、年相応に喜ぶ可愛い教え子の姿にほっこりとしながら、北郷章香は話し合いの準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞鶴でも同じ個体が現れた」

 

「なに…?」

 

 

 

話していたのは新型ネウロイの話。

 

早めの情報共有と考えて黒数は帰ってきたばかりにもかかわらず北郷章香とソファーに腰掛けてお茶を飲みながら説明する。

 

真冬になるとネウロイの動きも鈍くなる。

 

そのため今年最後の攻勢とばかりに少しだけ規模の大きな侵略がウラルでも起きたらしいが冬の冷たさに鉄の塊も動きが鈍く、第十二航空隊や陸軍の第一戦隊の連携力にてネウロイ殲滅にそう手間取らなかったらしい。

 

ただ何処かの前線では隼のように飛ぶ新型ネウロイが浦塩の北で現れたことの報告が。

 

しかもその動きは名の通り素早く、今よりも暖かい季節で飛び回られた場合、今のユニットの性能で追いつくのは困難だと戦術予報士はそう予測する。実際に隼のように素早いネウロイが現れた戦線では優秀なウィッチが一線交えているが半数は打ち取れずに逃している。

 

黒数強夏はその特性と形を北郷章香が持つ情報とすり合わせて…

 

 

「やはり舞鶴のが、そのはぐれかもな…」

 

「扶桑はまた君に助けられたな…」

 

「無事に終えたのならそれでいい。辻斬りにあった翔鶴も助かった。俺も実際にその新型と交戦して理解した。そのかわり一部は訓練内容の練り直しだな」

 

「やはり君が第十二航空隊に落とし込んでくれる高速戦闘技術が活きてくるな。ふふっ、時代遅れの私はお役目ごめんかな?」

 

「ガランドと同じ冗談を言いやがって… てかそれは困る。俺は机なんかを相手にしたくない。それに君がそこに立ってくれないなら隣を飛ぶって約束は無くなってしまうだろ?それは俺が困ってしまう」

 

「約束………か」

 

 

すごく嬉しい言葉なのに、今も守ってくれる約束なのに、北郷章香は一瞬だけ表情を曇らせてしまつ。

 

緑茶を飲むことで湧き上がってしまう情けなさを誤魔化した。

 

 

「ああ……あと、これも伝えないとな…」

 

「?」

 

 

少し重たそうに吐き出される言葉。

 

黒数強夏は一度だけ間を置いて、濁すこともかんがえずに、二人だけの胸に収めていた禁忌を告げた。

 

 

 

ビーム兵器を使ってしまった」

 

「ッ!!?」

 

 

 

ビーム兵器__それは戦争を変えた。

 

実弾よりも、殺傷性の高い攻撃。

 

普通の人間からすれば視認するには難しく、攻撃を悟るには間に合わず、防ぐにはそれ相応を必要とする、戦争の時代を塗り替えてしまった恐ろしい兵器だ。

 

そしてそれはこの世で最も既視感がある。

 

ネウロイの攻撃。

 

これもビーム兵器だ。

 

戦車や戦闘機を一撃で葬るこれは、この時代を先取った絶望の光であり、人類はこの攻撃に対抗手段がなく蹂躙されるばかりである。

 

そのため宮藤理論が救いだった。

これのおかげで今の厄災と戦えるのだから。

 

それでもネウロイのビーム攻撃は今も猛威を振るい、その殺戮マシーンは進化と共にまだ成長しようとしている。だからネウロイから放たれるビームはいつの時代でも恐れられている。

 

それはつまり『ビーム兵器』そのものが恐れられることになる。

 

だから、人は考える。

 

そして、最前列で戦う軍は考える。

 

これらを人類も使えたのなら奴らと同じ土俵に立つことは可能では無いのか?

 

それは実際にいまから6年先の未来で『ウォーロック』として実行されてしまう出来事であるが1938年を跨ごうとする今でも軍は恐ろしいことを考えている。まだそれを実行開発可能とする力を持たない時代だがその想像を秘めるものは少なくない。

 

 

そして、それを…

 

 

 

__黒数強夏 が 抱えていることを。

 

 

 

 

「ロングレンジ・ビーム・ライフル」

 

 

 

立ち上がり、幅を確保して、実際に召喚する。

 

両手で抱える大型のビーム兵器。

 

大きな銃口とスコープがその恐ろしさを物語る。

 

 

 

「一応紹介するがコイツは、ジム・スナイパーって機体の武装でな、コレがまたブッ壊れなんだわ。スナイパーライフルのビーム版と言えばわかると思うが、これ一つで駆逐艦程度なら容易く貫通する。だから翔鶴を襲った新型ネウロイは一撃で倒せた」

 

「使わなければなら無いほどだったなのか…?」

 

「実弾じゃ間に合わなかったと思った。かなり離れていたからな。あと一撃で倒さないとネウロイがビームを放っていた。だからコイツでぶち抜く必要があった」

 

「目撃者は…?」

 

「ウィッチがひとりだけ。状況が状況だけにちゃんと視認した人は他にいない。それでそのウィッチと話してこのビーム兵器については秘密にしてくれたよ。だから今のところは大丈夫だと思うよ」

 

「そうか……それは、良かった…」

 

 

 

黒数強夏は武装を消して座り込む。

 

カステラを一口だけ食べて一息つく。

 

しかしその表情はあまり晴れていない

 

 

「来年は確実に厳しくなる。もしものことも考えると、俺は…」

 

「っ、ダメだ、黒数…!」

 

 

北郷章香は彼の考えを止める。

その言葉は何が飛び出すかわかっていた。

 

 

「君は無事に帰るべきだ!五体満足で役割を果たして、それで戦争とは関係ない空の下で生きるべき人間だ、そうだっはず…!」

 

「それは…」

 

「黒数の力はこの世の望み。人類のために生きた叡智がこの世の人類を救おうと君を選んで授けてくれた平和の禊。それは逸話と同じで厄災を祓いし賜物。でも君はその前に人間だ!もっと大事にして良いはずだ……だ、だから、わ、わたしを、その……縛る……あの、だから、その…理由に…しなくたって…」

 

「…」

 

 

 

最初は人助けのつもりで彼に提案し、そんな彼は北郷章香の善意に甘えた。

 

それから彼はこの世に降り立ったのは前世(バーサス)の続きだと考え、ネウロイを討つことがこの世に望まれた役割(ゲームクリア)なんだと思っている。

 

だが……北郷章香との時間を得て、黒数強夏は認識が変わった。

 

思ったよりもこの世界はリアルだった。

 

思ったよりもGUNDAM VERSUSだった。

 

思ったよりも残酷が迫り来る世界だった。

 

そんなストライクウィッチーズの世界で黒数強夏は彼女の抱える不安を聞き、北郷章香は彼に寄りかかり、漣の聞こえる舞鶴で…

 

その男だけの機動戦士願那夢(ガンダムバーサス)が始まった。

 

でも、そうなったのは全て…

 

この()()()()()()()から。

 

 

 

 

「わたしが…………縛ってしまったのか…?」

 

「違う」

 

 

 

行き着いた答え。

 

それは認めてしまいそうな答え。

 

しかし黒数強夏はすぐに否定した。

 

 

 

「こっちを見ろ」

 

「んぐっ!?」

 

 

伸ばされた片手で顎を捕まれると、俯いていた北郷章香は顔は、グイッと黒数強夏に振り向かされた。

 

 

 

「縛られたなんて思ってない。俺は君を支えたいと思ってここに居る。当初の目的よりも随分と根深く関わっているが、それは俺がそうしたいと思ってこの場所まで君に付いてきた。断じて君に縛られたなど、俺は考えてない」

 

 

真剣だ、それから全否定だ。

 

彼は少しだけその言葉に怒っている。

 

彼女の考えを「違う」として。

 

 

 

「だけど、私は、君に、助けを求めてしまって…」

 

「なら俺がやったことは全て間違いだと否定するのか北郷章香?」

 

 

 

この世界はアニメや漫画だ。

この能力もアニメや漫画だ。

 

二つの要素と物語りが黒数強夏を出合わせた。

 

良くありげな二次小説の展開。しかし命の安い世界で人類が残酷に追い込まれる様を目の当たりにして黒数強夏は戦う。危なくも自己暗示に近い形で自分はこの世界の願那夢として空を飛ぶべきだと、この世に望まれた役割に身を投じている。

 

だから『本心』だ。

 

そうしてるのも、そうやってるのも、そうなっているのも、全ては、彼が頷いた先で宇宙を巡っている。

 

 

ならここにいる少女の事だって……

 

 

 

「助けたいから、助けた……じゃ、ダメか?」

 

「っ!」

 

 

 

そうしたいから、黒数強夏はここにいる。

 

 

 

「けど、本来なら…君は…!」

 

「関係ない!」

 

 

 

普段見せない怒気に北郷章香は怯んだ。

 

その気迫は空を飛んでいる時とまた違う。

 

人として本気の彼がそこにいる。

 

 

 

「帰るべき目的を忘れた訳じゃない!この世に来た役割から逸れた訳じゃない!どうでも良いからここに居る訳じゃない!俺は!俺が!黒数強夏がっ!君を支えたくて!北郷章香を助けたくて!この場所にいるんだよ!」

 

「ぁ……」

 

 

 

先ほどまで、冷たかった。

 

両手の指先も、吐く息も、氷のように。

 

しかし、今は熱の込められた、高い温度。

 

それだけ燃料の込められた言葉なんだ。

 

 

 

「全部やる。ネウロイを倒すし、俺は無事に生きるし、北郷も支えて、約束も果たして、そして全て背負い終えて、俺は無事に帰る」

 

 

 

それが簡単にできる世界じゃない。

 

充分承知の上だ。

 

でも彼の宇宙に……頭をぶつける天井は無い。

 

 

 

「多いのは今頃だ。願那夢の名前に数え切れないほどの人類が希望を乗せているんだ。多くの想いを背負う分には今更だよ。構うものか」

 

「黒数…」

 

「それに……約束がもう一つあるんだよ。幼い頃から抱えてきた黒数の約束が」

 

「やく…そく?」

 

「前の模擬戦で少しだけ言ってたよな?あの時は途中で会話を切り上げたが、ここでその続きを教えるよ」

 

 

黒数は一度気持ちを落ち着けるために少し冷めた緑茶を飲み、熱量で乾いた口の中を潤す。

 

カステラをひとつまみしながら見上げる。

 

語った。

 

 

「俺の両親はまだ幼かった俺を家に置いて外出中に死んだ。前日に予約していたフライトに乗って家族旅行を計画して、楽しい旅にしようと約束していた。全てな」

 

「!」

 

「何もかも失った。この世界の空のように俺は見上げることができなくなった」

 

「くろ…かず…」

 

「でも孤児院にいた先生が失った命は空で見ていると教えてくれた。最初は疑心暗鬼な言葉だったけど、でもあらゆる教材(ガンダム)を見て、悲しいことばかりだけど俺は宇宙(そら)はそうであって欲しいと()()()んだ。この世の人類が宇宙を飛ぶ願那夢に願うように」

 

「…」

 

「俺だけが残った。でも俺だけが生き残っている。出来なかった約束は俺がまだ抱えて生きてる。親がやりたかった計画を、空の旅を、大人になった今なら俺が親の代わりに見てあげれるはず。だから空を目指した。そうすれば孤児院の先生が言ったように、亡くなった命が空に近い気がするから」

 

「だから、約束を…」

 

「この世界の空と、俺のいた世界の空は、鉄と火薬の色で全く別物だけど、でも同じ宇宙(そら)ってことならあの頃の続きを少しくらいなら約束を果たせるはずなんだ。ストライクユニットでそれができる…」

 

 

彼にはもう一つだけあった。

 

この世界で空を飛んでる理由が。

 

それは彼の過去と家族。

 

不自由だった前世では叶わない。

 

だがココでなら叶うはず。

 

でもその先に厄災があり、奪う存在がいる。

 

彼も奪われた、災害という厄災に。

 

けれどガンダムの作品を見て、抱いた。

 

報われない事が多い世の中でも、報われる物語はどこかにあるから、だから彼にとって『そら』はそうであって欲しいと願っている。

 

 

 

「ああ、そうか……だから、なのか…」

 

「?」

 

「俺がこの世に選ばれたのは」

 

「黒数?」

 

 

 

そして納得したように言葉をこぼす。

 

言葉にして、それが何故か?

 

それがどうしてなのか?

 

()()()()()そう思い込んで目指した。

 

でも、この世の願いとして、宇宙が繋いで選んだとしたら、人類が叡智(ウィザード)に救いを願った魔法陣から現れた黒数強夏ってのは…

 

 

 

 

「俺が____願ったからなのか…」

 

 

 

 

__空に近づきたい。

 

あの頃の続きとして。

 

 

__宇宙(そら)に近づきたい。

 

あの場所なら居るはずだから。

 

 

__時刻(そら)に近づきたい。

 

あの瞬間を願いとして見てたから。

 

 

 

ストライクウィッチーズ。

 

それは空の物語。

 

そしてそこはあの頃を綴れる軌跡。

 

 

この場にいる黒数強夏は、その場所(そら)に、幼い頃の続きを願っている。

 

__機動戦士ガンダムの儚さから。

 

 

 

それは今…

 

この世の願那夢(くろかずきょうか)として、その場所(ウィッチ)に、人類は救いを願っている。

 

 

 

 

「はははっ、ぁぁ、それはまた、残酷だな…」

 

 

 

もっと平和に叶えられても良かったのでは?

 

この世界が都合良く語られるだけの絵本物語りだけで済まされたのでは?

 

でも、そうなってしまっている。

 

地球の引力に引き寄せられたが如く。

 

 

「でも、後悔なんてしてない。悲しい世界に導かれてしまった事実はある。でも俺はコレが願って与えられた一つの果たし事ならこの世界で全うしてやる。それが願那夢と言われても、叡智が望んだ形でも、人類が願った役割でも、この世界で空を飛んで、この世界の宇宙にあるかわからないあの頃の続き願う。なんだ、簡単じゃねーか」

 

 

 

黒数強夏は疑いもなく、疑問もなく、何かを悟ったように、言葉を続ける。

 

それはまるで……宇宙を理解した者(ニュータイプ)のように。

 

それが少しだけ…北郷章香は怖く感じた。

 

でも、それは不意に取り払われる。

 

彼は手を伸ばした、彼女の頭に。

 

 

 

「わっひゃ!?」

 

「……」

 

「な、ななな、なんだ!急に!?」

 

「……」

 

「ぁ、ぁ、ぁぅ!?」

 

 

 

唐突な接触。

 

もしくは肌の触れ合い通信だろうか?

 

随分と一方的な通信状況だが。

 

 

 

「きみは、()()は、まだこどもだな」

 

「!!??」

 

 

 

ふみか?

 

ふみか??

 

ふみか???

 

理解が追いつかない。

 

それよりも不意に横から頭を撫でられて、年相応よりも少し幼げな可愛らしい声が漏れてしまい、あまりの恥ずかしさに抗議気味な視線をその男に送る。

 

だが思わず頬が熱くなる。

 

そこには、扱いに慣れている年上の男性。

 

実際に昔の彼を見た訳じゃない。

 

しかし溢れんばかりのその雰囲気と表情を見て北郷もわかってしまう。

 

孤児院時代によく歳下の面倒を見て成長してきた年上姿の黒数強夏だ。

 

あまり味わった事ないような優しさと、暖かさと、穏やかさと、また慈愛に近い熱量が、北郷章香を不意に襲いかかり、なによりもコチラも慈愛に近い感情を向けていた異性に触れられている事が鼓動を早める。

 

北郷章香はふと、竹井醇子の姿を思い出す。

 

もしや黒数強夏に撫でられる少女はいつもこのような危険性に触れられているのか?

 

でもコレがとんでもないほど幸福感を与えてくれているのか?

 

頭脳明晰の北郷章香でさえこればかりはキャパオーバーになっていた。

 

メモリーといった感情が追いつかず情報処理に忙しい体の熱が高くなる。

 

ぁ、うっ!

 

 

 

__彼は危険人物だ!

__歳下の倫理観を、乱す者だ!

 

 

 

 

「ぁぁぁー、うぇ…眠っ、ぅぅ……」

 

「ふぇ?」

 

 

 

そして頭から手が落ちて、黒数強夏は背もたれに倒れて寝息を立てていた。

 

 

 

「黒数?」

 

「すぅぅ…すぅぅ……」

 

 

 

寝ていた。

 

かなり疲れているのだろう。

 

それもそうだ、極寒の中を飛んできた。

 

体も疲労でたくさんだ。

 

なのに無事な姿を見せようと優先した。

 

もしくはお土産を持って第十二航空隊を喜ばせようと頑張ってくれたのかもしれない。

 

いつだって変わらず皆のために黒数強夏をする。

 

それがあまりにも危険だ。

 

ああ、色んな意味で彼の存在はウィッチにとって危険すぎる。

 

しかしもう既に遅し。

 

北郷章香の男性観は少しだけ破壊されていた。

 

この男によって。

 

 

 

「もしかして、先っきの手つきも、あと…ふ、ふみ、章香って、な、名前も、寝ぼけてた、からなのか?」

 

「すぅ……」

 

「………ッー!!!!」

 

 

 

ああもう!!

 

わからない!!

 

なんなのだ君は!!

 

 

そんな嘆きが広まる。

 

仮に寝ぼけだとしたら恐ろしい。

 

他の女性が勘違いする、してしまう。

 

てか、少なからず、そう思って___

 

 

 

「ん"ん"ん"ん"!!! おおお、落ち着け!」

 

 

 

ブンブンブンブン!!とポニーテールを激しく揺らしながら否定する。

 

恋愛感情じゃない。

 

これは……そう、信頼だ!

 

または大事にされているんだ!

 

そうに違いないし、彼の場合は普通そうだ。

 

上官は北郷章香だが、この部隊で一番年上は黒数強夏で、皆の兄のような人だ。

 

空では厳しく鍛え、地では愉快に振る舞う。

 

子供からすれば理想的な先人だろう。

 

それを彼がそうしてるだけ。

 

 

 

「……まったく、君って…人は…」

 

 

 

だが、それを超えた感情になってしまいそうになるのは彼のせいで、自分のせいじゃない。

 

そしてそれが「残念」だと思ってしまうのも間違いではない。

 

だが、これで完全に心の棲み分けがハッキリしてしまった…のだろう。

 

コレがひとりの女性として諦めをつけるべきかまだ少しわからないが、でも最前線で戦う兵士としてはこの上なく頼もしい存在で頼りにし続けたい人間。

 

 

「…」

 

 

年が明けても変わらずそこに居て、共に空を飛んで先行してくれる。

 

そんな人が、コレからも第十二航空隊を支えてくれるんだ。

 

 

 

「お疲れ様、黒数…」

 

 

 

 

お返しでは無いが、コチラもひと撫でだけ。

 

とても良く頑張った男を労う。

 

北郷章香の表情は穏やかだ。

 

そのまま次の年を迎えるだろう。

 

 

 

 

 

つづく

 







はー、あまっっっ!
書きながら飲んでた緑茶が甘ッッッ!
なんやこれ。カテキンと糖分間違ったか??


さて、とうとう20話超えてここまで来ました。

一旦、気持ちの整理が着いてしまう北郷章香。
そしてなにかと勝手に悟ってしまう黒数強夏。

1937年、最後に必要な心の整理でした。
カステラも糖分がキャパオーバーだよコレ。

ちなみにやっとこれで『一巻』目が終わりです。
少し寄り道しすぎだぞ…


ではまた


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22話

今回は少し短いぞ



 

 

 

 

「撤退だー!急げぇー!」

「重たすぎる物はさっさと置いていけ!」

「ウィッチが抑えてる間に!早くっ!」

「負傷者が出た!こっちに医療班は!?」

「ネウロイッ!貴様は…!オレのっ!!」

 

 

真冬を超えた二月の空、ほんの少し寒さが落ち着いたこの戦場でハイパー・バズーカを片腕に担ぎ、戦線を放棄して退路に駆け込む兵たちを俺は言葉なく見下ろす。視線を前に移せば人類を恐怖に貶める黒い群衆がうじゃうじゃと列を作っている。それは地上だけではなく空からもその物量で人類を追い込んでいた。

 

春の陽気などそっちのけだ。

 

 

「北郷部隊がネウロイの侵攻を抑えてる間に俺たちは退路確保に勤しむ。いつも通り俺が先行するから三人は遅れて叩け!」

 

「「「了解!!」」」

 

 

 

ストライクユニットからエーテル化した魔法力を放ちながらブーストダッシュ行い、ネウロイの真上を取って先制攻撃を仕掛ける。

 

空からの強襲に気づいた時にはすでに遅く、強力な武装によって半壊したネウロイは再生する暇もなく竹井達の追撃がトドメとなり、バラバラに砕け散る。

 

俺は速度を少し落としながら後方の撃破を視認すると一呼吸置いてまた速度を上げて空を先行する。撤退する友軍のため退路確保に貢献しながら追い込み漁と化したネウロイを次々と撃ち落とし、空の希望と言われる願那夢は今日も健在だろうか。

 

 

それでも、俺は顔を顰める。

 

 

「残りコストの概念がない、敵機か…」

 

 

Vガンダムには「終わりのないディフェンスでも良いよ」って歌詞が存在するが…

 

いや全然良くないと思う。

正直「終われよ」って返したくなる。

 

 

更に言えば今は2月。

 

12月から1月の終わり頃まではネウロイも落ち着いてたが、二月の陽気を感じるようになってからは一気にネウロイが動き出していた。

 

軍も滞りなく防衛を築いていた筈だがそれでも疲れ知らずの物量相手に人的資源が課題となる人類側が凌ぎ続けれる訳もなく、既に疲弊し尽くしているウラル前線では年明け程度の時間だけでは軍の疲労を拭うことなど不可能であり消耗の速度は年明けでも早まるばかり。

 

そりゃ撤退にもなりますわ…

 

しかしそんな呟き、ネウロイが慈悲など与えるわけもなく次々と奴らは現れる。

 

 

 

「数が多いな……ビーム兵器、使うか?」

 

 

 

早速切り札を考えてしまう。

 

まだ400に届かない300コストのパワーとはいえ、使う武装がビーム兵器なら話が変わる。

 

回避困難な弾速や、実弾とはまた違う貫通力の高さ、これらが時代を変えてくれる。

 

原作の宇宙世紀だってそうだ。

 

 

「でも、ダメだな」

 

 

俺は使わない。

 

使うことは許されない。

 

自分一人だけの責任ならともかく、第十二航空隊に所属してる以上はお世話になっている組織に、特に仲間に余計な影響を与えてしまう可能性が高いため使うのは危険だと判断する。

 

なにより『武装召喚』なんて魔力が枯渇しない限り半永久的に武装を取り出せるチート能力で、これを固有能力って事で誤魔化せるにも限度がある。

 

これらは『願那夢』ってプロパガンダがあるからまだ許されている話であり、あと逸話として語られる『ウィザード』の疑惑が後押しているから常識以上の壊れ具合もそれなりに軍から納得されている。まあ厄災を払いし力だから「とりあえずなんでも構わないネウロイ共を倒してくれ!」って事で必死な軍だから深くは追求されてない。あと北郷章香のバックもあるから世間的にも信頼に置ける人物として扱われている。そう考えると紙一重なんだよな俺の立ち位置。

 

 

だがそんな紙一重が突如、ネウロイと同じビーム兵器を取り出して人目が付きやすい戦場でぶっ放せば確実に厄介なことになる。

 

最悪なビジョンとしてまず俺はネウロイ疑惑などで拘束されてしまい、次に北郷文香が疑われてしまう。

 

あとこれは考え過ぎかもしれないが黒数強夏(イレギュラー)から学び受けた半年で急激に成長した第十二航空隊のウィッチは恐らくまともな扱いを受けれないかもしれない。

 

またお隣さん故に共同戦線を組んでいた陸軍の第一戦隊も共犯者にされたらたまったもんじゃない。その他は何が何でも俺を暴こうとするために利用されてしまう。

 

だからややこしい話を持ち込みたくない。

 

 

これが俺一人だけなら、まだいい。

 

組織に所属せず、一人縛られない場所で、誰にも干渉されないところで、自由にこの力を振えるなら、俺だけが危険人物だ。

 

しかし今は一人じゃない。

 

だからビーム兵器はタブーだ。

 

 

 

「っ、弱気になってる場合じゃないな…」

 

 

ああ、そうとも。

 

何のための高速戦闘技術だ。

 

まだビーム兵器も平均化されてない一年戦争では実弾攻撃を主軸に戦っていたジョニー・ライデンと同じ一撃離脱を参考にして第十二航空隊と学んでいたはずだ。

 

もちろん教材(ガンダム)だけが全てじゃない。

 

現役で戦う兵士達(ウィッチ)と共に学んだ。

 

北郷からは空戦の基本を。

 

ルーデルからは投下攻撃の意味を。

 

ガランドからはユニットの活かし方を。

 

ああもちろん他にもまだいる。

 

カールスラントから、オストマルクから、オラーシャから、あらゆるところから、ウラルまで派兵としてやってきたウィッチ達から学び、学ばせ、学び合った。

 

学ぶことに熱意を持つGダイバーのレオス・アロイと同じように知識を深めた。

 

だから弱気になるな。

 

知識力は戦闘力に直結する。

 

ビーム兵器が使えないからなんだ。

 

制限された戦いでもそのやり方さえ考えれば幾らでも戦える。

 

そうしてきたのはいつだって人類だ。

 

心のないネウロイなんかじゃない。

 

 

 

「地中からネウロイが来たぞぉぉ!」

「なっ!?デ、デカいっ!?」

「り、陸のウィッチは前に!」

「だめだ!戦車の進路を変えろ!!」

「くそ!これは間に合わん!!」

 

 

兵達を分断するつもりなのか、地中から四メートルはあるだろう海坊主の形をしたネウロイが姿を現すと、赤い目が兵士を見下ろす。

 

地を這う生き物からしたらそれは恐怖だ。

 

 

 

「黒数准尉!」

 

「三人は兵の前に出てシールド!」

 

 

俺は指示を出しながらヒートホークを投擲してネウロイの頭部にぶつけ、注意を引きながら次にヒートサーベルを取り出す。

 

その間に竹井達はシールドを展開しながら足の止まった兵士達を守る体制に入り、その間に俺は一気に接近してネウロイの赤く光る部分をヒートサーベルで強引に突き刺した。

 

そして突き刺したヒートサーベルを鉄棒のように固定すると俺は海坊主ネウロイに張りつきながら機関銃のゼロ距離射撃で装甲を砕く。

 

だが…

 

 

 

「(手応えが……感じられ無い?)」

 

 

 

装甲はなんとか銃弾で砕いている。

 

内側にもダメージは与えている。

 

しかし違和感だ。

 

何か、つっかえてるような…

そんな、感覚が…

 

もしくは、空っぽを殴ってるような…??

 

 

 

「キィィィ!!」

 

「ッ!?このォォ!!」

 

 

苦し紛れなビームが放たれる瞬間、俺はビームシールドを展開してネウロイの赤く光る銃口に押し付けた。

 

放出させるはずだったビームはネウロイの内部に押し込まれてしまい、ビームはネウロイの中身で乱反射すると高熱部分に触れたのか真っ赤に爆光した。

 

ネウロイは悲鳴をあげる。

 

 

 

「やはり内側に"ナニカ"あるか…!」

 

 

 

突き刺したままのヒートサーベルを逆手でつかみ直して一気に振りかぶり、装甲を砕く勢いで溶断しながらネウロイをこじ開ける。

 

 

その時、何かが干渉した。

 

 

 

 

__パキン!!

 

 

 

 

 

弾け飛ぶ音。

 

それはネウロイの装甲の音なのか?

 

わからない。

 

だが、今ので何か手応えはあった。

 

 

 

「………」

 

 

俺はネウロイに関して大事な何かを忘れてたような気がした。

 

なんだ??

これは……??

原作知識…か??

 

ダメだ、何か、ネウロイで忘れてる。

 

とても必要な何かを忘れてる気がする。

 

 

 

いや、考えるのは後だ。

 

今は戦いに集中だ。

 

 

 

「今の海坊主がココの親機か?」

 

 

 

空を見る。

 

撃破した親機から1キロ未満の範囲だが、この辺りを飛んでいた小型ネウロイは急に統率力を失ってフラフラとしていた。

 

今のうちに友軍を早めに逃そう。

 

この友軍の指揮官は…

 

ああ、放心してやがる。

 

 

「そこのウィッチ、名前は?」

 

「へ?…うええ!?ががが、がんだむさんから直々にご指名ですとぉ!?」

 

「少し落ち着けって」

 

「はう!し、失礼しました!犬房由乃(いぬふさゆの)です!ご、伍長です!」

 

 

 

適当なウィッチに声をかける。

 

一応わざわざ声をかけたにも理由がある。

 

撤退を急がせるため。

 

願那夢に助けられたとか、ウィッチに助けられたとか、そういった感傷は後にさせ、ともかく足を動かさせたいから。

 

 

 

「犬房由乃か。今すぐそこで腰を抜かしてる部隊長を引っ叩いて撤退を急がせてくれ。こうしている間にもまたネウロイが集い始める」

 

「や、やはり、航空ウィッチはかっこいいですなぁ……はっ!了解であります!」

 

 

 

…声をかけるべき相手は少し間違ったか?

いや、パニックになってるよりはマシだろう。

 

それから陸軍ウィッチが先導する形で動き始めた友軍を見送りながら竹井達と合流する。

 

 

「魔法力はどうだ?まだ飛べるか?」

 

「行けます!」

「もんだいないよー」

「訓練の成果だ、心配無用!」

 

「よし、ならいくぞ」

 

 

去年と違って彼女達は頼もしい。

 

俺は頷いてまた先行する。

 

次の友軍を助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1938年 初春頃__もしくは3月。

 

ウィッチの消耗を重たく見た軍上層部は新戦力の補充と戦力の平均化を狙って部隊の再編成を図る。

 

これまで第十二航空隊と並べあっていた陸軍第一戦隊も再編成のため各地の前線基地に慌ただしく異動を開始する。バラバラになった。

 

ただし第十二航空隊は構成力の高さ故にその形成を崩すことはなく、また魔女候補生上がりの編成だったことも合わさり、教官でもある北郷章香の元から離すメリットは無いと判断されたのか俺含めて誰一人異動することはなく再編成の指示はこの部隊に届かなかった。

 

 

 

 

 

それから3月12日。

 

 

 

 

一時的な大幅な撤退戦から、軍力の平均化を狙い、戦線はなんとか保たれようとした。

 

実のところ第十二航空隊も長く駐屯しているこの名も無き前線基地を放棄して新たな前線基地に配属されるところだった… が、軍の平均化と再編成がギリギリ間に合ったお陰か、他の戦線はとりあえず安定すると、第十二航空隊はここから動く必要が無くなった。

 

まあそれはつまりこれからも変わらず最前線に立つと言うことだ。

 

こうなってくると第十二航空隊はもうヒヨッコから卒業して戦線の要となっている。

 

実際に前の第十二航空隊の集合会議で北郷隊長から直直に「私たちは砦だ」と緊張感を煽っていたくらいだ。

 

それはつまり扶桑皇国軍が認める立派な兵士として成長した第十二航空隊は扶桑皇国軍に強く影響している軍隊だと言うことだ。

 

それは胸を張るべきことだろうが、厳しくなる戦線から離れることができない意味を考えれば昔よりも戦地で死ぬ可能性に高くなっていることになる。

 

だから時間が許される限り、俺は北郷と共に彼女達を戦場で死なないように育てるだけだ。

 

それはエクバと同じ。

 

環境は変わる。

そこに浸透しようとプレイヤーは食いつく。

 

現状に追いていかれないために。

 

 

 

 

「北郷、これって…」

 

「ああ、黒数が去年の冬に扶桑へ一時帰還した舞鶴で、翔鶴の船を助けた際に撃破したネウロイと同じ個体。もしくはその完成型だ」

 

「俺はあの時は一撃で倒したが、いまの武器で通用するのか?」

 

「別の戦線で機動性に追い付かず逃げられたとの報告ばかりだ。あと最近現れた故にまだわからない」

 

 

 

執務室の机にウラル地図と撮影隊ウィッチがネウロイの姿を収めた写真が数枚ほど机に広げられており、緑茶の湯気を交えながら俺と北郷の二人で情報交換をする。

 

 

 

「威力偵察は誰か携わったか?」

 

「まだだ。これからと聞いている」

 

「第十二航空隊には…?」

 

「今のところ何も指示は無いな。一呼吸置けというメッセージだろう」

 

「第十二航空隊は平均化に影響してないから充分に一呼吸付いてる。軍は何を考えている?」

 

「平均化後の調整だろう。手慣れた第十二航空隊は大人しくしていてくれってことだ。経験を積ませるためのな…」

 

「新古編成による弊害だなぁ…」

 

「今となっては偏らせることは無理だ。どこかが潰れてしまえば絶えることない物量が雪崩れ込んでくる。そうなるといよいよ扶桑皇国軍は浦島を捨てるようになる」

 

 

 

二人同時にため息が出る。

 

緑茶を飲み直して気持ちを入れ替える。

 

北郷はスッと飲み、俺はゆっくり飲む。

 

すると北郷がここでとんでもない情報を言い渡してきた。

 

 

 

「それと黒数に報告がある」

 

「?」

 

 

 

 

湯呑みに口をつけたまま、耳を傾けて……

 

 

 

 

「明日、()()()()がこの基地に来る」

 

「ぶふっ!!!???」

 

 

 

 

鼻にお茶が入り込む。

 

花粉症よりも苦しかった。

 

 

 

 

つづく

 






一応扶桑会事変の頃に坂本美緒は宮藤一郎博士とウラルで出会ってるらしいが、あまり資料が無いんだよね…

まぁ半分オリジナルってことで。


ではまた


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23話


可能なら今年中には書き終えたいところさん




 

 

「こんなタイミングで来るとは思いませんでしたよ、宮藤さん」

 

「それなら僕は君自ら『願那夢(ガンダム)』を名乗るとは思わなかったけどね。英雄にはならない予定じゃなかったのかい?」

 

「あー、うん。それはその、アレだ。記者の質問に対して咄嗟に名前が思い付かなくて、それで真っ先に浮かんだ単語がガンダムだったからそのままソレを伝えたら『願う夢』なんて大層な威名を込めてくれた訳だよ。いやー、この時代の人間すごいよね?はははは、はは… はぁぁぁぁぁ…」

 

「遠い目をするほどなんだね…」

 

 

マジであの解答は今でも間違えたと思う。

 

かと言って今更ヒーローネームを否定しても面倒だ。

 

願那夢の名前によって成立するプロパガンダもある訳だし、こればかりは甘んじて受け止めるしか無い。

 

過去の俺を恨むんだな。

 

あー、でも悪い事ばかりじゃ無いぞ?

 

願那夢の影響によって第十二航空隊へ補給物資をそこそこ優先的に回してくれるし、応援してくれる人達からは嗜好品などがよく届いている。

 

緑茶とかお煎餅、ミカンとかマスカット、高級なハチミツとかの品も届いたことがある。

 

こういうのマジでありがたいから贈り物には感謝している。だから頑張りで応えよう。

 

 

 

「それで宮藤さんはこんな危ないところまでどうしたんです?正直去年と比べてこの前線基地はそこまで安全じゃ無いですよ?明日にでも放棄する可能性あるんですから」

 

「それは充分承知の上だよ。しかし僕が選んでこの前線やって来たのは扶桑皇国の主力機となる『零戦』の性能をこの目で確かめるため。一応テスト飛行時や国外からの報告書などで零戦の戦場に於けるその機能性は耳に届いてるけど、やはりどのくらい実用的なのかをこの目で見てないとならなくてね」

 

「あー、零戦ですか!あれかなり良いですよ。自分が零戦使って飛んでだ訳ではありませんが実際に並走して理解してます。今後、扶桑皇国軍の主力機は零戦を基準としたストライカーユニットなると考えてます。あの空戦能力は俺好みだ」

 

「そうなのか?はははは!世界的スーパーエースがそこまで言ってくれるとそれ専用に魔道エンジンを開発したのは苦労の甲斐があったよ」

 

「でも、零戦に関しての実戦的飛行能力を視認したいなら第十二航空隊じゃなくても別の軍隊で良いのでは?」

 

「それはそうかもしれない。しかしわざわざこの基地を選んだ理由は二つある。まず一つは君の書いた零戦に関する論文のおかげだよ」

 

「論文…?………あー、もしかして…」

 

「去年の冬だったかな。優先的にブリタニアまで届いたよ、君の書いた論文がね」

 

「冬は訓練除いて基本的に暇だったんだよ。それで北郷少佐に時間があるなら書いてみないか?ってことで試しに書いた。まぁ戦技研究報告書の内容そのまま主観で論文に落とし込んだだけなんだけどね。てかおそらく北郷少佐とほとんど内容は同じだと思うぞ。意見出しながら書き合ったし。多分どこかで北郷章香の写し書きって言われてそうだな…」

 

「いやいやとんでもない。なかなか面白い論文だったよ。かなり事細かに書かれた零戦の実戦的飛行記録書はもう興味深くてね。もうコレはユニットに携わる開発者としてこの目で見るしかないと考えたんだ」

 

「でもどうせなら夏頃に実戦投入された96式の時に来ても良かったのでは?平均化前なら陸軍の第一戦隊も一緒でそっちの方が収穫は多かったはず。てかその段階でも既に北郷少佐が1937年中期の航空ユニットにまつわる戦技研究報告書を上層部に送ってたと思いますが。恐らく開発部にも届いてるはず」

 

「それは知ってるよ。実のところ夏の終わり頃にはウラルに向かう予定だったが状況が変わってね。多忙故に視察は先送りになった。しかし年明けた頃に扶桑皇国軍は軍力の平均化を狙い始め、それと同時に零戦の普及率が70%を超えた段階で君の論文を見て僕は思ったんだよ。コレは激戦区だからこそ見なければならない光景がある。そう思って半ば強引にやってきたんだ」

 

「選んでくれたのは嬉しいですけど、他の部隊も優秀ですよ?」

 

「もちろん他の部隊も回るよ。参考材料は幾らあっても良いからね。だがそれでも第十二航空隊が駐屯する前線基地を選んだのは、二つあるうちのもう一つが理由だ」

 

「その、もう一つの、それとは?」

 

「君だよ、黒数くん」

 

「あ、使用人の件はお断りします」

 

「まだ何も言ってないよ!?」

 

「え?てっきりまた一緒に暮らそうとか言われるかと…」

 

「そりゃ君との生活は楽しかったけれど、残念ながら目的は違うよ。僕が黒数君に会いたかったのは、君が扱うジェットストライカーに関して用があるからだよ」

 

「ああ、やっぱり…」

 

「そのやっぱりってのは、どうやら知ってるみたいだね?」

 

「ええ、知ってますよ。俺が扱う『ジェットストライカーユニット』は宮藤さんが計画した戦闘脚ですよね?」

 

「その通りだよ。それは僕が渡欧する前に計画した新兵器だ。しかし開発したところで扱えるウィッチはいない。あとコストパフォーマンスが悪すぎて量産に向かないと考えた結果、計画は凍結した」

 

「開発の筋書きを終えてる時点で相当だと思うけどなぁ…」

 

「作ったところで使ってくれる人がいないってのは作り物として致命的だけどね」

 

 

 

まあ、その通りだな。

 

当時はまだ戦技研究が初期段階でストライカーユニットの取り扱いが確立されてなかった頃であり、そんな時代にジェットストライカーなんて高性能を渡されてもそれを乗りこなせるパイロットは誰一人いなかった。

 

あと致命的欠陥と言えば燃費の悪さ。

 

それと魔力行使の扱い辛さ。

 

簡単に言えば狭い上に曲がりまくったパイプに水を通すのと、真っ直ぐ綺麗なパイプに水を通すのと、どっちが負担の少ないか話である。扱うなら後者の方が圧倒的にいい。

 

そのため完成とは程遠い。

 

 

 

「しかしいつしか耳に入った。願那夢を名乗る扶桑のウィッチがプロペラを回さずスラスターを使って空を飛ぶ話を。それを聞いた僕はもしや?と思って扶桑の新聞に載せられた写真や記事を見た。それで確信したんだ。コレは間違いなく凍結していた計画の一部を利用した戦闘脚なんだと」

 

「正解です。ちなみにこれは舞鶴にいる八羽中尉が開発してくれました」

 

「ハッパさんだね、知ってるよ。彼は僕の同期だ」

 

「あー、やっぱりか…」

 

 

 

まあ薄々予感はしてた。

 

だってあの人も大概だからなぁ。

 

やはりヤベーヤツは惹かれ合うんやなって。

 

 

 

「それでだ、黒数君。もう分かってると思うが僕に君の扱うジェットストライカーを近くで見させてほしいんだ」

 

「それが目的の二つ目ですね?」

 

「その通りだよ」

 

「わかりました。あ、それと…」

 

「?」

 

「俺はコイツをジェットストライカーと呼ばずにストライクユニットと呼んでいます。俺の専用機ですから」

 

 

 

そう言って俺はストライクユニットを履いて空を飛び、ユニット性能を宮藤さんに見せた。

 

そして…

 

 

 

「すごいのはわかる。時代を先取りしたとんでもない機能性なのも見ただけでわかる。だからこそ()()()()()()()ね」

 

「ですよねー」

 

 

 

そりゃだってこのユニットって5、6年は先取りした性能だからな。

 

話の通り、時代を置いていってる。

 

いくら宮藤さんのような開発者でも時代が追いついていないのなら開発したところでその活かしどころが無い。

 

てか、そもそも…

 

 

 

「俺の持ち合わせてる魔法力の関係でまた話変わるんですよね。この世のウィッチでは扱いきれないと思います… と、いうより俺だからコレは奇跡的に飛んでいる状態なんですよね…」

 

「魔道原理だけを追求するならまだこのユニットに近づけることは可能だが、それに向けてのコンパクト化を目指さないとシステム内部のキャパシティが追いつかず最悪として空中分解が始まるね」

 

 

 

ゴーストファイターまっしぐらな話に口から木製エンジンが吹き荒れそう。

 

そんなユニット誰が乗るかよ…

 

あとさりげなくコンパクト化まで考えてるあたり世界はまだ一年戦争(ファースト)なのに宮藤さんだけF91くらいの時空まで思考が進んでいるんだよね。

 

しかも遠回しに開発可能と言ってるあたりこの人やっぱりとんでもないわ。

 

 

 

「ま、それでも、凍結していたジェットストライカーが飛べるところが見れて僕は大変満足かな。だからありがとう黒数くん」

 

「礼を言うのはこっちですよ宮藤さん。俺はコレがあるから第十二航空隊の副隊長として空を飛べている。あなたが計画してくれたお陰で願那夢はこうして顕在だ。だから絶対に無駄なんかじゃない」

 

「!!…… ははは、そうか。それなら無邪気ながらもロマンを求めて僕は良かったよ。なにせ当時は無茶な開発だと呆れられて頓挫したユニットだったからね」

 

「設計図あるだけでも俺はこえーよ」

 

「理論は幾らでも生み出せた。しかしやはりコンパクト化が難点だ。そこまで技術が追いついてないからね。でも君の場合ユニット内部で余計に魔法変換させずそのまま放出して飛ぶ荒技だから実現可能にした。恐れ入ったよ」

 

 

 

ユニットにガソリン(魔法力)が合わない?

 

ならガソリン(ゲロビ)で空を飛ぶんだよ!!

 

こう言うこと。

 

うん、言葉にすると意味がわからねぇわ。

 

 

 

「ともかく君がコレで空を飛んでくれたのなら僕は満足だよ。課題はとてつもなく多いが、ジェットストライカーがちゃんと飛べることはこの眼で見た。それならあとは実行するだけ。そうして時代に追いつけばいい。簡単な話だ」

 

「その前にネウロイが居なくなれば良いんですけどね」

 

「それはもちろんだよ。でもこの厄災はそう簡単に世界を諦めない。僕はそんな気がする。だからそのための翼をまた考えるさ」

 

「カッコよ…」

 

 

 

だからこの人はウィッチの父なんだろう。

 

魔女のために空飛ぶ箒を与える魔法使い。

 

もしかしたらウィザードってのは、このような人ことなんじゃないかと俺は思った。

 

 

 

 

 

 

それから宮藤さんは2日ほど滞在した。

 

そして早くも明日には次の基地に向かうらしい。

 

やはり無理言ってスケジュールを詰め込んだ結果のようだが、楽しそうにこの忙しさを味わっていた。

 

その最終日として別れの前にブリタニアから持ってきてくれたワインを空けて嗜んでいた。

 

 

 

「乾杯」

 

「いただきます、乾杯」

 

 

 

特に飾らず、少しとっ散らかった格納庫の入り口横で木箱をテーブル代わりにワインの香りを漂わせる。

 

スッと一口飲んで舌で回した。

 

美味しいな。

 

 

 

「楽しかったよ、黒数くん」

 

「俺も楽しかったですよ宮藤さん。色々と意見交換できてまた幅が広まりそうだ」

 

「素人目線で良ければ幾らでも話すよ」

 

「開発者どころかストライカーユニットの生みの親が直々に言葉をくれるんです。気取ったコメンテーターの記事の何百倍もマシですよ」

 

「それだけ世界は焦っているからね。一人でも多くの兵を集めようとプロパガンダも濃くなっている。ブリタニアでは英国に所在するウィッチの半分以上の徴兵が済んでるらしいよ。戦力化の増強をかなり急いでる。ウィッチの保有が少ないヒスパニアも同じようにね」

 

「扶桑皇国も同じでした。お陰で人手不足が加速している現状、なりふり構えてないのか人格者とは程遠い魔女教官も現れる始末。俺の世界の時代なら真っ先に補導されてるぞ」

 

「戦争で荒んでしまうんだ。人もどこかおかしくなる」

 

「……」

 

 

荒んだ心に武器は危険…か。

 

ウッソ・エヴィンも言ってたセリフだ。

 

あ、でも佐世保のあの教官代理は普通にクソだったと思うけど…

 

それとも俺だけ時代錯誤してたんかね?

 

まあウィッチに対する理解力がない指導だったから同じ指導者として見逃せなかったのは確かだが…… いやそれにしてもアレはやはり酷かったわ。

 

あと佐世保の皿うどん娘(黒田那佳)は元気かな?

 

根が強い娘だったからそこまで心配なさそうだけど。あとジェンコ・ジュンコ。ハッパさんに続いて原作から似た人がいるもんだ。やはりこの世界どこか違うらしい。

 

まあそもそもGUNDAM VERSUSとして引き込まれた時点で異色なのは確かだな。

 

そのためガンダムに影響して何か変化してるところもあるのだろう。俺がバーサスの武装が使えるようにこの世界もニュータイプに感化されたごとく何処か変わっているらしい。

 

 

 

「黒数くんは……いまこの場にいるが、その後はどうするんだい?」

 

「え?」

 

「君は元の世界に帰るよう模索していた。そして動きやすさを求めて君が住んでいた国と酷似している扶桑皇国に向かった。しかし思った以上に軍へ入れ込んでいた。お節介なのは充分承知だが、少しだけ心配になったんだ…」

 

「……」

 

「君は言った。英雄にならない。だからこの世界に意味を齎さないと思っていた。でも今は手違いあれど願那夢(ガンダム)としてこの世界のために戦って人類のためにその有志を見せつけている。その先で黒数強夏といわれる人物はどうなるのかと、僕は考えていたんだ」

 

「その…俺は……なんと、言うか…」

 

「あ……す、すまない。 かなり踏み込み過ぎたことを言った。気にしないでくれ。ワインのおかわりいるかい?注ごう」

 

「……はい。頂きます」

 

 

 

空っぽのグラスに注がれる。

 

それを一口いただいて、ぼーっと空を見る。

 

視線の先では、ネウロイが多く潜んでいる。

 

平和だった自然は瘴気に侵されている。

 

世界を絶望に染めようとする如く。

 

 

 

「ただ、俺は…」

 

「?」

 

「あまり考えないようにしてます」

 

「…」

 

 

 

おそらく…

帰ることが正解だ。

 

しかし…

残ることも、おそらく正解だ。

 

ならあちらの世界に未練がないのか?

そう尋ねられたらそれは少し解答に困る。

 

失った者は大きい。

家族だ。

 

でも得た物も大きい。

意味だ。

 

俺が大人になるまで支えてくれた人も少なからずいる。

だから、どっちもだ。

 

 

そしてこちらの世界も似たようなことが起きている。

 

 

なにせ、これから失わせるモノ達は大きい。

それはネウロイ。

 

けど、失わせないための賜物はとても大きい。

それはガンダム。

 

これを知り、これを持ち、これを得て、俺はこうして空を飛んでいる。

 

世界の流れがそうするように、黒数強夏を必然としてウィッチのように飛ばせた。

 

ならコレを俺が放棄するまで、否定して背けるまでどこまで続くんだ。

 

 

 

「でも…わかることは…ある」

 

「…聞いていいかな?」

 

 

 

ワインをまた一口。

 

乾きそうになる舌を転がせるように燃料を。

 

そして宮藤さんを見ながら、応える。

 

 

 

「あの魔法陣は、厄災に立ち向かった叡智達が人類をまた救えるように残した。厄災と戦えるウィッチの武装を。でも俺は少しだけ違うと思う」

 

「?」

 

「アレはウィッチだからじゃない。空を飛べる者に…もしくは飛びたい者に託したいから、夢と希望を残された」

 

「飛びたい者…?」

 

「俺は… 幼い頃に家族無くしてます。良くありげな事故でした。でも俺からしたら厄災と変わりないです。恨んでいました。なんで俺の家族なんだと。そして沢山悲しみました。どうして奪ったと」

 

「…」

 

「前日まで家族旅行が待ってました。空の楽しいフライトが間もなくありました。しかしそれは叶わない時間になって俺の中で止まりました。でも空に死んだ命があると知って、もしそこに近づけるなら親の命は戻らずとも時間は進めれる、そう思っていました。実はこの世界に来る前に旅行の計画立てていたんですよ。空の旅を… 家族の続きを俺は行うために」

 

「立派な…親孝行だね…」

 

「俺も思います。だからそれだけ空の続きを求めていました。願ってました。そして今は…違う形で果たされた。叡智達が刻んだ魔法陣からこの世界に招かれて」

 

「…」

 

「これはあくまで考察だ。もしかしたらそうじゃないかと思うだけ。でも考えれる理由を述べるなら、黒数強夏は空を求めた。それはウィッチもしくはウィザードとして。そして…」

 

 

 

宇宙を再び見る。

 

 

 

「ガンダムが希望であった。俺が前向きに生きる理由(きぼう)となったから。だからこの世界がそんな希望があるならと厄災に縛り付けられない空と宇宙の果てしない世界(ストライクウィッチーズ)を望んだ結果として空を求めた俺が招かれた」

 

「…」

 

「噛み合ったんだよ、黒数強夏は。この世界で飛ばせるにふさわしい主人公があるんだよ。それがこの世の()()なんだ。厄災から救われたいこの世界の願いだから」

 

「……そっか」

 

 

 

ロマンチストなところがある宮藤さんだから俺の突拍子も無い話でもふわりと笑って肯定しながらワインを飲む。

 

例え信憑性がなかろうともワインのつまみとしては少しくらい役割を果たしただろう。

 

 

 

「だから今はあまり深く考えずにこうしているよ。でもこれで良いと思う。だって…」

 

「空を飛ぶときは…考えないからだね?」

 

「その通りだ。さすが魔法使い(あなた)だ」

 

「空は窮屈じゃない。自由であるべきだよ」

 

 

 

俺のグラスと宮藤さんのグラスをチンっと合わせて味を深める。

 

 

ああ、そうさ、その通りだ。

 

やってることは放任的で、危機感の薄れた有様だけど、でもココが空を飛ぶ世界(ストライクウィッチーズ)ならもっと無責任に翼を広げて飛んでいるべきだ。

 

 

なら俺はそうしていた。

 

俺はそうでありたい。

 

だから今は深く考えない。

 

 

もし考える時が来たら、その時は翼を折り曲げて飛ぶのをやめたときだ。

 

ならその時に考えれば良い。

 

翼を閉じる…

もしくは箒を置くべきか。

 

またはそれを使って空を飛ぶべきか。

 

その時に選べば良い。

 

それに…こうすることが別の意味でも正しい。

 

何故ならコレは続きだ。

 

画面越しのトライアルモードの続きだ。

 

何故そう思うのか?簡単な話だ。

 

だって俺が魔法陣から引き出したものはジム・カスタムの武装だから。

 

機体選択画面でジム・カスタムを選んでスタートを押したから。

 

その続きがコントローラーの代わりとして手元に収まっている。

 

 

これが……

 

選んだ君の【役割】だってことを。

 

 

 

 

「でだ、宮藤さん」

 

「?」

 

「帰るつながりの話ですが、宮藤さんこそ扶桑には帰らないんですか?」

 

「ああ……扶桑…か」

 

「ええ。是非実家に戻って愛娘にお説教でも受けてください」

 

「お説教…?」

 

「生活力の危ういお父さんを『めっ!』としたいらしくお家で待っています」

 

「君言ったのかい!?」

 

「はい」

 

「そこはもっと悪びれてくれないかな!?」

 

 

 

生活力皆無メガネがずれ落ちる。

 

ワインの味付けを変えて嗜みは続く。

 

 

 

 

 

 

 

つづく






この二人だけにしか知りえない特別な関係は好きですね。
互いに同じ空(宇宙)を見ている者同士として。


ではまた


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24話

 

 

あー、どうも、どうも。

夜道の中からこんばんはでございます。

 

わたくし犬房由乃(いぬふさ ゆの)と言います。

 

扶桑皇国陸軍第十四戦隊に所属する陸型ウィッチで階級は伍長っす。

 

去年の春に入隊したばかりのヒヨッコ新兵ですがこれでも幾つか自慢できることがあるんですよなぁ〜、これが。

 

そう、自慢できる事!

それはズバリ!

 

あの『願那夢』さんに出会えた事っす!

 

しかもこれが更にですね!

 

この私の名前を尋ねられた上に「犬房伍長」と呼んで頂き大変光栄の極まりでした!あと足の止まった軍を率いて即座に撤退するよう空から指示も投げられましてねぇ、あの願那夢さんから。

 

もちろん願那夢さんじゃなくても、言い方を変えれば第十二航空隊の副隊長かつ、あの軍神北郷章香少佐を補佐しながらもネウロイを100以上撃墜して多くを救ったウルトラスーパーエースウィッチの名指しとご指示!

 

うえっへへへ〜

よだれと自慢が止まらないですねぇ。

 

あ、でも最初は何故私に!?と内心ややガクブルでしたが、離脱後に先輩方へそのことを尋ねると、どうやら統率が崩れそうになる部隊を一時的に固めるため適当な兵を名指して半ば強引に先頭を率いらせる目的だったらしいです。

 

かなりの力技ですけど扶桑皇国軍だから可能な方法みたいですね。まあ尻餅付いた部隊長の復帰を待ってるといつ進めるかわからないものですからアレで正解なんですねぇ。

 

てか願那夢だから成せる技なんでしょう。

 

発言力の強さがよくわかる瞬間です。

 

何より私を選んでくれた事は何も誉れでありましょうか。

 

いや〜、ありがたや〜、ありがたや〜

 

ご利益ありますなぁ。

 

 

 

まぁ…

 

今現在は少しだけ危ういですが…

 

 

 

「いやー、夜間哨戒なんて立候補するもんじゃないですねぇ。でも人手不足と言うか…」

 

 

 

さて、4月15日。

 

扶桑では入学式を終えた子供たちが学校に慣れ始める頃でしょうかね。

 

それと春がやってきて動きやすくなるの人類だけではなくネウロイも同じ。

 

活発的に動き出したネウロイは多くの新型機を連れて空から現れました。

 

ソレが今日の昼の話。

 

狙われたの大きな基地でした。

 

機動力を活かした電撃的な勢いで人類の防衛ラインを抜けたネウロイは基地上空の制空権を確保すると混乱に乗じて投下爆撃を行い、基地の機能を麻痺させた瞬間に地上型のネウロイが空から強襲上陸して基地や内部から建物や基地のインフラを破壊し尽くした。

 

大損害の一言です。

 

あまりにも人間味あるネウロイの戦法にそれはそれは恐怖しました。

 

しかし襲ってきたネウロイの数はそこまで多くなかったんですよ。

 

数ならこちらの方が上でした。

 

しかしネウロイのあの機動力にベテランウィッチや、勇気ある扶桑男児で編成されたエースパイロット達でも、ネウロイの尻尾に振れることも叶わず、空は黒色の装甲が埋めてました。

 

その後は他の基地から援軍がやってきて地上のネウロイは討伐しましたが、空のネウロイは逃してしまい、インフラ爆撃によって燃えて倒壊する基地を眺めながら軍人達は「あのアホウドリ共がぁぁア!」と空に嘆いてらしいです。

 

そんなわたしは戦線の支援のため小隊を組んでその日に遠征してました。

 

しかし電令によって急遽基地にとんぼ返り。

 

急いで戻り基地に到着したのは夕方。

 

そこは燃え上がりながら倒壊していました。

 

いつも迎えてくれる格納庫すらもボロボロ。

 

惨状を物語っていました。

 

遠征部隊だけは無事でしたがその他は大打撃を受けてまともに稼働もままならず、部隊の再編成が求められる中で打撃を受けたまま夜間の哨戒任務を放棄することは大変危険だと話が出たんです。

 

しかしナイトウィッチはネウロイの爆撃によって大怪我を負ってしまい、更に他のウィッチもまともに動けぬ状態。

 

遠征部隊のみ無事です。

 

しかし夜間の哨戒任務は誰も経験無し。

 

ただ唯一わたしだけはサバイバル能力がどのウィッチよりも高く、あと地図を見る能力もたかかったんです。

 

なので不慣れな夜間哨戒に立候補して…

 

 

それで…

 

いま、わたしは森の中です。

 

 

 

「ダメですねぇ……真っ暗です」

 

 

ランプは持ち合わせてますがあまり発光させるとネウロイに見つかります。

 

月の光を頼りに進みますが、ナイトウィッチの適正の低さ故に夜目は全く効かず、士官学校の夜行訓練成果がほんの数パーセント私を暗闇で生かしてくれてるようだ。

 

と、言うより、この道で本当に合っているんでしょうかねぇ?

 

地図は読めても暗くて進んでる方向がわからなければ意味がない。月の位置と照らし合わせながら比較的正しく…

 

 

 

「!?」

 

 

 

真上に光が通りました。

 

ままま、まさか!?

ネウロイなのか!?

 

ッ〜!

 

 

 

「飽き足らずに人間を屠るかッ!」

 

 

 

ぐぐぐっ…

 

思わず口調も荒くなる。

 

それはそうっスよ。

 

だってあのネウロイが奪った。

 

基地も。

 

仲間も。

 

わたしだけ無事です。

 

こんなにも悔しい事はありません。

 

戦えませんでした。

 

抗えませんでした。

 

あの場所で皆と同じ痛みすら共にできず…

 

 

 

「っ!見つけて報告を………っ!?」

 

 

 

つ、繋がらない??

 

もしやインカムが壊れてる?

 

それとも通信すらまともにできない?

 

そこまで破壊されてましたか…

 

 

「は、ははは、もしや、前に願那夢さんと出会ったことで運を使い果たして、運尽きた私にネウロイが厄日をもたらしたんスかね?はは、ははは…ぜんぜん…笑えないっスよ…」

 

 

 

でも、私がなんとかしないとならない。

 

誰にも頼れず、もし頼れたところでウィッチを派遣できるか怪しいです。

 

ネウロイの位置だけでも報告できたら対策はできますが、インカムが壊れてる以上何もできないですね。

 

ならいまは暗闇で進むことしかできない役立たずな私がこれ以上の被害を止めて、少しでも抑えるんです。

 

運が良ければ騒ぎを聞き付けて軍が動いてくれるはず。

 

そうなったら他の基地から支援に来たウィッチにでも任せますかね。

 

 

 

 

「ネウロイめ、この扶桑魂を舐めたら痛い目に__」

 

 

 

 

 

 

キィィィ??

 

 

 

 

 

木を隠すなら森の中って言葉があります。

 

それはネウロイも同じ。

 

厄災を隠すなら暗闇の中だった。

 

そして、わたしはそれを見た。

 

見られました。

 

 

 

「キィィィィィィ!!!」

 

 

「ッ!!??」

 

 

 

大木のように擬態してたネウロイ。

 

しかも一本だけじゃない。

 

私を中心に周りに何本も立っている。

 

そいつらは赤く目を光らせた。

 

 

 

「しまっ!!」

 

 

 

多方面からビームが襲いかかる。

 

咄嗟に防御姿勢を取ります。

 

だが…

 

 

 

 

「あ、がぁぁぁああアア!!!」

 

 

 

正面はシールドで防いだ。

 

後方のビームは視認する事で射線上から体を逸らして急所はなんとか守った。

 

次に側面は機関銃を投げて1発分だけでも直撃する攻撃を減らした。

 

だが機関銃で弾けたビームの片鱗が脇や腕に直撃して焼けてしまい…

 

 

「!!??」

 

 

泣きっ面に蜂。

 

上から襲ってきたビームは地面に突き刺さり爆発を起こし、わたしは吹き飛ばされる。

 

それでも脇と腕を押さえて夜道の中を走る。

 

 

 

「げほっ、うぐぅ…!!」

 

 

見えない道を進み、枝や棘に刺さりながらも生存本能が逃げろと訴える。

 

そして森を抜けようとして草原に転げ落ちた。

 

 

 

「はぁ、はぁ…はぁ…!!」

 

 

 

信号弾を放つために腰から取り出す。

 

痛みに震える手でそれを地面に置いて発着剤を引っ張ろうとするが…

 

 

「ぅ、ぅぅ、ぐぅぅぅ!」

 

 

痛みと額からの流血が邪魔をする。

 

恐怖心を殺そうと肉体の震えが邪魔する。

 

定まらない呼吸が乱れて心臓すらも邪魔する。

 

 

そして…

 

そして…

 

ネウロイが何もかもを邪魔する。

 

 

 

「!?」

 

 

 

咄嗟にシールドを展開する。

 

連続して放たれるビームに押し切られてわたしはシールドごと再び吹き飛ばされた。

 

暗くてうまく受身が取れず、腕から落ちる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

ああ…っ!!

 

まさか!!?

 

か、片腕が、折れたぁ??

 

あうぅぅ…!

 

それより信号弾はどこですか…??

 

 

 

「キィィィィィィ!!」

 

 

「!!」

 

 

ストライカーユニットのエンジンを回転させながらわたしは立ち上がりいつでも回避行動が取れるように温める。

 

すると森の中からは大木のように真っ直ぐと長いネウロイ達は地面を引きずりながら姿を現す。

 

その数6本だ。

 

たしかに多いけど、今ところただの的だ。

 

機動力も低い。

 

機関銃はこの場にないけど、もし残ってたら片手だけでも倒せた筈だ。

 

そうなっても出血の量だけは心配だが。

 

 

 

「っ」

 

 

 

私は信号弾の装置を探す。

 

知らせないとこのネウロイを…!

 

 

 

___キ、キ、キ、キ、キ

 

空から何かが来る。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

真っ黒な円盤型の装甲だ。

 

空からやってきた。

 

アレもネウロイか?

 

すると6本の大木は位置を変えて円盤型の装甲を受け止めようと並ぶ。

 

次にガチャンと音を立てて大木と円盤が合体すると大木のような装甲が足に変化して関節を作り上げた。

 

まるで蜘蛛のようだ。

 

上の円盤もドーム型に膨らみ、装甲からは突起物などが現れて、六足で歩く戦車のように形作っり、目を赤く光らせる。

 

 

そして____ネウロイは私を見下ろした。

 

 

 

「はは、笑える……っス、ね…」

 

 

 

サイズ的に中型ネウロイだ。

 

しかも擬態能力を秘めた陸型の新型タイプ。

 

換装も可能だ。

 

それはつまり…

 

それだけ能力が高いってことだ。

 

 

 

「…………ずるいっス…」

 

 

「キィィィィィィ」

 

 

「ずるいっスよ…そんな…なの…ぉぉ!!」

 

 

「キィィィ!!!!」

 

 

 

 

__心が、折れそうだ。

 

 

 

でも…

 

それ、でも…

 

 

 

「それでも…!!」

 

 

 

ネウロイに使えないサイズの拳銃。

 

自衛用として持ち合わせてるモノだ。

 

ネウロイに対してはお守り代わりだが、気持ちは少しだけ楽になる程度の拳銃。

 

わたしはそれをネウロイに向ける。

 

 

 

「ただでは、死なないっすッッ!!」

 

 

 

当てても効くはずがない。

 

でも…ただでは殺されない。

 

抵抗して、抵抗して、人類は負けない。

 

信号弾は見せれなかったけど…

 

でも、その意地くらいなら見せれる。

 

ここまで役に立てなかった私なんかでも!

 

扶桑のウィッチは厄災に恐れないことを…!!

 

 

 

 

「絶対に……負けてやらないから!!」

 

 

 

 

引き金に指をかけて銃口はネウロイに。

 

その声と共に弾丸は放たれた。

 

小さな弾が回転しながら厄災に突き進む。

 

だが…

 

嘲笑うかのような赤い目がそこにある。

 

そんなのが…

そんなのが…

抵抗になるものか。

 

厄災を払えるほどに威力もない。

 

繰り返すんだ。

 

何度も重ねてきた兵士の無念と同じで…

 

何もできなかった人間の悔しさを拭たくて…

 

そうして…

 

私もその一人になってしまうんだと…

 

 

 

 

 

「キィィィィィィイイイイ!!!!」

 

 

 

 

火薬と意地が込められただけの。

 

小さな弾丸は……

 

 

 

 

 

 

 

バコォォォォオオン!!!

 

 

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

大音を響かせ、ネウロイの装甲を貫いた。

 

 

 

 

「キ、キ、キ、??キ???」

 

 

 

 

壊れた電子機器のようにネウロイは苦しむ。

 

すると…

後ろから遅れて風が頬を撫でる。

 

それは砲弾が放たれた時と同じ風圧だ。

 

 

「ぇ?」

 

 

 

でも、それ以上に感じられたのは…

 

人類が託すべき『願い (また) 夢』の軌跡。

 

 

 

わたしは後ろを見る。

 

そこには…

 

 

 

 

「よく頑張ったな、ウィッチ」

 

 

 

 

その場所に願那夢(ガンダム)が飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人手不足はどこも同じ。

 

同時刻として黒数強夏も同じようにナイトウィッチの代わりとして夜間哨戒を承るとランプを片手に夜空に灯しながら空を飛ぶ。

 

ポケットにあるビスケットを齧りながら窮屈にならない姿勢を保って黒数強夏は思考していた。

 

段々とネウロイが倒し辛くなってきた。

 

ナニカが奴らを特段生かしている。

 

そう感じていた。

 

火力を重視したハイパー・バズーカをもっても一撃で倒せなくなってきたから。

 

しかし黒数強夏の中でそれは火力不足とはあまり思っていなかった。

 

死を拒否するような生命力の高さがバーサスの武装攻撃を上回っている。

 

そう感じていた。

 

だがそれが何なのかまだ理解できない。

 

とりあえず研究の練り直しが必要かとため息を吐きそうになって…

 

不穏な空気が頬を撫でる。

 

 

 

「!?」

 

 

 

黒数強夏は後方を見る。

 

何か嫌な魔力反応が背筋をなぞる。

 

頬を撫でる空気も変わっている。

 

黒数強夏は来た道を戻ろうとして…

 

赤い光を見た。

 

 

 

「!!?」

 

 

 

風を突き抜けるような初速で飛翔。

 

向かった先の草原にウィッチとネウロイの姿を視認した。

 

黒数強夏は攻撃のため武装を召喚する。

 

そして…声が聞こえた。

 

 

 

「ただでは…死なないっス!」

 

 

 

効くはずもない拳銃を握りしめている。

 

しかし人類の諦めない意地がその小さな銃口から放たれる。

 

 

だから黒数強夏も引き金を引いた。

 

ガンダムバルバトスが使用する『滑腔砲』の弾丸を持って、その厄災を叩きつけてやれ!と未来に諦めなかった宇宙ネズミ達の足掻きを連想しながらネウロイの装甲は弾け飛ぶ。

 

ネウロイに追い込まれていた扶桑ウィッチの犬房由乃は空を見て、目を見開く。

 

 

 

「く、黒数…准尉……?」

 

 

「一度離脱するぞ」

 

 

 

黒数強夏は犬房由乃に近づくと腰と(もも)裏に手を滑り込ませて体を持ち上げるとその場から一気に上昇する。

 

一本の脚を破壊された蜘蛛型ネウロイの視界から一気に遠ざかるよう後退して、犬房由乃を岩陰に隠して、ゆっくりと座らせた。

 

 

 

「ここなら大丈夫だ」

 

「ぁ、ぁっ、あのっ…」

 

「君の意地は見たぞ、犬房伍長」

 

「っ!な、名前を覚えていて…あぐっ!」

 

「叫ぶな。怪我がひどい」

 

 

黒数強夏は携帯している包帯を取り出して犬房由乃に渡す。

 

 

「自分で止血はできるか?」

 

「あ、は、はい、できるっス…」

 

「そうか。ならもう一つだけ良いかな?」

 

「も、もう一つ…?」

 

 

黒数強夏はわざわざ大きな岩陰を選んだ。

 

それは姿を隠すため。

 

そして…

 

 

 

「俺は今からあのネウロイを倒す。だがそのかわり犬房伍長は何があっても絶対に岩陰から顔を出したりしてネウロイや俺を視認しないようにするんだ」

 

「え?」

 

「良いな?」

 

「ぁ……は、はいっス…」

 

「よし、良い子だ。それと俺の機関銃は君に渡す。万が一の自衛として持っておけ」

 

「え、でも…」

 

「任せろ。俺には…」

 

 

 

 

__ガンダムがあるから。

 

 

そう言い残しながら黒数強夏はその場から一気に上昇、月を背後にネウロイとの距離感を狂わせながら真上を取って見下ろす。

 

ネウロイは黒数強夏の存在を認識すると装甲の至る所を赤く光らせた。

 

まるで威嚇するように。

 

 

 

「滑腔砲受けて生きてるのか。あの再生能力の高さ。アホウドリと同じだな」

 

 

 

冷静に分析しながらも内心は呆れていた。

 

何せ滑腔砲でネウロイは朽ちなかったから。

 

しかも再生まで行い、形は元通りだ。

 

それだけの回復力を秘めたアレが今後蹂躙してくる意味を理解するとあまりの理不尽さに怒りが込み上がり、何より300コストの中で高性能なメイン武器を受けても尚生きてる耐久性の高さに黒数強夏は使う武装が限定されてしまう焦りを抱いていた。

 

 

黒数強夏はため息をつく。

そして…

手元から小さな『筒』を召喚した。

 

 

「実弾属性のみで戦えると強がってたけど…それでも時代が進めばこうはなるか…」

 

 

取り出した武装は運動会のリレーで使われるサイズの筒。

 

その筒に魔法力を込めながら横にスッと伸ばすとブンッと熱が震えたような音でその妖しさを増長させ、青白い光が刃となって顕る。

 

 

___ ビームサーベルとして。

 

 

 

「キィィィ!!」

 

 

見たことない兵器に威嚇するような声を出したネウロイに対して黒数強夏はブーストダッシュを行い、ストライクユニットからはエーテル化した魔法力が吹き荒れる。

 

彗星の如く一気にネウロイへ接近すると…

 

 

 

「キィィィ!?」

 

 

 

足を一本、溶断した。

 

 

 

 

「この機動力に反応できるのは北郷か穴吹くらいだ。お前如きが正面から捉えれるかよ」

 

 

「キィィィ!キィィィ!!!」

 

 

 

月明かりの下で妖しくなぞる閃光の刃。

 

それは厄災を切り開く、彗星の色。

 

また一本、また一本と、溶断する。

 

そして倒れる先にガンダムキマリストルーパーの機雷を滑り込ませて、その巨体で押しつぶすたびに爆発し、地面に倒れ込む体を強引に起こさせて、また一本と溶断する。

 

ネウロイはその彗星を捉えようとするが5年以上先を行くストライクユニットの性能に追い付けるわけもなく、次々と足が解体されて行く。

 

 

 

その光景を、扶桑のウィッチは見ていた。

 

 

 

「…すごい、っス……」

 

 

 

自己治療のため伸ばした包帯は誤って転がしてしまい、痛みに耐えながら手を伸ばして回収しようと試みたが支えきれない体で岩陰から体半分だけ飛び出してしまい、走る痛みと共に起き上がってその光景が目に入る。

 

そこには月明かりの下で隠れる場所も与えられるずただ蹂躙されるだけの厄災と、それを斬り裂き続ける彗星の魔女。

 

いや、魔女と言うには優しくない。

 

ウィザードと言うにはどこか足りない。

 

しかし深く考えず。

 

その男を言葉にするなら…

 

 

 

「黒い、悪魔…」

 

 

 

自己治療も忘れて、ウィッチは眺める。

 

先ほどまでそこで怯えていた自分とは違って今は自分と同じ人間がネウロイを屠る側となっている。

 

アレが、エースウィッチ。

 

アレが、願那夢の名前を背負った者。

 

アレが…

 

アレが____ 黒数強夏。

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

その先で、黒数強夏は手を止めてしまう。

 

 

 

「な、なん、だって…?」

 

 

 

斬り裂き続けた先で『ソレ』に出会ったから。

 

 

 

「あ、ああ、そう、か…」

 

 

 

ネウロイの内部にある、赤い光の塊。

 

その時、彼の中で忘却していた知識が湧く。

 

 

 

__ああ、そうだ、そうだった。

__ネウロイにはコレが備わっていた。

__人間と同じ、コア(しんぞう)があった。

 

 

 

黒数強夏は目を見開き、そして自身に怒った。

 

忘れていた大事な要素を。

 

バーサスの強大な力によって容易く蹂躙してきた故に、意識の端に置いてしまったネウロイの本当の弱点の存在を、彼は忘れていた。

 

そして、思い出した。

 

薄ぺらな原作知識にせよ、自分がしっかり記憶として保管していればもっと早く今のネウロイの強さを打開できた筈だ。

 

 

「っ、ッッ!!」

 

 

その不甲斐なさと、その慢心に対して、彼の心情は激動する。

 

八つ当たりの如くビームサーベルは激しい音を立てていた。

 

 

 

「厄災…は……!!」

 

 

「キィ、キ、キィィ…!」

 

 

「暗黒にッッ帰れェェェェ!!!」

 

 

「グギィィィィィ!!!!?」

 

 

 

心の激しさに比例したビームサーベルは分厚く伸びるとネウロイのコアを突き刺し、そのまま空に持ち上げると黒数強夏はもう一つのビームサーベルを取り出して同じように突き刺す。

 

大量の魔法力を込め、ビームサーベルの根本から剣先まで圧縮された魔力エネルギーが到達するとネウロイのコアに反応して、彼の怒りの声と共にネウロイは爆散した。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 







まーた似たような展開だよ、黒数くん。
ネウロイからウィッチを救う王道プレイ。
君ぃ、これで何回目??
知らないところ主人公すると北郷が泣いちゃうよ?


ではまた


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25話



__君は、生き残ることができるか?


《追加》
日間ランキング載ってるせいなのか急にUAアクセス数が増えたな…
こわいなぁ…戸締まりしとこ。
「最後の扉がぁ!」

ではどうぞ


 

 

 

「すぅ…すぅぅ………ぅん……ん、ん?あれ?」

 

「お?目を覚ました?」

 

「あれ?…わたし……寝て…」

 

「おはよう犬房伍長。本当は既にこんにちはの時間だけどね。ともかく前夜の夜間哨戒の方はご苦労様。よく頑張ったわ」

 

「あ、はい。ありがとうございます、加東中尉。それで、わたしは確か夜間哨戒に出て、それから、ええと…」

 

「遠征からとんぼ返り、爆撃された基地の瓦礫の撤去作業、その後は睡眠も取らず夜間哨戒へ直行したりと色々あって疲労が溜まり、その後は抱えられて帰ってきたけど気絶するように眠っていたわ。ともかくその日の出来事は()から色々聞いたよ」

 

「彼…?…………ああ!!!」

 

「思い出したようね。しかしそれにしても夜明けに伍長を抱えて戻ってきた時は驚いたわよ。まさか夜間哨戒中に北郷部隊の黒数准尉と出会っていたなんてね。しかも木々に擬態した新型ネウロイから助けて貰ったらしく… いやほんとあの基地から別れた後も相変わらずのヒーロームーブするのね、あの願那夢は。しかもさりげなく情報提供までする始末。その上かなり重要な情報を貰い受けて上層部は大慌てよ」

 

「情報、提供?」

 

「簡単に言えば人類の反抗戦よ」

 

 

 

 

 

 

 

春先から急激に強化されたネウロイ。

 

数多くの新型の到来。

 

去年とは打って変わり、ネウロイ討伐に漕ぎ着けることが困難極まっていた状況だった。

 

しかしある夜間哨戒にて、ひとりの男性ウィッチがネウロイの内部にあるコアの存在を明らかにした。

 

さらにそこから連鎖するように翌日のネウロイ襲来にて、魔眼を持つ第十二航空隊のウィッチ坂本美緒がネウロイのコアの存在を暴き、北郷部隊はコアを頼りにコレを撃破すると『ネウロイの(コア)』の存在を戦闘報告書として上層部に報告。

 

すると流れる水は止まらない。それはウラルだけではない国外。激戦区であるカールスラントでもネウロイのコアに関する報告が相次ぎ、特に魔眼持ちのエースウィッチとして有名なアドルフィーネ・ガランドもネウロイのコアの存在が発覚したことを上層部に告げる。まだ北の地でも投下爆撃中のとあるウィッチが雪床に目立って赤く輝くコアを視認したことも報告。

 

北郷少佐と同じ情報が世界で相次いだ。

 

 

それはまるで…

 

今の逼迫した戦況を誰もが終わってほしいことを願った、赤星。

 

それが例え忌まわしいネウロイの体内に存在する心臓だとしても、その眩い光明は人類の一気好転の鍵として応えてくれたように映っても無理なかった。

 

絶望の中に光を求める。

 

それはネウロイに対する皮肉でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ……あまりにも情けないぞ、俺……」

 

 

 

ストライクウィッチーズは学生時代に見たアニメであり、既に5年以上が経過している。

 

最初はリアルタイムでパンツだから恥ずかしくない理由で空を飛ぶお話として「ウッソだろお前」と笑いながら見ていた程度であり、そこまで深くストライクウィッチーズの作品に浸透してる訳ではない。ウィッチのモチーフとなった史実の人物を扱っていること、架空の敵ネウロイと戦うシナリオは頭に入れていたが、ガンダムほどのめり込むことなく試聴を終えた。

 

そのためストライクウィッチーズや、ウィッチや、ストライカーユニットや、ネウロイといった単語を覚えてる程度で済み、その出典や設定は多く知らない。宮藤芳佳に関しても実際に出会うまでは忘れてたし、宮藤一郎博士もその時に初めてストライクウィッチーズの主人公の父親であることを理解した。

 

あと最近また思い出してきたのは本編の登場人物である『坂本美緒』がアニメストライクウィッチーズの重要人物であることだった。

 

眼帯も付けてるし既視感は強くあった。

 

そのため初めて出会った時から「ん?」とホモ特有の疑わしい眼差しと疑問を投げ掛けてはいたが、竹井醇子と変わらず年相応に随分とおどおどしたその性格や雰囲気からして、やはりコチラも「あ、そっかぁ…」とホモ特有のクソ身勝手な勘違いで終えていた。

 

 

あ、僕はノンケです(自己申告)

 

 

しかし電撃的な形でウラル戦線に身を投じ、厳しい戦闘を繰り返し、段々と逞しくなってくるその姿はやはり勘違いじゃない気がして、少しずつ頭の何処かで引っかかりを覚えて来たある日のことだった。

 

俺は坂本美緒がアニメストライクウィッチーズの登場人物であることを決定付けた瞬間を見かけた。

 

それは…

 

 

 

「はっはっはっはっはっは!!!!」

 

「ふぁ!?くぅーん……ってか、何事だ!?」

 

「美緒ちゃんまた酔っ払ってる!!?」

 

「あー、先生、もしかして…」

 

「うん、どうやらまたあのサイダーを飲んだみたいだね…」

 

 

 

ネウロイのコア発見と人類の反抗戦が決まったその翌日、第十二航空隊は一つの凌ぎを削ったので労わりとして軽く祝う事にしたのだが、その時に港町浦塩から炭酸飲料であるサイダーが届いた。

 

届いたサイダーには果実を発酵させた成分が入ってるため良い香りがするのだが、それはアルコール成分として微量に入っており、アルコールに弱い坂本美緒はコレを飲んで簡単に酔っぱらうと屋根の上で「はっはっは!!私は最強のウィッチになるぞ!!」と豪語していた。

 

普段見られない坂本の姿に関しては面白いものが見られたと思っていたが、北郷の笑い癖よりも強烈な坂本の姿に「(記憶の奥から)頭にきますよ!」とアニメで見たその光景が重なる。

 

やはり坂本美緒の『坂本』ってそういう事なのか?ありきたりな名前を背負ったウィッチではなく本当にあの坂本で良いのか?とトレードマークの眼帯姿もマッチして、そういえば宮藤芳佳もまだ幼かったことを思い出し、そうなると本編のストライクウィッチーズが始まる前の時系列であることを今一度理解しながら、まだ成長途中の彼女達であることを重ねるとその認識は間違いでない事を知った。

 

本当はもっと冷静にこの世界の時系列や歴史を追いかけて情報を整理すれば違和感止まりだった解答にもっと早く行き着いたと思ったが、北郷が俺を准尉にして第十二航空隊の副隊長にしたりと、赤城にいた頃より忙しく日常が駆け巡っていたのでそれどころじゃなかった。

 

しかし今回のことで坂本美緒のことはハッキリとした。

 

そして…

 

 

 

「ネウロイのコアすら忘れてたとか……どれだけ忘却してたんだよ、俺の頭は……」

 

 

ガンダムバーサスの力は強い。

 

大体は当てれば一撃。

 

その力は宇宙世紀。

 

俺専用のストライクユニットも合わせ、この世に存在する黒数強夏だけが何もかも時代の先を行く。

 

自動シールドが使えない代わりにその殲滅力はどのウィッチよりも高く、ネウロイなんてのは基本的に敵じゃない。俺の腕前次第でネウロイは赤子になるか、手を焼く子供になるか、聞き分けのない少年少女になるかの違いで、常にネウロイを葬る人類最大の兵器と化した。故に願那夢といった大層な三文字が与えられて人類の希望にされている。

 

だからガンダムからしたらネウロイなんてのは原作アニメよろしく攻撃を当てればその装甲は容易く貫かれると「綺麗な蝋燭だね!」と空で弾け散ってしまう。

 

その攻撃性はたしかに小型機でも脅威だが、コアが発覚する前の防御性は低い。

 

だから攻撃を当てれば倒せる。

 

本当にそれだけ。

 

つまり弱点ってやらがネウロイにない。

 

そのため『コア』があることを忘れてた。

 

発覚する前は元々コアは無かったけど。

 

 

まあ、結局俺は何を言い訳として述べたいのかをすれば。

 

ガンダムの俺teee(強ええ!)状態だったことが原因だ。

 

もう一度言う。忘れてたのだ。

 

原作に、ネウロイのコアがあることを。

 

コレを覚えていればどこかでコアが無いネウロイに違和感を覚えてなぜコアが無いのかを考えていたはず。それがまだ先の設定(はなし)であることや、もしくはコアを持たない理由がネウロイ側にあるなど、何かしら思考して、もしそれが原作基準としてネウロイのコア持ちが現れても良いように、周りにはうまく理由付けして対策にしていた筈だ。

 

しかも身近に判断材料はあった。

 

幼少期の宮藤芳佳や、部下の坂本美緒。

 

しかしガンダムの俺teee故の慢心。

 

そして忘却。

 

薄っぺらい原作知識だろうと、ストライクウィッチーズのアニメを見ていたらまず覚えてたはずだろう主人公達の脅威(ネウロイ)の重要な設定(じゃくてん)なのに、それをほとんど一撃で屠ってきた俺は自分はガンダムバーサスによって強いと勘違い起こす始末。

 

__俺なんかやっちゃいました??

 

馬鹿野郎。

あまりにも情けなさすぎる。

あたまヘビーアームズ(ピエロ)かよ。

この猿ぅ!

あ ほ く さ。

ほんま(原作知識)つっかえんわぁ…

やめたらこのガンダム(しこど)??

 

 

あー、だめだ。

 

うわぁぁ、ほ、ホモが脳内を練り歩いてる。

 

クッソきたない語録がワシ((20才))に襲いかかる。

 

気を抜いたらいつもこれだよ。

 

ああもう無茶苦茶だよ。

 

 

 

「く、黒数、どうした?」

 

「アレは彗星かな?いや、違うな。だって彗星はもっと。バァーとしているもんな」

 

「黒数っ!?黒数どうした!?」

 

「オウ、マイケルじゃないか。そんな顔をどうしたんだい?なに?ピーナッツに襲われる夢でも見たって?おいおい俺は何度も言ったじゃ無いか。自分の殻を破るのも大事だがピーナッツの殻を破るのも大事だってな」

 

「君がまずどうした!?」

 

 

 

隣から心配される声が聞こえる。

 

あれ?もしかして、北郷?

 

ああ…

彼女にはあまり心配かけたく無いなぁ…

 

 

 

「大丈夫、北郷、おれ、平気、ネウロイ、マルカジリ」

 

「な、なんか目の色怪しいぞ!?つ、疲れてるなら一眠りしたらどうだ?最近は夜間哨戒の任務に出る毎日だ。生活リズムが歪んでるなら無理せずに一度眠__」

 

「北郷」

 

「ッ!…な、なんだい?」

 

 

 

キミは___ああ…

 

そうだな。

 

キミはなんと言うか__こう。

 

 

 

「いつもバタバタと忙しいのに物資もそこまで豊富じゃ無いのに、でもちゃんと毎日身だしなみ整えてさ、しっかり格好を付けてさ、髪も綺麗に伸ばして、無理ない程度に自分を大事にして、模範となる君は本当に皆の隊長で、部下も周りに自慢したい北郷で、それでいて、いつも君は綺麗で、そして素敵な女性だよな…」

 

 

「ななななッッッ〜〜!!!???」

 

 

 

そう、彼女はそれほどの女性。

 

まず俺は自分と同じくらいの年齢を持ったこれほどの人間を見たことない。

 

自己評価が低い彼女だけど、俺は何度でも北郷章香って人間を褒めるし、その人が隊長であることを誇りに思っているし、誰にも文句は言わせない。

 

今もこうして表情が赤………なんで?

 

??

???

 

アレ?ボクなんかやっちゃいました?

 

てか、なんか変なこと言った?

 

彼女の良いところを言って。

 

それで褒めただけよな?

 

んー…???

 

んーんー…

 

うん。

 

ダメだ、考え過ぎで思考が追いつかん。

 

脳内にホモと申年が多すぎて定まらん。

 

でもなんか「ウッキー!」と祝ってくれる。

どうしたん?

なんか悪いものでも食ったか?

 

それよりも脳内のキャパシティーが足りない。

 

ごめん。

 

やはり言われた通りちょっと寝るわ。

 

夜間哨戒もあるし。

 

ふぁぁ…おやすみ。

 

ガチャ。

 

 

 

 

 

「______ぅぁぁぁ!!!

ほ、ほんと…!!

きみはいつもそういうところだ…!!」

 

 

 

戦いに忙しく、ウィッチである以上は青春時代を望めない少女達であり、一人の兵士としてそれを理解してる故にあまり意識をしないが、それでもウィッチである前に少女達はいずれ未来でそうなりたい女性である。

 

だから不意に襲う、意識する相手からの混じりっ気の無い言葉はネウロイの攻撃以上に、魔法シールドさえも容易く突破する。

 

 

 

つまり。

 

クソボケは良い意味で悪い文化である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、相変わらずの夜間哨戒。

 

ナイトウィッチだけでは夜の空が足りずに夜間適性の低いウィッチでも経験があるなら駆り出されるこの頃、今日も俺は夜空を飛ぶ。

 

まあ夜間適正に関しては俺にもほんの少しあったので臨時といえども抜擢された。

 

それと俺に夜間適正が少しほど存在している理由はおそらく孤児院暮らしと生い立ちが関わっているのだろう。今はこうして明るく生きているが幼少期は一気に転落して閉鎖的な暮らしだった。

 

孤独を知った。失意を知った。でも一人願う。

 

それが心の経験として持ち合わせているからナイトウィッチとしての適正が少なからずあったのだろう。

 

これを嬉しがるべきかは微妙なところだが…

 

 

それよりも唐突な昼夜逆転はきついところある。

 

夜ふかしとかは慣れてるが昼を寝て夜は起きる生活するのはまた話が変わり体の時間の違う。

 

寝てるはずの時間で生活するのだ。

しかも夜闇の中での戦闘。

故に毎秒襲う緊張感。

訓練してないと精神面も追いつかない。

 

あとそれから…

 

 

「竹井が不安がってたな…君はもう魔女候補生の頃とは違って充分強いのに」

 

 

これは竹井だけじゃない。第十二航空隊のウィッチ達は俺の不在に対してほんの少しだけ不安を抱いている。ただ俺が不在でも北郷が現隊長として部隊にいるため戦力的にはそこまで不安を抱く必要はないが、北郷曰く精神的柱としての力が大きいためまだ10代前半の娘達にとって俺は必要らしい。

 

たしかに、彼女達はウィッチの前に少女だ。

それはその通りである。あ、北郷もね?

 

ちなみにルーデルのようなのは希少とする。

てか風呂上りだったのはわかるけど…

素っ裸で歩かれたのはマジ驚いたゾ。

思わず目力先輩した。え?恥じらい?

投下爆撃と共に捨ててしまったらしい。

世界平和の前に取り戻すモノあるだろうよ…

 

 

まあ爆撃狂いはともかくとして、昼夜逆転の俺が基本稼働出来ないことに不安抱く第十二航空隊のウィッチ達。そこまで動揺しなくても良いはず。何せ彼女たちは充分に強い。ウィッチとしてのキャリアは第一戦隊の者達に劣るが訓練の濃さは第十二航空隊の方が上である。みんなよく出来る子だ。

 

副隊長として鼻高です。

 

あ、いま飛んでる高度も高いぞ。

 

月の光を強く浴びないとマジで見えない。

 

 

「俺もガンダムのアンテナみたいに魔道針出せないかな?魔法力でビームシールドを形成できるくらいだから会話は出来なくても魔力感知力を高めるくらいは出来る… 訳もないか。そもそもナイトウィッチが天性の賜物だから作ろうと思っても作れないのが普通だな…」

 

 

 

そもそもこの力は貰い物だ。

 

厄災を払うために戦いへと特化した力。

 

俺の場合は宇宙(そら)に思い馳せているからそれがガンダムとして叶えられて今こうなっている…と思う。

 

まあ元々厄災と戦ってきた英雄達の武具が魔法陣に込められていた訳で、そりゃ与えられし力は強力だけど、それってつまり言い方を変えれば戦い以外で役には立たないって事だ。なのでナイトウィッチの真似事は不可能に近いのだろう。

 

ただ魔力変化が可能ならパーフェクトガンダムのアンテナ立てるとかで似たような事は可能になると思うけど… いや残念。

 

パーフェクトガンダムはガンダムバーサスには登場しないのだ。

 

 

「穴拭にも言った通り、どれだけ強大だろうと結局は戦いにしか役に立たない能力だ。これなら幼い頃から軍の人間として世界に貢献している北郷の方が何倍もマシだ。あの人やっぱり凄いよ」

 

 

ぐるぐると体を捻りながら空を飛ぶ。

 

夜空が見えたり、森が見えたり、見える光景を目まぐるしく変えながら固まっていた体をほぐし、すぅぅと息を吐いて、大きく吸う。

 

飽きたら真っ直ぐ飛び、星座を数え、オーバーヒートを起こす前に陸へ降りてブースト回復を行い、その間にビスケットを齧り、また一気に空へと飛翔する。

 

それの繰り返し。それだけ何もない夜空は暇すぎる。夜は鳥も飛んでないのだから暇つぶしに目で追えるモノは何一つ存在しない。

 

やはりナイトウィッチみたいに空で会話できたら良いのだが俺には声を感受する力もないため月明かりだけを頼りに空を飛ぶ。

 

一人に慣れてないと気が狂うわこんなの。

 

ちなみに今日で5日目だ。

 

急な昼夜逆転は未だ慣れない。

 

なんとか無理やり昼は寝ている。

 

でも夜明けは大体うとうとしてる。

 

早く帰って床に眠りつきたい。

 

でもあまり気持ち滅入っても良くない。

 

何かで紛らわせるか、もしくは考えるか。

 

良いことを…

 

そう、何か良いことを考えて…

 

それを原動力に…

 

 

 

 

__おはよう、いつもありがとう。

__無事な姿を見れて何よりだよ。

__急な役割を与えて申し訳ない…

__??……ふふっ、そうか。

__そうだな、君はそんな人だった。

__もうしばらくの辛抱だ、どうか頼む。

__ともかく…

 

 

 

 

 

おかえりなさい、黒数。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、よし、がんばろ」

 

 

 

いつも朝早く迎えてくれる人がいる。

 

朝の鍛錬も兼ねての出迎えだが、朝日の日差しを吸収した艶やかなポニーテールを靡かせながら労わりの声と慈愛に近しい表情を見せてくれる彼女がそこにいる。

 

それは、どの特効薬よりも効き目が強く、眠気も吹き飛ぶほど元気になれる。

 

ならこの時間はどうってことない。

 

俺にはそれ以上の恵みがある。

 

一年戦争のアムロもそうだった。

 

帰れる場所がある。

これほど嬉しい事はない。

 

たしかにその通りだ。

 

なら俺も、帰れる場所に帰え____

 

 

 

ゴゴッ

 

 

 

 

「ッ!!??」

 

 

 

咄嗟に武器を取り出した。

 

強く握りしめたジム・ライフルを正面に構え、背筋に走った威圧感の正体を見る。

 

しかし何も見当たらない。

 

暗くて見えないせいか?

 

いや、今日は月が大きくよく見える。

 

ならネウロイくらい見つけれるはずだ。

 

森の中か?

 

雲の上か?

 

また木に擬態してるのか?

 

だが先ほどドロッとした感覚はなんだ?

 

普通じゃなかった。

 

俺は…

 

なら俺は何に向けて銃口を向けている??

 

 

 

「ここから先は敵陣か…」

 

 

 

あくまで哨戒任務だ。

 

威力偵察を目的としてない。

 

敵が防衛ラインを超えてないかを確認するために哨戒している。

 

もちろん目の前に敵が現れたのなら戦うが、新手を叩くための侵攻はまず軍が決める。

 

だから勝手な侵攻は許されない。

 

下手に刺激してネウロイの大群が基地に襲ってきたらそのまま蹂躙される未来が見える。

 

だから俺は慎重に距離を保ち、しかしジム・ライフルを構え、威圧感を放った先に銃口を向けて息を呑む。

 

そして…

 

俺は目を見開いた。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

 

森の中から突如、四角い箱らしきモノが飛び出す。

 

手のひらサイズの小さな固形物。

 

黒い装甲で形成されたソレはやはりネウロイ。

 

俺はトリガーを引き、それを破壊する。

 

小さいのに良く当たった。

 

そう安堵して、また同じことが起きる。

 

 

 

「なに!?」

 

 

また森の中から箱状の装甲が。

 

しかしそれは一つだけではなかった。

 

また一つ、もう一つ、次々と森の中から箱状の四角いネウロイの装甲が集まり、目の前でナニカを形成している。

 

ソレはまるでデータが集まるように、四角形の粒子が均等にくっつき合い、定められたシステム通りに、ソレを形作る。

 

 

まさか…

 

いや、まさか!

 

 

 

「これも原作(エクバ)と言うのか…!!?」

 

 

 

 

ウラル戦線の空。

 

ネウロイとネウロイが集まり、小さな固形物はいつのまにか『人型』として大きく形成されると、ソレは既視感ある姿へと変える。

 

俺だけが知っている。

 

俺だけしか知らない。

 

そして、思い知る。

 

いや、思い出す。

 

この世界はストライクウィッチーズだけど、俺にとっては画面越しの続きであり、原作には無い設定や要素が混ざり合った、空と宇宙が共にする世界。

 

だから、目の前に現れた『人型』だって、それはおそらく俺が迷い込んだストライクウィッチーズでは起きて当然なんだ。

 

 

 

「!」

 

 

目の前の『ヤツ』は顔を上げる。

 

そして目を薄く光らせる。

 

原作なら、黄色。

 

しかしネウロイの光によって、赤色。

 

だが、形はまさに知っている……ソレ。

 

ネウロイと原作が合わさり絶望の姿をする。

 

黒い鋼鉄がガチャン、動く。

 

分厚いマニピュレーターが存在感を出す。

 

己を象徴するアンテナが俺を威嚇する。

 

まるでガンダムを殺すべくそこに現れたことを知らせるように。

 

 

 

「これが俺に向けられた画面越しの続きとでも言うのかよ!」

 

 

 

ジム・ライフルを片手にビームサーベルを取り出して戦闘体制に入る。

 

目の前のネウロイ……いや、違う。

 

ネウロイによって形作られた__原作。

 

その名は…

 

そいつの、名前は…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RX-0 UNICORN GUNDAM 02 BANSHEE(ユニコーンガンダム2号機バンシィ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憎悪が込められた機体だった。

 

 

 

つづく

 

 

 







初のモビルスーツ戦にバンシィとかいう鬼畜ゲー
君は300コストで戦えるかな??

あ、モビルスーツ(ネウロイ)は人間より一回り大きいです。


ではまた


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26話

 

 

唐突なナイトウィッチの欠員。

 

新型ネウロイによる強襲によって兵士含めて半分以上の損失が発生。

 

故に夜間哨戒の欠員の穴埋めとして少しでも夜間適正のあるウィッチが選ばれた結果として単独による哨戒任務の経験のある黒数強夏が第十二航空隊から抜擢された。

 

あとほんの少しだけ夜間適正も合ったりと彼は穴埋めとして欲しかった場所に収まり、ナイトウィッチの補充まで一ヶ月の夜間哨戒任務が決定された。哨戒任務の重要性は私も理解してるため急遽求められた穴埋めに断ることも出来ず彼を夜闇の中を任せている。

 

彼本人の単独飛行は大して心配はしていない。

 

むしろ夜間哨戒の中で自然のものに擬態するネウロイタイプを暴き、かつ、同じく夜間哨戒に出た新人ウィッチもネウロイから救う活躍まで見せ、更にネウロイのコアの存在も暴くといった情報まで手に入れる。コレらの活躍のお陰で坂本美緒の魔眼がネウロイのコアを暴いた報告と照らし合わせることで上層部に対して確かな情報として円滑に流すことができた。

 

私としても彼の活躍は鼻が高い。

 

どんなところでも頼りになる男だ。

 

彼は否定するがほんとうに英雄かもな。

 

しかし英雄な彼でもやはり人間だ。

 

生き物である以上、眠気には勝てない。

 

唐突な生活リズムの変化と闘いながら彼はうとうとすることが多くなった。

 

故に……

 

寝ぼけた彼からの不意打ちだった。

 

執務室の椅子で何かを悔やむように情報整理している彼を見て私は心配になり、肩の一つでも揉んで労ろうとした時だ。急に変なことを言いながら目はボーとしていた。

 

ただ寝ぼけているのだろうと思い私は早めの睡眠を取ることを薦めたその時だ。

 

あまりにも不意打ちな黒数のマシンガントーク(褒め言葉)に私はなすすべなく打ち砕かれてしまい、ポニーテールは感情に比例して荒ぶった夕方の執務室。夜になってもまだ彼の言葉が脳内で再生している始末だ。

 

分かってるとも。あれは間違いなく無自覚で寝ぼけながら並べた言葉である。でも本心でもある。だから厄介だった。それを知ってる私だから褒めちぎるような彼の言葉に胸の奥から鼓動が早まり思わず頭を抱えて嘆いた。

 

いくら寝ぼけてるからと言って、急にズルすぎるぞ、君は…

 

舞鶴で打ち明けた時を思い出してしまう…

 

ああ、もうっ……もうっ!!

 

 

 

「困った人だよ…」

 

 

 

夜の23時。

 

ウラルはすっかり真っ暗だ。この時間でも起きている軍の関係者はいるが夜中稼働してるのは通信室くらい。

 

私は寝る前の見回りとして室内を見て周り、憲兵に挨拶しながら徘徊する。

 

 

あと実はこの基地は、第二の基地だ。

 

ネウロイの攻勢によって陸軍第一戦隊と共に半年以上お世話になっていた基地を放棄すると浦塩近くまで後退して、いまは別の基地で第十二航空隊は構えている。

 

そして生活環境もガラリと変わってからの夜間哨戒に赴く黒数だからその労力は大きい。辛いと思うが今しばらくの辛抱だ。ネウロイのコアも見つかり、人類側の反抗戦の準備は整いつつある。それまで頑張ってほしい。

 

 

「北郷少佐、お疲れ様です」

 

「ご苦労、いつもありがとう」

 

 

部屋の光が付いている通信室に入ると私に向かって敬礼する通信技師。私も返す。

 

それから通信技師はまた通信機に向き直って各地の通信情報をまとめる。

 

昼ほど活発では無いが夜間哨戒に赴いた兵の通信をいつでも受け取れるよう構えている。

 

 

「何か報告はあったか?」

 

「いえ、特にありません」

 

 

黒数が夜間哨戒に出てからもう既に5時間が経過している。

 

朝の5時までが任務だからあと残りは…

まだ6時間の夜間飛行か。

 

しかも魔道針も無し、月明かり頼りに目視のみで索敵、休み取らずの長時間飛行、仮にどこかで小休止を取ったとしても魔道針(アラート)を持ってないことで見知らぬ方向から不意打ちを撃たれる可能性もある。

 

これだけで危うい状態。

 

ナイトウィッチの損失が悔やまれる。

 

更に言えば正規訓練を受けてないにも関わらず数回程度の経験で仕方なく抜擢されての夜間飛行… にも関わらずこの10日間で20機以上のネウロイを夜間哨戒で撃墜している。しかもそのうちの3機は中型ネウロイらしくこれには他のナイトウィッチも彼の強さに恐れていた。本当にナイトウィッチの適正無しなのか?と。

 

そんな彼曰く最近は夜も天気が良いから月明かりで夜闇は見えやすく視界にはそこまで困ってないとのこと。眠気だけが難題らしい。余裕な言葉だ。

 

もちろん夜中に彼から報告も入る。小型ネウロイが3体以上もしくは中型以上のネウロイと衝突する場合は必ず報告が入る。しかしそれ以外は彼の判断で報告の有無を決めて、無報告の場合はそのままネウロイを撃墜しているらしい。

 

こうなると昼も夜も関係なしにネウロイを落としてしまう辺りスーパーエースって言葉に収まるかもわからない存在だ。

 

 

彼は異界の人間だ。

 

元の世界に帰る判断をする場合、有名になりすぎると困る。

 

いや、もう願那夢として既に遅いが…

 

だが彼を巡って手の内に収めたがる者は必ず現れてしまうだろう。その血や遺伝子を求めて捕まえる輩も。想像に容易い。

 

そうなると黒数強夏の身が心配になる。

 

私がちゃんと彼を守らないと…

 

 

え?守る…?

なにが??

彼を???

 

ふっ…

 

ふふっ…

 

ははは…

 

 

 

 

「何が……」

 

 

 

 

何が、私が守りますだ…

 

まったく…

 

これじゃ、あべこべじゃないか。

大バカものめ。

 

そもそも守られてるのは私"ら"だろうに…

 

ああ、やはり、そうかもな。

 

縛ってるのは…

 

彼を、その場に縛ってしまっているのは…

 

 

 

 

 

ガガッ

 

 

 

『こちら黒数准尉。これからブイル南ポイントB14エリアにて未確認の新型ネウロイと交戦に入る。そのためこの戦闘区域から離れるよう警告する…… もう一度言う!絶対に来るんじゃねぇぞ!!』

 

 

「!?」

 

「く、黒数!?」

 

 

 

いつもよりも険しく荒い怒声が響き渡り、眠気が混じり合っていた通信室は一気に緊張感へと包まれた。

 

するもスピーカからはドゴーン!と重たい攻撃の音が鳴り響き、そしてブツン!と千切れたような音と共に通信が途絶えた。

 

 

 

「くろ、かず!?…黒数!!?」

 

「じゅ、受信不可です!繋がりません!」

 

 

 

ただのネウロイならこんな怒声は無い。

 

いつもなら「交戦を開始する」と夜の静寂に合わせて落ち着いているはず。

 

だが険しさと焦りの感情を隠さない言葉に私は嫌な予感が背筋を這う。

 

 

 

「っ、黒数…」

 

 

 

しかし私はこの基地から動かない。

 

部隊長として簡単に飛んではならないから。

 

もし仮に飛んで向かったとしても夜間適性が皆無な私は足手まといになる。

 

安易な行動に意味があるとは思えない。

 

だから今はこの場で彼を信じるだけだ。

 

信じる、だけだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳に手を当てながら通信していたところに飛んできたのはビームマグナム。

 

咄嗟にビームシールドで防ごうとしたが、その暴力的な射撃はビームシールドを強引に砕いてしまい、目の前でエネルギーが拡散する。

 

爆発を察知して顔を横にずらしたがそれでも頬を薄く裂き、そこから血が流れる。

 

さらに衝撃でインカムも故障してしまった。

 

 

 

「暗い時間帯なのに視認しようとしたのが間違いだったな…」

 

 

流れた血を腕で拭っているとまた一撃ビームマグナムが飛んでくる。

 

空を捻って回避しながらビームライフルを召喚してその場から降下、いまは夜間哨戒のために濃緑と群青の色を合わせた暗めの格好で夜の森と保護色しているので敵はこちらを見つけづらいはず。熱感知タイプの特殊なネウロイなら話は別だが見たところ純粋なタイプだろう。

 

ただブーストダッシュ時の青白いスラスターが見えるためあまり慢心は出来ない。そのため変速的な軌道で狙いを定めさせずバンシィの下を飛んで距離を詰めようと果敢に挑むが、射撃を察知して軌道を変える度に通り過ぎるビームマグナムは木々を破壊する。

 

なんとも恐ろしい威力だ。

 

俺はアレを防ごうとしたのか。

 

他のウィッチでも防げないな。

 

 

「だが当たらなければどうということは無いって理論は同意してるもんでね!捕まえれるなら捕まえてみろ!紛い物!」

 

 

 

ネウロイの真下に入った瞬間、ストライクユニットのブーストダッシュを全開に一気に上昇しながらビームライフルを連射する。

 

これが羽付のネウロイなら直進して回避するだろうが人型を司ってる以上は急発進も緊急回避も困難になる。

 

しかもノーマルモードのバンシィが高機動で動ける訳もなく、また初動が遅いことも知識として織り込み済みだ。

 

弱点を付いて一気に撃ち落とす!!

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

「ギィィィ!」

 

 

 

腕をブン!と払ってビームライフルを弾く。

 

 

 

「っ、そこは原作基準のつもりか!?」

 

 

 

もしやガンダニュウム合金とでも言うのか?

 

いや、そんなはずない。

 

あり得ない話だ。

 

形はバンシィだがアレはネウロイの装甲で構築された紛い物だ。

 

ビームマグナムのような攻撃は確かに原作を思わせるような威力で恐ろしかったけど、でも結局のところは威力やら見た目を原作に寄せただけのネウロイの強力なビームだ。

 

そして、それは俺も同じ。

 

召喚したビームライフルから撃ち放たれる射撃だって攻撃性のある魔法力に変化させたただのビーム攻撃だ。そのため中身は魔力だからビームからX線なんてのは漏れてもないし、攻撃性を失って散布したあとは魔素として自然に還元される資質だ。

 

ここらへんは随分とご都合主義に救われてる設定だが、魔力ってのがそもそも自然から湧いて出たエネルギーであり、それを感受しやすいウィッチの血筋が魔法使いにしてくれる。

 

あと自然の生き物を司る使い魔が助長させてるらしいが、俺には使い魔は見えないからそこら辺は信憑性にやや欠けるが…

 

まあそこはいい。

 

 

話が逸れた。

 

 

そして俺は何が言いたいのか。

 

簡単に言えば、俺の魔法力は攻撃性が低いためバンシィの装甲に弾かれているってことだ。

 

今のビームライフルでは装甲を貫けない。

 

 

 

「こればかりは300コストとしての限界か…」

 

 

 

かなり自由性の高いガンダムバーサスの力だが俺自身の力がまだ薄っぺらい。

 

例えるなら蛇口を捻れる量が制限されている状態であり、繋がれてるホースを狭めて水圧を強めても吐き出される元の水量が足りなければ威力が足りないのと同じ。

 

じゃあどうするか?

 

簡単な話だ。

 

300コストの基準となるビームライフル(メイン射撃)じゃなくて400や500の域に手が伸びる強力な武装で戦えばいい話だ。

 

そこに原作の性能も上乗せするなら俺が引き出せる武装は二つ。

 

 

 

「その心臓!貰い受ける!」

 

 

 

作品違いだが召喚した武装はデュエルガンダムアサルトが扱う『ゲイボルグ』と名付けられたレールバズーカであり、SEED特有の神話から引っ張り出された大層な武装名だがその響きに恥じぬ火力と性能である。ズッシリと腕にのしかかるレールバズーカでかなり重たいが威力は期待ができる。

 

するとまた一撃ビームマグナムが飛んでくる。

 

体を捻って回避しながら狙える距離で急ブレーキを起こし、発生した遠心力を利用して銃口をバンシィに向けながら秒で狙い定めてトリガーを引いた。ドゴォォン!!と空気を震わせるような弾丸が放たれる。

 

バンシィはその脅威性に気付いたのか体を捻って回避運動を取るがその弾速は見て回避など不可能であり、レールバズーカはバンシィの肩を掠めて拳ひとつ分の装甲をえぐった。

 

しかし…

 

 

 

「ちっ!元がネウロイだからやはり再生してしまうか!てか自動回復バンシィとかフルブ時代の台バンシィ並みにクソゲーだなオイ!」

 

 

 

悪態つきながらも、この時ひとつ検証を終えた。

 

純粋な魔力攻撃(ビームライフル)ではネウロイの装甲を突破できない。

 

しかし直撃するものが実弾なら話は変わる。

 

流石にマシンガン系は弾かれてしまうだろうがゲイボルクのような火力なら例えバンシィの形をしたネウロイだろうと簡単に打ち抜いてくれる。

 

そもそも本質がネウロイだ。

 

戦闘能力は司る形に沿って変化するだろう。

 

でもそれだけだ。

 

何度も言う。

 

見た目はバンシィ。

 

でも、ネウロイには変わりない!

 

 

 

「どうであれ皮肉だな!姿形変えようが結局どちらも生産性の無い存在だ!ネウロイもバンシィガンダムも同じなんだよ!」

 

 

 

そして…!!

 

 

 

「意味を齎さない厄災(ネウロイ)如きがガンダムの真似事してんじゃねぇェェ!!!」

 

 

 

ゲイボルクを手放すと役目を終えたように消え失せ、代わりにガンダムデスサイズヘルが接近戦で扱う『ツインビームサイズ』を召喚しながら夜闇の中に溶け込み、ビーム()を収納してブーストダッシュの青白い光だけがバンシィの周りを疾る。

 

するとバンシィは折り畳んでいたアームド・アーマーBCを展開してこちらを狙う。

 

とても強力な特殊射撃だが自衛のために放つ攻撃では無い。姿を司っても武装の理解性が無いその姿を内心嘲笑いながら回避し、バンシィの腕を回し辛い方向に回り込みながらビームサイズの刃を展開して一気にアームド・アーマーBCを切断する。

 

元々腰にある扶桑の機関銃で切り落とした装甲の傷口を狙い内側にダメージを与えて回復力を阻害し、回避する方向にビームサイズを水平に投擲する。大きく展開したビームサイズの刃から逃げれなかったバンシィは胸元の装甲が切り裂かれてそのままバランスを崩す。

 

すると一瞬だけ胸元に赤い光を見つける。

 

コアだ。

 

俺はトドメをかけるため、更にもう一つ機関銃と一緒に支給された扶桑刀を引き抜いてバンシィに詰め寄り、機関銃でありったけ銃撃を浴びせながら武装刀を光らせて……

 

バンシィの全身が赤く光った。

 

 

 

 

 

 

ニュータイプ・デストロイヤー

NT-D

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッ ッ ッ ! ! ! ?

 

 

 

 

背筋が凍るような感覚。

 

 

何故??なぜそうなる????

ソレは原作無視のつもりか??

それともお前もそうなのか??

エクバだから関係ないのか??

 

 

一瞬だけブーストダッシュを抑えてしまい、その隙にバンシィの腕のマニピュレーターに装備されたアームド・アーマーVNが展開されると、黄色の代わりに光るバンシィの赤い目が俺を睨み捉えるとその大腕が襲いかかる。

 

 

キィーーーーン!!!

 

 

「ッッ!!!」

 

 

 

空中を小刻みに震わせ鋭い金属音が恐怖心を煽るように響き辺り、咄嗟に武装刀を真っ直ぐ伸ばしてバンシィのマニピュレーターに突き刺してこちらに大腕が届かぬよう押さえ込む。

 

 

 

「ぐぅぅぅ!!!」

 

「キィィィ!!!」

 

 

 

互いにガタガタと震わせながら押し込み、押し込まれ、俺は機関銃で傷の深いバンシィの胸元に機関銃のトリガーを引くが…

 

 

 

「(弾切れッ!?)」

 

 

追撃叶わぬ状況を察したバンシィは再生した手首を動かして、腕から筒が飛び出る。

 

腕に収納されたビームサーベルだ。

 

ブンっ!と音を出しながらビームサーベルを真上に振り上げ、赤いセンサーが憎悪を込めてこちらを見下ろし、その腕は振り下ろされようとした。

 

これは、やばい!??

 

 

 

「ビームシールドォォ!!」

 

 

 

ストライクユニットの片足を上げ、機関銃を手放しながらビームシールドを展開する。

 

スラスターから放出するエーテルの威力を最大限に展開したビームシールドと干渉させ、ガンダム試作1号機のバーニア攻撃を再現させながらバンシィにエーテルの火花を浴びせることでバンシィの握りしめるビームサーベルの刃を打ち消す。

更に鋭く弾けるエーテルによって胸元の傷口に突き刺さりマニピュレーターの力が弱まると俺は一気に扶桑刀を押し込んで腕のアームド・アーマーBCを遠ざける。

 

そのままビームシールドの厚みを薄くして攻撃性を高めて鋭く刃のように展開し、それをバンシィの腕関節を狙って斬り上げ、損傷によってバチバチと電気を纏う部分にもう一度ビームシールドを振り下ろして、バンシィの腕を切断した。

 

飛び散るバンシィの腕。

 

マニピュレーターから手放されたビームサーベルを空中で掴み、ビームシールドで使った魔法力をビームサーベルに流し込むと刃が再び展開される。

 

それを逆さに握ってバンシィの胸元へ突き刺すように振り下ろした。

 

 

 

「沈めェェぇぇ!!!」

 

 

 

ビームサーベルの先端が胸元に食い込んだ。

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

パキン

 

 

 

 

 

 

 

「___へ?」

 

 

 

 

 

鉄が割れる音。

 

ビームサーベルではないもう片方の手が急に軽くなる。

 

視線を音の正体に移す。

 

武装刀が___折れていた。

 

 

 

「!!?」

 

「ギィィィ!!!!」

 

 

 

 

アームド・アーマーBCが振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴォッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 報告書 】

 

1938年6月10日の夜間にてブイル南に新型ネウロイが出現。これを夜間任務に駆りでた第十二航空隊副隊長の黒数強夏准尉が交戦に当たる。黒数准尉はネウロイの危険性の判断として増援の拒否を行ったが、後に不可解な魔法力を感知したウィッチの報告により近辺にいたナイトウィッチが遅れて増援に駆け付ける。しかしそこに黒数強夏の存在は無く、代わりに赤い光を放ったヒトの形をした物体が瘴気の奥へと撤退する。黒数准尉による証言と不可解な魔法力から推察するにこれを『人型ネウロイ』と上層部は断定。また人型ネウロイとの交戦によって消失した黒数准尉を10日に渡る捜索を行うが発見ならず、世界の希望となった願那夢は堕ちたと軍は判断し、捜索を打ち切る。

 

 

 

そして、この日、武装皇国軍は軍登録を更新を行い、第十二航空隊北郷章香も同じく、喪失者の除隊除名の変更を行い、これを受理する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1938年6月22日

 

 

黒数強夏は 【 戦死 】として扱われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 








まあ、生きてるんですけどね(ネタバレ)


ではまた


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27話


Q_ゲーム起動して吸い込まれたけどあり得るの?

A_異世界転移モノ(二次小説)ではこのくらい嗜みだから。


ではどうぞ


 

 

 

バァン(大破)!!

 

 

 

 

「いッッたぁぁ!」

 

 

 

ゲーミングチェアから崩れ落ちる。

 

そして目を覚ます。

 

 

 

「え?え?何?え、こわっ…」

 

 

混乱しながらも崩れ落ちた床の上で周りを見渡す。

 

住み慣れた部屋。

 

孤児院から出て一人暮らしを始めたその日からお世話になっているワンルームだ。

 

フローリングや壁の模様、大して多くない私物を見てここは自分の部屋で間違いないと理解する。

 

そして何故だか半年以上空けていた気分。

 

どうしたと言うのだ?

 

寝落ちにしては深い眠りだった気もする。

 

飲み慣れないお酒に酔ってそこまで意識が落ちてしまったのか?

 

もう少しアルコールを体に慣らさないとな。

 

そう考えながら立ち上がり、ゲーミングチェアに座り直して前を見る。

 

テーブルには飲み掛けのアルコール。

 

その横にはマウスパッドとスマートフォン、前にはキーボードとモニター。

 

あと何故か犬の折り紙が置いてある。

 

いつこんなの折った?

 

それと犬の鼻先は焦げたように黒く滲んでる。

 

アルコールに手は出したけど火遊びなんてした記憶はないぞ?なんだこれは…

 

 

しかし、それより…

 

 

 

「どうなってやがる…」

 

 

 

PCモニターに英文でデカデカと刻まれた『コンテニュー』の文字だ。

 

プレイヤーにYESかNOを促している。

 

その決定画面の奥では敗北して地面に朽ちているジム・カスタムの姿が一つ。

 

これはプレイヤーの情けなさ故だろうか。

 

てか…なんで負けてんだ?

俺はいつのまにかプレイしたか?

 

プレイして寝落ちたのな?

 

エクバなんて目を覚ましてないと大変なゲームだと言うのに。

 

 

だめだ。

なにも。

なにも、覚えてない。

 

それにしては頭を打ちつけられたような感覚がある。

 

痛くはないが…

 

もしや夢の中でぶたれたか?

 

親にもぶたれたことないのに。

 

まあ、ぶたれるまえに他界しちまったけど。

 

 

 

「はぁ……でも、なんか、わかんないけど、俺は何か大事なモノを、置いていったような…」

 

 

 

ゲームの勝率か?

 

それとも約束事か?

 

気を紛らわせるようにゲームの電源を落として頭を描く。

 

しかし曖昧な記憶が駆け巡る。

 

このつっかかりに嫌気を感じ、湧き上がる焦燥感にため息が止まらない。

 

何か手探りでこのもどかしさを探そうと考えて机のスマートフォンを手に取り、画面を明るくすると一通のメールが届いていた。

 

 

「あ、そういや、明後日アルバイトか…」

 

 

就活前に挟んでいた派遣のアルバイト。

 

イベントスタッフ系の仕事であり、社会勉強も兼ねて2年近く携わった。

 

そして今回の仕事を終えると契約終了である。

 

それで仕事内容は…

 

 

 

「軍用機の展示会?また一部の層にブッ刺さるイベントだな…」

 

 

 

まあ別に珍しくない。

 

イベント系は大体こんな物だ。

 

そこまで大変な仕事じゃなさそう。

 

むしろ立ちっぱなしで暇疲れしそうだ。

 

そして、その派遣先は…

 

 

 

 

「舞鶴市??え、どこだ?…… うわ、ココって関西じゃないか。わざわざ都内から人員を派遣するほどか??」

 

 

 

随分と贅沢な運用に首傾げながらも…

 

それと同時に…

 

 

 

「でも、この、舞鶴って…」

 

 

 

足を踏み入れた事ない……

筈なのに、とても懐かしく感じる響きだ。

 

そして俺は何故こんなにも騒がしい??

 

疑問を抱きながらも、思い出せない。

 

これは………なんだ??

 

俺は、一体何を思い出せない??

 

 

「ッぁ、やめだ、やめだ、もう、寝よう…」

 

 

 

気分が悪い。

 

気分がすぐれない。

 

ないはずの記憶が俺に訴える。

 

忘れていることがあると、訴える。

 

まるで自分じゃないみたいだ。

 

 

 

「……俺は…」

 

 

 

そして、そうやって趣味に没頭することもなく落ち着きの無い日をしばらく過ごしていた。

 

それから当日は現地に向かってイベント内容を頭に叩き込み、支給された服を着こなすと舞鶴市で軍用機の説明会や誘導など良くありげな仕事を果たしながら忙しくなくイベントは無事に進んだ。

 

しかしイベント会場から遠くの海を眺めるたびに小さな幻覚を見る。

 

 

人が飛んでいるんだ。

 

魔法使いのように空を飛んでいる。

 

 

夏でもないのに暑さにやられたのか?

 

でも空が俺に訴えてる気がする。

 

 

 

「____誰だ」

 

 

 

待っている。

 

待っている、俺のことを。

 

そう感じてならない。

 

仕事に集中して誤魔化す。

 

そこそこ人がやってくる展示会イベントを難なく進め、舞鶴市での役割を果たし、そして数日間のイベントは無事に終了した。

 

 

 

「九五式、それから零戦……これは、翔鶴の模型か?」

 

 

 

展示されてる軍用機に関してはレプリカか本物かわからない。

 

イベントの説明でもあまりそこら辺は触れられてない。

 

まあ仮に本物だとしても燃料とかは入ってないだろう。

 

動かす手段は限られている。

 

しかし俺は驚く。

 

あまり興味ない軍用機の名前を知っていた。

 

俺はいつ知った?

 

耳にしても『零戦』って言葉を聞いたことあるかないか程度の話だ。これならまだガンダムの兵器の方がよく耳にしている。

 

けれど何故だか知らないが…

 

コレは、携わった…

 

携わって、理解しようとした。

 

誰かに…

 

誰かで…

 

誰かと、これらを一緒に…

 

 

 

「ナニカが、俺の中でつっかえている…」

 

 

 

そして俺の中でナニカが朽ちている。

 

段々と、朽ちようとして…

 

だが、踏みとどまろうとしているんだ。

 

俺の中にある、大事な意味が。

 

存在意義が、与えられた使命感が。

 

冷たい鉄の塊に惹かれている。

 

 

 

 

__回せ。

 

 

 

 

 

落ち着かない。

 

 

 

 

 

___回せ。

 

 

 

 

 

落ち着けない。

 

 

 

 

 

____回せ。

 

 

 

 

 

落ち着けれない、ッッ!

 

 

 

 

「どうしました、黒数さん?」

 

「!?」

 

 

横から声をかけられる。

 

仕事の仲間だ。

 

それと頼れる仕事の先輩だ。

 

 

「ああ、いえ、なんでも無いです、先輩」

 

「本当ですか?もしや今回で最後の仕事だからやや張り切りすぎましたか?」

 

「そ、そうですね、少しだけ頑張りすぎたんだと思います」

 

「そうですか。でもそれだけ物事に尽くせるならあなたは大丈夫です。行先がどんな場所でもやっていけるでしょう」

 

「…そうですか?」

 

「ええ」

 

 

長いことお世話になった先輩から励まされつつ展示イベントを片付ける。

 

それから帰投時間まで時間がある。

 

観光の許可を貰い、それぞれ舞鶴市で時間を潰していた。

 

そんな俺は街中でグルメを巡ることもなく真っ直ぐと海の近くまでやってきた。

 

脇に溢れ蕎麦屋を通り過ぎて、浜辺に足を付ける。

 

 

 

「…」

 

 

 

ザザァーと、波の音が随分と気持ちいい。

 

海が無い場所で過ごしているから新鮮だ。

 

いや、でも何か、違うんだ。

 

海で過ごしたことのある記憶がある。

 

だから不可解だ。

 

何故だ?

 

何故こんなにも懐かしめるのか。

 

やはり、俺はナニカが決壊している。

 

あったはずのナニカが…

 

 

 

「舞鶴の海は健やかだな…」

 

 

 

騒がしさを落ち着かせるため、砂浜を歩く。

 

この不可解を確かめるべく砂浜を歩いてみる。

 

しばらく歩き、足を止めた。

 

また海を眺めてみる。

 

 

 

「静かなのに…でも、騒がしい」

 

 

 

何もない、平和な水平線。

 

けれど全身がざわつく。

 

何もない海上の空。

 

だが……音がする。

 

プロペラを回す音がした。

 

何も飛んでないのに、そこにある。

 

刻んできたモノが、そこに描かれる。

 

 

 

「俺は……」

 

 

 

頭に触れる。

 

すると痛みが増してきた。

 

思い出させるかのように、訴える。

 

痛みと、そこから裂かれた哀しみが。

 

俺から、オレを奪った意味が。

 

そこにあった存在意義もが、足から奪い取ったように、それは確かな喪失感だ。

 

 

 

__足りない……ナニカが、足りない。

 

 

 

息を吐く。

 

息を吸う。

 

息を噤む。

 

目を閉ざして鮮明にする。

 

無いはずの記憶だ。

 

しかしそこへ矛盾する様に、経験したことのある思い出がこの場所に刻まれている事を、足の先から浮遊感と共に思い出させようと、訴えて、訴えている。

 

 

 

「っ」

 

 

 

これは………黒数強夏??

 

何故、自分の名前が??

 

俺は確かに黒数強夏。

 

でもその意味はもっと別の形で注がれた。

 

これは……願い?また()は…夢??

 

それは確か…

 

 

 

 

「____ガンダム」

 

 

 

 

 

__だから!

__人の心を見せなければならないんだろ!

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 

聞こえた。

 

聞こえてしまった。

 

よく聞いたことある声だ。

 

これは、確か……そう、アムロ。

 

 

 

「ぁ、ぁぁ、ぁぁ!」

 

 

 

砂浜に膝をつき、そこに崩れ落ちて、痛む頭を押さえて、その訴えが『黒数強夏』って人間を確かにさせていたことを少しずつ思い出す。

 

 

俺は見送られた。

 

この声に。

 

それ以外にもあったはずだ。

 

 

この空で『約束』を果たそうとして、一度は落ちてしまって、でもまた飛ぼうとして…

 

 

 

 

 

俺は子供達を死なせやしない!!

 

 

過ちはマフティーが粛清する!!

 

 

応えろよ!ユニコォォーーン!!

 

 

頼む!ガンダム!天まで昇れ!!

 

 

勝利を掴めとォォ!轟叫ぶッ!!

 

 

見えた!?月は出ているか!!?

 

 

行け!行け!ホワイトドール!!

 

 

俺が!俺たちが!ガンダムだ!!

 

 

弱かった自分とお別れをした!!

 

 

轟けぇ!!アトラスガンダム!!

 

 

 

 

 

 

 

数々ある声に惹かれて、押されて。

 

 

 

 

 

 

 

__さあ!向かってくれ!

 

 

__僕はあなたを信じてますから!

 

 

__もちろん!これからだよ!

 

 

__いけ!今すぐ行くんだ!

 

 

__兵士達よ!進軍ス!

 

 

__加速しろ!!誰よりも早く!!

 

 

 

 

 

 

 

心を揺れ動かされた物語の英雄達にその魔法を託されて…

 

 

 

 

 

 

 

 

__頑張れよ、殻のついた、ひよっこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には【続き】があったはずだ。

 

ガンダムバーサスの【続き】が!!

 

 

 

 

「そうだ!そうだっ!俺はそうだった!」

 

 

 

 

震える手で顔を押さえて、指の隙間から見開かれた目は海面を捉え、ひどい耳鳴りは人々の嘆きに代わり、この世界にない別の世界の願いが『黒数強夏(ガンダム)』に訴えている。

 

 

 

でも…

 

それは…

 

勝手に願わせただけの使命。

 

 

 

ただ…

 

そう…

 

俺はそれよりも先に投じた、名がある。

 

 

 

"その人"だけの、黒数強夏。

 

"その人"だけの、約束事。

 

"その人"だけの、隣を…

 

"その人"……いや、違う。

 

そんか曖昧じゃない。

その人、なんかじゃない。

 

俺にとって…

 

黒数強夏にとって…

 

大事で…!

 

大事な…!

 

大事である!

 

間違いに、その人は……!!

 

 

 

 

くろかず…

 

くろかず……

 

すまない………

 

わたしは君抜きでは……

 

無理だ…

 

 

 

 

 

 

「____うあああああああッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂浜での約束を思い出す。

 

 

舞鶴の、砂浜での、やりとりを思い出す。

 

 

弱さを打ち明け、俺に願った女性がいた。

 

 

その人は、なにかと自己評価が低い。

 

 

でも俺にとって素敵で素敵な女性なんだ。

 

 

それに対して人類は願那夢を求めた。

 

 

英雄を欲した。

 

 

その結果として魔法陣から厄災を払いしガンダム(武装)が召喚されて、空にあの頃の続きを願った俺を通されると言葉遊びの如く、その世界に都合の良い黒数強夏がガンダムバーサスとして招かれた。

 

 

でも、彼女だけは違った。

 

 

都合の良い黒数強夏を願うのではなく、俺自身を見て、助けてほしいと言ってくれた。

 

心を打ち明けれる相手として、頼りにしたい一人の人間として、助け合える関係として、黒数強夏って人間の手を掴んだ。

 

それは俺にとって孤児院にいた頃のように年下の子供が年上の黒数強夏(おれ)に助けを求めてくれて記憶や経験があったから、同じように頷いて助けた。

 

そりゃ、そのスケールは孤児院時代の頃とは違うかもしれない。やっていることは戦争に身を投じる行為である。けれど苦難逃れること叶わないその果てだろうと彼女を助けようと思ったから便利に与えられた力を持って、俺にとって正しくあった。

 

ガンダムかつ願那夢として。

 

 

 

 

「あぁ…ぁぁ、まい、づる、の、うみ、だ…」

 

 

 

 

思い出す。

 

明白に思い出す。

 

もう忘れない。

 

俺は、訴えてた願那夢の俺を思い出した。

 

願那夢だった俺が、空っぽで『続き』を始める前の俺に『願うぞ』と続きを訴える。

 

 

 

タイトルは__ストライクウィッチーズ。

 

引き金は__GUNDAM VERSUS(ガンダムバーサス)

 

その主人公(パイロット)は___黒数強夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

そして………

 

 

 

 

それから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しだけ時間が掛かった」

 

 

 

約10日間だ。

 

忘れて、思い出して、整理していた。

 

全てを終えてから俺はモニターの前にいる。

 

この世界でやることはやった。

 

この世界で可能な限り繋ぎも絶った。

 

あとは自然と色々な物が俺から無くなるだけ。

 

世間には迷惑をかけてしまうだろう。

 

でも、一人いなくなる程度良くあることだ。

 

俺の中では二人失っている。

 

意図的な消失を望むが、だが、ここからは俺の物語。

 

俺はこの世界から黒数強夏を無くす事を決めた。

 

そのつもりで今はいる。

 

 

 

「ははは、まったく…これで願い叶わずに戻れなかったらお笑い草だな…」

 

 

 

でもやったものは仕方ない。

 

今日までそのつもりで進めてきた。

 

でも戻れる確信はある。

 

どこでも購入できるゲーム機とゲームディスクだけど、画面のスイッチを入れてゲーム機を起動させれば、そこに刻まれた画面は…

 

 

 

【continue】と刻まれた画面。

 

意味は継続。

 

もしくは__続き。

 

 

何も選択してないのに、ただそれがパッと画面の真ん中に出てきて、ムーンレイスよろしく早く戻って来いとばかりに訴える。

 

 

 

「まるで異世界転生系のノベルだな。でも選ばれてそうなってると言うことはそうだろ?まったく、もしこれが今流行りの二次小説なら在り来たり過ぎた展開でとんだ駄作扱いだよ。もう少し捻れっての…」

 

 

 

思わず失笑してしまう。

 

けど目の前がリアルだ。

 

そしてこれからもリアルだ。

 

俺はストライクウィッチーズで『続き』を始めようとする、俺だけの現実だ。

 

 

 

「魔法は奇跡か…」

 

 

 

片付いたテーブルの真ん中にひとつだけ場違いなモノが置いてある。

 

いや、場違いではないか。

 

俺にとってはキーアイテム(犬の折り紙)だ。

 

 

 

「宮藤芳佳。君の魔法は外の世界でも人を救うらしいな。お陰で頭の痛みも無くなって、つっかかりも取れて、記憶も、経験も、役割も、定かになった。それと…」

 

 

 

宮藤芳佳から土産話の代わりにお礼としてくれた鼻先の赤い扶桑犬の折り紙。

 

あと鼻先が赤いのは宮藤芳佳が折り紙中に指を切って赤くしてしまったから。それでも俺は気持ちの篭ったお守り代わりとしてその扶桑犬の折り紙を彼女から貰った。

 

それから舞鶴の空でハッパさんと飛行テストをして俺は空から落ちて、両足は大怪我を負って病院で昏睡状態にあった。

 

すると眠りつく意識の中でガンダムの英雄達と会うのと同時に『犬』も現れるとボロボロに怪我してた足を舐めて傷を治してくれた。

 

その犬は、宮藤芳佳からお土産として渡された扶桑犬の折り紙だった。

 

そして赤い鼻先は宮藤芳佳の血。

 

それが魔法(奇跡)として力が働いて俺を救った。

 

 

 

「あ、そうだ…」

 

 

 

俺は『コンテニュー』のYESのボタンを押す前にその犬の折り紙に指を割り込ませ、紙を開いた。

 

そして孤児院で子供達によく作ってあげた『とある生き物』の形に折り直して、完成させた後それをポケットに収めた。

 

これからの"布石"として、願いを込める。

 

 

 

「よし、戻るぞ、ガンダム…」

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

「約束を今果たすぞ、北郷章香!」

 

 

 

 

 

 

ボタンを押す。

 

コンテニューのYESを押す。

 

続きからを意味する画面は切り替わる。

 

意識は飲み込まれた…

 

黒数強夏は…

 

ストライクウィッチーズの世界に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月14日

 

黒数強夏の死を悼まれてから早くも一ヶ月が経過していた。扶桑皇国軍が代表とする最強格の男性ウィッチ、もしくは願那夢の消失によって軍は困惑と動揺を生み、彼の影響を強く受けている場所では大幅な士気低下を起こしてしまう。

 

それでもネウロイの攻勢は鳴り止まなず、追い討ちをかけるように扶桑皇国軍を追い詰めていく。

 

ただ唯一幸運なのはその日、夜間哨戒にて黒数強夏と交戦した人型ネウロイがその先から現れることが無かったことだろう。

 

大打撃を受けた軍が再編されるまでの間、命を賭けて新型ネウロイを抑えたその功績は亡くなった後も讃えられる。誰もがそう感じる。

 

それでも夜間適正の低さゆえに無茶な夜間任務に当てたことで、軍兵の登録上として海軍に種別される黒数強夏の運用を取り決める海軍は陸軍から多大な非難を浴びたり、また陸軍の再編成の遅さによって海軍は負担がかかったことで黒数強夏を失う羽目になった、など、互いに揚げ足取りに勤しんだりと仲違いを繰り返しながら扶桑皇国軍はそれぞれの役割を果たす。

 

でも、勘違いしてはならない。

 

黒数強夏その消失に対していちばん心痛めたのは陸軍でも海軍でもない。

 

 

 

その側近にいた 北郷章香 であることを。

 

 

 

 

 

「君が居なくなって一ヶ月だ…」

 

 

 

回線が途絶え、彼の身を案じて、通信室でその無事を祈り、どうかまた「おかえり」を言えるように彼の姿を待ち望み、そして彼は帰ってこなかった。

 

何かの間違いかと思った。

 

何かの嘘かと思った。

 

あの人が落とされるなど考えなかった。

 

例え、夜闇の中でもあの人ならどんな厄災だろうと振り払い、最後は朝日が見えるその真ん中で無事な姿を見せてくれる、そんな人間だったのに、不可解な魔力を感じ取ったその空で彼は朝日と共に散った。

 

おかえりと、迎える言葉も叶わず、失意と、その無力感に飲まれ、震える体はしばらく止まらず、初めてその日隊長であることを忘れて膝から崩れ落ちた自分がいた。

 

 

黒数…

 

くろかず…

 

くろ、かずっ…

 

 

彼の魔法力を感じ取れなくなったことがなによりの証拠である。1日、2日、3日と第十二航空隊も黒数強夏の捜索にあたり、ウラルの戦場を探し回った。けれどネウロイは追い討ちをかけるように人の体を脅かす瘴気を広めながらその活動域を扶桑皇国に伸ばし、そして黒数強夏の生存は絶望的になった。

 

捜索が困難と化した10日目。

 

扱いは戦死となった。

 

 

……信じていたのだ。

 

ずっと信じてた。

 

彼はどこかで生きてるはずだと。

 

その魔法力を感じ取れなくなったにも関わらず彼は何処かで生きているはずだと、崩れ落ちそうな自分の心を守るようにそう願う。

 

もう存在しない存在に私は願っていた。

 

けれど、彼は英雄を否定する人間そのまま。

 

都合の良い無敵の英雄では無かった。

 

だからこれが現実。

 

これが事実。

 

願那夢は厄災の中に堕ちた。

 

 

 

「……」

 

「竹井、しっかりしろ!そんなんだとバカ数が報われないだろ!」

 

「若本…」

 

「オレ達が継いで、バカ数の跡を無駄にしないように飛ばないと!誰が願那夢の軌跡を覚えるんだよ!第十二航空隊をここまで強くしてくれたバカ数の多くを無駄にするな!」

 

「っ、ごめん、ごめんね。そうだよね、その通りだよ…でも、わたし、それでも涙が止まらなくて…」

 

「……もう泣くのはやめるんだ。そんなのバカ数が……オレ達の副隊長が望まない」

 

「醇ちゃん、若本の言う通りだ。私達は准尉が教えてくれたことを守り、無駄にしない。わたしたちで継がないとならない。願那夢だった人に空で報いるんだ」

 

「美緒ちゃん…」

 

 

 

彼の消失に悲しむウィッチは多い。

 

だけどネウロイは悲しみを待たない。

 

願那夢を踏み台に人類を追い込まんとする。

 

だから涙に頭を垂れてる場合でない。

 

しっかり顔を上げて空を見る。

 

彼がその場所に願っていたように。

 

私達で『続き』を始めることを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして7月25日

 

 

ウラルの戦場で 山 が動いた。

 

 

 

 

 

つづく







元の世界の黒数強夏を捨て。
箒の世界で黒数強夏の続きを始める。

その人間の魂と意志が然るべきところに惹かれるのはガンダムあるあるだからこのくらい普通なんですよ、ええ。


ではまた


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28話

 

『院長、お久しぶりです』

 

『おや?もしかして黒数強夏くんか?久しぶりだな!差し入れも持ってきてくれたようで皆が喜ぶな。しかし今日はどうしたんだ?』

 

『院長に再度お礼を言いたくて今日は来ました』

 

『そうなのか?あまり気にするなことはない。君は自分で決めて今がある。オレはその手伝いしただけだ』

 

『はい、だからです。自分は決めました。あの頃の続きを始めるために、あなたにそれを報告したくて今日は来たんです』

 

『そうかそうか、それは良いことだ。君がソレを決めたというのなら親孝行として立派だと思うよ』

 

『ありがとうございます。だから…今日から遠くに行ってしまいます。かなり遠くの世界に行きます。もう会えないくらい遠い場所に…』

 

『そうなのか?それは寂しいな。だが黒数くんが決めたのならそれに従えばいい。逃げれば一つ、進めば二つだからな!』

 

『院長はまた影響されてますね…まあ自分も人のこと言えないですが…』

 

『こういうのは心持ちの話だ。おれが軍を退役するまでもそうであったからな。今は日本で落ち着いてるがポジティブシンキングはいつだって必須要素だ。そうして生きる目的を内側に置いておく方がいい。それがアニメでも漫画でもゲームでも構わない。無関心でいるくらいなら影響されるくらいが丁度いい』

 

『だからって幼い頃の僕にガンダムを教材って言葉騙しで勧めるのはいかがなものかと思うんですけど…』

 

『君は感情のまま素直だったからな。そして賢い子供だった。だからそれを感じ取って考えてくれると考えた。そしたら君は【はじめから】の選択しか存在しなかったタイトル画面に【続きから】のボタンを押せるセーブポイントまで、君自身のチュートリアルを済ませた。あとは選ぶだけ。それが今日この日なんだろう』

 

『今さら攻略本(教材)にケチつけようとは思いませんよ。だって自分もガンダムを知れて良かったと思ってますから』

 

『なら良し!』

 

『はい。だから、改めて…』

 

 

 

 

 

 

 

 

__お世話になりました。

 

__そして、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、孤児院時代の恩師に想いと別れを告げて、もう一つの世界に望まれて残してきた黒数強夏の続きを始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床が冷たく、硬い感触。

 

空気もひんやりとして冷えている。

 

 

 

「っ、ぁ……ここは、何処だ?」

 

 

 

意識が戻り、ゆっくりと目を覚ます。

 

起き上がれば見えるのは一筋の光。

 

真上から差し込む薄い光だけが闇を照らす。

 

まだふらつく頭を抑えながら立ち上がり、周りを見渡すが薄暗くて何も見えない。

 

するとコツンと足の爪先に何かぶつかった。

 

鉄の音が閉鎖的な空間の中で響き渡る。

 

これは…

 

 

「……ストライカーユニット?」

 

 

その場にしゃがみ込んで手を伸ばし、横たわる鉄の箒に触れる。手のひらには触れ慣れた冷たい装甲の感触が広がり、拳を丸めてコンコンと軽く叩く。少しだけ中身が足りない空洞音が再度響き渡るがそれは俺にとって確信に繋がる。これは知っている。何度も触れたことがある。

 

 

「間違いない!これは俺のストライクユニットだ!ならつまり!この世界は…!」

 

 

手元に念じる、確信を見える形に変えるために。

 

すると内側からエネルギーが広がり、俺にとって感じ慣れたものが身体中に広がる。

 

それは魔法力。

 

叡智から授かり、世界から願われ、宇宙から求めた、黒数強夏のみに許される力。

 

___武装を召喚する。

 

 

 

「ヒートホーク」

 

 

手のひらにズッシリと乗っかるそれは戦争の道具であり、モノアイを光らせるモビルスーツが接近戦で振るうための武器。魔法力を流すことで取り付けられた刃は熱を灯してオレンジ色に発光する。薄暗いこの空間に光を灯した。

 

 

 

「やはりストライクユニットだ!関節付きのジェットタイプ、間違いなく俺専用の!」

 

 

ヒートホークを片手にストライクユニットをひっくり返して損傷を確かめる。装甲には凹んだ跡や、ぶつけた時の切り傷は幾つか目に見える形で残っているがら装甲を貫通した傷跡は一つも見当たらない。つまり中身にまでダメージは入ってない。

 

 

 

「さすが飛行ユニットよりも丈夫な陸型ユニットの装甲だ」

 

 

もしこれが飛行ユニットなら既にズタズタでダメだったはず。何せ飛行ユニットは軽量化を重視している。そのため装甲が薄い。だが陸型ユニットは荒地のような場所でも稼働できるよう丈夫に作られているため装甲が飛行ユニットよりも厚い。

 

そして俺のストライクユニットは陸型ユニットを改造した戦闘脚なので陸型と同じくらい丈夫だ。ぶつけた程度じゃそう簡単には壊れない。

 

あとこれを作ってくれたハッパさんの仕事ぶりにも感心しながらユニットの点検をしているともう一つ気づいたことがある。

 

 

「……え??」

 

 

ストライクユニットのその下にあるモノ。

 

それは、床。

 

いま俺が膝を付いてる場所。

 

足元をヒートホークで照らす。

 

そこには…

 

 

 

「なっ、これ、魔法陣か!?」

 

 

ブリタニアで見たものと同じだ。

 

それは一年前に俺が召喚された儀式床。

 

大昔の叡智達が厄災を退けるための武具武装を封じ込めた魔法陣である。

 

思わず立ち上がり、後ずさる。

 

 

「これが、魔法陣なら、つまり俺はこの場所で再び召喚された?いや、でも、あの時と同じパターンなら普通なのか…」

 

 

再度、上を見る。

 

陽の光かわからないが差し込んでいる。

 

お陰で完全に暗い空間にならず、薄暗い程度に落ち着いている。

 

あと、人が一人分程度入り込めるくらいの大きさだろうか?

 

……俺の中でこんな仮説が立てられる。

 

 

 

「もしや、俺はこの空間に落ちたのか?ネウロイに…あのバンシィ(紛い物)に叩き落とされて、だがそれで運良くこの場所に墜落すると何かの拍子で魔法陣が起動したのか?」

 

 

身体が五体満足で無事なのは着地用シールドが発動したお陰だろう。

 

それに対して黒数強夏の魂は元の世界に戻されたが、それは黒数強夏という存在が『撃墜』されたと認識を受けたからだろう。

 

もちろん俺自身は人間で沢山だが、この世界に召喚された黒数強夏って存在は厄災を払いし武具武装としての役割なため、それが厄災に対して敗北を喫したため、その役目を終えたことで消え失せた…ことになると思う。

 

これを簡単に言えば、俺は聖杯戦争でドンぱちするサーバント的な扱いで、その舞台(せかい)がストライクウィッチーズだったって話だ。

 

ただ敗北を喫した黒数強夏の魂はそこらへんの適当な場所で消滅することはなく、運良く魔法陣の上に墜落したことで魂は元の場所に帰還して救われた… ってシナリオだろう。随分と主人公補正効きすぎでは?

 

それもストライクウィッチーズの黒数強夏はそれだけの歯車ってことか?まあ『続きから』を選んで戻って来れたあたり相当なイレギュラーかつ選ばれてやってきた存在なんだろう。

 

俺は訳わからず戦争の世界に招かれた被害者のつもりなんだけど。

 

まあ今となっては手遅れか。叡智から与えられた魔法力を振るい、画面越しの続きに基づくガンダムで宇宙(そら)を示し、厄災蔓延る空を世界に人類から願われてやって来たこの身はどの誰よりも特別以上の存在である。

 

どう考えても主人公属性。

 

ならこの先もご都合主義に救われるか?

 

いや、それはないか。

 

何せ…

 

 

「これ以上はコストオーバーだ。命ともども堕ちたら次はもう出撃など有り得ない。アーケードゲームよろしくワンコイン投入で復活できる世界でもあるまい」

 

 

今回は宮藤芳佳の奇跡(まほう)で助かったけど、これ以上の奇跡は望めないなだろう。

 

ストライクユニットを起こして脚に装着する。

 

足の先まで魔力を流し込む。

 

動くか?

いや、動く。

 

だってコイツは…

 

これを動かす俺は…

 

 

 

ガンダムだからな」

 

 

 

再び『機動』する『戦士』の名は『ガンダム』である。

 

原作通りに…ガンダム 立つ。

 

それは既に分かりきったことだから。

 

 

 

「さあ戻るぞ!この世界における黒数強夏としての役割も大事だが、それ以上に俺自身が果たしたいんだ!彼女との約束を!!」

 

 

 

ストライクユニットも応えるようにスラスターからはエーテルが音を響かせる。10日ぶりの空を求めてるように。

 

いや、待て。

この世界では10日ぶりか?

 

わからないな。

 

ともかく人の集まっているところに戻って情報を集めないと。

 

 

「入り口は……分からないな。てか魔法陣が大昔の産物だからそれに伴ってこの儀式空間も朽ちている訳だし。まあ上から飛び出れば関係ないか」

 

 

 

魔法陣の石床を踏み台に飛び出す。

 

流石に飛行は安定しないが少し真っ直ぐ飛ばないだけで困るほどでもない。

 

片足で飛ぶくらいの訓練はしている。

 

それは第十二航空隊も同じように。

 

 

 

「うおお!空だ!ウラルの空………うぐッ!?」

 

 

 

喉が詰まる感覚。

 

締め付けられるような痛み。

 

体を蝕むようなざわつき。

 

 

「ゲッホ!ゲッホ!?ま、まさか…っ!」

 

 

 

そのまさかだ。

 

周りを見渡せば辺り一帯は黒色の霧。

 

もしくはネウロイが侵略したことで撒き散らされた『瘴気』で濃く充満している。ちなみに瘴気とはネウロイがテリトリーを広めるために撒き散らす悪い空気であり、そのテリトリーから人類を追い出す、または病に脅かして生き物の命を刈り取るもの。

 

簡単に言えば人類にとって有害な毒ガス。

 

先ほどまで居た魔法陣のある地中は閉鎖的だったからあまり影響無かったが、流石に瘴気の濃い場所まで踏み出すと体を溶かす勢いで脅かそうとしてくる。

 

あまり瘴気に触れると変な病に犯される!

 

一気に振り払って雲の上まで脱出しないと!!

 

 

 

「うおおお!超級覇王電影弾!!」

 

 

ビームシールドを展開しながら魔力エネルギーを周囲に撒き散らし、体に纏わりつく瘴気を振り払うためグルグルと揉み切るように急いで上昇する。

 

今はともかく雲の上まで突破するのみ!!

 

 

「キィ?」

 

 

 

すると進行方向から声が聞こえた。

 

まさか?と思った。

 

ああ、そのまさかである。

 

この一帯は既にネウロイの侵略地。

 

なら出会うことくらい普通である。

 

しかし、弾丸の如く揉みきりながら上昇するこの体を止めることなど不可能である。

 

故に……

 

 

 

「キィィィ!!?」

 

 

 

不幸にも黒塗りのネウロイに追突してしまったわけだが『バキバキ!』と装甲を砕いてそのまま通り過ぎた。

 

 

 

「ウッソだろお前www」

 

 

思わず(ww)を生やしてしまうそのセリフはVガンダムに登場する主人公(ウッソ)の名前であるが、やってることは次回作のGガンダムの必殺技であり、電影弾をぶつけられたネウロイからしたら『おいコラァ!降りろ!免許持ってんのか!』とばかりに不満募らせてるだろうがバァン!と大破してそのまま砕け散ってしまう。哀れだ。

 

あとストライカーユニットは軍用機だから免許は要らないぞ。必要なのは魔法力と飛行センスだけだ。そしてネウロイはくたばれ。

 

 

 

「あぁ〜、生き返るわ〜^」

 

 

世間的には死んでると思うから生き返ったのは強ち間違いでは無さそうだが、とりあえず瘴気から脱出して雲の上まで飛び出る。体に纏わりついていた瘴気はビームシールドの回転で振り払われたのでもう脅かされない。仮に少し体が瘴気の影響によって汚染されそうになっても魔法力によって抗体が出来上がってるのでじき消えるだろう。

 

それとここまで飛べるなら魔法力も安定して問題ないな。何気に10日ぶりの飛行だが体がちゃんと覚えていたため安心した。

 

もし他に心配があるとしたらストライクユニットの燃料だけどシステムの搭載数が少ない代わりに燃費は多く入れれるようになってるためそこまで心配していない。もちろん宮藤博士が手掛けた扶桑開発クオリティーの軍用機だ。燃費も悪くない。飛ぼうと思えば体力の続く限りあと1日は飛べる計算だ。ダブルオーガンダムのクアンタフルセイバーかな?*1

 

 

 

「さて……」

 

 

空高いところから地上を見下ろす。どこもかしこも霧が濃く染まり見えない。それだけ侵略して長いこと時間が経っている証だろうか。もしここが俺の承った哨戒範囲で間違い無いならブイルは既に落ちていることになる。

 

そうなると浦塩はどうなっているか?あそこは扶桑の佐世保のような場所だ。交易豊かな街で住んでる人も多い。ここまでネウロイに侵攻を喰らっていると既に民間の避難も始まっているはずだから…

 

 

「もたもたしてると食い破られるぞ」

 

 

太陽の位置と季節の風向きを確認して浦塩の方面を探る。まあそんな難しいことはせず瘴気に対して背を向けて進めば海だろう。あとは海面に沿ってそれこそ太陽の位置を目印に浦塩の位置を把握すれば良い。

 

そう考えて飛ぼうとした、次の瞬間だ。

 

 

 

ゾワリ

 

 

 

 

「___っ!!?」

 

 

 

背筋を削るように這う、嫌な感覚。

 

それは一度感じたことある、威圧感。

 

打たれた頭が痛くなる。

 

まるで俺に『奴がいるぞ!』と訴える。

 

 

 

「この痛みの先は浦塩か…!?」

 

 

ストライクユニットに力を込めると一気にブーストダッシュを行い、彗星の如く飛び立つとネウロイに占領された区域を抜け出す。その際に扶桑皇国軍の基地だった建物を通り過ぎた。崩壊した格納庫、軍用機、ストライカーユニットも放置されてその惨状を物語る。

 

俺は顰めた顔を戻し、先を進む。

 

近づくごとに受けた痛みが強まってきた。頭だけではなく右肩も痛い。こうして痛覚に意識すると最後にバンシィから受けたアームド・アーマーBCの打撃は右肩と頭に触れたようだ。

 

それでも最後はなんとか体を逸らして致命傷は避けたのは覚えてるが、それでもあの大腕は驚異的だった。接近戦は好ましくないが接近しないとビームマグナムやらが飛んでくるからな。

 

 

 

「でも知能はそこまで高くない。NPC同様に見て反応して動いてるタイプだ。接近するならそう難しくない。恐ろしいのはその暴力的な性能だけ。やはりビームマグナムが危険すぎる…」

 

 

 

中身はネウロイ、しかしバンシィの真似事をする厄介な台バン案件の紛い物。

 

連コインなんて許されない敵。

 

俺は宮藤芳佳の奇跡(まほう)でコンテニューできたけど、次はない。

 

扶桑犬に折られていた折紙(オリガミ)も別の形に折り直した。

 

あとはその命、その人間次第である。

 

 

 

「ともかく今は急いで向かうぞ!」

 

 

 

 

この時、既に7月24日。

 

俺は10日間の失踪だと思っていた……が。

 

既にこの世界では30日以上が経過していた。

 

俺はそれをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月1日

 

黒数強夏の戦死からその翌週、扶桑の皇国陸軍はネウロイのコアの報告を受けるとそれが打開になると信じ、急遽1万以上の陸軍兵士を動員した大規模な反抗作戦を実施。また新型の歩兵戦闘機を導入したこの作戦で逼迫(ひっぱく)した戦局を打破すべく実施された。

 

が、しかし__

 

ネウロイの広がりすぎた戦線は一万程度の陸軍兵士では抑えることも叶わず、わずか6日で潰走…

 

同年の7月14は陸海混合された航空魔女達(ウィッチ)の奮闘によって一時的だが戦線の再構築に成功するも、この時点で既に皇国陸軍は3000人近くの将兵を失うなどその被害は甚大であり、そして人類側の敗走数を確実に重ねた膠着状態から7月20日の時点でまもなく5000人近くの兵士を失おうとしていた。

 

それほどにネウロイの侵攻は拡大化していた。

 

去年の7月とは打って変わり、大幅に後退した前線と作戦以前より更に戦況を鑑みた扶桑皇国は大陸側に暮らす扶桑国民の大規模な避難を開始する。ネウロイも大攻勢に伴って一呼吸置いたのか活動を一時的に抑え、小康(しょうこう)状態に入り、それが幸運の一端として人類側に傾いたのか国民の避難は順調に進んでいた。

 

 

戦えない人々は安心していた。

 

多くを失い、多くを傷ついたが、それでも怪異による被害は終息して良かったと…

 

厄災は海を越えない。水を嫌うために。

 

だから誰もが思う。これで安全だ。

 

漠々と広がるこの扶桑海がそれを証明する。

 

 

 

しかし、一つの『紛い物』だけは別だった。

 

 

 

「おい、あの暗雲はなんだ…?」

「なんだあれは?」

「な、何か降りてくるぞ…」

 

 

 

扶桑皇国軍の輸送船からも見える怪しい渦巻き雲が浦塩の近くで発生。

 

一眼見て怪異の一部だと断定するとそこにウィッチのとある部隊が動員され、そして人型の黒い物体が降り立った。

 

 

 

「「「ッッ!!!」」」

 

 

大きな緊張感を走らせながら向かうのは一年通してウラルの最前線を支えてきた第十二航空隊である。

 

しかしウィッチの半数ほどは空を飛ばず待機していた。理由は簡単だ。度重なる撤退戦の支援にて疲弊。ついには怪我によって飛ぶにも危うい状態の者も出てしまう。魔法による治療も追いつかず半数が消耗していた。十二航空隊は黒数強夏を覗いて10名の小隊である。それが半分の5程度である。

 

かなり、辛い状態での編隊。

 

故に後方で国民の避難を支援する作業に充てられていた。わずかな羽休め。そう思っていたところに暗雲が立ち込める。浦塩から即座に向かえる部隊は第十二航空隊のみの現状、部隊長の北郷章香は飛べる者だけに指示を出して飛び出した。

 

 

 

「後方の友軍が避難を急がせてる間に私たちはこれを抑え、また殲滅を試みる!他の増援に警戒しながら奴を落とせ!」

 

「「「はいッッ!!!」」」

 

 

 

黒数強夏の弔い合戦として討ち滅ぼしたい気持ちは大いにあった。しかしその感情を抑える。

 

今は避難する扶桑国民の命を優先だ。

 

もちろん人型ネウロイの討伐を試みる。

 

もし人型ネウロイに野生以上の知性があるならある程度の損傷を与えてやれば撤退を選ぶだろうがそれでも第十二航空隊のウィッチ達はあの人型ネウロイを討とうと銃火器を握りしめていた。

 

それは北郷章香も同じ。

 

初めて……

初めて、仲間を失ったのだから。

 

 

 

「ギギギ??」

 

 

人型ネウロイ、またはバンシィは海に漂う輸送船に対して赤い目を光らせる。

 

右腕に装備した大型のビーム砲『アームド・アーマーBC』を展開して狙いを定めた。

 

 

 

「ッッ、総員並航してシールドを展開!」

 

「「「!!??」」」

 

 

鋭く響き渡る北郷章香の声にてウィッチ達は即座に反応すると横一列に並び、バンシィの銃口の高さに合わせてシールドを展開する。

 

そしてバンシィのアームド・アーマーBCからは照射ビームが放たれると第十二航空隊のウィッチ達のシールドと衝突する。

 

しかしその強大な威力にほとんどのウィッチは弾き飛ばされてその体にダメージを負う。

 

腕から、額から、血を流しながらも、彼女達の頑張りにて後ろの輸送船に被害が行き渡ることは無かった。更に…

 

 

「!?」

 

 

北郷章香のシールドも危うく砕ける寸前。

 

___いつもよりも、脆かった。

 

 

 

「(これは………ッ…)」

 

 

 

いや、今はそんなことを考えてる場合ではない。

 

 

 

「負傷者は一度下がれ!まだ飛べる者は輸送船を守るようにシールドを優先しろ!若本は坂本を支援しながらコアを炙り出せ!奴は私が引受ける!!」

 

 

 

扶桑刀を二刀流で引き抜いた北郷章香はバンシィに向き合う。

 

今の照射ビームで理解した。

 

他のウィッチでは奴は身にあまりすぎる。

 

下手すれば死ぬことだってあり得る。

 

なにより輸送船を無事に送ることが優先だ。

 

 

 

「すぅぅぅ…」

 

 

 

第十二航空隊 隊長

講導館剣術免許皆伝

北郷章香 推して参る … !!

 

 

 

そう奮起してこの不安を払う。

 

とある男性が言った通りに自己評価の低い女性だが、思い出深い舞鶴やその仲間を守るくらいなら出来る。その闘志をホンモノにして北郷章香はバンシィに迫った。

 

 

 

「ギギギ!」

 

「__行けるッ!」

 

 

 

思ったよりも反応は遅い。

 

元々が使い慣れない人型故か。

 

一撃で仕留めようと接近して斬り伏せる。

 

バチィィ!と、剣と刀がぶつかり合い、北郷章香は目を見開いた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

ビームサーベル。

 

まだ舞鶴に行く前に黒数から赤城に乗っていた頃に見せてもらった武装の一つ。ただビーム兵器故に使用を控えてそれ以来ビームサーベルは見ていないが、それでも黒数と同室だった北郷はよく覚えていた。

 

 

 

「ッッ、はぁぁ!!」

 

 

二刀流で捻って斬り込む。

 

バンシィの腹部に入った。

 

しかし…手応えが無い。

 

奴の装甲が堅すぎるか!?

 

いや、そんなはずない。

 

扶桑刀はいつも通り魔法力を流して斬れ味と攻撃性を高めている。

 

何度も何度もそれを行ってきた。

 

奴の防御力がそれを超えてるみたいだ。

 

 

 

「先生…?」

 

「な、なんだよ坂本?どうしたんだよ?」

 

「あ、若本、いや、でも、先生…いつもよりも…」

 

「な、なにがいつもよりなんだよ!?」

 

 

坂本美緒は北郷章香の違和感に歯切れ悪く言葉に詰まる。

 

その魔眼の先で違和感を見たから。

 

もしかして…

 

いや、もしかして…

 

 

 

「なら一刀に込めて…!!」

 

 

 

刀を一本腰に収めると一刀流で全身全霊を込める。すぅっ!と息を吸い再びバンシィに立ち向かう北郷章香。

 

バンシィはビームマグナムを装備すると迫り来る北郷章香に撃ち放つ。

 

 

 

「!」

 

 

見た目以上に、速い弾丸。

 

やや傾けて受け流す形で、シールドを__

 

 

 

 

「先生ダメェェェ!!」

 

「ッッ!?!!」

 

 

 

坂本美緒の叫び声にて『回避』を選び、ビームマグナムは通過する。

 

するとビームマグナムは掠める形でシールドの端に触れて…

 

 

 

「__ぇ」

 

 

容易く。

 

最も容易く、砕けていた。

 

 

 

 

「なんとッ!?」

 

 

 

残酷に、のしかかる。

 

重たい事実が、のしかかる。

 

逃れられない流れが、のしかかる。

 

それは…

 

 

 

 

 

『アガリ』

 

 

 

 

 

 

それが、このタイミングで重たく影響する。

 

 

 

「……」

 

 

 

北郷章香は良血の華族(かぞく)として、代々ウィッチとしての血は濃いためそう簡単にアガリを迎えない一族であるが、ウラルで長く続く激戦の数々によってソレはすり減った。

 

むしろその良血でなければ既にアガリを迎えて弱まっていたのかもしれない。

 

よくこの日まで持ち堪えた。

 

そう感じた。

 

いや、そう受け止める他あるまい。

 

 

 

 

「だが、ここで退く私ではない!」

 

 

 

 

二刀流を棄て、一刀にありったけの力を込める。

 

全てをこの刃に集約すれば次はいけるだろう。

 

プロペラの回転数を上げ、バンシィに迫まろうと__

 

 

 

 

ギ ギ ギ ギ ギ ギ ! ! ! !

 

 

 

 

分厚いオーラが空気を震わせる。

 

背筋が凍るような感覚。

 

周りのウィッチはそのオーラに息をのむ。

 

北郷章香は一人、目を見開いた。

 

 

これは…知っている。

 

 

通信室でも感じたモノだ。

 

これを感じて、空が変化して…

 

そして…彼は居なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュータイプ・デストロイヤー

NT-D

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!!??」」」

 

 

 

ガコン、ガコン、と凶悪さを見せるように変形するネウロイの体。

 

人の形を変えることなく狂気だけは形変える。

 

至る所から赤い光が漏れ出す。

 

それはネウロイ特有の絶望を見せる赤い光。

 

最後に頭の部分が切り替わる。

 

真っ黒な装甲から、濁った色をした金色のアンテナが本当の正体を見せた。

 

 

『ユニコーンガンダム2号機バンシィ』

 

_____それがやつの名前。

 

 

 

「く、黒数は、こんな奴と、ひとり戦って…」

 

「あ、あ、ああ…っ!」

 

 

 

若本徹子と坂本美緒はその正体にうまく言葉が出せず、他のウィッチもその人型ネウロイに震えすら覚える。いや既に中にはそのオーラと威圧感によって震え出すものもいた。

 

無理もない。無理もない話だ。

 

この一年を通して精鋭に近づいたが、まだ彼女達は子供だ。想像以上の恐ろしいモノに直面した経験は無い。しかしそれは見える形で現れて存在感が訴える。

 

 

___貴様らを滅ぼす(デストロイ)

 

 

 

 

「ぅぁぁあああああ!!!!」

 

 

「た、竹井!?」

 

 

「あなたが!あなたが!!私たちの准尉を!黒数さんを!!」

 

 

「よせ!!」

 

 

 

北郷章香の声も届かない。

 

竹井醇子は引き金を引いてバンシィを撃つ。

 

まるで恐怖心を殺すように。

 

だがそれ以上に小さな少女の中には奮い立たせなければならないモノがあった。恩人が、先人が、皆と近い立ち位置で日常を育み、皆と同じ空で戦いを駆け巡り多くを与えてくれた。

 

そんな人を奪ったネウロイが憎い。

 

とても憎いッッ!

 

憎くてたまらないッッ!!

 

涙が出るほどに苦しくてたまらない!!

 

 

 

けれど、厄災はそこまで現実に優しくない。

 

 

 

 

「ギィ???」

 

 

 

「ぅ、ぁ…!!」

 

 

 

時代遅れだとばかりに機関銃を弾いてしまう装甲は彼女の憎しみを受けない。

 

むしろ憎しみを流し込む機体が赤い目を光らせてウィッチを見る。

 

 

 

__滅ぼす。

 

__落とす。

 

__オマエを、壊す。

 

 

 

「!」

 

 

ビームマグナムの銃口が竹井醇子に向けられる。

 

銃口からは光が集約し、そのトリガーは指にかけられた。

 

 

 

「やめろォォオオ!!」

 

 

 

叫びながらバンシィに接近する北郷章香。

 

扶桑刀でビームマグナムを握るその関節を狙い斬り落とそうと振り下ろす。

 

 

 

「ギギギ」

 

 

バンシィは関節部分を守るようにビームマグナムを傾けて、ビームマグナムからガコンと音を立てると鋭くナニカが飛び出した。

 

 

 

「なっ!?その刀はッ…!!?」

 

 

ビームマグナムから一本の刀。

 

それは扶桑刀。

 

黒数強夏がバンシィのマニピュレーターに突き刺したままへし折ってしまったその断片。

 

その断片がビームマグナムの側面から飛び出すと北郷章香の扶桑刀を防ぐ。

 

コスト違いの下格闘『ビーム十手』を使ったバンシィだが、この瞬間のみ黒数強夏からコスト(武装)を奪ったが如く、ビームマグナムに仕込まれた受け刀が『バンシィ・ノルン』の真似事として北郷章香の攻撃を防いだ。そこにすかさずビームサーベルが襲いかかる。

 

 

「がぁっ!」

 

 

北郷章香はもう一本の刀を取り出して追撃のビームサーベルを受け止めるが、人間よりも一回りか二回り大きな人型ネウロイの重量とその腕力によって弾き飛ばされる。

 

 

 

「醇ちゃん!」

 

「竹井!!」

 

「っ!」

 

 

坂本美緒と若本徹子が叫びながら竹井の左右に位置付きシールドを展開する。

 

それに呼応する様にバンシィはビームマグナムのトリガーを引き、うち放つ。

 

三人は受け止めた。

 

 

 

「ぐぐぅぅ!!」

 

「うおぉお!!」

 

「ううっ、っぅ、ぅぅぅぅぁぁあ!!」

 

 

小さなウィッチがただ一つの攻撃を、画面越しならワンボタンで放てるただのメイン射撃を必死に防ぎ、受け止める。

 

 

 

だが、それはビームマグナム。

 

たかが三人程度で受け止めれるほど甘くない。

 

 

 

 

「ぐぁぁ!!」

 

「うぁぁあ!」

 

「きゃぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

空気を震わせるような爆発。

 

三人のシールドを破壊する。

 

坂本美緒は左手を、若本徹子は右手を、竹井醇子は両手を、ビームマグナムの余波と爆発の衝撃で文字通り焼き切ってしまい、真ん中にいた竹井醇子に集中する。更にビームマグナムの拡散したエネルギーが重力に従い浦塩に降り注ごうとする。それを察した周りのウィッチ達は体に鞭を討ちながらもシールドで受け止めようと回り込んでいた。それほどに凶悪な攻撃。その形偽ることで得た力。空を震わせた。

 

 

 

「ぁ、ぁぁ、みん、な…」

 

 

ついにストライカーユニットが煙を上げて爆発する。

 

魔女の箒は…ここで折られた。

 

 

 

「醇、ちゃんっ!!!」

 

「たけ、いぃぃ!!」

 

 

二人の悲鳴と共にウィッチは落ちる。

 

 

 

「竹井!竹井ッ!!?」

 

 

助けに入れるウイッチは誰一人いない。

 

北郷文香は墜落をいち早く察して助けに入ろうとする。

 

しかし、振り下ろされるビームサーベルが立ちはだかる。

 

 

 

「ギィ」

 

「このっ!!」

 

 

それを受け止め、その巨体が力ずくで道を塞ぐ。

 

赤いモノアイが光る。

 

その眼は笑っているように見えて…

 

 

 

「ギ、ギ、ギィ!」

 

「そこを退けェェ!!」

 

 

しかし落ちゆく魔法力では純粋な力で勝つことも叶わない。

 

その後ろで…

 

力なく落ちてゆく、仲間の姿…

 

 

 

「あ、ああ、あああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

__やめろ…

 

 

 

 

 

「ギギギギ!!」

 

 

 

 

 

__やめろ……!

 

 

 

 

 

 

 

「ギギギギギギギギ!!!!」

 

 

 

 

 

 

__やめろォォ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ギギギギギギギギギギギギギギ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____ 無力だ。

 

 

 

 

 

 

わたしはとんでもなく無力だ。

 

弱い弱い、そんなウィッチ。

 

 

 

 

 

舞鶴を守れる程度しか自信がない。

 

情けない情けない、そんなウィッチ。

 

 

 

 

 

大切なものをこの手で守れるか不安なばかりだ。

 

駄目なダメな、そんなウィッチ。

 

 

 

 

 

軍人として恥ずべきこの弱さを知ってる。

 

愚かな愚かな、そんなウィッチ。

 

 

 

 

 

 

落ちてゆく教え子を一人も守れない隊長。

 

資格のない…あなたは小さなウィッチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやだよ…

 

 

 

 

 

 

くるしいよ…

 

 

 

 

 

 

たすけてよ…

 

 

 

 

 

となりにいてよ…

 

 

 

 

 

 

やくそくしてよ…

 

 

 

 

 

いっしょにいてよ…

 

 

 

 

 

 

わたしと…

 

 

 

 

 

 

 

わたしと…

 

 

 

 

 

 

 

わたしと…

 

 

 

 

 

 

 

わたしと…

 

 

 

 

 

 

 

そらをとんでよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____ 願那夢(くろかず)……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだな。

 

____今、約束を果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぇ…」

 

 

 

 

 

刹那_____そこに、彗星が現れた。

 

 

 

 

 

「ギィ??_____ 」

 

 

 

 

ビームシールドが光る。

 

宇宙の上から降り注ぐ願い星。

 

故に…

 

 

「____ギィィィァァァ!!?!!

 

 

「「「!!???」」」

 

 

 

 

閃光の如くその赤い光を刻んだ。

 

 

 

 

「ぁぁ、きみは、いつも、本当に……」

 

 

 

あの頃を思い出す。

 

舞鶴の海でも同じように、それは光った。

 

二人で共に作り上げたビームシールドが、二人の盾としてその約束を『守る』ように絶望を形した厄災を切り裂いてくれた日を。

 

それは7月の、強い、夏の、(そら)強夏(きょうか)として願い(また)は夢を描くこの世界の願那夢だったことを。

 

わたしは昨日のように覚えている。

 

彼が約束を果たそうと駆けつけてくれた舞鶴の空の場所で…

 

 

 

 

竹 井 ィ ィ ィ ィ ィ ィ ! ! ! !

 

 

 

バンシィのモノアイを刻んだビームシールドを収めると垂直に降下し、その手を広げて落ちゆくウィッチを優しく受け止める。

 

魔女はその声に、目を覚ます。

 

 

 

「ぁ、れ?」

 

「竹井?大丈夫か?俺がわかるか?」

 

「……ぁ…く、ろ、かず、さん?」

 

「ああ、俺だ、君たちの副隊長だ」

 

「ぁ、ぁ……ぁ、ぁ……黒、かず…」

 

「悪いな、大事な時に居なくて…」

 

 

その腕に抱かれ、その温度は覚えている。

 

だから魔女は安心したように…笑みんで。

 

 

 

「えへへ……まって、まし…たよ…」

 

「っ、お前は本当にいい子だな…!」

 

 

彼はよく撫でてあげる頭の代わりにその腕の中の小さなウィッチをギュッと抱きしめる。

 

心臓の音は本物だ。

 

それを感じた竹井醇子は安心して気を失った。

 

黒数強夏はそのまま上昇して若本徹子と坂本美緒の元まで飛ぷ。

 

口と手を震わせる若本徹子の姿。

 

泣き虫な坂本美緒は感情のまま涙をこぼしながらもその声はしっかりと「黒数、准尉 …」と彼の名前で確かめ、彼もまた「坂本美緒」と返して明らかにする。

 

 

 

「二人とも竹井を頼む」

 

 

「あ、ああ…」

 

「っ、醇ちゃん…」

 

 

まだ動ける片手ずつで竹井醇子を抱えた、坂本美緒と若本徹子の頭をワシャワシャワと2回ほど撫でる。

 

そこには日常でよくありげな姿が重なる。

 

だから、ついには若本徹子からも一筋涙がこぼれ落ちてしまう。

 

帰ってきたんだ、この人は。

 

安心が心の底から湧き上がってそれが涙に変わってしまうから、それは仕方ないことだ。

 

 

 

「……」

 

 

黒数強夏はもう一人の元まで向かう。

 

約束を続けるためにもう一度。

 

すると空が祝福するように優しく撫でる。

 

ポニーテールも風に靡いて揺れ動く。

 

歓迎の中で彼は、彼女の前で止まり、待ち焦がれたその眼を見て、言葉を送った。

 

 

 

「___ただいま、ふみか」

 

「___おかえり、きょうか」

 

 

 

いつもの言葉。

 

いつもの交わし合い。

 

いつもの温度が二人を包み込む。

 

いつもの第十二航空隊が空で戻ってきた。

 

 

 

「ギギギ……ギギギ!?!?」

 

 

 

再生したネウロイが男を見る。

 

ソイツは、落としたはずだ。

 

この手で、デストロイ(叩き潰した)はずだ。

 

何故、ここにいる??

 

言葉は無くともその目が物語る。

 

黒数強夏は装甲のように冷たく紛い物を見る。

 

すぅぅっと、呼吸して…

 

 

____見据えた。

 

 

 

 

 

俺 の 章 香 を 泣 か せ た な ? ? ?

 

 

「ギギギ…」

 

 

 

 

北郷章香の腰から扶桑刀を勝手に引き抜くと憎悪を込めて黒数強夏は憎しみを流し込む機体を見る。モノアイ部分の修復を終えたバンシィもビームマグナムとビームサーベルを握り直して黒数強夏と相対する。

 

ぶつかり合う威圧感に北郷章香はこの場所に止まることが危険だと察知して坂本美緒や若本徹子の元に撤退し、後の全てを願那夢の名を背負う第十二航空隊の副隊長 黒数強夏 准尉に託す。

 

 

 

その二つは浦塩の空で再びぶつかり合った。

 

 

 

 

つづく

 

*1
因みにフルセイバーは一週間戦い続けれる機体です






はい、12000文字でーす。
ヒーローするといつもこれだよ。
仕方ないね♂


因みに孤児院の院長は深紅で稲妻な人に似てたりするらしい。
この人が『教材』として黒数にガンダムを教えた。

ではまた


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29話

前回長かったので今回は短めね。

ではどうぞ


 

 

奴の姿形はバンシィ。

 

強さもそれ相応に秘めた機体。

 

サイズは人間よりも一回りか二回り大きい。

 

全身から溢れ出る凶悪さ。

 

しかし本質はネウロイ。

 

知能や習性は獣に近く人間ほど能動的に動ける生き物ではない。

 

コアさえ貫けばそれで終わり。

 

 

「ギギギ…」

 

「……」

 

 

晴天の空に似合わぬ黒の狂気は夜間哨戒の時より良く見えてそれがわかりやすい。北郷の腰から引き抜いた刀を握りしめて、もう片方の手には現在意識を失っている竹井から回収した機関銃を握りしめ、奴と向かい合いながら少しずつ横に動いて立ち位置をズラす。

 

もう一度言う。

 

今日は晴天の空。

 

夏の太陽が人類を味方するならそれはこの瞬間も同じである。

 

 

「!」

 

 

背中に照りつく日差しを感じ取った瞬間、一気にブーストダッシュを行いバンシィに接近、迎撃としてビームマグナムが飛んでくるが銃口の位置を確認しながら脳内で予測線を立てて回避する。

 

 

「ギギギ!!」

 

「やはりお前は熱感知タイプだな!夜間に出てくるくらいだ!そうで無くてはおかしい!」

 

 

 

ネウロイにはあらゆるタイプが存在する。

 

視覚から外の情報を得るタイプ。ユニットから放出されるエーテル化した魔力を感知するタイプ。もしくは魔女自身が体に秘めている魔法力を感知するタイプ。それに伴って人間の体温やユニットの熱を感知するタイプ。

 

他にも存在するが今上げた奴が基本系。

 

熱源、魔力、視覚。

 

ネウロイならこの3つ。

 

そして純粋な視覚に頼れない夜の時間に出てくるネウロイは冷え切った空気の中で稼働することで発熱する熱源を頼りに定めてくる。

 

では目の前のバンシィは何故熱感知タイプと断言できたのか?理由は至ってシンプル。

 

コイツは夜間中に出てきたから。

 

それだけだ。

 

仮にこのバンシィが視覚、熱源、魔力の基本系を複合した万能なタイプだとしても夜に現れたのなら夜間に適正した性能が優先される。

 

 

 

「結局は紛い物じゃねぇか!!テメェごときが神聖なガンダムを偽ってんじゃねぇよ!!」

 

 

既にNT-Dを発動させているバンシィ、アレがエクバ基準の強化状態として部類されてるなら使用するメイン射撃はビームマグナムじゃない筈だが…… まあそこまで囚われてやる必要も無いのだろう。それは俺も同じ。武装を握ればあとは使用者次第である。

 

ダメージにならないだろう機関銃をバンシィのセンサーに向けながら少しでも射撃精度を阻害しつつ、もし奴が動けば背中の太陽を活かして夏の日差しを被せながら移動する。ビームマグナムは絶対に受けてはならない。

 

だが奴はビームマグナムならウィッチを落とせると認識してるため一つ覚えのようにビームマグナムだけで攻撃してくる。あとは接近戦の迎撃はビームサーベルと、先ほど遠くから見えたマグナム付属の十手だろうか?俺の扶桑刀使いやがって。

 

しかもその扶桑刀で北郷を攻撃したよな??

 

あー。

 

そう考えるとなんかイライラしてきた。

 

章香に何かして良いのは俺だけだ。

 

絶対ゆるさねぇからな。

 

 

 

「ギギギ!!」

 

「遅い!違う!甘い!違う!そうじゃない!バンシィはそうじゃない!」

 

 

形偽れてもその機体は初心者が扱えるほど甘くない。ある程度の機体知識は組み込まれているだろうが『択』を間違えてる。正しい迎撃。正しい追撃。正しい射撃。エクバは機体の理解力が毎秒試される難しいゲームだ。それ相応の練度を必要としている。

 

何度も言う。

 

コイツはただ形偽っているだけ。

 

その機体性能にロマンはあるだろうがコイツはただそれに満足しただけの存在だ。

 

そんな『機体』とはな。

 

 

 

「何千回と画面越しに戦っているんだよ!」

 

 

前回はアウェーの中で不覚をとった。

 

しかし今回は違う。

 

強い夏と書いて『強夏』。

 

この季節(なつ)は俺を強く味方してくれる!

 

 

 

「貰うっ!!」

 

「ギ!」

 

 

バンシィの左腕、ビームマグナムの方から武器を振りかぶり接近戦を仕掛ける。するとバンシィはビームマグナムを傾けてるとこちらに十手として扶桑刀を側面から打ち出してきた。近接武器に対する迎撃手段。

 

それに対して俺は……刀に被せた。

 

 

「!?」

 

「残念だったな!」

 

 

 

使ったのは鞘袋。

 

章香の腰から引き抜いたのは扶桑刀ではなくそれを収めるための鞘である。

 

それをビームマグナムの側面体飛び出した十手の刃に鞘袋を被せることで収めた。

 

 

 

「それは魔女の剣だ!これがどういうことが教えてやろう!」

 

 

十手を収めたままその鞘袋を強く握りしめる。

 

次に魔法力を流し込む。

 

それを内側から一気に解放した。

 

 

 

「粒子発勁(はっけい)!!」

 

 

 

扶桑刀は普通の刀とは違う。

 

魔女の魔法力を流すことができる特別な鉄で精製した刀であり、これに魔法力が流れることで切れ味が鋭くなりネウロイの装甲を切り裂くことが可能になる。抜刀前に鞘袋の中で魔力を充満させて付与する。もちろん抜刀後も柄から魔法力を注ぐことは可能だが章香のように居合もできるウィッチはこのやり方を利用する。

 

さて、魔法力が流れる刀と鞘。

 

そこに莫大な魔法力を注がれたどうなるのか?

 

簡単だ。空気の入りきらなかった風船のように爆発するだけだ。それも俺の暴力的な魔法力が扶桑刀を通してビームマグナムにも行き渡る訳だから『ドカーン!』とシナンジュスタインよろしく爆発するんだよなぁ!コレが!!

 

 

「ギギギ!!??」

 

 

破壊されたビームマグナムに退けそるバンシィにビームシールドを伸ばしてその胸元、もしくはコクピット部分を狙う。すると切り裂かれた装甲からコアが剥き出した。そこに機関銃で追撃を入れるがバンシィはアームド・アーマVNの大爪を開いてコアの部分を守る。この辺りネウロイとしての生存本能が働いてるみたいだ。

 

 

 

「なら関節は貰う!」

 

 

手元に召喚した4本の牙を投擲する。バンシィのアームド・アーマVNにぶつかった瞬間、意志を持ったように4本の牙は動き出すとバンシィの腕関節部分に纏いつき…

 

 

 

「いけ!ファング!」

 

 

ガンダムスローネツヴァイが扱う武装がバンシィの関節部分に強引な噛み付き、その稼働範囲を狭める。ギャンのシールドを召喚するとそれを両手に持って一気に突進、満足に動かせないバンシィのアームド・アーマVNをねじ伏せながらトリガーを引いた。ギャンの優秀なメイン射撃シールドミサイルがゼロ距離で装甲を破壊した。

 

 

 

 

「黒数っ!」

 

「や、やった!」

 

「やったのか!?」

 

 

おっと?それフラグやぞ。

 

喜びたくかるのはわかる。

 

でもまだ終わってない。

 

ただ、バンシィの両手は無くなった。

 

 

 

「ギ、ギ、ギ」

 

「バンシィは強い。良機体だ。俺もよく知ってる。しかしその身に余る機体だったな」

 

 

両腕がない以上はサンドロックのヒートショーテルで容易く切断できる。

 

両手に構えてバンシィを斬り伏せようとした、その時だった。

 

空に浮かんでいた黒雲がバンシィの真上に渦巻き、赤い雷を落とした。

 

 

 

「ギギギギギギ!!??」

 

「なっ!?」

 

 

バンシィに降り注ぐ太く赤い光線。まるで裁きの(いかずち)を落とすが如くその機体を焼こうする。まさかコイツを消し飛ばす気か?

 

 

 

「待てぇ!そいつは俺のコスト(養分)だ!引っ込んでろ風見鶏!!」

 

 

消し飛ばされる寸前のバンシィにヒートショーテルを投擲してコアの切断を試みる… が、拡散する雷がヒートショーテルを弾いてそれが俺の方に跳ね返ってくる。咄嗟にビームシールドで防いたが体勢を崩してしまい、さらにストライクユニットのブースト量が限界を迎え始めると滞空状態から徐々に落下を始める。

 

 

 

「っ、こんな時に!」

 

 

目の前で引き続き裁きの雷がバンシィを焼き焦がし、とうとう全ての装甲は砕け散るとコアだけが露出された。すると黒雲からひとつまみサイズのキューブ型ネウロイが出現。夜間哨戒でも見た四角い箱だ。それがバンシィのコアを包み込、渦巻きながら黒雲の中に回収する。

 

 

 

「このまま逃すと思うなよ!」

 

 

機関銃を片手に構えながらハイパー・バズーカも召喚すると残りブースト量が許す限り双方のトリガーを引き、機関銃とバズーカでフルバーストを行うが、黒雲を纏う電気のバリアに弾かれて機関銃とバズーカの攻撃が届かない。

 

そして黒雲は役割を果たしたのか最後に暴風を起こしながら援軍のウィッチを近寄らせず、浦塩から離れるとそのままネウロイの住処へと消え去ってしまった。

 

逃してしまった…

 

その悔しさと共に…

 

 

 

「ぅぁ…」

 

 

視界が歪み、意識も少し落ち始める。

 

やや無理しすぎたか。

 

そりゃ慣らし運転も無く瘴気の中を強引に飛んだんだ。抗体を作り上げるためにも多量に魔法力が削られて当然だろう。あと久しぶりの魔力行使によって体が加減を忘れていた。張り切りすぎたのもあるが、ともかくこれ以上は飛べない。空でガクンと姿勢が落ちる。

 

そして手をつかまれる。

 

上を見る。

 

 

 

「章香…」

 

「君は、いつも…ほんとうに…ほんとうに…」

 

 

 

震える腕から伝わる感情。

 

俺はその手のひらをしっかり掴む。

 

そして彼女からも強く掴み返される。

 

もう二度と離すまいと思わせるように。

 

 

 

 

「ただいま、章香」

 

「!!…っ、ああ、おかえり、黒数!」

 

 

 

 

再び交わし合った言葉と約束の続き。

 

浦塩の空には 彗星 と 魔女 が 飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1938年8月1日

 

扶桑皇国はウラル最後の砦、浦塩を放棄した後ネウロイは人跡が無くなった状態を良いことに浦塩を破壊しこれを侵略地として構え、扶桑皇国軍は海軍部隊を中心に扶桑海を防衛ラインにするとウラルに根を張るネウロイとしばらく睨み合いが続いた。

 

また特に注意とされし存在はウラルを侵略したネウロイの中核となる『山』であり、偵察ウィッチの報告によるとネウロイを量産する動く工場と報告を受けた。つまりコイツがウラルを脅かした元凶であり最優先討伐対象。だがウラルの広大な区域から山を攻めるのは至難であり陸海が全戦力投入の形で手を組まない限りは不可能である。仲の悪い陸と海でそんな未来があるかもわからないが。

 

ただ共通認識としてはネウロイは海を渡れない。

 

ネウロイは水を嫌う。

 

現れた山は地面を這う。

 

ウラルからは飛行型ネウロイが散発的ながらも侵略してくるがまだ凌ぎ切れる程度であり、ウラルという大きな損失を生みながらも、ともかくはネウロイの侵略に恐れる必要は無くなった …という見解で双軍は落ち着いた。

 

とりあえずは一息つける状態だ。

 

大規模な撤退戦も終え、浦塩に住まわれていた国民の避難も終えて疲弊しきった軍の羽休めに勤しんでいる。もちろんネウロイに防衛線を越えさせないための軍用は必要だが、そこら辺は海軍ウィッチの新藤美恵少尉らが見張ってくれてるので平気だろう。何より零戦部隊だ。俺から持ち込んだはぐれネウロイの情報も浸透してるため戦力分析も的確に行える。このように優秀なウィッチはちゃんといるんだけどそれでもネウロイの脅威は留まりを知らない。

 

どこかで決戦に持ち込まないとならないな。

 

この惨状は終わらない。

 

まあ、ともかく羽休めだ。

 

第十二航空隊も浦塩から撤退し、扶桑に戻ってきた。こうして激戦から脱した第十二航空隊だが疲弊し切っていた。英気を養わせるためにもウィッチ達に休暇申請を半ば強制的に行わせて実家に返らせるなりと、戦場から剥がすと第十二航空隊は数日程度の休みを取ることにした。

 

もちろんそれは原隊復帰した俺も同じだ。

 

 

その前に俺のことも話しておこう。

 

まあ言わずもがな、第十二航空隊のウィッチ達から大いに帰還を喜ばれたが、竹井を筆頭にわんわんと泣いて抱きついてくる娘が何人かいたのであやすのに少し苦労した。兵士として成長したがまだまだ精神的に未成熟だ、仕方ないことだろう。それから俺は第十二航空隊に原隊復帰するも北郷からは休むように言い渡されたが人手不足は深刻。

 

ストライクユニットを調整しながら半日だけ休むと再び空を飛び、浦塩近辺の哨戒を任務に当たりながら扶桑皇国に移動する国民を空から見守り、時には浦塩から離れる扶桑国民に願那夢の姿を見せながら空から手を振ることで願那夢は今も健在であることを見せつけて人々の不安を取り除く。

 

そうやって5日浦塩で撤退作業に尽力し、とうとう第十二航空隊も扶桑皇国へ移動を開始、懐かしの舞鶴まで戻って来た。

 

 

「では緊急動員を除き、8月5日に舞鶴の講道館に集合だ。それまではしっかり英気を養うように。では第十二航空隊、一時解散!」

 

「「「お疲れ様でした!!!」」」

 

 

 

舞鶴駅の前で北郷の声が響き渡り、第十二航空隊のウィッチ達はそれぞれ手配された電車やバスに乗り込み、一人ずつ解散される。

 

さて、そんな中で身元も、住まいも、終いには住民登録も、何もない俺はどうなるのか?

 

一応、舞鶴の講道館には住まわせてもらった蔵がある。まだ残っているみたいなのでそこを拠点にしながら再編成されるその日までハッパさんとストライクユニットの調整を行ったりと舞鶴で過ごそうと考えていたのだが…

 

 

 

「では黒数、私たちも行くか」

 

「…え?どこに?」

 

 

いつのまにか纏められている俺の荷物。

 

役人によって立派な車に乗せられている。

 

え?何事??

 

思考が追いつかないまま流れるように俺も車に乗せられてしまい、続いて北郷が俺を奥の席に押し込むように俺の座ると運転手に発車を促すと車は走り出す。

 

え?え?なに?

 

急展開に思考が追いつかない。

 

途中蕎麦屋にいたハッパさんを見かけ、ハッパも車に乗せられた俺の存在に気づいて驚いてたのだが、納得するように「あー、なるほど」と自己完結した表情を見せ、一気に興味を無くしたのか再び蕎麦に集中して俺の行方を見捨てやがった。

 

心のベルリ・ゼナムが「ハッパさぁぁぁん!」と叫んだ。

 

 

あと電車から顔を出していた第十二航空隊のウィッチとも目があったのだが、俺の姿を把握するとウィッチ同士で顔を合わせてヒソヒソ、再びこちらに顔を向けると何処ぞのスパイでファミリーな超能力娘のニヤケ顔をして『b』と指を構え、並走してた電車と車は別れる。つまり見捨てたってことなんだろう。

 

心のマスク隊長が「ふざけているのかぁぁ!」と叫んだ。

 

 

もう外側から頼れる人はいないらしい。

 

諦めて窓から顔を戻し、座り直す。

 

 

 

「章香?これ、どこ行くの?」

 

「おや?言ってなかったか?」

 

「いや、なにも」

 

「そうか。まあなんというか第十二航空隊は隊長も副隊長も関係無く強制休暇だ。そうなったからには全力で休む必要がある。君もな」

 

「あ、うん、それはわかるぞ?だから舞鶴で適当に休めようと考えてたし、なんなら再編成までハッパさんとストライクユニットの調整でもと計画してた訳なんだが…」

 

「それでは休まらないだろう。なので私が気を利かせて君をしっかり休めようと思う。隊員の体調管理も上司の仕事だからな」

 

「おーけー、気遣いすごく痛み入るし理由はわかった。で?この車は一体どこに向かってるんですかねぇ??」

 

「ああ、それはだな……」

 

「…」

 

「ふふっ、秘密……いや、これは機密だな」

 

「副隊長にすら教えれない機密とかこえーよ」

 

「はっはっは!まぁまぁ、安心したまえ」

 

「!!……ははっ、なるほど。そりゃいいや」

 

「??」

 

「いや、なに。章香のその『はっはっは!』って笑い方、久しぶりに聴いたからな。やっと肩の力抜けてるようで安心したよ」

 

「っ……そ、そうか?」

 

「ああ」

 

 

 

目的地は濁されながらも大人しく連れて行かれることにした。

 

すると運転手は俺のファンなのかおずおずと話しかけて来たので、俺も軽く返したり、ウラルの話は今のところあまりできないので代わりに舞鶴での活躍を自慢してやったりと、海岸沿いを車は進み一時間が経過する。

 

 

そして到着したのは【石川県】だった。

 

 

 

「加賀市…!温泉の聖地じゃないか!」

 

 

 

心躍らせながら外を見る。

 

何処かに宿泊予定地でもあるのか?

 

しかし…

 

 

 

「あれ?曲がっちゃ…う??」

 

 

 

気づいたら町から外れて山奥に。

 

すると人の手で整えられた道に入った。

 

財力を示すように狛犬の石像が並んでいる。

 

え?

は??

なに??

 

すぐに余裕が無くなった。

 

頭から冷や汗が出てくる。

 

隣の席を見る。

 

北郷はなにやら懐かしそうな顔でこの道を眺めている。

 

 

おいおいおいおい……

まさか…

 

 

そして車は止まった。

 

俺はまだ思考が拒んで動けない。

 

すると扉は外から開けられて、役人に誘導されて降りることになる。

 

時刻は夕方か。

 

オレンジ色の夕焼けが目的地を照らす。

 

そこには立派で大きな玄関と、その大きな扉には家名の紋章が刻まれていた。

 

それは隣にいる女性から見せてもらったことがある家名の印。

 

そう、つまり『北郷家』の紋章だ。

 

 

 

「ようこそ、歓迎するよ、私の家に」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前 は 一体 何を 言っているんだ ??

 

 

 

 

 

 

 

脳内はアクシズ落としで大変だった。

 

 

 

 

 

つづく







もう助からないぞ♡



ではまた


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30話

 

 

 

あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ…?

 

おれは石川県加賀市に連れて行かれたと思ったら北郷家の玄関前に降りていた…

 

な…何を言ってるのか、わからねーと思うがおれも車越しではわからなかった…

 

頭がどうにかなりそうだった…

 

サイコミュ兵器だとかガンプラバトルだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ…

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

 

 

 

「むしろ片鱗で済めばいいんだけどなぁ…」

 

 

さて、現実逃避も許されない最中、俺は北郷家の家紋が刻まれた門をくぐり抜けたあと先導する北郷家の案内人の後を着いて行くのだが、向かう途中で章香が「先に向かってくれ」と行先で別れてしまい俺は案内人と取り残される。

 

俺も「はい?」とワンテンポ遅れて返したが既にポニーテールを揺らしながら別の道に歩みを進めてしまいその声は届かない。

 

そうやって廊下の真ん中で佇んでしまうが案内人から進むように催促されて引き続き案内される。

 

客間に到着した。

 

案内人が襖を開けるとそこには座布団が二つだけ敷かれた畳の部屋だった。

 

 

わぁ!ここが客間ですか(白目)

色んな道具がありますねぇ(撹乱)

こんなに揃っているとは思わなかった(恐怖)

 

 

のように、現実逃避を試みた故に電波を受信してしまった俺はキャパオーバーを起こして立ち止まっていたが案内人はそんな事を気に留めず「こちらの方でお待ちください」と一枚だけ敷かれた座布団に待機場所を差し出される。

 

俺は「あ、はい」と半ば諦めながら一つだけ用意された座布団の元まで向かう。

 

最後に役人から「何卒宜しくお頼み申し上げます」と意味深な言葉を残して襖を閉じらた。

 

もう嫌な予感しか漂ってない。

 

 

てか俺はこれから一体何されるんですか??

 

石川まで来たものだから本格的な慰安旅行だと思ってワクワクしてたらアクセル全開!ハンドルを右に!そうして温泉町から離れて行く。

 

これにはインド人も右にびっくり。

 

それから答え合わせとして北郷の実家に連れてかれてしまい、言葉が出なかった。

 

その後も大した説明もなく家紋をくぐり抜けて奥までドナドナされてしまう始末。

 

今宵は夏なのに身が震えてきたゾ…

 

 

 

「な、何が目的なんだ…???」

 

 

実家に連れていかれる。

 

まあ、これは、うん、わかる。

 

自慢の部下だとか、頼もしい仲間だとか、色々と募った想いを元に私は元気ですと親に報告したい気はわかる。俺も親が生きてたら優秀なウィッチとして成長した竹井とかめちゃくちゃ自慢したいし。これは副隊長として本心だ。

 

けれど……招かれるにしても流石に……ねぇ??

 

コレがもし華族でもない普通の一軒家、まあつまり身分に囚われのない平民だったら現世にいた頃のように「あ、どうもです」とか「お世話になってます」のように社交辞令のためほんの少し畏まるくらいで、あとはその場の雰囲気と空気で徐々に打ち解けつつ和やかを望める筈だよ、うん。

 

てか俺もそういう経験あるし。孤児院の出として世間に疎い中で色々教えてくれたりとお世話になった人はそこそこいて、その親に挨拶だってしたりと経験はしてきたよ。

 

煽り抜きで「助かりました」だから、ほんと。

 

もっとわかりやすく例えるならアレだ。

 

宮藤家に手紙を届けに宮藤博士のご家庭を訪ねたあの程度の感じだ。

 

あのくらいならまだ全然ご両親に顔出しするくらい平気だ。

 

お世話になってる身故に直接のお礼も言えるし、あまり気負わないで済むからな。

 

とりあえず、そのくらい全体的に難易度低くいほうが精神的にも助かる。

 

 

だけど今の現状どうだ?

招かれたのは華族の家。

 

 

あのね?章香が内緒でどこかに連れて行くことは良いんだよ。まだ浦塩が生きてた頃だって第十二航空隊のウィッチ達にお出掛けとして港町に連れてきて、帰る前にサプライズで貸切の温泉に連れて行くなど喜ばせる事はあった。彼女は人にサプライズができるユーモアセンスをお持ちだ。それはいいことだと思う。

 

 

けれどさ……上げて落とすの怖すぎだろ!?

 

そりゃ俺が一方的に期待した結果なんだろうけど、でも石川県の加賀市に連れてこられたら流石に温泉地を相手にその気になるよ。

 

てか湯船に浸かるなんてそうそう無いからな。

 

ウラルじゃ最後の方なんかネウロイにほとんどインフラ破壊されて浴びれるのは水道のホースとそれで普通だったし。だから温泉地はあまりにも期待値が高かくてオラワクワクしてたぞォ!!(過去形)

 

 

しかしワクワクは浜で死にました。

ネウロイを討つために…!

 

いや今回はネウロイ関係ないか。

あ、でもネウロイはくたばれ。

 

 

 

「でも華族の御実家に招くのは流石にマキオンのV2アサルトバスターがS覚醒で蹂躙してくるレベルの話だぞ…」

 

 

もう一度言うけどこれが普通のご家庭ならまだ良かった。ここまで気負わない。緊張したりはするけどここまで恐れない。しかしコレが民草とかのレベルじゃなく華族に招かれた上に、北郷の家名を持つ章香から直接北郷家に招かれたってことだ。しかもほぼ強引にな。

 

え?

北郷家は他の華族と比べてまだ小さい方?

 

いやお前さぁ…住民登録すら済ませてない世捨て人からしたらそこに大差ないからな??

 

 

 

「と、逃走経路を探っておくか……」

 

 

とりあえず言われた通りに大人しく座布団に正座した後、怪しまれない程度にキョロキョロと見渡して万が一のための逃げ道を模索し、頭の中で逃走ルートを確保しているとザァー!と襖が勢いよく開かれた。

 

 

一瞬にして部屋の空気を張り詰めさせるような威圧感が頬を撫でた。

 

俺は背筋を伸ばして身構える。

 

そこには一人の男性。

 

間違いない。

 

北郷章香の___父親だ。

 

 

 

 

「お主が__黒数強夏か?」

 

「あ、はい、そうです」

 

 

 

お、死んだ?

これ死んだか??

また現世に戻る??

いや戻れる訳ねぇだろ。

次は奇跡起こらないって。

 

それよりどうする?

この場をどう凌ぐっぺ??

 

誰でもいい、教えてくれ。

 

なんなら院長でも構わないぞ。

 

……え?何?

教えを乞うならゼロシステムが一番?

馬鹿野郎、あんなのに頼めるか!!

まずゼロは何も言ってくれないんだよ!!

 

え?なに?

手段はある?

 

逃げれば一つ?

進めば二つ手に入る?

 

あー、なるほど。

 

でもこの場に二つあるのは座布団だけだよ。

ははは、草バエル。

 

やかましいわ。

___お前を殺す(デデン!)

 

 

 

「お、お、お…」

 

 

「?」

 

 

「俺が願那夢(ガンダム)だ!!」

 

 

「………」

 

 

 

混乱から生まれた謎の主張が部屋の中で響き渡り、静寂の中に消える。

そして男から反応は無かった。

 

 

 

「………以上です」

 

 

 

以上じゃなくて異常だった俺氏。

無事、木製エンジンで燃え尽きる。

 

もうやだ、お家帰りたい!!

 

まあ元々帰るお家なんて無いけど。

 

仮にあっても舞鶴にある蔵か?

てかそこはどうでもいいよ。

 

え?なんで願那夢を名乗っただって?

 

いやだって自爆ショーのWガンダムは参考にならないから物語終盤で対話の作品と化したOOガンダムなら何とかなりそうだと思って願那夢名乗ったけど、見ろよこの静寂!!

 

ははは、なぁ、お前ら…

こんな世界で満足か?

俺は、嫌だね…

ロックオン、ロックオン…

 

 

ちなみにロックオンされてるのは俺の命運。

 

見ろよ、この人の立ち姿。

 

家名を背負った人間だぞ。

 

 

 

「願那夢か、名は聞いておる…」

 

「!」

 

「よくその命一つでウラルの侵攻を止め続けてくれた。扶桑皇国を、その国民を、守りたい一人の軍人として、感謝する」

 

「い、いえ!頭を上げてください!そんな!恐れ多いですから!!」

 

 

 

その男は頭を下げた。

 

規律に忠実な角度だ。

 

だから、まぁ確信に繋がる。

 

 

 

「あの、失礼ですが、海軍少将の『北郷茂史(きたごう たかふみ)』さんでお間違い無いですよね?」

 

「いかにも」

 

「!!、ふみ……あ、じゃなくて…自分の上官である北郷章香少佐からお伺いしております。この世で一番尊敬すべき素晴らしい父君である方だと…」

 

「……そうか」

 

「はい。そして、その北郷章香少佐も大変素晴らしい方です。自分は少佐に多く助けられて今があります。だから願那夢は名乗りは有りしも一人歩きしてる名ばかりした英名です。それを背負う人間は大したことありません。俺は… まだそれ相応に歩めてる者だとは…」

 

「……娘から、文が届いておる」

 

「え?」

 

「自分に勿体無いほど素晴らしい男性に出会い、日常に於いても、戦場に於いても、手のひらに乗せきれぬほどの資産価値を秘めたその男に対して自分はそれ相応かと、不安を抱く文が何度か届いておる」

 

「!?………」

 

「まったく、相変わらず……」

 

 

その眼は少しだけ寂しそうで、もしくは悲しそうで、だがそれが北郷章香だからと納得したような視線と、見え隠れされるため息混じりの言葉が続き…

 

 

「自己評価の低い」

「自己評価の低い」

 

 

と、俺もそう言葉を重ねれば。

 

 

 

「ですよね?」

 

「!」

 

 

目を見開いた男が、北郷章香の父親がいる。

 

 

 

「だから、その… いつも俺が否定するんですよ。章香は凄いって。君は皆が自慢する第十二航空隊の隊長なんだってそれを繰り返す。その度にほんの少し困ったように笑う。けれど自分の精一杯を何事にも費やすそんな人です!それが彼女の最大の美点で、俺はそれをよく知ってます!近くで見てきました!地でも、空でも、海でも、あらゆる場所で!本当に素晴らしいウィッチであることを…!」

 

「…」

 

「だから、自分は章香と出会えたことが__」

 

「……章香…か」

 

「え?あ、はい、ふみか………ぇ??……ッッ!!??ああああ!いや!ええと!あ、あの!これは!その!違くて…!」

 

「……」

 

 

 

うわああああ!!やばいって!?おいおい!父親の前で流石に呼び捨てはやばすぎだろ!?せめて『娘さん』とかだろ!?ああああ違う!それも全然まずい!!てか、いやいやいや!!何親しげに人の娘さんの名前をこうも呼び捨てしてんのさ!?まずいって!やばいって!

 

あかん、茂史さんの肩が震えてる。

 

これは…これは…!!

 

殺され__!!

 

 

「………ふっ」

 

 

 

ゑ?

 

 

 

「はっはっはっはっはっは!」

 

「!!?」

 

 

 

大笑いされた。

 

いや、それはそれでこの後が怖いのですが…

 

 

 

「なるほど、確かに聞いた通りの男だ」

 

「ええと…」

 

 

急に北郷茂史の雰囲気が変わる。

 

寡黙そうな雰囲気はそのままだが、先ほどまでとは打って変わってどこか柔らかな表情を見せると張り詰めていた空気はいつのまにか落ち着いていた。

 

 

「黒数強夏と言ったな?」

 

「は、はい!」

 

「うむ。気に入った」

 

「うぇ!?」

 

「お主なら任せられるだろう」

 

「…ええと、何をですか?」

 

「章香のことだ」

 

「……あー、ええと、それは、つまり北郷少佐を上官に置いた副隊長としての…」

 

「むぅ…そうではない。君が我が愛娘の許____」

 

 

 

 

__あなた、お待たせしましたわ!

 

 

 

 

襖の奥から人の声が聞こえる。

 

すると北郷茂史「入れ」と一声。

 

すると「失礼します」と声が聞こえる。

 

一瞬、章香かと思った。

 

しかしすぐに違うことがわかった。

 

そらから襖が開き、二人の女性が入ってくる。

 

一人はどことなく章香に似た女性だ。

もしや茂史さんの奥さんか??

これも一瞬だけ章香かと思った。

遠目から見れば似ていると勘違いするかも。

 

 

そして、最後に入ってきたもう一人の女性が俺に姿を見せる。

 

 

 

「ッ__!!!???」

 

 

 

いつもの軍服の代わりに色鮮やかな振袖を揺らし、トレードマークのポニーテールを解いて髪を長く下ろし、一本の(かんざし)が髪飾りとしてより彩らせ、少しだけ塗られた口紅が大人っぽさを引き出す。

 

この姿に、心臓が全身を打つ。

 

その女性はこちらを見て…

 

 

 

「く、黒数……その、ま、待たせたな…」

 

「ッ〜!!」

 

 

 

声を聞いて、北郷章香である事はわかった。

 

 

 

「あなた見て!この子ったら、久しぶりに着飾られちゃって!とってもお似合いね!」

 

「お父様、その…振袖、どうですか??」

 

 

 

おずおずと尋ねる章香。

 

その姿は第十二航空隊の隊長ではない。

 

敬愛する父を前にした『娘』の姿だ。

 

 

 

「ああ…とても似合っている」

 

「!!…はい、それは良かったです」

 

 

 

「きききき、き、きた、きたご、う??」

 

 

再びキャパオーバーとなった脳内で情報処理が追いつかず、手をワナワナとさせ、口をパクパクとさせ、なんとか引き出せた彼女の名前で確かめる。

 

こちらに一度驚いた目をして、ふわりと笑い。

 

 

 

「ああ、私だよ___黒数」

 

「………まじ、か」

 

 

 

ここに来た時の衝撃によって脳内でアクシズが落ちてのだが、今の衝撃でもう半分のアクシズ落としが始まった。

 

お陰でサザビーは爆散し、サイド7は真っ平だ。

 

 

 

「あら、娘があまりにもめんこいから言葉が出ないかしら?」

 

「!!……そ、そうなのか?黒数…?」

 

「へ?……あー、ええと、うん。……え?なんだって?」

 

「!」

 

「あらら『うん』だって。よかったわね、章香」

 

「え?……ッ!!?あー!待て!違う!そうじゃない!これはそのっ!」

 

「あら?じゃあ可愛くないのかしら?」

 

「いや!そんなこと!全然!めっちゃ可愛らしいですよ!本当に見違えました!いつもの軍服とは打って変わって印象も大きく…!すごい…いい、と、おもいま、す………ああ、とても綺麗だ」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 

この時の俺はもう、何を語り告げるべきかわからなくなり、それはもう、心のままに言葉を重ねていたから、それを聞いた彼女の心情なんかお構いなしであった。

 

だけどこれは間違いない。

 

振袖を揺らす北郷章香は美しかった。

 

 

 

「さぁ!夕飯しましょう!」

 

「っ!は、母上!私も手伝います!」

 

「あ、それはダメよ、貴方料理下手だから」

 

「ぐあっ」

 

 

 

 

「…………………ハッ!!」

 

 

 

ワンテンポ遅れて正気になる。

 

すると目の前には膝から崩れる章香の姿。

 

え?どうしたん??

 

あー、料理?

 

うん、下手超えて壊滅的だから立たせない方が良いな。

 

 

 

「く、黒数!お前もか!?」

 

「おにぎりに生牡蠣入れるとか本当の意味で飯テロする章香にキッチンは立たせれないな」

 

「うぐっ!?いや、でも、あの頃とは比べて少しは良くなったぞ!?」

 

「仮にグレードアップしてもおにぎりに甘納豆は無いわ。おせちかよ」

 

「な、納豆の巻き寿司はあるのに…!」

 

「捻り込み *1くらい捻りすぎなんだよ!もう少しご家庭の味を想像しろよ!もっとありきたりなシンプルな具材で良いからさ!」

 

「っ、なら、夏みかん、とか…!」

 

「それならまだ米だけでいいわ!」

 

 

 

 

 

「あらあら、茂史さん見て。お弁当の具材のことまで考えてるなんて。もう既に先のことを考えてるのね」

 

二海(ふたみ)、彼を招いたのは君か?」

 

「あら?一度会ってみたいと思ってたのは茂史も同じじゃないかしら?私はただ愛娘が紹介したい自慢の副隊長(おとこ)がいると聞いたから役人とお車を手配しただけよ」

 

「やれやれ、たまたま帰ったからいいものを、まさかそのまま都合良く出会えてしまうとはな。最初は願那夢が来ると聞いて何事かと思ったが、少しイタズラが過ぎるぞ」

 

「ふふふっ、だってあの娘自ら『二人に紹介したい』と言って異性を連れてきたのよ?なら母として愛娘の頑張りを手伝わないわけにはいかないわね。だから少しくらいは魔法のイタズラを込めさせて貰ったわ」

 

「……変わらないな、君は」

 

「あら?そんな私を追いかけてきた扶桑の男は誰かしら?」

 

「一方的に追いかけて来たのは二海のほうだろ」

 

「そうだったかしら?ふふっ」

 

 

 

 

それぞれがこの日、想い人に寄り添う。

 

それはどこか似たもの同士に見えたから。

 

 

 

 

「な、ならば、蟹はどうだ!」

 

「蟹の具材ねぇ…」

 

「ちゃんと身は入れる!」

 

「……殻は?」

 

「え??……ああ!もちろん!剥くと思う!」

 

「お前もう船降りろ。赤城のな」

 

「ブラックジョークにしてはキツイな!?」

 

 

 

ブリタニア在中経験だけあってジョークに理解がある章香だが、それでも料理に対して理解が足りないず、そんでもってメシマズ属性はこのまま変わらないような気がした。

 

 

 

そして北郷家と食卓を囲い夕食をいただく。

 

石川県の数々の名物に舌鼓を打った。

 

あと()()()赤飯が多かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、食事を終えて一休み。

 

縁側から、夜空を眺める。

 

もう諦めたが、4日分の泊まりが確定した。

 

それとついさっきまで北郷家と共に食卓を囲ったのが嘘みたいだがそこに馴染んだ俺がいる。

 

まあそれでも緊張した。

 

章香の父こと北郷茂史さんとは比較的良好な関係を築けたと思う。食事中は寡黙的に箸をすすめてたので会合後はあまり会話を持たなかったが代わりに章香の母である『北郷二海(ふたみ)』さんから質問攻めされた。

 

 

__章香はどうですか?

 

__振り回されていませんか?

 

__料理は上手くなりましたか?

 

 

娘の前でそんなことを聞くもんだから章香も焦りながら頬をほんのりと赤く染めつつ母親の活発具合に苦闘する。これには扶桑の軍神も母親には勝てないらしい。母は強しか。

 

途中で茂史さんが二海さんを止めてたけどクスクスと笑い流して娘の自慢話を続けるあたり相当娘さんのことが好きなんだろう。微笑ましい限りだ。

 

まあ章香のことは色々聞けて楽しかった。その代償として頬を赤くしてうつ向く章香の姿は印象深かった。これには第十二航空隊の隊長であることも忘れて愛情注がれたただ一人の愛娘なんだと理解する。だから俺も章香が部隊の上司であることを忘れて色々質問しながら二海さんと会話を交わして良好な関係を築けた。かなり楽しい食卓だった。

 

最後はジト目の章香から抗議気味に恨めしい視線を受けたけど「今の君は何も怖くないな」と食卓にて解かれた緊張感から、いつもの調子を持ち込んでその頬を指で突っつきカラカラと笑い返してやった。ささやかながらも半ば強引に連れてきた報復だと思って受け止めてもらおう。

 

それから食事を終えて寝泊まりのための部屋に案内される。役人から荷物を受け取り、適当に転がし、蚊取り線香を焚きながら縁側に座って今日を振り返る。そんな夜だ。

 

 

「……」

 

 

そして思い出すのは章香の姿。

 

振袖、髪飾、口紅、香水、下ろした髪。

 

華族の娘だけあってその姿に貫禄があった。

 

だから…

その…

 

ああ、もう…

 

語彙力が無いな…

 

わかった、正直に言う。

 

 

 

「めちゃくちゃ綺麗だったな…」

 

 

いつもの彼女は軍服に身を包み、空を飛んでネウロイと戦い、軍属の者としてこの扶桑皇国を守り、第十二航空隊の飛行隊長として先陣を征く皆の自慢の隊長を演じる。それが北郷章香だから。

 

でも今日は違う。

 

北郷家の娘として振る舞っている。

 

敬愛す父の前では一人の娘として。

 

活発な母の前でも一人の娘として。

 

装束に身を包んだ一人の娘として。

 

もう一つの北郷章香の姿を俺は見た。

 

 

 

「……」

 

 

そう考えると心臓がうるさい。

 

今までとは違う熱。

 

俺は一体どうしたのか?

 

 

いや、もしかしたら…

 

だが、でも、それは…

 

 

 

「黒数強夏」

 

「!」

 

 

横を見る。そこには北郷茂史さん。

 

酒瓶を持ってやってきた。

 

二つの杯を持って。

 

 

 

「飲めるか?」

 

「あ、はい! 飲めます!」

 

 

改まって緊張する。

 

だが付き合い望まれて断る訳にはいかない。

 

茂史さんは隣に座る。

 

そして注いでくれた。

 

てか海軍の少将が注いでくれるとか普通に恐れ多すぎるぞ。

 

 

 

「乾杯しよう」

 

「は、はい!お供します!」

 

 

 

ぎこちなく返しながら盃に手を取り、飲む。

 

ほんのりと辛い味が口の中に広がる。

 

スッーと頭を貫く感覚だ。

 

でも、何か、一歩だけ進めた気がする。

 

大人の付き合いとしての大事な一歩だろう。

 

重みがあるこの味を確かめていると盃を膝に置いた茂史さんから声をかけられる。

 

 

 

「改めて、娘が世話になっている」

 

「!」

 

 

その声は海軍少将としてでは無く、一人の父親として耳に届く。

 

 

 

「何度も守ってくれたみたいだな。感謝する」

 

「い、いえ!そんな!大層なことは!じ、自分も章香さんから、大変お世話になっている身ですから、その、こちらこそ、茂史さんの大事な娘さんにはご迷惑をお掛けしております…」

 

 

迷惑かけてるのは確か。

 

それもブリタニアの頃からだ。

 

魔方陣の事を黙ってくれて、根なしの俺のために少なからず時間を与えてくれた。

 

そのころから、彼女に救われてる。

 

 

 

「娘を…章香どう見てる?」

 

「どう、ですか…」

 

「率直に聞きたい、娘の事を」

 

「…」

 

 

これは娘を思う父親としての言葉だろうか?

 

もしくは軍属の者としての尋ねるべき事か?

 

俺は少しだけ考え…

 

 

「章香さんはとても聡明かつ洗練された立派な方です。対する自分は根無しの世捨て人でして、本当なら彼女の部隊の副隊長に着任することすら怪しい者です。その隣に相応しいとは言えない立場にあります。正直、恐れ多いですよ…」

 

「……やはり、文に書いてある通りだな」

 

「?」

 

「気にするな」

 

 

 

そう言って盃に注がれた酒を喉に流し、再び月を肴に静かな夜夏の音が耳を通る。

 

俺も香り交わせ静かに眺めていた。

 

 

 

「ウィッチ…ですね」

 

「?」

 

「防波堤の右上、あれナイトウィッチですね」

 

「…よく見えたな」

 

「ええ、ウィッチはよく見てきましたから。だから目で追ってしまうんです。昼も夜もどこかで空を飛んでいると思うと、気づいた時には深い宇宙(そら)の彼方へ意識が伸びている。これは視覚的な意味では無い。揺れ動く水面に斑紋ができてそれを拾い上げるような…」

 

「…」

 

「だから『見える』と、言うより『見えてしまう』ってのが正しい表現です」

 

「ウラルの最前線を支えし部隊の副隊長が言う言葉なら、それは間違いないのだろうな…」

 

「あとは……俺が願那夢(ガンダム)だから、ですかね」

 

「……君にとって、それは特別か?」

 

「はい」

 

「フッ…即答か」

 

「この願那夢って言葉にいろんな意味が募ってますが、俺にとってコレはとても重要です。これがあるから今がある。そう断言できる。俺が黒数強夏たらしめるための魔法の箒。一度は落ちてしまった魂ですが宇宙に残した彼女との約束を続けるためにコレは飛んだ」

 

「…」

 

「彼女に___章香に願われたから」

 

 

 

 

今と同じような夏の季節だった。

 

ネウロイの来襲。

 

初陣の彼女は精一杯を貫き通した。

 

けれど怪異は簡単に空を奪い取った。

 

舞鶴も教え子も守れず、終わると思った。

 

しかし駆けつけた俺が空を取り返した。

 

それが俺にとっての『GUNDAM』の始まり。

 

そして魔女の隣を飛ぶ『黒数強夏』の始まり。

 

全ては舞鶴の海から何もかもが、始まった。

 

 

 

 

「黒数強夏」

 

 

 

年季の込められた、重い声。

 

その声色は海軍少将としての声にも捉えれた。

 

しかし、少し違う気がした。

 

温かみが篭った、別の重みを背負いし男の声。

 

率直に言えば『父親』としての声色に聞こえた。

 

その人は月を見ながら、表情は見せない。

 

横顔を暴かず、俺も真っ直ぐ月を眺める。

 

それは、しばらくして…

 

 

 

 

「これからも娘の事をよろしく頼む」

 

 

 

 

 

俺は、二つの言葉で返事をした。

 

その声は月夜に消えてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くろ、かず…」

 

 

曲がり角の影なる暗黙にて、昂る感情は行き所を見失い、振袖を掴む事で鎮めようと、しかし熱昂まる頬は染まる赤に正直であり、それ影に隠すため魔女は俯き、昂まる熱量を堪える。

 

けれど想い人の名をその口でなぞれば、その声色には特別な感情が含まれている。

 

波打つ蒼海に、彗星 と 魔女 。

 

互いにその名を呼べば、静かな夜に胸打つ鼓動はどちらも同じくらいに、それはとても…

 

響き渡るのだから。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

*1
空戦技術の『燕返し』って高度な変速技





修羅場にしようかと思ったが北郷家の人間は人格者であって欲しいからこんな感じに収まった。ワチャワチャ具合を期待させた方は申し訳ないな。でも章香が可愛いからヨシ!

因みに振袖=勝負服的な。

どうであれ親公認ってことだな。
はい、GG。



北郷 茂史(きたごう たけふみ)

扶桑皇国海軍少将。一言で述べるなら寡黙的で怖い。実際に怖い。現在は講道館で海軍の育成に当たる。親だけあって娘の自己評価の低さは見抜いているが、第十二航空隊結成後に文を受け取ってからはその筆書に心の安定を察する。しかし二度目の文にて願那夢の異名を持つ黒数強夏を副隊長に置いてることに驚くもそれが心の安定剤と知り、尚且つ、けたたましい活躍にて信頼できる男と認める。実際に出会って黒数強夏を確信した。


北郷 二海(きたごう ふたみ)

元海軍ウィッチであり、第一次ネウロイ大戦後の残党処理を行う部隊として欧州の空を鉄の箒で飛び回っていた。また同じ部隊に同期のジュンコ・ジェンコがいた。かなりのイタズラ好きな性格だったがとても優秀なウィッチであり、正反対な性格の茂史と出会ってからは一途に想いをぶつけると後に結婚する。もちろん血筋の関係としてコチラが北郷家の者である。娘をとても溺愛してる。


【北郷章香】

北郷家の娘として生まれる。父からは剣術と二刀流を学び、母からはその当時の飛び方を学ぶ。魔法力発覚後は父と共に皇都へ向かい英才教育を受けて優秀なウィッチに成長する。扶桑皇国を守ることに青春時代の全てを注ぐ一心だったが見事に黒数強夏の存在にて男性観が破壊されてしまった。自己評価弱々な隊長さん。でも第十二航空隊の皆からとても慕われている。ただ黒数のせいで教え子から「先生可愛い!」と言われるようになってしまった。反応に困ってる。先生可愛い。また反応に困る。先生可愛い。以下のやり取りをしばらく繰り返す。



ではまた


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31話

 

 

正直、何が目的で章香に北郷家へ連れて来られたのか今のところはっきりしてないが、とりあえず俺のことを紹介したくてご両親に会わせたのは確かだと思う。なにせ同じ部隊に所属する副隊長として隊長である章香と常に連携を取ってきた関係だ。そのため軍人家系な北郷家に紹介するのはごく自然な流れなんだと思う。

 

ただ急にご両親と会合果たすのはかなり神経使った。事前に知らせてくれたらもっと気が利いた言葉とか交わし会えたのだが、なし崩しに物事が進み、気づいた時には北郷家と食事を一緒にしていた。

 

ああもう無茶苦茶だよ。

 

その後は父親の茂史さんとは食後に酒盃を交わして、最終的には気に入られてしまった…… のか??まあ章香のこと任せると言われたので信頼に値してるってことだろう。頑張ろう。

 

まあ海軍少将に酒盃を注いでもらったことは一生忘れられない思い出になってしまった。恐れ多すぎる。もう終わった話だけど俺としてはもう少しソフトなのご希望だった。

 

 

 

さて、北郷家に来て2日目。

 

前夜はただの布団じゃなく、"お"布団って言いたくなるレベルの寝心地。

 

本当に久しぶりだと思う。

 

あと湯船。

 

北郷家の立派な風呂だ。

 

肩まで浸かったのはいつぶりだ??

 

宮藤家に行った時以来か?

 

そうなると半年以上前??

 

いや待て。

 

よく考えたら一年以上前の話だぞ。

 

だって宮藤家にお手紙届けにお邪魔したの去年の梅雨明けの頃だし。その後はウラルに向かい、途中でハッパさんに呼ばれて舞鶴に向かったがそこでも湯船に浸からずシャワーで済ませ、その後は佐世保に出向いたけど長崎の皿うどんだけ楽しむと直ぐに戦線へと戻ったからな。湯船はもうあまり記憶にない。

 

あと佐世保と言えば皿うどん娘こと黒田那佳は元気だろうか?半ば無理して退院してきたジュンコさんがいるから大丈夫だと思うが、もうあの教官代理みたいな奴が魔女候補生の指導者にならないことを祈るとしよう。同じ指導者としてそこは心配だ。

 

 

「章香、おはよう」

 

「おはよう黒数、よく眠れたか?」

 

「眠れた。お酒も回ってグッスリだった」

 

「ふふっ、そうか。あとその浴衣も似合っているぞ。深めの紺色は大変君らしい色だ」

 

「ありがとう。この浴衣涼しくて助かる。あと章香は今日も振袖姿なんだな」

 

「そうだな、ここに君といる間は着てるつもりだ。あ、それと今日は下街まで行かないか?ここでゆっくりするのもいいが君のことだ。体動かしてないと少し不安だろう?」

 

「それ章香が言う?どうせ朝起きたら素振りしてたんだろ?俺は寝てたけど、微かに聞こえてたぞ木刀の音。慰安旅行って名目なのに鍛錬をやめないとは困った隊長さんだ」

 

「はっはっは、それを言われると耳が痛い限りだな。ま、それで、どうだ?出かけるか?」

 

「せっかくのお誘いだ。案内して貰おうかな」

 

「ふふっ、わかった。と、言っても幼少期の記憶が頼りだからな、あまり自信ないが案内させて貰おう」

 

「適当に歩けば良いさ。時間はある」

 

「そうだな」

 

 

その後は朝食を頂き、予定までしばらく寛ぐ。

 

お借りした部屋の縁側から外を眺め、浴衣姿を夏風に靡かせる。

 

差し掛かる夏の暑さは既に石川まで届いてるみたいで、蝉の鳴き声が響き渡っている。

 

 

 

「……やばい、暇ってこんなに辛かったか…?」

 

 

章香と出かけるまでぼーっと座っているのだが、軽くワーカーホリック拗らせてしまってるため少しソワソワしてしまう。

 

まあそれもそうだ。

 

いつも朝起きたら考えるのは第十二航空隊のことばかりであり、これも章香から准尉の階級と副隊長の地位を渡されて始まった。

 

しかしこれに関しては別に苦痛ではない。

 

自ら戦争の間に飛び込んだ身であるが彼女との空は楽しいし、苦楽を共有にして部隊を率いる毎日は充実している。

 

あと第十二航空隊のウィッチ達が はお利口さんだから頑張れたのもあるな。

 

恵まれてるわ。

 

 

 

「黒数さん、冷茶はいかがです?」

 

「二海さん、ありがとうございます」

 

「いえいえ。それにしてもお暑い中を石川まで来てくれてありがとうね。章香のやんちゃに付き合ってくれたみたいで」

 

「ははは、驚きましたよ。慰安旅行と言ってまさか実家に連れられるとは思わなかったですね。本人も到着するとイタズラ完了とばかりに笑み浮かべて。いやぁ、してやられた…」

 

「章香は喜んでました。振袖の裾を通す時もそれは嬉しそうに」

 

「娘さんはここにいる時いつも振袖なんですか?」

 

「どうでしょう?着たり、着なかったり、気分に寄ると思います。ただ…」

 

「?」

 

「今回の振袖は彼女にとって特別とだけ、言っておきますね」

 

 

クスクスとほんのりイタズラっぽく笑う二海さん。カラカラと笑う章香の姿と重なる。この性格はおそらく娘に引き継がれているのだろう。

 

 

 

「章香の振袖、どうでした?」

 

「とても綺麗でした」

 

「あら即答。でも良かった。気に入ったのならこれから毎日見れるわよ」

 

「?……ああ、なるほど。ここにいる間って事ですね。はい。彼女も軍服を一度置いて、ちゃんと休むことを選んでようでなによりです」

 

「あら、これは少し難題ね…」

 

 

 

冷茶を飲みながら二海さんとしばらく談笑。

 

願那夢のことも聞かれた。

 

何が始まりで、それは俺にとって何なのか。

 

黒数強夏をたらしめる大事な箒。

 

この世界に救いを願われた形。

 

約束事を果たすための宇宙(そら)…と。

 

 

 

「黒数、車の準備ができた。行こうか」

 

「わかった。では二海さん、しばし娘さんをお借りします」

 

「いえいえ、こちらこそ娘をよろしくお願いします」

 

「母上、夜には戻ってくる」

 

「わかったわ。気をつけて行ってらっしゃい」

 

 

二海さんに見送られながら車に乗り込み、北郷家のお屋敷を離れる。華族の中で北郷家は小さい方だと言われたがやはり俺からしたら充分に大きく感じる。背中に感じる家名の重みから離れて、振袖の章香と共に下町に。

 

 

 

「ほー!歌舞伎!」

 

「知ってるのか?なら見て行くか?」

 

「せっかくだ、お金落としておこう」

 

「ふふっ、了解した」

 

 

適当な屋台で水飴を購入して劇場の中に入る。

 

夏の暑さに負けぬ迫力満点の演技が繰り広げられ、台風のように長い髪の毛を頭を回す歌舞伎男の姿は盛り上がりを見せる。三味線の音に合わせて俺も水飴の割り箸を回して口の中に放り込み、この時代の大道芸を楽しむ。手拍子に合わせた演出は役者だけではなく観客すらも飲み込んだ。

 

そして…

 

 

 

「いぃ〜やぁ〜あぁ〜!

 わぁ〜れぇ〜こぉ〜そぉ〜わぁ〜!

 ふぅ〜そぉ〜うぅ〜のぉ〜そぉ〜らぁ〜!

 よぉおおおおぉぉお!!(ポポン)

 

 がぁぁ、んんん、だぁぁぁ、むぅぅうぅぅ、ぞぉ!!

 

 

カカン!と決めポーズ。

 

だがあまりの不意打ちに…

 

 

ブフーッッッ!?!?

 

「はっはっはっはっは!!!」

 

 

 

大歓声の中で俺は思わず吹き出し、章香はカラカラと大笑い。

 

まさかのガンダムだった。

 

そして終幕。

 

拍手の中で幕引き、時の流れも忘れてたっぷり一時間分の演劇は無事に終了した。

 

 

 

「ま、まさかここで願那夢が見られるとは…」

 

「ふふふっ、そうだな、まさか、ここで願那夢が見られ…ふふっ!黒数の驚いたあの顔!本当に面白くて!あっはっはっは!」

 

 

随分とご満悦な章香。

 

たしかに劇は面白かったけど俺からしたら最後のインパクトに全て持って行かれた。

 

願那夢からどれだけ影響を受けてんだよ。

 

 

 

「第十二航空隊の自慢の副隊長がこうして皆に笑顔を与えてくれる。良いことだと思うな」

 

「だからと言ってまさか石川で歌舞伎られるとは思わなんだ…」

 

「はっはっは!たしかに。私も初めて見たよ」

 

「では収穫の一つとして受け止める。ええと…こうだっけ? いぃ〜やぁ〜!がぁ、ん、だぁ、むぅぅうぅ!!」

 

 

脳内でカカン!と音が鳴った気がする。

 

そして隣の章香は「あっはっはっは!」と歌舞伎で見た光景を思い出すように笑う。

 

年相応な笑みを浮かべる彼女は素敵だろう。

 

 

それからも町々を歩き回り、道の途中で見られる大道芸や屋台を巡り、時には日陰で涼みながらかき氷のシロップで舌を青くし、綿飴を口に頬張る。昔ながらって味が口の中に広がる。

 

そしてお昼時には食堂に来店して二人で味噌鍋を囲いながら笑談しつつ石川は名物を楽しむ。

 

その後は店を出て、特に買い物をする予定はないが市場まで足を運び、人々の活気を眺めるながら歩く。

 

それから近くに足湯を見つけたので歩き疲れた脚を癒すため二人並んで腰掛けた。

 

蝉の音と元気な子供の声、足湯に流れるお湯の音が響く。

 

結局市場で購入した温泉饅頭を齧り、俺たちは食べてばかりだと冗談を言いながらしっかり体を休めて英気を養う。

 

時間は流れる。

 

気づいた時には夕日が落ちて行こうとする。

 

そして俺たちは……砂浜の前にいた。

 

 

 

「陽も落ちてくると流石に涼しいな。これが8月の真っ只中ならまだ明るくたまらない… って章香、振袖姿で砂浜っていいのか?それ特別なんだろ?」

 

「!……ふふっ、それは大丈夫だ。走ったり、飛び跳ねたりしなければいい」

 

「風が強くなったら戻るぞ。流石に砂風でその振袖は汚したくない」

 

「優しいんだな。わかった」

 

 

 

適当なベンチに腰掛ける。

 

柔らかな夏風。

 

まだ涼しいが来月には今よりも暑くなる。

 

そんな空は晴天。

 

夕日に染まったオレンジ色だが、眺めても飽きない色をしている。

 

しばらく二人で静観して……

 

 

俺は口を開いた。

 

 

 

「やっと落ち着いて、()()と話せるな」

 

「!!……そうだな、ここまでドタバタとしてたからな」

 

 

バンシィを撃退後も浦塩にいる民間人を輸送船に移動させて続けて、ネウロイの追撃を警戒するため哨戒も休まずに飛び続けて、腰を落ち着けて色々と話したいのに互いに休まらぬまま舞鶴に戻ってきて、今やっとこうして話せる。

 

 

 

「君は断片的にも言ってくれた。落ちた先は魔法陣で、そこから一度元の世界に戻れて、そして再び戻ってきたと」

 

「本当はこの世界を忘れてしまっていたりもしていたがな。でも思い出してさ。それで全て置いて俺はこちらを選んだ」

 

「…… なぜ?君は願ってた筈だ。元の世界に帰れることを。それはネウロイを討ちながら、呼ばれた意味を全うすれば、おのずとそこに行き着く筈だと考えて、その時は訪れた筈だ。しかも何もかも忘れることができた。戦争の中にあった記憶も、経験も、苦痛も、君は平和な世界に戻れた…筈だ!」

 

「…」

 

「黒数は… 充分にやった。多くのネウロイを倒し、救い出し、人類に希望を与え、願那夢として心に刻ませてきた。君は充分すぎることをやった。そう思えば……っ、それでよかったのに…なぜ思い出してしまったんだ!?」

 

「それは__」

 

「事実を聞けばそれは君が帰還できたことに喜びだって感じていてる。君の願いだ。もう戦わなくたってよかった筈だ。それでよかった筈なんだ。でも…ぁぁ、でもっ…!」

 

 

 

彼女は震える。

 

これまで伝えたかった思いを込めて。

 

 

「私は、君が戻ってきたことを、嬉しがってしまって、それで『ただいま』と返せたことに強く安心してしまった。けど君がそのまま忘れてくれたのなら、縛る必要も、約束だって空に消えて、それは私だって諦めれた筈で…」

 

「それだよ」

 

 

 

言葉を被せる。

 

彼女の『諦め(おわり)』を俺の『続きから』で被せる。

 

 

 

「俺が章香との約束を諦めれなくて戻ってきたんだ」

 

「!?」

 

「そこに願那夢だとか関係ない。ただ黒数強夏としての一人の人間が北郷章香を忘れることが出来なかっただけ」

 

 

 

目を見開く章香。

 

やっと意味を聞けたからこそ、驚きが多くを占める。

 

俺は続ける。

 

 

「そりゃ当初は元の世界に戻ることが正しいと思ってた。明らかに俺はこの世界のイレギュラーだから。そして実際に戻れた。それから都合よく忘れていた。だからそのまま何も無く終えること(ゲームオーバー)も可能だった。けれどさ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒数強夏 の 物語り は 嘘 にならなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界の黒数強夏は『続きから』を欲していた。

 画面(かべ)の向こうから俺が促していた。

 黒数の物語(エクバ)を続けろと。

 強夏の約束の空(ガンダム)を続けろと。

 そしたらさ、黒数強夏は次に何を思い出したと思う?」

 

「なにを…おもいだす…?」

 

 

 

ふと、海を見る。

 

ソレを思い出した時のように、水平線を眺める。

 

思い浮かべた、その名は…

 

 

 

 

北郷章香だった」

 

「!!」

 

「俺は君を忘れることはできなかった。この世界の黒数強夏は北郷章香を忘れることはできなかった。だから続けることを選んだ。だって俺が黒数強夏にそう()()()から」

 

 

 

 

この世界の黒数強夏は望まれてやって来た。

 

それが魔法陣の意味。

 

人類が怪異から救われること望んだから。

 

そしてそれは、俺も同じ。

 

人類(おれ)も望んだから。

 

黒数強夏がこの世界に来ることを。

 

 

 

「これが全てだ。ここにいる理由はそうだ」

 

「す、すべて…わたし、が」

 

「……これが答え、満足いかないか?」

 

 

彼女に視線を戻す。

 

しかし、まだその表情は優れず…

 

 

 

「その……でも、それって、結局は…」

 

 

その先の言葉は分かる。

 

俺が知る彼女の事だ。

 

 

 

「その口でまた『私が縛ってる』なんて戯言を述べるなら俺の口で塞ぐぞ」

 

「ぇ?」

 

 

 

彼女の手を握りしめ、立ち上がらせる。

 

舞鶴のような、海風が靡く。

 

まるであの時のように、俺と彼女だけを包み込むように、空がこの場を選び取った。

 

 

 

「いいか?よく聞け章香。

 『縛る』は無し。

 『でも』も無し。

 『なぜ』も無しだ。

 『君』が『俺』を否定するな。

 『北郷章香』が『黒数強夏』に惑うな。

 『彗星(ながれぼし)』に願われたこの存在(たましい)は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扶桑 の 魔女(ふみか) に会いたくて戻って来たから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ____納得いかないかい??」

 

 

 

 

ほんの少し困ったように俺は笑う。

 

かなり一方的な感情だけど。

 

でもこの想いは間違いないから。

 

 

 

 

「黒数」

 

「なんだ?」

 

「君は…………」

 

「うん」

 

 

重たく、重く、言葉を乗せ…

 

 

 

「本当に、困った人だ」

 

「そうだな……心当たりしかないよ」

 

 

 

と、肯定して、あきらめたように笑うだけ。

 

自分でもわかってる。

 

これほど困ったウィザードはココにしかいないだろう。

 

だから彼女もあきらめたように、笑ってくれた。

 

 

 

 

「少し、私も君に困らせる…」

 

 

 

ストンっ、とコチラの胸に顔を落とす。

 

また、同じく両肩に彼女の拳が力なくと埋まる。

 

それと同時にひらりと揺れるポニーテール。

 

彼女の大事なトレードマーク。

 

静かな感情が比例して綺麗に靡いてる。

 

 

 

「黒数…お願いがある」

 

「なんだ?」

 

「あの時みたいに…つよく、このままだきしめてほしい」

 

「…」

 

「君をたしかにさせてほしいんだ…」

 

「……振袖、少しダメになるぞ?」

 

「かまわない。これは君だから…特別なんだ」

 

 

 

頷いて、ゆっくりと手を広げる。

 

胸の中に収まるこの魔女をつよく抱きしめる。

 

いつもは大きな存在として。

 

でも腕に収まり、今はとても小さい。

 

お互いの鼓動を分け合う。

 

そうしてここにいることを確かにする。

 

しばらく抱きしめ合い。

 

その温度を伝え合い。

 

空の風は二人だけを願って頬を撫でる。

 

彗星 と 魔女 は 宇宙(そら) に 祝福 されたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二海さん、お世話になりました。茂史さんにも言いたかったのですが…」

 

「ごめんなさい。既に皇都へ戻ってしまわれました。これから忙しくなると残すと早足で向かわれて…」

 

「まったく、父上は出る際に一言くらい告げてくれれば良いものを…」

 

「あの人はとても不器用だから。でも章香のこれからを願ってたわ。どうか頑張って」

 

「はい、母上」

 

「では二海さん。改めてお世話になりました。ありがとうございます」

 

「またいらっしゃい。次はもっとそれ以上になってね」

 

「!……もし、それが、願那夢で許されるなら」

 

「ええ、きっとね…」

 

「強夏、行くぞ、隊長が集合に遅れては示しつかないからな」

 

「わかった。では二海!また!」

 

「ええ、お気をつけて」

 

 

 

それから車に乗り込み石川を後にする。

 

この数日間、とても充実した。

 

温泉にも入って、名物を楽しんで、章香のご実家では道場をお借りしたり、一回だけだが茂史さんから二刀流を学んだ。流石剣術免許皆伝者として章香が嫉妬するくらいには剣の教えは上手く、厳しい手解きの中で非常に充実した鍛錬だった。そうやって身も心も英気を養う。

 

小一時間ほど走らせて、舞鶴が見えて来た。

 

すると…

 

 

 

 

「「「せんせーい!」」」

「「「黒数さーん!!」」」

 

 

並走してる電車から顔を出して元気よく手を振る魔女達が数名ほど。

 

第十二航空隊のウィッチ達だ。

 

俺たちも窓を開けて手を振り返す。

 

そしたら不意に章香はこんなことを言い出す。

 

 

 

「そういえば強夏」

 

「?」

 

「いつからわたしのことを『章香』って言うようになったんだ??」

 

「え?…… あー、たしかに、そう言えばいつも北郷って言ってたのに気づいたら章香って言うようになってたな。いつからだっけ?」

 

「舞鶴に戻った時…か?いや、浦塩…の時か?でもいつのまにかだったな」

 

「うーん……うん、わかんないな。でも気づいたら自然とだったな……あー、それはともかく嫌か?」

 

「??」

 

「いや、その、急に下の名で呼ばれて…」

 

「章香が良い」

 

「え?」

 

「君には章香と呼ばれたい」

 

「そ、そっか」

 

「うん、それでいい……あ、で、でも!集団行動中は流石に章香はマズイと思うから…」

 

「ああ、わかってる。第十二航空隊の隊長してる時は北郷隊長もしくは北郷少佐で、俺も黒数副隊長または黒数准尉だろ?住み分けはしておこう」

 

「ふふっ、そうだな。では…黒数准尉」

 

「はっ!」

 

「これからもよろしく頼むぞ」

 

「了解しました、北郷少佐!」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 

__くくっ!!

__ふふっ!!

 

 

 

「はっはははは!!あー、やっぱり俺に軍規は似合わないな、自分でも酷すぎると思う」

 

「はっはっは!まあ、私たち第十二航空隊の時だけはいつも通りで構わないさ」

 

「そうだな、()()

 

「!……う、うむ、そうだな」

 

「……」

 

 

 

反応が悪い。

 

まあ、理由はわかる。

 

なのでススっと横顔に口元を移して。

 

 

 

()()()、今日からまたがんばろうな」

 

「ッ〜!もう、君って人は、まったく!」

 

 

 

困ったように少し声を荒げて抵抗する。

 

そんな彼女は年相応に可愛らしい。

 

 

 

 

 

 

 

「(もうお前ら結婚しろ…)」

 

 

運転手は心の中でそう言った。

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 






黒数強夏とかいう『無条件』な存在。
年端も行かぬ娘に対してあまりにも特攻ですね。


ちなみにあんなことしておいて
まだキスも婚姻もして無いです(は?)



ではまた


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32話

 

 

さて、俺が北郷家に招かれてから既に10日が経過した。

 

もちろん俺や章香以外の第十二航空隊全隊員も短期的ながらそれぞれ休暇を取って来たようで皆の表情はとても良い。

 

ただその代わり「あの第十二航空隊のウィッチ!」ってことでもみくちゃにされた娘もいるようで良い意味で疲れたなど感想を頂いた。一年前までは北郷除いて俺たちはヒヨッコな集まりだったけど多くの活躍を通して扶桑ではそれなりに有名となった結果だろう。

 

あと「願那夢さんからサインを貰ってきて欲しかった」と声が多かったらしい。そのためウィッチから「大変だったんだから!」と俺に対しての苦情が飛び交う始末。

 

勘弁してくれ…

 

その後は改めて舞鶴に集合し、一年前と同じ舞鶴の講道館を一時拠点に活動を開始すると哨戒任務を中心に扶桑海域を任されることになった。

 

ウラル前線ほどの忙しさは無く、こちらも張り詰めない程度に活動している。それでも第十二航空隊は国民を安心させるため夏の日差しの中を飛び回り、ネウロイを警戒している。

 

 

その姿は講道館からも、伺える。

 

 

 

「あれは坂本と若本かな?それであっちの空は竹井達の編成か…」

 

 

 

この時、俺はやや異常だった。

 

 

 

「黒数、この場から見えるのか?」

 

「え?ああ…見える、けど……??」

 

「そうか。私には何も見えないな」

 

「そうなのか?」

 

 

章香には何も見えてないらしい。

 

あ、別に彼女の視力が悪いとか、体に異常が起きてるとかそんなことは関係なく、至って普通であり、可笑しいのは俺の方だった。

 

 

 

「君はそんなに視力良かったのか?」

 

「記憶の限りだと双方は1.8位だぞ?小学はフラッシュ暗算で、中学はビームライフル部で、高校は弓道で、視力には気をつけてた。まあ夜間哨戒ばかり続けてるから多少悪くはなってるかもだけど…」

 

「それなら私も同じくらいだ。後半は激化して夜は良く起きてた」

 

「でも、視えるんだよね……俺が変なのか?」

 

「そうなるな。だって…」

 

 

 

__空には何も誰もいないぞ?

 

 

 

彼女にそう言われて窓から外を見る。

 

たしかに、()()()()何も無いように見える光景だ。

 

あるのは晴天の空と舞鶴の優しい空気だけ。

 

あとは海面にポツンと赤城の船が停泊してるのみ。それ以外は殺風景だ。

 

 

でも……

 

俺にはここからでも見える…

 

いや()える。

 

もしくは『分かる』と言った方が正しいか。

 

 

 

「なら黒数、あまりウィッチを意識せずに空を見てほしい」

 

「意識せずか?うーん……」

 

 

 

ぼんやり…とかな?

 

そうだな。

例えば…気持ちは縁側で座ってる時の俺。

 

北郷家で飲んだ冷茶は美味しかった。

 

そう考えながらボーと空を見る。

 

 

……たしかに。

特に何も見えない。

 

この先にある扶桑海をウィッチ達が飛んでいるのだろう。

 

 

 

「なら次に、何処か空を飛んでいるだろう坂本達を意識してほしい」

 

「…」

 

 

 

そう言われて意識をウィッチに。

 

箒で空を飛ぶ魔女の存在を。

 

空を通して、遠くを視る、感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

 

「__!!」

 

 

 

一瞬だけ、体が浮いたような感覚。

 

実際には何も浮いていない。

俺は椅子に座ったまま。

 

 

でも、意識が、認識が…

 

一瞬だけ重力をそこに置いて__浮いた。

 

 

まるで見ている世界が変わった……

 

いや増えたようだ。

 

もちろんココが舞鶴なのはたしかだ。

 

変わりない光景が広がっている。

 

見慣れた水平線。

 

優しい舞鶴の風。

 

でも視界のフィルターが違う。

 

外部から別のカートリッジを差し込まれたことで映るものが増えたようなそんな感覚。

 

 

 

だから___より分かる(視える)

 

その『存在』をこの場からでも把握できる。

 

 

 

__あの辺りに坂本。

 

__その近くに若本。

 

__そこから離れた西側には竹井か。

 

__おや?アレはもしや新藤少尉か?

 

__ああ、加東中尉らしき人まで視える。

 

__これは穴拭?再編成で合流したのか。

 

__視える!俺にも視えるぞ!

 

__魔女が!

 

__鉄の箒が!

 

__白鳥が!

 

__宇宙が!!

 

この宇宙(そら)を通して、魔女達の姿が__

 

 

 

 

「きょうか」

 

 

 

 

女性の声。

 

柔らかく、甘く、耳たぶを撫でるように。

 

一瞬にして宇宙に向けた(飲まれる)意識は戻される。

 

 

 

「うぇああ!!?」

 

「!」

 

「あ、え?……ふ、章香か?な、なに?」

 

「あ、いや、呼んだだけだが…」

 

 

耳元で囁くように俺の名を呼んだ章香。

 

業務中の彼女はキリリと苗字(くろかず)の方で呼んでくれるから俺も上官の声って事でキリリと反応する。

 

しかし今の名前(きょうか)隊長(きたごう)ではなく、章香として呼んでくれたように感じ取れたため、かなり不意打ちだった…

 

あー、言いたいことわかる?

 

ともかく驚いたってことだ。

 

少し心臓がうるさい。

 

 

 

「かなり集中してたみたいだな?」

 

「集中……なのかな?まあでも見えないモノを視ようとしたからな」

 

「そうか…それで?やはり飛んでるウィッチは見えたのか?」

 

「ああ。見え… たと言うより分かったと言った方が正しいかな?視覚的に言えば当然姿は見えないけど、でも意識的に言えばその存在が分かるというべきか…」

 

「ふむ、なるほど。もしやこれはナイトウィッチとしての適正か?しかし魔道針(アンテナ)は何一つ立ってないな」

 

「でもそこは少なからず関係してると思うよ?夜間哨戒とかじゃこれまで暗闇で見えないモノを感じ取ろうとしてきたから、その環境に合わせて自然と感覚が鋭くなったのかもな。他者の魔法力やネウロイの熱量を感知する辺りナイトウィッチに近しいと思うが」

 

「だとしたら君自身の進化かもしれないな」

 

「おいおい、まるで『ニュータイプ』だな」

 

「ニュータイプ……??」

 

教材(ガンダム)の中にある世界の変化、もしくは変革をもたらすとある設定。いつだって世界の変化は人の手から始まる。だから人類は誤解を招いて人間同士で争うようになる。なのでその誤解を招くことない状態で人同士が立ち会い、そして分かり合う事がニュータイプとしての役割。もしくは思想。それは地球の引力に縛られない無重力に出ることで人類は解放と共に目覚めるのだが… まあこの辺はかなりオカルト(アニメ)だから省くよ。ともかく新たな人としての形がニュータイプって言葉になる」

 

「なるほど。まさに人類の進化だな。もしかしたら君の扱うガンダムはそこに紐付て備わった力かもしれないな」

 

「それはまだわからない。そもそも俺はニュータイプとしての素質があるかも不明だ。そもそもニュータイプは選ばれてそうなる。簡単に言えば特別な人だけの進化先だ」

 

「む、特別ってことなら私からしたら強夏は特別な人に見えるさ」

 

「俺はいつも必死なだけだって」

 

 

 

冷たい麦茶を喉に流す。

 

熱の高まった体が冷えていくようだ。

 

ちなみに熱の高まった原因の1割くらいは先ほどの章香のささやきだ。

 

正直に言えば冷静なフリしている。

 

 

「まあでもそうだな。ニュータイプの話は置いたとしてナイトウィッチとしての能力は関わってると思うぞ?見えないけどモノを視ようと体が変化してるなら、それはウィッチの存在を感知する能力を助長させてるはずだし。あとナイトウィッチとしての適正そのものに関連つけるなら『習い事』も原因の一つだろうし」

 

「習い事?ああ、フラッシュ暗算か」

 

「そうだな。あと中学の頃にビームライフルをやっていて、その後は高校で弓道だな」

 

「なるほど『視る』ことに関しては得意なる訳か。それがナイトウィッチとしての適正力の幅を広めたということか」

 

「あと孤児院暮らしとして幼少期は閉鎖的だったからな。そこも関係してそう」

 

「あらゆる要素がナイトウィッチとしての適正力に変わっているわけか。あ、これ論文に書いていいな?」

 

「お好きどうぞ」

 

 

 

ある程度休憩すると俺は仕事に意識を戻す。

 

章香も論文にまとめるメモ書きを終えると満足したのか、ポニーテールはご機嫌。

 

事務作業に戻る。

 

扇風機の風と冷たい麦茶で夏の暑さと戦う。

 

まあウィッチは暑さに強いからそこまで夏の暑さに怯えてはないが。

 

え?理由?

 

まずウィッチは身体に魔法力を秘めていることで『病』にかかり辛い。

 

風邪とかそう言った病状に強い。

 

そして"熱中症"って『病気』にもならない。

 

熱中症の原因は『熱』から。

 

なので外部から受ける熱を体の魔法力で弾いて比較的涼しい状態が保てる。

 

これは冬も同じ感じだ。

寒さを魔法力で弾いてる。

 

ちなみに俺も貰い物の魔法力とはいえ周りのウィッチと同じことができている。

 

暑さには強く寒さにも強い。

 

てかそうじゃなきゃ去年の12月冬真っ只中を浦塩から前線基地までストライクユニットで飛んで戻ってこなかった。

 

普通ならあの極寒で内側から凍りついている。

 

それでも飛んで戻ってこれたのは魔法力があるおかげだ。それでも寒かったけど。

 

とりあえずそんな感じにウィッチは夏の暑さに大変強いし、北の国スオムスで生まれ育ったウィッチなんかは、俺たちが極寒と感じる場所でも涼しい程度にしか思ってないらしい。

 

証拠としてスオムスから来たルーデルがそう。

 

肌寒さ目立つ秋頃に観戦武官としてやってきたルーデルなのだが、シャワー後はタオル一枚で廊下を歩き、しかし凍えた様子もなく彼女は平然としていた。

 

こんな感じにスオムスのウィッチは少しおかしいところある。

 

 

ちなみに俺はルーデルにアイアンクローして真っ裸を注意した。

 

 

 

え、上の階級??

 

倫理観ごと投下爆撃してしまった爆撃バカにそんなの関係ねぇゾ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8/20 扶桑大本営会議室。

 

夏の暑さが本格化する中で陸軍と海軍が顔を合わせた御前会議がこの日、開かれた。

 

簡単に言えばこの先、扶桑皇国軍はどのように運用するべきかを決定する大事な会議なのだが…

 

 

 

「(あ ほ く さ)」

 

 

すっっっごい、仲が悪そうな陸と海。

雰囲気だけでそれを物語っている。

 

それぞれのメンツとプライドがぶつかり合うこの会議をやる意味があるのか首を傾げたくなるが方針は定めないとこの先遅れを取り続けることになってしまい、そのまま共倒れなんてあり得る。

 

そこら辺は御前会議に参加した各軍の将校も理解してるため意見を交わそうと構えていた。

 

 

さて、今回の会議は『とある作戦』を認可してもらうために切り出された皇国軍の会合。

 

陸海双方は差し出された資料に目を通す。

 

しかし…

 

 

「ふん!何を言うか!奴等は大河を越えん!あの聳え立つネウロイの『山』も同じだ!この作戦は現実的ではない!!」

 

 

と、海軍側は主張。

叫んだこの人は『堀井』って名前の少将。

 

 

さて、現実的ではないと言われたこの作戦、立案したのはウラル戦線で第十二航空隊と混合軍隊を組んだ扶桑陸軍航空飛行隊の第一戦隊の加藤武子少尉である。

 

現在は再編成されて第二十四戦隊のウィッチになっている。

 

そんな少尉陸軍が立案した作戦は『"山"が海を渡って扶桑皇国を攻めてくる可能性があるので早めの対策を行うことで本土決戦に持ち込ませずコレを海上で迎撃する』で『山のコアは陸海全てのウィッチで連携して破壊するため海軍は主力艦隊(おとり)でネウロイを押さえて欲しい』ってことだ。

 

前提として山が大河(うみ)を越えてくることなのだが、まずネウロイは水を嫌う性質がある。

 

これは共通認識。

実際にネウロイは水を嫌う。

 

だから山が海を通る筈がないと海軍は主張する。

 

しかも海軍は浦塩を失ったのは陸軍のせいだと責任転嫁する始末。ここはやや屁理屈すぎる。

 

すると陸軍は「ふざけるな!お前ら海軍はネウロイのコアの報告が遅いから!信憑性が薄いから!」と理由になってるからわからない理由を捏ねて亀裂が走る。

 

そしてレスバが開始。

 

ああもう無茶苦茶だよ。

 

北郷も見慣れた光景なのか「またか」とため息をついている。

 

そして同じく加藤武子を後方で見守っていた上官の江藤敏子も痺れを切らして「話を!聞け!」と一喝する始末。

 

それを聞いた海軍側は「保護者(加藤武子)が可愛いですか?」と陸軍の赤っ恥を広げようと煽り散らす。

 

これには江藤敏子も我慢の限界。

 

元々、江藤中佐は軍に対してあまり関心を抱いておらず、このような将校輩を見てきた。

 

特に部隊長として連体形の無さを非常に嫌う人なので陸海で言い争い、ましてや揚げ足取りに揚々とする将校(おっさん)に拳は静かに震える。

 

 

「まっ、どうしても船が欲しいと言うなら逃げ出すための水雷艇程度ならご用意できますよ」

 

「っ!!!!」

 

 

 

最後の余計な余計な煽り。

 

彼女はもう限界だ。

 

そんな輩を殴ろうと、踏み出す手前で……

 

 

 

 

「山は動くぞ」

 

 

 

「「「 !!!???? 」」」」

 

 

 

と、俺は口を挟む。

 

 

 

「まず貴様は誰だ!?そこのウィッチと共にいるようだが、もしや小娘と同じ参謀まがいな阿呆であるまいな??」

 

 

煽るための口は達者だ。

 

本当に呆れる。

 

しかし隣に立っている北郷は俺が口を開いたことに驚いていた。

 

俺は一瞬だけ目線で「任せろ」と言葉を投げ、二歩ほど前に出て手を伸ばす。

 

手のひらからビームフラッグを上に放った。

 

 

 

「なっ!?」

「魔法!?」

「男が!?」

 

 

コレには陸海関係なく将校達は驚きを示す。

 

 

 

「自分は第十二航空隊副隊長の黒数強夏准尉」

 

 

 

__またの名は…

 

ビームフラッグを握り潰しながら淡々と告げた。

 

 

 

願那夢と言われている者だ」

 

 

握りつぶした魔法力が拡散するとプレッシャーと同時に風圧が生まれ、配られた資料が少しだけ浮いて動く。

 

それが決定的になったのか魔法力を使える男性ウィッチってことで俺の正体を理解した将校は目を見開いて驚いていた。

 

それでも、小童程度に身を引かない海軍少将の堀井は再び叫ぶ。

 

 

 

「だ、だからなんだと言うんだ!?山が海を越えるだと!?バカバカしい!そこに証拠はあるのか!!」

 

「ある」

 

「なっ!!」

 

 

 

間を置かずに返し、堀井はそれに見開く。

 

 

 

「ネウロイは進化する。奴らは形を覚え、浮くことを覚え、戦い方を覚え、人類の真似ををする事で人類に近づき、その怪異と純粋な物量を活かし、人類を超越しようとする。そうして進化を繰り返し、最近では心臓(コア)を覚えることで俺たちを苦しめてきた。奴らは学ぶ」

 

「!」

 

「ならば次にするのはなんだと思う?山だから大河を渡れないと?それは断言できない!奴らはまずネウロイだ、奴らがこれまで何をしてきたのかは貴方達も見てきたはずだ!ネウロイは固定概念など投げ捨て、その悍ましさを形作る怪異だぞ!」

 

 

 

人前で大声など久しぶりだ。

 

しかし訴えを止めてはそこまでだ。

 

俺は続ける。

 

 

 

「ネウロイが黙って人類を生かしてるなど思えん。俺たちを!国民を!皇国を!全て!殺し尽くそうとネウロイはこの島に必ずやってくる! 故に加藤少尉の作戦案は実行すべきだ!これは扶桑皇国が本土決戦を免れるための重要な分岐点である!」

 

 

 

ただの准尉程度では何の意味も成さない場違いな発言になってしまうだろうが、こちらは願那夢として威光と威名が備わりその発言力はかなり大きい……と、思うが。

 

てかそうであってほしい。

 

まあ彼らも願那夢たる俺の活躍を知っているため虚言ではない事は承知の上だ。

 

実際に顎に手を置いて考えてる者もいる。

 

しかし未だ認めない将校もいる。

 

全員を納得させるのは至難の業だが俺は別に全員を認めさせようとは思ってない。

 

今回俺が口を挟んだのはあまりにも危険な認識が彼らにあるから。

 

ネウロイに固定概念は無くした方が良い。

 

 

 

「誰かがアレを『山』と名付けたと思うが、自分からしたら山に見えただけの要塞だ。今は山のようにどっしりと構えているが結局はネウロイだ。浮くくらい出来る。それに人型ネウロイの報告も入ってる筈だ。奴も人の形して空を飛んで襲いかかってきた。それはなぜか?ネウロイだからだ!固定概念は捨てるべきだ!山だろうが、人型だろうが、羽無しだろうか、本質はネウロイって事に変わりない。奴らは人類を滅ぼさんとするため姿形に囚われず襲いかかってくる。必ず来るぞ。あの山は扶桑皇国に」

 

 

 

俺はウラルの最前線で戦い抜いてきた。

 

凡ゆるネウロイのタイプを見てきた。

 

だから怪異の対応策として陸軍と連携しながらネウロイの情報をまとめ、俺や北郷は扶桑皇国軍やその他各国にも情報を提供してきた。

 

それは大本営にも伝わっていることであり、俺の発言に出鱈目はなく常に最前線で戦ってきた者の言葉として御前会議に響き渡る。

 

 

「どう思う…?」

「奴の言う事はわかる……」

「しかし仮にそれが本当だとしたら…」

「だがあの山を討てるのは空のみだろう…」

 

 

 

少し冷静が生まれたのか将校同士で話し合いが始まる。俺は大股で元の位置に戻り後は運営する彼らに任せることにした。

 

一度横を見る。

 

加藤武子と視線が合う。

 

俺は「後は頑張って」と口元だけニヤッと返して北郷の影に隠れた。

 

 

「突然驚いたぞ、黒数…」

 

「悪いな。でも断言させないためだ。ネウロイの可能性を考慮させないと、ただでさえ動きの遅い大本営は双方で揚げ足取りしながら共倒れになる。そんなの馬鹿げてる…」

 

 

今回、口を挟んだのは固定概念を消すため。

 

ネウロイの進化能力を改めさせるため。

 

奴らは侮れないことを…

 

バンシィ(ネウロイ)に落とされた者として伝えたかった。

 

すると時間からして2分ほどか、将校は隣同士で話し合う。

 

それでも陸は陸、海は海と話すだけ。

 

おいおい、目の前の人と話しなさいってお母さんに教えてもらわなかったのか?

 

今は亡き俺の母も俺が幼少の頃に教えてくれたぞ。

 

 

 

「願那夢の活躍は聞いている。その言葉は比較的真実だろう。しかし!大打撃を受けた今そう安安と船は動かせん!」

 

「なっ!貴様らぁ!」

「まさか臆病風に吹かれたか!?」

 

「やかましい!その根本は貴様ら陸軍だ!」

「その通り!扶桑皇国の財産を失ったのは貴様らの失態がトドメとなっている!」

 

「何を言うか!そこの願那夢が海軍所属とするならネウロイのコアの情報は海軍から!情報提供の遅さは貴様ら海軍の責である!」

「結果として我が軍を犬死させた!それが許されることではない!!」

 

「大動員したのは陸軍の判断!海軍に関係はない!」

「そうだ!その通りだ!貴様らが痺れを切らした結果だ!」

 

「あのまま膠着しては扶桑皇国軍は確実に負けていた!浦塩に住まう国民すらもネウロイに蹂躙されていた!」

 

「我が軍の働きを侮辱するな!!」

 

「大陸を抑えて来たのは私達だ!!」

 

 

 

ぎゃー!ぎゃー!

 

わー!わー!

 

怨!怨!怨!

 

コノヤロウ!

 

バカヤロウ!

 

おいゴラァ!

 

やべーよ、やべーよ。

 

ぎゃー!ぎゃー!

 

こっからいなくなれ!

 

お前を殺す(デデン!)

 

 

 

 

 

 

「………なぁ北郷、帰っていいか?」

 

「気持ちはわかるが待ってほしい…」

 

 

 

頭痛そうにする我が隊長。

 

ポニーテールも元気ない。

 

ああー、また江藤敏子少佐プルプルしてる。

 

加藤武子もせっかく渡されたバトンも握りしめたままオドオドし始めた。

 

そうして再び口論合戦となる御前会議。

扶桑皇国軍大丈夫これ??

 

すると…

 

 

 

「その作戦案、わたくしめは賛成でございます!!」

 

 

 

 

車椅子の音。

 

横を見る。

 

そこには…

 

 

「た、竹井少将!!?」

「なにぃ!?」

「なんだと!」

「た、退役されてたのでは!?」

「何故ここにあの方が…」

 

 

声の主は竹井醇子の叔父。

 

扶桑皇国を支えし名門(竹井)の大英雄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、結論からすると加藤少尉の作戦は認可された。

 

それは軽井沢でご療養中だった『竹井少将』の言葉があったから。

 

扶桑皇国に対する熱い想いが込められた言葉の数々により扶桑皇国の殿下の琴線に触れたのか延長線に凝り固まっていた御前会議は動く。

 

またタイミング良く浦塩で構えていたネウロイの『山』も浮遊する能力を得たのか建物を破壊しながら海面を移動し始めたと報告が入り、加藤少尉の作戦は無し崩しであるが認められることになった。

 

そうして御前会議は解散。

 

第十二航空隊は北郷隊長に率いられてこの場から退席する。

 

部屋を出て緊張感から解放されると背筋を伸ばし、とりあえずストレス発散のため竹井の頭が手元にあったから上から掴んでワシャワシャワとする。あと普通に竹井少将にお力添えを願った彼女のファインプレーだから褒める。やはりコネって大事。いやコネは少し違うか。

 

 

 

「しかし久しぶりだな、竹井爺さん」

 

「ほほほ、久しぶりじゃな」

 

「なっ、黒数知り合いなのか!?てか、この方に対して竹井爺さんだと!?」

 

「知り合ったのは舞鶴の病院生活の時だ。俺が舞鶴航空隊のウィッチってことを知って色々尋ねに訪れて、色々話したかな。あと竹井爺さんからは良くウラルまで差し入れが来てたぞ?例えばお茶した時に醇子と齧ったお煎餅とか」

 

「え?…ア、アレそうなの!?」*1

「あー!いつの間に!ずるいぞバカ数!」

「(副隊長とお煎餅……いいなぁ…)」

 

 

御前会議の時と打って変わって雰囲気がいつもの第十二航空隊になり、肩の力が抜ける。

 

北郷も竹井少将と思わぬコンタクトを果たしていた俺に対して「やれやれ…」と呆れ顔である。

 

なんだよ?たしかに章香の父、北郷茂史と同じくらいめちゃくちゃ偉いの知ってるけど俺からしたら舞鶴の病院の療養中にアポ無しで入ってきた将校共と大差ないぞ?まあそれでも他の輩より人格者で澄んだ方だったから色々話を聞きたくなって会話したし、あと竹井醇子のことを任されたから承ったわけだし。わざわざ言われなくても副隊長として任されるつもりだったが、とりあえず竹井爺さんとはそこそこの関係を持っている。空から落ちた病人と車椅子のウィッチ好きなお爺さんって事でな。

 

 

それから北郷と竹井爺さんを残して、停めてある車まで足を進めると…

 

 

「あ、黒数准尉…」

 

「お?加藤少尉か。お疲れ様」

 

「え、ええ…お疲れ様」

 

「よかったな、立案通って。後日の作戦会議楽しみにしてるよ」

 

 

俺は用意された車まで移動しようとして…

 

 

「あの!」

 

「?」

 

 

加藤少尉から声をかけられる。

 

そして…

 

 

「ありがとう!あの時、貴方からも…!」

 

「気にするなよ。俺は思ったことを言っただけだ。加藤少尉の立案関係無くネウロイの固定概念をあの場で無くしておきたかった。あまりにもネウロイに対する認識が薄いからな」

 

 

そもそも誰かが『山』とか言ってるから地上に根付いて動くネウロイだと勘違いしてる訳であって、俺からしたら三角形のデカいネウロイって認識だぞ?

 

バンシィの時もそうだけど良い意味でも悪い意味でもネウロイに変わりない。

 

なら浮いたりするくらいそれは普通だ。

 

 

「頭の固い連中は現場を知らないからこまるなぁ?だろ?てかそこら辺は俺よりも加藤少尉が良く知ってたな」

 

「!!……ふふふっ、ええ…そうね!本ッッとうにそうね!!たしかに聞かん坊だもの!本当にもう!話を聞かないんだから!!」

 

 

相当フラストレーションが溜まっているらしい。

 

それから再度礼を言われ、また上官の江藤敏子中佐からも礼を言われ、陸海は一時解散。

 

またすぐに作戦会議で顔合わせになると思うが今は一息つくべきだろう。

 

出発までしばらく寛ぐ。

 

お菓子が用意されてたのでパリポリと。

 

お?このお煎餅のチョイス、竹井爺さんだな。

 

竹井も分かったのか目を見開いていた。

 

しばらくすると北郷が戻ってきた。

 

しかし、やや元気がない。

 

 

 

「北郷、おかえり」

 

「……え?あ、ああ……ただいま」

 

 

すこし反応が悪いな。

 

 

 

「疲れたか?」

 

「??…ふふっ、そうだな。やや、疲れたかな…」

 

 

 

少し困ったように彼女は笑う。

 

やはり気のせいか…?

 

まあこんなところ疲れるよな。

 

お偉いさんの怒声なんて精神的に参る。

 

ともかく早く舞鶴に帰りたい。

 

そう考えて、思考はここまで。

 

意識を次の作戦に切り替えて……

 

 

 

俺は気づかなかった。

 

彼女だけが抱えている問題に。

 

また彼女が覚悟していることに。

 

それに気づいた時は……

 

 

 

_____始まっていた。

 

彼女が一人で犠牲になろうとしてるところを。

 

 

 

俺はそれを、まだ知らない……

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ … …

 

 

 

 

 

 

その機体は___次へと進化する。

 

今は願那夢(ガンダム)を滅ぼすために。

 

 

 

つづく

 

*1
16話






Q_何が始まるんです?

A_第三次大戦だ。


まじめに説明すると

山の形をしたデカいネウロイが空を浮く→群れを引いて扶桑海を渡ってやってくる→海軍の主力艦隊を囮に海上決戦→その隙にウィッチが山のコアの破壊を目指す→しかしウィッチを信用しない海軍が存在する→作戦失敗を表向きに新型の艦[紀伊]で山を砲撃する→ウィッチが紀伊の砲撃に巻き込まれて危険なので北郷が単独で止めに入る→ああもう無茶苦茶だよ!ってこと。

これが原作の流れ。


で、原作では北郷が紀伊の砲撃を受けます。
撃ち落とされます。
わかって死ぬつもりです。
これが原作の流れ。



ではまた


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33話

 

 

「あ、あの!サインください!」

「わ、私もです!」

「わたしにもお願いします!」

「握手してください!」

 

 

 

陸と海の煽り合いがメインとなった御前会議から3日経過した。

 

扶桑の命運を賭けた海上決戦に参戦する多くのウィッチが京都府に集結し、その数は約120名となる。一応これでも多い方である。

 

もうこれは何度も言ってるが航空ウィッチは大変希少な存在であり、扶桑皇国のウィッチの比率を見ると陸型ウィッチが92%ならストライカーユニットを履いて飛べる飛行ウィッチは約8%である。

 

その中でまだ戦える飛行ウィッチを集めた結果として120名だが、陸海問わず疲弊した扶桑皇国軍から三桁はよく集めた方だと思う。

 

まあ、山を叩くことが本命な航空ウィッチだから数的に充分だと思う。心配なのは数より全体の練度くらい。しかし去年の夏から始まる長い戦いの中でここまで生き延びてるならウィッチも手練れの者ばかりだろう。あんまり心配するのも彼女達に失礼だ。

 

 

「やった!やった!」

「願那夢さんのサインだ!」

「ありがとうございます!」

「か、家宝にします!」

 

 

「家宝にしたいならこの先の戦いで生き残るんだな。さもないと意味ないぞ?」

 

 

「は、はい!」

「それなら大丈夫ですよ!

「願那夢さんがいるから平気です!」

「これから一緒に頑張りましょう!」

 

 

「ああ、よろしくな」

 

 

決戦前なので緊張するウィッチが多い。

 

緊張感を保つのは悪くないのだが、緊張しすぎても仕方ない。なので緊張を解せるため士気向上の貢献を表向きにファンサービスを行いながら「頑張ろう」とこの先の戦いに彼女達を向けて励ます。

 

そうすればアイドルに出会えたファンのようにお目目をキラッキラして喜ぶウィッチ達。その姿は年行かぬ少女達に変わりないことを改めて再確認する。この先の戦いで死んでほしくないな。まだ捨てるに早い命だ。

 

 

 

「黒数、順調だな」

 

「ファンサのことか?みんな良い子だな」

 

「君の力だよ。集った者に余裕が出ている」

 

「北郷も同じだろうに。扶桑の軍神が近くにいるなら心強いことこの上ない」

 

「私は軍神と言われるほどのことはしてないと思うがね。いつも精一杯自分の出来ることをやっているだけだよ」

 

「それが慕われる理由だろ?北郷は先生の器」

 

「ふふっ、そう言われると素直に嬉しいな」

 

 

 

 

「初めて見たわね、あの方達のツーショット」

「ねぇ、あのお二人はつまりそう言うこと?」

「浮ついた話は無いけど、多分そうだよね?」

「あれで付き合ってないなんて絶対嘘だよ!」

「あの場所だけ雰囲気が良すぎるんだけど…」

「うんうん!噂通りに彗星と魔女って感じ!」

「いいなー、私もあんな風になりたいなー」

「いつかなれるよ!」

 

 

それから作戦立案者の加藤武子が招集するとノートとペンを用意したウィッチ達は会議室の席について作戦内容を頭に入れる。

 

まあ作戦に関しては難しくない。

 

単純に海軍の主力艦を囮に小型ネウロイを引きつけてもらい、能動的に動けるウィッチ達でガラ空きになる山を強襲する。

 

空いた懐には機動力に優れた零戦で戦果を上げ続けた第十二航空隊、あと混合隊としてウラルで組んだ陸軍第一戦隊を率いる江藤敏子中佐の部隊を合わせた魔女小隊で潜り込み、坂本美緒の固有魔法『魔眼』で山にある『コア』を見つけてこれを破壊する作戦。

 

扶桑の命運はウィッチに掛かっている。

 

 

それから作戦を頭に入れると、決戦日までは新兵を混ぜた飛行訓練。

 

各地から集った混合部隊なので足並みを合わせる訓練は必須である。

 

その中で腕の立つウィッチは模擬戦を行なって力量を計り合い、この作戦で一時的に総司令官となった加藤武子はメモを片手に隊長の江藤敏子からアドバイスを貰いつつ、本作戦における編成を再度確認する。

 

一応編成は決まっているが再編の必要が有ればそれはドンドン炙り出して最適解に近づけるべきだろう。扶桑皇国軍にもう失敗はもう許されない。

 

 

そして、もう一つ。

 

腕が立つウィッチとは真逆で急遽実戦投入を受けたまだ経験浅いウィッチが本作戦に参戦してるわけだが、何もできずネウロイに撃ち落とされる可能性も充分に高く、それではただ死にに行くだけの飛行になってしまい大変好ましくない。

 

そのため舞鶴市で始動した舞鶴航空隊、もしくは第十二航空隊の指導者である北郷章香と、俺こと黒数強夏を中心に新人ウィッチの指導に舞鶴の空であたっているところだ。懐かしい気分になる。

 

ちなみに新兵ウィッチは約40名ほど。これでも急ぎ気味に実戦投入が認可されたメンバーである。認可と言っても水準は『とりあえず』満たしているって判定だろう。本当はもっと訓練を行い、練度を上げる必要もあるがそうも言ってられない現状。ストライカーユニットで真っ直ぐ飛べる子を集めた。つまり戦闘能力に期待は持たされてない。

 

 

「ジオン軍の学徒兵を思い出す…」

 

 

本戦でネウロイを一機だけでも落とせれば無問題(もうまんたい)と手を上げて言える程度のレベルを集めたヒヨッコ達だ。それは本作戦で数合わせとして集められた彼女達も理解してるだろう。決して楽観視されてない。

 

……絶対に捨て駒なんかにはさせないぞ。

ここにいる全員生かして扶桑に返してやる。

 

それが非現実的でも俺が許せない。

 

だからこれは一年前と同じ。北郷から准尉の階級を貰い受け、まだまだヒヨッコだった舞鶴航空隊のウィッチを育てたように、また同じ空でそれを繰り返す。この短い訓練期間もあの時と同じだ。第十二航空隊に再編されすぐにウラルに向かったから。だから似ている。今この現状も一年前のあの頃のように。

 

 

 

「角丸伍長、君の技術力なら敵機に銃口を定めたタイミングでもっと早めに引き金を引いて良い。それでほぼ当たるだろう」

 

「そ、そうですか?」

 

「ああ。翼に一撃入れれるならそれでネウロイの機動力はグンと落ちる。そうすればネウロイの機動も予測できるし、余裕を持ってコアを狙える。そうやって撃ち漏らしを減らせばそれだけ小隊の安全性が高まるから意識しておくようにな」

 

「は、はい!」

 

 

「次に樫田伍長は現段階で足を止めて撃ってしまうのは仕方ない。しかし孤立した時に移動しながらの射撃が出来ないとネウロイに挟まれてそこで終わりだ。後でフリスビーを使った射撃訓練を行うから魔法力はしっかり温存しておくように」

 

「フリスビーですか?」

 

「風に乗せる形でフリスビー投げて、フリスビーの真上を取りながら銃口を定め続けて、海面に墜落する寸前でフリスビーの手前を撃って水飛沫でフリスビーをひっくり返す訓練。これが出来ると移動しながらの射撃が楽になる。後で手本見せるから」

 

「はい、了解しました!……そんな訓練法があるんですね……」

 

 

「それと犬房伍長はユニットの転機からまだ一ヶ月だけど真っ直ぐ飛べてるのはかなりセンスある証拠だな。射撃も問題なし」

 

「うぇへへへ、そうですか?いやぁ〜、願那夢さんのお空を見て学びまして」

 

「でも旋回するとかなり遅いからもっと体にユニットを慣らしておけよ?」

 

「はい、りょうかいであります!」

 

 

「あと……」

 

「ポリポリポリポリポリポリ………んへ?」

 

「『んへ』じゃねーよ!なに訓練中に何味付きラーメンをパリパリ食ってんだよ。ジュンコ教官はそんなこと学ばせてないだろ!教えはどうなってんだ教えは!?」

 

「これも長崎の賜物ですね!それと待ってる間に食べてる方が効率がいいと思いまして。あと前も言いましたが黒田は嫌です!黒数さんには那佳って呼んで欲しいです!てかそう呼んでください!だから引き続きお代わりの麺を頂きますね!ポリポリポリポリポリポリ」

 

 

皿うどん娘(黒田那佳)に拳骨喰らわせた後も新兵の飛行技術を洗い出し、北郷の方でも基礎固めを済ませたりと、ウィッチの生存率を少しでも高めるため力を尽くす。

 

作戦まで10日ほど時間はあるが全てを学ばせることは難しいため、絶対に守るべき部分と、個人で抱えてる悪い癖、いわば戦死に直結する要因のみを指摘してそれを修正させる。

 

そのため戦果を上げさせるための戦いは何一つ学ばせてない。それは北郷も同じで戦場で間違わない飛び方を改めてウィッチに教えている。

 

 

「今回初陣の者もいるだろう。でもそれは隣も同じ。だから助けてやれ。もしくは誰かに助けさせろ。それが連携。皆で不安と戦っていればそこまで怖くないから」

 

「「「はい!!」」」

「「「は、はい……!」」」

 

 

言葉も大事。

 

伝えることはニュータイプのような特別が無くても出来ること。

 

それでもまだ難しい顔してるウィッチもいる。

 

それは不安からか、経験不足からか、翼の広げ方に戸惑うヒヨッコの表情はまだ幾らか硬い。

 

 

「もっと簡単に伝えよう。黒田伍長!」

 

「は、はい!」

 

「食い逃げは良くないことだよな?」

 

「え?…あっ、そ、それはもちろんですよ!」

 

「でも皆で食い逃げすれば怖くないよな?」

 

「なんで私を見て言うんですか!?」

 

「「「あはははは!!」」」

 

 

 

大事なことは多い。

 

でもその中で選び取るなら…

 

 

 

「この先は簡単な戦いじゃない!でも難しいことは考えすぎるな!これは考えじゃなくて気持ちの問題だ!だから敢えて言おう!皆で生きて帰るぞ!」

 

「「「「 おおー!!! 」」」」

 

 

士気は充分だ。

 

経験は追って付けるしかない。

 

だから生きて帰ること。

 

それが自身にとって大きな報酬になるから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

そして……

 

決戦の時は来た。

 

 

 

 

「章香」

 

「!」

 

 

舞鶴近海で山を迎え撃つため、作戦通りに軍を展開しようとウィッチ達は舞鶴の格納庫で準備を開始する。作戦のため既に飛び出した者もいた。

 

もちろんウィッチだけではないエースを乗せた戦闘機も含めて舞鶴の空は鉄で埋め尽くされる。

 

そんな中で俺はまだ翼を足に纏わせず彼女に声をかけた。

 

 

 

「ど、どうしたんだ?黒数…」

 

「…」

 

 

 

一応、彼女にだけしか聞こえないようにその名を呼んだが、それでも苗字じゃない名前で呼ばれたことに驚き、トレードマークのポニーテールが動揺を示している。

 

 

 

「章香、君はこの10日間どこか思い詰めたような表情をする時がある。でもそれは章香にしかない悩みがあるんだと思ってる。何故なら章香はいつも俺に相談してくれるから」

 

「!!……君は私をよく見てるんだな」

 

「ああ。だから俺に何か言ってくれるまでは何も問わないつもりだった」

 

「そう…か…」

 

 

 

御前会議を終えてから章香は少しだけ様子が変わった……ような気がしてた。

 

恐らく竹井少将との会話で何かあったのだろうと考える。

 

何か佐官でしか抱えきれない内容が関わっているのだろうか?

 

 

 

 

 

……とは、思っていない。

 

 

佐官にしか出来ない内容を抱えていたとしても彼女はキャリアを積んだ上級階級の軍人として堂々としている。不安な表情は見せない。これは同じ執務室で長い時間を共に仕事してきたからわかること。たまに上層部に対して愚痴のような事を溢してくれるが部下に不安を見せるような顔は滅多に出さない。

 

そのためいつだって困ったようにカラカラと笑い、もしくはやれやれとした感じに事をこなすのが俺たちの隊長、北郷章香だから。

 

そんな彼女がこの10日間で常に何か思い悩むような横顔を見せていた。もしくは見せないように強張っている。周りは気づかない。

 

でも俺はそれを悟っている。

 

そして章香もそれが悟られていた事をこの場で知り、とうとう諦めたように薄く笑いを浮かべながらどこか気まずそうに目線を逸らす。

 

 

「何か、俺に出来ることあるか?」

 

「……」

 

 

俺の問いかけの中でストライカーユニットの音が格納庫の中で響き渡る。

 

また一人ずつ空を飛び始める。

俺たちを置いて次々と空を駆け巡るウィッチ。

 

これから英雄になろうとする魔女達に向けて舞鶴市民や軍人達の讃える声が舞鶴の空で響き渡っている。

 

 

 

「大丈夫だ、私の心配はしなくていい」

 

「そうか…」

 

 

少し間を置いて彼女は答えた。

 

出た回答がそれなら。

 

今は頷くことが正解だろう。

 

でも、そのかわりに…

 

 

 

「なら章香、これあげる」

 

「これは……お守りかい?」

 

「それは"香水箱"だよ。加賀市で招かれた時に章香と街中で出かけて市場を散歩しただろ?そのあと俺はまた市場に行って買い物に出かけたんだ。そこで香水箱を買ったんだよ」

 

「なるほど。これを私に?」

 

「ああ。中身に【白鳥(はくちょう)】の折り紙が入ってる。焼け焦げた部分を裂いたからかなり小さな折り紙だけど」

 

「白鳥?鶴じゃないの無いかい?舞鶴ってことで折るなら鶴かと思ったが…君は不思議なことをことをするんだな」

 

「ちゃんと鶴も折れるよ。でも幼い頃に孤児院先生がとある物語の影響を受けて鶴じゃなくて白鳥の折り方を教えてくれてね、だから白鳥。先生曰く行先の目印になるってさ。お守りらしい」

 

「そうなのか……ふふっ、ありがとう」

 

 

 

空の風向きが扶桑を乗せてくれるなら、白鳥程度の簡単な翼でも、空高く飛べるはず。

 

俺はそれを願って彼女に渡す。

 

彼女の隣を飛ぶことが約束だから。

 

それが俺たちにとって目印になって欲しい。

 

それだけを思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8/31

 

舞鶴の空はいつかの夏空を思い出させる。

 

それは一人のウィザードが、一人のウィッチを追いかけ、夏の空を飛んでしまったことにより始まった物語。

 

 

これはのちに【扶桑海事変】といわれる皇国の命運を賭けた戦争の名前。

 

兵士が、戦士が、魔女が、血を流しながらも祖国のためにその命を持って怪異に抗い、祖国を奪わせまいと拮抗を保っていた。

 

しかし進化を繰り返すネウロイとの戦闘は突如として激化させると扶桑皇国軍はその物量に追い詰められてしまい、本土に押し返された。

 

そしてそのネウロイは占拠した浦塩から山を浮かび上げると、扶桑の本土を押し潰さんと扶桑海を渡る。

 

これを決戦として扶桑皇国は陸海の主力を集結させ、山を討たんと迎え撃つことになる。

 

 

 

再度、繰り返そう。

 

 

 

それは一人のウィザードが、一人のウィッチを追いかけ、夏の空を飛んでしまったことにより始まった物語。

 

その羽ばたきから一年の刻が進み、同じ夏の空が扶桑を最後の戦いに招く。

 

 

扶桑海事変、最後の戦いが…

 

 

 

 

__ 艦隊出撃!!

__ 機関、第三船速!!

__ 我らは、皇国を守る盾と成らん!

 

 

 

 

魔女を中核にした挺身突撃作戦。

 

暗号名は”隼”。

 

そして作戦で使われる部隊は二つ。

 

まず、親玉を叩くために精鋭の魔女部隊で構成された小規模の第一戦隊。

 

次にその第一戦隊を親玉の元に向かわせるため多数の軍艦を中心に小型ネウロイを引き付ける役割を担う第二戦隊。

 

多くの艦隊が犠牲になるだろうこの作戦に猛反発をしていた海軍だったが、それ以上に不安なのは数名の少女に扶桑皇国の命運を委ねてしまうことに対する抵抗感があったからだ。

 

その大役を背負わせるにはあまりにも少女の背は小さく、たとえそこに願那夢たる扶桑唯一の男性ウィッチが健在だとしても、巨大なネウロイを魔女全てに託すことはあまりにも酷だ。

 

しかし、それでも…

 

 

__できるか否かではない!

__やってもらわねばならんのだ!

 

 

魔女に託された。

 

 

 

「第二戦隊は小型ネウロイの群れと戦闘を開始した!これより第一戦隊は一気に向かう!露払いのための魔女中隊は先行して!魔女小隊は私に続いて!扶桑を守るわよ!」

 

 

総司令官である加藤少尉の声が無線から届く。

 

士気は充分。

 

ウィッチはユニットを回す。

 

 

 

「っ…!」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「く、訓練通りにやれば…」

 

「ふ、震えが止まらない…ね…」

 

「き、緊張しすぎるな…お、お前ら!」

 

 

今回初陣として参戦する新人ウィッチ全ては露払いの中隊に加えられている。

 

敵の懐に入る魔女小隊に比べて危険度は幾分かマシだが、それでも今回の作戦は特に激戦を免れず、更に今回で初陣となる新人ウィッチは舞鶴の空で緊張と重圧を相手に溺れそうになっていた。

 

飛ぶ前に緊張を抑えたつもりだった。

しかし無線の声を通して再度震えが出る。

 

実戦がすぐそこにある。

 

引き金を引けば始まる。

 

だから手が硬く、トリガーの指が震える。

 

不安が恐怖心に変わろうとしていた。

 

幼い体で恐怖心は押し殺せない。

 

 

だがそこに…

 

不安は突如取り除かれる。

 

 

 

「ビームフラッグ!」

 

 

「「「「!!!!」」」」

 

 

 

魔女小隊として参加するひとりの男性ウィッチは魔女小隊と魔女中隊の真上に移動すると腕を上に伸ばし、その手から武装を照らす太陽に向けて伸びた光の帆を広げた。

 

その帆は月の形をした扶桑皇国のシルエット。

 

それをグッと握りしめて魔法力を流すとまた一段と光が強くなり、夏の太陽に負けない熱量が魔女の頬を撫で、彼から力強さが伝わる。

 

そうして新兵ウィッチの不安はビームフラッグの光によって取り除かれ、気づいたときには震えが止まっていた。

 

 

 

『俺たちがガンダムだ!!』

 

 

「「「「 !!!? 」」」」

 

 

 

 

力強さが響く。

 

だが、口から言葉は何も放たれていない。

 

何も耳の中に声は通っていない。

 

けれど、心を通して響いた。

 

不思議な感覚。

 

しかしわかることはある。

 

舞鶴の空から始まった願那夢(ガンダム)の言葉だ。

 

それが全身を駆け巡る。

 

すると恐怖心は闘争心に変わり、震えは奮えに変わり、握りしめていた機関銃は恐怖を流し込むための道具でなく、願那夢と共に戦う兵士の証として握られ、吐く息は鋭く透き通る。

 

新兵は己の幼さを超えて、大地を立つ。

 

魔女は"機動"した、扶桑の"戦士"として。

 

そこに"願那夢"の遺伝子(想い)を乗せて。

 

 

 

「これが、機動戦士願那夢…」

 

 

 

総司令官の加藤武子はビームフラッグを展開する黒数強夏を見てそう呟く。

 

急な魔力行使に驚いたが、その目的を知ると光を見る中隊を眺める。

 

まだ新兵のウィッチには幾分か不安な様子を伺えるが、扶桑皇国の国旗を形作ったビームフラッグの熱量を浴びてからはそれぞれが握りしめる機関銃に機動戦士としての魂が込められていることを把握する。

 

 

これが、願那夢。

 

これが、黒数強夏。

 

 

そして、これが…

 

 

 

「第十二航空隊の副隊長……彗星の魔女」

 

 

 

負ける気がしない。

 

そう思う。

 

 

 

 

「あー、腕が疲れた…」

 

「おいおい…随分としまらねないな、バカ数」

 

「こういうのはメリハリが重要だ、若本」

 

「力の抜き方が大袈裟なんだよ」

 

「強張り過ぎてもなぁ……まあ、これだけ精鋭で集結しているんだ。そこまで恐れてもねぇよ」

 

「えへへ、そうですね。半年前みたいに第十二航空隊と陸軍第一戦隊の混合隊です!負ける気がしないね美緒ちゃん!」

 

「う、うん!そうだね…!醇ちゃん!」

 

「はっはっは、たしかにそうだな」

 

 

 

海上決戦。

 

扶桑皇国の命運を賭けた戦い。

 

だが第十二航空隊はいつも通りの姿を見せる。

 

一年前まではヨチヨチ歩きな集まりだった。

 

しかし今は堂々と舞鶴の空を飛ぶ。

 

そうなったのは間違いなく、一つのイレギュラーがそこにいるからだ。

 

 

 

 

 

だから、再度…

 

ああ、再度繰り返そう。

 

 

それは一人のウィザードが、一人のウィッチを追いかけ、夏の空を飛んでしまったことにより始まった物語。

 

 

扶桑海事変、終わりの始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギギギ…」

 

 

「お前はそうなってまで、目の前のガンダムを否定したいか?」

 

 

「ギギギギギギ!!」

 

 

「そうかよ。なら憎しみと共にガンダムを否定してみせろよ…

 バンシィ・ノルン…ッッ!!」

 

 

 

 

晩夏から秋にかけて発達した積乱雲。

 

乱流の地獄と化した異常気象。

 

全てを否定するような__颱風(たいふう)の中。

 

濁った黄金の色は視界の悪い戦場でも目立ち、憎しみを色持つ機体が願那夢の前に現れ、ネウロイの赤い光が二つのモノアイから怪しく湧き出ている。

 

それでもそこいる彗星は颱風渦巻くその憎しみの色に溺れず、堂々と見ていた。

 

 

 

 

生産性の無い怪異はここで朽ち果てろ!

 

ギギギギギギィィィ!!!!

 

 

 

 

 

___嵐の中で輝いて。

 

 

 

 

それはネウロイの光か。

 

もしくはガンダムの光か。

 

 

 

扶桑海事変もう一つの戦いである、

 

 

 

 

 

つづく

 

 






犬房と黒田は作者のお気に入りです。
ギャグ要員として使いやすい。
あと根っこが強くて普通に好きなキャラ。
どちらも未来では統合戦隊航空団の一員です。


ではまた


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34話

 

颱風の直撃はあまりにも予想外で、しばらくの動揺はあったが、ここまで来て引けない。

 

扶桑皇国軍は覚悟を決めると颱風の中に身を投じた。

 

だが颱風の中は視界が悪く、飛び辛い。

 

それは箒に跨る魔女にとって酷い天気だ。

 

それでも皆は必死にネウロイを捉え、その翼とコアを弾丸で貫き、時には斬り伏せる。

 

第一戦隊のために空路を切り開く第二戦隊は決死の覚悟で先行し、露払いを行う。

 

隣同士を庇い合い、誰かが囮になり、けれど嵐の中で魔女や戦闘機が落ちていく。

 

ウラル以上の激戦が繰り広げられている。

 

しかしそんな中でも、異界からやってきた男は嵐の中でも彗星の如く駆け巡り、私達の手の届かないところまでその弾丸をネウロイにねじ込んでいる。

 

またひとり扶桑の魔女を助けた。

 

 

「新藤!露払いは最低限で良い!あまり部下にネウロイを追わせて孤立させるな!」

 

「黒数准尉!?」

 

「嵐の中でも無線はちゃんと繋がっている!部下に呼び掛けを怠るなよ!孤立したところにネウロイが集わせてしまう方がよっぽど周りに危険を与えやすいからな!」

 

「りょ、了解した!」

 

 

 

黒数強夏は武装を召喚し直すとそのストライクユニットの性能で颱風の中を容易くねじ切りながらネウロイを叩き落とす。

 

そのスラスターから吹き荒れる青白いエーテルの輝きはまるで宇宙を駆け巡る彗星のように彩らせ、嵐の中で戦意が削られていくウィッチはそれ目の当たりにすると再度奮起する。

 

嵐の中でも怯む事なく飛び交う彼の活躍は心の支えになっている。

 

 

「来いネウロイ!ビームフラッグ!」

 

「「「キィィィ!!!」」」

 

 

光の帆が颱風の中に現れるとそれは嵐の中で輝いて、ネウロイは焚き火に惹かれた虫のように集まり、黒数を標的にすると一斉に狙い出した。

 

黒数はビームフラッグに魔法力を多く注ぐと巨大な扇状の光となり、ネウロイの群に向けて一気に薙ぎ倒した。

 

 

「もうアレは魔法力の暴力ね」

 

「でも凄いわね、扶桑の願那夢は」

 

「飛んで火に入る夏の虫とはこの事か…」

 

 

颱風の中で見え辛い戦況。しかし彗星の輝きはわかりやすく、ビームフラッグに描かれた扶桑の国旗は扶桑の魂を宿しているように見えるから、苦しい嵐の中でも兵士たちは背中に守るべき祖国を思い出し、再び奮起する。

 

 

__負ける気がしない。

 

ああ、その通りだ。

 

 

 

 

だから…

 

 

 

 

私はやるべき事がある。

 

魔女の軌跡を…

 

魔女の奇跡を…

 

絶やさせないために…

 

 

 

「私は行かない。どうしてもやらなくてはならないことがあるんだ」

 

「「「!!??」」」

 

 

颱風の目の中なら乱気流の影響を受けず山を討てると判断した。

 

しかし私はそこに向かわない意志を告げる。

 

課せられた役割があるから。

 

 

 

「そんな!先生!私は先生がいないと!」

 

「聞け、坂本。君は言ったね。その力で誰かを守れるならと。でもそれは簡単じゃ無い。簡単には行かないことだと思う」

 

 

「…」

 

 

彼を、黒数を一瞬だけ見る。

 

人助けなどそう容易くは無い。

 

けど幾度なく誰かを助けてきた私たちの英雄。

 

そんな彼は私に背を向けて颱風の中を見る。

 

まるで『ナニカ』を見つけたように。

 

 

「坂本、守りたいと願うその誓いを果たせるかはわからないだろう。しかし、例え何があろうとも誓ったその意志を守り通そうとする君は一人前のウィッチになれる。そうなれる姿を君は近くで見てきたはずだ」

 

「先生……」

 

「この刀を君に預ける。必ず返しに来い。私も必ず戻ってくると約束をしよう…」

 

「ッ、はい…!」

 

「………きょうか

 

 

 

また一瞬だけ、彼を見てしまう。

 

これで未練がましい女だと思われてしまうな。

 

しかし私はここを離脱する。

 

それは魔女を守るため。

 

魔女の可能性を信じてるからこその行動。

 

託されてこの場にいる。

 

 

 

「__加藤少尉、第二戦隊とは別に密命を帯びた艦隊が動いている」

 

「__!?」

 

「__君なら大方の想像は付くだろう。だがこの局面で戦力の分散は好ましくない。私はそれを告げずに阻止に向かう。だから皆には伝えるな。よろしく頼むぞ」

 

「__っ、だから颱風の観測情報は何一つもなかった!?そんな…!!」

 

 

 

総司令官として率いる加藤武子に事を伝えると私は嵐の中を飛び去る。

 

既にこの一帯は颱風の中だ。

 

何も見えない。

 

だから誰も気づかないだろう。

 

この闇の中に続く暗雲を。

この闇に這い寄る黒雲を。

 

しかしそれが都合良いと感じる私がいる。

 

ああ、全く…

 

舞鶴航空隊の先生として失格だ。

 

 

 

「!」

 

 

 

見つけた。

 

なるほど。

 

高速戦艦の『紀伊型』か。

 

他にも最上型軽巡洋艦や吹雪型、あと初春型。

 

どれも高速砲撃艦隊に特化した編成。

 

一気に勝負を付けるにあたって最適解だ。あと紀伊型に関しては近代化改修を終えて砲塔が新しい。アレならどんなに分厚い装甲も貫いてくれるだろう。だから海軍はウィッチに頼らずとも山を打ち倒せると考えた。

 

そして謀った。

 

主力艦隊を貸す事で協力する素振りを皇国軍に見せ、その傍から紀伊の砲撃で山を討つために。

 

 

 

「艦隊司令へ単刀直入に申し上げる。目的に関わらず当海域から即刻の退去をお願いしたい」

 

 

魔法によって強化された無線に語りかける。

 

すると艦長の紀伊から声が返ってくる。

 

 

『貴官の要求は受け入れることは出来ない!そちらの名と所属を述べよ!』

 

「扶桑皇国海軍少佐

第十二航空隊飛行隊長 北郷章香」

 

『北郷?む…まさか、あの北郷少佐か……?』

 

「もう一度申し上げる、当海域より即刻の退去をお願いしたい!」

 

 

こちらも再度、頼み込む。

 

しかし…

 

 

『答えは同じだ!北郷少佐!いくら貴官の申し出とはいえ軍人たるもの命令は絶対だ!』

 

 

やはり返ってくる答えは同じ。

 

命令に忠実な軍人は頼もしいがこの現状は大変好ましくない。

 

思わず表情から嫌悪感を出してしまいそうだ。

 

すると…

 

 

「おいおい、筋を通す相手を間違えるなよ?」

 

「っ、敏子!?どうして!?」

 

「武子から事情は聞いたよ。私にだけ話すなんてあいつも人が悪いね………で?

それで章香は『死ぬ』つもりか?」

 

「____そうだ」

 

 

親友の明るかった口調が冷たくなる。

 

そんな私の解答に対して軽くため息をつき…

 

 

「ふーん?でも残念ね。それは叶わないわ。ウチのモットーは全員連れて帰るって決まってるのよ。例えばあなたの彗星さんが新兵に言ってたとおりにね」

 

「……」

 

「だからこうして私が率先して動きにきた。部下に示しつかないから……ねぇ章香、あなたはここで死んで部下に何を教えれるの?」

 

「……」

 

 

 

私は答えない。

 

この作戦を通して、ウィッチの可能性を、存在意義を、何より可憐な体に込められた魂を裏切らせない、それを守りたいから。

 

だから私は『先生』になった。

 

空を駆け巡るウィッチを守りたいから。

 

北郷章香たる私はそれを胸に秘めている。

 

 

「勝手に死んで『本物』の軍神にでもなられたら、後に残された方は堪んないんだよ………それに…」

 

「……?」

 

「あなたの彗星は『人型』を追いかけたわ」

 

「!?」

 

「せっかく颱風の目の中で仕切り直せたにも関わらず、ウィッチを守るために乱気流へ再び身を投じたわ。でも彼は死ぬ気なんてない。今度こそ倒して必ず戻って来てやる、そう告げてひとり奔った。なら貴方も生きなさい。彼がそうしてるように。そのために私も力を貸すわ」

 

 

 

私の親友、江藤敏子は手元に魔法力を纏わせる。

 

この場で私と立ち向かう事を決めていた。

 

 

「聞け!海坊主ども!私は扶桑陸軍中佐の江藤敏子だ!貴様らがどう思っているかは知らないが挺身作戦はまだ終わった訳じゃない!だがどうしても皇女殿下、ひいては陛下の御威光に泥を塗りたくつもりなら、その首にかけて命を下すが良い!」

 

 

その声は強く響き渡る。

 

嵐に負けない、親友の頼もしい叫び。

 

しかし、紀伊の砲塔は動く。

 

どうやら作戦を強行するようだ。

 

魔女の…少々の声は届かなかったらしい。

 

 

 

「はぁ〜あ、貴方の無茶も、砲撃も止めれたらなんて思って飛んできたけど、頭のお堅い連中と、ついでに貴方のお堅さには参ったわね。しかも艦船相手に渡り合おうなんて考えでこの場に立っているなんて、もしや願那夢さんの無茶苦茶が貴方にも憑ったのかしら?」

 

「……ふっ、どうかな」

 

「そこでやっと笑うわけ?本当にお熱で微笑ましいわね… 色々含めて呆れた。でもアレ相手にお熱で済むほど容易くないわよ?ほら見てよ。砲塔が動いてるわ」

 

「弾種は恐らく対空榴散弾だ。小型ネウロイごとコアを撃ち抜くためのな。うまくシールドなどで誘爆させれば打ち消せれる」

 

「失敗すれば二人揃って海の藻屑よ!まったく付き合いきれないわね……帰ったら転職しようかしら…」

 

 

 

それでも『帰る』と言う、親友の言葉。

 

生きてこの場を乗り切るつもりだ。

 

だから…

 

 

 

「ふっ、そうだな…」

 

 

 

そう返すだけだ。

 

親友とシールドを重ねる。

 

紀伊の砲弾を受け止めようと展開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐の中で輝いて__なんて素敵な歌詞がガンダムの作品にあるんだけど、今はそこまで心躍るような光景は拝めず、血と鉄で争う戦いだけがこの先の光景を創り出してくれる。

 

紛い物(ガンダム)紛い物(バンシィ)のぶつかり合いでよければ愉快な怪作はそこにあるだろう。

 

 

「ギギギ!!!」

 

「随分と理性的になったなコイツ」

 

 

前よりマシになった程度だが知能が備わったように反応している。

 

浦塩の時に戦ったバンシィもそうだが武装の理解力が高まっている。

 

もしや学んでいるのか?ネウロイみたいに。

 

それなら納得が行く。

 

まるで学習AIみたいだ。

 

 

 

「だとしたら面倒だな…」

 

 

ガワを手に入れ、そこにコアを当て嵌め、群れから自立し、はぐれネウロイと化すことで戦闘力を上げてきた。

 

しかも大人よりも二回りほど大きな巨体が理性的に動くなら話は別だ。

 

奴をネウロイと思って戦うと何処かで痛い目を見ることになる。

 

 

 

「でもお前の相手は願那夢だ。それに…」

 

 

 

乱気流がまた一段と激しくなった。

 

俺は不敵に笑う。

 

 

「おいホラみろよホラ、誰も来ねぇぜここ?すっげぇ嵐の奥だからさ、視界悪くて誰にも見られないんだぜ?」

 

 

 

右手にはビーム兵器。

 

左手にもビーム兵器。

 

この場には俺とコイツのみ。

 

だから、縛られるものはなにひとつ無い。

 

 

「こんなにも許されているんだ。仮にビーム兵器の光が外から見えてもそれはネウロイか、もしくは嵐の雷鳴… ああ、ここならサンダーボルトって言ったほうがよっぽどガンダムらしいかな?」

 

 

 

手の甲に輝くのは『377cost』の数字。

 

この颱風にて多くのネウロイを蹴散らした。

 

お陰で数字も上がった。

 

中型がそこそこいたからな。

 

 

 

「まあ、今から使う武装はサンダーボルトよりも眩しい方だけどなッ!!」

 

 

G-アルケインが扱うメイン武装『対艦ビーム・ライフル』をノルンに撃ち放つ。

 

分厚いビーム砲に対してノルンは盾を構えて受け止めた。

 

対艦砲の名に恥じない威力の攻撃だ。

 

盾を貫通出来なかったがその装甲を砕く。

 

時間経過で修復されてしまうがこうして怯ませるには充分な威力だ。

 

 

 

「やはりビーム兵器は最高だな!」

 

 

そのまま同じくG-アルケインが扱う『ビームワイヤー』を伸ばしてノルンの盾に引っ掛けると身体強化で引っ張る。

 

 

 

「ギギギギ!__ギィィィ!」

 

「!?」

 

 

だが奴もやられっぱなしで終わらない。

 

ノルンの額から赤いビームが放たれる。

 

ネウロイ自身が持ち合わせる攻撃だ。

 

バンシィの設定無視かよコイツ!?

 

 

「このっ!」

 

 

対艦ビーム・ライフルを目の前に投げ捨てネウロイのビームの盾代わりにする。すると武装に込められた魔法力による爆発が乱気流の中で起きるが暴風雨の中での爆煙は一瞬にして払われた。そして…

 

 

「ギ!?」

 

 

 

そこにはビームワイヤーの柄の部分に引っ掛けられたジャケットが浮いてるだけ。

 

俺は回り込んでビームサーベルを展開するとそれを振り下ろす。

 

しかしノルンのマグナムからビーム十手が飛び出して斬撃を防いだ。

 

 

「それはもう知ってるッ!」

 

「!」

 

 

腰から扶桑刀を引き抜いて関節を狙う。

 

魔法力を帯びた刃は戦車も斬り裂く。

 

結果としてノルンの装甲を斬り落とした。

 

見た目に形はバンシィ・ノルンだけど装甲はネウロイに他ならない。もしこれが本当にガンダニウム合金だったら話は別になるが、ノルンの要素はその武装と攻撃性のみ。

 

盾のように厚くした部分は無理でもそれ以外の装甲の防御力はそこらへんのネウロイとあまり変わりないってことだ。身体能力を上乗せした魔法力の攻撃が通るなら扶桑刀でも斬り伏せるチャンスは全然ある。

 

でもネウロイの装甲ってことはつまり…

 

 

 

「さすがに自立(はぐれ)タイプか、根本が強いな…」

 

 

装甲の修復能力が高い。

 

すぐに回復してしまう。

 

それより奴のコアはどこだ??

 

 

 

「ギギ!ギギ!!」

 

「流石にデカい図体に対しての筋力か…!」

 

 

装甲を攻略できてもコアが見つからなければ意味がない。

 

そう考えると坂本美緒の魔眼が欲しくなるところだ。

 

 

「てかお前さ!まずバーサスの作品にバンシィ・ノルンは存在しないだろがよぉ!?教えはどうした教えは!!」

 

「ギギギギ!」

 

 

叫びに対してノルンの回し蹴りが襲い掛かる。

 

ここで肉弾戦?

安易に武装に頼らないか。

 

人型である意味を理解して来てるな。

 

 

 

「!」

 

 

と、思ったらまた額からビームだ。

 

やはりガワだけが大層にお飾りか?

 

それともバーサス外の作品から機体を引き出した結果としての弊害?それとも単純に使いこなせてないだけ?これならまだノルンじゃないバンシィの方が恐ろしかったな。けれどそこまで恐れはない。

 

何せこちとら何千戦と操作して来たプレイヤーだ。どこまで奴のAIが良いかわからないがNPC如きに負けてやるほど俺は甘くない。機体性能はパイロットの腕次第ってことはガンダムでよく言われてんだよ。こんな奴に負けてたまるか。こっちは願那夢だぞ!

 

 

 

「ギギギギ!!」

 

「流石に乱気流でもマグナムは健在か…!!」

 

 

 

乱気流の中でビームマグナムが襲い掛かる。

 

風の影響など全く受け付けない攻撃だ。

 

しかしこちらも同じで乱気流の影響はそこまで受けてはいない。

 

やはりストライクユニットの性能が颱風を凌駕してくれる。

 

まあ流石に静止したり風に逆らい過ぎると堪らず揺さぶられるが流れに乗る形で動き続ければあとは強引に嵐の中でも動き続けれる。

 

 

 

「ハッパさんが改修してくれたユニットだ!5年先の時代を捉えれるモノなら、やってみせろよマフティー(にせもの)!」

 

「ギギギギ!」

 

 

それでもビームマグナムは恐ろしい。

 

自動シールドが無い中での飛行だ。

 

直撃すればそれで終わり。

 

けれどこの乱気流で足を止めると死に直結。

 

それこそ『止まるんじゃねぇぞ』と()セリフが脳内で流れる。

 

そして、当時のトラウマ武装も流れてくる。

 

 

 

「うわっ、青ぷよ(サブ射撃)ッ!?」

 

 

マキブ時代の悪夢に放たれた凶悪武装を見て思わず顔が引き攣る。

 

それはバンシィ・ノルンの扱うビームマグナムに取り付けられたリボルビング・ランチャーからサブ武装『瞬光式徹甲榴弾』が飛んできたから。

 

しかもそれが乱気流によって不規則に動きながらもこちらを追尾してきた。

 

 

 

「っ、ジャケット!!」

 

 

運良くジャケットがこちらに流れてくる。

 

手を伸ばしてそれを乱暴に掴み、バッと広げながら直撃寸前で手放し、一つ目の榴弾をジャケットに引っ付けると俺はビームライフルで狙撃する。狙ったのはジャケットの袖部分に絡みついていたビームワイヤーの丙部。ビームライフルによってビームワイヤーが爆発するとジャケットに張り付いた榴弾は誘爆し、後続の榴弾も誘爆した。

 

 

よし、これでなんとか___

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

「____ッッ!?」

 

 

 

 

___まずい、やられるッッ!?

 

突如脳裏に走った鋭い感覚。

世界がスローになる。

手が動き、指も動き、トリガーを引いた。

 

 

 

 

ドガーーン!!!

 

 

 

 

 

リボルビング・ランチャーには四つの武装。

 

高速のナパーム弾。

 

それが俺の命を狙っていた。

 

脳裏に走った感覚に身を任せて俺は射撃。

 

視界の悪い嵐の中でナパーム弾を狙撃した。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…っ、はぁ…!あ、あははは!」

 

「ギ!?」

 

 

 

随分と人間らしく驚くノルン。

 

俺は思わず笑ってしまう。

 

今のはかなり危なかったから。

 

 

 

「止まったところを狙撃とか随分とエクバらしいじゃないか!」

 

 

 

エクバプレイヤーとして感心しながら最大火力でブーストダッシュを行う。

 

乱気流を強引に突破するとそのまま勢いに乗せてノルンの真上を取った。

 

 

「ギィィィ!」

 

 

すると次にリボルビング・ランチャーからは対空ミサイルが撃ち放たれる。

 

回避困難な扇状の射撃武装。

 

瞬光式徹甲榴弾と肩を並べる高性能な攻撃。

 

 

 

しかしそれは読んでいた。

 

いや、もしくは誘った。

 

その攻撃を行わせるために、ノルンに対空攻撃をさせるべく、俺はわざわざ真上を取ってやったんだよ!

 

 

 

「IFバンカー!」

 

 

ゴールドスモーが使うサブ武装。

 

それはビームの薙ぎ払い攻撃。

 

ビームシールドやビームフラッグを使えるならこれくらいは出来るはずと考え、コストアップに合わせてビームフラッグの次に練習していた魔力行使の一つ。

 

攻撃性を持った露骨な魔法力の放出はかなり大変な技術だけど、でもこちとら散々ビームシールドを使ってきたんだ。ならゴールドスモーの真似事だって可能にしてやるさ!

 

 

 

「ウィッチに不可能は無い!」

 

 

ビームサーベルを召喚する。

 

そのままIFバンカーを放った時の魔法力の余韻を利用してサーベル内に注ぎ込み、火力は大幅に増強させる。まるで試作2号機が使うビームサーベルのような分厚さだ。ただビームサーベルが爆発的に込められた魔法力に耐えきれておらず今も爆発寸前。ここら辺は300コスト帯としての限界だ。

 

もし俺が400コスト帯なら召喚される武装も質が上がってサイサリス(試作2号機)の真似事も可能にしてくれだろうが今はまだその域まで達していない。

 

でもこれで良い。

 

いまでも充分だ。

 

だって目的はこれで斬る事じゃないから。

 

 

 

 

「ギギィィィ!」

 

 

 

ノルンはビームマグナムを構える。

 

リボルビング・ランチャーからは最後の武装。

 

それは『マイクロハイドポンプ』と言われる機雷の設置武装だ。

 

コイツも原作ゲームでは高性能な迎撃武装として降りテク込みで使える。

 

 

 

だがな、ネウロイ。

 

それをこの場で使うことは間違いだ。

 

 

 

「ギィィィ!!??」

 

 

ノルンはマイクロハイドポンプを放った瞬間……目の前で爆発した。

 

 

それもそうだ。

 

だってこの乱気流で機雷なんて何の意味があると思う?

 

そりゃ原作ゲームは重力無視してフヨフヨと浮いてたよ?厄介だったよ本当に。多くの格闘機はバンシィ・ノルンの迎撃力に泣いてた。

 

 

でもな、ここは話は別だ。

 

この世界では重力の影響を受ける。

 

当然ながら実弾故に風の影響も受ける。

 

ウラル駐屯中の夜間哨戒で犬房に襲いかかってきた六本脚のネウロイを倒す時も足元にキマリスの機雷を仕掛けてネウロイをお手玉したことがある。ちゃんと重力の影響受けて機雷は地面に転がっていた。

 

ゲームのようにフヨフヨ浮いてない。

 

アレはゲームだから許されている現象であってこの世界はアニメだけどリアルだ。

 

ファンタジー極まった魔法は存在してもゲームの時に許されたご都合主義は存在しない。

 

 

だから___お前はアホだ、ネウロイ。

 

 

何のために上を取ったかわかるか?

 

それは対空ミサイルを放たせたるため。

 

マイクロハイドボンブを余らせるため。

 

ビームライフルを使わずに接近戦を仕掛けたのはその武装を迎撃手段として使わせるため。

 

青ぷよに関しては不意を打たれたけどサブ武装豊富なノルンであることをエクバプレイヤーとして再確認させてくれた。そしてガンダム好きとしてそれを再認識させてくれた。つまり知識量が純粋な性能を上回る。

 

ではそんなイレギュラーが目の前にいて、バンシィ・ノルンの真似事してる程度の偽物が、願那夢(おれ)に勝てるだろうか??

 

 

 

 

出来(勝て)るわきゃねえだろおおお!!!」

 

 

 

どこぞの御大将のセリフで叫びながら魔法力で膨張したビームサーベルを投擲すると機雷の中に紛れ込ませてビームライフルのトリガーを引く。

 

 

 

「ビームコンフューズ!」

 

 

 

強烈なビームの拡散とマイクロハイドポンプが混ざり合い、ゼロ距離で爆発に飲まれたノルンは悲鳴を上げながら身体の装甲を砕く。

 

 

 

「コア…!」

 

 

 

喉元に赤く輝く光を見つけた。

 

再度ビームライフルを構える。

 

これでチェックメイト。

 

距離も充分、外さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

しかし、不運は起きる。

 

背筋から感じる死の殺意。

 

咄嗟に体を逸らす。

 

すると俺の飛んでいる場所に分厚いビーム砲が通り過ぎた。

 

 

「!?」

 

 

まさか援軍????

 

いや、違う。

 

もしや『山』の無差別攻撃か?

 

なんてブラインドアタックだ。

 

あと破壊力も半端ない。

 

あそこにいるウィッチ達は無事か??

 

坂本は?若本は?竹井は大丈夫か?

 

するとビームライフルは先ほどのビームに触れたのか、引火する。

 

 

「!?」

 

 

誘爆し尽くす前に手放したが手首の方まで火傷を起こす。そこまでひどく無いが痛みが走る。

 

 

 

「ギ、ギギ…」

 

「っ!」

 

 

 

装甲の再生を始めている。

 

急いでトドメを刺さなければならない。

 

腰の機関銃を取り出して射撃する。しかしノルンはまだマニピュレーターが生きてるのかコアの部分に盾を動かして機関銃の射撃を防ぐ。

 

 

 

「コイツ…!」

 

 

扶桑刀も構えて突貫。

 

機関銃で乱射しながらノルンに近づく。

 

するとマニピュレーターの関節部分に機関銃の弾が入ったのかマニピュレーターの装甲が内側から壊れた。

 

握っていた盾が乱気流に揺さぶられズレる。

 

半端に修復された喉元だが…見えた!

 

機関銃を投げ捨て扶桑刀を両手で握りしめて突き立てる。

 

火傷した手のひらが痛むが関係ない!

 

これで…!!!

 

 

 

 

 

「トドメだぁぁあ!!!」

 

 

「____グ、ギギギギ、ィィィィ!??」

 

 

 

 

 

 

 

貫いた。

 

扶桑刀がノルンを貫いた。

 

喉元から刃が輝く。

 

 

 

 

 

しかし…

 

手応えのない感触が広がる。

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

後方で何かが動く。

 

振り向く。

 

そこには盾が浮いている。

 

次に見えたのは___赤い光。

 

内側にコアを抱えて、盾が飛んでいた。

 

 

 

「なん…だと?」

 

 

 

 

ガシッ

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

バンシィ・ノルンに捕まる。

 

二回りほど大きな体からの大腕だ。

 

コアを失い、朽ちようとしながらも、その巨体は俺を離さない。

 

すると浮いている盾が赤色に輝く。

 

いや、もうそれはノルンの盾じゃない。

 

あれはただのネウロイだ。

 

___そして、赤い光。

 

 

 

「__っっ!?」

 

 

キィィィ…!

 

 

 

 

 

 

 

___赤い閃光 が 放たれた。

 

 

 

 

 

 

つづく






正直、戦闘シーンはこれっきりにしたい。
難しいから。

北郷章香を書く方が楽しいです(俗物)



ではまた


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35話

 

 

「っ、章香!もう、シールドが…!」

 

「ッッ!!」

 

 

北郷章香、江藤敏子。

 

扶桑の魔女はシールドを展開していた。

 

ウィッチを主軸とした挺身作戦を成功させるため、影の中で別働隊として横行していた扶桑の艦隊『紀伊』の砲撃を止めるために嵐の中で体を張る。

 

しかし悲しい現実が二人を襲う。

 

紀伊の砲撃を抑えるその魔女達は『アガリ』を迎え始めていた。

 

特に北郷章香は既にウラル戦線後期の頃からアガリによる魔法力の弱化を垣間見せており、今この場でもアガリの影響を強く受けてシールドは脆さを見せる。江藤敏子の支援が無ければとうの昔にシールドは破られていた。

 

しかし江藤敏子も同じくアガリの影響を受け始めている段階。懸命にシールドを展開しているが抑えれそうにも無い。故に大きな鉄の塊は少女ごとその後方にある元凶を破壊しようと作戦の遂行する。

 

 

「ぅぁ…!!ぅ、ぅぐっ!」

 

「章香!?」

 

 

限界まで振り絞った魔女のシールド。目の前で爆散する紀伊の砲弾。それと同時に親友の声が聞こえる。だが北郷章香は歯を食いしばり、絶えそうになる意識を繋ぎ止め、脆いこの魔法力で砲撃を止める。

 

しかし、もう、ダメだ。

 

これ以上は無理だ。

 

元々無茶な抑止である。

 

アガリを迎えようとする魔女なんかで止めれる訳がない。けれどウィッチの可能性を信じているからこそ挺身作戦を成功させたい。そして共に戦ってきた教え子達の空を守りたい。ここまで信じて飛んできた軌跡と、この先で掴み取れるだろう魔女の奇跡があるから、北郷章香はこの命を賭けてでもやり通そうとしていた。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……げっほ……ッ!!」

 

「章香、それ以上は危険よ…!」

 

 

 

一撃目は、抑えた。

 

二撃目も、なんとか抑えた。

 

三撃目を、ボロボロになりながらも抑えた。

 

四撃目が、とうとう放たれようとしている。

 

 

 

『よもやここまで耐えるか……だがもう無理だ!装填の方を急げ!山は待ってくれぬぞ!』

 

 

 

これが放たれたら終わりだ。

 

しかしここを立ち去れば被害は食わない。

 

今なら逃れることはできるだろう。

 

けれど……

 

けれど…

 

ここを去れば魔女の可能性は潰える。

 

信じて向かった魔女の空は掻き消える。

 

それだけは先駆者として許されない。

 

 

 

「ッッッ!ォ、ォォッッ!!」

 

「っ、ふみか…!」

 

 

 

『こやつ!?まだやるというのか…!!』

 

 

 

その魔女は去らない。

 

だから誰かが『軍神』と言った。

 

その姿はまさしくその名に相応しいから。

 

しかしそんな名は関係ない。

 

彼女はその神名を意識しない。

 

全てを懸けてこの砲撃を止めるだけ。

 

 

 

『ッ、撃てェェ!!!』

 

 

「章香!」

 

「うおおおおオオオオ!!!」

 

 

 

シールドに稲妻が疾る。

 

全身全霊、これを最後とした振り絞り。

 

扶桑の紋章が描かれた魔女の盾。

 

 

 

 

しかし…

 

パキッ…

 

 

 

 

 

「_____ぁ」

 

 

 

 

意識が……遠のく。

 

魔法力を限界まで引き出した。

 

シールドはひび割れる。

 

力が抜ける。

 

 

 

「章香!章香ぁ!」

 

 

 

空から崩れ落ちそうになる北郷章香。

 

親友の江藤敏子が叫びながらその体を支える。

 

まだ辛うじて意識を保っていた。しかしユニットのプロペラは弱々しく周り、支えてもらなければそのまま海に落ちてしまう。

 

 

 

「!!」

 

 

耳をつん裂くような音。

 

紀伊の砲塔から砲弾が放たれた。

 

江藤敏子は北郷章香を抱きしめながら歯を食いしばり、シールドを展開する。

 

しかし彼女もアガリを迎えようとする魔女。

 

そのシールドに力は無い。

 

だから彼女は悟った。

 

もう無理だと。

 

これは、どうにもならない。

 

だから親友の体を抱きしめて衝撃に備える。

 

……よく頑張った。

……よくここまでやった。

 

無茶無謀な阻止だけど、でも後悔はない。

 

約束もモットーも守れないような隊長失格であるが悲しくなんかない。

 

ただ少し寂しくなるだけ。

 

この空から箒を折られてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「きょうか…」

 

 

そして___魔女は想い人の名を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそれが魔法(きせき)になった。

 

 

 

 

ポケットが緑色に光る。

 

 

 

「ぇ…?」

 

 

温かな光が溢れる。それはポケットから飛び出すと緑色のオーラを纏いながら空を奔り、穏やかな色をした天の川を描きながら宇宙(そら)をなぞった。

 

温かな__ 光。

 

暖かな__ 熱。

 

確かな__ 空。

 

想いが込められた優しい生命が魔女を包む。

 

 

 

「これは…?」

 

「あぁ…ぁ、ぁ、ああ…!」

 

 

江藤敏子は不思議な光に戸惑う。

 

しかし北郷章香は知っていた。

 

光の正体は『香水箱』だ。

 

想い人からの贈り物。

 

すると香水箱は開く。

 

翼を持った生き物が飛び出した。

 

その形は『白鳥』に見えた。

 

翼をはためかせ空を舞う。

 

ひび割れそうになるシールドを纏い、そのシールドは緑色に輝く。魔女達に飛んできた砲弾はシールドに直撃すると爆発した。強い衝撃が二人を襲いかかる。しかし白鳥は二人の周りを飛び回り、緑色の光が優しく守った。

 

 

 

『なんだとぉ…??何が起きている!??』

 

 

 

「これは……」

 

「___彼の魔法(きせき)だ」

 

 

 

北郷章香は安心したように呟く。

 

すると白鳥はとある場所に向かって飛び出す。

 

その羽ばたきは嵐の奥へと続き…

 

 

 

 

 

「キィィィ!」

 

 

赤色の絶望が願那夢を狙い、朽ちる寸前のバンシィ・ノルンは黒数強夏を道連れにしようとその大腕で締め付ける。深く色黒く染まるこの嵐の中に存在するのは願那夢と憎しみを形作ったネウロイのみ。誰の助けも期待できない。黒数強夏は絶対絶命の中で考える。

 

充分な身体強化からバンシィ・ノルンの拘束を引き剥がそうにも間に合わない。ならばストライクユニットの最大出力で無理やりバンシィ・ノルンごと動かして少しでも直撃を逸らす。

 

体の何処かは貫通するか、もしくは腕の一つはレーザーで千切れしてしまうだろ。

 

しかし腕一つで済むくらいで助かるならむしろ安い。

 

黒数強夏はその赤い光に覚悟を決める。

 

 

 

決めようとして。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

 

「__!!!?」

 

 

 

 

鋭く脳裏を走る。

 

しかし柔らかに包み込むような閃光。

 

また安心するような感覚。

 

見えないが何かこちらに来る。

 

何か求めて疾っている。

 

まるでこの『存在』に呼応するように。

 

宇宙の『ガンダム』を導こうとしている。

 

 

 

「ッ!」

 

 

 

胸元に滑り込ませた両手を重ね合う。

 

魔法力を解き放ち、それを奇跡(まほう)に変える。

 

 

出来る筈だ__ウィッチなら!

 

可能性な筈だ__ガンダムなら!

 

 

 

 

「キィィィ!!!」

 

 

憎悪に包まれた空っぽの器は憎き扶桑の願那夢を捕まえ、動くこともないその命を狙った。

 

 

__また堕ちるべきだ、願那夢。

 

__その概念は消え失せろ。

 

__この世界にイレギュラーは不要だ。

 

 

 

 

緑色の光が黒数強夏を包み込んだ。

 

____共振した。

 

 

 

 

ガンダムゥゥゥゥ!!!

 

 

 

全力で魔法力を体に流し込みながら叫ぶ。

 

手の甲に刻まれたcostと数字。

 

それは彼に刻まれた魔法陣。

 

武装を召喚するために刻まれた引き出し。

 

 

その数字は厄災を払いし英雄としての価値(コスト)

 

その数字は人類に願われた証としての価値(コスト)

 

その数字は自身を物語る軌跡としての価値(コスト)

 

 

それはこの世に呼ばれた黒数強夏(えいゆう)たらしめるための願いだから。

 

 

だから魔法陣は応えた。

 

英雄の___願那夢の叫びに。

 

 

 

「キィ!?」

 

 

青白く光る翼が嵐の中で輝きながら黒数強夏を包み込む。目を眩ませるような瞬き。それは黒数強夏を中心に広がるプレッシャーとしてバンシィ・ノルンを弾き飛ばす。すると颱風による風圧とプレッシャーによる圧力に押しつぶされ、ネウロイ装甲はバラバラに砕け散る。

 

更にその光はバンシィ・ノルンの盾に寄生したネウロイから放たれたビームも弾き、黒数強夏を護る。まるでユニコーンガンダム2号機(バンシィ・ノルン)に続いた『不死鳥(3号機)』のような奇跡の光だ。

 

 

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 

解き放たれたオーラを手で掴み取り、それを振り下ろす。黒数強夏の手元から光の刃が鋭く伸び、それをバンシィ・ノルンに叩きつけると全ての装甲を破壊した。黒数強夏は振り向く。その眼は怪しく光っている。

 

 

 

「キィ!?」

 

「ァァァアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!」

 

 

 

ストライクユニットがこれまでに無いほどエーテルの光を解き放つ。不死鳥の光と共に嵐を突き破り、黒数強夏は彗星の如く一気にネウロイの元へ詰め寄る。

 

伸ばしたその手はコアを掴み、握りしめた。

 

 

 

「キィィィ!?!!!」

 

 

 

捕まえた。

 

これで逃げられない。

 

 

 

「!!!」

 

 

黒数強夏は見る。

 

緑色の光が天の川を描いている。

 

その先には『白鳥』が飛んでいた。

 

まるで願那夢を導くように。

 

だから黒数強夏は従った。

 

不死鳥のように惹かれて。

 

 

 

「ギィギ!?ギギギギギ!?ギギギ!?」

 

 

 

ネウロイの悲鳴と共に光へ従って突き進む。

 

青白い光、それはまるで彗星のように。

 

 

そして進む先には、二人の魔女の元。

 

 

見えるのは紀伊の艦隊。

 

魔女の可能性を奪う鉄の塊。

 

 

 

「え…うそっ……!」

 

「く、黒数…なのか!?」

 

 

『な、なんの光!?』

 

 

 

嵐の奥に続いた緑色の光に乗せ、この場所に現れたのは武装の願那夢として謳われる、彗星の魔女。

 

 

 

『は、放てェェ!!』

 

「「!?!?」」

 

 

 

紀伊から五発目の砲撃が放たれた。

 

それは山に向けて。

 

しかし、その弾道に北郷章香達の姿。

 

そこにはもう奇跡が起きていない。

 

魔力が無くなりシールドも使えない。

 

だからその砲弾は無慈悲に魔女を貫くだろう。

 

 

けれど英雄はそれを許さない。

 

 

 

「ここからァァァ!いなくなれぇェェ!!!」

 

「ギギギギギギギギギギギギ!!!!」

 

 

盾の形をしたネウロイを本当の意味で盾として扱い、紀伊から放たれた砲弾にネウロイを押しつけた。

 

 

 

『なにィィィィ!??!!!??』

 

 

緑色の光が砲弾ごと包み込み、爆発することなく、ただ重たいだけの錘と化した砲撃がネウロイを押し潰していた。

 

そして…

 

 

 

「ギ______

 

 

 

コアは押しつぶされ、ネウロイは消滅する。

 

だが砲弾はまだ生きていた。

 

しかしもう勢いは無い。

 

だから彗星は躊躇わずに突き進んだ。

 

 

 

ヤツらに裁きをオオオオ!!!

 

 

うああああアアアああ!!!!????

 

 

 

それはウラルで見せた黒い悪魔。

 

また鳥になりたかった不死鳥の一撃。

 

紀伊の主砲に砲弾を押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きたのか分からなかった。

 

ただ私はひとり無茶をする親友に手を貸すため場にやってきて、部下達を守るために私も同じくこの無茶に身を投じた。

 

戦艦の砲撃を止めるなんて正気の所業じゃないが私は章香とシールドを重ね合い3回の砲撃を受け止めた。しかしボロボロになっていく私と章香。もしこれがアガリを迎えてない全盛期ならもう少し頑張れたのかもしれないが、近代化改修された戦艦の砲撃となるとこればかりは魔女だろうと関係ないのだろう。

 

そして四撃目が放たれ、私は満身創痍な章香を抱きしめながら最後のシールドを展開した。

 

これで終わりだと思った。

 

最悪死ぬかもしれない。

 

しかし章香の軍服から小型の箱が飛び出した、するとその箱から白鳥と緑色のオーラが空を駆け巡り、砲撃から私たちを守った。誘爆による衝撃すらも掻き消し、温かな光が安心感を与える。

 

次に白鳥は嵐の中に飛び去る。まるで何かを呼び求めるようにその白鳥は意志が備わっていた。私含めて艦隊もしばらく戸惑いを見せていたが紀伊は再び装填する。奇跡のような魔法に救われた命だ。私は章香を支えながらこの場を去ろうと動き出す… が、乱気流の中で安定感が取れず、うまく動けないでいた。

 

一人だけならともかく章香を支えてるこの状態で飛ぶには非常に厳しい状況。

 

最悪海の中に落ちてしまうだろう。

 

 

「とめ、な、けれ…ば…」

 

「っ!もう無理よ!私も、貴方も…!」

 

「……は、はは……わたしは……むりょくだ…

 

「違う!そんなことないわ!」

 

まいずる、だけは…守れると…おもって…でも…わたしは……いまの…わたしは……

 

「っ…」

 

 

アガリを迎えて、現実がやってきた。もし今よりも3年ほど前の章香ならシールドで受け止めず扶桑刀で戦艦の砲弾を両断しているはずだ。彼女は海を破れる位の剣技を持っている。そこに洗練された魔法力を合わせれば怖いものはない。私はそれを知っている。章香の親友だから。けれど全盛期に対して時代が悪かった。章香のアガリに合わせてネウロイは活発に襲いかかってきた。だから章香は舞鶴航空隊の先生となってその力を後続に落とし込もうとしたのだろう。

 

 

 

「わたしを…置いていけ……」

 

「ダメ、わたしは貴方と帰るの。そのために来たんだから。置いてくくらいなら、共にその箒を折り切ってしまう方がまだマシよ」

 

 

シールドを展開する。

 

一絞り程度の魔法力。

 

これで受け止める。

 

すると章香も震える手を伸ばして、わたしのシールドに重ねた。

 

正直……私もアガリを感じている。

 

それでもアガリ迎える者同士なら少しくらいはシールドの強度もマシになるだろう。

 

だからこれが最後のシールド。

 

そして隊長失格だ。

 

失格の理由は簡単。この大バカの親友に釣られて自己犠牲を選んでしまったせいだ。でも隊長である前にこの親友と扶桑を守ると誓い合った魔女との約束だから。なら最後の意地と約束を優先する。

 

だからごめんなさい。

加藤武子、穴拭智子、黒江綾香、加東圭子。

 

わたしは貴方達の元に戻れないかもしれない。

 

運が良ければ魔法力がわたしを守ってくれる。

 

何処かに流れ着いて助かるかもしれない。

 

でもアガリを迎える私達にそれは高望み。

 

今から全てを使うのだから。

 

だから…

 

だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

 

「_____きょう、か…?

 

「え?」

 

 

 

章香は不意に、垂れ落ちそうになる意識と、その頭を上げ、微かに残る緑色のオーラと空に視線を移し、何かを感じ取るように眺めながらその名を空の彼方に溢す。

 

 

 

『撃てェェ!!!』

 

 

 

紀伊から五発目の砲撃。

 

かろうじて保つシールド。

 

それはあまりにも弱さを見せる脆さ。

 

私達では、助からない。

 

 

 

 

だから彗星の如く、それは現れてくれた。

 

 

 

 

「ユニコォォォォン!!!」

 

「!!」

 

 

 

彗星の如く現れた黒数強夏。先ほど見られた緑色のオーラを纏いながら鋼鉄の塊を紀伊の砲撃に押し受ける。それは直ぐにネウロイのモノだと理解したが何処かしら盾に見えた。だがその盾は受けた衝撃で砕け散る。だが黒数強夏は盾が無くとも素手で砲弾を押さえつけていた。しかも緑色のオーラに包まれたおかげか砲弾は爆発することなく、そして黒数強夏は一気にスラスターの量を増やすと放たれた槍のように鋭く飛び出し…

 

 

 

 

「奴らに裁きをオオオオ!!!」

 

 

 

紀伊の主砲に捩じ込んだ。

 

艦隊は大きく揺れる。

 

乱気流すら飲み込むような衝撃波が発生。

 

全身を撫でるような魔力の電磁波が広がる。

 

この海域の船の大半が麻痺を起こした。

 

恐らく魔道エンジンに支障を起きたのだろう。

 

お陰で紀伊からゆっくりと離れる願那夢に対して恐れを抱いてパニックになっている。

 

 

__く、黒い悪魔…ッ!!

__ああああ!彗星の魔女だぁァァ…!!?

__こ、これが、機動戦士…願那夢…!!

 

 

どれもウラルで聞いた異名、もしくは威名。

 

私も正直……いまの彼が恐ろしい。

 

戦艦クラスの砲弾を素手で抑え、むしろ放たれたその砲弾を槍の如く主砲に捩じ込み返し、紀伊を中心に周りの艦隊を衝撃波で揺らすと機能麻痺まで起こさせる始末。未だ緑色オーラを纏いプレッシャーを解き放ち続けている。だからここからでもわかる。黒数を通して視線がこちらの方向に向けられていることも。それが恐れの感情であることも。

 

 

 

「くろ、かず…」

 

 

しかし一人だけ違う。

 

ここにいる魔女は彼の名を呼ぶ。

 

彼は振り返って、こちらに飛んでくる。

 

すると章香は一人で飛ぼうと腕から離れる。

 

しかし魔力切れを起こして落ちそうになる。

 

わたしは落ちる前に手を伸ばそうとして…

 

彗星 が 魔女を受け止めた。

 

 

 

「俺の名を呼んで、願ったから、ここまで来れたんだ」

 

「きょうか……わたしは…」

 

「もう良い。章香が…無事で良かった」

 

「っ…!!」

 

 

 

彼はその魔女を両手で抱きしめる。

 

 

 

「ぅ、ぅぅ…!うぁ、ぁぁっ…!!」

 

 

 

押し殺すような涙の声が聞こえる。

 

彼はその魔女の涙を受け止めながら、まるで無重力の宇宙のようにその場でゆっくりと回る。その存在をたしかにするようにじっくりと刻を流しながら、緑色のオーラと共に空を隣にする。

 

 

こんなにも泣き崩れた親友は初めて見た。

 

もしくは彼だから流せる涙なのだろう。

 

 

 

「きょ、うか…」

 

「わかってる。坂本達が待っている……江藤中佐」

 

 

「ええ、任せて。そのためにいるわ」

 

 

 

彼はわたしに章香を受け渡した。

 

親友の、ほんの少し涙で汚れた顔だ。

 

だから思わずホッとしてしまう。

 

とりあえずこの場から離れよう。

 

それから、あとはこの願那夢に任せよう。

 

 

 

「俺の魔女、また後でな」

 

「ぁ……………う…ん…」

 

 

 

最後に彼は、章香の頭をくしゃりと撫でる。

 

章香も小さく声を零すように答える。

てかもうお前ら早く結婚しろよ。

 

そして再び彗星の如く飛び出す。

 

乱気流すら掻き消すような速さ。

 

嵐の奥に消えて行った。

 

 

 

「まったく、貴方の願那夢ってのは…本当に」

 

 

 

空から落ちる前に 彼 に堕ちていた。

 

それだけの話なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

コアが破壊された音が扶桑海に響き渡った。

 

 

 

つづく

 






早く結婚しろ(2度刺す)

とりあえず本編は完全勝利ですね。


ではまた


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第36話(本編終了)

 

 

「平和な空になったな…」

 

「ああ……皆が頑張ったからな…」

 

 

 

彼女と共に眺める空。

 

ここは舞鶴。

 

防波堤の先端までやってきた。

 

 

10日前までひどく重くのしかかった空気はウラルから侵略しに襲ってきた『山』を討ち滅ぼしたことにより、一年前に感じ取った時と同じ潮風になった。澄んだ空気が証拠だ。

 

波風も穏やかでそれと同時に夏空の終わりを知らせる。そうなると秋が来るのだろう。

 

 

 

「しかし…」

 

「?」

 

「この車椅子を見る度に竹井爺さんのことを思い出す。俺としては今すぐ殴り飛ばしたい」

 

「ま、待て、落ち着け、強夏、それはかなりやばい…!そ、そもそもアレは…」

 

「わかってるよ。アレは君の戦い。隊長としての判断。またこれまで魔女を導いてきた先駆者としての意地と証明。まあ自己犠牲はあまり褒められたものじゃないが俺はそんな章香も誇りに思う。これは本当だよ」

 

「強夏…」

 

「でもやっぱりさ、俺のことも巻き込んで欲しかったよ。今となってはたらればでしか語れない内容だけど、でも魔女を守りたい気持ちは君と同じなんだ。那佳や犬房のようなヒヨッコに言ったことも嘘じゃない。皆で生きて帰るって。だからその上で俺にも言って欲しかった。今はそれだけ」

 

「……すまない…」

 

「もう良いよ。さんざん謝ったし、さんざん泣いたし、さんざん苦しんだ。章香はよく頑張ったさ。これ以上は謝らなくて良い。だから何度も言うよ。俺は章香を誇りに思う」

 

「でも…けれど…!っ、強夏は……!」

 

「それに関しては俺の失態だ。命令に忠実な軍兵に罪はないが、でもあの海軍(バカ)どもに怒りを感じた俺は砲弾を防ぐだけに留まらず紀伊に押し返したんだ。これは事実上として軍に対して反抗したことになる。つまり友軍機に攻撃した。結末はそこに尽きる」

 

 

 

もう濁す理由もないから告げるが、あの感覚はニュータイプの感応波だ。

 

もしくはサイコフレームの共振に近い。

 

それは叡智から授けられた溢れんばかりの魔法力から始まった影響力と、願那夢としてこの世に定められたその名によって戦った黒数強夏を通して引き出された実体による……

 

まあ、簡単に言えば貰い物であるバカでかい魔法力が奇跡(まほう)を起こしてアニメみたいなスゲーことが起きた。そう考えれば良い。てかストライクウィッチーズって大体そんな気がするから。ともかく魔法でそこらがすごいことなった。認識はそれで良い。

 

 

ともかくだ。

 

章香に渡した香水箱、または保険(白鳥)から放たれし緑色のオーラ、ニュータイプの光を通して『怒り』の感情が湧き上がり、俺はその怒りから紀伊の主砲を叩き潰した。

 

すると紀伊を中心に俺の怒りが衝撃波となって広がった。それを目の当たりにした軍人達、またはそれを感じ取った軍人達は俺に対して恐れを抱いた。

 

 

さて、その後の結果としてどうなったか?

 

 

まず第二艦隊の影に隠れて別働隊として動いていた海軍も本作戦を阻害する動きをした事により咎められる事実だ。

 

そこに北郷章香が立ちはだかった。あと江藤敏子中佐も。二人に罪はない。砲撃の先で戦っている魔女を守った事になるから正義の有無を語るなら章香達に正義が有る話になる。

 

しかしここで俺がやらかした。

 

簡単に言えば俺のやったことはフレンドリーファイアーだ。攻撃を止めるだけならともかく俺は砲弾を紀伊に押し返して、友軍機に危害を加えた。俺はあんな奴らを友軍だとか微塵も思ってないが同じ皇国軍に攻撃した。それは大罪だ。

 

その場でどんな思惑が図ろうと俺は仲間を攻撃した事実を突きつけられた。だから失敗した。

 

じゃああの場面でどちらが悪いのか?

 

それはまず五分五分だと思う。

 

そこに忖度絡ませるならこちらが正義だ。

 

魔女を守り、本作戦に隠れて影で動いてた危険因子を止めたんだから。そして挺身作戦は成功したから俺たちの勝利である。それは間違いない。

 

なら何が一体問題視されているのか?

 

それは結果から語られる内容じゃない。

 

 

 

これは、精神的な話。

 

 

 

……そうだな周りくどいのは無しだ。

 

これこそ簡単に告げよう。

 

 

扶桑皇国軍は__願那夢(おれ)を恐れている。

 

___故に。

 

 

 

 

 

「俺を【軟禁】か……」

 

「………」

 

 

 

澄んだはずの空気、それが重く変わる。

 

ネウロイという脅威は扶桑に無い。

 

だから舞鶴の空気はとても柔らかだ。

 

しかし願那夢という『脅威』が扶桑に有る。

 

その名で飛ぶ黒数強夏はその対象。

 

だから軍人は指を刺して言った。

 

 

 

 

 

___彼は危険人物だ。

___皇国の秩序(へいわ)を乱す、者だ。

 

 

 

 

 

「………………なぜ…」

 

 

 

 

涙が零れ落ちる。

 

 

 

「何故………なぜ………なぜだ……」

 

 

 

その涙は車椅子の彼女から溢れる。

 

俺は隣で舞鶴の空を見てるだけ。

 

潮風は、その涙を誤魔化そうとする。

 

けれど、それ以上に流れ落ちる雫は拭えない。

 

 

「わたしを助けただけだ…!わたしを守っただけ!それなのにっ!なぜ!なぜッ!君がこんな扱いを受けなければならない!何故そうならなければならないんだぁ!!」

 

「……」

 

「わたしの命の恩人なんだ!わたしの約束を果たしてくれたんだ!共に飛んでくれたんだ!この場所で!この場所でわたしの弱さを受け止めてくれたんだ!共に守ってくれたそれだけなのに!なのに!なのに!なのにっ!!」

 

「ふみか…もういい…」

 

 

涙と共に泣き叫ぶ彼女を抱きしめる。彼女も震えながらしがみ付くように俺を抱きしめる。その涙と啜り泣く震え声は後悔と己の弱さが含まれた痛々しいものに感じる。

 

まるで全て自分の所為で黒数は苦しんだのでは無いかと感情が溢れてるような…… いや、ような、じゃない。

 

俺はわかる。

 

彼女の心が伝わる。

 

その気持ちがよくわかる。

 

だからそれを否定する。

 

 

 

「もう良いんだ…誰も悪くない」

 

「うぅぅ…」

 

「皆がそれぞれを成した。誰も悪くなんてないんだから」

 

「ぅぅぅ、ぁぁ、すまな、い……きょうか…

 

 

 

だが、もし…

 

ソレを決めるなら悪いのは人類だ。

 

人は何かに怯えながら生きていく生き物だ。

 

その怯えの対象が俺だった話だ。

 

ネウロイと同じ、脅威だ。

 

それをあの扶桑海で証明した。

 

願那夢(ガンダム)は____白い(黒い)悪魔なんだと。

 

 

 

「俺は扶桑を出る」

 

「!」

 

 

 

顔を上げた章香。

 

その眼は涙で赤い。

 

 

「ま、待ってくれ!わ、私が、軟禁なんて、そんな酷い扱いは!」

 

「章香は凄いよな。少佐から中佐になった。より大きな軍を動かせるほどの権威。それは凄いことだ。しかしこれは大本営の決まり事だ。俺の人事権を掴んでいる章香だけの内情に収まらず、黒数強夏って名指しで動いてる。だから誰かの働きで撤回するとかそんなことは叶わない。奴らは大義を建前に国で動いてくる」

 

「…」

 

「だが願那夢は扶桑の英雄だ。大事(おおごと)には出来ないだろう。だがもし世間に危険人物として扱われ、軟禁なんて話が知れ渡ったらどうなるか?そんなの想像に容易いな」

 

 

 

実のところ、大本営もそこまで強気に動けない。

 

なにせこの軟禁事情は扶桑海事変時に影で動いていた海軍部隊を差し向けた『堀井』が持ち込んだ話だ。

 

堀井の所業は褒められた話ではないが扶桑海事変の海上決戦は海軍の威光を知らしめる絶好の機会だ。それに影裏で動いていたあの作戦は魔女が失敗した時の『保険』として扱われるためそれを手配した堀井自身に罪は問われない。後ろ指刺されるくらいはするかもしれないがあの姿勢ならそんなの気にも留めないだろう。

 

またそれを阻止しようとする魔女達に対して砲撃したことに関しても誤射誤認として扱う予定だった。

 

いくら魔女を信用してないからと言ってもこれは呆れる。しかもその業を咎めることは誰にもできないから鬱陶しい事この上ない。つまり何も無かったことにされたわけだ。

 

しかし、どうであれ俺によって全て台無しにされた。

 

台無しされた挙句、そこにいた扶桑海軍の全ての者は屈服した。扶桑海軍の威光を知らしめようと選ばれた屈強なる扶桑軍人はただ一人の若者によって屈した。恐怖した。それが魔女を信用しない堀井にとっては屈辱的だった。だから腹いせに近い感情で動くと俺の拘束を求めた。

 

なんとも小さい奴だ。

 

だがそんな堀井は到底無視できない事があった。

 

それは俺の力。 

 

紀伊の砲撃を受け止めるどころか押し返した挙句、その衝撃波によって10近くの艦隊を機能停止させてしまった。その力は流石に軍も無視できない。またそこにいた者たちも願那夢に対してひどく恐れたから、その警戒と対処を強く求めた。故に堀井自身も俺の存在を無視できなかった。

 

それから大本営に口添えする。

 

そして始まったのが『軟禁』という扱いだ。

……俺はアムロかな??くだらねぇ…

 

 

「と、言っても、大本営も戦後を考えてそこまで動けないし、俺に対して処置を求めたのもごく一部の海軍だから、せめて見かけたら捕まえる程度だろう。そのため国外にまで手を伸ばす力は秘めていない。軟禁なんて大そうなこと言ってるが根本は半端な動機から。でも勘違いするな。軟禁が怖いからじゃない。これは…役割」

 

 

それは昔、人類のために働いた叡智。その力に恐れた叡智達は淘汰されながらも、人を救いたい本当の英雄だからこそ、人類を救うための魔法陣を残した。それは願い。

 

そしてそれはこの時代、厄災を払いし武装(バーサス)としてガンダムを知る俺を形作る。

 

なぜならこの世に願われたから。

 

だから黒数強夏はこの場所にいる。

 

 

 

子供(おとな)のエゴに付き合っていられるか。軟禁なんてお断りだ。大本営如きが願那夢を使えると思うなよ」

 

「強夏…」

 

「だから章香……少しの間、お別れになる」

 

「……」

 

 

 

舞鶴の風が変わる。

 

まるで悲しむように呼応する。

 

揺れるポニーテールに力がない。

 

 

 

「章香、俺は【扶桑海事変】と名付けられたこの戦争を終えたら民間協力者としての徴兵期間はここで終わる。それが契約。だから名ばかりの階級(准尉)も返上される。そのため事実上の退役だ。これは大人しく軟禁される未来でも同じ。大本営の決まり事だから」

 

「……ああ…そうだな…」

 

「第十二航空隊も人員の総入れ替え。坂本や若本も欧州などに派兵される。竹井も章香との話し合いで士官学校を希望した。皆がそれぞれの戦いに向かう。ならば俺だって次の場所に向かうよ。それが何処かわからない。でも教材を参考にするならば宇宙ネズミの団長は止まることを選ばなかった。それが愚かさの塊でも願那夢は構わない」

 

「決めたんだな…」

 

「ああ。てか元々ウラルで話した事だ。これが終わったらどうするか。それはその時になってまた考えれば良いと言った。最初は元の世界に戻る目的だったが、今となっては元の世界に戻ることは考えておらず、さっきも言った通りこの魂が願われてる限り願那夢として役目を果たす。ならやることは決まってる。それに…」

 

「?」

 

章香がこの世界にいるから、この世界に俺は生きていたい

 

「!!」

 

 

彼女は目を見開く。

 

俺は数歩分だけ動く。

 

そして、彼女の…

 

俺の魔女__北郷章香の前に立って。

 

 

 

 

 

「俺は君を愛してる。大好きだ章香」

 

ッッ!!!!

 

 

 

 

 

舞鶴の風が、舞い込んだ。

 

まるであの時のようだ。

 

それは涙を流しながら弱さを打ち明けた彼女と、それを約束しようと抱きしめた時のように、舞鶴の風が俺たちを祝福する。

 

ここにロマンスを名づけるなら、そう。

 

F91ガンダムのETERNAL WIND(エターナルウィンド)

 

名称は【祝福の風】だったか。

 

 

 

「好きで、好きで、好きで、大好きで、とんでもなく君のことが好きでたまらない」

 

「っ!」

 

「ずっッッッと伝えたかった。てかこの世界に戻ってきた時も、それもココと同じ現世の舞鶴も、君の顔を、君の声を、君の事を、強く強く思い浮かべて戻ってきたんだ。俺は章香のことが…大好きだから!」

 

「ぁ、ぁぁあ…!きょ、うか…!」

 

「ッッ、本音を言えば離れたくない。めちゃくちゃ離れたくない。可能なら、願那夢とか、役割とか、どうでもいいなら今すぐそうして、俺は章香とこれからも一緒に居たいくらいだ」

 

「うん…うんっ…うん……!」

 

「それで結婚してさ、家も買ってさ、二人で生きていけるくらいの仕事を見つけてもいい。軍を続けても、それを続けなくても、第十二航空隊でそうしてきたように、俺は章香と共に苦楽を分けながら生きたい、そうしたい…!」

 

「ぁ、ぁぁっ、そうだなっ…わたしも、君とそうしたい…そうして、生きたいな……」

 

 

思わず、零れ落ちる一滴の涙。

 

だって章香とそうできたらどれほど幸せか。

 

想像するだけで幸せになる。

 

それが実現したらどうなってしまうか。

 

こんなにも俺は彼女で沢山だ。

 

 

「でも今はまだ許されない。手の甲に刻まれた数字が痛むんだ。ネウロイがいる。奴らを滅するためにこの魂はある。今すぐにでも飛ぼうと願う。まだ止まり木を必要としない」

 

「!……ああ、そうだな…それが、願那夢(きみ)だったな」

 

 

章香は涙を拭うと体を震わせながら車椅子から立ち上がる。

 

魔法力の酷使により体はボロボロ。

 

順調に回復はしているが、俺は無理させないことを考え彼女を座らせようとするが、それでも章香は食いしばりながら車椅子から立ちあがる。

 

しかし前に倒れ込む。俺は受け止める。

 

彼女を表す、ポニーテールが揺れた。

 

 

 

「強夏、お願いがある」

 

「なにかな?自己評価の低い、俺の魔女」

 

「ふふっ、相変わらず君は意地悪だ…」

 

「可愛い章香が悪い。それで何だ?」

 

 

 

章香は俺を支えに立つ。

 

足がまだ震えている。

 

まだそこまで無理は出来なさそうだが、それでもヒヨッコ集いの第十二航空隊を支えてきた隊長だ、その眼は強固である。

 

 

 

「私は君を止めれない。でも飛び続けることは誰だって難しい筈。だからもし疲れた時はわたしのところに戻ってきて欲しい。それくらいは英雄にも許される。だって強夏も人間で沢山だから」

 

「!!……わかった。それが『願う』というなら願那夢は……黒数強夏はそうする」

 

「絶対にだ」

 

「わかった」

 

 

 

俺たちを祝福しきった舞鶴の風。

 

それは次の空へと流れようとする。

 

 

ああ、もう少し待ってくれ。

最後にやりたいことがある。

俺の魔女を共に愛して欲しい。

 

だから…

 

 

 

「章香、少し顔あげて」

 

「え?______んっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界は実のところそこまで優しくない。

 

見るだけならともかく、それをなぞる側に位置つくなら、これほど息苦しいことはない。

 

人の手によって作られた物語とはいえ残酷を隣にするここはストライクウィッチーズで、人類を駆逐しようと怪異が空に蔓延る。

 

それでも人類は抗い続け、小さな魔女は奇跡を起こそうと箒に跨り、人々は戦い続ける。

 

そんな世界に降りた俺の行先はひどく分かりづらかったが、けれどこの魂と役割を願那夢は乗せられ、凡ゆる『続き』を求めることになった俺のストーリーテラーはまだ続く。

 

その一つの区切りとして『扶桑海事変』の物語は終えた…

 

しかしこの世界がストライクウィッチーズならまた新たに続く。

 

 

それがこの世界に現れた願那夢(イレギュラー)

 

 

または GVSウィッチーズ として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってのが、私たちの副隊長だったわね」

 

 

 

その魔女は空を飛びながら語る。

 

自分のことではない、とある人の物語。

 

しかし何処か自分のことのように誇る。

 

それほどのことだから。

 

隣で聞いていた魔女は飛びなら、尋ねる。

 

 

「そんなにすごい人だったんですか?」

 

「ええ、それはもうすごい人よ。当時は幼さ故に理解力が乏しかったけれど、今となってはその戦果がどれほどなのかを考えたら扶桑本国のウィッチを集めても届かないくらいじゃないかしら?」

 

「おいおい、そこまで言うか?竹井」

 

「ふふっ冗談よ、坂本。でも私がすごいと思ってるのは戦果じゃないの。彼はね、第十二航空隊に所属していた私たちの先生と同じ人格者な方で、部隊作りが非常に上手な人。あのね、さっきも言ったように当時の私達は国の命を背負ってる自覚も浅かった魔女だった。でもそれは自分の事でいっぱいいっぱいで怖かったから。空が、戦いが、ネウロイが…」

 

「……」

 

 

 

空を飛んでいたもう一人、眼帯をつけている魔女も静かに頷く。

 

語られている頃は今よりも未熟だったから。

 

 

「けれどね、その人は常に気にかけてくれていたの。第十二航空隊に集まった年行かぬ娘が激戦区ですり潰されないようにいつも精神的に支えてくれてたの。それはまるで近所にいる優しいお兄さんのような人で皆からとても好かれていた。しかし彼もまた空を飛んだ段階は私たちと変わらなかった。それでも何歩も先を進んで先生と共にウィッチを導いてくれた」

 

「更に言えば弓道のみ学びはあったがそれ以外はからっきしな人だった。今よりも年行かなかったわたし相手に剣技で負けるくらいにな。わたしは彼よりも全然年下だぞ?」

 

「そうなんですね…」

 

「だがあの人は空を飛べば彗星だ。ネウロイを見つければ必ず撃ち落とし、どんな戦いでも必ず仲間を守り通した。あと夜間の適正問題があったにせよ、そのたった一度の墜落を除けば敗走の記録も無く、全ての戦闘を最後までやり通した。なにより自動シールドも使わなければ今よりも武器を縛って戦っていたくらいだ」

 

「シールド、無かったんですか?」

 

「ああ、なかった。一応、魔法力で固めた盾を構成する技巧な人だったが私たちみたくセーフティーラインは何一つない。でも扶桑海事変の終戦まで渡り続けた。死角から体を射抜かれたらそれでおしまいだと言うのにな…」

 

「それで武器を…縛るとは?」

 

「彼の固有魔法は『武装召喚』だ。手のひらでつかみ取れるモノかつ武器のみに限定されてたが異界から武装を引っ張り出して戦える。ウィザード(伝説)と疑わられた所以もこれだ。ただ二十歳を超えた原因が関係してるか分からないがシールドが使えなかった。つまり武器だけが頼りなのだが……ああ、まったく!今考えても恐ろしい…!」

 

「!」

 

 

 

眼帯の魔女は怒る。

 

その当時は知らなかった。

 

また一年も隠し通された真実があるから。

 

今だからこんなにも怒れる。

 

成長した彼女はそうなった。

 

 

 

「あまり言っちゃいけないことだけど、その人はその固有魔法の半分程度の力しか引き出さなかったの。それを制限して戦ってた」

 

「!?」

 

「制限した上でのあの活躍。そう語ればすごいかもしれない。けどあの人からしたら相当大変だった。しかしあの人にとってそうしなければならない理由があった。だけどそうも言ってられない日が訪れた。扶桑海事変の最後で全力を出した。私たちの先生を守った。けれどそれが原因で…… 大本営から願那夢は恐れられた」

 

「!!」

 

下原定子(しもはらさだこ)、君は魔女候補生の頃に本国で聞いたことあるだろう。願那夢のことは…」

 

「っ…はい、聞きました……でも、あんな…」

 

「そう言うことだ。平民なら耳に届かないことだが軍にいると耳に入ってしまう。願那夢は英雄だ。しかし絶大的な力を秘めているその彗星は危険人物だとも言った。中には『奴はよく出来たネウロイじゃないのか?』と虚言を吐く上官(バカ)もいた……!そんなことあるわけがないだろうッ!!」

 

 

眼帯の魔女は怒り叫ぶ。

 

そして隣で飛ぶ同期の魔女もまた同じ。

 

 

「ネウロイ以上の力があったの。それを持って怪異を断ち切る。これは人類にとって希望。しかしそれをコントロールする力を大本営は持っていない。だから彼を危険人物だと恐れた。身柄を拘束して軟禁まで計画した。ほんと呆れるわね。プロパガンダで利用した皇国軍がそれを言うの本当におかしいよね…ほんとうに……ほんと……にッ…!」

 

「!!?」

 

 

 

静かな怒りだ。

 

ここにいる誰よりも怖い。

 

なにせその魔女はその彗星を敬愛してるから。

 

今こうして胸を張れるのもその人が居たから。

 

恩人に他ならない存在。

 

この魔女にとって憧れに近いから。

 

だから…その扱いに対して魔女は怒る。

 

 

 

「ふぅ…… 落ち着いたわ。それでええとね、それからその人は扶桑を去ったのよ。軟禁されることを悟ったから」

 

「……………ハッ!?あ、ええと、その、去り際は皆には伝えなかったんですか?」

 

「ううん。別に何も音沙汰無くって去った訳じゃない。リバウへ向かった坂本中尉や、激戦区に派兵された若本中尉、あと当時士官学校へ学び直しに入学した私の進路、皆のその後を聞いた後に私は尋ねたの。そしたら簡単に一言『俺は大本営に向かうよ』と告げて姿を消した。少し寂しかった…」

 

「はっはっは!しかもその時の醇ちゃんは特にワンワンと泣いたな。なにせ黒数さんに一番懐いてたのが醇ちゃんだったからな」

 

「へー?それは気になるな竹井少尉。よく聞かせてくれよ」

 

「ちょっと美緒ちゃん!?…って、あと西澤(にしざわ)さんもいつのまに!?」

 

 

魔女が四人になる。

 

賑やかさが増した。

 

 

 

「哨戒終わって戻ってきたら遠くで坂本たちが飛んでたからよ、見つけてここまで来た」

 

「あ、そ、そうなの…… てか、そのまま戻りなさい。また飛んでる最中に腹痛で苦しんでも仕方ないわよ。それにどうせ黒数さんの名前は覚えられないでしょ?」

 

「えー、ひどいぜ!これでも()()兄貴くらいはちゃんと覚えてるって!な?ちゃんと人の名前くらい覚えてるだろ?」

 

「怪しいわ……………え?」

 

「む?」

 

 

聞き逃せない名が空に響く。

 

そしてその名の生徒だった魔女は問い詰める。

 

 

「まて西澤!いま黒数と言ったか!?しかも兄貴!?」

 

「ん?ああ、言ったよ」

 

「なんで知ってるの!?」

 

「え、し、知ってる、から??」

 

 

 

その魔女達は声を荒げる。

 

なにせそれほどの人だったから。

 

 

 

「ど、何処で出会った!?彼は時折扶桑に帰ってると先生から聞いたが、私達はこの2年間会ったことないぞ!?」

 

「お、おう、て、てか、ついさっきまで、アタシとすこし、飛んでたし…」

 

「「!???」」

 

 

空気が揺れた。

 

彼をまだよく知らない魔女はすこし下がる。

 

そして二人の魔女は顔が強張る。

 

 

「と、飛んでた…?」

「さっき…まで??」

 

「おう。数分くらい駄弁ったな。話によると欧州に人型の気配ないから別のところ向かうとか色々とな?で、瞬く間に南の方まで飛んでったけどよ、これが彗星のようにバー!と飛んで行ったな!いやー!あれが話の願那夢かー、すごかったなー、いつか手合わせ願いたいなー」

 

 

カラカラと笑うその魔女はその彗星をよく知らない。

 

だがよく知っている魔女からすればその話は衝撃的だったから…

 

 

なにぃぃぃい!!??

ええぇぇぇえ!!??

「(びくっ!?)」

 

「な、なんだよ?急に…ぐええっ!!?」

 

「西澤ァ!黒数はいま何処にいるんだ!?」

「待って!?それ本当なの!?どうなの!?」

 

「おろろろろ!く、首が、閉まるっ!つ、ついでに腹も!おええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは扶桑の魔女にとって、強い記憶。

 

幼い頃に見た、流れ星と同じような夜空。

 

それほどに刻まれた物語。

 

 

 

 

 

 

 

「なんか騒がしい……??いや、気のせいか」

 

 

 

 

 

その魔女は男性であり、不思議な存在。

 

この世に一人しか存在しない。

 

それがなによりも特別である。

 

 

 

 

「ま、それより、そろそろ扶桑に戻るか。久しぶりに石川の料理も食べたいし」

 

 

 

 

 

その男は彗星の魔女として空を描く。

 

もしくは、この世の 願い(また)は夢 として。

 

この世界に名を馳せる。

 

それは人類の救い手として。

 

故に、その名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

機 動 戦 士 願 那 夢(きどうせんしガンダム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはとある、彗星の記録である。

 

 

〜 おわり 〜

 






と、まあ、こんな終わり方になりました。
ちょっと駆け足気味だったかな?
でも完結したから俺は、えらいえらい
(ザクレロのスタンプ↑↑)

恐らくハッピーエンドなんだけど、ネウロイが存在する限り黒数強夏は戦う運命にある、そんな良くありげな終わり方ですが、ガンダムでは日常だからヘーキヘーキ。原作ストパンもまだそんな感じだし。ま、多少はね??

ともかく『本編』はこれで終了です。
この先書くとしても『蛇足』を綴るのみ。

まあ、まだcostが『500』行ってないからね。
やり込み要素はあると思う。


さて!!ここまで誤字や脱字報告などに助けられながらこの数ヶ月間!!書いてみたかったストライクウィッチーズを書けて満足です。作者の趣味全開な作品ですが、ここまで付き合っていただいた読者に圧倒的感謝をッッ!!

ここまでありがとうございました!!

















続きがほしいだって?
₍₍(ง*w*)ว⁾⁾ それなら簡単だよ ᕕ(*w*ᕗ)⁾⁾
評価することで作者に続き 促せ ば良いからな!

やってみせろよマフティー!
↑↑ 評価する / 評価しない↓↓
【 マフティーのやり方、正しくないよ 】

ではまた


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ワールドウィッチーズ編
37話



  お  ま  た  せ




 

 

 

均一されたこの街並みはとても魅力的で、狭い地域をうまく活かした芸術家的な並びは観光客の喉を唸らせる。

 

大きなスタジアムから聞こえる歓声はその活気さを知らせてくれるが、街中をがむしゃらに走る一人の少女にとっては耳障りで仕方なく、今となってはこの街にきたことを後悔してしまいそうだから。

 

 

 

「っ…!!」

 

 

 

都会には少なからず憧れがあった。

 

その少女は田舎の出だから。

 

この都会ほど煌びやかではないが、見渡す限りの自然とピレネー山脈がその町を彩らせ、張り詰めた空気は一つも頬を撫でない。だから縛られることなく生きてきた。

 

しかし発展性の低い町だからこそ、街と言えるその知性に遅れを取る様で、言わば学が足りないという現実。そして田舎育ちゆえに都会の者から馬鹿にされてそれがなによりも辛かった。

 

少女は振り切るように走る。

 

目元の乾きは痛いだけ。

 

それだけでまた涙が出そうだ。

 

自分はこんなにも脆かったのか?

 

だから少女は故郷を思い浮かべる。

 

苦しみから逃げたくて。

 

そして浮かんだのは羊飼いの友人。

 

自分なんかよりも賢く、逞しく、それこそウィッチに相応しい。

 

何故自分がウィッチになったのか?

 

この居所を変わってほしい。

 

だって自分は変われないから…

 

こんな自分に出来ることなんてのは……

 

 

 

 

ドンっ

 

 

 

「きゃっ!」

 

「!」

 

 

 

がむしゃらに走り、ぶつかり尻物をつく。

 

呼吸を荒立てながらその場から見上げる。

 

ぶつかった相手は男の人だった。

 

 

 

「!?、やべっ、お、折れた……」

 

「(へ…?お、折れた…!?も、もしかして骨を!?ああああ!やばいやばいやばい!どうしよう!ああ!どうしよう?!!)」

 

 

少女は焦る。やってしまった。

 

軍人たる自分が民間人を傷つけてしまった。

 

前を見ずに走った結果だ。

 

尻餅から立ち上がる少女。

 

またその目には涙が再び溜まる。

 

 

_もういやだ。

_もうたくさんだ。

_密かに憧れていた都会に来たのに。

_良いことなんてなかったじゃないか。

 

 

胸の中に苦しく広がる罪悪感と焦燥感。

 

少女は頭を下げる。

 

 

「ご、ご、ごめんさ__」

 

「あーあ、ポキリと折れたな。あ、でもこれはこれでふんわりといい香りがする」

 

「……へ?」

 

「うっま、もぐもぐ……」

 

 

怒声を覚悟していた少女だが、その男は特に気にすることもなく半分に折れた"チェロス"を握り直すとひと口齧り味を噛み締める。

 

それよりまさか折れたのは体の骨ではなくチェロス…?

 

 

「あ、ぁぁ、そっち…」

 

「?」

 

 

その事実を知った少女は全身の力が抜け落ちた。

 

大事にならなくて良かった。

 

いやぶつかっておいて良くはないが。

 

 

「ごくん……で?君は大丈夫なのか?」

 

「!」

 

 

少女に振り向きながら声をかける男。

 

その腕にはチェロスが入った紙袋。

 

それも5本ほど。

 

随分と買い込んだようだ。

 

 

 

「まあウィッチはなにかと丈夫だし、尻餅くらい平気だろう」

 

「あ、はい……平気です」

 

「ん、ならいいや。まあ、とりあえず気をつけてな?」

 

「っ!ご、ごめんなさい!」

 

 

男は怒る素振り一つなく、むしろ少女を心配するような様子を見せ、ほんの少し注意を受けるだけで終えた。

 

するとその男は腕に抱えている紙袋からチェロスを1本取り出すと少女に差し出した。ふんわりと良い香りがくすぐる。

 

 

「あの、これは…?」

 

「チェロスだよ。ウィッチならしっかり食べとけ。魔法力の回復力は空腹に影響するし、空腹に慣れると魔法圧が下がり、まともに稼働できなくなるから」

 

「え、あ、はい…ありがとうございます…」

 

 

おずおずと受け取り、チェロスの良い香りによって抑えてた食欲がそそられる。

 

これまでストレスによって食欲が無く、お昼を抜いて食べてなかったことを思い出したから。

 

警戒心も忘れてそれを一口齧ろうとしたその前に引っかかった言葉に意識が切り替わる。

 

 

 

「待って!あ、あの!何故わたしがウィッチだって分かるんですか?」

 

「?」

 

 

少女は聞き逃さなかった。

 

都会に来てから機敏になってしまった耳はその人の言葉をしっかりと捉える。

 

そのことを尋ねられた青年はチェロスを齧りながら時計台を眺め、少し考える素振りを見せながら一口齧ったチェロスを飲み込んで答える。

 

 

 

「いや、その上着はバルセロナの魔女育成学校にある魔女候補生の訓練容姿だろ?それだけで判断つくよ」

 

「あ、いや、そうじゃなくて!いや、それもそうなんですけど!私が聞きたいのは魔法力を使ってたことに対して何故わかったのかな…って」

 

「ああ、そっちか」

 

 

 

そう言って折れたチェロスをひと齧りする男。

 

それから折れた分のチェロスを袋に詰めながら答える。

 

 

 

「微量ながらも無意識に魔力行使しながら走ってたのは感知してた。ただまさかそのままコチラにぶつかってくるとは思わなかった。なので咄嗟に力込めた。チェロスは犠牲になったが骨が折れるよりは良かろう。でもこれが一般人だったらおおごとだったからそこはちゃんと反省しような?」

 

「ぁぅぅ…ご、ごめんない…」

 

 

 

ウィッチは魔法力で身体能力を上昇する。

 

大人の男性との腕相撲でいい勝負できるくらいには筋力も上昇する。

 

特にこの少女はその傾向が強く、身体能力の上昇幅が普通の魔女よりも大きいため、彼の言うことは正しかった。

 

しかし少女にとってはまだ未熟故に魔法力のコントロールが効かず、振り回されることが多くあり、その苦労によって周りと同じ魔女候補生から馬鹿にされていた。

 

そんな辛い記憶がまた呼び起こされるが、でも今はそれ以上に気になることがあった。

 

何故、この人は魔法力を認知したのか?

 

少女はそれが不思議だったから…

 

 

 

「貴方は、何者なんですか?」

 

 

 

 

それを訪ねることは何を意味するのか。

 

少女は知らない。

 

良い意味でも、悪い意味でも、その存在はあまりにもイレギュラーであり、ただの民草では測ることが出来ない。

 

その正体は、同じ空を隣にした時やっと初めてこの存在を理解するだろう。

 

しかしそんな事を少女は知る筈もない。

 

 

 

だが、唯一、例外があるとするならば…

 

__願われて、初めて意味は示される事。

 

 

 

 

「___今はただの旅人だよ、ウィッチ」

 

 

 

チェロスを齧りながら応える。

 

代わりに甘い香りが漂う。

 

少女は手元に渡されたチェロスを思い出した。

 

すると…

 

腹から「くぅ〜ぅぅ」と愉快な音が鳴った。

 

 

 

「!!??」

 

 

明らかに空腹が訴える声だ。

 

それが少女から発されたモノだと分かると徐々に顔が赤くなる。

 

恥ずかしい!

恥ずかしい!!

 

それに対して青年はキョっと目を開いた。

 

 

 

「ぁぅ」

 

 

 

ああ、どうして自分はこうも…

 

居た堪れなくなった少女はさらに顔を赤くしてプルプルと震えながら俯いてしまう。今日はなんて日だ。自分はこの世界に嫌われているのかもしれない。友達の前ならともかく、見知らぬ人の前で、しかも異性を前にそんな姿を晒すことは一人の女性としてとんでもなく恥ずかしかった。

 

 

「どうやら空腹だったことを忘れるくらい相当悩んでるらしいな」

 

「……ごは、ん、たべて、なくて………」

 

 

 

横を向き、羞恥心にプルプルと震えながら消えそうになる声で答える。

 

もう笑うなら笑ってくれ。

 

その方がまだマシだ。

その方が慣れっこだ。

 

しかしその人はバカにすることなく、むしろどこか懐かしそうに、そのウィッチを相手する。

 

 

「まあコレも何かの縁だ。チェロスは幾らでも奢る。それに何か悩んでるなら話聞くよ?これでもウィッチのことならそれなりに知ってるからな。助けになれる筈だ」

 

「………………………う、ん

 

 

 

もうここから逃げる元気もない。

 

それ以上にココから走り去ること自体さらに居た堪れなくなってしまう。

 

てかもう色々と諦めた。

 

 

それから適当な椅子に座り、追加でチェロスを渡され、いつのまにか飲み物も渡され、されるがままに流され、でもその人に話して心が落ち着いた。

 

あとチェロスも美味しかった。

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

「ゆ、ゆ、ゆっくり、と…」

 

「そうそう、いいよ。そのまま。変えることなくゆっくりと流す。押し付けるように放つんじゃなくて、手から勝手に溢れる魔法力を櫛で絡め取らせるイメージだ。うん、やれば出来るじゃないか」

 

「ニャー、ゴロゴロ…」

 

 

 

少女はブラシで野良猫の毛繕いをしていた。

 

何故こうなったのか?

 

それは悩みを打ち明けた結果から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルセロナの時計台から時刻を知らせる音が響く。

 

またそこには一人の少女がいた。

 

 

 

「おめでとう。第一段階はクリア。次は第二段階として他者ではなく使用者を中心とした耐久訓練だ。いまからこの壁を使って行う」

 

「耐久…?それと壁…?」

 

「そう、壁。コレに張り付いて貰う」

 

「え…」

 

 

少し理解できないような表情。まあ野良猫のブラッシングの訓練も同じような反応だった。とりあえず説明する。

 

 

 

「空戦ウィッチってのは地面に墜落してもある一定以上の魔法力と魔力の残量、それから使い魔の性質によってクッション代わりとして着地場所に魔法陣が展開されるのは知ってるな?地面の代わりに魔法陣(クッション)の上に落ちることでウィッチ守る。まあ空戦ウィッチである以上落ちる事自体はタブーだが」

 

「そ、そうですね」

 

「でもこの際は良い。その魔法陣によるクッション、謂わば『張り付き』を利用した魔力行使の技術を上げるための訓練。コレができると水の上を歩く事だって出来るし、全身の魔法力を片手に集中させてネウロイを殴り殺すことも可能になる」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。てかアレだ。ウィッチ専用の機関銃とかあるだろ?そこに魔力を込めて放てばネウロイの装甲を砕くことができる。その()()()と全く同じだ」

 

「あ、まさか!野良猫とかに魔法力でブラッシングする訓練って!」

 

「その応用だ。アレは手のひらに薄く纏うことを中心とした魔力行使。イメージ的にはブラッシング用のクリームみたいなもんだな。その魔力(クリーム)をブラシで絡め取り、また魔力を込めたブラシで塗る。コレは使うべき体の部分を意識させながら最低限の魔力行使の感覚を掴み取るため。クッションを意図的に作る。そしてこれからやる事は野良猫以上の対象」

 

「それが壁……あ、まさか!壁をブラッシングするんですか!?」

 

「アホ、なんでそうなるんだよ」

 

「ひぇ……ぅぅ…」

 

「最初に言った。コレは『他者ではなく使用者を中心とした耐久訓練』であること。それから魔法陣による『張り付き』と言うこと。君にはこの壁を使って張り付いて貰う。さてお話はここまでだ。とりあえずやってみろ。使うのは右手、右足、左手、左足!」

 

「は、はい!」

 

 

それから少女は壁に手を置き、壁に展開した魔法陣に足を張り付かせ、体を持ち上げる。しかしまだ感覚が掴めないのか魔法陣ごとズルズルと落ちていく。

 

 

「コレは…!うぐぐ」

 

「難しいだろ?でもそれは最初だけ。慣れたら案外簡単に出来る」

 

「あ、でも……!すこし、は!な、何とかなりそう…!」

 

「本来墜落時のクッションは無意識だ。と、言うより使い魔が援護してくれるから意識せずとも勝手に展開される。しかし今回は使用者が意図的にクッションを作り上げてそこに張り付くんだ。それを意識しつつ、耐久訓練として10分間を目標に…そして尚且つ」

 

「!?」

 

「最後は20キロの重りを背負って貰うからな!はっはっは!」

 

「えええ!!?」

 

「空戦ウィッチは重たい武器背負って戦うんだぞ?このくらいは出来ないとな」

 

「そ、そんなぁぁ…!」

 

 

 

それから数日が経過した。

 

彼女は自由時間になる度に訓練学校を抜け出しては俺に会いに来た。

 

理由は簡単。

 

自分に自信を持つため。

 

そして逃げずに強くなるため。

 

それは一週間前の話。

 

 

 

 

__えっぐ、わたしね、都会に来てからさ、えっぐぅぅ、すごく不安で、怖くて、でも故郷に逃げ帰る訳にはいかなくてね、ぅ、ぅ、うわあああんっ…

 

 

 

彼女から話を聞く限り、良くありげな田舎者苛めがそこにあった。

 

入校したばかりの少女はその苛めが嫌になってそこから一度飛び出した。

 

それなら涙も流して彼女の気持ちの整理は落ちつき、少しだけスッキリしたような表情になった。彼女のチェロスは塩味になったが「それはそれで美味しいだろ?」と誤魔化してあげるとやっと彼女は笑うようになった。

 

そして…

 

 

 

__逃げたら一つ、進めば二つ。

 

__え?

 

__これは俺を見送ってくれた人の言葉。その意味は聞いてないからわからないが、俺が解釈する限りこの意味は恐らく、逃げても命ある限り挑戦できる事、進めば失敗しようともその成果と経験が手に入る事なんだと思う。そして何もしないことはいつまでも変動のないゼロだから良くない事。

 

__!!

 

__君は一度逃げた。でも俺にぶつかって出会いという『成果』が手に入った。では今から進むことを選んだら成果が二つ手に入り、それが合計して三つになるとしたら、君はこれからどうしたい?

 

__っ…わ、わたしは…

 

__ここで立ち止まるかい?それともいまから進んで上り詰めたいかい?

 

__わたし……わたしは…

 

__逃げて距離が生まれた。しかしそこから助走すれば登りやすい筈。そんな俺は君の逃げた先の『成果』としてふんわりとした味付けをその空腹にチェロスを与えよう。これも何かの出会いだ。君が進むことを選ぶなら俺は一つ目の成果として手伝ってやる。どうしたい?

 

__っ、故郷に逃げ帰る訳には行きまん。わたしは逃げたくないです。

 

 

 

そして言葉通りに『壁を上る』ことになる。

 

それからほんの一週間程度の付き合い。

 

けれど成長と成果は、確かにあった。

 

 

 

まあ知ってたさ、そうなるくらい。

 

だってこの【世界】は()()だから。

 

 

 

「そう、そのまま落ち着いて。それで魔法力を小さくでも濃く壁に流す。よしいいぞ。それをそのまま魔力量を変えずに集中」

 

「ぐ、ぐぐぐっ!」

 

「もちろん呼吸しながらだぞ?これは息を止めてやる訓練じゃない。慣らすための耐久訓練」

 

「ぜぇ、ぜぇ…!」

 

 

 

目の前の少女は手と足を壁に張り付かせ、手のひらや足裏から魔法力を放ち、磁石の様にひっついて地面に落ちない様に耐える。

 

 

「しかし、けっこう体力あるな」

 

「こ、コレでも!ぜぇ!ピレネー山脈で!友達と共に!ぜぇ!かなり走ってましたから!」

 

「基礎体力は充分、とても良いことだ」

 

「っ、でも、あ、頭の方は、あまり……うわああた!?」

 

 

 

落ち方が悪い。

 

俺はスッと落下場所に移動して。

 

 

 

「きゅっ!」

 

「喋るのは勝手だが集中しないと意味ないな」

 

 

 

落ちてきた少女を受け止める。

 

 

 

「す、すすす、すみません!」

 

「とりあえずもう一回だ。壁に向けて投げるからカエルみたいに貼り付けよ。ほーれ!いけぇぇ!」

 

「うわあああ!!?」

 

「ほらほら、貼り付け。ケロケロしろ」

 

「うぎぎぎっ!お、お、落ち、な、いッッ!」

 

「おー、張り付いたか。根性あるな」

 

「ぅぅうう!この、やろ、うっ!!」

 

「辛かったら諦めて降りてこいよ」

 

「ぐぐ!あき、らめ、ま、せんっ!!」

 

 

歯を食いしばりながら耐える少女。

 

四メートルくらいのところで踏みとどまる。

 

あの根性は若本を思い出すな。

 

 

……それにしても。

 

 

 

「やらせたのは俺だけど……これはこれで目のやり場に困るなぁ…」

 

 

 

この世界だから仕方ない設定(こと)だけど真下から見上げて女の子のパンツ(ズボン)丸見えなの本当に慣れないわ。

 

扶桑の海軍ウィッチはスクール水着タイプだから早い段階で慣れたけどこちらは思いっきりオープンだ。

 

見せパンってレベルじゃねーぞ。

これは世界レベルだよ。

 

 

 

「よし、5分経った。ゆっくり降りてこい」

 

「は、はい…!」

 

 

プルプルしながら降りてくる少女。

 

その間に時計台を見る。夕方だ。

 

 

 

「お疲れ様。水飲むか?」

 

「は、はい、いただきます」

 

 

水を渡し、壁に寄りかかり、静かに空を見る。

 

ココはまだ比較的平和だな。

 

オラーシャはウラルから逃げ延びようとするネウロイの残党狩りで少し騒がしかったが、ウィッチが数人配備されていればモスクワとかなんとかなるレベルだった。

 

まあイベリア半島はカールスラントとヒスパニアの防衛区域だし優秀なウィッチもいる。

 

たまに現れる飛行型のネウロイもそこまで脅威じゃない。

 

二ヶ月前の本国を懸けた大戦……扶桑海事変とは打って変わってこの辺りはかなり安定していた。

 

 

()()さん、お水ありがとうございます、でもこれ温いです…」

 

「熱が高まった体に急な冷水って実はそこまで良くないんだよ。血液の動きが悪くなって疲労回復能力が下がってしまい疲れが取りづらくなる。しかも疲れの取れてない事に体が慣れると免疫力が下がり、しかもこれが魔女の場合だと免疫力の低下を抑えるために魔法力が無理やり働き、知らぬ間にあらゆる魔法能力が低下してある日調子を大きく崩す。魔女の場合それで早めにアガリを迎えてしまう可能性だってある」

 

「ッ、そ、そうなんですか?」

 

「ああ。だから摂取するものにはそれなりに気を遣った方が良い。あ、砂糖入りの卵焼きとかオススメだな。卵って全部栄養だからな。殻も含めて」

 

「え、殻も食べるんですか!?」

 

「それは食わなくて良いよ。まあ好きなら食べてもいいけど。もしやアンドラでは卵の殻も食べるのか?君の故郷は随分と逞しいんだな」

 

「食べませんよ!?」

 

 

 

それから少女は立ち上がり、夕日を見る。

 

俺と見てる方角は同じ。

 

 

 

「あの、ジムさんっていつまでバルセロナに居るんですか?」

 

「明後日くらいには次の場所まで足を運ぼうかと考えてるよ。かれこれバルセロナには2週間ほど滞在してるからな。そろそろ次の街も観に行きたい」

 

「そうなんですね……ジムさん、その、今頃ですけど、色々とすみませんでした」

 

「?」

 

「いえ、その…… ジムさんはせっかく観光に足を運んで来たのに私に色々と教えてくれて、それで貴重なお時間を使わせて貰って…」

 

「ああ、なるほど?別に気にしなくていい。観光が足りなかったらまたバルセロナに来れば良いだけだ。それに俺は魔女が成長するところは好きだからな。なのでこの程度の知識で良ければ幾らでも手助けするさ」

 

「いえ、そんな!ありがとうございます!しかし、なんと言うかジムさんは不思議ですね?男性の方で、その、魔女候補生の育成方を知ってるなんて…」

 

「魔女に関する論文を読むの好きでな、色々と知識があるんだよ。実際にもヒヨッコ程度の魔女なら手伝う形で少しばかし魔法の使い方を教えた事がある」

 

「!……あの、もしかして、ジムさんって軍人さん?」

 

「いや、軍人じゃないよ。()()俺はただの観光好きな根無しの世捨て人だよ」

 

「そ、そうですか…」

 

 

 

嘘は言っていない。

 

俺はそれだから。

 

 

 

「なあ、今見ているこの方角に君の故郷アンドラがあるんだよな?どんな場所だ?」

 

「アンドラですか?ココほど煌びやかではないですよ。でもピレネー山脈に囲まれた自然を裸足で駆けると楽しい場所で… って、これでは子供の記憶ですよね?あはは、すみません」

 

「今も子供だろうに?何言ってんだ」

 

「なっ!そ、そういう意味では!」

 

「わかってるよ、冗談だ」

 

「っ〜!もうっ!!」

 

「とりあえずそろそろ戻りな?軍属である以上門限前に戻らないとやかましいんだろ?あと…」

 

「在学中の育成学校以外で他者から学んだことは絶対に口外しない……ですよね?」

 

「そうだ。そこは軍の管理する学校だ。教育方針に逸れる教育者は軍規違反の危険対象として扱われて退学させようとする。そりゃ君にとって望んでない環境だったかもしれないが軍属の管理学校だけあって受けられる保証は大きい。それを可能な限り無駄にしないで欲しい」

 

「わかりました…」

 

「……君はちゃんと強くなってる」

 

「え?」

 

「進む先で成果は出てる。錘も付けられるようになった。ぶつかった壁を乗り越えようとしている。今ここにいる君は誰よりも努力をしているんだ」

 

「!!」

 

「俺がそう決めた」

 

 

 

バルセロナの時計台から音が鳴り響く。

 

夕方の合図だ。

 

 

 

「さて、この付き合いは明日で最後になる。だから明日テストする。また同じ場所で同じ時間に来い。成果を試してやるよ」

 

「!」

 

「ココが都会だとか、バルセロナだとか、学力差の歪みだとか、そんなの関係ない。この一週間をやり通して来た君自身が魔女たらしめられる箒か見極めてやる。君に出来るかな??」

 

「っ!…わたしは……やりますっ!」

 

 

 

 

その後は解散。

 

彼女は寮に。

 

俺は二週間ほどお世話になった安宿に戻る。

 

一月の空気は未だ冷たい。

 

そして…

 

 

 

 

 

進んだ先で。

 

成果はちゃんと『二つ』手に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし出会えたら私の友人『マリア』によろしくお願いします!」

 

「ああ、そこで出会えたらな」

 

 

一週間前とは変わって顔つきがほんの少しだけ変わったヒヨッコの魔女。

 

今は涙に枯れず、心に自信が根付いた(さま)はいずれ殻の付いたヒヨッコを卒業した魔女として、空を飛ぶだろう。

 

 

「ジムさん!私頑張りますから!何度も登りますから!落ちても上ります!だから!どうかお元気で!!」

 

 

 

二週間前にやってきたバルセロナ。

 

とある島国から背を向けて逃げるように、孤独な空と大地を駆けた先で、この街に知人は誰一人おらず、謳われた威名とは正反対にしばし静かな歩みだったけれど、今日この日は一人だけ俺の行先を見送ってくれる魔女がいる。

 

その手のひらには文字通り壁を上り詰め、乗り越えた努力の証が刻まれていた。

 

俺はそんな努力の魔女に振り向き、手を上げ…

 

 

 

 

 

「ああ、頑張れよ、イリス・モンフォート

 

 

 

 

背中の荷物を揺らしてバルセロナを去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、感じに君の友人はバルセロナで頑張ってたよ」

 

「そうなんですね。そっか……イリス、今もバルセロナで頑張っているんだね」

 

「てか君があの子の知り合いだったとか、偶然な出会いにしては随分と出来てんな?」

 

「アンドラはそこまで大きく無いから人に会いやすいんだよ。でもまさかジムさんがイリスと知り合いだなんて都会はロマンチストだね」

 

 

 

煌びやかなバルセロナの街とは打って変わって緑一辺倒な大自然、ピレネー山脈に囲まれた国アンドラの酒場で腰を落ち着けてナイフとフォークを食事に使う。

 

ピレネー山脈で育った羊の乳を使用した優しい味が口の中に広がる。

 

そして仕事の休憩中で話に付き合うのはその羊を世話する羊飼いの少女。

 

名は『マリア』と言う。

 

 

 

「ところでジムさんって故郷は何処ですか?」

 

「んん?そうだな…この言葉がわかるなら教えてあげるよ

 

「……え?あの…いまは何語で?」

 

「さーて、一体何処の国の言葉かなー、と」

 

「あー!ずるーい!てか国が分からないならそもそも言葉もわからないじゃない!」

 

「お、そうだな。さて、ご馳走様っと。君はそろそろお仕事じゃないのか?」

 

「あ、本当だ」

 

 

お皿を下げようとして、お店が「そのまま置いて良いので!」止められる。

 

それから食事の代金を置きながらお礼を言って店を出た。

 

マリアとは別れて俺は一人フラフラとアンドラの町中を歩く。

 

バルセロナに比べると街というより町だがこれはこれで味がある。

 

時代を遡ってストライクウィッチーズの世界に来た特権と言うべきだろうか、この観光も悪くないな。

 

でも前世の知恵は半分近く頼りにならないのでこの世界を知ったつもりで歩くと痛い目に遭うだろう。色々違うし。なによりこの世界だと織田信長は本能寺で燃やされず生きてる世界線だったり。てか前にも言ったなこれ。

 

 

それから町の外を出て広がる芝生を眺める。

 

適当な日陰を探し、そこまで歩き、寝転がる。

 

風が気持ちいい。

 

 

 

「ふー、それにしても……随分と離れたな」

 

 

ここに来るまでの半年間、大陸を移動してる。

 

まず出たのは刻が9月頃くらいか…

 

 

最初はウラルを乗り越え、一気にオラーシャ帝国の首都モスクワまで辿り着き、そこでは有名なピアニストの演奏を聴かせてもらったり、そのピアニストの奥さんの使い魔の治療法を見学させてもらったりと学ぶことが多く、あとウオッカを飲んだりして喉を焼いたりしながら二週間ほど滞在した。とても良い経験だった。

 

 

その後は同じくオラーシャ帝国のキエフまで到着するとここでも二週間ほど滞在。すると気候が荒れたので落ち着くまではしばらく雪かきを手伝ったりしながら路銀稼ぎを行い、その最中モスクワに住んでいるピアニストの留学中の娘さんに出会ったりもした。しかもその娘はナイトウィッチ候補生でありこれまで見た魔道針の中で一番洗練されていた。明らかにエースウィッチの素質がある。

 

 

それから気候が落ち着くとダキアのブカレストまで移動する。この辺りはオラーシャ帝国とは違って気候が落ち着いていたが代わりにネウロイが現れた。しかも夜中に。そんでもって迎撃のために一人のウィッチが出撃していたのだがドラム缶数本の灯火に照らされた飛行場から出撃して応戦していた。しかも聞くところ夜間訓練はまともに積んでないらしく、それでもネウロイは無事に撃破してた。しかもそのウィッチは大貴族かつバイリンガルでめっちゃ良い人でしばらく泊めてくれたしスポーツ万能で頭も良くて持っている固有魔法もかなり強力で色々ハイパースペック過ぎたりと何処ぞのバンガード貴族*1に比べたら人格者過ぎる。

 

 

次に向かったのはオストマルクの白い町ベオグラードで同じく二週間ほど滞在した。ココは巡るところ多すぎて困ったくらいだ。ただそこでとあるウィッチと久方ぶりに出会った。ウラル以来だな。相変わらずユーモアが何一つ通じない面白みのない人だったが既に大尉になっているあたりオストマルクを代表するエースウィッチだった。ただ身長は伸びてない。

 

 

それからアドリア海を沿ながらモエシアの首都ミラノでピザを食べながらサッカー観戦を楽しみ、ここでは一週間ほどの滞在。ネウロイの脅威は特になく平和そのもの。イタリア料理もといモエシア料理を心ゆくまで楽しんだ。パスタが美味しい。

 

次にロマーニャ公国は周らず、横断する程度に足を踏み入れ、そのまま直行してガリア共和国に入国すると地中海に沿って踏み歩きながら立ち止まる事なく進行、一週間かけてオストマルクの港湾都市バルセロナに到着する。またそこで二週間の滞在。

 

それからイリス・モンフォートにガリア共和国とヒスパニアに挟まれたピレネー山脈の内陸小国『アンドラ』のことを聞かせてもらい、俺はバルセロナを折り返して北進を決めるとアンドラまでやってきた訳だ。ここまで旅の流れ。

 

 

「まあ、これまでめちゃくちゃ頑張ったし、今は彷徨うだけの役割も良かろう。もし何処かで願われ、求められるとしたらいずれ何処かで立ち会うだろう、この魂も」

 

 

これでも時々、手の甲が役割を訴えるようにヒリ付きを感じさせる。

 

だからその通りに空を飛んでネウロイを見つけては旅の中で倒している。

 

その度に手の甲へ軌跡(すうじ)を刻む。

 

それを今は繰り返すだけだ。

 

 

「メェー」

 

「……んあ?」

 

 

 

どアップに視界を埋める。

 

ピレネー山脈のモフモフの羊だ。

 

 

 

「……」

 

「メェー」

 

 

 

俺は無言で返す。

 

でも羊の鳴き声が返ってくる。

 

 

 

「………」

 

「メェーェェ」

 

 

 

俺はジト目で羊を見る。

 

でも鳴き声が返ってくる。

 

 

 

「ラーメン、つけめん、僕イケ?」

 

「メェェェン!」

 

 

 

言葉を合わせてみる。

 

都合の良い鳴き声が返ってきた。

 

 

 

「ありがとよ。お前もイケメンやぞ」

 

「メェ」

 

「何やってるんですかジムさん…」

 

 

 

呆れ顔の羊飼いマリア。

 

どうやらこの羊は放牧中の子らしい。

 

それより何やってるかって?

 

ふむ、強いて言うなら。

 

___熱い男の友情かな(ドヤっ)

 

 

 

 

 

「メェ!!!」

 

 

あ、女の子だったらしい。

 

ごめんなさい▽

 

 

 

つづく

*1
自分の感情を処理できないやつはゴミと言った筈だ!ダメじゃないか死んでなくちゃ!さよなぁ!キンケドゥ!死ねぇ!罪を償え!あっはっはっはっ!





【イリフ・モンフォート】
アンドラ出身でお金持ちの娘であり、魔女候補生としてバルセロナの育成学校に入学するも田舎育ちと都会で馬鹿にされ、メンタルが折れかけたところにチェロスの人と出会い、メンタルの代わりにチェロスが折れてくれた。それから進むことを選ぶとチェロスの人から魔法力の使い方を学び、一度精神的に安定すると元の学力はともかく実技では優秀な成績を収めるようになった。それでも変わらず田舎育ちと馬鹿にされているが気持ちに余裕が出来たため気にならなくなる。故郷に帰省後は【アンドラの魔女】として活躍することになるが、それは先の話である。

【チェロスの人】
役半年前に致し方なくとある島国を出たが、2年か3年くらい経過したら一度戻る予定らしく、それはそれとして旅自体はかなり楽しんでいる模様。チェロスにどハマりした後ピレネー山脈の内陸国アンドラまでやってきた。羊やらピレネー犬やらモフりながら滞在中。



ではまた


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38話

 

 

__足折れてるな、その羊。

 

__え?

 

 

 

それは、約一ヶ月前の会話。

 

 

 

__毛に埋もれて見えないが足を庇っている様に見える……どうだ?

 

__え、嘘……あ、本当だ!?なぜ気づかなかったんだろう!?

 

__恐らくその子が隠してたんだろう。

 

__そんな!ごめんね、ごめんね!気づいてあげれなくて!

 

__メェ…

 

 

放牧中に調子の悪い羊が一頭だけ。

 

しかし何が原因で調子を崩してるのかなのかわからないでいたその時、一人の男性が通りすがりにそう言った。見たところ良くありげななんてことない観光客の様な気がしたけれど、その男性から一瞬だけ背筋が這いずるプレッシャーのようなモノが感じられた。それから調子の良くない羊の脚を見た。

 

たしかに文字通り浮足立った歩き方。その羊は極力地面に足が付かないようにしていた。脚は何処かで捻って、それで運悪く折れるところまでやってしまったのだろう。

 

早めに療養と考え、ひとまず羊達を小屋に戻そうかと考えたが周りには放牧したばかりの羊で、戻すのは少し手間だ。

 

羊は芝を()むことに夢中だから言うこと聞くか分からないから。

 

すると…

 

 

 

「羊なら代わりに見ておこうか?」

 

「!」

 

 

ありがたい申し出に感じられるが、大事な羊を素性の知らぬ部外者に任せて良いものか?

 

でも足の不具合を一眼見て只者ではない。

 

その意味では信用に値するのだろうか。

 

そう考えているとその人は岩に立て掛けていた私の杖を手に取るそれをクルクルと回し、羊の群れに杖を向けて…

 

 

 

あまりその場から動くなよ?

 

「「「メェェェ!??」」」

 

 

100頭ほどいた羊が同時に食む草を止めると全ての羊が顔を上げてその男性を見た。

 

 

「え、すご………」

 

「イケ、メェェェン」

 

 

 

これがこの人。

ジム・カスタムさんとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__とまぁ、○○製って感じにあらゆる国がストライカーユニットを手掛けてるが、宮藤理論確立された以上作りはほぼ同じになった。なのでこれが仮にカールスラント製の戦闘脚だとしてもブリタニア方式のマニュアルで整備しても行き着く先は一緒だ。メンテナンスする順番が違うって程度の認識で良い。ただ今よりも時代が進んだら根っこは宮藤理論のまま独自の開発法を生み出すと思うけど、でもここら辺なら基本的にブリタニア製もしくはカールスラント製の骨組みで製造されてるだろうからそちらを中心に学べばまず整備技術は問題はない」

 

「ふむふむふむ、なるほど!!」

 

「とりあえずこの廃棄処分間近だったユニットを使ってレクチャーする。昨日の続きは覚えてるな?」

 

「大丈夫だよ!」

 

 

それから実技に取り掛かる。

 

作業台の上に置いてあるジャンク品はアンドラに来た行商人がジャンク品として売っていた廃棄処分される手前のストライカーユニットであり、外装も抉れ、中身はほとんどズタズタである。

 

魔力を通す魔道線は生きてたので外装は手直しして中身の部品を入れ替えれば半分くらいは動くだろうがアンドラには魔女がいないので今現状ストライカーユニットか動かなくても無問題だが、整備の練習として使うにはぴったりなので購入した。

 

 

「ジムさん、このユニットはジャンク品と言ってたけど、高くなかったの?」

 

「普通なら戦闘兵器って事で安くはないが保存状態の悪さと適正価格に対してのロストコストを追求しまくってめちゃくちゃ値切ったから大丈夫だ。それに金は持ってるからな。高値の換金物も多く持ってるし金銭は気にするな」

 

「へー、独身貴族って凄いね。でも授業のためにわざわざ買ってくれるなんて…」

 

「前に寝泊まりのための羊小屋を貸してくれてたお礼だよ。にっちもさっちもわからないあの時は大変助かった。大人買いに関しては子供が気にしなくていい」

 

 

それから購入した参考本を開きながら俺がこれまでの経験を活かしてジャンク品のストライカーユニットをバラして、直して、整備して、取り扱い方、そのやり方を教える。

 

俺自身もライセンスを取得した整備士ほど出来るわけでもないが簡単なメンテナンスならある程度できる… と、言っても実のところ戦闘脚はそこまで複雑じゃないので整備する手順さえ覚えれば原付バイクの整備とそれまで変わりない。重要なのは使用者に見合った微調整がその時にできる技量だろう。

 

特に飛行型のストライカーユニットはそこら辺かなりデリケートな部類だ。使用者の魔法力に耐えれずプロペラが内側で噛んでしまうとプロペラが閉じて落下する恐れもある。翼ってのは折れやすく脆いんだよ。

 

 

ガチャ

 

 

「マリア、それとジムさんも、そろそろお昼ご飯よ。キリ良く切り上げていらっしゃい」

 

「奥様、ありがとうございます」

 

「いえいえとんでもない。いつもありがとうね、この子のために」

 

「構いませんよ。滞在中はお暇なので、このくらいでしたら幾らでも」

 

 

 

こうしてお昼になるといつもお昼ご飯を一緒に頂いている。ありがたい。

 

 

「ふむふむ、これがこうなると、こっちのプラグは先に外すことになって、ああ、そしたら側面に付属する回路は…」

 

「あらあら、こうなるともう止まらないわね」

 

「マリア、お昼ご飯だってよ。今回はこれで終わろう」

 

「え…?あ、そうなの?…って!母さんいつのまに来てたの!?」

 

「あら?声届いたわね。それともジムさんだから反応してくれるのかしら?まったく、この子ったら」

 

「夢中になれるのは才能ですよ」

 

「ち、違うから!ジムさんはユニット整備の先生だからそこはちゃんと聞いてるだけ!」

 

「お昼、ありがたくいただきます」

 

「ええ、冷めないうちにどうぞ」

 

「ちょっと!?話くらい聞いてよ!そりゃ話を聞かなかった私も悪いけどさぁ!」

 

 

 

それからほんの少し不機嫌なマリアを交えて彼女のご家庭でお昼を頂き、それからマリアは羊の放牧のため家を飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

さて、お昼を頂いた俺はそのまま町中に。

 

キョロキョロと見渡す。

 

 

 

「日当たり良いし今日はこの辺りでやるか」

 

 

小銭入れ代わりの空き缶を用意して、道具袋から用意した小道具を取り出す。

 

適当な木箱とお客様用の椅子を適当なお店から借り、ブリタニア語で『梳かし屋』と書かれた暖簾を下ろして準備完了だ。

 

すると…

 

 

「あらジムさん、今日もですか?」

 

「ええ、天気がよろしいので」

 

「そうなの?では今日もお願いしようかしら」

 

「はい。では椅子にどうぞ」

 

 

手に持った小道具、それは櫛。

 

揃えてるのは竹櫛や、椿櫛に、つげ櫛、あと普通のヘヤブラシなど、髪の手入れをするための一式だ。これを魔力で髪を梳かす。

 

 

「ジムさんに髪手入れしてもらってからは夫に褒められましてね。少し若返った?って」

 

「本当ですか?それはよかったです。髪は女性の重要な武器ですからね。男性の目を釘付けにする大事な要素。僭越ながら自分で良ければ本日もお手伝いさせていただきます」

 

「うふふ、それは頼もしいわね」

 

 

 

ウィッチの魔法力は不思議なことに体の汚れを落とす能力も備わっている。

 

また魔法力による身体能力の向上も相まって活力を与える能力も秘めているのが、魔法力の凄いところだ。そんな感じに身体共に健康的な状態が続くため魔女に美形が多いのは大体理由に当てはまる。美魔女って奴だ。

 

なのでそれを利用した魔力エネルギーで髪の毛に溜まるダメージを回復させ、櫛で綺麗に整えて髪に活力を与え、艶を作る。

 

と、言っても劇的に変わる程ではないが、櫛を入れる前と入れた後なら手入れした後の方が心なしか綺麗に映る。これが結構評判良い。

 

まあ魔法力で手入れしてることに関してはシークレットであり、この『梳かし屋』ってのはこれまで渡り歩いた先で手に入れた櫛を使って髪を梳かしますよ趣旨であり、言わば靴磨きに似たようなものだ。

 

日本円で言えば一回100円くらいだがほんの数分程度の手入れなので妥当な額だと思えるしなんなら無料でやっている。

 

お金はその時のお気持程度に頂いており、お金に関してもそこまで困ってないが、路銀の足しになればと思ってやっていることだ。

 

それでも大体は貰ってる。

 

無料でやってるのは興味持って集まってきたお子様くらいだろう。モスクワとかバルセロナでも大体そんな感じだった。

 

ちなみにバルセロナでウィッチのイリスにこの訓練を設けたのだが、それは元々俺が『梳かし屋』として路銀稼ぎに店を開いてたから設けれたことだ。魔力行使の訓練になる。

 

 

「ありがとうございます。ジムさんのお陰でまた若返りました」

 

「元々若々しいじゃないですか」

 

「あら、口がお上手ね」

 

「よく言われます」

 

 

 

それより何故『梳かし屋』なんて稼ぎ思いついたのかって?

 

別に、大した話じゃない。

 

まあ、強いて言うなら、綺麗に靡くそのポニーテールを毎日と言って良いほど手入れしてきたのは俺だから、それを思い出の一つとしてそこからなんとなく始めただけの話であるから。

 

 

 

「シルヴァーナ、少しココで待ってなさい」

 

「はい、お父様」

 

 

次のお客が来てもいいように櫛を手入れしていると少し離れた街灯の近くに一台の馬車が止まる。それだけでお貴族が手配した立派な乗り物だとわかり、馬車から出てきた男性も貴族服を纏っているので身分の高い人だとわかる。この辺りの人じゃないのはわかるがアンドラまで何用だろうか?

 

 

「……?」

 

「…」

 

 

視線を感じたので顔を見上げると馬車の窓からは赤色の髪に大きな白のリボンを巻いている少女がこちらを見ていた。目が合わさっても毅然とした態度で大人しくこちらをジッと見ている。

 

俺は指元でクルクルと櫛を回してリアクションを取ってあげると少しだけ目を見開いて、次にブリタニア語で書かれた『梳かし屋』に視線が行くと何かを考える素振りを見せると馬車の扉が開いてこちらまでやって来た。おやおや?

 

 

「お兄さん、その、梳かし屋って、なんですか?」

 

「文字通り、髪を綺麗に梳かすお店だよ」

 

「ほんとう?……わたしもしてくれる?」

 

「おう、全然構わないぞ。でもお父さんを馬車で待ってなくて大丈夫?」

 

「……少しくらいなら、大丈夫」

 

「わかった。なら俺もそのためにちゃちゃっと済ませようか。ほらここに座って。それとその真っ白リボンは外して良いか?」

 

「あ、待って、自分で外す…」

 

 

ふわりと揺れる薄めの赤毛とそのポニーテールから外される真っ白リボンはいまの彼女のトレードマークだろうか。

 

それから薄らと手のひらに魔法力を纏わせ、櫛に流しながら赤毛に通す。イリスに教えたのと同じ通りに。綺麗に櫛を通す。

 

やや癖毛が強いな。

 

 

「お嬢さんはどこから来たんだ?」

 

「父上とロマーニャ帝国の方から来ました。今日はその付き添いでこの場所まで。兄さんはアンドラに住んでいるんですか?」

 

「自分は旅の者だよ。とある遠い島国から海を渡り、歩いたり、飛んだり、そしてココまで。そういやロマーニャ帝国も横断する時にトリノの辺りは足を踏み入れたかな」

 

「旅は楽しいですか?」

 

「かなり楽しんでますよ。まあ少々厄介事を招いた上でこうしてるところもあるけど」

 

「厄介事…?」

 

「ああ。例えば最初は英雄、最後は恐怖のカケラ、そう扱われてしまうと次に閉じこめられてしまいそうになった。自分はそれがとても嫌で外に出た。いまは旅をして逃れているつもり。でも… それはそれで旅を楽しんでいる。けれどまたいつかその場所に戻る。そう約束してるからな……さて、髪の毛はこれでどうかな?」

 

 

手鏡持って手入れ後を見せる。

 

 

「あ、綺麗になってる。すごい…! これどうやったの?お屋敷の人でも苦戦してたのに…」

 

「ここだけの話。実はお兄さん旅する魔法使いなんだよ」

 

「え?………嘘っぽい」

 

「おやおや?そんなこと言うと魔法が解けて癖毛が戻っちゃうぞ?」

 

「え?」

 

 

するとぴょんと真上に毛が跳ねる。

 

俗にいうアホ毛ってやつだ。

 

まあこれもこれで可愛らしいが。

 

 

 

「あ!…も、戻して!」

 

「ははは、残念だけど魔法も一緒にタイムリミットだな」

 

「え?」

 

「ほらほら、そこ」

 

 

 

櫛でちょんちょんと先を示すとそこに少女の父親が戻ってきていた。

 

 

 

「シルヴァーナ、馬車で待ってなさいと言ったじゃないか」

 

「あ、お父様…」

 

「そこの方、娘が申し訳ない」

 

「いえいえ、とんでもない。お嬢さん、今日は来てくれてありがとうな。楽しかったよ」

 

「!……いえ、わたしこそ、綺麗に梳かして頂きありがとうございます」

 

 

 

綺麗にお辞儀する、少女。

 

本当に良くできてる子だよなぁ。

 

まあそもそもこの世界の女の子ってかなりしっかりしているんだよね。

 

それが英才から備わったとするとまた違う。

 

 

 

「あのお父様、先に馬車まで向かってください。わたしもすぐに向かいます」

 

「む?…ふむ、わかった。それとそちらの方、しばし娘が世話になった。礼を言おう」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 

どこから見てもダンディーって感じの男性は場所の方に足を運び、そしてその娘は再び俺の方に振り向く。

 

 

「あの、もしよろしければ名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

「名前か?俺はジム・カスタム。皆からはジムと言われてる」

 

「わかりました。では改めてジムさん、本日はありがとうございました。あと、ちゃんとした硬貨をお持ちではないで代わりにこちらの方を受け取ってください」

 

 

何か差し出される。

 

これはメダル?

 

 

「これ普通の硬貨じゃないな?もしやアンティークコイン??」

 

「いえ、そちらはアンティークコインのレプリカです。ちなみに刻まれてるのは女神キュベレの銀貨です」

 

「おお、キュベレ!たしか大地女神って意味だったな?でも良いのか?こんな根無し草なこんな素晴らしいモノを貰っても?」

 

「はい。受け取ってください。純銀なので売値も高いかと思われます」

 

「いや、売らないよ!大事にするって」

 

 

 

それから馬車は動き出した。

 

そのまま町の奥に。

 

お貴族の住まう屋敷に向かっていく。

 

それにしても今日は凄い人に出会ったな。

 

まさかロマーニャ帝国からやって来た貴族の娘の髪を梳かすなんてね。

 

旅してると何が起こるかわからないな。

 

 

 

「さて、店仕舞いだな。流石にこの時間は寒くなって来た」

 

 

 

本日のお客は7人。

 

今日の夜ご飯分のお金は集まった。

 

道具をまとめて宿屋に向かい、部屋に荷物を置いたあと、適当な酒場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、お腹を満たしたあと宿屋に直行せずそこら辺を適当に散歩する。

 

やってることまるで隠居生活だ。まあ隠れて生活してるような状態だから強ち間違いないと思うけど、それでも旅自体は楽しんでるのでそのうち戻った時の土産話として沢山話せるだろう。

 

それでも外をほっつき歩くのも寒いのでとっとと宿に戻ろうか考えていると…

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

なんとなく町の入り口付近まで歩いていたのだが、なんとそこには…

 

 

 

「?……あ」

 

「こんばんは、また会ったな」

 

「もしかしてジムさん?」

 

「おう、赤い髪から分かりやすかった。ええとシルヴァーナだっけ?お昼ぶりだな」

 

「はい、ごきげんようです」

 

 

お行儀よくお辞儀する。

 

なんか貴族というよりお嬢様って感じだな。

 

まあ、そう安易と表に現れやしないだろうが。

 

 

 

「ところでお一人かい?また君のお父上が心配するんじゃないのか?」

 

「……少しくらいなら、大丈夫」

 

「そう言って、今日のお昼はちょいと叱られたんじゃないのかい?あまりおイタが過ぎると悪い奴に捕まっちまうぞ?」

 

「大丈夫です、今はジムさんがいますから…くちゅん!」

 

「流石に夜は寒いな。ほれ、上着だ」

 

「え、でも…」

 

「お兄さんは魔法使いだからな。寒さには特段強いんだよ」

 

「……子供騙しです」

 

「そんなことないさ。ほら、真上に立つその癖毛以外は綺麗に毛先が伸びてただろ?魔法使いだから綺麗に手入れできたんだよ」

 

「それは…そうですけど」

 

「良いんだよ。とりあえず子供は甘えれる内に甘えとけっての。ほらほらほらほら」

 

 

ゴリ押して上着を着せる。

 

ちなみに寒くないのは本当。

 

魔法力があるから。

 

 

 

「で?どうしたんだこんなところに一人で?」

 

「……それは」

 

 

問いてみる。彼女は迷いながらも何かゆっくりと言葉にその理由を出そうとしていた。

 

 

「あの、ですね…」

 

「うん」

 

「もしお兄さんが本当に魔法使いだと言うのなら、声が聞こえたりしますか?」

 

「声?」

 

「はい。私になにか声が聞こえてんです」

 

「ふむ、どんな感じのだ?」

 

「その、なんというか……見つけてほしい?」

 

「見つけて欲しい?…それは人の声?」

 

「分かりません。でもここに来てから何か求める声が聞こえたんです。それが何かわかりませんが…」

 

「ふむ。なるほど……声か…」

 

「わかりますか…?」

 

「…」

 

 

少し考える。

 

声……なんの声だろうか。

 

ここアンドラに来て聞こえたことはない。

 

でも、この世界であり得ることを考えたらそれは何か不思議なことなんだと思う。

 

だから考える。

 

 

 

求める…か。

 

 

 

「シルヴァーナ、その声は君に求めるような響きだったのか?」

 

「え?う、うん……そんな感じがした」

 

「そうか。ならその魔法が解けない内に俺と探ってみるか?」

 

「え?」

 

 

俺は首を傾げるシルヴァーナの後ろに回ってその両肩にそっと手を置く。ビクッと震える体。

 

 

「ジ、ジムさん?」

 

「安心しろ、これは髪を梳かす時と同じだ。さてシルヴァーナ。まずは目を閉じて、次に耳を立てて、それから求めるナニカを強く感じ取ってみて。それが形にならずともシルヴァーナって魂に訴えかけている、そのナニカがあるのならそれは間違いなんかじゃないから」

 

「!………うん、わかった」

 

 

 

ピレネー山脈からアンドラに舞い込むのは穏やかな風。それが俺たちに流れ込む。

 

すると少女の体から鮮やかな緑色のオーラが溢れ出す。しかしそれは俺と彼女にしか見えない二人だけの光だろう。

 

それを言葉に表すなら『共振』の二文字だろうか。まるでサイコフレームの光のような。

 

 

 

「『シルヴァーナに届こうとする声が本当ならソレは間違いなんかじゃない。だからもっと見開いて。それをよく聞いて』」

 

「『うん』」

 

 

アンドラの町から意識が広がる。

 

すると___町の上に意識が浮いた。

 

 

 

「!!??」

 

 

 

少女は驚く。

 

空を飛んでいることに。

 

町の入り口には俺たちが並んでいる姿も。

 

そして再び意識がアンドラに飛び交う。

 

まるでそれは……そう。

 

大地女神(キュベレイ)のファンネルのように意志があってこのピレネー山脈の中を飛び回る。

 

 

 

___そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メェェェェ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

 

シルヴァーナは意識が体に戻る。

 

不思議な出来事に驚き目を見開きながらも、聞こえた声を頼りに町の外に走り出した。

 

 

 

「おっと、随分と足が速いな」

 

 

俺は入り口に飾られた松明を適当に掠め取ってシルヴァーナを追いかける。

 

そんなシルヴァーナは意識の奥で探し当てたソレを求めるように夜空の草原を駆ける。

 

 

 

「はっ、はっ!」

 

 

そしてシルヴァーナは立ち止まる。

 

そこには…

 

 

 

「メェェェ…?」

 

 

 

 

 

声の主___一匹の『羊』がいた。

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ、ちゃんと聞こえたから」

 

「メェ、メェ」

 

 

 

するとその羊も声を返す。

 

伝わっているみたいだ。

 

 

 

「(それより、この羊…?もしや…?)」

 

 

 

俺はその羊から霊的なナニカを感じ取る。

 

だが害があるようには見えない。

 

ただ、不思議なだけだ。

 

 

 

「こんばんは。あなたのお名前は?」

 

「メェ?」

 

「あ、お名前は無いの?それは寂しいね」

 

「メェ…」

 

 

 

そんな少女は、臆することなく、躊躇うことなく、羊に寄り添う。

 

その姿は何というか隣人って言葉が似合うように感じられた。

 

 

 

「なら自己紹介をしましょう」

 

「メェ?」

 

「わたしはシルヴァーナ。それから貴方の名前は……あ、無いのね?それなら…」

 

「メェ?」

 

「うん、決めた! 貴方はペコラスチャン!」

 

 

 

こりゃまた唐突かつ不思議な名前。

 

でも愛情に近い感情を込めて名を決めた。

 

そんな気がするから、これはそれで良い。

 

 

 

「よろしくね!ペコラスチャン!」

 

「!」

 

 

少女の一方的な対話。

 

でも羊も楽しそうに耳をピクピクと動かして反応する。

 

そして…

 

 

 

「メェ!!」

 

「うん、よろしく____え?」

 

 

 

 

その羊は光った。

 

まるでその少女に応えるようにだ。

 

その光は粒子となり少女の体に浸透する。

 

そして…

 

 

 

「あれ?」

 

 

その少女に、耳と尻尾が生えていた。

 

 

 

「えええええ!!!??」

 

 

驚きの声が草原に広がる。

 

 

 

「なるほど、普通じゃないとは思ったが、まさかそう来るか…」

 

 

これは感覚的な話だが、質量が違った。

 

軽いと言うか、浮いてると言うか。

 

ともかく肉が詰まってない、そんな感じ。

 

フワッとした感覚だがその羊が光となり、シルヴァーナに浸透したことで理解した。

 

 

ハッキリ言おう。

 

さっきの羊は___使い魔だ。

 

 

 

「君は魔女としての才能があるんだな」

 

「え?」

 

「今の羊は使い魔だ。そして使い魔はその者に魔女の適性が無ければ見えることはない。しかし君は見えた上で語りかけた。しかもその上で名を与えた。契約に至るまでは充分だな」

 

「わたしが……ウィッチ??」

 

「シルヴァーナ、羊のペコラスチャンを強く求めてみて。そしたらその場に見えるはずだ」

 

「え?…う、うん……」

 

 

少女はまだ実感の湧かないままも先ほどの羊を求めて念じる。

 

するとパッとその場に出てきた。

 

 

「メェェェ」

 

「!」

 

 

 

間違いなくそこにいる。

 

周りには見えない。

 

だが彼女には視えるその魂がそこにある。

 

ソレ()はシルヴァーナにとって間違いなく本物にした証だ。

 

 

 

「メェ!メェ!」

 

「うん、うん!そうよ!私シルヴァーナ!よろしくねペコラスチャン!」

 

 

 

 

 

 

この日、少女は魔法使いを信じた。

 

 

 

つづく





【マリア】
アンドラに住まう羊飼いの娘。バルセロナに向かったイリスとは友人関係であり幼少期は二人揃ってピレネー山脈を走り回ったほど。とある魔法使いさん曰くマリアは身体能力が高く、また頭の容量は良いため、もし魔女なった場合早い段階でエースウィッチに仲間入りできると思っている。滞在中の魔法使いさんからストライカーユニットの整備のやり方を教わりと魔女の箒を束ねる役割を覚える。後にイリスと共に【アンドラの魔女】として故郷を守るようになる。

【シルヴァーナ】
この時まだ10歳であり、アンドラまで父の会合に同行し、その目的地で魔法使いさんに出会う。あまり感情を表に出さない静かな子供だが自分を分け隔てなく付き合ってくれる人を望んでおり、それが羊のペコラスチャンだった。その後探しに現れたシルヴァーナの父にウィッチとなった娘に驚かれたが魔法使いさんの説明によって事情を把握し、それから数年後シルヴァーナは飛行ウィッチとして軍入する。その後の飛行訓練中に魔法使いさんと再び出会い、ルミナスウィッチーズとして参入後も出会う機会が訪れたり何かと顔を合わせる機会が多い。ちなみに渡したキュベレのアンティークコインはシルヴァーナのお屋敷のVIPパスとして利用できるがそこは伝えてない。

【とある魔法使いさん】
半年前から櫛で髪を綺麗にする梳かし屋を開きながら旅先で路銀稼ぎしつつ、時折悩めるウィッチを助けている。不思議ながらも魔女候補生となるウィッチを中心に手助けすることが多いクソボケ君ムーブをかましているが、それでも扶桑に置いて来た『止まり木』に一筋なので他所に惹かれる心配は無い模様。アンドラで最高のお昼寝スポットを見つけて盛り上がり中。そろそろチェロスが食べたい。



ではまた


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39話

申し訳ない、ストック切れた。
更新は再来週になるかもしれない。
なんかすまんな。


ではどうぞ


 

 

 

 

「…………………………辞めたい」

 

 

 

夜間戦闘航空団。

 

文字通り、夜の戦闘に特化した軍隊。

 

求められるのはナイトウィッチの力である。

 

 

 

……で??

……それで?

 

 

何処かにそんな都合の良いナイトウィッチは存在するのか?存在するわけがない。

 

そもそも飛べるウィッチ自体少なく、更にそこから純正100%のナイトウィッチを探すなど高望みも良いところ。更に言えば、飛行ウィッチ100人の中に10%程度の夜間適正を秘めたウィッチが1人存在すればまだ運が良いレベルである。そのくらい希少な存在。

 

そしてそれが私であること。私の場合は30%くらいはあった。しかし純正なナイトウィッチに比べたら手に届かないレベルだ。正直不安しか残らない。もちろん他にも私と同じように夜間戦闘航空団に配属したウィッチはいる。しかし片手で数える程度しか集まってない。当たり前だ。

 

さっきも言ったように夜間適正のあるウィッチなんてそう安易見つかるわけもない。

 

仮に50%以上の夜間適正能力を秘めたナイトウィッチがいたとしても、そこに戦える能力が無ければただ夜闇を飛ぶだけの魔女。

 

いや、それだけならまだ良い。

夜闇に視えるってのが重要だ。

 

仮に戦えなくても魔道針に情報共有してもらえばあとは戦闘ウィッチが戦えば良い。

 

いやでもその前にノウハウが無い。

 

夜間飛行中に非戦闘員を守りながら戦う飛び方なんて誰も知らない。むしろ被害を広めてしまう可能性だって存在するし、これなら一人自立して夜間を飛ぶ方がマシな話。

 

ああ、やっぱり非戦闘員の夜間飛行なんて現実的じゃない話だった。落ちるためだけに飛ぶなんて悲しすぎる。

 

 

「……ぅぅ……辛いよ…」

 

 

夜間飛行、夜間哨戒、夜間戦闘。

 

そのノウハウやドクトリンに関しては時代が解決してくれるだろうか?してほしい。

 

でもそれをするのは、私だ。

 

いま目指しているのはレーダー魔道針をユニット側で擬似的に発現の技術。

 

もしそれが可能じゃなくても副産物として夜間適正能力が50%程度、もしくはこれより低くても25%の夜間適正を秘めたナイトウィッチの魔道針を増幅させ、夜間適正力を一時的に増幅させるためのユニットシステムの開発。

 

簡単に言えば、夜間能力を高めるシステムを作り、それをストライカーユニットに搭載する。

 

しかしそのためには誰かが先立って夜間飛行中の感覚を肌で掴み、魔力行使の必要具合を記録し、それをデータに落とし込み、何度も何度も何度も洗い落とす。

 

とても、とても、それはとても長い計画だ。

 

何せ人間が見えない夜の世界を支配しようとするのだから。それだけの苦労が必要になる。

 

しかも完成するのに2年以上は掛かる予定。

 

下手すれば3年後には頓挫することだって…

 

 

 

「………」

 

 

しかも、コレを私程度のウィッチが役割を担う。

 

しかし私なんてのは数日前に訓練生を卒業したヒヨッコかつ、平時の実戦飛行なんて実のところ一度限りの経験しかない。

 

そんなヒヨッコに対してこれから夜間飛行のドクトリンを作り上げるために3日前に結成された夜間戦闘航空団の隊長なんて、重大任務に遣わされた。

 

 

……辛い、辛いよ……辛すぎるよ…

 

 

何も知らない。

何もわからない。

 

教本??

論文???

 

そりゃ読んだよ。

たくさん読んだ。

 

知らないことが恐ろしいから。

そんな世界を今飛ぶんだから。

 

でも、読んだところで実戦は話が違う。

 

もし読んだ程度で飛べるなら世話ないし、既に誰かが夜間飛行の技術を確立させてくれてる筈だ。でもそれがない。宮藤理論を導入したカールスラントにそんなの何一つないから今私がその先立てとして飛んでいるのだ。月明かり以外頼りにならない何も見えないこの世界に、闇の中で光を求めるからこんなにも不安が蝕むんだ。

 

 

「………っ」

 

 

 

代れるなら、誰か代わってほしい。

 

正直、辛すぎる。

 

怖すぎる。

 

でも、けれど、誰かが橋渡しとして先立ち、この計画の中で飛ばなければならない。

 

そうしてナイトウィッチの実用化を明らかにして詳細化を対策しなければならない。

 

 

だから耐える、この夜闇を。

 

だから飛んでる、この暗黒を。

 

 

 

 

「………私って、卑怯者だ………」

 

 

 

 

今、何を考えてるか?

 

そんなの簡単だ。

 

 

どうかネウロイと会いませんように。

どうかネウロイが現れませんように。

 

現れるなら昼でありますように。

現れるなら今でありませんように。

 

それは気のせいであってほしい。

それは勘違いで終わってほしい。

 

 

これはカールスラント軍人にあるまじき敵前逃亡前提の祈りだ。

 

その卑しさに心がすり減る。

 

誰にも明かされない夜闇の中で人知れずに死にたくない。それが心を蝕む。

 

闇の世界だから余計にそれが加速する。

 

 

 

「…ぁ」

 

 

 

でも……未熟な魔道針が捕らえた。

 

悪しき、人類の敵を。

 

 

 

 

 

 

 

「キィィィ??」

 

 

 

 

 

 

「____ぁぁ」

 

 

 

言葉が出ない。

 

だって現れたのは中型ネウロイだ。

 

哨戒範囲の北海に怪異が現れた。

 

なぜ?

 

何故、中型がこんなところに???

 

しかも小型ではない。

 

それ以上の強力な個体。

 

コレを……私がやるのか??慣れないこの夜闇で??また片手で数える程度しか夜の世界を飛んでないのに??そんなヒヨッコが挑むの??

 

無理だ……

無理だよ、勝てるわけが無い。

 

なら誰かに援軍を頼むの??

座標もはっきりしないこの場所に??

この暗闇でどうやって来させるの??

 

仮に呼んでも到着に数十分はかかる。

 

ではその間にコイツはどうする?

わたしが一人で抑える??

刺激して街に向かったらどうする??

 

そんなのどうやって責任取れる??

ならこのまま見逃すの??中型を??

脅威たるこのネウロイを??

 

 

「ッ……!!」

 

 

昼ならまだなんとかなるはず。

 

厳しい訓練を潜り抜けてカールスラント軍人として胸を張って卒業した私なら中型が相手でもやり遂げてみせる。

 

でもいまは現状が違う。

 

夜中の未熟なこの能力で、しかも一人だけで中型ネウロイと戦うなんて自殺行為に等しい。

 

ああ、どうしたら良い?

知ってるなら誰か教えてよ。

 

いや、知ってる者などいない。

 

だから外部から得ようとした。

 

例えば極東の島国、扶桑皇国。

 

扶桑軍人はどうやって夜間の中でネウロイと戦ってきたのか?

 

ウラル戦線の記録と参考書は幾らか読んだことがある。仮にコレが夜間飛行で無かろうとも数多い対ネウロイの論文は非常に興味深く読み耽ったことある。本国を賭けた扶桑海事変を戦ってきた扶桑はそれだけデータが多い。

 

 

しかしそれがカールスラントで活かされるかと聞かれたら私にはわからない。

 

ただ、私たちは扶桑人ではない。

 

カールスラントの飛び方とカールスラント製のユニットの性能が定められてるから。

 

だから扶桑から届いた論文や参考書の通りに出来るなんて誰が思うだろうか?

 

 

 

 

『使える利き手側から鋭く捻り込み、片翼を切断して装甲内部を露出させ、射撃をねじ込みつつ射線切りの維持を心がけながら、昼なら太陽の熱源を、夜なら月の明光を、時刻によって姿を表す惑星を利用することによりネウロイとの距離間隔を狂わせつつ強襲する。以上が中型以上のネウロイの戦術、これはその一つである』

 

 

 

 

いや、いやいやいや、何を言う。

 

そんな動きエースウィッチでも無い限り簡単にできるわけがない。

 

そんなデータが国外に届いたことは凄いことだけど、だが、それを実際にやるなど、そんな…

 

 

 

「キィィィ!」

 

「ッッ!!!」

 

 

 

やばい、思考に溺れて見つかった!

 

距離を誤った。

 

うぅっ!!

 

ココで戦うしか…!!

 

 

 

「キィィィ!」

 

「きゃっ!」

 

 

インカムに手を伸ばして戦闘開始の報告を行おうとしてビームが真横をすり抜けた。

 

ギリギリシールドが間に合うか間に合わないかの速度だ。何より威力が高い。

 

 

「はっ!はっ!ッ!あ、あああ!!うああああああ!!!」

 

 

 

軽い錯乱状態。

 

恐怖心が追いかけて支配する。

 

それを必死に抑える私。

 

 

ダメだ……

 

同時に援軍も請おうと考えたがこんな見えない夜闇で援軍を呼んでも被害を増やし過ぎてしまうだけだ。

 

……覚悟を決めるんだ。

 

倒せなくても命を引き換えに追い払って次の友軍にコレを託せるならっ!それなら夜間適正が少しでもある私がココで奴を暴いて…!!

 

 

 

 

 

 

__そういう時は、身を隠すんだ。

 

 

「え?」

 

 

 

 

声が聞こえた。

 

すると、真上から弾丸が降り注いだ。

 

 

「キィィィ!!??」

 

 

 

「え?え!?」

 

 

ネウロイの背中の装甲が砕け散った。

 

一体何が…??

 

 

「!?」

 

 

すると真横を通り過ぎる影が一つ。

 

風に煽られる髪を抑えながらその先を見る。

 

 

 

 

「だ、誰!?」

 

 

 

夜闇の中でも良く見える光。

 

その姿はまるで彗星の如く。

 

空を飛んでいるし、ウィッチだろうか?

 

すると肩に抱えた大きな武器からミサイルを撃ち放ち中型ネウロイに追撃を加える。

 

綺麗な弾道を描いて直撃した。

 

砕け散るネウロイの装甲。

 

 

「!」

 

 

手応えはある。見事な強襲だ。

 

するとその彗星はこちらに振り向く。

 

 

「そこのナイトウィ… いや、君はナイトウィッチなのか?あと見たところ新兵のようだな…」

 

「!?」

 

 

驚いた。

 

その者は女性ではない。

 

空を飛ぶ男性だった。

 

 

「まあ良い。とりあえずまだ無事だな?」

 

「っ、はい!無事であります!」

 

「そうか。見たところカールスラント軍人だな。所属は何処だ?」

 

「わ、わたくし、カールスラント空軍第3夜間戦闘航空団所属しているヘルミーナ・レント少尉であります。それでええと、あなたは…」

 

「俺の名はジム。飛べるが今は訳あって無所属だ。でも世界にはそんな人間も一人くらい存在すると思っておけ。それよりネウロイだ。このままだと街に向かってしまう」

 

「!」

 

 

 

ネウロイを見る。

 

徐々に大陸側に向かっている。

 

あと装甲がみるみるうちに回復する。

 

流石に中型クラスのネウロイか。

 

 

 

「レント少尉、俺が前に出てコアを暴くから君がコアを狙い撃つんだ」

 

「ぇ……あ、いや、待ってください!あなたは、その… 無所属だというなら、守られるべき民間人です!ですから、ここは軍人である私に…!」

 

「ありがとう。でもネウロイは屠り慣れているから気にするな。任せておけ」

 

「!」

 

 

その言葉に嘘は感じなかった。

 

私と違ってとても落ち着いている。

 

まるで場慣れしているような佇まい。

 

あと……危険な役割を何度も背負ってきたような貫禄が横顔から伺える。その言葉は信用できる。

 

 

 

「俺が前に出てロックを集める。なに心配するな。夜間戦闘なんてのは月の角度を利用して一度飛び込めば後は流れで終わるものさ。そんじゃ行くぞヒヨッコ。しっかり定めろよ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

私は軍人の恥だ。

民間人を戦いに向かわせてしまった

 

でもプロペラ式とはまた違うストライカーユニットでネウロイに飛び込む男性ウィッチの動きに迷いも狂いも無い。

 

臆せず立ち向かう彼は月を真後ろに付けて一気に強襲する。

 

 

 

「キィィィ!!?」

 

 

通りすがりに翼を破壊し、ビームを誘いながら捻り込み、また装甲を破壊する。

 

後ろにいるわたしに集中させない動きはまさに前衛に相応しい。

 

 

「すごい…!」

 

 

完璧な前衛と位置取り。

 

しかも夜闇の中で綺麗に有効打を入れ、陸の被害を考慮しつつ海側に体を寄せてビームを回避している。

 

それからも腹元に容赦ない射撃を撃ち込み、コアの位置を確認しながら無駄弾を使わず、落ち着いてまた月を背後に作るよう正面に回り込みながらネウロイの迎撃のタイミングを合わせて雲の中に入り込む。

 

 

「は、速い…!動きに全く迷いがない…!」

 

 

すると雲の中から進行方向に合わせてネウロイに射撃、見事な偏差撃ちだ。

 

ネウロイが苦しんでる間にいつのまにか雲から脱して、真上を取っていた男性ウィッチは降下攻撃を行い、刀を振り抜いて一気に翼を両断。

 

海側に傾きながらネウロイの進行方向が陸から逸れていく。

 

 

「ッ!」

 

 

 

すごい、すごい…!

 

すごい!すごい!!すごいッ!!

 

まるで解体作業だ。

 

慣れたようにネウロイをバラしていく。

 

 

 

「ヒヨッコ!そこから撃てぇ!」

 

「!」

 

 

 

赤い光が見えた。

 

ネウロイのコアだ。

 

すると訓練通りに仕込まれた体が自然と動く。

 

照準を合わせて、赤い光に射撃した。

 

 

 

「キィィィ___ィ」

 

 

 

パキンと音が鳴った。

 

そしてネウロイは光になって散り散りになる。

 

 

 

 

撃破した…?

 

た、た、倒せた?

 

この私が?

 

初の夜間戦闘で??

 

しかもそれが中型ネウロイ??

 

 

 

「や、やった!倒せた!倒せたんだ!」

 

 

 

はじめての大物撃破。

 

今も動揺が止まらない。

 

高揚だってまったく収まらない。

 

もう何がなんだか。

 

そんな気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

「中型とはいえ半端なはぐれ化だったな。あと飛んでいた時間帯が間違いだったな。力はあるのになんとも情けないネウロイだ」

 

 

 

初の中型撃破、更に夜の初戦闘、凡ゆる感情が押し寄せる私を他所に、その男性ウィッチは慣れたように状況分析を行なっていた。

 

 

「まぁいいか…レント少尉!」

 

「!」

 

「一度の射撃で狙えるあたりとても良い腕をしている。さすがカールスラント軍人だ」

 

「ッ、はっ!ありがとうございます!」

 

「あ、いや、別に敬礼はしなくて良いぞ…?」

 

「はっ!」

 

 

 

撃破できた安心感と疲労感に挟まれながらも軍人として体に刻まれた規律が体を正すと、無所属ながらも力を貸してくれたこの人に敬礼してしまう私はどこまでもカールスラント軍人らしい。でも敬意を示すほどのモノをこの人は見せてくれた。そして命も救われた。感謝に尽きるのみ。

 

 

「とりあえず今回のネウロイ撃破だが、コアを破壊したのはレント少尉だから手柄は君が持って帰ってくれ」

 

「っ!?いや、しかし、それは!!」

 

「撃破したのは君だ。このくらいの功績ひとつ構わない。ただひとつだけ頼みがあってな、今日俺が飛んでいたことは君だけの中に収めてほしいんだわ」

 

「……え?」

 

「訳あってな、いまは軍やお国に俺の存在が明かされると面倒なんだよ。だから俺のことはあまり語らないでくれると助かる」

 

「え、え?あの、それは…?」

 

「そんじゃ、頼むよ。じゃあさよなら!気をつけて任務に付けよ、ウィッチ!」

 

 

 

そう言ってその男性ウィッチは一気に去った。

 

 

 

「え…えええええ!?ままま、待って!待ってくださ………ぁぁ、行ってしまった……」

 

 

 

瞬く間に光となった。

 

もう見えないし、魔道針も捉えきれない。

 

一体なんだったのか?

 

でもそれはまるで『彗星』のようだったから…

 

 

 

 

「彗星の、男性ウィッチ??」

 

 

 

 

解かれた緊張から脳がゆっくりと働く。

 

それを、言葉に出せば先程までいっぱいいっぱいだった情報量はまとまりピースが一つずつハマっていく。

 

男性ウィッチ。

普通じゃないストライカーユニット。

 

ほんの少しだけ辿々しいブリタニア語。

しかも軍人じゃないただの民間人。

 

けれど様になっていたその姿。

 

 

そして__彗星。

 

つまり…

 

 

 

 

「彗星の……魔女??」

 

 

 

聞いたことある言葉が口から飛び出した。

 

それは一年前に届いた英雄の知らせ。

 

東から届いたとある男性ウィッチの話。

 

その英雄は人類の希望たらんコトを。

 

 

 

「まさか……いや、でも、まさか……」

 

 

 

過去実際に見た訳じゃない、その姿を。

 

でも現在この場で初めて見た、その戦い。

 

その名に恥じる事無い、その勇姿を。

 

そして夜闇に映った、その彗星を。

 

だから、まさか、もしかしたら。

 

そう言葉が次々と流れる。

 

だからこそ、信じられなかった。

 

 

 

「もし、これが本当だとして、何故こんなところに…??」

 

 

 

それは、その彗星にしかわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから私は報告書に残す。

 

・北海を夜間哨戒中に中型ネウロイの衝突。

・所属不明なとあるウィッチとの共闘。

・苦戦なく無事に撃破、また被害なし。

・また中型ネウロイの撃破。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

報告は絶対だから、今回のことを伝えた。

 

でも……所属不明の正体は濁した。

 

正体不明なことは間違いじゃない事実。

 

まだ確かじゃないため。

 

 

 

 

 

でも、しかし、もしも…

 

もしも、その人が本当で本物なら…

 

 

 

「この論文を書いた………人…??」

 

 

 

テーブルの上にある資料に目を移す。

 

対ネウロイ戦術の論文。

 

扶桑の軍神『北郷章香』が記述したもの。

 

しかし最後の一行に「またこの資料は側近の者が収集した戦闘経験を含め作成される」と書かれてあった。とても読みやすく、とてもわかりやすい論文に対して、一つの謎を生んだ要素。

 

その【側近】とは??

 

しかし判断材料はある。

 

極東から届いたとあるウィッチの記録。

 

そして前日の唐突なエンカウント。

 

それから共闘。

 

高い実力。

 

あと彗星。

 

 

 

「も、もしかしたら……!」

 

 

 

アレはそうだったのかもしれない!

 

いや、そうに違いない!

 

私はそう感じている!

 

 

___ッッ〜!!!

 

 

 

「会いたい…っ!会って尋ねたい…!知らないことの多くを!もっと多くを!あの人から色々聞きたい…!」

 

 

 

それが夜間戦闘部隊として結成されたカールスラント空軍第3夜間戦闘航空団の助長になるなら、その経験が今すぐわたしに欲しい。

 

そうすればこの期待に押し潰されそうな恐怖だって乗り越えられる筈だから…!

 

 

 

 

 

 

 

魔女は____その彗星に、そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリア共和国は農業国として豊かな場所だ。

 

しかし近代化を含め軍備提供が遅れ気味であり軍力は他国に劣っているため、兵士どころかウィッチの育成も遅れ気味であり、隣国のブリタニアやカールスラントに比べて自国の軍事力は低めだ。

 

故にこの辺りは空を飛んでもあまりウィッチと出会うことはなく、なんなら偵察機もそう多く飛んでない。

 

ではコレを知って何が出来るのか?

 

 

日中を堂々と飛んで移動出来るって事だ。

やったぜ。

 

 

 

「まあスオムスでも似たような感じだったけどな」

 

 

俺はとある島国を出て旅をしている身分であるが、実のところ大陸を移ってからも空を飛んで移動していることが多い。割合としては徒歩が3割で、飛行は7割って感じだろう。

 

移動中に良く飛んでいる理由として、まず俺はストライクユニットを収納しているキャリーバッグを引きずって旅をしている。

 

もちろんガラガラとホイールを回せるタイプのトロリーバッグなのだが、この時代って道がちゃんとインフラ整備されておらず、そんな酷道でキャリーバッグのホイールを回すと壊れてしまう恐れがある。

 

これが都会近辺ならある程度のインフラ整備された綺麗な道が続いてるので、そういう時は降下してキャリーバッグを引いては観光客を演じている。この時に歩いてる感じだ。

 

しかしそれ以外は道を考えて飛んでいる。

 

だから割合として飛行7割で、歩行3割というわけだ。

 

てかヨーロッパに着くまで大体が山なのでまともに歩ける場所なんてかなり限られている。そもそも戦時中に徒歩で世界を渡ろうなんて結構大変なんだぞ?ネウロイが荒らした道もあるんだからな。馬車でない限り移動は難しい。

あと飛んで移動すると言っても昼間堂々と飛ぶことはしない。他国の偵察機や空戦ウィッチとエンカウントを避けるため飛ぶ時は夜中から早朝の時間帯にしている。一人寂しい夜空に身を投じているが仕方ないことだ。でも夜なら出会う確率は少ない。だからそうしている。

 

移動するに便利な、俺だけの時間帯だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思っていた時期が僕にありました。

 

夜なら大丈夫だと慢心していたある日のこと。

 

とうとう一人のウィッチに見つかった。

 

 

 

「よりによってゴロプ中尉と()()出会うとはな…」

 

 

 

 

 

 

 

〜 三ヶ月ほど前の会話 〜

 

 

 

__ほぉ?私の能力(空間把握)に何か見知らぬ… いや違う、寧ろ知っていたかなり印象的な魔法力を捉えたから探りに飛んできたが、まさかこんなところで軍神の柱に出会えるとは思わなかった。

 

 

__うわでた。

 

 

__やれやれ、さっそくな挨拶だな?しかも勝手にこの辺りを飛ぼうなど相変わらず躾がなってないらしい。

 

 

__それはどうかな?むしろ躾よりもご主人気取りのご主人が愚かだったかもしれんな。

 

 

__ほぉ?さしずめ、その彗星を収める望遠鏡もなければ海に囲まれた天の川も彗星を奔らせるに小さかったと?

 

 

__結局はご主人気取りも人間だ。俺はその駒にならなかった。だからその枠組みから飛び出したんだよ。

 

 

__なら私が使いこなしてみせようか?瞬きを知らない彗星よ。オストマルクは常に優秀な人材(コマ)を欲っしている。

 

 

__君が、だろ?で、半年前の観戦から収穫はあったのか?俺が知る限り観戦武官として一番はしゃいでたのはガランドと素っ裸で廊下歩いてたルーデルくらいだったぞ。

 

 

__………………胸がなくても……別に困らん。

 

 

__なに張り合ってんだよぉ!え、今の俺が悪いのか!?(観戦武官としての)教えはどうなってんだ教えは!?

 

 

 

 

 

〜 回想以上 〜

 

 

 

 

まあそのあと「何も言わんし、何も望まん、構わんから、とっとと行け」と逃してもらった。

 

詳しく語らずともゴロプ中尉は俺が一人で飛んでいる理由を察してくれた。ほんとに頭はめちゃくちゃキレるんだよなぁあの人。あまり敵に回したくないタイプだ。

 

それからオストマルク辺りからは飛ぶのをやめて徒歩に切り替えた。ロマーニャのように交易盛んな場所はキャリーバッグを引けるほどインフラがしっかり整備されてたのでオストマルクの辺りからはほとんど歩いてた。

 

それでどうせ歩くなら見慣れた海沿いってことでアドリア海付近を徒歩で進み、ミラノからロマーニャ公国を横断、しばらく地中海を沿ってバルセロナに到着。そこから北に折り返してアンドラだった。

 

あ、それと片手で数える程度だが道中にネウロイもいた。ほとんど統率力を失った小型だったので倒すのに苦労しなかった。一撃だよあんなの。

 

 

ただし、前日の中型ネウロイは驚いた。

 

急に手の甲がヒリついて夜中にも関わらず飛び起きたわ。それで泊まっている小さな宿からストライクユニットで抜け出して、手の甲に感じる痛みの先に向かったら北海に現れたのは中型サイズのネウロイ。まだあんな残党戦力として残っていたのかと顔が引き攣った。一年戦争後のジオン軍かよ、お前は。

 

 

 

「まあこれも役割だ。北上して正解だな」

 

 

 

観光目的も含めて今はガリア共和国の北端にあるバス・ノルマンディ地方のバラントンに腰を落ち着けている。そこで小さな宿を見つけて一週間ほど滞在する予定。今日で3日目だ。

 

ちなみにアンドラを出たのは7日前。何故こんなに移動が早いかというと、ガリアはあまりウィッチがいないからリモージュ辺りまで一気に飛んで移動できた。

 

そこからは徒歩に切り替えた。道中はどこもブルーベリー畑が多く、農家さんから分けて貰いながら食べ歩いた。心なしが夜中飛びやすかったな。ブルーベリーを食べると目が良くなるは本当らしい。もちろん美味しかった。

 

ブルーベリー味のチェロスとか無いかな?

パリまで行けばありそうだな。

 

 

 

「ジ、ジムさん、お水、如何ですか?」

 

「お?持ってきてくれたのか。ありがとう、助かるよ」

 

「い、いえ、お礼はコチラの方だと、わたしの母さまが」

 

「あー、なるほど?いやあまり気にしなくて良いぞ。体が鈍らないよう訓練も兼ねて薪割りしてるだけだ」

 

「……魔力行使の訓練ですか?」

 

「??あー、そういやジョーゼットちゃんはウィッチだったか。だとしたら魔法力は感知出来るんだったな」

 

「うん、最近なったの。でも男の人のお兄さんが魔法使えるなんて珍しいね?」

 

「俺は特別性だよ。あ、周りには内緒にしてくれよ?」

 

「うん、わかった。内緒」

 

「ありがとう。お礼としてまたお風呂上がりに髪梳かしてあげよう。子供は100%オフだ」

 

「ええと…タダってこと?」

 

「そう。サービスって奴だ」

 

 

手に取った薪を置いて、斧に魔力を伝わらせて切れ味鋭くする。

 

そして軽く振り下ろして薪を割る。

 

……うーん、割れ目がかなりズレたな。

ちょっと、普通…3点!

 

 

 

「………見ていて、面白い?」

 

「え?……うん。少しだけ」

 

「そう?ならよく見てろよ。この薪、実は綺麗に割ると中からブルーベリージュースが飛び出すからな!」

 

「え、そうなの!?」

 

「そんなわけないじゃん。嘘だよ」

 

「なっ!」

 

 

おとなしそうに見えて良い反応を見せるこの女の子の名前は『ジョーゼット・ルマール』であり、俺が泊まっている宿屋のひとり娘さん。

 

少しだけ人見知りな性格をしているけど、掃除やベッドメイクが得意だったりと、宿娘としてその腕は確かだ。

 

お陰で綺麗な部屋で毎日ぐっすりだぞ。

ありがたい。

 

それと先程も言ったように最近ウィッチになったばかりで、再来月には魔女学校に入学して魔女候補生になる予定だ。

 

 

「ジョーゼットは薪割りやったことあるのか?」

 

「ううん、お父さんが薪割り危ないからダメだって。でもジムさんが魔法力で簡単にできるなら私もできるかな?」

 

「魔力行使はあくまで付与。体の使い方を覚えないと難しいな」

 

「そうなんだ…」

 

「……魔法、使いたいのか?」

 

「うん……使って、誰かを助けれるようになりたい」

 

「そうか。それなら薪割りよりももっと簡単なのがあるぞ」

 

「ほんと!?」

 

「ああ」

 

 

 

 

夕方になり、大量の薪を屋根下に収納したあとルマール家の夫婦から感謝される。よく薪割りを行う父が腰を痛めてたため、薪が不足気味だったから。大変助かったようだ。

 

そんな感じにルマール家が経営する小さな宿でお世話になりつつ、俺も訓練がてらに薪割りを行ってご家族に貢献する。

 

そして時間が空き次第ジョーゼットには魔力行使の訓練を設けた。

 

と、いっても個室のカーペットの上に座ってやるだけだが。

 

 

 

「おー、上達したな。やっぱり上手いな」

 

「う、うん!!」

 

「ニャー」

 

 

バルセロナの魔女学校にいたイリスみたいに最初は苦戦すると思ってたが、ベッドメイクが上手なジョーゼットは魔力行使のブラッシングも得意だった。

 

毛並みを綺麗にするところはベッドメイクと似てイメージしやすく、そこに魔法の要素を追加するだけの話として受け止めてからは飲み込みが早い。

 

それと更に気づいたことが…

 

 

 

「まさか回復魔法か?これは珍しいな…」

 

「え?そうなの?」

 

「もしや無意識かい?なら早めに気づいてよかったよ。回復魔法はかなり多くの魔力を消費することになる。感覚に慣れないと気づかずに使い切って気絶するぞ」

 

「え!?そ、そうなんだ…」

 

 

 

そもそも回復魔法はかなり難しい魔法だ。

 

大きく訓練を積まないとまともに使えない。

 

それに対して宮藤家が特別過ぎる。

 

あの家系は規格外だから参考にならないとする。

 

 

 

「ジムさんはどうやって気づいたの?」

 

「傷んでいた毛艶の治りがあまりにも早い。ここら辺は違和感だったのでジョゼの魔力を意識してみた。すると感じ取れたのは柔らかな熱であること。それから生き物を守るように包み込む緑色の光でいること。これに関しては俺も経験がある。だから回復魔法の類だとわかった」

 

「そうなんだ…」

 

「ただあまり強めの回復魔法じゃないな。今のところ応急処置程度か。ジョゼの血筋は魔女家系じゃないんだっけ?」

 

「うん。お母様は普通の人だよ。お父さんも普通」

 

「そうか。だとしたらジョゼの使い魔のペルシャ猫がその性質だったか。しかし…」

 

「ふぅ…ふー、……ん、からだが、熱い…」

 

「一旦中止だ。ほら、お水飲んで」

 

 

普通の魔法は問題ないが、回復魔法を使うと体温が上昇してしまうジョーゼット。

 

使い魔との相性が悪いって訳じゃないけど回復魔法の使用時は使いこなせてない分の魔力が熱に変わっている。

 

簡単に言えばカロリー的な奴だ。

 

回復魔法として放出されなかった不完全燃焼のエネルギーが体内に残ってしまいそれが改めて内側から燃やされている状態。

 

だから体温があがっている訳だ。

 

そうなるとつまり…

 

 

「ジョゼ自身の魔法圧がそんなに強くないのかなコレは。まあこれは使っていくうちに時間が解決するだろう。でも無意識はなかなか危なかったな。よかった早めに気づいて」

 

「ふぁぁぁぁ、なんだかあついよぉぉ、おにいちゃぁん…」

 

「待て待て待て、犯罪臭やばいって」

 

「ふらふらするぅぅ、おなかもすいたぁぁ…」

 

 

 

カーペットの上に座りながらふらふらと、そしてコチラにもたれかかるジョーゼット。その体温がまだ高い。あと魔法力を使っておなかも空いたらしい。君はそういうタイプか。

 

彼女を抱え、一度布団に寝かせる。

いまは放熱中だ。

体温はそのうち収まるだろう。

 

とは言え、魔女なりたての少女に少しばかし無理させてしまったか。

 

 

「ニャー?」

 

「猫さん、彼女と仲良くしてあげて。そしたら今よりも魔法が上手になって、この子は誰かを助けれるウィッチになれるはずだから」

 

「ニャ」

 

「ああ、よろしくな」

 

 

 

そしてジョーゼットの頬をペロペロと舐める使い魔のペルシャ猫。

 

そしてスリスリとゴロゴロと、鳴り響く。

 

俺と小さな魔女にしか聞こえない猫の声がこの部屋の中で響いていた。

 

 

 

 

 

 

つづく






【ヘルミーナ・レント】
正式にはヘルミーナ・ヨハンナ・ジークリンデ・レントという長い名前のカールスラント軍人であり、ナイトウィッチとしての適正力はそこまで高くないがそれでも適性があるだけマシといった具合なため、訓練学校を卒業するも間も無く夜間戦闘部隊に配属させられてしまった苦労人のウィッチ。常に手探り状態で夜の世界と戦わされるため度々メンタルが折れかけているところに泣きっ面の中型ネウロイだったが無事に彗星から助けられた。それ以降その彗星を探している。

【ジョーゼット・ルマール】
小さな宿の娘ちゃん。とある旅人から早い段階で魔法を教わり、ウィッチ入隊後も使い魔のブラッシングが習慣になったためか原作以上に魔法圧が安定する。後の502JFWとして参入。大怪我を負った雁淵孝美をその場で救ったことで原作が……??

【薪割り中の旅人】
アンドラからガリア共和国に足を踏み入れ一気に北上する。ルマール家が経営する宿屋で薪を割りを手伝ったり、宿娘のジョーゼット・ルマールにブラッシングを通して魔法力の使い方を指南したりと比較的平和な滞在期間中、ブリタニア東の北海から強い敵意を感知する。夜中飛び出したあと北海にてナイトウィッチと共闘し、難なく撃破。ただし急な運動により小腹が減ってチェロスが食べたくなった。




ではまた


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40話

 

 

 

「デデドン!兄さんに問題です!」

 

「ふぁ!?くぅーん…」

 

「首都パリを象徴とするあの塔は一体誰が設計したのでしょうか」

 

「いや、それよりもっと良い効果音はなかったのかいお嬢ちゃん?」

 

「ええとねー、なんか電波受け取ったらこの効果音だった感じかなー」

 

 

 

そんな電波受け取らなくて良いから…(切実)

 

引き続き小さなお客様の髪を溶かす。

 

 

「で、塔の設計?たしかギュスターブ・エッフェルだろ?パリの構造家、エッフェル塔の名前がそのまま使われてる」

 

「うんうん、正解だよー!ちなみに塔の発案者はギュスターブ・エッフェルじゃなく一般のウィッチだったとか言われてるってポイね」

 

「え?そうなの?」

 

「まだ魔女が普通の箒に跨っていた頃、塔の先端に魔道針を立てることでナイトウィッチを支援してた歴史があるんだよ。そうやってガリアの夜空は守られていたって聞いたことある」

 

「この世界のエッフェル塔ってそんな役割があったのか…」

 

 

 

現在、俺はパリに滞在中。

 

ガリアで一番来てみたかった場所だ。

 

現世では行ったことない観光地に心躍らせながらいつものように路銀稼ぎのため適当な場所で店を開き、行く人のお暇を捕まえながら髪を梳かしたりしている。

 

あと髪を梳かす=女性のイメージが強いが英国となると男性客もそれなりにいる。身嗜みを第一に整えるジェントルマンが大都会パリならそれは尚更だった。

 

まあ今は子供の長い髪を溶かしているところだが、この子がなかなか不思議ちゃん属性を見え隠れさせている。

 

それで彼女は歌の稽古の帰りであり、いつも親が迎えに来るエッフェル塔の見える公園で待っていたところ、ちょうど俺がその公園で溶かし屋を構えており、気になってやってきた。それで今はお迎えの暇つぶしとして大人しく椅子に座っている。

 

 

「お迎えまだかな?早く戻って猫の面倒見ないと」

 

「猫飼ってるのか?」

 

「飼ってるというより住み着いた?でもお利口さんなんだよ、他の野良猫と比べてとても人懐っこくて。前にピンクのリボンをプレゼントして首に巻いてあげたんだよ」

 

「なるほど。あ、猫の名前は?」

 

「ええとね、名前が…」

 

 

 

俺は櫛を丁寧に動かし、少女は足をプラプラとさせて、何気ない会話を弾ませる。

 

このまま平和な日常が続くと思い…

 

 

 

「「??」」

 

 

公園の入口からドタドタドタドタ!と、誰かがこちらに走った。俺は思わず櫛を止め、少女はプラプラしてた足を止めてしまう。何事?

 

そしてドタドタと走ってきた人、もしくはその走ってきた一人の女性は俺たちの前に立ち止まると息を切らせながらも指をプルプルとさせてコチラに指差し…

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ!!こ、こ、こ、こ、こ、こぉ!こ!この!この魔法力は!!」

 

 

「…」

「…」

 

 

何か危ない空気を漂わせていた。

 

 

 

「エリー?君の知り合いにニワトリ語を喋る人なんているのか?」

 

「んんー、私の知り合いにニワトリの軍人さんなんていないよ。知ってるのは猫さん」

 

「そっか」

 

「それより、お兄さん、小腹減らない?」

 

「腹減ったなぁ」

 

「ですよね」

 

「うん」

 

「この辺にー、うまいチェロスのお店があるんですよ」

 

「あ、そっかぁ」

 

「行きませんか?」

 

「行きてーな」

 

「行きましょう。だから後で行きましょうね。あ、もちろん奢りはジムさんで」

 

「あ、おい待てぃ(博多っ子)奢るのは構わないけど今の感じなんか一瞬皿うどん娘連想したゾ」

 

 

「ちょ、ちょっと!む、無視しないで…!お、お願い!」

 

 

呼吸を整えたニワトリ語の女性は軍服を揺らしながらツッコミを入れる。

 

それより魔法力…??

 

俺のコレを感知したと言うことか?

 

普通なら外からは簡単に捉え切れない微量の魔法力なんだが、それでも走ってくるような距離から感知したということは、この娘…

 

 

「あ、お迎えの車だ」

 

「そうか。お疲れ様」

 

「うん!またね!待ってる間付き合ってくれてありがとうね!」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 

そう言って去り行く不思議ちゃん。

 

その場から見送った後…

俺の視線は再び目の前に戻す。

 

 

「で?何か御用かな?軍人さん」

 

「!」

 

 

櫛に魔力を纏わせた後クルクルと回し、付着したチリとかを落とすため水を切るように払い飛ばす。するとその魔法力を感知したのか目の前の女性の頭からはナイトウィッチ特有の魔道針が飛び出た。

 

 

「っ、間違いない!こ、この魔法力…ええ!この感じ!あの時とまったく同じで…!」

 

 

興奮した様子でその女性は状況整理する。

 

それより俺の魔法力そんなにわかりやすいか?

 

いや、叡智から授かったとんでもないギフトだから異色過ぎてむしろわかりやすいか。

 

まあそれ以上に男性が魔法力を持っていることがイレギュラーだからな。

 

判断材料としては充分か。

 

 

 

「あの夜、名乗って頂いたその名はジム・カスタム……ですがッ!貴方の名は…!」

 

 

目つきが変わる。

 

その眼差しは知っている。

 

俺がまだ一人の軍人として空を飛び回っていた時に向けられていた時と同じものだ。

 

表すなら、それは尊敬。

表すなら、それは恐怖。

 

また、その【名】を持って表すなら。

それは希望。

 

 

 

黒 数 強 夏

 

 

 

旅人として名乗る時はジム・カスタム。

 

その名はこの世に降りた時の名残り。

 

文字通りトリガーとなったから偽名として使っていた思入れのある名前だ。

 

しかしこの日、それは一人の魔女によってとうとう暴かれた。

 

ではそれは何を意味するのか?

 

彼女の言う『黒数強夏』はこの世界に救いを願われて導かれた魂。または役割だ。

 

そしてそれは黒数強夏というストーリーテラーにより()()()()名付(さず)けられて形作られた。

 

 

 

「扶桑、の__願那夢(ガンダム)!」

 

 

 

その名は『願 い (また) は 夢』として描かれる宇宙(そら)の願い星。

 

それをこの女性はあの夜空で隣にして、それを願い探し求め、魔法(きせき)とその軌跡(まほう)を辿りここまでたどり着いた。

 

なら俺はこの応えに頷くべきだろうか。

 

 

 

「さて、人違いじゃないのか?」

 

「いえ、そんな!貴方で間違いありません!」

 

 

その女性、もしくはそのナイトウィッチはカールスラント軍人としてハッキリとさせる。

 

俺が間違いなく、ソレであることを。

 

 

「そうか。まあ、そうだな。魔法力関連でナイトウィッチに隠し事は無理だろう。それは俺もよく知ってる」

 

「では……!!」

 

「ああ、その通り。俺は黒数強夏。パリまでよく見つけたなヒヨッコ。今日は非番か?」

 

「!!…私を、ヒヨッコと言うことは、覚えていたんですか?」

 

「たしか10日ほど前の夜だろ?北海に現れた中型ネウロイは共闘の果て、最後は君がコアを撃ち抜いてくれた」

 

「は、はい!」

 

 

ナイトウィッチの表情は明るくなる。

そんなに俺に会いたかったのか。

 

 

「ヘルミーナ・レント少尉だったな」

 

「あ、私はあの戦闘後、階級が少尉から中尉になりました。でもアレは貴方がほとんどやり遂げたことだというのに…」

 

「英国の昇級の早さは知ってたが、即中尉にするということは何かを先立ってやってほしい期待の証なんだろう…」

 

「期待…っ!!………ぁ、あぁ、ぅぅぅ……」

 

すると表情が酷く歪んだ。

 

次に胸も抑え始める。

 

あかん、地雷ワードだったか?

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ぅぅ…」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ぅぅ、は、はい、大丈夫……れす…」

 

「いや、全然大丈夫じゃないな!ほら、とりあえずココに椅子あるから座れ。しかもなんかフラフラしてるぞ…」

 

「す、すみません…」

 

 

意識がハッキリしてるのか、それとも魘されているのかあやふやな状態。

 

てか彼女な精神状態がそこまで良くないことがわかる。よく見たら目元に隈もできてるし。あと髪も傷んでる。これは…… ストレスから生まれた症状だな。その歳で可哀想だな。

 

 

「ちょっとだけジッとしてな、髪が痛んでる」

 

「ぇ?…髪?」

 

「ここに座るってそういうことだよ。なにすぐに終わるさ」

 

「あ、ぁ」

 

 

 

動きそうになるウィッチの肩に手を置いて動かないよう押さえると、次に魔力が込められた櫛を長い髪に通し、上から下へと丁寧に梳かす。

 

厳しい軍生活で荒れ気味なるのはわかるがコレは自分で手入れする余裕がないほどだ。

 

よっぽど追い込まれてると見た。

……危険だな。

 

 

「それで?魔法力を辿ってまで俺を探してたようだが、一体どうしたんだ?」

 

「っ…!」

 

 

彼女はビクッと反応を示す。

 

それでも櫛に乱れは無い。

 

引き続き梳かしていると彼女は口を開く。

 

 

 

「わ、わたし、その… 人類に希望を与える願那夢として名を馳せた扶桑海事変の大英雄から知恵を借りたくて…」

 

「…知恵?」

 

「はい…… その、わたし、元々普通の戦闘部隊のウィッチとして飛んでいましたが、ある日カールスラント軍は夜間戦闘部隊の導入を決定付けるとナイトウィッチとしての適性が少しでもあるウィッチが配属してる部隊を夜間戦闘部隊に改編させました。それでわたしは唯一ナイトウィッチとしての適性がありました。と言っても10%あるかどうかも分かりませんが、それでも無いよりマシ程度に考えた上層部は私の部隊をそのまま…」

 

「……」

 

「しかしノウハウも何も無い。ええ、当たり前ですりカールスラントに夜間飛行のドクトリンなんて何一つ備わってない。だからわたし達にそれを作らせようとしている。でも… どうしろと言うんです?文字通り暗闇の中を手探りで飛んでいるんす。何も見えない世界で誰からも知られずに撃ち落とされるかもしれないのに… そんな毎日を突きつけられる。だから何とかしようと考えて、考えて…」

 

「俺なら解決できると?」

 

「はい」

 

 

 

迷いなく即答。

 

その時だけ、声色に命があった。

 

後は真っ暗闇の中で虚無に響いてるようだ。

 

そう捉えれた。

 

 

 

「扶桑の論文……読みました」

 

「!」

 

「扶桑から届いた凡ゆる戦闘記録はカールスラントの空を次世代へと立ち上げてくれる。特に筆記者である海軍北郷章香の論文や参考記録は何もかも新しく、喉を鳴らしてくれるモノが多い。時にはあり得るかも怪しい記録まで刻まれてましたが、ウラルに飛んだ観戦武官は口を揃えて本物だと言ってくれます。そして続けました。扶桑の彗星は本当に願那夢なんだと」

 

「……ガランドか

 

「でも読むだけでは何も糸口がない。何故なら何見えない暗闇の世界。分かることは空の音と頼りないセンサーの二つだけ。私は恐怖しか聞こえない。苦しい… 辞めたい… でも辞めることはできない。許されない。部隊を抜けるための辞退書は受理されず返ってくる。何故なら今は私だけが頼りだから…」

 

 

 

彼女は後ろを向いてるから表情は見えない。

 

でもその表情は予想できる。

 

全てに絶望したような眼差しだろう。

 

 

 

「でも、ある日、貴方が現れてそれは変われる気がした。夜闇の中で光る彗星は何も恐れていない。純正なナイトウィッチでは無いにも関わらず貴方は夜闇に迷わない。わたしはそれが知りたい。だから…だから……だからっ……!」

 

 

陽の光が射さない夜に震える体のようだ。

 

膝の上に拳を握りしめて、手の甲を湿らせる。

 

落ちる涙は本物で、願う声は現実に潰される。

 

だから彼女は「助けてください」と言った。

 

 

 

「どうか…… ほんの少しだけの知恵で構いません…… ロウソク一本分の灯火さえあるならそれだけで夜は冷たくない…… その熱さえ確かなら後はどうにかして継げるはずだから…… ほんの少しだけで……ほんの少し…だけ…」

 

 

 

この世界は残酷だ。

 

子供に重役を平気で背負わせるから。

 

でもそうしなければならない敵がいる。

 

だから魔女を頼りに世界は平和を求める。

 

なら、それを聞いた俺が取るべき答えは何か?

 

 

 

 

__君がいなければ、わたしは無理だ…

 

 

 

 

ああ、変わりない。

 

あの時、聞こえてた漣と変わりない。

 

彗星を求めてやって来たのなら出すべき答えは決まっている。

 

 

 

「なぁ___ほんの少しで良いのか?」

 

「……ぇ?」

 

「春が訪れたとはいえ欧州にはまだ凍える夜はやってくる。ロウソク一本じゃ心持たないだろう。せめてドラム缶くらいは必要だ」

 

「!!?」

 

 

 

さて、まだ完璧じゃないが表面上に見える髪の痛みはある程度拭うことができた。もっと本格的に櫛を通せばこの髪も綺麗になるだろうがそれは答えを聞いてからでも遅くない。それから櫛を引いたタイミングで彼女は立ち上がってコチラに振り返った。

 

その表情は先ほどまで暗がりに満ちていたが探し求めていた火によって少しずつ灯される。

 

 

「魔法力辿ってまで俺を探しに来た。それほどに願ってくれた。なら願那夢として偽りなくその声に応えるべきだろう。この黒数強夏が本物だと思うなら」

 

「!!」

 

 

 

ウィッチが空を飛び、彗星を探しに来た。

 

ならその願い星は役割を果たすべきだろう。

 

 

「いいん、ですか?ほんとうに、いいの?」

 

「構わないよ。別にこれが初めてじゃない。まあ期待に応えれるほどかわからないが手伝うくらいなら良いよ。俺も今はそうするべきだと判断した。あ、でもその前にひとつだけ聞いておきたいことがあるんだ」

 

「き、聞きたい、こと?」

 

「そう、これは大事なことだ」

 

 

 

 

櫛をケースに仕舞い、暖簾を畳んでキャリーバッグのポケットに滑り込ませる。

 

そして適当なお店からお借りした椅子を持ち上げながら…

 

 

 

 

 

 

 

「カールスラントには美味しいチェロスのお店はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

パリを最後にガリア共和国を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の問題行くよ?……全集中!」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

 

そしてボタンを押す。

 

すると次々画面が切り替わる。

 

そこに映し出されたのは数字。

 

 

 

「投影は以上、さて答えは?」

 

 

 

現代から持ち込んだ知力を試すお遊戯。もしくはスポーツの一種でもあるフラッシュ暗算。

 

さらに今回はナイトウィッチ専用バージョンとして回答者の後ろには10個分の小型のアンテナも建てられている。これも答えてもらう。

 

 

「81!それと右から二番目!」

「90!左から三番目です!」

「85!一番左!」

「114!真ん中だ!」

 

「レント中尉正解。答えは85。そして一番左のアンテナが電波発信していた。お見事」

 

「っ!やった!やったわ!」

 

「「「うあー!難しい!!」

 

 

プロジェクターの映像が次々と切り替わる最中に回答者の後ろにある10個のアンテナ内ランダムに1つのアンテナから魔道針が捉えれる信号を一瞬だけ放つようになっている。

 

それを捉えつつ、フラッシュ暗算を行なってもらうナイトウィッチだけができる高難易度な訓練法だ。あと使用してる部屋は実戦時の雰囲気を出すためやや暗くしている。

 

 

「うぅ、やはり難しい…」

 

「け、けっこうキツイわね…」

 

「ええ、だって視界から得る情報と両立して魔道針にも集中しないと…」

 

「あ、頭が、こんがらがるぅぅ…」

 

 

これがただ暗算して応えるだけなら誰でもできるだろうが、魔道針に集中しながら次々とフラッシュする数字を暗算するのはなかなか苦闘を強いられる。最初は誰もが苦戦した。

 

 

「はい、本日はここまで。お疲れ様でした」

 

「「「疲れ様でした!!」」」

 

 

それから部屋の電気を明るくし、解散。

 

この部屋は後日も使うので機材はそのまま。

 

今回のチェック表を確認していると、ひとりのウィッチが話しかけて来た。

 

 

「本日もありがとうございます、黒数先生」

 

「先生はよせ。レント中尉」

 

「ならわたしもレントと呼んでください」

 

「軍律に厳しいカールスラント軍がそんなこと言うとはな」

 

 

あれから随分と表情に余裕も出てきたナイトウィッチのヘルミーナ・レント。

 

目の隈や肌荒れも無くなり、ストレスによって生まれた睡眠不足も解消された。

 

あと女性の象徴である髪もちゃんと手入れされてる辺りを見るとちゃんと自己管理が出来るくらいには安定したようだ。

 

正直ホッとしてる。

 

 

「ところで地上レーダは安定してるか?」

 

「ええ、お陰で夜はかなり飛びやすくなったわ。地上のレーダがある程度肩代わりしてくれるから飛行にも集中できて、私たちナイトウィッチも鼻歌を交じり得ながら飛べるくらいには余裕が生まれたわね」

 

「そりゃ良かった。しかし… カールスラント軍

はこのくらい思いつかなかったのか?戦果を上げるための武器と戦闘脚ばかりに目を向けやがって。それなのに夜間飛行のノウハウをゼロから作り上げろとか、高い技術力に対して現実視が追いついてなさすがだろ。ウィッチは無限じゃねーんだから信じられねぇよ。あほくさ」

 

「まあまあ、落ち着いて…」

 

「レントも少しは怒って良いんだぞ?カールスラント軍の無茶振りに。そもそも君個人が動いてなければ今のカールスラント空軍第3夜間戦闘航空団はなかった筈だ。こう言っちゃアレだが良く俺の事を探してくれた。お手柄だぞ」

 

 

ちなみに彼女がパリに居たのは非番でも何でもなく、夜間飛行の帰投中にユニットの不調でガリアのパリに居た仕方なく着陸。

 

それでユニットが整備されるまで待っていたがストレスによる不眠症で仮眠も取れず、フラフラとパリの街を歩いていると魔道針が俺の魔法力を捉えて、ニワトリ語。

 

そして今この状態である。

 

 

「黒数さんのお陰で夜間戦闘航空団らしく夜空を飛べる日が訪れた。感謝しかありません…ですが…」

 

「?」

 

「その、今考えても、急に黒数さんを捕まえてしまったと…」

 

「ああ、なるほど。いや、俺が手伝うこと自体は別に構わない。しばらく扶桑から距離を取れれば今はそれで問題無く思う。ただし公に出すのは勘弁な?」

 

「もちろんです!そう言って頂けたら助かります」

 

「……あまり部隊長が頭下げすぎるな」

 

「いえ、わたしは黒数さんのような英雄からお力添え得れることに感謝しかありません。本当に本当にありがとうございます」

 

「俺はただの民間人協力者だよ。それに表に立って頑張るのは君たちだ。恐れず気張れよ」

 

「はい」

 

 

 

機材を片付け終えて部屋を後にする。

 

外を見れば夕方。

 

この一か月で生活リズム変わってしまった。

 

まあ起きたい時は昼も起きてるけど。

 

 

 

「今日は当番か?」

 

「ええ、なので今から寝ます」

 

「そうか。あ、前に教えた寝る前の呼吸法は試してるか?」

 

「ええ、もちろん試しています。アレするとよく眠れるますね。皆もやってるわ」

 

「よろしい。じゃあ俺は行くよ」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 

 

パリで急なエンカウント。

 

そこで願われて、今を応えてる。

 

でもウィッチに出会うこと自体珍しくない。

 

これまでの旅でそうだったから。

 

そして手を貸すこと自体何度もやって来た。

 

それが今回スケールが大きいだけの話。

 

たまに部隊の副隊長だった頃を思い出しながらも、いつも通りその役割を果たすまで。

 

 

 

 

つづく






【エリー】
お歌の稽古をしている不思議ちゃん。最近猫のお世話に夢中。後のルミナスウィッチーズの副リーダーになることはまだ知らない。

【ヘルミーナ・レント】
帰投中に不調を起こしてパリに着陸。それによってより一層心を病ませてしまいそうになるが彗星を捕まえてからはメンタルが回復。そらから安定すると元々センスの高い飛行能力に夜間能力が正しく備わりナイトウィッチのエースとしての片鱗を見せるようになった。元から論文を読んだりと学ぶことに関しては積極的で、定期的に行われる黒数強夏の講義が楽しみである。

【旅人もとい、黒数強夏】
ワールドウィッチ編でとうとう名前を明かした主人公くん。カールスラントまでドナドナされて手伝うことに。実のところ夜間飛行自体のノウハウはそこまで持ってないがウィッチの育成に関しては経験があるのでまずそこから手掛け、とりあえず気休めに地上レーダを利用した夜間飛行の環境を整えたりと行動。それでも部隊からはゼロにイチを吹き込んだ開拓者として救世主扱いを受ける。差し入れとしてよく選ばれるのがチェロスらしい。


ではまた






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41話

 

 

カールスラント空軍の第3夜間戦闘航空団に民間人協力者という立場で裏向きに所属して早くも二か月が経過した。

 

この数ヶ月はそれなりに忙しく、一年前のウラル戦線を思い出すように活動することで部隊に夜間飛行技術をなんとか落とし込んできた… つもりではある。と、いっても知ってることを教えた程度だが。

 

まあかく言う俺も夜間飛行の経験なんてのは紛い物(バンシィ)に撃ち落とされる迄の二週間程度であるが、それでもこの経験はレント中尉が率いる第3夜間戦闘航空団にとってはウラルという激戦区の中を飛び切った大変貴重な話であり、喉から手が出るほどほしい実体験として受け止めている。その場で経験者が教えてくれることは心強さに繋がっているのだろう。

 

ただし夜間飛行で落とされたことに関してはまだ話してない。言えば士気が下がるから。

 

そんな感じに俺のことは今では頼りにされているが最初はかなり怪しまれた。

 

部隊長のレント中尉が連れて来たってことである程度の信頼はあったが、それでも素性も知らぬ民間人協力者かつ男性が部隊活動を手伝うとなると不安も抱かれる。当然の話だ。

 

だが不信感を抱かれながら摩擦を起こしても仕方ない。なのでレント中尉にはこの部隊以外に俺のことは話さないと約束させ、ストライクユニットで空を飛びながら男性ウィッチであること、また扶桑の願那夢であることをウィッチ達に早々に告げ、プロパガンダによって広まったこの威名を利用して強引に部隊へ馴染んだ。

 

それでも疑われたりしたので模擬戦で飛べること、戦えることを証明する事で無事に受け入れられた。実力主義でハッキリさせてくれるのは嫌いじゃない。それからなし崩しに活動を開始した。

 

最初にカールスラントの過去の夜間飛行の資料や教本、飛行記録を集めて現代で活かせる技術をレント中尉と洗い出しながらこの第3夜間戦闘航空団の方針を定め、できることは早々に着手して環境を安定させる。そのためにまず扶桑の夜間飛行技術から着手。俺の知ってるやり方でこの部隊を動かす。あとはカールスラントの肌色に合った形でアレンジすれば良い筈だから。

 

ともかくそんな感じに第十二航空隊副隊長の経験を活かし、行き詰まること無く事は進む。しかし昼とは打って変わって夜の世界での部隊活動。

 

初めの試みも多く不安事は幾つかあったが、扶桑軍人のように勤勉なカールスラント軍人だったので命令とあらば信じて着いてきてくれたので部隊作りはとても円滑だった。

 

こうして振り返ると内情ばかりの活動記録だが部隊運営なんてのはそれが普通である。

 

環境と補給が大事。

隊員は追って育てれば良い。

 

一年前の第十二航空隊でも任務や訓練以外は飛行記録をまとめて軍に提出する事務作業ばかり行っていた。

 

てか… 今考えたらなんで民間人協力者の俺が書類仕事手伝ったんですかねぇ??機密情報とかもある程度取り扱ってるだろうに。内側事情ガバガバかよ。それだけ信頼されてる理由になるだろうが荷が重すぎる。

 

まあ書類仕事と言っても9割は北郷が事務作業に手をつけ、俺は簡単な1割を担いつつウィッチの育成記録を数値化してまとめるだけの机仕事だった。だから叫ぶほどやってはいない。副隊長にしては楽である。

 

それはともかく過去の部隊作りの経験もあってかお陰でいまそれが活かされている。

 

俺のことを探し求めたレント中尉の目利きは間違いなかったな。

 

 

 

「ヤッベェ…眠い…」

 

 

さて昼夜逆転生活だ、急な眠気に襲われる。

 

一応周りに合わせるため寝る時間早めたり、遅くまで起きてたりと生活リズムは崩れてしまった。

 

で、いまは昼間。今日は特にやることないので適当に見回りして格納庫まで足を運んだのだが春の陽気が眠気を誘う。

 

今すぐアンドラに戻ってピレネー山脈から舞い込む春風を味わいながら羊に囲われつつ芝生で眠りたい気分だ。

 

もしくはコーヒー片手にチェロスでもかじって目覚ましでも洒落込もうかと考えて…

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

「ふぁ!?」

 

 

感じたことない魔法力が脳裏を駆け巡る。

 

お陰で目が覚めた。

 

魔法力を察知して空を見上げる。

 

すると…

 

 

 

「うあああああああ??!!」

 

 

「え、ちょ、おまっ!?」

 

 

 

親方ぁ!

空から女の子がぁ!!

 

ひとりこちらに真っ直ぐ墜落してくる。

 

え?何このエンカウント…

 

てか佐世保でも似たようなことあったような。

 

 

あーもう!仕方ないな!

 

とりあえずビームシールドを展開する。

 

 

「ウィッチ!シールド展開しろ!」

 

「!?」

 

 

叫びが届いたのかそのウィッチは戸惑いながらもシールドを展開する。そしてぶつかった。

 

 

「なんとぉぉ…!!」

 

「うああ!?ああああ!!!」

 

 

シールドとシールドのぶつかり合いによってバチバチと魔力が荒立て、俺は身体強化を行い踏ん張る。そのままズザザザと滑走路を滑り、靴の底が少しだけすり減る。今度の休日に新しいの買わないとな。

 

 

「少しだけ痺れるぞ!」

 

「!?」

 

 

後退りの勢いが無くなった瞬間、ビームシールドを横に払い、ウィッチのシールドを根本から千切るよ振り払うと正面には何も無くなり落ちてくるウィッチのみ。最後に俺は手を広げて落下してきたウィッチを全身で受け止める。身体強化してるとはいえ地面を打ち付けた背中が少し痛い。

 

 

 

「黒数さん!?」

 

 

騒ぎを聞き向けたのか格納庫から飛び出してきた寝巻き姿のレント中尉。その頭には魔道針が立っている。どうやらシールドとシールドの打ち付け合いによる魔力波を感じ取ったようた。

 

あとどうやら起こしちまったらしいな。

 

 

 

「た、た、た、助かっ……た、のか???」

 

「おう、なんとかな…」

 

「!」

 

「とりあえず立てるか?」

 

「ぉ、おう……あ、待って、あ、足が…」

 

 

どうやら震えて立てなくなったらしい。

 

俺は落ちてきたそのウィッチを抱えながら体を起こすと腰に手を滑り込ませ、次に太ももの裏から支えるように持ち上げる。俗にいうお姫様抱っこ。

 

そのままストライカーユニットを脱がすように指示を出してカランカランと音を立てながら地面に転がる。

 

見たところカールスラントの訓練用のストライカーユニットだな。

 

あとこの子の制服を見ると訓練生のモノだ。

 

つまり訓練中に落ちてきたってことか?

 

 

 

「黒数さん、その子…!」

 

「うん、落ちてきた。なので受け止めた」

 

「いや、何を言ってるんですか…」

 

「だよなー」

 

 

正直落ちてくるウィッチの前に立つとか自殺行為に等しいことだ。それを簡単に受け止めたなど理解し難いことだろう。でも事実なんだよな。

 

ちなみにこれで4回か5回目。

 

え?皿うどん娘(黒田那佳)を合わせて2回目じゃないのかって?

 

実は96式のストライカーユニットで不時着しそうになった竹井醇子をウラルで2回ほど受け止めたことがある。今と同じ感じで。

 

だから佐世保でも咄嗟にアレができた。

 

てかなんでこうも墜落してくる訓練生ウィッチやら魔女候補生やら受け止めてしまうのか。

 

これがわからない。

 

 

それから落ちてきたウィッチから所属校やら経緯を話を聞き、先程まで就寝しそうだったレント中尉に訓練校に連絡してもらい、訓練校からは回収してもらうか、もしくはこちらから送り届けることを告げて今は返事待ちである。

 

 

「待つのも暇だな。コーヒー好きか?」

 

「あ、ああ…よ、余裕で飲めるな……」

 

「こら!飲めます!か、頂きます!でしょ?」

 

「ぅ……は、はい、申し訳ありませんでした」

 

「なんか叱り方がお母さんみたいだな」

 

「え、ちょっと!待ってください?まだ私そこまで年齢食ってないわ!」

 

「……」

 

 

とりあえずコーヒーは強がってることがわかったので代わりにココアを差し出し、チェロスも一口サイズに切って、持ってくる。

 

訓練校から返事待ってる間に俺はお目付役も兼ねて同じテーブルに座る。

 

それから俺は思い出したように声をかけようとして、先に落ちてきたウィッチから口を開く。

 

 

「その、ありがとう…」

 

「?」

 

「だ、だから、さっき受け止めてくれてさ…」

 

「ああ、なるほど。それなら代わりにあの魔法力は黙ってくれると助かるな」

 

「!…待て、そう、それだ!何故男が魔法力を持っているんだ!?お前は何者だよ!?」

 

マルセイユ伍長?少しは口を慎みなさい??」

 

「!!?……は、はい…す、すみません…」

 

「(やっぱりお母さん属性あるなぁ…)」

 

 

あと結構怖かった。

あまり怒らない人が怒ると怖いアレやな。

 

 

「で、マルセイユ伍長の質問に答えるとな。コレは訳ありとしか言えない。ただ色々あって魔法力が発現して、あのような芸当ができるようになった」

 

「そ、そうなのか?…あ、いや、そ、そうなんですか?」

 

「……敬語が苦しいなら全然崩して良いぞ」

 

「そ、そうか?は、ははは!なんだ!お前って実は良いやつだな!!」

 

「もう、黒数さん…」

 

「俺は構わんはレント中尉。言っちゃえば民間人協力者で階級なんて無いからな。てかレント中尉も敬語くらい崩して良いんだぞ?」

 

「いえ、私はこのままで」

 

「んん?兄ちゃんは民間人協力者なのか?」

 

「一時的だがな。このあたりの部隊環境を整えるために特別顧問… まあオブザーバー的なモノだと考えてくれれば良い。持っている魔法力はオマケだ」

 

「ははーん、なるほどな、だからか。あー、でもでも!アレ凄かったな!シールドで受け止めて!最後は私のシールドを斬り払って受け止めるなんてさ!最後はビリビリ来たけど」

 

「ええ…ええ!その通りよ!なにせ黒数さんは本当にすごい人なんだから!」

 

「それはわかる!さっきので只者じゃないことはハッキリしたからな!」

 

 

レント中尉も自分のことのように自慢する。

 

あまり崇拝的に扱われてもなぁ…

 

すると連絡が繋がったのか電話が鳴り響く。

 

レント中尉は電話に手を取り、訓練校の関係者たち会話する。

 

 

その間に俺はコーヒー、マルセイユ伍長はココア、一口サイズのチェロスをつまみながら俺は続けて一つだけ念を押す。

 

 

「マルセイユ、今回の事はあまり言うなよ?忘れろとは言わないが口外しすぎるな」

 

「どうしてだ?」

 

「どうしても何も… まず民間人の上に墜落してきたと軍がそう聞いたらどんな処罰が下ると思う?控えめに言ってやばいぞ」

 

「ぁ……………そ、それ…は」

 

 

彼女は問題児なところがあるが今回のことがどれだけ危険なのか理解しているため言葉に詰まった。馬鹿ではないらしい。

 

 

「多分その素行よりも重たい罪が背負わされるだろうな。だから自分を守るためにあまり今回の事は口外しない。それは俺や君にとって必要だ」

 

 

何度も言う、俺は例外だ。

 

そしてさっきの俺は自殺行為に等しい行動。

 

俺はこれまで受け止めた経験があるからあんな所業に抵抗はないが、しかしその実例は抜きに訓練生ウィッチ『ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ』は飛行中の墜落事故の先に民間人を巻き込んだ話が軍に舞い込んだら彼女は一体どんな処罰を下されるか?二度と飛べなくなるかもしれない。

 

 

ではそれなら俺が落ちてくる彼女から避ければ良かったのか?

 

いや、なにを言うか。

 

空から落ちてくるウィッチを見逃すほど俺は落ちぶれたつもりない。助けれるなら助ける。それは第十二航空隊のころから繰り返してきたからこの程度今更だ。

 

それに自動シールドで着地保護されると言ってもウィッチが怪我しないとは限らないし、何より後方には格納庫があった。

 

何かしらの衝撃で被害でも起きたら大変なためそれを考えてあの行動だ。

 

そして民間人の俺が気にしないと言ってしまえばそれで済む話だ。

 

まあ今回の事でマルセイユが何かしらの教訓を得てくれたらそれでいいのでこれ以上話を広げようとは思わない。ぶっちゃけ面倒だ。

 

ちなみに今回のシナリオはレント中尉が訓練飛行中に墜落中のマルセイユを救出して夜間戦闘部隊で保護した流れになってる。そう言うことにしてある。あまり公にできない俺のこともあるし。

 

 

で、それでだ。

 

何故マルセイユは墜落してきたのかと言うと…

 

 

 

「ハルトマンに…負けたくなかったから…」

 

「ハルトマンとは、同じ訓練生の子か?」

 

「ああ、そうだ……絶対に負けたくない相手だから早いタイムでゴールしようと思って…」

 

「無茶してユニットをおかしくしたのか。しかも器用に両足を同時に」

 

「………うん…」

 

「そうか。負けたくない相手がいるならそれはいい事だな。でもそれはそれとして帰ったら大人しくコッテリ絞られて来い。俺から言えることはそのくらいだな」

 

「……」

 

 

どうやら言葉に出されたことで完全に参ってしまったようだ。おそらくいつも彼女なら反感してたが今回はそんな余裕もないらしい。

 

 

「まあやっちまったもんは仕方ないな」

 

「……うん」

 

「なーのーで!マルセイユ!」

 

「あ、な、なんだ?」

 

「今のうちにチェロス食ってお腹満たしとけよ?教官とかに今日は飯抜きだ!とか言われたら空腹でたまったもんじゃないだろ?俺は黙っとくから食べときな」

 

「ッー!に、兄ちゃん!お前って本当にすごくいい奴なんだな!墜落してしまうところを助けてくれたし!あとあまり怒らないし!なぁ?たしか名前は黒数とか言ったか?だよな??」

 

「……俺、名前は言ったけ?」

 

「そこの母さんみたいなウィッチが!」

 

「ああ、なるほど…」

 

 

やれやれレント中尉のやつ、夜間戦闘航空団とは関係ない部外者と会話挟む時はジム・カスタムの名前で通すように言ってたのに。

 

 

 

「出来れば黒数の名前は__」

 

「ああ!それは言わない!約束する!絶対に約束!てかハルトマンよりも一番凄いことを知った私が一番になるからな!だから黒数のことは誰にも教えないね!」

 

 

随分と一番に拘る子だな。

 

それはそれで頼もしい限りだが。

 

 

 

「だから私だけの秘密だな!」

 

「……そうだな。君だけの秘密だ」

 

 

それからハンナ・ユスティーナ・マルセイユを迎えにきた訓練校の関係者がやって来てレント中尉が全て対応してくれた。マルセイユは早速怒られていた。しかしあの怒られ慣れた感じだといつもは問題児なんだろう。まあそんな感じはしていたが。

 

それからストライカーユニットを回収した車に乗り込もうとして、格納庫の影から見守っていた俺の姿を捉えていたマルセイユはコチラに振り向くと誰にも気づかれないようにニカっと笑ってから車に乗り込んだ。

 

……あの子は大物になるな。

 

そんな気がする。

 

 

 

「レント中尉、睡眠時間削ってのご対応ありがとうな」

 

「いえ、お気になさらず。黒数さんも私たちとカールスラントのウィッチのことを助けてくださりありがとうございます」

 

「できることをしただけだ。それでこれから寝るのか?」

 

「はい。少し眠たいです…」

 

 

 

それから解散。

 

 

俺はコーヒーとココアのカップ、それからチェロスを盛り付けたお皿を下げ、再びコーヒーを淹れてから個室に戻る。

 

 

 

「ふー、完全に目が覚めたな…」

 

 

椅子に座り、読みかけの活動記録書を手に取って今回の事を思い返し…

 

 

「今回の事は記録に残さなくていいな」

 

 

 

 

コーヒーの湯気がゆらりと答えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜間哨戒はナイトウィッチか、または夜間パイロットの仕事であるため、基本的にはそれ以外の兵士が飛ぶ事はあまりない。

 

何故なら夜闇の世界から人を守り、安心して眠れるようにするのが夜間戦闘軍人の仕事だから。

 

しかし、いま隣に例外がいる。

 

 

「インカムの調子はヨシ。やれやれ、カールスラントのこういう技術力は本当に高いのに上層部が頭硬いせいで水準満たしてからの開拓能力は低いな」

 

 

眠気を取っ払うためか夜間飛行中はよく独り言を呟くらしいひとりの男性ウィッチ。

 

扶桑から旅人として世界を回ることになったウラルの彗星こと黒数強夏、元扶桑皇国海軍准尉で民間人協力者。

 

しかもそこから【機動戦士願那夢】の威名を持って扶桑海事変といわれる国運を賭けた闘いを生き延びた、たった一人のエースウィザードであることも。

 

それが今はチェロス好きの旅人として訳あって世界を渡り歩く人間。

 

彼のことに関してなにも言わなければあの黒数強夏だとは一眼見だところで誰もわからないだろう。まあ今はその方が都合良いが。

 

 

 

「おー、また地上の光が増えたな、レント」

 

「はい。前よりも協力していただける民間施設が増えました。ありがたいことです」

 

「安全な夜のためにも喜んで協力したいんだろう。あとレントの人柄だな」

 

「いえ、私なんか…」

 

「母は強し」

 

「扶桑の諺……って!またそれですか!?」

 

「慕われるって良いことだよ」

 

「そ、それとこれとは別です!」

 

 

下を見れば民間の警備網から照らされる光。

 

あと距離を均等に測って設置した地上レーダー。

 

また万が一のため地上から発射される大型閃光弾が込められた支援砲などが見当たる。

 

これらは彼と共に考えて、夜間哨戒任務を捗らせるための環境作りを広範囲に行った。

 

その中で特に頑張ったのは元々存在していた民需の上空警備課と連携を取ることによりナイトウィッチの警備網を広げること。また地上に設置してある地上レーダーにナイトウィッチの魔道針と周波数を合わることで索敵範囲を大きく広めることで哨戒漏れの確率を下げること。

 

そうやって軍需も民需も関係なく個人個人の小さな力を合わせることで大きくさせ、地上と連携して夜間を警戒する。

 

こんな簡単なことを私はまったく思いつかなかった。それほどまでにこれまでの私は余裕が無かったらしい。

 

いまは充分に余裕がある。

 

しかしそこに満足しない。

 

フラッシュ暗算を使った特殊な訓練によって感応精度を上げるなどして個人の能力も伸ばしたりと彼は部隊作りに隙がなかった。

 

だから思う。

 

この人はかの軍神、北郷章香が率いる第十二航空隊の副隊長として支えてきた実績は間違い無いんだと。

 

 

 

「なあレント中尉、カールスラントにお土産品とかあるか?」

 

「土産品?誰かにプレゼントを?」

 

「まあ、その……扶桑にな」

 

「?……ああ、なるほどです」

 

 

 

彼が扶桑を想う時、とある人を思い浮かべる。

 

それは第十二航空隊を共に切り盛りして最後まで健在にしてきた協力者。

 

扶桑の『軍神』と謳われるとあるウィッチ。

 

先ほど名前を上げた北郷章香。

 

聞く限りだと『許嫁』らしい。

 

まぁ、なんともロマンチストだ。

 

 

 

「でしたらチョコレートなど如何でしょうか?女性は喜びますよ」

 

「カールスラントのチョコレートか。それはアリかもな。あ、でも持ち運びで崩れないか…?」

 

「うーん、それはそうですね。それならソーセージやビールなどは?あ、けれど扶桑だとお酒は未成年…」

 

()()はもうアガリを迎えた成人女性だよ。だからお酒は大丈夫。好きかは知らないが」

 

「そうですか…」

 

「…」

 

 

 

彼はチラリと扶桑の方角を見る。

 

 

 

「……会いたいですか?」

 

「めっちゃ会いたい」

 

「そ、即答ですか」

 

「だって扶桑皇国軍が軟弱者じゃなければ今頃俺は旅なんてせずに彼女と扶桑にいたはずなんだよなぁ。はー、扶桑の願那夢だとか持ち上げてたくせにいざ戦いが終わったら、怖いからお前は軟禁な!とか仇なすことを考えやがって… 俺は理性のある人格者だよ!敵はネウロイだろうが!まったくよ!」

 

 

 

彼は扶桑皇国軍のことをあまりよく思っておらずフラストレーションが溜まる。

 

正直私も扶桑皇国軍の黒数強夏に対する扱いはひどいものだと考えている。

 

けれど疲弊しきった扶桑からしたら強大な力を持つこの願那夢は警戒の対象なのだろう。

 

不安を抱かれている。

 

だから彼はそれを嫌がり、想い人を扶桑に置いてこの場所までやって来た。ほとぼりが冷めるまでは世界を見て回ることにして。

 

 

だから、彼はここにいる。

 

 

 

「私は卑怯者ですね…」

 

「どうした急に?」

 

「いえ。ただ、なんと言いますか…… 黒数さんがカールスラントまで旅に来てくれたお陰で夜間戦闘航空団は………あっ」

 

「あー、なるほど……?そういうことか」

 

「あ、いや!こ、これはその…!」

 

「いや、気にするな。俺がレントの立場ならそう考えるよ。英雄さんが近くに来てくれてラッキーだなって感じに」

 

「っ……そ、そんなものでしょうか?」

 

「そうだよ。有名人からサイン貰う時とかもそんな感じだろ?あの人は用があってここまで来てくれた。だからサイン貰えた、的な?」

 

「でも、これとそれとは事情が違うような…」

 

「んなこと深く考えんな。俺が別に良いと言ってるんだから。そりゃ俺にとっちゃ望まなかった扱いから旅を始めたけれど、でもこの世界を見てみたいと思ったのは本心だ。なんなら亡くなった親の代わりにフライトする親孝行もこうして果たせているんだ。その過程でついでにウィッチを助けている話であり、俺がそうしたいと思ってやっているんだ。不幸に漬け込まれたなどまったく思ってもなければレントを卑怯者だとか考えたことないな」

 

「……あなたは本当に英雄なんですね」

 

「どうかな。俺からしたら想い人を国に置いてきた最低な男だと思うけどな」

 

「今も想い続けられてるなら、その人はとても幸せだと私は思います」

 

「だと、いいな…」

 

 

そう言って彼は苦笑いする。

 

この人が最低な訳がない。

 

彼は素晴らしい人だ。

 

魔女の箒に息吹を与えてくれる。

 

そんな人だ。

 

 

 

「黒数さん、反応ありです」

 

「どの方向だ?」

 

「このまま正面に」

 

「………」

 

 

彼は一度俯いて目を閉ざす。しばらくなにかを探るように仕草をみせて、顔を上げた。

 

 

()えた。強めの熱量を感知した」

 

 

少しだけ軌道を変えながら感知した方向に指を刺した彼。同じようにわたしも軌道を変える。

 

実は正面と言ってもやや逸れた方角にネウロイが現れたから。だから進行方向を修正する。

 

すると迷いなく速度を上げる。

 

言葉の通り『視えてる』証拠なんだろう。

 

もう見慣れた光景だが、私は内心驚く。

 

 

「まるで夜間視みたいですね」

 

「俺はナイトウィッチじゃないよ。これはあくまで感覚的な話だ。調子が良い時はある程度シルエットも見えるんだが… まあ、いまはこの程度だろう」

 

 

見えてると言うより、視えてる。

 

同じようで彼にとっては違う表現。

 

それは彼本人にしかわからない感覚だ。

 

 

 

「かなり早い個体ですね。既に距離が1200」

 

「中尉、奴をどうする?」

 

「討ちます。私たちは戦闘部隊です」

 

「了解した」

 

 

彼は頷くと異空間から武器を取り出して構える。

 

黒数強夏の固有魔法、武器召喚だ。

 

異界から手のひらに握れるモノ限定として武器を取り出してそれで戦う能力。それ以上の説明はなかったが、おそらくその気になればとんでもない武器まで引き出せるのだろう。力だけ見るとウィザードの再来だ。ますますこの人が凄く見える。

 

 

「さて、変化した現場の様子を見るために今日は飛んでみたが、今夜は通行禁止の標識を乗り越えてきたか悪い子がいるらしいな」

 

「そうですね。ちゃんと注意しなければなりませんね、悪い子には」

 

「やはりお母さんみたいなことを言うじゃないかキミは。マルセイユの言うことは強ち間違いじゃないかもな」

 

「そ、そんな歳じゃありませんから!」

 

 

そう言って彼は先行して、私も彼の言葉に慌てながら追いかける。

 

しかしこれからネウロイと衝突するというのにこんなにも落ち着いている私がいる。

 

それは隣に英雄がいるから?

 

それもある。

 

こんなに頼もしいウィッチはそういない。

 

でも落ち着いて対応に当たれるのは、それだけ私がナイトウィッチとして完成してきてるから。

 

昼間を飛んでた時のように夜も変わらず、中尉としてしっかり立ち向かえるのは指導者がいたおかげだから。

 

なら私はカールスラント軍人としてそれを裏切らないように務めるまで。

 

ナイトウィッチの私が空を飛ぶ騎士(ナイト)として人々から夜を護る意味を込めて。

 

 

 

「レント、トドメさせ!」

 

「そこっ!!」

 

 

先行した彼の上を飛び、上と下を挟み撃ちするように位置取ると銃口を下に向けてネウロイをロックオンする。その間に黒数さんがネウロイの片翼を斬り落として機動力を奪い、幾つかの装甲を砕くとコアが露出する。

 

私は機関銃の引き金を引き、そよ銃口が弾幕が放たれる。

 

そして夜の世界に輝く赤い光を弾丸が貫いた。

 

 

 

「もう俺の役割は不必要だなレント!君は期待されて飛ぶべきだ!」

 

「!」

 

 

 

彼は安心したように笑う。

 

ヒヨッコと言ってくれる日はもうない。

 

それはそれで寂しく思うが、彼の言葉の通り期待されて飛べる日がいま訪れた。

 

私は少しだけ溢れた涙を人差し指を拭って「ええ!そうね!」とこの英雄に力強く返せた。

 

 

 

 

 

 

ナイトウィッチはこうして今日も夜空を飛ぶ。

 

人々の夜を護るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのぉ…この写真は…?」

 

「む?どうしたのじゃハイデマリー?む、むむむ?ちょっと待つのじゃ!も、もしや写真のこの男は…!」

 

 

 

ちょっとだけ騒がしくなった声。

 

私は反応する。

 

 

「あら、どうしたのお二人とも?」

 

「レント!」

 

「あ、少佐…」

 

 

そこには一枚の記録写真を手に持ったウィッチと、それを覗き込んで写っているものに驚くもう一人のウィッチ。

 

どちらも私と同じナイトウィッチであり、自慢の後輩たち。

 

所属はそれぞれ違うがこの数日間、後進のためにも彼女達には色々と手伝って貰っている。

 

そしてひと段落がついたある日、一部の記録写真を見ていた一人のナイトウィッチの『ハイデマリー・W・シュナウファー』さんが何かに気づいて言葉を溢し、そして隣にいたもう一人のナイトウィッチの『ハインリーケ・ブリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン』さん…… 王室流れの貴族だけあって相変わらず名前が長いわね。だから彼女は簡単にハインリーケさん。その二人は写真を見て驚く。

 

 

「いやいや!レント!どうしたも何もこの写真に写っている者は!!」

 

「あら、その写真… ふふっ、懐かしいわね。ナイトウィッチのための夜間戦術の基板をゼロから作り上げようとしてた頃の写真ね。今こうして見るとわたしもやや幼いわね」

 

「戦術基板?」

 

「む?それってかなり前の事では無いのか?」

 

「ええ、もう4年前の話ね。世間では私が今の夜間戦闘技術を作り上げたと言ってるけど実はこの人が色々とアドバイスしてくれたからここまで漕ぎ着けれてのよ」

 

「な、なんと!?あの者はナイトウィッチではないはずじゃ!それなのに現代の夜間戦闘技術を確立させたと言うのか!?」

 

「ええ、その記録写真が証拠ね」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

忙しく記録写真とその記述を見比べるハインリーケさん。

 

貴族の者とは言えないほど騒がしい人だ。

 

 

 

「あの、でしたら…今の私たちに落とし込まれたこの夜間戦闘技術っていうのは…」

 

「ええ、そうね。今はカールスラントに合った戦闘技術に書き換えられましたが、その根本は扶桑の願那夢が作り上げた戦闘技術であることに間違いないわね」

 

「なななッ〜!!は、初めて知ったのじゃ…!まさかこの戦闘技術にそんな遺伝子が…!!まさか私は願那夢だったのか!?」

 

「そうなんですね…私たちが無事に飛べるのは願那夢が護っているからなんですね……」

 

「!!…ふふ、かもしれないわね」

 

 

願那夢に護られている。

 

そう考えるとそうかもしれない。

 

夜闇に怯えず怪異と戦うための戦術。

 

そしてフラッシュ暗算の訓練法。

 

それも彼から始まった遺伝子。

 

 

「それよりもレント!この者は四年前にカールスラントにおったということじゃな!?一体どう言うことだ!奴の空白期の軌跡がこんなところに刻まれてたと言うのか…!」

 

「そうね。話すと少しだけ長くなるわね。あ、だったらこれから街までお茶する予定だからついてくるかしら?今なら当時の彼のことを色々話せるわよ?ハインリーケ」

 

「うむうむ!それはレント!是非聞かせてほしい限りだ!今となっては2000機分の撃墜価値を誇るあの英雄の話!大変貴重じゃ!」

 

「わ、わたしも聞きたいです…!」

 

「ならお出かけね」

 

 

 

個性豊かな二人を連れて街のカフェまで。

 

私は懐かしみながら当時のそれを語る。

 

まだヒヨッコと言われてた頃の自分。

 

目印となってくれた彗星の軌跡。

 

今日この日まで私だけが知っていた記録を二人に告げる。

 

 

 

その人の名は___黒数強夏。

 

夜に怯えていたナイト(騎士)をナイトウィッチにした先駆者であることを。

 

 

 

つづく





【ヘルミーナ・レント】
願那夢たる彗星によって無事に脳が焼かれてしまったナイトウィッチであり、黒数強夏のことを崇拝に近い感情を密かに抱いている。黒数強夏が再び旅に出てからもしっかり部隊を運用していき、長くに渡ってカールスラントを支えることになる。少佐になった辺りで包囲力が高いお母さん属性を見せるようにり後輩から慕われやすい先輩ウィッチになったが「私まだ若いのに…」と悩ましく思うこの頃、1944年である。

【ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ】
問題児故なのか飛行中に問題を起こして墜落したところを黒数強夏に受け止められて怪我なく救出される。誰にも口外しない約束はキッチリ守り、一つの優越感に浸りながら訓練校を卒業、しばらくしてアフリカ戦線ストームウィッチーズに参加。ある日アフリカで扶桑皇国陸軍に所属していた加東圭子に対してマルセイユは驚かせようと訓練校時代に出会った黒数強夏の自慢話を聞かせたが「あー、知ってる、その人そうだから」と慣れたように反応を示し、予想とは違う反応にマルセイユが驚いたらしい(ライーサ・ペットゲン談)

【黒数強夏】
民家人協力者としてレント中尉が率いるカールスラント空軍第3夜間戦闘部隊を二ヶ月ほど手伝うとその部隊を去る。梅雨明けの7月に向けて扶桑に戻ろうと計画を立てながら再びジム・カスタムの名前で梳かし屋を再開しつつ行先であらゆるウィッチと出会い、残りの旅路はカールスラントに費やした。土産コーナーに向かった後はもちろんチェロスも買った。欧州を離れるとしばらくは食べれなくなるだろう。悲しいな。


ではまた


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42話

お久しぶりです。
ウマ娘でエイプリルフールネタしてたら一か月経過。
時の流れ早くね?


ではどうぞ


 

 

釣り糸を垂らして、眺める先は扶桑海。

 

その先にウラル、もしくは浦塩。

 

そして扶桑皇国の国運を賭けた戦いがあった。

 

扶桑の人々はその戦いを知っている。それは穴拭智子を主役に置いた『扶桑海事変』の名で放映されている45分の映像で詳しく見られるから。

 

実際に俺もこの目で見てきた。

 

ほんの少しだけ造作されてる部分もあったがイメージアップとして美化させるためにも必要な事だろう。しかしそれ以外はほとんど事実として語られている内容であり映画の完成度はまあ高く感じられた。

 

端役として第十二航空隊のメンバーも出てきたことも併せ、少なくなったウィッチを補充する目的の映画としては成功だろう。

 

 

 

「ただ、ちょっとだけ寂しく感じるのは仕方ないことだろうか」

 

 

 

そして俺がその映画に出ることはなかった。

 

当たり前だ。

 

何せ俺は扶桑を出たから。

 

皇国軍の軟禁を嫌って国外に逃げ延びた。

 

そのため俺自身その映画に登場することは一切ない。それでも映画には『黒数強夏』を数秒だけ映し出したワンシーンがあった。まあ俺に似せた誰かさんを使ったんだと思うが、しかし俺に許可無く登場させるとは随分と著作権に甘い時代だ。まあ願那夢の名が扶桑に轟いてしまったのだから映画制作部としては出さない手はないのだろう。

 

しかし女性だけではない、男性である俺が活躍した事実が深まったお陰なのか、扶桑男児の兵士補充も成功してるらしい。やれやれどこまで俺を利用するかこの国さんは。

 

そりゃプロパガンダとして願那夢を受け入れたのは俺自身であるが、当初の目的としてはウラル戦線で戦う第十二航空隊の支援物資を確保するためであってお国のためにこの名を捧げたつもりは無い。

 

今頃アレコレお国に言うつもりは無いがここまで都合よく使われるとほんの少しだけイラッとしたのは仕方ないと思う。

 

 

 

「あーあ、ハリセンボンが釣れたか。これはまた厄介な」

 

 

魚は釣れても全部リリースするつもりだがハリセンボンはなにかとテンション下がる。

 

すると当然のように膨れやがった。

 

これでは釣り針が取れない。

 

 

「やれやれ、萎むまでしばらくバケツの中で放置か」

 

 

 

適当に座って麦わら帽子を揺らす。

 

 

 

「魔法力があるとはいえ流石に夏は暑いな…」

 

 

流石に長時間照らされるのは辛い。

 

少し熱くなった麦わら帽子を一度取り、発熱のために仰いでから、また被る。バケツにはまだまだ膨らんだままのハリセンボン。随分と泳ぎ辛そうだ。

 

バケツから視線を外し扶桑海を再び眺める。

 

見えたのは船、または軍船。

 

なんの船だろうか。

 

吹雪型か?

 

まあ……どうでもいいか。

 

お借りした麦わら帽子を再度揺らす。

 

 

 

「しかし、帽子で、顔バレ”防止”とか良くありげな駄洒落にしては少し笑えないな、これも」

 

 

熱中症対策の意味もあるが、本命は顔バレの防止になるためである。

 

さて、これを聞いてる人はご存知だと思うが俺は扶桑に戻ってきた。

 

カールスラントで一ヶ月近くを過ごし、それから扶桑の梅雨明けに合わせて足を踏み入れたことのあるモスクワまで向かい、それから一直線にウラルを突き進み、そして懐かしの浦塩まで向かった。到着した浦塩では既に復興作業が進められており、扶桑は国力の回復を目指している。逞しい国だ。

 

それはともかくまず軍人には警戒した。

 

しかしどこも浦塩は陸軍ばかりだった。

 

恐らく大規模徴兵したにも関わらず地上戦で浦塩を守れなかった尻拭いとして陸軍は復興作業に当てられたのだろう。あと純粋に扶桑海事変の終戦後で物資も人員も枯渇してるため陸軍兵士を任務に当てれない状態が続いてるのか。そのダブルパンチが今も効いてるのだろう。

 

そのため海軍はいないとなると俺は少しだけ気を緩めれた。理由としては簡単。俺に軟禁を求めてるのは海軍だから。厳密には海軍に所属する堀井中将であるが。こいつが張本人。そのため海軍全てって訳じゃない。でも海軍の眼には気をつける。そんなところだ。

 

それでも約束を果たす前に黒数強夏がであることがバレると面倒なのでさっさと扶桑行きの連絡船に乗り込んで移動した。もし尋ねられたら測量士とでも名乗っておくことにしたがそんなことは起きず無事に扶桑に到着した。

 

しかし出来れば堂々と扶桑に足を踏み入れたいものだ。俺は第十二航空隊のためと言って空を飛んでいたがお国のために戦ったことに違いはない。もっと歓迎される形で扶桑に戻ってきたかったが、一部の人間に怖がられてるんじゃどうしよもうないところさん。

 

てかもう海軍さんは私念だけで軟禁を言い放った堀井中将の狂言からさっさと目を覚ましてくれよな、頼むよー。

 

 

思わずため息ついてしまう。

 

 

 

 

ザッ、ザッ

 

 

 

「?」

 

 

すると後ろから足音が聞こえる。

 

あともう一つの音。

地面を支えにするような音だ。

 

俺はそれは何か知っている。

 

だから海に視線を向けたまま後ろの人間に語りかける。

 

 

 

「リハビリにしては少し大変じゃないか?」

 

 

 

 

__章香。

 

 

そうやって冗談を叩けば…

 

 

 

 

「このくらいなんてことないさ。むしろこのくらいは頑張らないとな」

 

 

 

___強夏、と俺の名が返ってくる。

 

 

もう今のでお分かりだろう。

 

石川県の潮風にポニーテールを揺らしながら一本の松葉杖で体を支えている俺の元隊長である軍神ウィッチ、そして俺が逢い焦がれていたひとりの女性…

 

北郷章香が隣に立っていた。

 

あとその手には何本か飲み物を入れた袋をぶら下げている。

これは今、彼女が買ってきたものだ。

 

 

 

「買ってきてくれたのは嬉しいが松葉杖なんだから無理する必要ないだろうに…」

 

「このくらいなんてことないさ。ちょっとしたリハビリにもなる。さて、どれどれ… おや?ハリセンボンが釣れたか。しかし君にとっては外れかな?」

 

「約束を果たせない嘘つきだったらこのハリセンボンは飲む予定だったけど、章香との約束を守った俺はもう飲む必要が無くてな。だからコイツは逃すことにした」

 

「ふふっ、そうか」

 

 

時間が経って萎んだハリセンボンから釣り針をとって海に放り投げる。

 

海の底へと逃げる魚を見送り、残りの餌を釣り針に引っ掛けて海に吊り下げる。

 

それから一度、指先に魔法力を纏い、それを海の方に鋭く払い飛ばすと、指先に付着していた餌の汚れが取れた。ほんと魔法って便利だ。

 

 

それから彼女が買ってきてくれた飲み物に手を伸ばして喉に流す。甘いサイダーだ。

 

欧州ではあまり飲めなかったからな。

 

しかし代わりにコチラにはチェロスは無い。

寂しいな。

 

すると潮風が熱した頬を冷ますように撫でる。

 

彼女が来たことで歓迎してるみたいだ。

 

舞鶴のように柔らかでとても気持ちがいい。

 

すると彼女も松葉杖を置いて隣に腰掛ける。

 

 

「海の家はここからそう遠く無いが、必要以上に動きすぎるのはどうなんだ?」

 

「そこまで軟弱に落ちぶれて無いさ。まだ松葉杖は必要だがこれでも快調に目指せている。このくらい動けないとな」

 

「俺から見れば動きすぎだ。久しぶりに会ったと思ったら松葉杖を片手に素振りしてるし。少し目を疑ったよ。また一年後に出直そうか迷った」

 

「それなら先ほどのハリセンボン飲ませるしかないな」

 

「冗談だ。俺が耐えられない」

 

「それはどっちかな?」

 

「どっちもだよ。ハリセンボンは勘弁だけど章香と会えないのは耐えられないな」

 

「ふふっ…そうか。私も同じでよかったよ」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!

 

 

 

やっべぇ!!やべぇぇええ!!

 

幸せすぎる!!!

 

アカン!!!

 

めっちゃ幸せすぎてどうにかなる!!

 

あ^〜 たまらないぜ^〜

 

ほんまに幸せすぎるんよ!!

 

もうアクシズとか片手で余裕で抑えれるわ。

何も怖くねぇし。

 

ああー、これだよ、これ。

章香と話すとすごい落ち着く。

俺はこれが欲しかった。

 

もうね、あのね!

 

なんかね!!

 

こう……好き!!(語彙力ゴミカス)

 

てかもう色々と思い出す。

 

第十二航空隊で彼女と共に切り盛りしてた頃のこの感じ、本当に懐かしい。

 

実家のような安心感とはこの事だな。

 

もうめっちゃ好きすぎる。

 

そうだよ。

これが恋しくてたまらなかった。

 

欧州を旅している間は自分を優先していたが今こうして共に時間を共有すると彼女が隣になくてはならない。とてもそう感じる。今そのくらい幸せが駆け巡る。時間止まって欲しい。

 

 

ああ!やはりそうでしたか!

宇宙の心は章香だったんですね!

ゼロシステムもそう言ってる。

 

私がそう判断した。

ふぁ!?なんだこのダブスタクソ親父(おっさんは)!?

 

 

 

「強夏……君は、これからどうするんだ?」

 

「身の振り方か?そうだな。まあ考えてることは二つある。まず欧州に足を踏み入れたが実はブリタニアには向かってない。だから次はブリタニアに向かって宮藤博士に顔でも出そうかなって考えてる」

 

「そうか…また扶桑を出るのか……」

 

「うん。まだ正直…扶桑には居辛いかな。俺に軟禁を求めるやつがいる限りこの島国で腰を落ち着けないし、誰かに迷惑かけて生きていくことになってしまう。それは勘弁だ」

 

「……私に、力があれば…」

 

「章香は何も悪くない。悪いのはそうなってしまう世界と人の弱さだ。そしてそれは俺にも当て嵌まることだ」

 

 

俺の弱さ。それは憎悪から。

 

だからあの時のフレンドリーファイアーは疑いようもない。

 

けれど俺は躊躇わなかった。

 

湧き上がってしまった一握りの憎悪がネウロイだった装甲を盾にし、その情動に身を任せた俺は砲弾を戦艦に押し返した。

 

それはそこにいる人を怯えさせた。

 

その瞬間、扶桑の願那夢は綺麗に飾られる英雄ではなくなった。

 

それが俺の結末。

 

願那夢をしていた俺の行方。

 

始まったのは軟禁と逃亡。

 

そうさせたのはこの理不尽な世界に生きる人の弱さであろうか。

 

では、そう成してしまった先でどうすることが正解か?

 

まずできることは時間の解決。

熱りはいつか冷める。

手に届かないと理解すれば諦めるだろう。

 

しかしそれだけで終わりは迎えない。

その後の願那夢は人にとって何と成らんか?

 

 

 

英勇かつ英雄?

 

凶器かつ狂気?

 

無涯かつ無害?

 

 

 

いや、これは選択じゃない。

 

選択であるが、どれかを選ぶものじゃない。

 

 

 

(のが)れるが、でも逃げるのは無しだ」

 

「強夏?」

 

 

 

俺を最後に見届けた人が言った。

 

 

__逃げれば、一つ。

__進めば、二つ。

 

 

もう踏み入れることない孤児院でこれまでお世話になった院長が最後に与えてくれた言葉。

 

俺は扶桑から逃げた。

行先で経験が一つ、手に入った。

 

言葉の通り。

 

 

では次に進めばどうなるか?

 

俺は進むようなことはしなかった。

 

ひっそりと願那夢をなぞり、ジム・カスタムの名を偽っていただけ。

 

でも代わりにレント中尉が夜闇だろうと進み、二つ手に入れた。

 

ナイトウィッチの未来。

それから期待を背負って飛べる自分自身の強さ。

この二つをつかみ取った。

 

これは願那夢のお陰だと。

 

だからそれは俺にとって一つの証明にもなった。

 

それが再確認できた、旅路だった。

 

 

 

「章香ってさ、俺のことをあまり英勇視しなかったよな」

 

「英雄視… どうだったかな。でも最初は君に期待した。ブリタニアの魔法陣から現れたというのだからコレはもしかしたらと思った。でも強夏はなんてことない迷い込んだ人間だと言って否定した。だから私は強夏を英雄視することをその時にやめた。しかし君はその果てでそうなった」

 

「そうだな…」

 

「けれど私は君を英雄とか思う以上に、この弱さと脆さを隠せずに涙をこぼした私を理解して寄り添ってくれた、そんな隣人として私は君を見ていた。だから君に対して英雄なんて単語は頭から無くなっていた。今だから言える。私は黒数強夏って人間に惹かれていた。そこに願那夢だとか英雄だとか関係なかった。でもそれは君も同じだった。私を軍神として神格化して謳う扶桑海軍はそこにあったが、でも君は私のソレを気にすることない。むしろ『みんなの可愛い先生』として揶揄ってくれたくらいに」

 

「まあ、可愛いのは事実だからな」

 

「!…ま、まったく……やれやれ、このノーガードにはネウロイ以上に参るよ」

 

「でもそれは互いに『ヒト』としてしっかり見てたから。俺は黒数強夏であり、君は北郷章香として。だからあんなにも足並み揃えて部隊運営ができた。俺たちはちゃんと分かり合っていた証拠だ。なあ知ってるか、章香?その時の俺たち周りから夫婦とか言われてたらしいぞ」

 

「うぇ、そ、そうなのか??!!…ぁ、ぅ、ふ、夫婦……わ、わ、わたしと、き、きみが?ふ、夫婦?…そ、そうか……夫婦……夫婦か……」

 

「まあ、これは…()()()だな?」

 

「!!!」

 

 

揶揄うように、頬を指で突く。

 

すると目を見開いて真っ赤になる彼女。

とても可愛い。

 

やっぱり章香しか勝たんな。

 

そんなこと言ってると釣り針の餌が取られた。

 

魚釣りはこれで終わりか。

 

最後に釣れたのがハリセンボンってのも俺に対する当て付けみたいで少し笑える。

 

俺も嘘つきじゃなくて良かったな。

 

さもなければ針千本を飲まされる所だ。

 

 

 

「魚釣り、久しぶりにできて良かったよ」

 

「…海は好きか?」

 

「厳密には舞鶴の海の上が好きかな」

 

「そうか。そうだな……私もそうだ」

 

 

 

そう短くて言葉を交わし合いながら俺は汚れてない方の手を章香に差し出す。松葉杖が折れないように彼女を立ち上がらせて共に北郷家に向かう。まあその前に海の家まで向かってお借りした釣竿を返さないとな。

 

久しぶりに釣り出来て楽しかった。

 

 

 

「もう、明日で3日目か…」

 

「早いな」

 

 

 

扶桑の滞在期間はほんの3日。

 

当初は彼女に元気な姿を見せ、欧州でのお土産を渡したら1日も経たずまた直ぐに扶桑から旅立とうと思った。

 

しかし章香の母である二海さんが「長居は無理でもせめて3日は娘のために」とお願いされた。

 

正直、俺も可能なら1日以上は彼女と共にしたかったから、その3日間だけを受け入れた。

 

石川なら軍の手もそこまで伸びないだろうから大丈夫だと判断してそこそこに滞在している。

 

それで章香と語り合った。欧州での旅を。もちろんカールスラントで夜間専用の部隊運営したことも。コレには流石に驚かれたが誰もわからない夜の世界の戦い、俺が裏方で動いてたことは問題なかったと伝えた。

 

あと願那夢を探し求めたウィッチのために力を貸したことも伝えた。半分呆れられたが俺が変わりないことに安心してくれた。

 

だがその代わり「そのレント中尉とはどのような関係だ?」と少しお目目のハイライトが消えてたのは怖かった。

 

たしかに部隊運営のためとはいえ二ヶ月間は共に切り盛りした関係だからな。

 

これは俺が悪い。もし俺が章香の立場ならすごく不安になってしまう。軽率だった。

 

それでも心には常に章香が真ん中にいることをちゃんと伝えた。あくまで願那夢として手を差し伸べたことも。それでも苦しい言い訳。ひどい男であることは否定できない。

 

でも彼女は俺を信じていたのか「ふふっ、冗談だ」と俺を揶揄う。

 

不安にさせた俺が一番悪いのだが、そんな彼女に仕返ししたくなったのでその体を抱きしめてキスして、それで何度も耳元に「章香」「君を愛してる」と囁いてやった。

 

それ以上のことはしなかったが互いにそれは幸せだった。正直そのまま襲いたかったけれども。

 

 

それから一年前に見せてくれた袴姿の章香に見惚れながら石川の下町を歩き回り、また歌舞伎を見に行ったり、話題の扶桑海事変の映画も共に観て、石川の味噌料理に舌鼓して、適当に下町を散歩して、それで海の家に寄って釣りを堪能した、今日で3日目である。

 

……時の流れは早く、それは残酷だ。

 

 

 

でもやはりこうなったの全部堀井中将のクソ野郎が原因だよな?ぶっちゃけ俺って何も悪くないよな?どうする?せっかく扶桑に戻ってきたしここで奴を処するか?たしか奴の場所は大本営だよな?ストライクユニットなら一時間で向かえるし、なんならコチラから出向いてやるぞ?堀井ィくぅん??

 

「きょ、強夏…!?待て待て!落ち着け!戻ってこい!!」

 

 

 

幸せトリップしてるのにこれが長続きしないのは全て堀井とか言う俗物野郎がいるからだ。

 

……あー、マジで屠ってやりたい。

 

てかさ、あんなヤツは軍に要らないよな?

 

不要だろ?いらないだろ??

 

別に消えても問題ないよな?

 

 

 

「あ、そうだ。章香って退役したのか?」

 

「うわぁ!急に落ち着くな…」

 

「え?……俺なんか言ってたか?」

 

「……い、いまのフラストレーションは無意識か……やれやれ、たまにこの人がわからなくなるな…

 

「?」

 

「い、いや、なんでもない、気にするな。それより退役の話だったな?それなら坂本達を見送った後は前線から身を引いたよ。魔法力の減少でまともに戦えないからな。それでも軍との関わり続くと思うが」

 

「そういや軍人一族だもんな。退役したとはいえ軍もウィッチとして経験豊かな章香に頼りたいところあるだろうし、療養後は何処かしらで使われる可能性はあるのか」

 

「かもしれないな」

 

「あー、こう言ってはなんだが… これまで戦いに捧げてきた青春時代を取り戻すような何か好きなことするとか考えないのか?例えば元陸軍の江藤敏子のように喫茶店開くとか色々あるだろ?てか江藤も軍人一族だった筈」

 

「無趣味な私に難しい話だよ。それに敏子は勇ましいからな」

 

 

 

そりゃ幼い頃から軍に尽くしてきた人だよな。

 

こうして聞くと立派な人だ。

 

凡ゆる人から慕われる。

 

でも彩りあるはずの青春時代を戦いに使った。

 

しかし箒を置いた今、彼女にそれ以外にあるもと言ったら、剣術くらいか。

 

開こうと思えば道場も開けるのか。

 

 

 

「だったらさ、俺と扶桑を出て旅するか?」

 

「君と?ふふっ、なるほど。それはそれで楽しそうだ。ではその時が訪れるなら無趣味な私をしっかりエスコートしてくれるのかな?」

 

「おいおい?欧州で駐在武官してた経験のある章香が何言ってんだよ。ブリタニア語や英国のテーブルマナーは誰より詳しいだろうに。どちらかといえばエスコートされるのは俺の方だろう?」

 

「君の引いてくれる手に興味があるんだ」

 

「そうかい?ならちゃんと体を健在にしておくんだな。俺の旅路はちぃとばっか響くぞ?」

 

「君はよく知ってると思うがこれでも第十二航空隊の隊長だったウィッチだ。体の丈夫さには自信があるよ。響く程度なんてことはないさ」

 

 

 

それから家に辿り着く。

 

時間の許す限り俺は彼女と語り合う。

 

これまでの一年分を埋めるように。

 

 

 

 

「そういえば身の振り方に『二つある』と言っていたが、もう一つはなんだ?」

 

「あれ?言ってなかったか?」

 

「ああ、少し話が脱線してたからな」

 

「そうか。じゃあ改めて、俺の考えたもう一つの身の振り方はだな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日、俺はこの島国(ふそう)を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやー!

どうもどうも~

 

ごきげんようですございます〜

 

わたくし、犬房由乃(いぬふ さゆの)と申します。

いやー、お世話になっております。

 

平穏が訪れた扶桑ですがいまは国の立て直しのため私は浦塩でスコップをザクザク回して現在復興作業中なんですねー、これが。

 

何せこの辺りは超大型ネウロイによって破壊されたのでほとんど更地みたいな状態でしてね、いやー、酷いことしますなネウロイも。

 

とある英雄さんの呟きを語るなら「ネウロイは害悪はっきりわかんだね」とまんまその苦言に尽きる。その通りですよ。うんうん。

 

それでこの浦塩をですね、また使える街にしようとするため皆で復興させようと雪崩れ込みました。

 

そこには一般市民の志願者で多く溢れてます。

もちろんウィッチもいます。

 

まあ殆ど徴兵先が決まらない陸軍のウィッチさんばかりですがね。

 

仕方ないです。

 

海軍に比べて終戦後の陸軍には物資が足りないですからねぇ。平和の代償でございましょうか。

 

まあそれでもこの浦塩をまた賑わせたい気持ちはありますので私は新たな任務を受けるまで絶賛スコップ片手にザクザクとしてます。

 

でもせっかく陸戦から空戦に切り替えれたんですよ。飛べるなら飛びたい限りですねぇ。

 

 

あ!あ!

 

それよりもですよ!

 

私のお近くにとんでもない人がいるんですよねこれが!ご紹介します!

 

なんとなんと!

 

浦塩に扶桑の英雄さんが復興作業に来ているんですよ!おどろきました!

 

 

 

「何一人で興奮してんだ?」

 

「いえいえ、なんでもないですよ。ただ英雄の願那夢さんがココに来るなんて考えもしてませんでしたから」

 

「今の俺は根無し草だよ。第十二航空隊の解体と共に民間人協力者としての契約が終わったからな。それで自由になったからしばらく世界を旅してた」

 

「おや?まるで加東大尉みたいですね。あの方も陸軍から一線を引いた後は扶桑を出てジャーナリストとして世界を回っているんですよ。何処かで会いませんでした?」

 

「いや、特に?」

 

「そうですか。まぁまぁ、それだけ羽振りよく世界を回れるのでしたらそれはとてもいいことですよ。戦いが全てじゃないですからねぇ」

 

「だな」

 

 

 

スコップを壁に立てかけ、支給品の炭酸飲料(サイダー)を喉に流して平和を噛み締める。

 

しかし世界ではまだネウロイの脅威がところどころに起きている。主にウラルから散った残党ネウロイが原因ですがオストマルクを中心に抑えているみたいですね。

 

たまに扶桑海にもネウロイは現れてるみたいですが一ヶ月の間に小型が一機か二機が現れる程度で比較的平和です。

 

 

 

「そういえば黒数准尉はどうして復興作業のため浦塩に来たんですか?」

 

「第十二航空隊を切り盛りしてた頃、この浦塩からよく支援物資が届いた。それは部隊運営のための建材だけじゃない、子供達が喜ぶ甘いものとかも豊富に届いた。だから最後まで戦えたし、すり減ることなかった。浦塩にはとても感謝してる」

 

「なるほど。その恩返しの一端として復興作業に来たんですね?」

 

「まあそんなところだ。後ここは陸軍しかいないからな。色々と都合が良い」

 

「??」

 

 

なにやら復興作業以外に別の目的もあるみたいですが私程度では英雄様の考えなど計れません。

 

なので今はこの方と共に同じ目的を持てる、それを噛み締めてこの浦塩を復興させる。

 

私にできることはそれだけでしょう。

 

 

 

「あと犬房、俺はもう軍人じゃないから准尉はいらない。さん付けも不要だ。普通に黒数とかで良いぞ」

 

「!」

 

 

 

そう言った彼は作業道具を持って現場に戻りました。全身に薄らと魔法力を纏い、意識が続く限り身体強化を行い続ける。

 

そして大きく見える背中。

 

だから既視感はありました。

 

あの夜間哨戒でネウロイから私を助けてくれた時の姿と、それはよく重なります。

 

 

 

「私にとって貴方はいつでも英雄様ですよ」

 

 

 

スコップを掴み、私もその後に続きました。

 

 

 

 

つづく

 






さて、章香と約束を果たしましたね。

役一年ぶりの再会ですが、荒ぶることなく昔と変わらず二人の間は穏やかに流れてます……と、思いきや黒数の内側は大変なことになってますね。そりゃ愛した女性がいつでま可愛いもん。仕方ないね。あ、もちろん章香の内側も大変なことになってます。なにせ互いに重役から解き放たれてこれまで以上にノーガードできるようになったからな。ぶっちゃけ黒数にメロメロだよこの娘さん。てか早く結婚しろ。さもないと作者がブチキレそう。てかキレた。


【北郷章香】
扶桑海事変の終戦後は退役し、その箒を置いた。実家の石川で療養に取り組み、車椅子生活から松葉杖に代わり、片手で素振りできるくらいに回復した段階で黒数が戻ってきた。ちゃんと約束通りに戻ってきた彼に北郷の内心は黒数で大変なことになっていたがそこは理性と共に完成された人格者、第十二航空隊の兵役時と変わらず「おかえり」と「ただいま」だけで二人の心は伝わりあった。もうこの二人夫婦では?役人のボブは訝しんだ。

【黒数強夏】
扶桑に置いてきてしまう彼女の不安を取り除くべく「一年経ったらまた逢いに戻ってくる」と約束を交わし、そしてその通りに欧州から扶桑までちゃんと戻ってきたフットワークの軽すぎるヤベーヤツ。ただしまだ追われてる身なので扶桑での滞在は考えておらず、直ぐに去ってしまう予定だったが二海さんに引き留められて三日間だけ彼女と共にした。それから扶桑を出て浦塩に向かう。海軍の目が届いてない場所なので今はしばらくはそこで生活を考えながら、熱り冷めるまで今後の予定を考えている。

【犬房由乃】
願那夢する黒数強夏に脳を焼かれた一人。浦塩で復興作業を手伝いつつ次の任務を待つ。黒数強夏とは班が同じなためよく会話し、時間を使っては魔法力の技術を聞いたり試したりと、その知識を彼から吸収している。黒数強夏曰く彼女は可能性の塊として評価が高く、第十二航空隊時代に引き抜きたかったと考える。それを聞いた犬房由乃の脳は再び焼かれたようだ。



ではまた


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43話

 

 

8月の夏___ソレは急に起きた。

 

いや、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!!??」

 

 

 

浦塩の借家の寝床から目を覚ます。

 

時間はまだ早朝。

 

しかし脳裏を駆け巡るようなこの感覚は間違いない。

それを何度も感じてきた。

 

慌ただしく外に出て、空を見る。

それから感じる方角に意識を注いだ。

 

 

「!」

 

 

ああ、視えた。

 

__ネウロイだ。

 

 

手元に魔法力を伝わせる。

 

 

 

「お、おい、兄ちゃん?何やってんだ…?」

 

 

 

俺より朝早くから起きていた男性が一人。

 

この浦塩で復興作業に参加した者だ。

 

 

 

「あの方角、こっちにネウロイが一機だけ来てる」

 

「なっ!?そ、それは本当か!!」

 

「ああ。しかも大きな個体だ」

 

「なんだと!?」

 

 

俺は手元に伝わせた魔法力を解き放つ。

 

すると両手にはバスターガンダムが主力武装として扱う『超高インパルス長射程狙撃ライフル』がズッシリとのしかかる。

 

寝起きの体に重たい武装だがそれをしっかり構えてその場に跪き、朝日と真逆の方向からやってくるネウロイを待つ。

 

そして奴は山奥から姿を見せた。

 

 

 

「なに!飛んでいるのはネウロイか!」

 

「ちっ…ウラルではやはり飛行型か現れるか…」

 

 

ウラルだと強力な個体は大体飛行型として現れてくる。扶桑海事変が終わった今もそれは変わらないらしく俺は舌打ちする。このまま制空権取られたらひとたまりもないからだ。

 

 

 

「何だその武器は!?何処から取り出した!?」

 

「コレが俺の能力だ!ネウロイが強いほど俺も躊躇いを捨てれるようになる!それが扶桑の願那夢と謳われる由縁だと言うことを!」

 

 

トリガーを引く。

 

道の真ん中から放たれる太いビーム砲。

 

長射程の名に恥じない攻撃は遠くからやってくるネウロイに直撃する。

 

するとけたたましく響いたこの音に復興中の浦塩は騒ぎになった。

 

借家で寝泊まりする男たちは窓を開けると外を見上げ、この騒ぎを目にしようと扉を開けて飛び出してくる者も現れれば、軍船からは陸軍ウィッチが騒ぎを聞きつけて走ってくる。

 

そんな横で一部始終を見ていた男は喜ぶ。

 

 

「うおおお!やったぞ!さすが扶桑の英雄!なんだなんだ兄ちゃん!アガリ迎えてもう飛べなくなったんだと思ってたがまだ魔法を使って戦えるんだな!」

 

「戦えないことはない。けどそれまで扶桑は平和だったからな。だから扶桑で戦う必要なかっただけの話だ。しかし今話は変わった。薄くなった哨戒網を超えてネウロイはこちらを目指している。コレで終わりとは思えん」

 

 

ビーム砲を受けて墜落するネウロイ。

 

しかしまだ生きている。

 

召喚した武装の内部を切り替える。

 

そして再びトリガーを引く。

 

放たれるのはガンランチャーのAP弾。

 

狙撃するような形でネウロイを撃ち抜き、コアに触れたのかバラバラに砕け散った。

 

 

 

「いって…反動強すぎだろこの武装…」

 

 

手が痺れ、思わず武装を手放す。

 

すると役割を終えたことを悟った超高インパルス長射程狙撃ライフルは地面にガコンと音を立て、消えた。

 

俺はホッと息をつき、尻餅をつく。

 

もうネウロイの反応はない。

 

 

 

「く、黒数さん!」

 

「?…犬房か。早起きだな」

 

「おはようございます!ですが今のは!?」

 

「見ての通り、ネウロイだよ」

 

「そ、それはわかります!でも…何故?」

 

「俺が知りたい。ただ今の個体恐らくはぐれなんかじゃない。明確な目的を持って浦塩に真っ直ぐやってきた。それは統率性を基に動いてる証拠になる。そうなるとあの奥にそれを動かす元凶… 親機がいることになる。早めに討たないとまた浦塩にネウロイがやってくるぞ」

 

「!」

 

 

 

それから浦塩に駐屯する陸軍に話を持ち込んで今回のことを情報共有した。

 

信じられないような顔をしていたが復興作業協力者の目撃情報と証言、また夜間哨戒中だったナイトウィッチの情報もあり、疑いようのない事実となってしまう。

 

それからの行動は早かった。

 

浦塩に駐屯する陸軍兵士を動かし、また陸軍が保有する陸戦ウィッチと空戦ウィッチも稼働させる。そうやって編成が済むと早速ネウロイが襲ってきた進撃先に偵察を向かわせた。

 

その中には数少ない空戦ウィッチとして参加した犬房もいた。

 

そんな俺は民間人なので待機だ。

 

 

するとそのタイミングで国外から電報が舞い込んだ。

 

 

 

黒海に大きな怪異の巣が出現。

そのままダキアに上陸。

改めてコレを『ネウロイ』と命名。

ダキア、モエシア、オストマルクが迎撃開始。

しかしダキアを中心に陥落も時間の問題。

大型ネウロイ、多数の目撃あり。

 

 

 

「なんだ!何だコレは!?」

「出現場所が黒海だと!?」

「オストマルクは無事なのか!?」

「おいおい!ウラルのすぐそこじゃ無いか!」

「なるほど。この黒海に出現したネウロイの一部がウラルを超えて浦塩まで来たのか…」

「編隊を組み直し!迎撃体制に入れ!」

「佐世保にはすぐ連絡を入れろ!急げ!」

 

 

この一週間、陸軍は騒がしく動いた。

佐世保に援軍を頼み、軍の補給に勤しむ。

 

 

「第一迎撃隊!第二迎撃隊!帰還!」

「小型を12機!中型は1機を撃破!」

「損傷は17名です!」

「この一回で1割強が損耗か…」

「くそっ!ネウロイめ!」

 

 

復興作業を支援する程度の軍備状況なのか兵士たちに充分な装備が与えられていなかった。そのためかそう多く無いネウロイの撃破に手を焼いてしまい、親機の撃破もならず、進軍先で負傷者を出してしまう陸軍は焦りを隠せない。

 

犬房のように扶桑海事変を経験した陸軍ウィッチも何名かこの浦塩に駐屯しているが、流石に穴拭智子のような精鋭と言える精鋭がこの浦塩には一人もいないため、その黒雲を斬り払う者がいない。

 

それでもこの一週間、ネウロイの攻撃を食い止めている陸軍達。

 

浦塩の復興作業は続く。

 

 

 

「兄ちゃん、お供の嬢ちゃんが心配か?」

 

「犬房は強い。あまり心配はしてない」

 

 

 

俺はこの二週間同じ班としてよく犬房と共に作業していたのだが今の彼女はストライカーユニットを脚に履き、ネウロイの討伐隊としてウラルに向かったため今はいない。

 

賑やかにしてくれた彼女がいないため復興作業場には寂しさが漂う。

 

 

「……」

 

 

そんな彼女のお陰で助かったことがある。

 

まず国外ではジム・カスタムの名で世界を回ってたが扶桑にいる現在は黒数強夏としての身分は隠さずこの場に参加している。

 

それは国民からしたら扶桑の英雄かつ人類に希望を与え続けた願那夢、そう認識を持たれてるいるため軍人を含めた周りの人達から「畏れ多い!」と共に作業することを敬遠されたり、中には英雄様だからと作業させてくれないこともあった。

 

俺は海軍の雲隠れとしてこの場を利用させて貰っているが復興作業は全然手伝う気でこの場にいる。

 

何せ、第十二航空隊を切り盛りしていた頃は浦塩から甘いものなど多く届くことがあり、士気向上の関係でお世話になったため、手厚い援助のあったこの場を復興させたいその気持ちはある。

 

しかし願那夢の名が民草に紛れることを邪魔していた。

 

英雄故の距離感が生まれていた。

 

だがそこは犬房のお陰で緩和されていた。

 

まあその分「扶桑の英雄様ぁ〜」と、かなり馴れ馴れしく接してくるところはあったが、でも遠慮ないこの距離感のお陰で周りからは願那夢をしていた黒数強夏も人間で沢山だと認識してくれたた。

 

そして今は「(あん)ちゃん」と親しまれながら復興作業を手伝えているのだ。

 

これは犬房のお陰。

 

だからこの場から飛んでいった彼女を気にはすることは普通だ。

 

 

「あまり心配する必要はない。陸軍を信じて俺たちは浦塩の復興作業を進めよう。海事変を乗り越えた扶桑軍は強いから」

 

「おう!その通りだな!オレたちはオレたちのことを進めようぜ!」

「だな!それに軍人として前線にいた兄ちゃんが言うんだ!間違いないな!」

「そうだな!なら帰ってくる奴らに少しでも変わった所見せないとな!」

 

 

 

不安をかき消すように復興作業は進む。

 

 

 

そして…

 

 

 

俺が落としたネウロイの騒動から既に10日が経過した。

 

迎撃の二波目としてウラルに向かった陸軍は戻ってきた。

 

朗報として『親機』を落としたと報告があった。

 

 

 

 

 

「っ!!…手の甲が役割を訴えてる…??」

 

 

 

 

思わずシャベルを落としそうになる。

 

それと同時に情報が舞い込んだ。

 

ウラルの空で親機は落とした。

 

 

 

 

 

代わりに【人型】が現れたと報告があった…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重たい音をした砲撃が真横を通過する。

 

それを回避しながらビームサーベルを召喚。

 

すると奴とのビームサーベルが交差する。

 

その隙に腕を伸ばし、魔法力を解き放てば槍のようにビームシールドが突き出され、そのモノアイを砕いた。

 

 

 

「がら空きだ、紛い物」

 

 

 

怯んだ隙にビームサーベルを切り返してコアを刻んだ。

 

 

 

「ギィ!?、ギィ、ギィ…」

 

 

赤い光を放ちながら消える人型ネウロイ。

 

または砕けながら堕ちる『ペイルライダー』の形をしたネウロイを見おろす。

 

 

 

「まずは一機………、!」

 

 

すると脳裏に駆け巡る警告音。それに従って体をひねると有線式ミサイルが横を通過する、それに手を伸ばし、ミサイルの有線を掴み取ると強引に引っ張る。

 

 

「ギィ!?」

 

 

有線ごと引き寄せられた『ブルー・ディスティニー』はバランスを崩し、その隙にビームサーベルを突き出してその腕を切り落とした。

 

森の中に落ちゆく腕の装甲。

 

 

 

ギィ!ギィ!

 

「もしやEXAM(エグザム)システム?つまり俺をニュータイプとして見做したってことか?へー、そりゃ光栄だな」

 

 

全身から赤い光を放ちながらビームサーベルもマシンガンも使わず、残った片腕のマニピュレーターを使って殴りかかってくるブルー・ディスティニーの猛攻。

 

しかし脅威に感じることなく、攻撃を回避しながら真下を取る。

 

そして下から吹き荒れる上昇気流を利用したキマリストルーパーの武装『機雷』がブルー・ディスティニーを下から押し上げて視界を阻害する。そこに支給品の機関銃の弾を放って着火させると機雷が爆発した。

 

 

 

「ニュータイプ相手にただの格闘で倒せるわけないだろ紛い物が。せめてユウ・カジマを乗せてくるんだな」

 

 

 

損失した片腕から攻撃を加え、最後はビームサーベルでコアを両断。

 

ブルー・ディスティニーはあっけなく砕け散った。

 

 

 

「人型はコレで全部か?」

 

 

この手の甲に刻まれている、厄災から人類を救うことを願った英雄の魔法陣が反応しない。鬱陶しく感じていた痺れもない。つまりこの場にネウロイはいない。そういうことだろう。怪しい雰囲気も感じ取れない。もう大丈夫だ。

 

 

 

「しかし、またこうしてウラルの空で戦うとはな…」

 

 

額の汗をぬぐい、見渡す。

 

懐かしい空。

 

思い出が身体中を巡る。

 

ネウロイと戦ったことのある場所も見えた。

 

そうやって遠くを見ていると…

 

 

 

「黒数准尉!お見事っス!」

 

「犬房か。もうこの辺の邪気は感じられないから大丈夫だ。ただ…」

 

「?」

 

「かなり遠く。この辺りからもっともっと遠くから強い邪気が感じられる。黒海側かな。話の通りだと思う」

 

「!……ネウロイっスよね?」

 

 

黒海にネウロイが多量に出現。

 

そして海上には『巣』が現れた。

 

コレによってネウロイが欧州の方角に攻撃と撤退を繰り返して人類に打撃を与え続けている。カールスラントから支援を受けているオストマルクだが物量で殴ってくるネウロイが相手、時間の問題だ。街が占領されれば一気にネウロイが雪崩れ込んでくるだろう。

 

 

「コッチの方は大丈夫っすかね…?」

 

「奴らの目的は欧州だ。コチラに舵を切らない限りは大丈夫… と思いたいが、ウラルに現れた以上楽観視は出来ないな。早めに浦塩の復興作業を済ませて軍備配置状況を充実させないと不意な攻撃に対応できない」

 

「そうっすね。しかし今回黒数さんがいなかったら大変なことになっていた!貴方が居てくれて良かったですよ!」

 

「これ以上損耗を起こしたくない陸軍からも、そうやって感謝されたよ」

 

 

それからお目付役の僚機として飛んできた犬房と共に浦塩に帰投する。そして無事浦塩に到着すると人々から大いに讃えられる。

 

 

「願那夢だ!」

「扶桑の魂!」

「そうだ!扶桑の正義は我々にある!」

「「「うおおおおおお!!!!」」」

 

 

自然と陸軍と民間人が仲良くアグニカカイエルしている姿を横目に、今回のことを伝えるため俺は犬房と共に陸船に足を運ぶ。すると朗報を待っていた軍人達が一斉に迎えてくれた。

 

 

「黒数殿!ご無事で!」

 

「ただいま。既に犬房准尉から報告は受けていると思うが人型は倒してきた。人型の脅威は無いと見て構わない」

 

「「「な、なんと!!」」」

「「「流石、扶桑の願那夢っ!!」」」

 

「あと早めに情報を共有しておきたい。ここの上級階級の者達との話の場は設けられるか?」

 

「はい!直ちに!」

「了解しました!黒数准尉!」

 

 

もう准尉じゃないんだけどなぁ。

 

犬房が何処かで俺の最終階級が准尉であることを喋ってしまったから知れ渡っている。やれやれ、海軍の方までこの名が届かなければ良いんだがな。今回人型を倒しに飛んだが実は半ば強引に出撃している状態だ。

 

陸軍は親機を倒したのは良いものを、損耗した陸軍の再編に時間が掛かかっている状況。

 

だがここでネウロイに時間を与える訳にもいかないため俺はストライクユニットを履いて軍人のお偉いさんに「俺が向かう」と告げた。最初は民間人って扱いのため出撃を渋られたが本音を言えば今の陸軍は猫の手も借りたい状況。そのためもし俺のことが心配なら俺のことをよく知ってる犬房を僚機として連れて行くと提案して、それで出撃が認められた。まあ認められなくても向かうつもりだったが一言は告げておこうと考えての行動。そしてペイルライダーとブルーディスティニーの二機を撃破して帰ってきた状態だ。

 

 

「今回はなんとかなったが軍が駐屯できる状態まで浦塩の復興を急がせないとオストマルクから溢れてきた二波目は耐えられない」

 

「うむ、願那夢の言う通りだ。インフラを優先的に復旧させて浦塩を稼働させなければ扶桑海事変の二の舞だ。それは絶対に避けなければならない!」

 

「今度こそ扶桑の陸軍がこの浦塩の砦となろう!」

 

 

状況整理が済むと民間協力者に脅威が取り除かれたことを改めて軍人から告げられ、不安な空気は取り除かれた。

 

それからも浦塩は引き続き復興作業を進め、哨戒任務の量も増やし、数日後には佐世保から追加で送られてきた陸軍が合流した。

 

軍備増強によって人々は安堵、士気は充分に向上し、それが後押しとなって浦塩はみるみると復旧してゆく。

 

 

 

「おおー、こうしてみると結構進んだな」

 

 

一度参戦してしまった以上は今頃ウラル戦線から引き下がる訳にもいかないため、俺は浦塩に駐在している間は民間協力者として空を飛んでいた。

 

今は夜間哨戒をメインで空を飛んでいる。夜間で動いてる理由としては純粋にナイトウィッチがそこまでいないので俺が穴埋めで飛んでいる。その辺は陸軍から大変申し訳なく思われたが、こうして俺が夜間哨戒を承ってあることは陸軍からしたらかなり助かっているとのこと。

 

まあ俺自身、最近までカールスラントで散々夜を飛んでたからそこまで苦でもない。気にせず夜は任せろと陸軍に告げて今飛んでいる。ただ俺の現状は浦塩から口外しないよう陸軍にお願いしている。やや首を傾げられたが了承してくれた。

 

俺の武勇伝とかは別にどうでも良くて、ただ純粋に俺の存在が海軍の堀井中将辺りに知られると面倒だから。

 

 

 

「輸送船も多くなったな。ああ、良い事だ」

 

 

俺自身まだある程度の不安事を抱えているが、夜間哨戒任務帰りの空の上から見下ろすと街がどんどん復興している光景が目に入り気持ちも落ち着く。扶桑人の芯の強さが見えて頼もしい。安心感と同時に襲いかかる眠気を欠伸に変えながらストライクユニットの出力を落として格納庫にそのまま入り、ユニット発着機にストライクユニットを収めて脱着する。

 

 

欧州で購入したお気に入りのスニーカーに履き替えて哨戒任務報告書をまとめるか、報告は犬房に押しつけてさっさと寝るか考えていると…

 

 

 

「?」

 

 

ひとりの女性が入り口で待っていた。

 

見慣れた後ろ姿。

 

 

__そして靡くポニーテール。

 

 

 

「!?」

 

 

 

俺はその後ろ姿に目を覚ます。

 

すると俺が戻ってきたことを察したのかその女性は振り向いた。

 

その人は…

 

 

 

「待っていましたよ」

 

「え?…ふみ…か?」

 

「いえ、違いますよ____義兄(おにい)さん」

 

「………………ハ?」

 

 

 

俺は耳を疑い、それから目も疑う。

 

完全に目が覚め、見ているものも鮮明になる。

 

ポニーテール……いや、違う。

 

よく見たら側頭部に髪を結んでいる。

 

これはサイドテールだ。

 

しかし……ああ、しかし彼女(ふみか)によく似ていた。

 

 

 

「初めましてかな?と、言っても私は一方的に知っていますけどね。それは願那夢の意味的にも、私の家族の『許嫁』って意味でもね?」

 

「ッ!!? ま、待て、もしや…!」

 

「うんうん。そこら辺はちゃんと聞いてるみたいですね。ならそれは想像通りですよ」

 

「!」

 

 

 

彼女はコチラに数歩近づく。

 

そして陸軍の軍服を伸ばして敬礼した。

 

 

 

 

「本日より佐世保から陸軍の援軍部隊の一隊長として浦塩に着任しました。わたくし陸軍遊撃隊部隊長__」

 

 

 

 

 

 

話には………一度だけ聞いていた。

 

北郷は軍人一家であることを。

 

そして()()家族であることを。

 

父、母、姉、それから…

 

 

 

 

「ま、まさか…」

 

 

 

 

目の前に現れて俺を「義兄さん」と呼ぶその彼女はこの記憶が正しければ、この娘は…!

 

 

 

 

 

北郷 鈴香(きたごう すずか) 階級は少佐です」

 

 

 

 

北郷の家名を名乗るウィッチがひとり。

 

サイドテールを靡かせてそこにいた。

 

 

 

 

 

 

つづく

 






本編には名前すら登場しませんが北郷章香に『妹』が存在するのは公式設定です。優秀な陸軍ウィッチって設定らしい。まあこの小説ではほぼオリジナルなのでそこまで気にしなくても良いかな。出番もそこまで考えてない。


【黒数強夏】
扶桑ではジム・カスタムの名を名乗らず普通に黒数強夏として浦塩の復興作業に参加する。願那夢の英名により民草の中に紛れること困難求められたが犬房のお陰でかなり緩和され、夏場は汗水流しながら民間人と共に働く喜びを感じ中…だったがネウロイの出現により結局また飛ぶ羽目になってしまう。現在は夜間哨戒を主に夜空を飛び、浦塩の安眠を守っている。支援物資にチェロスを頼めるか考え中。

【犬房由乃】
願那夢に脳を焼かれ続けている陸軍所属の空戦ウィッチ。黒数強夏のお陰で復興作業中は充実していたが、現在は復興作業に手を付けずネウロイ警戒のため哨戒任務に割り当てられ、数少ない空戦ウィッチとして飛ぶ日々を送る。実は浦塩に駐屯中のウィッチの中で黒数強夏を除けば五本指に入る強さとして認識されてるが本人は気づいてない様子。願那夢が強くて自分の強さが霞んで見えてるらしい…マジでそういうところやぞ黒数。

【北郷鈴香】
この小説におけるオリジナルキャラクターであり、北郷家の『妹』として作中に登場した。姉と同じ手練れの剣術家。陸軍でもその名は有名である。ウラル戦線では北を中心にネウロイと戦っていた。願那夢のことはよく知っているらしい。



ではまた


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44話



お ま た せ


またウマ娘でマフティーしてました。
ユニバァァァァス!!!
ってこと。



他に書くものが浮かばない限りはコッチに力入れます。

ではどうぞ


 

 

 

さて、黒海にネウロイの巣が現れて10日が経過した。

 

ウラルからやってくるネウロイの脅威と睨み合いながらも浦塩では着々と復興作業が進み、その地を守らんとするウィッチ達はそれぞれ陸と空を使ってネウロイの哨戒また討伐に駆り出されていた。

 

それと同じく男性ウィッチである俺も2週間ほど手を付けていた浦塩の復興作業から一度手を引き、キャリーバッグの中に納めていたストライクユニットを引っ張り出すと再びウラルの空を飛ぶことになった。なんというかこうしてネウロイに注意しながらウラルで飛ぶのも懐かしい感覚だ。

 

さて、懐かしい感覚なのはともかく今回はどの部隊にも所属していない嘱託社員のような状態なため現在の俺は民間協力者として浦塩近辺からウラル戦線まで幅広く飛び回り、主に夜間哨戒を目的としている。

 

しかし何故俺が他の兵士を押し退けて夜間哨戒任務に付いてるかというと…まあ理由は単純。

 

ナイトウィッチがいないからである。

 

希少種だもんね。仕方ないね。

 

そもそも現在の陸軍にはそこまでウィッチがいない。一応だが扶桑海事変をモチーフとした映画のお陰で訓練生は確保できたらしいが実戦投入できる兵士はまだ居ないらしくそう簡単にウィッチを導入出来てない。こうした人手不足に人手不足が重なっている状態であり動員できる兵士も限られている現状。

 

そして黒海に出現したネウロイの一部が陸軍の管理する浦塩にやって来る始末。

 

泣きっ面にネウロイも良いところだ。

 

やはりネウロイは害悪。

はっきりわかんだね。

 

そんな陸軍のために夜間能力に適正がある俺が自ら立候補して夜間哨戒任務に当てられている状態だ。まあ夜飛ぶ事態は問題ない。カールスラントで経験あるから。

 

しかしカールスラントから扶桑に帰る間に生活リズムを昼型へと戻したというのにすぐ逆戻りなのは辛いところさん。

 

だがこれも一般市民のためだ。

 

願那夢の威名によって敬遠されていた俺だけど犬房を通して受け入れてくれた人達がいる。

 

これも全て過剰なプロパガンダが原因だけど浦塩の復興は俺自身が望んでいることなので、毎日尽力してくれる民草の安眠くらいはしっかり守らないとな。

 

それに陸軍の駐屯地は一部の海軍から良い雲隠れになっている場所だ。

 

熱り冷めるまではこの場所を利用しようと考えて人員補充の目処が付くその時までは浦塩で飛んでおこうと思っている。

 

その後は…また海外に行くのもアリだな。

 

その時は章香に伝えないと。

 

 

 

 

あ、そうそう。

 

章香と言えばなんだが……

 

 

 

()()()()()は姉上のどんなところがお好きになられたんですか?」

 

「全部」

 

「もっと細かいところとか無いんですか?」

 

「ない。それだけ彼女には魅力なところが多いから」

 

「なるほど。全てがクリティカルと」

 

「それは否定しない。まあ強いて言うなら舞鶴の潮風に靡く章香のポニーテールは好きだよ」

 

 

 

横でうんうんと頷きながら話すのは北郷章香の妹である『北郷鈴香(きたごう すずか)』だ。

 

妹が陸軍にいることに関しては聞いていたが、まさか浦塩に援軍として参戦するとは思わなかった。

 

まあ浦塩の管理は主に陸軍がしている状態なので陸軍が援軍を求めたら同じ陸軍から人員が送られて来るのは当然のことだろう。

 

しかし北郷鈴香に関してはノータッチだったため寝耳に水な状態。あの日は夜勤明けの眠気もすっかり吹っ飛んだぞ。つまり身構えてないから死神の代わりに妹がやって来たタイプ。控えめに言って身内の参上は怖いぞアムロ。

 

それと彼女の階級は少佐であり、姉と同じで優秀なウィッチとして名を馳せており、一年前のウラル戦線でも北側でネウロイの侵攻を抑えていた実戦部隊の隊長だ。

 

それぞれ陸海と姉妹揃って優秀なこと。

 

ただ姉の章香はもう退役したが。

 

 

 

「あ、お義兄さん、そこの七味もらって良いですか?」

 

「どうぞ」

 

 

それと今は朝ご飯中だ。

 

夜間哨戒任務の帰りに食堂に向かった俺は適当にうどんを貰い、夜勤明けの眠そうな瞼半目で麺を啜っていたら「お義兄さんおはようございます」と目の前に座ってきた。

 

これには目を覚ましてしまう。

 

孤児院時代では年下から「お兄さん」と慕われていたけど彼女の場合「お義兄さん」だから意味も理由も盛大に変わって少しだけ身構えてしまう始末。

 

しかも「お義兄さん」と呼ばれるたびに周りの兵士やウィッチから注目を浴びてしまう。周りは俺が扶桑の英雄こと黒数強夏であることを周知しており、そしてあの第十二航空隊の大黒柱かつ機動戦士願那夢の威名を持って扶桑海事変を勝利に導いた人類希望だ。その英雄があの北郷家のウィッチから「お義兄さん」と声をかけられていれば誰もが目を引くことになってしまう。変な噂が広まらなければ良いが。

 

 

 

「お義兄さんはブリタニアから来たんですよね?あの宮藤博士の使用人として」

 

「ああ。生活が安定するまでは宮藤博士を手伝っていた。それで渡欧中の章香と出会い、お役目ごめんになったタイミングで舞鶴航空隊に連れて行かれた。流れではそんな感じだな」

 

「なるほど。しかしそんかお義兄さんは何故魔法力が?」

 

「ややこしい話になるからそこらへんは伏せさせてもらう。まあ色々あったんだよ」

 

「そうですか…」

 

「ただ、そうだな……ひとつ言えることがあるとするなら」

 

「?」

 

 

一度コップに注がれた水を飲み、食堂の窓から見える空を眺め、浦塩の空を飛ぶウィッチを見送りながら…

 

 

 

「俺を見つけてくれた人が章香で良かった」

 

「!」

 

 

紛れもなくその時の気持ちを伝える。

 

俺が出会えた最初の魔女。

 

それが北郷章香。

 

ファーストコンタクトはあまり穏やかではなく刀を向けられている状態で土下座して懇願する俺の姿があった。

 

その後は知人関係として彼女の好意で拾われて舞鶴航空隊入り。気づいたら第十二航空隊の副隊長かつ扶桑の願那夢として威名を背負った英雄になった軌跡。もうあんな出来事も既に二年前の出来事である。時の流れも早いものだ。

 

そう懐かしく思いながらうどんを啜ると目の前に座っている鈴香はどこか満足そうな笑みを浮かべながら…

 

 

「お姉様がお義兄さんを選んだ理由がわかった気がします」

 

「そうか?」

 

「はい。ご勝手ながらですが、私も父上に届いたお姉様の文、読ませて頂きましたから」

 

「ああ…なるほど」

 

 

 

願那夢を演じる黒数強夏の事前情報は章香の書いた文から得た訳か。まあ妹君からも気を許されてるようで俺は安堵するよ。

 

 

「しかし、似てるな」

 

「?」

 

「そのサイドテールにしてある髪、ポニーテールにしたら章香と見間違えそうになるな」

 

「ふふっ、よく言われます。今は垂れ目とつり目で見分けつきますが昔は髪を下ろしていてるだけでもよく間違われました。お義兄さんにも見せたかったです」

 

「姉妹揃って似てるいるかも気になるが幼い頃の章香は是非見たかったな」

 

「実はそれなりにやんちゃだったんですよ?学業はとても真面目で優秀かつ魔女学校も主席で合格するほどでした。しかしその分力比べが好きな魔女候補生の一人でして、誰も勝てないほどに強かったんです。もしあの頃にネウロイが扶桑を襲っていたとしてもお姉様なら一人で追い払っていたかもしれません。そう言われるくらいにお姉様は私と比べて凄かった…」

 

「鈴香も陸軍では名が有名だろ?」

 

「それはお聞きます。私のことも皆が讃えてくれる。けれど【軍神】として謳われるお姉様はほんとうにすごくて、それでいて…勿体無い…」

 

「…かも… な。彼女があと三年遅く産まれていたら、類い稀な才能と力でネウロイを押し返していたかもしれない。でも、章香が先人としてその時代を生きて、駐欧武官としてブリタニアへ来てくれたから俺は彼女と出会えた。たらればで勿体ないことを思い浮かべるのと同時に、彼女がそうであって良かったことを俺は彼女に感謝するよ。だから今、俺が章香の約束の先で飛んでいるんだ」

 

「!」

 

「章香の教えが俺にある。約束は果たされてもう隣を飛ばなくなった彼女だけど、しかし北郷章香って名を持つ偉大な魔女と飛んでいたファクターはこの魂に刻まれている。だから俺は惜しく思わない」

 

 

北郷章香のアガリを聞いた時、それは北郷鈴香と同じ考えをした。

 

もっと彼女が長く飛べるなら、隣で約束を果たせる時間はもっとあったかもしれない、そう考えたことは幾度なくある。

 

でも時間は進む。

 

だから後ろ髪引かれるのは彼女のポニーテールだけにして俺は許させる限りを尽くした。

 

ブリタニアで出会い、赤城で学び、舞鶴で約束を結び、ウラルで共に戦い、扶桑を守った。

 

それらの追憶がこの記憶になり、今も力になっている。ビームサーベルによる接近戦も章香が稽古を付けてくれたから今がある。もちろんそれ以外にも多く彼女から与えられた。

 

そうして北郷章香のファクターが黒数強夏を生かし、願那夢を健在にしてくれる。

 

俺はアガリを迎えた章香を惜しく思わない。

 

だって今も俺は彼女を隣にして戦っている。

 

そう感じているから。

 

 

 

「やはり貴方は、お姉様に相応しい以上を感じさせてくれるお人なんですね」

 

「ただ必死なだけだ。あまり(いだ)きすぎるなって」

 

「ふふっ、わかりました。でもこれはひとつだけ伝えさせてください」

 

「?」

 

 

 

彼女は食器を持って立ち上がり…

 

 

 

 

「私はお姉様を尊敬します。そして扶桑の英雄たる願那夢のことも尊敬します」

 

「!」

 

 

ご機嫌なサイドテールを揺らしながら彼女は食堂を去る。

 

俺はその言葉を受け止めながら彼女の後ろ姿を見送り、そして食べきったうどんのスープに視線を移してしばらく眺める。そこには俺の顔が写っているが、一瞬だけスープが揺れるとガンダムの顔に変化した……ように見えた。

 

 

「やれやれ、眠気でまともじゃないな」

 

 

俺はスープを飲み干すと立ち上がり食器を片付けて食堂を去る。

 

この後は任務報告書をまとめる予定。

それが終わったら寝る。

てかやはり眠い。

報告処理は犬房にでも押し付けようか。

 

そんなことを考えてると西から風が舞い込む。

 

それはウラルの方からだ。

 

 

 

「黒海か……」

 

 

この数週間で世界は騒ぎになっている。

 

扶桑海事変の時も世界はそれなりに騒ぎになっていたが今回は扶桑ではないヨーロッパの方にベクトルが向いており、様々な国がネウロイの対応に追われている。

 

まあ、それもそうだ。

 

充分な戦力を完備できてない国に唐突な大戦力の到来かつ新型ネウロイが続々と現れた。戦線構築が追いついてない現状として早急な戦力強化と武装強化が望まれている状況下であるが、もちろんネウロイが待ってくれる筈も無くその間にいくつかの街を陥落させた。

 

そんな扶桑も他国と同じ状態であり、散発的ながらも浦塩近辺まで黒海からウラルを超えて現れたネウロイの攻撃が届こうとしている。まだ一年前に比べてかなり控えめは侵攻であり、扶桑に主軸を当ててないような軽量な物量であるが疲弊している扶桑皇国からしたらネウロイが現れただけでも悲鳴ものだ。

 

正直あの日の朝、俺がネウロイの強襲に気づかなかったら浦塩は打撃を受けていたし、扶桑全体は相当頭を抱える羽目になっていただろう。

 

しかもあの夜、適正者は居らずとも夜間哨戒に出向いていた兵士は陸軍から出ていた。

 

だがやはり夜間に適性のあるナイトウィッチのような兵は一人も保有してないことを考え、実のところ防衛体制が不十分な苦し紛れな復興作業であることが伺える。

 

そのため俺がこうして出ている状態だ。

 

 

…………てか、海軍と連携取れていれば人手不足なんて問題解決できると思うんだがねぇ?

 

海軍も同じように人手不足なんだから今こそ陸海は力合わせて扶桑の戦力復興を目指すべきだと思うんだが……

 

やれやれ…

 

扶桑は結局、扶桑(にほん)に変わりないって事か…

 

 

 

「もういいや、さっさと寝よう…」

 

 

 

犬房は見つからなかったので自分で報告を済ませた。そして眠りつくとにした。

 

 

 

あ、ちなみに徴兵中として軍から綺麗な個室を与えてくれた。

 

これも願那夢故なのか待遇が良い。

 

個室はありがたく頂こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして睡眠から5時間後。

 

手の甲から痺れを感じ取った。

 

___願那夢(やくわり)が倒すべき存在を訴える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から約一年前、南の方からその名が届いた。

 

____願那夢。

 

ウラル戦線の北にその威名が刻まれた新聞記事が手元に届く。

 

私はその内容を手に取り確かめた。

 

扶桑陸軍の穴拭智子を筆頭とし、扶桑国民にこのヒーロー性とアイドル性を伝えるため新聞記事には大きく映し出された写真が何枚か載せられており、それと同時に最前線で闘うウィッチが健在であることを証明する。

 

その中で特に目が着いたのは別枠として記事に載せられている、扶桑刀を握りしめた男が一人写し出されていること。

 

その名前は【黒数強夏】である。

 

そして私の姉、章香が率いる第十二航空隊の副隊長かつ准尉の階級を持った男性ウィッチとしてその輪の中にいた。

 

私はすぐに気になり姉章香に文を送った。

 

 

__彼は何者?

 

 

返ってきた答えは『信頼できる者』だった。

 

姉章香の言葉に嘘はない。

それは知っている。

 

それでも私は少しだけ心配になっていた。

 

しかし姉章香の『信頼できる者』の言葉とはすぐに答え合わせができた。

 

次々と舞い込む第十二航空隊の情報。

 

どれも活躍のみが耳に入る。

 

その中で願那夢の名はよく耳にした。

 

ネウロイに対する、迎撃、追撃、反撃、どのような条件だろうと貢献してきたその活躍は紛れもなく英雄のそれだ。

 

世間はもう彼の活躍に期待する。

 

願う。または。夢見る。

 

そう感じさせる安心感。

 

何より姉章香が彼のことを喜んでいる。

 

それが妹の私にとってなによりも証拠だ。

 

だから私はその存在を受け入れ…

 

そして…

 

ほんの少しだけ願那夢の存在に憧れる…

 

 

 

 

しかし残酷は等しく訪れる。

 

ある日、願那夢は夜闇の中で落ちた。

 

穴埋めのため慣れない夜間哨戒に付き、その先で人型ネウロイと対立し、そして願那夢は闇の世界で翼を折られてしまい、その威名は空の彼方で砕かれた。

 

だが願那夢の墜落()は世間に広まることなく一部の人間のみ知る事実となる。

 

軍の士気低下を恐れてた故の処置だ。

なんとも寂しい知らせだろうか。

姉章香の隣人は容易く消え失せる。

それがあまりにも心を締め付ける。

 

そんな悲しい事実を受け止めながら陸海は浦塩まで撤退することになった。

 

だがそこに願那夢の姿が見られず知らないはずの周りは何かを察し始めていた。

 

 

__願那夢は第十二航空隊にいないのか?

 

 

この機密情報もいつのまにかその他の兵士たちにも広がり、願那夢という大戦力の低下を目の当たりにしたことを実感し始める。

 

更にネウロイの止まらない侵攻も合わせた状況が悪化し始める中、扶桑陸軍は大規模な動員を行いネウロイの撃破に向かったが多くの死者と負傷者を出しての大潰走を生み出し、扶桑皇国軍はボロボロに追い込まれる。

 

私も怪我を負いながら浦塩に戻り、願那夢を無くしながらも気丈に振る舞う姉章香から「よく頑張った」と言葉を貰いながら私は浦塩を後にしようと輸送船に乗り…… 追い打ちとばかりに人型ネウロイが浦塩上空に現れた。

 

絶望をその目にした。

 

その人型ネウロイは初めて見た。

 

しかし何故か……怒りと悲しさが湧き上がる。

 

直感的だが___アレが願那夢を墜とした。

 

そう感じ取った。

 

すると一年間のウラル戦線で名を馳せていた第十二航空隊はこれを迎撃しようと迎え撃つ。

 

しかし半分以上のウィッチが損耗している状況で人型ネウロイを討てる望みは願那夢と同格と謳われる姉章香のみであった。

 

私は怪我で動けず輸送船で眺めているだけ。

 

姉章香にその空を任せていた。

 

しかし人型ネウロイの強さは人智を超えた暴力により第十二航空隊は半壊する。

 

そして同時に姉章香はアガリを迎えていた。

 

弱った魔法力は遠くからもわかった。

私達はよく似た姉妹だから。

 

姉章香も願那夢と同じようにあのネウロイに討たれて墜ちてしまう…??

 

重なる絶望はすぐそこに。

 

何もかも終わりを迎える。

 

そして___希望は宇宙(そら)からやって来た。

 

 

 

__約束を果たしに戻ってきた!!

 

 

 

願那夢は彗星の如く現れると姉章香を助けた。

 

そして人型ネウロイを返り討ちにする。

 

今も思い出す。

 

あの"夏"の下で戦う彼は"強"かった。

 

それが『強夏(きょうか)』って意味なのかと思わせるほどに願那夢の威名に相応しい姿を浦塩の空で見せつける。そうして第十二航空隊と浦塩に残された者たちを救った。

 

あの希望は未だ健在である。

輸送船から喜ぶ声。

同じく私は輸送船から見ていた。

なによりその活躍を初めて目にした。

 

そして納得がいった。

 

姉章香が願那夢と謳われる黒数強夏に信頼を置いている理由が。

 

それから私は怪我の治療で扶桑に帰るも、石川の実家に戻ることはなく怪我を隣り合わせにして忙しく軍務に周っていた。

 

その間に姉章香は黒数強夏を連れて実家に案内し、父との会合と盃を交わすと彼の存在は確かなものとして受け入れられた。

 

なるほど、つまり『もう逃げられないぞ』ってことだろうか?姉上もよくやる。

 

あと父上とも盃を交わしたみたいだ。

 

完全に彼は北郷家の人間だ。

私も賛成だ。

 

 

それから挺身作戦が開始。

 

陸海共同の作戦。

 

そしてここでも願那夢は活躍していた。

 

扶桑を形作った光の旗を掲げ、多くのネウロイを撃ち落とし、颱風の中だろうと怯まない。

 

また訓練期間を前倒しに参戦した訓練卒業生が多い作戦だったが、その戦意を保たせようと先陣を切り、誰よりも多くの傷を背負おうと立ち向かう姿はまさに英雄そのもの。とあるウィッチの話では浦塩で現れた人型ネウロイが強化された個体と再び戦闘を行い、コレを討ち取ったのだそうだ。

 

ああ、もしかしたら、この世界では彼よりも強いウィッチは全盛期の姉章香を除いて存在しないのかもしれない。それほどの活躍と強さを見せた。

 

しかし対するそんな姉章香は少ない現役期間を引き換えにウィッチの可能性を守ろうと、私の元隊長であった江藤敏子と共に作戦外から活躍を奪い取ろうとする一部の海軍と対立していた。

 

それも命を懸けて止めるつもりだった。

 

私はそれを挺身作戦の終わった数ヶ月に車椅子生活中の姉章香から聞かされた。

 

これには私も姉章香の行動に憤りを感じて少しだけ説教をしてしまう。戦いで命を落として本物の軍神になるなど指導者として後続に見せれない姿。そんなの言語道断であるから。

 

それとこのタイミングで姉章香が現役時に父へ送っていた文を読んだ。

 

彼の人間性がよく書かれていた文である。

 

どこか惚気のようにも感じたが、それと同時に私は黒数強夏に対して深く感謝の意を抱く。

 

姉章香の命を救い、そしてあんなにも女性らしい顔をさせた唯一の存在。

 

そして約束は必ず果たし続ける黒数強夏。

 

 

__今は離れ離れ。

__けれど彼はまた逢いに戻ってくる。

 

 

そう信じている姉章香は……美しかった。

 

離れ離れ……ああ、ひどい話だ。

 

彼は願那夢としたの力を畏れた海軍から軟禁を言い渡されていた。英雄に対して酷い扱いだ。

 

すると彼はそれを断って海外に逃げていた。

 

 

__大人(こども)に付き合っていられるか。

 

 

そう言葉に残した黒数強夏だが、姉章香とはまた一年後に出会う約束を結んで彼は旅に出る。

 

そして約束通り姉章香の元に戻ってきていた。

 

なんとも行動力の高い男だ。

 

内弁慶な扶桑男児は少しくらい彼を見習うべきだろう。

 

なにせあの人は願那夢の名前だけが一人歩きしていない立派な人間だ。

 

それなのに軟禁…か。

馬鹿らしい。

たしかに付き合っていられない事だ。

 

まあ海軍はこっそり帰ってきた黒数強夏を知らないみたいだ。

 

それに軟禁と言っても一部の組織がそうさせたいだけで全体的な意志でもないらしい。

 

しかしそれでも彼の存在がその者たちにとって厄介なのは間違いなく、そのうち扶桑にいる彼の存在を海軍は捉えるだろう。

 

だからそれを考えた黒数強夏は海軍の管理外である陸軍が監理している浦塩の復興作業に参加することにして腰を落ち着けるみたいだ。

 

なるほど。

 

ココならそう簡単に見つかるまい。

 

ただもっと堂々と扶桑に居座ってほしい限りだ。

 

その権利も意味も有る筈なのに。

 

これだから上の組織と言うのは…

 

私の元隊長、江藤敏子のようにため息が出る。

 

でもお陰で初めて彼とこの場で出会った。

 

何故なら私は陸軍のウィッチ。

 

浦塩復興のための支援部隊として参戦する。

 

だから……彼の活躍を見れる。

 

密かに憧れているその英雄譚に。

 

今の彼は階級も何も持たない民間協力者としてだが、その空気は昼夜違うとも感じられる筈。

 

 

 

 

 

そう考えて…

 

 

 

「散開!まとまらないで!」

 

「何よコイツ!?」

「こ、これもネウロイよね!?」

「このっ!人型のピエロもどきめ!!」

 

 

哨戒任務中、突如謎の物体が現れた。

 

最初は空から瘴気が現れた。

 

すると瘴気は渦巻き、小さな無数の物体がネウロイを構築するとそこにはピエロのような形をした大きな人型ネウロイが現れる。するとそのピエロは腰から筒状の浮遊物を多く飛ばすと飛んでいる私達を包囲するとビームを放ってきた。

 

急な包囲攻撃で一人落ちた。

 

そしてピエロ自身からもビームが放たれる。

 

 

「間違いないッ、この人型は…!」

 

「ち、近づけないっ!」

「くっ!どこまでも追って…!」

「このっ!このっ!!このっ!!」

 

 

なんとかあのピエロを撃退したい。

 

しかし回避で手一杯だ。

 

銃口を向けても飛び交う物体が射線を切るように狙ってくる。

 

 

「なんとか回り込まないと…!」

 

「キィィィ!!」

 

 

逃げ場など無いとばかりにあのピエロは延々と攻撃を放ってくる。

 

消耗という概念のないネウロイに対して制限のある私たちは圧倒的不利だ。

 

時間が私たちを追い詰める。

 

 

「ッッ、はぁぁぁぁあ!烈風斬!!」

 

 

扶桑刀に魔法力を纏わせるとそれを斬撃として放つ。

 

姉章香の編み出した技。

 

いくつかの飛び交う物体を斬り壊しながら迫り来る斬撃に対してピエロは回避を選んだ。

 

少しだけ攻撃の嵐が止んだ!

撃退か、もしくは撤退するな今のうちに…!

 

 

 

「キィィィ!!」

 

「「「!!??」」」

 

 

しかしピエロの腰からさらに飛び交う物体が放たれる。

 

しかも……壊した倍近くだ。

 

 

「そ、そんな…!」

「うそっ……!?」

「北郷隊長の烈風斬がっ!」

 

 

飛び交う物体は一斉にコチラに銃口を定める。

 

次はコチラの番。

 

落ちたウィッチの後を追わせようとする残酷。

 

そう告げるように光が___放たれ。

 

 

 

 

 

『あまり調子に乗るなよ、紛い物が』

 

 

 

 

 

 

「キィィィ!!?」

 

 

背後から熱源を感じる。

 

その瞬間、ピエロの右腕が砕けた。

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

周りの隊員は驚く。

 

ピエロの腕が弾け飛んだから。

 

私はサイドテールを揺らしながら振り向く。

 

そこには…

 

 

 

「いやー、流石っす!」

 

「寝起きドッキリにしては気合入りすぎだ」

 

 

 

まずひとりの陸軍ウィッチ。

確か……そう、犬房准尉。

 

そして、もうひとり。

 

 

「まさか…」

「うん、あれは!」

「ええ、間違いない…!」

 

 

そこにはこの世でたった一人の男性ウィッチ。

 

願那夢___黒数強夏が飛んでいた。

 

 

 

「お義兄さん!?」

 

「おはよう鈴香。まあ予定より3時間早く起きて眠い限りだよコッチは…」

 

「あの、もしや、貴方が援軍として…」

 

「いや違うっす!願那夢さんが察知して来ただけっス!」

 

「さ、察知…?」

 

「紛い物には敏感なんだよ俺。それとこの犬っころはお目付け役だ。許可なしにこの空域を飛行しているから捕まえてきた」

 

「いやー、急に廊下で『少し付き合え』って言われて少しだけドキドキしたっすよ〜、うえへへへ〜」

 

 

クネクネと反応を見せる犬房と言う名の陸軍ウィッチ。

 

その犬房に対してやれやれと表情を見せる黒数強夏はどこか眠そうだ。

 

寝ているところを起きてこの場所までやってきてくれたようだ。

 

正直……助かった。

 

 

 

「犬房、北郷少佐と連携してここから退け。あとは俺がやる。ぐっすり寝ているところ起こされてかなり機嫌が悪いんでなァ…」

 

「あわわわ、願那夢さんの睡眠妨害は犯罪級っすねぇ、くわばらくわばら…」

 

 

 

そう言った黒数さんは私たちの前に出ると手元から筒状の長物を召喚するとそこから光の刃が音を立てて伸びる。

 

すると目の前のピエロも同じように筒状の長物を引き出すと光の刃を伸ばしていた。

 

………ッ!は、離れないと。

 

 

 

知識の保護者(キュベレイ)は睡眠不足がどれだけ命取りか分かってんのか?ああ別に言葉は通じなくてもいいぞ。ただ…この代償は高く付くからな!紛い物がァァ!!」

 

 

空気を震わせる願那夢のストライカーユニットと共に破壊した右側から強襲する。

 

 

「さぁ!今のうちに退くっす!このままだと私たちを巻き込みそうになって願那夢さんは本気を出せないっスから!」

 

「え、ええ、わかったわ…」

 

「隊長!その前に仲間が下に!」

 

「もちろん回収するわ。早めに行きましょう」

 

 

 

激戦地となるこの場所から私たちは去る。

 

睡眠妨害を受けた不機嫌な願那夢の怒声はウラルの空で響き渡る。

 

 

 

「行け!ファング!」

 

「キィィィ!!」

 

 

 

無数に飛び交うビームの嵐を潜り抜けながら願那夢はピエロに立ち向かう。

 

彗星の如く疾る『願い那は夢』は再びこのウラルの空で荒れ狂うことになった。

 

それは一年前と全く同じ光景となるだろう。

 

私はそれを目の当たりにした。

 

 

 

 

 

 

つづく

 






【黒数強夏】
人手不足故にカールスラント以来の夜間哨戒任務に付くことになり、陸軍の民間協力者として浦塩の夜空を守る。北郷章香の妹である北郷鈴香と出会い「お義兄さん」と呼ばれる羽目になるがそれでも付き合いは良好で朝の食堂で会話する中。朝じゃなくてもいいからチェロスがメニューに入ってくれたらなー、勝手に思ってる。

【北郷鈴香】
姉章香の妹。母の北郷二海の血が濃ゆいのかややイタズラっぽい性格を秘めているが姉章香のことは尊敬して、敬愛している。浦塩で黒数強夏と出会い、姉章香に相応しい人間がどうか遠回しに判別していたが速攻で合格点を与え、二人の幸せを願っている。実は願那夢のファンだったりするが本人には直接伝えていない。江藤敏子の元部下だった。

【犬房由乃】
わんわん。


ではまた


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45話

 

 

 

二年前はウラルの空で幾度なく飛び回り、ネウロイを見つけて撃ち落とし、第十二航空隊に戻れば暖かい家がある。ガンダム界の鉄血風に言えば家族のような暖かさが約束されているからウラルの空がどんなに悪天候に呑まれてようとも帰れる場所が俺にはある。だから不安なんてなかった。

 

しかし今はなんてことない世捨て人。

 

海軍の軟禁を嫌っての逃亡生活。

 

二年前(あの頃)の栄光なんてのは既に北風に吹かれて遠き、この空にはかつてそうだったと言える程度に追憶する。

 

あの頃はもう戻らない。

 

でもそれはそれで構わないと思っている。

 

戦いなんてのは好んで起きるべきじゃないから。

 

 

 

 

なのに、ネウロイはまだ飽き足りずにこの空に現れてきた。それも形を偽って。

 

 

 

__あまり調子に乗るなよ、紛い物が。

 

 

 

ビームライフルのトリガーを引き、現れた紛い物に向けて狙撃する。

 

紛い物の腕を破壊すると俺は(寝起きでフラついて)壁ドンして連れてきた犬房にこの場から鈴香達を引かせるように頼み、手元にファングを取り出しながら奴と睨みを効かせて対面する。*1

 

なにせ質の悪い寝起きドッキリで俺は大層機嫌が悪いのだ。

 

 

「キュベレイか」

 

「キ、キ」

 

 

ピエロの形をしたネウロイ。

 

それはキュベレイと呼ばれるモビルスーツ。

 

華のある美しい機体だ。

 

 

 

「再生力が早いな……もしや500cost帯の白キュベか?…行け!ファング!」

 

 

 

三つのファングを飛ばしながら俺は太陽を背にする形でキュベレイの真上を取り、ビームライフルを構える。

 

飛ばしたファングはキュベレイに噛みつこうと飛び交い、キュベレイはファングに反応するとフヨフヨと纏っていたファンネルを動かしてファングを迎撃する。

 

三つのうち二つが破壊されるも残り一つはキュベレイの脚に突き刺さる。

 

すると…

 

 

「キ、キィィ!!??」

 

「!」

 

 

キュベレイはなんとファングを撃ち抜こうとして自分の脚ごと撃ち抜いてしまった。

 

なに…??

 

自傷??何かの間違いじゃないのか?

 

いや、違う、違うな。

 

これは………起こるべくして起こった。

 

 

「くくくっ……あっはっはっは!!」

 

「!!」

 

 

俺は眠気も忘れて思わず笑ってしまう。

 

ああ、そうだ。

そうだったな。

 

コイツらは結局は()()()()だ。

 

 

 

「まあそれもそうだよな!ニュータイプでもなんでもない出来損ないの紛い物がサイコウェーブ無しでファンネルなんて武装を上手く動かせるわけ無いよな!」

 

 

ファングやインコムみたいに自動で追尾するならともかく一つ一つを事細かに操作しなければならないファンネル武装に対する高すぎる要求値、その形を真似た程度の紛い物如きがキュベレイなんかに乗れるわけ無い。

 

ああ、知ってたさ。

 

それはとんでもなく難しい機体であること。

 

そりゃお祭りゲーの画面越しでは長押しチャージからのワンボタンで放てる低コスト殺しな武装を持った機体だったが、しかし実際にこうしてその機体の形を偽り、それを本当のキュベレイとして動かそうというのなら、それこそガンダムバーサスのようなご都合主義に護られてなければ動かせるはずもない。

 

 

「くくく、はははっ…!………すぅぅ……ッッ!!原作を馬鹿にするなよ紛い物!!植えられた(はな)を消し飛ばすような紛い物がハマーン・カーンの恐ろしさもわからずしてそんな(はな)に乗れる訳ないだろ!!」

 

 

太陽を背にしてビームライフルを連射する。

 

キュベレイはファンネルによる迎撃を一度止めると体を逸らして回避する。

 

まともに動かせないファンネルの武装はともかく即座に回避を選んだ素早い判断力は強いネウロイとしての証拠なのだろうか。

 

しかし体の大きさが足を引っ張っているのか何発かビームライフルに直撃し、装甲が剥がれ落ちる。

 

それでも簡単に砕けない辺りネウロイも強固に進化していると言うことだろう。

 

 

「そりゃファンネルは初見殺しさ。小さなビットから無数のオールレンジ攻撃なんて見れば誰もが恐れるだろう。しかし本当のファンネル武装を知っている俺からしたら、その器を見抜かれた貴様程度に恐れる要素などこの瞬間一つもなくなった」

 

「キ、キィ!」

 

「ああ!遅い!とんでもなく遅いな!!」

 

「!?」

 

 

ファンネルは俺を囲って攻撃しようと真下から迫ってくるが、ギンギラに照りつく真夏の太陽が熱感知を阻害してるのかファンネルの動きが悪くかなり広がってコチラを囲おうとする。お陰でわかりやすい。

 

ネウロイの悪いところが邪魔したな。

 

まあそのために俺も初手で真上を取ったのだがその辺りが対策できてない辺り、結局は本質がネウロイのそれに変わりなく、知能が獣レベルであることが改めて証明された。

 

俺はファンネル達がポジションに着く前にビームライフルで撃ち抜き、またポジションに付いてファンネルを放たれても愚直に放たれる直線的なビームは体をいなして回避。

 

そしてGセルフのように鋭く伸ばされたビームサーベルでファンネルを切り落とし、キュベレイのオールレンジ攻撃を悉く無力化する。

 

するとキュベレイも手のひらからビームを放って攻撃してきたが、それすらもビームサーベルで横に切り裂いてビームを打ち消した。

 

 

「キィ…!!?」

 

「コッチはこのウラルの空で北郷部隊の副隊長だった人間だぞ!この程度出来なくて章香の支柱になれるものか!俺を無礼(なめ)るなよ!」

 

 

そんな俺の隊長だった章香も真剣でビームごとネウロイを切り落としていたことがある。

 

しかも二刀流で二体同時にネウロイを斬り伏せていた。

 

あの芸当に比べたらバカでかいエネルギーでビームを打ち消してる俺なんか全然甘い。

 

まあ俺は剣豪といえる達人ではないので張り合うつもりはないが、代わりに狙う方を得意とするし、これを強みにしている。フラッシュ暗算とか、ビームライフル部とか、アーチェリーとか、学生時代はその辺りをな。

 

 

さて。そろそろ、いいだろう。ビームサーベルでネウロイのビームを斬ったがこんな芸当を見せるためにわざわざやったのではない。コレは対ファンネル兵器としていま握っているのだ。

 

 

 

「付き合いきれんな。これならまだ憎悪に身を任せたバンシィ・ノルンの方がネウロイらしく恐ろしかったぞ」

 

 

魔法力をたっぷり込められ、今にも暴発しそうなビームサーベルをキュベレイに放り投げると残りのファンネルが反射的にキュベレイを守ろうと動き出すが、俺は原作のZガンダムみたく投げ入れたビームサーベルにビームライフルを放ち、ビームコンフューズを行うことで暴力的なビームの衝撃波で半数以上のファンネルを破壊する。

 

またそのビームの衝撃波に怯むキュベレイにGーアルケインが扱うビーム・ワイヤーを放って胴体を縛ると強引に引き寄せ、ビームコンフューズの起爆に使っていたビームライフルをガブスレイの扱う銃剣『フェダーイン・ライフル』に変換させるとトリガーを引き、黄色のビームサーベルがキュベレイの胴体を貫く。

 

 

「ギィ!?ギィィ!!」

 

 

「しかし…」

 

 

ハマーンがどうのこうのと言ったがこのキュベレイってそういえば何色だ?

 

白キュベか?

それとも本当は低コストの赤だったとか?

 

ネウロイの色は黒一辺倒だから判断つかない。

 

もしそのままのネウロイの黒色で判断して良いならエルピー・プルが乗機として扱う黒キュベなんだろうけどバーサスに黒キュベは登場しない。

 

ならその判断としては高コストの白キュベレイか、低コストの赤キュベレイのどちらかになると思うが、装甲の回復の速さからしてやはり白レベルはあるんじゃないかと思っている。

 

 

 

「キィ…キィ!!」

 

「…」

 

 

 

いや、色なんて関係ないか。

 

考えればそんなのどうでもいい。

 

何故なら、お前は…

 

 

 

「形偽っただけのネウロイだからな」

 

 

 

白か赤か判断つかないがキュベレイの胴体に突き刺したフェイダーイン・ライフルのサーベルをそのまま横に、胴体を半分に切り裂いた。

 

すると最後の足掻きとしてファンネルがコチラに放たれるが、愚直な攻撃など当たるわけもなく体を逸らして回避する。むしろキュベレイの装甲を掠めた。

 

ただ本能のままに動かせる武装じゃないなコレは。正直俺も諦めたし。

 

使っていないのがなによりの証拠。

 

そして切り裂かれた胴体の中に赤い光、またはネウロイのコアが見えた。

 

フェイダーイン・ライフルを銃モードに切り替えると長い銃身を赤いコアに突きつける。

 

 

 

「ガラスのロープすら渡れず、睡眠妨害でしか観客を喜ばせれないサーカスのピエロなんてのは、灰にしてやる」

 

 

 

そして、トリガーを引く。

 

黄色の閃光がキュベレイを貫いた。

 

結局、色の判別つかないままキュベレイは爆散するとネウロイのように砕け散る。

 

 

「!」

 

 

 

するとネウロイをこの場に召喚した黒雲はこの結末を見届けたのか去ろうとする。

 

 

 

「逃すかァァ!」

 

 

フェイダーイン・ライフルを構える。

 

出力を最大にトリガーを引く。

 

銃口からは強力なビーム砲が放たれた。

 

去ろうとする黒雲にぶつかるが一年前の浦塩みたいにバリアーで防がれる。

 

 

「っ、ちっ…!」

 

 

そしてストライクユニットのブースト量がオーバーヒート寸前まで来ていた。

 

これでは前と変わらない展開。

このまま逃してしまう。

 

そんな俺に黒雲はチャンスと考えて再び逃げ去ろうと動き出すが…

 

 

「ガンダム勢の『オバヒ足掻き』をあまりバカにするなよ…!」

 

 

遠のく黒雲に対して再びフェイダーイン・ライフルを構える。

 

少しずつその場から落下する俺。

 

ストライクユニットも最後の力を振り絞るようその場で俺を停滞させる。

 

ああ、充分だ。

 

ほんの数秒で良い。

 

武装はそのままでアレを撃ち抜く。

 

こんな繰り返し、もう飽きた。

 

 

 

「出来の悪いサーカスのオーナーはそろそろ退場を願おうか!終わりにしてやるよ!」

 

 

 

フェイダーイン・ライフルに有りったけの魔法力を込める。

 

 

するとウラルの風が頬を撫でる。

 

 

 

「____」

 

 

 

穏やかとは程遠い、不安へと誘う風。

 

それはいつだったか夜間哨戒中に落とされた日の風と似ていた、残酷の風。

 

それが俺を包み込む。

 

 

……ああ、それがなんだというんだ。

 

 

もう奇跡は起こらない。

 

そこに戻ることはない。

 

このウラルの空で二度と落ちてたまるか。

 

 

 

「いけぇぇぇ!!!」

 

 

トリガーを引けば銃口を溶かす勢いで放たれる最大出力で放たれたる凶悪なビーム砲。

 

それはまるでマラサイの()()()

 

黒雲のバリアを砕かんとする勢いがウラルの空を震わせると黄色の閃光は…

 

ウラルの雲を切り開く勢いで黒雲を撃ち抜いた。

 

 

 

「もう二度と浦塩の花を散らしに来るんじゃねえ!それでも飽き足りぬと言うなら俺自ら討ってやるぞ!怪異共ォォ!」

 

 

 

空に響き渡る願那夢の声。

 

それと怪しく光るプレッシャー。

 

黒雲はその声を共に消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから見たその活躍は確かに願那夢と名乗るほどの威圧感を放ち、空の彼方に届く黄色の閃光がネウロイを生み出した黒雲を消し飛ばすと一つの怪異はウラルから消え去った。

 

今はもう終わった扶桑海事変であるが、一年前はこのように圧倒的な力を持ってネウロイを葬り去り、扶桑皇国に貢献してきたことがよくわかる。そんな強さを私は見る。

 

それともまだコレは片鱗の一つ程度だろうか?

 

それでも一つ言えることは…

 

姉章香が空の世界で願那夢に対して強い信頼を置いていた理由がわかった事だろう。

 

 

 

「以上が報告です」

 

「そ、そうか……願那夢には頭が上がらぬな」

 

「ええ。私達は……何度、あの存在に救われるのでしょうか」

 

「わからぬ。だがネウロイが存在する限り、願那夢はその役割を果たすだろう。だが忘れてはならんぞ。そうする彼もまた我々と同じ人の子である。いつまでもソレが健在である確証は無い。我々扶桑皇国軍も英雄に遅れぬよう速やかな軍事強化と国力復帰を目指さなければならぬな」

 

「そ、その事なのですが」

 

「?」

 

「願那夢は……この浦塩を出るみたいです」

 

「な、なぬ!!?」

 

 

 

願那夢は……彼、黒数強夏はあの戦いが終わった後、ゆっくりと地上に降り立った。

 

私達も仲間を助けるため地上にいたためすぐに地上の彼に駆け寄ることができた。

 

しかし彼は手の甲を押さえながら遠くを見る。

 

正しくは黒海側の方面。

 

 

__奴らがいる

 

 

願那夢から吐き出された言葉は重たく、ソレを落とさんとばかりに定める。

 

見えないモノを睨んでいるのに、倒すべき敵を捉えているように私は見えたから、そんな彼が少しだけ怖くなった。

 

そして、彼は手の甲を押さえながら言った。

 

 

 

__役割が訴える。

__引き寄せられる……その引力に。

__俺は留まれない。

__この魂が願われているなら。

 

 

 

 

「そうか……なら、彼はこのタイミングがわかっていたのかもしれぬな…」

 

「え?」

 

「実はナイトウィッチを一名だけ陸軍の方で確保できた。そしてそのナイトウィッチは浦塩に回されることになった。そのため近々、願那夢を夜間哨戒任務から外そうと考えていたところだ」

 

「!」

 

「この抜けるタイミングといい、どうやら願那夢とやらは私達扶桑軍人には見えぬ先のナニカを見ているのかも知れぬな。本音を言えば一年前のようにこのまま浦塩の空を守ってくれたらと思っていたが… いや、しかし、願那夢はこんな小さな島国に収まらぬほどなのだろう」

 

 

 

短い付き合いだが私は黒数強夏を知っている。

 

姉章香のような人格者。

 

あと親戚のお兄さんのような方。

 

第十二航空隊の副隊長として歳行かぬ娘たちの面倒をみれるほどの器。

 

それは姉章香からも聞いた話。

 

その通りの人間である。

 

 

でも……数刻前の空で見ていた。

 

願那夢として空を疾る時、それは敵であるネウロイを討たんとする威圧感を纏いながら怪異で染まろうとするウラルの空を支配していた。

 

恐ろしい存在だった。

 

人類の味方でよかったと思うほどに。

 

 

だから私は思う。

 

彼は黒数強夏として親しみを生むが同時に願那夢として空を疾る存在なんだと。

 

人間程度が彼の行先を捉えられる訳もない。

……唯一、姉章香を除いてだが。

 

 

それでも姉章香は彼を尊重するだろう。

 

彼がまた扶桑を出たとしても、ソレもひっくるめて黒数強夏という存在であることを受け入れながらその空で約束を待つ。

 

そんなビジョンを容易く思い浮かべれるほどに。

 

 

「北郷少佐、先にこのことを願那夢に伝えてくれ。無論コチラでも追って伝えるが少佐からも伝えてほしい。話は以上だ」

 

「了解しました」

 

 

 

敬礼して部屋を出る。

 

私は廊下を歩き、外を出る。

 

復興作業中の音が街から聞こえる。

 

こうして同じ光景が見れるのも誰かが空の彼方でネウロイを討ち、平和を守るからだ。

 

今日は願那夢が守った。

 

明日はウィッチが守れるようになろう。

 

 

 

「鈴香」

 

 

 

私は声に振り向く。

 

そこには黒数強夏がいた。

 

 

「黒数さん。お眠りになってなかったのですか?」

 

「少しだけ寝てたけど眠れなくてな。まあウトウトしながらも夜間哨戒は出るから気にしなくていい。カールスラントでもそうだったし」

 

「カールスラント…?」

 

「コッチの話だ。それより改めて今後のこと伝えておくべきだなと思ってな」

 

「!…でしたら私も黒数さんにお伝えするべきことがあります。どこかお茶にしませんか?」

 

「いいぞ。それより『黒数さん』なんて改まってどうしたんだ?いつものようにお義兄さんとは呼ばないのか?」

 

「あ、それは……いえ、そうですね」

 

「…鈴香、今は願那夢じゃない。黒数強夏として眠気と闘いながら浦塩の街を歩いている俺は人間で沢山だ。だからあまり気にしすぎるな」

 

「!」

 

 

そう言って私の頭に手を置いて撫でる彼。

 

遠回しにセクシャルハラスメント行為にプラスして不用意にウィッチに触れてしまっていたりと中々軍規の神経に触れてしまっている状態だが、その手のひらの温かみに身を寄せてしまう私は兄が欲しかったのかもしれないと勘違いしてしまいそうだ。

 

まあ大半は年下として扱われているだけのことなんだろうけど、そこに軍規も階級も持ち込まない彼の倫理観と価値観はこの世にないようなモノに気がして、逆にソレは心地よくも感じてしまう。やっぱり私はお母さん似なのかな?

 

第十二航空隊のウィッチたちが彼に懐いて寄り添っていたのもこの距離感があったからかもしれない。

 

故に思春期な娘に対して少し危険な人だ。

 

まあだから姉章香もそんな彼に堕ちたのかもしれないが同時に納得すら覚える。

 

 

「ありがとうございます、お義兄さん」

 

「ああ。そんじゃ生還祝いとしてお団子でも食べに行こうや。そこで色々と話をしておきたいし、鈴香にしか頼めないこともあるからな」

 

「私にしか…?」

 

「正しくは、北郷家の人間…に、だがな」

 

 

 

それから適当なお店に入り、私は彼と話す。

 

コレからのこと。

 

この先のこと。

 

彼は険しさを感じさせながら空を視ていた。

 

その眼差しはウラルよりも先の果てへと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして____3日後の早朝。

 

まだ日が登っていない梅雨明けの空。

 

私以外に見送りはない。

 

再び旅立つ哀戦士は『北郷』に紡ぐ。

 

 

 

 

__章香に伝えてほしい。

__また逢いにいく、と。

 

 

 

 

想い馳せるその言葉は静かに耳を通す。

 

『北郷』である私は頷きながら彼を見送る。

 

その軌跡はまるで怪異を斬り裂く彗星の如く。

 

機動戦士願那夢(きどうせんしガンダム)は浦塩を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、とある登山家の話。

 

 

かつて、ベリオンの記者に問われた。

 

『なぜ山に登るのか』と__

 

私は、そこに山があるからと答えた。

 

だが___私はこう聞き返した。

 

なぜ君らは登らないのか、と___

 

 

そんな会話は1937年の出来事。

 

熾烈を極める作戦を前にしていた時である。

 

 

 

 

 

 

あの質問から数ヶ月が経ち、頂を見上げる。

 

登山家は帽子を被り、その北壁に手を触れる。

 

人類末端の山、アイガー北壁。

 

その山頂に『航空表示器』を設置する作戦が人類に課せられていた。

 

それもなんでことない人の身で。

 

なに?

空を飛べるウィッチで設置すれば良い?

 

ふん、バカを言うな。

 

山に固定砲台のネウロイが張り付き、雪空で熱を感知すれば、鉄だろうと、鳥だろうと、魔女だろうと、容易く撃ち抜いてしまう。

 

だから人の身でくぐり抜けるんだ。

 

そうやって困難を極めた山岳作戦は人間の身で挑むことになり、山の恐しさと怪異の非常識を隣り合わせに挑み始めた。

 

 

故に___何人もがこの山で滑落した。

 

 

されど登山家は惹かれる先を目指す。

 

魔女の目印を残すため。

 

人類の底力を知らしめるために。

 

山頂に手を届かせ、過酷を退き私は空に促す。

 

 

__見ろ、ネウロイよ。

__これが人間だ。

 

 

一つの作戦を終えた、その男。

名はジョージ・マロニー。

 

エベレストの英雄にてアイガー北壁を征服したただ一人の男であることを。

 

 

 

 

 

 

 

1939年。

 

あれから二年近くが経過した。

 

そんな『彼』はまた、新たに人類で挑む。

 

あれから発展した世界。

 

戦いも続けば技術開発も進む。

 

しかし、技術だけではどうにもならない現実はこの世には数多存在する。

 

だから人の身が必要だ。

 

そしてある日のことだ。アイガーの北壁の時のように別のとある山に航空表示器を設置しようとする新たな山岳作戦は魔法力なんて存在しないロマンだけが突き動かす、ひとつの体一に委ねられた。

 

登山家ジョージ・マロニーは山を目指す。

 

そして作戦の始動前__同じ質問をされた。

 

 

『なぜ山に登るのか』と__

 

私は同じく、そこに山があるからと答えた。

 

して、再度___私はこう聞き返した。

 

なぜ君らは登らないのか?

 

山は登らずにいられない__

 

それが…

それが…

 

人間ではないのか、と___

 

 

 

ああ、しかし___それは人類のためか。

 

ああ、されど___それは己のためなのか。

 

 

 

いや、どちらもだ__全てを背負う。

 

 

 

突き動かすロマンスが頂を目指す。

 

私は山を登らずにいられない。

 

この記録は1939年の秋。

 

手に触れる大地の生命と共に追憶する。

 

 

 

 

「ああ、やはり山は良い」

 

 

 

 

何時ぞやの極地に比べ緩やかな気候。

 

三年前のアイガー北壁に比べ楽である。

 

しかし、油断は命取り。

 

登山家はその時に落ちて死ぬ。

 

慎重に上り、慎重に進め、だが大胆に投じる。

 

山がそこにあるから。

 

 

 

「よし、これで、この空域も来年までは大丈夫だろう」

 

そして果たした。

 

人類はまた一つネウロイに勝った。

 

もちろん小さな成果だ。

 

ネウロイは絶えず、やってくる。

 

しかし人は諦めない。

 

だから私はその頂を目指し、人類として立ち向かった。

 

 

 

「む?……あの光は、ネウロイ…?いや、ちがうな、違う。ネウロイはもっと、妖しく光る…」

 

 

 

それは頂で目の当たりにする。

 

経験のない鮮烈な記憶として刻まれる。

 

 

それから作戦を終えると、繰り返し、記者に問われた。

 

 

『上り詰めたその山に何があった?』

 

 

私は『山があった』と__記者に答える。

 

ありきたりな解答に記者は苦笑いした。

 

 

だが、同時に___私はこうも答えた。

 

 

 

 

____彗星が疾っていた。

____それから、そこで会話もした。

 

 

 

 

記者は『彗星』に首を傾げた。

 

山男な私は少しだけ笑って返す。

 

登山家は些か分かりづらい生き物だ。

 

理解をえられないのは仕方ない事だろう。

 

私は山のみ、この体を突き動かす。

 

しかしそれでも情動で覚えている。

 

それが頂に手を伸ばす者の心だから。

 

だから私はその記者に___こう答えた。

 

 

 

____彼は、確か、そう。

____己を『願那夢』だと言っていた。

 

 

 

記者はそれを聞いてひどく驚いた。

 

それもそうだろう。

 

私も驚いたのだから。

 

だから私は思わずその彗星に聞いた。

 

 

__何故、空を飛んでいるのか?

 

 

彗星は___そこに宇宙(そら)があるから、と答えた。

 

 

その時の私は、それはもう非常に、そして愉快に笑った。同じように返されたのだから。

 

ああ、そうだな。

聞くだけ野暮だった。

 

私は山があるから登る。

彼は空があるから飛ぶ。

 

そこに大差はない。

 

突き動かすモノがあるから投じる。

 

 

 

__彗星よ、一杯だけ奢らせてくれないか?

 

 

 

 

 

 

 

「彼は間違いなく、彗星の如く、人類の希望とならん」

 

 

その話を記者にすると驚き転がった。

 

やはり、願那夢で間違いなかったか。

 

なら共に飲んだコーヒーの味は確かだろう。

 

それから飛び出そうとして__

 

 

__貴方は何故、山に登ろうとしたんだ?

 

 

 

そう尋ねられた。

 

聞き飽きるような質問だろう。

 

しかし私はこの山を登るように何度も何度も答えるだろう。

 

 

 

___何故ならそこに、山があるからだ。

 

 

 

彼は___ああ…俺も、そう言い続けたい。

 

そして彗星の如く、空の雲を突き抜ける勢いで飛び、その奥へと消え去った。

 

しかし彼もまた、私と同じ人類だった。

 

 

 

___なれるさ、そこに想い馳せるなら。

 

 

 

 

 

 

改めて___この記憶は1939年の秋。

 

なんとも珍しい経験であった。

 

だから私はまた繰り返す。

 

そこに山があるから。

 

さあ、次のロマンはどこにあるだろうか。

 

私を突き動かす『頂』はこの体に欲している。

 

なら、何度でもそれを繰り返すまで。

 

この私、ジョージ・マロニーは人類だから。

 

 

 

 

 

 

つづく

*1
ちなみに二年半前の赤城でも同じように寝起きでフラフラと北郷に壁ドンにしたことがあるらしいからお前ら早く結婚しろ





【黒数強夏】
浦塩を後にすると再び欧州を目指し飛び立った。一年前と同じく放棄された基地などから燃料を回収しつつ、オラーシャを添うように飛びながらモスクワを目指し、明確な行先は手の甲の訴えが教えてくれる。黒海に近づく毎に『紛い物』と出会うようになり、願那夢としての役割を果たし始める。とりあえずまた本場のチェロスがこれで食べれると知りネウロイの根絶に力が入った。やったぜ(UC)

【北郷鈴香】
無事に願那夢をする黒数強夏に脳を焼かれた。それから浦塩を後にする彼から伝言を貰い、後に姉の北郷章香にそのことを伝えると章香は「そうか」と少しだけ悲しそうに笑っていたが、空を見上げながら「いってらっしゃい、強夏」と力強くその想い人の行方を見送った姿を見たい鈴香も、いつか素敵な殿方と添い遂げたいと思うのだった。それからも引き続き浦塩の防衛に努め、後に姉と同じ中佐となる。

【ジョージ・マロニー】
スピンオフ『アフリカの魔女』に登場する人物であり、ストパンの中で珍しく男主人公として活躍する。当然、男性なので魔法力は存在しないが、抱えるそのロマンは誰よりも突き動かされていた。本作では山岳作戦中に彗星と出会い、山頂で共にコーヒーを飲んだ。もう一度、彼に問う。何故、山を登るのか?__そこに山があるからだ。


ではまた


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46話

 

 

 

「逃げろ!逃げろ!!」

「避難を早く!急げ!!」

「余計な荷物は置いて行くんだ!」

「敵の数が多すぎるだろ!?」

「うあああああああ!!!」

 

 

 

1939年9月9日 、ネウロイの巣が黒海に現れてから早くも30日が経過する。

 

休みのないネウロイの侵攻にて既にダキア、モエシアが陥落してしまい、そしてここオストマルクもオラーシャを巻き込む形でレンベルクは陥落してしまうと軍組織を含めた政治体制はトランシルバニアを残して麻痺を起こし、そして多くの国民達がオストマルクを捨てカールスラントか、もしくはオストマルクから南下してギリシアまで逃げようと避難に勤しむ。

 

 

「…ネウロイも、避難民も、数が多いな……」

 

「ゴロプ大尉!報告です!アルトラント北の防衛線は崩壊!そのままカルパディア山脈を越えたネウロイ達は次にオストマルクに向けて侵攻を開始!この辺りも数が更に増える模様!」

 

「!…… 住人の避難を急がせろ。もし避難先に余計な物を持ち運ぼうとする輩がいたら避難先に蹴飛ばして構わん。一人でも多く逃せ」

 

「はっ!」

 

「戦闘部隊は地上隊のウィッチと連携し、再度西に広がれ。これ以上ネウロイの侵入を許すな。街の時計台を崩してでもその足を止めさせるんだ」

 

「「「了解!!」」」

 

 

段々と指示を出すウィッチ。

 

それはオストマルク空軍所属グレーテ・M・ゴロプ。

 

使い魔にワタリガラスを使役した固有魔法『空間把握』を行い、街に踏み入れるネウロイと街から逃れようとする国民達の位置を広範囲に割り出し、無線を通して的確な指示を行う彼女はエースウィッチの名に恥じない強さを持ち、ネウロイの撃破数は二桁を超えている。

 

しかしこれまで得たことない物量が突如黒海から押し寄せてきた。

 

オストマルク国内で特に防衛を固めているココはトランシルバニアであるが、カルパディア山脈を乗り越えて現れるネウロイとダキアとモエシアを蹂躙したネウロイの二方向の防衛を強いられているこの現状、オストマルク国民を逃すのはともかくネウロイを抑えるのは熾烈を極める。国どころか世界の崩壊をいまこの最前線でゴロプは肌を感じていた。

 

彼女は不安な表情を一切見せず、常に現状を捉えながら次へ次へと策を講じ、最適解を目指し続ける。しかしそれ以上の現実が押し寄せる中で敗走の未来が脳裏によぎる。

 

__いや、そうなるつもりは全くない。

 

ゴロプはツノのように伸びるワタリガラスの羽をカサッと揺らし、上空から急速に現れたネウロイに体を即座に向かせると機関銃で狂いなく撃ち抜く。これもカールスラントのストライカーユニットが高性能なお陰だ。

 

それに伴いネウロイを倒すための腕もある。

 

奴らを相手にそうそう遅れは取らない。

 

だが……

 

 

 

『うあぁっ!?』

『ああ、少尉!!?』

『誰か援護に向かって!』

『トート!後ろにネウロイ!』

『なっ、先輩が撃ち落とされたの!?』

『あのネウロイ、なんて速さなの…!』

 

 

 

ネウロイは同時に進化して現れる。

 

どれだけ人間が優秀だろうと、ネウロイもまた優秀な敵機として人間を屠ろうとする。

 

 

 

「奴らの戦力圧が増しているな……戦いは数とでも言うのか…」

 

 

それでも幸運なことに現れるネウロイはどれも地上タイプばかりであり、地雷や降下爆撃は効果的であった。

 

またオストマルクは少数ながらも空を制する空挺ウィッチをこの戦線ではしっかりと保有してるため火力面ではネウロイに遅れは取らない。

 

しかしそれでも長い戦闘は人間にとって降りを極め続ける。

 

またゴロプ自身も長い戦闘から段々と少なくなる魔力量に思わず表情を顰めてしまう。

 

 

もう何時間、空を飛んだだろうか?

もう何時間、指揮を行っただろうか?

 

 

教育したウィッチも次々と戦線を離脱する。

 

民間の避難はまだ終えていない。

 

数字にすればあと20%か。

 

しかしその残り20%は凌げるか?

 

なんとも多く感じる数字だ。

 

ここまで追い込まれるのは……初めての経験だ。

 

 

 

『っ、中型ネウロイが西から出現!」

『なによあの馬鹿でかい羽…!』

『ミディアムサイズにしては大きいわ!』

『地上部隊被害損耗35%!』

『更に不明な熱量を一機感知!』

『高速でこちらに向かってます!』

 

 

 

高速で迫る物体……新手か。

 

ネウロイは慈悲なく人類を滅ぼすらしい。

 

 

 

「キィィィ!!」

 

「沈め」

 

 

ネウロイの翼を撃ち抜く。

 

クリーンヒット。

 

だが…

 

 

 

「!?」

 

 

コアの破壊には至らない。

 

ネウロイは再生を行いながら真上に逃げる。

 

それより己の射撃性能を疑ってしまう。

 

……っ、いや、これは流石に疲労だろう。

精神力で抑えきれないほどの疲労。

 

それでも再度、銃口を合わせ……ようとして固有魔法の空間把握が別個体を捉える。

 

先ほどウィッチを落とした早い奴か。

 

しかし、ソイツは…

 

 

 

「っ、なんだ…!!?」

 

 

そのネウロイは揉み切るように回転しながら横に伸びていた羽らしい装甲を解除すると胴体の先端から顔を出し、手元から光の刃を取り出すとコチラを睨む。

 

___人型のネウロイだ。

 

 

 

「!!」

 

「キィィィ!!」

 

 

人型ネウロイの左手に構えてある銃口はゴロプを狙い、それは高速弾として放たれる。

 

咄嗟にシールドで構え、そのビームライフルを受け止めるが、いつのまにか放たれていたミサイルがゴロプを追従する。背筋が凍る感触と共に機関銃でミサイルを迎撃するがそれは前後重なるように二発放たれていた。迎撃した爆風の中から残りのミサイルがゴロプを狙う。

 

ゴロプは空間把握魔法を解除し、シールドにエネルギーを集中させるとビームの裏に隠れていたミサイルを受け止めた。だが強い衝撃が小さな体に行き渡り、カールスラントのユニット性能でも抑えきれないほどの威力が襲い掛かる。これを受け止めきれずにシールドは崩れてしまうとゴロプの左手は熱によって焼けてしまった。

 

 

「ぐぁあ、ぁぁあ!!!」

 

『『『大尉…!!??』』』

 

 

 

これまであまりあげたことのない悲痛。

 

それが無線を通して部隊に浸透する。

 

だがネウロイはその程度で終わらない。

 

 

 

「!!??」

 

「キィィィ!キィィィ!!!」

 

 

いつのまにか変形していたネウロイはビームを放ちながらゴロプに突貫する。

 

ゴロプは体をそらすことでビームを回避するが次に肩を掠めてしまい、焼ける感覚と共に軍服は赤く染めてしまう…が、痛みを食いしばる。

 

苦痛の声は飲み込んだ。

 

だが機関銃を落としてしまったゴロプに攻撃手段は無い。

 

 

「大尉ぃ!!?」

「いや!逃げてェェ!!」

 

 

援護は間に合わない。

 

ネウロイは変形を解除するとゴロプの目の前に光の刃を構えていた。

 

 

__ああ、殺される。

 

 

そうやって忘れていた恐怖心を思い出す。

 

久しぶりの感覚だ。

 

命を奪われるこの死線というのは。

 

 

「……っ、すまない…」

 

 

 

無意識だろうか、そう声を小さく溢す。

 

ああ…無線は、今の小声を拾っただろうか?

 

いや、そんなのもう関係なくなるだろう。

 

血が溢れる片腕を抑えながら光の刃を見る。

 

その青色は実に、人類が求めた空の色だ。

 

___それが私を殺すのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから人類の希望は駆けつける。

 

桃色の閃光がネウロイを貫いた。

 

 

 

「キィィィ…!!?」

 

 

 

突如、どこからか放たれたビームがネウロイの片腕を突き砕き、その手で握りしめていた青色の光を放つ刃は宙を舞う。

 

すると、それを()()()()()が掴み取ると、元から握られていた赤色の刃と共に人型ネウロイを連続で斬り、最後に人型ネウロイを青色の刃で上空に切り上げた。

 

そして…

 

 

 

「今日の俺は!阿修羅すら凌駕する存在だ!」

 

 

 

ゴロプを討とうと現れた人型ネウロイ。

 

それはユニオンフラッグカスタムである。

 

しかし、それは皮肉にも、斬られる側として彗星の魔女に赤い刃で胴体を斬り裂かれてしまう末路をこの世界で描きながら…

 

 

 

「お、おまえ、は…!」

 

「敢えて言わせてもらおう」

 

 

 

爆散する人型ネウロイを背景に彼は振り返る。

 

密かに手の甲を光らせながら…

 

 

 

「願那夢であると!」

 

 

 

その姿は実に9ヶ月ぶりの再会であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乙女座の変人の代名詞でもあるユニットフラッグカスタムを阿修羅すら凌駕する勢いで斬り伏せて数時間が経過した。

 

この場所、オストマルクは民間人の避難に勤しまれている状況から更に二方向から迫りくるネウロイの侵攻を抑えているところでもあり、その惨状は酷いに尽きる。

 

しかしそんなネウロイの群を抑えながら民間人の避難を援護し続けていたオストマルクのウィッチ、ゴロプ大尉の活躍がなければもっと酷いことになっていただろう。

 

ちなみにそんな彼女とは2年前のウラル戦線の時と、9ヶ月前の扶桑亡命時に出会った以来の顔合わせであり、今回は助ける形で3回目のコンタクトを果たすことになった。

 

それにしても、しかし……

アレ相手に良く生きてたモノだ。

 

初見殺しの塊であるバーサス機。

俺が『紛い物』と呼んでいる奴ら。

 

そんな紛い物の中で特に人の目で反応するには到底追いつかない高速変形機のユニオンフラッグカスタムだが、これを初見相手に片腕の損傷だけで済んだのはさすがエースウィッチと言ったところか。

 

俺は機体に対する知識があるから幾らでも対策できるが、ゴロプは無知識の中であんな初見殺しの塊を相手にして生き残っていた。凄いな。

 

だが、もしあのフラッグ機にグラハムとかいう圧倒的にヤベーヤツが乗っている状態の性能だったらバーサスの知識がある俺もどうなるかわからないところだ。正直考えたくもない。

 

奴らの知能レベルが獣同然だから助かったと言える現状、やはりバンシィ・ノルンの時もそうだが紛い物の恐ろしいところは純粋な力から放たれる素直な武装は暴力性を正義とする。

 

それでも本質はネウロイに変わりないため対応力さえ備わっていれば絶対に勝てない敵って訳でも無いが、この世界の人間からしたらひたすらに初見殺しが多く襲いかかる。

 

一応、対人型ネウロイの論文やら記録書は章香に頼んで書いてもらっており、情報共有は済んでいる。扶桑から離れたオストマルクにもそれは重要項目として行き渡ってると思うが、まあだからといって完璧に対策ができるのかと聞かれるとそれは否、出来るはずがない。攻略本を読んだだけで対策できるならゲームセンターで台パンなんて起きてないし。うん。

 

 

さて。

 

紛い物を撃破後はそのままトランシルバニアの内部に位置する街の防衛に参加して、ネウロイの侵攻を抑えた。住民の避難は無事に終えて現在は南下準備に入っている。ネウロイの侵攻ルートになってしまった以上ココに住む訳にもいかないからだ。

 

しかしそうなるとこの街はもうネウロイを抑えるためだけに存在する市街戦地と化してしまうだろう。採掘地として豊かな土地だったのにこうも容易くネウロイが奪っていく。悪夢だな。

 

 

「助かった、礼をいう」

 

「気にするな。これも役目だ。それより腕はどうなんだ?」

 

「しばらく動かんが指揮に関しては特に問題はない。このまま黒海沿岸またカルパティア山脈の防衛の維持を行う。戦況次第ではこの辺りを放棄することになるだろうが…… しかし貴様は何故この辺りにいる?もしや去年に引き続きまだ島国から逃げてるとでもいうのか?」

 

「一度戻ったよ。でもまた飛ぶことを選んでコッチまでやってきた。ココまでの航路はかなり長かったが」

 

「当たり前だ。ココから扶桑までどれだけ離れてると思っている」

 

「それな!でもストライクユニットは優秀で航続距離はとんでもなく長く、あと脚も早い。燃料に関してもモスクワとかで補給してきたから、そんな感じに4日位かっとばして飛んでいれば自ずと黒海まで到達する。かなり疲れたけれど…」

 

「まるで野良犬だな」

 

「扶桑の魔女ってのは逞しいんだよ」

 

「ふん、よく吠えやがる」

 

 

俺の奇行に呆れながらもほんの少しわずかに表情が柔らかい……ような気がする。

 

いや、気のせいだな。

 

何せ、ユーモアのユの字もない面白みに欠ける冷酷な軍人さんだから。

 

まあでもそこまで張り詰めてないのはそれだけホッとしているのだろう。

 

あんな場面にで出会ったら、な。

助けれて良かったわ。

 

 

「一応尋ねるが、行き当たりばったりか?」

 

「いいや、そんなことない。その時、その時、行先はハッキリしている。だからこの場に飛んで来れた。まあでも、そうだな。一応ブリタニアの方を目指してるつもりだ。久方ぶり会いたい人がいるし」

 

「そうか」

 

「しばらくはオストマルクにはいると思うが急に何処かに飛び去ってしまう可能性も秘めつつも、それまでは願那夢として力を貸せる」

 

「首輪の付けようがないな。だが利用はさせてもらう。普通のネウロイならともかくあのような人型は貴様以外に交戦経験が乏しいからな」

 

「だろうな。と、言っても本質はネウロイだ。知能は獣程度だよ。純粋な力は危険極まりないがその分ネウロイも素直だ。次はゴロプ一人でも勝てる」

 

「ふん。わざわざ一人で負担を得るものか。次はそれ以上の数で蹂躙してやる」

 

 

部隊長…… と、いうか今は国境防衛部隊の指揮官として考えることが多いゴロプだが弱った表情は一つも見せず、次に備えようと思考を続ける姿は非常に頼りになるなウィッチだ。お陰で士気も高いままゴロプを中心にオストマルク軍は健在。なんなら俺すらも駒の一つにしようと冷徹に笑み浮かべる彼女は頼もし過ぎる。

 

俺に軟禁を言い渡したアホの堀井に比べたらなんとも素晴らしい上官だろうか。

 

 

「扶桑から来たというなら黒海北陸はどうなっていたか分かるか?」

 

「まず馬鹿でかい巣が海上に一つ。そして陸地は瘴気に包まれていた… が、山脈は瘴気に飲まれず生きていたな」

 

「ほぉ?」

 

「これ実はウラルでもあったことだ。低いところは瘴気に飲まれるけど高いところはあまり飲まれない。恐らくネウロイが低温の環境を嫌っているからだと思う。だから気温の低い山に瘴気は広めず低地に侵略地を広める。侵攻する時のみ山は使うんだろうけど大体が地上型だから制空権さえ確保すればネウロイの群れは敵じゃないし、親機を叩けば素直に帰るだろう。ここら辺はセオリー通りで良いと考えるべき」

 

「なるほど。まだ山脈は生きているか…」

 

「……もしや鼠取りでもする気か?」

 

「オストマルク、特にトランシルバニアは鉱脈の多い土地だ。鉱物を食らって繁殖するネウロイに対して使わん手はないな…」

 

「あ、これ、ただの鼠取りじゃないわ…」

 

 

 

それからこの10日間、ゴロプはダメージを受けた腕を治しながらトランシルバニアに駐屯するウィッチを可能な限り集め、更に各国からオストマルクの援軍として兵士もタイミング良く集まる。その中にはウィッチも数名ほどいた。

 

そうやってオストマルクの軍拡を進めるとトランシルバニア奪還のためゴロプは軍勢を率いて大攻勢を仕掛けることが決まった。

 

既に半分近く侵略されたオストマルクをこれ以上は脅かさせないためにもゴロプは反抗作戦の準備を進め、ネウロイの侵攻のタイミングを測り、そして…

 

 

 

 

 

 

 

反抗作戦の決行日。

 

俺はとある小隊の隊長として飛んでいた。

 

 

 

「なんでや。もっと適任者おるやろ」

 

「うふふっ、でも私、世界の()()()()()()と飛べることを願っていましたので」

 

「へー?それならヴィーゼ少尉、いまからこの状態の隊長やっても構わないんだぞ?あ、もちろん俺は君の後ろで飛んでる。だから面倒事は頼んだぜ」

 

「ふふっ、殿方の申し出は大変魅力的ですがお断りしますね。こんな機会なかなかないので願那夢ちゃんの指示の元で飛ばさせてください」

 

「はいはい、そうかよ。なら今日の戦果だけ気にしてると良いさ。何せゴロプ大尉はカールスラント兵器に関して大層熱心なお方だ。オストマルクに来てなかなかに大変だな?」

 

「あらあら、試作型のBfがそんなにお気になりますか?でしたらカールスラントの開発技術を空戦技術を兼ね備えた飛行、この戦線でお見せしようかしらね」

 

 

彼女の名はヨハンナ・ヴィーゼ。

 

カールスラントの空挺ウィッチであり、短期遠征ながらもオストマルクのトランシルバニアまで援軍として参加してくれた。

 

日常面ではどこかほわほわとしているが、そんな彼女と反抗作戦の前に一度だけ模擬戦を行い実力を確認するとやはりカールスラントのウィッチだけあって空戦技術はかなり高く、またストライカーユニットで平地に直立してその場で射撃を行える技術も見せてくれた。彼女な戦闘面でも隙を全く見せない戦闘飛行は素晴らしく、実戦経験もしっかり積んでいることがよくわかる。

 

隊長やるなら彼女の方が良いのでは?

 

しかし「柄じゃないです」とやんわり断られた。

ええぇ……

 

 

「あの、願那夢さん!隊長経験は?」

 

「それなりにあるよトート伍長。まあ当時は副隊長だったが、これでもウラル戦線の時はことある毎に小隊を編成してはネウロイに強襲を仕掛けていた。だからその経験を活かしてオストマルクとカールスラントの編成なんだろう」

 

「?」

 

「簡単に言うと、この編成はカールスラントが開発したストライカーユニットの使い手で構成されている。周りよりもユニット性能が高く、そして高機動での戦術が組める。故に今からやるのは…」

 

「作戦会議で言った"電撃戦"……ですよね?」

 

「そうだ。しかしコレは空挺ウィッチのみ課せられた戦術ではなく全軍に要求された戦術であり、長期戦を望まないゴロプの考え。故にこの高機動部隊に課せられた本当の役割は電撃戦の最終フェイズに於ける【追い越し殲滅】がこの部隊の本命である。トランシルバニアに土足で入ってきた獲物は逃がさない、徹底的に殲滅すると言うわけだ…」

 

「殲滅…ごくり…」

「ふふっ、これは息つく間も無さそうね」

 

 

さて、オストマルクの新人ウィッチに説明を設けたところで俺はこの部隊に聞こえるように無線に手を掛ける。

 

すぅぅぅ…と、息を吸い、そして腕を真上に掲げるとビームフラッグで作り上げたオストマルクの旗が空に光る。

 

 

「この空挺部隊の全ウィッチに告げる!」

 

「「「!!??」」」

 

「これより願那夢を筆頭にネウロイの根絶を開始する!彗星と呼ばれる曇りなき威名はこの場でネウロイを討たん!だから遅れを取るなよお前らァ!!この部隊は選ばれてこの空に在る!ウィッチが人類の希望とならんことをこの戦いで示すんだ!!作戦を……開始する!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 

それから再びトランシルバニア侵攻に現れたネウロイ達だが、ゴロプは侵攻のタイミングに合わせるとまだ瘴気が漂っていないカルパディア山脈でネウロイを殲滅を開始。

 

国同士で集まった混合軍隊であるがゴロプは性能差が出るユニットを選び抜き最大限に能力を引き出せるよう上手く編成しつつ、山脈に雪崩れ込んだネウロイと親機の撃破に成功した。早い撃破を望めたためか全軍の被害はほんの2%に抑えれた。作戦は順調である。

 

 

「これで六機……次ッ…!」

 

「おうおう、飛んでる時は随分と雰囲気が変わるな。表情も一つ変えることないときた」

 

「……あ、あら?? ……ふふふっ、別にお姉さんは怖がらせるつもりなんて全くないわよ願那夢ちゃん?ただいつものよくにネウロイを倒してるだけ」

 

「オーケー、オーケー、そのままで頼むぞ」

 

「ふふっ、了解したわ隊長ちゃん。それにしても願那夢ちゃんはネウロイの解体がとてもお上手なんですね。骨組みはどう理解してるのかしら?」

 

「これは陸に限った話だが、アイツらは陸の移動に適した姿を得るため動物やら昆虫を元に形を真似るんだよ。だから元の生き物を頼りに弱点からバラせばあとは勝手に体も最適解に動くし、同時にネウロイの死角とかも分かるようになるから、立ち回る際にネウロイの姿を意識してみると良い」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「もし考えるのが苦手ならとりあえず関節を狙えばいい。そうすれば大体の機動力は奪える」

 

「ええ、意識してみるわ」

「ネウロイの、関節を狙う…」

 

「ラウラ・トート、君の固有魔法は感覚加速だったな?それなら攻撃の回避後は一気に懐へ潜り込んでみろ。そうすりゃ関節くらい容易く狙える筈だ。もし反撃が難しいなら太陽を背に降下してみろ。ネウロイは基本的に熱感知で敵を視認しようとする。太陽光で阻害すれば随分と楽に迫れる筈だ」

 

「りょ、了解です!」

 

 

片手間に解説しながらネウロイを撃ち落としているとネウロイは逃走を開始。

 

この場合、この戦いは勝ちであるが…

 

 

「さぁ、ここからだ」

 

 

ゴロプは撃退させた程度では終わらせず、空挺ウィッチを率いるとまだまだ元気な地上の友軍には統率力を失った正面のネウロイ残党を処理させ、また地上を支援していたウィッチ達も空からネウロイの退路を塞ぐように逃走経路に攻撃を加えると更にネウロイは混乱を起こし、そして俺たちは機動力を活かして制空権を奪い取りながら目につくネウロイを叩き潰す。

 

これにより何処かの戦略ゲームで聞いたことある【追い越し殲滅】ってやらの完成だ。隠れる場所もない山脈で反撃の隙も与えない高速戦闘のハマり具合にゴロプはニヤリと笑みを浮かべる。それからウィッチ隊は勢いよく山脈を超え、親機の反応を失い麓で屯していたネウロイを視認する。まだいた。

 

 

『森の中に逃すな。ネウロイはココで全て根絶する』

 

 

冷徹な声が無線から聞こえる。

 

その声にウィッチ達は気を引き締めるとバラけた残党を機関銃やらで撃ち抜き、ネウロイの侵攻路を完全に叩き潰した。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「状況終了。我々の勝利だ」

 

 

トランシルバニアはゴロプの反抗作戦によって無事に解放される。

 

彼女の頭脳は怪異すら敵ではないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてオストマルクは2ヶ月後に陥落した。

 

人類はまた一つ、国を失う。

 

例え、聡明な頭脳でネウロイを砕こうとも無限に湧き出る怪異に慈悲などなく、ひたすらに人類を追い込まんとする。

 

それがネウロイという厄災なのだから。

 

 

 

 

つづく

 






戦いは数だよ、とばかりにネウロイは人類を蹂躙する。
それでも人類は反抗できることをまた証明した。
それがトランシルバニアでの戦い。


そして『最も長い撤退戦』の始まりでもあった。


【黒数強夏】
オラーシャからオストマルクに向かう途中、乙女座の変態が乗り込む機体を発見し、これを強襲。それからお決まりのようにウィッチを助けると、しばらくオストマルクを止まり木にしつつ、ゴロプが考案した反抗作戦のウィッチ隊に参加するも、しれっと小隊長にされたりと顎で扱われてしまう。報酬はチェロスでいいぞ。

【グレーテ・M・ゴロプ】
オストマルクを代表する大エースのウィッチであり、指揮官としての能力が非常に高い。二年前のウラル戦線の観戦武官として滞在中に第十二航空隊を通して黒数と顔合わせになり、ある程度の関わりを持つようになる。本人は口に出さないが願那夢としての活動には目を見張っており、ウィッチの中では特に引き抜きたいらしい人材としてその強さと貢献力を高く評価している。あと体が小さい。

【ヨハンナ・ヴィーゼ】
普段は頼り甲斐あるぽわぽわ真面目系お姉さんオーラを纏っているが一度戦い出すと獅子のようにネウロイを喰らい撃墜する。願那夢のことを『ちゃん』付けするくらいには距離感が近く、反抗作戦前に良く黒数強夏と模擬戦をしていた。黒数曰く「実戦に強いウィッチ」としてヴィーゼのことを高く評価をしている。同期に怪力娘と偽伯爵がいるらしい。

【ラウラ・トート】
オストマルク軍の空挺ウィッチ。数ヶ月前に訓練生を卒業したばかりであり、実戦経験が少ない。男性ウィッチの黒数強夏のことを異質な存在としてやや警戒していたが、今回の反抗作戦にて願那夢としての獅子奮迅の活躍とその後ろ姿を見てしまいほんの少しだけ脳を焼かれてしまいそうになった。原作だと後に統合部隊として編成される501部隊の初期メンバーの一人。


ではまた


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47話


これ投稿したらしばらく更新止まる…かな??

あのね、忙しい(白目)




 

 

 

もし高機動機が対面した場合、それは早い方が勝つ。

 

そうとも、速さは正義だ。

 

当たらなければどうってことないを体現できる上に、それも常に相手よりも優位性を保って戦うことが可能性だ。

 

そして、それは、このストライクユニットが現時点でオーバーテクノロジーだからこそ、この理論を可能としていることだろう。

 

 

 

「ギィィィ!ギィァ…!」

 

「流石に重力化での白兵戦専用機だな!」

 

「ギィ!ギィ!ギィ!」

 

「だが、甘いな!コッチはもっとすごい剣豪と空中戦を行ってきたんだ。今更二刀流に遅れはとらねぇよ!」

 

 

空中戦だろうと構わず噛みつき、握られた二つの刃から繰り出す『ガンダム・ピクシー』の猛攻を受け流しながら近くにある町から離すように紛い物を誘導する。

 

白兵戦を主軸とした機体だから誘導させやすいが、俺はもう一つ気にしながら戦わなければならない現状に置かれている。

 

それは…

 

 

 

「!??…っと!!あぶねぇ!!」

 

「ギィ!?」

 

 

俺はピクシーを蹴り飛ばしながらその場から一気に引くと真下から強烈なビーム砲が一直線に放たれた。するとピクシーはそのビーム砲に飲まれてしまい胴体の半分が消し飛ぶ。冷や汗掻きながら下を見ると紛い物の『ゴトラタン』がメガ・ビーム・キャノンを構えていた。

 

 

「おうおう、さすが誤爆タンだな。容赦ないカットであったまるよ。本当にな…!」

 

「ギ、ギィァァ!」

 

 

ゴトラタンの容赦ない砲撃のお陰でコアが丸見えになった紛い物のガンダム・ピクシーに俺はビームライフルを直撃させ、コアを破壊するとピクシーは砕け散った。

 

それから俺は流れるようにビームライフルの銃口を真下に定めるとトリガーを引き、ゴトラタンに攻撃を浴びせる。

 

するとメガ・ビーム・キャノンを使って変形移動を行うゴトラタン。

やるじゃねぇか。

 

しかしその変形移動って実はあまり巡回性能よくないんだよね。そのためおおよそ直線上に移動するゴトラタンの進行方向に置いたビームライフルの一撃がメガ・ビーム・キャノンに直撃した。するとゴトラタンは誘爆を受けないよう胴体に連結しているメガ・ビーム・キャノンを体から切り離して身を引く。

 

高コストの真似事するだけあって判断力それなりにあるらしい。もしくはスペックが高いからこそ知能も高いのか。とりあえず高コストを偽るネウロイはそれ相応の強さと能力を秘めていると考えて、俺は太陽の光を利用しながら真上から強襲する。

 

するとゴトラタンの頭部からビーム・カッターを突き出し、かつネウロイ特有の赤いビームまで放つ欲張りセットに俺は「うおっ!?」と体を逸らしてゴトラタンから離れるように回避するとストライクユニットがオーバーヒートを警告する。

 

俺は残りブースト量を気にして慣性を生かしながら体を捻り、ビームライフルでゴトラタンの頭部を攻撃するとビーム・カッターの部分に直撃し、ゴトラタンの額が爆散する。

 

 

「ちっ、浅いか!」

 

 

それでもゴトラタンを怯ませるに充分、オーバーヒートから回復したストライクユニットでブーストを行い、ビームライフルを乱射しながらゴトラタンに接近戦を仕掛ける。

 

するとゴトラタンも腕に装備してあるトンファーでコチラの接近戦を受け止め、周り蹴りを放ってきた。

 

俺は咄嗟にビームライフルを握っている方の腕から展開したビームシールドで回し蹴りの軌道を逸らし、ガラ空きになった胴体に召喚したビームサーベルを突き刺そうと狙う。しかしゴトラタンは腕を回転させるとトンファーを逆手に引き出し、ヒート・ロッドの直撃を逸らす。

 

するとエクバの武装とは全く関係ないネウロイとしての純粋なビームを放とうと再び額を光らせた。浅かった故に回復が早いなッ!

 

 

「やらせるか!」

 

 

回し蹴りを受け止めた腕を捻り、即座にビームライフルのトリガー引いてゴトラタンの額にぶつけると集約したエネルギーにビームが直撃して爆発する。

 

ゼロ距離で確実に当てたので額どころか顔が半壊して大きくよろけるゴトラタン。

 

その隙に回し蹴りを受け止めていたビームシールドを鋭く展開させながら斜め斬り払いゴトラタンの腕を切断、そのまま脚にも深く切れ目を入れた。

 

 

「キィ!?」

 

 

回し蹴りから解放された脚を掴み、ビームシールドに回していたエネルギーをウィッチ特有の身体強化に転換させ…

 

 

「小型化が進んだ時代のモビルスーツの弊害だな!」

 

「!?」

 

 

強引にその脚を引きちぎった。

 

 

「ギィ!!!???」

 

「トチ狂ってお友達にでもなりにきたのなら諦めな!破壊だけが取り柄のネウロイと友好関係結べるなんて微塵も思ってない!」

 

 

俺は腕を伸ばすとゴトラタンの半壊した顔を掴み取り、強引に胴体を引き寄せ、握りしめていたビームサーベルを『ガンダムAEGー1』のスパローが接近戦で使う『シグルブレイド』に切り替えるとゴトラタンの脇腹に突き刺した。

 

 

「ッ!!__ここダァ!」

 

「ギィィィィァァ?!!!!」

 

 

突き刺した装甲の中身に手応えを感じる。

 

刃を傾け、一気に斬り抉る。

 

するとシグルブレイドの斬撃に触れたネウロイのコアに傷が入り、そして…

 

 

 

 

ネウロイは砕け散った。

 

 

 

「はぁ…はぁ……ピクシーの後…の、白兵戦は流石に疲れたな……おぇ……」

 

 

もしその後の相手がゴトラタンではないイフリート系だったら白兵戦なんか挑まずビームライフルの嵐で撃滅していたところだ。

 

ゴトラタンはビームシールドがあるから白兵戦が良いと判断で戦闘行為に乗り込んだが、ゴトラタンも何気に白兵戦できる機体だから困りものだ。流石に高コストあるわ。

 

 

 

「!!…っと、恒例事項か…」

 

 

手の甲が一瞬ヒリつく。

 

願那夢を値するcostが上昇した。

 

数値は【431】costか。

 

 

 

「随分と…成長が遅くなったな…」

 

 

 

普通のネウロイを倒しても上がらないことが多くなってきた。中型ネウロイを倒してやっと数値が【1】上昇するってパターンも増えできている。まるでRPGゲームみたいだな。そうなると総合的に質量のあるネウロイを狙わなければ目立った上昇は見込めない。そんなところか。

 

そうなるとこの手の甲も今となっては寝起きドッキリのための装置だな。真夜中にヒリリと手の甲に走ったりして安眠できない時が稀にあったりと不自由する。

 

日中とか起きてる時はまだ良いんだよ。

ただ睡眠中はストレスになって仕方ない。

 

別にね、ネウロイの存在を知らせること事態は悪くないんだが、もっと優しく知らせてくれてもええんちゃう?どうよ?

 

__身構えてる時にヒリ付きは来ない筈だ。

 

 

 

「嘘つけ絶対嘘だゾ」

 

 

デデドン(絶望)と脳内再生させながら俺は武装を解除して……岩陰に呼びかける。

 

 

 

「おーい、そこのウィッチ、もう良いぞ」

 

 

 

疲れた表情を隠し、俺は安全を知らせる。

 

 

「す、すごい…」

 

 

だが既に岩陰から顔を出してコチラを唖然とした様子で見ていたのはカールスラント軍の小さなウィッチだ。

 

 

「何を言うか。すごいのは君もだろ。よくあの人型を二機相手にして耐えた」

 

「!!、いえ、わたしは、そんなことありません…コホッ、コホッ!!」

 

「…大丈夫か?」

 

「え、ええ、少し休めば…… この体は前からそうなんです。ヒスパニア戦役の頃と比べて今はなんとか体力は付きましたが、それでもあまり長い時間の飛行は……コッホ…コッホ…!」

 

「…本当に大丈夫か?無理なら町まで運ぶぞ?」

 

「だ、大丈夫…です…それよりも援護、ありがとうございました。まさか里帰り中にネウロイが現れるとは思いませんでしたが…」

 

「トランシルバニアを残してオストマルクはネウロイの道路になっている。そしてここゲールもオストマルクに接敵している場所だからネウロイが現れる可能性はある。ただ、人型に関しては不運としか言えないかな…」

 

「助かっただけ幸運です……コッホ!コッホ!コッホ!…ぅぅ……」

 

「おいおい、全然大丈夫じゃないな!?とりあえず安全なところまで運ぶぞ。いいな?」

 

「っ………よろしいですか?」

 

「こんなところで放置するほど願那夢は廃れてない。行先はゲールで良いな?」

 

「はい……あ、ユニットは…」

 

「紐で括り付けて運ぶさ。すぐに用意するから少し休んでろ……」

 

「あ、ありがとう…ございます……正直に言いますと、もう、立ってるのも…辛く…て…」

 

「!」

 

 

倒れるウィッチ、俺は咄嗟に受け止める。

 

え、軽っ。

な、中身入ってるよな?

てかよくこんな小さな体で戦ったな。

身長は竹井と同じくらいか?

 

 

「しかし、本当に良く生きてた…」

 

 

なにせ差別広範囲攻撃を主流とするゴトラタンと、白兵戦で追い回してくるガンダム・ピクシーの波状攻撃だ。

 

原作エクバでもこのコンビにダブルロックされたら無事に逃げれるとは思わない。

 

体力調整も命懸けである。

 

しかし彼女はストライカーユニットが破壊される瞬間まであの二体から逃げ延びた。

 

その上、彼女は故郷のゲーラに被害が及ばぬようオストマルクの国境を超えることでネウロイを引きつけた。

 

しかし、それはつまり__彼女は死ぬ気だった。

 

 

 

「覚悟決まっている軍人さんな事だ…」

 

 

俺は一度彼女を岩壁に横たわらせ、半壊したストライカーユニットに紐を括り付ける。

 

それから気絶しているウィッチを背負うとそのまま空を飛び、ネウロイに侵略されたオストマルク国境に近いカールスラントのゲールに向かった。

 

それからしばらく飛んでいるとゲールの町から騒ぎ聞きつけた武装している大人たちを見つける。先ほどの戦闘区域まで向かおうとしていたので俺は一度降り立って彼らの前に立ち塞がる。

 

 

「俺が願那夢だ」

 

「「「!!!?」」」

 

 

うむ!完全な『対話』であろうッ!!!

 

………とは言いづらいファーストコンタクトであるが、とりあえず俺が願那夢であることを真っ先に伝える。

 

それから大人達に脅威を取り除いたこと、また背負っているウィッチはネウロイの脅威から救出してことを伝える。すると背負っているこのウィッチにかなり驚いていた。

 

どうやら気絶しているこのウィッチこの町においてとても有名な少女であり、またこの町の出身であるためかカールスラントの英雄として名が届いている。

 

更に付け加えるとこの子はヒスパニア戦役の頃から戦っているエースらしい。

 

つまり俺の先輩だな。

 

それはともかくとして大人たちは彼女の容態に慌て出し、すぐに病院に連れて行くよう急かされたので俺は半壊したストライカーユニットを大人たちに受け渡し、俺は一気に町の空を飛んで教えてもらった病院に向かい、気絶しているウィッチを受け渡した。

 

とりあえず俺のできることは解決したので後は専門家に任せるとしよう。

 

そう考えて空路に戻ろうとして…

 

 

 

「親方ァ!空から女の子が!」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

町の子供が空に向かって指を刺す。

 

てかなんか知ってるぞ、このパターン。

 

俺は嫌な予感をしながら空を見上げる。

 

そこには…

 

 

 

「退いてください!退いてー!」

 

 

 

とんでもない速度で空からやってくるウィッチなんだが代わりに制御できておらずそのまま地面に落ちようとしている。マジかよ。

 

 

 

「ああ、もう!なんでこうも俺の行先にウィッチが落ちてくるんだよ!しかもカールスラントで2回目やぞ!この経験!」

 

 

 

俺は文句言いながらビームシールドを展開してウィッチの落下先に待ち受ける。

 

 

 

「シールド展開しろ!受け止める!!」

 

「!!?」

 

 

 

シールドの展開を促す。

 

まあわざわざ「展開しろ」なんて言わずともウィッチがストライカーユニットを履いてるときは自動シールドシステムが働いてるので、地面か、障害物か、何かの衝突時にシールドが勝手に展開されるので大丈夫であるが、勢いがありすぎた状態で衝突を防ぐと勢い殺せずそのまま変な方向に飛ばされ、二次被害などを招くかのうさいが高い。

 

そんな訳で空から落ちてくる女の子を受け止めたことある経験がある俺が対処する。

てかこんなこと経験しなくていいから(切実)

 

 

 

「ふぁ!なんだこのオッサンは!?」

 

「おじさんだと?ふざけんじゃねぇよ!!」

 

 

ガツン!!と、シールドとシールドのぶつかり合いで火花のように魔法力が弾け飛び、ついでに俺の怒声も弾け飛ぶ。

 

受け止めた衝撃でズザザーと後退りそうになるがストライクユニットのブーストで相殺しつつほんの少しだけ地面に跡を残す。

 

それから勢いが殺されたタイミングでビームシールドを展開した腕を横に払い、落ちてきたウィッチのシールドをかき消してしまい、最後に両手を広げて落ちてきたウィッチを両腕で受け止める。

 

そして俺は一言。

 

 

「お兄さんダルルォぉぉお??」

 

「お兄さんやめちくりー!」

 

 

なにやら仕込みがいがある娘だぜぇ?

 

オーケイ、二度と空から落ちないようにして調教してやろうか、コイツ。

 

 

 

「じゃなくて!っ、先生っ!わたしの先生はどこですか!?」

 

「先生?」

 

「無線で聞いたんです!人型と戦っているため空域に近づかないように!」

 

「!……もしかして、銀髪の小さなウィッチか?それなら後ろの病院で治療中だ」

 

「ッッ!__ロスマン先生!

 

 

 

そのウィッチは両腕を振り解くと一気に病院まで駆ける。すぐに姿が見えなくなった。

 

 

「足は早いな…… てか、あの小さなウィッチは先生だったのか。まあヒスパニア戦役の頃からウィッチとして戦っているなら貴重な先駆者として新人の教育の一つはやってるのかな…」

 

 

それから俺は病院を後にするとこの町の格納庫に向かう。

 

そこには武装を片付けている大人たちが集っていた。

 

俺は無事に受け渡しが済んだことを伝えると大人たちから深く感謝された。

 

 

「貴方たちはこの町から逃げないのか?」

 

「この町はそれなりに大きい。そのため第一波として女と子供は先に。あとオストマルクからの避難民もな。我々大人は第二波かもしくは第三波まで残っています」

 

「そうか……強いな……」

 

「いえ、そんなことは……我々も不安で震えています」

 

「……この町で宿は空いているか?泊まれるところを探している」

 

「どこでも空いていますよ。機能してる宿はそう多くありませんが」

 

「わかった、ありがとう」

 

「……貴方は、欧州でネウロイを?」

 

「限定的だが、そんなところだ」

 

「そうですか。願那夢によって救われた者は間違いなく多いはず。人類のためにありがとうございます」

 

「何を言うか。俺だって貴方と同じ人類だ。何かあったら助けてくれよ?」

 

「逃げ惑うしかない我々でよければ」

 

 

会話をした後、俺は一度町を出ると先ほどの戦闘エリアまで足を運び、旅用のキャリーバッグを回収する。ここはオストマルクの国境だ。

 

怪異の瘴気はまだ届いていないがいずれこの辺りは飲まれるだろう。

 

その時はカールスラントを飲み込もうとネウロイは動き出すだろう。

 

軍事国家でもある帝国カールスラントだが、果たしてオストマルクを飲み込む勢いのこの怪異に対してどこまで抵抗して、その侵攻を抑えるのやら…

 

 

「原作って、どこまでネウロイはやってきたんだったかな…」

 

 

もう全く頼りにならない原作知識だ。

どんな戦況だったかも覚えていない。

 

なにせかなり前の記憶だから。

パンツで空飛んでるくらいしか覚えてない。

 

でも、確か…

 

 

「アニメ開始時の主人公の宮藤芳佳ってまだ中等部だったよな?そうなると欧州に向かったあの頃って…」

 

 

海を超えて、ネウロイを睨んでいた……筈。

 

となると…

 

 

 

「物語の拠点はブリタニアとかになるのか?」

 

 

 

あまりにも浅すぎる記憶の果て。

しかし、この記憶が本当なら………

 

 

 

「人類サイドって思いっきりクソゲー強いられてるじゃねーか。なんだそれ…」

 

 

 

俺は青ざめるしかない。

 

しかも今よりももっとひどくなるようだから。

 

 

 

「ネウロイの巣。それさえ破壊できれば一時的にも被害は止めれるのか? いや…無理だ。今の俺には『まだ』無理だ。例えゲームでそれなりにやれる400コスト帯だとしても巣を打ち砕けるほどの火力も武装はない」

 

 

サイサリスの核ならワンチャンあるだろうけれどその前に俺自身がそれに注ぎ込む魔法力が足りるかわからないところだ。叡智から託された貰い物の魔法力とは言え、引き出せる量には限界はある。やはり手の甲に刻まれた数字が多くないと不安になるな。

 

だから今はこうしてネウロイを屠り回っている俺がいる。

 

この手の甲に刻まれた数字を上げるために欧州を飛び回る。

 

今はまだそれしかできない。

 

でも、その時が来たら…

 

 

 

「もし召喚が許されるなら、サテライトキャノンでも、ツインバスターライフルでも、ネウロイの巣を壊せるならこの力でなんでもやってやるよ。だから今は…」

 

 

 

俺はネウロイを屠る。

 

手の甲の訴えがあるなら紛い物を屠る。

 

そうやって重ねる、この数字。

 

人類の叡智が与えてくれた価値(コスト)に見合う英雄としてこの世に健在であるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。このお礼は必ず」

 

「気にしなくていい。これも役割だ」

 

 

そう言ってくれるのはこの世界で願那夢として謳われるとある英雄。

 

ここ最近、欧州での活躍は耳に届いている。

 

それがいま、目の前にいる。

 

 

「えー、役割?誰かの指示じゃ無くて…?」

 

 

そしてベッドの隣から呑気な声が響く。

 

 

「こ、こら!す、すみません、私の教え子が」

 

「構わない……が、それは別としてコイツ町中に真っ直ぐ落ちてきたぞ」

 

「ぇ?」

 

「!!?」

 

 

お、落ちてきた??

 

町中に…??

 

この子が?

 

ストライカーユニットで??

 

 

「あー!なんで言ってしまうのー!?」

 

「俺のこと『おっさん』と言ったからな」

 

「うわー!みみっちい!」

 

「やかましいわ!あんな風切って落ちてくるなんて空挺ウィッチ失格だろ。俺が受け止めなかったら大事故だぞ」

 

「ぅぅううう!!だ、だって!ロスマン先生が心配だったんだよー!」

 

 

う、受け止めた!?

 

高速で落下してくるウィッチを!?

 

な、何を言ってるのか…

 

いや、でも!

 

と、とりあえずだ!

 

 

「この方にちゃんと謝罪しなさい!町の外で落ちるならともかく町の中に落ちてくるなんて危険すぎ……ぁ、ぅっ!い、いてて……けっほ…」

 

「ああああ!?せ、先生っ!?」

 

 

 

叫ぶと体が痛む。

 

私はここまで弱っていたのか。

 

まだ体が回復してないみたいだ。

 

少しだけ嫌になる。

 

自分の体の弱さも合わせてこの状態は。

 

 

 

「目覚めたのは嬉しい限りだが、でも安静にしないとなロスマン先生。この金髪のお叱りに関しては後でも良いだろう」

 

「なっ!安直に金髪ってなんだよー!」

 

「いや、だって名前知らないし」

 

「え、そうだっけ?」

 

 

なんと、この子はカールスラント軍人でありながらも助けてもらったのに自己紹介すらしてなかったのか。そこら辺の教育が行き届いてない教え子の先生として私は恥ずかしさを覚える。

 

すると、その教え子もこのままではヤバいかと思ったのか金色の髪を揺らしながら、軍人としてピシッと願那夢に敬礼すると…

 

 

「では改めっ!わたくし、カールスラント空軍第七中隊所属エリーカ・ハルトマン、階級は軍曹です。よろしくお願いします!」

 

「よろしくハルトマン。俺の名は黒数強夏だ。まあ俺のことに関しては周りも詳しいと思うから特に言うことない」

 

「え?黒数ってなんか凄い異名でもあるの?」

 

「……」

「……」

 

「???」

 

 

 

一瞬だけ空気が凍る感覚。

 

まだ夏で暑い筈なのに。

 

そして首を傾げる教え子、もといエリーカ・ハルトマン。

 

彼女が願那夢を知らないは流石に予想外だった。

 

 

「……先生?この子、マジ?」

 

「す、すみません……私の教育不足です…」

 

「あれ?なんか私やっちゃいました?」

 

「そのセリフ、普通なら俺の方が適正率ある筈なんだけどなぁ…」

 

「?」

 

 

首を傾げるエリーカ・ハルトマン。

 

飛ぶこと以外にあまり関心が無い様子に私は先生として頭を抱えたくなる。

 

体も痛いけど頭も痛くなりそうだ。

 

これ、回復間に合うだろうか。

 

心配になって来た。

 

 

「ねぇ、ねぇ、それよりもさ、黒数っていま何処の部隊にも居ないんだよね?」

 

「今は何処にも所属してないな。前までトランシルバニアに居たけど」

 

「……トランシルバニアってどこだっけ?」

 

「お隣のオストマルクだよ。いま欧州では願那夢のことで記事とかになっている筈だぞ。トランシルバニア奪還後は外から記者が何人かやって来たし、当然のようにアポ無しだったりと新聞記者が直接取材に来てたな。俺も幾つか答えたりしたから願那夢に関しては記事にはなっている筈」

 

「うーん、新聞あまり読まないからなー」

 

「おおう、これは筋金入りだな?先生」

 

「本当に、教え子が申し訳ありません…」

 

「先生が謝る必要はないだろう。この娘の責任だし。ま、とりあえず無事に目を覚ませたことが分かったから良かったよ」

 

「うんうん!そうだね。私も勝手に基地から抜け出して来ちゃったけどその甲斐あったよ」

 

「!?」

 

 

耳を疑う。

 

勝手に抜け出した??

 

ああ、もう!!

この問題児は!!

 

ここから基地までそう距離は離れてないが、ゲーラ空域は危険区域とされている中で訓練生を卒業してもまだ初陣すら果たしてない未戦闘経験のウィッチが許可もなしに勝手にストライカーユニットを使ってここまで飛んできた現状、これは間違いなく上から強く罰せられてしまう。

 

更に彼女の上官である私も同時に咎められてしまうだろう。

 

 

ああ、もう、本当に……

 

退院した後の方が体がもたなくなりそうだ。

 

これも無茶した代償なのか。

 

 

すると、彼は私の心境を読んだのか少しだけ苦笑いするとそのまま何かを考え、そして思考が纏まったのか、ハルトマンに声をかける。

 

 

 

「ハルトマン、君の基地は何処だ?」

 

「んー?ここから北の方だよ」

 

「ベルリンの辺りか」

 

「そうそう、そこら辺。で、どうしたの?」

 

「ハルトマン。今から俺とベルリン近郊の基地まで向かうぞ。今回の件、願那夢を後ろ盾に特別一緒に叱られてやるよ」

 

「うぇ!?」

「え?あ、あの、叱られ…?」

 

「先生は回復に集中してくれて構わない。ここから先は俺が一枚噛んでやる」

 

「え?え?あ、あの??」

 

 

この方はまた何を言っているのだろうか?

 

ハルトマンも分からないところあるがこの願那夢も分からないところがある、

 

 

「行くぞハルトマン。これ以上は先生を困らせるのはNGだ。……良いな?」

 

「!?…はーい、わかったよー」

 

 

すると彼はハルトマンを連れて病室を出る。

 

それからしばらくすると空を飛んでいく二人の姿が窓から見られた。

 

願那夢はキャリーバッグを片手に持ち上げ、ハルトマンは勝手に持ち出しただろう機関銃を背負い、二人は共にベルリンの方に消えていく。

 

何をするつもりか?

何も分からない。

 

とりあえず私は回復に勤しもう。

 

 

「ふぅー、もう、色々とあり過ぎです…」

 

 

やれやれ、散々な里帰りだ。

 

1日だけ休暇申請してゲールに大事なものを取りに戻ってこようとして、そしたら人型ネウロイが現れた。

 

ストライカーユニットで飛んでゲールに向かっていたからそのまま戦闘は出来たが、その後は更にもう一体現れるとヒスパニア戦役以来、わたしは死を覚悟した。

 

なんとかカールスラントからネウロイを離そうと考え、魔法力が許す限り引きつけた。

 

しかしストライカーユニットが破壊され、絶対絶滅が目の前に迫り、彗星が疾った。

 

それからはあの戦い。

 

私は岩陰から見ていた。

 

人型相手に遅れを取らない空の戦い。

 

願那夢の強さをこの目でしかと見る。

 

それからは気絶して、この病室で目覚めた。

 

 

 

「……」

 

 

私は布団に潜る。どっと疲れが出た。

 

何せ、目を覚ました時、足元にハルトマンがしがみ付くような眠っていたから、私は驚くのと同時に察した。これはそう言うことかと。

 

でも……まあ、嬉しかった。

 

彼女は心配になって来てくれたから。

 

ハルトマンを僚機(ロッテ)として組んでまだ10日目だけど、でも仲間思いな彼女の行動に私は嬉しくも感じている。

 

この後はかなり大変になるだろうけど、でも生きているだけ感謝だ。

 

特に願那夢には、命の恩人として忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして魔法力が回復すると私は2日で退院。

 

修理されたストライカーユニットを履いて私は生まれ故郷を離れる。

 

因みに私の親は既に避難しているみたいだ。

 

そのことにホッと胸を撫で下ろし、第二波として住民避難が開始されるゲーラを見送りながらベルリン近郊の基地向かう。

 

数日ぶりに私が所属するカールスラント第七中隊に戻ってきた。

 

 

格納庫が見える。

 

私は少しだけ緊張しながら降り立ち…

 

 

 

「黒数!なあ黒数!やっぱりさ!私がハルトマンよりも一番だよな!?」

 

「扶桑の諺なんだが、どんぐりの背比べて知ってるか?つまり、どっちもどっち、ってことだよ」

 

「はぁ!?なんだよ!そんな訳ないだろ!ハルトマンの奴は前にロッテ組んだロスマンを敵機と勘違いして、それで誤ってトリガー引いた間抜けなんだぜ!しかも安全装置したまま焦ってさ!それで流れるようにユニットも破損させてそのまま落ちちまったんだ!はっはっは!」

 

「うげぇ、また黒歴史掘り起こすなぁ…」

 

「オイオイ、んなこと言ったらマルセイユだって過去に無茶な飛行して夜間戦闘部隊の基地に落ちて来たじゃねーか。その時は俺がシールドで落下受け止めたし。そんでもってレント中尉にこっぴどく怒られて泣きそうになっていたじゃねーか?」

 

「なっ!?」

「ええー?そうなのー??」

 

「その後は俺とチェロス食べることで慰められたりと、世話かけたのは何処のどいつだ?」

 

「ふーん?へー?なるほどー?マルセイユって黒数にお世話になっていたんだー」

 

「ッ〜!!うるさい!うるさいなぁ!!アレはたまたまだよ!でも別に良いさ!だって私がお前より最初に願那夢なんてすごい人に出会ったからな!私が一番だ!」

 

「またそれー?こだわり過ぎじゃない?」

 

「一番は強いんだ!分からやすくてな!だから今回の模擬戦もハルトマンをギタギタにしてやるからな!覚悟してろよ」

 

「はいはい、勝手にどうぞー」

 

「絶対に勝負しろよ!ハルトマン!」

 

「もっきゅ、もっきゅ、チェロスうめー」

 

 

 

 

え? なにこれ?

 

み、見間違いでなければ、願那夢の黒数強夏がいるように、見えるが…?

 

 

「あ!ロスマン先生!」

 

 

するとハルトマンは駆け寄り抱きついてきた。

 

この人懐っこさは階級すら飛び越えるらしい。

 

私は戸惑いながらもそうして迎えられる。

 

 

「ただいま、少し待たせたわね。いや、それよりも、なぜ黒数さんが?」

 

「あ、それがね、黒数がね?」

 

 

 

__つい前日、ゲーラ近辺に人型ネウロイが現れた。これは討伐したが先陣に当たったエディータ・ロスマンが窮地に追い込まれ、意識不明の状態になった。しかしハルトマン軍曹が来てくれた陰で彼女は目を覚ました。俺では出来ないこともあるからな。ハルトマンが来てくれて助かったよ。

 

 

 

「って説明してた」

 

「かなり噛み砕いてくれましたね……」

 

「難しいのわかんないや。でも黒数が色々と話してくれたお陰で私もロスマン先生も大事にはならないって黒数が言ってたよ。まあ流石に私も少しだけ怒られたけど格納庫のお掃除の罰で済んだ。あ、黒数は手伝ってくれなかったよ」

 

「当たり前です。厳罰を犯したのは貴方自身ですハルトマン。むしろその程度で済んだことを感謝するべきです」

 

「ぶー、でも先生危なかったじゃん!すっごく心配したんだから!」

 

「軍人である以上は覚悟しています。それは何年も前からです」

 

「むぅ…でも死ぬのはダメだからね」

 

「努力します。なので貴方も精一杯努力してください、ハルトマン」

 

「はいはいよー、だ」

 

 

 

頭の後ろに腕を組みながら不真面目な返事。

 

彼女の真剣さはどうも足りない。

軍人としての自覚も心構えと無い。

 

けれど人一倍、誰かを気にして生きることを促してくれる。

 

外側はとても不真面目だが彼女は仲間思いの優しい子である。

 

 

 

「さて、みんなのロスマン先生も無事に戻って来たので、俺はそろそろ行くよ」

 

「もしかしてこの基地で私を待っていたのでしょうか?」

 

「羽休めも兼ねて一応ね。まあ俺が今日までココにいたのはあのワガママ娘が『私と戦え!黒数!』って構ってちゃんして来たからブリタニアに向かおうにも向かえなかったんだよ」

 

「お優しいのですね」

 

「モリモリ成長中のウィッチは好きだからな、思わず構ってしまった」

 

「ふふっ、そうですか。それよりもブリタニアまで向かわれているのですね?」

 

「友人がいるんだ。もう使用人でもなんでもないけど顔の一つくらい出しておこうかなって思ってね」

 

「使用人…?」

 

「ああ____宮藤博士、のな」

 

「!!!」

 

 

 

私は驚く。

 

まさか彼のご友人がストライカーユニットの生みの親である宮藤博士だったから。

 

そして使用人として使われていた過去も知る。

 

この方は本当に何者なのだろうか?

 

 

 

「じゃあなマルセイユ。次はもっと腕上げておけよ」

 

「え!?もう行くのか!?」

 

「ああ。やることがある。まあ俺もしばらくは欧州を彷徨いてるからまた会える筈だ。カールスラントには人型を見つけ次第知らせるように連携してあるからな」

 

「そうか!ならまた会えるな!」

「本当は何も起きない方が良いけどねー」

 

「それが望ましいが、でも空気を読まない事が得意なネウロイが相手だよハルトマン。何も起きないは望めなさそうだ」

 

「ふーん、そっか。なら戦うしかないか」

「ネウロイなんて一匹残らず私が倒すさ!」

 

「それは頼もしい。ならば疾くと強くなれ、ハルトマン、マルセイユ。君たちはウィッチの中で特に良いセンスを持っている。俺が言うんだから間違いない」

 

「わっ!?」

「おぉ!?」

 

 

彼はマルセイユとハルトマンの頭を同時に手を乗せてワシャワシャワと撫でる。

 

その手つきは少し荒っぽい。

 

しかしその二人だからこそ、それだけ期待を込めたような重みが伝わる。

 

……私と同じ、教え子に空まで導いた指導者だったんだ、彼も数年前は。

 

 

「エディータ・ロスマン。俺は空の先駆者である貴方が英雄たらしめたウィッチであることを強く尊敬している。また会えることを願うよ」

 

「!」

 

 

そして彗星の如く、空を疾った。

 

ほんの数日だけの関係。

 

助けられて、救われた程度のこと。

 

けれど私は鮮烈に覚えるだろう。

 

その彗星は夏空でもよく映っていたから。

 

 

 

「私も、貴方と言うウィッチを覚えます」

 

 

 

次、また会える時はもう少しゆっくり語れるくらいに余裕が出来たらと願う。

 

空描く願い星は、叶えてくれるだろうか。

 

 

 

 

 

つづく






物語がワンパターンだよなぁ…
書く意味あるか問われる…



【黒数強夏】
オストマルクのトランシルバニアを去った後、ネウロイの巣を観察しながら当初の目的地でもあるブリタニアを目指しているとカールスラントの国境線にて人型の反応をキャッチ、一対ニの組み合わせだろうと勝利する。その後は色々と救助などに勤しまれ、最終的にカールスラントの基地でエディータ・ロスマンの帰りをハルトマンと待ちながらチェロスを食べていた。

【エディータ・ロスマン】
1日だけ休暇を取り故郷のゲーラまで向かう途中、不幸にも黒塗りの人型ネウロイに見つかり死を覚悟するが、駆けつけた願那夢に助けられて一命を取り留める。退院後は第七中隊の基地に戻ると黒数強夏と再び対面する。後進のウィッチ達に向ける眼差しが自分と同じであることに共感を得ながら彼の旅立ちを見送り、その後はハルトマンを筆頭にウィッチの教育に力を入れる。原作では後の502部隊。

【エリーカ・ハルトマン】
無線を弄りながらサボっているとロスマンの通信をキャッチ、いち早く駆けつけるも速度を落とせず町にいた黒数に受け止められる。あまり新聞などに手をつけないため願那夢のことは良く知らないみたいだが今回の事を通して黒数強夏には先生を助けた恩人として名を覚える。その後は第七中隊に戻り、エディータ・ロスマンの帰りを待ちながら黒数強夏とある程度交流を深めた。そのお陰で黒数のことは『おじさん』ではなく『お兄さん』になった。黒数曰くハルトマンは磨けば光る原石で「仕込み甲斐があるぜぇ?」とご満悦。

【ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ】
実は第七中隊所属のウィッチではないが合同練習と言う事で数日ほど部隊に参加。すると黒数強夏と再び出会えて大喜び。その後はしつこく模擬戦を申し込み、何度も返り討ちにされたが「さすが黒数!」と珍しく敗北を嬉しがるマルセイユの様子に同期のウィッチ達や上官達は困惑した。また周りに比べて黒数に対して素直であるためかカールスラント軍からは彼女の指導者として欲しがってしまう始末。それほどに問題児な彼女であるが後のアフリカの星。それは願那夢と同じ彗星(ほし)の意味であることに誇りを抱く彼女の話はまだ先の事だろう。



次回!
(原作なら)宮藤博士、死す!
デュエルスタンバイ!


ではまた


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48話

お久しぶりです。

他に色々書こうとしたけど夏の暑さで挫折したからコッチに戻ってきた。またしばらくよろしく。

ではどうぞ



 

 

 

「いやー、死ぬかと思ったよ、はっはっは」

 

「はっはっは!…じゃないんだが??」

 

 

とある一室の軍需病院。

 

俺はそこでとある男と話をしていた。

 

 

 

「研究所に特攻してきたネウロイの爆発に巻き込まれても生きてるなんてとんでもなく幸運だな。運を使い果たしたんじゃないのか?」

 

「どうかな。ただ娘に出会ってからは祝福されている気分になってね。今回もそうだったんじゃないかって僕は思っているよ」

 

「娘?……もしかしてあの後、戻ったのか?」

 

「君が『里帰りくらいしろ』と言ってくれたからね。だから無理言って扶桑に戻ったよ。それからほんの数十分だけ顔を合わせだった。芳佳は泣きながら抱きしめてくれた。せめて一日くらいは泊まって欲しいと強請られたけどそうも言えないほど私も敷き詰まっている。だからほんの数十分だけの温もりだった。まったく、君のせいで私も心が揺らいだじゃないか」

 

「良かったじゃん。どんなに離れていてもそれだけ愛情に満ち溢れているってことだ。なら簡単に死ぬなんて有りえないな」

 

「かもしれないね。だから死んでたまるかって思ってね、何とか致命症は避けれたよ。これも君のお陰だな」

 

「……俺?」

 

 

病院用のベッドで頷く男。

 

その人は魔女の父といわれる宮藤一郎。

 

世間では宮藤博士として有名である。

 

そんな彼は助かった理由に俺を名指しする。

 

 

 

「ビームシールドだったかな?一年前のウラル戦線時、零戦の性能を確かめるため第十二航空隊は模擬戦で飛んでくれたと思うが、その時にビームシールドの話と実際にその技術を見せてくれたね。アレのお陰で携帯型シールドが一段度強化されたんだよ」

 

「はい?」

 

 

ビームシールドというのは俺がウィッチ特有の自動シールドを使えないから開発した技術。

 

腕にリストバンド状に魔法力を帯らせ、そこからガンイージみたいにビームシールドを展開することでネウロイの攻撃を防ぐのだが、これがかなり強固な盾であり、章香曰くウィッチが展開するシールドの強度と自由性を超えているとの話だ。

 

実際にウィッチでは受け止めきれなかったバンシィ系統のビームマグナムを正面から受け止めて防いだり、ビームシールドの形を鋭い刃に変化させることでF91の真似事を行えたりとネウロイを斬り裂けるくらいに丈夫である。

 

そして今、宮藤博士は俺が開発したビームシールドのお陰で助かったと言っている。

 

 

「工業用に使われる携帯型のシールドは知ってるかな?最初は第一次ネウロイ大戦後期に使われていたシールドだったが今は力不足として不採用になっている。それでも鉄を溶断するときに跳ねる火花を防いだりするに丁度よく、軍需工場などでは愛用されているんだ」

 

「まあアレ、かなり薄いからな。暴力的な攻撃には絶対耐えられない」

 

「その通り。けれど私は君の扱うビームシールドを見て考えたんだ。展開する瞬間のみ耐久性を犠牲に攻撃性を含めれないかと」

 

「…はい?」

 

「ただ防ぐだけじゃ力不足だ。なら迫り来る脅威に対して攻撃を行ってそれを相殺できないかと考えてね。代わりに使えば一度きり壊れてしまう携帯シールドになってしまうが、しかしそれで命繋げれるなら充分だ。そのためストライカーユニット開発の副産物としてそちらは僕の趣味枠としてとても強力な携帯シールドを作ったんだ。試作品だったけど、でもお陰で死なずに済んだよ」

 

「攻撃を攻撃で相殺って……携帯機でそんな器用なこと出来るのか?てかストライカーユニットの副産物?」

 

「簡単に言えば魔力の衝撃波を放つんだよ。ストライカーユニットのプロペラはエーテル化させた魔力の羽で飛んでいる。それをエーテル化させることなく本物の板として展開する。実際に魔力濃度を高めればコレは可能だ。そうすれば爆風程度は耐えれると考えてね?まあ流石に直接的なネウロイのビームや体当たりには機能しないけど、でも過去の産物に比べれば現役ウィッチ同様の強さを秘めたシールドが一般人にも扱えるようになるんだ」

 

「一度限りの携帯シールド。でも役立たずな薄さの板よりも生存率は高まる。そっちに意識を向けたんだな?」

 

「ああ」

 

「そうか……いや、アンタってやはりすごいんだな」

 

「すごいのは君もじゃないか?世界の機動戦士願那夢」

 

「どうかな。叡智から与えられた貰い物の強さでイキっているだけなんだと思うけど」

 

「それで何度も命賭けれる君は英雄だよ。僕は誇らしく思うけどね。そのストライクユニットで飛んでくれるなら尚更だ」

 

 

宮藤博士が渡欧する前に設計図だけでもとジェットストライカーの開発プランを立てていたがしかし、現状扱える環境でもないためそれがお蔵入りとなったのが最初の現状。

 

しかし俺が持っている魔法力がとんでもなく多い事と、また魔力性質がこの世のウィッチが秘めるエネルギーと違うからこそジェットストライカーという数年先のオーバーテクノロジーの実現を可能にした。

 

だから宮藤博士はそのことに喜んでいる。

 

不可能と思われた計画が今まさに機動して願那夢として飛んでいるから。

 

ちなみに現在のストライクユニットは改修4回目であるため俺は密かに『MK-4』ってことにしている。ガンダムの真似事だからここら辺は気分で。

 

 

「それでその体、いつ治るんだ?」

 

「生き存えたとは言え、ネウロイの攻撃だ、重症なのは確かだね。正直、体がまだまだ回復段階でね、そろそろ眠たいかな……」

 

「ああ、悪い!無理させてしまったな」

 

「気にしないでくれ。僕も君とまた話したかった。もう話せないかとも思っていたからな…」

 

「!…… 俺は残ることを決めたよ。願われて、望まれて、この場所にいることが今の黒数強夏にとって正しいのなら、俺はこの世界で宮藤博士の手掛けた箒にまたがり願那夢を描く。だから任せろ」

 

「!!……ふふっ、ああ、そうか。なら、早すぎたロマンは、ただしかったんだね… ふふっ、その計画が、あまりにも、遠い先の、願いだとしても…きみがそれを、正してくれ…た……」

 

 

 

先ほども言ったがジェットストライカーは設計図を作り上げた1937年時点ではあまりにもオーバーテクノロジーだ。夢物語。

 

しかし俺がその箒を手に取り、その箒で世界に英雄たらしめているから、宮藤博士は空論上で終えていたはずのロマンが実現されていることを開発者として喜んでいる。

 

それが本当に嬉しそうだ。

 

……なぁ?二年前にブリタニアでひとり彷徨っていた俺を助けてくれた彼に対する恩返しになっただろうか?そうであってほしいな。

 

 

 

 

 

コンコン

 

 

 

 

「黒数、悪いが面会の時間は終わりになるよ」

 

「ああ、わかった___ ガランド」

 

 

 

宮藤博士に視線を移す。

 

安心したように眠りについていた。

 

 

 

__任せろ。

 

俺がいる限りネウロイにこの空を渡さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、面会を許してくれて」

 

「君は宮藤博士の使用人だった人だ。なら信頼出来る人物として通せたまでだよ」

 

 

ブリタニアの街にある病棟。

 

やや厳重に警備された地下から顔を出しながら街中に出る。

 

ブリタニアの綺麗な街並みが目に入るが、ところどころネウロイの被害に遭った場所も目立ち住人たちから放たれる不安と緊張感が入り混ざった空気が漂う。

 

 

 

「宮藤博士を襲ったネウロイはなんだったんだ?」

 

「博士個人というより、開発室から溢れた魔法力に惹かれたネウロイが一機だけ突撃… いや特攻してきた。私は襲撃の半刻後に到着したからこの目で実際に見た訳ではないが、しかしそのネウロイは意思を持った人間魚雷のようだったと言っていた」

 

「人間魚雷ってやってること回天かよ……エグいなぁ…」

 

「回天…?」

 

「魚雷の中に人詰めて神風特攻を行う非人道的兵器だよ」

 

「なるほど。命を抱えてないネウロイならではの攻撃手段と言うわけか」

 

「アイツらの習性は獣に近いけど統率性を失いはぐれと化せば、あと躊躇いを無くした瞬間やることは特攻のそれなる。俺も扶桑でそういったネウロイと出会ったことがあるし、倒したこともある。生存性を捨てた奴らは厄介極まりないことは扶桑から届いた論文の通り」

 

「命知らずが形となったか…」

 

「だがそれ以上に人型として偽った場合…」

 

「?」

 

「重力圏の戦いを知ろうとする。そうなると奴らは知性を磨く。人の形でどれだけの利便性を持って人類を追い込めるかを、な」

 

 

 

俺が人型ネウロイを優先的に狙う理由はコレ。

 

偽ったも無駄であることを知らしめるために。

 

と、考えていたが、実のところバンシィ・ノルンを偽って俺を追い詰めた戦績持ち、この時点で人型にも強さを見出してるネウロイサイドはコレからも人の形を真似するだろう。その結果としてモビルスーツのバーゲンセールなのだが半端に原作ゲーム忠実な武装や動きやらしてくるので面倒だ。俺は原作知識あるからまだなんとでもなるはずだ!と立ち向かえるが何も知らないこの世界の人達からしたら理不尽に襲いかかる初見殺しに命狙われる。正直クソゲー。

 

だから俺がこの手の甲の訴えを頼りに紛い物を探し、討ち滅ぼす。

 

それがこの世に降り立った黒数強夏の役割。

 

しかしいつになったら終わるのやら。

 

もしや全ての機体を倒すまでか?

 

それがあの『つづき(コンテニュー)』というのか?

 

それなら俺一人狙ってこの世界を巻き込まなくても良いだろうに…

 

 

 

「黒数は、君はこれからどうするんだ?」

 

「変わらず人型を討つために欧州を飛び回っているよ。ネウロイの巣は黒海を中心に張り巡らせているからな。そんで最終目標としてはネウロイの巣を破壊を考えているが……今の力では無理だな…」

 

「巣を…破壊?」

 

「あまり明かしてないけど俺はネウロイを倒す毎にこの力が高まる。そうして今よりも強い兵器を取り出せるようになる。いずれはネウロイの巣を破壊することも可能だとは、思う」

 

「それは本当に可能なのか…?君個人の力だけで……??それはすごいな。さすが章香が見出しただけある。やはり黒数は厄災を払いしウィザードの再来か?」

 

「さてどうかな。そう謳われてようとも俺も結局は人間だ。皆は何かと神格化するがウラルでは一度ネウロイに落とされている身、己の限界はどこかしらにある。ネウロイに落とされる気は無いが常に健在である保証もない。あまり願那夢頼りにしないで貰えると助かる」

 

「たしかに飛んでいる君も人間だ。永遠と戦うマシーンじゃない。ふむ、そうだな。もし疲れたら私の所に来るといい。止まり木くらいは用意しよう」

 

「そう言ってあわよくば引き込むんだろ?俺は章香以外に靡かないし、居着かない」

 

「何を言うのやら。君のお陰でカールスラントの夜間哨戒能力は高まったんだぞ?良い戦術遺伝子を落として込んでくれたものだ」

 

「あ、そのこと知ってるんだ」

 

「カールスラントの中では特に急速に伸びた部隊だ。だから私も気になってそのカラクリを暴くと君がいることがわかったよ。その時はたしかジム・カスタムという活動名だったな?何気に長く滞在していたようで驚いたよ」

 

「ナイトウィッチが騎士(ナイト)になろうとしてたんだ。勲章を授けるには時間が掛かるんだよ。それだけのこと」

 

「ふっ、そうか」

 

 

それでもカールスラントの全体的な強化に繋がったのかガランドはご機嫌に頷く。

 

それからもガランドとは別れることなく適当に街中を歩き、彼女の誘いで喫茶店に腰を落ち着けると英国の紅茶を嗜む。

 

 

「テーブルマナーは学んでるみたいだな」

 

「軍所属時に章香から教わった」

 

「なるほど。……ああ、ところで」

 

「?」

 

「章香とはやることヤったのか?」

 

「お前の方がテーブルマナーねぇな?」

 

 

ガランドの爆弾発言に対して紅茶を口に含んでたら危うかったので、仕返しとばかりに指を3本立てることでサインを送ったらガランドが「んぐふっ!?w」と愉快に紅茶吹き出した。ふん。なーにがカールスラントのエースウィッチよ。ざまぁみろ。

 

 

「こ、こほん……黒数は章香と会ってるかい?」

 

「梅雨明けに会ったよ。まだ松葉杖は必要な感じだったが日常生活を送るに支障無しってところで安心した。あ、道場で素振りしてた」

 

「なるほど。息災で何よりだ」

 

「本当にな。車椅子で弱っていた彼女はもう見たくない」

 

 

スコッチを砕き、口に運ぶ。

 

紅茶を口元に運ぶ手の甲はまだ穏やか。

 

もしコレがオストマルクならネウロイを感知して騒がしかっただろうが、ここら辺はまだ比較的安全のようだ。前日の特攻ネウロイを除いて。

 

 

 

「……うん、やはり欲しいな」

 

「砂糖か?」

 

「いや、キミが」

 

「ごほっ」

 

 

唐突すぎる故に次はむせた。

 

紅茶ではなくスコッチで。

 

 

「何言ってんの?まず俺は章香しか勝たんからな?」

 

「それは私も同じだな。章香しか勝たん」

 

「いや、まて、何処でその言葉学んだし…」

 

「む?第十二航空隊だが?」

 

 

 

うん、俺のせいだった。

 

そういや当時の部下達に幾つか愉快な語呂を授けたっけか。いや失敬。

 

 

「別に章香から盗ろうとは思わないよ。章香は怒らせたらこの世で一番恐ろしいからな」

 

「それはどの意味でなんだ?……で?急にどうしたんだ?」

 

「なに。純粋に魔女の教育者として黒数を欲していただけだ。ああ君が章香を理由に謙遜する前に言わせてもらうが私は黒数のことを非常に高く買っているぞ?なにより扶桑海事変と呼ばれる国運を賭けた戦いで生き残り、そこにプラスして第十二航空隊のウィッチ達を優秀なウィッチとして育てた。君の手がけた論文も知っている。故にその開拓力に私は目を見張っているんだ。是非とも!キミの力が欲しい」

 

「それはカールスラント軍としての総意か?」

 

「いや、私個人としての意思表示だよ」

 

「どうだがねぇ?何処もかしこも俺を欲しがってるように見えるけどな」

 

「それは半分誤解だ。確かに黒数の能力を欲している軍国は存在するが何処にも居つかない彗星は文字通り彗星の如く現れ迫り来る怪異を退ける英雄譚に希望を抱く者達も多い。正直ここら辺り激しく別れている」

 

「俺は誰のモノでもねーよ。コレが役割だからそうしてるのであってお国のためだとか正直考えてないな。扶桑で飛んでたのも章香が隣で飛んで欲しいと願ったからだ。それがなければ俺は国に命も賭けない」

 

「??…君は扶桑の生まれではないのか?」

 

扶桑(にほん)であって、扶桑じゃないな」

 

「ふむ……?まあ愛国心は様々だとして私は黒数強夏という大きな着火剤が人類サイドの大きな強化になると考える。価値観も、倫理観も、世界観も、何にも縛られない無重力のキミがね?」

 

「……何を考えている?」

 

「黒数、これはまだ先の話。だが、もし、この計画が空論上に収まらず、膨れ上がる怪異と立ち向かうに必要とあらわば()()()()()()()()()()()()()()しなければならないビジョンがある。もしそのビジョンが本当にそうなった時、そこに君の力が大いに必要となって私は考えている。だからだよ。私は君に『願う』」

 

「!」

 

 

 

ガランドが何を言っているのかわかる。彼女が言う「国々が決断」しなければならないその仕組みになった時、人類サイドが今よりも最悪な未来が訪れた時だと言うことだ。そこに願那夢というイレギュラーを当て嵌めるべきか非常に悩ましいところだが、それは俺もこの世で怪異に立ち向かう人間の一人として団結に身を投じる必要がある、そういうことだろう。

 

 

「なら時が来た時にまた言ってくれ、アドルフィーネ・ガランド。俺もそこまで子供じゃない。しかし今は縛られることなく空を行かんとならない。この役割は誰にも繋ぎ止められないから」

 

「もちろん。私は一人のウィッチとして願那夢である君を理解するよ」

 

 

それから紅茶を飲み干し、同時に席を立つ。

 

喫茶店を出ると彼女は「楽しかったよ」と一言残してブリタニアの奥に消えて行った。

 

残された俺もキャリーバッグを引いてブリタニアの街を眺める。

 

まだ被害の少ない街。

 

こういう状態ならまた『溶かし屋』でも開いて路銀稼ぎ…… なんて考えたけど、実はその仕事道具は扶桑に置いてきた。厳密には浦塩に駐屯する北郷鈴香に渡して北郷家に保管してもらっている状態だ。なぜなら半年前と違い、逃亡兼観光目的ではなくネウロイを討ち倒す戦いに身を投じるためその暇も無くなるし、荷物は極力減らそうと考えたから。

 

代わりに換金物を多く持ち込んでいるから食いっ逸れることはそうそうないだろうが、もっと平和にキャリーバッグを引きたかったものだと空気を読まないことに提供のあるネウロイの存在を恨む。やっぱり生産性ないなアイツら。

 

まあとりあえず、友人の宮藤一郎さんに顔を出す目的は達成した。

 

完治するに長い時間を要するみたいだが、それでも生きていて良かったと胸を撫で下ろしつつ今日は適当な宿で休もうと宿を探す。

 

明日はブリタニアを出てまたカールスラントに戻ろうと予定を立てながら街を歩くと…

 

 

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

「___」

 

 

 

 

透き通るような柔らかな声。

 

それが耳を通る。

 

なにより『懐かしさ』が頬を撫でる。

 

ああ、そうだった。

 

そうだよな。

 

ブリタニアには『友人』がいると言ったが実はもう一人だけ『戦友』と呼べる者がいる。

 

それは『魔女』であること。

 

その魔女は__ネウロイを倒した仲である。

 

俺はその声に振り返る。

 

 

 

 

「お、お兄さんっ!……ですよね?」

 

 

 

 

ふんわりとしたボブカット。

 

心優しさが詰め込まれた小さな魔女。

 

いや、もう小さな魔女ではないな。

 

あの頃よりも背は伸びて、それならほんの少しだけ逞しくなったような気がする。

 

だから確信した。

 

俺は彼女と目を合わせ、そして…

 

 

 

 

 

「____リネットか?」

 

 

「!!!」

 

 

 

 

俺の命を守ってくれた、最初の魔女。

 

小さなシールドが大きく感じられたあの日。

 

忘れることなく今も覚えている。

 

実に、二年半ぶりの再会であった。

 

 

 

 

 

 

 

つづく






宮藤博士、生きてたのか!!
残念だったな、トリックだよ。

と、言うことで生きてました。
黒数のビームシールドを参考に死を逃れた。
天才だろこの人。


【黒数強夏】
カールスラントから船で海を渡ってブリタニアに着き、宮藤一郎を探すも崩壊した研究所に唖然、たまたまいたアドルフィーネ・ガランドに連れられると治療中の友人との面会を果し、これからもストライクユニットで飛び回り、人々を助けることを約束する。ガランドから遠い未来のためにスカウトを受け、それに頷くべきか悩むことになる。それはそうと喫茶店にチェロスがあったので大喜び。

【アドルフィーネ・ガランド】
ブリタニアのスピットファイアが欲しい!え?難しい?じゃあ自分でブリタニアに行くから、と、視察を理由にブリタニアまで足を運んだがちょうどそのタイミングで宮藤博士が強襲されて事故処理を手伝うことになったやや間が悪いエースウィッチさん。そこで黒数強夏とも再開すると未来のために色々気を働かせ、願那夢が必要である旨を伝え、良い返事を待つことになった。スピットファイアは戦利品として持って帰ったらしい。


【宮藤一郎】
原作とは違い(?)死亡することなく黒数強夏というイレギュラーのせいで生存した原作ブレイカーの一人。重症に変わりないが会話できる程度には元気だった。再び友人に出会えたことを喜び、それから英雄とならんその男に願いを託し、深い眠りに付いた。完治するのはかなり先になるだろうがその表情は安心しきっていた。

【リネット・ビショップ】
幼いあの日、命からがら助けてくれたお兄さんが今は世界的英雄として名を馳せており、そのことで絶賛脳が焼かれた上に男性観を軽く破壊されてしまった大商人の娘さん。原作だと後の501部隊。


ではまた


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49話

追加(9/11)

ウィルマ・ビショップの情報を変えました。
彼女が本格的に訓練を終えたのは1943年なのか…


ではどうぞ


 

秋空の中、季節によって日が落ちる時間も早いことを再確認しながらブリタニアの街を見下ろすと何処もかしこも建物から淡い光が溢れており、一つ季節の早いクリスマスのデコレーションのように感じられる。こうしてみると肌寒さを和らげてくれるような暖かな光、暖炉のあるご家庭は冬に向けて試運転中だろうか。

 

そして見下ろしている街から少し視線を逸らせば軍が管理する軍需病棟、そこにはほとんどの時間を眠りに充てて回復に勤しむ友人が一人治療中である。

 

俺は入ることが出来ないから遠くから友人の無事な回復を祈るだけ。

 

代わりに与えてくれたこのストライクユニットを使うことで約束を果たす。

 

望まれし英雄の姿が健在であることを宇宙に刻み続けるために。

 

 

「あっ!彗星だ!」

「見て見て!お母さんっ!」

「あら、今日は英雄様の帰還かしらね」

 

 

空に指差す子供達とそれに釣られて空を見上げる大人達の視線、それと声。

 

これらは直接聞こえた訳でもなく、目を合わせて視認した訳でもないが、戦いを重ねることでニュータイプの真似事が出来てしまうようになった願那夢の俺は人々から送られる矢印がわかってしまう。

 

俺はその期待に応えるようにストライクユニットの出力を上げながらその場で体を捻るように一回転すると、夜闇を描くエーテルの光がペンライトのような芸当を生み出し、自由な流星がブリタニアを照らす。

 

ほんの数秒程度の軽いファンサービスを兼ねた一連の流れをブリタニアの子供達に魅せれば喜ぶような声が聞こえたような気がする。

 

感想もお駄賃も頂くことなく俺はロンドンの夜空を一気に疾り去る。

 

 

「わー!」

「見た!?見たよね!」

「すごーい!すごーーい!」

「見て見て!彗星が回ったよ!!」

「あらあら、声が届いたのかしらね?」

 

 

この夜に運良く、空を瞬かせる彗星に気づいた少数の観客達から届く歓喜を置き去りに、俺は高度を落としてとある()()()のお庭に降り立った。

 

いつ見ても立派な建物だ。

庭も豪華に剪定され、その財力が伺える。

 

無事に到着、もしくは帰還出来たことを喜びながら一息つくとお屋敷の扉が開き、一人の少女が迎えてくれた。

 

 

 

「あ、おかえりになられたんですね」

 

「ただいま。ちびっ子達にはお土産は無しだと伝えてくれ、リネット」

 

 

 

立派なお屋敷。

 

ココは大商人ビショップ家の住まい。

 

何故、俺がこうしてココに降り立ち、そして出迎えられているのか?

 

それは俺がこのビショップ家を『拠点』として使っているからである。

 

 

 

 

 

__あの、でしたら、今日は私の家にお泊まりになられますか?

 

 

 

 

カールスラントに戻る前にブリタニアで適当な宿を探し、そこで一夜過ごす予定だったところにありがたい提案。

 

そうやってホイホイと着いて行った結果。

 

 

__貴方は我が愛する娘の命の恩人、もし欧州でその役割を果たすことが貴方の使命ならば箒の羽休めれる場所は必要な筈。ああ是非この場所でお休まりください。たとえ世界が謳う英雄の願那夢であろうとも貴方の身体は無限ではない、私たちと同じ人間のはず。

 

 

俺は手の甲の訴えに従う使命だけで孤独に欧州の空を飛んでいたが、この戦いを支えてくれるバックアップはひとつも無しに願那夢として身を投じていた。周りからすればいつか身を滅ぼしかねん人類の働きだろう。

 

しかしその意識が浅かった俺はネウロイを討ち滅ぼすのみこの役割に駆けられていた。そのことを理解したビショップ家から俺は大いに心配された。それと同時に過去にリネットをネウロイから命懸けで守ったお礼として、ビショップ家の大きな屋敷を願那夢の拠り所として使えるようにビショップ家は提案した。

 

俺からしたら嬉しい誘いだ。

 

もちろん最初は断ろうとした。

 

しかしビショップ家の押しが強かったのもあって俺は折れてしまう。何よりリネットの強い要望だったから。あとリネットよりもさらに幼いビショップの子供達も押しが強かった。どうやら子供等は願那夢の話をよく聞いており、その本人である俺がブリタニアに現れたら興奮も止まることなく、子供達はそれぞれ俺の両手を掴んで離さなかった。

 

そんなわけで拒む理由も失い、俺はビショップ家の屋敷で部屋を借りることになった。

 

そうやっていつのまにか活動拠点として与えられたビショップ家の屋敷、願那夢としてネウロイを屠る時はこの屋敷にある小さな格納庫からストライクユニットで一気に飛び出し、航続距離の強みを活かして海を越えてはネウロイをサーチ&デストロイする日々だ。

 

そして今日は強めのネウロイの気配を手の甲が感じ取ったので、その訴えに従い海を超えるとネーデルラント海域に中型ネウロイがのさばって飛んでいた。

 

最近また更に伸びが悪くなったコスト上昇だが、少しでも足しにしておこうと考えて中型ネウロイを撃ち落とそうと接敵に乗り出したらカールスラントからウィッチがやってきたので少し離れたところで動機を観察した。さすがカールスラント軍のウィッチと言うべきかネウロイは討伐された。

 

その後は捜索範囲を広めようとバルト海まで足を伸ばして、それから戻ってきた。しかし流石ストライクユニットと言うべきか一日中飛んでいられる。元々それなりの航続距離はあったのだがハッパさんが俺専用に改修すると燃料が増大化すると概ね倍になった。

 

それのお陰で拠点がブリタニアだろうともジェットストライカー特有の飛行速度も相まってカールスラントまで遠く感じない。だから大体は飛んだその日にはブリタニアのロンドンにあるビショップ家まで戻って来れるのだ。しかし本格化した秋は暗くなるのも早いためいつもより早く戻っている。

 

俺自身色々あって拳ひとつ程度に夜間適正が備わっているが好んで空を飛ぼうとは思わない。

 

それに夜は布団で寝たい。

 

それをビショップ家が用意してくれている。

 

お屋敷の使用人がいつも布団を干して綺麗にしてくれるし、風呂も沸かしてくれる。

 

お陰でめっちゃ眠れる。

 

なので非常事態に追われない限りは夜はしっかり休養して、日中は必要とあらば空を飛ぶ。

 

そうやって体は無理していなくて済んでいる。

 

 

「いまちょうど夜ごはんです。ご一緒にいかがですか?」

 

「もちろん頂きたい。すぐに格納庫にユニットを戻して向かうよ」

 

「はい、では使用人にお伝えしますね」

 

「ありがとう」

 

 

 

トテトテと走り去るリネット。

 

願那夢としての活動を献身的に支えようとするリネットに俺は少しだけ苦笑いする。

 

 

 

「まったく、地に降りた時の俺はただの黒数強夏だよ、リネット」

 

 

 

しかし俺の声はリネットに届かない。

 

何故なら賑やかな家庭の声にかき消されてしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、そのままだ。いいぞ、リネット」

 

「う、ぐぐぐっ!」

 

「よしよし、やるな。じゃあ錘増やすぞ」

 

「ぇ?…ひゅぃぃぃい!!?」

 

「リネットー!頑張れー!ふぁいとー!」

 

 

肌寒さに慣れてきた11月の秋。

 

寒い季節になるとネウロイの動きも鈍り、その活動も減る。

 

そのため夏と比べて比較的出撃回数が減った秋の季節に俺はリネットに時間を設けるとお屋敷の適当な壁に錘を持って彼女を誘い、訓練内容を告げると魔法陣を使わせて壁に張り付かせる。その後は調子に合わせて錘を増やしてリネットを追い込む。

 

 

「うぐぐっ!」

 

 

落ちないように耐えるリネット。

へー、やるなぁ。

 

バルセロナのイリス・モンフォートは結構苦戦していたが、すぐに適応する彼女はかなり優秀だ。

 

そして、その隣ではやや騒がしく応援しているビショップ家の娘が一人いた。

 

 

 

「リネット!ふぁいとー!ふぁいとー!」

 

「騒ぐとリネットがやりづらいぞ」

 

「えー!頑張っている妹がいるんだもん!」

 

「それなら尚更静かに見守ってやれよな…」

 

 

 

彼女はウィルマ・ビショップ。

 

ビショップ家の長女だ。

 

 

「まあいい。よし、リネット、そのままゆっくり地面に降りろ。ただし吊り下げてる錘を揺らさずにゆっくりだ。良いな?」

 

「は、はぃ…!」

 

「わー、キツそー。魔女学校入学前にやらせる訓練じゃないよね?これ大変そうだもん。しかも揺らすなって相当スパルタ!」

 

「リネットの魔法力はかなり多い。それは潜在能力が高いってことになる。そうなると半端な魔力行使は魔力制御の訓練にならない。なので錘だけに重めな訓練で魔法力に負荷をかけるのが効果的だ」

 

「なるほど」

 

「訓練の効果は保証するよ。ここら辺を優先的に鍛えると飛行訓練で自然と良い成果を出せるようになるし、何より息切れしなくなる。ウィルマも試してみてもいいぞ?」

 

「あー、いやー、あははは、わたしはまだ遠慮しておこうかなー」

 

 

やや顔を引き攣らせるウィルマ・ビショップはブリタニア連邦の魔女候補生だ。

 

絶賛訓練中の身であるためリネットのやっている訓練の厳しさは分かるらしい。

 

そのため笑顔ながらも遠慮したいオーラを放ちながら視線を合わせようとしない。

 

その代わりに妹を絶賛応援中だ。

 

加えて、妹大好きオーラが溢れている。

 

ちなみに俺との自己紹介も済ませてるし、俺が居候の状態でこのお屋敷でお世話になってることも知っており「部屋ならいっぱい空いてるからね」と歓迎してくれた。気配り上手で優しくてとてもいい人だよ。

 

ただし妹リネットのことになるとうるさくなってしまう。シスコンってやつだな。

 

 

 

「この世には磨けば光る原石って言葉があるけど、まさにコレなんだよな」

 

「ふふーん、でしょ?リネットはやる時はやるんだよ!ビショップ家は兄弟がいっぱいいるけどリネットは特に!私の自慢の妹なんだから!」

 

「お、お、お姉ちゃんっ!は、恥ずかしいからあまり褒めないでぇ…!お、落ちそうになるからぁっ!」

 

「リネット、もし途中で落ちたり、錘揺らしたりしたら最初からな?」

 

「うぇぇっっ!!?」

 

「おおー、大変だね。ふふっ、がんばれ私の自慢の妹リネット!揺らしても良いのは急に大きくなったお胸だけだからね!」

 

「ちょっとぉ!!?」

 

「おいおい…」

 

 

ウィルマの声援に俺は反応を困らせる。

 

そういやあの頃に比べて二回り以上は背が伸びているリネット。まだ魔女候補生だった頃の竹井よりは身長はあるかな。

 

ちなみに彼女の年齢は10歳であるが既に膨らみがあったりと、発育良いのはブリタニアクォリティーってことにしておこう。

 

 

「おやー?妹のどこ見てんのかなー?」

 

「彼女の未来」

 

「おおっと、うまく逃れられたか」

 

「妹の成長録をダシに揶揄うなよ…」

 

「まぁまぁ、将来有望株ってことを世界の願那夢ちゃんである黒数君にリネットの魅力を覚えて貰おうかなってね」

 

「魔女候補生って意味では既に見出してる。あと俺には扶桑に許嫁がいるのでその点は諦めてくれ、大商人の娘」

 

「へー、そうなんだ。あ、ちなみにお相手は誰かな?」

 

「元扶桑海軍所属、名は北郷章香」

 

「あっ、知ってるよ。二年前にブリタニアまで渡欧してきた北郷少佐だよね?一緒にお茶したことあるよ」

 

「マジか」

 

 

とんでもないところで章香の人脈を知ってしまったな。世界は狭いのか広いのか、もうこれわかんねぇな。

 

 

「ヒュ…ヒュ……お、終わりました…」

 

「おう、上出来だ。錘はそこまで揺れなかったし、比例して集中力も高く、魔法力の乱れも浅かった。流れてる血はかなり優秀だな」

 

「あ、分かるんだ。うんうん、そのとおり。私のお母さんはブリタニア空軍の元ウィッチで鉄の箒に跨っていたんだ」

 

「ウィルマ母のミニーさんから聞いたよ。第一次ネウロイ退散で戦っていたってな。そうなるとリネットはしっかり受け継いでるらしい。確かに自慢だな」

 

「ふふーん、そうでしょう?」

 

 

リネットのことを自分のように自慢するウィルマは本当にリネットのことが大好きみたいで訓練後の疲れで息をゼェゼェと荒げる妹の頭を撫でて褒めている。

 

俺は錘を解除してリネットが張り付いていた壁を見る。この訓練始めたての頃は魔力行使の壁の張り付きに何度か失敗していたリネットだったが、繰り返す事で自分の体重以上の錘吊り下げれるようになった。しかも2日目で。ここまで急激に成長されると教える側も教えることなくなって困る。優秀過ぎるのも悩みものだな。

 

 

「はぁ…はぁ…っ、あの、お兄さん、訓練にお付き合い頂き、ありがとうございますっ!」

 

「構わないよ。居候として住まわせて貰っている身だ。俺にできることならなんでも」

 

「ふむふむ、しかしスパルタだったね」

 

「そうか?おおよそリネットの要求通りだろ」

 

「え、リネット?そうなの?」

 

「ふぇ?…ええと………」

 

 

 

ウィルマはやや疑うようにリネットを見る。

 

するとリネットはコクコクと頷く。

 

そんな妹の努力にウィルマは目を見開き。

 

 

 

「ッ〜ー!!!立派になったね我が妹っ!」

 

「わわわわ!お姉ちゃんっ!?」

 

 

 

そして抱きつく姉。

 

ブリタニア出身は随分と感情にオープンだ。

 

 

「まあ少しだけ厳し目にしたが共に死線を乗り越えた仲だ。この程度なら大丈夫だろうって考えての上だけど…リネット、キツかったか?」

 

「ふぇ!?うううん!だ、大丈夫だよ!錘はキツかったけど訓練の意味がわかると全然苦じゃないからっ!」

 

「そうか」

 

「うん。あ、あっ、でも…」

 

「「?」」

 

 

少し戸惑いながら胸元でツンツンと指を突き合わせながら、リネットは小声で…

 

 

「あまり意地悪されると私どうしたらいいかぁらないから……だからぁ……そのぉ…」

 

「「……」」

 

 

 

目をうるうるとさせながら訴えるリネット。

 

小動物のように振る舞う。

 

そんな彼女を見て腹の奥からよからぬ感情が芽生えようとする。

 

これが嗜虐心に煽られるというやつか?

 

いやこれ竹井醇子に似た感覚だ。

ああ、なんか思い出してきた。

そうだよ、あれだ。

頭めっちゃ撫で回したいアレだ。

ああ確かに。

今めっちゃこの娘を可愛がりたい気分。

よく頑張ったと頭を撫で回してやりたい。

そんな気持ちに久しく駆けられる。

 

しかし俺なんかよりも隣でプルプルと震えている姉は既に覚醒ゲージ満タン。そのまま全覚醒抜け横格ブンブン覚醒落ちコストオーバーリスポーン位置失敗の勢いでリネットに飛びつきそうになっている。もちろん妹との距離は赤ロック圏内。格闘振れば余裕で当たる。

 

さて姉は耐えちゃう?

このまま耐えれるのか?

 

 

「リネットー!かあいいよー!かあいいよー!お持ち帰りー!」

 

「ぴぃぃぃぃ!!?」

 

 

ああ、今回もダメだったよ。

 

あの子は言うことを聞かないからな。

 

とまあ、姉は耐えきれませんでした。

 

 

「かわいいかわいいわたしのリネットかわいいとてもかわいいうふふいい香りかわいいかわいい大好きだいすきよじゅる」

 

「うわわわわ!!?」

 

「えぇ…(困惑)」

 

 

目の前で妹を抱きしめて可愛がっている。

 

わしゃわしゃと撫で回し張り付く勢い。

 

頬までキスして愛しい妹の名を繰り返す。

 

我が妹は世界一可愛いだとか、色々。

 

そんなリネットは目をグルグルしてなすがまま。

 

対してウィルマは肌がツヤツヤになっていく。

 

 

 

「はい、今日の訓練終わりな。あとウィルマは自分でなんとかして」

「黒数お兄さん!?ぁ、ひゃぅん!!」

 

「リネット〜、ちゅちゅ!」

 

 

 

ブリタニアのスキンシップはかなり強めらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、リネットの訓練にお付き合い頂き。こちらお紅茶を淹れました。お召し上がりください」

 

「あ、ミニーさん、どうもありがとうございます。娘さんとても優秀ですよ。魔法力に対する理解が高くて、それでいてなかなか根性があります。リネットはその前まで何かされていたんですよね?」

 

「ええ、娘は黒数さんに助けられてから魔女を目指そうと勉強を始めました。まだ魔法力が完全に開花する前ですので、私がまだ現役の頃に使っていた教本や戦闘記録書などを強請ると机に向かって魔女を学ぶことを選び、それから少しずつ魔法力のことも理解するようになりました。ちょうど近くにウィルマがいたお陰でもありますね」

 

 

この方はリネットの母ミニー・ビショップ。

 

第一次ネウロイ大戦後期に鉄の箒で空を飛んだ飛行ウィッチであり、ネウロイの撃破数は二桁という優秀な戦果を残している。ちなみに現在佐世保で教官をやっているジュンコ・ジェンコとは同期にあたるらしい。ジュンコさんに関しては元々欧州生まれ聞いていたけれどあの人何かと顔広いな。あと佐世保といえば皿うどん娘は元気だろうか?また空腹で空から落ちてなきゃいいが。

 

 

「この調子なら魔女学校も優秀な成績で卒業できるでしょう」

 

「あら、北郷部隊の副隊長さんがそういうのなら間違いないですね」

 

「おや?そこまで知ってましたか」

 

「知ってのとおり子供達が願那夢の大ファンでして、陸海の混合部隊の写真や扶桑海事変の新聞記事など持っているんです」

 

「なるほど。大商人だけあってそういったものは流通するんですね」

 

「ええ、特にブリタニアだと盛んに。なので子供達が夫に強請って願那夢に関するの記事を多く持っています。それで私も興味がありましたので子供達のコレクションを読んでしまいまして、ふふっ」

 

「家族総出で願那夢ファンか。なるほど。そりゃ願那夢がここに泊まりって分かると子供達から喜ばれるわけだ」

 

「ええ。こうして飛ばない日はリネット共々私の子供達のお相手してくれてるみたいで、いつもありがとうございます。子供達も喜んでいます」

 

「子供は好きです。かわいいですよね」

 

「ええ、それはもう」

 

 

 

ちなみにミニーさんは9人の子供を産んでいる。

 

大商人の婦人かつ大家族だ。

 

そして元魔女だけあって未だ美人さんである。

 

この場合そのまんまの意味で美魔女って呼んだ方が良いのか?

 

 

 

「ミニーさん、冬になると自分に何かできることありますか?」

 

「冬、ですか?」

 

「はい。寒い季節になるとネウロイは動きが鈍り活動能力が低下します。そうなると自分はネウロイの討伐のため出撃することもあまりなくなります。するとそんな自分この家に居座っているだけになりまして…」

 

「あら、そんなこと気にしなて良いのに?むしろ娘の命を救った分のお礼はこの程度じゃ足りないのですよ。もっと私達からも何か出来ることはありませんか?」

 

「いえいえ!充分すぎますよ!衣食住どころかストライクユニットを整備するための格納庫まで頂けて!至れり尽くせりですから!?」

 

「あらそう?ふふっ、それは良かったです」

 

 

どうやらこれと言ってそれ以上に出来ることはないらしい。なのでこれからも変わらずリネットの魔法訓練に付き合ってあげたり、子供達の相手をしてあげたりと、ビショップ家は自分の家のように寛ぐことが彼女達の恩返しになるようだ。まあ寒い季節に全くネウロイがいないなんて話はないからな。冬でも飛ぶ日もある。

 

この先のことを思い浮かべながら紅茶を飲んでいると慌ただしい足音がこちらに向かってきた。

 

 

「見て見て、黒数にいちゃん!」

「引き出しにこんな写真あったぞ!」

「この写真ってどんな時なの?」

「教えて!教えて!」

 

「どうどう、落ち着け。てかもう夜だろ。まだ寝てなかったのか?」

 

 

子供達が騒がしく俺に質問を投げてくるときは大体が願那夢に関する写真や資料が見つかった時であり、その度にビショップ家の子供達は嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

そうやって写真集や扶桑から届いた当時の新聞記事などを引き金に昔話っぽく願那夢の活躍を子供達に聞かせてやるとそれはもう喜ばれる。

 

まあ主に扶桑海事変までの内容ばかりであるがそれでも中々に濃密な部隊運営をしてきたので語ろうと思えば色々話は浮かんでくる。

 

 

「わかったわかった、じゃあ寝室まで行くよ。今日は夜話してやるよ。ほら!枕と布団綺麗にしてこい!俺もこれ飲み終わったら追いかける」

 

「「「わーい!!!」」」

 

 

夜は子供の燃える延長戦。

 

願那夢から始まるお話タイムが決まると子供達は嬉しそうにリビングを去って寝室に向かい夜話の準備に勤しむ。

 

俺はやれやれと紅茶を飲み干した。

 

 

「あらあら、いつもごめんなさいね?」

 

「構いませんよ。外の世界を知るのは悪いことじゃないです。それにお目目を光らせてくれる子供達がいるなら自分も話し甲斐があります」

 

「ふふっ、それは良かったわ」

 

「紅茶ありがとうございます。ブリタニアのは上品でいつも美味しい」

 

 

ティーカップを置き、席を立って子供達の後を追いかけ、寝室を開ける。

 

するとそこには綺麗に布団を伸ばしてスタンバイしている子供達。

それから…

 

 

「さぁ!お話待ってたわ!」

 

「いや、君はもう子供と言うには大人だろ…」

 

 

何故か末っ子の布団にはフェルマもいた。

 

何やってんだお前…

 

まあ末っ子の面倒を見てるお姉さんってことにして俺はスルー決めると新しく見つかった写真を受け取り、テーブルのカンテラの光を強くする。

 

さてさて、この写真はなんだ?

 

 

 

「なるほど、これ零戦のユニットか。あとこれ扶桑か?となると、最終決戦前に舞鶴で行った最後の飛行訓練の写真か。てか、これ見切れてるウィッチは皿うどん娘か?まあいい。

じゃあ、とりあえず………

こほん………

さてさて、今宵も記憶の限りに引き出したこの話に待ち受ける内容、それは扶桑海事変に於ける最終決戦前を目前とする最終調整のこと、時は8月25日、夏の終わりを知らせる舞鶴市のことである」

 

「「「!!!」」」

 

 

 

落語家のように小洒落た雰囲気を保ったままブリタニア語で喋るのはまだまだ慣れないが、これも一つの練習として俺は夜話に身を投じることにする。

 

そして、こうしていると懐かしく思う。

 

孤児院の頃にこうやって子供が寝るまで夜話して寝かしていたから。

 

少年少女の夜は続く。

 

ネウロイが現れない限り、空を飛ばない願那夢は黒数強夏として語れるから。

 

 

 

 

 

つづく

 





ブリタニアを一つの出発地点として手に入れたけど、国境を悠々と越えれるほどの航続距離を持ったストライクユニットだからこそ成せる技であり、普通の移動だけならともかく戦闘込みでの燃料消費なら補給しない限り普通は帰って来れない距離です。これも扶桑から欧州まで自力で足運んだことある黒数くんだからこそやってのける荒技。参考にしてはいけない。


【黒数強夏】
ブリタニアのロンドンにてリネット・ビショップと再開する。過去に娘の命を助けた恩を返すべく、また願那夢の活躍を支えるため衣食住を提供してくれたビショップ家を拠点に活動する。昼夜問わず強力なネウロイを察知してはロンドンから飛び出し、その日で帰ってくることもあれば2日や3日は帰って来ない事もザラに有る。最近だとストライクユニットを履いたままチェロスを頬張っている願那夢の姿は度々見られるらしい。お陰でチェロスの売り上げが増したとか。

【リネット・ビショップ】
黒数強夏と共に死線を乗り越えた仲。そんな彼も扶桑に帰投(?)後は願那夢として活躍し、その話が届いたリネットは絶賛脳が焼かれてしまう。それから彼との約束を果たすため発現した魔法力と共にウィッチを目指すため勉強を開始したその一年後、ブリタニアで黒数と再会を果たし再び脳が焼き直された。現在は黒数強夏から魔力行使の訓練を施されては把握優秀な成長具合を彼に見せている。いつかまた共に彼と戦える日を夢見て。原作だと後の501部隊。

【ウィルマ・ビショップ】
リネットの姉であり、ビショップ家に滞在することになった黒数強夏を歓迎した。休みの日は黒数と共にリネットの訓練を見てあげたり、または彼女自身も黒数から飛び方を学んだりと充実している。家の兄弟達が大好きであり、特にリネットを可愛がっている。ただし成長期に入ったリネットの胸を揉んでは姉好みな大きさにしていたりと性格はまあイタズラ好き。現在はブリタニアの魔女候補生として研鑽中であり、ストライカーユニットによる飛行経験は10時間程度だが、ウィッチの家系だけあってお手本となる飛行を既に見せている。


ではまた


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第50話 + 記録書


50話も続いてるとかウッソだろお前ww
しかも書いて一年間経ってるし…

えぇ…(困惑)
この蛇足編はいつ終わんの??


章香と平和にイチャラブできる
その日までだろうなぁ(投げやり)

頑張れ!願那夢!
負けるな!願那夢!

ではどうぞ


 

 

12月28日

 

年に一度のクリスマスも終え、スオムスやオラーシャほどではないにしろ本格的な寒波が襲いかかる欧州の冬、芋のスープが美味しい。

 

寒さに弱いネウロイはピタリと侵攻を止ませると欧州全域で小康状態になっていた。

 

それでも完全にとは言わずどこかしらでチラホラと散発的なネウロイの攻撃は起きている。一年前のウラルでも似た状態だった。

 

それでも一息を吐ける時間が戦地に与えられてるため、この間に軍拡を進める欧州は白い息を混じり合わせながら春に向けて次の戦いに向けて準備を進める。

 

それに対して海を挟んでいるブリタニアでは比較的平和な時間が流れていた。

 

そう、ブリタニアでは()()平和だ。

 

これは扶桑にも言えることだが海という大きな壁は中々に強力であり、基本的に海や水を嫌うネウロイもそう簡単に海を越えようとして来ない。宮藤博士の事故に関してはとても運が悪いもしか言えないが。

 

しかしそれを除けば目立った被害もなくブリタニアは他国に比べて軍も保有出来ている方だろう。ウィッチの少なさに目を瞑ればの話であるがそれはどこも同じだろう。他国に比べてまだ被害は少ない。

 

代わりに戦地となる他国に多くの支援を行っているため、黒海にネウロイの巣が出現したあの日からブリタニアの財政が少しずつ厳しくなり始めていた。税金も上がっている。しかしブリタニアはまだその程度で済んでいる方だ。

 

なにせこの一年間で一番多くの大打撃を受けたのは言うまでもなくオストマルクだ。

 

この冬が訪れる三ヶ月前、ネウロイを一度押し込んだ筈のオストマルクだがそれでも溢れ出るネウロイの物量には勝てず、再びトランシルバニアを残して全てが陥落してしまった。

 

そして唯一残ったトランシルバニアも戦力が足りず、またインフラのほとんども破壊尽くされてしまい防衛維持が不可能とされた。

 

これによって最後の砦となっていたトランシルバニアもいずれ放置することになるのは確定事項となり、オストマルクの首脳陣はネウロイによって亡国される未来に対してこの悔しさを噛み締めながらカールスラントに逃れた。まだ自国に残っている兵士達も他国へと撤退準備を行っており、冬明けには動き出すだろう。

 

…ゴロプの奴は平気だろうか?

彼女がそう簡単に死ぬとは思えない。

しかし戦いは数にしてくるネウロイが相手。

聡明な頭脳でも限界はある。

 

 

さて、次にカールスラントの戦況だがオストマルクと隣接しているカールスラントもネウロイの侵攻を幾らか許してしまい、更に首都ミュンヘンはネウロイの空爆を受けてしまった。

 

本格的にネウロイの侵略が始まったことをカールスラントは理解し、それと同時に東側の一部はネウロイに侵略されると瘴気から逃げるように民間人達は西へと避難を開始、コレによって緊張感が一気に増した。

 

カールスラント軍もこれ以上の侵攻を許さぬと防衛線を展開しているが春明けにはネウロイと一気に衝突するだろう。

 

しかしその規模は計り知れない。

 

何故なら先ほどあげたトランシルバニア。あそこは高山地帯だ。つまり鉄が多い。

 

そしてネウロイは鉄を吸収して強くなる。

 

鉄を吸収したネウロイは巣に持ち帰るとそのエネルギーによって新たな個体を生み出し、全体に強化させる。これは第一次ネウロイ大戦の時に明かされたネウロイのカラクリだ。奴らは鉄を得て強くなる。

 

なんなら捨てられた銃や戦車、また放棄された工場や建物も含め、そこに鉄が含まれているならネウロイはなんでも構わないとばかりに吸収する。

 

だから『瘴気』を振り撒いて人間を退き、ゆっくりと鉄を吸収する。

 

 

話を戻そう。

 

 

高山地帯であるトランシルバニア。

 

そこをネウロイが攻略したとなるとどうなるのか?春には今年よりも強いネウロイが現れるようになるだろう。

 

まず真っ先に被害を受けることになるだろうカールスラントは軍拡に勤しんでいる。来年は確実にこれまで以上の戦いが始まるからだ。それは誰もが予想できること。他国もカールスラントに集い、連携力を高めている最中だ。

 

欧州が扶桑海事変の惨状を学んでいるなら来年はもっと酷いことになるのは明白。

 

そして……人型もより一層強くなるだろう。

願那夢である俺も他人事じゃないのだ。

 

しかし今は貴重な休暇。

止まり木で羽休めできる冬。

 

ビショップ家で英気を蓄えて春からまた身を削るような戦いに投じる。

 

 

と、言っても何もしないのは身体に悪い。

 

 

なので、いつもように暇してる時は将来ブリタニアのウィッチとなるビショップ家の姉妹に魔学関連の授業を開く。

 

いや、しかし、教え甲斐があると言うのは贅沢ながら困りものだな。

 

この子達、知識の飲み込み早いもん。

教えることがどんどんなくなる。

 

 

「リネット、ウィルマ、こうやって全身の左側に魔法力を全集中させてもこの状態で壁に張り付ける。魔法力を使ってるからな。代わりに魔法力を行き渡らせてない右側は当然壁に張り付けれてないためブラブラと放り投げてしまう状態になる。しかし脇に力を入れることで銃を固定すればこの状態から射撃だってできる」

 

 

魔法力を行き渡らせていた左手と左足で壁に張り付き、余っている右足で重心を調整し、銃を構えた右手でポジションを確認する。

 

その状態からトリガーを引くと数メートル離れたところに置かれた薪は弾け飛んだ。

 

 

「す、すごい…!」

「おおー!学校じゃ見られない芸当!」

 

「魔法力が乱れない限り落ちることはないし、この状態で何発だろうと撃てる」

 

 

説明しながらも更にトリガーを引き、一発当たって浮いた薪に更に一発、また一発とお手玉を行い、そして更に右手から左手に拳銃を即座に持ち替え、壁に張り付けていた左足を右足に切り替え、即座に薪をお手玉、そして腰に仕込んでいたある投げナイフを魔法力で強化して鋭く飛ばすと刃にそして触れた薪は真っ二つ割れてしまう。

 

ニュータイプの感覚を利用した超人技、これにはガラスのロープを渡っていたサーカスもピエロも目を見開いて滑り落ちてしまう大道芸だろう。

 

 

「最後のナイフ投げはともかく研鑽を積めば誰でも出来るようになる。今程度なら少ない魔法力でも可能だな。実際に今見せたやつは魔法力の10%も使ってない」

 

「「ええ!?」」

 

「だって壁に張り付くだけだぞ?それだけならバカみたいに魔力エネルギー投入する意味もない。下手に疲れるだけ。君たちは一枚の小皿をお皿を洗う時に水道の水圧を最大限にして力強く洗うか?」

 

「そんなことしたら割れちゃいます…」

「水が飛び跳ねて大変だよね」

 

「その通りだな。お皿に頑固な汚れが付かない限りそこまでやる意味もない。だからそれと同じで必要程度の魔法量を身体が把握してなければならない。俺は実戦も兼ねたこの数年間で程度を理解した。

 

させて加減を覚えれば良い。先ほど例えた皿洗いと同じ。この程度で『事足りる』という経験を多く積むことなんだ」

 

「必要程度に、事足りる……」

「うんうん、なんとなく分かったかも」

 

「しかし極論、これは試行回数で殴らないと分からない話。何度も何度も試して己の内側を理解する。家の蛇口からはどの程度魔法力が捻り出るのか確かめるように、俺が今壁に張り付いたのも己の内側にある魔法力の濃度をどの程度で事足りるかを長いごと繰り返して理解した賜物なんだ。継続は力なり、ってな」

 

 

章香にブリタニアで拾われ、扶桑行きの赤城に乗った頃から叡智達に与えられたこの魔法力の理解を深めようと魔力行使を何度も繰り返してきた。それがこの成果。それはリネットもウィルマも分かっている上でこの言葉を聞いてくれている。

 

 

「さて、リネット、ウィルマ、君達にはコレから魔法力が愛人になるレベルまで意識してもらおう。いつもの何倍かを」

 

「ふぇぇぇ!?、あ、あ、愛人…!?」

「意識の何倍って、具体的には…?」

 

「こちら、14万3000倍になっております」

 

「じゅう、よん、まん!?!?」

「うせやろ!ぼったくりじゃないの!」

 

「嘘じゃないし、ぼったくりじゃねーよ。大商人の娘だけあって万額の数字に反応するのは仕方ないとしてだ、これはさっきも言った試行回数の話。物量で学ぶんだよ。例えを語るなら、運動する時、料理する時、掃除する時、呼吸する時、勉強する時、仕事する時、そして昼寝する時などを含め、日常的という全ての枠で魔法力を意識するんだ。それはつまりの起きてる間はずっと魔力行使してなさいって話だ」

 

「ええええ!!?」

「この人頭おかしい…」

 

「頭の方は正常だウィルマ。ただ安心しろ。常に全力で魔力行使しろとは言ってない。そんなことしたら大変なことなるからな。だから常時魔力行使する場合、浅く、薄く、弱く、そして浅く、たが、そのかわり必ず1%以上の魔力行使が絶対条件だ」

 

「ぜ、絶対条件……」

「1%って言うけど、でも…」

 

「人間、やれば慣れる。そうすれば呼吸するように魔力行使も生活の一部にもなるし、違和感もなくなる。何事にも当て嵌まることだが大変なのは最初だけだ。そして俺はこれを二年以上やっている。もちろん今だって会話しながらも魔力行使して身体に浸透させ続けている。気づいてるか?」

 

「え!?」

「………っ、ほんとうだ…!」

 

 

姉妹それぞれの反応を示す。

 

リネットはまだわからないがウィルマは魔女学校に通っているだけあってそこらへんは感じ取れるらしい。でも言われて意識しなければわからないあたりまだまだ肌が魔法力に慣れ親しんでないな。

 

 

「でもそうしろと言われて自分でどうすれば良いかわからないだろう。だから俺が二人に課題を設けよう。何もしないで寒くてたまらないからな。てな訳で、はい、コレもて」

 

「ええと…旗?」

「赤と白だね」

 

「今からそれを持ってゲームをやってもらう。俺が言うお題を次々こなすんだ。それも魔力行使でな」

 

 

 

ルールを教えたあと二人は隣で位置に着く。

 

俺は二人の前で腕を組んでお題を出す。

 

……懐かしいな、第十二航空隊の頃を思い出す。

 

子供達が飽きないように色々考えたよな。

 

まあみんな良い子で真面目だったから俺もそこまで苦労はしなかったけど。

 

 

「赤魔法力20、白魔法力50」

 

「あ、うぇ、えぇ!ええと!」

「よっと、ほっと、このくらい!」

 

「赤魔法力80、白魔法力70」

 

「ふぇ!こ、このくらい…か、なっ!?」

「よいっと、で、白はこのくらいか…な?」

 

 

魔法力を使った赤白ゲーム。

 

数字を言い表した場合、膝より下が10、体から水平なら50、真上に掲げれば100の具合に動かしてもらい、それと同時に各々が思う数字分の魔力行使させる。

 

あとコレに正解はない。

 

これは各々が思う魔法力の分厚さを旗で想像させるための訓練。

 

リネットにとって魔力行使の『20とは?』どのくらいなのか?

 

ウィルマにとって魔力行使の『80とは?』どのくらいなのか?

 

旗で角度を示させ、体に落とし込ませる。

そして両手で難しく意識させる。

 

言わば、アレはダンベルのようなモノだ。

どの程度の筋力で持ち上げれるかを、測る。

そして己の力量や身体能力がわかる。

自分は、力持ちなのか、そうでないのか。

 

 

それを今回の赤白旗を使うことでこれは経験させることを考えた。

 

課題として数値化された魔法力は「自分にとって恐らくこの程度のはず!」と各々が意識して掲げた旗の高さを『視覚』から理解してもらうため。

 

そして魔力行使した時に「自分の20とはこの位の魔法力だ!」を『感覚』で認識してもらうため。

 

例えるならバイクや車のアクセル。

 

車ならアクセルを踏める深さ、バイクならアクセルを回す量。

 

それを『旗』で深さを表し、エンジンの回転力を魔力行使で体現させる。

 

これは魔女になる前の魔女が覚えるべき『予備知識』である。

 

 

 

「大凡でいいんだ。それで感覚を掴め。そして意味を知れ。己の内側にある隣人を。それが空を飛ぶための箒になる」

 

 

「っ、は、はい!」

 

「っ、了解であります!」

 

 

 

 

 

ブリタニアの冬は寒くてたまらない。

 

でも今は、心も、体も、寒くない。

 

魔法とはそのくらいに熱く己を語れるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!ホンモノだー!」

 

「ふぁ!?」

 

 

 

1940年2月2日。

年も明けると気候もやや穏やかになる。

 

本格的な冬季により空は凍りつき、ネウロイも全く現れなかったため俺は12月と年明けた1月は全くと言っていいほど飛ばず、仮に飛んだとしてもそう遠出するとこなく基本的にブリタニアで落ち着いていた。

 

しかし2月になったこの頃、空も落ち着き陽気が空を温め始める。ブリタニアの空域から飛び出せばネウロイの気配も東南から感じ取れるようになり、威力偵察も兼ねて久しぶりに欧州の空を長く飛ぶことにした。

 

そしてとあるウィッチと出会った。

 

 

「これはアタシでも覚えてるぞ!アンタって願那夢だよな!?そうだよな!!」

 

「その通りだ。そんな君は格好からして扶桑のウィッチだな?使っているユニットも零戦だったりとわかりやすい」

 

 

 

別に空でウィッチと出会うことはそう珍しく無く、情報共有のためにコチラから話しかけたりもする。ただしめっちゃ驚かれてアワアワとされたりすることが基本であるが。

 

しかしこの娘はそんな反応なく俺に指差してこの威名を叫んで確認を取る。

 

それより「アタシでも」ってどう言う意味だ?

人の名前とか顔を覚えるの苦手なタイプか?

 

……なんかそんな感じする娘だな。

 

しかし扶桑人か。

久しぶりに見た気がするな。

 

 

「なぁ!なぁ!アンタの本当の名前なんて言うんだ?白数弱化だっけ??」

 

「黒数強夏な??全部反転させんなや」

 

「そうだそうだ!それだ!黒数だ!思い出した!じゅんじゅんが自慢してたな!」

 

「じゅんじゅん?」

 

「怒らせたら怖い人だよ。いやー、温厚な人ほど怒らせると怖いって本当なんだな」

 

「まあ、そう…だな??…ギャップって奴も含めてインパクトあるわな、うん」

 

「でも良い奴だよじゅんじゅんは。あ、それで黒数はこんなところで何やってんだ?散歩?」

 

「まあそんなところかな。ネウロイを見つけたら環境保持を目的としてゴミ処理を心がけているよ。君は哨戒か?」

 

「そうそう、哨戒哨戒、長いお散歩だね。しかし、リバウからちょっと遠出し過ぎたか?いやー、ここら辺さの空気があったかいからな!気づいたらバルト海から出そうになっていたな!あっははは!」

 

「いやバルト海から出るってもうそれ陸に上がっているだろ。ここから南下すればすぐそこベルリンだからな?てかよくリバウからここまで飛んできたな?距離的に東京から大阪くらいだぞ」

 

「あー、ええと……そ、それって長いのか?」

 

「……まあいい。 とりあえず引き返しな。零戦は航続距離は自慢だけどそれでも万が一考えて回れ右するんだ。安心しろ。コッチにはネウロイはいない」

 

「そうか?そういやこっちもいなかったんだよな。うーん、やっぱり巣の場所も考えてネウロイは下の方になるのか。と言うよりやっぱり飛び過ぎたか!あっははは!みおみおにドヤされるな!」

 

 

軍律に厳しい扶桑軍人とは思えないほど砕けているウィッチだが、その魔法力を感じ取ってみるとかなり安定している。乱れがない。

 

更に言えば無駄なエネルギーを使わず最低限に留め、しかしいつでも最高速度を出せるように温めている辺りしっかりと飛行訓練を積んでいることがよくわかる。

 

一度動き出すと強いな…このウィッチ。

 

 

「とりあえず情報ありがとう。俺も帰るよ」

 

「お?そうか?…って、なんか情報あげたか?」

 

「それなりに貰ったよ。じゅんじゅんとか、みおみおとか、そこらへんはわからないが、冬季明けのネウロイの動きは理解した。やはり陸になるかアイツら…… トランシルバニアの陥落が引き金か…」

 

「??」

 

「つまり難しいことは、難しいことがわかる人に任せておけば良いってことだ」

 

「おー!なるほどな!じゃあ…よし!帰る!」

 

「はい」

 

 

 

そう言って元気に去る扶桑のウィッチ。

 

軍人の身でありながらも最後まで所属名や名前を全く語る様子もない辺り、つまりそう言う娘なんだろうなって想像に付きやすく、恐らく上官は彼女の扱いに困っているのだろう。

 

 

 

「久しぶりに石川の料理も食べたいなぁ…」

 

 

扶桑のウィッチに出会ったせいか無性に扶桑料理が食べたくなってきた。

 

一応ビショップ家には米もあるがそれで扶桑料理が作れるかと言うと作れなかったりする。

 

味噌も醤油もないしな。

 

ネウロイさえいなければこのまま扶桑に戻りたいくらいだ。

 

 

「っ、しかしバルト海は寒いな!ネウロイも海域に現れてないこともわかったし、収穫もあった。夕方までにはブリタニアに戻ろう」

 

 

俺もリバウを背にして引き返す。

 

海には特にネウロイはいない。

 

いたとしてもブリタニアやカールスラントのウィッチが動いてくれるし、バルト海なら現在ウラルに駐屯してる欧州派遣隊の扶桑軍が処理してくれるみたいなので俺はやはり陸の方を意識した方が良さそうだ。

 

そうなるとブリタニアから飛び出したその日に帰って来れることは少なくなりそうだ。ネウロイの活性化に合わせて紛い物も顔を出してくるだろうし、一度対面すればそう簡単に帰してくれないだろうな。

 

 

 

「それでも充分に英気は養えた。ビショップ家には感謝だ。ミニーさん達の手厚い支援は願那夢としてしっかり応えよう」

 

 

紛い物を屠ることで手の甲に刻まれたコストを高め、ネウロイの巣を破壊できるような武装を得てこの戦いを終わらせる。

 

それが今の目的。

 

この世界が望まれた願那夢は人の希望とならん。

 

 

 

 

つづく

 





前置きにも書いた通り『50話』ってことなのでこれまでの黒数強夏の軌跡を時系列で簡単にまとめました。

黒数強夏、これまでの行動記録。

《1937年5月》
・ブリタニアに召喚される
・宮藤博士に拾われ使用人として居候
・ブリタニアに強襲してきたネウロイを撃破
・北郷章香と赤城に乗艦、扶桑に向かう
・扶桑到着後、宮藤家に手紙を届ける

《1937年6月》
・舞鶴市に帰投後、舞鶴航空隊に配属
・テスト飛行に失敗し、昏倒状態に陥る
・復活後にネウロイの3機撃破に成功する
・北郷少佐の権限にて、准尉に昇級
・第十二航空隊の副隊長として就任
・リハビリ後、ウラル戦線に配属
・穴吹智子との模擬戦に初勝利する

《1937年7月》
・別働隊として降下爆撃に成功する。
・新聞記事に『機動戦士願那夢』と飾られる

《1937年10月》
・北郷章香との模擬戦で初勝利する

《1937年12月》
・舞鶴市に一時帰国、ユニットを改修完了
・扶桑海でネウロイ撃破、艦隊を救助する
・長崎県佐世保市に移動
・黒田那佳の墜落を受け止める
・第十二航空隊に帰還完了





《1938年2月》
・ネウロイの戦力が増大、戦況の悪化
・扶桑軍の撤退を支援

《1938年3月》
・夜間哨戒の任務に着くようになる
・第十二航空隊に宮藤博士が訪問
・零戦の運用と戦術を研究する

《1938年4月》
・夜間哨戒の任務に就くようになる

《1938年5月》
・撤退戦の支援回数が増える
・夜間哨戒中、陸軍の犬房柚乃を救助
・同時にネウロイのコアを視認する

《1938年6月》
・夜間哨戒中、人型ネウロイ(バンシィ)と戦闘
・黒数強夏の生命反応を喪失
・運営裏で【戦死】として扱われる

《20××年》
・現実に戻る、異世界の記憶を忘却
・記憶を取り戻し、異世界へと帰還

《1938年7月》
・怪異の侵略地から浦塩を目指す
・浦塩強襲中の人型ネウロイ(バンシィ)を撃破
・第十二航空隊航空隊に帰還する
・ウラル戦線を放棄、舞鶴市に帰国する

《1938年8月》
・休暇中、北郷家に招待される
・休暇後、新兵ウィッチの育成
・本土決戦、挺身作戦を開始(扶桑海事変)
・激化した颱風の中で人型ネウロイ(バンシィ・ノルン)の撃破
・北郷章香と江藤敏子の救助
・同時に友軍機の艦隊を機能不能に追い込む

《1938年9月》
・戦後処理後、海軍から軟禁を言い渡される
・軟禁を拒否、扶桑国から亡命開始
・第十二航空隊から除隊、階級を返上する
・扶桑皇国から黒数強夏の消息を絶つ

《1938年10月》
・オラーシャ帝国国内を移動中
・モスクワで溶かし屋の路銀稼ぎを開始
・偽名として『ジム・カスタム』を名乗る
・オストマルク国境沿いを移動
・ミラノに到着、サッカー観戦を楽しむ
・ロマーニャ公国を通過する

《1938年11月》
・ガリア共和国に到着する、南側を移動
・ヒスパニアのバルセロナに到着する
・その後、バルセロナから北上する

《1938年12月》
・アンドラに到着、長期間滞在する
・羊飼いのマリアにユニット整備を指南

《1939年1月》
・夜間飛行中に中型ネウロイを捕捉
・ヘルミーナ・レント少尉と共闘

《1939年2月》
・アンドラに滞在中

《1939年3月》
・アンドラから移動、ガリア共和国を北上
・その北端にあるバス・ノルマンディに到着
・ルマール家か経営する宿に滞在する
・パリに到着、チェロスがうめぇ
・ヘルミーナ・レントと二度目の対面
・帝政カールスラントに移動開始
・空軍第3夜間戦闘航空団に到着
・民間協力者として部隊に参加する
・夜間運用の基盤をレントと作り上げる

《1939年4月》
・昼夜逆転しながらも滞在

《1939年5月》
・親方ぁ!空から女の子がぁ!
・部隊運営の協力を終了、脱退する
・帝政カールスラントから移動
・扶桑皇国を目指す

《1939年6月》
・石川県加賀市に到着、北郷章香と再会
・しばらく滞在後、浦塩に移動する
・浦塩の復興作業を手伝う

《1939年7月》
・北郷家の末っ子北郷鈴香と対面する
・黒海にネウロイの巣が発現する
・浦塩にネウロイが強襲、これを撃破
・コストが400になるも上昇が鈍化する

《1939年8月》
・ネウロイの侵攻が活性化
・第二次ネウロイ大戦として欧州で勃発
・ウラルで人型ネウロイを撃破する
・願那夢として行動を開始する
・浦塩を後にし、再び欧州を目指す
・オラーシャ帝国を通過
・オストマルクに到着、反抗作戦に参加

《1939年9月》
・トランシルバニアを奪還、新聞に載る
・オストマルクから移動する
・移動中にエディータ・ロスマンを救出
・帝政カールスラントのゲーラに到着
・エリーカ・ハルトマンも救助(?)する
・カールスラント第七中隊に数日滞在
・ブリタニア連邦に移動を開始
・到着後、重症の宮藤博士と対面
・その後、リネット・ビショップと再会する
・ビショップ家を拠点地として活動開始
・ブリタニア連邦ロンドンで冬を越す

《1940月2月》
・本格的な活動を再会
・今コ↑コ↓


と、なっています。

てか、黒数くんさぁ?いくらストライクユニットが移動手段として高性能だからと言ってもこの1年間で欧州に2回も向かうのは流石にフットワーク軽すぎて恐ろしいよ。あと魔法力があるとはいえ基本生身だろ?亡くなった親とのフライトを叶える目的がありしも普通は扶桑から欧州まで飛ばないよ。そりゃゴロプも呆れるに決まってるわ。これは野良犬呼ばわりされるのも仕方ない。


ちなみに現在の年齢は『22歳』です。
1940年では23歳になりますね。
年齢は章香より一つ早いです。

え?黒数強夏のアガリ?
貰い物の魔法力だから魔力衰退なんてしないぞ。
この世の人間じゃないんだから。注がれてる側。


それと撃破数に関してですが、小型ネウロイの撃破数は扶桑海事変の終了時点で三桁を超えており、中型は二桁を記録してる中、実は大型ネウロイの撃破は一つも無いが、それ以上の参加価値があると言われる人型ネウロイ(バンシィとノルン)を二機倒しているため、扶桑皇国軍の中では一番の撃墜数を誇る。やっぱ主人公なんですね。

堀井のアホさえいなければ扶桑皇国軍は彼の力を借りれた筈なのにね。軍人って難儀な生き物だな。笑える。ガンダムっぽくて更に笑える。


ではまた


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51話

《追記》
やだっ、やだっ!ねぇ!ヤダァ!
また日刊ランキングに晒されてるよぉ!



 

 

 

今から三年前のことです。

 

私はほんの少しだけ、やんちゃ娘でした。

ほんの少しだけです…よ?

 

ロンドンに帰る途中の荷車でお利口さんに座らず布に包まれた荷物の上で遊んでいました。

 

父は優しいので悪いことしている私を軽く注意するだけでそれ以上は止めませんでした。

 

そしてバチが当たりました。

 

 

__ブリタニアにネウロイだと!?そんなバカな!?くっ、リネットしっかり捕まっているんだ!!決して叫んだりするなよ!!奴らは人間の恐怖と絶望を見つける!!

 

 

空を見上げた父は馬を急に走らせた。

 

そんな私は父の声を聞いていましたが、初めて見る怪異に恐怖し、掴んでいたはずの布から手を離してしまい振り落とされてしまった。

 

地面に落ち、体を打ち、足が痛む。

 

 

__ぇ、ぃ、ぃゃ…!

 

 

 

遠ざかる荷車と父、近づいてくる黒い狂気の宴たち。置いて行かれたことを悟った。

 

 

 

__だ、誰か助けて…!!

 

 

 

しかし恐怖あまり声が出ない。道のど真ん中で放置された私は絶望する。これは私が悪い子だったから。父にわがまま言ってお仕事について行った私は大人しくしなかったから。だからこんなことになったんだと理解した。

 

 

でも、そんな私に助けが訪れた。

 

その現れた人は私の名を聞いて背負う。

 

 

 

__走るぞ!舌を噛むなよ!

 

 

追いかけてくるネウロイ。

その時の、彼の背中は覚えている。

 

あと首筋に焼けた跡も。

今も残っている。

 

 

 

__ッッ……すまない。

 

 

追い詰められた洞窟の奥で、彼の腕の中に収められた私はネウロイから姿から見えないように隠してくれた。そして強く抱きしめられる。この先が怖くないように。

 

 

 

__ありがとう、ウィッチ。

 

 

迫り来るだろう死の中でも彼は魔女になれた私なんかに感謝の言葉を残した。

 

終わりを迎えさせようとする赤い閃光。

 

しかし、足元で光る魔法陣。

 

彼は魔を討つ兵器を手に入れるとネウロイに向かって引き金を弾き、敵を倒した。

 

 

 

__これは俺と君との秘密な?

 

 

ネウロイを倒したことは秘密にする私達。

そして、彼を乗せて出航する軍船。

 

 

 

__わたしはウィッチになってみせるから!

 

 

次また会えた時、その時は立派なウィッチになることを私は彼と約束する。

 

 

それが目指す理由。

 

 

そして…

 

 

 

__リネット……なのか?

 

 

その二年後にブリタニアで再び出会えた。

 

それまでの彼は『機動戦士願那夢』としての威名を持ってその英雄譚を世界に響かせる。

 

私もその活躍を聞いていた。

 

それでもあの頃と変わらない姿。

 

だから私はすぐに彼だと分かった。

また会えて嬉しい。

 

 

 

でも…

でも…

 

 

 

ごめんなさい。

 

私はまだ立派なウィッチになれていません。母から譲り受けた教科書からまだ手を離せない未熟者なんです。だからまだお兄さんとの約束を果たせるほど私はウィッチじゃない。

 

そう、心の中でこの弱さを悔やんでいたら…

 

 

 

__俺が空を飛ばない日は、リネットを空に飛ばせれるように、そのための時間を設けよう。

 

 

 

彼は私を外に誘うと、空を飛ぶための先生になってくれました。

 

 

 

「黒数お兄さん」

 

「どうした?リネット」

 

「いつも訓練ありがとうございます」

 

「いや、気にするな。むしろ居候の俺が何かできることないかと考えて、こんなことしたできないんだ。お礼なんて言われるほどじゃない」

 

「いえ!わたしすごくありがたいんです!黒数お兄さんのように、あの時のように、誰かを守れるウィッチになりたいと夢見てたんです!」

 

「!…… そうだな。君はあの時、俺を見送りながらそう叫んでくれたな。それは今も変わらないんだな」

 

「はい、変わりません。わたしの行き着く先が黒数お兄さんほどのウィッチになれずとも、この腕で誰かを守れるなら、わたしはそうなりたいですから」

 

 

 

偽りなく告げる。

今もそうでありたい願いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1940年4月

 

中型ネウロイの数が増えてきた。

 

それだけ戦力が増強されてる証なんだろう。

 

だがそれと同時に…

 

 

「キィィィ!!」

「キィィィ!」

 

「冬明けにガンダムMK-2とかまた重たいの来やがったな。しかも僚機に黒の魔窟(カミーユ機)まで連れてくるとか、両機共々カートリッジ式メインで着地取る気満々じゃねーか。エゥーゴに帰れ!」

 

 

真っ黒が黒マークII。

薄く灰色っぽいのが白マークIIか。

 

ともかく対面状況としてはバンシィよりはマシ。

そんな感想。

 

だってバンシィの時はビームマグナムやぞ?

真面目に正面から受けたら死ぬわ。

 

なのでまだ普通のメインの方がマシ……いや、マシもクソもねぇな。

 

こっちは魔女の保険(自動魔法壁)も無く一撃で死ぬかもしれないってのに。

 

 

「まあ良い、スーパーガンダムにならない魔窟なんてのは黒と変わらないな」

 

 

こちらの飛翔と合わせて白マークIIは装甲から粘土のようなモノがグツグツと溢れ出る。

 

するとそれはバズーカに変化した。

 

 

「うわっ!賢い!アイツ!」

 

 

俺は体を捻り、バズーカの弾を緊急回避。

 

バズーカから放たれた弾は途中でバラけちり散弾となって空を焼く。

 

 

「っ、あんなのがシールドの手段を持たない軍隊に放たれるのか思うとゾッとする…!」

 

 

ビームライフルのような攻撃は一人だけしか狙わないが散弾となると話は別。

 

戦車のような装甲が盾にならない限り生身であんなのまともに受けてはならない。

 

そうやって人型の驚異性を再確認しつつ、いつも通り太陽を背中に距離感を狂わせながら青白いエーテルの光を瞬かせ、白マークIIの頭上を取るとビームライフルを連射する。

 

 

「ギィ」

「キィィィ!」

 

 

しかしロッテとして組んでいるだけあって連携能力が高いのか、ビームライフルの雨から後退する白マークIIに入れ替わって黒マークIIが盾を構えながら上に向かってビームライフルで迎撃してきた。

 

それに対して俺は魔力を多めに込めたビームサーベルと、イフリート・シュナイドが扱うスモークグレネードを同時に投擲、ビーム攻撃の中で爆発させるとビームの衝撃波と煙幕が一気に広がる。

 

 

「キィィィ!?」

「キィィィ!!!?」

 

 

「熱感知型の弊害だ!魔力熱と共に居場所を失ってしまえよ!」

 

 

俺の姿を見失った紛い物達は顔についているモノアイを動かして姿を探る。

 

その時、黒マークIIが衝撃波の横から飛び出した物体に反応してビームライフルを構える。

 

しかし、飛び出したそれは俺ではない、別のモノだった。

 

 

「キィ!?」

 

 

 

「そらよ!」

 

 

煙幕から放り投げたのはガンダムバズーカ。そこに繋がれた有線式のワイヤーを引っ張って魔力反応を起こすことでトリガーを遠くから起動させる。すると放り投げられたガンダムバズーカからカチャリとトリガー音が響、銃口から砲弾が放たれ黒マークIIを狙う。

 

それと同時に俺もジム・マシンガンで乱射して逃げ場を奪うと黒マークIIは足が止まる。

 

 

「キィィィ!!?」

 

 

そして奴の上半身はバズーカの餌食となった。

 

 

「ギィァ___」

「キィ!?」

 

 

「ちっ、完全に破壊はできんか。構えてた盾が威力を阻害したらしいな。だが再生前に撃ち落とせば、関係ない!」

 

 

一対一になった以上、射撃戦で制圧する必要も無い。いつも通り白兵戦で一気に決めようとジム・マシンガンを乱射しながら再度召喚したビームサーベルを構えて白マークIIを狙う。

 

白マークIIも白兵戦を感知してビームサーベルを背中から取り出しこちらの攻撃を受け止める。

 

基本的に紛い物は人間よりも二回りほど大きく形偽っているが、魔法力で身体強化したウィッチとは筋力的にも互角、俺は強引に切り抜けながら足裏で白マークIIを蹴り飛ばし、一度距離を取りながら弾の残っているジム・マシンガンを連射する。

 

バランスを崩しながらも白マークIIは堪らず盾を構えてマシンガンを受け止める。

 

するとバランスを崩しながら後方に倒れ込み、地面に倒れていた黒マークIIを背中から押し潰してしまい両機共々地面に倒れた。

 

 

「これで終わり___っ!」

 

 

ビームサーベルで二体同時に突き刺してやろうとブーストダッシュをしようとした瞬間に背筋から殺意を感知、その場から体を捻って回避。

 

横を見ると小型ネウロイがコチラに飛びながらビームを放ってきた。

 

 

「まるでカットだな。エクバぽくて少し感動しちまうな」

 

 

車線上から体をずらしながらジム・マシンガンで迎撃、すると小型ネウロイは回避行動を行い上空に逃げようとするが、回避方向にビームサーベルを投擲、それが突き刺さり、機動性を失ったところにジム・マシンガンの弾幕で小型ネウロイを破壊した。

 

 

「南側の取りこぼしか?カールスラントのウィッチは何をやっているんだ…」

 

 

それだけ戦線が混沌としているのか。

 

いやでも確かに、トランシルバニアの鉱山から多くの鉄を回収できたのか年明けて現れたネウロイは更に強くなっている。分厚くなった装甲や高くなった回復力。そのため通用しない武器が増えている現状として取りこぼしも発生している。何よりオストマルク陥落から半年が経過したいま戦線が広まってきた。

 

このような邪魔も入るのだろう。

 

 

「!?、弾切れか」

 

 

カートリッジを取り替えるよりも召喚した方が早いと考え、ジム・マシンガンを放棄するとビームライフルを再度召喚。

 

地面に仲良く倒れている白黒のマークII達にトドメを刺そうと銃口を合わせた、その瞬間だ。

 

定めた銃口の先から異質なオーラを放つマークII達はガコン!ガコン!と音を立てて装甲を組み替え始めた。

 

 

「っ!」

 

 

ビームライフルを放ち攻撃する。

 

しかし倒れたまま地面を滑るように回避するとそのまま滑らかに飛び立ち、コチラと再度相対する。

 

 

 

「な、なるほど、お前らはそうするか…!」

 

 

ここからが本番とばかりに現れた一機。

 

元々は二機だったが上半身を失った黒マークIIの装甲を利用した白マークIIはネウロイ特有の再生力と構築性を活かすと一機に変身。

 

いや正しくは『換装』だろうか。

 

機体は白マークIIそのままだが黒マークIIの装甲を武器に変えた奴は『強化』された。

 

原作ゲーム通りだ。

 

 

「なるほど『スーパーガンダム』か。そういや扶桑海事変でも似たことあったな」

 

 

吹き荒れる颱風の中でバンシィ・ノルンと決戦を挑んだ時、本体にトドメを刺そうと渾身の思いで扶桑刀を突き刺したが、胴体あった筈のコアをバンシィ・ノルンの持っていた大きな盾に移して実機を乗り換えるとその盾を実機として生きながらえたネウロイ。アレには大層驚かされた。

 

あとウラル戦線でも犬房柚乃を助けた時に現れた蜘蛛型のネウロイ。元々はバラバラで木々に擬態してたが合体してあの姿になった。

 

そのことを思い出すと人型の紛い物だろうがネウロイとしての本質は変わらず、装甲を切り離したり、くっ付けたり、組み替えたり、合体したり、その戦闘力を保たせるための自由性の高さはネウロイならではの厄介だ。

 

結果、スーパーガンダムとして現れた。

 

やってくれる。

 

 

「ガンダム好きとしてはスーパーガンダムの換装に少しだけ感動したよ。でも沈んでもらおうか!お前はネウロイだからな!」

 

 

スーパーガンダムはわかりやすいくらいの遠距離機だ。

 

だからクソ真面目に射撃戦に付き合ってやる理由もない。

 

ビームライフルとビームサーベル。

 

わかりやすいくらいの武装を構えると機動力でねじ伏せる目的で俺は一気に飛翔する。

 

再び太陽を背中にしてスーパーガンダムに飛び込んだ。手の甲の数字にするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偏差撃ち……いや、刺しか?足元の敵を気にかけながらも片手間に処理した。アレが願那夢…」

 

「おいおい、どうしたんだ?ラル」

 

「マルセイユか。人が少ない時は構わないが中尉と付けろ。また隊長殿にドヤされるぞ」

 

「はん!バルクホルン程度のウィッチがなんだってんだ。ああそれよりも!今さ!願那夢って言わなかった?絶対言ったよな!」

 

「?まぁ、言ったな。前日の取りこぼしを片手間に倒してくれた。敵地に逃すならともかく友軍地に追い込んでしまうのは失敗したな…」

 

「おいおい失敗なものかよ。そもそもな話!火力が足りないんだよ!願那夢みたいな火力が!薄い奴ならともかく現状の兵器だと一撃でネウロイが倒せなくなっているんだよ!武装面での撃破能力が低下してる今、余計にアレコレと考えても仕方ないだろ」

 

「だからこそ連携力が必要だ。一人でダメなら二人分で補って確実に倒すことだ」

 

「なら私に必要な僚機を連れてくるんだな。トロトロと戦えないね。で?黒数とはなんか話したのか?」

 

「随分と彼にお熱だな。いや、特に。目は合ったがな。()()()()()()も終わらしておいたぞとばかりに彼からアイコンタクトを拾った。その後は何か感知して飛んでいった。だから会話は特にしていない」

 

「へー、そうかそうか。なるほどなー。やっぱり黒数はすごいな!あー、あー、私のロッテが黒数のようなスゲー奴だったらもっと撃破数伸ばせるんだけどな」

 

「そういえばこの部隊JG52に来る前に願那夢とは模擬戦をしたことあると言ってたな。それならマルセイユが黒数に置いて行かれる側になるのは想像に容易いのでは?飛び去る際も彗星のように早かった。あと偏差攻撃。アレがただ技術ならおこぼれなんか期待できない。下手に組む方が余計になる」

 

「そりゃそうだろ。だって黒数だぜ?何言ってんだ?組んだところで全面的に追いつけねぇだろ」

 

「……組みたいのでは無いのか?」

 

「ああ!組みたいな。そんでアイツの背中でもっと見て飛んでみたいな!」

 

「……でも追いつけないのだろう?」

 

「はぁ?何当たり前のこと言ってんだ?黒数に追いつけれるわけないだろ」

 

「……」

 

 

脳が焼かれるとはこう言うことなんだろうか。

グンドュラ・ラルは軽くため息を吐く。

 

しかし理論派の彼女はよく考える。

それはやはり願那夢のこと。

 

彼という本質や人間性はともかく、願那夢として空を飛ぶアレは野放しにしているからこそ人類側の大戦力になる。

 

それも軍という組織の縛りに収めることなく自由にさせれば、その翼は幅広く、見通す先は開放的であり、強いネウロイを優先的に嗅ぎつけてはその大きな力で葬ってくれる。

 

つまりコチラから余計なことをしない限り願那夢が勝手にネウロイを倒す。

 

人類にとって良いことしかない。

 

そして『人型ネウロイ』との戦闘が始まる際は軍用の無線通信に『警告』を飛ばし、天空に向かって戦闘の合図を知らせる閃光弾を放ってくれる。

 

これによって軍は不用意に近づかないように踏みとどまり静観するようになっている。

 

もちろんその際も軍は彼の戦いを望遠鏡などで観戦し、戦技研究するが、まあ彼の戦いが参考になるかは別だろう。

 

何せ異空間から兵器を取り出してネウロイを圧殺する。仮にそうじゃなくとも元から兼ね備えているその戦闘技術は人間を超えてるように感じていた。大体が未来視したような動き。つまり彼に攻撃が当たらないのだ。

 

だから人は言う。

やはりウィザードの再来か?

 

そう噂されては、願那夢を神格化し、願那夢の英雄譚に希望を抱き、しかしとある者は彼を野放しにするべきではないなど危険視する。

 

 

__彼は危険人物だ。

__武力の秩序を乱す、者だ。

 

 

正直に言えば、あの者は謎は深い。

 

二年前の扶桑海事変では扶桑海軍第十二航空隊の副隊長としてウィッチの育成に当たりながら戦技研究を行い、同時に撃破数が三桁に迫る勢いでネウロイを討ち滅ぼし、どの戦線でも幾度なく友軍や民間人を助けながら機動戦士願那夢の名に相応しい活躍をしてきた。初めて人型を倒したのも彼だ。たしかに英雄のそれである。

 

しかし情報はそれだけ。もう少し掘り起こしても民間協力者という情報だけだ。他には何もない。もう残りの情報としては、空を飛んだとき彼は恐ろしく強いと言う事実だけが残る。それも現代進行形で。

 

それよりも何故、彼は欧州にいるのか?

これがやや謎だ。

まず扶桑海軍を脱退したのは確かだろう。

やはり民間協力者って情報は正しい。

 

だからここまで自由なのだろう。

 

ただ欧州の空を我が物顔で飛ぶ願那夢に良い顔をしない上層部もチラホラいるみたいたが、そんな彼に強くは言えない。

 

国民的がヒーローを望んでいるから。

 

しかしそんなヒーローも人間。

羽休めだって必要になる。

 

そのため現在はブリタニアのとある大商人のバックアップの元で飛んでいるようだ。

 

そこが現在の願那夢の拠点であり、また黒数強夏という男が寝泊まりしている場所になる。

 

こうして聞くと普通の人間だ。

 

ネウロイ絶対倒すマンと化した戦闘マシーンなのは空限定の話。

 

現にマルセイユも黒数強夏という男にお世話になったらしく、そんな男のことを自分のように自慢する。

 

なるほど。このウィッチが懐くほどか。

そうなると人格者であることも窺える。

 

軍から遠のいてもウィッチの育成に当たれた人間だけあって人付き合いは上手いのだろうか。

 

それにあの部隊、第十二航空隊のウィッチ達は特に幼かったと聞いている。軍神のウィッチとして有名に北郷章香がいたとしても両手で数える以上の幼い部下を激戦区でまとめ、そんな少女達の精神を守りながら扶桑皇国を最後まで守り抜いた。ただの戦闘マシーンには不可能だ。

 

脳が焼かれているマルセイユを見ればその信憑性も高まる……気がすると、しよう。

 

それにとある新聞記事ではチェロスを美味しそうに齧り付いてる姿がある。彼の存在を危惧する上層部はただのフェイクニュースだとか言っているが、願那夢の存在にヒーロー性を感じる国民達の間ではチェロスが一つのブームと化している。売り上げが伸びたとか。ちなみに私もチェロスは好きだ。腹持ちが良い。

 

それにはマルセイユも黒数強夏は極度のチェロス好きと言っていた。ならこれが真実だろう。

 

それでも、空を飛べばあの恐ろしさ。

 

今はネウロイに向けられているが、それがなくなった時、あの者は地を降りて戦いを辞めるだろうか?わからない。

 

抑止力が無い以上、危険人物として見てしまうのも無理ないか。やはり言葉を交わさなければわからないことが多すぎる。

 

まあ、だからと言って私が何かする訳でも、何か出来るわけでもないが、しかし願那夢として謳われるその男に興味だけはある。確かだ。

 

 

「マルセイユ、彼はどんな人間だ?」

 

「それは黒数か?そうだなぁ。一言で表すならめっちゃ良い奴だな!しかもめちゃくちゃ強いぜ!私なんて固有魔法で偏差撃ちを補強してるのに黒数は技術だけで偏差撃ちしてくるんだよなぁ!やっぱり扶桑海事変の英雄ってあんな奴ばかりなのか?」

 

「さてな。しかし国運を賭けた戦いに打ち勝った兵士達だ。そうなれば強者は存在する。そう考えれるだろう」

 

「じゃあ黒数は間違いなく強者(ソレ)だな!」

 

 

黒数強夏に関して1つだけ聞こうとすれば3つは返ってくるマルセイユの口の軽さを再確認しながら時計を見る。

 

そろそろ哨戒任務の時間か。

 

 

「なぁ、ラル」

 

「?」

 

「エルベ川を放棄するって話、本当か?」

 

「このまま行けばな、恐らくな」

 

「………ちっ」

 

「…」

 

 

 

私達が所属する『JG52』は資質の高いウィッチ達が集っている。

 

一見するとネウロイの殲滅力の高さを買っているように見えるが、しかし。

 

ネウロイの勢力拡大に遅れを取り続けている以上、この部隊がどれだけ強かろうとも人類側に勝利はない。戦いはそういうものだ。

 

それに人類はネウロイに後手、後手の状況。

 

言葉に出さないが、カールスラントはネウロイに追い込まれている。

 

それは明白だ。私として敗北主義は好きじゃないが、しかしネウロイも、現実も優しくない。

 

それ故に現在の軍事力ではエルベ川を越えられるのも時間の問題だ。

 

勝てる戦いになっていない。

 

だから軍を保持するためこの部隊がある。

 

コンスタントにネウロイを押さえつけ、軍をしっかりと保持しながらジリジリと撤退戦を繰り広げ、その間に民間人の避難に勤しむ。

 

それが目的。

 

……バルクホルンはこの引け腰な戦を気に食わなそうにしているが躍起になったところで勝てる相手じゃない。

 

 

 

「……願那夢…か」

 

 

強力なネウロイ……主に人型の討伐を目的としてサーチ&デストロイを繰り返す彗星。

 

正直、凶悪な人型ネウロイはそこらのウィッチで勝てる相手ではないことは明白。

 

だから凶悪には凶星をぶつける。

それでバランスが保たれている現状。

 

しかし願那夢一人存在して打破できるほどこの怪異は優しくない。

 

人類は間違いなく……追い込まれている。

 

 

 

だが。

 

それでも。

 

人は 願い (また) 夢みる。

 

あの彗星の魔女ならなんとかしてくれる。

 

この忌々しい怪異を押し留めてくれるはず。

 

英雄がいることは、勝利に近づける。

 

そう信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「455…コストか…………まだ…足りない」

 

 

 

握りしめた拳。

 

その手の甲に刻まれた数字。

 

それが満たされた時。

 

終わりの引き金は引けるだろうか?

 

 

___君は、生き残ることができるか?

 

 

そんなタイトルがこの世界に訴える。

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルリンの上空にネウロイの巣が発生した。

 

本当の怪異(げんさく)はここからだ。

 

 

 

 

 

つづく

 





やはり欧州でも化け物として扱われる黒数くん。
いや君どこぞの地上最強なん?
彼の場合、最強は空なんだけどさ。


【黒数強夏】
欧州でもとうとう危険人物扱いされてしまうが、願那夢としての覚悟は決めているためどのような空でもネウロイを屠り続けている。年が明けてもチェロスが心の栄養。

【グンドュラ・ラル】
ネウロイを逃した先で願那夢と目が合ってしまったカールスラントのウィッチ。実力も個性も強い集まりと化したJG52でもネウロイの撃墜スコアを着々と伸ばしているエースウィッチであり、同時にこれからの欧州の行方を気にする。ちなみにグフに乗る方のラルじゃないぞ?強いのは確かであるが。

【ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ】
もし自分が扶桑人として生まれていたら黒数強夏の元で飛びたかったと良く言っているほどに、すっかりと黒数強夏のことで脳がこんがりと上手に焼けましたー!な問題児は相変わらず、撃墜スコアは着々と伸ばしている。あと彼に真似してチェロスをよく食べている。



なんか同じ内容ばかり書いてる気がする…

よし!もうこうなったら!終わらない激戦に疲れ果て、しかし願那夢としての役目を果たすため投じ続け、しかし次第に精神が擦り切れ、心も壊れ始め、殺戮マシーンとして廃人化寸前、過去お世話になった欧州のウィッチ達はそんな弱り果てる彼を見てしまい「私が守護らねば!」と目目ハイライト消失からクソ重かつ激重感情マシマシに主人公くんを過保護に扱い始めるストパン流行りのヤンデレな展開とかになってドロドロしてどうぞ(俗物)




とか、思ったけど心の中には常に【北郷章香】がいるので心は壊れないし決意マシマシ侍で「章香しか勝たん!」なスパダリくんなのでそんな展開望めないんだよなぁ、仕方ないな!


ではまた


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52話


マフティー「ここからが地獄だぞ」



 

 

ネウロイと戦う頻度はどの程度か?

 

そう尋ねられたらこう答える。

 

春になってほぼ毎日。

いや、正しくは毎日を心掛けている。

 

 

__心掛ける。

 

 

何故そのような義務感を隣り合わせにネウロイと戦っているのか?

 

俺には計画がある。

ネウロイの巣を破壊するための計画。

 

そのためには手の甲に刻まれた数字(コスト)を上昇させて強い武装を手に入れること。

 

と、言っても、もう既に400コストの武装は解放済みなため400コスト帯の武装を使おうと思えば可能だ。いま考えれる中で広範囲かつ一番火力の出せる武装といえば試作二号機の核攻撃だろうか。この武装ならネウロイの巣は破壊できるだろう。おそらくは。

 

しかしそれは『小さな巣』を一つだけ破壊する場合に限る話であり、俺が目的として破壊したいサイズは黒海に現れた小さな巣の10倍以上の大きさを誇る『巨大な巣』である。

 

そしてその巨大な巣には『例のアレ』がいる。

 

……あ、間違っても、如何わしい意味でもの例のアレとかじゃないぞ?本当だぞ??

 

俺の言う例のアレとは『黒雲』の事だ。

 

紛い物を生み出す__黒雲。

 

過去に半壊したバンシィを回収しようと浦塩の上空に現れたり、その一年後の復興作業中の浦塩を攻め落とそうとして白キュベレイを召喚したりと、アレは『紛い物』を生み出すことに何かしら関わりを持っている。

 

その黒雲とやらが黒海にいる。

 

巨大なネウロイの巣に。

 

 

「だからトランシルバニアの鉱山を攻略しようとしたんだ」

 

 

何故ならアレはネウロイの製造工場だ。

 

鉱山の鉄はネウロイを生み出す素材。

 

あの巣自体に恐らく攻撃性はないがしかし、アレをどうにかしなければネウロイは永遠と現れ続ける。

 

だが。

 

 

 

「やはり400コストじゃ力不足か…」

 

 

 

あの巨大な巣を破壊する手段を持たない。

 

でも500コストならどうか?

 

可能としてくれる武装は多い。

 

相変わらず()()()()()()()()()()を限定として召喚できるが、しかしツインバスターライフルなどを考えれば火力充分……てか、火力過剰も言いたところだ。

 

原作ならコロニー落としをツインバスターで消し飛ばしたし。

 

やはりこのギフト頭おかしいな。

 

これも願い、そして願われた結果か。

 

 

 

「でもやるなら試作二号機の核攻撃だな」

 

 

 

これは前から気づいてたことなんだが色んなコスト帯がありしも『ビームライフル』や『ビームサーベル』と言ったどの機体も共通して使っている武装がある。

 

この場合わざわざ「ガンイージが使うビームサーベル」とか「イージスガンダムが使うビームライフル」とか「ジョニザクが使うバズーカ」だとか細かに組分けして使わない。

 

ビームサーベルはビームサーベルであり、ビームライフルはビームライフルだ。

 

流石にGセルフの「刀身を伸ばせるビームサーベル」のような機体特有の性質を引き出したりする時は武装も細かく選別するが、溶断したりする一般的な武装を使う時は基本的には一律の強さになる。

 

それは「200コスト帯の性能」とか「300コスト帯の性能」のような形で変化する。

 

今の俺は400コスト帯。

 

なのでそれ相応の強さでビームサーベルやビームライフルの火力も上がっている。

 

あとコレは余談だが、原作とは違ってビーム兵器から放たれるエネルギーはX線の高熱攻撃ではなく、叡智から授かりし魔法力で生み出している武装(きせき)なので銃口から放たれる光線は攻撃性を秘めた魔攻撃だ。なんとも都合よく自然に優しい。

 

それはそれとして、放たれる魔法力は俺の強さに比例して増強され、威力も変化する。

 

弱く放とうと思えば200コスト帯に抑えて放てるし、殺傷力を必要とすれば現在の400コスト帯の性能で放てる。まあその場合は召喚するその時に武装性能を設定しなければならないが、ともかく自由は効く。

 

さて、ここまで説明すれば何が言えるか?

 

結論から言う。

 

 

__500帯の強さを秘めた試作二号機の核攻撃はかなり威力が上がっているのでは?

 

最高ランクの500コスト。

 

例を挙げるなら、万能力のν(ニュー)、機動力のシナンジュ、適応力のV2、殲滅力のウイングゼロ、破壊力のDX、総合力のターンX、覚醒力のダブルオー、などなど、これら肩と並べるように試作二号機を500コスト帯の強さに当てはめた場合、核攻撃って一体どのくらいになるのか?

 

500コストレベル相応の威力と性能。

 

黒海に浮くネウロイ巣を破壊はできるはず。

 

もし仮に500コスト相応になった核攻撃で破壊尽くせなくてもメガ粒子砲やツインバスターライフル、あとまだ召喚できるかわからないがサテライトキャノンなどで残りを消し飛ばせば良いだけだ。体の負担は半端ないだろうが死にはしないだろう。

 

 

ただし、その1回で全て済ます。

 

2回目なんてチャンス、あると思うな。

 

 

__ネウロイは学ぶ。

 

 

奴らは学んで人類を追い込む。

 

それは願那夢も例外ではない。

 

もしネウロイが願那夢は「そこまでやってしまう」という経験と情報を与えた場合、奴らは学んで対策してくる。

 

扶桑海事変の時もそうだが、ネウロイは扶桑皇国が機動性の高いユニットを作ると、それに対してネウロイは装甲を厚くして攻撃を通らなくしてきた。更にいえば【コア】を作ることで破壊され辛くなった。同時に回復力も高めて被撃退率を下げ、インフラ爆撃も学び、人類を戦線から遠のかせるやり方を得て、最終的に浦塩にある鉄類を吸収して『山』は海面から浮いた。

 

ネウロイは人類から学び、人類を凌駕するために進化する。

 

だから俺はネウロイと戦う際、ビームサーベルとビームライフル、バズーカのようなオーソドックスな武装を限定的に、あとはストライクユニットと合わせたフィジカルだけでネウロイ圧殺しようとしている。

 

未だ『バンシィのビームマグナム』や『ZZのダブルビームライフル』を引っ張り出さないのはそのためだ。まあ小型や中型ネウロイを倒す際は普通の武装で事足りているから強力な武装を引っ張り出す必要が無いのだがまだ使う時ではない。これだけでも充分やれる。

 

 

充分だから、慢心なく気をつける。

 

知識を蓄えるネウロイに手札を明かすことはいずれ対策されることだ。

 

対人戦と同じ。奴らは学ぶ。

 

だからここは原作ゲームのエクバらしく、初見殺しかつ、対策もままならない状態で奴らをゲームエンドに追い込みたい。

 

 

だから、俺はまだ巣を破壊しない。

 

 

やるなら一撃で。

やるなら一回で。

やるなら一手で。

 

 

アナベル・ガトーのように一つで終わらせる。

 

 

それが俺の考える計画。

この原作の名を借りるなら…

 

 

 

「星の屑作戦」

 

 

 

だからコストを上げる。

 

コストを重ねて500にして更にこの強さを解放する。だからネウロイを屠る必要がある。

 

ネウロイを、特に強いネウロイを、この数字の一部にできる質量を持った敵を、俺は求める。

 

そのため毎日と飛んでいる。

 

しかし、手の甲に刻まれた数字の上昇はかなり遅くなった。

 

中型ネウロイを撃墜させても『1』あがるかどうかのレベルになっている。

 

例えば一ヶ月前の白と黒のマークII達。

あれも二機撃墜してやっと『1』上がった。

 

その後現れる雑兵も同じ。

200と300コストはもう足しにならない。

 

ある程度の上昇は見込める400コストの紛い物も稀にしか現れない。

 

やはり文字通りコストが掛かるのだろう。

 

そういった強力なネウロイを作るのは。

 

だからこちらの撃墜によるコスト上昇にあまり大きな成果はない。

 

故に、手の甲を気にする回数が増えた。

 

 

まだか……??

まだなのか??

 

 

そう焦りも生まれる。

 

 

 

 

っ、焦りは……危険だ。

 

落ち着かなければならない。

 

そう、落ち着こう。

 

だから、こんな時は…

 

 

 

「チェロス食べよう」

 

 

 

思いついたが吉と言うやつだ。

 

すぅぅと息を吸い、標高2000メートルあたりから宙返りして頭から地面に落ちながらブリタニアに戻ろうとした時だ。

 

手の甲と一瞬流れる電流のような痺れと、脳裏と背筋に走る憎悪の感覚。

 

 

___奴らを、倒せ。

 

 

すると腕ら勝手に動いてしまう。

 

頭から落ちながらも手慣れたようにビームライフルを召喚した。

 

 

 

「(そこか!)」

 

 

感じ取れる方向に体を捻りながら構えたビームライフルのトリガーを引く。

 

桃色に奔る光線銃。

 

ネウロイを貫き、更にその後方にいたもう一機のネウロイの羽を砕いた。

 

 

「(二機いたのか!)」

 

 

考え込んでいたせいでネウロイの存在を細かに捉えれなかった。

 

しかし2枚抜きできたことに驚きながら、俺は半壊したネウロイにとどめ刺そうと再度ビームライフルを構えると…

 

 

「キィィィ!?」

「?」

 

 

別の方角から、空を焼く弾幕が降り注ぐ。

 

そして半壊していたネウロイは砕け散った。

 

 

 

「方角的にベルリンの方から。てことは…」

 

 

カールスラントのウィッチだな。

 

そう考えて振り向くと。

 

 

 

「あらあら、もしや願那夢ちゃん?」

 

「うわでた」

 

 

 

しかも知っているウィッチだ。

 

名はヨハンナ・ヴィーゼ。

 

去年のオストマルクのトランシルバニア反抗作戦の時、同じ部隊で飛んでいたカールスラントのウィッチで戦うと無言になり変貌する人。

 

 

「ええー、何よ、その反応」

 

「男性に『ちゃん』付けしてくる女性ってのは怪しんだよ」

 

「なるほど。つまり魅力的な女性ってことね」

 

「ポジティブかよ。相変わらず強いなぁ…」

 

「あら、そうでもないわ。ベルリンが落ちそうだもの。正直焦っているわね…」

 

 

 

5月の半ばにネウロイの大攻勢が一回発生。

 

エルベ川を越えようと飛行タイプのネウロイが多く襲いかかりカールスラント軍は迎撃に勤しまれた。

 

北側にエース級の飛行ウィッチを集中させるも武装面で性能が足りず、一機のネウロイに対して数名の飛行ウィッチというリターンの取れない状況が生まれる。

 

なにより後方支援の人員も人手追いつかず、ネウロイに対して有効な打撃を見出せぬまま常に後手として追われる状態。

 

結果として首都ベルリンに数機のネウロイの侵入を許してしまい、ベルリンの街はネウロイの航空爆撃の被害を受けてしまう。

 

この出来事によりカールスラントの国民はネウロイに街を食い破られる未来を察した。

 

軍は混乱を起こす前に軍は民衆避難を発令するとガリアの方へと大勢逃すことになる。

 

避難を支援しながらもカールスラント軍はなんとか膠着状態に止めるが、しかし、エルベ川を破られるのも時間の問題とされている。

 

戦況は芳しくない。

 

 

 

「ねぇ、もしも人型のネウロイなんて存在しなければ、願那夢ちゃんは普通のネウロイの殲滅に力を入れれるのかしら?」

 

「そうだな。人型なんて異常なネウロイが存在しなければ俺も足並みを合わせる」

 

「そしたら、ネウロイは押し返せれる…?」

 

「それはわからないな。空の俺は滅茶苦茶強いって二人の中佐*1が言ってくれたけど、質より量には敵わない。扶桑海事変の時だって本国の海上決戦まで追い込まれたのは事実だ。誰か一人でなんとかなる問題じゃない」

 

「そうか……そうよね……」

 

「だから適材適所で耐え凌ぐ。俺は人型ネウロイを討ち続ける。それで被害を留める。戦えない人達を逃す。そしていつか、打開できるその時が訪れることを信じる。血の包帯を撒いて進軍してでも戦争に折れぬように」

 

 

ヨハンナ・ヴィーゼはわかっている。

 

願那夢の俺でなければ『紛い物』と憎まれる人型ネウロイを討ち倒せない。

 

アレは何もかもが初見殺し。

 

オストマルクの代表的なウィッチとして有名なゴロプですら、フラッグの高速変形戦闘に対応できず殺されそうになった。

 

だから、知識的にも、経験的にも、画面越しに戦ってきた俺が迎えって余計な被害を減らす。

 

人手不足も良いところだ。

 

しかし、一つ幸運なことにも紛い物達は原作ゲームのシステムを守っているのか基本的に3機までしか出てこない。

 

ここはトライアドモードの仕様か。

あのモード、平気に3機分出してくるからな。

ロック替えが面倒なんだよ、アレ。

 

もし原作仕様のシステムが関係なくともネウロイにも製造キャパシティーが関わっており、紛い物をそうポンポンと多く出せないのか。

 

実際に紛い物も毎日のペースで現れない。

大体は3日ペースで現れる。

 

もしそれよりも長いスパンが設けられる時は強い奴が現れる予兆と見ている。

 

過去経験上を語るなら、低コスト撃退後は一週間ほど紛い物が現れず間が空き、しばらくは小型ネウロイが現れる程度で大人しかったが、ある日強い憎悪を感じ取りその方向に飛んでみればら低コストを僚機に引き連れた百式が。その5日後に試作一号機と試作三号機が揃って現れた。

 

星の屑作戦でも嗅ぎつけたのか?と迎え撃った先月の話。

 

機動力が取り柄とはいえオーソドックスな武装ばかりの百式と試作一号機に手間は取らなかったが、代わりに試作三号機の実弾属性による地上の被害が酷すぎて笑えなかった。コンテナミサイルも最初から召喚した状態から開幕マイクロミサイルの嵐。

 

コチラで弾幕を6割型爆撃したが、残りのミサイルが後方に降り注いだりと、自然破壊は楽しいゾ。

 

久しぶりにブチ切れたわ。

試作二号機のビームサーベルでぶった斬った。

 

星の屑は成就させてやるよ、ネウロイ。

怯えて待っていろ。

 

 

まあ、そんな感じに強力な機体を生み出すもネウロイ側の製造ラインの関係でそうポンポンと紛い物を生み出せないらしい。

 

 

俺からしたら都合の良い。

 

何せコチラは人間だ。

 

航続距離と飛行時間に提供のあるストライクユニットだからといって毎秒飛べる訳じゃない。

 

補給も必要、つまり有限である。

 

でも紛い物と対等に戦えるのは俺しかいない。

 

もし俺抜きで紛い物と戦うならダブルロックするように多人数で押すしかないが、そのためのウィッチを随時用意する余裕が軍にあるかと聞かれたら渋い顔をするだろう。仮に倒せたとしても何かしらの被害受けた上での勝利になる。希少なウィッチでそんなリスクを背負っての戦闘行為なんてナンセンスだ。

 

もし多人数戦に持ち込まず俺のようにタイマンの状態で紛い物に立ち向かうというのなら、それこそ全盛期の北郷章香のような初見殺しにも対応できる戦術知能が高いウィッチでなければ対面してはならない。

 

ギリギリ可能なのはゴロプくらいだ。あとはガランドくらいか?決定力がなくとも彼女なら経験の量でなんとか凌いでくれそうだ。

 

しかし倒せなければ去年のエディータ・ロスマンのように追い詰められてしまう。

 

対策がなければ結局はそうなってしまう。

 

 

 

じゃあ、アレの対策を教えれば良いだって??

 

 

 

いや、無理だろ。

 

あんなの教えたところで勝てない。

 

対面に現れるの、そう言う奴らだ。

 

それは画面越しに何度も経験した筈。

 

だから、それを言ったところで、それを説明したところで、じゃあモビルスーツ相手に死なずに生き残れますか?ってそれ、できるウィッチ存在する訳ないだろう。

 

もちろんある程度のことは伝えてるし、なんなら扶桑海軍として北郷章香が参考書類として人型ネウロイの危険性とか情報共有で世界に伝えてるし、そこら辺はわざわざ言わずとも軍に浸透している。

 

だから協力関係にあるカールラント軍にも「俺しか倒せない」「だから極力アレとは立ち向かわないように」と強く釘刺している。

 

そのくらいに……対策しようがない。

 

なら経験がある俺が最初から戦えば良い。

それだけの話だ。

 

 

 

「私達も願那夢ちゃんのように、彗星の如く戦えたら良かったのにね、ふふっ」

 

「色々条件が必要だぞ。まずはこのユニットを動かせるほど魔法力の分厚さと流動性が無いと動かないな」

 

「流動性?あと分厚さ?」

 

「水道のホースあるだろ?蛇口捻ってドバーと放つように魔法力を流さないとユニット動かないんだよ。入り口が重たいんだ。代わりに開いたら想像の倍動くけどな。それで分厚さは純粋に魔力濃度だな。魔力量じゃない。魔法力を放てる分厚さ。まあ弱いとダメってことだ。突飛つして強くないとこれは動かない」

 

 

俺は「少しそこで見てろ」と一言、ヴィーゼに投げながらビームシールドの容量で腕に魔力を纏わせる。それをグッと力を入れて魔力エネルギーを分厚くすると空に向けて水平に薙ぎ払う。

 

するとユニコーン三号機フェネクスが放つ『メイン』のような緑色の光が放たれる。

 

てか、フェネクスの真似だ。

 

殺傷性は皆無だが文字通り『分厚い』魔法力。

 

 

「!!?」

 

 

そしてわかりやすく驚くヴィーゼ。

 

10メートルほど進んだ光は散布して消える。

 

 

「俺は男性だからなのかウィッチ特有の自動シールドが使えない。だから魔法力を構築してそれで防ぐ手段考えた。その結果が魔法力を分厚くして攻撃から身を守るやり方。今のはその成果によって出来る芸当。これに殺傷力を加えれば斬ることだって可能だ」

 

「だから分厚さなのね。そして常に濃く放てる状態の魔法力。それが流動性の意味。そのジェットストライカーを動かすためのメカニズムが願那夢ちゃんの体にある。そうなのね?」

 

「ああ。だからコイツは今のところ俺だけが使える。もし正式にカールスラントが噴流式の飛行ユニットを開発したら、ユニットの内部構造が簡易化されるまでは魔力行使が巧みなウィッチを選ぶだろうな。これそのくらいのことなんだよ」

 

「ええと、一応… 噴流式ストライカーユニットの開発プランはカールスラント技術開発部の秘密裏の計画なんだけどね?私もたまたま聞いてしまった話なんだけど…」

 

「宮藤理論通しての開発だろ?そもそもこれがあるってことはそう言うことじゃん。てかカールスラント第七中隊でロスマン先生を待ってる時に色々と驚かれたよ。本物だー!って実際に調べられて、整備してもらうのと同時にデータも取られたした。俺が遠回しに『作るの?』って聞いたらそれらしい返事は貰った…… ってことを内側事情を得意げに喋りすぎる俺はこの先どうなるんだ?」

 

「え?」

 

 

そういって後ろを振り向くと。

 

 

「さてさて、どうかな。空で確かな強さを語る願那夢に後ろ指差せるほどカールスラントは強気じゃないことは確かだがな」

 

「フーベルタ隊長…!」

 

「ヴィーゼ、紹介任務の調子はどうかな?その過程でネウロイを落としてたら上出来だが、何か土産話あるかい?」

 

「ぅえ!え、ええと、そうですね、途中一機を落とし……た?」

 

「おや?なぜ疑問系?」

 

「ああ、それなら彼女は先ほど小型ネウロイを一機撃ち落としてたぞ」

 

「おお、なるほど。英雄たる願那夢のお墨付きなら間違いないだろう」

 

「……いえ、正直に話します。こちらの願那夢の攻撃によって半壊したネウロイを私が横取りしてしまう形で討ちました」

 

「君がわざわざ横から狙ったと言うことは、撃ち漏らしだったのかな?」

 

「はい…」

 

「あっ、アレってそうなんだ」

 

 

てか、ヴィーゼが撃ち漏らすほど今の機関銃って攻撃力のか。それはしんどいな。

 

 

「それと久しぶりだな、フーベルタ」

 

「久しいね。活躍は聞いてるよ、黒数」

 

「あ、あら?お知り合い?」

 

「「第七中隊で少しな」」

 

「そ、そうなのね」

 

 

彼女はフーベルタ・フォン・ボニン。

 

カールスラント空軍のエースウィッチでヒスパニア戦役の頃から活躍している大先輩。

 

初の顔合わせは第七中隊でエディータ・ロスマンの帰りを待ってる時だ。

 

ちなみにその部隊にいる間、今後の紛い物と戦闘時に友軍が巻き込まれぬよう被害縮小も兼ねるため軍との無線を合わせたり、戦闘合図を軍に知らせるための閃光弾の色を決めたりなど彼女が色々と働きかけてくれた。故にこうして心置きなく戦えるのは彼女のお陰である。

 

あと彼女の趣味であるチェスで勝負した。負けて悔しかったので彼女にフラッシュ暗算を試したがこれが得意だった。この人頭良すぎる。ガランドと言いカールスラントの上官魔女ってのは頭が良くキレるみたいだ。

 

 

 

「そうだ、そうだ、君にまた会えたら一つ提案しようと考えていたことがあるんだが聞いてくれないか?」

 

「提案?」

 

「ああ。君はいつもブリタニアから飛んできていると聞いている。ロンドンの街からほんの少しだけ離れた場所にある大きな屋敷。ブリタニアを代表とする大商人ビショップ家を拠点にしているよね?」

 

「そうだな。この半年間は心強いバックアップを得ているよ。それがどうした?」

 

「まぁなに、これは私個人の見解の元で喋ってているだけだ。ただ君はいつもブリタニアから海を渡りカールスラントまで飛んでこの場所に来ている。それも毎回だ。そのジェットストライカーだからこそ長距離飛行を可能としているが、しかし、それは大変だとは思わないか?」

 

「別に?海跨ぐ程度誤差だよ。あと慣れた」

 

「あ、そうなのかい?… 普通はそうはならないと思うんだけどね。大体は往復分考えて海まで跨ごうとは思わないんだけど…」

 

「このユニットは特別性なんだよ。そっちも調べてるから知っているだろ?スピットファイアの四倍近くは長く飛べて、最高速度を出せば概ね倍の速さは出る。これがスオムスからとかなら話は変わるがブリタニアのロンドンからと言うなら許容範囲だ。ゆっくり飛んでも小一時間で着く」

 

「……はぁ、そこまで言われると何も提案できないじゃないか。これは参ったね」

 

「フーベルタ隊長??」

 

 

ヴィーゼが隣で首を傾げ、フーベルタは苦笑いしながら諦めたように肩を下げる。

 

まあ、彼女が何を提案するかはわかる。

 

 

「君は軍人嫌いだね?」

 

「ああ、まなあ」

 

「!?」

「はっはっは。やれやれ、即答か」

 

「と、言っても、全部を嫌っているわけじゃないな。ただ組織という立場を強固に正当化させる以上、そこに蔓延る、要求、利益、欲望、など、そんな子供(おとな)に付き合っていられないな」

 

「そういう君の考えも、なかなかに子供だよ」

 

「じゃあ言い換えるよ。アホは嫌いだな」

 

「なるほど。それはしんどい限りだね。過去に何かあったのかい?」

 

「さてね。ただフーベルタほどの上官なら聞いてるんじゃないのか?軍組織の上層部が願那夢をどう取り扱う…… いや、どう取り置いておくべきか悩ましい現状を」

 

「……」

 

「え、えっと、あのぉ……?」

 

 

よくわからずオロオロとし始めるヴィーゼ。

 

それに対してフーベルタは何を言葉に変えるべきか迷いながら少し目線を逸らす。

 

まあ、わかっていたさ。

 

結局、俺がどう扱われてしまうか、を。

 

 

「軍人如きが『放置』も『管理』も願那夢に仕向けれるはずない。この役割は怪異を討つためだけに選び取られているんだ。されどこの彗星を危険人物と怯えていたいのなら重力下でそうしていれば良いさ」

 

 

俺はオーバーヒート状態になる前にブースト回復しようと二人をその場に置いて下に降りる。

 

完全に回復するまで大地を踏みしめながらブリタニアの方角に歩みを進める。

 

人型も倒した。

もうこのまま帰るか。

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

「??」

 

 

何かを捉える。

 

……これはなんだ?

 

何か、が集まって…いる??

 

……まず間違いない、ネウロイだ。

 

ネウロイの気配がする。

 

俺は再びブーストを蒸して真上に飛び立つ。

 

すると上にいた二人もこの嫌な気配に気付いたのか少し騒がしく周りを見渡している。

 

 

「……この方角、ベルリンか?」

 

 

春明けの済んだ空。

 

しかし目を凝らすと段々と濃くなる。

 

それを理解した時、空気が変わった。

 

 

 

「「「 !!?? 」」」

 

 

 

 

ベルリンの上空にネウロイの巣が現れる。

 

___本当の地獄の始まり。

 

 

 

 

「ネウロイ!?な、なんで!?」

 

「なぜだ!?瘴気はそこまで来てたのか!?そんなバカな!」

 

「……なるほど、雲よりも上か」

 

「え?」

「なに?」

 

「あの巣は雲の上からやってきた。つまり地上の攻撃は囮。ベルリンを直接叩くために下に意識を向けさせて時間をかけていたんだ」

 

「「ッッ!!??」」

 

 

 

 

 

これは後に教科書に乗るだろう。

 

ビフレスト作戦。

 

また__カールスラント撤退戦。

 

これは欧州壊滅の始まりであることを。

 

 

 

 

 

 

つづく

*1
北郷章香と江藤敏子






次回!
(原作なら)カールスラント死す!
デュエルスタンバイ!


【黒数 強夏】
欧州の軍勢、特にカールスラント軍からはその強大過ぎる力故に『危険人物』として扱っており、上層部では『放置派』と『管理派』の派閥が彼の扱いを決めようとしている。現状は放置派の意見が多く、対抗手段の浅い対人型ネウロイを願那夢が勝手に討つため横から口を出さずとも戦闘成果は出ている。ただ人型ネウロイが関わらない時は軍の協力にやや消極的であり、協調性にかけると『管理派』は騒いでいるが、願那夢本人は手が空いていればネウロイ殲滅を手助けしているし。しかし管理派的にはもっと手伝え!とのこと。そういう時は甘いチェロスを食べて落ち着けよ。な?

【ヨハンナ・ヴィーゼ】
願那夢に対する不安な噂は聞いていたが、それはともかくオストマルク反抗作戦以来に出会った黒数の変わらない姿に喜んでいる。現在は第54戦闘航空団(JG54)に編隊されており、フーベルタを中隊長にネウロイとの戦闘に追われる毎日にある。同部隊のマルセイユと同じように願那夢を見習ってチェロスで甘味を摂取するようになっているらしい。

【フーベルタ・フォン・ボニン】
ヒスパニア戦役の頃から戦っているエースウィッチであり、階級上昇の速さに提供ある欧州だけあって現在の階級は中佐。黒数とは第七中隊の視察(マルセイユとハルトマンを後のJG54に加えるため)へと足を運んだ時に出会っており、対人型ネウロイ戦闘時に友軍が巻き込まれぬよう測り動く。チェスで人の思考を読み取る能力があり、実際に黒数強夏の人間性を理解している。


ではまた


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53話

 

 

 

「人型を呼び下ろす黒雲は無い。しかし小型ネウロイの数が多すぎる。ともかくベルリンを落とす気満々ってことだ」

 

「そんな…っ、こんな事って!」

 

「ヴィーゼ少尉、落ち着くんだ。まず真っ先に動ける私達でネウロイの気を惹く。まだ避難の終えていないカールスラント民を逃しながら地上の友軍の負担を減らすことだ。それと黒数…悪いが…」

 

「もちろん俺も行こう。ただし人型が現れたら真っ先に向かうからな。当たれる奴がいないだろうから」

 

「そうか!それは助かるよ!」

 

「願那夢ちゃん!…っ、ならっ、心強いわね!」

 

 

 

そして目と鼻の先にあるベルリンに飛翔する俺たち。既にネウロイの気配をレーダーで感じ取っていた軍は迎撃のため展開していたが対空能力が期待できず小型ネウロイの降下爆撃に蹴散らされ始めていた。

 

逃げ惑い、混乱する民衆たち。

一気に統率力を奪い取られる友軍。

 

その光景によりヴィーゼは苦痛の表情を浮かべながらも倒すべきネウロイを見定めると機関銃の引き金を弾く。しかし攻撃力が足りないのか羽を損傷させる程度で撃墜に至らない。

 

 

「っ!やはり通用しないわね…!」

 

「でも撃つんだ!撃って敵を惹きつけろ!このまま私とロッテで一つずつ親機のネウロイを攻撃!良いな?ヴィーゼ」

 

「了解ですっ!」

 

「では行くぞ!」

 

 

誰よりも真っ先にたどり着いたウィッチ二人でネウロイの群れに割って入り、一機ずつ相手をする。しかし巣からは次々とネウロイが飛び出しており、いずれ黒色に空が埋められる。だがネウロイを落とすための攻撃力、また撃墜に至るまでの有効打がウィッチ達にはなかった。

 

出てくるネウロイはどいつもこいつも硬そうな装甲だ。トランシルバニアの鉱物をしっかり吸収してきたタイプだろう。

 

 

さて…

 

 

 

「ネウロイは学ぶからと言うが、しかしだからと言ってこんなところで下手に出し惜しみするほど俺は廃れてなんかいない。なら一つ覚悟を決めるぞ。年ゆかない子供達が命かけて戦っているんだからな」

 

 

俺は魔法力を腕に流し込み、ネウロイを倒すための武装を呼び込む、または願う。

 

それは手元に召喚された。

 

 

 

「アグニは効くゼェ!!!」

 

 

膝下に現れた大きなビーム砲。

 

その名は叫んだ通り『アグニ』である。

 

緑色に染まった砲塔を持ち上げてネウロイを狙い、引き金を弾くとビームライフルの倍以上の威力が込められた砲撃が空を捩じ切る。

 

 

「キィ!?」

「キィ!!!」

「ギィァァ!!?」

 

 

射線上にいたネウロイはアグニの攻撃に巻き込まれる。一撃で砕け散るヤツ、片翼のどちらか砕け散り半壊するヤツ、当たらずともその威力に体勢を崩す、この世では見られないような攻撃が欧州の空を捻じ曲げる。

 

 

「しかし、いってぇなコレ……真面目に構えてると腕が折れてしまうぞ。いててっ…」

 

 

片腕で雑に構えて撃ったのが間違いだったのか手首と肩がズキズキと痛む。魔法力による身体強化が無かったら今ので折れてたな。こりゃモビルスーツじゃなきゃ成立しない戦艦撃破を可能とする重火器砲だわ。人間程度がこんなもの構えてやるもんじゃない。

 

 

「まあこの程度の種明かしでネウロイの群れを凌げるなら上出来だろう。それにアグニも今ので扱いが分かった」

 

 

右手に構えたビームライフルで牽制しつつネウロイを動かし、左腕で下から持ち上げるように構えたアグニをぶら下げつつも、いつでも放てるように指を温める。

 

そしてニュータイプの如く__脳裏に走る『好機』が俺に訴える。ココだと。

 

 

「ッッ!!」

 

 

アグニを持ち上げて引き金を弾く。車線上にいたネウロイを轢き殺すように放たれるビーム砲が空を捻る。しかしその代償とばかりに強烈な反動が全身に襲いかかる。真面目にこの反動と付き合っては腕が折れてしまう。

 

そのため俺は体の軸を左足に集中させてると伝わる反動を左側に受け流し、またその勢いで反時計回りに体を回転させて体勢を整える。

 

そして、再び脳裏に走る___好機。

 

遠心力を利用しながらアグニをガチャリと重たく構えると、右手に構えているビームライフルもネウロイに狙い定める。

 

ストライクユニットのバーニアを前方に反動を後ろに受け流せる体勢で空を睨み。

 

両方の引き金を弾いた。

 

 

 

「フルバーストォォ!!!」

 

 

単発ビームから照射ビームに。

 

アグニからは原作ゲームで言う『ゲロビ』が放たれ、ビームライフルも同じように遠くまで届く『ゲロビ』となって目先に集ったネウロイを焼き尽くす。暴力を想像させるその勢いが銃口を溶かそうとする。しかし構わない。俺はストライクユニットのバーニアを傾け、全身を使ってゲロビを曲げる。

 

そして、そのままネウロイの巣にぶつけた。

 

 

「!!?」

「!?」

 

 

瘴気に包まれたネウロイの巣。

 

その壁となる瘴気がゲロビに触れたことでエネルギー爆発を起こし、ロンドンの空を揺らしながら轟音を響かせると先行していたヴィーゼとフーベルタは目を見開いて片耳を抑える。急な砲撃に驚かせてしまったか。

 

 

「ぁぁ、くっそ!腕が痛ぇ…!マジで痛え!」

 

 

幾ら工夫して勢いを殺そうとしたところで受け止めれる生身にも限界がある。

 

アグニを扱うにはもっと訓練が必要だな。

 

武装を手放し、痛む腕を支える。

 

 

「身体強化による支えが圧倒的に足りてないないな。もっとPストみたいに反動を押さえつけたようなポジショニング*1が必要か…」

 

 

反動の殺し方は理解した。

 

しかし連射するのは体に負担だ。

 

やっぱりモビルスーツって偉大だわ。

 

やりようでは戦艦一つ軽く潰せるもん。

 

 

「まあ、こっちは知能と理性で戦える人間。生産性の無いネウロイには無いやり方で食い破ってやるさ」

 

 

ビームサーベルを召喚してバズーカを構える。

 

アグニで半壊したネウロイ達をエゥーゴ特有のバズーカ(散弾)でトドメを刺しながらネウロイの巣に接近してロックを集める。

 

ネウロイも巣を接近させまいと俺を追いかけてくるがストライクユニットに追いつける訳もなく、後ろに放っておいた置きバズーカに巻き込まれる。それでもまだまだ数を成して襲いかかるネウロイ達。これにはため息が出る。

 

 

「(こんな雑兵倒したところで手の甲の数値は上がらない。なのに敵の数だけはめいいっぱい用意して人間を追い込もうとする。厄災も良いところだ)」

 

 

人類の叡智達はこんな危険な奴らから人類を守るために対抗策として魔法陣に武具武装を残した。その結果として俺が武装(バーサス)となり望まれてここにいる。

 

しかし、少しだけ笑えないかな。

 

コイツの対抗策が今は俺一人ということ。

 

 

「お前ら!シールドを張れ!!」

 

「!?」

「!!」

 

 

立て続けにネウロイを斬り伏せた際に魔法力で膨張したビームサーベルを奥に投擲し、すぐさまビームライフルを召喚して銃口をウィッチ二人の奥に構える。投擲されたビームサーベルの先には数機のネウロイ。

 

見た目が丸く正面からの攻撃を弾きそうな装甲の形をしている。ただでさえ火力が足りない機関銃では撃墜望めなさそうな防御力を秘めている数機のネウロイ。コイツらマジで…

 

 

「これ以上攻略させるか!」

 

 

俺は投擲ビームサーベルにビームライフルで狙撃する。お馴染みビームコンフューズの魔力衝撃波。分厚い装甲だろうと関係なく衝撃波でネウロイの動力エネルギーを阻害し、ネウロイが一時的に麻痺してしまう。

 

更に言えば熱感知タイプや魔力感知タイプのネウロイのセンサージャミングにも一躍買うためビームコンフューズは手間がある分かなり有効な手段だ。

 

それから動きが目に見えて鈍くなった奴らに残りのバズーカを放ち、途中で割れた砲弾からバラける散弾をお見舞いしてネウロイの装甲を突き刺す。

 

撃墜に至らない。

 

しかしそんなのは予測済みだ。

 

とりあえず次に備えるため使い終えたバーサスを下に投擲すると、下に飛んでいたネウロイにぶつかる。正面を警戒したままビームライフルだけを下に向け、真下のバズーカを狙撃する。

 

真下に伸びる閃光。足元の数メートル先で爆発した音を聞き届けながら余らせている手に魔法力を流し込み、その手でビームライフルを掴んで一度手元から光にして消す。すると再度武装が召喚された。取り出したのはガブスレイが扱うフェダーイン・ライフルだ。

 

ビームコンフューズとバーサスの散弾に苦しんでいるネウロイに銃口を合わせ、引き金を弾くと高出力のビーム砲がフェダーイン・ライフルから放たれら。黄色に光る分厚い閃光は装甲の分厚かったネウロイ達を消し飛ばした。

 

 

やはり両手で構えれると楽だな。

 

 

 

「シールド、もう良いぞ」

 

「ぇ……あ、うん」

「………これが…」

 

 

フェダーイン・ライフルを肩に置いて周りを見渡す。ある程度減らしたがネウロイはまだ多いな。しかし親機を潰し回ったのか統率力を失って狙う敵を失ってフラフラと飛んでいる。

 

もしこれまで通り獣の習性が残ったままならネウロイは一度巣に戻るだろうが、時間経過で混乱状態が解消され、親機を今一度取り決めて再編成すると再び人間を殺そうと巣から出てくるだろう。

 

もちろん攻撃などで刺激したら敵と認識して自衛で襲いかかってくるだろう。もちろん未だ損害なく健全なネウロイも飛んでいるが援軍が到達する程度の時間は設けれるはず。ここで下手な追い込みは愚策だろう。

 

 

「驚いたな。模擬戦である程度、理解してたつもりだが実戦となるとそこまでできるのか、願那夢という力は」

 

「代わりに苦労するよ。まだまだ性能以上に引き出さないモノが多いからな。さっきの重火器だって一発目使い方を誤って肩が痛いし。腕が外れるかと思った」

 

「……なぁ、もしやまだあるのかい?それ相応の武装とやらが」

 

「あるよ。使いこなせるかは別としてな」

 

「それはすごいな。なら、巣ごと破壊できる武装とやらも秘めたりしているのかい?」

 

「フーベルタ隊長、流石にそこまでは…」

 

「まぁ……あるっちゃ、ある」

 

「あるのか!?」

「ええ!?」

 

「だが、まだそれを実行するにはあまりにも弱すぎる。使用後のリスクも高すぎる。確実を求めれるまでは引き出したくない」

 

 

巣に戻っていくネウロイと、巣からは出てくるネウロイ、入れ替わるように逐次戦力が投入される。俺はビームライフルを再度構えてネウロイの親機を探す。それに釣られるようにフーベルタとヴィーゼも一度呼吸して再度機関銃を構える。しかしその表情に不安は隠せない。何せ通用しないのだ。有効打として頼りになるのは願那夢だけで、勇猛なるカールスラント軍の強さが今は何の意味もなさない。戦意は耐えてないが無力を噛み締めていた。

 

 

「二人とも手を出せ」

 

「え?」

「手を、か?」

 

「ああ。少しだけやってみたいことがある」

 

 

 

 

 

 

二年前、とある話を思い出す。

 

たしかアレは、ウラルの空だったか。

 

 

 

 

『確かに貴方の力とは言うけど、でも引き出したそれを他の人が握りしめて戦うのは無理なのかしら?』

『まるで空飛ぶ武器庫だな、穴拭』

『あら、強ち間違いではないんじゃない?異空間から異界の兵器を取り出して戦う。しかしどれもこの世に似たモノばかり。前日のなんてまんま機関銃じゃない。構造は見たことないけど取り扱いは同じ。なら他の人も貴方みたいにそれらは使えるんじゃないの?』

『そうだな。確かにそれも考えたことはあるがあまり扱い慣れてないモノを握らせるのもどうかとは思うがな。そもそも穴拭は扶桑刀で白兵戦するタイプだろ?なら不要だろ』

『別に私じゃなくても他の人によ。あなたの部下とかね?そこら辺はどうなのかな?大黒柱の副隊長さん』

『第十二航空隊のヒヨッコに使い慣れない兵器でアレコレ要求するのもな。それに今は戦術が大事だ。新型のユニットを使いこなせて貰わないと空戦どころじゃない。もし仮に使わせてみたとしてもいちいち渡すのも手間だし、その分俺が使えなくなって手数が減る。試すくらいならともかく実戦的じゃないなら選択としては無しかな』

『ふーん。まあ確かに。戦術に噛み合わないならやるだけ無駄かもしれないわね。悪いわね、急に変なこと言って』

『いや、そんなことないって。考えとしては全然有り得てるんだ。ただ…』

『貴方一人で完結してる…って事よね? それは別に悪いことじゃないわ。私も似たようなものだし。扶桑刀による白兵戦のみ要求し、肉薄にして後衛のために場面を作り上げる。このスタイル完結している私に機関銃は不要ね』

『……いずれ通用しなくなるぞ?』

『そんなことないわ。白兵戦で私に__』

『北郷少佐』

『それは禁止カードよ』

『あ、はい』

 

 

 

そんな会話を哨戒中にしたことある。

 

まあ、発想としては有り得なくないし、空飛ぶ武器庫と言えばその通りだし、扶桑の巴御前の着眼点は至って普通。

 

だから頭の片隅に置いていた。

 

しかしその時は北郷章香を筆頭としてストライカーユニットの性能を重視した戦技研究がメインであり、多種に取り扱う武器の訓練は当時のヒヨッコ達に要求はしなかった。

 

敵倒す前に飛べなきゃ意味がないため。

 

だから軍属中はそんな試しをすることなく、扶桑海事変が終えると俺は軍属から離れ、なんなら逃亡生活を始めたりと、穴拭智子の発想を試行することなく時は流れる。

 

 

しかし、今、それは試すときではないのか?

 

 

「フーベルタの手には『メイン』のビームライフルを。ヴィーゼの手には『サブ』としてマシンガンを」

 

「!」

「!?」

 

 

二人の手のひらに触れる。

 

指先に柔らかな感触が伝わる。

 

しかしこれでも銃火器握りしめて戦う戦士の手なんだろう。強いな。

 

俺の魔法力を纏わせる。

 

 

「叡智達の願い与える側として。この手に刻まれた魔法陣は。戦う乙女達に託すに充分の筈だろうから。俺が願那夢として認める。この二人は怪異を払う英雄とならん」

 

「ふ、扶桑語、でしょうか?」

「み、みたいだ……ッっ!!?」

 

 

次の瞬間、流し込まれた魔法力は形作る。

 

俺は次に軽く空を握るように二人の手指を組み替えさせ、願う。

 

そして…

 

 

「これは!」

「っと!急にズッシリくるな」

 

「よし、うまく行ったか」

 

 

武装を召喚する時の光は収まるとフーベルタの手にはよく有りげなビームライフルが握りしめられ、また同じくヴィーゼの手にはジム系のマシンガンが握りしめられていた。

 

 

「今からそれを使え。ネウロイに攻撃が通じるはずだ」

 

「す、すごい…!すごいわ…!!」

「まさかこんなことができるのか!?」

 

「いや、今試した」

 

「なんだって!?」

「そ、そうなのね…」

 

「ああ、うまく行って何よりだ。でも代わりに俺は遠距離武器を使えないから射撃戦は二人に任せる」

 

「黒数はどうするんだ?」

 

「俺はこれから白兵戦に入る。先ほどよりもネウロイ統率力が低下してるし、今なら懐に入りやすい。なら一気に斬り伏せて倒すさ」

 

「そ、そうか。いや待て、しかし、この群れを掻い潜るのは…」

 

「おいおい…二人はもしや忘れてるのかな?」

 

 

 

首を傾げる二人を背に、ビームサーベルを取り出してネウロイと向き合いながら…

 

 

「扶桑の軍神【北郷章香】は二刀流でネウロイを斬り伏せる最強のウィッチであり、俺はその人の副隊長をしてきた人間だぞ?それならさぁ…」

 

 

 

ビームサーベルの出力を上げるのと同時にネウロイの群れに飛び出す。

 

 

 

「副隊長の俺が!章香の隣を飛んでいた黒数強夏が!白兵戦が出来ない訳ないよなぁァ!!」

 

 

 

ビームシールドで攻撃を受け止めながら一気に距離を詰めて親機を斬り伏せて次を狙い、オーバーヒートになりそうならネウロイを踏み台にして冷却し、そのまま通りすがりにネウロイを切り抜けて撃破数を増やす。それでも手の甲に刻まれた数字はなかなか増えない。だが戦場に悩みやら、考やら、戦いから意識を遠ざけるなんてタブーだ。今は願那夢として怪異を払うために身を投じる。今はそれだけで良い。

 

 

「っ!私達も行くぞ!戦果を増やせ!」

 

「は、はい!」

 

 

ワンテンポ遅れて飛び出す二人。

 

慣れない武装。

 

しかし引き金を弾けばネウロイは落ちる。

 

それを理解したウィッチはネウロイに立ち向かえる。

 

 

「ふ、ふふふっ……私達はここからよ」

 

「っと、いつものように豹変したか!なら頼もしい限りだ」

 

 

いつもはホワホワしたお姉さんであるが戦いになると冷徹に豹変するヨハンナ・ヴィーゼ。

 

しかし先ほどまでは有効打のない焦燥感が上回り段々と消極的になっていたが、しかしネウロイを倒せることがわかると心身共に余裕が生まれたのか、いつもの調子に戻る。

 

するとジム・マシンガンの銃口はネウロイのコアを悉く撃ち抜き、鋭く息を吸いながら討つべき敵を見定めていく。その大胆かつ攻撃的はまるで獅子。何よりネウロイのことをよく研究しているのかコアの位置を把握し、的確に撃ち抜こうとしている。ああ、先ほどとはまるで正反対だ。

 

 

 

「ヴィーゼ、受け取れ!マシンガンのカートリッジだ」

 

 

 

カートリッジをヴィーゼに投げると覗き込むような視線だけがコチラに向いたまま手でパシッと受け止める。

いや怖っ。とんでもなくこえーよ。

てか本気モードだな。

オストマルク反抗戦で嫌なほど見たわ。

 

 

ああ、でも。

 

かなり『頼もしい』な、彼女は。

 

 

 

……ああ、そうか。

 

そうかそうか。

 

なるほど。

 

そういや、少しだけ忘れてたな。

 

確か、エクバでは、こう言うのって。

 

 

 

「『アシスト機』って言うべきだろうな」

 

 

 

そんな冗談を思い浮かべながらビームサーベルを、たまにビームシールドでネウロイを切り裂き続ける。この役割を果たそうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッッッ!!!!????

 

 

 

 

 

喉が締め付けられそうな憎悪。

この役割を潰そうと現れた。

 

 

 

 

ギィィ!!

 

「っ!!?」

 

 

 

巣の真上から鋭く突進してくるネウロイ。

 

鋭く広がっている羽がこちらの喉を切り裂こうと降下してくる。俺はネウロイを踏み台に回避して宙返り、ネウロイはそのまま通り過ぎるが縦に旋回してさらに突進を繰り返す。

 

 

 

「早いっ…!」

 

 

 

ビームサーベルとビームシールド両方を使って突進を受け流し、その背中を狙おうとビームライフルを取り出そうとするが…

 

 

 

「っ」

 

 

フーベルタが今使っているっ!

 

俺は射撃戦を諦めるとブーストダッシュを行いそのネウロイを追いかける。

 

 

「キィ!キィ!」

「邪魔だぁ!」

 

 

途中、小型ネウロイが襲いかかってくるが俺は小型ネウロイをビームサーベルで突き刺し、そのまま装甲に触れる。

 

 

「キィ!?」

「雑魚は引っ込んでろ!!」

 

 

その時、小型ネウロイはビームを放とうと装甲を赤く光らせるがするが、俺はその発射口に指を立て、攻撃性のある魔法力を流し込み、小型ネウロイが硬直した瞬間、ザラついた手触りが手のひらに広がる。

 

そして一気にネウロイのビームを引き抜いた。

 

 

「ギィァァ!!?」

 

 

小型ネウロイの発射口からドロっとしたような赤い光が引き抜かれる。

 

そう、俺は引き抜いた。

 

いや、この感じだと千切ったと言う方が表現的には正しいだろうか?まあいい。

 

すると小型ネウロイは引き抜かれた衝撃でコアが損傷したのか反応を失い、最後に突き刺したビームサーベルで斬り伏せる。

 

引っこ抜いたビームを手に掴み取り、それを羽の鋭いネウロイにぶん投げる。

 

しかし羽付のネウロイは後部に垂らしていた尻尾を振り回して投擲したビームを掻き消す。

 

 

「っ!」

 

 

そして羽付のネウロイは…… いや『紛い物』は羽を動かして脚部を開放する。

 

次に胴体からは頭が姿を見せ、コチラを睨むように怪しく光らせ、紛い物が握っていた柄から緑色… いや、原作を無視したネウロイの属性により赤色の光を放ちながらサーベルを展開する。

 

最後に後部に付いていた尻尾は手の甲に鋭く伸び、しなやかに動く。

 

 

 

「やっぱり、お前か……お前なんだな!?」

 

 

 

 

全身に緊張感が走る。

 

 

 

だって。

 

いや、だって。

 

この形見たらそうなるだろ。

 

画面越しでも、顔を顰める程の機体。

 

 

 

 

何せコイツは……!!!

 

 

 

 

 

「ギギギィィィィアアアア!!!」

 

「ッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

OZ-13MS GUNDAM EPYON(ガンダム エピオン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識に握りしめたビームサーベルにヒビが入った。

 

 

 

 

つづく

 

*1
射撃体勢







射撃武装無しでエピオンとか頭悪いんじゃねぇの?(嘲笑)

それとアンケートありがとうございます。
総計して日常6割、戦闘4割くらいかな。
必ずその割合で描写するとは限らないけど、まあ大体そんな感じにやっていきます。書きやすさメインで。


【黒数強夏】
戦うごとにニュータイプとしての能力が高まるため今回のベルリン防衛戦でその凄さが表れる。ただ本人は至って普通で俗に言う「僕なんかやっちゃいました?」のよくありげタイプ…と、言いたいがガンダム主人公は大体コレできるので珍しくはない。疲れた脳に甘いチェロス。

【ヨハンナ・ヴィーゼ】
今回の件で願那夢に対して完全に脳が焼かれた。もし願那夢のアシスト武装が選ばれるとしたらレバー入れによる接近戦が北郷章香で、ニュートラルによる射撃戦でヴィーゼだったりするかもしれない。クバンの獅子は伊達じゃない。

【フーベルタ・フォン・ボニン】
どんなに苦戦が強いられようとも冷静に物事を見進めるつもりだったが願那夢の可能性によって振り回されて崩される。かわいいね。実際にビームライフルを扱ってみてその強さを理解してしまった。そして願那夢の武装が他者に受け渡されることを知ってしまった。だから黒数強夏は彼女に渡してはならなかったかもしれない。



ではまた


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54話

 

 

ベルリンはとても綺麗な街だ。

 

歴史がある。

 

人の営みがある。

 

老若男女問わずこの街を楽しむ。

 

私だってこのベルリンが好き。

 

カールスラントを象徴する場所だから。

 

 

しかしこの街の外に怪異がある。

 

それは人を脅かそうとする。

 

だから私は街を……いや、この生まれた国を。

 

カールスラントを護りたくウィッチになった。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

「なんだ、アレは!?」

「なんなの!あの敵意は!?」

「黒いっ!黒い人形だ!」

「赤い光はもしかして剣なのか!?」

「あんなのに斬られたらっ!」

「が、願那夢…!」

 

 

駆け付けた援軍は頼もしい。

 

未だ有効打を見出せない攻撃性の劣る武器を抱えているが、しかし対面の負担は減る。

 

あと隣に仲間がいる。

それが何よりも頼もしい。

 

しかし、隣に飛ばないあの人は?

あの、願那夢を名乗る黒数強夏は?

 

いま彼は一人で人型と立ち向かっている。

 

 

「ね、ねぇ?あれ、大丈夫なの?」

「わ、わからない。で、でも願那夢なら…」

「いや!押されてるように見えるぞ!」

「そ、そんな!」

「おい、こっちにネウロイが来た!」

「くっ!息を吐く間も無くわね!」

 

 

私たちよりも更に上の高度で戦う願那夢。

 

人型ネウロイが握りしめる赤色の大剣が振るわれる度に強い光が瞬き、エーテルの光が軌道を描いてそれを凌ぐ。

 

 

「ヴィーゼ!」

 

「っ!」

 

 

願那夢から貰い受けたこのマシンガンだけはネウロイの装甲を貫ける。

 

だから私だけが頼り。

 

しかし弾数も少なくなってきた。

 

あの人型ネウロイと戦う願那夢からカートリッジを貰い受けれる見込みもない。

 

いや、しかし、それよりも…!

 

 

「っ!」

「ギギギィ!!」

 

 

あの大剣に対して接近戦を挑む願那夢。

 

いや、ちがう。

 

接近戦のみ許されている現状。

 

私に遠距離攻撃の武装を託しているから。

 

だから彼は使えない!

 

 

「こんなっ!こんなのって!」

 

「ヴィーゼ!どうした!?」

 

「トゥルーデ!違う!違うのよ!願那夢が!あの人が!私はコレを託されたから!今は使えないの!あの人型に対して!」

 

「どう言うことだ!?何が起きてる!?」

 

「願那夢は私達がネウロイを倒せるように武装を渡してくれたの!だけど代わりに彼が武装を引き出して戦えないの!それなのに少ない武装で今!人型と戦ってくれている!なんとかしないと彼がこのままじゃ!」

 

 

バチーン!!と、耳を劈くよう音が響く。

 

誰もが身をすむませるような衝撃。

 

思わず上を見上げてしまう。

 

しかし視線をネウロイの群から離してはならない。奴らは私たちを待たない。

 

 

「このまま!このままだと…!」

 

 

彼に今すぐこの武装を返したい。

 

でもそうなると目の前にいるネウロイ達を倒すことは叶わない。

 

ベルリンの空に現れた巣から現れるネウロイ達は特段装甲が固く、今の武器では通用しない。

 

 

「ヴィーゼ!ネウロイの親機を見つけた!コッチだ!急いでくれ!」

 

「ッッッ!!!」

 

 

無線から届く必死な声。私はストライカーユニットの回転を増やして一気に向かう。

 

 

なんで、こうもっ!

 

ネウロイって言うのは!

 

っ!

 

アイツらッ…!!

アイツら…!!

 

よくもッッッ!!

 

 

 

「許さないっ!許さない!」

 

 

握りしめたマシンガンは普通の小型ネウロイよりも一回り大きな親機に放たれる。

 

一発、二発、三発。

 

硬いはずの装甲に弾丸が食い込む。

 

なんとも容易く撃ち抜けてしまう。

 

願那夢の魔法力によって作り上げられた武装だから質が違うのだろう。

 

コレが異界から取り出せる兵器。

 

ああ、なんとも酷いことか。

 

これほど強い武器を使えずにあんな恐ろしい人型と戦ってくれている。

 

私たちなんかでは渡り合うに命足りない敵を願那夢が命と体を張って人類を守ろうとする。

 

無力だ。

 

カールスラントをウィッチは。

 

 

 

「ッッッ、黒数!!」

 

「なっ、おい!?何をするマルセイユ!?待て!行くな!これは命令だ!」

 

「臆病者のバルクホルンは引っ込んでろ!次は私が黒数を助けるんだ!」

 

「何を!?くそっ!待てぇ!!」

 

 

彼を助けようと高度を上げるウィッチが一人叫んでいる。彼女はマルセイユ。その上官に当たるバルクホルンが制止するもいつものように命令無視で飛び出すマルセイユはそこに人型が飛んでいようと黒数の元に向かう。新兵の中でも勇猛な姿勢であるが無謀も兼ね備えた未熟な突貫に上官達は顔を顰める。しかしその間にもネウロイが襲いかかってくる。彼女のことを誰も止められない。

 

 

「くっ!なんてことだ!マルセイユの奴は死ぬ気なのか!?」

 

「でもそこには願那夢がいるわ。まだもしかしたら安全かもしれない…」

 

「ッ、くそっ!!こんな機関銃じゃなければこんな奴ら!こんなネウロイなんか!!」

 

「トュルーデ、落ち着いて。冷静に。私も気持ち同じよ。歯痒くて仕方ないわ。でも今は成すべき状況が大事。下にいる友軍はベルリンから撤退を始めている。ここは間も無く放棄よ」

 

「っ、撤退……私達に、撤退を、しろと?」

 

「そうだ」

 

「ラル隊長!」

 

「ベルリンは間違いなく落ちる。対抗手段を持ち合わせていないカールスラントにできることなど無い。可能なのは人類の反抗時どれだけ軍を保有できているかだ。私達はイタズラに戦力を失えない」

 

「くっ…!祖国を犠牲に私はまた後ろへ逃げてしまうのか…!?残された妹まで連れてここまで逃げてしまったのに!こんなのッッ!!」

 

 

様々な思いが蔓延る欧州の空。

 

こんなにも息苦しく、こんなにも締め付けられるような体験は生まれて初めてで、私も願那夢から受け渡された機関銃を強く握りしめて無力を噛み締める。どうにもならない。

 

 

「今は目の前のネウロイだ!片っ端から親機を潰して統率力を奪え!そうすれば私たちの退路も確保できる!いまは空の戦場をウィッチが受け待て!怯むな!」

 

「「「了解っ!!」」」

 

 

フーベルタ中隊長の声に奮起し、カールスラントのウィッチは散会する。集ったウィッチ達もよく勉強しているのか親機の見分け方はスムーズであり、無駄弾を減らした少ない弾数でネウロイを牽制、また同じくビームライフルとマシンガンも節約しながら親機を潰すことになんとか成功している。その代わり空では強い衝撃波が空を震わせ、衝突する影同士から発生する稲妻さえも欧州の空を貫いている。

 

どちらも長く持たないことを証明している。

 

 

私達は……この国は……この先。

 

___キミは、生き残ることができるか?

 

 

 

そんな言葉が、焦燥感を煽る。

 

っ、死んでたまるものですか…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビームサーベルにも種類がある。

 

火力を上げるタイプ。

主に試作二号機、またサイサリス。

 

剣先を伸ばすタイプ。

主にGセルフ、またはガンダムZZ。

 

両刀に生やすタイプ。

主にSEED系、またはジャスティス。

 

コレにより様々な角度から格闘を挑める。

 

実際に第十二航空隊にいた頃、部隊長である北郷章香を筆頭に、生徒の若本徹子や坂本美緒、陸軍からも穴拭智子や黒江綾香など、片手で数えれる程度には白兵戦の訓練をした事がある。

 

その時は大体、木刀など殺傷力の低い武器を使って模擬戦に投じるのだが、勇猛にも「本気で挑むわよ!」なんて意気込むウラルの閃光の乙女達から頼まれたら、そりゃ本気の本気で立ち向かってくる相手にビームサーベルも引き出しては、その時に様々な性質を秘めたビームサーベルを試したりとこの武装の汎用性は確認している。ぶっちゃけビームサーベルは強い。

 

ただ大前提として弾幕掻い潜って近づけたらの話になるのだが、41年時点で4世代分を先征くこのストライクユニットならばその前提は解消され、目に見張るこの機動力なら接近戦は容易い。

 

何より人の形をしていない以上相手の動きもわかりやすくサーベルを突き刺しやすいのだ。

 

サーベルの投擲がよく当たるのも軌道を読めるから…… って、言ったらそう簡単なことじゃないと章香に諭されたことがある。軍神の彼女が言うのならそうなのだろう。

 

 

 

「ギギギィ!」

 

「ちょこまかと上取りやがって!高コストの個体だけあって太陽光を利用することをネウロイも覚えてるのか!」

 

 

上を取られまいと更に上昇すると、紛い物のエピオンも上昇して、その度に接近戦による応酬を繰り広げている。ビームサーベルにはビームソード、ヒートロッドにはビームシールドを、そうしていつの間にかネウロイの巣の上までやってきた。

 

しかしこのエピオン、原作ゲーム通りに神経を尖らせて対面を強要してくるこの状況、自動シールドを持たない俺からしたら気を抜けない。

 

いや自動シールドがあったところであのエピオンが握るビームソードは簡単にシールドを斬り砕いてくるだろう。実際にシールドの厚みが足りなくて俺の服が裂けている。危うく胴体を刻まれるところだった。

 

それでもビームシールドで防げているのはビームソードがシールドに当たる瞬間に強度を最大まで上げているから。それをタイミングよく打つけるように斬撃を払っている。俗にいう『パリィ』ってヤツ。お陰であんなのと対面して生きながらえている… が、しかしコチラもサーベル一本ではエピオンに与えれる有効打が見出せず膠着状態だ。しかも射撃戦は不可能。下で地上の友軍を助けるためカールスラントのウィッチ二人が使っている。

 

 

なら更に引き出せば良いのでは?

 

 

いや、それは無理だ。

召喚するためのキャパシティーが足りない。

 

今はもうビームサーベルで限界だ。

 

しかも部が悪いことにコチラの魔法力は無限じゃないし、オーバーヒートによる飛行不能を考えると長期戦は望ましくない。

 

俺がもし戦線離脱するようならエピオンは誰が止めれるだろうか?

 

初見殺しの塊であるエクバを対面経験皆無なウィッチに任せるなどあってはならない。

 

自動シールドすら斬り砕くようなエピオン相手に死人が何人出てしまうか……

 

考えたくもない。

 

 

 

「黒数!」

 

「!?」

 

 

真下から声が聞こえる。振り向くと一人のウィッチがコチラに飛んでくる。マルセイユだ。

 

 

「バカ!来るな!」

 

「ギギギィ!」

 

 

目を離した瞬間、エピオンは変形するとマルセイユの方に急速接近する。

 

 

「!?」

 

「逃げろ!マルセイユ!!!」

 

 

あまりの速さに目を見開くマルセイユ。それでも訓練された体は勝手に動いたのか機関銃を構えてエピオンに対して迎撃体勢に入る。しかしコレまで対面したことが無いだろう高速機にマルセイユは銃口を定めきれず、そして完全に足を止めてしまった。やばい!的だ!

 

 

「っのぉ!!」

 

 

俺はビームシールドに魔法力を込め、濃くなった魔法力を握るように掴み、そしてマルセイユの目の前にぶん投げると緑色のオーラがカーテンのように広がる。やってることはフェネクスのメインの真似である。もちろん攻撃性はあまりない。しかしエピオンはその異質な魔法力に反応したのか軌道を変えながら変形を解除してヒートロッドをマルセイユに繰り出す。

 

すると勝手に展開された自動シールドはヒートロッドに対抗できるのか、マルセイユの目の前で弾かれた。俺はその隙を見て一気にマルセイユとエピオンの間に割って入る。

 

 

「ぁ…黒数…」

 

「バカ野郎!!死ぬ気か!!」

 

「っ!?」

 

「人型をよく知ってる俺だから引き受けているんだ!お前には手に余る敵だ!」

 

「っ!でも!でも!黒数は遠距離攻撃出来ないじゃないか!なら黒数も同じだろ!?誰も何も出来ないじゃないかよ!」

 

「そんなの理解承知だ!だからこうして上に誘導して切り離してんだろう!誰もコイツを倒せないならせめて理解ある奴がコイツの猛攻を捌いて時間を稼ぐ!その間にカールスラント軍が戦線離脱できたら武器だって俺の手元に戻ってくる!俺を助けたいなら下を助けろ!理性はそれを正しいと分かってた筈だ!」

 

「っ!!…わ、たし…!わたし…ただ…く、ろかず、を…」

 

「ギギギィ!!」

 

「「!!」」

 

 

怪しく赤色に目を光らせるエピオン。

すると装甲が黒を混ぜた赤色に染まる。

 

ビームソードも出力が上がり、アレに斬られたらただでは済まない光景が目に浮かぶ。

 

だがそれよりも威圧感が増した。

__オマエヲコロス。

 

まるでパイロット(ヒイロ・ユイ)の言葉を借りるように訴える。

 

その姿はまるで殺戮マシーン。

 

 

「ひっ…!!」

 

 

活きの良い新兵かつ、良くも悪くも怖いもの知らずなマルセイユだが、敵から放たれる『本物』の殺意を向けられてしまい、何よりこれまで経験のない敵の威圧感によって握りしめた機関銃がガタガタと震えていた。

 

不味いと思い、俺は彼女の前に割って入る。

 

しかし更に小型ネウロイも巣から出てくると敵である俺たちを認知し、数機分エピオンの後ろに取り憑いて数を増やしてきた。流石に俺も額から汗を垂らし落とし、かなりヤバい状況であることを悟る。あとまだ下は俺の武装で戦っているらしい。射撃戦は無理だな。

 

 

「マルセイユ」

 

「!」

 

 

視線は敵から逸らさず、俺は後ろに手を伸ばして恐縮していた彼女の頭に手を置いて声をかける。ピクンっと手のひらに伝わる。しかし俺は構わず言葉をかけることにする。

 

 

「お前は新兵として未熟者だ。優先順位を理性で判断しなかった。それがこの現状。分かってるよな?」

 

「っ……わ、わたし…」

 

 

彼女も理解している。

 

__自分は足手纏いだ。

 

命を優先して戦うことを選べばこれから負担が増えることになるから。

 

 

「でも理性(それ)は別として、お前が来てくれたことは心から嬉しく思う。コレは確かだ」

 

「!」

 

 

褒められない行動だが、俺を助けたくて来てくれたその心遣いは、手元に足りなさすぎる武装よりも満たされた気がして嬉しかった。それは一言告げておく。

 

それから彼女の頭から手を離してビームサーベルをもう一本だけ召喚して二刀流に構える。

 

 

「ここからは新兵扱いは出来ないぞ。___着いて来れるか?」

 

「!!」

 

 

つまりマルセイユを優先せず、自分自身が生き残ることを優先してこの空を受け持つ。

 

それがネウロイの巣の上まで来てしまった者の役割であり、約束される末路である。

 

歌詞にある「死神の列」はこの瞬間から。

哀戦士とならん者はこの場面から。

 

 

 

ッ、もちろんだ!わたしは黒数と…!ああ!お前と…!ずっっと憧れた願那夢とロッテを組めて死ねるならこれは本能だ!!!

 

「!!」

 

 

もう彼女に震えはない。

 

そして覚悟を決まった眼で敵を見据える。

 

この瞬間__彼女は、殻の付いたヒヨッコ扱いから脱したカールスラントのウィッチとして空を飛ぶ。

 

 

「人型は俺、雑兵はマルセイユ。良いな!」

 

「了解っ!」

 

 

恐らく過去一番の「了解」が彼女の口から出たのかもしれない。

 

ユニットを回し、新兵扱いもその場に置いてマルセイユは小型ネウロイに突っ込む。

 

俺もエピオンに二刀流で構えたビームサーベルを振り下ろしてヘイトを集中させる。

 

 

 

エピオン相手に射撃戦が出来ない?

 

上等だ。

 

やってやるよ。

 

この生身一つで挑んでやる。

 

なに、恐れはないさ。

 

そもそも白兵戦なんて章香や穴拭を相手に散々してきたんだからな。

 

それが今回エピオンだった話。

 

なら知識と経験で凌ぎ切ってやる。

 

この欧州の空で…

願那夢は役割を果たす…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撤退だ!撤退しろ!

全軍!空のウィッチも撤退!!

 

 

 

そんな声が無線から聞こえる。

 

短いようで、長い戦闘から解放される。

 

どのくらいベルリンの空で戦った?

 

実を言えば、時間的には2時間弱か。

欧州の空に巣が現れてからそのくらい経つ。

 

これもユニットを限界まで酷使したから今も飛べているのだろう。整備が大変だな。

 

それでも俺はまだ生きているし、ストライクユニットもまだ飛べる。定期的にネウロイを踏み台にしてブースト回復をしてきた。だから精神が擦り切れるまで戦えた。

 

やはりコレを提案した宮藤博士も凄いな。あと航続距離と飛行時間を頗る伸ばす改修をしたハッパさんも凄い。もちろんコレを扱う俺も間違いなく凄い。頼れる相棒だ。

 

ああ、でもそうだ。

 

この戦いで一人、頼れる相棒ができた。

 

そのウィッチは『ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ』というカールスラントのウィッチ。

 

新兵の中では実力は高いが、しかし魔女学校を卒業後も問題児に変わらず感情のままに反発繰り返す彼女は軍属後も困らせる程のヒヨッコウィッチだが、その内側にある闘志と意志は強固だ。願那夢の隣で空を願った彼女の眼はまるでガンダムの世界のパイロット。アムロやシャアが言うように戦いはこうも人の姿を変えてしまうか。それとも俺が願那夢だから彼女は変わったのか?どうであれ、今はとても頼もしいウィッチとして俺はマルセイユを知る。

 

え?その彼女はいまどうしているか?

 

 

「……ぁ………げっほ…っ!……ぅ…ぐ…」

 

「……まずいな…」

 

 

「ギギギィ…」

「キィ」

「キィ、キィ」

 

 

無限に動くネウロイと、有限に限られた人間とでは差がある。もし拮抗すれば生き残るのは前者だ。間違いなく。

 

だからマルセイユは倒された。

 

小型ネウロイのビームによりシールドごとストライカーユニットが片足分だけ破壊される。

 

ストライカーユニットの爆発と破片に巻き込まれてしまい、素足晒した片足からは流血。

 

きめ細やか綺麗な女性の肌は至る所から流れる血によって血汚れ、また、片足にまだ生きてるストライカーユニットも装甲が焼けこがしながら血で汚していた。俺は落ちる彼女を受け止めて、今そのまま背負っている。

 

そのタイミングで無線から全軍撤退指示が響くが俺は目の前のネウロイから眼を離さず弱まるビームサーベルを構える。

 

 

 

「はぁ……はぁ……なに……やってんだよ……わたしを…捨て、ろよ……」

 

「俺は軍人じゃない。願那夢の役割に投じる黒数強夏は人間で沢山だから。感情が先行することもあるさ」

 

「へ、へへ…へ……っ、つぎはぎ、だらけ……なんだ、な……くろ、かず…って……」

 

「相棒がそのまま落ちそうだったからな。体が動いたんだよ、勝手に」

 

「へへ……そう…か………ぁはは……おまえの…こと…めちゃ、くちゃ…すきになりそう…だ……」

 

「悪いが俺は章香しか勝たんよ」

 

「へっ……それは……ざんね、ん…だ……」

 

 

 

「ギギギィ…!」

 

 

 

エピオンは強化状態を解除する。

 

もうそれほどにならずとも俺達を殺せると判断したんだろう。

 

バカにするな。俺はまだ動けるぞ。

 

上がる息を誤魔化すように、ビームサーベルの出力を上げ…… ようとしてサーベルのエネルギーが少しずつ薄まる。

 

どうやら俺も魔法力が落ちてるようだ。

召喚する武装も低コストのレベルの性能。

 

コストオーバーというより魔力オーバーってことかなこれは。

 

意図的に武装の性能を下げることはあったが、魔力を使いすぎて性能が低くなることは無かった。

 

貰い物のコレが元々が多かったからそんな心配も無かったが、相手がエピオン程になるとサーベルを投擲して牽制したり、切り替えたりなどして、召喚しすぎた。あと普通に俺自身の魔法力も長期戦故に足りなくなってきた。いやむしろ良く持った方がだな。さすが叡智から託された願いの奇跡(まほう)だろう。

 

 

「一気に降下して街に逃げるぞ。ちゃんと捕まっていろよ」

 

「ぅ…ん…」

 

 

背負っているこのウィッチは見捨てない。

 

絶対に生きて帰る。

 

第十二航空隊の頃だってそうしてきた。

 

任務中に落ちてしまったヒヨッコを何度も受け止めて、そのまま抱えたり、背負ったりして帰ったことは何度も経験ある。まあその度に厳しく訓練設けさせて二度と落ちないように基礎から叩き込んだっけか。懐かしいな。

 

新兵のコイツを背負ってるからか色々と当時のことを思い出してしまう。

 

ってことは、まだコイツを新兵と思ってしまってるのかな、俺は。

 

そうなると、つぎはぎだらけなのもまあ否定出来ないな。やれやれ。

 

 

「っと、言っても、雑兵が逃さないよな」

 

 

取り囲むように飛んでいる小型ネウロイ。視認する限り10機程度。この空戦で恐らく親機となっているエピオンがいるからか雑兵から手を出して来ない。しかし奴が動けば雑兵も動いて一斉射撃か。なら上手くエピオンを巻き込んでみるか?うまくはいかないだろうな。やっぱり逃げるか。

 

 

「(かなりの賭けだが、進行方向にビームサーベルを爆発させ、身をくらませながら被弾覚悟で一気に降下するか。マルセイユには覚悟してもらおう)」

 

 

ストライクユニットのバーニア出力を上昇させて準備を行う。

 

エピオンもビームソードをブンと構え、迎え討とうと構えた____

 

 

 

 

次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏に走る電流。

 

俺は膨張したビームサーベルを上にぶん投げると、次にビームシールドをやや上に展開して守る状態に入った。

 

するとエピオンは動き出し、同時に雑兵の小型ネウロイも動き出し、俺達を集中攻撃をしようとしたら瞬間。

 

 

 

「狙うっ!!」

 

 

 

___誰かの声が聞こえた。知っている声。

 

上に放り投げた膨張したビームサーベルに一発の銃弾が突き刺さる。爆発した。

 

 

「ギギギィ!!?」

 

「キィ!?」

「キィ!?」

 

 

しかもその爆発は俺が想定していたよりもかなり大きい。だがそのおかげで魔力波がこの一帯を占めるほどであり、エピオン含めてネウロイのセンサージャミングに成功する。素体が弱いネウロイは機能全体が麻痺して動かなくなり、突破口が出来る。

 

俺は首元に回しているマルセイユの手をしっかり押さえてその場から一気に急上昇する。

 

落ち始める太陽だが夏だけあってまだ明るい。

 

そしてマルセイユの抑えていた手を掴んで勢いのまま真上に放り込り投げた。

 

ついでにマルセイユから、一つ、とあるものを剥がして回収する。

 

 

 

「うぇっ……!?」

 

 

 

まだリアクションできるほど余力あるか。

 

そこに安心しながら___俺は叫んだ。

 

 

 

「中尉ッッッ!!!頼んだぞォォ!!!」

 

 

 

真上に放り投げられたマルセイユを受け止めて通り過ぎたウィッチが一人。

 

彼女は…

 

 

 

「黒数さん!!」

 

 

 

カールスラント空軍第3夜間戦闘部隊の隊長。

 

その名はヘルミーナ・レント。

 

彼女が、俺に___伝えた。

 

 

 

__その二つを上にッッッ!!!

 

 

 

まず一つはマルセイユ。

 

もう一つは膨張したビームサーベル。

 

そんなメッセージが脳裏に響く。

 

何故こんなことが可能なのか?

 

彼女はナイトウィッチとして擬似的な魔道針を開発して、ナイトウィッチ適正の低いウィッチも夜空を飛べるような研究をしている。

 

そして彼女自身もナイトウィッチとして特殊なパルスを放ってナイトウィッチ同士で会話する技術を持っている。

 

 

そして、それは…

 

俺にも『周波数』が合うということ。

 

 

覚えているだろうか?

 

俺にもナイトウィッチの適性がほんの少しだけあることを。それは過去ウラル戦線時の夜間哨戒で証明しているし、何よりニュータイプとしての『感受性』の高さが助長して他者からのメッセージが受信しやすいことを。

 

更に付け加えれば俺はカールスラント空軍第3夜間戦闘部隊で二ヶ月ほど部隊運営を手伝っていた。フラッシュ暗算などを通してそこにいるナイトウィッチの周波数やパルスを大体知っている。ここら辺もニュータイプが助長させてくれてたから出来たことだ。

 

だが、その中で特に、ヘルミーナ・レントのパルスは感受しやすかった。

 

ヘルミーナ・レント。

彼女はストレスを抱えやすい人間。

 

そのストレスが精神的な重圧感を心に秘め、常に訴えるような感情が彼女の精神を動かしていた。

 

それはニュータイプとして感じ取りやすい。

 

その周波数は俺にとってわかりやすかった。

 

それは半年前のアンドラから夜飛び出し中型ネウロイを見つけたらあの日から。

 

最初は純粋な魔法力。そこに上乗せするように彼女のストレスから始まる精神の訴え。それを拾い上げる願那夢としての役割。そして部隊運営二ヶ月分の理解。それは長く、濃い。

 

 

 

だから俺は___伝わった。

 

 

 

 

黒数さん!その二つを上にッッッ!!

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z________

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネウロイィィ!!!貴様ァァァ!!!!」

 

 

「ギギギィ!!」

 

 

 

先ほどのビームコンフューズはレントの魔法力も上乗せしてかなり強めの魔力波だ。

 

しかしエピオンに関してはスペックが高いだけあってスタンからの立ち直りが早い。

 

ビームソードを構えてコチラに突貫してきた。

 

そんな俺はもう武装の召喚が限界だ。

せめてビームサーベルの一本が限界。

 

だからと言って愚直にビームサーベルで斬り込もうとは思わない。相手は格闘機だ。ただのカチ合いに勝てるなんてそれ全盛期の北郷章香でなければ不可能だ。だから俺は用意した。

 

 

「マルセイユ!借りるぞ!」

 

 

彼女の片足に生きていたストライカーユニットを、腕に嵌めると魔法力を流す。

 

するとまだマルセイユの魔法力が残っていたのかプロペラがすぐに展開される。

 

まるで盾のようにエーテルが広がる。

 

するとエピオンは前格の挙動でビームソードを突き刺して、そのストライカーユニットを破壊しようとする。

 

対して俺はストライカーユニットのプロペラを逆回転に回してエピオンの前格を受け止める。

 

ガチガチ!バチバチ!バリバリ!と耳を劈くような音が響き渡る。

 

盾と剣。

 

それらが負けずに競り合う。

 

するとエピオンは装甲を赤くして強化状態に入りビームソードの火力を最大まで上げる。

 

このまま押し切ろうと判断だ。

 

俺のありったけの魔法力をマルセイユのストライカーユニットに注ぎ込みプロペラの逆回転数を上げてエピオンのビームソードを押す。

 

 

 

「うおおおお!!!」

 

「ギギギィ!!!!」

 

 

 

 

 

 

単純な力の押し合いなら、大人よりも、一回りか二回り大きな相手が勝つ。

 

体格に合わせてボクシングなどが階級分けされてる理由と同じだ。

 

俺は身体強化込みでも人型ネウロイの体格差で負けるだろう。

 

過去バンシィとの戦いででそれは理解してる。

 

何より接近戦特化相手だ。

 

競り合いに勝てるなんて見込み。

最初から持ち合わせてなんかいない。

 

 

 

「ギギギィ!!?ギィィ!?」

 

「もう少しッッッ、でっ!!!」

 

 

 

プロペラの逆回転による推進力。

 

それはまるでエピオンのビームソードに押し付ける如く、前進しようとする。

 

だが、同時にカラクリを一つ。

 

俺には『一つ』だけとある技術を持っている。

 

いつも使っているビームシールドは魔法力を腕に纏わせて壁にする。これは防護。

 

それは肉体だろうが、魔力だろうが、関係なく外部から上書き、また上乗せして展開する。

 

そしてその魔法力は変幻自在だ。

 

ビームシールドに攻撃性を加えればそれでネウロイを斬ったりとF91の真似事が可能だ。

 

もしくはフェネクスのように結合性を高めて魔法力を飛ばすことも可能だ。

 

まるで粘土のように変化させる。

 

それは外部から『授けられた』形で魔法力を持つことになった俺の特性。

 

生まれつき備わったモノと違う。

 

俺はこの世界で生まれてない。

 

俺は招かれた側で、与えられた側。

 

だから手に握るようにコレが使える。

 

それが俺の『技術』だ。

 

ではその技術を持って何を成すか?

 

 

 

「ギギギィ!!???」

 

 

プロペラが逆回転するストライカーユニットと競り合うエピオンのビームソード、それが少しずつ威力が減っていた。

 

 

「ユニットはマルセイユのだが!放たれるこのエーテルは俺の魔法力だ!それがどういうことか分かるか!紛い物ッ!!」

 

 

ビームソードがガリガリと削れる。

 

いや、違う。

 

エーテルの光にエネルギーが絡みつき、そしてプロペラの回転の威力によってガリガリと吸い取られていた。

 

俺の魔法力によって防護、またはそのエネルギーを上書きするように握られる。

 

そしてパチパチとビームソードが消えそうになった瞬間…!!

 

俺は一気に引き抜いた!!!

 

 

 

「ギィィィィィィ!!!????」

 

 

 

マルセイユのストライカーユニットはエピオンのビームソードが貫通して壊れる。

 

しかしそのエネルギーは俺の手元に伸び、そしてエピオンの握っていた柄はビームソードが引き抜かれて何も光らない。

 

ただの棒が握られてあるだけ。

 

 

 

「これで……ッッッ!!」

 

「!!?!!??」

 

 

 

俺は召喚したビームサーベルに、エピオンのビームソードから引きちぎったエネルギーを噛ませ合わせる。

 

するとエピオンのビームソードやサイサリスのビームサーベルの何倍も大きなエネルギーを放つビームサーベルが完成した。

 

青白い光が欧州の空を希望色に染める。

 

俺はそれを握り、怯むエピオンに向かって。

 

 

 

 

「トドメだぁぁあ!!!!!!」

 

「ギギィィアァァア!!!_____

 

 

 

呼応するようにけたたましく弾けるビームサーベルが欧州の空を。両断した。

 

 

つづく







戦闘描写で12000文字だってよ。
疲れたんだが??(白目)



【黒数強夏】
今回は本気で武装が限定された戦いだが主人公補正マシマシなので生き残ることが出来た。久方ぶりに長時間戦闘を行なって疲れた。ビームサーベル握るよりチェロス握ってたい。

【ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ】
願那夢補正もあったのか新兵ながらよく耐えた方。あと過去のお姫様抱っこに続いて異性に背負われた経験は今回が初めて。その背中は大きく、もう黒数強夏以上の男じゃないと靡かなくなったりとマルセイユの男性観は見事に破壊されてしまったらしい。

【ヨハンナ・ヴィーゼ】
今回の件で脳が完全に焼かれた。むしろ焼き焦げた。

【ヘルミーナ・レント】
脳が焼かれてる側だが、黒数の脳に伝える側になった。しかも脳波コントロールができる(嘘)


ではまた


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55話


お  ま  た  せ


とりあえず年越しでリアル落ち着いたし、今のところほかに書くものが無いので、しばしこちらの作品に力を入れます。

ではどうぞ


 

 

1940年5月2日

 

 

私の祖国カールスラント、そのベルリンの街を犠牲にしながらも、多くの民間人と軍隊を撤退させることができたのは奇跡だと、そう溢したくなるくらいに前日の撤退戦は壊滅危機があった。

 

それほどに追い込まれたのは急激なネウロイの強化によるもの。襲いかかってきたネウロイ達は前年とは比べものにならない程の戦闘力を持ってこの欧州を攻め入った。迎え打つカールスラント軍であるが、戦車の砲撃を除いて歩兵やウィッチのために用意された機関銃がネウロイの装甲を砕けれなくなったのが何よりも痛い現状、その結果としてカールスラントの代表とする街ベルリンは対抗策無く陥落した。

 

だからあらゆる国民が、祖国の兵士達が、壊れ逝くベルリンの姿に歯を食いしりながら棄てるこになった。

 

そして私、フーベルタ・フォン・ボニンもラル隊長と共にウィッチ隊JG56部隊を率いてハンブルク付近まで軍と共に撤退を開始。

 

ハンブルク付近に元々あった前哨基地を利用する形でベルリンからバラバラになりながらも運良くカールスラント軍の大体部隊と合流、のちに再編成される。

 

幸運にもウィッチ達の数はまだなんとか確保できているため武器性能さえ目を瞑れば空戦能力は維持出来ている状態である。攻撃力の足りない戦闘面に難を抱えながらも空を能動的に動ける飛行ウィッチ達の存在があるため、日夜の哨戒任務には困らない。そうして敵の先制攻撃に恐れることはまずないだろうと一息付ける状態たが、しかしこのハンブルクにもいずれネウロイはやってくるだろう。

 

まあ当然ながら、再びネウロイに襲われた場合いまの戦力でどうにかなるなど軍は微塵とも思ってもないのだが、それを口に出すのはタブーである。祖国を失う手前まで来て敗北主義の言葉は士気の低下になるから。

 

 

 

 

 

 

ただ、それでも。

 

ひとつだけ、打開策はある。

それは一人の男性に託された思いであるが。

 

これにカールスラントは……

いや、違う。

 

欧州全体は『彼の力』に頼らざるを得ない。

 

 

 

 

「やれやれ、考えることは多いな」

 

 

 

それでも歩みを止めることは許されない。

 

けれど一呼吸分の息抜きは必要だ。

 

私は軍務から遠下がるようにハンブルクにある軍事病棟までやって来た。負傷者の治療に勤しまれるその病棟の奥へと進み、私はとある病室まで辿り着く。

 

ここに最後の砦となる彼がいる。

 

そんな彼は今は眠っている……

 

 

なんて生ぬるい状態ではないか。

 

 

彼は昏睡状態にある。起きないのだ。

この二週間、眠りから醒める気配はない。

 

そうなってしまうまで、彼は強いられた。

あのベルリンの撤退戦はそう言うことだ。

 

 

私は重たく感じる扉を開ける。

 

お見舞いを兼ねて彼の病状を確かめるためようと一歩踏み入れて……

 

 

 

「ぐ、が、ぁ、が……だ、だ、ず、げ、で、ぐぇ…」

 

 

 

その部屋には首を絞められて宙ぶらりになった白衣の男が一人と、この世界で願那夢と謳われる男性ウィッチ『黒数強夏』がその男の首を締め上げていた。

 

 

……は??

 

 

 

「ま、待て!何事だ!?」

 

「フーベルタ中尉!」

 

「マルセイユ!これはどうした!!?」

 

「そ、それが…!」

 

 

まず白衣の男はあまり知らぬ顔だがカールスラントの関係者であることは分かる。

 

そしてもう一人は当然、黒数強夏であることは分かる。

 

だが先ほども言った通り二週間近く目覚めることない眠りの中でその姿はおとなしくあった。

 

しかし目に入ったのは驚く光景。病院服を纏った黒数が片腕を伸ばし、筋肉の衰えを感じさせないその手で一人の研究員の首を絞め上げていたこと。すると研究員の手からひとつの注射器がこぼれ落ちる。注射器の中身は……空だ。

 

ああ………なるほど。

 

なんとなくコレを見て察した。

 

 

 

「黒数!頼む!落ち着いてくれ!」

 

 

 

マルセイユは黒数を揺らして止めようとする。

 

そんな黒数は虚な目で研究員を締め上げ続けていた。

 

もしや、意識は覚まして無い状態で立っているのか?

 

見たところやや足元がおぼつかない。

 

 

 

「黒数、落ち着くんだ…!」

 

「……ぅっ、ぅ……ぅぅ」

 

 

私は黒数の腕を掴み、魔法力を流し込みながら揺する。すると黒数は外から注がれる魔法力に反応すると腕の力を抜いて首を絞めていた研究員を手放した。敵意の感じられない魔法力はどうやら彼に伝わったらしい。

 

なるほど。

この者が少しわかってきた。

 

そして地面に落ちた研究員は喉を押さえながら咳き込み、ヨロヨロと立ち上がると黒数に対して怯えたような目を向け、惨めに壁や戸棚に衝突しながら病室を立ち去ってしまう。

 

事態はなんとか治ったと考えるか。

 

すると黒数は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、隣にいたマルセイユは慌てて彼を受け止めた。

 

 

「フ、フーベルタ…」

 

「マルセイユ、簡潔に説明してくれ」

 

 

先ほどとは打って変わって、穏やかに寝息を立てている黒数をベッドに寝かせながらマルセイユは説明する。

 

流れとしては先ほどの研究員が空の注射器を持って昏睡状態にある黒数から血液を抜き取ろうと忍び寄っていた。

 

するとそこにマルセイユがやってきて「何やっている!?」と叫び止めたようだ。

 

それに慌てる研究員。

 

するとその声に反応した黒数は腕を伸ばして起き上がり研究員の寝首を掴み、そのまま壁に押し付けていたようだ。

 

そこに私がやってきた流れらしい。

 

 

「黒数は悪意などに敏感なんだ。だからさっきの研究員から危害を加えられると察して反応したんだと思うんだ…」

 

「なるほど。昏睡状態にありながらも彼は願那夢として反応するのか」

 

 

今一度、黒数を見る。

 

穏やかに寝息を立てている。

 

同時に深く眠りに落ちていた。

 

目覚めた訳ではないらしい。

 

 

「ぅぅ、なんてことだよ。わ、わたし、少しだけ席を外しただけなのに、まさかその隙に忍び寄っていたなんて……ぅぅ、すまねぇ、黒数……許してくれ…」

 

「そこまで項垂れなくて良いマルセイユ。これは軍の管理ミスだ。彼に用意した病室が病棟の入り口から近い位置だったのが悪い。そのためこれを機に病室を奥に移そう。それで移動が済んだらマルセイユは引き続き彼の安静を見守るんだ。命令違反による謹慎期間はまだ続いているな?」

 

「あ、ああ、まだ一週間はあるぜ。それまで黒数は私が守るさ…!今度こそな…」

 

 

何故、マルセイユに任せているのか?

 

それはベルリンの撤退戦でマルセイユは黒数の援護に向かおうと上官であるバルクホルンの命令を無視して空高く離れた。

 

感情のまま命令無視で向かったマルセイユは黒数と共闘するも実力不足故に彼の足手纏いとなってしまう。そして彼女を見捨てる選択をしなかった黒数に背負われたりと危機的状況を加速させてしまった。

 

撤退戦の終盤にとあるナイトウィッチの援護がありなんとかベルリンの空を切り抜けることはできたが、それでも不用意な援護は仲間を窮地に陥れてしまう危険があることは当然だ。そのためマルセイユは部隊長であるラルを含め上官のバルクホルンからキツ目にお叱りを受けると謹慎期間を言い渡された。

 

また同時に撤退戦でマルセイユは負傷していたため治療も兼ねての飛行禁止である。

 

主な理由はこれだろう。

 

 

さて、ここでいつもならマルセイユは反論するなど起こして上官に反発するのだが、今回の事に関してはお叱りも謹慎命令も素直に受け入れた。随分と素直なマルセイユに同じ新人同期のハルトマンも驚いていたのは記憶に強い。

 

それからマルセイユは命令通り撤退戦で負った怪我の治療を受けながら、昏睡状態にある黒数強夏の守衛を任されてハンブルクの病棟にいる。

 

それで、ラルや私は黒数の事をよく知るマルセイユなら安心だと思い任せていた…… が、しかし、病棟の浅いところで彼の身柄を置いてたため他所者の出入りを許してしまった。マルセイユが少し病院から席を離した隙にこれである。

 

やれやれ頭を抱える。

 

ただでさえ再編成後の軍拡に勤しまれてると言うのに問題を増やさないでほしいものだ。

 

後で部屋も奥に移すよう関係者に話しておくのと同時に、勝手な真似をした研究員に関しては見つけてキッチリ締め上げるとしよう。

 

何、すぐに見つかるさ。黒数がかなり強めに首を絞めてたから跡が残っているはず。

 

探すのは容易だ。

 

そう考え、私はこの場をマルセイユに任せて病室を出ることにして…

 

 

 

「なぁ、くろかず……バルクホルンの言う通りでさ、考えも無しにさ… 私は死んでもおかしくなかった戦域に飛び込んでしまった事は確かなんだよ。そんな私はあんたのお陰で今こうして生きていることが出来たんだ。だから、なぁ…頼むよ。お願いだから目を覚ましてくれよ。私なんかよりも強いお前が目を覚ましてなきゃおかしいんだよ……なぁ、たのむ、よ……」

 

 

いつものように気丈に振る舞っているよに見えて実は随分と参っているマルセイユ。

 

自分がやったことを理解しているらしい。

 

 

 

「…」

 

 

まだまだ日も浅い殻のついたヒヨッコが、経験もしたことない戦力の前に立ち塞がる。

 

今回は願那夢がいたから奇跡的に助かった。

 

だが、もし理性を持って立ち止まり、感情のまま動かない選択を取れていたら黒数はこんなことにならなかったのかもしれない。

 

されど目の前の現状は結果論であるがそれでも不用意に追い込んだのは彼女だ。

 

マルセイユはそれを考えれるくらいの脳がしっかりとある。彼女自身まだまだ未熟であるがそこまで馬鹿ではないのは私も知っている。

 

寝静まった彼の前で項垂れるマルセイユに私は何も言わず立ち去る。

 

そのまま病棟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、この感覚。

 

随分と懐かしいな。

 

たしか舞鶴でテスト飛行をした時の頃か?

 

いや、テスト飛行というより暴発?

 

あれは季節早めの打ち上げ花火。

 

両足がお釈迦になる勢いでストライカーユニットが爆発して、天井を突き破って、それで格納庫の天井に落ちたんだっけか。

 

今考えるとアレは相当酷かったな。

 

八羽中尉(ハッパさん)からも囃し立てて悪かったと相当謝られたな。

 

まあでも俺自身、章香と飛ぶためだとか、幼少期に亡くなった親の代わりに空のフライトを叶えるべくストライカーユニット越しに感じたいとか、色々と理由やら感情を募らせて舞鶴の空に憧れていた。加減を知らなかった己の自己責任でもある。

 

そんな苦々しい記憶はもう懐かしい。

 

それであの後どうしたんだっけ…か?

 

ああ、そうだ。

 

舞鶴の病院で寝かされたか。

 

 

 

それで……

たしか……

 

 

 

 

 

「わんわん!」

 

 

 

 

足元にいる、扶桑犬。

 

それは知っている存在。

 

 

「君はたしか……ああ、章香に渡した香水箱の中に折られた白鳥となって、それで奇跡を起こしたら扶桑海から何処か遠くに飛んで行ったはずだ。だから俺としては折り紙を通して宮藤芳佳から貰った奇跡は一度限りだと、そう考えていたけれど…」

 

「わん!わん!」

 

 

俺は過去に宮藤博士の手紙を渡しに宮藤家に訪れたことがあり、そのお礼として宮藤芳佳から扶桑犬の形をした折り紙を受け取ったことがある。ただその折り紙の先端には宮藤芳佳の折る際に指を切ってしまい、先端に彼女の『血』が付着していた。

 

そしてある日、俺はテスト飛行に失敗して意識のない入院中、ベッドの傍に置かれていた扶桑犬の折り紙に付着していた彼女の血が反応したのか俺の足を回復した。すると同時に俺の意識の中にこの扶桑犬が現れた。ちなみに扶桑犬なのは宮藤芳佳の使い魔が扶桑犬だからだ。俺はそう捉えている。

 

そしてこの奇跡(まほう)は一度きりじゃない。

 

第十二航空隊所属中の夜間飛行、ウラルでバンシィに叩き落とされてしまい、現世に回帰してしまった俺だがストライクウィッチーズの世界に足を踏み入れた記憶を忘却した。まるでエクバのように撃墜ペナルティーとして支払われたコストのようにだ。あの世界で空から落ちた俺は二度目を許されなかった。

 

しかしこの扶桑犬は俺の傍にいた。まるで空に繋げる橋渡し。だから意識を、この魂を、願い願われた者として元の空に導いた。

 

だから俺はこの扶桑犬の折り紙が魔法(きせき)を起こしてくれる魔法なんだと知り、扶桑犬に折られた紙を一度開いて『白鳥』に折り変えるとお守り代わりとなる香水箱に入れて章香に渡した。そしてそれは再び奇跡にした。

 

扶桑海事変、魔女の可能性を守るために自軍の戦艦に立ちはだかり、砲撃を受け止め、そして砕けゆく彼女の空は香水箱から飛び出した白鳥によって護られ、そして、その奇跡(まほう)は願われるべくして彼女の約束を果たそうと俺その隣に運ばれた。

 

これが宮藤芳佳から貰い受けた折り紙。

その血に救われた幾つかの魔法と奇跡。

 

 

「そして奇跡の魔法を起こした『白鳥』は遠くに飛んでいった筈だ。だからもう俺の中にこの奇跡は無いと思っていた。だがまだこうして刻まれていたとは思わなかったよ」

 

「わおん」

 

「そうだな。これは俺が願った形。扶桑犬の君は宮藤芳佳の魔法の形。ならそこに馳せた想いや願いはまだ"軌跡"として踏み残るのだろう」

 

「わん!」

 

「だからそのまま俺の中で見守ってたのか?ありがとうな」

 

 

頭を撫でる。

 

ふさふさの毛皮。

 

ただほんのりとしっとりとしている。

 

手のひらに触れる、水滴。

 

思い出す。宮藤家に泊まった夜、風呂上がりに部屋までやって来た芳佳からお父さんの話を聞かせてとせがまれて、それで濡れた紙をタオルで拭いて、髪を梳かしてあげて、この手のひらでまだ幼い頭に触れながら彼女が寝落ちするまで話してあげた日。

 

後の主人公となる彼女とさりげない出会いだったが、欧州から届く父の話に目を輝かせる手のひらの幼子は、それは孤児院で暮らしていた時に足元に寄りついて来た年下の子供達を思い出した。可愛かったな。

 

 

「わおん!」

 

「よしよし。君も可愛らしいぞ」

 

 

扶桑犬を通して過去の記憶を懐かしみながら周りを見渡す。やはりこの精神世界の中に俺はいるらしい。まあ俺はニュータイプ。それにこの程度ガンダムなら良くあることだから特に驚きもしない。それでも「やはりオカルト極まっているなぁ」と再確認しながら立ち上がる。

 

 

「誰かが外から魔法力を流してくれたお陰でちゃんと目は覚ませたが、外の肉体はまだ消耗を引きずって醒めないらしいな。さて、どうにかならないかねぇ」

 

「わん?」

 

「別に肉体が目覚めるまでまた眠りついても良いけど今は君がいるし、しばらく話し相手にでもなってもらうか。なんなら今からお手とお座りでも覚える?」

 

「わん!わおん、わふっ!」

 

「いや、既にできるかーい!あー、もう、やることなくなったらじゃないか。やれられ。このまま不貞寝するしかないぞ」

 

 

愚痴の相手にはなってくれるが随分と仕込みがいのない扶桑犬だ。ブリタニアにいるビショップ姉妹もそうだったけど教える隙もないほど賢すぎるのはやはり困りモノだ。

 

 

 

「ワン!ワン!ワン!」

 

「?」

 

 

すると扶桑犬は興奮したように吠える。

 

そして俺を置いて奥に走って行った。

 

 

「お、おい!?」

 

 

「わおーーーん!!」

 

 

 

何もない精神世界だからこそ遠吠えに近い扶桑犬の声は響き渡る。

 

それは魔法によって作られた精神体だからこそ奥に進むごとに光となって行く。

 

そしてその光はこの精神世界を埋め尽くすように広がり。輝き。俺すらを埋め尽くす。

 

 

「!」

 

 

あまりにも眩しく、目を開けれない。

 

光によって体すら押される感覚。

 

腕で視界を守り、ほんの少し奥を見る。

 

そして…

 

白鳥のような美しい白い羽が光に舞った。

 

 

 

 

 

 

____願われた貴方だから、起きて。

 

 

 

 

 

 

落ち着いた女性の声が響く。

 

それは聞いたことがある。

 

この世界に来る前に何度も経験ある。

 

画面越しに、聞き。

画面越しに、見た。

 

だからその者の行方を俺は知っている。

 

それは『白鳥』のような女性であることを。

 

 

 

 

「これは英雄達(パイロット)の声っ!!まだ俺の中に終わってなかったと言うのか!?」

 

 

 

この世界に来たばかりの頃、それは幻聴のようにあらゆる英雄達の、モビルスーツに乗り込んだパイロット達の声が聞こえていた。

 

有名なセリフの数々が俺を後押しした。

そしてこの世界で俺を願那夢にした。

 

そしてネウロイが現れます舞鶴の空、章香との約束を果たそうと再び飛んだ時、声を届かせるガンダムの英雄達はエールを送るように俺の背中を押して、そして俺の中から消え去った。

 

俺がこの世界の英雄とならんから。

彼らに並んだから。

 

だから後ろから英雄達の声は聞こえることは無くなる。そう思った。

 

 

けれど、数年前のあの頃と同じか。

 

 

俺は一度のみ。

このひとつの奇跡のみ。

 

声を聞くことが許されたらしい。

 

___この声の正体はララァ・スン。

 

ニュータイプと『白鳥』を意味する女性。

 

それが俺の___意識を起こそうとする。

 

 

 

「っ、ああ!わかっている!これは俺の記憶!都合の良い記憶の中で生まれた声!本来は実在はしない!ああっ、でも…!でも!!俺が画面越しに認識した存在だと言うのならっ!」

 

 

 

俺は手を伸ばして、そこに意識を届かせる。

 

眩くて、痛くて、眼を開けられない。

 

でも覗き込む、この奇跡の魔法に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして____魂は、外に導かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の病棟は雰囲気がある。

 

静かだ。

 

まあそれもそうだ。

 

彼を奥の部屋に移したから。

 

だから……起きないソレはとても静かだ。

 

 

 

「…」

 

 

 

ジッとしてるのは嫌いだ。

 

動いてたいのが私の性格。

 

しかしまだ怪我が完治してないから激しい運動は無理だ。だがこうして薬品の香りに包まれた部屋で何もしないのは辛く思うだろうな……前までの、私なら。

 

 

「…」

 

 

今の私は彼を……黒数強夏を見守る。

 

見守るだけ。

それが今何もできない私の役割。

 

別に苦痛とは思わないさ。

私はそれほどに落ち着いている。

 

むしろ一番の苦痛に感じるのは、彼だ。

こんなにボロボロになって…

 

ああ、それもそうだ。

 

ベルリンの空で飛べなくなった私を見捨てず、私を背負って彼はネウロイと戦った。

 

もしあの場面でナイトウィッチのレント大尉の援護が無ければ私達は死んでいたのかもしれない。想像にたやすい。だから私は憧れた彼を殺しそうになったのかもしれないと、今でも心中で自罰し続ける。悔いる。あまりの自分の代わりようにハルトマンも心配していた。私も驚いてる。これほどに後悔と己の愚かさを許せなくなったのは。

 

そして私は生きている。

 

眠る彼に変わって、私が生きている。

 

 

 

「ぁぁ、もうっ!私は本当に……ッ!」

 

 

 

苛立ちは加速する。

 

つい半刻前、彼はとある研究員に血を抜かれそうになっていた。

 

恐らく彼の強い遺伝子を欲したのだろう。

 

その研究員は私が少し席を外した隙を見て侵入した。そして私は血を抜かれる手前で病室に戻って来れた。

 

だがその瞬間を見た私は心臓が恐ろしほどに鳴っていた。

 

私は「何をやってる!」と叫んで止めたが同時に体の震えが止まらなかった。

 

 

__ また…!また私が…!!

__彼を危険な目に合わせてしまう!!

 

 

カールスラント軍人として厳しい訓練をこなして来たからこそ鍛えられた精神力が震える体を支えてくれたが、軍人であるとを忘れて狂乱しそうになる心情は実のところギリギリだった。

 

でもフーベルタが来てくれて助かった。

 

私一人では足が動いたかもわからないから。

 

そして病室を奥に移して、彼はまだ眠る。

 

ここは三階で外が見える。

 

そう容易く人は入って来れない

 

謹慎期間中とはいえ四六時中この病室に居ろとは言われていない。戻るべき基地はある。

 

でも私はポツンと一つだけ用意された椅子から立ち上がることなく布の上で眠る彼の横顔を眺めているだけ。息はある。しかし浅い呼吸。ひたすら深く眠る。

 

目覚める気配もない。

 

それほどに、黒数は願那夢を全うした。

 

そして同時に思う。

 

もしあんな人型ネウロイがまた現れたら私は彼の代わりに立ち向かえるか?

 

 

ああ、無理だ。

不可能だ。

黒数以外、あの空は無理だ。

 

支給される機関銃が今よりもまともならまだ考えれるが、しかし現状何も対抗手段を持ち合わせてない欧州が何かできるわけもない。

 

それとも扶桑のウィッチなら刀を振るって戦えたか?極東の人間達は銃も使い、必要なら刀も扱う。あの者達は遠近共に屈強であることは有名だから。それなら私も彼と同じ扶桑人として生まれたかった。自分の弱さを思わず笑う。

 

 

「独りよがりとは、このことなんだな…」

 

 

私はこれまで好き勝手を繰り返し、軍規違反を何度も犯し続けながら『ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ』って私自身を作ってきた。

 

それでいて同時に空の私は強かった。

自分の強さを信じていた。

 

でも、二週間前の撤退戦はどうだ?

 

今の私はただ守られただけで、足手纏いになってしまって、悔いている。

 

この謹慎期間もラル隊長が気を利かせてくれた結果、私に彼の身柄を守衛させようと側に置いてくれた。甘さが体を締め付ける。何より半刻前の失態に対して自分の愚かさを何度も殴りたくなる。許せない。弱すぎた自分が許せない。

 

 

 

「こんな私が……ウィッチであるなんて……」

 

 

 

嫌な考えは、繰り返すほど負が大きくなる。

 

怪我した体は私の心を弱らせるに充分らしい。

 

コレまで感じたことのない影が私の魂にも蝕もうとする。

 

ああ……私ってこんなに弱かったんだ。

 

自分よりも強い誰かがいなければハンナ・ユスティーナ・マルセイユなんて大したウィッチでもなんでも無いんだ。

 

 

なら……この彗星に憧れるする烏滸がましい。

 

 

こんな私は彼の隣に立つ資格がない。

 

彗星が走る夜空を見上げて想い馳せる意味すら抱けない。私は折れ切った。

 

 

 

私は…

私って……

 

 

 

 

 

そして____目の前が眩しく光った。

 

 

 

「!!?」

 

 

 

外からだ。

 

窓の外は眩しく光る。

 

 

 

「もしや誰か来たのか!?くっ!懲りずによくもまた!!」

 

 

 

落ち込む己を奮起して椅子を立ち上がる。

 

いつでも黒数を守れるように身構えた。

 

同時に息を飲む。

夜すら照らす、異常なほど眩しい光。

 

もしやこれは閃光弾なのか?

 

いや、それにしては光源に持続性がありすぎるから閃光弾にしてはおかしい。

 

 

 

もしかしたらネウロイか!!?

 

 

 

全身に魔法力を駆け巡らせる。

 

いつでも固有魔法を発動できるよう迫り来る光に対して意識する。

 

 

 

そして………

 

光の中から『白鳥』が現れた。

 

 

 

「なっ、なっ…!?」

 

 

 

その白鳥はあまりにも美しい。

 

するとその白鳥は私を見る。

 

そして次に眠る黒数を見た。

 

敵意はない。

 

それでも……伝わるプレッシャーは身体を容易に震わせる。

 

するとその白鳥は翼を大きくはためかせ、綺麗な羽が舞い散り、同時に病室は光に染まる。

 

私は眼を開けられずにいた。

 

同時に体が仰け反る。

 

この体を押し除けるような圧力。

 

何もできない。

 

また、何も……できない?

 

 

 

 

……ッッ!ふざけるなよッ!!!

 

 

 

 

「黒数にっ…!手を出すなァァ…!!」

 

 

 

振り絞るような喉から声を出す。

 

 

それでも眩い光がこの声をかき消す。

 

重たい。

光によって体が焼き焦げる感覚。

 

私はこの重圧感に膝をついてしまった。

なんてプレッシャーだ。

 

憎悪も悪意も感じないのに、ただ、ただ、魂を押し退かせるような重さが全身に襲いかかる。

 

 

 

 

 

____起きて、この世に願われた英雄。

 

 

 

 

耳に響く、女性の声。

 

光とプレッシャーによって意識を刈り取られそうな私は意識を繋ぎ止める。

 

すると眩い光は収まった。

 

 

 

「ぅ、ぅ?」

 

 

もうプレッシャーは感じ取れない。

 

私は椅子を支えに立ち上がる。

 

 

すると白鳥は小さな小さな光の粒になり。

 

黒数に浸透した。

 

 

「!?」

 

 

先ほどの騒がしさが嘘のように病室は静か。

 

私が一人、崩れていただけ。

 

 

 

「な、何が、起きて…」

 

 

 

もう、訳がわからない。

 

ネウロイじゃないのは確かだ。

 

だが同時に異常なナニカだ。

 

それが黒数に反応していた。

 

ダメだ、情報量が多すぎる。

 

と、とりあえず、私は報告を……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぅ、この魔法力……マルセイユなのか…?」

 

 

 

「!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞きたかった、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 






宮藤芳佳の魔法強すぎぃ!!!

奇跡を起こし過ぎてもう顔中が魔法塗れ。
あぁ〜^、たまらないぜ〜^

まあ、ね?この世界に願われた黒数強夏ってのがもう願いを叶えるような願い星こと彗星なので魔法のようなご都合主義にも愛されていることよ。そしてストライクウィッチーズってそういうこと。奇跡はなんぼあっても良いですからねぇ。その分敵さん強すぎるけど。これでバランス調整とかバカじゃねぇの?やっぱネウロイってクソっすね。


【黒数強夏】
ベルリン撤退戦から二週間近く昏睡状態にある。莫大な魔法力の枯渇から回復するのに時間はかかるけど宮藤芳佳ブーストがあったので実はブレイブウィッチーズの雁淵孝美の20倍以上の速さで回復していた。やっぱりコイツ頭おかしいわ。とりあえず栄養補給にチェロス食べたい。

【フーベルタ・フォン・ボニン】
ベルリン撤退戦後も休む暇もなく軍の再編成に勤しまれている。黒数の件で随分と落ち込んでしまったマルセイユに内心驚くも、だが同時にそんな彼女と同じくらい黒数の目覚めを待っている。しかしそれは戦力的な意味でか。また精神的な意味でか。それはどちらもだろう。

【ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ】
ラルの計らいにより謹慎期間を設けて黒数の守衛を任される。それでも不出来な数々故にすっかりと自信を砕かれてしまい、自身の愚かさに強い嫌悪感を抱きながら贖罪を心の中で溢しているところを更に正体不明な白鳥からプレッシャーを受けて追い討ちをかけられたりと正直かわいそうな気はする。



ではまた


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