リコリス・リコイル 平和を守る物語 (クウト)
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第一話

勢いで、書いちゃった。
百合の間に挟まる大罪を犯してしまったぜ。


疲れた身体を引きずるように帰宅。

深夜に電話で叩き起こされ、強制的に押し付けられた仕事を片付けた後、なんとか朝日が登る時間には家に帰って来れた。

 

「疲れた……。まったく、あの人もいきなり無理を言い出すんだから困るな。あー、本当に困るしんどい疲れた眠い……」

 

数時間ぶりの我が家に安心感を抱きつつ、ソファに荷物を投げ捨てキッチンへと向かう。

疲れのあまりボーッとする頭を起こせるくらいに濃いコーヒーを用意しながら、ふと自分の臭いを嗅いでみる。

 

「臭うな……。あれだけ暴れてバカスカ撃ちやがったら仕方ないか。先にシャワーだな」

 

自分の匂いが気になると、先にシャワーを浴びたくなってきた。冷めるのは少し勿体無いと思いつつも、淹れたコーヒーを一口だけ飲む。

 

「苦っ!けどうま……」

 

コーヒーの苦さで少し気分が良くなり脱衣所に移動。風呂に入る準備をしながらこれからの優先順位を考えてみた。

シャワーを浴びて、洗濯をして、少しでも何か食べたいな。そんで、早朝のニュースでも見ながら洗濯が終わるのを待って干してから……。

あぁ、道具も片付けないと……。くっそ。

 

「四時間は寝れるか」

 

今日も夜まで仕事と考えた時、少し憂鬱な気分。

先生に連絡したら休ませてくれないだろうか?いや、休憩中にでも賑やかなやつが乗り込んできそうだ。キチンと出勤しないと逆に疲れるな。

 

「あー。スッキ……嫌な、予感。スッキリしたかったなぁ」

 

熱いシャワーを浴びている時、脱衣所に置いたスマホが鳴っているのに気がついた。

無視しようかと思ったが、後の面倒さを考えた時逃げることはできなかった。身体が濡れたままで、ため息をつきながらも手に取ったスマホには『ミカ先生』の文字。

 

「……もしもし」

 

『修哉、すまないがすぐ出れるか?』

 

「えぇ……。ねぇ先生知ってる?俺って今帰ったばっかりだよ?まだシャワーを浴びた所だし、飯も食べたいし、何より寝たい」

 

『そうも言ってられん。トラブルだ』

 

うっそだろオイ。

これからの俺の予定すべてが吹っ飛んだ瞬間だった。

 

「クッソぉぉ。何が治安維持八年連続一位の日本だよ。全然平和じゃねぇよくそぉ」

 

『とにかく、早く出てくれ。終わったら店で休んでいいぞ』

 

……店でなのね。

こうなれば断る事なんてできない。

 

「はぁ、美味い飯もお願い」

 

せめてもの抵抗というかご飯も要求。

この人なら引き受けてくれるから、つい甘えてしまうな。

 

『任せておけ。場所はすぐに送る。じゃあ頼んだぞ』

 

「すぐ行くよ」

 

今日は厄日だな。

急いで着替え、ソファに放り投げた荷物を掴み部屋を飛び出て、階段を駆け降りるのも面倒に思いマンションの廊下から下に飛び降りる。四階から飛び降り、三階、二階と塀に掴まりながら地上におりて、バイクに飛び乗り現場へと向かう。

早朝ということもあり、まだ道に車は少ない。先生から送られてきた現場を確認したが、ここから現場まで飛ばせば、それほど時間はかからないだろう。

 

「ご近所さんごめんなさい!!」

 

バイクの騒音を響かせながら現場に向かった。

 

 

 

エンジン音で気付かれないように現場から少し離れた所にバイクを停めて走り出すと同時に、まるで見ていたかのようなタイミングで連絡が入る。まぁ見られてるんだけど。

空に浮かぶドローンを見ながら通信に出る。

 

「先生、状況は?」

 

『リコリスが一人、人質になっている。千束と合流後、突入して救出だ』

 

「敵は?片付けていいの?」

 

『いや、武器商人は捕らえたい』

 

「はいよ。適当に偉そうなのを死なない程度に捕らえるよ。……あー。どうせ聞いてるだろうし一言だけ言っとくけど、楠木さん人使い荒すぎだからね?」

 

ビルの階段を駆け上がりながら、深夜から人使いが荒い人に文句を言う。

通信の向こう側で表情一つ変えない人を恨みながらだと、いつもより速く動けてる気がした。

 

「到着」

 

中の状況を隠れながら一瞬確認。

見えた範囲では銃を構えてるのが五人。真ん中の男がセカンドリコリスを人質にしていて、敵の死者は四人か。

 

「先生。千束はまだ?」

 

『一応すぐそこまで来ているが……間に合いそうにないか?』

 

「うーん。武器商人のおっさんブチギレ状態だからね。この瞬間に撃たれてもおかしくない」

 

『そうか。少し待て千束を急がせる』

 

先生がそう言っているが、武器商人はさらにヒートアップしたのか声がだんだん大きく、言葉も荒くなっていく。

 

「いや、待てないでしょこれ。……楠木さーん。正直言って、この程度でセカンド失うのは勿体無くない?許可くれたら突入するけど?」

 

先生に繋がっている通信で呼びかけてみる。

どうせDAは、俺らの通信を把握してるだろうなぁと適当に思っているだけなのだが……。

 

『失敗は許さんぞ』

 

『行けるのか修哉』

 

帰ってきた声は楠木さんと先生のものだ。

ほらね、やっぱり聞いてた。ずっとドローン飛んでるし、今ここに本人が注目してるのはわかってる。

 

「人質になっても一応セカンドだし、こっちに気を引きつけてる間に逃げるでしょ。それで死んだらまぁうん。ね?」

 

『改めて言うが、武器商人は殺すな』

 

「殺したら怒られるからしないよ」

 

『なら行け』

 

「はいよ楠木さん。あ、ミカ先生、千束が来たら合わせるように言って」

 

『わかった』

 

フラッシュ・バンは深夜の任務で使い切っちゃったもんなぁ。あったら便利だったけど……。

そんなことを思いながら深呼吸を一回。手袋をギュッと着け銃を握る。

そして非常口を蹴り飛ばし突入。

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

お邪魔しますってなんだよ。

寝てないせいの深夜テンション怖いわぁ。

 

「な、なんだぁ!?」

 

驚いた武器商人が大声を出すが、その腕に向けて発砲。命中した弾のおかげで、武器商人が武器を落とすのを確認。

そして状況を理解できなくても訓練されたセカンドリコリスが反射的に立ち上がり距離を取ろうとして、それを見た俺は標的確保のために武器商人の元へと向かう。周りの敵は任せたぞ元人質リコリスさん。

……ん?おかしい、変なのが見えた。

 

「は?」

 

戸惑いながらも身体は勝手に動き出す。

その視界の端には機関銃を構えようとする黒髪のセカンドリコリスがいた。

 

「ちょちょちょ!!あいつ馬鹿だろ!」

 

「へ?わっ!?」

 

逃げようとしたセカンドリコリスを捕まえ無理矢理引き寄せ抱えて走る。まずいまずいまずい!!

なりふり構わなく走り、敵の銃弾が掠るが気にしない。直撃さえしなければいいのだ。

俺は窓に向かって銃を撃ち窓ガラスを破壊。

特別製の手袋つけててよかったと思いながらセカンドさんと一緒に六階から飛び降りる。

 

「なんだあの黒髪ぃ!!!」

 

「きゃぁぁああ!」

 

窓枠を掴む為に身体を捻り窓枠を掴み勢いを殺す。二人分の体重で腕が軋むが、窓枠を掴んだ手は痛くない!手袋ありがとう!!

あとは五階!五階の窓破れてください!!死んじゃいます!!

過去一で最悪なアクロバットをしながら一瞬もといた六階へと目を向ける。視界には完全に機銃を構えた黒髪と唖然とこちらをみる武器商人たち。そして機銃からの轟音。

 

「うぉっほほほーって、うわぁああ!シュウが出てきたぁ!?」

 

なんか喧しい声が聞こえてきた気がする。

轟音と喧しい声。それを聞きながらの俺の願いは叶ったようで五階へと移動できた。

 

「うぉおお!すっごぉい!映画みたいな事してる!!」

 

死ぬかと思ったぁあ!!!

てかうるせぇ!何キャイキャイしとんじゃ千束ぉ!!

 

「いってえぇ……」

 

「ちょいちょい!シュウぅ!?大丈夫!?」

 

俺たちが居る五階へ千束が入ってきた。

 

「大丈夫に見えるか?てか千束?お前大笑いしてたな?」

 

「いやいや、仕方ないでしょあれは」

 

……まぁ、俺もアレを見たら興奮するかもしれない。

 

「あら、この子気絶してるね」

 

俺がなんとか救えたセカンドさん。

無理しすぎたせいで足とか手を少し切っているみたいだが、命に別状は無さそうだ。こいつも厄日だったな。人質から六階飛び降り、機銃掃射ときたら……気絶も仕方ないかな。

 

「短時間にストレスかけすぎたんじゃね?窓ガラスで多少切ってるが、命を救ったと言うことで勘弁してくれよな」

 

「よく無事だったねぇ。機銃が見えた時、流石に死んだかもなぁって思ったもん。あ、ほらこっち向いて、ほっぺた切ってるよ」

 

多少ふらつきながらも立ち上がり身体の確認していると、千束が頬の応急処置をしてくれる。治療を受けながら身体を確認したがどこも折れて無さそうだし、無理した腕も無事。夏だったら切り傷でズタボロだったかもしれんな。まだ長袖の時期でよかった。

 

「ありがとう千束。……はぁ、ほんとなんだあのバカ。ったく、今日は本当に厄日だ」

 

「いやぁ、ズダダダダ!って凄かったよ!」

 

「お陰で死にかけたわ!!」

 

『修哉無事か?』

 

千束の相手をしていると先生から通信が入った。

千束には助けたリコリスの手当てを任せて先生に答える。

 

「なんとか。リコリスは無事だよ」

 

『そうか。あまり無茶はするな』

 

「それはあのバカリコリスに言ってほしい。それよりごめん。武器商人は死んだと思う」

 

『大丈夫だ、楠木には俺から言っておく。気にしないでいい』

 

「そっか、ありがとうミカ先生」

 

いやぁ、この失敗でどんな無理難題をふっかけられるかと震えてた所だ。ミカ先生のおかげでそれはなんとか回避できそうである。

 

『それより状況終了だ。リコリスの回収はさっきの奴らに任せていい。千束と急いでその場から離れろ』

 

「了解」

 

「はーい先生。シュウ、歩ける?」

 

「歩けるよ」

 

千束と一緒にビルの下へと向かう。

ビルの下に着いた時、そこの光景を見た千束が絶望の声を上げた。

 

「うわぁあああ!なんでぇ!?」

 

「……真下に止めてたのか」

 

千束のバイクが六階の窓枠に潰されていた。

俺がぶち破ったやつだ。すまない。

でも真下まで気は向けられんよ。

 

「私の愛車がぁ……」

 

「すまん。帰りは乗せてやるから許せ」

 

「しばらく私の足になってもらうからね!?」

 

「はいはい。ほら、早く行くぞ」

 

面倒ではあるが仕方ない。

俺の家と千束の家は少し離れているとはいえ、この程度なら手間ではない。DAに後処理を任せて俺と千束は喫茶リコリコへと向かう。

これが俺たちのちょっと物騒な日常。

日本の治安を守る為に暗躍する組織。いつ死ぬかもわからない様な世界ではあるが平和の為。

普通に暮らせる幸せの為なら……やりがい……あると思いたいなぁ。

それより、腹減ったなぁ。



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第二話

今日は早いところでは最新話かぁ。
不穏な空気で不安だけど結果幸せになってくれ本当に。


少し煩い目覚ましの音で起きる。

時刻は早朝の五時。まだ少し肌寒いなと思いながら運動用の服装に着替えて軽く準備運動。うーん。今日は三十分程走るかな。

 

「ふわぁ〜。よく寝た後の朝は空気がうまい」

 

折り返し地点の公園までそれなりのペースで走り出す。朝のお散歩をしている爺さんや、俺のようにランニングをしている人と軽く挨拶をしながらペースを上げていく。よく会う人から相変わらずの速さで驚かれるがこれも慣れたものだ。

ランニングを終えて、特に何事もなく帰宅。

 

「さて、と。六時半までにご飯作るとして、軽く汗を流しておこう」

 

サッとシャワーを浴びて朝ごはんの用意。

簡単にスクランブルエッグに、昨日のご飯の残りのサラダ。あとハムを用意してトーストを焼く。

コーヒーの準備をしたあと、俺は自分の寝室へと向かう。

 

「おい、千束。朝だぞ?起きろ」

 

ここ数日、俺のベッドを占領して寝ている千束の肩を揺すりながら声をかける。こいつのおかげで俺はここ最近、ソファで寝ることになっていた。

というか、こんなにぐっすり寝てます感を出されると腹立つな。

 

「うーん。あと十六分」

 

「微妙すぎる時間を言うな。起きてるだろ」

 

「えぇ〜起きてるけどー。もちっと寝たいです」

 

「じゃあ寝てていいけど、朝飯抜きな」

 

「それはダメでしょ!?」

 

俺の脅し?に千束は布団を蹴り飛ばしながら飛び起きた。やっぱお前、ちょっと前から起きてるだろ?腹立つな。

 

「ごはんなにー?」

 

「トーストに好きな具材詰め込んでいいサンドイッチ」

 

「いいねぇ。楽しそうで美味しそうじゃん」

 

「調子に乗ってバカほど食うなよ?」

 

「わーかってるってー」

 

美味しいコーヒー飲みたいなぁ!なんて楽しそうに言いながらリビングに向かう千束を睨む。

……ふぅ。

 

「おいバカ。下着で歩き回るな服着ろ」

 

「えぇ?……あ」

 

沈黙。

気まずい雰囲気が寝室を支配する。

 

「み、みるなぁ!」

 

「はぁ……。着替えてから来いよ」

 

俺はすごい速さでベッドに潜り込んだ千束を置き去りにして、朝飯を食べることにした。

はぁ、未だにこんな時どうしてやればいいかわからんな。千束と出会ってもう十年が経つ。お互いに距離が近い異性だし、仕事をする上で危ない橋を渡ることもある。正直に言って俺たちの信頼関係ってのは親友?というか恋人?というか家族?まぁそれ以上のものなのだろうとお互いに漠然と思っているのだ。だからこんな珍事もよくある事。

 

「だから気になら……ないわけねぇよなぁ」

 

ため息一つ。

千束の下着姿を見てから、少し落ち着きのない心臓を気にしないように誤魔化しながらコーヒーを飲んだ。ったく、こっちも健全な男だって事わかってるのかねあいつは。

 

「うま」

 

飯を食って千束が出てくるのを待ちながら、この間の事を思い出す。

それはこの間、リコリコで働いているときに先生に言われた事だ。

 

 

 

お店のピークも落ち着き、俺はお茶を飲みながらカウンターでゆっくりとしていた。

千束は配達。ミズキさんは休憩中。俺とミカ先生は二人でちょっとしたティータイムをしている時に、急に先生が近いうちに新人が来ると話しだした。

 

「え?新人?」

 

「そうだ。DAからうちに転属してくる」

 

「え?この時期に転属って……もしかして」

 

「この間の機銃掃射の子だ」

 

頭を抱えた。

あーくそう。この程度は当たり前だろ?これで許してやるから大人しく受け入れろみたいな顔をした楠木さんの顔がよぎった。武器商人確保の失敗は先生のおかげでお咎めなし。だがあれだ。これは絶対に押し付けだ。

 

「ぜっっったい何かあったじゃん。DAにとって都合の悪いこと絶対あったでしょ?あの時って、なんか通信にノイズ走ったよね?絶対に何かあって真実を隠すための尻尾切りでしょこれ」

 

「詳しいことは言えんが、現場指揮官が扱いきれんとさ」

 

「うへぇ」

 

あの時、チラッとだけ見えたけど現場指揮官ってのはたぶんフキだったろ。自分のチームぐらいしっかりと制御し……てほしいが、うちも千束が居るからあまり強く言えんか。

 

「一応俺、あれに殺されかけてるんだけど」

 

「決まった事だ。文句言っても変わることはないぞ。それに結果はリコリス含め無事だ」

 

「そうは言ってもなぁ。……まぁ千束は喜ぶだろうし、いいんじゃない?」

 

「フッ。相変わらず千束中心の考えか?」

 

「中心ってわけじゃないけど、まぁあいつは恩人でもあるからそれなりにね。あとは、機銃の子も気になる」

 

今だからこそ思うんだが、あの時の行動はぶっ飛んでいるが、あの子はしっかりと現場が見えていたと思う。

機銃掃射の行動は俺の突入とほぼ変わらないタイミング。だけど俺の進行方向の邪魔はしなかったし、もし俺が居なくてもセカンドさんが倒れているなら、機銃掃射でもあのセカンドさんは射線にギリギリ入らなかったと思う。

だがしかし司令を無視したのは事実だし、危険行為でもあるから、そこを突かれて尻尾切りとして使われたのだろうか?可哀想に、同情はしよう。

 

「なんだ、タイプか?千束が妬くぞ?」

 

先生が少し楽しそうな顔で言ってくる。

まぁチラッと見た顔は可愛かったな。

 

「可愛い子だったと思うよ?でも機銃掃射は脳筋すぎて文句言いたいってのが一番」

 

「可愛いか……相変わらずよく見えているな。まぁそう怒らずに仲良くやってくれ」

 

「コーヒーくれたらいいよ」

 

「はは。お任せあれだ」

 

先生に言ったわがまま。

淹れてもらったコーヒーはやっぱり美味しく、それを飲んだからには黒髪さんと仲良くぐらいやろうではないか。

 

 

 

なんてことがあったなぁ。

 

「おはよ」

 

少し顔が赤い千束がリビングに入ってきた。

今度はしっかりとリコリスの制服に着替えているようだ。

 

「おはよ。コーヒー冷めるぞ」

 

「えぇ〜。こっちあげるから淹れなおして」

 

千束のマグカップを無理矢理俺の方に置いて新しいのを要求。さっきの事に対して、せめてものやり返しだろうか?

 

「わがままだなぁ」

 

「これでさっきのチャラにしてあげるよ」

 

「はいはい」

 

なんだろ多少は納得してやろうと思ったが、押し売られた上に理不尽をぶつけられた気がしてくるのだが?まぁ大人しく聞くことにしよう。

席についた千束のためにコーヒーを淹れなおす。

 

「あんまりゆっくりできる時間はないからな?」

 

「わーかってるー。あ、卵美味しい」

 

「そりゃよかった。ほら、さっさと食べちゃえ」

 

「あ、マヨネーズとってぇ」

 

「ん」

 

「ありがと」

 

楽しそうにサンドイッチを作っていく千束。

俺はもう食べ終わる。ヨーグルトを流し込み食事終了だ。

 

「ごちそうさま。洗濯物干してくるから、皿は流しにつけててくれよ」

 

「はいはーい」

 

一応機嫌はなおしてくれたみたいだ。

ずっと臍を曲げられるのも困るし、よかったとしよう。洗濯物も干し終わり、食事が終わってコーヒーを楽しんでいる千束に気になったことを聞くために声をかける。

 

「千束。新しいバイク買わないの?いつまでもここに居座られても困るんだけど」

 

「へ?とっくに買ったよ?」

 

「え?……は?」

 

「ん?あ!買ってないよ!」

 

「お前、今日から自分の家に帰れよ?」

 

「えぇー!まだしばらく黙ってるつもりだったのにぃ!」

 

こいつ!わざと黙ってやがったな!?

 

「じゃあじゃあ、せめて掃除手伝って」

 

「数日こっちにいたぐらいじゃ酷い状態にはなってない。自分でやれ」

 

「うへぇ〜。ケチかよ」

 

んだとコイツ。

思えば千束が家に泊まりだしてからというもの俺は毎日コイツのご飯を作り、コイツが散らかしたゴミを捨てたり、箱に入れ違いになったBlu-rayを整理したりと仕事が多い。家事分担というものを知らんのかコイツ。

ついイラッとしてしまった俺は、自分の荷物を掴んで家を出る準備を始めた。

 

「え、え?もう出るの?私まだ準備終わってないんだけど!」

 

「新しいバイクの乗り心地を楽しめ」

 

「いやいやいやいや!ここから私の家まで少し距離あるから!あ、ちょっシュウ!ちょいちょいちょい!玄関行くなぁ!あだっ!小指がぁ!」

 

バタバタと急ぎ出す千束を放って玄関を出る。

今日は普通にエレベーターを使って下に降りバイクを用意。

 

「あ、ちょっ!もうバイクに乗ってるじゃん!すぐ降りるから待ってて!」

 

上から駐輪場をみて叫ぶ千束。

はいはい待ちますって。というかまだ早い時間だからね?近所迷惑だからね?

今日こそは千束を家に帰らせる決意をしつつ千束を待つ。バタバタと階段を降りてくる千束は走りながらヘルメットをつけている。

ちゃんと持ってきてるようでよかった。忘れてきてるとまた叫びながら蜻蛉返りするところだ。

相棒にエンジンをかけてすぐ、千束がバイクの後ろに乗り込む。

 

「おっまたせ!出ていいよ」

 

「しっかり掴まれよ」

 

「はいはーい。ぎゅぅぅ」

 

「ぐぇっ!絞まる絞まってる!」

 

「置いていくからだバカ」

 

腹をぐっと強く絞められた。

バタバタとしたがほぼ時間通りに家を出れた。

さてと、今日もしっかり平和のために働きましょう。今日は新人もやってくるしな。

 

 

 

飛ばせと言う千束を無視して、安全運転を心がけながら喫茶リコリコへと到着。

 

「おはようございます」

 

「おっはよー!看板娘の千束が来ましたよー」

 

店に入ると仕込みを始めているミカ先生と、机を拭いて開店準備を進めるミズキさんがいた。

俺も準備しないとな。

 

「おはよう千束、修哉」

 

「まーた今日も仲良く二人で出勤か!ガキがイチャイチャしやがって!あ、おはようございますぅーチッ!」

 

落ち着いた先生の声と、逆に朝からうるさいミズキさん。てか挨拶しながら舌打ちすんな。

 

「昨日もお泊まりだったからね。あ、シュウ。私が先に更衣室使うね」

 

「なにぃお泊まりぃ!?千束、あんたバイク買いに行ってたのに、まぁだ修哉のところに泊まってるの!?ハレンチ!不潔よ不潔!!」

 

更衣室へと向かう千束はミズキさんに向かって舌を出す。そんな二人のじゃれあいを見ながら衝撃的な事を聞いてしまった俺だった。

 

「え?バイク買ってたのミズキさんも知ってるの?俺だけ知らなかったの?嘘だろ?」

 

思わず俺の口から出てしまった言葉に反応したミズキさん。あー、矛先が俺に向いたなこれ。

 

「あんたも千束を甘やかしすぎ!あーもう!なんであの小娘には男がいて私には居ないのよ!呑まなきゃやってられん!」

 

「普通にダメだからね?」

 

酒瓶を取ろうとするミズキさんより先に酒瓶を取り上げる。返しなさいと騒ぐミズキさんをあしらいながら冷蔵庫や棚の確認。何か足りないものはあるかなぁっと。あ、白玉粉少なくね?千束のやつ昨日どんだけ使ったんだ?

作業を進めながらも俺は会話に参加する。

一人黙ってるのも寂しいし。

 

「ミズキさんは朝から元気だなぁ。外見はいいんだからさ、それ以外をなんとかすれば男の一人や二人出来そうなもんだけどな」

 

「あっはっは!無理でしょ!」

 

俺の声が聞こえたのか千束が大きな声で否定。

確かに運良く良いところまでいっても、この人はすぐにボロを出してしまうだろう。

 

「なにおう!修哉、外見だけはタイプだから中途半端にムカつかせやがってこのぉ!それと更衣室から叫ぶな小娘!」

 

「あ、先生。いくつか買い出しに行ってくるけど」

 

「無視するな!この!」

 

まだ酒を狙ってくるか。

一度本気で禁酒してみてほしい。酒から抜け出せば絶対に一人ぐらい男できるから。

 

「いや、そっちは千束に頼んで別の事をしてもらいたい。着替えなくていいから荷物だけ置いてきてくれ」

 

俺が話しかけた先生はこの騒ぎでも動じず普段通り。着替えなくて良いの?それにしても別の事か。何かあるんだろうか?

 

「はーい。千束ー!買い出し頼む!」

 

「はいはーい。メモ書いててー」

 

はいはい。えっとメモメモ。

いくつか買ってきて欲しいものをメモに書きだして、カウンターにお金と一緒に置いておく。更衣室から出てきた千束と交代して、ロッカーに荷物を置いておく。その時、俺の喫茶店用の黒い制服が目に入りふと思い至った。

そういえば新人の制服って見てないな。何色なんだろうか?って、先生の頼みたい事ってこれか?

 

「もしかして別の事って、新人用の新しい制服取りに行くとか?」

 

先生は足が悪いし、ミズキさんは飲酒の可能性。千束はバイクに乗ってきてないし、移動手段があるの俺ぐらいか。納得した。

 

「行ってきまーす」

 

俺が更衣室を出ると同時に、千束は買い出しに出かけたようだ。今から行けばスーパーの開店時間には着くし、足りない物も午後から不安だなぁって程度だから午前の営業に問題はない。

買う物の量も少ないし、千束はすぐに戻って来るだろう。

 

「修哉はこれを頼む」

 

先生から渡されたのは、それなりの大金と服屋の予約票。

やっぱり制服を取りに行くみたいだ。

 

「やっぱり。結構ギリギリになったんだね」

 

「急遽決まった事だからな。急いでもらって昨日の夜に仕上がったと連絡が来たんだ」

 

「なるほど。もう行ってもいいの?」

 

「あぁ、開店前でもいいと言ってくれている。それとこれも持って行ってくれ」

 

先生から渡されたのは挽きたてのコーヒー。

そういや今日は組長さんへの配達もあったなと思い出す。それとはまた別のようだが。

 

「急いでもらったお礼だ」

 

「おっけー。先生が感謝してたってちゃんと言っとくよ」

 

「よろしく頼む」

 

「それじゃ、行ってきまーす!あ、ミズキさんお酒は飲んじゃダメだからな」

 

「気をつけてな」

 

「はいはい。気をつけて」

 

二人に見送られ俺はバイクを走らせる。

今日も元気にお仕事開始です。




次ぐらいに主人公の設定でも書いておきます。


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第三話

主人公の設定を載せると言ったが、アニメの一話が終わったあたりにしようと思います。
書いちゃうとこの後の話に影響出るかもなぁと思って後回しにしました。


リコリコで使う新人の制服を引き取った帰り。

バイクを店の裏に停めて店へ入る。

 

「ただいまでーす。制服受け取り終えたよ」

 

「おかえり修哉。早速で悪いが着替えて厨房へ入ってくれ。たきなの制服は更衣室に置いててくれたらいい」

 

たきな?

あ、新人の名前か。

 

「たきなって名前なのか。苗字は?」

 

「井ノ上だ。今は千束と外回り中だから、帰ってきたら顔合わせしてやってくれ」

 

「はいよ。じゃあ着替えてきまーす」

 

更衣室に向かい、黒を基調とした店用の制服に着替える。うーむ。この和服姿にも慣れたものだよなぁ。慣れれば楽だし、夏になると家では甚平なんかも着たりしてる。涼しくていいんだよな。

 

「よっし!今日も一日頑張りましょー」

 

早速厨房に入って今のオーダーを処理していく。

なになに?団子三兄弟が五つに、おはぎセットが二つ、コーヒーは先生に任せて煎茶は用意しよう。

 

「ミズキさん。二番、三番あがり」

 

「はいはい」

 

できたセットをミズキさんに配膳してもらう。

千束のやつ、井ノ上さんに迷惑をかけてないだろうか?DAというある種閉鎖的な場所から来たし、元々千束もそこには居たけど昔の話。千束に振り回されて、井ノ上さんは疲労困憊で戻って来るんじゃないか?

 

「なんか、不安だなぁ。大丈夫かな?」

 

これからの俺たちの日常は変わっていくだろう。

せめて楽しくあってほしい、平和な日常を過ごせるようにと、それだけが俺の願いだ。

 

 

 

〜千束サイド〜

 

私は新人のたきなを連れて、仕事ついでに色々な場所へ案内をしていた。今はたきなに疑問を投げかけられ、休憩ついでに仕事の説明中。

まさかうちではどんな事をしているのかってのをほとんど何も聞いていない状態とは思わなかった。

リコリコへ入ってきた可愛い新しい子。

少し真面目が過ぎるようなこの子を、時々からかいながら楽しくお仕事をするのは正直めっちゃ楽しい。特に組長さんにコーヒーを届けた時とかは、途中から笑いそうになった。

シュウといる時とは違う楽しさだ。うん、とてもいい!

なんて考えながらたきなへの説明を終える。

 

「つまり個人の為のリコリス。私は助けを求める人を放って置きたくないんだ」

 

「はぁ、わかっているとは思いますが、私たちリコリスは国を守る公的機密組織のエージェントですよ?」

 

「おぉ!そう言うと昨日見た映画みたいでかっこいいね」

 

「映画って……」

 

少し呆れた様子のたきなの言う事は正しいのだろう。ふふふ、可愛い。

多いとは言えない私達リコリスでこの国を守るには、個人よりももっと大きなものを見るべきなのかもしれない。

だから実際、こんな事をしている私は問題児だ。

そんな私を支えて、居場所をくれるみんなにはいくら感謝しても足りないだろうし、本当に、私は恵まれているなと感じる。

 

「とにかく!私達は困っている人達を助けたいんだよ。だからさ、たきなも力を貸してくれると嬉しいな」

 

とりあえず説明を終えたけど……。

うーん。顔を見るに数瞬考えたが、理解はしてくれたのかな?まぁ徐々にうちに慣れていってもらえると嬉しい。

 

「他になんか質問ある?」

 

「あり過ぎますが、そうですね。先程、喫茶店で会えなかった協力者の方ってどんな人なんですか?」

 

「ん?シュウの事?」

 

「はい。司令からは優秀だと聞いています。もしあの時の人だとしたら気になります」

 

「あれかぁ。確かにインパクトがある初対面?だったよね。うーん、どんな人かぁ」

 

どんな人かぁ。

うーん。

もし私の大好きな人と言えば、この子はまた呆れた顔をするだろうか?それも見てみたいが、確実に聞きたい事とは違うだろう。

それに、あまりいじり過ぎたのがシュウにバレたら新人を困らせるなって、お仕置きされるだろうし。

 

「名前は近衛修哉。戦闘力はすごいよ。私も負ける時あるし」

 

「はぁ」

 

よくわかっていないな?

あのフィジカルお化けに接近されると対応が難しい。力は強いし反応も速い。その上、身体の扱いが上手いし取っ組み合いが長引けばまず負ける。私も反応は出来ても、シュウの速さに徐々にだが身体が追いつかなくなり最終的には負けてしまう。

かといって遠距離なら対処が可能というわけではない。まだ厄介な、特殊能力と言ってもいい力も持ってるし私でも全戦全勝は無理だ。

 

「一応お店に帰れば会えるし、自分で確かめるのが一番だよ。だいじょーぶ!変な人じゃ……いや、変か?」

 

「変人なんですか?」

 

「実際、変人な所見たでしょ?」

 

「……確かにそうですね。あんな風に救助をするとは驚きましたし、一瞬あの人の身体がブレた様な速さでしたし」

 

あ、納得しちゃった。

シュウごめんね!たきなの中でシュウは変人となったのだぁ!あっはっは!……バレたら怒られるねこれ。

 

「それじゃ休憩終わり!まだまだお仕事はあるよたきな!」

 

「はい。次はどこへ?」

 

「次は警察署へ行きまーすぅ!」

 

思ったより長話をしてしまった。

まだリコリコへ戻って、シュウとたきなを会わせてあげないといけないしね!さぁさぁ!頑張りますよー!

 

〜千束サイドアウト〜

 

 

 

リコリコのピークタイムが終わり、最後のお客様をミズキさんが見送った後、俺のスマホに千束から電話が来た。

あいつ、結構色々な場所へ行っているか?結局午前は帰ってこなかったし……。

まぁ楽しんでいるなら別にいいけどさ。

 

「もしもし。どした?」

 

『あ!今からこっちに合流できない?ちょっと例の事件、進展しそうなんだよねぇ』

 

「例のって、銃取引か?」

 

『うん。あ、写真送るから見て』

 

スマホを耳から離して確認。

すぐに千束から写真が送られてきた。

確認してみたが……ん?これただのツーショット写真じゃね?

 

「なにこれ。間違えてない?」

 

『いやいや、間違えてないない。後ろのビルをよく見てよ。ボケてるけど写ってるから』

 

後ろ?

改めて写真を確認する。

んー?……あぁ、そういうことね。

よく確認してみると、ボケているけど何人か怪しそうな奴らが写ってしまっていた。

この写真の恋人?達は、偶然にも銃取引の現場を撮影してしまったのか。

 

「どこで手に入れたの?これ」

 

『阿部さんからの依頼で、ストーカー被害に遭ってる人と話しててさ。あ、私達が会ってるのは写ってる女の人なんだけど、この写真をSNSに載せちゃったみたいで』

 

「うわぁ。そんな偶然ある?」

 

この人達、運が悪すぎだろ。

千束はなんとか助けてあげたいようだ。

まぁストーカー被害って事は、犯人達はこの写真をどうしても消したいのだろう。ならそう遠くないうちに接触もあるか。……危険だなぁ。

 

「了解。先生に許可取ってすぐに出る。場所だけスマホに送ってて」

 

『はいはいよろしくー。あ、たきなめっちゃ可愛いよ』

 

プツンと電話を切られた。

こいつ、もう呼び捨てできるぐらい仲良くなったのか?相手が嫌がってたら呼び捨てなんてやめるだろうし。

……いや、こいつのコミュ力から考えておかしくないな。

 

「あ、先生。千束からの応援要請が来たから、ちょっと行ってきていい?」

 

「あぁ、気をつけてな。帰ったら色々聞かせてくれ」

 

先生は俺の電話を聞いていたようで、すぐに許可をくれた。

話が早くて助かる。

 

「おっけー。急ぎみたいだし助かるよ」

 

「あんたらさっさと終わらせて早く帰ってきなさいよ?夜のピークまでに戻ってくれないと困るから」

 

「状況次第かなぁ。もしかしたら一当てあるかもしれないし」

 

「あら、意外と危機的状況?」

 

「たぶん。とにかく着替えていってきます」

 

手早く着替えを済ませて装備も持ち出す。

リコリス制服の男版。黒を基調にしてもらい、今は俺だけしか着ていない特別製。ただ、カバンだけは一緒だから少し恥ずかしい。これ可愛いデザインだと思うし、男の俺が持つと少し違和感が……。いや、これすごい便利なんだけどさ。

……ダメだ、考えると精神に悪いな。

気にしないでいこう。

 

 

 

バイクを走らせて千束達がいる喫茶店に到着。

店の中に入ると、奥から元気な声が聞こえてきた。

 

「お!シューウー!こっちこっち!」

 

千束の声の方向へ顔を向ける。

千束と井ノ上さん。そして依頼主がいた。

 

「お待たせ千束。はじめまして、篠原沙保里さんですね?近衛修哉です。この度は大変な目にあったようですね」

 

「修哉くんね、よろしくね」

 

「おいおーい!シュウさんや、君はたきなとも初対面なんだから挨拶しな?挨拶は大事」

 

篠原さんと挨拶をした後に千束に注意される。

確かにそうだけど、今は依頼人を優先したいのだが……。だが大事なのは事実。

今はさっと終わらせて、後でしっかりとしておこう。

 

「近衛修哉だ。よろしく井ノ上さん。しっかりとした自己紹介は後でしようか」

 

「はい、わかりました。井ノ上たきなです。貴方のお噂は聞いています。よろしくお願いします」

 

「ちょいちょいちょーい。君達ドライすぎない?もっとこうさ、好きな映画とか言い合うべきじゃない?」

 

知らんわ。

今そんな話ができるほど、時間に余裕はないよ。

だから井ノ上さんの対応は俺にとってありがたいほどだ。

 

「依頼優先。篠原さんも不安だろうし、少しでも早く解決した後にコーヒーでも飲みながらゆっくり話そうよ」

 

「むー……まぁそだね。とりあえず今回の事を詳しく説明するね」

 

千束は篠原さんに聞いた話をもう一度してくれる。篠原さんの前で銃取引現場の話をするわけにいかず、篠原さんたちを僻む正体不明のストーカーがいて、そいつを捕まえる方向で話を進めていく。

 

「うーん。確かにこの手の話では、警察の動きは悪いですよねぇ。うん、現状はわかりました。しっかりとお守りします。あ、この写真ですがうちの上司に送っても構いませんか?」

 

「もちろん。それにしても、しっかり話を聞いてもらえてさ、すごくありがたいよ。近衛君が言うように、警察は取り合ってくれなかったから」

 

写真を送る許可をもらったので、千束に先生へと写真を送ってもらう。おそらくDAにも情報は行くだろうし、今回の事を片付けた後もしばらくの間は犯人の接触を警戒する為に監視もつくだろう。そうなれば監視についたリコリスが危険人物を排除してくれるだろうし、しばらくは篠原さんの日常は護られる。

それにしても篠原さん。歳下に頼るのも不安だろうが、それでも受け入れるあたり、藁にも縋りたいぐらい怖い証拠だろう。

こんな人が平和に暮らせるようする為に、今回の事もできるだけ早く解決せねば。

 

「それは良かった。そうですね、とりあえず今日のところは千束と井ノ上さんの二人で一緒に自宅まで送ります。自分の方は、篠原さんの自宅周辺で怪しい人物がいないか調べてみましょう」

 

「あ!じゃあじゃあ沙保里さん!今日は一緒にいましょうよ!」

 

「お、いいね。じゃあ家に泊まっていく?最近の高校生の話も聞きたいし!」

 

「わぁ!いいですね!あ、シュウはダメだからね?」

 

わかっとるわ!!

ん?篠原さんがニヤニヤとしながらこっちを見てくる。なんだこの人?

それにしても泊まりか。俺は外で警戒にあたるから関係はないが、迷惑をかけないように井ノ上さんに言っておかねば。

それにしても井ノ上さんは泊まり用の荷物はあるのだろうか?なければ最悪、俺と一緒に外で警戒になるなぁ。……え、気まずくない?



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第四話

店の外に出るとすでに太陽は沈みかけていた。

依頼内容を簡単に聞くだけのつもりだったが、一時間以上はかかってしまったな。

それにしてもDAは大丈夫か?どうも、偽の取引の時間を掴まされてたみたいだし、あの時の通信もノイズがあっておかしかった。これって、本格的に何かあるだろ?

電波塔での事件から十年が経った今、何が起こってもおかしくないのかもしれない。

 

「さてと。早くしないと暗くなるし、今のうちに沙保里さんを家まで送ろうか」

 

「そうだねぇ。いやぁ、ついつい話し込んじゃった」

 

いや、ほんとに話し込みすぎだからね?

本来なら俺は千束達に合流後、今回の依頼者である篠原沙保里さんの説明を聞いたらすぐにでも行動を開始するつもりだった。

だがあれだ。女三人寄れば姦しいというか、千束と篠原さんが仲良くなりすぎたのか、なっっっかなか話が終わらない。千束だけで二人分以上の煩さはあるだろこれ……あ、ちなみに俺と井ノ上さんは聞き役になっていた。

井ノ上さん、少し疲れた顔をしているのは気のせいだろうか?いや、会計時に少しため息をついていたし、おそらく気のせいじゃないと思う。

まぁそれは今は置いておいて、とにかくこれからどうするかだな。

これからの予定を組み上げようと考え始めた時、千束が俺に声をかけてきた。

 

「それじゃあシュウ、行こうか」

 

「ん?千束は篠原さんの家に泊まるんだろ?荷物は俺が持っていくぞ?」

 

「私の分だけならいいんだけどね。たきなの服の用意とかさせられないでしょ?泊まりって知ったらミズキは文句言うだろうしねー」

 

「それもそうか。じゃあ篠原さんに井ノ上さんと行動するように説明してて。あ、井ノ上さん」

 

千束はオッケーと言い篠原さんの元へと向かう。

俺が声をかけた井ノ上さんは篠原さんに捕まっていたが、千束と入れ替わり近づいてくる。

 

「なんですか?」

 

「これから千束とお泊まりセットを用意してくるからさ。服の場所だけ教えてくれる?なんかキャリーバッグみたいなのに持ってきたりしてる?」

 

「はい。持ち込んだ荷物があります。千束さんも私の荷物は見ているのでわかるかと」

 

なら大丈夫そうだな。

最悪、何かが無くても一晩だけだし問題はないだろう。どうしても必要なものがあれば俺に言ってくれるといい。その時は俺が近くのコンビニにでも走るか、最悪どうしても、本当に仕方ない場合に限ってだが、ミズキさんにでも連絡するとしよう。

……でも見返りに何を要求されるか分からないから、コンビニに売って無いものだったら諦めてね?

 

「了解。じゃあバイクでささっと行ってくるから篠原さんの護衛はよろしくね。もう敵さんは、いつ襲ってきてもおかしくないだろうし」

 

「はい」

 

ストーカーの犯人はこの短期間に写真を見つけだし、脅しまでかけてくる人物だ。これだけ行動が早いとなると、グループの可能性が高いだろう。

沙保里さんはSNSからは写真を消したが、それでもストーカーを止めないとなると、敵の接触も近いと思う。

今回、篠原さんは本当に運が悪い人だと思ってしまうが、俺たちに出会えた事は不幸中の幸いだな。

 

「あと、護衛にあたってだけど、篠原さんは勿論、君自身の命も大事にね。何かあったらすぐに連絡してくれたらいい。急行するから」

 

「分かっています。大丈夫です」

 

あら、そうなの?

……少し不安だがセカンドのリコリスだ。大丈夫と信じて任せるとしよう。

本当なら千束も一緒に行動させたいが、急いで戻ればそれほど時間はかからない。沙保里さんの家も近いようだし、任せるしかなかった。

はぁ、俺と先生は二人の着替えを用意できないし、ミズキさんは絶対に嫌がるだろうし……。

何事もないことだけを願おう。

 

「それじゃあよろしく。千束!いくよ!」

 

「はーい!じゃあ沙保里さんまた後で。じゃあたきな、しばらく任せるから無茶はしないように。命大事にだからね」

 

「はい」

 

「じゃ!行ってきまーす!ほらシュウ行くよ!」

 

「バイクはそっちじゃないぞ」

 

「え?あ、はい……早く案内しなさいよもう」

 

俺と千束は井ノ上さんと篠原さんと別れて歩き出したが、千束が方向を間違えしまうというドジをしていた。そんなちょっと恥ずかしそうな千束と一緒にバイクの元へと戻る。

千束はバイクを見つけると、カバンから鍵を取り出してバイクにつけているサイドバッグからヘルメットを取り出し、被りながら話しかけてくる。

 

「シュウから見て、たきなはどう?」

 

「どうと聞かれても困る。俺はあんまり話してないしなぁ」

 

「えー?こう雰囲気というかさ?なんか無いの?」

 

と言われましても……。

うーむ。

 

「綺麗な黒髪で可愛いとか?」

 

「……はぁん?」

 

「え、なにその目?怖いんだけど?」

 

いきなりゴミを見るような目で見ないでほしい。

仕方ないだろう?俺はまだまともに話していないのだから、外見ぐらいしか判断のしようがない。

 

「変態」

 

「おいこら、それはねぇだろ?お前と違ってまともに話もできてないんだから」

 

「そうだけど、なぁんか腹立つな」

 

「理不尽すぎねぇ?」

 

「ほら!いいから早く出して」

 

「はいはい」

 

何故かいきなり機嫌が悪くなった千束に戸惑ってしまう。なんだこいつ?

俺、なんか悪い事言ったかな?

うーむ。

考えながらバイクに乗り込み、千束がしっかり乗ったことを確認。その時、天啓が舞い降りたのか、俺に電撃が走る。

ははぁん。そう言う事だな。

 

「あぁ、なるほど」

 

「なに?」

 

「お前の髪も綺麗だし可愛いぞ?」

 

これだろ?

やっべぇ。今日の俺天才すぎんか?

自分も褒めてほしいならそう言えよなぁ。

 

「んなっ!?黙って、行け!」

 

「グハッ」

 

結構な力で背中を叩かれた。

えぇ?なんで?違ったの?

千束がなにをそんなに不機嫌なのかが結局分からず、釈然としないまま俺はバイクを走らせるのだった。

 

 

 

リコリコへの帰り道。

道中、喫茶店であれだけ話していた千束が黙ったままな事に戦々恐々としながらも、俺達はリコリコへと無事に戻れた。

 

「ただいま!せんせーい!私のお泊まりセットどこー?」

 

「押入れだ」

 

千束はリコリコへ入った瞬間、大声で先生に話しかけた。それに対してすぐに教えてくれるあたりさすがミカ先生である。

千束は自分の物ぐらいしっかりと管理しなさいよ……。あ、井ノ上さんのもしっかりと準備してあげてね?

 

「ただいま先生」

 

「おかえり。中々、トラブルが大きくなりつつあるようだな」

 

「うん。はぁ、依頼主の運が悪いのか、それを引き込んだ千束の運が良いのかわからなくなる」

 

「どっちもだろう。たきなはどうした?」

 

「どっちもかぁ……。あー、井ノ上さんなら依頼主を護衛中。すぐに戻るつもりだし、短時間なら任せてみようかと思って」

 

どんな護衛をするかによって、井ノ上さんへの今後の対応は変わる。今回は必ず戦闘になるだろうし、俺たちのやり方を知ってほしい。

千束はマシだが、基本的に物騒なのがリコリスだと俺は思っているし、うちはDAとはやり方が違うのだ。篠原さんには悪いが、井ノ上さんにとって、今回はいい勉強をしてもらわないといけない。

この辺はゆっくりと知っていってもらいたかったけど……はぁ、人生うまくいかないものだな。

今にも襲撃があって、篠原さんを巻き込みながら銃撃戦とかしてない事だけを願ってる。さっきも願ったが、本当にお願いしますね?

 

「修哉、千束はどうしたの?いきなりお泊まりセットとか言い出してるけど……はっ!あんた達まさか!修哉!それだけはダメよ!?」

 

コイツら仕事サボってナニするつもりだと言わんばかりの目で睨み、非常に嫌な雰囲気を出すミズキさん。

この人、最近は本当に焦ってない?

とはいえ放っておく訳にもいかず、変な勘違いは修正しなければならない。

 

「あ、ミズキさん、俺達三人は夜のシフト出れない。あと、依頼主の家に!千束達が!泊まるだけだからね?邪推はやめてね?」

 

あえて千束達だけだと強調しておく。

変に邪推されて、新人で慣れていない井ノ上さんに、この人の火花が飛ぶのは避けておきたいのだ。

 

「え!出れないって、ちょっと!それじゃあ私、今日はぶっ続けになるじゃない!」

 

「ごめんね?」

 

「あまり責めてやるな。この間の事件の手がかりが掴めるかもしれないんだから」

 

ほとんど暴走しているミズキさんを見かねて、先生が助けてくれる。本当に頼りになるし助かる。

ミカ先生が助けてくれなければ、さっさと逃げて終わりにするところだった。

だがしかし、仕方ないとはいえ仕事を押し付けるのは悪いし、今度ミズキさんを連れて何かお酒でも買いに行こう。

俺だけだと売ってもらえんし、飲んだことがないからどれも一緒に見えちゃうしな。

 

「うぐっ。そう言われると言い返せない……!DAに連絡して他のリコリスに頼るとか……」

 

「俺はいいけど千束は嫌がるだろうな。リコリスが来ても一応は進展はするだろうけど、結構な死人が出るだろうし」

 

「はぁ……。わかった……!わかったわよ!行ってきなさい」

 

諦めモードのミズキさん。

悪い事をしてしまったとは思うが今回は折れてくれて助かる。ありがたい限りだ。

 

「お?シュウ、ミズキの説得終わった?おっつかれぃ。それじゃあ行こっか!」

 

「千束……!あんたもシュウを見習って、一言詫びでも入れなさい!」

 

「ごめん!あとは任せたー!ほらほら、急いで急いで!」

 

ミズキさんに本当にかるぅく謝りながら、俺の背中をグイグイおしてくる千束。

千束、お前……。

なんかもう、俺の気遣いとか全部台無しにしたな?

そんな二人の様子を見ながら俺と先生はため息をついたのだった。

 

 

 

少し時間がかかってしまい、辺りはすっかり暗くなってしまった。俺はできるだけ急ぎながら住宅街をバイクで走る。

 

「機嫌なおったの?」

 

「んー?別に最初から怒ったりはしてないよ。ちょっと腹がたっただけだし」

 

「それは怒ってるじゃん」

 

「怒ってたらもっと酷いことしてあげるけど?そうだなぁ、一日中シュウの奢りで連れ回してあげるね」

 

「普段とあんまり変わらんな」

 

「そう言うなよー」

 

クスクス笑いながら楽しそうな千束さん。

よく分からんが怒らせてしまったのは事実だし、今度何か埋め合わせはしておこう。

 

「たきな、ちゃんと護衛やってるかなぁ」

 

「一応セカンドだから大丈夫だろ。優秀なんだろ?」

 

一日一緒に行動をしていたのだから分かるだろう?立居振る舞いとかで。井ノ上さんはそれなりに実践経験を積んでると思うし、日々研鑽を忘れないような雰囲気があったな。

 

「そーそー!去年京都からこっちに転属したみたいだよ。優秀だよねぇ」

 

「ほー。すごいじゃん」

 

京都もそれなりに大変だろうが、東京よりはマシだろうしな。こっちはテロ行為が多すぎる。

いい機会だと思い、俺は気になっていた事を千束に、聞いてみる。井ノ上さんの怪我がずっと気になっていたのだ。

 

「顔はどうしたの?怪我してたみたいだけど」

 

「あーあれね。この前の事件で仲間を危険に晒したからって、フキにやられたんだって。あんにゃろ……思い出すだけで、この……!殴らなくてもいいのにね!!」

 

「まぁ、一応フキの気持ちはわかるが……」

 

「じゃあ殴るのは?」

 

「それは確かに。殴るのはどうかと思うよ」

 

「だよねぇ!?……まぁもう文句は言っておいたから、話題変えようか。あと今日した事はねぇ」

 

保育園の手伝い。

日本語学校の手伝い。

組長さんにコーヒーの配達。

特にコーヒーの受け渡しでは、思わせぶりに話したら面白かったようだ。それはちょっと見たかったが、銃を抜こうとしたと聞いた時はやっぱり手が出るの早いのねと納得。真面目そうだが脳筋っぽいのね。

 

「今日一日楽しそうだね」

 

「うん!楽しかったよ。だからこのまま無事に今日を乗り切りたいんだぁ。沙保里さんと夜通しお話しして過ごしたいし」

 

「あまり夜更かしは良くないぞ?いざというとき身体が遅れる」

 

「大丈夫大丈夫。いざという時は守ってくれるでしょ?」

 

「そりゃまぁ、守るけどね?でも基本として、体調は自分で管理してね?」

 

「まっかせなさーい。その辺はしっかりしてるよ!」

 

しっかり……?

一人の時まともな物食わんのに?この間、千束の部屋に入った時、テーブルの上に大量のお菓子が広がってたのは引いたぞ。晩御飯それで、そのままソファで寝たとか聞いたら、さらにドン引きだったわ。



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第五話

これで一話は完結です。
少し長くなってしまった。
あと戦闘シーンはやっぱり難しいね。
後書きに少しだけ主人公設定を載せています。


千束と雑談をしながらバイクを走らせ、篠原さんの家付近まで近づいた頃。

住宅街には似合わない発砲音が聞こえる。

 

「おいおい。もう始まってんじゃん」

 

「ちょちょちょ!シュウはやくはやく!」

 

「わかってる。こっちに撃ってくれるなよ?」

 

「たきなぁ!こっち撃たないでねぇ!!」

 

大声をあげる千束。

いや、流石にまだ聞こえないだろ。

そんな千束に少し呆れながらも、急いでバイクを走らせると現場が見えてくる。車の後ろに出てしまったが、そのまま速度を上げて車の横を通り抜け、井ノ上さんの元へとたどり着いた。

 

「あー!待って待ってたきな!私達だから狙わないで!!」

 

「降りろ千束!」

 

「いよっと。そっち任せるよ!たきなちょっとこっち!!」

 

「え、あ、千束さん!?何するんですか!」

 

バイクから飛び降りた千束が、井ノ上さんを曲がり角に引き摺り込んだのを見ながら、俺はバイクを盾にして相手が銃を撃ってこないように銃を取り出し撃つ。

お?車体が斜めになっているって事は一応車はパンクして、走行ができないようになっているようだ。なら俺は、相手が逃げないように立ち回るとしよう。

頼むから撃ってくるなよぉ?いくら命の方が大事とはいえ、バイクを壊されるのは嫌だし……!

 

「シュウ!左からいける?」

 

「はいよ」

 

「たきなを合図にしてね!」

 

「あ?なにそれ」

 

どういう事か聞き返そうとした時には発砲音がした。真横から聞こえてきた音には驚いた。

 

「いっきまーす!」

 

「ばっか!いきなりでびっくりしたわぁ!」

 

千束の行動は速い。

井ノ上さんの発砲音に紛れるように一瞬で、車のドアを盾にしようとした助手席側の男に迫った。

 

「やぁ。取引したいんだけど?」

 

「うわぁ!」

 

千束は至近距離で放たれた銃弾を避ける。

ほんと化け物だな。あんなのできんて。

 

「ほらほら、そっちばかりに注目しないでよ」

 

「はぁ!?ぐはっ!」

 

バリンッ!

俺は運転席側の窓ガラスを殴り割る。

グローブをしているおかげで怪我はしない。

そのまま運転手の襟を掴み、ハンドルに引き寄せて頭を打たせる。相手が怯んでいる間に鍵を開けて扉を開けた。

それにしても、最近の俺って窓ガラス割り過ぎじゃない?

 

「はい。どいたどいた」

 

「いてぇ!ぐわっ!」

 

「失礼しますよぉ。あ、篠原さーん怪我はないですか?ん?」

 

ナイフでシートベルトを切って運転手を外へ引き摺り下ろす。そのまま車の中に乗り込み、篠原さんが無事か確認しつつ、後ろのドアの鍵を開けようとしたが。

 

「死ねぇ!」

 

「あぶねぇって」

 

助手席側の男の意識があったようだ。

千束のように撃った弾を見ながら避ける事はできないが、今回は動きが見えていたから避けれる。

一度車から降りて射線から逃れ、ついでに投げ捨てた男の顎を蹴って意識を落としておく。

 

「千束ぉ!助手席のやつ、まだ意識あるって!ちゃんと気絶させなさいよ!ほれ!」

 

千束に文句を言いながら、相手の構えた銃を落とす為に手を狙い撃つ。

 

「うぎゃあ!!」

 

「あ」

 

あ、すまん。

咄嗟に手を狙ったから指が吹き飛んでいた。

 

「うっそ!ごめーん!」

 

「そっち終わった?」

 

「二人拘束したよ」

 

「それじゃあ一応終わりか」

 

それにしても、すまん。

俺は千束の非殺傷弾じゃなく実弾だからさ。

まぁ悪い人だし、一応こっちも命懸けだから仕方ないよね!

俺が開き直っていると、車の後ろに回っていた敵を処理し終えた千束が助手席側に戻ってきた。

俺が撃ってしまったのを治療しようとしているようだ。

 

「おっかしいなぁ。結構撃ち込んだから動かないと思ったんだけどなぁ。タフだねって、うひゃあ。シュウのせいで指吹き飛んでるってぇ……痛そぅ〜」

 

「あー。まぁ自業自得という事で」

 

千束は俺が撃ってしまったほうの応急処置を始めた。なら俺は、こっちの井ノ上さんが撃ってしまったやつの手当てでもしようか。

気を失っているせいでやり易いな。嫌がったり逃げたりせんし。

 

「敵を手当てするんですか?」

 

「ん?まぁね。やっぱりおかしいと思う?」

 

篠原さんを落ち着かせていた井ノ上さんが泣いている篠原さんと一緒にこちらに寄ってきた。

 

「当たり前です。敵ですよ?」

 

「そうだけど、ウチの方針は命大事にだからね」

 

「敵もなんですか?」

 

「そりゃそうよ。千束が非殺傷弾使ってるの見たでしょ?それより井ノ上さん」

 

「なんですか?」

 

「君、護衛は?篠原さん捕まっていたみたいだけど……なんで?あ、そっち持って」

 

男の腕を持ってもらいながら話を聞く。

動かなければ手当てがやり易いと思ったが、やっぱ本人に動いてもらう方が簡単だったな。

あ、井ノ上さんそこ持って。

 

「……尾行に気づいたので、誘き出す為に囮にしました。彼らの目的のためには沙保里さんを殺す必要はないと判断しました」

 

こ、これは……。

この子の教育は全て千束と先生に任せたい。

戦闘訓練ならまだしも、コチラのやり方について教えるのは苦労しそうだな。

とはいえ、何も言わないのは無責任すぎるか。

今回に関しては俺の判断もありで、この子に護衛を任せたんだし……。はぁ……。

 

「それだけで護衛対象を人質にしたの?」

 

「はい。彼らの目的はあくまでデータですし、この車に乗れる人数なら、一人でも制圧して沙保里さんを助けだせます」

 

「井ノ上さん。俺は君に護衛を任せたよね?」

 

「はい」

 

「篠原さんを危険に晒している時点で任務は失敗。千束から聞いたけど君は評価を上げてDAに戻りたいんだよね?残念だけど、これじゃ無理でしょ」

 

「なっ!」

 

「今回の任務は護衛。それなのに、護衛対象は人質になっていて、銃撃戦の中にいるなんて論外だよね?君、銃取引の情報の為に勝手な行動したよね?」

 

「そ、それは!」

 

「楠木さんは、自分の思い通りに動かない犬はいらないって判断する人だよ。その点、今の君は要らない方に入るだろうね」

 

「……そんな」

 

言い過ぎただろうか?

井ノ上さんは落ち込んでしまった。

だが事実である。尻尾切りにされたであろうこの子が楠木さんとどんな話をしたのかは知らない。だが、楠木さんの命令を聞かず移動させられたこの子に、あの人が結果を出すと戻すとも言うとは思えないのだが……。

ん?なんだあの車。

道の向こうからライトを点けず猛スピードで走ってきている。このままだと突っ込まれるな。

 

「千束!新手だ!避けろよ!」

 

「え?うっそマジで?ってアレ突っ込んでくるじゃん!」

 

「井ノ上さん悪い!」

 

「へ?うわっ!なにを」

 

「あ、ちょっと!置いていくなバカぁ!」

 

俺は井ノ上さんと篠原さんを抱えて飛び上がる。

まずは車の上、そこから民家の塀の向こうへ飛び移る。

家の中に電気は点いていなく、おそらく無人なのはありがたかった。これで家主も出てこられるとますます面倒になってしまう。

 

「こ、近衛さんは、化け物ですか?人を二人抱えてこれだけ飛ぶとか、ありえないでしょう」

 

いきなりの人間離れした行動に井ノ上さんはドン引きした顔であった。

それを見た瞬間に、ドカンドカンと車と車が激突する轟音。

一応住宅街だぞここ!普通ここまでするかぁ!?

というか俺らが手当てした連中死んだろこれ!

 

「千束は死んだかぁ!?」

 

「生きとるわぁい!私だけ置いて行きやがってぇこの!」

 

「仕方ないだろ!?反対側にいたお前を抱えれるわけないでしょうが!」

 

「そうだけどぉ!っていっぱい出てきたぁ!」

 

どうやら何人か出てきたみたいだ。

いくつもの発砲音が辺りに響き渡る。

急がないと警察が来ちゃうな。

 

「篠原さんはここにいてください。すぐに終わらせますので」

 

「な、なんなのこれ!どうなっているのよ!」

 

「すみません。もう少しで終わりますので、我慢してください」

 

篠原さんがパニックになっているが、ここに居てもらえれば怪我をする事はないだろう。

さてと、それじゃあ行きますか。

 

「井ノ上さん。一気に制圧するから合わせてね」

 

「はい」

 

「あ、待って待って」

 

井ノ上さんは玄関の方に向かうが止める。

玄関から出て回り込むつもりだろう。だけどそれは相手も警戒しているだろうし、出た瞬間蜂の巣にされるのはごめんだ。

それにしても井ノ上さん?何するつもりだこいつみたいに見ないで?傷つくよ?

 

「よっと!」

 

一瞬だが顔だけ出して塀の向こう側を確認。

ふむふむ。運転席にいるのを含めて五人か。

運転席に一人。二人は車の向こう側、残り二人こっち側にいて距離を詰めながら千束に迫ろうとしていたな。

千束は最初の車を盾にしているが距離を詰められつつある。うーむ、タイミング的に五秒ないな。

急がねば。

 

「行くよ」

 

塀から少し距離を取って助走をつける。

それを見た井ノ上さんは何かに思い至った顔をする。はい、おそらく考えている通りです。

 

「え、まさか」

 

「フンッ!!」

 

「やっぱり!この人おかしいです!」

 

バガンッと塀をタックルで破る。

それに巻き込まれるのが二人。

タイミングはバッチリだったね!

俺のタックルに巻き込まれて車に頭を強打。そのまま動かなくなってしまった。気絶だよね?死んでないよね?

 

「うほぉ!シュウすっごい!ゴリラじゃん!」

 

誰がゴリラだ!!

騒ぐ千束で我に帰ったのか、唖然としていた井ノ上さんが割れた塀から飛び出して、新しい方の車のタイヤを撃ちパンクさせた。

 

「運転席を頼む。殺すな」

 

「はい!」

 

俺は、運転席にいる男の処理を井ノ上さんに任せておき、さっきのように車の上へ飛び上がった。

着地の大きな音に気を取られた男が二人。

おいおい。二人してこっちにばかり気を取られているとさ。

 

「それっ!」

 

「うぎゃっ」

 

そのまま向こう側にいる二人を制圧しようとしたが千束が距離を詰めてきていた。

ほら、こいつが来ちゃうって。

千束が撃った方は任せておきもう一人の方の顔を蹴り飛ばす。

 

「グペッ!」

 

あ、結構いい感じに入ってしまった。

顔面に蹴りがクリーンヒットして吹き飛んだ。

 

「……なんか、変な声出てたよ?死んでない?」

 

「いい感じに入ったが、死んでないだろ」

 

「殺してたら後でめちゃくちゃ怒るからね?」

 

「はいはい。クリーナーは?」

 

「もう来てるよ」

 

あ、本当だ。

またまたライトをつけていない車が近くに来ていた。タイミング的に最初に制圧した時にでも千束が電話したのだろう。

その後、すぐに来たけど戦闘が起きていたから待機していたのか。それにしても相変わらず凄い速さだな。さすが裏のプロ集団である。

 

「あとはお任せください」

 

「すみません。よろしくお願いします」

 

いくつかクリーナーの人と話をした後、千束がちょっと落ち込んでいる表情で話しかけてきた。

 

「篠原さん。ちゃんと送らないとね」

 

「そうだな」

 

パニックになっていたからなぁ。

ここまで非日常に巻き込まれれば精神面が心配である。

今回の件はDAから口止めもされるだろうし、これからの日常も不安だろうな。

せめていい病院は教えておこう。

こういう事はキチンとケアをしなければトラウマになってしまうからな。

色々とあったが、とりあえず今回の依頼は終わりだ。阿部さんの報酬では割りに合わなすぎる仕事になってしまったが、楠木さんから少しでもお金を引き出せないか先生に交渉してもらえるかなぁ……?

 

「あ、たきな!篠原さん送るよ」

 

「わかりました。すぐに呼んできます」

 

「シュウは先に戻ってていいよ。後は私たちがやっとくから」

 

「じゃあ頼んだ」

 

篠原さんを送る千束達を見送る。

さて、俺も帰るかな。

 

「あ、近衛さん」

 

「はい?」

 

さっさとこの場から離れようとしたら、クリーナーの人が声をかけてくる。

なんというかすごく嫌な予感が……。

 

「バイク……どうしますか?」

 

「え?……あ」

 

視線の先には二台目の車に大破させられたバイク。

今思えば激突音が二回していた。俺のバイクも巻き込まれていたようだ。

 

「回収、してもらっても、いいですか?」

 

「はい。……あの、よかったらどうぞ」

 

「……ども」

 

落ち込む俺を哀れに思ったのかクリーナーの人が飴をくれた。

その飴の甘い味が、少しだけ俺の心を癒した気がした。はぁ……本当に、割りに合わなすぎる仕事だったな。

 

 

 

次の日。

昨日はあの後、重い足取りでリコリコへと戻った俺は、今回の事件のことを先生へ報告。その後、落ち込んだ俺を引きずるようにミズキさんが車で家へと送ってくれた。

だが今になっても落ち込んだメンタルを引きずっており、先生が慰めながらくれたおはぎとコーヒーを頂いても気分が晴れず、座敷で寝転びボーッとしている。

そんな俺には触れず、井ノ上さんを抜いた千束達三人は昨日のことを話していた。

 

「イチャついてる写真をひけらかすからそうなるのよ」

 

「僻むなー」

 

「僻まない」

 

「僻んでないわ!SNSへの無自覚な投稿はトラブルのもとになるって言ってるのよ!てか、修哉!あんたもいつまでも落ち込んで嫌な空気を出さないで!私らの仕事は接客業でしょうが!」

 

「バイクがぁ……」

 

「結構気に入ってたもんねぇ」

 

「千束。どこに写ってるんだ?」

 

「ん?あーここ。大きくしたら分かりやすいよ」

 

ミズキさんの言う事は正しい。

寝転んでいた俺は起き上がり、のそのそと座敷からカウンターへと戻る。先生が千束のスマホを持って篠原さんの写真を見ているようだ。

 

「それ、DAの情報の三時間前らしいよ。やっぱ楠木さんたち、偽の取引時間掴まされてるでしょ」

 

「あ、出てきた」

 

「はぁ……。クリーナー使っちゃったしなぁ。しばらく出費できないんだよなぁ」

 

今月ピンチだな。

銃取引の時にわざとではないが千束のバイクを潰してしまい、ご機嫌取りに色々と買い物に付き合ったりした事もあり、いつもより出費が多い。

バイク買えるのはまた今度だなぁ。

 

「え!?あんた達、またクリーナー使ったの!?高いのよあれ!!」

 

「DAに渡したら殺されるでしょう?それにシュウが払ってるから経費は使ってないよ」

 

「……ならいいか」

 

「なぁ、今からでも経費で落ちない?」

 

「落ちない」

 

くっそ。

せめてバイク代だけでもとミズキさんに交渉するが取り合ってもらえなかった。

さらに落ち込んでいるとミカ先生がある提案をしてくれた。

 

「そう落ち込むな。知り合いの方に安く売ってもらえないか交渉してみよう」

 

「ミカ先生!ありがとう!本当にありがとうございます!」

 

「流石に見てられんからな」

 

「よかったねぇ。まぁ私も乗るし少しは出してあげるよ」

 

「千束お前……!」

 

「ふふん。どうだ!千束様ありがとうございますと感謝しても「何が狙いだ」……んだとぉ!?せっかく私が気を遣ってあげてるというのにコイツ!」

 

いや、だってよ。

お前も乗るとはいえ、そこまで優しくされると警戒するだろ?日頃の行いというやつだ。

 

「まぁ、アレだよ。DAもコイツら追ってるんでしょ?シュウにも手伝ってもらって、私達がDAより早く捕まえれるとたきなの復帰が叶うかもしれないじゃん?」

 

「あぁ、そういうことね」

 

「そーそー。これで安心できたかな?」

 

「喜んで手伝わせていただきます」

 

「よろしい。シュウも手伝うって!早く終わるかもねたきなー」

 

「本当ですか!?」

 

店の奥からリコリコの制服に着替えた井ノ上さんが出てきた。

おぉ、結構似合うね。髪もツインテールになっておりとてもいい。

 

「うおっほぉ〜!かーわーいーいー!なになにちょっと!!」

 

「ん?なんて?」

 

千束。

井ノ上さんの制服を前にして興奮のあまり言葉を忘れる。

なになにちょっと?ぐらいまでが俺が聞き取れた事だった。いや、可愛いけど言葉を忘れるな。

 

「見て見て!超似合ってるじゃん!シュウもみ……なくていいや!」

 

「見てるわ」

 

「そんなに見ないでください」

 

「ごめんなさい」

 

怒られてしまった。

いや、確かに可愛いから目の保養になるが、変な意味はないのよ?わー!似合ってますね!ぐらいのつもりだったよ?だからそんな目で睨まないでほしい。

 

「あれ?なんか二人、あんまり相性良くない?」

 

井ノ上さんに抱きつきながら、そんな様子を見た千束は疑問に思ったようだ。

でも確かに俺って何かやったか?確かに昨日、注意はしたけどそれぐらいじゃない?

 

「えぇ……?俺なんかした?」

 

「お尻を触られました」

 

「は?」

 

「え?」

 

「なに?あんたいきなり新人にセクハラしたの?」

 

「……」

 

「え?ちょっ!うそ待って」

 

女性陣の目が怖い。

ついでにお前は一体何をやっているという目で先生までもが見てくる。

 

「お尻、触っただぁ!?」

 

「待て!ステイ!千束さん待って待ってください!!いでぇ!!」

 

「なぁにが待てだコラァ!この手か?この手で触ったんか!あぁん!?」

 

怒り狂った千束に手をつねられる。

ミズキさんも俺を拘束するせいで逃げられない。無理に逃げると千束はともかく、この人は怪我しちゃうしって!

 

「痛い痛い!本当に痛い!てかいつ!?井ノ上さんごめんなさい!イタタタ!!!ギブギブ!!」

 

「私と沙保里さんを抱えた時ですね」

 

「咄嗟だったんです!そこまで意識できなかったんですぅ!」

 

「分かっています。ちょっと仕返しをしたかっただけです。千束さん離していいですよ」

 

「ふん。たきな様に感謝しやがれ」

 

いってぇ……。

あと千束。お前怖いわ。

 

「ほらほら!邪魔だからさっさと起き上がる!記念に写真撮るよ!あ、シュウはミズキの方行ってね。たきなの後ろに行ったらお尻触るかもだし」

 

「おい。そんな理由で私の後ろにするな」

 

「触らんわ!!」

 

「あーもう。ほらいいから撮るよー」

 

パシャリ。

文句を言っていたミズキさんも一瞬の間に顔を作っていた。流石だなこの人。

 

「早速お店のSNSに載せるわ」

 

「君はさっきの私の話を聞いていたのかね?」

 

「大丈夫でしょ。この店に襲撃かけたら返り討ちになるよ」

 

「そーそー。変な取引の現場とか写らないよ」

 

千束がスマホを操作している時店のドアが開く。

さて、俺も準備しないとな。

 

「やぁミカ」

 

ん?先生の知り合いか?

驚いている先生なんて久々に見る。

まぁ久しぶりに会う友達だろう。

 

「「「いらっしゃいませ」」」

 

兎にも角にもお仕事開始である。

今日も一日頑張りましょー!




主人公設定

名前 近衛修哉

年齢 18

身長 180

髪 黒髪

容姿 リコリコのSNSに写真が投稿されると少し騒ぎになる程度には整っている。

武器 コンバットマスター、特殊な防刃防弾グローブ、ナイフ


残りの設定はありますが後々明かしていきます。
追加のタイミングが来たら後書きに書いて、多くなってきたらそれように設定のみを書いておきます。
おそらくアニメ三話が終わったあたりで書けるかと。
バイクはそれぞれ想像でも大丈夫ですが私はカワサキのスポーツ系バイクが好きです。
でもここに出てくるバイクがそれとは限りません。


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ちょっとした日常

前回の分でアニメ一話が終わりました。
アニメ一話の間にどんな日常があったのか。
短いですが幾つか書いてみました。
正直読み飛ばしてもアニメ二話の方へ影響はあまりないです。

・銃取引事件の日のリコリコ営業時の出来事
・千束のバイクを壊してしまったお詫び
・ある日の晩御飯
・ストーカー事件後に落ち込む修哉

の四本です。


楠木さんから深夜の仕事を押し付けられ、早朝からの銃取引事件の後でもリコリコは開店する。

寝不足な上、疲れた身体を覚醒させるため、戻ってからコーヒーとサンドイッチで回復。もはや無理矢理身体を動かしているような状態だが、お客さん達への笑顔は忘れない。

今はピークタイムだし、本来なら厨房に入っている俺も配膳ついでにたまに出て接客中である。

 

「あ、修哉くん。いつものコーヒーお願い〜ってあれ?修哉くん顔どうしたの?可愛い絆創膏つけてるけど」

 

常連の女性が俺の顔にある絆創膏に気づいたようだ。

今朝の現場でガラスで切ってしまった傷を、その場で千束に応急処置をしてもらったが、リコリコでもう一度絆創膏を貼り直したのだ。

その際、千束に何かのキャラ物の絆創膏に貼り替えられた。そのせいか、少し目立ってしまったようだ。

 

「これですか?実は昨日、部屋の整理してたらぶつけちゃって、ちょっとだけ切ったんですよ。絆創膏は千束がくれたやつです」

 

「えぇ!?切ったって大丈夫!?治る!?せっかく綺麗な顔してるんだから気をつけないと!跡なんて付いたら最悪よ?」

 

本当のことを言うわけにもいかず誤魔化す。

嘘をついたのが悪く思えるぐらいアタフタと心配してくれる姿には罪悪感が湧いてくる。というか綺麗とは?

 

「き、綺麗?ま、まぁ大丈夫ですよ。昔から回復力は高いんで、ご飯食べてしっかり寝れば治ります」

 

「そうなの?若さっていいわねぇ。あ、あとどら焼きバーガーもお願い」

 

「ご心配いただきありがとうございます。コーヒーとどら焼きバーガーですね。コーヒーはすぐにお持ちしますね」

 

「よろしくね〜」

 

一礼してから厨房へと戻る。

その時、カウンターにいる先生にコーヒーを一つ淹れてもらう。あとは千束が持って行ってくれるだろうし、俺はどら焼きバーガーを作り始める。

どら焼きにたっぷりの生クリームにブルーベリーソース、アクセントにりんごを少し散りばめてサンド。皿に乗せて三色団子も一本添える。

 

「バーガーできた?」

 

「おう。……なぁ千束。俺の顔って綺麗なのか?」

 

「え?どうしたの急に」

 

「いや、さっき言われてな」

 

「……ふーん。ちょっとこっち向いて?」

 

「ん?おい、そのペンはなんだやめろ」

 

千束がエプロンのポケットに入れていたペンを取り出した。片手で俺の顔を固定してペンを徐々に近づけてくるが、それを掴んで止める。

 

「大丈夫大丈夫。顔に書いたりしないから」

 

「そのペンの先に、俺の顔以外どこがあるってんだよ」

 

「絆創膏だよ。本当に大丈夫だって」

 

これ以上、顔の前でペン先を向けられながら力強く攻防するのも危ないため、俺が先に折れた。

それでいいのだと言いつつ千束は絆創膏にサラサラと何かを書く。

本当に顔には書いていないようだ。

よかった。千束のペンは油性だし、顔に何か書かれていたら対抗して、千束のおでこに肉とか書くところだった。

 

「これでよっし!」

 

「何書いたの?」

 

「秘密〜。あ、営業終わるまで鏡見たりしないでね?」

 

「はいはい。とりあえずこれ持って行ってくれ」

 

「はーい!」

 

おっ待たせしましたー!

なんて元気な声を聞きながら他の作業を進める。

料理を作り、足りなくなった材料を補充。その他の仕込みなども進めながら、たまにホールへと出る。ただホールに出た時は、常連の皆さんに何かニヤニヤとされる。

先生は微笑ましそうだし、ミズキさんは何かイライラしているな。なんだ?

だがそんな事も徐々に慣れてしまって、厨房にいる時間の方が長いために気にする事も無くなり数時間。今日の営業が終わり閉店作業中に俺はふと鏡を見てしまった。

あ、そういえば昼に千束がなにかを書いてたな。

 

「なんだこれ」

 

絆創膏を剥がして読んでみる。

小さく書いてあるが普通に読めるな。

 

『千束専用』

 

「何書いてんだあいつ。……ん。傷はもう大丈夫そうだな」

 

なんとなく俺はそれに線を引いて消し新たに言葉を書いておく。

 

「千束」

 

「んー?あ、もう絆創膏いらないの?」

 

「返すよ」

 

「あだっ!いきなり何するだコラ」

 

千束のおでこに絆創膏を貼り付けた。

 

「あれ、なんか書いてる?……まだ未定だってなんだよぉ!」

 

「専用になったつもりはないよ。ほら、さっさとテーブル拭いていけ」

 

「あ、ちょっ!」

 

「……何やら青春の波動を感じる」

 

千束に絡まれかけるが、ミズキさんが何かよくわからないものを受信し始めたので俺は厨房へ逃げたのだった。

 

 

 

また別の日。

お昼のピークタイムが終わり、おやつついでに入ってきたお客さんも減った頃。

俺は帰り支度を終わらせて先生に挨拶をする。

 

「お疲れ様でした。先に上がります」

 

「おつかれ。楽しんでくるといい」

 

そんな先生の言葉を聞くが少し気が重い。

今日のリコリコの仕事は、早く上がらせてもらうのだ。それは何故か。

 

「よっし!映画館にレッツゴー!」

 

「おや?千束ちゃん、今日はもう終わりなのかい?」

 

「はい!今日はシュウを連れて映画を見に行くんです!いっぱい奢ってもらうんで、昨日からずっと楽しみだったんですぅ」

 

「お、いいねぇ。修哉くん!これは男の魅せどころだよ!」

 

「そうだぞぉ!いいところ見せてけぇ?」

 

常連さんの言葉に悪ノリする千束。

くっそ。バイク壊したお詫びとはいえ、すっごく行きたくない!

だいたいたな。わざとではないし現場の真下にまでバイクに乗ってくる奴が悪いと思うのは俺だけだろうか?俺だけだろうな。大人しくしよう。

 

「手加減してほしいんですけどね」

 

「うーん。楽しませてくれたらいいよ?」

 

「そうかい。それじゃあ、できる限りはしますかね」

 

「わぷっ!」

 

千束にヘルメットを被せる。

行ってきますと先生達とお客さんに言って店を出る。千束がまだ何か騒いでいるが、俺が先に出てバイクの用意をしなければいけない。

店の裏に停めてあるバイクに乗り、店の前まで持ってくると、何故か顔が赤い千束がいた。

 

「どうした?顔赤いけど、なんかあったか?」

 

「……な、なんでもないっす」

 

「そうか?まぁ早く乗れ」

 

「失礼しますっす」

 

「……いや、絶対おかしいだろ」

 

「うへぇ!?そんなことないっす!」

 

これは一体どうした?と困惑していると店の窓が開き、常連のおっさんとおばさんが顔を出してきた。何やらイタズラが成功したような、悪い顔の気がするのは気のせいだろうか?

 

「あらあらまぁまぁ、初々しいわぁ」

 

「修哉くん!事故とかすんじゃねぇぞ!千束ちゃんを守ってやんな」

 

「はい。ちゃんと安全運転で行きますんで大丈夫ですよ」

 

「「大事にされてるねぇ」」

 

「う、うるさいなぁ!ほら、早く出す!」

 

「お、おう。じゃあまた!」

 

常連さんに頭を下げてからバイクを走らせる。

千束は何故かしばらく黙ったままだったが、ポツポツと話をしてくれるようになった。映画まで時間があるからクレープを食べたいだの、映画館ではキャラメルのポップコーンを分けようだの、水族館にも行きたいだのと増えていく。

今日は意外と長くなりそうだな。

 

「あ、あとシュウの料理が食べたい」

 

「はいよ。何がいいか考えておけよ」

 

「トマト系のパスタ」

 

「うーん。帰りは買い物してかないとな」

 

「じゃあ服とかはまた今度にするよ」

 

「荷物になるからな。そうしてくれ」

 

とりあえずはクレープ屋だな。

多分映画館の外にあったと思うし、映画館に向かうとしよう。

ちなみに千束チョイスの映画は面白かった。

 

 

 

ある日の夜。

明日は新人がリコリコへと入ってくる予定。

だが千束はそんな事は忘れているのか、いつも通りに過ごしている。

 

「シュウ〜。今日のご飯なぁにぃ?」

 

銃取引の日にバイクが大破した千束は、この数日間俺の家に入り浸っていた。

今もテレビを見ながらソファでだらけている。

だが徐々に晩御飯のいい匂いがしてきたからだろうか?お腹を鳴らした千束が話しかけてきた。

 

「肉」

 

「肉はわかってるんだよなぁ……。そうじゃなくてメニュー!料理名!」

 

「鳥の唐揚げ、サラダ、味噌汁、漬け物」

 

「いいねぇ。あ、お腹が減るような、いい音がしてきたね!」

 

「揚げ始めたからな」

 

「味見させて!」

 

「揚げ始めたばっかだからまだほぼ生だよ。それより先に、風呂掃除でもしてきてくれ」

 

「えぇ!?私お客様なんですけどぉ!」

 

ソファで寝転びながら言う千束に目掛けて、国民的なカップ麺を放り投げる。

危なげなくキャッチしたのを見ながら、俺は魔法の言葉を言ってみる。

 

「働かざるもの「行ってきます!」よろしい」

 

もう十年以上の付き合いなだけあり、俺の事をよくわかっているようだ。あまりにだらけ過ぎて晩御飯抜きも何回かあるからな。それに、千束が風呂掃除を終わらせて戻ってきたら、いい感じに二度揚げも終わっているだろう。

 

「……うまそうだな」

 

今ならまだ千束も戻っていない。

……いける!

 

「いただきます」

 

カリッサクッとした食感。

ジュワッとあふれる肉汁。

あぁ、今日も最高にうまい。

 

「何食べてるんですかねぇ?」

 

いきなり後ろから抱きつかれた。

 

「!?びっっっくりしたぁ!!揚げ物してる時に忍び寄るなバカ!」

 

おま、お前!

俺って気配とかには敏感だけど、家とかのリラックスできる場所ではスイッチオフ状態なんだからもっと気を遣ってほしいんだけど!?!?

特に今なんて千束がいる分、一人の時よりさらに気が抜けているんだから!!まったく接近に気がつかなかったわ!!

 

「それで?お味はどうなのかバカにも教えて欲しいんですけど?お風呂掃除頑張って終わらせてきたんですけど?」

 

「……ご苦労。あーん」

 

「あ、それでいいよ。あーん」

 

「食べかけだぞ?」

 

「わかってないなぁ。これは味見だよ?もう一個食べたら本番の量が減っちゃうでしょうが」

 

「本番て……まぁ、いつもの事か」

 

何かを炒めたりとかではない、唐揚げなどの個数がある物はいつも一個を分け合っている。

俺の食べかけだが今更だなと思いながら千束に味見してもらう。

 

「んー!!おいひぃい!」

 

「感想は食ってからにしてね?」

 

「んぐんぐ」

 

まぁその満面の笑みを見たら美味しいのはわかるんだが。今日も喜んでもらえてよかったよ。

 

「あれ?唐揚げ奇数じゃない?」

 

「あげるよ」

 

「いぃやったぁ〜!」

 

そこまで喜んでくれるならもう何も言えねぇわ。

その後、ご飯を食べて千束が皿洗いをしている間に風呂に入る。リラックスタイムというか二人で映画を見て、俺は見ながら寝落ち。

次の日の朝。

映画を最後まで見たであろう千束が、どんなふうに俺のベッドに行ったのか知らないが、起こしに行くと下着姿で起きてきたのは驚いた。

頼むからもう少しこう、異性がいる空間だって事を考えてほしい。顔真っ赤だったから分かってはいるのだろうが甘すぎるわな。

 

 

 

井ノ上さんがやってきた日の夜。

篠原さんのストーカーもとい、銃取引関係者を片付けて、バイクを大破させられた。

歩いてリコリコへと戻ったが、俺の気落ちした姿を見た先生とミズキさんが駆け寄ってくる。

 

「無事だったか。千束とたきなはどうした?」

 

「どうしたのよ修哉。あんたがそれほど落ち込むなんて、まさか……」

 

「やられた」

 

「なに?まさか」

 

「バイクが、大破ですよ。もう無理です」

 

俺は絶望した本当に落ち込んだ声が出た。

あぁ、あの遠くまで共に駆けた相棒はもういないんだ。ごめんよ。俺が焦ったばかりに、新手を考えなかったばかりに君を死なせてしまった。

 

「……あぁ。そういえば排気音なかったわね」

 

「とりあえず茶でも飲むか?」

 

大人達は冷たかった。

ミズキさんは呆れた顔で片付けを再開。

先生は俺にお茶と余ったどら焼きをくれた。

せっかく出してくれた物だし俺はモソモソとどら焼きをいただき、お茶で喉を潤す。

少し癒された俺は、なんて現金なやつなんだろう。すまない相棒。

さらに落ち込んだ俺を、大人達はもはや居ないものとして扱っている空気。……もうちょい気にしてくれてもいいんじゃないですかねぇ?いいですよ。しばらく落ち込んどくので。

 

「あいぼぉ」

 

「あ、やっぱり落ち込んでる。言った通りでしょ?」

 

「大切にしていたなら仕方ないかと」

 

二人が帰ってきたようだ。

なに?もうそんなに時間経ってたの?

俺、ここまで歩いて帰ったけどそれなりに距離あったよ?まぁショックのあまり足取りが重過ぎたのはあるかもしれないが……。

 

「おかえり。早速だけどこれ、なんとかしてもらえない?人の方の相棒さん」

 

「人の方ってなんだぁ!?」

 

「うるっさ!ほらあんたもそろそろシャキッとしなさい!新人のたきなと挨拶した?してないならほらちゃんとする!」

 

ミズキさんにバシンと背中を叩かれる。

でもミズキさんの言う通りだ。今回は依頼で話す暇もあんまりなかったし、今ちゃんと挨拶はしなければ。挨拶大事。

パシンと頬を叩いて気分を変える。

 

「初めまして。近衛修哉です。喫茶リコリコでは主に厨房担当。戦闘に関しては〜さっき見てたからわかるか。よろしく井ノ上さん。近衛でも修哉でも常識の範囲で好きなように呼んでくれ」

 

「本日配属になりました井ノ上たきなです。千束さんと近衛さんから学べと司令からの命令です。転属は本意ではありませんが、東京で一番の協力者から学べる事ができ光栄です。この現場で自分を高めて、本部への復帰を果たしたいと思っています」

 

「おぉう……。そこまでしっかりと挨拶されるとはな。まぁなんでも聞いてくれ。よろしくね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「目が死んでなければいい挨拶だったんだけどねぇ……。シュウさんは千束ポイント減点です!」

 

「なんだそのポイント」

 

「さぁ?今考えた」

 

「使えるポイントになったら知らせてくれ」

 

「オッケー」

 

その後は千束がリコリコの中を案内しだし、俺はストレスが限界突破したミズキさんに連れられそのまま家に送り届けられた。

 

「あんた、明日もそれだったら承知しないわよ?ちゃんと寝て明日から切り替えなさい!」

 

「うっす。お休みなさい」

 

「あ、外見だけでもタイプの人間におやすみなさいって言われる幸せ。録音するからもう一度言ってくれってあ、ちょっと!待ちなさい!」

 

俺は逃げるように部屋に戻った。

その日の夢では、仕事を終えた相棒が次の相棒を探せと言い颯爽と去っていくのを見た。

なんか、バイクが喋りだすのはちょっと違うと思いました。




アニメ二話の話が終われば、またこんな感じのを書いてみようと思います。


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第六話

今回からアニメ二話に突入です。
中の人ネタ?ってほどではないと思いますが、入れてしまいました。


カーテンを開ける。

うん。今日もいい天気になりそうでありがたい。

朝ごはんとコーヒーを用意して、テレビをつけてニュースをチェック。

なんだこれ?ガス爆発?

とあるマンションの一室が吹き飛んだらしい。

最近は本当に多いよな。DAが関わっている事件かただの事故かわからんが……。

そういえば、この間の銃取引の事件はDAがガス爆発にしていたが、今回も何かしらあったのだろうか?

毎回思うけどガス爆発って都合良過ぎない?多少銃でぐちゃぐちゃな部屋になっても銃弾を回収後、適当に火をつけて偽装してってやり過ぎでしょう。DAってそういうところあるよね!!

 

「あー。コーヒーうめぇ」

 

ともかくだ。

今日は千束もいないし、久しぶりにゆっくりとした朝である。実に清々しいいい朝だ。

……もう一杯飲もうかな。

そう思った時、スマホが鳴り始めた。

 

「嫌な予感。……うげ」

 

楠木さんだ。

今度は一体なんだ?

やっぱりさっきのニュースがDA絡みとか?

うわぁ……。ちょっと嫌だわ。

 

「あ、切れた。ってかけ直すの早くない?……もしもーし」

 

着信音が止まった瞬間にまた電話がかかってきた。これは俺が出るまで止まらないやつだなぁと思いながら電話に出たが、いつも通りの冷たさが目立つ楠木さんの声だ。

 

『一度無視するとはいい度胸だ』

 

「いや。ちょーっとタイミングがよろしくなくてですね?」

 

『まぁいい。お前が使う武器や弾薬、他にも必要な物はリコリコに送っている。ミカから受け取りなさい』

 

「え?それだけ?」

 

『そうだが?』

 

「いや、なんでもないです。ありがとうございます」

 

この人、それだけのために朝から電話してきてくれたのか。荷物がミカ先生の元にあるなら先生から聞けばいいだけなのに。

この人はめんどくさい事してるなと思っていると、ではな。と言い、電話が切られる。

 

「なんだったんだ?」

 

楠木さんはたまにこうやって俺の様子を伺う。

内容は今回のように物資の補充や、千束の様子を聞いてきたりと色々だ。

 

「って、そろそろ出ないと」

 

今日はミズキさんが迎えにきてくれる。

バイクが壊れている間だけだが、朝は迎えにきてくれるらしい。待たせるわけにもいかないので急いで用意を終わらせる。

準備を終わらせて時間通りに外に出ると、リコリコの車が止まっていた。

 

「おはよう。待たせたかな?」

 

「今来たところよ。……ねぇ、普通これ、男女逆じゃない?」

 

「それは……たしかに」

 

「やり直す?」

 

「嫌です」

 

俺が助手席に座ったのを確認し、ミズキさんは車を走らせる。

早朝だからかあまり話す気にもなれずしばらく黙っていたが、ミズキさんが話しかけてきた。

 

「そういやさぁ。あんたウォールナットって知ってる?」

 

「ウォールナット?……クルミ?」

 

「有名なハッカーらしいわね。それでね、実は依頼が来てるのよね」

 

「ん?ウォールナットから?」

 

「そう。緊急で」

 

緊急ねぇ。

そんな有名なハッカーなら色々と巻き込まれるのだろうな。この時点で俺はだいたい察している。

 

「今回の依頼、金払いめっっちゃいいから受けるわよ。相場の三倍よ三倍!しかも一括前払い!」

 

「三倍?すごいな……内容は?」

 

三倍かぁ。

それは中々……。ミズキさんがやる気になるのもわかるな。ただでさえうちは千束のおかげで金がかかるのだから。

 

「ウォールナットの保護。死んだように見せかけてウチで身柄を隠すの。今回は私も命張るわよ」

 

「おぉう。やる気だね。それにしてもウチで保護ねぇ」

 

「千束には黙っておきなさいよ?たきなもでしょうけど、隠し事しながら依頼をこなすなんて出来ないだろうし」

 

……たしかに!

千束はなぜなぜと色々と聞き出そうとするだろうし、井ノ上さんは結構脳筋だからボロが出やすいだろう。こうしてみると、ウチって工作とかその辺弱くない?

まぁ今更言っても仕方ないか。

依頼内容に戻ろう。

 

「ほーん。とりあえず俺はどうするの?」

 

「ウォールナットを追っている武装集団の排除。これが結構いるのよね。多すぎて邪魔だし、依頼をしやすいように片付けておいて。全滅しちゃったら偽装工作もできないからコレを五〜十人ぐらいまで減らしておくのが理想ね」

 

「なるほどねぇ」

 

……無理だな!!!

だってバイクないもん!!

こんな事ならもっと早く用意したのに!!

 

「それよりあんた、楠木司令の何?」

 

「は?何って何?……小さい頃に少し面倒見てもらったぐらいだけど?」

 

「ふーん。その程度ねぇ……。前から思ってたけど、アンタ特別扱いされてるわよね?」

 

「そうかな?まぁたしかに特別任務とか放り投げられるよね」

 

「それ以外もよ。まぁリコリコに着いたらわかるわ」

 

なんだぁ?

たしかに今朝連絡があったが、内容はあの人が押しつけた任務で消費した武器弾薬の補充だろ?これは別に、俺が依頼を受ける条件の一つだから特別扱いでもないだろうし。なんだ?

まぁそれは置いておこう。

えっと、まとめると……。

依頼内容はウォールナットの保護。

俺の仕事は、数が多い襲撃者を千束達が動きやすい人数まで片付ける事。

これは囮になるミズキさんの安全の為でもある。

ウォールナットを死んだように見せかけるって事は、千束達を任務失敗へと誘導するわけか。

 

「考えたの先生?」

 

「と、ウォールナット本人」

 

「失敗させるなんて意地悪な内容だなぁ」

 

「敵を殺せるなら、別の手段もあるけど?」

 

「それは無しだね」

 

「うるさいのが居るしね。まぁ、私もあんまりしたくないし」

 

お、リコリコについた。

結構話し込んでたな。

先に車から降りて店内に入ると、先生が武器の確認をしていた。

 

「きたか。おはよう修哉」

 

「おはようございます。それ、楠木さんから?」

 

「あぁ、確認しておいてくれ。後は、これだ」

 

先生が何かを投げてくる。

それをキャッチして確認する。

受け取ったものは何かの鍵。

 

「鍵?……え、うそ!」

 

「見てこい」

 

「はーい!!!っと!ごめんミズキさん!」

 

「あっぶないわね」

 

ドタバタと店の外に出ようとするが、ちょうど店に入ってこようとしていたミズキさんと衝突しかける。ミズキさんを転ばさないように避けて支える。ちゃんと無事を確認してから店の裏へと俺は走った。店裏のそこには、大きな黒い乗り物が鎮座していた。

 

「うぉお……。うぉおおおお!!!」

 

バイクだぁ!!!

え!?うっそ!楠木さんが!?

これは特別扱いと言われても仕方ないわな!!

色もいいよぉ!黒を基調に赤と青がセンス良く入っている!

 

「修哉は遊撃になるからな。移動手段はあったほうがいいだろうと楠木が送ってきたぞ」

 

「ま、マジでぇ!?」

 

「後でお礼の電話でもしておけ」

 

うぉぉおおお!するする!いくらでもする!

たぶん壊れたのを聞いて、緊急の任務の時に俺が動きやすくなるよう最速で送ってくれたのだろうが、ありがたい限りだ。

楠木さんが今回の依頼のことを把握しているのかは知らないが、なんにせよタイミングバッチリでありがたい!!

 

「今回の依頼はまっかせて!確実に片付けるから!」

 

俺は先生にそう言ってリコリコ店内へと戻る。

さてさて!今回は準備万全で行きますよぉ!

武装集団がなんだ。新たなバイクの慣らし運転ついでに片付けてやりますよぉ!!

 

 

 

あれから一時間が経ち、時刻は七時。

銃の整備を終えて、銃弾やその他の装備も準備完了。そこまで終えた俺に、先生が新しいバイクのマニュアルがあると言った為、現在はタブレットでそれを読み込んでいる。

スペック面はだいたい同じだが収納ができたようだった。予備の銃を詰め込めるスペースとか、マガジンを置いておけるスペースとか。取りやすい場所に配置されているが、これが巧妙に隠されている。作ったやつは変態だな。

 

「おはようございます」

 

「お?おはよう井ノ上さん。コーヒーとか飲む?ちょうど淹れようか迷ってたんだけど」

 

「いいんですか?いただきます」

 

「はいはい〜。美味しく淹れますね〜」

 

井ノ上さんが出勤してきた。

俺は座っていたカウンターから立ち上がりコーヒーを出す事に、千束と違い井ノ上さんとは一緒にいる時間が少ない為、この辺でコミュニケーションを取っておこう。

 

「砂糖とミルクは?」

 

「ブラックで大丈夫です。ここのコーヒーは美味しいですから」

 

「嬉しいこと言ってくれるね。まぁ俺は先生ほど上手く淹れられないけど」

 

ブラックコーヒーを井ノ上さんに出し、今日は機嫌が最高潮な上に、嬉しいことを言われた俺はとっておきを出す事にする。

袋に包んでいたお菓子を取り出して、小皿に三つ乗せたものを二つ用意した。井ノ上さんには感想も聞きたいし、淹れたコーヒーと一緒に出してみよう。

 

「おまたせ。あとこれ、良かったら食べて。朝イチで要らないなら包むけど」

 

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。えっと、これはマカロン?ですか?」

 

あれ?食べたことない?

あー。そう言えばリコリスのお菓子の代表はかりんとうだったな。あれもすごい美味しいんだけど……ん?もしかして井ノ上さんってあんまりお菓子とか食べない?

 

「うん、マカロンで合ってる。たまに作るんだけど、結構評判いいんだよね。昨日家に帰ってから久しぶりに作ったのを持ってきてたんだよ」

 

「いただきます」

 

「どうぞー」

 

俺も一口。

うん。コーヒーに合うように試行錯誤しただけあって美味しい。

たまにこうして、焼き菓子やケーキなんかを作っているが中々好評なのだ。まぁ自宅で気分転換に作っているだけだから量は少ないし、常連さんへのサービスだな。

 

「美味しいです!」

 

「そう?よかった」

 

「私、コレ、初めて食べたんですけど、すっごく好きです」

 

「お、おう。後でいくつか包んでおくよ」

 

「お願いします!」

 

少し興奮した井ノ上さんの声に気がついたのか店の奥から先生が出てくる。今日の任務内容を話すようだ。

さてと、俺はそろそろ出ようかなって……あれ?千束のやつ遅くないか?時刻は七時十五分。騒がしい声があってもおかしくないが……。

一応、電話してみる。

 

「……でない」

 

そう言えばあいつ、井ノ上さんへオススメの映画を貸すとか言ってたな。厳選している途中に映画を見だして止まらなくなってしまい、夜更かしからの寝坊パターンか。

 

「千束はまだか?」

 

「うーん。多分寝坊じゃないかな?」

 

「……あの人、大丈夫なんですか?」

 

大丈夫じゃないかもしれない。

すまない千束。フォローはできない。

井ノ上さんの疑問に俺と先生は答えることができず、俺は厨房に逃げてマカロンを何個か包む。

 

「じゃあ先生。俺は先に出るよ」

 

「手筈通りにな」

 

「了解。あ、千束には何回か電話してみるよ。起きたら依頼が入ってるから急いでリコリコへ向えって言っておくし、あと井ノ上さん、これ移動中にでもどーぞ」

 

「ありがとうございます。気をつけて」

 

「そっちも気をつけて。アイツ、一応戦闘では頼りになるはずだから……大変だろうけど千束のお守りよろしく」

 

「はぁ……。まぁ頑張ってみます」

 

気が重そうな井ノ上さん。

まぁフォローは先生に任せよう。

俺は新しいバイクに跨り、目標の武装集団を排除するために動き出すのだった。

……その前にもう一度だけ電話しておこうか。

 

「……あ、もしも『寝坊ですごめんなさい!迎えに来てくだあぁあ!シュウのバイクないんだったぁ!!』うるっさ!」

 

一息に謝罪をしたのはお寝坊千束さん。

なんというか、想像通りで本当に面白いやつだよな。

 

「とりあえず急げ。今日は緊急の依頼が入ってるし俺はもうそっちに行くし、千束も急げよ?」

 

『え!?そうなの!?さらにヤッバいじゃん!』

 

千束の叫びを聞きながら、俺は新しいバイクを目覚めさせる。

おぉおお!!いい音だ!!

身体に響くエンジンの音がたまらない。

 

『ん?やけにバイクの音が近くない?』

 

「ふふん。新しい相棒だ」

 

『え!?じゃあ私を迎えに来てくれるの!?』

 

「さっきも言ったろ?俺は今から仕事だから無理です。諦めて大人しく急いでください」

 

『うぇええ!?ケチ!』

 

「うるせぇ。さっさと来ないと井ノ上さんに呆れられてたぞ?これは先輩の威厳が消えるな」

 

そんなもん元から無いけど。

だがそれを聞いた千束はさらに焦っていた。

 

『えぇ!?嘘でしょ困るよそれ!急いで行かないとアダッ!』

 

ダダンと落ちたような音。

あー。あいつハシゴから滑り落ちたな?

焦りすぎだ。

 

「怪我すんなよ?それじゃあまた後で」

 

『あ、ちょっと待っ』

 

「さて、これから頼むぞ」

 

今度こそ俺は目標に向かっていくのだった。

井ノ上さん。本当に大変だろうけど、頑張ってくれよな!!



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第七話

話の切りどころを逃しそうで、長くなりそうだったから短めです。


調子がいい。

新しいバイクに乗り武装集団を相手にしていく。

とは言ってもだ。単純だが、移動手段を無くしてやれば足止めはできる。例えば車を壊すとか。

まぁここは依頼主であるウォールナットにも、意見を聞いておこうか。

 

『聞こえるか?』

 

「良好。いつでもどーぞ」

 

『自動音声の為、聞き取りにくい部分があれば遠慮なく聞き返してくれ。では誘導を開始する』

 

インカムから聞こえる指示。

俺はその言葉を頼りに移動を開始する。

どうやらウォールナットが敵を把握しているようで、俺をそいつらの元へと誘導してくれるようだ。

うーむ。こいつがウチに保護されるのか。

リコリコメンバーはバックアップが足りなかったから、これからも手伝ってもらえるとありがたいな。

 

『そこを右に曲がって、公園の横に止まっている白いバンが標的だ』

 

「はいよ。車を壊して、敵と武器を壊せばいいんだな?」

 

『あぁ、最悪移動手段をなくすだけで構わない。君がいる場所から最終地点までは距離があるからな。武器を隠しながら移動するなら辿り着くまでに全てが終わるよ』

 

「そーかい。まぁ今回は確実に潰しておくよ」

 

『その辺は任せる』

 

ウォールナットとの通信が切れる。

さて、やりますか。

俺は見えてきた白のバンに近づいていく。

今回の武器はいつものグローブと、実弾が入ったコンバットマスター、千束が使っている非殺傷弾が入ったMEUピストルを改良した物。後ナイフ。

今回は銃を二丁使っていく。

理由としてはバイクの収納から取り出したりと、一連の動作に慣れておきたいのだ。

 

「失礼しますよっと」

 

「おい、なんだお前!」

 

「銃持ってやがるぞ!」

 

まずは車の前に塞がるようにバイクを止めて、コンバットマスターをバイクの収納から取り出して撃ち、車をパンクさせる。

この日本で、予告もなしにいきなり撃たれるとは思っていなかったのか、慌てた見張りの二人がこっちに銃を向けてくる。だが先に非殺傷弾が入ったMEUで無力化。

 

「そんな慌てないでくれよ」

 

コンバットマスターを戻し、MEUで車内の敵も牽制。近づいて窓ガラス越しに頭を狙い撃ち気絶させる。

 

「やっぱりこの弾、使いにくいよなぁ」

 

それにしても相手はプロじゃないから制圧が楽だ。うぎゃあ!なんて言いつつ気絶していった四人は縛っておいたり、指を折っておいたりしてから車内に詰め込み放置。

叫ばれないようにガムテープも用意していてよかった。治療にも使えるし便利だよね。

 

「悪いねぇ。別に恨みとかないけど、こっちも仕事だからさ。殺さないだけマシと思ってくれ」

 

「むー!んむー!!」

 

「ん?起きたのか?」

 

うるさいからもう一発撃ち込んでおく。

さて、こいつらは後で警察かリコリスでもいいから回収してもらえればいいしとりあえず放置。あとはこいつらの銃の一部を壊しておき、使用不可の状態にしておく。

ここまで五分程しかかかっていない。

 

「こんなもんか?まだ何組かいるし、あんまり時間もないからこのぐらいにしておこうかな」

 

ウォールナットに通信。

また無機質な自動音声が流れてくるが、それの通りに動いていく。どうやら向こうはミズキさんと合流したらしい。

目標地点までにあと三組潰しておくらしい。

次は少し距離があるな。急ぎますかね。

 

 

 

〜たきなサイド〜

 

時刻は八時が過ぎた頃。

千束さんは寝坊のようだ。

私達が動くのはまだ先で余裕があるとはいえ寝坊とは、本当に優秀なのだろうか?あの日の動きは確かに凄かったが……。

 

「たきな。依頼内容に質問はあるか?」

 

「いえ、大丈夫です。それにしても今日も営業するんですか?四人も居なくなっちゃいますけど」

 

「あぁ、午前の間だけな。それぐらいなら一人でも大丈夫だ。最悪メニューも絞るしな」

 

「そうですか。……それにしても、千束さん。遅いですよね」

 

「修哉に電話で起こされたようだからもうすぐ来ると思うが、まぁたまにあることだ。そのうち慣れるさ」

 

「慣れていいものなのでしょうか?」

 

あまりよろしくないと思いますが……。

依頼内容を聞いた私はお店の奥で装備のチェックをしていく。メンテナンスはこまめにしている為、問題は特にない。千束さんもこっちに向かっているようだし、予定時刻までに待ち合わせ場所に到着するのは問題はなさそうだ。

銃のチェックも終えて、手持ち無沙汰になった頃ホールの方から話し声が聞こえてきた。どうやらお客さんのようだ。

……私も何か手伝ったほうがいいのだろうか?

 

「店長。私も何かお手伝いを」

 

「いや、これから忙しくなるからゆっくりしていてくれ。千束もまだ来ていないしな」

 

「わかりました。では奥にいる事にします。何かあれば言ってください」

 

「あぁ、ありがとう」

 

手伝わなくていいようだ。

座布団に座り直し、待機する事にする。

 

「あ」

 

その時、視界の端に近衛さんから頂いた小袋が目に入った。小さな袋の中を確認するとマカロンが三つ入っている。

 

「う、うーん。今食べるべきか……。いえ、我慢しましょう」

 

あの優しそうな人はまた作ってくれると思う。

だけど、たまにしか作らないそうだし次がいつになるかわからない。ダメ元でお願いしてみようかな……いや、まだそれほど親しくないのに手間を取らせるわけにはいかない……でしょうね。

 

「がまん……。我慢です」

 

鞄の中へ潰れないように入れておく。

 

「お待たせー!千束が来ましたー!」

 

どうやら千束さんが到着したようだ。

荷物を持ち、更衣室へ移動する。制服よし、荷物も大丈夫。店内に出ると私が初めて接客した吉松さんが帰るところだった。軽く一礼してお見送りをする。

 

「お!おっはよ〜たきな!」

 

「おはようございます。遅刻ですよ」

 

「えへへぇ。ごめんね?」

 

そう言って千束さんは笑っている。

……この余裕は見習うべき、なのでしょうか?

近衛さんはこの人と長年ペアをしていたようだし、そのうち聞いてみよう。それがきっかけでお菓子の話をできれば、マカロンを作ってもらえるかもしれない。

うん。我ながら悪くない作戦だと思う。

今度それを実行する事を誓いながら頭を切り替えていく。これから護衛任務なのだ。

前回のように失態をすれば私の評価が上がらないし、マカロンも作ってもらえないかも……。

おかしい。切り替えができない。

うまく切り替えができていない事を自覚し、少しだけ近衛さんを恨んでしまった。

 

〜たきなサイドアウト〜

 

〜千束サイド〜

 

朝、スマホの音で目が覚める。

うるさいなぁ。この着信音はシュウの〜……。

はっ!?何時!?七時二十分!?遅刻!!

 

「寝坊ですごめんなさい!迎えに来てくだあぁあ!シュウのバイクないんだったぁ!!」

 

迎えに来てもらおうと思ったのにぃ!

その後、シュウいくつか話をしたが新しいバイクを手に入れたとか。おい、経緯を教えろ経緯を!せっかく私がついて行って良さげなバイクを選ぼうと思ってたのにぃ!私も乗るんだぞ!?

 

「あーもう!さっき梯子から落ちた時に打ったお尻が痛いなぁ!」

 

昨日はたきなに貸してあげる映画を厳選している途中、ついつい映画を見てしまい寝落ちしてしまった。ほら、部屋の整理をしてたら偶然見つけた懐かしい物に惹かれるじゃん?その現象が起きてしまったというか……怒られるかなぁ。

少し手間取ったが部屋を飛び出してバイクにたどり着いた。あとはできるだけ近道を使って急ぐだけって。なんか忘れてるような。

 

「ん?……ヘルメット!あーもう!」

 

部屋に蜻蛉返りした。

結局、リコリコに到着した時間は遅刻だが、逆にいいこともあった。ヨシさんが一ヶ月ぶりに来ていてくれたのだ。

ロシアからのよくわからないお土産をもらってしまった。どっかに飾っておこう。

今日は依頼があって時間もないのについつい話し込もうとしてしまったが、先生に止められてしまった。もーシュウも出ているなら、ちょっとぐらい遅れてもフォローしてくれるってぇ。声に出したら怒られるから言わないけど。

 

「たきなー。仕事の話もう聞いてる?」

 

「はい。一通り」

 

あ、ちょ、遠いな。よいっしょ!

思ったより遠いところにあったマガジンを取り弾を詰めていく。私の身体が固いわけではない。

 

「あ!そうそう!昨日話していたブツ。そこに置いてあるから帰りに持って帰ってね?また感想聞かせてよぉ」

 

「はぁ、わかりました」

 

私が寝坊してまで厳選した逸品だ。

きっとたきなも気に入ってくれるだろう。

それはもう、千束さん!原稿用紙で感想を書いてきました!みたいな?いや……それはちょっと、読むのめんどくさいな。

 

「あ、ミズキは?」

 

「すでに逃走ルート確保に動いている。シュウもその手伝いだ」

 

「シュウはともかく、ミズキが張り切ってるなんて珍しいね〜」

 

「報酬は相場の三倍、一括払いでな」

 

「どうりで〜。にしても今回からはシュウとは別行動かぁ」

 

たきなと組むのは後輩ができたみたいな嬉しさがある。だがシュウと離れるのも少し寂しいな。

今日家に泊まってやろうか?

たきなも連れて親睦会とかどうかなぁ?シュウいいところに住んでるし部屋も多いし。誘ってもまだ来ないだろうなぁたきなは。

 

「これからは基本的に遊撃だからな。千束とたきなで仕事に慣れていってくれ」

 

「おっけー」

 

「はい」

 

「依頼主は危機的状況に置かれている。シュウが敵を排除していっている。全部は無理だろうが五人から十人程度まで減らす。敵はプロ寄りのアマだ」

 

「さっすがだねぇ。新しいバイクも手に入ったみたいだし、絶好調でしょう?」

 

「あぁ、やる気を漲らせていたよ。……今回はライフルも確認している。気をつけろ?」

 

「了解」

 

準備完了!

たきなを連れてリコリコから出発する。

それにしても少しお腹が空いたな。寝坊しちゃったから、朝は何も食べれてないし……。

 

「ところで、お腹空いてるんだけど。どっか寄ってかない?」

 

「そんな時間はありませんよ」

 

「えぇ〜……」

 

たきなはクールだなぁ。

でもそうだな。特急に乗るんだから駅弁もいいかもしれない。うん、そうだよ。これは私に駅弁を食べなさいという事だよ!

確か美味しい煮卵が入ったやつがあったよね?

朝ごはん兼お昼ご飯としてすごくいいのでは!?

よっし!決まり!それじゃあ駅にレッツゴー!



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第八話

最新話でこう、心臓がグッとなるというか。
正直に言うと泣いた。


〜千束サイド〜

 

たきなと話しながら駅に向かい、特急に乗る。

売店で駅弁や飲み物にお菓子と、色々と買ったので電車内でプチパーティーのように楽しむつもりだ。

さてさてぇ、早速だがたきなと任務の事について話しながらお弁当を開ける。おぉ、久しぶりに食べるけど美味しそう!やっぱり任務前には腹ごしらえをしなければ。腹が減ってはというやつだ。

……だというのにこの子は。

 

「たきなさーん。お昼それだけで足りるの?」

 

「十分です。他にも持っていますので」

 

「え?そーなの?ならいいけど。せっかくの特急なんだからたきなもお弁当買えばよかったのに。ほらこれ美味しいよ?」

 

「別にいりません」

 

「えぇ?そんな事言わずさぁ。ほらほらぁ煮卵おいしいよ?ほら、あーん」

 

「……あーん」

 

私はお弁当の煮卵をゼリー飲料を飲んでいるたきなの口へ持っていく。

最初はしぶられたが食べてくれた。

どうだ?美味しかろう?

 

「おいしい?」

 

「おいしいです」

 

「はい!美味しい!」

 

私はたきなが煮卵を食べ終わるのを待ってから任務の話をする事にした。

このまま遊びに行けたら楽しいんだけど、お仕事はしっかりしないとシュウと先生に怒られるからね。

 

「それはそうと依頼主ってどんな人かな?あ、そうそう!昨日見てた映画にもハッカーが出てきてさ。こう眼鏡で痩せて小柄な男の人だったんだけどね。こう、キーボードをカタカタ、タッーン!ってしててね」

 

「映画の見過ぎですね。それで遅刻したんですか?」

 

「あぁん。たきなさーん、それは言わない約束でしょう?」

 

「そんな約束はしていません」

 

ん?たきなが鞄の中を探り始めたぞ?

まだ何か買ってたのかな?

そうしてたきなが取り出したものはすごく見覚えのある袋。んん?あれってこの間、シュウと買い物に行った時に買ってたような?

どこか嬉しそうな表情だがいったい……ってそれは!?

 

「た、たきなそれって!!」

 

「これですか?今朝、近衛さんから頂きました」

 

袋の中から出てきたのはマカロン。

これ、絶対にシュウが作ったやつじゃん!

って、たきなもシュウから貰ったって言ってるし確定じゃん!?

おっと、慌てるな私。優しいたきなさんなら、きっと分けてくれるはずだよね。一個ぐらいくれるよね。

 

「おひとつくださ「絶対嫌です」いなー……。えぇ!?なんで!?」

 

めっちゃ食い気味で拒否するじゃん!?

 

「これは私が頂いたものですから。千束さんも近衛さんから貰ってください」

 

「えぇ!?今日持ってきたってことは、営業中になくなってるかもしれないじゃん!?シュウのお菓子ってレアだから無くなるの早いんだよ!?」

 

「そうですか。美味しいですもんね」

 

「そう!そうなんだよ!美味しいの!!」

 

「ならまた今度作ってもらってください」

 

「えぇ!?」

 

マカロンを一つ口に運び、笑顔になるたきな。

え?ちょっと待ってよ。その表情初めて見るんだけど!?シュウの力でそれを引き出したとなると少しどころか、すごく悔しいんですけど!?

いや、そのお菓子食べたらそうなるのわかるんだけどぉ!!

私が頭を抱えていると、電車内にアナウンスが鳴り始めた。

 

「あ、次で降りますよ」

 

「えぇ!?もう!?」

 

「十分程しか乗りませんよ?やっぱり聞いてなかったんですね」

 

「だってぇ……。お腹空いてたしぃ」

 

「早く片付けて降りますよ」

 

「え、ちょ!手伝ってくださいぃ」

 

呆れた顔でため息をつかれてしまった。

こ、これは……!先輩の威厳が本気でヤバいのでは?というか、地味にポイントを稼いでいるシュウに負けているのでは?

私は地味なダメージを受けつつも電車を降りたのだった。

……ちなみ、マカロンは一個だけくれた。

たきなさま優しい。

 

〜千束サイドアウト〜

 

 

 

俺はある程度の敵を片付けた。

今は千束たちに合流するために待ち合わせのポイントへと移動中。そして時間通りにその場所に着いたのだが……。

何やってんだあいつ。

 

「スーパーカーじゃあん!!すっげぇ!すっっげぇ!!」

 

ガニ股でフェンスをガシャガシャしている糞ガキがいた。というか千束だった。

もう一度言うが何やってんだあいつ?

後ろの井ノ上さんの目とか見たほうがいいんじゃね?呆れてるぞ?

 

「近衛さん。お疲れ様です」

 

「おつかれ。それにしてもあれは?」

 

「スーパーカーにテンションが上がっているようで」

 

俺が来ているのにも気づかず、興奮している千束だった。二人でため息を吐いてしまうが、アレをなんとかしなければ。

 

「千束!」

 

「ん?あ!シュウじゃん!」

 

「おまえさん、もちっとなんとかならん?井ノ上さん呆れてるよ?」

 

俺の呼びかけに我に帰った千束。

ガニ股をなんとかしなさい。君、一応女の子だからね?かっこいい車に興奮する男子小学生みたいな反応しないでくれよな。

あとそれたぶん一般人ので、うちらの物じゃないからね?いくら金払いがいい依頼が入ったからといっても、ミズキさんがそんな高級車を用意するわけがない。……報酬をちょろまかしてるとかないよね?してたら今後お酒は取り上げだからね?

 

「えぇ!?たきなもスーパーカーに乗りたいでしょ!?て言うかシュウ!それ新しいバイク?なんで?買いに行く暇なかったよね?あと、私にもマカロンプリーズ!!」

 

「……うるさくてごめんな」

 

「いえ、近衛さん。苦労されてたんですね」

 

「ちょいちょい!なぁに共感しあってんの君達は!?」

 

「だって、ねぇ?」

 

「ですね」

 

「えぇ〜?何その感じぃ、なんかずるいんですけどぉ?」

 

ずるいとはなんだずるいとは。

これはお前のペアになった人間にしか分からない事だよ。そんなふうに雑談をしている間、千束が俺のバイクについて話してきたりとあったがそれを打ち切るように軽自動車が突っ込んできた。

 

「うぉお!?なんだ!?」

 

「え!?なになに!?」

 

俺と千束が驚いているとその車が俺たちの前に止まる。そして、その車の中から何かのキャラのパチモンのような着ぐるみが叫ぶ。

 

『ウォール!』

 

「ナット」

 

冷静だった井ノ上さんが合言葉を返す。

いや、ちょっと待ってほしい。パチモンはミズキさんだよな?千束と井ノ上さんとは違い、俺は色々と聞いているから察することが出来るが、それにしてもその着ぐるみは何さ。

てか合言葉がダサい。

 

「え、ちょっとそれ合言葉?かっこ悪ぅ」

 

「早く行きますよ千束さん」

 

「え?いや、スーパーカーは?」

 

「早く乗れ阿呆」

 

「えぇ!?スーパーカー乗れないの!?この車に乗るんだったらバイクの後ろがいいんだけど!」

 

駄々をコネ始める千束。

こいつ、今にも追っ手が来るかもしれないことを分かっているのだろうか?まぁ、ウォールナットの誘導でわかっている範囲だけは排除したが新手がいつくるか分からないんだぞ?

 

「井ノ上さん扉開けて」

 

「はい」

 

「うわぁ!?ちょっ!そんな雑な抱え方ある!?って!放り投げるな!」

 

「じゃあ俺は後ろからついて行くから」

 

「お願いします」

 

井ノ上さんに車の扉を開けてもらい、喚く千束を小脇に抱えて車内に放り込んだ。

ぶつくさと文句を言ってはいるが、乗せてしまえばこちらのもの。ミズキさんも分かっているのか車を走らせた。

 

「はぁ、これからもしばらくはフォローがいるなこれ」

 

俺もバイクに跨り、後ろから追いかける。

それにしてもミズキさんの横にあった大きめのキャリーバッグ。あれの中に何かいる気がする。ウォールナットが入っているのだろうか?そうだとすれば結構小柄なんだな。ネット黎明期から活動しているらしいからそれなりの年齢だと思うのだが……。小柄な女性なのか?

 

「まぁ、今日の依頼を片付けたらわかる事だな」

 

見失わない一定の距離で車を追いかける。

にしても追っ手が来ない。いくつかある予定ポイントのどれかに入って、特性防弾着ぐるみに入っているミズキさんが撃たれてウォールナットが死んだように見せる予定なのだが……。

追っ手が来なければ羽田まで行ってしまうぞ?

 

「とにかくいくつかポイントを経由して、車も乗り換える予定だけど……ん?高速に乗らない?」

 

『急にすまない。ハッキングで車を乗っ取られた』

 

「あー。なるほど」

 

『このままだと海に突っ込む事になる』

 

だんだんと速度を上げて行く車。

にしても海に突っ込むか。千束たちは車から降りれれば助かるが、キャリーバッグが沈んでしまうな。そうなればおそらく、キャリーバッグに入っているウォールナットが水没して死ぬ。

 

「まぁ落ちたらなんとかして引き上げてやるよ」

 

『落ちる前になんとかしてほしいんだけどな?』

 

そりゃそうだな。

さて、パンクさせるのも手だが、車内にいる奴らが怪我をする。これは最終手段にするとして、俺はあたりを見回した。俺のヘルメットは特別性でバイザー部分に、後ろの景色が小さく表示されるようにできる。確認してみるとドローンが飛んでいるのが見えた。

 

「ウォールナット。後ろにドローンを確認した。アレがこちらの様子を把握して車を操っていると思うんだが……。千束達に伝えてくれ」

 

『おそらくそうだ。わかった伝えておく』

 

「俺からじゃ狙いにくいからな。井ノ上さんに撃ち落としてもらってくれ」

 

車は暴走を続け、土手を乗り上げていき河川敷までたどり着いてしまう。だがその時、車の窓ガラスから井ノ上さんが出てきてドローンを撃ち落とす。

 

「はぁー!流石だなぁ!」

 

まだ出会って短いが、射撃が上手いとは思っていた。できるか賭けではあったが暴走中でまともに狙いをつけられない状態にも関わらず、ドローンを撃ち落として見せた腕前は真似できない。

 

「いよっと!!新しいバイクでこんなに粗い運転をする事になるとはな!!」

 

猛スピードで暴走する車に、追いつく為に俺も河川敷へと突っ込んでいく。車体が飛び上がってしまうがなんとか着地。

ドリフトでバイクを止めて川に落ちるギリギリで止まっている車の元へと走る。

 

「無事か?」

 

「そっちから助けれる?」

 

「動くなよ?……ふんがぁ!!おっっも!」

 

俺は車体を持ち上げて、落ちかけている車を陸にあげる。だが、それを見た車内にいる人達が騒ぎ始めた。

 

「おぉ!さすがゴリラ!」

 

「化け物ですか!?」

 

『こいつ本当に人間か?未来から来たロボットか何かだろ?』

 

「誰がゴリラで化け物で未来のロボットか!」

 

なんとか全員が無事に車から出られた。

だがハッキングが原因なのか、暴走で酷使されてしまったからか、車のエンジンがつかない。

 

「ここからは徒歩だな」

 

「うん。少し場所を変えよっか」

 

「そうですね」

 

橋の上にいるのは敵だろう。

俺たちを確認した後、車に乗って走り去っていった。それではお芝居を本格的に開始しますかね。

 

「俺はミズキさんに連絡するよ。新しい車を用意してもらう」

 

「お願いするね」

 

「一応、この近くに廃墟になったスーパーがあるけど、そこに待避して時間を稼ぐか?」

 

「そうですね。急に襲われるより、何処かで待ち構えて迎え討ちましょう」

 

千束も井ノ上さんも乗ってきてくれた。

ハッキングで暴走した時は焦ったが、結果的に複数用意していたポイントのうちの一つに近い場所に出れた事は幸いだな。

 

「俺が先行するから二人はウォールナットの警護を。それじゃあ行くぞ」

 

それにしても、着ぐるみを警護するとか周りから見ればシュールすぎる光景なんだろうな。

目撃者が出ない内に移動を開始する。

バイクを置いて行く事になる為、橋の下に隠しておき、装備も全て回収してある。

リコリスのカバン一つでは、いくつかのマガジンとコンバットマスターの収納場所がなくなったせいで銃は手に持って、マガジンは雑だが服のポケットに入れての移動になるが、見た目モデルガンにしか見えないだろうし、もし見られても遊びだと思われるだろうな。

 

「うーん。日本って平和だわ」

 

「何言ってんの?普通に襲われてるんですけど?」

 

「そだなー」

 

「ついに頭が壊れたか」

 

「千束お前、あとで覚えておけよ?」

 

本当に追われているのだろうか?

と思ってしまう空気感を千束は出しているが、本当に追われている為、俺たちは急いで廃墟になったスーパーへ向かうのだった。



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第九話

戦闘シーン難しい!!
アニメ見てなんとなくの場所とかを察してほしいと思ってしまう。


目撃者も出ない内にスーパーへとたどり着いた。

ここで全てを終わらせなければいけない。

千束と井ノ上さんに気づかれないように、ウォールナットに扮している着ぐるみのミズキさんを殺させる。

移動中に確認したが、ウォールナットにとってキャリーバッグは命より大事らしいからな。本人がここに入っているのは間違い無いだろう。

 

「シュウ、どう?」

 

「確実にいるな。気をつけていこう」

 

「なんのことですか?」

 

スーパーの中にミズキさんが応援に来るまでという体で隠れていた俺たち。周りを確認している俺に千束が敵がいるのかを確かめにきた。

そこに井ノ上さんがなんの会話なのかを聞いてくる。まぁ、まだ言ってなかったというか、タイミングがなかったからな。

 

「あぁ、たきなはまだ知らなかったよね。シュウは感覚なのかな?いや、勘?がいいんだよ。敵がいるとかも大体だけど分かっちゃうんだ」

 

「せめて直感と言ってほしい」

 

「やっぱり化け物じゃないですか」

 

井ノ上さんが得体の知れない者を見る目をしてくる。いやいや、さっきも移動中に否定したよ?流石に何回も言われると辛いよ?

 

「それはさっき否定したろ?一応人間だよ」

 

「一応ってあたりが怪しいです」

 

「まぁ、ちょっと特殊な訓練を受けた程度だよ」

 

ちょっと山奥で育てられただけだよ。

直感とか鍛えないと野生動物に殺されかけるしね。あそこの動物は獰猛すぎて、俺自身も何かを身につけないと死んでしまう環境だったし……。

やめよう。今こんなことを考えると鬱になる。

 

「はぁ、まだ納得はできませんが今はいいです」

 

『君達、意外と余裕だな。護衛されている身からしたら、もう少し真面目にしてほしいが』

 

「そうですね。あ、井ノ上さん、ミカ先生に今の状況の報告をお願い」

 

「わかりました」

 

ウォールナットの言うことはもっともだ。

いくらこの後のシナリオは決まっているとはいえ、何かの拍子に全てが崩れるのがこの世界なのだ。何もかもが終わってから、こんな筈じゃなかったと言わないようにしなければいけない。

 

「あ、きたよ」

 

「はい。急いでください。スーパーに避難していますが時間がありません」

 

外を警戒していた千束が敵を発見したらしい。

それと同時に井ノ上さんも状況説明が終わったようだ。

 

『わかった。急いで向かわせている。気をつけて行動してくれ』

 

さて、そろそろ状況が動くだろう。

相手のハッカーもこちらの状況をドローンなんかで確認しているだろうしな。

 

「まずはここから出る為に、裏口へ向かうとしようか。千束を先頭にウォールナットが続いて行こう。井ノ上さんはキャリーバッグを、俺は殿を務めるよ」

 

「オッケー。それじゃあウォールナットさん付いてきてください」

 

『わかった』

 

千束が先行しスーパーの奥へと向かう。

ウォールナットが商品棚の向こうにたどり着きかけた時だった。俺はドンと響く足音を捉えた。

 

「井ノ上さん!」

 

「え?きゃっ!」

 

俺は井ノ上さんの手を引く。

勢いよく引いたせいでバランスを崩した井ノ上さんが俺の方へと倒れ込んでくるが、うまく抱き寄せて怪我をさせないように抱える。その際、キャリーバッグは横倒しにした上で射線に出ないようにして、引き込み倒している。

物陰に全員が隠れた次の瞬間にはアサルトライフルの嵐が襲ってきた。

 

「た、助かりました」

 

「その、すまない。また君に乱暴をしたような形になってしまった」

 

「いえ、命を助け「シュウ貴様ぁ!またセクハラかコラァ!」……セクハラですか?」

 

「違います。抱き寄せたままなのも、貫通する銃弾から守る為です」

 

リコリスの制服は防弾加工がされている。

だが当たれば痛いのに変わりはない。その点、俺の身体は多少丈夫に出来ているし、井ノ上さんとウォールナットの安全の為に盾になっただけだ。他意はない。

 

「分かっています。それよりどうしますか?」

 

「どうしようかねぇ。……千束ぉ!そっちからいけるか!?」

 

「ちょっと待っててっ!よいしょ!」

 

ダンダンダン!と発砲音。

商品棚を器用に足場にして飛び上がった千束。

その撃ったゴム弾が敵の一人に当たったのかうめき声が聞こえてきた。

あれ、当たると俺でも痛いからな。

 

「ウォールナット!」

 

その隙に、俺は倒れているキャリーバッグを蹴って着ぐるみミズキさんの元へと滑らせる。

 

『うぇぇええ!!だ、大事なものだって言ってうっぷ、おぇ……!言ってるだろぅ……』

 

すまん!

聞こえてくるウォールナットの自動音声のような声が、すごい気持ち悪そうだった。

吐いてゲロだらけとかやめてね?

だがそんな事を気にしている暇はない。千束の銃弾で怯んだ敵と、おそらくリロードのせいでアサルトライフルからの銃弾が止まっている。今しかない。

 

「よいしょっと!!」

 

「流石にもう慣れてきました」

 

レジカウンターを襲撃者に向けて放り投げた。

その奇行に慣れてきた井ノ上さんが立ち上がりながら銃を撃ち牽制をする。って、しっかり当てているあたり本当にこの子は射撃が上手いな。

 

「千束、奥の通路、確保してくれ!」

 

「今行くよ!」

 

「任せた!ほら、おまけにコレもやるよ!」

 

キャスター付きの棚もアサルトライフルを持った襲撃者に向けて蹴り飛ばす。

おかしい。俺、今回は一人の時しか銃を使ってない気がする。

 

「井ノ上さん。ウォールナットをお願い」

 

「はい!」

 

このままじゃ何かがダメだと思い、コンバットマスターで牽制。先に井ノ上さんをウォールナットの警護につかせる。

おそらく敵は俺たちとは逆の、向こう側の扉から奥の通路に出てしまうが、そこには千束がいるだろうから大丈夫。

コンバットマスターで牽制しながら井ノ上さんに追いつこうとしたが、視界の端に小さな物が跳ねてきているのを確認。

あんの!千束に撃たれたグラサンポニーめ!手榴弾の置き土産とかやめろよな!

 

「井ノ上さん!手榴弾!ウォールナット!そこでストップ!」

 

二人、いや三人が、奥の通路に向かおうとしていた所に手榴弾が放り投げられたのだ。

俺の声で気がついた井ノ上さんが着ぐるみの方のウォールナットを引き止め、キャリーバッグが無防備な状態になってしまう。

 

「止まってください!」

 

『え?あ、ちょっと!!』

 

くっそ!

まに、あえ!!

 

『きゅ、急に言わないでくれ!って、うぇぁああぁああ!』

 

「くっそ!とど、けぇ!」

 

俺はキャリーバッグに飛びつくが、キャスターによって流される。だがなんとか地面を蹴り、体勢を変えて手榴弾を商品棚の向こうへと蹴り上げる。

ドン!と言う爆発。俺たちより奥の方で、いくつかの商品棚が吹き飛ぶが、井ノ上さんたちより奥で爆発したおかげで全員が無事だ。

 

「立てるな!」

 

「はい!いきましょう!」

 

『し、死ぬ。気持ち悪い。死んだかもしれない』

 

「気持ち悪い間は死んでません!」

 

ウォールナットが泣き言を言うが聞く暇は今はない。俺たちは急いで走り出し、千束に追いつこうと奥の通路に出ようとする。

だが、そこには手榴弾を投げたグラサンの方が早く着いてしまっていた。

 

「うぉ!あっぶちょお!!??」

 

「近衛さん!?」

 

多分この通路は一瞬、サーカス会場になっていたと思う。

アサルトライフルから放たれる銃弾。

それを見ながら避ける千束。

勢い余って通路に出てしまい、流れてくる銃弾を避ける為に通路の壁を蹴り飛び上がり、身体を捻りながら天井を蹴って、井ノ上さん達がいる通路に戻る俺。

 

「あ、あっぶぇ……!一瞬マジで死んだかと思った!」

 

後ろではまだアサルトライフルの音がする。

おそらく千束はお得意の避けを披露しているだろう。あれはとてもでは無いが真似できない。

もう少し広い場所なら俺の身体能力を最大限に使って大きく動いて避けることは出来るが、狭い通路では……いや、負けないけどね!?結果的には勝ってやるさ!なんのための防弾と特別な身体だと思ってんだコラァ!!

……誰にキレてんだ俺。

焦りで少し動転してるな。切り替えていこう。

 

「な、なんですかあれ」

 

「ん?あーあれね。見えてるんだよ」

 

「はぁ!?銃弾をですか!?」

 

アサルトライフルが撃たれる中、平然と進む千束を見ている井ノ上さんが聞いてくる。

その驚きはお前以外にも人外が居るのか?とでも言いたそうだが、あれに関してはマジで化け物だよ。十年前からファーストリコリスなのは伊達ではないのだ。

 

「千束は目がいいんだよ。相手の射線とタイミングを見て銃弾を避けれる。だからあんなふうに嵐の中でも進めるんだ。っと、終わったな」

 

『君の身体能力もそうだが、アレも、ものすごい才能だな。何者なのか調べたくなるよ』

 

「まぁ海外に行ったあとにでもお好きにどーぞ。出てくるか知らんけど」

 

『そーするよ。ボクに調べられないものはないんだ。一応最高のハッカーと呼ばれていたしな』

 

「最高のハッカーねぇ」

 

最高のハッカーか。

……なんだ、これ?少し引っかかる気がする。

こういう時は俺の直感が働いている時だ。

戦闘時は敵の存在や、違和感などを察知して身体もほぼ自動的に動いてしまう。その結果的に、ほぼ最良を引き出して行動ができているのだ。

先程の井ノ上さんを抱き寄せた時、手榴弾を蹴り返した時も直感のおかげでなんとかなった。

 

「……え、さん」

 

だが厄介な事に直感は他にも作用する。

例えば千束が何か隠している等、日常的な時だ。

その時の直感は原因が多岐にわたり、考えを整理をしてヒントを繋がなければわからない。

十年前から千束が隠し続けている何かも、いまだに分かっていないのだ。本当に日常生活では役に立たない能力だな。

 

「近衛さん!」

 

「お、おう!?」

 

「やっと気づきましたね。何を考え込んでいるんですか?それより、終わったのですし、先を急ぎましょう。時間がありません」

 

「そ、そうだなすまない。千束、先に行くぞ」

 

「はいはーい。すぐに追いつくから」

 

「置いていくのですか?敵の増援が来ますよ?」

 

その通りだが、千束は敵の一人を見過ごすことができないのだ。命大事に。

怪我をしているのが敵だろうと、助けられるのなら助ける。それが千束なのだ。

 

「行くよ。治療したらすぐに来るさ」

 

「治療って!囲まれますよ?」

 

「大丈夫大丈夫!本当にすぐに追いつくから」

 

『脱出ルートはまだ敵にマークされていない。今ならまだいける』

 

納得してない井ノ上さんだったが、ウォールナットがうまく切り上げてくれた。

俺もこれに続くか。

 

「井ノ上さん。ほら、俺たちは先に行くよ」

 

「……わかりました。行きましょう」

 

「千束。何かあったらすぐに言えよ」

 

「はーい。そっちも気をつけてね」

 

俺と井ノ上さんとウォールナットは店の裏口に向かう。さてと、ここからが大事なポイントだ。

正直に言うが、不安で仕方ない。

今ここにいる敵は、俺が知らない間に千束が倒したのを含め三人。まだ残っている。おそらく外に待機しているだろう。

現状、把握しているのかわからないが、ウォールナットからはまだ敵がいるとは言えない。作戦が崩れるからだ。

これからミズキさんは銃弾に晒される。

いくら防弾の着ぐるみとはいえ、死ぬ可能性はある。こっちが把握している以上の武器を持っているなら有り得てしまう可能性。

 

「ふぅ」

 

「どうしました?」

 

「いや、なんでも。一応俺は後ろを警戒するね」

 

「はい。私が先行します」

 

ミズキさんはその一瞬をついた。

俺との会話で気が逸れた井ノ上さん。

まさか護衛対象が先を行くとは思わないだろう。

ミズキさんは外に出てしまう。

 

「なっ!?ウォールナット!今すぐ止まってください!」

 

井ノ上さんの叫び声。

そして、着ぐるみは出口を開けてしまう。

その瞬間、俺たちにとって、聞き慣れた音があたりに響いたのだった。




次でアニメ二話の話は終わりです。


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第十話

これでアニメ二話の話は終わりです。


一発の銃弾が着ぐるみを襲う。

胸に当たった一撃。それは確実に相手を殺すための一撃だった。

 

「っ!!!」

 

「たきな!出ないで!」

 

井ノ上さんの驚きと、千束の叫び。

それとほぼ同時に、次は着ぐるみの頭を銃弾が撃ち抜いた。

 

「ウォールナット!」

 

「って待て!!」

 

ここで予想外の出来事。

井ノ上さんがウォールナットを室内へ引き込もうと手を伸ばしていた。

俺は咄嗟に井ノ上さんの手を握りを止める。

 

「なにを!ウォールナットが!」

 

「もう死んでる!君まで撃たれるぞ!」

 

続けてアサルトライフルに撃ち抜かれ倒れているウォールナットの着ぐるみ。布を通過してダクダクと血が流れている。

ミズキさん、本当に無事だよな?

無事だとは思うが、死んでたら洒落にならん。

なんでこの人は、大金が絡むと身体を張ってしまうんだか……。

 

「……また、私は」

 

「井ノ上さん?」

 

どうしたのだろうか?

いや、護衛が失敗したのだから落ち込んでいて当たり前なのだが、それ以外に何かありそうだ。

 

「こ、近衛さん、すみません。また、護衛対象を守れませんでした。今回は、死なせて、しまいました……」

 

あぁ、そうか。

この子なりに今回は護衛対象を絶対に守るつもりだったのか。前回の篠原さんの時は、俺が護衛を任せたのに囮にしてしまい、俺がそれを注意したからか。

 

「ごめんな」

 

「どうして、貴方が謝るんですか」

 

「二人とも無事?」

 

思わず謝ってしまった。

千束が俺たちの元へとたどり着いた。

俺、こいつにも嘘ついてるんだよなぁ。

 

「あぁ。千束、先生へ連絡してくれ。俺はミズキさんに戻るように伝える」

 

「……わかった」

 

千束は先生へと連絡してくれる。

倒れ伏したウォールナット着ぐるみを呆然と見ている井ノ上さんから手を離し、離れたところでミズキさんに連絡するフリをする。

その際、万が一井ノ上さんが外に出ることの無いように千束に井ノ上さんの隣へと来てもらう。

……ふぅ。罪悪感がすごい仕事だな。

俺はポツンと置かれたキャリーバッグの中身と、これからこっちに向かう先生へ少しだけ恨みを飛ばす事にした。

タンスの角に指をぶつけるぐらいはしてくださいね!

 

 

 

しばらくすると、緊急車両が到着した。

運転席には先生が乗っている。

ウォールナットの回収を手伝い車両に乗せると、千束が近づいてきた。

 

「じゃあ、私たちはこっちに乗るね」

 

「あぁ、井ノ上さんのそばにいてやってくれ」

 

落ち込んでいる千束。

同じように落ち込んでいる井ノ上さんの世話を頼む。少しは気を紛らわす事ができればいいと思ったのだ。もう少しでネタバラシの時間だしな。

 

「俺は河川敷に置いたままのバイクを回収したらリコリコへと向かう」

 

「うん」

 

「まぁ、あれだ。今日は何か美味いもんでも食おうか。結構疲れたしな」

 

「うん」

 

「それじゃあ、俺は行くぞ?」

 

「あ」

 

俺の袖を掴んでいた千束の手を外す。

……やっぱ心いてぇよ!!!

先生!!どうにかしてくれない!?

チラリとこっちを見て、逃げるように運転席に戻った人を睨む。足が悪いのによくやったよね!?まぁ誤魔化すために、俺がほぼ主導でしたけどねー!!

千束と井ノ上さんを振り切るように俺はその場を離れた。

 

「はぁ……。今日は疲れたな」

 

千束にはうまい料理を食べようと言ったが作る気力はない。外食にしよう。どっかいい所はないかな?

疲れを感じつつ河川敷に向かいバイクを回収。

銃を収納して走り出し、しばらくした頃。俺のインカムに通信が来た。

 

「はいもしも『知ってたってなぁ!!??』うるっっさ!!」

 

千束だった。

 

『シュウもグルだったって何!?私聞いてないんですけどぉ!!!』

 

「泣きながら話すな!聞き取りにくいわ!あとごめんなさい!!」

 

『ゆるさぁん!!おま、もう!!みんな無事でよがっだよぉぉ!!』

 

ネタバラシがあったみたいだな。

思わず大泣きをしてしまう千束。

隠してたのは悪かったが、そんなに泣かんでもと思ってしまう。まぁたしかに護衛対象が目の前で死んで生きてました!しかも中身はミズキさんでーす!なんて予想できないし、本人達は必死だったからな。

今回のお怒りは全て受け止めるさ。

いつまでも電話を切る様子がない千束の声を聞きながらリコリコへと戻る俺でした。

 

 

 

〜千束サイド〜

 

私は、河川敷の方に歩いていくシュウを見送り救急車の中に入る。中にはシュウが運び込んだウォールナットと、ウォールナットを死なせてしまい、落ち込んだたきな。

車の中は嫌な沈黙で支配されていた。

 

「失敗、しちゃったね」

 

「すみません。私が止めれていれば……」

 

「たきなのせいじゃないよ」

 

たきなのせいじゃない。

護衛対象より優先してしまった事があった、私の責任だ。シュウがいるから安心してしまったのだろうか?まだこの現場に慣れていないたきなを、私から離れさせるべきじゃなかったかもしれない。

でも少し引っかかる。

シュウが護衛対象から目を離す筈がない。

何かが起きている気がするが、もう手遅れ。ウォールナットさんは死んでしまった。

 

『もういい頃合いじゃないかな?』

 

聞き覚えのある声。

ウォールナットさんの声だ。

 

「「ん?」」

 

いや、おかしくない?

死んでるよね?え?えぇ!?

信じられない事が起こった。ウォールナットさんがのそりと起き上がったのだ。

私もたきなも動きが止まって呆然とする。

 

「ぷっはぁ!!」

 

「「えぇ!?」」

 

そしてウォールナットさんの頭がスポンと抜けた。中からはミズキが出て……ミズキィ!?え?えぇ!?だってミズキは私たちのバックアップで、乗り換え用の車を用意していて、というかシュウがリコリコへ戻らせてたよね!?え?

どう言う事!?何が起こってるの!!??

 

「ミ、ミズキ?な、なんで!?」

 

「落ち着け千束」

 

「先生も!?え、何が起こってるのぉ!?」

 

思わずたきなを見るが固まってしまっていた。

うん、コレは頼れないな。

ていうか!なんで先生もいるの!?

私達が困惑している間、ミズキは実に美味しそうにビールを呷っている。着ぐるみが防弾とか、血が出るようにしてるとか言っているが状況が飲み込めない。

 

「あ、あの!ウォールナットさん本人は」

 

「そうだよたきな!どこいったの!?」

 

『ここだ』

 

「「ううっ!?」」

 

ウォールナットさんの声に私とたきなは驚く。

すると、隣に置いていたキャリーバッグが開き、小柄な女の子が出てきた。

 

「追っ手から逃げ切る一番の手段は、死んだと思わせる事だ。そうすればそれ以上捜索されない。何せ死んでいるんだからな」

 

「では、わざと撃たれたんですか?」

 

「彼のアイデアだ」

 

たきながウォールナットさんに疑問を聞いて、それに答えをくれる。先生も先生で、してやったり顔で手をあげていた。

ミズキがもっと色々と仕掛けを用意していたとか言っているがそれどころではない。

 

「想定外の事態にもきちんと対応していて、見事だった。まぁここにいない彼には一度文句を言いたいが……」

 

ああ、結構キャリーバッグを蹴られたり倒されたりしてましたもんねぇ。……って違うそうじゃなぁああい!!!

 

「ちょっと待って!色々聞きたいんだけど!結局誰も死んでなくて無事だったって事?」

 

「そうよ?」

 

ミズキが軽く頷いた。

そしてここからが私が一番聞きたいこと。

 

「シュウも、知ってたの?」

 

「あ、あぁ〜それはね〜」

 

「う、うぅむ」

 

「知っているぞ」

 

私の問いに言いにくそうにしていた二人とは違い、ウォールナットさんは即答してくれた。

へぇ?知ってたのか。ふふふ、知ってたのかぁ。

 

「たきな」

 

「はい。やりましょう」

 

「だね。でもその前に……電話で文句言っちゃる!!」

 

その後、私はシュウに電話をかけた。

感情が昂り思わず泣いてしまったが、私の言いたいことを全てシュウは聞いてくれていた。

感極まってしまいウォールナットさんを思いっきり抱きしめたりもしてしまい、苦しそうだったが私達をはめた罰として受け入れてもらおう。

そしてシュウ!今日の晩ご飯は贅沢なものを作ってもらうからね!!

 

〜千束サイドアウト〜

 

 

 

リコリコへ戻った俺の鳩尾を、千束の暴力が襲う。

それはただいまも言う暇もなく襲ってきた。

 

「私の怒りだぁ!」

 

「ウゲェ!」

 

「たきなもやりな!遠慮はいらん!」

 

「はい。やります」

 

「え、ちょっと待ってうぐっぉお!」

 

ついでとばかりに井ノ上さんのパンチも飛んできた。鳩尾を押さえて蹲る俺に、少し心配するような先生の声が聞こえてくる。

 

「あー。大丈夫か?」

 

「……大、丈夫に、見えますかね?」

 

「無理そうだな」

 

軽いな、この人……。

なんとか起き上がりカウンターに座った。

ふぅ……。

 

「千束、井ノ上さん。黙っててすまない。今回の依頼だが、俺は全部知っていた」

 

「もういいよ。それよりマカロンよこせマカロン。それでチャラにしてあげる」

 

「私にもください」

 

「あ、はい」

 

一応千束の分と気に入ってくれた井ノ上さんの分は別に取ってある。カウンターに座っている二人にマカロンを出して、ついでに煎茶も用意する。

今からコーヒーだと用意が面倒だからな。

 

「ん〜!今回のも美味しいよ!」

 

「美味しいです」

 

それは良かった。

その後、先生から今までの話を聞いた。

どうやらネタバラシは既に済んでおり、一悶着あった後のようだ。

 

「井ノ上さんもごめんね?俺達はこの方針でやってきているから慣れてるけど、君は納得できない部分はあるだろう?」

 

「はい。今回、相手を殺していれば余計な事もなく護衛をできていたと思います」

 

「そうだよねぇ。でもうちの我儘看板娘が嫌がるから、悪いけど付き合ってやってほしい。もちろん不満は全て聞くし、今度またお菓子作ってくるからさ」

 

「はぁ、わかりました」

 

「ありがとう」

 

渋々納得してくれたと思っていいのだろうか?

と、そういえば……。

 

「ウォールナットさんは?」

 

千束に聞いてみる。

ホールの方にいないが奥にいるのだろうか?

 

「あぁ、押し入れを住処にしてる」

 

「なんか昔そんなアニメ見たことがあるな」

 

「そうなの?私知らない」

 

「あ、そう」

 

「そーそー!そういえばね!今日二回もヨシさんが来てくれたんだよ」

 

「ほー、挨拶できなかったな。次はちゃんともてなさないとな」

 

「ヨシさんも会えなくて残念って言ってたよ」

 

そうか。

それじゃあ俺は明日の準備をするかな。

仕込みがあるし。

 

「今日ご飯どーするの?私シュウの手料理がいいんだけど」

 

「あーそうだった。俺仕込みだけあるから材料買って俺の家に行っててくれない?」

 

「おっけー」

 

手料理は面倒だが、ここは言う通りにしよう。

俺は紙にいくつかの材料をメモする。

そういえば井ノ上さんはどうするのだろうか

 

「井ノ上さんはどうする?」

 

「そうだった!たきなー!シュウの手料理食べれるけどどうする?」

 

「私は大丈夫です」

 

「今ならなんでも聞いてくれるからお菓子も作ってもらえるよ」

 

「おい」

 

「行きます」

 

「おい!」

 

「何か文句でも?」

 

「いえ、ないです。井ノ上さん」

 

こういう時、男は弱いよね。

俺は涙を呑み仕込みを始める。

その間に千束達は買い物に行って俺の家に行っててくれる。ミズキさんも帰ったし、先生は奥へ引っ込んだ。

しばらく作業をして片付けを行い、俺も用事を終わらせて帰るとしよう。

 

「ウォールナット。いいか?」

 

俺はウォールナットが居る押し入れに向かって声をかける。相手もすぐに返事をしてくれた。

出てきたのは小柄な女の子。……こいつ本当は何歳だよ。三十代以上には見えんぞ?

 

「ボクも君に言いたい事があった」

 

「そうか。だが俺が先だ」

 

俺は手に持っていたMEUピストルをウォールナットの頭に当てる。

ウォールナットは焦っているが、実弾が入っているコンバットマスターでないだけありがたいと思ってほしい。まぁこの距離で、この小柄な人の頭に当てると死ぬかもしれないが。

 

「……な、なんのつもりだ」

 

「聞きたい事があるんだ。俺は今日一日、君の指示に従って行動していて、君がすごいハッカーだという事はわかった」

 

武装集団へのスムーズな移動。

信号も測ったようなタイミングで変わってほぼ止まる事がなかった。

他にもあげればキリがない。

だが一番違和感を持ったのは、自分には調べられない事がないと断言した事。

そこで俺の直感が働いた。

 

「これから話す事は、ただ俺の直感に従っただけの、荒唐無稽な話だ。お前、ラジアータを知っているか?」

 

「ラジアータ?」

 

「知っているよな?俺たちが所属している組織。DAの所有する最高峰のAIだよ。お前、コレにハッキングをかけた事ってあるか?」

 

「……何を言っているのかわからない」

 

「そうか。それならそれでもいい」

 

シラを切るならそれでもいい。

どうせ匿う事は決定事項だ。

わざわざDAに報告なんてのも面倒だし、千束はとっくにこいつを気に入ってしまっているだろう。

 

「俺はお前がラジアータにハッキングを仕掛けたと思っている。タイミングは銃取引の時、今まではあり得なかったが通信にノイズが走った時、最高のAIだったラジアータが、お前に負けたんだと思ってる」

 

「……」

 

「それは、まぁいい。結果ウチは優秀な井ノ上さんを手に入れられたし千束も喜んでいるからな」

 

ウォールナットは黙り込んでいる。

俺が言っている事が当たっているのだろうか?

こいつがリアクションをしてくれないと判断に困るのだが……汗が凄い。おそらく当たっていると思う。

 

「全部、憶測に過ぎない。本当は今日の相手のハッカーかもしれない。だが、それ以上のお前ならできると思っている。俺や千束の事を知ろうと好奇心が溢れるお前がやったと思っている」

 

「……でも、証拠はないんだろ?」

 

「ない。全部俺の直感だ」

 

「なら!「俺が言いたい事はな」!!」

 

俺はウォールナットを睨みつける。

殺気でも出ているのだろうか?

ウォールナットの呼吸が浅くなっていく。

俺は銃を頭に押し付けながら言う。

 

「これから先、リコリコを危険に晒すなら殺す」

 

「ひっ!」

 

「だが」

 

銃を下ろす。

 

「お前にそのつもりがないならそれでいい」

 

「……は?ころさ、ないのか?」

 

「殺したら悲しまれるからな。あぁ、ついでに言っておこう。俺の弱点はリコリコで、特に千束を狙われると弱いって事は、これだけ脅しているからな。お詫びとして教えておいてやるよ」

 

「……はは、それをしたら本気で殺しにくるくせに、よく言うな」

 

まぁ、その通りだ。

お前が本当に千束を狙ってしまったら、その時は消す。これから先、ここに保護されているうちにどれだけ親しくなろうと、千束を殺そうとするなら殺す。

 

「……これから先、ウォールナットが俺たちの味方であるなら、全力で守ってやる。俺はここが大事でな。ここを守るためなら俺の全てを差し出してもいいほどだ。……だからお前が味方なら全てにかけて護ってやる。どっちだ?敵か?味方か?」

 

「……味方のつもりだ」

 

「そうか。脅して悪かった。これからよろしくウォールナット」

 

「……クルミだ」

 

「……え?名前?お前それ、日本語にしただけじゃん。……あぁ、それと、クルミが最初に言っていた文句ってなんだ?」

 

「この状況で言えるわけないだろう」

 

「ははっ。そりゃそうだな」

 

俺はクルミから離れる。

さっさと家に帰らなければ腹を空かした二人が待っているだろうし。

 

「待て」

 

「なんだ?」

 

クルミは帰ろうとした俺を引き止める。

 

「お前が言う通り、ボクは好奇心が止められない。ラジアータをハッキングしたのもボクだ」

 

「認めるんだな」

 

「あぁ、ここまで言い当てられると開き直った方が楽だからな。なんだよ直感って出鱈目すぎる」

 

「なんかすまん」

 

「と、とにかくだ。ボクは君たちの事についても調べるだろう」

 

「好きにしたらいい。それを売って刺客を雇ったりしたら話は別だが、それをする気はないんだろう?」

 

「あぁ、知りたいだけだ」

 

「好きにしたらいいさ。でも、何かがわかった事で千束を悲しませたら、そうだな。お仕置きぐらいはするぞ?」

 

「き、気をつける」

 

こうしてクルミとの話し合いを終えた。

俺の方は明日からも普通に接する事ができるが、クルミの方は難しいだろうな。

まぁ、悪い事をやれば返ってくるって事で諦めてもらうとしよう。




クルミ推しのみんなごめんな。
でもこれからいい感じのポジションになる予定ではあるから許してほしい。
次は前のように二話で書いていない部分を短い話として出してアニメ三話に行きます。
三話の方では千束達三人の距離がグッと近くなるための回にしたいですね。


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ちょっとした日常2

アニメ二話編が終わるまでの間に起こっていた出来事です。
読まなくても本編にあまり影響はありません。
さらっと出てくる可能性はありますけど、そのうち本編でも出ると思うので問題ないです。
というわけで
・修哉がマカロンを作る話
・ミカがバイクを用意する話
・ウォールナットと逃げている車内の話
この三本です。


これはクルミからの依頼があった前日の話。

俺は店の閉店準備を終え、仕込みも終えて帰宅したところだ。そして今日はいつもと違い、多くの荷物も持っている。

 

「よいしょっと!ふぅ〜、やっと帰ってこれたぁ」

 

今日は明日の仕込みついでに、店でご飯も食べている。そのおかげで時間も少し余っているし、俺は気分転換のお菓子作りを開始する事にした。

もともと今日の夜はリコリコで出す新作を考えみたり、いくつかお菓子を作ってみる予定だったのだが、少し事情が変わっている。

 

「お客さん多すぎ!いや、嬉しいんだけどね!?でもホールにまで出ると流石にしんどい……!」

 

そう、今日はお客さんが多かったのだ。

原因は井ノ上さんが入ってきた時に撮った写真だ。あれがリコリコのSNSに載り、それを見た常連さんやお客さんが多かったのだ。そりゃ可愛いから仕方ないね!でも女性客の人に何度か俺も呼ばれたあたりで千束の機嫌も悪くなっていたり……。

 

「表に出さないだけいいんだけどさ。休憩中とか地味に八つ当たりしてくるのが辛かった」

 

俺が厨房から出る事で売り上げが上がるなら頑張るが、それでもフォローはしてほしい。先生に対してすごく思ってますからね?千束の機嫌直すの手伝ってほしい。

とまぁ、そんな理由だが気分転換でお菓子を作る事にしたのだ。

新作用にと多めに買い込んだが、思ったより疲れている今日はいい案が思い浮かばないだろうし、常連さんに配る用に作るとしよう。

 

「何作るかなぁ。レシピノートはっと」

 

お菓子用のレシピノートを開く。

これも結構書いたよなぁ。今回は常連さんに少し出すだけにする為、あまり大きいのはなぁ。スコーンとかは無しで行こう。クッキー?それともマドレーヌ。フィナンシェ、カヌレ……はやめよう。

 

「お?マカロンか」

 

ただ食紅がないかも……。

カラフルにってのは無理だが、今回は気にしないでおこう。

それじゃあ早速開始といこう。

キッチンに材料や器具を並べていく。

お!赤の食紅ならあるじゃん。

粉類を振るったり、メレンゲを作ったりしているとスマホが鳴り出した。

 

「ん?ミズキさんか?どうしたんだろ?」

 

スピーカーに変えながら電話に出る。

今は手を止めたくないのだ。片手間に電話していると思われたくはないが、仕方ない。

 

「もしもし?」

 

『あ、もしもし。明日のことなんだけど、今いい?』

 

「いいよ。何かあった?」

 

『ちょっと相談したい事があって……あんた、なんか声が遠くない?』

 

ミズキさんに気づかれてしまった。

まぁ流石に移動したり、作業をしたりしながら話していればおかしくも思うか。

 

「あ、ごめん。今お菓子作ってるからスピーカーで話してるだよね」

 

『はー。あんたもマメよねぇ。なに?新作?』

 

「そのつもりだったんだけどね。ちょっといいのが思い浮かばなかったから気分転換にマカロン作ってるよ。チョコとフランボワーズ」

 

『今からでも千束を捨てて、私のところに来ない?』

 

何いうとるんだこの人……。

あんたか千束を選ぶなら千束に決まってるだろうが……ていうか本気の声を出さないでほしい。

背筋がゾクっとするから。

 

「……」

 

『無視はひどいと思うんですけどぉ!?』 

 

「いやぁ、ちょっと何言ってるかわからないっす」

 

『わかれ!!』

 

「あっはっは。それで、要件はなんだったの?」

 

『あぁ、明日の朝に迎えに行った時でいいわ』

 

「そう?じゃあそれでいいけど」

 

何かしらの依頼でもあったのかな?

この人はたまにこうやって連絡してくるが、大体全部決まった後だろうから、気にするだけ無駄だな。

 

『程々にして早く寝なさいよ』

 

「はいよ。あと一時間ちょいしたら寝るよ」

 

『一時間って…早く寝る事!いいわね!?』

 

プツンと切られてしまった。

まぁうん。追加とかは無しにしておこう。

色々と雑談をしながら進めていたからもう終盤だしな。そろそろいい時間だし、冷ましている間に風呂でも入って、その後に仕上げて寝るとしよう。今日も一日頑張りましたっと。

 

 

 

〜ミカサイド〜

 

ミズキがウォールナットというハッカーの護衛依頼を受ける事にしたようだ。それは問題ない。

先ほどまで、私はミズキとウォールナットを交えて作戦を練っていた。

大まかな作戦は決まった。

リスクは大きいが、ウォールナットを極秘裏にリコリコで保護をする。報酬も良い上に、ウォールナットの協力も得られるというのは、大きいリスクを負う価値がある。

 

「とはいえ、だ」

 

その際、問題になるのは修哉だ。普段なら問題にもならない修哉だが、今はあいつのバイクが壊れてしまい移動手段がない。

今回、武装集団が幾つか確認されている。

そのため、修哉は千束達とは別に動かしたいのだが……。

 

「さて、どうするか」

 

しばらく考えるが……。

やはり、急ぎで用意するならこの手段が一番手っ取り早いか。

修哉の消費した武器の補充は、DAに申請している。……届くのはもう少し後の予定だったが、急ぎで用意してもらおう。

早速、私は楠木に連絡をする事にした。

 

『ミカですか。どうかしましたか?』

 

「すまないなこんな時間に。少し急ぎで頼みがあってな」

 

『ミカが私に頼みとは珍しいですね。聞くだけなら聞きましょう』

 

「修哉の事だ」

 

『修哉、ですか。アレに何か、ありましたか?』

 

ふむ。

昔からそうだが、楠木は修哉に対しては食いつきがいい。

 

「あいつの装備だが、急ぎで補充したい。それとできればでいいが、バイクも用意できないか?」

 

『……そういえば、先日壊していましたね。リコリコから提出された写真と一緒に確認しました』

 

「あぁ。修哉にとって、これからも必要なものだろう?こちらではほぼ出勤で使うぐらいだが、そっちで使う時に移動手段がないと困るだろう?」

 

『……わかりました。こちらの技術部が作った試作品があるはずです。それもそちらへ送りましょう』

 

「すまんな」

 

『いえ。それより、急ぎとの事ですが……何か依頼でも?』

 

思った通り、修哉の事になると用意をしてくれるようだ。だが、ここからだ。ウォールナットを保護するのは極秘だ。依頼主の要望で、例えDAであっても、話すことはない。

 

「いや、随分と落ち込んでいてな。それにいつ次の緊急任務が入るかも分からんだろう?」

 

『……装備の準備は終わっていると報告が来ています。この後バイクと一緒にそちらへ届けさせましょう。到着は夜中になるのでリコリコの裏へ停めても?』

 

「あぁ、よろしく頼む。着いた時にでも連絡をくれれば鍵を開ける。ついでにコーヒーの一杯でも淹れてやるさ」

 

『ふふ、それは羨ましい。では、すぐにでも動きます』

 

楠木が電話を切る。

ふぅ……。なんとか誤魔化せたかな?

アレは、修哉の事になると判断力が鈍るのが助かる。ここまで甘くするなら本人に叔母である事を言えばいいとは思うのだが……。

……こればっかりは楠木に任せるしかないか。

私も無関係ではない。だからこそ何かあれば手助けは喜んでする事を改めて誓おう。

さて、何はともあれ問題は解決だ。これで修哉も作戦に組み込める。明日は無事に乗りきれる事だろう。

 

〜ミカサイドアウト〜

 

 

 

〜千束サイド〜

 

ちぇー。スーパーカー乗りたかったなぁ〜。

シュウに無理矢理車に詰め込まれた後、私はたきなとウォールナットさんと一緒に羽田に向かっていた。

颯爽と現れたウォールナットさんが着ぐるみ姿で運転しており、車内には演歌が流れているのもまたシュール。なんだこの空間は。

 

「スーパーカー……」

 

「まだ言ってるんですか?」

 

「いやだってぇ。あんなのに乗れるとか、滅多にないよ?」

 

先生が用意していたであろうあのスーパーカー。

あぁ、乗りたかった。シュウ、買ってくれないかなぁ?意外と車に興味ないからなぁ.…無理だろうなぁ。

……ん?というか、よくよく考えるとあんなのを用意出来るお金、ウチにある?……無さそう。じゃああのスーパーカーは違うのかぁ。残念。

 

『はじめまして、私がウォールナットだ。今回の護衛、よろしく頼む。あぁ、このキャリーバッグはボクの全てが入っているから絶対に守ってくれ』

 

「あ、はい。私は千束ですぅ。夢は金持ちみたいにスーパーカーを乗り回す事ですぅ」

 

「はぁ、こんなのですみません。私は井ノ上たきなといいます」

 

「こ、こんなのって!?……あぁ、まだツッコミ入れる気力もないや。……ウォールナットさん、なんかイメージと違いますね」

 

『底意地の悪い痩せた眼鏡小僧とでも思っていたかい?映画の見過ぎだよ』

 

さっきの電車の中でたきなと話したような想像図じゃなかったみたいだ。少し期待はずれだと思ってしまう。テンションが下がる私を放置して、たきなはウォールナットさんに今の姿、着ぐるみについて指摘していた。

 

「だとしても着ぐるみはないと思いますが」

 

『そうかい?こっちの業界のトレンドだよ』

 

「「え!?」」

 

返ってきた言葉に私達は驚きの声をあげる。

 

「うっそマジでぇ!?逆に気になってくるわ!」

 

「驚きました。事実は小説よりも奇なりってやつですか……」

 

『冗談だよ』

 

「「……」」

 

あ、どうしよ。ちょっとしばきたい。

私達の不穏な雰囲気に気づいた訳ではないと思うが、ウォールナットさんは話を続ける。

 

『ハッカーは顔を隠した方が長生きできるというだけさ。身体も隠したのは体型の特定もされないようにってだけの用心。一応、今回は危機的状況だからね』

 

「ちなみにそれは犬の着ぐるみ?」

 

「いや、千束さん。クマですよ」

 

『リスだ』

 

あ、どうしよ。面白い人だこれ。

千束さん、ちょっとワクワクしてきたぞ。

 

『ボクの着ぐるみに対して色々と言っているが、JKの殺し屋である君達の方も異常だと思うよ。リコリス』

 

この人、結構話してくれるなぁ。

楽しくなってきたせいで会話が弾んでしまう。

 

「そうですか?一応合理的な理由はあります」

 

『ほぅ?どう合理的なんだ?』

 

「この日本で女子高生が銃を持っている殺し屋だと考える人はいませんから」

 

「そうそう。オマケに見た目でナメてくれて油断もしてくれる。うん、とってもいいよね」

 

『なるほど。都会の迷彩服というわけか。それにしても、君達と話していると、世界一安全な国といっても問題が多いんだなと実感するよ。そういえば、彼もリコリスなのか?』

 

ん?シュウの事かな?

なんて言おうかなぁ。

私が悩んでいると、ウォールナットさんの質問にたきなまで食いついてしまった。

 

「それ、私も聞きたいです。結局、協力者って事しか知りませんから」

 

「うーん。まずリコリスじゃないよ。私も詳しい事は聞いてないんだけどねぇ」

 

『おや?仲間じゃないのかい?一応リコリスの制服の男用みたいなの着ているが……あまり似合ってないよな?』

 

「あ、それぜっったいに!本人に言ったらダメですよ?気にしすぎて使い物にならなくなっちゃいますから。と、話が逸れた。別にその辺は聞かなくても、十年以上一緒にやってますから。今更ってのもありますし、それ以上に信頼してますし問題ないですよ」

 

『そうか。ボクのように裏切られないようにな』

 

「それはないです。絶対に」

 

「言いきりますね」

 

「うん。ないよ」

 

っと、シュウの話だったよね。

本人がいない所でするのは悪いが、たきなには知っててほしいし話しておこう。

とは言っても、先ほども言ったがそれほど詳しくはない。

シュウは楠木さんがDAに連れてきたという事。

私と一緒に戦闘訓練をしていた事。

それから任務もペアで行うようになった事。

電波塔事件も一緒にいた事。

それから十年ずっと一緒にいる事。

 

「この程度かなぁ。まぁ本人はバイクで後ろにいるし、詳しく聞きたいならまた今度話そ、たきな」

 

「そうですね。その時はお菓子でも作ってもらいましょう」

 

「お!いいねぇ!……って、あれ?高速乗らないんですか?」

 

『どうした?』

 

「いや、私が聞きたいんですけど」

 

ウォールナットさんがハンドルから手を離す。

車が自動的に動いているようだ。

 

『車を乗っ取られたか。ちょっとまて』

 

ウォールナットさんは少し黙ってしまう。

って、いやいや!

 

「ちょっとちょっと!待ってる暇なんてないですって!ルーター何処よ!?」

 

『ボクの車じゃないから知らん。それにしてもロボ太のやつ、腕を上げたな』

 

「落ち着いて言ってる場合ですか!?」

 

どんどん加速していく車は、このまま海に落ちるつもりらしい。いやいや!こんな最後は嫌ですよ!?

 

『あ、そういえば君達の好きな食べ物はなんだい?』

 

今聞く事かなぁそれ!?

って、ウォールナットさんがルームミラーを指さした。んん?なんだあれ。ドローン?

 

「……今はたこ焼きが食べたいですかねぇ」

 

私はたきなにジェスチャーでドローンを狙うように指示を出す。たきなは一瞬、困惑していたが状況をなんとなく察したようだ。

車内の会話を聞かれていたら、逃げられるかもしれないしね。

 

「……まだマカロンが残っているのでそれです」

 

「まだあったのね!?」

 

「最後の一個です。あげませんよ」

 

この間もジェスチャーで会話。

私が車の窓ガラスを割って、たきなが後ろのドローンを撃ち落とす。決定ね。

たきなが頷いたのを合図にウォールナットさんがカウントを始める。

 

『ははは。JKらしい会話だな。さぁ、制御を取り戻そう。三、二、一』

 

私は銃で窓ガラスを割る。

何発か撃ち込み、ヒビが入った窓ガラスにたきなが体当たりをして上半身を外に出した。

 

「やっちゃえたきなぁ!」

 

ダンダンと音が二回響く。

一発目は擦り、二発目でドローンを貫通したのを確認。私はたきなを車内に引き込み、安全を確保する。

制御を取り戻した車は急ブレーキをかけながらドリフトを行い、止まろうと踏ん張る。

ひぃぃ!!止まってぇええ!!

ガコン!

徐々にスピードを落とし、陸からタイヤが落ちて車体が斜めになるが、なんとか止まってくれた。

 

「う、動かないでねぇ。シュウ!はやくきてぇ」

 

私の祈りが通じたのか、シュウはすぐに駆けつけてくれた。あー。よかった。

これでなんとか全員無事に出られるよ。

 

「無事か?」

 

「そっちから助けれる?」

 

「動くなよ?……ふんがぁ!!おっっも!」

 

シュウがまさかの車体を持ち上げるという奇行をしたが、全員笑って無事なのを今は喜ぼう。

 

〜千束サイドアウト〜




明日からはアニメ三話編に入ります。


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第十一話

今回からアニメ三話へ突入です。
このアニメ三話の中で、主人公の過去も挟みながら進みます。


ウォールナット改めクルミがリコリコへ来てからしばらく経ったある日。

すっかりと顔の怪我が完治した井ノ上さんも一緒に、みんなで本日の営業を乗り切った。先程まで各自閉店作業を進めていたが、それもほぼ終わっているだろう。

そんな中、俺は厨房でちょっとしたおつまみを作っている。

いや、おつまみと言っても酒のアテではない。

これからリコリコで行われるボードゲーム大会でつまめるものを作っているだけだ。

 

「閉店!ボドゲ会スタート!!」

 

「「「おぉー!!」」」

 

千束と常連さん達の賑やかな声が聞こえてくる。

楽しそうで何よりです。俺もこれを終わらせたらすぐに向かおう。

クッキーや、余っていたナッツを炒って塩を少しかけたものを一緒に小皿に盛る。

テーブルの上はボードゲームが広がるからな。いくつか小皿に用意して、各自近いところに置いてもらえれば食べやすいだろうという配慮だ。

 

「おい修哉。もうみんな集まってるぞ?お前も早く来い」

 

「……」

 

「どうした?変な顔して」

 

そんな作業中の俺に、話しかけてきたのはクルミだ。小柄なクルミは、背伸びをして作業をしている俺の手元を覗き込む。そのため距離が非常に近いのだが。

……なんていうか、おまえさぁ。

 

「俺、一応お前に酷いことをしたと思っているんだが?怖くないの?」

 

「はっ!リコリコの味方であるボクは、修哉の敵にはならないんだろ?だったら何を怖がる必要がある?」

 

これである。

ここ数日ずっと!ていうかあの日の次の日からずっと!!ちょっと異様なぐらい懐かれていて不気味ですらある。

 

「はぁ、とりあえずこれ、持っていくの手伝ってくれるか?」

 

「ボクがか?落としても知らんぞ?」

 

「落とさないようにしてくれ。お菓子はともかく皿割ったら片付けが面倒だ」

 

俺はクルミに皿を二枚渡す。

少し危ない場面はあったが、なんとか無事に座敷でゲームをする大人達へとおつまみを届けられた。

 

「おぉ!?シュウくんのお菓子だぁ!」

 

「お!塩気があるナッツもあるのがいいねぇ!修哉くん、お酒はないのかい?」

 

「ミズキさんのならありますけど。終わったら仕事に戻るんでしょ?」

 

「修哉の言うとおりだ。やめとけやめとけ。ほらほらそっち詰めてくれ。よっし、それじゃあ順番決めるぞー」

 

俺とクルミが言った事に、おっさんメンバーが残念がりつつ、ボドゲを始める準備をしていく。

なんというか、いい大人なんだからと思ってしまうと同時に、遊ぶ時はしっかりと遊ぶ精神は見習いたい。

 

「たきなぁ〜。一緒にやらない?」

 

「お!ついに参加してくれるのか?レジ閉めとかあるんなら手伝うけど?」

 

「私はいいです。レジ閉めも終わりました。ズレもありません」

 

千束と俺が井ノ上さんを誘うがクールに断られてしまった。というか、レジ閉め早いなぁ。

 

「さっすが。先生にやらせたらもっと時間かかってたぞ」

 

「修哉、私に飛び火させるな」

 

「ごめんなさーい」

 

「いっしし。怒られてやーんのー」

 

「うるさい千束」

 

先生に注意されてしまった。反省。

少しテンションが上がってしまったようだ。

明日はDAに行くという気分が滅入るクソイベントがあるし、今のうちに楽しんでおきたいのだ。

 

「あ、ちょっ!たきなさぁん!一緒にゲームやろ〜よ〜」

 

千束が、更衣室へと向かう井ノ上さんを追いかけていく。

あいつ、今日はしつこいな。そろそろ参加してほしいという気持ちが強くなりつつあるのかな?

 

「あ、修哉くん。悪いんだけど、お茶もらえるかな」

 

「あら?持ってくるの忘れてましたね。すぐに持ってきます」

 

更衣室が閉まった音は聞いているので、厨房の方へ行く扉は遠慮なく開けれる。

安心しつつ、俺は厨房へと続く扉を開けると、井ノ上さんにフラれた千束が先生に捕まっていた。

なにやらミカ先生からは、軽いお説教の雰囲気がでている気がする。何やらかしたこいつ。

 

「健康診断と体力測定は済ませたのか?」

 

「え、あー……まだです」

 

「うっそ。千束お前、前の休みに行く予定だったじゃんか」

 

「あー……あの時はちょっと、予定を入れちゃったというかなんというか。山奥まで行くのダルかったしぃ」

 

俺と先生に顔を見られないようにそらす千束。

こいつ、どうせ映画見てたとか買い物に行ったとかそんなんだろ?呆れてものも言えない。

とりあえずお茶の準備しよ。

 

「あっほでーこいつ」

 

「なにおぉう!」

 

「聞きなさい千束!明日は最終日だぞ?ライセンスの更新に必要な事だ。仕事を続けたいなら行ってこい」

 

「うぇぇ……」

 

「ならやめとくか?」

 

「うぐぅぅ。やめちゃったら絶対に面倒になるやつじゃぁん」

 

「わかっているじゃないか」

 

千束が先生に甘えているのを聞きながらお茶の準備をしていく。面倒だし、俺たちが使っている電気ポットを取り出してカウンターに置く。あとは急須とお茶っ葉。湯呑みもいくつか置いてホールの方から配れるようにしたら準備完了。

俺は怒られている千束の横を通りすぎようとするが、千束に捕まってしまう。

面倒だからスッと、通り過ぎるつもりだったのにこいつ……!

 

「ねぇシュウ。なんとかならない?」

 

「なんともならんよね」

 

「うぇぇ……。じゃあ先生からうまく言っといてよぉ」

 

「ダメだ。行ってきなさい」

 

「ちぇ〜。シュウと先生から言ってくれたら、楠木さんも聞いてくれるじゃんかぁ」

 

「千束、お前なぁ……。前から言ってるけど、俺らを都合よく使いすぎぃっ!?うぇぇ!?!?」

 

俺は言葉を詰まらせた。

なぜかって?肌色成分たっぷりの井ノ上さんが着替え途中なのに更衣室の扉を開けたからだ。

 

「司令と会うんですか!」

 

「うぉお!!バカ服ぅ!!」

 

「……あ、死んだな俺」

 

千束が勢いよく扉を閉める。

俺は過去一番かもしれないぐらい状況判断ができていた。それはもう、いつもよりも空間を把握し、周りが見えていたとも。

目の前に広がった井ノ上さんの下着姿も、目線を一瞬で逸らしたミカ先生も、扉を速攻で閉めてこっちに飛びかかる千束も……。

唯一俺は千束に呆れていたせいで動きが遅れてしまったのだ。

 

「なぁに見てんだ貴様ぁ!先生は見てないとしても、おま、こぉんの!のぞき魔がぁ!!」

 

「イダダダダダダ!!千切れちゃう!腕ちぎれちゃう!」

 

「こっの!バカ!シュウ!!が!!」

 

「アァアアア!!」

 

「こっち来なさい!阿部さぁん!こいつのぞき魔です!現行犯逮捕ぉ!!」

 

おま!阿部さんに言うのは無し!

それに不可抗力でしょうが!!

いや、見てしまったのは悪いから!ちゃんと謝るから離せぇ!!

千束は俺の腕の関節をキメながらつねり上げ、阿部さんの前へと連行していく。

 

「お?なんだぁ?のぞきはいけないぞ?おじさんが逮捕しちゃうよ修哉くん」

 

「逮捕!逮捕ー!」

 

「ふっ。のぞきとはお前も男だなぁ修哉」

 

笑いながらのってくる阿部さんだったが、俺はそんな状況ではない。笑えるもんかぁ!!こちとら関節死にかけ痛い痛い!!

千束も騒ぐと同時に力を入れるな!!

おいこらクルミ!笑ってんじゃねぇ!!

俺はなんとか場を落ち着かせるために必死に弁明をする。そうじゃないと本気で折れちゃう!

 

「いや!のぞいてない!出てきたの!!ごめんなさい!」

 

「いやぁ、青春だわ。今度マンガのネタにでもしよっと」

 

「……ちなみにシュウ。感想は?」

 

「可愛いと思う」

 

「死ねオラァ!!!」

 

「オゴッ!」

 

「ふぅ。私とした事が、死ねなんて乱暴な言葉を使っちまったぜ。反省反省っと」

 

嘘はつけなかったんや。

それを聞いた千束は、俺の腕を離したと同時に拳を俺の顎へと振り抜いた。

これも罰。あわよくば記憶が消えてくれるといいと思いながら、俺の目の前が真っ暗になっていくのだった。最後に聞こえた千束のふざけた声が少し頭にきた。

 

 

 

……ん。

イッテテテ。

 

「何秒?」

 

「十秒ないよ。相変わらず丈夫だなぁ」

 

意識が覚醒する。

十秒ほど気絶したようだ。

瞬時に状況把握。

危険性無し。記憶の混濁無し。

行動に問題無し。……丈夫だなぁ俺。

気絶してしまった俺を、常連さん達が心配してくるが大丈夫だと言って安心させる。そして千束と井ノ上さんと場所を変えて店の奥へと引っ込んだ。

 

「まず、謝りたい。不快な思いをさせてすまなかった」

 

土下座である。

 

「……い、いえ、私も焦って、何も考えず開けてしまいましたから。近衛さんは悪くありません」

 

「いーや!これはシュウが悪いね!」

 

こ、こいつぅ!!

いや、ここで言い返してしまうとさらに調子づかせてしまう。大人しく土下座を続けよう。

 

「え?どうして千束さんが決めるのですか?見せてしまったのは私ですけど?」

 

「はぁん!?たきな、わかっちゃいない。わかってないよ!女の子の下着を見るとか大罪なんですよね!はい!シュウが悪い以上!!」

 

「なんか、すごい怒ってますよね?見られたの私なのに」

 

「怒りもするわぁい!こちとら大事なたきなさんの下着見られてるんだぞぉ?どう落とし前つけるつもりだ?シュウさんよぉ?」

 

お前楽しくなってきてるだろ?

絶対にニヤニヤしてるだろ?

い、今すぐ起き上がって締め落としたい!

 

「私が考えるにそうだなぁ。シュウさん、あんたから楠木さんに、千束はぁ〜もう優秀すぎるのでぇ〜ライセンス更新とかそっちでやってあげてくださぁい!って可愛く言ってこいや」

 

なんだその言葉遣いは。

千束、お前楽しくなってきて仕方ないだろ?

 

「ダメに決まってますよ。だいたい!ライセンス更新は千束さんの問題です!私をいいように使わないように!」

 

「すみましぇん」

 

「お前も土下座しとくか?」

 

「はい」

 

二人で井ノ上さんの説教を受けた。

淡々とした声で始まるお説教。千束さんはいい加減なところが多過ぎるとか、近衛さんは千束さんに甘すぎるとか、私もDAに連れて行って楠木司令に会わせろとか。……ん?

 

「会いたいの?」

 

「会いたいです。お願いします。私も連れて行ってください」

 

井ノ上さんも俺らと一緒に土下座し始めてしまった。なんだこれ?三人が向き合って土下座する不思議な空間は……。

 

「はぁ、千束。明日はみんなでDAに行こうか。俺も色々とチェックしてもらわないといけないし」

 

「そうなの?まぁ仕方ないか。私もいつまでも逃げられないしね……一緒にいこっか。たきな」

 

「ありがとうございます」

 

ということで明日は三人でお出かけが決まった。

それなら今日はもう帰るか。

明日は健康診断もあるし、さっさと帰って寝ないとな。DA遠いし。

 

「それじゃあ今日は帰ろうか」

 

「はぁ、ボドゲ会参加したかったけど仕方ないかなぁ」

 

「明日もボドゲ会はあるんだから、早く戻ってきたらいいさ。明日始発で行くから、井ノ上さんも駅に集合ね」

 

「はい。では私はこれで」

 

「お疲れー。あ、千束、今日ウチに泊まってけ」

 

「え!?マジ!?いいのぉ!?」

 

「おう」

 

「いぃやったぁー!!」

 

ウチに泊まれる事になり、ご機嫌な千束。

いや、だってお前遅刻する確率高いし……それに夜中にお菓子食べたりされるとよくないし。

監視だって事を気づいてほしい。

 

「そうと決まればさっさと帰ろー!晩御飯は何がいいかなぁ?なんでもいい?」

 

「明日に響かなければなんでも」

 

「えー?例えば?」

 

「暴飲暴食。あとニンニク祭りとかふざけたやつ」

 

「は?流石にニンニク祭りは無いわ」

 

「なら安心だな」

 

俺たち三人は、明日の健康診断を言い訳に帰宅する事になった。

ボドゲ会の方は先生とクルミに任せて、俺と千束は今日の晩御飯を決めながらバイクに跨った。

家に千束の分の材料がないからなぁ。帰りにスーパーも寄らないと。

 

「あ!じゃあじゃあハンバーグ食べたい!」

 

「え?面倒」

 

「は?無理だよ?断れないからね?」

 

「お?なんだやるか?」

 

「あぁん?なんだぁ?私に食わせるハンバーグはないってかぁ?」

 

「はぁ、サラダもいっぱい食えよ」

 

「あったりまえじゃん!サラダは作ってあげるよ」

 

「なら任せる」

 

「お任せあれ〜料理長さん」

 

千束がちゃんと掴まったのを確認して、俺はバイクをスーパーの方へ走らせる。

ハンバーグねぇ。合い挽き肉は買わないとないなぁ。あとは千束が買い物カゴに入れようとするであろうお菓子には注意しよう。

……ん?というか今気がついたが……。

ミズキさんどこ?あれ?一応今日いたよね?え?

いつの間にか消えたあの人はどこで何をしているのだろうか?

……まぁ、割とどうでもいいか。

 

「あれ?でもニンニク臭を纏った私がDAのみんなに嫌われてライセンスやるから帰れって言われるのはアリでは?」

 

「無しだよ!!!」




最新話の予告最高かよ。


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第十二話

今日は記念すべきリコリコの小説発売日でしたね。
今日は予定が多すぎて買いに行けませんが、明日行ってきます。


朝、俺は目覚ましが鳴る前に自然と目が覚めた。

少し夢を見ていたような気がするが、内容を覚えていない。なんだったかなぁ。

俺は千束を起こさないように、そっとベッドから抜け出し、千束が寝ている間に着替えを始める。

 

「はがっ!!」

 

「!?」

 

「あはは〜。バカシュウ……」

 

誰がバカだ!というかビックリしたぞ。

こいつ、どっかしら異常あるんじゃない?

今日はしっかりと健康診断してもらえよな。

着替えが終わり、コーヒーを用意する。朝ごはんも食べたいところだが、健康診断のため我慢。

にしても今日はスッキリと寝れたな。

千束が泊まる時は大体ソファで寝るし、ベッドよりも疲れが取れる気がしないのだ。だが今回は健康診断があるからという事で、千束に押し切られる形でベッドで休んだのだ。

 

「雨かぁ。雨の中向かうのは面倒だなぁ」

 

「んん〜。おはよ〜」

 

「起きたか。DAに行くから早く用意しろよ」

 

「えぇ……。雨降ってるんでしょう?やっぱり別の日にしよーよー」

 

「千束はひどいな。井ノ上さんは雨の中待ちぼうけか……それは悪いし、じゃあ俺だけは井ノ上さんを連れてDAに行くよ」

 

「その言い方はずるい!」

 

「ならさっさと着替えろ。千束の準備が終わり次第出るぞ」

 

「はーい」

 

寝室から出てテレビをつけ天気予報を見る。

うーん。帰りも雨が降ってるかもなぁ。

DAに行くのも気が重いのに、雨でさらに気が重くなっていく。千束が言うように別の日にできたらどれだけいいか。

だが、俺の健康診断は別日にはできないしなぁ。

雨の日にバイクに乗るのも面倒で、電話でタクシーを呼び、しばらくニュースを見ながらボーッとしていると着替えが終わったようでリコリスの制服姿の千束が寝室から出てきた。

 

「お待たせ〜」

 

「タクシー呼んだからしばらく待ってて」

 

「りょーかい。あ、コーヒー飲みたいですね」

 

「もう淹れてるから、自分で用意してくれ」

 

「おっけー。あ、朝ごはんは?」

 

「食べたらダメに決まってるだろ?」

 

「えぇ〜。真面目だなぁ」

 

コーヒーを淹れる千束。

一応飲んだ事は申告しておけよとだけ伝えて、二人無言でタクシーが来るまで無言で過ごす。

ソファに並んで座り、何も考えない静かな時間。

しばらくするとスマホが鳴り、タクシーが到着した連絡が来た。

 

「さ、行こっか」

 

千束に続いてタクシーに乗り込み、駅まで向かう。

駅に着くと井ノ上さんが待っていた。

 

「おっはよー!たきな。待たせちゃった?」

 

「おはようございます。時間通りですから、問題ありません」

 

「おはよう。それじゃあ行こうか」

 

三人でDAに向かう電車へと乗り込む。

その際、電車に乗る前に千束が食べ物やジュースを買おうとしたが、井ノ上さんと一緒に無理矢理引っ張って電車へと向かう。

DAまで行くのに何度も乗り換えをしていると、車窓からの風景も変わってきた。

 

「ほんと、山奥まで来るんだよなぁ」

 

「もっとこう、都会の地下とかに作れないもんかね?」

 

「無理だろうな。っておい、飴食おうとするな」

 

「えぇ〜。だってお腹すいたしぃ」

 

俺は飴を舐めようとしていた千束から飴を取り上げた。取り上げたものの俺も食えんのだが……。

 

「井ノ上さんあげるよ」

 

ポイっと飴を井ノ上さんの方へ投げる。

いきなり物を投げるな。というか私にこんなの渡されてもいらない。という目で見られるが、気にしないことにする。

東京からずっと黙ってメモに何か書いてるだけだし、そろそろ会話を楽しもうよ。

たまに入ってきてくれるが、基本的に俺と千束しか話してないからさ。なんというか少し気まずいのだ。

 

「そういえばさ。たきなは楠木さんになんて言うの?あ、飴ちょーだい」

 

「今考えています。……飴はダメです。糖分の摂取は血糖、中性脂肪、肝機能、他の数値に影響を与えます。千束さんは、これから健康診断がある事を自覚してください」

 

「あ、はい。ごめんなさい」

 

「やーい。怒られてやんの」

 

「近衛さんも人に物を投げないでください。あなた一番年上なんですから」

 

「反省します。すみませんでした」

 

「ぷぷっ!やーい。怒られてやんの」

 

「お二人とも、反省してください」

 

「「ごめんなさい」」

 

二人して怒られてしまった。

いやぁ、井ノ上さんは本当にしっかりしているというかなんというか。もちっと余裕を持ってもいいと思うよ?千束までとは言わんからさ。

 

「それにしても、雨降りってのは嫌だなぁ」

 

「たまにはいいけど、今日じゃなくってもねぇ」

 

「移動はほぼ乗り物ですから、それほど気が重くないのでは?」

 

お、おお!?

乗ってきてくれた!?

これを逃すかわけにはいかない!しっかりと返していかねば。

 

「面倒ではあるけどさ。せっかくの遠出だから景色がいい風景とか見たかったなぁって思ってな」

 

「なるほど」

 

「……」

 

「……」

 

あ、終わりですか。

 

「シュウさんや、何やってんの?」

 

「……次で降りるしな。うん、準備しようか」

 

「誤魔化したなぁこいつ」

 

井ノ上さんとの会話のキャッチボール難しいんだけど!?なるほど。で終わられると……え?あ、それだけ?ってなったわ!!

こっちがパスしたボールは受け止めてくれたが、そのあと地面にポイっと捨てられた気分だよ!?

まぁ次で降りるからいいんだけどぉ!もうちょい仲良くしたいです!はい!!

電車から降りて駅を出ると一台の車が停まっていた。DAからの迎えだ。

女性職員の方に迎えられ、車に乗り込みまだ少し長い時間をかけてやっとDAに辿り着いた。

千束はセキュリティの監視カメラに舌を出して挑発している。こいつ、間抜けヅラを晒しているだけだと気がついているのだろうか?

 

「なに?」

 

「いやなにも?」

 

「絶対何か考えてたやつじゃん!!」

 

「千束さん、うるさいですよ」

 

「えぇ〜だってたきなぁ、シュウがぁ」

 

「ほら、そろそろ着くからしっかりする」

 

「帰ったら何か作ってよ?」

 

「はいはい。俺も腹減ったしな」

 

DAでの食事は美味しい。

だからここで食うのもアリなのだが、高確率でトラブルになる危険地帯だからな。ゆっくりもできないだろうし帰りに何か食べようと思っていたのだが……。まさかの俺が作る事になるの?

千束が我慢できなくなり、途中でどこかの店に入るのを願おう。ボドゲ会にも参加したいし、俺がリコリコで厨房に入る事になると、追加の料理を頼まれることになるからなぁ。ゲームする時間が少なくなるのはごめんだ。

騒いでいるうちにDA本部にたどり着いた。

 

「はぁ……」

 

「気持ちはわかるけど相変わらず嫌いだねぇ」

 

入り口で立ち止まった俺に千束が声をかけてくる。俺、この空間って嫌いなんだよなぁ。

こっち見てひそひそひそひそ内緒話しやがるし。

リコリスでも大人でもない、異物の俺を遠巻きにしてくる奴が多すぎる。この場所にいるリコリスは千束、フキぐらいしかまともなのがいない。

あ、井ノ上さんも勿論、まともの方に入るからね?

 

「ほらほら、立ち止まってても終わらないから行くよ!千束さんが背中を押してあげッ!……フンッ!……ふんぬらばぁ〜!!!」

 

背中を押してくる千束。

俺は岩のように動かない。

それはもう踏ん張っている。

 

「ちょいちょい!!いや、おっも!力、強!動けアホ!」

 

「……」

 

「何やってるんですか……。近衛さん行きますよ」

 

「……おう」

 

「はぁ!?たきなの言う事なら聞くのか貴様ぁ!」

 

セキュリティを通り抜け、受付へと俺たちは向かう。その際、カバンの中に入れてきた上着を出して着る。深く被れるフードがついている物だ。

身長や体格で男なのはバレるが、これで煩わしい視線は気にならなくなる。雰囲気が暗いわ!と千束に文句を言われるが無視。

そして受付へとたどり着いた。

 

「お待ちしておりました」

 

「近衛修哉、錦木千束、井ノ上たきなです」

 

「はい。確認が取れました。近衛さんと錦木さんは健康診断と体力測定ですので、隣の医療棟へ。近衛さんは特殊な診察もあるようなので指定された場所に向かってください」

 

受付の人に端末を渡された。

いつも通りだが、これに従えって事だ。

 

「井ノ上さんは」

 

「楠木司令にお会いしたいのですが」

 

「司令は現在会議中です。その後も近衛さんと面談が入っておりますので、二時間以上お待ちいただくと思います。ですが今日は時間が取れるかどうか……。もちろん確認はしますが」

 

「えぇ!?シュウ、楠木さんと会うの!?」

 

「近衛さん……」

 

「わかってる。俺が会う時に呼ぶから、連絡にはすぐに出れるようにしてて」

 

「はい!」

 

楠木さんに会える事が確実になり、井ノ上さんは嬉しそうだ。まぁ、よかったよかった。

そこで嫌な噂話をする奴らの声が聞こえてくる。

井ノ上さんの事をひそひそと。味方殺しだの、組んだ奴を病院送りにするだの、司令を無視するだの……。

 

「……じゃあ、私、訓練所に行ってます。近衛さん、連絡待ってます」

 

「あ、ちょっ!たきなぁ!」

 

そう言って走り去る井ノ上さん。

まぁ、キツいわなぁ。

井ノ上さんはここに思い入れが強かったのだろう。だからこそ、自身の扱いに納得もいかず、やっとの思いで戻ってみれば、自分の嫌な噂を耳にする。それは堪え難いものがあるだろう。

ほんと、一部を除いてここの奴らは嫌いだわ。

 

「はぁ……」

 

「落ち着けよぉ?」

 

千束に背中を叩かれる。

その時だ。

 

「何あの人、男?」

 

「あれじゃない?戦闘機械ってやつ」

 

「あぁ、聞いたことある。殺すためなら手段を選ばない機械だって。でも今はリコリスの飼い犬じゃないの?」

 

うるさい奴らだなぁ。

てか、まだそんな噂あるのね。

サードの子達だし、まだ新人じゃないのか?未だに言い続けてる奴がいるんだよなぁ。

 

「なんだぁ?あいつらぁ……!」

 

「落ち着け。行くぞ」

 

「えぇ?さ!す!が!の!!千束さんも!シュウとたきなを馬鹿にされると許せませんよぉ??」

 

「キレるな」

 

「えぇ……はぁ……。ん?」

 

「どうした?」

 

千束が誰かに目を向けた。

だが、その相手は俺たちから走り去って行った。

なんか、見たことある奴だな。

 

「あれ、シュウが助けた子だよ」

 

「あぁ、あの時の?……あの人も気の毒だな」

 

「……まぁいいや!行こう行こう!」

 

背中を押してくる千束。

この切り替えには助けられる。だが、俺も少しストレスを溜めたせいかわざと足取りを重くして、千束の負担を増やす遊びをしつつ、医療棟へ向かうのだった。

 

「だから重いわぁ!」

 

「いったぁ!」

 

スパァン!

とケツをしばかれた。

 

 

 

俺は千束と別の部屋に行くため、別行動をすることになる。健康診断用の服に着替え、部屋に入ると五人の医者と、楠木さんとその助手に迎えられた。

 

「遅かったな」

 

楠木さんが一番に声をかけてきてくれる。

他の医者達は俺が入ってくると同時に色々な機械を触って準備を始めだしていた。

もうちょい時間がかかりそうだし、楠木さんと少し話しておこうか。

 

「あれ?会議って聞いてましたけど」

 

「この後すぐに向かう」

 

「そっすか。あ!そういえば!」

 

「なんだ?」

 

「バイク!ありがとうございました!」

 

電話でお礼は言ってあるが、どうせDAに行くのなら直接言おうと思っていたのだ。楠木さんのおかげで移動も楽だし、新しいバイクのおかげで依頼もやりやすい。

 

「気にするな。そのことなら既に礼をもらっている。……わかっているとは思うが、故障したらすぐに連絡しなさい。アレをそこらのバイク屋に持っていかないように」

 

「収納とかいろいろありますもんねぇ。了解です。その時はお願いします」

 

「用意もできたようだ。健康診断が終わり次第体力測定へ向かうように、そのあとは私の執務室に来なさい」

 

「はい。ではまた後で」

 

そうして楠木さんは部屋から出て行った。

井ノ上さんはすぐに合流してくれるだろうし、無断でそのまま連れて行こう。前もって言っても断られて終わるだろうしな。直接行けば止めるのは助手さんぐらいのものだし。

 

「近衛さん。こちらにどうぞ」

 

人が入れる大きなポッドの中へと入れられる。

口にマスクをつけられたり、いろいろな器具を身体に取り付けられる。

はぁ、この圧迫感嫌いなんだけどなぁ。

しばらくすると眠くなり意識が遠くなっていく。

寝て起きれば終わるのは楽でありがたい。

俺はさっさと意識を手放して、寝ることにしたのだった。起きれば全てが終わっているしな。




小説、予約しててよかったよ。
しばらく読むのに集中したくなった場合、更新少し止まるかもしれません。
申し訳ない。


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第十三話

今回は主人公である近衛修哉の過去編です。
残酷な描写が出てきます。
最新話!よかったな!

追記!
今回少しオリジナル設定を入れてしまいました。
後々響かなければいいなと。


夢を見ている。

今朝とは違い、とてもハッキリとしているのがわかる。これは俺の過去だ。

何も考えず、ただ命令に従う機械にされた過去の夢だ。

ああ、嫌になるなぁ本当に……DAにきたら毎回これだからな。逃れる事はできないし、仕方なく何度目か分からない夢をおとなしく見よう。

俺が物心つく頃、両親が亡くなったらしい。

何があったとかそんな事は、もう今となっては興味がない。

 

『お前はワシが引き取る』

 

俺を引き取ったのは知らない爺さんだった。

元々、治安維持組織に所属していたとか聞いた気がする。俺の両親もそこに居たのだろうか?

ただ、この爺さんに引き取られてから、俺の地獄が始まったのだ。

 

『護国の為、人柱となれ』

 

それが爺さんの口癖だった。

俺の人生全てを国に捧げろと。

爺さんは幼い俺への容赦のない訓練を行う。

まず最初に、殺しに対しての忌避感をなくさせるところから始まった。子供だった俺は訓練の意味がよく分からず、今になってそうだったのだろうと思う程度だが。

まず虫を殺した。

次に拘束され抵抗ができない動物を殺した。

 

『今日からは体術訓練も行う』

 

俺に何かの殺しをさせ続けて月日が経ち、俺の身体が成長してきた頃だ。

爺さんは俺を殴り、投げ飛ばし、何度も何度も気絶するまで追い込み続けた。気絶すれば水をかけて意識を覚醒させる。

その繰り返しだった。

 

『死にたくなければ、生き抜いてみせろ』

 

山の中に置き去りにされた。

凶暴な猛獣から逃げ、よく分からないものを口にして生きる。この訓練のおかげで、俺は自身の直感が育てられたのだと思う。

この訓練が終わると、爺さんは必ず俺を医者の元へと連れて行った。でもあれは、おそらく医者ではなく治安維持組織の研究者とかだと思う。

そいつらには、よくわからない毒々しい色をした薬を使われた。副作用で何度も死にかけた。

だがそのお陰で、変なものを食べても平気になった。毒に対しての耐性ができたのだろうか?

 

『護国の為、人柱となれ』

 

死にたくない。生きていたい。

この感情がいつの間にか変わってしまう。

死ねない。強くなって、殺さねば。

護国の為に。人々の為に。殺さねば。

毎日、毎日。何かを殺し、殴られて、山に放り捨てられて、薬物の投与。その日常に慣れ、しばらくたった頃。

爺さんが、俺と同年代ぐらいの男の子を連れてきた。

 

『戦え』

 

爺さんがナイフを俺たちの前に落とす。

爺さんの一言を聞いた瞬間にナイフを拾い、困惑する子供の首を切り裂いた。

後に聞いたが、俺と同じように身寄りがない子供で、落ちこぼれたリリベルだったらしいが、当時の俺は殺さなければ殺されると思い殺した。

初めての殺人に、迷いは一切なかった。

 

『次へ移行する』

 

この日から人も殺し始めた。

落ちこぼれたリリベルが次々に運ばれてくる。

犯罪を犯した大人も運ばれてきた。こっちは男も女も関係がなかった。

等しく全員殺した。

できるだけ早く速く、時間もかけず迅速に。

急所を狙い一瞬で殺す。

俺の身体はまだ小さい子供だ。相手が抵抗する前に行動しなければ殺されてしまう。

 

『今日からはこれも使え』

 

爺さんは俺に銃を渡してきた。

射撃訓練も始まった。

体術、ナイフ、銃。全てを十全に扱えるように。

殺しに対しての忌避感を抱かないように。

護国の為、人柱となれ。

そして数年が経ち七歳の頃、爺さんを殺した。

 

『悪を殺せ。護国の為に。……以上をもって、お前の……いや、烏の完成とする。友よ、ワシは、やり、遂げた』

 

これが最後の言葉だった。

何も感じなかった。

この人は俺をこんな戦闘機械にしたが、一応は育ての親なのかもしれない。だが、悲しいとも思わない。怒りが湧いてくるわけでもない。

ただ、こんなものか、と。

一応、食わせてくれた恩もあるが、死体を放置すると臭う為、死体の処理を行なっていく。

全てが終わった頃、いつの間にか日が沈みそうな時間だった。護国護国と言っていたが、俺は明日から何をしたらいいのだろうか?

そう思って夕日を眺めている時、二台の車が敷地内に入ってきた。

そこから降りてきたのは武装して顔がわからない人間が五人。そして褐色肌の男と、赤い短髪の女だった。

 

『あの子が、そうか?』

 

『はいミカ。間違いありません』

 

男と女に敵意はなかった。

だから殺さなかったし、この時はなぜかそんな気力が湧かなかった。俺がボーッと二人を眺めていると、男の方が紙を渡してきた。

 

『読めるか?』

 

『……?』

 

『おそらくわかっていません。あの方は勉学の時間を削ってまで育てたと言っていましたから』

 

男がため息をついた。

アレは手紙だった。結局あの手紙は読んでいない。何を書いてあったのか、今となってはわからない。

男の方はミカ、女の方は楠木と名乗った。

俺は今からDirect Attackという場所の本部に移動するらしい。そこで俺に勉強をさせて、仕事をさせる。それが爺さんがこの人達に伝えた事らしい。この二人について移動してきたDAにはリコリスと呼ばれる少女達が大勢いた。

 

『楠木、後は任せる。私には他にもやることが多いからな』

 

『はい。……今日から私がお前の世話をする楠木だ。お前の名前は?』

 

『名前……?』

 

『ない、のか?』

 

『お前?貴様?クソ野郎?色々、ある。でも、爺さんは最後に烏って』

 

楠木と言った人は頭を抱えた。

今思えば楠木さんは無意識だったのだろうか?こんな姿、この時しか見たことがなかったと思う。

 

『……近衛、修哉と名乗れ。近衛が苗字、修哉が名だ。いいか?修哉』

 

『修哉。わかった』

 

この日からいろいろなことを教わった。

社会から隔絶された場所で育った俺は、外の世界のことを何も知らなかった。ちゃんとした言葉、文字、礼儀作法に今までやったことない事ばかりだったが……知識を得るのは楽しかったと思う。

ただ戦闘訓練では不満が溜まっていく。

相手となるリコリスを何度も殺しかけるたびに止められた。今まで殺していたのに、殺すことが出来ず難しいうえに面倒だ。そう思いつつ過ごしていたな。

 

『なんだよ、あいつ』

 

『喋りもしないし、機械みたい』

 

『あぁ、たしかに。戦闘機械だよね』

 

俺が避けられるのに時間はかからなかった。

ひそひそと、ひそひそと。どこに行くにも視線が付き纏い、次第にストレスが溜まっていった。

そんな風に過ごし、一年が過ぎようとした頃。

俺の前にミカ先生が現れたのだ。

 

『少し休め』

 

『護国の為、休む暇などありません』

 

『はぁ……。ガキの言葉じゃないな』

 

『司令。新しい任務を』

 

ミカ先生は俺にある動画を見せた。

俺と同じぐらいの歳だろうか?ファーストのリコリスか。この歳でファーストとはすごいなと思ったのを覚えている。動画の中でファーストの女の子が、多数のリコリスが相手でも素早く撃ち倒す姿は、俺でも苦戦するかもしれないと素直に思った。だが、彼女は倒れる。

胸を押さえて苦しそうだった。

 

『どうした?』

 

『病気だった。名前は錦木千束。先天性心疾患だったが、今はある手術を受けて入院中だ。彼女の護衛をしてほしい』

 

『それが次の任務か?殺しではなく?』

 

『……あぁ、そうだ。きっと、修哉にもいい影響を与えてくれる。きっとな』

 

この時、ミカ先生が言った事はわからなかった。

だが、この子が無事に退院できるようになれば大きな戦力になると思い、任務を全うした。

そして病室で千束と出会ったんだ。

 

『あなたはだれ?』

 

『近衛修哉。お前の護衛だ』

 

『護衛?……シュウくんって呼んでもいい?』

 

『好きにしてくれ』

 

『うん!じゃあシュウくんお話ししよう!そうだねぇ。うーん、好きな食べ物はなーに?』

 

千束は凄かった。

ずっと無愛想だった俺の懐にドンドン踏み込んでいき、俺も色々な事を答えた。仲良くなるというか、俺とよく話をする人となるのに時間はかからなかった。

楠木さんはよくわからなかったが、ミカ先生は俺を連れた千束の話をどこか嬉しそうに聞いていたのを覚えている。

そうして俺が八歳、千束が七歳になった頃、千束は戦闘訓練にも復帰するようになった。

順調にリハビリを終えて、しばらく経ったある日に電波塔事件が起こった。

この大事件を俺と千束は先生達や、他のリコリスの活躍もあり解決。この日から千束は最強のリコリスと呼ばれるようになり、俺は前からの陰口である戦闘機械が、本格的な通り名になってしまった。一応作戦中は烏って呼ばれてたのにね。

悪口の方が勝ってしまった。残念である。

 

『シュウくんは機械じゃないのにねぇ?ほら、触ったら温かいし』

 

両手で俺の頬を包むのは千束だ。

どこかで俺の陰口を聞いたのだろうか?

四六時中一緒には居るけども、トイレや更衣室などの、俺が入れない場所では千束は基本的には一人かフキに頼んで二人になる。

どっかしらで聞いててもおかしくはなかった。

 

『……俺は、機械じゃない。でも大人には烏とも呼ばれるぞ?』

 

『ちーがーいーまーすー!だってシュウくんは人間だもん』

 

『そっか』

 

この時、少し心が暖かいような気がした。

変な感覚だとあの時は思ったが、千束が俺を、ただ命令を受ける烏でも機械でもない、人間にしていったのだろうと思う。今の俺があるのは千束のおかげだと、今だから思える。

 

『ねぇ、シュウくん。先生がね?一緒にお店をやらないかって言ってくれてるんだよね』

 

『気持ち悪いぞ』

 

『え?えぇ!?き、気持ち悪い!?』

 

『間違えた』

 

『も、もう!!女の子に気持ち悪いとか酷いからね!?』

 

半泣きになる千束。

言葉選びが下手だった。

いつものようにはっきりと言うでもなく、千束が俺に遠慮している感じが気持ち悪いと思っただけなのだ。

 

『それで、なんだ?』

 

『えっとね。シュウくんはさ。私と一緒に、お店してくれる?』

 

『……俺はお前の護衛だからな。お前が俺をいらないと言うまでは、護衛としてそばにいる』

 

『ほんとぉ!?やったぁー!先生に言ってくるね!……あ!シュウくんも一緒に先生のところに行こう!ほら、はーやーくー!』

 

ははっ。

この場面を見るたび、俺は恥ずかしかったんだなと思う。千束だけが、なんの裏もなく、俺を必要としてくれるとわかったからこそ素直に行くと言えなかったんだなぁ。

この時が、初めて心から嬉しいと感じた瞬間だった。

それからすぐに千束は俺と先生を引き連れてDA本部を出た。

 

『ここが、今日から私達が住む場所だ』

 

『おぉおおお!!』

 

『千束、興奮しすぎだ』

 

『えぇ!?だってだって!これから新しい生活の始まりだよ!!楽しみに決まってるよ!』

 

喫茶リコリコ。

俺たちがこれからやっていくお店。

先生が店の扉を開け入って行くのに、少しドキドキとしながら俺たちは続く。

 

『おかえり。千束、修哉』

 

『あ!それってアレだよね!?』

 

『あぁ』

 

『やっぱり!ほらほら、シュウくんも一緒に言おうよ』

 

『わ、わかった』

 

『よし!あ!先生もう一回!やり直すね!』

 

千束は俺の手を引っ張り店を出て、もう一度お店に入りなおした。

 

『先生、ただいま!』

 

『た、ただいま』

 

『あ、シュウくん照れてるぅ』

 

『て、照れてない!』

 

『ははは!あぁ、おかえり千束、修哉』

 

これが俺たちの喫茶リコリコでの始まり。

最初は失敗だらけだし、お客さんも全然居なかった。今では考えられないが、先生のコーヒーなんて飲めたもんじゃなかったな。

 

『また、練習してるね』

 

『そうだな。……行くか?』

 

『うん!せんせー!私ミルクと砂糖いっぱいのが欲しいぃ!』

 

『俺はミルクだけのがいい』

 

『えぇ〜。シュウくんもまだ苦いの無理なくせにぃ!』

 

『今日こそは飲めるからいいんだ』

 

そう言って飲んだコーヒーはバカほど苦かった。

三人で一緒に色々な失敗や成功を楽しみつつ、頑張ってお店をよくしていくと、お客さんも少しずつだが増えていった。

常連さんが出来たり、犬のリキと過ごしたり、いつの間にかミズキさんが居たり、たまにDAの仕事をしたり。本当に千束のお陰で楽しいことばかりだな。最近では新しい仲間である井ノ上さんとクルミまでいる。ドンドン楽しくなる毎日が本当にありがたくて……。

この夢を見るたび、いつの間にか爺さんの教えなんて忘れている自分に気づく。護国なんかよりももっと良いものを護らせてくれるあいつには、本当に感謝しかない。

千束はすごいよ。

お前の周りは多くの笑顔に溢れている。

やはり千束は人助けの天才だなと実感するよ。

 

 

 

目が覚める。

生暖かい感じが気持ち悪い。

医療ポッドの中は大量の液体で埋め尽くされており、器具を取り付けられて拘束されている俺。

はぁ、この液体臭いんだよなぁ。

体力測定の前にシャワーだけ浴びさせてもらおう。

しばらく待っていると、ポッド内の液体が抜かれて外に出ることができた。

 

「近衛さん。お疲れ様でした」

 

「よっと。どうでしたか?」

 

「今回も問題はありませんよ。ですが、いや!これもう本当に毎回言っていますけど!もっとこまめに診断を受けてもらいたいものです。あなたの身体は過去のせいで調整が必要なんですから、あまり無理をするとすぐにガタが来ますよ?」

 

「ははは。無理って、俺基準での無理でしょう?まだまだ大丈夫ですよ」

 

「あなたは毎回そう言って聞きもしない。まぁ実際、問題は出ていないから強く言えませんね。シャワーはどうします?」

 

「もちろん行きます!」

 

「いつものように着替え等は用意しています。このまま行ってもらっても構いませんよ。終わり次第体力測定に向かってください」

 

「はい。ではお疲れ様でした」

 

心配してくれる医者には悪いが、時がくれば無理をせざるを得ない。日本の、いや東京の何処かには銃が千丁も存在しているだろう。

それがいつか必ず利用される。その時、俺は自身の大切なものを守るために何をするだろうか?

あぁ、過去の夢を見たせいで嫌な事を考えてしまうな。シャワーを浴びてスッキリとするのがいいな。




まだ小説を読めていません。
手元にはあります。
ネタバレに気をつけつつ過ごしています。
小説でわかる設定等があれば矛盾点が出るかもしれません。
間違ってるやん!と言いたい事も出るかもしれません。
ですが俺が小説を読んでから指摘してくれるとありがたい。
読み終わったら絶対に読み終わったって言うから。
お願いします。


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第十四話

体力測定も終えた俺は、楠木さんの執務室まで行こうとしているのだが、肝心な井ノ上さんに連絡がつかない。

これでは井ノ上さんを楠木さんに引き合わせる事ができない。なんだかんだ忙しい人だからなぁ。

 

「訓練所に行けばいるかな?」

 

俺は訓練所の方へと足を伸ばす。

相変わらずリコリス達の視線が鬱陶しいが、気にせずに目的の場所へと向かう。

そんな時だった。

 

「あ、あの!!」

 

「ん?」

 

後ろから声をかけられた。

振り向いた所に居たのは、過去に俺が助ける事になったセカンドのリコリス。

あの銃取引の時の子だ。

 

「なんだ?」

 

「え、えっと。あの!」

 

「落ち着いてくれ。別に、話を聞くぐらいの時間はあるから」

 

「は、はい!」

 

セカンドの子は落ち着く為に深呼吸をする。

一回、二回、三回、四回、五回……いや、長いなぁ!?

待っていたらいつまでも終わらないと思い、少し悪いと思いながらも声をかけた。

 

「お、落ち着いたか?」

 

「は、はいぃい!!」

 

……何故だろうか?

俺がいじめてるみたいになってきている気がするのだが?勿論いじめているつもりは一切ない。

 

「あー。名前を聞いてもいいかな?」

 

「あ、えっと、蛇ノ目エリカです!」

 

「俺は近衛修哉だ。よろしく蛇ノ目さん」

 

少し目立ちすぎたな。

周りの視線が気になってしまう為、移動する事にした。目的地は自販機がある休憩室。大人数で使えるような広い場所だから身の危険を感じることはないだろうし。

俺は自販機で飲み物を買って彼女に渡す。

お互いベンチの端と端に座り少しした頃。

彼女は慌てながらも、何を聞きたいのか、言いたいのかを説明してくれる。

まずはお礼。

俺がこの子の命を助けた事について。

そして井ノ上さんがどうしているのか。

 

「助けていただき、ありがとうございました」

 

「どういたしまして。でも、俺が入ってなくても君は助かったと思うよ?」

 

「え?そうなんですか?」

 

「うん。まぁ流石に絶対では無かったけどね」

 

俺はあの日の状況の説明をした。

井ノ上さんの機銃掃射は、彼女が立ち上がったりしなければ射線にはギリギリ入らなかった事。

あの日、通信がおかしかった事。

現場判断で独断。井ノ上さんの勝手な行動ではあるが、仲間を助けようとする意思が彼女にあった事。

 

「三つ目は、君もわかってるよね?」

 

「……やっぱり、そうですよね。たきなは私のせいで……」

 

落ち込んでしまったな。

でもまぁ、詳しい事は知らないのも無理ないか。

彼女を助けた時、俺は下の階に避難した。その後はすぐに、楠木さん達の判断で現場から離れただろう。現場を見て検証するような暇なんてない。

俺がなぜ分かるのかは、並外れた空間把握ができるからってだけだしな。

 

「落ち込む暇があればさ。井ノ上さんに会ってお礼でも言ってあげてくれ。今は訓練所にいるだろうしな」

 

「……はい。そうですよね。行って、みます」

 

「あぁ、井ノ上さんはこっちで精一杯頑張っている。けど、まだ悩む事は多いだろうからね。君からのお礼で救われる事もあるかもしれないし」

 

「はい!い、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい」

 

彼女はジュースのお礼を言った後、休憩室から立ち去った。とはいってもだ。

彼女は少し内気そうだし、今からすぐにいけるだろうか?途中で考え込んでしまって、結局会えなかったとならない事を願おう。

 

「とりあえず、しばらく時間を潰しますかね」

 

今すぐ行けば二人の邪魔をしてしまうかもしれないしな。

ボーッとしながらコーヒーを飲もうとすると、もう飲み終わっている事に気がついた。

うーん。甘いものが飲みたいな。

飲み過ぎだろうなぁと思いつつも、時間を潰すためにもう一杯飲もう。

 

「コーラでも飲むか」

 

たまにはこんなジュースもいいだろうしな。

自販機に向かいコーラのボタンを押す。お金を使わずに物が出てくるのは新鮮だな。普段はお金入れてるし。

どうでもいいことを考えながら、またベンチに座って時間を潰していると、千束とフキが休憩室へと入ってきた。

 

「おろ?何してんの?楠木さんと会うっていってなかった?」

 

「いやぁ、ちょっと友情を育むお手伝いをね」

 

「何言っとるんじゃコイツは」

 

「お?やるか?」

 

いきなり千束に絡まれるがいつもの事で、気にもならない。適当にあしらってジュースでも取りに行ってもらう。

 

「久しぶりだなフキ」

 

「あぁ、そうだな」

 

「うちの従業員を可愛がってくれたんだって?お礼でも言っておこうか?」

 

春川フキ。

彼女とも幼馴染みたいなものか?いや、千束のせいで苦労を買ってる同士みたいな?まぁ、仲が悪いというわけではないなって、程度の相手だ。

そんなフキに井ノ上さんを殴った事について揶揄うように言うと、フキは顔を顰めてすっっごく嫌そうな顔になった。

おぉう。すでに千束にだいぶ言われた後だな?

 

「お前まで嫌味か?二人揃ってよく似てるな。大体、そん時は私の部下だ。お前らに文句言われたかねぇよ」

 

「そりゃそーか。まぁあれだ。相変わらず苦労してるみたいだなって、おつかれ」

 

「なーにがお疲れだぁ!今もアレの相手をしてたんだがなぁ!」

 

「誰がアレじゃい!」

 

千束が戻ってきた。

フキにもジュースを渡しているが断られている。

おいバカ、俺に渡すな。コーラあるからいらないって、おい千束やめ、おい!フキも仕返しとばかりに俺を抑えるなって!コーラに混ぜるなぁ!

 

「うわぁ……」

 

千束はフキが断ったジュースを、俺のコーラに混ぜたのだ。さっき揶揄った仕返しにフキも便乗して俺を抑えるものだから抵抗できなかった。

 

「なに、これ?」

 

なんか、コーラがすごい色に。

というかさ。お前に入れられたジュース緑色だったんだけど?千束さん、何入れたの?

 

「青汁」

 

「……あ、お、汁……」

 

「そんなもん飲ませようとしたのかよテメェ!」

 

「なんだぁ!?青汁健康にいいんだぞあぁん!?フキには健康でいてほしいという私の気遣いだってのに受け取れぇ!?まぁわたしは飲みたくないけどね!」

 

「余計なお世話だコラァ!ていうか自分が飲みたくないものを人に飲ませるな!」

 

「んだとぉ!!」

 

「……青汁コーラ」

 

千束とフキが喧嘩している間に、俺は罰ゲームのような飲み物を一気に流し込んだ。幸いと言うべきなのか、コーラの方が量は少なく、炭酸はほぼ無くなっている。おかげで一気に流し込めた。

腹の中がタプタプとする気が……。

なんだろ?こう……腹がたってきたぞ?ものすごい味で口の中が変だな。これでも一応厨房担当なのだから、味覚破壊のような事をしないでほしいなぁ千束さん?

 

「え?あ、怒った?」

 

「……千束、お前がなんとかしろよ?」

 

「ちょっ!フキが断るからじゃん!」

 

はぁ。

コイツらは……。

 

「千束」

 

「はい!」

 

「帰ったら覚えておけ」

 

「はぃいい!!」

 

不思議だ。

腹がたっている。だが一周回って面白くなってきたぞぅ!

 

「フキ」

 

「……」

 

「フキ?」

 

「な、なんだ」

 

「うちにいる井ノ上さん、頑張っているんだ。尻尾切りにされたのに、懸命に頑張っているんだ。健気だろう?可哀想だろう?なぁ、どう思う?」

 

俺は立ち上がり、自販機の前に行く。

目的のボタンを押してしばらく待っていると、目的の飲み物が出てきた。

 

「タイムリミットだ。答えは?」

 

「……飲めばいいのか?」

 

「……」

 

俺は何も言わない。

フキは俺から青汁を奪い取り一気に飲み干した。

 

「こ、これでいいな!?文句言うなよ!?」

 

「お前もファーストで現場責任者なら即座に判断して動け。司令部の判断を待つばかりだったらセカンドでもできる。司令の判断も大切だが、お前が思考停止してどうする?」

 

「飲んだのに説教するな!」

 

「飲めば何も言わないとか言ってないが?」

 

「こ、このっ!クソがぁ!!」

 

「こらぁフキちゃん!!女の子がクソとか言うな!おを付けろおを!!」

 

「だっはっはっ!!おクソ!」

 

「「ウルセェ千束ぉ!!」」

 

「うぇええ!なんでぇ!?!?」

 

久しぶりに三人で騒いでいると一瞬の寒気。

あ、やべぇこれ。もう間に合わないやつ。

 

「騒々しいな」

 

「司令!?」

 

「楠木さん!」

 

「いや、これはあの、すんませんしたぁ!」

 

楠木さんがいた。

本来なら俺は楠木さんの司令室にいなければならない。探しに来てくれたのだろうか?

 

「修哉。測定が終わり次第、執務室へ来るように言ったはずだが?」

 

「あ、あ〜。何と、言いますかぁすみませんでした!」

 

即行で謝った。

もちろん探しに来たとかそんな理由じゃないですよねぇ!会議の帰りに偶然通った場所から、聞き覚えがある騒がしい声がしたら来ますよね!

いやぁ、こればかりは言い訳できんわ。

蛇ノ目さんと話していたって言っても、一蹴されるだろうし。

俺が頭を抱えていると、千束は楠木さんに挑発するような口調で話しかけた。

 

「どうも、楠木さん。たきなの件について、聞きたいんですけど?なんで、DAから追い出したんですか?」

 

「命令違反をしたと聞いてると思うが?」

 

「だけど仲間を救った!失敗ばかりじゃなくて、そこも評価してくれてもいいんじゃないですかね?」

 

「その結果、千丁の銃は行方不明だ。商人は生かすべきだった。友情では平和は守れない」

 

井ノ上さんを何とかしてあげたいという、千束の気持ちはわかる。何も知らなければ俺だって楠木さんに一言言いたかったと思うし。

……俺はクルミがやった件。ラジアータのクラックに関して話をしていない。これは俺だけが知っている事だ。店のみんなに黙っていて悪いと思っているし、井ノ上さんには本当にすまないと思っている。

 

「だいたい!偽の取引時間を掴まされてる時点で後手に回りすぎでしょ!?」

 

「……修哉。ここは騒がしすぎる。移動するぞ」

 

「話を逸らそうとしないでください!絶対に行かせませんから」

 

千束は俺の手をギュッと握りしめる。

絶対に行くな。協力しろと力強く睨んでくる。

安心しろ。行きはしないから。

俺はお前の味方だからな。

 

「楠木さん。あの日、通信障害が起こってましたよね?」

 

「修哉!」

 

楠木さんには悪いが追及しておく。

後で千束にあの時何も言わなかったと責められるのも面倒だし……。ごめんなさい。

 

「は?通信障害ぃ?」

 

「……ただの技術的トラブルだ」

 

「それならそれでもいい。ですがお願いします」

 

「ちょ!シュウ!?」

 

「井ノ上さんにだけは会ってやってください。彼女は今、訓練所にいますから。お願いします」

 

俺は楠木さんに頭を下げた。

俺が答えを待っている間、休憩所が沈黙に包まれるが楠木さんの足音が響く。

無言で踵を返しここらが出ていこうとしているのだ。やっぱり無理かぁ……。

 

「ちょっと!楠木さん!無視ですか!?」

 

「おいやめろ千束!」

 

「止めんなフキ!シュウが頭まで下げてるのに無視とかありえないから!!楠木さん!」

 

そこまで言ってくれるのはありがたいが、俺ってばDAでのヒエラルキーそこまで高くないのよね。

むしろ前線に放り投げられるぐらいのただの駒なのよね。

 

「行くのならさっさとしろ。いつまでも子供の相手をできるほど、私の時間に余裕はない」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

「はやく着替えてこい」

 

どうやら井ノ上さんに会ってくれるようだ。

ものすごく驚いたせいでフリーズしてしまったが、気が変わらないうちに俺達は即行で着替えてついていかなければ。

 

「はい。ほら、千束。いつまでも騒いでないではやくしろ」

 

「え、あ、うん!」

 

「フキ。千束の事頼んだ」

 

「やなこった。自分のことぐらい自分でしろ」

 

「んだとぉ?やるかぁ?」

 

「千束、はやく、しろ」

 

「はいぃい!!」

 

ダッシュで更衣室へと急ぐ千束。

これから井ノ上さんには辛い事が起こるだろう。

DAからしたらラジアータをクラックされた事は隠し通しておかないといけない。尻尾切りにちょうど良かった命令無視のリコリス。

だがこの人達は気がついているのだろうか?

ラジアータがクラックされ、それができる人間がいるという事は、今まで通りのままだとDAは常に後手に回る。事件が起きる前に解決はできなくなるのだと。

 

「その点、自分で考えて身体が動いた井ノ上さんをもらえた事は幸運だったな」

 

あの子には悪いが、そう思ってしまう。

着替えを終えて、フード付きの上着もきた。

さっさと楠木さんに合流しないとな。

俺、千束、フキ、楠木さんにその秘書。みんなで訓練所に移動して俺たちが見たものは、セカンドリコリスにいじめられている井ノ上さんだった。なんだぁ?あいつ。

少しだけイラッとしてしまう俺でした。



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第十五話

過去編を入れたせいで五話で終わらなかった。
五話で終わらせるつもりだったけど話の切りどころがなく、長すぎちゃうのでここらで分割してます。
次回でアニメ三話は終わり。
また日常編を挟んでアニメ四話へと突入します。


「アンタの席はもうないっすよ?」

 

訓練所へと到着した俺の前には特徴的な髪型のセカンドリコリスに虐められている井ノ上さん。

なんだあいつ?

 

「誰?」

 

「たきなの後任だ」

 

ほう。

フキに聞いたところ、井ノ上さんの後任のようだった。大方、一人歩きしてしまった井ノ上さんの噂を聞いていたのだろう。今回はたまたま本人がDAにやって来た為、揶揄ってやろうというところか?

うーむ。

遠くから聞いた噂は事実無根のクソみたいなのが多かったが、命令違反や、仲間がいるのに機銃を撃ち放ったのは事実だからな。こんな輩が出て来たのも仕方ないか?

 

「だぁまれ小僧」

 

あーあー。

止める間もなく千束が飛び出してしまった。

気持ちはわかるけどそこはグッと飲み込むと言いますか……まぁ無理か。俺もイラッとしたし。

 

「誰っすかアンタ」

 

「そいつが千束だ」

 

「あ!フキセンパーイ!へぇ?これが電波塔の。どうも、乙女サクラっす」

 

「誰がコレだぁ?あぁん?」

 

「ただのアホだ。相手にしなくていい」

 

「シュウく〜ん!フキちゃんが虐めるんですけどぉ!?」

 

「巻き込むな」

 

それにしても千束に対してもあんな感じか。

いやまぁ、電波塔事件はもう十年前だし、こんな後輩が出てくるのも仕方ない部分はあるのか?でもなぁ、これはDAの教育不足な気がするなぁ。何かと問題児多いし。

うるさい千束を見ていると、井ノ上さんが乙女サクラというリコリスの肩にぶつかりながら楠木さんに迫っていた。お?喧嘩かぁ?言われっぱなしだもんなぁやったれ!やったれ!

まぁふざけてはみたが、喧嘩なんて起きるはずもなく、井ノ上さんは楠木さんに話しかけた。

 

「司令!」

 

「なんだ?」

 

「私は銃取引の新情報となる写真を獲得し、提出しました。この成果ではまだDAに復帰できませんか!?」

 

「復帰?誰がそんなことを言った?」

 

「成果をあげればDAに」

 

「そんなことを言った覚えはない」

 

でしょうねぇ!

あぁ、心が痛いなぁ。

だって井ノ上さん尻尾切りに遭ってるんだもの。都合の悪い事を押し付けられてるんだから、現時点ではDAに戻れるはずがないんだなぁ。楠木さんもその辺しっかりと聞かせてあげとけばよかったんではない?

……それはそれでもっと拗れてたか?今となっては何がよかったのかわからないな。

 

「そ、んな……」

 

失意の井ノ上さん。

こうなる事が、わかっていたからこそ見ていられない。

帰ったら何か作ってやろうか。それで少しでも気を紛らわせる事ができればいいのだが。

俺がそんな事を考えている間も時間は進む。

乙女サクラとフキが井ノ上さんを挑発し続ける。

井ノ上さんにかかる精神的な苦痛。それに耐え切る事は難しい。結果、井ノ上さんは訓練所から走り去ってしまう。

 

「あ、ちょっと!たきな!」

 

「千束。頼んでいいか?今、井ノ上さんの味方は俺たちだけだからな」

 

「うん、わかってる。シュウは行かないの?」

 

「ちょっとお話をね」

 

「そっか。あんまり脅さない様にね?」

 

脅さない様に、か。

確かに、井ノ上さんの扱いには少し頭にきているが、脅すとか……そんな事をするつもりはないのだが。

千束を見送り、楠木さんに向き直る。

この人は無言で事態を眺めていたが、俺の目を見てくれているあたり、聞いてくれようとしていると判断しよう。

 

「楠木さん。ありがとうございます」

 

「礼を言われるような事をした覚えはないが?」

 

「そーですね。まぁ色々と言いたい事はあり過ぎますけど、井ノ上さんをウチにくれた事です。養成所に送る事もできただろうにウチにくれた。本当に感謝してます」

 

「……何が言いたい」

 

「ラジアータがハッキングされた今、リコリスには司令からの指示が無くとも動ける必要がある。これから先、もしもまたラジアータがハッキングされたとします。その時通信できないから指令を待ってます!でも結果何もできずにやられました!なんて馬鹿みたいでしょう?」

 

「おい修哉!あの時のは私の判断だ!司令は」

 

「では、井ノ上たきなにはそれができるとでも言うつもりか?アレは完全な独断。独自の考えで動けたとしても最善を掴む事はできないだろう」

 

楠木さんは俺に突っかかってくるフキを遮りながら、俺の拙い挑発を聴いてくれた。

はぁ、俺って口喧嘩とか弱いからこんな時にどうすればいいかわからないんだけど……。

まぁ、俺なりに精一杯やるけども。

 

「そうですね。結果的に商人を殺してしまいましたが、仲間を救う為に行動できる人間です。問題は多々ありますが、その辺はウチで教育していきますので。主に千束が」

 

主に千束がと言ったあたりで、楠木さんの顔が歪んだ。とは言っても本当に分かりにくいが……。

この人と長年接しているからこそ分かるのだろうか?なんにせよ、少しは仕返しができたと思っておこうか。

 

「……」

 

「はっはっはっ!今めんどくさい事になるって顔でしたね。千束とバディですからね。多少、面倒な人間になる事は、ほぼ決まっているでしょう?例えば〜、いざDAに戻しても以前よりも勝手な行動が増えるとか?」

 

「それは確かに面倒だな」

 

「もういっその事、ファーストにでもします?俺と千束が育てれば半年ぐらいでなんとかなるかもしれませんよ?先生もいるし、本人の射撃の腕は一級品だ。可能性はありますよ?」

 

「ふむ」

 

「まぁファーストになっても、千束の同類が増えるだけでしょうが。はは、どう転んでもDAには厄介な問題児が増えるというね。お疲れ様です」

 

井ノ上さんは俺や千束の様な並外れた才能があるわけではない。だが本人の実力は原石だろう。俺たちで磨いて宝石に仕上げるのも悪くない。

そんでみんなでここに来て、楠木さんとDAのリコリス全員にぎゃふんと言わせようぜ!!

 

「フキ先輩。なんすかこいつ?笑ってるんですけど」

 

「ロクでもない事考えてんだよ」

 

「はー。フード被ってニヤニヤ笑うってきもいっすね!!」

 

「なんだぁ?こらぁ!?」

 

「うわキレた!アレっすね。最近の若者はってやつ」

 

「テメェより歳上だわ」

 

ん?

こいつより歳上なのに挑発に乗る俺って子供じゃない?あ、ダメ。これ思ったよりダメージあるやつじゃん……。

俺は精神的ダメージが致命傷になる前に、楠木さんにキルハウスブースの用意を頼み千束達の元へと行く事にした。じわじわとやってくるダメージのせいで足取りが重いが、訓練所から出る。

おそらくだが、二人はあの噴水にいるだろう。

ほんと、リコリスみんなあそこ好きだよなぁ。

昔、千束もよく俺を連れて行っていた、ある意味思い出の場所。今回その思い出に、新たに井ノ上さんを入れるのも悪くないな。

 

 

 

〜フキサイド〜

 

少し足取りが重そうな修哉が、訓練所から出ていく。姿が見えなくなった時、ヌルリとまとわりつく様なナニカがなくなる気がした。

あの重くて纏わりつく嫌な感じは修哉の殺気だ。

 

「なんすかあれ?」

 

「……はぁ、命拾いしたと思えよ?」

 

「え?なんすかそれ?」

 

まぁ、分からないのも無理はない。

アイツは器用な事に、殺気に指向性を持たせやがる。この場で分からなかったのはサクラだけだ。

困惑するサクラに司令は言葉をかけた。

 

「アレは、修哉は生粋の殺し屋だ。ただそれを千束が抑えてるに過ぎない。現時点でアレに殺しをするつもりがなくてよかったな」

 

「え?いや司令、だからどういうことっすか?アレが殺し屋って信じられないんですけど。戦闘機械なんて呼ばれているから強いと思ってましたけど、あれサードでも倒せるっすよ?」

 

「はぁ、そんな事を言えるお前が羨ましい」

 

「え?えぇ??だから訳わかんないですってフキ先輩!」

 

「あーもう!千束が居なければ、殺されてもおかしくなかったんだよ!お前は!散々挑発してたやつらのおかげで!今も!生きてるんだっよ!!」

 

「いったぁ!!蹴るとか理不尽っす!」

 

これはあの殺気を受けずに済んだ、能天気な後輩への八つ当たりだ。それを理解しながらも叫ぶのはやめられなかった。

 

「いいかサクラ!?何度でも言ってやる!千束が修哉を!あの化け物を制御してるおかげで、アレは戦闘機械なんかになってくれてんだよ!アレがなんの拘束も無くなった時が一番怖いんだよ!それなのにピーピー挑発しまくりやがって!あぁあもう!!わかったかぁ!?」

 

「え?え?なんでキレてんすかこの人?」

 

「うるっせぇ!私にもキレたい時ぐらいあるわぁ!」

 

「はぁ。フキも言っているが、修哉は千束という拘束具のおかげで今の評価になっているに過ぎない。アレがその気になればDAを壊滅させる事も可能だ。幸運な状況で修哉に出会った自分の運に感謝でもしてなさい」

 

司令も同じ事を言ってくれる。

だが、本来の修哉を見たことがない奴らには信じる事はできないだろう。アレの本当の姿。烏と呼ばれていた静かな殺人鬼の時の姿。

おそらくその姿は、十年前から何度か一緒に任務についた私や一部のリコリス。そして司令達、大人しか知らない。

……そして、入院していた千束は本当の意味でのアイツを知らないのだ。作業の様に殺しを行う姿。それを千束は見たことが無い。

修哉は千束と出会って変わったからな。

 

「は、はぁ!?なんすかそれ!」

 

「本来のコードネームは烏。この国の為に一から作られた、ただ一人の殺人鬼だ。リコリスも殺しを専門とするが、アレよりはマシだろうな」

 

「え?え?司令まで?」

 

「……それを、千束が懐柔しただけだ。もし、修哉が千束と出会ってなければ、お前の首はもう身体と別れてるよ。あぁもう!さっさと移動するぞ!このイライラは飼い主の千束に責任取ってもらわねぇと気がすまねぇ!!」

 

「あ、ちょっ!フキ先輩!引っ張らないでほしいっす!」

 

いつまでも状況がわかっていなかった後輩を連れてキルハウスブースへと向かう。

本当に助かったと思う。

千束は電波塔事件の時の英雄なんて呼ばれたりもするが、本来の修哉の姿を知っている私達の中では少し違う。凶暴な烏の使い魔持ちの魔女。

……まぁ、小さい頃に見た絵本でのイメージから取られたに過ぎないが、魔女はある意味あっていたかもな。アレだけ飼い慣らしてると本当に魔性だなって思うよ。

 

〜フキサイドアウト〜

 

 

 

足取りが重い俺は、暗い雰囲気が出ているのか周りに道を開けられながら目的地にたどり着いた。

やはり思った通り千束が井ノ上さんを抱き上げて回って……って、何してますのん?

 

「ん?うっわ、シュウ?何があったの?フキにいじめられでもした?」

 

「チサえもーん!フキとその後輩が、僕をいじめるんだ!」

 

「「うっっわ」」

 

「おい、やめろ。俺が悪かったから二人でドン引きするな。ごめんなさい」

 

千束が井ノ上さんを抱き上げたまま三歩程後ろに下がった。いや、俺が悪かったからジリジリと逃げようとしないでくれ。

はぁ、まぁ変なテンションになっていた事は認めよう。

 

「あの二人は先にキルハウスに行ってるみたいだぞ?お前らはどうするの?俺が代わりに行こうか?」

 

「そだねぇ。ねぇ?たきな。さっきも言ったけどさ。私たちとの時間、お店のみんなとの時間を試してみない?ね?シュウ。きっと楽しいよね?」

 

いきなり振られても困るのだが……。

まぁ千束の事だ。悲しんでいた井ノ上さんを慰めたいのだろう。それが、俺たちみんな、リコリコメンバーで居場所を作ってあげられることが出来れば……うん。楽しそうだな。って感じか?

 

「……あぁ、そういう話?」

 

「うん。そういう話」

 

え?わかったのだろうか?

こいつすげぇな。

 

「そだなぁ。今までになかった時間を過ごせる事は保証するよ。大変な事もあるし、楽しい事もある。みんなと一緒の時間は、あっという間に十年が過ぎるぐらいには、うん。充実してる事は保証するよ」

 

思い返してみれば、あっという間だった。

この場所から俺の新しい人生を始めた。

千束のおかげで本当に楽しい毎日で、これからもこれがずっと続いていくのだろう。そこに井ノ上さんも本格的に混ざってくれたら、うん。とても楽しそうだ。

クルミ?アレはもう馴染み過ぎ。一応過去は引きこもりのはずだよね?コミュ力チートすぎね?

 

「たしかに十年あっという間だったねぇ。……どうかなたきな。まだまだ時間はたっぷりとあるし、私達との時間を少しだけでも試してほしいな。それでもDAがよければ、戻ってくればいい。その時は私とシュウがなんとかするから」

 

「おい、俺を巻き込むな?」

 

「えぇ?手伝ってくれないの?」

 

「いや、手伝うけどさ」

 

お前がやりたい事ならなんでも手伝うさ。

 

「それじゃあ後はよろしくね?私は今、あの二人をぶちのめしたいからそろそろ準備しないと」

 

「ずいぶん言ってくれたからなぁ。コテンパンにしてやれ」

 

「お任せあれ〜!じゃあたきな先に行ってるね」

 

そうして千束はキルハウスブースへと向かった。

ちょうどその時、放送がかかり千束達の演習が始まる事を知らせた。

 

「本当に、あの人は不思議ですね」

 

放送が終わった頃。

井ノ上さんは俺に話しかけてきてくれた。

 

「それな!いやぁ、千束はやりたい事最優先主義だからさ。振り回される事も多いけど、コレが中々悪くない」

 

「その割に、文句は言ってたみたいですけど?」

 

「そりゃなぁ。ブレーキ役でもあるからなぁ俺」

 

千束といるのは楽しい。コレは否定しない。

だがしかし、やることなす事全てを許容してしまうのは無理だ。特に千束特製のパフェ。俺が休憩中とかの知らない間に作られてしまうと材料が消える。ついでに金も消える。

 

「……俺は、井ノ上さんに謝らないといけない事がある」

 

「急になんですか?」

 

「俺は、あの日、銃取引の日現場にいたんだ。そして、ラジアータがハッキングされた可能性に気付いた。実際、ハッキングはされたみたいだし、結果あの日に通信障害が起こっていた事もその場にいたからわかっていた」

 

「……」

 

「君に、黙っていた。どう考えても、楠木さんはその事実の隠蔽のために、君を使っていた事も。……だけど、いいように利用されたんだと、君に言ってあげる事ができなかった」

 

「……」

 

「すまない」

 

黙っている井ノ上さんに頭を下げた。

何度でも罵ってくれてもいい。話してほしかった事だと思う。だけど、言えるはずが無いだろう?

あの日、リコリコに来た井ノ上さんを初めて見た時、焦っているのがわかった。最初の篠原さんの事件の時、手柄を焦っていての行動。その後、クルミの時は俺たちの方針に従った上で失敗。すごく落ち込んでいたのを見た。

落ち込みながらも精一杯頑張る君に、俺は事実を言う事が、ますますできなくなった。

 

「すまなかった」

 

「言ってほしかったです」

 

だろうなぁ。やっぱそうだよなぁ。

 

「……帰ったら」

 

「ん?」

 

「帰ったら、仕事の事を教えてください」

 

「あ、あぁ」

 

「お菓子も作ってください。ここではかりんとうしか食べた事ないですから。もっと色々と食べてみたいです」

 

「わかった」

 

「……では、許します」

 

そう言って井ノ上さんは歩き出した。

って!違う違う!ちょっと待ってくれ!

 

「い、井ノ上さん?それだけ?」

 

「そうですけど?……あぁ、それじゃあ名前で呼んでください」

 

「名前で?」

 

「私もリコリコの仲間になるのなら、いつまでも名前で呼ばれないのは仲間外れみたいですから。ね?近衛……いえ、修哉さん」

 

「……あぁ、そうだな。その通りだ。これからもよろしくな。たきな」

 

「はい!では、私は一発やり返してきますね」

 

「お、おう!」

 

いや、お前、そんな笑顔でやり返すって……。

フキ、コレは重い一発を貰うことになるぞ?

今キルハウスでは、千束がいい感じに時間を潰しているだろう。そこに井ノ上さん……いや、たきなが入れば、うん。簡単に殴れそうだな。

どんまいフキちゃん!



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第十六話

失意から復活し前に進み出したたきなが、キルハウスへと向かうのを見送り、俺も移動を開始する。楠木さんの事だから上で見てるだろうしな。

先程までいたリコリス達も観戦席に行ったせいで人気がなくなった通路を歩き、目的地へと到着。中に入ると楠木さんと助手さんがいた。

 

「来たか」

 

「どんな感じです?」

 

「千束が時間稼ぎをしている所だ。今たきなも入ったからな。そろそろ終わるだろう」

 

「あはは。言い方気をつけたほうがいいですよ?それじゃ千束とたきなが勝つのが分かってるみたいです」

 

「たきな?」

 

「あぁ、少し三人で友情を深めたって感じですかね?それより楠木さんは司令なんですから誰かを特別扱いするような言葉はダメですよ。リコリスが聞いたら不貞腐れますし」

 

ていうか普通、名前に反応します?

もっと別のところに反応してほしかった。

って、あぁ……乙女サクラは少し、千束を舐めすぎたな。挑発されて隠れていた通路から出てきてしまった。

そのまま千束へとペイント弾を撃っているが全部避けられてって!きたぁたきな!やったれ!

良いのが入ったあああ!!!

 

「あっはっは!!いいのが入りましたね!」

 

「ご機嫌だな」

 

「いやぁ、流石に気持ち良すぎですよ。うん、多少はスッキリしました」

 

たきながフキに良いパンチをお見舞いしたのを笑っていると、楠木さん突っ込まれてしまった。

でもしょうがなくない?ここに来てからというもの、知らないリコリス含めて俺らは言われっぱなしだったのだから。

 

「アレが錦木千束ですか」

 

「ん?助手さんは初めて見る感じですか?」

 

「映像程度でしか見た事がないだろうな」

 

「人間とは思えない動きです。どう言う魔術ですか?」

 

「ぶはっ!!ま、魔術って!」

 

笑ってしまった。

それは俺という烏を手懐けたからだろうか?

密かに魔女なんて言われてるのを聞いた事があるし。というか助手さんはそんなに睨まないでほしい。だって魔術とか言うんだもん。びっくりして笑ってしまったんだから。

 

「卓越した洞察力で相手の射線と射撃タイミングを見抜く天才だ」

 

「アレは確かに凄いですからねぇ。俺でも当てられません」

 

「烏が、ですか?」

 

「あ、そっちは知ってるんだ」

 

「修哉が銃のみという条件で戦えば、おそらく千束が勝つだろう」

 

そりゃそうだ。

だって当てられないし、そんな中で接近して猛攻をかけてくる千束への対処はいつまでも続けられない。負ける事はなくとも千日手。銃だけという縛りの中では、勝つ事は無理だ。

 

「だが、それはコイツが異常だからだ。修哉以外が相手なら、知覚できる範囲での攻撃はまず当たらない。この距離でもな」

 

そう言って楠木さんは助手さんの顔の前に、手で作ったピストルを向ける。うん、絶対に避けるよね。

 

「修哉も含めて我々が誇る特級の戦力だ。……だが」

 

「「だが??」」

 

あら奇遇。

声が重なってしまった。

いや、わざとでは無いですよ?揶揄うとかしませんから、そんなに見ないで。

 

「それ以外はただのクソガキだ」

 

「あー!そこに俺も含めましたね!?」

 

「事実だ」

 

こんっの!

俺も問題児なのは認めるが、千束と全くの同類にされるのは何か違う気がするのだが!?

って、いつの間にか終わったな。

乙女サクラもフキもペイントまみれになっている。さてと、そろそろ俺も戻りますか。

 

『おい!修哉ぁ!』

 

「え?なになに?なんなの?フキさんキレてない?」

 

キルハウス内の音を拾うマイクがフキの大声をひろったようだ。そのせいで、設置されているスピーカーからフキの大声が響いた。

 

『今すぐ降りてこい!次はお前だコラァ!』

 

えぇ?

もう帰りたいんですけどぉ?

 

「ご指名のようだが?」

 

そう言って楠木さんは俺に大きなマイクを渡してきた。もうマイクというかトランシーバーか?デカすぎんだろ。もうちょいなんとかならんかったのか?

 

「あーあー。帰りたいんですけど」

 

『はぁ!?逃すわけねぇだろうが!だいたい!お前がこっちで戦闘訓練をしなくなったせいで、お前のことを舐める奴も出てきてんだろうが!コイツみたいに!』

 

『え?えぇ!?私っすか?』

 

『いい加減にコイツらにわからせろ!いつまでもグチグチと言ってる奴ら見ると、こっちもストレス溜まってくんだよ!』

 

「理不尽すぎやんか?」

 

『いいから、さっさとこぉい!!』

 

怒りでなのか、単に引けなくなり恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら怒鳴るフキ。

それを見て大笑いしてる千束。

大体察しているが関わる気はあまり無いたきな。

何が何やらわかっていない乙女サクラ。

カオスだなぁ。

とは言ってもいつまでも行かなければ怒鳴り続けられそうだ。無視すれば夜道に気をつけろ案件だろう。フキの要望通り行くとしますか。

 

「わかった。すぐに行くよ」

 

『ダッシュッ!!』

 

『あっはっはっはっ!ダァハッハッハッハ!ッッゲホッ!ゲホゲホ!む、むせたぁ……!』

 

『笑いすぎだ千束ぉ!!』

 

『はぁ、なんなんですかこれ』

 

『いや、私が聞きたいっすよ』

 

いや、そうもなるて。

これ以上フキを怒鳴らせるのも可哀想なので、俺はなるべく急いでキルハウス内へと向かうのだった。

 

 

 

そしてキルハウスへと降りて来たのだが……。

ふむ。これは……?

気配が全くないあたり、ここに入り込んでしまったら死ぬまで出られなぁい。みたいな展開?死なないけどさ。

とにかく、もう始まっているという事だ。

 

「おーい」

 

返事は返ってこない。

楠木さんも無言だし……。

うーむ。どうしようか?

 

「とりあえずやりますか」

 

装備は持って来ているのだが、フキの要望では俺が舐められないくらいに、圧倒的に勝たなければいけないらしい。これ、どうせ千束とたきなも居るよね?四対一とか卑怯じゃない?しかもファースト二人だろ?手加減してほしいなぁ。

俺が今回使う武器。

とりあえずゴムナイフとグローブだけで行こうか。銃を使いたいところだが、フキの要望を叶えるには、不利な状況で戦った方が他の人もわかりやすいかもしれんし。

 

「ふぅー。ッッ!」

 

知覚できる範囲を広げ、感覚を研ぎ澄ませる。

すると、よく知っている気配が一つ、最近知った子の気配が一つ、ザワザワと嫌な気配が二つ現れる。この嫌な方はフキとサクラだ。

あとはよく知っている気配は千束だな。静かに息を潜めているのはたきなか。

お互いバディで俺を追い詰めようとしてるな。

ジリジリと距離を詰めようとしているようで、目の前の曲がり角にフキ達がいる。俺が近づくと出会い頭に奇襲できるようにしてるわけか。

……これ、楠木さんもモニターして指示出してない?俺の場所最初からわかってるよねあいつら。

 

「まぁ、付き合ってやる事もないか。さっさと終わらせよう」

 

ガシャァアアン!

 

「はぁ!?これ壊せるんすか!?」

 

俺は自分の真横の壁を殴り飛ばす。

キルハウスの壁は鉄板だが、ステージを変えられるように作られており、それほど分厚くは無いため無理矢理壊す事もできなくはない。やれるの俺ぐらいだろうけど。

 

「やっぱりそうくるよね!?」

 

千束の声が響く。

鉄板を破る。

弾け飛んだネジを掴む。

 

「やっぱり修哉さん化け物ですよね!?」

 

それは酷くないか?

さらにもう一枚破る。

 

「くっそ!おい離れるぞサクラぁ!」

 

「は、はぁ!?なんなんすかアレ!!なんか映画であんなの見ましたよ!?」

 

ガシャアアン!!

 

「ばぁ!」

 

「ひぃっ!」

 

フキは行動が速かった。

こちらへ銃を構えようとするが、顔に目掛けてネジを投げると避けようと動いて行動が遅れる。

その隙に、俺の奇行に怖がっているサクラを捕捉。

まず一人。

 

「ワンダウン」

 

「あづっ!」

 

「チッ!!」

 

ゴムナイフでサクラの首をなぞる。

フキがペイント弾を撃ってくるが、伏せて躱す。

そのまま目の前にいるサクラの襟首を掴み、フキの元へと投げる。

 

「っ!くっそ!」

 

フキの視界が遮られた瞬間に俺はその場から離れる。このまま欲をかくと千束に挟まれるからな。破って来た通路に戻り、一時息を潜めて千束の気配から遠ざかる。

 

「やられるの早いから!」

 

「しょうがねぇだろ!?アレの出鱈目加減は私らしか知らないんだからな!!」

 

「言い合いをしてる場合じゃないです!今襲撃されると後手にまわってしまいます!」

 

たきなさん当たりだよ。

俺は遮蔽物として置いてある土嚢を、力任せに裂いておく。三人が言い合いをしている場所へと回り込み、扉を蹴り飛ばす。

 

「よいしょ!」

 

蹴り破った扉から土嚢を三人目掛けて思いきり投げると、中身が散らばって視界が悪くなるだろう。アイツらがいくらゴーグルをしていても目を瞑ったり、細めたりとして怯んでいるうちに、俺は砂嵐の中を走り接近。

俺も視界が悪い中を進むことになるが、空間を把握、気配を察知して、目を瞑りながら走る。

そして、壁を蹴り飛び上がり、千束とフキを飛び越えてたきなの後ろへと着地。焦ったたきなは俺の方へと銃を向けようとするが、ナイフで銃を叩き落とす。

 

「くっ!?」

 

「ごめんね」

 

「え?あ!」

 

すでにこの時には、たきなの首にゴムナイフを押し当てており、もう倒しましたよとアピール。

もちろん、うちの大事な看板娘の首に痕なんてつけなくないし、怪我させないように慎重に当てている。

 

「ちょっと絞まるよ」

 

「あぐっ!」

 

「くっ!にげんな!」

 

たきなの首をホールドしながら移動を開始。たきなは千束とフキへの盾とする事で、自身にペイントが当たらないようにしておく。

俺は軽々と死体扱いのたきなを持ち上げて走り去り、途中の障害物もなぎ倒して通路を塞いでおく。

 

「私の負けですね」

 

「今度近接戦でも相手しようか?」

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

「了解。じゃあここで離すね。盾お疲れ」

 

「次は絶対に勝ち……たいですね」

 

「はは。そこは勝ちますって言おうや」

 

勢いを無くしたたきなに笑いつつも行動を再開。

ここからだよなぁ。一応、幼なじみというか、腐れ縁というかあの二人は結構いい連携をしてくる。気をつけなければ。

 

「ソォイっ!」

 

「そりゃ!」

 

「ふぎゃ!」

 

少し気を抜いた瞬間に、目の前の扉が吹っ飛びかけ、思わず押し返してしまった。勢いよく飛び出そうとした千束が、扉と一緒に沈んだ。

 

「ちょっ!タイムタイム!これは流石にひどいよ!!」

 

「す、すまん。普通に焦った」

 

「まだ死んでねぇんだから離れろバカ!」

 

「おっと!」

 

「ッッ!?今の避けるのかよ!」

 

フキが立ち上がる千束を援護するために、こちらに撃ってくる。それを俺は避けながら距離を詰めようとする。千束には悪いが立ち上がる前にフキは潰す。

ナイフを投げてフキの銃を弾き、バランスを崩しているところに一気に接近。

千束が完全に起き上がる。

俺はフキの頭を両手で包みタッチ。

これが実戦なら首の骨は折れたと判断してフキは戦闘不能扱い。悪いとは思うが、フキの両肩に手を置いて一気に跳ね上がりフキの後ろに着地。また死体扱いの盾とする。

千束が銃を構えるが、弾き飛ばしたフキの銃を手に取り俺も千束へと構える。

フキを挟んでお互いの額に銃を突きつけている状態。これは、はぁ……。もう終わりでいいよね?

 

「……」

 

「……あー!負け負け!俺の負け!盾用意しても無駄なら勝てないよ!」

 

「ふーん。だよねぇ。あ、フキ喋ってもいいよ」

 

「……はぁ、化け物の戦闘に巻き込まれて無事で済むはずがねぇだろクソ」

 

「こらフキ!お・クソ!」

 

「ウルセェ千束ぉ!」

 

はぁ。

良いところまで行ったと思ったんだがなぁ。こんなに近い場所で千束に銃を構えられるともう殆ど詰みだ。実戦なら死にはしないが俺が負傷して、千束は無傷で弾を避ける。うーん。最近たきながいるおかげで厨房にいる時間が長いし、鈍ったかなぁ?少し訓練の時間を増やさないとな。

 

 

 

キルハウスから出るとリコリス達から距離を取られる。あれ?怖がられてる?

 

「鈍っているな」

 

「あ、楠木さん。わかります?」

 

楠木さんに声をかけられた。

この人、戦闘をするわけじゃないのに、こんなところは目ざといんだからなぁ。隠し事はしにくいな。

 

「本来のお前なら、あの一瞬でフキをうまく使ってやり過ごすことぐらいはできていただろう?鈍ったのと、千束相手だと弱くなるのは問題だな」

 

「あはは……。精進します」

 

「帰りの車は手配している。今日はもう休め」

 

「シュウ〜!帰りの車来てるよぉ!置いて帰っちゃうぞぉ〜!」

 

「はいはい。では、楠木さん。今日はお世話になりました。ではまた」

 

今日は散々わがままを聞いてもらった楠木さんに頭を下げて千束の方へと走り出す。たきなも合流して、DAを出ると雨は止んでいた。

そして、行きと同じようにDAの車で駅まで送ってもらい、駅のホームで電車を待っていると、たきなが話しかけてきた。

 

「修哉さん。帰りは日没の景色が見れるんじゃないですか?」

 

「そうだなぁ。でも疲れたしなぁゆっくり見てる間に寝ないようにしないと。……寝たら起こしてねたきな」

 

「一回で起きないと置いていきますよ」

 

「え?えぇ??い、いつのまにか名前で呼びあってる!?え?え?なんでぇ!?」

 

「置いてくぞぉ」

 

「あぁん。シュウ〜待ってくださいよぉ!」

 

たきなと話していると電車がやってきた。

そして名前を呼び合っている俺たちを見てさわぐ千束。

俺とたきなは千束を引っ張りながら帰りの電車に乗り込む事に……。

どうしてこう、席に座るまで苦労するの。?はぁ、リコリコに帰ったら夜ご飯の時間だなぁ。

電車内の席に座りしばらくすると、千束が話し始めた。

 

「たきなさぁ。私を狙って撃ったでしょ?」

 

「避けるのわかってましたから」

 

「シュウもさぁ。最後手を抜いたよね?」

 

「……お前と本気の戦闘になってたら時間かかりすぎるからな。ささっと帰ってボドゲ大会行きたかったしなぁ。もう終わってるだろうけど。ていうか手抜きはお前もだろ?なんだよあの登場の仕方。思わずふざけちゃったわ」

 

「アレ痛かったんですけどぉ!……はぁ、まぁいいや。ボドゲ大会行きたかったよねぇ流石に二戦もしたら、時間かかりすぎちゃったよ」

 

俺の言葉を聞いたたきなは驚く。

なんだこいつら?とでも言いたげな表情で、俺と千束を見た。

 

「え?なんですかそれ。アレで手抜きとか、どれだけ非常識な人達なんですか?千束と修哉さんは」

 

「非常識とはなんだ非常識とは!……でもアレだね」

 

「だなぁ」

 

「「色々あったけどスカッとしたな!」」

 

「……えぇ、そうですね。スカッとしました」

 

なんて三人で、電車のボックス席の中で笑い合う。

その時だった。千束のスマホが通知音を鳴らす。

 

「お?見てみ?」

 

「どれどれ」

 

「なんです?」

 

送られて来たのは写真とメッセージ。

どうやらボドゲ大会は延長戦に突入したらしい。

楽しげな大人達とコロンビアなクルミが写っていた。

 

「……もちろん参加だよねぇ?」

 

「当たり前だろ?たきなは?」

 

「そうですね。わたしも行きます」

 

「じゃあ三人で参加って事で写真を撮ろう!あ、たきなこのポーズね。そうそう手を前に出してガッツポーズみたいにして、あ、シュウもね。撮るよ〜……よしオッケー!」

 

三人でガッツポーズを取った写真になってしまった。というかこれってあれだよな?何かの乗り物で来そうなポーズだよな。

 

「……おい、これって」

 

「普通、ピースとかじゃないんですか?」

 

「いいのいいの!うーん。駅に着いたらタクシー使うから、じゃあメッセージはこれだなぁ。タクで行くぜ!」

 

「ちゃんとした写真撮ろうか」

 

俺が思っていた通りのことをする千束。

なんだか分かってないが、あまりよろしくない事は察しているたきな。

俺はこの後、ちゃんとした写真を撮り直して、三人で行くぜと送り直すのだった。




なんか、あっという間に時間が過ぎていく。
メインストーリー?だけでももう十六話って……。
はやいなぁ時間。

追記!

申し訳ない!誤字訂正で指摘いただき読み直してみました。
自分の中では最後DAから出た後、車に乗ってその後電車に乗っていたつもりが、車に乗って終わっている事に気がつきました。うわぁ、電車に乗った描写書き忘れてるって自分にドン引きしました。
ですのでDAの車に駅まで送ってもらい、電車に乗って、最寄駅からタクシーで帰るという描写を付け足しました。


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ちょっとした日常3

番外編?です。
今回は一つ一つが長くなってしまったので
・クルミのちょっとした復讐
・たきなと一緒に秘密の味見会
の二本です。
本編にはあまり関係ありません。



……アレだな。サブタイトル的なのでネタバレだな。


クルミが来てからというもの、俺は少し落ち着かない日々を過ごしている。

理由はこれだ。

 

『おい修哉。もう今日の営業は終わっただろう?一緒にゲームするぞ』

 

『え?持ってないけど?』

 

『なにぃ?今時の子供はゲームをしないのか?少し待ってろ』

 

しばらくすると、クルミはどこからか携帯用ゲーム機を持ってやって来た。俺は断る気もなかったので、二人並んでリコリコのカウンターに座ってゲームを始める。

今まであまりやってこなかったからか、俺は何度もゲームオーバーをしてしまう。だが、これがなんとも面白い。

 

『もう一回!』

 

『いいぞ。そうだな、この装備なんか使いやすいんじゃないか?』

 

『なるほど』

 

くっそ!こいつ強くないか!?

なんだこの鳥みたいなドラゴン。でっかい嘴で叩かれると大ダメージを食らうんだが?

 

『このモンスターは先生なんて呼ばれてるんだ。このゲームの基本は全てこいつから教われるぞ』

 

『なるほど』

 

先生か。

俺もミカ先生からは色々教わった。

それと同じだな。俺はこのドラゴンから教われる全てを吸収して見せる。

 

『お!足を引きずってるぞ!もうすぐ倒せるな』

 

『なるほど』

 

『ねぇ、たきな。アレなに?』

 

『さぁ?何かすごい熱中してますけど』

 

『だよねぇ。さっきからシュウがなるほどしか言ってないし……あんだけのめり込むの、初めて見たかもしれん』

 

『そうなんですか。でも楽しそうですよ』

 

『だねぇ』

 

後ろからボソボソ何かが聞こえてくるが、気にしている暇はない。こちとら回復アイテムは全て消費したのだ。もうここで決着をつけねばならぬ!

 

『お?お!?よっしゃぁ!!!』

 

『はは。やっと倒せたな』

 

『クルミ、先生から学んだ事を活かすために、すぐに次のクエストに行こう』

 

そんな感じで、最近の俺はクルミとゲームをしたりとよく遊んでいる。この間はレースゲームで俺の体の動きが面白いと千束が大笑い。パーティーゲームでは千束とたきなも入れて楽しんだ。

そしてしばらくそんな毎日を過ごしていたある日の事だった。

 

『よし、今日はこれだ』

 

『なにこれ?随分とレトロなゲームだな』

 

『最近、昔のゲームがダウンロードできるようになっていてな。コレなんて有名だけど、ボクもやった事ないからちょうどいいだろ?』

 

そして地獄が始まった。

いわゆる何回もリトライしながらクリアするゲームだったみたいで、俺たち二人は夜のリコリコでそれはもう熱心に夜を過ごした。

 

『ばっか!おい!たいまつ取るな!貸してみろ』

 

『あ、ちょっ!クルミ!鎧が!』

 

『『あぁああ!!』』

 

お互いご近所に配慮をして、すっごい小声で叫んだりしていた。時には座布団を顔に押さえつけて叫んだりもした。その日は何時からプレイしているだろうか?ゲームに熱中しすぎた俺達は度重なるゲームオーバーの疲労感のせいで、気を失うように眠りに落ちた。

そして現在。

 

「おっきろぉぉおお!!バカシュウゥウウウ!!!!」

 

「うぉおおお!!!」

 

「あだっ……!」

 

大声で起こされた。

クルミが変な体勢で寝ているが、なにしてるんだこいつ。ていうかリコリコだよな?

……俺が千束に起こされるとは、想像しなかったなぁ。あ、仕込みしないと。朝ごはんも食べたいし……いや、眠い。考えがまとまらない。

 

「ほらぁ!クルミもおーきーてぇー!」

 

「おぉうぉおおきぃるぅぉうおう!」

 

いや、そんなに揺らしてやるなよ。クルミの首がぐわんぐわん揺れているんだが、首痛めてもしらねぇぞ?

 

「夜通し、ゲームをやっていたみたいだな」

 

カウンターの方から声が聞こえた。

ミカ先生だ。

 

「えっと、うん。そう」

 

「これからは程々にしなさい。とりあえずコーヒーでも飲め。濃いめにしてあるから、スッキリするぞ?」

 

「いただきます」

 

「あぁ。ほら、千束。クルミを離してあげろ」

 

カウンターに座り、コーヒーを一口飲む。

濃いめと言っただけあって、寝ぼけた頭がスッキリとする。えっと、そうだよ。昨日の夜、リコリコでクルミとレトロゲームをやる事になって、それが難しくて必死になってやって……寝たのか?

 

「朝帰りでもなく泊まってるとは、どういう了見だ?あぁん?」

 

「……すまな、いや、謝る必要あるか?」

 

「はぁあ!?昨日の千束さんはですねぇ!ずっとシュウの家でまってたんですけどぉ!?今日のご飯はなにかなぁ?とか思っても、いつまでも帰ってこないし、カップ麺食うたわボケェ!」

 

「うるさいうるさい。てか、なに勝手に泊まってるんです?とか言いたいけど置いておこう。もうちっと、まともなものを食べなさい」

 

「自分で作る気がなかったから、作ってもらうの待ってたんですぅ!」

 

わがまま娘だなぁ。

コーヒーと千束で頭もスッキリして来たし、朝ごはんでも作ろうかと思っていると、ミカ先生がパンを用意してくれた。ありがてぇ。

俺のパンを取ろうと、クルミを解放した千束が隣に座ってくる。おい、これは俺のだからあげないぞ。触るな。

 

「ていうか!クルミもなんでシュウのお腹を枕にしてるのさ!そこは私専用なのに!」

 

「なら名前でも書いとけばいいだろ?」

 

「それだ!」

 

「それだじゃない」

 

千束の手を掴んで、ペンを取りにいけないように拘束。マジックでデカデカと名前を書かれるとかやめてほしい。いつかの絆創膏に書かれたものとは全然違ってくるんだから。

 

「なになにぃ?そんなにガッシリと私の手を掴んで。ははぁん?さては離れたくなもがっ!」

 

「パン食べたかったんだろ?ほら、いっぱい食え?」

 

うるさい千束の口に、パンを押し込んでやる。

 

「もがもがもがもが」

 

「飲み込んでから話せ?あ、クルミ、先に風呂使うか?」

 

「そーする」

 

そう言ってクルミは風呂場に移動を開始する。

座敷の方から行くみたいだな。自分の着替えとかもあるだろうし、回っていくよりも近いか。

 

「あ、そうだ千束」

 

「ふぁに?」

 

「君に言い忘れていたんだが、修哉はボクの事を自分の全てをかけて守ってくれるらしいぞ?」

 

「ん?クルミさん?」

 

「さて、困ったな。修哉はボクと千束。どっちのもの……なのかな?」

 

「おい!」

 

なに言ってんだこいつ!?

 

「んん!?はぁ!?!?」

 

「ボクがここに来た日に言ってくれたから……あれだね。一目惚れというやつかな?まさかこんな事になるなんて思いもしなかったよ」

 

はぁ!?

いや、そういう意味じゃない!!

仲間として守るって意味だぞ!?

ていうかそんな事言ったらお前!!

 

「はぁあぉああ!?!?」

 

「だから千束には悪いけど、修哉はボクが貰うとしようか。じゃあまた後でなボクだけの修哉」

 

「おいバカ!爆弾投げて放置するな!!」

 

「ちょいちょいちょい!!!どど、どういう事だぁ!?え?はぁああ!?」

 

やっぱり!千束大パニックじゃねぇか!!

千束に引っ張られてカウンターから無理矢理立たされる。そしてそのまま座敷に引っ張られて押し倒された。

 

「ぐぇっ!」

 

「ど、え?な、なにそれ!?私聞いてない!え?はぁ!?」

 

「落ち着けばか!」

 

「落ち着けるかぁ!!」

 

「仲間として守るって「嘘だぁ!!」全く聞く気ねぇな?」

 

「え?えぇ!?どういう事ぉ!?だって!だってシュウくんは私のでぇ!!えぇ!?わ、私、盗られるの!?」

 

これはもう手がつけられないな。

てかシュウくんって、久々に聞いた気がするな。

なんだ?幼児退行でもしたか?なんにせよお手上げです。落ち着くまで待つとしよう。それか先生が助けてくれるまで好きにさせよう。

 

「あー、勝手にしてくれぇ」

 

「なんでクルミなのさぁ!!……待てよ!?たきなは!?たきなも可愛いじゃん!!たきなもシュウくんを取る可能性が……いや、たきなとなら分けてもいいかも……。いやいや!なんにせよ!シュウくんは私のなのぉ!!」

 

「はいはい」

 

しばらくすると千束は落ち着いてきたが、それからも二十分は、しがみつかれていた。流石にこれだけ時間がかかれば、クルミも風呂から上がってきてたようで、俺と千束を見て一言。

 

「お?まだやってたのか」

 

「あげません!!」

 

「ぐぇっ!」

 

クルミに気がついた千束が俺を抱きしめるが、力が強過ぎで苦しい。そんな俺たちをクルミはニヤニヤと笑いながら話を続ける。

ク、クルミ!お前!なんとなく察してたけど、これってあの日の仕返しだろ!?銃突きつけたのを根に持ってやがったな!?……ここ数日、距離が近かったのはこれのためか!!

 

「ははっ。恋人としては要らないよ。護衛としては頼もしいけどな」

 

「……要らないの?」

 

「いらんいらん。千束の好きにしな」

 

「……よかったぁ……」

 

クルミが言ったことを信じたからか、脱力して俺の胸に顔を埋める千束。……え?肩震えてない?

え?泣いてるの!?

 

「え?泣いてる?」

 

「マジか……!」

 

「……泣いてないですぅ……」

 

「正直すまなかった。ボクがやり過ぎたよ」

 

「だ、だからぁ!泣いてなぁぁぁ……うぇぇ」

 

また落ち着くのに時間がかかりそうだな。

俺、昨日は夜通しゲームをしたせいで風呂入ってないんだけど……まぁ仕方ないか。

しばらく千束の頭を撫でながら過ごしていると、扉が開いてたきなが出勤してくる。

そして俺たちを見て一言。

 

「なんですかこれ?」

 

俺が聞きたいよ。

 

 

 

千束大パニック事件から数日が経った。

アレから時間が経っているのだが、千束は少しクルミを警戒し続けているようだ。人に懐いた小動物のように俺の周囲について回ることが多い。

そして何故か。

 

「修哉さん。この鍋はどこに置きますか?」

 

「あぁ、それね。台の上に置いといて。後で使うから」

 

「わかりました」

 

たきなも増えた。

え?なんで?いや、お仕事のことを聞いてくるあたり、ただついてくる千束とは違うのだが、それにしても君たち二人で俺を囲み過ぎじゃない?

そして今はお客さんも少なくなって来たので、たきなに仕込みを教えようとしていたのだが。

 

「さぁ!たきなぁ!今日は三人で一緒にあんこを作りましょー!」

 

「はい」

 

「いや、厨房に三人も要らないよ」

 

「え?なんで?」

 

いや、なんでってお前。

ホールどうするんだ?いくらお客さんが少なくなったとはいえ、こっちばかり人割いてもバランス悪すぎるだろ?

 

「ホールはどうするんですか?」

 

いいぞたきな!

もっと言ってやってくれ!

 

「そこは大丈夫!ミズキが居るし、クルミも入れる。あ、できた料理は私がカウンターに持っていくから、シュウはホールに行ったらダメで〜す」

 

「え?隔離?」

 

「いや、それじゃあダメですよ。千束もホールに行ってください」

 

「えぇ!?なんでぇ?私も一緒に居たいのにぃ」

 

お前なぁ。

そんなにわがまま言ってたら、そのうち先生に怒られるぞ?ていうか、先生じゃなくても、もう説教担当が来てるか。

 

「アンタ、なぁに舐めたこと言ってるの?」

 

「ゲェッ!?ミズキ!」

 

「料理を覚えるたきなならともかく!アンタはこっち!サボるな!」

 

「いやだぁ……!私もこっちがいぃ!助けてシュウ、たきなぁ……」

 

「ケッ!最近甘えようとしすぎだっての!うらやま……憎たらしい!」

 

「なにぃ?ミズキ羨ましいの?」

 

「うるっせぇ!営業中にいちゃつくな!」

 

「あいたぁ!」

 

なんだこれ。

ミズキさんに襟首掴まれて引きずられて行く千束。なんかアレだな。勝手にどこかに行った子犬を、親が元の場所に持って行く感じのやつだ。

なんか見えなくなったあたりで叩かれてるっぽいな。アホだなぁ。

 

「さぁ、あんこの仕込みを教えてください」

 

「君も結構ドライよね」

 

「アレは千束が悪いですから」

 

そっすか。そっすね。

とりあえず仕込みを開始。

今日はたきなにあんこ、つぶあんの仕込みを教えつつ、俺も夏の新メニューを開発。

俺の作業もしつつ、たきなに小豆の処理を教えている。するとたきなは、しばらくは目を離していいタイミングで、俺の方に興味を持ったのか覗いてきた。

 

「修哉さんはなにを作ってるんですか?」

 

「葛切り。量を作ろうと思ったら手間がかかるから、一日何食かの限定にしようかと思ってな」

 

「へぇ……。わっ!一気に透明になりました!」

 

固まってきた葛は、お湯につけると一気に透明に変わる。この変わり方は何度見ても面白い。

たきなも初めて見たのか、少し驚いてくれた。

 

「すごいよなぁこれ。何回も見てるけど毎回感動する。食べる?」

 

「いいんですか?」

 

「ちょっとしかないから静かにね。白蜜か黒蜜どっちで食べる?」

 

「な、悩みますね」

 

少し頭を抱えて悩んだたきなを見て笑いつつ、葛を氷水で冷やして型から外す。

試作のため量は少ないが、それを切って小皿に乗せる。用意した小皿は二つ。

 

「二人で黒蜜と白蜜を分けようか。それなら両方食べられるし、意見も聞ける」

 

「それがいいですね!」

 

俺たち二人は静かに葛切りを食べる。

白蜜の方はあっさりとした甘さ。

黒蜜の方は濃厚な甘さ。

うん。うまいな。葛は体を温める効果もあるらしい。夏だからこそ、冷えた体にちょうどいいのかもしれないな。

 

「初めて食べましたけど、美味しいです!」

 

「初めて?京都では食べなかったの?」

 

「はい。外で何かを買って食べたりするのはリコリコに来てからというか、千束と会ってからですね」

 

「ほーん。京都は美味しいところいっぱいあったろうに……少し後悔してたりする?」

 

「そうですね。向こうにいた時は気にしませんでしたけど、リコリコに来た今は少しは食べておけばよかったと思います」

 

ふーん。

ここに来てすぐの頃にはなかった考えだろうな。

千束との出会いは、たきなにとって良い影響をもたらしたみたいだ。ほんと、ただの馬鹿じゃないんだよなぁ。千束のこんなところは素直に尊敬するよ。

 

「なら、今度三人で行ってみるか」

 

「え?良いんでしょうか?」

 

「楠木さんに許可取ればいけるだろ。たまに千束を連れて県外に行くことはあるしな」

 

「……いいですね。美味しいお店の案内はできませんが」

 

「いいんじゃない?三人で良さそうな場所探すのも楽しいだろ?」

 

「はい。楽しみです」

 

笑顔になるたきなを見た瞬間、俺の背筋に氷を入れられたような感覚が走った。殺気!!

勢いよく後ろに振り向くと、カウンターの方から顔だけを覗かせた千束がいた。……な、生首が浮いてるようで、すごくホラーですね……!

 

「な、なんだ?」

 

「うわっ!ち、千束、ビックリしました」

 

「……仲、良さそうね?」

 

お、おぉう。

お前、そんな低い声出るのね。

 

「お、おう。アレだ!今度三人で京都旅行でもして甘味処を巡ろうかって話をしてたんだよ」

 

「へー……」

 

「千束は行きますか?」

 

「……行きますよ?当たり前じゃないですか」

 

「ほ、ほら、千束!今日のおやつはたきなの作ったつぶあんで何か作ろうか?」

 

「……冷やして白玉と一緒に食べる」

 

か、完全に拗ねてる!!

えぇ?どうしてまた、そんなに拗ねるかなぁ。

俺って、割とお前を優先してる方だと思うんだけど……?

 

「その小皿なに?」

 

「あ、これはぁ……ねぇ?」

 

「秘密です」

 

葛切りはもう食べちゃったし、残りはない。

それに静かに食べようねって事で、秘密の味見だと察しているたきなは正直に秘密と返してしまった。

味見した跡があるのに秘密もなにもないよね。

それが分かっている千束は一気に爆発した。

 

「えぇぇぇ!?なっんで、もう!たきなもなの!?これはアレだ!シュウが悪いよね!」

 

「えぇ?そうなるの?」

 

「なる!だからおやつには、たきなのつぶあんと君達二人で味見した何かも要求します!」

 

はいはい。

たきなと一緒に千束を宥めつつ、店員みんなの分の葛切りも作る事にする。作ってみた感じ、結構良い出来だったし味見してもらうのも悪くない。

そう思いながらもう一度、作業に取り掛かるのだった。




明日からアニメ四話に突入します。
個人的に好きな回なので楽しんで書きます。


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第十七話

始まりましたねアニメ四話編。
ただ戦闘シーンが真島さんしかなかったり、千束とたきなのデート回なので、一話一話が少し短くなりそう。
ちょっと短いから書き上げたもう一話を繋げるか迷いましたが、切りをよくする為に短いままにしました。


ある日の休み時間。

少しの間だが店を閉めて、俺たち三人は店の地下で訓練中である。

今は射撃訓練でたきなの実力を確かめた後だ。今日はたきなが千束の特殊弾を使ってみたが、特殊過ぎて命中力が著しく落ちていた。だが、たきなは射撃の腕前だけならファースト級のため今まで通りで問題ないとなったのだ。

そして次は体術訓練である。

 

「えぇ……シュウ、それ使うの?」

 

「この間、DAで鈍っているのを確認したからなぁ。少し相手してくれ」

 

「えぇ……」

 

「えっと、珍しい格好ですが、そんなに嫌なんですか?」

 

「アレの相手をするなら、たきなもすぐにわかるよ」

 

俺はいつもの男版のリコリス制服を脱ぎ、先生が使っている戦闘服と同じような格好。少し違うところは左腕、前腕に巻かれた紐だろうか?紐は手首付近で戦闘服と繋がっており、邪魔にならないように固定できるようになっている。

使用する時は、肘の部分に付いている金具を外す事で解ける様になり、紐の先端に錘がついている為、相手にぶつけたり、武器を絡め取ったり、拘束したりできる。

アレだ!この間クルミとやったゲームに、似た様なのが出て来たな。ハゲの筋肉男が神様を倒して行くゲーム。アレは紐ではなく鎖で、先端には剣が付いていたが……。

 

「それ嫌いなんだよねぇ。シュウの操作で軌道が変わるから身体がついていかないし」

 

「そういうな」

 

「それになんの繊維で出来てるか知らないけど切れない。めっっちゃ丈夫。一回ナイフで切ろうとしたけど無理」

 

「それは、すごいですね」

 

「でしょう!?電波塔事件の時、シュウが私を庇って下に落ちかけたんだけどさ。あの紐を柱に引っ掛けて戻って来た時は言葉が出なかったもん」

 

「百キロ以上耐えるらしいぞ」

 

「いや、本当に何でできてるんですか」

 

何でできてるとかしらん。

俺の相手を嫌がる千束に呆れたのか、たきなが相手をしてくれることになった。

 

「たきなぁ、すぐやられない様にねぇ」

 

結果がわかってるとばかりに千束は言う。

ものすごくやる気のなさそうな声だった。

対してたきなはこんな装備にやられないとばかりに気合が入ってる。

 

「ペイント弾とかじゃなくて良いんですか?」

 

「防弾だしね。頭とかはやめてね?」

 

思わず本気になってしまうし。

 

「それはまぁはい」

 

「それじゃあ始めるよ〜!……はじめ!」

 

千束の掛け声で勝負が始まった。

たきなは俺の方に銃を構えて撃ちだした。

俺はそれを防弾の紐を巻いた左腕で弾く。

 

「くっ!」

 

接近されると思ったのか、たきなはバックステップで距離を取ろうと銃を撃ちながら後退するが、俺が早く一歩を踏み出す。そして腕に巻きついた紐を外し、たきなの方へと伸ばした。

 

「えっ!?」

 

「あー。勝負ついたかなぁ」

 

紐は銃に絡みつき、スライドが戻らない様に固定されている。俺はそのまま引っ張り銃を取り上げて接近。紐を操作して紐が絡んだ銃を解き、手に取ってたきなへと突きつけた。

 

「勝負有り」

 

「……やっぱり人間じゃないです」

 

「人間だよ!?」

 

「……千束も戦ってください」

 

「やだぁ!と言う事で今日は終わり!解散!」

 

元気よく断った千束は上の階へと走っていき、それをたきなも追いかけて行く。俺だけ残るのも嫌だし今日は切り上げようか。

そして店に戻り更衣室で着替えようとした俺にクルミが一言言って来た。

 

「修哉、お前……スパルタ人だったのか?」

 

「日本人だよ!!」

 

俺の生まれとか知らないけど、どっからどう見ても日本人の顔だろ!?

 

 

 

アレから時間が経ち夕方。

俺は先生と一緒に店番をしていた。

千束はコーヒーの配達に行き、たきなにはいくつか買い物を任せている。クルミは押し入れの中だろうし、ミズキさんは裏で作業中。俺たちが使う備品やリコリコで使う物の発注など事務仕事をしながら呑んでいると思う。

 

「静かですねぇ先生」

 

「あぁ……コーヒーでも飲むか?」

 

「いただきます」

 

二人でゆっくりした時間を楽しんでいるとお客さんがやってきた。俺は久しぶりに会う、吉松さんだった。

 

「いらっしゃいませ」

 

「やぁ、お邪魔するよ。おや、久しぶりだね修哉くん。それと、会えて嬉しいよミカ、とりあえずコーヒーをもらおうかな」

 

「わかった。修哉、何かお菓子も出してやってくれ」

 

「はい。吉松さん、大福か、羊羹どっちが良いですか?」

 

「そうだね。羊羹をもらおうかな」

 

「はい。では少々お待ちください」

 

先生に指示されてお菓子を出す事になった。

すぐに出せるのは千束が食べたがった大福と、作っておいた羊羹ぐらい。吉松さんって滅多に来なくて、来てもコーヒーと何かを食べてすぐに帰るような忙しそうなイメージがあったし、あまり待たせない様にしよう。帰ってほしいわけではないけどね。すぐにでも何かを出して、少しでも長く落ち着いて癒されてもらいたいのだ。

 

「お待たせしました」

 

「ありがとう」

 

吉松さんは先生の友達なのだろう。

いや、なんていうか、先生の雰囲気がいつもより柔らかくなるから親友と言った方がいいのだろうか?

……吉松さんは、いい人だ。先程思っていた癒されてほしいのも本当。

だけど、なんだろう?この違和感は……。

千束も懐いている。……まぁ、アレは大体の人には懐くけど……。たきなも初めて接客した人とあって、悪い感情は抱いていない。ミズキさんなんかも普通だと思う。

けど、俺への視線。それを何処かで感じた事がある気がするのだ。例えるなら、俺を烏に育て上げたときの爺さんの様な……。

 

「修哉くん」

 

「はい?なんでしょうか」

 

「少し、相談があってね。千束ちゃんの事だ」

 

「千束の?といいますと?」

 

「君とは、どんな関係なんだい?」

 

ど、どんな関係?

いや、いきなりすぎて答えに困るのだが。

 

「あぁ、すまない。私にも娘がいて、まるで千束ちゃんの様な子でね。彼氏でも連れて来たときどう対応するべきか……とか色々と悩むわけだ。だから千束ちゃんと仲がいい君に色々と聞きたいと思ってね」

 

「は、はぁ」

 

「はは、すまない。いきなりすぎたね」

 

「いえ、そうですね。うーん。なんで答えればいいんだろうか……千束は、大事な人ですかね」

 

「大事な人?」

 

「えぇ、今の俺を作ってくれたと言ってもいいといいますか……。ずっと一緒にいたら楽しいだろうなと。……すみません。答えになってませんね」

 

「今の君を作った……いや、私も急に変なことを聞いてしまった」

 

吉松さんは少し笑っていた。

急に聞かれた内容にはうまく答えられなかったが、何かを掴んでくれていたら嬉しい限りだ。

 

「じゃあ修哉。すまないが、あとは頼む」

 

「はい先生。楽しんできてね」

 

「すまないね。少しミカを借りて行くよ。一緒に呑みたいと思ってね」

 

「いえいえ。先生が潰れたらリコリコへ連絡してください。迎えに行きますので。……では、またの来店をお待ちしてます。吉松さん」

 

吉松さんはコーヒーとお菓子を楽しんだ後、先生と一緒に出かけていった。いい時間だし、先生も出かけたので今日は店を早めに閉める事にした。

 

「じゃあ私は、もう上がるわね」

 

「お疲れ様です。帰り、あんまり呑みすぎない様にしてくださいね?」

 

「そのときはぁ、迎えに来てね?」

 

「嫌です」

 

「なにぃ!?」

 

「冗談です。でも、今日は先生も呑みに行ってるんで、できれば家で呑んでくださいね?」

 

「わかってるわよ。それじゃ、あとはよろしく。あんまり遅くまで騒ぐんじゃないわよ?」

 

「はーい」

 

ミズキさんは早めに帰るようだ。

まぁこんな事たまにしかないしなぁ。

ミズキさんを外まで見送り、店の看板をOPENからCLOSEDに変えておく。

 

「今日はもう閉めるのか?」

 

ミズキさんが帰ったことを察したのか、うちのリスもとい、クルミが押し入れから出て来た。

俺が帰ったら一人にしてしまうからなぁ。今日は先生が帰ってくるまでいるとしようか。

なんて思いつつ、クルミに返事をする。

 

「先生が息抜きに行ったからね。美味しいコーヒーが、少し美味しいコーヒーになっちゃうし閉めるよ」

 

「そーか。ならテレビゲームでもするか?」

 

「んー。片付けが終わったらね」

 

「ならまた声をかけてくれ。ボクが手伝ったら仕事を増やしてしまうからな」

 

「はいよ。テレビは後で運んでやるから、他は用意しておいて」

 

「りょうかーい」

 

さて、始めますか。

洗い物からテーブル拭き、厨房を片付けたりと忙しく動いていると、千束が配達から帰って来たようだ。

 

「千束が戻りましたよ〜!!」

 

「おかえり」

 

「あ、シュウ。もうお店閉めるの?」

 

「あぁ、先生が吉松さんと呑みに行ったからな」

 

「えぇ!?ヨシさん来てたの!?うぇぇ、もうちょっと早く帰ってこればよかったぁ……」

 

ヨシさんの事好きだなぁこいつ。

とはいえ、タイミングが合わなかったのは仕方ないだろう。こっちの都合を見て来てくれるわけじゃないんだし。

 

「ほらほら、片付けは俺がやるからクルミとゲームでもしとけ。テレビ運んでやってくれ」

 

「うーい。クルミ〜!なんかストレス解消できそうなゲームやろ〜」

 

「お、千束、帰って来たのか。それならコレなんかどうだ?」

 

よし、こんなもんだな。

俺はお茶を用意して、カウンターの方へと持って行く。座敷の方では千束とクルミがゲームを始めていたようだ。

今日はFPSゲームをやっているようだ。千束とクルミは交代でプレイしながら遊んでいる。

このゲームは可愛い?キャラクターが銃を撃ち合っているのだが、二人の腕前は相当な物でマッチングする敵をドンドン倒していた。

 

「あん?こいつ!」

 

「ん?知ってるやつか?」

 

「知らないけど名前がムカつく」

 

「えぇ……」

 

千束が何かに反応して、クルミが聞き返している。ていうか、お前……名前がムカつくって。

確認してみると、敵の対戦相手の名前はFUKI。

あー。これは……本人じゃないか?

 

「はぁ!?こいつ!」

 

「相手、結構うまいな」

 

「でしょうね」

 

「ん?知っているのか?修哉」

 

「こっんの!あちょ!そこは!?やったなぁ!?」

 

俺の独り言に疑問を持ったクルミ。

騒ぎながらゲームをしている千束には聞こえないと判断しつつ、俺はクルミを手招きして耳元で小さな声で話す。

 

「DAの知り合いだと思うよ。このゲームで千束と互角になれて、これだけ上手いのも納得できるし……まぁ二人は昔から犬猿の仲みたいな感じなんだよ」

 

千束は本人の実力も勿論だが、持ち前のチート能力のおかげもありファーストになっている。だがフキは自分の努力でファーストとなった人間。

ゲームといえど、反応速度とかは普通よりも上だし、プレイヤースキルの問題もあるが千束に勝つこともできるだろう。

 

「なるほど。だから荒れているのか?」

 

「そーそー。千束には言わないようにね。面倒だから」

 

「ぬぅがぉぉああああああ!!!」

 

「うるさいぞー」

 

まだ遅い時間ではないとはいえ、近所迷惑には変わりない。とりあえず千束を落ち着かせる事から始めよう。



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第十八話

千束が大声で叫ぶのを聞き、注意をしようとした時、リコリコの扉が開きたきなが帰ってきた。

 

「あ、おかえりたきな。ごめんね、結構重かったでしょ?」

 

「くやじぃいいいい!!!」

 

「いえ、問題ないです。ありがとうございます」

 

「すぐに冷たいお茶を用意するよ」

 

「お願いします」

 

俺は一旦千束を放置して、たきなを出迎え荷物を受け取る。今回は複数の店を回ってもらったから、荷物が多いのだ。

本来なら俺が行くつもりだったのだが、今日は厨房もできるミズキさんが、事務関係の仕事をしなくてはいけなかった。その為、先生だけにホールを任せるのも大変な為、厨房担当だがホールもできる俺が残る事になったのだ。

 

「こいづぅうううう!!!」

 

「ムキになりすぎだろ……」

 

「だってクルミぃ!この人の名前がムカつくんだもん!」

 

「……一体なにを騒いでいるのですか?近所迷惑ですよ?」

 

「っ!たきなぁ!」

 

厨房にまわっても大きな声が聞こえてくる。

……後日、ご近所さんには特別割引券でも作って配ろう。無料にはできないのが心苦しいが……。

ていうか千束さん?お前さん、騒ぎすぎてたきなが帰って来てたのに気がついてなかったな?

 

「声のボリュームを下げた方がいいですよ。外まで聴こえてますから」

 

「そんな事は今はいいよ!これ!これやって!」

 

「え?」

 

「いや、よくないわ。落ち着け阿呆」

 

「阿呆とはなんだ!シュウでもたきなでもいいから仇とってください!」

 

「俺苦手なんだ、そのゲーム。嫌いだと言ってもいい」

 

「ははっ。お前は空間把握が得意なはずなのに、机に足ぶつけまくってたもんな」

 

くすくすとクルミが笑ってくる。

このゲームは俺も一度やった事があるのだ。だが、ゲーム内の空間と現実の空間が曖昧になってしまい、机にぶつかり、転けて座敷から転げ落ちた。もうこのゲーム一生しない。

 

「ほらほら、これ着けて。これも持って」

 

「え?んぅ?り、リアルですね……なにこれ」

 

可愛い。

千束にヘッドセットを着けられて困惑するたきなは可愛かった。

あぁ、なんだろう?この、最近はたきなが癒しになりつつある感じ。千束には絶対に言えんな。

俺はカウンターに座り、茶を飲みつつたきなに癒されていると、ゲーム内でたきな対FUKIの勝負が始まった。

 

「あれ?たきなうまくね?」

 

「すごいな」

 

「いいよぉ!そこ!そこ!!」

 

たきなは急に始まったゲームに一瞬戸惑ったが、そこは流石リコリス。一瞬で切り替えて反撃を開始。

って!

 

「机!どけろどけろ!」

 

「うわぁああヤバイヤバイヤバイ!!」

 

「はは。シュウよりはマシだけど、たきなも結構動くな」

 

「言ってる場合じゃないよ!ぶつかるぅ!」

 

人のことは言えないが、少しオーバー気味な動きのたきな。横に移動したり、しゃがんだりするものだから周囲にある机や座布団が邪魔になってしまう。それを千束とクルミがなんとかギリギリに動かして、たきながゲームに集中できるよ……う、に。

 

「うぉおおああ!?!?」

 

「……さて、もう一杯お茶でも淹れるか」

 

いけないものが見えてしまった。

……いや、なんでトランクス……。というか男物だし、なんか、足の付け根が見えたよう……な?

あ、千束。俺からの位置だと、お前の下着も見えてるから隠せよ?

俺は面倒に感じ言葉にしないが、なにかしらの危機を察知したので厨房へと退避したのだった。

あ、ゲームは勝ったらしい。やっぱり射撃系うまいよな?おそらくだがフキに勝つなんて、たきなすごい。

 

 

 

その後、俺は避難した厨房でゆっくりと茶を飲んでいると千束がやってきた。どうやらゲームは終わったらしい。

 

「シュウさんや」

 

「なにかな?婆さん」

 

「誰がババアか。……見たな?」

 

「ババアとは言っとらん。昔話の婆さん風に声をかけられたらって、いいや……あー。トランクス、だったな」

 

「後でお仕置き。……なんでトランクスだったと思う?」

 

「知らんよ。あれだ、今の時代、色々な人が多い。本人がなにを選ぼうとその人の自由だ。気にしなくていいさ」

 

「……よし!」

 

「あ、おい千束!」

 

俺の答えが気に入らなかったのか、千束は更衣室へと走っていく。おそらくたきながいるのだろうか?

止めようとしたが止めれるわけもなく、俺は店の奥の居間へと避難所を移動しておく。巻き込まないでほしいのだ。

 

「どしたんだ?千束のやつ」

 

「……いや、ちょっと、な」

 

「なんだよ。ボクにも教えろよ」

 

俺が寛ごうとした居間にクルミがやって来た。

ゲームの片付けも終わって一休みに来たクルミは、俺の対面に座りながら話を続ける。

 

「千束のやつ、たきなのパンツがどうとか言っていたが?」

 

「……ふぅ。いや、まぁ、なんというかな」

 

「ん?もしかして、お前も見たのか?変態か?」

 

「偶然見えちゃったんだよ。後で謝る。……いや、なんというか、トランクスだったんだよ」

 

「いいんじゃないか?たきなの自由だろ?」

 

「勿論わかっている。けどな?それで千束が納得すると思うか?」

 

「あぁ、なるほど」

 

俺はただ見えてしまった罪悪感に襲われているのだが、千束は少し違うと思う。たきなは可愛いのだから、もっとオシャレしてほしい!とかそんなことだと思う。だがな?下着なんてのはたきなの自由でいい!以上解散!俺帰りたい!

 

「シュウ!たきなのトランクス先生の指示だって!!」

 

帰らせてよ!!

って……ん?はぁ!?!?

え?ん?……はぁぁああ!!!!????

 

「ちょっと千束!!」

 

「はぁ!?!?え?じゃあさっきのトランクスって!え?な、なに考え、て!……あぁ、好みを言ったなあの人……」

 

「修哉さんも見たんですか!?」

 

一瞬メチャクチャ焦ったが、あの人の好みを思い出して頭を抱えた。いや、まぁ、ね?なんで知ってるかというとね。うん。色々あったのさ。

過去にたった一回だけ開催したある年のイベント【新年無礼講!大酒呑み大会!】ミズキさんが主催したクソイベントで、珍しく酔った先生が自分の好みを話していたのを思い出したのだ。

ちなみにこの好みは自分が履くのは勿論、別の意味も多分に含まれる。

 

「すみません!見えてしまいました!!!」

 

それはともかく、土下座である。

現実逃避気味に考え事をしてみたが、身体は勝手に正座して土下座をしていた。

 

「つ、次、見たら三発ぐらい撃ち込みます」

 

「あい……」

 

「それは今はどうでもいい!」

 

「ど、どうでも……」

 

「たきな!トランクスの事!詳しく!話して!」

 

「は、はい!」

 

千束の剣幕にタジタジのたきな。

どうやら千束が聞いたとおり、ミカ先生が言ったことらしい。いくら目を逸らしても、過去は変わらないのだ。

 

『店の服は支給するから、下着は持参してくれ』

 

とは、先生の言葉である。

これを聞いたたきなはまさかの返しをしたらしい。指定の下着を聞いたのだ。いや、なんかもう、履いてたらなんでもいいんじゃない?

もう俺ついていけない。

 

「どんな下着がいいかわからなかったので、店長に指定はあるか聞いたところ、指定の下着がないとの事だったので」

 

「だったので?」

 

「店長の好みを聞きました」

 

「「「なんでやねん!?」」」

 

「!?」

 

俺、千束、クルミで大驚きだよ!?

おもクソ関西出てきたわ!!

 

「でもこれ、履いてみると結構快適で」

 

「あ、わかるわかる。俺も任務の都合上、ボクサーにしたけど、締め付けに慣れるまでしばらくかかったし。トランクス開放的だよなぁ」

 

「シュウ!セクハラ!」

 

「すみません!!!」

 

何故かたきなが普通にトランクスの感想を言い出したから、俺も思わず乗ってしまった。

うん。セクハラでした。

 

「修哉はボクサー派か」

 

「ん?いやぁ、どうなんだろ?普段はボクサーだけど、後は寝るだけとかならトランクスを履く時もある」

 

「ふーん」

 

「え?あれ?俺なんで答えたの?」

 

「いや、ボクに聞かれても知らないよ。普通に答えたんだから」

 

「……ふー。ちょっと黙ってる事にするね、俺」

 

怒涛の展開だったせいで、少しおかしくなっている気がする。ちょっと頭を冷やそう。

ちゃぶ台を囲みつつ話を続ける女三人組を放置して、俺はその場で寝転んだ。……あー。眠くなってきたな。思えば今日は疲れる一日だったかもしれない。

朝は普通に営業。昼からは少しの間店を閉めて訓練。夕方に吉松さんが来店し、先生と呑みに出かけてしまった。ミズキさんは事務仕事でお疲れ気味だった為、たまには早く帰らせようと思い閉店作業は全て一人。それからトランクス事件。

……疲れた。

 

「ねぇ、シュウ?話聞いてた?」

 

「え?なに?」

 

「もー!だから明日、お昼から買い物行くからね?」

 

「は?」

 

「たきなの下着を買いに行くから!荷物持ち!」

 

あぁ、なるほど?

千束が連れ歩くわけね?たまにはいいか。

 

「了解」

 

「よし決まり!じゃあ今日はもう帰るね!」

 

「んー。お疲れ様。俺は先生が帰ってきたら帰るから、最悪泊まりになるかもしれないから俺の家には来るなよ?」

 

「はーい。じゃ!また明日!あ!たきな、明日は私服ね?」

 

千束は帰ってしまった。

嵐が過ぎ去り、取り残されるのは俺たち三人。

 

「……私服ですか」

 

「指定はないぞ?」

 

「うぐっ!」

 

たきなは指定を聞くだろなと思ったので先回り。

ていうか指定の私服ってなんだよ。それはもう私服という名の制服。……ん?頭こんがらがってきた。

俺が頭を抱えていると、クルミが助け舟を出してくれた。

 

「たきなは普段はどんな服を着てるんだ?」

 

「どんな……?」

 

「リコリスの制服以外に持ってるやつだよ。まさか裸族って訳じゃないんだろ?」

 

「ら!?……部屋着はあります」

 

逆にいうとそれしかないのね。

じゃあこうしよう。

 

「過度な露出とかがなければ、部屋着でいいよ。後は当日に千束に任せればなんとかなる。下着ついでに服も買えばいいさ」

 

「わかりました」

 

「よし。じゃあ解散!俺さんはもう疲れた!少し寝ます!」

 

「はい。お疲れ様でした」

 

「じゃあボクは風呂にでも行こうかな。覗くなよ?」

 

「今は覗きよりも寝る方がいい」

 

「そーかい。あ、あとなんか食べたいから作ってくれよ」

 

「……はぁ、俺も腹減ったや。なんか作っとくよ」

 

「よろしくな〜」

 

クルミが風呂に入っている間に簡単に何かを作る事にした。うーん、そうだなぁ……パスタでいいや。簡単にトマトベースのパスタを作り、先に食べて、クルミの皿以外をさっと洗う。

そして俺は先生が帰ってくるまで寝ることにした。一時間後ぐらいだろうか?先生が帰ってきたようだ。机の上を見るに、クルミはパスタを食べ終わっているようだ。クルミさん、皿は水につけててほしい。

 

「すまない。遅くなってしまった」

 

「寝てたから問題ないですよっと。それじゃあ俺もこの辺で帰るね。あと、明日俺と千束とたきなで少し遊びに行ってくるよ」

 

「あぁ、おやすみ。明日はこっちは気にせずに楽しんでくるといい」

 

「おやすみ。先生も結構呑んだみたいだし、あまり無理せずね?クルミー!あと頼むね!」

 

皿洗いも頼むね!?

 

「はいはい。気をつけてな」

 

本当に洗ってくれるのだろうか?少しだけ気になりながらも、先生に見送られて俺は外に出る。

店の裏に停めてあるバイクの方に行くと、何故か吉松さんがいた。

 

「こんばんは。修哉くん」

 

「こんばんは、吉松さん。今日は先生がお世話になりました。もしかして、俺を待ってましたか?もしかして先生と何かありましたか?」

 

近くに車が停めてある。

おそらく吉松さんが送ってくれたのだろう。運転手の人もいるようで、飲酒運転でない事は少し安心した。

 

「いやなに、君にこれを渡したくてね」

 

「……電話番号?」

 

「あぁ、近いうちに少し時間をもらえないかな?二人で話したい事があるんだ。勿論、君の都合に合わせるよ」

 

何の用なのだろうか?

でも、先生の知り合いなら別にいいかな。こちらに都合を合わせるというあたり、本気で俺と話をしたいのだろうし。

なんか夕方に娘がどうとか言ってたしそれかな?

 

「はぁ……わかりました。また予定を確認して、空いてる日を連絡します」

 

「ありがとう。楽しみに待ってるよ。要件はそれだけなんだ」

 

「わかりました。俺も楽しみにしてます。吉松さんみたいにスーツをかっこよく着こなす人は、いいお店に連れて行ってくれそうだし」

 

「ははは。うん、とびきり良いところを紹介しようかな。では、引き止めて悪かったね。それじゃあおやすみ」

 

「はい。お休みなさい。またのご来店もお待ちしてます」

 

「ははっ。うん、君のお菓子は美味しいからね。是非また寄らせてもらうよ」

 

そう言って吉松さんが去っていくのを見送る。

うーむ。おそらくだが、夕方に言っていた娘さんの事を話したい吉松パッパと、お話しする約束をしてしまった。冗談で言ったいいお店にも連れて行ってくれるそう。……先生にバレたら注意されそうだな。

まぁ決まったものは変えられない。

明日も忙しくなりそうだし、今日はさっさと帰るとしよう。バイクに跨り、家へと向かう。

何事もなく家にたどり着き一休み。

明日は昼からとはいえ、今日はもう遅い。さっさと風呂に入ってしまい、寝る準備を終える。

 

「さて、寝ますかね」

 

その時だった。

玄関が騒がしい。ガチャガチャガチャン!と焦りながら鍵を開けて、勢いよく扉を開いた音。ドタドタと何者かが入ってくる。

 

「違うってシュウ!!!そうじゃないのぉ!!」

 

「何時だと思ってんの?お前……」

 

「違うんだよ!さっきはつい流しちゃったけどさ!」

 

入ってきたのは千束だ。

こいつ、何をしに来たんだ?というか、近所迷惑ですよ?今日はちょっとテンション上がりすぎだわ。

 

「たきなのパンツ!!トランクスが衝撃的すぎて流しちゃったけどシュウ見てるじゃん!」

 

「勘弁してくれ……え?それ言うためだけに来たの?何時だと思ってんのさ……」

 

「トランクスだから良かったものの、違ったら大問題だよ!?そりゃもうアレよ?慈悲深い私でも堪忍袋の緒がプッチンだよ!?」

 

「もうプッチンしてるじゃねぇか……」

 

俺がたきなのパンツを見た。だから制裁を加えるそれだけのために来たらしい。

 

「たきなには謝ったろ?」

 

「私には!?」

 

「え?なんで?」

 

なんでじゃない!と騒ぎだそうとする千束。

こいつ、部屋着になってるあたり、本当に思い至ってすぐに来やがったんだなぁ。

 

「へ?わっ!?」

 

俺はだんだんとイライラしてきた。

千束を担ぎ上げ、寝室へと運びベッドへと放り投げる。

 

「え?え?ちょ、シュウさん?」

 

「千束。そろそろ、本気でうるさいよ?今日はちょっと騒ぎすぎです」

 

「あ、はい。すみませんでした」

 

「そこで寝ろ。おやすみ」

 

「あ」

 

「ん?どうした?」

 

俺が部屋から出ようとしたが、千束が手を伸ばしてきた。なんだ?

 

「ソファで寝るの?」

 

「まぁ、床で寝たくは無いからな」

 

「一緒とかどうです?」

 

「ベッドでか?」

 

「あ、はい」

 

……いや、それでもいいのだが、何故そんなに不自然な態度なのだろうか?普段はもうちょい普通だと思うんだが?気になる。

 

「なんか変じゃないか?どうした?」

 

「あー、その。怒ってる?」

 

「なんで?別に怒ってないけど?」

 

「本当!?あー、よかったよかった。いやぁ、流石にこんな時間に押しかけてきたのはマズかったなぁと、千束さんも反省した所だった訳ですよ」

 

「あぁ、大丈夫。それはまた今度にでも罰を与えるから」

 

「えっ!?」

 

「ほら、寝るんだろ?横あけろ」

 

俺は千束の隣へと入り込む。

さっき少しだけ寝たが、すぐに寝れそうなぐらいには疲れている様だ。もう瞼が重い。

 

「いや、ちょいちょい。罰って何?普通に嫌なんですけどぉ?」

 

「おやすみ」

 

「起きて」

 

千束が揺さぶってくるが、俺の眠気の方が勝つようだ。騒ぐ千束の声も遠くなっていき、すぐに意識は深い眠りへと落ちていくのだった。

 

「え!?ほんとに寝るじゃん!ちょ!シュウ?罰ってなにぃ〜!?」




次回予告のたきなの顔……よかったね。
ミズキさんとクルミもいい感じに予告?してくれるし。
次も楽しみだ。


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第十九話

ごめんなさい!
ちょっと忙しくて読み直ししてません!
いつもより誤字が多いと思う!
あと読み直しておかしかったら書き直すかもしれません!


朝、起きると隣に居たはずの千束がいない。

時間は朝の十時。結構ガッツリ寝たな。

軽く伸びをしてベッドから出てリビングへと向かう。

 

「あ、起きた?おはよう」

 

「おはよう。……朝ごはん作ってくれたのか?」

 

「う、うん。シュウはぐっすり寝てたからね。たまには私が作るのもアリだなぁって」

 

「ありがとう。食べてもいい?」

 

「どーぞどーぞ」

 

何かを忘れている気がする。

千束の挙動も少し不自然な気がするが、せっかくの朝ごはんを頂くとしよう。もう作ってしばらく経っているため、冷めてはいるがそのままでいいか。メニューはおにぎりと、目玉焼きにベーコンまでついている。ご飯は炊かないとなかったはずだし、朝早くから用意してくれてありがてぇ。

 

「コレもどーぞ。インスタントだけど」

 

「お、嬉しい」

 

「それは良かったぁ。それじゃあ私は一度家に帰るね。用意しないとダメだし」

 

「おう。また後でな」

 

「駅集合だからね?遅れないように」

 

「はいよ〜」

 

自分の家に帰っていく千束。

こっちに千束の服も置いてはいるが、女の子は何かと用意があるのだろう。少し急ぎながら出て行く千束を見送った。

……あ、罰を与えるとか言ったな俺。それが嫌で朝ごはんを作ってご機嫌をとり、俺が思い出さないうちに帰った?……まぁ、忘れたままにしておくか。店でたまに千束が昼食を作るが、それ以外での手料理は久しぶりだしな。正直すごく嬉しかったから、罰は無しにしておこう。

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

洗濯などの家事を終わらせて時間を見ると時刻は十一時。今日はバイクを使わないし、そろそろ出た方が良さそうだ。待たせるとうるさいからな。

出かける準備は済んでいる為、さっそく北押上駅の前へと向かうのだった。

 

 

 

駅前でしばらく待っていると、千束がやってきた。

 

「なに……それ……」

 

「お、来たか。さっきぶりだな」

 

「いや、うん。……その、服なに?」

 

「ジャージ」

 

「はぁあああ!?なんで!?私が選んだのあったでしょ!?」

 

「まぁちょっと、理由がな……」

 

「えぇ〜?」

 

千束が驚いたように俺はジャージで来ている。

いやぁ、だってなぁ。たきなは部屋着しか持ってなさそうだったし、俺もそれに付き合おうかと思ったのだが。千束のセンスはすごくいいと思うのだ。そのせいで俺と千束は街に出ると目立つのだが、今回は別の意味でたきなだけ浮いちゃうだろ?それはちょっと……。可哀想とでもいいますか……。

 

「今日は許してくれ。全部出すから」

 

「それならまぁ……よっし!じゃあ高いの選んじゃおっと!」

 

ほどほどで頼みます。

まぁ普段あまりお金は使わないからな。今日一日遊ぶ分だけなら問題はない。

 

「ついでに新しい夏服も買うからね!流石にジャージ姿のシュウと一日一緒は嫌だし」

 

「酷くない?」

 

しばらく千束と戯れあっていると、たきなが到着した。

 

「お待たせしました」

 

部屋着で。

 

「な?」

 

「お、おぉう。あ〜うん、なるほど?そーいうことね、理解した」

 

千束は俺とたきなの姿を見て色々と察してくれたようだ。まぁうん。指定の下着でトランクス履くたきなだよ?私服もこうなっちゃうよね……。

それにこの真面目な子は、リコリス制服以外に持ってなさそうだったし……。まぁ、ちょっと期待してたのは隠しておこう。

 

「ていうかたきな?銃持ってきたな貴様」

 

「ダメでしたか?」

 

ダメに決まっているでしょう!

と、言ってあげたいがただ普通に遊びに行ったことがないのだろうなと。そりゃまぁ銃を持ってきちゃうのもおかしくはないの……かも、しれない。

一応注意だけはしておこう。

 

「いや、たきな?それ抜いたら捕まるから、絶対に抜くなよ?」

 

「わかりました。修哉さんはともかく、千束の衣装は自分のですか?」

 

「衣装じゃねぇ……!」

 

「ともかくってなんだ、ともかくって。普段はもう少し違う格好をしてるよ」

 

頭が痛くなってきたが、移動を開始する。可愛く決めてきた千束に連れられる、ジャージの俺、部屋着のたきな。なんだろう……。俺、外見はいいっぽいから許されている感があるが、そうでなければ職質されそうなんだが?部屋着とはいえ、美少女二人についていってる訳だし……。

 

「一枚もスカート持ってないの?」

 

「制服だけですね。リコリスは普通そうでしょう?」

 

「そうだけどぉ。今日は絶対に買うからね!?たきな絶対似合うし!それにシュウの奢りだしぃ!」

 

「そうなんですか?」

 

「いいよ。せっかく遊びに行くんだから、気にせずに楽しんでくれたらね」

 

「ありがとうございます」

 

「ってわけで!早速服を見にいきましょう!ほらほらたきな!いっそげ!いっそげぇ!」

 

たきなの手を引き、走り出す千束。

おい、信号赤だぞ。

テンションが徐々に上がってきている千束を宥めつつ、たきなの服を見に行く。

 

「あ、シュウはこれね。はい、買ってきて。あ、すみませ〜ん!これそのまま着て帰りますぅ!」

 

「じゃあ支払いしてくるわ」

 

「早いですね」

 

たきなの服を見に行く前にサッと寄った場所で、千束が五分かからずに選んだ服を着る。

普段から出かけると俺の服を見る千束だ。俺のサイズとかも熟知してしまっている為、驚くほど適当に選んだように見える、が、だがこれが意外としっくりくると言うか、俺のことをよくわかっていると言うか……。

すごいね!と言う感想しか出てこないな。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

 

「いやぁ、俺はね。たきなは覚悟しておいた方がいいと思うよ?」

 

「え?どういう……?」

 

「ほらほらたきな!このお店に入るよ!」

 

「あ、ちょっ!千束!」

 

俺の服を買った後、たきなの服を選ぶために別の店に入る事に。これからたきな大変だろうな。

頑張れたきな!負けるなたきな!

そして、千束によるたきなのファションショーがスタートした。

 

「おぉ!こっちも着てみよう!」

 

……可愛い。

なんというか千束もなんだが、たきなも素材が良すぎてなにを着ても似合うな。

 

「あの」

 

「良いッ!良いねぇ!」

 

「千束?」

 

「次!こっちもこっちも!!」

 

「あ、ちょっと!修哉さん!」

 

「これも良いんじゃないか?」

 

「え!?修哉さん!?」

 

「……たまには良いの選ぶね?」

 

「何着目ですか!?」

 

あまりにも千束が楽しそうだったので、俺も口を挟んでみる。もう何着目かわからないが、なにを着せても似合うたきなが悪いという事にしよう。

たきなは疲れてきてそうだったが、俺と千束は見て見ぬふりである。

 

「こ、これで良いです!」

 

「そ?もっと選びたいけど」

 

「とりあえず、あと三着ぐらいに絞るか?」

 

「だね。これ一着だとレパートリーないし」

 

「え?それは悪いです」

 

「気にするな!」

 

「そーそー。とりあえずたきなが今着てるのは決定!今日はそれを着て遊びまーす!」

 

とりあえず店員を呼び、タグを切ってもらい会計を先にしておく。たきなが着ていた部屋着を袋に入れてもらおうとしていると、たきながやってきた。

 

「こ、これで良いです!!」

 

「お?もう良いのか?」

 

「千束がリップグロスまで選び出しましたので。このままじゃ目的の物まで辿り着けません……」

 

「そりゃそうか」

 

「修哉さんも、助けてくれて良かったのでは?」

 

「いやぁ、すまんすまん。あ、これも購入で」

 

俺は楠木さんから渡されているカードで支払いをする。俺の報酬は全てこのカードに入っている為、結構な額がある。万を超えたあたりでたきなが反応を示したが、気にせずに購入完了。

お次は下着売り場へと移動開始。

 

「それじゃあ俺は待ってるから」

 

「え?来ないの?」

 

「行くわけねぇよ」

 

「じゃあ支払いどーすんのさ!?」

 

えぇ?カード渡しておくから勝手にやってよ。

別に男の俺が入ったらダメという事はないのだろうが、それでも肩身が狭すぎる。

だがしかし、関係ないとばかりに千束は俺の両手を掴み引っ張ってくる。こ、この!

 

「ほーらー!いーくーよー!!!」

 

「はーなーせー!」

 

「こっの!たきなも手伝って!」

 

「嫌ですけど?」

 

「えぇ!?急な裏切り!?」

 

「いや、自分の下着を選ぶのに修哉さんもっていうのは……ちょっと」

 

ほら!たきなもこう言ってるじゃんか!

店の前で、しかも下着屋の前で男女が二人、綱引きのような状態。下着屋の店員や周りの人達の目を引いてしまっている。

あらあらまぁまぁ、みたいな生暖かい視線。

こっの!美少女二人も連れやがって!という男の視線。

純粋に迷惑だという視線。

痛すぎる!!この場から離れたい!!

 

「ほら、千束。いきますよ」

 

「あ、痛い!たきなさん!?耳!耳がぁ!」

 

「じゃあ俺トイレに行ってるから!また連絡してね!?」

 

呆れているたきなが千束の耳を引っ張り、俺から離してくれた。その隙にたきなにカードを渡し、俺はその場から逃げ去る事に。

いやぁ、流石の俺でも、あの場に居続けるのはきついっす。

 

 

 

場所を変えてトイレへと避難。

ついでにお花でも摘んでおこうか。

中に入ると三つあるトイレの真ん中に、おっさんが一人いた。うっわ、あの人あれ触った手で、荷物置きをべったり触ってるよ。ちょっと引きながらおっさんと入れ違いに一番端を陣取る。

 

「あ、すみません」

 

ん?誰かと入れ違いになったのか?

出入り口でおっさんの声がしたと思えば、スマホをいじったまま入ってきた男が一人。

え?うっわ。スッゲェ!なにこの人!?

荷物置きの角にスマホをバランスよく立てかけた。え?あんな風にスマホを置けるの!?落ちないの!?……あ、ていうかあそこってさっきのおっさんがべったり触ってたところ……。

あまりに衝撃的なスマホの置き方に、思わず見入ってしまったのがバレたみたいだ。男に声をかけられた。

 

「なんだ?」

 

「ああ、スマホの置き方すごいなって。ジロジロ見てすみません」

 

「バランス取るのが得意でね」

 

「なるほど」

 

バランスだけでそんな風に置ける物なのそれ!?

この人、只者じゃないよなぁ。

なんていうか、同族の匂いがしてくる。

この国の一般人からはしない、俺と同じ異常者の匂い。俺は用をすまし、すぐにその場を離れる事にした。

せっかく遊びにきているんだ。今日は制服でもないし、厄介事はごめんだな。

 

「まぁまてよ」

 

「なにか?」

 

「そう毛嫌いしなくて良いんじゃねぇか?少しぐらい話そうぜ?」

 

「ははっ、トイレで男と話す趣味はねぇです。……あ、すみません。人の趣味をバカにするつもりは」

 

「んな趣味ねぇわ!……お前もわかってるんだろ?俺とお前は同種の気配がするってな」

 

面倒になってきたぞぉ。

何かわからないが、ロックオンされてしまった。

この場は逃げたいのだが……。

 

「あー。その前に、一ついい?」

 

「なんだ?」

 

「さっき、おっさんとすれ違ったよね?」

 

「あ?あぁ、それがどうかしたか?」

 

「あー。言いにくいんだけどさ。あんたがスマホを置いてたところって、あの人がナニを触った手でべったりと……ね?」

 

「……マジ?」

 

「マジ」

 

沈黙。

トイレの中で俺と睨み合う危険そうな男。

そんな嫌な空気の中、トイレに入ってきてしまい俺たち二人を不審者のように見る一般人男性。

いや、ごめんなさい違うんです。

 

「出ようか」

 

「あぁ……興が削がれたしな」

 

「あ、除菌シート使う?」

 

「もらう」

 

俺はいつも持っている除菌シートをあげた。

なんだろうこの感じ?危険人物(仮)とちょっと仲を深めた気がした。




毎日更新って難しいね。
原神やらないとイベント終わらないんだわ。


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第二十話

最新話、見ましたか?
自分は見ました。
色々と考えながら見ていると、涙が出てきました。
リコリコも来週で……って考えると俺は来週からなにを楽しみにすればいいのか。
続きが気になるが、来ないでほしいとも思ってしまう複雑な一週間の幕開けですね。


スマホの置き方がすごい変な男は、あげた除菌シートでスマホを拭きながら去っていった。

その後、俺は自販機でジュースを買ってトイレ近くの休憩場所で時間を潰す。たまに声をかけられるが適当にあしらいつつ、千束とたきなを待っているのだ。

っと、電話だ。

 

「もしもし?終わった?」

 

『終わった〜!おやつタイムにするから外で待ち合わせようか!』

 

「はいよ。とりあえずすぐに出るよ」

 

『はーい。また後で』

 

電話を切って移動を開始。

一応、さっきの男がいないかだけ確認しながら移動。見える範囲には居なさそうだし、変な感覚もないから、この場からは離れていると思うのだが……。アレに暴れられると少し厄介な気もするし少し安心した。

 

「お!きたきたぁ。シュ〜ウ〜!こっちこっち!」

 

「すみません修哉さん。お待たせしました」

 

「こっちこそ待たせたかな。持つよ」

 

千束とたきなと合流して荷物を受け取る。

とりあえず移動しておやつを食べに行くらしいが、途中どこかのロッカーにでも荷物は預けておこうか。どうせ他にも行く場所は増えるだろうし。

 

「とりあえずパンケーキ食べたいかなぁ」

 

「パンケーキですか?」

 

「そう!リコリコの店員たるもの!いろいろなカフェの調査も義務であるのだぁ!」

 

「たきな、義務じゃないから気にするなよ?ただ千束が食べたいだけだ」

 

「はい、わかりました。でも確かに、他のお店を見ることも大事かもしれませんね」

 

「そうだなぁ。あ、そういえば有名なチェーン店なんだけどさ。その店の系列の和喫茶が、都内にも一件だけあるんだよな。今度行ってみるか?」

 

「リコリコも和菓子を扱ってますからね。いいと思います」

 

「あー!千束さんを仲間外れにするなんて酷いぞ!?それにシュウ!たきなとのデートとかさせるわけないでしょ!?事務所通せ事務所!」

 

「DA?」

 

「違うわい!」

 

「楠木司令に通されても困るといいますか」

 

「たきなも違う!そうじゃないからね!?リコリコを!私を通せって意味だよ」

 

「どうして千束を通す必要が?」

 

「え?そりゃ私がリコリコのホールのリーダーだからだよ」

 

「え?そうでしたっけ?」

 

「あぁん。たきなぁ、もっとノってきてよぉ」

 

「はいはい。行くぞ」

 

賑やかだなぁ。

俺は道中にでも、ロッカーに荷物を預けて移動しようと思っていたが、千束が良さそうな店を見つけた方が早くその店に入る事に。その際千束が今日はいい天気だし外で食べたいと言い出し、外のテラス席で食事をする事になった。

 

「なに食べるかなぁ。てか普通に腹減ったし、パスタとかピザとか……うーん」

 

「えー?パンケーキ食べないの?」

 

「あー。ちょいくれ」

 

「じゃあシュウのも一口ちょうだいね」

 

千束と一緒に外食をするときは、いつもこんな感じでシェアをする。食べ物のシェアは嫌がる人も居るらしいのだが、一緒にいる時間が長すぎるせいで気にもならない。というか、美味しいものは美味しいなと共有したいまである。

 

「ちょっとトイレ」

 

「え?また?」

 

「うん。ジュース飲み過ぎた。あ、ナポリタンにするから頼んどいて」

 

「はいはーい」

 

「たきなも、遠慮せずなんでも頼めよ」

 

「はい。ありがとうございます……でも、なにがなにやら」

 

あー。確かにパンケーキの名前とか長いもんな。

これなんか……えっと、フランボワーズアンドギリシャヨーグルトリコッタ……長すぎん?読むのも嫌になってくるわ。

たきなには決められないなら、千束に任せておけばなんとかなるぞと笑顔だけ返しておく。

とにかくトイレトイレと。

ん?また電話だ。スマホを見てみると楠木さん。

嫌な予感がするぞ……。

 

「もしもし?」

 

『修哉、今どこだ?』

 

「今はカフェにいますけど……え?仕事とかいいませんよね?」

 

『北押上駅付近で怪しい動きがある。お前にも現場に出てほしいのだが?』

 

「嫌です!今日は制服着てません!」

 

『はぁ、我儘を言わないで欲しいものだな。もう十八だぞ?』

 

「まだまだ遊びたい子供ですね」

 

『はぁ、すぐに武装を用意できないのならもういい。足手纏いだ』

 

プツンと電話を切られてしまった。

うーむ。珍しくギリギリの電話だったな。楠木さんからの任務ってラジアータのおかげもあり、結構余裕がある状態で現場に向かえるのだが……。

それにしても北押上駅って……。

 

「近いよなぁ」

 

俺も行くべきか?

いやぁ、でもアレだけ諦めがいいのなら、そこまで必要でもないのだろうか?まぁ実際、怪しい奴らなんてそこらにもいるんだし、普通にリコリスが担当して終わるだろう。

俺が動く必要はないと。

 

「あ、遅かったね。おっきい方?」

 

「千束……普通に引きます」

 

「電話だよ。普通、食事中に聞く事じゃねぇからな?」

 

用を足し、席に戻るとナポリタンが配膳されていた。この店、注文してから来るまで早くない?

……なんだろう。少し負けた気分である。

 

「あ、美味そう」

 

「おいしかったよ。ね?たきな」

 

「はい。優しい味でした」

 

「あ、二人とも食べたのね」

 

席に座って俺も食べ始める。

こ、この短時間に作り終えてこの美味さ。

結構穴場な喫茶店では?この店と、この店を選んだ千束には拍手を送りたい。

俺がナポリタンに舌鼓をうっていると、少し離れた席に座る外国人の方の困っている声が聞こえてきた。

 

「なんか困ってそうだね」

 

「そんな感じだな。まぁ、俺は言葉わからんけど」

 

「じゃあちょっと行ってくるね。あ、私のパンケーキ一口なら食べてていいよ」

 

「あいよー」

 

早速千束は人助けをしに行った。

いやぁ、さすがだなぁ。

千束を眺めながらナポリタンを食べていると、たきなが話しかけてきた。

 

「修哉さんは今まで、語学の授業は受けなかったんですか?」

 

「ん?あぁ、俺は七歳まで、まともな教育を受けてなくてな。DAに拾われてからちゃんとした日本語を中心に、礼儀や常識とかを教わってたんだが、色々あってリコリコに行ったからその時点で終了だったんだわ」

 

「つまり、他の言葉を覚える時間はなかったと?」

 

「そう。まぁ、勉強は楽しいけど面倒ってのもあった。それに別の国の言葉が必要なら千束がいるし、居なくても別のリコリスを連れて行ってたし問題ない問題ない」

 

「最強のリコリスを通訳代わりにするって……修哉さんしかしないと思います」

 

「ははっ!何かあればたきなもよろしくね〜」

 

うーん。それにしてもいい天気だ。

なんというか……。

 

「平和だなぁ」

 

これから何か危険な事が起こるかもしれないのだが、それを一切感じない様な陽気である。

 

「ですね」

 

「なぁたきな。それうまい?」

 

「はい、一口食べます?」

 

「あーん」

 

「え?」

 

「あーんとかしてもらえると思うなお馬鹿!」

 

「痛い!」

 

戻ってきた千束にしばかれた。

いや、確かに俺のテンションも上がっていたから調子に乗ったが、それでも叩く事は無いと思う。結局あーんはしてもらえなかったが、たきなからもパンケーキを一口もらい、楽しい食事を終えた。

 

「次はいいところへ行きます」

 

「いいところ?」

 

「あー、いつもの所ね。年パス、家に忘れてきてるんだけど……」

 

会計を終わらせて次の場所に移動を開始。

というか、絶対に水族館なんだよなぁ。

最近行ってなかったし、千束もたきなに自分の好きな場所を教えたいのだろう。

水族館に行くとわかれば、俺も少しテンションが上がってきたな。クラゲの水槽が好きでずっと見ていられるからなぁ。一度飼うのも考えたが、たまに見るからこそ良いのだろう。

 

 

 

やってきたのは水族館。

千束は年パスを持っているため問題はないが、俺とたきなはチケットを買う必要があるので窓口へと向かう。

 

「学生二人で」

 

俺は受付のお姉さんに話しかけて、たきなの分も合わせてチケットを買おうとしたのだが、相手は不思議そうな顔をして話しかけてきた。

 

「あれ?修哉くんじゃない?年パス持っているでしょう?」

 

「……あぁ、いやぁ、忘れちゃって」

 

もう何回も来ているからか、顔を覚えられているのだ。てか、名前を言った覚えはないのだが?

あと馴れ馴れしくされるのはちょっと……。

 

「ふーん。なら今日は特別に私の方で処理しとくわね。だから今度一緒に食事でも」

 

「二枚分の代金です!お願いします!」

 

「た、たきな?」

 

「あら?今日は別の子?なになに?遊んでるわねぇ」

 

こ、こいつぅ!!

なんだ?誰こいつ!!てかなに!?ちょっ!他のスタッフさぁん!?この人、客の名前知ってる上にめちゃくちゃ挑発してくるんだけどぉ!?問題じゃないかなぁ!?

 

「なーにしてるの?」

 

「千束、いいところに。加勢してください」

 

「お?元カノさんも一緒?」

 

「はぁ?元カノだぁ?というか、スタッフとしてその接客はどうなのかね?ん?」

 

あ、だめだこれ。

千束まで迫力のある笑顔で加勢し始めた。

俺は素早く別のスタッフの方にチケットの発行をしてもらう。今度は男性のスタッフだったが、この人も俺の顔を知っているおかげで年パスで入った事にしてくれるらしい。ありがたい。

ともかく!俺は二人をあの問題の人から離さなければいけない。すみません、その人の指導お願いしますね。

 

「ほら千束にたきな!ステイ!早く中に行くよ」

 

「おぉう!?ちょいちょい、急に担ぐなってぇ」

 

「おわっ!?シュ、修哉さん!?待ってください!まだ話が!」

 

「その辺は別のスタッフの人に任せてるから、お前らはこっちです」

 

問答無用で担ぎ上げて、水族館の中に入っていく。はぁ、ただチケットを発行するだけなのにこれとは……先が思いやられるなぁ。お前らも、犬じゃないんだから威嚇をするな阿呆。

まぁ、あとは中で綺麗な場所を見るだけだし、大丈夫だと思っておこう。

入場口をすぎてしまうと、千束もたきなも切り替えが早い。もうすっかりと元の機嫌に戻ってくれた。

 

「千束、年パスなんて持ってるんですね」

 

「んー?だって、ここ綺麗でしょ?私もシュウも好きだからねぇ。たきなも良ければ、年パスの購入を検討してくださぁい」

 

「はぁ、楽しければ考えます」

 

「なら大丈夫だね!私達がしっかりとガイドをしてあげよう!」

 

あ、俺もなのね。

そんなわけで色々と見ていこう。色々と見ているとタツノオトシゴで少し話が盛り上がった。

 

「これ、魚らしいですよ」

 

「マジ?魚だったのかこいつ」

 

「食えるぞ、それ」

 

「「え!?」」

 

「何処だったかなぁ。どっか忘れたけど別の国では、唐揚げにして食えるらしい」

 

「ま、マジかぁ。全然食欲湧かないフォルムだなこいつ」

 

「シュ、修哉さん、猟奇的ですね。たぶん、水族館で食べれる食べれないを考えている人って少ないと思いますよ?初めてのわたしでも思いませんでした」

 

「なんか、ごめん」

 

お次はチンアナゴコーナー。

ここに来れば千束はいつもチンアナゴの真似をする。今日も両手を上げてゆらゆらと……。たきなが呆れてるぞ?

それにしてもたきなさん?君、ここに来るまでもずっと思っていたが、スマホでめちゃくちゃ調べて楽しそうじゃない?今、たきなの検索履歴を見れば、今まで見てきた魚の名前がズラリと並んでいる事だろう。

 

「あれ、なにしてるんですか?」

 

そんな楽しんでいるたきなでも、千束の奇行は気になるらしい。あれねぇ、視線集めるものねぇ。

 

「チンアナゴだってよ。放っておいていい」

 

「は?私の渾身のチンアナゴを見て、その反応はなに?」

 

「目立ってますよ?私達はリコリスなんですから目立つ行動はするべきではないと思いますが」

 

「ふふん。制服を着ていない時は、リコリスじゃありませ〜ん!」

 

千束はくるくる回りながら離れていった。

それを呆れつつもたきなは俺に聞いてくる。

 

「いいんですか?あれ」

 

「いいんじゃない?たきなも今はリコリスである事を忘れて、井ノ上たきなとして楽しめばいいさ」

 

「はぁ……。ちなみにこれって食べれます?」

 

チンアナゴを指差しながら聞いてくるたきな。

い、いやぁ、そいつはどうなんだろうか?

 

「……骨だらけじゃないかな?」

 

「という事は、食べられないと?」

 

「骨まで食えるほどよく揚げたら……イケるかも?」

 

「なるほど」

 

「……タツノオトシゴもだけど、まかないとかで出したりしないからな?」

 

「なに言ってるんですか、わかってますよ」

 

それならいいが。

でもたぶん、出したら出したで興味ありげに食いそうである。そんなたきなを連れて次の水槽へと向かうのだった。



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第二十一話

遅くなり申し訳ない!!
これでアニメ四話編は終わりです!


しばらく水族館の中を歩き回り、一休みついでに大きな水槽を眺める。いまだに千束はチンアナゴのマネをしながら水槽を見ている。なんだろうか?自分も水槽の中にいる様な感覚でもあるのだろうか?

 

「あの、千束」

 

「んー?なぁに?たきな」

 

「あの弾って、いつから使っているんですか?」

 

「おっとぉ?たきなさんも私に興味が出てきたのかなぁ?」

 

「まぁ、はい。旧電波塔からですか?」

 

「そう、あの時に先生に作ってもらったのよ。ふふふ、あの時のシュウの顔を思い出しちゃうね」

 

「あの弾を喜んで使うのはお前ぐらいだ」

 

初めてあの弾を使った時を思い出す。

千束に影響されて不殺を心がける様になり、あの弾を使う様になった。だが最初はぜんっぜん上手く使えず苦労したのだ。そのせいで電波塔の時は無駄に接近して戦闘をすることになり、大人の腕力で担ぎ上げられて外に投げられたりと散々だった。あれはヒヤリとしたなぁ。

他にも千束を庇って落ちかけたりと、あの時は何回も落下死をしかけた。

とにかく!俺があの弾を初めて使った時は、思いっきり顰めっ面だった事だろう。

 

「な、なんかすごい顔ですよ?」

 

「いや、昔を思い出してついな。たきなも、いきなりあの弾を使えって言われれば困るだろ?それはもう、あの時は嫌な思い出が多い」

 

「あー、なるほど。気持ちはわかります」

 

「ありがとたきな。この変態は超近距離での戦闘ができるから、あの弾の使いにくさを俺たちよりはわかってないんだ」

 

「だぁれが変態じゃい!このぉ!」

 

チンアナゴのマネをしたまま千束が戯れついてくる。

おいやめろ。お前、本当のチンアナゴみたいに気性が荒くなるな。

 

「んふふ〜。それにしても、こうやってたきなから私たちに興味を持ってくれるのは嬉しいなぁ」

 

「まぁ、たきながウチに来てから、季節が変わるほどには一緒に居るからなぁ。仲間としても、今日の魚以上には興味を持ってもらいたい」

 

「お?いいねぇシュウ。そうだなぁチンアナゴよりは興味持ってほしいなぁ」

 

「チンアナゴ?どちらかと言うと食べれるタツノオトシゴの方が、たきなの食いつき良かった気がするぞ?」

 

「二人して茶化さないでください」

 

「「ごめんごめん」」

 

たきなから話を振ってくる事は、最近まではあまりなかった事だ。俺も千束も、なんなら常連客含めて他のリコリコのメンバー達も、ついつい嬉しくなって可愛がってしまうのだ。

たきなには悪いが、これはしばらく続きそう。

そして、千束があの弾を使う理由を話し始めた。

 

「気分が良くない。誰かの時間を奪うのは気分が良くないってだけだよ」

 

「気分?」

 

「そう!悪人にそんな気持ちにさせられるのは、もっとムカつく!だからあの弾でぶっ飛ばす!あれ当たると痛いんだよぉ?シュウは平然とするけど」

 

「俺でも痛いわ」

 

千束の理由を聞いたたきなはクスクスと笑った。

まぁ、今までDAの方針ばかりだったたきなからしたら、少しおかしいのかな?

 

「もっと、博愛的な理由かと思っていました。修哉さんも同じですか?」

 

おっと、次は俺のようだ。

だけどなぁ。理由、理由かぁ。

 

「んー……。まぁ、結果はそうなのかなぁ?気分が良くないってのは同意だし」

 

「結果?」

 

「千束が言った気分云々は置いといてさ。不殺をする様になったのは千束の影響なんだけど、俺からしたらこいつの生き方ってのは、それはもう衝撃的でね。色々と勉強させてもらったんだよ」

 

「はぁ……?つまり?」

 

真面目に話すのは初めてかもしれない。

少し恥ずかしいな。

 

「リコリコで色々な人たちを見た。俺はさ、知ってる人みんなが笑顔でいてくれると嬉しい。俺を嬉しい気分にしてくれる人達の前に、人を殺した後に顔を見せたくない。うーん、あんまり言葉にしたことがないから、説明が難しいな」

 

「誰かを殺した手で料理とか出したくないもんねぇ。それで笑顔になられても、自分が嬉しくないんでしょ?」

 

「そう!そんな感じ!結局変に嫌な気分になるのは嫌だからな!」

 

「なるほど」

 

ついつい語ってしまったが、あれだ。リコリコで料理を作りながら俺自身が、あー今すっごい平和だなぁ。世間は色々と過激な所はあるけども、俺の周囲は平和で何よりですって思えたらそれでいいんだ。

千束が調子に乗って笑って、たきなが呆れつつも楽しんで、先生と新しいメニューを考えて、ミズキさんの愚痴を聞きながら辟易として、クルミとゲームで騒いで、常連さん達が癒されているのを見る生活が守られれば、それでいいんだ。

 

「もし、誰かを手にかけちゃったら千束がうるさいぞぉ?たきなも気をつけろよ?」

 

「あぁ、それは確かに。面倒なので気をつけます」

 

「えぇ〜?まぁその時は、泣き喚きながらでも困らせてやろう」

 

そんな千束の言葉に、三人で一緒にクスクスと笑ってしまう。

 

「まぁシュウは語ったけど、結局はね〜」

 

「したい事最優先?」

 

「お?やるなぁたきな。私の事が分かってきてるねぇ」

 

今のは純粋にビックリだ。

まさか千束の考えている事を当てるとは。いや、案外わかりやすいから、たきなならわかるかもしれない。人の事をよく見てるからなぁ。

というか千束!語ったとかいうな顔熱いわバカ!

 

「DAを出た理由は?殺さないだけならDAでもできたと思いますが」

 

「あー、それはねぇ」

 

「千束?」

 

「隠す様な事でもねぇだろ?」

 

「そだね。……うん、人探しがしたいんだ。どうしても会いたくて、だからDAから出たんだ」

 

千束はアラン機関に認められたアランチルドレンである証、フクロウのペンダントを見せた。

 

「喉渇いたね。ちょっと場所を変えようか」

 

立ち上がり、飲み物を買える休憩スペースに移動をする千束。それを追いかけながらたきなは俺に聞いてくる。

 

「千束はアランチルドレンだったんですか?」

 

「まぁ、あれを持ってるからな。でも俺が出会った時はすでに持ってたから、誰からもらったとかわからないんだ。だから千束の探している人物が誰なのかもわからん」

 

「それを手伝うために、修哉さんもDAを出たんですか?」

 

「人探し?……それを手伝おうと思ったのは、DAを出てからだなぁ。元々俺は、あいつの護衛だったんだよ。俺もそれほど詳しくはないが、千束にはちょっと色々とあってな。その辺はまた今度ね?今は話していると長くなりすぎちゃうし」

 

「そう…ですね。わかりました」

 

ジュースを頼み、席に座って話を再開。

たきなは千束のペンダントを持ちながら、スマホでアランチルドレンについて調べている様だ。

 

「それで、千束にはどんな才能があるんですか?」

 

「え〜?わからなぁい?」

 

ポスターの水着モデルのポーズを真似する千束。

 

「それじゃないのはわかります」

 

「はっ!ねぇよ」

 

「たきなはともかく!シュウは後でぶっ飛ばす!」

 

「はっはっは。やれるものならやってみな」

 

「こっの!」

 

「はぁ、またこの人達は」

 

しばらく俺と千束は言い合っていたが、少し騒ぎすぎたようでスタッフに睨まれ、たきなに注意されて少し反省。

とりあえず話を戻そう。

 

「まぁ結局、それをもらって十年経つけど私の才能は何かわからないし、未だに探している人には会えてない。……もう、会えないのかもなぁ。ただありがとうって、言いたいだけなんだけど」

 

千束を救った人が、どんな人なのかわからない。

たしかに普通に考えれば、十年という期間は少し長すぎる。病気、事故、人間なんて簡単に死んでしまう。

そんな簡単に誰かが死ぬ世界で生きている俺たちは、その辺のことをよく知っている。そのせいで千束の少し諦めてしまいそうな気持ちもわかる。

こんな時、どうしてやればいいのだろうか?

少ししんみりとした雰囲気。だが急にたきなが立ち上がり、走り出してしまった。どうした?

 

「さかな〜!!」

 

両手を合わせてピンと伸ばし、片足も上げて伸ばし、魚の真似と……。かわいいなぁ」

 

「おい、言葉が漏れてるぞ?」

 

「あれ?でも、可愛いだろ?」

 

「まぁ、それはそう」

 

「……お前の才能は人助けだろう?お前の周りではみんな笑顔が多い」

 

「……ありがとうね。いよっし!たきなぁ!私もやるぅ!」

 

チンアナゴ〜!

と、たきなの隣でチンアナゴの真似をして笑う千束。ほら、周りの客も二人を見て笑顔に……いや、なんだあれ?という困惑の方が大きいのか?

でも確かに子供は笑っているのだから、これでいいのかもしれない。

 

「ほらほら!シュウも何かやりなよ!」

 

「期待してます」

 

お?急に言われてもなぁ……。

そうだな、ちょうどよく二人がジュースを飲み終えたカップが目の前にあるし……よし!

 

「いよっと!イルカの芸〜!」

 

顔を上に向けながらカップを、一つ二つ三つと順番に放り投げる。それを口元で一つキャッチ、そのカップの上にもう一個、さらに一個!!

ドヤァ!

……拍手と歓声が巻き起こってしまった。

 

「え!?シュウなにそれスッゲェ!!」

 

「なんでそんな事が普通にできるんですか!?やっぱり修哉さんはおかしいです!」

 

「あ、ありがとう!ありがとう!……あーほら、お前らペンギン見に行くぞ!」

 

「照れるな照れるな」

 

「うるさいバカ千束」

 

調子に乗ってしまった。

歓声に少し恥ずかしくなり、俺はゴミを捨てて、千束とたきなの背を押しペンギン島へと向かうのだった。

その後も、水族館を歩いている間、俺をジロジロと見る視線を感じつつも水族館を楽しむ。

最後には売店でみんなへのお土産にお菓子を買ったり、千束が大きなペンギンのぬいぐるみを欲しがり、たきなの分も合わせて二つ買ったりとした。

そして今は両手に荷物を抱えながら、水族館から出てきたのだが……。

 

「リコリス」

 

「なんだか、多いですね」

 

「……ちょいトイレ」

 

「はぁ!?またぁ!?」

 

「悪いな。お腹の調子がよろしくない。ちょっと何処かで休んでてよ」

 

千束達に荷物を押し付けてその場を離れる。

そしてスマホで楠木さんへと連絡。

 

『どうした?』

 

「普通よりリコリスが多いですけど、一体なにが?」

 

『……北押上駅でテロの可能性がある』

 

「は、はぁ!?いや、最初は怪しいってだけだったでしょう!?」

 

『現在駅を封鎖して、サードリコリスを派遣している。今どこだ?』

 

「駅からは少しありますが、走ればすぐに着きます。武装はありますか?」

 

『ない。今回はもう間に合わない。大人しく帰りなさい』

 

「……わかりました」

 

向こうは作戦中のため忙しい。

楠木さんにはすぐに電話を切られてしまった。

これは、失敗したなぁ。

まさかテロとは思わなかった。……もしも、あのトイレでの男が関与しているのなら……。

 

「楠木さん。今回の敵は、少し厄介かもしれませんよ?」

 

「あ!やっぱりトイレじゃないじゃん!……で?楠木さんなんて?」

 

「え?司令と電話していたんですか?」

 

千束にはバレていた様だ。

まぁ、あんな風に抜ければバレバレだわな。たきなは気がついてなかったみたいだけど……。

 

「あー。作戦中だってよ」

 

「え!?行かなくていいんですか!?」

 

「もう遅い。それに今の俺たちは下手に行動できないのは分かっているだろう?あ、おい。荷物を押し付けるな千束。ちゃんと持つから!」

 

今回の俺の行動は、あまりに多いリコリスに対して思っていた以上の事が起きていると思った事と、あわよくば楠木さんが俺の武装とかを用意してくれているかもしれないと思っての電話だったが、それもないようだった。

今回は本当に外されたな。今度ペナルティとして特別任務とか言われそうだ。

 

「さて!今日はもう急いで帰ろうか。俺たちがいても邪魔だろうし」

 

「そうだね。リコリコにお土産も持って行かないとね。ほら、行くよたきな」

 

「……わかりました」

 

「駅は避けて帰るか」

 

「駅で起こるの?まぁ、そうだね。荷物も多いしタクシーでも拾う?」

 

「まぁ、この量持ってバスは迷惑だろうなぁ」

 

「それじゃあわたしが行ってきます」

 

「ちょいちょい!たきなぁ、私も行くってぇ」

 

俺たちは起こるだろう事件について気になりつつも、それを振り切る様にその場を離れた。

タクシーでリコリコに戻った後、テレビを見るとどの局も北押上駅での事件を取り上げている。

どうやらDAは電車の脱線事故にしたらしい。回送電車だった為、死傷者はないと言っているが本当は何人死んだのだろうか?そして、あの男は死んだのだろうか?

……一緒に死んでてくれると安心だけどな。

 

 

 

次の日。

昨日は楽しんだが、最後は少し後味が悪かった。

だがそれでもリコリコの営業は変わらない。俺は厨房でお客さんのお菓子を作り終えて、ミズキさんに配膳してもらう。

 

「団子三兄弟あがり」

 

「はいよ。ねぇ、あれ何とかしなさいよ。声がこっちまで響いてるんだけど?」

 

「捨てまーす!捨てまーす!これも捨てまーす」

 

今日もリコリコ店内では千束の声が響いている。

今は更衣室にあるたきなのトランクスを捨てている様だが、お客さん達からしたらゴミ掃除でもしてると思われている事だろう。

 

「女の子が使う更衣室に入れませんよ」

 

「めんどくさいだけでしょ?それに!今日も一緒に出勤しておいてよく言うわ!泊まりか!?泊まりだったんか!!」

 

「いつもの事でしょ?ほら、いいから運んでください」

 

ん?千束が静かになった。

まぁ、気にせず厨房に引っ込むとしよう。今日は少しお客さんも多いからな。少し手が空いた間にまかないでも作っておけば、各自いつでも休憩が取れるだろう。ちょっと早いがピークに重なるよりはマシである。

 

「さてと〜「いやぁあああ!!!ハレンチぃいいいい!!!」!?な、なんだなんだ!?」

 

「違う違う違う!!ミズキやめ!ぐぇ!」

 

「修哉!ちょっとあんた!こっち来なさい!!」

 

「え?な、なに?」

 

更衣室の方を見れば、千束にヘッドロックを決めているミズキさんがいる。え?本当になに?

 

「あ、あんた達!!ついにヤッたのね!?あたしへの当て付けがこのっ!ガキのくせに充実しやがって、この!羨ま……羨ましい!!」

 

「ちぃがぁうってぇ!!私のじゃないし、シュウのでもないから!シュウボクサーだから!」

 

「あらそう?じゃあトランクスは履かないの?」

 

「いや、寝る時とかは履いてたね」

 

「履いてるじゃねぇか!!やっぱそれ!修哉のだろ!?」

 

「あ、ちょ!違うごめん違うのぉ!口が滑っただけぇ!!」

 

「いや、本当になにこれ……」

 

俺はなにを見せられているのだろうか?

困惑して呆然と見ていると、店の奥からたきながやってきた。あまりの騒がしさに気になったのだろう。

 

「何ですこれ?」

 

「わからん」

 

「あ!たきな!たきなのたきなの!!」

 

「ん?」

 

ミズキさんの目が光った気がした。

一体なにがたきなのだというのか。たきなのといえば千束が捨てていたトラン、クス……。

この瞬間猛烈に嫌な予感がした。

ミズキさんは、進行方向……いや、たきなの前にいて邪魔だった俺を押しのける。そしてたきなのリコリス制服のスカートを持ち上げ……って……。

俺、見えてないからね?角度的に無理だからね?

 

「可愛いじゃねぇか」

 

たきなのパンツを見たミズキさんの一言。

 

「み、見ましたか?」

 

「……角度的に見えないよ。うん」

 

そう。ミズキさんはしゃがみながらスカートを捲った。つまり立っている俺には見えない。ね?見えてなーい見えてなーい!!

たきなの顔がどんどん赤くなっていく。

一応見えてないアピールの為に自分の目を手で塞いでおく。下手に刺激をするよりは、触らぬたきなになんとやらです。

 

「……どこまで、見えましたか?」

 

「え?ふとも……見えてない」

 

あ、嫌な予感。

 

「ふんっ!!」

 

「グハッ!!」

 

馬鹿正直に答えた俺の脇腹に、たきなの強めチョップが襲った。

火事場の馬鹿力ではないが、なかなかの強さで食らってしまい悶絶する。悪いと思ったからこそ甘んじて受けたが……た、たきなさんって、なかなか良いの入れますよね?

しばらくその場で脇腹を押さえていたが、ホールが騒がしいのを聞き脇腹をさすりながら立ち上がり、お客さんに出すサービスでも用意することにした。

いや、本当に騒がしい店ですみません。




次回はまた一話挟んでからアニメ五話に突入します。
ですが最近少し忙しいので書く暇があまり取れません。
連休?そんなのないけど?って感じです。
申し訳ないけどもう少し待っててもらえればと。


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千束の誕生日

千束ぉお!!!誕生日おめでとうぉお!!!

ということで、急遽書きました。
今日は時間が取れないと思い、急遽睡眠時間削ってでも書きました。
時間的に無理がありすぎて、読み直しはできていません。
ふぅ、あと四時間しか寝れないな。後悔はないし、楽しく書けたからいいや。


本日は千束の誕生日。

その為、俺は夜が明ける前から起床。

昨日の間に必要な物は買い揃えている。今日はこれから出勤までの間にケーキやらご馳走を作らなければならない。

リコリコの店員とは忙しいのだ。中々大きな時間は取れないからこそ、前日に早く寝て、今から用意するのだ。

 

「さてと、とりあえずオーブンの温度が上がるまでに生地を作り終えないとな」

 

時間が惜しく、まだ寝癖がついたような頭だが調理を開始。シンプルなケーキもいいと思うが、千束の事だ。もっとインパクトのあるケーキの方が喜ぶだろうと思いフルーツを盛り沢山に盛ってやることにしている。

 

「九月のフルーツって難しいよなぁ。ちょうど秋のものが出てくるから、夏のものは終わってきてるし」

 

個人的にはモンブランは好きなのだ。俺の好物の一つでもあるので、この時期は食べたくなるとモンブランを作ってリコリコでも数量限定で出している。だが今回はモンブランではなくマスカットや桃や無花果をメインにしてイチゴやりんごを飾り切りしてデコレーションをしよう。

 

「たきなも料理を作ってくれるみたいだし、いくつかはそっちに任せてるけど……俺も何か作るか」

 

習慣?とは恐ろしい。

今までケーキだけでなく料理も全て作っていた為、落ち着かなくなってしまう。今回はたきなと分担にしてもらって、少しだけでも負担は減ったのか?とも思ったが、そんな事は一切なかった。俺自身がこんな感じになるだろうと見越して材料も用意しているあたり、自分のことがしっかりとわかっているなと呆れる。

 

「型にも入れて生地は完成。オープンに行ってらっしゃい」

 

仕事柄お菓子はよく作っているが、今回は少し緊張。いやぁ、失敗の要素はないと思うから大丈夫なんだけどね。

次はフルーツを処理する。一般ご家庭にはあまり無いであろうナパージュなんかもウチにはあるが、今回はコンポートにしていこう。

よし始め!?

 

「なにしてるのぉ〜?」

 

「!?」

 

ガチャリという音と共に、千束が寝室から出てきてしまった。一瞬気を抜いた瞬間だった為、すごくびっくりした。

暗い部屋の中、キッチンだけ電気をつけて作業をしていたのだが、泊まっていた千束が起きてきたのだ。

 

「なんでもないよ?うん。ほら寝なさいね?」

 

「えぇ〜。ぜったいなんかあるじゃーん」

 

「ほら千束ちゃん。トイレ?水?まだ夜だから寝なさいね〜」

 

「あかちゃんみたいにあつかうなぁ〜」

 

千束の手を引きベッドの方へと誘導する。

泊まっているのはいつもの事だが、この日だけは毎回ビックリする。

 

「だってしゅういなかったからぁ……」

 

「ちょっとリコリコの仕事があるだけだよ。新作メニューは朝にでも出してやるから今は寝な」

 

「うん〜」

 

すやすやと寝てくれた。

せぇええええふッッ!!!

いやまぁ、察しているけど見ないフリをしてくれてる方が正しいのだろうか?こればかりは本人しかわからんな。キッチンに戻り作業を再開。

 

「ふぅ……。今ばかりは、なんの障害もなく作業できるたきなが羨ましい」

 

このあとは千束が起きてくる事なく、俺はケーキと少しばかりの料理を作り終えた。朝日が登り出したのを見ながらケーキを梱包し、料理もタッパーに詰め込んでカバンに入れて外に出る。

下まで降りるとリコリコの車が止まっていた。

車内には運転席にミズキさん。助手席には先生が乗っていた。俺が出て来たのを確認した二人は車から出て来てくれる。

 

「おはよう修哉」

 

「相変わらずあんたもマメよね」

 

「おはよう先生。ミズキさんも朝からありがとう」

 

「問題ない。千束のためだからな」

 

「そうね。毎年の事だし慣れてるわよ」

 

俺は先生にケーキと料理を渡す。

千束の誕生日は常連さん含め、多くの人が祝ってくれる。そのため一回目の舞台はリコリコで、二回目は俺の家でリコリコの店員達だけで開催されるのだが、今回はリコリコでやるための準備だったのだ。

本人も毎年の事だし分かっているのだろうが、できるだけ秘密にしながら俺たちは準備をやっている。その為、先生にケーキや料理を回収してもらい、リコリコに隠すように置いておくのだ。

 

「今日、千束は厨房立ち入り禁止ですね」

 

「毎年誕生日の子は立ち入り禁止だからな。修哉も例外じゃないだろう?君の誕生日はホール担当になるしな」

 

「あー。あれソワソワしちゃうからやめたいんだけどね。先生達はこのあとたきなの所?」

 

「そうね。そのままたきなを拾って、リコリコに向かうつもりよ」

 

「オッケー。じゃあ千束を起こして準備が終わったら行くよ」

 

「あぁ、気をつけて来てくれ」

 

「私の時はぁ、男を紹介してくれるだけでいいわよぉ?」

 

「ミズキ、早く行くぞ」

 

「流すなおっさん!チッ!なんで私には未だに男ができないのよぉ~!」

 

そう言ってミズキさんは車を走らせた。

二人を見送り、俺は部屋に戻ると千束は起きていた。

 

「おはようシュウ」

 

「おはよう千束。誕生日おめでとう」

 

「んふふ〜。ありがとうございまぁ〜す」

 

「とりあえず朝ごはんにしようか」

 

「なんかいい匂いがするんだよなぁ〜。なにかなぁ?なにかなぁ〜?」

 

千束は見るからにテンションが高い。

おそらく本人はいつもの通りのつもりだが、いつもよりも異常に嬉しそうにに体が揺れていたりと実に不自然。まぁ、楽しそうだからいいんだけどね。

 

「とりあえずポテトサラダのサンドイッチと卵のサンドイッチ。後、食べられるならフルーツのサンドイッチもあるけど?」

 

「わお!シェフ、サンドイッチのお祭りですかい?」

 

「白米でも炊く?」

 

「あ、大丈夫です」

 

食事をしながらもテンションが高い千束。

実に楽しそうで何よりである。

 

「楽しそうだなぁ」

 

つい口に出てしまった。

 

「そりゃそうだよ!?だって千束さんの誕生日!これは世界に向けても発信されてニュースになるべきイベントぉ!」

 

「いやいや、ねぇわ」

 

「えぇ!?そうかなぁ?絶対にいいと思うんだけど」

 

ぶつくさという千束を急かしつつ準備を進めていく。

あれだよね。リコリスではあるが、表向きには一般人のお前の誕生日がニュースにでもなったら俺はなんでもしてやるよ。

 

 

 

「本日の主役!千束が来ましたぁ!!」

 

ドーン!といつも通りの出勤をかます千束の後ろを静かに入っていく俺。あ、早速たきなが捕まっている。千束、この間のたきなの誕生日もそうだったが、テンション上がりすぎてウザ絡みになってシバかれないといいね。

 

「あいたぁ!私主役!王様いや、お姫様だよ!?」

 

「ではわたしはお姫様を止める忠臣と……」

 

「え!?今日一日たきなが私の忠臣!?え?まじで!?なにしてもらおう!!」

 

あーあー。たきなのやつ、口が滑ったな?

さてと、触らぬ姫に祟りなし。俺は先に更衣室を使わせていただこう。先生とミズキさんに挨拶をしながら更衣室へと逃げ込む。

 

「あ、ちょっ!修哉さん!いや、あの!逃げないでください!!」

 

たきなの助けを聞こえなかったふりをしつつ着替えを開始。着替え終われば厨房で仕込み開始。俺は忙しいんだよ……悪いなたきな。君は今日の千束ブレーキとして頑張ってくれ。

 

「おい修哉」

 

「どしたクルミ」

 

「ボクの誕生日は十二月十六日だぞ」

 

「あ、はい。知ってますけど」

 

「なに、ちゃんと念押ししておかないとなってだけだ。気にしないでくれよ」

 

これ忘れてたぁ!とかになったら社会的に殺されるやつ。相手が天下のウォールナットとかいくらなんでも勝てんわ。

この後の営業中も、千束はハイテンション。

来店してくれる人は、みんなお祝いの言葉を言ってくれているようだし、常連さんは誕生日プレゼントまでくれる。ありがたい限りだが……。

 

「千束、それははずせ」

 

「えぇ!?だって今日主役!私の誕生日!って事はこれつけてても問題ない!おっけー!」

 

「はぁ……。たき「無理です!」食い気味だなぁ。まぁいいや、たきなこっち」

 

本日の主役!今日はお誕生日!と書かれたタスキをつけている千束には少し呆れる。たきなにアレを止めてもらおうと思ったが無理なようだ。てか面倒なだけだろ?

俺はそう思いながらもたきなを厨房へと呼ぶ。

千束はお客さんにチヤホヤされている為、気がついていない。今の間にたきなが何を用意したのか聞いておこう。

 

「たきなはなに作って来たの?」

 

「大人用のお子様ランチセットみたいな感じです」

 

「あぁ〜。すっごい喜びそう」

 

「ハンバーグは煮込みにしました。あとチキンライスは作っているので、ご飯の前にでも仕上げにオムレツを作るのと、揚げ物をやって終わりです」

 

「オッケー。じゃあ閉店間際にでも用意して置くから仕上げはよろしくね」

 

「はい。任せてください」

 

そしていつもより少し賑やかな中、営業を無事に終える。常連さん達やクルミが座敷にあるテーブルを繋げたりと用意している間に、俺は自分の作った料理やたきなの料理を温め直して皿に盛っていく。たきなは最後の仕上げ中で、ミズキさんは大人達が飲むお酒の用意。

先生は千束を優しい目で見ながら話している。そして千束はソワソワと落ち着きなくも、先生と話しながら用意が終わるのを待っていた。

 

「私も何か手伝うよ?ねぇねぇ先生!何すればいいかな?」

 

「千束は今日の主役だろう?座って待っていたらいいさ。みんな用意するのも楽しんでくれているから安心しておきなさい」

 

「う、うん。でもなぁ、いやぁ、うん」

 

「なーに遠慮してんだよ」

 

「シュウ!え、遠慮なんて〜」

 

「さっきまで楽しそうだったのによ」

 

「今も楽しいよ!?」

 

「そうかい。ほら味見あーん」

 

俺はエビフライにつけるタルタルソースの味を見てもらうことにした。いや、だってなぁ?主役だって言ってたくせに、みんなが準備してくれるの悪いなぁみたいな空気出されるのはちょっとなぁ。てか毎年の事なんだから慣れろ。

 

「ほら千束〜!主役席ができたぞ?ボク達が用意した渾身の席だ。座布団を五枚重ねてる」

 

「五枚!?」

 

「千束、早くその席に座ってください。料理もできましたし、これから配膳をしますので邪魔ですよ」

 

「え!?邪魔って、たきなさん!?」

 

「あんたはまだ呑めないからね?調子に乗って酒に手を出すんじゃないわよ?」

 

「出さんわ!」

 

「千束、少し手伝ってくれ。座敷に座るのは少し苦労してな」

 

「あーはいはい!すぐ行く!」

 

「よし。これで準備は完了だな!それじゃあせーの!!」

 

みんなが一斉にクラッカーを構える。

 

『千束!誕生日おめでとう!!』

 

大人数で一斉に声を出し千束の誕生日を祝う。

みんなの声に負けないぐらい、クラッカーも盛大になっていた。

 

「あ、ありがとう!みんな!」

 

ちょっとだけ涙目の千束だったが……うん。

すごいいい笑顔だな。

この日はリコリコからの楽しそうな声は遅くまで響いていた。近所迷惑ではあるが、日頃の行いのおかげとでも言おうか?声を聞きつけた近所の方も何かを持って祝いに来てくれるあたり、リコリコの看板娘とはすごいな。

 

「ねぇシュウ」

 

「ん?」

 

「来年も美味しいケーキ期待してるね」

 

「任せろ。いつまでも作ってやるよ」

 

「うん!よろしくお願いするぜ!」




時系列とかは気にしないでもらいたいです。


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ちょっとした日常4

ついに、今日やなって……
一週間ずっと楽しみだったが、時間が近づくにつれてお腹痛くなってくる。
そんな気がする。


目覚ましが鳴る前に起床。

頑張った私!よく起きた!!

昨日は色々と変なテンションになってしまい、暴走気味だったのは認めましょう。

そのせいでシュウを怒らせてしまい、罰を受けることになってしまった。私はその罰の回避のための一歩として、早起きのミッションを完了させる事がなんとかできた。

 

「よっし!やりますか!」

 

改めて時間を確認。

……九時?……ははぁん?シュウさん、家の時計壊れてますねぇ?まったく、ダメだなぁ。

 

「スマホ〜スマ〜ホ〜」

 

時刻は九時……。

ふぅ、なるほど?これはぁ……。

 

「寝坊、ですなぁ……やっばいぃいぃ!!」

 

衝撃の事実を受け止めながら小声で叫ぶ。

シュウが起きない様に、ベッドから素早く抜け出しキッチンへと駆け込む。

昨日のシュウは、すぐに寝てしまうほどには疲れていた。という事はシュウが起きるまではまだ余裕があると思う。

うん、経験上大丈夫なはず。

 

「えっとえっと!まずご飯を炊いて、おっとと、ゆっくりぃゆっくりぃ」

 

あまりバタバタとしすぎると起こしてしまう。

時間に余裕がないため、急がなければいけないが焦ってしまうとミッション失敗。待つのはお説教だ。

 

「いよっし!お米セット完了!次はぁ……もう目玉焼きとベーコンでいっか、千束ちゃんの朝ごはんがあれば誰でもご機嫌でしょう」

 

でもなんか、面倒になってきたな。

ご飯が炊きあがるのを待つ間に、コーヒーを用意してみたり、シュウの家に置いている映画を物色しながら今度映画観賞会でもしようかと考えみたり、シュウの寝顔を激写してみたりとしているうちにご飯が炊き上がる。早炊きって素敵。

 

「まぁ、おにぎりにはしてやるかぁ」

 

冷蔵庫の中を確認してみるが、梅干しなどの具材にできそうなものがなく、塩オンリーでいくことに。

 

「あっちち!」

 

おにぎりを用意した後、おかずである目玉焼きとベーコンを焼いていく。出来上がったら自分の分をさっと食べて、使用した食器などは全て洗い終わり完了。時刻は九時五十分。完璧である。

 

「自分の手際の良さが怖いよねぇ。あとはしれっとシュウにアピールしつつ、罰から目を逸らさせているうちに家に帰れば完璧。ちょろいもんですわ」

 

いやぁ、完璧すぎる手腕には千束さん本人もびっくりだよね。そして運命の時間がやってくる。

寝室の扉が開き、シュウが出てきた。

あらぁ、寝癖すごいね。……おっと、ミッションスタートですね!

 

「あ、起きた?おはよう」

 

「おはよう。……朝ごはん作ってくれたのか?」

 

食いついた!!

おいおい、私さんよぉ?焦っちゃあいけねぇ。

そう!ここはちょっとだけ恥ずかしそうに声を作るのがポイント!女優だわ。今、私名女優になってるわ。

 

「う、うん。シュウはぐっすり寝てたからね。たまには私が作るのもアリだなぁって」

 

「ありがとう。食べてもいい?」

 

「どーぞどーぞ」

 

ふぅ、何度も言うが完璧です。

とくに『う、うん』ここ!ここです!いい感じです!そしてここからさらに仕上げ!

私はキッチンの戸棚を物色してインスタント味噌汁を取り出す。ポットのお湯でお味噌汁を作り、さりげなくシュウに渡す。

 

「コレもどーぞ。インスタントだけど」

 

「お、嬉しい」

 

「それは良かったぁ。それじゃあ私は一度家に帰るね。用意しないとダメだし」

 

なんの疑いもなくお味噌汁を受け取るシュウ。

私はこの時点で緩みそうになる顔を隠すのに必死である。私は帰宅する事を伝えてシュウから顔を逸らす。……イェーイ!計画通り!!

おっと、ガッツポーズはまだ早い。今は絶対に悪い顔をしてると思うが、顔を合わせないように気をつけておく。

 

「おう。また後でな」

 

「駅集合だからね?遅れないように」

 

「はいよ〜」

 

すこーし危なかったが、最後まで気を緩めず玄関を出ることができた。フーッと一息つく。

 

「ま、私にかかればこんなもんですよ」

 

シュウの事だ。

そのうち思い出す気はするが、その時にはもう時間が経ちすぎているはず。私の勝ちです。

だが遊びに行った次の日。

私主導で廃棄していたたきなのトランクスをなんとなく履いてみて、トランクスのやつ、意外と良いなと少しテンションが上がっているところをミズキに見られた時の事。

 

「店の中で騒ぎすぎだぁ!!」

 

「ひぃ〜ん!ごめんなさ〜い!!」

 

私が悪いのだろうか?

とも思ってしまうが、騒ぎすぎたのは事実。

最初は少しの注意だったのだが、我慢の限界が来たシュウに私とミズキとクルミは怒られていた。

 

「ミズキさんはしばらく店では禁酒!」

 

「んなっ!?それは勘弁して!私から酒をとったら美貌しか残らないのに!!」

 

「それも残ってるか怪しいけどな」

 

「なにぃ!?この!生意気なリスが!」

 

ちょいちょい!おばか!

シュウさんまだ怒られていらっしゃるんだから!

 

「クルミは……」

 

「え?」

 

「一週間ネット一時間」

 

「な、なにぃ!?ぼ、ボクからネットを取り上げるとかなんで!」

 

「だから一週間にして一日一時間はやってるだろ?何か嫌か?ん?」

 

「あぐぅ……」

 

あぁ!にっこり悪魔スマイルをしていらっしゃる!ダメだからね?クルミはもう黙ってる方がいいからね?

 

「そして千束」

 

「はい!」

 

「お前には罰もあったな?」

 

「え!?あ、えっとぉ……」

 

「ん?」

 

「はい!その通りです!!」

 

「一週間まかない係!」

 

「喜んでさせていただきます!!」

 

「ちょっと甘くないです?」

 

たきな!?

え?急な裏切り!?たきな最近そんなところ多いよ!?え?うそ、皿洗いも追加?うわぁーん!あんまりだよぉ!!

 

 

 

今日は千束と修哉さんと一緒に、私の下着を買いに出た。経緯としては店の指定の下着と思われたトランクスが、千束判断ではダメだったらしい。だから買いに出たわけだが……本当に二人は不思議な人だと思う。今まではいなかったタイプだ。

……トランクス、楽でよかったんだけどなぁ。

そして今は下着を買い終わり、千束のお楽しみとしてカフェにおやつを食べにきた。

リコリコの店員として勉強になるだろうとは思うのだが……。

 

「名前がカロリーの塊ですね」

 

「え〜?まぁそうだけど。でも美味しいものほどカロリーは高いのである。大丈夫大丈夫!私達は普段から動いているし、カロリーの消費なんてすぐだよ」

 

「修哉さん、遅いですね」

 

「おっきいんじゃない?」

 

おっき……!?

こ、この人はなぜ平然にこんな事を言えるのだろう?少し切り替えるのに苦労してしまうが私はリコリス。それもセカンド。

これまで積み重ねた訓練のおかげで、気持ちを切り替える事はできる。この人相手には頑張ればがつく事があるが……。

 

「お待たせしました〜」

 

そして運ばれてきたパンケーキはあまり見た事がない程に派手であった。こ、これは本当にカロリー爆弾だ。糖質の塊である。

 

「これを見ると、寮の食事は考えられているんだなと実感します」

 

「あの料理長、元宮内庁の総料理長だったらしいよ?でもスイーツを作ってくれない点は減点対象ですね」

 

「私、あのかりんとう好きですけど」

 

「まぁ美味しいのは美味しいけどね。シュウなんて食べる機会があれば持ち帰りするし」

 

持ち帰るのか……。

なんていうか……たまに思うが修哉さんって、まともに見えて突拍子のない事をするな。作る料理は美味しいし、仕事も千束よりもまともなアドバイスをくれるし、見習うところはたくさんあるがたまに発揮する人間離れした所はまだ慣れない部分がある。

 

「ほらほら!たきなも早く食べな?」

 

「はい。ですが糖質の塊すぎて、手が出しづらいのですが……」

 

「たきな!」

 

「あうっ!」

 

頭突きをされてしまった。

痛くはないが、衝撃で怯んでしまう。

 

「人間一生で食べられる回数は決まってるんだよ?」

 

「はぁ」

 

「つまり!すべての食事は美味しく楽しく幸せであれぇ!」

 

「お待たせしましたぁ〜ナポリタンです」

 

「おぉ!!これも美味しそぉ〜!ほらほら、せっかくだしたきなも一口!」

 

「修哉さんのですけど、いいんですか?」

 

「いいの!シュウの物は私の物、私の物は私の物って事だよ」

 

たまに恐ろしい思考をしているよなぁこの人。

少し引いてしまうが、ナポリタンが美味しそうなのは事実。一口味見をさせてもらうとしたら、わたしのフォークに口をつけていない今だけだろう。

 

「それじゃあせっかくですし。……今日は走らないといけませんね」

 

「お?いいねぇ!一緒に走る?」

 

「いえ、千束と走ると寄り道ばかりしそうですし」

 

「えぇ?そうかなぁ?」

 

そんな話をしていると修哉さんがトイレから戻ってきた。少し時間がかかっていたので、何かあったのだろうか?と思っていたら……。

 

「あ、遅かったね。おっきい方?」

 

千束がとんでもない事を言い出した。

思わず思考が停止したが、すぐに切り替える事で千束を注意することにする。

 

「千束……普通に引きます」

 

「電話だよ。普通、食事中に聞く事じゃねぇからな?」

 

修哉さんの言う通りですね。

食事中に聞くべき事じゃありせん。

そのあとは修哉さんにナポリタンのお礼にパンケーキを一口お返ししたり、千束が注文のやり方に困っている人を助けに行ったりとした。

それにしても修哉さん。最強のリコリスを通訳がわりに使っていたなんて、なに考えているんでしょうか?そのうち、私もさせられるのだろうなと少し思ってしまうおやつタイムだった。

そして次は水族館へときた。

初めてきたが、とても綺麗な所でいつの間にか夢中になって魚について調べていた。受付では少し困った人もいたが、今は楽しめている。

 

「これ、魚らしいですよ」

 

タツノオトシゴ。

興味深い姿だが、この姿になった合理的理由はあるのだろうか?すごく気になる。

 

「マジ?魚だったのかこいつ」

 

「食えるぞ、それ」

 

「「え!?」」

 

「何処だったかなぁ。どっか忘れたけど別の国では、唐揚げにして食えるらしい」

 

「ま、マジかぁ。全然食欲湧かないフォルムだなこいつ」

 

こ、この人……。

水族館でそんな事を考える人がいるとは思わなかった。料理人はいつもこんな事を考えているのか?と、何故かこう複雑な気持ちになってしまう。

この人達、どっちもだけどたまに突拍子もなくとんでもない事を言う為、少し疲れる。いや、それ含めて結果的には楽しいと思えているのだからいいのだろうか?

それからも水族館を周り、千束がアランチルドレンである事や、千束と修哉さんの過去の話も聞く事ができた。お土産も大きなペンギンを買ってもらったりと、今までに経験した事がない事ばかりであっという間に時間が過ぎた一日だったな。

 

「楽しかったな」

 

家に帰ってから自然と呟いた言葉。

うん、楽しかった。

修哉さんに買ってもらったペンギンはどこに置こうか?帰りの間抱いていたが、すごく抱き心地がいい。ソファに置いて置く?棚の上は〜……結構大きいから無理か。

 

「今日はとりあえず、ベッドでいいか」

 

なんとなくだったが、ペンギンを抱きながら寝ると安眠できた気がする。

翌日、すっきりとした目覚めでいつもよりも早くリコリコへと向かうことにする。店長に言われ店の奥で少しやる事があり引っ込んでいたのだが、店内の方が騒がしい。

 

「なんだろう?」

 

どうせ千束が騒いでいるだけなのだが、気になってキッチンの方から様子を見る為に出る。

そして、その……。

今回だけは許しますけど!!次は!本当に実弾撃ちますからね!?修哉さん!!




それにしても次回予告ずるくない?
俺泣いちゃったよ?
いや、本当に。
とにかく最終回。楽しんで観ような!


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第二十二話

最終話……見ましたか?
見終わった後、終わってしまった喪失感でしばらく動けなかったです。
まだ見ていない人も多いでしょうからね。あまり感想言えないのが辛い。
最近毎日ずっとしている事ですが、リコリコを見ながらなんとか生きていこうと思います。


あの水族館の日から一ヶ月が経った。

俺にとっては、激動の一ヶ月だったと言ってもいいだろう。まだ生々しく戦闘の跡が残る地下鉄のホームに向かい、何か手がかりが残っていないかとクリーナーと一緒になって探してみたり、ラジアータを使って街頭カメラに映る怪しそうな人物を探してみたりと……。いや、わざわざDAにまで行く羽目になるとは思っていなかった。

やっと落ち着きリコリコの営業にもちゃんと入れるようになり、今やっているニュースを見ながらようやく解放されたのだなと実感する。

 

「いまだにこのニュースよく見るよなぁ」

 

カウンターの中に立ち、ニュースを見ながらコーヒーを飲んでいるとクルミが声をかけてきた。

おい、寝転んで物を食うな。

 

「DAの依頼で修哉も関わってるんだろ?実際どうなんだ?」

 

「んー。詳しい事は言えないけど復旧はまだまだ先だろうなぁ。結構ひどい現場だったし……てかクルミ、座敷で寝転びながら煎餅を食うな。掃除させるぞ?」

 

寝転びながら煎餅を食べるクルミと話す。

いや、知りたがりなのは知ってるからそんな目で見るな。話題を変える為に思わず掃除させると言ってしまった。いや、させるけど。

 

「たきなぁ〜!洗濯物畳むついでに掃除もよろしくぅ!」

 

「絶対嫌です。自分でしてください」

 

こいつ……。

洗濯物を取り込み、上から降りてきたたきなに対して仕事を押し付けるクルミ。お前……そんななりでも、一応俺らよりも年上なんだろう?自分でやりなさい。

 

「たきなを使うなアホリス。あと、座布団へたるだろ?折り畳んでクッションの代わりにするな自分の枕使え」

 

「修哉!」

 

「なに?」

 

「ボクが自分で動くと思うのか?取ってこい」

 

プツンと音がした気がする。

こ、このクソニートもどきリス!!!

 

「ふん!」

 

「ぶえぁっ!?」

 

手元にあった布巾をくるみの顔に向けて投げた。

濡れている布巾だった為、バチンッと大きな音が鳴り悶絶しているクルミ。いや、すまんかった。

 

「何やってるんですか」

 

「クルミが悪いって事でここは一つ……」

 

「ダメです。修哉さんも反省してください」

 

流石にふざけすぎてたきなに怒られてしまった。

……いや、それにしても暇だな。一応営業時間なのだが、お客さんが来る気配が一向に無い。

そんな事があるわけないのに看板がOpenになってるか確認したり、ボーッとコーヒーでも飲もうかと思っていると、たきなが小さな声で話しかけて来た。

 

「暇そうですね」

 

「まぁ〜この通り誰もいないからなぁ」

 

「ならクルミを連れて、買い出しにでも行って来てください」

 

「え?なんで?千束が外にいるし、千束に連絡しようよ」

 

「こっちに」

 

たきなに腕を引かれて店の奥へと連れて行かれた。なんだなんだ?なんか珍しいな。

 

「クルミの押し入れ見ましたか?」

 

「いや、見てないけど?」

 

相手はクルミだとはいえ、一応女性である。千束相手ならともかく、俺が普通に入るなんて事はしない。そんで?何か問題でもあるの?

 

「食べかすがすごいです。パソコンは守られているのですが、椅子とかが結構汚れているので今の間に掃除がしたいなと。千束ももうすぐ帰ってくるので、修哉さん抜きでもしばらくは保ちますから」

 

「あーうん。わかった」

 

なんというか、一気に掃除をしたいという強い意志が伝わって来た。断れないなこれ。

俺は更衣室に向かって着替えを始める。流石に和服でバイクには乗れない。着替え終わり更衣室から出てきた後、たきなから買い物メモをもらいクルミを脇に抱えあげた。

 

「なんだ?」

 

「買い物行くぞ」

 

「……ん?まさかボクを連れて行くつもりか?修哉お前……頭大丈夫か?買い出しよりも病院に行くといい。ボクがいい病院を調べてやるから」

 

こ、こいつぅ!!

落ち着け俺!そう、クールに行こう。たきなのように切り替えをしてクルミに話しかける。さっきの発言は水に流してやるからありがたく思え。

 

「たまには外に出て陽の光でも浴びろ。カビ生えるぞ」

 

「生えるわけないだろ?一人で行け」

 

「はぁ、自分の部屋掃除するか、買い物に行っている間にたきなに掃除してもらうか選べよ」

 

「…………」

 

「長いわ!……なぁクルミ、下履いてるよな?」

 

「…………」

 

「たきなさぁん!!ちょっと助けてぇ!」

 

俺は早めのギブアップを宣言。

たきなにクルミの服装のチェックをしてもらい、買い物に行っても問題ないと判断をもらう。

この時にはクルミも諦めたのか、大人しくヘルメットをかぶっていた。俺はクルミを持ち上げてバイクに乗せる。

 

「さてと、出るぞ」

 

「はいはい。まったく、なぜボクが買い出しなんて事を……」

 

「まぁ一人では出歩けないだろ?こんなタイミングにこそ少しは外に出ておけよ。しっかり捕まっておけよ?振り落としたとか洒落にならないからな」

 

「わかっているよ」

 

たきなからのメモを見たが、それほど多くの物はなかった。たきなのやつ、本当にクルミに外へ行ってほしかっただけなんだな。

クルミは買い物中にお菓子をほしがったりもしたが、千束よりマシでスムーズに買い物を終えた。だがまだ戻るのは早いだろうという事で、スーパーで買ったジュースを飲みながら公園で一休み。

 

「そういえば、依頼の話は聞いたか?」

 

「あぁ、護衛依頼だな。もちろん把握しているよ」

 

「そうか。最後に東京を巡りたいなんて、珍しい人もいるもんだな」

 

「はっ!一般的に言えば、うちのメンツなんて珍しいのしかいないだろう?あんがい、依頼人の方が普通なんじゃないのか?」

 

「そうかぁ?まぁ長く生きている分、見えてるものも違うって事で納得するよ」

 

筋萎縮性側索硬化症という難病も患っていて、歳も結構な依頼人。それに今はアメリカに住んでいるのに、態々東京に来たいと思うものなのだろうか?まだ生まれ故郷とかならわかるのだが、そうでもなさそうなのがなぁ……。

 

「それなりに敵も多いみたいだし、襲撃はあるだろうな」

 

「ボクがちゃんと、周辺の監視をしててやるから安心しろ。襲撃者が来るまでは、楽しんで観光すればいいさ」

 

「あ、俺は別行動」

 

「ん?そんな話は聞いてないが……何かあったのか?」

 

「いや、少しな。DAの人に会うだけだし、すぐに合流するから大丈夫だよ」

 

北押上駅の件で少しだけ話があるだけである。

そのぐらいの用事なら電話で済ましてくれるとありがたいとも思ってしまうが、駅内も少し見ておきたいしちょうど良かったとでも思っておこうかな。

 

「さてと!帰るか!」

 

「やっとか?はぁ、こんなに外に出たのはいつぶりだろうな。ボクは疲れたし、帰ったら何か甘いものでも作ってくれ」

 

「えぇ〜……」

 

「ほら、早く行くぞ」

 

「はいよ」

 

帰りも安全運転でリコリコへと戻ってこれた。

なんというか、クルミとのこんな時間もたまには良いのかもしれないな。

 

「あ、帰ってきた。二人ともおかえり〜」

 

「ただいま」

 

「聞いてくれ千束。修哉のやつが私とデートしたいと言うから仕方なく買い物デートをしてきてな」

 

「なにぃ!?」

 

「お前またか!!」

 

クルミのやつなんて事を言ってやがる!

ていうか千束!どうせお前もたきなからの聞いてるだろ!?その証拠にたきながキッチンの方から呆れた顔をしながら出てきた。

 

「千束。わたしが掃除をしたいから二人には出てもらったって言ってますよね?怒りますよ?」

 

「あぁんたきなぁ〜ん。これはちゃうね〜ん」

 

「ちゃうねんじゃないです」

 

「「おぉ、綺麗なちゃうねん」」

 

たきなの関西弁。

非常に珍しく俺とクルミが思わずつぶやいてしまった言葉に、たきなが睨んでくる。その視線から逃げるべく、俺は少しおかしなテンションでクルミに話しかけた。

 

「ヘイ!クルミ!なに食べたい?」

 

「あ、あ〜!団子だな〜!」

 

「オッケー!じゃあ厨房にレッツゴー!ちゃんとお手手洗うんだぜぃ!」

 

「任せろ!ごっしごししちゃうぜ!」

 

「はっはー!そのいきだクルミィ!」

 

う、うん?

厨房へと入り、たきなが見えなくなると困惑した表情でこちらを見るクルミ。やめろその目、俺もなにがなにやら……なんだこのテンション。

 

「なにあれ?」

 

「こっちが聞きたいですよ」

 

ホールの方からの声は聞こえないことにしつつ、クルミと千束達の団子を準備する俺だった。その後もお客さんが増えるということはなく、実にゆっくりとした一日となったのだった。

 

 

 

時間は流れ閉店後。

片付けも終わって俺はクルミと一緒に、二階席の方でゲーム中なのだが……お前どこに座ってんのさ。なぜかクルミは俺の胡座の上に座っている。

こいつは小さいから胡座の上にスポンと収まりがいいな。

そして一階のホールでは、無駄に気合を入れた千束が大きな声で話し出した。

だがしかし、たまにではあるがこんな時こそ空回りしてしまうのが千束である。気合がある千束とは違い、集まったみんなは聞く気はあれど自由にリラックスしていた。

 

「今回の依頼内容を説明しよう!とっても楽しいお仕事ですよぉ〜!」

 

「クルミ……それ、座りにくくない?」

 

「そうでもないぞ?意外と安定感がある」 

 

「ちょい!」

 

「今回はミズキさんが説明しないんですか?」

 

「それがねぇ、やたらアレが張り切ってんのよ」

 

「あぁ、それで」

 

「ちょいちょい!」

 

「なぁ、クルミ。俺としては邪魔なんだが……画面よく見えないし」

 

「ちょいちょいちょい!ちょい!ちょいって!」

 

「我慢しろ」

 

「えぇ〜……あ、死んだ」

 

「だあああ!!私語が多い!!君たちみんな、先生を見習いなさい!ねぇ先生!?」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「え!?聞いて!?」

 

たしかに騒がしかったな。

俺たち全員を注意するために、千束が下で騒ぎながら怒っている。まぁなぜか上機嫌のまま依頼内容を説明しようとしてたもんな。ただな千束、お前以外全員目を通してるから知ってるぞ?

 

「後そこのリス!!そこ!私の席だから!今すぐ退く事!」

 

「俺の胡座はいつからそんな席になったのだろうか?」

 

「今はボク専用だ」

 

「ダメに決まってんじゃ〜ん!」

 

ドタバタと二階まで駆け上がり、クルミを引き剥がす千束。お、ゲーム画面見やすいな、ナイス千束。

 

「クルミ!!あとゲームもしない!てかシュウさん?どうしてあなたは簡単に受け入れちゃってるのかな?」

 

「ん?問題あったか?」

 

「問題だらけだよね!?てかなに?最近本当に思うけど仲良すぎだからね!?いい事だけど。いい事だけど!!」

 

「あんたにとって、そこは大事なところなのね」

 

シュウはこっち!と千束に手を引かれてカウンターの席へと連れて行かれる。そして先生の隣に無理矢理座らされた。

 

「修哉も大変だな」

 

「そう思うなら、千束のブレーキを踏んであげてほしいです」

 

「ははは。楽しそうだからいいじゃないか」

 

「まぁ、楽しくないわけではないけど」

 

「ブツブツ文句言わない!ほら、再開するよ」

 

そして千束の説明が再開されるのだった。

あの、あえて言葉にはしてないけど……みんな知ってるからね?君だけだからね?まだ内容確認してなかったの。




さて、この話もどう締めるか考えを煮詰めないとね。
大体の流れは決まってるけど。


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第二十三話

気を取り直して、千束が今回の依頼内容の説明を開始する。二階席の方にはクルミ、座敷にはミズキさんとたきな、カウンターには新聞を読んでいる先生と無理矢理座らされた俺。

そして千束はというと。

 

「あの、千束?そこで説明するんですか?」

 

「チッ!イチャつきやがってこの!!」

 

「んふふ〜。羨ましい?羨ましいのかぁ?ミズキぃ?」

 

「んだとぉ?こっの!小娘ガァ!無駄にスペック高い修哉が相手なのもまたムカつく!」

 

「落ち着いてくださいミズキさん」

 

「無駄て……」

 

千束は俺の膝の上に座っているのだ。

あの、別にいいけど身振り手振りはやめてね?手が当たるから……。てか本当に千束とミズキさんは落ち着きがないな。二人を除いた他の人は、無視して新聞読む人とヘッドギアをつけてゲームする人。あとミズキさんを止めようとするたきな。

……あれ?まともなのは、たきなと俺だけじゃない?

 

「ほらほら、始めるから静かに〜。…………はい!みんなが静かになるまでえっと〜…十秒ぐらい?かかりました」

 

「うっざ!」

 

「なんだとぉ!?」

 

「グハッ!」

 

「あ、ごめん」

 

なんかすごくイラッときて、思わず文句を言ってしまった。それに反応した千束が勢いよく振り向いたのだが、俺の膝に座っていたこともあり千束の肘が腹に直撃……痛いです。

 

「あ、あー……コホン!さぁ!気を取り直して最初から依頼内容を説明しまぁす!とっても楽しいお仕事ですよ〜」

 

「あいだ!」

 

「あ、ごめん!」

 

腕を振り回すものだから、次は俺の顔に千束の腕が当たる。いや、俺も話を聞いていなくて呆けているからこそ当たっちゃうんだけどさ?それでも人の上に乗って身振り手振りはいかんよ。

 

「お前降りろ!」

 

「え?嫌に決まってるし、断固として降りませんよ?全くなにを言い出すかと思えば……はぁ、これだからシュウは……」

 

「こ、こっの!」

 

「あ、ちょい!タブレット取るな!」

 

イラッとした。

俺は千束が持っているタブレットを取り上げてしまう。そしてそのタブレットを俺が持ち、千束が読めるように持ってやる。はぁ、保育園のボランティアに行って絵本を読む時ぐらいしかしないぞこれ。

 

「ほら読め」

 

「ひゃい」

 

「……ねぇたきな?銃貸してくれない?」

 

「実弾だからダメです」

 

「そこは入れ替えるから、ね?私にアレを撃たせなさい。あの真っ赤な顔を撃ち抜いてやるのよ」

 

「ゴム弾でもダメですし、ゴムなので撃ち抜けません」

 

「チッ!」

 

ほらほらうるさいよ。

さっさと説明させて終わらせないと一向に進まんだろう?ほら、はやく内容を読め千束。

 

「え、えっと〜。い、依頼人は、七十二歳の男性で〜ですねはい。日本人です。過去に、ですね?妻子を何者かに殺害されて……だぁああ!離せぃバカシュウ!!」

 

「あだぁ!!」

 

千束の後頭部が俺の鼻に激突。

え?なんなのコイツ?さっきから俺に嫌というほど被害を出しやがるんだけど?え?なにこれって鼻血出そう。

 

「た、たきな〜ティッシュちょうだい。鼻血出そう」

 

「はぁ、すぐに取ってきます」

 

「アンタねぇ……依頼内容ぐらいスパッと説明しなさいよ。一向に進まないじゃない」

 

「だ、だってシュウが取るんだもん!」

 

「だもんじゃないわ!!」

 

「おいミカ、こんなんで大丈夫なのか?」

 

「……まぁ、優秀だからな。うん大丈夫さ」

 

「ボクも助けてもらった立場だから優秀なのはわかっているが……ミカ、自分に言い聞かせてないか?」

 

「そんな事はない」

 

わちゃわちゃと一向に話が進まない中、千束への説教をするミズキさん。それを眺めながらたきなが持ってきてくれたティッシュを鼻に詰めてお礼を言っておく。

 

「ブッ!ブワッハハハ!両方に詰めてる!」

 

「…………」

 

イラっとするなコイツ。

ちょっと無理矢理にでも関節技決めて泣かせたい。まぁやらないけど。

 

「千束はこっちにきて説明してください」

 

「あらたきな?そんなに私の隣がいいのかなぁ?」

 

「シバきますよ?」

 

「しばく!?珍しく過激……珍しくはないな」

 

「は?」

 

「説明始めまぁす!」

 

一瞬たきなの顔が怖かった。数秒もかからずに場を凍りつかせたのは才能である。すごいなアラン機関にでも支援してもらう?……ごめんなさい。

悪い事を考えていたと思われたのか、たきなにすごい睨まれた。俺ってそんなに表情に出やすい?あいつエスパーだろ……。

ともあれ、千束がたきなの隣に移動したことにより、スムーズな内容説明が行われた。

 

「というわけで!私たちが!みんなで!ボディーガードしまぁす!」

 

「あ、俺途中までいないから」

 

「「え!?」」

 

「なに?アンタ言ってなかったの?」

 

俺の発言に千束とたきなが驚いている。

ミズキさんに言って無いのかと言われたが、すぐに終わる予定だしなぁ。その後合流するから言わんでも良いかなって。ちなみ先生とクルミは知っています。

 

「まぁすぐに終わる用事だし合流もすぐにできるからね。千束達が観光でどこに行くのか知らないけど、場所さえ教えてくれれば何かあれば急行するよ」

 

「ちょちょちょちょい!!話を進めるな!え?いないの!?」

 

「おう」

 

「なぁ〜んでだよぉ〜!」

 

「絡みつくな鬱陶しい」

 

ウザ絡みしてくる千束を離す。

たきなに千束の手を掴んでもらい拘束をする。その間に納得してもらおうと思ったのだが、なぜかワガママモードに入ってしまい千束は聞く耳を持たない。……ふぅ、先生お願いします。

 

「千束、修哉はDAからの依頼で少し外すだけだ。何時間もかかるものじゃないからすぐに合流する。あまり困らせてやるな」

 

「ということだ。すまんな」

 

「うぇぇだってぇ〜。せっかくの観光だしみんなで回りたかったなぁって」

 

「言っときますけど遊びじゃないですよ?」

 

あ、たきなが地雷原に踏み込みやがった。

これはスイッチ入るぞ?

 

「甘い!甘いよたきな!」

 

「な、なにがですか?」

 

「いい?観光したいって依頼だよ!?つまり楽しんでもらわなきゃいけない!」

 

「は、はぁ。ですが護衛ですよ?いつ襲撃者がくるかわかりませんし、しっかりと気を張っていないと」

 

「それはそう!だがしかし、観光を楽しんでもらうのも仕事!楽しんでもらうためにはまず、私たちが楽しんでいないと良い仕事ができません!つまり良い仕事をする為には楽しめないといけないんだよ!!」

 

「……なるほ……ん?あれ?……修哉さん、助けてください」

 

「たきな、アンタ良い感じに混乱させられてるわよ?」

 

はぁ……。

たきなの救援要請を断るわけにもいかず、なんとか千束を落ち着かせた。そしてクルミの提案により、旅のしおりを作ることになったのだが……。

なぜ俺の部屋でやるのだろう?

やっとベッドに入れたのは深夜の二時。

おまえ、明日は色々動き回るんだからな?あんまり寝不足だと、いざと言うときに体が動かなくなるぞ?はぁ、言っても無駄だろうから言わないけどさ。

はぁ、それではお休みなさい。

 

 

 

起床後、俺達はリコリコへと出勤。

いつもの流れならリコリコの制服へと着替えるのだが、今日は依頼があるため臨時休業である。

千束とたきなと俺は各自武装を整えて待機中。

今回、ミズキさんはバックアップの為に車で移動してついてくるようだ。

先生は足が悪いのもあり、クルミと一緒にリコリコからこちらのサポートをしてくれるらしい。そのサポートのおかげで、後から俺の合流もスムーズにできるだろう。クルミ一人入ってくれただけでもバックアップが厚くなりありがたい。

 

「シュウはまだ出ないの?」

 

「依頼人の松下さんに挨拶だけな。後で合流するけど顔合わせぐらいはしないとダメだろ?」

 

「なるほど」

 

「それとウチの煩いのが迷惑をかけるかもしれないから、先に謝っておかないと」

 

「なるほど……ん?誰のことだ?」

 

「千束以外誰がいるんですか?」

 

「え?たきなは?」

 

「「フッ」」

 

「二人して鼻で笑うな!」

 

依頼人である松下さんがくるまでの間、それぞれリラックスしながら過ごしているのだが、そろそろ時間だな。

ミズキさんと先生が店の奥から出てきた。座敷で寛いでいた俺も荷物を持ち、服装に乱れがないか確認。そして松下さんの到着時間になると店のドアが開いてSPの方?が入ってきた。

そして続けて入ってきたのが、さまざまな機械がついた車椅子に乗っている依頼人。松下さんだ。

 

「遠いところ、ようこそ」

 

『少し早かったですかね?』

 

先生が代表して松下さんを出迎える。

千束が松下さんに、今回巡る旅のしおりを見せているが……これならデータで渡したほうがよかっただろうな。

 

「クルミ、あのしおりをデータにしてくれるか?」

 

「あぁ、千束。そのしおりをデータにしようか」

 

筋萎縮性側索硬化症の人を初めて見たのだが、しおりを持てない程のものとは……これは不勉強だったな。目にもなにかしらの異常があるのかゴーグルだし。

さて、俺は先に出ないといけないから挨拶をしておこうかな。

 

「初めまして松下さん。今回、護衛をさせていただく近衛修哉です。まぁ、私は後からの合流になってしまうのですが、先に挨拶をと」

 

『…………』

 

「ん?松下さん?」

 

どうしたのだろうか?

松下さんが俺の方に体を向けたまま黙ってしまう。リコリコ店内では珍しい沈黙が数秒続いた後、松下さんは話し始めた。

 

『……あぁ、いや失礼を。君の顔が、ずいぶん昔に亡くなった知り合いに似ていてね』

 

「そ、そうなんですか。何かとんでもない失礼をしたのかと思ってしまいました」

 

『ははは。そんな事はありませんので大丈夫ですよ』

 

よかったぁ。

大丈夫だったみたいだから、背中をつねるのやめろ千束。

 

『もう十年以上も前になるか……。ある夫婦と知り合いでね。とても残念なことに、二人は亡くなってしまったのだが、その二人に子供がいれば君のような顔になるのだろうかと思ってね』

 

「なる、ほど?」

 

『修哉くんか……後から合流という事は、今から何かあるのですか?』

 

「はい。少し野暮用がありまして、すぐに片付けてそちらに合流します。では、また後で」

 

『ええ。君と話すのを楽しみにしてますよ』

 

「はい、ではまた。じゃあ俺は先に行くから、クルミ!また後で連絡する」

 

「あ、おい。修哉!」

 

俺は松下さんから逃げるように外に出る。

何故だろうか?心臓がうるさい。何か変な感じが、違和感がすごいする。

……俺の両親って、どんな人なのだろうか?

はは、今までこんな事を思った事なんてないのにな。松下さんのせいで少し調子がおかしくなったのだろうか?

 

「しっ!」

 

パチンと頬を叩いて気合いを入れ、俺はバイクを走らせて目的地へと向かう。

目的地は、一ヶ月前の事件現場北押上駅だ。今回は依頼というほどのことではない。ただDAから事件現場をもう一度見てほしいと言われているのだが、何度見てもなにもわからないだろうに。

まぁ任されたからにはやろう。

お金も出るしね。リコリコの経営は意外とギリギリなのだ。




今日もお仕事でした。
寝不足で目が開かない。眠い。
変換ミスったり、とんでもない文章になってなければ良いな。


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第二十四話

リコリコロスが酷すぎるのに毎日は忙しくて辛い。


北押上駅へと到着。

DAの職員にバイクを預け、案内されるままについていく。あれから一ヶ月が経つがいまだに復旧されていない。その理由の一つが崩壊したホーム内でばら撒かれた弾丸を探す為だ。今回に関してはクリーナーを使っても時間がかかりすぎている。

 

「お疲れ様です。忙しいのにすみません」

 

「いえいえ、今回の件は相当酷いですから。こちらからも協力をお願いしたかったところです」

 

「じゃあ少しお邪魔しますね」

 

俺はホームの中を歩き回る。

幸いもう崩落の危険性はないらしく、安心してぐるぐると歩き回る。崩落したのは主に片側だけで犯人は失敗した場合を想定していたのだろうと感じる。爆破しているのだから多少の破損はあれど、これほど綺麗に被害の差がでるのは用意周到な証拠だろう。

 

「あの日の人物の死体が出てないし、爆破して反対のホームの線路内へと逃げたとしか考えられないよなぁ」

 

ん?

考え事をしていると話し声が聞こえてきたが、これは階段からか?

クリーナーの人達は離れたところの瓦礫を撤去中。これ以上の動員がいると聞いていないし、今回は部外者と判断。表向きには学生である俺は面倒ごとはごめんなので、線路内に入り込み隠れる事にする。

しばらく息を潜めていると、声の主が現れた。

 

「こりゃ酷いもんだなぁ」

 

「阿部さん気をつけてくださいよ?まだ瓦礫だらけなんですから」

 

阿部さんだ。

は〜……。何と言いますか、仕事熱心な刑事さんにはお疲れ様です!と言いたい。だが、こんな所まで入ってこなくとも……。

 

「よっこいせ」

 

「いよっと。あれから一ヶ月ですが、不法侵入をすることでやっと中を見れますね。どうして刑事が現場を見れなかったのだか」

 

「おめぇが一ヶ月もの間うるさいから連れてきてやったんだろ?いいからちょっと待ってろ」

 

あー。なるほど。

若い刑事さんは勿論、阿部さんですらリコリスやリリベルの事はわからないだろうからなぁ。警察署長は多少の事は知ってはいるみたいだけど、ベテランである阿部さんでもなんとなくヤバイ組織が絡んでるなって事ぐらいしか察していないだろう。

それより、さっきから阿部さんが瓦礫を投げ捨てている音が……あ〜うん。見つかるだろうなぁこれ。

 

「お!あったぞ!」

 

「え!?弾丸!?」

 

あ、見つかってしまった。

阿部さん絶対に仕事できる人だもんなぁ。いつもリコリコでは調子のいい親父風だが、俺たちの存在にも気がついているあたりすごいと思う。

 

「じゃあこれ全部弾痕ですか!?」

 

「探せばあるだろうが、大体の弾は回収されているだろうな」

 

「こんなのテロじゃないか!署長に報告しないと!」

 

「無駄だ。これはテロではなく、事故ってことになっているだろ?あの旧電波塔テロからずっとそうだ。この国にいる何らかの組織が事件を事故にして隠し続けているんだよ」

 

「はぁ!?そんなの!テロを隠し続けることができる組織って……そんなの映画の中だけでしょう?」

 

「現にこうして事件は事故になっている。うちの署長は何かを知っているだろうが、黙っていなければならないほどの存在がいるって事だ」

 

「放っておいていいんですか!?」

 

いやぁ、その通りなんだけどさ。

今の状況で警察が介入するとなると面倒と言いますか……今回の事件を引き起こした奴との戦いに入られると正直に言って邪魔だ。

 

「何でも隠蔽しちまうんだぞ!?んなの相手にできるわけねぇだろうが!このタコ助!」

 

「な!?じゃあ警察は何のためにいるんですか!?」

 

あーもう。ヒートアップしすぎだって。

 

「誰だぁ!おめぇら!!」

 

「逃げろ!」

 

「何で刑事が逃げなきゃいけないんですか!」

 

ほら見つかった。

阿部さん達は暗い中走り出し、転びそうになりながらも逃げ切っていく。さすが現役刑事、足速いなぁ。

俺も隠れていた線路内から出てホームへと戻る。

 

「近衛さん!誰ですかあいつらは」

 

「仕事熱心な正義の味方ですよ。放っておいていいです」

 

「はぁ、警察ですか。上はともかく、下の奴らにも勘がいいのはいますからね。こうして何度か現場に入られることもありますが……」

 

騒いでいた阿部さん達を追いかけてきたクリーナーさん。この人達も警察が来る前に事件の隠蔽をしなくちゃいけないし、警察はある意味厄介な相手なのだろう。

 

「まぁまぁ、ウチが関わっている以上は手出しできませんから放っておいても大丈夫ですよ。それより、やっぱり俺がきても意味がないですね。なにもわかりません」

 

「やはりですか」

 

「俺がこの事件を起こすなら、こっち側の線路内から逃げます。ですが、どの地点から地上に出るのかまでは流石にわかりません」

 

相手は国内外問わず活動しているテロ組織。

これだけの事件を起こすなら、逃走経路もきちんと用意しているはずだ。それにリコリスと埋まっていた死体から身元の判明もできなかったらしい。クルミならとも思うが、楠木さんはそこまでの情報はくれないだろうな。

ハッキングしてもらうほどでもないし、今回はスルーでいいや。DAに任せよう。

 

「とりあえず俺はこれで。楠木さんには後日連絡を入れておきます。お忙しいところお邪魔してすみませんでした」

 

「いえいえ、これも仕事のうちですから」

 

「ははは。ではまた、うちのバカがお世話になると思いますが、その時はよろしくお願いします」

 

「ええ勿論。報酬さえもらえればしっかりと元通りにしますよ」

 

さすが裏社会の職人。

ここら辺はしっかりとしていたのだった。

俺も暗い地下鉄内から外へと出る。DAの職員からバイクを受け取り、クルミへと通信開始。

 

「聞こえるか?」

 

『あぁ、そっちはもういいのか?』

 

「大丈夫。これから合流するから今どうなっているかだけ教えて」

 

『今は三人でお祭りを楽しんでいるみたいだが、合流できそうか?』

 

そうかぁ。

ちょっとバイクだけ何とかしないとな。

ただお祭りのせいで停めるところがあるかどうか……。

 

「空いてそうな駐車場ってある?」

 

『はぁ、少し待ってろ』

 

その後、クルミから少し遠い場所の駐車場を教えてもらいバイクを停めに行ったのだった。

はぁ、松下さんを迎えるためにDAからの依頼時間ギリギリまでリコリコにいたが、もう少し計画的に行動するべきだったな。

 

 

 

少しばかり移動に時間がかかってしまい、結局お祭りは楽しめなかった。水上バスの乗り場で千束達を待つことでやっと合流ができた。

 

「お待たせ」

 

「本当に待ったよ!まぁ私達は楽しんでたし、もっと時間かかってもよかったけどねぇ」

 

「お疲れ様です修哉さん」

 

「意地悪な事を言う千束は放っておいて、たきなは今度、俺と一緒にお祭り巡りしてくれよな。様子を見るに楽しかったみたいだし、正直羨ましいし」

 

「はい是非」

 

「おいおーい!私をおいていくつもりかぁ!?」

 

本当は俺も七夕祭りに行きたかったのだ。だが千束が自慢してきたのがイラっときた為、たきなだけを誘うことにした俺だった。

おっと、うるさいのは置いといて松下さんに挨拶をしなければ。先程は調子が狂ってしまったが合流するからには引き締めなければな。

 

「っと、松下さん。ここからは俺も加わって護衛をします。よろしくお願いしますね」

 

『えぇ、こちらこそよろしくお願いしますよ。いやぁ、可愛いガードマンが二人もいるのに頼もしいガードマンが更についてくれるとは、安心しますよ』

 

「それは良かった。では、次の場所へ移動しましょうか」

 

「無視すんなぁ!」

 

松下さんは騒がしい千束にも笑いながらも付き合ってくれているようで少し安心した。とりあえず俺たちは水上バスに乗り込み、移動を開始することになった。

 

「観光はどうでしたか?」

 

『すごく楽しめてますよ。彼女達はとてもいいガイドだ』

 

「それは良かった。これからもまだまだ行く場所はありますから、色々な意味で飽きる暇はないかと」

 

「あ!松下さん!アレが延空木ですよ!十一月には完成らしいです」

 

「ほらね?」

 

『ははは、賑やかでいいじゃないですか。そうそう、アレの設計には私の知り合いが関わっているんですよ』

 

すごいな。

松下さんは少し楽しそうな口調で説明をしてくれていると、後ろからたきなが俺の腕を引っ張ってくる。どうした?

千束に松下さんを任せ、松下さんに少しだけ離れて護衛すると言いたきなのところに移動する。

 

「どうした?」

 

「あの、千束の心臓の話なのですが……」

 

「あぁ、聞いたのか?」

 

「修哉さんが先に出た後に聞きました」

 

たきなは千束の人工心臓について聞いたようだった。今思えば千束からその件についてたきなに言った様子はなかった。だがこれは俺から話すことでもないしなぁ。

 

「俺から話すのは違うってわかるよな?」

 

「はい。ですが、千束には話をしてもらえそうにないと言いますか……」

 

「まぁ依頼前ってのもあるし、本人の心の準備もあるからいきなり詳しい話はできないだろうさ。大丈夫、その辺は絶対に話してくれるから」

 

「だと、いいのですが」

 

たきなは少し落ち込んでいる様子。

今は仲が深まっているからこそ、こんな大事な事情は言ってほしかったのか?ここに来た時からは考えられない程にたきなは成長しているな。

ここは、俺も協力してあげるべきだろう。

 

「今日は少し暑いからさ。松下さんを連れて中で涼んでくるよ。その間に千束と少しだけ話しておけばいいさ」

 

「ありがとうございます!あぅ」

 

あぅって可愛いなおい。

何故かたきなの頭を撫でてしまう俺であった。

いやだってなぁ?少し落ち込んでいる風だったのに、俺の提案にパッと顔が明るくなるものだからつい撫でてしまったのだ。

とりあえずツッコまれないうちに松下さんと一緒に中へ避難してしまおう。正直に言うと、松下さんとは、あまり二人きりにはなりたくないのだが……。

少しだけ違和感がある気がするというか、何だろう?この変な感覚は……。初対面の人にここまで違和感を抱くのは初めてかもしれないな。

 

「松下さん。今日は暑いですし、少し中で休みませんか?」

 

『あぁ、それはいい。ぜひお願いします修哉くん』

 

「それじゃあ中にいるから、千束達には外の警戒を任せるぞ?」

 

「うん。ありがと」

 

「短い時間だけど、しっかりと話してやれよ?」

 

「そだね。頑張る」

 

千束の頭も撫でてから、松下さんと一緒に室内へと向かう。外の景色が見れるように窓際の席に近い場所へと移動する。この人の場合は刺客が多いせいで狙撃の可能性がある。そのため俺の感覚領域を広げて、なにがあっても対処できるようにしておくのも忘れない。

まぁ、それでも狙撃の弾が飛んできたら捨て身で庇うぐらいしか出来ないのだが……。最悪の場合、今回は腕一本は覚悟しておかないといけないだろうか?千切れない限りは治るからいいけどさ。

人間離れした回復力には、俺自身も本当にドン引きレベルだな。

 

 

「松下さん。ありがとうございます」

 

『おや?お礼を言われるような事をしたつもりはありませんが?』

 

「そうですか。なら、それで」

 

『はい。ですがそうですね……後付けのようで申し訳ないですが、お返しにあなたの事を少し聞いてもいいですかな?』

 

「俺の事?」

 

『はい。私にはどうしても、君が私の知り合いと似すぎているのが気になるのです』

 

……。

そう言われてもなぁ。

俺の家族とかは一切知らない。物心つくときにはもうあの施設にいて、爺さんには烏となるための訓練を受けさせられていた。

 

「俺は両親を知りません。俺が幼い頃に死んだと思うのですが、俺は少し問題がある爺さんに育てられましたから」

 

『なるほど。……今朝話したように、私の知り合いはもう亡くなっています。その時に子供がいればと言いましたが、彼らには息子がいました』

 

松下さんは昔を懐かしむように話しだした。

その話を聞いた俺は、松下さんをただの護衛対象として見れなくするには十分すぎた。

 

『その子の名前は、藤修哉。苗字は違いますが、名前は君と一緒ですね』

 

その名前を聞いた瞬間。

ひどい頭痛がした気がした。




さて。
ここからオリジナル設定が出始めますが、変な事になって収拾がつかなくなる……。
なんて事がないように願いながら書きます。


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第二十五話

お久しぶりです。
まだ少し忙しくて更新が止まってしまい申し訳ない。
てかお気に入り数めっちゃ増えてて震えたわ。





アニメ十四話最高だったな!!
今週も楽しみだぜ!!


藤修哉。

その名前を言った松下さんはどこか興奮したような雰囲気で話し始めた。

 

『藤くん達はある特殊な仕事をしてたようです。個人的に少し関わりがあった程度ではありますが、そんな私にも話をしてくれましたよ』

 

「は、はぁ……」

 

『ですがある日知り合いに、藤くん達がいきなり亡くなったと聞かされたのです。ただ息子である修哉くんだけが行方不明であり、アメリカにいた私は少しでも捜索が手伝えればと日本に連絡を取ったりしました』

 

頭痛がひどい。

何だこの感じは……!

 

『結局、彼が見つかる事はなく時間だけが過ぎていきました。ですが、あれから十年以上も経ったある日です。最後に日本が見たいと思い護衛を頼んだ場所で、彼らの面影がある少年を見つけた。……あなたの事です。修哉くん』

 

「ひ、人違いですよ。確かに、俺は両親がいませんが、苗字も近衛ですし……藤なんて知り合いもいませんよ?」

 

『今まで、どこで何をしていたのですか?……よければ、聞かせてもらいたい』

 

「……い、いや、だから」

 

『……』

 

この人は、その藤修哉という人物が、俺だと確信しているのだろう。だが俺はそれに答えることができない。俺自身が知らないのだから、そんな事がわかるわけがないのだ。

 

『……すみません。幼かった君にはわからない質問でしたね。彼らの仕事上写真なども残ってはいないようですから、私はあなたに信用してもらうしかないのですよ。……ですが、いきなり過ぎましたね。すみません』

 

「いえ……。松下さん」

 

『何でしょう?』

 

「たとえ、俺がその藤という家の生まれだとしても、今の俺は近衛修哉として生きています。両親のことが知りたくないわけではないですが、今の俺には必要がない。だから松下さんには藤修哉ではなく、近衛修哉として見てもらいたいです」

 

『……わかりました。そろそろ、着きますかね』

 

「そうですね。そろそろ出ましょうか」

 

俺と松下さんは船内から外に出る。

それを確認した千束とたきなは出迎えてくれた。

 

「松下さーん!次は江戸城!江戸城に行きますよ!!」

 

『おぉ!楽しみですね!』

 

「それでは今からシュウに代わってこの私が!松下さんのお手伝いをしまーす!ほら、シュウどいたどいた!ん?どうかした?」

 

「いや、なんでもないよ。頼むわ」

 

松下さんの車椅子を押すのを千束に代わってもらう。ふぅ、やっと一息つけた。

思っていたよりも体に力が入ってしまっていたのを感じ、ぐっと伸びをすると気持ちがいい。

 

「どうかしましたか?」

 

「ん?たきなか。ちょっと気疲れしたなぁって」

 

「少し休みますか?」

 

「大丈夫だよ」

 

「……あまりそうは見えませんが。修哉さん、明らかに無理してますよね?」

 

「お、おぉう」

 

「どんな返事ですか」

 

「いや、本当にびっくりしてるだけ」

 

一ヶ月ぐらい前からずっと思っているが、たきなの成長がものすごいなと。千束には何かあったなとバレているのはわかるのだが、たきなに気が付かれるとは思っていなかった。

俺ってそんなにわかりやすいか?

水上バスを降りた後、ほとんど無理矢理にたきなから待機を命じられてしまった。江戸城、俺も楽しみにしていたのだが……。

まぁ、ちょうどいいか。

少し休みながら、さっきの話を整理しておいてもいいのかもしれない。

俺にお茶を渡して待機させたたきなに従い、江戸城の前でしゃがみ込む。

 

「はぁ……。今回の俺って、お荷物じゃない?」

 

『おいおい。サボりかぁ?』

 

「あ、クルミか。いや、少し色々あってさ……」

 

クルミが通信をかけてきた。

俺が千束達と別れたのをドローンで見ていたのだろう。サボりって……いや、なんでもないです。

実際サボりのお荷物です。

 

「ごめん。色々と衝撃的な事を松下さんが言うから、なんかちょっと体調が悪くなってな」

 

『そういえば、松下は何かしら知ってそうだったな』

 

「……調べれる?」

 

『できなくはないと思うが、今すぐは無理だな。お前は色々と特殊立場の人間だからなぁ』

 

「だよなぁ」

 

『まぁ少し休んでおけ。何かあればすぐに言ってやるからな』

 

「ありがとう」

 

通信を切ってたきながくれたお茶を一口飲む。

気分が少し晴れた気がする事に救われつつ、色々な事を考える。問題は松下さんが言ったこと。

俺の過去かもしれない藤家とやら。確か君影草……リリベルを率いる上層部にそんな名前の人がいた気がするが、それが血縁というわけではないと思う。

もしそうだとすれば、リリベルは俺をリコリスに居させるはずがないのだ。自分で言うのも恥ずかしいがそれなりの戦力ではあるしな。

 

「……そういえば、烏ってなんだ?八咫烏ってのは少し聞いたことがあるが……」

 

くっそ。

DAの歴史とかあんまり勉強してないんだよなぁ。帰ったら先生に聞いてみるか?でもはっきりと答えてくれるとは限らない。楠木さんなんてもっと無理だろうな。

俺を育てた爺さんは何をしたかったのだろう?

護国の為の柱。

護国の為の生贄。

烏の完成。

 

「……わかるか!!!」

 

あの爺さんには殺しの訓練をさせられ、DAでは一般常識と訓練と任務だけ。千束と先生とリコリコの営業を始めてからは勉強なんてたまにしかしなかったし、それも一般的なものだけだ。

今思えば裏のことなんてあんまり知らないのだという事に気がつき愕然とする。

 

「はぁ……。それに、俺っていったい誰なんだよ」

 

今までこんな事を思ったことはなかった。

松下さんとの出会いは、俺にとってあまり良くないのかもしれないな。

こんな事になるのなら、少しはDAについてや自分についての事を調べておくべきだった。

 

「ん?」

 

少し大きな声を出したせいで、周りの人から変な目で見られているのに気がつく。

やっべぇ。一応護衛中なのだから目立つのはあまりよろしくない。俺はそそくさとその場から逃げる事にするのだった。

 

 

 

俺が少し休んでお荷物になっている間、事態は変わりつつあった。

 

「サイレント・ジン?」

 

『あぁ、さっきからついてきている奴がいてな。調べてみると暗殺者のジンだった。気をつけろよ?ミカが言うにはそれなりにやり手らしい』

 

「へー。結構厄介な奴なの?先生」

 

『あぁ、その実力は本物だ。仕事は完璧にこなしていたよ』

 

先生のお墨付きとは厄介だな。

聞けば先生の元仕事仲間らしい。……いや、確実に強いじゃんそれ。

今回お荷物の俺が役に立てるのだろうか?

 

『三十メートル先に確認。こっちはバレていないし、発信機をつけに行くよ』

 

「いやいや!ミズキさん無理しないでよ。俺が合流しようか?」

 

『気持ちは嬉しいけどね。あんたを待ってると距離を離されて発信機もつけられないからいいわ』

 

「気をつけてね?」

 

『わかってるわよ。っと、そろそろ接近するからちょっと黙るわね』

 

本当に大丈夫だろうか?

ミズキさんも一応銃を撃ったりはできるのだが、俺たちと比べれば天地の差がある程に実力は低い。

 

『上からは確認できない。おい、ミズキの方からはどうだ?』

 

上から確認できない?

……ん?それって相手に警戒されているってことじゃ!?

 

「ミズキさん!!」

 

『くっそ!バレてる!!』

 

「だから言ったじゃんか!」

 

やはり気付かれた!!

だが、今から向かっても遅いだろう。なんとかミズキさんがジンから距離を取って安全を確保する事を願う。そして事態が変わったせいでクルミから新たな指示が飛んでくる。

 

『こっちのドローンも破壊された。予定変更してこっちから一人出すべきだが……いけるか?修哉』

 

「おう。千束とたきなはそのまま松下さんを避難させてくれ」

 

『それじゃあジンは修哉に任せて千束達は避難を開始しておいてくれ。予備のドローンとミズキでジンを見つけ次第、もう一人追加して攻撃を開始する。修哉は美術館までの安全を確保してくれ』

 

『そっちが美術館出たら車回すよ』

 

『わかった』

 

「了解」

 

クルミの指示に千束と俺は従う事にする。

とりあえず美術館までの道のりは確保を始めようと行動を開始する。そして江戸城から出てきた千束達も確認ができた。

俺はそのまま距離をとりつつクルミが送ってきた写真に写るジンと、新たに別の怪しい人物が現れないかを警戒するが、なんとか美術館には無事に辿り着けた。三人の様子を見るに松下さんとの観光は楽しそうにしているので、まだ松下さん本人にはジンが迫っていることは気付かれていないだろう。

だが美術館に入った三人を見送り、しばらく経った頃に事態はまたも変わってしまう。

それを知らせたのはクルミからの通信だった。

 

『修哉。ミズキからの反応が消えた』

 

「はぁ!?」

 

『もういつジンが仕掛けてきてもおかしくない。修哉、三人に合流しろ』

 

「……わかった。千束達には知らせてるのか?」

 

ミズキさんは心配だ。

だがしかし、こんな仕事をしているからには切り替えが必要である。心配で今すぐにでもミズキさんの反応が消えた場所に向かいたいが、相手はプロだ。ミズキさんが生きていようと、死んでいようとその場から移動した場所にミズキさんを隠したはずだ。

ならば闇雲に探すよりも、ジン本人を捕まえてミズキさんの吐かせたほうが早い。

 

『今ミカが伝えている。え?何?』

 

「どうした?」

 

『あー。こっちの指示を待たずにたきなが別行動を開始したみたいだ。まるでリードを離した犬のようだな』

 

「犬て……たきなの場所を教えてくれ。すぐに援護に向かう」

 

『あぁ、たきなはデパートの出口側に向かわせるから、修哉は入り口側から出口側に向かってほしい。その時、ジンがいるか確認しながら動いてくれ。ジンはデパートの監視カメラで顔認証にかけてはいるが、一応目視も欲しい」

 

「了解」

 

その指示を聞いて俺はデパートへと向かう。

目立ってしまうので走ることはできないが、できるだけ急ごう。

 

『ん?』

 

「見つけたか?」

 

『朗報だぞ!ミズキがジンに発信機を付けてた!死んでもこっちに情報を残した!』

 

「おいバカ!死んだとは決まってねぇだろアホ!」

 

嬉しそうな声でなんて事を言うのだろうかこのアホリスは……!

呆れて少し気が抜けてしまうが、急いでたきなと合流しに行くのは変わらない。クルミに最短ルートを教えてもらいつつ奥へ奥へと向かう。

 

「んで、今どこなんだ?」

 

『もう美術館にきている。これは……たきな!後ろだ!』

 

「っ!!場所どこだ!?」

 

たきながジンと接敵したようだ。

こうなれば走っても問題はないだろう。ここまで警戒しても怪しい人物が見つからないなら、ジンは一人で行動していると思われる。

俺は走ってたきなの下へと向かう事にした。

 

『ジンが逃げたぞ。屋上へ行ってくれ』

 

「たきなは無事か?」

 

『無傷だよ。ミズキの発信機のおかげで早く気づけたのが良かったな。あれがなかったら危なかったかもしれないぞ』

 

「感謝だな。っと!」

 

『ん?おい、修哉……。お前の居場所が動かないが、何かあったか?』

 

「いや、屋上なんだろ?」

 

『そうだが?』

 

「なら!こっちのほうがっ!速い!っと!よいしょお!!」

 

『はっ!?まさかお前……!やっぱりお前化け物だろ!?窓の外から屋上へ向かうとか普通はできないからな!?』

 

ん?

よくわかったな。

もしかしてドローンで見てるとか?

 

「なに?どっかで見てんの?……まだドローンは見えないけど」

 

『バ、バカ!そんな所で落ち着いて周りを見るとか自殺行為だからな!?登るなら登りきれ!!』

 

「しっかり掴んでるから大丈夫だよっと!」

 

屋上へと登りきると屋上への扉が勢いよく開いた。現れたのはジンだ。

それじゃあ、さっさとミズキさんの居場所を吐かせますかね。




リコリコ十四話。
集団幻覚。
これには笑って思わずスクショしたよね。


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第二十六話

やっとアニメ五話の話が終わります。
お待たせしてしまいましたね。
楽しんでくれると嬉しいです。


「ジン!!」

 

「!?」

 

屋上へと登りきった俺の目の前には、屋上の扉から飛び出てきたジンがいた。

俺はすぐさま接近しようとする。

 

「え?はぁ!?ちょいちょい待って!!」

 

俺の登場に一瞬驚いたジンだったが、俺が接近する前に俺目掛けてあるものを投げてきた。時間にして数秒だが、確認できたそれは手榴弾だ。

まだ屋上に登りきったばかりで体勢を整えたばかりの俺は、思わぬ攻撃に焦ってしまう。

普通は銃撃つとかだろ!?いきなり手榴弾とか殺意高すぎませんか!?

 

「こっっんにゃろ!!」

 

ジンの方へと飛びかかろうとしていたが、急遽力を入れる方を変えてジンから距離をとる。屋上から落ちるギリギリの場所でやる事じゃないよね!

リコリスのカバンで防御をしつつ、衝撃を受け流しつつなんとか着地。視界いっぱいに広がっている防弾性のカバンをすぐに退けるが、ジンの姿はなかった。

 

「速いな!!」

 

それにしても本当に話さない奴なんだな。

驚きはしてたが声には出てなかった。声帯に問題があるとかか?まぁそんなことは今はいいか。

 

「さて、厄介だな」

 

これからジンを追いかけるわけだが、俺はクリアリングをしながら進まなくてはいけない。いくら感覚が鋭くて、相手の気配が分かるとは言っても罠までも察知できるわけではないのだ。

まぁ、引っかかってもギリギリで避けれる自信はあるが……。これから合流してくるたきなにはできないだろう。

 

「こんな事なら専用の戦闘服を用意するべきだったか?アレなら装備で蜘蛛男さんみたいに行動も一応できるし」

 

映画のように縦横無尽とは行かないがな。

カバンを背負い直し、ジンを追いかけようとするが見知った気配が近づいてきた。すぐにドパン!と勢いよく扉が開き、たきなが追いついてきた。

 

「ジンは!?」

 

「すぐに追うぞ」

 

「はい!」

 

たきなと合流し、俺が先行しつつ屋上を走っていく。広い施設の屋上は、大きな室外機などがあるせいで意外と隠れる場所が多い。注意しながら進んでいこう。

 

 

 

進行速度が遅くなっている事を自覚しつつ、たきなと一緒に屋上を進んでいく。東京駅のほうに進んでいるようだが、駅のホームには護衛対象の松下さんがいる。

まぁ千束がちゃんと見ててくれるだろうから安心だな。

 

『十五メートル先の室外機の裏にいるぞ』

 

クルミからの通信だ。

ミズキさんがジンにつけた発信機を追ってもらっているのだが、これは……。

 

「ちょっ!修哉さん!!」

 

「気付かれたな」

 

たきなの声を無視して室外機の後ろに回るが、そこにはジンのコートだけが残されていた。迷いなく追ってくる俺たちに対して警戒したのだろう。そして唯一接触したミズキさんが怪しいと睨んだのだろうか?

 

「居ない!?クルミ!」

 

「千束!今どこだ!」

 

たきなはクルミに連絡を取っている。

その間に俺は千束へと通信を繋げる。だが、千束から帰ってきた言葉は、俺が欲しいものではなかった。

 

『ごめん!!松下さん見失って探してる!!』

 

「は?どういう……いや、お前電車に乗って逃げる手筈だったろ?」

 

『少し目を離したら居なくなっちゃってて!車椅子も一緒にだから、そんなに遠くに行ってないと思うんだけど!!』

 

これは、少し不味いな。

俺は室外機の上に登り、ジンが移動しそうな場所を探る。どこだ?俺ならどこに行く?

……いや、これは何かおかしくないか?

 

「修哉さん!」

 

「!なんだ?」

 

「クルミにはジンを見失った事を知らせました。私たちも早く移動しないと、ジンが松下さんを見つけたら最悪です!」

 

「そうだな……」

 

だがどこだ?

俺たちはジンの場所がわからない。

だがジンの行動は、どこか迷いがないような気がするのだが……。

 

『千束が松下を見つけたぞ!すぐに誘導を開始する!』

 

クルミからの通信だった。

その言葉に弾かれたように走り出すたきな。

 

「っ!たきな!先行しすぎるな!」

 

「もう時間がありません!」

 

こ、こいつ!

だれかぁ!この子にリードでもつけてやってください!!

クルミに誘導された場所は現在工事中の区画。

作業用の足場が組まれているせいで、ただ屋上を移動するよりも楽に移動できてしまう。

 

「あれは!!」

 

「待てたきな!」

 

たきなの視線の先にはジンがいた。

そのジンは銃を構え、下の方に向けて狙いを定めている。まずい!

 

「千束!!」

 

通信をする暇もなく叫ぶ。

聞こえるとは思わないが、思わずそうしてしまった。たきなも俺の声を合図にしたかのように千束の名前を叫び走りながら、標的であるジンを撃とうとしている。

 

「って!あのバカ!」

 

俺は地面も踏み抜けるんではないか?と思えるぐらいの踏み込みでたきなの下へと走る。

たきなは走りながらも銃を撃ち、ジンへと迫っているが、あれでは体当たりしてもおかしくない。こんな所でもみ合いにでもなれば、どちらも一緒に落下してもおかしくないのだ。

 

「千束ぉ!!逃げてぇ!!」

 

「ッ!?」

 

「たきなぁああ!!」

 

って!本当に体当たりをするバカがいるか!?

 

「おい……ついた!!!」

 

たきなとジンがお互いに巻き込まれて落下していくのに、なんとか追いつくことができた。

俺はたきなの制服の背中を掴み、自分の腕の中へと収める。この時すでに落下地点は確認済みであり、うまく着地さえできれば多少の怪我で済むだろう。……見えない位置にある資材で串刺しとかにならなければだが。

ガシャンと大きな音を何度も鳴らし、一部を壊しながらの落下は想像以上に辛いものとなった。

 

「グッ!!ガッッ!!」

 

高いところからの落下。

俺だけでなく、たきなも合わせての衝撃は、俺が一瞬意識を失いかける程度には酷い。

 

「修哉さん!!」

 

「走れバカ!」

 

たきなの声のおかげで無理矢理意識を覚醒させることに成功させる。自分で走れと言いながらもたきなを抱え上げてジンから距離を取るために走り出す。

 

「ひゃわ!」

 

変なところを持ったかもしれん……。

緊急時のため変な声を出すたきなを無視してしまったが、後で殴られたりしないよね?

 

「自分で走れますから!修哉さんは退いてください!」

 

「はは。この状況でお前を置いていけると思うなよ?」

 

「ですが!わたしを庇って落下したのですよ!?それに血も!」

 

少し頭を切っているのだろう。

頭にヌメリとした感覚があったし、あーなんか切ったなぁとは思っていたが……やっぱりか。

大丈夫大丈夫。頭の出血って派手に見えるだけだから。

 

「唾でもつけてたら治る」

 

「んなわけないでしょう!?」

 

「はっはっは!いつもよりテンションが高いなぁたきなは」

 

「人のこと言えませんからね!?あぁもう!!!千束!松下さんを避難させてください!!」

 

「おっと、そうだった。千束ぉ!今の間にミズキさんとでも合流して逃げろよ!」

 

「修哉さんは早く身を隠せる場所に行ってください!応急処置しますから!!」

 

「いや、無理でしょ?」

 

そう言った瞬間、背後から銃弾が飛んでくる。

人一人抱えているとは言っても結構な速さで走っていると思うのだが、それでも追いついてくるあたりジンの身体能力は高いようだ。

俺の中でジンに対する脅威度が益々上がってくるな。

 

「このままだと追いつかれるな。何処かしらに隠れて迎え撃って」

 

カチンと静かに音が鳴った。罠だ。

俺はたきなを放り投げて、カバンのギミックである防弾仕様のエアバッグのような物を膨らませる。その瞬間爆発の衝撃に吹き飛ばされた。

 

「修哉さん!!」

 

一瞬で、電源を抜いたかのように俺の意識はなくなった。

 

 

 

「修哉さん!修哉さん!!アグッ!!」

 

ハッと意識を取り戻す。

大声と共に何かの液体が飛んできたような。

朦朧とする意識。なんとか目の焦点を合わせて現状を把握する。

たきなの足に傷ができていた。

瞬間、頭に血が上った。

 

「え?修哉さっっ!!」

 

たきなをコンテナの向こうへと引き摺り込み、たきなが拾ってくれたであろう俺のカバンから銃を素早く取り出す。

察知できる感覚を広げ、上の階から迫ってくる人物を察知。足に力をためて鉄骨の柱を蹴りながら飛び上がる。

 

「ッなに!?!?」

 

「声出るじゃん」

 

サイレント・ジンの声を聞くことができた。

ジンからすれば、目の前にいきなり俺が現れたようにしか見えないだろう。構えていた銃を蹴り上げて弾き飛ばし、ジンに馬乗りになる。

拳を振り下ろし相手を怯ませて、銃をジンに向けて構える。

 

「シュウ!何やってんの!!!」

 

千束の声だと認識した瞬間だった。

俺の視界が横へとぶれる。続いて側頭部に衝撃と痛みを感じ、また意識が遠くなる。

 

「おわぁああ!!!あ、あれぇ!?まさか当たるとはって!?私実弾入れてないよね!?なんで血だらけ!?」

 

「……こっっの!実弾なら死んでるわ!!!」

 

こ、このバカ!俺を撃ってどうする!!

だが騒がしい声が俺の意識をなんとか繋げてくれた。いまだに俺の下から抜け出そうとするジンの襟首を掴み、引き寄せながらジンの額に頭を打ち付ける。

 

「ッッ!!フンッッ!!!」

 

「ガッ!」

 

「うわあぁあ!!なにやってんのぉぉ!!シュウ頭怪我してるのにバカでしょぉ!!!ちょっ!あ!たきなぁ!救急車ぁはダメか!って応急処置しないとぉ!!」

 

あークラクラする。

今の頭突きである程度は冷静になれた。だがしかし高所からの落下、頭部からの出血、たきなを抱えて全力ダッシュは流石の俺でもハイになってしまっていたな。

気を失っているジンの上から立ち上がり、ふらつく足に気合を入れる。

 

「だ、だからそんなに張り切らなくていいって!ほら、治療するから!」

 

「たきなが撃たれてる。そっちを優先してやってくれ」

 

「なにぃ!?了解!」

 

「あ、随分と軽い感じで行くのね」

 

「死にそうにないシュウよりも、たきなの方が優先じゃい!」

 

「それは確かに」

 

バカな事を話せるだけの余裕はあるらしい。

とはいえこの場所で騒ぎすぎたし早く退散しなければならないのだ。千束が下の階層に置いてきたたきなに声をかけているのを見ながら考える。

偶然とはいえだ。俺、あいつが止めてくれなければジンを殺していたな。

それに気がついた途端、一気に体に疲労感がたまるのを自覚した。……もう少しで千束を悲しませるところだったな。それにコイツ、先生の元同僚らしいし……。

 

「はぁ……疲れた」

 

『殺したのか?』

 

「ん?」

 

振り向いた先には松下さんがいた。

ここまで一人できたのか?いや、奥の方にミズキさんがへたり込んでいる。走り込みでもしなさい。

 

『殺していないのか?なら早く殺してくれ。そいつは私の家族の命を奪った男だ。殺してくれ!』

 

「ま、松下さん?いきなりそんな事を言われても」

 

『本来なら私の家族が殺された二十年前に殺しておくべきだった。今でも殺したいとは思うが、残念ながら私ではできない。頼む、君達の手で殺してくれ』

 

「いや、松下さん。コイツはきちんと捕らえて然るべきところに」

 

『修哉くん。君はなんのために育てられたのだと思っている?君を育てた人はよく言っていたはずだ。護国の為にと』

 

……は?

 

『それに君もだ。君はアランチルドレンだろう?なんのために命をもらったのか、その意味をよく考えて見るんだ』

 

「松下さん。私達はね、人の命は奪いたくないんだ』

 

『は?』

 

いや、待て。

待ってくれ。

こいつ、誰なんだ?何者なんだ?

 

「私はリコリスだけど、誰かを助ける仕事をしたい。これをくれた人みたいにね」

 

千束は松下さんにわかってもらいたいという一心で優しく語りかけている。だが、俺はそれどころではなかった。

 

「え?ちょっ!シュウ!」

 

「お前は誰だ」

 

『……おぉ』

 

「ちょ!誰に銃向けてるのかわかってる!?力つっよ!ミズキ!手伝って!」

 

「その言葉は!その言葉だけは誰かに広めたりなんてしていない!それに、俺を育てた爺さんを知ってやがるな?お前、一体何者だ?」

 

『それだよ』

 

「は?」

 

『あぁ、その目だ。その暗闇のような目。あの映像からでも身が竦むかのような冷徹な目。それを見れただけでも収穫だった。君は【鴉】になることができる』

 

「何を……!?おい!…おい!松下さん!?」

 

松下さんの車椅子についている様々な機械がオフになった。千束が俺を押しのけて松下さんに声をかける。だが、俺たちに時間はなくこの場から退散するほかに選択肢はなかった。

 

 

 

その後、俺たちはクリーナーを呼びジンや松下さんを運び出して工事現場から退散した。

俺はバイクを取りに行く為、一旦別行動になったのだがどうやら先生の指示でジンを逃したらしい。また会う事もあれば額が割れるぐらいには強い頭突きをした事を謝るとしよう。

 

「ただいま」

 

「おかえりー。どうだった?」

 

「問題なし、傷口もほとんど塞がってたよ」

 

「本当に頑丈ですね。回復力も異常です」

 

DA管轄の病院に行って治療をしてもらい、やっとのことでリコリコに帰って来れた。

というか君たちさ。

 

「何してんの?」

 

「千束の心臓の音を聞いています」

 

「音がしないのもわかったでしょう?そろそろどいてくれぇ」

 

「いい枕ですよ」

 

「枕ちゃうわ!!」

 

仲良く漫才をしている二人を放っておく事にして、俺は何か食べるものを探しだす。流石に腹が減って倒れそうだ。

 

「あ、冷蔵庫にガパオライス入ってるよ〜」

 

なんでガパオライス?

まぁありがたく食べさせてもらうことにしよう。

ガパオライスをレンジで温めている間に先生を探す。

 

「居ないのか?千束〜先生は何処行ったんだ?」

 

「先生?……あれ?そういえば何処だろ?知らなーい」

 

「そうか」

 

色々と聞きたいことがあったのだが……。

まぁ今は食欲を優先しよう。

温め終わったガパオライスを取り出してカウンターで食べ始める準備をする。

 

「いただきます」

 

「はいよ〜。ありがたく感謝しながら食べてね」

 

「はいはい。ありがたいありがたい」

 

「あ、修哉さん。スープでも飲みますか?用意しますね」

 

「ありがとうたきな」

 

「……ん?なんか扱いの差があるような」

 

気のせいだ。

色々とあった一日だったがこれ以上何かが起こることはないだろう。これ以上何かあっても見ないふりして逃げるとしよう。

 

「扱いに差がある気がするんですけどぉ!!」

 

見ないフリ。聞こえないフリ。

今の俺には騒がしい千束は見えません。




いつもの流れだとちょっとしたお話を入れますが、最近少し忙しいのでどうしようかと迷っています。
本編を進めるか、五話で書かなかった部分の所を書くか。
うーん。迷う。


あと、何日もかけて書いたから変な所があったらすみません。


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ちょっとした日常5

お久しぶりです。
転職活動が終わり次も決まったので、少し気持ちに余裕ができてやっと書くことができました。
お待たせして申し訳ないです。
とりあえず今回ですが
・しおり作り
・修哉を振り回す?二人
この二本で行きます。
楽しんでもらえれば嬉しいです。


明日の松下さん護衛のための作戦会議が終わり帰宅。このまま適当にご飯を食べて風呂に入ってゆっくり体を休めたいところではあるのだが、そうもいかない理由ができてしまった。

 

「よっし!!しおり作りの始まりじゃい!」

 

「自分の家でやってほしい」

 

「えー?だって一人で作るのは寂しいじゃん。たきなにはフラれたし」

 

「だからってなぁ。っておい、何漁ってるんだよ。そこには何も入れてなかったと思うけど」

 

普段使っていない部屋に入っていく千束。俺はボヤきながらもついて行くのだが、千束は部屋の中にあるクローゼットの中を漁りだした。

 

「この辺に色鉛筆とかペンとか色々あった気がするんだけどぉ〜っと?発見!」

 

え?俺の家、そんなのあったの?

クローゼットを漁っている千束を見ながらそう思う。そのまま千束を眺めていると紙からペンに色々出てくる出てくる……え?あんまりクローゼットは開けてなかったけどさ?それでも俺の知らない物が、そんなにいっぱいあったの?

 

「ちょっと多かったかな?まぁいいや!さてさて、なんでタイトルにしようかな」

 

「いやいやいやいや!!待て待て!」

 

「なんだよぅ」

 

「お前、うちのクローゼットを玩具箱にしてるな?他には何がある?」

 

「あ!ちょ!ちょいちょい!見ちゃダメだって!」

 

千束の後ろからクローゼットの中を覗き込む。

ガラクタのようなおもちゃや、誰が作るのかもわからないプラモデルの箱。他にも今取り出した紙やペンなどなど……。

俺が知らないうちにこんな事に……。

 

「……」

 

「あぁ……その〜……」

 

「まぁ、自分で片付けだけはしとけよ」

 

「え?……置いてていいの!?」

 

「捨てろとかは言わないよ。散らかしてたら勝手に片付けるけど」

 

とりあえず千束は放っておいてリビングへと入る。テレビをつけてドスンとソファに深く座る。

あー。疲れた。

 

「どいたどいたぁ!ほぉれ!」

 

ごちゃごちゃっと机の上が一瞬で散らかってしまった。こんなにペンいらないだろ?

 

「あ、そういえば白って二百色あるらしいよ?」

 

「誰情報だよ……。白は白だろ?」

 

「私もそう思う」

 

え?こんなに話広がらないことある?

たきな以来だよこんなの。

 

「それで?タイトル決めたの?」

 

「うーん。シンプルに東京観光?」

 

「大でもつければ?」

 

「おぉ!?大観光!?いいねもらい!……次は何処に行くかだなぁ〜」

 

ペンを片手に表紙の案を書き込んでいる千束。

俺はそれを見ながら適当にテレビのチャンネルを変えていくと、七夕祭りの特集がやっていた。

 

「七夕祭りは?」

 

「あ!そっかぁ。今やってるね!それじゃあ浅草あたりを行くとして、移動は車だと渋滞にあうよね?」

 

「あー……。水上バスでも使ってみるか?」

 

「今日のシュウさん冴えてて私は嬉しい。案を出さなくてもポンポン出てくるし」

 

「自分でも考えろよ?俺は飯でも作ってくるとしようかね」

 

「えぇ〜!もうちょい付き合ってよぉ〜!」

 

「いいか千束?俺は明日途中合流だろ?それなのに祭りの事を話すとかな?そんなの楽しみになってくるし、あ、結局は祭りに行けないじゃん?ってなるからいーやーでーすー!!!」

 

「お、おぉう。なんかごめんちゃい」

 

とにかく千束は放っておいて、俺は何かご飯を作る事に。祭りかー、なんていう千束。まぁたきなも楽しめるように予定を組んであげてくれ。

一時間程でぱぱっと作ったご飯。

出来上がったご飯を食べるときには大体の場所は決定したようだ。

 

「今日は焼き魚かぁ。いいねぇ」

 

「骨は自分で取れよ?」

 

「そこまで子供ちゃうわい!」

 

ご飯を食べながら観光内容を聞いていく。

観光地はなかなかいい所をピックアップしているのではないだろうか?そして驚きなのが千束の知識だ。浅草の話から始まったのだが中店通りの事や浅草寺の歴史など、この短時間の間にある程度調べていたようだ。

 

「お前、頭いいよな」

 

「天才美少女千束ちゃんですから」

 

「普段はバカなのにな」

 

「なんだとぉ!!」

 

「チンアナゴとか」

 

「いいでしょチンアナゴ!!」

 

なんてふざけてながらも楽しみつつ、食事を進める。この時の俺は、あんな事になるなんて少しも思ってはいなかった。

しおりの細部にまで凝りたい千束は五冊以上もしおりを作った上に、それに付き合わされる俺がやっとの思いでベッドに入り込めるのも深夜の二時になるなんて……。

この時は少しも考えていなかったのだ。

眠気で薄れゆく意識の中で俺は思う。

あれ?依頼主の松下さんって、病気のせいでしおりが持てないんじゃないか?と……。

 

 

 

松下の護衛……。

いや、何がしたいのかがわからない何者かの企みが一旦終わってしばらくした後。

この何日もの間に、俺は先生と二人きりで話すタイミングをずっと見計らってきた。

俺は何者なのか?

俺を育てた爺さんは何をしたかったのか?

烏……いや、カラスとは何か?

松下は俺に色々なものを残して消えていってしまった。それを、俺自身の事を聞きたかったのだ。

だが、先生は答えてはくれなかった。

 

『すこし、時間をくれないか?』

 

今は仕込みで忙しいだろう?と。

いつもと同じ表情だった。だけど長年の関係のせいだろうか?どこか苦しそうな雰囲気なのがわかってしまい、それ以上聞くことはできなかった。

 

「はぁ……」

 

「あんた、またため息ついてるわよ」

 

「あー。ごめんなさい」

 

「厨房ではいいけど、ホールの方でやらないようにしなさいよ?」

 

「はーい」

 

ミズキさんに注意されてしまった。

確かに今はリコリコの営業中。これ以上暗い雰囲気を出していてはダメだろう。

美味しい料理も作れなくなってしまう。

頬を叩いて気合いを入れる。

 

「よっし!」

 

空元気なのはわかってはいる。

だがしかし急に完全復活とはいかず、癒されようと来てくれるお客さんのためにできるだけホールには出ないようにしつつも、今日の営業を何とか乗りきった。

もう十日はこんな感じか?さすがに不味いと反省をしながら片付けを進めて行く。

はぁ、常連さんにはバレてるよなぁ。来る人みんなにお土産をもらってしまった。少しでも早く元に戻さないと……。いよっし!もう一踏ん張りだし、気合を入れて掃除をしてしまおう!

 

「修哉」

 

「ん?どしたの先生」

 

「急だが用事ができてな。明日は休みにするからゆっくり休んでくれ」

 

「あ、あぁうん。わかった」

 

というわけで休みになってしまった。

力が抜けてしまう。気合を入れたばかりだったというのにな。

 

「あ!シュ〜ウ!」

 

「次は千束か。なんだ?」

 

「そうだ!京都へ行こう!!」

 

「は?」

 

「って事で明日行くよ!」

 

「……はぁ!?」

 

京都行きが決まった瞬間だった。

こうなったら事態はどんどん進んでいく。店の片付けは千束主導の元たきなと連携しつつ素早く進められ、そのまま俺の家へと直行。

千束は俺の退路を塞ぐため荷物を用意させ、自分の家へと連れて帰ったのだ。今日は久々に千束の家に泊まる事になった。

 

「あ、明日朝イチで行くからね。今日早く寝ること」

 

そう言ってさっさとベッドに入れられる。

そして今、俺は新幹線の中にいます。

 

「……なんで!?」

 

「お祭りだよお祭り!祇園祭があるってたきなが教えてくれたのよ」

 

「今日は宵山のはずですから。この間、私達だけが七夕祭りを楽しんでしまいましたし」

 

「ほう」

 

「それに言ってたじゃないですか。一緒にお祭りに行こうって」

 

そういえばそんな約束もしたな。

ん?でもそれって?

 

「なんで千束いるの?俺はたきなと二人でって言ったじゃん。な?たきな?」

 

「ええ、着いてきちゃいましたね」

 

「な!?え?えぇ!?二人してそんな事する!?」

 

「冗談だ」

 

「冗談です」

 

「だ、だよね!……あ〜せったぁ……」

 

「何を焦ってるんだよ」

 

「なんでもないですぅ」

 

それにしてもたきなの案内付きで祇園祭観光か。

これはすごく楽しみになってきたな。

 

「なぁ、たきな。祇園祭ってどんな事するんだ?」

 

「え?知りません」

 

「「……ん?なんて?」」

 

知りませんって言った?

いやいやいやいや、そんな事ある?だってたきなは京都から来たでしょ?大きなお祭りなんて悪い事を企む奴らも増えるんだからさ?

だから少しぐらい……いや、たきななら知らなくても不思議がない気がしてきたぞ。

 

「わたし、向こうでは支部にいるか任務で外に出るだけでしたし」

 

「あ、あー。そうか……」

 

「大丈夫です。なんか地図とか貰えるらしいですから」

 

「……えっとぉ、たきな?ちなみに地図がもらえる場所は?」

 

「知りません」

 

「「だめだこりゃ」」

 

「ダメってなんですか!!」

 

呆れた俺たちにたきなは怒ってしまう。

いや、でもよぉ。リコリスとして街の色々なことは知っておかないとさぁ。京都は裏道とかも多そうな勝手なイメージあるし、地理を知り街のことを知るのは尚更必要じゃない?

そんな話をしていると京都駅へと着いた。

お祭りがやっている場所まではたきなが案内をしてくれる。でもそこからどんな出店があって、どんな楽しみ方があるのかは知らないらしい。

でも大丈夫。俺たちにはコイツがいる。

 

「いよっしゃ!!!日帰り京都旅行楽しむぞぉ!!!」

 

「大丈夫そうですね」

 

「千束だからな」

 

さて、ではここは俺が奢ってやろう。

DAからお小遣い程度ではあるが、依頼の報酬が入っているのだ。出店を楽しめば使い切る程度のものだが楽しめるのなら受けた甲斐もあるな。

 

「たこ焼き、お好み焼き、リンゴ飴〜。イッカ焼っき、カッステッラ、チョコバッナナ〜!」

 

「ん!?いや、どうしてそうなった!?」

 

先程奢ろうと思った意思が揺らいでしまう。

それほど時間がかからずに千束の両手には沢山の食べ物が集まっているのだ。それに持ち前の明るさと人懐っこさのせいで、可愛いだなんだと言われオマケまで貰って……。

いやぁ、最終的に何処まで多くなるんだろうか?

この状況を見たたきなは心配そうに話しかけてきた。

 

「あの、わたし達三人でそんなに食べれます?」

 

「残るなら俺が食うから大丈夫。たきなも好きなの食べるといいさ」

 

「そうします。千束、わたしにもカステラください」

 

「お!たきなも食べるぅ?食え食え!」

 

もはや祇園祭ならではのものを楽しむということは無くなってしまった。これではただの食べ物巡りだし、お祭りの品は東京でも食えるぞ?

まぁそんな事を言えば大ブーイングが来るだろうから言わないけどさ。

 

「ほら、一度買い物はストップして片付けていくぞ。流石に持ち物が多すぎて、人に迷惑をかけてしまうかもだし」

 

「ふぉふぁね」

 

「フランクフルト食べながら返事しないでください。それに、串を加えたまま歩くのもダメです!」

 

たきなの言う通りだぞ?怪我する前にやめとけ。

結局は東京に帰る時間まで出店を回っただけだった。泊まりで大阪観光もしたいと我儘を言う千束をたきなと一緒に引きずりながら新幹線に乗って東京へと戻る。

 

「楽しかったね」

 

「そだな」

 

「今日は全然観光しなかったし、次はたきなの案内で色々と巡りたいね」

 

「別にわたしは京都に詳しいわけではないですよ?千束と違って、遊びに出かけたりしてたわけではないですし」

 

「言い方ぁ!!」

 

東京に着きリコリコへのお土産を抱えて帰宅中だが、千束とたきなはまだまだ元気そうである。俺も疲れた訳ではないが、女の子のパワフルさを見た気がしないでもない。

 

「あー。二人とも」

 

「ん?」

 

「どうしました?」

 

「ありがとな。少し元気出た」

 

今日は俺の気晴らしになればと考えてくれていたのだろうと思い、お礼を言うことにしたのだ。

だがそれを聞いた二人はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

「えー?何のことぉ?どう思うたきなぁ?」

 

「さぁ?わたし達がお祭りに行きたかっただけなんですけどね?変な修哉さんですね」

 

「おいバカやめろ恥ずかしいだろ?」

 

二人のあんまりな対応に、俺は思わず早口になってしまった。それを見て二人は大きな声で笑い出す。

はぁ、仲が良くてよろしいってことにしよう。

後日。

この日の夜は久しぶりによく寝れたなと思う俺だった。




振り回す、と言いましたがただ元気づけてくれただけです。
サブタイトルというか、どんな事かを前書きに書いちゃうとネタバレになるなと思い、振り回す?なんて書きました。
次回からはアニメ六話に突入します。
真島さんも本格的に出てきますし、いい感じに動いてくれるといいなぁ。


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第二十七話

あけましておめでとうございます。
お待たせして申し訳ないです。
久しぶりに駆け足気味に書いたので前の感覚が掴みきれてないです。


うるさい目覚ましで目を覚ます。

昨日の営業も色々あったせいで、なかなかハードだったよなぁ……と思い出しながらもベッドから抜け出し、コーヒーでも用意しようと動き出す。

 

「はぁ、お客さんはいつも通りだけど……千束のやつのせいでなぁ」

 

この間京都へと日帰り旅行をしてからだが、千束のやつは少しでも隙があれば日帰り旅行を敢行しようとしてくる。それをたきなと一緒に阻止をしてリコリコへと縛りつける毎日が続いているのだ。

おかげで最近は営業中に千束の監視という要らなすぎる業務?が追加されている。先生も一回ガツンと言ってくれればいいのに……。甘いんだからなぁ。

 

「とりあえず千束を起こすか」

 

あと、これもだな。

京都に行ってからコイツ我儘過ぎるだろ……。

千束は俺の家にもう何日泊まっているんだろうか?はぁ、とまたため息。最近増えてます。

 

「千束、起きろ?」

 

「……や」

 

寝てる時は騒がしくないから可愛いよな。

そんなことを言ったら調子に乗りながら起きるから言わないけど。もし言ってしまえば一日は調子乗ったままになるだろうし、それは俺も疲れるのだ。

 

「……もう少し寝ていいけど、あんまり長い時間は寝れないからな?」

 

「ん」

 

とりあえず放置決定だ。

その時だった。

千束のスマホに着信が入り鳴り始める。

俺も寝起きだったせいだろうか?超絶にバカなことだが、たきなからの電話だしいいかと思い電話に出てしまう。

 

「もしもし」

 

『千さ……ん?修哉さんですか?あれ?千束のですよね?』

 

「あ、ごめん。普通にでちゃった」

 

『千束は居ますか?……いえ、修哉さんでもいいです。次に電話しようと思っていましたので』

 

「それじゃあ俺が伝えとくよ」

 

『はい』

 

たきなから伝えられた事は、寝起きに聞くには少々インパクトがあり過ぎる話だった。

リコリスが四人、単独任務中に襲われているらしい。ついにリコリスも狙われるようになるとは、物騒な世の中になってきたな。って、この間の地下鉄ではそれ以上の被害だったけど。

 

「ほーん。こわい世の中だよなぁ」

 

『いや……修哉さん。もう少し大きく受け止めてくださいね?……まぁいいです。それより千束と一緒って事は、今も修哉さんの家に泊まってるままなんですね?』

 

「それよ。あいつ、京都に行ってから我儘モードで一向に帰らないのよ。そろそろ追い出そうと思ってたんだけど」

 

『いえ、ちょうどいいです』

 

ん?なにが?

 

『今日からわたしも泊まることにします。今から向かいますね』

 

「は?」

 

『……え?まさか、千束は良くてわたしはダメとか言いませんよね?ね?修哉さん?』

 

「コーヒー淹れて待ってるね!」

 

こっわ!!

え?こんなに冷たい声出す子だっけ!?

 

『では冷める前に着くように急ぎますね』

 

プツンと電話が切られた。

それにしてもリコリスが狙われているねぇ……。

これは後で楠木さんにでも電話で聞いてみるかなぁ。現状俺に指名依頼も来ていないし、あんまり答えてくれそうにないけど。

それよりたきなが泊まるのか……。

千束は俺のベッドで寝てもらって、たきなは千束のベッド使ってもらって俺は……。

 

「布団、干しとくかな」

 

流石にソファで寝ることになるのは勘弁願いたいのだった。

 

 

 

しばらく待っていると家のインターホンが鳴り始める。たきなが来たようだ。

 

「はいはいっと」

 

セーフハウスのこの移動って面倒なんだよなぁ。

隠している梯子を登り、一応家具だけ置いていて居住空間の程を取っているだけの、モデルハウスのように家具だけを置いている上の部屋へと向かう。そしてその部屋の扉を開けるとたきながいた。

 

「おはよう。とりあえず入って」

 

「おはようございます。お邪魔します」

 

「荷物持つよ」

 

「あ、はい」

 

俺の家には何度か遊びに来ているたきな。

初めて来た時はセーフハウスの仕様に驚いていたなと懐かしみながらも、たきなの荷物を貰う。

……いや、重くね?

 

「このカバン……ガチャガチャなってるけど……装備?」

 

「はい。家にあるものを持ってきました」

 

「まぁ、うん。リコリスが泊まるもんね……」

 

千束のせいで忘れかけてしまうが、俺たちにとっては普通?なのだろう。長期で家を空ける場合、装備やらは持っておかなければ補充もできないしな……うん。着替えは?

 

「着替えって、持ってきてる?」

 

恐る恐る訪ねる俺。

少しズレたところがあるたきなだ。装備だけ持ってきて、着替えを持ってくるのを忘れていたとかありそう。

着替えを持っているのなら、布入ってるのにこれだけガチャガチャなるカバンなんてないだろ?つまり忘れている可能性が高いのではないか?という考えだ。さっきの電話でも少し焦っている感じだったしな。

だが、たきなは俺の想像の上を行くことがたまにだがあるのだ。それを忘れていた。

 

「大丈夫です」

 

カモフラージュ用の部屋。その中で使っていない一つの部屋の中に入るたきな。なんだ?そこは物置なんだが……?

後ろから覗くと、置いてある箪笥を開け始めた。

そして出てきたのはセカンドのリコリス制服。

 

「置いてますので」

 

「なんで?」

 

「?」

 

え?なんで?

そんな、なに言ってんだコイツ?みたいな感じで首を傾げられても困るのだが……?あれ?俺がおかしい?ここ俺の家のはずなのに、なんで俺が知らないの?

 

「千束が置いておけって」

 

「千束ぉ!!」

 

「ダメでしたか?」

 

「いや、いいんだけどぉ!使ってないし!!」

 

いやぁ。まってくださいよ。

この間といいさ?俺の部屋の中に、俺の知らないものが多くないですか?いや、いいんだよ?別に使ってない所に関しては常識の範囲で好きに使っていいよ?

でも知らずのうちに掃除をして、見つけた時の恐怖も考えてほしい。てか最近、上の部屋の掃除は千束がやっていることが多かった理由はこれか?あいつできるだけ隠そうとしてやがったな?

……下着とか見つける前でよかった……。

 

「とりあえず、コーヒーでも飲むか」

 

「はい。いただきます」

 

たきなを引き連れて下の居住空間へと戻る。

眠気が飛んで覚醒しつつある俺は、たきなの分のコーヒーも用意しながら朝ごはんの用意を開始。たきなも泊まるのならと、布団を干したりしていたせいで他の支度が遅くなってしまったのだ。

 

「たきなはご飯食べた?」

 

「はい。軽くですが」

 

「なんか食べる?」

 

「いえ、大丈夫です。それより千束はまだ寝ているんですか?」

 

「あー……起こしてきて」

 

はぁ、とため息をついて呆れながらも千束を起こす為に寝室へと入って行く。……迷いなく寝室の場所行っちゃうよね。まぁ、何回か泊まってるしおかしくはないか……?

 

「はへぇ!?な、なんでたきな!?」

 

どうやら千束が起きたようだ。

無駄にテンションが高くなる予感を感じつつ、朝ごはんの準備を急ぐのだった。

 

 

 

「ほぉーん。なんで特定されんだろうね?」

 

「さぁ?よっぽど下手な行動をしたとか?」

 

「楠木さんがそんなリコリスを外に出すわけないでしょ?なに?シュウさんってばバカなの?」

 

「ハム抜き!!」

 

「あぁん!それは勘弁!」

 

「まぁ可能性があるのは、先日のラジアータハッキングの件で情報を抜き取られていたのかも知れませんね」

 

「ハム返してよ」

 

「ダメ」

 

「たきなぁ!シュウが虐めるんですけどぉ!?」

 

「千束。今は真面目な話をしているんですよ?ちゃんと聞いてください」

 

「えぇ〜……」

 

俺と千束は朝食を、たきなはコーヒーだけではあるが食卓を囲みながらの会話中。議題?はリコリスが襲撃されているというちょっと問題な件について。

たまーにあるんだけどねぇ。やけに勘のいいというか、頭が回るのかリコリスを嗅ぎつける奴ってのが。

一人いやぁな人物の顔が浮かぶが気のせいだろう。

 

「とりあえずさっさと食って出勤だな」

 

「今すぐどうにかできるとこじゃないしね」

 

「そうですね。リコリコに行ってクルミに調べてもらいましょうか」

 

「そだねぇ。楠木さんが情報くれるとは思えないしぃ。あ!シュウが聞けば一発じゃない?」

 

「適当な時に連絡は入れてみるよ」

 

話をしつつもテキパキと食事を終わらせて食器を片付ける。千束は自室になっている部屋に向かい準備中だ。

 

「あの、修哉さん」

 

「ん?どした?」

 

少しソワソワしていたたきなが声をかけてきた。

千束が居ないタイミングって事は、何か聞かれたくないことでもあるのだろうか?

 

「えっと、しばらく厄介になってしまうので、何か手伝いをと」

 

「あぁ、別にゆっくりしてくれればいいぞ?普段千束の面倒見てもらってるし」

 

事実、俺はずいぶんと楽が出来ている。

たきなが居なかった時はもっと酷かった気もするし……。

だがしかし、そんな事でたきなは納得しないだろうな。ならば……。

 

「あー、じゃあ家事分担でも決めるか?」

 

「それです!!」

 

勝手知ったるというか、人の家なのに何故そんな簡単に紙とペンの場所がわかるのだろう?と言いたいスピードでたきなは行動を開始。あの速さを出せるあたり、足の怪我はもう平気そうだな。

 

「できた!どうですこれ!」

 

キラッキラな目をしながら作ったのは家事分担スケジュール表。料理、洗濯、掃除をローテーションでできるようにしたものだ。

 

「わたし達の人数は三人!三つの仕事を公平な家事分担で回せるようにしてみました!」

 

「お、おう。いいんじゃないか?」

 

「なになにぃ?どったの?」

 

着替えを終わらせた千束がリビングに戻ってきた。

俺は何が起きているのか把握できていない千束の軽く説明をする。そして全てを理解した千束は一瞬だが悪い顔をしたのだ。

あ、嫌な予感。

 

「わかってない!わかってないなぁたきなは!」

 

「は?えっと、何がですか?」

 

「ここの家主はシュウだよ!?つまり私達はもっと働く必要がある!つまり!もっと家事の負担を私たちで負う必要があるのだよ!!」

 

「どの口が言って……なぁたき」

 

「はっ!?なるほど!!」

 

「なんでさ」

 

たきなさん。千束の勢いに飲まれたな?

こいつロクでもないことを考えてるって少し冷静になればわかるだろうに。

 

「つまり!わたしと千束だけで家事をするって事ですね!」

 

「そう!さて、ここでじゃんけん大会をしまーす!」

 

「へ?じゃんけん?」

 

あ、こいつ。

 

「おいちさ「シュウは黙ってて!」むぐっ!」

 

こいつ!!!

俺の口を塞ぎにきやがった!

たきな!こいつの口車に乗るな!!!

 

「シュウはどれだけ疲れていても私達を気遣ってくれるよね。つまり私たちが自主的に負担を軽くしないといけない。じゃんけんならほぼ公平に家事も分担できるでしょう。つまりじゃんけんこそ正義な訳よ」

 

「な、なるほど。では千束、早速」

 

「行くよたきな」

 

まるで闘いに向かう戦士のような空気感が二人を包む。

 

「「最初はグー!!」」

 

結果は言うまでもないだろう。

たきなで埋まってしまったスケジュール表。

満足そうにアイスコーヒーを楽しむ千束。そしてスケジュール表を見つめて愕然とするたきなは哀れすぎた。

 

「な、な、なんで……」

 

「料理は、俺がやるよ」

 

「修哉さん!!」

 

まぁ、料理ぐらいはね。

すまんが他は頑張ってくれ。



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第二十八話

お久しぶりです。
日常が忙しい事といくつかのゲームの周年イベントが重なり書いてる場合じゃねぇ!!
状態になってしまったのを謝ります。
ごめんなさい!!!!


「はぁ?お前まだ定期検診行ってないのか?」

 

それはたきなからの情報だった。

千束のやつが定期検診に行っていないというものだ。いつもなら引っ張ってでも連れて行くのだが、たきながいるからと油断していた。最近たきなに頼りすぎているなとあらためて自覚する事になってしまった。

 

「だってぇ……」

 

「今日行け今日!もう昼休み使って行け!俺たちは健康第一な仕事なんだからな?あ、おはようございま〜す!」

 

「お昼は休みまーす!そしておはよう!労働者諸君!」

 

「千束。ふざけてないで返事してください。本当にちゃんと行ってくださいね?」

 

「うぇぇ……たきなまでぇ?」

 

ふざける暇があれば病院行ってこい!!

はぁ……あれから俺たち三人は朝の準備を終わらせて、遅刻することなくリコリコへと出勤ができた。

今日はいきなりたきなが来るものだからドタバタしたし、三人で出勤になったのでバイクも置いてきた。そのせいもあり、営業時間に間に合っただけで仕込みは先生やミズキさん達に任せてしまったが……クルミ?やるわけねぇじゃん。

 

「あ、修哉。アンタは遅刻だからね?」

 

「は?え!?なんで!?」

 

「こっちがどれだけ大変だったか!!スイカだらけだったのよ!?」

 

「え?なんの話?」

 

訳がわからん。

とりあえずミズキさんが勝手に言ってるだけだろうと思うことにして先に更衣室を使うことにする。

今日の営業は忙しくなるのだろうか?

電話中の先生をスルーしてさっさと着替える。

 

「そういや聞いたよ?大変なことになってるみたいね?」

 

着替え途中にミズキさん達の話し声が聞こえてくる。まだ開店前でお客さんも来ていない為、このぐらいの声なら扉の向こうだとしても聞こえてきてしまうな。

 

「あー。私らDAじゃないから大丈夫でしょ?」

 

「またそうやって千束は楽観的になる。リコリスが襲われるなんて、もっと重要視するべきことだと思いますよ?」

 

「て言ってもねぇ〜。あ、せんせー楠木さんなんて?」

 

「極秘だとさ」

 

よっしゃバッチリ着替え終わり!

更衣室から出てくる俺に対してたきなが声をかけてきた。

 

「修哉さんから司令に聞けませんか?」

 

「先生の電話相手楠木さんなんだろ?だったら先生に秘密にしてるんだし俺が聞いても無理だろうなぁ。……てかそんな事せずとも、おーいクルミ〜ちょっとDAから情報抜いてくれない?」

 

店の奥でゴロゴロしているクルミに声をかける。

こんな時にこそ輝けるんだから頑張ってもらわないと。この手の分野ではチート級なのだし使えるものはなんでも使わないとな。

 

「ん〜。後で勝手に見とくよ〜ん」

 

「さっすがクルミさん。これで解決だな。な?たきな」

 

「……ズルしている気分ですね」

 

「人生ズルしたもんが得するようにできてるんだと思うぞ?」

 

真面目に生きるのは大事だと思うが、それだけでは上手く世渡りできないのだ。それに俺らみたいなのはなんでも備えておかねば死ぬからなぁ。ちょっと違法でも必要ならしておかないとね。クルミならバレないし。

 

「そーそー。シュウが作ったデザートとかも、しれっと味見してても黙っとけばバレないみたいな感じだよ」

 

「は?」

 

何言ってんだこいつ?

思わず口が滑ったのだろう。やっちまったと言う顔をしながら俺を見て即座に移動を開始する千束。

 

「あ、やっべ。着替えてきまーす!!」

 

「いや、千束?わたし貰ってませんけど?それに例え下手すぎて訳がわかりませんし」

 

あ、逃げやがった。

ついため息を吐いてしまうが、あいつは気にするだけ無駄だな。その際、千束に文句を言っているたきなが俺の肩をポンと叩き、なぜか憐れむような顔をして更衣室へと入って行ったが……え?君、そんなキャラだっけ?

でもなんか腹たったから、たきなのデザートはグレードダウンしておこう。生クリーム抜くとかしてね。

それはそうとだ。

 

「てか何?このスイカ」

 

さっきミズキさんが言ってたのはこれか……?

厨房にはやたらとスイカがあった。

 

「ジュースにしようと思ってな。流行ってるらしい」

 

「ふーん。……こんな立派なスイカだし余計なことはしないでさ。簡単に塩とかレモンで味整えるだけでもいいかもね」

 

「その辺は任せる」

 

「はーい」

 

営業にはまだ時間があるため残りのスイカも処理していくことにする。ミズキさんが幾つかやってくれているみたいだが、スイカを切るのって結構大変なのだ。

ザクザクとスイカの処理をしていく俺に後ろからの衝撃が襲う。犯人は千束。

 

「一切れおよこしください!」

 

「危ない。あと三百円で」

 

「え!?うっそお金取るの!?」

 

着替えが終わり絡んでくる千束をあしらいながらスイカを切る。あ、ちょっ!だから手を出すな。危ないから。いや、あぶっ、だ、だからな?

 

「あぶねぇわ!!!」

 

「たきなー!ゲットしたぜぇー!!」

 

「あ、どうも」

 

「千束ー。ボクの分はないのか?」

 

「残念。流石の千束さんでも腕は二本しかないのだよ。てかどうせクルミは先に食べてるでしょ?」

 

はぁ……。

結局、俺の抵抗をほぼ無視しながらスイカを二切れ持っていく千束。大きな子供がいると大変だわ。

少し騒がしいが平和な朝。リコリスが狙われているという問題はあるものの、今日もリコリコは開店する。

さて、今日も一日頑張りましょう。

 

 

 

お昼休みである。

まだお客さん達は多く居るが、注文された物もある程度ひと段落したのだ。ミズキさんと先生が交代してくれるようなので店の奥に入り休憩を取ることにする。

 

「って、千束?お前そろそろ休憩から上がれよ?たきなが一人でホール回してんぞ?」

 

奥の部屋に入ると千束とクルミがボードゲームをしていた。姿が見えないと思ったらこれだよ。

 

「あと五分!あ、ちょっクルミぃ、そのタイル持ってくなよ」

 

「勝負だからな。安心しろ修哉、五分もかからずに終わらせてやるさ」

 

「はぁ、飯食うから少しあけてくれ」

 

サッと作っておいたサンドイッチとコーヒーをちゃぶ台に置く。味見をしてやろうと言いながら横取りしようとしてくる千束の手を叩きつつサンドイッチにありつく。うん、なかなかだな。

 

「けちぃ」

 

「自分の分あるだろ?」

 

「甘いぞ修哉。お前が作ったサンドイッチだが千束は朝のうちに食べてる」

 

「は?」

 

「ちょっとお腹空いちゃいまして……てへ!」

 

「自分で作れ」

 

「えぇ!?」

 

「最近のお前は甘え過ぎ!!ちょっとは自制しなさい!!」

 

休憩時間の関係で早めに作っておいたのだがもう食べてしまったらしい。こいつほんと……最近本当に甘えすぎだし自由にしすぎ。少しは落ち着いてほしい。

 

「そういやクルミ。情報の方は集まりそうか?」

 

「ダウンロード中。あとからゆっくり確認するよ」

 

「さっすがクルミさん。ヤバイね」

 

さすがだなぁ。

 

「ちょっと千束!?アンタいつまで休憩してんのよ!」

 

「やっば」

 

「ほら、さっさと行け行け」

 

「うぇぇ……クルミ、後でどんなことがわかったか教えてよ?」

 

「はいはい」

 

「なに?朝の話?」

 

ミズキさんが千束の言葉に食いついた。

一応うちの情報担当でもあったのだし気にはなるらしい。……クルミのせいで最近影薄いけど。

 

「え?アンタ、マジでDAハッキングしてんの?」

 

「フン。この程度ならチョロいからね」

 

「うっわ。何かバレても巻き込まないでよ?」

 

「そんなヘマしないよ」

 

そう言ってあんみつをかき込むクルミ。そこにやってきたたきなにお代わりをねだり始めた。

今から休憩なんだからやめてやれよ。千束に言え千束に。

その後、ミズキさんが千束を引きずるように連行したのでゆっくりと休憩ができた。

千束のやつはもう少し引き締めておきたい所だが、たきな考案の家事スケジュールのせいもあり、もう少しこれが続いてしまうのだろうか?それを思うと少し気が重いなぁ。まぁ、流石に我慢の限界になれば無理矢理にでも気を引き締めさせよう。

なんだかんだで俺も甘いよなぁ。はぁ……。

 

 

 

本日の営業も終わり、三人で仲良く買い物……と言うには千束がわがまま尽くしで頭を抱えたが、なんとか買い物を終えて帰宅。

家事スケジュールで料理担当になっている俺は晩御飯の準備を開始。その間にたきなが風呂の準備をしたり、洗濯物を取り込んでくれたりと動いてくれている。千束はソファに寝転び、お菓子を食いながらテレビを楽しんでいた。

 

「あ、たきなぁ。それシュウのぱんちゅ」

 

「まぁ千束が履くには大きいのでそうでしょうね」

 

「え?もうちょい恥じらうみたいなリアクションないの?キャッ!変態!みたいな?」

 

「何言ってんですか?それより手伝ってください」

 

「えー?だって私の分担ないしぃ」

 

俺のパンツで盛り上がらないでほしい。

そう思いながら俺は調理を止めて千束の元へと向かう。

 

「お菓子食い過ぎ。晩飯あるんだからもうやめとけ。あと、たきなさん?あのですね。俺の服は放置してていいからね?」

 

「いえ仕事なので大丈夫ですやらせてください」

 

クールである。あと一息で言い切ったから、勢いがなんか、こう……すごい。

はぁ、たきなが平然としすぎているせいで、何故か俺の方が少し恥ずかしい。まぁ、そんな雰囲気を見せてしまうと千束がうるさいから平静を保ちつつ引き続きたきなに任せる事にした。

しばらくして料理も出来上がり、たきなに家事を止めてもらい食事を開始。食べ終わった後、せめてお皿ぐらいは洗いますとたきなが言ってくれたので俺は先に風呂へと向かう事にした。

 

「あー。生き返る……」

 

温かいお湯は俺の心を癒してくれる。

俺は湯船でタオルを風船のように膨らませて、一気に潰しながら入浴を楽しむ。何故か小さい頃からコレが好きで未だにやってしまうのだ。本来ならマナー違反な気もするが洗濯した後のタオルだし許してほしい。

 

「あー。いや、今日はたきなが居るから、マナー的にやめた方がいいか?……あれ?そういえばお湯どうしよ……男が先に入って良かったのだろうか?」

 

いや、だからって二人の後に入るのも……なんかこう……うん。

普段なら千束だけだし気にする事もないのにな。

少し調子が狂うのを自覚しながらも、もう一度お湯張り直す事を決意。二人には少し待ってもらう事にはなるが我慢してもらおう。

 

「そうと決まればさっさと上がって掃除をサッとする」

 

そこまで言った時だった。

外から発砲音。

 

「!?」

 

そして続いて大きな何かが割れた音。

おそらく窓だ。

久しぶりに侵入者が来たのだろう。そしてそれを千束が撃退。窓ガラスを破りながら外に追い出したと……。

 

「はぁ……もう疲れた。明日でいいや」

 

せっかくリラックスしたのに……。

体が重くなるのを自覚しながらも俺は風呂から上がる事にしたのだった。




流石に期間をあけすぎたと思いザッと書いて読み直しをしていないので誤字があったら申し訳ない。


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