オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~ (日ノ川)
しおりを挟む

第1話 未知を求めて

ようやく新刊をゆっくり読む時間が取れました
絶死の性格が思ったより動揺したり、怒ったりと、超然としているわけでもなく可愛かったです
結果、自分でも絶死を可愛いがりたい。友達を作ってほしい。苛めたい。という思いが湧いてきて書いた話です
ですので、主役というか話のメインとなるのは絶死絶命となります
そんなに長い話にはならない予定なので、よろしくお願いします

時系列としては15巻の中盤、元奴隷のエルフから情報収集を行い、エイヴァーシャー大森林に向かう少し前から始まります


(うーむ)

 

 深夜。

 アインズは私室のベッドで思案していた。

 背中にはいつも通り、アインズ当番である一般メイド、フィースの視線が突き刺さっている。

 普段であれば、その視線に耐えながら本を読んで、朝までの時間を潰すところなのだが、今日は違う。

 一応本を開いているが、これはカモフラージュ。

 頭の中は別のことを考えていた。

 

(やっぱり王国全滅はやり過ぎだったか)

 

 先日まで行われていた、王国との戦争のことだ。

 ペストーニャたちの嘆願を聞き、ごく一部を逃がすことはできたものの、九百万からなる王国民はその大部分が死亡している。

 

 これは例によってデミウルゴスがアインズの言葉を勘違いして、もともと存在していた飴と鞭計画を拡大解釈し、国単位で飴と鞭を設定するという方向に変更したためだ。

 帝国を無傷で属国化したことを飴としたため、王国には鞭。つまり帝国とは逆に国民全てを犠牲にするやり方を取ることで魔導国に逆らえばこうなるのだと、周辺国家に見せつける役割を押しつけることにした。

 他に代案もなく、またアインズ自身、この身体になってから人間のことなど虫けら程度にしか思わなくなっていたこともあって、そのまま計画通りに進んでしまった。

 そのこと自体には、特に思うところはない。

 

 問題は多々起こっているようだが、そのあたりはアルベドとデミウルゴスが対処することになっているため、アインズは逃げる意味も込めて有給を取り、前々から計画していたアウラとマーレの友達を作るため、南方にあるエイヴァーシャー大森林に出向くことに決めた。

 日程も決まり、準備も早々に終わったアインズは、最後の仕上げとして先ほどまでパンドラズ・アクターの下に出向いていた。

 

 これはアインズ自身の引継の意味合いもあるが、アウラとマーレの仕事である、第六階層の管理に関して何かあったらパンドラズ・アクターに指示を仰ぐようにと話していたことが関係している。

 その後特に連絡はなかったので問題はないとは思うのだが、念のためパンドラズ・アクターに確認を取ってみることにしたのだ。

 階層守護者とはいえ、二人はまだ子供。

 全てを完璧にこなせるか心配だったし、なにより二人はアインズの供をするとあってか、かなり気負っている様子だった。

 そうした時こそ、ミスをしてしまうものだ。

 

 せっかく有給を取ったのだから、何かあって戻されるのは面倒だし、かといってあまりしつこく話を聞くのは二人を信用していないと思われてしまうため、パンドラズ・アクターから世間話を装って聞き出そうとしたのだが、そちらはなんの問題もなく、代わりに別の問題が発生していることを聞かされることになった。

 

(まさか、冒険者にも影響が出るとはな)

 

 そう。王国が滅亡したことを聞いた冒険者たちの間に、強い動揺が走っているらしいのだ。

 

(組合は国の傘下にしたから他国に行くことはできないはずだが、冒険者そのものを辞めるとかは止められないしなぁ。折角いろいろやってきたのが無駄になってしまうぞ)

 

 モンスター専属の傭兵ではなく、未知を求める本物の冒険者を作り出すため、アインズはこれまで様々な投資を行っている。

 組合長であるアインザックの説得や、帝国闘技場での武王との戦いによる宣伝。皆に使わせるための武具集めに、冒険者育成のための人工ダンジョン作りまで。

 このまま冒険者に動揺が広がり、逃げられるようなことになれば、それら全てが無駄になってしまう。

 

(んー。アインザックと相談したいところだけど、あいつもどうなんだろ? やっぱりやりすぎだって思ってるかなぁ)

 

 アインザックとはそれなりに友好的な関係を築けているつもりだが、だからこそ直接話をしようものなら、何故王国民を皆殺しにしたのかと問われるかもしれない。

 政策に関わることだと切って捨てるのは簡単だが、そうすると折角築いた信頼関係にもヒビが入りかねない。

 アインズは、組合長であるアインザックに、冒険者たちを侵攻の一助にするようなことはなるべくしないと説明して引き入れたのだ。今の状況でそれを信じろというのは無理がある。

 加えて。

 

(結局、まだ一人もまともな冒険者が育っていないからなぁ)

 

 未知を求める冒険者となるべく、組合の門を叩いた者はそれなりにいるが、組合が定めた水準に到達した冒険者は未だいない。

 モンスター退治もアンデッドが行い、冒険者たちはずっと訓練ばかり。

 これでは不満が溜まるのも仕方ない。

 かといって、今の状況で未知の探索に送り出して死亡されたら、それこそ、今までの訓練が無意味だったとして不満が爆発してしまう。

 

(適当に漆黒みたいな冒険者チームをでっち上げて送り出すか? ……流石に怪しまれるか。あー、もう休暇前だっていうのに)

 

 これもアルベドたちに丸投げといいたいところだが、殆どの仕事を理解していないアインズにとって、冒険者組合は唯一、ほぼ全ての内容を把握し、差配を揮っている業務だ。

 ここにアルベドたちの手が入ると、それこそ様々な部分で問題やアラが見つかりかねない。

 その結果アインズの無能が露見するのも困るが、それ以上にアルベドたちが業務内容を最適化することで、アインズのやることがなくなってしまうのがイヤだ。

 ただでさえ、ここ最近は一日三十分程度しか業務時間がなく、暇を持て余しているのだ。

 そんな中で、冒険者組合はいわば大企業のトップが本業とは別に、趣味で作った子会社のような位置づけであり、アインズにとって数少ない憩いの場でもある。

 それは困る。

 

(やはり一番いいのは、実際に冒険とはこういうものだと見せつけることだよな。俺がいない間に、パンドラズ・アクターを外に出させて適当な未開の地を冒険して貰うか──)

 

 そこまで考えたところで閃きが走った。

 

(今から俺、未開の地に行くじゃん!)

 

 エイヴァーシャー大森林。

 

 スレイン法国の更に奥、帝国がずっと集めていた文献にも殆ど記述のない、まさに未開の地。

 そこを冒険して情報を集め、アイテムなどを持ち帰って土産話の一つでも聞かせてやれば、不満をため込んでいる冒険者たちのカンフル剤やストレス解消になるのではないだろうか。

 

(いや。まて、折角の有給、それもアウラとマーレの友達作りが第一目標だぞ。仕事となったら二人とも絶対気を抜かないだろうしな……いや逆に話を進めやすくもなるか?)

 

 いくら有給だから気を抜いていいよ。と言っても、NPCたちのことだ。

 アインズの護衛を第一として仕事モードを解かないのは目に見えている。

 そんな状態では、ダークエルフの集落を見つけたとして、そこの子供たちと遊んでおいでと言っても納得してくれない。

 だが、未知を求める冒険の一環として、情報収集が必要だと言えば、遊ぶこともまた大切な情報と納得してくれるのではないだろうか。

 たとえ建前上は仕事でも、遊んでいれば子供の本能のようなものが目覚めて、本気で楽しみ、やがて一緒に遊んでいる子供たちと友情を育む。

 

「これだ!」

 

「アインズ様! いかがなさいましたか!?」

 

 思わず声を張り上げてしまったアインズに、間髪入れずフィースが声をかけてくる。

 

「あ、いや。んんっ! 夜中に悪いが、今から出かける」

 

「でしたら、私も供を──」

 

「いや。フィース。すまないがここで待っていてくれ。宝物殿に向かう。あそこにはブラッド・オブ・ヨルムンガンドが発生している。か弱きお前を危険な目にはあわせられん」

 

 パンドラズ・アクターは今夜は宝物殿に籠もり、夜通しアイテムの整理を行うと言っていた。

 猛毒の霧が常に発生している宝物殿に、レベル一の一般メイドを連れていく訳には行かない。

 あちらを呼び出しても良いのだが、せっかくのアイテムとの触れあいを邪魔するのも悪いし、なによりモモンとして冒険に出向く以上、持っていくアイテムも考え直さなくてはならない。

 どうせそれらを取りに宝物殿に行かなくてはならないのだから、二度手間をかけることはない。

 

「〜っ! ……かしこまりました。こちらでお待ちしております」

 

 非常に悔しそうな間を空けた後、なんとか納得したフィースに頷きかけ、アインズは指輪の力を使用して転移した。

 

 

 ・

 

 

 エ・ランテルを包む三重の壁の二番目。

 一般市民が多く住んでいる区画の入り口付近に、大量の人だかりがあった。

 その中心にいたのは、エ・ランテルが誇る最強の冒険者漆黒の英雄モモンと騎乗魔獣であるハムスケ。

 彼らの周りを複数の冒険者が取り囲み、その先頭には冒険者組合の長と、ナーベラルの姿がある。

 

「では、モモン君。冒険者第一号として、よろしく頼むぞ」

 

「分かりました組合長。必ずや魔導国の冒険者として恥じない活躍を、いいえ、本物の冒険者として未知を切り拓いて参ります」

 

 おおっ。と周囲の冒険者が感嘆の声を上げる。

 その後、主人は組合長の隣で憮然として立っているナーベラルに視線を向けた。

 

「ナーベ。私が留守の間、エ・ランテルを頼むぞ」

 

「はっ。承知しました……ハムスケ。モモンさんを頼んだわよ」

 

 硬い返事は不満とまでは行かずとも、どこか我慢しているような気配が感じられた。

 当然主人に対して文句は言えないため、その憤りはそのまま主人を乗せている魔獣、ハムスケに向けられる。

 何故自分が留守番でお前が付いていくのだ。と言いたいのは言葉にされるまでもなくわかった。

 

「と、当然でごさるよ、ナーベ殿。どんな魔獣が現れようと、このハムスケ・ウォリアーが殿には指一本触れさせないでござる」

 

 ナーベラルの視線にブルリと身を震わせつつ、ハムスケが尻尾の蛇を操って頭上高く掲げて宣言すると、再び歓声が上がる。

 それを横目に見ながら、今回主に同行することとなったアウラとマーレは、主人の姿をとったパンドラズ・アクター、それに付き従うアルベドと対面していた。

 

「二人とも、よろしく頼むわよ」

 

「任せといてよ」

「が、頑張ります」

 

 本当は自分たちもハムスケのように主人の身を守ると宣言したいところなのだが、今回アウラたちが随行するのは絶対的支配者である主人ではなく、冒険者モモンということになっているため、はっきりと言葉にできず、お茶を濁す。

 本来主人に直接見送りの挨拶をしたいであろうアルベドが、アウラたちにしか声をかけないのも同じ理由だ。

 アルベドは以前占拠したばかりのエ・ランテルでモモンと対峙した際、かなり険悪な態度を取っている。

 そのときは中身がパンドラズ・アクターだったからこそ、そうした態度もとれたが、今回モモンの中には主人が入っているため、それは出来ず、苦肉の策として無視をするという体を取っているのだが、そのことにもストレスを溜めているようだ。

 

「アウラ、分かっているわね?」

「うん、大丈夫」

 

 機嫌の悪そうな低く小さな声で念押しをするアルベドに、アウラは真剣に頷くと、彼女も小さく頷き返した。

 突然主人が有給休暇を取ると宣言し、エルフの国があるエイヴァーシャー大森林に出向くため、アウラたちに随行を命じた。

 

 当然、知謀の主が何の考えもなしに動くはずがない。

 有給というのは口実で、様々な意図があるのだろうと察してアルベドとも相談していたのだが、ギリギリになって魔導国の王としてではなく、モモンとして冒険の一環で動くことを宣言したことで、その目的の一端が判明した。

 といっても気づいたのはアウラではなくアルベドなのだが。

 

 モモンは冒険者だが、同時にエ・ランテルの民を監視し、反逆を企てる者を裁く法の執行者という立場も持っている。

 そのモモンが国を離れることで、監視の目がゆるみ、ただでさえ王国民の虐殺──主人に逆らったのだから当然の末路なのだが──によって不安を抱いている市民たち、そして国内に入り込んでいることが予想されている法国を始めとした仮想敵国の者たちが、どう動くのかを見極めようとしている。

 

 もちろん、これは複数ある目的の一つだと思われるため、ほかの目的については旅の中でアウラとマーレが調べていくことになる。

 アルベドが念押ししているのはそのことだ。

 

 最後にもう一度、頷き合ったところで、主人に扮するパンドラズ・アクターが一歩前に出て、手を振った。

 同時に、城門に取り付けられた鐘が響きわたる。

 出立の合図だ。

 その音を聞いて全員が挨拶を終えて、それぞれの配置に付く。

 主とハムスケが路地の中心を陣取り、その右側にアウラが用意した騎乗魔獣に二人が乗り込んだ。

 

「では。吉報を待っているぞ、モモン、アウラ、マーレ」

 

「はっ!」

 

 三人が声を揃えて返答を行い、三人と二体の魔獣は皆に見送られながら、都市の出口に向かって歩き出した。

 いつもは都市内を警備して歩いているデス・ナイトたちが、両脇に列を成して作った道をゆっくりと進む。

 同時に町のあちこちから民衆が顔を覗かせ、中心にいるのがモモンだと分かると好意的な態度を見せて、出立と無事を祈る歓声を上げた。

 対してアウラとマーレはもともとあまり人前に出ないこともあって、不思議そうな顔をされているが、こちらの世界では人間種であるダークエルフということもあり、特に悪意は感じられない。

 アウラは人間たちにどう思われようと気にもならないが、今回の仕事を完遂するには好都合だ。

 

「アウラ、マーレ」

 

「は、はい!」

 

「はい! 何でしょうかモモン様」

 

 門の中に入ったところで、主人が二人に声をかけてきた。

 ここにいる護衛はアンデッドだけなので、演技は必要ないのだが、念のためここでもモモンと呼んでおくと、主人は感心したように頷く。

 

「良いぞアウラ。その調子だ。ただ、できればもう少し砕けた話し方の方が良いな。今回私たちは冒険者仲間なんだからな」

 

「砕けた、ですか?」

 

「ナーベ殿みたいにでござるか?」

 

 ハムスケが口を挟む。

 そう言えばナーベラルも冒険者として行動する際は、主人のことを『モモンさん』と呼んでいるそうだ。

 敬愛する主人の呼び方を変えるのは正直あまり気乗りはしない。

 主人と対等に接することができるのは、至高の御方々だけ。自分たちがするのは不敬というものだ。

 

「うーん、本当は親戚設定にするつもりだったから、ナーベよりもっと砕けた感じがいいんだが」

 

 チラリと主人の視線がアウラを貫き、そのまま凝視する。

 その視線と、親戚という言葉にも気恥ずかしさを覚えて、またがっていたフェンの体をギュッと挟んでしまった。

 瞬間、フェンは驚いたように身を震わせ、不満を露わにした。

 

「わ、ごめんね。フェン。ちょっと力入りすぎちゃった」

 

「その感じだアウラ。この旅の間は、フェンリルに接するときみたいな気安さで頼む」

 

「えっ!?」

 

 それだ。と言わんばかりに指を突きだして頷く主人の命に、アウラは絶句するしかなかった。

 

 

 ・

 

 

 法国に於ける最高執行機関である十二名。

 最高神官長、六人の神官長、司法立法行政の三機関それぞれの機関長、研究館の長、そして軍事を司る大元帥。

 

 彼ら十二名は定期的に集まり、自国のみならず、周辺国家の情勢も含めた今後の政策に関する会議を行っていた。

 しかし、今回は定期的なものでなく例外的な集まりだ。

 こうした集まりも最近では珍しくない。

 つい先日も、最近話題に挙がることが急増した魔導国が、王国に侵攻を開始した。いや、とっくの昔に侵攻を始めていたことに遅まきながら気づいて対策を協議したばかりなのだ。

 だが、これほど短期間で二度も集まるというのは、流石に滅多にない。

 

 いつものように掃除を終えて円卓に着いた後、口火を切ったのは土の神官長レイモンだった。

 

「魔導国に動きがありました」

 

「やはり王国が落ちたか?」

 

 これは予想されていたことだ。

 前回の会議では王都の直前まで軍勢が迫っており、陥落も時間の問題とされていた。

 故に王国はもう滅ぶ前提で会議を行ったのだ。

 

「それはおそらく間違いないでしょう。ですが、今回はまた別の話です。魔導国に潜入させている者たちより新たな情報が入りました。漆黒の英雄モモンに関することです」

 

「モモン? 奴は魔導王の配下になり、以後は都市内の治安維持に努めていると聞いておったが──」

 

「はい。これまではそうでしたが、つい先日。モモンが配下の騎乗魔獣である森の賢王とともに魔導国を出立したようです」

 

「なっ!」

 

 絶句する者たちを後目に、レイモンは続ける。

 

「先ほどジネディーヌ老の仰ったとおり、モモンはこれまで都市内から動くことはありませんでした。だからこそ、アンデッドが闊歩する地獄のような状況にも魔導国の民は耐えられているのだと考えていたのですが──」

 

「それで民はどうなった? 心のより所であるモモンが国を出たのならば、混乱や蜂起の流れになったのではないか?」

 

 強大なアンデッドが複数存在する魔導国では、国民がいくら蜂起しようと何の意味もない。

 人間の生存を最優先にしている法国にとっては、そちらの方が問題だ。

 

「いえ。そちらの混乱も起こっておりません。どうやら相棒の、美姫と呼ばれる魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベは連れていかなかったそうですので、その者が代わりを勤めている可能性はあります。あるいは魔導国の民もこの数年の内に、アンデッドたちに慣れてきたのかもしれません」

 

「うーむ。アンデッドと共に暮らすなど。幾年経とうが慣れるとは思えんが、やはりエ・ランテルの民の精神は相当強いのかもしれんな」

 

 大英雄モモンへの信頼が、住民の精神を強くしたのかと思っていたが、それだけではなさそうだ。

 

「しかし、なぜモモンは今更国を出たのだ? 王国での虐殺に憤ってのことならば、改めてモモンをスカウトすべきでは?」

 

「それは難しいだろう。魔導国内に潜入させている者たちが立場を隠して接触したところ、モモンと魔導王は友好的な関係を構築し、日頃から都市内を共に警邏したり、国内の情勢について話し合っていると聞いているぞ」

 

「でもそれは王国の虐殺が起こる前の話でしょう? あの虐殺を知ったモモンが魔導王に見切りをつけた可能性も考えられるわ」

 

「だとすれば、魔導王がモモンを無傷で出立させるはずはなかろう。相方も置いていっているそうだし」

 

 好き勝手に話し始める最高執行機関の面々を前に、レイモンは咳払いを一つ落として、視線を集める。

 まずは話を最後まで聞いてほしい。という合図に、全員が口を閉じた。

 

「モモンが国を出たのは魔導王と反目したからではありません。むしろその逆です。かねてより魔導国では冒険者組合をこれまでのモンスター退治中心の組織としてではなく、未知を切り拓く者として育てると公言しておりました」

 

「未知を既知に変えるというやつか。民衆が余計な知識を付けるのは、あまり良いことだとは思えんがな」

 

 最後まで聞くよう示唆されたばかりだというのに、思わず口を挟んでしまったのは、つい先日の会議で、魔導国に膝を屈する可能性を考慮し、市民にもある程度人間が置かれている状況を含めた情報を、開示するべきか否か論じ合ったことが影響しているのだろう。

 

「まあ、それはともかく。モモンはそうした未知を切り開く冒険の一環として、自分が先陣を切るつもりのようです」

 

「うーむ。考え自体は分からないでもないが、なぜこの時期に?」

 

 王国での虐殺で混乱が予想される状況下で、民の信頼を一心に受けるモモンを放出する意味が分からない。

 

「魔導王の狙いについては情報が足りないため定かではありません。ですが、気になる点が一つ。モモンの供についてなのですが、美姫ナーベを魔導国に残したという話は先ほどしましたが、その代わりに連れていったのが、二人の幼いダークエルフだというのです」

 

 シン──。と静寂が場を包んだ。

 

「ダークエルフだと? であれば目的地はまさか──」

 

「はい。エイヴァーシャー大森林の可能性が高いかと」

 

「……そのダークエルフは、例のカッツェ平野での戦争で、魔導王が連れていたという側近のことか?」

 

 占星千里が魔導国の軍勢を観察した際、魔導王の側仕えとして、一人のダークエルフを連れていたとの報告は上がっていた。

 

「かも知れませんが、あのときは軍勢の詳細を確認する方に労力を割いていたため、容姿については詳しく分かっておりません」

 

 側近の一人を記憶するより、戦場全体の様子を観察する方が重要だったので、これは仕方ない。

 

「ダークエルフの集落があるのは、エルフの国より更に奥地だったな?」

 

「はい。かつてはトブの大森林に住んでいたと聞いていますが、そこからエイヴァーシャー大森林に移り住んだと伝承が残っております」

 

「そこに連れ帰るつもりか。それとも単なる道案内? だとすればやはり問題は目的だな。冒険などと言っているが、モモンと魔導王が友好関係を維持しているのならば、やはり侵攻ルートの模索が目的ではないか?」

 

「その場合、侵攻先はエルフ国になるのか? であれば我らと協力関係を築くことも──」

「逆だ。近親種であるエルフ国に協力するために、単身で出向いた可能性の方が高かろう」

 

「これはもしや、我らの動きに気づいた魔導国の牽制では?」

 

 大元帥の言葉に全員がハッとした。

 前回の会議で、戦線を二つ抱える危険性を鑑みて、早急にエルフ国を攻め滅ぼすことが決定している。

 王国に軍を動かしている間、そして戦争後の後始末が済むまでは魔導国が手を出してくることはないと考えていたが、牽制に打って出る可能性はあった。

 自然発生を装って国境近くにアンデッドを出現させるなどの工作が考えられたため、その対策を講じる必要があり、そちらは既に対策済みだ。

 

「我らがアンデッドへの対策をしていることに気付き、代わりにモモンを派遣したということか。確かに冒険者として動いている以上、他国に出向いていたとしても止めることは難しい」

 

 冒険者が国を跨いで活動するのは良くあること。

 そう主張されてしまえば出入りを制限するわけにもいかない。

 無理に制限したとしても、遠回りにはなるが、魔導国の支配下となった王国とアベリオン丘陵を経由すれば、法国を通らずにエイヴァーシャー大森林に入ることも不可能ではなく、その場合モモンたちの足取りを調べることができなくなってしまう。

 

「そうなれば最悪だ。モモンもかの者たちの一人であるなら、たとえ彼女を投入したとしても勝ち目は──」

 

 法国最強の切り札、絶死絶命をエルフ王討伐に投入することも前回の会議で決定していた。

 逸脱者すら凌駕すると謳われるエルフ王を確実に殺すため最適だからというだけでなく、エルフ王を直接殺させることが、彼女の精神の落ち着きを取り戻させることにも繋がると考えたためだ。

 

「……魔法詠唱者(マジック・キャスター)を置いていったのならば、モモンがエルフ王と接触するまで時間はあるだろう」

 

 ナーベが転移まで使用できるかは不明だが、かの者と目されているモモンの仲間ならば使えても不思議はない。

 その者が一緒にいない以上、モモンたちは徒歩で移動することになる。

 

「そのダークエルフが単なる案内役なのか、それとも戦う力を持っているかにもよりますが、少なくともモモンは戦士。転移を使うことはできないでしょうな」

 

「ならば、ナーベが転移で合流しないか監視しつつ、モモンがあのくそったれと接触する前に、奴を討ち取ればいいだけだ。彼女の投入を早めるのはどうか?」

 

 予定では絶死絶命の投入は、エルフ討伐軍が王都近くまで進軍した後。転移で直接送り込む手はずとなっていた。

 最高神官長は、それを早めて、現時点から彼女を投入して進軍速度を上げるべきだといっているのだ。

 

「確かに。彼女が動いたことを知れば、エルフ王が打って出てくることも考えられます。その際に討ち取ってしまえば──」

「いや。それは危険すぎる」

「しかし──」

「私が思うに──」

 

 幾人かが危険性を考慮して反論し、会議は更に熱を帯びていく。

 もう一人の神人である漆黒聖典の隊長も同時に投入する案や、今こそ神の秘宝を用いてモモンを魅了すべきとの案も出たが、どちらもそれこそが魔導国の狙いかもしれないため、隙をついてこちらに攻め込んできた場合の備えにするべきだと却下された。

 

 結局、いざというときは撤退を優先させることを条件に、絶死絶命の早期投入が決定した。




少し書き溜めがあるので推敲しつつ、一、二日ごとに投稿していきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 絶死絶命の敗北

二話目です
15巻中盤、火滅聖典の副リーダー、シュエンが足止めをしていた子供エルフを倒した直後からの話になります
ここからもうだいぶ展開が変わってきます


「さあ──殺しつくせ、ベヒーモス」

 

 逃げ出した瞬間、背後から涼やかな声が聞こえた。

 法国の最終標的にして、唾棄すべき大犯罪者。エルフ王の声だ。

 

 瞬間、大地が揺れる。

 

 巨大な何かが後ろに現れたことを知り、火滅聖典の副リーダーであるシュエンは、恐怖に身を震わせた。

 自分が死ぬことへの恐怖ではない。

 その覚悟はとうに出来ている。

 ではいったい何に対する恐怖かと言えば、自分の部下たち、そして近くに来ている法国の同胞たちを危険に晒すことへの恐怖だ。

 

(頼むぞ。来ていてくれ!)

「撤退!」

 

 沈黙(サイレンス)を解除し、全力で声を張り上げる。

 同時にシュエンも駆け出した。

 全員が一直線に走り出した方向には、たった一人のエルフによって足止めを食らっていた、四万の法国軍のいる本陣がある。

 シュエンたち火滅聖典の本来の目的は、その足止めを行っているエルフの少女を討伐することだったのだ。

 

 本隊がこの近くで陣を張っているのは、火滅聖典が目標を討伐したあと、足止めによって失った時間を取り戻し、進軍の歩を早めるためだ。

 その本陣に向かって逃げ出すのは、本来下策も下策。

 逃げ出すにしても四方に散開し、どんな犠牲を払おうと誰か一人でも良いから逃げ延び、情報を持ち帰った方が、後々役に立つのだから。

 

 これでは、敵に本陣の場所を教えるようなものだ。

 深い森の中まで進軍していることも含め、本隊が逃げ出すのは難しく──木を伐採しながら侵攻ルートを作っているため、そこから逃げ出すことはできるが、そんなところを進もうとすれば、それこそ後ろから追いかけられて順番に潰されるだけだ──その場で戦うしかなくなってしまう。

 

 チラと後ろを確認すると、背後にいたのは巨大で威風を兼ね備えた精霊の王と呼ぶにふさわしい土の精霊だ。

 こんな者が相手では本陣に待機している同胞はもちろん、自分たち火滅聖典の隊員であっても一瞬で殺されてしまうだろう。

 

 数は時に巨大な力となり得るが、それもある程度まで。

 英雄や逸脱者と呼ばれる者たちは数の利を個の力で消しとばす。

 それ以上と目されているエルフ王の使う精霊が相手では、本陣に連れていったところで虐殺が起こるだけだ。

 だが、それで良い。

 

 勝ち目はなくとも、数がいれば時間を稼ぐことはできる。

 再度背後を確認すると、土の精霊──ベヒーモスは追いかけてきているが、エルフ王はその場でにやにやと嘲り笑っているだけだ。

 

 やはり。

 

 ああした傲慢な強者は、配下が傍にいる場合、そちらに任せて自分は動こうとしないと予想していたが、ズバリ的中した。

 ここまでは予定通り。

 このままベヒーモスを本陣まで連れていけば、自分たちの目的は果たせる。

 

「頼むぞ!」

 

 声に出して告げる。

 エルフ王から見れば、先に逃げた部下たちに言っているように聞こえただろうが、実際は違う。

 シュエンが言ったのは、法国最強にしてごく一部の限られた者しか知らない切り札に対してだ。

 英雄の領域に足を踏み入れた者だけで構成された漆黒聖典。

 その中でも特別な、神の血が覚醒した神人と呼ばれる者が存在する。

 

 その内の一人が、現在ここにやってきているのだ。

 これはつい先日、火滅聖典にのみ伝えられた極秘情報だ。

 同時に、作戦中にエルフ王が現れた場合は、いかなる犠牲を払ってでも、エルフ王と神人を一対一で戦える場を作り出すことも任務に追加された。

 

 エルフ王とベヒーモスを引き離し、ベヒーモスを自分たちが引きつけている間に、神人にエルフ王を打ち倒してもらう。

 そうすれば精霊も消える。

 

 なにより、エルフ王さえ討ち取れば、この戦争は終わったも同然。

 自分や部下たちはもちろん、兵を賭ける価値はある。

 そのためには、できるだけベヒーモスとエルフ王を引き離さなくてはならない。

 

 そう考えてシュエンも全力で逃げ出しているのだが、いかんせん相手の速度が異常だ。

 地面を滑るように移動するベヒーモスの速度は、こちらを遙かに超えている。

 この分では、この作戦の成否を見届けることなく、自分は殺されてしまうだろう。

 部下たちも同様だ。

 

 だが、一人でも本陣近くまでたどり着ければ良い。

 多数の獲物を前にすれば、エルフ王も撤退することなく、軍を叩く選択をするだろう。

 そうなれば、きっと──

 

 頭上に影が現れる。

 振り返らずとも、先ほど一瞬見えた巨大な腕を振り降ろそうとしているのは明白だ。

 今からでは避けることも受けることもできない。

 

(クソ。ここまでか、しまったな。どうせ死ぬならエルフ王に一言言ってからにすれば良かった)

 

 今回の作戦で大事なのは、エルフ王を逃がさないことだ。

 傲慢で自尊心の高そうなエルフ王のこと。

 挑発の一つでもすれば、弱者に侮られたことに激高し、逃げる選択肢を消せたかもしれない。

 そんな後悔ももう遅い。

 次の瞬間には自分は潰されて死ぬ。

 そう確信した瞬間、突如シュエンの体は真横に吹き飛んだ。

 

「ガハッ!」

 

 突然の衝撃に、肺から強制的に息が吐き出され、直後近くの木に叩きつけられて地面に転がった。

 いったい何が。と考える間もなく、視界に映った光景で答え合わせがなされた。

 そこに立っていたのは白を基調に、各所に金色のラインと十字の模様が入った見事な全身鎧に、刃が三つ付いた奇妙なデザインの戦鎌を持った一人の戦士。

 戦鎌を携えたまま、ベヒーモスと向かい合うその姿は、まさしく話に聞いた英雄や逸脱者すら超えた超越者。

 

「おお!」

 

 本来はベヒーモスと分断させてから現れる予定だった彼女が、なぜここにいるのかはわからない。

 だが、命を救われ、あれだけ強大な敵を前にしても、悠然と立ちふさがる姿の前には、そんなことは些事であるように感じられた。

 

「邪魔になるから動けるならさっさと逃げなさい。コイツらは私が片づけておくから」

 

 それだけ言うと彼女はその場から離れ、ベヒーモスとエルフ王の双方を相手取れる位置に移動した。

 特段気負いはないかのような態度だが、声には隠しきれない憎悪と怒りが込められていることに気付く。

 事情は分からないが、これほど早く姿を見せたことに関係しているのだろうか。

 どちらにせよ、彼女の言うようにシュエンがここにいても邪魔にしかならない。

 言われたとおり一刻も早くこの場を離れ、先に行った部下たちとともに本陣に合流し、本国に報告を入れなくては。

 

「神よ。あの御方に、ご加護を」

 

 法国とエルフ国、その最大戦力同士のぶつかり合いとなるこの戦い。

 彼女の勝利を神に祈り、シュエンはその場から立ち去った。

 

 

 ・

 

 

「うーむ。二人ともかなり強いな」

 

 法国軍が、この近くまで侵攻していることを知ったアインズは、神の目(ゴッド・アイ)と併用した遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使用して動きを観察していた。

 その最中、偶然発見した戦いは、両者ともこの地に来てから見た強者たちの中でもトップクラスの実力を持っていた。

 特に全身鎧を纏った戦士の方は、パンドラズ・アクターと戦った謎の戦士リク・アガネイアと同等かそれ以上だ。

 プレイヤーかとも思ったのだが、全身鎧の方はこの世界にしか存在しない武技を使用している。

 

 もう片方のエルフはユグドラシルに存在した根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を使役しているところを見るに、プレイヤーの可能性はあるのだが、それにしては強さが中途半端。

 おそらく七十から八十の間と言ったところだ。

 ユクドラシルというゲームはレベル九十程度までは素早く上げることが可能であり、百レベルもそう珍しくないことを考えると、プレイヤー本人の線は薄い。

 となると、現地で生まれた強者と考えるべきか。

 

「そうですね。あ、そうだ、ね? えぇっとモモン、さん」

 

 アインズの独り言を拾ったアウラがつっかえながらも何とか、敬語を崩して接しようとしている様子を見て、アインズは思考を一時中断する。

 今は良い。と言ってやりたいところだが、正直それどころではない。

 余裕ぶった態度を取ってはいるが、有休を取って冒険だ。と楽しんでいた気分は既に吹っ飛んでいた。

 

(さて。どうしたものか)

 

 これからアインズが取れる行動は、大きく分けて四つ。

 

 一つ目はこのまま観察を続けて決着が付くまで情報収集した上で、接触もしない。

 二つ目は決着後、勝者に接触し弱っているようならその場で倒してナザリックに持ち帰り、情報を引き出す。

 三つ目は直ぐにでも横やりを入れて、双方ともアインズたちが倒してナザリックに帰還する。

 そして四つ目は、今からどちらかの手助けをして友好関係を築くというものだ。

 

 情報収集の観点から言えば三つ目が一番良いのだが、あの二人が何者なのか分からない状況でその選択はまずい。

 二人がプレイヤーでなかったとしても、仲間にはプレイヤーがいる可能性もある。

 その場合、アインズの行動は完全に敵対行為と取られてしまうからだ。

 アインズとしては別にプレイヤーと敵対する気はないのだ。

 

(シャルティアを洗脳した者たちは別だけど……っと思考が逸れたな。ここからでも監視に気づいていない以上、一つ目が一番安全だけど、せっかくのチャンス。できる限り情報は手に入れたい。となると──四番目か)

 

 どちらかを助けて友好関係を築いた上で、情報を集めて完全に背後関係を明らかにし、必要ならそのとき初めてナザリックに連れていく。

 これが最良だ。

 

(なにより、最近の俺はちょっと雑になりすぎている気がする)

 

 先日、エルフ国の情報を得るため、ナザリックで保護していたエルフたちから情報収集をする際にも、ついつい支配(ドミネイト)などを使ってさっさと情報を引き出してやりたくなってしまった。

 そのときは、結局頭の中で考えるだけで済んだが、こうした短絡的な思考を第一に考えるようでは、いつか致命的なミスに繋がりそうな気がする。

 だからこそ、今回はできる限り慎重に考えながら行動してみることにしよう。

 そう自分を納得させて、次に考えるのは、いったいどちらを助けるかというものだ。

 

「アウラ、マーレ。あの二人どちらが勝つと思う?」

 

「うーん。そうですね、あ、いや。そうだ、ね?」

 

「今は普通に話して良いぞ」

 

 今後の方針をある程度決めたことで余裕が生まれ、先ほど言えなかった台詞を告げることができた。

 アインズの言葉に、アウラとマーレは元気よく頷く。

 

「はい! あたしはあっちの全身鎧の方が優勢だと思います!」

 

「ふむ」

 

 数的なことを言えば二対一。

 それも、従えているのはレベル八十後半の根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)だ。

 地面に接触していることで、土精霊の力を存分に発揮できる状態であることも併せて、優位はエルフにあると思うのが普通なのだが、実のところアインズも同じ意見だった。

 

「ぼ、僕もそう思います。えっと、あっちの鎧の人はなにか、切り札を使う機会を狙っているのかなって」

 

 マーレの答えもまた、アインズと同じだった。

 劣勢に見える全身鎧の戦士だが、その態度には余裕が見える。

 そもそも勝ち目が薄いと思ったのなら逃げ出せば良いだけの話。勝ち筋があるからこそ戦いを続けていると考える方が自然だ。

 逆にエルフの方はもう底が見えた。

 

 通常の手段では召喚できない根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を使役できるのは驚嘆に値するが、それだけだ。

 精霊もアインズの持つギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで召喚できるため物珍しいものではない。

 片方に肩入れする場合、もう片方は敵対することになる可能性もあるのだから、既に対処法が分かっている方を選ぶのは当然だ。

 

「よし。二人とも、すまないが予定を少々変更させてくれ。ここはぷにっと萌えさんが昔、私に教えてくれた作戦を私たち三、いや五人で実行しよう」

 

 三人と言いかけて、少し離れたところでアインズをじっと見ているハムスケ、フェンリルに気づく。

 人語を解するハムスケは当然として、言葉こそ使えないがフェンリルも相当に頭が良い。

 アインズが何を言っているかは分からずとも、雰囲気で自分たちを除外されたと知ればいい気分はしないだろう。

 

「は、はい!」

「はい!」

「了解でござる!」

「アォン!」

 

 それぞれ気合いの入った──フェンリルはおそらく──声をあげる。

 

「それで、どうなさるんですか?」

 

 期待で目をキラキラと輝かせるアウラに、アインズは自慢げに答える。

 

「横殴りと、れっど・おーが・くらいどの併用ミッションだ」

 

 

 ・

 

 

(勝てる!)

 

 地面に向かって振り降ろされた強力な一撃を躱しがてら、戦鎌──カロンの導きを振るう。

 岩や鉱石などを積み上げて作られたような不格好な巨体は、その外見相応の硬度を持ってはいるが、六大神の一人であるスルシャーナが愛用したこの武器であれば確実にダメージを与えることができる。

 

 振り下ろしの攻撃はかなり強力で、一撃でも食らえば絶死といえどただでは済まないのは明白だったため、これまではずっと回避に徹していたが、ようやく動きに慣れてきたことで、避けながら攻撃することも可能となった。

 

「フン。しつこいな」

 

 それを見て、ずっと余裕ぶっていたエルフ王の声に、苛立ちが混ざる。

 ここまでの戦いで、エルフ王は後ろで見ているだけで戦闘には加わっていない。

 つまり絶死と土の精霊が一対一で戦っているのだが、戦況はほぼ互角。

 正直、これほどの精霊を召喚できる力があったことは知らなかったが、同時にこの精霊がいたからこそ、かつて法国の切り札と唄われた絶死の母をたやすく攫うことができたのだと納得した。

 

(防御力もそうだけど、生命力が飛び抜けてる。普通の攻撃だけじゃ、倒すのにまだまだ時間が掛かりそうね)

 

 だが、それで良い。

 ここまでの戦い方でエルフ王の性格もだいたい掴むことができた。

 思っていたとおり傲慢な性格をしているあの男は、自らの思い通りにならない戦況に苛立ちながらも、自分が敗北することなどいっさい考えていない。

 

 その余裕の答えは一つ。

 奴にはまだ使用していない切り札があるのだ。

 いや、切り札と呼ぶほどのものではない。普通なら当然のように使う手札を切っていないだけだ。

 それはつまり、土の精霊とエルフ王による同時攻撃である。

 

 強力なシモベを召喚することに特化した者の中には、制御することに全力を注いでいるため、戦闘中動けなくなる者もいるが、エルフ王はそうではない。

 絶死が土の精霊が猛攻の隙を突き、本人を狙って攻撃を仕掛けようとしたときも、慌てた様子を見せないことから推察できる。

 本人が戦わないのは、単純に王たる者が直接手を汚すことを嫌っているからだろう。

 

 だが、それもそろそろ限界のはず。

 いつまで経っても絶死に攻撃を当てられないことに、業を煮やしているのは明白。

 あと少しすれば本人が戦うはずだ。

 それこそが、絶死の狙い。

 

(さあ、前に出ろ)

 

 戦鎌を握る手に力が篭る。

 絶死もまた切り札を隠している。

 それも二つ。

 どちらを使っても、状況を一変させることが可能だが、問題なのはそれを使うと、劣勢を悟ったエルフ王が逃げ出す可能性があることだ。

 

 絶死は火滅聖典の副リーダー、シュエンが幼いエルフを討ち取ったところから、ずっと様子を観察していた。

 その際、奴が転移で現れる瞬間を目撃したのだ。

 劣勢を悟ったエルフ王が、その力で逃げられてしまうと追いかける手段を持っていない。

 故に絶死は確実に奴を仕留めるため、切り札を使う好機をずっと窺っていた。

 奴が前に出てくるときこそ、その好機だ。

 

(本当はもっといたぶってやりたかったけど、仕方ないか)

 

 使う力は、このカロンの導きを持っている時だけ使用できる、死の神スルシャーナが保有した最強の力。

 使用する魔法の力を後押しして、いかなる対策を用意しようと、死のないアンデッドやゴーレムであっても確実に殺すことのできる最強の能力だ。

 その力をエルフ王に使用する。

 

 土の精霊の方に使っても一撃で殺すことはできるが、それを見て警戒した奴に逃走されては困る。

 だからこそ、先にエルフ王を殺すのだ。

 それで召喚主が死亡した土の精霊も共に消えれば良し。

 消えずにそのまま襲いかかってきたとしても問題はない。

 

 この力は連続使用はできないが、もう一つの切り札を使えばこの土の精霊も確実に倒せる。

 それでこの戦争、そして絶死と母の復讐が終わる。

 

(全部終わったら、そのときこそ、私は──)

 

「たかが人間にしては良くやるな。貴様、女だな?」

 

「……だったら?」

 

 兜のせいで顔は見えていないため、当然といえば当然だが、エルフ王は絶死の正体に気づいていないようだ。

 本当は最初に顔を晒して、恨み言でも言ってやるつもりだったのだが、シュエンを助けるため、予定より早く動いたことでその暇がなくなってしまった。

 

 予定では、シュエンも含めたここに来ているエルフ討伐軍を犠牲にしてでも、エルフ王を殺すことに全力を費やす手筈となっていたのだが、魔導国が動き出している可能性があり、作戦の予定を早めたという話を聞いて絶死は考え方を変えた。

 

 エルフの国との戦争が終わっても、次は魔導国と戦争になる可能性がある。

 英雄ではなくとも、それなりに強い戦力であるシュエンを含めた火滅聖典をあのエルフ王に殺させるのは大きな損失だ。

 それもまずはこいつをここで殺してからの話。

 

 再度気合いを入れ直したところで、それまでずっと、こちらを見ながらなにやら考え込んでいた──土の精霊は相変わらずエルフ王と絶死の間にいるので決定的な隙にはならない──エルフ王が顔を持ち上げ、一つ大きく頷いた。

 

「純粋なエルフでないというのは業腹だが、まあいい加減無能ばかりしか生まれないことにも飽いていたところだ。光栄に思え、貴様に我が子を生ませてやる」

「……は?」

 

 思わず足が止まる。

 同時に、頭が真っ白になるほどの怒りが込みあがってきた。

 

「貴様も法国の人間ならば知っているのではないか? 以前お前たち国の女を抱いてやったことがあった。孕ませるところまでは行ったが、生まれる前に、なんと言ったか……そう漆黒聖典。奴らに奪われてしまってな。この国が落ちたら私自ら子を取り戻しにいこうかと考えていたところだ。子供は私のものなのだから、生まれていたのなら返してもらうのは当然のことだろう?」

 

 滔々とくだらないことを語り続けるエルフ王の台詞は、ほとんど頭に入っていなかった。

 ただ唯一、耳に残ったのは女を抱いてやったという言葉と、子供は私のものという言葉。

 それは母と絶死、双方にとって最低最悪の台詞だ。

 

「殺す」

 

 もはや、それしか言えない。

 絶死は、エルフ王個人には大した恨みはなかった。

 母の恨みをコピーされただけであって、それをぶつけるのは理不尽だとすら思っていた。

 

 だがこれは違う。これは絶死本人の怒りだ。

 母を侮辱され、あまつさえ自分を所有物扱いされた。

 こんな男が自分と同じこの世界に生きていることすら許せない。

 

「ん? ……もしや、お前」

 

 エルフ王が何かに気づいたように目を細める。

 絶死の素性を理解したのかもしれないが、それを口に出されるのも不愉快だとばかりに、絶死は止めていた足を動かし、一直線にエルフ王に向かって駆けだした。

 

〈疾風超走破〉、〈剛腕剛撃〉、〈超貫通〉、〈能力超向上〉、〈可能性超知覚〉

 

 移動速度と敏捷性を上げる武技を複数使用して、一気に距離を潰し、懐へ入り込む。

 切り札を使って一撃で殺してやろうと思っていたが、止めだ。

 土の精霊から多少のダメージを負うことになっても奴はこの手で直接始末する。

 転移で逃がす暇も与えない。

 

「チッ!」

「遅い!」

 

 土の精霊に命令を下したのか、それとも自分が直接攻撃をしようとしているのかは知らないが、間に合わない。

 確実に自分の武器が先に、奴の腹に突き刺さる。

 そう確信した瞬間。

 

──ゾワリ。

 

 背筋を駆けあがる冷たい気配。

 土の精霊がいる方とは逆側から、見逃すことができないほどの敵意が向けられた。

 それと共に、全身に重たい何かがのし掛かってきたかのような重圧を感じ、動きが鈍くなる。

 慌ててそちらを確認しようとしたのが、致命的なミスだった。

 なぜなら絶死が足を止めた場所は、土の精霊の真横だったのだから。

 

「しまっ!」

 

 足を止めたことで本来はかわせるはずだった振り下ろしによる一撃を、ガードもできずにまともに受けることになってしまった。

 これまで一度も受けたことのないような強力すぎる一撃に、しかし、絶死はギリギリのところで意識を飛ばさず耐えきった。

 だが、それが限界だった。

 

 絶死はその場で棒立ちになってしまう。

 そこまで致命的なダメージではなかったはずだが、なぜか足が動かないのだ。

 その理由を探ろうとして、唯一動く目を動かす。

 兜の隙間から覗いた先で、先ほどまで慌てていたはずのエルフ王が、勝利を確信したかのごとくにやついていた。

 まさか、これは奴の策だったというのか。

 絶死を激高させることで動きを単調にさせて、罠を踏ませて動きを止め、土の精霊で止めを刺す。

 

「クソ」

 

 再び頭上に影が映る。

 次の一撃では意識を保てないだろう。

 絶死は己の迂闊さと、この先降りかかるであろう最悪の未来を呪い、衝撃と共に意識を手放した。

 

 

 ・

 

 

 ベヒーモスの二撃目を食らい、今度こそ地面に倒れ伏せた女を離れた位置から見下ろし、確実に意識を失っていることを確信したエルフ王、デケム・ホウガンは笑みを深めた。

 

「やれやれ。少々ヒヤリとさせられたが、やはり我がベヒーモスにかなう者など存在するはずがない!」

 

 湧き上がる歓喜をそのまま声に出して笑いながら、デケムは改めて地面に伏せた全身鎧の女を見る。

 最終的に敗北したとはいえ、デケムですら直接対峙すれば勝ち目はないベヒーモス相手にこれほど粘るとは驚きの強さだ。

 

「しかし。やはりこいつはあの時の子か? これほどの強さを持っていたとは。母体の強さが重要であるという私の考えは間違っていなかったということだな」

 

 かつて法国の切り札と呼ばれた女との間にできた子がこの女なら、これほどの強さを持つのも納得できる。

 同時に、これまでデケムがいくら子を作っても、自身の半分にも満たない程度の弱者しか生まれなかった理由もだ。

 やはり、弱者との間に生まれた子ではダメなのだ。

 その点、この女なら問題はない。

 

「純粋なエルフでないのはやはり気になるが、まああの時の子だというのならこいつはハーフだ。人間よりはマシか」

 

 強者であるこいつが生む子は、より強くなるに違いない。

 デケムの夢である、己の子供たちで構成された強き軍隊が世界を席巻する未来もそう遠くない。

 

「そうと決まればさっさと連れ帰るか」

 

 もともとの目的であった、失敗作に貸し与えていた武具の回収という目的も達成済みだ。

 当初はこんな雑事を自分がやらなくてはならないことに苛立っていたが、その不快感も綺麗さっぱり消え失せていた。

 

「帰るぞベヒーモス、そいつを拾って──」

 

 機嫌の良さから、本来は声に出さずとも念じるだけでできる命令を口にした瞬間。

 突然、自分の影に矢が突き刺さった。

 

「なに!」

 

 この女以外にまだ敵がいたのかと、慌ててベヒーモスに警戒を命じようとした瞬間。

 

「え、えい!」

 

 気の抜ける声と共に、ベヒーモスの巨体が吹き飛んだ。

 

「なっ!」

 

 今度こそ絶句する。

 最強の精霊であるベヒーモスの体が吹き飛ばされたことだけではない。

 その一撃によって、ベヒーモスの生命力が大きく削られたことを理解したためだ。

 

 ベヒーモスの巨体が吹き飛ばされた場所に立っていたのは、深い緑色をした、森の葉を集めて作ったような短めのマントを羽織った、小さなダークエルフだった。

 手には黒い杖を握りしめ、顔は布のようなもので覆われて分からないが、ただ唯一晒された瞳を見てデケムは息を呑んだ。

 左右の色が違う、いわゆる王の相を持っていたからだ。

 ダークエルフを抱いた覚えはなかったため、いったい何者なのかと考えた瞬間。

 

「こっちに!」

「は、はい!」

 

 別の声が聞こえ、ダークエルフは地面に横たわっていたデケムの娘──おそらく──を掴むと、そのまま森の奥に向かって放り投げた。

 鎧を着込んだ相手をいとも簡単に投げ飛ばすあたり、やはり見た目通りの強さではない。

 さきほどベヒーモスを殴りつけたのもこいつで、間違いない。

 

「待っ!」

 

 投げられた娘とダークエルフ、どちらを先に押さえるべきか考えた一瞬の隙を突くように突如、周囲を覆っていた木々の間から、黒い影のようなものが現れ、ダークエルフを抱きかかえるとそのまま再び地面を蹴って離れていく。

 一瞬だけ見えた姿はやはりダークエルフだったように思えたが、デケムどころか、先ほどの娘よりも素早く、完全に目で捉えることはできなかった。

 

「おのれ!」

 

 慌ててデケムも動き出し逃げていった方角をみるが、すでに近くには誰の姿もなく、ずいぶん離れた場所に、木々が密集し、進むことも難しい森の中を一直線に駆け進む巨大な──ベヒーモスよりは小さいが──魔獣のような生物の後ろ姿だけが見えた。

 

 その影もやがて木々に隠れて消えてしまう。

 あまりに突然の事態に、デケムはあっけに取られてその場に立ち尽くすことしかできなかった。




ちなみにアインズ様がろくに戦っていないデケムのことを七十台後半と判断したのは書籍版同様、魔力の精髄でMPを確認したからです
神の目を経由した状態でも確認できるのかは不明ですが、とりあえず独自設定として出来ることにしておきます

三話目までは完成しているので、次の話は推敲後、明後日あたりに投稿すると思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 超越者たちの出会い

絶死絶命とアインズ様たちの出会いの話
ここまでがプロローグです


「ほう。この鎧はかなりの品だな。ユグドラシル産か?」

 

 白を基調として、所々黄色のラインと星形模様が刻まれた鎧を持ったアインズは、道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)で頭に入ってきた情報に驚きを示した。

 この世界で手にしたアイテムの中では、ぶっちぎりの性能だ。

 こちらの世界で作られたものにしては強すぎるため、おそらくプレイヤーの誰かが持ち込んだユグドラシル産の武具なのだろう。

 

「やはり奴はプレイヤーの関係者か。エルフと戦っていて、プレイヤーの気配がある国と言えば法国だと思ったんだが──ハーフエルフとはなぁ。関係ないならてっとり早く支配(ドミネイト)でも使えばよかったか」

 

 現在気絶した半妖精(ハーフエルフ)の女──この鎧とセットになっている兜を剥いだことで判明した──は少し離れたところでアウラとマーレが監視をしている。

 相手が気絶しているのだから、魅了(チャーム)支配(ドミネイト)でさっさと情報を引き出してしまい、その後記憶操作でそのときの記憶を消す方法もあるのだが、高レベルの者は精神操作に対する耐性も高く、気絶中であってもレジストされる可能性が高い。

 

 エルフと戦っているのだから、どうせ法国関係者だろうと当たりをつけて、先に武具の鑑定から入ったのだ。

 というのも以前アインズが捕らえた陽光聖典を始め、法国の特殊部隊には、情報対策としていくつか質問をすると、死亡する魔法が掛かっているためだ。

 記憶操作でも同じような処理がなされていることも考えられたので、慎重策としてアイテムの鑑定から入ったのだが、相手がハーフエルフなら人間至上主義の法国の者である可能性は低い。

 今からでも支配で情報を引き出してと思うが、先ほど雑なやり方はしないと決心したばかりだと思い直す。

 

世界級(ワールド)アイテムも持っていないようだし、シャルティアを洗脳した奴とは関係がないのか? いや、まだ決めつけるのは早いか」

 

「殿ー。これで最後でござるよ」

 

 ちょうど良く、アウラたちがハーフエルフから剥がした武具を次々に運んできていたハムスケが、十字槍に似た大きな戦鎌を背負ってやってきた。

 

「うむ」

 

 ここまで調べた装備品の中に、シャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテムは無かった。

 最後の可能性があるとすれば、あの戦鎌だ。

 もしあれが世界級(ワールド)アイテムであったのなら、話は簡単だ。

 

 もう慎重に動くなどと考える必要はない。

 さっさとナザリックに運びこんで情報を抜き取り──万が一法国所属であっても、三回までは大丈夫のはずだ──背後関係を調べる。

 大切な友人であるペロロンチーノ。その子供同然の存在であるシャルティアをアインズ自身に殺させたのだ。

 これはアインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売ってきたと同じこと。

 決して許されるものではない。

 

「〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

 

 覚悟と期待を込めて使用した魔法によって、頭の中に入ってきた情報は、残念ながらというべきか、アインズの求めていた物ではなかった。

 

「カロンの導き──これもユグドラシル産のようだが、ふむ」

 

 一定時間ごとに決められた回数、付加されている魔法を選択して使用できる武器のようだ。

 高位階から低位階まで種類は様々だが、なんというべきか。

 

「かなり趣味に寄った構成だな。俺が言えた義理じゃないけど……」

 

 アインズはアンデッドの魔法使いとしてのロールプレイを重視して、職業や特殊技術を習得しているため、強さの面では無駄な構成といえるものが多い。

 この武器もそうした意図で製作された武器のようだ。

 殆どが死霊系魔法というのもアインズと似ている。

 

「俺と同じようなことを考えた奴がいたのか。まさかオーバーロードではないだろうな。まあ、それならわざわざ武器に魔法を込めるわけないか」

 

 ここに込められている魔法は、アインズと同じオーバーロードならば、普通に取得できる魔法ばかりだ。

 使える魔法をわざわざ武器に込めるのは、効率が悪すぎる。

 どちらにしても、鑑定した中に世界級(ワールド)アイテムはなかった。

 プレイヤーと繋がっている可能性はまだ残っているが、少なくともあのハーフエルフが直接シャルティアを支配したわけではなさそうだ。

 

「とりあえずこの武具はナザリックに運んでおくか」

 

 インベントリに入れておくこともできるが、それでは物体発見(ロケート・オブジェクト)などの魔法で、アインズが持っていることがバレてしまうかもしれない。

 ナザリック内ならば、情報系魔法への対策もほぼ完璧なので見つかる心配はない。

 

 〈転移門(ゲート)〉をナザリック地表部分に作られたログハウス近くに開くと、詰めていたエントマに簡単に事情を説明し、アイテムをナザリックに運んでおくように伝えたあと、急いで戻ってきたアインズはモモンの鎧に換装することにした。

 相手が法国所属でないのなら、モモンの姿を使って友好的に情報を探る作戦が続行できる。

 

(モモンの格好だと、いざというときの対処が一手遅れるが──まぁしかたないか)

 

 モモンの装備は上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で鎧を作る方法と、完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)によって戦士化し、実物の鎧を着用する二つの方法があるが、今回は後者を選択する。

 これは本来あまり良い選択ではない。

 戦士化の魔法を使っていると他の維持魔法と重なり合い、MPの自然回復量と消費量が拮抗してしまうためだ。

 

 何度か行った道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)と今使用した転移門(ゲート)によって、MPも消費している。

 アインズのMPからすればまだまだ余裕はあるが、いざというときのことを考えて完全回復しておきたいのは事実だ。

 なにより戦士化しているときは他の魔法はいっさい使えなくなり、打てる手が限定されてしまう。

 

 もっとも、それは五つの魔法しか使えなくなる上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)によって創造した鎧を着ている時でも大差ない。 

 どちらの場合でも、本来の装備を登録した早着替えのデータクリスタルを入れたローブをマント代わりにしておけば、いつでも換装可能であるため問題はない。

 

(いつものモモンじゃ、あのハーフエルフより遙かに弱いからな)

 

 実際助けたのはアウラとマーレだが、相手にはモモンが助けたと言うつもりだ。

 仮にもレベル七十以上のエルフから助けたのだ、こちらも相応の実力がなくては──たとえ逃げただけだとしても──信用してもらえない。

 とはいえ、あちらの素性も分からない今、双子が高レベルの存在だと知らせるのは得策ではない。

 

 その点、モモンであれば様々な逸話が、尾ひれ付きで広まっているため、この辺りに噂が届いていたとしても誤魔化せると考えたのだ。

 その際、戦士換算でレベル三十三程度のモモンでは説得力に欠ける。

 なにしろ相手はレベル八十七の根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)と互角に戦う戦士なのだから、モモンの実力も相応にしておかなくてはならない。

 

「これでよし。ではハムスケ、二人のところへ戻るぞ」

 

「了解でござる」

 

 ハムスケの背に付いた騎乗用の鞍に跨り、二人が待つ場所に向かって移動を開始する。

 

「そういえば、例の鎧はどうだ? 今は付けていないようだが、あれを着たままでも戦えるようになったか?」

 

 ふと思い出して聞いてみる。

 ハムスケ用に作った全身鎧のことだ。

 全身鎧を着た状態で発生する、回避能力や移動速度が著しく低下してしまうペナルティを解除させるため、戦士のクラスを取るように命じていた。

 そちらは既に取得済みだと聞いていたが、今ハムスケが装備しているのは金属製の全身鎧ではなく、軽装鎧というか鞍を乗せただけの代物だった。

 見覚えのない装備だが、ハムスケの装備品に関しては、本人と訓練教官のリザードマンが必要だと思った物を、鍛冶長に依頼するように言ってあるので、その一つだろう。

 

「もちろんでござる! ただあれを着るとやっぱりまだ少し重くて速度が落ちてしまうのでごさるよ。だから今回はこの鞍にしたでごさる。アウラ殿に速度を上げる特殊技術(スキル)も使ってもらったので、殿を乗せても軽々でござる」

 

「ほう。道理で」

 

 先ほどハーフエルフを救出した際には、フェンリルが森渡りの能力を使用して先頭を進み、ハムスケとアインズはその後ろを付いて走ったのだが、レベル三十そこらのハムスケにしては移動速度が速いと思っていたのだ。

 

「流石にフェンリル殿には追いつけなかったでござるが……」

 

「まあ、あれはアウラの魔獣の中でも最上位だからな」

 

 単純にレベルだけでもハムスケとは格が違うが、フェンリルは特に移動速度に優れている。

 あのときでもおそらく、手加減して移動していたはずだ。

 今更ながら、速度を揃える意味では、ハムスケを連れてきたのは失敗だったかもしれない。

 

「でも。それがしも、殿の騎乗魔獣として頑張るでござるよ!」

 

(うーん。今更帰れとも言えないしなぁ。まあ、とりあえずフェンリルにはハムスケに合わせてもらうか)

 

 最悪完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)の効果で、速力と腕力もレベル百戦士並になっているアインズが、持ち上げて運べばいいだけだ。

 

(今のところ順調だが、ここからが本番だ。よし!)

 

 気合いを入れ直す。

 アウラの吐息(ブレス)で隙を作らせ、無理やり敗北させてから救出することで恩を売る。

 れっど・おーが・くらいどミッションの肝部分は成功したが、重要なのはここから。如何にして友好関係を構築していくかだ。

 会話パターンを幾つかシミュレートするため、思考を回転させながら、アインズはアウラたちの下に戻っていった。

 

 

 ・

 

 

 夢だ。

 夢を見ている。

 以前見たものと同じ、夢だと分かる明晰夢。

 

 またあれを見せられるのかと思うと、心底嫌な気分になるが、これは自分ではどうすることもできない。

 以前のように外部から声を掛けられれば目覚めるのかもしれないが、今の状況で、それはごめんだ。

 

 あれ?

 なんで嫌なのだろう。

 この夢は嫌いなはずなのに、目覚めるのはもっと嫌だ。

 なにか、夢を見る前に、最悪な出来事があったような──

 

 そんな取り留めのない思考を無視して、映像が浮かび上がる。

 そこにいるのはやはり子供の頃の自分と、棍を握りしめて目の前に立っている母の姿。

 もう夢の中でしか会えない母は相変わらず、自分を殴り飛ばすと、立ち上がるように命じる。

 地面に叩きつけられたまま、自分の棍を探す。

 少し離れたところにあるそれを見つけたが、手に取ることができなかった。

 

 痛いし、辛い。

 なんでこんなことをしなくてはならないのか。

 泣き言を言って、助け起こしてもらいたい。

 

 だが、そんなことをしても無意味だ。

 母は決して自分に手を差し伸べることはない。

 そう確信していた私の前に、手が映る。

 

 自分の手ではない。

 だって私の手はこんなに小さい。

 

 ではいったい誰の……

 

 顔を上げると、そこにはナズルおばちゃんが居た。

 我が家で家事手伝いをしていた、優しい女性。

 おいしいご飯を作ってくれるだけでなく、時折こうして仲裁にも入ってくれた。

 もっとも、その言葉を母が聞き入れてくれることはほとんどなかったのだが、今日はなにも言ってこない。

 

 ああ。

 これは良い夢だ。

 このままナズルおばちゃんの手を取って、ご飯を作ってもらおう。

 私の好物のとろとろオムレツ。

 もう食べられない思い出の味だ。

 そうしよう。

 

 母に立てと命じられる前に、ナズルおばちゃんの手を取ろうとしたところで、その肉付きの良い手が引っ込んだ。

 

「え?」

 

 疑問の答えだというように、私の頬に衝撃が走る。

 やはり夢だ、痛みはない。

 でも痛い。頬ではなく、心が直接握られたような、頭を真っ白に染めあげる痛み。

 顔を戻すと、そこには目を三角につり上げたナズルおばちゃんが私を見下ろしていた。

 その横には、いつの間にか移動した母が、同じような顔をして並んでいる。

 

 訳が分からない。

 優しいナズルおばちゃんのそんな顔は初めてみた。

 いや、母もそうだ。

 母はいつもの仮面を被ったような、感情のないガラス玉じみた冷めた瞳ではなく、憎悪を瞳に宿らせて、私を睨み付けている。

 

「なんで?」

 

 思わず呟く。

 どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。

 愛されていないことを知りながら、痛いのを堪えて、母の期待に応える。ただ、それだけのためにこんなに頑張っているのに。

 

「だって」

 

 瞳に憎悪を携えたまま、二人の声が揃う。

 

「お前はアレに負けたじゃない」

 

「──あ」

 

 思い出す。

 同時に視界が歪み、母とナズルおばちゃんの姿が消えていく。

 代わりに立っていたのは、自分と同じ左右で色の違う瞳を持った、エルフ王の姿。

 にやにやと欲望にまみれた好色な視線がぶつけられる。

 

 いつの間にか自分は大人に戻っていた。

 今すぐにでもその顔を切り裂いてやりたいのに、武器もなければ、体も動かない。

 

「光栄に思え。貴様に我が子を生ませてやる」

 

 先ほど聞いた吐き気を催す言葉を、再び聞かされる。

 夢と現実。

 その両方で最悪が更新された。

 

 いっそこのまま死んでしまいたい。

 夢の中で自殺すれば、もしかしたら〈(デス)〉の魔法を受けた者のように、精神だけ死亡できるのではないだろうか。

 そんなことを大まじめに考えてしまった。

 瞬間。

 

「……ま。起……みたい……です」

 

「……に? しまった……サンドを……使っ……だったか……たない……回復を……」

 

 途切れ途切れに、微かな声が聞こえてきた。

 女と男が会話している声。

 これは夢ではない。現実の声だ。

 意識が覚醒しかけている。

 同時に体中に走る痛みまでも、覚醒してしまう。

 

 嫌だ。

 やめて。

 このまま──

 

「〈……治癒(カバー)〉」

 

 男の声と共に、暖かな何かが体を包む。

 痛みが溶けるように消えていき、意識が覚醒した。

 

 

 

 視界には、こちらをのぞき込む見知らぬ顔が三つ。

 ダークエルフの子供が二人に、頭まで覆う漆黒の全身鎧を纏った戦士が一人。

 未だぼんやりとする頭で必死に状況を確認しようと頭を動かして、自分の裸体が見えた。

 

「ッチィ!」

 

 怒りと恥辱で一気に意識が覚醒する。

 全身鎧など纏っているが、こいつはあのエルフ王に違いない。

 倒れる直前と、夢の中で聞いたあのおぞけが走る言葉を思い出し、痛む体を無理やり動かそうとして。

 あれほど重傷を負っていた体が、思った以上に軽く動かせることに気が付いた。

 いったい何故。と考える間も惜しいとばかりに拳を握り、こちらを見下ろしているエルフ王に殴りかかった。

 

「落ち着け」

 

 しかし、その拳はいともたやすく受け止められる。

 自身のタレントの効力を十全に発揮するため、あらゆる武器を使いこなすことに心血を注いだ代償として、素手での攻撃は格段に落ちるとはいえ、神と大罪人、双方の血が覚醒した特別な神人である絶死の拳は、並大抵の者なら一撃で殴り殺せる。

 

 ましてあのエルフ王は、召喚魔法をメインとしているため、肉体的には大した強さはないはずなのに。

 この鎧の効果か。

 だからわざわざ装備を換えたのだろうか。

 

「落ち着け」

 

 もう一度、同じ言葉をかけられたところで、漆黒の戦士は手に持っていたローブのようなものを絶死に投げつけた。

 

「うわっ」

 

 そのローブは小柄な絶死の体にまとわりつき、動きを抑制する。

 

「まずはそれを。そして、私の話を聞け」

 

 どこか疲れたような声。

 今更ながら、その声がエルフ王のものとは違うことに気がついた。

 

「え? え?」

 

「モモンさん。これ、もう一回気絶させた方が良いんじゃないですか?」

 

 漆黒の戦士の両脇に立つ男女のダークエルフのうち、男の子の方が言う。

 手にはしなる鞭が握られていた。

 

「え、えっと。僕もその方が良いかと」

 

 女の子の方も同意し、ねじ曲がった黒い木の杖を構える。

 同時に叩きつけられる殺気は、エルフ王と対峙したときよりも強く絶死を打った。

 やはり敵なのか。

 気絶というのは、エルフ王の下に連れて行くために、とかそういうことだろうか。

 

「二人とも落ち着け。混乱しているだけだ。目覚めていきなり知らない人物が立っていれば誰だってこうなる」

 

 漆黒の戦士が二人の頭に両手を置いた。

 それだけで二人は先ほどまでの殺気を霧散させ、ふにゃりとだらしなく破顔する。

 

(少なくともこの戦士は敵じゃない、の? さっき、なにか。あれ?)

 

 男の子ダークエルフが言っていた名前に聞き覚えがあった。

 モモン。

 彼は確かにそう言った。

 どこで聞いた名前だったか、頭を必死に回転させて思い出す。

 

(もしかして、こいつ。魔導国のアダマンタイト級冒険者、えっと、漆黒のモモン?)

 

 そうだ。

 漆黒聖典の隊長から聞いた。例の強大な力を持ったアンデッド、ホニョペニョコを討ち取り、一気にアダマンタイト級冒険者として名を馳せ、王都ではヤルダバオトなる悪魔を撃退して人類の英雄となった男。

 現在は魔導王に膝を折ったことで、法国からは人類の裏切り者として認定されている存在だ。

 

「ともかくここを離れよう。さっきの奴が追いかけてくるかもしれないからな」

 

 モモンが立ち上がる。

 そのときになってこの三人以外に、二つ絶死を見ている気配を察知した。

 人間やエルフではない野生の獣じみた視線だ。

 

「ちょっと。私の服と武具は?」

 

 離れていくモモンの背に問いかける。

 先の一撃が簡単に受け止められたことに加え、ダークエルフの殺気、そしてこの視線。

 武具が無い状態では、勝ち目はないと判断しての問いに、モモンは小さく肩を竦めた。

 

「私は知らん。君を助けたときはその姿だった。近くにエルフが居たから、そいつに奪われたんじゃないのか?」

 

「ッ! あの、くそったれの腐れ外道。こんな場所で──」

 

 単純に戦力を低下させるために武具を外したのかもしれないが、それならば下着を含めたインナーまで脱がす意味はない。

 現実と夢の中、二度聞いたエルフ王の言葉が蘇り、怒りで拳を握りしめる。

 

「良いから行くぞ。えっと、君は──なんと呼べばいい?」

 

「え?」

 

 モモンから渡されたローブを体に巻いている最中名を問われ、手が止まる。

 

(絶死絶命は、不味いわよね。漆黒聖典の存在は秘匿だけど、魔導王は陽光聖典を壊滅させている。魔導王が使うなんかすごい魔法なら、私のことが調べがついていても不思議はない)

 

 あまり魔法には詳しくないが、占星千里が見た魔導王の魔法は、英雄や逸脱者でも相手にならない強大なものだったと聞く。

 その力を情報入手に使えば、法国の秘匿といえど簡単に調べられてしまうかもしれない。

 そしてモモンはその魔導王の下についている。

 

(……仕方ない、か)

「……アンティリーネ。そう呼んで」

 

 同僚である漆黒聖典はおろか、神官長にすら呼ばせたことのない絶死の本名。

 誰が付けたかも知らず、母にすら一度も呼ばれたことのない名前ならば、知られている可能性は皆無だ。

 だが、今まで誰にも呼ばせなかった名前を絶死は初めて会ったばかりの男に教えた。

 未だ頭の中が混乱している彼女に、その意味も理由も考えている余裕は無かった。

 

 

 ・

 

 

「まだ彼女は発見できないのか!?」

 

「……はい。現在火滅聖典を中心に、周辺を捜索していますが依然として」

 

 最高神官長の鋭い言葉に、レイモンは言いづらそうに告げる。

 ここは最高神官長の私室であり、室内には二人しかいない。

 先日の会議で決定したとおり、法国の切り札である絶死絶命をエルフ国へ投入し、運良く──いや現在の状況を考えると最悪というべきか──早々にエルフ王を発見し、交戦に入ったと報告があったのは少し前のことだ。

 問題はその後。

 

 火滅聖典の副リーダーであるシュエンは、帰還した本陣にて彼女の帰りを待っていたのだが、待てど暮らせど一向に戻ってこなかったのだ。

 不審に思った彼らが、意を決して捜索に出向いたところ、戦闘の痕跡は残されていたが、絶死とエルフ王はどちらも居なかった。

 その情報はすぐに、六色聖典を管理するレイモンに伝えられ、より広範囲に亘る探索を命じたが、未だに発見できていない。

 

 本来は即刻、最高執行機関の面々を集めて話し合うべきなのだが、流石に短期間に三度目となると、最高執行機関の面々の予定調整が必要となり、その部下たちにも不審に思われてしまうため、先ずはレイモンと最高神官長で話し合い、ある程度対応を決めてから連絡する形を取ることにした。

 

「……占星千里は?」

 

「彼女の力を以ってしても、流石に広大なエイヴァーシャー大森林から個人を捜すことは不可能です」

 

「では、巫女姫はどうだ? 特定の物体を探す魔法があっただろう? 叡者の額冠を使用すれば」

 

「それも考えたのですが、また以前のようなことになったらと考えますと、それも」

 

 高位魔法を使用した巫女姫が、突如爆発して死亡した事件のことだ。

 

「あれは確か、魔導王のことを調べようとしたためでは──まさか。此度の一件に奴が関わっていると?」

 

「可能性は高いかと。エイヴァーシャー大森林にモモンを送り出したことも含めると、すでにモモンとエルフ王が接触した、あるいは初めから絶死絶命を送り出すことを見抜かれ、魔導王が先回りして罠を張っていたとも考えられます。なによりそうでなくては、彼女がエルフ王に敗北するなど考えられません」

 

 エルフ王の力の詳細は不明だが、かつての漆黒聖典が壊滅的な被害を受けつつも、絶死絶命の母を奪還できたことを考えると、絶対無敵の存在とはいえない。

 対して絶死絶命は、もう一人の神人である第一席次を含めた漆黒聖典全員で掛かっても勝ち目はない。と断定できるほどの実力者。

 六大神の血に加え、唾棄すべき大罪人であるとはいえ、その六大神さえ打ち破った八欲王の血。

 その両方の血が覚醒した存在なのだから、当然だ。

 

 そんな絶死が、エルフ王に敗北することなど考えられない。いや信じたくない。

 あるとすれば、エルフ王だけでなく、別勢力の介入があった場合だ。

 それも英雄や逸脱者すら超える規格外の存在による介入が。

 

「確かに。いかに彼女といえど、かの者たちと思われる魔導王やモモンを相手にしては」

 

 確定ではないが、魔導王、モモン、ヤルダバオト、ホニョペニョコ。

 ほぼ同時期に現れた強者たちを、最高執行機関では口伝によって伝えられている、一定周期で現れる六大神や八欲王に近い存在だと考えていた。

 いかに神の血が覚醒しようと、その神と同格である者が相手では勝ち目は薄い。

 前回の会議でもその危険性は考えられ、だからこそ、モモンがエルフ王と接触する前に早期決着を図るつもりだったのだが、それすら魔導王に見抜かれていたのかもしれない。

 

「その可能性を考慮した上で、今後どうすべきか考えるべきかと。特にエルフ討伐軍の進退については早急に」

 

 どうしますか。と目で伝えると最高神官長は眉間に深い皺を寄せ、しばし考え込んでいたが、やがて顔を持ち上げた。

 

「やはり、最終的には最高執行機関の話し合いによって決めるべきだと思うが……私個人としては、軍は即刻引き上げるべきだと考える」

 

「ここまで来て、ですか?」

 

 すでにエルフ王都がある三日月湖近くに、前線基地を作るまでに至っている。

 ここで軍を退けば、その基地は確実に破壊されてしまう。

 エルフたちが使用する木を生み出す魔法を使われると、木を切り倒して作った進軍ルートも潰されるかもしれない。

 

 もっとも木を生み出す魔法は一から行う場合、かなり時間が掛かることは実験で分かっているので、そちらの心配は薄いかもしれないが、それも再び進軍するまでどの程度時間が空くかによる。

 

「仕方あるまい。例の、魔導王がカッツェ平野で使用した第十一位階魔法が使用されれば、身動きの取れぬ状態では一網打尽にされかねないのだからな」

 

「それは確かに。では、火滅聖典は?」

 

「申し訳ないが、彼らには危険を承知で残ってもらう。彼女の探索は当然として、エルフ王の安否を確認しなくてはならない。それにより魔導国の狙いも掴める」

 

 つまり魔導国が本当に介入していたとして、エルフの国と手を結んだのか、それともエルフの国と法国どちらも敵に回すつもりで、両方に攻撃を仕掛けたのかを見極めるということだ。

 絶死絶命だけでなく、エルフ王も王都に帰還しない場合、後者の可能性も考えられる。

 

「分かりました。最高神官長は早急に会議の準備をお願いいたします。私は火滅聖典に捜索の続行と、水明聖典を使ってエルフ王の動向を探ってみます」

 

 情報収集の際、潜入に向いているのは風花聖典だが、流石にエルフの王都に直接潜入は難しい以上、水明聖典の方が適役だ。

 

「うむ。必ずや彼女を見つけだしてくれ……それと、神の遺産である武具の捜索もだな」

 

 本来法国にとっては神の遺産である武具の重要度の方が高いはずだ。

 異常とも言えるエルフ王に対する憎悪や、危険を承知で絶死絶命の投入を早め、選択のチャンスを与えたことも含めて、最高神官長の個人的な感情が介入している気がしたが、そこには触れず、レイモンは深く頭を下げて了承を示した。




絶死を回復させたのはマーレではなく、アインズ様です
使える能力を誤魔化す意味で、魔法ではなくネイアに貸したネックレスを使用して回復させました
ちなみに絶死が、法国でも誰も呼んでいなさそうな名前をあっさり教えたのは、怨敵であったエルフ王に敗北したことで、投げやりというか自暴自棄になっていたのも理由の一つです

書き溜めが尽きたので、次からは少し間が空きます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 道中の探り合い

本格的な交流開始。それぞれ自分の立場や知識によって考えることが変わり、すれ違いが起こる話です


「それで。アンティリーネ。君はいったい何者だ?」

 

 名前で呼ばれることにむずがゆさを覚えつつ、絶死は思案する。

 自分の立場をどう説明するかだ。

 法国と魔導国は、正式に宣戦布告をしたわけではないのだから、正直に法国の者だと話してもすぐに敵対とはならない。

 

 だが人間至上主義の法国とアンデッドが治める国である魔導国は互いに仮想敵国同士であるのも事実。

 正直に言うのは得策ではない。

 

(だったら──)

 

 チラリと二人のダークエルフに目を向ける。

 この二人が魔導国からモモンと共にやってきた者だという話も、事前に聞いている。

 だが、この目に関する報告はなかった。

 

「なに? 早くモモンさんの質問に答えなよ」

 

 左右色の違う瞳が細くなり、絶死を威圧する。

 その威圧感は、漆黒聖典に属する英雄や逸脱者すら超えていた。

 戦っているところを見なくては断定はできないが、魔導国の危険性が一段階上がったと見るべきだ。

 

 なおさら自分の行動が重要になることを理解し、絶死は気づかれないようにこっそりと息を吸って、呼吸を整えると口元に薄く笑みを浮かべた。

 友好を示すものではなく、自分の本心を隠すために行うものだ。

 

「私は貴方たちの姉よ。母親は違うけどね」

 

「は?」

「……え?」

「んん?」

 

 三人がそれぞれ疑問を浮かべる。

 奇妙な反応だ。

 この二人がエルフ王の子ならば、これだけである程度わかるはずだが。

 

「まさか。茶釜さんの? いや、それなら母親が違うっていうのはおかしい……」

 

 ぶつぶつとモモンが呟く。

 独り言のようだが、ハーフエルフの特性で耳が良い絶死にはキチンと聞こえていた。

 残る二人はそんなモモンをじっと見つめ、反応を待っているかのようだ。

 

(ちゃがま? 何の話? いえ、それより母親の方を重視するってことは──あ!)

 

 閃くものがあった。

 てっきりエルフ王の実子、つまり絶死の弟妹だと思ったが、別の可能性もある。

 

 エルフ王の血を継いだ、左右色の違う目を持った女がいて、この子たちはその子供である場合だ。

 

 つまりこの子たちは、エルフ王の孫にして、絶死の姪甥なのではないか。

 それなら母親が違うと言った絶死に、疑問を覚えた理由にも説明が付く。

 

「んんっ。えっと、その目。貴方たちにもエルフ王の血が流れているんでしょう? ほら。私もそうなの」

 

 自分の目を指して改めて説明する。

 モモンは絶死の顔をまじまじと見てから再度首を捻る。

 

「まさか。特徴も出ていないし──」

 

(特徴? 目のことじゃないなら母親がエルフ王の血筋というのは間違い? というか、もしかして自分たちの血筋を知らないのかしら)

 

 あり得る話だ。

 そもそもこの二人はモモンと一緒に魔導国からやってきたのだ。

 魔導国は複数の種族が共に暮らす、多種族国家だと聞いている。

 もしかしたら、彼らは何も知らず、ここにその血筋(ルーツ)を探しに来たのかもしれない。

 

「と、とにかく。私はエルフ王の娘ってこと。左右目の色が違うのが特徴だから、そっちの二人もそうかと思っただけ」

 

 アレの娘を名乗るなど不愉快極まりないのだが、これも魔導国の目を法国から逸らし、祖国を守るために必要なことだ。と無理やり自分を納得させる。

 

「それはわかったが、ならば何故先ほどエルフと戦っていた? エルフの国は他国と戦争中と聞いていたから、てっきりそこの人間かと思ったが……」

 

(来た!)

 

 この質問を待っていた。

 

「さっき戦っていたのが、そのエルフ王よ」

 

「なに? 自国の王、それも父親と戦っていたのか?」

 

 兜に隠れて顔は見えないが、いぶかしんでいるのは分かる。

 

「……私はエルフの国で生まれはしたけど、国民ではないのよ。見ただけで分からないかも知れないけど、私はエルフ王と人間の母親のハーフでね。国ではかなり冷遇を受けていたわ」

 

「ほう」

 

「戦う才能はあったから殺されたりはしなかったけど、子供の頃からほとんど拷問みたいな訓練を、ずっと受けさせられ続けていたわ」

 

 ある程度事実を混ぜつつ、話を続ける。

 あまり話したくない自分の出自や子供の頃のことをあえて告げたのは、エルフ王は自分の血筋の者であっても容赦しない性格であり、そんなところにこの二人を連れて行ったら危険だと言外に伝えて、彼らとエルフ王を接触させないためだ。

 

 もしかしたら、彼らの目的はエルフ国と同盟を結ぶことかもしれないのだ。

 それだけは阻止しなくてはならない。

 

「で。成長して強くなったから、さっき貴方が言っていた他国との戦争に私もかり出されることになったんだけど、正直私はエルフ王のことを嫌ってたし、恨みもあったからこれを機に国を裏切ることにしたの。亡命するときの手土産としてエルフ王の首を持っていくつもりだったけど、あっちが一枚上手で……あの様よ。そこを貴方たちに助けられたってわけ」

 

 筋は通っているはずだ。

 今回の件はすべてエルフ国内のもめ事であり、法国とは全く無関係ということにする。

 その上で、これから法国に合流する理由づくりもできた。

 

 後はこのまま、モモンたちをエルフ討伐軍と合流するように話を誘導すれば良い。

 それまでにモモンを説得するか、できなくても魔導国の情報を得る。

 これが最善だ。

 

「ならば、君が取られたという武具はエルフの国の物なのだな?」

 

「……そうよ。エルフの国に伝わる国宝ってところね」

 

 六大神の遺産を、大罪人である八欲王の血を引くエルフ王の持ち物だと言うのは業腹だが、今更嘘でしたとも言えない。

 絶死の言葉を聞いたモモンは、何か深く考え込み始めていたが、しばらく時間をおいてから指を立てた。

 

「では、他にも同じような強力なアイテムはあるのか? 例えば──どんな種族であっても魅了するマジックアイテム、とか」

 

 ゾクリと背筋に冷たい物が流れた。

 モモンたちから殺意じみた気配が向けられているからだけでなく、そのアイテムに覚えがあったからだ。

 

(ケイセケコゥクを知っている? ホニョペニョコを倒すときに聞いたの? どうしよう。これもエルフの国にすり付ける? いやまだモモンの立場も分からない。ここは──)

 

「さあ? 国宝について知っているのはエルフ王だけだから、私はただ自分に合った武具を貸し与えられただけ」

 

 殺意が向けられた対象が不明な以上、断言するのは避けるべきだ。

 

「なるほど、なるほど。分かった、情報提供感謝する。私たちはそろそろ出立するが、君はどうする?」

 

「出立って、どこに?」

 

「エルフの国、いや先ずはダークエルフの集落を探すところからかな。この子たちをダークエルフに会わせてあげたくてな……それと。調べなくてはならないこともできた」

 

 落ち着いてはいるが、声からは深い憎悪を感じられる。

 やはりケイセケコゥクを使用した者に対して怒りを抱いているのか。だとすると何故。

 

(確かモモンはホニョペニョコ以外にもう一体別の吸血鬼を追っているって話だったはず。ケイセケコゥクを使ったのはそいつだと勘違いしている? ──情報が足りないわね)

 

 ホニョペニョコやモモンについては、詳しい報告書が自分のところに上がっていたが、絶死は読むのが面倒で、漆黒聖典の隊長に直接話を聞いてあらましを理解している程度。

 もっと詳しく読んでおけばよかったと思うが今更だ。

 どちらにせよ、これでは法国の本陣に連れていくのは危険すぎる。

 ならば。

 

「だったら、私も連れていってくれない?」

 

 モモンたちを連れていくことができないのなら、自分が付いていくしかない。

 できれば自分の無事を早々に本国に伝えたいところなのだが、この大森林で一度見失った者を再び見つけるのは不可能に近い。

 ならばこちらの方が法国にとっても利は大きいはず。

 

「ん? しかし、攻めてきている国に亡命すると言っていなかったか?」

 

「攻めてきているのは人間至上主義の国らしいから、何の手土産もなしでは無理でしょう? 体も回復させたいしね」

 

「まさかダークエルフを土産にする気ではないだろうな? あの国はエルフを奴隷にすると聞いているが」

 

「……それこそまさか、よ」

 

 嫌な話を聞いた。

 話自体は知っている。法国が戦争で捕らえたエルフの心を折って帝国などに奴隷として売り出しているという話だ。

 

 それほどエルフに対する法国の恨みが強いということであり、自分の存在がその一因になっていることも理解しているが、自分の好きな国が非道な行いをしているのを知ったときは、嫌な気持ちが湧いたものだ。

 

「それなら良い。では共に行こう」

 

「……いいの? 私が嘘を言っているとかそういうことは考えないの?」

 

 現時点では証拠の提示もできないので、断られることも視野に入れていたが、思いのほかあっさりと同意され、絶死の方が驚いてしまって、余計なことまで聞いてしまう。

 そんな絶死にモモンはカラカラと笑った。

 

「それならそれで構わないさ。そのときは私が力尽くで止めるだけだ」

 

 大した自信だ。

 子供の頃はともかく、成長し最強となった絶死にこんな態度を取る者は滅多にいない。

 

 ゼロではないのは漆黒聖典のメンバーの中には、英雄となったことを鼻に掛けて、つけあがり絶死に舐めた態度を取る者もいるためだ。

 そうした者たちは模擬戦という形で絶死と戦うことになる。

 そうやって鼻っ柱をへし折り、教育してやるのが絶死の役目の一つなのだ。

 

(ただ、モモンの場合、今の私だと正直手に余るのは事実なのよね)

 

 武具を揃えていれば、負ける気はしないが、正真正銘丸裸の現状では、モモンに勝てるかは怪しいところだ。

 

「そもそも我々もこの大樹海に来たのは初めてだからな。ガイド役がいるのはありがたい」

 

「え? ちょっと待って、案内とか無理よ。さっきも言ったでしょ。私はずっと訓練を受けてばかりで、ほとんど王宮に軟禁状態だったんだから」

 

 一つ嘘をつくと、次から次に嘘を重ねなくてはならなくなる。

 いつかボロが出そうで怖くなるが、そのときはそのときだ。今の自分でも逃げるだけならば何とかなるだろう。

 そんなことを考えつつ、言い訳を重ねる。

 

「ダークエルフの集落がある場所も知らないのか?」

 

「……それは、なんとなく」

 

 普段は報告書などまともに読まない絶死だが、今回、エルフ王討伐の為にエイヴァーシャー大森林へ出向くことが決まったため、ある程度の地理だけは頭に入れてきた。

 いざ森の中で戦いをする事になったとき、地理を覚えておけば役立つからだ。

 

 といっても、この広大な森に正確な地図などあるわけもなく、捕虜として捕らえたエルフから聞いた情報を、そのまま文章に起こしたものを見ただけなのだが。

 

 その中にダークエルフの村についての情報もあった。

 その内容を必死に思い出そうとする。

 

「確か、王都から更に南東へ、二千五百歩ほど行った先にある大岩から三本樹がある方向に、三千歩ぐらい進んだところに村がある。だったと思う」

 

「……ずいぶん大ざっぱだな」

 

 モモンの呆れた声には、思わず同意しかけてしまう。

 半分エルフの血が流れている絶死ですら、こんな情報だけではたどり着ける気がしない。

 

「アウラ。今の説明でどうだ? 行けそうか?」

 

「あ。は……うん。その王都の場所さえ分かれば、大丈夫、だと思う?」

 

 突然話を振られた男の子、アウラがぎこちなく頷く。

 本当に大丈夫なのかと心配になったが、モモンは特に疑うことなくあっさりと納得した。

 

「よし。それなら頼む。なるべくエルフや、法国とは接触しないように注意して進もう」

 

(法国。やっぱり、私たちの国がエルフの国を攻めているのは、魔導国も知っていたのね)

 

 これまであえて出していなかった国名をここで告げるのは、絶死の演技を信じたためか、それとも別の狙いでもあるのか。

 

「っとその前に。ハムスケ!」

 

 モモンが声を張り上げると、ガサガサと大きな物が動く音が近くから鳴った。

 先ほどこちらを見ていた視線を思い出して、身構える。

 

 木々の間からのそりと顔を出したのは、巨大な四足獣だった。

 見たことのない獣だが、目に知性の光が宿っている。特殊な魔獣なのかも知れない。

 

「話は終わったでござるか?」

 

 魔獣が流暢に言葉を話し、その大きな瞳をこちらに向けた。

 

「ああ。彼女が同行することになった。お互い仲良くな」

 

「承知したでござる。それがしはハムスケ。殿の騎乗魔獣でござるよ」

 

「ああ、そう。えっと私はアンティリーネ。ハーフエルフよ。よろしくね、ハムスケ」

 

 挨拶をしている間、視界の端でモモンがなにやらゴソゴソとやっていると思って、そちらを向くと、いつの間にか手に服を持っていた。

 それをこちらに向かって差し出してくる。

 

「私に?」

 

「ああ。いつまでもその格好じゃな」

 

 どこか言いづらそうなモモンに、絶死はくすりと意地悪く笑った。

 

「あら。目に毒だったかしら?」

 

 案外初なところがあるものだと思っていると、モモンは不思議そうに首を傾げた後、ああ。と言うように一つ頷き、それから首を横に振った。

 

「いや、そんな痴女みたいな格好だと、二人の情操教育に悪いからな」

 

「私のせいじゃないわよ!」

 

 あまりにもまじめに言われて、怒りと共にモモンの手から服を奪い取った。

 

 

 ・

 

 

『うーん。結局アレは殺さなくていいんだよね?』

 

 ネックレスを握ってマーレに言葉を送るとすぐに頭の中に返答が届いた。

 

『アインズ様自ら回復させたってことは、そうじゃないかな』

 

『……もしかしてあれが、アルベドの言っていたアインズ様の狙いって奴なのかも』

 

『え?』

 

『ほら、アルベドが言ってたでしょ? エルフの国に行くからには、戦争中の法国とやり合う可能性があるって』

 

 戦線を二つ抱えたくない法国は、エルフの国との決着を急ぐため、大攻勢を仕掛けるはずだと、アルベドが予想していた。

 実際、アウラたちはここに来る途中、森を切り開きながら進む軍隊を目撃している。

 

 最初、エルフと戦うあのハーフエルフを見たときは、兜で顔が見えないこともあって、アウラは法国の人間だと思っていたため、主がなぜエルフの方ではなく、こちらを助けるのか良く分からなかった。

 アルベドから、戦うとすれば法国の方だと言われていたからだ。

 

『でも、あの人は法国じゃなくて、エルフの国の人なんでしょ?』

 

『だからでしょ。アインズ様はそのことにも最初から気づいていたから、あっちを助けたのかも。ほら、もう一人のエルフの方はなんかバカっぽかったし、こっちを助けた方が利益が大きいってお思いになったんじゃないかな』

 

 鎧の上からではアウラでも種族までは分からなかったが、そこはナザリック最高の知恵者であるアルベドやデミウルゴスを、子供扱いするほどの叡智を持った主のこと。

 事前にそれを見ぬいていても、何の不思議もない。

 

 ただ、そうして助けたこのハーフエルフを、なにに使うのか。

 主のことだから、当然それも考えているはずだが、残念ながらアウラには想像ができない。

 何かあるだろうかと、考えていると突然、頭の中に大きな声が響く。 

 

『あ!』

 

 実際に声にしているわけではないため声量はないのだが、強い意志を込めた思考はその分、頭に響く。

 

『……なに?』

 

 こちらの不満が伝わったのだろう。

 マーレは震える声でおずおずと思考を続ける。

 

『もしかしたら、デミウルゴスさんが聖王国でやったことをこっちでもやるんじゃないかな? ほら、聖王国でアインズ様が助けた人を使って宗教みたいの作ったって話』

 

『あー。シズが言ってた人間か。それなら、今からダークエルフの集落に行くのもアレを使って、人集めをするためなのかな。でもなんか王の子供とかなんとか言ってたし、もしかしたら聖王に化けさせたっていうドッペルゲンガーの方じゃないの? あのバカっぽい王を殺して、アレを王にしたあと、魔導国の下につければ、大義名分? とかもできるし』

 

 マーレの考えを聞いてアウラも思いつく。

 ある程度大きな作戦については、守護者全員に情報共有されているため、デミウルゴスが聖王国で行った計画も、当然把握している。

 

 元は聖王の偽物を作り出して国を操る予定だったのだが、そこに主が手を加え、現地の人間を心酔させることで敬虔な信者を生み出し、既存の宗教とは異なる勢力を設立させたことによって、計画が年単位で短縮されたそうだ。

 

 このハーフエルフを使えば、同じことが一人で出来るのではないか。と思ったのだ。

 ようはダークエルフを始めとして、民の信頼を集めた上で、こっそりと王を暗殺し、混乱している最中、この女を先頭に立たせて法国を撃退し、正当な後継者として名乗りを上げる。

 人間国家ならともかく、原始的な暮らしをしているエルフたちなら、そうした方法での王位簒奪も可能だろう。

 

 主はあの奴隷となっていた三人のエルフから話を聞いた段階で、すでにここまで思いついていたに違いない。

 アルベドが言っていた不確定要素というのは、対象者が見つかるか分からなかった。というところだろうか。

 もしかしたら自分たちを連れてきたのは、見つからなかった場合の保険だったのかもしれない。

 

『マーレ。気を抜くんじゃないわよ。ここからが本番。非常にハイレベルな仕事の開始よ!』

 

 アルベドの言葉を思い出し、先ほどのマーレと同じほど強い意志を込めて思考を送り、同時に頷く。

 

『う、うん!』

 

 アウラの思考を受けて、マーレも思考のみならず、実際に頷いて答えてみせた。

 

 

 ・

 

 

(さて。どうしたものか)

 

 アウラの案内と、フェンリルの持つ森渡りの能力を使って、ほとんど一直線に大樹海──魔導国に於いてはエイヴァーシャー大森林をそう呼ぶことに決めた──の中を数時間かけて通り抜け、そろそろダークエルフの村が近くなった辺りで、アインズたちは少しの間生活するための拠点が作れそうな場所を捜索していた。

 

 いきなり村に行くのは危険なので、まずはダークエルフなど、知的生物の生活圏から離れた場所に、発見されにくい拠点を作り、そこで作戦を立てることにしたのだ。

 

 大樹海に入ってからは基本的にアウラとフェンリルがそうした場所を見つけてきて、アインズたちは留守番をしていたのだが、今回は状況が違うため、皆で固まって行動しながら周囲の散策を行っていた。

 

 とはいえ、結局のところ、安全な場所を探すのはアウラにしか出来ない仕事なのは変わりない。

 アインズは周囲の警戒という名目で適当に辺りを見回しているだけだ。

 そうした現状を利用して、アインズはこれからの行動について考えを纏めていた。

 ハーフエルフ──アンティリーネの身の上話を聞いて、アインズが考えなくてはならないことと、やるべきことが一気に増えたためだ。

 

(エルフ王はプレイヤーではないはずだ。純粋なエルフなら、茶釜さんの子供ということもないだろうし、あとはあけみちゃんさんか)

 

 やまいこの妹だったあけみちゃんは、エルフでキャラメイクをしていたはずだから可能性はある。

 しかしユグドラシルにはあまりはまっていなかったので、アインズとはさほど縁がなかった人物だ。

 まずはそれを確かめたい。

 

 その上でシャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテムがあるかを調べるのも重要だ。

 

(先の戦いに持ってきていなかったのならば、そっちの可能性は薄そうだがな)

 

 それならそれで良い。

 本当にエルフ王があけみちゃんの子供であった場合、殺すのは躊躇われる。

 とそこまで考えた後、別の可能性が浮上した。

 

(いや、待てよ。もしかして、あの根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)世界級(ワールド)アイテムで操っていたんじゃないか? その上で一体しか洗脳できない縛りがあったのなら、今回使わなかったことにも筋は通る)

 

 通常の手段で召喚できない精霊を使役していたのだから、そこにも何か理由があるはずだ。やはり世界級(ワールド)アイテムを持っていることも考慮に入れるべきだと考え直す。

 

(とにかく優先順位を決めなくては)

 

 アインズが今後しなくてはならないことは大きく分けて三つ。

 

 一つ目は当初の予定だったアウラとマーレの友達作り。

 これに関しては、ダークエルフの村に行ってからが本番だ。

 

 二つ目はエルフの国の情報を集めること。特に世界級(ワールド)アイテムを持っているかどうかが焦点となる。

 

 三つ目が、アンティリーネの扱いだ。

 当初は彼女と友好的な関係を築き、いろいろと情報を引きだすつもりだったが、現時点で話を聞いただけで、もう聞くことはほとんどなくなってしまった。

 というより彼女が言っていることが事実だと仮定すれば、子供の頃から幽閉され、訓練漬けの日々を送っていた彼女が、アインズが知りたい情報を持っているとは思えなかったのだ。

 

 もちろん本当のことを言っている保証はないため、本来ならナザリックに送って情報を引き出し、言っていることが本当か確かめる方が手っとり早い。

 

 しかし──

 

 周囲を警戒──という振り──したアインズはハムスケに乗ったまま、チラリとアンティリーネを見る。

 彼女もまた、周囲を警戒しているようだが野伏(レンジャー)としての能力はないらしく、アインズ同様どこを見ればいいのか分からないといった様子で、適当にあちこちを見渡し、時折感嘆の声を上げていた。

 

 ずっと幽閉されていたため、外で見るものすべてが新鮮に映っているようだ。

 

(現地生まれの強者って、正直やっかいだよなぁ)

 

 この世界でいうところの英雄や逸脱者、ようは三十から四十レベル程度ならばともかく、エルフ王は七十以上、アンティリーネに至っては九十近いレベルだと推察される。

 先日パンドラズ・アクターが戦ったリク・アガネイアもそうだが、この世界にはユグドラシルのルールとは異なる、独自の進化を遂げた強者が存在しているのは間違いない。

 そんな者たちがこれからも増えていけば、いずれはナザリックをも上回る戦力が誕生するかもしれない。

 

 だからこそ、アインズはこれまでこの世界固有の魔法やルーン、アイテムなどの研究は行っても、それを外に漏らさないよう、魔導国内に囲い込んできた。

 

 その理屈で言えばやはり、アンティリーネをナザリックに連れていき、なぜ彼女がこれほどの力を手に入れたのかを調べ尽くした上で、それを独占する。

 というより、今後似たような者が生まれないように、知識を封印した方が良い。

 

 だが、エルフ王があけみちゃんの子供であった場合、彼女はその孫になる。

 

 本当にどうしようもなければ仕方ないが、そうでないのなら、やまいこの家族である、あけみちゃんの子孫とは友好的な関係を築きたい。とりあえずエルフ王同様、正体が分かるまでは強行策は採らないことにした。

 それに。

 

(そんな娘だからこそ、アウラとマーレの友達になれるかも知れない)

 

 アウラとマーレには、これから行くダークエルフの集落で友達作りを勧めるつもりだが、うまく行く保証はない。

 普通のダークエルフの子供と、圧倒的強者である守護者。

 アインズはそうは思わないが、立場が違いすぎる者同士では、仲良くなれないと考える者もいる。

 特にナザリックのシモベたちは、ナザリックで生まれたものとそれ以外を明確に区分して、見下す傾向にある。

 それはアウラたちも同じだろう。

 

 だが、少なくともアンティリーネは強さという部分では二人にも見劣りしない。

 加えて本当に彼女があけみちゃんの孫であった場合、ナザリック至上主義のアウラたちも親近感を抱くはずだ。

 

 気になるのは、外見年齢が十代前半ほどに見えるため、アウラたちとは年齢的に差があることだが、守護者として仕事をしている二人は、同年代のダークエルフに比べ精神的に成熟しているはずだ。逆にずっと幽閉されていたアンティリーネは情緒が育っていない可能性もある。

 精神年齢で言えば釣り合いが取れるかもしれない。

 

 そう考えると、やはり即ナザリックに送り出すことはできない。

 

(シズとあの目つきの悪い娘が仲良くなったのも、共に旅をして友好を深めたのが大きいと聞いている。今からダークエルフの村まで一緒に旅をすれば、仲良くなれるかも知れない)

 

 その意味で言うと大人であるアインズは、これからは少し離れた位置から、彼らの行動を見守る立場を取った方が良さそうだ。

 そうして、物理的にも少し後ろに下がろうとした矢先。

 

「モモンさん」

 

 アウラが鋭い声を上げた。

 

「ん? どうしたアウラ」

 

 こちらの考えが見透かされたかと思ったが、そうではなかった。

 

「少し離れたところで魔獣の声がします」

 

「ほう。魔獣か」

 

 何か知っているか。と言うようにアンティリーネを見たが彼女は首を横に振る。

 大樹海に関する知識をほとんど持っていないのは、事実のようだ。

 

「ここまでは一度も遭遇しなかったが、ダークエルフの村が近いのなら、ちょうど良い。どの程度の魔獣がいるか調べる意味でも戦ってみるか」

 

 相手の強さが分からない状態で戦闘に入るのは、アインズ・ウール・ゴウンのやり方ではない。

 しかし、今回は別だ。

 

 いくら何でもレベル百──アインズは戦士化しているため本来の実力よりかなり劣るが──が三人に、九十程度が二人──フェンリルはレベル七十八だがアウラの支援でプラス十アップできる──ついでにハムスケ。

 この面子で勝てない敵が、その辺をうろうろしているとは考えられない。

 最悪でも逃げるぐらいはできるはずだ。

 

 なによりシズの時と同じように、アウラたちとアンティリーネが共に戦うことで絆が深められるかも知れない。

 加えてもう一つ。

 

「次の作戦で使用するから、出来れば生きたまま捕らえて欲しい。もちろん、無理だと判断したらすぐ教えてくれ」

 

 最悪アインズが、アンティリーネの目を盗んでモンスターを召喚するつもりだったが、ここに住んでいる魔獣ならちょうど良い。

 

「アンティリーネ。悪いがお前にも手伝ってもらうぞ」

 

「それは構わないけど、素手で? 貴方の剣一本貸してよ」

 

 エルフ王と戦っていたときは鎌を使っていたのだから、彼女は素手で戦うモンクではない。

 当然といえば当然の提案だ。

 現在戦士化しているアインズが持っている剣は、鍛冶長が作り上げた武器なので、貸しても問題はないが、そうなるとアインズは剣一本で戦うことになってしまう。

 

 アインズが訓練しているのは二本の大剣を使った戦い方か、剣と盾を使う方法、あるいはスティレットを両方に持つやり方。

 ようは両手に武具を持って戦う方法が基本なのだ。

 

 大剣一本で戦うとなると、普通は両手持ちにするのだろうが、そうした戦い方はしたことがないので、不格好になる。

 かといって、片手で大剣を振るう戦い方をしても、空いた片手をどうすればいいのか分からない。

 歴戦の戦士という設定のモモンが、そんな無様を晒すわけにはいかない。

 

「……すまないがこの武器は人に貸すことは出来ない。武器も鎧も、ある程度の時間装備し続けておくことで、特殊な効力を発揮する武具なのでな」

 

 とっさにしてはなかなか良い言い訳だ。と自分で感心する。

 実際、アウラとマーレが着けているどんぐりのネックレスのように、一定期間装備しないと効果を発揮しないアイテムは存在している。

 

 こちらの世界にも似たような武具があるかは正直分からないが、ユグドラシルの武具を着けていたアンティリーネならば納得してくれるだろう。

 

「……そ。分かったわ」

 

 多少不満げだが、案の定、彼女はそれ以上文句を言ってくることはなかった。

 

「よし。では行くぞ!」

 

 下手に話を続けてぼろが出てもいけないと声を張り上げて、アインズたちはアウラの案内に従って、魔獣の下に移動を開始した。




次からはダークエルフの村の話も入ってきます
半分くらい書いてあるので、次の投稿も一週間はかからないはず


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 ダークエルフの村へ

れっど・おーが・くらいどミッションに関しては書籍版と大して変わらないため飛ばして、村に着いてからの話
こちらも似通った部分はあるので飛ばしつつ書いていますので、書籍版を読んでいないと分からないところがありますのでご注意ください


「で。先ずはアウラとマーレが先行し、こいつの足を止める。その後私とアンティリーネが前に出て撃退する」

 

 こいつと言ってモモンが指した先にいるのは、体長四メートルほどの熊に似た魔獣だ。

 絶死も見たことのない魔獣だが、強さはなかなかのもので、漆黒聖典のメンバーでも一対一で戦えば何人かは危ないかも知れない。

 つまり人間で言うところの、英雄級の実力を持った魔獣ということだ。

 

 もちろん、英雄どころか逸脱者ですら相手にもならない神人である絶死の敵ではないが、それはここにいる他のメンバー──ハムスケなる巨大な四足獣は例外だ──でも同じだ。

 

「次に村に着いてからだが──」

 

 モモンの言葉を話半分に聞きながら、絶死はそっと周囲を観察する。

 皆説明に聞き入っているため、絶死の行動に気づいた様子はない。

 

 まず見たのは、モモンの両隣を確保している双子のダークエルフ、アウラとマーレだ。

 彼らも相当な実力者。

 魔獣熊を実質的に相手したのは、この二人である。

 

 すべての力を見たわけではないが、あの余裕な態度から察するに、本気で戦えば漆黒聖典の隊長と近い。

 つまり、六大神の血が覚醒した神人級の実力はあるかも知れない。

 

(それにあの狼みたいな魔獣。あいつもやばい)

 

 先の戦闘には参加していないため、実力のほどは不明だが、密集した蔦や木々が自動的に避け、一直線に森の中を進む特殊技術を用いているとはいえ、これだけの距離を数時間で移動する速力と体力は驚嘆に値する。

 森の中であの力を使われたら、追いかけるのは難しい。

 

 そして一度姿を見失えば、再び発見するのは不可能。

 そのままゲリラ戦にでも持ち込まれたら、絶死でも危ういかもしれない。

 

(え? ちょっと待って。ハムスケは除くとしても、ここにいるだけで神人級の戦力が四つ。その上魔導王やその配下のアンデッドが加わる──)

 

 この場でもっとも強いのは、絶死の攻撃をあっさりと受け止めたモモンだ。

 それは間違いないはず。

 

 魔導王はそのモモンがほとんど戦いもせず膝を折り、配下に加わった相手と聞いている。

 つまり、戦力に於いてもモモンを超えている可能性がある。

 これまで絶死は魔導国の危険性を聞かされながらも、どこか相手を舐めていた。

 

 強者と戦いたい、敗北を知りたいと口では言っていても、その実己に勝てる存在などいるはずがないと確信していたからだ。

 

 切り札を使えば、最悪魔導王ともう一人くらいならばどうにかできるだろうが、そこまでだ。

 そもそも、ここまで戦力が揃っている魔導国が相手では、自分一人でその状況まで持っていくこと自体不可能に思えてきた。

 

(これ、不味いわね)

 

 法国は他国に比べ、軍事力が突出している。

 加えて、漆黒聖典を始めとした個の戦力育成にも力を入れていた。

 英雄以上の実力者は万軍に勝るが、個であるが故に、複数箇所を同時に攻められると弱い欠点もある。

 

 故に法国は軍と個どちらも強化し、相手の出方によって、軍には軍を個には個をそれぞれ配置できるようにしている。

 それが法国を周辺国家最強たらしめている理由だ。

 

 対して魔導国は、疲れ知らずで広範囲の敵を同時に攻撃できるソウルイーターを始めとして、斬った敵をアンデッドに変えるデスナイトなど、個でありながら軍を相手取れるアンデッドを多数持っているだけでなく、純粋な個に於いてもこれほどの数を揃えている。

 まさしく法国の上位互換。

 

(やっぱりさっさと本陣に帰還して、情報共有をするべき? でも、今戻れば本国に私の敗北が伝わる。そうなればきっと、もう奴を殺すチャンスは貰えない)

 

 人間の存続を第一に考える上層部のことだ。

 ここにいる戦力を含めた魔導国の危険性を伝えてしまうと、戦線を二つ抱える危険を冒すくらいならば。とエルフの国と講和を結ぶなどと言い出しかねない。

 

(冗談じゃない! そんなことをすれば、私は。あの人は)

 

 母の姿を思い出す。

 彼女の憎悪をコピーされ、エルフ王を憎み、その恨みを晴らすためだけに強くなった。

 母が死に、当時の関係者が一人もいなくなったとしても、それは変わらない。

 

 絶死の喉に刺さった骨。

 アレを抜かなければ、自分は前に進めない。

 

(法国に戻るのは、奴を殺してからだ。そのためにこいつらを利用してやる)

 

 当初絶死は、モモンたちとエルフ王を接触させないように立ち回るつもりだったが、少しの間彼らと接してみて分かったことがある。

 魔導王はどうか知らないが、少なくとも彼らとエルフ王は確実にそりが合わないということだ。

 

 特に下半身でものを考えているエルフ王がアウラ──男の子かと思っていたが、女の子らしい──の存在を知れば、たとえ孫が相手であっても、不埒なことを言い出すに決まっている。

 少し接しただけでも分かるほど、二人のことを大事にしているモモンが、それを受け入れるはずがない。

 

 カロンの導きがない今、絶死の切り札のうち一つは使えない。

 かといって、もう一つの切り札だけではエルフ王はともかく、あの土の精霊がいては勝ち目は薄い。

 だからこそ、どうにかしてモモンたちとエルフ王をぶつけ、彼らに土の精霊の相手をしてもらっている間に、絶死がエルフ王を殺す。

 これが彼女の考えた今後の計画だ。

 

(そのためにも、まずは信用を勝ち取らないと)

 

 双子も絶死のことを明らかに疑っているらしく、時折、こちらを監視しているが、このチームのリーダーはモモンだ。

 そのモモンさえ信用させればいいのだが、現時点ではそれも難しい。

 

 先ほどモモンは、絶死に武器を貸さなかった。一定期間装備していなくてはいけないなどと言っていたが、それはおそらく嘘だ。

 実際そうした制約のある武具があるのは知っているが、それらの武具に共通しているのは魔法の力が込められていること。

 そして、魔法の武具は輝きが目に見える。

 

 だが、モモンの装備には、その輝きがない。

 向こうがそのことに気づいていないとは思えないので、あれは絶死に、お前のことはまだ信用していない。と伝えるためのものだろう。

 問題はその信用がどのレベルで──

 

「……ティリーネ?」

 

「え? あ。なに?」

 

 突然声を掛けられて、慌てて対応する。

 

「いや、ずっと難しい顔をしているが、何か疑問でもあるのか?」

 

 全員の視線が絶死に注がれた。

 まさか聞いていなかった。とも言えずに誤魔化すため、必死に頭を回転させる。

 

「いいえ。作戦に関しては問題ないわ。ただ、村で匿ってもらうだけで、なんでそんな面倒なことまでしないといけないのかと思って」

 

 一番最初に疑問に思ったことをそのまま口にした。

 今モモンが話していた計画の概要は、アウラが躾けた魔獣熊にわざとダークエルフの集落を襲わせ、タイミングを見計らって助けに入ることで、ダークエルフに感謝されて村に素早くとけ込むというものだ。

 そんな面倒なことをしなくても、強者というのはそれだけで尊敬の眼差しで見られるもの。

 

 年齢や外見で最初は侮られても、力を見せつければ直ぐ信頼を得ることができるはずだ。

 それで十分ではないだろうか。

 絶死の指摘に、モモンは少し言いづらそうな間を空けてから告げた。

 

「アウラとマーレであれば、そうかもしれないが、私は人間、君はハーフエルフだ。現在エルフの国は法国に攻められていると聞く。人間にあまり良い感情は持っていないだろう」

 

「そ、そうね。私は法国とは関係ないけど、相手がそれを理解する保証はないものね」

 

 思わず声が上擦った。

 実際法国に於けるエルフの扱いは、絶死でも目を背けたくなるようなものだ。

 戦争に参加しているエルフだけでなく、なにも知らない村を襲って、そこからエルフを奴隷として連れ帰っているとも聞いている。

 だが、それを今、わざわざ口にするというのが気になる。

 

(え? 大丈夫よね。私の素性まではバレてないわよね?)

 

 疑われているのは間違いないが、それは武器を持たせると、その場で敵に回る危険性を考えてのことであり、素性に関して気づかれるミスはしていないはずだ。

 それこそエルフを奴隷にする人間至上主義の法国が、ハーフエルフを仲間にすることはあり得ないのだから、説得力も出るだろうと思っていたが、法国のことをピンポイントに出されると勘ぐってしまう。

 

「うむ。だが、命の恩人であれば多少疑われても、邪険には扱われないだろう」

 

「……分かったわ。ただ私に演技は期待しないでよ?」

 

 どちらにしても今は様子を見るしかないと、肩を竦めてモモンから視線を逸らす。

 もし、すでに自分の素性がバレていて、わざと泳がされているのなら、その目的が何なのか考えなくてはいけない。

 絶死の言葉に、アウラは不満そうに唇を尖らせていたが、モモンはそれを制して、手を振りあげた。

 

「では、始めよう」

 

 

 ・

 

 

 魔獣熊を使った、れっど・おーが・くらいどミッションは無事成功した。

 もっとも、全員無傷とはいかず、しぶとく纏わりついていたエルフが一人、吹き飛ばされて重傷を負ったらしい。

 ケガらしいケガは無さそうだったが、頭を強く打ったのか、アウラを見て何か意味の分からない言葉を吐いていたため、そのまま連れていかれてしまった。

 

 その後、助けたうちの一人である狩猟頭を名乗るダークエルフの案内で、アウラたち一行は長老たちに会うこととなった。

 その道すがら、アウラは狩猟頭とあれこれ話をして情報収集を開始していた。

 

 長老たちのことから始まり、ここにきた表向きの目的である、未知を求める冒険についても伝えた。そのまま自分たちは複数の種族が暮らす国に住んでいるが、ダークエルフはほとんどいないため他のダークエルフに会いに来た。と適当な説明も行い、ついでに魔導国への勧誘なども行ってみたが、反応は芳しくないようだ。

 

 アウラ一人が話しているのは、現在の隊列が関係している。

 狩猟頭の後ろにアウラとマーレ。その後ろをアンティリーネが続き、最後尾が主人だ──ちなみにハムスケとフェン、そして仕事を終えた魔獣熊は揃って元のキャンプ地で待機している。

 

 この並び方は初めから決められた順番で、彼らと同じダークエルフであるアウラが話しかけて情報収集を行いつつ、ハーフであるアンティリーネや人間の冒険者モモンということになっている主人の仲介役として動く予定だ。

 そしてもう一つ。

 主人は直接口にはしなかったが、アウラの考えた通り、今回の目的がエルフの国を支援して法国にダメージを与えることならば、上手く誘導してアンティリーネをその旗頭にしてしまうことだ。

 本当ならこの辺りも主人に指示を仰ぎたいところなのだが、アンティリーネがなにかと主人の傍に居たがるため、その隙がなく、モモンの鎧を纏っている最中は伝言(メッセージ)も使えないため、内密に連絡を取ることもできない。

 

 もっとも仮にできたとしても、主人は自分たちが自発的に考え、成長することを望んでいるようなので、あえて指示を出さないかもしれない。

 たとえアウラがミスをしても、叡智に溢れる主人の策で挽回できるからこそだが、アウラにとっては辛い。

 主人が尻拭いをしてくれるからといって、それを見越して不用意な行動をするなど不忠もいいところだ。

 

 だからこそ、アウラは必死に頭を働かせ続ける。

 そうこうしている間に狩猟頭は、他のエルフツリーと大して変わらない木の前で振り返った。

 

「ここだ」

 

 アウラとマーレも足を止め、それにアンティリーネと主人も続く。

 更にその背後をぐるりと半円を描くように、一緒に付いてきていた多数のダークエルフが取り囲んだ。

 

「知っていると思うんだが、中はそれほど広くないんでな。長老たちを呼ぼう──長老たち。御客人が参ったぞ!」

 

 その言葉を合図にエルフツリーに開いた穴から三人のダークエルフが降りてくる。

 男が二人に女が一人。

 人間の外見に換算すれば全員三十代半ば程度だが、ダークエルフの年齢は外見から想像しづらい。

 実際、つい先ほど雑談の最中に狩猟頭の年齢を読み間違えてしまったばかりだ。

 迂闊なことは言えない。

 

 三人のダークエルフはアウラとマーレを見てからその後ろに立っている主人とアンティリーネを見て、一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに威厳を込めた表情を見せる。

 狩猟頭が、魔獣熊──ダークエルフたちに言わせるとアンキロウルスス──の王を撃退してくれた事実と共に全員の紹介をした。

 それを受けて真ん中に立っていた長老の代表らしき男が重々しく口を開き。

 

「うむ。よくぞ来られた。遠方の若き木々。それに──」

 

 若い木々というのはアウラとマーレのことを指しているのだろう。

 その後、僅かに考えるような間を空けてから続ける。

 

「我々とは異なる種より生まれた方々よ。歓迎しよう」

 

 違和感のある話し方は、人間やハーフエルフを例える言葉が見つからず、無理やりひとまとめにしたように感じたが、それより気になったのは、思ったよりもダークエルフが人間──と思っているであろう主人──やその人間とのハーフに対して、悪感情を持っていないことだ。

 

 正式にナザリックに置くことになった元奴隷のエルフたちは、法国は唾棄すべき存在として強い憎悪を抱いている。

 その法国が人間国家であるため、人間全体にもあまり良い感情を持っていなかったようだが、ダークエルフからはそうした雰囲気を感じない。

 

 これは直接被害を受けていないダークエルフだけの特徴なのか、それともあの三人は一時期奴隷になっていたから人間を憎んでいるだけで、他のエルフも人間自体には特に悪感情を持っていないのかは不明だ。

 そんなことを考えていると、周りにいるダークエルフの誰かが呟く声が聞こえてきた。

 

「村を救ってくれた方に対して最初にすべきはお礼でしょ?」

 

「ええ。本当に」

 

 アウラとしては長老たちの挨拶は特に問題があるとは思えないが、ここに来るまで間に聞いたところによると、どうやらこの村で、長老たちと能力主義の若者たちで対立が起こっているらしいので、同じ行動をとっても好感度の違いによって受け取り方が変わるという奴だろう。

 

 その後、代表である長老と女長老が反論し、改めて礼の言葉を口にしたが、今度は優先順位が分かっていないなどと言いだし、それにも反論が入り、いがみ合いを始める両派閥に加え、どちらの派閥にも付かない者たちもいて、この村がそれら三つの派閥争いで揉めていることが確定した。

 

(これは使えるかも)

 

 派閥争いをしていた者たちを纏めあげた。という実績は、アンティリーネを祭り上げる上で役立つ。

 

(どっちにしろ、そろそろ止めないとね。憎まれ役はあたしがするか)

 

 今後のことを考えればアンティリーネの評価を下げるのは得策ではないし、マーレにはそうした演技は無理だ。

 当然主人にそんな雑務はさせられない。となれば選択肢はアウラしかない。

 未だ繰り広げられるダークエルフたちの言い合いに、口を挟もうとした次の瞬間。

 

「申し訳ないが、村のもめ事なら私たちの居ないところでやってくれないか? 私が聞いたトブの大森林に居たというダークエルフの話とはだいぶ違うようだな」

 

 一歩前に出た主人がピシャリと言い切り、場に沈黙が落ちた。

 

(トブのって──あ! ピニスンの。そっか、これを使えば良かったんだ)

 

 なぜここで主人が動いたのか気づき、アウラは内心で自分の愚かさを責め立てる。

 もともとダークエルフはトブの大森林で暮らしていたが、アウラたち守護者総出で討伐した封印の魔樹、ザイトルクワエの脅威に晒されて、この地に逃げ延びてきたのだ。

 彼らの中にはそのころから生きている者も居るはずなので、この事実を巧く伝えれば、アウラたちの立場は村の恩人だけでなく、かつての故郷の平穏を取り戻した者となる。

 

 喧嘩を始めたダークエルフたちを見て、主人はアウラがその手札を切ることを期待していたに違いない。

 しかし、アウラが一向に動かないため、自分が動いたのだ。

 

(ピニスンはあたしたちの守護階層の住人なのに。これじゃあシャルティアのこと言えないよ)

 

「……聞いた、とは? いったいどなたに」

 

 長い沈黙の後、恐る恐るといった様子で長老代表が言い、他のダークエルフもそんな長老の態度に驚いて様子を見守る。

 そんな視線を一身に受けても動じた様子を見せない主人は、そのままアウラに目を向けた。

 

「奴と仲が良いのはアウラだったな。話してやってくれ」

 

「あ。はい! 分かりました!」

 

 突然話を振られ思わず、敬語を使ってしまったが、特に誰も気にした様子はなくアウラに視線を移した。

 

「トブの大森林──ここから北の森で出会った森精霊(ドライアード)だよ。何百年も前から森に住んでるみたいで、ダークエルフとも仲が良かった時期もあるとか言ってたから、それってこの辺のダークエルフのことじゃないの?」

 

「そ、そのドライアードの名前は?」

 

 話を聞いていた女長老が、震えた声で告げた。

 一瞬名前を言って良いものか考えたが、視界の端で主人が頷いたのを確認して、アウラは続ける。

 

「ピニスン。ピニスン・ポール・ペルリアだよ」

 

「ああ! 彼女は生きていたのね。てっきりもう、あの恐ろしい魔樹に殺されてしまったものだとばかり」

 

 頭を振り、地面に膝を突いた女長老を他の二人の長老が慰めるように肩を叩き、周囲のダークエルフたちはどうしたものかと様子を窺っている。

 

 しばらく女長老の嗚咽が続いたが、それもやがて治まっていく。

 そこから先は早かった。

 正気を取り戻した女長老をはじめとして、三人の長老たちからの対応が、目に見えて良くなったのだ。

 主人の言った村に滞在して調査を行う許可はもちろん、今宵魔獣熊から村を救ってくれたことに対する礼を含めて宴が開かれることとなり、とりあえず、それまでは用意されたエルフツリーの中で待機することとなった。

 

(流石はアインズ様。でもこれで、とりあえず村を纏める下地はできたってことだよね)

 

 実力を示せば、若者グループから尊敬を集められる。

 長老たちとはかつての知り合い──というには反応が過剰なのでもっと親しい間柄だったのかもしれない──のピニスンとの繋がりを活用して、友好関係を築くことができる。

 双方に認められれば、様子見をしている他の者たちも付いてくるだろう。

 

 ようはこの村をどう利用するにしても、少し手を加えるだけで、全て選ぶことができる状況ができあがった。

 今回は主人の手を煩わせる結果になってしまったが、次こそは。

 主人がどんな選択をしようとも全てに対応してみせる。

 そして。

 

(今度こそ、アインズ様に誉められるんだ!)

 

 アウラは心の中で拳を握りしめた。

 

 

 ・

 

 

(そうだ。ピニスン。ピニスンだ。この間も聞いたはずなのに、本当に俺って奴は──)

 

 用意されたエルフツリーの中で、テキパキと自分の荷物を整理し始めたアウラの背を見ながら、心の中でため息を吐く。

 元からアインズは人の顔や名前を覚えるのは得意ではないとはいえ数日前に聞いて、存在を思い出したばかりのドライアードの名前まで忘れてしまうとは。

 アウラがあっさり引き継いで話してくれたから助かったが、そのことについてアウラやマーレはどう思っただろうか。

 

 いや、あの二人、というよりナザリックの者たちはアインズを絶対的支配者として認識しているため、適当なことを言っても勝手に良いように勘違いしてくれるが、ダークエルフたちやアンティリーネはそうではない。

 そうしたところは見せないように気をつけなくてはならない。

 今回アインズは王としてではなく、冒険者モモンとしてここにいるため最悪、多少変に思われても、誤魔化すことは可能だが、気をつけるに越したことはない。

 

「モ、モモン、さん。あたしの方は荷物の整理が終わったから手伝い……おうか?」

 

 まだ言葉遣いに慣れていないらしく言いづらそうに提案してくるアウラに、返事をしようとしたところで、特に荷物を持っていないため部屋の隅に立っていたアンティリーネと目があった。

 その表情はどことなく不満げだ。

 いったいなにが不満なのかと、首を傾げそうになったところで気がつく。

 

(そうか! 俺と同じ部屋は不満ということか)

 

 借りることになったエルフツリーは空いている物の中で一番大きいものらしく、たとえ四人でも問題なく使えそうな広さはあるが、アウラはまだ子供だから問題ないとしても、アンティリーネは外見的には十代前半。

 人間で言えば思春期に入った頃だ。

 

 アンデッドの体になったことで性欲もほとんどなくなり、常にメイドが寝ずの番をしていることもあって、寝る際に他人が傍にいることを当たり前のものとして認識していたが、普通であれば、よく知りもしない異性が同じ部屋で寝泊まりすることに不満を抱くのは当然だ。

 先ほど決心したばかりだというのに。

 慌てて、しかしそれは見せないようにアインズは一つ咳払いするとまだ荷物の整理中だったマーレもこちらを振り返った。

 全員の顔を見回してからアインズは冒険者として親しみやすいような態度を見せる。

 

「その必要はないさ。そもそも私はこの後別のエルフツリーを借りてそこで寝るつもりだからな。こうして一度集まったのは、その前に今後のことについて少し話をしておきたかったからなんだ」

 

 反論が入らないように、一気に伝える。

 あくまで初めから同じ部屋を使うつもりはなく、予定通りなのだと強調しておく。

 

「モ、モモンさんはお一人でですか?」

 

 マーレの話し方は、普段と特に変わっていないが元々マーレは誰にでも敬語を使っているので、名前さえ間違えなければ問題はない。

 

「ああ、もちろん。お前たちは三人でここを使ってくれ」

 

 男女が同じ部屋はまずい。という話をしても良いのだが、それをするとマーレはどうなる。ということになってしまうので理由は言わない。

 しかし、アンティリーネにはあっさり見抜かれたようで、彼女はニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「あら。気を使ってもらって悪いわね。でも助かるわ。私は多感な年頃だから、男と一緒に寝ろなんて言われたらどうしようかと思ったわ」

 

 こちらをイジることを目的にした冗談まじりの言葉は、ちょっと新鮮だ。

 アインズはこうした会話も嫌いではないのだが、ナザリックにも魔導国にもこの手の話題を振ってくれる者は皆無。

 そうした思いがアインズの口を軽くした。

 

「そういう君は幾つなんだ?」

 

 冗談を返す。

 実際多少気になっていた。

 エルフやダークエルフの寿命は千年程度と決まっているため、大ざっぱに外見年齢を十倍することで実年齢を読むことができるが、ハーフエルフにもその法則が当てはまるとは限らないからだ。

 

「ふふ。何歳だと思う?」

 

 さらに意地悪い笑みを深めたアンティリーネに、アインズは兜の中で幻覚の顔を歪めた。

 

(出たよ。このどう答えても面倒なことにしかならない質問。調子に乗るんじゃなかった)

 

 社会人時代に何度か問われた経験があるが、この質問は答えた年齢が、実年齢より上でも下でも、なんならピタリと当てても面倒なことにしかならない。

 しかし同時にかつての経験から、躱し方にも多少の心得がある。

 

「そうだな。アウラはどう思う?」

 

 アインズが採った手段は他者、それも子供にすり付けるという正直最悪な方法だが、空気の読めるアウラならばきっと──

 

「んー。そうだね。さっきのおじさんとお似合いくらいに見えるから三百歳超えとかじゃないの?」

 

(え? そうなの? ハーフは逆に成長が遅くなるのか? それで寿命まで短かったらデメリットしかないような──)

 

「は? 誰が三百歳超えですって。貴方こそその歳でもう老眼に入ったんじゃないの? ああ、流石にそれはないかしらね、まだ五十歳くらいのお子さまでしょうしね」

 

 売り言葉に買い言葉で、明らかな挑発をするアンティリーネに、当然のようにアウラも乗った。

 

「はぁ!? 誰が五十歳だって? あたしはもう八十歳なんだけど!?」

 

「どっちにしても子供でしょ? ちょっとは年長者を敬いなさいよ」

 

 顔をつき合わせてにらみ合いながら口喧嘩を続ける二人。マーレはそんな二人の間に立って、オロオロと視線を動かし続ける。

 

(そうか。この世界に転移したときは七十六歳だったのに。月日が経つのは早いものだな)

 

 助けを求めるようにこちらを見ているマーレの視線に気づくことなく、アインズはしみじみと時間の流れを思い返すのだった。




ちなみにピニスンについては書籍版ではほぼ話に上がりませんでしたが、大樹海に来たのが三百年くらい前で、長老たちの中にはその頃から生きている者もいるのだから、直接的な知り合いがいても不思議はないのでは。と思ってこうなりました
次は歓迎の宴での話。そろそろ絶死の交流が始まる、はず


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 忘れ得ぬ味

歓迎の宴の話
書籍版ではアインズ様の行った適当な礼儀作法を深読みしたせいか飛ばされていましたが、この話ではそのやりとりが無いため、普通に宴が開かれることになります


 室内に居るのは三人。

 

 最長老、ラズベリー・ナバー。

 男の長老、ピーチ・オルベア。

 そして女の長老、ストロベリー・ピシュチャ。

 

「……さっきはごめんなさい。若造たちの前であんな失態──」

 

 常に礼節を持ち、年長者の経験や知識に敬意を払うよう訴えている自分が、若者グループの前で子供のように泣きじゃくるという失態を犯したことを謝罪する。

 

「仕方あるまい。お前は彼、いや彼女と仲が良かったからな」

 

 ピーチの言葉にストロベリーは小さく頷く。

 この地にやってくる前、ダークエルフは北にある大森林を支配下に置き、強大な勢力を誇っていた。

 

 しかし、そんなダークエルフにも唯一恐れるものがあった。

 それこそが遙か昔から森の奥底で封印されていた、世界を滅ぼしかねない強大な力を持った魔樹の存在だ。

 

 数多の竜王と互角に戦い、やがて封印された魔樹だったが、その封印が解けかけているのか、ある時から魔樹の一部が動き出すようになり、結果ダークエルフも多大な被害を被ることになった。

 

 ピニスンはそんな魔樹の近くに生まれてしまった森精霊であり、本体である木の傍から離れることができないため、こちらの森に渡ってくる際に別れることになったのだが、それまでは友好的な関係を築いていた。

 

「しかし、ピニスンが無事ということは魔樹はまだ目覚めていないのか? それとももしや彼らが?」

 

「それはありえん! あれの封印が解ければ世界は終わりだ。大方、触手を討伐したというところではないか? アンキロウルススの王を撃退できる実力があるならその位のことはできるだろう」

 

 触手は当然本体より遙かに弱いため、ダークエルフたちでも何度かは撃退できた。しかし、徐々にその間隔が短くなっていることに加え、毎回甚大な被害を受けたことで、もはや対処不能と判断し、北の森を捨ててこの大樹海へと渡ってきたのだ。

 

「そうね。私たちだって、妖精の祝福が失われる前なら……もしかしてあの二人も祝福を受けているんじゃないかしら」

 

「どうかな。あの二人は基本的に足止めで、主だって戦っていたのは残る二人と聞いているが……」

 

「直接ではなく、祝福としてあの素晴らしい武装を妖精から貰ったのなら説明が付くわ」

 

 すっかり調子を取り戻したストロベリーに苦笑しつつ、同意できる部分もあると二人の長老も頷く。

 

「今日の宴で探りを入れてみるか?」

 

「ただやり過ぎて悪い印象を与えるのもまずい。他にも村はあるのだから、気分を害したらそちらに向かいかねないぞ」

 

「この周辺の調査や探索が目的と言っていたものね。できればこの村を拠点にして貰いたいわ」

 

 モモンと名乗った戦士が語ったところによると、彼らの目的はこの森にしかない動植物の採取や調査らしい。

 当然、時間も掛かるため、拠点が必要になるはずだ。

 

「もっと言うならあの二人にはずっとこの村に残って貰いたいところだけれど……」

 

「それは難しいだろう。みたところ、あの双子は全身を覆う鎧の戦士にかなり懐いているようだしな」

 

「あの戦士は何者かしら。ピニスンのことを最初に伝えてきたのも彼だったし、ダークエルフ、ではないわよね? 人間、なのかしら」

 

 モモンの体格は大人のダークエルフより立派で背も高かった。

 人間はダークエルフやエルフより少しだけ大きいと聞いていたので、特徴とも合致する。

 

「それも分からん。どちらにしても宴の用意を急がなくては。時間もないからな。村の者たちを総動員し、備蓄している食料を全て使いきるしかないか」

 

「若者たちが嫌がらないか?」

 

 命の恩人を歓迎する宴なのだから、もてなすのは当然だが、礼儀作法を殆ど知らない若者からは備蓄まで放出すると不満が出そうだ。

 

「では、今日の宴は若者主導でやらせて、今のうちから別れの宴に向けて準備を始めるのはどうだ? 彼らも調査の一環として、こちらの狩りや採取に手を貸してくれると言っていた。今までより安全に大量の食料を集められるだろう。彼らがどの程度村にいるのか今回の宴で聞きだし、そこに合わせた別れの宴の準備を我々が主導すれば良い」

 

「それよ。そうすれば私たちを見直すに違いないわ。どうせあのお馬鹿さんたちじゃあ、まともな準備もできないでしょうしね」

 

「……しかし、若者に任せて手際が悪ければ、それこそ客人の機嫌を損ねてしまうのではないか?」

 

「確かに。では最低限、フォローできる準備だけは整えておこう」

 

 宴の件は終了し、そこからは宴の席でなにを聞くか、そして誰を中心に接触するかの話し合いに移行した。

 

 

 ・

 

 

 ダークエルフの村の中央にある広場──木々から伸びる橋によって固定された中空に浮かぶお盆のような場所──に、複数のダークエルフが集まっていた。

 

 村の恩人である四人の客人をもてなす宴の準備を行うためだ。

 

「急げ。手際が悪いと老害どもが口出ししてくるぞ」

 

 副狩猟頭であるプラム・ガネンの言葉に、彼と志を同じくする若者グループが力強い返事をする。

 伝統を重んじる長老衆とは異なり、この危険な森で生きる以上、伝統や年齢とは関係なく、実力の高い者が村を纏めていくべきだというのが、プラムたちの考え方だ。

 

 だからこそ、いつもであれば率先して口出ししてくる長老衆が、今回に限って、直接救われた若者たちを中心にして宴の用意をするよう言ってきたことには驚いた。

 村の住人や備蓄を好きに使う許可も貰い、何かあれば手を貸すとも言っていたが、おそらくはそれこそが長老たちの狙いに違いない。

 最初は自分たちに用意をさせておいて、手柄だけを奪っていくつもりなのだ。

 

「そうはさせない」

 

 プラムたちだけで完璧な宴の準備を終わらせることができれば、長老たちの目論見もご破算となる。

 

「やっぱり村中の備蓄を集めても、普段より少し豪華くらいにしかならなそう。特に、新鮮な食材が殆どないわ」

 

「チッ。流石に今から森に入るのもな。あのウルススの王種はいなくても、あれが来たことで他の獲物も離れてしまっただろうし」

 

 あれだけ手ひどくやられ、手傷を負ったウルススの王種が今更戻ってくるとは考えづらい。

 多少知能があってもウルススは所詮魔獣。一度痛い目に遭えばもう近づくことはない。

 

 だが、そのウルススが強い臭いを残したことで、他の獣や魔獣たちも一斉にこの付近から離れてしまったはずだ。

 そのため、狩りをするのならば匂いの届かない、いつもより離れた場所へ向かわなくてはならない。時間的にも危険性の意味でもそれは避けたい。

 

 しかし、新鮮な食材はなにかしら確保しておきたい。果物や野菜、あるいは芋虫などであれば近場でも採れる場所があったはずだ。

 それとも果実は祭祀頭に頼んで作って貰った方が手っとり早いか。

 頭を回転させて、必要な食材について考えていると、突然自分の目の前に影が落ちた。

 

「よっと──ブイ!」

 

 着地の音すら聞こえない軽やかな動きと、同じほど軽い口調、そして両手の人差し指と中指を立てた謎のポーズと共に現れたのは、件の強き客人の一人。

 双子ダークエルフの片割れにして、輝く弓を操る射手、アウラ・ベラ・フィオーラだ。

 彼女はどこか不敵にも見える笑みと共に、周囲をグルリと見回した。

 

「フィオーラ……殿」

 

 なんと呼べばいいのか一瞬悩む。

 自分たちを助けてくれた恩人であり、ウルススを撃退する実力を持った者の一人であることは間違いないが、それでも自分より遙かに年下であるアウラを副狩猟頭という立場にいるプラムとして、どう扱って良いのか分からなかったのだ。

 

「悪いんだけど、今の話、上から聞かせて貰ったよ。それで、その狩りにあたしも連れていって欲しくてさ」

 

「狩りに、ですか? しかし、今回の目的はあなた方の歓迎の宴で出す食材を確保するためです。手伝って貰っては意味が……」

 

「気にしないでよ。モモンさんから聞いてない? あたしたちの仕事は、この森の探索と調査なの。それにあたしがいれば森の中でも安全に動けるでしょ?」

 

 さらりと言ってのけるアウラの言葉は正論でもある。

 森の中で安全を確保する場合、手段は二つ。

 

 一つは、プラムたちのような野伏(レンジャー)の技術を持つ者が、周囲を警戒すること。

 これが一般的な方法だ。

 だがもう一つ。アウラの言ったような強者が護衛について安全を確保するやり方もある。

 

 しかし、そちらには問題もある。

 森にとけ込む野伏(レンジャー)と異なり、ただ強者というだけでは、周囲に自分の存在をアピールしてしまい、危険な猛獣のみならず、獲物まで逃げてしまうことだ。

 

「確かに貴方は強いが、ただでさえ今森の中は獲物となる獣が怯えている。申し訳ないが──」

 

「大丈夫。あたしの本職は、野伏(レンジャー)だから」

 

「え?」

 

 プラムの言葉を遮って、アウラが言う。

 確かにエグニアのように、野伏(レンジャー)の実力がある者は弓にも優れている場合が多いが、それも程度による。

 いくら才能があっても、あの若さであれほどの実力を持っている以上、他のことはおざなりにして弓の技術だけを磨いたと考える方が自然だ。

 少なくとも大樹海の歩き方や、気配を消す方法などに関しては自分の方が上のはず。

 

(だが、今の動き──)

 

 思考中だったとはいえ、プラムに気づかれることなく現れた、アウラの野伏(レンジャー)としての能力には興味もある。

 

「……分かりました。ですが、狩りの最中は自分の指示に従って貰います。それが条件です」

 

 これだけはきっぱり告げておく。

 その言葉はつまり、プラムとしては戦闘能力はともかく、野伏(レンジャー)としての実力であればアウラにも負けることはないだろうという自信の現れだった。

 

「ん。いいよ」

 

 相変わらず軽い口調のまま、頭の後ろで手を組んで笑う。

 

(その余裕が本物か見定めさせてもらおう)

 

 アウラを見下ろしながら、プラムは心の中で決意を固めた。

 

 そんな彼が、アウラの明敏さに戦慄し、気配を殺す技に驚愕し、弓を放つ姿に瞠目し、彼女のことをフィオーラ様と呼び慕うようになるまでそう時間は掛からなかった。

 

 

 ・

 

 

 歓迎の宴が始まって早々、彼女は絶体絶命、否。絶死絶命の危機に見舞われていた。

 幼少時の拷問じみた訓練によって最強へと成長した彼女は、危機という言葉を忘れて久しい。

 

 しかし、どういう訳か、ここ最近は連続して危機に見舞われ続けていた。

 

 最初は怨敵である血縁上の父親に敗北してしまった時、次は助けられたモモンたちの力を見て、魔導国の強大さを知った時、そして現在だ。

 

(これを、食べるの?)

 

 自分の目前に置かれた皿に載せられた巨大な芋虫と目が合う。

 他にも肉を焼いた物──アウラが一緒に狩りに付いていって捕らえた魔獣の肉らしい──や新鮮な果物や木の実、サラダらしき木の葉を刻んだもの、芋らしき何かをつぶした物など、様々な料理が用意されている。

 

 しかし、絶死はこの芋虫を食べるしかない。

 新鮮な食料は貴重らしく、客人である絶死たちに特別に振る舞われたものだからということもあるが、それ以上に先ほどからモモンがずっと芋虫とアンティリーネの顔を交互に眺めているせいだ。

 

 他の場所から回ってきたこの芋虫を、絶死はさっさとモモンに回そうとしたのだが、そもそもとしてモモンはこの歓迎の宴が始まっても未だに兜を脱ごうとしない。

 先日絶死に武器を貸さなかった際と同じく、この全身鎧は一定期間装着していないと効果が発揮しないマジックアイテムだと説明して、兜を外そうとしないのだ。

 

(ここの食べ物は人間のモモンの口には合わないから、穏便に誤魔化しただけなんでしょうけど。それは私も同じなのに!?)

 

 新鮮な芋虫はダークエルフにとってご馳走であると言われたことで、モモンは自分も食べてみたかったと残念がり、代わりにどんな味なのか教えてくれと絶死に言ってきたのだ。

 

 ごく自然に、それこそ本当に残念がっているようにしか聞こえなかったが、そんなはずはない。

 

 これは探りだ。

 

 芋虫がダークエルフにとってご馳走なら、近縁種であり、同じ森の中で暮らしているエルフにとっても同じはず。

 モモンはそのご馳走をちゃんと食べるのか確認して、絶死が本当にエルフの国の者なのか見極めようとしているに違いない。

 

(やっぱり私と法国の関係を疑っているの? それなら食べるしかない。食べるしか!)

 

 せめて何らかの形で調理されていればまだしも、この芋虫は死亡こそしているものの──皿から逃げないようにするためだろうか──特に手は加えられていない。

 本来は焼いて食べるのが一般的らしいのだが、そのままでも十分おいしく、なにより栄養を摂取するには手を加えない方が良いらしい。

 

 大樹海を旅してきた上、魔獣熊と戦って疲れているだろうから。と気を使ってのことらしいが、正直ありがた迷惑だ。

 

 かろうじて塩は振ってあるようだが、それは全く救いにならない。

 それでも。

 疑いを晴らす意味でも絶死はこの芋虫を食べなくてはならない。

 それも心底美味そうにだ。

 

「いただくわ」

 

 意を決し、絶死は芋虫を手に取り、ゆっくりと口元に運ぶ。

 そして──

 一気に噛みついた。

 これで見た目に反して味は最高。となれば、まだマシだっただろう。

 

 しかし、食事においても周辺国家随一を自負する法国での生活で、すっかり舌が肥えていた絶死にとって、その味はとても美味しいとは言えなかった。

 

 生まれて初めて食べた芋虫は、決して忘れられない味となった。

 

 

 

 果実酒で口の中に残るえぐ味を洗い流してから、絶死は味の感想──当然正直には答えず美味しかったと伝えた──を聞いて満足げに頷いているモモンから離れて、広場の隅に移動した。

 これ以上モモンから別の食事の感想を求められたくないということもあったが、それ以上に少し離れた位置から、彼らのことを観察したいと考えたからだ。

 

(モモンが私を疑っていたのは間違いない。流石にさっきのだけで完全に疑いが晴れたとは思えないけど、多少は信じてもらえたはず。そうじゃないと割に合わない!)

 

 絶死があっさりと彼の監視を逃れてここまでこられたのが、その証拠だ。

 疑いが強ければ、決して絶死から目を離すことはしないだろう。

 そう考えると先ほどの決意にも多少は意味があったのだ。と自分に言い聞かせていると一人のダークエルフが声を掛けてくる。

 

「あれ? どうしたんですか? こんなところで」

 

「ああ。気にしないで、少し酔ってしまって。風に当たりたいだけ」

 

 何か用事があったのか、外から広場に戻ってきたダークエルフは絶死の言葉を疑う様子もなく納得して輪の中に戻っていった。

 

(それにしても村の住人は私やアウラたちの目を見ても反応を示さないわね。エルフ王のことは伝わってないのかしら)

 

 ダークエルフとエルフは近縁種ではあるが、元々ダークエルフはトブの大森林一帯を支配していた種族であり、このエイヴァーシャー大森林に住んでいたエルフとは直接的な関係はない。

 

 とはいえ、ダークエルフは村程度の規模しかなく、まがりなりにも国として成立しているエルフの国とは国力が違う。

 形としては従属している扱いになるだろう。

 

 つまりここもエルフの国の一部と考えて良いはずだが、エルフ王の特徴である左右色の違う瞳のことを知らない様子を見るに、エルフの国とはほとんど交流はないのだろうか。

 

(といっても法国にとっては、人間以外は全員敵だから、交流があろうとなかろうと関係はないんだけど)

 

 少しだけ気になるのは事実だ。

 いや、ダークエルフだけではない、エルフたちもそうだ。

 絶死がモモンたちを上手く操ってエルフ王討伐を成し遂げたとして、その後エルフやダークエルフはどうなるだろうか。

 敗戦国の民が辿る道は大きく三つ。

 

 そのまま勝利国の国民となるか、奴隷となるか、あるいは魔導国が王国民にしたように皆殺しにされるかだ。

 

 人間至上主義の法国がエルフたちを国民として扱うはずがない。

 

 流石に王国民と同じく虐殺されるようなこともない──魔導国を非難する上で同じことをしては意味がない──はずだ。

 

 そうなると残る道は奴隷になることだけだ。

 それも売り物としての奴隷ではなく、労働力としての奴隷だ。

 

 以前は帝国なり他の奴隷制が残っている国にエルフを奴隷として売っていたらしいが、帝国は魔導国の属国となり、その魔導国は多種族が平等に生きることが許されている国である以上、大々的にエルフ奴隷を売り込むことはできないだろう。

 

 法国は来る魔導国との戦いの際、民を逃がす場所としてエルフの王都を利用することを検討しているため、その際の下働き辺りが妥当なところか。

 

 あまり良い気はしないが、だからといって、法国を裏切ってエルフたちに付くかと言われれば、それはあり得ないと即答できる。

 

 エルフ王への憎しみだけでなく、絶死は祖国である法国と、そこに住まう人間たちの中に、好んでいる者もそれなりにいたからだ。

 

 だからこそ、絶死はここで生活する上で、できる限り村の住人たちと関わらないようにしようと決断した。

 関わりを持たなければ、情が移ることもない。

 

 一人で居ることなど、もう慣れたものだ。

 母やナズルおばちゃんの死後、絶死は殆ど一人で居た。

 

 まれに自分が好む者と交流を持つこともあったが、それとて一時のこと。

 皆、人間とは違う時の中で生きる絶死を置いて死んでしまったか、生きていても立場が変わり、軽々に談笑することもできなくなった者たちばかりだ。

 

(そう。私は人間の守護者であるスレイン法国最強の戦士。漆黒聖典番外席次、絶死絶命。それでいいのよ)

 

 心の中で強く思いつつ宴から目を逸らした絶死は、その場を離れ、自分たちが借りているエルフツリーに戻ることにした。

 

 

 ・

 

 

(なるほどなぁ。狩りが成功しないときは、新鮮な芋虫からタンパク質を取るのか、俺も昔は昆虫とか食べていたしな。他の食材を見ても必須栄養素は人間とそう変わらないみたいだな)

 

 これなら魔導国の食材を使った交易も可能かも知れない。

 実際ここに来る前、ナザリックで正式に雇うこととなったエルフたちから聞いたところによると、贈り物としては食材や貴重な薬草が一番喜ばれるという話だった。

 それはダークエルフでも同じなのかも知れない。

 

(しかし、見たところ貨幣は使用していないようだ。物々交換が基本となると、食べ物よりドワーフの武具とかルーンのマジックアイテムとかの方が喜ばれるか?)

 

 いくら美味しくても食べて終わりとなるものよりは、生活を豊かにするマジックアイテムの方が気に入ってもらえるかもしれない。

 その辺りもおいおい探っていくとしよう。

 

(とはいえ時間もさほどあるわけではないからな。別の村に行ったり、エルフ王のことも調べないとな)

 

 忘れていた、いや忘れようとしていたエルフ王の存在を思い出して、何年も前から心の中でくすぶり続けている種火が少し大きくなる。

 更に燃料が投下されそうになる直前、アインズは頭を振った。

 あえて考えないようにしていた理由も一緒に思い出したためだ。

 

(いかんいかん。まずは奴の正体を明らかにしてからだ。奴が本当にあけみちゃんさんの子供だったらどうする? 基本的には友好的な関係を築きたいが──)

 

 だが、もしも。

 エルフ王か、あけみちゃんがシャルティアを洗脳した張本人だった場合はどうすればいいのか。

 

(……弁明は聞こう。どうするかはその後だ)

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーいずれかならば我慢もできるが、もともとあけみちゃんとはさほど親しかったわけではない。

 メンバーの家族、あるいはその子供というだけではアインズの数年来の怒りを完全に消し去ることはできない。

 

(……せめてエルフ王の名前が分かればな。なにかちなんだ名前を付けていてくれたら分かりやすいんだが、教えてくれそうにないんだよなぁ。父親のこと嫌ってるっぽいし)

 

 風に当たってくると言い残して、この場から離れたアンティリーネのことを考える。

 エルフ王があけみちゃんの息子だとするなら、必然的にアンティリーネは孫になるわけだが、孫にまで自分にちなんだ名前を付ける可能性は低いため、彼女の名前からでは推察はできない。

 

 さらに面倒なことに、彼女はエルフ王のことを殺したいほど憎んでいるらしく、エルフ王の話になると途端に不機嫌になり、あまり踏み込んだ話を聞くことができないのだ。

 

(あいつには法国じゃなく、アウラとマーレの友達として魔導国に亡命して貰いたいからな。あまり機嫌を損ねるわけにはいかない)

 

 どうしたものかと頭を悩ませているアインズのもとに、突然大きな歓声が届いた。

 

「あの強弓をいともたやすく引き絞ったフィオーラ様は、俺たちの弓では届きもしない遙か先にいるギガホーンエルクめがけて矢を放った。それほど離れていながらこいつは気配を察知したのか逃げようと頭を振ったが、そこは流石のフィオーラ様。動くことすら見抜き、動いた頭に矢が突き刺さった」

 

 モモンとして活動していたときに見た吟遊詩人(バード)ほどではないにしろ、熱の籠もった口調で他のダークエルフたちに語る。

 話は佳境に入ったらしく、再び歓声が上がった。

 その様にアインズは兜の中で幻術の顔を歪めた。

 

(余計なことを)

 

 語っているのは、アウラとともに獲物を狩ってきた副狩猟頭の男で、確かプラムという名前だったはずだ。

 

(アウラが自分から提案してきたから深く考えずオーケーしてしまったが、不味かったな。今からただの子供に戻すのは難しいか。友達作りが目的なら、最初から魔獣熊撃退には関わらせない方が良かったかもな)

 

 今更になって、他に方法があったように感じてしまう。

 自分一人で撃退していれば、村の英雄として称えられるのはアインズだけとなり、三人は付き添い兼道案内の子供として村の子供たちとも対等な立場を作れたかもしれないが、もう手遅れだ。

 

「魔獣の生命力をよく理解しているフィオーラ様は、一射を当てても決して油断せず、逃げようとするギガホーンエルクの頭に二射目を命中させた。俺はあのとき思ったね。やはり、年齢や経験などではなく、優れた才に裏付けされた能力こそが絶対の指標になりえると!」

 

 プラムの視線がこちらに向く。

 正確にはアインズの近くを陣取り、先ほどからあれこれと話──主に故郷であるトブの大森林やピニスンの話だ──を聞きだそうとしてくる長老衆に向けられているようだ。

 

「ふん。経験の重要さを知らない若造が。モモン殿、せっかくの宴の席で申し訳ない。礼儀知らずの者たちばかりで」

 

 小さくも聞こえる程度の声量で言った最年長の長老は、そのままアインズに詫びを入れる。

 その言葉を受けての反応は大きく分けて三つ。

 同意する者、反発する者、そして気まずそうに目を逸らす者だ。

 

(うーむ。アウラが必要以上に持ち上げられているのは、絶対派閥争いのせいでもあるよな)

 

 この村は現在長老衆と能力主義の若者グループ、そしてどっちつかずの者たちの三派閥に分かれて対立している。

 そこに現れたアインズたちという強大な力を持った外部の存在。

 どっちつかずの者たちはともかく、二つの派閥はどちらもアインズたちを自分たちのところに取り込みたいはずだ。

 

 長老たちが選んだのが、リーダーであるアインズであり、若者が選んだのはアウラということだ。

 

「いえ。特に気にしていませんよ」

 

 アインズの言葉に長老は僅かに不満そうな態度を見せた、気がする。

 同意してくれれば、若者たちを責める口実になると思っていたのだろう。

 

(できれば蝙蝠の立場を維持したい。アウラたちにも言っておこう。そのためには──)

 

 チラリと視線を向けた先にいたのは、宴の中で一人だけ少し離れた位置でつまらなそうに食事を採っている、他に比べて少しふくよかなダークエルフである。

 一人で居るからと言って周りから敬遠されている訳ではない。

 

 その証拠に、食事や酒がなくなりそうになると、村人たちが補充していく。

 嫌われているのではなく、むしろ自ら進んで孤立を選んでいる。

 彼は村の中で、それが許される立場にいるのだ。

 是非自分も同じような立場になりたい。

 

「少し聞きたいのですが」

 

「いかがされた?」

 

 こちらから話題を振ったことに意気揚々としている最長老に対し、アインズは孤立するエルフを顎でしゃくって問いかけた。

 

「あちらの方の名前を窺ってもよろしいですか?」




六大神が色々と伝えている法国なら食事事情も他国に比べて良いはず。そこで育ち、とろとろオムレツが好物の絶死の舌も肥えていて当然
ですので彼女には先ず食事の異文化交流から頑張って貰いました
次からは村人との交流話に入る予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 目的設定

今回から村人との交流に入る予定でしたが、先にそれぞれの目的などを整理していたら思った以上に長くなったのでここで切ります


 宴が終わり、アインズはエルフツリーへと戻ってきた。

 アウラたちが借りている物とは別に、一人で使うために用意してもらったものだが、現在はマーレも一緒だ。

 というのも、先の宴を経てこの村の状況が何となく掴めたため、情報を共有しておきたかったからだ。

 

 都合よくアンティリーネが先にエルフツリーに戻ったこともあり、今後の行動について指示もまとめて出すことにしたのだ。

 アウラは現在そのアンティリーネが、本当にエルフツリーに戻っているかの確認に出向いているところだ。

 万が一先に戻った振りをして、アインズたちの行動を監視していたら面倒なことになる。

 

(まあ、奴がそんなことをする理由はないと思うが、念のためだ。おっと、その前に──)

「マーレ」

 

「は、はい。えっと、モモン、さん?」

 

 恐る恐るといった様子でマーレが返事をする。

 

「グッド。そうだ、たとえ周りに誰もいなくても、この村にいる間はそのままで頼むぞ」

「は、はい!」

 

 敬語はそのままだが、マーレの場合誰に対してもこうした態度なので、言葉遣いまで直させる必要はない。

 

「それで。先に言っておくが、私たちはまだしばらく、この村に滞在することになる」

 

「は、はい」

 

「それで、だな。この村に滞在している間、いや、もしかしたら別の村やエルフの王都に向かったときも、その服のまま、つまり女装はしないで貰いたいんだ」

 

 今のうちにこの話をしておかなくてはならない。

 現在マーレが着ているのはアインズが事前に用意していたユグドラシル製の物だが、これは女物ではない。

 アンティリーネを助け出した後、モモンの装備に変更したアインズと共に、アウラとマーレも着替えさせていたからだ。

 

 理由は当然、ユグドラシル製の武具を持っていたアンティリーネに怪しまれないようにするためであり、二人にもそう説明して着替えて貰ったのだが、マーレは何故自分が男物の服を着るのかと疑問に思っている様子だった。

 すぐに説明しようとしたのだが、直後アンティリーネが目を覚ましてしまい、その後も話をする機会がないまま、ここまで来てしまった。

 これからもしばらく滞在する以上、女装しているマーレが奇妙に思われ、疎外されないためにも、今のうちにきちんと話しておく必要がある。

 

「……」

 

 アウラは男装のままなのに、何故自分だけ。とでも思っているのか、じっとこちらを見つめるマーレに、アインズはここに来るまでの間に考えていた理由を早口でまくし立てる。

 簡単に言ってしまえば、今回は潜入工作の一環で目立っては不味いというものだが、同時にそれなりに強力なユグドラシル武具を持っていたアンティリーネやエルフ王の目を誤魔化すため、強い装備を着けるわけにはいかないという名目も付け足しておいた。

 

「! は、はい。分かりました。潜入のためであれば、ぶくぶく茶釜様も分かってくださいます」

 

 大きな瞳を更に見開いた後、マーレは力強く頷いた。

 何かに気づいたかのような態度に、一瞬違和感を抱くが、その理由を訊ねる前に、エルフツリーの入り口からアウラが顔を覗かせた。

 

「失礼しま……えっと、入る、ね。モモン、さん」

 

 マーレ同様、他の者が居なくてもモモン呼びするのはできているが、アウラの場合、言葉遣いを変えなくてはならないこともあり、まだ窮屈そうだ。

 

「ああ、アウラ。入ってくれ」

 

「お邪魔、します」

 

 活発な彼女らしからぬ小声と共に、アウラが中に入ってくる。

 

「それで、どうだった?」

 

「間違いなく中にいまし、いたよ? 寝息は聞こえなかったから、起きてはいると……思う」

 

 つっかえながらも何とか敬語を廃して報告する。

 

「ふむ。まだ体も治りきってないだろうし、疲れも溜まっていたのかもしれないな」

 

 本人も普通な態度だったので忘れていたが、アンティリーネが戦闘で負った傷を回復させた際、あまり強力な回復魔法が使えると思われても面倒なので、マーレではなくアインズが持っているネックレスを使用して回復させた。

 アンティリーネ自身、レベルが高く、HPも相応に高いため、第三位階の重傷治癒(ヘビーリカバー)程度では完全回復とはならないはずだ。

 

(ポーションでも渡すか、いやでも俺が今持っているのはンフィーレアの紫ポーションだけだし、それの使い道も決めてあるしな)

 

 明日以降も疲れが残っているようなら、もう一度検討しよう。

 そう決めてアインズの言葉を待っている双子に向き直る。

 

「それじゃあ、明日からの予定を話しておこう」

 

「は、はい」

「はい!」

 

 元気よく返事をする二人を前に、アインズは次の言葉を止める。

 本当にこれで良いのか。と一瞬考えてしまったのだ。

 

「モモンさん?」

 

 動きを止めたアインズを見て、不思議そうに首を傾げるアウラに、アインズは覚悟を決めた。

 

「予定ではこの村には一週間ほど滞在するつもりだったが、五日に変更しよう」

 

「い、五日、ですか?」

 

「ああ。もちろん予定だから、もっと短くなるかもしれないし、逆に長くそれこそ当初の予定通り一週間になるかもしれないが」

 

 一度言葉を切る。

 ちなみに、この五日という期間には大した意味はない。

 宴の席で、近隣に他にも幾つか村があると聞いたので、なるべく多くの村を回るために、一ヶ所あたりの滞在日数を少し減らしただけだ。

 

 本題はここから。

 こっそりと息を吸い、話を再開する。

 

「その間二人には自由に動いて情報を集めて貰いたい。大人も子供も関係なく、なるべく多くの村人たちと接して、普通のダークエルフの暮らしという奴を体感して欲しいんだ。将来的に二人には普通のダークエルフの振りをして貰うときが来るかもしれないだろう? そのときのためにダークエルフの一般常識に触れておいてくれ」

 

 本当は大人は抜きにして、子供メインで仲良くなって欲しいところなのだが、派閥争いが起こっているこの村で、それをするのは面倒臭すぎる。

 子供と仲良くしようにも、その親がどの派閥に属しているかによっては、仲良くなれない可能性もあるし、下手をすれば親が子供を通してアウラたちを懐柔し、自分の派閥に引き入れようと企むかもしれない。

 どちらにしても純粋な友達作りは難しい。

 

(それならいっそのこと、この村は練習、チュートリアルと考えて、ダークエルフの習慣や礼節を学ぶだけに留め、友達作りは次の村で行えばいい)

 

 そう。

 友達作りをするにしても、なにもこんな面倒な村でする必要はないのだ。

 近隣には他にもダークエルフの村があるのだから。

 

 当初の予定では、もっと慎重なやり方。先にアウラだけを送り込み、村で生活させながら完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用してアインズが村の中を調べ回った上で、改めてマーレと二人で合流して、そこから本格的な友達作りを始める。といった方法を取るつもりだった。

 

 しかし、部外者であるアンティリーネがパーティーに加わったことで、行き当たりばったりで動くしかなくなった。

 それはそれで、久しぶりに先の見えない自由な冒険者らしい楽しさがあるのだが、今回の第一目的は二人の友達作りだ。

 ダークエルフの子供に関する情報収集もこの村で行い、本番は次の村からにすればいい。

 そう考えての予定変更に、アウラとマーレは少し不思議そうな顔をして、一瞬目配せをし合った。

 

(あれ? なんだこの感じ。元々冒険者として情報収集するのが表向きの目的なんだから、おかしいことは何も言っていないはずだけど)

 

 最初の予定通り、子供たちと遊んだりして情報を集めるように。と踏み込んだ言い方をした場合なら、こんな反応をするかもしれないと考えてはいたが、今回のアインズの提案は至極まともなもののはずだ。

 それとも、何か抜けているところでも合っただろうか。

 

「あの女……アンティリーネのことは良い、の?」

 

「え? あ」

 

(そうか。二人にはあけみちゃんさんの関係者かもしれないってことは言っていないからな。あいつがシャルティアを洗脳した奴と関係している可能性を考えているのか)

 

 一応その可能性は低いと言ってあるが、そもそもとして普段からアインズは、様々な可能性を考慮し、特にナザリック外に出たときは注意するよう、口を酸っぱくして告げている。

 それなのに、完全に無関係だと言い切れない相手が近くにいるのに放置していて良いのかと言いたいのだろう。

 

(あいつも二人の友達候補だし、見張りがてら一緒に行動させるか? いや、そんなことをしたら見張りの方に集中してしまうか。一緒に行動させるにしても、次の村からの方がいいよな──よし。ここは)

 

「奴に関しては私が対応する。二人は気にしなくて良い。ただ、場合によっては一緒に行動してもらうこともあるかもしれないから軽く気に止めておいてくれ」

 

 少し悩んでから、アインズが出した答えは、どっちつかずの返答だった。

 二人の様子を見つつ、必要だと思ったらその時初めてアンティリーネと一緒に行動させればいい。

 それまではアインズがともに行動しつつ、エルフ王の名前や、プレイヤーについてほかに知っていることがないか調べておこう。

 二人は再度目配せをし合ってから大きく頷き、了解の返事をしたが、その声はどこか元気がなさそうに聞こえた。

 

 

 ・

 

 

 主人の仮宿から、自分たちが借りているエルフツリーに戻るまでの間、アウラは必死に思考を回転させていた。

 内容は言うまでもなく、先ほど主人に命じられた仕事についてだ。

 

(大人子供に関わらず村中と友好的な関係を構築ってことは、特定の派閥に肩入れするんじゃないってことだよね? だとすればあたしのやり方は不味かったのかな)

 

 アウラが若者グループに力を見せつけるために狩りへ同行することを提案した際、主人も同意してくれたのだから、てっきりアウラはこのまま若者グループと接触して影響力を強めれば良いのかと思ったが、そうでもなさそうだ。

 むしろその間違いを正すために、わざわざアウラたちを自分の下に呼んで今後の予定を話したのかもしれない。

 ピニスンの一件での失態を取り戻すため、積極的に動いたつもりが空回ったわけだ。

 

 落ち込む気持ちが、そのままため息となって口から出そうになるのを押し留め、再び思考を回転させる。

 大人だけでなく子供も含めてとは言っていたが、子供だけが持っている有益な情報などあるはずがないのだから、やはり主人の狙いはアレなのかもしれない。

 

 目を前方、自分たちが借りているエルフツリーに向ける。

 正確にはその中で休んでいるハーフエルフに向かってだ。

 戻る前に、自分の考えを弟にも伝えておこうとアウラはドングリのネックレスを握りしめた。

 

『どうしたの? お姉ちゃん』

 

 自分が必死に頭を働かせているというのに。暢気な返答をするマーレに僅かに苛立ちがこみ上げる。

 だいたい、元から誰にでも敬語を使っているからと、主人に対して特に演技をせずに名前を変えるだけで済んでいることにも正直不満がある。

 自分はこんなに苦労しているというのに。

 そうした声に出さない感情まで伝わったのか、マーレは慌てたように思考を飛ばしてきた。

 

『あの人のことだよね?』

 

 一応マーレもアウラと同じ結論に至っていたようだ。

 

『そうよ。アイツをエルフの国の王にするにしても、とりあえずアイツの意識改革をしないと駄目でしょ? てっきりあたしたちがそれをやるのかと思ったけど、アインズ様は自分でやるって仰っていたし』

 

 主人のために、全身全霊をかけて尽くすことを至上の喜びとしているアウラにとって、先ほどの提案はショックだった。

 度重なる自分のミスが原因の一端を担っているとすれば、なおのことだ。

 

『でもなんで、急に一週間から五日に変わったんだろうね』

 

 相変わらずのんびりしたマーレに、再び苛立ちが募るが、ミスを続けているのはマーレではなく自分なのだから、これでは八つ当たりでしかないと頭を切り替える。

 

『それこそ、アイツの考えを変えるのが、あたしたちには任せられないとお考えになったからでしょ? アインズ様なら五日で十分だってことよ』

 

『でも、五日も必要かなぁ。アインズ様ならもっと短く、それこそ一日でだってできる気がするけど』

 

 そう言われて、はたと思い直す。

 確かにその通りだ。

 

 自分たちの担当以外は大ざっぱな話しか聞いていないが、周辺国家で真っ先に魔導国への属国化を願った帝国は、本来ならばデミウルゴスでも最短一ヶ月は掛かると言われていたところを、主人がたった三日で皇帝を懐柔したと聞いている。

 そんな主人が、強者とはいえたった一人を手駒にするのに、そんなに時間がかかるとは思えない。

 では、一週間から短縮された二日はいったい何のためのものなのか。とそこまで考えていたアウラに、再びマーレが思考を飛ばす。

 

『あのね。もしかして、短縮された期間はアインズ様じゃなくて、僕たちのためじゃないかな』

 

『どういうこと?』

 

『えっとね。さっきお姉ちゃんが来る前のことなんだけど。アインズ様から、しばらくの間この格好でいるようにって言われたんだ』

 

 この格好と言いながら、マーレが主人より借り受けた服を指す。

 普段アウラたちが身に着けている装備とは異なり、特別な力もなく外見も非常におとなしい服装だ。

 

『そりゃそうでしょ。アイツがいる限りいつもの格好なんて出来ないよ』

 

『うん。だから僕もアインズ様がなんでそんな当たり前のことを仰るのかなって思ったんだけど。ほら、前にアルベドさんが言ってたよね。アインズ様は敢えて浅い部分までしか話さないって』

 

『ああ、あたしたちの成長を促すために、先ずは自分で考えさせるって話ね』

 

『うん。それで僕も考えてみたんだけど、この服ってもしかしたらあのハーフエルフの人を誤魔化すだけじゃなくて、村に溶け込みやすくさせるためにってことじゃないかなって』

 

『そう仰っていたじゃない。色々情報を集めなさいって……』

 

 何を聞いていたんだ。と呆れた息を吐く直前で、はたと気付いた。

 

『あ、そういうこと? あいつの意識改革はアインズ様がご自分で行っている間に、あたしたちは村のとりまとめを行うってこと。この衣装もその一環なんだってマーレに教えようとしたのね』

 

 アンティリーネがエルフの国のトップに立つことを決めたとしても、その手足となって働く者がいなければ裸の王様でしかない。

 村一つとはいえ、配下がいればその後が楽になるはずだ。

 

『うん、だから。まずは村を一つにまとめることが先なんじゃないかな。あの人の下に付けた後で、派閥争いをしてたら意味ないと思うし』

 

『じゃあ、それが五日に短縮したのは』

 

『今の僕たちなら、五日でも可能だとお考えになったから、とか?』

 

 主人は日頃から守護者たちに、常に思考を回転させ、どうすれば最もナザリックの利益に繋がるかを考えるように促している。

 おそらく、元々はアウラたちの能力であれば一週間はかかると考えて予定を決めていたが、今のアウラたちなら一週間は必要ない。五日で充分だと考えなおしたが故の短縮ではないか。とマーレは言っているのだ。

 

 しかし、順調に仕事をこなしていたのならば、そういう考え方もできるが、少なくともアウラは既に二度ミスを犯している。

 時間を延ばすならともかく、短縮するとは──

 

「あ!」

 

 思わず声が出た。

 

『ど、どうしたのお姉ちゃん』

 

『そっか。そうだったんだ。あれはミスしたって伝えたかったんじゃなくて逆だったんだ』

 

『何の話?』

 

『村をまとめるにしても、二百人も居たら一人ずつ説得するのなんて無理でしょ?』

 

『う、うん。そうだね』

 

 二百人近くいるという村人を、一人一人説得していたのでは時間が掛かりすぎる。

 それは五日でも七日でも同じことだ。

 となると、それ以外の方法があるはずだ。

 その方法を気付かせるために、マーレには服の件を改めて伝え、アウラには狩りへの同行を承認するというやり方でヒントを出した。

 

『つまり。村の代表というか目立つ奴らから説得していけばいいってこと』

 

 以前シャルティアと一緒に主人の供としてドワーフの国に行ったときにも、似たようなことがあった。

 ルーン工匠を引き抜くため、かつてのドワーフの王都を奪還する任務についたときのことだ。

 都市を占拠していたのはフロストドラゴンとクアゴアなる種族で、アウラとシャルティアはクアゴアの方を担当した。

 

 結局説得はできず、力を見せつけて一万まで減らした上で配下にすることになったが、主人が犠牲にしたのはフロストドラゴンの王と、その子供で二番目に強いとされたドラゴンの二匹だけで、ほとんど無傷でフロストドラゴンの一族を掌握していた。

 

 あのときはシャルティアの成長をみるテストなのだろうと口を挟まなかったし、主人もシャルティアの働きに満足していたようだったが、最初の命令は配下に加わるように説得するというものだったのだから、当然そちらが成功しているに越したことはなかったはずだ。

 

 あの場で下手に交渉などせず、一人で出てきた氏族王を殺すか、そこまでしなくても力を見せつけて屈服させれば、他の者たちはあっさり配下に収まったのかもしれない。

 弱者は所詮強者の後に付いてくるだけなのだから。

 その理屈を応用し、この村でも有力な者を捜してそいつらだけを説得すれば手っとり早く村をまとめることができる。

 

『よし、マーレ明日からは忙しくなるわよ』

 

 先ほどまでの落ち込みは消え、やる気がメラメラと燃え上がってきた。

 

『う、うん。お姉ちゃん、頑張って……』

 

『あんたも頑張りなさい。あたしはこのまま村の若者グループに近づくから、あんたは長老の方ね』

 

『ええ! む、無理だよ。僕知らない人と話すの得意じゃないし、それも大人の人なんて──』

 

 思考が弱くなりウジウジし始めたマーレに、アウラはネックレスから手を離して一瞬周囲を見回してこちらを探っている者がいないことを確認した後、マーレの背を叩いた。

 

「何言ってんの! 簡単に無理なんて言わない。この前アルベドにも言われたでしょ。現に今こうやって色々考えられたじゃない」

 

 ここに来る前、アルベドやデミウルゴスが休暇を取るようなことになっても、アウラやマーレで同じ仕事ができるのかと訊ねた主人に、マーレは代案も出さず無理だと言ってしまい、アルベドから強い叱責を受けたのだ。

 アウラもあの発言には頭に来たし、アルベドの言うことももっともだと冷たくあしらったものだ。

 

 今回引っ込み思案のマーレが主人の意図を必死に読み解き、その上で自分の考えをあれこれと提案してきたのはきっとその時の失態を払拭しようという意図があったに違いない。

 だからこそ、アウラは姉として、そして栄えあるナザリック地下大墳墓第六階層の守護者を共に務める者として、マーレの成長の芽を摘まず、むしろ奮起させなくてはならない。

 アウラの本気が伝わったのか、マーレは手にしていた杖をぎゅっと握りしめると大きく頷いた。

 

「わ、分かったよお姉ちゃん。僕、頑張ってみる」

 

「それでこそあたしの弟。じゃ、時間もないし帰るわよ」

 

 やる気に満ちたマーレの瞳に満足してそう告げた同時に、森の奥から魔獣の遠吠えが聞こえてきた。

 聞いたことのない鳴き声だが、この森の中では特に珍しいことではないらしい。

 かなり離れているしこちらを狙っているような声でもなかったので警戒はしないが、ふと今も森の中で待機している者たちを思い出す。

 

(そういえば、フェンたちは大人しくお留守番できてるかな)

 

 ハムスケと、配下にしたばかりでまだ名前を付けていない魔獣熊だけでは危険かもしれないが、アウラ配下の魔獣たちの中でもトップクラスであるフェンがいれば大丈夫だろう。

 

(でも、どこかのタイミングで遊んでやらないと後で拗ねるかもなぁ)

 

 魔獣使いにとって遊ぶ行為は重要だ。

 かまってやらないとストレスが溜まり、能力が十分発揮できなくなるからだ。

 いざというときのことを考えると、全力が出せる状態にしておきたい。

 

(明日また狩りに同行して、隙をみて会いに行こうかな)

 

 よーし。と小声で気合を入れているマーレを後目に、アウラは前を向き、今度こそエルフツリーに向かって歩きだした。

 

 

 ・

 

 

 ダークエルフの村から離れた場所に、三匹の魔獣が集まって話をしていた。

 うち二匹は、周囲をある程度警戒しつつも、リラックスした様子を見せていたが、その二匹の前に座る魔獣は、神妙な様子で、その四メートルはあろうかという巨体を小さくさせている。

 この広大な大樹海の支配者である魔獣たちの王、その一柱とは思えないような態度だが、それも仕方ない。

 つい先日、己が強者などではなかったのだと、骨の髄まで叩き込まれたばかりなのだから。

 

「そうでござったか。やはりこの森にもそれがしの同族はいないでござるか」

 

 自分より少し小さめの丸い四足獣がガックリと項垂れる。

 

「グゥ」

 

 申し訳なさを伝えると共に、あくまで自分の縄張りの中での話だと付け加えておく。

 巣立ちをした直後はともかく、成長し強者となった後は、自分の縄張りの外にでることは基本的にないためだ。

 それを聞いた丸いのは大きく頷いた。

 

「そうでござるな。まだ諦めるのは早いでござる! 殿を待っている間少し探しに行くのも──」

 

 元気のよい唸り声を聞いた瞬間、それまで黙って辺りを警戒していた黒くて大きいのが低い唸り声をあげた。

 明確な怒りの込められた威嚇に、全身におぞけが走る。

 この大きな黒いのも、自分より遙かに強い存在であり、その気になれば一瞬で喰い殺されるのは間違いない。

 

「ヒィ。嘘、嘘でござるよフェン殿。殿の命令に逆らう気などないでござる。アウラ殿には言わないで欲しいでござるよ。皮を剥がれるのは嫌でござるー」

 

 自分と同じように殺気を感じ取ったらしい、丸いのが腹を見せてひっくり返る。

 服従を示す格好なのか、その姿を見て黒い大きいのは殺気を納めた。

 

 このことから、この群には明確な序列が存在していることが分かる。

 巣立ちをした後は己だけで生きていたが、森の獲物の中には、違う生き物であっても群を成して生活するものはいる。

 

 今まで見てきたのは、捕食者から身を守るため、互いを助け合う関係であり、このような強者が集まっている関係は見たことがないが、それでも群として序列が決まっているのなら、分かりやすい。

 自分より序列の上のものに逆らわないのは当然だが、その中の序列も知っていれば、誰の命を優先すれば良いか順番をつけることができるからだ。

 

 これまで見てきたところによると、最も序列が上なのは黒い中くらいので、その下に自分の直接の主人である黒い小さいの、その主人と似た匂いのする同じく黒い小さいの、その次がよく分からずにいたのだが、この関係を見るに、黒い大きいのがその下で、丸いのは一番下。

 ただ一つ、白黒の小さいのだけはいまいち分からないが、ここにいる全員と距離を置いているように見えたので、今は考えなくてもいいだろう。

 

 重要なのは、自分が一番下に付いたという事実であり、ここに残っている二人の序列もはっきりした以上、当面は黒くて大きいのに従っていればいいのだ。

 

「それにしても、そろそろお腹が減ってきたでござるなぁ」

 

 服従のポーズを止めて、丸いのが起きあがった。

 

「グォゥ」

 

 これはこの周辺を縄張りにしている自分の出番かとひと吠えした。

 

「食事を取ってきてくれるでござるか? ありがとうでごさる。ええっと──名前はまだ付いてないんでござったな。お主の働きはそれがしから殿とアウラ殿に伝えておくでござる」

 

 答えたのは丸いのだった。

 黒い大きいのに言ったつもりだったので、どう答えれば良いかと、ちらりと現在序列の最高位にいる黒い大きいのを見る。

 

「グルルルゥ」

 

 返ってきたのは先ほどと似た低い唸り声。

 しかも今度は丸いのではなく、自分に向けられたものだ。

 殺気とまではいかないが、不満を抱いているのは分かる。こちらを見るな。と言っているような気がした。

 

「グゥ……」

 

 突然の敵意にどうしていいのか分からず身を縮ませる。

 

「あ! フェン殿。苛めてはダメでござるよ。新人いびりは良くないと殿も言っていたでござる」

 

 丸いのが自分と黒い大きいのの間に割り込んでくる。

 序列を無視した行いに、再び丸いのが叱責を受けるかと思ったが。

 

「……クゥン」

 

 黒く大きいのの唸り声が、甘えた鳴き声に変わった。

 

「グゥ?」

 

 序列を無視した行いに驚いていると、丸いのは改めてこちらを向き直る。

 

「もう大丈夫でござる。これからも何かあればそれがしに言うといいでごさるよ。外部からナザリックに属したものの先達として面倒をみるでござる」

 

 自信満々に言い切る丸いのを前に、自分の序列認定は間違っていたのかと困惑しつつ、取りあえず、礼がわりにひと吠えして、早速二匹の上位者に食事を献上すべく、走り出した。




ちなみに書籍版では魔獣熊視点でアウラの言葉を理解できていませんでしたが、ハムスケは同じ魔獣ですし、デスナイトやぷれぷれ時空ではありますが、恐怖侯の眷属とも普通に会話できているようだったので、ハムスケを介してなら正確な意思疎通ができる設定にしています
次こそ村人たちとの交流に入ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 それぞれの交流

交流スタート。と言ってもまだ書籍版との大きな違いは出てきません


 翌日。アインズは早朝から、のんびりとダークエルフの村を歩く。

 ナザリックにいる三人のエルフたちから聞いていたエルフの集落と同じく、ダークエルフの村も多数のエルフツリーが集まって出来ていた。

 地面ではなく木の上で生活するところも同様で、地面には誰もおらず、皆エルフツリー同士を繋ぐ橋を使って移動しているようだ。

 

 アインズも同じように、橋を使って昨日宴が行われた広場まで移動した。

 途中、すれ違った村人たちが視線を向けてくるが、その瞳に宿っているのは好奇心や興味の類だ。

 ある意味、当然と言える。

 変化の少ない村にとって、アインズたちは降って湧いた話題の種なのだから。

 

 それも、彼らと同じダークエルフのアウラやマーレと異なり、村には存在しない金属製の全身鎧に身を包み、人間として自己紹介したアインズ。

 そして。

 

「ちょっと。どこに行くつもり?」

 

 不満そうな声と共に周囲に威圧的な視線を向けるハーフエルフのアンティリーネ。

 彼らからすれば、どちらも初めて遭遇する種族であり、ある意味アウラたちより興味を引く存在に違いない。

 

 本来それは望むところではない。今回の主役はアウラとマーレの二人であって、アインズは刺身のツマに徹することを決めているからだ。

 しかし逆に、まったく違う種族という部分で自分たちに好奇の目を集めれば、同族であるアウラとマーレには親しみを持ってもらえるかもしれない、という計算も働いている。

 だからこうして、目的地に直行せずに、人が集まるであろう広場までやってきたのだ。

 

「聞いているの?」

 

 アインズが黙っているためか、再度声を低くして不満を口にする。

 

「まだ村のこともよく知らないのでな。少し歩き回りたかっただけだ」

 

「散歩したいなら一人ですれば良いでしょうに」

 

 アインズの言葉にアンティリーネは皮肉を込めて鼻を鳴らした。

 

「そう言うな。一人で出歩くのも味気ないだろ? アウラたちは出かけてしまったからな」

 

「私はあの二人の代わりってわけね」

 

「君だって特にやることがあったわけではないんだろう? それともまだ傷が痛むのか?」

 

「おかげさまで。もう何ともないわ。私の方でも回復魔法を使ったし──あ」 

 

 肩を竦めて言ったアンティリーネは、その格好のまま、しまった。とでも言いたげに動きを止めた。

 

「ほう。回復魔法も使えたのか」

 

 完全に戦士系のビルドかと思ったが、回復魔法が使えるとなると、森祭司(ドルイド)の職業も修めているのか、それとも信仰系か。

 

「まあ、第一位階だけだけれどね」

 

 慌てて付け加えた内容に、アインズは即座に、嘘だと察した。

 回復魔法が使えることが知られてしまったのなら、せめて使用できる位階は隠しておきたいといったところだろう。

 

(稚拙ではあるが、偽の情報を掴ませようとする意味では、誰でも楽々PK術に似てないこともない)

 

 あれを知っているのはギルドメンバーだけだが、やまいこがあけみちゃんに教えたとも考えられる。そこから息子、孫と代々受け継がれているとしたら──

 また少しだけエルフ王があけみちゃんの子供である可能性が上がったが、すぐに考えを止める。

 そもそもこの程度ならばプレイヤーでなくても考えつく。実際、この世界の冒険者やワーカーでも、自分の切り札を隠したり誤魔化そうとする者は多くいた。

 下手に突いて怒らせるのもつまらない。

 取りあえず話題を変える。

 

「ところで、急に連れ出してしまったが、もう朝食は済んでいたかな?」

 

 やや強引な話題転換だが、アンティリーネの方も自分の能力について、これ以上話したくないのなら乗ってくれるだろうと思っての発言に、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「ええ。朝夜一緒で、たっぷりと用意してもらったわ。まあ芋虫は無かったけどね」

 

 わざわざ芋虫を強調するのは、昨日の宴でアインズが味の感想を聞いたためだろうか。

 嬉しそうにカブリついて食べ尽くした後、食材が新鮮で、一度食べたら忘れられない美味。と彼女は言っていた。

 鈴木悟もかつては昆虫などは食べていたが、あれはバーベキュー味の付いたものだったため、虫本来の味については知らない。

 より詳細な内容について聞いてみたくもあったが止めておく。彼女の声が笑顔とは裏腹にどこか棘があるように感じたからだ。いったい何故。と一瞬思うが、すぐに察しが付く。

 

(ああ。好物が朝食に無かったのが不満だったということか。村に来たばかりで図々しい気もするが、まあ鍛錬ばかりで冷遇されていたとはいえ、一応エルフ国の王女だったわけだし、食べ物に関しては飽食だったんだろう)

 

 その不満をアインズにぶつけられても迷惑でしかないのだが、ダークエルフに直接言わないだけ、彼女なりに我慢しているのかもしれない。

 

(アウラとマーレに食事で芋虫が出たら譲るように言っておくか。二人はナザリックの料理に慣れているから、ここでの食事はあまり美味しくないらしいからな)

 

 昨日の宴でもアウラたちが好んで食べていたのは果物などで、それ以外の物にはあまり手を付けていなかったため、喜んで譲るだろう。

 しかし。

 

(二人は成長期。好き嫌いはさせず、きちんと食べさせるのも情操教育か? うーむ、分からん。この問題は後で考えることにしよう) 

「それは良かった。では改めて。私はこの後人に会いに行くつもりなのだが、つき合ってくれるか?」

 

「散歩じゃなかったの? まあいいわ、ここでさらし者になっているよりは、誰かの家の中に入っている方がずっとマシ」

 

 周囲を威嚇するように睨みつけるアンティリーネの様を見て、自分の勘違いに気づかされた。

 不満の理由は、食事のことではなかったらしい。

 

 アインズたちがこちらの世界に来てから数年経ち、己が目立って注目を集めるのはもう慣れたものだが──それでも多少の緊張はあるが──ハーフエルフであり、ずっと王宮内で過ごしていたらしいアンティリーネにとっては無遠慮な視線もストレスになるようだ。

 悪いことをしたとは思うが、それを正面から伝えると、聞き耳を立てているであろうダークエルフたちが気を悪くしかねない。

 実際、アンティリーネの言葉が聞こえた幾人かのダークエルフは、視線を外してそそくさと広場を後にしていった。

 これ以上評判が落ちる前に、移動するべきだ。

 

「では行こう」

 

 目的のエルフツリーがある方向に歩き出すと、アンティリーネも黙って付いてくる。

 そのまま広場を出た直後、周りに人がいなくなったのを見計らったように、アインズを見上げた。

 

「ところで、どこに行くの?」

 

 質問が最初に戻ったが、今度はキチンと答えることが出来る。

 目的地とそこに住んでいるダークエルフに付いては、昨日の宴の席で長老たちから聞いていた。

 その人物像と、これからアインズが頼もうとしていることが成功すれば、彼女の不満も解消されることだろう。

 

「村の薬師頭のところだ。これも調査の一環だよ」

 

 

 ・

 

 

「ええ、約束します。記憶したら記録は燃やします」

 

 薬の調合方法を教わるにあたり、メモを取る許可を貰ったモモンは、取ったメモの後始末について力強く頷いた。

 それを見て、得心いったというように頷き返す薬師頭を見ながら、絶死もまたモモンの弁舌に驚かされる。

 

(口から先に生まれてきたような男ね)

 

 強大な力を持ちながら、戦いに際し綿密な計画を立てる姿を見たときは、知識を戦闘に特化した自分と同種の存在だと思ったものだが、少なくとも口の巧さに関しては、まるで勝てる気がしない。

 元々口が達者なわけではないが、それでも絶死は人間よりは遙かに長い時を生きてきた。

 それも通常のエルフやダークエルフと異なり、人生のサイクルが短い人間と共に生きてきたことで、様々な経験を積んだ自負がある。

 その彼女をして、今のモモンの弁舌には、それこそ舌を巻くしかない。

 

 モモンが薬師頭と交渉して教わることになったのは、彼のみが知るダークエルフ村の秘伝薬の伝授だ。

 法国でもそうだが、こうした門外不出の技術を伝授してもらうには、それ相応の代価だけでなく、相手に信頼されることが必須条件となる。

 対価に関しては問題ない。

 

 モモンが差し出したのは、法国でも見たことのない魔導国特産の紫色ポーション。

 怪我を負うことなど滅多になく、そもそも自前の魔法で回復できるため、ポーションを使ったことは殆どない──幼いころの母との訓練では回復は母が行なっていた──絶死にはその価値はいまいち分からなかったが、いかにも薬学に精通していそうな薬師頭が驚いた以上、効能もすばらしいのだろう。

 

 しかし、いかに素晴らしい対価を払おうと、もう一つの信頼は一朝一夕で得られるものではない。

 時間をかけたり、あるいは魔法や特殊技術、タレントといった異能を用いて、信じさせる必要がでてくる。

 それをこの男は。

 

(顔も見せずに言葉一つで)

 

 教えてほしい物を選ばせるため、つらつらと薬の名前と効能を挙げている薬師頭を見る。

 当初は挨拶すらまともにしようとしなかった男が、随分と饒舌になったものだ。

 この僅かな時間でこれだけ距離が詰められたのは間違いなく、モモンが口にしたメモを取るという発言に端を発している。

 

 最初はなぜわざわざ目の前でそんなことを言うのか分からなかった。

 メモを取りたいにしてもバカ正直に目の前で取らずとも、ここで教えてもらったあと、仮宿に戻ってから書き写せばいいだけだ。

 モモンはお誂え向きに自分一人用のエルフツリーを借りているため、人に見つかる可能性は低い。

 

 教えてもらってからエルフツリーに戻るまでの間に忘れてしまうほど記憶力がないというのなら話は分かるが、これまで見てきたモモンの態度や考え方、先ほどの理路整然とした、相手の逃げ道を塞ぐような弁舌などを見ているとそれはあり得ない。

 頭が切れるところを見せた上で、あえて自分の頭脳を貶める、相反する態度を見せることで、なにか伝えたいことがあったのだ。

 途中薬師頭がなにかに気づいた仕草を見せたことで、絶死もそれに気づいた。

 

(あれは多分、自分は隠し事をするような男ではない。と証明するためのものね)

 

 信頼関係の構築をはかるだけでなく、その前に言った薬師頭が出す対価である秘伝の薬に関しても、秘伝でも何でもないつまらない薬を出させないよう、保険を掛ける意味もあるのだろう。

 説得の中で話していた、薬師としての誇りに訴える文言からそれが窺える。

 

 これも相手によっては悪手になる。

 適当な薬を教えることで、魔導国の薬師に辺境の森に住む薬師の力量など、その程度と笑われてしまうぞ。というのがモモンの主張だが、恥を知らないものであれば、自分の知らない地でどんな評価を下されようが関係ないと言い切ることができるからだ。

 

 だが、絶死も経験上知っている。この手の自分の仕事に誇りと自信を持っている者は、たとえ声の届かぬ地であろうと嘲笑されることに堪えきれないのだと。

 モモンも薬師頭がそうした人物だと見抜いたうえで、メモの話一つで自分は嘘を吐かず、ポーションに釣り合う薬を教えてくれれば、魔導国で薬師頭の力量を賞賛し、逆に釣り合わないものを教えれば嘲笑する。この言葉にも嘘はないと宣言してみせたのだ。

 

 結果、薬師頭はモモンの言葉に込められた意味を理解しつつも、嘘偽りなく秘伝の薬を伝授するしかなくなったわけだ。

 

(しかし、なんで男たちってこういう面倒な言い回しが好きなのかしら)

 

 言葉に出さす態度で示したり、本心とは逆の内容を口にして真意を読ませようとするなど、シンプルな考え方を好む絶死としては、面倒で仕方ないが、どういうわけか自分に自信を持っている男ほど、そうした読み合いを好む気がする。

 まったくもって、理解できない。

 

「ハァ」

 

 思わずため息が漏れる。

 その瞬間、機嫌良く話していた薬師頭が口を閉じ、視線をこちらに向けた。

 

(ヤバ)

 

「……ところで、お前が薬の知識を手に入れるためにきたのは分かったが、そっちの──娘はどんな用事があるんだ?」

 

 一瞬間が空いたのは、ハーフエルフの娘と言おうとして取りやめたのだろう。

 粗暴に見えるが案外気の利く男らしい。

 だが、それに関して絶死の方が知りたい。

 

 なにやら思わせぶりなことを言って、絶死を連れてきたのはモモンだが、今の話を聞く限り絶死にできることはなさそうだ。

 そうした非難の意味も込めてモモンを見ると、薬師頭もそれに続く。

 二人の視線を受けてもモモンは慌てた様子も見せずに、一つ大きく頷くと、絶死に近づいて肩に手を乗せ、そのままズイと前につきだした。

 

「ちょっと。なに?」

 

 当惑する絶死を無視してモモンは薬師頭に告げた。

 

「今更になりますが、貴方の秘伝を教えてもらうに当たり、直接的な作業は彼女にやって貰うつもりなんです。私はそれをメモするということで」

 

「はぁ!?」

 

 突然の言葉に絶死だけでなく、薬師頭の声も重なった。

 

「実は私が着ているこの鎧は特別な魔法が込められていまして。装着してから一定時間経たないと効果が発揮されないんです。流石にこの手甲を付けたままでは薬の調合はできませんからね」

 

 またこの言い訳だ。

 怒りと呆れで逆に言葉が見つからず、声にならないままモモンを凝視する。

 薬師頭もまた、モモンに視線を向けて、難しい顔でなにかを考えていたが、直にため息を落とした。

 モモンに文句を言いたいのは山々だが、なにを言ってもどうせ例の口の巧さで言いくるめられるのが分かっている。といった様子だ。

 

 その後彼は、視線を絶死に向けた。

 無遠慮にジロジロ眺められるのは気に食わないが、今回は我慢しよう。

 絶死とて、これまでのやりとりでモモンを言葉で言いくるめるのが難しいことはよく分かった。

 ならば後は感情による拒否。それも自分だけでなく、薬師頭と二人がかりでぶつける。

 確かに人目に付きたくはないが、こんな場所でやったこともない薬の調合をさせられるくらいならば、アウラ辺りと一緒に狩りにでも出た方がマシだ。

 

(肉をたくさん取ってくれば、芋虫を食べさせられることもないし)

 

 まさしく一石二鳥ではないか。

 そうと決まれば、薬師頭の否定に合わせて自分も拒否してやろう。

 そう考えて薬師頭の言葉を待っていたのだが……

 

「仕方ない。もう約束しちまった後だ。それで行こう。時間もないんだろ? 早速始めるぞ」

 

「え? あ、ちょっと」

 

 いかにも不本意。と言外に伝えようとしつつ、その実、声は妙に楽しげだ。

 思わぬ台詞に戸惑う絶死をよそに、男二人は話を続けた。

 

「俺のことは師匠と──いや、正式なものじゃないんだから、師匠はまずいか」

 

「ですね。五日そこらですし、ここは……仮師匠とかでしょうか」

 

「ということはお前たちは仮弟子か──しっくりはこないが、まあいい。では先ずは材料の準備だ。こっちに来い仮弟子」

 

「はい! 仮師匠」

 

 勝手に盛り上がった男二人は勢いよく立ち上がり、エルフツリーの三階に続く階段らしき場所に向かっていく。

 そんな二人の背を見送ってから、このままこっそり帰ろうか。とソロリと立ち上がった絶死の行動は。

 

「お前もさっさと来い。仮弟子二号」

 

 階段の影からひょっこり顔を覗かせた、薬師頭によって封殺された。

 

「何でこうなるのよ」

 

 思わず呟いた絶死の声は誰に届くこともなく、太く防音性も高いエルフツリーの幹に吸い込まれて消えていった。

 

 

 ・

 

 

 ダークエルフの村と大樹海との境目にある一本のエルフツリーの前に、一人の男が立っていた。

 涼し気に整った顔立ちと、すらりと伸びたしなやかな四肢。

 そして、経験と実力に裏打ちされた自信を全身から漲らせるこの男の名は、ブルーベリー・エグニア。

 

 かつての大移動の際、中心的存在となった始まりの十三家のひとつ。

 由緒正しきブルーベリー家の姓を持ち、この村のみならず大樹海に住むダークエルフの中で知らぬ者はいない一流の野伏(レンジャー)である。

 

 そんな彼が、未だ日も出ていないような早朝から、手にダークエルフ式複合弓を持って、この場所に立っているのには理由がある。

 彼は前日、怪我の治療という名目で宴に参加することも出来ずに隔離されていた。

 怪我自体は治っていたのだが、体力の消耗が激しかったのは事実であり、今朝になってようやく体力も回復して、通常の生活に戻れるようになった。

 

 早々に家に戻った彼は、急いで準備を整え、そのままここにやってきた。

 病み上がりの上、とある理由で昨夜はほとんど眠れなかったのだが、体の調子は悪くない。

 むしろこれから起こることを考えると、いつもより力が漲るくらいだ。

 

 太陽の動きに合わせて生活しているダークエルフにとって、時間の概念はかなり緩いものだが、狩人だけはその限りではない。

 ある程度の人数が纏まって行動するため、個々人の感覚を合わせて、決まった時間に集合して狩りに出発する。

 とはいえ、エグニアは今日の狩りには誘われておらず、肝心の約束時刻がわからない。

 

 だからこそ、こうして日が昇る前から、村の出入り口にもなっているエルフツリーの傍で待機していた。

 普段の狩りであればそろそろ来るはず。と太陽の位置を確認しようと顔を持ち上げると、頭上を生い茂る木々の葉に付いた朝露が雫となり、今まさに落ちてこようとしているのが見えた。

 

 少し前まではその雫が落ちる際、黎明の光を反射して宝石のように輝く様こそが、世界で最も美しいものだと思っていたが、今見たらその輝きもくすんで見えることだろう。

 彼は、それ以上の美しさを知ってしまったのだから。

 

「フッ」

 

 それでもこれから訪れる女神にして絶世の美少女──アウラ・ベラ・フィオーラとの再会を祝福してくれているような気がして、エグニアは視線を雫に合わせて、落ちる時を待つ。

 だが、その雫が落ちるより早く、突如として鼻孔がかぐわしい香りを嗅ぎ取った。

 細胞の一つ一つが歓喜で踊り出しそうな、その香りをエグニアが忘れるはずがない。

 

(落ち着け。落ち着け)

 

 踊り出す細胞に合わせて、強く大きくなった心臓の鼓動を、無理やり抑えつけながら自分に言い聞かせる。

 続いて捉えたのは耳。

 

 ダークエルフの聴力はそれなりに敏感だが、その能力の限界すら超えた距離から、彼女の声がエグニアには確かに聞こえた。

 その証拠に聞こえてくるのはアウラの声だけで、その付近にいるはずの他のダークエルフの声は聞こえない。

 

 何度も何度も。

 耳の中でリフレインし続けたあの可愛らしい声。その声と顔、香り。彼女を構成するあらゆる要素を思い出すだけで体が興奮し、昨夜は一睡もできなかったのだから。

 

 もう雫のことなど完全に忘れたエグニアは視線を声のする方向に動かし、同時に服装の乱れや髪型などをチェックする。

 問題ないことを確認した後、再度木に体を預け、ポーズを決めて女神の到着を待った。

 やがて、一緒にいた者たちの声も聞こえてくる。

 その中でも一際大きな声を出している者に、エグニアは眉を顰めた。

 単純にアウラの声が聞こえなくなるからだけでなく、彼女に近づきすぎだと感じたためだ。

 

(昨日も一緒に狩りに出たというのに、今日も付いていく気か。図々しい)

 

 狩りはグループを組んで行うが、危険な森の中で行動するのは、精神的な疲労を招くため、同じ者が連日狩りに出ることは稀だ。

 その意味では彼女も二日連続となるのだが、巨大な力を持つ魔獣が美しいように、絶世の美女である彼女は、強大な力を持っている。

 それこそ、あのアンキロウルススの王種(ロード)を撃退できるほどに。

 その力を以てすれば、二日続けての狩りも苦ではないはずだ。

 

 だが、この声の主。

 副狩猟頭の一人であるプラム・ガネンは違う。

 もちろん副狩猟頭という立場に就いている以上、村では有数の野伏(レンジャー)なのは間違いないが、直情的な性格が災いしているのか視野が狭い。

 それが長老衆と若者たちとの間の諍いを強めている。

 以前は、村の外にも名が知られているエグニアをかつぎ上げようとしていたようだが、アウラの実力を知ったことで、すっかり彼女に鞍替えし、あわよくば村を率いて貰うつもりなのだ。

 エグニアとて、アウラがそのまま村に残ってくれるのならば、ガネンに協力するのはやぶさかではないが、それでも他の男が彼女に近づきすぎるのは頂けない。

 

(くそう。そこをどけ、アウラさんが見えないだろうが)

 

 彼女の前を歩きながら、これから出向く狩り場について話をしているガネンの背を睨みつける。

 その視線に気づいたのは、ガネンではなかった。

 

「……ん?」

 

 ガネンの体からひょっこりと顔を覗かせ、こちらを見る。

 黎明の輝きを反射する金色の髪と、その太陽すら霞むような可憐な美貌。

 そして、新緑の森と静かな湖畔の美しさをそれぞれ写し取ったかのような、左右色の違う瞳がエグニアを捉えた。

 

 可憐だ。

 可憐すぎる。

 

 実物の彼女は、一晩中何度となく思い出していた姿とすら、比べものにもならない。

 その女神が如き美少女の瞳に、自分の姿が映っている事実に、エグニアは頬が緩むのを押さえきれなくなった。

 

「……エグニア?」

 

 そんなエグニアの気分を台無しにするガネンの声も、しかし、今は助かった。

 こんなだらしない顔を彼女に見せるわけにはいかないと思い直すことができた。

 やがて、ガネンを筆頭に三人のダークエルフが一歩前に出てくる。

 アウラはその少し後ろをゆっくりと歩いているが、三人はアウラの前にさっと移動する。自分からアウラを隠しているようで気に入らない。

 

「エグニア。体はもう良いのか?」

 

 会話ができるくらいの距離まで近づいてきた、ガネンが言う。

 

「ああ。もうすっかり回復した」

 

「そうか。それは良かった。それで? こんな朝早くからここで何をしているんだ?」

 

 その声には険があった。

 弓まで持ってここにいるのだから、こちらの考えはわかっているだろうに。

 

「もちろん。ア……フィオーラさんを待っていたんだ。助けて貰ったお礼を言いたくてな」

 

 頭の中でずっと名前で呼んでいたこともあり、名前呼びしそうになって直前で留める。

 まだ自分の自己紹介もしていないのだ。

 いきなり距離を詰めすぎて、警戒されるようなことだけは避けなくては。

 先ずはあくまで礼という口実で直接会話をし、自分のことを覚えて貰うところからだ。

 

「悪いが、それは後にしてくれ。フィオーラ様は今から俺たちと狩りに出るところなんだ。戻ってから──」

 

「ならば俺も、狩りに同行させてもらおう」

 

 言葉を遮り、本題に繋げると、ガネンは今度こそ嫌そうに顔を歪めた。

 

「……今回の狩りは待ち伏せではなく、フィオーラ様を先頭に獲物を見つけて狩るやり方だ。隊列を維持するのがもっとも重要になる。一人増えればそれだけ隊列が崩れやすくなる。お前ほどの野伏(レンジャー)が分からないわけがないだろ?」

 

 それは事実だ。

 ダークエルフの狩りの方法は、罠による待ちと動きながら獲物を探す、二つに大別できるが、後者の場合基本的に四人一組で行動する。

 

 これは獲物を追って森を移動する際、ダークエルフは危険な地面ではなく木の上を移動するためであり、その際、狩人は互いが互いをカバーしやすい位置を維持して動くのだが、幼い頃から四人一組での位置取りを基本としていることもあって、一人増えただけでその位置取りが難しくなるのだ。

 

「もちろん分かっている。だがお前は昨日の今日で疲れているだろう? だから俺が代わると言っているんだ」

 

「昨日もフィオーラ様のおかげで、すぐに獲物を狩ることができた。疲れてなどいない。それに俺を選んだのはフィオーラ様だ」

 

「なんだと!?」

 

「今回の狩りのリーダーはフィオーラ様だ。どんな人材が必要かと伺ったら、案内役として、知っている人、つまり俺も居た方がいいってことでな」

 

 ガネンが自慢げに言う。

 

「なっ」

 

 自分以外の者がアウラに選ばれた事実に、再び絶句する。

 まだまともに挨拶もしていないのだから、自分が選ばれないのは当然なのだが、ショックはショックだ。

 

「あのさー」

 

「は、はい! 何でしょうフィオーラ様」

 

「もう良いからその人も連れていこうよ。あたしが先行するから、あなたたちは四人一組で後ろを付いてきてよ。正直、合わせるの面倒だし」

 

「え、いや──分かりました。エグニア、それで良いな?」

 

 アウラが付いていくことを許可してくれたという事実に感動し、ガネンの言葉にも頷くことしかできずにいると、改めてアウラがエグニアを見た。

 

「えーっと。それで、あなたの名前は? 確か魔獣熊に襲われてた人だよね?」

 

 左右に分かれたダークエルフたちの間を通ってこちらに近づき、小首を傾げるアウラの姿に、エグニアは先ほどとは別の意味で、言葉を詰まらせる。

 彼女とこんなに至近距離で顔を合わせているからだけでなく、自分のことを覚えていてくれたことに感動したためだ。

 しかし、いつまでも言葉を返さない訳にはいかないと必死に己を奮い立たせ、顔を引き締めて頭を下げた。

 

「その通りです。あのときは命を助けていただき、まことにありがとうございました。私は、ブルーベリー・エグニアと申します。エグニア、と呼んでください」

 

「なっ!」

 

「はいはい。エグニアね。よろしく」

 

「っ!」

 

 自分で言ったこととはいえ、アウラから名前で呼ばれた事実に身震いしてしまう。

 

「■■、■■■■■■!」

 

 ガネンが何か言っているが、感動に打ちふるえているエグニアの耳に、その言葉も意味も、全く入ってこなかった。

 

 

 ・

 

 

「なんだと? ブルーベリーが?」

 

「ええ。プラムのお馬鹿さんと一緒に、フィオーラ殿と狩りに出向いたそうよ」

 

 長老たちが集まるエルフツリーの中で、三人の長老衆は顔を合わせて話し合いを行っていた。

 議題は言うまでもなく、村にやってきた来訪者たちの現状。

 

 特に長老と対立している若者グループが、誰と接触しているかだ。

 こちらは予想通りと言うべきか、若者たちの中心人物である副狩猟頭プラムが推しているアウラだった。

 そこまでは予想がついていたが、問題はもう一人の人物、ブルーベリー・エグニアだ。

 由緒正しきブルーベリーの姓を持ち、大樹海のダークエルフで知らぬ者はいない程の実力者でもある。

 

 そんな彼を村の頭にと考えている者は多いのだが、とうのエグニア自身にその気がないらしく、誘いを袖にしていたため、これまでは大きな問題になってこなかった。

 そのエグニアが、若者グループがかつぎ上げようとしているアウラに付くとなれば、中立を守っている者たちもそちらに流れていきかねない。

 

「モモン殿は、やはり?」

 

「ああ。薬師頭の下に出向いたらしい。例のハーフエルフの少女と共にな」

 

「マンゴーのところであれば、積極的に村の者たちと関わることはないか」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。薬師頭のマンゴー・ギレナは薬師としての腕は立つが、偏屈な変わり者で、基本的に村の内情に首を突っ込むことはない。

 そんな彼の下に居る以上、あの二人が村のことに関わってくる可能性は低い。

 

 そもそもとして、純粋なダークエルフではない彼らを、自分たちの派閥に取り込もうという考えは、どちらも持ち合わせていなかった。

 つまり、現時点で長老たちが取れる手段は一つだけだ。

 

「……フィオーレ殿は?」

 

「一応村からはでていないみたいだけれど、村の者と関わろうとはしていないみたいね。ただ、彼は森祭司(ドルイド)の力を持っているそうだから、祭祀頭の様子を窺っているとは聞いているわね。大人しそうな子だから声をかけづらいのかも知れないわ」

 

 ストロベリーの言葉に、ラズベリーの瞳が妖しく光る。

 

「では、その仲介役を我々が引き受けるとするか。話のとっかかりにはなるだろう」

 

「しかし、引っ込み思案な子なんだろう? その後どう話を持っていく? 小さい子との会話なぞ、ここ最近とんとしていないぞ」

 

 村にも子供はいるが、基本的にその親世代は長老と対立している若者が多く、必然的に子供たちにも距離を置かれてしまっている。

 ピーチの言葉に、ラズベリーとストロベリーも眉を顰める。

 

「先ずはそこからだな」

 

 ため息を一つ落としてから、長老たちは新たな議題の答えを求めて話し合いを続けた。




次は書籍版ではあまり村人と交流の無かったマーレの話になる予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 双子のお仕事

少し間が空きました
前回の続きでマーレとアウラがそれぞれのグループと交流する話です


 杖を抱きしめつつ、マーレは村の中を歩く。

 時折、村人が視線を向けてくるが、声を掛けてくる者はいない。

 いつもならばともかく、今日に限って言えば、あちらから声を掛けてもらった方がありがたいのだが。

 基本的にマーレは、自分から他人に話しかけるのが得意ではないのだ。

 

 だが、これも主人によって命じられた大切な仕事の一環。

 苦手だからと、即座に出来ないと言えるはずがない。

 

 ここに来る前、守護者統括アルベドより叱責を受け、主人からも出来ないのは仕方ないが、代案は考えるべきだと指摘されている。

 昨夜、姉であるアウラからも同様の事を言われ、必死に考えていたせいで今も少々眠たいが、その甲斐あって一つ作戦を思いついた。

 マーレが考えたのは、わざと人前で困っている風を装うことで──実際に困っているのだが──話しかけて貰うという作戦だ。

 

 その後、話の流れで目標である長老たちを紹介して貰うつもりで選んだのが、村の顔役であり、長老側の立場にいるらしい祭祀頭だったのだが、仕事をしているのか、なかなか家から出てこない。

 

 こういう時はどうしたらいいのかと考えながら村の中をうろうろしている最中、一つ予想外の事態が起こった。

 こちらを見ている視線。

 マーレは、アウラのように探知能力に優れている訳ではないが、それでもレベル百の身体能力によって、並の野伏(レンジャー)よりは目も耳も良い。

 その探知能力が、遠くからこちらを窺っている気配を察知した。それも覗いているのはマーレの目的である長老たちのようだ。

 

(長老の人たちに、これを見せられれば良いんだけど。どうやって説明すればいいかな)

 

 目的の人物が過程を一つ飛ばしてやってきた以上、そのまま長老たちに接触すればいいのだが、その場合祭祀頭を相手に想定していた会話内容を一から考え直さなくてはならない。

 

(逆に祭祀頭の人を紹介して貰って、そのお礼にすれば……大丈夫だよね)

 

 問題は無いと思うが、思考を回転させることの重要さを主がいつも説いているため、しっかりと考える。同時にポケットから交渉材料となる手帳を取り出した。

 アルベドたちに叱られたあと、自分で考え、ナザリックで用意してもらったものだ。

 

 記されているのは、この村でも役に立ちそうな、動物の効率的な血抜きや臭み抜きを行う方法や、村の近くでも取れそうな薬草、ハーブなどを使用した香辛料の作り方など、いわゆる生活の知恵と呼ばれるものだ。

 当然ナザリック由来のものではなく、エ・ランテルを中心とした、魔導国内でのみ集めた知識を、第六階層に正式に置くことになったエルフたちを使って翻訳した。

 これらの知識を使って、長老たちの信頼を得ようと考えたのだ。

 

 わざわざこんなものを用意したことにも理由はある。今回マーレたちは主より、力を隠すよう命じられていたからだ。

 具体的には、使える魔法の位階が制限され、身体能力もだいたいレベルで換算して三十。

 ようは人間たちの言うところの、英雄の領域程度の実力に見せかけている。

 村人だけでなく、ナザリック基準で見てもそれなりに強いあのハーフエルフを欺く意味もあるらしい。それでも魔獣熊と戦ったところは見られているため、もっと上の実力だと気づかれていても不思議はないのだが、主が言うのだから相手は気付いていないのだろう。

 

 力を制限したことで、問題となるのはマーレだ。

 アウラに関しては魔獣熊を操っていたと気づかれてはならないため、魔獣使い(ビーストテイマー)の力はすべて隠さなくてはならないが、野伏(レンジャー)としての能力はあるため、問題は少ない。

 

 しかし、マーレは森祭司(ドルイド)だ。

 それも使える魔法の殆どは攻撃魔法であり、ごく少数の使えそうな魔法として、土地や畑の栄養回復魔法などはあるが、村の畑は木の上に少量の土を運んで作るプランターのようなものしかないため、効果が分かりづらい。水や単純な石材を生み出す魔法もあるが、そちらも規模が大きすぎる。

 

 だからこそ能力とは関係ない、生活の知恵を交渉材料に使うことを思いついたのだ。

 そんなことを思い出しながら、並行して思案していた長老たちとの会話内容をある程度考え終わったところで、こちらを見ている長老たちにも動きがあった。

 

(あ。来たかな)

 

 ゆっくりとこちらに歩いてくる気配を感じ取る。

 一歩一歩踏みしめるように歩く様は、威厳を醸し出そうとしているようだが、普段から絶対的支配者である、主のカッコいい姿を見ているマーレからすれば児戯も良いところだ。

 

(よーし。やるぞー)

 

 手帳を手に持ったまま杖をしっかり握りしめ、マーレは長老たちが近づいてくるのを待った。

 

 

 ・ 

 

 

 マーレと接して最初に思ったことは、子供でありながら村の若者と違って、とても礼儀正しいということだった。

 一見すると自信なさげなおどおどとした態度だが、彼もアウラ同様、あのアンキロウルススの足止めを行える実力を持っていると聞いている。

 通常若くして力を持った者は、その力に驕りを覚えて増長するものだが、彼はそうしたところは見られない。

 とはいえ、引っ込み思案というのは事実らしく、ぺこりと頭を下げた後は、なにを言うでもなく、もじもじと身をよじらせている。

 庇護欲をそそり、与し易そうなマーレの態度に、ストロベリーは内心でほくそ笑みながら、同時に精一杯愛想の良い笑みを浮かべた。

 

「こんなところでどうしたの?」

 

「……え、えっと。あの、ぼ、僕は森祭司(ドルイド)なので、この村の祭祀頭さんのところでちょっと勉強させて、いただきたいと思って。でも、あの──」

 

 ワタワタと言葉をつっかえさせながら、必死に説明する様はやはり会話に慣れていない大人しい子供そのものだ。

 加えて村の中をうろついていた理由も、こちらの想像通りのものだったため、ストロベリーは大きく頷いた。

 長老である自分たちがあえて出向き、ここで彼と接触したのは正解だった。

 何しろ、ここは村の真ん中。

 声こそかけてこないが、複数の住人たちが稀人であるマーレのことを気にしている。

 そんな中、長老である自分たちが声をかけたのだから、固唾を呑んで様子を窺っている気配は、ありありと伝わってきた。

 ここでマーレという引っ込み思案で、まだ村の誰ともまともに接触できていない子供と交流を深め、感謝の言葉を貰えば、自分たちを頭が固いと馬鹿にしていた村の若者たちも見直すに違いない。そのためにも──

 

「そう。だったら私たちが連れていってあげましょうか?」

 

 できる限り優しく告げる。

 周囲の驚くような気配が強くなったのは、ストロベリーの口調が普段と違うためだろう。

 この話し方は長老たちで集まって話すときのもので、いわば素の口調なのだが、他の村人たちがいる前では、敢えて威厳を出すような口調を取っている。

 当然それにも理由がある。

 周囲の村や、エルフの行商──滅多に来ないが──がやってきたときに、侮られないようにするためだ。

 

 村の若者が知れば、実力が伴っていない者が無理に威厳を出そうとしていること自体、滑稽だと笑うだろうが、これも古くからの伝統の一つだ。

 こうした一見無意味に思える口伝にも、何らかの理由があり、無下にしてよいものではない。

 では何故、その伝統を今止めているのかと言えば、当然、マーレに親しみやすく感じてもらうためであり、同時に村人たち、特に若者グループに歩み寄る姿勢を見せるためでもある。

 

 ここでうまくマーレを取り込むことができたとしても、若者グループが取り込もうとしているアウラはマーレの姉であり、力関係もアウラの方が上であるのは明白。

 その上、村の顔役でもあるエグニアがあちらについたことで、若者たちの勢力が増すのは間違いない。

 それでも、彼らの考え方に多少なりとも歩み寄る姿勢を見せておけば、決定的な問題にはならずに済む。

 

(あのお馬鹿さんたちを、調子に乗らせるだけの気もするけど……)

 

 それでもこのまま対立が激化し、かつてのように、村が割れ、それぞれが違う場所で暮らすようなことになるよりはマシだ。と話し合って決めたのだ。

 

「えっと。あの、いいん、ですか?」

 

「ええ。もちろん。フィオーレ殿、いいえ、マーレ殿と呼んでも良いかしら?」

 

 これも親近感を持ってもらうための手段だ。

 

「は、はい。大丈夫、だと思います」

 

 奇妙な言い回しであるが、とりあえずマーレは了承した。

 

「ではマーレ殿、行きましょうか」

 

「は、はい。あ、えっと。よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げる姿に、ストロベリーは安堵の息を漏らした。

 ここで断られでもしたら、それこそ面目が丸つぶれになるところだった。

 

「それにしても本当に、貴方たちは礼儀正しいわね。うちの村の子たちにも見習ってほしいものだわ」

 

 そうした安堵感が口を軽くして、言葉を滑らせた。

 後ろで二人の長老たちが声を掛けて止めるようとするが、もう遅かった。

 聞き耳を立てていた村人の中で、彼女たちに反目している若者グループから、露骨な舌打ちが聞こえてきた。

 

「えっと、あの、僕は……。こ、こういうのをいろいろと読んでいるので!」

 

 そんな空気を払拭しようとしたわけではないだろうが、慌てながら、マーレが差し出してきたのは小さな本だった。

 存在自体は知っている。

 紙と呼ばれる、薄く真っ平らな木皮のようなものに黒く色づけた木の汁などを使って文字を刻みこむ。

 それを幾枚も重ねて束ねることで、大量の記録を残すことができる代物である。

 

 この村では殆ど見ないものだ。

 というのも、ダークエルフの伝統や技術は基本的に口伝や体に教え込むといった方法で伝達されているからだ。

 それが当然であり、他のやり方など考えもしなかった。

 受け取った本を開いてみるが、そこには良く分からない文字が並んでいて、内容を読みとることができない。

 

(これは確か、エルフの──)

 

 一瞬困惑するが、一緒に記されている図案から察するに、これは生活の知恵──薬の調合や、獣の狩り方、血抜きの方法、食物の育て方など──を記したものであることが分かる。

 それもこの村に残されているやり方よりずっと細かく、洗練されていた。

 

「こ、これは!?」

 

「え、えっと。僕の──行方不明の親が残してくれた知識を纏めたものです。僕たちはこういうものから、色々と教えてもらっている、ので」

 

 ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。

 双子の親が行方不明ということは、宴の席でアウラが話していた。

 森に住む者にとって、親を失う子供など珍しくもないため、軽く流していたが、よくよく考えてみれば、不思議なことがある。

 両親がいないのなら、いったい誰がこの幼い姉弟に、礼儀作法や知識を教えたのか。人間であるモモンはダークエルフよりずっと寿命が短いと聞いているので彼ではないはずだ。

 

 双子が住んでいる都市には、ほとんどダークエルフがいないとも聞いている。

 だからこそ彼らの親は、自分たちがいなくなった後のことを考え、ダークエルフの文化だけでなく、エルフの文化も取り入れた自分たちの知識を本という形で残し、二人はそこから知識や礼儀作法も含めた一般常識を学んだのではないだろうか。

 

 ストロベリーが驚いたのは、彼らの親が己の知識を文字さえ読めれば誰でも継承できる形にして残したその潔さだ。

 自分たちが伝統や知識を形にして残さないことには、当然理由がある。

 既得権益を守るため、というと言葉は悪いが、知識を広めることは同時に責任も伴うことになる。

 

 たとえば、薬の調合などはこの村では基本的に、薬師頭が秘伝として独占しているが、調合を紙などに書いて、それが誰かに盗まれてしまった場合、経験のない者が同じ薬を調合できるはずがなく、間違った調合により薬どころか毒になる危険性すらある。

 そうなると、場合によっては調合した本人の薬さえ疑われてしまう。

 そうした危険を避けるため、知識を独占しておき、どうしてもという場合は、必要な者にだけ教えているのだ。

 

(そんな大切な知識をあっさりと私たちに見せてくる。これはきっと、この子の考えじゃない)

 

 未だこちらをじっと見つめているマーレの瞳には邪気など一切ない。

 自分から声もかけられないようなマーレが、これを使って取引をしようなどと考えるとは思えなかった。

 これも親の教えに違いない。

 そしてなぜ、そんなことをするのかも想像がつく。

 

 知識の流出によって起こる責任を子供たちではなく、親が被るためだ。

 彼が差し出した知識を使って事故が起こったとしても、彼自身を責める者はいないだろう。

 その場合は、この知識を残した親に責任が行く。

 そして間違った知識を授けた愚か者として、笑われることになる。

 たとえ自身が死亡していたとしてもその名誉を傷つけられるのは、自尊心の高いダークエルフにとっては我慢ならないことだ。

 

(彼らの親は、それでも双子を守るために、そうした選択をした)

「……そう。素晴らしいご両親ね」

 

「は、はい! とっても素晴らしい人です」

 

 初めて大声を出したマーレの瞳は、キラキラと輝いていた。

 大人しい彼に感情を露わにするほど愛され、尊敬されている彼の親が羨ましくなる。

 尊敬どころか、次代を担うべき若者グループに疎まれている自分たちとは大違いだ。

 

(私たちも、考え方を変えるときが来たのかもしれない)

 

 そっと、ストロベリーは後ろを見る。

 二人の長老たちも同じ気持ちだと言わんばかりに頷いていた。

 ただ、最長老のラズベリーと異なり、ピーチの顔はどこか引きつっているようにも見えた。

 

「あ、あの」

 

「ああ。ごめんなさい。それじゃあ行きましょうか。歩きながら、色々と話を聞かせてもらえるかしら」

 

 マーレに話しかけられ、思考を一時中断する。

 

「は、はい!」

 

 素直な返事と共に、再度マーレははにかんだように笑った。

 アウラ同様、絶世の美少年と呼べるほど整った顔立ちの少年に笑いかけられる。

 一瞬、奇妙な感情が湧きそうになった自分を律し、小さく頭を振った。

 

 

 ・

 

 

 むせ返るような濃密な森の空気を肺一杯に吸い込んだアウラは、木の上から次の木に乗り移る。

 その音は恐ろしく静かで、次の木に着地したときもほとんど音を発さない。

 風が靡き、木々の葉を揺らす音の方がうるさいほどだ。

 

 これならば、森の中に棲むどんな獣や魔獣でも彼女の存在に気付く者はいないだろう。

 むろんそれは、彼女が一人であればの話だ。

 少し離れたところを動く影と、不自然な木のざわめきのおかげで、アウラの隠密行動も大して効果はない。

 もっともあれでも、魔導国にいる野伏(レンジャー)の職業を修めた冒険者よりも上等な動きなのは間違いないのだが、レベル百にして至高の存在に創造されたアウラとは比べものにもならない。

 これではある程度接近すると、あっさり獲物に気付かれてしまうだろう。

 

 前回のとき同様、彼らの手を借りることなくアウラの感覚だけで遙か先にいる獲物を発見し、離れた位置から狙撃するやり方を取るのが安全だろう。

 信用を勝ち取るという意味では、アウラ一人で狩るよりも、他の者たちと協力しあう方が良いのだが、あちらと歩調を合わせたせいで狩りに失敗した場合、アウラの力が侮られることになる。

 特に今回は、村の副狩猟頭であるプラム以外にもう一人、アウラが近づく価値のある村の顔役が同行している以上、失敗は許されない。

 

(それにしても、視線がずっとあたしから外れないのは、こっちを疑っているってアピールかな)

 

 背中というより、背面全体を舐めるように見回してくる粘度の高い視線は、ゾワリとした悪寒が走るものだが態度には出さない。

 見ているのは間違いなく、今回の狩りに突如として同行を申し出てきたブルーベリー・エグニアだろう。

 彼のことは宴会の際に村人たちから聞いていた。

 

 何でも始まりの十三家なる、トブの大森林からこの大樹海に移動する際の中心的存在となった家の一つの姓を持っているだけでなく、野伏(レンジャー)としての実力も村一番という話だ。

 そんな存在が村の中で何の役職にも就いていないのは、どうやら、下手に重要な役職に就けてしまうと、彼を慕う者が一気に増え、現在の村でのバランスが崩れてしまうことが理由らしい。

 

 それだけの影響力を持った者を味方に付ければ、先日マーレと話し合って決めた、村をひとまとめにして、アンティリーネをトップとして祭り上げさせる作戦にも、大いに役立つ。

 だからこそ、その人物がアウラを怪しみ、監視している状況はよろしくない。

 この狩りの中で、疑いを払拭する必要があった。

 

(んー。可能性があるとすれば、あの魔獣熊。あの子を追い払ったのがこっちの仕込みだって疑われていることだけど)

 

 実際仕込みなのだが、流石にあれがアウラの命令で村を襲った自作自演──主曰くれっど・おーが・くらいどミッション──であるとは気付かれていないはずだ。

 アウラはここに来てから、主の言いつけを守り、魔獣使い(ビーストテイマー)としての力は全く見せていないのだから。

 

(あるとすれば、操ったんじゃなくて、単純にあたしたちが村に追い立てたって考えてるとか? 魔獣熊(あの子)の演技ちょっとわざとらしかったからなぁ)

 

 だが、それならやりようはある。

 アウラ以外の全員が村にいて、アウラを疑っているブルーベリーが監視を続けている状況で、前回と同じことが起こればいいのだ。

 

(多分あっちもあたしの匂いに気付いて近づいているはず)

 

 今回ただ一頭だけ森に連れてきた、アウラの配下であるフェンに思念を飛ばす。

 案の定、直ぐに返答があった。

 かなり嬉しそうな感情が伝わってきて、思わず苦笑するが、表情を引き締め直して再度、思念で確認したいことを聞く。

 今度はやや時間を置いてから返事が来た。

 おそらくは一緒に居るであろう魔獣熊に確認──種族の異なる両者では直接会話できないので、ハムスケを間に入れる必要がある──を取ってアウラの想定通り、狙った獲物が近くにいることが判明した。

 

「よし」

 

「フ、フィオーラさん。どうかしましたか?」

 

 小さな呟きを聞き取ったブルーベリーが緊張した声で問う。

 そうした演技をしているのか、それとも自分より遙か格上の相手に、分かりやすく疑いの眼差しを送ることに、恐怖しているのかは分からないが、今は愛想良くしてやった方が良いだろう。

 

「ん。何でもない。昨日はあっちに行ったから今回は別の方角が良いかなって」

 

「そ。そうですか! 分かりました。後ろには私の方から伝えておきます!」

 

 よろしく。と笑いかけると、ブルーベリーは、ハイ。と裏返った声を上げた。

 ずっと緊張しっぱなしなのは、やはり演技ではなさそうだ。

 そんなことを考えながら、フェンたちがこちらに追い立てて来る予定の場所に向かって移動を開始する。

 同時に、頭の中にマーレから報告が届いた。

 どうやら、あちらも上手く長老たちと接触できたようだ。

 

(よしよし。それじゃあたしも、姉として良い所見せないとね)

 

 アウラもブルーベリーからの疑念を晴らすため、そして若者グループに自分の力を見せつけるために気合を入れ直した。

 

 

 ・

 

 

 直ぐ近くで聞こえた、耳にべったりと張り付く雄叫びに身を竦ませそうになるが、エグニアはそれを意志の力で抑え込む。

 あるいは、女神の加護があったからこそ耐えられたというべきか。

 

「エグニア。あれは」

 

 追いついてきたガネンの言葉に、頷く。

 

「あ、ああ。間違いないウルススだ。それも、あの時の王種(ロード)じゃない。俺が以前見かけた、この辺り一帯を縄張りにしている奴だ。別の個体だったのか」

 

 元々エグニアたちの村より北方にあるアジュの村近隣に、ウルススの王種(ロード)が存在している話は聞いていたが、アウラたちが撃退したのは、それとは別個体だと思っていた。

 もし北方の王種(ロード)が縄張りを変えたのなら、アジュの村から連絡が来るはずだし、万が一連絡する間もなく村が壊滅したとしても今度は、この近辺に生息していたウルススの縄張りに入ることになり、雄叫びが二頭分聞こえなくては不自然だからだ。

 だからこそ、この近隣を縄張りにしていたウルススが急激な成長を遂げて王種(ロード)になったのだと考えていたが、今木々の奥でちらりと見えた影は先日のものよりずっと小さかった。

 

(やはり単純に、片方が雄叫びを上げなかっただけなのか)

 

 ウルススの性別が異なる場合、喧嘩に発展しないことはあり得ると気づいていたはずなのに。

 アウラの美しさと、生まれて初めての恋に浮かれて、頭が回らなくなっていたようだ。

 

「フィオーラさん。とにかく村に戻りましょう。他の皆さんのお力を貸していただければ──」

 

 あのウルススは王種(ロード)よりは弱いだろうが、ここにいる者たちだけでは危険だ。

 確かに、アウラは強い。

 実際あのウルススより強大な王種(ロード)を撃退したが、それは彼女一人の力ではなく他の三人の協力があってこそ。

 今回の狩りには、あの輝くような弓も持ってきていない。ここは撤退し、他の三人に協力を仰ぐべきだ。

 幾分冷静になった頭で提案するが、アウラは相変わらず涼しい顔で、こちらに獣の唸り声が近づいてくる方向を眺めている。

 

「んー。この間の奴とは違うんだよね?」

 

「あ、はい。大きさが全然違います。あれは元々この付近を縄張りにしていた普通のアンキロウルススですが、大人のウルススは、村総出で掛かっても追い返すのがせいぜいの強敵です」

 

 だから戻りましょう。と再度提案する前に、アウラは背中に負っていた村から貸し出された強弓を下ろし、同時に矢をつがえた。

 一瞬たりとも彼女から目を逸らしていないというのに、その瞬間を見ることは出来なかった。

 これも以前なら、女神が如き美しさを持った彼女ならば、それぐらいのことはできて当然と思考停止していただろうが、少し冷静になり、また村一番の野伏(レンジャー)としての研鑽を積んできた自負のあるエグニアには分かる。

 これは奇跡や神の恩恵などでなく、彼女の野伏(レンジャー)としての技量の高さを物語っているのだと。

 つがえた矢を引き絞り、狙いを定める。

 話には聞いていたが、あの華奢な体で、村の誰も引くことのできなかった強弓をこともなげに引き絞る様は、アンバランスながら不思議と板に付いている。

 

「あ、音が無くなってる。整備したんだ」

 

「は、はい! 保管状態がよくないと教えていただきましたので」

 

 ガネンが上擦った声で言う。

 アウラはうんうん、と関心したように何度か頷いてから、チラとガネンに目をやった。

 

「もう一つ聞いておきたいんだけどさー」

 

「はい! 何でしょうか。フィオーラ様」

 

 自分ではなくガネンに話しかけたことに、愕然とする。

 多少冷静になっても、彼女に恋をしていることには変わりないのだ。

 なぜその視線を自分に向けてくれないのか、悔やむ気持ちと、アウラが自分に声をかけてくれなかったのは、ガネンが会話に割って入ってきたせいだと、恨む気持ちが混ざり合った。

 そうしている間にも、ウルススの声は近づいてきているが、アウラの余裕な態度を見て、何となく場の空気も緩んでいる。

 その空気を纏ったまま、アウラはあっけらかんと続けた。

 

「ウルススのお肉って美味しいの?」

 

「え?」

 

 どんな質問にも答えます。とばかりに気合いを入れていたガネンも、流石に予想していなかったらしく、言葉を詰まらせた。

 当たり前だ。

 ダークエルフにとってウルススとは、遭遇すれば一も二もなく逃げ出すような脅威であり、狩りで狙うような獲物ではないのだから。

 よって、ウルススそのものを食料として見ることなどあり得ないことだ。

 実際、ガネンはもちろん、それより年上のエグニアもこれまで一度としてウルススを食べたことなど無い。

 

 ガネンが答えられないと踏んだのか、アウラの視線がこちらに向けられる。

 左右色の違う瞳に射抜かれ、ゴクリと唾を飲んだ。

 エグニアは必死になって記憶を辿る。

 ずいぶん昔になるが、別の村の長老から話を聞いたことがある気がする。

 この村ではウルススに襲撃されたのは前回の王種が初めてだが、他の村で、まだ成熟した個体ではない巣立ちしたばかりのウルススに襲われたことがあったそうだ。

 

「……確か、肉の味も熊に似ていて、野生味があり、独特の臭みがあると聞いたことがあります」

 

「臭みかぁー。うーん、ま。ちょうど良いかな」

 

 眉を寄せて渋い顔をした──そうした表情でも一切その美しさは損なわれない──アウラだったが、次の瞬間にはいつもの天真爛漫な明るい表情に戻り、視線だけエグニアに向け、口元を僅かに持ち上げた。

 

「ありがと」

 

 軽い言葉と共に、彼女は大きな瞳を片方閉じた。

 瞬間、見えない何かが、彼女がつがえた矢よりも早く鋭く発射され、エグニアの心臓を貫いた。

 

「は、はひぃ」

 

 返事とも悲鳴ともつかない声が口から洩れ出る。

 天にも昇るような心地のまま、惚けていたその直後。

 今度は本物の矢の風を裂く音と共に、閃光が瞬いた。

 先の威嚇とは違う悲鳴が混じった咆哮が轟き、やがてドシンと巨大な何かが倒れる音が森中に響いた。




村の者たちの意識改革は本題でもないのでさっさと進めます
ちなみにダークエルフ村に文字や本の文化があるか少し考えたのですが、識字率が高いかはともかく、書籍版で薬師頭が書物の存在を知っていたり、アインズ様がメモを取っても反応しないので、エルフ特有の文字などはあると思ったので、そういう設定にしてあります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 エゴの押し付け

前回の続き、アウラとマーレの活躍を見たアンティリーネとアインズの話です


「では、明日も同じ時間に伺います」

 

「ああ。今朝も言ったがメモした内容は覚えたら、焼却しておけよ」

 

 腕組みをしたままむっつりと唇を結んでいる様は、不機嫌なように見えるが、視線すら合わせようとしなかった朝から比べれば、こうして見送りに来ているだけで、ずいぶん打ち解けてきたと言える。

 

「もちろんです」

 

 力強く頷くモモンに、満足げに頷き返した後、薬師頭は視線を絶死に向けた。

 

「お前は最低限、器具の名前と使い方を把握しておけ」

「はいはい」

 

 何度となく注意されたことを再び言われ、絶死は顔を逸らして適当な返事をする。

 薬師頭の眉間に皺が寄ったのが視界の端に映ったが、あちらが何か言うより早く、モモンが割って入った。

 

「そちらも私がメモしたものを彼女に渡しておきますので、ご心配なく」

 

 まだ不満そうではあったが、それ以上何か言われることはなく、モモンと絶死は薬師頭のエルフツリーを後にした。

 薬師頭が戻ったのを確認後、絶死はこれ見よがしに思い切りため息を吐く。

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないわよ。なんで私がこんな面倒なことをしないといけないのよ。あーもう、手が薬草臭い」

 

 しっかり洗ったつもりだが、潰した薬草から出た生薬のツンとした刺激臭は、たった一日で手に染み付いてしまったかのようだ。

 

「最初に話しただろう。これも調査の一環だ」

 

「それは貴方の仕事でしょう? なんで私が……」

 

 ジロリと睨め上げる。

 また鎧を言い訳にするつもりなら、今度こそ鎧に魔法の力が付与されていないことを指摘してやろうと思ったが、そんな空気を読んだのか、モモンは小さく肩を竦め、まったく別の角度から攻めてきた。

 

「仮にも私は君の命の恩人だ。少しくらい手伝ってくれても罰は当たらないと思うがな」

 

「ぐぬ」

 

 それを言われると痛い。

 実際モモンたちがやってこなければ、どうなっていたか。

 エルフ王が言っていた内容から推察するに、殺される可能性は低いだろうが、それより遙かに最悪な事態となっていたのは想像に難くない。

 

(いくら私に勝った男ならって言っても、あんな最低最悪の屑が相手なんて冗談じゃない)

 

 日頃から漆黒聖典の隊長など、それなりに近しい間柄の相手に言っている言葉を思い出してしまうが、流石に自分の父親──認めたくはないが──が相手なんておぞけが走る。

 これ以上は考えたくないと、絶死は思考と共に話を切り替えた。

 

「それにしても、あの薬師頭。こっちは素人だっていうのにギャーギャーと。自分より遙かに弱い者からあれこれ言われて、貴方もよく耐えられるわね」

 

 実質的な作業をしたのは絶死なので、文句を言われる比率は当然自分の方が遙かに多かったが、モモンもまた、道具の用意や、使用する素材の間違いなどを指摘されて、ずいぶん小言を言われていた。

 

 これが思いの外ストレスが溜まる。

 特に絶死はこれまでの人生で頭ごなしに怒鳴られる経験が、殆どなかったからなおさらだ。

 

(母は、怒鳴ることはなかったし)

 

 叱責されることはあっても、それは暴力によるものであり、口から出るのはじわじわとこちらを追いつめるような冷酷な台詞ばかり。

 ああして感情的に怒鳴られたことはなかった。

 

 しかも相手は自分より遙かに弱く、絶死が本気で攻撃すればもちろん、殺気を向けただけでも昏倒してしまうような相手だ。

 絶死ですら素手では勝ち目がなさそうな、強大な戦士であるモモンもそれは同様のはずだが、彼は不思議そうに首を傾げた。

 

「調合に強さは関係ないだろ? 仮師匠は私の知らない知識を持っている。それを教わるのだから、下手に出るのは当然のことだ」

 

「……そういうものかしら」

 

 そんなに簡単に割り切れるものだろうか。

 モモンの心が広いのか、それとも自分の心が狭いのか。

 

「それに、あの調合技術は面白い」

 

「そう? あんまり効果が高い薬だとは思えなかったけど」

 

 昔から、法国ではポーションや巻物(スクロール)などの研究が盛んに行われている。

 

 かつて六大神がもたらした神の遺産と同じ、あるいは類似したアイテムを開発するのが目的であり、費用対効果は悪いものの劣化しない真なるポーションである神の血(アムリタ)や、第四位階までの魔法を込めることが可能な特別な巻物(スクロール)などが開発されているが、ここで作られるアイテムはそれらのものと比べると効果も目新しくはなく、そもそも効能が低い。

 

 モモンが六大神と同じ場所からやってきたのならば、あの程度の薬に興味を示すとは思えない。

 

(となると、モモンは揺り返しで現れたんじゃなくて、そうした者の血が覚醒した者?)

 

 六大神の血が覚醒した神人とは呼び名が異なるが、同じように他の強大な者の血が覚醒した存在もいる。

 八欲王の息子であるエルフ王もそうだ。業腹ながら絶死も六大神のみならず八欲王の血も覚醒した特別な神人である。

 モモンも同じような存在なのだろうか。

 新たな疑念を抱き、疑いの眼差しを強めた絶死に対して、モモンの返答は実にあっけないものだった。

 

「たとえ効能が弱かろうと、自分の知らない知識が得られるのは楽しいし、喜びだよ」

 

 色々と考えた自分が、バカみたいに思えるほど単純な答えに、思わず閉口する。

 

「そういう気持ちは分からないか?」

 

「……そうでもないわ」

 

 絶死の趣味は、新しい服や食べ物を試すことだ。

 手当たり次第なので失敗することもあるが、未知を切り拓くという意味では知識欲と大きな差はない。

 

(そういえば、この服も結構洗練されたデザインよね)

 

 個人的にはもう少し装飾が多く付いたデザインの方が好みだが、肌触りの良い高級そうな布地を使い、丁寧に仕立てている。

 加えて絶死に誂えて作ったようにピッタリと体にフィットする形状は、まるで魔法の力が込められた武具のようだ。

 しかし、この服からは特別な輝きや力は感じられない。人体の形状に合うように細かな細工が各所に施されているに違いない。

 

(アウラたちも同じデザインなんだから、これは量産品よね。魔導国は服飾技術も高いのかしら)

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、絶死の返答を受けたモモンが、それみたことか。と言いたげに小さく鼻を鳴らした。

 

「そうした喜びを与えてくれる相手に敬意を払うのは当然のことだ。お前も明日までに覚えておけよ」

 

 ほら。と言いながら、メモを取っていた紙の束から、何枚か──おそらくは器具の名前と使い方が記されたもの──を渡そうとしてくるモモンに、絶死は手を振った。

 

「良いわよ。大体は覚えているし、貴方の国の言葉じゃどうせ私読めないでしょ」

 

「ん? ああ、そうか。エルフ国の言葉じゃないとダメなのか」

 

 ドキリと心臓が跳ねる。

 余計なことを言ってしまった。

 人間種のみならず亜人種、果てはハムスケのような言葉を使う魔獣であっても言語は統一されているが、文字に関してはそうはいかない。

 

 王国と帝国のように、元は一つの国だった場所ならば、ある程度似通った部分があるが、それ以外は国ごとにまったく別の文字が存在している。

 絶死が読めるのは法国で使用されている文字だけだが、今彼女はエルフの国で生まれ育った設定となっているのだ。

 

 ダークエルフが使う文字と違いがあるかは不明だが、仮に同じだった場合、モモンが村の誰かにエルフ語へ翻訳して貰おうなど言い出すとまずい。

 ここは──

 

「……そもそも私。文字、読めないから」

 

 しおらしい演技と共に視線を逸らす。

 どんなに進んだ文明を持った国でも、識字率が百パーセントということはあり得ない。

 まして原始的な生活が基本のエルフ国では、言葉が読める方が珍しいはずだ。

 加えて、そのことを恥ずかしく思っているような態度を見せれば、深く追求されることはないだろう。

 とっさにしてはなかなか良い言い訳だ。と内心で自賛する絶死に、モモンは一瞬絶句するような間を空けてから、姿勢を正す。

 

「……そうか。考えたらずだったな。すまない」

 

 ペコリと頭を下げ素直に謝罪する姿に、絶死の方も言葉を失った。

 絶死とて、自分が間違っていても決して謝らないほど頑なではないつもりだが、絶死ほど強さが隔絶してしまうと、軽い気持ちで頭を下げることができなくなるものだ。

 そうしてしまうと、逆に相手を萎縮させてしまうことの方が多いからだ。

 そのため、強くなるほど自然と頭を下げる機会自体減っていく。

 これも先の目上に対する敬意と同じく、モモンも同様のはずだが。

 

 どうもモモンは、そうした強者であるが故の不自由さを、あえて無視しているようだ。

 冒険者という自由な立場ゆえだろうか。

 

 少しだけ羨ましく感じると同時に、法国の守護者としての責務や、母から憎悪をコピーされ、復讐に縛られている自分が小さく感じてしまう。 

 

「──いいわよ別に」

 

 思わずぶっきらぼうな返答をしてしまい、場に気まずい沈黙が落ちた。

 そんな空気を吹き飛ばしたのは、村の外れから聞こえてきた歓声だった。

 

「なんだ?」

 

「さぁ?」

 

 方角的には、絶死たちがこの村に最初にやってきた際と同じ方角、つまり村の入り口付近のようだ。

 

「んんっ。行ってみるか」

「ええ」

 

 多少のぎこちなさは残りつつも、場の空気を変える良い機会であるという点で互いの考えが一致し、揃って歓声が聞こえる方に歩きだした。

 

 

 

 なんとなく想像はついていたが、歓声を受けていたのは、早朝村の若者と一緒に狩りに出たアウラだった。

 どうやら無事獲物を獲ることに成功したらしい。

 

 声をかけるべきか否か、少し悩んでモモンを見ると、彼はダークエルフと比べて大きな体を、木の陰に隠していた。

 なにをやっているのか訊ねる前に手招きをされ、どうやらアウラに見つかることなく様子を窺いたいのだと察し、絶死もモモンの近くに移動すると、縦に並んで様子を観察した。

 多くの者が野伏(レンジャー)の技術を持っていることもあって、ダークエルフの感覚は人間より優れている。

 それでも気づかれない程度の距離を取っているため、ダークエルフたちがこちらに気づいている様子はない。

 

(といっても、あの娘ならこの距離でも──ほら気づいた)

 

 野伏(レンジャー)としての実力もさることながら、単純に英雄や逸脱者を超える実力を持っているであろうアウラの感覚はごまかせない。

 鋭い視線がこちらに向けられた。

 モモンではなく、一緒にいる絶死に対する敵意を剥き出しにした視線だ。

 アウラとマーレはモモンに随分と懐いているようなので、彼が二人ではなく、絶死と共に行動していることが気に入らないのだろう。

 

 それを理解した上で、ニヤリと笑う。

 先日、人を年寄り呼ばわりしてくれたことへの意趣返しだ。

 当然、絶死の挑発的な態度にアウラは分かりやすく眉を持ち上げて、怒りを露わにするが、その直後一緒に狩りに出ていた者たちから大きな声が響いた。

 

「皆! 喜べ! 今回もフィオーラ様が大きな獲物、いや、村の危険を取り去ってくださったぞ!」

 

 含みのある言い方で、四人掛かりで運んでいた巨大な獲物を地面に降ろし、全員に見せつけるように左右に移動した。

 その獲物の姿を見た瞬間、先ほどまでとは違った歓声、いや悲鳴に似た声が上がった。

 

「ウルスス?」

「え? この前の」

「いや──」

 

 入り口近くの橋の上に集まっていた村人たちが口々に話し出す。

 ウルススとは、確かこの村に来る前に全員で捕まえた、巨大な熊に似た魔獣の名前だ。

 魔獣使い(ビーストテイマー)であるアウラの配下になり、この村と接触するため、ひと芝居打たせた後は、ハムスケやフェンと呼ばれた狼に似た魔獣と共に、森の中に潜伏させていたはずだ。

 

「あの時の魔獣熊か?」

 

 モモンが不思議そうに首を傾げる。

 仕事が済んで用済みになったため、証拠隠滅も兼ねて殺してしまったのだろうか。

 絶死の言えた義理ではないが、少々酷な気もするが──

 

「いや、違う! これは前回フィオーラ様たちが撃退したウルススの王種(ロード)ではない」

 

 絶死の疑問に応えるかのごとく、先ほどまで声を張り上げていた者とは別のダークエルフ──確か魔獣熊に一人で立ち向かっていた者──が一歩前に出る。

 その姿を見た瞬間、観衆たちに別のざわめきが混ざった。

 

 彼とアウラの顔を交互に見て、なにやら驚いている様子だ。

 歓迎の宴の際に紹介された村の顔役たちの中には居なかった人物だが、村内で特別な地位に居るものかもしれない。

 

「こいつはかつて俺が見たことがある、村の近くを縄張りにしていたウルススだ。おそらくあの王種(ロード)が暴れたことで、縄張りを追い出されたのだろう。しかもこいつは一目散に村の方向に駆けだしていた。つまり、俺たちは再びフィオーラさんに村の危機を救っていただいたのだ!」

 

 一気に語ると、おお。と力強い声が湧いた。

 

(近くを縄張りにしている強者が居なくなったら、余計に森の中が騒がしくなる気がするけど、その辺りは気づいてないのかしら。それともあえて隠している?)

 

 どちらにせよ、これは若者グループによる宣伝活動、いわば茶番だ。

 年齢や立場でなく、実力の高い者が村を治めるべきだと考えている若者グループからすれば、子供でありながら村の誰より強く、さらに森で生きる上で重要な野伏(レンジャー)の職業を修めているアウラは、自分たちのトップとして祭り上げるのに、これ以上無い存在だ。

 それを他の村人にも知らせるため、こんな目立つ方法をとったのだろう。

 

「余計なことを」

 

 頭上から不満げな呟きが落ちる。

 

「村から感謝されるのは、良いことでしょ。貴方たちの調査もやりやすくなるんじゃないの?」

 

 そっと探りを入れてみる。

 モモンは今回村、というよりこのエイヴァーシャー大森林に来た目的を、未知を求めての調査の一環だと話していた。

 それならばアウラが英雄として祭り上げられるのは、何も悪いことではないはずだ。

 やはり、モモンには別の目的があるのだろうか。

 

 絶死の問いにモモンが答える前に、再び観衆からざわめきが走り、同時にアウラたちのところに近づいてくる者たちの姿があった。

 

「長老のお出ましね」

 

 いつものように並んでゆっくりと威厳を見せつけながら歩く三人の長老。

 しかし、今回は別の小さな影も共にいる。

 

「……マーレも一緒か」

 

 その声はやはり不満そうだ。

 もしかすると、目的がどうこうではなく、単純に二人が権力争いの道具にされることが、気に入らないのかもしれない。

 個人的には、強者の下に人が集まるのは当然のことだとは思うが。

 

「これは長老。今回はお早いお着きで」

 

 最初に声を上げた方が嫌味ったらしい口調で言うと空気が一気に張りつめた。

 見ている観衆もまた、その空気を察したように押し黙り、ことの成り行きを見守り始める。

 

「戻ったかプラム。これは……ウルスス、この間の王種(ロード)とは別の個体か」

 

「その通り。フィオーラ様が村に危険が及ぶ前に討ち取って下さいました。如何に伝統や経験を学んでも、こういう時は何にもなりませんね」

 

 プラムと呼ばれた男の明らかな挑発に、女の長老がピクリと反応する。

 また嫌味の応酬になるかと思われたが、意外にも女長老は何も言わず、フイと視線を逸らすだけに留めた。

 そのことに他ならぬ嫌味を言った者が驚いている中、最長老が一歩前に出て、アウラを見た。

 

「フィオーラ殿。村の危機を事前に救って下さったこと、感謝致します」

 

 今度こそ、ダークエルフたちに動揺が走る。

 長老たちはこれまで、大人であり、チームのリーダーであるモモンには敬語で接していたが、他の者たちに対しては、尊大とも思えるような言葉遣いで接してきた。

 

 それを変えるということは、自分たちよりアウラの方が上だと認めたことになる。

 ニヤリと勝利の笑みを浮かべたプラムが、さらに何か言おうとしたところで、よく通る声が遮った。

 

「いいよいいよ。別に大したことじゃないし、それより、こいつの解体を急ごうよ。この間は他の人たちに任せたけど、今日はあたしが手伝うからさ。指示を頂戴」

 

 チラとマーレに視線を送ってからアウラが言うと、長老たちは目に見えて安堵する。

 アウラから解体の指示を請うことで、経験を大事にする長老たちに花を持たせてくれたからだ。

 

「フィオーラ様。雑事は俺たちがやります。解体のやり方だって、俺たちの方が慣れていますし」

 

「ガネン。いい加減にしろ、ウルススの解体は俺たちもやったことはないだろ。長老はご存じですか?」

 

 先ほどまでプラムに同調していた、もう一人のダークエルフが突如長老たちの味方に付く。

 一見すると突然手のひらを返したようにしか見えないが、離れた位置から見ているとよく分かる。

 

 どうやらこのもう一人のダークエルフは、若者グループの一員ではなく、アウラの考えに同調しているだけのようだ。

 そのためアウラが何も言わなかった今までは若者グループに付き、彼女が長老たちに花を持たせようとしたことで、それに同意を示した。

 

 神輿であるアウラに加え、村の中で特別な地位にいるらしい男まで同意したことで、流石にプラムも何も言えず、渋々ではあったが、長老の指示に従うことに同意した。

 

「んんっ。では、今日はいつもとは違うやり方で、血抜きと解体を試してみたい。皆も手伝ってくれ」

 

 長老の言葉に様子を窺っていた観衆たちも応え、一斉に動き出す。

 その様子を最後まで黙って見ていたマーレも、ホッとしたような仕草を見せ、アウラとアイコンタクトを取った。

 

(これも二人の狙い通りってこと? さっきの態度だと、モモンの指示では無いはずだけど──)

 

 チラと頭上を確認すると、モモンは低く唸ったままだ。

 いったい何が不満なのか、改めて訊ねようとしたところで、急にモモンが下を向く。

 兜越しとはいえ、近距離で見つめ合う形になったことに驚き、心臓が一つ跳ねた。

 

「アンティリーネ」

「な、なに?」

 

 思わず上擦った声が出る。

 そんな絶死にモモンは一瞬不思議そうに小首を傾げたが、すぐに気を取り直したように告げた。

 

「私は自分のエルフツリーに戻る。アウラとマーレが戻ってきたら、後で私が行くから今日は外に出ず待機しているように伝えてくれ」

 

「……はいはい」

 

 単なる連絡事項だったことに、自分でも理由はよく分からないが、苛立ちが募った。

 そんな絶死に気づくことなく、モモンは一つ頷くとその場を立ち去っていった。

 

 一人残された絶死は、気を取り直してアウラたちに視線を戻す。

 素直な賞賛を浴びながら、多数のダークエルフたちと協力して作業を進める双子の姿は、なんだかとても眩しく映った。

 

 

 ・

 

 

「どうしてこうなった?」

 

 自分に貸し与えられたエルフツリーの中、アインズは村人が運んできた食事を前に一人考える。

 

 この村では基本的に、食事は朝まとめて準備をしたものを朝夜二食にわけて食べるのが基本であり、今日の分は既に用意されている──アインズは食べたように見せかけただけだが──のだが、アウラが狩ってきた獲物を調理したということで、自分の下にも運ばれてきたのだ。

 

 焼かれた肉の塊からは、香辛料の良い香りが漂っている。

 前日の宴の席でも肉は用意されていたが、それは獣臭が強いものだった。

 後で聞いたところによると、あれは獲物の血抜きなどの下処理が不十分なまま肉を焼いたため、余計に臭みが強くなった結果らしい。

 それに比べ、この肉からは獣臭が殆どしない。

 これは全体に塗してある香辛料のおかげだけではない。

 どんなに強い香辛料でも、下処理をキチンとこなさなくては、二つの臭いが混ざりあってしまうものだ。長老が指示を出していたが恐らくあれはマーレが教えた知識なのだろう。

 

「この肉自体が、二人が村の有力者と関係を構築して得た成果ということか」

 

 アウラはともかく、引っ込み思案のマーレが、たった一日で。

 素晴らしい成果であり、成長だ。

 この世界に来たばかりのマーレであればできなかったはずだ。

 先日もアウラの年齢を聞いて、この世界に来てから積み重ねた歳月を実感したものだが、当然それはマーレも同じであり、彼も立派に成長しているということだ。

 ともすれば、いつまで経っても政務をこなすことも出来ない自分などよりも、遙かに。

 

「しかしなぁ」

 

 二人の成果を認めているからこそ、アインズは悩む。

 アウラとマーレに仕事のことは忘れて、友達を作って貰うためにここに連れてきたのだ。

 それがたった一日で、派閥争いの中心人物となってしまうとは。

 

「問題はこれが成り行きによるものか、それとも二人が考えての行動かということだな」

 

 単なる成り行きなら、今後は近づかないように言えば済むが、二人があえて近づいたのであれば簡単ではない。

 そして可能性としてはそちらの方が高い。なぜなら今回アインズは二人に表向きの理由として、未知を求める冒険者として情報収集を命じているからだ。

 二人がそれを効率良く行うため、それぞれの派閥の有力者に近づいたと考える方が自然だろう。

 実際、情報収集の観点からなら大成功だ。

 しかし──

 

「今回の目的はやはり二人の友達作りだ。一日くらいは子供たちとも接触させておきたい」

 

 友達作りの本番も、次の村に行ってからだとしても、ダークエルフの子供特有の生活や考え方、遊びなどを知っておいた方がスムーズに事が進む。

 

「……やはり、俺から言うか? そうすると、二人はともかく大人からの非難が集まるだろうなぁ」

 

 アインズが命じれば、二人は多少疑問を感じても従ってくれるだろうが、それ以外の者たちはそうはいかない。

 すでに村の有力者から絶大な信頼を得ている二人と異なり、アインズがまともに接したのは薬師頭のみ。

 彼も村の顔役であるのは間違いないが、あの偏屈な性格もあって、村内での影響力は殆どない。そう思ったからこそ、アインズも彼に近づいたのだ。

 つまり他の村人からすれば、自分たちとろくに関わっていなかった者が、急に口出しをしてくることになる。

 いい気はしないだろうし、二人がせっかく手に入れた村の有力者とのパイプも使えなくなってしまうかもしれない。

 

「それでも。俺はお前たちに知って貰いたいんだ。友達の素晴らしさを」

 

 言い訳をするように、ここにはいない双子に語りかける。

 二人の成果が、アインズのひいてはナザリックのために努力した結果だと分かった上で、自分のエゴを押し付けることを決めた。

 

「よし。行くか」

 

 皿に載った肉を部屋の隅に置いてから、アインズは覚悟を決めて、二人の下に向かうべく外に出た。

 

 

 

 アウラたちが三人で使用しているエルフツリーに到着すると、アンティリーネから伝言を聞いていたのか、既に双子が入り口の前で待機していた。

 

「お、お疲れさま、です。モモンさん」

 

 相変わらずたどたどしく言葉を選びながら話す、アウラとそのアウラに追従するように、コクコク頷くマーレに出迎えられて中に入る。

 二人とも多少緊張してはいるようだが、同時に誇らしげにも見えた。

 

(やはり、村の顔役に近づいたのは二人の計画だったみたいだな)

 

 自分たちの計画通りに進んでいることを、アインズは当然見抜いており、それを褒めに来たとでも思っているのかもしれない。

 それを理解した途端、存在しない胃がキリキリと痛みだす。

 なにしろアインズは、これから全く逆のことを告げなくてはならないのだから。

 

 覚悟を決めて室内に入ると、部屋の隅で座っているアンティリーネと目が合った。

 彼女は不貞腐れたような顔で座ったまま、チラリと視線を天井に投げかけた。

 席を外すかという合図だと察したが、アインズは首を横に振る。

 

(あいつがいれば、詳しい理由を説明しなくて済むからな)

 

 そう考えたからこそ、二人を呼び出すのではなく、アンティリーネに伝言を託して、アインズがここに出向くことにしたのだ。

 表向きの目的である情報収集を円滑に進めるという立派な理由がある二人と異なり、友達作りはあくまでアインズの個人的な願い(エゴ)でしかなく、合理的な理由が存在しないからこその姑息な作戦だ。

 

(だが、せめて──)

「二人とも聞いたぞ。アウラは二日続けての魔獣討伐、マーレは獲物の処理方法やこの村でも取れる野草を使った香辛料やソース造りを伝授したそうだな」

 

「う、うん!」

「は、はい!」

 

 背筋を正し、話を聞く姿勢を取る。

 緊張はしているようだが、表情はやはり期待に満ちていた。

 アインズが両手を持ち上げると、アウラはこちらの意図を察したようで、更に表情を輝かせて、小さく首を下げる。

 マーレも姉の様子を見て、慌てて同じ姿勢を取った。

 

「素晴らしい成果だ。村人から信頼を得れば、私も情報収集がやりやすくなる。ありがとうな」

 

 絶対的支配者であるアインズの立場ではなかなか言えない、素直な感謝の言葉を口にしながら、差し出された二人の小さな頭に手を乗せて、そのまま撫でる。

 手甲の隙間に髪が挟まらないよう、ゆっくりと優しく、しかし心を込めて丁寧に。

 

「っ! えへへ」

 

 頭を下げているため顔を見ることは出来ないが、自然と漏れた笑い声と、ピクピク上下している長い耳の動きで、二人が喜んでくれていることがわかる。

 

「っ!」

 

 別方向から息を呑むような音が聞こえて、そちらを見ると、アンティリーネがアインズたちを凝視していた。

 見開かれた瞳は、驚きだけでなく、怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。

 

(何だあいつ……ああ、そうか。さっき俺が不満を漏らしていたのを聞いていたからか)

 

 アウラを英雄扱いしていたダークエルフを見て、余計なことをしてくれたと毒づいてしまった。

 それを聞いていたアンティリーネからすれば、アインズが二人を褒めたことも本心ではなく、演技でやっていると思い、不快に感じているのかも知れない。

 

(もうしばらく褒めてやりたかったが……)

 

 二人を労う意味でも、そしてこれからアインズがしようとしているエゴの押し付けを、少しでも先延ばしにする意味でも。

 仕方ない。と覚悟を決め、アインズは双子の頭から手を外す。

 すぐに二人、特にアウラは分かりやすく、もう終わり? とでも言いたげな悲しそうな表情を見せる。

 その姿に更に罪悪感を募らせつつ、アインズは一つ息を吸ってから話し出した。

 

「ところで、二人の明日の予定はどうなっているんだ?」

 

「えっと、あたしはまた森の中に入って、今度は狩猟頭のおじさんと、獲物以外の採取、野草とか薬草、後は木の実とか果物なんかを取りに行くつもりです」

 

「ぼ、ぼくはあの、今日長老の人たちに紹介して貰った祭祀頭さんのところに行って、エルフツリーの特性とか操る魔法とかを見せて貰おうかと」

 

 既にしっかりとした予定が立てられている。

 それも今日会っていた者とは別の村の顔役と接触して、更に交流を深めるつもりのようだ。

 明日どころか、この村に滞在中はずっと薬師頭のところに通うつもりだったアインズとは雲泥の差だ。

 聞いたことを若干後悔しつつ、それでも明確な約束ではないことに安堵する。

 

「これは決して命令ということではないんだが──」

 

 前置きをしてから、アインズは意を決し一気に告げた。

 

「明日は村の子供たちと遊んでみるのはどうだろう? 大人と接して情報を集めるのも大事だが、村には子供たちもいるだろう? ダークエルフの生活を知る上で、子供たちがどう暮らし、どう遊んでいるかを知ることも大事だと思うんだ」

 

 強制とは取られないよう、ぎりぎりを攻める。

 子供たちと遊ぶこと自体が命令だと思われるのは困る。あくまで自発的に選んでもらいたい。

 その上で、アインズがそれを望んでいることを、何となくでも読みとってくれるとスムーズにことが進むのだが……

 ドキドキしながら様子を窺うと、二人はアインズの言葉が意外だったのか、顔を見合わせる。

 そのまま少しの間不思議そうな顔をしていたが、突如アウラが大きく目を見開き、何かに気付いたように頷いた。

 

(わかってくれたか!?)

 

 喜んだのもつかの間。

 

「なるほど! そういうことですか」

 

 太陽のような笑顔とともにアウラは言った台詞に、アインズの頭は一瞬フリーズする。

 

(……単純に俺が子供と遊んでほしいと思っていることに気づいただけだよな? いやしかし、この台詞は)

 

 これまでデミウルゴスやアルベドが、アインズの思考を深読みして、勝手に勘違いした際、何度となく聞いた台詞だ。

 思わずアインズ自身も深読みしてしまい、じっとアウラを見つめたまま止まっていた思考を必死に回転させる。

 

 だからこそ、アインズは気づけなかった。

 三人のやりとりを後ろから見ていたアンティリーネの瞳が細くなり、小さく舌を打ち鳴らしていたことに。




村との交流は次かその次位で終わる予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 遊びだけが越えるもの

前回アウラが色々気付いたあれこれについての考察
当然ですが、アインズ様側には深い考えなどありません


「それじゃあ今日も薬師頭のところに行ってくる」

 

「はーい。いってらっしゃーい」

 

 ぶんぶんと大きく手を振って、主人を見送る。

 冒険者モモンという立場を演じるため、気安い雰囲気を出している主人にようやく慣れ始めたことも相まって、緊張せず普通に見送れるようになった。

 主人の思考をごく一部とはいえ、読み解くことが出来て、気分が高揚していることも関係しているのかもしれない。

 

「……お姉ちゃん」

 

 二人だけになって早々、アウラとは対照的に低い声のマーレがこちらを睨む。

 マーレにしては珍しい態度だが、気持ちは分かる。

 その上でアウラは自分の目を指さして告げる。

 

「どうしたの、マーレ? すごい目してるよ?」

 

 もちろん、マーレが主人の思考を読み解こうと、いつもであれば眠っている時間を過ぎても起き続けていたせいで寝不足なのは分かっていた。

 自分だけが気づけた事実に、奇妙な優越感を覚えて意地悪を言ってしまった。

 

「うぅー」

 

 抗議を込めた低い唸り声に、アウラは苦笑する。

 少し虐めすぎた。

 

「ごめんごめん。でも、自分で考えることの重要性は分かってるでしょ?」

 

 他ならぬ主人から教わり、ここにきてからずっと心に留めて指針にしてきた言葉だ。

 特にマーレは、出立前の不用意な発言による失態を取り戻すべく、努力し続けている。

 ではなぜアウラだけが、主人の思考を読み解けたかといえば、単純に経験の差だ。

 

 アウラとマーレが守護する第六階層には、ナザリック外から植物系モンスターを中心に、様々な者が移住している。

 そうした者たちとコンタクトを取るのは基本的にアウラの仕事である。

 その際、気まぐれな者が多い植物系モンスターを纏めるのに苦労している自称村長のピニスンなどの苦労話も聞いて、多数の者たちが集まる集落特有の問題なども、事前にある程度理解していたため、すんなりと状況把握ができたのだ。

 

「ようするに、アインズ様が仰りたいのは、これから村を一本化するために、子供に接触する必要があるってことよ」

 

 胸を張って説明を開始するアウラにマーレは首を傾げる。

 

「ど、どうして、子供に近づくのが、村の一本化に繋がるの?」

 

 主人がアンティリーネを懐柔している間に、アウラたちがすべき仕事は、現在二つの考え方で対立している村を纏め上げることだ。

 すでに若者グループと長老派閥、双方のまとめ役の懐に潜り込んで影響力を強めているが、これだけでは村が一本化するどころか、互いに勢力を強めたと勘違いして対立が激化するだけだ。

 

「子供たちがこの村で唯一、派閥とか関係ない独立した存在だからよ」

 

「そうなの?」

 

「見た感じ、立場どころか年齢がバラバラでも一緒に遊んでいるみたいだし、多分子供の数自体少ないから纏めて集まってるんでしょ」

 

 危険な森の中で生きているダークエルフの考え方は、基本的に自己責任。

 だからこそ、子供たちの集まりに監視をつけることもなく、ある意味放任している。

 そうして子供たちが森の中に入り、犠牲が出たとしても、森の危険性を知るメリットの方が大きいと考えているからだ。

 子供たちもそれを理解しているのだろう。少しでも安全に過ごすため、大人の派閥争いなど無視して、子供たちだけで集まって遊んでいるようだ。

 

「で、でも。この村の子供って、特別価値があったり地位が高いわけじゃないよね?」

 

「子供自体には価値がないからこそ、打算なく近づいているって思われるの。昨日のあいつ、見たでしょ」

 

「えっと。お姉ちゃんが接触した、若者グループのまとめ役している人?」

 

「そ。プラムとか言ったかな。あいつ、なんかあたしが味方に付いたとか勘違いして偉そうに」

 

 魔獣熊の解体に際し、マーレと接触した長老たちは、若者グループも含めた皆で協力しようと歩み寄ったが、それを長老たちが過ちを認め、すり寄ってきたと勘違いしたらしいプラムは、傲慢な態度を強めていた。

 あの現場を主人も遠くから見ていたからこそ、このままでは村の一本化は遠いと判断し、ヒントを与えてくれたに違いない。

 その方法が子供たちの懐柔だ。

 

「そもそもさ。今回の計画の最終目標は、あの女の下に村の連中を付けることでしょ?」

 

「あ、そっか。村の人たちがぼくたちのことばっかり見てたら意味ないよね」

 

「そ。だから、あたしたちは今日村の子供たちと遊びながら、昨日の派閥争いを見て、嫌気が差して大人から距離をおくことにしたと、それとなく伝えるわけ。そうしたら、どっちの派閥にもそれが伝わる」

 

「う、うん」

 

 ようやく話を理解したらしく、コクコクと何度も頷く。

 

「その後、村の連中はどうするか」

 

「僕たちの代わりに、あの女の人に近づく?」

 

「正解。連中はあたしたちの誰かが村に残ってほしくて動いているみたいだから。あたしたちがダメなら他の人。アイ──モモンさんは人間ってことになってるから、種族とか寿命的にも村に残ってとは言えない。そうなると消去法であの女に近づいてくるってこと」

 

「な、なるほどー」

 

 感心したように何度も頷くマーレに、アウラは胸を張って自慢げに鼻を鳴らす。

 いつもはアウラもアルベドやデミウルゴス相手に感心する側だっただけに、そうした視線を向けられるのは、気分が良い。

 

「じ、じゃあ。モ、モモンさんがこのタイミングでそれを言ってきたのは。あの人の懐柔が終わったから、なのかな」

 

「恐らくね。ただ、まだモモンさんの偉大さを理解したって感じはなかったから、自分が操られていることに気づかないままって感じじゃないかな」

 

 昨日も主人から褒美を受け取っていた自分たちを、苛立たしげに睨み付けていた。

 そのせいで至高の時間が中断したのは許しがたいが、それ以上にアンティリーネの視線が向かう先が自分たちでなく、主人だったことが問題だ。

 主人に対しても思うところがあり、シズが話していた聖王国の人間のように、主人に心酔しているわけではない。

 

 ナザリック最高の知恵者として創造されたデミウルゴスより遙かに優れた叡智を持つ主人のこと。

 言葉巧みに相手を誘導し、望んだ行動を取らせることなど容易い。

 つまり、アンティリーネは自分の意志で動いているつもりだろうが、すでに主人の術中にいる。

 今後アンティリーネの方からも、何か動きを見せるに違いない。

 

「話はおしまい。こっちに子供の足音が近づいてる」

 

「え?」

 

 声を潜めたアウラの言葉にマーレも耳を澄ませる。

 ピクピクと動く耳が大人より軽い足取りを捉えたらしく、本当だ。と小さく唸った。

 これも主人の差し金だろう。

 主人の意図をくみ取れている事実を噛みしめながら、アウラは子供たちの到着を待った。

 

 

 ・

 

 

「では、二人をよろしく頼むよ」

 

 薬師頭の下に向かう前に見つけた村の子供たちに、アウラとマーレと遊んでくれるように頼んだ後、飴玉らしきものを握らせたモモンは、その甘さに驚愕している子供たちを後目に、絶死のところに戻ってくる。

 その様子を見ている絶死の口元は、知らずへの字に曲がっていた。

 

「済まない、時間をとってしまったな。急ごう。仮師匠が怒っているかもしれない」

 

 モモンはそれだけ言うと、足早に薬師頭のエルフツリーに向かって歩き出す。

 昨夜アウラに提案したときも正気を疑ったものだが、アウラたちを焚きつけるだけでなく、子供たちの方にも根回しをしている以上、モモンは本気であの二人と子供たちを遊ばせようと考えているようだ。

 

「ねぇ。あの二人と子供たちを遊ばせてどうしようっていうの? あなたたちの仕事は情報収集なんでしょう? 子供が持っている情報なんてたかが知れているでしょうに」

 

 ダークエルフの聴力で聞き取られないよう、モモンに近づく。

 

「……そうだな。君には話しておいても良いか」

 

 絶死の言葉に、モモンは歩きながら考えるような仕草を見せていたが、やがて一つ頷くと、絶死に合わせるように自身も声を落す。

 

「実のところ、あの二人を連れてきたのは、森の案内だけでなく、二人とダークエルフを会わせて、友達を作ってほしかったからなんだ。あ、二人には言わないでくれよ?」

 

 最後に慌てたように付け加える。

 しかし、その言葉は絶死には届いていなかった。

 その前に言った内容があまりにあり得ないものだったためだ。

 

「──本気で言っているの?」

 

「何がだ?」

 

 分からないというように首を捻るが、モモンのような力ある者が、そんなことはあり得ない。

 よく、友情に立場や強さは関係ないなどと嘯く者がいるが、絶死はそれを信じていない。

 

 強者とは孤独だ。

 絶死は生まれた環境が特殊のため、はじめから選択肢はなかったが、ほかの漆黒聖典の者たちも程度の差こそあれ同様である。

 もちろん彼らも、最初から力があったわけではない。

 英雄となる前は普通に生活し、友達や仲間も居ただろう。

 

 しかし、英雄級の実力を持っていると認められ、漆黒聖典に選ばれた段階で、それまでの生活は一変する。

 例えば漆黒聖典の第三席次、四大精霊。

 彼は元々火滅聖典に属していたが、その実力が英雄級に達したと認められて、漆黒聖典に引き抜かれた。

 かつては、火滅聖典副リーダーのシュエンとライバルとして互いを高め合った仲だと聞いているが、漆黒聖典に配属された後は距離を置いているそうだ。

 一般人ならともかく、同じ六色聖典であるシュエン相手ならば、そのまま友好を保っていても良いはずなのにだ。

 距離を置いた理由は知らないが、一つ聞いているのは距離を取ったのはシュエンの側からということだ。

 

 彼も才能はあるだろうが、少なくとも英雄と呼ばれる領域には達していない。

 自分ではもう彼の隣に居られないと分かったからこそ、シュエンの方から距離を置いたのだろう。

 それこそが対等な存在として隣に並び立つには、同等の実力がなければならない証拠だ。強者の傍に人が集まることはあっても、それは下に集まるだけであり、決して隣に立つということではない。

 

 アウラとマーレのような子供であっても同じ。いや、昔からの親交がない分、なおのこと。

 二人はダークエルフとしてはまだまだ子供であろう年齢で、既に桁外れの力を持っている。

 村の子供とは年齢が近くとも、強さ以上に立場に天と地ほどの差がある。

 まさしく生きる世界が違う。

 

 村の子供たちも、それが分かっているからこそ、二人に興味を抱いていても、近づいてくることはなかった。

 彼ほどの強者であれば、同じようなことは経験しているはず。それなのに、無遠慮に両者を焚きつけようとするモモンには、正直怒りを覚える。

 

 それを説明するとモモンは、再度口を閉じ、歩いていた足を止めると後ろを振り返る。

 絶死も同じように後ろを見ると、先ほどまで村の広場で集まって相談していた子供たちが、纏まってアウラたちがいるエルフツリーの方向に向かっているところだった。

 その足取りはどことなく重たそうだ。

 

「あれだって、貴方に言われたから仕方なく行っているだけ。結局強者と弱者、いえ生きる世界が違う者が、真なる意味で仲良くなることなんかないのよ」

 

「それは違う」

 

 きっぱりと断言する。

 

「え?」

 

「確かに、今遊びに誘おうとしているのは俺に言われたからだろうし、アウラたちが遊ぶことを了承したのも同じだろう。遊んでみても、お前の言うように立場を気にして、気が合わない可能性も低くはない」

 

「だったら」

 

 分かっているなら何故。と詰め寄ろうとする絶死をモモンは再度遮った。

 

「それでも。遊びは垣根を越える。いいや、遊びだけがその垣根を越えられる。俺はそれを実際に経験した」

 

 視線を遠くにやって語るモモンは真に迫っており、口から出任せを言っているようには聞こえなかった。

 

(もしかして、モモンが魔導王に膝を折ったのはそれが理由? エ・ランテルに立場の違う友人がいて、それを守るためということ?)

 

 元より高潔な人物として知られ、人類の英雄でもあるアダマンタイト級冒険者が、邪悪なアンデッドの王に従った理由に関しては、法国でも議論の対象になっている。

 あまりに理解不能のため、魔導王とモモンは元から手を組んでいたのではないか、と邪推されたほどだ。

 だが、絶死の想像が事実なら、未だ魔導王の下にいる理由としては納得できる。

 

(本当に。立場の違う強者であっても、友達は出来るというの?)

 

 百数十年生きてきて、気に入った者はいても友と呼べるような存在はいない。

 その経験故に、自分の強さと立場では、対等な友人など出来るはずがないと言い聞かせてきた。

 だが、自分と同じように、強者であり立場も持ったモモンや、アウラたちでも友人が作れたのなら。

 

(もしかしたら、私も……)

 

 そんな考えが頭をよぎる。

 

「さて。行くか……アンティリーネ?」

 

 子供たちが完全に見えなくなったところで、モモンが言う。

 

「え? ああ。うん。そう、ね」

 

 同じく子供たちを見送っていた絶死は後ろ髪が引かれる思いを抱きながらも、モモンと共に薬師頭の下に出向いた。

 しかし、これまで信じていた価値観が覆された影響か、昨日覚えたはずの器具の名前や使い方などもほとんど忘れてしまった。

 結果、昨日以上にミスをしてしまい、薬師頭から幾度も怒鳴られ、昨日より早く帰されることとなった。

 

 

 

「……悪かったわね」

 

 調合など元から気乗りしない作業のため、帰されること自体は別に良いのだが、調査というモモンの仕事を邪魔する結果になったのは、悪いことをした。

 そうした気持ちから出た謝罪だ。

 そんな絶死に、あまり進まなかった調合法を記した手帳を眺めていたモモンが、チラとこちらを見た。

 

「いや。正直言って、まだ昨日記したメモも覚えられていなかったからな。今日は復習に当てるよ。アウラたちもまだ帰っていないだろうしな」

 

 確かに面倒な手順は多いが、それでも薬師頭は初心者である絶死にも分かりやすいよう、丁寧に教えてくれている。

 モモンほど頭の切れる男ならば、もうすっかり暗記しているだろうに。

 こうして歩きながら読み返している姿を見せていることも含めて、絶死を気遣ってのことかも知れない。

 だがそれよりも、絶死は付け加えるように告げた最後のセリフに反応してしまった。

 

「……今朝の話か?」

「っ!」

 

 その反応が見抜かれての問いに、思わず言葉に詰まった。

 

「──ええ。前にも話したけど、私は子供の頃からずっと、訓練ばかりで友達を作ったことなんて無かったから」

 

「それなら。明日、アウラたちと一緒に遊んできたらどうだ?」

 

 手帳を閉じたモモンが、改めてこちらに向き直る。

 

「え?」

 

 まさかそう来るとは思わなかった。

 

「私をいくつだと思ってるのよ。流石に子供たちと遊ぶなんて」

 

「ん? 見たところお前くらいの年齢ならまだ子供として扱われているようだぞ? 朝会った子供の中にもアウラたちより年上が交ざっていたし、年齢差はあまりないんじゃないか?」

 

 そう言われると困る。

 絶死の外見年齢を、人の年齢に換算すれば十代前半。

 もう働き手の頭数には入れられる年齢だが、大人とは言い難く、まだまだ遊びたい盛りなのは間違いない。

 しかしそれは、精神年齢も同じ場合だ。

 

 基本的にエルフなどの長命種の場合でも、外見年齢と精神年齢が一致することが多いが、それも立場や周囲の環境によって変わる。

 ここの長老たちも、人間で言えば三十代半ば程度にしか見えないが、態度は五、六十代、絶死の知るところだと神官長たちに近い重々しい話し方をしている。

 それと同様に、成長の早い人間を主とした国家であるスレイン法国で育った絶死は、精神的に同じ年代のエルフより成熟している自負があった。

 そんな自分が、子供と一緒になって無邪気に遊ぶことなど、出来るはずがないのだが、即答で断ることも出来なかった。

 

(見てみたい)

 

 アウラとマーレ。

 本当に二人が立場や強さに関係なく、友好関係を深め友達を作ることが出来るのか。

 もしそれが出来たのなら──

 

「いいわ。遊ぶというのとはちょっと違うけど、明日は二人に付いていって様子を見てくる」

 

「そうか。アウラたちには私の方から話しておくか?」

 

 落ち着いた大人の声は、こちらを気遣っていることが分かる。

 最強の存在として敬われることはあっても、気を遣われた経験などほとんどない絶死の胸に言いようのない感情が湧き上がった。

 どう反応して良いのか分からず顔を逸らすと、意識的に冷たく言い放つ。

 

「結構よ。朝のアウラたちとか、子供たちを見ているときも思ったけど、あなたちょっと過保護なんじゃないの?」

 

「むっ。そうか?」

 

「ええ。今からそんなことじゃ、もっと大きくなったとき、うざがられるわよ」

 

 実際はダークエルフである二人が反抗期を迎える頃まで、人間のモモンが生きていられるかは分からないが、モモンはそんなことに気づいた様子もなく、盛大に狼狽えた。

 

「そ、それは困るな。そうか、過保護か。いやしかしな、二人のことを任せられている身としては──」

 

 兜の上から口元部分を押さえてぶつぶつ言っている。

 その様子を見て、同時に胸に湧いていた奇妙な気持ちも収まった。

 あの感情の正体は子供扱いされたことに対する怒りだったのだ。

 だから、こうしてモモンを言いくるめたことで、溜飲が下がったに違いない。

 

 

 良い気分のままモモンと別れ、自分たちが借りているエルフツリーに戻ると、家の中には既にアウラとマーレが戻っていた。

 一瞬遊びに行かなかったのかとも思ったが、部屋の隅に朝は無かった花冠が置いてあるのを見つけた。

 二人で作ったとも思えないので、それを作って遊んだのだろうか。

 マーレはともかくアウラには合わなさそうだが、モモンが子供たちを誘う際、身体能力を競う遊びでは簡単に勝負がついてしまうため、他の遊びを。と言っていたため、そうなったのだろう。

 

「戻ったわ」

「あ、はい」

「……」

 

 反応したのはマーレだけだ。

 いつもであればアウラの方が何か言ってくるのだが今日は妙に大人しい。

 それにしてもマーレもマーレで、はい。だけというのもどうなのだろう。

 お帰りなさいと言ってほしい訳ではないが、もう少し何かあっても良い気がする。

 どちらにしても、小うるさいアウラが大人しい今がチャンスだ。

 

「二人とも子供たちと遊んできたんでしょう?」

 

 二人と言いつつ、話しかけたのはマーレの方だ。

 マーレも自分に言われたことに気づいたらしく、オロオロしつつ必死に目でアウラに訴えかけるが、彼女は相変わらず虚ろな目でぼうっと、部屋の一角を見ている。

 

(本当に何かあったのかしら)

 

 感情のない瞳は、先日の宴で芋虫を食わされた後、一刻も早く歯を磨こうと用意した水盆に映った絶死の瞳に似ている気もする。

 いやな予感が首を擡げた。

 明日、自分も遊びに付き合うと言って良いものだろうか。

 しかし、モモンには既に話している。

 悩んだのは一瞬だ。

 

「ねえ。明日もまた遊ぶの?」

 

 再度、マーレの目を見て問いかける。

 おどおどした態度は、相変わらず保護欲を刺激する。

 これで男の子というのだから。男勝りなアウラと性別を間違って生まれたとしか思えない。

 

「え、えっと。どう、でしょう? まだ決まってないです。ね。お姉ちゃん」

 

「……」

 

「そっか。私は明日休みになってね。モモンからあなたたちと子供たちに付いていってくれって頼まれたんだけど……」

 

 本当は自分から言い出したのだが、モモンを親のように慕っている二人ならばこちらの方が納得しやすいだろう。

 案の定、これまで反応していなかったアウラの瞳に光が戻った。

 

「モモンさんが?」

 

「ええ」

 

 詳しい話をしてしまうと、ボロが出そうだったので言葉少なに頷くと、アウラはそのまま考え始め、直にニンマリと笑顔を浮かべた。

 いやな予感がさらに強まったが、もう後には引けない。

 

「モモンさんが言うなら、しょーがないなー。アンタも付いてきて良いよ。明日も今日と同じ遊びをするって言うから、あたしがやった役と代わってあげる」

 

「役?」

 

「ず、ずるいよお姉ちゃんそれなら僕も」

 

「あんたは頑張りなさい。精神修行よ」

 

「ねえ、ちょっと役ってなによ」

 

 一向に答えようとせず、姉弟でじゃれあう二人を余所に、いやな予感は一向に止むことなく、危険を知らせ続けていた。

 

 

 ・

 

 

 エイヴァーシャー大森林の奥地。

 三日月湖のほとりにあるエルフ国の王都。

 その王城である、最も太く高いエルフツリーの内部。

 王であるデケム・ホウガンは戦場での汚れを落とした後、自室に戻って寝台で横になっていた。

 

「チッ。なにをトチ狂ってあんな真似を」

 

 苛立たしげに舌を鳴らす。

 思い出すのは、王城に戻って早々、デケムに近寄ってきた女のことだ。

 デケムが親より譲り受けた弓を貸し与え、法国の軍勢に差し向けた子の母親だというその女は、疲れて戻ってきた王を労うこともなく、出来損ないの己の子供の生死について訊ねてきた。

 

 不敬な態度ではあるが、己が生んだ子が王であるデケムの役に立ったのか、一刻も早く確認したいという気持ちは分からないでもない。

 なによりその女が、デケムの差し向けた勘気──弱い者であれば気を失ってしまう強い感情を込めた視線──を受けても気を失うことなく、耐えた褒美として正直に教えてやった。

 

 結果女は言葉を失い、絶句した。

 あんな失敗作を生み出したことを恥じるのは当然だが、デケムは慈悲深く優しい王だ。

 加えて、そのときのデケムは思いがけず強い子を生み出せそうな母胎を発見したことで機嫌が良かったこともあり、俯き涙を流して自らの罪を悔いる女に言ってやった。

 

 あの失敗作は尊い武具を貸し出してやったにもかかわらず、人間ごときに敗北して死んだ愚か者だが、ただ唯一。自分が子を孕ませるにふさわしい母体を見つける役には立った。

 その褒美として、母体を捕らえる前にもう一度だけチャンスをやろう。

 

 そう言って慈悲を与えたデケムに対し、女は奇声を上げたかと思うと、デケムの元を離れ、近くの窓から飛び降りていった。

 配下に確認させたところ、そのまま死亡したらしい。

 あの程度の高さから落ちた程度で死ぬことには、いささか驚いたが、所詮は弱者。

 そんな程度の力しかないからこそ、あんな出来損ないを生んだのだ。

 

 その事実を自分に謝罪するために自殺したのだろうと察しはついたが、今まさに挽回のチャンスをやると言ってやった直後、それも自分の前で飛び降りるとは、不敬にもほどがある。

 だが、もはやあんな女も、失敗作もどうでも良い。

 

「失礼します」

 

 声と共に室内へ男が入ってきた。

 女が死亡したことを確認させた男だが、名前は知らない。

 自分にとって価値のない無駄な名前を覚えることは記憶力の無駄遣いだ。

 

 不快ではあるが、出来損ないを生んだ罪を死を以て償った女の死体を丁重に葬るよう命じた後、自室に来るように命じていたのだ。

 もっとも来るまでの時間が短かったので、この男が直接死体の処理を行ったわけではなく、別の者に命じて本人はできる限り素早くデケムの下に馳せ参じたのだろう。

 王を待たせることなくやってきた真摯な態度に、満足して鷹揚に頷きかける。

 

「ご報告いたします。王のご命令通りミューギの遺体は──」

 

「そんなことはどうでも良い。命令だ。王都を守っている兵どもを集めよ。打って出る」

 

 王都を守っているのは、この国ではそれなりに能力のある──もちろんデケムと比べることすら烏滸がましいが──精鋭だ。

 無表情だった男の目が見開かれる。

 

「王よ! 法国討伐にお力を貸してくださるのですか!?」

 

 語気を強めた男が勘違いしていることに気が付き、手を振った。

 

「法国? あれは今まで通り、子か女どもを送り出して戦わせておけ。力に目覚める者が出てくるやもしれん」

 

 実際デケムはこの目で成功例を見た。

 ベヒーモスと互角に戦う者。不意打ちとはいえベヒーモスを吹き飛ばした者。デケムよりも素早く行動し、逃げ出すことに成功した者。

 三者とも、今までデケムが生ませたどの子よりも強大な力を持っていた。

 

 法国の方は元から母親が強者であったため、不思議はないが、ダークエルフの方はまだ幼かった。

 少なくとも最近ダークエルフを抱いた記憶はないため、おそらく直接の子ではなく、孫なのだろう。

 子が優秀でなくとも、孫の代で血が目覚める可能性に気づけたのは僥倖だ。

 

 その意味では、今いる子を送り出すのは良くない気もするが、どうせ実験を行うならあの三人を使った方が強者が生まれる確率は高くなる。

 特にベヒーモスを吹き飛ばした男子は期待できる。

 デケムと共に、何人も子を作ってもらうとしよう。

 

「……では、どこに進軍なさるのですか?」

 

 思考を巡らせていたデケムに対し、再び無表情となった男は絞り出すように言う。

 王の思考の邪魔をするのは、不愉快きわまる行為だが、ここでこいつを殺すとまた別の者に一から説明しなくてはならないため許してやることにして、デケムは笑みを浮かべて宣言した。

 

「ダークエルフどもの村に私の子と孫を迎えに行く。邪魔するものは全て排除せよ」




ここから話が動いて終盤に入ります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 揺れ動く感情

今月は忙しくてなかなか趣味に使う時間が取れず遅れました


 周囲を警戒しつつ、空き屋となっているエルフツリーの中に一人のダークエルフが入っていく。

 彼の名はピーチ・オルベア。

 三人いる長老の一人だ。

 村の代表の一人である彼が、この場所にコソコソ隠れながらやってきたのは理由があった。

 

「……いるか?」

 

「ああ。ここにいる」

 

 元は居間として使用されていた広い部屋で声を掛けると、物陰から狩猟頭が姿を見せる。

 外見は同年代にも見えるこの男は、実のところまだ二百歳そこそこであり、長老であるピーチと比べるとずいぶん年下である。

 その若さで狩猟頭に任命されているのは当然、実力の高さ故だ。

 待ちによる狩りを得意としていることもあって、弓の腕はさほどではないが、気配を消したり獲物を追いかけたりする野伏(レンジャー)としての実力は一級品だ。

 事実、ピーチは姿を見せるまで、物陰に隠れていることにも気づけなかった。

 

「遅くなった。待たせたか?」

 

「いいや、俺も先ほど着いたばかりだ」

 

 彼は年下だが、村の顔役を務めていることもあり、敬意こそ払っているが話し方は対等な間柄である。

 それ以外にもこの二人には共通点があった。

 

「しかし参った。若者たちからもどちらに付くのかと連日詰め寄られている」

 

 地面に腰を下ろして早々、思わず深いため息が漏れる。

 

「俺もだ」

 

 狩猟頭も同じように息を吐く。

 現在村の中に存在している二つの派閥。

 

 伝統を重んじる長老派閥と、能力主義の若者グループだが、実際のところどちらの陣営も数は多くない。

 長老に同調している年かさの行った者たちの数は大分減っている。

 若者たちは数が多いように見えるが、本気で村の中を変えようとしている者は、おそらく十人にも満たない程度で、後は漠然とした不満を持っている者たちか、完全に中立を貫いている者だ。

 

 ピーチと狩猟頭はそれぞれの派閥に属していながら立場は中立に近く、何かある度にどちらの味方なのだと詰め寄られて苦労していた。それでも、これまでは決定的な出来事もなく、いがみ合いを続けているだけで、どうにか均衡が保てていたのだが。

 

「我々が一歩引くことで、うまく行くかとも思ったが──」

 

 マーレから教わった知識──正確には彼らの両親が残したもの──を知ったことで、長老衆の間でも、頑なに知識を守り続けるのではなく、こちらから一歩引く形を取ってでも、若者たちに知識の伝達を行うべきという結論に達したことで、早速ウルススの解体を協力して行ったのだが、若者たちはこちらの知識を聞くだけ聞いて、後は自分たちがやると言い出してしまった。

 

 その無礼な態度に、どっちつかずの立場を維持していた者たちも呆れ、こちらの味方につく者が増えたが、そうした態度は同時に若者たちをさらに頑固にさせ、余計に対立が深くなった気がする。

 狩猟頭はそれを聞いて、当然とばかりに頷いた。

 

「それについては、以前エグニアが言っていた。たとえ長老方全員が引退しようとも、今度は問題が村外に波及するだけだとな。だからこそ、長老たちが頭を固くしている方がまだ村がまとまるともな」

 

 ピーチの顔が苦虫を噛み潰したように渋くなる。

 自分たちの頭が固いと言われたことは当然思うところがあったが、実際にそうなりつつある現状を見ていたのだから、何も言えない。

 余計な考えを消し去るべく、小さく頭を振る最中、ブルーベリーの名を聞いて、ふと気になることを思い出した。

 

「ところで、プラムのみならずブルーベリーまでもフィオーラ殿に付いていたが、あれはどういうことだ?」

 

 始まりの十三家の姓を持ち、この森に住むダークエルフの中では知らぬ者はいない一流の野伏(レンジャー)であるブルーベリー・エグニアが、プラムと共にアウラの狩りに同行した。

 彼はこれまで、ピーチや狩猟頭のようにどちらにも良い顔をして中立を保つのではなく、逆にどちらにも一切肩入れせずに、孤高を貫いてきた。

 そんなブルーベリーの急な変わりようが信じられず、理由を確認しておきたかった。

 それを聞いた狩猟頭は、先ほどのピーチより更に渋い顔をした後、肩を落とす。

 

「恋、だそうだ」

 

「……今、なんと?」

 

「だから恋だ。ブルーベリー・エグニアがフィオーラ殿に恋をしたらしい。それで出来るだけ一緒にいたいそうだ」

 

 一気に言い切った狩猟頭は眉間に指を当て、皺をのばすようにゴシゴシと動かした。

 

「……奴は今いくつだった?」

 

「二百五十過ぎだったはず」

 

「……フィオーラ殿は?」

 

「はっきり聞いてはいないが、八十になるかならないかだろうな」

 

「……」

 

 予想通りの返答に、言葉を失う。

 

「幸いなのは、今のところ俺以外誰もそのことに気づいていないってことだ。プラムと同じく野伏(レンジャー)の腕に惚れ込んでいると思っている。そしてそのプラムとどちらがフィオーラ殿の側近にふさわしいかと揉めていて纏まりがない。フィオーラ殿もそうした態度に呆れたのか、昨日は子供たちと遊んでいたらしい」

 

 その話は聞いている。

 それもアウラのみならず、長老たちの紹介で祭祀頭に会うと言っていたはずのマーレも、一緒に子供たちの下へ行っていたらしい。

 話を聞いたときは何故、彼らのような圧倒的な武力と知識を持った者が子供の遊び相手をするのか疑問だったが、いつまでも村内で対立し、さらには派閥内でも諍いが起こっている現状にほとほと呆れて、しがらみのない子供たちの世話を買って出たのなら話も分かる。

 

「こちらも先の歩み寄りが失敗したことで、多少足踏みするはずだ。だが、そう長くは持たない。更に歩み寄ろうとするか、それともやはり若者は信用できないと今まで以上に頑なになるか」

 

「……ここはやはり、第三派閥を作るしかないのでは?」

 

 意を決して告げる狩猟頭に、ピーチは目を伏せ、思考する。

 元々、ピーチも狩猟頭も特段仲が良かったわけではない。

 中立寄りとして互いに苦労するな。と仲間意識のようなものを持っていただけだ。

 その二人がこうして隠れて会合しているのは、狩猟頭から村を一つに纏めるための策として、どちらの派閥とも違う第三勢力を作り出すことを提案されたためだ。

 このままアウラたちが予定通りに数日後村を去ってしまった後でも、派閥争いが続くことを心配してのことだ。

 

「しかし──」

 

 中立寄りとはいえ、長い間共に過ごしてきた他二人の長老を裏切っているようで、良い気がしない。

 

「これも以前エグニアが言っていたことだが。今のままではこの対立はいつまでも解決しない。どこかで大きな破綻が起こるそのときまでな」

 

「大きな破綻か。それが今だと?」

 

「確実に足音は近づいている。決定的になる前になんとかしたい」

 

「……分かった。それでどうすれば良い?」

 

「簡単な話だ。どちらの陣営も旗頭になりうる双子を引き込めていない以上、俺たちが先に味方を作る」

 

 二人のどちらか。という意味ではない。

 そんなことをすれば、両方の陣営を刺激することになるからだ。

 

「モモン殿、は違うな?」

 

「ああ。リーダーとしての器があるのは見て分かるが、やはり人間ではな」

 

 種族の問題だけでなく、寿命の問題もある。

 

「ではあのハーフエルフの少女か?」

 

 狩猟頭が一つ頷く。

 ハーフとはいえ、寿命は問題ない。

 長老間での話し合いでは、薬師頭の下にいることや、種族的な問題で取り込むことをやめたが、だからこそ誰にも怪しまれず接触できるとも言える。

 

「モモン殿たち三人と違って、あの少女だけは距離がある。おそらく昔からの仲間ではないのだろう」

 

「つまり、我々がするべきことは、フィオーラ殿たちが子供たちと遊んでいるうちに、彼女が村に残ってくれるよう説得することか」

 

「それしかないと思う」

 

 互いに頷き合った二人は、この村に残るメリットなども含めて、如何にして説得するかの話し合いに移行した。

 

 

 ・

 

 

 無心になってすりこぎを動かすアンティリーネの後ろ姿を見ながら、アインズと薬師頭は互いに目配せし合う。

 

 今日アンティリーネはアウラとマーレと共に子供たちと遊ぶことになっていたため、本来はアインズ一人で、これまで書き記したメモ帳の内容の確認や、手や舌で覚えるやり方を取らずに済む方法──皿と天秤を使用して材料を計る──を提案して、薬師頭に作業を行ってもらっていたのだが、午後になって突然アンティリーネがやってきたのだ。

 遊びの結果はどうなったか、アウラたちに友達はできたのか。

 色々聞きたいことがあったが、質問を許さない雰囲気が全身から立ち上っている。

 

「おい。仮弟子一号」

 

 薬師頭が顔を近づけ、小声で言う。

 

「なんですか仮師匠」

 

「すりこぎの動きが速すぎる。あれでは潰した葉が熱を持ってしまう」

 

 素材を加工する際の温度管理も、調合技術の内だという話は何度も聞いている。

 そうならないために、適切なすりつぶし方や速度があるのだが、アンティリーネはそれを無視しているらしい。

 

「だったら仮師匠から注意してくださいよ。なんで俺に」

 

「……俺は嫌だ。お前から注意してくれ」

 

「俺だって嫌ですよ」

 

 怒れるアンティリーネに声を掛けたくない気持ちは良くわかるが、それは自分も同様だ。

 そうなくてもアインズはここ数年、ナザリックという基本的に誰も自分の言葉に異を唱えることのない場所で生きているのだ。

 こうした雰囲気には慣れていない。

 

(いや。この前のペストーニャとニグレドに呼び出されたときは──)

 

「さっきからボソボソと。なに? なんか文句でもあるの?」

 

 こちらの声を聞き取ったアンティリーネが振り返る。

 明らかに不機嫌なその表情から逃れるようにアインズは顔を逸らし、同時に少し後ろに下がって薬師頭を前に出した。

 

「このっ……んんっ。いや、すりこぎを動かす速度がな、少し速い。それに力も入りすぎている。それでは熱が籠もってうまくないんじゃないか、と思うんだが……」

 

 生け贄に差し出された薬師頭はアインズを責めるように睨みつけたが、諦めたのか、一つ咳払いしてから恐る恐る切り出した。

 

「……そう。これくらい?」

 

 こちらの心配とは裏腹に、アンティリーネは薬師頭の指摘に大人しく従い、すりこぎを持つ手の速度を落とした。

 

「ああ。それぐらいなら問題ない……一度で修正できるとは。お前さん、物の名前を覚えるのは遅いが、手技の方は筋が良いな」

 

 これ以上不機嫌にさせない為のお為ごかしかとも思ったが、声は本気で感心しているようだ。

 確かに戦いの訓練に明け暮れていたというアンティリーネが、速度だけでなく力加減もあっさり修正できているのは、彼女の手先が器用だからだろう。

 

「そ。ありがとう」

 

 対するアンティリーネもさほど喜ぶ様子もないあたり、この程度できても当たり前といったところか。

 とりあえず、メモ帳に動かし方などを記載しておこうと手元に注目していると、再びアンティリーネの腕が止まり、こちらを振り返った。

 

「あー、そうそう。モモン」

「ん?」

 

「私はこっちの方が向いているらしいから、この村にいる間はずっとこっちの手伝いするわね」

 

 有無を言わさぬ宣言に、なんと言っていいのか分からず黙っていると、彼女は更に力強く続ける。

 

「もう! 二度と! 絶対に! 子守なんてしないから」

 

 どうやら友達作りには失敗したらしい。

 

「あ、はい」

 

 剣幕に押され、頷くことしかできなかった。

 

 

 

「全く。とんだ目にあったわ」

 

 今日の作業が終了し、薬師頭のエルフツリーを出た後も、彼女の不機嫌さは変わらなかった。

 それどころか、仮とはいえ教えを請う師匠がいなくなったことで、我慢する気もなくなったらしく、アインズに不満をぶちまけ続けている。

 

「それで、結局なにがあったんだ?」

 

 これだけ不満を口にするくせに肝心のことは話そうとしないアンティリーネに辟易して、ストレートに聞くと彼女は苦虫を噛み潰したような顔で眉間に皺を寄せた後、何故かニヤリと凄惨な笑みを浮かべた。

 

「言いたくない」

 

 表情とは合わない口調で吐き捨てるように言ったアンティリーネだが、感情を抑えきれないのか、そのまま小声でぶつぶつと恨み言を呟いている。

 耳を澄ましてみると、『英雄ごっこを提案できたおかげで助かった』や『もう少しで赤ちゃん役』などの不穏なワードが含まれていたが、しばらく経つと急に何かを思いついたように素面になってアインズを見た。

 

「でも、私だけじゃなくアウラとマーレ。特にアウラはあんまり楽しそうにしてなかったわよ?」

 

「なに!? そうか。我慢させていたのか、うーむ、やはり最初の段階で魔獣熊討伐には関わらせず、普通の子供として紹介すれば良かったか」

 

「……本当に過保護ね。普通、子供の友達作りにそこまで関わる?」

 

「俺には子供がいないから──まあ、それらしいのはいるが」

 

 敬礼をしたまま、空洞の瞳をこちらに向けている息子のようなものの姿が浮かび上がり、慌てて付け加えてから続ける。

 

「ともかく。普通というのがどんなのかは知らないが、あの二人は俺が保護者から預かっている大切な子供たちだ。できる限りのことをしてやるのは当然だろ」

 

「大切な子供、か」

 

 アンティリーネの視線が宙を舞う。

 

(親の話は禁句だったか? まだエルフ王のことは聞けそうにないか。いっそのこと、寝ている間にでも記憶操作で……いかんいかん)

 

 またもや楽な手段に逃げそうになっている自分を律する。

 

「……ところで。その俺っていうの、本来の貴方の口調なの?」

 

 この話題をこれ以上掘り下げられたくないのか、突然話が変わる。

 

「ん?」

 

(ああ、一人称か。ここは翻訳でも違って聞こえるのか)

 

 こちらが話した内容が自動的に翻訳されて聞こえるこの世界に於いて、ちょっとしたニュアンスの違いが、どこまで翻訳されているかは不明だ。

 アインズ本来の一人称は俺だが、モモンとしての活動中や魔導王として振る舞うときは私と使い分けているが、それが相手にどう伝わっているかまでは考えたことがなかった。

 英語で自分のことを指す言葉がIだけであるように、そうした細かな変化は伝わらないと思っていたが、案外聞き分けられているのだろうか。

 

「なにを本来というかは別にして、相手や状況によって態度を使い分けるのは当然のことだが、まあ近い間柄ではこの方が多いかな」

 

「ふぅん?」

 

 アインズの言葉を聞いたアンティリーネの表情が得意げになるが……

 

「あとは気を使わなくてもいい奴とかもな」

 

 もう一つ付け足すと今度は途端に不機嫌な顔になる。

 

「私はそっちだって?」

「さぁ。どうかな。ん?」

 

 適当に話を濁し、視線を逸らす意味で顔を正面に向けた所で、木と木を繋ぐ橋の向こう側に二人のダークエルフが立っていることに気付く。

 

「あの二人」

 

 稀人であるアインズたちが村の中を出歩いていると村人たちがこっそり視線を向けてくるのは、今までも良くあったが、あそこまではっきり見ているとなるとアインズに用があるのだろう。

 

(いや。どちらかというと……)

 

 その視線はアインズではなく、アンティリーネを捉えているように見える。

 少しほっとした。

 立っているのは、三人いる長老の一人と、もう一人は確か狩猟頭だ。

 二人とも、この村では顔役である。

 きっと面倒な内容に違いない。

 内容によっては村を出るのを早めることも考えなくてはならないが、アンティリーネが目的なら問題ない。

 

「こんにちは」

 

 安堵と共に橋を渡ってこちらから話しかけると、長老の一人は柔和な笑みを浮かべた。

 

「どうも。お二人は今日も薬師頭のところですか?」

 

「ええ。私は物覚えが悪いようで、仮師匠には苦労をかけてしまっています。彼女は筋が良いと誉められたんですけどね」

 

 世間話に入るが、どうせ本題はこちらだろうと、アンティリーネの話を振ると、彼女は眉を寄せる。

 

「ちょっと、止めてよ」

 

「ほう。あの気むずかしい薬師頭が。それはそれは、流石ですね」

 

 なにが流石なんだ。と思わないでもなかったが、下手に口を出して矛先がこちらに向くのもいやだったので、アインズはさりげなく、三人の視界から外れる位置に移動する。

 

「少しお話があるのですが、これからのご予定は?」

 

 案の定、二人の目的はアインズではなくアンティリーネだったようだ。

 

「えっと──あれ?」

 

 どうしたものかと考えるような仕草を見せたアンティリーネが、助けを求めるようにアインズが居た場所を見るが、既にそこから離れていることにそのときになって初めて気づいたらしく、視線をあちこちに動かしてからようやく、移動していたアインズを発見する。

 

「彼女は今日はもう予定はないので大丈夫ですよ。アウラとマーレには私の方から伝えておきますので。では!」

 

 一気に言い切ると、手を持ち上げ、その場からさっさと離れた。

 後ろからは引き留めようとする声が聞こえた気がしたが、無視をする。

 

(今のうちにアウラたちと今後について話し合っておくか)

 

 アンティリーネのことは、まだしばらく無理はせず慎重に情報収集を行う必要があるが、それ以外にも決めなくてはならないことは山ほどある。特に友達作りの結果に関しては、二人からも直接話を聞きたい。

 背中に刺さる視線を振り切るように、アインズはアウラたちが借りているエルフツリーに向かって歩調を早めた。

 

 

 ・

 

 

 夜明け前の森には、昼間とはまた違った騒々しさがあった。

 虫や小動物だけでなく、夜行性の魔獣たちの鳴き声も遠くから聞こえてくる。

 

 村人たちにとって魔獣はいかなる時でも危険な存在ではあるが、夜は危険性が更に跳ね上がるため、太陽が昇る前に村の外に出る者はまずいない。

 そんな危険な森を、絶死は一人で散歩していた。

 彼女も夜目は利かない──装備品などで補うことはできるが、今はそれも持っていない──のだが、この森に住むいかなる魔獣が襲いかかってきたとしても、問題なく対処できる。

 それだけの力を彼女は持っている。

 

 故に、夜が明ける前の森は、誰にも邪魔をされず考えごとをするのに適した場所と言える。

 

「……なにを考えるっていうのよ。下らない」

 

 鼻を鳴らして呟いた台詞には、自嘲めいたものが込められていた。

 そうだ。

 考えるまでもない。

 村の中立派だというあの二人、狩猟頭と男の長老から請われた内容を簡単に言ってしまえば、このまま村に残ってほしいというものだ。

 絶死の出自を知らないとはいえ、よくもまあ、あんな厚顔な頼みができるものだ。

 それも絶死が選ばれたのは、消去法でしかない。

 

 アウラとマーレは村の二大派閥がそれぞれアプローチを仕掛けており、モモンは人間であり寿命的に永く村を率いていくことは難しい。

 そこで絶死に白羽の矢を立てたというところだろう。

 モモンたちの一団とは距離を置いている──実際本物の仲間でもないのだから当たり前だが──ことも理由の一つだろうか。

 どちらにしても必ず絶死でなくてはならない理由はない。

 

 その証拠に村に残った際のメリットとして挙げた内容は、自分たちの誰であっても当てはまるようなものであり、その上、小さな村らしいというか、素朴で慎ましいものだった。

 それでもこの村としての精一杯の内容なのは、ここ数日村で暮らして理解しているつもりだ。

 しかし──

 

「本当にばかばかしい。そんなの考えるまでもなく却下でしょ」

 

 エルフ王討伐や、法国への恩義──そんなものがあるかは正直疑問だが──を抜きにしても、法国での文明的な生活を捨てて、こんな一歩間違えれば、人間種どころか亜人の蛮族と見間違うような暮らしをしているダークエルフの村に残ることなどあり得ない。

 そう自覚した上で、絶死は何故か即答する事ができなかった。

 自分の思考が理解できない。

 だからこそ、己を見つめ直す意味でこうして一人で森にやってきたのだ。

 

 本当は一つだけ、説明がつく理屈がある。

 このまま行けば、この村に未来はないからだ。

 絶死がモモンたちを利用してエルフ王を討伐したとして。

 エルフ王が居なくなった後、王都に住んでいるエルフたちは奴隷となる。

 当然、エルフだけではなくダークエルフも同じだ。

 人間至上主義の法国にとっては、どちらも変わらず人類の敵でしかないのだから。

 明るい未来は訪れないだろう。

 数日程度とはいえ、寝食を共にした者たち相手ならば多少なりとも情は湧く。

 その事実が絶死の心に引っかかりを残している。

 

(こうならないために、接触しないようにしてたのに。モモンのせいで……)

 

 薬師頭の教えも、子供たちとの交流も元を辿ればモモンの提案で始まったことだ。

 やれやれと息を落としたところで、ふと思い立つ。

 

(でも、元々法国はエルフ自体に恨みがあるわけじゃないわよね)

 

 恨みがあるのはあくまでエルフ王だけ。

 事実エルフ王が絶死の母をだまし討ちして連れ去るという蛮行を起こすまでは、法国とエルフ国は協力関係を築けていたのだ。

 それを考えれば、エルフ国と和睦することも不可能ではないのかもしれない。

 

 なにしろ法国は現在、魔導国という潜在的敵国とエルフ国に挟まれている状況だ。

 挟撃を受ける危険性を考えたからこそ、切り札である絶死を投入することを決定したのだから。

 諸悪の根元であるエルフ王さえ死ねば、多少の遺恨はあれど、双方矛を収める方向に話が進めるのも不可能ではない。

 

「そうよ。これなら」

 

 エルフたちは無理だったとしても、エルフとダークエルフの間に交流がないことだけでも伝えられれば、最悪でも、この村の者たちは助けられる。

 こうして理屈を付ければ付けるほど、やはり絶死が村に残る必要はない。

 頭では理解しているはずなのに、まだ胸のつかえは取れなかった。

 

「……ハァ」

 

 諦めの息を吐く。

 もう誤魔化すことも目を逸らすこともできない。

 

 認めよう。

 認めるしかない。

 

 彼女は、この村での生活が嫌いではない。

 むしろ、楽しかった。

 そう。楽しかったのだ。

 

 ここでの彼女は、法国最強の切り札にして奇跡のような確率で二つの血が覚醒した超越者、絶死絶命ではなく、普通より少し強いだけのハーフエルフでしかない。

 これは絶死にとって初めての経験だ。

 

 弱い頃は母に拷問のような訓練を強要され、傍に近づく者は殆ど居なかった。

 それは強くなった後も同じこと。

 誰もが絶死を恐れ敬うが、近寄ろうとはしない。

 ごく稀に力を持ったことでつけあがり、増長して絶死に大きな態度を取る者もいるが、圧倒的な実力差を見せつけると直ぐに大人しくなり、以降は一歩引いて大人しくなるか、中には卑屈な態度を取る者もいる始末。

 

 そんな環境で生きてきたからこそ、この村での生活は心地よかった。

 自分と同格の強さを持っているであろうモモンと軽口を叩き合い、絶死に対して生意気な態度をとり続けるアウラと、おどおどしながらも何とかそれを諫めるため、間に入ろうと試みるマーレ。

 

 まだ短いつき合いではあるが、このまま気安い関係を続けていけば、彼らとはそれこそ友情のようなものが育めるかもしれない。

 村人たちは少々事情が異なるが、それでも絶死を仮弟子として指導してくる薬師頭をはじめとして、皆必要以上に恐れたりすることはなく、尊敬と好意を向けて気軽に話しかけてくる。

 

 それが絶死の出自と、本当の実力を知らないが故の仮初めのものだとしても、この生活は心地よかった。

 ずっと村に残るとは言わずとも、もうしばらくはこのままでいても良いかもしれない。

 そんな考えが頭を過ぎる。

 

 瞬間。

 

 絶死の耳が遠くから駆け寄ってくる足音を捉えた。

 かなり早く、そして巨大な何者かがこちらに近づいてきている。

 匂いを嗅ぎつけた魔獣が襲いかかってきたのかと、構えを取ろうとしたところで。

 

「本当にいたでござるー!」

 

 聞き覚えのある情けない声に、絶死は目を見開いた。

 

「ハムスケ?」

 

 モモンの騎乗魔獣にして、言葉を解する巨大な四足獣の姿が暗い森の奥から現れた。

 

「アンティリーネ殿。伝令でござる。殿は、殿はどこでござるか?」

 

 モモンが共に来ていると思ったのか、慌てた様子で周囲を見回す。

 

「落ち着いて。モモンはまだ村にいるわ。私は……ちょっと用事があって一人で来ただけよ」

 

「こんな時間にでござるか? 夜の森は危ないでござるよ」

 

「ええ。まあ、それはともかく。伝令って言ってたけど、何かあったの? 緊急事態なら私がモモンに伝えてもいいわよ?」

 

 話を誤魔化す意味でモモンの名前を出すと、ハムスケは大きな体をブルリと震わせる。

 恐怖を覚えているような雰囲気に、眉を顰めた絶死にハムスケが告げた台詞で絶死の思考は停止した。

 

「それは助かるでござる。実は、殿たちが泊まっている村にたくさんのエルフが向かっているのでござるよ。その中にこの前見た、大きな土の化け物もいたでござる!」

 

 大きな土の化け物。

 そう聞いて思いつくのは、絶死が戦ったあの強大な土の精霊だ。

 この前見たというのは、絶死を助けたときだろう。

 ならばそこに、あの男もいるに違いない。

 

(そうだ。なにを暢気なことを考えていたんだ。私は)

 

 この地には、絶死にとって決して許すことのできない怨敵が存在している。

 生まれて初めて敗北の屈辱を味わわされ、肉体的に母を。そして、精神的に自分を辱めたあの男を必ず殺す。

 絶死が最優先すべきはそれだ。

 友情を求めたり、慣れなくも楽しい作業に心を躍らせたり、村人との交流を通じて得られるであろう平穏な生活。そんなものを望んでいる場合ではない。

 そのために。と絶死は高速で思考を回転させ、素早く計画を立てる。

 

「……ハムスケ。とりあえず私と一緒に来なさい。その話、貴方から直接モモンに伝えた方がいいわ」

 

 まだ太陽が昇る気配はないが、今からゆっくり進めばちょうど、夜明けと共に村へ戻ることができる。

 

「伝言してくれるのではないのでござるか?」

 

「そのつもりだったけど、そんなに重大なことなら、直接見た貴方が伝えた方がいいわ。情報伝達は正確に行うべきでしょう?」

 

 さもそれらしいことを言うと、ハムスケはなるほど。と言うように頷いたが、すぐに心配そうな上目遣いを向けた。

 

「それがしが村に行っても大丈夫でござろうか? 熊殿との関係が疑われたりしたら、殿に叱られるでござる」

 

「だから私も一緒に行くんじゃない。大丈夫、もしものときでもモモンなら上手く誤魔化してくれるわよ」

 

 あの口から先に生まれたような男であれば問題はないだろう。

 それに。

 ハムスケを連れて行かなくては、絶死の計画が実行できない。

 

「いやー、殿はともかく、アウラ殿が──」

 

「ほら。さっさと行くわよ」

 

 まだぶつぶつ言っているハムスケを追い立て、先んじて歩き出す。

 その口元には、本心を隠す歪んだ笑みが浮かんでいた。




ちなみに書籍版でピーチと狩猟頭が中立と明言はありませんでしたが、15巻でどっちの味方? と言われたことがありそう。との記述があったので中立寄りということにしました

今月は忙しいので多分もう投稿できないと思います
ただ正月休みは取れそうなので年明けまでは書き溜めて、正月休みで纏めて推敲して投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 集会前の確認

エルフ襲来を知った村人とアインズ様たちの話
この次の話と合わせて一話くらいの気持ちで書いているので、今回はあまり話は進みません


 太陽が昇り始めたばかりでまだ薄暗い村の中、エグニアはアウラに会うため、彼女たちが寝泊まりしているエルフツリーへ向かっていた。

 

「少し早すぎたか? しかし、この間の件で呆れさせてしまったままだからな。また子供たちが迎えにくる前に……」

 

 この間とは、エグニアも同行した際に狩ったウルススを持ち帰った時のことだ。

 マーレと接触して頑なだった長老たちが歩み寄りを見せたのだが、そのことに調子に乗ったのか、若者グループの纏め役であるガネンが長老たちを扱き下ろし始めたのだ。

 そんなガネンを見たアウラが呆れた様子を見せたため、慌ててエグニアが仲裁に入ったのだが、今度は矛先が自分に向いた。

 

 曰く、横からやってきて偉そうなことを言うな。

 

 要するに、アウラの側近という立場に就いたガネン──自称だが──の地位をエグニアが脅かしかねないと恐れたのだろう。

 こちらとしても、そうした自分こそがアウラに最も信頼されていると言わんばかりの態度には我慢の限界が来ていたため、そのまま言い争いに発展した。

 アウラはそんな二人にますます呆れてしまい、その日から狩りを始めとした村の仕事には関わらず、子供たちと遊んでいるという。

 もちろん、アウラたちは村の客人にして恩人であり、毎日狩りに同行する必要はなく、なにをしようと自由なのだが、エグニアにとっては別の心配がある。

 

(村の子供たちが彼女に惚れて、それでもし、もし万が一彼女の方も……)

 

 想像するだけで、いや想像しようとするだけでも、頭がそれを拒否してしまう。

 女神が如き絶世の美少女であるアウラに村の子供たちが惚れてしまうのは当然のことなのだが、村の子供たちの中にはアウラと同い年くらいの子供もいる。

 二百五十歳を超えるエグニアの初恋相手はアウラだが、村の者たちの初恋はもっと早く、それこそアウラくらいの年齢で初恋を経験していてもおかしくはないと聞く。

 特に男子と異なり、女子は精神的な成長も早いらしいので心配だ。

 

(彼女が村に居る時間はそう長くない。その間になんとしても、俺のことをもっと知って貰わなくては)

 

 後はアウラたちの保護者だというモモンなる御仁にも接触し、婚約者の有無やアウラが村に残る意志があるかなども確認したいところだ。

 

(いざとなれば自分も旅に同行するのもありか?)

 

 他の村に行くにしても、その場所や道順を彼らは知らないはず。

 その案内役をかって出れば、もっと長くアウラと共に居ることができる。

 なかなか良いアイデアだが、これも提案すれば付いていきたいと名乗り出る者は数多くいることだろう。

 ならばこそ、キチンと失態を詫び、自分の認識を改めて貰わなくては。

 

「よし!」

 

 改めて気合いを入れ直し、アウラたちが使っているエルフツリーに向かおうとしたエグニアの耳が、微かな音を捉えた。

 瞬間、だらしなく緩んでいた表情が引き締まり、音のした方向を睨む。

 まだ何も見えないが、確実に音がまっすぐに近づいてきている。

 

「……デカい」

 

 咆哮こそ聞こえないものの、間違いなく人間より遙かに巨大な何者かが移動している音だ。

 

王種(ロード)が戻ってきたのか? だったらすぐにアウラさんたちに!)

 

 アウラが討ち取った、この近辺を縄張りにしていたアンキロウルススが居なくなり、森の中のパワーバランスが崩れたことで、一度追い払った王種(ロード)が再びやってきた可能性がある。

 その場合は、一刻も早くアウラたちを呼んでこなくては。

 通常のウルススならばともかく、王種(ロード)が相手では村人全員を動員しても勝ち目はないからだ。

 情けない話だが、再びアウラたちに頼る必要がある。

 急ぎ駆け出そうとした瞬間、エルフツリーの上から女神が降りてきた。

 

「心配いらないよ」

 

「ア、んんっ。フィオーラさん。どうして」

 

 どうして、ここにいるのだ。という意味と、心配いらないのはどうしてだ。という二つの意味を込めて問うと彼女は、太陽が如き輝かしい笑顔と共に後ろを指した。

 そこにはこちらに向かって歩いてきているマーレと真っ黒な鎧を着た大柄な男、モモンの姿があった。

 全員がすでに揃っているから、心配いらないと言いたいのかと思ったが、それにしてはアウラは武器も持っておらず、モモンたちも特別急いでいる様子はない。

 そうこうしているうちに、音はエグニアの耳にもはっきりと聞こえるほど大きくなる。

 改めて視線を向けると、目視で確認できる距離の木が大きく揺れていた。

 一撃で太い樹木をなぎ倒すほどの力を持ったウルススの王を思い返し、ゴクリと唾を飲むが、やがて現れたのはウルススとは違う四足獣の姿だった。

 

「あれは?」

 

 森の中でも見たことのない巨大な体躯と精強な面構え、大きな瞳には英知の輝きも見て取れる。

 その魔獣からは、あのウルススの王と同等に近い風格を感じた。

 

「みんな揃って。よく気付いたわね」

 

 少し遅れて現れた白黒二色の髪を持った細身の少女を見て、眉を顰める。

 モモンたちと一緒にウルススを撤退させたハーフエルフの少女である。エグニアとはあまり関わりはなかったが、確か名前は……

 

「アンティリーネ。どういうつもり?」

 

 天真爛漫という言葉がよく似合うアウラらしからぬ冷たい声に、背筋にゾクリと悪寒が走った。

 

「見ての通りよ。ハムスケが森の中で厄介なもの──」

 

 アウラの言葉に肩を竦めて話し始めた直後、彼女は一瞬視線をエグニアに送り、ニンマリと笑う。

 

「武装したエルフの集団と、例の土の精霊を見たそうよ。まっすぐこの村に向かってきている、きっと村を襲うつもりね」

 

「エルフ? 彼らが何故!?」

 

 エルフとダークエルフは近縁種ではあるが、住処も離れており関わりは少ない。

 だからといって仲が悪いわけではない。

 少なくともダークエルフにとっては、かつて北の森から大移動を行った際、自分たちを受け入れてくれたことで恩義を覚えている。

 あちらも、自分たちのことを別の土地からやってきた遠い親戚のようなものだと思って親近感を抱いてくれている。と聞いた覚えがあり、ごく偶にだがエルフの行商がやってきて物々交換を行うこともある。

 そんなエルフが何故。

 

「それは──」

 

 近づいてきたモモンが、何か言おうとする前にきっぱりとした声が追いかけてくる。

 

「私たちのせいでしょうね」

 

 凄惨な笑みと言葉に、なにを言えば良いのか分からず黙ったままのエグニアの肩に手が乗せられた。

 ビクリと身を震わせ、振り返ると自分の直ぐ側まで近づいていたモモンがこちらを見ていた。

 

「詳しい話は私たちが聞いておく。貴方には申し訳ないが、直ぐに長老たちにこの話を伝えて欲しい」

 

「わ、分かりました」

 

 有無を言わさぬ圧を感じる言葉に、エグニアは一つ頷き、その場を離れた。

 

(これは大変なことになった)

 

 

 

「長老!」

 

 長老たちが自分たちの住処であるエルフツリーに居なかったため、三人が会議などをするために集まる木の中に入ったエグニアは目を見張った。

 

「……エグニア。来たか」

 

 最長老の声は重い。

 同時に強い血の臭いが鼻を突き、思わず手で鼻を押さえた。

 

「これは、いったい」

 

 モモンたちから聞いた話を伝えなくてはならないのだが、あまりの光景に思わず聞いてしまう。

 エルフツリーの中には長老衆のみならず、薬師頭と祭祀頭、狩猟頭の姿もあった。

 更にもう一人。

 部屋の中央に寝かされ、治療を受けているダークエルフの姿。

 体中傷だらけの男は村の住人ではないが、どこかで見覚えがある。

 

「今、ガネンも呼びに行かせている。話は全員揃ってからだ」

 

「いったい何の話です? そこにいる彼は一体」

 

 エグニアの返答に、最長老が不思議そうに顔を持ち上げる。

 

「お前のエルフツリーに使いを出したが。それを聞いてきたのではないのか?」

 

「いや、俺はモモン殿たちからこの村にエルフの軍勢が迫っていると聞いて──」

 

 エルフという言葉を聞いた瞬間、治療を受けていたダークエルフの体がビクンと跳ね上がった。

 

「エ、エルフ! エルフに、村が! 俺たちの村が!」

 

「チッ! おい。体を押さえろ。これ以上興奮させると死んじまうぞ」

 

 薬師頭の指示で、狩猟頭が慌てて体を押さえに掛かった。

 どうやら余計なことを言ってしまったようだが、その反応と先ほど聞いた話を併せてようやく、あのダークエルフが何者なのか思い出した。

 

「彼は確か」

「外で話そう」

 

 有無を言わさぬ厳しい口調で告げられ、最長老と共に大人しく外に出た。

 太陽が昇りきる前で皆眠っていることもあり、聞こえるのは背後から響くダークエルフの嗚咽だけ。

 その悲痛な声に眉を顰めながら、エグニアは改めて確認した。

 

「彼はアジュの村の者ですね」

 

 この村から最も近いアジュの村は北側、エルフの王都と呼ばれる巨大な都市とこの村との間辺りに位置している。

 彼は村で一番の実力を持った野伏(レンジャー)だったはずだ。

 

「その通りじゃ。まだ詳しい話は聞けていないのじゃが、夜中、傷だらけで村にやってきた。混乱を避けるため先ずは祭祀頭と薬師頭にだけ声をかけ、治療して貰いながら話を聞いたのじゃが……どうやらアジュの村は壊滅したらしい」

 

「そ、それは、エルフに?」

 

 再び刺激しないように声を落とす。

 

「ああ。だが、エルフは周囲を取り囲み逃がさないようにしていただけで、直接村を破壊したのは、巨大な土の精霊だという話だ」

「土の精霊……」

 

 やはり彼女たちが話していた内容と同じだ。

 

「お前はモモン殿から話を聞いたと言っておったな?」

 

「あ、いえ。正確にはあのハーフエルフの少女と、モモン殿が騎獣として使っている言葉を話す魔獣からですが」

 

「魔獣?」

 

「ええ。フィオーラ殿たちはともかく、モモン殿がこの森を移動できたのは、あの魔獣のおかげなのでしょうね」

 

 宴に出席できず、モモンの姿をまともに見たのは先ほどが初めてだったが、ただでさえ大柄な体格に加えて重量が有りそうな鎧を着て歩くには、この樹海は厳しい環境だが、強大な魔獣の背に乗ったなら話は分かる。

 

「なるほど──妖精の小道を使ったと思っていたが、そうではなかったのか」

 

「小道?」

 

 聞き覚えのある言葉に問い返すが、長老は頭を振って話を戻した。

 

「いや。ともかく、その魔獣とやらがエルフの軍勢を見たのじゃな?」

 

「はい。まっすぐこちらに向かっているそうです」

 

「……アジュの村から集団で移動となれば、ここまで二日といったところか」

 

 移動速度は数が少なければ少ないほど早くなる。

 この村に命辛々到着した彼が単独でやってきたことに比べ、村を取り囲める程の軍勢、何十名での移動ならば数日程度の差が出るのは当然だ。

 

「ところで。長老はどうして、ガネンを?」

 

 使者としてやってきた者が大けがを負っていたのだから、薬師頭と祭祀頭を呼ぶのは当然。周囲の警戒要員として狩猟頭に声を掛けるところまでは分かるが、若者グループの実質的なまとめ役であるガネンは長老衆と対立している。

 副狩猟頭全員を呼び出すならまだしも、一人だけわざわざ呼び出す理由は薄いはずだ。

 

「それは──」

 

 長老が話しかけた瞬間、エグニアの耳が音を拾った。

 自らの存在を誇示するかのような、わざとらしい足音。

 視線を向けると、それに合わせるように最長老も顔を動かした。

 案の定、二人が見た先には、大股でこちらに近づいてくるガネンの姿があった。

 

「来たか」

 

 ポツリと独り言を落とした後、最長老は静かに息を吸う。

 何か覚悟を決めたような態度を不思議に思っている間に、近づいてきたガネンが自分たちの前に立った。

 

「こんな早くからいったい何の用だ?」

 

 非常に威圧的な態度だ。

 普段から長老衆への態度は悪いものの、ここまでではなかったと思うが、アウラという自分たちの理想──年齢や経験ではなく能力の高さこそが絶対的な指標となる──を体現しているかのような存在に出会ったことで、ますます調子づいている。

 そのアウラに呆れられた後でも、態度を変える気はないようだ。

 

(全く。こいつの頭の固さは長老に引けを取らないな)

 

 エグニアは元からどちらの考えにも一理あるとは思っていたが、それ故に互いが譲歩することなく対立に発展していると推察していた。

 それならば長老衆が頭を固くしてくれている方がまだ村の中だけで完結している分、マシだと思って黙認していたのだが、頭の固さならガネンも負けていないようだ。

 これではやはり、村の一本化など不可能だろう。

 

「それは済まなかった。だが今は一刻を争う。お前たちの力も貸して欲しい」

 

 ガネンの不遜な態度にも嫌な顔一つ見せず、頭を下げる最長老の姿にエグニアは目を見張った。

 

「あ、いや……分かった。話は聞こう」

 

 それはガネンも同じだったようで、慌てた様子を見せつつも何とか平静を保とうとする。

 

「すまないな。では、改めて話そう。エグニア。お前もモモン殿たちから聞いた話で補足があれば教えてくれ」

 

「分かりました。ガネン、お前も心して聞いてくれ。これはこの村どころか、森に住む全てのダークエルフの危機だ」

 

 長老の態度も含めて、場に流れるいつもとは違う空気を察知したのか、ガネンはゴクリと唾を飲み、神妙に頷いた。

 

 

 

 最長老の話は概ねモモンたちから聞いた話と同じだった。

 実際に大けがを負ったアジュの村の者が直ぐ傍にいることで、ガネンもこの話が嘘ではないと確信したようだ。

 すぐに口を開くことなく、しばらく眉間に皺を寄せて下を向いていたが、やがて顔を持ち上げ長老を見た。

 

「……それで。その話を俺にしてどうしようって言うんだ。これは村人全員で話し合うべき問題だろ?」

 

 確かにその通りだ。

 通常村で問題が起こった場合、その場で対処に当たった者や、それぞれの分野の頭が対処法を決めることもあるが、今回のようにある程度時間があり、また他の村にも問題が波及するようなときは違う。

 主立った村人を広場に集めて広く意見を募り、その上で他の村と相談してダークエルフ全体の意見を纏めるのがいつものやり方のはすだ。

 

「うむ。もちろんこの後皆を集めて話をするつもりじゃが、その前に我々の中でもある程度方針を決めておきたい」

 

「我々って長老たちだけではなく。ということか?」

 

「無論。お前たちの考えも聞いた上でだ。どうすれば良いと思う?」

 

 直接的な言い方はしないものの、それは現在村を二分している派閥争いの垣根を越えてという意味だ。

 その上、先にこちらの意見を聞いたことで、長老たちは一歩引き、若者グループの案を重視すると言外に告げている。

 先のことがあってなお、歩み寄ろうとする姿勢を見せる長老を前に、ガネンは勝ち誇ったようにニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 

 ・

 

 

「……ハムスケ。エルフが近づいているのは間違いないんだな?」

 

 念のため確認すると、ハムスケはその巨体をビクリと震わせてから姿勢を正した。

 

「そ、その通りでござる! アンティリーネ殿を助けた時に見たデカい土の化け物も一緒でござった」

 

「プ──あの土の精霊か」

 

 ユグドラシルでの名前はまずいと言い直す。

 そのついでにアンティリーネを見ると、彼女は素知らぬ顔で視線を逸らしていた。

 

(コイツ。わざとアイツの前で言ったな)

 

 思わずため息を一つ落とすと、ハムスケが再度体を震わせる。

 ほぼ同時にアウラとマーレもアンティリーネに非難がましい視線──アウラに至っては明確に睨みつけている──を送った。

 アンティリーネはおそらく憎しみの対象であるエルフ王を討つため、アインズを利用しようとしている。

 ハムスケを連れてきたり、ブルーベリーの前でわざわざ話をしたのはその布石だろう。

 実際、村の者たちに知られることなく、その情報を手に入れた場合、アインズはこの村を見捨てていたに違いない。

 

 村を襲わせて、エルフたちの強さを確認するためだ。

 エルフ王の力は見ているが、他のエルフはどれほどの力を持っているのか不明なのだから。

 少なくともエルフの国には王とアンティリーネ。二人の強者が存在していた。

 他のエルフの中にも、それなりの強者が混ざっていても不思議はない。

 

 もちろん、彼女たちレベルはそうはいないだろう──エルフの国にそんなに多数の強者がいるのなら、とっくの昔に法国を撃退できているはずだ──が、ある程度の強さを持った者たちが、ユグドラシル製の武器を持っていると、魔法の使えない今のアインズでは、対処が面倒になる。

 だから、まずは村を襲わせて様子を見る選択を取るのは合理的な考えだ。

 

(アウラとマーレの友達になれそうな子供もいないみたいだしな)

 

 アンティリーネから二人が楽しくなさそうだったと聞いたため、それとなく確認したが、やはり仕事として嫌々遊んでいたことを遠回しに告げられてしまった。

 そのためこの村に残る理由はもうない。

 

 もちろん、アインズとて幾人か知り合いも出来た村を犠牲にするのは忍びない。

 特に薬師頭からは、仮とはいえ師匠として薬学の知識を教わり、新たな知識や技術を学んでいく楽しさを教わった、いや思い出させて貰った。

 だが、あけみちゃんの血縁かも知れず、シャルティアを洗脳した可能性すらあるエルフ王の情報を集める方がよっぽど重要だ。

 そのためなら、この村の住人すべてが犠牲になろうと関係ない。

 

(俺はそうでもコイツは違ったってことか)

 

 アウラたちからの視線を気に止めないアンティリーネをチラと見て、もう一度ため息を吐く。

 

「ち、ちなみに今はフェンリル殿が、見張ってくれているでござる。アウラ殿なら自分の場所が分かるはずだからと」

 

 アインズのため息が、自分に向けられたとでも思ったのか、震える声でハムスケが言う。

 

「ほう」

 

 思いがけないアイデアに、一端思考を止めた。

 アインズが自分で作ったアンデッドと見えない糸のようなもので繋がり、大ざっぱな方向と距離を把握できるようにアウラもまた、自分が支配下に置いている魔獣たちと見えない繋がりを持っている。

 それをGPS代わりに使用するのはなかなか良いアイデアだ。

 

 魔法的な手段で代用もできるが、今はモモンの姿を取っていることや、攻性防壁に阻まれる可能性を考えると、こちらの方が確実だ。

 

(まあ、ハムスケが思いついたとは思えないからフェンリルの方か)

「アウラ。フェンリルは今、どうしている?」

 

「え? あ、えっと。ハムスケのいうように、こっちに近づいてきているのは間違いない、よ?」

 

「なるほどな……」

 

 これでハムスケの言っていることの裏付けが取れた。

 

(軍だけでなく、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)まで持ち出したのは示威行為か?)

 

 ナザリックがかつて蜥蜴人(リザードマン)の村にやったことと同じだ。

 あのときは、蜥蜴人(リザードマン)の村を支配下に置くことが目的だったため、ああした行動を取ったが、エルフがダークエルフの村をまっすぐ目指しているなら、狙いはおそらくアウラとマーレだ。

 二人がこの森に住むダークエルフだと誤解して探しに来たのだろう。

 

(その場合は戦いが前提か)

 

 アンティリーネを助ける際、少し強さも見せているので、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を連れてきたのは、単純に初めから戦いになることを想定して最大戦力を投入したと見るべきだ。

 つまり、接触すれば戦いは避けられない。

 

「到着までどれほど掛かる?」

 

 エルフの国の王都からこのダークエルフの村までアインズたちは数時間程度で到着したが、それはフェンリルの森渡りの能力と移動速度があってこそだ。

 

「えっと。あの辺りからだと、人数にもよるけど、多分二日くらいかな」

 

(二日。逃げ出すことはできるが……)

 

 思案するアインズを余所に、アンティリーネはニヤリと挑発的に笑う。

 

「このっ!」

 

 その笑みをアインズに対する不敬と捉えて激昂したアウラを手で制する。

 そんなことをしている場合ではないのもあるが、それ以上に先ほどの笑みに見覚えがあったからだ。

 

「アウラ。とりあえずお前はマーレとハムスケを連れて、村周辺を警戒しておいてくれ」

 

「それは……~ッ! はい……行くよ。マーレ、ハムスケ」

 

「う、うん」

「了解でござる!」

 

 明らかに渋々といった様子だが、なんとか納得し、アウラはマーレとハムスケを連れてこの場を離れていく。

 

「……それで? お前の目的は何だ?」

 

 三人が十分に離れたのを確認後、アインズは問いかける。

 

「目的って。私はただ緊急事態だったから──」

 

 相変わらず微笑みを浮かべたままだが、この笑みは先日子供たちと何をして遊んだのか聞いた際にも見た。

 

 あの時も表情と内面が合っていない様子だった。

 恐らく彼女が本心を隠す際の癖なのだろう。

 

「嘘をつけ」

 

 アインズは自分でも察しが良い方だとは思わないし、なにを考えているのかまでは推察できないが、隠し事をしているか否か程度なら分かる。

 

「っ」

 

 瞬間、アンティリーネの表情が変わった。

 笑顔ではなく、イタズラがバレた子供のようなばつの悪そうな表情だ。

 

(やはりな)

「一つ確認したい」

 

「……なに?」

 

「お前の目的はなんだ? エルフ王か、それともこの村を守ることか? そのどちらかなら、俺たちは協力しても良い」

 

 エルフ王が狙いなら話は簡単だ。

 村を出たフリをして近くで潜伏し、わざと村を襲わせて相手の戦力を見てから対応を決める。

 

 村を守ることならば、このまま二人で長老に会いに行き、エルフ王の危険性を改めて伝える。後は村を捨てさせ、しばらく別の地に避難させれば良い。

 その場合は、別の村を襲わせて力を調べる方法に変更だ。

 

 しかし、アンティリーネは首を横に振り、キッパリと告げた。

 

「両方」

 

「なに?」

 

「だから両方よ。エルフ王は私の手で必ず殺す。そして、この村の連中も助けたいから逃げるように説得して。その後、私たちはここに残ってエルフ王を迎え討つ」

 

「ワガママだな」

 

 半ば予想していたこととはいえ、村人を逃がすだけでなく、エルフ討伐にも手を貸せと言われると、ため息も吐きたくなる。

 アウラたちを遠ざけておいて良かった。

 

(敵の戦力も分からないうちから戦うなど。ぷにっと萌えさんがいたら怒られるな)

 

 だが、悪い気分ではない。

 今ここにいるのはナザリック地下大墳墓の絶対的支配者ではなく、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の王でもない。未知を求める冒険者モモンだからだろうか。

 

「いいだろう。その代わり、お前にも話してもらうぞ」

 

「話?」

 

「エルフ王のことだ」

 

 アンティリーネが身を固くする。

 今まで詳しい話を聞けずにいたが、もうそんなことを言っている場合ではないのは彼女も分かっているはずだ。

 ここでアインズが知りたいことを確かめられたのなら、全力で手を貸すことができる。

 

「エルフ王の、何が知りたいの?」

 

「先ずは奴自身と、そして、あの力の源となった者の名前だ」

 

 今まで聞けなかった理由が、父親を憎んでいるアンティリーネを気遣っていたから、というのはあくまで建前。

 本当はアインズ自身、まだ答えが見つかっていなかったからだ。

 シャルティアを洗脳した怨敵が、『アインズ・ウール・ゴウン』とつながりのある誰かであったらどうするのか。という問いへの答えが。

 

 唯一、ユグドラシル時代に関係があったエルフと言えば、あけみちゃんであり、アインズはこれまで、エルフ王がその息子であることを前提としていたが、実際その可能性は非常に低い。

 ユグドラシルをプレイしていた者の中で、見栄えの良いエルフのキャラメイクをしている者は多かったはずだ。

 その中の一人がたまたまアインズの顔見知りの可能性は、それこそ万に一つ。

 

 普通に考えればあり得ないことだが、何しろアインズは変なことで運が良い、いや悪い。

 誤魔化すために適当に告げた言葉を深読みされた上、その通りに進んでしまったことが何度もあった。

 今回も同じようなことが起こったら。と警戒して自分の中で答えが見つかるまでは聞かずにいたのだ。

 しかし、もうそんな悠長なことは言っていられない。

 しばしの熟考の後アンティリーネが答えを告げる。

 

「王の名は、デケム・ホウガン。そしてその父はかつて強大な力で瞬く間に大陸を支配した八欲王と呼ばれた者の一人よ」

 

 八欲王。

 その名は報告書で何度か見ている。

 ナザリックより南方にある砂漠の真ん中に浮遊都市を建設した存在で、強さやその都市そのものが魔法的な結界に包まれていることもあって、近隣では最も警戒が必要だと考えていた。

 

 だが今重要なのは、その八欲王の一人がエルフ王の父親だという点だ。

 あけみちゃんはやまいこの妹。当然女性であり、アバターも女エルフだった。

 つまりエルフ王もアンティリーネも、あけみちゃんとは血の繋がりはない。

 それならば何の問題もない。

 

「……分かった。できる限り手を貸そう」

 

「いいの?」

 

 突然の変化に驚いたのか、アンティリーネの声が変わる。

 

「ただし、エルフ王と会って、確かめなくてはならないことができた。悪いが殺すのはその後にしてもらうぞ」

 

「それって──」

 

 アンティリーネがなにか言おうとしたところで、背後から足音と共に、先ほど送り出したブルーベリーの声が聞こえて来た。

 

「モモン殿! これから村人を集めて話し合いを行います。長老たちが詳しく話を聞きたいので集会に出席して欲しいとのことです」

 




次の話も大体書き終わっているので推敲次第、二、三日後に投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 交流の結実

前回の続き
これまで村との交流で得たものが実を結ぶ話です


 アウラとマーレは警戒を行いつつ、村中央の広場に意識を向けていた。

 長老たちから呼びだされた主人がアンティリーネを連れて、会議に参加していることを察知したためだ。

 

「むぅ、ここからではよく見えないでござるなぁ。殿はどうするつもりなんでござろうか」

 

「あいつの願いを受け入れたんだから、ここでエルフ軍を迎え討つんでしょ」

 

 ハムスケの疑問に答えながら、自分の声に不満が混ざっていることに気が付く。だがそれはアンティリーネへの不満ではない。

 ここまでの全て、主人の狙い通りだったに違いないからだ。

 そもそもアンティリーネを助ける際、アウラたちが碌な変装もせずに姿を見せた時点で、エルフ王がいずれダークエルフの仕業と推測して村に攻め込んでくることは分かり切っていた。

 

 エルフにとっては親戚であるはずのダークエルフの村を、突如全滅させるという非道を行なったエルフ王を、アンティリーネが討ち取ることで、直接救われたダークエルフはもちろん、エルフたちにも正当性を示すことになる。

 あとは彼女がエルフ王の娘であると喧伝すれば、正統な後継者としてエルフ国の女王に即位することが可能だ。

 

 その後、魔導国が友好を結び、法国との戦いに大手を振って参戦して恩を売り、ゆくゆくはエルフ国そのものを、帝国のように魔導国の属国とする。

 

 全て主人が想定していた通りにことが運んでいる。

 

 故に、アウラが気にしているのは、エルフが到着するまでに、村を纏めることができなかった自分自身の不甲斐なさについてだ。

 

 今日は村に滞在して五日目の朝。

 主人の想定していたタイムリミットだ。

 アウラとしても今日中に村を纏めるつもりでいたが、エルフ軍襲来のせいで計画変更を余儀なくされてしまった。

 主人が言った五日とは、五日が終わるまでという意味ではなく、五日目の時点で纏めておけという指示だったのだ。

 

 事前に命じていて欲しかったと思うが、それも含めてアウラたちを試すテストだったのかもしれない。

 アウラたちがそうした主人の真の意図をもっと早く読み解けていれば。もっと必死になって動けば。結果は変わっていたかも知れない。

 

 正確に言えば、現時点でも一応村は一つになっている。

 しかしそれは長老衆が一歩引いたことで、若者グループに主導権を譲る形であり、当然ながら譲った側である長老派閥は心の底から納得しているわけではない。

 これではとても村を一つに纏めたとは言えない。

 もちろんこの状況からでも、主人の素晴らしい叡智を以てすれば村を纏めることはできるだろうが、それではいつもと同じ。

 主人のため、ナザリックに最上の利益をもたらすために存在する守護者として失格だ。

 

「はぁ」

 

 自分の不甲斐なさを責めるようにため息を吐くと、ハムスケの巨体がブルリと震えた。

 

「ア、アウラ殿」

 

「何?」

 

「やっぱり、それがしがアンティリーネ殿と一緒に来たのはマズかったでござろうか? 殿に怒られるでござるか?」

 

「……そーかもね。あんたの姿を見なければ、あいつも騒ぐことなかったし。今は忙しいからそんな暇ないけど、全部終わってからお叱りがあるかもね」

 

 そうは言うが実のところ、壊滅した他の村の生き残りが来た時点で、エルフ軍のことを隠すことはできなくなった。

 昨夜の時点でそれに気付いたからこそ、アウラたちはアンティリーネを待ち伏せできたのだ。

 よってハムスケを連れてきて、ブルーベリーの前で知らせたことに大した意味は無く、主人も怒ってはいないだろう。

 だからこれは単なる八つ当たりだ。

 

「ひぃ」

 

「それがイヤなら頑張って働きなさい。さ、行くよ。あたしたちは周辺の警戒」

 

 広場の方ではそろそろ話し合いが始まりそうだ。

 その内容にも興味はあるが、あちらには主人が出向いている以上、アウラたちにできることはない。

 

「で、でも、エルフの人たちが来るのは二日後じゃないの?」

 

 不思議そうに首を傾げるマーレに、アウラはため息を落とす。

 

「エルフ軍がそうでも、エルフ王が土の精霊に乗ってきたら直ぐでしょ」

 

 実際、アンティリーネと戦っていた時エルフ王は一人だった。

 今回も同じようなことをしてくる可能性はある。

 

「そ、そっか」

 

 納得するマーレを余所に周囲の警戒を強めると、アウラは村の中を動くいくつかの気配に気がついた。

 

「あれ?」

 

 村人は全員、広場に集まっているはず。

 とそこまで考えて、唯一集会から外されている存在を思い出した。

 

「お姉ちゃん?」

「しっ!」

 

 唇に指を立て、もう片方の手を耳の後ろにやって音を集める。

 少し高めの声は子供のもの。

 集会に呼ばれていない子供たちだけで集まっているようだ。

 

『ねぇ。急にみんな集まってどうしたのかな』

『わかんない。私たちには村の外には出ないで大人しくしてろって言ってたけど……』

『そんなこと言われなくても、森なんて出ないのにね』

 

 口々に話す子供たちの声には、全員聞き覚えがある。

 ここ数日、一緒に遊んでいた六人の子供たちの声だ。

 どうやら彼らには、エルフ軍襲撃の話は知らされていないようだ。

 

『俺は大人から聞いたぜ』

 

 会話の隙間を縫うように話し出したのは、確かクーナスなる男の子。

 六人の中で一番年上で、リーダーでもあるらしく、周囲が持ち上げているところを何度か見た。

 クーナス自身、煽てられると調子に乗りやすいタイプだが、流石に今は誰も軽口を叩くことなく、話を聞き入っている。

 

『じ、じゃあ。この村にもエルフが来るの?』

 

『ああ。もしかしたら村を棄てることになるかもしれないって言ってた』

 

 クーナスの言葉に、驚きの声が挙がる。

 広場での話し合いの結果によってはそうなるかもしれない。

 現在村の中は若者グループの力が強くなっている。

 それが広場での話し合いに影響されるとなると、安全を考え、村を棄ててでも逃げる方向に話が向かう可能性が高いだろう。

 若者グループは血気盛んな者が多いが、考え方自体は保守的というか安全を第一に考える傾向にあるためだ。

 

(でも、今回に限って言えば、長老たちも似た考えになるかな)

 

 たとえば法国が攻めてきて、それを撃退するためにエルフ国に力を貸すというようなことであれば、この森に移動してきた際に受け入れてくれた恩義を返す名目で戦いに出向いた可能性はあるが、今回の相手はそのエルフ国なのだ。

 

(もしかしたら、アンティリーネとあたしたちを差し出す方向に話が行くかもしれないけど……)

 

 エルフ王の目的はアンティリーネを助けたアウラたち、そして共にいるアンティリーネを確保することだ。

 その場合村人が自分たちだけ助かるために、裏切る可能性もある。これもアウラたちが村を纏めきれなかったせいだ。

 

『ねぇ。あの子たちは助けてくれないのかな?』

 

 再び落ち込みそうになっているうちに、押し黙っていた子供たちの一人が意を決して言う。

 あの子たちとは、アウラたちのことだろう。

 

『流石に無理じゃないのか? だって元々あの子たちには関係ないことだし、アンキロウルススの時は調査の邪魔だから手を貸してくれたって話じゃん。で、その途中で大人連中の対立に嫌気がさしたから俺たちと遊んでたんでしょ?』

 

『そんな村を危ない目に遭ってまで、救ってくれるとは思えないな。せいぜい逃げるときに手を貸してくれれば、良い方じゃねぇの』

 

 クーナスも同意する。

 思ったよりも冷静な判断だ。

 ダークエルフは基本的に自己責任の考え方が強い、それは子供でも同じなのだろう。

 

『でも、ダークエルフの英雄なら──』

 

 ぼそぼそと小さな声が反論する。

 六人の中で唯一、アウラたちと同年齢くらいだった男の子の声だ。

 ダークエルフの英雄とは、ままごとで遊んだ際、彼が提案した村の伝説として残っている英雄譚の主人公のことだ。

 

『あれはお話だろ』

 

 当然バッサリと切り捨てられる。

 それきり男の子は口を噤んでしまい、話は逃げるとしたらどこに逃げるのか、なにを持っていけばいいのかなど、現実的な話に移行していく。

 

 だが、その会話をアウラはもう聞いていなかった。

 今の話を聞いて頭の中に閃きが走ったからだ。

 そして先ほどまで、村を纏められずに落ち込んでいた自分の早とちりと、主人が出したヒントの本当の意味を理解した。

 

(そっか。アインズ様が子供たちと遊べって言ったのはこのため。これなら今からでも村を纏められる!)

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 音に集中するため、耳に当てていた手を外したアウラに、おずおずとマーレが問いかけるが、アウラはその問いに答えず告げる。

 

「……マーレ」

「な、なに?」

 

「それとハムスケも」

「はいでござる!」

 

 アウラの真剣な声に二人は姿勢を正した。

 

「あたしはさっき言ったとおり、周辺の確認をしてくる。その間あんたたちには重要な仕事をしてもらうよ」

 

 そう。この中で最も感覚の優れたアウラは警戒を行わなくてはならない以上、二人に任せるしかない。

 

「な、なに?」

 

 ごくりと息を呑むマーレに、アウラは以前主人がやっていたように、間を置いてからニヤリと笑った。

 

「英雄を作って、村を一つに纏めるのよ」

 

 

 ・

 

 

 

 二人が連れてこられた場所は、歓迎の宴が開催された広場だった。

 広場に着いたときには、既に多くのダークエルフが集まっていた。

 

 子供以外のほぼ全ての大人が集まっている様は、先日行われた歓迎の宴と同じだが、雰囲気は真逆。

 既にある程度の話を聞いているのだろう。

 皆、一様に表情が暗い。

 広場の中央まで案内された後、最後に長老たちがやってきた。

 

「それでは、始めよう」

 

 重々しい宣言により、話し合いが始まった。

 そのまま長老が話し出すのかと思ったが、立ち上がって話を引き継いだのは、アウラに近づいていた副狩猟頭プラムだった。

 

「みな、ある程度の事情は聞いていると思うが、正確を期すため改めて説明しよう」

 

 他の村人たちは、なぜ長老ではなくプラムが説明するのかと長老たちを見る。

 長老たちはその疑問には答えず、プラムを苦々しげに見つめつつも口は挟まない。

 

(この間のことで、若者グループの勢力が増したのかしら。まあ、それなら好都合)

 

 絶死の目的は、この地でエルフ王を迎え討つため、モモンたちを引き留めることともう一つ。

 世話になった村の住人たちを安全な場所に逃がすことだ。

 伝統を重んじる長老より、若者グループが主導した方が逃げる話へ持って行きやすい。

 

「現在、武装したエルフたちがこの村に向かっている」

 

 続けざまの言葉に、プラムが仕切っていることへの困惑は消え、代わりにざわめきが増した。

 エルフが攻めてくることはすでに聞いていたが、その理由が分からないといったところか。

 

 しかし、予想外だったのは、既に全員がその話を事実として受け止めていることだ。

 現状、エルフの国が攻めてきていると言っているのはハムスケだけで、実際に見たわけではないはず。

 絶死はエルフ王と一度交戦して性格を把握しているので、攻めてきたことを確信しているが、ダークエルフにとっては、初めて見る魔獣が言った言葉をあっさり信じていることに違和感があった。

 答え合わせとでも言うように、黙っていた長老が一つ咳払いして、口を開く。

 

「昨夜アジュの村からやってきた使者からも、同様の報告を受けておる。アジュの村は既に壊滅同然だそうだ」

 

 再びざわめきが大きくなる。

 

(なんだ。この村が最初じゃなかったんだ。だったらハムスケを利用することもなかったわね。モモンはともかくアウラを怒らせちゃったし。若者グループが実権を握ったのも、そのことが関係しているのかしら)

 

「目的は何なんだ? 何故突然そんな真似をする」

 

 絶死が思考している間に、若者の一人が声を張り上げる。

 

「そうだ。俺たちとエルフたちはそもそも大した交流もない。いったいなにが目的でそんなむごい真似を」

 

 隣に座っていた別の若者も嫌悪を込めた声で続ける。

 ほんのわずかに胸が痛む。

 エルフ王の狙いは間違いなく絶死と双子だ。

 

 絶死を助けた際、エルフ王が双子を見たことでダークエルフが反旗を翻したと勘違いし、絶死たちを捕らえるついでにダークエルフの村を順に滅ぼすことにした。そんなところだろう。

 双子は魔導国の住人なのだが、森に閉じこもっているエルフ王がそんな話を知っているはずもないので、大樹海に住んでいるダークエルフの仕業だと勘違いするのも当然。

 この地に住んでいるダークエルフたちにとっては、とばっちり以外のなにものでもない。

 

「そんなことはどうでもいい!」

 

 話を誤魔化す方に持っていくべきか一瞬悩むが、その前にプラムが声を張り上げる。

 

「大事なのは、アジュの村が壊滅したという事実だ。あの村は元々、先日俺たちを襲ったウルススの王種(ロード)の縄張りが近いこともあって防衛力が高い。そんな村がたった一晩で壊滅した。相手は間違いなく大戦力を持ってきている。俺たちでは勝ち目はない」

 

 アジュの村とやらの防衛力がどんなものかは知らないが、村人にとっては納得できる話だったらしく、落ち込む気配があり、同時にチラチラとこちらを窺う視線を感じる。

 そのウルススの王種(ロード)を撃退した絶死たちならなんとか出来るのではないか。と言いたいのだ。

 だが、軽々に頷くことはできない。

 

 元からそのつもりだが、下手に戦うと宣言すると、恩義を大事にするダークエルフのこと、恩人だけを危険な目に遭わせるわけには。などと言い出して村に残ろうとする者が出てきかねない。

 あえて冷たい態度を貫くと、村人たちも諦めたように息を吐いた。

 それを見届けてからプラムが続ける。

 

「だが、幸いにも連中が到着するまでまだ時間がある! 危険から逃げることは恥ではない。元から俺たちは、南の村からこの地に移動してきた種族。今度は俺たちが中心になってかつての大移動を今一度行えば良い」

 

 大移動。という言葉を聞いたダークエルフたちの瞳に希望の光が宿った。

 

「この森はまだまだ広大だ。森の奥地まで行ってしまえばエルフたちとて簡単には追いつけない」

 

「他の村はどうする?」

 

 逃げることを前提にした問いかけに、プラムは大きく頷く。

 

「もちろん知らせる。同時に一緒に逃げるように説得も行う。そのためにも一刻も早く村をでる必要があるんだ。何か反対意見のある者はいるか!?」

 

 自信満々な表情は、反対意見など出来るはずがないと確信しているかのようだ。

 事実、長老も含めた誰も声を上げない。

 このまま逃げ出してくれれば絶死としても望むところだ。

 村人の安全も保障され、空になったこの村を戦場として利用できれば、村の地理を把握している絶死が地の利を得ることになる。

 加えて、モモンたちの協力も仰げれば今度こそ憎きエルフ王を──。

 

「ま、待って!」

 

 緩みそうになる口元を隠して笑う絶死の耳に、甲高い声が響いた。

 裏返った声は震え、緊張している。

 聞き覚えのある声の主を思いだそうとしているうちに、今度は複数の悲鳴が聞こえた。

 声がした側にいる村人たちが悲鳴を上げたようだ。

 その直後、人垣の向こうから見覚えのある丸い影が現れた。

 

「ま、魔獣!?」

 

 誰かの叫び声と共にパニックが伝播しそうになる中。

 

「だ、大丈夫です。これはモモンさんの騎乗魔獣ですから」

 

 マーレにしては珍しい大きな声に全員が動きを止める。

 その声に呼応するように、モモンも前に出た。

 

「マーレの言う通りです。こいつはハムスケ。かつては森の賢王と唄われ、トブの大森林。いや、皆さんがかつて住んでいた南の森の一角を支配していた魔獣。ですが、今はこの通り私の配下に収まっています」

 

 近寄りながら、そうだな。と声を掛けるとハムスケはその通りとばかりに大きく頷いた。

 

「それがしは殿に絶対の忠誠を誓う騎乗魔獣にして戦士。ハムスケ・ウォリアーでござるよ」

 

 おおっ。と感嘆の声が挙がったのは、ハムスケの言葉によるものか、それとも単純に言語を解する魔獣を見たことへの驚きかもしれない。

 そうして、場の混乱が収まってくると、今度はそのハムスケとマーレに連れられてやってきた子供に視線が向けられる。

 

(あの子、確かクーナスとか言ったかしら)

 

 アウラたちと遊んでいた子供の中で最年長で、リーダー格の少年だ。

 最年長といえど、まだまだ大人の一人として数えられる年齢ではないので、この集まりにも呼ばれなかったようだ。

 

「クーナス、どうしたんだ?」

 

 村人の一人が問いかける。

 気安い話し方から察するに彼の父親だろうか。

 そんなことを考えている間に、クーナスは拳を堅く握りしめたまま顔を持ち上げると力強く告げた。

 

「俺、逃げたくない!」

 

 簡潔ながらも力強い意志を感じさせる宣言に、皆息を呑み、そのまま沈黙する。

 その態度を見て本当は彼らも、ここから逃げ出すのは嫌なのだと察する。

 単純に森の中を集団で移動するだけでも、危険があることもそうだが、それ以上に住み慣れた村を棄てること自体、本意ではないのだ。

 それは先ほどまで、逃げることを大移動と銘打って先導していたプラムも同じらしく、押し黙ってしまう。

 故郷を棄てたくない気持ちは絶死にも分かるが、ここで下手にやる気を出させる訳にはいかない。

 

「待って。気持ちは分かるけど、敵はエルフたちだけでなく、エルフ王が召喚した土の精霊もいるわ。その身体能力は、私たちがこないだおっぱらったウルススの王ですら相手にもならないほどよ。そんな危険な力を持ったものが森の中を疲れ知らずに動ける。これがどれほど脅威になるかは貴方たちが一番分かっているはずよ」

 

 マーレが何を考えてこの少年を連れてきたのかは知らないが、余計な横やりが入る前に、一気に語りきる。

 あくまでオブザーバーとして参加し、これまでずっと黙っていた絶死が口を挟んだことと、彼らにとって最上位の存在である魔獣熊の王ですら相手にならないと聞いた村人たちの中に再び、動揺が生まれる。

 実際土の精霊は特別な能力は少ない代わりに、身体能力が高い。

 村の中にも聖霊を呼び出せる森祭司もいるため、そのことをよく知っているはすだ。

 皆押し黙り、これで決まったかと思った矢先、再度クーナスが声を上げた。

 

「でも。そんな危険な相手と戦うんだよね!?」

 

 クーナスの視線が絶死に向かう。

 

「え?」

 

 思わず間の抜けた声を上げてしまったのは、絶死かそれとも村人たちか。

 全員の視線が絶死に集まった。

 

「なんの話? 私はそんな……」

 

「この子たちから聞いたぜ。俺たちを村から逃がした後、ここに残ってエルフたちを迎え撃つつもりなんだろ?」

 

 慌てて否定しようとする絶死を遮る言葉に、思わず顔を歪めてしまう。

 思わず、彼に入れ知恵をしたであろうマーレを睨み付けると、彼はその視線を敏感に感じ取りビクリと体を震わせて、さっと視線を逸らした。

 

 この対応が失敗だった。

 クーナスの言葉を否定しなかったばかりか、それを教えたマーレに非難のまなざしを向けた。

 これではクーナスの口にした内容が事実だと言っているようなものだ。

 村人たちのざわめきの種類が変わる。

 

 これは不味い。

 マーレが何を考えているのかは知らないが、このままでは彼らも共に戦うと言い出しかねない。

 いや、それはまだ良い。できれば巻き込みたくはなかったが、それはあくまで自分たちのせいで罪の無い村人たちが危険な目に遭うのが嫌だっただけで、彼らが納得した上で戦うことを選択するなら仕方ない。

 問題なのは。

 

「まさか。我々にそのことを言わず、黙って戦いに出向くつもりだったなんて」

「ああ。まるでおとぎ話に出てくるダークエルフの英雄だ」

 

 これだ。

 ダークエルフの伝承や伝説など、絶死は知らなかったが、それは先日までの話。

 クーナスたちが提案したおままごとをすることになった際、アウラに押しつけられそうになった赤子役を回避するため、他の子供が提案した英雄ごっこ──これはこれで恥ずかしいが、仮にも漆黒聖典という法国に於ける英雄部隊に所属している以上、そうした振る舞いには自信があった──を行うため聞いた村に伝わるダークエルフの英雄もまた自己犠牲を行い、人知れず多くの者を救ったという伝説を残していた。

 その伝説の英雄と自分が同一視されてしまう。

 これが不味い。

 

(これで私があの屑を討ち取ったら、ダークエルフどころか、エルフ族にとっての英雄になりかねないわ)

 

 エルフ王はその横暴な性格上、まともに国家を運営できていないため、国民の多くは不満を抱いている。

 そんな中、ダークエルフの英雄となった絶死が現れたら、エルフですら頭を垂れかねない。

 こんな状況が本国に知れたらどうなるだろう。

 エルフ王に敗北後、連絡もせずに行方を眩ませている状況と相まって、祖国を裏切ってエルフ方に付いたと思われるのではないだろうか。

 

(マズいマズいマズい)

 

 なんとしてもこの誤解だけは解かなくては。

 思考を高速で回しながら助けを求めるように視線を向けたのは、会議が始まってから、これと言った発言もせず沈黙を貫いていたモモンだった。

 この状況を覆せるのは彼だけだ。

 

 ようは、力を貸すにしてもそれがハーフエルフである絶死が主導してのことではなく、同じダークエルフのアウラたち、あるいは人間であるモモンが義憤にかられて動いたと宣言して貰うだけで良い。

 そんな絶死の願いを受け、自分に任せろと言わんばかりにモモンは一つ頷く。

 ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間。

 

「その通りです。私たちは彼女に請われ、ここに残ることを決めました」

 

 続く言葉であっさりと裏切られた。

 

(コイツ!)

 

 なまじ事実であるため、否定の言葉がすぐに出なかった隙を突く形で、一番手前に座っていたブルーベリーが立ち上がる。

 

「なんと勇敢な。今にして思えば、エルフ来襲の報を最初に知らせてくれたのも彼女だった。危険な夜の森に一人で入り、警戒に当たっていたのですね?」

 

「え?」

 

「なら。お前が薬草作りの作り方を教わっていたのも、俺たちを逃がした後の戦いに備えるためか。仮弟子二号」

 

 ブルーベリーに続くように、薬師頭が立ち上がる。

 

「ちょっ!」

 

「その通りです仮師匠。これまでは皆さんを犠牲にしたくないという彼女の気持ちを汲んで黙っていましたが、気づかれてしまっては仕方ありませんね」

 

 絶死が否定するより先に、再度モモンが語る。

 先ほどまでの沈黙ぶりが嘘のようだ。

 

「なんと──では、村に来た当初から我々の為に」

 

 長老たちまでも感激に身を震わせている。

 中でも、昨日絶死に村に残ってくれるように要請してきた、男の長老であるピーチは目を潤ませていた。

 

(なんなの、これ。今までの私たちの行動がまるで最初からこうなることを予定していたみたいに)

 

 先ほどブルーベリーと薬師頭が言ったこともそうだが、アウラとマーレがそれぞれの派閥に近づいていたことすら、逃げ出す際混乱が起こらないように村を一つにしようとしていたかのようだ。

 村人からすれば、それも絶死の提案したことのように映るだろう。

 当然そんなはずはない。最初からこの流れを予想していたなど、あるはずがない。

 いや、そんなことができるとすればただ一人。

 

「皆。このまま俺たちだけ逃げ出せば、この森中のダークエルフに、いいや。アウラ殿たちのような、森の外にいる同胞たち、あるいはそれ以外の種族にもダークエルフとは恩知らずで臆病者だと笑われるぞ。それで良いのか!」

 

 笑われるという台詞に、多くの村人が反応した。 

 

「俺は嫌だ!」

 

 一番に動いたのはクーナスだ。

 子供の真っ直ぐな言葉に負けるものかと他の村人たちも口々続く。

 

「俺もだ。受けた恩も返さずに、逃げるようなことはしたくない」

「笑われるというのもな」

「ああ。業腹だな」

 

 エルフ族は非常に誇り高い。

 それはダークエルフも同様なのは、この数日だけで十分理解した。

 そんな彼らからすれば、たとえ自分たちに直接言われるのでなくとも、笑われる事実だけで許せないらしい。

 ざわめきは大きなうねりとなり、場は高揚し続ける。

 

 もはや村内で派閥争いをして敵対していたことが嘘のように、意思が統一されていく。

 一人だけ、梯子を外された形となったプラムだけはどこか憮然とした態度を見せていたが、反対するつもりはないらしく、そそくさと後ろに下がり村人たちの列に戻っていった。

 これでは絶死がなにを言っても聞き入れてもらえることはない。

 

(ハメられた!)

 

 絶死が睨みつけた先にいるモモンが手を叩く。

 基本的に金属が存在しないダークエルフの村に於いて異質なその音は、熱くなっていた広場の空気を一気にこちらに集めた。

 それを確認後、モモンは絶死の肩に手を乗せ、小声で言う。

 

「さ。お前からも一言言ってやれ。そうしなくては場が治まらないぞ」

 

 この態度。

 やはり全てモモンの作戦だったのだ。

 苛立ちが募るが、確かに全員の視線は音を出したモモンではなく絶死に注がれている今、余計なことはできない。

 

「……みんなの気持ちは分かったわ。でも先に言っておくけど、私は別に貴方たちのためにこうした訳じゃなく、エルフの王に個人的な恨みがあるから戦うことを選んだだけ」

 

 村のためではないことを強調してみるが、村人たちは絶死の言葉を信じていないのか、それとも結果的に助けられるのは変わらないと言いたいのか、大きな反応は見られない。

 仕方ない。と絶死はほとんどヤケクソ気味に続けた。

 

「それでも良いというのなら。悪辣非道なエルフ王を討つため、そしてこの村を守るために力を貸して」

 

 一瞬、水を打ったように静まった場が一気に沸き上がり、巨大な歓声となって響きわたった。

 こんな時にとは思いつつ、絶死は思う。

 

(こんな真っ直ぐな歓声を浴びたの、生まれて初めて)

 

 自分の中に生まれた奇妙なむず痒さを抑えるように、絶死は胸に手を当て、小さくため息を落とした。




当然ですが、アインズ様はいつも通りアドリブで乗り切っています


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。