迷宮狂走曲~RPG要素があるエロゲのRPG部分にドはまりしてエロそっちのけでハクスラするタイプの転生者~ (宮迫宗一郎)
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1.「死ななきゃ安い」は狂人の発想

時が経つのは早いもので、俺が転生してからすでに数ヶ月が経つ。

 

転生した直後は軽く絶望したものだ。なにせ俺が転生したのは、かの有名な陵辱モノのエロゲ【あの深淵(ダンジョン)へと(いざな)う声】、通称【アへ声】に酷似した世界だ。ヒロインが強○されるのは当たり前、異種○からの産○、エログロ満載のリョ○まで網羅した、かなりアレなタイプのエロゲである。

 

その反面、【アヘ声】はタイトルに「ダンジョン」とあるように、ダンジョンRPGとしての要素も併せ持つゲームでもあり、そのRPG部分のクオリティがものすごく高いことでも有名だった。

 

それは一部のファンからは「エロはオマケ」とまで言われるほどだったという事実からも分かるだろう。かく言う俺も【アヘ声】にドはまりしたファンの1人であり、エロそっちのけでハクスラに興じたプレイヤーだったりする。

 

まあ、いわゆる「ゲームとしてプレイする分にはいいけど、実際にこの世界で生きてみたいか? と言われるとちょっと遠慮したいかな……」というやつだな。

 

とはいえ、転生してしまったものは仕方がない。というか気づいた時にはダンジョンに潜ることを生業とする「冒険者」としてすでに登録されていた後であり、しかも今まで俺が何をしていたのかといった記憶が全くなかったので、どこにも逃げ場がなかった。

 

前世に対する未練がないとは言えない……というか、ぶっちゃけ未練タラタラなんだけども、この世界で悩んでいる暇などない。まずは冒険者として強くならないことには話にならず、弱者に待ち受けるのは何もかも奪われて死ぬ未来のみ。ならば強くなるしかない。

 

そして、どうせなら目指すは「最強」そして「全ダンジョン制覇」だ。何を隠そう、俺は【アヘ声】でパーティメンバーに最強育成を施してステータス画面を数字の9(カンスト)で埋めつくし、かつダンジョン制覇率100%を達成した男なのだ。

 

そのために必要な知識は全て俺の頭に入っている。ここ数ヶ月で行った検証の結果、俺の知識がこの世界においても通用することは実証済みだ。ならばやるしかないだろう! 座して絶望の明日を待つくらいなら、俺はこの世界を攻略し尽くすことを選ぶぜ!

 

と、いう訳で。

 

「――はい。ダンジョンへの入場、承りました」

 

俺は今日も今日とて「冒険者ギルド」へと足を運ぶのだった。

 

ギルドというのは異世界における定番の設定だろう。それはこの世界においても例外じゃない。

 

ただ、この世界のギルドはシナリオライターがオリジナリティを出したかったのか、なにやら変な設定が付与されていたような記憶がある。まあそこらへんは本編には登場せず公式が出版した設定資料集でチラッと公開された裏設定なので、詳細は覚えてないんだが。

 

とりあえず、ギルドの地下にダンジョンの入口がある……というか、ダンジョンに勝手に入れないよう入口の上にギルドが建てられているので、ギルドにメンバー登録した後でさらに受付で入場記録を取らないとダンジョンに入れない……ということだけ分かってれば、今はそれでいいんじゃねえかなってことでこの話は棚上げになっている。

 

「気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

ベテランらしき受付の女性に定型文と共に見送られながら、俺は意気揚々とダンジョンへと足を踏み入れた。

 

最近の俺が何をやっているのかというと、まあ順当にモンスターを倒してレベル上げと金稼ぎだ。「最強」は1日にしてならず、初期の頃はレベルを上げていくくらいしかやれることがない。

 

転生したての頃は「この世界はゲームに似た世界であってゲームそのものじゃないんだから、現実にステータスとかレベルなんてあるわけないじゃん」と思っていたのだが、この世界にはマジでレベルとかステータスの概念が存在するんだよな。なんなら日常会話で「レベル」とか「HP」とかって単語が飛び出すくらいには常識として浸透してる。

 

とりあえず、目標としては初級状態のままでレベルを10まで上げる。その頃には必要なものが全部揃っているだろう。

 

「おらっ、経験値おいてけ!」

 

最初にダンジョンに潜った時にサービスで貰った安物の剣を構え、啖呵を切ることで自分を奮い立たせながら目についたモンスターに片っ端からケンカを売っていく。

 

「とっととくたばれや!」

 

剣術の「け」の字もないような力任せの攻撃だが、ここはダンジョン上層でモンスターも弱いのしかいないため、今はこれで十分である。まあお互いに攻撃力が低くて泥試合になることも手伝って、非常に見苦しい戦いになってしまうけどな。

 

最初は「平和な日本人に荒事なんか無理に決まってんだろ!」とモンスター相手にビビりまくっていた俺だが、今では戦闘にも慣れたものだ。

 

どうやらこの世界ではHPが残っているうちは痛みが軽減されるらしく、一定以上の痛みは感じない。腕をナイフでチクチク刺されるのと、棍棒で思いっきり頭を殴られるのとでは、HPの減り方に違いはあれど痛みはあんまり変わらないのだ。

 

なので前世ではケンカすらしたことがないような俺でも、慣れればこうして殴り合いができるという訳だ。もっとも、HPが0になった瞬間に俺は痛みのあまり失禁しながら昏倒して無抵抗状態に陥るハメになるだろうから、HPの残量には常に気を配る必要があるんだけども。

 

冒険者になった直後、ゴブリン(緑色の小人みたいなモンスター)に棍棒でブン殴られて「うわぁぁぁ!? ……あれ、あんまり痛くないな」ってなって、調子に乗って殴り合いしてたらいつの間にかHPが2割切ってて慌てて逃げ出した……というのは、今ではいい思い出だ。

 

……そういえば、最近ゴブリンを見ていない気がするな。虫型のモンスターばかり相手にしている気がする。まあこの辺りのモンスターは経験値もドロップ品も似たり寄ったりなので構わないんだけどな。

 

「死ねぇ!」

 

俺のHPが1割ほど削られたあたりでモンスターが死に、経験値と金を強奪する。やはり時間効率はよくないが、まあそれも強い武器を買うか、パーティメンバーを増やすかするまでの辛抱だ。どちらを選ぶにしても現状では金が足りないので無意味な悩みだ。

 

 

「うーん、不味い」

 

何度か戦っているうちにHPが半分を切ったので、腰に巻いたバッグから【回復薬】を取り出してイッキ飲みし、HPを回復しておく。

 

幸いなことに、レベル10まではギルドから最低品質ではあるが【回復薬】が支給される。まあ初心者応援キャンペーンみたいなもんだろう。ありがたく利用させてもらっている。

 

このペースなら、あと2日間くらい3階層のモンスターを狩れば、ワンランク上の武器を買える計算だ。うーん、この「少しずつ強くなってる感じ」! たまんねぇなぁ!

 

HPが全快した俺は、今後のダンジョンライフに思いを馳せてワクワクしながら次のモンスターを探し始めたのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

そろそろ日が沈むだろうという頃、ダンジョンから1人の男が帰還する。その途端、一瞬だけ冒険者ギルド職員の間に奇妙な緊張が走った。

 

「すみません、モンスターの素材の換金と【回復薬】の補充をお願いいたします」

 

「えっ!? アッ、ハイ……少々お待ちを……」

 

 何故かビクリとした受付の青年に怪訝な表情を浮かべつつも、何やら勝手に納得した様子の男はそれ以上は反応することはなかった。

 

「お、お待たせいたしました。確認をお願いいたします」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」

 

 金と【回復薬】を受け取って去っていく男。その後ろ姿が完全に見えなくなった後、受付の青年は思わず呟いた。

 

「はあぁぁぁ……き、緊張したぁ……」

 

「お疲れ様です」

 

隣の窓口で他の冒険者を案内していた先輩の受付嬢が苦笑いで労いの言葉を掛けると、青年はようやくといった様子で肩の力を抜く。

 

「……あれが、最近ウワサになってる【黒き狂人】ですか……」

 

【黒き狂人】ハルベルト。本人は知らないが、男はギルド内でそう呼ばれている。

 

ギルドでは有名な冒険者に異名をつけるという文化があり、多くの場合は【赤髪の剣士】や【氷結の爪牙】といった風に、身体的特徴や得意な武器、得意な技などから異名がつけられるのだが、男に付けられた異名は少し毛色が違った。

 

なにせ、男はこの世界の人間から見ればやることなすこと異端も異端、思想からしてぶっちぎりでイカれた奴なのだ。あまりにもイカれた奴なせいで、普通ならもっとベテランになってから徐々に有名になっていくところを、ギルドに登録してからわずか数ヶ月という最短記録で異名を持つに至ったほどだ。

 

しかも最初はこの世界と【アヘ声】との違いを検証するために時間を費やしており、他人の目を引くような奇行(派手な行動)はしていなかったので、実質的にここ最近の活動で有名になったということである。

 

男のイカれた思想について例をあげると、特にHPに対する考え方がこの世界の人間にとってはぶっちぎりでイカれている。

 

この世界では、あらゆる生物の能力が「ステータス」という形で数値化されている。それはHP――体力も同様だ。

 

この世界においてステータスとは神が定めた絶対の法則であり、どんな生物であってもこの法則からは逃れられない。一説によると、被創造物がまかり間違って自らを超える力を持たないよう完全なる制御下に置くために神がそういう風にデザインしたのだろう、などと言われているが……とにかく、この世界では人間だろうがドラゴンだろうが、HPが0になれば指1本動かせなくなる。

 

そして、このエロゲに酷似した世界において、そのような状況に追い込まれた生物の末路は凄惨極まる。人間がどうなるかなんて言うまでもないだろうし、モンスターとしても自らの命を経験値に変えられた上に亡骸まで素材として利用し尽くされるのだ。

 

つまり、この世界の生物は「自分があとどれくらいで尊厳を破壊し尽くされた上で死ぬか」を具体的な数字として見ることができるのである。HPがジワジワ減るというのは、自身の破滅へのカウントダウンに他ならない。

 

そのせいか、この世界では種族によって程度の差はあれど、少しでも知性がある生物ならばHPが減ることを嫌う傾向にある。

 

少なくとも人間であればHPが8割切っただけでも焦るし、HPが半壊しようものなら恐怖のあまり半狂乱になり、残り2割を切ればどんな悪人だろうと泣いて命乞いをするレベルと言われている。

 

なので、「HPが0にならなければ問題ない(死ななきゃ安い)な!」などというのは狂人の発想に他ならない。

 

しかも男は【回復薬】を頻繁に補充していく。それはつまり、何度もダメージを受けてHPが減っているということに他ならない。冒険者はそもそもダメージを受けないように立ち回るのが普通であり、ギルドからしてみれば【回復薬】はぶっちゃけ「お守り」として持たせているようなものである。

 

「いや、ウワサには聞いてましたけど……マジでダンジョンに潜る度に【回復薬】使い切ってるんですね……」

 

「しかもここ1週間はあんな調子で、レベルも1だったのが一気に8まで上がったそうですよ」

 

「えぇ……マジでなんなの、あの人……」

 

なので、男のように【回復薬】をフル活用して効率よくレベルを上げるのなんて想定外もいいところである。普通ならば最初から複数人でパーティを組み、安全を確保しながら3ヶ月くらいかけてレベル10を目指すところを、「パーティ組むと取得経験値が分配されちゃうし、経験値が美味しい階層まで降りてからパーティ組まないと効率悪いだろ」と単独(ソロ)でダンジョンに突撃してわずか1週間でレベル8まで上げたため、ぶっちぎりでレベルアップ最短記録を更新している。

 

本人はこれで「慣れたプレイヤーなら初日でレベル10までいけるから、これでも遅いくらいなんだけど……」なんて思っているのだから始末に負えない。もっとも、それはゲーム内時間で24時間ぶっ通しで戦った場合の話なので、さすがに男も「この世界はゲームじゃなくて現実だし、まあこんなもんか」と諦めたらしい。

 

もっとも、それでも異常な早さであることは言うまでもない。

 

「まぁ、ギルド職員や他の冒険者の方々との間にトラブルを起こすような方ではなさそうなので……いえ、でもある意味では危険人物ではあるのですが……」

 

この世界では珍しい黒髪であること以外は平凡な容姿であり、人と接する時は口調も丁寧だし態度も常識的。ダンジョンの外では至って普通の人間ではあるのだが……いや、だからこそ、何度も「自分から地獄に飛び込んで行った」にもかかわらず「普通を保っている」という精神力が化物すぎる。ギルドの職員たちはそう判断していた。

 

もっとも、この世界の冒険者は死と尊厳破壊と隣合わせであるため、ギルド職員は最初に「冒険者に肩入れせず、あくまで仕事上の付き合いを徹底すること。冒険者と親しくなると、そいつが死んだり、モンスターの苗床になったりした時に辛くなる」と上司から教え込まれる。

 

なので職員から男に交流を持ちかけることはなく、そのせいで両者の間にある認識の差が埋まることはないのだった――



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2.「火力特化」は狂人の発想

とうとうレベル10になった俺は、嬉しさのあまり脳内で【アヘ声】のOPテーマを流しながら、冒険者ギルド内のとある場所へと向かっていた。

 

俺の目的……それはRPGのお約束である「『クラス』の取得」だ。

 

クラスとは、主に「ステータスの上昇傾向」や「習得可能な技能」といったものを決定するシステムだ。他のゲームで言えばジョブとか職業とかそういうのだな。

 

レベル10になった冒険者はクラスチェンジする権利を獲得し、【戦士】や【魔術士】といったクラスを取得する。以降は本人のレベルと平行して「クラスレベル」も上げていくことで、得意な能力を伸ばしていくこととなる。

 

そこからさらにクラスチェンジしたり、第2のクラスを設定して2つ分のクラスの恩恵を受ける「サブクラス」なんてシステムも存在するが……まあそれにはメリットばかりではなくデメリットもあるし、そもそもレベル10になったばかりの俺には関係のない話か。

 

そうしてウキウキ気分でクラスチェンジのための窓口へと向かっていた俺だが、ふと思い付いたことがあったので、その前に寄り道をすることにした。

 

寄った先は【パーティメンバー募集掲示板】だ。クラスチェンジも解禁されたことだし、本格的にダンジョンの攻略に取り掛かろうと思っていた俺は、そろそろ1人くらいはパーティを組んでみようと考えていたのだ。

 

そこで、まずは「現在パーティ参加希望の人間がどんなクラスに就いているか」を見てから自分のクラスを決めようと思い立った。

 

もしも【募集掲示板】に掲載されている冒険者が「遠距離から攻撃することに特化したクラス」しかいなかったとして、それを知らずに俺も同じようなクラスに就いてしまったらどうなるか。こういうのに詳しくない人でも、なんとなく「戦力のバランスが悪そうだな」と想像がつくと思う。

 

ということで、俺は先にどんな冒険者がいるか確認してから自分のクラスを決めようと思い、【募集掲示板】の前までやってきた訳だ。

 

ちなみに、【アヘ声】はエロゲなので、ゲームでは当然の如くパーティメンバーの増員=奴隷の購入だった。なのでこの世界に【募集掲示板】なんてものが存在していることを知った時は驚いたものだ。でもまあよく考えたら「パーティメンバー自分以外全員奴隷」とかゲームでもなければ実現不可能だろうし、そりゃこの世界では普通に他の冒険者とパーティ組むわなって話なのだが。

 

そんなことを考えつつ、さて現在募集中の冒険者にはどんな人がいるだろうかと【募集掲示板】を覗いた俺だっだが――

 

 

 

名前:アラン(レベル13)

メインクラス:【戦士】(クラスレベル1)

サブクラス:【騎士】(クラスレベル1)

 

名前:メイト(レベル10)

メインクラス:【魔術士】(クラスレベル1)

サブクラス:【騎士】(クラスレベル1)

 

名前:ゾーイ(レベル11)

メインクラス:【狩人】(クラスレベル1)

サブクラス:【騎士】(クラスレベル1)

 

 

 

……なんぞこれ??? 思わず目が点になったわ。

 

まず、どいつもこいつもレベルが低いうちからサブクラスを取得しているのがおかしい。サブクラスはもっと後で取得するものだ。

 

普段からRPGをプレイする人なら想像がつくと思うが、サブクラスを取得するとクラスレベルが上がる速度が半分になる。ただでさえパーティを組めば成長速度が遅くなるというのに、そこからサブクラスまで取得するとなると、強くなるのがアホみたいに遅くなるのは言うまでもない。

 

【アヘ声】においては、1つのクラスを集中的に鍛え、さっさとクラスレベルを上げて強力な能力を習得するのが定石だった。

 

獲得経験値が少ない序盤も序盤からサブクラスを取得してしまうと、いつまで経っても成長せずに弱いままだ。そんな有り様ではダンジョン攻略が進まない。サブクラスはさっさと攻略を進めて経験値効率がいい場所までたどり着いてから取得すべきなんだ。

 

そしてサブクラスの選択も意味不明だ。何でどいつもこいつも【騎士】を選んでやがるんだ???

 

名前から想像がつくと思うが、【騎士】は守りに優れた【クラス】だ。だから普通は【騎士】をやるならサブクラス(片手間)でやるのではなくメインクラス(本職)でやる。そうして守りに特化させて、味方を守る「壁役」として運用するのが一般的だった。

 

つまり、敵からの攻撃を一手に引き受けつつ、その攻撃を持ち前の防御力を以てして跳ね返す役割を担うのが【騎士】だ。敵の攻撃を受けるのは【騎士】に任せることで、他のメンバーは安心してそれぞれ攻撃役や回復役、補助役といった別の役割に専念できるようになる。

 

ようするに、【アヘ声】ではメンバーをそれぞれスペシャリストとして育成し、それぞれの得意分野を活かして協力しながら戦うのが1番強いという訳だ。

 

……いやまあ、最終的に俺はパーティメンバー全員のステータスをカンストさせ、かつ全クラスを極めさせて万能の冒険者集団にするつもりではあるんだけど、それはあくまで「最終的にそうする」というだけの話だからな。

 

最初から満遍なく育成したところで器用貧乏にしかならない。だから攻撃が得意な【戦士】や【魔術士】なら同じく攻撃が得意なサブクラスを取得して火力を底上げすべきだし、補助が得意な【狩人】には同様に補助が得意なサブクラスを取得すべきだ。

 

にもかかわらず、【募集掲示板】に書き込まれている情報を見れば、どいつもこいつもサブクラスに【騎士】を取得した器用貧乏ばかり。

 

しかも、よく見ると【騎士】をメインクラスにした冒険者が1人もいない。もしやと思って、すでにある程度の人数でパーティを組んでいる奴らのメンバー構成を見てみると、どいつもこいつも「中途半端に耐えて中途半端に攻撃する」奴らばかりだ。

 

マジでなんなんだこいつらは――って、いや、待てよ?

 

レベルが低いってことは、こいつらは冒険者になったばかりなんだろう。俺は前世の知識があるから色んなことを知ってるが、彼らにはそれがない。どんなクラスを取得すべきなのか、どんなパーティ構成にすべきなのか、まだまだ手探りでやってる途中のはずだ。

 

そんな彼らに対して俺が「物を知らない奴らだ」なんて言うのは筋違いだろう。そもそもの話、前世の記憶によって最初から正解を知っている俺がおかしいのであって、本来なら彼らのように手探りで強くなっていくのが当たり前なんだ。

 

俺は気づいたら転生してたから神様みたいなのには会っておらず、転生特典なんてものもない。だから忘れがちになるけど、前世の記憶だって十分チート(不正)であることを俺は忘れては駄目なんだ。

 

俺は自らをそう戒めると、【募集掲示板】から離れて本来の目的であるクラスチェンジを行うために窓口へと向かった。

 

さすがに俺が初心者のフリをして彼らの中に紛れるのは気が引ける。しばらくはソロを続けるか、戦力的にキツくなってきたら奴隷の購入も検討する必要があるかもしれない。元日本人として奴隷の購入には抵抗があるが、さすがに自分の身の安全と引き換えにはできないからな。

 

……それにしても、俺はこのまま知識を独占していてもいいのだろうか?

 

この世界はハードなエロゲの世界だ。当然ながら殉職率は高い――というか、あっさり死ぬことができればまだ幸運な方で、下手すれば無理やり生かされて死ぬまでモンスターの苗床エンドだ。他の冒険者たちのためにも、俺は前世の知識を広めるべきなのではないだろうか?

 

……うーん。つっても、世間的には俺だってギルドに加入して数ヶ月の新米なんだよなあ……。たぶん最強冒険者の育成論とかパーティ構成とか言っても信じてもらえないぞ。俺の知識を広めるには、今の俺には実績が足りてないんじゃないだろうか。

 

……よし。ひとまずはソロで最強を目指そう。そうすれば、そのうち俺の知識が正しいことが自ずと証明できるだろうし、もしかしたらいつか俺と同じように最強を目指す冒険者がパーティを組んでくれるかもしれない。

 

そうと決まれば早速クラスを取得してダンジョン攻略に取り掛かり、経験値効率がよい狩場まで行かなくては!

 

自問自答に決着が付いてスッキリした俺は、まだ見ぬ同志に思いを馳せながら、クラスチェンジのために受付へと向かうのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「――では、ありがとうございました。またいずれお世話になるかと思いますが、その時はよろしくお願いいたします」

 

クラスチェンジを済ませて即座にダンジョンへと向かって行った男を見送ると、受付を担当した中年職員は「これでよかったのだろうか」と眉間に皺を寄せた。

 

中年職員も【黒き狂人】の噂は聞いてはいたものの、実際に見た男は中年職員にとって想像以上にぶっちぎりでイカれた奴だった。

 

 

名前:ハルベルト(レベル10)

メインクラス:【剣士】(クラスレベル1)

サブクラス:なし

 

 

「……ううーむ……」

 

すでに2度見どころか5度見くらいしているが、何度見ても手元の書類に記載された内容に変化はない。「マジでイカれてやがんなコイツ」というのが中年職員の素直な感想である。

 

なぜなら、【剣士】とは完全に防御を捨てた清々しいまでの火力特化クラスだからだ。

 

何度も言うが、この世界においては「HP0」=「尊厳破壊の後に死亡」である。なので、冒険者は防御を硬めてなるべくHPが減らないように立ち回るのが普通なのだ。

 

そんな世界で「防御を捨てて攻撃に特化する」などというのは、やはり「イカれてんのか」と言われても仕方がない。

 

中年職員は、必要以上に冒険者へ肩入れするのは良くないと思いつつ――いやさすがにこれは「必要以上」どころの話ではないだろ、と瞬時に思い直し、当然ながらサブクラスに【騎士】を取得するよう勧めた。

 

何故この世界ではサブクラスに【騎士】を取得することが推奨されているのか。

 

順を追って説明すると、まずこの世界ではクラスによって装備できる武器・防具が違う。より正確に言うなら、クラスごとに使用許可が下りる武器・防具の種類が違うのだ。

 

例えば、【魔術士】は読んで字の如く「魔術」を使って戦うクラスであり、基本的にはモンスターと近距離で殴り合ったりはしない非力なクラスだ。そんな非力な奴にバカでかい武器を持たせたところで、味方を巻き込まないように振るえるか? という話である。

 

その規制をある程度緩和してくれるのがサブクラスである。ようするに、メインのクラスで重装備が禁止されていたとしても、サブクラスが重装備可能なクラスであれば、ある程度の重装備が許可されるという訳だ。

 

つまりはその重装備が可能なクラス、とりわけ「防具の扱いに優れたクラス」の筆頭が【騎士】であり、故にこの世界の人間はとりあえずサブクラスとして【騎士】を取得することで、可能な限り防御力の高い装備品を身に纏って自身の命と尊厳を守ろうとするのが普通なのだが――

 

「いえ、火力特化の【剣士】といえどダンジョン上層に生息するモンスターの攻撃程度なら5発は確定で耐えますし、厄介な状態異常(バッドステータス)攻撃をしてくる敵もいませんから」

 

男の返答がこれである。しかもこの男、内心では「サブクラスで装備可能になる装備品なんざ、性能が中途半端な産廃ばっかりだし……」みたいな、もっと失礼なことを考えていたりする。

 

「なにより、火力特化【剣士】なら上層のモンスター程度殺られる前に殺れますので」

 

挙げ句の果てにはそんなことを言い出す始末。

 

「何でそんなに出現するモンスターに詳しいんだよ」、とか。「つまり1発食らっただけでHPが2割近く消し飛ぶんじゃねーか」、とか。なんかもう言いたいことが多すぎて逆に何を言ったらいいのか分からなくなってしまった中年職員であったが――

 

「まあ効率のいい狩場までたどり着いたら(【剣士】を極めた後で)すぐにクラスチェンジするので!」

 

という男の言葉を受け、結局は「何があっても自己責任ですからね」と忠告するに留めたのだった。



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3.「HP消費技ブッパ」は狂人の発想

キン……と剣を鞘に納める音が響いた瞬間、俺の周囲を取り囲んでいたモンスターどもが一斉にドサリと倒れた。

 

うーん、やはり【剣士】が習得するスキルは実に格好いい。まあ公式のイメージイラストは「剣士」っていうより「侍」に近かったしな。モーションが格好いいのにも頷ける。

 

ああ、「スキル」というのは、いわゆる「技」とか「魔法」とか「特殊能力」とか、そういうのを全部ひっくるめての総称だ。

 

スキルには「アクティブスキル」と「パッシブスキル」の2種類があり、アクティブスキルはいわゆる必殺技で、パッシブスキルは条件を満たせば自動で発動する特殊能力のことだな。

 

で、さっき俺が使ったのは、【剣士】のクラスレベルを上げることで習得できるアクティブスキルの1つ、【壱の剣】だ。

 

【アヘ声】における効果は「HPを消費して敵1グループに範囲攻撃を仕掛ける」というものだったが、この世界には当然「敵グループ」とか「敵全体」みたいな概念はなく、「自分を中心とした半径○○mの範囲内に攻撃を飛ばす」みたいな効果に置き換わっている。【アヘ声】での「敵1グループ」はこの世界だとだいたい半径5mくらいだろうか?

 

そのお陰で【アヘ声】で使ってた時よりも結構使い勝手がよかったりする。なにせ、このへんのモンスターどもは自分より弱い相手を大勢で囲んでジワジワとなぶり殺しにするのが大好きで、【アヘ声】でもここで回収できるエロシーンの内容はそれに準じていた。

 

なので1人でこの階層を探索していると、モンスターの方からニヤニヤ笑いながら近寄ってきてくれるのだ。しかもこちらに恐怖を与えようとしてか、俺の周囲を取り囲むように、かつ勿体ぶったかのようにゆっくりとした歩みで近寄ってくる。

 

つまり、ほっといてもあっちの方から全ての敵を【壱の剣】の射程内に納められるような位置取りをしてくれるし、わざとゆっくり動いてくれるから攻撃を当てやすいし、おまけに先手も譲ってくれる……という訳だ。おお、なんという親切設計。

 

まあ【壱の剣】を使う度にHPが減るから今までより【回復薬】の消費が増えたし、レベル10になったことで今後は【回復薬】が有料になるうえにHP満タンになるまでに必要な数も増えてしまったんだが……それでも【回復薬】代よりも倒した敵から得られる金の方が多いので今のところ黒字だし、1匹ずつモンスターを狩っていた時よりも効率が段違いで時給が跳ね上がった。

 

「【壱の剣】! 【壱の剣】! 【壱の剣】! そしてたまーに【回復薬】!」

 

いやあ、大量のモンスターどもが一撃で溶けて大量の経験値と金に変わっていく様を見るのは気分爽快だぜ! 思わずテンション上がっちゃうなあ! やっぱりクラスを【剣士】にして正解だった!

 

とはいえ油断は禁物だ。いくら敵の攻撃を確定で5発も耐えられるからって、索敵やHP管理を怠っていてはいざという時に【壱の剣】を発動できなくなるかもしれない。

 

ハクスラに没頭してると忘れそうになるけど、ここは陵辱モノのエロゲを元にした世界だからな。そりゃあ負けたら男だろうが悲惨な末路を辿ることになる。

 

でもまあ、仮に他のゲーム世界に転生してたとしても、どうせ負けたら人生終了なことに変わりはないんだよな。エロゲ世界だからって何が特別って訳でもないから、必要以上に恐れる必要はない。

 

大事なのは「負けたらどうしよう」と怯えて逃げ惑うことではなく、「どうすれば負けないか」を常に考え続けることだ。ようは負けなきゃいいんだからな。

 

だからこそ、俺の持てる全てを駆使して戦い続け、そして勝ち続ける。それだけの話だ。

 

「おおっと」

 

しばらくモンスターどもを狩りまくってると、さすがに最初から殺る気MAXで攻撃を仕掛けてくるようになった。そりゃあモンスターどももゲームのようにAIで動いてる訳じゃないんだから、何度も仲間の首が宙を舞うところを見ていればそうなるか。こういうところがゲームと違って現実世界の面倒なところだ。

 

まあ個人的にはモンスターどもといえど失敗から学ぶ姿勢は嫌いじゃない。かつては俺もそうだった。何度もバッドエンドを迎えては試行錯誤したもんだ。

 

だが死ね

 

まあだから何だって話だけど。同情もなければ容赦もない。俺のやることは変わらず、ギリギリまでモンスターどもを引きつけてから【壱の剣】ブッパだぜ! 経験値と金おいしいです!

 

それに世界設定的にもモンスターは生かしておいても害にしかならないので、遠慮はいらない。目につくモンスターは全て殺すべし。そこに慈悲はない。大人しく(経験と金)を出せ!

 

たまに自分の子供を背中に庇って命乞いしてくるモンスターもいるが、ただの騙し討ちなので可哀想などと思ってはいけない。現にこうして目の前で剣を納めてみせると、即座に親子ともども嫌らしい笑みを浮かべて跳び掛かってくるからな。

 

「残念だったなあ! 居合い斬りだよ!」

 

そして親を盾にして自分だけ生き延びようとした子供にトドメだ。うーん、親を盾にするとか美しい家族愛()だな。

 

……実を言うとこいつら親子ですらないんだけどな。子供らしきモンスターの死骸をよく観察してみると、子供を装った成体であることが分かる。つまり身体がデカイ個体とちっせえ個体が利害の一致で徒党を組んでるだけなんだよな。

 

だからこいつらは遠慮なく殺していい。むしろ害虫を駆除するつもりで無心になって狩るべきだ。変な気を起こすと戦闘すらさせてもらえずに強制イベント発生からの苗床エンドだぞ。そのへんは、さすがは陵辱モノのエロゲ世界と言うべきか……。

 

「ん……?」

 

なんてことを考えていたら、それがフラグになったとでもいうのだろうか。前方で誰かがモンスターに襲われているのが見えた。まあこんなところに1人でいるということは、逃げ遅れた冒険者とかだろうな。

 

なんてこった! ここは同じ冒険者として大量の経験値と金をゲットしなければ(助けに行かなくては)

 

こうして俺は善意半分、打算半分で襲われている人を助けに行くのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

残りHPが半分を切ってしまい、戦意喪失した少女は尻もちをついた。それを見て醜悪な笑みを浮かべるモンスターたちから少しでも離れようと後退るも、とうとう壁際に追い詰められてしまう。

 

「……あ、あぁぁぁ……!」

 

絶望に歪んだ顔も、助けを呼ぼうにも声にならずただ喉から空気が漏れる音も、全てはこの緑色の肌をした小鬼――ゴブリンどもを喜ばせるだけだった。

 

「やめっ……やめてください……っ! お、お願いします……っ!」

 

手にした棍棒の先で頭や肩を小突かれ、少しずつHPが減っていくのを感じ、必死になって許しを請う少女。ゴブリンは1匹1匹は大したことのない低級のモンスターである。そんな下等生物に対して地面に頭を擦りつけて懇願する様は、もはや人間の姿ではない。

 

そう、少女はすでに、ただゴブリンどもを喜ばせるための玩具に成り下がったのだ……。

 

――と、まあ。もしこれが【あの深淵ダンジョンへと誘いざなう声】のプレイ中であれば、そんな感じのモノローグが流れる場面だろう。

 

「【壱の剣】」

 

「は、ぇ……?」

 

突然ゴブリンの首が消失する。ゴトリという音がして、つられて音がした方を見れば――少女は首だけのゴブリンと目が合ってしまった。

 

「【壱の剣】! 【壱の剣】! 【壱の剣】! ハハハハハ! (経験値と金が大量で)楽しいなあ!」

 

「ピィ」

 

次々と量産される首なし死体。自らHPを擦り減らしてゴブリンを虐殺しながら、まるで欲しかった玩具を与えられた子供のように、それはもう楽しそうに笑うぶっちぎりでイカれた男。

 

少女は思わず変な声を上げて四つん這いの状態からカサカサと虫のように動いてその場から逃げた。とにかく何でもいいからその場から離れたい一心での行動である。ぶっちゃけゴブリンに追い詰められていた時よりも俊敏な動きであったが……それも仕方ない。ゴブリンより恐ろしい奴と出会ってしまったらそりゃあそうなる。

 

「おっと、いけねえ。大丈夫でしたか?」

 

しばらく隅の方で頭を抱えて震えていた少女だったが、唐突に暖かい言葉を掛けられ、温度差に風邪を引きそうになりながらも恐る恐る声がする方を見た。

 

「ピェ」

 

少女の目に飛び込んできたのは、無傷なのに【壱の剣】の連続使用によってHPが半壊した男が、(少女を安心させようと)笑顔を浮かべながら、全滅させたゴブリンの死体に剣を突き刺して(死亡確認して)いる光景であった。

 

どれ1つを取っても正気を失いかねない光景を見てしまった少女はついに精神が限界を迎えた。少女の光を失った瞳を見て、男は「よっぽど怖い目にあったんだろうなあ」などと考えていた。間違ってはいないが、色々と間違っている。

 

「まずはこれをどうぞ。回復してください」

 

差し出された【回復薬】を見て、思考回路が停止した少女は「あっ、【回復薬】だぁ……そうだ、回復しなきゃ……」と、言われるがままにHPを回復させていく。

 

「…………はっ!? ひ、ひぃぃぃぃ!?」

 

そしてHPが全快したあたりでようやく我に返り、再び四つん這いで隅っこに逃げていった。男は「たぶん陵辱モノのエロゲ的な展開になりかけたんだろうし、男性に対して過剰な反応になるのも仕方ない。俺が近づくのはやめておこう」などとズレた親切心を発揮し、気にせず話を進めることにしたようだ。

 

「落ち着いてください。このあたりのゴブリンは一掃しました。しばらくは安全です」

 

落ち着けるか! 1番安全じゃなさそうな奴が目の前にいるやろがい! ……などと言えるような性格をしていたのならば、たぶん少女はこんなことにはなっていないだろう。そのことは「モンスターを呼び寄せる効果がある匂い袋」の中身をブチ撒けられた少女の衣服を見れば察するのは容易であった。

 

なお、男は「匂い袋使用中(レベル上げ作業中)に何らかのトラブルがあって死にかけたのかな?」とか思っている模様。「他のパーティメンバーに裏切られて安全に逃げるための囮にされたのでは?」みたいな発想には至らなかったのはアホである。

 

「……ぁ……その……ご自身の回復……」

 

色々な思いが頭の中をグルグルと駆け回り……結局、少女が絞り出した言葉は、まずは男に自分のHPを回復するよう伝えることであった。さすがに目の前でHPが半壊した状態(死にかけ)で話をされたら、少女としても気が気ではないのだ。

 

「ん、ああ、そうですね」

 

それを聞いて、ようやく警戒を解いた様子の男が剣を鞘に納め、【回復薬】で自分のHPを回復し始める。

 

……男が「万が一この子が冒険者を装った犯罪者とかだったら、モンスターどもと一緒にまとめて斬ってしまおう。なあに、この世界ではHP0になっても死ぬほど痛いだけで死にはしないし」などと考えていたことを少女が知らずに済んだのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

「それで……大丈夫ですか?」

 

「な、なんとか……。た、助けていただいてありがとうございました……」

 

黒髪を見て「ひっ、この人ウワサの【黒き狂人】だ……!?」と気づいたものの、今すぐ逃げ出したいのを堪えて引きつった笑顔でお礼を言う少女。助けてもらったことに感謝しているのは嘘ではないが、それ以上に背中を見せた瞬間に自分の首も宙を舞うのではないだろうかという恐怖心の方が強かった。

 

まあ、それはそうだろう。【壱の剣】の性能から察せられる通り、【剣士】というのは「HPを消費(自傷)して強力なスキルを繰り出すクラス」である。

 

なので、この世界において【剣士】のスキルは「必殺技」どころか「奥の手」とか「切り札」に該当する。少なくとも気軽にブッパしていいものではない。

 

ダメージがほとんど0になるまでレベルを上げたり、防御に関するスキルを取得したり、その時点で最高の防具を揃えたりして、防御をガッチガチに固めてからようやく次の階層に進むのが常識なこの世界において、ただでさえ紙装甲の奴が自分からHPを削るのは自殺行為もいいところだ。

 

つまり少女にとって男の行動は「見ず知らずの人間が命を賭けるどころか自分の尊厳までもチップにして助けてくれた」に等しい。「どうして助けてくれたの?」とか「私を助けて何が目的なの?」とか思うより先に「そこまでするか普通!?」とドン引きである。

 

イメージが湧きにくいのなら、たとえば難病にかかってしまって余命はあとわずか、治すには膨大な治療費が必要だと宣告されたところに、初対面の人間が大金を抱えてやってきて

 

「治療費なら俺が出すぜ! まあ時間がなかったから闇金から借りてきたけど、返済のアテはあるから気にすんな!」

 

とか言ってきた場面を想像してみるといいだろう。そりゃあ「ぶっちぎりでイカれてんなこいつ」と思われても仕方がない。

 

「とりあえず今日のところは帰った方がいいですよ。ほら、これ差し上げますから」

 

そして気軽にポンと渡されたのは【脱出結晶】。使い捨てではあるがダンジョンから一瞬で帰還することが可能な、お約束のアイテムである。【アヘ声】においてはダンジョンに潜る際は常に携帯することが推奨されていた。

 

ちなみにこの世界では高級品扱いである。少なくともダンジョンの上層を攻略中の新米冒険者に買えるようなシロモノではない。【壱の剣】ブッパで大金を稼ぐような奴がおかしいのだ。ついでに言うと「回復アイテム99個まとめ買い!」的なことしてるのもおかしい。その金で防具買えよ、という話である。

 

(……よし、逃げよう)

 

見ず知らずの人が治療費を闇金で払ってくれた上に「入院中は収入もなかっただろ? コレやるよ!」と生活費を渡してきたが如き状況に、「後で何を要求されるか分かったものじゃない」とすっかり怯えてしまった少女。

 

【脱出結晶】使用時の光に包まれながら、彼女は「帰ったらすぐに冒険者を引退して夜逃げの準備をしよう」と決意したのだった。

 

なお、命の恩人に対して不誠実だと罪悪感を抱いたものの、すぐに男に対する圧倒的な恐怖心によって押し流されてしまった模様。残当である。



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4.「特定の条件下では強い」は狂人の発想

現実基準に性能が変化していた【壱の剣】のおかげで意外にも効率よく経験値を稼げていた俺は、予定よりも早く必要なスキルを習得することができた。これで序盤の稼ぎポイントに行くことができる。

 

目的地はダンジョン上層の8階。ダンジョン上層は10階までであり、ダンジョン中層に近いということで出現するモンスターにも変化が現れる。

 

「【打ち落とし】!」

 

まあこの階層に出てくるモンスターは全て、俺が新しく習得したこの【打ち落とし】というアクティブスキルを使えば面白いくらいにカモれてしまうんだけどな!

 

このスキルは「1ターンの間、自分に対する敵の単体物理攻撃を無効化しつつ反撃する」という効果だ。一見するとチート級のスキルのように思えるが、当然ながらそんな美味い話はない。戦闘バランスが崩壊するほどのぶっ壊れスキルが存在するゲームだったのなら、【アヘ声】は「RPG部分のクオリティが高い」と評価されていない。

 

まず、このスキルは自分のTEC(技量のステータス)が相手のTECを下回っていると自動失敗する。さらに、TECの差が大きいほど成功率が上がる仕様になっているため、相手のTECを大きく上回らないと全然成功しない。

 

しかも苦労して成功率を上げたところで、このスキルは説明文にある通り「自分に対する単体物理攻撃」にしか効果がない。

 

つまりこのスキルで無双するためには「相手のTECを大きく上回り」、「敵の攻撃が自分に集中するようにして」、「敵の範囲攻撃や物理以外の攻撃を封じる」という非常に面倒な手順を踏む必要があるんだよな。

 

特にTECを大きく上回らないといけないのが厳しい。最強育成した冒険者であれば話は別だが、それでもダンジョンを進むにつれて敵の攻撃は多彩になっていくので、【打ち落とし】を活かせる機会はそう多くはない。

 

しかも一部のボスはTECが変態染みた高さに設定されているので、実質無効だったりする。よって、このスキルさえあれば無敵という訳では決してない。

 

だが、それは逆に言えば特定の条件下では無類の強さを発揮するということでもある。具体的には、TECがクソザコナメクジかつ通常攻撃しかしてこないモンスターのみが出現する場所をソロで進む場合とかだな。

 

「【打ち落とし】! 【打ち落とし】! 【打ち落とし】ィ!」

 

そう、つまりはこの階層のことだ。ここのモンスターは「とある厄介な特性」を持つ代わりにTECが0に設定されている。今の俺なら【打ち落とし】は確定成功だ。

 

まあ俺も最初は「現実で成功率100%とかあるわけないだろ!」と思っていたんだが、この世界では「ステータスは絶対」なんだよな。なんでも、「神様を超える生物が生まれてしまわないように、神様が全ての生物の能力を数値化してしまった」とかなんとか……。

 

そんな設定は【アヘ声】には登場しなかったから詳しくは知らないけど、「ステータスは絶対」というのはこの世界においては常識として定着してるし、事実その通りになっているのは確認済みだ。というか、そのおかげで前世では剣なんて握ったこともなかった俺でもこうして戦えてる訳だし。

 

まあ、逆に言えば「敵の攻撃を受けて倒れた奴が仲間の声援を受けて立ち上がる」とか「仲間がやられた怒りで新しい能力に覚醒する」みたいなことは絶対にないってことでもあるんだがな。

 

HPが0になったら蘇生用のアイテムを使うとかしないとずっと床ペロしたままだし、スキルを習得するためにはレベルアップといった特定の条件を満たさないと絶対に不可能だ。

 

「ハハハハハ! 経験値フィーバーだぜ!」

 

それはともかく、レベル上げである。

 

さっきから俺が戦っているモンスター……それは異種○要素があるゲームでは登場率ほぼ100%と言っても過言ではない人気者、「スライム」だ。

 

某国民的RPGによって「最弱のモンスター」のイメージが定着しているスライムだが、ことエロゲ業界においては最強格のモンスターだったりする。

 

戦闘面においては、身体が液体であるがゆえに物理攻撃にはめっぽう強く、身体の形状を自在に変化させて思いもよらない攻撃を仕掛けたり、獲物を体内に取り込んで窒息させたり……と、非常に厄介な特性を持っていることが多い。

 

エロ方面では、液体の身体を特殊な成分に変えて服だけ溶かしたり、形状を触手に変えたり、女の子を体内に取り込んで拘束したりベタベタに汚したり……と、スライム1匹で様々なニーズに応えることが可能な万能っぷりである。

 

こうしたスライムの脅威は【アヘ声】においても存分に発揮されており、スライム族のモンスターは対処法を間違えるとパーティに壊滅的な被害を撒き散らす存在として恐れられつつも、「いつもお世話になっております」とプレイヤーたちから頭を下げられる存在でもあった。

 

まあ俺の目の前にいるこいつらは上層に出てくることから分かる通り下級のスライムなので、さすがにそこまで凶悪な能力は持っていないが……1つだけ、厄介な特性を持っている。それは「物理攻撃を受けると分裂する」という特性だ。

 

何も考えずにプレイしていると、この時点では物理攻撃でスライムを分裂する前に一撃で倒せるほどの火力はなく、「魔術を使うとMPを消費するし、物理で殴った方がよくね?」と【魔術士】をパーティに入れず物理でゴリ押ししてきたプレイヤーたちを絶望の淵に叩き落としてくる。

 

言ってみれば、「ちゃんとバランスよくパーティを編成しないと苦労するよ」と教えてくれる、チュートリアル用のモンスターという訳だ。

 

「いいぞお! もっと増えろ! そして経験値を寄越せ!」

 

まあ、こうして慣れたプレイヤーにはわざと弱い武器を使ったりして攻撃力を調整した【打ち落とし】で無理やり増殖させられて稼ぎに使われてしまうんだけどな!

 

「ハハハハハ……あれ?」

 

なんか、心なしか分裂させる度にスライムが小さくなっていってるような……あっ、死んだ。

 

突然スライムが小刻みに震え始めたかと思うと、バシャリと弾けて水溜まりになってしまった。身体の中に見えていた球体状の「心臓に相当する部位(コア)」も、指1本触れてないはずなのに崩れてしまっており、完全に死んでいる。

 

うーん……想定はしていたが、やはりゲームと同じように全自動レベル上げ(ボタン押しっぱで放置)とはいかないか。まあオートレベリングには他のクラスが習得するパッシブスキル【勝利の美酒】(戦闘終了時にHPを自動で割合回復)とか【血吸蛭】(倒した敵からHPを割合吸収)とかを利用して専用の環境を整える必要があるので、元から定期的に休息を取る必要があったから別に構わないけどさ。

 

「それに、他にもスライムはいっぱいいるしな!」

 

そう言って近くのスライムどもに笑顔を向けると、スライムどもはプルプルと震えて逃げ出した。ちっ、面倒な……こういうところが現実基準になったことの弊害だな。

 

「つっても、嫌でも戦ってもらうんだけどな!」

 

匂い袋(モンスター寄せ)】をブチ撒けたことで、逃げようとしていたスライムが興奮したように押し掛けてくる。よし、これでまた経験値が稼げるな!

 

ちなみに、直接【匂い袋】を自分にブチ撒ける勇気はさすがになかったので、ちょっと離れた地面とか壁にブチ撒けている。そうすれば危なくなってもその場から逃げればオーケーだしな。誤って自分に匂いがついてしまったら、すみやかに【脱出結晶】だ。

 

……【匂い袋】で思い出したが、あの時の少女は大丈夫だろうか。無事を確認しようにも、なんか冒険者を辞めたとかで結局は会えずじまいなんだよな。【アヘ声】だと【冒険者】を辞めたことで稼ぎがなくなってしまい借金からの奴隷堕ちコンボをキメちゃう、なんてことが普通にあったから心配だ。

 

まあ俺は自分から進んでソロ探索してる(ボッチやってる)ので最近は情報が入りにくいんだが、小耳に挟んだ話だとこの世界でも似たような例はあるらしいんだよな。

 

自分が関わった子がそうなってしまったらさすがに心が痛むんだが、それでも冒険者を辞めたあたり、よっぽど怖い目にあったんだろうなあ……。俺も気をつけないと。慢心ダメ、ゼッタイ。

 

俺は念のために早めの撤退を心掛け、適度に休憩を入れたりしながらレベリングに勤しむのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

初心者のクセに大金を稼いでいる奴がいる。そう聞いてやってきたのは、いわゆる「初心者狩り」の2人組だった。しかもグレーゾーンを見極めて犯罪者になるのを回避しているようなタチの悪い連中である。

 

この2人も【黒き狂人(ぶっちぎりでイカれた男)】の噂を聞いてはいたものの、「どうせ新米冒険者(ルーキー)がビギナーズラック連発したことで勘違いしてイキってるだけだろ」とタカをくくっていたのだが――

 

「…………」

 

2人が見たのは、無言でスライムを虐殺して回る男の姿だった。

 

黒い瞳には何の感情も浮かんでおらず、まるで全てを呑み込む闇のよう。しかして逃げようとするスライムには【匂い袋】で戦いを強制して返り討ちにする姿は、淡々と家畜を殺処分する屠殺人を想起させた。

 

さらに男が虐殺しているのはあのスライムだ。毎年、何人もの新米冒険者が行方不明になる原因であり、奇跡的に生還した者も身体の内側から破壊し尽くされていて身も心も二度と元には戻れなかった、という恐ろしいモンスターである。目の前で仲間がスライムに呑み込まれていくのを見てしまい、仲間を見捨てて逃げ帰り、それがトラウマになって冒険者を辞めた……なんてのもありふれた話であった。

 

この2人もスライムによって心を折られたクチであり、もともと所属していたパーティが壊滅してからはダンジョンの奥へと進むことを諦め、初心者狩りに精を出すようになったという経緯があるのだ。

 

「お、おい……やめとこうぜ……」

 

「……そうだな……」

 

そんなスライムが一方的に虐殺される様は、2人にとって衝撃的すぎた。

 

しかもこの世界においてはスライムには感情がないというのが定説であるため、この光景は2人の目には「ゴミでも見るかのような目で見てくる男に対し、スライムが本能的な恐怖を覚えて逃げ出した」という風に映ってしまう。

 

なお、本人はレベリングの途中からさらなる効率を求めて無我の境地になっていただけなのだが、そんなことは2人には分からない。周囲が薄暗いせいで男の顔に影がかかっているのも相まって、端から見ると完全にホラーである。なんなら2人に新たなトラウマを植え付けかねない光景ですらあった。

 

「何が『ビギナーズラック』だよ……ぶっちぎりでイカれた奴じゃねーか……」

 

しかも、スライムの虐殺に使われているのが【打ち落とし】であるという事実も2人を恐怖させた。

 

それはそうだろう。この世界において、【打ち落とし】は何の役にも立たない地雷スキルとして知られている。

 

RPGをよくやる人であれば、何やら強そうな技を覚えたので意気揚々と使ってみれば、全くの役立たずで「は? ふざけんな! 二度と使うかこんなゴミ!」となってしまい、存在を忘れたままゲームをクリアしたような経験はないだろうか?

 

この世界の人間にとって【打ち落とし】はまさにそれだ。「敵の攻撃を無効化する」という説明に踊らされて使ってみれば、何の役にも立たずそのまま苗床エンドを迎えた人間は1人や2人ではない。

 

それでも正確な発動条件を検証した奴くらいいるだろうと思うかもしれないが、男が持つ前世の知識とて「何人もの主人公の犠牲の上(セーブ&ロードの繰り返し)」で成り立っていることを忘れてはならない。

 

ましてや、現実となったこの世界で命を懸けてスキルの効果を検証するような奴がそう何人もいるはずもなく。

 

いたとしても、それは「求道者」と呼ばれるような人種だ。そもそも世捨て人になっていて他人に自分の知識を教えることはないか、もしくは秘伝の技として知識を独占するかのどちらかだろう。なので【打ち落とし】は世間一般ではゴミスキルだという見解が大半なのである。

 

というか、まだダンジョン中層に到達すらしてないような新米冒険者が【打ち落とし】を習得するくらいクラスレベルが高いというのもおかしいし、100歩譲って「そういうこともあるだろう」と認めたとしても、今度は【打ち落とし】を習得するほど高レベルの【剣士】なら他にもっとマシなスキルが使えるようになっているはずだ、という問題にぶち当たる。

 

なので2人にしてみれば、男の行動は「ゴミスキルを使って敵を倒せるレベルにまでなった酔狂な求道者が、わざわざそのゴミスキルを使ってスライムを殺すことで、奴らに屈辱的な死を味わわせている」ようにしか見えず、それが余計に恐怖を掻き立てた。

 

「たぶん……こいつにケンカを売ったら死ぬより酷い目にあわされるぞ……」

 

「……モンスターに負けるのとどっちがマシだろうな……」

 

「笑えない冗談だな……冗談だよな?」

 

結果、男は「初心者狩りに恐れられる初心者(お前のような初心者がいるか)」というさらなるヤバい奴認定と引き換えに被害にあうことはなかったのであった。



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5.「奴隷を仲間扱いする」は狂人の発想

「うーん……」

 

今日も今日とてレベリングに勤しんでいた俺だったが、最近はある悩みを抱えていた。それは目の前に鎮座する宝箱についてだ。

 

「もったいねえ……」

 

思わず呟きが漏れる。モンスターが落とす宝箱からアイテム収集(トレジャーハント)はハクスラの醍醐味の1つなんだが……あいにく今の俺は戦闘職の【剣士】。つまり戦闘しかできないので、この宝箱を安全に開けるための手段を持ってないんだよなあ……。

 

モンスターが落とす宝箱には、基本的に罠が仕掛けられていると考えていい。まあここはダンジョン上層ということもあって仕掛けられている罠は大したことないものばかりだし、なんなら罠が仕掛けられていないこともある。

 

だが俺にはそれを判別する手段すらない。なにより、上層といえどごく稀に凶悪な罠が仕掛けられていることだってあるので、不用意に開けるのはいくらなんでもリスクが高すぎる。

 

なので宝箱は基本放置するしかなく、今の俺が手に入れられるのはモンスターごとに設定されているドロップ品のみだ。

 

……開けたい!

 

今までずっと我慢してきたが、さすがに限界だった。俺の魂が宝箱を開けろ(トレハンしろ)と叫んでいる!

 

いや、予定では【剣士】をクラスレベル最大にした(極めた)後でサブクラスに【狩人】を取得する予定だったんだよ。

 

サブクラスを取得すると成長速度が半分になるって話をしたと思うが、それには例外があって、メインかサブのどちらか片方に極めたクラスをセットしている場合、そのクラスには熟練度(クラスのレベルアップに必要なポイント)がそれ以上入らなくなるため、もう片方に熟練度が全部流れるようになっている。

 

だからさっさと【剣士】のクラスレベルをMAXにしてしまってから、罠の解除スキル持ちかつ習得スキルに【剣士】とのシナジーがある【狩人】をサブクラスにするつもりだったんだが――

 

でももう無理! トレハンしたい!

 

あの宝箱を開ける瞬間のドキドキ感! そして中身に一喜一憂する時間! それを俺はこの上なく愛しているんだ!

 

ダンジョンRPGにおいてアイテムはモンスターが落とす宝箱から入手するのが基本であり、固有ドロップは一部を除いて換金用アイテムか素材系アイテムばかり、店売りしているのは回復アイテムか初心者用の低級装備品のみになっていることが多い。それは【アヘ声】でも同様だ。

 

ただ、この世界では他の冒険者の存在によって仕入れが充実しており、思わぬ掘り出し物と出会うことがない訳じゃないんだが……1日の大半をダンジョン内で過ごしている都合上、俺が店を覗く頃にはすでに掘り出し物は売り切れになっていることの方が多いんだよな。

 

それになにより、やっぱこういうのは自分の力で手に入れてこそだろ! 他人のお下がりなんていらねえんだよ!

 

……でも【剣士】じゃないとレベリング効率が悪いんだよなあああああ! 一度上げた効率を落としたくないから【剣士】は辞められない! でも宝箱は開けたい! そのためにはクラスチェンジする必要ある! ジレンマだ!

 

「よし……!」

 

とうとうソロ冒険者(ボッチ)を卒業する時が来たのかもしれない。

 

俺は【脱出結晶】を地面に叩きつけてダンジョンから脱出すると、【パーティ募集掲示板】の下へと突撃した。

 

 

 

 

 

「え、えっと……ごめんね? 防御力に不安がある人をパーティに加えるのはちょっと……*1

 

「1人倒れたらそこからパーティが総崩れになるかもしれんだろ……*2

 

「……申し訳ございません。オレ――私ではあなたのレベルについていけそうありませんので許してくださいお願いします*3

 

 

 

 

 

あああああああああ!!!

 

さすがに俺もそろそろ新米冒険者は脱却していると周りから判断されているだろうと思ってベテラン冒険者パーティに声をかけまくったが、全員にやんわりと断られてしまった。

 

あまりにも大勢の冒険者に断られたので、最終的に「新米冒険者に混じるのはやめよう」という誓いを破ってまでパーティを募集するも、それすらも断られる始末。

 

何がいけなかったんだ!? アピール不足か!? もっと高火力や殲滅力の高さを全面に押し出すべきだったか!?

 

いや、そうか……さすがにレベリング途中の身でベテラン冒険者に混じるのは無理があったんだな。かといって新米冒険者と組もうにも「新米同士これから一緒に頑張ろうぜ!」と言える時期は過ぎてしまったらしい。

 

くそっ! まさか転生した後に「すでに仲良しグループができあがった後くらいの微妙な時期に転校してきてボッチ化してしまった学生」みたいな気分を味わうことになるなんて思いもしなかったぞ!

 

「か、かくなる上は……!」

 

奴隷か? 奴隷しかないのか?

 

いや、でもなあ……確かにこの世界では奴隷が合法的に存在してるから、異世界の仕組みに対して日本人としての感性で文句を言うつもりはないんだが……。さすがに元日本人としては奴隷の存在そのものに拒否感があるぞ。

 

いや、そりゃあ俺だって二次元の奴隷少女は大好きだぞ? 「最終的にサキュバスみてーになる奴隷少女の頭を1日中撫でて過ごすゲーム」とか好きだったし、「奴隷をつれ回して調教したり着せ替えたりしつつ意思を持つ剣を片手にダンジョン探索するゲーム」とかにもドはまりしたし。

 

でもそれはあくまで二次元での話だ。ああいうのは二次元だからこそ性癖として受け入れられているのであって、さすがに「現実でも奴隷買いたい!」とか言ってる奴がいたらドン引きだし、「奴隷制度を導入すべきだ!」なんて言い出す奴は非難されて然るべきだ。

 

というか家族でも恋人でもない女の子と一緒に暮らすのなんてどうすりゃいいのか分からん。いくら奴隷と言えど犬や猫を買うのとは訳が違うんだぞ。ゲームの主人公みたいに上手いことやれる自信が全くないんだが……。

 

……ん、いや、待てよ? ペット……ペットか。【アヘ声】だから奴隷=女の子! みたいな先入観があったけど、別にわざわざ女の子の奴隷を買う必要なんてないんだよな。

 

よし、「ほとんどモンスター」みたいな、なんかそういう「(比較的)奴隷として使役しても心が痛まない」感じの奴隷を探してみるか。異種○要素のあるエロゲを元にした世界だし、そういうのもいるんじゃねえかな。まあ奴隷の使役そのものに抵抗感があることは変わらないんだけどさ……。

 

そう思って奴隷市場に行ってみたまではよかったんだが――

 

「…………」

 

うわ……想像以上に酷い場所だな……。

 

檻に入れられた人々はHP0にされ、ハイライトのない目でぼんやりと虚空を見つめている。中にはボロボロの布の上に無造作に転がされて山積みになっており、まるで粗悪な大量生産品のように叩き売りされている人すらいた。そしてその傍らでは、ゲラゲラ、ニタニタと下品に笑いながら商談する客と商人の姿があった。

 

こういうのを見せられると、ここは【アヘ声】の世界なんだと改めて実感させられるな……。いや、俺も奴隷を買いにきた時点で同じ穴のムジナなんだけどさ……。それでも気分が悪くなる光景だ。

 

市場全体の空気は淀んでいるように感じられ、精神的にも、衛生的にも、ここに長くいると悪影響が出そうな気がする。俺はさっさと目的を済ませてこんなところからはおさらばすることにしたのだった――

 

 

──────────────────────

 

 

遠くから黒髪の男が歩いてくるのが見えた時、奴隷商人は「予想よりも遅かったな。だがここに来ることは予測済みだったぞ」と心の中で独りごち、人知れずニヤリと笑った。

 

商人とは情報が命の職業である。それは奴隷を扱う者とて同じこと。この奴隷商人もまた、今までの顧客、そしてこれから顧客となりそうな人間の情報は全て頭の中に叩き込んであった。

 

ゆえに、いくら謎多き【黒き狂人】の情報とて、かなりの精度で把握していると自負していた。この奴隷市場を牛耳る商人としてその程度は朝飯前である。

 

この世界における【狂人】の最初の痕跡は5ヶ月ほど前だ。それより以前の過去は不明。かの男はフラリと冒険者ギルドに現れて冒険者登録をしたのち、しばらくの間は目立った活動がなかったという。

 

派手に動き始めたのはおよそ3ヶ月前のことだ。尊厳破壊をも恐れぬ地獄の強行軍でわずか1週間と少しでレベル10に到達。その後も狂気的な勢いは止まらず、1階層ずつ順にモンスターを根絶やしにする勢いで虐殺して回っている。そのスピードも驚異的だ。

 

そして他の新米冒険者たちがダンジョン入口付近でレベル上げしてようやくレベル10に到達し、本格的にダンジョン攻略を始めた頃。【狂人】はすでに中層目前の8階層まで到達していた。

 

今では【剣士】を極めつつあるなどという眉唾物の噂すらあるが……まさか、ベテラン冒険者が長い時間を掛けてようやく到達できるような頂に、いくら【狂人】といえどそう簡単には辿り着いていないだろう。それはともかく、最新の情報だと8階層のスライムを残虐な方法で殺し回っているらしい。

 

そこから導き出される、【狂人】の正体とは――

 

「……復讐者、か」

 

冒険者になってからすぐに動き出さなかったのは、仇の情報を得るため。尊厳破壊をも恐れぬ強行軍は、すでに「地獄を見た」後であるがゆえに、もはや復讐心以外に何も失うものが残っていないのだろう。

 

復讐の対象は恐らくモンスター全般……スライムを特に残虐な手段で虐殺しているのは、仇がスライム系のモンスターだからか。

 

ならば新しく仲間(失いたくないもの)を得るのを恐れ、いずれ奴隷を買い求めに来るはずだ。

 

商人はそのように結論付けていた。

 

……商人のことを笑ってはいけない。まさか男がモンスターのことを「経験値&金を生む機械」とか「全自動宝箱運搬機」みたいな扱いをしているなど、この世界の人間にとっては想像の埒外なのだ。

 

「すみません、ダンジョン攻略のために(パーティメンバーとして)奴隷を探しているのですが……」

 

「ほほう、(捨て駒の肉壁として)ダンジョン攻略のために使役なさるのですね」

 

見るがいい、あの陰を背負った暗い顔を。やはり私の見立ては間違っていなかった。そう商人は内心でほくそ笑む。

 

……単に空気が悪くて調子悪そうにしてるだけなのだが、先入観ゆえに商人は気づかない。人間とは、他人から言われたことは鵜呑みにはしないが、自分で導き出した結論には絶対の自信を持つ生き物である。

 

「では、こちらのゴブリンなどはいかがですかな? 10匹ほど纏めて買っていただければ少し勉強(値引き)いたしますが……」

 

「いえ、(パーティ人数は最大で6人だし、そもそも今はトレハン要員だけいればいいから)1人でいいんですけど……」

 

なんと、この男は10匹分の苦痛をたった1匹に背負わせるつもりでいるらしい。

 

「しかし、それでは(モンスター奴隷は消耗品なので)長持ちしませんが。よろしいので?」

 

「はい、(奴隷だからって死ぬまで戦わせるつもりはないので)大丈夫です」

 

しかしモンスターの奴隷を紹介した時の反応を見る限り、こちらの見立ては間違っていないようだ。

 

「(というか、1人分の装備を整えるためにも金がいるし)当分の間は1人で十分です」

 

そのうえで、消耗品をわざわざ治療して何度も使い回すことで、延々と地獄の苦しみを味わわせる気でいるようだ。ならば量より質か、と商人は脳内の情報を適宜更新していく。

 

「そうですね……将来的には俺と同じように(最強の冒険者として)育てるつもりなんですが」

 

ちょっと変わった表現方法だが、とりあえず「自分が味わってきた地獄を貴様らモンスターにも味わわせてやる!」という気概は伝わってきた。

 

ここのところ下卑た欲望をぶつけるために異性の奴隷を買い求める客ばかり相手にしてきたので、こんなにも恐ろしい男と相対するのは久しぶりだ……と商人は冷や汗を流す。

 

なお、全て勘違いである模様。

 

「では、こちらの奴隷はいかがですか?」

 

そして今までの情報を統合した結果、商人が男に紹介したのは、「ノーム」というモンスターであった。

 

男の前世では一般的にノームというと「長いお髭の老人のような風貌をした小人」であるが……そこはエロゲ世界のお約束。檻の中にいたのは、身長10cmほどの子供の姿をしたモンスターであった。少年とも少女とも取れる中性的な顔立ちで、実際に性別は存在せず大地からニョキニョキ生えてくるモンスターである。

 

商人としては、「復讐対象とおぼしきスライム族の奴隷をそのままお出ししたら男がどんな行動を取るか未知数のため、まずはスライム族と同じ精霊カテゴリのモンスターで様子見」「精霊カテゴリ由来の各種耐性を備えるため意外と頑丈」「一晩ほど地面に埋めておけば怪我が治る」といった理由でのチョイスであった。

 

「あ、ではこの子でお願いいたします」

 

なお、見た目こそ完全に元ネタと乖離しているものの、「手先が器用で優れた細工品を作る」という特徴は【アヘ声】でも同じであったため、細かい作業をさせるには丁度いいモンスターでもある。

 

ついでに言うと、可愛い見た目に惑わされてホイホイ付いていくと容赦なく地面に引きずりこまれて生き埋めにされたあげく、少しずつ身体が腐敗していってノーム畑の肥やし(補食エンド)となってしまう恐ろしいモンスターなので、奴隷として使役してもあんまり心が傷まない。

 

男と商人の思惑は全く別の方向を向いていたように見えて、実は奇跡的に噛み合っていたのだった……。

*1
目逸らし

*2
震え声

*3
早口



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6.「奴隷が言うこと聞くか確認」は狂人の発想

Q.美少女モンスターと和○したいのですが、なんで補食エンドか強○の2択しかないんですか?

 

A.人間が牛や豚に欲情するのはかなりの特殊性癖であるのと同じで、美少女モンスターにとって人間は牛や豚みたいなものだからです

 

――【アヘ声】公式Q&Aより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

実のところ、こんな序盤でモンスターをパーティに入れられるとは思っていなかったので驚いている。

 

モンスターと人間は相容れない存在だ。基本的にモンスターは人間のことを「餌」としか思っていない。ゴブリンや触手系モンスターみたいに、人間を強○して○ませるタイプのモンスターですら、人間のことを「オ○ホ」とか「○み袋」くらいにしか思ってなかったりする。

 

なので、【アヘ声】でモンスターを使役する方法は2種類しかない。

 

1つは【召喚士】というクラスが習得するスキル【契約】でモンスターを捕獲し、【召喚】で呼び出して戦わせる方法。この場合、モンスターはダンジョン探索中にしか呼び出すことができず、経験値も入らないため、パーティメンバーとして育成することはできない。

 

そしてもう1つの方法は、【契約】で捕獲したモンスターを、とある施設を使って人間の味方として【再誕】させることだ(施設を使った時になんか怪しげな効果音が鳴るので、ファンの間では【洗脳】とか呼ばれていた)

 

2つ目の方法であればモンスターをパーティメンバーとして使えるようになるんだが、この施設を使えるようになるのはエンディング後なんだよな。というのも、この施設はDLC(ダウンロードコンテンツ)による追加要素だったからだ。

 

そういう理由もあり、まさかモンスターが普通に奴隷として売られてるなんて思いもしなかった。「ほとんどモンスター」というのは、言い方は悪いんだけど「苗床エンドから生まれたモンスター」とかそういうのを考えてたんだし……。そういうのならギリ人間として奴隷市場で売ってるかなって……。

 

「でもまあ、結果オーライだな。これからよろしく」

 

「……」

 

うーん……これ、ちゃんと意思疎通できてんのか? 首につけられている【隷属の首輪】の効果で命令にはちゃんと従うらしいんだが……。

 

ちょっと試してみるか。まずは裏切り防止と、人に危害を加えないように色々と禁止しておこう。

 

「俺に害を為すの禁止。正当防衛以外で人間に害を為すのも禁止」

 

「……」

 

【隷属の首輪】が光ったので命令は有効になってるはずだが……本人に反応がないから分からん。うーん、内容がフワッとしすぎか? もうちょっと具体的にしてみるか。

 

えーっと、ノーム畑の肥やしにされる(補食エンド)時のシチュエーションはどんな感じだったっけな。

 

「他のノームと共謀するの禁止。人間の顔に粘土を貼り付けて窒息させるの禁止。人間を泥で拘束するの禁止。人間を生き埋めにするために能力を使うの禁止。というか人間を腐敗させたり肥料にしたりするの禁止」

 

「……」

 

とりあえず思いついたことは全部禁止しておいたが……本当に効果があるのだろうか? 分からん。かと言って首輪の効果を確かめるために酷い命令を出すのもなあ……。

 

……いや、でも相手はモンスターだ。肝心な時に裏切られたら困る。場合によっては命に関わるんだから、ここは心を鬼にして確かめるしかない。

 

「今から確認のために君をぶった斬るから、その場から動かないでくれ」

 

「……」

 

そう言いながら剣を抜くが、動く気配はない。無反応のままだ。まあただの脅しで本気でやるつもりはないと思われている可能性も考えて、俺は本気で剣を振り下ろした。

 

「【絶刀(単体超火力スキル)】」

 

俺のHP3割と引き換えに、ノームのすぐ隣の地面が爆ぜた。勿論、わざと外した。いや、いくらなんでもさすがに本気で当てるつもりはないぞ。ちゃんと命令が有効なのか確認が出来ればいいんだからな。

 

「……」

 

「念のためだ。【絶刀】」

 

反応がなかったので、確認のためにもう1発。反対側の地面も爆ぜるが、ノームに動きはない。

 

いや、よく見ると「その場から動くな」という命令を守って爆風で吹き飛ばないように踏ん張っているようだ。ということはちゃんと命令を聞くんだな。

 

……ああ、もしかして。モンスターだから人間の言葉を喋れないし、ジェスチャーも知らなかっただけなんだろうか。

 

「これからは『肯定』の時は首を縦に、『否定』の時は首を横に振ってくれ。分かったか?」

 

そう言えば、ノームは勢いよく首を縦に振って肯定を返してくれた。やっぱりそういうことか。なんか悪いことしたな……。

 

「ごめんな。色々と至らないところの多い主だと思うけど、改めてよろしく頼むよ」

 

こうして、俺は本当の意味でノームをパーティに加えたのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「じゃあおやすみ。明日もよろしくな」

 

奴隷市場で我が主と出会った時、最初は髪が黒いこと以外は他の人間と見分けがつかなかった。どうせこいつも他の人間と同じだろうと思っていたのだ。

 

ノームを植木鉢の土に突き刺してさっさと眠ってしまった男を見て、ノームは頭だけ外に突き出た状態でそう回顧する。

 

ノームは初め、さっさとこの男を騙して【隷属の首輪】を外させて反逆してやろうと思っていた。これさえ外してしまえば奴隷は自由の身だ。自由になりさえすれば、モンスターにとって人間などただの「餌」にすぎない。

 

なに、少し友好的なフリをしてやれば簡単に騙されるような頭の悪い種族だ。たまに騙されない個体もいるが、そいつらとて罠にはめてしまえばどうとでもなる。

 

そして自由になった暁には、餌の分際で今まで散々我を苦しめてきた人間(奴隷商人)どもに復讐を果たすのだ。あと少し遅ければ我は奴らから受けた拷問によって完全に気が狂っていた。その報いは受けさせなければならない。

 

ノームはそう思っていたのだが――

 

「他のノームと共謀するの禁止。人間の顔に粘土を貼り付けて窒息させるの禁止。人間を泥で拘束するの禁止。人間を生き埋めにするために能力を使うの禁止。というか人間を腐敗させたり肥料にしたりするの禁止」

 

思い出しただけでノームは背筋が凍る思いだった。なにせ、これからやろうとしていたことを全て言い当てられたのだから。

 

最初に出した「害を為すな」という命令だけでも十分だったというのに、わざわざそんな具体的な命令を出したあたり、完全にこちらの考えていることを見透かされていたに違いないのだ。そうノームは確信している。

 

「【絶刀】」

 

そしてその直後に振るわれた剣技。ノームはその剣技に見覚えがあった。

 

あれは確か、以前戦ったことのある人間(冒険者)が最期の時まで温存していた技ではなかったか? あの時は本当に肝が冷えた。なにせ、我々ノームが総力をあげて製作した傑作ゴーレム(岩でできた巨人)を、一刀のもとに斬り伏せてみせたのだから。

 

もっとも、その技はHPと引き換えに発動する技だったらしく、直後に人間(冒険者)は膝を屈したため、あえなく我らの糧(補食エンド)となったが……

 

「念のためだ。【絶刀】」

 

少なくとも、そんな気軽にポンポン放っていいような技でないことくらい、技の詳細を知らないノームにも分かる。

 

「…………」

 

そして……ずっとノームに向けられていた、底無し沼を想起させる暗黒の瞳。ようやく自分が置かれている状況(生命の危機)を理解したノームは、この男には逆らうまいと心に決めた。

 

なお、男は考え事をしながらノームを見ていたので凝視する形になっただけで、ノームが思ってるような深い考えなどなかったし、むしろ考えが足りてないアホなので短絡的な行動ばかり取るのだが、それが偶然にも徹底的にノームの心を折りに行ったのだ。

 

……そして胸ポッケに突っ込まれてダンジョン入りしたノームは、さらなる恐怖を味わうこととなる。

 

「ハハハハハ! 経験値! 金! 宝箱!」

 

あの人間(奴隷商人)は裏でこいつのことを【黒き狂人】などと呼んでいたが――こいつが狂「人」だと? 冗談ではない! こんなのが人間であるものか!

 

男の戦う姿を見てノームは情けない悲鳴をあげそうになるのを堪えるのに必死だった。

 

この世界においては、モンスターとは絶対的な捕食者であり、それ以外の存在は全て餌に過ぎない。中には人間の抵抗を受けて命を落とすモンスターもいるが、それでも種族全体を見ればモンスターと人間の差は歴然である。

 

モンスターこそが、あらゆる食物連鎖の頂点に位置する上位者であることは、純然たる事実なのだ。

 

――そのはずだった。

 

「【死中活(HP3割以下でステータス2倍)】! ……かーらーのー! 【打ち落とし】! TEC2倍により確定成功、攻撃力2倍によりダメージも大幅増加だ! 【食いしばり(ダメージを受けてもHPが1残る)】のおかげでうっかり回避ミスっても死ぬ心配もない! ハハハハハ! スライム以外に対しても圧倒的ではないか我が軍は!」

 

その絶対的な捕食者であるはずのモンスターが、たった1人の男によって次々と餌になって(全てを奪われて)いく。

 

その光景を見て、ノームは男が【狂人(人間の範疇)】などではなく、人間になりすましてモンスターを食い荒らす【化物】だと確信した。

 

「自分に【七星剣(成功すればHP7割減)】! ……うーん、何度もやってると()()()()()()()()()()()()()()()()にも慣れてきたな。まあこの世界だとHPがある限りは足の小指を角にぶつけてもほとんど痛くないんだけどさ」

 

そもそも、パワーアップするために自分で自分のHPを一気に7割も消し飛ばすなど、そんな頭のおかしなことをする人間なんてどこにもいない。そんなことをすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

そんなことは人間よりも痛みに耐性を持つモンスターだってやりたいとは思わないし、あまつさえ何ともなかったかのように振る舞ってしまえる精神を持つ存在など、もはや人間でもモンスターでもない。【化物】と呼ぶのが相応しいだろう。

 

「よーし! この調子で、目指せ「最強」!」

 

間違いない。こいつはいずれ最強(誰にも手がつけられない存在)となる。

 

それを悟った瞬間、ノームは()()()()()()()()()()()()()を何よりも恐れるようになった。自身の自由を奪う忌々しい存在と思っていた首輪が、その実、これこそがノームをただの「(経験値)」から「奴隷(1つの命)」へと昇格させるものであったのだ。

 

首輪が外れた瞬間、あの何の感情も宿していない眼差しが我を貫き、そして何の感慨もなく踏み潰されてしまうのだ! ああ、想像しただけでも恐ろしい!

 

……実際はなんだかんだでノームに対して愛着が湧き始めているので、ノームに裏切られたら男は普通にショックを受けるのだが、ノームの方はそう思っていないのだから仕方ない。

 

「さあ、宝箱を開けてくれ! ……こ、これは!? よっしゃあ! よくやった! これでまた俺たちは最強に近づいたぞ!」

 

幸いなことに、「この【化物】は我のことも【最強】とやらに育て上げるつもりらしい」とノームは理解していた。確かにノームにとってこの男は恐ろしい【化物】だが――ノームがこの男の奴隷であり続ければ、いずれノームは()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

無論、ノームは「この男から与えられた力」で「力を与えた本人」に反逆できるとは思っていない。しようとも思わない。どうせ即座に鎮圧できるような手段を用意しているに違いないのだから。

 

だからこそ、ノームはどんな命令でもこなす忠実な奴隷であり続ける。男も「死んでもやり遂げろ」とまでは言わないため、その点は安心だ。この男に見捨てられるくらいなら、何だって耐えてみせると覚悟を決めていた。

 

まあ今後は解除に失敗したら毒ガスが噴き出す宝箱とか、爆発してHPが1桁になる宝箱とか、生きたまま全身が石化してしまう宝箱とかを解除しろと言われるだろうが……それでも、生きてさえいれば男に治療してもらえるので安心だ(地獄かな?)

 

あとはまあ、植木鉢は陶器鉢の方が個人的に好みだとか、できれば土に毎日水をやってほしいとか、そういう細かい不満もあるけれど。

 

それすらも飲み込んで、ノームは男に付き従うのだった……。



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7.「身を挺して奴隷を庇う」は狂人の発想

Q.表情差分が表示されないバグのせいでノームきゅんがいつも無表情なんですが

 

A.仕様です。ノームに表情差分はありません

 

Q.なんで??? なんでノームきゅん表情差分ないの???

 

A.愛らしい顔をしているのは人間を誘き寄せるための疑似餌で、そもそも表情筋がないからです。無表情でもクレショフ効果を巧みに使ってノーム畑まで人間を誘導します

 

Q.なんで??? なんでノームきゅん表情差分ないの???

 

A.作画担当の負担を考慮した結果、基本的にHシーンがないモンスターに表情差分はありません

 

Q.なんで??? なんでノームきゅんHシーンないの???

 

A.本作においてはあくまで性別がないモンスターだからです

 

Q.なんで??? なんでノームきゅんキノコ生えてないの???

 

A.仕様です

 

――【アヘ声】公式Q&Aより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

「うーん……」

 

パーティが2人になったので、俺は改めて俺とノームのスキル構成や装備構成を考えていた。いわゆる「ビルド」というやつだな。

 

【アヘ声】では条件さえ満たせばスキルはいくらでも習得できるんだが、それだけではスキルは使えない。スキルを使うためには、「スキルスロット」にセットすることでスキルを活性化させる必要がある。

 

だが、活性化できるスキルの数には限りがあるため、どのスキルを活性化するかの取捨選択が必要となるんだよな。

 

もっとも、俺はたとえめったに使わないようなスキルでも最終的には全部習得(コンプ)するつもりだけどな。もしかしたら【アヘ声】では使い物にならないスキルでも、この世界なら有効活用できるかもしれないし、なによりスキル一覧を見たときに歯抜けになってたら気持ち悪いじゃないか。

 

まあそれはともかく、今後のスキル構成の話だ。

 

「なあ、ノーム。【剣士】を極めたら、次はメイン【騎士】・サブ【剣士】にクラスチェンジして、味方を敵の攻撃から守りつつ反撃する戦法でいこうと思うんだが」

 

「……」*1

 

相変わらずノームは無言だ。ただ、最近分かってきたことだが、どうやらこれは無反応という訳ではないらしい。俺が言ってることは理解しているようなので、気にせず話を続けることにする。

 

「ただ、それには君の協力が必要でな。2パターンあるから、どちらか選んでほしいんだよ」

 

「……」*2

 

「君は『常にHPが残りわずか(瀕死状態)』でいるのと、『たまに即死級の攻撃が飛んでくる』のと、どっちがいい?」

 

「……」*3

 

詳しく説明すると、前者は【ナイトシップ】というパッシブスキルを利用したスキル構成にする案(通称【湿布】)だ。このスキルの効果は「瀕死の味方を自動で庇う」。まあ「騎士」の名に相応しいスキルだな。

 

【ナイトシップ】は味方全員を瀕死にしておく必要こそあるものの、スキルの発動率は100%だ。他のメリットとしては、味方全員にパッシブスキル【死中活】を覚えさせておけば、全キャラ全ステータス2倍で脳汁出そうになるくらい爽快な戦いができることがあげられる。

 

デメリットは常に全滅の危険性を抱えることだが、全ステータス2倍なので敵より早く動けるし殲滅力も非常に高いので、ボス戦を除けばこのデメリットはあってないようなものだ。

 

後者は【バンガード】と【ナイトプライド】というパッシブスキルを利用する案(通称【バトライド】)。効果はそれぞれ「後衛の味方を自動で庇う」と「庇う系スキルの発動率を上げる」だな。

 

メリットは味方のスキル構成が自由なことと、全滅の危険性が下がること。また、メインの壁役の他にサブの壁役をパーティに入れておけば、ボス戦のように事故が起こりやすい戦闘で万が一メインの壁役が倒れても、サブの壁役が代わりに前に出ることでメインの壁役を回復させる時間を稼げるため、戦線を建て直しやすくなる。

 

デメリットは壁役以外の味方全員を後ろに下げる必要があるため、全員に遠距離からの攻撃手段を持たせる必要があることと、「庇う」発動率が100%にはならないことだ。運が悪いと魔術攻撃に特化させた【魔術士】のように紙装甲なクラスは雑魚モンスターの攻撃であっても即死する可能性がある。

 

あとはまあ【ナイトガード】っていう1ターンの間だけ味方を庇うアクティブスキルもあるんだが、パッシブスキル(自動発動)じゃないから俺自身は何もできなくなっちまうので選択肢には含めない。

 

「そういう訳で、君にも関係あることだから、君の意見が聞きたいんだ」

 

「……」*4

 

どうやら悩んでいる様子に見えたので、先にノームのスキル構成を考えることにする。

 

といってもまあこちらに関してはそんなに考えることはない。現在ノームのクラスは【狩人】なんだが、まずダンジョンの道中に仕掛けられた罠や宝箱に仕掛けられた罠を察知して解除するスキルは必須として、あとは「戦闘中に何をさせるか」決めるだけだしな。

 

選択肢としては、俺の後ろから弓で攻撃させるか、状態異常を付与するスキルなどで俺の支援をさせるか、といったところか。まあ今のところ攻撃役は俺が兼任なので、ノームにはサポートに徹してもらうのがよさそうか。

 

「……おっと。ほったらかしてごめんな。ノーム、そろそろ決まったか?」

 

「……」*5

 

「俺としては【湿布】がオススメなんだが」

 

「……」*6

 

む、首を横に振ったぞ。絶対こっちの方が戦闘が楽しいんだけどなあ……。まあ無理強いはよくないかな。

 

「じゃあ【バトライド】だな。分かった」

 

「……」*7

 

でもいずれは【湿布】を体験させたいところだな! マジで面白いくらい雑魚敵をバッタバッタとなぎ倒せるからさ! あの爽快感を味わうと二度と元のビルドには戻せなくなるぜ!

 

「……」*8

 

「それじゃあ、今日も元気にダンジョンへ行こうか! とりあえず今日中に【剣士】を極めて【騎士】にクラスチェンジするとしよう! なあに、あと500体くらいスライムを倒せばすぐだ!」

 

「……」*9

 

「ああ、そうそう。この前に入手したレアアイテムなんだけど、アレは装備している間は浮遊して床に仕掛けられた罠を回避できるようになる装飾品で――」

 

俺はノームを胸ポケットに入れると、ノームに他愛のない話をしながらダンジョンへと向かっていったのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

その冒険者は、正義感に溢れた少年であった。

 

この世界に突如としてダンジョンが現れてから幾星霜。ダンジョンから湧き出るモンスターたちによって1度は滅亡の危機に陥った人間であったが、神より加護を賜りし「勇者」によってモンスターはダンジョンへと追い返され、世界には束の間の平穏が訪れた。

 

だが、その平穏も終わりを迎えつつある。勇者が施した封印は年を追うごとに弱まっており、やがて封印は破られ世界は再びモンスターによって蹂躙されるであろう。そうなる前にダンジョンの最奥へとたどり着き、今度こそ「元凶」を破壊しなければならない。

 

そのような状況下において、ダンジョンへと潜る冒険者たちは大きく3種類に分かれている。

 

1つ。世界の終わりから目を逸らし、富を求めてダンジョンへと潜る者たち。ダンジョンで得られる宝箱を目当てに、日々の糧を得るためだけにダンジョンへと赴く者たちである。

 

2つ。世界の終わりを受け入れ、享楽に溺れる者たち。どうせ世界が滅びるならば、と自らの欲望を満たすための力をダンジョンに求める者たちである。

 

そして3つ。勇者の遺志を継ぎ、かつて勇者が果たせなかった使命を果たさんとする者たち。今度こそ世界に真の平和をもたらすため、ダンジョンの最奥を目指す者たちである。

 

その少年もまた、幼い頃から勇者に憧れて冒険者になったクチである。そのためか、少年は奴隷というシステムを嫌悪していた。自身が使命を果たして新たな勇者となった暁には、それによって得た名声を利用して真っ先に奴隷を廃止しようと思っていたくらいだ。

 

だからこそ、こうなることは必然だったのだろう。

 

「あの人が、【黒き狂人】ハルベルト……。噂通り、モンスターを奴隷として連れ回してるみたいだな」

 

その日、少年は遠くからコソコソと男の様子を窺っていた。最善は奴隷(ノーム)を解放すること。いかにモンスターといえど、無抵抗な者を奴隷として使役するのは如何なものかと考えての行動だった。

 

とはいえ、相手が正当な手続きを経て奴隷を購入している以上、それが難しいことは少年とて理解している。だから待遇の改善を約束させられれば御の字だろうとは思っていた。

 

「今からダンジョンに行くみたいだな……」

 

……なぜさっさと男に声を掛けないのか、などと言ってはいけない。少年は相手が悪人ならばたとえ格上の存在であっても立ち向かえるが、さすがに【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】が相手となると、声を掛けるだけでもモンスターと戦うこと以上の勇気が必要なのだ。

 

そりゃあそうだ。「HPが残り2割を切ればどんな悪人だろうと泣いて命乞いをするレベル」と言われている世界で、HPが残り3割の状態をキープしたまま嬉々としてモンスターの群れに突撃していくような奴に話し掛けようと思っただけでも、さすがは勇者を目指しているだけのことはあると言えるだろう。

 

だが、接触するタイミングには細心の注意を図らねばならない。下手に刺激して周囲にまで被害を出してはならないのだ。犠牲になるのは自分だけでいい。いくら【狂人】といえど、いきなりこちらのHPを0にして奴隷に落とす(尊厳破壊)とかはしないはず。さすがにそれは犯罪だ。……しないよね?

 

「よ、よし……!」

 

そのため、よせばいいのに少年は男を追って自らもダンジョンへと突入していった。

 

 

 

 

 

「【バンガード】でノームを庇ったことにより【打ち落とし】の判定! あらかじめ【七星剣】により【死中活】を発動させておくことで自動成功! まずは物理攻撃をしてくる敵を殲滅! 敵の魔術は2倍になったMDE(魔防のステータス)で受け、ノームが適宜【回復薬】を使用して帳消しに! そして【弐の剣(敵を貫通する、飛ぶ斬撃)】でトドメだ! ハハハハハ! 俺たちは無敵のコンビだぜえ!」

 

……そして少年が目撃したのは、全ての攻撃から身を挺してノームを庇いつつ、返す刀でモンスターたちの首をはねて回り、そして逃亡を始めたモンスターに対して剣先からビームみたいなのをブッパしてトドメを刺す男の姿であった。

 

しかも男はなぜか地面から数cmほど浮いており、ぬるぬると滑るような挙動でノームの周囲を高速移動していた。控えめに言って非常に気持ち悪い挙動であり、その姿は紛うことなき【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】である。

 

「…………」

 

少年はそのまま回れ右してダンジョンから脱出。その日からしばらく悪夢に悩まされ、1週間ほど自室に引きこもった。

 

「それじゃ、今日も元気にダンジョンへ行こうか!」

 

「「おーっ!」」

 

その後、ようやく復活した少年は、悩んだ末に冒険者に復帰。その背景には、引きこもっている間にずっと励ましの言葉を掛けてくれていた、仲間たちの存在があった。

 

それからというもの、彼は自分の身を危険に晒してまで人助けをしようとはしなくなった。

 

勇者になることを諦めた訳ではない。だが、行きすぎた自己犠牲の果ては【狂人】である。実際に狂っている人間を直接その目で見たことで、彼はそう悟ったのだ。

 

ああ、そうだ。オレは大切な人たちの笑顔をずっと見ていたいから勇者を目指したんだ。こいつらの笑顔を守りたい――その思いがオレの原点。子供の頃に憧れた勇者は、自分の命と引き換えにダンジョンを封印したって話だ。でも、オレはかつての勇者とは違う道を行く。だって、オレが自分を犠牲にしても、こいつらは絶対に笑ってはくれないのだから。

 

かくして、少年はそれまでの漠然とした憧れからは卒業し、自分なりの「勇者像(答え)」を得ることに成功した。

 

もしもそのままダンジョンの奥へと進んでいれば、きっと仲間を巻き込んで苗床エンドを迎えていたであろう少年が今後どうなるかは、今はまだ分からないのであった……。

*1
それは素晴らしい! ぜひとも我を守ってくれ!

*2
それで我がダメージを負わずに済むなら喜んで!

*3
ふむふむ――なんて?????

*4
いやいやいや!? なにその究極の2択!?

*5
今まで通り「胸ポケットに入る」1択なんだが???

*6
それ選んだら瀕死にするために毎回【七星剣】で我を斬るんでしょ???

*7
運が良ければ無傷でいられるし、そっちの方がマシだ

*8
ひっ……!? さ、寒気が……!

*9
それを聞いて我は元気がなくなったよ……



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8.「人間に絶対服従」は狂気の発想

「最近、【あの深淵(ダンジョン)へと(いざな)う声】という、女性を女性とも思わないような酷い扱いをするゲームの存在を知りました。私はこういう男性優位で女性蔑視を助長するかのような創作物は許せません」

 

「【アヘ声】はオッサンだろうとオークに掘られるしジジイすらも触手プレイで○まされるゲームだぞ」

 

「男女平等どころか老若男女平等な素晴らしいゲームなんだよなあ……」

 

「素人が【アヘ声】をプレイする場合はニューゲームを選ぶ前に設定画面で【男性キャラクターのシーンをスキップする】にチェックを入れろ。いいか? 絶対にそのままプレイするなよ? フリじゃないからな? このゲームはオープニングからブッ飛んでるぞ」

 

――とあるSNSの書き込み

 

 

──────────────────────

 

 

「ハハハハハ! なんだ、やっぱり隠れてるだけじゃないか! おらおら首と経験値と金と宝箱おいてけ!」

 

“なぜ主は戦闘になるとテンションおかしくなるのだ?”

 

相変わらず無言で何を考えているか分からないノームを連れ、今日も今日とてレベリングだ。

 

最近モンスターどもが自分から姿を見せることが減ってきたので、もしや全滅してしまったのか? と思ったこともあったが、こうして【匂い袋】で炙り出せばどこからともなく湧いてくる。そりゃあこの程度でモンスターが絶滅するなら誰も苦労しないわなって話なんだが。

 

ダンジョンのさらに奥にある最大の狩場と比べれば、やはりスライム狩りは劣るため、経験値効率が最高という訳ではないんだが……順調に上がっていく【クラスレベル】を見ていると、ついつい楽しくてモンスターどもを狩るモチベーションが上がるんだよな。

 

それにほら、あれだよ。本来なら苦戦するようなボスとかを、レベルを上げまくってあっさり倒してしまうのって爽快だと思わないか?

 

ストーリー上では強敵扱いされてる奴が戦闘でワンパンされて、そのあとも強者ムーブかましてるのを見て、こいつ足ガクガクさせながらこんなこと言ってんだろうなあとか想像するのって面白いよな。もうすぐダンジョン上層のボスと戦う予定なので、今から楽しみだ。

 

……まあ、そうやって強がらないと陵辱モノのエロゲに転生してしまった(負けたら苗床エンド)という現実に挫けそうになる、ってのもあるかもしれないけど。知ってるか? 穴さえあれば老若男女関係なくモンスターの子供を孕める(肉体改造でどうとでもなる)んだぜ……?

 

普段はそんなことないのに、戦闘中だけは深夜ハイテンションみたいなノリになるのは、なんかそういう理由なのかもしれない。自覚はないけど。

 

……うん、まあ、このことについて深く考えるとダンジョンを進むのが怖くなりそうなのでやめとくか! ようするに負けなければいいんだよ! 負けなければ! だから負けた時のことを考えるのは無意味だな!

 

ていうかダンジョンの中にいる時間の方が長いから、実質いつもこんなテンションってことだしな! それにほら、あれだよ、綺麗にコンボ(複数のスキルの組み合わせ)が決まると脳汁ドバドバ出そうになるよな!

 

よし、この話は封印しよう。何か別のことを考えるとするか。

 

「ところで、ふと思ったんだが」

 

“うわあ!? 急に冷静になるな!”

 

「君って名前とかあるのか?」

 

“えっ、今さらすぎないか???”

 

いつも「ノーム」って呼んでるが、ぶっちゃけそれって種族名だよな。俺たちで言えば「人間!」って呼ばれてるようなもんだし。

 

だからノーム個人に名前はあるのかと聞いてみれば……首を横に振ったか。

 

「やっぱりそうなのか。まあ、ぶっちゃけノームって種族は『働き蟻』みたいなもんだしなあ……」

 

“偉大なる大地の使者、我らノームが……蟻……だと……?”

 

【アヘ声】のノームって名前こそ「ノーム」だけど、実は蟻がモチーフらしいんだよな。「女王蟻」に該当するのはノーム畑の方で、ノーム自体はせっせとノーム畑に人間()を運ぶためだけに存在する「働き蟻」って訳だ。

 

つまりノーム畑によって労働力として使い潰すために大量生産された種族であるため、「個」を識別する必要がないのだろう。

 

“ああ、そうか……あくまで偉大なのは大地であって、我らノームはしょせん奉仕種族にすぎない……か。皮肉なものだな。人間の奴隷になったことで、己が『生まれながらの奴隷』であったことに初めて気づくとは……”

 

「おおっと! モンスターだ! はい首チョンパァ!!!」

 

“温度差ァ!!!”

 

「ん? どうした?」

 

ふと気づくと、ノームが俺のことを見上げ、何か言いたげにジッと見つめていた。……ふむ。これはもしかして、二次小説とかでよくある「アレ」か?

 

「なんだ、俺に名前をつけて欲しいのか?」

 

“温度差が酷くて風邪引きそうになってただけだ! って、いや、待てよ? そうか、名前か! その手があったか!”

 

ノームはしばらくの間、まるで何かを躊躇するように停止したが、やがて俺の問いにコクリと頷いて肯定を返した。

 

うーん、まさかモンスターがそんなことを考えるとは、驚いたな。「個」を持たない種族であるがゆえに、「個」を持つ人間の存在を知ったことで、「自分だけの名前」というものに興味を持ったのだろうか?

 

「しかし、名前か……」

 

最近のノームはこちらの話に相槌を打ったりして、それなりに友好的な態度を見せるようになってきたが……しょせんは人間とは根本的に相容れないモンスターだ。

 

だから完全に心を許した訳ではないんだけど……。

 

「んー、まあいいか」

 

“よし、勝ったな”

 

まあ名前がないと不便だしな。別に名前を付けるくらいはいいか。

 

うーん、ノーム……ノームねぇ……。俺たち【アヘ声】ファンは【ノム吉】とか呼んでたな。つってもこれは公式Q&Aに突如現れた【ノーム(キチ)】を由来とする、非常に不名誉な渾名なんだけども。なんかいつの間にかノーム自体を指す言葉として定着してしまっていたんだよな。

 

さすがにそんな渾名で呼ぶのは気が引けるので、モンスターどもの断末魔を作業用BGMとしながら真面目に名前を考えてみることにする。

 

「じゃあ『ルカ』で」

 

“えっ、存外にまともだな……ノム男とかノム子くらいは覚悟していたのだが……”

 

ちょっと悩んだが、【アヘ声】をプレイしていた時にパーティメンバーにつけてた名前をそのまま流用することにした。ちなみに「外国人 格好いい名前」で検索したら出てきた名前だ。意味は「光」らしい。キャラメイクで名前付ける時って、なんかこだわっちゃうよね。

 

「改めてよろしく頼むよ、ルカ」

 

“知っているぞ。人間は名前をつけたものに愛着が湧く生き物なのだろう? つまり名前をつければ主は我に愛着が湧き、我の待遇がよくなるという完璧な策だ!”

 

「よし! じゃあ名前もついて心機一転、ということで新しい戦法を試してみようぜ! たとえば【湿布】とか!」

 

“しまった! 主は人間じゃなかった! 助けて!”

 

「あ、ちなみに俺は『ハルベルト』な」

 

“えっ、【狂人】じゃなかったのか……”

 

これは俺が【アヘ声】の主人公につけていた名前だ。俺が自分からそう名乗り始めた訳じゃなくて、気づいたらこの名前で冒険者登録されてたから仕方ない。

 

俺はいつも主人公キャラには「アルバート」って名前を使い回すんだが、【アヘ声】では名前入力画面で「同名のNPCがいますが、構いませんか?」って出たからやめたんだよな。

 

で、「アルバート」の別読みである「アルベルト」にしたうえで、さらに「ア」を「ハ」に変えて「ハルベルト」にしたという経緯がある。

 

ちなみに「アルバート」は俺が前世で好きだった別ゲームのキャラの名前だ。主人公が日本人だった場合は「上須賀」って名前をつけることにしてる。

 

あ、それと「ハルベルト」は俺が【アヘ声】の主人公につけてた名前ではあるが、「今の俺」がいわゆる「原作主人公」と同一人物かと言うと、別にそんなことはないみたいだな。そもそも今は「原作開始前」にあたる時期ってのは確認済みだ。主人公はまだ冒険者にすらなっていないはず。

 

「よし、じゃあ帰ったらさっそくスキル構成を変えるか!」

 

“やめろぉ! ノームは群れで行動するモンスターで個々の力はそんなに強くないのだぞ!”

 

「なんだよー、そんなに首を振っちゃってさー。1回くらい試してみようぜ! マジで爽快なんだって!」

 

“イヤだぁ! 死にたくないぃぃぃぃぃ!”

 

そんな一幕があったりしながらも、俺たちは順調にレベルアップを重ねていったのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「ハハハハハ! レベルアップの音が気持ちいいぜえええええ!(脳内でセルフSE)」

 

“くそ! ノームめ!”

 

無惨にも首と胴体が泣き別れしていく同族たちを見て、生き残りのモンスターは物陰に避難しつつ、【化物】の後ろで高みの見物をしている「ノーム」に対して忌々しげな視線を向けた。

 

“新たに製造したゴーレムの試運転のためだけに、またしても我らを殺すのか!?”

 

モンスターは利害の一致で一時的に協力することはあれど、基本的に仲間意識というものがない。ノームのように同じ種族で群れを為して1つの目的(ノーム畑への奉仕)のために統率された行動を取るモンスターであっても、他種族に対しては冷酷だ。

 

そのノームですらも「そういう風に生み出された存在(それが当たり前)」だから群れを為すだけであり、そこに仲間意識がある訳ではなかったりする。

 

“浅ましくも『大地の使者』を自称する矮小な種族が! 単独では何も為せぬくせに、いつもいつも我らを見下しおって!”

 

“やめてよね、ボクはもうそういう恥ずかしいのは卒業したんだ。今のボクは『ノーム』じゃなくて『ルカ』。ていうか彼はボクの主で(書類上は)人間だよ”

 

「ノーム」あらため「ルカ」は、モンスターたちの罵倒で黒歴史(過去の自分)を思い出して嫌そうな顔をすると、「もはや今の自分は過去の自分とは違うのだ」と訂正する。あとついでにナチュラルにゴーレム(人外)扱いされた主のことも訂正しておいた。

 

“なんだ、人間の奴隷となったのか? これは傑作だ! 生まれながらの奴隷にはお似合いの末路だな!”

 

“ハッ、それがなんだよ。そうだよボクは彼の命令には絶対服従の忠実なる下僕だよちくしょう”

 

“……こやつ、本当にノームか?”

 

モンスターたちは戸惑った。そこにいたのは自分たちの知っている「いけ好かないノーム」ではなく、まるで「高位モンスター(上司)の無茶ぶりに付き合わされ続けた結果すっかりやさぐれてしまった眷属モンスター(部下)」みたいな奴だったからだ。

 

“ねぇ主ー! まだそっちにモンスターがいるよー!”

 

「ん? どうした? おおっ、まだモンスターどもがいるじゃねえか!」

 

“あっノーム貴様ぁ! くそ、殺ってやる! せめて貴様だけでも殺ってやるぞ!”

 

“やれるものならお好きにどうぞ。まっ、主を突破できればの話だけどね”

 

モンスター(経験値)どもが【化物】と刺し違えてでも自分を殺そうとするも、避けるでもなく安全圏から半笑いでふざけた態度を取るルカ。

 

自分は変わったと言うルカであったが、こういう「正面切っての戦闘は他人(ゴーレム)任せ」なところは相変わらずであった。人間だろうがモンスターだろうが、そう簡単に性根は変わらないのである。

 

「あっやっべ。クズ運引いて【バンガード】発動しなかったわ」

 

“ぎゃわわーーー!?”

 

“あっ……”

 

だが、【バンガード】は発動率100%ではないことを忘れていたルカは、モンスターの攻撃をくらってゴルフボールみたいに吹っ飛んで壁に激突し、べしゃりと顔から地面に落下した。

 

あまりにもあっさり復讐を達成できてしまったので、成し遂げたモンスターの方が困惑している。

 

“……ぶはぁっ! ちょっと!? 今の絶対わざとだろ!? なんだよ、もぉ! なんかボクに恨みでもあんのかよぅ! それともなに? 定期的に忠誠心とか試してる? そんなことしなくても従うよ!”

 

“本当に何があったんだ貴様”

 

小さな身体で器用に瓶の蓋を開け、【回復薬】をイッキ飲みしてHPを回復させる姿は、「自宅で上司の悪口を言いながら酒を呷る部下」を想起させる。あまりにも「あんまりな光景」を見たことで、思わず戦場であることを忘れてモンスターたちは真顔になってしまった。

 

「なんか知らんが隙だらけだな! 【弐の剣】!」

 

“あっ、しまっ――ぎゃあああああ!!!”

 

そして、モンスターの言葉が分からないので何も知らない【狂人】だけが唯一平常運転なのだった……。



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9.「ボス部屋周回」は狂人の発想

Q.【門番】になる前の「彼」の欲望って結局なんだったんですか?

 

A.「彼」は死体に性的興奮を覚える特殊性癖の持ち主でした

 

Q.ということは、あのボス戦で敗北した場合って……

 

A.つまりそういうことです

 

Q.でも屍○するって言ったって、今の「彼」にチ○ポついてる?

 

A.本作はエロゲです。つまりそういうことです

 

――【アヘ声】公式Q&Aより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

あれから俺は【騎士】のクラスレベルを上げることでダンジョン上層のボスに有効なスキルを覚え、ルカも罠の解除だけでなく戦闘もこなせるようになっていった。

 

そして、ついにその日はやってきた。

 

「とうとうここまでたどり着いたな、ダンジョン上層・10階層!」

 

俺たちの視界いっぱいに広がるのは、高さ10mくらいはありそうな扉。いわゆる「ボス部屋」というやつだな。ボス前の扉は巨大……ゲームのお約束って感じだ。

 

“ホント、ようやくって感じだよ……。奴隷になってからの時間が濃厚すぎてノーム時代の記憶が掠れそうなんだけど”

 

相変わらず何を言っているのかは分からないが、ルカも心なしか感無量といった様子で、俺の肩あたりの高さをフヨフヨと浮かんでいる。

 

ああ、ちなみに浮遊効果のある装飾品は色々なことに転用(悪用)できないかの検証が終わったため、普段からトラップを解除する立場のルカに装備させることにした。

 

こうして浮遊する姿を見てると、小さな身体と幼い顔立ちも相まって妖精みたいだな。まあそれを本人に言うと肩をペシペシ叩かれる(怒られる)んだけどな。妖精のこと嫌いなんだろうか?

 

「……ん?」

 

と、よく見れば扉の前に人相の悪いゴロツキみたいな3人組がいた。先客かと思って後ろに並ぼうとするも、そいつらはこちらを見るなりニヤニヤ笑いながら道を空けた。なんだこいつら。

 

「……えっと、どうしたんですか?」

 

「ククク……なに、オレたちのことは気にしないでくれや」

 

「アンタの邪魔したりはしないからよ」

 

「オレたちのことは観客だとでも思っててくれ」

 

“あっ(察し)”

 

あー、なるほど。こいつら、俺のボス戦に便乗するつもりか。俺がボスを倒した瞬間を見計らってダッシュで中層に下りるつもりなんだろう。いや、こちらに害意がないなら構わないんだが……。

 

「別に便乗するのはいいですけど、もしボスがドロップするアイテムを横取りなんてしたら……分かってますよね?

 

“そこで真っ先に気にするのがドロップ品なあたり、主らしいというかなんというか……”

 

「へ、へへへ……お見通しってワケか……さすがだぜ……」

 

「わ、わぁーってるよ……オレたちは下に行きたいだけだ……」

 

「どうせオレたちでは使いこなせねぇだろうから、戦利品にゃ興味ねぇよ……」

 

“顔面蒼白を通り越して土色になるくらいなら、最初からやらなきゃいいのにね”

 

そう、ドロップ品だ。今回のボスはとても有能な武器を落とす。その名も【遺恨の槍】。複数の状態異常が付与されている武器だ。

 

まあここでドロップしなかったとしても、後でモンスターが落とす宝箱からも入手は可能なんだが……モンスターが落とす宝箱の中身というのは、言ってみれば「闇鍋ガチャ」だ。つまりピンポイントで入手するにはここで粘るしかない。

 

粘るしかないんだが……。

 

この世界ではセーブ&ロード(リセマラ)なんてできないんだよなあああああ! ゲームだったらドロップするまでやり直すところだが、この世界だと1発勝負だ! お願いだからマジでここでドロップしてくれえええええ!

 

「……ッシャア! やるしかねえ! イクゾーーー!!!」

 

“ガンバレー。今回ボクはやることないから応援だけしとくよ”

 

ダイスの女神様にお祈りを済ませた俺は、自分の頬を叩いて気合いを入れつつ扉を開け放ち、部屋の中へと突入していく。

 

すると部屋の中央の床に描かれていた魔法陣がスパークし、全身鎧を着た騎士が片膝をついたポーズで出現した。

 

いや、それは()()()()騎士じゃない。鎧の中はがらんどうであり、鎧自体が意思を持って動くモンスターだ。その名も【背信の騎士】。

 

そいつは走り寄ってくる俺の姿を認めると、ゆっくりと立ち上がりながら槍を構え――

 

「敵が目の前にいるってのに呑気にカッコつける(戦闘前演出)たぁ、ずいぶん余裕かましてくれんじゃねぇかよオイ!!!」

 

悪いけど、それを待ってやるほど俺はお人好しじゃないんだよなあ!

 

俺が走りながらあるアクティブスキルを発動すると、装備している盾に光が集まり、爆発的なエネルギーを生み始める。

 

説明しよう! 発動するのは【シールドアサルト】! 威力の計算式にATK(攻撃力)ではなくDEF(物理防御力)を参照する特殊なスキルであり、【騎士】が習得する唯一の攻撃スキルだ!

 

つまり、この攻撃は防御を固めれば固めるほどに威力を増すということである!

 

「盾を【二刀流(2つ装備)】することで2倍のヒット数!! 【死中活】の効果が加わり、素のDEFは2倍!! そして、最大まで防具を強化していつもの3倍になった装甲を加算すれば、【背信の騎士】! お前のHPを上回る即死ダメージだあああああっ!!」

 

“主はテンションが上がると言動が気持ち悪くなるよね。というかその説明いる?”

 

右手に装備した盾がギュオンと唸りをあげ、アッパーカットが【背信の騎士】の腹部に命中! あまりの威力に身体が浮いて無防備になったところへ、左手に装備した盾を真っ直ぐに叩き込む!

 

今の俺に用意できる最強の攻撃手段をモロに食らった【背信の騎士】は、きりもみ回転しながら勢いよくカッ飛んでいき、壁に激突してバラバラになった。

 

俺の勝ちである。

 

「「「ひ、ひぃぃぃッ!?」」」

 

“うん……まあ……普通はそういう反応になるよね……”

 

後ろで見ていた3人組が何か騒いでるが、そんなことはどうでもいい! 【遺恨の槍】だよ、【遺恨の槍】! ドロップするのか!? しないのか!?

 

「…………」

 

すぅ、と【背信の騎士】の身体が空気に溶けるようにして消えていく。そして、最初から存在しなかったとでも言うかのように、痕跡1つ残さずに【背信の騎士】はこの世から消え去った。

 

……。

 

…………?

 

………………???

 

「ああああああ!!! 何も落とさなかったああああああ!!!」

 

“あー……ドンマイ?”

 

思わず俺はその場にくずおれ、何度も地面に盾をガンガンと打ち付けた。

 

ちくしょう……! 落とさなかった……! ここにきてクズ運……! チャンスは1度きりだったってのにいいいいいい!

 

 

 

 

 

「あ、あのー……狂、じゃなかった、ハルベルトの旦那? その、ですね……お取り込み中に申し訳ないんスけど……はやく中層へ続く扉を開けた方がいいッスよ……? ほっとくとソイツ復活しちまうんで――」

 

「今なんつった???」

 

「ヒイッ!? な、なにがですかい!?」

 

グリンッ! と首だけを高速で3人組の方へ向ける。今、なにか、非常に重要なことを言わなかったか???

 

「今、そいつが復活すると申したか???」

 

「ハ、ハヒィィィィィ!? そ、そうです! 言いました!」

 

「詳しい話、聞かせてくれるかな???」

 

“あーあ、こいつら余計なことを……”

 

俺が笑顔でそう尋ねると、3人組は意外と親切な奴らだったらしく、コクコクと頷いたのだった。

 

 

──────────────────────

 

“(私はいったい何をされたのだ……?)”

 

たった1人で突撃してくる男を見て、今日はまた一段と愚かな人間がやってきたものだと思った瞬間、HPが全損して自身の身体がダンジョンへと溶けていく。薄れゆく意識の中、【背信の騎士】の心は疑問で埋め尽くされていた。

 

ダンジョンには10階層ごとに【門番】と呼ばれる存在が配置されている。それは文字通りダンジョンに侵入してきた者の行く手を阻む「門番」としての役割を持たされた存在であり、「ダンジョン最奥に鎮座するとある存在」に使役されている特殊なモンスターである。

 

通常、ダンジョン内で死んだ生物の亡骸は、ダンジョンに吸収されて魔素へと変換される。そして「とある存在」が復活するためのエネルギーにされてしまうのだが、「とある存在」が直接使役している【門番】は少し事情が異なる。

 

彼らは魂がダンジョンに縛りつけられており、肉体が滅びても魂は消滅しない。【門番】が守護する領域に何者かが侵入した瞬間、ダンジョンが自動で魔素を変換して肉体を再構築、そこに【門番】の魂を憑依させて侵入者を排除させるのだ。

 

ただ、魔素は有限のリソースである。現時点でダンジョンは膨大な魔素を蓄えているので【門番】の再構築くらいなら実質無尽蔵に行えるが、だからといって無駄遣いをしていいという訳ではない。

 

なので魔素の無駄な消費を防ぐために、1度でもその【門番】を打倒したパーティが再び侵入してきた場合、「その【門番】では行く手を阻むことは困難」とダンジョンが判断し、パーティを素通りさせるのだ。

 

“(……む、また人間どもが現れたのか? 今日は妙に頻度が高いな)”

 

消えたと思った意識が再び覚醒し、【背信の騎士】が兜に備わっている視界で前方を確認すれば、そこには真っ青な顔をした3人組がいた。

 

“(……ふん、まあいい。先程は何をされたか知らんが、どうせ2度と戦うことはないのだから気にする必要もあるまい。私は()()()()に言われるまま、ただ眼前の敵を打ち砕けばそれでよい)”

 

それよりも、この場に立つには不相応な弱者に、己の愚かさを骨の髄まで叩き込んでやらねば。そう考えた【背信の騎士】は、ゆっくりと立ち上がり――ふと、3人組の視線が動かないことに気づく。

 

【背信の騎士】は3mを超える長身であるため、【背信の騎士】が立ち上がったのであれば3人組の視線は自然と上へスライドし、このモンスターを見上げる形になるはずなのだ。なのに、3人組の視線は【背信の騎士】の腰あたりの空間に釘付けだ。

 

それはまるで、【背信の騎士】を挟んだ反対側にある「何か」を凝視しているかのようであり――

 

「背後からの攻撃は『不意打ち』扱いで確定クリティカル(必中効果)

 

嫌な予感がしたので振り返ろうとした瞬間、再び【背信の騎士】のHPが肉体もろとも消しとんだ。

 

……確かに、1度でも【門番】を打倒したパーティが再び度侵入してきた場合、ダンジョンはそのパーティを素通りさせる。

 

逆に言えば、全く戦闘に参加しなかったがゆえに「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がその場に存在する場合、そのパーティの行く手を阻むために【門番】はすぐに復活させられるのである。

 

「【シールドアサルト】! 【シールドアサルト】! 【シールドアサルト】! ……ドロップしないな」

 

「だ、旦那ぁ……もうそのへんで勘弁してやったらどうですかい……?」

 

「中層に行きたいんですよね? だったら黙ってそこに立っててください。対価なし(タダ)でボス戦に便乗して部屋を突破しようとしてたんですから、少しくらい協力してくれたっていいじゃないですか」

 

「サー! イエスサー!」

 

“たぶん、今はもう中層に行きたいと思うよりも帰りたいって思ってるんじゃないかなぁ……”

 

“(グオオオオオ!? な、なんなのだコイツはァァァァァ!?)”

 

発声器官を持たないがゆえに心の中で悲鳴を上げる【背信の騎士】。長年この階層の【門番】を務めてきた【背信の騎士】といえど、短時間に何度も一撃でHPを全損させられるなどという経験はさすがにない。

 

本来の肉体を失い、ダンジョンが用意した仮初めの肉体に憑依している形であるため、痛みを感じないはずの【門番】であるが……こう何度も一撃でHPを全損させられまくっていると、なんだか魂を削られているような気がしてきて、精神に多大なる負荷が掛かり始めていた。

 

「まだドロップしないのか。まあいいや。ボス部屋周回は回数が全てだ。【シールドアサルト】」

 

「こ、これが【黒き狂人】……! ちくしょう、『オレたちなら上手く出し抜ける』なんて思ってた過去のオレを殴ってやりたい……!」

 

“(グワアアアアア!!!)”

 

「【遺恨の槍】って言うくらいだし、まさか敵が恨みを抱くような倒し方でないとドロップしない……?」

 

“ドロップが渋いと変なジンクスに頼り始めるのは主の悪い癖だと思う”

 

“(グギャァァァァァ!!!)”

 

サイコク○ッシャー(【シールドアサルト】)!!!」

 

“また変な儀式してる……そんなことしても確率は上がらないのに”

 

“(グェェェェェ!!!)”

 

途中からは遊んでいるとしか思えない変な挙動で倒され始め、その事実が「こんなのに負ける私はいったい……」と【背信の騎士】の【門番】としてのプライドを粉々に砕いていく。

 

“(おお、神よ……これが貴方に背いた私への罰だというのですか……?)”

 

無限にも思える地獄の時間を過ごす中、「()」は何故こうなってしまったのかと自問自答する。

 

「彼」はかつて人間だった。神に仕える聖騎士であった「彼」は、世界に平和をもたらすという使命を帯び、志を同じくする「誰か」と共にダンジョンを攻略していた――はずだった。

 

だが、高潔だった「彼」はいつしか欲望に溺れ、己の快楽を満たすために神と「誰か」を裏切り、悪しき存在に魂を売った。

 

それ以来、【()()()()()】は悪しき存在の言いなりになり、欲望のままに数多くの人間を殺め、その死すらも貶め汚してきた。だが、それもここまでだ。今までの重ねた罪(ツケ)を清算をする時がきたのだろう。

 

「おっ!? こ、これはぁ!? よっしゃああああああ! ついに【遺恨の槍】をドロップしたあああああ!」

 

とうとうこちらに見向きもされずに打ち捨てられ、【背信の騎士】は(全身)がバラバラになって地面へと散らばった。

 

【背信の騎士】の脳裏に、かつての楽しかった日々の記憶が過る。しかし、共にその時間を過ごした「誰か」の顔は、黒く塗り潰されてしまっていた。

 

もはや走馬灯ですら、大切に思っていたはずの「誰か」の姿を見ることができなくなっていたことに気づいた【背信の騎士】は、裏切り者の自分に相応しい末路だと思いながらこの世を――

 

「よし、じゃあこの槍で【二刀流】したいから、もう1本ドロップするまで頑張るか!」

 

――去ることはできず、今後もダンジョンに囚われ続ける。そりゃあそうだ。ダンジョンの主にしたって、勝手に【門番】に成仏されては困るのだ。

 

“(こんな罰を与えてくる神ってやっぱりクソでは……?)”

 

最後に風評被害も甚だしい不敬なことを心の中で呟き、それ以降【背信の騎士】は考えるのをやめたのだった……。



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10.「ワンパンすればデメリットなし」は狂人の発想

Q.魔素とは何ですか?

 

A.この世界における天然資源のようなものです。ですが魔素そのものを直接扱えるのは「ダンジョンの主」のような高位の存在のみです

 

Q.魔素とMPの違いはなんですか?

 

A.魔素を原油とするならMPはガソリンみたいなものです。魔素から人間やモンスターにも使用可能な部分を抽出してダウングレードしたものがMPとなります

 

Q.【門番】の死骸をまた魔素に変換すれば実質的に魔素の消費は0だし、【門番】量産すればさっさと世界を滅ぼせたのでは?

 

A.魔素を肉体に変換するという過程そのものにも魔素を消費します。イメージとしてはMPを消費して蘇生魔術を使っているようなものとお考えください

 

――公式Q&Aより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

無事に2本目の【遺恨の槍】を手に入れて大変機嫌がよかった俺は、協力してくれた3人の分も確保してプレゼントしようかと思ったものの、何故か「やめたげてよお!」的なことを言われて断られてしまったため、さっさとダンジョン中層へと降りることにした。

 

中層へと繋がる扉に手を触れると、扉に波紋が走ってキィンという高音がした。ギルドで最初に聞いた話によれば、これで次回からはダンジョン入口の扉を直接中層の扉に繋げることができるようになるらしい。ようするにショートカット作成だな。

 

そうして扉をくぐって階段を降りていくと、やがて中層のスタート地点である11階層にたどり着いた。中層に足を踏み入れれば、それまでの「いかにもダンジョンです」って感じの岩でできた洞窟から景色が一転し、周囲を埋め尽くすほどの緑色が目に飛び込んでくる。地下迷宮の中には鬱蒼とした大森林が広がっていた……というのは、ダンジョンRPGのお約束なのかもしれない。

 

中層は前半の11~20階層、後半の21~30階層の2部構成になっており、前半は自然そのものが悪辣な罠として冒険者に襲いかかってくる。中には不用意に足を踏み入れると即座にバッドエンドになってしまう罠が仕掛けられた場所すらあるくらいだ。

 

上層がプレイヤーに魔術の重要さを理解させるための場所とするならば、中層前半は【狩人】などの罠の扱いに長けたクラスの重要さを理解させるための場所って訳だ。俺が当初はサブクラスを狩人にする予定だった理由の1つでもある。

 

本来なら上層のボスである【背信の騎士】も、1ターン目で「物理攻撃によるダメージを半減するバフ(有利な状態を付与するスキル)」を使ってくるんだよな。だから攻撃魔術で攻めるか、バフを剥がす魔術を使うかして攻略するのが普通だ。

 

まあ俺の場合は【背信の騎士】をワンターンキルしたからそもそもバフを使わせなかったけどな。そんな感じで、上層であれば慣れたプレイヤーなら比較的簡単にゴリ押しできるが、中層からはそうもいかない。どれだけ戦闘能力が高くても、罠に関しては対処できるスキルがなければどうしようもないからな。

 

「つってもまあ、今の俺のパーティには【狩人】を極めたルカがいるから、道中は正攻法で進みつつ戦闘はレベル差でゴリ押しできるんだけどな!」

 

“結局ゴリ押し自体はするんじゃないか……”

 

【背信の騎士】は俺たちに【遺恨の槍】だけでなく、大量の熟練度をもたらしてくれた。まあ初期レベルクリア(縛りプレイ)に考慮してかボス戦では経験値が貰えないんだが、それでもボス戦で得られる熟練度は非常に美味しい。

 

そのお陰で2本目の【遺恨の槍】がドロップした頃には、ルカは【狩人】を極め、俺は【騎士】を極めることができたのは嬉しい誤算だった。これは他の冒険者たちにも積極的に広めていくべき画期的な熟練度稼ぎではないだろうか? いずれ俺が凄腕の冒険者として名を上げて信用を勝ち取った暁には、真っ先に広めていくことにしよう。

 

「それにしても、(現実なんだからいわゆる『大人の都合』がなくなっててもおかしくないのに)なんで経験値が貰えなかったんだろうな」

 

“まっ、モンスターはちゃんと殺さないと経験値にならないからね。彼は死んで「は」いないし。……「死んでないだけ」とも言うけど”

 

うーん、やっぱり何を言ってるのかは分からんが、なんか呆れられている気がする。あっ、肩を竦めて首を横に振られてしまった。なんか君、どんどん人間臭くなってない???*1

 

まあいいや。話をダンジョン中層に戻そう。今回からはレベリングよりも探索をメインにやっていく。つい楽しくてレベリングに没頭しすぎたせいでダンジョン探索が滞ってるからな。適正レベルの安全マージンなんてとっくの昔に越えてしまっているし、必要なスキルも揃っている。

 

「なので、今回は寄り道せずにさっさと中層を突破してしまおう。レベリングとトレハンは下層までお預けだ」

 

“えっ!? どうしたの主!? 何か悪いものでも食べた!?”

 

「という訳で、まずはこの階層のマップを全部埋めるぞ!」

 

“うーん、この一行で矛盾する感じ。いつもの主だったかぁ”

 

【アヘ声】だと当然ダンジョンマップは白紙からのスタートだが、この世界では他の冒険者の存在によってすでにある程度マップが完成している。

 

というのも、この世界ではギルドが冒険者に「魔術的な細工を施したマップ」を無料で貸し出しており、今まで他の冒険者たちが踏破してきた場所の情報は俺のマップにも共有されてるんだよな。

 

その代わり、冒険者は自身が踏破したマップの情報をギルドに提供することが義務付けられている。そうすることで過去の情報と最新の情報に食い違いがあったりしても随時データが更新されていき、ギルドは常に最新の情報を入手し続けられるようになっているって訳だ。

 

ただ、この世界の冒険者は、なんというか「冒険者」を名乗ってるくせに冒険心が全然ないというか……次の階層へのルートが見つかった時点で探索をやめてしまうのか、マップに白紙部分が目立つんだよな。

 

しかも、次の階層への最短ルートなんかは頻繁に情報が更新されてるみたいだけど、過去に行き止まりだと判明した場所に関しては数年単位で情報の更新が止まっていたりする。つまり、この世界の冒険者は全然「冒険しない」んだよな。

 

「冒険者たるもの、マップは全部埋めてから次の階層に進むべし!」

 

“そんなことを言うのは主だけじゃないかなぁ”

 

ダンジョンの行き止まりに宝箱がないか確認しながら進むのは、ダンジョンRPGに限らず全てのRPGの基本じゃないか?

 

たとえ次の階層へと進む階段を先に見つけたとしても、いったん来た道を戻って他の場所を探索してから改めて次の階層に進むもんだと思うんだが。

 

それになにより、やっぱりマップが穴だらけというのは気持ち悪いんだよな。

 

この世界には「初見プレイ時から攻略サイト見ながらプレイするタイプの人」ばっかりってことなんだろうか……。それにしては肝心の攻略情報が全然充実していないとは思うが。原作開始前なのが原因か?

 

「まあとにかく、頼んだぞルカ!」

 

“マップを全部埋めるってことは道中の罠も全部解除しろってことなんでしょ? 普通に面倒なんだけどなぁ”

 

「なに、今のルカなら罠の解除確率は99%だ! ほとんど失敗する心配はない!」

 

“うぇー……「ほとんど」なんて言葉を信じてないクセに、どうしてそんな無責任なことを言うのさー……。ボクだってもう100以外の数字は信用してないんだけど?”

 

「あ、すまん。そういえば瀕死にするの忘れてた。敵が出てくる前に【七星剣】!」

 

“ぎゃわーっ!? ちくしょう! いきなりやるのはひどいじゃないか! 覚悟してる時にやられるよりも不意打ち食らった時の方が痛いんだからな!?”

 

「それと道中の戦闘で発見した宝箱の解除もよろしくな! 中層の宝箱は解除失敗すると猛毒ガスとか浴びたり爆発に巻き込まれたりするはめになるから気をつけてくれ!」

 

“キレそう”

 

こうして、今後の方針を共有した俺たちは、悠々と新たなスタートを切ったのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

その小さな生き物がダンジョン入口から現れたのを見た瞬間、ギルド内に併設されている酒場にたむろしていた冒険者たちは「何事だ?」と怪訝な表情になった。

 

小さな生き物――ノームはミディアムショートの茶髪をチリチリと焦がしており、身につけた装備品も煤で汚れている。恐らく誰かに使役されているモンスターなのだろうが、結構ひどい有り様だった。

 

奴隷にしては装備品が整っており、中層を攻略中の【狩人】が使っているような弓やマントを装備しているが……【隷属の首輪】をつけている以上、このノームが奴隷であることは間違いはないだろう。

 

6割くらいの冒険者はすぐに興味を失い、3割くらいはノームに同情的な視線を向け、そして残りの1割くらいが剣呑な表情を浮かべている。

 

剣呑な表情を浮かべる者たちは、ダンジョン下層まで到達している上位の冒険者であった。彼らはノームの危険性を身をもって理解しており、ノームが使役するゴーレムに殺されかけた者もいれば、仲間が地中に引きずり込まれて行方不明になった者もいる。

 

その中でも特にノームに対して強い憎しみを持つ者たちは、「他人の奴隷であっても構うものか」と武器に手を掛け、他の冒険者たちの制止を振り切って席を立とうと――

 

「いやあ、今日はずいぶんと攻略が進んだな!」

 

“もうやだー! 植木鉢(おうち)帰るぅー!”

 

――したが、続いて現れた男を見て「スン……」と真顔になり、無言で椅子に座り直して何事もなかったかのように酒を呷った。

 

いかに上位の冒険者といえど、「頭に暴漢みたいな鉄仮面」「上半身に武士の甲冑」「下半身に正統派騎士みたいな鎧と腰マント」とかいう素敵ファッションに身を包んだ【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】とは関わりたくないのである。というか「ノームといえどこんな奴がご主人様とか可哀想だな」とすら思った。

 

いやまあ、冒険者の中にはこの男のように「性能重視で見た目なんか気にしない」という人間もいるにはいるが、せめて上半身と下半身の防具くらいは同じシリーズで揃える冒険者の方が大多数である。というか、せっかくこの世界では店売りの装備品が充実しているというのに、一切それらを利用せずに全て現地調達するからこうなるのである。

 

このように、男が防御を固め始めたことで他の人間たちから「ようやく頭の病気が治ったのか」と思われるようになったかというと、そんなことは全くなかった。

 

むしろ評判は悪化しており、上位の冒険者たちにまで広まりつつある。もっといえば、上位の冒険者たちに知られたことで、「こいつ狂ってんな」と思われる理由が新たに増えていたりする。

 

例として、男のメインクラスが【騎士】であることがあげられるだろう。

 

サブクラスとしては大人気の【騎士】であるが、実は男のようにメインクラスを【騎士】にしている冒険者は稀なのだ。

 

この世界の冒険者はピンチの仲間を一時的に庇うことはあれど、それはあくまで緊急時の対応だ。敵の攻撃とはローテーションを組んで仲間全員で受け止めダメージを分散させるもの、というのが常識であり、敵の攻撃を全部1人で受け止めるなどというのはイカれた発想なのである。

 

さらに、この世界の【騎士】は「()()()()()()()()()()()()()()()()()」とされている。

 

【シールドアサルト】というスキルがあるにはあるが、このスキルは「防御を攻撃に変換する」という特性上、スキルを発動してからしばらくの間はDEFが0になるという大きすぎるリスクを抱えているのだ。その間に強力な物理攻撃を食らってしまえば一撃でHPが全損することを覚悟しなければならない。

 

そんな訳で【騎士】をメインクラスにするメリットはほとんどなく、むしろ上位の冒険者たちからは「メインが【騎士】だと強力な武器を装備できなくなってしまい、モンスターへの抵抗手段を失う」ということで地雷扱いされている。

 

そりゃあそうだ。いくら防御性能を上げても、まともな攻撃手段がなければなぶり殺しにされるだけだ。敵を倒すのに時間をかけすぎて大量のモンスターに囲まれてしまえば、モンスターに押し倒されて身動きが取れなくなって人生終了である。

 

それならば【騎士】の次くらいに防具が豊富で、かつ強力な武器を装備できる【戦士】をメインにした方がいい、というのが上位の冒険者たちの間では定石である。いくらHPを減らしたくないと言っても、やりすぎはかえって危険なのだ。この世界では「1つの能力に特化した冒険者」というのは好まれないのである。

 

なので、強力な攻撃を連発するボスを相手に「ワンパンすれば実質デメリットなしだな!」などとほざいて【シールドアサルト】をブッパしたり、「火力の低さはカウンターで手数を増やして補うぜ!」と嬉々としてモンスターの群れに突撃するような奴は、やっぱり【狂人】扱いされても仕方ない。

 

「いいか? アレは例外中の例外だ。絶対に真似するんじゃないぞ」

 

「あの……こんなこと言うのは失礼なんでしょうけど、どうしてあの人はまだ生きてるんですか?」

 

「……俺にだって分からないことはある。長いことダンジョンに潜っていれば、理解不能な出来事に遭遇するのは1度や2度ではない。覚えておけ」

 

上位冒険者と新米冒険者の師弟の間でそんな会話がなされるくらいには、【狂人】の名は冒険者たちに広まりつつあるのだった……。

*1
意思表示が出来ないと死にそうな目にあうと学んだので、必死に人間のジェスチャーを勉強した結果



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11.「故郷の畑に火を放つ」は鬼畜の所業

「盾二刀流【死中活】【シールドアサルト】強すぎん? 上層のボスがワンパンだったんだが」

 

「おかしいな……盾二刀流のためには【剣士】をマスターして両手武器二刀流を解禁する必要があるし、【シールドアサルト】は【騎士】を7割がたマスターしないと覚えないはずだけど」

 

「そら(序盤でそこまで【剣士】と【騎士】極めたら)そうよ」

 

「(女の子が『変態だー!!!!』と叫んでる画像)」

 

「こいつ、プレイ時間がえげつないことになってるか、縛りプレイでパーティキャラ最低人数縛りしてるかのどっちかだな」

 

「どっちにしろ変態じゃん」

 

「それでも中盤以降は敵のAVD(回避率)っていう大きな壁が立ちはだかるから無条件で【シールドアサルト】が最強ってことはないぞ」

 

――とあるSNSの書き込み

 

 

──────────────────────

 

 

「ところで、そろそろノーム畑がある場所に到達するよな」

 

“……いつも思うんだけど、主ってどこでそんな情報を仕入れてくるの? ボッチだよね?”

 

順調にダンジョン攻略を進めていた俺たちは、すでに15階層に到達していた。そして、15階層にはルカの故郷であるノーム畑と、その周りを囲うようにして集落が存在している。

 

もっとも、この世界ではマップに場所の記載がないところを見るにノーム畑は未発見のようだ。まあそれも無理はない。【アへ声】だとノーム畑がある場所へはサブイベントをこなさないと行けないようになっているからな。

 

そのサブイベントのタイトルは【ノームの依頼】。大まかな内容としては、ノームから依頼を受けて15階層に散らばっている新型ゴーレムのパーツを集めてくるという、いわゆる「お使いイベント」というやつだな。

 

ただし、依頼通りにパーツを集めてくると新型ゴーレムとノームの大群に襲われる。主人公一行をさんざん利用したあげく、「別に探してくれとは言ってない(無言)」「お前がこっちのジェスチャーを曲解しただけだろ?」とでも言わんばかりに殺しに掛かってくるという、【アへ声】における人間とモンスターの関係性を垣間見ることができるイベントとなっていた。

 

ちなみに、このサブイベントは主人公の【スタンス】によって話の展開が微妙に異なり、最終的にどんな結末を選んだかが【善行値】に影響する。

 

【スタンス】というのはそのキャラクターの人間性を表現するためのシステムだ。別のゲームで「属性」とか「アライメント」とか聞いたことないだろうか。「NEUTRAL-LAW」とか「混沌・善」とか、ああいうのと似たようなシステムだな。

 

【アへ声】ではまず「冒険者としての【スタンス】」と称して【正道】【中道】【外道】の3種類でキャラクターが分類される。すなわち、

 

「勇者の遺志を継いでダンジョンに潜る者」

「日々の生活のためにダンジョンに潜る者」

「欲望を満たすためにダンジョンに潜る者」

 

の3種類だ。といっても、これはあくまで「冒険者としてのスタンス」であって善悪を表すものではない。

 

勇者の遺志を継いで世界に平和を取り戻そうとする者の中にはそれを為すことによって得られる名声や富が目当ての者もいるし、ダンジョン内で稼ぐ手段はモンスターの討伐から違法スレスレの初心者狩りまで様々だし、抱えてる欲望が必ずしも他人に害を及ぼすものであるとは限らない。

 

つまり、「最強になる」「ダンジョンを制覇する」という欲望のためにダンジョンに潜る俺は【外道】ではあるが「悪人」という訳ではないんだよ。本当だぞ?*1

 

善人か悪人かを決定するのは【善行値】で、ゲーム開始時に20からスタートしてそこから選択肢によって上下し、マイナスに振り切れてると悪人、0~50で常人、51以上で善人として扱われる……という訳だ。たとえば今の俺の【善行値】は40なので、善寄りの中立だな。*2

 

ちなみに【正道】の場合は話の展開が「ノームが本当に悪しきモンスターなのかどうか見極めるため」となり、【中道】の場合は「目の前で宝石をちらつかされたから手伝う」となり、【外道】の場合は「ゴーレムに興味があるから見に行く」となる。

 

結末については、最後までパーツを集めるか途中で騙されたことに気づいた時に「やはりノームは悪! / テメェ騙しやがったな!」とノームを殲滅した場合は【善行値】に変動なし。途中で騙されたことに気づいた時に「パーツを破壊されたくなければ俺の要求を飲め!」と脅した場合は【善行値】が減少する。

 

これを踏まえた上で、俺の取る行動は1つだ。

 

「初手ノーム殲滅の後でパーツを集めてルカに直させる!!!」

 

“これで【善行値】減らないってマジ??? 神は寝てるの???”

 

俺は最初からノームどもが人間を騙す気マンマンってことを知ってるし、原作知識が間違ってないことはルカにそれとなく聞いて確認済みだ。*3そして俺にはゴーレムを悪用して他人に迷惑をかけるつもりなどこれっぽっちもない! だからこれは悪行ではないのだ!

 

「まあ、そういう訳なんだが……ルカ」

 

“皆まで言わないでよ。かつての同族と敵対することを躊躇するくらいならさっさと自害を選んでるよ。もう後戻りできる時期なんてとっくの昔に過ぎてるんだ”

 

俺が「これから君の故郷を襲撃するけど、君はそれでいいのか?」と聞こうとすると、その前にルカはこちらを制止するように掌を見せた後、肩を竦めてみせた。まるで「皆まで言うな」とでも言いたげだ。

 

「本当にいいんだな?」と確認を取ってみても、力強い頷きが返ってくるだけだった。どうやら故郷に未練はないらしいが……なんだろう、他のノームからイジメでも受けていたんだろうか。

 

「なるほど、そういうことなら遠慮はいらないな! それじゃあノーム畑を焼き払うぞ!」

 

“だからって思うところがないワケじゃないんだけどなぁ……”

 

「見えた! 入口だ! オラッ【弐の剣】!」

 

ルカと同じミディアムショートの茶髪が見えた瞬間、俺は【弐の剣】をブッパした。本来ならこいつに話しかけることでイベント開始なのだが、時間の無駄なのでキャンセルだ。

 

“……ん? あれはなんの光――ぎゃわわぁぁぁッ!?”

 

ルカと同じ顔をしたノームが無表情のまま宙を舞い、HPが全損してダンジョンに溶けて消えていく。【アへ声】において雑魚敵として登場するノームはキャラグラが3匹で1組になっているので、単体だとHPは3分の1なんじゃないかと推測していたが、どうやら正解だったようだ。

 

「確かこのへんに……あった!」

 

“怖いなぁ……だから何で隠し通路の場所とか知ってるのさ。やっぱりボクの思考を読めたりするの? だったら変に気を回したりせずに普段からボクの要望とか読み取って欲しいかなって”

 

ノームの背後の茂みを調べてみれば、そこにはノームの集落へと続く獣道があった。俺が先陣を切って進んでいき、後ろからルカが浮遊しながら俺に続く。

 

“なっ!? まさか侵入者――ぎゃわわぁぁぁぁぁッ!?”

 

“貴様、裏切り者――ぎゃわわぁぁぁぁぁッ!?”

 

“悪いけどボクはもうノーム(経験値)じゃないんだ”

 

増援を呼ばれる前に道中のノームを蹴散らし、集落へと突入した俺たちは、電撃的に集落を制圧しにかかる。今回は時間との勝負だ。ノームに統率された動きを許すと厄介なので、その前にケリをつけておきたい。

 

“おのれ! 畑の肥やし(人間)風情が! 我らを偉大なる大地の使者と知っての狼藉か!”

 

“貴様らは我らに頭を垂れて慈悲を請うべき存在であろう! さすれば我らの糧となる名誉を与えてやるというのに……この、下郎がァ!”

 

“イタタタ……アイタタタ……。以前のボクも()()()()だったかと思うと、やんなっちゃうなぁ……もぉー……”

 

まずはゴーレムを起動される前に全て破壊する。こいつらはノームと違ってダンジョン中層のモンスターに相応しい強さなので、この状況でまともにやりあうのは避けたいところだ。

 

“次、あっちの方。で、そこに隠してあるゴーレムで最後のはずだよ”

 

“ゴーレムが……!? こ、この裏切り者めぇぇぇぇぇ! 貴様、覚悟はできているのだろうな!?”

 

しばらくルカのナビゲートに従ってゴーレムを破壊して回っていると、ルカがサムズアップしてきた。「今ので最後」の合図だ。

 

“貴様は火炙りの刑に処したのち、残った灰はダンジョン下層の海に撒いてくれる!”

 

“二度と母たる大地の御許(みもと)へ還れると思うなよ!”

 

“うーん、以前のボクだったら「極刑なんて嫌だ! 許してください!」って泣き叫んでたかもしれないけど……今じゃ全然恐ろしくないなぁ。もっと酷い末路を辿ったモンスターたちを嫌というほど見てきたからかな? あと、覚悟する必要があるのはキミたちの方だと思うよー?”

 

ルカはそのまま指を下に向けて他のノームたちを煽り始めた。同族と仲が悪いらしい、というのは本当だったみたいだ。それで故郷を焼くのに同意するのはどうかと思うが、まあそのあたりはモンスターゆえの価値観か?

 

「よし、そろそろ頃合いだな! ルカ! 手筈通りに!」

 

“はいはい、分かったよ”

 

ルカがあらかじめ渡してあったビンの口に火を着ける。そう、【火炎ビン】である! 説明不要の投擲用アイテムだ!

 

“き、貴様、正気か!? ノームが大地に火を放つなど……人間の奴隷となったことでイカれたとしか思えん!”

 

“まっ、ある意味そうかもねー……でも他人に指摘されたら腹立つなぁ”

 

それを見たノームが後退る。無表情ではあるが、さすがに自身の弱点に対しては本能的な恐怖があるらしい。

 

そう、ノームの弱点は「炎による攻撃」だ。炎属性の範囲魔術を使えばまるで蚊柱に殺虫剤を掛けたかのようにバタバタと死んでいく。

 

また、【延焼】という「数ターンの間身体が炎上してHPが減り続ける」状態異常に対する耐性が皆無のため、付与が確定成功する。さらに【アへ声】では【延焼】状態の間は「転ぶ」「叫ぶ」といった無駄行動でターンを消費するAIが組まれているという徹底ぶりだった。

 

そして、【火炎ビン】は炎によるダメージの他に【延焼】状態を付与する効果がある。あとは分かるな?

 

“あ、そーれー”

 

“や、やめろぉぉぉぉぉ!!!”

 

そして、ルカが投げた【火炎ビン】が放物線を描いて落下し、目標へと着弾した。

 

 

 

 

 

俺に。

 

 

 

 

 

“………………はっ?????”

 

「隙ありィ! 【参の剣(敵全体攻撃)】ッ!!!」

 

“ギャバァーーーーーッ!?”

 

「説明しよう! 【延焼】とは、その名の通り『燃え広がる』状態異常である! つまり今の俺に接触したノームは問答無用で【延焼】状態になる!!!」

 

より詳しく言うと、「隣接する仲間」か「近接物理攻撃を与えた敵」か「近接物理攻撃をしてきた敵」に接触判定が行われ、低確率で【延焼】が移るのだ。

 

そしてノームには【延焼】耐性がなく、【参の剣】は全体攻撃ではあるが近接攻撃扱いだ。あとは俺自身の【延焼】耐性を「無効化は出来ないけど効果は薄い」状態まで上げてやれば――

 

“ぎゃわわーーーっ!”

 

“ぎゃわわーーーっ!”

 

“ぎゃわわーーーっ!”

 

“はははっ、みーんな同じこと言ってるよ。……結局、ボクらノームは主の言うようにただの「働き蟻(ムシケラ)」にすぎなかったってことか……”

 

まあ、結果はご覧の通りだ。【アへ声】プレイヤーの間では【焼き畑農業】【惨の剣】【炎の息吹・惨ノ型】などと呼ばれていた経験値稼ぎ方法である。この世界においても、【延焼】耐性のおかげで全然HPが減らないし痛みも「まあちょっと痒いかな?」って程度なので、こちらにデメリットはほぼない。

 

まあ例によって【参の剣】の効果が現実仕様に変わっていたり、倒してもノームが無限湧きしたりはしないといった違いはあるが……そのあたりはルカを【参の剣】に巻き込まないよう遠くの方から【火炎ビン】を投げさせたり、経験値稼ぎではなく殲滅手段として使うなどで対応することにした。

 

“……ボクは違うぞ。主と一緒に、絶対に「特別な存在(最強)」になってやる。このまま無価値な存在で終わるなんて、絶対に――”

 

「Foo(↗)! レベルアップがきんもちいいぃぃぃぃぃ!!!」

 

“だから温度差ァ!!! どうせそんなこと考えてるんだろうなとは思ってたけど、いちいち口に出さなくていいからッ!!!”

 

「よし、じゃあさっそくその最新型のゴーレムとかいうのを見に行こうぜ!」

 

“あっつ!? ちょっとぉ! 火だるまの状態でこっち来ないでよ! というかさっさと火を消せってば! なに? もしかしてわざとなの? だからやめろって言ってんだろ!

 

俺はまだノームの生き残りがいないか警戒して【延焼】状態はそのままにしつつ、疲れた様子で飛んでいたルカを肩に乗せ、集落の奥へと進んでいくのであった。

*1
現地人が聞いたら「嘘だッ!」って言う

*2
現地人が聞いたら「嘘でしょ……」って言う

*3
なお「人間を騙してパーツ集めさせてるだろ」とドストレートに聞いた模様



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12.「死ぬ前に回復すれば実質不死身」は狂人の発想

「よし、ノームは殲滅できたみたいだな。ああ痒かった……」

 

“痒かった? 【延焼】が「痒かった」だって? こ、この【化物】めぇ……!”

 

「すまんすまん。つい、いつも通り肩に乗せちまったよ」

 

モンスターどもの駆除を終えた俺は、ようやく【遺恨の槍】を背中のホルダーにしまい、状態異常を治療するために【治療薬】を頭から被った。うっかり燃えてしまったルカにも同じものを渡しておく。

 

「……で、これがノーム畑か」

 

集落の焼け跡を探索していると、中央に草が全く生えておらず土が剥き出しになっている場所を見つけた。

 

よく見れば土からノームの首がニョキッと生えていたので、試しにその首をはね飛ばしてみると、首から下に胴体はなく植物の根のようになっている。

 

「ほーん、確かにノーム畑って感じだな」

 

“ひぇっ……”*1

 

放っておくと新しいノームが生まれるだろうから、その前に目につく範囲のノーム(カブ)は首をはね飛ばしておくことにした。

 

「うぉっとぉ!?」

 

しばらくそうしていると、ノーム(カブ)じゃなくて人間の首が土の中から突き出ていたのを発見してしまった。いきなりそういうのを見せられたら普通に驚くからやめて欲しい。勢い余って首をはね飛ばしそうになったじゃねえか!

 

「……ノーム畑の肥やしにされた冒険者か」

 

冒険者になってからというもの、ダンジョンの道中で何度も無惨に打ち捨てられた死体を見てきたが……やっぱりこういうのは何度見ても慣れないな。

 

「……誰か、そこにいるのか……?」

 

「!?」

 

いや、死体じゃなくまだ息がある! 生存者だ! 俺は慌ててその場にしゃがみ込んで生存者の声に耳を傾けた。

 

「……俺以外の冒険者は……全員、腐り落ちて奴らの養分になっちまった……。……俺も、じきにそうなる……だから、その前に――」

 

「いや呑気に喋ってる場合じゃなかったわ!!!」

 

「ブホォ!?!?!?」

 

“いやこれトドメ刺したんじゃないの???”

 

俺は急いで【蘇生薬】を取り出して生存者に使った。一刻を争う事態だから顔にビンごと叩きつける形になったが許してくれ!

 

「オラッ【回復薬】! ……くそっ、HPが全然回復しねえ!」

 

「………………」*2

 

“なにこれ拷問かな???”

 

この世界の人間はHPが0になるまでは欠損といった重傷を負わないが、HP0になってしまえば当然ながらその限りではない。

 

しかもHP0の状態で重傷を負うとHPの最大値が大幅に削られてしまい、【蘇生薬】で戦闘不能から解除しても全然HPを回復させることができず、しかも常にHPが減少し続けるらしいと聞いている。

 

HPが1でもあれば痛みからの保護機能が戻るし、HPがある間は一時的に怪我の進行を止める効果があると聞いているので無駄ではないだろうが……このままではずっとHPが減り続け、すぐにまた0になってしまうので根本的な解決にはならない。早急に病院での治療が必要だろう。

 

「待ってろ、いま助けるからな!」

 

「………………」*3

 

“元ノームのボクが言うのもなんだけど、たぶん殺してあげた方が彼のためだと思うよ???”

 

持っていた盾で周囲の土を掘り返し、生存者を引き抜く。彼は全身の皮膚が黒ずんでしまっており、生命の危機に瀕しているのは一目瞭然だった。彼を背負い、【脱出結晶】を地面に叩きつけてダンジョンから帰還すると、俺はギルドの窓口に駆け込んだ。

 

「ダンジョン内で生存者を発見しました! すぐに医者を呼んでください!」

 

「!? わ、分かりました! すぐに手配いたします!」

 

「しっかりしろ! すぐに医者が来るからな!」

 

「………………」*4

 

ギルド職員たちが慌ただしく駆け回り、数分後にギルドに出張診療所を開いていた医者が駆けつけてくれた。

 

……しかし、その診断結果は残念なものだった。

 

「……すみません。この様子だと、彼はもう……」

 

「どうしてですか!? まだ息があるんですよ!」

 

「ヒェッ……い、いえ、その、彼の現在HPではすぐに0になってしまいますから、治療が終わるまでに力尽きて――」

 

 

 

 

 

「だったら治療が終わるまで【回復薬】を投与し続ければいいでしょうが!」

 

「ヒィッ!? そ、そんなに大量の【回復薬】はギルドに在庫がありませぇん!!!」

 

「じゃあ俺の【回復薬】を差し上げます! レベリング中についでに400個くらい集めたのがありますから!!!」

 

「緊急オペを開始しますぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

 

“えー……なにそのトンデモ医療……”*5

 

俺が何度も詰め寄ると、医師はようやく重い腰を上げて治療に取りかかってくれた。

 

まったく、【回復薬】をケチるとか何を考えてやがるんだ! 人の生死が懸かってるんだぞ! ふざけてる場合か! なんだよ「在庫がない」って!【回復薬】くらいもっと常備しとけよ!*6 

 

というかギルド専属の【修道僧(ヒーラー)】とかいるんじゃないのか!? 【回復薬】がないなら回復魔術を唱えさせ続けるしかないだろ!*7

 

あとはギルドの方で冒険者の協力を募るとか! 色々とやりようはあるはずだろうが!*8

 

「よし、決めた。今日は【回復薬】を集めるために上層をマラソンするぞ! スライム狩りだ!」

 

俺が貸りてる倉庫の中にある備蓄は、たしか正確な数は432個だったと思うが、それで足りなかったら困るからな。それに、【回復薬】はいくらあっても困らない。余ってもまたそのうち俺が使うし。 

 

“またスライムかぁ……可哀想に……。というか、見ず知らずの人のためにそこまでする?”

 

む……なんだよルカ、その目は。さては「放っておけばいいじゃん」とか思ってるな?

 

()()()()()()()()()()()()()()()? 【()()()()()()()()()()()で目の前の命が助かるならさ」

 

“主にとっては片手間にできることでも、他の人にとっては命がけなんだよなぁ……”

 

そりゃあ俺だって「外国の貧しい子供たちのために募金を!」とか言われても実感が湧かなくてスルーしちゃうかもしれないし、かといって目の前で自動車に轢かれそうになっている人のために道路へ飛び出せるか? と言われると自信はない。

 

でも、目の前で線路に落ちた人がいたとして、そして自分のすぐ近くに電車の緊急停止ボタンがあったら、それを押すくらいのことはさすがに誰だってするだろ?

 

むしろ「緊急停止ボタンを押すことで俺に何か得があるのか?」とか言ってる奴がいたらドン引きだよ! 押すくらいしてやれよ! 別に難しいことは言われてないんだからさあ! それで目の前でグモッチュイーーンされたら絶対トラウマになるし、遺族にもすんごい怨まれるぞ!

 

「ほら行くぞ! もしも『あと数分【回復薬】を届けるのが早かったら助かっていた』みたいな展開になったらどうすんだよ!」

 

“うーん、主はその善意をモンスターにも分けてあげれば丁度いいんじゃないかなぁ……”

 

俺はダンジョン入口にトンボ返りすると、ダンジョン上層8階層へと駆けていくのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

青年が目を覚ますと、そこは真っ白い部屋の中だった。

 

「……ここは、どこだ……? 確か……俺は――」

 

まともに思考できたのはそこまでだった。自分が()()()()()()()思い出そうとした瞬間、青年は激しい吐き気に襲われて咳き込む。

 

彼はノーム畑に生き埋めにされ、ゆっくりと腐敗させられていく自身の身体に絶望しながら、ただ死ぬのを待つだけだった。

 

痛みはなかった。しかし全身の感覚もまた存在していなかった。すでに自身の首から下は腐り落ちて消滅しているのではないかという恐怖は、どんどん青年の精神を追い詰めていく。

 

気が狂いそうになる時の中で、外部からの刺激は聴覚と視覚、そして嗅覚だ。これらを失えば青年の意識は完全なる闇に落とされ、やがて精神を崩壊させるだろう。それが分かっているからこそ、青年はそれらを追い求めた。自己を保つために追い求めざるを得なかった。

 

だが、それすらもノームが用意した悪辣な罠であった。

 

聞こえてくるのは、自分より先に生き埋めにされたであろう冒険者の呻き声。見えるものは、腐り果てて崩れ落ちる誰かの頭部。そしてその残骸から漂う腐臭――

 

そのどれもが、青年から正気を奪っていく。それでも耳を塞ぐことはできない。目を逸らせない。鼻を摘まむことも不可能だ。物理的に不可能であるし、たとえ可能であっても、それによって意識が闇の中に沈むのは耐えられない。

 

……そして、ついに自分の息遣い以外の音が消えた。この場で生きている人間は自分だけだ。視界は霞んで見えなくなりつつあるし、嗅覚も利かなくなってきた。しかし、それらが完全に途絶えるよりも先に、とうとう青年の精神が限界を迎えてしまう。

 

「――――」

 

ふと、誰かの声が聞こえたような気がした。いやきっと幻聴だろう。それでも構わない。もうすぐ俺は死ぬ。だが、そうすれば自分はノームどもの養分としてその生を終えることになる。せめて人間として死にたい。それが青年の最期の願いであった。

 

「だから、その前に」

 

殺してくれ。青年はそう言おうとして――

 

「いや呑気に喋ってる場合じゃなかったわ!!!」

 

「(いってぇぇぇぇぇ!?!?!? し、死ぬぅぅぅぅぅーーー!!!)」

 

ものすごい衝撃と共に、今まで生きてきた中で1度も感じたことがないようなすさまじい痛みが頭頂部を襲ったことで、それまで考えていたことが全部ふっ飛んだ。単純な暴力(痛み)を前にすると、人間は何も考えられなくなるのである。

 

「(ゲェーーーッ!? 【黒き狂人】ンンンンン!?)」

 

……そして【蘇生薬】によって一時的に視界が晴れた青年が見たものは、鬼のような形相でビンを振りかぶる【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】の姿であった。

 

「オラッ【回復薬】!」

 

「(あががががが…………)」

 

再びやってきた頭頂部への痛みによって、青年はそれまで頑なに手離そうとしなかった意識をあっさりと手離した。

 

ついでに言うと、心を守るために防衛機制が働いたのか、ここ数週間の記憶が全部消し飛んだ。

 

それが結果的に青年の廃人化を防いだ。ショック療法もいいところであったが、精神崩壊する直前で何も考えられなくなるほどの痛みを与えて思考を強制終了させ、それ以上なにか考える前に記憶を消し飛ばしたからだ。あと少し遅ければ、青年は植物人間のような状態でこの場に横たわっていたことだろう。

 

「――って、ここは病院じゃないか」

 

【狂人】の顔(なんかやべぇの)を思い出しそうになって吐き気に襲われた青年だったが、しばらくすると吐き気は治まり、自分が今いる場所がどこなのか理解した。

 

だが、なぜ病院にいるのかが分からない。ダンジョン中層に行ったところまでは覚えているが、それ以降の記憶が全くないのだ。

 

分かることは、いまだに頭がジンジンと痛むということだけだ。てかマジでいてぇんだけど? 大丈夫? 頭頂部ハゲてない???

 

「(まあ、病院にいるってことは、大方ダンジョンで何かヘマをやらかして勇者様(お人好しの冒険者)にでも助けられたんだろうが……)」

 

「ん?」

 

と、ここで扉をノックする音が聞こえた。さっきまで意識不明の患者だったから医者なら黙って入ってくるだろうし、知り合いは無遠慮な野郎どもばかりなのでバカ丁寧にノックなんてしないだろう。

 

もしかして俺を助けた奴だろうか? そう考えた青年は入室を許可した。

 

「失礼いたします」

 

声からして男だな。さて、いったいどんな優男が顔を出すのやら。などと思っていると――

 

「よかった、目を覚ましたんですね」

 

「(ゲェーーーッ!? 【黒き狂人】ンンンンン!?)」

 

残念! 青年を助けたのは勇者様(お人好しの冒険者)ではなく【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】だったのだ!

 

「いやはや、本当によかった。あなたを見つけた時はもう手遅れかと思いましたよ」

 

「アッハイ……それに関してはマジでありがとうございました……」

 

助けてもらったことに関しては純粋に感謝しつつ、相手がよりによって何を考えてるのか全く分からない奴だったせいで完全に思考停止してしまった青年だったが、そんな彼をさらなる驚愕が襲った。

 

「俺を助けるために……【蘇生薬】1個、【脱出結晶】3個、そして【回復薬】を556個も使った……だって……?????」

 

雑談みたいな感じでどうでもよさそうにサラッと言われたので聞き逃しそうになったが、運悪く彼の耳はその発言を拾ってしまう。

 

「(つまり、なにか? 俺は知らん間にあの【黒き狂人】から膨大な借金を背負うことになっていて、その総額は――)」

 

「…………クゥーン」

 

「うわっ!? ちょっ、どうしたんですか!? メ、メディーーーック!!!」

 

1度に色々なことがありすぎてキャパシティーオーバーしてしまった青年は、再び意識を手離したのだった……。

*1
自分の首を擦っている

*2
白目を剥いている

*3
気絶している

*4
気絶している

*5
「全身切り刻むレベルの手術になるから出血死する!? じゃあ血が出たそばから輸血すればいいだろ!」くらいには滅茶苦茶なこと言ってる

*6
こいつ以外に需要がないので供給が少ない

*7
ギルド職員が拷問に加担するのはまずいですよ!

*8
ぶっちゃけ関わりたくないっす



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13.「言語翻訳機能」は転生者のチート能力

あれから数週間が経過した。

 

ノーム畑についてだが、今のところノーム発生を止める方法が分からない。ルカが知っているかと思ったが、首を横に振っていた。まあ奉仕種族に弱点を教えるほど浅慮でもないか。といっても畑に意思があるのかどうかは知らないが……。

 

除草剤的なノリで毒でも撒いてみようかと思ったが、どんな影響があるか分からないし、新種のモンスターが湧いたりしたら面倒なので、やめておいた方がよさそうだ。

 

とりあえず毎日様子を見に行ってノーム(カブ)の首をはねている。最近は生えてくるノーム(カブ)の数が減ってきたので、近いうちに畑の養分が枯渇するだろう。

 

「や、どうもハルベルトの旦那」

 

「あれ、あなたは……」

 

そんな感じで毎日を過ごしていたのだが、ある日、俺が滞在している宿屋を金髪の青年が訪ねてきた。

 

「もしかして、先日の生存者の方ですか?」

 

「おっと、こいつは失礼。そういや名乗ってませんでしたね。俺は『アーロン』。ケチな【狩人】ですぜ」

 

やっぱりそうか。まあ俺には知り合いが全然いないので他に心当たりはないんだけどな。ふむ、お見舞いに行った時はミイラ状態だった*1から分からなかったが、本来は長身痩躯のイケメンだったようだ。

 

“「見た目がノーム」のボクは引っ込んでた方がよさそうだね”

 

胸ポケットから顔を出していたルカが頭を引っ込めた。まさか、人間とは相容れないはずのモンスターが気遣いまでできるようになるとはな。それともルカが特別なんだろうか?*2

 

「いやぁ、お陰さまで無事に退院と相成りましてね。だから改めてご挨拶とお礼を、と思いまして」

 

「ああ、それはご丁寧にどうも」

 

糸目ということもあってか、なんだか飄々としていて掴み所がない印象を受ける人だな。お見舞いに行った時はやたらと畏まった喋り方だったけど、こっちが素だろうか?

 

とはいえ、こうして律儀に挨拶に来るあたり真面目な性格のようだ。ノーム畑でのことは忘れているようだったので、辛い記憶を思い出さないよう1度だけ様子を見に行ったきり会わないようにしていたが、こうして話しているところを見る限りでは大丈夫そうかな?

 

「後遺症とかは大丈夫でしたか?」

 

「ええ、まあ。畑を見るとなぜかブルッちまうのと、右脇腹の皮膚の感覚がなくなったくらいのもんで、日常生活に支障はありませんぜ」

 

「えっ、それ大丈夫なんですか?」

 

「ええ、もちろん。冒険者という職業柄、畑を見ることはめったにないですし、実家も農家ではなく商家ですから。皮膚の感覚にしても、腕とかならまだしも脇腹ですからね。くすぐりに強くなってラッキー、くらいに思っときますよ」

 

アーロンさんはそこまで言ったあたりで急に無言になった。いったいなんだと思ってどうかしたのか尋ねようとすると、その前にアーロンさんがなにやら言いづらそうに口を開く。

 

「あー……それで、ですね。俺はこの恩義にどう報いればいいんですかね?」

 

「恩義と言われましても、べつに人として当たり前のことをしただけですし」

 

“主の中では人間ってのはそんなに慈愛に満ちた存在なの? ボクが見てきた人間なんて、他人をノームの群れに放り込んででも自分だけは助かるって奴らばかりだったよ?”

 

そりゃあゲームをプレイしててNPCが死にかけてるのを見ても「ただの背景だし」としか思わないが、ここは現実世界だ。死にかけてる人を見て「ダンジョン攻略が遅れる」だの「レベリングの方が大事」だの言うのは、元日本人の身としてはさすがにちょっとなあ……。

 

てか、「ダンジョン制覇」はともかく「最強」には時間制限がある訳でもないし。今のところ原作主人公の姿は影も形もないからダンジョン攻略を焦る必要はない。それでもレベリング効率を上げるのは、あくまでゲーム廃人としての本能というか……ぶっちゃけ「趣味」なんだよな。さすがに人命よりも趣味を優先するほど落ちぶれちゃいない。

 

【回復薬】だって、レベリングしてたらいつの間にか集まってるイメージしかない。追加の【回復薬】集めに関しても、ちょっと遠いコンビニを何回か往復したくらいの労力しか払ってないからな。スライムは【打ち落とし】を発動すれば勝手に死んでいくし、今の俺ならワンパンできるしな。

 

“弱い冒険者はスライムと戦うのだって命がけだし、かといって強い冒険者は今さらスライムなんて狩りに行かないんだけどね……”

 

「そういう訳ですので、お礼ならどうか病院の方々に。あなたの傷を治したのは医師の方々であって私ではないですからね」

 

俺もこの前知ったばかりだが、どうやらHPを回復する魔術と傷を治す魔術は別物らしいんだよな。まあHP0=人生終了であることは変わらないから俺にとってはどうでもいいが、医師の世話になったアーロンさんは話が別だ。

 

俺はアーロンさんのHPを回復しただけであって、傷の回復は全て医者のお陰なんだから、アーロンさんが感謝すべきは医者なんだよな。

 

「やー、まぁそう言っていただけるのはありがたいんですがね。この際ぶっちゃけますけど、それじゃあ俺の気が済まないんですよ。だからこのとーり! 俺を助けると思って!」

 

アーロンさんはパン! と掌を合わせると、「助けてもらっといてまた助けてくれ、なんて変な話ですけどね」と苦笑しながら言った。

 

うーん、まあ救急車呼んでくれた人に対する感謝みたいなもんか。ここまで言ってくれてるんだし、ちょっと手伝ってもらおうかな。

 

「えーっと、アーロンさんはパーティを組んでおられるんですか?」

 

「実はつい最近パーティを追放されたところでしてね……。恥ずかしながら、下層でやってくには俺では実力不足だったというか……」

 

聞けば、アーロンさんはもともと下層で活動する上位の冒険者パーティに所属していたらしいのだが、他のパーティメンバーと比べ実力が低いことを理由に追放されてしまったらしい。

 

だから仕方なくソロで中層に潜って金稼ぎをすることにしたようだが、その矢先にノームに襲われてしまい、あえなく病院送りになってしまったようだ。うーん、追放されて死にかけてもいきなり超強力なスキルに目覚めたりはせず、そのまま死んでいくあたりが【アへ声】らしいというかなんというか……。

 

「まっ、利害の一致で組んでただけですからそれ自体はいいんですけどね。問題は俺の実力で旦那の助けになれるかどうか……」

 

まあウチには【狩人】を極めたルカがいるから、【狩人】が2人いてもなあ。

 

“ボクとしては、ボクの代わりに毒ガス浴びたり爆発したりしてくれる人が加入してくれるのは大歓迎なんだけど?”

 

いや、待てよ? 実家は商家って言ってたな。商人か……よし。

 

「じゃあまずはレベリングですね!」

 

「…………うん???」

 

“ようこそこちら側へ”

 

俺は、思い付いたことを実行すべく、さっそくダンジョンへ行く準備を始めたのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

アーロンが退院してから真っ先にしたこと……それは【狂人】に礼を言いに行くことと、それと平行して【狂人】の本心を探ることだった。

 

そこそこ裕福な商家に生まれたアーロンは、幼い頃から人間の汚い部分を見てきた。それに嫌気が差して実家を飛び出してはみたものの、結局どこへ行っても人間は自分のことしか考えない生き物だった。

 

それは冒険者でも変わらない。口では「勇者の遺志を継ぐ」などと聞こえのいいことを言っている奴でも、いざ自分に危険が迫るとあっさり他人を犠牲にする。だからアーロンは基本的に他人というものを信用していない。

 

事実、冒険者になったアーロンの背中を追い、同じ様に冒険者になった妹は、そういう輩に殺されかけたのだから。

 

「(……ま、「一緒に世界を救おう」とかほざいてアイツ()を誑かした挙げ句、結局は自分が助かるためにアイツに【匂い袋】をブチ撒けて囮にしやがった「勇者様」には、たっぷり()()()()()()()けどな)」

 

その1件が原因で、アーロンはパーティを追放になった。いや、実力不足を理由に追放されたというのは嘘ではない。追放理由の半分はそれだったからだ。ただし元から戦闘以外の能力を買われてパーティに入ったので、今まで追放されていなかったのだ。

 

彼は基本的に嘘は言わない。ただ、()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「(もちろん、人間がそんな奴らばかりではないということは分かっているんだけどな……)」

 

かつては妹がまさにそうだった。今でこそ冒険者を辞めて実家に帰ってしまったが、当初は彼女が本気で勇者を目指していたことを兄であるアーロンは知っている。だから自分は出会いに恵まれなかっただけなのだろうということは頭では理解していた。

 

だが、今さら他人を信じるには、アーロンの心は擦りきれすぎていた。ゆえに、アーロンは何を考えているのか分からない奴に借りを作ったままである現状を打破するために、内心ではかなりビビりながらも【狂人】のもとを訪ねたのだ。

 

「(まさかこの俺が、相手が何を考えているのか全く分からないなんてな……)」

 

アーロンは今まで様々な人間を見てきたため、観察眼には自信があった。相手の視線、表情、声色、仕草、その他わずかな挙動も見逃さず、そこから「そいつが何を考えているのか」を読み取る。そういった技術をアーロンは高いレベルで有しているのだ。

 

「いやぁ、お陰さまで無事に退院と相成りましてね。だから改めてご挨拶とお礼を、と思いまして」

 

「ああ、それはご丁寧にどうも」

 

だが、そのアーロンの観察眼をもってしても、【狂人】が何を考えているのか全く分からないのである。視線、表情、声色、仕草……どれ1つ取っても、過去に相対した人間と微妙に違っていて完全一致するものが全くない。言葉は通じるのに、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を相手にしているかのようだ。

 

いや、たとえ異邦人であっても、アーロンの対人経験をもってすればある程度の推測は可能なはずである。だから、【狂人】から何の情報も読み取れないことには何か別の理由があるはずだ。

 

「恩義と言われましても、べつに人として当たり前のことをしただけですし」

 

「(これは……)」

 

すると、アーロンは【狂人】の考えを読み取ろうとした時に、何か強烈な違和感がそれを邪魔することに気づく。

 

アーロン自身、上手く説明できないのだが……例えるなら、そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような――

 

「そういう訳ですので、お礼ならどうか病院の方々に」

 

「(……っと、いかんいかん。探りを入れるのに集中しすぎた。このままじゃ会話が終わっちまう)」

 

そこまで考えて、アーロンは思考を打ち切った。考察なら後でできる。ひとまずは【狂人】との会話が続くようにすることが先決だろう。

 

「(なんかアイツ()も【狂人】の世話になったっぽいし、これ以上借りを残したままでいるのはさすがにこえーんだよ……)」

 

しょせんは俺もクソ野郎(冒険者)の1人だ、と開き直って【狂人】が何も要求してこないうちにさっさと夜逃げして借りなどなかったことにするのが1番なのだが……すでにそれを実行してしまったのが身内にいるので、同じ事をするのは悪手だ。自分だけならともかく、いつの間にか妹まで一緒に奴隷落ちしていた、なんてことになるのはごめんである。

 

ならば次善策として、【狂人】が言葉の上は遠慮しているうちに簡単な用事を済ませてしまって、「借りは返した」という既成事実を作るのだ。また、それをギルド職員といった公平な立場の人間の前でアピールしておくことが望ましい。

 

「じゃあまずはクラスレベル上げですね!」

 

「……うん???」

 

 

 

 

 

「【シールドアサルト】! 【シールドアサルト】! 【シールドアサルト】! オラッ! もっと! 熟練度を! よこせ!」

 

“(    )”

 

「あががががが」

 

「「「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!」」」

 

“なにこの地獄絵図???”

 

……もっとも、優れた観察眼を持っていようがそうでなかろうが、この世界の人間が【狂人】の思考回路を理解するのは恐らく不可能だろうが。

 

その結果、高笑いしながら【門番】をしばき倒す【狂人】、棒立ちのままサンドバッグになる【背信の騎士】、トラウマ映像がフラッシュバックして白目を剥くアーロン、アーロンが連れてきた(道連れにした)知人のチンピラ3人組、という惨状が生み出された。

 

「アーロンてめぇ! 何が『楽して稼げる手段がある』だよ! いや嘘ではなかったけども!」

 

「ダメだ、こいつ気絶してやがる! お前もよく分かってなかったのかよ!」

 

「ハ、ハルベルトの旦那ぁ……もう勘弁してやってくだせぇ……! さっきから【門番】がピクリとも動いてないぞ……!」

 

“ここからじゃ聞こえないと思うよ。というか、なんか君たち見覚えあるね???”

 

部屋の隅に固まって震える3人をよそに、今日も【狂人】の高笑いがダンジョンに響いたのだった……。

*1
頭頂部の怪我もそこそこ酷かった

*2
モンスターみたいに振る舞ったら首をはねるつもりでしょ?



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14.「店を倉庫代わりにする」は狂気の発想

「――それで? 早い話、旦那は何に困っておられるんで? 俺は何をすればいいんですかね?」

 

時間は少し遡り、レベリング作業に入る前の話だ。ギルドへ向かう道すがら、俺は頼みごとについて詳しい話をしていた。

 

「ようするに、倉庫が満杯になりそうですので、【商人】を極めて店を開いて欲しいんですよ」

 

「前言撤回。申し訳ないんですが最初から説明してもらえます???」

 

“最初から聞いてもどうせ分からないよ”

 

これはだいぶ前から悩んでいたことなんだが、ギルドから借りている倉庫がすでに物で溢れそうになっているんだよな。いやあ、ついついトレハンが楽しくて……気づいた時にはこんなことに。

 

「うーん、初っ端からブッ込んできますねぇ……」

 

【回復薬】があった分の収納スペースは空いたのだが、今後のことを考えると早いうちに対処しておくべき案件だ。

 

【アへ声】だとギルドの倉庫に大量のアイテムを預けられたんだが、この世界では1人でギルドの倉庫を全て使うことはできない。そりゃあそうだ。他にも倉庫を利用する冒険者がいるからな。

 

しかもゲームだったら装備品とか消耗品といったアイテムの分類は問わず、1つのアイテムにつき99個まで500種類のアイテムを保管できたが……当然ながらこの世界では物理法則を無視した収納は不可能だ。大きなアイテムはその分だけ容赦なく収納スペースを圧迫する。

 

もちろん、RPGのお約束「たくさん物が入る魔法の袋」的なものはこの世界にもある。俺が普段使っている【拡張魔術鞄】もその1つだ。魔術によって中のスペースが拡張されていて見た目以上にたくさんアイテムを入れておける鞄……っていう、名前そのまんまの道具だな。

 

だが、俺が持つアイテムを全部収納しようと思えば【鞄】がいくつ必要になるか分かったもんじゃない。【鞄】はそこそこいい値段がするので、今後もアイテムが増える度に大量の鞄を購入するのは現実的じゃないな。

 

……いや、まあ、使ってないアイテムは売ればいいだけの話なんだが、この世界では店に1度売ってしまったアイテムは基本的に2度と手元に戻ってこないんだよ。

 

一般的なRPGの店とは違い、ダンジョンRPGでは店に売ったアイテムは消滅せずにそのまま店の品揃えに追加されるようになっていることが多い。さらに追加されたアイテムを主人公以外の客が買っていくようなこともないため、いつでも買い戻すことができる。

 

まあゲームによっては売ったアイテムの強化値が消える、みたいな細かいルールがあったりもするが……その話は今はいいだろう。とにかく、ダンジョンRPGでは店を「有料の倉庫」として使えるようになってる、と考えてくれていい。

 

だが、当然ながらこの世界ではそんなことはない。売ったアイテムはそのまま他の冒険者に買われてしまう可能性が高いから、【アへ声】をプレイしていた時のように気軽にアイテムを売り払ったりできないんだよな。

 

【アへ声】では実質的に店の品揃えの充実=アイテムコレクションの充実だったんだが、この世界ではアイテムをコレクションしようと思えば倉庫に預けるしかない。でも肝心の倉庫が狭くてコレクションできないんだよな。

 

そこで、俺が目をつけたのは店舗に設置されているような業務用の【拡張魔術倉庫】だ。【鞄】と同じ魔術が室内全体に掛けられており、【鞄】とは比べ物にならないほどの大容量を誇る倉庫のことだな。

 

一応、ギルドの貸倉庫も同じ仕組みで拡張されてはいるんだが、掛けられている魔術の効力があまり高くないのか容量が少ない。まさか冒険者ギルドともあろうものが工賃をケチったんじゃないだろうな?

 

「そういう訳なので、大型商店に設置されてるような大容量の【拡張魔術倉庫】が欲しいんですよ」

 

突っ込みどころが多すぎる……。てかギルドの貸倉庫ってだいぶ広かったはずなんですけど、それを1人で埋めるような冒険者は旦那くらいのもんですよ」

 

“あ、やっぱりそういうことするのは主だけなんだね。いつもの奇行の範疇かぁ……”

 

そんな感じの説明を、ゲームの話はボカしてアーロンさんに伝えると、アーロンさんは頭痛を堪えるかのように頭を振った。

 

「いやあ、思ったより両手持ち武器と鎧が場所を取るんですよね」

 

「やー、剣とか槍の収集家くらいなら俺の知り合いにもいますがね……さすがに全アイテムをコレクションしてる方にお会いしたのは初めてですよ」

 

うーん、まあ【アへ声】プレイヤーの間でも「トゥルーエンド到達で【アへ声】全クリ」派閥と「最強育成とダンジョン制覇まで達成して全クリ」派閥、「さらにアイテムコンプまで達成してこそ全クリ」派閥に分かれてたからな。やっぱりアイテムコンプまで目指してる人はこの世界でも少ないか。

 

「ただ、【拡張魔術倉庫】の設置には規定があるらしいんですよね」

 

「ま、パッと思いつく限りでも悪用する方法がいくつもありますからねぇ」

 

そう、問題は業務用の【倉庫】を個人で所有するにはいくつか条件があることなんだよな。

 

具体的には「店を経営していること」と、「【商人】のクラスをある程度まで極めた人間であること」、この2つだ。

 

「んー、旦那が求めるような規模の【倉庫】を所有できる【商人】となると……10年くらい修行を積んでようやく到達できるかどうかってレベルですかね」

 

どうやらこの世界だと、モンスターを倒す以外にも修行や勉強などで熟練度が入る場合があるらしい。で、【商人】は他の【商人】に弟子入りするなどして時間を掛けてクラスレベルを上げ、それからようやく自分の店を構え、さらに自力で【商人】としての熟練度を上げていって店を大きくしていく……というのが一般的なようだ。

 

そのため、【商人】のクラスレベルの高さはそのまま「信頼と実績の証」というやつになるみたいだ。だから【商人】のクラスレベルが高い人ほど、【倉庫】含めよりよい設備の設置許可が下りる、という理屈らしい。

 

……いや、ガバガバ規定すぎないか???

 

クラスレベルなんてダンジョンで上げればいい話じゃないか。冒険者を雇ってパワーレベリングする【商人】とか絶対に出てくるだろうから、どう考えても悪用防止にはならない。「若くして大商会の主にまで登り詰めた敏腕【商人】」みたいな奴の中には、金にものを言わせてパワーレベリングした奴がいるに違いない。

 

ネット小説だとこういうのは「主人公すげー!」に使われるような場面だが、そんなに頭がよくない俺でも思いつくようなことは他の人も思いついてるはずだしな。

 

それでも規定が改定されたりしないあたりに、この業界の闇を感じる。利権とか癒着とか、そういうのが絡んでるんだろうなあ……。

 

まあそれはともかく。つまりは、ダンジョンRPGの店と同じ様に使える施設を自分で作ってしまおうというのが俺の計画だ。これに関しては【アへ声】の【マイショップ】という機能から着想を得た。

 

【アへ声】ではサブイベントを消化することで【マイショップ】という機能が解禁され、ダンジョンで手に入れたアイテムを自分で販売することができるようになる。

 

普通に店でアイテムを売ると非常に安い値段で買い叩かれるため、コレクション用のアイテムは普通の店に売ることで品揃えに加え、マジで不要なアイテムは【マイショップ】で金に変える、というのが【アへ声】での定石だな。

 

なのでいずれはサブイベントをこなして店を開くつもりではいたんだが……よく考えたら別にわざわざサブイベントが起きるまで待つ必要なんてないんだよな。商売に詳しい人がいればその人に協力してもらえばいいんだから。

 

「んー、申し訳ないんですけど俺では力になれそうにありませんぜ。仮に実家の伝手を頼ったとして、そういう【商人】の知り合いがいるって話は聞いたことがなくてですね」

 

「いえ、ですからアーロンさんには【商人】を極めていただいて、そのまま店長をやっていただきたいんですよ」

 

「あー……最初に聞いた言葉は空耳じゃなかったかー……。普通こういうのって俺本人じゃなくて実家の力を使わせたりするもんでは? というか、俺に10年もの間【商人】としての修行をやれと???」

 

「いえ、実は画期的なレベリング方法を編み出しまして。5日間ほど付き合っていただければクラスレベルを最大にできるんですよ」

 

「ん、んん???(まさか俺を【商人】みたいな戦う手段を持たないクラスにさせてからダンジョンで事故に見せ掛けて殺すつもりか? だが、それならあそこまでして俺を助けた意味がない。駄目だ、何が目的なのか分からねぇ)」

 

まあそういう反応になるよな。アーロンさんは下層で活躍していた上位の冒険者だ。当然ながら俺よりも冒険者歴は長いだろうし、「そんな方法があればとっくにやってるっつの」と思われても仕方ないだろう。

 

やっぱり他の冒険者に信用してもらうには、まだまだ俺には実績が足りないか。

 

「……いえ、やっぱり今の話は聞かなかったことにしてください。知り合って間もない方にこんな突拍子もない話をするのはおかしいですよね」

 

「(げっ……まさか無理難題ふっかけて俺が断るように仕向けて、借りを返すのを先伸ばしにして後でまとめて負債を回収するつもりか!?)」

 

悩んでたところに商家の関係者が現れたから、これも何かの縁だと思ってダメ元で話を持ちかけてはみたが……そりゃあそうだよな。いきなり「店をやってみませんか?」なんて言われても、普通は詐欺かなにかだと思うに決まってる。

 

くそっ、失敗した。絶対に変な奴だと思われてるぞ……。

 

「とんでもない! やー、まさかこんな奇縁があるなんてな! 実は(あと10年くらいしたら)冒険者を辞めようかと思ってたので、その後はどうしたもんかと思ってたところでしてね!」

 

「えっ? でも、いいんですか?」

 

「わずかな人数・わずかな期間で中層まで到達した実力者の旦那がダンジョンでアイテムを仕入れて、俺が昔取った杵柄ってやつでそれを売り捌く。いいねぇ、悪くない。お互いの長所を活かした理想的な協力関係だと思いますぜ?」

 

うわっ、なにこの人。すっげえいい人じゃん。聖人君子かな???

 

「ま、確かにそんな短期間でクラスレベルを上げる方法なんてのは寡聞にして存じませんがね。()()()()()()()()()俺は旦那に言われた通り店長でも何でもやりますぜ!」

 

“あーあ……「何でもする」なんて言っちゃってさぁ。後悔しても知らないよー?”

 

「ありがとうございます! それじゃあ、5日間だけでいいのでアーロンさんのお知り合いの方にも協力をお願いしたいんですけど――」

 

「ええ、構いませんぜ!(ま、何させるつもりなのかは知らないが、俺の同類(ろくでなしの連中)ならどうなってもいいか。適当に何人か道連れにしよう)」

 

いやあ、まさか協力してくれる人がいるなんてな! 何でも言ってみるもんだな!

 

俺はアーロンさんという心強い協力者を得たことで、足取りも軽くダンジョンへと向かって行ったのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「やー、まさか本当だとは思わないじゃん???」

 

「テメェはダンジョン中層で潔く死ぬべきだった」

 

数週間後、アーロンはヘラヘラ笑いながら店のカウンターで伝票の整理をしていた。店内の清掃をしていたチンピラ3人組がアーロンの軽口にブチギレそうになるも、彼の目が死んでいるのを見てギリギリ踏みとどまる。さすがに死体蹴りはやめておいてやろうと思ったからである。

 

「だって【商人】だぜ? 本気でダンジョンに潜ってクラスレベル上げるつもりだったなんて思わないだろ」

 

アーロンの言うとおり、この世界では【商人】のパワーレベリングなど事実上不可能だ。

 

まず、この世界における【商人】は戦う力を一切持たないクラスとされている。なので「お荷物」を抱えてダンジョンを探索しようなんて考える物好きの冒険者など存在しない。

 

仮に【狂人】が考えていたように【商人】が冒険者を雇おうとしても、下位の冒険者はそもそもそんな命懸けの依頼を受けようとは思わないし、上位の冒険者だって「俺の命を最優先で守れ!」みたいな指図をしてくる「お荷物」を抱えて戦うのはごめんである。

 

そんな依頼を受けるような冒険者がいるとしたら、それは【商人】から金をむしり取ってやろうと近づいてきた、【善行値】がマイナスに振り切れている悪人である。

 

なので、そんな悪人と契約した【商人】はダンジョンの奥へと連れていかれてモンスターの前に放り出され、「助けてほしけりゃ全財産を譲渡する契約書にサインしろ」と迫られることだろう。「金を払えばちゃんと契約を履行してくれる」というのは日本人的な発想なのだ。

 

なにより、そもそもの話として命を懸けてまでダンジョンに潜ってレベリングをしようとする【商人】なんているのか? という問題がある。冒険者ですら大なり小なり覚悟を持ってダンジョンに挑んでいるというのに、ほとんど一般人と変わらない【商人】はダンジョンには決して近寄ろうとはしないのである。

 

「おかしいなァ……オレたちに何の関係があったんだろうなァ……!」

 

「完全にテメェの巻き添えじゃねぇかよクソッタレ!」

 

「なんでいつの間にかオレたちまで【商人】極めるって話になってんだよ!」

 

「やー、だって1人は寂しいだろ?」

 

「やっぱりテメェの仕業かよ!!!」

 

ぎゃあぎゃあと騒いでいた野郎ども4人だったが、店の入口が開いた音がしたために反射的に「いらっしゃいませ!」と素敵な笑顔で来訪者を迎えた。【狂人】がギルドに依頼して招いた講師による接客訓練の賜物である。

 

「いよーぅ、ジャマするぜぇ?」

 

「やー、リーダーじゃん。久しぶりだな」

 

やってきたのは1人の青年だった。装備している防具はどれも一級品であり、この青年が上位の冒険者であることを示していた。

 

アーロンは青年に対して気安い態度で接しているものの、目が笑っていない。青年もアーロンを見下したような舐めくさった態度だ。どう考えても友好的な関係ではない。

 

「さすがは商家のお坊ちゃんだなぁ? いやぁ、中層の探索ごときで死にかけたらしいと聞いて心配してたんだが、余計なお世話だったようだなぁ!」

 

「おー、お陰様でな。ぶっちゃけアンタの下にいた頃よりも稼がせてもらってるぜ」

 

皮肉の応酬。2人の会話から分かる通り、青年はアーロンが元いたパーティのリーダーだった。しかしその関係は利害の一致で一緒にいただけというものであり、アーロンが追放されてからはさらに関係が冷え切っている。

 

「で? 下層の探索で忙しいはずのリーダーサマが何のご用で? 冷やかしならさっさと帰りな」

 

「なに、パーティを追放した時に迷惑料として有り金全部いただいただろう? だが、店を構える余裕があるところを見るに、どうやら俺に嘘をついてたみてぇじゃねぇか?」

 

そう言うと、青年はカウンターに足を乗せてアーロンに剣を突きつけた。

 

「さしあたって、この店にあるアイテムを全部いただこうか? もちろん、タダでなぁ!」

 

それを聞いて、アーロンは思わずといった様子で3人組に目を向けた。我関せずと掃除に励んでいた3人もアーロンの方を見て、4人は顔を見あわせると――

 

「「「「わははははは!!!」」」」

 

――爆笑した。

 

「……何がおかしい」

 

声が低くなった青年に、「悪い悪い」とアーロンが軽い口調で謝る。

 

「さて、アンタはいくつか勘違いをしてる。まず1つ。今の俺のクラスが戦う術を持たない【商人】だからってそんな暴挙に出たんだろうが、今の俺に戦う手段がないとは一言も言ってない」

 

「ク、ハハハハハ! こいつぁ傑作だ! 【狩人】の時ですら雑魚だったお前が、【商人】になってから急に強くなったってかぁ? 戦いの才能はなくても笑いの才能はあったみてぇだな!」

 

「ま、騙されたと思って聞いてくれよ。俺もつい最近知ったんだがな、【商人】には【クイックユーズⅢ】ってアクティブスキルがあるんだよ」

 

「はぁ……? なんだ、いきなり」

 

青年の口調に戸惑いが混じる。それを見てますます笑みを深めるアーロン。

 

「この系統のスキルは『一瞬のうちに複数のアイテムを使う』って効果でな。【クイックユーズⅢ】なら5つものアイテムをほぼ同時に使うことができる。さらに、【商人】を極めるとアイテムの効果が1.5倍になるらしくてなぁ」

 

「……それが、なんだってんだよ」

 

「ところで、【爆風の杖】ってアイテムは知ってるか? これは戦闘中に使えば『任意の場所を起点とした半径5メール(※メートル)の範囲内に炎属性のダメージ』の効果があるアイテムだ。そう、【ブラスト】の魔術と同じ効果だよ」

 

「……まさか!?」

 

「そう、そのまさかだぜ!」

 

わざわざ身振り手振りを交えて説明をすることで青年の視線を誘導し、その間にさりげなくカウンターの奥に移動したアーロンは、隠してあった()()を引き抜いて青年に突きつけた。

 

「この杖はMPではなく大気中の魔素を消費して魔術を発動するから、魔術の素養がない奴でも使えるし、使ってもなくならねぇ! 1本で屋敷が建つくらいのシロモノだ! ギルドだって買取り拒否するくらいのオーパーツだぜ!」

 

それは、特注品の器具によって連結された5本の【爆風の杖】だった。無駄に凝った作りであり、クランクハンドルを回せば独特の音を立てながら杖が回転する無駄な機能がついている。【狂人(器具の発注者)】と同郷の人間が見れば、「ガトリングガンだこれーーー!?」と突っ込みを入れることだろう。

 

「て、テメェ……!?」

 

ジャキン、と背後から独特の音が鳴り響く。青年が後ろを振り返れば、チンピラ3人組も全く同じ物を構えていた。

 

「動くなよ。動いたらコイツが火を吹くぜ?」

 

「いくら上位の冒険者でも、【ブラスト】を20発も食らって余裕でいられるかな?」

 

「こいつを使えば、タダじゃ済まねぇぜ――」

 

 

 

 

 

「――お前も! オレたちもな!!!」

 

「…………うん???」

 

いきなり話が変な方向に飛んだため、青年の頭に「?」マークが浮かぶ。彼の疑問に答えるべく、アーロンが口を開いた。

 

「もう1つ、アンタが勘違いしていること。それは、この店のオーナーは俺じゃないってことだ。俺はただの雇われ店長でな。ここ、ハルベルトの旦那の店なんだよ」

 

「ハルベルト……ハルベルト!? まさか、【黒き狂人】か!?」

 

とんでもない名前が出てきたことで青年が「やっべぇ……!」って感じの表情になった。

 

「ま、そういうワケだ。ここにある品物は買い手が見つかるまでは全部ハルベルトの旦那の所有物だ。こんな室内で【ブラスト】の魔術なんて使った日には、俺もアンタも借金まみれだぜ?」

 

もしも【狂人】に借金の1つでもしようものなら、「借金? そんなのいいんですよ。その代わり、ちょっとモンスター退治に付き合って欲しくてですね。いえいえ、モンスターが絶滅するまで戦い続けるだけの簡単なお仕事です。おら、まだHPが残ってんだから戦えるだろ、いいから殺れ」などと言われかねない。

 

借金を踏み倒そうにも、相手は最近「モンスター図鑑の項目を1ページ減らした(ノームを絶滅させた)」と評判の【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】である。スライムも絶滅させたんじゃないの? と噂されているが、こちらは確認が取れていないので真偽不明である。とにかく、そんな奴とことを構えれば、どうなるか分かったものではない。

 

というか、1本で屋敷が建つくらいのシロモノを20本も用意(トレハン)している時点で何かおかしい。藪をつついたらドラゴンが飛び出してきそうな恐ろしさがあった。【狂人】が高笑いしながら使い捨ての超火力爆弾みたいなので自爆特攻を仕掛けてくる光景を想像し、青年は身体の震えが止まらなくなった。

 

なお、ルカがこれを聞けば「主なら【食いしばり】でちゃっかり自分だけはHP1で生き残るよ」と答える模様。

 

「……そうかぁ……【狂人】に借金漬けにされてコキ使われてる冒険者ってのはお前のことだったのかぁ……なんか……すまんかった……」

 

「……アンタとは今までお互いに迷惑を掛け合ってきたけどよ、全部水に流そうぜ。その方がお互いのためだろ?」

 

「分かった。もう俺はお前に関わらない。お前も俺には関わらない。それでいこう」

 

アーロンは場の雰囲気を利用してちゃっかり今までのことを水に流させつつ、リーダーの青年が【狂人】に遭遇しないよう周囲を警戒しながら退出していくのを見送ったのだった……。



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15.「【狂人】一味」は笑顔の絶えない職場

「そういえば新型ゴーレムばかりに目がいっていたが、普通のゴーレムもルカに修理してもらえばよくね?」

 

“ひょっとして主はボクのことも疲れ知らずの労働力(ゴーレム)だと思ってる?”

 

そのことに気づいたのは、チンピラ3人組あらためウチの店員3人組のレベリングはどうしようか、と思っていた時のことだった。

 

【背信の騎士】でレベリングするためには、1人は「まだボスを倒してない人」に立っててもらわないといけないんだが……俺、ルカ、アーロンさんはすでに【背信の騎士】を倒した判定なので除外として、残る3人のレベリングをしようと思っても1人はレベリングができないんだよな。

 

なので後回しになっていた新型ゴーレムの回収に行こうと思ったんだが……ノーム集落跡地に転がっている通常のゴーレム(残骸)を見て、こいつらも使えるのでは? と思ったんだよな。

 

“主っていつもそうだよね。ボクのこと何だと思ってるのさ? そうだね奴隷だねちくしょう! 過労死したら化けて出てやるからな!”

 

「分かった分かった、【迷宮森林の腐葉土】*1と【霊峰の美味しい水】*2を買ってやるから」

 

“……仕方ないなぁ。まったく、主はボクがついてないとダメなんだから”

 

俺の肩に乗ったルカがペチペチ叩いてくるのを宥めつつ、今後の計画を練る。最初は寄り道せずに中層を攻略してしまうつもりだったが、状況が変わったためそのプランは破棄せざるをえない。

 

まず、しばらくの間はノームの集落跡地を一時的な拠点として活動する。店はアーロンさんに任せ、俺と3人組でルカを警護し、ルカはゴーレム(通常)の修理に専念だ。

 

ある程度ゴーレム(通常)の数が揃ってきたら、ルカの警護はゴーレムに任せ、一時的にルカをパーティから外して別行動だ。その間にゴーレムを【背信の騎士】の前に立たせて俺と3人組で熟練度稼ぎをし、3人組には【商人】を極めてもらう。

 

その後は3人組に店番を頼み、俺とアーロンさんで新型ゴーレムのパーツ回収作業だ。アーロンさんは下層で活躍していたこともあって、【狩人】としての技量は一級品だ。頼りにさせてもらおう。

 

それら全てが終わったら、ようやく店は完全にアーロンさんと3人組に任せ、俺とルカ、新型ゴーレムでダンジョン攻略再開だ。商品の仕入れについては、俺たちがトレハンしたレアアイテムのうち不要なものを目玉商品としつつ、定番の商品はゴーレム軍団に仕入れさせることにしよう。

 

「――と、まぁそんな感じで当分の間はいこうと思います。何か質問はありますか?」

 

「あいよ、異論なしですぜ」

 

あの……なぜオレたちが店員になること前提で話が進んで……いえ、その、なんでもないです……」

 

そんな感じで方針が決まったため、店に全員を集めて情報共有を行った。アーロンさんは俺の方針を快諾してくれたのだが、3人組は反応が薄い。

 

うーん、近くにいても聞き取れないくらいの小声でモニョモニョと何か言っていたようなんだが、何を言ったのか尋ねてみても「なんでもない」の一点張りだ。疑問点があるなら先に解消しておいて欲しいんだが……まあ本人たちが「大丈夫」と言っているのだから信じるしかないか。

 

とりあえずアーロンさんとはここで別れ、ダンジョン中層へ移動だ。以前俺とルカがブッ壊したゴーレムは事前に1ヵ所に集めておいたので、そこまで歩いていく。

 

 

「それでは、カルロスさん、フランクリンさん、チャーリーさん、今日はよろしくお願いいたしますね」

 

「「「り、了解ッス……」」」

 

最近になってようやく自己紹介をしてもらったのだが、実は彼らは兄弟だったらしい。

 

まず、スキンヘッドで筋骨隆々な人が長男のカルロスさん。メインクラスは【戦士】で、3人組のリーダー格だ。

 

次に、金髪を角刈りにした人が次男のフランクリンさん。グラサンがトレードマークなこの人もメインクラスは【戦士】で、カルロスさんと同じくらい筋骨隆々だ。

 

最後に、焦げ茶の髪を角刈りにした人が三男のチャーリーさんで、ケツアゴが特徴的な彼もまた筋骨隆々な【戦士】だ……って、3人ともマッチョで【戦士】かよ! パーティバランス悪いな!

 

以前、【背信の騎士】を倒せずにボス部屋前で立ち往生していたのも頷ける。そりゃあ全員【戦士】では物理攻撃に強い相手は倒せないだろう。

 

「それじゃあ、改めて作戦を確認しますね。といってもそんなに難しい話じゃありません。俺が前衛に立って敵の攻撃を受け止めますので、皆さんには後衛から【爆風の杖】で攻撃をしていただきたいんです」

 

「う、ウッス……(何回聞いても頭おかしいんだよなぁ。てかこんなレアアイテムをポンっと渡されたら怖いんだが)」

 

「問題ないッス……(レアアイテムの買取りまでやるとギルドの財政が傾く恐れがあるから拒否してるんじゃなかったか? つまり非売品ってことなんだが)」

 

「いつでもいけるッス……(オークションで法外な値がついてるのを見たことはあるが、そんなもんをチラシ配るような気軽さで渡してくるのはホンットに心臓に悪い)」

 

俺は【爆風の杖】を3人に渡すと、とある家屋を守るように配置についた。中ではルカが修理を行っているので、ルカが集中できるようにこの場は俺たちで守り通さなければならない。

 

ちなみに、俺が3人に渡した【爆風の杖】は低級炎属性範囲魔術【ブラスト】が封じ込められた【魔術士】用の武器だ。といっても武器としてではなくアイテムとして使う分にはどのクラスでも可能だ。

 

この杖はダンジョン上層の8階層に出てくるレアモンスターの固有ドロップ品だ。【アへ声】ではアイテムの入手先は宝箱が基本ではあるが、こういう出現率の低いレアモンスターが有用なアイテムを落とすこともある。

 

ちなみに【爆風の杖】を落とすレアモンスターはスライムと出現場所が被っているため、スライム狩りをしていればいつの間にか30本くらいは手に入っている。頭に「レア」なんて単語がついていようが、トレハンは周回が全てだからな。

 

「おっと、さっそくお客様です! 総員、戦闘態勢を!」

 

「「「う、ウッス!!!」」」

 

集落跡地にフラリと迷い込んできたモンスターどもを見て、俺たちは武器を構えたのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

無人の廃墟と化していたはずの集落跡地。しかし、今日はいつもとは様子が違い、男の高笑いと爆発音が鳴り響いていた。

 

「ハハハハハ! オラオラかかってこいやぁ!」

 

「うへぇ……マジで敵の攻撃を全部受け止めて反撃までしてやがる……」

 

たった1人で全ての攻撃を盾で受け止め、弾き返し、お返しとして槍を叩き込み、様々な状態異常を付与して足止めする。ここに来てからすでに数時間が経過しているが、今のところ【狂人】は散発的にやってくるモンスターどもを1歩も後ろに通していなかった。

 

最初は「本当にそんなことが可能なのか、今日が俺たちの命日なのではないか」などと恐怖していた3人組だったが、実際に【狂人】が有言実行しているところを目の当たりにすれば、それが理論上は可能な行為であったことを信じざるをえない。

 

もっとも、3人組が身の危険を感じて恐怖することはなくなったものの、今度は「理論上は可能だからといって本当にそれを実行する奴があるか!」という別方面からの恐怖が3人組を襲った訳なのだが……。

 

「だが、味方だとこれほど頼もしい奴もいないな……」

 

「これは、敵対される前に仲間になっといて正解だったか……?」

 

状態異常で弱ったモンスターどもに【爆風の杖】の効果でトドメを刺しつつ、3人組はコソコソとそんな会話をしながら【狂人】の背中を見つめていた。

 

そんな3人の脳裏を過るのは、子供の頃の記憶だった。

 

――その勇気ある青年が戦う時、彼はいつだってその背に誰かを庇っていました。恐ろしいモンスターの群れを相手に一歩も引かず、それどころか押し返しました。その背に庇った人々のため、仲間たちと共に前へと進み続け……いつしか彼は世界を救ったのです。

 

3人がまだ子供だった頃、何度も親にせがんで読み聞かせてもらった絵本の1節だ。彼らは何故かそれを思い出していた。

 

彼らもまた、最初は【正道】を行く好青年であった。絵本に描かれていた勇者の姿に憧れて、3人とも【戦士】をメインクラスに選んで剣と盾を手に取った。「お前ら、誰か1人くらいは【魔術士】になった方がいいってギルドの人に言われただろ」と笑いあったことを覚えている。

 

……だが、心の底から笑顔でいられたのはダンジョンに入るまでだった。

 

ダンジョンの中は恐怖と絶望の世界だったのだ。現実に打ちのめされた3人は早々に夢を諦めるも、家出同然に故郷を飛び出した身のため帰る勇気すら持てず。そんな彼らが【中道】に堕ちたのは必然だったのだろう。

 

人々を守ると誓った盾は自らを守るためだけの単なる防具に成り下がり、人々のために振るうと決めた剣で自らの生活費を稼ぐようになった。【正道】にこだわっていた同期が全員死んだと聞いた時は、他人なんか放っておけばいいのにバカな奴等だ、と吐き捨てたものだ。ダンジョンではそういう奴から真っ先に死んでいくのだから。

 

もちろん、いまだ【正道】を貫き続け、【英雄】と称されるまでになった最上級の冒険者たちもいるにはいる。だが、そんな彼らでさえダンジョン下層の突破には至っていない。「今日こそは」とダンジョンに潜って行った彼らが「明日こそは」と帰っていく後ろ姿を眺め、「なんとも頼りない背中だ」と嘲笑ったのは記憶に新しい。

 

上層で得たわずかな金銭で宿代を支払い、ツケで酒を呷る日々。そろそろ酒場を出禁にされそうになったため、ようやく重い腰を上げて何か稼げる方法を探し始めた頃――彼らは【狂人】と出会った。

 

「【シールドアサルト】! 【シールドアサルト】! 【シールドアサルト】! ……ドロップしないな」

 

恐ろしいモンスターの象徴的存在とも言える【門番】を、なんと「ドロップ品のため」などという理由で何度も何度もブッ飛ばして壁のシミに変える【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】を見て、最初は恐怖に震えた3人であったが……。

 

「く、くくく……わははははは!!!」

 

「あの【門番】を一撃かよ! マジでイカれてやがるな!」

 

「なんだよ『ドロップ品のため』って! そんな理由で【門番】はゴミクズみてぇにやられちまったのかよ!」

 

ダンジョンからの帰り道、3人は誰からともなく顔を見合わせ、変な笑いが込み上げてきた。心の底から爆笑したのはいつ以来だろうか? そりゃあそうだ。まさか絶対的な捕食者であるはずのモンスターのことを「かわいそう」などと思う日が来るとは思わなかったのである。

 

「――と、まぁそんな感じで当分の間はいこうと思います。何か質問はありますか?」

 

ゆえに、アーロンの策略によっていつの間にか自分たちが【狂人】の仲間として扱われていることに気づいた時も、必死になって拒否しようとは思わなかったのだ。

 

それは【狂人】に逆らったらどうなるか分からないという恐怖からくる選択でもあったが――それ以上に3人の胸中を占めていたのは、「期待」だった。ここに来る前に「敵の攻撃は俺がほとんど受け止めます」などとイカれたことを言われた時も、恐怖で震えながらも心のどこかで「コイツならそれくらいはやるんじゃないか?」という淡い思いがあった。

 

「よっしゃあ! 今です! やっちまってください!」

 

「「「お、おう!!!」」」

 

そして、こちらを振り返った男の不敵な笑みを見て、その「期待」は半ば「確信」へと変わっていた。こいつは、いずれ何かデカいことを為すに違いない。それこそ、「ダンジョン制覇」のような大偉業を、だ。

 

「おっと、新手です! 皆さん、まだ行けますよね!?」

 

「「「任せてくだせぇ!」」」

 

そうして「確信」を得た瞬間、目の前でモンスターどもを相手に一歩も引かない男の背中が、どういう訳か子供の頃に大好きだった絵本の挿し絵(勇者の後ろ姿)と重なって見えた。

 

相変わらず何を考えてるか分からないし、どうせダンジョン攻略の動機もぶっちぎりでイカれてるんだろうとは思うものの……「誰かをその背に庇い、前へと進み続ける」その背中は、子供の頃に憧れた姿そのものだったのだ。

 

「ハハハハハ! 大人しく俺たちの経験値になりやがれ!」

 

……もっとも、「高笑いが聞こえないように耳を塞ぎ、時々ものっそいオリジナル笑顔を晒す顔から全力で目を背ければ」の話ではあるのだが。

 

「(でもまぁ、それも悪くねぇかもな)」

 

ただ、今ではそれすらも「面白い」と感じ始めてきたあたり、徐々に自分たちも狂ってきているのだろうかと3人は不安になった。だが、これからあの【狂人】が為すであろう偉業を特等席で眺められるなら、それもいいかと思うようにもなっていたのだ。

 

「(ああ、そうか。オレたちは『勇者になりたかった』んじゃなくて……『勇者の活躍に心を躍らせる時間が好きだった』のか)」

 

「(へっ……アーロンの野郎に感謝だな。道連れにしやがったことは許してないから礼は言ってやらねぇが)」

 

腐れ縁のクソ野郎(アーロン)に心の中で感謝しつつ、ふと、アイツも最近は目が死んでいるものの笑顔を浮かべることが多くなったな、と3人は思う。

 

どうして腐れ縁が続いていたのかずっと3人は疑問に思っていたのだが……いつもみたいな胡散臭い笑顔ではなく、悪ガキのような笑顔で【狂人】のことを話す姿を思い出し、3人は長年の疑問の答えを悟った。きっと、彼らは似た者同士だったのだろう。

 

「よし、そろそろ4人で戦うのも慣れてきましたね! そろそろ新しい戦法を試してみてもいいかもしれません!」

 

また何かおかしなことを言い始めた【狂人】に苦笑しつつ、さて次はどんなとんでもないことをやらかすのかと、3人は期待に胸を躍らせるのだった――

 

 

 

 

「キャストオフ!!!」

 

「「「は???」」」

 

「【踊り子】のパッシブスキル【フレンジーダンス】の効果によりAVD(回避率)がレベルに応じて上昇する! このスキルは防具を装備しない方が効果が高く、【踊り子】を極めることでAVDはさらに上昇! そこへアクティブスキル【ミラージュステップ】でAVDにバフを掛けることで、短時間だけ俺は無敵の人となる!」

 

「うわぁぁぁぁぁ! オレの記憶にある絵本の勇者がパンイチで踊り始めたぁぁぁぁぁ!」

 

「やめろォ! オレたちの思い出を汚すんじゃねぇ!」

 

「も ど し て」

 

突然装備していた防具を脱ぎ去り、パンイチで奇妙なステップを踏み始めた【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】を見て、3人はリアリティショックを受けて精神に甚大な被害を被った。

 

その日からしばらくの間、彼らは思い出の絵本に描かれていた勇者が全裸になって軽快なステップで踊り狂う姿を特等席で延々と見せられるという悪夢に悩まされることとなる。

 

彼らの受難は続く……。

*1
まるで迷宮森林で採取したかのような良質の腐葉土

*2
まるで霊峰で採取したかのような(以下略)



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16.「全裸でステップを踏む」は狂人通り越して変態の発想

Q.どうして「忍者」じゃなくて【踊り子】なんですか?

 

A.本作はエロゲだからです

 

Q.【アへ声】の主人公は男ですよね? 男が艶かしいダンスを踊ってるところを想像すると結構キツイような気がします

 

A.モンスターにしてみれば老若男女は関係ないですから

 

 

――【アヘ声】公式Q&Aより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

「それでは、しばらくの間よろしくお願いしますね、アーロンさん」

 

「あいよ。こっちこそよろしく頼みますぜ」

 

「よし、じゃあさっそく行きましょうか!」

 

「待った。なんで私服のまんまでダンジョンに突撃しようとしてるんです? いつものキメラみたいな鎧は???」

 

「え? いえ、検証の結果パンイチである必要はなかったようですので。いくら最強を目指すためとはいえ、さすがに俺もパンイチは抵抗があったので助かりました」

 

「違う、そうじゃない。てか1度はパンイチでダンジョン行ったみたいなこと言わんでください。……え、いや、待った、マジで??? ウソでしょ???

 

うーん、どうやらこの世界では【踊り子】の強さがあまり知れ渡ってないみたいだな。【アへ声】では最強クラスの一角だったんだが。

 

【アへ声】における【踊り子】とは、他のゲームで言うところの「忍者」に該当するクラスだ。古き良き時代のダンジョンRPGを知る人であれば、「全裸忍者」と言えばだいたい分かると思う。

 

【踊り子】の最大の特徴は【フレンジーダンス】という「レベルに応じてAVDにプラス補正が掛かる」パッシブスキルに集約されている。つまり、レベルが上がれば上がるほど敵の攻撃をガンガン回避するようになる訳だ。

 

このスキルには「防具を何も装備していない場合はさらにAVDが上がる」という効果もあり、その状態であれば面白いくらいに敵の攻撃を避けまくることが可能だ。(このゲームでも通称が【全裸】なのは言うまでもない)

 

また、【踊り子】を極めればさらにAVDが上昇するため、前世だと「全てのクラスを極めたあとで最終的にどのクラスをメイン&サブに設定するか」という議論をする際には真っ先に名前が上がるほどの大人気クラスだった。

 

ついでに言うと、【ダンスマカブル】というパッシブスキルにより素手での攻撃に即死効果を付けることも可能であり、【闘士】という素手での戦いに特化したクラスをサブクラスに取得すれば、「敵の攻撃を全て回避しつつカウンターで首をはねまくる」なんてことも可能だ。

 

ただし【踊り子】にも弱点がある。それは「どれほどAVDを上げてもモンスターの拘束攻撃の成功率は一定である」という点だ。拘束攻撃を食らったパーティメンバーは1ターンごとに装備品が1つずつ外れていき、全ての装備品が外れると回避不能の特殊攻撃(意味深)により一気にHPが全損する。

 

そのため、【全裸】の【踊り子】を触手系モンスターとかオークとかの前にお出ししようものなら、一撃で貫かれ(意味深)て病院送り(意味深)になる可能性がある。しかも病院送りになったキャラがヒロインだった場合は退院した時に立ち絵がレ○プ目に変化してて、それがバッドエンドフラグになってたりもするんだよな。薄い本でも定番のシチュでした。

 

また、防具を装備しないと当然ながら防具から得られる各種耐性といった恩恵を受けられないとか、そもそも範囲魔術は回避不能といった弱点もあるため、とりあえず【全裸】にしとけばいいというものではない。拘束攻撃持ちや範囲魔術持ちのモンスターが出現する階層では回避を妥協してでも防具を装備するなど、状況に応じて使い分けることが重要だ。

 

「まあ拘束攻撃をしてくるモンスターが出現するのは中層後半からですので、前半を探索する間であれば定期的に【ミラージュステップ】しとけば、まだレベルが上がり切ってない俺でも無敵になれるんですよ」

 

ちなみに、前世では【全裸】とは言われていたものの、この世界では本当に全裸になる必要はないということはこの間の検証で確認済みだ。防具さえ装備していなければ、普通の服を着ていても問題ない。

 

「それでも必要があればダンジョン内で脱ぐことに躊躇いはないんですか……。(いくらステータスが絶対と言えど防具なしでダンジョンを歩くなんて想像しただけでも恐ろしいのに、躊躇いなく脱ぎ捨てるのは)さすが旦那ってとこですかね……」

 

そりゃあそうだろう。パンイチになることで仲間の安全を確保できるなら脱ぐぞ俺は。ソロでダンジョンに潜っていた時と違って、今の俺はパーティリーダーとして人の命を預かる立場になったんだ。脱ぐだけで仲間が助かるならそれくらいは安いもんだろう。

 

「(仲間のためなら、か。冒険者として1度くらいは言われてみたかった台詞だったはずなんだが……よりによって『パンイチ』かぁ……素直に喜べないんだよなぁ……)」

 

そういう意味では、この世界では服を着ててもAVDが上昇する仕様だったのは本当に助かった。さすがに俺だって戦闘中にハイになった状態でしかパンイチになるのは無理だし、仲間内のノリでやるならともかく公衆の面前でパンイチで歩くのなんてごめんだからな。

 

「まあ今までの防具もちゃんと【鞄】に入れて持ち歩いてますから大丈夫ですよ」

 

「やー、まぁ旦那がそれでいいんなら俺から言うことは何もないんですがね……」

 

「それじゃあ、今日も元気にダンジョンへ行きますか!」

 

「あいよー。ま、ボチボチやるとしますかね」

 

それにしても、やはりこの世界は原作開始前ということもあって黎明期なんだろうな。俺が冒険者としての信用を得た暁には、【踊り子】の強さも広めていかないといけないかもしれない。

 

そんなことを考えつつ、俺とアーロンさんはダンジョンへと潜っていくのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「旦那っ! 北西から2体! 北東から3体!」

 

「任せてください!」

 

打てば響くとはこの事か、とアーロンは思う。短いやりとりで即座に立ち位置を調整し、常に前衛と後衛の陣形を保って戦う。かつてアーロンが思い描いていたような、自分の得意分野を活かし、協力しあう理想的な冒険者パーティのカタチがそこにはあった。

 

以前のパーティであれば、モンスターの接近を知らせれば「俺に指図するな!」と罵声が飛び、かといって報告しなければ「自分の役割もこなせねぇのか穀潰しが!」と罵られているところだ。

 

「(……もっとも、報復のために危険度の低いモンスターはわざと報告せずにいた俺も同じ穴の狢だった自覚はあるんだけどな)」

 

今となってはどちらが先に仕掛けたのかは定かでない。あちらがこちらを弱者だと見下したのが先だったか、それともこちらがあちらをクズだと見下したのが先だったか。確かなことといえば、彼らとの間に信頼関係など欠片もなかったということだけだ。

 

「やりましたね! この調子でいきましょう!」

 

「はいよ! 後方支援は俺にお任せあれ、ですぜ」

 

それに比べれば――ああ、確かに悪くない。この男は共に戦うパーティメンバーとして非常に安定感がある。

 

相変わらず【狂人】の考えは読めないものの、こうして一緒に戦っていれば、上位の冒険者としての視点から見えてくるものもある。

 

この男は戦闘中の行動に迷いがない。接敵時の位置取りや背後から奇襲を受けた時の対処、スキルの選択や発動タイミング、確率で発動するスキルが不発だった時の対応など……それら全てにおいて、経験不足の者にありがちな「何をすれば正解なのか分からない」という躊躇からくる硬直時間が一切ないのだ。

 

それはこの男が普段から現在の戦い方を反復して行っており、ほとんど条件反射の域でこなせるほどに熟練していることの証左だ。つまり、この男は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っと、宝箱ですね。解錠をお願いします」

 

「それじゃ、ちゃっちゃと開けちまいますかね」

 

宝箱の解錠作業の時だってそうだ。それが当たり前とでも言うかのように、この男は自然とこちらの背中を守るような位置取りで周囲の警戒を始める。

 

このように、ダンジョン内での行動を見ていれば、この男が「誰かを守る者」であることは疑いようのない事実であるとアーロンには感じられた。ゆえに、表情や仕草からは何も読み取れずとも、「もしかするとこの男は信頼に値するのではないか?」と思い始めたのだ。

 

「おっ? これはもしかしてレアアイテムなんじゃありませんか?」

 

「おおおおお!? マジか!!! やったじゃないですか!!!」

 

レアアイテムを見つけておおはしゃぎし、ハイタッチを求めてくる男に苦笑しながらも応じるアーロン。表面上は「仕方ないなぁ」という態度を取りつつも、心の中ではじわじわと歓喜が広がっていた。

 

「……ああ、くそっ。認めたくねぇが……楽しいな……」

 

思わず本心からの呟きが漏れる。だって、本当は()()()()()を求めて冒険者になったのだ。

 

バカみてぇに騒いでる連中を見てガキくせぇ奴らだと賢しい態度を取っていても、本当は気の合う友人と一緒にバカなことをやれたらどんなに楽しいだろうと羨んでいた。

 

「友情」だとか「絆」だとかそんなのダッセェし、そんなもの存在する訳がないなんて吐き捨てていても、もし本当にそんなものがあるならばどれほど己の人生に色彩を与えてくれるだろうかと渇望していたのだ。

 

「それじゃ、次に行きましょうかアーロンさん!」

 

「……『アーロン』で構いませんぜ」

 

「えっ? いいんですか?」

 

「えぇ、もちろん。敬語だっていりませんぜ。アンタは俺たちのリーダーなんだ。メンバーに敬語じゃカッコ付かないでしょ」

 

「……分かりまし、分かったよ。でも、そっちも俺のことは『ハルベルト』で構わないし、敬語もいらないぞ」

 

「オーケー、それじゃあ俺も敬語はナシだ。ただ、アンタのことは『大将』って呼ばせてくれよ。ま、渾名みてぇなもんだ」

 

だから、自分も少しは冒険者らしく、勇気を出して「冒険」してみよう。この型破りで破天荒な男が相手であれば、きっと「人間なんてクズばかりだ」という自身の常識なんて通用しないだろうから。

 

「改めて、よろしくなアーロン!」

 

「あいよ! よろしく頼むぜ、ハルベルトの大将!」

 

この日、アーロンはようやく自身が思い描いていた「冒険者」としての第1歩を踏み出したのだった――

 

 

 

 

「それじゃあ、俺ももっと気合いを入れて壁役をこなさねえとな。実は、敵の攻撃を確定で受け止める手段があるんだ」

 

「へえ、そんな手段があったのか?」

 

「ああ、俺は【湿布】って呼んでるんだが――」

 

アーロンが「もしかして俺、早まったか???」と白目を剥いて気絶するまで、あと30秒……。



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17.「ゴーレム部隊」は恐怖の軍勢

「お兄ちゃんへ

 

そろそろブタさんが美味しい季節になりますが、いかがお過ごしでしょうか。

 

私の近況ですが、前回と変わりありません。『自分探し』というものはかくも難しく、とても奥深いものなのですね。終わりが見えそうにありません。

 

ところで、最近になって気づいたことがあります。なんと、働かないで食べるご飯はとても美味しいのです。このような真理に気づいてしまった私は天才かもしれません。私がこの真理に気づく切っ掛けとなった言葉、『働かないで食べる飯は美味いか?』をくれたお父さんには色んな意味で感謝しないといけないかもしれませんね。

 

冗談はさておき、最近お父さんが私を見る目が怪しいです。具体的には出荷待ちの子ブタさんを見るような目です。このままだと私はどこかの農場に売り飛ばされてしまうかもしれません。最近お兄ちゃんは店長さんをしてるんですよね? ほとぼりが冷めるまでお店で養って匿ってくれたら嬉しいなって。

 

追伸

以前、手紙と一緒に送ってくれたクッキーがとても美味しかったです。また次の手紙と一緒に送ってくれると嬉しいです。それではクッキーお返事をお待ちしてます」

 

――アーロンが額に青筋を浮かべながら読んでいた手紙より抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

「で、これが例の『新型ゴーレム』なのか?」

 

“ふふん、よくぞ聞いてくれたね! 説明の前に確認なんだけど主はどのゴーレムが(以下、意味のない言葉が続く)”*1

 

あ、やばい。なんかルカがその場でクルクル回ったりピョンピョン跳ねたりし始めた。たぶんアレだ、徹夜明けのハイテンション的なやつだ。

 

さすがに普通のゴーレムまで修理させたのは無茶だったのかもしれない。当分の間は休ませた方がいいだろう。こんなになるまで頑張ってくれるとは……なんか、マジでありがとうな……。

 

とりあえずルカにはしばらく鉢植えの中でゆっくりしてもらうとして。新型ゴーレムについてだが、どうやら見た感じだと【クレイ(粘土製)ゴーレム】の亜種っぽいな。外見は「全身を真っ黒なプロテクターで覆った黒いマネキン」といったところか。

 

……なんか君、ゲームで見たのと違わない??? いやまあ、ルカが何かしたんだろうけどさ。最終的には最強育成することに変わりはないんだから見た目は何でもいいんだけど、ちょっとびっくりしたぞ。

 

試しに起動して軽く動かしてみたところ、なんとこいつは運動能力が高いらしく軽やかな動きで走ったり体操選手のように柔軟な動きが可能なようだ。ゴーレムといえば「硬い、強い、遅い」が特徴のはずだが、こいつは従来のゴーレムとは全く違い素早さを重視した作りになってるみたいだな。

 

ということは、こいつは以前の俺がやってたメイン【剣士】・サブ【騎士】のようなソロ攻略用の構成ではなく、メイン【剣士】・サブ【戦士】で純粋な火力特化にするとか、メイン【闘士】・サブ【踊り子】で即死攻撃バラ巻き要員(キリングマシーン)にするのも面白そうだ。

 

「やー、お疲れさん。野暮用ってのは終わったのか?」

 

「ああ。とりあえず店に戻ろうか」

 

トラウマを刺激しないよう集落跡地入口で待ってもらっていたアーロンと合流し、俺たちの店へと帰還する。そして自室(※宿屋から拠点を移した)に戻ると、枕元に置いてある鉢植えにルカをそっと乗せた。

 

「じゃ、ルカはしばらく休暇ってことで。ゆっくり休んでくれ」

 

“……『休暇』? 『休暇』ってなに? 次にボクが極めないといけないクラスの名前???”

 

「……すまん。これからはルカにも定休日を作るから……」

 

こてん、と首を傾げるルカを見て思わず自責の念に駆られる。そういえばこの世界にきてからダンジョンに潜らなかった日の方が珍しいんだよな……。しかもルカと一緒にいるのがいつの間にか当たり前になっていたので、必然的にルカもほぼ毎日ダンジョンに潜っていたことになる。

 

俺にとってこの世界での生活は毎日が趣味の時間に没頭できる休日みたいなもんだったが、他の人にとってダンジョンに潜るのは趣味ではなく仕事みたいなものなんだよな。

 

ルカはモンスターといえど1つの生命だ。だから定休日が必要だとようやく思い至った俺は、今後はルカが休みの日はアーロンにダンジョンについてきてもらえるよう交渉することにした。

 

「やー、実は俺も大将と一緒にダンジョンを冒険したいと思ってたところだったんだ。こっちの方こそよろしく頼むぜ」

 

聖人君子かな???(※2回目)

 

「けど、よく考えたら3人の負担が増えないか?」

 

アーロンの休暇を減らさずにダンジョン探索を手伝ってもらうとなると、必然的にアーロンが店で働く時間が減ってしまい、カルロス(※最近呼び捨てにしてもいいと言われた)たちの負担が増えるんだよな。うーむ、まさかここまで繁盛するとは思ってなかったんだが……。

 

「ま、ウチはゴーレム軍団のお陰でダンジョン産アイテムの供給が安定してるからな。ギルドで扱ってる商品といえば、人間の職人が作ったアイテムか、冒険者から買い取ったアイテムのどっちかだが……前者はダンジョン産のアイテムに性能で及ばないからあまり需要がなく、逆に後者は仕入れを冒険者に依存してるから常に品薄だ」

 

「なるほど。俺たちの店は意外と冒険者たちから需要があったんだな」

 

確かに。ノームを絶滅させた以上、ゴーレムという人件費が掛からない労働力を使えるのはもはやルカを仲間にしてる俺たちだけだしな。まあゴーレムには他にも亜種がいるが、登場するのはもっと下の階層だし、少なくとも俺がボス部屋周回レベリングを広めるまでは類似の店は生まれないだろう。

 

「じゃあ仕入れ増やすか?」

 

「それは止めた方がいいな。やりすぎると中立を掲げてるギルドはともかく他から恨まれるぜ。それも多方面からな。そもそも最初は『維持費が稼げたらいいな』程度に考えてたんだろ?」

 

「それもそうか」

 

うーん、やはりアーロンを仲間にして正解だった。このへんの商売に関する嗅覚というかセンスは【商人】を極めても身に付かないみたいだからな。

 

「っと、悪い。脱線したな。人手不足の件だが、俺も【商人】を極めて店員として――」

 

「それはマジで止めてくれ」

 

「えっ? なんでだ???」

 

「えっ? やー、その、アレだよ。ホラ、大将には目玉商品のレアアイテムをトレハンしてもらわないと。それにアンタはダンジョン制覇を目指してるんだろ? そっちに専念しなって。片手間でできるようなことじゃないぜ?(大将がいたら客が来ないんだよ……)」

 

くっ、パーティリーダー冥利に尽きることを言ってくれるぜ。有能な上に優しいとか、アーロンを追放したっていう前パーティのリーダーは何を考えてたんだろうな。

 

「じゃあ、順当にバイトの募集でも掛けてみるか」

 

「……それなんだけどな。1人だけ(酷使しても心が痛まない奴に)心当たりがあるんだよ。実は俺には妹がいるんだが、現在(口だけではあるが)求職中でな。社会勉強ってことで給料は安くていいから雇ってやってくれねぇか?(てか、どうせ金の使い道はろくでもねぇもんばっかだし)」

 

「妹がいたのか。別に構わないけど、本人に色々と確認取らなくていいのか?」

 

「大丈夫、諸々の説明に関してはこっちでやっとく。やる気に関しては大丈夫だ、(アンタが命令すれば)何だって一生懸命にやるだろうさ。ああ、妹は元冒険者だったから、なんならアイツも冒険に連れて行って(根性叩き直して)やってくれ。アイツも(命惜しさに)断らないだろう」

 

「何から何まですまないな」

 

「なーに、いいってことよ。妹にはさっそく手紙を送っとくから、だいたい数週間後にはこちらにやってくるだろう。それまでは俺の休みを削って店を回そう。妹の面倒を見てもらうんだ、さすがにそれくらいはさせてくれ」

 

それからカルロスたちも交えて店のシフトを調整した俺は、ひとまず新型ゴーレムのレベリングに行くのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

その冒険者パーティは、正義感に溢れた少年少女で構成されていた。

 

さすがに自分の命を懸けてまで他人を助けたりはしないものの、彼らは近頃の冒険者としては珍しく【正道】を貫いたまま順調にダンジョンを攻略中であり、「次代の【英雄】」として密かにギルド職員から期待されているルーキーたちである。

 

「すまない、MPの管理をしくじった……僕の責任だ……」

 

「いいや、仕方ないさ。急にスライムが襲ってきたんだから」

 

「そうよ。まずはここから出ることを考えましょ?」

 

そんな彼らであるが、現在ピンチに陥っていた。彼らは明かりがないと進めないほど真っ暗な場所――【ダークフロア】と呼ばれる場所を進んでいたのだが、途中でMPが尽きてしまい、周囲を明るく照らす【ライト】の魔術が唱えられなくなってしまったのだ。

 

「壁伝いに来た道を戻ろう。何か動く音がしないか常に警戒してくれ」

 

どこぞの【狂人】は「【打ち落とし】で敵の攻撃を自動迎撃しながら掟破りの地元走り(頭に叩き込んだマップをもとに全力疾走)」で突破した場所であるが、普通の冒険者であればそうはいかない。

 

【アへ声】でもマップを見ながら進めば簡単に突破可能な場所であるが、この世界ではこうも暗いとマップなど読めたものではない。

 

そして……こういう状況に陥った冒険者の行動など、絶対的な捕食者たるモンスターには手に取るように分かるのだ。

 

「うわぁっ!?」

 

「リーダー!? くっ、【ショックトラップ(電流によるダメージ床)】か……!」

 

「それだけじゃない! 囲まれてるわ!」

 

唐突に暗闇の中で【松明】の明かりが灯り、ゴブリンどもの下卑た笑みが浮かび上がる。その数は6体。少年たちの倍の数だ。

 

普段の少年たちであれば危なげなく倒せる存在であるが、今の彼らは罠でダメージを負った【戦士】の少年に、MPが尽きた【魔術士】の少年、まともに戦えるのは【狩人】の少女だけだ。

 

しかも壁伝いに移動していたため、すでに退路はない。無論、戦って倒せないことはないだろうが、文字通り死闘になるだろう。ここで大きな被害を受ければダンジョンを脱出する前に力尽きる恐れがあった。

 

「……僕を囮にして逃げろ」

 

「!? バカ野郎! なんてこと言うんだ!」

 

「こうなったのは僕の見通しが甘かったのが原因だ。どうせMPが尽きた【魔術士】などお荷物でしかない。だったらせめて囮として有効活用しろ」

 

「そんなのダメよ! 戻ってきなさい!」

 

仲間の制止を振り切り、せめて1匹でもいいからゴブリンを道連れにして仲間の血路を開くべく、懐のナイフを引き抜いてゴブリンへと特攻する少年。

 

「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」

 

そんな少年を嘲笑い、ゴブリンどもは手に持った棍棒を振りかざして――

 

 

 

 

 

にゅうっと延びてきた腕に頭を鷲掴みにされ、闇の中に引きずり込まれていった。

 

「「「は???」」」

 

その場にいた全員の声が重なる。ゴブリンが落としていった【松明】が床に転がって火が消え、闇の中でバキィッ! とかドゴォッ! とか重々しい打撃音が響き渡った。しばらくは打撃音の他に棍棒で何かを叩く音もしてはいたものの、悲しいまでに効果がなさそうな軽い音だった。

 

「終わった……のか……?」

 

「待て、まだ助かったとは限らん」

 

ほどなくして、一方的な虐殺は終わったのか、辺りは再び静寂に包まれた。しかし少年たちの緊張は高まるばかりだ。なぜならば、ゴブリンを一方的に虐殺してしまえるような「何か」がまだ近くにいるからである。

 

「「「!」」」

 

誰かが【松明】を拾い、火打石か何かで火を灯そうとする音がした。やがて、ゴブリンを虐殺した「何か」の姿が闇の中に浮かび上がる。

 

*おおっと! 【ダークフロア】!*

*そんな時は【松明】を使いましょう!*

*【ライト】と同等の効果があります!*

 

「「「?????」」」

 

そいつは変な看板を持ったゴーレムだった。というかゴーレム自体も変だった。

 

少年たちが図鑑で見たゴーレムは岩を寄せ集めて造られたようなゴツゴツしたフォルムだったが、こいつは全身を磨き抜かれており全体的に丸っこく、あまり威圧感がない。そして最も変なところは、胸にでかでかと「H&S商会」と印字されている点であった。

 

本来ならばダンジョン中層に出てくるはずのモンスターに上層で遭遇してしまったという異常事態に死を覚悟する場面なのだが……何かもう色々と意味不明すぎて少年たちは頭がパンクしそうだった。

 

「……えーっと……いつもは、ちゃんと【ライト】の呪文を使って探索してる、けど……」

 

結局、なんとか絞り出せたのはそんな言葉だった。本当ならさっさと逃げるべきなのだが、さすがにこんな意味不明な状況でルーキーたちにまともな判断を下せというのは酷な話だろう。

 

*何でもかんでも魔術に頼るのは初心者にありがちな間違いです*

*特にレベルが低いうちは最大MPが少ないので、可能な限り温存すべきでしょう*

*アイテムで代用できるものは代用しましょう*

*アイテムの購入費をケチってはいけません*

*お金を惜しむな、命を惜しめ、です*

 

「……くそっ、否定できん……!」

 

ゴーレムが腰に巻いていた【拡張魔術鞄】から次々に別の看板を取り出していく。少年たちは「モンスターに言われたくねぇ……」とは思いつつも、そもそもMPが尽きたことで今の状況に陥っているため、ぐうの音も出なかった。

 

*【松明】はギルドショップで販売しています! 最初のうちはいくつか常備しておきましょう!*

*また、冒険に慣れてきたら我々H&S商会をご利用ください!*

*さらに便利なアイテムを販売しております!*

 

「え、あ、ちょっ――」

 

最後に変なチラシと一緒に「試供品」と書かれた【脱出結晶】を少年たちに押し付けると、ゴーレムはゴブリンどもがドロップした素材や【松明】をせっせと拾い集めて去っていった。

 

「ああ、それは【ハッカー&スラッシャーズ商会】が使役するゴーレムですね」

 

後日、少年たちが冒険者ギルドの受付で聞いた話によると、例のゴーレムは野生のモンスターではなく、とある店で運用されているゴーレムだということだった。

 

「ふむ、魔術言語で『叩っ斬る者』に『斬り刻む者たち』だな」

 

「店の名前にしては随分と物々しいわね……」

 

「その、何といいますか……実は、店を経営なさっているのは【黒き狂人】という異名で有名な冒険者の方でして……」

 

「え゛っ゛……だ、大丈夫なんですかソレ……?」

 

「まぁ、ダンジョン内で押し売りをしているのであれば犯罪行為として然るべき刑罰が課されるのでしょうが……彼らはチラシと試供品を配るだけですので……」

 

ダンジョンに入るためには入場記録を付けるのが義務づけられていることもそうだが、ダンジョン内で犯罪行為をすればちゃんと法律で取り締まりがなされるような仕組みがあるのだ……と受付嬢は語る。

 

が、ダンジョン入口(ギルドの敷地内)でならともかく、ダンジョンのド真ん中でチラシや試供品を配ってはならないなどという法律はさすがに存在していないようだ。もっとも、「尊厳破壊がかかっている場所でそんなこと考えるような【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】が今までいなかった」と言った方が正しいのだが。

 

なお、これは秘匿されていることではあるが、冒険者ギルドとしてもギルドショップの売上が上昇していたり、駆け出し冒険者の死傷率が低下していたりといった恩恵を受けている。そのため、「ギルドは原則として冒険者同士の揉め事には関与しない」の一点張りで通すことにしたようであった。

 

「……まぁ、店長と店員は経営者とは別の人らしいし……お礼としてちょっとくらい覗きに行ってみるか?」

 

こうして、【狂人】のアイデアを店長(アーロン)が上手くアレンジすることで、彼らの【H&S商会】は上手いこと利益を出していたのであった……。

*1
興味がある方は閑話へ



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閑話.「ゴーレム談義」は意味のない言葉の羅列

「で、これが例の『新型ゴーレム』なのか?」

 

“ふふん、よくぞ聞いてくれたね! 説明の前に確認なんだけど主はどのゴーレムが最強だと思う? 最高の攻撃力を誇る【ダイヤゴーレム】? それとも最硬の防御力を誇る【アダマンゴーレム】? ダメダメ! アイツらはただ「強いだけ」「硬いだけ」さ! ボクに言わせればアイツらはとりあえずいい素材を使っとけば強いだろう的な浅はかな考えから生まれた凡作だね! 攻撃力を追い求めるあまりに小回りがきかなくて命中精度を犠牲にしてるなんて本末転倒だし防御力を追い求めるあまりに重くて鈍いし動きもカクカクしてるなんてただのカカシだよ! そこでボクが目を付けたのは【クレイゴーレム】さ! 主なら知ってると思うけどこいつは粘土製のゴーレムで耐久力はゴーレムとしては落第もいいところな最弱ゴーレムなんだけどボクは他のノームどもとは着眼点が違うからね! ゴーレムだからといって耐久力ばかりに目を向けるのはナンセンスだよ! こいつの最大の強みは「柔軟性」にあるとボクは以前から最弱扱いされていたコイツを再評価していたんだ! 全身単一金属なんてコストもかかるし柔軟性も失われるしで時代遅れ! これからはハイブリッドの時代だよ! そもそも全身金属にしたところで冒険者なら一刀両断してしまえるから無意味極まりない! だから「耐えるゴーレム」じゃなくて「避けるゴーレム」の方が結果的にダメージは少なくなる訳だから装甲は最低限でいいんだ! つまりは【クレイゴーレム】を素体として表面を希少金属でコーティングしコアのある胸部などの重要な部分に装甲を纏わせることで最低限の防御力を確保しつつも多彩で素早い動きが可能になったのがこのゴーレムというワケなのさ! 攻撃力? どうせ金属の身体による肉弾戦をやらせたところで宝箱から入手した武器を振るう冒険者には勝てないからいっそのことこちらも宝箱から入手した武器を持たせて戦わせた方が強いのなんて火を見るより明らかでしょ? その方が拡張性も高いし様々な用途に使えるようになるからね! だから武器に関しては主が勝手に好きなの持たせたらいいと思うよ!”

 

“ところで話は変わるけど主は既存のゴーレムでどれが1番高性能だと思う? ボクはフェアリー族どもの造る【マジックゴーレム】なんかはいい線いってると思うんだ! ああ勘違いしないでほしいのはあくまで『既存のゴーレム』の話だからボクと主で造った新型ゴーレムが最高に決まってるしあんな羽虫どもの造るゴーレムなんかと一緒にしないでほしいんだけど魔術的なアプローチを掛けるという発想はノームにはなかったから誠に遺憾ながらその点に関してだけは認めざるをえないと思うんだよね! といってもしょせんは魔術頼りのフェアリー族が造ったゴーレムだから魔術的な強化でようやくノームのゴーレムと張り合えるレベルで基礎能力はダメダメだし何より見た目が最悪なんだよなぁ! あんなファンシーな見た目のゴーレムなんてゴーレムとは言えないね! ゴーレムに可愛さを求めるなんてセンスを疑うよ! まったく頭フェアリーだね! ゴーレムは労働者であり戦士でもあるんだから実用的で機能美に溢れた無骨なデザインこそ至高さ! あんなゴテゴテしたデコレーションを保つために魔術的な加工を施すなんてリソースの無駄にもほどがある! でも魔術で装甲をコーティングするというアイデアは悔しいけど画期的だと言わざるをえない! ただし技術の無駄使いにも程があるから手放しでは誉められないのはしょせんフェアリー族が頭フェアリーたる由縁なのかもしれないね! 主がいずれフェアリー族を滅ぼすつもりならボクも喜んで協力するよ! そして奴らの技術はボクらで有効活用してやろうじゃないか!”



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18.「幻想的な花園」はプレイヤーたちのトラウマ

「せっかくなので地元の収穫祭に参加してからそちらに行きたいと思います。おいしいご飯が私を待ってるんです」

 

「はよ来い(※意訳)」

 

――兄妹の手紙でのやり取りより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

「『【王国】の落日、モンスターの脅威』……か」

 

“今朝の新聞の話? ボクは人間の文字が読めないからよく分からなかったけど、なにか面白い話でも書いてあったの?”

 

ある日の朝、新聞を読んでいた俺は、「とある国がモンスターによって滅びた」という一面記事によって【アへ声】のストーリー開始がいつなのかを知った。この世界に来てからあと数ヶ月で1年が経つ、といった段になってようやくだ。

 

結論から言うと、今は原作開始の2年前くらいだ。【アへ声】で【王国】が滅びたのがだいたいそのくらいの頃だったからな。

 

この【王国】というのは、【アへ声】ではあまり詳しく語られなかった存在だ。俺が覚えていることといえば、「メインヒロインの1人が亡国の王女で、モンスターのせいで国が滅びてからの2年間で紆余曲折を経て奴隷に落とされてしまい、事情があって売れ残っていたところを主人公に買われた」ということくらいだな。

 

【アへ声】だと【王国】そのものはすでに滅んでいるということもあってストーリーにはあまり絡んでこなかった。どちらかというとヒロインが主人公と共にダンジョンへ潜ることの動機付けと、あとヒロインのお姫様属性付与(キャラ付け)のための存在って印象だったな。

 

一方、この世界においては、「勇者がダンジョンに施した封印の綻びが大きくなっている」「いよいよ世界の終わりが近づいている」といった感じでかなりの大事件として騒がれているな。ギルドへ行く途中で聞こえてきた会話もそういった内容のものばかりだった。

 

ダンジョンはギルドの地下にあるのにどうして別の国に繋がったのか? と思うかもしれないが、実を言うとギルドの地下にある扉は「ワープゲート」みたいなもので、ダンジョン自体はギルドの地下ではなくどこか別の空間に存在しているらしい。

 

あくまでギルドの地下にある扉はダンジョンのメインゲートであり、遥か昔はダンジョンの至るところに他のゲートがたくさんあったものの、勇者が封印によってそれら全てを閉じたようだ。

 

で、勇者の封印が綻んだことによって完全に開いてしまったメインゲート以外にも、数時間だけ開いてしまったゲートがあるようで、そこからモンスターが溢れ出て【王国】を滅ぼしてしまった……というのが事の真相という訳だ。原作でもチラッとそんな設定が語られていた記憶がある。

 

「つっても、俺たちにはあんまり関係ないんだけどな」

 

“つまりダンジョンについての記事じゃなかったんだね”

 

前世で「【王国】はどの階層と繋がってしまったのか」という考察がなされてたんだが、ヒロインの回想シーンで表示されたスチルに描かれていたモンスターを根拠に「下層のさらに奥、深層と繋がってしまったのではないか?」という説が有力だったからな。

 

【アへ声】だと深層は終盤も終盤のステージだし、この世界では前人未到の領域だ。さすがに俺でも現状で深層到達は無理だ。仮に到達できたとしても、どうすれば【王国】滅亡を阻止できたのか分からん。

 

さすがに深層のモンスターを皆殺しにすれば阻止できたんだろうが、そのためにはダンジョン攻略RTA(リアルタイムアタック)をした上で「運がよければ成功するだろう」などという博打としか言いようがない戦法でモンスターを殲滅する必要があっただろうな。さすがに命懸けでそこまでする勇気が俺にはない。

 

この世界のどこかにいるであろうヒロインは、きっと2年後にやってくる主人公に助けてもらえるはずだ。彼女には悪いが、俺は俺でやりたいことがあるので、そちらに専念させてもらうとしよう。

 

「さあて、今日からダンジョン攻略再開だぜ!」

 

“『レムス』の御披露目だね! レベル上げは終わってるんでしょ? 楽しみだなぁ!”

 

今日から新しくパーティに加入した新型ゴーレム、「レムス」を実戦投入する。ちなみに、名前については最初は頭に「ゴ」がついていたのだが、さすがに自重した。「ゴーレムの名前」って言われると某国民的RPGのイメージが強すぎてな……。

 

さて、レムスのクラスについてだが、いったん【踊り子】を経由して【ダンスマカブル】を覚えさせつつ、メイン【闘士】・サブ【剣士】として運用することにした。

 

以前にも語ったと思うが、【闘士】は素手での戦闘に特化したクラスだ。最大の特徴はパッシブスキル【格闘連撃】で、レベルが上がれば上がるほど素手による攻撃のヒット数が増加する。

 

【闘士】を極めることでヒット数はさらに増加し、最終的に他のクラスが【二刀流】込みで最大6ヒットいくかどうかといったレベルなのに対し、【闘士】は15ヒットという全クラストップの攻撃回数を誇る。

 

さらに【剣士】を極めると【二刀流】の効果が「片手武器を2つ装備可能になる」から「全ての武器を2つ装備可能になる」という効果に進化するのだが、これが素手にも適用されるため、サブを【剣士】にした時の【闘士】は最大30ヒットとかいう圧倒的な攻撃回数を叩き出す。

 

とはいえ、しょせんは素手であり、武器による火力上昇がないため1発1発の威力が低く、敵のDEFの影響を大きく受けてしまう。硬い敵が相手だとダメージ1×30とかいう悲惨な結果になりやすい。火力だけ見るならば他のクラスに大きく劣っている。

 

だが、【闘士】の真骨頂は火力ではない。【闘士】が本領を発揮するのは、状態異常を付与するスキルと組み合わせた時だ。

 

仮に敵が状態異常に耐性を持っていて、状態異常を付与できる確率が5%しかなかったとしよう。しかしそれを30回繰り返せば確率は80%近くまで跳ね上がる。つまり【闘士】が状態異常攻撃を行えば、本来なら状態異常に強いはずの敵に対しても強引に状態異常を付与してしまえる訳だ。

 

それは即死攻撃にも同じことが言える。【ダンスマカブル】による即死の基本発動率は15%。今のレムスのレベルだと攻撃のヒット数は15回といったところだが、それでも即死成功率は90%を超える。しかも【ダンスマカブル】はパッシブスキルなので他のアクティブスキルと組み合わせて使えるのだ!

 

「今だ! 殺れ!」

 

“【参の剣】だぁ!!!”

 

その結果がコレである!

 

レムスの腕が残像を生むほどに高速で動き始めて千手観音みたいになったかと思った瞬間、ドンッ! と大きな音を立ててモンスターどもの懐まで踏み込んでいく。

 

かと思えば次の瞬間にはすでに俺たちの目の前まで戻ってきており、胸の前で合掌するかのようなポーズで残心。

 

直後、モンスターどもの全身が四方八方から袋叩きにされたかのようにドドドドドッ! と音を立てて凹み、最後にポーンと首が宙を舞う。あれほどたくさんいたモンスターどもがたった数秒のうちにダンジョンへと溶けて消えていった。

 

「よっしゃあ! いいぞ! 成功だ!」

 

“おぉ……! ブラボー……! おぉぉぉぉぉ! ブラーボォーーーウッ! (中略)パーフェクトだよ主ィ!”

 

思わずルカとハイタッチ。ちょっと体格差ありすぎてバレーボールを打ち上げたみたいになってしまったが、ルカは気にせず空中でバンザイしていた。

 

「つっても、下層からは即死無効持ちがちらほら出てくるから、そのへんは臨機応変にやっていかないとな」

 

“でも、それまではボクらのレムスが最強最高のゴーレムってことだよね!!!”

 

ついでに言うと【修道僧】というクラスのパッシブスキルにも【即死無効】があるため、たぶん上位の冒険者ならまあ取得しているだろうから即死は効かないと思っていいだろう。俺もすでに習得しているしな。つっても、人間相手に即死攻撃を仕掛けなきゃいけないような事態に陥ることなんてまずないだろうけども。

 

“圧倒的だなあ、ボクらのレムスは!”

 

ぽんぽんモンスターどもの首を飛ばしていくレムスを尻目にマップを埋める作業をしつつ、俺たちのダンジョン攻略は続いていく。

 

たまにレムスが討ち漏らした敵が出てきた時は俺の【シールドアサルト】やルカの弓で瞬殺していくと、やがて俺たちは20階層へとたどり着いた。

 

「ん? ここには確か【アイアンゴーレム(中ボス)】がいたはずだが……」

 

【アへ声】だと20階層は何もないただの開けた場所であり、真ん中に鋼鉄製のゴーレムが鎮座してるっていう、実質的なボス部屋として機能してた階層だったはずだけど。

 

“んー、相変わらず謎の情報網を持ってるみたいだけど、それも万能ではないのかな? あいつなら冒険者に一刀両断されちゃったよ”

 

首に(解雇)した――とは違うのか。ということは物理的に首が飛んだのか?」

 

ルカが首をちょんぎるジェスチャーをしたので、どうやらここのボスはすでに他の冒険者に倒されてしまった後らしい。そりゃあそうか。下層に到達した冒険者が存在してるってことは、その人たちがここを突破したってことだしな。

 

まあ【アイアンゴーレム】は中ボスといえど【門番】ではないから、ゲームと違って1度倒されたらそれっきりか。

 

“いや、ここに【アイアンゴーレム】を配置しとけば畑の肥やしを探す手間が省けるってことで、修理して再配備する計画自体はあったんだけどね”

 

ん? えーっと、ルカが自分と俺を交互に指差して、続いて【魔術拡張鞄】から【火炎ビン】を取り出して……。

 

「あー、【アイアンゴーレム】を修理する奴ら(ノーム)がいなくなったってことか」

 

コクンと頷くルカ。なるほど、そういうことか。ノームは俺たちが絶滅させてしまったもんな。だから本来ならそのうち復活してたであろう【アイアンゴーレム】は、もう2度と復活しないのか。

 

「ルカが【アイアンゴーレム】を修理することは――できるけど嫌なのか?」

 

首肯してから腕で「✕」印をつくり、続いてレムスを指差しながらマッスルポーズを取るルカ。なんとなく言わんとしていることは分かる。確かに、すでに【アイアンゴーレム】より強いレムスがいるんだから、今さら修理する必要なんてないよな。

 

“当時はノームが総力を挙げて創造したゴーレムということで自信作だと思ってたんだけどやっぱり『巨大ゴーレム』というのは当時のノームには早すぎた概念で(中略)結局ボクらのレムスが1番だよ!”

 

「じゃあ今日は21階層を偵察して帰るとするか」

 

俺の肩の上(いつもの場所)で何やらはしゃいだ様子のルカを見てちょっと和みつつ、俺たちは20階層を素通りして21階層へと足を踏み入れた。

 

鬱蒼とした樹海の奥地は、色とりどりの花が咲き乱れる花園だった。木々の間から漏れる光、小鳥たちの囀り、遠くの方に見える空色の湖など、前世でもここまで美しい場所はそうそうないだろうといった幻想的な光景が広がっている。

 

そして、花園の中には一際きれいで大きな花が点在していた。そこには美しい蝶がキラキラと光を反射しながら舞っており、その鮮やかな色のコントラストがより花の美しさを際立てている。

 

「オラッ死ね!」

 

“くたばれ羽虫の手先が!!!”

 

“ギャアアアアア!?!?!?”

 

もちろん罠である。

 

この花は【食人植物】という歴としたモンスターで、ただの背景だと思って通過しようとしたプレイヤーに拘束攻撃の厄介さを教えてくれるとてもありがたいモンスターだ。

 

こいつの上を不用意に通過しようとすると、不意討ちを食らってパーティメンバーの誰かがランダムで【拘束状態】になったまま戦闘が始まってしまう。もちろん放っておくとどんどん装備品を剥かれていってズドン!(意味深)だ。

 

しかもこれは浮遊状態でも防げない。ただし、パーティに【狩人】がいればあらかじめ対処することが可能で、逆にこちらが先手を取ることもできる。

 

……なのだが、2周目以降をプレイ中でコンフィグ(設定)の「システムメッセージの表示速度」を最速にしていたプレイヤーの場合、移動キーを押しっぱにしていると「どうやら罠のようだ」というメッセージを一瞬で飛ばしてしまい、そのまま罠に突っ込んでしまった……などというのは「【アへ声】あるある」としてプレイヤーたちにネタにされていたな。

 

“どうせここのマップも埋めるんでしょ? うぇー……面倒だなぁ。いっそ花園ごと燃やしちゃわない? ここはフェアリーどもの温床だよ?”

 

「気持ちは分かるが、さすがに燃やすのはダメだぞ」

 

【火炎ビン】をチラチラ見せてくるルカに思わず苦笑が漏れる。そういえばここはフェアリー系のモンスターが出現する場所だったな。ルカはフェアリーが嫌いみたいなんだが、どうやら花園ごと燃やしたくなるほど大嫌いだったらしい。

 

その気持ちは分からんでもない。【アへ声】のフェアリー系モンスターってどいつもこいつもクソ野郎だしなあ。「この花園が美しさを保っていられる理由の全てが胸糞悪い」「フェアリーの渾名(罵倒)集で動画が1本作れる」と言えば、何となくクソさが伝わるだろうか。

 

「燃やすのはフェアリーから得られるもの全て毟り取ってからだ」

 

“さっすが主! 話が分かるぅ!”

 

そういう訳で、俺はさっさとダンジョン中層を攻略(制圧)することにしたのだった。



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19.「妖精の羽根で飛ぶ男ども」は悪夢の光景

クソ妖精

妖精というか悪魔

ピンクの悪魔

ピンクは陰険

トラウマ製造機

魔術狂い

かわいいは作れる

メスガキ種族

わからせて殺る

腹パン実装はよ

顔パン実装はよ

すり潰してスムージーにしてやる

羽虫

害虫

不快害虫(文字通りの意味で)

蝶のように舞い、ゴキブリのように不快

(見た目)きれいな(中身)ゴキブリ

うざいメタルス◯イム

お前はもう黙れ

用意したティッシュを口に詰めてやりたい

 

――【アへ声】プレイヤーからフェアリーへ送る渾名・罵倒集より抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

【アへ声】における雑魚敵としてのフェアリーは、AVDが非常に高くて物理・魔術を問わず単体攻撃を仕掛けても回避されることが多い。

 

さらに、フェアリーは【マジックゴーレム】という全身ピンク色に塗装されたメルヘンチックな見た目のゴーレムと一緒に出現するんだが、このゴーレムが【バンガード】持ちであり、ゴーレムの後ろに隠れてバカスカ魔術を撃ってくるので非常に鬱陶しい。

 

そして苦労して【マジックゴーレム】を倒すと、次のターンで「笑いながら逃走していった!」とかいうクソ行動を取るAIが組まれていた。つまり、さんざん魔術を撃ってきたことへの報復をする暇もなく、こちらを馬鹿にしながら逃げていくって訳だな。

 

しかも他のゴーレム系モンスターは鉱石製だったり金属製だったりするためドロップ品が美味しい奴らが多いのに対し、【マジックゴーレム】は「魔術で生み出されたゴーレム」という設定のためか倒したところで金も素材も落とさない。挙げ句、固有ドロップ品の名前は【ゴミクズ】。もちろんハズレアイテムだ。どこまで人間を馬鹿にしたら気が済むんだろうな。

 

反面、フェアリー自体の経験値やドロップ品は美味しく、固有ドロップで【妖精の羽根】という浮遊効果のある装飾品を落とす。それによってプレイヤーからは【うざいメタルスラ◯ム】と呼ばれることもあった。

 

なので、慣れたプレイヤーにはパーティ全員分の【妖精の羽根】をドロップするまで狩られる運命にある。ただし、経験値が美味しいからといってフェアリーでレベリングするのは非推奨だ。「こいつよりも経験値効率がいいモンスターはたくさんいる」というのもあるが、理由の大部分を占めるのは「うざい」「めんどい」「顔も見たくない」からなのは言うまでもない。

 

そんでまあフェアリーの倒し方についてだが、別にそこまで特別なことをする必要はない。ようするに「さっさと【マジックゴーレム】を始末し、そのターン中にフェアリーまで一気に倒す」を達成すればいいだけなので、パーティメンバー全員で範囲攻撃をブッパしていればいい。

 

【アへ声】においては、壁役が範囲攻撃から味方を庇った場合、庇った回数だけ壁役にダメージ判定がある仕様になっている。そのため、パーティメンバー全員でフェアリーに範囲攻撃をブッパすると、それを庇った【マジックゴーレム】に攻撃が複数回ヒットし、メンバー3~4人くらいであっさり沈めることができる。そのまま残りのメンバーの範囲攻撃でフェアリーまでまとめて倒すことも不可能ではない。

 

「みんな、【爆風の杖】は持ったな!? 行くぞ!!!」

 

つまり、複数の【商人】で囲み、ノーコストで使える【爆風の杖】をブッパ。この手に限る。

 

という訳で、今日だけ店を臨時休業にして【商人】4人に来てもらった。ついでに言うと、当初はこの階層でルカに活躍してもらうつもりだったため、ルカも【商人】を極めていたりする。なので今の俺たちは【爆風の杖】25連射が可能なのである!

 

「な、なぁ……ホントにやるのか……?」

 

「ほら、見ろよ……無邪気に蝶と戯れてるだけじゃないか……」

 

「なにも殺さなくても……」

 

さっそく油断しきっているピンク頭を3匹も発見したので、先手必勝……と思ったのだが、なにやら3人組の士気が低い。

 

「やー、だから何度も言ってんだろ? アイツら可愛い顔してやることなすこと全部えげつないぜ?」

 

「でもよ……」

 

実際に中層を突破したことのあるアーロンが経験者として諭しているが、いまいち効果が薄いみたいだ。

 

まあ気持ちは分かるんだよ。人間に似た生物、それもまだ幼く可愛らしい顔つきの美少女にしか見えないような生物に武器を向けるのは気が引けるよな。

 

だが可愛らしいのは見た目だけで、その本性が人間を主食とする恐ろしいモンスターであることを忘れてはならない。しかも奴らは自らの容姿が人間にとっても魅力的であることを自覚しており、それを積極的に利用するタチの悪いモンスターなんだよな。

 

ノームも似たようなもんではあったけど、あっちは最初から自分の顔を疑似餌だと割り切ってるからまだマシなんだよ。フェアリーに関してはもっと酷い。自分の容姿が優れていることを鼻にかけてるうえ、その優れた容姿を保つためなら平気で他種族を犠牲にしたりするからな。

 

「とはいえ、3人の気持ちも分かる。口で言われただけじゃピンとこないんだろ? こういうのは実際に見ないと納得できないもんだろうし。ということでルカ、頼めるか?」

 

“いいよ! 奴らの化けの皮を剥いでやればいいんでしょ?”

 

俺がいつでもルカを庇えるように構えると、ルカは黒いマントをはためかせて*1フェアリーの下へと飛んでいった。

 

『あっれー? おっかしーなー? 地べたを這いずり回るしか能のないアリんこがいるよー?』

 

『ホントだー! アリんこのクセに飛ぶなんてナマイキー! てか、きったない労働者ふぜーがアタシたちに近寄んないでくれるー? 土くさいのが移っちゃーう!』

 

『知ってるよー? 冒険者にだいじなだいじな畑を燃やされちゃったんだってー? かわいそー! でもよわむしのノームにはみじめな姿が似合ってるねー?』

 

『キャハハハ! ざぁこ、ざぁこ!』

 

ルカが近寄った途端、3匹の羽虫どもがルカの周囲を煽るように飛び回りながらうざったい口調で話し始めた。フェアリーの言語は魔術によって他種族にも理解できるようになっているのだが、その理由が「他種族を煽って遊ぶため」であるあたり、マジで性格悪いんだよなこいつら。

 

「あ、あれ……なんか、思ってたのと違うな……」

 

「いや、まさか、本当に……?」

 

カルロスたちが動揺しているが、こんなものは序の口だ。奴らの本性はあんなもんじゃない。ヤバいのはここからだぞ。

 

“ねぇ、キミたち”

 

『えー!? もしかしてアタシたちに話しかけてるー!? きもーい! アリんこのぶんざいで――』

 

“キミたちって、なんだか【キラービー(蜂のモンスター)】に襲われて卵産みつけられてそうな顔だよね(笑)”

 

『………………テメェ!! もっぺん言ってみろやこの◯◯(ピー)が!!!』

 

『ここから生きて帰れると思うなよ! 魔術の実験台として◯◯(ピー)して◯◯◯(ピー)してやる!!!』

 

『テメェの最期は◯◯◯◯◯◯(ピーーーーー)だから覚悟しとけよ!!!』

 

相変わらず俺には無言にしか見えないが、ルカがモンスターの言語でなにか挑発でもしたのだろう。瞬間、フェアリーどもの顔面が作画崩壊したかのように歪み、言葉にするのも憚られるような顔芸を晒して本性剥き出しでルカに掴みかかろうとした。

 

「おおっと! やらせないぜ!」

 

『あ゛? なんだテメェ!』

 

『邪魔しやがって! 新型ゴーレムか!?』

 

『こっちもゴーレムを呼べ! ◯◯◯(ピー)してやる!』

 

すかさず間に割って入ってルカを庇い、反撃で【遺恨の槍】を振るう。さすがAVDが高いだけあって掠りもしなかったが、牽制にはなったようでフェアリーどもと距離を取ることに成功した。

 

「……な? 言っただろ? 俺が前のパーティにいた頃、フェアリーが稼働させてた魔術研究所の1つに入ったことがあったんだが、ありゃ酷いもんだったぜ?」

 

「うへぇ、魔術の実験としてそんなことまですんのか……」

 

「こえーんだな……女って……」

 

「まぁモンスターだけど……」

 

フェアリーの本性を知ったことでようやく殺る気を出してくれたらしい3人組が、アーロンと共にジャキンと【爆風の杖(ガトリングガン)】を構える。ルカもいつの間にやら臨戦態勢だ。

 

「今だ! 殺れ!!!」

 

「「「「サー! イエッサー!」」」」

 

“落ちろカトンボ!!!”

 

『『『がぁぁぁぁぁッ!?』』』

 

フェアリーが3体の【マジックゴーレム】を呼び出すも直後に【爆風の杖】の効果が炸裂し、15発目あたりで全てのゴーレムが木っ端微塵になる。そして残りの10発がフェアリーに襲いかかった!

 

『お、おねがい……もうやめてよぉ……』

 

『ゆるしてぇ……! あやまるからぁ……!』

 

「嘘泣きだ! 手を緩めるんじゃねえぞ!」

 

『クソがァ! こんな美少女の涙に無反応とか◯◯◯(ピー)ついてんのかよォォォォォ!!!』

 

その言葉が断末魔の代わりとなり、この世から害虫が3匹消え去った。わりと倒すのがギリギリだった気もするが、今回はわざと時間を与えたせいでゴーレムを3体も召喚されたのが原因だ。次回からは不意討ちするから余裕をもって倒せるだろう。

 

『ねーねー、おにいさんたち――ギャアアアアア!?

 

『ちょっと頼みたいことが――ぐおぉぉぉぉぉ!?

 

羽虫どもをサーチ&デストロイしていく。中にはハニトラを仕掛けてこようとした羽虫どももいたが、こいつらの甘言に引っ掛かったら散々利用されたあげくバッドエンド直行なので、何か言われる前にさっさと始末するに限る。

 

【アへ声】でも、こいつらに依頼されて羽虫どもの天敵である【キラービー】の巣を排除するサブイベントがあったんだが……依頼を達成した後でどうなるかはお察しである。

 

ところで、こいつらの死に様になんか見覚えがある気がするんだよな。あっ、思い出した。アレだ、「エイの干物」だ。生前は可愛い顔してるけど、死後はすんげー形相になるところとかそっくりだよな。まあエイのアレは顔じゃないらしいけど。

 

「な、なぁ大将……やっぱり話も聞かずに殺すのはマズいんじゃ――」

 

『こっちが下手に出りゃあいい気になりやがって! 豚の分際でナメてんのか!? テメェら生きたままミンチにして食肉に加工してやる!!!』

 

『脳ミソと内臓ブチ撒けて箱詰めしてゴーレム用の電池に加工してやるからな!!!』

 

『そっちの糸目はイケメンだから殺すのは勘弁してやる! ただし【牧場】で死ぬまで種馬だがなァ!!!』

 

「……すまん、なんでもねぇわ」

 

「分かってくれたようでなによりだ」

 

人間を加工する技術を持っていたり、「【牧場】で種馬」などという発言から、羽虫どもが普段からどのような所業を行っているのか察したのだろう。カルロスたちは無表情で【爆風の杖】を連射し始めた。

 

3人はちょっとだけ甘いところがある*2ものの、冒険者として様々な修羅場を潜ってきただけあって、こういう時の切り替えの早さはさすがだな。

 

“その修羅場の大半は、たぶん主と出会ってから経験したんじゃないかなぁ……”

 

そうやってフェアリーどもを駆逐していると、ようやく【妖精の羽根】が全員に行き渡った。が、いくつか予備が欲しいので羽虫狩りは続行だ。

 

『なんだコイツら!? 変態どもが編隊飛行してきやがった!!!』

 

『やめろやめろォ! 似合わねーんだよ! 目が腐るわ!!!』

 

『フェアリーに対する最低最悪の侮辱だぞ!!!』

 

うーん、酷い言われようだ。まあ身長10cmのルカやイケメンのアーロンはともかく、男である俺や筋肉達磨のカルロスたちが背中に蝶みたいな翼つけて飛び回るのは確かに酷い絵面かもな。

 

「罠に引っ掛からなくて済むとはいえ、こんな格好でダンジョン探索するはめになるとは……!」

 

「くそっ、とうとうオレたちも【狂人】の仲間入りかよ……!」

 

「やー、顔が暗いぜアンタら? せっかく大将の厚意でレアアイテム配布してもらったんだから、有効活用しなきゃ損だぜー?」

 

「テメェはいいよな……イケメンだから何でも似合うもんな、ド畜生が!」

 

「でも空飛べるのはガキの頃の夢が叶ったみたいでちょっと楽しいかも……」

 

“ボクは見た目が羽虫どもに近づくのなんて真っ平ごめんなんだけどなぁ”

 

カルロスとフランクリンが悪態をつき、それに対してアーロンが軽口を叩いて、最後にチャーリーがボケてルカがヤレヤレと首を振る。やはり6人(フルメンバー)で冒険すると賑やかで楽しいな。

 

もちろん油断はしていないし警戒も怠っていない。アーロン曰く、適度に雑談を交えて探索することで戦闘によるストレスを解す効果があるらしい。俺はほとんどソロで駆け足気味に中層まで到達したため、こういう知識が足りてない。助言してくれるアーロンには頭が上がらないな。

 

「っと、これで10個目の【羽根】だな。じゃあ、そろそろメインディッシュといこうか!」

 

“いよいよ羽虫どもの最期だね! ワクワクしてきたなぁ!”

 

俺は仲間に号令をかけると、今日をフェアリーという種族の命日にすべく歩きだしたのだった。

 

目指すはこの階層の中心部。羽虫どもの本体である大樹だ!

*1
アーロンに配慮した結果であり、顔もフードで隠している

*2
【狂人】の所業に「やめたげてよお!!」ってなってるだけ



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20.「ここを更地とする!」は鬼畜の所業

Q.モンスターの中には人間を主食とするものがいくつか存在しているようですが、そういったモンスターはダンジョンが完全に封印されている間は何を食べて生き延びていたのですか? また、原作開始時点においても、あれほどたくさんいるモンスター全てが飢えることなく生存できるほど餌(冒険者)の数が多いとは思えません

 

A.モンスター同士で食物連鎖を形成している場合もありますが、モンスターの中には勇者がいた時代から続く「伝統的な畜産業」を営むものがいくつか存在しているからです。

 

――【アヘ声】公式Q&Aより抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

目的地への道中、俺たちは巨大な木造の平屋を発見した。

 

「うっ、こいつは……」

 

“……ボクからはノーコメント。これに関しては語る言葉を持たないよ”

 

好奇心から中を覗いたチャーリーの呻き声がする。彼だけでなく一緒に覗いた2人も険しい表情だし、ここが何なのか知っているアーロンもしかめっ面だ。俺の眉間にも深い皺ができていることだろう。

 

「……こいつは【牧場】だな。大将は知ってたみたいだが、アンタらもギルドで聞いたことくらいはあるんだろ?」

 

といっても、俺も【アへ声】のイベントで表示されたスチルのおかげでいくらか耐性があるってだけで、実物を見るのは初めてだ。だから表情には出してないものの、さっきから吐き気がしている。もし完全に初見だったら胃の中のもの全部ぶち撒けてたかもしれない。

 

「……『モンスターにとっての重要施設につき、発見次第ギルドへの報告、可能であれば施設の完全破壊を義務付ける』ってヤツかよ」

 

「……詳しい説明を求めても『知らない方がいい』の一点張りだったから記憶の片隅に引っ掛かってたんだが……なるほど、これは確かに……」

 

羽虫どもは【牧場】と言っていたが、見た目は完全に「畜舎」だなこれは。

 

ただし中で飼育されているのは牛や豚などといった普通の家畜ではない。茄子に太い手足をくっつけたような歪な身体つきの、ブヨブヨとした()()()()()()()()()()()だ。

 

しかも頭部だけが人間、それもとびきりの美男美女揃いというのが本当に気持ちが悪い。そいつらが柵の中に所狭しと並べられ、皆一様に何の感情も宿していないガラス玉みたいな目で虚空を見つめている光景は、しばらく夢に出てくること請け合いだ。

 

「完全破壊を義務付けられてる、って……つーことは、なにか? ここを燃やすのか? しかしこいつらはどう見ても――」

 

「待ちな。そっから先は口にしちゃいけねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ以上でもそれ以下でもないぜ」

 

アーロンの言うとおり、この「奇妙な生き物」の正体についてあえて明言はされていない。それは【アへ声】公式もそうだったし、この世界においても同様だ。

 

明確にされている情報といえば、こいつらが「ダンジョン内で生まれた生き物であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」ということと、「感情どころか思考する能力すら持たない」ということ、そして「【牧場】の外では生きられない」ということだけだ。

 

まあ、なんだ。【アへ声】では、雑魚敵として出現するフェアリーに敗北すると「ヒロインたちがこの『奇妙な生き物』に◯付けされるところを見せつけられながら、主人公もまた大勢のフェアリーに罵倒される中でこの生き物に種◯けすることを強要される」というバッドエンドになる。そのことから察してくれ。

 

……ちなみに、これは完全に蛇足なんだが、そのバッドエンドでは最後に「奇妙な生き物」の後ろ姿が描かれたスチルが表示され、そいつらが一瞬だけ振り向いた直後に暗転してタイトル画面に戻る。

 

そして「あれは何だったんだ?」と思ってタイトル画面の「ギャラリー*1」から先ほどのスチルをじっくりと見たプレイヤーは、最後に映し出された「奇妙な生き物たち」の顔にヒロインの面影があることに気づいてしまい、スチル回収のためにわざとバッドエンドを選んだことを後悔する……というところまでがテンプレだったりする。

 

これが、羽虫どもがプレイヤーから【トラウマ製造機】呼ばわりされる()()()()()()。俺も当時はマジで背筋が凍った。

 

「……ま、冷たいことを言うようだが、下層を探索していた身としては『慣れろ』としか言えないぜ」

 

タチが悪いことに、【アへ声】では羽虫どもの巣窟にしか存在していなかった【牧場】が、この世界ではダンジョンの至るところに存在しているみたいなんだよな。これに関しては【アへ声】公式も他に【牧場】が存在していることを示唆してたけど、実際にこんな施設が他にもあるのかと思うと非常に胸糞悪い。

 

「……見くびるなよ、オレたちだって腐っても冒険者だ」

 

最初は躊躇っていた3人も、今では覚悟を決めた顔をしている。この場において、【牧場】を破壊することに異を唱える人間はいないみたいだ。

 

ならば俺も腹を括ろう。

 

 

 

 

 

「よし、核融合爆発でここら一帯を更地にするか!」

 

「誰もそこまでしろとは言ってないんだよなぁ」

 

まあ待ってほしい。確かにブッ飛んだことを言っている自覚はあるが、これには理由がある。

 

順を追って説明しよう。【アへ声】においては、メニュー画面からアイテムの詳細を確認すると、効果以外にも簡単な説明文が表示されるようになっていた。たとえば、【回復薬】ならばこんな感じだ。

 

──────────────────────

名称:回復薬

種別:道具

装備効果:なし

使用効果:HP50回復(使用可能回数1回)

特殊効果:なし

説明:最低品質のため入手しやすい薬品。

──────────────────────

 

と、こんな風にアイテムごとに軽い説明文が表示される訳だが。なぜか敵にダメージを与える系統のアイテムは説明文が物騒なんだよな。【火炎ビン】なんかは「簡単には火が消えないよう工夫されており、対象を長く苦しめることが可能」とか書いてあるんだよ。

 

別にモンスターに使う分には大して気にならないんだが、こんなことが書かれたら何の罪もない生き物に対して【火炎ビン】を使うのはさすがに気が引けるだろ? かといって【爆風の杖】を使って【牧場】を破壊すると、そこら中にミンチを量産してしまうことになるので精神衛生的に大変よろしくない。

 

そこで、このアイテムの出番という訳だ!

 

名称:魔術爆弾『ボンバーガール』

使用効果:アニヒレーター(使用可能回数1回)

説明:大地に太陽の花が咲いた時、全ての生命は痛みすら感じる間もなく消滅する。

 

【アニヒレーター】とは【魔術士】が覚える最高位魔術で、成功すれば核融合爆発で敵全体を消滅させることができる魔術だ。なお、厳密に言えば「核融合爆発そのものを起こす魔術」ではなく「核融合爆発のエネルギーを再現する魔術」であるため、使っても健康被害はないから安心してほしい。

 

昨今では「核」という単語が出ただけでも色々と問題が起きる時代だが、古き良きダンジョンRPGだと核反応を使った攻撃というのは珍しくもなかったりする。というかダンジョンRPGに限らず、「最終幻想」のフ◯アとか「竜探求」のイオナ◯ンとかも最初は核反応による攻撃魔法って設定だったからな。

 

で、何でこんなアイテムを持ってるかというと、まあ普通にトレハンしてたら()()()()手に入るアイテムなんだよ。レアアイテムではあるんだが、いらないアイテムほどよく見つかるというか……。

 

というのも、【アニヒレーター】の効果は「即死」ではなく「消滅」、つまりこの魔術で敵を倒すとドロップ品どころか経験値すら手に入らない。だから実質的に「面倒な敵や強敵との戦闘をスキップするための魔術」な訳だが、そういう敵のほとんどは終盤に登場する奴らばかりなので、【アニヒレーター】に耐性がある場合がほとんどだ。

 

【アニヒレーター】ですら使い道がほとんどないのに、同じ効果でしかも消耗品である【魔術爆弾『ボンバーガール』】なんていったいどこで使ったらいいのか分からないし、こんなものを市場に流すのも恐ろしいので、いくつか在庫を抱えてたんだよな。

 

だが、俺は「全ての生命は痛みすら感じる間もなく消滅する」という説明文に目をつけた。こいつを使えば、中にいる「奇妙な生き物」たちを苦しませずに【牧場】を完全に破壊することができるって訳だ。

 

そして【ボンバーガール】が引き起こす大爆発は、「大樹」がある場所からでもよく見えることだろう。羽虫どもをここへ誘導することで、「大樹」の警備が手薄になる効果も期待できる。いいことずくめだ。

 

「やー、『自決用魔術』の効果があるアイテムを破壊工作に使おうだなんて考えるのは大将だけだぜ」

 

「『自決用魔術』?」

 

「そりゃそうだろ。魔術ってのは基本的に視界が届く範囲でしか発動させられないからな。自分たちが【アニヒレーター】の効果範囲内に入っちまわないよう遠くから炸裂させたとしても、余波だけで自分たちまで蒸発しちまう」

 

「じゃあ余波が届く前に【脱出結晶】で――いや、【脱出結晶】が手元にあるならそもそも自決なんかしないか」

 

どうやらこの世界では【アへ声】をプレイしてた時よりもさらに使い道がない魔術らしい。ダンジョンの外で自爆テロとかに使おうにも、【アニヒレーター】を使えるくらい高位の魔術士を自爆テロなんかで使い捨てにできる訳もなく。

 

じゃあ【ボンバーガール】はどうかというと、こいつは「売っても憲兵に目をつけられ、買っても憲兵に目をつけられるようなシロモノ」であり、そもそもこんなものを欲しがる人間と関わってもろくなことにならないということで、仮に発見したとしてもそのまま触ることすらせずに宝箱の中に放置する冒険者が大半らしい。

 

そもそもレアアイテムゆえに発見例が少ないということもあり、「自決用兵器」という先入観も相まって、少なくとも歴史上ではダンジョンの外で使われた例はないとのことだ。なら安心だな!

 

「よーし、じゃあ起爆すっから皆あつまれー!」

 

「――ハッ!? 衝撃発言すぎて意識飛んでた!?」

 

「えっ、ちょっ、待っ、ホゲェェェェェ!? マジでやりやがった!!!」

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ! だ、【脱出結晶】ォォォォォッ!!!」

 

「わははははは! アンタといると退屈しないなぁ、大将!」

 

“知ってる? 『退屈』って『困難にぶつかって尻込みすること』って意味もあるんだよ?”

 

俺は探索系のアイテムを駆使して周囲に俺たち以外の人がいないことを確認すると、【ボンバーガール】の起爆スイッチを押してすぐさま【脱出結晶】を使ってダンジョンの外に出たのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

フェアリーどもの花園は、ダンジョン21階層から25階層をぶち抜いて存在している。

 

この広大な花園の全域には大規模な魔術が張り巡らされており、それによって花園に咲き乱れる全ての花に生命力を供給して美しさを保っていた。

 

また、フェアリー自身もその大規模魔術の恩恵を受けているため、花園にいる限り半永久的に美しさと幼さを保っていられる。花園はフェアリーどもにとってまさしく「ネバーランド」なのだ。

 

そして、張り巡らされた魔術の要であり、文字通り花園の心臓として機能するもの。それこそが、フェアリーどもが「世界樹」と呼んでいる存在であり、【アへ声】プレイヤーからは「大樹*2」とか「桜*3」とか呼ばれていた存在である。

 

『……ふぅ。また野生の豚が花園を荒らしているようですね』

 

その「世界樹」の頂上に腰掛け、玉座代わりにしているものがいた。通常のフェアリーよりも一回りほど大きな身体に、さらなる美貌の持ち主。花園の支配者、【フェアリークイーン】と呼ばれるモンスターである。

 

その身に宿す力は他のフェアリーとは隔絶しており、使役する【マジックゴーレム】も近衛兵として恥じない働きを見せる特別製だ。自分以外のほぼ全てを見下すフェアリーが唯一畏敬の念を向ける存在であることからも、その圧倒的な実力の片鱗がうかがえるだろう。

 

そんな【クイーン】であるが、現在は物憂げな表情で溜め息をついていた。花園に張り巡らされている大規模魔術に、先ほどから同族の生命力が流れ込んできているからだ。

 

『生命力の量からして、相当数の同胞が殺されているようですね。冒険者を自称する豚の仕業なのでしょうが……今回やってきたのはかなりの愚か者であるようですね』

 

というのも、この世界においては「フェアリーとの敵対は可能な限り避けるべきである」とされているはずなのだ。他ならぬ【クイーン】が優れた頭脳から導き出した策によってそうなるように仕向けたのだから間違いない。

 

事実、下層に到達できるほどの実力を持った冒険者が存在しているにも関わらず、下層よりも浅い階層にある花園は健在だ。単純な実力では突破できないようになっているのだ。

 

まず、大量の【マジックゴーレム】とフェアリーの群れが厄介だ。こいつらを突破するためには範囲攻撃がほぼ必須である。最高位の冒険者であればゴーレムの装甲やフェアリーのAVDをものともせずに武器の一振りで倒せてしまうかもしれないが、彼らとて大量のモンスターに囲まれれば圧殺されてしまう。1匹ずつちまちまと倒している暇はないので、結局は範囲攻撃が必要なのだ。

 

だが、この世界においてノーコストで範囲攻撃を撃てる手段はほぼ存在しない。この世界で範囲攻撃といえば、HPを消費する【剣士】のスキルか、MPを消費する魔術のほぼ2択である。前者はそもそも連発するようなものではないし、後者は大量のゴーレムとフェアリーを相手取ればすぐにMPが枯渇してしまう。

 

少なくとも1組のパーティ(たったの6人)で花園を攻め落とすことは事実上不可能といっていい。となれば、たくさんの冒険者パーティが合同で攻めるしかないのだが……それも【クイーン】によって対策されてしまっていた。

 

量産型のゴーレムをあえてゴミクズのような素材で創造してゴーレムを倒しても【ゴミクズ】しか得られないようにし、ゴーレムが破壊されたら逃亡するようフェアリーに徹底させることで、「フェアリーと戦っても旨味がない」と冒険者に刷り込みを行ったのだ。

 

これによって、一部の【正道】の冒険者やギルドが花園の攻略を呼び掛けても、ほとんど人が集まらないような状況を作り出すことに成功している。冒険者の大半は自分の生活を最優先にする【中道】の人間なので、フェアリーに喧嘩を売っても割に合わないと考えるからだ。

 

最高位の冒険者に関してはすでに刷り込みが完了しているので問題ない。彼らとて最初から強かった訳ではないので、中層を攻略中に骨折り損をさせられた記憶が花園攻略への参加を躊躇わせる。

 

唯一最高位の冒険者たちの中で参加する者がいるとすれば、いまだ【正道】を貫き【英雄】と称される冒険者たちだが、彼らは下層の攻略にかかりきりである。結局、花園を脅かすような輩はついぞ現れなかったのだ。

 

 

 

 

 

――そう、今日までは。

 

『――!?!?!?』

 

突然、花園に()()()()()()()()()()()。そうとしか思えないような膨大な光が【クイーン】の目を焼いた次の瞬間、花園全体を揺るがすような衝撃が襲いかかり、【クイーン】は「世界樹」から転がり落ちてしまった。

 

『クソ、なにが起きた!? おい、誰か状況を報告しろ!!!』

 

『へ、陛下……! ぼ、【牧場】が……周囲の地形ごと跡形もなく消滅しました……!!!』

 

『消滅だと!? ふざけたことを抜かしてんじゃねぇ! さっさと調査に向かわせろ!!!』

 

なるほど、確かにこの判断の早さはさすが花園を長年支配してきただけはあると言っていいだろう。しかし、結果的にそれは悪手であった。

 

『陛下! 魔術研究所が炎上しています!』

 

『陛下! ゴーレム近衛兵が【混乱(同士討ちを誘発する状態異常)】状態で暴れています!』

 

『陛下! 【キラービー】どもに動きが――』

 

『陛下!』『陛下!』『陛下!』

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!』

 

【クイーン】がこれまで実行してきた策は、いってみれば「そもそも敵に攻められないこと」に特化していた。そのため、攻撃を受けるということに対して圧倒的に経験が不足しており、いざ敵に攻め入られると全くと言っていいほど対応できなかったのである。

 

無論、【クイーン】が今まで実行してきた策は決して間違ってはいなかったし、今までも、そしてこれからもしっかりと機能するはずの策だったのだ。

 

「ハハハハハ! 見ろ、フェアリーどもがまるで殺虫剤を被った虫のようだ!」

 

彼女の敗因はたった1つ。それは、「最初から無理ゲーだった」ことである。

 

そりゃあそうだろう。フェアリーのドロップ品が美味しいことを最初から知っていて、かつ【爆風の杖(ノーコストで撃てる範囲攻撃)】を大量に用意できるような【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】の存在を予見するなど、そんなことは【クイーン】でなくても不可能である。

 

『なんなんだよ……なんなんだよテメェはよォォォォォ!!!』

 

拘束攻撃を警戒して全身キメラみてーな装甲で固めた【狂人】が遠くからどんどん近づいてくるのを見て、【クイーン】は思わず絶叫した。

 

まあ、おかしな格好をした奴が背中に蝶みたいな翼を生やして飛び回りながら空中で変なステップを踏んでるのを見たら、誰だって「なんなんだよテメェは」と言いたくもなるだろう。

 

『ゴアァァァァァ!?!?!?』

 

そんな【狂人】がゆっくりと近づいてきたものだから、【クイーン】の視線がそいつに釘付けになるのも無理はなかった。死角からの不意討ちによって25発もの爆風をまともに食らってしまい、【クイーン】は「世界樹」の幹に叩きつけられた。

 

『カ、ハ……ッ!?』

 

背中を強打したことで呼吸ができず、また、至近距離で何度も爆風を浴びたことで一瞬だけ意識が飛んでしまった【クイーン】。

 

『クソが……こんな奴らに……この……【クイーン】が……!!!』

 

彼女が最後に見た光景。それは、4人と2匹の変態どもが大量の【火炎ビン】をこちらに向けて投擲する姿であった……。

*1
回収済みのスチルやムービー、作中BGMなどを再生するオマケ機能

*2
「世界樹」なんて名前は格好よすぎて羽虫どもにはもったいないし「ただのデカい木」でいいんじゃね? 的な理由

*3
ほっとくと害虫が湧く木の代表格だから



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21.「拷問にかけて持ち物を強奪」はまさに外道

年増

BBA

パイセンの仇

怨敵

2周目からはみんなのサンドバッグ

あ゛あ゛あ゛(⤴)ァ゛ァ゛ァ゛(⤵)!

業火ロイド

女王というか女首領

首領(ドン)・パック

だが奴は物理的にハジケた

マジきたねぇ花火

汚いフェアリーゴッ◯マザー

フェアリーゴッドファーザー(マフィアのボス)

フェアリーグランドマザー

ビビる・マジで・不細工(ブー)

顔芸

顔面凶器

精神的ブラクラ陛下

こいつで◯かないでください

オエーーー!!!(AA略

用意したティッシュで吐瀉物を拭いた

 

 

――【アへ声】プレイヤーから【クイーン】へ送る渾名・罵倒集より抜粋

 

 

──────────────────────

 

 

「ところで、HPが0になると完全に身を守るものがなくなって重症を負うようになるし、重症を負った後でHPを回復してもスリップダメージですぐにHPが0に戻ってしまうって話はすでにしたよな」

 

「あー、もういい。何をするつもりなのか分かったから」

 

アーロンは「何でか分からねぇが頭頂部が痛くなってきたぜ」とぼやきながら、いったん店に戻って連れてきたゴーレム軍団を率いて安全確保のための見回りに行ってしまった。

 

ので、3人組にこれから行うことの説明をしておくことにする。

 

「実は、【背信の騎士】を殴るついでに検証した結果、モンスターがアイテムをドロップするタイミングはHPが0になった瞬間ってことが分かってな」

 

「「「そうかい。じゃあごゆっくり」」」

 

3人組は「『大樹』が燃えた跡から他に燃え移らないよう、念入りに火の始末してくる」と言い残して去っていってしまった。なんだ、つれない奴らだなあ。

 

ルカはレムスと一緒にまだ残ってた魔術研究所を潰しに行ってしまったし、一緒にいてくれる相手がいなくなってしまった。ちょっと寂しい。

 

「まあいいや。どうせ詳しい仕組みとかは分かってないんだし、あとは実践あるのみだ!」

 

俺は白目を剥いてビクンビクンと痙攣する()()()()()の顔に【蘇生薬】をかけると、HP1の状態で復活させた。

 

まあ炎属性と【延焼】に耐性がないモンスターが一気に25+1発もの【火炎ビン】をまともに食らったんだ。ほとんど消し炭みたいなもんである。さすがに俺だって無耐性では食らいたくないな。

 

『アヘェ』

 

()()()()()は一瞬だけすんごい顔芸を晒すと、すぐにHPが0になって再び動かなくなった。うわきっつ。【精神的ブラクラ】とまで言われた伝説の顔芸をリアルで見るはめになるとは思わなかった。気持ち悪いからやっぱり5人のうち1人くらいは一緒にいてほしかった(道連れにしたかった)んだが。倒した後まで精神にダメージを食らわせてくるとは、まったく嫌な種族だぜ。

 

……うん、まあ、お察しの通りこの30cmくらいの老婆が【フェアリークイーン】の成れの果てだ。翅は【火炎ビン】によって燃え尽きてしまったので、大きさ以外に【クイーン】だった頃の面影は全くない。

 

フェアリーというのは魔術で若さと美しさを保っていた種族だ。その魔術の要である「大樹」を燃やしてしまえば、羽虫どもは「本来の姿」に戻る。で、花園の女王として長い年月を生きてきた【クイーン】が本来の姿に戻ったらどうなるかは……まあ、見ての通りだ。

 

今はまだわずかに残っていた生命力でなんとか急激な老化による死を免れているようだが、もって数分の命ってところか。その前に固有ドロップ品を落としてもらいたいもんだ。

 

なお、「大樹」が健在の場合、【クイーン】は鬼のように強い。【アへ声】で正面から戦うことを選択した場合、「MP無限からの厄介な魔術連発」「毎ターン自動でHP超回復」「異様に高いAVDのせいで対策なしだと実質単体攻撃無効」とかいうチートスペックで襲いかかってきた。

 

といっても、それは【アへ声】での話。ゲームだと「大樹」がただの背景でしかなく、こちらから何の干渉もできなかったが、ここは現実世界だからな。不意討ち食らわせて本来のスペックを発揮させないまま【クイーン】も「大樹」もまとめて燃やしちまえばそれで終わりだ。

 

そのための策は何重にも練った。こっちは【クイーン】の能力も性格も弱点すらも熟知してるんだ、搦め手には事欠かない。破壊工作で判断力を奪い、散々煽りまくって俺に意識を向けさせたうえで、伏兵(アーロンたち)に【気絶(AVDが0の状態で1ターン行動不能)】の状態異常を付与してもらってから致死量の【火炎ビン】を叩き込んでやった。【延焼】で「大樹」もまとめて処理してやったぜ。

 

ちなみに、【アへ声】だと「大樹」を破壊できないのにどうやって【クイーン】を倒したのかというと……基本的にはサブヒロインが命と引き換えに倒すんだよな。

 

このサブヒロインは駆け出し冒険者である主人公に様々なアドバイスを送ってくれる先輩キャラで、大勢のプレイヤーたちから【俺の嫁ならぬ俺の先輩】とか【先輩最高です】とか【我らが師匠】とか言われて愛されていたキャラでもある。

 

が、彼女は主人公が中層に到達すると同時にギルドからいなくなり、フェアリー関連のサブイベントを全て無視して下層に到達するとそのまま行方不明になってしまう。

 

そして【先輩】の失踪を聞いたプレイヤーが彼女の足跡を辿って中層に赴き、フェアリー関連のイベントを始めると――

 

『あぁ、あの愚かな豚ですか? あのクソ豚は「世界樹」に傷をつけてくれやがりましたからね。【牧場】で「胎」を使い潰した後は生きたまま全ての臓器を引きずり出してゴーレムの電池にしてあげました』

 

『ふふ、分かりませんか? ――さきほど、あなたが破壊したゴーレムのことですよ』

 

『うふふっ! 面白いわぁ! あなたたちは本当に愚かな生き物なのですね!』

 

……道中で倒してきたゴーレムの中に【先輩】の成れの果てが混じっており、気づかないうちにプレイヤー自身の手で介錯してしまっていたことが判明する。しかもイベント中に戦うゴーレムは【ゴミクズ】を確定ドロップするうえ、【ゴミクズ】は99個まで持ち運べてしまう。つまり【先輩】の「遺品」が他のゴミクズの中に混じってしまうとかいう、システム上の罠まで仕掛けられてたんだよ……。

 

怒りのあまり下層到達後のステータスで最大火力を叩き込んで【クイーン】をボコボコにするも、それで【先輩】が生き返る訳でもなく。当然ながらその時点でサブヒロインの攻略は失敗なので、【先輩】狙いのプレイヤーたちは最初からプレイし直すなり、分けていたセーブデータからやり直すなりするんだが。

 

『ここまでたどり着いたことは素直に称賛しましょう。ですが――身のほどを弁えなさい、下郎』

 

そうやって【先輩】が行方不明になる前にサブイベントをこなしていったプレイヤーたちの前に立ち塞がるのが、前述のチートBBAなんだよな。こいつに中層到達時点のステータスで挑まなければならないうえ、最初に戦った時は「大樹」につけられた傷のお陰で【クイーン】が弱体化しており、【先輩】が死してなお主人公を助けてくれたから倒せたのだという事実が判明して二重の意味で泣くはめになる。

 

で、この戦闘に敗北するとゲームオーバーにはならず、【先輩】が助けに来てくれるんだが……彼女は【クイーン】に仲間を殺された過去や、主人公の雰囲気が殺された仲間に似ていたことを語り、最後に主人公へ

 

「あなたと話していると、あの頃に戻れたようで楽しかった。最期にあなたと出会えてよかった」

 

と心からの笑顔でお礼を言い、主人公に背を向けると同時に一筋の涙を流して、制止する声を振り切って【クイーン】へ向かって走り出し――

 

『おぼふ』

 

「あ、やっべ」

 

気がつくと俺は靴底を【クイーン】の顔面にめり込ませていた。うん、まあ、これはゲームの話であってこの【クイーン】には関係ない話だし。いくら相手がモンスターといえど、やりすぎはよくないよな。不必要に痛めつけるのはやめておこう。

 

「……いつの間にか固有ドロップ品を落としてたか。じゃあもう逝ってくれて構わないぞ」

 

そんなことをつらつらと考えていると、いつの間にか用事が済んでいた。でも死んでなかったら困るから首をはねておいて……っと。

 

さて、アイテムコンプのために固有ドロップするまで【クイーン】を蘇生し続けた訳だが……消費した【蘇生薬】は26個か。まあこんなもんかね。今回のダンジョン攻略も成功と言っていいだろう。

 

「ようやく終わったみてぇだな」

 

「こっちに関しては問題なしだ。きちんと火の始末をしてきたぞ」

 

「摘んだ花が萎れたのは残念だったけどな……押し花にしようと思ったのに」

 

と、ちょうどカルロスたちが帰って来たな。てかチャーリー、その花は人間含む他の生き物の生命力を吸って咲いた花だぞ。捨てちまえよそんなの。

 

「やー、こっちも異常なしだぜ。ただ、そろそろ地面にブチ撒けてきた【匂い袋】の効果が切れて【キラービー】がこっちに雪崩れ込んでくる頃合いだ。早いとこ撤収しようぜ」

 

“こっちのレポートは……羽虫どもの言語に関しての記述かな。ちっ、翻訳魔術は口頭でないと働かないのか。思念会話が基本のボクには無意味だね。せっかく主とゴーレム談義ができると思ったのに、使えない羽虫どもだったなぁ”

 

ゴーレム軍団を引き連れたアーロンや、大量の紙束を抱えたルカとレムスもぞろぞろと帰ってくる。君たち、俺が【クイーン】にトドメを刺したタイミングを見計らって帰ってきてない???

 

「それじゃあ、俺たちの店に凱旋といこうか」

 

「だな。やー、今回もお疲れさんだぜ」

 

俺たちは【クイーン】の死骸がダンジョンに溶けて消えていくのをしっかりと見届けると、【キラービー】の群れが羽虫どもの残党*1を巣に連れ去っていくのを尻目に、【脱出結晶】を使ってダンジョンから帰還したのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

冒険者ギルドを擁する【冒険都市ミニアスケイジ】は、かつて勇者が拠点としていた集落を起源とする石造りの都市である。

 

名前の由来が魔術言語の「箱庭」と「檻」であることからも察せられる通り、勇者が施した封印を守るために世界中から人が集まり都市にまで発展した歴史を持つ。

 

「や~、なんだか今日はお祭り騒ぎですね~」

 

そんな【ミニアスケイジ】であるが、今日は何やら街全体が騒がしいようだった。規則正しく敷き詰められた石畳の大通りを歩きながら、とある少女が物珍しそうに周囲を見渡していた。以前少女がいた頃は、この都市は活気がありながらもどこか人々の顔に陰りがあったものだが。

 

「う~ん、今日は何かあったんですか?」

 

「なんだ嬢ちゃん、知らないのか? 何十年かぶりにダンジョンの【階層制覇】が達成されたんだよ! それも事実上不可能とされていたダンジョン中層の【制覇】だ! お祭り騒ぎにもなるってもんだろうさ!」

 

【階層制覇】とは、【アへ声】では「その階層のマップを100%埋めること」を指す言葉であった。ダンジョン中層の【階層制覇】を達成したということは、ダンジョン中層のマップを全て埋めたということである。

 

が、この世界における【階層制覇】は、【アへ声】のそれとは少々異なった意味を持つ。

 

この世界で【階層制覇】と言った場合、「マップの大半を埋めたうえで*2、その階層で確認されている全ての凶悪なモンスターを倒す」という偉業のことを指す。

 

この「凶悪なモンスター」というのは【ユニークモンスター】と呼ばれている存在で、「ユニーク(唯一)」という名が示す通り、同じ階層において他のモンスターとは比べものにならないほどに突出した能力を持つモンスターのことだ。

 

ようするに、マップの全容が判明して、かつボスクラスのモンスターが殲滅されて雑魚モンスターしか出現しなくなれば、【階層制覇】を達成したとされているのだ。

 

これの何が偉業なのかというと、例えるならば「長年膠着状態に陥っている戦争で、そろそろ敗戦が見えてきた状況だったのが、突然の戦勝で前線を大きく押し上げることに成功した」といったところだろうか。

 

しかも「敵前線基地の突破は事実上不可能とされているため、少数精鋭部隊がひっそりと基地を迂回して敵地に潜入していたものの、成果は芳しくなかった」というオマケつきだ。

 

今後は中層でのレベリング難易度が格段に下がり、下層に到達する冒険者が増えていくだろう。そうして下層を攻略する冒険者が増えれば、いずれは下層を突破してダンジョン最奥へとたどり着いて世界を救う冒険者が現れるかもしれない*3

 

事実、それまで上層で燻っていた冒険者たちが次々と中層を目指し始めており*4、その準備のために都市へと金を落としていくという特需景気をもたらしていた。それゆえのお祭り騒ぎである。

 

「いやぁ、【迷宮走者】には足を向けて寝られんな!」

 

「(【迷宮走者】? そんな冒険者いましたっけ?)」

 

少女は首を傾げた。少女が以前この街にいた時は、有名な冒険者の中にそんな異名を持つ者はいなかったはずだ。彼女がこの都市にいたのは数ヵ月前のことなので、そんな短期間でそこまでの偉業を達成できるとは思えない。もっと前から有名な冒険者であったと考えるのが自然だろう。

 

「(うーん、【迷宮走者】……「ダンジョンを走る人」? 「ダンジョンを走る」というのは、冒険者の間では「愚かな行為」とか「()()()()()」を指すスラング*5ですけど……)」

 

――【壱の剣】! 【壱の剣】! 【壱の剣】! ハハハハハ! 楽しいなあ!

 

「ピェ」

 

恐ろしい「なにか」を思い出しそうになったため、少女はそこで考えを打ち切った。なお、その「なにか」は命の恩人である。もちろん助けられた恩を忘れた訳ではないのだが、やっぱり怖いものは怖いのである。

 

「……ま~、美味しいものが安く買えるなら何でもいいですよね!」

 

結局、少女は色々なことを棚上げすると、屋台で購入した蒸かし芋にかぶりつき幸せそうに頬張った。怖がりなくせして妙なところで図太い少女である。

 

「さ~、お兄ちゃんのお店はどこかな、っと」

 

実はこの少女、1度は【正道】を志して冒険者となったものの、色々あって実家に逃げ帰り、しばらくニートをやっていたら親に出荷され(労働力として売り飛ばされ)そうになってまた【ミニアスケイジ】に逃げてきたという、どうしようもない経歴の持ち主だったりする。

 

かつてはサラサラとした金髪のロングヘアーがよく似合う小柄でスラッとした体型の美少女だったのだが……現在は不摂生が祟ってぽっちゃりした体型になってしまっている。

 

今はまだ「可愛い」で済ませられるレベルではあるものの、この都市に到着するなり買い食いを始めるあたり、放っておくとそのうち首と顔の境目が消失したり、腰のくびれが完全に消失して長方形の壁みたいなシルエットになってしまうことだろう。

 

「すみませ~ん、【H&S商会】ってどこにありますか?」

 

「おぉ、あの店に行くんじゃな。道を教えるのは構わんが、代わりにこれを届けてくれんか? ウチで取れた野菜じゃ」

 

……さて、【迷宮走者】とは言うまでもなく【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】のことなのだが。この男、意外なことに都市に住む一般人からの評判は悪くない。

 

というのも、【狂人】はダンジョンさえ絡まなければ言動が常識的だからだ。転生者や転移者にありがちな非常識な言動や横柄な態度を取ろうとはせず、前世の価値観を必要以上に押し付けることもなく、きちんとこの世界の文化を理解して馴染もうとする姿勢を見せている*6

 

また、ギルドの職員や他の冒険者が「【狂人】呼ばわりしていることを本人に知られたらどうなるか分かったものではない」と考え、ご近所ネットワークを警戒してギルドの外ではあまり【狂人】を話題にしたがらず、話題にする時は【迷宮走者】という隠語的な呼び方をしているせいで、一般人にはいまいち【狂人】が【狂人】たる由縁が伝わっていない。

 

さらに、【狂人】は自身のことを善人でもなければ悪人でもない普通の人であると思っているが、それはあくまで平和な日本を基準とした「普通」である。エロゲ世界であるがゆえに治安がクッソ悪いこの世界においては、悪人はとことんまで悪人なので善悪の平均値が低く、日本での「普通の人」がこの世界では相対的に善人に見えるのも大きい。

 

ついでに言うと、【狂人】が何を考えているのか表情などからはなぜか読み取れないのだが、そもそも一般人は相手の表情などを逐一観察して考えていることを読み取ってやろうと躍起になったりはしない。日常会話で頭脳戦みたいなことなんてしないのである。

 

つまり、この世界の一般人にしてみれば、【狂人】のことが「物腰が柔らかく丁寧で親切な人間」に見えるという訳だ。

 

「へ~、お兄ちゃんの雇い主さんは優しい人なんですね。(どんな人なのかちょっぴり不安だったけど、それなら上手いことやっていけそうかなぁ)」

 

――そのせいで、少女はこれから居候するつもりの店を経営しているのが誰なのか分からなかった。悲劇(喜劇)は避けられない定めだったのだ。

 

こうして、少女はそうとは知らずに自分から笑顔の絶えない職場(地獄)への道を歩んでいったのだった……。

*1
若い個体は急激な老化による死を免れた

*2
行き止まりだと分かりきっている場所までわざわざ調べる必要はない

*3
ダンジョン深層の存在はまだ知られていない

*4
今なら【門番】が動かないので素通りし放題である

*5
走ると無駄にモンスターを呼び寄せたり罠を見落としたりする原因となるため

*6
理解できているとは言っていない



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22.「推しキャラとリアルで話す」は転生者の悲願

その冒険者パーティは、正義感に溢れた3人の少年少女たち――【戦士】の少年、【魔術士】の少年、【狩人】の少女で構成されていた。

 

ただ、【戦士】の少年は何を思ったのか現在はクラスチェンジして【騎士】の少年になっている。理由を聞いても彼は引きつった笑みで言葉を濁すだけだが、パーティメンバーの2人は薄々その理由を察していた。

 

おそらく、かつて彼が1週間ほど引きこもる原因となった「なにか」が影響しているのだろう。その「なにか」はしばらく悪夢として毎日夢に出てきたくらいには強烈な印象を少年に残していたらしかった。

 

そんな彼らであるが、【ダークフロア】で死にかけたところを奇妙なゴーレムに助けられた後、なんだかんだで順調に攻略を進めて中層にまで到達していた。

 

「ここが21階層……なのか?」

 

「うーん……ここには綺麗な花園があったらしいけど……見事に変わり果ててるわね……」

 

そこに広がっていたのは、幻想的で美しい花園などではなかった。

 

色とりどりの花は全て枯れ、小鳥たちの囀りではなく【キラービー】の羽音がどこからか聞こえてくる。遠くの方に見えていた空色の湖は泥で黒ずみ、水を塞き止めていたものがなくなったのか水嵩が減っている。今のところマップ(通行可能な場所)には大きな変化こそないものの、流れ出た水によって花園はちょっとした沼地へと変化しつつあった。

 

「……いや。『変化しつつある』という表現は正しくないな。『元に戻りつつある』というのが正解だろう」

 

「えっ、そうなのか?」

 

【魔術士】の少年の言葉に、【騎士】の少年が驚きの声をあげる。【魔術士】の少年が言うには、「かつて21~25階層は【キラービー】が飛び交う沼地であった」という記述が、ギルドに保管されている文献にはあるらしかった。

 

「ここの環境を無理やり作り変えていた【フェアリークイーン】がいなくなったことで、本来の環境に戻りつつあるのだろうな」

 

「湖が沼に変わるほどの毒を流してフェアリーを絶滅させたんじゃないか、とか。放火して花園ごと【クイーン】を焼き払ったんだろう、とか言われてるけど……」

 

「その程度でモンスターが絶滅するなら勇者も苦労しなかっただろうよ――と、言いたいところだが。そう言いたくなる気持ちは分かる」

 

そりゃあそうだろう。美しい花園が荒れ果てた沼地に早変わりしたら、普通は環境破壊や環境汚染によるものではないかと疑う。人間とは、それがどれほど人為的なものであろうと、美しい自然こそを「本来あるべき姿だ」と思いたがる生き物なのだ。

 

「……どうした、リーダー?」

 

「えっ、なにが?」

 

「僕には、お前が()()()()()()()()()ように見えたが」

 

「仕方ないわよ。リーダーってば【迷宮走者】のファンだもの。あの人が非人道的な手段で中層を【制覇】したんじゃないって分かって安心したんでしょ」

 

「……そんなんじゃ、ないさ」

 

【騎士】の少年は難しい顔をした。少年が【狂人】に対して抱えている感情は複雑なもので、単純な「憧れ」などでは決してなかった。実際、「【狂人】がモンスターを殲滅するために環境を破壊した」という噂を聞いても、「あの人なら必要となればそのくらいはするだろう」と疑いもしなかったのだから。

 

「まぁ、かの御仁は賛否両論だからな」

 

【魔術士】の少年が言うように、今の【狂人】は他の冒険者からは賛否両論だ。

 

【正道】の冒険者たちからは、「モンスターに対して容赦のない姿勢は評価できる。奴らなど滅ぼしてしまえばよいのだ」と肯定的な意見もあれば、「笑いながら虐殺を繰り返す危険人物だ」と否定的な意見もあり。

 

【中道】の冒険者たちからは、「放っておけば勝手に利益と安全をもたらしてくれる」と肯定的な意見もあれば、「必要だと思ったら何でもやりそうな人間はやっぱり恐ろしい」と否定的な意見もあり。

 

【外道】の冒険者たちからは、「いけ好かない【正道】の偽善者にできなかったことを【外道】の人間がやってのけ、奴らの鼻を明かした」と肯定的な意見もあれば、「何度も()()の邪魔をされて不愉快だ」と否定的な意見もある。

 

そのため、もともとの異名である【狂人】は蔑称として使われるようになり、本来は隠語として使われていたはずの【迷宮走者】の方が男の新しい異名として定着しつつあった。

 

「かの御仁には、『【英雄】殿』のように全ての冒険者の規範となれるような華々しさはないが……彼らですら為せなかった偉業を為し遂げたからな」

 

「かといって真似したいとは思わないし、真似できるとも思えないのよね」

 

ただ、【狂人】に対して肯定的な意見を持つ者も、否定的な意見を持つ者も、結局のところ「関わりたくない」という部分だけは意見が一致しているのだった。

 

「なんて言うのかな……上手く言えねーけど、俺たちが『目指すべき姿』は【英雄】の人たちなんだろうけど。俺たちが『為したかったこと』を為してるのは【迷宮走者】なんじゃないか、って思ってさ。いや、あの人のやり方はかなりアレだけど……」

 

事実として、【狂人】の行動によって結果的に助かった人間はかなりの数になる。上層でゴーレム軍団が助けた新米冒険者の人数に加え、本来であればフェアリーや【背信の騎士】の手によって死ぬはずだった人間の数を含めるのであれば、【英雄】と称される最上位の冒険者たちが今まで助けてきた人数を超えるかもしれなかった。

 

「……ふん。お前がそう決めたなら、僕に文句はない。だが、そんな大口を叩くには僕らでは力不足だということを忘れるなよ」

 

「ぐっ……わ、分かってるよ……」

 

「まぁまぁ、いいじゃない! 私たちは私たちらしく、私たちのペースでいきましょ?」

 

そんなことを話しながら少年たちは今日も今日とて修行(レベリング)を行い、その日の目標を達成してギルドへと帰還したのだが。

 

「……ん?」

 

「(うっ!? め、【迷宮走者】……!?)」

 

噂をすれば影がさす、とはよくいったもので、少年たちは【狂人】とバッタリ出くわしてしまった。しかも運が悪いことに、【狂人】とバッチリ目が合ってしまう。

 

少年たちは慌てて会釈してから目を逸らし、小走りで男の横を通りすぎようとして――

 

 

 

 

 

「…………先輩?」

 

「えっ?」

 

ぽつり、と。そんな【狂人】の呟きを聞き、思わず立ち止まってしまった。

 

「わ、私?」

 

「……君、名前は?」

 

「あ、アリシア……です、けど……」

 

【狂人】の視線を真正面から受け、【狩人】の少女が狼狽える。そのため、頭がうまく回らず名前を聞かれて反射的に名乗ってしまった。

 

「……そうか、君が……」

 

そして少女の名前を聞いた途端、なぜか【狂人】は嬉しそうに笑った。その真意は全く分からない。そのせいでどこか不気味さすら感じてしまい、少女は無意識のうちに後ずさった。

 

「――あ、いや、すまない。急に名前を聞いてしまって。君は……ええと、なんていうか……そう、()()()()()()()()()()

 

そんな少女の様子を見て、「しまった、これではただの不審者じゃないか」とでも思ったのか、【狂人】は何度も頭を下げて早足で去っていった。しかしその足取りはどこか軽やかで、見様によっては喜びを隠しきれていないようにも感じられる。

 

「な、なんだったんだ今の……?」

 

「ど、どうしよう……名前を覚えられちゃった……」

 

【騎士】の少年の声で我に返ったのか、【狩人】の少女が顔を真っ青にして震えだす。今の彼女の心境は、例えるなら「札付きの不良の先輩に目をつけられて名前と所属クラスを覚えられてしまった下級生」といったところだろうか。今後の冒険者ライフはお先真っ暗である。

 

「いや、案ずるな。おそらく、そう悪いことにはならんだろうよ」

 

そんな彼女に半ば確信めいた言葉をかけたのは、【魔術士】の少年だった。

 

「……どういうこと?」

 

「最初、かの御仁はお前のことを『先輩』と呼んだだろう? これはどう考えてもお前と誰かを見間違えた時の反応だ」

 

「まぁ確かにそんな感じだったような……」

 

「かの御仁は冒険者なのだから、『先輩』というのは『冒険者の先輩』と考えるのが自然だ。さらに、かの御仁は()()()()()()()()()()()()()()()ような反応だった。恐らく、その『先輩』からお前のことを聞いたことがあるのだろう」

 

「……えっと、それってつまり……?」

 

「『お前と容姿が瓜二つで』『冒険者で』『お前のことをよく知っている』。そんな人物に、僕たちは心当たりがあるはずだ」

 

【魔術士】の少年の推理に、2人はハッと息を呑んだ。そう、彼らにはそんな人物に本当に心当たりがあったのだ。

 

「……嘘だろ!? そんな、まさか……!?」

 

「あの人、死んだ()()()の知り合いなの……!?」

 

もちろん不正解である。

 

が、これに関して【魔術士】の少年は悪くない。全ては【狂人】が原因である。この男、急に【アヘ声】の推しキャラである【先輩(過去のすがた)】に出会ったことで挙動不審になったのだ。

 

しかもこの男、周回プレイ前提の討伐難易度である【フェアリークイーン】をなんとか1周目で倒して【先輩】を救おうと躍起になって【アヘ声】をプレイしていたクチであり、そのせいで何度も【先輩】の死亡シーンを見ている。

 

そういう事情もあって、【先輩】が仲間と一緒に元気にやっているとかいう多くの【アヘ声】プレイヤーたちが夢見た光景を目の当たりにした瞬間、思わず色んな感情が噴出して不審者ムーブをかましてしまったのだ。

 

つまり【狂人】の言う【先輩】とは、【狩人】の少女そのものを指す言葉なのだが……何の因果か、「少女の姉(故人)」とかいう()()()()()()()が本当に存在してしまっていたのだから、始末に負えない。

 

「覚えているか? 子供の頃、アリシアが流行り病に罹ってしまったことがあっただろう」

 

「あぁ、あったなそんなの。たしか、薬がすっげぇ高額で、『薬を買うと家族の負担になるから』なんて言い出して、俺たちに『病気になったこと家族に言わないで』とかって口止めしたあげく体調を悪化させたんだったよな」

 

「ちょっ、なによいきなり!?」

 

「いいから黙って聞け。その時に何と言われて怒られたか覚えているか?」

 

「……覚えてるわよ。『お金を惜しむな、命を惜しめ』って――」

 

*アイテムの購入費をケチってはいけません*

*お金を惜しむな、命を惜しめ、です*

*また、冒険に慣れてきたら我々H&S商会をご利用ください!*

 

「――あっ」

 

しかも、その「姉」は少女の人格形成に多大な影響を与えた人物であった。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それこそ、もしも少女が数年後もダンジョンに潜り続けてベテラン冒険者となった暁には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんな……じゃあ、本当に……?」

 

「断定は出来ん。だが、もしかの御仁があの人の教えを受けたことがあるとすれば、色々と腑に落ちる点が多いのも事実だ。あの人は……自己犠牲が過ぎる人だったからな……」

 

こうして、【狂人】と少年少女たちのファーストコンタクトは、様々な疑惑を残して終了したのだった……。



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23.「子豚を出荷」は兄鬼(あにき)の所業

【先輩】……生きてたんだなあ……よかった……あんなに楽しそうに笑って……ああ、本当に、よかった……。

 

ウルフカットにした藍色の髪。切れ長の瞳ということもあって一見するとクールな印象を受けるも、親しい相手には童女のような笑みを見せる、その姿。

 

ゲームで見た時よりもあどけない顔だったし、髪も短めだったけれど、俺が「推し」の姿を見間違うものか。

 

一緒にいた赤髪の少年と緑髪の少年に見覚えはなかったが、恐らくは設定上の存在だった【先輩】の幼馴染たちだろう。彼らこそが【先輩】のかつてのパーティメンバーであり、彼女を命と引き換えに守り抜いた真の勇者たちということか。

 

だが、この世界ではそんなことにはならない。彼らの死因となった【フェアリークイーン】はもういない。【先輩】と彼らは、これからも一緒に笑顔で冒険を続けていくんだ。まるで一枚の絵画のような、あの尊い光景は守られたんだ!

 

あの光景を見られただけでも、この世界に転生できて本当によかったと思う。この世界に来てから初めて「神様」に感謝した気がする。まあ俺は気づいたらこの世界にいたから、本当に俺を転生させた神様的な存在がいるのかは知らないけども。

 

それでも、俺はこの幸運に感謝を捧げたかった。

 

できることなら、あの尊い光景をずっと観ていたかったが……そういう訳にもいかないな。このままじゃ本当に不審者になっちまうというのもあるが、なにより俺には俺のやりたいことがあるのだから。

 

「やー、おかえり大将。どうしたんだ? なんかやけに嬉しそうだな?」

 

「……そんなに分かりやすかったか?」

 

「そりゃアンタともそれなりに長い付き合いになりつつあるからな。宝箱からレアアイテム見つけた後はしばらくそんな感じだし……いや、もしかしたら今日はそれ以上か?」

 

ギルドで野暮用を済ませて店に帰ると、アーロンが声をかけてきた。ううむ、どうやら俺はまだ浮かれているらしい。でも今日くらいは見逃してくれると嬉しい。

 

「まあ、何て言ったらいいか分からねえけど……俺の恩人と同じ魂を持った子を見つけたっていうか……」

 

「……あー、なるほど?(これはいよいよ大将が『復讐者』だって噂の信憑性が増してきたか?)」

 

変な説明になってしまったが、他にいい表現が見つからなかったんだよな……さすがに「ゲームの推しキャラとリアルで会話できたんです!」なんて言う訳にもいかないし。

 

と、そんなことを話していた時だ。店の扉が開き、来客を知らせるために取り付けてあった鈴がカランカランと鳴った。どうやらお客様がやってきたようだ。どれ、たまには俺も接客をしようじゃないか。

 

「こんにちは~。お兄ちゃ~ん、カワイイ妹がやってきましたよ~って――」

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませぇぇぇぇぇ!!!」

 

「ピェッ!?!?!?」

 

俺は笑顔で元気よくお客様に挨拶した。今日は機嫌がいいということもあって、いつもの10割増しの笑顔でお出迎えだ。

 

「く、くくく……ダメだ、堪えきれねぇ! わははははは!!!」

 

……アーロンに爆笑されてしまった。なんだよ、笑うことはねえだろ! ちょっと勢い余って大きな声を出しすぎただけじゃねえか!

 

「おう、ただいまアーロン。買い出し終わったぜ――って、いらっしゃいませこんにちは!

 

「H&S商会へようこそ!」

 

「気になる商品がございましたらお気軽に店員にお尋ねください!」

 

「ピィィィ!? か、囲まれた!? たすけてお兄ちゃん!!!」

 

「お、お前、なんてタイミングでウチに来るんだよ! やっぱ『持ってる』ぜお前! わははははは!!!」

 

いかつい野郎どもに囲まれたからか、お客様はすっかり萎縮してしまっていた。うーん、失敗してしまったな……やはり慣れないことはすべきじゃないか。お客様には申し訳ないことをしてしまった。

 

「……ん? 『お兄ちゃん』?」

 

なんてことを思っていたのだが、やってきた少女はなにやらアーロンと親しい様子だった。

 

「あー、笑った笑った。ま、そういうこった。こいつが俺の妹のモニカだ。ほらモニカ、まずは挨拶だぜ?」

 

「ピェ……モニカですぅ……」

 

やっぱりそうか。思った通り、彼女がウチで働きたいっていう例の妹さんだったらしい。……うーん? なんか、彼女のことどっかで見たことあるような気がするな。でも、いつぞやの子とは体型が違うし、別人だろうか。

 

「おやおや、可愛らしい妹さんですね。改めてようこそモニカさん。私はハルベルト。お話はアーロンから聞いていますよ。長旅でお疲れでしょうから、ひとまずは部屋でお休みになってください」

 

「(イヤァァァァァ!? なんでか分かんないけど喋り方が怖いぃぃぃぃぃ! てか『話は聞いてる』ってなに!? 何を言ったのお兄ちゃんんんんん!?)」

 

「アーロン、部屋まで案内してあげてくれ。積もる話もあるだろ?」

 

「あいよー、そんじゃお言葉に甘えて。ほら、いくぞ」

 

長旅による疲れか顔色がよくないのを見て、俺はアーロンに彼女の世話を任せることにした。仕事の話は明日からでもいいだろう。

 

「それじゃ、今日は臨時休業だ! 歓迎会の準備をするぞ!」

 

「……あー、なるほど。だいたいの事情は分かったわ」

 

「強く生きろよ、アーロン妹……」

 

「歓迎会かぁ、とりあえずケーキでも焼こうか?」

 

俺は夕飯を豪華にすべく、さっそく3人組が買ってきたものも含めて冷蔵庫の備蓄を確認しに行くのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「…………」

 

「分かった、分かった。悪かったって」

 

無言でポカポカと殴ってくる少女――モニカに対し、アーロンは悪ガキのような笑顔で誠意のこもってない謝罪をした。それを見て無駄を悟ったのか、モニカは振り上げた手を下ろしてジト目で兄を見る。

 

「……お元気そうで何よりですね、お兄ちゃん」

 

半分は皮肉だが、もう半分は本心だった。妹は妹なりに、この人間不信で他人と深い関係を築くことができなかった兄を心配していたのだ。

 

子供の頃から家族の前でしか心からの笑顔を見せず、家から出た途端に貼り付けたような笑みを浮かべていた兄。そんな彼が、近況を知らせる手紙に「友人たちと店をやってる」と書いて寄越したのを見て、モニカは我がことのように喜んだ。

 

今まで「同じパーティの奴」とか「パーティリーダー」といった言い回しばかりで、頑なに「友達」や「仲間」といった表現を使おうとしなかった兄が、初めて「友人たち」と手紙に明記したのだ。

 

そして、先ほどの【狂人】たちとアーロンのやりとり。人前であんなにも爆笑している兄の姿を見たのは、生まれて初めてのことかもしれなかった。

 

それに気づいた時点で、モニカは【狂人】に対して抱いていた猜疑心をかなり薄れさせていた。

 

最初は【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】と元チンピラ3人衆に囲まれてビビり散らかしていたモニカだったが、こうして兄と2人で話している間に冷静さを取り戻したことで、【狂人】に対する評価が変わったのだ。

 

出会った時は何を考えているのか分からなくて逃げ出してしまったが、兄にこれほどよい影響をもたらしてくれた人なのだから、きっと悪い人ではないのだろう、と。

 

もとよりモニカは人を信じやすい(タチ)である。しかも怖がりではあるが、恐怖が長続きせず、しばらくすればコロッと忘れてしまうような図太い性格の持ち主だ。それが少女の長所でもあり、短所でもあった。

 

「お兄ちゃんも成長してるんですね」

 

「我が妹は想像以上に横に成長していたぜ」

 

「むっ、デリカシーがないのは相変わらずですか」

 

「俺は『デリカシーがない』んじゃなくて『遠慮がない』だけなんだ」

 

「【家族にこそ礼を尽くせ(親しき仲にも礼儀あり)】という(ことわざ)を知ってます???」

 

兄妹の気安いやりとりを経て、ようやくモニカの表情に笑顔が戻る。それを見て、彼女を呼んだのは間違いなかったのだろうとアーロンは確信した。

 

兄も兄で、妹の性格を見越して彼女を店に招いた。いや、自分が大変な目に遭っている間にニート生活を満喫していた妹に対して静かにキレていたから、というのもあるにはあるのだが。

 

恐らく、彼女が働くようになるのに必要なのは切っ掛けだ。妹はすっかり堕落してしまったものの、それでも、自分のためではなく誰かのためであれば立ち上がれる人間なのは変わっていないとアーロンは信じている。

 

そのため、【狂人】に対する恐怖心さえ何とかすれば、あとは得意の口先で丸め込んで恩返しのために働くことを了承させるだけだ、というのがアーロンの思惑であった。

 

【狂人】のもとで働いた経験は今後の人生で役に立つことだろう。この先、別の仕事に就くことになったとしても、「あの時の苦労に比べれば」と踏ん張れること請け合いである。

 

……この青年、他人が妹を騙すのは我慢ならないくせに、自分が妹を騙す分には一切の躊躇がないあたり、相変わらずイイ性格をしている。もっとも、本人は「嘘は言ってないぜ? ただ、言ってないことがあるだけだ」などと言い放つのだろうが。

 

ちなみに、【狂人】の一味になってからというもの、アーロンの舌先はさらに回るようになっていた。放っておくと明後日の方向にカッ飛んでいく【狂人】をなんとか軌道修正しようとしてきた、彼の涙ぐましい努力の結果である*1

 

そんなアーロンに舌先三寸で言いくるめられた結果――

 

「では、新たな仲間の加入を祝して!」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

“はいはい、乾杯乾杯。ボクは鉢植えの中でゆっくりしてるから、勝手にやっててよ”

 

あっさりと【狂人】たちに気を許し、ノリノリで乾杯に応じて幸せそうにご馳走を頬張るモニカの姿があった。

 

「ケーキおいしいです~! これ誰が作ったんですか~?」

 

「おっ、嬉しいねぇ。そいつはオレの自信作でな」

 

「すご~い! チャーリーさんってば、見掛けによらず家庭的なんですね!」

 

「へへ、そうかい? 照れるなぁ」

 

「うーん、この一言余計な感じ……アーロンの妹なだけあるというか」

 

順調に外堀が埋まって(逃げ道が塞がって)いくのを見てニヤニヤするアーロンに、それに気づいて「出荷のために肥えさせられている子豚」を見るような目をモニカに向けるカルロスとフランクリン。ルカは我関せずといった様子でくつろぎ、【狂人】とチャーリーだけが平常運転だった。

 

「分かりました! 任せてください! 大丈夫です、私だって元冒険者ですから! 実は、私ってば大将さんよりちょっぴり冒険者として先輩なんですよ? えっへん!」

 

「おお、そうだったんだな。それじゃあモニカ、明日から頼りにさせてもらうぜ!」

 

そうして宴もたけなわといった頃には、モニカはすっかり【狂人】一味に馴染んでしまい、調子に乗って店員になることと一緒に冒険に行くことを安請け合いしてしまった。

 

「や~、私にお任せあれ! ですよ! ……な~んて、今じゃ完全に大将さんにレベルとか追い越されちゃってますけどね」

 

「やー、それなら大丈夫だ。実は簡単にレベルを上げる方法があってな。俺たちは皆それで強くなったんだぜ?」

 

「えっ、そんな方法があるんですかお兄ちゃん!? やった~! ありがとうございます!」

 

なんかもう可哀想になってくるくらい、あっさりと「天国への特急券」と勘違いして「地獄への片道切符」を手にしてしまったモニカ。

 

彼女の絶叫がダンジョンに響き渡るまで、残された時間はあとわずかなのであった……。

*1
修正できたとは言ってない



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24.「【七星剣】で残りHP3割」は新人への洗礼

「まずは残りHPを3割まで減らします」

 

「ぴぃ!? 全然簡単じゃないじゃないですか、やだ~~~!!!」

 

俺が簡単にレベルを上げる方法を説明しようとすると、モニカは可愛らしい悲鳴を上げてカルロスたちの背中に隠れてしまった。

 

うーん、まあ確かに俺たちみたいな野郎にとっては「足の小指を角にぶつける」程度の痛みとはいえ、なんとなく「いいとこのお嬢さん」って感じがするモニカにとっては激痛だろうしなあ……。

 

「騙されました! お兄ちゃんに騙されました! しかも本人はお店でのんびり接客業してるとかヒドくないです!?」

 

「あのクソ野郎……なんかやけに朝飯を美味そうに食ってると思ったら、そういうことかよ……」

 

「カルロスさんたちも何で教えてくれなかったんですか~!?」

 

「いや、あのクソ野郎がすっげぇイイ笑顔で見送りしてきた時点で予想はできたことだろ……」

 

カルロスたちは「あー……ちょっと待っててくれ」と言うと、何やらモニカとコソコソ話し始めた。どんな会話をしているのかよく聞こえないが、説得でもしてくれているのだろうか?

 

「ムリムリムリ! ムリですよ~! 大将さんがモンスターの攻撃を全部引き受けてくれるって言ったって、そのために残りHPを3割に減らすとか本末転倒じゃないですか~! てか、そんな大ダメージ食らったらショック死しちゃいますよ~!」

 

「しょうがねぇな……嬢ちゃん、いいことを教えてやる。先達からのアドバイスだ」

 

「カ、カルロスさん……! 何か大将さんを止めるいい方法を知ってるんですね!? さすがです!」

 

「立ったまま10秒ほど【気絶】しろ。そうすれば痛みはない」

 

「カルロスさんんんんん!?」

 

何やら掛け合い漫才をしているかのような声が聞こえてくる。なるほど、兄であるアーロンだけでなく他の仲間とも上手くやれてるみたいで何よりだ。

 

「だからそんな器用な真似が出来るのは兄貴たちだけだって言ってるだろ……。でも大丈夫だよモニカちゃん。オレも毎回【七星剣】食らってるけど、そんなに痛くないからさ」

 

「ほ、ホントですかチャーリーさん……? ウソじゃないですよね……???」

 

「もちろん。でも、毎回気づいたらなぜか10秒ほど時間が飛んでるんだよね

 

「それは【気絶】してるだけなんじゃないですか!?」

 

“はぁ……まったく、さっさと覚悟を決めてくれないかなぁ”

 

耳がいいのか、モニカたちの会話が聞こえているらしいルカが、やれやれといった様子で首を振っている。まあまあ、別にそんな急かすことはないだろ?

 

「へっ、情けねぇなテメェら。嬢ちゃん見とけよ、あんなもん屁でもねぇぜ!」

 

「おい馬鹿やめろ! 冷や汗ダラダラじゃねぇか!」

 

女の子(モニカちゃん)の前だからってカッコつけてんじゃねぇよ!」

 

「おう大将! まずはオレから逝くぜ! 嬢ちゃんに手本を見せてやろうと思ってな!」

 

しばらく待っていると、フランクリンがこちらに走り寄ってきた。どうやら渋るモニカを納得させるため、身体を張って安全を証明してくれるようだ。まったく、こいつの面倒見のよさにはいつも助けられるぜ。

 

「OK!(ズドン)」

 

「ぐわあああああ!!」

 

「「「ふ、フランクリーーーン!!」」」

 

“そこまでして異性にアピールしようだなんて、やっぱり人間ってのは理解し難い生き物だよね”

 

フランクリンはいつもより大袈裟にフッ飛んでいくと、ズシャアと音を立てて地面を滑り、そして10秒くらいしてからムクリと起き上がって足をガクガクさせながらモニカのもとへ戻っていった。なんだ? わざとギャグっぽく振る舞って緊張を解す作戦だろうか?

 

「こ、このように……人間ってのは……キャパシティを大幅に超えるダメージを負うと……自動的に【気絶】するように上手くできてるんだぜ……」

 

「嘘つくんじゃねぇよ……身体が【七星剣】食らい慣れてて条件反射でそうなるようになっただけじゃねぇか……」

 

「やっぱりあんなの食らったら普通は死ぬと思うんですけど!?」

 

“じれったいなぁ。ボクが手伝ってあげる”

 

と、痺れを切らした様子のルカが俺の肩から飛び立ち、モニカの方へと飛んでいった。

 

「あ~! ルカきゅ~ん! 今日もカワイイです~! どうしたの~? おねえちゃんに何か用ですか~?」

 

“うぜぇ……なんだコイツ。ボクの方が長く生きてるんだけど? センパイとして敬えよ”

 

──────────────────────

名称:一夜の夢

種別:道具

使用効果:2ターンの間、【睡眠】状態にする

説明:睡眠薬。健康被害はないので安心。強◯魔の心強い味方。

──────────────────────

 

「なになに? お茶をくれるんですか? いただきま~す! ……スヤァ

 

「うわ、一服盛りやがった……」

 

「そこまでやるか普通……」

 

「ルカきゅん怖い……でも小さくて可愛い……」

 

“心外だなぁ。ボクは「飲め」とは一言も言ってないじゃないか。コイツが勝手に飲んだんだよ。卑しい子豚だよね”

 

ルカはモニカの服の襟を掴んでズルズルと引きずると、俺の前にべしゃりと放り投げた。いや、容赦ねえなあ……せめてもう少し手心とか……。

 

「ま、まあいいか……とりあえず【七星剣】」

 

フギャッ!? ――ハッ!? 寝てた!? なんで!? ううっ、豚さんと間違えられてシメられる夢を見ました……」

 

モニカは「ピェ……残りHPが3割になってる……」と涙目になっていたが、チャーリーが慰めてくれているので彼に対応を任せ、俺は目的地へと続く扉の前に立った。

 

「よし、30階層のボス部屋に到着だ」

 

目的はもちろんモニカのクラスレベル上げだが、今回は【背信の騎士】ではなく、中層の【門番】である【背約の狩人】でレベリングしようと思う。

 

こいつは今の俺でも【背信の騎士】のようにワンパンとまではいかないため、比較的時間効率は悪いんだが……最近【遺恨の槍】の値段がどんどん下がっていて、ウチの店だけじゃなくあちこちで二束三文で叩き売りされていてな……。

 

つまり、【背信の騎士】の副産物がおいしくなくなってしまったので、【背約の狩人】の方で副産物を狙いながらレベリングしようって訳だ。

 

「さあ、行くぜ皆!」

 

勢いよく扉を開け放って部屋の中に突入すると、下層のボス部屋と同じく中央の床に描かれていた魔法陣がスパークし、女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ3mほどのモンスターが姿を現した。

 

他のゲームだと「アラクネー」とか「アルケニー」とかって名前で登場することが多いモンスターだな。【アヘ声】においては、高AVDと拘束攻撃を兼ね備え、さらに蜘蛛の巣が張り巡らされた特殊なフィールドで戦うことを強いられるという、中層の集大成といった感じのモンスターだ。

 

パーティに【狩人】がいないと蜘蛛の巣に絡め取られてあっという間にパーティメンバー全員が【拘束】状態になってしまうため、火力でゴリ押しできた【背信の騎士】と違ってきちんと対策を取らないと敗北は必至の強敵だった。

 

 

 

 

 

“……オアッ……オ……(※白目)”

 

うん、まぁ、お前は強敵()()()よ。でも過去形なんだ。すまない。

 

なんというか、物欲センサーに引っ掛かってしまったみたいでな……いまだにこいつの固有ドロップが手に入らないんだ。

 

「ということで、3人は()()()()()頼むわ。モニカとゴーレム(量産型)は俺の後ろへ。何でか知らんがこいつも動かなくなってしまったんだが、万が一があると困るからな」

 

「ピィ……こいつ『も』? 今、こいつ『も』って言いました……???」

 

“どうせすぐ慣れるよ”

 

カルロスたちが慣れた様子で【背約の狩人】を迂回して*1、奴の背後に陣取る。そして武器を構えると――

 

「「「【フルスイング(当てにくい代わりに高火力のスキル)】」」」

 

ほぼ同時に武器を大きく振りかぶり、【戦士】のアクティブスキルである【フルスイング】を発動。3人の身体から赤いオーラが噴き上がり、【背約の狩人】の背中めがけて全力で武器を振り抜いた。

 

「説明しよう! ハンマーは装備するとHIT(命中率)が下がる代わりに非常に火力が高い武器種であり、それを【二刀流】することで火力は倍率ドン! 【死中活】を発動させることでさらに倍! HITは完全に死んでるが、背後からの不意討ちは確定クリティカル(必中効果あり)なので問題なしだ!」

 

一撃で倒せないと言ったな。あれは本当だ。だが、一撃で倒せないなら6発ブチ込めばいいのである!

 

まるで車が勢いよく壁に激突したかのような爆音がほぼ同時に6回鳴り響き、【背約の狩人】は壁にめり込んでそのまま染みに変わった。いやあ、訓練されたハンマー部隊は見ていて爽快だなあ!

 

「    」

 

“あ、子豚も白目剥いた。砂城の心(豆腐メンタル)だなぁ……”

 

「うーん、やっぱり固有ドロップ品が出ねえなあ……。ここはいったんボス部屋を出て入り直すか? そうすればきっとドロップ確率が上がるはず*2。やはり【再入場教】……【再入場教】こそ唯一無二の真理……ッ!」

 

“ドロップが渋いからって変な宗教を始めるのやめてくれない???”

 

俺はいつでも味方を庇えるように、また、いつでもドロップ品を回収できるよう身構えつつ、壁の染みを量産する作業を眺めたのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

「………………」

 

「痛い痛い。やー、無言の肩パンはやめろって……くくく……」

 

ハイライトのない瞳で帰還した妹を肩を震わせながら出迎えた兄に対して、モニカは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の兄をはっ倒さなければならぬと決意した。

 

モニカには頭のいい人の考えが分からぬ。モニカは商家のニートである。秘蔵本を読み耽り、美味しいものを食べて遊んで暮してきた。けれども邪悪に対しては人一倍に敏感であった。

 

「で? この数週間でどれくらいクラスを極めたんだ?」

 

「…………【修道僧】に【商人】、【魔術士】、あと【剣士】。杖を【二刀流】して【死中活】発動しながら威力を上げた魔術を唱え、魔術が使えない場所ではアイテムを駆使して戦う構築だそうです」

 

「な? 簡単にレベルが上がっただろ?」

 

「~~~ッ! 肉体的には楽でも! 精神に! 多大な負荷がかかるんですよ~~~ッ!!!」

 

「わははははは!!!」

 

ついに怒りを爆発させたモニカが、両腕をグルグル回しながらポカポカとアーロンの背中を叩き始める。ぶっちゃけ全然痛くないので、モニカの逆襲はアーロンを爆笑させただけであった。

 

「笑い事じゃないんですよ! 可愛い妹がヒドイ目に遭ってるのに~!」

 

確かにモニカは砂の城みたいなメンタルの持ち主である。ちょっと触っただけで簡単に潰れてしまうが、バケツに砂を詰めてひっくり返すだけで簡単に再建できてしまうが如きお手軽メンタルである。しかし、だからと言って好き好んでメンタルブレイクしたい訳ではないのだ。

 

「まーまー。でも、本当に【七星剣】以外の攻撃は一度も食らわなかっただろ?」

 

「それは……そうですけど……」

 

【狂人】はどれほど信じがたいようなことでも全て有言実行してみせた。ここ数週間で何度もボス部屋まで行ったが、道中で本当に【七星剣】以外のダメージを食らわなかったのだ。

 

しかも、冒険者が何年も掛けてようやくたどり着けるような、上位の冒険者並みの強さにあっさりと到達してしまったし、貸し出される装備品だって(見た目はともかく)性能自体は上位の冒険者のそれに引けを取らない。

 

また、減らしたHPもダンジョンを出た直後に回復魔術で全快してくれるし、給金だってちゃんと支払われるし、なんなら場合によっては手当てだってつく。何だかんだできちんと体調面も精神面も気遣ってもらえるのも悪い気はしない。

 

ダンジョンに入る度に【七星剣】をブチかまされるのと、戦闘風景が控えめに言って精神的ブラクラであること以外、不満らしい不満が思いつかないのだ。

 

「でも、その例外で全部帳消しなんですよ~~~!!!」

 

「わははははは!」

 

「だから笑い事じゃないんですよ~! 人の不幸を笑うなんてヒドいです! バカバカ! この(オーガ)! 悪魔(デビル)! えーっと、えーっと……このバカ!」

 

「くくく……罵倒のレパートリーそれだけかよ……」

 

それを聞いてぷくーっと頬を膨らませたモニカに「それ以上顔が丸くなったら本当に子豚になっちまうぜ?」などと言いそうになるのを堪え、アーロンは平謝りを始めた。

 

このへんでからかうのをやめておかないと、本気で拗ねてしまってしばらく口をきいてもらえなくなる。今までの経験上、アーロンはそのあたりの引き際を弁えているのだ。

 

「やー、分かった分かった。じゃ、お詫びとしていいものをやろう。俺も愛用してる装備品だぜ?」

 

「……いちおう聞いてあげます。なんですか?」

 

「【気絶耐性】を下げる効果がある装飾品だ」

 

「どうしてみんなして【気絶】を勧めてくるんです???」

 

アーロンが渡してきたのは、装備してもデメリットしかないハズレアイテムであった。モニカはまだからかうつもりなのかと思ったが、アーロンの目がマジなのを見て、スン……と真顔になってしまった。

 

「…………ありがたくもらっときます」

 

結局、モニカはそれを受け取ることにした。よく考えたら意外と有用なアイテムなのでは? と思い至ったらしい。こんなものがありがたがられるのが「【狂人】一味」という職場なのであった……。

*1
蜘蛛の巣は撤去済み

*2
気のせい



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25.【迷宮狂走曲】は狂人の集団

「さて、ここが下層か」

 

【背約の狩人】を狩り続けること数週間、固有ドロップ品をいくつか確保しつつ、下層の攻略に必要なスキルを準備し終えた俺たちは、ようやくボス部屋を突破して31階層へと降り立った。

 

いちおう31階層へと続く扉に触れてショートカット自体は作成してあったんだが、今まで使ったことはなかった。わざと毎日30階層まで徒歩で移動することで、道中の敵を倒してモニカたちのレベリングをしてたからだ。

 

【門番】を倒しても熟練度は手に入る(クラスレベルは上がる)経験値は貰えない(本人のレベルは上がらない)ので、上層攻略の推奨レベルで止まっていたモニカやカルロスたち、仲間になったばかりのレムスをすぐに下層攻略へ連れていくのは危険だと判断したのが主な理由だ。

 

で、そういう諸々の準備が全て終わったので、ようやく下層の攻略に乗り出した、という訳だな。

 

「や~、ここが下層ですか。まさか1度は冒険者を辞めた私が、こんな短期間でここまで到達できるとは思ってもみませんでした。人生何が起きるか分かりませんね……本当に……」

 

いつも通りHPを3割まで減らしたモニカがしみじみと呟いている*1のを聞きながら、俺は周囲の様子を窺った。

 

辺りの風景はまたしても一転し、目の前には大海原が広がっている。ただし空は分厚い雲のようなものに覆われ、今までの階層と同じく太陽が見えず薄暗い。

 

ダンジョン下層は3つのエリアに分かれており、31~40階層が「海岸エリア」、41~50階層が「海中エリア」、51~60階層が「海底洞窟エリア」となっている。

 

で、この海岸エリアはたくさんの小島や浮島からなり、基本的には浅瀬を渡ったり木を倒して橋の代わりにしながら進んでいくことになる。

 

現在、俺たちはこのエリアで最も小さな島に立っていて、背後には30階層へと繋がる扉だけがポツンと存在している。扉を開ければ中には樹海が広がっているため、まるで「どこ○もドア」みたいだ。ダンジョンの仕組みはいまいちよく分からん。魔術的な何かが働いているのだろうか?

 

まあそれはともかく。この階層からは「DEF(物理防御力)が高くて物理攻撃が効きにくい敵」とか、逆に「MDF(魔術防御力)が高くて魔術攻撃が効きにくい敵」など、様々なモンスターが入り乱れるようになる。

 

なので、パーティメンバーをこれまで以上に特定の分野に特化させ、それぞれが有利に戦える敵と戦うことで攻略を進めていくのが【アヘ声】での定石だった。

 

そのため、下層では魔術による攻撃に特化したモニカと、【即死】で数だけは多い雑魚を蹴散らせるレムスを固定のパーティメンバーとし、

 

罠解除担当&デバフ(敵への嫌がらせ)特化のアーロン

罠解除担当&HIT(命中率)特化アタッカーのルカ

一撃の火力に特化した物理アタッカーのカルロス

手数で勝負する物理アタッカーのフランクリン

バフ(味方への支援)特化かつMP自動回復持ちのチャーリー

 

を適宜入れ換えながら攻略していくことになるだろう。

 

また、俺も出現モンスターに応じて装備を付け替えることで被害を減らしながら戦う。物理攻撃が得意な敵が出てきたらDEF(物理防御力)が高い装備、魔術攻撃が得意な敵が出てきたらMDF(魔術防御力)が高い装備、といった具合だな。

 

本来なら下層は【湿布(瀕死の味方を庇うスキル構成)】にした壁役1人で進むのではなく、【バトライド(後衛を庇うスキル構成)】にした壁役2人で進むのが正しい。そうすれば、遭遇した敵に応じて片方を前衛に出し、もう片方を後衛に下げることにより、わざわざ装備を付け替えることなく簡単に被害を減らせるからな。

 

が、皆に「誰か1人、サブの壁役をやってくれないか」と頼んだところ、「大将と同じことやれって言われても無理」とか「大将の真似なんてできる気がしない」とか言われて断られてしまった。

 

うーん、ステップ踏みながら味方を庇うだけの簡単な仕事なんだけどなあ。まあ別に無理強いするつもりはないから構わないんだけどさ。

 

その代わりと言ってはなんだが、最近高性能な【拡張魔術鞄】を買った。こいつは念じるだけで装備の付け替えが一瞬でできるという優れものだ。これがまた特撮ヒーローみたいで楽しくてな。ポーズ決めながら鎧を身に纏うとすっげえテンション上がる。まあ人前でポーズ決めたりはしないけど、実は心の中では毎回「変身!」とか叫んでみたり……。

 

こういうのは【アヘ声】には存在してなかったんだが、【アヘ声】では戦闘中に装備品を付け替えることができるので、もしかすると原作主人公はこの【鞄】を標準装備してたのかもしれないな。

 

“ふーん、これが海かぁ。ノームにとっては処刑場扱いだったけど、こうして見るとただの大きな水溜まりだね”

 

「ひと昔前ならきっと『海だ~!』ってなってましたけど、今はいまいちテンション上がりませんね……自分の水着姿を想像すると、ちょっと……」

 

「オレは嬢ちゃんくらいの体型が健康的でいいと思うんだけどなぁ。そんなに気になるってんなら一緒に筋トレとかどうだい?」

 

「スプーンとフォークより重いものは持てないので遠慮しときますね」

 

“この前、ずっしり重たいワンホールケーキを買ってきて狐男(アーロン)に怒られてたクセに……”

 

今日のパーティメンバーは俺、モニカ、レムス、ルカ、フランクリンだ。会話が成立するメンバーが2人だけなんだが、それでも以前より賑やかになった気がする。フランクリンも口数が増えたし。やはりモニカみたいな明るい子がパーティにいるとメンバー全員の雰囲気が明るくなるな。

 

「……っと、さっそくモンスターどものお出ましか」

 

初回なのでまずは軽く周囲を探索しようということで、すぐ近くの島へ移動した俺たちだったが、その行く手を複数の影が遮った。

 

「皆、それぞれの役割は分かってるな? よし、それじゃあ手筈通り行くぜ!」

 

“はいはい、分かってるよ”

 

「オレの力を見せる時が来たようだな!」

 

「や~、私にお任せあれ! ですよ~!」

 

俺の号令と共に真っ先にレムスが飛び出して行き、【即死耐性】のない雑魚モンスターの首を問答無用ではね飛ばしてその数を減らした。まずはこれで敵の数に圧殺される危険性をなくす。

 

「おっと、やらせねえよ!」

 

レムスが戻ってきた直後に俺が前に出て、生き残った厄介なモンスターどもの攻撃を全て受け止め、時間を稼ぐ。

 

“…………”

 

「…………」

 

「…………」

 

その間に残りのメンバーは【超集中】を行う。

 

【集中】とは、強力なアクティブスキルを使うための準備みたいなものだ。他のゲームとかでも「次のターンの攻撃力を2倍にする」みたいなのがあるだろう? それと似たようなものだ。

 

そして【超集中】はその上位版みたいなもので、「ダメージを受けるまで【集中】状態を維持する」という効果がある。つまり、俺が全ての攻撃を引き受ける限り、1度でも【集中】を発動すれば以降はずっと強力なスキルを使い放題ということだ!

 

“…………!!!”

 

「――――ッ!」

 

「~~~!!!」

 

そして次の瞬間、カッ! っと目を見開いた3人が次々と大技を決めていく!

 

ルカは【スナイプ(命中率を爆上げして狙撃)】でAVD(回避率)が高いモンスターどもの脳天を次々と撃ち抜いていき、

 

フランクリンは【ラッシュ(通常攻撃を一瞬で3回叩き込む)】で魔術が効きにくいモンスターどもに拳の嵐を浴びせて粉々にしていき、

 

モニカは【ブーストスペル(魔術の効果を2倍に)】で物理が効きにくいモンスターどもに巨大な火の玉を投げつけて跡形もなく消し炭にしていった!

 

数分後には、もはやドロップ品と宝箱以外にモンスターどもがここにいたという痕跡は残っていなかった。

 

我々の完全勝利である。

 

「……え~……ナニコレ……。下層のモンスターたちが下級の魔術で蒸発したんですけど……。自分でやっといてなんですが、火力高すぎません???」

 

「オーバーキルすればドロップ品がよくなるんだぜ!」

 

「えっ!? そうだったんですか!?」

 

「そ、そう言われてみれば、いつもよりドロップ品がいいような……?」

 

“ただの「宗教(いつものやつ)」なんだよなぁ”

 

ルカが俺のことをジト目で見てきているような気がする。い、いや、これに関してはちゃんと他にも意味があるんだって。

 

【アヘ声】だと戦闘が終了すると【超集中】状態が解除されるので、戦闘ごとに毎回いちいち「【超集中】→次のターンでスキルを選択」といった手順を踏む必要があり、何度も戦闘を繰り返しているうちに操作が面倒くさくなってきてしまうので、雑魚戦ではいまいち使い勝手がよくなかった。

 

だが、この世界だと自分で解除するまでずっと【超集中】状態でいられるんだよ。その代わり長時間維持していると極度の疲労に陥ってしまうが、適度に休憩を挟むなどのケアを怠らない限りはずっと大技を使い放題なんだ。これを利用しない手はないだろ?

 

“……まぁ、ボクが何を言っても無駄なのは分かりきったことだけどさ”

 

なにやらやさぐれた会社員のような雰囲気を出している(ような気がする)ルカを元気づけようと異世界のゴーレム(ロボットアニメ)の話をしつつ、俺は周囲のマップを埋める作業に移ったのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

当たり前の話であるが、この世界には【狂人】たちの他にも冒険者が存在している。それはつまり、同じ階層に複数の冒険者パーティがいるというのも決して珍しい状況ではないということである。

 

彼らの中には、経験値が美味しいモンスターが無限湧きするような場所を「縄張り」と称して独占する悪人(【善行値】が低い)冒険者たちがいたり、それを注意する善人の冒険者たちと揉め事が起きたり、他の冒険者たちと「縄張り争い」が起きたりと、そういう冒険者間の問題がこの世界にはそれなりの頻度で発生していたりする。

 

するのだが……【狂人】たちがそういった場面に出くわしたことはほとんどない。なんなら他の冒険者の姿を見ることすら稀だ。【狂人】はダンジョン攻略に夢中なのでそういうことには無頓着だが、アーロン以外の人間はダンジョンに潜る度に不思議そうにしていたりする。

 

「ひ、ひぃぃぃ……!」

 

「バ、バカ野郎……! 声を出すんじゃねーよ……! 気づかれたらどうする……!」

 

理由は簡単。他の冒険者たちは【狂人】の高笑いが聞こえてきた瞬間に物陰に隠れてやり過ごすからである。*2

 

「ハハハハハ! その程度の攻撃で、この完璧な装備品の組み合わせを突破できると思うなよ!!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

“…………”

 

“…………”

 

「なんだあいつら……目がイッてやがる……!」

 

「やべぇよ……! ぶっちぎりでイカれてやがる……!」

 

そりゃあそうだろう。どれだけ攻撃を食らっても高笑いするばかりでビクともしない奴を先頭に、後ろから目にハイライトがない奴ら*3とモンスター2体が無言で付き従っているとかいう、そんな見るからにヤバい集団には誰だって関わりたくないのだ。

 

そんなのが近づいてきたら、誰だって「縄張り」なぞ放り出して逃げるに決まっている。彼らが通りすぎた(あと)はペンペン草1つ残らないと言われているので、できることなら「縄張り」を守りたいとは思うものの、いくら【善行値】が低い悪人といえど、ペンペン草と間違えられて狩られてしまいたくはないのである。自分たちのマナーの悪さを自覚しているだけに尚更だ。

 

「あ、あれが【迷宮狂走曲】だってのか……!」

 

「噂に違わぬイカレっぷりだぜ……!」

 

そういう訳なので、【狂人】どもが凶悪なモンスター扱いされるのも残当(残念ながら当然)なのである。

 

最近では、「【狂人】一味」全体を指して【迷宮狂走曲】なる謎の異名が広まりつつある始末。アーロン以外はそんな呼ばれ方をしているなどと露知らず日々を過ごしているが……そのことを知れば、特にカルロスあたりは胃に穴が空きかねないので、きっと知らない方が幸せなのだろう。

 

そんな感じで、「【狂人】一味」はトラブルとは無縁な冒険者生活を送っている。美味しそうに朝飯を食べるアーロン以外、彼らはいつも通りに笑顔の絶えない冒険を繰り広げていたのだった……。

*1
遠い目をしていた

*2
なお、これは稀にダンジョンを徘徊している凶悪なモンスターの対処法と同じである。

*3
【超集中】状態



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26.「モンスターに蘇生アイテム」は間違った使い方

「そういえば、俺たち装備品で浮遊してるよな」

 

「あん? それがどうかしたのかよ大将?」

 

「海の上を飛んで行けないんだろうか?」

 

「確かに……」

 

俺がふと疑問に思ったことを口にすると、フランクリンは【妖精の羽根】を羽ばたかせながら考え込んだ。

 

【アヘ声】では海が壁と同じ扱いをされていて、突進しても壁に激突した時と同じ効果音が鳴るだけであり、海の上には侵入できなかった。

 

「海の上には侵入不可」という先入観があったので今まで考えもしなかったが、この世界は現実なんだよな。当然ながら見えない壁なんてものは存在しないはずだ。

 

試しに海に向かって石を投げてみたが、透明な壁に当たって弾かれたりすることなく、そのまま海の中にポチャンと音を立てて沈んでいった。

 

「ん~、そういえばお兄ちゃんから聞いたことがありますね。海の上は【イレースゾーン】らしいので、【フロート(浮遊の魔術)】を唱えたまま飛び出すと海の中にドボン! らしいですよ」

 

主と一緒に冒険するようになって(ノームをやめて中層から飛び出して)から気づいたけど、ダンジョンを造った奴って性格悪いよね”

 

うげぇ、出たな即死トラップ。

 

【イレースゾーン】というのは、魔術を使うことができない場所のことだ。さらにこの場所に足を踏み入れた瞬間、すでに効果を発揮していた魔術も打ち消されてしまう。なので、【ライト】の魔術による照明や、【フロート】の魔術による浮遊効果も消えてしまうんだよな。

 

つまり、【フロート】で飛んでいた場合は海の上に出た瞬間に効果が消滅してしまい、そのまま落下して装備の重みで溺れ死ぬ、という訳だ。

 

「だが、アイテムや装備品は【イレースゾーン】でも効果を発揮するはずだよな。誰か他の冒険者が試したりしなかったのか?」

 

「あのなぁ……みんながみんな、大将みたいにレアアイテムを持ってると思うなよ?」

 

「少なくとも、メンバー全員に浮遊効果のある装備品が行き渡ってるパーティなんて聞いたことないですね……」

 

まあ、それもそうか。攻略サイトを見るだけでどこで何が手に入るのか簡単に分かるゲームと違って、そういった情報にすら価値があるのがこの世界だ。やっぱり原作知識というのはチートだな。

 

「……ははーん、なるほど。ということは、この海の上は前人未到の場所ということだな?」

 

「ちょっ、フランクリン!?」

 

そう言うや否や、フランクリンが止める間もなくダッシュして砂浜から飛び立ってしまった。

 

「わはははは! このオレが『世界初の男』だぜぇぇぇぇぇ!」

 

が、フランクリンの喜びは長く続かなかった。海の中から突然ニュルリと吸盤だらけの足*1が飛び出し、フランクリンは絡めとられて海面に叩きつけられてしまったのだ。

 

「ぐわあああああ!!!」

 

「「ふ、フランクリーーーン!!!」」

 

“まったく、何をやってるんだか……。人間ってのは度しがたいよね”

 

「ルカ! レムス!」

 

“はいはい、分かったよ。まったく、世話がやけるゴリラだなぁ”

 

すぐさまルカとレムスに合図を送ると、ルカが【スナイプ】で吸盤だらけの足を弓で撃ち抜いて切断し、レムスが持ち前の速度を活かしてフランクリンを回収した。

 

「大丈夫か?」

 

「ち、ちくしょう……男の触手プレイとか誰得だよ!!!」

 

「…………」

 

「なに残念そうな顔してんだよモニカ!?」

 

「ななななにを言ってるのかさっぱりなんですけど?????」

 

“ボク知ってるよ。子豚が『秘蔵本』って呼んでるものの正体。ホント、人間って度しがたいよね”

 

よかった、フランクリンのHPはそれほど減っていない*2ようだ。念のため火力を妥協してでもパーティ全員の装備品をそこそこ防御性能が高いもので揃えておいて正解だった。

 

「無事でなによりだ」

 

「ああ、お陰さまでこの通りピンピンして――いや、よく考えたら一気にHPが2割も削れるとかヤバくね??? 最初から残りHP3割だったせいで今ので1割切ったし全然無事じゃなくね???

 

「ちゃんと【蘇生薬】を常備してるから安心してくれ。たとえHPが0になってもすぐに回復できるから、重傷を負う心配はない」

 

「……そういう問題かよ……」

 

“主の傍から離れるからだよ。ここ以上に安全な場所なんてないのにね”*3

 

フランクリンには今後いきなり飛び出したりしないよう注意をしておくとして。

 

恐らくだが、今のイカっぽい足は【テイオウイカ】というモンスターのものだと思う。【アヘ声】には他にイカっぽいモンスターがいないからな。

 

こいつの見た目はそのまんまデカいイカで、本来ならもっと下の階層、海中エリアに出現するモンスターだ。なので当然ながらこの辺りに出現するモンスターよりも強い。

 

今の俺たちでも倒せるだろうが、海上で戦うのは少々骨が折れる。海の中からヒット&アウェイ戦法を取られたら一方的にやられてしまう可能性がある。しかもこいつが1匹だけしかいないとは限らず、いつ海中から飛び出してくるか分からないから、なおさら危険だ。

 

そんな厄介な敵が出現するとなると、海上に出るのはやめておいた方がいいだろう。今の俺たちはまだ海中で戦うための手段を持っていないからな。

 

なにより、マップを確認してみたところ、今しがたフランクリンが通った場所の情報が更新されてない。海上はマップの範囲対象外なのだろう。マップが埋まらないならそもそも海の上に行く必要がない。

 

海中で戦うための手段を得た後なら【アヘ声】との違いを探しに冒険してみるのも楽しそうではあるが、今日のところは諦めるしかないな。

 

……まあ、それはそれとして、だ。

 

「俺の前に現れたからには経験値になってもらおうか!」

 

「ピィ…顔が怖い……相変わらずモンスターには容赦ないですね……」

 

「何か言ったかモニカ? それより雷属性の範囲攻撃を頼む!」

 

「ぴぇっ!? な、なんでもないです~! 【サンダーストーム】!」

 

“子豚もさっさと慣れればいいのに。主の配下になってからだいぶ経つってのに、いつまでビクビクしてるんだか”

 

【テイオウイカ】の足が完全に見えなくなる前に、モニカが奴の足を中心とした広範囲に魔術で雷を次々と落とせば、弱点属性を食らった【テイオウイカ】が堪らずといった様子で海上に飛び出してきた。

 

“隙だらけだね。外す方が難しいくらいだ”

 

「おらよっ! さっきのお返しだ!」

 

「ダメ押しにもう1発!」

 

その好機を逃さずルカが【スナイプ】で眼と眼の間を射抜き、俺とフランクリンが【爆風の杖】で爆破すると、【テイオウイカ】はピタリと動きを止めてゆっくりと水底に沈んでいった。

 

どこにいるかすでに分かっていて、かつ奴の足が届かない地上から一方的に狙い撃ちすることができれば、ざっとこんなもんである。

 

「宝箱は落とさなかったみたいだな。……まあ落としても回収は難しいからある意味で助かったが」

 

俺がそう言うと、2人とルカが「落としてたら回収しに行くつもりだったな?」とでも言いたげな目で俺を見てくる。いや、だってそういう時に限ってレアアイテムが入ってたりするじゃん……。

 

「気を取り直して、探索を再開しよう」

 

下手に弁明すると墓穴を掘りそうだったので、さっさとマップ埋め作業に戻ることにする。

 

このあたりはすでに他の冒険者たちによって粗方マップが埋められているが、例によって歯抜けになっているので補完が必要なんだよな。

 

“主、左から3体。この気配は……たぶん初めて遭遇するモンスターだよ”

 

「総員、戦闘態勢!」

 

「「っ!」」

 

と、周囲の警戒にあたっていたルカから合図があったため、いつでも迎撃できるよう味方に号令をかけて陣形を整えておく。

 

ふむ、この合図は……俺が事前に教えたモンスターのどれにも該当しないのか。ということはレアモンスターだな。つまりレアアイテム獲得のチャンス! さあ! いつでもかかってこい!

 

「……襲ってこないな」

 

「まだ私たちに気づいてないんです?」

 

が、一向にモンスターがやってこない。モンスターがいるという気配はすれど、そいつらに動きがないようだ。

 

モニカの言った通り、まだこちらには気づいてないのかもしれん。ならば先手必勝だということで、警戒は緩めずにゆっくりとルカが指差す方向へと進んでいく。

 

「ん? あれは……戦う前からダメージ受けてんのか?」

 

そうして俺たちの目に入ったのは、HPが半壊したレアモンスターたちが、崖際でビクビクと震えながらこちらの様子を窺っている姿だった。どうやら図らずも追い詰めていたようで、動きがなかったのは退路がなかったからみたいだな。

 

“ク、クソ……! まさか逃げた先にも人間どもがいたとは……!”

 

“おい、逃げ場がねぇぞ! テメェのせいだ! テメェがこっちに逃げようなんて言い出すから!”

 

“な、なんで俺がこんな目に……! ただ『人間(エサ)』を食おうとしただけじゃねぇか! こんな酷い目に遭う謂れはねぇ!”

 

「あー……なるほど」

 

これはあれだな。ランダムイベントだな。

 

ダンジョンRPGでは、キャラの性格によって就ける職業が決まっているケースがある。例えば侍になるためには性格が善か中立でなければならないとか、忍者になるためには悪じゃないとダメだとか、そんな感じだな。

 

で、ほとんどのダンジョンRPGでは、あとから職業を変えたくなった時のため、後天的に性格を変更するシステムが用意されている。ちゃんと取り返しがつくよう救済措置が取られてる訳だ。

 

そして、そのシステムの代表例が「一定確率で中立的な敵とエンカウントする」というものだ。

 

ダンジョンでレベリングしているとたまに襲ってこない敵と遭遇し、そいつらにどういう対応を取るかによって性格が変わる……みたいな感じだな。

 

【アヘ声】にもそれと似たようなシステムが存在しており、それこそがこのランダムイベントだ。【アヘ声】では【善行値】によって就けるクラスに制限が掛かったりはしないが、エンディングには影響するのでその救済措置だな。

 

要するに、俺が問答無用でこのモンスターどもを殺せば【善行値】が減り、見逃せば増える、という訳だ。

 

まあ俺は主人公じゃないので、別にエンディングがどうとか気にする必要はないんだが……それはそれとして、この世界では【善行値】が低いと当然の如く他人から信頼されなくなるんだよな。

 

というのも、【ミニアスケイジ】で真っ当に暮らしている人間には身分証明書として普通に役所から住民票が発行されてるんだよ。

 

んで、各種手続きの時とか、稀に買い物の時とかにもこの住民票を提示する必要があるんだが……実を言うと、この住民票に持ち主の【善行値】を表示する機能が付けられていたりする。

 

まあ「勇者の封印を守るための都市」という建前上、この都市に変な奴を住まわせる訳にはいかないんだろう。*4

 

つっても、そのせいで「住民票を担保に闇金から金を借り、そのまま返済できずに非合法な奴隷として闇市に売り飛ばされる」なんてことが横行してたりするらしい。

 

そして「住民*5が住民票の付属品扱いで闇市に売られており、悪人が堂々と【ミニアスケイジ】に拠点を構えるのに使用されている」みたいな問題が起こってたりするようなんだが……。

 

まあそれはともかく。俺は店を経営しているため、不用意に【善行値】を減らす訳にはいかない。【善行値】が高いほど真っ当な経営者である証にもなるからな。

 

そう、【善行値】を減らす訳にはいかない。いかないのだが……。こいつらがドロップするアイテムは是非とも欲しいので、逃がすつもりも毛頭ない。

 

ではどうするか。

 

「みんな、【様子を見る】ぞ」

 

【善行値】が増減しない選択肢を選び、モンスターどもがあちらから襲ってくるのを期待するしかない。

 

「どうしたんだ大将!?」

 

「まさか熱でもあるんですか!?」

 

“どうせ新しい儀式でしょ。そんなことしてもドロップ率は上がらないっていつも言ってるじゃないか”

 

君たち酷くない??? 俺の行動には全て意味があるんだが???

 

【アヘ声】だと、【様子を見る】を選択した際にモンスターが「襲いかかってきた!」となる確率と「逃げ出した!」となる確率は、いついかなるときでも半々だったが……この世界は現実だ。

 

こうして崖際に追い詰めて物理的に逃げられなくしてしまえば、奴らはいずれ俺に襲いかかってくるしかなくなるって寸法だ。

 

「………………」

 

“ひっ……!? な、なんだアイツ!? こっちのことガン見してきやがる!”

 

“こ、こうなりゃ殺られる前に殺るしか……!”

 

“バカ! さっき【テイオウイカ】が瞬殺されるとこを見ただろ! 敵うわけがねぇ!”

 

……襲ってこないな。思わず眉間にシワが寄ってしまう。羽虫(フェアリー)どものような分かりやすいクソモンスターなら【善行値】が減らないので、問答無用で抹殺してやるものを……。

 

この後は新しい狩り場に行ってトレハンタイム(お楽しみ)の時間なんだ。さっさとかかって来いってんだよ。

 

「………………」*6

 

“ひぃぃぃぃぃ!? な、なんだ、あのゴミでも見るかのような冷たい目は!?”

 

“人間がモンスターを見た時にするような目じゃねぇぞ……!?”

 

“ば、化物だ……! もうダメだぁ! 俺たちはここで死ぬんだぁ!”

 

「なんだこいつら……」

 

思わず呟きが漏れた。何でか知らんが、モンスターどもが頭を垂れるかのようにくずおれたからだ。あまりにも隙だらけなので反射的に首をはねそうになったぞ。

 

「や~、大将さんが威圧するからじゃないですかね……」

 

「【威圧】? そんなスキルは使ってないが」

 

「そういうことじゃないんですけど……」

 

【威圧】は戦士が習得するアクティブスキルで、パーティの平均レベルよりも弱いモンスターが一定時間出現しなくなる効果を持つ。言うまでもないが、この世界に来てから1度も使ったことはない。モンスターは見つけ次第殲滅して経験値になってもらわないといけないからな!

 

「えぇ……どうすんだよ大将。あいつら、どう見ても戦意喪失してやがるぜ」

 

「……仕方ない。奥の手を使おう」

 

「(見逃してあげるって選択肢はないんですね……)」

 

これは【アヘ声】では使えなかった手段なので、【善行値】がどのように変動するか未知数なんだよな。まあいずれ検証するつもりではあったから、いい機会だと思っておくことにしよう。

 

「おおっと! うっかり【匂い袋】を落として地面にブチ撒けてしまったー!」

 

「これが【善行値】がどうとか言ってた人のやることですか???」

 

ルカが【匂い袋】の中身を誤って吸ってしまわないようにしつつ、モンスターどもの方に視線を向ければ、奴らは先程までの様子が嘘のように戦意を取り戻したらしかった。

 

“うへへへへへ!!! なんだこのニオイ!!! たまんねぇぜ!!!”

 

“ヒィハァー!!! ()らせろぉぉぉぉぉ!!!”

 

“俺の子を孕めぇぇぇぇぇ!!!”

 

「よし! 敵は()る気のようだ! 総員戦闘態勢!」

 

“いつも思うけど、【匂い袋】の中身の白い粉って何なんだろうね。ダンジョン産のアイテムは謎だらけだ”

 

なぜか俺を素通りして*7後衛に襲いかかろうとしたモンスターどもを押し留め、カウンターで盾を顔面に叩き込んで怯ませておく。

 

“ぎょえーーーっ!?”

 

“ぬわーーーっ!?”

 

“ぐふっ……!?”

 

そしてその間に皆で袋叩きにすれば戦闘終了である。まあ珍しいモンスターであることと、強いモンスターであることはイコールじゃないからな。

 

「【善行値】は……なんだ、減らないのか」

 

“うーん……主と一緒にいると、たまにモンスターのボクですら『善悪とは何なのか』を考えさせられる時があるね”

 

襲ってきたモンスターを返り討ちにした扱いになったのか、それともこいつらが羽虫どものようなクソモンスターだったのか。そのへんは後日また検証するとして。

 

「それよりもレアアイテムだよ、レアアイテム!」

 

「なあ、モニカ。生まれた時から当たり前のように【善行値】が存在してたから考えもしなかったけどよ、これって誰が増減させてるんだ……? 判定ガバガバじゃねぇか」

 

「私も考えたことないですね……。ただ、いつだったか大将さんがぼやいてましたよ。『なぜか【善行値】が40から上がらない』って」

 

「……ああ、うん、まぁアレ見て善人判定は躊躇うわな……。てか、実は【善行値】を管理してる奴も困ってるんじゃないのかこれ???」

 

後ろでモニカたちが何やら話してるのが聞こえてくるが、まあたぶんただの雑談だろう。それよりも今はレアアイテムだ! 落とすのか!? 落とさないのか!?

 

「…………うーん、落とさなかったかあ」

 

“あれ、意外。もっと落ち込む(発狂する)かと思ったのに”

 

「まあいいや。今の俺には【蘇生薬(コレ)】があるからな!!!」

 

“ああ、うん。いつもの主だったかぁ”

 

そのために最大火力でブチのめすのではなく、ジワジワ袋叩きにした訳だしな。いつもみたいにオーバーキルしてしまうと死体も残らないし。

 

「さあて、モンスターども。一緒に来てもらおうか」

 

“ひっ……!? やめろ! 俺たちに乱暴する気か!? オークみたいに! オークみたいに!!!”

 

「安心しろ、ちょっとHP0と1の間を何度か反復横跳びするだけの簡単なお仕事だ」

 

“い、イヤだ……こっちに来ないでくれ……!”

 

「なに、なるべく痛みがないように配慮はするし、用が済んだら解放するさ。なぜって、殺しちまったらレアアイテムの入手先が減るからな!」

 

“やだぁぁぁぁぁ! 尊厳破壊されちゃうううううう!”

 

「ひっでぇ絵面だな……」

 

「完全にモンスターと人間の立場が逆転してますね……」

 

“恨むならレアドロップとかいう仕組みを作った奴を恨むんだね”

 

俺は3匹をまとめて米俵みたいに担ぐと、他のモンスターが【匂い袋】につられて押し寄せてくる前に別の場所へと移動するのだった。

*1
間違いなくイカ

*2
当社比

*3
なお残りHPは3割になる模様

*4
鏡がないのが悔やまれる

*5
書類上はそうなってる

*6
(◞≼◉ื≽◟ ;益;◞≼◉ื≽◟)

*7
人間扱いされてないから



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27.「【狂人】一味」とのエンカウントは生命の危機

「クソが、手間取らせやがって!」

 

【狂人】がモンスターどもを袋叩きにし始めた頃、そこから少し離れた場所では、とある青年が激しく舌打ちしながら走っていた。パーティメンバーを整った容姿の女性冒険者だけで固めたその青年は、アーロンがかつて「リーダー」と呼んでいた人物である。

 

青年が地面を踏みしめる度に、派手な装飾品がジャラジャラと品のない音を立てるが、それがモンスターどもを呼び寄せる様子はない。そのあたりの対策がしっかり取れているのは、腐っても上位冒険者といったところか。

 

「あ゛ぁ゛!? ンだよ、あのクソ野郎どもは!?」

 

やがて、青年は目的のものを発見した。苦労して半殺しにしたにもかかわらず、隙を突かれて逃げられてしまったレアモンスターどもである。

 

そして、その周囲には他の冒険者パーティらしき複数の人影が見える。そいつらに自身の獲物を横取りされたのだと悟った青年は、瞬時に頭を沸騰させ、()()に気づいた様子で慌てて制止してくるパーティメンバーを無視し、人影のもとへと駆け寄った。

 

「おいテメェら! この俺の獲物を横取りするとはいい度胸だ……な……?」

 

だが、威勢のいい青年の声は尻すぼみになる。レアモンスターばかりに注意を向けていたため、声を掛けてからようやく相手のパーティに黒髪の男がいることに気づいたのだ。

 

「ああ、すみません。このモンスターどもと最初に戦ってらしたのは貴方がたでしたか。横取りするつもりはなかったのですが……」

 

“あひいいいいい! (あの世へ)逝くううううう! 逝っちゃううううう!”

 

「うっ……!?(ゲェーーーッ!? 【黒き狂人】ンンンンンン!?)」

 

青年が見たのは、まるで()()()()()だとでも言わんばかりの淡々とした様子でモンスターどもを拷問にかける、ブッチぎりでイカれた男の姿であった。青年の真っ赤だった顔が、一気に真っ青に変わる。

 

男が手に持っているのは一見すると【蘇生薬】のビンだが、その中身がブチ撒けられる度にモンスターどもが狂った獣のように叫んでのたうち回っていることから、「ぜってぇ中身は別物にすり替わってんだろ」と青年はますます顔を青くした。*1

 

「い、いやぁ、ハハッ……わざとじゃないなら仕方ねぇさ……次からは気をつけろよ……?」

 

「もしかして、貴方がたもこのモンスターどもが落とすアイテムを狙っておられたんですか?」

 

「ま、まあ、それはそうだけど……トドメ刺したのはお前なんだから気にすんなって……うん……」

 

しかも青年の怒鳴り声に対する男の返答はどこまでも理知的であり、それがかえって男の狂気を際立たせていた。この男が「モンスターを甚振って楽しんでいるところを青年に邪魔されて逆ギレしてくる」的な分かりやすいゲス野郎ムーヴをかましてくれたのならどんなによかったか。異常な状況の中で普通の振る舞いをする人間など、青年の理解の範疇を余裕で超えている。

 

なお、男にとっては「作業のように」ではなく「文字通り作業」である。

 

ルカという身近な例があるため、一部のモンスターには意思があるのだろうということは理解しているものの、だからといってこの【狂人】はモンスターの虐殺を止めはしない。動物にも感情や意思があるらしいということは知っていても、平気で牛や豚を食うし、店の棚に食肉が陳列されてるのを見ても特に感慨が湧かないのと同じである。

 

他人から見れば拷問にしか見えなくても、男にとっては乳牛から乳を搾るような感覚だ。アレも「母親から子供を引き離して母乳を横取りする」という、文字に起こすと鬼畜の所業ではあるのだが、そこに罪悪感を感じる人間はほとんどいないだろう。なんなら「乳搾り体験」と称し娯楽として提供している牧場すらあるくらいなのだから。

 

「少々お待ちを。そろそろレアアイテムの1本目をドロップする頃合いだと思いますので、お詫びも兼ねて差し上げますよ」

 

“こんなの頭がおかしくなりゅううううう! もう逝かせてえええええ!”

 

「うぇっ!? いや、いい! 気にしないでくれ! マジで!」

 

が、そんな異世界人(ゲーム廃人)にとっての「価値観(ふつう)」など、現地人である青年が知る由もない。そも、「普通」というものは場所によって変わるものである。この場において、この男は紛れもなくブッチぎりでイカれた奴であった。

 

そんな奴と出会ってしまった青年は、当然の如くこの場から一刻も早く逃げ出そうとした。今ならまだ「大勢いる冒険者の内の1人(モブキャラ)」として【狂人】の記憶に残らないまま逃げられる。こんな奴から知り合い認定された挙げ句、会う度に絡まれるのなんて命がいくつあっても足りないと思ったからだ。

 

「……あん? どっかで見たと思ったら、お前アーロンが元いたパーティ(トコ)のリーダーじゃねーか」

 

「(空気読めやグラサン野郎ぉぉぉぉぉぉ!!!)」

 

が、それもフランクリンの一言で頓挫する。もっとも、これに関しては青年の自業自得だった。青年が「迷惑料」と称してアーロンからアイテムを強請ってやろうなどと考えなければ、青年が【H&S商会】に行くことはなく、結果フランクリンとの面識も生まれなかったからである。

 

「ん? フランクリン、この人のこと知ってるのか?」

 

「おう。なんかこいつ、以前オレたちの店にアイテムをタカりに――」

 

「あー!? アンタ、アーロンの新しいお仲間じゃないかぁー!」

 

余計なことを言われそうになり、慌ててフランクリンの言葉を遮る青年。そのせいで青年は完全に【狂人】から個人として認識されてしまったうえ、【狂人】と会話せざるを得ない流れとなってしまった。

 

逃げるタイミングを潰された上に余計なことを言われそうになり、心の中で盛大に逆ギレしてフランクリンにあらん限りの罵倒をしつつ、青年はこの場を穏便に切り抜ける方法を考える。

 

遠くの方でこちらの様子をうかがっているパーティメンバーはアテに出来ない。彼女らは青年が苦労して口説き落とした仲間(ハーレムメンバー)である。彼女らの前で無様を晒して愛想をつかされてしまう訳にはいかないため、青年はなんとか自力でこの場を切り抜けなければならない。

 

「おや、もしかして貴方が以前アーロンとパーティを組んでおられたという……?」

 

「そーそー! まっ、なんつーの? アイツも俺も素直じゃなくてなぁ。『不幸なすれ違い』ってヤツ? それが重なっちまって、結局最後はケンカ別れしちまったんだ。アイツ元気にしてるか? ってか(アンタと一緒に冒険してて)なんともないのか?」

 

唯一、この【狂人】と共通の話題にできるであろうというのが3割。この【狂人】の狂気に付き合わされているであろうアーロンの安否が純粋に気になったというのが1割。そして「ぜってぇアーロン(あのクソ野郎)は俺のことについてあることないこと吹き込んでやがるだろ!」というのが理由の6割で、青年はアーロンのことを話題にすることにした。

 

アーロンのせいで【狂人】からヘイトを集めるなど冗談ではない。相手はフェアリーを絶滅させるために花園が沼地になるレベルの破壊工作を行う*2ようなブッチぎりでイカれた奴である。「アーロンには誤解されてるけど、俺は本当は良い人ですよ」アピールをしておかないと、何をされるか分かったものではない。*3

 

「(ん? 『なんともないのか』ってどういう意味だ? ……あ、そうか。俺がノーム畑から助け出した後、アーロンは入院してたもんな。その時のことが聞きたいのか)ええ、元気ですよ。まあ少しだけ後遺症が残ったみたいですが」

 

こ、後遺症!?(え、なに、どゆこと!? アーロンの野郎、こいつに後遺症が残るようなことさせられてんの!? ま、まさか、ダンジョンで手に入ったアイテムの効果を確かめるための人体実験とか!?)」

 

が、軽くジャブを放って様子見をしてみようと思えば、返ってきたのは重すぎるボディブローであった。あまりにも予想の斜め上すぎる返答を聞き、青年は盛大に顔を引きつらせる。

 

「いえ、本人は何ともないと言ってますし、事実として日常生活に支障はないみたいですね」

 

「そ、そうか……(それは『何ともない』って言っとかないと『壊れた玩具は廃棄処分だ』ってなるからだろ!? てか『日常生活に支障はない』なんてのは怪しげな研究者とかの常套句じゃねーの!?)」

 

……言うまでもなく盛大に勘違いしているが、青年を責めてはいけない。というのも、【狂人】がギルドショップで【火炎ビン】をはじめとして【蠍の針*4】や【電撃茸の胞子*5】などの危険物を買い漁る姿が何度も目撃されているのだ。

 

なぜ【狂人】が使い捨ての状態異常付与アイテムを買い漁るのかというと、「スキルスロットを節約するため」だ。冒険者が習得したスキルは無制限に使える訳ではなく、「スキルスロット」と呼ばれるものにセットして活性化しないと使えない。端的に言うと同時に使えるスキルの数には限りがある。 

 

そしてスキルスロット節約のために【狂人】が真っ先にリストラしたのが、魔術関連のスキルであった。使い捨てのアイテムの中には魔術と同じ効果を発揮するものが多いため、アイテムで代用できるものは代用してしまおう、という理屈だ。

 

だが、そもそも状態異常を駆使して戦うというのは現地人の冒険者からしてみれば異端である。この世界の冒険者にとっては安全がなによりも優先されるべきことであり、「習得済スキルのうち最も火力が高いスキル」をいくつかセットしたあとは「生存力を高めるスキル」でスキルスロットを埋め尽くすのが常識だからだ。

 

なにより、【狂人】の戦い方はモンスターに対して有効な状態異常が何なのかを把握していないと成立しない。原作知識ありきのチート戦法である。

 

さすがに【門番】をはじめとする有名なモンスターであれば弱点の研究が進んでおり、それらに対抗するためこの世界の冒険者も状態異常付与アイテムを使うことはある。が、いくらなんでもその辺のモンスターにまで使いまくるのは異端である。

 

というか状態異常付与が必要なモンスターというのは、基本的に厄介なモンスターばかりだ。強いモンスターからは逃げて狩りやすいモンスターを探せばいいだけなのに、わざわざ手間暇かけて厄介なモンスターを狩る意味が分からない。

 

ようするに、この世界の人間にとって状態異常付与アイテムというのはカビ除去剤のような「滅多に使わないし、使う際は細心の注意を払う必要がある危険物」である。そんなものを定期的に大量購入*6していたら「テロの準備でもしてるのか?」と疑われること間違いなしである。

 

そんな疑いが持たれている中でフェアリーの花園が沼地化なんてしたものだから、完全に「マッドでヤベー奴」というイメージが【狂人】に定着してしまったのだった。

 

なお、【狂人】に「なぜ危険物を買い漁るのか」と聞いた場合、「清掃業者(モンスター討伐が役目)なんだからカビ除去剤(状態異常付与アイテム)を定期的に補充するのはおかしいことではないだろ」と答えるだろう。そして「清掃業者なのにカビ(厄介なモンスター)を放置したまま掃き掃除(雑魚討伐)だけして帰るのはどうかと思う。よく言うだろ、『汚物は消毒だ』って」などと言い放ち、そのせいで勘違いが加速する模様。

 

「…………(なんだこいつ。人のことジロジロ見やがって。オレの顔に何か付いてんのか?)」

 

「…………(あの人が例の『リーダー』さんですか。女癖が悪いってお兄ちゃんから聞いてますし、念のため目を付けられないようにしときましょう)」

 

“…………”*7

 

“そろそろ面倒になってきた。さっさとアイテム落としてくれないかなぁ”

 

そして、ヤバいのは【狂人】だけではない。

 

青年が【狂人】のパーティメンバーに視線を走らせると、フランクリンは奇抜過ぎるファッション*8により悪趣味な改造人間にしか見えず、モニカはローブのフードを目深く被っているので見た目が怪しげな呪術士であり、レムスとルカはそもそも人ですらなく、ルカに至ってはさきほどからモンスターへの拷問を手伝っている。

 

誰がどう見ても「悪の秘密結社」とかそういう類いの集団であった。

 

「すまん今日中にやらなきゃいけないことがあって急いでるからここで失礼するぜ アーロンには『辛かったらいつでも帰ってきていいぞ』と伝えといてくれ」

 

身の危険を感じた青年はそう捲し立てると、なりふり構わず全力で逃げ出した。遠くから様子をうかがっていたパーティメンバーが慌ててそれに追従する。

 

そして、その場にはイマイチ事情が飲み込めていない【狂人】一味が残された。

 

「うーん……アーロンのこと気にかけてるみたいだし、意外と良い人なのか?」

 

「いや、そうはならんだろ……」

 

「女の子を侍らすチャラいイケメンなんて信用に値しませんよ。普段は聞こえのいい言葉ばっかり吐いていても、どうせいざとなったら女の子を捨て駒にして自分だけは助かろうとしたりするんですから」

 

「お、おぉ……そうなのか……やけに具体的だな……」

 

“あっ、なんかドロップした。ねぇ主、お目当てのアイテムってこれのこと?”

 

「ん? どうしたルカ――いや待てまさかそれは!? うっひょおぉぉぉぉぉ! でかした! これが欲しかったんだ!!!

 

この場にアーロンかカルロスがいれば、状況を理解して腹を抱えて爆笑するなり、頭を抱えて溜息をつくなりした後、誤解を解くために動いたのだろうが……残念ながら今回はマイペースなメンバーしかいない。

 

こうして、めでたく【狂人】一味に新たな風評被害が追加されたのであった……。

*1
実際は「もう許して」的なことを言っているのだが、モンスターの言葉を理解していない青年にそんなことは分からない。

*2
勘違い

*3
勘違いではない

*4
敵単体にダメージ+【毒】付与

*5
敵単体にダメージ+【麻痺】付与

*6
アイテムは99個まで所持できる

*7
臨戦状態で待機中

*8
世紀末な悪漢の背中から妖精の羽が生えてる



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28.「トンデモない国ニッポン」はRPGのお約束(削除版)

ギャグを成立させるうえで不要な箇所を削除しました。皆様にはご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。


途中でパーティメンバーを入れ替え、俺、ルカ、カルロス、チャーリー、モニカでダンジョン下層を奥へと進んでいくと、それまで探索していた島の端に出た。ここが36階層に該当する場所の入口となる。

 

海を挟んだ向こう側には、今まで見てきたものの中で最も巨大な島が見えるが、しかし島の輪郭に沿ってぐるりと囲むように建造された石垣によって中の様子はわからない。

 

「……なんだありゃ?」

 

そして、目の前には島へ入るための門へと続く巨大な橋があった。その橋は木造で、丹塗りによる朱色が青い海との見事なコントラストとなって映えている。

 

というか、ぶっちゃけ「和風の赤い橋」だった。……うん、まあ、やはり初見だと意味が分からないな。

 

「止まれぃ!!!」

 

「ピィ!?」

 

突然、ビリビリと空気を震わせるような声が響き渡り、モニカが可愛らしい悲鳴をあげる。声の出処は、いつの間にか橋の前に立っていた人影だった。

 

そいつは金剛力士像に似た偉丈夫であり、しかし金剛力士像とは決定的に違うところが1つある。

 

 

 

 

 

頭がカブトムシだ。

 

「ここをどこだと心得るッ! これより先は、武士(ムシ)の治める【雄々津国(オオツノクニ)】ッ! 面妖な者どもよッ! 即刻立ち去れぃッ!!!」

 

「いやテメェの方が面妖だろ!?」

 

カブトムシ頭がそう吠え立てる。いちいち阿形像のポーズと吽形像のポーズを交互に取りながら話すのが実にシュールだ。あまりにもあんまりな奴が出てきたことで、思わずカルロスがツッコミを入れる。

 

「面妖……『頭』が『モンスター』なだけに?」

 

「うるせぇ! うまいこと言ったつもりかチャーリー!」

 

「筋肉モリモリな見た目に、虫の要素……もしかして、カルロスさんたちのご親族ですか!?」

 

「俺らの【(コレ)】は装備品だろうが! こんなワケの分からん奴と一緒にすんな!」

 

“どちらかというと、主の親族でしょ。意味が分からない生き物って意味で”

 

「ええい、貴様らなにをゴチャゴチャとッ! さっさと去ねぃッ!」

 

カルロスたちが漫才をしていたらカブトムシ頭に追い返されてしまった。全員が「意味分からん」と宇宙を背負った猫のような表情をしている。まあ気持ちは分かる。俺も通った道だからな。

 

ダンジョン36〜40階層は【雄々津国】なる謎の小国となっていて、それぞれの階層が東西南北中央に割り当てられている。

 

石垣の中には江戸時代のような街並みが広がっており、中には着物やら甲冑やらを着こなす人々が住んでいる……のだが。この住人たち、なぜか頭部だけが虫になっている異形の人種で、そんなのがいきなりドアップで登場したため多くの【アヘ声】プレイヤーたちの度肝を抜いた。

 

彼らは【武士 (ムシ)】を名乗っていること以外には最後まで一切の説明がなく、なんかそれが当然のように話が進むので、シュールさに拍車をかける。まあ、あれだ。RPGによく出てくる「トンデモ国家ニッポン」というやつだな。

 

とはいえ、そこは【アヘ声】クオリティ。ここで発生するサブイベントの結末も、主人公の行動次第では陰鬱なものになってしまう。こんなシュールギャグ全開の場所であってもそれは変わらない。

 

……つってもまあ、住人の見た目が見た目だし、言動もやたらとコミカルなので、いまいちシリアスになりきれないんだけども。プレイヤーからは【アヘ声】における数少ない癒やしとして清涼剤扱いだったし。

 

「なんだったんだ、いったい……?」

 

「襲ってこなかったし、言葉も通じるからモンスターではないと思うけど……」

 

「というか言葉が通じるんですね……」

 

まあゲーム内では言葉が通じることについて言及されないけど、よく考えると「ダンジョン内に独自の文化を持つ人種がいる」「それなのに外の人間と言語が同じ」とか闇が深いよな。プレイヤーの間でも「モンスターどもによってダンジョンへと拉致された人間の末裔」「異形なのはモンスターとの交雑が進んだ結果」って説が有力だったし。

 

「で、どうすんの大将。先に進むにはここを通るしかないんでしょ?」

 

「ここに来るまでのマップは全部埋めちゃいましたけど、他に道はなかったですもんね」

 

「……まさかとは思うが、押し通る気じゃないだろうな?」

 

“なに? あいつも殺すの? ってかここも滅ぼすのか。まぁいつものことだね”

 

「俺をなんだと思ってるんだ」

 

いくら見た目が異形だからって、さすがにモンスターみたいな害獣以外は問答無用で殺したりしないって。てか、俺だって人殺しなんかごめんだ。

 

その点、この世界は楽でいいよな! HPを0にしてしまえば殺さなくても無力化できるわけだし!*1

 

まあ力加減を間違えると勢いあまって重症を負わせてしまう*2だろうから、そもそも人間と戦うこと自体を避けるべきだけども*3

 

“主、誰か近づいてくるよ。数は3。敵意はないけど、どうする?”

 

そんなことを考えていると、ルカが何者かの接近を感知したらしい。おそらく「目当ての人物」だろうと思い、警戒は解かずに武器だけは下ろしておくように言う。

 

やがて、俺たちの前に奇妙な老人(?)が現れた。

 

「もし、そこの方々。そんなところでいかがなされた? なにか困りごとかな?」

 

そいつは一言でいうなら「枯れ木のような手足が生えた蛹」だった。杖をつく手はプルプル震えており、何度も腰*4をトントンと叩いている……が、その足取りはしっかりしており、只者ではない雰囲気を醸し出している。

 

「ご隠居様! 何度も申し上げますが、我々を置いて先に進むのは控えていただきたいでござる!」

 

ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! 御身の安全を確保するのが我らの役目ゆえ! なにとぞご理解いただきたく!」

 

「ほっほっほ。いつもすまんのう、(スケ)さん、(カク)さんや」

 

「ご隠居様」と呼ばれた老人(?)の両脇を固めるのは、「コノハムシ人間」と「セミ人間」だ。

 

コノハムシ人間の方は忍者のような真っ黒の装束を身にまとっており、なぜか全身が半透明で向こう側が透けて見えている。

 

セミ人間の方はふんどし一丁で仁王立ちしており、首に巻いた赤いマフラーが無風なのになぜかバサバサとはためいていた。

 

「なんだこの『個性の暴力団』は……」

 

カルロスが顔をしかめて眉間を揉んでいる。うむ、ナイスリアクション。わざわざ36〜40階層の攻略メンバーにカルロスを入れたかいがあったというものだぜ!

 

「これはご丁寧にどうも。私たちは旅の者でして、ダンジョンの奥を目指しているのですが……」

 

「門番に通せんぼを食らって立ち往生しておられた、と。なるほどのう」

 

「ご隠居様! もしや、この者どもを入国させようなどとお考えなのでは!?」

 

ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! いけませんぞ! このような怪しい者どもを招き入れようなどと!」

 

「(うるせぇ)」

 

「(うるさいです)」

 

“うるさいなぁ”

 

「(兄貴からセミはエビの味がするって聞いたけど本当かなぁ)」

 

セミ人間あらため、隠さんが喋る度にカルロスたちが微妙そうな顔をする。うん、まあ、気持は分かる。言っちゃ悪いが、この人うるさいよな。【アヘ声】でも、システムウィンドウに表示されるこの人の台詞は文字の大きさがデカかったし。

 

「ほっほっほ。よいではないか、よいではないか。これも世のため人のため……それに、今は味方が多いに越したことはないからのう」

 

そう言うやいなや、ご隠居はカブトムシ頭のもとへ歩み寄り、何やら会話を始めた。

 

「……あ、あなた様はッ!? ……い、いえ、しかしッ! ……ううむ、そういうことでしたら……承知いたしましたッ! しばしの間、この橋を誰も通らなかったことにいたしますッ!」

 

ご隠居が何を言っているのかはここからでは聞こえないが、カブトムシ頭の声はデカくて聞こえるので、話の流れは分かる。どうやら俺たちが橋を渡るのを黙認してくれるらしい。

 

「橋守には話をつけておきましたぞ」

 

「それはありがたいのですが……本当によろしいのですか?」

 

「なぁに、このくらいはお安い御用ですじゃ。その代わり、あなた方にお頼みしたいことがありましてな。ここで立ち話もなんじゃから、南区にあるワシの家を訪ねてくだされ」

 

そう言うと、ご隠居は2人を伴ってさっさと橋を渡って行ってしまった。

 

「……なんというか、マイペースな方たちでしたね」

 

「というか、オレたちが頼みを無視して先に進むとか思わなかったのかな」

 

まあ、あれも一種の駆け引きなんだよな。ご隠居は【アヘ声】だと好々爺でありながら老獪な人物だった。善意で人助けをしつつも裏ではちゃかり利益を回収してたり、行き当たりばったりに見えて実はきちんとリスク管理してたりするからな。

 

「そのあたりのことは考えてるみたいだぞ。あのカブトムシ頭が黙認するのは『入国』だけだからな」

 

「入国したら最後、あの爺さんの『頼み』を聞くまで帰れなくなる、ってか? 出国をダシに脅されたら言うこと聞くしかないとか、完全に罠じゃねーか……」

 

「まあ最悪【脱出結晶】で逃げればいいんだが、俺たちの目的は『入国すること』じゃなくて『この国の向こう側にあるダンジョン41階層へ行くこと』だからな。どのみちご隠居の依頼を達成するしかないってわけだ」

 

ちなみに、ご隠居たちが俺たちを置いてさっさと橋を渡ってしまったのは、たぶん【アヘ声】の時と同じ理由……万が一に備えていつでも俺たちを指名手配できるよう根回しを行うためなんだろうな。自分で案内せず「南区にある自宅に来い」なんてフワッとした指示を出したのも、その時間稼ぎのためだろう。

 

あと、俺たちがご隠居の家を探す過程でどのような行動を取るのか、素行調査も兼ねているはずだ。ルカが持つ【狩人】の索敵スキルには引っかからないが、【アヘ声】において透さんは本気を出せばマジで凶悪なステルス能力を発揮していたので、この世界の彼もどこかから俺たちの監視をしていると考えた方がいい。

 

「……で、それを承知のうえで大将はこの橋を渡るつもりなのか?」

 

「もちろん!」

 

「……ハァ。まぁ、ここまで来たらそれしかないか」

 

全員が渋々といった様子で同意するのを確認すると、俺は意気揚々と橋を渡り始めるのだった。

*1
なお、相手の精神的被害は考えないものとする

*2
間違えなくても相手の心は死ぬ

*3
戦わないとは言ってない

*4
正確には「腰に該当する部分」



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29.「街中で大量破壊魔術をブッパ」は危険人物の発想(加筆版)

「わ〜! ……わ〜……

 

モニカは初めて見る和風の街並みに目を輝かせ――直後、街を行き交う異形の人々を見て死んだ魚のような目になった。いや、うん、まあ、そりゃそうなるわな。虫が好きな人以外はだいたいそういう反応になるだろうし。

 

「……さっさと行くか」

 

「……そうだね」

 

“うん、ノーコメント”

 

カルロスに促され、俺はマップを開いた。うむ、今までの階層の中で1番マップが埋まってないな。ほとんど真っ白だ。アーロンから聞いた話によれば、ここを突破した冒険者パーティは片手で数えられるくらいしかいないらしい。

 

その冒険者たちも、ご隠居からの依頼を達成したらさっさと次の階層に行ってしまったみたいだ。いってみれば、サブクエストを全て無視してメインストーリーだけ最短で進めた感じだろうか。

 

あとはまあ、いくらダンジョン内とはいえ、勝手に国の地図を作るのは色々とマズいっていうのも白紙の理由なんだろう。地図はいくらでも悪用できてしまうからな。

 

「マップが埋まってる箇所は……多少道に迷ったような形跡とかはあるが、ほぼ一筆書き状態だな」

 

「ならマップ沿いに進むか。そうすればそのうちご隠居の家に着くだろ」

 

……そう言うと、なぜか全員から珍獣でも見るかのような目を向けられてしまった。

 

「……どうしたの大将。変な物でも食べた?」

 

“いつもみたいに『マップを全部埋める』とか言い出すかと思ってたのに”

 

失礼な。さすがに俺だって自重が必要な時はちゃんと自重するって。

 

「マップを埋めるのは、ちゃんと国の上層部に許可を取ってからだ」

 

「……ああ、うん。ごめん大将。聞いたオレが悪かったよ」

 

そんなやり取りをしつつ、街中を進んでいく。さりげなく周囲の様子を伺ってみると、意外なことに俺たちは大して住民たちからの注目を集めていないようだ。中には奇異の目を向けてくる住民もいるにはいるが、すぐに興味を失ったように視線をそらした。

 

「(な、なんじゃ、あの被り物は……! か、傾奇者じゃあ……!)」

 

「(あの羽の美しい文様、それに家宝らしき甲冑……どこぞの旧家の出であろうに)」

 

「(そのようなお方が傾奇者になろうとは……これも世がいけないのか……)」

 

「(目を合わせてはいかん! 機嫌を損ねて首をはねられても知らんぞ!)」

 

【アヘ声】と違って変に絡まれたりしないのは、他の冒険者という存在のお陰だろう。すでにここを通過した冒険者がいるという前例があることで、(この国の住民から見て)異国の人間に対する興味が薄れているのかもしれない。

 

「(……あー、たぶん愚連隊か何かと勘違いされてんなこりゃ)」

 

「(異種族が歩いてることに関しては何とも思われてないっぽいですね。まさか同族と思われてます? 【妖精の羽】のせいでしょうか?)」

 

「(それにしてはオレたちは見向きもされないけど……大将の鎧がここの国の人たちが装備してる鎧と似てるってのもあるのかな?)」

 

“みーんな主を見て即座に目をそらすから、いちおう見た目はモンスター(経験値)のボクに視線がこなくて楽でいい。主のキメラみたいな見た目もたまには役に立つじゃないか”

 

うーん、でも誰も絡んでこないってのも変な気分だな。【アヘ声】だと、この国ではモンスターの代わりにそこそこの頻度で【ツジギリ】とか【ヤクザモノ】みたいな敵とエンカウントするんだが。

 

こいつらは倒すと稀に【ワキザシ】や【シラサヤ】といった和風の武器をドロップする。ダンジョンRPGでは日本刀が強力な武器として設定されてることが多いが、それは【アヘ声】も同じだ。なのでぜひとも刀をドロップするまで戦いたいんだが……。

 

でもまあ、犯罪者っぽい名前の敵とはいえ、さすがにモンスターじゃない敵をボコボコにするわけにはいかないよな。ここで騒ぎを起こしたらご隠居に警戒されて次の階層に行けなくなるかもしれないし。最悪、過剰防衛で衛兵に捕まって座敷牢にブチ込まれるかもしれん。

 

まあ、【アヘ声】と違ってこの世界では普通に店とか営業してるからな。他人から奪わずとも普通に鍛冶屋とか探して刀を買えばいいだろう。この国の貨幣は持ってないが、それに関してはご隠居と交渉して給金をもらうとか、質屋を探してアイテムを売り払うとかすればいい。

 

「えーっと……もしかしてアレか?」

 

「あっさり到着しましたね……なんか拍子抜けです」

 

「結構なことじゃねぇか。むしろ今までの道のりが険し過ぎたんだよ」

 

「大将といると退屈だけはしないからね」

 

色々と今後の予定を考えているうちに、俺たちは平屋の大きな店に到着した。入口には「雄々津之縮緬問屋」と書かれた暖簾がかけられている。このへんは【アヘ声】で見たのと同じだな。アレがご隠居の自宅で間違いないだろう。

 

 

 

 

 

「………なぁ、本当に行かなきゃダメか?」

 

ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! よくぞ参られたッ!」

 

「うわ気づかれた。見なかったことにして帰りてぇ……」

 

まあ店の屋根の上に自己主張の激しい変態がいるから間違えようがないんだけども。

 

ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛! とおうッ!」

 

隠さんは腕を組んで直立不動の姿勢のまま屋根から飛び降りると、バタバタと派手な音を立てて背中の羽を動かしながら落下。変な軌道を描いて滑空したかと思えば、壁に激突して背中から墜落し、仰向けのままピクリとも動かなくなった。

 

「「「…………」」」

 

“えー……なにアレ”

 

再びカルロスたちが宇宙を背負った猫のような表情で頭に疑問符を浮かべまくった。うーん、【アヘ声】プレイ中にテキストメッセージで今の状況が描写された時も思わず2度見したが、実際にこの目で見るとインパクトがありすぎるなコレ。

 

ちなみに、隠さんが飛び降りた瞬間にチラッと店の入口を確認したが、扉が独りでに開いて即座に閉まるのが見えた。おそらく、ステルス能力全開で透明人間と化した透さんが中に入ったんだろう。今ごろ家の中で俺たちを監視した結果をご隠居に伝えているはずだ。

 

隠さんの奇行はそのアシストというわけだ。そら目の前でこんな奇行をされたら嫌でも視線が釘付けになるわな。アホにしか見えないけど、隠さんもまた透さんと同じく優秀な忍者ってわけだ。

 

「……あ、あの……大丈夫ですか……?」

 

「ミ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!」

 

「ぴぃっ!?!?!?」

 

「心配御無用ッ! この通り元気爆発であるがゆえッ!」

 

「蝉爆弾なだけに?」

 

「だから上手いこと言ったつもりかよ」

 

“毎度毎度うるさいなぁ……本当に爆発すればいいのに”

 

……アホにしか見えないけど、優秀な忍者なんだよな。たぶん。アホにしか見えないけど。

 

「……しかし貴様ら、何度見ても面妖な格好よなッ! いったいどこの田舎から出てきた芋武士(イモムシ)なのやらッ!」

 

「テメェにだけは言われたくねぇよ」

 

「むう、やはり信用ならんッ! 拙者が見極めてくれるッ! さあ武器を取れぃッ!」

 

む、こんなイベントは【アヘ声】にはなかったと思うが……。まあここに来るまで特に何事もなく、ただひたすら歩いてここまて来ただけだもんな。【アヘ声】だとランダムエンカウント以外にもNPCとの会話とかがあったんだが、それすらなかったし。それで素行調査が不十分だと判断したのか。

 

「私にはあなたと戦う理由がありません」

 

「ハッ! 臆したかッ! 貴様のような腑抜けがよく今まで生きてこられたものよッ!」

 

「(腑抜けどころか瀕死状態でも高笑いしてるような人なんですけどね……)」

 

だって、戦っても何もドロップしないし。【アヘ声】でもサブイベントの進め方次第では彼と戦う展開になるが、その場合はご隠居と透さんの3人組で襲いかかってくる。そしてアイテムのドロップはご隠居にまとめて設定されてるので、隠さん・透さん単体と戦っても旨味が全然ない。

 

おまけにふんどし一丁の忍者というビジュアルに違わずAVD(回避率)がクッソ高いうえに、【ウツセミ】*1だの【セミファイナル】*2だの【ミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛ッ゛!】*3だの、鬱陶しい固有スキルを持った害悪壁役(タンク)なので、マジで戦うだけ無駄なんだよなあ……。

 

「というか、こんな街中で戦ったら周りを巻き込みますよ?」

 

「ふん、なにを言うかと思えばッ! 無用な心配よッ! すでに人払いは済ませておるわッ!」

 

「いえ、あなたと戦うとなると【サンダーストーム(雷属性全体攻撃魔術)】をブッパすることになりますので、下手するとここら一帯が更地になります」

 

「えっ」

 

そりゃあそうだろう。AVDが高い相手には範囲攻撃ブッパが基本だし。今の俺たちには隠さんに対する有効打が【サンダーストーム】くらいしないから仕方ない。おまけに隠さんは固有スキルのせいでしぶといから戦闘が長引くので、【サンダーストーム】を何度も使う必要がある。ゲームと違ってこの世界でそんなことしたら、降り注ぐ大量の雷によって街が大惨事だ。いろんな意味で不毛な戦いになる。

 

「ふ、ふんッ! ハッタリだッ! そもそも、そのような術はそう何度も使えるものではあるまいッ!」

 

「チャーリーがオートMP回復&MP譲渡スキル持ちなので半永久機関です。あと、私たちは全員であなたの攻撃を防いだり妨害したりすることに専念しますので、魔術発動を阻止しようとしても無駄ですよ。なんなら(全身を雷属性耐性ありの防具で固めて)私もろとも【サンダーストーム】でなぎ払うことも辞さないです」

 

「…………」

 

チャーリーに頼んで実際に隠さんへとMPを譲渡してみせると、隠さんは黙りこんでしまった。

 

「……あい分かったッ! 拙者の負けだッ! 疑ってすまぬッ!(街そのものを『人質』とするとは……本気であっても、大言壮語であっても、発想が狂っておる。いかんな、拙者では見極められん)」

 

「(あぁ、たぶん理解するのを諦めたなこりゃ)」

 

「(大将の言ってることってだいたい本気なんだよね……)」

 

「部屋へ案内するッ! ついて参れッ!(ご隠居様に丸投げしよ)」

 

どうやら説得は成功したらしい。不毛な戦いを避けられたうえ、これで俺たちが「それなりの実力者」「無関係の人を巻き込むことをよしとしない」というプラスの印象も与えられたことだろう! まさに一石二鳥だぜ!

 

“まっ、どうせイカれた奴だとしか思われてないと思うけどね”

 

……ルカが呆れたように首を横に振っている。いや、さすがに本気で【サンダーストーム】をブッパするつもりはないって。あくまで「隠さんが無理やり勝負を挑んでくるようならこちらも応戦せざるを得ない」ってだけの話だ。モンスターどもの巣窟を壊滅させるならともかく、人が住んでる街に被害を出そうだなんて本気で思っちゃいない。

 

それに、隠さんがそこまで好戦的な性格じゃないってのは原作知識で知ってたから、十中八九説得は成功すると思ってたしな。万が一説得に失敗しても隠さんには【セミファイナル】があるから殺さずにすむし、街が壊れてもそれは「襲われたら【サンダーストーム】で反撃するぞ」という警告を無視した隠さんの責任だ。まあそれでも復興の手伝いくらいはするが。

 

それはともかく。隠さんに案内されて店の中を進んでいくと、落ち着いた雰囲気の茶室に到着した。床の間だけに飾られた「人生楽あり苦もあり涙あり」と書かれた掛け軸が妙に印象に残る部屋だ。

 

「おぉ、お待ちしておりましたぞ旅の方々」

 

部屋の中央には蛹みたいな身体を傾けて器用に正座するご隠居と、その傍らで片膝をついて控える透さんがいた。隠さんがこちらに軽く会釈して透さん同様ご隠居の傍に控えたのを見て、俺たちも入室していく。

 

「大した持てなしもできずに申し訳ないのう」

 

「いえ、そんなことは。ありがたく頂戴いたします」

 

「(ふむ、親分らしき男は躊躇いなく茶に手をつけるか。警戒心がない愚か者なのか、それとも豪胆であるのか……)」

 

「(しょせんはここもダンジョンの中だ。ダンジョン産の食いもんは得体が知れねぇから口にしたくねぇな……)」

 

「(あ、お茶請けおいし〜!)」

 

「(オマンジュ? だっけ? オレでも作れるかなぁ?)」

 

“いらないなぁ。モニカ(子豚)に押しつけよう”

 

“…………”*4

 

「(一方で、子分の方は……うーむ、見事に反応がバラッバラじゃのう。こやつら、どういう集まりなんじゃっけ???)」

 

ご隠居に勧められるまま座布団の上に座ると、俺たちはちゃぶ台を挟んでご隠居と対面した。そして挨拶もそこそこに、さっそく本題に入ることとする。

 

「街に入り込んだモンスターの討伐、ですか」

 

「しかり。近頃、モンスター(妖怪)が人々を襲う事件が多発しておってな。ハルベルト(春辺流人)殿にはそのうちの1件を解決していただきたいのじゃ」

 

ふむ、このへんは【アヘ声】のシナリオと同じっぽいな。ゲーム的な言い方をすれば「ユニークモンスターのうち、どれか1匹を倒せばクリア」ということになる。ちなみに、ここで倒さなかったユニークモンスターも後からサブクエストで出てくるので、どれを選んでも問題ない。

 

「目撃情報があった妖怪、および目撃された地点は拙者がまとめておいた。確認なされよ」

 

透さんから簡略化された街の地図とモンスターの資料を受け取って確認してみる。モンスターに関しては【アヘ声】に出てきたものと同じだが、【アヘ声】よりも数が多いな。おそらく原作開始前だからまだそこまで討伐できてないんだろう。

 

 

 

 

 

「でも、これなら1日もあれば殲滅できそうですね。そこで相談なのですが、全部ブチ殺してきますんで代わりに追加で給金をいただけませんか?」

 

「うむうむ、ではそのように――なんて???

 

「いえ、実はアイテムを集めるのが趣味の1つでして……ただ、買い物しようにもこの国の貨幣を持っていないんですよ」

 

「は〜い! 大将さん! 私も買い食いとかしたいです!」

 

「じゃあオレも。レシピ本とか売ってないかなぁ」

 

“じゃあボクも。べつに欲しい物はないけど、もらえるものはもらっとくよ”

 

「テメェらちょっとは自重しろや」

 

「……う、うーむ……仕方ないのう……(まぁ目的が分からんよりマシかのう。なにより、本当に1日で殲滅が可能なのであれば戦力としては申し分なく、それどころか逆に『奴ら』に雇われでもしたら厄介じゃ)」

 

その後、俺たちは詳細を詰めて正式な雇用契約を結ぶと、意気揚々とモンスター討伐に乗り出したのだった。

*1
一定確率であらゆる攻撃を回避

*2
戦闘不能になった際、1度だけHP1で復活

*3
攻撃のターゲットを自身に集中させる

*4
レムスにはそもそも口がない



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30.「トンデモないNINJA」は実在の忍者とは無関係

「最初の現場はここか」

 

俺たちの持ってるマップと(スケ)さんから貰った簡易的な地図を見比べながら街を進むと、俺たちはボロい建物にたどり着いた。

 

【アヘ声】でモンスターが潜んでた建物と似ているが……場所が違うので別の建物みたいだな。まあ今は原作開始前だし、原作と同じ場所にモンスターがいるとは限らないか。

 

「それじゃ〜、さっそく中を調べましょうか」

 

「待った。中に入ったらモンスターの奇襲を受けるぞ」

 

こいつは一見するとただの廃屋にしか見えないが、外敵に対して何の備えもない建物にモンスターが住みつくわけもなく、中は巣に改造されている。

 

【アヘ声】では、なんの備えもなく中に入ると、先制攻撃を受けたり、拘束状態で戦闘が始まったり、戦闘からの逃亡が不可能になったりと、色々と不利な状況を押し付けられたんだよな。

 

それらを防ぐためには、特定のNPCに話しかけて情報を聞き出し、それをもとに正しい行動を取らないといけないんだが……すべての場所で毎回そんなことをしていたら時間がいくらあっても足りないだろう。

 

「だったらどうすんだよ」

 

「こうするんだよ!」

 

俺はルカに合図をしてから【匂い袋】を取り出すと、勢いよく建物の入口だったところにブチ撒けた。すると家の中からガタガタと音が鳴り始め、ほどなくしてモンスターが飛び出してきた。

 

うむ、やはりこの手に限る。

 

「……普通、街中で【匂い袋】をブチ撒けるか?」

 

「街中だからだよ。ダンジョンのド真ん中で【匂い袋】をブチ撒けたら大量のモンスターが寄ってくるが、ここには他にモンスターがいないからな。確実に建物の中のモンスターだけを誘き寄せられるだろ?」

 

【アヘ声】だと説明文に「モンスターを引き寄せるアイテム」と書いてあるものの、使えば普通にモンスターではない雑魚敵も引き寄せる【匂い袋】だが、それはあくまでゲームシステムの都合だからな。この現実となった世界では、ちゃんとモンスターだけを引き寄せられるようになってる。

 

“……ガスマスクつける都合があるから、【匂い袋】を使うならもっと早くに合図して欲しいんだけどね”

 

「まあまあ、まずは奴をブチ殺そうぜ!」

 

心なしかいつも以上にジト目になったように見えるルカから目を逸らしつつ、俺は突進してきたモンスターを盾で押し返した。

 

今回の討伐対象は【アカナメ】というユニークモンスターだ。舌によるトリッキーな動きを得意とし、舌を鞭のように使って攻撃してきたり、こちらを舌で絡め取って【拘束】してきたりと、中々に芸達者なモンスターだな。

 

「いや、どっからどう見てもカメレオンじゃねーか!!!」

 

……まあ、日本の妖怪みたいな名前のくせに、見た目はダンジョン下層の全域に出現するカメレオン型モンスターの色違いだが。

 

こじつけとしか思えない名前だが、こういう訳の分からんネーミングセンスはゲームではよくあることだ。それに、同じ生き物でも国によって呼び方が違うのは変なことではないだろう。

 

「俺たちからしてみればカメレオンでも、この国の人たちにとっては【アカナメ】なんだ。そういうことにしておこうじゃないか」

 

「……なんか釈然としねーが……まぁいい。こいつを殺すのが仕事だってんなら、さっさとブッ殺すだけだ」

 

そう言うや否や、カルロスは【アカナメ】にハンマーを叩きつけてダメージを与えた。それを皮切りに、俺たちも戦闘態勢に移行する。

 

「うおっ!?」

 

勢いよく舌が伸びてきたのでとっさに盾で弾いたが、トリモチのような舌に盾がくっついてしまったようだ。

 

そしてそのまま【アカナメ】が舌を引き戻したことで俺は結構な距離を引きずられ、バランスを崩したところで再度伸びてきた舌に絡め取られてしまった。何気に初めて【拘束攻撃】を食らった気がする。

 

「お、おい、無事か大将!?」

 

「くっ、まさか大将を食べようとするヤツがいるなんて!」

 

「大将さんを離してください! お腹を壊しても知りませんよ!?」

 

……モニカとチャーリーの中で、俺がどんな評価になっているのかは、後で問い詰めるとして。

 

「構わん! 俺が引きつけてる間に殺ってくれ!」

 

“うん、まぁ、主ならそう言うよね……”

 

「ちょっ、ルカちゃん!? なんで弓を構えて……正気ですか!?

 

“正気じゃないのは主の方なんだよなぁ”

 

【拘束状態】を放置しているとどんどん装備品を解除されていき、最後にズドン!(意味深)となるので、早急に【拘束状態】から抜け出そうとするのは間違いではないんだが……。

 

実を言うと、【アヘ声】においては、わざと【拘束状態】を放置するのも一つの戦略だったりする。

 

というのも、一部のステージギミックによる【拘束状態】を除き、パーティメンバーが【拘束状態】になって行動不能になっている間は、そのパーティメンバーを拘束中のモンスターもまた行動不能になるからだ。

 

複数の敵を相手取っている時に壁役()が【拘束状態】になるのは非常に危険だが、今回のように敵が一匹しかいない場合は話が別だ。壁役を拘束している間、敵は何もできなくなるからな。

 

「わざと【拘束状態】を放置して敵の行動を封じ、その間に他のパーティメンバーが袋叩きにするというのも選択肢の一つなんだぜ!」

 

「なにを悠長なこと言ってやがる!? 早く脱出しないとケツに色々とブチ込まれるぞ!?」

 

「その前にコイツをブチ殺してくれればいい! 頼んだぜ!」

 

「だぁぁぁもう! 無茶しやがって!」

 

カルロスたちは【アカナメ】の背後に回ると、それぞれ最大火力をブチ込み始めた。それに対し、【アカナメ】は堪らずといった様子で【拘束攻撃】を中止して逃げ出そうとする。

 

ゲームだとこちらが【抵抗する】または【救出する】というコマンドに成功するまで【拘束攻撃】を外せないのだが……さすがにリアルではそうもいかないか。

 

「逃がすかオラァ!!!」

 

“!?”

 

が、逃がすわけにはいかないので、両腕でガッチリと【アカナメ】の舌を掴んで固定してやった。

 

「大将を離せコノヤロー!」

 

「おいコラ離そうとすんじゃねえよこの野郎!」

 

“!?!?!?”

 

“おかしいな……どっちが【拘束攻撃】してたんだっけ???”

 

そうこうしているうちに【アカナメ】のHPが0になり、【アカナメ】は光の粒子となって地面に溶けていった。

 

俺たちの勝ちである。

 

「よしよし、無傷で切り抜けられるとは幸先がいいな。この調子で残りのモンスターどももブチ殺していこうぜ!」

 

「クソッタレ、なんで【拘束攻撃】くらった奴がケロッとしてて、俺たちの方が疲れてんだよ……」

 

「というか、この調子があと何回も続くんですね……」

 

驚かせたことへの謝罪と助けてくれた礼を皆に言いつつ、俺は次の現場に向かうことにした。

 

……そういえば、今も透さんは俺たちを監視しているんだろうか?

 

ふと気になったので、時代劇とかで忍者が隠れてそうな場所を眺めてみたが、それらしき姿はない。まぁ向こうは本職の忍者なので、素人の俺に見つけられるわけないか。

 

「おっと」

 

そうやって辺りを見回していると、たまたま通行人と目が合ったので会釈しておいた。いかんいかん、あまりキョロキョロしすぎると不審に思われるかもしれないな。興味本位で透さんを探すのはやめておくか。

 

そんな感じで、俺はレアモンスターどもを駆逐していったのだった。

 

 

 

三重辺(ミエベ) 透照(スケテル)、只今帰還いたしました」

 

丸御園(マルミエン) 隠三(カクゾウ)、同じく帰還いたしましたぞ」

 

「おお、透さん、隠さんや。よう帰ったのう。ご苦労じゃった」

 

「「勿体なき御言葉」」

 

とある店の一室にて、「ご隠居」と呼ばれる蛹人間が部下の2人と話し合っていた。

 

「……して、例の『お客人』について、お主らはどう見る?」

 

というのも、蛹人間は【狂人】と直接言葉を交わしたものの、彼の素性や人間性について全くといっていいほど分からなかったため、引き続き監視を頼んでいたのである。

 

直接会話しても相手のことがいっさい分からないなどというのは、優れた観察眼を持つ蛹人間にとって初めてのことであった。ゆえに、【狂人】の対応については慎重にならざるをえないのだ。

 

「『お客人』の人間性については、拙者らには判断ができませぬ。強いて言うのであれば、身体を張ってまで守るほどに仲間のことを大事に思っているようではありましたが……」

 

「ですが、素性に関しては、その戦法からある程度の推測が可能かと」

 

「おおっ、それは(まこと)か! でかした!」

 

破顔(?)する蛹人間に対して「あくまで推測ですが」と念押ししたうえで、部下の2人は【狂人】について見てきたことを話し始めた。

 

「まず、『お客人』は隠三のように『あえて目立つことで味方が動きやすい環境を整える』ことを得手としているようですな。あの奇抜な格好もそれが目的でありましょう」

 

「次に、薬物に精通している様子でした。媚薬のようなものでモンスター(妖怪)を誘き寄せることから始まり、痺れ薬で動きを封じたり、毒薬でHP(生命力)を削ったりと何でもござれでしたな」

 

「また、『お客人』は拙者のステルス(隠形)を見破っていたようですな。拙者の方を見ては何か考え込んでいる様子でした」

 

「拙者の変装もでござるな。会釈までされてしまい、もはや笑うしかなかったでござる。こうもあっさり見破られると自信をなくすでござるよ」

 

「そしてなにより、生命力の減少や【拘束攻撃】を恐れぬ精神力は、幼い頃より特殊な鍛錬を受けて恐怖心を殺された(あかし)。決して表沙汰にできる出自ではありますまい」

 

蝉人間と同じ技術を使い、薬物に精通しており、隠形や変装を見破り、表沙汰にできない出自である。

 

これらから導き出される、【狂人】の正体とは――

 

 

 

 

 

「――忍びの者か」

 

「あの様子を見るに、間違いないかと」

 

もちろん間違いである。

 

【狂人】は忍者と同じ技術を使っているから目立つ格好をしているのではなく、見た目度外視で高性能な防具を装備していたら自然とトンチキな格好になっただけである。

 

「薬物に精通している」と聞くと忍者っぽいかもしれないが、実際はゲーム廃人ゆえに【アヘ声】に登場するアイテムの効果を全部覚えているだけであり、べつに薬物だけに詳しいわけではない。

 

コノハムシ人間のステルスも蝉人間の変装も全くといっていいほど見破れておらず、彼らが深読みしすぎているだけであるし、HPの減少や【拘束攻撃】を恐れないのも、ただいつものように【狂人】が【狂人】してるだけなので、特殊な鍛錬などいっさい積んでいない。

 

「まさか、『奴ら』がご隠居様に差し向けてきた刺客なのでは……」

 

「いや、その可能性は低いじゃろう。銭がないというのは事実のようであるし、本人はともかく『お客人』の仲間たちからは後ろ暗いものを感じぬからのう」

 

「たしかに、彼の仲間たちは忍びの術を使えぬようでしたな。『まだ実戦で使えるほどの技量ではないだけ』かもしれませぬが」

 

「ふむ……となれば、何かしらの事情で里を失ったか、里と決別して抜け忍となり、自らの手で新たな忍びの里を興すために資金や人材、武具を集めている途中……といったところか」

 

「今のところ、そう考えるのが妥当じゃろうな。まさか本当に趣味で武具を集めているわけではないじゃろうし」

 

実際はそのまさかであり、【狂人】は本当に趣味で武具を集めているだけなのだが……それを彼らに信じろというのはさすがに酷だろう。彼らと【狂人】では、文字通り生きてきた「世界観」が違うのである。

 

「まあ、なんじゃ。契約通りに給金を支払う限り、『お客人』がワシらを裏切って『奴ら』の方につく可能性は低いじゃろう。ただでさえ何の後ろ盾もない流浪の忍びであるのに、契約を反故にするような信用ならぬ者であると知れ渡ってはどうなるか……それが分からぬような男でもないじゃろう」

 

「『奴ら』に雇われる前にこちらが雇うことができたのは、むしろ僥倖であったやもしれませぬな」

 

……が、今回はその勘違いが良いように噛み合ったらしく、他者にダンジョン攻略中の様子を見られると信用度が地の底に落ちやすい【狂人】にしては、珍しく蛹人間たちからある程度の信用を勝ち取ることに成功していた。

 

「とはいえ、しょせんは金銭による繋がり。『お客人』は拙者らのようにご隠居様に忠誠を捧げているわけではござらん。信用はできても信頼はできませぬぞ」

 

「うむ、諫言に感謝する。心にとどめおこう」

 

こうして、【狂人】は本人の意図とは全く関係ない方向から、原作のサブストーリーに絡むためのスタートラインに立てたのであった……。



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