SAO RTA any% 75層決闘エンド (hukurou)
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001 第1層

はい、よーいスタート(棒)

 

うほっ カーディナルにも穴はあるんだよな、なRTAはっじまっるよー。

始まりの街でキャラ操作が可能になったら測定開始です。

 

いきなりですが動けるようになったら、全力で走りだしましょう。初期スポーン地点は始まりの街中央にある大広間です。茅場明彦がデスゲームの宣告をするときにプレイヤーを集める場所ですね。

 

現在時刻は午後1時。

世界初のフルダイブ型VRMMOということでサービス開始直後はかなり混み合います。特に始まりの町は人口が集中しやすく、もたもたしていると思うように動けなくなるので即座に動き始めます。

 

さて、町中を走りながらメニューを開きスキルスロットを操作しましょう。

SAOはソードスキルという独自のスキルシステムを採用しています。他のMMOでありがちな職業選択はなく、選択したスキルの付け替えによる自由でフレキシブルなキャラビルドがこのゲームの売りの一つです。

 

レベル1時点で解放されているスキルスロットは2つ。

 

まずは移動速度に補正のかかる《疾走》というスキルと、ストレージ上限を増やせる《所持容量拡張》のスキルをセットしましょう。

 

武器スキルは取得しなくてもいいです。しばらくは戦闘を行わないので。

 

SAOでは経験値とお金を得る方法は大きく二つ設定されています。一つは王道をいく戦闘経験値で、モンスターを倒すことにより手に入れられます。もう一つはクエスト報酬で、NPCから頼まれる様々なお願い事をクリアすることで得られます。

ゲーム開始直後の現在はステータスも装備もクッソ貧弱です。また多くのプレイヤーが一気にゲームを開始しているので、フィールドモンスターも奪い合いが起きてしまいます。したがって本チャートでの最初の稼ぎは競争率の低い後者で行います。

 

さっそくクエストを進めていきましょう。

事前の下調べで割のいいクエストはすべて把握済みかつルート構築も済ませてあるのでこの辺はただの作業ですね。

でも楽ではありません。目標のレベルに到達するためにこの作業は3時間以上も続きます。

苦行だってはっきりわかんだね。

 

さて何の変哲もないクエスト進行中に今回のRTAの解説でもしておきましょう。

 

使用ハードはナーヴギア。ソフトはSAO。正式名称ソードアートオンラインです。全100層ある塔型の城アインクラットを1階層から順に登っていくゲームです。

面白いので是非皆さんプレイしてどうぞ。命の保証はしませんが。

 

今回走るルートはSAO Glitched Any% 75層決闘endです。SAOではカジュアルな方のRTAになります。完全クリアを目指す100層攻略ルートではありません。あのルートはね、80階層より上の超遅延ゾーンがありますからね…………現在の世界記録でも三年以上かかります。長時間RTA終盤ガバからの再走が怖くないニキだけ挑戦してどうぞ。

わたしは嫌です(黄金の意思)

 

Any%とありますがこれはクエストのクリア率などは問わないという意味です。スキルレベルや生存者数などについても気にしません。早ければよかろうなのです。まあ、SAOの仕様上クリアタイムが早ければ生存者も増えると思いますが。

 

Glitchedと書いてある通りバグ技は有りとします。そんなのズルい。チーターや! と騒ぐキバオウニキは監獄エリアへどうぞ。

とはいえ、SAOでは階層スキップなどのバグは発見されてないので、バグありでも基本的にはすべての階層をきちんとボスを倒しながら開放していくことになります。

 

続いてキャラクター設定についてです。御覧の通り初期設定です。理由は二つあります。1つはどれだけキャラクリを頑張ってもデスゲーム開始時に初期化されてしまうからですね。もう1つはSAOがフルダイブ型のVRアクションゲームなのでアバターの骨格や間合いが変わると操作感が変わってしまうからです。

 

そして今回のプレイヤーネームですが入力時間を考慮してHomo――としたかったんですが、チャートの都合上Kayabaとしてあります。

詳しい説明は後程。

 

………………さてようやく終わりましたね。ここまでは順調です。事故る要素がないから当たり前だな。

クエスト経験値によりレベルは4まで上がりました。次は買い物のためクエスト報酬としてもらったどうでもいいアイテムを全部売りましょう。最初から現金で渡せよな。

 

そうしたら、雑貨屋で《立て札》という看板みたいなアイテムを38個と空の樽を買います。

 

初期武器もこの時点でストレージから忘れず出しておきましょう。

 

ソードアートオンラインは魔法を排した近接戦闘が売りのゲームであり、多彩な武器種が用意されています。これは初期装備においても同様で、キャラメイク時に最初に持つ武器を片手直剣、曲刀、両手剣、短剣、レイピア、スピア、ハンマーなどから選択できます。が、正直どれでもいいです。

本チャートでは《片手剣》カテゴリの《スモールソード》を選んでいます。片手武器は両手武器より装備重量が軽いので、誤差程度に移動時間を短縮してくれるでしょう。

 

次に武器屋に向かいます。

SAOではプレイヤーがストレージにしまえるアイテムは品数ではなく総重量で制限されています。この後使うバグ技のためにはこの容量を限界まで使い切っておく必要があるので、重量武器のハンマーを5本買います。初期武器はほとんど捨て値で売っているのでコスパは最高です。

 

容量調整を終えたら黒鉄宮にイクゾー。

 

着きました。

だだっ広く閑散としている建物ですね。デスゲーム化した後はプレイヤーの生死を確認する重要な場所となりますが、現時点ではただの建物でしかないので他のプレイヤーがいることはまずないです。

 

黒鉄宮ではさっそく本チャート1つ目となるバグのセットアップを行います。キャラの立ち位置を縦軸は東側の柱の3本目と4本目を目印に、横軸はタイルの目地を使って調整します。これを機にSAOのRTAを走ろうと思っているニキはこの場所をよく覚えていてください。

 

所定の位置についたらスキルスロットを開いて《所持容量拡張》を外します。

 

メニューを開いて時刻を確認。この時点で4時24分を回っているとアウトです。

あと3分ほどありますね。今回は道中で幸運に恵まれたのでいつもより余裕があります。

 

もっとぎりぎりを責めろという畜生ニキもいるかもしれませんが。年単位のSAO RTAでは1分くらい誤差だよ誤差。

 

バグ発生までの間に黒鉄宮について簡単な解説を挟みましょう。

SAOはログアウト不能なデスゲームです。ゲームの中で死ねばVRマシン《ナーヴギア》の発する電磁波によって脳みそが焼かれて死にます。が、SAOがこの仕様になるのは夕方4時23分43秒からです。

 

サービス開始からデスゲーム化までに結構な時間があるのは、すぐに死人が出ると後続のプレイヤーの大多数がログインをやめてしまうからだと思います。

 

ここ黒鉄宮にはデスゲーム化と同時に生命の碑というオブジェクトが出現します。これは全プレイヤーの名前が刻印されているクソでかい石碑です。プレイヤーが死亡すると名前の上に横線がひかれるので、プレイ時には何人のプレイヤーが生き残っているのかを確認するのに役に立ちます。

 

大事なのはこの生命の碑が後から出現するという事です。

結論から言うと、このオブジェクトの出現時に指定座標にプレイヤーが存在するとバグります。

とはいえ、普通に立っているだけではシステムにどかされてしまうので、バグの発生にはちょっとした工夫が必要です。そのためのアイテム重量。あとそのための《所持用量拡張》。

 

先ほども述べた通りSAOではストレージに持ち運べるアイテムの所持容量が種類ではなく重量で決まっています。《所持用量拡張》はその上限を拡張するスキルですが、この状態でアイテムを限界まで持ち、スキルスロットから《所持用量拡張》を外すと限界以上のアイテムがストレージに入っている状態を作り出すことができます。

 

が、この小技は開発陣も対策済み。ストレージに限界以上のアイテムが入っている間は《所持重量オーバー》の警告ウィンドウが開き、新規アイテムの取得とプレイヤーの移動ができなくなります。

 

するとどうなるでしょう。

 

本来なら生命の碑出現の直前に範囲内のオブジェクトは強制的に移動させられますが、重量オーバーによる移動制限が干渉し退去が行われません。

 

結果こうなります。視界が暗転して、身体がめちゃくちゃ痙攣しています。出現した生命の碑と床の物理判定に挟まれてアバターが大変なことになっています。

数秒我慢すると物理演算が乱れて床から抜けます。

 

やりました。メガトンコイン(床抜け)成功です。

 

落下中のプレイヤーの下には宙に浮くアリの巣のようなものが見えます。床の下にオブジェクト判定として存在する物体はこのアリの巣かアインクラッドの下部輪郭だけですので頑張って着地しましょう。先ほど立ち位置を調整したのはこのためです。適当な場所で行うとそのまま下部輪郭まで落ちていき落下ダメージで死にます(無敗)。

 

さて、この宙に浮かぶアリの巣の正体ですが、一階層の地下にある隠しダンジョンです。ダンジョンの外殻にだけオブジェクトの設定がしてあるので外から見ると、このようにまるでアリの巣が浮いているように見えます。本来の入り口は55階層が解放されると同時に通行可能となりますが、現時点では来られないのでこのようなバグ技を使います。

 

着地したらストレージを圧迫していたアイテムを捨てましょう。これで再び動けるようになります。

 

隠しダンジョンではまずマッピングをします。

通常ならゲームバランス崩壊級のボスモンスターが徘徊しておりとても探索できるダンジョンではないですが、このように天井裏を歩いていけば安全にマップを埋めることができます。

 

マッピングがおわったら、ストレージから先ほど大量購入した《立て札》を取り出します。このアイテムは文字テキストやマップなどを張り付けてフィールドや町中に設置することができるものです。

……普通だな。

 

《立て札》には攻略情報を書き込んでいきましょう。詳しい説明は後程。

 

《立て札》が完成したらストレージにしまい、スキルの付け替えをしていきます。《所持容量拡張》を外した枠に、新たに《索敵》を付けたらスキルの熟練度上げを行います。

 

やることは簡単です。まずダンジョンの最深部あたりの天井をドタドタ走り回ります。高確率でこのあたりをうろついているダンジョンボスは聴覚索敵も行うのですぐに足音に反応して寄ってきます。ボスの移動音が聞こえたら天井越しに索敵をロックオン。後は適度に距離を保ちながら《索敵》を発動していれば大丈夫です。

 

でも、戦闘もなく暗闇でじっとしているだけだと、そろそろ飽きてきたよという皆様のために……。

 

SAOのキャラビルドの解説でもしましょうか。

 

先ほど述べたようにSAOはレベル制とスキル制の両方を採用しています。

まずレベル制に関してですがSAOではレベルが上がるたびにキャラクターの育成ポイントが3ポイント得られます。このポイントはHP、STR、AGIの3項目にプレイヤーが自由に割り振ることができます。すべてに1ポイントずつ振ってバランス型を目指すもよし、HPに偏重してタンク職を目指すもよしといった具合です。

 

スキル制に関してはキャラの方向性を決定する最重要システムです。正直レベル上昇によるステ振りはよほど奇抜な特化型ビルドでもない限り、大体似たり寄ったりな育成になりがちなため、本当の意味でのキャラの育成はどのスキルを伸ばすかにかかっています。

 

SAOのスキルは戦闘用の各種武器スキルに加え、《片手武器作成》などの鍛冶スキル。《裁縫》や《調合》などの生産系スキル、《採掘》や《伐採》などの採取スキル、果ては《釣り》なんていう趣味スキルまであります。

 

またSAOのソードスキルにはそれぞれに熟練度というものが設定されており、単に設定するだけでなく長い時間使いこむことで真価を発揮するようになっていきます。

 

スキルの熟練度はスキルに関連する行動を起こすことで上げられますが、上昇率は行為によって異なります。例えば武器スキルですと、モンスターと戦うだけでなく、町中で素振りをしていても熟練度は入りますが、前者の方が効率はいいです。また戦闘においても弱い敵と戦うより強い敵を相手にした方が熟練度は伸びやすいです。

 

《索敵》は戦闘スキルではありませんが、このような非戦闘系スキルも対象となるモンスターのレベルに応じて熟練度にブーストがかかります。

 

そしてここのダンジョンボスはアインクラッドでも終盤に位置するレベル90オーバーの敵です。《索敵》のスキル上げにはもってこいでしょう。

実際、ガンガン熟練度が伸びていってます。

 

やっぱ隠しダンジョンの……熟練度を……最高やな!

 

さて茅場晶彦の演説が始まる時間が近づいてきたらそろそろ本題に入ります。

 

このダンジョンに来た真の目的はスキルの熟練度上げではなく、ダンジョンの宝箱からあるアイテムを入手することです。そのためにダンジョンの内部に侵入しなければなりません。

 

用なしになったダンジョンボスを振り切ったら、宝箱が設置してある小部屋近くの十字路に移動します。壁の内側に戻るにはソードスキルが必要なので、《疾走》を外してスロットに《片手直剣》を付けます。

 

壁と壁が鋭角に接続されている場所に近づき、隙間に身体をねじ込んでギリギリまで幅寄せした後、適当に武器で壁を叩きます。

 

プレイヤーの攻撃は壁に当たると物理演算に応じて跳ね返されます。が、この物理演算で使用される当たり判定は壁の内側表面にあります。なので裏側からうまい具合に攻撃すると、武器が当たり判定に触れた時点で既に壁にめり込んでいる状態になり、それを感知したシステムはなんやかやあってオブジェクトの位置をずらし、壁の内側に戻ってこられます。

 

よし! モンスターはいませんね。

 

運が悪いと出待ち状態のモンスターになすすべもなく瞬殺されますので、きっちり壁の向こうを索敵してから壁抜けしましょう。(0敗)。

十字路からは最短距離で宝箱を目指します。

 

だてに55階層で開放される隠しダンジョンというわけではなく、ここのモンスターのレベルは60階層相当です。

すべてがデスエンカ。会敵したら終わりだと思った方がいいでしょう。

 

《索敵》スキルを駆使して移動します。

つきました。

 

宝箱に入っているのは回廊結晶です。

ソードスキルがある代わりに、いわゆる魔法が存在しないこのゲームにおいて結晶は魔法の代わりとなるアイテムです。回復結晶は回復魔法。転移結晶は転移魔法だと思ってくれればいいです。このアイテムも任意の地点を登録しておけば、2地点をつなげるワープゲートが開くというアイテムです。

 

回廊結晶はポーチにしまっておきましょう。

 

時刻が5時37分になると強制転移のお時間です。今回はアイテムを取得してすぐに始まりましたね。無駄のない時間管理。まるでRTAみたいだぁ(ご満悦)。

 

視界が淡く光り始めたら転移の合図です。

 

ちなみに、自分の意思でこのダンジョンから出ることは不可能です。本来の出入り口はふさがったままだからしょうがないね。

閉じ込められたプレイヤーを転移させてくれるなんて、SAO運営ってしっかりしてるんやなぁ。

 

気がつけば始まりの街の大広間です。

状況を把握できていないプレイヤーがざわついています。

 

頭上ではGMの姿をした茅場晶彦がSAOをデスゲームにしちゃったからよろしくね。ゲームクリアまでログアウトもできないよ! 的な話をしています。

親の顔より見た景色。

 

時間もかかる上にスキップも出来ないクソイベントの間に次のグリッチの準備でもしましょうか。

広間の人ごみをかき分けながら中央の噴水に近づきます。ストレージから先ほど買った樽を取り出し中に水を汲みます。この時水の量を調整してぴったり所持重量限界まで使い切るようにしましょう。

 

 

 

 

まーだ、時間かかりそうですかねー?

 

 

 

 

ようやく終わりました。

 

このスキップ不可クソ長イベントでは茅場によるSAOのルール説明以外にもう一つ重要な出来事があります。アバター改変です。

 

頑張ってキャラクリしたアバターが削除されプレイヤーが現実の姿に戻されます。たった数分でプレイヤーの身長、顔面偏差値、女子比率が軒並み急降下し、そこかしこで阿鼻叫喚の悲鳴が上がります。

なんでこんなことをするのかはわかりませんが、たぶん女性アバター多めより、男性プレイヤーばっかりの方が好きなんだと思います。

 

このイベントでプレイヤーのアバターを解除し現実の姿に戻した後、茅場はそれを確認させるために手鏡というアイテムを配ります。このアイテム自体はNPCショップで普通に買える何の変哲もないものなのですが、渡し方がやばいです。

 

なんと強制的にストレージに出現するんです。

 

さて、重量制限によりこれ以上アイテムを取得できないプレイヤーに手鏡が送られるとどうなるでしょうか。通常のモンスタードロップでは持ちきれないアイテムは取捨選択画面が出現し、それでも持ち切れない分はオブジェクト化されて床に転がるだけですが、手鏡はちょっと違います。

 

ゲームマスター直々にストレージに出現させるよう設定されたアイテムは、所持重量がオーバーしても取捨選択画面に進まず、プログラムに従って何とかストレージに割り込もうとし取得状態でスタックします。

 

これでグリッチの準備ができました。

 

次はこの状態を維持したままイルファング・ザ・コボルドロードを撃破します。

 

イルファング・ザ・コボルドロードを撃破します。

 

大事なことなので二度言いました。

うっそだろお前、という気持ちはよくわかります。たった1日で一層を攻略できるほどSAOは甘くないと言いたいのでしょう。

 

だがその心配はフヨウラ!

 

ということでさっそくボス討伐に向かいたいところですが、まだちょっとだけ《始まりの町》でやることがあります。

 

茅場晶彦の演説の際、プレイヤーが広場のどこに転移させられるかはランダムなのですが、今回はかなり幸運な位置を引けたようです。

 

SAOがログアウト不能のデスゲームだと伝えられた時、プレイヤーの中には取り乱したり、泣き出したりする人がいるんですが、今回はかなり近場で聞き覚えのある悲鳴が聞こえたんですよね。

 

少し移動すれば……やっぱりいました。シリカです。ちなみにいつもは街灯やNPCの家の屋根に上って《索敵》スキルで探しています。

 

彼女は12歳の小学生でSAOプレイヤーの中でも最年少の部類です。年齢相応に精神も幼く、幸か不幸か茅場晶彦の説明を疑いもせず信じ切っており、身近に迫った死の危険でかなりうろたえています。

 

パパパッと励まして……堕ちたか? 堕ちたな。(堕ちてない)

 

ある程度回復したら、ほかに途方に暮れている子供がいないか探します。SAOはほとんどが高校生以上のプレイヤーですが、一万人もいればそれなりに小中学生も混じっています。目に付く範囲で構わないので子供を見つけたら声をかけて集めていきます。

 

ガキは簡単に騙せ……

子供は素直に言うことを聞いてくれるので、チャート序盤でいくつか仕事をしてもらいます。一か所に集めて管理しやすい体制を作っておきましょう。

 

とにかく今日はもう休んだ方がいいからと、子供たちを町の北部にある教会に連れていきます。既プレイニキは見覚えがあると思いますが、通常プレイだとサーシャというプレイヤーがショタやロリにまみれていた場所です(風評被害)。

ここで彼らはいったん解散。各自空き部屋なり大部屋なりで休憩させましょう。

 

それじゃあ今度こそ、ボス討伐に向かいましょう。1時間ほどスタートダッシュ組から遅れたせいかモンスターの少なくなった街道を走り抜けます。

 

道中の敵は経験値的にまず味なので全部《索敵》を駆使してかわしましょう。ここで生きてくるのが町でのレベル上げです。これまでのレベルアップボーナス12ポイントをすべてAGIにふり、もう一つのスキルスロットに《疾走》を付ければ、1層最速のモンスターのAGIを上回ることができ、理論上すべての戦闘をスキップできます。

 

フィールドを踏破したら迷宮区の攻略です。SAOには各フロアに一本、天井まで伸びた塔型の大きなダンジョンが存在し、その周囲を含めて迷宮区というエリアが存在しています。塔の最上階にはさらに上へとつながる階段が存在しており、ここを登れば次の階層に到達できるわけですが、この階段はフロアボスと呼ばれるボスモンスターが守っています。

またボスに至るまでの迷宮タワーやその周辺の迷宮区もその階層最高難度のダンジョンになっており最上階にたどり着くための障害となっています。

 

が、まだここは一階層でチュートリアル的な難易度なので、マップを覚えていれば苦戦する要素はないでしょう。

 

始まりの町から合計5時間くらい走り続けたら、ボス部屋です。

 

ぬわああああん疲れたもおおおおん。

 

部屋に入る前に隠しダンジョンから手に入れた回廊結晶をポーチから取り出しておきます。ここで回廊結晶をインベントリに入れているなんていう凡ミスを犯すと、グリッチ失敗で大ロスなので気を付けましょう(1敗)。

 

部屋の奥に進むとボス出現の演出が入ります。骨でできた巨大な斧を振り回すのは、身長2mを超す巨漢のコボルド《イルファング・ザ・コボルドロード》です。取り巻きとして重装備の《ルインコボルド・センチネル》も出現しました。

 

ここからは少し集中します。

攻撃を一度も食らわないようによけながら、ボスを部屋の扉の前まで誘導します。回廊結晶の起動位置を指定し、ボスがいい感じの位置に来たら起動します。

 

回廊結晶のもう一つの出口は迷宮区までの道中にあった滝つぼに指定してあるため、起動すると大量の水がダムの放水のようにあふれ出します。このまま流れに逆らわずに水流に乗ってボス部屋から脱出しましょう。

 

この際、《イルファング・ザ・コボルドロード》も部屋の外に押し出せていたら成功です。

 

コボルドロードは所詮1階層のボスなので比較的STRなどのステイタスが低いこと、ボス部屋の水が一か所しかない出口に集中することなどの要因である程度は雑にやっても成功します。

 

転倒状態のボスが立ち上がりボス部屋に戻ろうとしますが、水流に足を取られてうまくいきません。コボルドロードは元々転倒耐性が高くないボスなうえに、流水への対処が設定されていないので回廊結晶が水を吐き出し続けている間は転び続けます。

 

そうこうしているうちにボス部屋の扉が閉まりました。SAOのボス戦ではプレイヤーが一定時間ボス部屋を離れると自動で扉が閉まります。その後本来ならボスが非戦闘状態となりHPが急速に回復した後消失するのですが、今回はボスが部屋の外にいます。

 

――それも棒立ちで。

 

SAOのフロアボスはボス部屋の外にいるプレイヤーには攻撃をしないという行動規範が設定されています。ましてや自分でボス部屋の扉を開けるということもしません。そうしないと撤退してもボス部屋の外まで追いかけてくる殺意の高いボスが出来上がるから……当たり前だよなぁ?

 

その結果、部屋から閉め出されプレイヤーへの敵対行動もとれなくなったボスは棒立ちになります。

 

ここからはボーナスタイムです。無防備なコボルドロードに好き放題攻撃をしていれば簡単に倒せます。

 

最後の一撃くれてやるよオラ!

 

哀れコボルドの王は爆発四散し、リザルト画面が現れます。SAOではレイドボスの経験値は戦闘の貢献度に応じて戦ったプレイヤーに分配されます。今回は一人だけなので独占出来ます。

経験値にはボスと同時に死んだ取り巻きのコボルドの分も含まれます。一気に8もレベルが上がりました。ウマ味ですね。

 

そして忘れてはいけないのはアイテムの取得です。まずは容量限界を超えたため出現したアイテムの取捨選択画面をいったん横に置き、レベルアップのボーナスをSTRにふります。STR依存であるストレージの所持容量が増加するため、アイテムの取捨選択画面から《コボルドロード・シャムシール》という曲刀を選択します。

 

ちなみにこの時、変な状態でスタックしていた手鏡のデータが干渉してアイテムがバグりますが……まま、えあろ(風属性魔法)。

 

ボス部屋の奥には入り口と同じような意匠の扉があります。ボスを撃破すると開放され、次の層へ続く階段に行けるようになります。

 

……こんな見所のないボス戦でいいんでしょうか?

 

やっぱりディアベルさんでも呼んできて、ドラマチックに命を散らしてもらった方が…………。

いえ、彼には彼の役割があります。こんな序盤で無駄遣いはできません。

 

これで一層は工事完了です。



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002 第2層前半

どうして見所さんを見殺しにしたんや! なRTAはーじまーるよー。

 

さて前回は1階層のボスを撃破したところでしたね。

ボス部屋奥の階段を上って2層についたら、主街区《ウルバス》でいらないボスドロップアイテムを売り払いましょう。持ち切れなかったボスドロップは大量にフロアに放置されているので何回か往復しなきゃいけません。

 

アイテムの売却が終わったら転移門広場に《立て札》を設置します。1層の隠しダンジョンで攻略情報を書いていたものですね。

 

SAOでは普通にプレイをすると最初の一ヶ月で二千人ほどのプレイヤーが死にますが、このチャートでは死亡者は極力減らします。

 

死者数を減らす方法は2つあります。

1つは早めに次の階層を解放することです。早期に階層が攻略されると、SAOって案外余裕なんじゃね? という楽観的な雰囲気を作ることができ、閉塞感や絶望感から自棄にはしるプレイヤーや、焦りから無理のある攻略速度をとるプレイヤーを減らせます。

 

2つ目は攻略情報を広めることです。

ログアウトが不可能で気軽に攻略サイトも見られない現状、情報の共有は死活問題です。

暗中模索で非効率的な動きをしているプレイヤーはいつまでも低レベルなままですし、やばい敵や危険なフィールドの情報が周知されるかはプレイヤーの生存率に直結する問題です。

 

まあ、攻略情報自体はほっといてもアルゴネキが広めてくれるんですけどね。初見さん。

彼女はのちに攻略情報をまとめた冊子を無料配布し、プレイヤーの危険を大きく減らしてくれる人物です。

くっそ有能だな。

 

しかしアルゴネキの動きは遅いです。正確には情報収集自体は早いんですが、それを他のプレイヤーに広めるためにわざわざコストと時間のかかる紙の冊子を使うんですよね。

 

はぁ~、つっかえ(手のひら返し)

 

そこで本チャートでは《立て札》を有効活用します。

 

これをプレイヤーがたくさん集まる転移門広場に設置し、攻略情報を書いておくことで、素早く大勢のプレイヤーに攻略情報を伝えることができるというわけです。

手間暇かかる攻略本の作成なんてやってらんねえよなぁ。

 

また一度この方法を広めると、《立て札》を使って攻略情報を共有する文化がプレイヤーの間で定着します。ネットの攻略Wikiのように各自が情報を持ち寄って公開しあう形式は、情報屋という一部の人間を介した伝達より圧倒的に速いです。

 

問題は《立て札》をどこに置くかです。試走の時にカヤバーンの演説直後に中央広場に立て札を設置した時は、多くのプレイヤーに目撃されたせいか、情報共有の責任者的な役割を押し付けられて無駄な仕事が増えました。

おお、ロスいロスい。

 

そんな役目は他のプレイヤーに押し付けるのが吉でしょう。

 

ということで今回は絶対に目撃者が出ない2層の転移門広場に《立て札》を設置していきます。

危険なモンスターのでるスポット。おすすめの装備。始まりの町の便利な施設。圏内で受けられるクエストの情報。あと幼い子供を見つけたら北の教会に連れてくるように書いておきます。この際圏外の攻略情報は安全にかかわる情報以外は書かないようにしておきましょう。初心者プレイヤーの欲を変に刺激してしまうとかえって死者数が増加することになります。

 

立て札の設置が終わったら適当に宿をとって寝ます。

 

えっ、転移門のアクティベートはしなくていいのかって?

 

SAO初心者ニキのために説明しておくと転移門とは各層の主街区に一つずつ設置されているワープポータルの事です。物理的に階層をつないでいる階段は迷宮区の奥にあり、立地が悪いのでプレイヤーの階層移動はこのポータルが主流となります。

 

転移門は前階層のボスモンスターが倒されると時間経過で勝手に開通しますが、プレイヤーが触れることで即座に開通させることもできます。

他のプレイヤーのために解放するもよし、ボス攻略の役得として階層を先行攻略するもよしと、プレイヤーの個性が出る選択ですね。

 

今回は、まあやらなくていいです。

こうしておくと、死ねばこの世界から解放されるって俺が証明してきてやるぜ的なノリで自殺するプレイヤーたちの数も抑えられます。多分プレイヤーの多くが転移門広場に集まり、見物してくれる人がいなくなるからだと思います。

かまってちゃんはスルー推奨だってはっきりわかんだね。

 

宿で寝て一晩したら、再び転移門に向かいましょう。

転移門前は2層を見物しに来たプレイヤーが大勢いますね。これでやっと1層に戻れます。

昨夜のうちに1層に戻ろうとすると開通されたばっかりの階層からやってくるプレイヤーとしてかなり目立ってしまいます。ボス攻略者の素性はチャート上もう少し後になるまで秘密にしておくため、一晩待った方がいいでしょう。

 

人ごみに混じって転移門をくぐったら、教会に向かいます。

シリカたちは……もう起きてますね。

じゃあ、彼女たちを連れて2層に戻りましょうか。

 

朝起きたらいなくなっていたことをいぶかしがられながら、転移門広場のカフェテラスで朝食をとります。SAOではとりあえず飢えないだけの食事には金がかかりませんが、おいしいものにはそれなりの値段がついています。大した金を持ってない子供達にはおごってやりましょう。

食べた分は肉体労働で返すんやで。

 

精神的に不安定になりがちな子供を安定させるために必要なものは三つあります。帰るべき家(K)。ベストフレンズ(B)。仕事(S)です。

悲観的な気分の時に暇な時間を与えるとろくなことになりません。シリカたちのためを思って仕事を用意してあげる保護者の鑑。

 

ということでシリカ他2名の小中学生には今日の仕事を言い渡します。

その名もβテスター狩り。

彼女たちにはこれから二手に分かれて武器屋と防具屋に張り込みをしてもらいます。指示する場所は大通りから離れた場所にある代わりに、やや高性能な品が販売されている店です。攻略情報を知っているなら真っ先に訪れるけど、ニュービーには見つかりづらい場所ですね。

 

ここで訪れるプレイヤーに片っ端からフレンド申請をしてもらいます。

普通なら見ず知らずの他人にそんなことをされても断るというプレイヤーもいますが、相手が子供なら別です。このゲームよくわからなくて、いざって時にβテスターの人に質問できるように連絡先教えてください的なことを、シリカやもう一人のメスガキに言わせておけばたいていのプレイヤーの連絡先はゲットできます。

あまりのオスガキ? まあ、張り込んでいる間の話し相手でもやっていればいいんじゃないですか(適当)

 

シリカたちを送り出した後も、しばらくカフェテラスに居座ります。わざわざ2層転移門前で食事をとっていたのには理由がありまして、2日目の朝に高確率で現れるプレイヤーを見つけるためなんですよね。

 

たまーにバタフライエフェクト的にプレイヤーの行動が変わり、現れない事もあるのんですが……おっ、きましたね。

 

忍者風の覆面を付けた不審者二人組、コタローとイスケです。彼らはβ時代に《風魔忍軍》というギルドで忍者風のロールプレイをしていたβテスターなのですが、なんとデスゲーム化したSAOにおいてもネタビルドの忍者プレイを続ける筋金入りの変態です。

 

彼らが2階層の《立て札》を読みに現れる理由は初心者向けの基礎情報の確認、ではなくとあるエクストラスキルの情報を求めてです。

 

エクストラスキルとは通常のスキルとは違い、特定の条件を満たした場合のみ取得できるスキルの事です。βテスト時代、彼らは《体術》というエクストラスキルが2階層で修得できるという情報をつかんだのですが、結局クエストの具体的な場所がわからず、習得まではできませんでした。

 

そんななか、正式版でも2層が開通され数か月越しのリベンジとばかりにクエスト情報を集めに来てるんですよね。

まあ、《立て札》にはエクストラスキルの存在なんて書いてないんですが。

 

意気消沈する二人にすかさず話しかけましょう。

 

まずうちさぁ、体術クエストあるんだけど…やってかない?

 

やったぜ!

仲間を二人ゲットしました。

 

2層はメインモンスターが牛に設定された階層です。オックスやカウと名のついたmobモンスターが多く、迷宮区にはトーラス族というミノタウロス的なモンスターが出現します。フィールドは森や山もありますが大部分は荒野で、西部劇みたいなイメージだと思います。知らんけど。

 

肝心のフロアボスですが、《アステリオス・ザ・トーラスキング》と前座の中ボス二体という構成です。大型化しているとはいえ、こいつらも例にもれずトーラス族です。この階層では一階層のように回廊結晶を使ったグリッチもどきは使えません。使えないというか、こいつらはクソ雑魚ナメクジなので使う必要がありません。普通に正々堂々と倒していきます。

 

とはいえ複数体のボスを一人で倒すのには無理があります。

 

そういう勇気は匹夫の勇。

 

この階層では一緒にボス攻略をするプレイヤーを集める必要があります。

 

この忍者達は《体術》スキルの情報を教える代わりにこっちの用事も手伝ってほしい、といえば都合よくこき使える手駒になってくれます。しかもスキル構成も非常に魅力的です。さっそくボス戦に向けてレベリングを施しましょう。

 

二人を街の外に連れ出しモブモンスターを釣ってこさせます。ねらい目は《トレンブリング・カウ》という牛モンスターです。このモンスターはプレイヤーのターゲット時間と持続距離が長いので釣ってくるには最適です。STRが高いので忍者の二人は攻撃を食らうとやばいですが、突進攻撃ばっかりしてくるので簡単に避けられます。集めたモンスターはレベル12の火力で殲滅します。

二階層のフィールドには他のプレイヤーがほとんど来ていないのでmobも独占出来て経験値効率はウマ味です。

 

SAOは序盤のうちはレベルも上がりやすいので大体夕方前には忍者達のレベルも8に到達します。そうしたら体術クエストをやりに行きましょう。向かうのは《ウルバス》から東に30分ほど移動した山奥にある小屋です。

ここにはカラテマスターこと体術スキル習得クエストの開始NPCがいます。

 

皆で彼に弟子入りしましょう。

 

クエストが開始するとお茶目なNPCに顔にラクガキされます。修行が終わるまで人里に下りないようにするためのものだそうです。

 

ちなみに情報屋のアルゴが鼠のアルゴと呼ばれている理由は、ベータ時代にここで受けた体術クエストで鼠のヒゲのような落書きをされたからだそうです。

ヒゲの落書きされて慌てるアルゴ見たい……見たくない? (ノンケ感)

 

「な、なにするでござるか!?」

 

忍者が動揺していますが君たちは覆面あるんだからさぁ(呆れ)

 

クエストが開始すると庭に大岩が出現します。体術スキル習得条件は武器による攻撃を使わず大岩の耐久値をゼロにする事です。

 

カラテマスターは己の拳でうんぬんと言ってきますが無視します。システム的に禁止されているのは武器による攻撃だけなので、別に蹴りで壊そうが頭突きで壊そうが何の問題もありません。

 

ただこの大岩の耐久値はシステムのほぼ上限に設定されています。これを攻撃力補正のない素手攻撃で壊すなんて無理無理無理ぃ!

どんなに頑張っても岩を壊すのに3日はかかります。

 

辞めたらこのクエスト?

 

そこでRTAでは岩をアインクラッド外縁部から投げ捨てる「ロックアウト」法や、たまたま決闘を始めた無関係なプレイヤーの攻撃が運悪く岩にあたってしまう「さすらいデュエリスト」など様々な方法が開発されました。

 

速ければそれでいいって、それRTAじゃ一番言われてるから。

 

今回は「牛牧場」を使います。

クエストが受けられる山小屋付近はモブの湧きがない安全地帯なので、モンスターの介入は想定されていません。しかしモンスターの攻撃もしっかりとオブジェクトの耐久値を減らしてくれます。

ということで近くのフィールドまで行き、トレンブリング・カウをトレインしてきましょう。

このモンスターならしつこいターゲティングを利用して生息域を超えた長距離移動ができます。山小屋に戻ってきたら岩の上に乗りましょう。

 

哀れ、遠距離の攻撃手段を持たない牛は、足場を壊そうとやっきになって岩を攻撃します。この牛の攻撃は分かりやすくよけやすい分威力が大きいです。2層水準の平均的なプレイヤーでも直撃を食らえば大体HPの3~4割を持って行かれます。ちなみに、PvPでソードスキルを直撃させたときのダメージ量もそれくらいです。なので、大岩の耐久度はソードスキルで攻撃し続けているのと同じ速度で減少していきます。

 

さらに今回は時間短縮のために牛を複数用意します。

 

15分後、まさしく山奥の修練場と言った風情の静謐な雰囲気を醸し出していた庭は、10頭の牛が放し飼いされている賑やかな牧場へと変貌しています。

 

あとは、ヘイトを維持しつつ岩の上でジッとしてればいいだけです。

じゃけんそんな単純作業は忍者に任せて帰りましょ。

モンスターの攻撃をもってしても3つの岩を割るには数時間以上かかります。

悲しいけどこれ、RTAなのよね。

 

さて、主街区に戻ってきましたがカヤバ君にはまだやることがあります。

シリカたちには夕方になったら教会に帰るように言っておいたのですが、フレンドメッセージで教会に人が来ていると連絡があったんですよね。

 

教会を訪ねてきているプレイヤーは……やっぱりサーシャですね。以前も少し触れましたが、彼女は通常プレイでも率先して低年齢層のプレイヤーを集めて教会で面倒を見ようとするお人好しです。

《立て札》に『子供たちを始まりの町の教会で保護しています。見かけたら連れてきてください』と書いておくと、大体2日以内に来てくれます。

 

今回もひい、ふう、みい……三人の小学生を連れて現れましたね。

本来なら彼女が子供の保護に乗り出すのはもう少し後で、偶然町中で不安そうに立ち尽くしている子を見つけて放っておけなくなってからなんですが、《立て札》チャートではこうしてすぐに動き始めます。

 

理由はたぶん早々に子供のプレイヤーの存在に気づくことと、子供との遭遇率が高くなるからです。

 

《立て札》がなく情報共有が遅れる場合、1万人のプレイヤーは三々五々好き勝手に動き回ります。始まりの町は直径1キロ以上の大型フィールドなので各地に分散したプレイヤー同士が出会う確率は高くありません。

 

しかし、《立て札》を立てておくと多くのプレイヤーは転移門広場に集まるようになり、また攻略情報が書いてあるクエストを優先的にクリアしようとし始めます。結果行動範囲が重なりやすく、遭遇しやすくなるというわけです。

 

さて、サーシャですが子供を預かってさようならとはいきません。何としてもここで彼女に保護者役を押し付けましょう。幸い彼女も乗り気なので役割譲渡は簡単でしょう(無敗)。

 

RTA中に何度も教会に戻ってくるなんてロスでしかありませんしね。子供達とは用がある時だけ呼び出せる関係がベストでしょう。

 

さて、雑事が終わったらシリカ達に本日の収穫を尋ねましょう。フレンドはどのくらい増えましたかね?

今回もアルゴとディアベルはいますね。この二人は安定して初日に現れます。他のβテスターは誰といつ頃会えるかが結構ランダム性が高いので、運悪く目当ての人物と数日中に連絡がつかなきゃロス確定なのですが……。

 

おお! 運よくキリト、アスナの両名と知り合えてますね。初日に2人とも出会えるのはラッキーです。遅いと3日かかることもあるんですが。

 

説明した通り本チャートでは2層ボス戦は一人では挑みません。

攻略メンバーにはキリト・アスナ・ミト・イスケ・コタロー・シリカを加えます。

 

人選の理由ですが、キリトは説明不要。連れて行かない選択肢はないでしょう。

イスケ・コタローはβテスターなので攻撃・回避が安定しています。アスナはβテスターではないものの持ち前の運動神経でそれに遜色のない動きをしてくれます。ミトはアスナのクラスメイトでベータ版では最前線で戦っていたプレイヤーの一人でもあり、キリト同様2層ボスとの戦闘経験があります。シリカは腕と足が2本付いているのでしっかり荷物を持ってくれます。

 

あっ、そうだ(唐突)。

ここでボス攻略後に誰にも見つからないようにしていた理由を説明します。

 

理由は複数ありますが、一番は早い段階でキリトやアスナ・ミトを見つけるためです。

このチャートでは2層ボス戦にβテスターを連れていきますが、初日の夜に始まりの町を飛び出してしまう彼らをどうやってボス攻略に誘うのか。

コレガワカラナイ。

 

キリトや他の最速攻略組は迷宮区を目指して競うように進んでいきますからね。後方の始まりの町で何が起こっているかは基本的に気にしません。迷宮区あたりで2層装備を身に着けている後発組を見かけるまで2層開通を知らなかったなんてこともざらにあります。

 

そこで大事になってくるのが攻略者の不在です。こうしておくと多くのプレイヤーは誰が1層ボスを倒したのか勝手に調べだします。

そして真っ先に疑われるのはベータテスターです。キリトはクラインから、ミトはベータ時代のパーティーメンバーから『ボス倒したのお前?』的なメッセージを受けてすぐさま事態を把握するってわけですね。

 

あとは今日のように2層の武器屋・防具屋の前で張り込んでいればむこうから向かってきてくれるってわけですね。

 

じゃあ後はシリカにパパパっと連絡してもらって、今日の仕事は終わり! 以上閉廷! 解散!



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003 第2層後半

そろそろ3階層に行きたいRTAはーじまーるよー。

 

3日目。

朝になったら早速行動開始です。

今日の予定はボス攻略メンバーのレベル上げです。

教会で朝食を済ませたらシリカを連れて2層に上がります。他の子供はサーシャに預けて1層の圏内クエストでもやらせておくといいでしょう。

目的の人物が集まったので装備屋の張り込みはもうしなくていいです。

 

さて、昨日のうちにシリカからフレンドメッセージで今日の午前中に集合するようキリトやアスナたちに連絡してあります。待ち合わせの朝10時まで時間があるのでシリカのレベル上げでも行いましょうか。彼女はデスゲーム化して以降は戦闘もクエストもしていないのでレベルは3しかありません。

この状態で圏外に連れ出そうとすると周囲のメンバーは反対必至なので、彼らが集まる前に外に連れていきます。

 

2層の武器屋で両手槍を買い、防具に1層ボスドロップ品である《コート・オブ・ミッドナイト》を着せたら町の近くでフィールドモブを狩ります。

初めはおっかなびっくりなシリカですが、10分ほどすれば慣れ始めて、レベルアップを喜ぶくらいの余裕がでてきましたね。

 

待ち合わせの時間までにレベル6にできれば上出来でしょう。ウルバス周辺のモンスターは適正レベル7~8相当なのでレベル上げの効率がいいです。

南門の広場に戻るともうすでにキリト・アスナ・ミトがいますね。友達の友達みたいな距離感で立っているキリトからはソロ戦士の風格を感じます。

 

3人は何の集まりなんだっけ?

 

この時シリカに《コート・オブ・ミッドナイト》を着せているのがポイントです。初対面で1層ボスドロップ品の風格を見せつけてあげることで交渉をスムーズに進められるんですね。

これをしないとなんだこのおっさん!? みたいな目で見られて無駄な会話が挟まります。

 

この辺にぃ、うまい狩場があるらしいっすよ。じゃけん、みんなで行きましょうね。

 

ということで3人を仲間にしたら、フィールドの外に向かいます。午前中は軽くお互いの実力を見せ合いましょう。

 

この時点での各自のレベルはシリカ・アスナはレベル6、ミトはレベル7。キリトはさすがのレベル8です。

キリトのレベルが高いのはソロであることやプレイヤースキルが高いことに加えて、昨日の時点からすでに2層を狩場にしていたからですね。

 

昼前には忍者二人も合流します。

彼らは結局一晩かけて《体術》クエストを終わらせてきたようです。メインの武器スキルである《短剣》以外にも嬉々として《体術》を使っています。DPS的には微ロスですが。

 

もちろん岩は3つとも割ってくれていますので、後でクエストの完了報告だけすればカヤバ君も《体術》をもらって来れます。

 

午後になったら主街区《ウルバス》から離れてフィールドを移動しながら次の街を目指します。

2層のフィールドはざっくり北部と南部に分かれており、中央は横一線に大部分が通行不可能な地形に隔てられています。唯一通行可能な地点にはまるで門番のようにフィールドボス《ブルバス・バウ》が待ち構えており、倒さないと先に進めません。

 

道中の戦闘で皆が《トレンブリング・オックス》を安定して狩れるようになったら、ついにフィールドボス戦です。

このボスの適正レベルは8。安全マージンを取るならパーティーメンバー全員をレベル10以上にするのが望ましいのですが……心配はフヨウラ。

《ブルバス・バウ》は《トレンブリング・オックス》のでかい版だと思って大丈夫です。つまり基本的には突進・方向転換・突進と繰り返すだけの獣です。予備動作も大きいため、よほど下手じゃなければ、ノーダメ完封が可能です。この中にプレイヤースキルが不安なメンバーはいません。

あっ、シリカは端っこで隠れててください。

 

おう、コイヤおら。回避!

振り返り中にみんなでソードスキル一本。

少し距離をとって……カスがきかねぇんだよ(無敵)。

ソードスキル一本。

 

後はこれの繰り返しです。無事討伐完了ですね。

 

南部に入ってすぐにあるこの町は武器も防具もパっとせず、これといって用事がありません。

宿で一晩休んだらさっさと町を出ましょう。

 

道中の敵は北部エリアに比べると強くなっていますが、迷宮区ほど経験値効率が良くないのでガン逃げでいいです。点在する村や洞窟などの探索エリアを全部無視すれば迷宮区にはすぐに到着できるでしょう。

 

迷宮区付近の密林にはボスに関する重要な情報が手に入るクエストがあるので経験値稼ぎの途中に偶然を装ってクエストフラグを見つけます。

 

このクエストは連鎖式のお使いクエストで戦闘が起こらないため、忍者を一人パージして情報だけ持ち帰らせます。

 

情報収集はニンジャの役割でしょ(暴論)

 

後のメンツは迷宮区の攻略&レベル上げです。

 

ここでコタローがキリトからチャクラムの情報を聞いて俄然やる気を出します。手裏剣みたいな投擲武器というのが琴線に触れた模様。使うためには《投剣》に加えて《体術》スキルも必要ですが、忍者は両方持ってるんですよね(計画通り)。

 

チャクラムは《トーラス・リングハーラー》という迷宮区中層の敵が低確率で落とすため今日の狩場は中層に決まりました。忍者の趣味ビルドに付き合わされている感じがありますが、チャクラム自体はボス戦でも有用なんで、まあ、ええんちゃう。

 

とはいえそう簡単にはドロップしないのがお約束。1日目ではドロップ無しでした。

 

 

 

 

翌日、やはり朝から《トーラス・リングハーラー》を重点狩りします。

 

昼頃になるとイスケがクエストを終えて戻ってきました。得意満面でクエスト報酬のボス情報を話してくれます。

 

ふむふむ、ここのボスは王を守る2体のモンスターとトーラス族の王の3体構成なんですね。最後に出てくる《アステリオス・ザ・トーラスキング》は麻痺属性の雷ブレスを使う強敵なんですか。でも弱点の王冠に投擲攻撃を当てるとひるませることができると……。

 

おい! それってYO! チャクラムが効くってことじゃんか!!

 

忍者二号も合流してやることが明確になりましたね。カギとなる投擲武器を集めるべくリングハーラーを倒し続けます。

 

 

 

ここら辺は見所さんも皆無ですので、皆様のために……

 

 

 

ここらで攻略メンバーの選定理由を話しとうございます。

 

実はこの2層ボス戦、試走の際に攻略メンバーをいろいろ試行錯誤していた時期がありました。具体的には忍者の代わりに、レジェンド・ブレイブス()とかいう厨二パーティーからネズハというキャラをスカウトしたりしてたんですよね。

ですが、従順で押しに弱いこと以外は取り柄がないナメクジなのでクビだクビだクビだ。

 

彼は非βテスターのニュービーなのでパーティーメンバーも含めてサービス開始数日では使い物にならないんですよね。モンスターの情報も覚えてない。ソードスキルの発動には手間取る。武器はむやみにぶんぶん振り回すといいとこなしです。

 

じゃあ、他のメンバーをと思うのですが、これが難しい。

 

既プレイアニキは知っていると思いますが、2層ボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》は全層ぶっちぎりで最弱です。理由は単純にチャクラムが2本あれば怯みループで嵌められるからです。

 

が、逆に言えば嵌めるためには、チャクラムを投げるプレイヤーを確保しなければなりませんでした。自分で《投剣》を取ったとしてもあと一人足りない。チャートを組むうえではそこが一番問題でした。

 

チャクラムを使用するためには不人気の代名詞と化した《投剣》とエクストラスキルである《体術》が必要です。しかし普通のプレイヤーはこんなスキルに貴重なスロットを使ってくれません。

 

まず《体術》スキルですが、修得のめんどくささやマイナーさは一旦置いておくにしても、素手状態でしか使えないというのがネックです。普通に武器で殴ればいいじゃん(正論)

 

《投剣》に関しては(活躍の場が)ないです。

まずSAOにおいて武器は投げたら投げっぱなしです。弾数無限の投げナイフなんていうのは存在しません。そんな状態でモンスターを倒そうと思ったらストレージいっぱいに投擲用のナイフを入れてかなきゃいけません。しかも同時に複数体敵が出てきたらナイフが尽きて逃げるしかありません。ちなみに逃げたら投げたナイフは全部買いなおしです。普通に武器で殴ればいいじゃん(2回目)

 

前述のネズハはナーヴギアの適応障害により遠近感に難を抱えており近接戦闘ができないため、喜んでチャクラム使いに転向してくれました。が、逆に言えばそういう事情がない限りはスキルスロットの厳しい序盤に《体術》と《投剣》なんかを取ってくれるプレイヤーはいません。

そこで他にも特殊な事情を抱えているプレイヤーはいないかなぁと探している時に現れたのが忍者達です。

 

忍者と言えばスリケン、そして体術。忍者っぽさを目指すネタビルド勢二人は喜んで《投剣》と《体術》を習得してくれます。しかもβテスターなのでレベル上げも楽ちんちんという好条件。

 

だからこの二人を仲間にする必要があったんですね。

 

また戦力的にはお荷物でしかないシリカを攻略組に入れている理由ですが、単純にチャートを成立させるためです。

本チャートではかなり駆け足で2層を攻略しましたが、彼女抜きでこんなことをするとパーティーメンバーが離脱します。

デスゲームなのに安全マージンを軽視して進んでるからね。しょうがないね。

そんな時シリカがいると、こんな小さい女の子を放っておけないという気持ちからか、それとも自分より年下の女の子が頑張っているからか、なんだかんだ最後まで一緒に来てくれます。

 

しかも彼女がいないとミトやアスナをパーティーに誘うのに苦労します。見知らぬ男プレイヤーに一緒に圏外に行こうといわれても普通に乗ってきません。

 

ちなみに、同じことが他の子供でもできるんじゃないかと思って、保護した子供たちを一通りパーティーメンバーに加えて調査したんですが、一番パーティーを維持できたのはシリカでした。やっぱり世の中顔なんですかね。

 

結局この日はチャクラムは1個しか出ませんでした。理想は2個ドロップでしたがリカバリー可能なのでいいでしょう。

 

明日はフロアボスを偵察に行こうと言って今日は解散です。

 

 

 

 

翌日は朝一でパーティーを分けます。《体術》だけでなく予定外にスリケンまで手に入れてテンション上昇中の忍者にシリカを預け、チャクラムの習熟を兼ねたリングハーラー狩りをやるように指示します。

 

ここら辺から経験値効率を考えてパーティーをいくつかに分けていきます。シリカとイスケ、コタローはリングハーラー狩り。ミト、アスナは二人で迷宮区下層のマッピング。キリトとカヤバ君はソロで上層の探索です。

 

探索では宝箱もとっておきましょう。序盤はなにかと金欠気味なのでしっかり回収しておきます。そのおかげで時間は結構かかってしまいますが、だいたい3時くらいにはめぼしい宝箱を集め終わります。そうしたらいったん中層の安全地帯に戻りましょう。……どうやら2個目のチャクラムがドロップしたようですね。ここで出なければ最寄りの町で投げナイフを大量購入しなければならなかったので良かったです。

 

では、ボス部屋にイクゾ! デッデッデデデデ!

 

みんなには軽く偵察しようといってありますが

 

偵察と言っても、別に、倒してしまっても構わんのだろう?

 

最初の戦闘は《ナト・トーラス》と《バラン・ザ・トーラスジェネラル》というちょっとでかめのミノタウロス二体構成です。ナトの方が弱いので先にそっちを集中狙いしましょう。ベータテスターが1パーティーいれば安全に倒せるくらいの弱さなので、イスケ以外の全員で短期決戦を狙っていきます。隙の大きいナト大佐は攻撃チャンスがたくさんあるので、ガンガン攻めていきます。ソードスキルのクールタイムが間に合わないくらいの高回転がベストでしょう。

 

その間イスケはバラン将軍の方を抑えています。

具体的には遠距離からチャクラムを投げては逃げに徹して時間を稼いでいます。トーラス系のボスはHPバーが一段も減っていないときは移動速度が低下するスロースターターなので、AGI型のプレイヤーが逃げに徹すれば割と簡単に抑えられます。

 

シリカは部屋の外で待機中です。偵察が終わるまでは絶対に部屋に入らないよう言い含めておきましょう。

 

20分くらいでナト大佐を倒せましたね。低HP時の狂乱状態以外は特に危なげもなかったです。

次はバラン将軍。イスケと入れ替わるように攻撃を加えましょう。

こちらはナト大佐に比べて各種能力値が高く、攻撃範囲も広いですがそれだけです。特にトリッキーなことはしてこないので、攻撃控えめの安全重視でいけば、特に問題はないでしょう。

 

さて、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》もHPバーが残り一本の半分まで減ると、バーサーク状態が発動し、攻撃力・素早さともに上昇します。それと同時に部屋の中央にこの階層の真のフロアボスである《アステリオス・ザ・トーラスキング》が出現します。

 

初見であればもう1体とか嘘だろ……! と衝撃を受けるサプライズ演出ですが、今回は事前情報があるので誰も驚いてませんね。逆に今までの2体以上の強敵と考えて真剣な顔つきになっています。

 

お前ここ初めてか? 肩の力抜けよ。

 

確かに攻撃力は前座2体より高く、雷ブレスという強力な遠距離攻撃も持っていますが、そもそも攻撃される事はないです。

 

動き出したトーラスキングが一歩踏み出したと思ったらのけぞります。久々に切れちまったよと咆哮をあげますが、再びのけぞりが黙らせます。宙を舞っているのは二本のチャクラムです。

王冠に命中するたび、トーラスキングはモーションをキャンセルされてのけぞります。のけぞりから復帰したと思ったら、のけぞりです。

 

(怯みモーションに)イキスギィ!

 

やっぱり2層は《投剣》スキル一強ですね。

β時代の時にあまりに使用者がいなかったから優遇したんでしょうが、完全に調整をミスってます。

 

ボスを連続ディレイさせている間にベッタベタのインファイトでHPを削っていきます。ここまでくれば安全なのでシリカも呼びましょう。

 

後の問題はバーサーカー状態のバラン将軍だけですが、こちらはキリトとカヤバ君がいれば問題なく倒せます。

 

ボスのHPがレッドゾーンに突入しましたね。こちらは脱落者ゼロ。

こんな弱いのにフロアボス名乗ってて恥ずかしくないの?

 

ピンチになったボスはバーサーカー状態に入ります。が、怯みループは継続しているのでなんの問題もありません。

はい、終わりました。

コングラチュレーションの文字が浮かび上がります。

ラストアタックはシリカです。これは事前に話を通して調整していました。そんなこととはつゆ知らず目に涙を浮かべて大喜びです。

ちょろいですね。

 

ボス部屋の奥の往還階段を登っていくと森に囲まれた街が現れます。3層主街区です。

転移門のアクティベートはやらなくてもいいです。

 

時間も遅くなってきているので今日はここまで。

次回はエルフ族のキャンペーンクエストのある3階層です。



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アーカイブス 001

恒例の小説パートです


 

悪気はなかった。

 

私はただ、この世界でもあなたと一緒に居たかっただけ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

夕焼けの照らすコンクリートの上で、深澄と彼女の友人がスマートフォンを真剣な表情で覗き込んでいる。学校の屋上。昼休みとも違い放課後ともなれば生徒は滅多に訪れない。これは深澄と彼女の2人だけの秘密の会合だった。

 

「えい! えい! この!」

「ふふ、甘いわよ明日奈! そんな見え見えの攻撃が当たるもんですか」

「えっ! あっ! ちょっと! 深澄! ストップ! ストップ」

「勝負の世界に待ったはなしよ」

 

画面の中で深澄の扱うキャラクターが連続攻撃を仕掛け、あと僅かだった相手のHPを0にする。

 

YOU WIN!

 

勝利を告げるメッセージが流れると同時に、彼女の友人——明日奈が不満げな声を上げた。

 

「あーまた負けた。深澄強すぎるよ」

「そういう明日奈は相変わらずね。もっと練習した方がいいんじゃない?」

「練習って……ゲームセンターとかで?」

 

明日奈が揶揄うように笑った。

 

「そうね。ゲームセンターとかでよ」

 

深澄もすました顔で笑い返した。

 

今から数ヶ月前、深澄はこうして学校で友達とゲームをするなんて考えてもいなかった。

そもそも深澄には友達と呼べる相手がいなかった。

 

寡黙で真面目で孤高な生徒。

それが深澄の評価であり、周囲に貼られたレッテルでもあった。

 

むろん、深澄だって年頃の女子学生だ。友人が欲しくないわけじゃない。だが、深澄はあまり人付き合いがうまくなかった。

 

体育では男子顔負けのパフォーマンスで周囲を圧倒し、勉学では入学以来学年一位を維持してきた彼女は、生来の愛想のなさと相まって、早々にクラスメイトから近寄りがたい相手だと認識されてしまった。

 

それからずっと彼女は一人で過ごしてきたし、これからもそうだと思っていた。それが変わったのはある日の放課後の事であった。

 

深澄には皆に言えない趣味がある。皆に言えないと言っても、何か後ろ暗い事があるとかそういうものではない。

 

深澄はゲームが好きだった。それもとりわけ格闘ゲームに関しては界隈ではちょっとした有名人になるほどにやりこんでいる。

 

深澄の通う私立エテルナ女学院は裕福な家庭の子女が集まる、いわゆるお嬢様学校と呼ばれる場所だった。その学校の模範生と見做されている深澄が他校の男子のようにゲームに熱中し、あまつさえ放課後は私服姿でとは言えゲームセンターに通っているなどと周知するのは憚られる。

 

諦めにも似た感情もある。

優等生である兎沢深澄にはそんなものは似合わないし、育ちの良さが伺えるクラスメイトにもまた似合わない。深澄は周囲に自分の趣味を理解して欲しいとは思っていなかった。

 

幸か不幸か深澄には放課後の予定を教え合う相手もいなければ、趣味の話をする相手もいない。だからこの事は深澄の秘事として終わるはずだった。

 

まさか深澄の遊んでいたゲームセンターが、格闘ゲームの筐体の様子を外に映し出しているとは思わなかったし、それをたまたまクラスメイトである結城明日奈にみられてしまうだなんて、誰が想像できるだろう。

 

筐体が空いている間、宣伝のために数分前のリプレイ映像が流れていることに深澄が気づいたのは店を出てからだ。

 

「ええっ!?」

 

聞き覚えのあるような驚きの声に振り向いた先にいたのが明日奈だった。

 

深澄は、今思い出すと恥ずかしいが、威圧するような口調で呼び止めた。表情は強気に。弱みを握られたなんて思われてはいけない。

 

「少しお話よろしいかしら。結城明日奈さん」

 

深澄は口止めするつもりだったが、明日奈の反応は彼女の想像を超えるものだった。

 

「ゲーム上手いのね」

 

驚きと、少々の困惑はあったが侮蔑や嘲りはなかった。ただ純粋に明日奈は深澄を、格闘ゲーマーとしての彼女を見つめて、称賛するような温かな表情だった。

「学校の様子と全然違うから、驚いちゃった。けど、今の方が生き生きしてて楽しそうだわ」

 

微笑む明日奈に深澄はあっさりと毒気を抜かれた。

 

明日奈と話したのはこれがほとんど初めてのことであったが、朧げながら彼女の評価は知っていた。成績は深澄と同じくらい優秀で運動もできる。ただ彼女はクラスメイトに遠巻きに見られることも、別物扱いされることもなく、いつだって沢山の友人に囲まれていた。深澄と違って。

 

その原因はたぶん彼女のこの性格のせいなんだろうなと思った。

 

そして一言。

 

「……よかったら結城さんもやってみない?あなたもきっと……楽しめると思うわ」

 

後になって思い返してみると、なぜ自分がこんな事を言おうと思ったのか、言うことができたのか、さっぱり分からない。

こんな言葉が言えるなら、深澄はもっと社交的で友達も沢山作れていただろう。

この時は混乱していたからなのか、相手が明日奈だったからなのか。

 

原因は定かではない。ただ一つ言えることは、この言葉が深澄に数年ぶりとなる友達というものをもたらしてくれたという事だ。

 

それから、深澄は明日奈と密かにゲームをする様になった。

学校では依然として一人でいることが多かったが、以前のように孤独を感じてはいない。

 

深澄は明日奈に感謝していた。一緒にゲームに付き合ってくれていること。友達として他愛のない話を聞いてくれること。

 

「あっ、そろそろ行かなくちゃ」

 

不意に時計を確認した明日奈が小さな声で言った。

 

「塾はもう少し後じゃなかった?」

「うん。だけど自習しておきたいところがあるの。わたし、高校は外部受験するから。頑張らないと」

 

学校では二学期の中間テストが終わったばかりだというのに、勉強量が変わってなさそうな明日奈に深澄は困ったような表情をした。

 

「頑張るのはいいけど、少し根詰めすぎじゃない? この前の模試も結果は良かったんでしょ」

「うん。……でも油断はできないよ。お母さんにもそう言われてるし」

 

苦笑する明日奈から深澄は目を逸らした。

 

「少しは息抜きしないと潰れちゃうよ」

 

中高一貫で内部進学生がほとんどのエテルナ女学院では珍しく、明日奈は外部の高校に進学するらしい。来年度になれば明日奈はもうこの学校にいないのだ。おそらくこの不思議な関係も終わってしまうだろう。

 

胸の中で感じた喪失感を掻き消すように深澄は努めて明るい声を出した。

 

「明日奈、これ見て」

 

深澄の差し出したスマホを明日奈が覗き込む。

 

「ソードアートオンライン?」

 

深澄にとってはかけがえのないものを彼女はくれていた。だからこそ言ってしまう。

 

「略称SAO。ナーヴギアを使った世界初のフルダイブ型VR MMO」

 

受験勉強で疲れている友達に対するちょっとした気遣いのつもりで言ってしまう。

 

「明日奈もやってみない? わたし向こうでもあなたに会いたいわ」

 

それが地獄への片道切符だとも知らずに。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

ピピピ、ピピピ、ピピピ……。

機械的なアラーム音がミトを眠りの世界から呼び戻した。

少しの葛藤を意志の力で断ち切り、目を開けるとポップしている画面を操作して目覚ましを解除する。

 

見慣れない部屋を見渡す。木造の一室。部屋は広くなく、二つのベッドとサイドテーブルを除けば目立った家具もない。昨日とった宿屋の部屋そのままだ。

思わず重いため息が出そうになる。

 

「おはよう、深澄……」

 

隣のベッドでは同じく目を覚ましたであろう少女が眠たげに目をこすりながら、挨拶をしてきた。

 

結城明日奈。いやここではただのアスナか。

昨日さんざん言った言葉は、ひと眠りしたらすっぽり抜けてしまったらしい彼女にミトは挨拶を返しながら、同じ言葉を繰り返した。

 

「おはよう、アスナ。それとこっちでは深澄じゃなくミトでお願い」

 

「あっ、そっかごめん」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

11月7日午前6時。

SAO正式サービス開始から二日目の朝。

 

結局、一晩経っても助けが来ることはなかった。そのことが朝からミトの感情に重くのしかかる。

昨日、11月6日。待望の新作MMOゲームであるソードアートオンラインは正式サービス初日にして、集まった1万人のプレイヤー達を絶望と混乱と恐怖の渦へ叩き落した。

 

その光景は一晩経った今でも鮮明に思い出すことができる。始まりの町の大広場に強制転移された大勢のプレイヤー達。重く鳴り響く鐘の音。空を埋め尽くす真っ赤なWARNINGの警告表示。そして空中に浮く深紅のローブのアバター。

このゲームの開発者である茅場晶彦は言った。このゲームは通常の手段ではログアウト不可能である。100層ボスを撃破し、このゲームをクリアすることだけが現実へ戻る唯一の方法であると。

 

そしてこのゲームでの死は――現実のプレイヤーの死を意味すると。

 

広場に集められたプレイヤーの反応は様々だった。

悲鳴を上げるもの。困惑するもの。冗談だと笑うもの。大声で文句を叫ぶもの。

直前に茅場晶彦の手によってアバターが解除されたのも混乱を助長する要因だった。プレイヤーはリアルの自分の姿を強制的にゲームに反映され、そのことに困惑し、憤るものも多かった。

 

ミトも周りの人間と大差なかった。大柄な男性アバターに扮していた姿は現実の兎沢美澄のものへと変わり、ボイスチェンジャーも機能しなくなった。そのうえいくら探してもメニューにはログアウトボタンがなく、おまけに命さえ脅かされているというのだ。

 

だが、彼女は周囲の人間よりも素早く立ち直った。目の前に困惑し不安そうな顔をしているアスナがいたからだ。

 

自分のアバターのことなどどうでもいい。ログアウトボタンも今は必要ない。

彼女を――アスナを守らなければならない。

そう思ったら思考は明確になった。

 

ミトは混乱する周囲の人を置き去りにしてアスナを連れて町をでた。

茅場晶彦の言葉が真実なら、今すぐに行動を開始しないと手遅れになるからだ。

 

MMOは本質的にプレイヤー間でリソースを奪い合うゲームだ。一定時間あたりに出現する敵の数が決まっており、得られる経験値やお金にも上限がある。始まりの町周辺のモンスターはゲームを開始した1万人のプレイヤーで奪い合いになり、早々に枯渇してしまうだろう。有利にゲームを進めるためには他者を出し抜き多くのリソースを手に入れなければいけない。

 

幸運にもミトには勝算があった。彼女はたった1000人しかいないSAOの先行テストプレイ――ベータテスト経験者だった。他のプレイヤーよりも有利なことは間違いない。

 

経験を生かしたスタートダッシュに成功したミトはアスナを連れて二つ目の町まで到達し、そこで宿をとって寝た。それが昨夜のことだ。

 

正直まだ完全に信じられていないこともある。特にHPがゼロになった時本当に人の命が失われるという点は半信半疑というのが実情だ。だが、少なくともログアウトが不可能であることは真実だろう。

 

そうでなきゃ一晩経ってまだこのゲームに捕らわれ続けているわけがない。

 

「私たち、ほんとにログアウトできないのかな……?」

 

昨夜、ベッドの上でアスナは不安そうにミトに聞いてきた。

 

「わからないわ。でも案外すぐに出られるようになるかもしれないわよ。日本の警察は優秀だし、こんな誘拐事件めいたこと許すはずがないわ。今頃は運営会社にもサーバーの管理会社にも捜査の手が入っているだろうし、明日の朝になったらすべて解決してるかもしれないわ」

「そう、よね」

「そうよ。だから今は寝ましょう」

「おやすみなさい。深澄」

「だからゲームの中で本名は……まあ、いいわ。おやすみアスナ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ともあれ朝だ。

ミトの願望と現実的な警察組織への推測が混じった言葉は実現しなかったため、今日もゲームを始めなければいけない。

 

起床後のミトは手早く身支度を整えて階下へ降り、宿の食堂で朝食を待っていた。こういう時ゲームの体は楽でいい。

着替えはメニューから指先一つで行えるし、服の洗濯もいらない。髪に寝ぐせもつかないから櫛を通したり、セットに時間をかける必要もない。

どうせなら食事もとらなくていいようになればいいのにと思う。実際には何の栄養素を取得しているわけでもないのだからゲーム内で食事をとる必要はないと昨日までのミトは考えていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。

SAOでも食事をとる必要はある。自身を襲う空腹感を実体験で確認したミトはきちんと食事の必要性を再認識していた。

 

「お待たせしました」

 

エプロンを付けたNPCが料理を配膳して下がっていく。テーブルの上には黒パンと木の器に入ったスープが乗っている。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

ミトと向かいの席に座ったアスナが手を合わせる。さっそくパンを手に取り口に運んだ二人が一瞬硬直し、微妙な顔になる。

 

「さすがにホテルの朝食のようにはいかないわね……」

 

硬い。渋い。薄い。

ミトの感想はこの3つだった。

アスナも神妙な表情で咀嚼している。お気に召したようには見えない。

 

良くも悪くも値段相応ということか。もっと高いお金を払えばおいしいものも食べられるだろうが、装備にポーションと他に優先すべきことはいくらでもある。

なにせこのゲームには命がかかっている、かもしれないのだから。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

2人が味わうでもなく作業のように朝食を片付けた後、気分を変えるようにアスナが尋ねてきた。

 

「それでミス……ミト。今日はどうするの? またレベル上げ? それともすぐに次の町に行く?」

 

アスナはMMOに慣れていない。それも想像を絶するレベルでだ。

プレイヤーネームを本名そのままで登録し、アバターを現実世界の姿そのままに設定していたことからも、それは嫌というほど伝わっている。

アスナは自然に行動方針をゆだねるようになっていた。

 

「いえ、今日は……始まりの町に戻るわ」

 

だが、このミトの言葉にはさすがの彼女も疑問を覚えたらしい。

 

「どうして? 昨日は急いで先に進まないといけないって言ってなかったっけ?」

「それが……どうやら2層が解放されたようなのよ」

 

言いながらミトは自分で思った。そんな馬鹿な話があるものか。

 

「それって1層がクリアされたってこと?」

 

アスナは声を弾ませた。

 

「ありえないわ」

 

ミトは断言した。このゲームがベータテストの時と同じならばという条件はつくが。

 

「でも、2層は解放されたんでしょ。それってフロアボス? っていうモンスターが倒されたってことじゃないの」

 

昨日の時点でアスナにはこのゲームの基礎知識を話してある。

アインクラッド。このゲームの舞台となる天空に浮かぶ鋼鉄の城は全部で100の階層で構成されている。次の階層に行くためには、各階層に存在するボスを倒す必要があり、2層の開放は1層のボス撃破を意味している。が――

 

「フロアボスはレイド戦なのよ」

「レイド?」

 

アスナが首をかしげる。

 

「レイドっていうのはパーティーの集まりのこと。フロアボス戦なら大体8~10パーティーが集まって50人くらいの集団で挑むものなの。それもただの50人じゃないわ。1層のボス戦だと適正レベルは最低でも6、安全を考えればレベル8以上のプレイヤーを50人集めるのよ」

「でも2層が解放されたんでしょ?」

「……そうね」

「どうやって?」

 

アスナは純粋な瞳でミトを見た。昨日からアスナが発してきたこのゲームの疑問の大半を即答できたミトは、ばつが悪そうに視線を切った。

 

「わからないわ……だから自分の目で確かめに行きましょう」

 

食堂を出たミトたちは、始まりの町を目指した。

道中、ミトは自身の懸念が実現している事を確認した。遭遇するモンスターの数が昨日より少ない。代わりに見かけるようになったのはプレイヤーの集団だ。

早くも始まりの町に見切りをつけ、フィールドの攻略を進めているパーティーが出始めている。目的はきっとミトと同じだろう。早晩枯れるであろう始まりの町周辺のポップに見切りをつけて、競争率の低いエリアに進んでいるのだ。

この分だと二つ目の町のリソースが尽きるのも時間の問題だろう。そんな中始まりの町に逆走するミトとアスナの行動は、見方によれば昨日のうちに稼いでいたアドバンテージをみすみす捨てているようにも取れる。実際、2層が開通していなかったらこの行動は大きな不利を招くだろう。

 

「嘘だったら恨むわよ。ディアベル」

 

また一組すれ違うパーティーを横目につぶやいたミトのつぶやきにアスナが反応する。

 

「ディアベル? 外国のお友達?」

「いえ、普通の日本人よ。ゲームのプレイヤーネームで何かを判断しようとするのはやめた方がいいわ」

「えー、難しいよーMMOゲームって。どうせなら外見だけじゃなくて名前も元に戻してくれればよかったのに……」

 

いじけるように文句を言ったかと思えば、アスナは好奇心を目に宿してミトを見てくる。

 

「それで、ディアベルって?」

「ちょっとまえ、私がSAOのテストプレイをやっていたのは話したでしょ」

「ベータテストってやつよね」

「そうよ。ディアベルはその時一緒にパーティーを組んでたプレイヤーで、今回2層が開通したことを教えてくれた人なの」

 

今日の朝のことだった。

ミト宛てに届いたかつてのパーティーメンバーからのインスタントメッセージが2層開通の情報源なのだ。

 

「親切な人なんだ」

「どうかしらね。嘘を好んでいう人ではないと思うけど。所詮ゲーム上での付き合いだったから。人格までは保証できないわ」

「でもわざわざ教えてくれたんでしょう」

「教えてくれたっていうより」ミトは顎に手を当てた。「探られたって感じかしら」

「探られた?」

 

ディアベルからのメッセージは要約すると三つの内容であった。

一つ目はデスゲーム化したことに触れつつ、お互いに頑張ろうという内容。

二つ目はベータテストのときのようにパーティーを組まないかという誘い。こちらは新しい仲間がいるからと辞退させてもらった。

そして三つめが2層開通のこと。率直に1層のボスを倒したかどうかを尋ねる内容だった。

 

「彼も――いえ本当に男性かどうかはわからないんだけど、あの人も2層を攻略したプレイヤーが気になっているみたいだったわ。どうも攻略者が不明らしいのよね」

 

これこそがミトにより強く1層攻略を疑わせた。

ゲーム開始初日に、いやデスゲーム初日に1層のフロアボスを攻略するというのは紛れもなく偉業である。それをなしたプレイヤーが名乗り出ないなんてことがあるだろうか。

 

「へぇー。もしかしたら恥ずかしがり屋さんなのかもね」

「そうかもね」

 

アスナの能天気な言葉にミトは思わず相好を崩した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

始まりの町の転移門広場を行きかう人の流れを見て、ミトは一先ず安堵の息を吐いた。ディアベルからの情報はガセネタではなく本当に2層の転移門が起動しているようだ。

 

「うわー、すごい人!」

「本当ね」

 

2層はサービス開始直後の始まりの町を思い出させるような人口密度だった。多くのプレイヤーがミトたちのように新しく開いた2層に来ているのだろう。学校の運動場より広いであろう転移門広場が手狭に感じるほどの密集具合だ。

 

たまらずミトは広場から逃げ出した。大通りを進みさらにその先の小道を抜けると、さすがに人通りも落ち着き、ようやく人心地がつける。

 

「じゃあアスナ。まずはクエストの攻略と装備の更新よ」

「クエスト?」

「簡単に言うとNPC向けの人助けのことよ」

 

ミトの目的は、暇つぶしに観光に来ているだけであろう圏内のプレイヤーとは異なる。わざわざ1層攻略を中断して始まりの町に戻ったのは、それが最も効率のいい攻略方法だと判断したからだ。

2層のクエストで得られる経験値は1層序盤のモンスターとの戦闘よりも量が多い。

プレイヤーの必要経験値はレベルの上昇とともに上がっていくことを考えれば、より高レベルの2層攻略者向けの経験値報酬が、1層のそれより多いのは自然な成り行きだった。

 

ミトはベータ時代の記憶を頼りに、クエストNPCを探して回った。幸いにも町中のNPCにはベータ時代から大幅な変更は加えられていないようだった。数時間をクエストに費やしたミトは取得した経験値とコルの額に満足すると、次に装備を整えに向かった。

 

2層の主街区《ウルバス》には武器や防具を売っている店が複数存在するが、ミトが向かったのは北部の裏路地にある掘っ立て小屋だった。

 

SAOではしばしば、街の片隅や路地裏の分かりづらいところで高品質な装備やレアなアイテムが売られていたりする。いわゆる探索要素の一つだ。

 

一見お店のように見えないこの場所は、とあるストーリークエストをこなすことで初めて武器屋だとわかる場所だった。ミトはベータ時代の知識を頼りに一直線に向かってきたが、本来は別のもっと先の町でクエストをこなさなければいけない。ある商人に手紙の配達を頼まれ訪れて初めて、この家が実は鍛冶屋だったとわかるのだ。

そのクエストの報酬替わりというわけなのか、ここでは一般の武器屋よりいいグレードの店売り品が売られている。

 

ミトはここで新しい大鎌を、アスナはレイピアを購入し、再び1層に戻り攻略を開始した。

午後の狩りでは正規ルートをはずれ穴場スポットを狙ったミトの思惑が功を奏し、他のパーティーに出会うことなく狩場を独占できた。

 

やはり装備の差は大きい。

クエストでレベルが上がったことやアスナがゲームに慣れてきたことを差し引いても、戦闘は大幅に楽になった。アスナ以外にビギナーが増えてもフォローしながら戦えると思えるくらいに。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「シリカちゃんも来ればよかったのに」

 

だからアスナのその言葉にはミトも心の中で賛同できる部分があった。

その日の夜。昨日とは違う村で取った宿の一室で、ラフな部屋着に着替えたアスナはベッドに身を投げ出し、今日の昼に出会った少女の名前を口にした。

 

「仕方ないでしょ。友達がいるらしいし」

「そーよねー」

 

穴場の武器屋でのことである。ミトとアスナは一人の少女とフレンド登録をしていた。2層ですれ違うプレイヤーを観察しながら中学生である自分たちがプレイヤーの中でも若い部類であるということを認識していた2人にとって、シリカというさらに年下の少女がこのゲーム――命がけのデスゲームに囚われているというのは少なくない衝撃をもたらした。

 

ゲームの攻略情報を教えてもらうためにベータテスターを探しているというしっかりした少女であったが、アスナはフレンド登録の後シリカをパーティーに誘っていた。年下の女の子が一人でいるのを放っておけないアスナらしい行動だ。シリカには友達を置いてはいけないと断られてしまったが。

 

「向こうには大人のプレイヤーもついているんでしょ。心配しないでも大丈夫よ。それに人のことを考えるより、まずは自分のことを考えなきゃ」

 

「そうね……」

 

ふいに部屋を重い沈黙が満たした。

アスナはどこか遠い目で窓の外を見上げている。おそらく現実のことを考えているんだろうな、とミトは思った。

 

今日もまだミトは、そしておそらくアスナも、心のどこかで外からの助けを期待している。だけどその望みは果たされないまま、こうして2日目が終わろうとしている。

 

日中は良かった。クエストに戦闘にと、やらなければいけない事に集中している間は雑念が入る余地はない。だが、今のように気を張らない時間になると、ふとした時にいい知れない不安が胸の中を這いずり回り、心が凍えるような感覚にとらわれてしまう。

昨日はアスナに偉そうなことを言ったが、本当はミトだって不安でいっぱいだ。

 

いつになったら元の世界へ帰れるのか。

 

現実はどうなっているのか。家族は心配してないか。学校はどうなるのか。

 

 

 

そして、アスナのこと。

 

ねえ、あなた本当は……。

 

 

 

心に秘めた…何かが喉元まで出かかった時、「あっ!」っとアスナが声をあげた。

 

「シリカちゃんからメッセージだ」

 

アスナが可視化したメニューウィンドウを操作して、フレンドメッセージを開く。

ミトは一度大きく深呼吸した。

 

間を置かず、アスナへのメールをのぞき込むかどうか、興味とプライバシーへの配慮がせめぎあい数秒目をさまよわせていたミトのもとにもメッセージが届いた。

 

『アスナさん。ミトさん。 こんばんは。お二人ともまだ起きていますか? もし寝ていたらごめんなさい。

今日2層の武器屋でフレンド登録してもらったシリカです。

 

まずは初対面の私とフレンド登録してくださってありがとうございました。お二人とこうしてメッセージのやり取りができることはすごくうれしいです。あの時はお断りしてしまいましたが、パーティーに誘ってくれたこともうれしかったです。

 

あらためてありがとうございます。

 

本題ですが、私のパーティーメンバーで元ベータテスターの方がお二人に会いたいといっています。時間があれば明日またお会いできませんか?

 

 

from shirika』

 

内容に目を通した後、ミトとアスナは目を見合わせた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

結局、待ち合わせには応じることにした。

 

正直なとこを言うとミトは消極的反対。シリカのパーティーメンバーとやらに会うのに尻込みしていた。理由はいくつかある。まず二日続けて始まりの町に戻ることで生じる攻略の遅れを気にしてだ。今度は装備の更新やクエストが目的にあるわけではない。純粋な意味でのタイムロスにつながる可能性が高い。

 

そして、これは非常に個人的で小さな理由だが、見知らぬ人と会うのは気が引けた。今は大柄な男のアバターでロールプレイをしているミトではなく、匿名性が限りなく薄れた現実ありのままの姿の兎沢美澄なのだ。

率直に言って、彼女は人づきあいが苦手であった。

 

しかしアスナはシリカに会うことを強く要望した。

シリカの知り合いのベータテスター。その人物が良い人ならば会っておいて損はないだろう。だが仮に何かを企んでいるような人物ならシリカが危ないかもしれない。悪い大人に騙されているのなら助けなければいけないというのがアスナの主張だ。

ミトには思いもつかない発想だった。

 

そうして2人は翌朝の10時に2層の南門に向かった。広場にはシリカはおらず1人の少年がいた。年はミトと同じくらいだろうか。中性的で少し幼い顔立ちをしている。なんとなくだがミトは少年に既視感を覚えた。ひょっとしたらどこかで見かけたことがあるかもしれない。あるいはベータテストの際に出会っていたのかも、と思ったがプレイヤーのアバターはすべて解除されている。あの少年がどこかの誰かのように現実の姿そのままでベータテストをプレイしているのでもなければ今の姿に見覚えはないだろう。

大方昨日、《ウルバス》を巡っているときにすれ違いでもしたか、単なる他人の空似だろうとミトは思索を打ち切った。

 

アスナとミトは南門の柱のそばに立った。少年とは反対側の柱になる。

 

少年に注目したのはミトだけではなくアスナもだった。もっともこちらは既視感ではなく彼がアスナたちを呼び出したベータテスターなのではないかという疑問からだった。

 

実際フィールドとの出入りがなければ立ち寄らないこの広場には、他のプレイヤーの姿がほとんどない。そこでじっと動かずにいる少年は異質な存在であったが、目が合うと何も見てませんよーとばかりにわざとらしく空を見上げた少年が自分たちを呼び出した相手だとは思えなかった。

 

待ち人はややもせず現れた。

 

「ミトさん! アスナさん! キリトさん! お待たせして申し訳ありません」

 

ミトは虚を突かれた。来るのなら町中からだと思い無意識に背を向けていたフィールド側から声をかけられたからだ。やや緊張して硬い声に振り向けば頭を下げているシリカがいる。

 

そしてその横には若い男の人。

 

ミトは息をのんだ。シリカの装備に見覚えがあったからだ。

 

 

《コート・オブ・ミッドナイト》

店売り品とは一味違う風格を醸し出している黒革のロングコートは、この世界にたった一つしかないユニーク装備だ。ミトが見るのはベータテストに続いて二度目になる。もちろん入手方法も把握していた。

 

「やあ」

シリカの隣にいた男は軽く手を挙げたあと、天気の話題でも振るように告げた。

「君たちには2層ボス戦を手伝ってほしいんだ」

 

何を馬鹿なと笑うことなどできない。

自己紹介などしていないが、それでも十分だった。男が何者かは装備が雄弁に物語っている。

 

1層ボスの攻略者だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

男の名前はKayabaといった。

あまりに不吉な、そして問題を呼び込みそうな名前であるため、シリカはその頭文字をとってケイと呼んでいるらしい。ミト達もその名前を呼ぶ勇気はなくシリカの提案に従った。

 

彼の要件はシンプルだった。というか目的以外の説明をすべて省いているせいで言葉足らずですらあった。彼はどうにもせっかちであるようだ。

 

5日以内に2階層を突破すること。そのためにパーティーメンバーを探していること。

 

それがケイの話のすべてだった。普通ならまともに取り合わない内容だ。だが1層を突破したという実績が印象のすべてを覆していた。

 

「どうして俺、たちなんだ? ベータテスターは他にもいるだろう?」

 

ちらりとこちらを見ながらキリトという少年が尋ねた。

 

「君が片手剣使いのKiritoで、あっちが大鎌使いのMitoだからだよ。君たちベータ時代からキャラネーム変えてないだろ」

 

ケイは肩をすくめて見せた。彼はベータテスターであるらしく、ベータ時代のミトとキリトを知っているようだった。確かにあの当時、大鎌使いのMitoはそれなりに名の知れたプレイヤーだった。攻略組の中でも最前線のパーティーに所属し階層ボス戦にも参加している。

 

「人違いかもしれないわよ」

 

反射的にミトがそう言ったのはベータ時代、そして正式版でも最初の数時間は今とは似ても似つかない姿だったからだ。背の高いぎょろ目の大男。正統派主人公よりも癖のあるキャラを好んで使う、格ゲーマーとしてのミトの好みを全面的に押し出したアバターだ。ボイスチェンジャーだって使っていた。

いくら名前が同じとはいえ、あの印象から今の兎沢美澄の姿を連想されるのは乙女としては少々業腹だ。

 

とはいえ「人違いなの?」なんて素直に返されるとそれはそれで困るのだが。

 

「違わないけど……」

「まあそうだろうね。大鎌なんて癖のある武器使うやつ。そうそういないし」

 

ケイはミトの武器を見ながら言った。

 

「あの、私は?」

「君はついで」

 

ケイはあっけらかんと答えた。

何とも言えない表情で口をつぐんだアスナを横目にミトは悩む。

 

現状、ミトの最優先事項はアスナを無事にもとの世界に返すことだ。万が一外からの助けがなかったとしてもミト自身の手で責任をもってアスナを現実に帰して見せる。

そしてそれは圏内に引きこもるのではなく、リソースの奪い合いに勝利し続けて達成できるのだ。始まりの町を即座に抜け出して今までレベルを上げてきたのだってそのためだ。ケイが本当に2層攻略を目指しているなら協力するのはやぶさかではない。

 

パーティーはいずれ結成する必要があった。アスナと二人だけというのは気楽でいいが、人数というのは戦力に直結する。戦闘での安全性を考えるならいつまでも二人でいるのは間違っている。その相手がおそらく現在最前線にいるであろうパーティーなら文句はない。それどころかこちらから頼むべき好条件かもしれない。

 

「アスナ」ミトは耳元に口を寄せた。「この話受けた方がいいかもしれない」

「ミトに任せるわ」

アスナの無償の信頼がミトの表情を崩させた。

 

とりあえず仮パーティーを結成することでまとまった5人はお互いにパーティー登録をし、2層でレベリングをすることで合意した。

 

「このあたりで一番経験値がいいモンスターって言ったらあれだね。《ブルバス・バウ》」

 

ケイは冗談を言うように笑ってフィールドボスの名前を告げた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

《ブルバス・バウ》はベータ時代の記憶通りなら大きなウシ型のボスモンスターだ。

 

SAOでは階層内のエリアが山や谷で区切られていることが多く、限られた通行可能部分には必ずと言っていいほどフィールドボスと呼ばれるボスモンスターが配置されている。

 

2層ではちょうど真一文字に存在する峡谷がマップを南北に分断している。主街区のある北部から迷宮区のある南部を目指すためには、中央にある通行可能エリアを通らなければならないが、そこで待ち構えているのが《ブルバス・バウ》だ。

 

ケイの言う通りフィールドボスは確かに通常より多くの経験値を持っている。しかし、その分強敵だ。

 

通常、フィールドボスには複数パーティーで挑む。戦力的には少人数でも撃破可能だが、それはレベルと装備を周到に準備した場合だ。

戦闘前、《ウルバス》周辺でケイによるパワーレベリングをうけ、ミトとアスナのレベルは8になっていたが、《ブルバス・バウ》と戦うにはいささか心もとない。

 

その懸念に対するケイの反応は「当たらなければどうということはない」という楽観的なものだった。

 

「《ブルバス・バウ》は単一ターゲットで突進攻撃主体のモンスターだ。基本的な動き方は《トレンブリング・オックス》と変わらない。遠距離攻撃手段はないし、厄介な状態異常攻撃も持たない。突進を躱して止まったところに攻撃を叩き込むだけ。簡単だろ?」

 

確かにベータテスト時代に《ブルバス・バウ》が強敵だという話は聞いたことがない。当時の前線がそこで止まった記憶はなかったし、正直に言えば名前すらうろ覚えだった。だが、仮にもフィールドボスを片手間であしらうように倒せるものなのか。

 

ミトの懸念はいい意味で裏切られた。

 

 

 

 

「ブモオオオオオオオ!!!」

 

荒々しい雄たけびを上げながら大きなウシ型のモンスターが突進してくる。外見は戦い慣れたウシ型mob《トレンブル・オックス》と同型だが、体は二回り以上も大きく、だというのに素早さも上がっている。

ミトとアスナは防御を考えず即座にサイドステップで進路から逃れた。突進を躱すとすぐに反転して、走り去るモンスターを追いかける。

 

突進攻撃をかわされた《ブルバス・バウ》は、そのまま数メートルを走ると急激に速度を落とした。方向を変え、再度の突進攻撃を行う腹積もりだろう。

だがそんな目に見える隙を見逃す道理はない。

 

「アスナ!」

「うん!」

 

自分と同じく突進をかわしていたパーティーメンバーに声をかけ、ミトは大鎌を構える。肩で支えた金属製の柄がうっすらと光を帯びたのを視界にとらえ、ミトは鎌を思いっきり振り下ろした。

いや、振り下ろすというのは正確ではないかもしれない。ソードスキルは発動と同時に自動で体を動かす。ミトがやったのは金属の塊を振り回す行為ではなく、モーションアシストに従って動く手足をほんの少し後押ししているに過ぎない。本来感じる武器の重量や慣性を感じることなく振るわれた大鎌は狙い過たず振り向きざまの大牛の胴体をとらえ、派手なダメージエフェクトが舞い散った。間髪入れずアスナが放ったソードスキルも逆側の胴体に突き刺さりモンスターが苦悶の声を上げる。

 

「スイッチ!」

 

声がかかるかどうかのタイミングでスキル後の硬直時間が解けたミトははじかれるように後退する。入れ替わるように前に出たのは南門で出会った少年――キリトだった。彼が振るう片手剣がモンスターの首の裏を通りぬけ、血液と見まごうような真紅の斬撃線が刻まれる。

少年だけではない。忍者風の男たちのソードスキルが争うように殺到し、皆が即座に散開した。

 

ボス戦前に合流した二人のベータテスターはイスケとコタローと名乗った。ベータ時代から忍者風のロールプレイをしているらしい彼らは口調から外見まで全力で忍者だった。ミトはひそかに彼らを変人に分類していた。

 

しかし仮にもベータテスターということか。真面目とはいいがたい風貌とは裏腹に腕は確かだった。AGI型ビルドと回避主体の作戦がうまくかみ合っていることもあるだろうが、ボス戦中は危うい場面を見せていない。

 

他のメンバーの実力も確かだ。シリカはケイの指示で戦闘への参加は最小限だったが、ケイとキリトの動きはβテスターでもなかなかいないレベルといっていい。

 

事前の取り決め通りの一撃離脱で再び散らばったミト達は数メートル離れたところでモンスターの挙動を注意深く観察する。《ブルバス・バウ》は連続して受けたソードスキルの威力にめまいを払うような仕草で頭を振ると、再び地面を前足で搔き始めた。

 

1回

 

2回

 

《ブルバス・バウ》は牛型のモンスターであるため武器など装備していない。だから《ソードスキル》と呼ぶことには違和感があるが、とにかく、SAOでは敵もスキルを使ってくる。このモンスターの場合は突進攻撃が一つのソードスキルとして設定されているようで、予備動作に合わせ雄牛の体がうっすらと輝きだす。

 

視線はアスナに向けられている。次の突進は彼女を狙ったものになるだろう。それをかわせばまた皆で攻撃するチャンスが来る。

 

そう思っていたミトの予想はあっさりと覆された。3度目の地ならしと同時にこれまでにない機敏な動きで棹立ちになった《ブルバス・バウ》は即座に方向を変えると、突然斜め後方に駆け出したのだ。

 

だが、新たに攻撃の対象になった少年――キリトは危なげなく躱した。直後動き出そうとしたキリトにケイから声が飛ぶ。

 

「追いかけるな! 新モーションだ! 様子を見る!」

 

果たしてその指示は正しかった。

 

いつもなら突進後は減速する《ブルバス・バウ》はこの時ばかりはがむしゃらに走り続けた。速度を落とさぬままに二度三度と急速に向きをかえ、連続攻撃を仕掛けてきたのだ。

幸いにも、ミトたちは引っかからなかったが、それはモンスターの最後のあがきだったのかもしれない。

先ほどの攻撃で《ブルバス・バウ》のHPはレッドゾーンにまで落ち込んでいた。あともう一、二回の攻撃チャンスでこの戦闘は終わるだろう。

あるいはそうして油断したプレイヤーに食らわせるための最後の牙なのか。

 

じきに体力が限界を迎えたのか、雄牛の暴走が止まる。それがモンスターの最期だった。パーティーメンバーに取り囲まれソードスキルのラッシュを食らった《ブルバス・バウ》は小さく一つ雄たけびを上げると、ぴたりと動きを停止し無数のポリゴン片に姿を変えて砕け散った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

結局、《ブルバス・バウ》はあっさりと討伐された。あっさり討伐されてしまったといった方が良いのかもしれない。おかげでミト達はパーティーを解散するタイミングもこの野良パーティーの行く末を話し合う機会も失ってしまった。

 

「で、どうする?」

 

南側の新エリア。2層の中間地点となる町でボス戦後の一晩を過ごしたミトとアスナは翌日、宿に併設された食堂でケイたちと朝食をともにしていた。この場にはシリカはもちろん、イスケとコタロー、キリトもいる。

 

周辺のモンスター情報やいつの間に集めてきたのかこの町のクエストNPCの情報など、半ば情報交換会じみた朝食の終わり際に発せられたケイの言葉は短かったが、意味はしっかり伝わった。

 

昨日、お互いの強さや戦闘スタイルを確認しあうためにもとりあえず組んでみようと結成された仮パーティーに期限は設定されていなかった。今のこの集団はただ何となく一緒にいるだけの不安定な関係に過ぎない。

 

もう少し様子見をするか、正式にパーティーを結成してしまうか。あるいは彼らとは別の道を進むのか。

 

「俺はあんたたちと一緒に行くよ。ソロで進んでもあんたたちを追い越すのは苦労しそうだからな」

 

口を開いたのはキリトが先だった。愛想笑いと苦笑の中間くらいの表情をしながらケイと握手をする。

 

おそらく昨日のうちに答えを決めておいたのだろう。それはミト達も同じだった。宿の部屋でアスナと話し合い結論はすでに出してある。

ミトはアスナに目を向けた。視線に込められた信頼を感じ取り一度うなずく。

 

「改めて確認したいんだけど――」

パーティーの方針。金銭・アイテムの分配方法。脱退時の取り決め。

ミトは穴がないように細かく確認していく。ミスはできない。何せ自分だけじゃなくアスナの命もかかっているのだ。

 

「わかったわ。私たちも参加させてもらうわ」

「皆さん。よろしくお願いします」

 

アスナが軽く頭を下げる。

 

「拙者らも異存はないでござる」

 

最後に追従したのはイスケとコタローだ。彼らとケイの関係は分からなかったが、いまだ正式パーティーには至ってなかったらしい。

 

「歓迎する」

「皆さん。よろしくお願いします!!」

 

ケイは淡白に、シリカは笑顔で皆を歓迎した。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

それから3日間は迷宮区の探索が中心だった。出会い頭に述べた通りケイの、ひいてはこのパーティーの当面の目標は2層ボスの撃破だ。そのためには道中のマップを完成させることはもちろん、パーティーメンバーのレベル上げも必要だった。

 

ケイの拙速ともとれるフィールドボス戦はこのためでもあった。迷宮区は2層主街区から最も遠く、そして最も強い敵モンスターが出現する。経験値効率は北部のフィールドモンスターより断然いい。もちろん敵が強くなればその分リスクも増えるが、その点に関してはケイは頑なであった。

 

レベル制のRPGでは序盤のレベルは上がりやすい。SAOでも例にもれず初めてソードスキルスロットが解放されるレベル6までは一日あれば到達できる。しかしそこから先は成長が鈍化する……のだが、ミトとアスナはおそらく他のプレイヤーを突き放す速度でレベルを上げていった。

 

レベル上げ3日目の昼。シリカのレベルも10になり、これでパーティーメンバー全員が目標レベルに到達した。休憩のタイミングでケイは今日の夜に2層ボスに挑むことを提案した。

 

「危険すぎる」

 

ミトはこの意見に反対した。考えるまでもない。フロアボスはフィールドボスとは違うのだ。7人で挑むような敵ではない。

 

「7人じゃない。シリカは見学だ」

 

ケイの発言にショックを受けたようにシリカが顔を伏せたが、ミトはそのことにかまっている余裕はなかった。

 

「なおさら無理よ」

「無理じゃない」

 

ケイは本気で言っているようだった。

 

「2層ボスは3体構成だ。一体一体の強さは単独のレイドボスより弱い」

 

呆れたことに、それがケイの勝算であるらしかった。

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》

ベータ時代には存在しなかった2層の追加ボスの情報がもたらされたのはつい先日のことだ。

 

レベル上げに適した場所を探すため迷宮区周辺の地形やモンスターを調べていた時、偶然発見した木こり小屋の中には誰も見覚えのないクエストNPCがいた。迷宮区のボスを匂わせるような意味深な言葉とともに始まったこのクエストはイスケがレベリングを中断して進めたのだが、そこからもたらされた情報は皆を驚かせた。が、ケイにとっては福音であったらしい。

 

確かにケイの言うこともわかる。実際ベータテスト時も2層のフロアボス《ナト・トーラス》と《バラン・ザ・トーラスジェネラル》のコンビは2体構成ゆえか他のフロアボスより控えめなステータスをしていた。そこにもう一体加わるのならば、それなりのバランス調整が行われている可能性は否定できない。だが、すべては可能性の話だ。

 

「だからこそ、挑むべきだと思うけどね」

 

「……っ。それに例えバランス調整を受けているにしても、いえバランス調整を受けているからこそ、今挑むのは無謀だと思うわ。だってフロアボスはレイドパーティーで倒すような強さにしてあるんでしょう?」

 

ミトの目的はアスナを無事に現実に返すことだ。ゲームをクリアすることもボスを倒すことも手段であって目的ではない。

 

「ボスに挑むのは他のメンバーが集まってからでいいと思うわ」

「時間がかかりすぎる」

 

ケイはやはり頑なだった。

確かにミトはこの3日間迷宮区はおろか最寄りの町でも他のプレイヤーを見かけていない。当たり前だ。まだ正式サービス開始から6日しかたっていない。2層の最奥まで到達しているこのパーティーがおかしいだけで、他のプレイヤーは2層序盤を攻略していれば早い方だろう。レイドを組むのに必要な人数――40人以上のプレイヤーが集まるのはしばらく先のことになるだろう。

 

だがケイは思い違いをしている。彼らを待つ時間は安全を得るためにかけるコストではない。そもそも必要経費なのだ。方針の違いで語るべき話ではない。

 

それでもケイは譲らなかった。今のメンバーでも十分に勝算があるといってはばからない。そしてミトもその持論を崩しきることはできなかった。嘘か真か疑わしいものだが、ケイは一人で1層ボスを攻略したというのだ。2層ボス攻略が不可能だと言い切るためには彼の実績を否定しなければならなかった。

 

言い合いを制するようにキリトが声を上げたのはその時だった。

 

「俺は2層ボスに挑むのは悪くないと思う。もちろん少人数だから突破は難しいと思うし、リスクも高いのは承知している。だけどボスの実物をこの目で確かめておくのは悪い事じゃない…………と思う」

 

「これまでもまるっきりベータテストと同じってわけじゃなかったんでしょ。最後のボスのトーラスキングはまだ誰も見たことがないし、予習は大事よね」

 

アスナも賛成したことで会議の趨勢は決まった。

 

午後6時。夕方まで念入りにレベル上げを行ったおかげでアスナとミトのレベルは11まで上がっていた。ボス部屋を前にしてメンバーの表情はそれぞれだった。

ケイとキリトはいつも通り。

イスケとコタローはやや緊張をうかがわせるものの、少し浮かれるような様子で手にした新しい武器をいじっている。金属製の輪っかのようなそれはチャクラムという投擲武器だ。

 

イスケがこなしたクエストで得られた情報は追加された3体目のボスの情報だけでない。そのモンスターの攻撃方法や弱点についても明かされている。曰く『《アステリオス・ザ・トーラスキング》は頭上にいただく王冠をなにより大事にしている。投擲武器で傷をつければうろたえるのは確実だろう』とのこと。

 

これを受けてイスケとコタローは新たな投擲武器を用意した。迷宮区中層のトーラスリングハーラーがまれに落とすチャクラムは使いこなすためには《投剣》だけでなくエクストラスキルの《体術》が必要なのだが、二人はこれを習得していた。ことあるごとに手裏剣手裏剣と騒ぐその様子から、二人の忍者はその武器をいたく気に入っているようだ。

 

このボス戦で存分に活躍させるべく戦意をたぎらせている。

 

シリカとアスナは初めてのボス戦ということもあって張り詰めた顔をしている。

2人はベータテスターじゃない。フロアボス戦も初めてだ。緊張して当然だろう。

 

見学だというシリカはともかく、アスナはミトが責任もって守らないといけない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「――そう思っていた時期が私にもありました」

 

光を失った目でミトはそう独りごちた。

 

「ミト! スイッチ!」

「ああ、うん」

 

溌溂と声を上げながらソードスキルを放つアスナと入れ替わりにミトは大鎌をふるう。

 

「グモオオオオオオオオオオ!!!!」

 

おぞましい雄たけびを上げながら見上げるように大柄な牛の巨人が、反撃のため武器を振り上げるが――すぐにバランスを崩してたたらを踏んだ。

 

「スイッチお願いしますっ!」

 

はじめは実力不足としてボス部屋の外で待機していたシリカも今や攻撃に参加している。

シリカの実力が急激に上昇しベータテスター並みの動きを身につけたわけでも、予備戦力を投入しなければならないほど追い詰められたわけじゃない。

 

むしろその逆だ。

 

ケイの言うようにバランス調整の結果なのかどうかは疑わしいものだが……

 

 

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》ははっきり言って弱かった。

 

 

 

おそらくステータスやスキル自体は文句なしに強いのだろう。攻撃のたびに減るHPの量から少なくとも防御力に関しては前2体のボスより強化されているのは間違いない。だが、弱点が大きすぎた。

 

連続確定ノックバック

 

これがすべてを台無しにしていた。《アステリオス・ザ・トーラスキング》の王冠にイスケとコタローが投擲武器を当てるたびにボスは攻撃も防御も移動すらもキャンセルされてのけぞるのだ。おそらくこれは本来の仕様ではないのだろう。バグか、設定ミスか。

 

「こりゃナーフ確定だな。二度目があればだけど」

 

キリトのつぶやきに全面的に同意だった。

 

始めはいかにもレイドボス戦だったのだ。

《ナト・トーラス》と《バラン・ザ・トーラスジェネラル》の同時出現に対してケイが選択したのは片方を集中的に撃破する方針だった。バランをAGI型のイスケが引き付けている間に、残りのメンバーでナトを倒し、ステータスの高いバランの方は1対複数で囲んでたたく。戦況は予定通りに推移した。そして《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》のHPがレッドゾーンに到達したとき、最後のボスが出現した。

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》

 

トーラス族の王。先の二体に輪をかけて筋肉質の巨体で周囲を睥睨しながら現れた威風も今はどこへやら。最初に感じた緊張や不安はもうない。

 

ノックバックに次ぐノックバックで初期位置からろくに移動できていないこのボスの命は風前の灯だろう。当初はこのボスの姿を拝めるかどうかと考えていたミトの予想は根本から覆された。

 

「なんか違う……」

 

ミトのつぶやきはボス撃破によるファンファーレにかき消され誰の耳にも届かなかった。

 



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004 第3層

攻略がさらに加速するRTA3層編、はーじまーるよー。

 

前回は2層ボスを攻略して3層を開通させました。

時刻は午後8時ごろです。攻略自体は簡単でしたが人数が少なかったため時間がかかりましたね。

主街区でやることは宿の確保と打ち上げです。パーティーメンバーは完全にお祝いモードになっているので3層で一番豪華なご飯が食べられるNPCレストランに向かいましょう。

 

3層開通を祝して乾杯。

 

正直この時間はRTA的にロスなんですが、パーティーメンバーの心情が悪化した時に起こるイベントを防ぐためだと思えば許容できる範囲です。今後もメンタルケアは欠かさないようにしましょう。

 

打ち上げではボスドロップ品の分配をします。コルは均等分配ですがその他のドロップ品に関しては協議制ということにしていました。人数が少ない今だからこそできる方法ですね。

 

 

 

 

 

3層では1,2層と違い2つの大きなクエストが存在します。

1つはエルフのキャンペーンクエスト。キャンペーンと名がつく通り1回で終わらずシナリオ進行とともに、9層まで連続して発生するクエストの開始フラグが3層の森にあります。これは報酬もウマ味ですしチャートにも深く関わるため避けては通れません。

 

2つ目はギルド結成クエストです。ギルドはMMOにありがちなあれです。パーティーよりも緩やかな仲間集団みたいなものですが、ギルドメンバー同士で微弱なバフがかかったり、ギルドホームやギルドストレージが使えるようになったりと便利な奴です。これも結成するにはリーダーが3層のクエストをクリアする必要があります。

 

もちろん迷宮区を探索してボスも倒さないといけません。

 

そのため翌日はパーティーを分けて行動します。イスケ・コタローの忍者コンビはエルフクエストに、シリカ・ミト・アスナはギルド結成クエストに向かわせましょう。

キリトとカヤバ君は迷宮区の探索です。

 

なおこの階層では別れたメンバーはもう合流しません。というのもエルフクエストもギルド結成クエストもそこそこ長丁場でして、攻略手順を知っているベータテスターでもクリアに丸一日はかかるからです。

 

じゃあ、2日目以降に合流すればいいじゃんと思うかもしれませんが、それもないです。

 

この階層のボスは今日中に倒します。

 

使うのは例によってグリッチですね。

詳しい解説は後程。

 

さて、3層主街区を出発する前にちょっとしたイベントが起きます。情報屋アルゴとの会話です。

2階層攻略時にキリトはモンスターやフィールドの情報を後発のプレイヤーに伝えるべくアルゴと連絡を取っていました。実はその時、アルゴからの依頼でパーティーメンバーとの橋渡し役を頼まれるんですね。

 

こちらとしてもアルゴと顔をつないでおくのは悪い事ではないので素直についていきます。

キリトに案内された場所は町はずれにある閑散とした広場です。ベンチにはフードを被った小柄なプレイヤー、アルゴがいます。

 

アルゴの要件は《立て札》の件ですね。

実は彼女はこの時点で《立て札》で情報拡散をしたプレイヤーがカヤバ君だと気づいています。そうわかるようにやったんで当然なんだよなぁ。

 

現在は《MMOトゥデイ》の管理人であるシンカーが《立て札》の管理をやっていますが、その引継ぎに関して初代の設置者としての追認を得に来たようですね。こちらとしてはめんどくさい上に時間がかかる情報管理をやってくれるのは大歓迎です。

パクリだとか元祖だとか変ないちゃもんつけるつもりはないから安心して引き継いでくれよな。

 

ちなみに口には出していませんが、アルゴの第二の目的はボス撃破者の確認ですね。今プレイヤーの間で最も話題になっている攻略集団の情報を彼女が放っておくわけありません。

さらに言えば未知の階層の新情報を持って帰ってくる攻略組は情報屋から見れば金の卵を産むニワトリみたいなものですからね。必死になって探すというものでしょう。

こちらとしても後続のプレイヤーの死亡率を下げるのはやぶさかではないので心置きなく情報提供を約束しましょう。

 

えっ、初日にソロでボスを倒した秘密ですか?

 

その情報は100万コルだナ。

 

あと、ボス攻略者の情報ですが一応口止めしておきます。

攻略組だという情報を広めておくと他のプレイヤーから絡まれたりしてチャートが乱れやすいんですよね。序盤は秘密主義で安定です。

 

会話が終わったら今度こそ迷宮区にイクゾー!

 

道中は例によって全逃げでさっさと進みます。迷宮区に着いたら二手に分かれてマップを埋めていきましょう。他のプレイヤーだと迷宮区をソロで探索させるのはリスクがありますが、キリトなら安心安全。

 

カヤバ君はめぼしい宝箱だけ回収しつつ最上階を目指していきます。ボス部屋の場所はベータ版と変わっていないので、迷う心配はないでしょう。

 

3層ボスは《ネリウス・ジ・イビルトレント》。ポジ持ちの大型植物モンスターです。

見た目は灰色の巨大なトレントで、主な攻撃パターンは伸びる枝での物理攻撃と、地面から突き出てくる根っこ攻撃、地面を揺らして転倒状態を誘発する地面揺らし、幹から噴き出す毒ガスによる毒攻撃です。

 

この毒ガス攻撃が厄介で広範囲のプレイヤーをポジらせてくるうえ、高頻度で連発してきます。解毒POTを用意し忘れると大変なことになります。また地揺らし攻撃も回避が難しく転倒させられると、追加攻撃をもろに食らってしまう危険な技です。

HPが減ってくると毒々しい色の木の実を木の洞から発射してくる攻撃とさらに素早く枝を振り回す攻撃が追加され、危険度が上昇します。

 

まあ、まともに戦うことはないんですけどね。

 

あっそうだ(唐突)

皆さんは1層で手鏡をバグらせたのを覚えていますか。

 

ここでSAOにおけるアイテムの仕様の話をしましょう。

SAOではあらゆるアイテムにはアイテムコードというものが設定されています。アイテムコードとはデータの住所のようなものです。

 

例えば基本アイテムである薬草を例にとってみましょう。

 

薬草はオブジェクト名薬草。グラフィックは葉っぱの形で使用するとプレイヤーのHPを少量回復します。素材アイテムにもなり《調合》で使用するとポーションになります。重量は何グラム。耐久値はこれくらいで、売却価格はいくらで、というように多くの情報を保有しています。

 

こういう情報をこの世界に存在するすべてのアイテムに直接設定していたら、データ量が膨大になってしまいます。

そこでコードの出番です。アイテムの持つ情報は1つの場所にまとめておき、アイテム本体にはアイテムコード何番の情報を参照せよと命令を書いておくのです。こうする事でアイテム本体には簡単な参照情報を書いておくだけで大丈夫になります。

 

SAOにはシステム的には2種類のアイテムが存在しています。サーバーに複数存在可能な汎用アイテムと、たった1つしか存在できないユニークアイテムです。この2つはデータ的にも別々に保存されており、ユニークアイテムにはユニークアイテムフラグという特殊なコードが設定されています。

 

さて、重量制限によりこれ以上アイテムを取得できないプレイヤーに手鏡が送られると取得状態でスタックします。これはストレージ内のアイテムを捨てて容量に空きができるまで維持されます。

 

カヤバ君はその後なんのアイテムも取得しないように注意しながらフロアボスを倒しました。そしてフロアボスの報酬はこれまたアイテムストレージにドロップする形式です。こちらは流石に通常の手順通り《持ちきれないのでアイテムを選択してください》という注意画面に移行します。

ここでボスがドロップする《コボルドロード・シャムシール》のみを選択して取得しました。

 

ちなみにこの曲刀は正式版で刀にその地位を奪われお役御免となったβ時代のコボルド王のメインウェポンで、LAボーナスを除けば1階層で取得可能な唯一のユニークアイテムです。

 

ここでバグが起きます。ストレージにスタックしている手鏡のアイテムコードが《コボルドロード・シャムシール》のアイテムコードと干渉し、手鏡にユニークフラグが移ります。《コボルドロード・シャムシール》はデータの海に消えます。コボルドにも使ってもらえず、プレイヤーにも使ってもらえず悲しいやつだなぁ。

 

そしてユニークコードを付加された手鏡もバグります。手鏡のアイテムコードでユニークフラグを持っているアイテムがないためです。オブジェクト化すると変なことになるのでやめましょう。

 

そしてこのバグった手鏡はしばらく宿屋などの外部ストレージに放置しておくと、だいたい数日でSAOのシステム全般を管理するAI――カーディナルシステムに発見してもらえます。

 

SAOはデスゲームという性質上アーガス社員による管理業務を受けられません。そこで茅場晶彦が目指したのが人の手を必要としない全自動運営システムです。

カーディナルシステムはそうして生み出されたSAOの様々なシステムを管理する上位プログラム。言ってしまえばAIのゲームマスターです。

 

さて、カーディナルは発見したこのバグアイテムを修正しようと試みます。のちにメンタルサポートAIの致命的なエラーを見逃すほどの、完全無欠さを誇る優秀なカーディナルさんチッスチッス。

 

多分こんな感じでしょう。

 

ユニークフラグ付きのよくわからんアイテムあるやんけ。なんやこれ?

うーん、そういえばサービス初日にGMにいじられたユニークアイテムあったな。

多分これやろ(適当)。修正しとこ。

 

こうして手鏡は見るからに最高レアリティな輝きを放つ精緻な細工の施された両手剣へと姿を変えます。デスゲーム化に伴い本来の100層ボス《An incarnate of the Radius》とともに出番を消されたボスドロップのユニークアイテムです。

 

実は今日、朝のうちに2層の宿屋に戻り、タンスのストレージから引っ張り出してきました。

 

と説明をしているうちにボス部屋に到着しましたね。

オッスお願いしまーす。

 

《ネリウス・ジ・イビルトレント》はこれまでと違い単体ボスです。その分過去のボスと比べて強力なステータスを持っていますが、そんなものは100層武器の火力の前には誤差です。

 

唯一難点をあげるとすれば武器がくっそ重たい事ですね。

 

SAOの武器にはそれぞれ固有の要求STRが設定されており、これは強力な武器ほど高く設定されています。当然今のカヤバ君がゲームの最終盤でドロップする作中最強クラスの武器の要求STRなんて満たせるわけがありません。プレイヤーが要求ステータスを満たせない場合、武器はめちゃくちゃ重くなります。

が、完全に持ち上げられないほどではありません。SAOでは武器を定期的に鍛冶師にメンテナンスしてもらう必要がありますが、攻略組並みのSTRを持つ鍛冶師以外まともに整備できない武器なんてものはクレーム必至ですからね。ペナルティが最大でも持ち運ぶのが難しい重さにはなりません。戦闘においては素早く振り回すのは難しいですが、今回はそれでも十分です。

 

大ぶりな通常攻撃が当たるたびにHPバーががくんと減り、トレントが悲鳴をあげながらのけぞります。武器の慣性は制御しようとせず、そのまま一周してまた横なぎを繰り出します。まるでハンマー投げのようにぐるぐる回りましょう。

 

いくらナーヴギアとはいえ三半規管の誤作動までは再現されないので、(目が回る心配は)ないです。

 

このボスもノックバックではめられます。

ドロー! モンスターカード!

ドロー! モンスターカード!

ドロー! モンスターカード!

ドロー! モンスターカード!

 

……あっという間に3層ボス、工事完了です。

お疲れ様でした。

 



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005 第4層前半

急にやることが多くなるRTA第5部はーじまーるよー。

 

前回は3層ボスを撃破したところです。

 

まずは迷宮区を探索しているキリトと合流して往還階段を上りましょう。

 

まるで面影の無い4層のお披露目です。

ベータ時代は枯れ谷と呼ばれる乾燥した地形をテーマにした階層だったのですが、正式版では谷に水が満ち、水路をテーマとした階層に大幅リニューアルされています。

階段を上った先はポツンと浮かぶ離れ小島です。ここから主街区まで陸路はなく、泳いでいかないといけないんですよね。

おお、めんどいめんどい。

 

4層の主街区は埃っぽい乾燥地帯の町でしたが、正式版では町中に張り巡らされた水路の上に白壁の映える建物が立ち並ぶヴェネツィア風にリニューアルされています。

まあ、実際のヴェネツィアを見たことはないんですけどね。初見さん。

 

水路をゆっくりと進んでいくゴンドラ船を追い越し桟橋から町に上がります。

 

SAOは無駄に高性能なので、水濡れのエフェクトで服がべったり張り付く感覚まで再現されています。そんなとこ頑張らなくていいから。

 

余談ですが、水濡れのエフェクトは感覚だけじゃなく実際に服が肌に張り付き、うっすらとインナーも透けるようになります。しかも水泳中は基本的にかさばる金属装備やマントを外しています。

 

こんなかに、タイム的には微ロスだけどアスナやミトを連れてきたことある奴いる? いねえよなぁ!!? (32敗)

 

さて主街区に着いたらまずは武器屋に向かいましょう。3層ボスに使った武器はここで速やかにインゴット化しておきます。こいつを使い続けるのはさすがのカーディナル君も許してくれず、どう頑張っても4層ボス戦までにはグレードを3層水準までナーフされてしまいます。反省の意を込めて自らの手で素材に戻してドウゾ。

 

またこのタイミングで装備の調達も行います。3層をほとんど攻略しなかったせいでボスと迷宮区の宝箱からのドロップ品以外は、未だに2層の武器防具ですからね。こ↑こ↓で4層水準に更新しておきます。

 

装備を整えたら転移門広場に向かいましょう。4層ではアルゴに町中のクエスト情報を調べてもらいたいので時間経過ではなくさっさと活性化させてしまいます。もろちん攻略組の正体がばれないようにパパパっとやって、誰にも見られずに終わらせます。

 

その後はフレンドメッセージで忍者達とアスナたちに連絡を取ります。

 

あのー、(転移門は)機能したんですけど、まーだ(クエストに)時間かかりそうですかねー?

 

アスナたちギルドクエスト組はあと少しですが、忍者達のエルフクエストは今日中に終えるのは厳しそうですね。

 

じゃあおとなしく宿をとりましょう。今日は忍者はエルフの前線基地に、アスナたちは3層で宿をとることになったので、4層の宿にはキリトと二人きりというわけですね(激うまギャグ)

 

真夜中の密室に男二人きり。なにも起きないわけが――

なにも起きませんでした。

 

翌朝起きたらアルゴに連絡を取ります。

《ロービア》では移動手段としてゴンドラという小型船が用意されていますが、これは町中の移動に限った話ではありません。4層はマップ全体が水路に覆われており、この階層は街から街、ダンジョンからダンジョンとすべてのエリアの間で水路を移動するしかありません。

 

でも問題が1つ。町中にいるNPCの船は外まで行ってくれないんですよね(憤慨)。

だからと言って泳ぎながら行くのはナンセンスです。道中には普通にモンスターが出ますし、フィールドボスもいます。やっぱり船です。この階層は船を造らないと始まりません。

 

というこの階層の仕様をアルゴはたった一晩で突き止め、ゴンドラを作成するためのクエスト情報をも手に入れています。

 

やっぱアルゴの……情報を……最高やな!

 

まあ、正確にはアルゴが知っているのはこの町のクエストNPCの出現地点だけで、そこからゴンドラ作成のクエストNPCを見つけるのはキリトなんですけどね。昨晩のうちにアルゴに依頼しておいた町のマップデータとそこに書き込んであるクエストNPCの情報を熟読したキリトが北西区画のとあるクエストフラグにあたりを付けます。

 

キリトはベータ時代、まだこの町に水路が存在していない頃の圏内クエストを一通りこなしています。見慣れないクエストがあればそれが町の水路化に伴って追加されたクエストである可能性が高いという推理ですね。

 

ということでキリトと一緒に朝一でゴンドラ作成クエストに向かいましょう。現在時刻は朝の6時。前日夜遅くまでクエストをやっていたアスナやミトたちの合流は待たなくていいです。

 

一般通行ゴンドラを捕まえ、アルゴの地図に従って進むとなんの変哲もない民家にたどり着きます。船大工の工房兼自宅ですね。

 

それにしても造船クエストのめんどくささですよ。

 

今回はアルゴの驚異的な情報力とキリトのβクエストの知識量のおかげで一発で船大工の元まで来れていますが、このクエスト本来はもっと時間がかかります。

というのもこの家は、造船ギルド近くの大通りで開始するいくつかのクエストをクリアしていくことで情報が手に入り、初めて発見できる場所なんですよね。

船大工の家は初見では絶対気づかない見た目をしていますし、開発側もまさか前提クエストなしで見つけられるとは思っていなかったでしょう。

 

クエストの開始NPCは商人のおじさんです。商売用の船が壊れているので、商品の移動を手伝ってあげるとクエスト開始です。

 

その後造船ギルドに向かうのでついていくと無愛想な門番に門前払いされます。どうも造船ギルドはしばらく前から休業状態のようなのでなじみの船大工の家に直接向かうのですが、あいにくの不在。

 

彼の妻に話を聞くと最近は飲んだくれてばかりいると愚痴を聞かされ、さらにはちょうどいい人手が手に入ったとばかりに重い荷物の運搬クエストを依頼されます。

クエストをこなして行きつけの酒場を教えてもらうと、酔っ払った造船ギルドの職人に話を聞けます。どうやらこの街では新しく船をつくる事が禁止されているようで商売はあがったりだそうです。商人の船は修理してくれるそうですが、どれだけ頼んでもプレイヤーの船は作ってくれません。どうも造船を禁止している海運ギルドはこの街最大の組織だそうで逆らったらタダではすまないとおびえてしまいます。

そこで商人のおじさんから助け船がかかり、話に出るのが造船ギルドの親方。彼ならば海運ギルドに逆らってでも船をつくってくれるのではないかと住所を教えてもらえ、ようやくこの家にたどり着くわけですね。

 

めんどくさ。

 

この家では親方に造船を依頼できます。

が、どうやら海運ギルドの妨害により材料が流通していないとのこと。船が欲しいなら自分たちで素材を集めなとクエストが進行します。

 

造船クエストを開始したら木材の防水処理に必要な《熊脂》を取ってこようとクエストログが更新されます。

造船クエストのアイテムは町南東のフィールド《熊の森》で手に入ります。キリトと向かいがてらアスナたちとも合流しましょう。

ギルドクエストありがとナス。

 

《熊の森》では4層にふさわしくちょっと強くなったモブ敵が出現しますが、小足見てから昇竜拳余裕なキリトさんなら問題ありません。

アスナたちにクエストのあらましを説明していると、シリカがもっともな疑問を抱きます。船を作るクエストなのに脂を集めさせられるのっておかしい。おかしくない?

普通木材とかでしょ。

 

勘のいいガキは……嫌いじゃないよ(にっこり)

 

実は造船クエストで必要になるアイテムは4つあります。

最初のクエストでは《熊脂》を要求されるのですが、持って帰ると次は《チークの芯材》という木材、続いて《熊の爪》、さらに《熊の毛皮》も要求され、なにも知らずにいるといちいちフィールドと街を行ったり来たりさせられます。

 

はぁー、めんっっどくさ!

いやがらせかな?

 

キリトの、俺知ってる! これ同じ場所に何度も行かされるタイプのクエストだ! 発言に便乗すれば、森を何度も往復する悲劇は回避されます(無敗)。

 

クエストの素材アイテムは木材も含めて午前中で十分量そろいます。が、ここで問題が。

クエストログには《熊の脂》がいくつ必要か書いてないんですよね。他のアイテムも本当に使うのか不明な状態。

 

じゃけん、いったん確かめに行きましょうねー、とカヤバ君とシリカで親方の所に戻ります。

 

親方の家に、着くぅー。

 

《熊脂》を用意すれば船を作ってくれるんですよね?

 

……ダメみたいですね。

 

まあ、わかっていましたが。追加で要求される《チークの芯材》《熊の爪》《熊の毛皮》を渡しましょう。これでようやく造船メニューが開けます。この画面では船のデザインやオプションなどを選べますが、どうでもいいです。デフォルトでオナシャス。

 

親方は家の奥の工場に引っ込みます。

 

 

 

 

 

 

そして発生する待ち時間!!!!

 

 

 

 

 

 

 

なんとこのクエスト、造船を依頼してから最低でも3時間は待たされます。

ちなみに親方はパブリックNPCなので一人のプレイヤーがクエストを進行させている間他のプレイヤーが話しかけることはできません。つまり造船依頼は一人ずつしか行えません。

一応確認しておきますがSAOには1万人のプレイヤーがいて、ゴンドラはこの階層を攻略するための必須アイテムです。

 

ゲームが壊れちゃーう!

 

現在は午前10時半なので、13時半まで待ち時間ですね。

 

とりあえずクエスト進捗を仲間に共有しましょう。また、造船画面で確認した中型・大型船の情報と必要素材を教えて、キリト・アスナ・ミトにはレベル上げもかねて森での素材集めを続行するよう指示しましょう。

 

カヤバ君とシリカは森には戻らず2層に向かいます。目的は鍛冶師の勧誘です。

実は朝の時点で今日の午後に鍛冶プレイヤーを紹介してほしいとアルゴに頼んでいました。

 

ゲーム内ではネットの攻略サイトにアクセスできないので、情報屋のアルゴの元には連日多くのプレイヤーから相談が来ています。鍛冶師プレイヤーも生産スキルや素材アイテムについて聞きに来ているのでアルゴのもとには生産職プレイヤーの情報が集まっています。

 

紹介してもらうのはリズベット一択です。単に鍛冶スキルを取得しているだけのプレイヤーは他にもいますし、暇なプレイヤーを一から鍛冶師に育てることも可能ですが、人格、やる気、戦闘力などを考慮すると彼女に軍配が上がります。

 

アルゴにはパーティーに女子が多いから女子を紹介してほしいとでも言っておきましょう。ほぼ確実にリズベットの名前が出てきます。

 

2層主街区《ウルバス》に着くと、待ち合わせ場所にはリズベットが待っています。

 

まずうちさあ、採掘スポットあるんだけど、鍛冶スキル上げてかない?

 

そう言うとホイホイついてきます。やったぜ!

 

リズベットでは2階層のモンスターは荷が重いので、とりあえず4階層の店売り最高装備でドーピングします。

 

カヤバ、シリカ、リズベットの3人で向かうのは2層南東の《マロメ》の村です。

村に着いたら付近にある山岳エリアでひたすら採掘、採掘ぅ。

 

鉱石系素材はモンスターからのドロップやクエスト報酬以外にもフィールドに存在する鉱床という採取スポットから手に入れることができます。

この山には複数の鉱床がありますが、実はその中に1か所、バグにより鉱石が無限湧きする所があるんですよね。

 

通常だと1つの鉱床からは採掘できる鉱石は最大10個。掘りつくすと時間経過により復活するまで使用不能になる中、カーディナルに修正されるまでの期間限定とはいえ、短時間で1000個以上の鉱石を手に入れられるお得スポットなのでぜひとも有効活用しましょう。

 

シリカは昨日のうちにレベル12に到達しているので新しいスキルスロットが増えているはずです。山に登る前に、リズベットとともに《採掘》スキルを取ってもらいましょう。SAOでは素材集めに採取スキルは必須ではありませんが、あると獲得素材量が増えたりレアアイテムを入手しやすくなったりします。

 

準備ができたら探索開始です。イクゾー!

 

数十分かけて裾野の鉱脈を巡り終え、山の中腹の崖の下にやってきました。無限湧きの鉱床はこ↑こ↓です。

今まで遭遇した鉱床と明らかに違う鉱石のドロップ数にシリカが驚いていますが、手を止めさせないようにします。それどころかリズベットにも採掘に参加させ、餅つきみたいに2人で交互にピッケルを振り続けます。

 

おお、はかどるはかどる。

 

カーディナルがこのバグを見つけて修正するまで30分ほど。それまでは無限に鉄鉱石を掘ることができます。

 

30分も鉱石を掘るだけなんて退屈だよというせっかちな皆様のために……

 

今回シリカを連れてきた理由を説明したいと思います。

 

勘のいい視聴者ニキなら気づいたと思いますが、シリカは4階層において来た方がレベリング的には効率がいいです。

が、正直言って足手まといです。βテスト時代に最前線で攻略していたキリトやミト。将来攻略組で活躍するポテンシャルを持つアスナと比べて、彼女の実力は……ナオキです。

駆け足気味で攻略している現在、シリカのレベルは4層の安全マージンを満たしておらず、通常mobでもカヤバ君のフォローがないと怪しいレベルです。

 

そのうえ、キリト達がレベリングをしている《熊の森》では通常モブに加えて《マグナテリウム》という大熊が出現します。4層の造船クエストは通常の素材でもクリア可能ですが、上位素材を用いると速さや頑丈さなどが強化された上質な船を作ることができます。《マグナテリウム》は《幻の熊脂》や《火炎熊の爪》《火炎熊の毛皮》などの上位の素材を落とすウマ味モンスターなのですが、ステータスではフィールドボスに匹敵するほどの強モンスターです。しかも熊のくせにブレス攻撃まで持っています。

キリトやアスナ、ミトなら倒せるんですが、シリカはぼこぼこにやられて、最悪死にます。

死なないにしても撤退戦になり、ロス確定です。

 

はぁー、つっかえ。辞めたら。攻略組。

 

その点、2層の敵ならいくらシリカでも安心安全。リズベットも見知らぬ男と2人きりより、年の近い女性プレイヤーがいる方が安心できるということでこっちに連れてきました。あと、《採掘》スキル要員ですね。カヤバ君がスキルなしで掘るより収量が上がります。

 

と、説明をしている間にボーナスタイムが終わりましたね。鉱床が正常化されて鉱石がドロップしなくなりました。ストレージに鉱石を詰め込んだら、いったん《マロメ》の村に戻りましょう。ここには鍛冶屋があります。

 

さて、せっかく集めた鉄鉱石ですが、現状だと鍛冶に使用できません。鉱石系アイテムは2個で《プランク》または、6個で《インゴット》に精錬しないと武器作成に使用できないんですよね。

そして鉱石系アイテムの精錬のためには鍛冶屋にある大型炉が必要になります。

ということで、リズベットにNPCの鍛冶場を借りに行かせましょう。

許可が下りたら、鉄鉱石を床一面にドバーッとまき散らします。

 

リズベットはこの鉄鉱石を全部鉄プランクに変えておくように。

 

以上。閉廷。解散。

 

とはいきません。

 

無限湧きの鉱脈から採掘した鉄鉱石は2人で3000個近くに及びます。重量のある鉱石系アイテムは何百個もインベントリに入れることはできないので、一度で運びきれるはずもなく、持てなかった分の鉱石は地面に放置してあります。このままだと時間経過で消失するため誰かがとってこないといけません。

 

……。

シリカ、頑張ってクレメンス。

 

チャートの都合上カヤバ君は夕方までに4層に戻らないといけないので時間がありません。

 

シリカは正直戦力としては頼りないですが、レベル12で4層装備を身に着けているので2層のフィールドくらいは、さすがに、ね。

 

リズベットが文句を言っていますが知りません。

 

あなたには今から鉄鉱石でひたすら武器を作ってもらいます! 理由はもちろんお分かりですね? 貴方の鍛冶スキルの熟練度が低すぎるからです! 覚悟の準備をしておいてください! 明後日までにこの鉄鉱石を使い切ってもらいます! 追加の鉱石も用意します! 暇なシリカには問答無用で鉱床巡りをしてもらいます! 徹夜の準備もしておいてください! これはRTAです! 鍛冶場にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい! いいですね!

 

2人に指示を出したら4層に戻ります。

 

鉱石関連の仕事は3時間くらいかかるので4層に戻るころにはもう船は完成しています。キリト達もいったんレベリングを切り上げさせます。ついでに忍者のエルフクエストも終わっている頃なので合流しましょう。集合場所に指定した船匠の家ではすでにアスナとミトが今日一日で乱獲した素材を使って造船メニューをいじっているところでした。メニューを開いてあれがいい、これもいいと盛り上がっています。この二人は船のスペックやカラーリングにこだわりますからね。ゴンドラなんて4層でしか使わないから乗れさえすればいいと思うんですけど……。

 

メニューに表示されている船がデフォルトより豪華なグラフィックになっているということは、ノーマル素材じゃないようです。今回は運よく《熊森》のヌシモンスターと遭遇できたんでしょう。

 

あ、ちなみにですがアスナ達には造船依頼は行わないよう事前に言い含めておきましょう。オプションやデザインの画面までは進めてもいいですが、最後の造船ボタンだけは絶対に押させてはいけません(1敗)。

 

まずは完成したゴンドラを試してみて、どんなオプションが必要かを確認しようと言っておきましょう。せっかく作ったけど不便な仕様になっちゃったとか嫌ですよね。

 

という事でゴンドラ試乗会です。

親方の工房に案内され、クレーンにつられていたゴンドラが室内の水路に浮かべられると、アスナとミトがにわかに色めき立ちます。

 

みんなで順番にゴンドラを楽しんでいると街のNPCに異変が起きます。忍者がゴンドラに乗っているとすれ違う船頭に妙に荒々しい態度をとられるようになるのです。

忍者がいないとみんな優しくなります。

忍者が乗るとすぐそばを猛スピードで走られ、水しぶきをかけられます。あからさまに煽られてますね。

 

……お前とうとうやりやがったな(犯罪者を見る目)

 

皆から冷ややかな目を向けられた忍者がクエストログを表示して弁明します。

実は3層のエルフクエストをクリアしたプレイヤーがプレイヤーメイドのゴンドラに乗ることが、4層のエルフイベントの開始フラグになっているんですね。

 

私は最初から信じてました(高速手のひら返し)

 

クエストログには水運ギルドの船頭の様子がおかしいので船匠に話を聞けと書いてあります。

これがあるから次の船の依頼をさせてはダメだったんですね。

うっかり止め忘れていると次に親方に会えるのは二艘目の建造後。数時間の大ロスになります。

 

工房に戻り親方に話を聞くと、どうやら海運ギルドが街の外でなにかきな臭い取引をやっているとの噂を教えてもらいます。

海運ギルドが現在町の外に船を出すことを禁止しているのも、それがばれたくないからだろう。町の外に出るかもしれないプレイヤーのゴンドラは目障りな存在だと思われて嫌がらせをされているのではとのこと。

さらに詳しいことが知りたいなら町の外に出る水運ギルドの船を尾行でもしてみるといいだろうという露骨なクエストフラグももらえます。

 

次のクエストは海運ギルドの裏取引を探る事。街から出発する大型船をばれないように追跡していくスニーキングミッションです。

 

本来はここから海運ギルドや町中の船着き場を捜索し、怪しい船を張りこまないといけないのですが、そんなことをしていてはRTAではありません。

 

探索パートと張り込みパートをすっ飛ばして街の南側水路に向かうようアドバイスをしましょう。船の出どころがわからなくても行先は分かります。《ロービア》の街には南北二ヶ所の水路しかなく北側は往還階段があるだけの実質行き止まりなので、南の水路に行くことは確定です。

 

じゃけんさっさとクエストに行きましょうね(RTA走者のまなざし)

 

船頭はカヤバ君が勤め、エルフクエストのフラグを持つ忍者二人を乗せて出発します。2人乗りのゴンドラは乗客が2人という意味なので船頭を入れれば実質3人乗りです。

時間は……ぎりぎり間に合いそうですね。

水運ギルドの船が出発するのは一日一回夕方のみ。時間を過ぎると24時間待たないといけないので、うっかり間に合わなくならないよう気を付けましょう(11敗)。

 

さて、しばらくはつかず離れずで船を追いかけるだけなので、簡単にエルフクエストの解説をしましょう。

 

エルフクエストはSAO初の大型キャンペーンクエストとなっており3~9階層まで連続したシナリオが用意されております。

今回のクエストが忍者にしか発生しないのはこれが4層のキャンペーンシナリオであり、3層のエルフクエストの続きという立ち位置だからです。

 

さて、ベータ時代のエルフクエストは各プレイヤーが戦争状態にある2つの種族、フォレストエルフとダークエルフのどちらかの陣営に参加し、各階層に存在するエルフの秘宝である《秘鍵》を集めていくというものでしたが、正式版では隠された第3のエルフ陣営が追加されています。それが今回、海運ギルドと密輸を行っているフォールンエルフです。

 

フォールンエルフは大昔にエルフの禁忌を侵し、聖樹の恩寵を失ったエルフの末裔たちです。彼らは種族の悲願である聖樹の力を手にするため森エルフや黒エルフの目を盗んで《秘鍵》を強奪しようと画策しています。

 

キャンペーンクエストのメインテーマである森エルフと黒エルフの戦争にもフォールンエルフの暗躍があり、この階層でもこそこそと悪だくみをしている最中なんですね。

 

ちょうど海運ギルドの船が水路をそれて洞窟に入っていきました。2大派閥である森エルフと黒エルフはこの階層に大きな水上要塞の拠点を構えていますが、少数派で迫害されているフォールンエルフはこの洞窟型のダンジョンの奥深くの秘密基地でひっそり暮らしてます。

 

そしてこの洞窟こそがこのクエストの最大の難所です。

 

尾行中にも関わらず、ここは普通にフィールドモブが湧いてきます。もちろん戦闘音が響けば前を進む船から発見される可能性がありますし、離れて戦闘しても、時間をかけすぎたりして、船を見失うのもダメです。

つまり、初めて操作するゴンドラで、つかず離れずの距離を保ちながらモンスターとのエンカウントを極力避け続ける必要があるんですね。

 

その難易度は試走の際、キリト・アスナコンビでさえ尾行に失敗していたほど。

初回クリアは無理だってはっきりわかんだね(クソデカため息)。

 

しかもこのクエストの真に恐ろしいところはダンジョン奥地にいるフォールンエルフの戦闘力の高さです。取引現場にたどり着いた後、ミスって発見されると確実に忍者は帰らぬ人となります。

 

だから、カヤバ君がついてくる必要があったんですね。

 

ゴンドラの操縦は繰り返し練習したのでモブ敵の回避はお手の物ですし、よけきれず絡まれた場合でもうまく操船してアシストすることで、遅れは最小限に抑えられます。

 

さて、そろそろ話すこともなくなってきました。

 

まーだ、時間かかりそうですかね。

 

おう、あくしろよ。

 

……………………。

 

やぁーっとつきましたね。単なる尾行クエストで1時間以上もかかるなんて、嫌になりますよぉ。

 

洞窟の先から人の話し声が聞こえてきたら目的地が近いです。

微速前進で広場の壁ぎりぎりに停止させましょう。

 

取引現場となっているのは天井の高いドーム状の広場です。そこではエルフたちが船に乗せられた大きな木箱をせっせと下ろしています。

 

取引されたブツはあの木箱の中に隠されていると思いきや、あれは空箱です。箱そのもの、というより材料の木材が密輸している荷物になります。

 

ただの木材程度をわざわざ密輸する理由は取引相手がエルフだからです。森や自然と調和して暮らす彼らには生木を切ってはいけないという種族的な縛りが存在しています。

 

フォールンエルフが木材を用意する目的は船団を作ることです。それを使ってこの階層にあるエルフの水上要塞に攻撃を仕掛けようとたくらんでいます。

 

しばらくの間おとなしく取引が終わるのを見届けましょう。船員が金貨の詰まった袋を受け取ったら、海運ギルドの船が水路を引き返し来るため、急いで後退し、近場の細い水路に逃げ込みます。

 

水路の先には桟橋と古びた扉があるので、忍者と一緒に扉の中に逃げ込みます。

とはいえこのままでは外に止めてある船が見つかってしまいます。それを防ぐためにこのクエストでは、部屋の中に水面限定かつ超低耐久度ではあるものの船を透明にできる《アルギロの薄布》というレアアイテムが存在します。

ちなみに、初見でこれを発見できない場合、普通に船を発見されて戦闘になります。

 

ハードモードすぎぃ!

 

さて小部屋で無事に海運ギルドをやり過ごせたら、再びゴンドラに乗ります。《アルギロの薄布》は耐久値がもったいないのでさっさとストレージに入れます。

 

忍者達の次のクエストは森エルフにこの取引現場のことを知らせることです。

フォールンエルフが木材を集めている→船を建造している→水上要塞に攻撃をしようとしている、ということを伝えなければいけません。

 

そのためにはさっさと忍者に木箱を調べさせてクエストログを進めなきゃいけませんが、さすがに取引中に調べるのは不可能でした。なので今から運び込まれた木箱を追ってアジトに潜り込んでいきます。

 

船頭をイスケに交代し、無人になった広場に侵入します。先ほど荷船が止まっていた桟橋の奥には大きな鉄の扉があるので船から降りてコタローと二人で潜入開始です。イスケは船を操作して先ほどの水路で待機させましょう。

 

フォールンエルフのアジトの内部ですが扉を開けると下り階段が現れ、その先は左右にずらっと扉が並んだ廊下に出ます。イスケが部屋を一つ一つ調べていこうとしますが、そんなものは無視だ無視だ無視だ。

 

逆に聞きますがこんなミッションで入ってすぐのエリアに目的のブツがおかれていることがありますか?

 

どう考えても奥に進む一択です。

 

100メートル以上ある長い廊下を抜けると突き当りは下り階段になっています。階段を降りきると目的の木箱が山積みになっている倉庫です。階段とは反対側の扉の前に歩哨が立っていますが、カヤバ君もイスケも《隠蔽》スキルがあるので静かに壁際を歩けば見つかりません。

 

木箱の陰に隠れて中身を物色しましょう。開けても開けても中身がなくイスケが困惑し始めたあたりで奥の扉からエルフがぞろぞろと出てきます。フォールン派閥のトップであるノルツァー将軍や副官のカイサラといったネームドNPCが『荷物の受け渡しはこれで完了』『船の数が……』『計画は5日後』など意味深な会話を繰り広げた後、去っていきます。

 

(イスケの表情が)硬くなってんぜ。(恐怖が)たまってんなあおい。

プレイヤーはNPCやモンスターの推定レベルをカーソルの色で判断できるのですが、ノルツァーやカイサラは深紅を通り越して漆黒です。見つかれば絶対勝てない相手とわかるのでビビっていたのでしょう。

 

盗み聞きで情報を取り終えたら、もうここには用がないのであとは帰るだけです。帰り道も《隠蔽》を使えば特に問題なく脱出できます。

 

アジトの出口でコタローと合流し、《ロービア》に戻りましょう。

 

戻ってきました。宿をとって今日はもう寝ます。

 



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006 第4層後半

 

シリカは置いてきた。ハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうもない(天津飯感)なRTAはーじまーるよー。

 

前回はめんどくさい造船クエストを終わらせて、激ムズエルフクエストを終わらせたところでしたね。

 

本日の予定はまずフィールドボスの撃破です。

 

カヤバ君・アスナ・ミト・キリト・イスケ・コタローは昨夜のうちに追加した分も含めて合計4艘の船に分乗します。キリトはこんな時でもソロを貫いてますね。

1艘に集まればいいじゃんと思うかもしれませんが、これにはきちんと理由があります。

 

絡んでくるモブ敵を適当にあしらいながら一本道を進んで行くと大きな湖にたどり着きました。湖の出口にはクルーズ船くらいの大きさの亀がいます。こいつがフィールドボス《バイセプス・アーケロン》です。

 

攻撃は基本的に2つある頭による噛み付き。正面方向への突撃。後は近づきすぎると側面のヒレをバタバタしてきますが、これはあまり気にしなくてもいいです。HPがレッドゾーンになると攻撃パターンが追加されますが、基本的には正面方向にさえ立たなければ攻撃し放題という敵です。

 

これだけ聞くと簡単そうに聞こえますね。ですが実際はかなりの難敵です。

 

というのもこの階層、戦闘がめちゃくちゃやりづらいのです。仮にこれが陸上だった場合、間合いを取るのも側面に回り込むのも自由自在ですが、今回は船に乗って戦うというハンデがあります。

移動はのっそり。急な方向転換もできないため回避は困難。水上戦ではAGI型プレイヤーはいらん子です。

戦闘は必然、正面から組み合っての殴り合いになりますが、そうなると純粋なタンク職がおらず、回復のためのローテーションも組めない我がパーティーに勝ち目はありません。

 

では、どうやってこのボスを倒すか……を説明する前に、まずはこのゲームにおけるゴンドラの仕様を説明しておきます。

 

ゴンドラは他のアイテム同様耐久値が設定してあり基本的には破壊可能なオブジェクトとして扱われます。フィールドでモンスターから攻撃を受けたり、岩などの地形へ衝突すると耐久値が減っていき、0になるとアイテムロスト。つまり壊れて無くなります。

そのため戦闘では自分のHPと同じくらい船の耐久値にも気を配り、船へのダメージを最小限に抑える立ち回りが必要です。

 

ところで、この4階層ではほとんどの場所への移動に船を使います。移動先にあるフィールドや採取スポットを探索する際には船から降りなければなりません。その時圏外に置いてある船はどうなるでしょうか。

あれだけ苦労して作成した船を通りすがりのモンスターに撃沈されたり、あるいは悪意あるプレイヤーによって持ち去られたりしたらクソゲーまったなしです。

流石に運営もそのことは気づいていたのか、ゴンドラは無人の停泊状態では破壊不能オブジェクト扱いとなり、また錨を降ろすか船着場に固定した場合は船の所有者以外が動かせない状態にロックされます。

 

もう一度言います。ゴンドラは無人の停泊状態では破壊不能オブジェクトになります。

 

では、ボスガメの周りでゴンドラを停泊させたらどうなるでしょう。

答え:ボスの身動きが取れなくなります。

 

やったぜ。ケツを掘り放題だ!!

 

というのが今回の作戦です。

プレイヤーに移動可能な破壊不能オブジェクトを与えてはいけない(戒め)。

 

とはいえ流石に運営もほんのわずかな警戒心は持っているようで、プレイヤーが戦闘中の場合は船を停泊状態にできません。素直にボスのそばまで近づいていき、船で固定させることはできないわけですね。

 

そこで登場してくるのが昨日取って来た《アルギロの薄布》です。これは周囲を水で囲まれた場所で使用した場合、対象が背景に溶け込み発見されなくなる(システム的には熟練度900相当の隠蔽を付与する)という破格のアイテムです。そしてこの布は元々水運ギルドからゴンドラを隠すために用意されていただけあって、ゴンドラそのものを隠蔽できます。

 

やることは簡単です。《アルギロの薄布》で透明状態になったまま船で接近します。隠蔽は看破されなければ非戦闘状態扱いなので湖の出口に陣取るカメのそばでも船を停泊させることができます。帰りは泳いできてください。これを三回繰り返します。船を止める場所は両ひれの裏と真正面の3か所です。これでボスは前進も後退も方向転換もできなくなります。ついでに虎の子の必殺技であるローリングバスター(高速回転して大渦を発生させながら突撃してくる大技)も使えなくなります。

 

泳げない亀はただの亀。

じゃあぶち込んでやるぜ!

攻撃手段のないしっぽ側から攻撃すれば、2本しかないHPバーは一瞬で無くなりますね。

 

たったワンパーティーにノーダメ完封されるフィールドボスの屑が!

 

湖が通行可能になったらイスケとコタローを送り出します。この水路の先には迷宮区の他に黒エルフ、森エルフそれぞれの水上砦がありますので、エルフクエストの続きを進めておいてもらいましょう。

 

キリト・アスナ・ミトはカヤバ君ともに《ロービア》に戻ったら、一度3層に戻ります。目的はこのパーティーでもエルフクエストを受けることです。

 

エルフクエストはめちゃくちゃ長いし、敵も強いし、ぶっちゃけめんどくさいんですがその分得られる報酬もかなり上質です。経験値はともかく、目玉は報酬として手に入れるレアアイテムで、先ほどの《アルギロの薄布》を筆頭に使えるアイテムが目白押し。

 

ここだけゲームバランス壊れてる(ここだけとは言ってない)。

 

という事で3層に戻って来ました。

通常のクエストですと頭に!を付けたフラグ持ちのNPCに話しかけることで依頼を開始できるのですが、エルフクエにはフラグ持ちNPCは存在しません。

開始するためには森の中を歩き回り、ランダムで発生するエルフ同士の戦闘イベントに出くわす必要があります。

 

今回もあてもなく歩いていると、聞こえてきましたね。戦闘音です。

そっと近づいていくと中立カラーのエルフの騎士が2人で争っています。

肌の黒いエルフがダークエルフ、白いエルフがフォレストエルフの騎士です。

彼らはエルフの二大派閥で互いにいがみ合う敵同士です。ちなみに性別は両方ともオス。オスとオスのぶつかり合い。黒エルフはメスが出てくるときもあるので運がよかったですね(マイノリティー)。

 

今は黒エルフが密命により回収した《翡翠の秘鍵》というエルフの秘宝を森エルフが奪おうと襲っている所です。

《秘鍵》はどちらの種族にとっても大事なものですが、歴史的な何やかやがあって現在はどちらかの種族の管理する祠で封印されているという設定です。これから先の階層に一本ずつ存在し、全部集めて使用すると《聖域》なる場所への扉が開くのですが詳しいことは……ナオキです。

 

エルフキャンペーンクエストの特徴ですがプレイヤーの選択によってクエストの内容が変化していくことがあげられます。森エルフ側につくも黒エルフ側につくもプレイヤーの自由で、大事な《秘鍵》をNPC商人に売り払ったり、わざと敵陣営に渡す事すら可能です(クエストは失敗になりますが)。

他のクエスト全般にも当てはまる事ですが、このTRPG顔負けの自由度の高さはSAOの高度AIによるクエスト管理システムが可能にしています。

 

以前説明した通りSAOの運営コンセプトは極力人力を介さないことです。茅場晶彦がこのゲームをデスゲーム化しようと企んでいた以上必然ですね。

GMと言われるような存在は必要とせず、ゲームの難易度調整やバグ修正は《カーディナル》というプログラムが自動で行っています。

 

シナリオの進行についても同様で、基幹シナリオとでもいうべきストーリーの大筋や各層のコンセプトなどはアーガスの開発担当者が設定しましたが、一つの階層に千人以上は存在するNPCの会話内容や100層すべてを合わせると万はくだらないであろうクエストの数々はシナリオAIが自動生成しています。

 

そしてこのシナリオAIはプレイヤーが進行中のクエストを逐次観察し、会話内容やクエスト内容に不都合や矛盾が生じないようリアルタイムで調整してくれています。「薬草をとってきてくれ」というクエストを薬草を手に持った状態で行おうとすると、「その薬草を譲ってくれ」に変化したりするのは序の口で、親身に対応したかどうかでクエスト内容が変わる事すらあります。

 

はえー、すっごい……。

 

さて、そろそろエルフクエストに戻りましょうか。

エルフたちには遭遇してすぐ加勢してはいけません。じっくりと戦闘を観察して両者ともを弱らせましょう。

エルフのHPが少なくなってきたら戦闘に介入します。

 

カヤバ君たちが加勢するのは黒エルフです。

理由は単純明快。黒エルフのHPがやばそうなのと、森エルフのレアドロップである《カレス・オーの水晶瓶》がめちゃくちゃ有用アイテムだからです。通常一度外すと熟練度がリセットされてしまうスキルが、このアイテムを使うと熟練度をそのままに保存できるようになり、実質スキルスロットのストックを一つ増やせるのです。

 

恐らくですがこの明らかにバランスが狂ったアイテムはイレギュラークエストの報酬だからなのだと思います。

 

イベントAIは基本シナリオから物語が逸脱した時、整合性を保つためにイレギュラークエストというものを発生させます。後にも出てきますがこのイレギュラークエストはシナリオAIが開発スタッフの手を介さずに生成するため、報酬アイテムや敵モンスターのバランス調整が甘いです。特にデータが蓄積していないゲーム開始直後のシナリオAIにはこの傾向が強く、イレギュラークエストを発生させると高確率でゲームバランスが崩壊します。

 

なぜ森エルフを倒す事がイレギュラークエスト扱いになるかと言うと、この戦闘が変則的な負けイベントだからです。

両陣営のエルフの騎士は設定レベルこそ15ですが、エリートモンスターなので実質的にはレベル20以上のステータスを持っています。3層攻略時のプレイヤーではまず勝ち目がありません。防御に専念しても普通に死ねます。そしてHPがイエローゾーンに到達すると、加勢した側のエルフが奥の手の禁術を使い命と引き換えに敵を倒し、《秘鍵》をプレイヤーに託す流れになります。

 

加勢とはなんだったのか(呆れ)

 

なのでこの戦闘では絶対にHPをイエローにしてはいけません。

そのために今回はベータ時代のトッププレイヤー二人に未来の攻略組トッププレイヤーというガチ編成のうえ、装備とレベルを4層水準にそろえてきました。

 

それでもエリートmobたるエルフ騎士のステータスにはやや届いていませんが、馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!! (天下無双)

 

そして肝心のレアアイテムは――

 

成し遂げたぜ!!!

《カレス・オーの水晶瓶》が落ちました。

RTAがはかどる、はかどる。

 

生き残った黒エルフが感謝を述べ、急に友達面して陣営に誘ってきます。クエストの進行フラグですね。このまま誘いに乗ってエルフの野営基地までついていくと黒エルフ陣営となってキャンペーンクエストを進められますが……

 

さっき黒エルフに加勢するといったな。あれは嘘だ。秘鍵は我々がいただく。

 

という事で第2戦です。仲間には混乱しないようにあらかじめ説明しておきましょう。

 

こちらのエルフもエリートモブなので強敵ですが、4人に勝てるわけないだろ!!

 

というかこのエルフたちをしばけるようになるために、いままでエルフクエストは温存しておいたのです。

 

レッドゾーンまでHPを減らしていた手負いの黒エルフを、パパパッと倒して、終わり。

そしてこっちのエルフからもドロップ品が得られます。レア来いレア来い。チッ、しけてんなあ。まあ、こちらは水晶瓶ほど短縮が見込めないアイテムなので、ママエアロ。

 

さてエルフクエストですがしょっぱなから難航してしまいました。この戦闘で森エルフとも黒エルフとも敵対してしまいましたから、実質進行不能です。

助けちくりーとシナリオAIに祈りをささげると、クエストログが更新されます。

 

『エルフの秘宝をしかるべき陣営に届けよ』

 

見たまんまのイレギュラークエストですね。ご想像の通り、しかるべき陣営とはフォレストエルフでもダークエルフでもない陣営、フォールンエルフのことです。彼らは3層の戦争クエストでも暗躍しており、森の中に小規模な部隊が駐留しています。クエストの想定ではこの後森の中を探索して彼らとコンタクトを取ることが目標なんですが――

 

4層らへんに、エルフの第三勢力が基地作ってるらしいっすよ。

じゃけん行きましょうね!

 

ということで3層の森は無視して4層の取引現場に戻ってきました。

フォールンエルフの基地はパーティーごとに生成される個別ダンジョン――インスタントダンジョンです。適正レベルをはるかに超えたノルツァーとかいう化け物が徘徊する基地は事故防止のため、エルフクエストを進めていないパーティーが訪れても水路が岩壁でふさがれており入ることができないんですが、おっ、あいてんじゃーん!

こういうところでTRPGなみに融通を聞かせてくれる《カーディナル》。

お前のことが好きだったんだよ。

 

オッス、お願いしまーす!

 

フォールンエルフの基地に入ると、わらわら兵士が出てきて熱烈歓迎してくれます。その中にはボスキャラ、ノルツァー将軍と副官のカイサラもいます。

 

じゃあ交渉タイムです。

カヤバ君の華麗な交渉術見とけよ見とけよー。

 

密命を終えて家に帰るエルフの騎士たち。

疲れからか黒塗りの冒険者に秘鍵を奪われてしまう。

後輩をかばいすべての責任を負ったノルツァーに対し、

秘鍵の主、カヤバ君が出した示談の条件とは……!?

 

ということでカイサラにフロアボス戦を手伝ってもらえるようになりました。引き換えに3層の《秘鍵》を渡し、4層の《秘鍵》奪取の作戦も手伝うことになりましたが。

 

なんかこちらの負担が増えてるんですが、それは(交渉下手)。

 

ま、まあ、フォールンの手伝いはどのみちやらされるんで多少はね。

 

なぜ《秘鍵》とメスを交換するのかと憤慨するホモニキのために、今回の交渉の背景をお話したいと思います。

 

まず、この階層のフロアボス《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンフ》は序盤最難関のボスです。初見プレイ時になすすべなく殺されたアニキ、アネキも多いんじゃないでしょうか。

 

今のこのメンバーで倒すのは無理無理無理! なうえ、これまでのボスのように楽して倒す方法もないです。

 

このボスを早期突破するためには色々と苦難の歴史がありました。

黒エルフのクエストで加入させられるネームドNPCが通常のエルフNPCより強力かつ水面を走れるとかいう特効効果持ちなのでそのキャラを引っ張って攻略したり、金にものを言わせて階層中のNPCを集めてゾンビアタックさせたりといろいろ試行錯誤しましたが、どうしてもタイム的にマズ味になってしまいます。

 

ここらへんで気づいたんですが……

 

なんとこのゲーム、フロアボスが1パーティーで攻略できるように設計されていません。

たまげたなあ。

 

だからと言ってレイドを組める数のプレイヤーが育つのは待ってられません。ホモはせっかち。

 

さーて再走再走と思った時、とある閃きが舞い降りました。

 

ノルツァー将軍ならフロアボスも倒せるのでは。

 

エルフクエストで森エルフや黒エルフに協力しているとクライマックスの9層で敵対することになるのが、フォールン陣営の首魁であるノルツァーです。実際に戦ってみればわかるのですが、こいつはマジのチート野郎です。特定条件を満たさないと9層水準のプレイヤーが束になっても勝てません。つまりノルツァーは9層フロアボスより強いということになります。4層ボスも余裕です。

 

ということで何とかノルツァー将軍を仲間にするための試行錯誤が始まりました。

3層で《秘鍵》を取った後4層に直行するチャートも彼を仲間にするために開発しました。

 

が、何の成果も!! 得られませんでした!!

 

クエストボスを仲間にするのは、無理みたいですね。

 

その代わりに目を付けたのが副官のカイサラです。彼女はノルツァー将軍に比べると二段も三段も格落ちしますが、それでも9層終盤の中ボス。レベル42のユニークNPCですからね。試しに一度交渉してみたら案外すんなり仲間になってくれました。フロアボスも頑張れば倒せます。

 

でも多分ノルツァーを仲間にした方がタイムは短縮できます。

誰かチャート開発して。俺も(ここまでは)やったんだからさ。

 

さて、エルフに交換条件で手伝うことになった4層での《秘鍵》強奪作戦ですが、ついている陣営と結末が違うだけで、大枠は忍者が進めているエルフクエストと同じです。

 

ただ、黒エルフ側で進めた忍者の世界線では問題なく行われました水運ギルドとフォールンエルフの取引は、こちらのシナリオではプレイヤーが手伝わないとうまくいきません。

 

最初のクエストは簡単ですね。人族である事を活かして《ロービア》にいる海運ギルドの重鎮に催促の手紙を届けるよう依頼――命令されます。

 

次の任務は木材集めです。手紙を渡した海運ギルドの連中に納期間に合わないと泣きつかれるので、足りない分の木材を渡しましょう。キリト達がレベリングを兼ねて腐るほど木材を確保していたので余裕です。

 

次に護衛クエストです。《ロービア》から木材を運ぶ海運ギルドの船を護衛しましょう。途中で運悪くモンスターの群れと遭遇してしまったとかいって、異常な数のモブに襲われますがどう考えてもイベント戦闘ですどうもありがとうございました。

 

木材を運んだら今度はフォールンエルフの船大工であるエドゥーにクエストフラグが立ちます。ぶっきらぼうな口調で言われたのは、熊脂が足りなくなりそうだから取ってきてというもの。

お 前 も か !

 

ここでさらに粘って他に足りないものはないか問い詰めます。すると熊の爪と毛皮も足りなくなりそうとのこと。

死ね(直球)

 

この階層の船大工とかいう生き物はむやみに熊森を行ったり来たりさせなきゃいけない伝統でもあるんですかね。一度にまとめて依頼しろよ(クソデカため息)。

 

ここでも在庫をはきだして、三つの素材クエストを爆速でクリアします。

 

これで造船関連は問題ないでしょう。

フォールンエルフ達は手に入れた木材を使って大型船を作り上げます。

 

この階層ではフロアテーマに従い両エルフの要塞も湖に存在します。そのため単純な兵力よりも船の数の方が重視されています。持っている船の数=動員できる兵力だからです。

 

次のクエストでは森エルフに情報を流します。

ゴンドラで向かうのは階層の南西部にある森エルフの要塞です。

 

ここは人間ごときのくる場所ではない。というのが門番の第一声です。どうしてこう、エルフたちってこんなに偉そうなんでしょう。ぶっ殺したくなりますよ(有言実行)。

 

ここでは海運ギルドの人間を装い、偽装した請求書を渡しましょう。

上司にエルフの奴らから不払いの料金を請求して来いって言われたんですけどー。

もちろん請求書の中身は大量の木材(造船用)となっています。門番の兵士は顔色を変え、砦の中へと連れ込まれます。そこで高圧的なエルフの将校に取り調べを受けるので洗いざらい喋ってしまいましょう。

 

海運ギルドはー、エルフと秘密の商談をかわしてー、大量の木材を地下水路に運んでましたー(100%の真実)。

 

こいつらはフォールンが4層にいることを知らないので、そんなことをするのは黒エルフたちに違いないと決めつけます。黒エルフなんて一言も言ってないんですけどね(ゲス顔)。

 

きっと自分たちの要塞を攻めてくるつもりだと勘違いした森エルフは、数日後には無事秘密の造船基地を発見し、船を接収。汚いさすがダークエルフきたない、と黒エルフの要塞へ攻め入ってくれるでしょう。

 

これでクエストはほぼ完了です。後は5日後の戦争フェーズまで待ち時間ですね。

 

素材クエストで森に行く時間を短縮すればここまで1日でこなせます。

 

この階層では主なクエストも終わりあとはボスを倒すだけなのですが、じゃあすぐにボス部屋に行こうとはなりません。4層ボス戦にはボスギミックの解除のために非戦闘要員のプレイヤーを1人連れて行かなければなりません。

ここで呼び出すのは2層で鉱石掘り要員と化していたシリカです。

とはいえベータテスターでもなければ才能もない足手まといを低レベルのまま迷宮区の最奥に連れて行くのはアスナやミトが反対するため、ここで数日レベリングと装備の強化を行い…………

 

――これシリカよりもアルゴの方がよくないですか?

 

あぁ^~いいっすねぇ^~

 

プレイヤースキルがアスナに匹敵し、自称オネエサンのアルゴなら多分今夜にでもボス戦に行けますよー。イクイクッ!

 

大胆なチャート変更は一門の特権。

 

さっそくアルゴを呼び出してみましょう。初めての試みですが運よくすぐに合流できそうなところに居ました。これで1層の奥地の町とかどこかのダンジョンに籠っていたりしたら、時間を浪費していたので、かなりついてますよ。

 

合流したらカイサラを連れて迷宮区に行きましょう。

 

迷宮区に着きました。

今、パーティーには全自動モンスター虐殺マシーンと化したカイサラがいるので、高速でマッピングもとい宝箱の収集を行っていきます。

やっぱりカイサラはぶっ壊れてますね。仮にもこの階層で最高水準の迷宮区mobたちが全員一撃で爆散させられています。普段なら安全マージンにこだわるパーティーメンバーもカイサラの壊れ具合を目の当たりにしたからか、楽勝ムードです。

 

ねっとりと迷宮を探索したらいよいよフロアボス戦です。ボス部屋に行きますよーイクイク!

 

非戦闘型ビルドのアルゴは扉の外に待たせて、まずはいっちょ威力偵察と行きますか(威力偵察とは言ってない)。

 

4層のボスは《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ》。上半身が馬、下半身が魚とかいうどうあがいても失敗作な面白生物です。体高2メートル、頭から尻尾の先までは4メートル近くある巨大生物の正面に立つのはわれらがカイサラ。

 

しかし、これはまるで……怪獣大戦争ですね。

いくら何でもフロアボスの尻尾ビターンを真正面から受け止めてそのままぶん投げるって、STRどうなってんの?

 

カヤバ君達もちくちく攻撃したり、ヘイトを稼いで隙を作ったりしていますが、ほとんど効いていません。辞めたくなりますよー。

 

とはいえカイサラ一人ではこのボスは絶対に倒せません。

ソードスキルとかステイタスとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいもんの片鱗を味わうことになります。

 

あっ始まりましたね。楽勝ムードに文字通り水を差す技。

 

《ウォーター・インフロウ》

プレイヤー絶対殺すニキの本領発揮です。

 

えー、既プレイニキは知っていると思いますが、《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ》はクソです。デスゲーム化したこの世界における最大の禁忌、初見殺しをやってきます。

特殊能力《ウォーター・インフロウ》による部屋の水没攻撃は部屋の中から解除不可能。扉も閉まるため逃走不可能という鬼畜使用です。

発動されるとボスの周囲から溢れ出した水が部屋を埋め尽くし、プレイヤーは溺死します。

 

つまり、普通に攻略しようとすると、最高レベルのトッププレイヤーがフルレイド48人で突入する。

水没ギミックでまともに戦えない。

逃走も不可。

全滅。

ダンジョン内ではメッセージが使えず、生き残りもいないのでボス情報が外に漏れない。

先人の悲劇を乗り越えたフルレイドパーティーがボスにリベンジマッチを挑む。

以下ループとなるわけです。

 

殺意タカスギィ!

こんなん絶対クリアできないよ!

 

攻略法はボス部屋にいるプレイヤーが扉を開ける事。中からは絶対あけられない扉ですが外からなら簡単に開けられます。そして扉が開くと部屋に満ちている水は外に流れていきます。

 

でも、こんなの初見でやる人いるんですか?

そもそもレイドボス戦で扉の外にプレイヤーが待機しているって状態が……ナオキです。

ボス部屋の直前まではついてくるけどボス戦には参加しないって何しに来た人なんですか?

 

転移結晶が手に入らないこんな低階層で扉を閉めるギミックっていうのも、実質75階層の結晶無効による逃走不可と同じ難易度。

 

茅場精神状態おかしいよ。

 

案の定我々も水没させられてパニックになってます。みんなして扉の前に群がって焦ってます。なにかギミックがあるはずでゴザル? ねえよんなもん(断言)。

 

あっ扉があきました。そうですね。そのためのアルゴ。

 

ちなみにこの水没ギミックの情報はエルフクエストを進行すると手に入ります。が、最短でも1週間はかかるうえ、心が折れるほどの難易度の尾行クエストと5日間も待機させられる戦争フェーズをボス戦前にクリアできるプレーヤーはいるんですかね?

 

まあ、情報自体はクエストをクリアせずともピンポイントで上位のネームドエルフに迷宮区ボスの話を振れば教えてくれますから(尚、上位のネームドエルフとはクエストが進行しないと会えない模様)。

 

さて戦闘では、最大の懸念点であった水没攻撃のギミックも理解できたので、後は倒すだけですね。

カヤバ君たちで一生懸命ボスのヘイトを集めましょう。とにかくタゲを取ることと、回避に専念しましょう。

 

水没攻撃さえ何とかすればあとはカイサラが、ほとんどのダメージを一人でたたき出してくれます。

さすが、9層ネームドNPCは格が違った。

4層のタンクプレイヤーでも押し返せるレベルに設定されているヒッポカンフより、4層水準のプレイヤーなら防御の上からでも瞬殺できるカイサラの方がステイタス自体は高いんですよね。

 

でも、ノルツァー将軍ならもう倒せてるのになぁ(ないものねだり)。

 

さて、早くもボス戦終盤ですがここで必ずやっておかなければいけない事があります。

 

SAOでは経験値は参加人数で等分する形式ではなく、戦闘における貢献度に応じて傾斜配分されるようになっています。そしてこの戦闘で最も活躍しているのはカイサラです。

このままボス戦が終わってしまうとフロアボスの経験値の大半は、ぽっとでのNPCに持っていかれてしまいます。

 

なのでボスが瀕死になったら忘れずに一仕事。

カイサラをクビにしましょう。もう帰っていいですよ。

 

プレイヤーなら討伐直前のフロアボス戦を中断するなんてことはありませんが、そこは所詮アルゴリズムに従って動くNPCです。契約終了というワードが告げられたら、腑に落ちないながらも、ごねることもなくスムーズに退場してくれます。

 

さて、ボス戦中に途中離脱したNPCですが扱いは死亡したプレイヤーと同じになります。つまり経験値の分配テーブルからは削除されます。

経験値はすべてプレイヤーで山分け。

このボスは戦闘ギミックの特殊さから、扉を開けるのも戦闘行為とみなされるため扉を開け閉めしていただけのアルゴにも経験値が入ります。ちなみにLAはキリトでした。

 

では本日はここまで。お疲れさまでした。

 



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アーカイブス 002


誤字脱字報告ありがとうございます。
高評価、感想も励みになっております。



2層ボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》と配下2体のフロアボスを討伐した後、ミト達は浮かれた足取りで3層に突入し、ケイのおすすめだという豪華な宿屋に部屋を取ると夕食を食べながら皆の健闘をたたえあった。

 

2層ボスの少人数撃破は文句なしの偉業だった。ケイに会う前の、いや実際に行うまでの自分にこの出来事を話してもまともに取り合ってはもらえないだろう。

ミトは、そしておそらくはアスナもあの日以降初めて心の底から笑顔になった。これまで漠然と抱えていた現実への帰還という目的に確かな一歩を刻み込んだのだ。ゲームクリアも夢ではない。心の底からそう思えた。

 

ミト達は高いモチベーションで3層攻略の計画を立てた。

 

この階層ではSAOで初となるキャンペーンクエストが存在する。通常の単発クエストとは異なり、キャンペーンクエストは複数のクエストが連鎖し一つの大きなストーリーを形成する。クリアのためにかかる手間は大きいがその分経験値や報酬アイテムも豪華であり、ベータ時代では攻略の王道ルートとして知られていた。

 

それ以外にも3層には重要なクエストが存在する。ギルド結成クエストだ。MMOおなじみのギルドシステムはSAOにも実装されており、ギルドメンバー専用のチャットやアイテムストレージといった機能の解放の他、同じパーティーを組んでいるとステータスに補正がかかるなどの実利ももたらしてくれる。デメリットとしてはメンバー間のトラブルが起きることや、獲得コルから税金のようにギルドへの上納金が徴収されるといったものがあげられるが、いずれもこのメンバーでは無視できる問題だった。

 

3層開通の翌日。ミト達はパーティーを3つに分けてこれに対応した。

キリトとケイはこれまで通りの迷宮区探索。イスケとコタローはキャンペーンクエスト。ミトとアスナ、シリカの女子チームはギルドの設立クエストを並行して攻略することにした。せっかちなケイの課した1日という短い期限にこたえるため休憩時間すら惜しんで最速でギルドクエストをこなしたミト達に、その日の夜送られてきたフレンドメッセージは少なくない混乱をもたらした。

 

『3層ボスを討伐したので明日からは4層を攻略します』

 

「はああああ!? ちょっどういうことよ!?」

 

宿で思わず叫んだミトを一体だれが責められようか。

確かにケイは(本人曰くだが)1層のボスを一日で倒した。2層のボスも普通は考えられない速度で攻略したし、その手腕はミトに彼の評価を改めさせた。だが、さすがにこれはありえない。ありえないはずだ。理性面より感情面で受け入れられない。いや、やはり理性面で考えてもあり得ない。とりあえず寝よう。

 

ミトはふて寝した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

翌朝、3層の主街区に戻ってみると本当に転移門が開通しており、ミトは乾いた笑みを浮かべたものだ。

 

4層主街区はミトにとっては信じられないことに水の町に変化していた。ベータ時代の埃っぽい町並みは影も形もない。建物の外観すら変わっている。元は薄暗い灰白色の飾り気のない建物ばかりが並んでいた大通りは、水面の青とよく映える白い外壁が織りなすコントラストの美しい風景に代わっていた。

 

「わぁ、きれいな街……!」

「本当に変わっているのね。ベータ時代の4層は殺風景な荒野の町だったはずなのに」

 

事前に軽く説明されていたとはいえ、自分の目で見ると受ける驚きがまるで違う。

 

「見てくださいアスナさん! 小さな船がありますよ!」

「ほんとね! 行ってみましょう!」

 

先入観のないアスナとシリカはミトの困惑などどこ吹く風で広場の端に駆け寄ると、町中に張り巡らされた水路とゆったりと流れる小舟を見てはしゃぎだす。

これこそがこの階層の最大の変更点にして、最大の問題であった。

4層では町中の移動にはNPCのゴンドラを利用しなければならないのだ。そしてこの町の船の数はプレイヤーの数に比べて圧倒的に少ない。昨日の街びらきの直後には押し寄せたプレイヤー同士でゴンドラの奪い合いが起き、船着き場にはゴンドラ待ちの人々がひしめいていたという。

 

転移門広場に併設された桟橋には既に長蛇の列ができていた。

プレイヤーの少ない朝早くに来られればよかったのだが、ミト達は昨日の時点で3層の中盤まで進んでしまっていた。そのうえギルド結成クエストが長引いて、昨夜は宿に入るのが遅く起床時間も遅めだった。

 

ただの寝不足と侮ることはできない。戦闘中に集中力が切れてミスが起きれば、命にかかわるのだ。無理して早起きはするなとケイに忠告されていた。

 

その代わりといってはなんだが、ケイは別の方法を提案した。

さて待ち人を探そうかとあたりを見回したミトの耳に少女の声が響く。

 

「シリカちゃーん」

「あっ……チカちゃん」

 

広場の端からかけてきたのはシリカと同じくらいの年の少女だった。

 

「こっちこっち! もうみんな待ってるよ」

 

少女の後に続き、船着き場とは反対側の岸に近づくと大型船が見えた。10人以上は乗れるだろうか。あたりを走っている船と比べて一回りも二回りも大きいその船には、5人の子供たちが乗っていた。

 

「シリカちゃん元気だった? あなたたちがアスナさんとミトさんね」

 

船頭のNPCを除けば唯一成人しているであろう女性がシリカに話しかけ、それからアスナとミトを見た。

 

「アスナです。今日はよろしくお願いします」

「ミトです。よろしくお願いします」

 

挨拶をして乗り込んだミト達を載せてゴンドラが出発する。

 

「うわースゲー」「かっけー装備だな。いくらするんだ?」「武器は!? 武器見せて!?」

 

既知の間柄なのか呼びに来た女の子に引っ張られるように子供たちのそばに座ったシリカは目を輝かせた子供たちに取り囲まれている。

ミトとアスナにはちらちら視線を向けているものの、年齢差があるからか初対面だからか話しかけてくる子はいない。年齢差という通りこの船に乗っている子供たちは皆中学3年のミトより一回り以上小さい。おそらくシリカと同じ小学生か、中学1年生くらいだろう。

 

この船こそケイの策だった。ゴンドラは船着き場で乗る以外に水路の途中で乗り込むことも可能なのだ。そして乗り込むゴンドラは無人のものでなくてもよい。乗船可能な人数さえ守っていれば他のプレイヤーが利用中の船に相乗りさせてもらうこともできる。ケイからはそれを利用して知り合いのプレイヤーにあらかじめ船を確保してもらうと聞かされていた。

 

しかし、知り合いのプレイヤーというのがまさかこんな低年齢層の子供たちだとは思わなかった。

 

「やっぱり驚きますよね?」

 

引率と思わしき女性がミトとアスナに話しかけてきた。

名前はサーシャというらしい。始まりの町の教会で低年齢層のプレイヤーを集めて皆で暮らしているそうだ。

 

「すごいですね。私たちは自分のことばっかりで……町に子供たちがいるなんて考えもしなかった」

 

アスナがどこか沈んだ様子で言う。

ミトも同じ気持ちだった。あの日自分は自分自身とアスナを守るためだけに動いていた。他のプレイヤーのことなど考えもせず、それどころか経験値を奪い合うライバルだと決めつけて。

 

家にも帰れず、家族にも会えず。

大人の怒号と悲鳴のなか、迷子のように立ち尽くす子供がいたなんて想像すらしなかった。

 

「私も同じですよ」

 

「えっ?」

 

苦笑しながらサーシャが言う。

 

「私も他人のことをかまう余裕なんてありませんでした。ただ、ゲームの世界にとらわれてそのうえあんな恐ろしいことを聞かされて……皆さんと同じようにうろたえるしかできませんでした」

 

「でも、こうして子供たちを笑顔にしているじゃないですか」

 

アスナが言い募るとサーシャは視線を遠くへやった。

 

「私はそんなにできた人間じゃありませんよ。立て札を見なければ皆さんと同じだったと思います」

 

その存在はミトも知っていた。だれが始めたかは定かではないが広場に設置された《立て札》と呼ばれるアイテムにはその階層の攻略情報が書き込んであり、プレイヤーの情報共有に多大な貢献を果たしている。

サーシャが言うには初日の夜にはもう設置されていたらしい。

 

宿代に食事代。装備品に比べれば微々たるものとはいえSAOでは生きていくだけでも毎日コルが必要になる。

2日目の朝。外からの助けはなく今しばらくアインクラッドでの生活を強要されたことに気づいた多くのプレイヤーは各々の手段でお金を稼ぎ始めた。大半のプレイヤーは命の危険がある圏外の活動ではなく、始まりの町のクエストに狙いを定め、サーシャも同じようにクエストの情報を得るため立て札を見に行った。

 

「そこに書いてあったんです。ゲームに不慣れなプレイヤーや子供を見かけたら北の教会に連れてきてくださいって。はっとしました。その時初めてこの命がけのゲームに、子供がとらわれているかもしれないって気づいたんです。そしたらいてもたってもいられなくなって、クエストを巡りながら困ってる子を見つけて教会に連れて行くようになったんです。だから私なんてすごくもなんでもないですよ」と、サーシャは困ったように笑った。

 

「サーシャさん。よければフレンド登録しましょう。何か困ったことがあったら言ってください。私たちこう見えて結構強いんですよ。いつでも力になります」

 

アスナの提案に反対する理由はなかった。フレンド登録が終わるとアスナはきょろきょろと船を見回した。

 

「今日はその人はいないんですか? 立て札に書き込んだり、初めに教会に子供を集めだした人。私その人ともフレンドになりたいです」

 

サーシャは困ったようなよくわからないような顔をした。

 

「もうしてますよ」

 

シリカの言葉は意味が分からなかった。

 

「……?」

「始まりの町で、その……困っていた私に声をかけてくれたのも。最初に教会に人を集めたのもケイさんなんです」

「「えええええっ!!」」

 

ミトとアスナは声をそろえて驚いた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「わざわざありがとうございました。私たちのために早起きまでさせてしまって」

船から降り、ミトとアスナはサーシャに再び感謝の言葉を告げた。

 

「お気になさらず。私たちもゴンドラは必要でしたから」

 

サーシャと子供たちはこれから4層主街区《ロービア》のクエストをこなして回るそうだ。低年齢者が多く圏外に行けない彼女たちにとって新しい圏内クエストは重要な資金源なのだそうだ。

 

……なんとなくだが、ケイがあんなに急いで階層攻略を進めたがる理由の一端が見えた気がする。

 

「それに感謝しなければいけないのは私たちの方です」

 

サーシャはアスナたちに近づくと声を小さくした。

 

「ケイさんと一緒にいるということは皆さんフロアボスに挑まれているんですよね。どうか無理はなさらず」

 

そう言い残すとサーシャは再び船に戻ってしまう。

「じゃーなー」「気を付けてねー」「がんばれー」

 

子供たちの声とともに船が遠ざかる。何とも言えないさみしさを感じながらミトは彼女たちを見送り、気合を入れて振り返った。

ロービアの町は正方形の市街を大小さまざまな水路が縦横無尽に区切っている。その中でも特に大きいメインチャネルは町の中心、転移門広場を交差する形で縦横に走っている。こうして分けられた4つの区画のうちミト達が船を降りたのは南東区画の端っこだった。

視線の先は町中ではない。眼前にそびえる門を超えた先にあるフィールドだ。

 

完全武装の衛兵NPCを横目に圏外へと繰り出したミトは《ロービア》から唯一陸路でつながっているフィールド《熊の森》に足を踏み入れた。

 

「それにしても本当にあるなんてね。造船クエスト」

 

砂と石だらけの荒野から水の豊富な地形へと一新された4層は、その景観で多くのプレイヤーの目を楽しませたが、こと攻略においては大きな問題をはらんでいた。町中の移動はもちろん、迷宮区までのフィールドにおいても歩ける陸地が存在しなくなってしまったのだ。

 

しかしNPCの小型船は圏外までは乗せていってくれないらしい。つまり現状《ロービア》の先のフィールドに進むためには水路を泳ぐくらいしか方法がない。

 

剣技が売りのアクションRPGにおいてモンスターと戦うわけでもなく、1層まるまる遠泳するだけの階層が設定されているとは考えづらい。

 

先行してこの階層を調査したケイとキリトは何とかして町の外に船を持ち出す方法があるはずだと考えた。例えば圏外を探索するための許可証を発行してもらうクエストや圏外まで船を出してくれる特別なNPCの捜索。あるいはプレイヤー自身が自分の船を作るクエスト。結果的にはこれが正解だった。

彼らは一晩のうちに正式版で追加されたクエストを突き止め、造船クエストの存在を明らかにしてみせた。

 

フレンドメッセージで情報をやり取りしたミトはたいしたものだと素直に感心した。

 

造船クエストでは船を作るための材料が要求されたそうだ。そしてその素材が取れるのがこの森エリアなのだ。

 

ミト達は一足先に到着していたキリト達と合流し探索を開始した。《熊の森》のメインモンスターはクマ型のモンスターだ。まさしく名前の通りといったところだろう。

 

そしてこの熊のモンスターからは今回のクエストアイテムである《熊脂》がドロップする。ただこのドロップは確定ではなく《熊の爪》や《熊の毛皮》といったはずれアイテムが出ることもある。

 

そしてこういう時、ネットゲーマーにはあまり喜べないジンクスがある。

 

「あーー! また毛皮! これで4連続よ」

 

物欲センサーだ。欲しいと思ったアイテムだけが確率操作でもされているかのように出なくなる。

憤慨するアスナに真面目腐った顔でキリトとケイがアドバイスをする。

 

「《熊脂》を欲しいという気持ちを抑えると出やすくなるぞ」

「逆に考えるんだ。《熊の毛皮》でもいいと」

「わけわかんないわよ!」

 

本格的にゲームをやったのはSAOが初めてというアスナにはゲーマー特有のお約束というものがわからないらしい。

 

「そもそも、いったい何個集めればいいのよ!?」

「「たくさんだ」」

 

造船クエストに要求されている《熊脂》の数は分かっていない。クエストログには表示されていないし、キリトとケイも確認していなかったらしい。森に入ってからそのことに気づいた二人は個数を聞かれるたびに同じ回答を繰り返している。

憤慨するアスナを横目にミトは一本の木に近寄った。

 

「みんなちょっと集まって」

「これは……縄張りのマークか?」

 

キリトがつぶやく。

この森で時々見かける天を突くような巨木の幹には4本の爪痕が刻まれていた。

 

「さっき倒した奴の? だとしたら大きさが合わないわよ」

「クロー系のソードスキル《ジャンピング・クロー》という可能性がないわけでもない」

「ケイさんは物知りですね」

 

アスナが感心したようにケイを見上げる。

 

「いや今のは適当に言っただけだ……アスナ、足踏んでるんだが」

「これはあれじゃないのか、森のヌシってやつ」

「森のヌシ?」

 

キリトの言葉にミトは首を傾げた。

 

「ああ、ロモロの爺さん――船大工が言ってたんだ。この森にはヌシと呼ばれる大熊が出るから気をつけろって」

 

キリトの言葉と同時にヒュウと強い風が吹いた。

 

「………………」

 

誰からともなくきょろきょろとあたりを見回すが、そこにあるのは先ほどと変わらぬ森の風景だけだった。

 

「……ま、まあ、あの感じだとレアエネミーだろうからそうそう遭遇はしないだろう。むしろ出会えたらラッキーくらいに思っていた方がいいかもな」

「それを言うならアンラッキーでしょ」

 

キリトに突っ込むアスナを見てミトは口元を緩めた。

 

「アスナもわかって来たわね。物欲センサー」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「それにしても熊の脂が船の材料になるなんて不思議な話ですね」

 

本日十何体目かの熊を討伐し、シリカが《熊脂》のドロップを報告した後にポツリとつぶやいた。

 

「木造船なら珍しい事じゃないわよ。材木をそのまま使っちゃうと水がしみ込んじゃったり腐ったりしちゃうから、脂を使って木材を保護するのよ」

「へえー、アスナさん物知りなんですね」

 

ミトはふと顔を上げキリトを見た。

 

「船匠は船の材料がないって言っていたのよね」

「ああ。あの町を牛耳ってる海運ギルドが町全体で造船を禁止して、その材料も流通しなくなっちゃったらしいんだ」

「木材はあるの?」

「……へ?」

「その人の工房に船を作るための木材はあったの」

「いや、どうだろう。工房の奥までは見てないけど……」

 

答えながらキリトは顎に手を当てた。見回せばシリカとアスナも興味深そうに注目している。

 

「確かに木材が足りない可能性はあるな」

 

キリトはおもむろに背を預けている木をこぶしでたたいた。

 

「壊せるぞ。これ」

「そんなことわかるもんなの」

「感触でなんとなく……?」

「なんで疑問形なのよ」

 

言いながらミトもまねして木をたたいてみるが、帰ってくる感触は普通に木だ。それ以外の情報は得られない。

ケイの陰に隠れて目立ってないがキリトも相当アレよね。とミトは心中でつぶやく。

 

「ちょっと試してみるか」

 

いうやいなやキリトのソードスキルがひらめく。立木はすぐに耐久値の限界を迎えたのかポリゴンが砕け散り――

 

「……チークの心材、らしいぞ」

 

木材をドロップした。

 

 

「おそらくこれは同じ場所を何度も往復して素材を集めるタイプのクエストだな」

というのがβテスターとしてのキリトの読みだった。

 

十分な量の《熊脂》がそろったころ、《チークの心材》に加え、念のため《熊の毛皮》と《熊の爪》をもインベントリに詰め込んだケイはさすがに一人で持てないからとシリカと共に船大工のもとへ戻った。

 

ミトとアスナとキリトは引き続き熊森でレベル上げを行うことになった。移動手段がなく他のエリアに行けないための消去法のような決定だったが、ここで手に入る素材が造船クエストに使用するものだとしたらいくら手に入れても無駄になることはないので都合は良い。

 

ケイはモンスターに壊されたときの安全面もかねて、中型船を2艘以上は建造する予定だと言っていたし、それでも使い切れなければ他のプレイヤーに売ってもいい。現状ゴンドラに需要があることは町中の様子から確実だし、きっと欲しがる人は多いだろう。

 

しばらくしてケイから造船クエスト完了の報告が来る。完了といいつつも実際に船ができるのは数時間後になるらしい。また彼らはちょっとした用事があるようでしばらく2層に向かうそうだ。

 

結局、船づくりに必要な素材は《熊脂》に加えて《チークの心材》、さらに座席のシート用に《熊の毛皮》、釘代わりに《熊の爪》も必要になるらしい。次に作る予定の中型船や大型船の必要素材数も判明した。

 

また午後からは3層のエルフクエストを終了させたイスケとコタローも合流し、熊森のフィールドマップも6割以上が埋まろうとしていた。

 

実を言うと熊の爪痕がついた古木は探索中に何度か見かけていた。そのたびに何もなかったため、マーキングを見てもさして思うところもなくなっていた。

 

ズズンと地鳴りの音が響いたのはそんな時だ。

 

「待って何か聞こえるわ」

 

ミトの声に皆が立ち止まったことでより鮮明に聞こえるようになった音は、遠くから連続して聞こえてきた。次第に近づいてくるその音がまるで巨大な何かの足音のようだと思った時、それは現れた。

 

木陰の奥。ルビーのように輝く深紅の瞳に敵意をたぎらせ、小山のように巨大な体躯を揺らしながら走ってくるのは灰色の大熊だった。ミト達から数メートル離れた位置で止まると前足を上げ、二足歩行で威嚇のポーズをとる。

 

「ギャズゴロアアアアアア!!」

 

大きい。規格外の大きさだ。四足歩行時でも2層の中ボス《ブルバス・バウ》に匹敵するほどの威圧感があったが、立ち上がると格別。全長5メートルに届こうかという巨体は固い針金のような毛皮に覆われ、その下には躍動する太い筋肉が見て取れる。

 

「どうする!?」

 

キリトが叫んだが、返事はなかった。いつも指示を出しているケイがこの場にいないからだ。

 

敵を表すカーソルはやや黒ずんだ深い赤に染まっている。SAOでは敵モンスターの強さはカーソルの色から読み取れる。明るい赤は適正レベル以下の相手であり、敵が強くなるほど黒に近くなる。

大熊――マグナテリウムの色は警戒するのには十分な強さを表していた。

 

だが逃げるにしても、いきなり背を向けて走り出すわけにも行けない。

 

戦うか、逃げるか。

 

ケイの不在がパーティーメンバーの意思統一に乱れを生じさせた。皆が中途半端な立ち位置で立ち止まる。敵前でさらした隙の代償は最悪の形で払わされた。

 

マグナテリウムがガバリと口を開ける。よもや嚙みつきかと思ったがそれにしては距離が離れすぎている。いぶかしんだミトだったが、その口腔の奥にチラチラと輝く火の粉をとらえた瞬間――背筋が凍った。

 

「ブレスが来るわ!!」

 

それはベータ時代に何度か経験したファイアブレスの事前動作だった。さらに悪いことに熊の狙いはミトではない。

 

「アスナ!!」

 

ほとんど絶叫に近い声を出しながらミトはアスナのもとに向かった。合流したからといって何ができるわけでもない。火炎ブレスはミトが盾になったところで止められるものではなく、二人まとめてダメージを受けるだけだろう。だがそれでも足は動いた。

 

アスナもミトのもとへ走ってくる。だが、今は数メートルが何よりも遠い。

 

間に合わない。

 

空中に伸ばした手が届くことはなく、ミトの目の前でアスナは火炎に飲まれた。

 

「アスナッ!!」

 

ごうごうと燃え盛る火炎の奔流は実際は数秒だろうが、ミトにはとても長く感じた。

そして炎が途切れた時、そこにアスナのアバターはなかった。

 

ペタンと力なく尻もちをつく。伸ばした手が地面に落ちた。

 

「まだ敵がいるぞ!! さっさと立ち上がれ」

 

キリトが何か言っているが、ミトの頭は真っ白になっていた。

 

「アスナが……アスナが……」

「落ち着け!!」

 

グイッと肩をつかみあげられてもミトは脱力したままだった。うわごとのように友達の名を繰り返していると、耳元で大声が響く。

 

「アスナは死んでない! ウィンドウをよく見ろ!」

「へ……?」

 

緩慢に視線を動かすと視界の端にはまだアスナのHPバーが表示されていた。しかも全く減っていない。

 

「ぷはっ!」

 

思考停止から戻りかけたミトの目の前でアスナの頭が地面から生えた。次いで腕が出現し水に濡れた上半身が現れる。よく見ればそこにはマンホールを大きくしたようなサイズの水たまりが存在していた。

アスナは間一髪そこに飛び込んで難を逃れたらしい。

 

「口から火を噴くなんて、あんなの絶対熊じゃないわ」

 

「アスナっ!!」

 

ミトは思わずアスナに抱き着いてしまった。

 

「ちょっとミト! 今は戦闘中よ!」

 

アスナの咎めるような声を聴いても離す気になれない。

 

「よかった。死んじゃったかと思った……!」

 

「ああもう! みんな悪いけどしばらくモンスターの相手をお願いね!」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

マグナテリウムは最初の奇襲を除けばたいしたモンスターではなかった。火炎ブレスは厄介だったが、特徴的な事前動作と地面にぽっかり空いた泉に飛び込むという対処法さえ分かっていれば、回避不能というわけでもない。

基本動作は散々戦った熊モンスターと同じであるし、突進攻撃には簡単な対処法がある。森の中にぽつぽつと存在した大きな古木の裏に隠れるのだ。驚くべきことに熊の突進は直径2メートル以上もある巨木を一撃に粉砕してのけるが、半ば相打ちという形で熊の突進も止まる。

 

ミトは前半のふがいなさを挽回するように、そしてアスナに危害を加えようとした害獣への怒りで鬼神のごとく立ち回り、マグナテリウムはじきにその姿を散らすことになった。

 

戦果は上々。《幻の熊脂》をはじめとした熊系の上位素材のドロップに加え、熊の突進で倒れた古木からは期せずして《銘木の心材》という上位の木材を手に入れることができた。

 

ストレージを圧迫された一行は荷物を整理するために一度町へ戻ると、タイミングよくケイからも帰還の連絡があった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「やっぱりここは緑の方がいいかな。うーんでも青も捨てがたいのよね」

「ベージュっぽくてもいいんじゃない? アスナの髪とおんなじ色の」

 

ケイより一足先に船匠の家に到着したミト達は次の船の注文に取り掛かっていた。使う素材はもちろんアグナテリウム戦で手に入れた上位素材のオンパレードだ。最高のゴンドラを作れると上機嫌なアスナとともに、空中に浮かぶ造船ウィンドウをのぞき込む。男性陣は船体の色や形にさほど興味はないようでミトとアスナの二人が数十通りはありそうな船のデザインを変更し、カラーパレットで彩色していく。

 

「船のデザインを決めるのもいいけど、一回完成品に試乗してみないか? 実際に乗ってみたら気づくこともあるだろうし、後から不便なところに気づいたら悲惨だぞ」

 

遅れて合流したケイの発案で船のデザインはいったん中断。皆で船匠の家の周りで完成したゴンドラの試運転をしてみることになった。

 

「船を進水させるとき一回やってみたけど、やっぱり難しいぞこれ」

 

船と一緒に渡された操船マニュアルを読みながら四苦八苦しているのはキリトだ。その姿を見て笑っていたアスナもいざ実践してみると右へふらふら左へふらふらと危なっかしい運転をしている。ミトも似たようなものだった。

 

特筆すべきはケイとイスケ、コタローだ。ミト達と入れ替わりで乗船した3人のうちケイの操船技術は群を抜いていた。まるで船頭NPCみたいにすいすい船を動かす。

 

「現実の船とも通じるところがあるな。少し感覚が違うがコツがあるんだ」

 

イスケとコタローは別の意味で特徴的だ。

 

「あぶねえぞ!! このへたくそが!」

 

船頭がイスケに代わってすぐに、すれ違った船の船頭が陸路を並走しているミト達にも聞こえるほど声を荒げたのだ。

 

「すまんでござる!」

 

確かにイスケは水路の中央を走っていたが、邪魔ではあるものの危険というほど接近してはいない。

 

「ちんたら走ってんじゃねえぞ! ボケ!!」

 

「すまんでござるぅ!!!」

 

「なんかいやな感じ」

 

アスナがつぶやく。その後イスケはコタローに船頭を変わったが、浴びせられる罵声は相変わらずだった。

 

わざわざ猛スピードですれすれを走っていく船や、舌打ちしながら水しぶきをかけてくる船など、今まで見たことがないほど荒々しい運転をしている船さえ現れ始めた。

 

「おかしいわね」

 

ミトが疑問に思っているとキリトが一言。

 

「これクエストじゃないか……?」

 

「本当でござる……! ロモロじいに話を聞くでござるよ」

「よかったでござる。拙者の運転が下手すぎてイライラされたのかと不安だったでござる」

 

メニューウィンドウをいじったイスケたちは安堵のため息を吐くと、すぐさま船匠の家にUターンした。

 

【水運ギルド所属の船頭の様子がおかしい。船匠にもう一度話を聞け】

というのが、イスケとコタローのクエストウィンドウに表示された内容らしい。謎は残るがロモロに再び話を伺うと、彼は直接的な言及は避け一つだけアドバイスをくれた。

 

――水運ギルドの連中のことが知りたいなら夕方に町の外に出る貨物船を探るとええ。船には気性の荒い水夫連中が乗っているから見つかれば安全は保障できないがな。

 

「よくわからないわね……尾行クエストってところかしら」

「イスケとコタローにだけ反応してるってことは、おそらくエルフクエストの一環だと思うけど……エルフに水運ギルドは関係なさそうだけどなあ……」

 

ミトとキリトがベータ時代にはなかった展開に頭を悩ませている中、ケイはシンプルな解決策を示した。

 

「まあ、ここでいくら考えたって仕方がなさそうだし、ちょっと行ってくるよ」

「行ってくるって、ケイもか」

「見つかって失敗しないためにも腕のいい船頭は必要だろう?」

 

キリトにそう答えると。ケイはイスケとコタローを連れてさっさと出発した。

ミト達はとりあえず船の注文をしてから、その日は休むことにした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

翌日。一晩かけて作成した船に分乗してミト達は町の外に出ていた。移動手段も手に入り今日からは本格的に階層の攻略を始める予定だ。さしあたっては道中に立ちふさがっているフィールドボスと戦うことになるだろう。

 

4層の町並みはその印象をガラッと変えてしまったが、実のところ岩や崖などの地形自体に変化は起きていない。この傾向が階層後半も続くのであれば、迷宮区までの道筋は大まかに把握できている。そしてフィールドボスの居場所にも見当がついていた。

 

「やっぱりいるか……」

 

階層のちょうどど真ん中に存在する湖の入り口で船を止めたキリトがつぶやく。

円形の湖には北と南に1つずつ水路が連結している。ミト達が今いる方《ロービア》につながる水路は北側だ。そして迷宮区につながる南側の水路の前には門番のように双頭の亀が待ち構えていた。

 

ベータ版ではここは単なる広場だったがやはりフィールドボスが存在していた。正式版でもどうやらそれは変わっていないらしい。

 

「ベータの時とは違うな」

「何が?」

 

自分と真逆の感想を述べたキリトにミトが質問する。

 

「前はここのボス、のっそりしたゾウガメみたいなやつだったんだよ。水没したフィールドに陸ガメなんてミスマッチだと思ってたけど、やっぱりウミガメに変えられてる。これじゃベータの時の情報は使えないな」

 

よく見てみればボスの手足は陸地を歩くためのものではなく、ひれになっている。

 

「ウミガメ……? 拙者の記憶にあるウミガメには頭が2つもないでござるが」

 

イスケは異様なボスの姿にたじろいている。

 

「どうするでござるか?」

 

コタローの言葉にケイは少しの間目をつむるとこう答えた。

 

「試してみたいことがある。もしかしたらこのボス、簡単に倒せるかもしれない」

 

 

 

 

今回のフィールドボス戦にあたってミト達は計4艘の船を用意した。二人乗りの小型ゴンドラが2艘。6人乗りが1艘。上位素材をふんだんに使った豪華な8人乗りが1艘だ。

 

わざわざ4艘の船に分散している理由はいくつかあるが、一番は沈没した時のことを考えてだ。

 

水路で出会ったモンスターの攻撃は船にもダメージを与えてくる。そして耐久度が尽きれば船は破壊されプレイヤーは水面に投げ出されることになる。そうなった時予備の船を用意していなければ、水中でモンスターと戦わなければいけなくなる。

 

もう一つの理由はターゲットを分散させるためである。皆で一つの船に乗って正面からやりあうより、入れ代わり立ち代わりボスの気を引いて、背後から攻撃できた方が安全に戦えるだろう。

 

複数の船を使う利点を説いたのはケイだったが、今彼はミト達を一番大きな8人乗りの船に集めていた。そして空になった2人乗りの船に乗り込むと何やら奇妙な光沢をもつ布を広げた。

 

「消えた!!」

 

驚きの声を上げたのはアスナだ。

 

「《忍法水面隠れ》でござるよ」

 

イスケの言葉は無視された。

 

コタローによるとあれは昨日の水運ギルドの尾行クエストで手に入れたレアアイテムらしい。水上限定かつ恐ろしい速さで耐久度が減っていくため長時間の使用には難があるものの、目にした通りのすさまじい隠蔽効果を持っているらしい。

 

無言の時が流れる。

 

ケイは何をするか具体的に説明していかなかったので、ミト達はただ待つしかない。変化に真っ先に反応したのはキリトだった。

 

「船が、ボスの横に出現した……!」

 

それからケイは合計3回ボスの前を往復し、最後にボスの顔の目の前で6人乗りの船を停泊させると泳いで戻って来た。

 

「なんていうかあなた。よくこういうの思いつくわね」

「誉め言葉として受け取っておく」

 

ミトの呆れを含んだ言葉に悪びれもせず船に乗り込んできたケイは、いたずらっぽい口調で宣言した。

 

「さあ、ボス戦を始めようか」

 

 

ここに至ればケイのしたことは明らかだった。ケイは3艘の船をボスの左右と正面に配置し動きを封じたのだ。ボスは噛みつきや頭突き、それから突進らしきものと正面範囲を狙った攻撃を繰り返したが、方向転換できない今、回り込んだ船を攻撃する手段は存在しなかった。8人乗りの船で近づき背後から無造作にソードスキルを放っているだけであっけなく倒せてしまった。

 

「でも、どうして船が壊されないの? あんなに攻撃されてたのに」

 

戦闘終了後、アスナの疑問にケイは操船マニュアルを見せることで回答した。

 

「船はもやい綱を係留柱につないでおくか、錨を降ろして無人状態にしておけば固定状態になると書いてある。昨日のうちに軽く仕様を確認してみたが、固定状態というのは持ち主以外は動かせないし、耐久度も減らない状態だったよ」

 

「それならモンスターにあっても船の心配はしなくてよさそうね」

 

昨日こだわってデザインした船に少しでも傷がつかないようにと丁寧に操船しながらここまで来ていた彼女は、戦闘でも船にダメージを与えない方法を聞いて声を弾ませた。

 

「ところがそう簡単な話でもない。船を停泊できるのは非戦闘状態の時だけで一度戦闘が始まってしまえば錨を降ろすことができないんだ。今回みたいな特殊な状況でもなきゃ嫌がらせくらいにしか使えない抜け道だよ」

 

「なぁんだ」ケイの言葉に落胆したアスナは首をかしげた。

 

「でも嫌がらせって?」

 

「例えばこの水路の横一列に船を停泊させて通行止めにするとか」

 

ミトは呆れたようなため息をついた。

 

「よくそんな悪だくみをポンポンと思いつくわね。その調子で4層をクリアする方法も思いついてくれないかしら」

 

「その事なんだが……」

半ば皮肉で言ったつもりのミトの言葉にケイは悪い笑顔を浮かべて言った。

 

「一つ試してみたいことがある」



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アーカイブス 003

ケイが最初1層を攻略した時、ミトは半信半疑だった。

ケイが2層ボス戦に勝機を見出した時、ミトはそれに反対していた。

ケイが3層を攻略したと言った時、ミトは面白くもない冗談だと思った。

 

いつだってそうだ。1週間程度の短い付き合いでしかないが、ミトはこの男の荒唐無稽さをいつだって疑ってきた。

 

だが今ミトは珍しく彼の行動を全肯定しようとしていた。祈っていたといってもいい。彼の行動と尋常ならざるクエスト勘はきっと今回もドンピシャで、これからきっとスムーズに事態が進行するに違いない。

 

そうでもなければ……平静を保っていられる自信はない。失敗すればミトに明日はこないだろうから。

 

ごくりとつばを飲み込む。

SAOではアバターの感情表現が少々大げさなため、隣のアスナは気の毒なほど青ざめた顔をしていた。きっとミトも大差ない顔をしているだろう。

 

ミト達は敵対NPCに包囲されていた。戦いになれば勝機はない。ミトがそう思うのは目の前の男が原因だ。

 

「人族の冒険者がわれらにいったい何の用だ」

 

将軍ノルツァー。

ミトの知らない――おそらくは正式版で追加されたであろう――エルフの第三勢力のリーダーが低く威厳のある声で尋ねた。危険度を表すカーソルの色はもはや赤みを失い、まがまがしいほどに真っ黒。

 

(……こんなNPCがいるなんて聞いてないわよ)

 

ミトは心の中でぼやいた。そしてやはり祈った。どうかケイの策略がうまくいきますように。

 

 

 

 

 

 

ケイはフィールドボス《バイセプス・アーケロン》を倒した後、ミトとアスナ、それにキリトを連れて一度3層に戻った。

 

どうやら目的はエルフクエストらしい。ミト達はベータ時代と同じようにクエストの開始点がある森の中を探索し、ほどなくして争いあう二人のエルフの騎士を見つけた。

 

エルフと一口に言ってもSAOではダークエルフとフォレストエルフの2種族がいる。人種の違う2種族のエルフは長い歴史の中で幾度となくいがみ合い、今もまさに戦争の真っ最中なのだ。

 

ベータ版ではここでどちらかのエルフに加勢することで、味方をした側のエルフ陣営に参加できるようになっていた。

 

一つ特筆すべきはこのクエストでは必ずしも相手を倒す必要はないということだ。というよりベータテストではエルフを倒せたプレイヤーはいなかっただろう。クエストの流れではある程度戦い、プレイヤーのHPが減ってくると両エルフが相打ちになり、遺言で《翡翠の秘鍵》というエルフの秘宝を味方の拠点に届けるように託されるのだ。

 

だがケイは、ここで変なことを言いだした。

 

エルフの騎士を相打ちにさせるのではなく、両方倒してみようと言いだしたのだ。

 

幸か不幸かミト達はこれに成功した。

やったことは単純で、エルフの騎士達を限界まで争わせてHPを極力減らし、後は実力勝負に出ただけだ。自分で言うのもなんだがミトはベータテスターの中でも上位の実力だと自負している。アスナも初心者としては破格の強さで、キリトとケイはミトが初めて敗北感を覚えた相手だ。このパーティーに4層で手に入れた装備と上昇したレベルの恩恵が加わったことで、一見不可能に思えた――そして一部のベータテスターにとって悲願であった――エルフ騎士の打倒は果たされた。

 

「貴公らの助太刀のおかげで助かった。この命もここまでかと思ったが……これも聖大樹様のお導きだろう。これだけの騎士がそう何人もいるとは思えないが、どうだろう。念のため基地に帰るまで私とともに来てもらえないだろうか。もちろん此度のお礼も――ぐっ!?」

 

ベータ版とは異なる展開でクエストを進行させようとしていたエルフの騎士の胸からは剣が生えていた。ケイが背後から攻撃したのだ。

 

「ごめんなさい……!」

 

アスナが申し訳なさそうに発動させたソードスキルが硬直したエルフのHPをさらに減らし、ミトの大鎌がエルフの首でクリティカルの派手なエフェクトを散らした。

 

何とも言えない表情で繰り出されたキリトのソードスキルがエルフの胴を切り裂いた時、先の戦闘で消耗していたエルフのHPはもうほとんど残っていなかった。

 

「貴様らっ!! よくも! この――」

 

硬直から解けたエルフが何かを言おうとして、セリフの途中でポリゴン片となり砕け散った。強敵にふさわしい量の経験値とクエストのキーアイテムである《翡翠の秘鍵》がミトのウィンドウに表示されたが、喜びの気持ちはわかなかった。

 

「それで? 言われたとおりにやったわよ」

 

後味の悪さを感じているのか、ぶっきらぼうな口調でアスナがケイに視線を向けた。

 

「《秘鍵》は?」

 

「私のストレージに来たわ。でも今更これでどうするの。ダークエルフともフォレストエルフとも敵対しちゃったら意味ないじゃない」

 

「ベータテストだったらね」

 

ミトの言葉にケイは含みのある返答をするとメニューを操作し、笑みを浮かべた。

 

「……やっぱりか。クエストログを確認してみるといい。どうやらエルフクエストはベータの時とは一味違うらしい」

 

 

◇◇◇

 

 

《エルフの秘宝をしかるべき陣営に届けよ》

 

これがミト達に課された次なるクエストの内容であった。そしてしかるべき陣営というものに心当たりがあると、ケイは4層にとんぼ返りすると《ロービア》から船をこぎだしながら、彼のやりたいことについて説明を始めた。

 

「昨日、イスケとコタローのエルフクエストに着いていったときに、洞窟の奥にフォールンエルフっていうエルフがいたんだ」

 

「フォールンエルフ……聞いたことないわ」

 

ミトが視線で問いかけるとキリトも首を振る。

 

「イスケたちに聞いたら3層のクエストでも終盤で《秘鍵》を巡って戦闘になるらしい。しかも結構強敵。しかるべき陣営ってのは十中八九やつらのことだろうね」

 

ケイが4層に戻って来た理由は分かった。だが、なぜ迷宮区の攻略を中断してまでエルフクエストを優先したかの理由にはなってない。

 

「それで、なんでこんなめんどくさいことをしてるの」

 

「今迷宮区を攻略したところでボス戦の勝機は薄いからなぁ。人数が足りない。だからと言って他のプレイヤーはまだまだ育ってないし、4層に来るまでどれだけ時間がかかるか。おっと!」

 

タイミング悪く行く手に現れたモンスターを手際よく排除したケイは再び櫂と口をうごかした。

 

「だからフロアボス戦はNPCに手伝ってもらおうと思ってね」

 

「そんなことできるの?」

 

アスナがケイに尋ねる。

 

「たぶんできるさ。ベータ版でも同伴しているNPCがフィールド戦闘を手伝ってくれるクエストはあったしな。まあ普通はNPCよりプレイヤーの方が強いから、わざわざレイドパーティーに入れようって奇特なプレイヤーはいなかったけど。今は後続のプレイヤーよりNPCの方が強い」

 

「でもそれって別にフォールンエルフである必要はないんじゃない? それこそ助けたダークエルフの騎士にでも手伝ってもらえばよかったんじゃ」

 

ミトが言うとケイはなにか理解しがたい奇妙な生き物でも見るかのような視線を向けてきた。

 

「フォールンエルフは新要素だぞ。気になるだろ」

 

むかついたがミトに反論する言葉はなかった。

 

 

 

 

そうしてたどり着いたのフォールンエルフの基地であるが、到着して早々ミト達は多数の兵士に囲まれてしまった。

 

しかもなぜかカーソルは中立ではなく敵対。クエストログに従っているつもりだったミトの脳裏にいやな予感が生じる。

 

(これってクエストの進め方を間違えてるんじゃ……)

 

だが時すでに遅く、奥の扉からノルツァーにカイサラという二人の危険なNPCが現れてしまってからは迂闊な行動をするわけにもいかず。

こうしてミトは生きた心地のしない対談に挑むことになった。

 

 

 

 

ノルツァーはミト達の3メートルほど手前で立ち止まった。他のエルフたちも数メートル離れた地点で遠巻きに見ている。

ぽっかり空いた空白は武器を振り回しても当たらない距離だが、安心はできない。高いAGIをもったプレイヤーにとってこの程度の間合いは瞬時に詰められる。戦闘になれば気休めにもならない距離だ。

 

「3層の森でエルフ族の秘宝とやらを手に入れてね。俺たちじゃ持っていてもしょうがないし、話次第では譲ってあげようと思って」

 

ケイがストレージから《翡翠の秘鍵》を取り出すと周囲の兵士がどよめいた。ノルツァーは一度瞬きをしただけだったが、それでも視線は釘付けになっていた。

 

「それは人族の手には余る代物だ。よこせ」

「冗談を」

 

すごむノルツァーをケイは鼻で笑った。

きっとこの男の心臓は鋼でできているに違いない。体はブリキか何かでできたサイボーグだ。ミトは心の中で思った。

 

「交換条件といこうじゃないか」

「……それをよこせば、貴様らを生きて帰してやる。対価としては十分だろう」

 

ノルツァーの言葉で副官の女が刀に手をかけた。指示があればすぐにでも切りかかってきそうだ。

ミトの心拍が早まる。

 

「《秘鍵》はギルドストレージにしまった。俺たちを倒してもドロップすることはない。取り出せるのは外にいる仲間だけだ。そして俺たちに危害を加えれば仲間は必ず報復を行う。秘鍵はダークエルフの手に渡ることになるだろうし、この基地も彼らの知るところとなるだろう」

 

重苦しい沈黙が立ち込めた。

ノルツァーの眼力と身にまとう雰囲気がミトの精神を容赦なく削った。

ぎゅっと握りしめた鎌がこんなにも頼りなく感じるのは初めてだ。

 

あの日聞いた茅場晶彦の言葉が思い出される。SAOでの死は現実世界での死を意味する。交渉が決裂すれば、取り返しのつかないことになるだろう。

 

「いいだろう」

 

沈黙の中、ノルツァーが重々しく振り返った。

 

「ついてこい。詳しい話を聞いてやる」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

フォールンエルフの数は兵士の他に職人らしきものを含めて30人ほどもいた。村と考えれば小規模だがここが洞窟の奥地だということを考慮すればそれなりに多いのではないか。

彼らは洞窟の外から行ったり来たりするのではなく、ここに住居を構えているらしい。奥にある扉の先には長い廊下と階段があり、明らかに人の手によって整えられた空間があった。

 

基地の一室。特別豪華というわけではないが最低限の体裁は整えてある部屋で再びノルツァーはミト達と向かい合った。

周りにいた兵士はいなくなったが、同席する副官とこの男だけでこちらを容易に制圧できる以上心理的な圧迫感は変わらない。

 

「交渉を手短に済ませるために、まずはお互いの望みを明確にしよう。そちらの陣営は《秘鍵》を集めている。間違いはないか」

 

「相違ない」

 

「そして俺たち、プレイヤーは迷宮区ボスの討伐と次階層の開放を目指している。お互いの目的は干渉しない」

 

先ほどからミトの喉は猛烈な渇きを訴えていたが、テーブルの上にはお茶の一つも置かれていなかった。これから運ばれてくる様子もない。

 

「なら話は早い。俺たちは《秘鍵》を集めるのに協力する。そちらはフロアボスの攻略に協力する。悪くないだろ」

 

ケイの言葉に反応したのはカイサラだ。

 

「勘違いするなよ。我々は人族の手助けなど必要としていない」

「海運ギルドとの取引は順調かい?」

「なぜそれをお前がっ……!」

 

もし視線にダメージが設定されていたならば、ケイはカイサラに大ダメージを負わされているだろう。

 

「フォールンエルフには種族的なしがらみがある。ダークエルフやフォレストエルフにも警戒されているだろう。そして実際《翡翠の秘鍵》は俺たちの手にある。協力が不要だとは思えないが」

 

ノルツァーはしばらくの間黙っていた。

ミトの呼吸が浅くなる。

 

「いいだろう。《秘鍵》と引き換えに部隊をひとつ貸してやる」

 

「部隊ってのはさっきの兵士か? それじゃ役者不足だ。俺たちよりも弱いやつは足手まといにしかならない」

 

「我々の兵士が人族に劣るものか!」

 

「事実を言ったまでだ。試してみてもいいんだぜ」

 

ケイは不敵に笑って見せた。

デスゲームと化したSAOで格上の敵に対してこうまでふてぶてしくふるまえるプレイヤーが何人いるだろうか。

 

「落ち着けカイサラ」

 

「ですがっ!」

 

「まずはそちらの希望を聞こう」

 

「俺たちがあてにしてるのはノルツァー将軍。あなた自身だ」

 

ケイのよく回る口からその言葉が出たとき、ミトはこれまで無表情だったノルツァー将軍の口角がわずかに上がったように見えた。

 

「不可能だ。私が動けばエルフの死にぞこないどもが黙ってはいまい。騒ぎが大きくなれば我々の活動にも支障が生じる」

 

「じゃあ、ボス戦を手伝うのはそっちの、カイサラでもいいよ。見たところ、そうとうできるんだろ」

 

「……まあ、いいだろう。天柱の守護者と戦う時にはカイサラに協力を頼むといい」

 

「将軍!」

 

「ただし」席を立つカイサラを手のひらで制したノルツァーはギラリと強い視線を向けた。

 

「カイサラの力を借すのであれば、《秘鍵》一本では釣り合わない。お前らにはこの階層の《秘鍵》を手に入れるために働いてもらおう」

 

「なんなら5層でも協力してもいい。そちらが階層攻略に協力してくれるのであれば」

 

ケイが返答するとようやく、エルフの敵対カーソルが友好NPCを表す色に変わりミトは胸につまった息を吐きだした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

そうして始まった4層のエルフクエストは――本来は3層のエルフクエストもあれで終わりではないはずなのだけれど――気が抜けるくらい順調だった。

 

いや、ミトだってわかってはいる。そもそもたて続けに格上のNPCと遭遇する方がおかしいのだ。

 

海運ギルドにフォールンエルフの手紙を配達するクエストでは造船クエストで苦しめられた流通規制の真相を知ることになった。狭い町の住人同士だ。海運ギルドとしても長年連れ添ってきた造船ギルドに圧力をかけるのは本意ではなかったらしい。

 

「ごめん。親方ぁ。俺が馬鹿な真似したからぁ」

「男が簡単に泣くんじゃねえ! お前は仲間のためを思ってやったんだろう。だったら最後まで胸張ってやがれ!!」

 

だが、エルフから要求される大量の船の材料は彼らが用意できる量を上回り、かといってエルフとの契約上事実を明らかにするわけにもいかず、強権的に市場全ての材料をかき集めざるを得なかったらしい。

 

「こうなったら俺が責任もって森に行くよ」

「馬鹿やろう!! サウロの野郎がケガでいねえんだ。おめえ一人で行ってなんになる!」

 

海運ギルドは内部分裂寸前だった。

 

「でももう在庫がねえよ」

「……木材なら、ここにある!」

「そんなのどこに……だめだ親方!! 船をばらしちまったらどうやって仕事すればいいんだ!」

「うるせえ。俺たち海運ギルドは一度受けた仕事は絶対にやり遂げてきたんだ! 先代に顔向けできない真似はできねえ!」

「誰か親方を止めてくれ!!」

 

結局、不足していた材料はミト達が過剰に集めていたゴンドラの材料を融通することで片が付いた。

 

海運ギルドのトップは頑固だが、身内に慕われる昔気質の男だった。金稼ぎのために裏取引に応じる程度には清濁併せもつ面もあるが、それも含めて普通の男だ。

 

「迷惑かけちまってすまねえ。いろいろと世話になった」

 

傲慢で嫌な相手だと決めつけていたミトは、最後に男が桟橋が見えなくなるまで頭を下げ続ける姿を見つめて何とも言えない気持ちになった。

 

「同じ出来事でも“みかた”が変われば景色も変わる、か」

 

ケイは振り返ってミトを見た。

 

「今俺、うまいこと言った……?」

 

 

 

 

材料をフォールンエルフの基地に運ぶ際には、水生モンスターの群れと戦闘になった。

 

水運ギルドの護衛ということで並走していたミト達は最初泡を食ってこれに対応したが、幸いにしてモンスターはそれほど強いものではなかった。

 

ここで大活躍したのが《マグナテリウム》の上位素材で作られたゴンドラだ。単に耐久度が高いだけでなく、レアドロップで建造した船にはオプションパーツがつけられる。《火炎熊の硬角》を使って付けた衝角はレバーを引くと一定時間赤熱し、突進攻撃でモンスターを蹴散らした。

 

「やっぱり、いい船にして正解だったわね」とは、得意満面の笑みを浮かべたアスナの言葉だ。

 

その後もフォレストエルフの砦で一仕事あったがこちらも特に問題が起きることもなく、ミト達は再びフォールンエルフの基地に戻ってきていた。

 

「これで任務は完了だ。船の完成にはあと2日。作戦の大詰めまでは5日といったところだろう。それまでならばお前らを手伝ってやる」

 

不承不承といった表情で腕を組むカイサラにケイは言った。

 

「1日で十分だ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はあー。そんなことになってたんだナ」

 

アスナから一連の出来事を聞いたアルゴと名乗る情報屋は長い感嘆のため息を吐いた。

 

場所は4層迷宮区。ケイは階層ボスを攻略する前に知り合いの情報屋に連絡すると言って、しばらく後に合流したのがこの女性だった。顔に鼠のヒゲのようなペイントをした奇抜なファッションに加えて、独特なイントネーションでしゃべる相手に距離感をつかみかねていたミトとは対照的にアスナはすぐに打ち解け、

 

「そんなムチャを繰り返したんじゃ、アーちゃんも苦労しただロ」

 

「本当ですよ。特にノルツァー将軍と交渉している時なんて生きた心地がしませんでした」

 

今ではあだ名で呼ばれるほどだ。

 

(《社交》スキルとかないかしら。あったら絶対とるのに……)

 

でも、熟練度上げに見ず知らずの他人としゃべらなきゃいけないとかだったらどうしよう、などと益体もないことを考えながら足を進める。

 

「それにしても……」アルゴが呆れと困惑を混ぜたような声を出した。

「あのエルフのオネーサン、強すぎじゃないカ?」

 

視線の先では出現するモンスターを鎧袖一触でなぎ倒すカイサラの姿があった。以前の濁りきった敵対カーソルの色を知っているミト達からすれば予想できていた姿だが、仲間になってからしか会っていないアルゴには少々刺激の強い光景であるらしい。

 

「ふっ! どうだみたか人族! これがフォールンエルフの力だ!」

 

「スゴーイ。キミは雑魚狩りが得意なフレンズなんだね」

 

「っっっ!!!」

 

そんなカイサラをおちょくって遊んでいるケイを見てアルゴはしみじみとつぶやいた。

 

「ケイは、相変わらず予測不能ダナ……」

 

マップは急速に埋まっていった。カイサラのおかげで戦闘で足を止めることも索敵に気を使うこともない。迷宮区の探索中だというのにミトもアスナも気楽なものだった。

 

「これはアルゴの装備だな」

 

道中の宝箱から黒革のローブを手に入れたケイはプロパティを確認すると、それをアルゴに手渡した。

 

「いいのカ? オイラはもらえるもんはもらっておく主義だが、こんなに貢がれると困っちまうゾ」

 

「かまわない。キミに死なれる方が何倍も困る」

 

アルゴの装備はケイと合流する前から一新されていた。

AGIに補正のある編み上げのサンダルに始まり、2層の皮装備より防御力の高いホットパンツに、HPに微上昇効果の付いたTシャツ。その上から上半身を守るのはやはり迷宮区で手に入れたジャケット。そこに今渡されたフーデッドローブをまとえば下手な金属防具をしのぐ防御力になる。

 

「いやー、愛されすぎて困っちまうナ」

 

「冗談めかすな。5層でもどうせ一人で圏外に出るつもりなんだろ。止めるつもりはないが、きちんと安全マージンは作っておけ」

 

そもそもケイがアルゴを呼び出した理由というのが彼女のレベリングのためだ。彼から聞いた話によると、元ベータテスターである彼女は後続のプレイヤーの安全を確保するために――本人はただの情報屋としての活動だと言っていたが――圏外に出てクエストやモンスターの情報を集めているらしい。

 

ミトもこれまで感じたことだが、製品版のSAOはベータ版とは違う。以前の情報をもとに行動していると、ところどころのヒヤリとするような変更――それもたいていはプレイヤーにとって悪い方に――が加えられていることがある。

 

そうでなくとも4層のように誰にとっても初めてのフィールドというものもあり、情報が命運を左右するというのはなんら大げさではない。

 

そんな中彼女は自ら危険な先遣隊としての役目を担っているのだが、呆れたことにレベルも装備も不十分なままたった一人で圏外に出ているというのだ。

 

彼女のレベル上げに協力することも、装備を譲り渡すことも反対するものはいなかった。

 

「ニャハハハハ。仕方ないから次の依頼は格安にしておくヨ」

 

「頼りにしている」

 

 

 

 

迷宮区の探索を始めてからおよそ半日。戦闘に時間を使わなかった分、マップの探索に力を入れたため最上階にたどり着いたのはその日の夜のことであったが、初めての迷宮区をこの時間で制覇したと考えれば早い方ではないだろうか。

 

ミト、アスナ、ケイ、キリト、イスケ、コタロー、そしてカイサラ。

 

扉の前で最後の小休止と装備やアイテムの確認を行ったミト達はゆっくりとボス部屋の扉を開いた。

 

アルゴはボス戦には不参加だ。装備は改善されたが開いたレベル差はどうにもならない。それに今回は2層の時のようにフロアボスに関連するクエストを発見できず、どのような戦闘になるかが未知数だ。ケイはアルゴの参加を頑なに認めなかった。

 

「俺たちが死んだら、情報はしっかり持ち帰ってくれ」

 

「縁起でもないこと言うなヨ。アーちゃん達もやばそうになったら無理せず撤退だからナ!」

 

「わかりました」

 

「キー坊もほどほどに頑張れよ!」

 

「わかってるさ。……とはいっても俺たちの出番があるかは疑問だけどな」

 

ぼやきながらキリトは視線をカイサラに向けた。

 

「ふんっ」

 

フォールンエルフの上級将校はNPCとは思えないほどの感情表現で軽く鼻を鳴らし、鞘から刀を抜き放った。

 

普通MMOのボス戦におけるNPCというのはプレイヤーの補助的な役割を担うのが一般的だが、この戦闘では彼女が中心的な役割を果たすだろうというのはパーティーの共通見解だ。

 

むしろ、この戦闘は彼女とフロアボスの力量差を確かめるためのものである。

彼女の力量をもってしてもボスに歯が立たないようであれば、このパーティーでのボス攻略はあきらめざるを得ない。

 

開幕、ボスの突進攻撃を真正面からソードスキルで打ち返した彼女はステイタスにおいていささかも劣っていないことを見せつけると、ネームドNPCにふさわしい強さでフロアボスに悲鳴をあげさせた。

 

「はああああああああっ!! どうした! こんなものか! 守護獣よ!」

 

驚異的なのは彼女の攻撃力の高さである。

かつては10層後半になるまで使用者が現れなかった《刀》スキルをカイサラは使用していた。

ベータテスト終盤で苦しめられた記憶そのままに、高威力かつ多彩なソードスキルは4層ボス《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ》を翻弄していた。

 

そうして6段あるボスのHPバーが1本減った時に、キリトが呟いた。

 

「新モーションか?」

 

それまで水ブレス以外は近距離攻撃を行っていたヒッポカンプがミトやカイサラから離れていき、部屋の奥まで後退すると甲高い馬のいななき声をあげたのだ。

 

変化はすぐに訪れた。

 

ボスの周りにまとわりつくような白い霧が現れたかと思うと急速に体積を広げ、どういう原理か濁流もかくやという勢いで水があふれだしたのだ。

いままでは開いていたボス部屋の扉はいつの間にか閉まっており、あっという間に水は膝まで迫った。

 

「このままじゃ水没するぞ!」

 

叫ぶキリトが技を中断させようとボスに近づいたが、まるで水を得た魚のように素早くかわされてしまう。

 

ヒッポカンプは上半身は馬だが、下半身は魚のような見た目をしている。ミトはボスの性質を想像し冷や汗をかいた。

 

「扉もあかないでござる」

 

素早く扉に取り付いたイスケに続きミトも力を入れるが、扉はびくともしなかった。

 

さらに悪いことにヒッポカンプが動き始めても水流はやまず、なおも水位は増していく。

 

「とにかくひるませろ! 術を中断させるんだ!?」

 

「早すぎて追いつけないわよ!!」

 

悠々と動き回るヒッポカンプに翻弄されながらキリトとアスナが叫ぶ。

 

「面妖な術を! 卑怯だぞ守護獣!」

 

頼みの綱のカイサラも水流で動きが悪く現状を打破できそうにない。

 

水位はついに腰を超え、胸まで迫ろうとしている。

 

「きっとどこかにギミックがあるはずでござるよ!」

 

言葉はもはやミトの脳まで届いていなかった。

 

「このままじゃ……」

 

最悪の想像が頭をよぎる。

何の前触れもなく扉が開いたのはその瞬間だった。

 

「きゃああああああ!」

「ぬおおおおおお!?」

「うわわわわわわっ!」

 

部屋の外に押し流されたミトは上下さかさまに柵に引っかかった。

 

「いったい何なの……?」

「とりあえずどいてくれるか、ミーちゃん」

「あ、アルゴさん! ごめんなさい」

 

アルゴを下敷きにして。

 

「それで、いったいなにがあったのか教えてくれよナ。突然扉が閉まってわけがわからないんダ」

 

扉の外から声をかけたが返事がなく、意を決して扉を引いたら水流と一緒にミト達が流れてきたと困惑気味に語るアルゴにミトはボスのギミックを話した。

 

「そういうことならオイラに任せておきナ。次からはもっと早く開けてやるヨ」

 

胸を張るアルゴを外に残してミトは足早にボス部屋に戻った。

 

部屋が水没する攻撃は合計5回。ボスのHPが減るたびに使われたが、攻略法がわかっていれば苦戦するものではない。

 

一時はヒヤリとする場面を迎えたものの、4層ボスはまもなく攻略されミト達は誰一人欠けることなく5層への階段を昇って行った。

 



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アーカイブス 004

 

 

オネーサンはベータテスターだからナ。

 

人よりちょっとは頑張らナイと。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

11月7日の夜11時。

 

2層の転移門広場の隅でじっと闇に身をひそめるプレイヤーの姿がある。

 

情報屋を自称する女性プレイヤー、アルゴは街灯の届かない建物の陰に座り込みフードの下から鋭い視線を広場に向けていた。

 

11時と言えばゲーマーにとってはまだ夜というのも憚られるほどで、NPCの多くが家に帰った後でも転移門広場には多くの人影がある。

 

そもそもが1層と2層の主街区をつなぐ場所だ。これから2層に繰り出すものが次々に転移してくる一方で、宿に向かうのか1層に戻る人の流れもある。

 

だがとりわけ多いのは、広場の壁際に集まって何かを熱心に読みふけるプレイヤーだ。

 

彼らの視線の先にある《立て札》には、このゲームの攻略情報が所狭しと書かれていた。

 

昨晩。

多くのプレイヤーにとって最初の、そして一部の不幸な人間にとっては最期の夜。アルゴは混乱からいち早く抜け出し行動を開始したベータテスターの一人だ。

 

元より、好奇心は人一倍旺盛であった。少々不本意だが、噂好きという人もいるかもしれない。

クラスメイトの色恋沙汰にはいつの間にかだれよりも詳しくなり、小さいころから図鑑や新聞を読みふけっていたかと思えば、前触れもなく外に飛び出しフィールドワークにいそしむ子供であった。

 

そんな彼女が最新技術の詰まったVRゲームに興味を持つのも、ゲーム内で探索要素や隠し要素というものに心惹かれることもある意味では必然であったのかもしれない。

 

そしてそんな彼女であったからこそ、SAOがログアウトできなくなり、外部ネットワークから切り離された時、これから何が起こるのかを真っ先に想像できた。

 

情報不足だ。

 

このゲームを先行プレイしている人間なんてプレイヤーの1割しかいない。しかも製品版に際して既にいくつかの変更点も発見している。

 

幸運にも彼女には知識と行動力があり、多くのプレイヤーはそれを必要とするだろう。

だから彼女は情報屋として活動することにした。まあ、半分くらいは理屈じゃなくて直感に従ったと言えなくもないけど。

 

そうして始まりの町を飛び出した彼女はベータ時代に有名だった《森の秘薬》を始めとするいくつかのクエストの情報を集め、フィールドやモンスターをその目で確認していった。

 

あまり知られていないことだが、始まりの町には書写屋と呼ばれる店がある。プレイヤーが手書きで書いたメモや図面をコピーしてくれる施設だ。彼女はそこで集めた情報を製本し、プレイヤーに無料頒布する計画を立てていた。

 

その後、新階層解放の情報を聞き、慌てて向かった2層の転移門広場でアルゴは手に持っていたメモをくしゃりと握りつぶした。

 

「ニャハハハハ。そうくるかぁ……」

 

彼女以外にもこの情報危機というべき事態に気づいているプレイヤーはいたらしい。

 

それはいい。喜ばしいことだ。

 

だが、そのプレイヤーは情報共有に《立て札》を使っていた。見れば納得するほど単純で有効な手段だ。

 

もう深夜だというのに大勢いる人だかりが《立て札》の前に集まり情報を読みふける姿を見て、正直に言うとアルゴは少し嫉妬した。

必死になって勉強したテストがクラスで2位だった時のような感情だ。喜ばしいことだが、どこか喜びきれない。

 

初めて自覚したことだが、アルゴは情報分野において誰かに負けたくないというプライドのようなものが芽生えていた。あるいはそれはゲームを始める前からの彼女の気質だったのかもしれなかった。

 

 

とにかく、《立て札》だ。

彼女を、一時的に、ほんのちょっとだけ発想で上回った情報提供者の姿を拝みたい。別に何かをするつもりはない。言ってしまえばこれもただの好奇心だ。情報屋としての。

 

だが、不思議なことに《立て札》を立てたプレイヤーに関する情報は一向に集まらなかった。かなりの人通りがあったはずなのに目撃者が見つからないのだ。得られたのはいつの間にか設置されていたという情報だけ。

 

こうなると解放直後に2層に来られなかったことが悔やまれる。1層の情報を集めるために先行していた彼女が引き返してきた頃には転移門はすでに開通した後だったのだ。

 

アルゴはすぐさま別のアプローチを考えた。

《立て札》は確かにアイテムの中じゃ耐久度が高い方だが、それでも24時間たてば壊れてしまう。

 

つまり情報提供者は毎日同じ時間に《立て札》を設置し直しに来るはずなのだ。

 

果たして、アルゴの読みは当たった。1層の転移門から現れたその男はしばらく壁際に集まる群衆を遠巻きに眺めると、ちょうど耐久度が尽きた《立て札》が壊れはじめる様子を見て隣の壁に歩み寄っていった。

 

そしてストレージから取り出したのは特徴的なシルエットのアイテム。

 

アルゴは素早く男に近づくと背後から声をかけた。

 

「やあ、オニイサン。オレっちはアルゴ。情報屋のまねごとをしてるプレイヤーだヨ。少し話を聞いてもいいかナ?」

 

男はアルゴの方を振り向くと、なぜか安堵したような表情をして言った。

 

「よかった。サインボードの建て替えに来たんですね?」

 

「はあ……? それはお前だロ?」

 

奇妙な沈黙がその場を支配した。

 

話してみれば何のことはない。

シンカーというらしいその男は、アルゴと同じく耐久値の問題に気付いて、予備の立て札を用意していただけのお人好しであった。

 

彼は《立て札》がなくなると他のプレイヤーが困るだろうからと、様子を見がてら再設置に来たところ、情報屋を名乗るプレイヤーに声をかけられ勘違いをしてしまったらしい。

 

「なんダ、結局ふりだしカ」

 

「お役に立てず申し訳ありません」

 

シンカーも《立て札》の設置者には心当たりがないらしい。それから2人で一時間ほど転移門広場で粘ってみたが、それらしい人物が現れることはなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

翌朝、フレンド登録をしたシンカーからアルゴの元へ届いた情報は彼女の気分を下げるのに十分なものだった。

 

「《立て札》が壊されてるっテ?」

 

「はい。申し訳ありません。昨夜新しい情報も書き込んでもらったのに」

 

シンカーが小太りな体を小さく丸めながらアルゴに頭を下げた。

 

「いや、シンカーが謝る必要はないダロ」

 

再びの2層転移門広場では、昨夜確かに《立て札》を設置した場所には何も残っていなかった。耐久値が切れたということはない。事故で壊してしまったというのなら、全部が壊れているということもないだろう。

 

となると、やはり誰かが明確な意思をもって《立て札》を破壊したのだ。

 

「すいません。アルゴさんの情報はまだバックアップを取っていなくて……申し訳ないんですがもう一度書いていただけますか」

 

そういってシンカーはアルゴに新しい《立て札》を渡した。

シンカーが設置した分は既に全て用意されているようで、その手際の良さと対応の速さにアルゴには嫌なひらめきが生まれてしまった。

 

「もしかしてなんだガ、こういうことは初めてじゃないのカ?」

 

「残念ながら……」

 

シンカーが言うには《立て札》の設置があった翌日の昼には、すでにこういうトラブルが発生していたらしい。幸いというべきか《立て札》を壊したプレイヤーはすぐに周囲のプレイヤーに取り押さえられ被害は少なく、壊された物もシンカーと有志のプレイヤーの情報で復元されたらしいのだが。

 

「なんでそんなバカなまねを……」

 

SAOはもはや普通のMMOではない。悪ふざけでは済まない問題もある。

 

「それが、クエスト情報を拡散されると混むから困ると……」

 

それを聞いてアルゴは言葉を失った。理解できない。なんだそれは。

 

「……今回のも?」

 

感情の抜け落ちた声でアルゴは尋ねた。

 

「それは、本人に聞いてみないと……」

 

「それはそうだナ。つまらない事聞いて悪かっタ」

 

「いえ。お気持ちはお察しします」

 

アルゴが心を落ち着けるのに、深呼吸数回分を有した。

 

それからアルゴはシンカーの活動を手伝った。

彼曰く、そしてアルゴも見ればわかることだが、転移門広場にある《立て札》の数は2層開通時より増えているらしい。その時に立っていたものはすべて耐久値の限界を迎えたにも関わらず。

 

「つまり他のプレイヤーも立ててるってことカ」

「ええ。そのようです」

 

『2層の東の赤い屋根の民家で郵便配達のクエストがありました。報酬20コル』

『1層のフレイジーボアは首筋が弱点。ソードスキルを当てればクリティカルで一発で倒せる』

『嘘乙。クリティカルは確率だから』

『片手剣ならブロンズソードがおすすめ。2層の武器はSTRが高くて使えない』

『ブロンズソードとか耐久度ゴミだった。スモールの方がいい』

『誰か一緒にフィールド行きませんか。8日の正午に1層の西門で野良募集します』

 

見ればまさに玉石混合。情報の種類も重要性もまるで異なる《立て札》が至るところに乱立していた。

 

シンカーはその中でクエスト情報が書いてあるもののいくつかを壊した。

アルゴは止めなかった。でたらめな情報だとわかったからだ。

 

「多分、プレイヤーの流れを分散させる目的があるんでしょうね。こういうのも昨日の午後から増えたんです。嘘だとわかったものは壊すようにしていますが」

 

「大変だナ」

 

そうとしか言えなかった。デマ情報の裏を取るのだって楽ではあるまい。

 

「どうしてこんな損な役回りをやるんダ?」

 

「MMOトゥデイって知っていますか」

「大手のネットWikiダロ。SAOプレイヤーで知らない奴はいないんじゃないのカ」

「私実はそこの管理人だったんですよ。だからこういう作業は慣れているんです」

「それは理由になってないと思うがナ……」

 

アルゴはふと思った。

 

「最初に《立て札》を立てたやつが昨日来なかったのは、こんな現状に失望したからなのかもナ」

 

「それは…………すこし、違うと思います」

 

シンカーは少しの間逡巡すると声を潜めて言った。

 

「昨日はお話しませんでしたが、おそらく最初に《立て札》を立てたのは階層攻略者ですよ」

 

「ナンだって?」

 

予想もしていなかった言葉が出てきて、思わずアルゴは聞き返してしまった。

 

1層を誰が攻略したのかというのは今もっともプレイヤーの耳目を集める事柄だ。数多くの噂が流れ、ベータテスターの集団だというものもいれば、その存在を疑い、次階層が解放されたのは警察が茅場晶彦と交渉したからだとか、茅場晶彦による救済措置だとかいう話まである。

 

「恥ずかしながら私、2層開通には人一倍興奮してしまって、ほとんど一番乗りで転移門をくぐったんです。その時にはもうすでに《立て札》はありました。あのタイミングで設置できるのは元々2層にいた人しか無理なんです」

 

「そんなことガ……」

 

ベータテスト時の経験からアルゴは攻略者の存在を信じていない側の人間だった。だが、シンカーの話が本当ならば話が変わってくる。

 

「ほんとに実在するのカ」

 

「ここだけの話にしてくださいね。おそらく何か事情があるんだと思います」

 

フロアボスを倒したプレイヤーがいるならば、なぜ名乗り出ないのか?

攻略者の存在を疑うプレイヤーがよく口にしている言葉だ。通常のMMOですらボスを倒すのは大きな名誉だ。プレイヤーは周囲からの賞賛と羨望を集める。ましてやデスゲームと化したSAOでそれをなしたなら、得られる名声は比類なきものだろう。

 

「攻略者の人たちは今も2層を攻略しているんだと信じています。私がみなさんの役に立てることなんてこれくらいしかありませんからね。彼らの手を煩わせるくらいなら、このくらいわけないですよ」

 

なぜだかアルゴは無性に腹がたった。

シンカーは良いやつだ。攻略者とやらも後続のために情報を残していった。

そう言う人の努力を、自己中心的な理由で台無しにしようとしているプレイヤーがいる。

情報屋を自称する自分はそんなこと知らずにのうのうと生きていた。

 

フードの下でアルゴは八重歯をむき出しにして笑顔を作った。

 

「シンカー。オイラは情報屋ダ。金と情報を交換しながら生きている。だから今回はこの《立て札》の代金分だけ、オマエに良い事を教えてやるヨ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ベンダーズカーペットというアイテムがある。商人プレイヤーがバザーのように品物を並べて売買するために作られたこのアイテムは、いろいろな制限はあれど耐久値の減少を無視してアイテムを設置できる数少ない手段の一つだ。

 

あれから数時間後。シンカーとそのフレンドはアルゴの案内に従って一人一枚ベンダーズカーペットを手に入れると、それを担いで転移門広場の一角に敷いていった。その上に建前上は売り物として乗せるのはギルドホーム用の家具アイテムとして存在する大きな掲示板だ。もちろんシンカー達の目的はこれを売ることじゃないので値段は法外に高く設定してある。

 

掲示板にはこれも売り物として設定してある大きな紙がいくつも張られており、そこには《立て札》に書かれていた1層と2層の攻略情報がしっかりと書き込んである。それに加えてアルゴが本来冊子として頒布する予定だった情報やシンカーたちがここ数日で新たに取得したクエストの情報もしっかりと追記されていた。

 

「うーん。少しムキになっちまったかもナ」

 

アルゴが監修した掲示板にはクエスト情報に始まり圏内で手に入るアイテムや装備品の一覧まである。

 

代わりにアルゴが売れる情報は少なくなってしまったが、これだけ隙の無い情報を出しておけば他のプレイヤーがデマを流す余地は少ないだろう。

 

「壮観ですね。まるで本当のMMOトゥデイを印刷してきたみたい」

 

シンカーの活動に共感して協力しているというプレイヤーの一人、ユリエールは立ち並んだ掲示板を見て目を輝かせている。

 

「みたいじゃなくてここが本当のMMOトゥデイになるんだヨ。幸いにして管理人もいるしナ」

 

アルゴは感極まっているシンカーに言った。

 

「ベンダーズカーペットの商品は他人には移動すらできないからナ。情報をいじれるのは持ち主だけダ。商品として並べてる間は耐久度も減らないから壊れる心配もしなくてイイ」

 

「本当に、なんとお礼を言っていいか」

 

「よせヨ。大変なのはここからだゾ。こういう形になった以上文句を言うやつは直接言いに来るようになるだろうし、別のトラブルだって山ほど起きるからナ」

 

「それでも私一人ではとてもこんな……」

 

シンカーはお人好しなうえ、涙もろい男であるようだ。

 

「アルゴさんもぜひ一緒に活動しませんか?」

 

同性であるからだろうか、アルゴに声をかけたのはユリエールだった。

 

「1層にはまだまだゲームに不慣れな方がたくさんいます。北の教会には年端も行かない子供もいるんですよ。攻略情報だってこれからたくさん増えていきますし、アルゴさんがいてくだされば皆とても心強いと思うんです」

 

いつかはそんなふうに誘われるだろうと、アルゴはうすうす予想していた。

確かにここで情報を取りまとめるのも大事な仕事ではある。だが、アルゴのしたいことは圏内ではできない事なのだ。

 

「ナハハハ。さすがにそれは別料金だな」

 

「そうですか……でも、私はアルゴさんのこと仲間だと思ってますから」

 

ユリエールは強い視線でアルゴを見返してきた。

 

「ありがとうございました」

 

お礼を述べるシンカーに背を向けアルゴはうそぶいた。彼女はもとよりキャラづくりに没入するタイプだ。少しくらいはかっこつけもする。

 

「気にするなヨ。オイラは代金分の情報を渡しただけサ」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

さて、アルゴの当初の目的であった《立て札》を最初に設置したプレイヤーであるが、興味が薄れつつあったこの情報は思いもよらないタイミングで転がり込んできた。

 

SAO初日。《森の秘薬》クエストで縁を結んだ元ベータテスターの一人がある日2層迷宮区までの情報とボス情報を匿名希望でアルゴに伝えてきたのだ。

 

現状アルゴの把握している最前線よりはるか先の情報を入手できる方法など一つしかない。

 

彼は攻略者の一人だ。

 

それからアルゴは彼にコンタクトを取り、間もなく解放された3層で攻略者のリーダーと面会する機会を得た。

 

「どうも。鼠のケイです」

 

意味深な笑みを浮かべてアルゴにこう名乗った男の顔には《体術》クエストでアルゴが書かれたものと瓜二つのヒゲの落書きがしてあった。

 

「鼠のアルゴ。情報屋ヲやっている」

 

「それは奇遇だな。早速だが売りたい情報がある」

 

「なんダ?」

 

「……実は2層のエクストラクエストを素早くクリアする方法があるんだ」

 

「ニャハハハハッハハハハハっ。その顔でそれは卑怯ダロ!」

 

茅場晶彦の思い通りになんかなるものか。ああ、きっとこのゲームはこれから面白くなるぞとアルゴはこの時確信した。

 



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アーカイブス 005

 

 

この世界には自らの手で運命を切り開こうとしている人がいる。

 

だったら私も負けてられない。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

カーン、カーンと金属が奏でる高音が規則正しくなっている。

《始まりの街》に存在する鍛冶工房は本来NPCのもつ店の一部だが、生産スキルをもつプレイヤーが頼めば大型の炉や金床など、鍛冶に必要な施設の貸し出しを行ってくれる。

 

親切な職人NPCが隣で奏でる鍛冶の音を聞きながら、リズベットは真剣な表情で真っ赤に熱された炉の中を睨んでいた。

 

「よしっ!」

 

十分に加熱され白く輝いたインゴットを火箸で取り出したら金床の上に置く。SAOの鍛冶スキルには熟練の技術も、力加減のコツさえいらない。ただ熱した金属をハンマーで一定回数叩くだけという簡素なものだ。それでもリズベットはできるだけ慎重に丁寧にハンマーを振り下ろした。なにせこれはコツコツ溜めた全財産をはたいて買った貴重な金属素材なのだから。

 

カーン。火花がちり衝撃が腕に伝わる。炉から漏れ出したオレンジの光が顔面をじりじりと焼いてくる。

 

鍛冶スキルで出来上がる武器は千差万別だ。種類や重さなどある程度は事前に設定できるが、数千、あるいは数万ともいわれる武器が設定されているこのゲームでは、何ができるか叩いてみないとわからない。

 

まだ、もうちょっと、あと数回は叩かせてと心の中で祈る。

SAOでは出来上がる武器のグレードは、ハンマーでたたいた回数で決まる。鍛冶師が手間をかければかけるほど武器は洗練されていく……らしいのだ。

 

思いに反して、金属はすぐにぐにゃりと形をかえ、一本の片手用メイスに姿を変えた。

 

さっそくプロパティを開いてみる。

出来上がった自作武器第一号の性能はお世辞にも高いとは言えなかった。というか大赤字だ。このレベルの物なら普通にショップで売っているし、買った方が安上がりだろう。

 

「まあ、こんなもんかあ……」

 

おもわずぼやきながら、リズベットはメイスを腰の剣帯につるした。やはり必要素材の多いメイスではなく、短剣やピック類で練習するべきだったか。

いやでも、最初の作品は自分で使うものと決めていたし、などと思考を巡らせながらぼんやり鍛冶屋を後にする。

 

あたりはもう夕暮れ。町全体が赤く染まっていたが、ふと上を見上げても空は見えない。西からの光に照らされ夕焼け色に染まっているのは金属の天上であり、床なのだ。

リズベットがアインクラッドという鉄の牢獄に閉じ込められてから、明日で早くも一週間がたとうとしている。

 

ログアウト不能と命の危険という異常事態に最初は不安と恐怖を覚えたリズベットだったが、彼女は自分でそう思うほどに気が強かった。一晩寝て翌朝を迎えたころには、助けが来ない落胆とともに、いつまでもくよくよしていられないと気を持ち直し、『こうなったら、自分の手でゲームをクリアしてやる』という反骨心さえ抱いていた。

 

初日のうちに一階層を攻略したプレイヤーがいたこと(あくまで噂だが)も彼女の心情を後押ししたのかもしれない。

 

それからはすぐに親切なプレイヤーに教えを請い、この世界の戦い方を学び、そして鍛冶師というプレイスタイルを見出した。

プレイヤーの武器のメンテナンスを引き受け、こつこつ上げた熟練度は本日めでたく20の大台に乗り、かねてからの念願であった武器作製に乗り出した、のであるが、結果は御覧の通り。

 

始まりの町を拠点としているリズベットにとっては最下級の鉱石でも貴重品だ。今狩場にしているエリアの岩石系モンスターからのドロップはあまり確率が高くないことに加え、モンスターそのものの数が少ない。日に10個も集まればいい方だ。この分では次に武器の素材が集まるのはいつになる事やら。

落胆しながらいつもの宿に歩いている彼女の意識を呼び戻したのはピコンという、メッセージ受信の効果音だった。

 

「アルゴさんから……?」

 

アルゴはプレイヤーにいろいろな基礎情報を公開している集団に紹介してもらった情報屋で、始まりの町ではちょっとした有名人だ。同性ということもあり、リズベットに鍛冶スキルの情報を教えてくれたのも彼女であり、その時にフレンド登録もしていた。

 

内容は、鍛冶師を探しているプレイヤーがいるというもの。よければ明日あってみないか、とも。

固定パーティーを組んでないリズベットに決まった予定は存在しない。彼女はすぐに肯定の返事を送った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

翌日。アルゴに指示されたのは2階層の主街区にある転移門前の広場だった。

予定より早い時間についたリズベットが指定のベンチに腰掛けていると時間ぴったりに2人のプレイヤーが現れた。地味な茶色のローブをまとった男のプレイヤーと黒いコートを着た女の子。事前の情報通りの服装の2人はまっすぐリズベットのもとに向かってくる。

 

「鍛冶屋のリズベット、で合ってるか?」

「そうよ。あなたは」

「ケイだ。よろしく」

「シ、シリカです」

 

初対面で緊張しているのか落ち着かない様子で服の裾をつかみながら返答する少女にリズベットは目を丸くした。15歳のリズベットもこのゲームでは若い方だが、彼女はそれに輪をかけて幼い。プレイヤーとしては最年少の部類だろう。

 

(こんな小さな子でもフィールドに出て頑張っているんだ……)

 

なりたてとはいえ鍛冶師の性か。目の前の少女が始まりの町周辺でよく見かけるプレイヤーより格段にいい装備をしていることから、上層でフィールドに出ていることを感じ取ったリズベットは心の中で独りごちた。

 

 

立ち話もなんだから、という事で移動した先は2層の名物メニューがあるという隠れ家的なカフェだった。

席に着くなりケイがNPCのウェイトレスを呼ぶ。

 

「ショートケーキ8個で」

「8個も頼むんですか!?」

(いやいや、どれだけ甘党なのよ)

 

シリカが驚き、リズベットが心の中で突っ込みを入れていると運ばれてきたケーキは3個を残してストレージにしまわれた。

 

「あっ、お土産にするんですね」

「そ。素材集めをしている間、俺たちだけいいものを食べてたなんて知れたら文句の1つでも言われそうだからね」

 

(そうか。この場で食べなくてもよかったんだっけ)

 

SAOでは食品系のアイテムは耐久値の許す限り保存しておける。現実のように鮮度が落ちたり、傷んだりすることもない。

こうしてふと違いに触れると、リズベットは無性に現実が恋しくなる時が来る。いつか、この感情に囚われずに生活することができるようになるのだろうか。

 

「ほら」

 

ケーキはテーブルに3つ残り、この場には3人のプレイヤーがいる。ケイは当然のようにリズベットにケーキを差し出した。

 

「えっ、いいわよべつに」

「カロリーなら気にしなくていい。VRではいくら食べても太らないから」

 

沈黙があたりを支配した。

シリカが小声で「ちょ、ちょっとケイさん。女の子に体重の話なんかしちゃだめですよ」と言っていたが、喧騒とは程遠い店内ではしっかりリズベットにまで聞こえていた。

 

「冗談だ。値段なら気にしなくていい。これ位大したことないし、呼びつけた迷惑料代わりだと思ってくれ」

 

ケイは逡巡の正体を正確に見抜いてそう言った。

先ほど見えたメニューの値段は一階層を主戦場とするリズベットにとっては気後れする値段だったのだ。まあでも、本人が言っているのだからとリズベットはケーキに手を伸ばした。

 

「おいしいっ……!!」

 

味覚の暴力だった。

くちどけの滑らかな生クリームが口いっぱいに上品な甘さを広げ、ふわふわのスポンジが食感を楽しませる。しっかりとした甘みがあるのに後味はくどくなく、いくらでも食べ続けていられそうだ。イチゴはあえて酸味のあるものを使っているのか、食べると口の中がスッキリとし、生クリームの甘さがより鮮明に感じられる。

 

ゲームが始まって一週間。装備をそろえるために節約生活を強いられ、食べたものといえば決して美味とは言えない固焼きパンくらいだった。甘いものどころか美味しいと感じるものも食べていない。そんなところにこれは反則だ。

 

我を忘れてフォークを動かし、あっという間に皿を空にしてしまった。

 

と、そこで視界の端に見慣れないバフアイコンが点灯していることに気づく。同時にシリカが口を開いた。

 

「ケイさん。なんか、見慣れない四つ葉のマークみたいなものが……」

「《幸運》のバフアイコン。気持ち程度にレアドロップが出やすくなるとか、クリティカル攻撃が出やすくなるとか……。真偽のほどは定かじゃないけどな」

 

至福の時間が終わると、一瞬前まで緩んでいた頬を引き締めてリズベットが切り出した。

 

「で、一体何のようなわけ? まさかこのケーキを食べさせたかったってわけじゃないんでしょ」

 

「俺たちは鍛冶師を探しに来た」

 

ケイの返答は要領を得ないものだった。次いで彼の視線が彼女の腰につるされたメイスに移った。

 

「その武器は自分で?」

「ええ」

「見せてもらっても?」

 

つい先日作ったばっかりの代物だ。名前は《ショート・メイス》。固有名すらないそれは一見すれば最低グレードの店売り品だが、プロパティを確認すればリズベットが作ったものだと分かるはず。

 

ケイがメイスを見ている間、リズベットはどことなく居心地の悪さを感じていた。彼らが何のためにリズベットに会いに来たのかはわからないが、情報屋を介して鍛冶師を探したというのなら、おおよその見当はつく。

そしてそれが武器の作成依頼にせよ、強化依頼にせよこの話は流れるだろうなと思った。なにせリズベットの鍛冶スキルは駆け出しも駆け出しだ。

 

一目見て分かっていた。ケイとシリカはきっと始まりの町なんかとっくに抜け出してもっと先のエリアで戦っている。あそこで武器一本を作ることにさえ四苦八苦している鍛冶師に用などないだろう。

 

ところがメイスを返却したケイの言葉は彼女の予想とはまるっきり正反対のものだった。

 

「君を鍛冶師としてスカウトしたい」

 

「はっ? え? 聞き間違いかしら。見ればわかると思うけど、あたしの鍛冶スキルの熟練度は高くないわよ」

「それは問題にならない」

 

普通鍛冶師に依頼をするなら最も重視するのは熟練度のはずだ。不思議な話にリズベットは眉をハの字に曲げた。

 

「一応言っておくけど、武器の強化や作成なら4階層のNPC鍛冶屋に頼んだ方が良いわよ」

 

ケイは深刻そうな表情で手を組んだ。

 

「まさにそれが問題だ」

 

「問題?」

 

「現状は生産職が育ってなさすぎる。4階層主街区の鍛冶師の推定熟練度は70くらいだ。5階層では熟練度100を上回る鍛冶屋も出てくるだろう。職人プレイヤーはいつになったらNPCを上回る?」

 

ケイの言葉は返答を求めていなかった。答えが明白だからだ。

 

「このままじゃプレイヤーの大半はいつまでだってNPCを頼り続ける。プレイヤー鍛冶師は強化依頼を受けられず、武器を生産したって採算が取れないからいつまでも熟練度が上がらない」

 

それこそがまさにリズベットが抱えていた問題でもあった。

1層では彼女の鍛冶スキルなど誰にも見向きもされなかった。武器の整備もタダで行うという条件でやらせてもらっていたにすぎない。

転移門を使って上層に行けば彼女より腕のいいNPC鍛冶師がいるのだから、武器の強化にしろ作成にしろスキルの高い鍛冶師に頼んだ方が良い。

 

「だけどそれはゲームの攻略上望ましくない。オンラインゲームじゃ普通、NPCメイドよりもプレイヤーメイドの装備の方が質が高くなるからだ。そうじゃなきゃ生産スキルなんて上げる意味ないしな」

 

ケイは何かを憂慮するような真剣な表情でリズベットを見ていた。

 

「このまま生産職が育たなければ、プレイヤーはいつまでだってワンランク下の装備で戦わないといけなくなる」

 

カランとグラスの氷が音を立てた。

 

「デスゲーム化したこの世界で戦闘力と引き換えに生産スキルを取得するプレイヤーは少ない。ましてや、今みたいな状況じゃなおさらだ。だけどね、命がけで戦う最前線のプレイヤーを支えられるのはまさにそういう努力を重ねた職人たちだけだと俺は思っている」

 

鍛冶スキルが低いと告げた時、おそらくがっかりされるだろうなと思っていたリズベットは、不意に緩みそうになっている口元を抑えるのに苦労した。

 

「でも鍛冶スキルはあなた達が思っている以上に大変よ」

 

実際に鍛冶スキルを持っているリズベットは熟練度上げがどれほど地道でお金のかかる行為か実感している。おそらく戦闘職であろう二人にそれが理解できているのか。

 

「大丈夫だ。きちんと理解してる。コルにも鉱石にもあてはある」

 

《始まりの街》では誰もが心に暗い影を持っていた。リズベット自身ふとした時に後ろ向きな気持ちになる。

でも、この人たちは明日のために行動している。きっと本気でこのゲームをクリアしようと考えている。そういうの、すごくいいなって思った。

 

「……でも、鍛冶スキルを持っているプレイヤーは他にもいるわよ。多分もっと熟練度が高い人も」

 

だから、不意にそんな言葉が口をついたことにリズベット自身困惑した。

心の奥底で抱く不安が明るい未来を信じるために、もう一押しなにかのきっかけを求めていたのかもしれない。

 

「さっきの武器」ケイは一瞬目元を柔らかくほころばせると、口を開いた。「性能的には大したものじゃなかった。はっきり言えば店売り品を装備した方がましだ。でも君はそうしなかった。性能の低さを承知してなお、自分で作った武器を装備していた。それは……君が鍛冶師だからじゃないのか」

 

あの武器は誰がどう見ても失敗作だ。リズベット自身指摘されればそれを認めるしかないだろう。だけど心の奥底で誰にも打ち明けずに抱えていた思いをケイに見抜かれたようで――ふいに言葉にできない感情が胸の奥に沸き上がった。

 

「リズベット、俺たちは鍛冶師を探している」

 

ケイは短く言葉を切った。

 

「だけどそれはただ武器を作るだけのプレイヤーって意味じゃない。このゲームをクリアに導くような本物の鍛冶師だ」

「そういう事なら――」

 

リズベットは笑みを浮かべた。なんだか久しぶりにこういう笑い方をした気がする。それは彼女の性格をよくあらわした、負けず嫌いで勝気な笑みだった。

 

「あたし以上に適任はいないでしょうね」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

と息巻いていたのも今は昔。

 

ケイに連れてこられたマロメの村でNPCに借りた鍛冶場の床を埋め尽くす鉱石の山を見て、リズベットは引きつった笑みを浮かべていた。

 

鉱石はここにあるだけではない。先ほどまで3人で巡っていた山岳エリアの採掘ポイントにはバグで大量発生した鉱石の大半が持ち切れずに転がっている。その数およそ3000個。

 

昨日までは山ほどの鉱石があればと常々思ったが、いくら何でも限度がある。

 

しかもケイは村に残ったシリカに順次鉱石を追加するよう指示を出していったのだ。

 

鉄鉱石はそのままでは金属素材として使えず、まずは2つ合わせて鉄プランクに生成するか、6つ合わせて鉄インゴットに生成しなければいけない。ケイ曰く熟練度効率がいいのは鉄プランクの方なので、プランクをざっと1500個。一回当たりの作業時間を20秒としても500分。しかもそれは最低限の金属精錬であって鍛冶はそこから始まるのだ。

 

……いったい何時間かかるんだろう?

 

「や、やってやるわよ!!」

 

リズベットは叫んだ。

 

「やってやればいいんでしょう。だって私は鍛冶師だから!」

 

リズベットは半ばやけになって愛用のハンマーを取り出し、炉に向き合った。

 

心の中でほんのちょっとだけ、バグを残した茅場晶彦への呪詛を唱えながら。

 

 

 

 

 

 

数日後。

瞳の光と引き換えに、リズベットの《片手武器作成》は熟練度200を突破した。

 



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007 第5層

ぶっ壊れアイテムが手に入ると噂のRTAはーじまーるよー。

 

前回は4層のボスを撃破したところでしたね。

じゃあサクッと転移門をアクティベートしちゃいましょうか。

 

階段を登りきるとあたりはもうすっかり暗くなっています。

こいつらいっつも夜にボス攻略してんな(他人事)。

 

今日はもう寝ます。

 

 

 

 

翌日、5層主街区《カルルイン》はいつにもまして観光に来た低レベルども(偏見)であふれかえっていますが、それはこの階層の特徴が影響しています。

5層のメインテーマは遺跡です。今までのような森やら荒野やらの自然地形は3割ほどしかなく、大体が石畳の上を歩くことになります。そして街やらフィールドやらのそこかしこに《遺物》と呼ばれるアイテムが落ちています。その数なんと数千個以上。

 

この《遺物》は大半が換金可能なコイン、少し珍しいのが換金効率のいい宝石類、稀に特殊効果の付いた装飾品という具合です。ボス攻略でコルも装備も潤っている我々にははした金ですが、馬鹿どもにはいい目くらましだ(ムスカ感)。

 

朝食は宿で食べずに転移門前に向かいます。そこには昨日のうちに連絡しておいたサーシャとゆかいな子供たち一行がいます。圏内でも安全に稼げるイベントあるんだけど来ない? と連絡しておきました。いい加減子供たちも始まりの街には飽きてきたころでしょうから、いい気分転換にもなるでしょう。

 

彼女らを連れて町はずれの裏路地のさらに先にある穴場のレストランに行きます。名前は《ブリンク&ブリンク》。ここで食べられる数量限定の《ブルーブルーベリータルト》には食べてから一時間ほど《遺物》が光って見えるという特殊なバフ効果が得られます。5階層随一のレストランに加えデザートまで食べて喜びっぱなしだった子供たち(と保護者1名)が、バフの説明を聞いたところで質の変わった興奮を帯び始めます。

 

我慢せずに《遺物》をかき集めてきてもええんやで。

 

わーっと一斉に町中に散っていく子供たちを見送ります。圏外にだけはいかないように気をつけるんだぞ。あと地下ダンジョンはお化けが出るから(本当)。

 

子供たちのレクリエーションを企画したのはもちろん親切心からじゃありません。《カルルイン》の遺物の中には極まれにステータスやスキルにボーナスがつく指輪など有用な装備品が混じっているのです。それらが出たら買い取らせてもらいましょう。食事代程度のコルで行うには期待値の高い運試しです。

 

おや、アスナの様子が変ですね。《遺物》拾いがしたい?

 

しょうがないなあ(織り込み済み)。

 

カルルインには全3階層の地下ダンジョンが広がっており、地上の何倍もの《遺物》が落ちています。圏外に当たる地下三階の《遺物》は他プレイヤーに拾われないのでたくさんありますし、探索難易度の高い場所の方が良いアイテムが出やすそうな気がする(根拠なし)ので地下ダンジョンでレベリングがてら《遺物》を集めてきてどうぞ。

 

その間にカヤバ君は別件を片付けます。

 

さて、この《カルルイン》では2層以来となるエクストラスキルの習得クエストがあります。

その名も《吟唱》スキル。

 

ソードスキルとしては異色の武器を使わない戦闘スキルです。この前の《体術》といい6層の《瞑想》といい序盤のエクストラスキルは武器を使わないものばっかりですね。

 

向かうのはカルルインの西にあるバーです。内装はおしゃれなジャズバーのような感じ。薄暗いカウンター席の反対側には一段高くなったステージが用意されており、ドラムセットやピアノがおかれています。

 

ここでマスター相手に舞台で一曲披露したいと言うとクエストフラグが立ちます。

《体術》スキルの習得条件は高耐久度の大岩を砕くことでしたが、《吟唱》スキルでは課題として出される曲を2曲、弾けるようになる必要があります。

現実で楽譜に慣れている人なら《吟唱》の習得は比較的簡単ですが、楽器未経験者にはどっちもどっちな難易度でしょう。

 

使う楽器は何でもいいんですがおすすめはリュートです。厳密にはリュート風の楽器と言った方が良いでしょうか。制作陣が無駄に凝り性なせいでアインクラッドには現実に存在するほとんどの楽器が存在していますが、これは現実のリュートをベースに初心者でも弾きやすいように魔改造された架空の楽器です。

 

課題曲は熟練度0から使える攻撃力小UPの曲とAGI微上昇の曲ですね。通常のソードスキルではファーストモーションで発動するスキルの使い分けを行いますが、楽器を弾くだけの《吟唱》ではどの曲を弾くかでスキルの選択を行います。

 

楽譜を渡されたらすぐに曲を披露しましょう。再走を重ねるうちにもはや指の動きは暗記しています。

 

結果は……もちろん合格ですね。ゲームですからプロレベルの演奏技術は要求されません。合格ラインは音楽の授業くらいのイメージです。楽譜さえ間違えなければ大丈夫。

 

無事に《吟唱》獲得完了です。マスターには君になら舞台を任せられる。いつでも舞台に立ってくれと言われますが、もう来ることはないです。

 

ここらへんでタルトのバフが切れる頃合いですので、一度皆で集合しましょう。

遺物拾いの結果は、子供達もアスナたちも換金アイテムと微妙なアクセサリーだけでした。うーんゴミ(無慈悲)

 

それでも普段は一階層で細々とやっている子供たちにとっては結構な金額に感じられるようで喜んでいるのでいいでしょう。ケーキ代は将来、労働力で支払ってもらいます。

 

さて、カルルインの地下ダンジョンは《遺物》を収集するためのものではなく、実は次の町へとつながる地下通路でもありますので、さっさと攻略してしまいましょう。

 

最下層に着くとベータ時代にはいなかった巨大ゾンビのボスが待ち構えています。このボスはあらゆる通常攻撃に強い耐性を持つというめんどくさい敵なのですが、天井にあるパズルを解いて弱点である日光を浴びせると、全ステータスが大幅弱体化したクソ雑魚ナメクジと化します。後は囲んで倒すだけです。

 

そうです。ギミックボスはこういうのでいいんです。

やっぱヒッポカンプはクソだわ(再確認)。

 

巨大ゾンビはフィールドボスで、地下通路の入り口をふさいでいました。

 

倒した今は、そこを通って次の街《マナナレナ》に行くことができます。この街は相変わらず古代遺跡風で、すり鉢状に掘られた複雑な地下街による独特な猥雑さが一部のプレイヤーに人気のスポットです。

まあ、RTAでの出番はないんですけどね。初見さん。

 

スルーしてさらに奥のフィールドに向かうと、5層のエルフの拠点があるため、忍者達とはいったん分かれます。彼らは黒エルフ陣営なので仕方ないね。

 

2大派閥のエルフたちがこの階層でも村と呼べる規模の拠点を持っているのに対し、フォールンは相変わらず小規模の隠れ家に集まっています。この隠れ家は通常プレイでは発見できないどころか、そもそもフラグがないと生成されないインスタントダンジョン扱いなので注意しましょう。4層のエルフクエストクリア前では先に5層に行くとカイサラに告げて、紹介状をもらっておかないと無駄足になります。

 

さて、ここのエルフクエストもいつも通りの奴です。何度か森エルフと黒エルフにちょっかいをかけたら、5層もきな臭くなってきたから6層に《秘鍵》を送ろうと黒エルフ(無能)が動き始めるので回収部隊を襲撃して終わりです。4層とは違い、午後から初めても翌日の昼までには終わらせられるあっさりテイストです。

 

忍者達は黒エルフ陣営で進めているので、襲ってくる森エルフやフォールンエルフを撃退して無事に《秘鍵》を封印の祠から持ち帰れたらクリアというシナリオですね。細かなイベント以外は祠まで一往復するだけの楽なクエストです。

 

エルフクエを終えたら、午後からは迷宮区を探索します。5層の迷宮区タワーは幅が30メートルほどの円柱で、きわめて小規模なのですが、入り口にたどり着くまでが超絶だるいです。というのもタワーの周りが広大な迷路エリアになっていて、先にそっちをクリアしなければたどり着けないんです。

 

という事で困った時のアルゴさんです。元ベータテスター兼情報屋の彼女は《マナナレナ》開通から1日が経過した今、ボス関連クエストをクリアしており迷路エリアのショートカットアイテムを手に入れてます、たぶん(小声)。

 

これから迷宮区に行くと連絡します。

……よかったです。今回もきちんとショートカットアイテムを手に入れてますね。

 

5層ボス戦ではアルゴも攻略組のメンバーに誘います。

AGI型のプレイヤーが活躍する敵であるというのと、ここでもアルゴのレベルを上げるためです。

本人は平然と圏外に出ていますが、今アルゴのレベルは5層を探索できるほど高くありません。戦闘は極力避けて情報収集に注力している彼女の経験値効率は高くなく、4層ボス戦を経てもぎりぎり4層水準といったところでしょう。

放っておくといずれ情報収集のために圏外に出ることすらままならなくなり、最悪無茶して死にます。

そんな危険要素は残しちゃおけませんぜ。

 

アルゴと合流したらいつものメンバーで迷宮区に向かいます。

今回のボス戦ですが作戦は……ナオキです。

ボスがクソ雑魚ナメクジなのでこのメンバーでも正面突破ができるんですよね。どのくらい雑魚かというと、あまりに余裕すぎてシリカも連れて行っちゃうレベルです。

 

あ、でも今回はシリカは2層の村において来たまんまなんですよね……

レベルも低いままだし。装備も更新してないし。タカキも頑張ってるし。

 

まま、(シリカは来なくても)えあろ。

 

そんなことよりボスの話でしたね。一応擁護しておくとステータス自体は強いんですよ。装備耐久度を大きく削る特殊効果も持ってます。

 

ですが、攻撃モーションが、ね。

 

このボスは大人数レイドに対するメタというコンセプトなんで、人数が少ないと簡単によけられる攻撃しかしてこないんですよ。

どんなにSTRが高くても当たらなければ怖くないです。

 

さて、迷宮タワーの近くまでやってきました。タワーを囲む迷路区画の外周が見えてきましたね。迷路ゾーンは一か所あいている入り口以外は高さ20メートルほどの巨大な石壁に囲まれています。ここをショートカットするには、超大型巨人にヤクザキックをかましてもらい穴をあけるか、クエストアイテムを使うしかありません。今回はアルゴがしっかり仕事をしているので、後者で行きます。

入り口を無視し、壁をぐるりと回ってアインクラッド外延部に近づいたところにショートカットポイントがあります。隠された鍵穴に鍵を入れ、ギミックを作動させると壁の石が互い違いに窪みだし、即席のはしごが作り出されます。

 

迷宮タワーはドーナツのようにど真ん中にあるわけではなく、迷路の入り口の反対側の壁際に立っています。つまり梯子で石壁の上に登れば、あとは壁の上を歩くだけで迷宮区タワーとの接合部にたどり着けるわけですね。さらにタワーに空いている入り口も高いところにあるので、迷宮タワー下層の探索もカットできます。

 

このショートカット、運営はRTAを想定していた……?

 

アルゴのレベル上げやゴーレム系モンスターのモーション予習をかねてねっとり進軍しても2時間くらいで最上階までたどり着きます。

 

こ↑こ↓ではちょっとした話し合いが行われます。5層の迷宮区はここまでほとんどベータ版と同じ作りでしたが、ベータ版ではボス部屋の扉があった場所が階段に変更されています。4層の水没ギミックがよっぽど衝撃的だったのか何かの罠ではないかとキリトが警戒し始め、他のメンバーも足を止めます。

 

じゃあ、偵察してくるとアルゴが言いだしますが、普通に時間の無駄なのでカヤバ君が先行します。お供には忍者を2人。

 

5メートル以上も上ると、天井がやたら高い大部屋に出ます。ボス部屋ですね。

地面にはうっすらと電子回路のような線が描いてあるのが見えます。このボス特有のギミックです。

ボスの出現演出はこれ見よがしに設置してある5本の円柱に近づくと起こります。厳密にはその周りにある細い線を踏むことですが。

 

5本の円柱は実はゴーレムの指で、のこのこ近づいてきたプレイヤーはそのままガシっと掴まれるというわけです。西遊記かな?

 

でも普通、そんな怪しいもの近づくわけないよなぁ。

遠くから忍者のチャクラムで攻撃しましょう。

 

動き出しました。5階層ボス《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》は魔導兵器の巨大ゴーレムです。人型ではなくこのボス部屋全体がゴーレムの身体であるという設定であり、壁や床から手足をはやして攻撃してきます。

 

忍者を一人下層に戻し、仲間を連れてきてもらいましょう。その間にカヤバ君はボスギミックを解析します。

 

そこら辺を歩いて、いかにも怪しいですといわんばかりに輝いている地面の線を踏んでみます。すぐさま地面から手のひらが突き出してくるので、焦らずよけましょう。よけた先でも線を踏むと手のひらが突き出して出現し、その次は空中から足が降ってきます。足の踏みつけ攻撃も右足と左足で2回起きます。

両手両足が出現すると、攻撃はいったんやみます。手足は逆再生のように引っ込んでいき、地面の青い線がランダムに再生成されます。

以下繰り返し。

 

その他の攻撃として天井に出現する顔面が一定時間ごとにボイス攻撃を放ってきます。ダメージはないですがデバフが発生しますので、ひるませてキャンセルしましょう。ゴーレム族は共通して額に紋章があり、そこを攻撃すると確定でひるませられます。弱点攻撃での確定スタン。うっ、あたまが……。何かを思い出しそうな気がする。

 

攻撃の情報をメンバーに伝えたら、戦闘開始です。

 

攻略法は次のようになります。一人が囮として線を踏んで攻撃を誘発させます。よけきったら手足が引っ込むまで他のみんなで殴ります。

時折顔面にチャクラムを投げます。(被弾する要素は)ないです。

 

中盤戦になるとボスの顔面が天井から床に移動します。卑怯なことに階段に擬態して逃げようとしたプレイヤーを攻撃するための罠を張ってきますが、この中にダメージ食らったやついる? いねえよなぁ!!?

 

痺れを切らしたのか顔面が擬態をやめて普通に地面から噛みつき攻撃を行ってくるようになりますが、これも普通に避けられます。予備動作がわかりやすすぎるッピ!

腕と足の攻撃もしょぼすぎるんだよなあ。単発攻撃を4回だけで、攻撃間隔も長いんじゃ、これもう(当てる気あるのか)わかんねえな。

 

HPバー残り一本まで減らしました。ここまでは作業ゲーです。

 

問題はここから。

 

部屋からニョキニョキ手足を出して攻撃していたゴーレム君が本気モードになり、5メートルくらいの人型巨大ゴーレムモードになって襲い掛かってきます。

 

ピンチに巨大化とか負けフラグだってそれ一番言われてるから(震え声)。

 

えー、先ほど5層ボスは弱いといいましたが訂正します。正しくは”5層ボスはHPバー残り1本までは弱い”です。このモードのボスは普通に強いです。

 

巨人ゴーレムは巨体故に射程が長く、過去最高の攻撃力と防御力を備えています。そしてこのパーティーは皆軽装なので耐久値は高くないです。

 

両腕の振り回しは大ぶりなので回避しながら戦えますが、両足のストンピングモードは地面が揺れて中範囲にスタンや転倒が発生します。さらにそれを乗り越えても高威力の目からビームや広範囲のボイス攻撃とこれまではなんだったのかと言わんばかりの猛攻です。

 

とはいえ相手のHPも多くはありません。

ここからはダメージの押し付け合いです。

 

さっそくアスナがHPバーをイエローにしました。窓際行って……(回復)しとれ。

数分後には初見モーションでミトも退場。悔しかったら回避技術を磨いてどうぞ。

 

相手のHPバーも残り7割くらいですがこのままでは競り負けてしまうペースですので、秘密兵器を取り出します。武器をしまい《カルルイン》で手に入れた《リュート》を取り出します。

エクストラスキル《吟唱》の出番です。

 

以前説明した通り《吟唱》は範囲内にいるプレイヤーのステイタスを増加させたり、特殊効果を与えたりするスキルです。ただ、それでキリト達がボスを倒せる程強くなるかというと、そんなわけありません。スキルレベルも最低で最初期のバフスキルじゃ効果はたかが知れています。

 

重要なのは《吟唱》のもう一つの効果です。

 

SAOは従来のMMOにありがちな遠距離攻撃というものを極力排した近距離アクションゲームとして売り出されました。そのせいかわかりませんがこのゲームではバフ行為のヘイト誘導がすさまじく、タンク職が使う《挑発》スキルと同等かそれ以上にヘイトをかってしまいます。

後ろで楽してないで武器もって突っ込んで来いっていうメッセージなんでしょうか。

 

今回はこれを利用してフスクスの攻撃をカヤバ君に集め、疑似的な回避型タンクとして機能させます。

《リュート》を奏でながら全力でボスから逃げる第2ラウンドの開始です。

 

アタッカーはキリト・アルゴ・イスケ・コタローです。忍者達は巨人状態になってからはチャクラムでの遠距離攻撃しかしてないのでダメージが少ないのもわかりますが、キリトとアルゴの回避性能はやっぱおかしいって。

 

とはいえさすがに限界があります。

ボイス攻撃によるデバフの隙をつかれてアルゴが退場。

いくらカヤバ君がヘイトを稼いでいるとはいえすべての攻撃を受け持てるというわけではなく、タゲの乱数を引いたイスケが目からのビームをよけきれず退場。代わりにアスナとミトが回復を切り上げHP7割で復帰しますが、細かなダメージが重なってキリトのHPはイエロー目前。一番攻撃されているカヤバ君にいたってはもうすぐレッドゾーンです。

 

なんででしょう。いつもより押されてます。

 

これは……4層ボス戦でシリカを首にしたツケだな(名推理)

 

レベリングを省略したせいでいつもよりステイタスが低いんです。

 

思い付きで行動しちゃダメだって、はっきりわかんだね。

 

でもボスのHPはもうあとちょっと。経験上この感じなら押し切れなくもないかも。

もう《吟唱》は良いでしょう。武器に持ち替えて攻撃に参加します。

 

ここにきてボスが大技に入ります。

くらえばカヤバ君はお陀仏ですが、大丈夫だ問題ない。

 

反動で動けなくなったボスに最後の一撃くれてやるよ! オラァン!

 

5階層突破完了!!

 

今回は過去イチ激しい戦いだったので皆床にへたり込んでいますね。

あれ? 過去イチというかまともなボス戦は今回が初め――さあ皆さまお待ちかねのアイテム確認のお時間です(早口)

 

既プレイニキは知っていると思いますが、この階層のボスからは《フラッグ・オブ・ヴァラー》というレアアイテムがドロップします。能力は使用したプレイヤーの半径15メートル以内の同一ギルド所属プレイヤーに攻撃力上昇、防御力上昇、状態異常耐性、スキルクールタイム短縮の4種類のバフを時間無制限、人数無制限でばらまくというものです。

 

攻略ルートによってはこのアイテムをめぐって大規模ギルド同士の争いに発展したりする、まさにぶっ壊れアイテム、という前評判なのですが、正直ぶっ壊れ()って感じです。

 

たかだかこれくらいの効果、SAOではかわいい方です。

ベータテスターはもっと深淵を覗いてどうぞ。

 

あっ、ちなみにLAはキリト。フラッグはミトに落ちてました。

……そう(無関心)。

 

今日はここまでです。お疲れさまでした。

 




Tips 《吟唱》スキルについて
《吟唱》の獲得方法に関しては原作では未登場。
カルルインの遺物で《吟唱》スキルにボーナスが付くアイテムが落ちるので、5層までには解禁されているはず。
本作ではカルルインでエクストラクエストを受けられるという事にしました。
また、《吟唱》使用時ヘイトが集中する仕様は劇場版特典小説にある原作設定です。


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アーカイブス 006

卑劣なフォールンエルフの策略により文量がえらいことに

おのれ……


「びっくりしたわよ。突然カイサラさんを帰らせちゃうんだから」

 

4層ボス戦後、5層へ続く往還階段を登りながらアスナが声を響かせた。

 

「天柱の守護者の討伐は人族の冒険者にとってこの上ない名誉であるからこの先は譲ってくれ、だったよナ」

 

アルゴがケイの声を真似ながら再現する。

 

「やってることは名誉どころか、ただのハイエナじゃない」

 

ミトが少々呆れた口調になるのも仕方ないだろう。それもこれも先ほどのボス戦のケイの奇行が原因だった。ボスのHPもあとわずかというところになって、共闘していたカイサラをボス部屋から追い出したのだ。

 

戦闘離脱を要請された彼女は最初は状況を飲み込めていなかったものの、ケイが人族の名誉だの、なんだのと言いくるめ、結局帰してしまった。強敵だったボスを撃破する瞬間を見ずにボス部屋から出ていく彼女の姿がどこかもの言いたげに感じたのは、決してミトだけではなかっただろう。

 

「なんであんなこと言ったんだ? LAのためか」

 

ケイに尋ねたのは4層ボスのLAボーナスを獲得したキリトだ。

 

「なるほどでござる。確かにあのまま戦ってたら、LAは高確率でカイサラ殿のものであったでござろう」

 

4層迷宮区での戦闘ではほとんどのモンスターをカイサラが倒していたが、その戦利品はパーティーを組んでいるミト達に分配されていた。だがLAボーナスは明確に最後に攻撃をした者に渡されると決められている。このカウントがプレイヤーだけに適応されるのか、それともNPCも含まれるのかはミトには分からない。個人的には、情緒豊かな彼らの様子を見ているとLAボーナスを獲得するNPCがいても不思議じゃないような気がする。

 

「うーん。NPCがLAを取ったらボーナスアイテムがどうなるかは、さすがのオイラも分からないナ。アイテムの重要性や戦闘の難しさを考えると気軽に検証することもできナイし」

 

「それだけじゃないさ。SAOでは戦闘経験値は均等割りじゃなく、与えたダメージ量や向けられたヘイトの量に応じて振り分けられる。あのまま戦闘が終了していたらボスの経験値は俺たちにはほとんど入らなかっただろうな。あのタイミングでNPCとパーティーを解消した場合にこれまでの貢献度がどうなるかは未知数だったが、皆のレベルの上がり具合を見るに、うまいことボス討伐者のカウントからは外せたみたいだな」

 

「ケイさんって、いろいろ考えてるんですね」

 

アスナは一転して感心したように頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

階段を登った先、丘の斜面に半ば埋もれるような形で残存していた石造りの遺跡の出口から外に出た一行は、5層主街区《カルルイン》を目指し、わずかばかりのフィールドエリアを進んだ。

 

5層は遺跡をテーマにした階層でベータの時はそこかしこに石造りの古代遺跡が散見していた。幸い今回は4層のように大きな変更が加えられているということはなく、記憶にあるのと大差ない風景だ。

 

遺跡の保存状態はものによってさまざまで、元が何であったか分からないひざ丈ぐらいのがれきの山が積みあがっているだけのものもあれば、苔むしてはいるものの崩れていないアーチや立像がみられることもある。

 

白色の石畳で舗装された年季の入った道を歩いていると、徐々に建造物の形が大きくなり、原型をとどめているものの割合が高くなってきた。

あたりを見回しながら歩いていたミト達が《カルルイン》に着いたのは予期せぬタイミングだった。

 

「ここからカルルインなの? わかりにくい場所ね」

 

突然視界現れた圏内の表示に足を止めたアスナが不思議そうに道の前後を確認する。

 

「《カルルイン》は古代遺跡の中でも状態の良かった場所を再利用して作られた街だからな。明確な境目はないし、人工物の有無で判断するのも難しいな」

 

「うっかり外に出ないように気を付けなくちゃね」

 

アスナとキリトが話し合う。

 

「転移門はどうするんダ?」

 

「起動はアルゴに任せるよ。ただ、くれぐれも他のプレイヤーには見つからないようにな」

 

「どうしてだ? 人族の名誉ってやつを受け取ればいいじゃないカ?」

 

アルゴがからかうように笑う。

 

「そうですよ。というかそもそもなんで名乗り出ないんですか? みんな気にしてるのに」

 

アスナは不思議そうにケイを見た。

 

「名乗り出るさ。いつかはな」

 

答えを濁すケイにミトが尋ねる。

 

「いつかっていつよ」

 

「クリスマス、くらいかなぁ?」

 

「なんで疑問形なのよ」

 

「今はまだいいんだ。ヒーローってのは正体不明なほうが魅力的だろ」

 

ケイは肩をすくめて前を向いた。

 

 

 

 

翌朝、宿の1階にあるレストランに降りたミトを待っていたのは予想外の人物だった。

 

「ミトさん。アスナさんおはようございます」

 

「あっサーシャさん。おはようございます」

 

「おはようございます」

 

1層で行き場のない子供達と暮らしているというサーシャが行儀よく背筋を伸ばしてテーブルについている。

 

「うおー、すげー!!」

 

一緒に来たであろう子供たちはレストランの一角にあるテラス席に集まって景色を楽しんでいる。この宿は5層外縁にある《カルルイン》でもさらに端に存在し、テラス席はアインクラッドの外壁に突き出すように作られている。朝日に照らされる雲海とどこまでも果てしなく続く青空を特等席で眺められる絶景ポイントの一つだ。

 

「みんなも来いよ!」

 

「いやだよ。怖いもん!」

 

「うわっ!」

 

「ちょっと押さないでよ」

 

「席に戻るぞ。遅れたやつはデザート抜きだ」

 

「はーい!」

 

ケイは子供たちを連れてテーブルに戻って来た。

 

1階に降りてきたのはミト達が最後のようだった。すでに着席していたメンバーや一緒になってテラスにいたメンバーが着席すると、ミトはケイに尋ねた。

 

「それで今日の予定は?」

 

「午後には次の町に向けて出発するつもりだけど……まあ、細かいことは優秀な情報屋から話を聞いてからだな。まずは食事を済ませようか。ここのデザートは絶品なんだ」

 

ケイの含みのある笑い方でミトは彼が子供たちをここに呼んだ理由を察した。そもそも彼が宿を取ったこの場所はベータテスターでは知らないものがいない場所だ。

 

「もう何よみんなしてニヤニヤして」

 

一人ベータ時代の知識がないアスナだけは疎外感を訴えるような表情をしていたが、その顔も《ブリンク&ブリンク》の絶品料理を前にすると機嫌を直した。

 

朝食の後デザートとして提供されたのはこの店を一躍有名にしたスイーツ《ブルーブルーベリータルト》だ。久しぶりに食べるこのデザートの甘味を楽しみながらも、ミトはワクワクを抑えきれずにアスナの様子を観察していた。おいしい、おいしいと夢中になってケーキを食べる彼女が悲しそうに最後の一口を食べると、視線が宙に浮き不思議そうな顔になる。

 

「ねえ、なにこれ。なんか変なバフマークがついたんだけど……」

 

「ねえ、アスナ。普通遺跡って言ったら建物以外にも何かあるものじゃない?」

 

「建物以外? うーん出土品とか?」

 

「大体正解ね。5層の遺跡は建造物とかの遺構ともう一つ遺物って言われる古代のアイテムで成り立っているの。ベータ時代にもこの町全体に散らばる遺物を集めるために多くのプレイヤーが地面を凝視しながら歩いたものよ」

 

「でもそれとこのバフにどんな関係があるの?」

 

「遺物っていうのはたいていはコインとか指輪みたいな小さなアクセサリーなのね。それが半壊した塀の遺構や瓦礫に混じって地面に落ちているのよ。普通に探したんじゃ見つけづらいと思わない?」

 

「あっ!?」

 

アスナがバフアイコンが目のマークになっている意味に気づいたようだ。

 

「このケーキのバフが効いている間は視界に入った遺物がきらきら光って見えるのよ。あんな風にね」

 

ミトが店の片隅の植木を指さすと、待ち切れないとばかりに子供が駆け出した。

 

「あっ、こら店の中で走らない!」

 

「離せよ! 俺が先だったぞ」「とったのは俺が先だろ!」「ねえ、見せて! こっちにも見せて!」

 

「ケンカもしない!」

 

サーシャに叱られて子供たちが再び席に着く。だが、その視線はテーブルに置かれたコインにくぎ付けになっており、そわそわと体を揺らして落ち着きをなくしている。

 

「それでケイさん。5層にある早い者勝ちのクエストっていうのは……」

 

「正確にはクエストじゃないんだが、まあ想像通りさ。少年少女諸君、傾注!」

 

ケイが腕をあげると、子供たちはすんっと一瞬で静まり返り背筋を伸ばした。

 

「諸君らに新たな任務を発表する! 題して“遺物根こそぎ収穫大作戦”だ」

 

ケイが張りのある声でマップを提示した。

 

「小学生組はサーシャと一緒に西回りでぐるっと街を一周。中学生・高校生組は転移門広場と3つの教会跡地を探索するといい。決して迷子にならず、圏外にも出ないこと」

 

「イエッサー!」

 

お調子者の男の子が大きな声で返事をすると、子どもたちは嵐のように店から飛び出していった。

 

「あっみんな待って!」

 

サーシャは最後にこちらにぺこりと頭を下げると、一人マイペースに椅子に座ってコインをいじっていた少女の手を引いて子供たちを追いかけていった。

 

「ねえ、みんな。私たちも探しましょうよ」

 

アスナが目を輝かせてテーブルを見渡した。

 

「うーん。“ヒロワー”は卒業したんだが、まあ、せっかくのバフだし、無駄にするのはもったいないか」

 

キリトは少しの間逡巡していたようだが、おおむね肯定的な返答を返した。

 

「ヒロワー?」

 

「ベータ時代にここの遺物拾いにはまって、攻略そっちのけで遺跡を徘徊していたプレイヤーのことよ。ネットの掲示板や攻略サイトでそう呼ばれていたの。ここのレストランもケーキのバフを得るために朝早くから開店待ちの行列を作っていて、どうしてあの熱意を攻略に向けられないのか不思議な人たちだったわ」

 

ミトが答える間、キリトは店の天井に視線を逃がしていた。

 

「ね、良いでしょケイさん」

 

アスナが身を乗り出すと、ケイは腕を組んで両目をつむった。

 

「遺物はフィールドに赴かずにコルを稼ぐ数少ない手段の一つだ。俺たちが乱獲するとその分、圏内プレイヤーの取り分が減ってしまう」

 

「あっそうね……」

 

「それに遺物ってのは大半が換金アイテムだからな。今更小銭稼ぎに精を出している時間があるなら、階層の攻略を進めるべきだと俺は思う」

 

アスナが浮かしかけた腰を椅子に戻す。それから少し背中を丸めてカップに手を伸ばすと、ケイはいたずらっぽく片目を開けて口角を釣り上げた。

 

「だから、午前中は地下墓地の探索をしよう。次の町まで続くダンジョンにある遺物なら俺たち以外拾える奴もいないしな」

 

からかわれたと気づいたアスナは怒りと羞恥で半分ずつ顔を赤くした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「せっかくだし、競争しないか?」

 

所用があるからと別行動を申し出たケイを除いたミト達はケーキのバフが有効なうちに急いで町の地下ダンジョンに向かった。圏内である地下1階を通りすぎ、《Outer Field》の表示が出た地下2階の通路の先でキリトが先頭を行くアスナに声をかけた。

 

「競争?」

 

「そう。こんだけ人数がいるのにみんな同じ場所を探索していたんじゃ効率悪いだろ。このダンジョンのモンスターはそんなに強くないし、二手に分かれてどっちが多くの遺物を集められるのか勝負しようぜ」

 

「ふーん。キリト君にしては良い事言うじゃない。それで負けた方のペナルティは?」

 

「《ブルーブルーベリータルト》を奢るってことで」

 

「のったわ!」

 

アスナは意気揚々と曲がり角を右に曲がっていった。ミトは苦笑しながらそれに付き従う。自然とチームは男女に分かれて、あっという間に1時間が経過した。

 

「ひどい目にあったわ。まさか幽霊が出るなんて」

 

「あれは怨念とかじゃなくただのゲームデータなんだから怖がらなくてもいいのに」

 

「そういう問題じゃないの。あと別に怖がってないから」

 

遺物拾いの結果は大差でキリト達の勝ちだった。

アストラルモンスターに驚いたアスナが剣を放り投げ、運悪くそれを《拾い系》モンスターに持って行かれなければ、もう少し勝負になったかもしれないが。

結局ミト達は遺物そっちのけでアスナの剣の回収に奔走することになったのだ。

 

「むー。もう一回よ。もう一回! もう一度ケーキを食べて再戦しましょ! 今度は負けないから」

 

アスナに詰め寄られたキリトは頭をかきながら答える。

 

「あー。それは不可能だな。いや、再戦自体はできるけど、ケーキのバフはつかないよ。そもそもあのケーキは一日30個の限定品だし、1プレイヤーにつき1日1回しか効果がないんだ」

 

「じゃあ、罰ゲームで買うのも無理ね」

 

「そこはほら。明日になればまた食べられるってことだから」

「かたじけないでござるなあ」

「ごちそうになるでござる」

 

「ミトー、悔しいよぉ」

「仕方ないでしょ」

 

崩れかけの壁に囲まれた待ち合わせ場所の広場でサーシャ達とも合流したミトたちは、とりとめのない会話をしながらケイの合流を待っていた。

 

「これケイさんに渡しておいてください。特殊効果がついたアイテムです」

 

子供たちの持ってきた遺物はそれなりの量あったがほとんどはキリト達と同じく換金アイテムだった。いくつかの例外であるアクセサリーはサーシャがキリトに手渡した。

キリトは好奇心からプロパティを確認していき、一つの指輪を手にもって固まった。

 

「このアイテム……」

 

「どうしたの?」

 

キリトに手渡されたアイテムの情報を確認したアスナはそれをそのまま読み上げた。

 

「吟唱+3……?」

 

「ベータ版では聞いたことないスキルだ。もしかしたら……」

 

「新しいエクストラスキルかもしれないって?」

 

「のわっ! ケイ!? いつの間にいたんだ!?」

 

「今さっき」

 

ケイの登場にキリトが飛び跳ね、話題はミトが引き継いだ。

 

「それで、エクストラスキルって本当?」

 

「本当だ。この町の西のバーでクエストを受けられる」

 

「なんでそんなことまで知ってるのよ。あっ、もしかしてあなたの野暮用って」

 

「いましがた習得してきた」

 

「な、なんですと!?」

 

得意げなケイの言葉にキリトが今日一番の大声を出した。

 

「いつの間にそんな情報を……いや、そもそもなんで誘ってくれなかったんだ!」

 

「情報は朝アルゴから買った。誘わなかった理由は《吟唱》がバフスキルだからだ。パーティーに何人もいらない。そもそもキリトはスキルスロットに空きがないだろ」

 

4層のボス戦で一足早くレベル20に達したらしいケイは昨夜、新たなスキルスロットが解放されたと言っていた。

 

「それはそうだけど……」

 

いや、でもゲーマーとしてはだなぁ……となおも未練がましいキリトを一瞥してアスナはケイに尋ねる。

 

「それで? その吟唱ってスキルはどんな効果なの?」

 

「説明するより、実際に使った方が早い。ダンジョンに向かおう」

 

そういうとケイは見慣れない楽器をストレージから取り出した。

 

5層の圏内クエストを回るというサーシャ達とわかれ、ミト達は再びカルルインの地下墓地を目指した。

 

地下2階に到達し、圏外の警告が表示されるとさっそくケイは手に持ったリュート風の楽器をかき鳴らした。それから意外にもきれいな声で歌い始める。演奏は30秒ほどで終わった。歌といわれると少々短い感じがするが、戦闘のたびにそれだけの時間演奏しなければいけないと考えると使い勝手はよくないだろう。少なくとも近接戦闘と併用するのは難しそうだ。

 

ミトのHPバーの隣には剣のマークのアイコンが点灯していた。

 

「ATK微上昇の曲だ。スキルはこれの他にAGIをあげるものもある。そっちもぼちぼち検証していこうか。その前にお客さんが来たみたいだがな」

 

歌声につられてきたのか道の先から現れたモンスターは、先頭を歩いていたキリトが迎えうった。

 

それから、ミト達はあえてパーティーから外れてみたり、遠くで待機してみたり。AGIやATKの上昇がどれくらいのものか確認したりなど、新しいエクストラスキルの効果を試しながら地下墓地を探索していった。

 

結果として効果範囲は楽器の音が聞こえる範囲と同程度であること。効果時間は1分程度。上限人数までは分からないが、支援対象はパーティーメンバーに限らないことがわかったが、AGIやATKの上昇値は特筆すべきほどではなかった。正直言って現状ではあまり恩恵を感じられない。

ケイならば普通に戦った方がよほど楽に敵を倒せるだろう。

 

同じ結論に至ったのか一通り検証が終わるとケイは片手用直剣を装備し、その後のエリアボスとの戦いでも再び楽器を取り出すことはなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「それで、結局《吟唱》はどうするんだ?」

 

先頭を歩くキリトがケイに問いかけた。

 

「うーん。少し保留かな。今のところはバフスキルとしては3流って感じだし、熟練度が上がらないとどうにもな」

 

ダンジョン攻略後、開通した地下トンネルを通って5層第2の町《マナナレナ》の村に到着したミト達は町を軽く探索しつつ、先ほどの戦闘について話しあっていた。

 

「モンスターを引き寄せちゃうのも問題ですよね。三差路全部からモンスターが押し寄せてきたときは混戦になっちゃいましたし」

 

「楽器の演奏は結構遠くまで響くからな。効果範囲の面ではプラスだが、聴覚索敵に引っかかりやすくなるのがネックだな。仮にもソードスキルだからかパッシブ系の敵まで反応してるっぽいし」

 

「しかも、大半の敵はケイ殿に向かっていったでござるからな。おそらく効果時間の1分間は常にソードスキルの使用判定でヘイトを買っているのでござろう」

 

「そうなのかもなぁ。使うんならレイド戦なんだろうけど、あれだけヘイト誘導が高いとタンクからタゲをはがしそうだし……あらかじめルールを決めておかないと運用が難しそうだ」

 

アスナ達が議論する中、一人黙って試行していたミトは道中から胸につかえていた疑問を口に出した。

 

「ねぇ……確か、ベータの時もバフスキルが話題になったことってなかったかしら?」

 

「うーん《吟唱》なんて聞いたことないけどな」

 

「拙者も心当たりがないでござる」

 

キリトとイスケが首をひねる。

 

「いえ、《吟唱》じゃなくて、何か別のスキルかアイテムで」

 

「あっ!」

 

キリトが何かを思いついたように手をたたいた。

 

「ギルドフラッグ!」

 

「なにそれ?」

 

聞きなれない言葉にアスナは不思議そうな顔をした。

 

「正式名称《フラッグ・オブ・ヴァラー》。5層ボスが落とす旗の付いた両手槍よ。といっても武器としての性能は低いんだけどね」

 

胸のつかえがとれたミトは満足そうな表情を浮かべる一方で、得意げなキリトは指を4本立てた。

 

「ギルドフラッグはバフアイテムなんだ。槍を地面に突き立てている間、半径15メートル以内の同一ギルドのメンバーに攻撃力上昇、防御力上昇、スキルクールタイム減少、全デバフ耐性の支援効果を人数無制限でばらまくんだ。しかも効果時間は槍を突き立ててる間ずっと続く」

 

「何よそれ! ずるいじゃない! ケイさんなんか30秒も演奏してようやく1分のバフを発動してるのよ! あ、いえ、ごめんなさい。他意はないわよ」

 

「別に気にしてないさ」

 

ケイは首を振る。

 

「ドロップした当時はぶっ壊れだって騒がれたっけなあ」

 

「でも改めて考えると不思議ね。強いアイテムなのに、いつの間にか話題にならなくなってたわ」

 

「やっぱり、ギルメン限定ってのがネックなんじゃないのか。一人分のDPSを引き換えに数人しかバフがかからないんじゃ割に合わないし、かといってベータ時代はギルドが乱立してたから、同じギルドでフルレイド集めるっていうのも現実的じゃなかったから」

 

「あるいはフラッグも持ち続けるのが難しいくらいにヘイト上昇がすごかったからかもしれないでござるな」

 

「でも、そんなすごいアイテムがあるなら、私少し楽しみになってきちゃった。5層ボス戦」

 

アスナが楽しそうに笑った。



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アーカイブス 007

《マナナレナ》を出た後、ケイ、キリト、アスナ、ミトの4人はフォールンエルフのクエストを進行するためにその先のフィールド《枯れ木の森》へと進んでいた。

別行動のイスケとコタローはダークエルフ陣営のクエストを進める手はずだ。

 

5層は遺跡というテーマの通りダンジョンも圏外のフィールドでさえも石畳に覆われており、自然地形は一部分しかないと言われている。その数少ない自然地形の一つがこの森なのだが、これまでの階層のように緑あふれる大地はなく、どちらかというとその逆。どこを見ても乾いた茶色と黒ばかりで、昼だというのにどこか陰鬱な雰囲気がある。

 

「夜じゃなくてよかったわ。これで薄暗かったりしたらまるでホラー映画じゃない」

 

「安心していいわ。このマップにはアストラル系のモンスターは出なかったはずだから」

 

「別にー、幽霊が怖いなんて言ってませんけど!」

 

キリトが顎に手を当てる。

 

「でも4層ではフィールドモブだって地形に合わせて変更されてたからな。この森もゾンビ系モンスターくらいだったら配置されててもおかしくないんじゃないか?」

 

すすすっと無言でアスナは皆の中央付近、真っ先には襲われづらい場所に立ち位置を変えた。

 

「それにしても本当にこんなところにフォールンエルフがいるのかしら」

 

ベータ時代のミトの記憶が正しければ5層にはダークエルフもフォレストエルフも小さな村があったはずだが、その場所は枯れ木の森ではなかった。

彼らと敵対するフォールンエルフが近場に拠点を構えないのはよくわかるが、正式版になり追加された設定で、エルフは《森と水の恩寵》、つまり清流と自然のある場所でしか暮らせないことになっていた。清流はともかく枯れ木ばかりのこの森に自然の恩寵なんてあるのだろうか。

 

そう思いながら視線を向けるとクエストログを見ていたケイがミトを見返してきた。

 

「地図上ではもうすぐ見えてくるはずだ」

 

ケイが見ているシステムウィンドウには進行可能なクエストのログとおおよそのイベント発生位置が示されている。5層に入って発生した新たなエルフクエストのフラグではこの森にいるフォールンエルフとコンタクトを取れと書いてあった。

 

「あれじゃないのか?」

 

キリトが指さした先には木々の開けた空間に遺跡の残骸があった。カルルインでは至る所にあった壊れかけの建築物だが、枯れ森で見るのは初めてだ。クエスト地点の目印としては悪くない。

 

規模はかなり大きい。全体的に白っぽい石材で構成された遺跡は一つの建物というより村が丸ごと風化し、いろいろな建物の基礎や残骸が残っていると言われたほうがしっくりくる。写真でしか見たことがないがマチュピチュが似たような雰囲気だったか。

 

ぎりぎり原型をとどめているアーチから遺跡群に足を踏み入れたケイはややもせず足を止めると、右方の石柱に鋭い視線を向けた。

 

「そこに隠れているやつ。お前がフォールンエルフなら俺たちは敵じゃない。姿を見せてくれ」

 

現れたのは全身を暗色のローブに隠した小柄な人影だ。

 

「……なぜわかった」

 

「俺の《索敵》スキルはちょっとしたもんだぜ。そのレベルの《隠蔽》なら見破れる」

 

NPC相手には少々不親切なケイの返答が原因ではないだろうが、相手はそれきり黙ってしまった。

 

「ケイ、ほら紹介状! カイサラからもらってただろ」

 

「ああ、これか」

 

キリトの言葉にケイが従うと、受け取った書状に目を通した人物はフードを取った。

意外なことに人影の正体は年端も行かない少女だった。身長はシリカと同じくらいだろうか。カイサラとはまた違った薄い灰色の肌につやのある黒い髪は短くそろえられている。顔立ちはかわいらしいと言うよりは、どこか儚げ。彼女はやはりよく目立つ赤い瞳でミト達を一瞥すると、薄い唇を開きかけた。

 

声を発さなかったのは、突然ケイが倒れたからだ。

 

「どうしたんだケイ!?」

 

「う、嘘だ……!」

 

キリトが慌てて駆け寄る。

ミトは一応HPバーを確認したが、どうやら未知の攻撃を受けたわけではなさそうだ。となると……。

 

「褐色ロリだと、バカな。見たことないぞ」

 

「いったい何の話だ。何か起きたのか?」

 

「何かだと? 今まさにおきているだろう、キリト」

 

ケイはゆらりと立ち上がると、逆にキリトに詰め寄った。

 

「覚えておいてくれ。俺には嫌いな言葉が3つある。リアルラック依存、ランダム要素、そしてイレギュラーだ」

 

「あ、ああ」

 

「これまでフォールンエルフに女の子がいたか。俺は一度も見たことがない。兵士はたいてい没個性な成人男性だった。それなのになぜかロリキャラが出てきた。俺の経験上これは絶対厄介な奴だ。変えてもらおう」

 

「変えてもらおうっていったい誰にだよ。ムチャ言うな!」

 

「まーた始まった」

 

「たまーに壊れるのよね。ケイさんって」

 

ミトはアスナと呆れた視線を交わしあった。

 

「……これだから人族は」

 

フォールンエルフの少女は冷めた目でケイを見ていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「なんだよやっぱりおっさんもいるじゃねえかよ。こういうのでいいんだよ、こういうので。そもそも合法ロリ枠は売約済みだろ。キャラかぶってるし。とりあえず女性を出しとけば男は喜ぶなんて発想は安易なんだよ。カーディナルはもっと性的マイノリティに配慮するべきそうすべき」

 

基地代わりに使っているという地下遺跡に案内されてもケイは壊れたままだった。

仕方なくミトが先頭に立ってクエストを進行する。

 

「――ということで私たちは天柱の塔の攻略を手伝ってもらう代わりに、《秘鍵》の収集に協力するという約束をしたんです」

 

「ノルツァー将軍からはお話を聞いている。カイサラ様のお墨付きもあるというのであれば、私からは何も言うことはない」

 

5層の指揮官だというフォールンエルフの指揮官はシルバーブロンドの髪を後ろで纏めた壮年の男だった。エルフらしく肌にはシミ一つないが、顔の前で組まれた手はごつごつと節くれだっていて長い鍛錬の跡がうかがえる。きっと現場のたたき上げなのだろう。

彼に事情を説明したミトは無事に更新されたクエストログを見て、安堵の息を吐いた。

 

「とはいえ今回、我々が天柱に赴くのは難しいと言わざるをえん。兵士も大部分が4層の作戦に駆り出され、見ての通り人手不足なのだ」

 

「それは……まあ」

 

ミトは返事をしながらあたりを見回した。あまり広くはないこの部屋には指揮官らしきこの男の他には最初に会った少女くらいしかいない。地下遺跡には他の部屋もあったがすべて合わせてもそれほど広くはないだろう。この場所を本拠地とする彼らの部隊の規模はおおよそ察しがついた。

 

「まあ、それならそれでいい。無理強いはしないさ」

 

頭が復帰したケイが告げる。

 

「今回はやけにあっさり引き下がるのね」

 

ミトが小声で尋ねるとケイも顔を寄せてきた。

 

「もともとカイサラみたいな例が異常なのさ。彼女みたいなNPCにいつまでも手伝ってもらえたんじゃゲームバランスが狂っちまう。何かしら対策が入ってしかるべきだ。この階層のボス戦はまた別の方法を考えるさ」

 

ケイはそう言うとフォールンエルフの指揮官に向き合って真剣な表情を見せた。

 

「今回俺たちの要求は簡単なもの一つだけ。あのエルフ、チェンジしてくれ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「なんだよぉ。あいつ以外手すきの兵士がいないとかどんだけ人手不足なんだよ。やる気あんのかぁ?」

 

地下遺跡から出て再び枯れ森を探索してる段になっても、ケイは復調しなかった。相当な重症であるようだ。

 

「…………」

 

フォールンエルフの少女も少女で何を言われても反応しない。無口すぎてミト達全員を無視しているのかと思うくらいだ。おかげで雰囲気はあまりいいとは言えなかった。

 

「何がそんなに不満なのよ。かわいらしい子じゃない」

 

さすがに見かねたアスナがとりなすが、ケイは鼻で笑った。

 

「かわいいって。きっと実年齢はババアだぞ」

 

「……ババアではない。まだ15歳だ」

 

さすがにそれは聞き流せないのか少女が不満そうな声を出す。

 

「小娘じゃねえか。というか歳の割に発育悪すぎないか?」

 

「……だまれ人族。カイサラ様から見ればお前らなど等しく小僧のようなもののくせに」

 

「申し訳ないが人外ババアを引き合いに出すのはNG」

 

「……無礼者め」

 

「シリカちゃん元気かなぁ」

 

アスナが現実逃避をするようにつぶやいた。二人の言い合いは聞かなかったことにするらしい。

 

シリカは今2層で鍛冶師プレイヤーと一緒に居るという。4層ではあれ以降一度も、5層主街区でもケイは彼女を2層から呼び戻さなかったため、ミト達はしばらく会っていない。

 

もしかしたら、ケイはもうシリカを前線には呼ばないかもしれない。彼女の年齢を考えれば攻略組から遠ざけて後方支援に振り分けるケイの気持ちも理解ができる。おそらくパーティーメンバーもそのことは感じていて、だから彼女の話題は自然と遠ざけられていた。

 

「きっと元気よ。少なくとも危険な目には遭ってないでしょうね」

 

「6層に行ったら一度会いに行ってもいいかしら」

 

アスナはケイに尋ねた。

 

「ああ。暇ができたらな」

 

「楽しみだわ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

5層でのエルフクエストの最初のターゲットはフォレストエルフの拠点だった。ここで外を巡回しているエルフの警備兵を襲い、3層から運んできたというダークエルフの兵士の武器を現場に残すことで、2派閥の対立をあおるのが目的らしい。

 

フォールンエルフらしいと言えばフォールンエルフらしい、あまり後味のよくない部類のクエストだ。そもそも4層のクエストもそうであったがこの派閥はむやみに戦争をあおるようなことばかりを行うため、あまり気持ちの良いクエストはないのかもしれない。

 

特にミトはベータ時代フォレストエルフの派閥でプレイしていたため、彼らには仲間意識のようなものが残っている。所詮今はもう消えたデータの話と割り切れればいいのだが、今のところうまくいっていない。

 

表情を見る限り、アスナもキリトもやる気を出すのは難しそうで、唯一の例外といえばケイくらいだ。

 

しばらくフォレストエルフの基地周辺に身を隠し、兵士の巡回ルートを割り出した後、ミト達は彼らを襲った。戦闘自体はさして特筆すべき難易度ではなく通常のNPCにふさわしい難易度だったが、ミト達は危うくクエストを失敗しかけた。というのもフォールンエルフの少女がミトの想像よりもはるかに弱かったのだ。

 

カイサラとは言わずとも相手の巡回兵とは同等くらいの戦闘力があると思い込んでいたミト達は敵の一人を彼女に任せたのだが、数度も剣を合わせないうちに血交じりの怪しい咳を出しはじめた彼女はうずくまり、隙をつかれて倒されそうになっていた。実際、ケイの援護が間に合わなければ彼女のHPが残っていたかは疑問だった。

 

「ええ……? よわ……? しかも病弱キャラかよ。なんだよこれどうなってんの? 先が読めねえ。不安すぎる」

 

巡回兵の一団を倒した後、黒エルフの武器を置きながらケイは落ち着きなく周囲を警戒している。

 

エルフの少女は懐から出したポーションのような瓶をあおると乱暴に口元を拭い、何事もなかったかのように歩き出した。

 

あまりに自然にミト達は置いていかれかけ、慌てて背中を追って走った。

 

「これはあれだな。カーディナルが俺たちの仲間NPCを下方修正したんだな」

 

油断なくあたりを見回しながら発したケイの言葉にアスナが聞き返す。

 

「前々から思ってたけど、そのカーディナルってなんなの?」

 

「AIだよ。このゲームを調整しているプログラムの名前。厳密にはカーディナルはプログラム群を管理するさらに上位のプログラムだが、まあ、全部まとめてカーディナルっていうときもある。考えてみれば不思議だろう? 茅場晶彦はこんなたいそうな犯罪を起こして、どうして未だにこのゲームは動いてるのか。アーガスの社員は当然協力しないだろうから、ゲームの管理は彼一人で行うことになる。でも、1万人規模のVRMMOなんて基本的なサーバーメンテですら一人で処理できるデータ量じゃない。そこで出てくるのがカーディナルさ。このゲームのGMは機械仕掛けなんだ」

 

「ずいぶん詳しいのね」

 

「SAOと名の付く記事はだいたい全部目を通してるからな。結構革新的な技術が多いんだぜ、このゲーム。きっと、アーガスは警察に技術開示を迫られて悲鳴を上げただろうさ」

 

ケイはその光景を想像してか同情的な表情を浮かべた。

 

「カイサラは強すぎた。結果として俺たちはベータでも数日かかった迷宮区をたった一日で攻略した。おそらくこれがカーディナルのバランス調整に引っかかったんだろうな。だから急遽カーディナルは、というより厳密にはその下部プログラムであるクエスト作成プログラムは次のシナリオの仲間NPCを弱くした」

 

そこまで言ってケイは頭をかいた。

 

「まあ、すべては憶測にすぎないけどな」

 

 

「ご苦労だった」

 

一度基地に戻り指揮官のエルフに報告すると、彼は短く一言そういった。次いで部屋の隅からぼろぼろのローブと乾いた血の付いた短剣を持ってくると、机の上に置いた。

 

「盾と直剣の紋章……フォレストエルフのものか」

 

ケイが武器とローブに刻まれた意匠を確認しながら言った。

 

「その通りだ。次はそれをもってリュースラの兵を襲ってきてくれ」

 

ダークエルフの駐屯地はフォレストエルフの駐屯地よりも遠くにあり、先ほどよりも往復に時間を使うことになったが、クエスト自体は滞りなく終えることができた。今度は少女を最初から戦力に数えていなかったため、危ない場面もなかった。

 

再びの地下遺跡。

 

「それで次はどうする?」

 

「今日はもう任務はない。機を待つのだ」

 

ケイが尋ねると、指揮官のエルフは待機を要請した。

 

「できれば早く終わらせたいんだが」

 

「秘鍵は封印の祠にある。我々では手出しができん。あれを持ち出せるのは封印をかけたリュースラの民だけだ」

 

「ふうん」

 

「秘鍵を奪うためには奴らに自ら封印を解いてもらわねばならん。今日のお前たちの働きによりカレス・オーの兵士とリュースラの兵士はまもなく開戦するだろう。そうなれば必ずリュースラの民は戦場から《秘鍵》を持ち出そうと動き出す。我々が次に狙うのはその回収部隊だ」

 

「なるほど。それで戦争が始まるまではやることがないというわけか。だが、今日の夜にでもダークエルフが動き出す可能性があるだろう」

 

「無論。その事は考えてある。すでに祠は別の部隊が見張っているところだ。お前達には明日の午前中に彼らと入れ替わりで祠に向かってもらいたい」

 

「了解した」

 

枯れ森の古代遺跡は周囲の町や村からは離れた場所にある。光源に乏しく、ただでさえ悪い視界がさらに悪化する夜に森を長時間歩くのは正直あまり好ましくない。加えて約一名不気味な森を探索することに忌避感を示した者もいたため、その日はフォールンエルフの勧めに従って基地で寝ることにした。

 

問題はその部屋割りである。ミト達とケイ達は初め2部屋に分かれて寝ようとしたのだが、フォールンエルフの少女がケイと同室で寝ると言って聞かなかったのだ。

 

「バカだな。ボクの本当の任務がまだわからないのか?」

 

女子部屋に誘うアスナに少女は冷たい視線を向けた。ケイは再び地面に倒れ伏し「ボクっ子だと……属性過多だろ」と呻いている。

 

「ボクの任務はカレス・オーの兵士と戦うことでも、リュースラの基地を襲うことでもない。本当の任務は怪しい人族を見張ることだ。ホランド叔父さんはお前たちのことなんか信用してないのさ」

 

「ホランド……?」

 

聞きなれない名前を復唱するアスナにケイは地面から返答する。

 

「あの指揮官の名前だろ。ネームドかよ。面倒な予感しかしないぜ。もしかしてお前にも固有名があんのか?」

 

「それ、人族に教える必要ある……?」

 

少女の返答はにべもなかった。

結局、その日はミトとアスナもケイ達と同じ部屋で眠ることになった。

 

「いい。この線からこっちは進入禁止だからね。寝顔を見るのもダメだから」

 

「そんなに嫌なら、別の部屋で寝ればいいのに」

 

「それってこの子とキリト君たちが一緒に寝るってことでしょ。そんなこと放っておけるわけないじゃない」

 

仲がいいのか悪いのか。アスナとキリトが言い合いを繰り広げているのを意識の片隅に追いやりながら、ミトは支給された寝袋を広げた。遺跡の地面に寝転がるなんて現実ならば冷気や地面の硬さにやられてとても眠れないだろう。だが、そこはVR。この世界では特定の気象条件でもなければ寒さを感じることも体の節々が痛くなることもない。

 

想像よりも快適に、ミトは眠りに落ちた。

 

 

◇◇◇

 

 

翌日、ミト達は朝早くからダークエルフが《秘鍵》を封印しているという祠を見張っていた。

 

フォールンエルフの少女から渡された土色のシートに隠れていたミトはもう何度目になるか分からないクエストログの確認を行った。相変わらず表示は『《封印の祠》で秘鍵の回収部隊を待ち伏せしろ』となっている。クエストを間違えているわけではなさそうだ。だがこれが正しい手順ならば、なぜ何も起きないのか。もうすでに10分以上は待機している。

 

「なあ、それなんのポーションなんだ」

 

視界の先で小さな瓶に入った液体を服用していたエルフの少女にケイが尋ねた。昨日も何度か彼女はそれを飲んでいる姿を見せていた。単なる回復ポーションかと思って気にも留めていなかったが、HPが満タンの今も飲んでいるのなら、そうではないのだろう。

 

「……人族には関係のないものだ」

 

「そうか」

 

ケイはあっさり引き下がった。

 

「クエストの暗示じゃないならいいや。今のところはね」

 

それからさらにたっぷり15分以上経過して、ようやくダークエルフの部隊がやって来た。しかし今度はなかなか出てこない。そういえば封印の祠は小さなダンジョンのようになっていて、最奥には《秘鍵》を守るボスまでいるのだったか。

うんざりしながら待っているとようやくダークエルフが出てくる。フラストレーションを爆発させるように戦ったミト達は無事に部隊を排除し《秘鍵》を奪った。

 

「これが、秘鍵……!」

 

クエストのキーアイテムだからか、ストレージではなく直接地面にドロップした秘鍵は素早く飛びついたエルフの少女が拾った。まじまじと手に取って観察している。

 

「これがあれば……」

 

後はこの秘鍵を基地に届ければクエスト終了のはずだったが、すんなりとは終わらなかった。

 

「こそこそと動くリュースラの兵士の痕跡を追いかけていたと思ったのだがな……よもやここで汚らしい枯れ枝どもを見ることになるとは」

 

戦闘終了後、ミト達はいつの間にかフォレストエルフの部隊に囲まれていた。

 

「他の奴らより一回りレベルが高いな、あの隊長格。俺とキリト二人がかりで倒した方が良いかもしれない。ミトとアスナは周囲の平隊員を相手してくれ。フォールンエルフは……いや、やっぱりあの隊長は俺一人で抑える。キリトは彼女の護衛についてくれ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「問題ない。攻めっ気を出さず時間を稼ぐだけだ」

 

ミト達の役割が決定する。フォレストエルフの部隊員は総勢5名だ。数字上は同数だが、こちらはエルフの少女が戦力として不安定なため実質的には一人少ないようなものだ。ケイもそのことに配慮を見せた。

 

クエストのクライマックスにふさわしくエルフたちは難敵と呼ぶにふさわしい相手であるようだ。全員が装甲値の高そうな艶消しの金属鎧に身を包んでいる上に、派手な意匠の施されたマントを纏う隊長のカーソルは平隊員と違ってかなり濃い赤色。ケイなら問題ないだろうが、楽な相手ではない。

 

「おい、まさかお前が手に持っているのは秘鍵か?」

 

男は少女を見て怪訝な顔をすると、すぐに低く唸り声をあげた。

 

「聖大樹の樹液を狙う害虫どもが! 今度はエルフの秘宝にまで手を出そうというのか……!! 恥を知れっ!! それはお前らのような虫けらが触っていい物じゃない!」

 

「害虫でも虫けらでもない。ボク達は誇りあるエルフだ……!」

 

少女が振り絞るように叫んだ。

 

「聞いたか? 呪われた民がエルフ面してやがるぞ!?」

 

黒エルフの部下達の笑い声が響く。

 

「呪いがなんだ。ボクは……ボク達は……何も悪いことなどしていない……!」

 

「薄汚いエルフの面汚しめが! 開き直るつもりか!? お前らなど存在自体が罪深い!!」

 

隊長格の男はこめかみに血管を浮かべながら怒鳴った。

 

男は剣を体の前に立てて儀式のように構えた。

 

「禁忌を侵した咎人に! 聖樹の裁きを!」

 

「「「「聖樹の裁きを!」」」」

 

「我らに聖樹の恩寵を!」

 

「「「「恩寵を!」」」」

 

少女は悔しそうに唇を噛んで黙った。さすがに視線を切るようなことはしなかったが、戦闘中でなければうつむいていてもおかしくない表情だった。

 

「レスバは森エルフの勝ちみたいだな。じゃあそろそろ肉弾戦に行こうぜ」

 

ケイは剣を抜いて切っ先をダークエルフに向けた。

 

「人族の冒険者か。金にでも釣られたか? 品のないやつだ」

 

「15歳の女の子相手にムキになって怒鳴るおじさんに品性を語られたくはないなあ」

 

「お前は今、最後の降伏のチャンスをふいにしたぞ!」

 

男が怒鳴った。それが開戦の合図だった。ケイと隊長が切り結び……いや、何だあの動きは。ミトの目にはケイがスキルの硬直時間を無視してエルフを殴り飛ばしたように見えた。

 

ケイは右手の拳を不思議そうに開閉した。

 

「おかしいな、殴れてしまったぞ。聖樹の恩寵とやらはお前を守ってくれないのか?」

 

「小僧……! 今すぐその口をふさいでやる! 永遠にな!!」

 

あれはきっとヘイトを稼いでいるだけに違いない。NPCの攻撃順位に会話の内容が反映されるかは定かではないが、ミトはそう思うことにした。

 

隊長の援護に向かうエルフの隊員たちはミト達が相手をした。各々武器を振るいあう。そんな中キリトはケイの姿を焼き直すようにエルフの隊員を殴り飛ばした。アスナが素早く追撃をかけながら疑問をぶつける。

 

「何なのよそれ!?」

 

「スキルコネクト。体術のスキル発動モーションを片手剣のソードスキルの終わりにつなげるんだ。そうすると連続でスキルが発動できる。とっておきのつもりだったんだが、ケイも見つけていたのか」

 

キリトは残念そうに答えた。

 

「ずるい。私も《体術》覚えたい」

 

「いいんじゃないか。後でエクストラクエストの裏技を教えてあげるよ」

 

フォレストエルフの部隊は確かに強敵だった。このあたりのモンスターの適正レベル帯を頭一つ抜けているだろう。だがミト達だって負けてない。4層ボスの莫大な経験値でレベルを上げたこのメンバーならステータスで押し負けることもなければ、プレイヤースキルに不足もない。

 

彼らの中核をなしている派手な鎧の男がケイに完璧に抑えられている以上、ただの平隊員ではミト達の相手をするには役者不足だ。各個撃破の後は形勢はこちらに傾き、隊長をみんなで囲んで攻撃すればほどなくフォレストエルフ部隊は返り討ちにできた。

 

基地に帰り少女が指揮官に秘鍵を渡すと、彼は目を丸くし秘鍵を持ち上げ様々な角度から眺めてつぶやいた。

 

「これが、秘鍵……!」

 

キリトが少し笑う。

 

「ホランドさんってあの子と血縁関係にあるんですよね」

 

「叔父と姪の関係にあたるが……? どうしてそんなことを?」

 

「だって、二人とも秘鍵を見たときの反応がそっくりだから」

 

「む……」

 

エルフの指揮官は少々バツが悪そうに秘鍵を机においた。クエストログが更新され、リワードとして経験値が加算される。だが、エルフクエストの報酬はこれだけではない。

 

「諸君らのたぐいまれな働きに感謝する。この中から一つずつ好きなアイテムを選んでくれ。秘鍵と比べればささやかなものではあるが、どのアイテムも君たちを助けてくれるだろう」

 

待ってましたとばかりにキリトが目を輝かせる。指揮官が机の上に並べたアイテムはAGIに上昇ボーナスがついた黒革のブーツや布防具とは思えない特性値のケープなどの防具に始まり、アクセサリーから武器まで揃っていた。しかし、その中でも皆の目を引いたのはねじくれた棘のような意匠の黒い武器だった。

 

「レ、レベル2麻痺毒ですと!?」

 

初めにそれを手に取ったキリトが驚愕の声を上げる。麻痺毒と言えばSAO最凶と名高い状態異常だ。しかもレベル2となればキリトが驚くのも無理はない。よくよく見れば3回しか使えないという回数制限こそあるものの、レベル2状態異常を治せるポーションが出回っていない序盤の階層では破格といっていい性能だ。

 

「俺、これにします」

 

「いい目をしているな」

 

指揮官が満足そうに頷く。

 

「それはわれらの持つ武器の中でもとっておきだ。何といっても悪名高きかの邪竜シュマルゴアの素材を使った一品だからな」

 

「シュマルゴア?」

 

「そうだ。人族では有名な伝承ではないかもしれないが、聖樹の呪いを受けた哀れなトカゲの末路だよ。その昔聖域にいた一匹のトカゲが禁じられている聖樹の果実を食べてしまった。聖樹は言いつけを破ったトカゲを許さず、その身に二つの呪いをかけた。一つはトカゲが口にするもの全てが猛毒になる呪い。もう一つは再生の呪いだ。トカゲは常に猛毒に侵されながらも完全には死ぬことができず、絶えず破壊と再生を繰り返すうちに徐々にその身を変質させていった。ついには理性を失い、ただ苦しみにのたうち回り、周囲に毒をまき散らすだけの竜へと姿を変えた」

 

「うわあ、えぐいことするなあ」

 

キリトはドン引きしている。

 

「……聖樹の呪いなどそんなものだ」

 

指揮官は一瞬その目に強い光を宿して言った。

 

結局、ミト達も報酬には黒い投擲武器《シュパイン・オブ・シュマルゴア》を選んだ。

 

いずれ同水準のものが出回る武器や防具と違って、麻痺毒を付与する武器は代用が効かないためだ。

 

報酬も手に入れ、フォールンエルフの基地を後にするミト達を少女は入り口まで見送りにきた。

 

「……アリアだ」

 

ケイのコートの端を掴んで引っ張りながら、ぼそりとエルフの少女が呟いた。

 

「昨日の夜に聞いただろ。秘鍵を手に入れたことは感謝している。だからボクからも報酬代わりに名前を教えてやる」

 

「あらあら……!!」

 

年下にしか見えない少女のいじらしい報酬にアスナが目を輝かせるが、ケイはすごく嫌そうな顔をした。

 

「おい! なんだその顔は!?」

 

「お前は名もなき兵士Aだ」

 

「は?」

 

「お前は名もなき兵士Aだ」

 

「くっ、これだから人族は!?」

 

少女――アリアは背を向けて遺跡に走っていく。

 

ケイは空に向かって手を組んだ。

 

「頼む。カーディナル。エルフのネームドNPCはもうおなかいっぱいなんだ。これ以上面倒を増やさないでくれ……!」

 

だめだこりゃ。その姿を見てミト達の心は一つになった。

 



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アーカイブス 008

11月11日、5層開通から2日目の午後。

エルフクエストを終えたミト達はイスケやコタロー、そして情報屋のアルゴと合流し迷宮区に挑むことにした。

5層の迷宮区は北東にあるため、同じく北東エリアに属する枯れ木の森からほど近い。すぐに姿を現した迷宮区を見て、しかしミトは今日中に踏破するのは難しそうだと考えていた。

 

視界の先にある迷宮タワーは1層や2層に比べると細身で、床面積だけならばむしろ小さい。規模的にはこれまでで最も短かった4層のそれと大差なく見える。モンスターとの戦いはあるだろうが、踏破に時間がかかりそうだとは思えない。

 

だから問題は迷宮タワーではなくそこに続くまでの道のりにあった。

 

「一応聞いておくけど、ベータの時の道順を覚えてる人いる?」

 

ミトの眼前にはタワーの直径の数倍もある大きな迷路エリアが広がっていた。迷宮タワーの入り口にたどり着くにはこの迷路エリアの最奥まで進まないといけないのだ。

 

そして残念なことにミトはこの迷路の道順を覚えておらず、忍者達も、さすがのキリトも覚えていなかった。

 

「餅は餅屋。情報は情報屋だろ。アルゴ。この階層のエルフクエの情報と交換でいいか?」

 

「なんだケイ。この迷路のマップデータが欲しいのか?」

 

「持ってるんだろ?」

 

ケイが尋ねるとアルゴは誇らしそうに胸を張った。

 

「当たり前だロ。オイラは情報屋のアルゴだゾ。でも迷路のマップは売れないナ。代わりに、もっといいものを見せてやるヨ」

 

そういってアルゴは首元から大きな金属製のカギを取り出した。

 

「迷路エリアのショートカットアイテムだヨ。この前たくさんアイテムを貰ったから、こいつはタダでいい。出血大サービスってやつだナ」

 

鍵は迷路エリアの入り口反対側、石壁と迷宮タワーの背面が接している場所の近くで使用するらしい。指定の場所まで移動したアルゴが隙間に鍵を差し込むと、即席の梯子が出現した。これを登って外壁の上に登れば迷宮タワーは目と鼻の先で、ご丁寧に中につながる隠し扉まである。

 

「さすがだな」

 

ケイが感嘆の声をあげるとアルゴは胸を張って見せた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

幸いといっていいのか、迷宮区の中はベータテストの時とあまり変わっていなかった。キリト、イスケ、コタロー、ケイ、ミトそしてアルゴ。一人一人は完璧に詳細を覚えているわけではなくとも、6人分の記憶を合わせればそれなりに高い精度でマップを予想できる。

 

特徴的な罠や宝箱の位置、出現モンスターの傾向や中ボスの配置など、記憶通りに進んだ探索は順調といってよかった。さすがにカイサラがいた4層よりは速度が落ちるが、2層の頃よりずっと早くミト達は迷宮区を登り切り、その日の夜には最上階に到達した。

 

記憶違いが起きたのはその時だ。

 

「確か、ここにはボス部屋の扉があったはずなんだが」

 

キリトがにらむ先には5人が横に並んでも余裕がある大きな階段が鎮座していた。これまでも迷宮タワーを登る際に使用した物より明らかに大きく、そして存在感があるそれを前にして一行は一度足を止める。

 

「拙者の記憶でも5層の迷宮タワーにこんな階段はなかったでござる」

 

「同感でござるな」

 

「場所的にはここはタワーの中央ね。この上にボス部屋があるのかしら?」

 

アスナがマップを指さしながら言った。

 

「どう見る?」

 

ケイがミトに尋ねてきた。

 

「確かに、普通に考えるのならこの階段の上がボス部屋ってことなんでしょうけど……」

 

先の見通せない暗闇を見つめながら、ミトは考える。ケイが聞きたいのはそんな当たり前のことではないはずだ。なぜベータの時になかった階段が置かれているのか。単なる意匠の問題というわけではないだろう。4層ボスのヒッポカンプは部屋全体を水没させる特殊攻撃を使ってきたが、あの部屋はこれまでの部屋と比べて特別天井が高く作られていた。となると扉ではなく階段を使うのもボスの特殊能力に関係のある設定なのかもしれない。あるいは……

 

「罠かもしれないナ」

 

ミトの考えていたことをアルゴが口にした。

 

「あの階段を登っちまうと階段がせりあがってふさがれちまうとカ」

 

「あるいは段差が全部引っ込んじゃって滑り台みたいに落とされるのかも」

 

「そんな罠になんの意味があるんダ?」

 

「いや、前にやったゲームにそんな罠があったな、と」

 

突っ込みを入れるアルゴにケイが話しかけた。

 

「アルゴ、さっきの鍵はここのボスクエの報酬なんだよな」

 

「ああ、そうだヨ。でも残念ながらこの階段についての情報はなかったナ。前に説明した通り、ここのボスはベータの時の番人ゴーレムって設定から、古代王国の作った魔導ゴーレムって話に変わってたけど、めぼしい情報はそれだけだナ」

 

「そうか」

 

ケイは黙り込む。

 

「……これ以上ここで話してても仕方ないサ。ちょっくら偵察してくるヨ」

 

「だめですよ。危険すぎます」

 

階段の先に視線を向けたアルゴをアスナが止めた。

 

「心配するナ。この階段が罠だったとしてもオイラならすぐ逃げられル。ここは任せてくれヨ」

 

「だめだ」

 

アルゴの進路はケイによってふさがれた。

 

「言ったろ。餅は餅屋だ。ボス戦はボス戦に慣れてるやつに任せておけ」

 

強い眼力に射すくめられ、アルゴはお手上げとばかりに首を振った。

 

「わかったヨ。じゃあ、任せル」

 

「ああ任せておけ。なんたって、うちには優秀な忍者がいる」

 

「「拙者らでござるか!?」」

 

突然話を振られて驚くイスケとコタローにケイはいたずらっぽく笑って見せた。

 

「忍なら潜入任務はお手の物だろ?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

イスケとコタローと、それから結局ケイも。彼らがボス部屋を偵察している間、階下に残されたアルゴは着慣れていない薄緑色の上着の裾をいじっていた。これも先ほど迷宮区の宝箱から獲得したものだがアルゴ用にと手渡されていた。これだけではない。主武器のクローに始まり、足装備に至るまでアルゴの全身はケイに呼び出されてから一式更新されている。

 

「なあ、あーちゃん。この武器なんだけどサ。このパーティーにクロー使いっているのか?」

 

「いえ、いませんけど」

 

「じゃあ、このブーツは? あーちゃんか、みーちゃんのお下がりカ?」

 

アスナとミトは首を振った。

 

「どうしたんだ? SAOじゃ装備のサイズが合わないなんてこと起きないだろ」

 

キリトが尋ねるとアルゴは形容しがたい表情でうめいた。

 

「ケイの奴、道中手に入れた余ってる装備をくれるって言ったダロ。なのにこれ、きっちり強化済みなんだヨ」

 

「あー……。つまり、そういうことじゃないのか」

 

キリトは頭を掻きながら意味もなく階段の先の様子を伺った。

 

「まったく、ケイの過保護には困ったもんだナ」

 

腰に手を当てて満更でもない表情をするアルゴにアスナは小さく含み笑いを零し、ミトもその相好を崩した。

そして、ふとこれまでの日々を思い出す。

 

あの男が過保護?

普通、過保護な人って1パーティーでフロアボスに挑むものだっけ。

 

ミトが何かに気づきかけたとき階段を駆け下りてきたイスケがその思考を中断させた。

 

「罠はなかったでござる!! それより、ボスが動き出したでござるよ!!」

 

 

 

 

階段の先は直径30メートル、高さ15メートルに及ぶ巨大な空間だった。どうやら階層全体を1つのフロアとしているらしいその部屋には、なぜか床から2本の腕が生えており、さらにミト達の目の前では2本の足が降ってきたところだった。

 

「ここで止まるでござるよ」

 

階段の途中で止まったイスケがミト達にボスの情報を説明する。

 

「床に青白いラインがあるのが見えるでござるか? ここのボスはあれを踏んだプレイヤーを攻撃するようでござる」

 

「一度見せる! それで覚えろ!」

 

ケイが叫びながら走り出した。1歩、2歩、3歩、4歩。床の線を踏むたび、その場所にターゲットサークルが形成され、そこをめがけて腕と足があるいは床から伸び上がり、あるいは空中から振り下ろされた。

 

「攻撃は4回で1セットだ! 次の攻撃までにはわずかに準備時間がある!」

 

言いながらケイとコタローはずぶずぶと再び床に沈んでいく腕にソードスキルを当てた。

ボスのHPが数パーセント削れる。腕が完全に床に沈むと、地面に描かれた青白いラインが高速で動き出し、新しいラインを形成して静止した。

 

今度はケイも線を踏まず、あたりを静寂が覆う。

 

「つまりもぐら叩きみたいなもんだ。簡単そうだろ?」

 

ミト達はケイの指示に従って囮になる係と攻撃する係に分かれ、順調にボスの体力を減らしていった。

 

皆が思った。この攻撃は序盤だけにすぎず、いずれ新モーションが来ると。だが予想に反してボスの攻撃はいつまでも単調なままだった。唯一の変化と言えば、天井に現れたゴーレムの顔がデバフ効果のあるボイス攻撃を加えてくるようになったくらいだが、他のゴーレム系モンスター同様、弱点として設定された額の紋章にダメージを与えると攻撃を中断させることができた。

 

このパーティーには遠距離攻撃武器のチャクラム使いが2人もいる。そんな攻撃が問題になるはずもなかった。

 

「なんか思ったよりも弱いボスね」

 

「それはどうかな?」

 

床でラインが再構成されている間、気の抜けた表情で振り向いたアスナに答えたのはキリトだ。

 

「俺たちは数人しかいないから線を躱せるけど、普通フロアボス戦はもっと大人数でやるもんだ。何十人もいたらみんなが足の踏み場を見つけられるわけじゃないだろうし、混乱してもっとひどい戦いになっているはずさ」

 

「にゃはははっ。空白地帯を巡って椅子取りゲームみたいになりそうだナ」

 

その場面を想像したのかアルゴが楽しそうに笑った。

 

「それにボイス攻撃だって、《投剣》を持っているプレイヤーがいなきゃキャンセルできない。たまたまこのパーティーとものすごく相性がいいボスってだけさ」

 

「へえ。そういうことなの。そんな大人数でのボス戦なんて全然想像できなかったわ。いつかやってみたいわね。レイドボス戦も」

 

「そうか。アスナはやったことがないのか。ベータ時代ではフロアボスといえばレイド戦だったんだけど……」

 

「冷静に考えると、やっぱりおかしいわよね。この状況」

 

キリトとミトは互いに目を合わせた。

 

ボス戦の中盤では、ボスの顔が天井から消え地面から噛みついてくる攻撃パターンも追加された。初めこそ異常な光景に面食らい、逃げた先でうっかり白線を踏んでしまう事態に見舞われたものの、タネさえ割れれば足元に響く振動と地面の盛り上がりで予測できるこの攻撃は、冷静に対処することが可能だった。

 

総じて、ボスの攻撃は有効打にはならなかった。パターンとギミックを理解し、そして何より回避先が確保しやすい少人数であることさえ守れば、ダメージを受ける要因は少なく、そして実際そうなった。

 

「ラスト1本カ。ここまでは順調だったナ」

 

「気を付けていこう! きっと次こそ攻撃モーションが変わるはずだ!」

 

ボスのHPバーが残すところあと一本となったころ、弛緩しかけた空気をしめなおすようにキリトが大声を張った。

 

呼応するようにボスが怒りの声をあげると、手足に続いて顔までもが壁や天井に吸い込まれていく。

 

「な、なにかしら!?」

 

内臓の繊毛運動のように蠢きだした壁からアスナが距離をとる。

ゴーレムは再び足から現れた。ただしこれまでの通り踏みつけ攻撃を行ってきたわけではない。天井から比較的ゆっくりと、両足をそろえて出現したゴーレムには腿があり、腰があり、胴体がついていた。最後にぶら下がるようにくっついていた両掌が離れれば、ズズンと内臓を揺らす重低音が響く。ゴーレムは全長4メートルを超える見上げるほどの巨体となって再びミト達の前に降り立った。

 

「どうやら、ボーナスタイムは終わりらしい。集中していこう」

 

全身にうっすらと蒸気を纏い、身の毛もよだつような雄たけびを上げるゴーレムを前に油断するものなどいなかった。だから、それは単純に地力の差なのだろう。

 

ゴーレムの巨体はゆっくりと動いているように見えた。それが人間なら、1秒以上もかかる振り払いなんて遅すぎる攻撃だろう。だが、その大きさと腕の長さを考えれば。

手のひらは風を切るような速さでミトの眼前を通過した。まるで大型トラックが至近距離を走り抜けて言ったかのような圧力は、原始的な恐怖をもたらし思わず体が硬直する。反撃に用意していたソードスキルは規定外の動きによりその輝きを霧散させた。

 

腕が長いということはそれだけリーチが広いということだ。1メートルや2メートル程度、腕を伸ばせば簡単に届く。ボスの攻撃の追尾性は段違いに改善され、回避動作の難易度は格段に上昇した。

 

ゴーレムが虫でもつぶすかのように地面をたたけば全方位をショックウェーブが襲う。今までは足の踏みつけでしか発生しなかったそれは、経験則で動いたアスナに牙をむきその動きを強制的に停止させた。アルゴの救援が間に合い追撃は免れたが、モーションの変化に対応するまでは迂闊に攻撃できなくなった。

 

足元を動き回るキリトとケイにいら立ちをあらわにしたゴーレムの蹴りは二人をとらえる事こそなかったものの、続くモーションで高々と振りぬいた足から繰り出されたストンピングは比喩ではなく階層全体を揺らし、遠距離攻撃に徹していたイスケにまで転倒を誘発した。

揺れる視界の中、コタローは戻ってくるチャクラムを取り落とし、その隙を待っていたとでもいうようにボイス攻撃が響き渡る。

 

形勢は一気に逆転した。

 

視界の端に映るAGI減少のアイコンはしつこく効力を発揮し続け、たて続けにATK減少、DEF減少のアイコンまで灯る。両腕を自由に振り回すゴーレムはもはや無防備に紋章への攻撃を受け付けず、時に攻撃を叩き落とし、時に首をそらすことでチャクラムによるボイス攻撃のキャンセルに抵抗し続けた。

 

極めつけはビーム攻撃だ。これまでとは一線を画する射程距離を誇るそれは予備動作の少なさも相まって手足の動きのみに注目していたアスナの意識の隙を的確についた。

 

「戦線を離脱しろ! 回復するまでは戻るな!!」

 

ボス戦だけではなく、ゲームの開始より初めてHPが半分を割り込んだアスナにケイが素早く指示を出す。

 

「イスケとコタローはチャクラムで攻撃を続行。防がれてもかまわない!! いざというときに前に出られるように体力を温存しておけ!」

 

「「了解でござる!」」

 

「足元は俺とキリトでかく乱する! 防御の薄いアルゴは近づくな! ミトと一緒に手にカウンターを合わせろ!!」

 

「わかっタ!」

 

「了解!」

 

とは言ったものの、AGI型ビルドのアルゴに比べると大型武器を使うミトの動きは俊敏さに欠ける。何度かの交錯の後、攻めっ気を出しすぎたミトはソードスキル後の硬直時間に振りぬかれた拳をよけきれないと悟る。

 

「くっ!!」

 

とっさに大鎌を盾代わりに構えた。防御は間に合ったというのにミトの体はそのまま数メートルも押し飛ばされ、3割近くもHPを削られた。

 

「回復を」

 

言葉少なにケイは言った。深く集中しているようだった。

SAOではポーションを使ってもHPが瞬時には回復しない。じわじわと伸びる黄色のバーをミトはどこか現実感を伴わずに眺めていた。

 

彼女のHPは半分以上減っていた。アスナと同じくやはりゲーム開始以来初めてのことだった。これと同じだけの攻撃をもう一度食らってしまえば、彼女は死んでいたのだ。いや、ボスの攻撃は防御できていた。そのうえで高すぎるゴーレムのSTRがミトの命を3割も削ったのだ。だから例えばソードスキルの硬直中に無防備に攻撃されていたら。吹き飛ばされた先にビーム攻撃の追撃が来ていたら。

 

その時ミトのHPは残っていたのか?

 

背後に感じた死神の息吹にミトの背筋が凍った。

 

「もう偵察は十分でしょ! いったん帰りましょう!」

 

ミトは叫んだ。今なら間に合う。もっとレベルが上がって、もっと仲間が増えて、もっと安全に倒せるようになるまでこのボスは放っておけばいいではないか。

 

だが、ケイは応じない。

 

「ボスはここで倒す! いつも通りだ!」

 

ミトの予想通りだった。

この男はいつだって偵察すると言いながら、一度だって撤退したことがないのだ。最初からボスを倒す気で挑み、それを実現させている。今回もそのつもりであることは皆がうすうす感づいていた。

 

ケイの意気込みはさておき、現実は予定通りにいかない。

アスナが離脱し、ミトが離脱し、イスケとコタローが遠距離攻撃に徹している今、近距離で戦っているのはケイ、キリト、アルゴの3人だけだ。5人いるときは得られた攻撃チャンスも、攻撃が集中する今となっては存在しない。かわすことで手いっぱいになっている。

 

現状を打開するためだろうか。キリトがやや無理やり攻撃に転じた。煌めくソードスキルは確かにボスの足首を切り裂いたが、続くボスの掌打はしっかりと彼をとらえていた。援護に入ったケイとアルゴがタイミングよくソードスキルを合わせてはじき返さなければ、彼もミトのように吹き飛ばされていただろう。

 

一か所に集中した3人はビーム攻撃を避けながらばらばらに散らばるが、縦横無尽に動き回りながら次々攻撃を行うボスの背後を取るのは容易ではなかった。

 

本来レイドボスは攻撃を引き受けるタンク役とダメージを与えるアタッカーに分かれて行うものだ。だが、このパーティーにはそれがない。今までは各自が臨機応変に対処していたが、その戦術は人数が減ったことで機能しなくなっていた。

 

キリトの動きに明確に焦りが見え始めた時、ケイはリュートを取り出した。弦をかき鳴らし、歌声を響かせる。ミトの視界に立ち並ぶデバフアイコンの横に、新たにバフアイコンがともった。

ボスの動きが明らかに変化する。

 

「俺がヘイトを稼ぐ! キリトとアルゴはDD(ダメージディーラー)だ!」

 

「無茶だヨ! ケイ!」

 

アルゴの叫びなどかまわずケイはボス部屋をぐるぐると円を描くように後退し始めた。ボスの突進も、掌打も、ビームも飛びつきも器用にかわし続けながら絶妙な距離を維持し続ける。

 

回復中のミト達も遠距離攻撃中のイスケ達もケイの動きに合わせながら円形の部屋をぐるぐると回り始める。

 

呼応するように戦況もめまぐるしく変化した。

 

ボスのターゲットから外れたキリトとアルゴは先ほどよりも格段に多い時間を攻撃に費やすようになり、ボスのHPは目に見えて減少し始めた。

 

しかしボスも黙ってやられてばかりではない。決定打になったのはなかなか当たらない手足の攻撃ではなく、広範囲の射程をもつボイス攻撃だ。耳をふさぎたくなるような不協和音が皆の足を止めた。

 

これまでに見たことのない効果、スタンだ。

 

回避の難しいボイスの効果としては強すぎるように思えるこの効果はおそらくDEF、ATK、AGI、LUCのすべてのデバフを受けていると発動するのだろう。

ミトが考えている間にも足を止めたケイは蹴り飛ばされ、アルゴは右手に掴まれた。ゆっくりと彼女を口元に運んだゴーレムはそのままガバリと口を開けたが、この捕食動作は復帰したイスケとコタローがチャクラムでひるませて止めることができた。

 

しかし、つかみ攻撃のスリップダメージだけでもアルゴのHPは警戒域にまで減少した。ケイのHPがぎりぎりグリーンで耐えたのは彼のレベルと装備の質の高さゆえだろう。

 

アルゴが回復のため前線を離れる。

アタッカーの減少はキリトの負担を増加させた。攻撃と反撃は今や一進一退となり、その中には回避不可能な範囲とタイミングのものがある。

 

そのことごとくをガードしているにも関わらず彼のHPはじわじわと削られていった。

 

ふいにゴーレムがコタローに突進した。これまでにない攻撃パターンだ。ケイの《吟唱》にもキリトのソードスキルにも反応を示さずコタローを狙った攻撃を繰り返したゴーレムは、イスケのチャクラムにだけは素早く反応し、苛烈な反撃を行った。ボスの目から放たれたビームの連撃は布装備であるイスケのHPをあっという間に危険域まで落とし込む。

 

「イスケさん! スイッチ!」

 

これ以上の人数の減少は戦線の崩壊につながる。

経験ではなく本能でそう直感したアスナが回復途中のHPで飛び出した。

 

「アスナ!!」

 

追いかけるようにミトも戦場に赴く。

 

隙を見てポーションを使用しているキリトのHPはもうほとんどイエローといってもよかった。

 

「キリトも下がって!」

 

「俺よりもケイがっ……」

 

キリトの表情には余裕がなかった。1人攻撃を引き付け続けたケイのHPはもうすぐ3割を切ろうとしている。

 

短剣を手に前に出たコタローとアスナがボスを引き付けているわずかな空隙の中、ミトはケイに走り寄った。手を伸ばせば届く距離で、しかし彼は未だにリュートを弾き続けている。

 

「ケイ。これ以上は無理。撤退よ」

 

「それはできない。フスクスは今倒しきる」

 

正面からとらえた彼の瞳には恐怖など微塵もなかった。

ゴーレムの攻撃によりミトとケイの会話は中断され、二人はそれぞれ別の方向に飛びずさる。

 

「情報なら十分とったわ! 偵察は十分よ! 序盤は少人数で戦い、人型モードになったら階下にとどめておいた増援を呼んでみんなで仕留める! そうでしょ!?」

 

5層ボスには倒し方がある。ここまで明らかなことをケイが気づいていないはずがなかった。

 

「増援? あてはあるのか?」

 

「時間が経てば他のプレイヤーが追い付いてくるでしょ。その人たちと一緒にまた挑戦すればいいじゃない。いえ、そうすべきだわ。ここで私たちが無理する必要なんてないじゃない!?」

 

演奏を中断したケイはゆるゆると首を振る。

 

「必要なら、ある」

 

彼の瞳にはこれまで見たことのないような感情が透けていた。

 

「今日までいったい何人のプレイヤーが死んだか分かるか?」

 

遠くからアルゴが反応した。

 

「ケイ……それはお前が気に病むことじゃなイ!」

 

「じゃあなぜ、アルゴは圏外にでる? なぜ今日の戦いに参加した?」

 

アルゴは返答しなかった。できなかったというべきかもしれない。

 

「昨日は38人死んだ。一昨日は26人だ。今日もまた、何人も死んだだろう。そして明日も。フルレイドを組むために他のパーティーが到着するのを待つ? それに一体何日かかる。それまでにいったい何人死ぬ?」

 

彼は声を決して荒げなかった。声音はいっそ冷静ですらあった。だが、それはこの男が努めて感情を抑えている結果なのだ。そうでなければ誰かを傷つけてしまいそうな激情を秘めているに違いなかった。

 

ケイは一度顔を手で覆うとリュートをしまった。いつもの片手剣をボスに突きつける。

 

「こんなゲームはたった一日だって長引かせちゃいけない……!」

 

ミトは口をつぐんだ。これ以上は話しても無駄だと思ったからだ。きっと何を言っても動かない。ケイはミトの紡ぐ幾千の言葉より重い決意でこの場に挑んでいるからだ。

 

こんな時まで他人のことかとミトは思った。

彼女の理性は未だに警鐘を鳴らしている。

 

「やりましょう」

 

答えたのはアスナだ。飛び火したように強い意志を宿した目をしている。

 

「俺もまだやれる」

 

キリトはもとより撤退するそぶりを見せていなかった。

 

ミトは頭を振った。パーティーメンバーの意思が乱れていては安全に撤退することなど不可能だ。

つまりやるしかない。

 

いち早くボスに向かったケイが間合いに緩く踏み込んだ。

誘導するように放たれたストンピングの衝撃波をケイは跳んでかわさなかった。

《ソニックリープ》。空中突進技をあわせたのだ。

 

ボスの内腿に長く鋭いダメージラインが刻まれる。だが強力な防御力を誇るゴーレムは、ソードスキル一発では怯まなかった。反撃とばかりに拳を振るう。空中にいるケイにそれを避ける術はない。

 

「危ない!」

 

ミトが叫ぶのと同時にケイの足が光を帯び、バク宙するかのように回転蹴りを放った。体術スキルだ。

ゴーレムの攻撃は物理法則を無視した動きで回転するケイを捕えきれず空振りに終わる。

 

体勢の不安定な空中でのスキル発動。タイミングもシビアだ。

真似してみようとも思えない曲芸だった。

 

着地した後もケイの動きは止まらなかった。右に左に奇妙に体を揺らしたかと思えば、急激な加速と減速でボスを幻惑する。瞬時の判断でボスの攻撃をスルスルと避けては、次々にソードスキルの閃光が煌めく。一人で攻撃も防御もこなす彼の動きはフスクスに対する最適解を常にたたき出しているようだった。

 

ディレイハメした2層ボスでも、カイサラに主役を譲った4層でも見せなかった姿。

 

おそらくケイは今初めて、ミトたちの前で本気で戦っていた。

 

「オイオイ。あいつ一人で倒しちまいそうだゾ……」

 

アルゴが呆然と呟く。

 

普段のふざけた態度を見ていると時々忘れそうになるが、彼は単独でフロアボスを倒した、このゲームで唯一のプレイヤーなのだ。

 

一人でやれるというのは誇張でもなんでもない。

 

いや。

ミトは首を振って楽観的な思考を追い出した。

いくら彼でもこのボスの相手は手に余る。サポートは必要だ。

 

獅子奮迅の働きをするケイは一時的にとはいえボスをひるませ、後退させた。

その姿に触発されたのか、キリトとアスナのパフォーマンスも向上し、普段以上に精緻な連携攻撃が冴えわたる。

 

ミトもここまでくれば腹をくくり地面を強く蹴りだした。

 

休憩中の観察が生きたのか、予想通りのタイミングで攻撃が来る。万全の態勢で待ち受けていたミトはクールタイムを終えた大鎌の突進技ですれ違いざまにボスの腕を切り裂く。

 

「スイッチ!」

 

ミトは叫んだ。コタローが距離を詰めているのは見えている。伸びきった腕に短剣の3連撃が刻まれる。続いてミトは掬い上げるような軌道でゴーレムの膝関節を切り裂いた。ガリガリと砂袋を引き裂くような重い感覚が手に残る。

 

戦闘は長引かなかった。ダメージを受けているのはボスも同じだからだ。半分以下まで減っていたボスのHPがわずか2分でさらにその半分まで減った時、ボスがこれまでと違う動きをみせた。皆は攻撃中止の指示がある前に散開し距離を取っていた。

 

ボスは部屋の中央に陣取り両腕をあげた。地面をやたらめったら乱打し、そのままどぷんっと腕が地面に埋まる。

 

硬い床がスライムか何かに変わったかと思うような、奇妙な光景だった。オマケのハウリング攻撃でミトたちを牽制しながら、ずぶずぶとゴーレムは地面の中に沈んでいった。

 

「上だ」

 

ケイの声に見上げるとボスは天井からミトたちを見下ろしていた。最初と違うのは出現しているのが顔だけでなく、上半身ごと2本の腕も突き出ている事だ。

 

ボスは両掌の間にビームを打った。赤黒い閃光はまるで重力の歪みでもあるかのようにその場で停滞し、ゆっくりと明滅する球体を作成し始める。

 

どう考えても大技の予備動作だ。レッドゾーンのピンチで解禁され、発動に時間を要するこの攻撃の威力が弱いわけがない。正念場の予感がした。

 

ミトは思考を巡らせる。

あの玉を飛ばしてくるのか。

速度は。

モーションは。

衝撃波の拡散範囲は?

 

考えている間にゴーレムがビームの照射を停止した。今やエネルギー球の大きさはボスの手のひらには収まらないほどに肥大化し、バチバチと表面に黒い稲妻が走っている。

 

その威容を前にしてミトは改めて確信する。絶対に受けてはいけない。HPに余裕のあるミトやアスナですら一撃死の危険がある。

 

ましてや誰よりも激しく攻撃を受けていたケイならば。

 

大きな光球は音もなく2つに分かれた。それから4つ。8つと増えていき、ついには64個に分裂すると漏斗のような特徴的な形に変形した。

 

ゴーレムがニタリと笑う。

 

漏斗の先端から攻撃が出るのだろう、とは予想がついた。だがその向きにはまるで統一性がなく、警戒心の強い小動物のように小刻みに首を振っている。

ミトは全神経を注いで動きを注視した。引き伸ばされたような時間の中、必死に攻撃方向を割り出そうと試みたが、無数に増えた全ての漏斗の動きを追い切るのは不可能だった。

 

心音が激しく耳を打つ。緊張の高まりに応じてアバターが感情表現の汗をたらした。

 

「上じゃない! 下を見ろ!!」

 

ケイが叫んだ。

ハッとして見下ろすと、地面を蠢く影がある。それは見慣れた青白い線だった。目立つ光は随分と光量を落としているものの、このボスのギミックとして何度も見たものと相違ない。

 

ミトは直感に従い駆け出した。瞬時に密度の低い場所を見つけ出し飛び込む。

 

見れば皆もそれぞれ安全地帯に退避していたが、ケイだけは例外だった。

 

地面に形成されつつある光線の密度には大きな偏りがあった。後から考えれば、あれはおそらくヘイト量によるものなのだろう。

 

とにかくケイの周りには足の踏み場もないほどの白線が密集していた。とてもラインをよけられる状況ではない。

蠢く線がその速度を落とす。

 

ミトの脳裏に散々繰り返したボスの攻撃パターンが再生される。すぐにでも光線の回路図は効力を発揮し、線を踏んだプレイヤーには攻撃が下されるだろう。

 

ケイから最も近い空白地帯は5メートルも離れている。とても間に合わない。

 

「ケイ!!」

 

叫んだのは誰であったか。あるいは皆の声が聞こえたような気もする。

 

線が止まった。一拍の後、白線はその輝きを増し、空から赤い閃光の雨が降り注いだ。

 

てっきり線を踏んだプレイヤーに殺到すると思っていたボスの攻撃は、ミトの想像を遥かに超えて熾烈なものだった。

 

64個の漏斗から同時に発射された光線は、地面に描かれていた回路図をなぞるように複雑に軌道を変えながら、わずか1秒でこの部屋のあらゆる床を舐め尽くした。単にラインを踏まないだけでは不十分で、線と漏斗の間の空中すらもが攻撃範囲の一部だ。ミトの胴体には斜めにダメージラインが刻まれ、視界の端で仲間のHPバーもそれぞれ減少する。

 

「嘘でしょ……」

 

呆然とつぶやかれたミトの言葉はしかし、ボスの攻撃に対してのものではなかった。赤熱し陽炎のように揺らぐ地面の先に、壁を駆けるケイの姿を見たからだ。彼のHPは全く減少していなかった。

 

ケイが地面に降り立つ。そこはアルゴのすぐ近くだった。

 

「今のはさすがにヒヤッとしたゾ。どうやって躱したんダ?」

 

「単純な話だ。壁には白線がなかった」

 

理屈は分かる。そしてたとえ屁理屈であっても実現して見せるのがこの男だ。

 

「ゴーレムの設計者だって壁を走って逃げる変態は想定してないヨ」

 

アルゴが呆れたようにため息を吐いた。

 

耳をそばだてながら警戒していたミトの前で、ゴーレムがだらりと上半身を脱力させる。エネルギーを使い果たしたようだ。そのままずるずると下半身が天井から露出し始め、ついには轟音をあげて部屋の中央に落ちてきた。

 

「チャンスタイムだ! 仕留めるぞ!」

 

ケイに言われるまでもなく、皆が走り出していた。

緩慢な動きでもがくゴーレムは殺到したソードスキルになすすべがなく、再び立ち上がる前にその身を散らした。

 

 

 

 

その日の夜。

新たに開放された6層主街区で宿を取ったミトは、食事を終え自室に戻っても眠る気になれなかった。

 

「ごめん。アスナ。少し夜風にあたってくるわ。先に寝てて」

 

同室のアスナに声をかけるとミトは装備フィギュアを操作し、いつもの服装に戻った。

 

「待ってミト。私も行くわ」

 

ベッドに腰かけ愛用のレイピアの整備をしていたアスナは、素早く道具をしまうと腰を上げた。

 

2人は静かに部屋を出た。

時刻はもうすぐ12時を迎えようとしている。このゲームではシステム上の設定で、閉鎖されたドアの向こうへ足音や話し声が響くことはないが、それでも宿の中で会話が交わされることはなかった。

 

他のプレイヤーの目を避けるために町はずれに取った宿の周辺は夜の静けさに包まれている。ぽつぽつ並ぶ街灯の他には目につく物もない、まっすぐな通りには人影がなかったが、町の中央、転移門に近づくにつれて徐々に喧騒が近づいてくる。

 

楽隊のNPCが奏でるしっとりとした弦楽器の調べに混ざって、夜だというのに新階層の探索に精を出す少数のプレイヤーの話し声が混じる。それでも1万人のプレイヤーに合わせて大きくとられた転移門広場は閑散としていた。

 

ミトとアスナは転移門の光を浴びると行き先を始まりの町に指定した。

 

明日に疲れを残さないためにもあまり長い時間出歩くことはできないが、ミトの行き先は決まっていた。黒鉄宮だ。今日のボス戦でケイが発した言葉が楔のようにミトの胸に突きささっていた。

 

「あ……」

「おう……」

 

目的の場所には意外な先客がいた。キリトだ。今日も喪服のような黒い服に身を包み、石碑を見上げている。

 

ミトとアスナも彼に並んで同じように石碑を見上げた。

 

ここにはデスゲームに囚われた一万人のプレイヤーの名前が刻まれている。その中にぽつぽつと、書き損じを無かったことにするみたいに横線で消されている名前がある。この世界にはもはや存在しない人たちのものだ。そして茅場晶彦の話が本当ならば、それは永遠に失われてしまった者たちの名前だ。

名前と死因と時刻。こんなちっぽけな一行の記述だけが彼らの墓標なのだ。

 

これまでミトはこの場所に足を運んだことはなかった。

 

それどころかゲーム攻略に奔走される日々の中、他のプレイヤーの動向などぽっかりと頭から抜け落ちていた。

 

「こんなに、いたのね……」

 

「324人だよ。さっき数えた」

 

キリトが感情を感じさせない声で言った。ミトはなんと返答していいものか迷った。

一万人のうちたった数パーセントと思うべきなのか、未曽有の大事件だと胸を痛めるべきなのか。

 

まだ第5層のボスを倒したばかりだ。この石碑に刻まれる横線はこれからまだまだ増えるだろう。100層まで単純計算で20倍ほど。実際はもっと多いかもしれない。序盤の今はゲームの中で一番易しい難易度に違いないからだ。

 

「そう」

 

結局そっけない相槌しか打てない。

 

正直なところ顔も名前も知らない誰かの生死を伝えるこの石碑は、海の向こうの悲劇を伝える新聞のようなものだった。現実感がない。

 

「この人たちも私たちと同じようにボスと戦おうとしていたのかしら……? それともただ町の外に出たかっただけなのかしら……?」

 

アスナがそっと石碑に触れた。

 

「わたしは……」

 

アスナが小さな声で何かを呟こうとして、それきり黙りこくってしまった。

 

ミトは想像する。この中には確実にミトと同じベータテスターもいただろう。あの日始まりの町をでて真っ先にリソースを確保しようとしていたプレイヤーは決して少なくない。彼らがフィールドでモンスターと戦い、そして命を散らしていく姿がミトにはありありと想像できた。

 

ミトはただ運が良かっただけだ。

 

「俺がこのゲームの攻略をしているのはただのエゴなんだ」

 

代わりというわけではないだろうが、キリトが話し出す。

 

「あの日、始まりの町でデスゲームの開始を告げられた時、俺の最大の関心事はいかにして他のプレイヤーを出し抜き、リソースを独占し、良いスタートダッシュを切るかだった」

 

「……そんなの私も同じよ」

 

キリトは首を振った。

 

「フレンドがいたんだ。ほんの数時間の仲だけど、一緒にプレイした初心者がいた。俺はあいつを、クラインを始まりの町において来た。自分のレベルアップを優先して。そのうえ今日初めてあいつの生死を確認して、それでほっとしているんだ。とんだエゴイストだよ。俺は」

 

ミトはアスナを見た。確かに彼女にはアスナがいたが、キリトとミトはなにか違うのだろうか。

 

「違わないわ。何も」

 

あの男がおかしいだけなのだ。子供を集めて。ボスと戦って。見ず知らずの他人の生死まで背負い込んで。

 

「今なら少し分かるかもしれない。ケイが賞賛を受けたがらない理由。重いんだな……攻略組って」

 

キリトの言葉は黒い墓名碑に吸い込まれていった。



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008 第6層前半

誤字脱字報告ありがとうございます。
感想もありがたく読ませていただいております。

時系列順に並び変えました(12/21)
5層のアーカイブスを未読の方は上のアーカイブスをお読みください。


本当のぶっ壊れアイテムをめぐるRTAはーじまーるよー!

 

前回は5層ボスを倒してがっかりアイテムを手に入れたところですね。往還階段を登ったらさっさと主街区に向かいましょう。転移門の起動はアルゴネキおなしゃす!

 

我々はさっさと宿に向かいましょう。

 

 

 

 

朝になりました。さっそく行動を開始します。

 

アインクラッド第6層のテーマはパズルです。主街区《スタキオン》ではありとあらゆる場所にパズルギミックがあり、たとえ宿の扉一枚であってもパズルを解かないと開閉できません。

 

そんなめんどくさい宿を出て町中を歩いていても至る所にパズルがあります。一番有名なのは広場の床に存在する728個のナンプレパズルですね。このパズルは実はボス撃破のためのギミックなのですが、数が多すぎて一問20分で解いても10日以上かかる上に24時間ごとに問題が変更されます。

 

(ゲームバランスが)壊れるなぁ。

 

さて新階層開通初日の朝とあって主街区はプレイヤーであふれていますが、彼らの表情は微妙です。この町にある建物はすべてが20センチ角のブロックで構成されているという特徴がありどこかレトロゲームじみた独特の趣がありますが、ヴェネチア風の4階層、町中にアイテムの落ちている5階層と比べるとインパクトが薄いですからね。領主のサイロンはもっと町おこし頑張って。

 

さて、サイロンと言えばこいつは超重要アイテムを持っているNPCなのでさっさとクエストを進めておく必要があります。さっそく領主の館に直行しましょう。

 

サイロンのクエスト概要はこうです。昔パズル好きな先代領主パイサーグルスが城を訪れた旅人に解けないパズルを出され、癇癪を起して殺してしまった。旅人の呪いでこの街はあらゆる扉がパズルによって浸食され始めている。呪いを解くためにも凶器となった黄金キューブを見つけ出し、旅人の魂を供養しなければいけないというものです。

 

まあ、実際は旅人なんておらず殺されたのは先代領主で犯人はサイロンなんですけどね。初見さん。

 

凶器となった黄金キューブはサイロンの恋人であった召使のセアーノが独断で隠しました。サイロンは黄金キューブに自分の指紋がべったりなので証拠隠滅のために探しているというのがクエストの真相です。

 

サイロンに謁見してクエストの依頼を受けたら、まずは館の使用人たちから順番に当時の話を聞いて回りましょう。

 

何人目かのNPCから先代領主は隣町に別邸を持っていたという情報を得たら、クエストを中断します。

 

じゃあエルフクエストに向かおうか(唐突)

 

6層のマップは中央から放射状に延びた山脈によって等間隔に5つのエリアに分けられています。主街区がある北東エリアは森、そこから反時計回りに北西は荒野、西は沼地、南は洞窟、東は砂漠です。各エリアを区切る岩山は急斜面過ぎて通行不可能。移動には洞窟ダンジョンを通らなければいけません。

ちなみに、第1エリアの北東と迷宮区のある東の第5エリアの間は通行不可です。正規ルートでは反時計回りにぐるっと一周回らないといけません。

 

今日はまず北西の第2エリアを目指します。1つ目の洞窟ダンジョンは大した難易度でもないのでサクッと終わらせましょう。

第2エリアには黒エルフの拠点であるガレ城がありますが、カヤバ君の目的地は第3エリアの湿地なので、まずはみんなで2個目の洞窟ダンジョンを攻略します。

 

無事、第3エリアを開通させたら忍者たちはここで分かれて黒エルフのガレ城へ。カヤバ君たちは湿地エリアでフォールンエルフのクエストを進行させます。

 

本来ならこの階層でプレイヤーが訪問可能なエルフ拠点は、森エルフと黒エルフの城だけですが、イレギュラークエストによりフォールンエルフ陣営となったカヤバ君達は隠れ里に入ることができます。

 

里に着いたらこちらも6層のエルフクエストを開始します。といっても作戦目標を聞くだけで今日できることはありません。クエストの内容は『祠を見張り、ダークエルフの回収部隊から《秘鍵》を奪おう』となっていますが、祠があるのは第4エリアです。今から行くのは面倒ですし張り込み系のクエストなので時間がかかります。今日進めるのは無理ですね。

 

まだ寝るには早い時間なので、隠れ里の長老に話を伺いに行きましょう。この長老は無愛想、ぶっきらぼう、うたぐり深いフォールンエルフにしては珍しくこちらを友好的に迎えてくれます。そこで会話イベントを起こします。

 

古くからこの階層に住んでいる長老は《スタキオン》の街の成り立ちやこの層の階層ボス、そして領主の殺人事件などいろいろなことを知っています。中でもキーアイテムである《黄金キューブ》に関する情報がとても重要です。

 

《黄金キューブ》は木材や鉱石などを20センチ角のブロックに分解する能力とそのブロックを結合する能力があり、《スタキオン》のドット絵みたいな街並みはこの力で作られたという話を聞けます(こ↑こ↓一番大事)。

 

一通り会話イベントをこなしたらエクストラクエストの修行イベントを起こします。β版の頃から6層では《瞑想》を覚えられるのですが、正式版では習得場所が少し変更されています。以前は西の湿地帯の奥にぽつんと立っている老人がクエストNPCになっていたのですが、正式版では各派閥のエルフの長老キャラが教えてくれるようになっています。

 

《瞑想》スキルは一定時間瞑想ポーズをとると状態異常耐性やHP回復速度上昇などのバフを得られるスキルです。低階層では数少ない麻痺耐性の手段ですが、現状あまり役に立たないです。

本命は派生スキルの《覚醒》。

 

派生スキルとは前提となるスキルの熟練度を上昇させることで習得可能なスキルのことで、《覚醒》は《瞑想》を熟練度500まで習得すると取得できる追加効果、ゲーム内用語でスキルmodの一種です。

この長老からは9階層のイベントで知ることができるいくつかの言葉を会話に組み込むことで、本来の手順をすっ飛ばしいきなり《覚醒》スキルを教えてくれるように頼むことができます。

 

ここでもエクストラスキル特有の課題を出されます。

 

3時間ひたすら心を無にすること。ナーヴギアには脳波から人の感情を読み取る機能がついているのでごまかしはなしです。本物の瞑想を要求されます。

 

これは慣れるまではなかなかうまくできませんが、RTA走者なら余裕です。我々走者がいったいどれほど単純作業やレベル上げを行うと思うんですか(暗黒面)。あの感覚を再現すれば余裕です。3時間どころか10時間でもいけます。

 

何度も何度も繰り返して、もはやセリフさえ覚えてしまったシナリオを繰り返し繰り返し……。

ミスをしては淡々と再走して。そしてまたレベル上げ(虚無)。いいタイムが出そうだと思ったらガバって失敗(絶望)。そしてまた戻し作業。レベル上げ、レベル上げ。

あの時の感覚を思い出すのです。

 

えっ、もう終わりですか。あっという間でしたね。

 

この日はこのまま隠れ里に世話になりましょう。

森エルフの拠点では豪華な食事があり、黒エルフでは豪華な風呂があるのに、この里には何もありません。しけてんなぁ。

 

 

 

 

翌日はエルフクエストをさらに進めていきます。5層から縁のあるフォールンエルフの兵士を連れて湿地エリアを抜け、午前中のうちにエリアを区切る岩山ダンジョンをクリアして、第4エリアに進みます。

 

このエリアには《秘鍵》を封印した祠があります。

後はクエストログに従い祠を見張っていれば黒エルフの部隊が現れるんですが、部隊の出現まではリアルに1時間近く待たされます。

 

気が狂いそうだぜ!

 

4層の尾行クエストの時も思いましたがカーディナルの時間感覚はどうかしていますよ。

 

こんなんじゃRTAにならないので少し小細工をします。フレンドメッセージをぽちり。

するとすぐに黒エルフの回収部隊が現れます。忍者付きですが。

 

忍者が進めている黒エルフのクエストでは6層でも《秘鍵》を祠から回収するシナリオになっています。それを利用して我々のすぐ後に到着するように調整したわけですね。

祠がパブリックフィールドだからこそできる技です。

問題は……回収部隊を襲えないことだな(本末転倒)。

 

フォールンの兵士はやる気ですが、さすがに仲間を襲うのはちょっと。

 

ということで回収部隊は見送ります。フォールンエルフクエストは失敗になるのではと思うかもしれませんが意外と大丈夫です。というのもそもそもこのクエスト、筋書き通りに進めても《秘鍵》は手に入りません。長時間張り込んで黒エルフの部隊を襲ってもドロップするのは秘鍵の偽物なんですよね。エルフの隠れ里に持って帰ったら、ばっかもーん、こいつは偽物だーと怒られ、その隙に本物はガレ城に回収されてしまいます。

 

6層は敵の拠点にある《秘鍵》を手に入れるのがメインクエストです。

 

黒エルフの回収部隊を見送ったら、こちらも里に帰りましょう。

《秘鍵》の強奪任務の失敗を告げるとクエストログが変化します。

『秘鍵はガレ城に移されてしまった。奪取する方法を探そう』

 

皆の空気が重苦しいのでー……

こんな作戦を用意しました。

 

秘密の作戦(露骨な伏線)を授けたら北東の第一エリアに戻りましょう。戻るのは《スタキオン》ではなく第二の街《スリバス》です。ここには殺された先代領主パイサーグルスの別邸があります。中断していた領主クエストを再び進行させに来ました。

 

別邸には物語のキーアイテムである領主館地下ダンジョンの鍵があります。建物の中を探索して見つけましょう。道中でレイス系のモンスターに襲われますがまあ雑魚ですね。それよりも問題なのは領主サイロンの方です。鍵を手に入れて出口に向かおうとすると絶妙なタイミングで広範囲の毒ガス攻撃にあいます。ダメージ毒ではなく麻痺毒なのでHPは減りませんが、身体が全く動かせなくなります。

余談ですが、これ実は麻痺毒ではなくシナリオ進行のためのシステム的な行動制限です。つまり《瞑想》スキルを使っても抵抗できません。

 

カヤバ君達が地面に崩れ落ちると廊下の先から現れたのは領主サイロンと庭師のテローとかいう大男です。

 

サイロンはパイサーグルスの別邸まで案内してくれてありがとナス。カギは貰ってくぜ。と言いながら大男にカヤバ君たちを拉致させます。馬車に乗せられ、たどり着く先は領主の地下ダンジョン。開放してほしければ地下ダンジョンを攻略するのだというのがサイロンの企みです。しかし、黄金キューブをダンジョンに隠した召使いのセアーノが間一髪、馬車からプレイヤーを助け出し――というのがβ版の時の領主クエストです。

 

はえーめんどくさ。

 

このチャートではもちろんそんなことしません。

乱暴に麻袋に詰められごとごと馬車に揺られる事3分ほど、そろそろ《スリバス》からも離れていい頃合いだと思います。と思ったらちょうど馬のいななきとともに馬車が急停止。

 

「な、何者だ!? この私を領主サイロンと知っての狼藉か!」

 

サイロンの怒号の後、外からは戦闘音が聞こえますがすぐに止みます。

 

馬車の幌がはがされ外から光が差し込みます。フォールンエルフと目があいました。

 

一応説明しておくと隠れ里のエルフに護衛してもらってたんですよね。サイロンに拉致されるクエストの流れは知っていたので、町の外でサイロンを襲ってもらいました。

ここまで明らかに敵対行動をとっているくせにシステム上サイロンは中立NPCです。自分たちでどうにかしてしまう(隠語)とカーソルが犯罪者を表すオレンジになってしまいますし、アイテムまで拾うとさらにカルマがドンで贖罪クエストに時間をとられます。

 

馬車から出ると、サイロンは地面に転がりビクンビクンしてますね。フォールンエルフの麻痺毒にやられたようです。

エルフが目で聞いてくるので頷きます。プレイヤーを麻痺らせて圏外に連れ出すのは殺されても文句は言えない所業です。そもそも先代領主を殺した殺人犯が反省するどころか証拠隠滅のために奔走してるクズっぷり。

 

♰悔い改めて♰

 

領主サイロンをコロコロするとクエストフラグが大幅に書き換わり、とんでもイレギュラークエストが始まります。クエストログは――

《スタキオンの領主サイロンが盗賊に殺されてしまった。残された二つの鍵を使うべき場所を見つけなければならない》

 

やったぜ!!

 

発見された時多くのRTAプレイヤーを震撼させ、これまでのチャートをすべて過去のものにした例のアレの準備が整いました。

 

庭師の大男は殺さず放置で構いません。麻痺が解けたら勝手に帰るでしょう。

 

サイロンのドロップアイテムを拾ったら急いで《スタキオン》の街に戻りましょう。時間が経つと異変を察知した元召使のセアーノが封印した黄金キューブを持ち逃げしますので、それまでに地下ダンジョンをクリアしなければなりません。

 

実は領主館の地下ダンジョンは鍵を使わなくとも庭の石像の下にある裏口から最短距離で最奥に行けます。が、流石に今それを知っているのはおかしいので、めんどくさい正規ルートを使います。中は複雑なパズルギミックが道を阻み、モンスターさえ出現しますがこちらにはベータ版でクリア済みのプレイヤーがいますので問題ありません。

 

到着したゴールにはパズルに関する秘奥の書や先代領主が集めた珍しいパズルのコレクションに混じって血の手形がべっとりついた黄金色に輝く立方体があります。

血は汚いんでさっさと拭いちゃいましょう。証拠品として突きつけるべき相手はもういないから気にしなくていいでしょう。プロパティを確認すると――

 

 

勝ったな(確信)

 

 

SAOのRTAではシナリオ分岐の多様さやプレイヤー、武器種、ソードスキルの多さなどから様々なルートが存在しますが、領主サイロンを殺さないチャートだけは存在しません(断言)

 

それというのもすべてこの黄金キューブというアイテムのせいです。5層ドロップのちゃちなバフ旗なんかとは違ってこいつは正真正銘のぶっ壊れアイテムです。

 

黄金キューブは代償無し、使用回数無制限、クールタイム短時間で《ブレイク》と《バインド》という二つのスキルが使用できます。

《ブレイク》は範囲内の無機物と植物をすべて20センチ角のブロックに変えます。驚くべきはその判定で、単なる地形オブジェクトだけでなくモンスターまで効果対象です。5層に出てきた魔導ゴーレムは一瞬でばらばらにできますし、植物系のモンスターも耐久値に関係なく瞬殺です。しかも無機物の判定は部分的にも適応され、亜人系モンスター相手でも武器や防具を破壊し、超絶弱体化できます。

 

なお《ブレイク》は前座でしかない模様。

 

《バインド》は本来《ブレイク》で生成したキューブを繋げるためのスキルなのですが、効果範囲内に生き物がいるとそれも固定してしまいます。麻痺毒なんて比じゃありません。状態異常耐性を貫通して無条件に完全静止状態を強制してくるのです。しかも効果は数分続きます。

 

また君(シナリオAI)か、(ゲームバランスが)壊れるなぁ。

 

という事でこのアイテムがあるかぎり事実上すべてのモンスターが相手になりません。一応問題点として黄金キューブは6層ボスのキーアイテムなんで、これを使っている間はフロアボスが倒せないことが挙げられますが。

 

大丈夫だ。問題ない。

 

そもそも今の段階でボス部屋までたどり着ける他のパーティーはいません。

 

ということで、チートアイテムを使ってエルフの砦にカチコミにイクゾー!デッデッデデデデ!(カーン)

 

フォールンエルフの隠れ里に戻ってくるとすっかり夜です。

里で襲撃の準備をしている指揮官に話しかけて、エルフクエストを進行させましょう。

 

目標はもちろん黒エルフの城への夜襲です。

ツンデレなフォールンエルフからは人族の助けなどいらないと言われていますが、勘違いしないでよね。たまたま目的地が一緒なだけなんだから。あんたたちを助けたいとかそんなんじゃないんだから(ツンデレ返し)。

 

真面目な話エルフの城はレアアイテムと経験値の宝庫なので、(襲わない理由が)ないです。

 

夜闇に紛れて城壁に近づき《ブレイク》でドーン。あけた大穴から奇襲攻撃。現れる敵兵は《バインド》で無力化。

 

まるで無双ゲーですね。

 

キューブの(戦闘)テンポ、気持ち良すぎだろ。

 

あっという間に制圧できました。

 

宝物庫をあさってる時が一番RPGをしてる気分になります(勇者感)。

他のプレイヤーはこれクエスト報酬で1個ずつ集めてるんですよね。謙虚だなあ。

 

たった2時間でたくさんレアアイテムとコルが集まりました。

 

ほとんど疲れてないエルフ部隊を引き連れてこのまま森エルフの城も落としましょう。

敵対種族なんだからヤレるときにヤっちゃいましょうよ(建前)。経験値とお宝欲しい(本音)。

 

6層のエルフの城はパーティーごとに生成されるインスタントダンジョンじゃなくて、街や迷宮区と同じパブリックダンジョンです。破壊してしまうと他プレイヤーのクエストにも影響が出てしまうため、忍者たちのエルフクエストは先に進行しておくようにしましょう。

他のプレイヤーは……どうするんだろう。復興クエストでもやるのかな(無責任)。

 

クエストが終わればアスナたちはフォールンエルフの里に帰します。夜襲作戦を2回も行ったのでさすがに眠そうですね。

 

時間は朝というには少々早いですがキューブを使わないのはもったいないので忍者を呼び出します。

 

このキューブ、こうやって使うと敵を倒せるから、寝ている間にレベル上げしとけよ。

 

忍者にキューブの使い方とレベル上げの指示を出したら今日の仕事は終了です。




Tips
黄金キューブについて
今更だけどネタバレ注意。
《バインド》の範囲はフロアボス部屋全域に及び少なくとも直径50メートル以上。
スキルのクールタイムについては詳しい記載がないがセアーノが短時間で迷宮タワーを登ったことから短いことが予想される。さらに、とあるオレンジプレイヤーは動き出したキリトに再び《バインド》を使おうとしているため、彼の気が動転していたのでなければ、連続使用さえできる可能性がある。
効果時間に関してはフルレイドパーティーのPKを目論んでいたとしたら、一人当たり10秒で計算したとしても420秒以上、つまり7分以上はかかる計算。全滅ではなく何人か殺した後逃走しようとしているのであっても数十秒ということはなさそう。
《ブレイク》はフィールドボスにも有効で、迷宮区の壁も壊せる。
ご都合主義な2次創作アイテムと見せかけてここまで原作の設定。まさにぶっ壊れ。

またこの話では、原作のラフコフがどこで黄金キューブの能力を知ったのかを考えた結果、フォールンエルフに識者がいたという設定を捏造しております。まあもともとフォールンエルフクエストに関してはオリジナル設定を多用していますので今更ですが。


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009 第6層後半

茅場晶彦に対するヘイト発言があります。気になる方は読み飛ばしてください。

時系列順に並び変えました(2022/12/21)
5層のアーカイブスを未読の方は上のアーカイブスをお読みください。

クラインに関する情報を削除しました(2023/1/3)


本当のぶっ壊れアイテムをめぐるRTAもう始まってる!?

 

◇◇◇

 

前回はエルフの城を夜襲したところでしたね。

 

ひと眠りしたら今日はようやく4層の戦争イベントです。ええー、今更ですか?

6層ではもっと大変なことが起きてますけど。

 

これまでは5層のボス戦前のレベリング中にこなしていた4層クエストですが、今回はチャート変更によりこんな変なタイミングになってしまいました。行ったり来たりしてなんだか効率が悪いですが、まあトータルで見れば短縮されているのでいいでしょう。

 

4層のエルフクエストをおさらいしておくと、海運ギルドとの闇取引で木材を得たフォールンエルフが大量の船を建造し、あえてフォレストエルフ陣営に奪わせようとしているところでした。あれから作戦は順調に進み、情報操作によりダークエルフが秘密裏に戦争用の船を建造していると勘違いしたフォレストエルフはヤられる前にヤッてやると戦意を高揚。

 

フォレストエルフの大艦隊はすでに出撃準備を終え、今日の正午にダークエルフの要塞――ヨフェル城へ攻め込むつもりだそうです。

 

蛮族かな?

 

昼前にはいつぞやの秘密基地に到着し待機していると、何かしらの魔道具らしきスクロールを見ていたフォールンエルフの将校が作戦の開始を告げます。

どこかに隠していたらしい小型船に乗った計6名のフォールンエルフ兵士たちと共にカヤバ君一行も出発します。

 

戦場に着くと水上戦の大勢は決した後のようです。湖には大量の木片と船の残骸が散らばり、ダークエルフの護衛船は一隻も残っていません。フォレストエルフの船は大部分が桟橋前に集結しており、乗船していたであろうエルフたちは砦に突入した後のようです。

 

仲間の退路を守るためか船を護衛していたのか、2隻ほど残っていたフォレストエルフの船と戦闘になりますが、我々の敵じゃありません。上位素材を使った船にだけ使用可能な突進スキルを使用し、衝角をぶつけてやれば1隻目はあっという間に轟沈します。2隻目は直接乗り込んで制圧します。

 

こちらは6層装備なので、今更4層のmobに後れを取るようなことはありません。

 

桟橋に着いたらこちらも砦に突入します。散発的に表れるエルフはフォレストエルフだろうがダークエルフだろうが倒して進みます。

 

あっという間に最上階に着くと廊下にはひしめき合う森エルフの姿が。

 

指令室前で最後の抵抗をしている黒エルフと戦闘になっているようですね。遠慮せず後ろから奇襲をかけてやりましょう。

 

獲物を狩っている時が最も無防備だって、それ一番言われてるから。

 

期せずして挟撃を食らった森エルフたちはなすすべもなく全滅します。

 

森エルフの集団の先にいるのはこの砦の最高司令官であるヨフェル子爵というネームドNPCです。

 

このエルフ、ダークエルフ陣営でも有数の古参エルフという設定らしく、なんと《細剣》の熟練度がカンストしています(白目)。

全身をレア装備で固め、肩書に遜色ない高いステイタスをもった子爵は4層においては破格の戦闘力をほこっており、このクエストでも序盤は船団の数に勝るフォレストエルフが優勢ですが、結局このヨフェル子爵に全滅させられて砦を落とすには至りません。

 

というか砦に突入してきた森エルフ達はほとんどヨフェル子爵にヤられるんですよね。

 

エルフクエのネームドNPCはたいていバランスがぶっ壊れているとはいえ、50人規模のエルフ部隊を一人で倒すとか……。

 

まあ、今ではそんな相手を鼻くそをほじりながら倒せるんですけどね。

何者もキューブの前には等しく無力です。

 

《バインド》で拘束して、サクッと倒したら終わり。

破格の経験値とドロップアイテムが手に入りました。しかも城主の部屋にある黒エルフクエの報酬アイテムも取り放題です。

 

このクエスト、本来はヨフェル子爵とは戦わず1層をこそこそ探索するだけなんですが、黄金キューブがあればこうもあっさりと砦を制圧できるんですね。

 

やっぱ……シリカは……2階層に……居残りやな!

 

みんなも4層ボスはアルゴチャートで走りましょう!

 

 

◇◇◇

 

 

4層でも《秘鍵》を手に入れたら、これまで出現していたエルフクエストは全部消化できました。ここからは思う存分やりたい放題の時間です。

 

黄金キューブを携えて向かうは最も経験値効率の良い6層――ではなく、久しぶりの1層です。

 

確かに、現在解放されているすべてのフィールドやダンジョンの中で最も多くの経験値を持っているのは最前線である6層のモンスターです。湿地には《ブレイク》で瞬殺できる植物系のモンスターが出ますし、迷宮区で《バインド》を使ってもいいでしょう。でも、6層のモンスターが最も高い経験値を持っているわけではないんです(小泉構文)。

 

最高効率は黒鉄宮の先にある隠しダンジョンです。これ、意外と知られてない。

 

本来は55階層が突破されないと開かない場所ですが、キューブの前には無力です。《ブレイク》で扉を破壊しましょう。迷宮区の壁でも壊せるんだから、壊せない壁なんてないんだよなぁ。

 

この隠しダンジョンも久しぶりですね。初日に床抜けをして訪れて以来です。

 

SAOのRTAはこ↑こ↓からに始まって、こ↑こ↓に終わるってそれ一番言われてるから。

 

もう一度おさらいしておきますと、このダンジョンには60階層相当の敵が出てきます。こいつらが持っている経験値は6層モンスターとは比べ物にならない量です。しかもキューブのおかげで戦闘は安心安全。

敵が現れたらバインド。固定されている敵に全力でソードスキルを叩き込みます。さすがにレベル差がありすぎてダメージが入りづらいですが動かない相手に苦戦することはありません。一回のバインドで削りきれなくても安全圏に退避し、クールタイム後にまたバインドすればいいだけです。

 

みるみる経験値が溜まっていきます。が、これは邪魔な敵を倒しているにすぎず、いわば前座にすぎません。ここでの本命はレベル上げにあらず。以前はここでできるだけレベルを上げるチャートも組んでいましたが、度重なる試走の結果もっと効率のいい方法を編み出しました。

 

ここで上げるべきはメイン武器の熟練度です。

 

というのも、たとえここでレベルを50まで上げたところで40層に到達する頃にはアドバンテージを使い果たしてしまいます。さらに言えばSAOでは格下との戦闘ではスキル熟練度が溜まりづらいので序盤のスキルの伸びが悪くなるというデメリットも発生します。

それに比べてソードスキルの熟練度を上げておけばソードスキルがカンストする攻略終盤までアドバンテージを維持することができるうえ、強力な新技の開放や、熟練度上昇による威力補正やクールタイム減少は十分にDPSを向上してくれます。

 

耐久度は知らネ。当たらなきゃいいんじゃない?

 

隠しダンジョンではやみくもに歩き回るのではなく終盤の安全地帯を目指して進みます。ここで役に立つのは1日目に作ったマップデータですね。

 

無駄のないチャート構成。やっぱりRTAみたいだ。

 

さて、ダンジョン終盤のエリアにはレベル90相当の死神型ボスが徘徊していますが、こいつが今回のターゲットです。

ご存じの通り、ソードスキルの熟練度上げには実戦が一番です。その中でもフロアボスなどの格上との戦闘には強敵補正が入り適正レベルの何倍もの熟練度が得られます。およそ70レベルという絶望的なステイタス差の相手とのスパーリングは数日で数百単位の熟練度を稼いでくれるでしょう。

 

また、普通こういう定点狩りは有能AIカーディナル君につぶされがちですが、今回は気にしなくて大丈夫です。

 

確かにカーディナルはフィールドごとのリソースを管理する役目がありますが、それはあくまで類似した難易度、レベル帯でのバランス調整にすぎません。

50層のフィールドで得られる熟練度が1層のフィールドのそれより何倍も効率がいいから効率を落とそうとはなりません。高い難易度のダンジョンで多くの熟練度が獲得できるのは正常なゲームデザインだからです。

 

加えて、この黄金キューブ自体は正常なクエスト進行のためのアイテムです。何一つバグ技は使っていないため、手鏡バグで出現させた100層武器のようにアイテム自体を弱体化する修正もされません。そもそもAIが自分で作った設定ですからね。バランスブレイカーだと認識できるなら最初から作らないって話です。

 

じゃあ無限に熟練度があげ放題かというと、そうでもありません。さすがに茅場晶彦による修正が入ります。

 

AIにすぎないカーディナルシステムは素晴らしい状況判断能力(誉め言葉)で黄金キューブをスルーしてくれますが、人間の彼は違います。GM権限でゲームの環境を調べられると、ファ!? なんやこのアイテム! ぶっ壊れてるやんけ! となり速攻手動で修正されてしまいます。

 

とはいえそれまでにはいくばくかの猶予があります。

 

今のところ順調に進んでいるとはいえ彼は世紀の大犯罪を実行している最中です。

SAOが始まったばかりのこの時期、茅場晶彦は計画に穴はないか、隠れ家がばれないかなど精神的に大きなプレッシャーを感じており、たびたび現実に戻っては警察の動向や不正アクセスに目を光らせています。また、サーバーの管理やプレイヤーの処遇をめぐって政府と交渉しながら、ゲーム内では不自然にならない程度にヒースクリフとして活動もしており、とてもじゃないですがゲームの運営に手が回る状況じゃありません。

 

あるいは1層のように明らかに異常な速度でフロアボスが倒されたのなら原因の解明を行うでしょうが、6層の攻略が数日滞ったくらいではGM権限を使うことはないです。

 

また、これまでフロアボスの一部がグリッチで倒された事も認識はしていますが、それらは既に自動修正済みです。これが逆にカーディナルはゲーム内のバグやグリッチに正しく対処しているという実績を生み出し、茅場晶彦に自分がグリッチを対処しなければならないという感覚を薄れさせています。

 

そもそも、彼のような天才は自分の作ったシステムに自信を持っています。ベータテスト時に何度も動作確認を行ったAIが本番でポンコツ化しているという発想自体想像の埒外にあります。

 

加えて長年の夢であったアインクラッドを実現した茅場晶彦は、プレイヤーあるいはラスボスとしてこの世界に関わることを望んでおり、“他人のゲームを眺めているだけ”の管理者になりたいわけではありません。

 

以上のことから茅場晶彦が事態に気づいて修正に乗り出すまでにはざっと1~2週間ほどの猶予があるでしょう。

 

それまでは思う存分SAO本来の仕様を楽しみましょう。

 

さて、全階層中最も効率のいい熟練度稼ぎを行うのがこれまでのパーティーメンバーだけではもったいないです。これから先のボス戦を見据えてここらで他の攻略組メンバーたちも育てておきましょう。

 

まず、必ず育成しなければいけないのはアルゴです。彼女は攻略に大きな貢献をしてくれることはもとより、裏方として超有用なので最優先で声をかけましょう。

 

またこれからのボス戦ではSTR型のタンク職が重要になってきますので、ガチムチアニキことエギルにも参戦してもらいます。特に彼は攻略組としての戦闘力に加えて商人プレイヤーとしても適性が高いため、仲間にしておけば何かと便利です。

 

後は“LAとらナイト”ことディアベルも忘れちゃダメですね。彼は人を纏めるのがうまいですし清濁併せもつ度量もあるのでギルド運営では必須級の人材です。

 

後は適当に何人か育てておけばいいんじゃないでしょうか。正直他のメンバーは誰を採用してもタイムへの影響は少ないと思います(検証不足)

誰か調べて。

 

さて、仲間が修行している間に、カヤバ君は攻略組の招集に次ぐ第2の大仕事。大規模商業ギルドの立ち上げに奔走しましょう。

 

現在プレイヤーのアイテム売買は大部分がNPC商店に対して行われており、プレイヤー間取引は活発ではありません。理由は他のMMOにありがちなオークションチャットのようなシステムがなく、売買は需要と供給がかみ合ったプレイヤーが対面することでしか成立しないからですね。

なので今ギルドを立ち上げ仲介役を担えれば市場を完全に独占出来ます。

 

そしてストレージを圧迫しまくっているボスドロップ品なども売りさばけます。7層クエストの準備に向けてコルはあればあるだけ良いので、このタイミングでやっておくのがよいでしょう。

 

やったね、たえちゃん。お金が増えるよ。

 

儲かる事がわかっているのに今まで手を出してこなかった理由は単純。時間がかかるのと人手が足りなかったからです。

少なくとも各階層の主街区で店番をするもの。クエストの情報や他プレイヤーの動向などから商品の価格を決めるもの。露店からあがってきた情報を分析し、ギルドを運営するもの。売り上げや在庫を集計し管理するもの、などなど。

 

うーん無理!

 

そこでこのタイミングまで待ちました。ちょうど今1層ではシンカーがギルドの立ち上げを検討しているはずなので、ここに便乗させてもらいます。

引きこもりの暇人どもも手持ちのコルが尽きてきて、街中での小銭稼ぎに忙殺され始めていますので人手の確保も容易でしょう。

 

タイミングは完璧ですね。

 

ただし、シンカー一派の連中に運営を任せると搾取できな――良心的過ぎる設定になるので組織の幹部にはこちらの息のかかったメンバーとしてエギルやサーシャをねじ込んでおきます。

 

後はひたすらレベル上げと熟練度稼ぎを行うだけですね。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

キューブの能力が修正されると速攻で連絡が来ます。

 

今回はタイミングが遅めですね。デレたのかな?

 

そしたら裏方の作業は切り上げてボスを倒しに行きましょう。

《バインド》も《ブレイク》も使えなくなったキューブはただの箱です。6層はもはや経験値的にもマズ味なのでさっさと突破しましょう。

 

ボス部屋まで向かう間に時間があるので「理不尽の権化」「アインクラッドに6階層は必要なかった」などと酷評されるクソキューブの解説をしていきましょう。

 

結論から言うと、6層ボス《ジ・イレーショナル・キューブ》は全階層中最強のボスです。

 

まず手始めにこのボス戦は撤退不可です(ジャブに擬態したストレート)

4層の水没攻撃中は扉が開かないなんて言うのも大概でしたが、こちらのボス戦では戦闘開始直後から扉が閉まり逃走は不可能になります。扉を開けるためには6層らしくパズルの問題を解かなきゃいけません。

挑戦する問題はこちら。《スタキオン》の広場にもある728個の高難易度ナンプレパズル。

 

あたま壊れちゃーう。

 

次にこのボス無敵です()

プレイヤーはなにをやってもダメージを与えられません。無敵状態を解除するためには胴体の数字が書かれたキューブを回転させ正しい配列にそろえなければなりません。その配列は扉のナンプレパズルを解くことで得られます。

だから解けるわけがないって(怒り)

 

無敵かつギミックが難解なら攻撃力は低いのかと思いきや、過去最高の威力と速度を誇るビーム攻撃は適正レベルのタンク職でも数発で溶かします(トリプル役満)

 

一応HPバーは1本ですが、そもそも無敵状態なんだからさぁ(呆れ)

 

そこで本チャートでは黄金キューブを悪用するとともに、ボスも改変してしまう事にしています。

 

カヤバーンはよっぽど早急に黄金キューブを修正したかったのか、プロパティを修正する際にβ版のデータを上書きしているんですよね。

この時、従来の黄金キューブと密接に関連している《ジ・イレーショナル・キューブ》も設定にいろいろ齟齬が生じるため、内部設定をβ版のボス《ジ・イリテーティング・キューブ》に上書きされています。

 

《ジ・イリテーティング・キューブ》もギミック系ボスで解除するまで無敵であることに変わりはないですが、《ジ・イレーショナル・キューブ》より114514倍良心的です。こいつは胴体部分がルービックキューブになっており、攻撃によって回転させ完成させると無敵状態が解除されます。

そして走者の義務としてルービックキューブはもう自由自在に面を揃えられるまで練習しましたから、このボスはただの雑魚です。

 

ボス部屋にたどり着きました。

 

部屋の中央には一部がくぼんだ立方体が鎮座しています。このくぼみにキューブをはめ込めばボスが動き出し戦闘開始です。ここまでの仕様は本来のクソキューブと同じですね。黄金キューブはボスの身体の一部であり、ボスを倒すためには身体に戻す必要がある(要約)という情報を既に、元召使いのセアーノにしゃべらせてるからでしょう(推測)。

 

さあ、ボスが動き出しました。

 

 

 

 

 

ファッ!!

ボスが正式版のままやんけ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

い、いや、待ってください。そんなはずはありません。

 

ここにいるのは《ジ・イリテーティング・キューブ》です。少し数字っぽいものが見えるのは幻覚なんです。このまま目を開ければそこにはカラフルなルービックキューブが――ダメみたいですね。

 

 

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!

 

 

 

困りましたねぇ、くぉれは……

 

 

困りましたねぇ……。

 

 

……いやほんとにどうしよう(困惑)

 

 

こんなの倒せるわけないだろいい加減にしろ。

 

あー、分かりました。これカヤバーンはここで我々を全滅させる気みたいですねぇ。

妙に修正まで時間が空いていたのはここのボスを残すためでしたか。

 

普通のゲームでは悪質なグリッチを使用したり、ゲームバランス崩壊級のアイテムが使われた時には即修正されます。バグと分かっていて悪用したプレイヤーには垢BANを食らわせたり、ある時点まで時を戻したりしてバランスの再調整を行うこともありますが、SAOではこれらの処罰は行われません。

 

現実では物事をなかったことにするのは不可能です。

この世界を大切にする茅場晶彦にはアインクラッドでは過去を改変しないという美学があります。

RTAを安心して走れるのもこのおかげなんですが……

 

だからって殺してすべてを無かったことにするなんてあんまりだ!

 

《ソードアート・オンライン》をもう一つの現実世界にする(キリッ)とか言っておいて、GM権限でプレイヤーをぶっ殺すなんて卑怯なやつです。

自分だけ使えるチートスキルで俺Tueeeし始めるし。

自分だけ絶対死なないようにシステム保護つけてるし。

プレイヤーの生きざまを見まもるとか言っておもっくそトップギルド作るし。

 

やつの行動をネット小説にしたらタイトルはこうですよ。

 

デスゲームだけど俺だけ全知全能で絶対無敵なチートスキル持ちでした!?

~本当はのんびり人間観察したいんですが、みんなに頼りにされてて全然引退できません(汗)~

 

あー恥ずかし。

こんなの見てる方がつらいっすよ。

 

ふぅ。

……マジでどうしましょう。

 

再走ですかね。嫌だなー。今のところ記録が狙えるタイムなんですが。

次回からはチャートを変更してここのボスには絶対特殊NPCを連れてくる事にしましょう。今回は経験値が分散するからって言って置いてきちゃったんですが、NPCはAIが良い感じに作用してるのかわからないですけどパズルを解くのがめちゃくちゃ早いので、2人ほどパズルが得意な設定のNPCを連れてくれば扉のパズルは一時間ほどで解いてもらえます。それが通常の、というか唯一のこのボスの突破方法になります。

 

あるいは、めちゃくちゃ奇跡が起こって協力してくれるプレイヤーが100人以上集まり、街のナンプレを大急ぎで解いてもらうことができれば突破も不可能ではないですが、迷宮区ではフレンドメッセージが使えません。

 

唯一の連絡手段は声ですね。扉自体は開かなくても声は外伝達できるので、あの向こうにプレイヤーが来てくれれば外と連絡も取れます。が、まあ今の段階でここまで来れるプレイヤーはいないでしょう。

 

当然、ボス部屋で地道にパズルを解くのも却下。

 

転移結晶や回廊結晶もありません。

 

 

 

これはもうダメかもわからんね(敗色濃厚)。

 

 

 

やめて! 《ジ・イレーショナル・キューブ》の特殊能力で、無敵時間を続けられたら、度重なる再走で摩耗している走者の精神力まで燃え尽きちゃう!

 

お願い、死なないでカヤバ君! あんたが今ここで倒れたら、ここまで続いた好タイムはどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、フロアボスに勝てるんだから!

 

次回、「カヤバ死す」。デュエルスタンバイ!

 




Tips
スキル熟練度に関して
原作でもソードスキルの熟練度上昇は威力を向上させると書かれている。
ホープフル・チャントでも熟練度を高めたノーチラスはレベルに見合わない速度でフィールドmobを狩りまくり急速なレベリングをしたという記述があります。


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010 第6層ボス戦

時系列順に並び変えました(12/21)
5層のアーカイブスを未読の方は上のアーカイブスをお読みください。


……えー前回は弱体化しているはずのボスが弱体化していなかったところからですね。

 

目の前では相変わらずクソキューブがクソキューブしてます。

 

はぁ……。

 

一応忍者がボスに攻撃したり、アスナとミトが扉のナンプレパズルに挑んだりしてますが、絶望感が深まるばかりです。

 

どうやら他のメンバーもこのボスのムリゲー具合に気づいてきたようですね。

 

そもそもこのゲームバランスおかしいんですよ。なんなんすかこのボス。たとえ死に覚え前提にしたってヤバいですよ。

 

ボスに関連するアイテムは正常ルートでもこの街の領主クエストを一番最初にクリアしたプレイヤーにしか手に入らない仕様だし。

そのプレイヤーがアイテムを隠匿したらどうするんですかね。サーバーに一つしかないアイテムをボス戦の開始フラグにするとか本気で頭いかれてますよ。

 

いざボス戦を始めてみても、絶対人間じゃ攻略不可能なパズルギミック。

プレイヤーの中には正々堂々自分の力で謎解きをしたい人もいるんです。それでこそ達成感が得られるってものなのに、ツール使用前提のギミックなんてただの作業じゃないですか。

 

そもそも初見じゃツールなんて用意しません。ボス部屋は当然のように逃走不可で完全に袋小路。プレイヤーはパズルが解けず確定デスペナをくらわされる模様。

 

初見殺しはやめろって、イワナ、書かなかったっけ?

 

そもそもデスゲーム化した《ソードアート・オンライン》はツールなんて使えないし、コンテニュー不可能なんですが。難易度調整とかしないんですか?

 

扉のギミックを解いても、ボスを倒すためには部屋から出ないで再び扉が閉まるのを待たないといけません。扉に出現する二度目の謎解きがボス攻略に必須だからです。

ノーヒントでようやくここまでこぎつけてもプレイヤーを待ち受けているのは再びのナンプレ。

 

な ぜ 2 回 目 ? 

 

それはさっきやったでしょ!

 

ボスの名前のイレーショナルっていうのは不合理なって意味ですが、理不尽って方があってますよ。これならイライラするって意味のイリテーティングのままでよかったんじゃないですか。

 

結論、SAOはクソゲー。

こんなん普通にリリースされてても、絶対炎上してたわ。

 

キリトやアスナにすがるような目で見られていますが、この状況を打破する方法なんて知らないんだよなぁ。

 

回廊結晶で湖の水を流し込む《ダイタルウェーブ》も、浮き輪の実の巨大化する性質を使ってオブジェクトをこじ開ける《クレイモア》もこのボスには使いどころがありません。

 

この部屋は壁抜けも床抜けも無理ですしね。

 

お前はもうこっから出れないんだよ!

 

 

 

 

 

 

いえ…………たった一つだけ。

 

 

 

 

 

 

不完全ながらも、この部屋から脱出する方法があります。《ハラスメント防止コード》です。本来は男女間での不適切な接触があった際に発動し、異性のプレイヤーやNPCに過度なボディタッチなどのセクハラを行ったプレイヤーを処罰するためのシステムですが、倫理や安全上の問題ですべてのシステムに最優先されるこのコードを用いれば、どのような状態でも――たとえ結晶使用不可エリアや脱出不可エリアであっても――黒鉄宮地下の牢獄エリアに強制転移することができます。

幸いこのパーティーは男女混成なので発動に支障はないでしょう。

 

 

 

問題は、システムの仕様上一人は部屋に取り残される事ですかね。

 

 

 

でも逆に言えば誰かが犠牲になれば全滅は免れます。タイムは最速ではなくなるかもしれませんが、後続に更新の余地を残すのも一門の役目だから多少はね。

 

キリトやアスナを切り捨てるのは論外。

 

忍者は役割がかぶってるし、どっちかが欠けても致命傷になりにくいですね。

 

でも戦力的に考えれば犠牲にするのはシリカですかね。

《ジ・イリテーティング・キューブ》はボスとしては弱い方なので、《フラッグ・オブ・ヴァラー》を持たせるための人間スタンドとして連れてきたのですが、こんなことになるとは……

 

シリカか忍者か。

 

しかし、戦力的にはリカバリー可能でも犠牲者がでること自体問題なんですよね。残りのメンバーのメンタルに悪影響が出て、やれ安全マージンだのなんだのと序盤の攻略が滞ることは間違いないです。

 

そんなんじゃやってられないよ。

 

じゃけん、みんなで生還する方法を考えましょうね(原点回帰)

 

一番可能性が高いのは、カヤバ君が部屋から抜け出しカギとなる数字をボス部屋まで伝えに戻ることでしょう。他のメンバーに任せるよりも素早くパズルを解ける自信があります。

 

ただ、転移先の牢獄エリアは簡単には脱出できないめんどくさい場所で、しかもメッセージは使用不可です。たまたま他のプレイヤーが通りかかったり、先に監獄に囚われていたプレイヤーが解放間近であったなどの幸運がなければ、すぐには外部との連絡が取れません。

 

牢獄エリアから脱出しても他のプレイヤーの協力を募り、街のパズルを攻略して扉を開けるための数字をボス部屋に届けるまでにはかなりの時間がかかるはずです。それまでキリト達が集中力と回復アイテムを切らさずに戦い続けられるのか。

 

不安は尽きませんが、馬鹿野郎お前俺はやるぞお前!

 

覚悟を決めてミトの体をまさぐりましょう。

 

ふぅ。

 

まな板みたいだった(小並感)

 

牢獄エリアに着きました。NPC看守が何やら説明をしてきますが、そんなものはどうでもいいので、さっさと贖罪クエストを受けます。

 

ちなみに牢獄エリアにはシリカもいます。

 

当然のように長期戦には耐えられないと思うのでボス部屋からは離脱させました。

ポーションの無駄だってはっきりわかんだね。

 

さて、ここから解放されるための贖罪クエストですがクエストという割に何もしなくてOKです。ただ牢屋にいるだけで解放されます。懲役刑みたいですね。

これがオレンジプレイヤーの贖罪クエストならば、いろいろめんどくさいイベントもありますが、プレイスタイルの一種として黙認されているPKや窃盗と違って、《ハラスメント防止コード》は本気で禁止されています。

 

罰則は他のゲームで言うところの時間制限付き垢BANに近く、プレイヤーは数時間イベントもなければ、ソードスキルの熟練度も上げられない狭い牢屋に入れられて、ゲームプレイが禁じられます。もちろん何度もハラスメントを繰り返すと拘束時間は長くなっていきます。

 

今回は初犯ということもあり拘束時間は2時間です。

 

牢屋からでたら最速で転移門に向かい、6層に行きます。シリカにはシンカーの拠点に向かわせ人を集められるだけ集めさせます。コルでもアイテムでもなんでも賞品にしていいので、暇人を大量に集めさせましょう。

 

6層ではセアーノやその娘であるミィアを探します。とにかく高度AIを備えた特殊NPCです。あれがいれば人が解くより圧倒的に速くパズルが解けます。

 

しかし、なかなか見つかりません。

こんな時に限って……!

 

いつもはセアーノに用なんかないのでどこにいるのかまでは把握してないんですよ。

 

諦めてシリカに会うため再びパズルのある広場に行くと、思ったよりプレイヤーがたくさんいます。アルゴが協力してくれたんでしょうか。これは思わぬ誤算ですね。

 

とはいえここのナンプレは上級者でも完成に数十分はかかる最高難易度。有象無象の初心者は実のところそんなに役に立ちません。しかもそれが728個。楽観視は危険です。

 

これならルービックキューブの練習だけじゃなくてナンプレの練習もしておくべきでした。

パズルの解読には貢献できそうもないので、この場はシリカに任せて第3エリアに向かいます。

 

目的地はフォールンエルフの隠れ里です。リカバリー策としてフォールンエルフのNPCに手伝ってもらいます。パズルの実力は未知数ですし、《スタキオン》にまで来てくれるかもわかりませんが、運が良ければセアーノやミィアの代わりになってくれるかもしれません。

 

次は迷宮区を目指します。エルフの里の西エリアから迷宮区の東エリアまでは階層の端から端まで移動しなければなりません。そのうえ、以前話した通り6層は岩山にエリアが分断されており、エリア間の移動には直線距離ではなく、岩山の洞窟ダンジョンを経由してぐるっと回りこまなければいけません。

しかし、運よく今回は中央にある湖を通るショートカットルートが使えます。

 

湖には高レベルのヒトデ型モンスターが生息しており、泳いで渡るプレイヤーを襲ってきます。ベータ時代は数多のプレイヤーがこいつの餌食になり、湖は通行不可能だと思われていました。

 

しかし黒エルフ城の宝物庫から回収した《ヴィルリの雫》というアイテムを使えば水上歩行が可能となり、モンスターに襲われずに通行できるようになります。これを想定したわけではありませんが、やはりエルフの城は襲っておいて正解でした。

 

最短距離で6層迷宮区の前に到着しましたがこの時点ですでに4時間半以上は経過しています。これまでキリト達を長時間6層ボスと戦わせたことはないので彼らがどれくらい粘れるのかは想像がつきません。攻略組トップ集団らしくボスを翻弄しているのか、疲労でミスして追い詰められているのか。

 

はやる気持ちを抑えてシリカからのメッセージを待ちます。

 

しかし、ここにきてさらなる問題が。

 

広場のナンプレパズルは24時間ごと、毎日午前0時に問題が更新されるのですが、現在時刻は午後11時を回っています。迷宮タワーを登る時間や問題の答えを打ち込む時間を考えるともうそろそろ出発したいところなんですが、まだパズルも解けていません。

 

答えがわかるまで待機していたら答えを打ち込む前にタイムアップを迎えてしまいます。かといって迷宮タワーに入ってしまうとメッセージ機能が使えずパズルの答えを聞くことができません。

 

 

 

これの解決策は……サーシャ。俺だ結婚してくれ!

 

 

 

いえ、ふざけているわけじゃありません。

 

SAOには結婚システムというものが存在し、これを行ったプレイヤーのストレージは完全共有化されるんです。お金もポーションも装備も全部共有。一切の隠し事ができず、最悪自分の全財産を持ち逃げされるようなリスクを許容できない間柄では結婚などするなという運営からの現実世界を反映したありがたい忠告でしょう。

 

そして結婚のシステム的制約はギルドよりもパーティーよりもフレンドよりも重いです。通常なら異なるダンジョンにいる間は使えなくなるこれらの共有ストレージと違って、結婚によるストレージの共有化はいついかなる時も有効にされたままです。

 

それは迷宮タワー探索中も例外ではなく、結婚相手が数字を書いたメモをストレージにしまえばそれを即座に取り出すことも可能なわけです。

 

ということで6層パズルを手伝ってもらっているサーシャに連絡します。きっとシステムを設計したのが現実でのプロポーズに縁のない独身プログラマーだったのでしょう。結婚はシステム的には全く風情の無い状況でも可能です。フレンドメッセージさえ使用可能なら対面している必要すらありません。

 

後は返事を待つだけですが……

 

??????

 

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。

サーシャにプロポーズをしたと思ったら、なぜかシリカからプロポーズされていた。

 

何を言っているか分からないと思うが、俺も分からない。

 

そんなことしなくていいから(良心)。

 

ストレージの共有化には制約ばかりじゃなく、持てるアイテムが2人分になるというメリットもあります。そしてそれを最大限に生かすためには、大部分を圏内で過ごしアイテムを所持する必要のない相手とするのがベストです。

 

シリカは序盤のうちはまだ攻略組として参加し、装備もアイテムも持ち歩くんだからストレージの余裕は……ないです。

 

さて、サーシャとストレージの共有化が終わったら迷宮区に突入。最短距離でボス部屋まで辿り着きたいのですが、こういう時に限ってモンスターがでしゃばるのはお約束。こちらは一人ですのでパーティーの時と比べると火力低下が否めません。ボス部屋に行くとき最短距離で進んだこともよくなかったですね。戦闘は最小限だったためモンスターはまだまだ残っています。

 

最上階。

 

ようやくつきました。

まだボス部屋の扉が閉まっているということは、少なくとも全滅はしていませんね。

 

しかしまだナンプレは解き終わっていません。残り25分。

カヤバ君の時間的制約は解消されましたが、問題は広場のパズルの方です。進捗を聞く限りでは0時までに完全クリアができるかはきわどそうです。

 

もし間に合わなかったら、もう一度0時から解きなおしです。再び729個のナンプレを解くのにかかる時間は2時間? 3時間? これ死んだんじゃないのー?(コックkwsk)

 

今のカヤバ君にできることは順次送られてくるナンプレの答えを読み上げながら、励まし続けることだけですね。

 

ようやく最後の数字が送られてきました。かなりギリギリです。返信する間も惜しんで大声で数字を叫びます。

 

果たして……

 

よかった。扉が開きました。

 

しかも、みんな生きてます。

 

こいつらやりますねぇ(歓喜)!

 

肉体的にも精神的にもダメージを受けている一行が撤退しようとしますが、キリト君は部屋から出ようとしません。

 

どうやらボスの倒し方に気づいたみたいですね。

 

じゃあ、このまま倒してしまいましょう。

これはRTAなんだから速さを求めるのは当たり前だよなぁ?

 

というかここで撤退したらもう一度ナンプレ地獄の解きなおしです。そんなんやってらんないよ。

 

ボス部屋で待機していると再び扉が閉まります。これまで扉に書かれていたのは27×27個、合計729個のナンプレパズルだったわけですが、扉が閉まると問題が再構成され新たな3×3個のナンプレパズルが始まります。

 

そしてこの9個のナンプレをとくと判明する9つの数字がピックアップされます。

ボスの体は数字の書かれた黄金のルービックキューブの形をしていますので、攻撃を当てて回転させ扉の数字と同じ配置を完成させるとようやく無敵状態が解除されます。

 

ほらほらほらほら。

ほらほらほらほら。

 

ここまでくればキューブなんて雑魚です。

ここに来るまでは25層ボスの方がマシ(憤怒)!

 

ということで第6層工事完了です。

 

往還階段を上って7層に到着。

いつもなら、ここでも転移門は放置して宿に向かって寝るんですが、今回はそうもいかないですよね。何といっても6層転移門広場にはナンプレ攻略を手伝ってくれたプレイヤーが大勢待機しているでしょうから。ここで転移門を起動しないのも、起動後に即逃げするのもいらぬ反感を買いそうです。

 

仕方ありません。

本来のチャートとは異なりますが、ここらで攻略組のお披露目と行きましょうか。

 

転移門を起動すると瞬く間に大勢の愚民どもがあふれてきます。そのまま無秩序に散らばるのかと思いきや、誰が指示しているわけでもないのに壁際に並びだし万雷の拍手が鳴り響きます。

 

やめたげてよぉ! うちのパーティーはソロプレイヤーが多いんだから、ビーターとボッチがびっくりしちゃうでしょう。

 

アルゴやサーシャからもねぎらわれます。

シリカも今回はよく頑張りました。

 

さて、このままハッピーエンドとまいりたいのですが、アルゴめ、余計な事言いやがって。

ナンプレの攻略者を集めるためにシリカが5層ボスドロップを景品にするって言っちゃったんですよね。

 

え!! 5層ボスドロップを報酬にパズルを攻略!?

 

できらあ!!(できるとは言ってない)

 

あああああああああああ! もうヤダあああああ!

 

なんでそんなこと言っちゃったんでしょう。せめて6層ドロップにしておけば問題はないものの。今からでも変えちゃ――ダメみたいですね。

 

群衆から《フラッグ・オブ・ヴァラー》という声が聞こえます。

どっかのベータテスターから情報でも漏れているんでしょうか。完全にバフ旗をもらえる雰囲気になってます。

 

プレイヤー達はなぜかシンカーをMVPに推しています。これじゃ、みんなで分けられるアイテムにしようねとも言えません。しかもシンカーはこの前ギルド《MTD(MMO TODAY)》を立ち上げたばかり(因果応報)。

ギルドフラッグを獲得するには申し分ありません。

 

やだ! やだ! ねえ小生やだ! これ渡したくない!

 

そりゃあ、バフ旗は黄金キューブに比べればたいしたものじゃありませんが、アホみたいにバフを振りまく有用アイテムに違いはないんです。しかもバフを受けられるのが同一ギルドだけとかいう制限まであるので攻略組を一本化する口実になるんですよ。

 

せっかく、チャート崩壊の危機を乗り越えたばかりだというのに、また別のガバですか!?

 

ああ、言ってる間にシンカーが前に出てきました。

 

このデブ。調子こいてんじゃねーぞコノヤロー(棒読み)

 

かくなるうえは、ちょっとばかしチャートが狂いますが、彼には不幸にも黒塗りのオレンジプレイヤーの標的になってもらうしか――

 

えッ!? フラッグはいらない? 攻略に役立ててくれ?

 

いやっふううう!!

 

もう許せるぞオイ!

 

やっぱシンカーニキは最高やな。ぽっちゃりキャラに悪いやつはいないってはっきりわかんだね。

 

あ、そうだ(唐突)

 

せっかくなのでこの機会にギルメンを募集しておきましょう。いつもなら攻略組のお披露目と同じくもうちょっと後にやるんですが、今のタイミングでやってもいいでしょう。

 

じゃあ今日はもう遅いので、パパパッと群衆を解散させておしまい。

 



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アーカイブス 009

翌朝、誘惑する睡魔を蹴り飛ばしミトはまだ重い瞼を開けると、電子音を響かせるメニュー画面を叩いて止めた。

 

「ほら、ミト起きて」

 

アスナが体をゆすってミトの二度寝を妨害してくる。

 

「わかってる。わかってるから、アスナ。もうちょっとだけ寝かして」

 

「寝たらだめよ」

 

「ふ、ふふふふふっ! ちょっとアスナ! くすぐるのはやめて!」

 

「へえー! VRでもくすぐったさは感じるのね」

 

「ちょっ! やめてって、言ってるで、しょ!」

 

「ほら早く起きないと、今日も私たちが最後になっちゃうわよ」

 

 

 

 

ミト達が宿の部屋を出ると扉の表面に施されたフィフティーンパズルがひとりでにカチャカチャと動き出し、ドアを施錠してしまった。本来SAOの扉には特別なイベントを除いて鍵などはついておらず、扉があけられるかどうかはシステム的判定に委ねられている。宿屋のドアならば部屋を取ったプレイヤーか許可を与えたパーティーメンバーなら無条件に開けられるものだが、6層だけは例外だった。

 

スタキオンはパズルの町だ。

通りに面した通用口を除くほとんどの扉を開けるには、大なり小なりパズルを解くことを要求される。部屋のドアなどその最たる例で、果てには蓋にパズルがついているお弁当なんていうものまであり、ベータ時代は埃っぽい4層の荒野に次いで苦手とする人が多い場所だった。

 

「よく眠れなかったの?」

 

階段を下りながらアスナが聞いてくる。

 

昨夜、黒鉄宮から宿に戻ったのは12時を少し過ぎたくらいだったのだが、布団に入り目をつむるとあれこれと益体もない考え事が頭を占拠し始め、ミトが眠れたのはそれからたっぷり一時間以上も経った後だったのだ。

 

「まあ、ね」

 

「そう」

 

階段を降りると男性陣は既に全員1階に集合していた。待ち合わせの6時半には間に合ったはずだが、少し申し訳ない気持ちになる。

 

「おはよう。みんな早いのね」

 

「早くないと差し支えるからな。領主の館はパブリックだから、のんびりしてると他のプレイヤーに待たされることになる」

 

ケイは両手にお弁当らしき包みをもって立ち上がった。

 

「悪いが朝食はあとだ。さっそく向かおう」

 

 

 

 

ミト達の目的地は宿を出るとすぐに目に入った。この町の北側、小高い丘の上に立っている豪華なお屋敷が今回のクエストの開始地点だ。町で一番北側にある宿屋を利用したため移動距離は短い。20センチ角のつるつるとした石材で構成された坂道を登っていけば、屋敷にはすぐ着いた。

 

「これが領主様のお屋敷なの? 入っていいのかしら?」

 

「かまいません。サイロン様はこの町の民の声を常に気にされています。謁見希望の方はそのまま進み、2階にいらっしゃる執事に話しかけてください。ですが、くれぐれも粗相のないよう」

 

アスナが開け放たれた門扉の前でためらうように立ち止まると、長槍を持った典型的な門番スタイルのNPCが固い声で応じた。

 

「あっご丁寧にどうも。お邪魔しまーす」

 

アスナに続き、皆が軽く会釈をしながら館に入る。

 

領主サイロンにまつわるクエストは6層のメインストーリーとでも言うべきシナリオクエストだ。その存在はこの町のいたるところのNPCが匂わせている。新階層の圏内クエストを探し始めるプレイヤーがこの館に集結するのはミトにも容易に想像できた。ミト達が眠い目をこすって早起きしたのはそのためだ。

おかげで他のプレイヤーに待たせられることもなく、流れるように謁見の間にたどり着けた。

 

領主サイロンは派手なトーガを纏った西洋人風のNPCだった。顔には立派なヒゲを蓄えているが、瘦躯で威厳があるようには見えない。と思うのはミトがこのクエストの結末を知っているからだろうか。

 

「今日は領主様になにやらお困りごとがあると伺い、力になれればと参りました」

 

ケイが芝居がかったロールプレイで尋ねると、サイロンの頭上に?マークが浮かぶ。クエストフラグをもったNPCの証だ。

 

「おお、それは頼もしい。聞いてくださるか。この町を苦しめる呪いの話を」

 

ベータテスト時代に一度体験済みのクエストとはいえ、これまでいくつもの変更点を目にしてきたミトは注意深くサイロンの話を聞いていた。しかし、クエストの流れはベータ時代と変わらないようだ。

 

10年前、数字とパズルにおいて並ぶ者がいないと言われていた先代領主パイサーグルスのもとに一人の旅人が訪れた。パイサーグルスは当初旅人の来訪を歓迎したが、彼も解けぬ難問を提示する旅人を怒りのままに撲殺してしまったという。領主は凶器となった黄金のパズルを手に行方をくらまし、その日以来この町では一日一つどこかの扉がパズルの呪いに侵されるようになってしまったという。

 

「今はどうにか住人の皆も暮らせていますが、このままでは町全体がパズルに覆われ生活することもままならなくなってしまいます。そうなる前に、先代領主と黄金キューブの行方を探しだし、旅人を供養したいのです。ご協力願えますかな?」

 

「もちろんです。殺された者の無念はきっと私が晴らしてみせましょう」

 

ケイの演技はいっそすがすがしいほどに完璧だった。

 

 

客間から退出したミト達はクエストの指示に従い、当時の状況を知る人物から手がかりを集めることとなった。古くから館に勤めているという老執事、事件を機に職を辞した召使い、今も現役の料理人と園丁、かつてサイロンとは学友として机を並べていたという二人の弟子、領主御用達の商人と合計7人から当時の話を聞いて回り、ようやく先代領主は隣町に別荘を持っていたという情報を得た頃には昼食の時間となっていた。

 

「ここまではベータの時と変更はないな」

 

領主の館にほど近いNPCレストランで、注文したパイの包み焼きにナイフを入れながらキリトは顔をあげた。

 

「そうね」

 

ミトが同意すると、アスナが2人を交互に見た。

 

「もしかして2人は先代の領主がどこにいるのかわかってるの?」

 

「ベータの時と同じならな」

 

キリトが答えるとアスナは悩まし気に眉根を寄せた。

 

「うーん。……いいわ教えてちょうだい。このクエストの結末。私だけ仲間外れは嫌だもの」

 

「領主は領主の館から出てないよ。黄金キューブも館にある」

 

ケイがフォークを丘の上に向けるとアスナは目をぱちくりとさせた。

 

「えっ? どういうこと?」

 

「アスナ、これまでの目撃情報は覚えてる?」

 

ミトが尋ねるとアスナは指折りこれまでの証言を復唱した。

 

「えーと、初めの執事さんは旅人は見ていないのよね。部屋で叫び声を聞いて向かってみたら顔がつぶされた人の死体を見つけただけ。召使のセアーノさんは旅人を部屋に案内したけれど詳しい人相までは分からなくて、料理人はなんにも心当たりはなし。そもそも旅人が来たことすら知らなかったのよね。園丁さんは旅人を館の庭に埋葬しただけで、お弟子さんたちも有望な手掛かりはなし、商人さんはその日は館に居なかったけど隣町にある領主の別荘に荷物を配送したことがあるって感じだったわよね」

 

「そうね。そしてその中にもう答えはあるのよ。ミステリー小説において顔のない死体が出てきたらよくあるパターンがあるでしょ」

 

アスナはこれまで読んだ本を思い出すように中空を見上げると、半信半疑で答えた。

 

「……死人のすり替えトリック? まさか発見された死体って旅人のものじゃないの?」

 

「そもそも、旅人なんていなかったのよ」

 

「でもそれじゃあ、あの死体はいったい誰のなのよ」

 

「同じ時期に一人行方不明になっている人がいるわよね」

 

ミトの誘導にアスナは驚愕を顔に浮かべた。

 

「まさか! じゃあ、領主が旅人を殴り殺したっていうサイロンさんの証言は……」

 

「真っ赤な嘘ね。そもそも彼が先代領主を手にかけたんだから」

 

ミトの言葉にキリトが補足を入れる。

 

「ちなみに凶器として使った黄金キューブは召使のセアーノさんがあの館の地下室に隠しちゃったんだ。だからサイロンは証拠隠滅のために黄金キューブの行方を探しているのさ」

 

「なんでそんなことするのよ。雇い主が殺されたんでしょ?」

 

「彼女は当時身ごもっていたって言ってただろ。その父親がサイロンなんだよ」

 

「そんな……! 恋人をかばったってこと?」

 

アスナはもやもやを表現するように身もだえすると、ほふーと息を吐き脱力して背もたれに寄りかかった。

 

「なんだか私、やる気なくなってきちゃったかも」

 

 

◇◇◇

 

 

などという昼食の一幕が原因ではないだろうが、隣町に着くや否やケイは方針を転換した。

 

「このクエストはここまでにしておこう」

 

「どうしてなの。ここまでは順調に来てるじゃない?」

 

ミトは首を傾げた。

この調子でいけば今日中にでもクエストは終わらせられる。残念ながらクエストをクリアしてもあの町のパズルがなくなることはないが、少なくないクエストリワードが手に入るだろう。

 

「見張られてる」

 

「サイロンか?」

 

声を潜めて聞き返したのはケイと同じく《索敵》スキルを伸ばしているキリトだ。

 

「NPCじゃない。プレイヤーだ。スタキオンの町の出口で何人か張り込んでるやつがいた」

 

「ああ、それでわざわざ町を出るときに裏路地から壁を超えたのね」

 

次のクエストでは別荘を調べていると、どこからともなく現れたサイロンに見つけた手がかりを奪われてしまう。効果のほどは定かではないが、てっきり彼らの尾行を撒くためにあんなことを行ったと思っていたミトは、ケイの説明に得心した。

 

「でも、なんでそんなことしているのかしら」

 

「俺たちを探すためだろうな。6層開通日に圏外のフィールドに出られるレベルのプレイヤーは高確率で攻略組だろうから」

 

「なるほど」

 

ミトは頷く。

 

「このまま領主クエストを進めたら自分たちが攻略組だって喧伝しているようなものだ。この後の展開は派手だから町の出入りは隠し通せないだろうし」

 

「ちなみに、この後の展開って?」

 

アスナがミトに近寄ってきた。

 

「別荘で領主の地下の鍵を手に入れたプレイヤーをサイロンが拉致して館に連れ帰るのよ」

 

「うん。やっぱりやめましょう。私はケイに賛成!」

 

 

 

 

6層のエリアはヒトデのように5本に伸びた山脈によって5つに分割されている。領主のクエストを進めないならと、ミト達は往還階段のある北東エリアから先へと足を延ばすことにした。

 

山脈のふもとにぽっかり空いた洞窟ダンジョンでもミト達は再びパズルの扉の洗礼を受けることになった。ダンジョンはいくつかの部屋が一本の通路で連結されているシンプルな構造であったが、各部屋から通路に向かうための扉を開けるためにはモンスターを倒すだけでは不十分で、設置されたパズルを解かなければならなかったのだ。

 

とはいえ、パズル自体はキリトが解法のコツを知っておりエリアボスもたいした強さではなかったため、ミト達はその日のうちに第2エリアだけでなく、第3エリアまで到達した。

 

イスケやコタローは彼らの所属するダークエルフの拠点が第2エリアにあるため、ここで引き返していった。ミト達も第3エリアにあるらしいフォールンエルフの拠点を目指す。

 

足場の悪い湿地帯をしばらく歩くと、うっすらとした霧がかかって来た。こういう演出は広大なパブリックフィールドからパーティーごとに生成されたプライベートフィールドに移り変わる時によくあるものだ。臆せず歩き続けるとすぐに霧は晴れ、ミト達の眼前には日干しレンガと土壁で出来た質素な村が見えてきた。

 

村の入り口にはミト達を待ち受けるかのような人影があった。最初は門番か何かだと思っていたミトだが人影の姿がはっきりと見えてくるようになるとその人物が見覚えのある相手だということに気づいた。

 

 

 

ケイは嫌そうに呻いた。

 

「げぇ、なんでまたお前が」

 

「おい、ずいぶんな挨拶だな。言ったはずだぞ。ボクの任務は怪しげな人族を見張ることだって」

 

そういって胸を張るのは5層で別れたはずのフォールンエルフの少女、アリアだった。

 

彼女に連れられて向かった兵士の詰め所ではこの村の部隊を仕切るというフォールンエルフの将校に会った。しかし、奇妙なのは指令室と思われる部屋に彼以外にももう一人別のエルフがいたことだ。

 

金縁の刺繍が施された柔らかな布を体にゆるく巻き、右肩の大きな金具で留めているその女性は右手に錫杖のような杖を持ち、ごてごてと腕輪をはめている。頭には金細工のティアラを乗せ、左肩が大きく露出したその恰好はとても兵士には見えなかったし、実際にそうだった。

 

「どうして巫女がここに?」

 

アリアが尋ねるが巫女と呼ばれたその女性はつんと顎を突き出したまま微動だにしない。代わりに疑問に答えたのはエルフの指揮官だった。

 

「人族の扱いに陳情があるらしい」

 

強者の風格を纏っていたノルツァーや寡黙な仕事人といった雰囲気の5層指揮官とはまた違い、この里の指揮官はどこか疲れた印象を見せる男だった。

 

「彼らの扱いは将軍から一任されています。外部から指図されるいわれはないはずです」

 

シャンッと金属音が鳴る。巫女の女性が杖で床をついたのだ。

 

「その件については分かっている。しかしだな……」

 

指揮官の男はやりにくそうにちらりと巫女を見ながら言った。

 

「こちらにもいろいろと事情がある」

 

「まだろっこしいのは嫌いなんだ。結局、俺たちは何をすればいい?」

 

ケイの疑問に巫女と呼ばれたエルフが答えた。

 

「余計なことはしなくてよいのですわ。わたくしたちはただ、聖樹様に祈りを捧げればよいのです」

 

「ほう?」

 

ケイが不思議そうな顔をする。

 

「聖樹様はお怒りです。秘鍵など罪を背負ったわたくしたちが求めるべきではないのですわ」

 

「巫女頭殿。口を謹んでいただきたい」

 

指揮官の男は素早く低い声でたしなめた。

 

「いいえ。やめませんわ。われらは聖大樹に逆らうべきではありませんわ。なぜあなた方はそれが分からないのでしょうか……!」

 

巫女は感情を高ぶらせ、ジャラジャラと腕輪を揺らしながら熱弁をふるった。

 

「長きにわたる贖罪の末にわたくしはついに聖樹様のお声をいただけるまでになりましたわ。わたくしたちの苦しみの時は終わろうとしていますのよ。しかしあなた達は聖樹様の慈悲の心を踏みにじり再び罪を重ねようとしております。巫女としてこれは放っておけませんわ」

 

「聖樹の声を聴いただって? 嘘に決まってる。それともついに幻聴でも聞こえだしたのか?」

 

アリアが呟くと巫女はドンっと先ほどよりも強く床をついた。

 

「黙りなさい! 信心を持たぬ穢れ子め! わたくしたちに慈悲を請う立場だということをもうお忘れですか!?」

 

アリアは強く歯をかみしめると黙って俯いた。

 

「聖樹の声ねえ。どんなことを言っていたんだ?」

 

ケイが面白がるように尋ねると、巫女は芝居がかった動作で左手を胸に当てた。

 

「聖樹様は長年にわたる我らの贖罪の祈りを聞き届けてくださいましたの。我々に残ってしまった呪いは疑いなき信仰心のもとに薄れつつあると。そうしてこう約束されたのですわ。やがて呪いが全て浄化されたとき、我らを再び聖域に招き、比類なき恩寵を授けてくださると」

 

巫女は自己陶酔しながら話している間、アリアはぎゅっと服の裾を握りしめていた。強く皺が残るほどに。

 

「なるほどね。で、結局俺たちはどうすればいいんだ?」

 

「聖樹様はあなたたちのことも仰っていましたわ。恐れ多くも秘鍵などをお求めになって、眷属を弑するものですからお怒りになっています。ですが同時に、聖樹様は寛大なお心で以てあなた方にもきっと許しを与えてくれますわ。剣を捨て、ともに許しを請いましょう」

 

指揮官の男は低い声で言った。

 

「巫女頭殿! 越権行為ですよ! これ以上は将軍に報告せねばいけなくなる!」

 

「かまいませんわ」

 

巫女はすまし顔で言った。

 

「わたくしは常に一族皆の繁栄と安寧を願っております。誰かが道を違えそうになったらそれを諭すのも巫女の役目ですわ」

 

指揮官の男は恨めしそうに巫女をにらみながらも口をつぐんだ。それが両者の力関係らしい。

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

ケイが手を挙げた。巫女は小さく顎を引く。

 

「その贖罪クエストってのは報酬があるのか?」

 

「はあ?」

 

巫女は奇妙な声を上げた。

 

「俺たちが贖罪の祈りってやつをささげたら、何かアイテムを貰えるのかって聞いているんだ」

 

「い、意味が分かりませんわ」

 

うろたえる巫女にケイはため息をついた。

 

「意味が分からないのはこっちだよ。キリト、何とかしてくれ。俺がすべてのイレギュラーを消し去ろうとする前に……!」

 

ケイはうずく右腕を抑えたままキリトに話を振った。

 

「お、俺か……!?」

 

キリトは目を白黒させている。

 

「ぶ、無礼ですわよ、人族! わたくしを誰だと思っていらっしゃるのですか!?」

 

「それが分からないから困ってるんだろ!?」

 

ケイは頭を抱えたが頭を抱えたいのはミトの方だった。

なんというかもっとこう、穏便な会話の運び方はできないものだろうか。

 

「そもそも名もなき兵士Aのせいで出現してんだろこの変な女」

 

「それはもしかしないでもボクのことか?」

 

「今、変な女とおっしゃいましたか!?」

 

状況は混迷の一途をたどっている。

 

「だいたい、秘鍵を持ってきてくれって言ったのはそっちだ。なんで俺が贖罪なんてしなくちゃならない」

 

「《秘鍵》を求めるのは一部の兵士たちの暴走ですわ! 我々贖罪派は祈りによる融和を目指していましてよ!」

 

「ノルツァーやカイサラを一部の兵士でくくるのは無理があるだろ」

 

さすがにその名前は大きいのか、巫女は口をつぐんだ。

続いてケイはメニューを操作するそぶりを見せた。ミトからは見えないがおそらくクエストログを見ているのだろう。

 

「どうやら俺たちの神は兵士に協力しろといっているようだ。カーソルもグリーンのまま。贖罪は必要ないってよ」

 

ケイが告げると巫女はこれまでの余裕が剥がれ落ち、たちまち目を吊り上げた。

 

「なんと罰当たりな! 聖樹様のお慈悲を賜らないとは! やはり呪い子に与するものは似た者同士と言うわけなのですね……!」

 

「巫女頭殿、用事が済んだなら……ご退出願おう」

 

指揮官の男はすかさず言葉を挟んだ。

 

「言われなくても、このような罪人たちと同じ空間には居たくありませんわ。穢れが移ってしまいます」

 

巫女はミト達を一睨みすると「後悔しますわよ!」と捨て台詞を吐きながら部屋を出ていった。

 

「いいのか? ボクが言うのもなんだが、あの女に目を付けられると面倒なことになるぞ」

 

アリアが小さな声でケイに確認を取る。

 

「もしヤバそうなら、誠心誠意、謝罪の祈りをささげてみるさ。きっと慈悲深き許しを賜るだろうぜ」

 

ケイがうそぶいて見せるとアリアはクスリと笑った。

 

「口の減らないやつだ。だけど少しスカッとしたよ。あいつはとっても嫌な奴だからな」

 

「話を、してもいいか?」

 

6層の指揮官の男が言葉を発した。

 

「見ての通り、この里は今難しい状況にある」

 

「そのようだな」

 

「我らも一枚岩とは言い難い。表立って反対するものこそいないが、誰もが皆将軍の意向に従っているわけではない」

 

「今のが表立ってないとしたら、エルフはよほど鈍感なんだな」

 

ケイが皮肉を返す。

 

「焦っているのであろう。あれがこうも強硬な動きをするようになったのは最近のことだ。だが、その影響は古くから根付いている。ここのような隠れ里では無視できない存在だ」

 

「それで?」

 

「我々は諸君を指揮下に組み込まない」

 

指揮官はきっぱりと宣言した。

 

「俺たちとは無関係でいたいということか。少なくとも表向きは。もしかして贖罪の祈りとやらをした方がよかったか?」

 

「そこの兵士と行動を共にするのであれば、どのみち同じ結果になるだろう」

 

指揮官の男は疲れをにじませるため息を吐いた。

 

「《秘鍵》はどうする?」

 

「作戦は既に我々だけで遂行中だ。そしてこのまま我々だけで行う。お前たちは別動隊として独自に動くといい。部隊を貸すことはできないが、すべての作戦行動を黙認することはできる」

 

「別動隊とは、よく言ったものだな」

 

「無論、働きにふさわしい褒美は用意しよう。それでは不満か?」

 

ケイは数秒悩んだ後に首を振った。

 

「いや。それで構わない。ただし《秘鍵》は高くつくぞ」

 

 

兵舎を出た後ミト達がアリアに案内されたのは村のはずれにある小さい家だった。驚くことにこの里出身だというアリアの家だという。

 

「なんか私たち歓迎されてないみたいね」

 

リビングのテーブル。椅子に座りながらアスナが不満そうな声をだす。ここに来るまでの道中じろじろと遠慮のない視線を向けてきた村人たちを思い出しての感想だろう。

 

「逆にこれまで奴らに歓迎されたことがあったか?」

 

ケイが聞き返す。

 

「……ないわね。私たちどうして彼らの味方をしているんだっけ?」

 

「カイサラを仲間にするため。あとは成り行きだな」

 

アスナにつられてミトもため息を吐く。

 

「3層と5層の秘鍵は私たちが取って来たっていうのに、兵士たちもあの扱いだしね」

 

指揮官はミト達を持て余しているようだった。別動隊とは名ばかりで具体的な行動指示が出ていないのがその証拠だ。

 

「なんだよ。ボク達はここまでひどい扱いはしてないぞ。歓迎は……してなかったかもしれないけど、きちんと戦力として扱ったじゃないか」

 

「無口で小生意気で愛想が悪い上に兵士としては役に立たない監視役をつけられたがな。ああ、それは今もか」

 

「こら、ケイ喧嘩しない!」

 

アスナがびしっと指をさす。

 

「お前はほんとに嫌な奴だな! ボクは秘鍵を手に入れたときからお前らのことは少しだけ見直してるんだぞ! それをお前は!」

 

アリアが地団駄を踏む。

 

「お前の性格の悪さはあの女といい勝負だ!」

 

「あの女ってのは巫女とか名乗ってたやつか?」

 

ケイが尋ねるとアリアは頷いた。

 

「それ以外に誰がいる?」

 

「なんか邪険にされてたな。何かしたのか」

 

「なにもしてない」

 

アリアは固い表情できっぱりと答えた。

 

「ボクがあいつらのバカげた儀式に付き合わないことで目の敵にしてるんだ」

 

嫌な話題なのだろう。少女の声には明確な敵意があった。

 

「それじゃあ、明日の作戦を練ろうぜ」

 

重くなってしまった空気を変えるようにキリトが話題を提供し、それにミトが乗っかった。

 

「そうね。今回も他のエルフの拠点に工作を仕掛けるの?」

 

「それは無理だ」

 

アリアは腰のポーチから折りたたまれた地図をだし、一点を指さした。地図には円形の大地が描かれ中央に湖が描かれている。そこを中心にして放射状に延びる5つの線は岩山だろう。彼女の指が置かれたのは主街区の隣、北西の第2エリアだ。

 

「この階層のエルフの拠点はここにあるんだ」

 

地図をのぞき込んだキリトが難しい顔をする。

 

「枯れ谷の大地か……」

 

そこはかつての4層のように乾いた大地が続く埃っぽいエリアだった。《水と森の恩寵》を必要とするエルフには攻めづらい場所だろう。

 

「そうだ。この場所には水も植物も存在しない。奴らの城には聖樹があり、豊富な地下水が泉を作っているから大丈夫なようだが。ボク達里の兵士が近づくのは自殺行為だ。十中八九途中で衰弱して動けなくなる」

 

「じゃあ、どうするんだ。俺たちだけで行ってみるか?」

 

キリトが尋ねるとアリアは首を横に振った。

 

「お前らだけで向かったところで何になる。城にはエルフの騎士達が何十人と詰めているんだぞ。何も出来っこない。それよりもボク達が狙うのはこっちだ」

 

アリアは地図の南。第4エリアを指さした。

 

「ここにはリュースラの民が作った封印の祠がある。大地の渇きも許容できる範囲で、活動には支障がない」

 

「また、祠の回収部隊狙いか。ワンパターンだな。対策されてないと良いが」

 

「文句があるならお前は城攻めでもしてきたらどうだ」

 

ケイは無言で肩をすくめた。アリアは鼻を鳴らすと再び地図に視線を戻す。次に彼女の指が動いたのは南西に一直線に走る灰色の線。このエリアと南エリアを遮る岩山だ。

 

「だけど、一つ問題がある。このエリアに行くには岩山の洞窟を抜けなければいけないんだが、ここには厄介な魔物が住み着いているらしいんだ」

 

「エリアボスか」

 

キリトが顎に手を当てた。

 

「里の兵士たちはどうしてるんだ。作戦は進行中らしいが。まさか祠がノーマークだなんてことはないだろう」

 

ケイが尋ねるとアリアは言いづらそうに言葉を詰まらせた。

 

「……兵士たちは里に伝わる秘密の抜け道を使っているんだと思う。だけど、いくらお前たちが相手でも里の外のものには教えられない」

 

ミトが口を開く。

 

「気にしないで。他の冒険者のためにも、私たちは元々この洞窟を開通させるつもりだったから」

 

「すまない」

 

行動方針を決めると次の関心は夕食に移った。ストレージにはダンジョンに籠る時に備えて食事が用意されていたが、せっかく村にいるのならNPCの店に行きたいと考えるのは自然の成り行きだった。

 

「ねえ、せっかくだからアリアも行きましょうよ」

 

「……ボクはいかない……お前達だけで行ってくるといい」

 

アリアはアスナの誘いを断ると、そのまま懐から出した栄養バーのようなものをモソモソと食べ始める。

 

「…………」

 

アスナが視線で助けを求めてくるが、ミトにコミュニケーション能力を求められても困る。キリトに視線を送ったがさっと目をそらされてしまった。ケイに至っては軽い足取りでドアの外に出ていく。

 

「俺さっき宝箱とかおいていそうなでっかい建物見かけたんだ。ついでに探索しに行こうぜ!!」

 

「待て! 油断も隙もないやつめ!」

 

少女はすくっと立ち上がるとキッと外をにらみつけ、小走りでケイの後を追っていった。

 

「まあ、結果オーライというやつだな」

 

何もしていないキリトが満足そうに頷いた。



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アーカイブス 010

フォールンエルフの村は本人たちの言う通り隠れ里なのだろう。もとより外からの来客など想定していないようで兵士のために武器や防具を取り扱う店はあったが、宿屋はなく、食事を提供する店も一件だけある酒場のみだった。

 

だがその酒場の店主は店に入って来たミト達を見ると、ばつが悪そうな顔をした。

 

「今夜は貸し切りなんだ。悪いが他所に行ってくれないか」

 

「他所って言っても……この村の酒場はここだけって聞いたけど……」

 

ミトが言いよどむと、店主は慌てたようにカウンターからでてきた。

 

「とにかく無理なものは無理なんだ。早く出てってくれ」

 

店主はミト達を押し出すように店の外まで出てくると、さっと扉の札をCLOSEに裏返し慌てたようにドアを閉めた。

 

「なるほど。こういう展開になるのか」

 

納得するように頷くケイにアスナが尋ねる。

 

「こういう展開って?」

 

「巫女の話だよ。後悔することになるって言っていただろう」

 

「まさか、嫌がらせでもされているってわけ」

 

ミトの疑問に答えたのはアリアだった。

 

「きっとボクがいたからだ」

 

アリアはフードを目深にかぶり、ケイの服の裾を掴んだまま肩を落としている。

 

「前に食い逃げでもしたのか?」

 

「そんなわけないだろう……」

 

軽口への反応もキレがない。

 

「どうしましょうか。他にお店はないみたいだけど」

 

ミトはあたりを見回す。

 

「やっぱりボクは帰る……」

 

少女が小声で言いかけた言葉をキリトの声が遮った。

 

「なあ、なんか匂わないか?」

 

キリトがスンスンと鼻を鳴らす。

 

「な、なによ……!」

 

アスナがさっとキリトから距離を取るが、キリトはそんなことお構いなしにスンスン鼻を鳴らしながら、一歩、二歩と歩き出した。

 

ミトもまねしてみると、確かにかすかにだが食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。風向き的には酒場の厨房から漏れ出てくる匂いというわけではなさそうだ。

 

「時間的にはNPCも食事を始める頃合いなのかもな」

 

ケイが村を見回す。

 

「行ってみようぜ。ごちそうしてもらえるかも」

 

キリトの言葉にアスナが呆れたように腰に手を当てた。

 

「そんなことあるわけないでしょ」

 

「いえ、そうとも言い切れないかも」

 

ミトは異論を述べた。

 

「このゲーム、結構NPC民家の役割が多いのよ。始まりの町の宿屋もINNの看板が出ている場所は少なくて、実際は家主に交渉して部屋を貸してもらう方が一般的なくらいだし」

 

「それにただの宿屋より民家の方が待遇は良かったりするしな。俺がベータ時代に愛用していた1層の農家なんかじゃ広々とした2階を全部貸し切れるうえに、風呂あがりにうまい牛乳も飲み放題だったんだぜ」

 

「お風呂? じゃあ、この村でもどこかにお風呂を貸してくれる家があるかもしれないってこと?」

 

アリアの家には簡単なシャワーはあるものの浴槽はついていなかった。そのことを残念がっていたアスナは目の色を変えキリトに顔を向ける。

 

「お、おう。でもまずは食事が先な」

 

「わかってるわよ。ほら、早くいきましょう」

 

風向きを確認してはスンスンと鼻を鳴らし先導するキリトはまるで犬みたいだとミトは思った。幸いにして忠犬キリトは道に迷わず、匂いの元へすぐにたどり着いた。

 

立派な家だ。生木を切れないという制約のためか土壁が多用されているこの村の家はどこか地味で質素な印象を受けることが多かったが、この家は違う。土台はしっかりとした石造りで重厚感があり、壁は白いタイルで装飾されている。

 

問題の匂いはこの家の煙突からなびく白い煙が元のようだった。

 

「この家だ。俺が探索しようとしていた場所」

 

ケイをたしなめるようにアリアが袖を引く。

 

「迷惑をかけるなよ。ここに住んでいるのは里の長老だ」

 

「長老か。物知りなのか?」

 

「里では一番」

 

「そうか。じゃあ、むしろ訪ねないわけにはいかなくなった。俺たちはこの階層の守護獣の情報を求めている」

 

そういってケイは止める間もなくドアをノックした。

 

「あっ勝手なことを……!」

 

アリアは不満げに口をとがらせる。

 

「開いておるよ。用があるなら入ってきておくれ。こちらは今手が離せないんでの」

 

長老の家は山奥のロッジを彷彿とさせるような間取りだった。日本式家屋ではないため玄関はない。廊下もなく、ドアの向こうがいきなり大きなリビングに直結している。右側の壁には暖炉に薪がくべられ向かいにはローテーブルと大きなソファーが置いてある。それとは別に部屋の中央には8脚の椅子が備えてあるダイニングテーブルまであり、誰かを家に招いても不自由する心配はなさそうだ。

 

声の主、この家に住むという長老は暖炉を真剣な表情で見つめていた。視線の先にあるのは串焼きだろうか。炎から程よい距離に刺さった金属製の串には小ぶりな肉が刺さっており、老人はそのうち一つを手に取ると壺に入ったたれを塗り込み再び火にくべる。

 

匂いの原因はあれだろう。今もミト達の目の前でジュージューと炙られるたれ付きの肉はてらてらと炎を照り返し、得も言われぬ香りを部屋に充満させている。

 

「時にご老人」真っ先に部屋に入ったキリトが素早く長老に近づくと真面目な顔で語りかけた。「そのお肉はいくらで譲っていただけますかな?」

 

「ほほほほほ」

 

老人はにっこりキリトに微笑んだ。それだけだった。

 

キリトがそーっと手を伸ばすとザンっと老人とは思えない動きで繰り出された鉄串が暖炉の灰に突き刺さる。キリトはすごすごと戻って来た。

 

「なあ、ケイ《秘鍵》と交換だったらいけると思うか?」

 

「ばかなこと言うんじゃないわよ」

 

アスナが呆れた顔でため息を吐く。

 

「あっ、じゃあアスナはもし串焼きが手に入ってもいらないんだな」

 

「そんなこと言ってないでしょ! ミト、なにかいい考えはないかしら?」

 

なにを馬鹿な事をとはミトも思えなかった。この食欲をそそる匂いは間違いなく醤油かそれに準ずる調味料だ。アインクラッドの町には色々な国籍の料理を出す店が軒を連ねているが、不思議と醤油味の食べ物というのには出会ったことはなかった。

 

そのことに思い立ってしまうと、漂う香りは鼻腔を突き抜けミトの日本人としての魂を揺さぶってくるようで。

つまり、ありていに言ってしまえばミトも食べたい。

 

「俺に一つ考えがある」

 

やはり頼りになるのはこの男だ。そう思ってミトが振り返るとケイは剣の柄に手をかけていた。その後ろではエルフの少女がシャレにならない目付きで彼を見張っている。

 

「冗談よね……?」

 

恐る恐る尋ねるとケイは軽く肩をすくめた。

 

「なあ、お爺さん。ものは相談なんだが、その串焼き……いや串焼きはいい。そのタレだけでも分けてくれないか? お礼は《フォレストラビット》の肉をおすそ分けってことで」

 

「ほう……?」老人はピクリと眉を動かすと、先ほどよりも感情のこもった笑みでタレの入った壺を差し出してきた。

 

「そういうことならば、存分に使うといい」

 

 

ということでミト達は急遽、長老宅の台所を借りて料理をすることになった。初めはレストランを探し、その次は料理を食べさせてくれるNPCを探していたはずだが、何がどうなったのかミト達がNPCに料理をふるまうことになってしまった。

 

だが、醬油味のタレのためなら惜しくはない。

 

「ふっ、つくづく倒せてよかった。いや、こいつはこうなることをわかっていて俺たちの前に現れてくれたのかもな……」

 

キリトが遠い目をしながら取り出したのは今日の探索中に偶然遭遇した《フォレストラビット》のお肉だ。

 

SAOのモンスターはアクティブモンスターとパッシブモンスターの2種類が存在する。前者はプレイヤーが索敵範囲に入ると問答無用で襲い掛かってくる好戦的な敵で、後者はこちらから攻撃するまで襲い掛かってこないおとなしいモンスターだ。

 

しかし、中には稀にこの分類に従わないモンスターも存在する。こちらを発見するや否や一目散に逃げだすレアエネミーがその典型であり、《フォレストラビット》もベータ時代に数件の目撃情報が上がっていた有名なレアエネミーの一体だ。

 

各階層の森エリアで稀に見られると言われているこのモンスターは、広い索敵範囲と逃げ足の速さからベータ時代にはついに撃破報告が上がらなかった。ミト達もケイの高レベルな索敵と隠蔽による先制攻撃が決まらなければ倒すことができなかっただろう。

 

そうしてドロップしたのがこの食材アイテムというわけだ。こういうゲームのお約束ではレアエネミーは多くの経験値を持っていたり、有用なアイテムをドロップしてくれるものなのでミトとしては少しがっかりしたのだが、これに食いついたのはキリトだった。

 

レアエネミーからドロップする食材など絶対美味しいに違いないと喜び、大切にストレージに保管していた。それをここで使ってしまうらしい。いや、あの肉を一番おいしく食べる方法をこの香ばしい匂いに見出したのだろうか。

 

まな板の上に肉が乗る。ウサギから取れるものだからだろう、ずいぶんと小ぶりだ。それを前にして包丁を持ったキリトが固まった。

 

「なあ、俺《料理》スキルを取ってないんだが、包丁を入れたら耐久度がなくなって食材がパアなんてことにはならないよな?」

 

「じゃあ、他のもので試してみたら。どのみちそのお肉だけじゃ足りないでしょ」

 

「それもそうだな」

 

アスナに言われてキリトはいったんウサギ肉をしまうと、脂ののった塊肉をだし一口大にカットすると串に通していった。幸いにもこのくらいの工程ならばスキルがなくとも大丈夫なようで、キリトが危惧したような展開にはならなかった。

 

「私も手伝うわ」

 

ミトが腕をまくるとアスナも隣にならんだ。

 

「私、次のスロットが解放されたら取ってみようかしら、《料理》スキル」

 

「いいんじゃない。次は簡単な串焼きじゃなくて、ハンバーグとかシチューとかにしてもおいしそうよね」

 

準備は手早く進んでいく。ケイは出来上がった串を暖炉に運び、長老と共に焼き具合を確かめている。食材は肉ばかりではなく、魚を丸ごと豪快に焼いてみたり、暖炉の灰の中で焼き芋を作ったり、簡単なスープもついて下手なレストランよりも豪華な食卓になった。

 

「おいしい……!」

 

アリアも串焼きを食べ、ひそかに目を丸くしていた。食事中の口数は少なかったが、その表情を見れば彼女も満足してくれたであろうことは疑いようもない。

 

ミトはアスナと目を合わせてひそかに微笑みあった。

 

食後、上機嫌な老エルフがふるまった、香りのよいハーブティーを楽しみながらゆったりとした時間を過ごす一行の中で、ケイが思い出したように口を開いた。

 

「なあ、爺さん。俺たちはこの階層の迷宮区を攻略するつもりなんだ。待ち受けるボスについてなにか知ってることはないか?」

 

ミトは緩んだ表情を引き締めて耳を澄ませた。老人はケイに目を向けると一度マグカップに口をつけ、長い口髭の奥からゆっくりと言葉を発した。

 

「……天柱の守護獣は摩訶不思議な数字とパズルの怪物じゃ。かの魔物に触れられるのは難解な謎解きに挑み、知恵を示した者だけだと言われておる」

 

「……数字とパズル? ねえ、もしかしてだけど……」

 

どこかで聞いたことのあるような組み合わせに想像力を掻き立てられたアスナはこわごわと周りを見渡した。

 

「ここのボスって殺されたパイサーグルスさんの怨霊だったりしないかしら……?」

 

「い、いやさすがにないだろう……ここのボスは手足の生えたルービックキューブのはずだぞ」

 

ベータの知識でキリトが答える。

 

「でも、これまでだってボスは変更されてたじゃない」

 

「それは、確かに。でもそうすると領主クエストがなぁ……」

 

キリトが首をひねっていると長老が意外な反応をした。

 

「パイサーグルスか、懐かしい名を聞いたな……」

 

「爺さん。パイサーグルスを知っているのか?」

 

キリトが反応すると老人は一度頷いた。

 

「お互い長く生きていると奇妙な縁を持つこともある……。かの御仁とはスタキオン建立以前からの付き合いじゃ。それにしても、そうか、殺されたのか……」

 

「いえ、まだ殺されたって決まったわけではなくて……」

 

アスナはスタキオンのクエスト内容と、ベータ時代の結末をあくまで予想だがと前置きして語った。

 

「……その予想は正しいじゃろうな。あの御仁が我を忘れるほどの怒りなど抱けるはずもない。ましてや、たかだかパズルを巡って人族を殺すなど考えられはせん。解けないパズルなど渡されれば、むしろ喜んで何年でも頭を悩ませ続けるだろうよ。なにせ時間はたっぷりとある」

 

ケイが尋ねた。

 

「さっき爺さんはスタキオン建立以前からの付き合いだと言っていたな。パイサーグルスは何歳なんだ?」

 

「正確な年齢は分からない。じゃが、人族の範疇は超えておるじゃろうよ……。ともすれば儂より長く生きておったかもしれない……」

 

「ええ!? もしかしてパイサーグルスさんって人間じゃないんですか?」

 

アスナが驚きに目を丸くする。ミトもベータ時代には明かされなかった設定に興味をひかれた。

 

「詳しいことは分からぬ……。じゃが、人族というよりはわれらエルフに近い存在であった……」

 

老エルフは目を細めると、姿の見えぬ誰かに祈るように黙祷をささげた。

 

「……それで、守護者がかの御仁の怨霊かという話じゃったが、それはありえないじゃろう……。パイサーグルス殿は生前、天柱に挑み守護獣を調伏しておる」

 

老人は目を開けるとアスナにそう言った。

 

「えっと、じゃあもうボスは倒されているってことですか?」

 

「倒すまでには至っておらん。あくまで調伏しただけじゃ。彼は守護獣の摩訶不思議な力を奪い取り、街づくりに利用したのじゃ」

 

「街づくり?」

 

言葉を肯定するように老人は頷く。

 

「おぬしらも見たじゃろう。スタキオンの町はすべてが小さな立方体で作られている。あれこそが守護獣から奪い取った力の御業じゃ。かの魔物の力を封じ込めた黄金のパズルを手にもち《ブレイク》と唱えれば無機物はたちまちそのまとまりを失い小さな立方体に分解されてしまう。立方体は《バインド》の力により自在につなぎ合わせることもできる。パイサーグルス殿はそうして森と岩ばかりのあの地にたったの7晩で立派な街を作り上げた」

 

あの町の隠された設定にミト達が驚く中、ケイは即座に疑問を口にした。

 

「《バインド》や《ブレイク》ってのがプレイヤーに使われたらどうなる?」

 

「ブレイクが意味を成すのは金属や植物だけじゃ。ネペントなどなら効果があるが、人には効かぬよ。直接はな。しかし身に着けている武器や防具は壊れてしまうじゃろう……。そしてバインドだが、これは人にも効果がある。一時的にではあるが体が地面につながって動かなくなってしまうのだ。ゆめゆめ気を付ける事じゃ」

 

「その力は元は守護獣のものなんだよな。まさかボスも使ってくるのか!?」

 

キリトが顔を青ざめさせた。ミトも顔を引きつらせる。ブレイクとバインドはどちらも厄介極まりない特殊攻撃だ。装備が破壊されてしまえば戦力低下は避けられないだろうし、拘束攻撃を受けてしまえば追撃は免れない。何の対策も持たずに挑めば甚大な被害を受けることになるだろう。

 

「いや、その心配はない。パイサーグルス殿は優れた術師でもあったのだ。黄金パズルの魔力の源は確かに守護獣から奪った力であったが、それを今のように引き出しているのはパズルに施されたまじないの力によるものじゃ」

 

「ならよかった」

 

キリトが安堵の息を吐いた。

 

「じゃあ、ボスはどんな攻撃をしてくるんですか?」

 

ミトの質問に長老はゆるゆると首を振った。

 

「わからぬ。わしも直接は見ておらんでの。パイサーグルス殿がいうには、やはり知恵を示した者だけが守護獣に挑むことができるとのことじゃ」

 

それからミト達はどうにか情報を聞き出せないかと質問を重ねた。中には興味深い昔話を聞きだせるものもあったが、ボスに関してはこれ以上有用な話は得られなかった。話題は次第に脱線していき、ケイがベータ時代の話に触れた。

 

「そういえば、知り合いの冒険者から聞いた話だとこの周辺には《瞑想術》を得意とする老人がひっそり暮らしているらしいんだ。爺さんは知ってるか?」

 

《瞑想》はベータテスト時代に唯一その存在と獲得方法が知られていたエクストラクエストだ。習得クエストをくれるNPCが6層西の湿地帯、つまりこのエリアにいるというのも有名な話だった。

 

「……ほう? 人族に出会ったのは久しかったはずじゃが。奇妙な噂もあるものじゃ……」

 

老エルフは興味深そうに片眉をあげると、一度頷いた。

 

「まあ、よい。いかにも儂が瞑想術の達人にして伝道師であるよ。して、お主らは《瞑想術》の習得をお望みか?」

 

老人の頭上に【?】マークが出現する。クエスト開始のフラグだ。ここで頷けばこのまま瞑想スキルの修行に移るのだろう。

 

「ちょっと待ってくれ。今考える」

 

キリトが老エルフに断りを入れると、皆を見た。普段ならエクストラスキルと聞けば真っ先に飛びつきそうなものなのに、今はどこか迷っているように見える。

 

「どうする?」

 

「どうしましょうか?」

 

ミトもあいまいな返事を返す。キリトが悩んでいる理由は彼女にもよくわかった。ベータテストでは《瞑想》スキルの効果はとにかく微妙で使いどころに乏しかったのだ。

 

「ねえミト、瞑想術っていったい何なの?」

 

アスナは話の展開についていけないように目をパチクリとさせている。

 

「このゲームには特殊な条件を満たさないと習得できないエクストラスキルがあるって話はしたわよね。《瞑想》もその一つなの。」

 

「エクストラスキル? イスケさん達の《体術》やケイさんの《吟唱》みたいな?」

 

ミトが頷くとアスナは明らかにひるんだ様子を見せた。

 

「わ、わたし髭の落書きなんていやよ」

 

ケイが《体術》スキルの習得クエストの際に顔に髭の落書きをされていたことを思い出したのだろう。初対面の時はイスケやコタローのように顔の下半分を覆うマスクをしていたので分からなかったが、その後食事の際などに彼の顔にある特徴的なフェイスペイントを見たときは相当特殊なセンスの人なのかと驚いた記憶がある。今となっては笑い話だが。

 

「うっ。いやでも、瞑想術のクエストは体術ほど面倒じゃなったはずだし、あんな特殊なイベントは起きなかったはずだ」

 

あの後ちゃっかり自分も《体術》を習得しに行き、被害にあったキリトが頬を抑えながら老人に聞いた。

 

「なあ、爺さん。瞑想術の修行って何をするんだ。何かいたずらとかされたりしないよな」

 

「瞑想術の修行は瞑想そのものじゃ。そうじゃのう。心を静め一時間も瞑想を維持できるようになれば、まずは及第点といったところか。……いたずらはされたいというのなら考えてやろう」

 

「い、いや。遠慮しておきます」

 

キリトは俊敏に首を振ると、ミトとアスナに目配せをした。

 

「とりあえず覚えるだけ覚えておく、ってことでいいか?」

 

「それでいいんじゃないかしら? ケイもそれでいいわよね?」

 

ミトが会話に参加してこないケイに話を振ると、彼は興味なさげにお茶を飲んでいた。

 

「いや、俺は遠慮しておくよ。使い道が思い浮かばないからな」

 

「どういうこと?」

 

アスナが尋ねるとケイは指を2本立てた。

 

「《瞑想》の効果は2つある。HPの回復速度上昇と状態異常耐性バフだ。だが、戦闘の前に数十秒も瞑想をする時間を確保するのは現実的じゃない。使えるのはボス戦くらいだろうけど、ボスの使う状態異常は少しばかり耐性スキルを上げたくらいじゃ防げそうにない。HP回復に関してももっと汎用的な《戦闘時体力回復》を取った方が役に立ちそうだ」

 

ケイの言葉はベータテスターが《瞑想》スキルを低く評価した理由そのものだった。

 

「そ、それでも俺はエクストラスキルの可能性を信じるぞ」

 

ミトはケイの言葉にやっぱり習得は先送りでいいかと思いかけたが、キリトは逆にやる気をだした。ケイはその言葉に一度考えるそぶりを見せる。

 

「可能性か……。確かにベータ時代の情報を過信しすぎるのもよくないな。正式版ではクエストNPCも変化しているようだし、そもそも以前はスキルレベルが低い時点での評価だ。大器晩成型のスキルという可能性も否定できない」

 

ケイは口元に手を当てると、老エルフに視線を向けた。

 

「そこのところどうなんだ?」

 

「ほほほ。そなたは多少瞑想への理解があると見える。じゃが、瞑想とはまことに奥が深きもの。入り口に立ったくらいでは深淵は見通せまいよ」

 

「ではそこには何がある。伝道師殿」

 

「それは己の精神で感じ取るものじゃ。……だが、それでは納得しなさそうであるな。いうなれば瞑想の極致とは精神の盲目と束縛からの解放にある。なればこそ、極めれば覚醒に至ることもできよう」

 

「覚醒?」

 

聞きなれない言葉をミトが復唱する。

 

「然り。瞑想術とはすなわち自己を見つめなおし内なる世界を見出すもの。世界に意識をめぐらし、外なる世界を感じ取るもの。内と外、二つの世界が一つに重なる時、心身は肉体という軛から解き放たれ、真なる自由を得ることじゃろう」

 

「なんだかよくわからないが……」

 

ケイは口角を釣り上げた。

 

「面白そうだ。やってみよう」

 

老エルフの頭上のマークが【!】へと変化する。クエストの受諾状態へと移行したのだ。

 

「お主もやってみると良い」

 

「……ボクは遠慮しておきます」

 

「瞑想には聖樹の呪いを鎮める効果もある」

 

アリアは最初老エルフの誘いを断っていたが、続く言葉で考えを改めたようだ。ミトはNPCがエクストラクエストを習得することなんてできるのかと疑問に思ったが、止める理由もないので流れに身を任せた。

 

皆がテーブルから降り暖炉の前に車座になると、老エルフは言った。

 

「ではまずは、瞑想の型を伝授しよう。わしの動きを真似してそのまま1時間維持してみよ」

 

老人は座禅を組むと手の平を上に向けて膝の上に置いた。

 

「ゆっくりと呼吸を行い、そのまま、精神を静かに保つのだ」

 

パチパチと薪の爆ぜる音だけが静寂に響いている。

瞑想術は目を開けたまま行うらしい。ミトは老人に言われるがままに頭を空っぽにした。時折浮かんでは消えていく考え事を極力頭から追い出す。身じろぎもせず、頭も使わずにいると、確かに感覚が研ぎ澄まされていく感じがする。自身の心音に呼吸音。誰かの小さな衣擦れの音。暖炉の熱。床の感触。空気に残った食べ物の匂い。

 

1時間は想像より早く経過した。

 

「ここまでで良かろう。これでお主たちも瞑想術の戸口には立てたはずじゃ」

 

ふう、と皆がこわばった息を吐き背筋を丸めた。ミトは自分のスキルスロットに新たに《瞑想》の選択肢が表示されたのを確認するとひそかに笑みを浮かべた。

 

「して、これからさらなる《覚醒術》の修行に入る。お主らは3時間瞑想を維持するよう努めるのじゃ。ただし、今度は儂が瞑想の邪魔をする。心を乱されれば修行は最初からじゃ、良いな」

 

そのまま《瞑想》の極致にあるという《覚醒術》の修行に入ったミト達であったが、修行は一筋縄ではいかなかった。3時間という長さもそうだが、鼻歌を歌ったり、話しかけてきたり、またあの串焼きを作り出したりと老エルフの妨害がことさらに厄介だ。5感から刺激が入るたびにミトの集中は乱れ、なんども老エルフからやり直しの宣告を受けた。

 

そもそもNPCにミトの精神状態なんてわかるのかと疑問に思ったが、考えてみたらこうして体を動かしているのだって脳波を読み取っているからなのだ。集中力の有無や大まかな感情を読み取るくらいはできても不思議ではない。なによりあてずっぽうにしては老エルフの言葉は的確過ぎた。

 

苦戦しているのはミトだけではない。アスナもキリトも集中を切らしてはリトライをし、アリアにいたっては早々に習得をあきらめてソファーでハーブティーを飲みだした。

 

ケイのことは本当に分からない。この男だけは一度も集中を乱さずに死んだような目で静止し続けている。

 

結局アスナは覚醒術の修行が開始してから1時間後に4度目のやり直しの宣告を受けてあきらめてしまった。いや、もともと彼女の興味は長老宅の浴室にあったのだから本懐を果たしに行ったとみるべきか。しばらく後、髪をしっとりと濡らし肌を赤く染めた彼女は、満足そうな表情で長老宅から出て行ってしまった。

 

それから1時間後、ケイはついにノーミスで《覚醒術》を習得し、部屋を出ていった。

 

「ほほ。末恐ろしい男じゃわい」

 

老エルフが茶碗を叩く箸の動きを止め彼を見送った。

 

長老の大きなくしゃみに驚き6度目の再スタートを宣告されたミトは、ソファーに座って徒労感と戦っていた。時刻は既に11時に迫ろうかとしている。今から3時間と考えれば習得は深夜になるだろう。頭ではアスナのように諦めてしまうことが最善だとわかっているが、素直にその選択を選ぶのには抵抗がある。

 

これはミトの持論だが、格ゲーマーに負けず嫌いでない人間はいない。

この難易度の高いクエストに対して久しぶりにミトはそのことを思い出していた。命の危険もないというのなら意地を抑える必要もない。

 

とはいえ、現実はもどかしいばかりだ。

ミトは何かがつかめそうで、するりと指から抜けていくような感覚を覚えていた。最初の5分程度は乗り越えられるのだ。だが数時間となるとどうしても集中力が切れ雑念が入ってきてしまう。

 

悩むミトに30分前から座禅を組んでいるキリトが静かに独り言を言った。

 

「心を無にすると刺激に対して却って無防備になる。ただ静かに一つの物事を集中して考え続ける方が良い」

 

老エルフはキリトに失格を告げなかった。彼は話しながらも瞑想状態を維持し続けていたということだ。そしてそれはアドバイスの有用性を証明していた。

 

ミトは再び座禅を組む。彼女は暖炉の前に陣取っていた。

 

キリトのアドバイスを実行に移すとして何を考えればいいのか。

現実のことは気が滅入りそうでやめた。ゲームの未来を考えると不安に押しつぶされそうでやめた。仲間のことを考えるとどうしてもアスナが出てきてしまい、やはり現実のことを意識してしまうのでやめた。

 

結局、ミトはただ一心に揺らめく炎を見つめ続けた。無限に姿を変え続けるオレンジの光はいつだってミトの予想と違う動きを見せた。いつまでだって見つめていられた。

 

彼女が課題をクリアしたのはキリトが小屋を去ったさらに後、深夜2時半を過ぎてからだった。

 



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アーカイブス 011

翌朝のミトは上機嫌だった。

深夜に帰った小屋には起床時間を8時半に変更する旨が書かれた書置きがあった。フレンドメッセージではなくわざわざ紙を使った連絡を選んだのは瞑想中の集中力を乱さぬようにという配慮だろう。

 

朝一番のシャワーの後にスキルスロットを確認し、そこに見つけた《瞑想》の文字は知らず彼女の口角を持ち上げた。SAOのソードスキルには一定の熟練度ごとにスキルモディファイ――MODと呼ばれる追加能力を獲得することができるのだが、エルフの長老の話によると《覚醒》は《瞑想》の派生スキル、エクストラスキルをクリアしたものにしか選択できない隠されたスキルMODなのだそうだ。

 

隠しスキル。それもベータ時代の誰も発見できなかったレアスキルだ。1万人を超えるプレイヤーがいる現在でもこのスキルの存在を知っているのはミト達だけであろう。

何度か諦めかけるくらいの高難易度のクエストの果てに得られた特別なスキルの存在は、ベータテスト時代でもひたすらに最前線を目指した彼女の心を満足させるのに十分な効果を発揮した。

 

「もう、ミトまたニヤニヤして。そんなにうれしかったの?」

 

「ふふふ。いずれアスナにも分かるわよ」

 

ミトの目には《瞑想》の文字がかつてより重く、そして魅力的に映っている。まだ見ぬ覚醒スキルMODの効果を想像するだけで心が弾んでしまうほどに。

 

「でもそれ、使わないスキルなんでしょ」

 

アスナの言う通り、残念ながら今のミトにはスキルスロットには空きがないため《瞑想》スキルを試してみることはできない。SAOでは一度外したスキルは熟練度が0になってしまうため、気軽に付け替えてみることも不可能だ。

 

さらに言えば次のスキルでは生存能力に直結する《軽金属防具》か《戦闘時体力回復》を取得するつもりであり、瞑想術にはしばらくお目見えの機会が訪れないだろう。

 

だがそれでもいいのだ。苦労して手に入れたレアスキルのありがたみは、単なる強スキルとは別物なのだから。

 

繰り返すが、ミトは上機嫌だった。

 

 

いつもより遅めの朝食の席でケイは今日の予定を話した。とはいってもその内容は昨晩皆で決めた通りのものであり、新しい内容は含まれていない。

 

「今日の午前中はエルフの封印の祠を目指す。さしあたっての課題は祠のある南エリアに続く洞窟ダンジョンとそこに待ち構えるエリアボスだな。アリア。ボスの情報をもう一度話してくれ」

 

「……洞窟に住み着いたのは誰が作ったのかも分からない魔導ゴーレムだよ。見た目は4色に輝く不思議な水晶でできた8本腕の奇妙なオブジェって話だ。それと軽く戦った兵士が言うにはすごく硬くてダメージを受け付けなかったって」

 

「ということでおそらくはギミックボスだな。詳しいことは見てみないと分からないから、まずは向かってみよう」

 

早速ミト達は湿地帯から新たなエリアへ向かった。途中エリアとエリアの境目にはこれまでと同じように登攀不可能な高さの岩山が存在しミト達の行く手を遮ったが、しばらくふもとを進むと洞窟の入り口があった。

 

「こんな所でもパズルなわけ……?」

 

洞窟の入り口でアスナがげんなりとした声をあげた。

 

「エルフの兵士もこれを解いて進んだのか?」

 

キリトが尋ねるとアリアはフルフルと首を振った。

 

「こんな扉があるなんて聞いてない。多分最近できたんだろう」

 

スタキオンからは相当離れているはずだが、このダンジョンにも旅人の呪いとやらの影響は健在らしい。いや、エルフの長老が言うにはパズルが町を浸食しつつあるのは怨念などでもなく、単に術者が死んだことでまじないが綻び始め、黄金キューブから守護獣の力が漏れ出しているのが原因らしいが、とにかくこのダンジョンでもパズルの扉が立ちはだかった。

 

扉には正方形に区切られたマス目のいくつかに色のついた数字が書いてあった。扉の下にはこのパズルのルールが書いてある。ミトはルールを読み上げた。

 

「【数字は隣接する8マスに存在する同色マスの数を表している。数字は書いてある色のマス1マスとして数える】」

 

キリトが無造作に数字の書かれていないマスに触れると、白かったマスが赤く光り、再び触れると緑、青、白と変化した。

 

「なるほど。塗り絵パズルみたいだな。とりあえずこの赤色の9の周りは全部赤くしとけばいいわけで、その隣の青の3は、緑の3との兼ね合いを考えて下3マスを青くすると……なんだかマインスイーパーみたいだな」

 

ルールが分かれば時間はかからない。一つ目の扉ということもあり扉の謎はすぐ解けた。次の部屋にはモンスターがいたものの、このメンバーの脅威になるほどの強さではなく排除に時間はかからなかった。

 

「次の扉は……【数字は隣接する8マスに存在する同色マスの数を表している。ただし同色を並べて塗ることはできない。数字は色のついたマスとして数えない】か。さっきの奴のバリエーション違いだな」

 

この問題もパズルに強いという意外な特技を発揮したキリトがスラスラ解いていく。そして出てくるモンスターは、やはり全体的に弱かった。この洞窟の本当の試練はパズルということだろうか。

 

ミトにアスナ、キリトにケイ、そしてアリアを加えた一行は洞窟ダンジョンを30分程度で踏破し、最奥に陣取る妙にカラフルなゴーレム――これも部屋にあるパズルギミックで弱体化するタイプのボスであった――も問題なく撃破した。

 

「くそ、なぜだ。なぜ解けない!」

 

この洞窟最難関のパズルは最後の扉ではなかった。むしろボス部屋の扉にはパズルがなく、ボスを倒すことで簡単に開けられるようになった。これまでスラスラとパズルを解いてきたキリトを苦しめているのは倒したボスの胴体が消滅せずに変形した宝箱だった。ご丁寧に経験値こそ得たものの、ボス撃破のドロップアイテムはなく、この箱を開けて入手しろということらしい。

 

「ええと、あそこを赤にすると、こっちが青になって……やっぱり全部は決まらないわね。どこか見落としてるのかしら」

 

アスナがキリトの後ろから宝箱の蓋をのぞき込み、これまでと同じ塗り絵パズルの解読に挑んでいる。ミトも一緒になって頭をひねるが、どうにも空白地帯が埋まらない。

 

「もう適当に塗ってみるしかないだろ……」

 

ぴたりと腕の止まったキリトにケイが声をかける。

 

「でもケイさん。こういうのって当てずっぽうじゃ開けられないようになってるんじゃないですか?」

 

「その可能性はある。楽観的に考えるなら不正解だと新しい問題に切り替わるとかだが、一度間違えたらロックがかかって開けられなくなるなんて展開もあるかもしれない」

 

「お、おい。怖いこと言うなよ」

 

キリトが焦った顔で振り向く。

 

「キリト君! あなたにかかってるんだからね」

 

「頑張りなさい」

 

「任せたぞキリト」

 

埋まらない空白地帯のうちの一つを運頼みで赤く塗る決心をしたキリトは、まるでドラマに出てくる時限爆弾の解体シーンのようにさんざん悩んだ挙句に右上のマスに触れた。途端に白かったマスが赤く染まり、白抜きで2という文字が浮かびあがった。

 

「な、なに!?」

 

「……もしかしてこれ、最後の問題は赤、青、緑の3色じゃなくて、赤、青、緑、白の4色ってこと?」

 

「意地の悪い問題ね。扉じゃ4色目は黄色だったのに」

 

アスナの考察にミトも同意する。

 

「そんなバカな……今までの苦悩はいったい……」

 

がっくりと肩を落としてダメージを受けるキリトの後を継いだアスナは種が分かれば悩むことはないとばかりに勢いよく残りのマスを埋めていった。

 

 

◇◇◇

 

 

約1名が精神的にダメージを受けた以外は順調に南エリアに到着した一行は先頭をフォールンエルフの少女に譲った。ダークエルフの封印の祠の場所は大雑把にはクエストの目的地としてログから確認できるが、正確にどこにあるかまでは分からないからだ。

 

祠はフォールンエルフの兵士にとっても作戦上の要衝だからか、アリアは迷うことなくミト達を先導した。

 

ミトの脳裏に5層の記憶がよみがえる。あの階層で祠を見張った時はクエストクリアまで1時間以上かかったのだ。今回も長期戦になるかもと、げんなりした表情をする。

 

しかし、予想に反して変化はすぐに訪れた。

あまり視界の良くない岩場ばかりのフィールドで手ごろな障害物に隠れながら祠を見張っていたミト達が、こちらにやってくるダークエルフの一行を発見したのはこの場についてからわずか5分も経っていない頃だ。

 

彼らの中に見知った姿を見つけていなければ、きっとアスナもキリトも喜んだに違いない。

 

人影は3つあった。そのうち二人は場違いな忍者装束に身を包み、腰には円形の投擲武器をつるしている。あれほど特徴的な外見を見間違えるはずもない。イスケとコタローだ。彼らもダークエルフ陣営についてキャンペーンクエストを進めていたのだが、それならば秘鍵を回収するために封印の祠に訪れても不思議はない。

 

どうするのかとミトがケイに視線を向けたとき、彼はのんきに祠の前を歩いていた。

 

「よお、イスケ、コタロー。奇遇だな」

 

「なっ、ケイ殿!? それにキリト殿も! いったい何事でござるか」

 

「いやー俺たちのエルフクエストも秘鍵関係でね。ダークエルフの回収部隊に用があったんだ。ああ、そう警戒するなよ。戦うつもりはない」

 

「ケイ! 何やってんだ、クエストが」

 

ケイの近くで隠れていたキリトが遅すぎる忠告をするが、ケイはまるで堪えた様子がなかった。

 

「今更だよキリト。俺たちはイスケやコタローを襲うことはない。そしてうちのエルフだけじゃダークエルフ一人にすら勝てない。この状況になった時点で結末は決まってるんだ。だったら隠れるかどうかはクエストの成否に関係しない。だろ? それともイスケ達のクエストを失敗させて秘鍵を奪うか?」

 

「そういうわけじゃ……」

 

ミトはため息をつくとアスナと一緒に岩陰から出ていった。ダークエルフは警戒の視線を向けてくるがケイの言う通りミト達には戦う意思はなかった。

しかし、フォールンエルフの少女はその限りではなかったようだ。アリアは勢いよく物陰から飛び出し、ケイの服を掴んだ。

 

「ケイ! いったいどういうつもりだ!?」

 

「どうもこうも、今言ったとおりだよ。彼らは俺らの仲間だ。だから戦わない」

 

「戦わない…………? 秘鍵はどうなる?」

 

「今は諦めてもらうしかない」

 

「ふざけるな!!」

 

初めて聞いた大声だった。

 

「この土壇場になって裏切るのか!?」

 

「裏切るも何も、こいつらは俺の仲間なんだって。襲ったらそれこそ裏切りになる」

 

「仲間……? ボクは? ボクは仲間じゃないっていうのか!?」

 

アリアは混乱したように瞳を揺らしながらケイに詰め寄った。

 

「なんといわれても、俺たちは人族同士で争うことはしない。絶対にだ」

 

アリアは一度俯くとその目に憎悪をたぎらせてケイをにらんだ。

 

「やはり……人族にとっては、ボクらの興亡などどうでもよいのだな!」

 

ミトもアスナもキリトも彼女に見つめられても何も言えなかった。

 

「……お前らは他の奴とは違うって、思ってたのに……」

 

ぼそりと呟かれた言葉が胸に刺さった。だが、何もすることはできない。

現実問題としてイスケ達の邪魔をするのはためらわれたし、そもそももう彼らには見つかっている。作戦はほとんど失敗しているようなものだ。

 

「ボク一人で戦う……!」

 

彼女はミトの眼前で腰から剣を抜き放つと、そのままダークエルフの兵士に切りかかった。しかし、これはダークエルフの兵士がしっかりと受け止める。止める間もなく始まった剣戟にケイが目を丸くして驚きをあらわにした後、がりがりと頭をかいた。

 

「あー、プレイヤーの進行意思を無視して動くのか。完全にイレギュラーだな。情緒が豊かすぎる」

 

「ケイ、どうするの?」

 

気を落としたアスナの言葉にケイは困ったように眉を下げた。

 

「どうするもこうするも、そもそもこいつらは秘鍵を持っていないだろうに」

 

「祠の開け方は知ってるはずだ!?」

 

「脅して言うようには見えないが……」

 

「だまれ! もとはと言えばお前のせいだろう!?」

 

「拙者らはどうすればいいでござるか!?」

 

驚き、武器を構えたまま固まるコタローにケイは大きなため息を吐いた。

 

「悪いな。俺たちは戦うつもりはないんだが、うちのNPCはやる気満々らしい。適当に相手してやってくれ。ただし殺すなよ」

 

ケイは戦闘中のダークエルフに剣を向けた。

 

「繰り返すが俺たちはこの場で争うつもりはない。《秘鍵》はお前らにくれてやる。だがもし、うちの仲間が殺されたら…………その時は俺がお前を殺す」

 

ダークエルフの兵士はケイをちらりと一瞥するのみで返事をすることも同意を示すこともなかったが、結局戦闘は血を見ずに終わった。

 

アリアは序盤こそ相手の兵士と互角に切り結んだがすぐに息が上がり、またあの不吉な咳をしてうずくまってしまったのだ。ダークエルフの剣は隙だらけの彼女をそれ以上傷つけることはなかった。それがダークエルフの意志によるものか、首元に突きつけられたケイの剣によるものかは分からなかったが、それで戦闘は終わりだった。

 

ケイはイスケ達にさっさと祠へ行くようジェスチャーした。ダークエルフの兵士も警戒しながら去っていく。

咳が落ち着いたフォールンエルフは名残惜し気に祠を一睨みすると何も言わないまま踵を返した。クエストログはミト達を責めるように秘鍵を奪取せよと表示され続けたままだった。

 

 

◇◇◇

 

 

今はもう気軽に行うことはできないが、ベータテストの時はわざとクエストを失敗するプレイヤーは少なくなかった。クエストの融通がどの程度効くのかを検証するためだ。

その検証はテスト期間において最も長期間続いていたエルフのキャンペーンクエストでも当然行われている。

 

一番多く行われたのは3層の開始クエストに対する検証だろう。ほとんど負けイベントと言っていい騎士の相打ちイベントは多くのプレイヤーがどうにか勝つことができないか知恵を絞っていたし、変わり種では秘鍵を託されるはずのプレイヤーがエルフより先に自殺することでクエスト進行がどう変わるのかを検証したものもいた。

 

ネットでは検証班と呼ばれた彼等の中には、エルフの騎士から託された《秘鍵》を陣営に届けなかったらどうなるかを確かめたものもいた。

 

通常、エルフクエストが失敗に終わることはほとんどない。例えば森の探索中にモンスターに倒されたり、敵のエルフ部隊との戦闘で全滅した場合、プレイヤーはデスペナルティーを負うものの黒鉄宮で復活した後同じ任務に挑むことができる。護衛のエルフが倒されてしまった場合も同様だ。基地に戻れば代わりのNPCがやって来て再びパーティーに参加してくれる。

 

だが、《秘鍵》の扱いだけは別だった。3層でエルフに託された《秘鍵》を意図的に敵陣営に渡したり、紛失したりした場合、陣営のエルフはプレイヤーを敵対勢力とみなし、以降のキャンペーンクエストには参加できなくなる。

 

敵には何度倒されてもいい。だが《秘鍵》だけはしっかり渡せ。

検証者たちの結果はネット上で議論され、このようにまとめられた。

 

そのためフォールンエルフの将校に事の顛末を報告する際、ミトは4層で将軍と対談した時と同じくらい緊張していた。

《秘鍵》を回収しに来たダークエルフの部隊を見送ったことがフォールンエルフたちにどのように判断されるのか。最悪の場合ここで彼らのカーソルが敵対色に変わる事すらあり得る。

 

話を聞いた壮年エルフは両の目を閉じ、考え込むようにうなった。

 

「そうか……」

 

さてはクエストが頓挫したのかとミトの体がこわばる。

エルフの指揮官は嘆息すると、机の引き出しから予想もしないものを取り出した。

 

「秘鍵!?」

 

「……のレプリカだ」

 

ミトの言葉を引き継いで指揮官は説明を続ける。

 

「我々もすでに作戦を進めているといっていただろう。これは我らの部隊が封印の祠を見張り、訪れた部隊から奪ったものだ。どうしてか奴らの持っていたものはレプリカだったが、なるほどそういうカラクリか……」

 

指揮官の男はトントンと自分の腕を指でたたきながら思索にふける。

 

「おそらくリュースラの民は陽動のために複数の部隊を動員したのだろう。我々はまんまと囮を掴まされたというわけだな。やつらよほど5層の失策が堪えたと見える。プライドの高いあの連中が兵士を勝たせるための策ではなく、負けてもよい小細工を弄するとは」

 

眉間に刻まれた皺はいっそう深くなる。

 

「お前たちが遭遇した部隊が囮であれ本命であれ、これだけの時間が経ったのならば《秘鍵》はもう祠にはないとみていいだろう。時間はかければかけるだけ我々に策を見破られる可能性が高くなるからな。戦術的にも陽動と本命は同時に動かす方が効果的だ」

 

指揮官はぴたりと指の動きを止めた。

 

「つまり、我々は荒野のただなかにあるやつらの砦から、瑪瑙の秘鍵を奪わなければならないわけだな」

 

指揮官は再びうなり声をあげると難しい顔で言葉を絞り出した。

 

「少し、時間が欲しい。難しい作戦になりそうだ」

 

どうやら失敗をリカバリーするチャンスはあるらしい。最悪このままエルフクエストが終わってしまう事態も考えていたミトはほっと胸をなでおろした。

 

次の展開を確認するためミトがメニューを開きクエストログを確認しようとした時、ふらりとアリアの体が傾いた。

 

「大丈夫?」

 

「さわるなっ!!」

 

近くにいたアスナがとっさに体を支えるが、その手は乱暴に振り払われた。フードの奥から覗く目はキッと吊り上がっており、睨んでいるかのようだった。

 

そのまま少女は硬い石の床にどかりと腰を下ろすと、見慣れた座禅のポーズをとった。アスナは困惑して周りに助けを求めるように視線を送ったが、誰も何も言わない。彼女の言葉には怒気が含まれており、その原因は簡単に察しがついたが、祠の一件についてミトは弁明する立場も言葉も持ち合わせていなかった。

 

無言のまま一分が過ぎた。スキルが発動したタイミングで少女は立ち上がり、振り向かずに部屋から出ていった。

 

ミト達は気まずい空気の中、黙って家に戻った。アリアはこの家には戻っていないようだった。その行方も気になるが、頭の中を占めるのはやはりエルフクエストのことだ。

 

【秘鍵はガレ城に移されてしまった。奪取する方法を探そう】

 

クエストログは更新されている。しかし行動の方針は不明確だ。

 

敵の本拠地で厳重に守られているであろう秘宝を奪取する方法とは何なのか。こちらの兵士は城に近づくことすら難儀するという制限までついている。

ミトにはいい案が思いつかない。だからミト達は戦術家としてではなくゲームのプレイヤーとしてこの難題に挑むことにした。

 

SAOはアクションゲームであって推理ゲームではない。クエストは機転を利かせて大きく進めることもできるが、決定的なひらめきがなければ行き詰るようには作られていないはずだ。

 

おそらくこの階層のどこか、より可能性を絞るのならば隠れ里のフォールンエルフの誰かが城に運び込まれてしまった秘鍵を手に入れるための情報を持っているはずだ。ミト達の次のクエストはこのNPCを探すことなのだろう。“考えよう”ではなく“探そう”になっているのはそのためだ。

 

小屋の中でそのような話し合いが行われ行動に移そうとした時、一足先に小屋の扉が開かれた。

 

質素な服を着た村人風のエルフの男性が不安そうな顔をして立っている。

 

「なあ、あんた達あの子供の連れなんだろ。なんとかしてくれよ」

 

「あの子供? フォールンエルフの少女のことか?」

 

キリトが尋ねると男は首を縦に振った。

 

「なんとかしてって、どういうことかしら?」

 

アスナが要領を得ない顔をすると男は隠し事が見つかった子供のように気まずそうに地面を見つめながらぼそぼそとしゃべった。

 

「村の真ん中で倒れてるんだよ。あの子」

 

開きっぱなしだったクエストログが変化する。

 

《エルフの少女を救助しろ》

 

ミトとアスナは顔を見合わせて立ち上がった。椅子が倒れるが気にしていられない。エルフの男は勢いよく動き出したミトを避けるようにドアの前から飛びのいた。

 

狭い村だからか、はずれにある家からでも少女のもとにはすぐ着いた。村の広場で倒れている人影がある。異様なのは周りの光景だ。人が倒れているというのに誰も助け起こそうとしない。野次馬のように遠巻きに見つめてひそひそと話しているだけだ。

 

「大丈夫!?」

 

真っ先に少女を助け起こしたのはミトだった。フードがはだけ少女の顔があらわになる。アスナが真っ赤になった頬っぺたに手を当てた。

 

「大変……! すごい熱よ!」

 

「この村に医者はいるか?」

 

キリトが尋ねると、それまではぺちゃくちゃと口を動かしていた村人がそろって口をつぐんだ。

 

「医者はどこかと聞いている!」

 

キリトが詰め寄ると、ふいっとエルフは目線を切った。

 

「病気は巫女様が治してくれる。でもその子は……」

 

ぼそぼそとしゃべるそのエルフに見切りをつけてケイは広場を見渡した。

 

「子供が倒れているんだぞ。どうして誰も手を貸そうとしない」

 

「だれが、好き好んで忌み子になど関りたがるものですか」

 

答えたのは初めにミト達を小屋に案内した巫女を名乗るエルフだった。ぞろぞろと仲間を連れだって人影の奥から前に出てくる。

 

「その子の体を呪いが蝕むのは、聖樹にたてつく不徳の証なのですわ。苦しんで当然。そのような忌み子に手を貸し、聖樹様の不興をかえば我々にまで呪いが及ぶことでしょう」

「罪を償わぬ者に罰が下るのは当然でしょうに」

「救われなくて当然ですね」

 

巫女が口を開けば彼女の周りにいる同じような服を着た一団のエルフが頷きあい、はっきりとした声で少女を責めた。

巫女はアリアのそばに膝をつくとその顔を覗き込んだ。

 

「苦しいですわよね。治して差し上げてもよろしいですわよ」

 

アリアは熱に浮かされたまま、うっすらと目を開いた。

 

「さあ! 今この場で、誓うのですわ! 聖樹様の御心に沿うことを。そして贖罪の祈りを捧げるのです。我らの罪に対して!」

 

巫女はここだけ見れば慈悲深き聖職者のように微笑んだ。

 

「……聖樹なんて……くそくらえだ」

 

「……そうですか。残念です」

 

巫女は表情が抜け落ちたように真顔に戻ると、それきり関心を失ったかのように踵を返した。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

アスナがその背に声をかける。

 

「なんですの?」

 

「この子を治せるのよね」

 

「もちろんですわ。ですがそれは聖樹様の深き慈悲によるもの。祈りなき子に施す薬などありませんわ」

 

「なっ!!」

 

これにはアスナも言葉を失い、激発しそうになる。実行に移さなかったのはケイが彼女を制したからだ。

 

「落ち着け。そういうシナリオだ。それともこう言った方がいいか? こんなやつらと言い合いをするより先にやることがある」

 

アスナは眠ったように目をつむるアリアを見て浮かしかけた腰を戻した。だがその目つきは剣呑なままだ。

張り詰めた空気の中、場違いに穏やかな老人の声が響いた。

 

「その子はワシの家に運ぶといい」

 

声の主は瞑想術を教えてくれた老エルフだ。

 

「長老……。しかし、よろしいのですか? 穢れ子を家に招くというのは聖樹様の教えに反する行為ですわよ」

 

「すべて承知しておる」

 

「後悔しませんわね?」

 

神官は厳しい目で長老にすごんだが、老エルフは堪えた様子もなくゆっくりと頷いた。

 

「かまわんよ。ついてきなさい」

 

「治せるのか」

 

ケイが尋ねた。

 

「おそらくは……」

 

老人が頷くとケイは素早く老人の前に回り込んで背中を見せてしゃがんだ。

 

「だったら、のんびり杖なんかついてる場合じゃないだろ」

 

「せっかちじゃのう」

 

長老を背負ったケイと少女を抱いたアスナは競うように長老の家に向かった。

 

長老の家の一室。客間と思しき部屋についても、少女はまだ目を覚ます気配がない。熱に浮かされるようにうわごとを呟くばかりで、呼吸も浅く、脈も速い。

長老は少女のマントを脱がせるとうつ伏せに寝かせ、おもむろに上着をめくりあげた。フォールンエルフ特有の枯れ木めいた色の肌があらわになる。その背には絡みつくツタのような奇妙な痣が浮かび上がっていた。

 

「やはり呪いが活性化しておる……」

 

「呪い?」

 

アスナが聞き返す。

 

「我々は古の時代、まだこの大地が天空ではなく地上にあったころ、エルフの禁忌を破り大罪を犯した者の末裔なのじゃ……。われらの体には祖先の受けた強い呪いが残っておる……」

 

「今は昔話に付き合っている場合じゃない」

 

ケイはぴしゃりと会話を遮った。

 

「この子を治す方法を教えてくれ。寝てれば治るものなのか?」

 

「本質的に呪いを治療することなど誰にもできはしない……。じゃが、霊薬があれば症状は抑えられる……」

 

霊薬というのはこの子が時折服用していたポーションのようなものだろう。思い返してみると5層では頻繁に見たそれを6層では見た記憶がなかった。

 

「それはどこにある?」

 

「特殊な薬じゃ。必要とする者も少ない。この子が持っていないのであれば里にはないじゃろう」

 

「聞き方を間違えた。俺たちはどうすればいい?」

 

「霊薬自体は材料があれば作ることができる……。ただ材料の薬草が少々特殊なものでの。湖近くの魔獣の巣窟の奥にしか生えておらんのじゃ……」

 

ケイの返答は決まっていた。

 

「場所と種類を教えてくれ。俺たちが取ってこよう」

 



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アーカイブス 012


全てのソロプレイヤーにメリークリスマス!


フォールンエルフの隠れ里をでて東にまっすぐ進むと階層中央の湖《タルファ湖》が見えてくる。そのころになるとエリアを区切る岩山の間隔も狭くなり、第3エリアの前と後ろを挟む絶壁がともに目視できるようになる。

 

老人の言っていた魔獣の巣穴というのは湖近く、南側の岩山のふもとに存在した。中はダンジョンになっているようで、大型のアルマジロ型モンスターがいたるところに息をひそめていた。一見すると丸い岩のようにも見える彼らは岩山にぱっくり開いた大きな断層に住み着いているようで、正面からゴロゴロと転がって来てはそのまま突進してくるのがお決まりの戦闘パターンだった。

 

巣穴は常に上方向への勾配がついており奥へ進むにつれ右側へと折れ曲がっていった。ついには大きく180°回転し、巣穴の出口はぐるりと大きな半円を描くように入り口と同じ斜面に存在した。岩山の中腹、洞窟を通らねば到達できないほどの標高にぽっかりできた円形の広場のような空間には一面に広がる青い花の絨毯に紛れるようにひっそりと薬草が生えており、これを採取した後ミト達は再び村に戻った。

 

要は単純なお使いクエストだ。

病気の少女――正確には呪いだが――のために薬の材料を取ってくるだけ。難しい事なんて何もない。だがミト達は最難関のクエストにでも挑むような集中力でやり遂げた。

 

再びの長老の家。薬草を渡すと彼は自ら薬を煎じ始めた。リビングのテーブルに石製の薬研を並べ、ゴリゴリと薬草をすりつぶす。草が十分細かくなったらたくさんの引き出しがついた木製の小箱から乾いた木の皮やよくわからない木の実などを手際よく入れてすりつぶしていく。

 

鍛冶スキル同様、調合スキルも現実ほど長い時間は必要としない。老エルフが最後に水を加えると、霊薬とやらはすぐに完成した。

 

ミトが吸いのみを受け取り、寝ている少女に薄緑色の液体を飲ませる。顔色はすぐによくなった。このゲームの設定ではエルフの魔法は失われているらしいが、呪いなんていうファンタジーな体調不良を治す霊薬の効き目は薬というより魔法じみていた。

 

「これでじきに目を覚ますじゃろう」

 

長老が言うとクエストログが更新され、コルと経験値が分配される。ケイはそれを無感動に一瞥すると老人に目を向けた。

 

「それじゃあ、話してもらおうか。フォールンエルフの呪いとやらについて」

 

老人が椅子をすすめた。キリトとケイも各々席に着く。アスナとミトは少女のベッドの端っこを借りることにした。

 

「……良いじゃろう。とはいえ、正確な歴史は大地切断の混乱に乗じて失われてしまっている……我らの歴史は形のある物に残されてはいない。一部の者たちの間で口伝のように伝えられているのみじゃ。……その上で誰もが口を噤むような内容であるからか、その口伝すらも多くが失われた。……あるいは忘れ去りたいという思いが無意識にこのような結果を生み出しているのかもしれん……」

 

そう前置きして、老エルフは彼らの歴史を語りだした。

 

遠い昔、まだアインクラッドが存在する前、エルフたちは地上で自然とともに暮らしていた。しかしある時、とある一族と彼らの賛同者が、聖大樹の樹液を得ようと画策しそれを実行に移した。残念ながらなぜそのようなことをしたのかは今の時代に伝わっていないらしいが、その結果は明らかだ。エルフに恩寵を与えていた聖大樹は禁忌を侵した者達を許さず、一族郎党に強い呪いをかけた。聖大樹は当時からエルフに神聖視され崇められていたため、その幹を傷つけ聖樹の怒りをかったもの達の居場所はエルフの里には存在せず、彼らは厳しい環境の北方の地へ追放された。

 

その後、俗にいう大地切断により地上から土地が切り取られアインクラッドの一部として天空に囚われるようになっても彼らにかかった呪いはこうして今も子々孫々と受け継がれているという。

 

「一つ聞きたいことがある。さっき呪いを抑える霊薬の在庫がないと言っていたな。この里の皆が呪いに侵されているならその設定には無理がある」

 

老人の話の途中でケイが口をはさんだ。

 

「呪いの強さには個人差がある。通常ならば命にかかわるほどではない。しかしこの子は、巫女の血筋なのじゃ」

 

「巫女? あの連中の一族か?」

 

老人は首を振った。

 

「彼女たちは関係ない。我らが里に住むようになってから自らそう名乗りだしただけじゃ。そうではなく、この子は正真正銘、古より続くアヴェリアの巫女の血筋なのじゃよ」

 

「聞いたことない名だな」

 

「人族ではそうじゃろう。アヴェリアは在りし日にわれらの中で最も強く聖樹の恩寵を賜っていたエルフの一族の名じゃ。その中でも一族の乙女たちはその身に強く恩寵を受け、アヴェリアの巫女と呼ばれていたという。……じゃが今となってはその恩寵は誰よりも深い呪いとなって身を蝕むようになってしまった。難儀な宿命じゃ。強き呪いは寿命をも蝕み、かの一族は代々短命。巫女の血筋も今や彼女を残すのみとなってしまっておる……」

 

「呪い子や忌み子というのは?」

 

老エルフは悲し気な表情で頭を振った。

 

「どうか彼らを責めないでほしい……。われらは長い間贖罪の時を過ごしてきた。……あまりに長い間だ。……救いのない困難な日々の中で苦しみに意味を見出さなければ生きていけない者もいた。……彼らは今を禊の日々であるとし、苦難に耐え贖罪を続ければ……呪いが弱まり、いつか聖樹に許される日が来ると考えだしたのだ」

 

「…………バカな奴らだよ。そんなことあり得ないのに」

 

声は後ろから聞こえた。ミトは驚いて振り返る。

 

「呪いの強さは未だ許されざる罪の証。徳の高い者ほど呪いは薄く、信心の低い不心得者ほど強い呪いを受けているんだと。ボクを穢れた子っていうのはそういう理由だよ。生まれた時から強い呪いを受けているボクの家系は贖罪派の連中にとっては信仰心の無い呪われた一族ってわけさ」

 

長老の話を聞いている間にいくぶん顔色の良くなったアリアがゆっくりとした動きで上半身を起こした。

 

「冗談じゃない。ボクの母は誰より信心深かった。村のみんなに馬鹿にされながらも、誰より清く、真摯に生きていた。母が……死の間際になんていったかわかるかい? 自分が苦しんで死にかけている時に。こんな体に産んでごめん、だってさ。それと幸せに生きてって。そんな人のいったいどこが罪深いっていうんだ……?」

 

アリアは別離の時を思い出したのか一度上を向いた。

 

「祈りならしたさ…………。誰よりも……。母を助けてくださいって。もう悪いことなど一つもしませんから、ボクのことはどれだけ呪ってもいいから……どうか母を元気にしてくださいって…………」

 

アリアは弱弱しくつぶやき、ぎゅっとシーツを掴んだ。

 

「でも、あれは祈りなんか聞き届けちゃくれなかった。母は日に日にやつれ、ついには一人で立つこともままならなくなり、苦しみの果てに死んでいった。はっきりとわかったよ。聖樹が慈悲の心など持ち合わせているものか。あれにとってボク達の祈りなど羽虫の命乞いに等しいのさ」

 

アリアは吐き捨てるように言った。その瞳はしっとりと濡れている。

 

「そもそもあの人がいったい何をしたっていうんだ……? 聖樹に呪われるようなエルフでは断じてなかった……」

 

切りそろえられた髪が彼女の肩の上で散らばる。

 

「ボクは聖樹に祈らない。自分の力で呪いを解く。そのために兵士になったんだ。そして母が望んでもできなかったこと――呪いを気にせず、恩寵の豊かな湖で目いっぱい沐浴をするし、森の中を気のすむまで散策するんだ。ボクは幸せだって、謝ることなんかないって言いに行くつもりだった。だけどっ……!!」

 

アリアは高ぶった感情をそのまま叫んだ。

 

「それももう全部かなわぬ夢だ! お前たちが裏切ったせいで《秘鍵》はダークエルフの城に運び込まれてしまった! あの城の一帯は不毛の地だ。ボクたちは近づくことすらできない! 《秘鍵》は、もう手に入らない! 呪いは、もう解くことはできない!」

 

彼女は怒りと悲しみと、とにかく強い感情のこもった声で訴えた。

 

「どうしてボクの味方のフリをしたんだよ! 裏切るなら最初から協力なんてするなよ! ……そしたら……無駄な希望なんて抱かずに済んだのに…………」

 

鼻をすする音ばかりが部屋を満たした。アスナもキリトもいたたまれないような表情を浮かべる。そんな中ケイだけが誰に憚るでもなくしっかりと彼女の視線を受け止めた。

 

「俺たちは、エルフ相手ならいくらでも力になろう。だが、人族の冒険者同士で剣を向けあうことはない。絶対にだ。もう一度あの場面に戻っても、俺は迷わず同じ決断をするだろう」

 

このゲームの性質を考えれば、その言葉の重さはミトには強く、強く、伝わった。だが、エルフの少女にはそうではなかったようだ。

 

「そうかよ」

 

アリアは声に怒りと失望をにじませた。

 

「だが、勘違いするなよ。まだクエストは終わっちゃいない。《秘鍵》は必ず君に渡す。その方針に変わりはない」

 

アリアは真っ赤に充血した目でケイをにらむ。

 

「不可能だ」

 

「自慢じゃないが俺は人族で一番、不可能を可能にしてきた男だ。エルフの城の一つや二つ落としてみせるさ」

 

ケイは不敵に笑う。

 

「本当にわかってるのか? これまでの野営地とはわけが違うんだぞ。たかだか数人の人族が向かったところで戦闘にすらならない。そして、何度も言うけどあの城に里の兵士は近づけない」

 

「城周辺の荒野に《森と水の恩寵》がないことはよくわかった。確かにエルフにとってはつらい環境だろうさ。でも本当に通行不可能なのか?」

 

「……人族には分からないだろうが、あの土地はエルフには過酷すぎる。向かえばたちまち衰弱して一歩も動けなくなってしまうんだ」

 

「それはおかしい」

 

ケイは強い確信をもって言いきった。

 

「なに?」

 

「あの場所が本当に通行不可能なら……」

 

ケイは一拍置いてその疑問を口にした。

 

「《秘鍵》の回収に向かったダークエルフはどこから来たんだ?」

 

「それは…………」

 

ミトは息をのんだ。アスナもだ。アリアは何かを言い返そうとして口を開けたまま固まっている。

キリトはケイの言葉をきっかけに思索の海に耽っている。

 

ミトはケイの言わんとしてることを口にした。

 

「城と祠を往復するには枯れ谷を通らなきゃいけないわよね……ダークエルフは少なくとも城と外を行き来する手段を持っているってこと……?」

 

アリアの表情は複雑だった。猜疑や不満と希望がせめぎあっている。

 

「……できるのか?」

 

「俺はそう確信している」

 

「確信って……それは……そうだけど……でも…………具体的な方法は分かんないのかよ……!?」

 

アリアは混乱する感情に振り回されるように無意味に手を動かした。

 

「それはこの里一番の物知りに聞くとしよう」

 

これまで黙って成り行きを見守っていた老エルフに視線が集まる。彼は長いひげをしごきながら頷いた。

 

「ふむ…………確かに、エルフが恩寵なき土地で活動する方法はある」

 

アリアが目を見開いた。

 

「生命力の強い植物の枝は手折ってもすぐには力を失わないものじゃ。適切に処理すれば、わずかな間ではあるが我らに森の恩寵を与えてくれるだろう。枝を集めて兵士に持たせれば、枯れ谷を越えてガレ城へと進軍することは可能じゃ。だが……我々は制約により生木を手折ることはできん。兵士の中にこの方法を知っているものがいないのもエルフには実行不可能な方法であるがゆえじゃろう」

 

老エルフのもの言いたげな視線を受け止めてケイは胸を張った。

 

「心配するな。そのために俺たちがいる」

 

ケイの言葉にミト達は頷いた。

 

 

 

 

枝を集めるのに時間はかからなかった。材料になる植物は隠れ里のある湿地エリアに生えているものだったからだ。アリアが調子を取り戻すまでの間、ミト達は手分けして植物を探し周り、オブジェクトを破壊してはクエスト用のドロップアイテムと思しき《千年月樹の小枝》を集めて回った。

 

「わしのような老いぼれの命など聖樹様にささげても惜しくはない。じゃが、あの子のように罪のない新しい世代のエルフの子らまでもが呪いで苦しむのを見るのは、あまりに忍びなくてのぅ……」

 

生木の枝を長持ちさせるという特殊な処理をしながら老エルフはミト達に頭を下げた。

 

「罪人の末裔たる儂が言うのは虫のいい話じゃと思われるかもしれないが……どうかこの里の未来のためにもよろしくお願い申し上げる……」

 

受け取った枝は実物以上の重みがあった。

 

【部隊を整え《秘鍵》を奪取せよ】

 

エルフの将校に荒野を抜ける手順を伝えるとクエストログが変化した。終幕は近いだろう。

 

兵舎の出口では見知ったエルフと出くわした。アリアの叔父のホランドだ。

 

「5層は良いのか?」

 

彼は別の階層で兵士を指揮しているはずだとケイは指摘する。

 

「ああ。お前たちのおかげであそこの軍事的重要性は薄れた。秘鍵無き階層に人員を割くよりももっと難しい局面に力を入れるべきだと判断した」

 

「そうか」

 

ホランドは封印の祠での一幕には触れなかった。みすみす回収部隊を見逃したというのだから、痛罵される可能性も考えていたミトは肩透かしを食らう。

 

代わりに彼が口にしたのはエルフの少女のことだ。

 

「あの子が世話になったようだな。長老から話は聞いている。俺からも礼を言わせてくれ」

 

「いえ、そんな……! 私たちこそ、祠では……その……」

 

結局ミトは自分からそのことに触れた。

 

「かまわない。しがらみを抱えて生きていない者など、どこにもいない。この里では特にな」

 

「そういってもらえると、助かります」

 

キリトが軽く頭を下げた。

 

「そもそも秘鍵は我々の力で手にすべきもの。兵数にすら数えていない人族の冒険者に責任を求める方がおかしな話だ。それに、聞くところによると今はガレ城攻略のために尽力してくれていると聞く。ならば感謝こそすれ、責めるのは筋違いだ」

 

ホランドは腕を組んで彼の考えを語った。

 

「このタイミングで来たということは、あんたも参加するのか」

 

「ああ。そしてもう一つ。あの子の任務を解くために俺はここに来た」

 

ホランドの言葉にケイは難しい顔をした。

 

長老の家で休んでいるアリアの元へ戻る道すがら、彼の真意を尋ねるケイにホランドは胸の内を明かした。

 

「荒野を渡る方法が分かっても、それでようやく我々はダークエルフと同じ土俵に立ったに過ぎない。里の兵士を総動員したとしても兵数はダークエルフに及ばないだろう。そのうえ地の利は城を擁する向こうにある。戦いは死力を尽くしたものになるはずだ。あの子は連れていけない」

 

「たぶんだが、反発するぞ」

 

「予想はできてる。両親に似て芯の強い子だからな」

 

ホランドは目を細めた。

 

「あの子は今は亡き兄の忘れ形見なんだ。兄は呪いに苦しむ義姉を助けるために誰よりも《秘鍵》を欲していた。《秘鍵》の伝承は聞いているか?」

 

ケイは首を振る。

 

「エルフには大地切断以前から伝わる6つの《秘鍵》がある。あれらが何のために作られて、どのように用いるものなのか。はっきりとしたことは何も分かっていない。あるいは古代種であるノルツァー将軍は知っているかもしれないが、あの方がそのことを語ったことはない。確かだと言えることは一つだけだ。《秘鍵》をすべてそろえると我々はエルフの聖域に至れる。聖樹と対話を試みるにしろ、あれを弑するにしろ、そこでなら呪いを解くことができると考えたんだろうな。まあ、結局兄はあれを手にする前にエルフとの闘争で命を落としたのだが。義姉もそのあとを追うように……」

 

しばしの沈黙が流れる。

彼はただのプログラムに従って動くだけのNPCだ。その設定だって過去だって生成されたデータにすぎない。ミトは時々そのことを忘れそうになる。

 

「義姉は優しい人だった。つらい運命を背負わせるくらいならばと、子供を作ることすら躊躇うような人だ。自分の体がどれほどつらかろうともあの子を産んでからは常にその身を案じていた。死の間際、彼女はあの子のことを俺に託した。俺はその思いに応えなければならない。どんな事をしても、だ」

 

ホランドがぎゅっと拳を握りこむ。

 

「もともとあの子は霊薬の補充のためにこの里に戻っていただけだ。軟派な巫女どもに横やりを入れられ、薬を切らしたと聞いたときははらわたが煮えくり返る思いであったが、今はかえってその方がよかったとも思っている。体調を崩しているなら好都合だ。彼女はこの村に置いていく」

 

ホランドは固い決意をにじませる声でそう言った。

 

 

「嫌だ!」

 

客間にアリアの叫び声が響く。長老の家に着いたホランドに今回の作戦から外れるように告げられた彼女の反応はミトの予想通りのものだった。

 

「ボクも皆とともにガレ城へ行く!」

 

「無茶を言うな。病み上がりの半病人など死にに行くようなものだ」

 

「覚悟はできてる!」

 

「馬鹿者!」

 

ホランドが声を荒げた。

 

「こう言わないと分からないのか? 俺たちに足手まといを連れていく余裕はない」

 

アリアが息をのんだ。正面から足手まといだと言われた彼女は何度か口を開きかけ失敗する。

 

「……死んじゃやだよ。お父さんみたいに突然いなくならないでよ」

 

結局彼女の口から出てきたのは年相応の泣き言だけだった。

 

「たとえそうなっても、お前の父と母のように祖霊となって見守っている」

 

ぐすぐすと鼻をすする音と、ホランドが扉を閉めた音だけがミトの耳に残った。

 

「なんてクエストだよ……」

 

キリトが悪態をつく。アスナはアリアの背中をそっと撫でている。

 

ミトは自分に言い聞かせる。落ち着け。これは所詮クエストだ。感情移入しすぎるな。

だが胸を占める無力感は一向にぬぐえなかった。

 

「見事な死亡フラグだな」

 

不吉なことを呟くケイをアスナが睨むが、ミトも理性はケイに賛同していた。これほどの前置きをしたのだ。ホランドが無事に帰ってくるシナリオは考えづらい。戦場では彼を守るように立ち回るか。だが、そういう問題でもない気がする。それで秘鍵の奪取に失敗すれば元も子もない。

 

ミトはベータ時代に訪れたガレ城の威容を思い出す。高い壁と強固な門。一般的に城攻めは攻める方が不利だと言われている。兵数差まであるのならば勝ち目は薄いだろう。

フォールンエルフだけではない。そもそもミト達が生きて帰れるのか。ここまで流れに身を任せるだけだったが、決断の時が来ている。

 

このクエストからは手を引くべきだ。

 

「どうしよう……おじさんが死んじゃう」

 

アリアの堤防はついに決壊してしまった。ずいぶんと感情豊かになったものだ。

初めは不愛想なエルフだと思った。無口で心を開かず、ミト達を無視することもあった。だが彼女は不器用なだけだった。里のエルフに差別され、若くして両親も失い、人との距離感がつかめていないだけだった。あるいはもう悲しまないために誰にも心を開かないようにしていたのかもしれない。その気持ちがミトには痛いほどわかった。

 

『ミトちゃんとゲームしても面白くないよ。あたし、他の子と遊んでくるね』

 

いつかの記憶がよみがえる。彼女が友達を欲しがらなくなったのも、趣味を隠すようになったのも、同じ理由だった。

 

エルフクエストは中止できる。今すぐにでも里を去ればミト達は分の悪い城攻めに参加しないで済む。だが、彼らは止まらないだろう。フォールンエルフの部隊は全滅する。プレイヤーの協力なしに秘鍵を奪えるようなシナリオは用意されていないはずだ。

 

たかが、NPCキャラだ。プレイヤーの命と釣り合うものか。

ミトはぎゅっと拳を握った。彼女にだって大切なものはある。

 

ミトは目を瞑り、深呼吸を繰り返す。息とともに未練を吐き出すように。何度も。何度も。

 

「どちらにしようか。ずっと悩んでいた」

 

だが、こんな時ミトの覚悟を無駄にするのはいつだってこの男だ。

 

「でも、今決めたよ。ホランドじゃなくて君にする」

 

ケイはベッドに近づくと泣きはらした少女の目を正面から見つめた。

 

「アリア……ホランドのために、いや君自身の願いのためになら地獄に堕ちる覚悟はあるか? もし君が何でもするというのなら……」

 

ケイはいつものようにニヤリと口角を釣り上げた。

 

「俺に一つ、試してみたいことがある」

 

エルフの少女の答えは決まっていた。

 



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アーカイブス 013


これで6層エルフクエストはラストです。お付き合いいただきありがとうございました。


町は沈む日の光に照らされ、真っ赤に燃えているようだった。ミト達はエルフの隠れ里をたち、初日以来となる6層第2の町《スリバス》に戻って来ていた。ここにあるという先代領主の別荘を探索するためだ。

 

ミト達はこの期に及んで黄金キューブをめぐる領主クエストの続きをこなしていた。無論エルフクエストをあきらめたわけではない。むしろその逆だ。ミト達は大まじめでここにいる。

 

パイサーグルスの別邸は橋の上に建てられている。一階部分は普通の橋なのだが橋を支えるアーチの上に立派な建物が存在するのだ。特徴的な建物なのでミトもその場所を間違えることはない。

 

橋のたもとに存在する小さな階段を登ると鉄格子でできた門扉に突き当たった。6ケタのダイヤル錠がミトの行く手を阻んでいる。本来ならここの鍵の番号は領主館の絵の中に隠されているのを見つけに戻らなければならないのだが、ベータテスターであるミトに抜かりはなかった。

 

「6、2、8、4、9、6」

 

一度目の訪問であらかじめ確認しておいた数字に合わせるとダイヤル錠が外れる。

 

「行きましょう」

 

ミトは別邸の扉を開いた。中は廃墟になった洋館のモチーフそのままだった。埃と蜘蛛の巣は勘弁してほしいが、贅沢を言っている場合ではない。

 

「戦闘は基本的に俺とキリトで行う」

 

ケイが先頭になって廊下を進んでいく。その後ろに続くのはキリトだ。ミトの大鎌は屋内での戦闘には向いていないため、今回は背中に背負ったまま、ランタンの明かりを灯す事だけに集中する。出てくるモンスターがレイス系だと聞いたアスナも手にランタンを持ち、いつもより至近距離でミトに身を寄せて歩いている。

 

廊下には扉が6つあった。この中のどこかにランダムでキーアイテム、領主館地下室の鍵が置かれているはずだ。4つ目の部屋を捜索中に古びた書斎机の上で埃をかぶっているそれを発見したケイは、ミト達を振り返る。

 

「ここからの流れは覚えているな」

 

こくりとアスナが頷いたのを見てケイは部屋をでた。玄関ホールに差し掛かった時突然、足元から空気が炸裂する音が響きわたり、毒々しい緑色の気体がせりあがってくる。

 

ミト達は抵抗しなかった。瞬く間にホールに充満した煙が顔を覆うと体からふっと力が抜ける。バタバタと人が倒れる音が響いたあと、廊下の死角から出てきたのは不気味な防毒マスクをかぶった二人の男だ。そのうち一人がケイの体をまさぐると、その手にはストレージに入れたはずの黄金の鍵が握られていた。

 

「先代領主が別邸を持っていたことは分かっていたが……まさかスタキオンではなく隣町に建てていたとは。盲点だったよ」

 

マスクを外した男たちの顔は見覚えのあるものだ。領主のサイロンと庭師のテロー。ベータ時代は驚いたものだが、2回目となるとミトも冷静でいられる。

 

「ふん。領主館地下室の鍵か。てっきりここにキューブがあるものだと思っていたが……勇み足だったようだな。それにしても領主館の地下か……こうなると、剣士殿にはもう一働きしてもらわねばならないようだな。テロー、運び出せ」

 

大男は大きな布袋を取り出すとミト達を乱雑に詰め込み、肩に担いだ。しばらく不規則に揺れた後、馬車の荷台に積み込まれる。ゴトゴトと床が揺れだしたのは、馬車が石畳の上を進んでいるからだろう。

 

身動きの取れないミトの視界で《Outer Field》の表示が点灯する。圏外に出たのだ。それからたっぷり100秒以上も待つと馬車が急停止した。

 

馬のいななき声。御者席で人が倒れる音。

 

「な、何者だ!? この私を領主サイロンと知っての狼藉か!」

 

うろたえるようなサイロンの大声はすぐにやんだ。

 

馬車の荷台に誰かが侵入してくる。ようやく鬱陶しい布袋が取り払われ、ミトの視界が自由になった。本来なら町中まで続く麻痺もクエストの流れが変わったからかすぐに回復する。

 

馬車の外にはサイロンとテローが倒れていた。先ほどとは真逆の構図だ。ゆっくりとサイロンの右手が持ち上がり、驚愕の表情で馬車の横を指さす。

 

「な、なぜフォールンエルフが……!?」

 

彼らを襲撃したのはアリアだった。その手には5層のクエスト報酬で獲得した麻痺属性の投擲武器《スパイン・オブ・シュマルゴア》が握られている。呪いにより長期間の戦闘が難しいアリアが作戦を遂行するにあたって、ケイは回数制限付きのレア武器であるそれを渡していた。スカウトとして鍛えた《隠蔽》と一撃で相手を行動不能に陥れるこの武器の相性の良さは2対1という数の不利を覆すには十分だったらしい。

 

ケイはアリアを見て意味深に頷いた。彼女は今度は自前の武器を振るう。

 

「や、やめ」

 

サイロンが目を見開いたまま固まり、青いポリゴン片となって散った。アスナは目を背けていたがミトは特に感慨を抱かなかった。恩師を殺し、証拠隠滅に奔走し、協力を申し出た冒険者までもを罠にはめるこの男はあまり好きではなかったらしい。少なくとも彼等の正義のもとで戦うエルフ達に比べれば。

 

サイロンの持っていたアイテムがその場に散らばる。

一介のNPCが持つには多すぎるコルは彼が領主という設定だからだろう。ケイから奪った黄金の鍵は無事に取り戻した。どくろのマークが書かれた小さな壺はあの毒霧を出すアイテムだろうか。だが、見覚えのない物もある。首元に下げるように紐が通してある大きな鉄色の鍵。

 

「何かしら、これ?」

 

「新しいクエストアイテムみたいだな」

 

不思議そうに拾い上げるアスナにキリトが表示させたクエストログを見せた。

 

【スタキオンの領主サイロンが盗賊に殺されてしまった。残された二つの鍵を使うべき場所を見つけなければならない】

 

「二つ? これとその黄金の鍵のことかしら?」

 

「いや、この鍵は領主館の地下室の鍵だから、使うべき場所を見つけろってのはおかしいんじゃないか?」

 

顔を見合わせるアスナとキリトにケイが言った。

 

「謎解きは後だ。まずは黄金キューブを確保しよう」

 

ケイの目的はまさにそれだった。

 

「この男は?」

 

「放っておけ。罪を重ねる必要もない」

 

「……罪だとは思わない。ボクは兵士だ。仲間を襲った敵を倒すのにためらいはない。だけどお前がそういうのならやめておこう」

 

ケイの言葉に庭師のテローに近づいていたアリアは武器をしまった。

 

手早く向かった領主館の地下。ベータ版と同じく金色の錠前で封鎖されたその扉をミトが開ける。

地下室にはいくつもの部屋と扉があり、各部屋ではいっそう難解なパズルが行く手を阻んでいたが、別館のダイヤル錠が変わっていなかったように、ここの謎解きも見覚えのある物だった。本来なら次代のパズル王を選定するための仕掛けの数々にはかつてのミトも苦しめられたが、苦労した分記憶は鮮明に残っている。ネタの明かされた謎を解くのは容易かった。

 

最後の部屋。様々な形のパズルのおかれた長机にひっそりと置かれた黄金キューブは暗い部屋の中でうっすら光を放っていた。べったりと残された血の手形を埃と共に拭きとると、その輝きはよりはっきりとしたものになる。

 

「これが……」

 

アリアが先代領主の魔道具を見て感慨深くつぶやく。

 

「これがあれば……おじさんたちを助けられるんだな……」

 

ケイが頷く。

 

「効果の検証次第では……だけどな。どうするにせよ早く戻ろう。ここまで来て間に合わなかったらとんだお笑い草だ」

 

こうして、黄金色に輝くキューブは10年ぶりに外の世界に持ち出された。

 

もうすっかり日の暮れたスタキオンでは足早に宿や酒場に駆け込むプレイヤーの姿が散見されたが、ミト達はまだ休むわけにはいかなかった。

 

ガレ城の襲撃はこれから。夜闇に乗じて行われることになっているからだ。

 

ミト達は大急ぎで来た道を引き返し、エルフの隠れ里を目指す。クエストの仕様なのかそれとも単にタイミングが良かっただけなのか。たどり着いた里の広場ではフォールンエルフの兵士が完全武装で整列していた。誰もが見覚えのある木の枝を腰に差している。

 

「だから言っただろ。この期に及んで逃げ出すような者達ではないと」

 

「ぬう」

 

6層の指揮官の肩をホランドが叩いた。

 

「約束だ。指揮権は俺がもらうぞ」

 

「いたしかたあるまい」

 

アリアが一歩前にでる。

 

「アリア……。何度言おうが俺の決断は変わらん。お前は連れて行かない」

 

「うん。わかってる」

 

やけに聞き分けのいいアリアにホランドが怪訝な顔をした。

 

「もう心配はしてないよ。それよりもケイ達の言うことはよく聞いて。もっと彼らを信じて欲しい」

 

「……わかった」

 

ホランドはあらゆる言葉を飲み込んで頷いた。

 

「武運を!」

 

アリアが兵士たちに向かってエルフ式の敬礼をする。

エルフの兵士たちは戸惑いながらもパラパラと返礼をした。

 

「アスナ、ミト、キリト、皆を頼んだよ。お前たちの無事も願っている」

 

「任せてくれ」

 

言葉少なにキリトは返す。アスナとミトは彼女と軽く抱擁を交わした。

 

「ケイ。もとはと言えばお前のせいなんだからな。……でも今は少しだけ感謝もしてる。…………きちんと責任とれよ……」

 

「心配せずとも秘鍵はきちんと回収してくるさ。安心して寝てると良い」

 

居並ぶ兵士は誰もかれもが真剣な表情をしている。

それと比べれば深刻さに欠けるアリアをホランドは不思議そうに見た。だが、すぐに気を取り直すと兵士たちに向かって号令をかける。

 

「では、出発する! 目標はガレ城! エルフの秘宝を将軍に届けるぞ!」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

里から出発したエルフ達は総勢30名にも届こうかという大集団であるが、彼らはよく訓練された兵士だった。誰一人進軍に差し支えるようなへまはしない。もとより無口なものが多いのか、道中無駄口をたたく者も少なく、モンスターとの戦闘も必要最小限の指示だけでこなしていく。彼らの庭とでもいうべき湿地エリアを踏破する間ミト達は何もすることがなかった。

 

岩山のダンジョンを進む。枯れ谷に近づくにつれ兵士の腰に差された木の枝はうっすらと淡い光を灯し始めた。

洞窟の出口で緊張した面持ちのホランドが静かに枯れ谷に足を進める。しばらく先行した彼は目を見開きながら呟く。

 

「長老の言葉を疑っていたわけではないが……本当に荒野を進めるのだな……」

 

効果のほどを確かめた彼は停止させていた部隊を洞窟の外に進軍させると、再び隊列を組みなおす。

 

「では、作戦通りに」

 

暗色のマントで枝の光を隠した兵士たちに見送られ、ミト達は荒野を先行する。

奇襲の有用性を最大限生かすためにも、エルフの一団は彼らが露払いした後の道を夜闇に紛れてついてくる手はずであった。

 

幾度目か、フィールドに出現していたモンスターとの戦闘を終えたケイが感じ入ったように空を見上げる。

アインクラッドは縦に階層が積みあがっている構造上、最上階以外から空を見上げることはできない。だが、いったいどういう原理なのか鉄の天井であるはずの上空には星くずのような輝きがきらめいていた。

 

「いろいろと想定外はあったが……結局はいつも通りだ。戦って勝ち取る。この世界はどこまで行っても血なまぐさいが……まあ、たまにはヒロイックな戦いも悪くはない」

 

上機嫌なケイの横でミトは固い表情をしている。

 

「感動するのはいいけれど、これからお城を攻めるっていうのにリラックスしすぎないでよ」

 

「心配はいらない。わかるだろう。もはや気分次第でどうこうなるような状況じゃない。このクエストはもう完全にコントロールできている」

 

「それでも、油断大敵でしょ」

 

「油断? 俺は今かつてないほどやる気に満ちている」

 

ミトとケイ、キリトにアスナは煌々とランタンを灯しながら歩いていた。夜闇に浮かぶ光源は遠くからでも見つけることがたやすいのだろう。ガレ城を見上げる距離に近づいた時には胸壁から身を乗り出すようにしてダークエルフの兵士がこちらを見ていた。

 

「何の用だ人族! この城の門はお前達に対して開かれることはない! 引き返せ!」

 

魔道具らしき明かりに照らされながらダークエルフの兵士が叫ぶ。

 

ケイはそれに答えず、黄金キューブを手に持ち、一言。

 

「ブレイク」

 

壁が砕けた。

 

「ブレイク、ブレイク、ブレイク、ブレイク」

 

立て続けに5回。見上げるほどの大壁にぽっかりと大穴があく。

 

ミトとアスナ、キリトはそれぞれ瓦礫をソードスキルで吹き飛ばすと城の中に突入した。

 

派手すぎる侵入方法はすぐに知れ渡った。カーンカーンと敵襲を知らせる鐘が鳴り響く。

 

「わかっているな。できるだけ引き付ける」

 

「わかってるわよ。そっちこそ私をまきこまないでよね」

 

階層ボス戦に勝るとも劣らない大規模なイベント戦闘を前にし、ミトは心臓の音が周囲に響いていないか心配になった。対照的にケイは気負う様子がない。やはりこの男の心はブリキか何かでできているのだろう。

 

即応したダークエルフ部隊の装備を破壊したケイは、混乱する彼らを適当に追い散らした。深追いはしない。それを2度繰り返すとダークエルフたちは迂闊に距離を詰めてこなくなった。10メートルほどの距離を取って半包囲の形をとる。ダークエルフの兵は剣や槍を突きつけながら険しい顔でこちらを観察している。

 

「SAOに弓がなくてよかったよ。あったら今頃ハチの巣だ」

 

緊張をほぐすためかキリトが軽口をたたいた。

 

「チャクラム使いくらいはいるんじゃない?」

 

アスナが答えればケイも口を開く。

 

「イスケとコタローには城に近づかないよう言ってある」

 

時間はエルフの味方だった。城の通用門からは続々と兵士が吐き出されている。その人数は10人、20人を超え今や40人にも届くだろう。

城門前の広場にはあっという間にエルフの大集団が出来上がった。勝算は十分に持っているが、この人数の圧を前にミトの背中には冷や汗が流れる。

 

「何をしに来た!?」

 

十分に兵が集まったと判断したのか、派手な鎧を身に着けた指揮官らしき男が最前列に出てくる、

 

「降伏勧告」

 

ケイの言葉はエルフたちの失笑をかった。

 

「聞き間違いか? 我らに降伏を迫っているように聞こえた」

 

「そう言っている」

 

ダークエルフの指揮官は豊かな口ひげを持ち上げ余裕たっぷりに笑い声をあげた。

 

「バカな。たった4人だけで何ができる? 降伏するのは貴様らの方だ。今すぐ投降するならば我らも命までは取らないでやろう。いや待てよ……」

 

ダークエルフはしゃべりながら何かに気づいたように目をむいた。

 

「貴様らか!? フォールンエルフに与し、我らから《秘鍵》を強奪している人族の冒険者というのは!? 前言撤回だ! 生きて帰れると思うなよ! 咎人に与する罪人どもめ!」

 

「……交渉決裂ってことでいいのか?」

 

「戯言も休み休み言え! 聖樹の恩寵にあずかる我らが恩寵なき民に膝を屈することなどありえん!」

 

「聖樹ねぇ……」

 

ガレ城は6層の聖大樹を囲うように建てられた城だった。首を上げれば城の屋根を超えてなおも高く枝葉を伸ばす大木が見える。

 

「お前たちはあの木を神聖なものとして崇めているんだよな」

 

「当たり前だ! 聖大樹様は我らエルフにとって神にも等しい!」

 

「1つ疑問がある」

 

ケイはまだ問答を続けるつもりらしい。

エルフの兵は十分に集まり、もはや時間を稼ぐ必要はない。だからこれは単なる彼の好奇心なのだろう。

 

「お前らは知ってるか? フォールンエルフの子供は生まれたときから呪いがかかっているんだとよ」

 

「それがどうした。追放者の末裔にはふさわしいじゃないか!」

 

ダークエルフの指揮官はケイの話を笑い飛ばした。アスナの目つきが少し険しくなる。

 

「分からないな……」

 

「なに?」

 

ケイはひたすら不思議そうに首をかしげていた。ダークエルフの指揮官が聞き返す。

 

「無垢な赤子に、致死の呪いを振りまくそれの、いったいどこが神聖なんだ?」

 

「……なっ!? 聖樹様を愚弄するか!? 人族め!」

 

「赤ん坊が何か罪を犯したのか? 彼らに親は選べないだろう? 俺にはあれが理不尽に呪いを振りまくだけの化け物に見える」

 

ダークエルフは浅黒い肌を真っ赤に染めて激怒した。

 

「ば、化け物だとぉっ!!? 言うに事欠いて! もはや我慢ならん! その言葉後悔させてやる!」

 

「「「オオオオオオオオオッッッ!!!」」」

 

指揮官の号令に従って兵士が殺到する。槍が剣が斧が、場内の光を反射して剣呑にギラギラと輝く。

ミトは冷静にケイが持つ黄金キューブに手を重ねた。キリトとアスナも。4人分の手がそろうとケイが呪文を唱える。

 

「バインド」

 

地面を黄金色の光が駆け抜けた。エルフ達は走る勢いのままに地面につんのめるが、すぐに起き上がりこぼしのように不自然に直立する。その顔ぶれは様々だ。驚愕に口を開く者。憎しみに目元を釣り上げるもの。苦し気に歯を食いしばるもの。焦りに汗を流すものもいる。だが、無音だ。不自然にも誰も言葉を発していない。

奇妙な光景だった。誰もかれもが動きを止めている。しわぶきの音一つしない。

 

「相変わらずでたらめね」

 

ミトがキューブから手を放す。

黄金キューブはフォールンエルフの長老の話にたがわぬ力を持っていた。それどころか効果範囲の広さや持続時間の長さも加味すれば、話に聞いて想像したより実物の方が何倍もすさまじい。

 

バインドはこの城のエルフの兵を根こそぎ釘付けにしていた。例外は黄金キューブに触れていたミト達だけだ。

 

「バインドもブレイクみたいにターゲットサークルを操作できれば楽なんだが。効果範囲が広すぎるせいで集団戦には向いてないのが玉に瑕だな」

 

それこそがフォールンエルフの部隊と別行動をとったもう一つの理由だった。さすがに何十人ものエルフが同時にキューブに触れることはできない。彼らにはキューブの効果が及ばない後方で待機してもらっておく必要があった。

 

バインドの光が見えたら彼らも突入してくる手はずだ。おそらくもう動き出している頃だろう。

 

「俺たちは先に宝物庫を抑える。兵士は任せた。上質の経験値だ。みすみすエルフにくれてやる必要もない」

 

「了解」

 

ケイとキリトが短く言葉を交わすと、ミトは最低限の兵士だけを倒して建物への侵入経路を切り開いた。邪魔な扉を、あるいは壁をケイはブレイクで破壊し、最短距離で宝物庫を目指す。ダークエルフは転移門を介さずとも聖樹を使った階層移動が可能だ。せっかく制圧しても《秘鍵》を持ち逃げされてはかなわない。これは事前に取り決められた動きだ。

 

そこから先はもはや戦闘と呼ぶのもおこがましく、まさに蹂躙と呼ぶにふさわしかった。聖樹を守るためか、城内では残存兵ばかりではなく非戦闘員と思しきエルフまでもが襲い掛かって来たが、ブレイクで装備を奪ってしまえば足止めにもならない。

動きを止めた外の兵士がどうなったかは上昇したアスナとキリトのレベルが物語っていた。

 

戦闘は焼き直しのようにもう一度。フォレストエルフの要塞でも。

 

この日。エルフの2大派閥はたった一晩のうちに最大規模の要塞と多くの将兵を失うことになった。フォールンエルフには一名たりとも死者が出ず、彼らの歴史に残る大勝利を収めることとなった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

フォールンエルフの里はお祭り騒ぎだった。決死の覚悟で送り出した兵士たちが《秘鍵》の奪取を成功させたばかりでなく、誰一人欠けることなく帰って来たのだから当然だ。それどころか当初は予定になかったフォレストエルフの要塞までもをついでのように陥落させたと聞いてしまえば、もう駄目だった。老いも若いも関係なく誰もかれもが浮かれはしゃぐ。走り回る青年が家じゅう回って住人を叩き起こして回り、年かさのエルフは秘蔵の酒を持ち寄ってあっという間に広場は宴会騒ぎだ。最初は迷惑顔の住人達も勝利の知らせを聞くや否や着の身着のまま家を飛び出す。

 

歓声はもはや奇声の域に達し、兵たちは誰もかれもが乾く暇もないほど酒を注がれ続ける。徹夜明けということもあって彼らはものの十分ほどで一人残らず酔いつぶされた。

 

「ケイ! ミト! アスナ! キリト!」

 

浮かれると言えば一番すごいのはアリアだ。彼女の家は村はずれにあるためか宴会に合流したのは遅かったが、イノシシもかくやといった速度で突っ込んできた彼女の勢いは思わずケイがバインドで拘束するくらいだった。

 

広場の真ん中でそんなことをするものだから被害は甚大だった。

 

「ひどいじゃないか!」

 

拘束が解けるとアリアは頬を膨らませてケイに詰め寄った。

 

巻き込まれた村人からも文句が出ると思っていたが、彼らはなぜか口々にめでたいめでたいとはしゃぎまわる。

 

「ほう。これがあの黄金キューブとやらですか」

「こんな力があるならばエルフの要塞など恐るるに足らずですな」

「黄金キューブに乾杯! 人族の英雄に乾杯!」

 

「もうみんなすっかり出来上がってるみたいね」

 

アスナがため息をつく。

 

「くそっ、なんでみんなボクを起こしてくれなかったんだ」

 

「嫌われてるからだろ」

 

「じゃあ、ケイが起こしに来てくれればよかったろ!」

 

ケイとアリアのやり取りを聞いた村人の一人が気まずそうに近づいてきた。

 

「あの、少しよろしいですか?」

 

アリアが視線を向けると妙齢の女性のエルフはいきなりガバリと頭を下げた。

 

「夫から聞きました。あの人が今回ケガなく帰ってこられたのは、あなたがその魔道具を取って来てくれたからだって。受け取ってはもらえないかもしれないけどお礼を言いたくて。それと今までのことも謝りたいの」

 

アリアは呆けたように少し固まると、角の取れた表情で彼女の肩に手を置いた。

 

「……許すよ。ボクはそれができるエルフになりたい」

 

それは数百年以上も続く呪いに苦しめられてきた彼女らしい言葉だった。

 

「お、おれもすまなかった」

「わたしも悪かった。反省してる」

「儂のことは殴ってもらって構わねえ!」

 

じろじろと視線は感じていた。だがそれは彼女を排斥するものではなく、ただ謝りたがっていただけのもののようだ。

 

「わわわ、ちょ、ちょっと誰か助けて」

 

あっという間に頭を下げたエルフに囲まれて困惑するアリアにアスナとミトが微笑ましい視線を向ける。キリトは酔いつぶれたホランドさんの意識を何とか取り戻そうと肩をゆすっていた。今回の戦いにおける彼女の功績を誰よりも村人に説いていたのはあの人だからだ。

 

だが、結局ホランドは起きなかった。諦めたキリトが立ち上がるとケイがぼそりと呟いた。

 

「なんか小学校の学芸会みたいだな……」

 

「ケイ……さてはあんた、結構イイ性格してるだろ」

 

「だってなんかなあ。たったこれだけで今までの仕打ちがチャラになるかと思うと、少しもやもやするだろ」

 

「せっかくあの子が受け入れられたんだ。素直に喜べよ」

 

キリトがげんなりした顔で振り向くと、ケイは獲物を見つけたように獰猛な笑顔になっていた。

 

「そら、来たぞ。俺好みのやつが」

 

「なに?」

 

「いったい何の騒ぎですの!!?」

 

元々フォールンエルフには二つの派閥があった。ノルツァー将軍に賛同し《秘鍵》を集め聖域に至ろうとする兵士たちと、巫女と共に祈り続け聖樹の許しを受けようとする贖罪派の信者たちだ。

これで集めた秘鍵は3つ目。長期にわたる停滞により里では多数を占めていた贖罪派だが、ここ最近の兵士たちの活躍は目覚ましく力関係は急速に変わりつつあった。そこに今回の戦果だ。大きく求心力を落とした巫女たちは不機嫌さを隠そうともせずズカズカと広場に乗り込んできた。

 

「《秘鍵》を強奪してきたですって! なんと罰当たりな! 嘆かわしい!」

「これで聖樹様との約束の日は数百年は遠ざかってしまいましたよ! 我々が必死に積み重ねてきた贖罪を無意味にした責任、いったいどのように取るつもりですか!?」

「あなたたちも今すぐ正気にお戻りなさい。今ならまだ寛大な聖樹様は許してくださいますわ。彼らと袂を別ち、正しき信仰を示すのです」

 

巫女たちの剣幕に村人はバツが悪そうに口をつぐみ、アリアの周りにはぽっかりと空白ができた。

 

「聖樹が寛大だって? バカも休み休み言えよ」

 

アリアはくっと顎を上げ、しっかりと言い返した。

 

「恩寵の少ない家の女がコンプレックスで始めた巫女の真似事を、いつまでやってるつもりだ?」

 

巫女たちはあまりの暴言に言葉を失った。そしてたちまち顔を真っ赤に染め上げる。

 

「な、な、なんと無礼な!」

 

巫女頭の指先は震えていた。

 

「このような屈辱生まれて初めてですわ!!」

 

巫女たちは一斉に喋るものだからその内容はほとんど聞き取れない。伝わるのは怒っているということぐらいだ。だが、ますますヒートアップする大声は自重というものを知らない。

眉を顰めるキリトの横で、しかしケイは楽しそうに笑っていた。うんざりした顔のアリアがこちらに視線を向けたとき、彼はアリアに黄金キューブを投げた。

彼女はその意図を正確に読み取り、いたずら好きな誰かのようにニヤリと口角を釣り上げた。

 

「ブレイク」

 

途端に巫女が手に持っていた杖がばらばらに砕ける。杖だけではない、頭に乗せたたいそうな装飾のティアラもジャラジャラとつけたカラフルな石の腕輪も粉々になる。果ては服の金具まで壊れたのか独特の意匠の白い服がはだけそうになるのを、巫女たちは慌てて抑えた。

 

「な、な!?」

 

「あっはっはっは!」

 

アリアは笑ってケイにキューブを投げ返した。

 

「お前らはずっと祈ってろよ。ボクはもう迷わない」

 

彼女は何かを振り切ったかのような笑い方で巫女を追い返した。

その表情に見知った誰かの面影を見つけたキリトは気まずそうに足元で寝ているホランドに小声で謝罪した。

 

「あー……うちのリーダーが、教育に悪い影響を与えたようですまない」

 

ホランドは眉間に深い皺を刻んでうなされていた。

 

 



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アーカイブス 014


ボス戦かと思った? 残念! シリカちゃんでした!



 

 

あなたはきっと覚えていないと思うけど。

 

 

◇◇◇

 

 

時々、すべてが億劫で何もやる気が起きない時がある。

それは彼女にとってすべてが変わってしまったあの日からたびたび起こるもので、その日は特別ひどかった。

 

憂鬱と恐怖。まさか学校に行くだけでこんな感情を抱くようになるとは、かつての彼女には思いもつかなかっただろう。胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚がひどくて、その日彼女は生まれて初めて仮病で学校を休んだ。

 

その日の夜、いつもならもうとっくに寝ている時間に目が覚めたのは、一日中ベッドでゴロゴロと過ごしているうちに昼寝をしてしまったからだろう。

 

喉の渇きを自覚して部屋を出る。階段を下りてリビングの扉の前に差し掛かった時、中からは母親の深刻そうな声が聞こえた。

 

「……今日、担任の先生から電話があってね……あの子学校でいじめられているみたいなのよ」

 

ぴたりと足が止まる。心臓が早鐘をうち、顔からは血の気が引いていく。

 

「じゃあ、今日学校を休んだのって……」

 

「ただの体調不良ってわけじゃ、ないかもしれないわ」

 

「そうか……」

 

父親のため息が聞こえる。

 

「……どうしてこんなことになっちゃったんだか」

 

「そんなことを言っても仕方がないでしょ」

 

それ以上は聞いていられなかった。誰にもばれないように、静かに方向転換し部屋に戻る。扉をそっとしめたら、布団を頭から被った。

 

「そっか……ばれちゃったか……」

 

昔はこんなことはなかった。

友達だってたくさんいたし、学校は楽しかった。

だが、一番の親友だと思っていた子と仲たがいをし、それから彼女の学校生活は一変した。物がなくなったり、悪口を言われたり。

昼休みも、給食の時間も一人で過ごす時間が多くなり、学校は楽しくなくなった。

 

でも両親にはそのことを相談しなかった。

 

友達がいないのが恥ずかしかった。

仕事で忙しい親を心配させたくなかった。

普通に過ごすこともできないのかと失望されるのが怖かった。

 

だから秘密にしていたのに、それもばれてしまった。お母さんはかわいそうな子って思うだろうか。お父さんは不出来な子だと思うだろうか。

 

頭の中がぐちゃぐちゃになって、涙が出てくる。情けない自分を消してしまいたかった。

 

 

土曜日が過ぎ、日曜日になる。昼頃にのっそりと起きだした彼女はリビングに向かう。

遅めの食事を食べている間、寝坊を咎めるでもなくどこか心配そうに母親に気を使われているのが嫌だった。

 

家には居たくなかった。

でも、遊びに行く場所も友達も思いつかなかった。

 

ふと机を見ると新品の輝きを見せるヘルメット型の機械があった。

緩慢な動作で手に取る。

少しでもこの現実を忘れさせてくれることを願いながら。

 

「リンク、スタート」

 

11月6日の昼のことであった。

 

 

元々シリカは熱心にゲームをする方ではない。そんな彼女が世間では大きなニュースになっている大型VRMMOのたった1万本しかない激レアな初期ロットを手に入れられたのは単に運がよかっただけだ。ネットでたまたまやっていたキャンペーン。当たるとも思わずに申し込んだそれが当選し、彼女の元には小学生には手が出せない高価なVRマシンであるナーヴギアと売り切れ続出で入手困難だという新作ソフトのパッケージが届いた。

 

それから1週間余り。

 

なにをするにも無気力な彼女はゲームのサービス開始を熱心に待っていたわけではなく、事前の情報収集も、これがどんなゲームかさえろくに調べていなかった。

 

なにをしていいのか分からない。

 

町の外に出て戦いたい気分ではなかった。

町中をぶらぶらとあてもなく歩いていたが、そこかしこにいるプレイヤーは誰もかれもが楽しそうで、シリカは自分が場違いなパーティー会場にでも紛れ込んでしまったかのような気分になった。

自然と彼女の足は人ごみから離れ、街の片隅へと向かっていった。

 

誰からも相手にされていないような閑散とした小さな広場で、シリカは何をするでもなくベンチに座っていた。

 

楽しくない。

 

これなら家で飼いネコのピナと戯れていた方がずっと有意義な時間を過ごせる。だけど彼女の母親の心配そうな視線が思い出されると、ゲームをやめて部屋に戻る気にもなれない。

 

まるでどこにも居場所がないような疎外感を味わいながら、彼女はただ無為に時間をつぶしていた。

 

「ニャーゴ」

 

俯く彼女の足元にふと一匹の猫が寄って来たのはそんな時だった。

 

シリカの顔が思わずほころぶ。

 

「ほら、おいで」

 

猫は差し出されるシリカの手から逃げ出さなかった。膝の上にのせてもあくびをしながら背中を撫でられている。ずいぶんと人に慣れているようだ。もしかすると飼い猫なのかもと思い首元を見るとそこには案の定赤色の首輪がついている。

 

「チャッピー……?」

 

ネームタグの名前を読み上げると、シリカの後ろでどさどさと荷物が崩れる音がした。

 

「チャッピーだと……!? まさか幻の13番目の迷い猫か!?」

 

男の人だ。彼は地面に落ちた大きな袋を気にもとめずに大急ぎでシリカの前に回り込んできた。

 

「まじか!? 本物だ! まさかリアルラックだけで見つけるやつがいるなんて!?」

 

男は興奮した様子でまくし立てた。

 

「すぐ戻ってくるから、絶対逃がすなよ。良いか。フリじゃないからな」

 

「え、えっと……なんなんですか……いったい?」

 

「その猫、飼い主が探してるんだよ。そういうクエストがある!」

 

シリカは思わず膝に乗せた猫を見た。それから想像する。自分の家の猫、ピナが逃げ出してしまったらどんな気持ちになるのかを。無気力感はすぐに消え去り、代わりに彼女の心を占めたのは義務感だ。

 

「飼い主さんの家はどこにあるんですか?」

 

言葉はするりとシリカの口から出てきた。

 

「少し待ってろ。今、受けてる荷物配達のクエストが終わったら案内する。あっ……これ中身壊れてねえよなあ。まあ耐久値が尽きてなければ大丈夫か……?」

 

男は投げ出した布袋を大急ぎで担ぎなおすと全速力で広場から走り去っていった。

 

そして数分後。今度は別の木箱を抱えて戻ってくるなり走り出す。

 

「さあ、いくぞ! 遅れるなよ」

 

「まさか走っていくんですか?」

 

「タイムイズマネー!」

 

時に路地裏の塀を渡り歩き、時に民家の庭を突っ切る破天荒な道案内はどこか非日常的で、まさしくゲーム的だった。シリカは驚きながらもどこか不思議な高揚感を覚えて男の背中を追った。

 

木箱の届け先だという町はずれの工房を経由して男が案内したのは、赤い屋根の民家だった。家の扉をノックするとシリカとおんなじくらいの背をした金髪の女の子が顔を出し、こちらを確認するなり飛び出してきた。

 

「チャッピー!!?」

 

猫はシリカの腕の中でのんきに喉を鳴らしていたが、女の子の目にはたちまち涙と安堵の表情が浮かんだ。

 

「まったくもう! 心配したんだから! あなたがこの子を見つけてくれたの?」

 

詰め寄られたシリカは一歩後ろに後ずさった。少し動悸が速くなる。

怖かった。同年代の女の子は特に。

 

「え、えっと……はい」

 

それでも絞り出した彼女の声を聴いて、少女はシリカに抱き着いてきた。

 

「ありがとう。本当に」

 

押しつぶされた不満を訴えるようにチャッピーが一鳴きする。

少女の体のぬくもりはいつかの記憶にある誰かの体温と同じだった。

 

「……私も猫を飼っているから、気持ちはよくわかります」

 

「そうなの! じゃあ今度はあなたの猫も見せて頂戴ね」

 

そばかすの少女はシリカからチャッピーを受け取ると満面の笑みでそういった。

シリカは何と答えていいものか迷った。ピナは現実世界の猫だ。人間でないあの子はゲームの中に連れてくることはできない。

 

「……いつか。見せに来るね」

 

それでもシリカはそう答えていた。

 

少女が家の中に戻ってもシリカの胸の中にはぽかぽかと彼女のぬくもりが残っているようだった。ぎゅっと胸元を握りしめる。誰かとしゃべって、こんなに笑顔を向けられたのは久しぶりだった。油断すれば泣いてしまいそうだ。

 

「……ありがとうございます」

 

シリカはここに案内してくれた男に頭を下げた。

 

「満足してくれたようだな」

 

「……はい……とても」

 

それからシリカは少女にお礼だといわれて渡された小さな鈴を男に差しだした。

 

「あの……これ差し上げます。クエストの経験値はあたしが貰っちゃいましたから」

 

「いいよ。猫好きなんでしょ」

 

シリカは頷いた。

 

「じゃあ、やっぱり君が使うと良い。マップを出して」

 

シリカがマップを表示すると男はいくつかの地点にマーカーを設置した。

 

「始まりの町には12個の猫探しクエストがあるんだ。通常なら猫は好物のエサで釣ったり、走って追いかけたりしなきゃいけないんだけど、その《猫集めの鈴》があれば鳴らすだけで寄ってくる。猫探偵には必須のアイテムだ」

 

「猫探偵?」

 

「この町のすべての迷い猫を見つけたプレイヤーに送られる称号さ。猫を愛してやまない貴婦人、猫マダムからも報酬がもらえるんだぜ」

 

そこまで言うと男はニヤリと笑って指を立てた。

 

「しかも猫クエストで集められる4つの猫アイテム。猫耳カチューシャ、猫の付け髭、尻尾付きパンツ、そしてその猫集めの鈴を全部装備すると……なんとこの町の猫と会話ができるようになる」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

いつの間にかシリカは身を乗り出していた。

 

「ベータ時代の噂だけど、マジらしいぜ」

 

ぎゅっと鈴を握りしめる。

 

「じゃあ、せめてコルだけでも」

 

そういってシリカはアイテムメニューを操作しようとするが、男はシリカを見る事すらなく断った。

 

「だから、ほんとに大丈夫なんだって」

 

真剣な様子の男に違和感を覚えて視線の先を追うと、少女の家の窓がある。窓際に花瓶のおかれたそれは換気のためだろうか、15センチほどの隙間が開いていた。

 

シリカの視線の先で、突然カーテンの向こうから黒い塊が現れたと思うと、窓の隙間から飛び出してきた。男の人はそれを予期していたかのように空中で捕まえると、得意げにシリカに見せてきた。

 

「だってこのクエスト常時発生型だから」

 

ぶら下がるように掴まれたチャッピーは観念したように鳴き声をあげた。

 

「じゃあな。うまいクエストに便乗できて俺もラッキーだった」

 

金髪の少女から自分の分の報酬をもらった男の人は出会った時と同じように、嵐のように去って行ってしまった。

 

「名前聞きそびれちゃったな……」

 

シリカが彼の名前を聞くことになるのはその日の夕方、史上最悪の事件の始まりを告げられた時であった。

 

 

◇◇◇

 

 

始まりの町の広場は罵声と悲鳴に包まれていた。

 

叫ぶ男の人の声も悲鳴のように甲高い女の人の声も聴きたくなくて、シリカは耳を抑えてうずくまってしまう。

 

誰もかれもが文句を言っている。アバターを元に戻せ。ログアウトさせろ。現実に帰せ。

だけどこのゲームの運営の人はそれ以上何も言うことはなくて。

 

真っ赤に染まった広場が元の色彩を取り戻す。それでもゲームはもとには戻らなかった。

 

茅場晶彦を名乗るローブ姿のアバターはもうすでにこのゲームで何人も死者が出ているといっていた。このゲームの死は現実世界の死を意味すると。

 

シリカはそのことがたまらなく怖くなってしまう。命を懸ける覚悟なんてなかった。当たり前だ。

 

周りの空気にあてられてパニックになりしゃがみ込む彼女の肩に誰かの手が置かれた。

 

「大丈夫だ……」

 

「え……?」

 

「大丈夫だ。ここは圏内だから。命の危険はない。何も怖がることはない。落ち着いて深呼吸をして」

 

ゆっくりとシリカの目を見て話しかける人には見覚えがあった。

 

「どうして……?」

 

少しの間だけど、一緒にクエストをこなした人だ。シリカも含め、皆の姿が変わってる中でその人だけは前と同じ姿をしていた。

 

「大丈夫だ。落ち着いて深呼吸をして」

 

男はなおも繰り返す。

シリカの涙は止まっていた。疑問に思考が中断されたからかもしれない。

 

「君、年齢は?」

 

男はシリカに反応していない。彼女だと気付いていないようだ。それも当然か。

 

「12歳です」

 

「小学生?」

 

シリカは黙って頷いた。

 

「そうか、じゃあ、こういうゲームは初めて?」

 

シリカはやはり頷いた。

 

「俺はこういうゲームに慣れている。少しアドバイスをさせてほしい」

 

シリカの頭は真っ白でこの先何をするかなんて考えていない。クエストの時のようにこの人が導いてくれるなら心強いと思った。

 

「お願いします……」

 

「まずは宿を取ろう。この人数のプレイヤーが全員泊まれるほど始まりの町の宿泊施設は多くない。じきにどこの部屋も満室になる。このゲームのログアウトがいつできるようになるのかは分からないけど、野宿はしたくないだろ」

 

手を差し伸べられてシリカは立ち上がる。

 

「でも、その前に少し広場を見て回ろう。君みたいに助けを求めている子供が取り残されているかもしれない。まかり間違ってフィールドにでも出てしまったら大変だ」

 

彼の言葉はその通りで広場には呆然と立ち尽くす女の子が一人、怯えたように座り込む男の子が一人いた。

 

男の人は彼女たちにも声をかけると広場を後にし、教会に向かった。

 

「……宿は取らなくていいんですか」

 

シリカが尋ねると男は振り返ってこういった。

 

「ここが宿だよ。神父に交渉すると部屋を貸してもらえるんだ」

 

教会に入るともう一人の女の子が尋ねた。

 

「……どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」

 

「実はな……」

 

男は真剣な表情になった。少女はごくりとつばを飲みシリカの陰に隠れる。

 

「さっき、装備を買ったせいで無一文なんだ。誰かお金貸してくれない?」

 

男は眉をハの字に下げ情けない顔で手を合わせた。女の子は初めてふっと笑った。神父へのお金はシリカが払った。もともと彼の助けでクリアしたクエストの報酬なのだから文句はなかった。

 

教会の食堂で食事をしながらシリカ達は自己紹介をした。

 

男の人はケイ。女の子はチカ。男の子はアスタとそれぞれ名乗った。アスタはシリカと同い年、チカは一つ上の中学生らしい。

 

食事席でケイはしきりにシリカ達を励ました。

 

「うちはゲームは夜ご飯までなんです。お父さんが帰ってきたらナーヴギアを外そうとするかも……」

 

と、チカが不安を吐露すれば

 

「お父さんだってスマホくらい持ってるだろ。何十人と死者が出てる大事件なら今ごろテレビでもSNSでも繰り返し報道されてるはずさ。俺なら防災無線でも呼びかける。そのどれもが耳に入らないなんて100パーセントありえないよ。犠牲者が出るのは情報が出回る前の数時間だけさ」

 

と、励ました。アスタがいつになったら帰れるのかと不安を見せれば

 

「逆に考えるんだ。帰れなくてもいいやと。明日は月曜日だろ。合法的に学校を休んでゲームができるって考えたら、ワクワクしないか」

 

と返答した。

その言葉は意外にもシリカの胸にすとんと落ちた。学校に行かなくてもいいと言われて安堵している自分がいた。両親は心配するだろうけど、今は彼らと顔を合わせるのも……

 

いっその事。このままずっと、この世界に居られればいいのに。

 

シリカは頭を振って不吉な考えを追い出した。

 

 

 

 

翌日シリカは部屋をノックする音で目を覚ました。教会の2階。神父から借りた一室から外に出ると廊下にはチカがいた。

 

「ケイさんがいないの」

 

「まだ、寝てるんじゃないですか……?」

 

チカが首を振る。

 

「神父さんが昨晩から戻って来てないって」

 

「……そうですか」

 

「うん」

 

シリカとチカはそろって教会の礼拝堂に向かった。気まずい沈黙があった。

いつからだろう。自分がこんなに憶病になってしまったのは。誰かに話しかけるのにこんなに勇気がいるとは思わなかった。

 

「ずいぶん早いな……」

 

それから少しして教会に帰って来たケイは礼拝堂にいるシリカ達を見つけると目を丸くした。

 

「どこに行ってたんですか?」

 

「2層。お祭り騒ぎになってるぜ! アスタも起こして朝食にしよう!」

 

シリカに答えたケイは2階に向かい、それからアスタを連れて降りてきた。

 

今日の俺は一味違うぜ、と胸を張るケイは2層転移門広場にあるオープンテラス席に腰を掛けると、みんなの分の朝食代を支払った。

 

「……もしかして、昨日の夜にフィールドに出たんですか?」

 

「まあ、そんなとこかな」

 

チカが尋ねると、ケイは頬をかきながら答えた。

 

「さて、今日の予定だが実はみんなに頼みがある」

 

食後、テーブルに置かれたコーヒーを飲みながらケイはシリカ達に真剣な表情を向けた。

 

「この町には隠された装備屋がいくつかあるんだが、そこを見張ってほしい」

 

「……なんのためにですか?」

 

頼み事はいい。だが、目的が分からずシリカは首を傾げた。

 

「ベータテスターを探す」

 

「ベータテスター?」

 

アスタが聞き返す。

 

「このゲームの正式リリース前に1か月ほどテストプレイの期間があったんだ。その時ゲームをプレイしていたプレイヤーはベータテスターと呼ばれている。そいつらは他のプレイヤーよりこのゲームに慣れてるし、多くのことを知っている。装備だって大通りでは買わない。裏路地にもっと高品質な装備が売っているって知ってるからだ。みんなにはその装備屋でベータテスターを待ち受けてフレンド登録をしてほしい」

 

シリカ達に反対するものはいなかった。そもそもみんな何をしていいか分からず広場に残っていた面々だ。ケイに指示された通りその日は店に訪れるプレイヤーにフレンド登録を頼み続けた。

 

夕方になりシリカが教会に戻るとそこには見覚えのない人の姿があった。

大学生くらいの女性は名前をサーシャと名乗った。

 

「あなた達もこの教会にいる子?」

 

「……はい」

 

シリカは固い声で答える。礼拝堂には彼女の他にも中学生くらいの人が数人いたからだ。皆がシリカを見ている。

 

「大人の人はいるかな?」

 

「……ケイさんなら、まだ戻ってきていないと思います」

 

「連絡は取れないの?」

 

「メッセージを送っておきます……」

 

「お願いね」

 

少しの沈黙があった。

シリカがメニューを操作し終わったころを見計らってサーシャが口を開く。

 

「今までどこに行ってたの? 圏外には出ていないのよね?」

 

「……2層で少し用事を」

 

「クエストかしら?」

 

会話には中学生らしき少女も入って来た。シリカが目を向けると手を差し伸べて来る。

 

「私、田島恵。タエって呼んで。よろしく」

 

「……よろしくお願いします」

 

「私たちも教会において欲しいんだけど、いいかしら」

 

「それは……ケイさんに聞かないと……」

 

正直、気は進まなかった。シリカは同年代の女子が得意ではないのだ。どうしても学校でのことを思い出してしまう。

 

「ま。それもそうよね。気長にまつわ」

 

シリカは逃げるように礼拝堂を後にし、部屋に戻った。それから布団にダイブする。なんだかどっと疲れが出た。

 

夕食時になると部屋の扉がノックされた。

 

「食事にしよう」

 

ケイが戻ってきたようだった。

 

食堂では誰かが用意した大皿の料理をみんなで囲んだ。昨日からいた3人に加えて、結局、今日新たにやって来た少女たちとサーシャもこの教会を拠点にするらしい。みんなで自己紹介をした。

うまく笑えていると良いけど、あまり自信はなかった。

 

食事のあと早々に部屋に戻るシリカをケイは引き留めた。フレンドリストを見せ、そのうちの何人かに連絡を取っている間に、ケイがぼそりと呟いた。

 

「不安か?」

 

「……はい。でもみんながいますから」

 

シリカは微笑んだ。微笑んでるはずだ。

 

「いつ帰れるかとかそういう不安を言ってるんじゃない。シリカが感じてるのはここでみんなとやっていけるかの不安だろ」

 

見透かされてるなとシリカは思った。

 

「……ごめんなさい」

 

「別に謝ることなんてないさ。俺も集団行動は得意じゃない。でも彼らと一緒に居ると疲れるというのなら、少し考えてみるよ」

 

ケイはそれ以上その事には触れなかった

 

◇◇◇

 

翌朝、食事を済ませたケイはシリカを呼び出した。

 

「俺は今日ベータテスターと組んで圏外に出る。良ければ一緒についてきてくれないか?」

 

ケイの頼みはシリカにとって理解しがたいものだった。

 

「……どうしてですか? あたしは……あんまりゲームはうまくないですし、その人たちにも迷惑かかっちゃうんじゃ……」

 

ケイは眉を寄せて困ったように笑った。

 

「情けないよな。一緒にゲームをやるくらいしか、君を笑顔にする方法が思いつかなかったんだ」

 

「……そんなこと……気にしてくれただけで、うれしいです」

 

彼女はケイの誘いを断らなかった。

2層主街区《ウルバス》の町でケイはシリカに黒い装備品を手渡した。

 

「これは?」

 

「《コート・オブ・ミッドナイト》。布防具の中じゃ一番硬い装備だ。外に出るのに初期装備じゃまずいだろ」

 

高そうな洋服だった。ゲームの中じゃ汚れたりほつれたりする心配もないだろうが、シリカは慎重な手つきでそれを広げ袖を通す。

 

「変じゃないですか?」

 

「よく似合ってる。防具はこれでいいとして。問題は武器だな」

 

「武器なら一応持ってますけど……」

 

「初期装備だろ。それに短剣か……」

 

シリカの武器を見てケイは苦い顔をした。

 

「ダメですか……?」

 

「ダメとまでは言わないけど初心者向きじゃない。その武器は相手の懐に入らなきゃいけないし、刀身が短いから防御もしづらい。初心者はもっとリーチのある武器でアウトレンジから攻撃するのが定石なんだよ」

 

シリカはこのゲームに詳しくない。武器屋でケイにお任せしたところ、彼が選んだのは木製の柄の両手槍だった。それに加えて彼は腕に固定する小型の盾を買い込むと、シリカに渡した。

 

「ソードスキルは《盾術》と《疾走》につけ変えて」

 

「あの……《両手槍》はいらないんですか」

 

「レベルが低いうちはつけなくてもいいよ。低レベルの両手槍じゃ火力が足りない。それにレベリングには必ずしも武器スキルは必要ないんだ」

 

 

このゲームは命懸けだ。だから初めのうちは盾を構えて防御重視で戦えばいいよ。いざとなったら疾走スキルで走って逃げればいいしさ。

 

シリカは最初ケイの指示したスキル構成をそのようにとらえていた。

 

実際は全く違った。

 

「け、ケイさん! これ大丈夫なんですか!!?」

 

シリカは足を止めずにひたすらにケイの背中を追いかけていた。

 

「大丈夫! 大丈夫!」

 

ケイは楽しそうに笑いながら野原をかけている。その姿は遠くから見れば微笑ましい光景かもしれないが、その後ろを追いかける何頭もの怒れる雄牛がすべてを台無しにしていた。

 

シリカは死に物狂いで足を動かした。現実ならとっくに息が切れて動けなくなっていることだろう。

 

敗走しているわけではない。ケイは初めからモンスターと戦わなかった。一撃入れては走って逃げてを繰り返しているのだ。

 

「レベル上げを、するんじゃ、なかったんですか!?」

 

シリカはこの時ばかりは暗い気持ちも年齢差も何もかも忘れて大声を出した。何せ命がかかっている。

 

「レベル上げだよ。あー、まずはこのゲームの経験値の話をしようか」

 

ケイはシリカに並走しながら語り始めた。

 

「SAOでは単にパーティーを組んでるだけじゃ経験値は入らないんだ。与えたダメージの量とか向けられたヘイトの量とかに応じて、戦闘に参加したプレイヤーに傾斜配分される。だから例えば俺が普通にあいつらを倒したとしたら、その経験値はほとんどシリカには入らない」

 

「そうですか!」

 

「だからシリカにも戦闘行動に貢献してもらいたいんだが、攻撃力がほとんどないからダメージ量で競うのは非効率的なんだ。一番いいのはヘイトの受け持ち時間を上げることさ。こんなふうに逃げ回ってるだけでも貢献度はたまってる。さあ、そろそろ《挑発》スキルのクールタイムも終わっただろう。もう一回」

 

ケイに促されてシリカは《盾術》のスキルである《挑発》を使った。文字通りの効果を発揮したスキルのせいで、牛たちはますます殺気をシリカに向けて鳴き声を上げる。

 

「だとしてもっ……一体ずつ、戦えばいいんじゃないですか!?」

 

「え、なんで?」

 

「え?」

 

「効率悪いじゃん」

 

この人は本当に昨日シリカ達に声をかけた人と同一人物なんだろうか。圏外は危ないから出るなと言っていたはずなのだが……

 

「そろそろ頃合いか。目の前に段差があるのが見えるか。いったん片付けるからあそこの上で待ってて」

 

「わかりっました!」

 

シリカは小さな崖に飛びついた。ごつごつした突起を使ってよじ登る。我ながら過去最高の動きだった。段差から下を見ればちょうどケイが戦闘を開始するところだった。

一番右の牛をすれ違いざまに一閃。その次は段差に殺到する牛たちを順番に背後から襲っていく。合計で7頭いた牛はあっという間に数を減らし、最後の一体がポリゴン片となって砕け散った時、シリカの眼前に戦闘終了とレベル上昇を告げるポップが浮かび上がった。

 

「さあ、もうひとセット行こうか!」

 

ケイは元気に言った。シリカはやっぱり教会に残った方がよかったかもと少し考えた。

 

 

◇◇◇

 

 

その日の夜、シリカは教会に帰らなかった。ケイが2層の奥地の町まで進んだからだ。初めてのエリアボス戦は皆の姿を眺めているだけだったが、それでも喜びは変わらなかった。

 

イスケ、コタロー、アスナ、ミト、キリト。

ケイが集めたメンバーは皆すごい人たちだ。命がけのゲームなのに一歩も引かず、一体になって強敵と戦う姿はシリカには少しまぶしく映った。いつか自分もあの輪の中に入りたいと思うくらいに。

 

それから数日もシリカは教会には帰らなかった。正確には帰れなかった。

ケイとシリカは今や《ウルバス》の町から正反対の迷宮前に宿を移していたからだ。気軽に行き来できる距離でもなければ、シリカ一人で帰れる場所でもない。

 

シリカも初めは彼ら彼女らに壁を作っていた。だが、学校のことだとか、友達のことだとか、そんなものは大斧を手に走り寄ってくる牛男を前にしたらどうでもよくなる。

 

「ブルァアアアア!!!」

 

「ひぃっ!」

 

小さく息をすうシリカの頭上を大鎌が通り抜け、火花を散らして相手の武器をはじき返す。

 

「シリカちゃん! 今よ!」

 

「は、はい」

 

シリカはおっかなびっくり槍を腰だめに構え、アシストに導かれるままに腕を突き出した。

 

「へっぴり腰だなあ。トレンブリングオックス相手にはもう少しましな動きができてただろう」

 

「ムチャ言わないでくださいよ! 相手がっ全然っ違います!」

 

シリカはケイを相手に大声を上げた。

 

「わかるわよ。シリカちゃん。私もたまに思うもの! このゲームの敵はリアルすぎるわ」

 

「アスナさん……」

 

アスナは言いながら牛男に目にもとまらぬ3連突きを繰り出す。

 

「せめてもう少しきちんと服を着て欲しいわよね。目に毒だわ」

 

ソードスキルで硬直する彼女を守るようにキリトが一歩前に踏み出す。

 

「でもミノタウロスが腰蓑以外を身に付けたら、ミノタウロスじゃなくなっちゃうんじゃないか」

 

「……ミノタウロスのミノはミノスのミノよ」

 

「えっ、マジで?」

 

キリトは驚きながらも迫りくる斧の振り下ろしを切り上げで相殺した。反動で揺らぐ彼の背中を守るように素早くアスナがカバーに入る。

 

「シリカちゃん。スイッチ」

 

ミトがスキルを放って硬直したら、次に前に出るのはシリカの役目だった。慌てて足を動かす。しかし踏み込みが浅かったのか、槍さばきが下手だったのか、彼女の繰り出した一撃は敵にあっさり防がれてしまう。

 

思わず目をつむりかけたとき、背後から飛んできた短剣が牛男――トーラスの顔面に突き刺さりわずかに残っていたHPを消失させた。

 

「ありがとうございます」

 

「かまわんでござるよ」

 

「シリカちゃん焦らないでもいいわ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

ミトは縮こまるシリカの背中を叩いた。

 

「大丈夫よ。ゆっくり慣れていきましょ」

 

「はい!」

 

シリカのピンチをフォローしてもらうたびに、仲間の隙をシリカがカバーするたびに。

命がけの戦闘で皆との間に芽生える連帯感は、彼女の心にうじうじ残る猜疑心を晴らしていった。

 

ケイは誰よりも最前線で戦う姿を見せたかと思えば、たまに突飛な言動を見せて場を和ませていた。

アスナはことあるごとにシリカに話しかけてきた。人の心に優しく寄り添うような彼女の言動は、不思議と悪い気はしなかった。

ミトはおそらく誰よりもシリカのことを気にかけていた。時に危険性についてケイと言い合いするのも彼女が皆を心配しているからだというのが伝わって来た。

キリトはあまり口数が多くないようだったが、数日過ごすうちにただの人見知りだとわかった。親近感を抱いた。

イスケとコタローは最初は変な人だと思ったが、明るくてノリのいい人だった。戦闘中は後ろでいつもシリカのことを見ていて、戦い方のアドバイスをたくさんくれた。

 

皆、良い人たちだった。

 

ある日の夜、ケイは言った。

 

「……よく、笑うようになったな」

 

「そうですか……?」

 

「ああ。みんなを受け入れたみたいでよかった」

 

迷宮区最寄りのこの町の宿屋には屋上があった。

そこで夜風にあたりながらケイとシリカは暖かいココアの入ったカップを抱えて、ぽつぽつ灯る街の明かりを見ていた。

 

ノスタルジックな風景にやられてか。シリカはあれだけ親に隠したがっていた過去の話をポツリと夜風に零した。

 

「……あたしには親友だと思っていた友達がいました。……でもその子にとってはそうじゃなかったみたいです」

 

ケイは慰めなかった。否定も肯定もせず、ただカップに口をつけた。

 

「……だからふと思ってしまうんです。この子も心の中ではあたしをどうでもいいと思ってるのかなって。本当は意地悪したがってるのかなって。でもそんなこと迷宮区に潜っていたら考える暇なくて」

 

シリカは両手でカップを握った。じんわりと熱が広がる。

 

「みんないい人たちばっかりです。あたしを信じて背中を預けてくれて、いつの間にかあたしもみんなが怖くなくなって……」

 

シリカは胸に手を当てた。

 

「この感情はきっと……元の世界にいたんじゃ分からなかったものだと思います……」

 

「そうか」

 

ケイはカップに残っていたココアを飲み干すとそれを手すりの上に置いた。緩い夜風が2人の間をかけてゆき、シリカの独白の余韻を運び去っていった。

 

「俺は明日、ボスを討伐しようと考えている」

 

ケイは夜景を見ながら静かに言った。

 

「俺たちは背中を預けあうパーティーメンバーだ。それは間違いない。だけど、シリカはボス部屋の中には連れていけない」

 

「…………それは……」

 

シリカは下唇を噛んだ。ケイの言い分はよくわかる。皆と肩を並べて戦うにはまだ実力が足りない。それは自分が一番わかっていた。

 

「そんな顔するな。何もパーティーがこれきりというわけじゃない。今はまだってだけだ」

 

「……あたしもいつかは、みんなに追いつけますか?」

 

ケイは強い視線でシリカを見つめ返してきた。

 

「ああ。俺が保証する。君はいずれ攻略組の旗印と言える存在になるだろう」

 

ケイの期待に満ちた言葉にシリカは胸がぞわぞわしてカップに視線を落とした。

 

「……絶対に負けないでください」

 

「ずいぶん消極的な願いだな。こういう時はもっと別の言い方をするもんだ」

 

シリカは一度考える。ケイがどんな言葉を欲しがっているのか。

 

「絶対に、勝ってください」

 

「おう。任せろ」

 

ケイは満足げな笑みを浮かべていた。

 

 

◇◇◇

 

 

翌日の夕方、十分に連携を確認し、体を慣らし、レベルをあと一つだけ上げ。

ついにケイ達はボス戦に挑むことになった。

シリカは入り口の扉の前で皆を見送る。

 

「このボスは厄介な麻痺攻撃を使ってくる。くらうつもりは全くないが、もし想定外の事態が起きたらシリカに頼むことになるかもしれない。その時は頼んだぞ」

 

最後にケイはそう言い残してボス部屋に入っていった。

 

「よろしくね、シリカちゃん」

 

「いざって時は、わたしじゃなくアスナを……」

 

「無理はしなくていい。自分の命を最優先に」

 

「行ってくるでござる」

 

「後ろに気を付けるでござるよ。ここも迷宮区でござるからな」

 

「はい」

 

はらはらした。そわそわした。ドキドキした。

 

やっぱりボス戦は違う。肌をひりつかせる緊張感。作戦通りに進んでいても安心なんてできない。頼もしかったみんなが敵の攻撃を受けることもある。

 

シリカはやはり無力だった。戦いについていける自信がない。

今はそれが無性に悔しい。

 

イスケの調べでボスは3体いるということが分かっている。

 

1体は順調に倒した。通常モンスターの何倍も強そうな2体目も追い詰めた。

 

そうして本命の3体目が現れた。

 

「シリカ! 君も来い!」

 

ケイがシリカを呼んだ。槍を両手に握りしめてボス部屋に足を踏み入れる。たった一歩で空気が変わった気がした。

心臓がどくどくと早鐘を打つ。間近で見上げるボスの巨体は遠くで見るのと迫力が段違いだ。

 

ケイはシリカを呼んだのは事前の言葉通り想定外が起きたからだ。だが、それは悪い意味じゃなかった。2層の最大の敵《アステリオス・ザ・トーラスキング》は皆の予想を裏切り、イスケとコタローのチャクラムに完全に押さえこまれていた。ケイの判断は彼女でも十分に手に負えると踏んだからだろう。

 

「怖気づくことはない! ただのデカい案山子だ!」

 

ケイが楽しそうに武器を振るった。

期せずして訪れたボス戦のチャンスにシリカは全力を尽くした。

 

2体目のボス、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》がついにキリトとケイに倒された。最後に残ったトーラスキングの体力も残り少ない。

皆で順番に近づいては離れてソードスキルを使った。突然ケイが足を止めた。

 

「シリカ! LAだ!」

 

ケイが指をさす。

キリトが順番を譲るように掌を差し出した。

 

「シリカちゃん。がんばって!」

 

アスナが胸の前で拳を握る。

ミトが薄く微笑む。

 

「シリカ殿ー、任せるでござるよ!」

 

イスケとコタローの声援が後ろからシリカの背中を押した。

 

「みんな……」

 

ボスはもう虫の息だった。

シリカは駆け出した。両手槍が輝きを増す。渾身の力を込めた刺突は過たずボスの体を貫いた。

 

槍が動きを止めたとき、一瞬の静寂があり、ボスがその身を無数のポリゴン片に変えた。

 

【Congratulations!】

 

祝福のメッセージが現れる。

信じられない思いで目をしばたかせた。

ボスを倒したのだ。一万人のプレイヤーを閉じ込める番人を。皆の手で。シリカの手で。

誰かが喜びの声を上げ、拍手の音が鳴る。この時何かがストンとシリカの胸に落ちた。

なぜだか景色が歪み自分の目に涙がにじんでいることに気づいた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ボス戦の後、3層主街区の雰囲気のいいレストランでシリカ達はテーブルを囲んでいた。皆に飲み物がいきわたると誰ともなくグラスを持ち上げる。シリカはケイを見た。

 

「シリカ。君が音頭をとるんだ」

 

「ええっ わたしですか……!?」

 

「ああ、今回のLAは君だろう?」

 

周りを見渡すとアスナもミトも、キリトもイスケもコタローも期待するような目で彼女を見ている。

 

「え、えっと。2層攻略を祝して、かんぱい!」

 

皆が軽くグラスを傾けて一口喉に流し込む。少しの渋みとそれを上回る甘さ、それらをさわやかな炭酸がシリカの喉に押し流した。

ケイが頼んだスパークリングワインに口をつけることにシリカは最初尻込みしたが、ゲームの中のワインにはアルコールが入っておらず年齢制限もないといわれて、またせっかくの祝いの席だということでドキドキしながら飲んでみた。

 

ちょっぴり大人な味がしてシリカはなんだか成長したような気分になった。

このレストランは主街区でもひときわ高い建物の最上階にある。値段はたいそうなものだが、食事のおいしさはそれに見合ったものだった。

皆がおなかを満たし終え、ボス戦の感想を言い合い、ドロップ品の分配を終えた頃、窓の外にちらりと目を向けたケイが突然こんなことを言いだした。

 

「実はまだ皆が受け取っていない報酬がある」

 

「アイテムもコルも分配しただろ? 他に何かあったか」

 

「ああ、一番価値あるものだ」

 

キリトが不思議そうな顔をするがケイは多くは答えなかった。

 

「窓際に来てくれ」

 

高層にあるこのレストランからは転移門広場が良く見えた。中央に存在する不思議な光を放つオブジェクトがシリカ達の視線の先でゆっくり動き出し徐々にその光量を増していく。まぶしさが最高潮に達したと思った時、ぱぁっと光の粒子がはじけた。次いで星屑のように小さな光が広場中に散らばり、その中からは続々とプレイヤーが現れ始める。

 

彼らはあちこち指さしながら歩きだし、新しい階層の姿に歓喜の声を上げていた。次々に現れる人の群れはあっという間に広場中を埋め尽くし、町全体に広がっていく。あるものはクエストを求めて走り出し、またあるものはゆったりと広場の周りを散策し始める。仲睦まじくベンチに腰を下ろし会話に花を咲かせている者達もいる。

 

誰もかれもがその顔にクリアに近づいた喜びと抑えきれない好奇心を浮かべているようで。その姿はシリカの脳裏に焼き付いたあの日の広場を埋め尽くすプレイヤーの姿とはかけ離れていた。

 

「みんな……笑ってる……」

 

シリカが視線を窓の外に向けたままポツリとつぶやくと、ケイが誇らしげに答えた。

 

「俺たちがやったんだ。この光景がボス戦の最後のリワードさ」

 

胸の奥が不思議な熱に包まれる。

シリカはこの感情に名前を付けられなかった。

 




Tips
シリカのリアルでの設定について
学校でいろいろあったのは公式設定。劇場版特典のボイスドラマでそれらしいことを言っている。なお筆者は聞き逃した模様。劇場版は特典小説の回に行ってしまった。どうにか聞く方法ないかなぁ。情報求む。


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アーカイブス 015


全然6層が終わらない……

どれもこれもフォールンエルフの卑劣な策略せいなんだよな……


2層ボス戦は皆と共に戦った。シリカに忘れることのできない思い出を残した。

3層ではギルド結成クエストを大急ぎで終わらせた。ミトとアスナとたくさんいろんな話をした。

 

シリカはまさに彼らの一員だった。

 

少し様子が変わったのは4層からだ。彼女は途中から2層に向かい鉱石を掘っていた。シリカはケイ達が何をしているか正確には分からなかったし、いつの間にかボスは倒されていた。

 

『ごめんシリカ。ボス戦には呼ぶって言ってたけど、エルフクエストで超強いNPCが仲間になってくれたから、そのままボスに挑んでみたら勝てちゃった』

 

『ケイさん。ボス攻略おめでとうございます。私も皆さんに会いに行っていいですか』

 

『5層の主街区は近くに鉱石のスポットもないし、長居する予定もないからそのままマロメの村にいて。鉱石を集めるのもボス戦と同じくらい重要だから。任せたよ』

 

「…………………………………………」

 

シリカは無言で返信を送る。

 

『わかりました。またなにかあれば連絡ください』

 

「…………………………………………」

 

『アスナさんボス討伐おめでとうございます』

 

『ありがとうシリカちゃん。今回はカイサラさんっていうエルフの女の人が仲間になってくれたんだけど、その人すっっっごく強くてね。なんと一人でボスを倒しちゃったんだよ! 今度紹介できたらいいな。シリカちゃんも用事が終わったらまた会おうね』

 

「…………………………………………」

 

『ミトさんボス戦お疲れ様でした』

 

『シリカちゃんもケイのムチャぶりで忙しいみたいだけど、お互い頑張りましょう』

 

「…………………………………………………」

 

『キリトさんフロアボス撃破おめでとうございます!』

 

『ありがとう。シリカもお疲れ様。そっちも大変だろうけど頑張って』

 

「…………………………………………………」

 

『コタローさん! コングラチュレーションズ!』

 

『かたじけないでござる。シリカ殿。拙者は今回のボス戦で己の力不足を実感したでござる。今後も精進するでござるよ。シリカ殿は息災でござるか?』

 

『採掘スキルばっかりレベルが上がってますけど、元気です。早くみんなと連携訓練がしたいです』

 

『ケイ殿は拙者らよりも何倍も知恵を働かせているのでござろう。シリカ殿のこともきっとよく考えているのでござるよ。安心して機を待つのでござる』

 

「…………………………………………………………」

 

『イスケさんボス戦大丈夫でしたか?』

 

『まことに強く、面妖な敵でござった。アルゴ殿がいなければ危なかったでござる』

 

「…………………………………………………………アルゴ……?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

結局、5層には一度も足を踏み入れなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

早朝のマロメの村でシリカは一人黙々と両手槍を振り続けていた。

 

初期から覚えている二つの基本技に加えて、熟練度50で覚える追加のソードスキルを順番に放つ。

 

輝く槍の穂先は素早く空気を切り裂き、空中に切っ先の描く三角形が現れる。

 

ケイやキリトが言うにはソードスキルは動かされるままに体を動かすのはダメなんだそうだ。スキルアシストに先んじてプレイヤーが積極的に体を動かすと、ソードスキルは威力も速度も上昇する。

 

あの時は分からなかった。でも、今ならわかる。

 

シリカは4つのソードスキルの動きを完全に体になじませていた。それから最近使えるようになった熟練度100で覚えるソードスキル。

 

これはまだ完全には使いこなせていない。連続技をアシストするのはタイミングがシビアでなかなかうまくいかないのだ。

 

シリカは奥歯を噛みながら技の動きをゆっくりと再現する。それからだんだん早く動かすが、やはり動きにキレがない。

 

そうしてスキルのクールタイムが終わるとまた、ソードスキルを放つ。

 

この地味な鍛錬はシリカの毎朝の日課になっていた。

 

「おはよう。シリカちゃん。今日も精が出るわね」

 

「……おはようございます。リズベットさん」

 

シリカは動きを中断して宿から出てきたリズベットに頭を下げた。

 

「……今日の朝の分の鉱石は共有ストレージに入れてあります」

 

「えっ、もう行ってきたの?」

 

「はい……少し早くに目が覚めてしまったので」

 

「大丈夫。少し根詰めすぎてない?」

 

「……リズベットさんも頑張ってるじゃないですか」

 

「私は最初の数日だけでしょ。あんな量の鉄鉱石はもうないし、最近は鍛冶スキルも上がって来たから、鍛冶にかかりっきりってわけじゃないわよ」

 

「……皆さんも最前線で戦ってますから。あたしだけ遅れるわけにはいかないんです」

 

リズベットは気遣うような目でシリカを見た。

 

「まだ、前線に行くつもりなの?」

 

「……あたしだって攻略組の一員ですから。ケイさんも6層のボス戦には呼んでくれるって言ってくれてますし」

 

リズベットは口をへの字に曲げ、がりがり頭をかいた。シリカは両手をそわそわとすり合わせる。

 

「それで準備ができたら……」

 

「わかったわ。行きましょう」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

シリカは最近マロメの村での鉱石採掘に見切りをつけていた。毎日朝晩は鉱床をめぐるが、日中はもっぱら別の階層にいる。2層のモンスターではもう弱すぎて彼女のレベルが上がらないのだ。

 

それでもきっと最前線で戦っているケイ達とのレベル差は相当開いてしまっているだろう。だからせめてソードスキルの熟練度だけでも追いつけるようにと、シリカは採掘にかける時間以外のほとんどすべてを素振りやモンスター相手の練習に費やしている。

 

マロメの村から主街区へ続く道でリズベットは唇を尖らせた。

 

「シリカちゃんがそんな調子だから、あたしもケイに休みが欲しいって言いだしづらいじゃない」

 

「……すいません。あ、でも……あたしが代わりに言っておきましょうか?」

 

「女ひとりでさみしく観光にでも行かせるつもり? 私が休む時はシリカちゃんにも付き合ってもらうからね」

 

「それは……」

 

リズベットはシリカのわがままに付き合ってくれていた。鍛冶スキルの経験値でレベルの上がった彼女のレベルは今やシリカよりも高レベルだ。そのことに少し思うところがないわけではないが、シリカを一人で上層の圏外に向かわせることはできないとついてきてくれている彼女には感謝の念が絶えない。

 

だけどそんなことで時間を無駄にする余裕は今のシリカにはなかった。

 

「まったくこの子は……」

 

リズベットはもの言いたげな顔でシリカの頭を撫でた。いつもやめろとは直接言わないのだ。

 

「……すいません……」

 

シリカは申し訳なさに顔を伏せた。

リズベットとはもう打ち解けている。孤独ではない。

だが、胸の奥に強烈に焼き付いたあの感情をこの村で感じたことはない。

みんなに置いていかれてしまうことだけが今は何より怖かった。

 

 

◇◇◇

 

 

シリカ達が向かったのは4層の圏外フィールド《熊の森》だ。彼女にとっては思い出深い因縁の地。まさにここで彼女の時は止まっているといってもいい。

 

2層の奥地。3層の森の中と段階的にレベルを上げていった彼女の探索は、今日ようやくここに追いついた。出てくるモンスターは大体把握している。アルゴからこのフィールドの情報は収集済みだった。当然鉱石がわく場所も。

 

2層の山岳地帯に比べれば数は少ないがこの森にも鉱床があるらしい。シリカ達のとりあえずの目的地は東西南北に散らばるように点在する4か所のそれだ。数は少ないが2層で得られる鉄鉱石より質がいいといわれる上鉄鉱石に加えて、レアドロップでは白銅もドロップするようなのでしっかり回収しておきたい。

 

良い鉱石からは良い装備ができる。良い装備があればもっと高いレベルのフィールドにも行ける。

 

「シリカちゃん。気負いすぎないようにね」

 

ずっしりとした重量感を感じさせるメイスと小さな金属盾を装備したリズベットが逸るシリカをたしなめる。

 

「……はい。大丈夫です。リズさん。《挑発》をお願いします」

 

範囲内のモンスターをアグロ化して引き寄せる《挑発》スキルはむやみに歩いて回るより短時間で多くの敵と戦えるレベリング用のスキルでもある。シリカはそれの発動を頼んだが、リズベットは呆れたように首を振った。

 

「だめよ。このフィールドは初めてなんでしょ。まずは一体一体慣らしてからじゃないと」

 

「……1回目じゃ、ありません。2回目です」

 

「あたしは1回目なの」

 

リズベットにそういわれてしまえばシリカは何も言い返せない。午前中シリカは普通に探索することを余儀なくされた。

 

酸攻撃を仕掛けてくるウツボカズラみたいなネペント。AGIが高く群れで出現する灰色の狼。スタン攻撃とダメージ毒を使ってくる1メートルほどの大きな蜂。地面から奇襲してくるモグラと熊の相の子みたいな不思議な生き物。そこに最も多い大型のグリズリーを足せば、熊の森に出てくる通常モンスターは網羅できる。

 

実にバリエーション豊かで、それだけに対応力を試してくる敵だ。

一体一体は比較的弱いが数が多い狼の群れは集団戦を、状態異常を駆使してくる蜂は事前にポーションを準備しておく周到さを要求してくる。モグラもどきは見通しの悪い地面をいちいち確認しなければ先制攻撃を許してしまうし、オーソドックスながら能力値では一番の強敵であるグリズリーを倒すためには正面切って戦える強さも要求される。

 

事前にモンスターの特徴と注意点を聞いていたにも関わらず、実際に対応するのは一筋縄ではいかなかった。特にたった2人だけしかいないシリカ達にとって数の多い狼たちは鬼門だった。

 

一度目の群れはたった5匹しかいなかったのでダメージを受けながらも無理やり押し切れたが、次に遭遇した8匹の群れはそうはいかない。

 

「リズさん!」

 

シリカは背後に回り込もうとする狼を牽制して安易にスキルを使わなかったのが幸いしたが、被弾覚悟で一匹ずつ倒すという以前の作戦を踏襲したリズベットは一匹の狼をメイスで打ち倒した直後あっという間に後続の狼に取り囲まれた。

 

このゲームでは数の暴力は極めて有効な手段だ。攻撃を受けるたびにわずかながら発生するノックバックがリズベットの行動をことごとく妨害し、彼女はたちまちパニックを起こしたように悲鳴を上げた。

 

シリカが大急ぎで取り巻く狼の一角を追い払うと、リズベットは息も絶え絶えといった様子で転げ出てきた。

 

「逃げるわよ! シリカちゃん!」

 

その顔は血の気が引いて真っ青だ。

森の中を駆ける。

 

嫌らしいのは狼――ベア・フォレスト・ウルフのステイタスがAGIに特化していることだろう。先ほどまではプレイヤーを翻弄するためだと思っていたがきっとそうではない。一度見つけた獲物を決して逃がさないための早さなのだ。

 

木々の向こう側、シリカの視界の端で地面を走る黒い影が彼女たちを追い越すのが見えた。

 

「……だめです。リズベットさん。先回りされてます!」

 

「くっ、逃げ切れないか……!」

 

リズベットの体力はまだ残っている。装備もレベルも十分な彼女はステイタス的には敵モンスターを大きく上回っているからだ。それでも彼女の顔に余裕がないのは心情的な理由からだろう。

 

「……戦うしかありません」

 

「そうみたいね……」

 

とはいえ真正面から戦えばさっきの焼き直しだ。取り囲まれてノックバックの嵐に翻弄されることになる。何か作戦が必要だ。

シリカは必死に頭を巡らせた。こんな時、彼らならどうするか。

 

シリカの視界がとらえたのは直径3メートルほどもある大木だ。この森のところどころに存在するそれは途方もない大きさだが、《伐採》スキルがあれば切り倒して木材アイテムにすることもできる。

 

「リズベットさん! こっちに!」

 

シリカは狼の包囲網が完成する前のわずかなスキをついて、大木の根元に走り寄った。そして背中を預ける。

 

「確かにこれなら……!」

 

リズベットも目を輝かせてシリカの隣に並んだ。これで少なくとも背後から襲い掛かられる心配はない。

 

前方からは狼の群れがゆっくり近づいてくる。喉をうならせながらも安易には近づかないその姿はどこか攻めあぐねているようにも見えた。

リズベットとシリカはお互いに受け持つ方向を決めながら、代わる代わる襲い掛かってくる狼を倒し続けた。お互いに無傷というわけにはいかなかったが、致命的な連続攻撃を受けることもなかった。狼は自力で上回る二人を相手にその数を減らし、ついにはそのすべてがアイテムと経験値に姿を変えた。

 

「た、助かった……」

 

戦闘の後リズベットは力尽きるように地面にへたり込んで、シリカを見上げた。

 

「シリカちゃん。どんどん強くなってるわね」

 

「……いえ、そんなことは」

 

シリカは首を振った。謙遜ではなく本心だった。

キリトとアスナなら息の合ったコンビネーションで2人だけでも狼くらい簡単に倒せただろう。

ミトなら大鎌の範囲攻撃で数匹の敵を一息に吹き飛ばせたはずだ。イスケやコタローなら高いAGIを生かして狼からだって逃げ切れたに違いない。

 

そしてケイ。彼がこのモンスターに後れを取るかなど考えるまでもない。

 

つまり彼らにとってフォレストウルフなどその辺のモブと大差ないのだ。それを倒せたくらいで何を誇れるだろう。むしろ危ない場面を迎えたことを恥じるくらいだ。

 

「さすが毎日練習してるだけあるわ。あたしも見習わなきゃね……!」

 

リズベット、彼女のことを馬鹿にするつもりは毛頭ないが、シリカの目指すレベルはこういうものではないのだ。シリカは苦悩するように地面を見つめた。

 

 

一度昼食の休憩をはさんだ以外はずっと森を歩き続けたシリカは、早くもこの森のモンスターとの戦い方を覚えつつあった。戦闘は次第に安定していく。攻撃を受ける回数は減り、物資の消耗も減った。

フォレストウルフの群れも8匹を超える大きな規模のものは現れず、彼女を危機に陥れるには至らなかった。

 

森の東の端。小さな崖のようになっている断層に覗くこの森3つめの鉱脈から採掘を終える頃には、シリカはすっかりこの森のモンスターに慣れていた。

 

しかし、この森にはまだ一体だけ、シリカにも対応できないモンスターが残っていた。

 

マグナテリウム。

 

この森のヌシとも呼ばれる特殊なボスモンスターはランダムに縄張り内を徘徊しており、だからシリカ達がその大熊を見つけたのは偶然だった。

 

「戦いましょう……」

 

バクバクと、さっき戦ったばかりの大ミツバチの巣らしき物体に頭を突っ込み食事をしている熊を見つけてシリカは言った。

 

「バカなこと言わないの……!」

 

リズベットは小声でシリカをたしなめた。

 

「アルゴさんも言ってたでしょ。この森の主には戦闘を挑むなって!」

 

「でも……レベルは十分ですし……」

 

「……シリカちゃん」

 

「少しくらいなら戦ってみても……経験値もきっとたくさんありますよ……」

 

「……シリカちゃん」

 

「あのモンスターだってフロアボスほど強いわけじゃ……」

 

「シリカちゃん……!!」

 

咎めるように名前を呼ばれて、シリカは顔を上げた。

 

「このゲームのルールを忘れたわけじゃないわよね? 危険なことはやらないでちょうだい……! それは最悪の結果につながるわよ……!」

 

リズベットの言葉は正論だった。シリカは口を閉ざす。理性ではどうするべきか分かっていた。

 

「…………でも、みんなは今も最前線にいるんです……」

 

ついてこないのは感情だった。今も胸の奥にある焦燥感が、シリカの喉を焼き、口から言葉となって炎のように噴き出してくる。

 

「あたしだけ、あたしだけおいていかれるのは嫌なんです……!」

 

毎朝、早起きして練習した。1人で圏外に出てモンスターと戦った。悪いところはすぐに直した。ちょっとずつだけど強くなれて、だけどその差は全然縮まっているような気がしない。

このままずっと鉱石ばっかり掘ってるうちに、居場所がなくなるんじゃないかって。みんなに忘れられてるんじゃないかって心のどこかでは常に不安に思っていた。

 

「あたしだって攻略組なんです!! みんなの背中を守れるように強くならなきゃいけないんです!!」

 

このゲームの感情表現は一滴の雫を足元にたらした。リズベットはおでこに手を当ててため息を吐く。

 

「……はあ、まったく。わかったわよ。あなたが思い詰めてるのは分かってたしね。どれだけ努力してたのかも知ってる。だから付き合ってあげるわ。でもね……」

 

彼女の言葉を遮ったのはドシンという地響きだった。

 

「わざとやったんだったら、後でお仕置きだからね!」

 

マグナテリウムは半壊したハチの巣を放り捨ててシリカをにらんでいた。理由なんか考えるまでもない。大きな声を出しすぎた。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「あやまるのは後……! 来るわよ!」

 

マグナテリウムの巨体から繰り出される突進はシリカ達が身を隠していた木の幹など簡単にへし折った。

 

「シリカちゃん! このモンスターの特徴は覚えてる!?」

 

「はい! 突進攻撃は誘導して大木に当てると攻撃チャンスです!」

 

「…………火炎ブレスが来るときは?」

 

マグナテリウムの口からはチラチラと火の粉が見え隠れしていた。

 

「地面に空いたモグラ熊の巣穴に飛び込みます!」

 

シリカは急いで草むらの陰に見つけていた直径1メートル弱の穴に飛び込んだ。雨でもたまっている設定なのか、モグラ熊の古い巣穴という設定で森のいたるところにあるこの穴の中には水が溜まっている。

シリカが息を止めていると、上からリズベットも飛び込んでくる。二人して身を寄せ合うと水中がオレンジ色に染まった。水面を炎がなめている。

 

「ぷはっ!」

 

「あいつらしょーもない奇襲ばっか仕掛けてきて頭に来てたけど、全部許すわ」

 

リズベットは濡れた前髪を手で払ってからメイスを構えた。シリカも槍の穂先を熊の喉元に向ける。

 

「いい! 絶対ムチャしちゃだめだからね!?」

 

「はい!」

 

「無理そうなら逃走も視野に入れること!」

 

「はい!」

 

戦いが始まった。体長2メートルを超えるグリズリーよりなお大きく、辺りに生える木などお構いなしになぎ倒すマグナテリウムは、リズベットをためらわせるのに十分なほどの威圧感を振りまいていた。

 

だが、あえて言うならば。

マグナテリウムの姿などはトーラスキングとその側近たちに比べればかわいらしいものだった。

 

リズベットが熊の大ぶりな振り払いをメイスの横なぎで相殺し硬直させた隙に、シリカは彼女の背後から槍の穂先をがら空きの胴体に差し込む。

熊の悲鳴が森に響いた。

 

インパクトの大きい攻撃手段を持つリズベットはクマの攻撃を単発ソードスキルではじくことに専念した。攻撃はシリカの役目だ。1週間前より鋭く、力強い彼女のソードスキルはマグナテリウムのHPを確実に削っていく。

 

連携というにはたどたどしくぎこちない、1人と1人を足して2人分の成果を出しているだけの単なる分業のような戦い方。ケイやキリトの流れるような連携とは似ても似つかない。

 

でも、不格好だがシリカとリズベットは戦えていた。

 

リズベットには、STR型の大熊はAGI型の狼よりよほど戦いやすいようだ。真正面から対抗できるステイタスがあるのならば、力任せな大ぶりは軽いが素早い攻撃よりよほど御しやすい。

その上、突進後には昏倒して動けなくなるなどというわかりやすい弱点まで用意されているのであれば。

 

マグナテリウムなどただの大きな熊でしかなかった。

 

HPが減少するにつれて大熊の攻撃は激しさを増した。リズベットのHPが半分を下回り回復のために離脱する。しかし彼女も瀕死のエリアボスを前にして撤退するのは惜しいようで撤退するとは言いださなかった。シリカは一人でボスと相対した。

 

楽な戦いではなかった。しかしシリカはボスの攻撃を良くしのいだ。足で回避し、間合いを管理し、時にスキルでその攻撃をはじき返した。その姿はまるでいっぱしのプレイヤーのようだった。リズベットが戻り防御と攻撃の分業が成立すると彼女の槍は容赦なくボスの身体を貫いた。最後にめいっぱいの威力ブーストを乗せた単発突き技がボスの喉を勢いよく貫通するとマグナテリウムはその動きを硬直させ、大量の経験値と引き換えにその姿を霧散させた。

 

「終わっ……た?」

 

「もー! 無茶するんだから!」

 

戦闘後、リズベットはシリカの頭を乱雑に撫でまわした。わしゃわしゃとぐりぐりの混じったそれは彼女なりの怒りの表現と喜びの表現らしかった。

口ではシリカの無茶を咎めつつも、やはりこの森のヌシとまで言われた強敵を倒せてうれしいのか口角は上がっている。

 

シリカはやめてくださいとは言わずに、黙って受け入れた。迷惑をかけた自覚はあったからだ。揺れる視界の中、掌を開閉する。

 

マグナテリウムは強かった。しかしそれに勝ったシリカとリズベットはもっと強い。

確かな手ごたえがあった。以前の彼女ではこうはならなかっただろう。明確な努力の成果に頬が緩む。

この森で止まっていた彼女の時計は今確かに動き出したような気がした。

 

 

その日の夕方、4層主街区《ロービア》の鍛冶屋で手に入れた鉱石を精錬し、持ち運びのしやすい金属アイテムに変換し終えたリズベットにシリカは声をかけた。

 

「あの……リズベットさん。あたしの武器も作ってくれませんか……?」

 

「その武器、確か2層のNPCメイドだったわよね……そうね。そろそろ更新時期かもしれないわ。良いわよ。せっかく上位鉱石も取れたことだし、とっておきのを作ってあげる」

 

リズベットはシリカの頼みを快諾した。

 

「芯材や添加材に希望は?」

 

「今の武器と似た感じのものがいいです。材料とか細かいことは全部お任せします」

 

「じゃあ、木材を使った軽量武器で……素材の特性はバランス型ね。ここら辺は添加剤で調整できるとして……芯材はどうする? 武器に愛着があるならあたしとしては継承をお勧めするけど」

 

「継承ですか?」

 

リズベットは頷いた。

 

「そう。このゲームは武器をもう一回金属インゴットに戻すことができるの。強化限界の武器でもインゴットに戻してもう一度鍛え直せば、その魂は次の武器に連れていくことができるわ。それが継承」

 

シリカは2層から使っている両手槍を見た。このゲームでは武器のグラフィックに非常に強いこだわりがみられる。武器の耐久度が減ってくると傷や刃こぼれが目立つようになるだけでなく、たとえ鍛冶スキルで耐久度を回復させようとも完全に新品の見た目には戻らずその質感が微妙に変わっていくのだ。

 

シリカの愛槍も幾度となくメンテナンスを繰り返すうち新品の輝きが薄れてきた。だがその分、刀身は常より鈍く光るようになり木材でできた持ち手部分には不思議な艶が出ている。使い込まれた武器特有の重厚感はこの武器がまるで彼女との戦闘の日々を覚えているようで、6層の武器屋でより良い武器が売っているかもしれないと思いながらもシリカにこの槍を手放すことをためらわせてきた。

 

思いがけない提案にシリカはぎゅっと槍を持つ手に力を込めた。そしてそれをリズベットに差し出す。

 

「それでお願いします」

 

「わかったわ。それじゃあ行くわよ」

 

リズベットは燃料を追加され勢いを増す炎の中にシリカが愛用していた槍を突っ込んだ。

赤熱した槍はハンマーで叩くとまるで巻き戻すように正方形のインゴットに形を変えていく。

 

「《プレアフル・インゴット》……?」

 

金床に出現したインゴットのプロパティーを確認しながらシリカは呟いた。

リズベットが上機嫌で説明する。

 

「武器のインゴット化はね。同じ武器を使っても同じインゴットにはならないの。中には単なる乱数だっていう人もいるかもしれないけど、あたしはそうは思わないわ。すべての武器は違った思いで作られて、違う主人を持ち、違った経験をする。だから、みんなおんなじにならないのは当たり前だと思わない?」

 

続いてリズベットは先ほど森で採取した高級鉱石――白銅のプランクと、マグナテリウムの突進により破壊された大木から手に入るレア素材である《チークの心材》を取り出した。鍛冶スキルで武器を作る際には芯材となるインゴットの他に武器の特性を強化する添加剤が必要になるからだ。リズベットはインゴットをやっとこではさみながら炉の光にかざした。インゴットが炎に照らされて艶やかにきらめく。

 

「このインゴットはシリカちゃんとの思い出をしっかりと覚えているわ……だからきっとこれからできる武器はあなたのことをきちんと守ってくれるはずよ」

 

感傷的な表情でつぶやいたリズベットはインゴットを火にくべる。添加剤は淡く輝くと粒子になってインゴットに吸い込まれていった。金属が十分に熱され白く発光したらハンマーの出番だ。後はただひたすらに叩いていく。

 

リズベットは口をキュッとひき結びハンマーを振り下ろす。シリカも何度か見たことがあるが、鍛冶中のリズベットは無駄口をたたかない。真摯な表情で武器と向き合う。

 

SAOの鍛冶スキルではハンマーを叩く回数は出来上がる武器のランクによって変わる。規則正しく響く金属音が30を超えたとき、リズベットの顔には一筋の汗と薄い笑みが浮かんでいた。

32。

35。

まだまだ武器は満足しない。

40。

まだ金属はその姿を変えない。

鳴り響く高音の産声がついに50に届こうかというとき、ようやくインゴットは形を変えた。リズベットの手の中に新品の輝きを放つ両手槍が収まる。

 

「……プロパティーを確認するまでもないわね。最高傑作よ!!」

 

リズベットはほれぼれする表情で出来栄えを確認すると、それをシリカに渡してきた。

 

基本的なデザインは元のものと大差がない。穂先が少し長くなったくらいだろうか。これなら武器の変更による違和感は少なそうだ。

持ち手部分はチークの心材の影響で木製になっており、両手武器とは思えない軽さを実現している。金属部分は少し白みがかった不思議な質感だ。艶消しをしたようにうっすら炉の光を反射している。

 

「わあ……! すごいです! ありがとうございます!」

 

シリカは目を輝かせてぶんぶんと槍を振って見せた。

 

「うわ!? 危ないから屋内でスキルは使わないでよ!」

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

謝りながらもシリカはにんまり笑った。抑えきれずに口角が上がってしまったかのような笑い方だ。

 

「気に入ってくれたみたいでよかったわ」

 

「はい。とても」

 

リズベットもつられて笑みを浮かべる。

 

「《剣がプレイヤーを象徴する世界》……か」

 

リズベットのつぶやきにシリカが首をかしげた。

 

「……マグナテリウムを倒したときにね……シリカちゃんがフロアボス戦にこだわる理由がちょっとわかった気がしたの。確かに強敵にすべてをぶつけて撃破するあの充足感は他じゃなかなかないわよね。でもやっぱりあたしは鍛冶師よ。それを再確認しただけ」

 

リズベットは満足げに両腕を組んで頷いていた。



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アーカイブス 016


小説を投稿し始めて早2ヶ月。今年もありがとうございました。
初めての小説投稿で至らぬ点も多々ありましたが皆さまのご協力と暖かい声援で何とか続けることができました。

来年もよろしくお願いします!

最後にシリカちゃんの笑顔で本年の投稿を締めさせていただきます!


シリカがケイに連絡を受けたのはその翌日のことだった。

 

ようやくかとシリカは期待に胸を膨らませる。

 

「ついに行くのね」

 

シリカが事情を話すとリズベットは感慨深くつぶやいた。

 

「はい」

 

「本当はシリカちゃんにはここに残ってほしいわ。鉱石を集めるのは大変だし………………上は危ないところだから」

 

「それは……」

 

「わかってるわよ。だから一つお願いがあるの」

 

リズベットはシリカの背中を軽く叩いた。

 

「どうせ行くなら、ケイの度肝を抜いてきなさい!」

 

「はい!」

 

シリカは後ろを振り返らずに村を飛び出した。主街区に向かうまで立ちはだかるモンスターは新しい槍で打ち払った。

 

良い武器だった。単なるステイタスだけの話じゃない。手に吸い付くような木材の触り心地。取り回しやすい軽さ。そしてこの武器に込められたリズベットの思い。

 

すれ違うプレイヤーが興味深そうに彼女の槍を凝視するのもなんだか誇らしかった。

 

待ち合わせの宿屋には、久しぶりに会う皆がいた。

 

「シリカちゃん! 元気だった!?」

 

真っ先に駆け寄ってきたのはアスナだ。

 

「アスナさん、お久しぶりです! ケイさんとキリトさんも!」

 

キリトはああ、と軽く返事をし、ケイはひらひらと片手を振った。

 

「ミトさんとイスケさんとコタローさんはいないんですか?」

 

「あいつらは今トレーニング中」

 

「そうですか……」

 

久しぶりに全員集合とはいかなかったが、それでもシリカは笑みをこぼした。

ようやく戻って来たのだ。

リズベットと一緒に居るのが不満だということはないが、やはりここがシリカの居場所だった。

 

「皆さん。ただいま帰りました」

 

アスナは笑顔で返した。

 

「おかえり。シリカちゃん」

 

◇◇◇

 

つもる話はフィールドでレベル上げでもしながらというのは、いかにもケイらしい主張だった。シリカは懐かしさを感じてクスリと笑ってしまう。

 

「ずいぶん上機嫌だな」

 

主街区を歩きながらケイが言った。

 

「そ、そうですか……?」

 

「久しぶりにみんなに会えてうれしいんでしょ」

 

「そんなもんか」

 

ケイがアスナの言葉にうなずく。

 

「ああ、そうだ。圏外に行く前に武器を渡しとくよ」

 

「武器ですか……?」

 

シリカの両手槍は持ち歩くには少し邪魔になる長さだ。圏内にいるときは邪魔になるのでストレージにしまっている。シリカが何かを言う前にケイの手にはそれが握られていた。

 

「見て驚け……! フラッグ・オブ・ヴァラー! 5層ボスのドロップ品だ! シリカにはこれをあげるよ。これまで鉱石掘りで頑張ってくれていたお礼だ」

 

「……え、えっと……」

 

シリカは何かを言おうとして結局押し付けられるように差し出された槍を、その手に受け取った。大きな総金属製の両手槍だ。穂先から石突きに絡みつく植物の精緻な彫刻が施され、要所要所に見える金色の枠取りがこの武器の高いレアリティを否応なく感じさせる。

 

だが武器としてはどうなのだろうか。握りは太くシリカの手ではつかみづらいし、何より上部に着いた旗が邪魔で素早く刺し引きできそうには見えない。これではまるで旗竿だ。

 

「この武器はこのゲームには珍しいバフアイテムなんだ。使い方はこう」

 

ケイはシリカの持つ槍に手を添えて石突を地面に突き立てた。途端、光のサークルが広がりアイコンに4つの見慣れぬマークが点灯する。

 

「バフ……ですか……」

 

「ああ。地面に突き立てている間、状態異常耐性、ATKとDEFの上昇。スキルクールタイムの減少が付与される。しかも時間は無制限だ」

 

ケイは得意げに語った。

 

「すごいだろ? ベータ時代じゃこいつを超える両手槍は存在しなかった。ここより上の階層でも。間違いなく最高峰のユニーク武器だ!」

 

シリカはその効果の有用性があまりよくわからなかった。だが、ケイがこういうからには凄いのだろう。

 

「………………でも……これじゃ、どうやって戦えばいいんですか?」

 

「戦わないよ。そもそもフラッグ・オブ・ヴァラーは戦闘用の武器じゃない。攻撃力だって最低だしな。この武器の役割――シリカの役割はバッファーだよ。後ろの方でどっしり構えて待っていればいい」

 

シリカは無言で槍を持ち上げた。光のフィールドが霧散し、バフアイコンも消える。

 

「しかもこの槍レベル上げにもピッタリなんだよ。このゲームの経験値分配アルゴリズムは覚えてるか。あの時はヘイトを稼ぐために《盾術》の挑発スキルを使ったけど、この武器があればそんなまどろっこしいことはしなくてもいい。バフスキルも十分に戦闘への貢献とみなされるし、ヘイトも集まるから下手に武器を持って戦うより経験値の集約率が高い」

 

「…………そうですか」

 

言葉は右から左に抜けていく。

 

「大丈夫? 元気ないみたいだけど?」

 

アスナが心配そうに話しかけてきて、反射的にシリカは平気なふりをしてしまった。

 

「い、いえ……! 大丈夫です! すごい武器だから、少し驚いちゃって…………」

 

ズキリと胸に痛みが走る。

本音を言えばシリカはあの槍を使いたかった。だがケイ曰くこの武器はレベル上げにも必要なものらしい。わざわざ効率を下げるようなことを言いだすわけにはいかない。

 

レベルの重要性は彼女も認識するところだ。早くみんなに追いついたら、その時はあの槍を出そう。そしてみんなにシリカの成長を見てもらうんだ。シリカは胸の中でそう言い訳をして、ストレージの中に眠る愛槍にもう少し待っててと声をかけた。

 

「久しぶりの前線で緊張してんのか? 大丈夫だよ。ヘイトを集めるといっても心配することはない。このメンバーなら完璧に守り切れる」

 

ケイの指摘は今回ばかりは見当違いだった。

 

 

◇◇◇

 

 

確かに、ケイはつもる話はレベル上げでもしながらと言った。

 

考えてみればおかしな話だ。

現在の最前線である6層の圏外に行くのに、油断するなでも気を引き締めろでもなく、世間話をしながら向かおうというのだ。

 

だが、彼の言葉は間違いではなかった。何一つ危ないことなどない。油断をするとかしないとか。そういうレベルの話ではないのだ。

 

久しぶりに見る彼らの戦闘は次元が違った。襲い掛かってくるモンスターが相手にならない。たいてい数秒か、長くても十秒程度。ソードスキル2発程度で簡単にモンスターはポリゴン片に変わって散った。調子がいい時は一発だ。出会いがしらきれいな体さばきで先制攻撃に成功したら、それから4撃、5撃と連続する攻撃があっという間に敵の体力を消し飛ばした。

 

ネペントもトレントも、サルも野犬も虫も鳥も。何もさせてもらえてない。

 

圧倒的過ぎた。

 

ケイの言う通りモンスターはその多くがシリカに敵意を向けていた。だが、指一本たりとも触れないばかりか、シリカに攻撃をできる距離にすら近づけない。

 

槍をついて、離して、ついて、離して、ついて、離して。それの繰り返しをしているだけでレベルが上がった。キリトもアスナも雑談交じりだ。

 

「うーんやっぱり、新しいスキルがまだ馴染まないなぁ……間合いが読みづらい」

 

「クールタイムの把握も大変よね。1個や2個ならともかく10個以上のスキルのクールタイムなんていちいち覚えてられないわよ」

 

キリトに同調するようにアスナもため息を吐く。

 

「精進あるのみだな。まあ、まずは高火力の汎用技だけでも把握していけばいいさ。使いどころの限られる技はおいおいだな……」

 

ケイが一人涼しい顔で剣を収める。

 

「簡単に言ってくれるぜ……」

 

キリトの視線は右上に固定されている。ウィンドウの隅に表示されているクールタイムの秒数でも確認しているのか。

 

ケイ達は異常だった。単にレベルが上がって攻撃力が高いだけではこの光景はありえない。誰もがシリカの見たことのないスキルを惜しげもなく披露している。その数も2個や3個じゃない。少なくとも10個近い新スキルを使っているのではないか。その中には上級スキルと思わしき派手なエフェクトの連撃技も含まれていた。

 

シリカは槍から手をはなし、手汗でじっとりと湿った掌を拭いながら恐る恐る尋ねた。

 

「………………皆さん、いま、武器スキルの熟練度、どれくらいになっているんですか?」

 

ケイが振り返る。

 

「大体500くらいかな」

 

「…………………………………………………………え?」

 

シリカの頭が真っ白になる。

 

「いいファーミングスポットがあってさ。この1週間でかなり成長したんだ。ここにはいないけど、ミト達も今日で500は突破しそうなところまで行ってるぜ」

 

ケイの言葉はシリカには受け入れられなかった。

 

 

 

 

 

 

なぜだか湖の上を歩いて向かった迷宮区付近のエリアで手当たり次第にモンスターを轢き殺して。《ムルツキの村》でとった宿屋でシリカは今日だけは一人部屋に変えてもらった。扉を閉めたら錆びついてしまったかのように握りっぱなしだった旗竿を乱雑に床に投げ落としてシリカはベッドに崩れ落ちた。

 

「……ごめんなさい……リズベットさん……約束、果たせそうにありません……」

 

無駄だった。シリカの努力の何もかもが。

リズベットと二人で用意した両手槍も。

暇さえあれば鍛え続けた両手槍スキルも。

 

ひそかに自信を持っていた武器はそれを上回るレアリティのものが渡された。

食らいついていると思っていたソードスキルでさえ、彼らに比べれば児戯にも等しい。

 

「ふふっ、ふふふっふふふ、あははははは………………」

 

出てくるのは乾いた笑いだった。

 

これでアスナやケイにわずかなりとも意地悪な感情があればシリカの涙もこぼれたのかもしれないが、みんなは全くシリカをバカにしなかった。見下しているわけでもなかった。むしろ彼女のことを気遣っているように見えた。

それが逆にみじめだ。

 

腕で目元を覆い隠す。

 

彼らが求めているのは熟練度100のランサーではない。ただの数合わせだ。武器を持つことさえできれば誰にでも務まるような役割。

 

誰もシリカのことを戦士として認めていない。

誰もシリカのことを対等だと思っていない。

誰もシリカのことを、必要だと思っていない。

 

信じなきゃと思った。でも彼女が一番信用していた友達が何をしたのか。シリカは一度だって忘れたことはない。

 

「ずるいなぁ……」

 

あの時、2層に向かったのがシリカではなくてアスナやミトだったら、今高レベルのソードスキルで彼女のレベルを牽引するのはシリカの役目だったのではないか。

あるいはもっと前、彼女の選択するスキルが《両手槍》ではなかったら。あんな武器を渡されることもなかったのではないか。

 

益体もない後悔が脳裏をよぎる。だが、すべては終わったことだった。

 

その日の夕食ではレベリングに出ていたというミトが合流した。彼女は初め、シリカを歓迎したが、話がフラッグ・オブ・ヴァラーのものになると一転して渋面を浮かべた。

 

「私は反対よ……」

 

ミトはシリカを拒絶した。

 

「攻略組の人数も増えたんだから、わざわざシリカちゃんを連れていく必要なんてないじゃない。ましてやギルドフラッグを持たせるなんて、危なすぎるわ」

 

これ以上いったいどんな現実を突きつけられるというのか。シリカは今すぐにでも耳をふさいで部屋に戻ってしまいたかった。

ケイが口を開く。

 

「危険なのは皆同じだ」

 

「彼女は小学生なのよ……!」

 

「それを言ったら君たちだって中学生だ。ボス部屋に年齢制限を付けるのなら君たちだって待機組だろう」

 

ぐっとミトは言葉を詰まらせた。シリカは彼女を見つめる。

 

「……ミトさんは……あたしに背中を預けるのは嫌ですか……?」

 

ミトはなぜだか傷ついたような表情をした。

 

「そうじゃないわ……! 逆よ……! 私はあなたを守り切れる自信がないの……プレイヤーへのバフは強力にモンスターのヘイトを集めるわ。それはボスも例外じゃない。5層のボス戦じゃ……ケイがそれをやって、死にかけたの……。あのケイが、よ……? ……今度のボスでも何かあれば、真っ先に死ぬのはきっと槍を持ってる人よ……」

 

テーブルを沈黙が満たした。

 

「……たとえそうだとしても……フラッグ・オブ・ヴァラーは強力なアイテムだ。ボス戦で使わないという選択肢はあり得ない」

 

「……それならエギルさんとかディアベル達に頼めば……」

 

「誰がやっても危険なことに変わりはない」

 

卑怯なことを言っている自覚があるのだろう。ミトは視線を伏せてしまった。

 

 

 

 

ケイ達のスキルの常軌を逸した上がり方にはからくりがあった。

黄金キューブという6層のクエストアイテムはあらゆるモンスターを完全行動停止に追い込む凶悪なスキルを持っている。彼らはそれを使って1層の隠しダンジョンで急激なレベル上げと熟練度のブーストを行っているらしい。

 

それを聞いたシリカの行動は決まっていた。

 

その日の夜、仮眠をとったシリカはケイと共に宿から出発し、1層始まりの町に向かった。

ケイの言うところの朝シフトに同行させてもらえることになったのだ。

 

黒鉄宮の奥、どこに続いているかも分からない廊下を抜け、薄暗い階段を下ると通路にプレイヤーの一団が待機していた。

 

「こんばんはケイ。その子は?」

 

声をかけてきたのは片手剣と金属盾に軽金属防具を付けた青髪の男だ。

 

「……シリカです」

 

「俺はディアベル。よろしくな!」

 

彼はニカっと人好きのする笑みを浮かべると握手を求めてきた。

 

「おいおい! そんな小さい子、大丈夫なのか?」

 

ガシガシと頭をかきながら隣の両手剣使いが疑問を口にする。

 

「心配ないさ、ハフナー。少なくとも先週までの君よりは武器スキルもレベルも高い」

 

「まじかよ……おっかねえな……」

 

初めは少しむっとしたがハフナーという男は良くも悪くも素直な人であるようだ。

 

それからリンドをはじめとする数人のプレイヤーを加えて総勢7人のパーティーが組まれる。といってもシステム的には1パーティーの上限は6人までなのでシリカとケイは2人だけ別パーティー扱いなのだが。

 

「来たぞ。おおむね時間通りだ」

 

時刻が12時を回るとケイがもたれかかっていた壁から離れて、皆に言う。

廊下の一角には意味深なレリーフの掘られた重厚な金属扉があったが、そこには不自然にギザギザとした断面の大穴が開いていた。そこから足音が響いてきたかと思えば、数人の男たちが足早に出てきた。

 

「お疲れ様。エギル」

 

「出迎えありがとうよケイ。まったく何度潜っても生きた心地がしないぜ。このダンジョンはよ」

 

彼らのリーダーであろう大柄な男がスキンヘッドをペタペタと触りながらため息を吐いた。

 

他のメンバーも「圏内だ……」「ようやく寝れるな……」などと言いながら安堵のため息を吐いている。

 

「ほらよマジックアイテムだ」

 

「ディアベルに渡してくれ。今日はゲストがいるんでね。俺は後列さ」

 

エギルはシリカに目を向けると興味深そうに片眉を上げた。

 

「こりゃまたかわいいお嬢さんじゃないか? どういう風の吹き回しなんだ?」

 

「うちのパーティーの秘密兵器さ。よければ詳しく話すぜ。ダンジョンを探索しながらになるけどな」

 

「おいおい勘弁してくれよ……今潜ったら次に出てくるのは6時だろ。さすがにきついぜ」

 

「イスケやコタローを見習えよ」

 

「ははは…………冗談が過ぎるぜ……」

 

最後のセリフだけ真顔になってエギルは去っていった。

入れ替わるようにシリカ達がダンジョンに突入する。パーティーの空気は一変した。ひりつく緊張感。まるでフロアボスにでも挑むみたいだ。

 

その理由は最初の会敵で分かった。スカベンジトード。大型犬くらいの巨大なカエルだ。体表面に粘液を纏い、てらてらとカンテラの明かりを反射している。その下に見える表皮の色は毒々しいまだらの紫。そして……カーソルはシリカが今まで見たどんなモンスターよりも真っ黒。

 

明らかに尋常ならざる事態だ。1層の通常モンスターがエリアボスはおろかフロアボスよりも警戒を促す存在として現れるなんて。

 

ごくりと唾を飲み込むシリカにケイが声を潜めて話しかける。

 

「ここのダンジョンは適正レベルがかなり上だからな。どのモンスターもあんなもんだぜ」

 

モンスターはすぐにその姿をカエルからハリネズミに変えることになった。バインドで動きを止めたカエルに皆が槍やピックを所狭しと突き刺したからだ。

 

「このゲームには貫通ダメージがあるんだ」

 

同時に毒にも侵されているカエルのHPがゆっくりと減少していくのを眺めながらケイがシリカに語り掛ける。

 

「投擲武器や貫通属性の武器に限らず武器が体に刺さっているとスリップダメージが発生する。大事なのはこれが毒ダメージと同じくDEFを参照しない特殊ダメージであることと、状態異常と違って武器の本数分だけ累積していくことにある。まあ、通常はそんなことになる前に身震いモーションで抜け落ちるんだが……今みたいに動きを止めて10本の武器を刺せばスリップダメージは10倍だし、100本刺せば100倍になる。何しろあのカエルはほとんどバグみたいな耐久値だから、こうでもしないと倒せない」

 

それはわずかに露出した後ろ足に代わる代わるソードスキルを当てているディアベル達の姿が証明していた。エフェクトこそ派手なもののダメージ量は微々たるものだ。

 

「シリカもやるか? 多少は稼げるぜ。疲れるけどな」

 

「私の武器は……」

 

ケイが彼らを指さしながらそういうが、シリカは視線をカエルの頭頂部に向けた。とにかく突き刺せという説明不足な彼の指示に従って、シリカは愛槍――リズベットに鍛えてもらったものだ――をカエルの頭に深く突き刺してしまったのだが、あのごちゃごちゃした前衛的なオブジェの中から探し出す労力を考えて静かに首を振った。

 

「次からにします……」

 

「そうか。まあ、ここでがんばっても誤差みたいなもんだしな」

 

数分経ちカエルがバインドの呪縛から逃れたのは、効果時間がきれたからではなくその命が尽きたからだった。散らばった武器を回収して先に進む。

時に群れで現れるトード達相手にこのような戦闘を繰り返すこと数回。トード以外はHPが高くて時間がかかるらしく、中には無視して通り過ぎる相手もいた。40分ほどをかけてダンジョンを探索したシリカ達は、ユニークモンスターらしき死神にも遭遇した。

 

さすがにこれは倒すつもりがないのか。ケイはバインドが効いているうちに脇を通り抜け安全地帯へと駆け込んだ。

 

「……なんですか、あのモンスター」

 

「ここのボスモンスター。見た目は怖いけど仲良くなってみると意外といいやつだぜ。熟練度をたくさんくれる」

 

ケイはおどけて答えた。それから暗闇に呼びかける。

 

「イスケ、コタローいるか?」

 

「「ここに」」

 

壁際から浮き出るように二人の男が現れる。

 

「……イスケさんにコタローさん……いつからそこに……?」

 

「……全然驚いてくれないのでござるよ」

 

「……拙者らの隠形の術もまだまだでござるな。精進せねば……! まあそれはそれとして、シリカ殿お久しぶりでござるな。元気にしてたでござるか?」

 

「また会えてうれしいでござるよ」

 

隠蔽スキルで潜んでいたのであろう二人はシリカのリアクションに肩を落としながらも、にこやかに笑いかけてきた。

 

「……あたしも、うれしいです」

 

彼らとこうして顔を合わせるのは2層攻略の夜以来だろうか。一緒にトーラス族相手に戦い、チャクラムのドロップを狙って一喜一憂していたのが懐かしい。

 

「あたし……頑張りますから……」

 

シリカはぎゅっと槍を握った。そしてケイに向き直る。

 

「次はどうするんですか? もっと奥に行きますか?」

 

「いいや。ここが目的地だよ。じきにあの死神が動き出す。そしたら安全地帯付近で固定して、あとはみんなでひたすらスキルを当てて熟練度稼ぎをするんだ。あのボス、バカみたいなステイタスしてるからレベル差ボーナスでみるみる熟練度が上がってくぜ」

 

「わかりました」

 

「あまり気負いすぎるなよ。先は長いんだ」

 

「大丈夫です」

 

それからシリカは死神型のモンスター相手にひたすら両手槍を振り続けた。ピクリとも動かないボス相手に好き放題にスキルを打った。クールタイムになれば自力で槍を動かした。

 

ケイの言う通り彼女のスキルはかつてない速度で上がり続け、たった数時間で熟練度が150を超えた頃、帰還の時刻となった。

 

「……イスケさんとコタローさんは来ないんですか」

 

「拙者らはまだまだ未熟でござるからな」

 

「あいつらは主武器がチャクラムだからどのパーティーに混ぜても邪魔にならない。このダンジョンの中だと隠蔽の熟練度も稼ぎやすいし、ここ数日はずっと潜ってるよ」

 

「そういうことでござる」

 

覆面のせいで顔色はよくは見えなかったが、彼らの声からは疲れがにじんでいた。とたんにシリカは無性に恥ずかしくなった。宿に戻る手間すら惜しんでダンジョンに潜り続けるイスケ達の努力に比べればシリカの訓練などぬるま湯のようなものだった。彼らと差がついて当たり前だ。

シリカはケイを見上げる。

 

「……あの、ケイさん……あたしもここに残ってもいいですか?」

 

「フラッグ・オブ・ヴァラーには両手槍の熟練度は関係ないから、そこまで頑張る必要はないぞ」

 

「あの槍のためじゃありません。道中の戦闘とか……とにかく……スキルの熟練度が高くて損をすることはないはずです」

 

黄金キューブを使った熟練度上げは1回6時間のシフト制だ。通路の幅やボスの大きさを考えると、同時に攻撃できる人数は限られるから少人数で持ち回りにしているのだろう。シリカが参加するとなれば次のシフトの人が迷惑するかもしれない。そんな迷いはあったが、シリカはケイに頼み込んだ。

 

「お願いします! あたしだけ、まだスキルレベルが低いままで……早く皆さんに追いつきたいんです」

 

「……んー、まあ、やる気があるならいいか……わかった。次の連中には言っておくよ」

 

「ありがとうございます……!」

 

「ただし、無理はするなよ。しっかりと休憩はとれ」

 

「はい」

 

シリカはイスケ、コタローと共にケイ達を見送った。黄金キューブがなくなったためバインドが解け死神型のモンスターが動き出す。最初は警戒していたが安全地帯には入ってこないため、すぐに通路の奥に消えていった。

つかの間静寂が訪れる。小さい部屋の片隅で仮眠の準備をしながら、コタローが話しかけてきた。

 

「このメンバー、2層のリングハーラー狩りを思い出すでござるな。なかなかチャクラムがドロップしなくて苦労したでござる……」

 

「拙者の分だけなかなか落ちなくて歯がゆい思いをしたんでござるなぁ……コタロー殿のはすぐに落ちたのに」

 

「……懐かしいですね」

 

ケイから渡された毛布を敷きながら、シリカはあの日々のことを思い出す。

 

「結局2個ともドロップしたのはシリカ殿でしたな?」

 

「……はい」

 

「あの時のイスケ殿の喜びようと言ったら、すごかったでござるな」

 

コタローがクスクス笑うとイスケが恥ずかしがるように抗議した。

 

「仕方ないでござろう。拙者がボスクエストをやっている間に、コタロー殿だけ手裏剣を手に入れるなんて……しかもそれをずっと目の前で使われていたんですぞ」

 

イスケがわざとらしく地団駄を踏む。

 

「ははは……本当に懐かしいでござるなぁ。あれがたった数週間前の出来事だとは思えないでござるよ」

 

「怒涛の日々の連続であったからなぁ。あの頃はまさか拙者らがこうしてボス攻略の最前線に立ち続けているなんて想像もしなかったでござるよ。トーラスキングを倒すことさえ半信半疑だったでござる」

 

「そうですよね……あたしも……あの日々がまるで夢みたいで……」

 

トーラスキングにとどめを刺したのはシリカだったのだ。周りのみんなのおぜん立てがあったのは確かだが、あの時シリカは本当の意味であのパーティーに受け入れられた気になった。

 

ずっと。ずっと。覚えていた。鉱石を掘っている間も。槍を振り回している間も。脳裏にあるのはあの瞬間だ。

 

「……あたしはずっと……みんなと一緒に居たかった」

 

コタローが気遣うような視線を向けて来る。

 

「シリカ殿…………。みんなはシリカ殿をずっと仲間だと思ってるでござるよ。でも、だからこそケイ殿はボス戦には連れて行かないのではなかろうか。あそこは子供には過酷すぎる場所でござる。拙者らを信じて安全なところで待っていてほしいでござるよ」

 

シリカは曖昧に笑った。

その言葉はちっとも彼女の心に響かない。

イスケがためらいがちに言葉を紡ぐ。

 

「拙者は……止めないでござるよ……」

 

「イスケ殿……?」

 

イスケは毛布をかぶって寝がえりを打った。表情を隠しながら壁に向かって話し続ける。

 

「拙者は……現実ではただの忍者オタクでござる……週末にネットで同士と語り合うことだけが趣味の……誇れるようなものは何もない普通の会社員でござった。それが今や、1万人のプレイヤーの命運を左右するようなすごい集団の一人になっているでござる……」

 

イスケが現実のことを話すのは初めてだった。彼に限らずこのゲームではリアルの話に触れないのがマナーのようになっており、シリカ達は職業はおろか本名すら教えあっていない。

 

「ケイ殿が5層のボスと戦っている時に言ったのでござる。毎日人が何十人も死んでいる。こんなゲームは一日でも早くクリアしなきゃダメだって。やっぱり彼はすごいでござるな。HPが真っ赤になっても一歩も引かずに、ついにボスを倒してしまった。でも同時に拙者らに問いかけたように感じたのでござる。お前たちはなんで戦うのかって……。シリカ殿は参加していなかったでござるが、実は4層のボス戦で、拙者らは一度全滅しかけているのでござる。生き残ったのは本当に偶然にすぎないんでござる。偶然あの時アルゴ殿が来ていなければ、きっと……俺たちは誰も生きていない……」

 

イスケの声が少し低くなった。おどけるような色が消える。

 

「……本当は俺もシリカちゃんには圏内にいて欲しいよ。キリト君も、アスナさんもミトさんも。でも……俺は止めないよ。シリカちゃんが頑張る理由もよくわかるからね……。ケイ君の邪魔もしたくない。……今でもよく覚えてる。3層のレストランから見た光景。ケイ君は誰でもない俺を……意味のある誰かにしてくれた。感謝している。結局、拙者も同じなんでござるよ……」

 

「イスケさん……」

 

「……さあ、さっさと寝るでござる。休憩時間は限られているでござるからな。長期戦に無理は禁物でござる」

 

そういってイスケは黙ってしまった。

シリカは毛布をかぶったが、ちっとも眠くならなかった。

 




Tips
ちなみにコタローは創作系忍者でよくある
「誰かおるか」
シュバッ「ここにおりまする。殿」
っていうのを隠蔽スキルで再現するためにダンジョンに籠っていただけだったりする。


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アーカイブス 017


新年あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!


シリカのスキル熟練度は1週間余りで400を超え、500の大台も射程にとらえていた。ひとえに彼女の無理な横入りを認めてくれた仲間たちの協力と、バカげた黄金キューブの性能があってこそだ。

 

その黄金キューブに異変が生じたのはシリカがちょうどアルゴ達と隠しダンジョンで熟練度上げを行っている時だった。

 

「ん? 今なにか……? キューブが……おかしかったゾ? 《ブレイク》! 《ブレイク》! ……まずいゾみんな! キューブが使えなくなっタ!! 撤退ダ!!」

 

死神ボスを相手に皆がスキルを連発している最中、黄金キューブを持っていたアルゴが突然大声を上げて皆に警告を発すると、シリカ達は顔を見合わせた。事前の取り決め通り一も二もなく走り出す。未だ継続する《バインド》の効果で動きを止める死神の脇をすり抜けると、一丸になって静かに走り去る。

 

「次の安全地帯はこちらでござるよ……!」

 

先導するのはAGI型ビルドのイスケだ。隠蔽スキルを使いながら曲がり角をのぞき込み、不意の遭遇戦が起きないように索敵している。

 

アルゴのたぐいまれな観察力と素早い判断のおかげで最悪の事態、ボスに通せんぼをされて迷宮区最奥に閉じ込められることは回避できた。しかし、安心はできない。このダンジョンの敵は通常モンスターでさえも手に余る。一方的に倒せていたのはあくまでキューブの力があってこそなのだ。

 

2つ目の安全地帯に入ると誰ともなく大きな息を吐いた。

 

「ここから出口までは、まだ7割以上あるでござる。少し休憩をはさむでござるよ」

 

イスケの提案に従って皆座り込む。これまでも幾度となく通った道だが心理的な負担は大違いだった。

 

「ついに修正されちまったナ。15日カ……《体術》クエストに比べれば長持ちしたほうだけド……オイラ達が貧乏くじを引いちまったみたいだナ」

 

アルゴがこわばった笑顔で言った。

この事態は想定されていた。カーディナル。この世界を管理するAIは人間のGMのようにゲーム内の通貨やモンスターのバランスを調整したり、バグの修正を行っているらしい。シリカも2層の鉱脈では無限湧きする採取スポットが修正されるところをこの目で目撃している。

 

黄金キューブは明らかにゲームバランスを壊すアイテムだ。それは知識の少ないシリカでもわかる。

 

ケイはこのアイテムがいつか修正されることを危惧していた。だからこそボスとの戦いは常に安全地帯の前で行うようにしていたし、ボスの再拘束に出向く前にはブレイクがきちんと発動するかを確認してから向かうなどいくつものルールを決めていた。当然修正された後の逃げ方も決めてある。しかし、ノーリスクではない。まさしく貧乏くじだ。

 

「……《体術》クエストですか?」

 

アルゴの言葉に反応したのはリーテンという女子高生だ。トレードマークである金属鎧は騒音回避のため今は脱いでいる。どのみち一撃食らえば命の保証がないこのダンジョンで防御力の有無など関係ない。

 

「そうサ。2層には《体術》っていうエクストラクエストの習得フラグがあるんだけど、こいつラ、それをとんでもないグリッチで攻略してたんだヨ」

 

皆、休憩しながらも顔を上げてアルゴに注目した。エクストラスキルの情報はやはり攻略組として気になるのだろう。

 

「そもそも、体術の習得クエストは大岩を自分の拳で壊すことなんだけド、この大岩がすっごい硬くてナ。夜通し殴り続けても3日はかかっちまうんダ。そこでケイは何をしたと思う?」

 

アルゴは深刻な空気を吹き飛ばすためかあえて明るい声を出した。

 

「あの階層にはトレンブリングオックスっていうやたらしつこいモンスターがいるんだケド、それをトレインしてきて岩を攻撃させたのサ。素手攻撃より何倍もダメージが入るから素早くクリアできるってわけだナ。でも、そのクエスト攻略法は後続で何人かクリアした後は修正されてできなくなっちゃったんだよナ。オイラもさっさとやっておけばよかったヨ」

 

「今はどんなふうになっているんでござるか」

 

グリッチの当事者であるコタローが尋ねる。

 

「大岩がモンスターからの干渉を一切受け付けなくなっちゃったんダ。耐久度を減らすことはおろか、保護コードに守られてて触れる事すらできてなかったヨ。プレイヤーが殴る時にはコードは発動しないから、拳で殴ることはできるようだけド……オイラはちょっと遠慮しておくかな……」

 

アルゴが話し終わるとリーテンが感心したような呆れたような表情で相槌を打った。

 

「あの人のグリッチ好きは筋金入りですね……」

 

「それは間違いないナ。噂によれば1層と3層のボスも別のグリッチで倒したそうだし、2層のボスははめ技ダロ。4層でもバグみたいな強さのNPCを仲間にしていたしナ……」

 

アルゴは指折り数えて遠い目をした。

 

「じゃあ、5層しかまともに戦ってないんですね……」

 

リーテンが言うとアルゴは首を振った。

 

「でも……ケイはすごい強いゾ。実力勝負でもあいつはボスに引けは取らなイ」

 

「そうなんですか? あんまりそうは見えませんけど……」

 

「リーちゃんは、まだケイの戦う姿は見たことがないのカ?」

 

「はい。私は始まりの町でいきなり声をかけられて…………。それまでは掲示板に貼ってあるパーティー募集の張り紙を見つけては参加しに行ってたんですけど、女だからとか、子供だからとか言って誰も相手にしてくれなかったんですよ。だから今度は逆に掲示板に私が張り紙をして待ってたらあの人が来て…………隠しダンジョンを見つけたから一緒に攻略しないかって言ってきて……それがこんな場所だとは思いませんでしたけどねっ!」

 

「ケイらしいナ」

 

アルゴは苦笑いを浮かべた。

 

「ミトさんとはここの外でもパーティーを組んだことがありますけど。あの人とはこのダンジョンでしか……ほら、ここの戦闘って全部あんな感じだったじゃないですか。だから戦ってる姿を見てもいまいち強さが分からなくて……」

 

「あの人はうまいですよ。俺は戦ってる姿を見ました」

 

口を開いたのはディアベルと同じパーティーの男。エルムだ。

 

「ケイからここの話を聞いたとき、俺たちみんな疑ってたんですよ。ほらそもそも存在自体怪しまれてたじゃないですか、攻略組って。……それに、俺たちは言っちゃ悪いけど他の奴らとは違って先に進んでいる自覚があったから。自分たちのはるか先に他のプレイヤーがいるなんて考えてなかったんです」

 

エルムは緩く首を振った。

 

「それなのに、5層の地下ダンジョンでレベル上げをしてる時にケイが現れて、自分は攻略組だ。良いスポットがあるから一緒にレベル上げをしないかって言いだして。まあ、普通信じないじゃないですか。新手のPKか何かかなって。俺たち良い装備つけてたから、そう思ったんですけど、話している時に現れたモンスターをケイがこうズバーっと」

 

エルムはそれを再現するように手を振る。

 

「あっという間に倒しちゃって。しかも別に普通ですよみたいな顔して話を続けるもんだから俺ら面食らっちゃって。結局あれが決め手になって信じてみるかって話になってここに来たんですよ、俺たち。な?」

 

エルムは同意を求めるように同じパーティーの仲間に問いかけ、彼は首を縦に振った。

 

会話がひと段落したらシリカ達はまた重い腰を上げた。逃避行はまだ始まったばかりだ。

 

再び先頭はイスケが歩いた。彼はこの2週間の訓練の成果を発揮するように巧妙に気配を殺し道の安全を確保し、時に煙球を用いてモンスターの視界を封じ、時に迂回路を提案してモンスターを回避しながらシリカ達を誘導した。

 

相棒であるコタローはたまたま今の時間はダンジョンの外にいるため不在だ。彼は一人でリスクを取り皆を導いた。賞賛されるべき献身だった。

 

最初はどうなることかと思ったが、次の安全地帯までは順調にたどり着いた。ここからは一気にダンジョンの出口まで向かわなきゃいけない。途中で休憩できるポイントはもうない。

 

シリカは覚悟を決めて動き出した。

 

出口まであとわずかというところで、シリカ達の運は尽きた。

 

道の真ん中に見慣れたカエルのモンスターが陣取っている。悪いことに出入り口付近は道の枝分かれも少なく迂回につかえる道も限られていた。そしてそちらの道はもっと状況が悪い。

 

「どうにかしてここを突破するしかないでござるな……」

 

イスケは苦い声でそういった。反論は出なかった。それはつまりより良い案がでなかったということを意味していた。

 

「拙者があのカエルをおびき寄せるでござるよ。みんなはその隙に先に進むでござる」

 

「イスケさん……」

 

「大丈夫でござる。拙者の鍛えた《隠蔽》スキルならあのモンスターをまくのは十分可能でござる。それよりも拙者がいなくなった後、遭遇戦が起きないように注意するでござるよ。ゴールはすぐそこでござるが油断なきよう」

 

イスケが深呼吸をして道を出ていく。少し戻った丁字路でシリカ達は息をひそめていた。

 

カツンと石がぶつかる音がする。引き寄せられるように、ぺたんぺたんとモンスターの足音が誘導されていく。もう一度、今度は別の場所で石の音。

モンスターの足音はシリカ達の近くの通路を通り抜け、ダンジョンの奥地へと移動していった。

 

アルゴがハンドサインで皆に進行を伝える。

 

イスケに代わって先頭はアルゴが務めた。彼女は《索敵》スキルを持っているがそれも万能ではない。特に非アクティブ状態や休眠中の敵、さらには道のずっと先でこちらを見ているような敵は見落としやすい欠点があった。イスケが目視での索敵に努めていたのはそのためだ。

 

だが、アルゴはやり切った。何度も迂回を重ね、時にモンスターの死角を突いて道を横断するリスクを重ねたが、シリカ達は一度も戦闘になることなく出口まで辿り着いた。

 

だが、そこにはイスケはいない。

 

彼のHPバーは未だ視界の隅で健在だ。生きてはいる。少なくとも今はまだ。

 

シリカ達はダンジョンの外で祈るように彼を待った。ほどなくして……

 

「何とかなったでござるよ……」

 

イスケも帰還した。安堵のため息が連鎖する。

 

「無事でよかったです……」

 

「シリカ殿も無事で何よりでござる」

 

「とにかくケイに連絡しないとナ……キューブはもう使えなくなっちまったっテ」

 

アルゴが疲れた顔でつぶやいた。

 

 

◇◇◇

 

 

「15日か……結構持った方だな」

 

12 月2日。午後4時。

アルゴから話を聞いたケイは彼女と同じ感想を呟いた。

場所は1層始まりの町。黒鉄宮の近くにある大きな民家だ。この一帯の数件の家をケイは貸し切って攻略組の拠点として使っていた。一番大きい部屋に集まったメンバーはシリカ達ダンジョンに潜っていたパーティーに加え、呼びかけに応じて集まった主たるギルドメンバーがそろっている。

 

「それじゃあ、ボスを倒しに行こうか。もう6層じゃろくにレベルも上がらないだろうし」

 

いよいよだ。シリカは体をこわばらせる。

 

「エギル達はどうするんダ?」

 

「彼らはMTDの方でかかりきりだよ。アルゴも手が空いたら応援に来てほしいってさ」

 

「オイラもか? ボス戦はどうするんダ?」

 

「ボスはいつものメンバーでいく」

 

「いつもの……ですか?」

 

ボス戦が初めてのリーテンが要領を得ない顔で問いかけると、ケイは指折りメンバーを発表していった。

 

「俺、キリト、アスナ、ミト、コタローの5人だ」

 

「私たちは留守番ですか……!?」

 

リーテンが驚いて席を立った。

 

「ああ。案山子を殴っていただけだとプレイヤースキルは上がらないだろ。ボス戦はまだ早い」

 

「俺はベータテスターだ。6層ボスとの経験もある。戦えるぞ」

 

ディアベルが手を挙げて自己主張した。

 

「ディアベルはな……でも他のパーティーメンバーはどうだ? 下手な奴だけパーティーから外すつもりか? あまりお勧めしないぜ。命を預けあう仲間に不信の種をまくことになる。それに、そこのメンバー二人は休ませないとだめだろう。連携訓練だって不十分だ」

 

「それは……」

 

「まあ、そう焦るな。7層には必ず連れていく」

 

彼は悔しそうに引き下がった。

 

「たった5人で大丈夫なのかよ?」

 

シヴァタが疑わしそうな視線を向けるとケイは肩をすくめた。

 

「ベータの時の6層ボスはルービックキューブだったんだ。ギミック系ボスはタネさえ割れれば脆いもんさ」

 

「これまでみたいに変更されてるかもしれないダロ? 過信は禁物だヨ」

 

「確かに……6層ボスがベータ版と同じ保証はない。結局ボスクエストは発見できてないし……。でも、だったら余計に偵察がいるんじゃないか?」

 

「偵察ねぇ……」

 

ミトがジトッとした目でケイを見たが彼は黙殺した。

 

「それに、これまで通りというのならまさにこれがそうだ。俺たちはフロアボスにずっと少人数で挑んできた」

 

ケイがこう言い切ってしまえば反論するメンバーはもういなかった。シリカを除いては。

 

「…………あたしも行きます。必要ですよね。フラッグ・オブ・ヴァラー……」

 

ケイは少し言葉に詰まった。この武器がボス攻略に必要だといったのは他でもない彼自身だからだ。

 

「……ダンジョンに籠りっきりだったんだから疲れてるだろ。今回は休んでても大丈夫だ」

 

「仮眠は途中でとりました。問題ありません。あたしも行きます」

 

それは少し嘘だった。昨夜からシリカはずっとダンジョンの最奥に入り浸り、メンバー交代のわずかな時間に仮眠をとっただけだった。だが、幸いにして仲間はそのことをこの場で言及しなかった。

 

「拙者も当然行くでござるよ」

 

「イスケもか。ほんとに眠くないんだな……? ボス戦でへまはするなよ」

 

「当然でござる」

 

「それならいいだろう。久しぶりに2層ボス攻略メンバー結成と行こうか」

 

 

◇◇◇

 

 

ケイは言った。

 

「俺たちはもう十分に強くなった。もう6層のモンスターなんて相手にならないさ。それがたとえフロアボスでも」

 

目の前にはボス部屋へ次ぐ青銅の大扉が存在している。

ここまでの道のりでシリカ達の歩みを阻める者はいなかった。迷宮タワーを守るエリアボスでさえ、このパーティーの前では少しばかりHPが多いだけの通常モンスターに過ぎない。

 

準備は十分に行われていた。

 

「行くぞ」

 

ケイは扉を押し開けた。部屋に入るとひんやりとした空気がシリカの肌を撫でる。

 

「広いですね……」

 

5層迷宮タワーは横幅100メートルほどの五角形の建物だった。

その10階。ボス部屋は1フロアをまるまる使っていた。壁に等間隔でつけられた青白く輝く松明では光源として不十分なほど広いため、全体的に薄暗い。

部屋は壁も床も天井も青みがかった灰色の石材で作られている。ここもやはり、スタキオンと同じようにすべてが20センチ角のブロックの組み合わせだ。

 

「あれがボスか……?」

 

キリトが指さす先にはシリカの腰ほどの高さの黒い立方体が置かれていた。特徴的なのはその正面で、そこだけ正方形の窪みが開いている。

 

「あそこにキューブを入れるんだよな」

 

「ああ」

 

キリトに促されて、ケイが前に歩み出る。

 

結局6層ボスの全容が明かされるようなクエストはなかった。しかし断片的にだが、ボスの情報をもたらしてくれるNPCは見つかっている。サイロンの屋敷で働いていた元召使であるセアーノもその一人だ。

彼女から話を聞きだしたアルゴによると、黄金キューブははるか昔にパイサーグルスが分離させたボスの体の一部であるらしい。また、それらはばらばらに分かれている間は互いに呪術の力により保護され破壊することはできない。ボスを撃破するにせよ、黄金キューブを破壊してパズルの呪いを解くにせよ、まずは二つを一つに合わせる必要があるとのことだった。

つまりこの黄金キューブはそれ自体が強力なマジックアイテムであるばかりでなく、ボス戦を開始するための重要アイテムでもあったのだ。

 

「じゃあ入れるぞ……」

 

キューブはするりと抵抗を感じさせない動きで穴に収まった。途端に黒い立方体が黄金色に輝きだす。そのまま3メートルほど宙に浮くと、ゆっくりと回り始めた。回転は加速し続けすぐに目にもとまらぬ速さになると、染み出るように黄金の立方体がいくつも現れる。それらはまるで鎧のように黒い立方体にまとわりつき、回転が止まるとそこには当初の3倍の大きさになった黄金色のキューブが浮かんでいた。

 

その姿を見てキリトが焦りの声をあげる。

 

「ま、まてよ……! これは……ルービックキューブじゃない!」

 

【The Irrational Cube】

 

ベータテストの時はカラフルなルービックキューブであったというボスの姿は一変していた。基本の構造は変わらない。27個の立方体がわずかに隙間を開けて緩く結合している姿はルービックキューブそのものだ。だがその表面は皆一様に黄金色だった。そしてマスには1から9までの数字が書かれている。

 

「話が違うわよ……! これじゃどの面をそろえればいいのか、分からないじゃない……!?」

 

アスナが悲鳴のような声を上げた。

 

「シリカ! 旗を放せ!!」

 

「え……?」

 

キリトの切迫した叫び声にシリカはすぐに反応できなかった。

 

フラッグ・オブ・ヴァラーのバフは既に発動している。ボスの出現演出の間に彼女を中心に黄金色の輝きが地面を覆い、すでにいくつかのバフアイコンが点灯しているが、それは彼女がボスのヘイトを強力に誘導するということを彼女は経験的に知らなかった。

 

「来るぞ! よけろ!」

 

キリトの叫び声と同時に目視しづらい灰色の光のラインがシリカの体をとらえていた。そのすぐ後に赤熱したレーザーが同じ軌道で彼女に迫る。事前に聞いていなければ反応できない攻撃だっただろう。シリカは紙一重で直撃は避けた。ただ、地面で起きた小規模な爆発に巻き込まれてHPが減少する。

 

「まだだ! すぐに立ち上がれ!」

 

爆風でバランスを崩し膝をついたシリカを執拗に追いかけるように次の攻撃の予測線が現れる。シリカはそのまま横に転がり回避するが、その先に時間差であらわれた照準は彼女の顔面を正確にとらえていた。

 

「あ……」

 

避けられない。シリカが思わず目を瞑りかけたその時、予測線に割り込むようにキリトが走りこんできた。そのままソードスキルでレーザーを迎撃する。

 

「い、意外と何でも斬れるもんだな……」

 

技後硬直のままキリトは呆然と呟いた。

 

「私たちも、忘れないでよねっ!」

 

アスナが突進系のソードスキルでボスに突っ込んだ。シリカからボスの目を引きはがそうとしたのだろう。彼女の目論見は成功した。しかしそれは技後硬直で動けない彼女に反撃の攻撃が行われることを意味していた。

 

「アスナさん!!」

 

シリカは思わず叫んだ。ボスのビームに吹き飛ばされたアスナのHPが急激に減少し始めたからだ。バーの動きは3割、4割を超えほとんど半分に達しようかという頃になってようやく動きを止めた。

 

「なんつー威力だよ……!」

 

キリトが苦し気に呻いた。

 

「よくもアスナをっ!!」

 

今度はミトが大鎌を振るう。彼女の攻撃がボスの体に命中すると、ガギンっと硬質な音が響きボスの体の一部が回転した。キューブの盤面にかかれた数字の組み合わせが変わる。しかし、そのHPは1ドットたりとも減少していない。

 

続いて2つのチャクラムが連続してヒットする。皆が各々ヘイトを受け持とうと行動を開始する中、普段ならだれよりも早く戦い始めるはずの男が呆然と立ち尽くしていた。

 

「ケイさん……?」

 

シリカの視線の先でケイはふらふらともと来た道を引き返していった。ボス部屋の大扉はいつの間にか閉ざされていた。ケイはそれに手を触れる。途端に扉の表面に縦横に走る光の線が現れ、光が収まった時にはびっしりと一面に数字とマス目の模様が浮かび上がっていた。

 

「……バカな………………」

 

彼の異常を察知して近づいていたシリカの耳には彼のつぶやきがしっかりと聞こえた。

 

「ケイさん!!? その扉は!?」

 

戦線から離脱しポーションで回復中のアスナも走り寄ってきて、ケイに尋ねる。

 

「……ナンプレパズルだ……スタキオンの広場にある……」

 

ケイは視線を扉に固定したまま呆然と答えた。

 

「ダメだ! やっぱりキューブを正しい配置に合わせないと、ダメージが通らない!」

 

何度目かの攻撃をボスに加えながらキリトが叫ぶ。

 

「正しい配置って言ったって……! 面が6つしかないのに数字は9種類でしょ!? どうやっても数が合わないじゃない!」

 

ミトも攻撃の合間に声を張る。

 

「おそらく同じ数字を揃えるわけじゃないんだ!」

 

「じゃあ、どうするっていうのよ!? ケイ! なにかアイデアはないの!? …………………………ケイ?」

 

ようやく彼の異常に気付いたミトが振り返り、言葉を失う。異様な空気はすぐに他のメンバーにも伝わった。

 

「嘘だろ………………これを解かなきゃ撤退すらできないのか……」

 

キリトが思わず足を止めた。

 

シリカもここにきては事態の深刻さを理解していた。ボスの無敵状態を解除するギミックは不明。撤退も事実上不可能。つまり……

 

「あたしたち……閉じ込められちゃったんですか……?」

 

答えるものは誰もいなかった。

 

士気は瞬く間に低下した。ミトもキリトもアスナもイスケも誰もかれもが苦しい表情をしている。嫌な沈黙がボス部屋を満たした。

 

だが、ボスは待ってはくれない。プログラムに規定された通り、無慈悲に淡々と攻撃を繰り返してくる。

 

幸いにしてボスの攻撃のバリエーションは多くない。立方体の頂点に光を集めて、3本のレーザーを放つだけだ。予測線を見てからすぐ動けば躱せないものではない。しかし、その作業は決して楽ではない。薄暗い部屋の中、予備動作として現れる灰色の照準線は集中して見なければ見落としてしまうし、照射後すぐに動くためには常に気を張っていなければいけない。

 

最初に自己犠牲に近いヘイトの稼ぎ方をしたアスナを除けば、今はまだ誰も攻撃を受けていない。しかし戦いが長期化して集中力が切れればどうなるかは明らかだった。

 

回復を待つ間、アスナは果敢にも扉のナンプレに挑んでいた。しかしその進捗は芳しくない。

 

「無駄だよ……」

 

ケイがその背中に声をかける。

 

「そのパズルは人が解けるようにできていない。ベータ時代にさんざんナンプラーたちが挑戦して、そう結論付けた」

 

「やってみなきゃ、分からないでしょ……!?」

 

「本当に……? 単純な計算問題だ。アスナならわかるだろう。扉のパズルは27×27問、全部で729個ある。一問10分で解いたとしても120時間以上……そしてこの難易度の問題を10分で解くのは不可能だ……」

 

「だったら、諦めるの……?」

 

アスナがすがるような目でケイを見た。彼は視線を伏せる。

シリカは初めて見る光景に無性に胸がざわついた。

 

「シリカちゃん! 少し手伝って」

 

ミトからの要請にシリカもボス戦に加わる。

ボスから攻撃が来る。皆が動いて躱す。次の攻撃までの間に通常攻撃を与える。ボスのパズルが一列回転する。ボスの攻撃が来る。皆でよける。攻撃を与える。しかし全くHPは減らない。

 

出口の見えない戦いは苦しかった。あと何回攻撃を躱せばいい? あとどれほど戦闘を続ければいい?

いくら頑張っても勝てる光景が思い浮かばない。代わりに嫌な想像ばかりが脳裏によぎり気力を奪う。

 

「とにかく、総当たりで面をそろえてみよう! 偶然そろうかもしれない!」

 

キリトが皆を励ますように言った。

 

「…………約、35万通り……9つの数字の配置の組み合わせは35万通りだ…………偶然そろうものじゃない……」

 

ケイの声は決して大きくはなかったが、致命的なほどよく響いた。

 

「ケイ! 何とかならないのか?」

 

「……今、考えてる」

 

ケイの声にはキリトやミトに比べるとひっ迫感がない。だがそれは余裕の表れというわけではなく、諦念に近い感情に思えた。

 

「ケイ!! あんたも来なさい!!」

 

「…………ああ」

 

ミトの叫びに、ケイはぼんやりとした返事をした。

 

「アスナ! 私も手伝うわ!」

 

ミトがケイとすれ違うように扉に張り付いた。アスナと共にナンプレパズルを解き始める。ケイはボスに向かう足を止め、彼女を振り返って空虚な視線を向ける。

 

「無駄だよ……人数の問題じゃない。要は、この部屋に来る前にどれだけ準備できたかが重要なんだ。…………そのアプローチは正しくない」

 

「じゃあ、教えてよ! その正しいアプローチってやつを!」

 

ミトは髪を振り乱して叫んだ。

戦闘開始からどれだけの時間が経っただろう。それほど長くはないはずだ。だが、八方塞がりな状況に誰もかれもが追い詰められていた。

 

「…………ない」

 

ケイは無慈悲に言った。

 

「なにも思いつかない。何度考えなおしても扉を開けるのは不可能だ。ボスを倒すのも……端的に言うと、この部屋に入った時点で俺たちはもう…………詰んでいる」

 

ケイの言葉は事実であったが同時に皆の希望を奪うようなものでもあった。それはおそらく彼の感情を如実に反映していた。ミトがきっと目を吊り上げてケイに詰め寄る。

 

「簡単にあきらめないでよ!!」

 

ミトがケイの胸倉を両手でつかんだ。震える目で訴えかける。

ケイは初めてミトに焦点を合わせた。それから彼の視線はみるみる鋭くなった。

 

「簡単に見えるか……? 俺が、すぐに諦めてるように見えるか……!?」

 

ケイの声には隠しきれない怒気が含まれていた。

 

「俺だっていろいろ考えたさ! でも何も思いつかないんだ! あんなクソギミック解けっこない……! それでも盲目的にナンプレを解けばいいのか!? 時間稼ぎにしかならない戦闘に参加すれば満足か!? それで一体何になる!? 現実から目をそらして、いずれどうにもならなくなって、結局ここでみんな死ぬだけだろ!?」

 

ケイの大声を間近で受けたミトは震える唇をぎゅっとひき結んで何とか涙だけはこらえようとしていた。

ケイは感情を落ち着かせるように大きく息を吐きだした。

 

「……俺だって……何とかできるならなんとかしたいさ……! でも考えれば考えるほど現状は絶望的なんだよ……」

 

ミトはすがるようにケイを見上げた。

 

「それでも……あんたはいつだって……思わず笑っちゃうような型破りな攻略法を考え付いてきたじゃない……」

 

ケイは静かに首を振った。

 

ミトは目に涙をためてケイの体をゆすった。

 

「あなたが諦めたら、本当に全部終わっちゃうのよ……!?」

 

アスナがナンプレを中断してケイを見ていた。キリトがボスの攻撃を避けながらケイを見ていた。シリカもイスケもコタローも誰もがケイを見ていた。この男ならこんな状況も何とかできると期待の目を向けていた。

 

「……………………ごめん」

 

いつも不敵に笑っている彼が無力さをかみしめるように下を向いた。

誰も何も言わなかった。

アスナはゆっくりとパズルを解き始めた。イスケとコタローは無言だった。

キリトは体の動きは止めずに深い思考に潜りはじめた。

シリカの頭は真っ白だった。

ケイは立ち尽くしていた。ミトは顔を俯けたままその胸を叩いた。受け入れたくない現実に反抗するように。

 

「こんなところで死にたくないのよ……!」

 

「………………」

 

「こんなところで死なせたくないのよ……!」

 

「………………」

 

「なんとか、しなさいよぉ……」

 

まるで駄々っ子のようだった。だが、いざ死を間際にすればこんなものかもしれなかった。外聞をとりつくろえるのは余裕のある者の特権だ。

 

ケイはされるがままだった。

彼女の拳が胸を叩くたびに力なくふらふらと頭が揺れる。後悔に顔をゆがめながら封鎖された扉を見上げている。

 

シリカとキリトとイスケとコタローはボスの攻撃を受け持ち続けた。

状況は一向に好転しない。それでも足を止めないのは単純な理由だ。動くのをやめた時最低最悪の結末が訪れるからだ。

 

「考えろ……考えろ……何かあるはずだ。クリア不可能なクエストなんて存在しない……」

 

キリトがぶつぶつとつぶやきながら視線を鋭く尖らせている。シリカはもう一度頭を捻った。しかしボスを倒す方法もこの部屋から出る方法も全く見当がつかない。

 

ケイはいつまでたってもボスへの攻撃に参加しなかった。その代わりHPを8割以上に回復させたアスナが参加する。

 

ターゲットが分散しシリカは少し楽になったが、キリトは硬い声で咎めた。

 

「全回復するまでは戻ってくるな……その体力じゃ2撃目は耐えられない」

 

「当たらなきゃ大丈夫よ。それに軽金属装備のわたしでもほぼ50パーセントなら、イスケさんたちはHPが全快でも2発は耐えられないわ。条件は同じよ」

 

アスナは強気で言い返した。キリトは不服を表情で示す。

こういう時パーティーを統率するケイは何も言わなかった。あるいはこちらの状況など気にしていないのかもしれない。

 

「みんな、あなたを信じてついてきたのよ…………勝ち目がないって諦めないでよ……最後まで戦いなさいよ……!」

 

ミトの声が響く。

ケイはまだ動きを止めている。起死回生の策は、ない。

本当に――?

シリカには予感があった。根拠はない。ただの願望かもしれない。

でもこれだけのメンバーが集まって倒せないボスなどいるのだろうか。

なにか起きるとしたら、それはいつもこの男――

 

「ミト……! 叩きすぎだ」

 

突然ケイがミトの手首をつかんだ。びくっと彼女の肩が震える。

ミトは涙目でケイを見上げ、それから不思議そうな顔をする。彼の表情に諦め以外の感情を見出したからだ。

 

「君が俺の胸を叩きすぎるから…………このゲームは君に嫌疑をかけたぞ……! 今ウィンドウが開いている……!」

 

言葉にはハリがあった。まるで何かに気づいたかのようにその目は強く開かれている。

 

「ハラスメントコードだ……!!」

 

ケイはついにこらえきれずに声を張り上げた。シリカは人知れず口角を釣り上げる。やはりまだゲームは始まったばかりなのだ。

 

ケイの声に反応したのはキリトだ。

 

「……ッ! その手があったか!!」

 

「ハラスメントコード、ってなんなの……?」

 

ボスの攻撃を避けながらアスナが疑問を口にする。

 

「このゲームで異性のプレイヤーやNPCに不適切な接触を繰り返すと発動する倫理的な防御システムのことだ! 被害者のプレイヤーがハラスメント行為を認定すれば、加害者は黒鉄宮の奥にある牢獄エリアに問答無用でテレポートさせられる!」

 

「じゃあ、この部屋から出られるってこと!!?」

 

アスナは目を輝かせた、だがなぜかキリトは苦しそうに顔をゆがめる。

 

「…………いや、だめだ……ハラスメント行為には被害者と加害者が必要なんだ。この方法だと……最後の一人は部屋に取り残される」

 

嫌な沈黙があった。

 

シリカは周りを見渡す。この中から一人犠牲者が出る。全滅よりははるかにましだが……

ケイと目が合った。アスナやミトとも。皆考えることは同じようだ。

 

「………………拙者が残るでござるよ」

 

その声はイスケのものだった。彼は視線をボスに固定しながら平坦な口調で告げる。

 

「こういうのは年長者の役割でござるからな……」

 

「だめよ! そんなの! 誰かを犠牲にして、見捨てるなんて絶対……!」

 

ミトはほとんど悲鳴に近い声を上げた。

 

「……ミト殿」

 

「誰も犠牲になんかしないわ」

 

ミトは彼女の長い髪を振り乱した。

 

「みんなでボスを倒しましょう……!」

 

「……ミト殿……拙者はその気持ちだけで――」

 

「あきらめるんじゃないわよ! なにも理想論を言ってるわけじゃないの……誰も犠牲にしない方法は、ある……! ボスは倒せる……! ケイ、あなたならわかるわよね……!?」

 

ミトは噛みつくようにイスケの言葉を遮ると、強く見開かれた目でケイを見つめた。

 

「誰かが、パズルを解いてくる。スタキオンの広場で、もっと多くのプレイヤーの協力を募って」

 

「そうよ!」

 

ケイはため息を吐いた。

 

「……分の悪い賭けだ。残されたメンバーは休む暇もなく何時間もボスの攻撃にさらされることになる。ポーションだって限られているし、気力も有限だ。いつまでも耐え続けられるわけじゃない。だけど……まあそうだな……最初からあきらめるよりはずっといい」

 

ケイはやっと少し調子を取り戻し、口角をわずかに上げた。ミトは安心したように目元を緩めると、服の裾でごしごしと涙をぬぐった。

 

「シリカ……! こっちに来てくれ……!」

 

ケイの言葉にシリカは嫌な予感を感じながらも扉の前に移動した。

 

「外には君が行け。牢獄エリアを出たらアルゴに事情を説明して助けてもらうんだ」

 

ここにきてこの扱いか。シリカはケイをにらんだ。

 

「……あたしだって戦えます」

 

「じゃあ、代わりに自分より下手な奴を推薦しろ」

 

ケイはこういう時言葉を選ばない。

シリカは下唇を噛んだ。こんな時でも味噌っかすな自分が恨めしかった。でもケイの言ってることが正しいのもよく分かっていた。何より今は議論している暇はない。

 

「ポーションはあるだけ残していけ。準備が終わったらハラスメント行為をしろ」

 

だが、ケイの指示はシリカの動きを止めるのに十分だった。

 

「どうした? 遠慮はいらない。早くしろ」

 

「……は、ハラスメントって、さ、さっきのミトさんみたいな感じですか……?」

 

「あんなまどろっこしいことはしなくてもいい。抱き着いてこい」

 

シリカは人命がかかっていると言い聞かせて、目を瞑って思い切りよくケイに抱き着いた。彼の体温とシリカの体温がまじりあう。

 

「ど、どうですか……?」

 

「まだ足りない。尻も揉め。時間はないぞ。早くしろ!」

 

シリカは最大限平然を装って彼の身体に回した手を動かした。背中から腰、さらにその下へと。するとある時を境に、硬くつるつるとした感触に代わる。

 

「………………なんかすごく硬いです」

 

「倫理障壁だ。局部へのボディタッチは障壁に防がれる。そうでもしないと自爆覚悟でセクハラに及ぶやつが出るからな……じゃあ、頼んだぞ」

 

ケイが指を動かすと、シリカの姿は本当にボス部屋から消え去った。

 

「これでなおさら死ねなくなったな……最後の思い出があれじゃ、あんまりだ」

 

ケイは軽口さえ叩いて見せた。

ミトはほっと息を吐く。それから高ぶった感情を落ち着けるように深呼吸をするが、顔の熱はなかなか取れなかった。

 

「…………みっともないところを見せちゃったわね……」

 

「お互い様だろ……」

 

ケイもどこか決まりが悪そうに返答した。

 

「そんなことないわよ」

 

アスナが微笑んだ。

 

「誰かの命のために必死になる姿を、みっともないなんていう人はこの場には居ないわよ」

 

彼女の言葉がミトの胸にしみた。ミトは最後に一度大きく息を吐きだすと雑念を振り払った。それから冷静な頭で考える。

 

一仕事終えたような気になっているが、状況は全く好転していない。ボスを引き付け続けているキリト達は今も刻一刻と精神をすり減らしているし、相変わらずボス攻略の糸口は見えていない。

 

それに何より、ケイの言う通りこれは分の悪い賭けなのだ。

 

ミトはメニュー画面を確認する。このナンプレは日付が変わるタイミングで新しいものに切り替わるのだ。タイムリミットは5時間半しか残されていない。牢獄エリアから脱出して、皆に事情を説明し、プレイヤーの人手を集め、700個を超える最高難易度のナンプレパズルを解き、その答えを迷宮区のボス部屋まで伝えに来るのはケイの言う通り分の悪い賭けになる。

 

「ケイ……牢獄エリアの拘束時間はどのくらいか知ってる?」

 

「初犯だときっかり2時間だと聞いている」

 

やはり時間が圧倒的に足りない。

仮にシリカが奇跡的に100人のナンプレの達人を集めたとしても729個のパズルを解くには2時間半近くかかるのだ。もちろん現実はそんなに都合よくいかないだろうからその倍は時間がかかるだろう。それに加えて人を集めるのにかかる時間。ボス部屋に来るまでの時間。

 

24時の境界線は大きな意味を持つ。問題が更新されてしまえばそこからまた問題を解きなおすことになるからだ。確実に数時間単位のロスにつながる。そしてボス戦が数時間長引けばそれだけ戦闘は苦しくなり、その分だけ死亡リスクは跳ね上がる。

 

「ケイ……シリカちゃん……間に合うと思う……?」

 

「言っただろう。分の悪い賭けだって。正直に言わせてもらえば、いつ答えが届くかも、そもそもナンプレを解けるのかどうかも分からない……」

 

「24時に間に合う可能性は……?」

 

「不可能だ」

 

その言葉を聞いたときミトの心は決まった。

 

「……ケイ……あなたも行きなさい」

 

ケイは真意を問うようにミトを見つめた。

 

「わかっているのか? 俺が抜ければその分みんなの負担が増える」

 

「その代わり……! 24時までにパズルの答えを伝えにきて」

 

ミトは皆に視線を移す。

アスナは頷いた。キリトもだ。イスケとコタローも首を縦に振った。

 

「最善は尽くす……が、かなり厳しいぞ」

 

そんなことは百も承知だ。ベータ時代、スタキオンの広場にあるナンプレパズルを解こうとするプレイヤーは何人もいた。だが、結局人力でそれを成し遂げた者たちは一人もいなかった。たとえ24時間かけてもだ。それをたった3時間程度でやれというのだから、無理難題にもほどがあるだろう。

 

だがそれでもこの男なら何とかしてくれるんじゃないかと、ミトは思ってしまうのだ。だってこの男は――

 

「不可能を可能にする男なんでしょ?」

 

「…………言うじゃないか」

 

ケイは一瞬虚を突かれたように目を丸くした後、獰猛に口角を上げた。それから彼は何のためらいもなくミトの胸に――胸に?

 

「な、な、な!??」

 

「早く送れよ。時間がもったいない……………………というか、ほんとに硬いな。まるでまな――」

 

「ちょ、え、はあああああああああああ!!????」

 

ミトは神速でハラスメントウィンドウをタップした。システムが彼女の申告を受理して不埒な輩を牢獄へと転送する。

 

「ゆ、勇者だ……!」

 

キリトは今日一番驚いた顔をしてなにか言っている。

 

わなわなと震える全身を真っ赤に染めてミトは大声を出した。

 

「……今決めたわ! このゲームがデスゲームじゃなくなったら、あいつは絶対PKする!!!」

 



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アーカイブス 018


ずっと冬休みなら毎日投稿できるのに……



シリカが目を開けるとそこは薄暗い牢獄の中だった。室内は畳1畳ほどの広さしかなく、マットレスの無い石の寝台に薄くてぼろぼろの毛布と硬そうな枕がある以外は家具と呼べるものもなく、小柄なシリカでもかなりの圧迫感を感じる。

3方は苔むした不揃いな石材に囲まれ、唯一そうでない一面にはおなじみの頑丈そうな鉄格子がはまっている。

 

耳を澄ましても聞こえてくる音は少ない。ヒューヒューとどこかを吹き抜ける寒々しい風の音とぴちょんと時々垂れる水の音。

 

ここが牢獄エリアというやつだろうか。シリカはさっきまでボス部屋にいたはずだが、ハラスメントコードというやつで転送されたのだった。その時のことを思い出してシリカは顔を仰いだ。冷静になるとすごいことをしてしまった。これは後々布団の中で思い出しては足をバタバタしてしまうやつだ。

 

だが、浮ついた気分はすぐに切り替わった。今こうしている間も仲間がボスと戦っている。早くここから出てアルゴのもとに行かねばならない。シリカはすぐに鉄格子に近づいた。

 

「ひっ!!」

 

鉄格子のすぐ外には、ぼろをまとった老人がいた。背は低くその上腰が曲がっているため身長はシリカと同じくらいだ。死角に音もなく立っていた彼の姿にシリカの口から短い悲鳴がでる。

 

老人はシリカに気づいているはずだが、なんのリアクションも取らない。ただじっと鉄格子のそばで正面を見続けている。

 

「……ここから出してください」

 

シリカは不気味な老人に声をかける。

 

「……罪人よ。罪を改めよ」

 

しゃがれた声の内容はいまいち要領を得ないものだった。

 

「……今、みんながボス部屋に閉じ込められているんです。……あたし早くいかなきゃいけないんです……! お願いします……! ここから出してください……!」

 

老人は今度は何もしゃべらなかった。NPCだから融通が利かないのかもしれないと考えたシリカはもっとわかりやすい言葉を投げかけた。

 

「……あたし……いつまでここに入れられているんですか?」

 

老人はマントの内側から不思議な光を放つ砂時計を取り出した。同時にピコンと視界の隅にウィンドウがポップする。足枷のアイコンの横には【ハラスメントコードにより拘束中】の表記と共に動き続けるタイマーが表示されていた。

 

「後、2時間も……」

 

シリカはへたりとベッドのふちに座り込んだ。

 

「あの……早く出してもらえたりとかはできませんか。……今だけでいいんです……お願いします……人の命がかかってるんです……!」

 

シリカは鉄格子に縋りつき、必死に頭を下げた。しかし老人には反応がもらえなかった。フレンドメッセージを送ろうとしてもここはダンジョン扱いなのか、メニューがブラックアウトしており選択することができない。

 

気持ちばかりが焦るが、どうしようもないということが分かると、シリカはタイマーを釈放時間の5分前にセットして石のベッドに寝転がった。休めるときに休んでおく。1層の隠しダンジョンで身についた習慣だった。

 

午後8時半を回ろうかという頃、ようやく老人は懐から鍵束を取り出すとシリカの鉄格子を解放した。「……ついてこい」と言ってのそのそと歩き出す老人をシリカは置いてきぼりにし、石畳の廊下を駆け抜け階段を駆け上がった。

 

見慣れたモニュメント《生命の碑》を通る時には皆の名前を確認したい衝動に駆られたが、それを振り切り建物の外に飛び出す。向かうのは隠しダンジョン攻略中にいつも拠点にしていた家だ。あそこならきっと誰かがいるはず。

 

シリカは民家に飛び込むと恥も外聞もなく大声で叫んだ。

 

「誰かいませんかー!!?」

 

 

情報は伝言ゲームのようにあっという間に広がった。仲間の危機だ。皆が目の色を変えて動き回る。やらなきゃいけない事は明確だった。問題はそれをなす手段が不明瞭なことだ。

スタキオンの広場にあるパズルの攻略はまともなプレイヤーなら挑戦しようともしない難易度だ。たった数十人のプレイヤーが向かった所でどうにもならない。

 

「ここにいるメンバーだけじゃ足りなイ! もっと多くのプレイヤーを巻き込まないト!」

 

アルゴが焦りをにじませていった。

 

「でも、そんなに都合よく協力してくれますか? そもそもなんて説明すればいいのやら……パズルを解こうと言って回っても誰も相手にしてくれませんよ」

 

ディアベルが疑念を口にしたが、シリカはそれに同意しかねた。

 

「……そんなことあるんですか? 人の命がかかってるんですよ。それを見捨てるような真似……!」

 

「MMORPGは簡単じゃない。もちろん人の気持ちも」

 

ディアベルは諭すように言った。シリカは彼女のかつての友人が何をしたのかを思い出して口をつぐんだ。そこへケイからメッセージが入る。

 

「ケイさんから連絡です……」

 

「オイラにも来てるナ……ディアベル! 何でもありだとヨ。アイテムもコルも使えるだけ使え、攻略組の情報もばらしてもいいってサ!」

 

眉間に皺を寄せて手を組んでいたディアベルはその言葉を聞いて、いくぶんか安堵した表情になった。

 

「それなら、どうとでもなりますね。知り合いにも声をかけてみます」

 

「オイラは《MTD》のところに行く! ここらで一番顔が広いのはあいつらダ!」

 

「あたしも行きます……!」

 

シリカとアルゴは急いでMTDの拠点へ向かった。アルゴは顔パスで、シリカもその付き添いとして入った建物の中でシンカーに事情を話すと、彼は顔色を変えて立ち上がった。

 

「それは大変だ。急いで6層に行かないと!」

 

「待ってくれシンカー。今一人二人向かった所でナンプレは解けないヨ! それよりももっと多くのプレイヤーに呼びかけて欲しイ!」

 

シンカーと共に話を聞いていたMTDの幹部の男が口を開く。

 

「呼びかけるのはかまいませんが、強制することはできませんよ。何人集まるかも保証できません。本当に人を集めたいならば、報酬を設定すべきだと思います。この町にはコルにつられて動くプレイヤーが大勢いますから。モチベーションを高める意味でも対価はあった方が良い」

 

「……パズル1問につき1000……いや10000コルでどうダ?」

 

「……これはまた……大きく張り込みますね。総額約700万コルですか……!」

 

感嘆の声を漏らす男にシリカは答えた。

 

「……みんなの命の値段にしちゃ安すぎるくらいです」

 

極論、コルなどまた稼げばいいのだ。出し惜しみをしている場合ではない。

 

「素晴らしい事です……ですが、それほどの金額いったいどのように工面するおつもりですか? 我々の把握している限りではそちらの資産は多めに見積もっても150万コルほどだと思いますが?」

 

男は眼鏡の位置を直しながら鋭い視線をアルゴに向けた。

 

「オイラ達の装備はどれも最上級品の一品物ダ。全員分を合わせれば500万コルくらいにはなル」

 

「パズルは全部で728問でしたね。それでも80万コルほど足りませんが」

 

「それは《MTD》に融資してほしイ」

 

「いいでしょう。すぐに――」

「シンカーさんは黙っていてください……!」

「しかしシルバさん……」

「このギルドの金庫番はわたしです。会計に異論があるのならわたしを首にしてからご自身でなさってください。そうでないならお静かに願います」

 

ぴしゃりとシンカーを黙らせた細めの男――シルバの指にはギルドの会計を担う者の証である副ギルド長の指輪がつけられていた。だが相手が誰であろうと皆の命がかかっている状況で邪魔をしてくるようなら、シリカは自分でも何をするか分からない。

 

「そんなに怖い顔をしないでください。わたしだってみすみす金の卵を産む鶏を絞め殺したいわけじゃない。最前線の貴重な攻略情報も迷宮区のレアなアイテムも取ってこられるのはあなた達だけだ。その関係を考えれば80万コルと言わず、100万コルでも用立てますよ。ただし追加で条件があります」

 

「……条件ですか?」

 

すわった目で見つめるシリカにシルバは尋ねた。

 

「一問解くだけで10000コルのクエスト。実に魅力的ですね。あなたならそれを見つけたらどうしますか?」

 

「ケイさんに相談します」

 

シリカは即答した。

 

「それではその後ケイさんはどうすると思いますか? 数が限られたお得なクエストの情報は他のプレイヤーにあまり広めたくなくなりませんか?」

 

「つまり……高すぎる報酬は逆効果ってことカ?」

 

アルゴの言葉にシルバは首を振った。

 

「いえ、そこまでは言いません。それに報酬の過多の問題でもありませんよ。ですが圏内クエストが払底しつつある現状、多くのプレイヤーは限られたクエストを奪い合うような状態です。たとえ賞金を100コルにしたところで彼らはクエスト情報を他人に広めようとはしてくれないでしょうね」

 

アルゴは低い声でうなった。

 

「口コミの力を最大限に発揮してもらうためには、彼らにも多くのプレイヤーを呼び込んでもらう必要があります。そのためには、報酬が減る可能性を受け入れてでも、他のプレイヤーを集めようとする動機付けが必要なんです」

 

シリカは少し頭を働かせたがケイのように名案は浮かんでこなかった。代わりに彼女は素直に疑問を口にする。

 

「……そんなこと、どうやってやればいいんですか?」

 

「チーム戦です」

 

男は眼鏡の位置を直しながら語った。

 

「パズル一問当たりの報酬とは別にチームランキングを作り、上位チームに特別な報酬を用意するのです。そうすれば彼らはさらなる報酬のために自分の分け前をこぞって減らしてくれるでしょう。人数は多ければ多いほど有利なのですから、あるいは競うように人を集めてくれるかもしれません」

 

アルゴが声を上げる。

 

「それで条件っていうのハ……、その特別な報酬とやらのことカ」

 

「ええ、その通りです。上位3チームにそれぞれ特別な報酬を設定していただきたい。誰もが採算度外視で欲しくなるようなインパクトのあるレアアイテムを。攻略組の皆さんなら持っているでしょう」

 

シリカは一つ思いつくものがあった。ケイはコルもアイテムも何を使ってもいいと言っていた。だからきっとこれも許してくれるだろう。インベントリを操作する。

 

「……これを。5層のボスドロップ品です」

 

「これは……すごい効果ですね……! 良いでしょう。これがあれば十分です!」

 

細身の男はプロパティーを確認するとやや興奮した面持ちでまくし立てた。

 

「それは…………でも……人命には代えられないカ……」

 

アルゴはもの言いたげな様子だったが、言葉を飲み込んだようだ。それから4層のLAボーナスの両手剣を2位チームの報酬として、2層ボスのドロップ品である牛革の防具が3位チームの報酬として提供された。

 

「わたしはギルメンを招集したらすぐに6層に向かいます。賞金を懸けるなら誰がどのパズルを解いたか確認する必要もあるでしょうから」

 

「わたしは各階層の掲示板にこのことを書き込みに行きます! もちろん一番目立つところにね」

 

シルバとシンカーは張り切った様子で部屋から走り去っていった。

 

「すまないナ。恩にきるヨ」

 

「よろしくお願いします」

 

MTDの拠点から出るとアルゴとシリカは再び別行動になった。各々の人脈を生かした行動が最善だと思ったからだ。

 

シリカが向かったのは道の北側にある教会だ。扉を開けると見知った顔も、見知らぬ顔も一斉にこちらを向く。少し前、シリカは彼女たちの視線が怖かったのだが、今は何も感じなかった。大股で礼拝堂を突っ切りサーシャに歩み寄る。

 

「し、シリカちゃん? どうしたの?」

 

「サーシャさん。今すぐ人手を集めてください。アスナさんたちがピンチです」

 

一息に事情を話すとサーシャはすぐに子供たちを集めた。

 

「さあ、行きましょう。私たちがどこまで力になれるか分かりませんが、きっと何かできることがあるはずです」

 

シリカは教会の子供たちと一緒になって転移門へ走り出した。

 

シリカ達が着いた時すでに6層には数十人のプレイヤーが集結していた。それからも続々と人が集まってくる。教会の子供たちはナンプレが得意だという2人の子供を除いて、MTDの人員整理を手伝った。彼らには不思議な面識があるようで合流はスムーズだった。

 

既にシリカが牢獄エリアから解放されてから1時間近くが経っている。

シリカは再び見かけたアルゴに駆け寄った。

 

「アルゴさん……進捗はどうですか?」

 

「アルゴさーん」

 

シリカがアルゴに話しかけた時に遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえた。茶髪の天然パーマに眼鏡をかけた優しそうなおじさんがおなかを揺らしながら走ってくる。

 

「アルゴさん! あの話本当ですか? ついにこのナンプレパズルの謎が解けたって」

 

「ああ、ほんとだヨ。このパズルは正式版ではボス部屋の扉を開くためのギミックになってるらしイ」

 

「くうー。ボス部屋ギミックとは。それじゃあ、ベータ版では実装されてなかったってことじゃないですか……無駄な努力と知って悲しいやら、これからリベンジできると知って嬉しいやら……」

 

「くれぐれも頼むゾ。攻略組の……オイラの仲間の命がかかってル……」

 

「もちろんですよ。あーもえてきたなぁ。まさか人の命がかかった数独に挑戦することになるとは」

 

「お仲間の連中ハ?」

 

「ばっちし。もうすぐ来ると思いますよ。みんな今度こそ人力で解いてやるってやる気満々です!」

 

男は待ち切れないとばかりに紙とペンを取り出しナンプレを解きに行った。

 

「あのおじさんはナンプラー、ベータの時にこのナンプレに執心してたプレイヤーの一人ダヨ。結局、テストの最終日にツールを使ってナンプレ自体は解いたんだけど、そのあとどうしていいか分からずに踊り狂うことしかできなかった悲しい連中サ。この階層が開いてからはナンプレの新情報がないか毎日のように連絡してきて、正直少しうっとおしいやつらだったけど、何が幸いするか分からないナ」

 

アルゴはその背中を見送ってシリカの質問に答えた。

 

「やれるだけのことはやったサ。後は信じて待つだけカナ……」

 

「シリカ! アルゴ!」

 

「ケイさん!!」

 

入れ替わるように現れたのはケイだった。フレンドメッセージで彼もボス部屋から出たのは知っていたが6層でやることがあるといって単独行動をしていた彼と直接会うのはこれが初めてだ。

 

「手すきの人間を使ってセアーノを探せ!」

 

ケイは焦燥感をにじませる顔で2人に言った。

 

「セアーノ? なんでNPCなんか探すんダ」

 

「忘れたのか。あいつの肩書を。パズル王の継承者だぞ。ナンプレパズルは十八番なはずだ」

 

「なるほどナ……。家には行ったのカ?」

 

「ああ。だがもぬけの殻だった。領主館も空振りだ。時間的な問題なのか、何か別の用事でもあるのか……よくわからないが、とにかく探してほしい!」

 

「わかりました」

 

ナンプレを解いたことがなく手持無沙汰になりかけていたシリカは頷いた。

 

「他のプレイヤーにも呼び掛けてみようカ。賞金を懸けておけばナンプレが苦手な連中は手伝ってくれるダロウ」

 

「それは良いな。ああ、それと……これをシリカに渡しとく」

 

そういってケイが差し出したのは首からかける紐のついた大きな鉄色の鍵だった。

 

「これは……?」

 

「サイロンからドロップしたクエストアイテムだ。その後の進展はなかったが、もしかしたらセアーノと何か関係するかもしれない」

 

「わかりました」

 

シリカは首から鍵をかけて問いかけた。

 

「ケイさんはこの後どうするんですか?」

 

「俺はエルフの里に行く」

 

「エルフ? キャンペーンクエストのカ?」

 

アルゴが問いかける。

 

「ああ」

 

「そいつらもパズルが得意なのか?」

 

「分からない……でもAIは優秀なようだからルールを教えれば解けるようになる可能性はある。それに今はエルフの手でも借りたい状況だ」

 

「確かにナ……わかったよ。ここはオイラに任せときな」

 

「ああ。俺はもうこの広場には戻ってこない。エルフに事情を話したらそのまま迷宮区に行くつもりだ」

 

「迷宮区、ですか……?」

 

シリカが首をかしげるとケイは補足した。

 

「ナンプレが解けてからボス部屋に向かったんじゃ間に合わないだろ。俺はタワーの前で待機しておく。ナンプレの答えはメッセージで送ってくれ」

 

そういってケイは駆け出した。アルゴもシリカもそれぞれ仲間のためにできることを行った。

 

アルゴはセアーノに20000コルの賞金を懸けた。その情報は瞬く間に周知され、高難易度なナンプレに挫折した者や元々苦手で挑戦していなかった者はこぞってスタキオン中を駆け巡った。シリカもそのうちの一人だ。

 

しかし一向にその足取りはつかめない。彼女の家も、勤め先であった領主館も、この町にある酒場も宿屋も探索されつくしてあっという間に1時間が経った。情報共有のためにもう一度広場に戻ってきても、彼女が発見されたという報告はなかった。シリカは焦りをにじませて広場を見渡す。

リィンと胸から下げた鍵が共鳴するように打ち震えたのは、その時だ。

鍵を持ち上げてみる。そこにあるのはいつも通りの鉄の鍵だ。手で持ってみても震える様子はない。気のせいだったかと結論付けようとしたとき、シリカに話しかけてくる声があった。

 

「……セアーノを探しているようですね? いったいなにが目的なんですか?」

 

「広場のパズルを手伝ってもらえないかと思って。ナンプレが得意なNPCらしいんです」

 

そこまで話してシリカは会話の相手がプレイヤーではないことに気が付いた。いつの間にか彼女の斜め後ろに立っていた人影は灰色のフード付きローブをすっぽりとかぶり顔は見えなかったが、その頭上に中立NPCを表すアイコンが表示されていた。

 

「……そうですか。……見つかりましたか?」

 

「……残念ながら」

 

「そうでしょうね……母はあの日以来、この町から忽然と姿を消してしまいましたから……」

 

「母……?」

 

聞き捨てならない言葉を聞き返すとフードの人物はローブを取った。肩のところで切りそろえられたサラサラの金髪と聡明そうな顔立ちが印象的な同世代くらいの少女だ。

 

「はい。セアーノはあたしの母です」

 

「そうなんですか……」

 

子供にさえその行き先を告げていないのだとしたら、セアーノは意図的に行方をくらましたのかもしれない。もしそうなら捜索は絶望的だ。シリカが意気消沈した時彼女は意外な申し出をした。

 

「……広場のナンプレパズルが解きたいんでしたよね。よければあたしもお手伝いしましょう」

 

ナンプレ広場は即席の試験会場のようになっていた。地面の石材に刻まれたパズルには直接数字を書き込むことはできない。長時間考え込むには適さない姿勢であるし、他のプレイヤーが邪魔で問題が見えない可能性もある。

そこで《MTD》は問題を模写した紙を大量に用意した。どこかから持ち込んできた椅子と机の列には200人以上のプレイヤーがひしめき合っている。

 

しかし、状況はあまりよくなかった。

時刻は10時半を過ぎている。問題が更新されるまで残り1時間と少ししかない。だが、本部席に掲示されている進捗状況では数十問しか解けていない。告知から1時間以上が経過した今となってはこれから急にプレイヤーが増えることもないだろう。

 

「このままじゃ……」

 

シリカの焦った声を聴いて少女――ミィアは言った。

 

「小さいころからあたしは母と共にこの広場のナンプレ広場でパズルを解いて遊んでいました。こう見えてもパズルの腕前は中々のものであると自負しています」

 

そういって《MTD》の係員から紙とペンを受け取った彼女はペンを動かした。初めはNPCの、しかも年端も行かぬ少女の実力を疑問視していた係員であったが、つかえることもなく数分で全ての数字を埋める姿を見て口をあんぐりと開けた。

 

「次の問題を」

 

「……は、はい! 今すぐに!」

 

その声が大きかったからだろう。周りのプレイヤーがいぶかし気に視線を上げ、そしてその異様な光景に目をむいた。

 

彼女の周りにはあっという間に人だかりができた。

 

「すげえ……」「どうなってんだこれ……?」「こんなのありかよ……!」

 

皆口々に彼女の姿に驚き、呆れ、賞賛する。中には行き詰った問題を彼女に見せてヒントをもらうプレイヤーもいた。

 

状況は劇的に好転していた。

 

600枚以上あった未解決のナンプレの紙束が1枚、また1枚と目に見えて減っていく。

 

だが、それでも。

 

「……ダメだナ。このペースじゃ間に合わない……!」

 

アルゴの表情は苦しそうだった。残り時間と消化されていく問題のペースは無慈悲な計算式を彼女に与えていた。12時には間に合わない。

 

「せめてもうあと1時間早く見つけられていれば……」

 

シリカ達も努力はした。町の楽師や宿のNPCにナンプレを解かせようと試みたのだ。だが、彼らの多くはナンプレに興味を示さず、やんわりと協力を断って来た。稀に挑戦してくれるものがいても、彼女のようにスラスラ解けるものはいなかった。

 

「やっぱり特殊NPCじゃなきゃダメなんダ……!」

 

アルゴの落ち込みようは凄かった。シリカもひどい顔をしているかもしれない。

 

「シリカちゃん。アルゴさん。この人がケイさんに呼ばれたって」

 

サーシャが見慣れぬ子供を連れてきた。よく見ると彼女もNPCだ。

 

「なんなんだよ。ケイのやつ。ろくな説明もなしに連れ出したと思ったら、自分は一人でどっかに行きやがって……」

 

すねたように唇を尖らせてる少女は笹穂型に耳が尖っていた。肌は砂色で髪は白い。整った顔立ちには豊かな感情が表現されている。プレイヤーが話しかけなくとも定型文でない愚痴をぶつぶつ零すその姿はまさに、アルゴの表現するところの特殊NPCという奴だった。

 

「ケイの奴、にくい演出をするナ……!」

 

アルゴの目に光がともる。彼女がミィアと同じ速度で問題を解けるのなら12時までにパズルを解ききれる可能性は十分にある。

 

「それでアスナたちを閉じ込めてるナンプレってやつはどこなんだよ……こんな町中にいるのか?」

 

少々的外れなことを言うエルフにシリカは紙とペンを渡した。

 

「これは……?」

 

「これがナンプレです」

 

「んん……???」

 

全てが腑に落ちないという表情で首をかしげるエルフの少女に、シリカはすべてを説明した。6層ボスにケイ達と挑んだこと。アスナやキリト達は今もボスの攻撃にさらされ続けていること。彼らを助けるためにはここにある728個のナンプレ全てを解かなければならないこと。このままでは問題を解ききる前に12時になり今までの努力が無駄になってしまうこと。

 

「ふーん。まあ、大体わかったよ。これの解き方もね……」

 

「お願いできますか……?」

 

シリカが縋るような視線を向けると、エルフの少女はニヤリとかわいらしく口をゆがめた。

 

「そんな顔するなよ。全部大丈夫だ。なんていってもボクは不可能を可能にするエルフだからな」

 

エルフの少女が席に着く。そして彼女は宣言通り素晴らしい速度で問題を解いていった。

 

「す、すごいですねー」

 

サーシャが感嘆の声を上げる。

 

「これならいけるカ……いや、いけるゾ、絶対……!」

 

アルゴは彼女が解いた問題を整理しながら興奮したように声を上げた。

 

「お願いします……!」

 

シリカは新しい問題を彼女に渡しながら祈った。

 

時刻はもう11時を回った。時間的な余裕は全くない。だが、エルフの少女が問題を解くスピードは徐々に上昇し、今やパズル王の娘にしてナンプレ上級者のミィアに並ぼうとしている。

 

プレイヤーは今や多くが彼女たちを遠巻きに見ていた。集中を妨げないように大声こそ出していないが、あるものは視線で、あるものは小声で、攻略組の命運をその肩に乗せた少女たちにエールを送っている。

 

そんな中、サーシャが突然驚きの声を上げた。ちらっと2人の少女に視線を送られ「な、なんでもありません! すいません!」と頭を下げる。

 

だが、真っ赤になってあたふたと手を動かす彼女の姿は誰が見てもなんでもなくはなかった。シリカが近づくと彼女はたまらずといった具合に小声で話しかけてきた。

 

「ど、どうしましょう。今、ケイさんにぷ、プロポーズされてしまって……」

 

「………………………はあ?」

 

「う、受けた方が良いんでしょうか? でも、私たち出会ってまだ日が浅いというか……まずはお互いをよく知ってからじゃないと……」

 

なにを言ってるんだこの人は。シリカはきっと冷めた目をしているに違いなかった。イスケやアスナ達の命がかかったこの状況で、あの人が色恋にうつつを抜かすとでも思うのか。そもそもケイにプロポーズされるような感情を向けられていると思っているのか。

 

これは攻略のための行動だ。シリカは断言してもよかった。

 

そして攻略のための結婚ならその相手は、別に誰でもいいはずである。

 

悩むサーシャを説得する時間が惜しい。もっと手早く済ませられるのならばそれに越したことはないのではないか。そうに決まっている。

 

攻略組では女性プレイヤーは少なくない。結婚システムは何度か話のタネになり、その使い方も知っている。シリカはメニューを素早く開きケイに結婚を申し込んだ。

 

【KayabaはShirikaからのプロポーズを断りました】

 

「し、シリカちゃん……それどんな感情の顔なの……?」

 

「……なんでもありません…………それより早く、結婚を受けてください。時間がもったいないです」

 

「じ、時間? 時間は関係ないんじゃない……? いえ、そうね時間は関係ないんだわ。大事なのは気持ち、なのよね、たぶん…………えいっ」

 

サーシャはプルプル震える指先でホロウィンドウのボタンを押した。

 

「あっ、メッセージが……!」

 

サーシャは身をかき抱くように悶えた後、深呼吸してメニューを開く動作をした。

 

「サーシャさん。それどんな表情なんですか……?」

 

「……………………これからダンジョンに入るから連絡は共有ストレージにメモを入れてくれですって」

 

彼女の声は恐ろしく平坦だった。



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アーカイブス 019

誰もかれもが疲れ果てていた。

午後6時過ぎに始まったこのボスとの戦闘は午後11時半になろうかという頃になっても決着がついていない。戦闘時間は既に5時間半に及ぼうかとしていた。

その間ミトは、アスナは、キリトは、イスケは、コタローはボスの攻撃を避け続けていた。もはや誰かが攻撃をして注意を引く必要すらなかった。ヘイト管理などとうに放棄している。アグロ化が解けてくれてもかまわなかった。そんな都合の良い事は起こらなかったが。

 

ひたすらによけて、よけて、よけた。

 

初めは励ましあう声も注意を促す声も活発にかわされていた。3時間を超える頃になるとそれも散発的になり、ついには誰も声を上げなくなった。無言で黙々と自分の仕事だけをこなしている。

 

目を凝らして照準線を見極め、瞬発的な回避行動をとる。ひたすらそればかりを繰り返す。何時間も何時間も。こうなると単調でワンパターンなボスの攻撃はいやらしかった。変化のない行動は刺激的な展開の何倍も精神の摩耗を早める。そのくせ、攻撃タイミングだけは実に不定期でミト達の精神を一瞬たりとも休ませてはくれなかった。

 

何度も体に照準線が当たっているような錯覚に襲われた。たとえ攻撃を避けてすぐでさえ、ミトは転げるように回避行動をとることが増えた。誰もそのことに触れなかった。皆がそれを経験しているうちに慣れてしまったのだ。

視界の及ばない背中や後頭部が不安で仕方がなかった。そこに今も照準されているんじゃないかと不安に駆られて、何度も何度も体をよじった。何もないところで灰色の光線を幻視し、痙攣したみたいに一人で飛び跳ねたこともある。それくらい精神を擦り減らす作業だった。

 

ミトはとっくに限界だった。VRの世界ではスタミナという概念はない。アバターは理論上いつまでだって動き続けられるはずだが、それを動かしているのは人間なのだ。酸素だとかグルコースだとかそういうものではなく、もっと必要不可欠な何かがすっからかんに枯れていた。

ミトはなぜ自分が戦い続けられるのか自分でも分からない。1人だけならとっくに脱落していただろう。自分がいなくなれば仲間に負担がかかるという思いだけが足を動かしていた。

 

それでも限界は来る。

 

「これが最後のポーションでござる……」

 

イスケが言った。彼のHPは黄色く警告を発していた。復帰にはしばらく時間がかかるだろう。そしてそのあとはもう回復の手段はない。

 

全ての攻撃を躱せたわけではなかった。それは人間業ではない。

ふとした気のゆるみを、ちょっとした意識の間隙をボスの攻撃は咎めた。普通のボス戦なら問題にならない程度のダメージだ。だが、補給の見込みのない持久戦ではそれが徐々に首を絞め始める。

 

ミトは《所持容量拡張》のスキルをあきらめた。《瞑想》スキルを獲得するためだった。HP回復速度上昇のバフは本来ならポーションの代わりになるような効果ではなかったが、この状況では頼らざるを得なかった。キリトもアスナも各々何かを切り捨てて《瞑想》を取得していた。しかしイスケとコタローはそうもいかない。

 

彼らの回復手段はポーションだけなのだ。布装備ではHPの半分以上をも奪っていくボスの攻撃は2発と耐えられない。ミトやアスナも長時間戦線を離れるわけにはいかない時にはポーションを併用した。

 

その結果がこれだ。

予想されたことだった。

 

だからこそミトはケイを送り出したのだ。あの判断を後悔していない。むしろあれだけがたった一つのさえたやり方であると今は強く確信していた。

 

「後30分よ……もう少し頑張りましょう……!」

 

ミトの言葉にアスナの顔が少し上を向く。もはやそれだけが心の支えであるように見えた。

ミトは危機感を抱く。精神的な限界も近い。24時のボーダーにケイが間に合わなかったら、プツリと何かが切れてしまう予感がある。

 

コンコンとノック音が響いた時ミトはそれを幻聴ではないかと疑った。幻視があるなら幻聴もあるだろう。

 

「よお、パズルのデリバリーに来たぜ……! まだ誰も死んでないよな……?」

 

その男の声を聴いた時ミトは安堵のあまり膝の力が抜けそうになった。実際そうした。へたりと地面に伏せた彼女の上を灼熱のビームが通過していく。

 

「おっそいわよ! 待ちくたびれたじゃない!」

 

「まあ、そう怒るなよ。これでも急いできたんだ。扉に張り付いてるのは誰だ。準備ができたら教えてくれ、左上から埋めてくぞ! 時間がないから大急ぎだ!」

 

「準備はばっちりでござるよ!!」

 

イスケが大急ぎで扉に駆け寄り声をあげた。

 

「転移門広場には中央のマスのパズルだけはない。まずはそれを教えてくれ! 向こうに送って解いてもらう!」

 

「わかったでござる!」

 

こうなればミト達は強かった。回復アイテムの欠如などものともせずに戦い続ける。

地獄のような5時間半に比べれば天国のように体が軽い。

ミト達は完全に息を吹き返した。

 

「じゃあ1行1列目の問題から読み上げていくぜ、1番左の列! 上から順に1、7、4、5、2、9、8、6、3!」

 

扉の数字は見る見るうちに埋まっていく。あっという間に最上段の9問が埋まり、見る見るうちに数字の絨毯は扉の半分を超えた。だが、残された時間も残りわずかだった。

 

「9行6列目……あーちょっと待ってくれ。よし行くぞ!」

 

「もう時間がないぞ! もっとペースを上げろ!」

 

メニュー画面を確認しながらキリトが叫び、自分も扉に張り付いた。マス目に数字を入力する時間さえ惜しいと2人がかりで数字を埋めていく。

 

「9行7列目! 2列分行くぞ! 聞き間違えるなよ1、6、3、2、7、9、5、4、8。次は――!」

 

「ケイ! 次の場所も一緒に読んで!」

 

アスナまでもが走り出す。

 

「混乱すんなよ! 8列目の1番左! 3、6、4、8、7、5、1、2、9! 7列目の次の数字は――」

 

ボスの攻撃はナンプレが埋まるにつれて、それを嫌がるように激しさを増していった。ビームの本数と頻度もこれまでとはけた違いに多い。

しかし、ミトとコタローはイスケ達に攻撃をさせるつもりはなかった。この際出し惜しみは無しだ。すべてのヘイトを集めきるつもりで二人は奮闘する。

 

「間に合うでござるか……?」

 

コタローが不安そうな声でつぶやいた。

 

「大丈夫よ……」

 

根拠はなかったが、ミトは信じた。彼と自分の判断と、支えてくれるプレイヤーのすべてを。

 

「最後の一行だ! 9、8、2、7、5、6、1、3、4!」

 

おそらく最後の数字を打ち込んだのだろう。扉から強い光があふれたと思ったら、ぴたりとボスが停止し、浮力と光を失ってゴトリと地面に落ちた。

 

ミトは何秒か警戒するようにボスを見つめてその動きが完全に静止していることに確信をもってから、ゆっくり振り返った。膝が崩れ落ちそうになる。自然と肺の奥から深い呼気がしみだしていった。

扉は開いていた。あれだけ待ち望んだ外の景色が見えている。全力で走り終えたみたいに地面にへたり込んでいるキリトとアスナの視線の先にあの男は立っていた。ミトと目が合うとほっとしたような安堵を浮かべていた表情は一転、いつもの気障な笑みを浮かべる。

 

「オーダーは以上でよろしかったでしょうか?」

 

ミトは笑って首を振った。

 

「……ぎりぎり過ぎて、チップはあげられないわね」

 

「それは残念。ほら、立てるか」

 

地面にへたり込んでいるアスナを助け起こしながら、ケイは部屋に入って来る。ミト達はやり遂げたのだ。犠牲者なしであの絶望的な状況を乗り切った。結局ボスは倒せなかったが再戦はおそらく見逃しているであろうボスクエストをもう一度全力で捜索してからになるだろう。その時はもちろん広場のナンプレはあらかじめ解いておく。

 

再び閉じ込められてはかなわないとイスケがせかせかと立ち上がり、部屋の外に出ようとする。

それを見てキリトがゆっくり口を開いた。

 

「……待ってくれ」

 

イスケの足が止まる。彼は不思議そうに振り向いた。

 

「ずっと考えていたんだ。あのボスの倒し方……。ボスの胴体には9つの数字が書いているだろう……ナンプレと同じ9つの数字が。あの扉にはところどころ、色が濃いマスがあったんだ。だけどその位置はばらばらで数もキリが悪かった。あれだけじゃ解けなかった。ボスのギミックパズルはあの問題じゃない……もう一問なんだ。どこかにもう一問問題があるはずで……それはきっとあのマスの数字が関係してるんだと思う……」

 

キリトの推測はゲーム的には全く矛盾がない物だった。

 

「つまり?」

 

ケイが短く尋ねた。

 

「……もう一度扉が閉まるまで待とう。きっとそこに真のギミックがあるはずだ」

 

キリトの提案は少なくない動揺をもたらした。ずっと扉の外に出る事だけを支えに戦い続けたのだ。それがいざ出られるとなったら、取りやめるなんてあんまりな提案である。もし彼の推測が間違っていたとしたら待ち受けるのはまたあの絶望的な持久戦。消耗した今、次の答えが届くまで耐えられる自信はない。

 

ケイは迷わなかった。

 

「いいぜ。俺はのった」

 

それが場の空気を決めた。名残惜し気に外を見つめるものはいたものの、結局誰も外に出ようとしなかった。

 

「無理に付き合う必要はないんだぜ?」

 

ケイの言葉にミトは挑戦的な視線を返した。

 

「……間違ってたら、またパズルを解きに行ってくれるのよね?」

 

「その時はキリト君に行かせましょうよ。制限時間1時間で」

 

アスナはキリトをからかいながら細剣を構えた。

 

「拙者も最後までお供するでござる」

 

イスケはケイが持ってきた追加のポーションを受け取りながら親指を立てた。

 

「キリト殿のゲーム勘は侮れないでござる。拙者もあのボスの倒し方は間違っていないと思うでござるよ」

 

アスナの言葉に顔を引きつらせていたキリトの肩をコタローは叩いた。

 

扉が閉まる。その表面に刻まれた729個のナンプレパズルが激しく輝き、半分以上のマスの数字が消えていく。縦横4本の線がその光量を増し、太く刻まれていく。光が収まった時そこに残っていたのは9つの新たなナンバープレイスパズル。

 

「ビンゴッ!! 解読は任せろ! ボスは頼むぞ!」

 

ケイの言葉に振り向けばボスは再び宙に浮かんでいた。ここからが本番だとでも主張するようにその姿を変えていく。黄金色のブロックに包まれた体の両側面から無数の20センチ角のキューブが出現したと思うと、それらは一列に並んで腕のような形をとった。体の正面側はひときわその輝きを強くし、マスとマスの境目には明滅しながら高速で駆け巡る光点が荒れ狂っている。

 

ゴォオーーンと大きな歯車が嚙み合うような音が響いた。それが戦いのゴングだった。

 

「来るぞ!!」

 

キリトが叫ぶ。ボスが伸縮自在の腕を伸ばしながら高速の振り払いを行う。ミトはこれを大鎌で受けた。重たい一撃とソードスキルが拮抗する。

 

硬直する彼女をアスナが抱きかかえてビームの照準線から救った。

 

一瞬遅れて熱線が彼女の名残を切り裂く。その数は5本に増えていた。それだけじゃない。同時にキリトとコタローにも攻撃は跳んでいる。合計8本。ビームは全ての頂点から出ている。

 

「ついに本気ってわけね」

 

アスナがぺろりと唇をなめた。ミトは皆に情報を提供する。

 

「腕の振り払いは片手武器じゃ受けられないわ。両手武器でやっとよ!」

 

「了解でござる」

 

コタローは器用に腕をくぐりながら返事をした。

 

ボスは腕を十字にクロスすると高速で横回転を始めた。そのまま暴れ狂うコマのように部屋を縦横無尽に駆け巡る。

 

キリトが慌てて壁際に退避する。ターゲットは彼らしい。3度交錯する軌道を彼はうまくいなした。ボスが部屋の中央で回転を止める。視認可能な速度に落ちた時にはすでにその頂点に光が充填されていた。

 

「ビームが来るぞ!!」

 

ターゲットは全員だ、1人1本か2本ずつ。全員躱した。

ボスが苛立たし気に腕を振った。誰もいない空間を薙ぎ払った腕はばらばらな立方体に戻り、散弾銃のように小さい立方体がばらまかれる。この初見攻撃をアスナはレイピアの突き攻撃で迎え撃った。キューブの一つが彼女の武器と火花を散らして衝突し砕け散る。

 

ボスの腕は新たに生み出されたキューブで再構成された。さすがにずっと片腕になるなんて都合のいい展開にはならない。

 

「パズルが解けたぜ」

 

ケイが指に紙片をはさみながらそういったのは戦闘開始からわずか5分後だった。

 

「さすがに速すぎないか!?」

 

「優秀なブレーンがいる」

 

キリトが驚くがケイは軽くごまかしただけだった。今必要なのは手品の種明かしではなくパズルの答えだ。ケイは宣言通りすべての答えが分かっているかのように素早くナンプレを埋めていく。その答えがそろうと扉は今度こそ大きな光を放ち、再び色の濃いマスを残してほとんどの数字が消えていく。後には9つのマス目と対応する数字だけが残った。

 

コタローが歓声をあげ、キリトがホッと息を吐く。ミトは大鎌を構えなおした。

ケイが振り向き戦闘指揮を執る。

 

「さあ、反撃の時間だ!! まずは上段を左に!」

 

ボスの胴体は相変わらず数字の書かれた黄金のキューブだった。そして数字の望まれる配列は扉に表示されている。ケイはキューブの動き方まで把握しているようで次々に攻撃を与える方向を指示していく。ミト達はそれに従うだけでいい。

 

攻撃が加わるたびにキューブの胴体は一列ずつ向きを変え、正面に表示される数字の配置が変わっていく。まず上段がそろい、続いて中段がそろった。それから少し数字が崩れるがまるで魔法のように数字はまとまりを解り戻し、ついにその盤面は秒読み段階に入った。

 

「最後に下段を左だ」

 

数字がそろう。

ボスの体は不自然な角度で止まり、歯車が鉄をかみ砕くような破壊的な轟音が鳴り響いた。次の瞬間粉々に黄金の無敵装甲が砕け散った。

 

初めに現れた時のように60センチ角の小さな黒い立方体になったボスはそれでも戦意が衰えないのか、6つもの不気味に蠢く触手を生成し高周波の機械音で威嚇をする。

 

だが、無敵でないのなら。ただ強いだけのモンスターならミト達はもう何度も戦ってきた。

 

攻撃が通る。相手のHPが減る。ただそれだけの当たり前のことがこんなにうれしいとは思わなかった。片手剣が、レイピアが、大鎌が、チャクラムが暴れるボスの触手をはじき返し次々にボスの身体を痛撃する。1本しかないHPバーは見る見るうちにその長さを減少させていった。

 

狂乱状態でやたらめったらに触手を振り回し、部屋中のいたるところにビームを放つボスの最後の悪あがきは確かに驚異的な攻撃だったが、狙いは曖昧だった。わずかな隙を見逃さずに肉薄したアスナの7連撃ソードスキルが全弾命中した時、ミトはこの戦闘の終わりを確信した。

 

ボスの動きが止まる。黒い触手は根元から霧散し、鳴き声のように響いていた不快な周波数の音が鳴りやむ。しかし黒い立方体はポリゴン片に散ることはなく、わずか1ドットの体力を残したままごとりと床に落ちて沈黙した。最初の姿のように。

 

「え、えっと終わったの?」

 

アスナがスキルを放った姿のまま恐る恐るつぶやく。

 

皆は警戒しながらもボスに近づいたが、ボスが再び動き出すなんて言うことはなかった。

 

「何かのイベントかしら?」

 

残り体力とアスナの攻撃の威力を考えればあの攻撃は確実にボスの体力を削り切っていたはずだった。それが不自然に1ドット残っているのはシステム的な介入に違いない。

 

「みんなこっちに来てみろよ」

 

キリトがボスの裏側で何かを見つけたのか、皆を手招きをする。

 

「これは……穴……? でも一体何のための?」

 

アスナが首をかしげる。キリトが可視状態でメニューを操作し、ずっと前から止まったままのクエストログを表示させた。

 

【スタキオンの領主サイロンが盗賊に殺されてしまった。残された二つの鍵を使うべき場所を見つけなければならない】

 

「鍵は一個しか見つからなかったけど、最後に一つ謎が解けたな」

 

キリトはそう言って剣を振り下ろした。

 

パキンと軽い音がして粉々にボスは砕け散った。パズルの呪いの終わりを告げるように未完のままだったクエスト画面にFailedのアイコンが刻まれ画面が薄いグレーに染まった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ずるいずるいずるいずるいずーるーいー!!」

 

往還階段を登っている最中アスナはずっと不機嫌だった。隣を歩くキリトの横腹をつつき続けている。キリトはと言えば「ふぐっ」だの「くふゥ」だのと奇声を発して体をビクビクこわばらせながらもされるがままになっている。というのも……

 

「今回のLAはぜえーったい絶対わたしだったじゃない! なーんでキリト君が倒しちゃうのよ」

 

「だからごめんって。LAボーナスは謹んで献上させていただきます」

 

「そういう問題じゃないでしょ! そもそもそれは後でみんなで相談して分配するんだからわたしがもらうわけにもいかないじゃない」

 

「わ、分かった。じゃあケーキでどうだ。7層にもレストランは色々あるからそこでケーキを奢るよ」

 

「食べ物で釣られると思ってるの!? ケーキはもらうけど、それだけじゃダメなんだからね」

 

「それじゃおごり損……いえなんでもないです」

 

アスナのツンツン攻撃はソードスキルばりの連撃を見せ、クリティカルダメージを連発した。

 

「アスナその辺にしておけよ。ハラスメントコードが出ても知らないぞ」

 

ピクリとミトの眉が動く。

ミトの出す黒いオーラに気づいたのかイスケが慌てたように大きな声を出す。

 

「そ、それにしても最後のケイ殿のナンプレは凄い速さだったでござるなぁ!? いったいどんな忍術でござるか?」

 

「ああ、あれは俺が解いたわけじゃない。問題を送ってスタキオンで解いてもらったんだ……うまい事パズルが得意な奴を集められたんだろうさ」

 

「でもボス部屋からはフレンドメッセージが送れないのではござらんか?」

 

「メッセージは使ってない。ストレージの共有化とメモの組み合わせだよ」

 

キリトがアスナから逃げるようにケイの隣に歩みを寄せた。

 

「共有ストレージもダンジョン内じゃ機能しないんじゃないのか?」

 

「普通のはな。でも完全共有化ならいつでも共有し続けられる。だてに完全の名前がついてるわけじゃない」

 

「ストレージの完全共有化? それって……!?」

 

「ああ。結婚システムだ」

 

「…………ふーん」

 

「ミト殿落ち着くでござる」

 

「コタローさん。おかしなことを言うわね。私は、とても、冷静よ」

 

そう。冷静に、客観的に考えて、ミト達が命懸けで苦しんでいる間に誰かにプロポーズしてOKを貰って、(おそらく)幸せそうに、迷宮区に突入してきたこの男のことを裁定するのだ。

ギルティ。

 

「ケイ……町に着いたら少し付き合ってくれるかしら」

 

「今じゃダメなのか?」

 

「ダメよ。圏外だとクリミナルコードに抵触するじゃない」

 

「クリミナルコードに抵触するようなことをする気かよ……!?」

 

「だって、ゲームクリアまで待てそうにないから……ね?」

 

「ぜってー付き合わねえ」

 

ケイは駆け足で階段を登って行った。

ミトは大鎌を両手に持って無言でそれを追いかける。キリトもアスナもイスケ達も顔を見合わせて苦笑しながらついていく。その逃走劇は転移門広場まで続いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「やった! やりましたよ皆さん! ボスが倒されました」

 

可視設定にした自分のストレージをシリカと共にかたずをのんで見守っていたサーシャは、その画面にボスドロップらしきアイテムが出現すると思わず大声でそう叫んだ。

 

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

たちまち広場は喚起の叫びで包まれた。気の早いものは7層に向かうためにか、転移門に駆け寄りメニューをしきりに操作している。ボス部屋から主街区までつくにはまだ少し時間がかかるだろうに。

 

数分経つと、シリカ達のギルドメッセージにも正式にボス討伐完了の知らせが届いた。それとは別に皆からは個別のフレンドメッセージも届いた。

 

『こっちの広場は凄い熱気です』

 

とシリカが送れば、『今急いで転移門まで向かっている。みんなで走って』とケイからの返信が来た。

 

その言葉通り、転移門はすぐにアクティベートされた。皆が我先にと7層へ駆け込む。サーシャは教会の子供達を連れて、シリカは今回一番の功労者であるミィアとエルフの少女を連れて7層へ転移した。

 

拍手が降り注いでいた。感謝の言葉と祝福の言葉。誰かが吹いた指笛の甲高い音も響いている。

 

いつもなら一刻を争って町を探索するプレイヤーも今回ばかりは話が違う。誰もかれもが広場に足を止めていた。

 

攻略組。それは誰もその姿を見たことがない謎の存在として多くのプレイヤーの注目を集めていた……らしい。その一員であるシリカにはピンとこなかったが、アルゴが言うにはゲーム開始以来最も彼女に多く問い合わせが入った情報がまさにシリカ達に関してだったそうだ。

 

しかしアルゴもその点はわきまえており、ケイのことは黙秘を貫いた。そうなるとますます気になるのが人の性であり、いつしか攻略組は謎の外国人プロゲーマー集団であるとか、政府が密かに潜入させた特殊部隊員であるなんて言う荒唐無稽な噂話まで出ていたらしい。

 

とにかくその彼らの姿を一目見ようとプレイヤーは押し寄せ、各々に祝福の言葉をかけていった。

 

見かねた《MTD》がさすがの組織力で人員整理に踏み出す中、手と手をつないで防衛線を作っていたプレイヤーに通してもらいシリカはケイ達に合流した。

 

「みなさん!! 本当に、ほんとに無事でよかった!!」

 

「シリカ殿!」

 

「シリカちゃん!」

 

「よく頑張ってくれたわね」

 

「助かったぞ」

 

「皆さんこそ」

 

シリカはアスナに抱き着かれ、ミトに頭を撫でられ、キリトにねぎらわれ、イスケとコタローに肩を叩かれ、とにかく歓迎された。

 

「正直に言うと……」

 

ケイはシリカの正面に立った。

 

「広場のナンプレが解ききれるかどうかは際どいところだった。よく間に合わせたな」

 

初めてもらうケイからの虚飾の無い誉め言葉にシリカは胸が詰まった。

 

「……いえ……あたしなんてまだまだです。今回のことだって周りのみんなが手伝ってくれたからで、あたしのやったことなんか……」

 

「それでもだ。シリカがいてくれてよかった。君が一緒に来てくれてよかった。ありがとう。本当に」

 

ケイは今、バッファーとしてでも採掘を手伝うプレイヤーとしてでもなく、唯一無二のプレイヤーとしてシリカを認めてくれていた。

その言葉はずっと長い間……シリカが最も欲してやまなかったものだった。シリカの胸にぽっかり空いた穴にその言葉はやはりすとんと入った。そして思う。やはりこの場所こそが彼女の居場所に違いないのだ。

 

「……あたしも……皆さんと出会えてよかったです。本当に……」

 

シリカは思わず下を向いた。嬉しさと恥ずかしさと涙が同時に押し寄せてきたからだ。

 

「おい! ケイ! ボクにも何か言えよな! 最後のナンバープレイスパズルを解いたのはボクなんだぞ」

 

「ありがとう」

 

服を引っ張って主張するエルフの少女にもケイはやはり偽りのない笑みを浮かべた。

 

「う、うん。どういたしまして……なんか調子狂うな……大丈夫か?」

 

「今はとても気分がいいんだ……」

 

ケイは優し気に目を細めていた。

 

「あ、アスナ! あいつなんか変な呪いでも受けてないよな……?」

 

「アリアちゃん!? なんでこんなところにいるの!?」

 

「ケイに呼ばれて手伝いに来たんだよ。ボクもたくさん問題を解いたんだぞ! じゃなくて……ケイが変なんだ……!」

 

「あいつはいつも変よ」

 

「ちょっとミト!」

 

少女が去った後前に出たのは、もう一人の功労者だ。

 

「あなたが彼女が持つ鍵の本当の持ち主、領主サイロンに協力していた冒険者ですね?」

 

「ああ、そうだが……君は?」

 

「ミィアと言います」

 

「……ミィアちゃんは凄いんですよ。ケイさんが探していたセアーノさんの娘さんなんですけど、ナンプレがすっごく得意で広場のパズルも半分以上は彼女が解いてくれたんです」

 

シリカがケイに紹介する。

 

「そうか、君もありがとう。おかげで命拾いした」

 

「いいえ。感謝は不要です。これはあたしの罪滅ぼしなのですから。むしろ謝らせてください……父と母がご迷惑をおかけしました。10年前に何が起きたのかも、あの日父――サイロンがあなた達に何をしようとしたのかも母から手紙で伝え聞いております」

 

「それは君が気にすることじゃない。親のやったことで子供が頭を下げるのは間違っている」

 

「どうか母を許してください」

 

「……わかった。俺たちはもう何も思っていない。セアーノに何かするつもりもない。だからもう顔を上げてくれ」

 

ミィアは顔を上げると懐からシリカが持っているのとそっくりな鍵を取り出した。リィンとわずかに鍵同士が共鳴する。

 

「これをあなたに」

 

「いいのか? 大切なもののように見えるが……」

 

「かまいません。その鍵は母が先代領主から託されたものなのです。そして今シリカさんが持っている鍵も元はと言えば父がパイサーグルス様から受け継がれたものだと聞いています。おそらくその鍵は守護獣に関係するものなのでしょう。母は手紙でこう記しておりました。黄金キューブの力は人の手に余るもの。すべてを終わらせなければいけないと。でしたらそれは強力な守護獣でさえもはねのけたあなた方の手にあるべきだとあたしは思います。またいつか父のように愚かな人が道を踏み外さないためにも」

 

ミィアはそう言って鍵をケイに手渡した。

 

「確かに受け取った」

 

ミィアは静かに目礼をした。

 

「ケイ! 集計結果が出たぞ! 賞品を授与してやってくれ!」

 

次に現れたのはアルゴだ。

 

「賞品か……そういえば、掲示板にはそんなものも書いてあったな」

 

「そうさ。ナンプレパズルを解いてもらうためにいろいろ商品や賞金を考えたんダ! パズル1問につき10000コル。セアーノを見つけたプレイヤーには20000コル。まあこれは誰も達成できなかったケド。そして最も多くのパズルを解いたプレイヤーに5層ボスのドロップ品ダ!」

 

「5層ボスドロップか……」

 

「はい。一番価値のあるアイテムを賞品にした方が良いかと思って……ダメでしたか?」

 

不安そうに見上げるシリカの頭をケイはポンポンと撫でた。

 

「いいや。シリカはよくやってくれたよ。アイテムをケチってみんなの命を危険にさらすなんて馬鹿げてるからな。よくやってくれた」

 

ケイが舞台に上がると広場に大きな声が響き渡る。

 

「皆さん聞いてください!! これから賞金と賞品の授与に移ります!! 名前を呼ばれたチームは代表者が舞台の上に出てきてください!! 賞金の授与は後日の予定でしたが急遽今からの受け渡しになります。該当者は今この場で確実に受け取ってください」

 

木箱をつなげて作った即席の舞台の上で皆に呼びかけているのはシンカーと共にいた眼鏡の男の人だった。クールで神経質そうな見かけに似合わず大声を張り上げている。

 

「変則的ですがまずは最上位の2人を発表します。1位ミィア、回答パズル数401! 2位アリア、回答パズル数198!」

 

会場がどよめいた。

 

「なおこの2人は賞金の授与を辞退するそうです。またNPCという特殊な事情により、これから発表するプレイヤーランキングにはカウントしません。皆さん惜しみ無き拍手を」

 

「本当にいいの? 2人とも」

 

アスナが尋ねるとアリアが答える。

 

「ボクはもう十分もらってる。これ以上はいらないよ」

 

ミィアも首を振った。

 

「先ほどお伝えしたように、あたしは罪滅ぼしに来ただけですから」

 

「それではプレイヤーランキングを発表します!」

 

司会の男は下位から順に名前を呼んだ。次々に舞台に上がるプレイヤーがケイから賞金を受け取る。下位のチームはパズルの回答数は1つか2つだ。それから徐々に数字が上がっていき、比例するように群衆のボルテージも上がっていった。

 

「続いて第2位! チームナンプラー! パズル回答数28!」

 

おおおと会場がどよめいた。3位と大きく差をつけての2位入賞だ。複数人で結成したチームでの成果とはいえ、あの難易度のナンプレを30近くも解いた集団に驚きの声が上がる。

 

「あちゃー、1位には届かなかったか……まあでも、楽しかったですよ」

 

シリカも見覚えのある天然パーマのおじさんが代表してケイから賞金と4層ボスのドロップ品を受け取る。

 

「そして栄えある第一位! チームMTD! 代表者シンカー!! パズル回答数57!!」

 

今度は先ほどより大きな驚きの声が上がった。しかし一番驚いているのはシンカー自身であった。

 

「わ、わたしですか……!? なにも聞いていませんよ!?」

 

舞台上に引っ張られた彼は目を白黒させていた。

 

「わたしたちの呼びかけで集まってくれたプレイヤーの多くは自分の名前ではなく、MTDでチーム登録してくれていたんですよ。胸を張ってください。これはあなたとMTDの献身に対する彼らの答えです」

 

彼の背中に手をまわした女性――ユリエールがそういってシンカーを前に押し出した。

 

「ありがとう。君たちには特に尽きぬ感謝を……」

 

ケイはそう言って頭を下げる。

 

「い、いえ、そんな。わたしの方こそお世話になりっぱなしで……」

 

シンカーも恐縮してペコペコ頭を下げた。ユリエールは後ろでため息をついていた。

 

「さらにプレイヤーランキング1位のシンカーには、賞品として5層ボスドロップ品のフラッグ・オブ・ヴァラーが進呈されます」

 

ケイがギルドの共有ストレージから旗のまかれた両手槍を取り出す。掲示板でそのスペックが明かされているからであろう、広場にどよめきが広がる。

ケイは旗がまかれた状態の両手槍をシンカーに差し出した。

 

「これが例のギルドフラッグですか……重いですね……わたしには少し重すぎる」

 

「金属製の両手武器だから重量はある。だけど、要求ステイタスはきつくないはずだ。レベルを上げればすぐに持てるようになる」

 

ケイの言葉にシンカーは首を振った。それから聴衆に頭を下げる。

 

「ご協力してくださった皆さん。そしてMTDのみんな。どうもありがとう。わたしにはもう、その気持ちだけで十分です。わたしは……このフラッグを攻略組の方々に返そうと思います。わたしがMTDを立ち上げたのはレアアイテムを手に入れるためじゃない。少しでも多くの人たちと協力してこの困難な状況を乗り切り、そして現実世界に帰るためです。だったら、このフラッグは彼らに持っていてもらった方が良い」

 

シンカーはフラッグをケイに返した。

 

「そういうことです」

 

「シンカー……お前損な性格だな。見ろよ司会の男が呆れてるぞ」

 

「やめてくださいよ、ケイさん。お互い様でしょう」

 

ケイはギルドフラッグを受け取った。シンカーが舞台から降りるのに付き合い舞台端まで移動し、そのまま司会の男に何かを耳打ちして再び舞台中央に戻ってくる。

 

「ミト達も上がって来てくれ!」

 

ケイが声をかけるとシリカ達から舞台までの人がざあっと道を開けた。キリトやミトは顔を見合わせてまごついていたが、周囲からの期待の視線に背中を押されるように一歩、また一歩と舞台へ進んでいく。6層ボス戦に参加したメンバーたちは衆目の前で一堂に会した。

 

人、人、人の群れだ。優に数百人を超えるプレイヤーは明らかに《スタキオン》にいた人数より多い。新階層解放の報を聞き集まって来たプレイヤーもいるのだろう。

 

皆がシリカ達を見ていた。賞賛や羨望、それに少し見とれるような視線も。

反応は様々だった。中にはシリカやアスナたちを見てその年齢や性別に驚いているものもいる。ただ大部分は好意的だ。

 

「みんな聞いてくれ!」

 

ケイのよく通る声が広場に響いた。

 

「ここに集まってくれたみんな。特にナンプレの攻略を手伝ってくれたみんなには改めて礼をいう。皆の協力のおかげで我々は一人の犠牲も出さずに済んだ。それどころか、こうして無事にフロアボスを倒すことができた。改めて感謝を! ありがとう!!」

 

シリカは自然と頭を下げていた。ミトもアスナもだ。彼女たちの頭に拍手と声援が降り注ぐ。

 

喧騒が収まったタイミングで司会の男が口を開いた。

 

「最後に、彼らのギルドマスターからお言葉を貰ってこの場を閉めたいと思います」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

泡を食ったのはミトだ。3層でギルドクエストをクリアした3人のうち、唯一のベータテスターであったミトはなし崩し的にギルドマスターとして登録されていたからだ。

 

「聞いてないわよ! そんなこと! そういうのはケイがやればいいじゃない!」

 

ミトに詰め寄られたケイは、彼にしては珍しく優しい笑みを浮かべた。ふっと気が抜けた柔らかい眼差しが瞬く間にミトの威勢を削ぐ。

 

「俺は……諦めちまってたからな……。この結果は最後まで勝利を信じ続けたミトが掴んだものだ」

 

「……そんな事」

 

「周りを見てみろ」

 

ミトがパーティメンバーを見渡す。この中に彼女の奮闘を認めない者はいなかった。特に今回の戦いでは彼女の判断や行動が大きな勝因となったことを皆が認めている。

ミトがためらうように両手を胸の前で揉み合わせる。

 

「……でも……いったい何を話せば……?」

 

「なんでも話せばいい。君が何を思って行動し、何を思って戦い、何を思ってここにいるのか。……大丈夫さ。変に飾ったスピーチをする必要はない。素直に思ったことを話すだけでも十分伝わるさ。ここにいるのは皆同じ思いを抱き、同じ境遇に苦しむ者だから」

 

「……ミト」

 

アスナがミトの手を取った。

 

「わたしも聞きたいわ……ミトの気持ち……」

 

「アスナ……」

 

ミトは諦めたように下を向き一つ息を吸い込んだ。

再び顔を上げた後、彼女はとつとつと語り始めた。

 

「…………私は、友達が少ないわ……見ての通り元の世界じゃ学生だったのだけど、あまりクラスになじめてなかったの」

 

攻略組の勇猛さとはかけ離れた語りだしだ。だが、そのギャップは聴衆の関心を一手に引き寄せた。

 

「でも、さみしくはなかったわ。たった一人だけだけど、胸を張って親友だって言える相手がいたから。……SAOに出会ったのはベータテストのときね。あの時もこうして攻略組に混じって10層まで登っていったわ。……ベータテストが終わった時の喪失感っていったら、まるで半身を失ったかのようだったわ……実際その時使っていたアバターはテスト終了と同時に消されてしまっただろうから、この表現もそんなに違わないかも……」

 

あれだけ騒がしかった広場はしんと静まり返っている。気をきかせたのか広場の隅で演奏していたNPC楽師たちも今は手を止めてじっと視線を向けている。

 

「それからはずっとSAOのことばかり考えていたわ。あの日以来このゲームに魅せられて、それで……たった一人の親友を誘ってしまったの。この最悪のゲームにね……」

 

「ミト……」

 

ちらりとアスナを一瞥し、ミトは再び正面を見た。

 

「最初はその子を助けるんだって思ったわ。ごめんなさい。私はたぶんみんなが噂をしているようなヒーローじゃないわ。他のプレイヤーのことなんか全く考えてなかったの。ただ、強くなってこの子を守ってあげなきゃって。このゲームをクリアしなきゃって、そんなことばっかり。…………だってこの世界でなら私はその子のヒーローになれたから……! だから私は自分とその子の命が最優先なの。それだけが目的で、そのためなら他のプレイヤーのことなんて見捨てられるって……そう思っていたわ」

 

そういうとミトは言葉を切った。

 

「実を言うと6層ボスからはパズルを解かずにも逃げる手段があったわ。誰か一人を犠牲にすればね。……でも不思議なことにね。いざそういう状況になったら全然私の口は動かなかったわ。私とあの子は逃がしてってそんなこと言えなかったわ。まだ出会って一月も経ってない人たちなのに、本当の名前さえ知らない人たちなのに、死んでほしくなかった。親友と同じくらい彼らにも生きていてほしかった」

 

アスナがぎゅっとミトの手を握った。誰もかれもがミトの次の言葉を待っていた。

 

「不思議ね。現実世界じゃ3年かけてもろくに友達を作れなかったのに、この世界ではたった数日でそんな仲間ができたの。自分の命を預けて送り出せる相手が、絶望に飲まれそうになった時に励ましあえる人が」

 

ミトはシリカとケイを、それからキリトとイスケとコタローを順に見ながらそう言った。

 

「ここにいる人もいろんな物を失っていると思うわ。いえ、アインクラッドに何も失っていない人なんて誰もいない。皆つらい思いをしている人もいると思う。家族のこと、学校のこと、進路のこと。いつになったら現実に帰れるのか……。現実に戻ってもすべてが元通りになるわけじゃない……。考えだすと眠れなくなるような不安は私も持っている。でもね……」

 

ミトは再び顔を広場に向けた。切なげな表情で胸の内をさらけ出す。

 

「最近はそれだけじゃない。この世界は失うだけじゃない。かけがえのない何かを手に入れることだってできるって思うようになってきたの。それなら、部屋の片隅でちぢこまって悲しみながら助けを待つより、顔をあげて少しずつでも成長しながら生きていたい。この世界でも……いいえ、この世界じゃなきゃ手に入れられないものだって、きっとたくさんあるはずだから……私は今、そう思ってここに立っています」

 

あたたかな拍手が広場を満たした。ミトは恥ずかしそうにアスナの陰に隠れてしまったが、シリカはもっと堂々としていていいと思った。

今の話を聞いて馬鹿にするものなど、このアインクラッドにはいない。もしいたとしても、そんな相手をシリカは許さない。

 

「一応補足をしておくが」

 

ケイが一歩前に出ると拍手は自然に鳴りやんだ。

 

「今のは、決して圏外への進出を推奨しているわけではない。問題は心の持ちようの話であって、モンスターと戦ってゲームを攻略することだけが成長だとは思わない。部屋から一歩踏み出すだけでもいい。圏内で友達を作るだけでもいい。今日の夕食を楽しむだけでもいい。彼女が言っているのはそういう小さなことだ」

 

瞳を潤ませ、頬を上気させていたプレイヤーを見つめながらケイは言った。

 

「想像の通り我々はベータテスターだ。これまでもフロアボスと戦い続けてきた。プレイヤーの中では一番このゲームに慣れており、レベルも装備も十分だった。それでも今日の戦闘では死者が出るところだった。このゲームでは死は常に身近にある。現実世界で帰りを待つ家族や友人のためにも、プレイヤーはまず自分の命を守らねばならない。我々は皆に圏内で助けを待つことを強く推奨する。そのことを恥じる必要は全くない」

 

後ろめたそうにうつむいていたプレイヤーが顔を上げてケイを見つめた。

 

「だが同時に……!」

 

ケイは力強い目で一度群衆を見渡した。つかの間の静寂のなか、聴衆がつばを飲む。

 

「今日、諸君らの助けがなければ俺たちが殺されていたのもまた事実だ! なればこそ、我々は今共に戦う仲間を必要としている。危険など百も承知で、それでもこのゲームをクリアしたいというプレイヤーを我々は歓迎する! 諸君らの前には常に我がギルドの門戸が開かれていることを覚えておいてほしい!」

 

ケイはシンカーから受け取ったギルドフラッグを木箱に突き立てた。バフ範囲を表す金色の光が舞台に広がり彼らを下から照らす。効果エフェクトで勢いよく翻るのは赤地に白抜きで7つの武器が描かれた攻略組のギルドエンブレム。

 

一転して、広場の空気は今や破裂寸前の風船のようにその言葉を待っていた。

ケイはよく通る声で高らかにその名を告げた。

 

「我々の名は《プログレッサー》! このゲームの明日を切り開くものだ!」

 




とりあえずプロット上の序盤は書ききった……
マジで長かった。これにMTD結成編とか、リズベットの受難とか、レジェブレ編とかも足そうとしていたなんて、マジで狂気だった……

でもMTD編とかは最低限書かないと唐突に物語に絡んでくることになるし、どうしよう。

それと全国のクラインファンの皆さんごめんなさい。
クライン加入時期は7層からに変更する予定です。さすがに6層でやるには長すぎるッピ。過去話からもさらっといなくなるのご了承ください。


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6層までのチャート(読まなくてもOK)


クラインなんていなかった。いいね?

2023/1/4さっそく修正
Kayaba《索敵》熟練度修正
Isuke 《聞き耳》→《暗視》


文字数が文字数なのでここらでいったん情報を整理しておきます。

筆者の頭を整理しているだけともいう。小説の世界観を損ないたくない人はいちおう閲覧注意で。

なお、設定に矛盾があったりなんか小説で書いてることと違くねってなった場合は修正します。あくまで暫定版かつフレーバーとしてお楽しみください。

 

【SAO年表】

 

経過日数(リアルの日付)

1(2022/11/6) SAOサービス開始 1層フロアボス討伐

2 イスケ・コタロー加入 体術クエスト サーシャ教会到着

3 シリカ・キリト・アスナ・ミト加入 《ブルバス・バウ》撃破

4 ボスクエスト発見

5 レベル上げ

6 2層ボス討伐

7 アルゴとコンタクト ギルド結成 3層ボス討伐

8 造船クエスト リズベット勧誘 シリカ炭鉱夫に就職

9 バイセプスアーケロン戦 3層&4層エルフクエスト 4層フロアボス攻略

10 5層エルフクエ1日目

11 5層エルフクエ2日目 5層ボス討伐

12 6層フォールンエルフの里に到着

13 黄金キューブ獲得 6層攻城戦(厳密には14日未明)

14 (11/19) 4層攻城戦 1層隠しダンジョン突入

 

17 (11/22)  エギル、ディアベルなど勧誘

20 (11/25) シンカーに接触 商業ギルドMTD立ちあげ

23 シリカ合流

28 (12/2)6層ボス討伐

 

【6層終了時のステータス】

 

Kayaba Lv.27

《索敵》熟練度108

《片手用直剣》熟練度527

《体術》熟練度97

《隠蔽》熟練度127

《戦闘時体力回復》熟練度18

 

《疾走》《吟唱》スキルは変更済み

 

Kirito Lv.25

《片手用直剣》熟練度603

《索敵》熟練度77

《体術》熟練度100

《戦闘時体力回復》熟練度38

《瞑想》熟練度501

 

Asuna Lv.24

《細剣》熟練度562

《軽金属防具》熟練度137

《裁縫》熟練度50

《戦闘時体力回復》熟練度27

《瞑想》熟練度8

 

Mito Lv.27

《大鎌》熟練度508

《武器防御》熟練度55

《軽金属防具》熟練度42

《戦闘時体力回復》熟練度12

《瞑想》熟練度502

 

Kotaro Lv.23

《短剣》熟練度148

《投剣》熟練度667

《体術》熟練度670

《隠蔽》熟練度501

《索敵》熟練度442

(《聞き耳》熟練度380)

()内はカレス・オーの水晶瓶(ケイ入手)による入れ替えスキル

 

Isuke Lv.22

《短剣》熟練度100

《投剣》熟練度688

《体術》熟練度692

《隠蔽》熟練度422

《索敵》熟練度420

(《暗視》熟練度363)

()内はカレス・オーの水晶瓶(エギル入手)による入れ替えスキル

 

Silica Lv.16

《両手槍》熟練度472

《所持容量拡張》熟練度102

《採掘》熟練度98

《疾走》熟練度12

 

《盾術》は変更済み

 

Argo Lv.20

誕生日 6月5日

年齢 14歳

武器 両手爪

特徴 かわいい

身長 148cm(非公式)

体重 1コル銅貨18枚分(非公式)

チャームポイント ヒゲのペイント 大きいおめめ ちっちゃいのにお姉さんぶるところ

スリーサイズ 情報料10000000コルで開示

好きなもの チョコレート スパイ映画(非公式)

苦手なもの 犬(公式)

 

【ギルドメンバー】(暫定)

 

ギルド名:《プログレッサー》

【ギルドリーダー】ミト

【副ギルドリーダー】シリカ

 

【古参パーティー】

アスナ

ケイ

キリト

イスケ

コタロー

※アルゴ・リズベットはギルドに加入せず

 

【ディアベル隊】

ディアベル 片手直剣&盾 青狸

リンド 曲刀&盾 ディアベルが好きすぎるヤンデレホモ 武器を片手直剣にするか悩み中

ハフナー 両手剣 

シヴァタ 片手直剣&盾 早くもリーテンに惹かれ始めている。一度夕食に誘った。

エルム 謎のオリキャラ なぜあそこでシヴァタにしゃべらせなかったのかは永遠の謎 口調がシヴァタっぽくないな……せやオリキャラってことにしたろ! 断じてシヴァタのセリフを調べるのがめんどくさかったわけじゃない。

いつか名前を付けるかもしれない人 両手槍 ミトにいけにえ候補として名前をしゃべらせるか迷った。結局ディアベルさん達みたいな言い方でも伝わるやろと設定を詰めずに来た。

 

【エギル隊】

エギル 両手斧 筋肉はあるが髪はない

ウルフギャング 両手剣 長髪と顎髭が特徴的 一人称がワシ

ローバッカ 両手斧 もじゃもじゃ

ナイジャン 両手槌 さわやかマッチョ ジムに一人か二人はいる奴

 

【特別枠】

リーテン フルプレートメイル 装備は金属盾と片手棍(フレイル)貴重な若い女性プレイヤーなので利用価値は高い。チャートでも毎回スカウトしている。シヴァタへの好感度は普通。

 

【マジでどうでもいい設定】

副ギルドマスターがシリカなのはアスナとのじゃんけんの結果。でも仮にアスナが副ギルド長になっていた場合でもケイの強権でシリカに変更になっていた。理由はアスナの装備枠の一つをギルドの指輪なんていうステータスと関係ない装備で埋めるのがもったいないから。

 

ギルドネームはアルゴ考案。ミトからメッセージで相談されたパーティメンバーが各々アイデアを出すなか、ケイはアルゴにメッセージで丸投げした。イスケやコタローが忍者的センスをいかんなく発揮して考えた名前は無事没になった。

 

イスケの実年齢は30代中盤、コタローは20代前半(オリ設定)という微妙な差別化要素を考えている。なお表現はできていない模様。

 

ミトのレベルが比較的高いのはディアベルやエギルのレベリング(5~6層圏外)に良く付き合っていたから。ケイのレベルが高いのは序盤にボスをソロ討伐した分の貯金が多い&ボス戦での活躍が多いから。

キリト・アスナのレベルが低めで武器熟練度が高いのは将来を見据えて他のメンバーより重点的に隠しダンジョンに送り込んだから。

 

隠しダンジョンでの熟練度稼ぎは60~80レベル差相当なので適正レベル帯の相手の20~30倍くらいの効率を想定。なお根拠はない模様。

 

ケイとシリカを除くメンバーは皆6層ボス戦でレベルを1上げた。

 

戦闘時体力回復は大器晩成型スキルであるためケイがお勧めしまくって取らせている。また、6層ボス戦前は敵とのレベル差が開きすぎていたためわざとダメージを受けて熟練度を稼いだりしていた。

 

隠しダンジョンの探索時は他のパーティーとの交流のため、あえていろんなパーティーから数人づつプレイヤーを選出して合同パーティーを組んでいた。

 

イスケとコタローの二人がダンジョンに籠りっぱなしだったのは、チャクラムという武器特性もあるが、本命はキューブ修正後に自力で脱出するときに高レベルの索敵&隠蔽持ちがいないと事故が起こる可能性があるから。そのせいでどっちか一人は必ずダンジョンに入れ続けられていた。

 

カレス・オーの水晶瓶(2個目)はエルフクエストをまだ開始していなかったエギルに取りに行かせた。《スパイン・オブ・シュマルゴア》を一撃でも入れれば勝ちなのでムキムキアニキたちが手に麻痺針を握りしめて森エルフのケツを追い回したとか……

 

クラインなんていなかった。いいね?

 

アルゴはかわいい。SAOPでもっと出番を増やしてほしい。情報は冗談です。

 




7層編はしばらくお時間をいただくかもしれません。チャートの練り直しが必要なのと年度末がやってくる。


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011 第7層


大変長らくお待たせいたしました……


真夏の夜のRTAはーじまーるよー。

 

前回は6階層ボスの忌み子を倒したところでしたね。6層では黄金キューブと隠しダンジョンの組み合わせで攻略組のスキル熟練度を爆増させました。2週間近いスキル上げの期間でディアベルやエギル達2次募集メンバーのレベルも十分上がり序盤の攻略はかなり楽になりましたが、足りない! 足りないぞ!

 

今の攻略組に足りないもの、それは――レベル、アイテム、装備、技術、経験、仲間

 

そして何よりお金が足りない!!

 

ということで7層では金策に励んでいきたいと思います。

 

明けて翌朝。

 

隠しダンジョン攻略のころからもはや攻略組の定宿と化した民家の前、黒鉄宮前広場には攻略組志望のプレイヤーが集まっています。昨夜の演説の後、MTDの掲示板に《プログレッサー》の加入試験を今日の朝九時に黒鉄宮前広場で行うと告知しておいたからですね。MMOにおいてトップギルドというのは羨望の的なので、《プログレッサー》にはいずれ100人を超える加入希望者が現れます。とはいえ今日の朝ではギルメン募集の告知から半日も経ってないため集まったプレイヤーは少なめですね。

 

通常プレイでも攻略組常連のキバオウパーティーとギルド風林火山のクライン達は毎回安定して加入しに来てくれます。

 

後はプレイヤーネームを歴史上の英雄の名前にしちゃってる厨二パーティーレジェンドブレイブス。英雄願望が強い彼らも攻略組の呼びかけには毎回一も二もなく飛びついてきます。

このパーティーはプレイヤーとしては二流ですが、虚栄心が強くうまくおだてればリスクの高い任務に率先して向かってくれます。あとは2層で少し話したようにネズハという従順な鍛冶師候補がいるのもポイントですね。彼は後で鍛冶場送りにしてやりましょう。遠近感がくるってる適合障害のプレイヤーを安全な後方支援に回すのは当たり前だよなぁ。

 

さて、ボス攻略の流れ上仕方ないところもありましたがギルメンの募集は本来のチャートではもう少し後に行う予定でした。このタイミングでのギルメン募集は伝家の宝刀オリチャー発動の結果ですが、この流れ自体はアドリブでやっているわけではありません。

実はギルドメンバーを6層攻略時に募集するチャートは試走段階では何度か試していたんですよね。7層の金策をやるうえではこの方が都合がよかったためです。

 

じゃあなんで本走ではギルメン募集の時期を後にずらしていたのかというと……一般公募を行うとほぼ確実に攻略組にラフコフメンバーが紛れ込むからなんですよね。

 

ラフコフこと《ラフィン・コフィン》は一般通過プレイヤーに犯罪教唆をしたり、昏睡レイプ(相手は死ぬ)をかましたりする人間の屑で構成された犯罪ギルドです。ある意味一番このゲームを楽しんでいるといっても過言ではないラフコフにとってゲームクリアを目指す攻略組は目障りなのか、彼らは何かにつけて攻略組に妨害行為を働いてきます。

 

具体的には特定のプレイヤーに耳あたりの良い入れ知恵をして内部対立を煽ってきたり、アイテムやコルが盗まれたり、内部情報を広められたり、デマを拡散されたり、メンバーがPKされたりとマジでろくなことがありません。全て適切に対処すれば問題ないんですが、出し抜かれると主力部隊が壊滅して大ロスなんてことも起きます(3敗)。そのため本走では安定チャートを採用するつもりでした。

 

ただ、クソキューブのギミックのせいで攻略組の身バレが不可避であったこと、ここまでの攻略が過去のどの試走よりもいい感じに来ていることから今回は波が来ている感じがしたので、ハイリスクなルートにチャレンジしてみることにしました(慢心)。

 

馬鹿野郎お前俺は(ラフコフに)勝つぞお前!!

 

ということで、ある意味予想通りなのですが今回もモルテ、バクサム、クラディールのオレンジ三連星が攻略組にジェットストリームアタックを仕掛けにきています。モルテとバクサムは将来の幹部キャラなのでこの時点で既にラフコフと内通していると考えていいでしょう。将来的にアスナにガチ恋し厄介ストーカーと化す犯罪者予備軍であるクラディールは三下小物キャラなので、今の時点では犯罪に手を染めておらず純粋に攻略組へ加入しようとしているだけかもしれませんが、時限爆弾などフヨウラ!

 

彼らには速やかに回れ右して帰ってもらいたいのですが……。

こいつらむかつくことにプレイヤーとしてのスキルはそこそこあるので実力でふるい落とすことができないんですよね。まだ何もやっていないのに特定のプレイヤーだけを排除する合理的な理由も提示できませんし、今のところは受け入れるしかありません。

 

頭にきますよ~。

 

さて加入希望者を把握したら、こいつらを連れて7層に向かいます。

転移門を通って日光を浴びると一気に体感温度が上昇します。開通時は日没後だったため問題ありませんでしたが、地中海のリゾートビーチをイメージして設計された7層は常夏の階層なんですよね。

アツゥイ!

 

じゃけんさっさとこんな階層おさらばしましょうね。

7層の主街区《レクシオ》はたいした装備もクエストも存在しないしょぼい街です。

主街区の面汚しがこの野郎。さっさと次の街へ向かいます。

 

《レクシオ》は階層の東端に存在し、迷宮区のある西に向かうルートは北回りと南周りの2つあります。RTA的には難易度が低い南ルート一択でいいのですが、北ルートにもなかなか実入りの良いクエストが存在します。加えて複数パーティーで同じ道を通ると道中の経験値が分散しレベルが上がりにくくなるという弊害もあります。

 

なので7層ではギルドメンバーをいくつかに分けていろんなエリアを同時並行で攻略するスタイルに切り替えていきます。北回りの道は山岳地帯を突っ切りモンスターとの戦闘が多発するため、実力が確かなディアベルパーティーを向かわせます。残りのメンバーは新人たちと共に南ルートです。

 

新人の中にはレジェンドブレイブスのように7層のフィールドに出るにはステータスが足りていないプレイヤーもいます。このエリアに出るヴェルディアン・ランサービートルとかいう大型犬サイズのカブトムシの突進は7層上位の威力を秘めているため、低レベルプレイヤーに刺さると死にます。エギル達タンク隊には彼らが不運と踊っちまわないようにしっかりと働いてもらいましょう。

 

この道はエリアボスもおらずイベントもないのでトラブルがなければ2時間程度で次の街に到着できます。

 

7層第2の街《ウォルプータ》にはSAOでは初めてとなるカジノが登場します。コインを増やしてレアアイテムや装備品に交換できるRPGおなじみのアレですね。ここが金策のポイントになります。カジノでお金を増やすなんて言うと豪運前提のギャンブルチャートのように聞こえますが安心してください。ここのギャンブルは100%勝てます。

 

鍵になるのが《バトルアリーナ虎の巻》という小冊子です。

一定以上資金力のあるプレイヤーが《ルクシオ》から《ウォルプータ》に向かおうとすると怪しげなNPCが売りつけて来るこのアイテムには、カジノで行われているモンスター闘技場というギャンブルの勝敗予想が書かれています。しかも内容がガチです。一日10回行われる試合のうち第1試合から第9試合までは100%予想が的中します。

 

と、ここまで言えば察しの良いニキは気づいたかもしれませんが、これは大勝ちに気を良くしたプレイヤーが欲を出して最後の試合でも全財産を賭けると、予想が外れて無一文になるというイベントなんですよね。

 

日本昔話かな?

 

より詳細に説明するとこれはカジノを運営しているコルロイ家の現当主が行うイカサマに関するイベントです。このカジノはコルロイ家とナクトーイ家という二つのNPC派閥によって共同運営されているのですが、コルロイ家の現当主バーダンという奴は金にがめつく、日常的にバトルアリーナでイカサマを行い大金を稼いでいる最低な奴です。そんな彼が最近始めた新しい悪だくみがバトルアリーナ虎の巻です。

 

普通、カジノで遊ぶ人は余剰資金を賭けることはあっても本当にすべてのお金をかけることはありません。ところが勝負にのめりこみすぎて冷静さを失うといつもより多くの金をギャンブルに費やすことがあります。なら、序盤にわざと大勝ちさせて旅人をカジノにのめりこませれば、より多くの金を巻き上げられるんじゃね、というのがバーダンの作戦です。

 

そんなわけでコルロイの手下はわざわざルクシオで自分たちが操作する勝敗の結果が書いてある《バトルアリーナ虎の巻》をプレイヤーに渡してくれます。

 

9試合目で賭けをやめた客がいた場合はどうなるんですか(小声)?

 

…………カーディナル君さぁ。やっぱ、君の……がばがばAIは……最高やな!

 

ウォルプータに着いたら先行してカジノの虎の巻を入手していた忍者達と合流しましょう。代わりにエギル達は迷宮区へ送り出します。カジノクエストには必要ないですし、どうせ明日には迷宮区に向かうことになるので先んじてマッピングでもしていてください。

 

カジノでは独自通貨であるウォルプータコイン(VC)を1000枚購入します。1VCあたり100コルなので総額10万コル。ミトが心配そうな目で見てきますが、増やして返すから大丈夫です。

 

さて、レベルの低いレジェブレはともかく7層でもやれそうなクラインやキバオウ達は迷宮区にでも行かせてレベルを上げさせておいた方が効率的じゃねと思うニキもいるでしょうから、ここらでなぜ新人をカジノに連れてきているのかについて解説しましょう。

 

今回の9連勝確定激熱カジノイベントは掛け金を増やせば増やすほどリターンが大きくなるというギャンブルの原則が通用しません。儲けは10万コインまでという制限がついているんですね。

 

10万コインというのはこのカジノの最高額の景品《ソード・オブ・ウォルプータ》の額です。5層の《フラッグ・オブ・ヴァラー》、6層の《黄金キューブ》に引き続き7層でも出現するぶっ壊れアイテムシリーズの《ソード・オブ・ウォルプータ》はコル換算で1000万コルという超高額景品の肩書に恥じず、毒無効、HP自動回復、全攻撃クリティカルという特殊効果がついています。

 

最後の試合でイカサマをして全財産を巻き上げるのが目的のバーダンたちも、途中で10万コルを稼がれるとコインをアイテムに変えられることは分かっているのでしょう。プレイヤーのコインが10万コインに届きそうな試合では例外的に何試合目でもイカサマを仕掛けてきます。なので初期資金を多くしてもイカサマ発動が早くなるだけで、儲けは大きくできません。

 

ただ、10万コインの縛りはグループごとに判定されるという抜け穴もあります。全く別々のパーティーが個別に賭けをする場合にはバトルアリーナでプレイヤーが稼いだコインの総額が10万コインを超えてもイカサマは発動しません。例えばキバオウとディアベルにそれぞれモンバトをやらせた場合、二つのパーティーが5万コインずつ、合計10万コイン勝ってもイカサマは発動されません。一つのグループ単独で10万コインを稼ぐことがイカサマ発動の条件だからです。

 

ただ、キリトとディアベルとエギルにそれぞれ賭けを行わせて一人当たり5万コイン稼がせ、ギルド全体で15万コインゲットなんてことはできません。これまでの行動とカーディナルの精神モニタリングで一定以上の友好度が判定されたプレイヤーは一つのグループとしてカウントされてしまうからですね。

 

そのためこのカジノイベントを最大限活用するためには友好度が低く、カーディナルに仲間と認識されるような共同作業も行っていないプレイヤーを複数人用意する必要があります。

 

だからこのタイミングで新メンバーを募集する必要があったんですね。

 

ということで彼らには入団テストと偽ってカジノで一儲けしてもらいます。

もちろん単にコインを増やすだけじゃギルドには全く恩恵がありません。合法的にコインを巻き上げられるように、今日のモンスター闘技場の最終試合までに一番コインを増やせていたチームは賞金として他のすべてのチームの保有コインを総取りできるという特別ルールを設定します。

こうしておけば新人たちはどいつもこいつも真偽の定かではない虎の巻にオールインというハイリスクな賭け方をしてくれるようになりますし、公平な勝負の結果とすることであと腐れなくコインを回収することもできます。

 

チーム分けは元ある友好関係を重視してキバオウパーティー、クラインパーティー、レジェブレはそのまま。残りの三人はひとまとめにしてチームオレンジを結成。さらにギルド代表としてカヤバ君の5チームです。

各チームにそれぞれ200コインを分配してデュエルスタート!!

 

モンスター闘技場のバトルは昼に5試合、夜に5試合です。時間は固定されているので早めることも遅くすることもできないうえ、各試合の賭けは試合前のわずかな時間に地下闘技場のカウンターでしか行えません。

 

何が言いたいかというとカジノイベントは拘束時間が長いわりに暇だということです。ちょうどいいのでここまでレベリング漬けであったパーティーメンバーには自由時間を与えておきましょう。ただし忍者。てめーはダメだ。

 

ウォルプータの街のすぐ北にはダークエルフの拠点があるのでこいつらはエルフクエスト行きです。それ以外のメンバーは好きに動いてどうぞ。

キリトはフレンドであるクラインに誘われて一緒にカジノを回るそうです。ミトとアスナはギャンブルには興味がないのか町の探索がてら何かおいしい物でも食べようと話し合っています。

 

さて適当に町中でクエストをこなしていると午後の部開始の時間になりました。カジノの地下の闘技場に向かいます。後は虎の巻にかいてある通りにコインを賭けていくだけの簡単なお仕事。コインは当然オールインです。他のチームに序盤で大きな差をつけておきましょう。

皆が虎の巻を信じ始めてからはどのチームも同じモンスターに賭けるため、チーム順位は入れ替わらなくなります。つまり賭けの順位は序盤決まった序列が終盤までずっと固定されます。クライン達他のチームのメンバーは最初は様子見で少額ずつ賭ける方針をとるでしょうから、こうして最初から全額ベッドを繰り返していれば、総額で他のチームに負けることはまずありません。

 

はい。午後の部が終わりましたね。200枚のコインが8000枚くらいに増えました。やっぱ序盤は倍率が高い試合が多いため増えやすいですね。夜の部では片方のモンスターに資金が集中する都合上倍率が渋くなって増えづらくなります。

 

さて、賭けに参加した他のメンバーの様子ですが……わかりやすく興奮しています。

 

たくさんコインが増えて嬉しいダルルォ!?

 

あとで全額巻き上げるんでつかの間の勝利を味わってください。

 

ちなみにモンスター闘技場の夜の部が始まるのは9時からです。今は3時ですので6時間近く自由時間ができてしまいました。新人たちはカジノの魔力にどっぷりつかっているのでポーカーやらルーレットやらに挑戦して少しでもコインを増やそうとするでしょうけど、確定勝利のモンバトに比べれば微々たる儲けしか出ないギャンブルを今更やろうとは思いませんし、しばらく暇ですね。

 

しいて言うならこの時間にやらなきゃいけないのはアルゴへの連絡です。彼女にはこの町でナクトーイ家のクエストを進行してもらわなきゃいけません。

 

このカジノのもう一人の経営者であるナクトーイ家は最近不穏な動きを見せるコルロイ家が何か後ろ暗いことをやっているのではないかと感づいており、イカサマの証拠集めをしています。

 

クエスト開始点は街の北西部にある民家で、ここにはケガをしたナクトーイ家の配下の男がいます。彼は地下闘技場のバトルアリーナで戦わせるモンスターを捕獲する捕獲部隊の一員であり、ナクトーイ家の指示により怪しい動きをするコルロイ家のモンスター捕獲部隊を追跡していたところ運悪くモンスターに襲われてケガをしてしまっています。

誰か俺の代わりにコルロイ家の不正を暴いてくれる人いないかな。できれば顔のわれている当家の人間じゃない方がいいなあ、という露骨なクエストアピールをされるので協力してあげるとクエストが開始されます。

 

そのあとはナクトーイ家の当主の指示でいろいろとコルロイ家の不正を嗅ぎまわり、最終的にイカサマを暴くというのがこのクエストの流れです。

 

このクエストを進行しておくとイベントの結末が変わってくるので忘れず連絡しておきましょう。と言っても情報屋として真っ先に町中を探索する彼女は、わざわざ誘導するまでもなくそのクエストを見つけているでしょう……今回も無事クエストは発見済みだそうですね。アスナとミトも合流して進行中だそうです。

 

夜九時になったらバトルアリーナ夜の部開幕です。夜の部も基本的には虎の巻の指示通りに賭けるだけの簡単なお仕事なんですが、一試合目だけちょっとしたイベントがあります。アルゴ達が進行するナクトーイ家のクエストでこの試合に仕掛けられたイカサマを暴いて当主に報告するよう指示が出ているんですよね。イカサマを見破れないとクエストが失敗扱いになって中断してしまうので、もし見破れていなさそうだったら助言をしなければいけません。

 

今回は……大丈夫そうですね。コルロイ家がこの試合に出場させているラスティーリカオンが実はラスティーリカオンじゃないことに無事気づいたようです。これで心配事はなくなりました。後は9試合目まで無難に賭け続けるだけでOKです。

 

さて、最終試合の10試合目です。この試合はイカサマが行われるのでここで中断してもいいのですが、大金を手にしたキバオウ達を説得するのがめんどくさいのでこのまま続行します。試合はデカいヤギ型のヴェルディアン・ビッグホーンとアルマジロのタイニー・クリプトドンの対決。

 

クライン達は最後まで虎の巻を信じるべきかそれともクエストの裏をかいて反対のモンスターにかけるかで悩んでいますが、どっちに賭けても結果は変わりません。どうせイカサマで無効試合になりますからね。

 

前述した通りコルロイ家はこの10試合目で絶対にプレイヤーに勝たせないような勝敗操作をしてきます。スポットライトの中に《ケルミラの香》というアイテムを仕込み、モンスターにデバフがかかる光を照射することで両モンスターの体力が同時に尽きるよう調整するんですね。

 

このバトルアリーナにはどちらかのモンスターが勝つ以外にも共倒れという第三の結末があります。しかもその場合は掛け金の払い戻しはなし。今回みたいに複数のパーティーが分散して勝利を予想しても、絶対にコインを巻き上げるためのルールです。

 

まあ、タネが分かっているんでそんなことさせないんですけどね。

 

試合が始まったら頃合いを見計らって、エルフの拠点から呼び戻しておいたイスケ達にメッセージでイカサマの存在を伝えます。チャクラムをスポットライトにシュート! 超エキサイティン!!

 

無事コルロイの仕掛けを破壊しイカサマを防ぎます。それどころか現場を抑えてイカサマの証拠もゲットです。

 

大一番の勝負でイカサマがうまくいくのか心配になり様子を見に来ていたバーダンもこれには大激怒。一触即発の雰囲気になった所で闘技場の扉が開きます。

 

入って来たのはバトルメイドのキオとナクトーイ家当主のニルーニルです。ニルーニル、見た目は幸薄少女ですが実年齢はエルフの長老級という合法ロリババアです。ロリコンニキは騙されないようにしましょう。合法ロリコンニキは喜んで!

 

ニルーニルのイカサマ追及タイムが始まりますがバーダンは《ケルミラの香》に関してはなんのこったよ、とすっとぼけます。結局この場ではイカサマを認めさせることができず、試合は不正が発覚したので無効試合となり掛け金の払い戻しで決着します。

 

終わり!閉廷!以上!皆解散!

 

地下闘技場から出てラウンジに着いたら本日の賭けの結果発表です。1位は当然カヤバ君。最初から全ブッパしてたんだから当たり前だよなぁ。約束通り、2位以下のメンバーからは全コインを没収。最初に渡した200コインが数万コインになって戻ってきました。5チーム合計占めて26万コイン。1コインは100コルなので2600万コルですね。

 

実際はカジノのコインは直接コルに換金できず一度何かしらの景品に交換してからコルに還元しなければならず多少額面は目減りします。とはいえポーションなどの還元率が高いものを使えば8割程度は価値を保ったまま換金できるので2100万コルくらいでしょうか。

 

やっぱり壊れてるじゃないか(憤怒)

カーディナルのバランス調整機能はどうなってるんでしょうか。

 

さて、26万コインもあればこのカジノの最高賞品である《ソード・オブ・ウォルプータ》も入手できます。が、実はこれとんでもないクソアイテムです。スペックは表記通り毒無効、完全クリティカル、常時HP回復なんですが、ここに隠されたデメリットとして常時経験値喪失という特大のバッドステータスが入ります。

 

やめてくれよ……(絶望)

 

実はこの剣、吸血鬼の専用装備なのでデメリットなしで使いたい場合は種族を吸血鬼にしなければなりません。ただ吸血鬼は吸血鬼で日光や銀が弱点になったり、エルフのイベントで専用ルートに入ったりという別のデメリットがあります。

 

それでも《ソード・オブ・ウォルプータ》が強力なのは確かです。本チャートでは採用しませんが、この剣を有効活用するために吸血鬼になる場合はニルーニルを利用します。彼女は《夜の主》という吸血鬼の始祖みたいな種族で吸血した人間を下級の吸血鬼である《夜の民》に変更する能力を持っています。ただ、彼女は人から吸血することを好んでいませんので普通に吸血鬼にしてくれと頼み込んでも断られます。言うことを聞かせるには背に腹は代えられない状況で交換条件を出さなきゃいけないのですが、ちょうど今夜そんな状況になります。

 

翌朝。元気のないアスナやミトから昨夜の顛末を聞かされます。

 

彼女達は地下闘技場を出てしばらくした後、ナクトーイ家の家令に呼び出されてニルーニルの元に向かっていました。第10試合でコルロイ家による不正が発覚し、クエストが進行したためです。

 

照明から《ケルミラの香》が発見された際、ニルーニルはあえてしらを切るコルロイを見逃しました。しかし、地下闘技場を出てから再びコルロイを追求しコルロイ家の厩舎に査察に入るという条件を飲ませたそうです。彼女の目的はアルゴ達が突き止めたラスティーリカオンのイカサマの証拠を押さえ、今度こそ言い逃れのできない形でバーダンの責任を追及することです。

 

実際、コルロイ家の厩舎にはリカオンのイカサマの証拠が隠されています。しかしバーダンも無策でニルーニルの査察を受け入れたわけではありません。バーダンは以前から目障りだったニルーニルを亡き者にするため毒を盛ったり、手下に襲わせたりしていました。最近も吸血鬼に特攻効果のある毒をもつ《アージェント・サーペント》という蛇を手に入れて虎視眈々と使用機会を伺っていた中、ニルーニルから厩舎に入るという提案をされ、どさくさ紛れに毒蛇に襲わせたろと罠を張って待ち構えていたのです。

 

結果、証拠隠滅の隙を与えないようにとバトルアリーナ後すぐに行われた厩舎の査察でニルーニルは毒蛇に襲われ昏睡。今はメイドのキオの処置により仮死状態で眠らせているが、一刻の猶予もない危険な状態らしいです。

 

キオからも頭を下げられどうか、ニルーニルを治療するために必要な竜の血を二日以内に手に入れてくれと頼まれます。

 

んー、でもなあ。この階層で竜って言ったら階層主しかいないしなぁ。我々も命懸けだしなあ。

 

ん? 今謝礼なら何でもするって?

 

その言葉が聞きたかった!!

 

じゃあさっそく、ドラゴン退治に向かいましょう。

黄金キューブにより大幅にレベルを上げた攻略組の前では7層程度の敵はもはや障害になりません。事前にエギル達を送り込んでおいたおかげでマップもある程度埋まっており、サクサクーっとボス部屋までたどり着きました。

 

ボスも大して強くないですね。

このボスはレベル20以下のプレイヤーをスタンさせる魔眼が厄介なのですが古参メンバーにそんな低レベルなプレイヤーはいません。(シリカを除く)

雑魚狩り専門のスキルとかドラゴンの屑がこの野郎。

 

このボス戦は攻略組にとって初めてのレイドボス戦です。今まではスペースもたくさんあったので攻撃が来たら避ける、隙があったら攻撃するという二つだけ考えていれば良かったですが、数十人規模の戦闘になるとそう単純な話じゃなくなってきます。

 

というかキリトやアスナはろくに指示せずとも自分で勝手に考えて最適解の動きができていましたが、他のメンバーにはきちんと指示を出しながらじゃないとうまく連携が取れません。

 

アタッカーは攻撃のローテーションやらヘイト管理やらを気にする必要がありますし、タンクは全体攻撃から他のプレイヤーを守れるような立ち回りが求められます。まあここら辺の全体指揮は経験を積ませる意味でもミトにやらせます。最初はうまくいかないからこそ比較的脅威度の低いボスで練習させておくことが大事です。

 

初めての集団戦ということもありミスも目立ちましたが、ボスは倒せましたね。

ドロップアイテムの竜血をもってウォルプータに戻ったら、さっそくニルーニルに飲ませましょう。

 

はあー生き返るわー。

 

ニルーニルの顔色がみるみるよくなったら7層のクエストは完了です。

 





次回更新は3/18の予定です


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アーカイブス 020

SAOでは閉鎖された扉を超えて伝わる音は原則的に、扉のノック、戦闘音、叫び声の三つしかない。たとえ宿屋のすぐそばでNPC楽隊が演奏をしていても、窓を開けない限りシステム的にその音が室内に届くことはないのだ。だからキリトがその事態に気づいたのは朝食後に今日の探索に備えて鍛冶屋で武器の整備でもしようかと宿の外にでた時だった。

 

「な、なあ、あんた攻略組のプレイヤーだよな! 俺レベル13なんだ! 腕には自信があるぜ」「握手してくれよ」「すげー武器だな! それもボスドロップなのか?」

 

黒鉄宮前の中規模な広場。キリト達が最近の拠点として借りている民家も接するその場所には、朝から常にはない賑わいを見せていた。その人だかりに思わず足を止めたキリトはあっという間に殺到したプレイヤーの人だかりに取り囲まれた。

 

まるで芸能人にでもなったみたいだった。

たった一晩で世界がまるで変わってしまった。そのことをキリトは実感した。

 

目を輝かせて口々に何かをまくし立てる人々に、もともと高くないキリトの対人能力はすぐに限界を迎える。「おう」だの「ああ」だの半ば意味をなしていない言葉を発してただただ圧倒されるだけだったが悪い気はしなかった。ゲーマーとしてベストリザルトを賞賛されるのは本望だ。

 

ただ――人々の中には「期待してるよ、ヒーロー!」と声を上げる女がいた。「ありがとう! これからも頑張ってくれよ!」と肩を叩く男がいた。

 

「攻略組はこのゲームに囚われた多くのプレイヤーにとって希望の星なんダ」とアルゴは言っていた。彼らにとってキリトは単なる有名人というわけではない。そのことが少しだけ心に後ろめたさをもたらした。

 

キリトは彼らのために行動を起こしたわけではない。英雄扱いは過分だ。彼の本質はただのエゴイストにすぎない。ゲームをクリアして誰かを救おうなんて言う高尚な理念はない。その証拠にキリトは――

 

彼の思考を中断したのは、人垣の外から響いた男の声だった。

 

「おいおいお前ら興奮しすぎだぜ……! 圏内でプレイヤーを取り囲むのはアンチマナー行為だって忘れちまったのか? アピールしたいなら逆効果だし、感謝したいのに怒らせちゃまずいだろ。ほら! 用がある奴はきちんと並びな」

 

犯罪防止コードが有効な町中で他人を無理やり動かす方法はないに等しい。強い衝撃はコードに防がれてしまって押したり引いたりすることができないからだ。そのため特定のプレイヤーを数人で取り囲んで行動不能にする『ボックス』と呼ばれる行為はマナー違反として忌避されていた。

 

キリトを取り囲んでいたプレイヤー達はお互いに顔を見合わせると少しは冷静になった頭でもぞもぞと移動を開始し、キリトの前になんとなく列を作った。初めはその人だかりに顔を引きつらせていたキリトだが、彼らには拍子抜けするほど悪意がなく、その多くは一言二言感謝や激励の言葉を述べたりキリトの肩を叩いたり、握手をするだけで満足して去っていった。

 

そうして彼らが去った後、見通しの良くなった視界で群衆を統率した声の持ち主をとらえたキリトは息を止めた。

 

「……クライン」

 

「よう、キリト! ……なんだ? その顔? 幽霊でも見たって顔してるぜ」

 

バンダナがトレードマークの野武士のようなその男はキリトのフレンド欄の一番上にずっと名前が記載されている人物で、そして彼がかつて始まりの町に置き去りにした男だった。

 

 

◇◇◇

 

 

キリトとクラインの間に長々と語るような事柄は存在しない。11月6日、SAOサービス開始の日に始まりの町でスタートダッシュを決めていたキリトに声をかけてきたのがこの男だった。曰く、迷いない足取りからキリトをベータテスターと看破したらしい。一般参加枠で入って来たというクラインは、キリトがベータテスト時代に身に着けたゲーム序盤の攻略法を教授してくれるように頼んできた。それから数時間、独特のなれなれしさにあっという間に距離を詰められたキリトは町のすぐそばでソードスキルの使い方を教えた。言ってしまえばそれだけの仲だ。

 

そんな彼にキリトがずっと澱のような罪悪感を抱えているのはその別れ方に問題がある。茅場晶彦からデスゲームの開始を告げられた時、MMOゲームの本質が限られたコルや経験値の奪い合いであると考えたキリトは、じきに払底するであろう始まりの町周辺のリソースに見切りをつけた。焦燥感にせかされるように広場を後にし、訳も分からず立ち尽くす1万人のプレイヤーから先行してリソースを確保しようと動いた。その場にいた唯一のフレンドであるクラインを連れて。

 

クラインはキリトについては来なかった。彼はリアルの知り合いと一緒にゲームに参加していた。彼らを見捨てて先には進めないとクラインは狼狽えていた。いくらベータテスターであるキリトとて、何人ものプレイヤーをキャリーしながら圏外に行くのはためらわれた。

……いや正直に言えばそれだけじゃない。あの時キリトは見ず知らずの他人と行動を共にすることにためらいとわずらわしさを覚えていた。

 

結局キリトはクラインとは別れて一人で行動することを選んだ。SAOは初めてであるという彼と彼の友人がこれから激しいリソース争いに巻き込まれていくだろうという思いを心の片隅に追いやりながら。

 

 

つもる話をするには黒鉄宮前の広場は騒がしすぎたし、フランクに会話を始めるにはキリトの抱く感情は複雑すぎた。周囲からの視線にさらされるキリトを慮ってか、クラインは落ち着ける場所まで移動することを提案してきた。あふれ出る感情を整理するためにもこの時間は有用だった。

見えてきたのは転移門だ。この町の大通りはすべてがこの広場に集約されるので人ごみに流されるように歩いてくるとたいていはここに出る。しかしクラインの目的地はここではないようだ。転移門広場を抜けさらに別の通りに踏み入る。キリトは彼がどこを目指しているのかなんとなく、分かった。

 

「最後に別れたのは確かここだったよな……」

 

クラインが懐かしそうに足を止めたのは転移門広場から圏外へと続く道の途中で、キリトが彼とパーティーを解消したまさにその場所だった。

 

「あれから、平気だったか?」

 

言ってキリトは何をしらじらしいことをと自嘲の笑みを浮かべた。クラインはソードスキルの発動すらおぼつかない初心者だった。その彼を見捨てて先に進んだ自分が言えたセリフではない。だがクラインは影を感じさせない笑みを浮かべた。

 

「おう! 全然平気だった……ていうのはさすがに嘘だな。さすがにショックは受けたぜ。人が死んじまうような事件に巻き込まれたわけだしな。しかも俺もフレの連中も仕事があるわけだし最初の数日はマジで焦ってた。クビになるんじゃないかってな」

 

「そうか……」

 

大げさに身振りを加えながら話すクラインの顔をキリトは見ることができなかった。自然と足元に視線が向かう彼の肩を、クラインは叩いた。

 

「おいおいそんな深刻そうな顔すんなって! 今の俺が苦しんでるように見えるか?」

 

クラインは大げさに両手を開いて大口を開けて笑った。

 

「結局俺たちはみーんな根っからのゲーマーなのさ。たとえ命がかかってたって、楽しみにしていたゲームを目の前にぶら下げられて見てるだけなんて拷問にはだーれも耐えられなかったんだよ。次の日の夜には我慢できなくて町の外に出ちゃったし、それからはあっと言う間よ。会社がどんなもんだ。ゲーム休暇だと思えばむしろ喜ぶくらいだぜって言いあってさ」

 

「……フレンドとは会えたのか?」

 

その質問はキリトの精いっぱいだった。

 

「おう! 一緒にギルドも作ったんだぜ! 風林火山ってやつ! ま、もう解散しちまったが」

 

キリトの表情が曇る。クラインがフレンドとうまくいかなかった理由さえ、あの日彼をおいていった自分にあるような気がした。

 

「……悪かった。あの日クラインを置いていって」

 

「おいおいおいおい!! なんで謝るんだよ!?」

 

「苦労しただろ。こんな右も左も分からない場所においていかれて…………そのくせ俺は……クラインは知らないかもしれないけど、装備もレベルも整えてるから……」

 

「知らないわけあるかよ、コノヤロー! 気づいてなかったのかよ! 昨日の広場には俺もいたんだぜ! ナンプレだってなぁ! 結構頑張ってたんだぞ! つーかお前妙に元気ないから寝不足かなんかかと思ってたらそんな事思ってたのかよ!!」

 

バンバンと犯罪防止コードが発動するかどうかに挑戦するように肩を叩かれてキリトは思わず体をよじった。

 

「恨んでないのか……俺はお前を見捨てたんだぞ……」

 

「あんまり見くびってくれるなよ! 自分の面倒くらい自分で見るっつうの! それにそんなこと言ったら俺だって、さ……」

 

そういってクラインはへにょりと眉を困ったように下げた。それはキリトが初めて見る、予想だにしない彼の表情だった。

 

「誉められたもんじゃないだろ……年下のフレンドをソロで圏外に送り出しちまうなんてよ……ずっと後悔してたんだぜ……。ベータのお前さんがそう簡単にくたばるようには見えなかったけど、ソロでやっていけるほどこのゲームは甘くないって後から知って……あの場でキリトを止められたのも、一緒に居てやれたのも俺だけなんだって気づいたらさ……いつかお前の名前がグレーアウトしたら、それは俺のせいなのかもなって……」

 

キリトは彼にそんな事気にするなと言いかけて、この時初めてクラインの気持ちが分かった気がした。

 

「俺たち似た者同士なのかもな……」

 

キリトはくすりと笑った。クラインはすぐに眉を吊り上げると不満げに口を開いた。

 

「それよかお前、謝るならあれ以降全く連絡よこさなかったことの方がよっぽど悪いだろ。分かるか、俺が舞台に上がった攻略組の中にキリトの姿を見つけてどんだけ驚いたか!? 思わず指さしてフレンドに言って回っちまったぜ、あそこにいるのは俺のフレンドだってな!」

 

「連絡をよこさなかったのもお互い様だろう」

 

「うるせーやい! 2日目に1回送っただろ。次はキリトから連絡するのが筋ってもんだろうが」

 

「それを言ったら最後のメッセージを送ったのは俺なんだから次はクラインからだろう」

 

「いーや、こういうのは年下からってのが礼儀ってもんだ」

 

「年上なら少しは気の利かせ方ってやつがさぁ――」

 

たわいのない会話をしながら、キリトはずっと胸につかえていた思いが少しだけ体の中から出て行った気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

午前9時。

黒鉄宮前の広場には100人を超えるプレイヤーが集まっていた。

 

昨夜、7層の転移門広場でケイはこのゲームの攻略を目指すプレイヤーをギルドに迎え入れると言った。同時にMTDを通じて掲示板にも掲載した《プログレッサー》の加入要綱は週に一度黒鉄宮前の広場で入団受け付けを行うというもの。

 

その第一回の入団受け付けが募集開始の翌日、つまり今日に設定されているのはいかにもせっかちなケイらしい日程だった。昨日の今日で志願者が集まるのかというキリトの不安はいい意味で裏切られた。広場に集まる人だかりを見るに、《プログレッサー》の団員募集の情報はキリトの予想をはるかに上回る速度で認知を集めているらしい。

 

広場に集まった人間の大半は遠巻きに見つめるだけの野次馬だが、一部のプレイヤーは拠点として借り上げている民家の前に整列する攻略組に熱心な視線を向けている。

この場には昨日のボス攻略後に舞台に立っていたキリト達以外に、ディアベル達やエギル達など隠しダンジョンでともに熟練度を上げたメンバーがそろっている。例外的にケイの指示ですでに7層の攻略を開始しているイスケとコタローの忍者コンビ、それと彼らについていったシリカ。さらに中立を謳いギルドに所属していない情報屋のアルゴはこの場にいないが、多忙な攻略組のほとんどのメンバーがこうして一堂に会するのはキリトからしても珍しい光景だ。

 

キリト達と向かい合う位置で待機している入団希望者の数は全部で20人ほど。さっそく7層の店売り品を装備しているベータテスターらしきプレイヤーもいれば、未だにアニールブレードを腰に下げているような後発組らしき姿もある。

 

その中でも無意識に目で追ってしまうのは悪趣味なバンダナを頭に巻いた野武士風の男、クラインだ。彼が今日この広場にいたのは単なる偶然などではなく入団試験を受けるためであるそうだ。フレンド共に立ち上げたギルド《風林火山》を解散したと聞いた時は何かトラブルでも起こったのかと思ったが、単に《プログレッサー》へ加入するためだと聞いた時はキリトも耳を疑った。彼の中でのクラインはソードスキルの発動すら満足にできない初心者のイメージのままだったからだ。だが、考えてみればあれからもう数週間たっている。初心者を脱するには十分な時間だ。身に着けている装備から推測しても、それなりのレベルと経験は身に着けているのだろう。

 

キリトが脳内でクラインの実力を推し量っているとケイが一歩前に出た。

 

「9時ちょうどだ。ここで入団希望者を締め切らせてもらうがまだ受付を済ませていない者はいるか!?」

 

ケイが広場に聞こえるように大きな声を出した。広場で動くものがいないことを確認した後、彼は正面に向き直った。

 

「このギルドの方針を取り仕切らせてもらっているケイだ! 君たちも簡単に自己紹介をしてくれ!」

 

入団試験に集まっているメンバーは大きく4つの集団に分かれていた。まずはキリトからみて一番左の集団はレジェンドブレイブスと名乗る6人組。次いでクラインが率いる武士風の装備で固めた6人。その隣に陣取るのはトゲトゲ頭が特徴的な男――キバオウが率いるパーティー。最後にぽつぽつと互いに距離を取り合っている3人。彼らはそれぞれをモルテ、バクサム、クラディールと名乗った。

 

「これから皆には7層で入団テストを受けてもらう」

 

自己紹介の後ケイがそういうと皆の眼の色が変わった。あるものは挑戦的な目を、またある者は不安そうな目を。その中で一人、どちらかと言えばふてぶてしい余裕を見せた痩躯の男、クラディールが手を上げた。

 

「一つ質問してもいいか?」

 

「ああ」

 

「この場に集まったものの中には未だ入団審査のレベルに到達していないものがいるように見えるのだが彼らも7層に向かうのだろうか?」

 

クラディールの装備は5~6層相当のものだった。装備の質感から判断するに相応に強化もされているらしい。実力的には上位にいるのであろうことがうかがえる彼の視線は、とあるパーティーに向けられていた。

 

「なあ、あんた言いたいことがあるならはっきり言ってもらおうか」

 

クラディールの視線が向けられていた先、レジェンドブレイブスから一人の男が言い返す。

 

「では、お言葉に甘えて……はっきり言って未だに2層の装備を身に着けているようなプレイヤーでは攻略組の水準にふさわしいとは思えない。彼らのような後発組にはさっさと不合格を言い渡した方が良いのではないか?」

 

「なんだとっ!!」

 

言い返そうとしたクフーリンにクラディールは嘲笑を浮かべた。

 

「勘違いしないでくれ。これは善意だ。それとも君は7層で審査を受けられるだけのレベルがあるのか?」

 

悔しそうに言葉を詰まらせるクフーリンに代わって口を開いたのはモルテと名乗った男だ。

 

「そこの嫌味なおじさんってベータテスターっしょ。他のプレイヤーを見捨てて自分らだけうまいクエやらダンジョンやらを独占して成長した奴らが偉そうにレベル差自慢っすか?」

 

その言葉にピクリとキバオウが反応した。

 

「クラディールっていうたか? そこんところどうなんや?」

 

「ええ。いかにも私はベータテスターですよ。彼らと同じね」

 

クラディールはケイ達を顎で示しながらそう言った。キバオウは何も言わなかった。キリト達を慮って表立った反論は避けたのかもしれない。だが鼻息荒く腕を組む様子を見れば彼が不満を抱いていることは明白だった。

 

険悪化した空気を前にケイはいつもの調子だった。

 

「安全には配慮しよう。加えて言わせてもらうが未踏破層の攻略を行うプレイヤーにとって最も大事な能力は、リスクに対する適切な判断能力だ。よって審査への参加は各自の判断に任せる」

 

クラディールは薄い笑みを浮かべて肩をすくめるだけだった。

 

「入団テストでは協調性も問われると良いんだがな……!」

 

小声で悪態をつくレジェンドブレイブスのオルランド。

キリトは決して和やかとは言えないメンバーとこの先共闘する場面を想像してVR空間でも胃薬とかってあるのかなぁと現実逃避した。

 

 

◇◇◇

 

 

実を言うと入団テストで何をするのかも、何をもって合否を分けるのかもキリトは知らない。キリトのみならず他のメンバーも知らないのではないか。少なくともギルド全体でそのことについて情報を共有したことはない。そもそもをして、ギルドのメンバーを募集するというのも昨日突然ケイが言いだしたことで、キリト達は全く相談されていなかったことだ。

 

普通に考えればおかしな話だ。だが、そのことに関して不満を言うメンバーはいない。《プログレッサー》は元々ケイのワンマン運営だから、こういうことは慣れているのだ。あるいは信頼しているのかもしれない。彼の言うことに従っておけば結局うまくいくという不思議な信頼感がこのギルドには存在した。確かに6層ボス戦ではキリト達が窮地に追い込まれたが、それでも彼への信頼は揺るがなかった。それだけの実績と献身がケイにはある。

 

少なくともキリトはケイに代わってギルドを運営できる気はしないし、彼よりうまく攻略組を指揮できる自信もない。そして何より運営に関する不満もやる気もなかった。人間関係の調節は彼の最も苦手とすることの一つだからだ。

 

「……結局俺は分かりやすくアクションゲームのことだけ考えているのが性に合ってるって事かな」

 

「何か言ったキリト君?」

 

「いや、なんでも」

 

思わずこぼれた独り言をアスナに聞き返されてキリトは首を振った。それから上を見上げる。同心円状にフィールドが積み重なるアインクラッドでは空を見上げても本当の意味での空が見えることはない。ただ、無機質で薄暗い金属製の天井が見えるだけだとプレイヤーのゲーム体験を損ねると考えたのか、上層の床ともいえる一面は空っぽい何かに見えなくもない加工がされている。天候次第では雨雲さえ現れるそこにはまん丸い太陽こそないものの、天井一面からは陽光を模した明るい光が降り注いでいる。その光が7層ではことさら強い。

 

「暑い……」

「暑いわね……」

 

もう12月だというのに7層は冬の気候とは無縁だった。地軸の傾きと公転周期によって不可避的に決定する現実の季節と違ってゲームの気温や湿度は単なるプログラムの一環にすぎない。それゆえアインクラッドもリアルの気候とは連動せず各階層ごとにばらばらの季節感が再現されていることも知っていたが、実際にこうして経験すると文句の一つでも言いたくなる。

 

肌を刺すようなじりじりとした直射日光はつらいというほどではないが、長袖のコートや金属防具をつけていることをためらわせるだけの熱エネルギーを秘めている。キリトは思わずこのメンバーで一番暑苦しそうな装備をしたプレイヤーに視線を向けていた。

 

「なんですか?」

 

「いや、暑くないのかなと思って」

 

攻略組の筆頭タンク候補であるリーテンのフルプレートアーマーは直射日光をきらきらと反射していた。

 

「暑いですよ。でも我慢できないほどじゃありません」

 

圏内では視界を狭める頭装備を外している彼女が無理をしているふうでもなく言う。

 

「ケイさんがインナー装備をくれましたんで。すごいですよこれ。体温調節機能にボーナスがかかるって言われてもピンとこなかったんですけど、この階層で初めて意味が解りました」

 

そういってリーテンは装備の胸元からシャツを見せようとして前かがみになる。中学2年生の男子には少々刺激の強い光景にキリトは持ち前の反射神経で目をそらした。

 

「……キリト君、よくできました」

 

肩にそっと置かれた手に心の中では、今のは俺悪くなくない? などと反論を試みたが賢明にもそれは口に出さなかった。腹を空かした狼を前にこの食事は俺のだからと説明するのが無意味であるように、世の中には理屈ではどうにもならないこともあるからだ。

 

アスナはすっとキリトの肩から手を離すとリーテンに注意した。

 

「リーテンもそんなはしたない真似しちゃダメよ!」

 

「はぁ……シャツを見せただけですしそもそもゲームのアバターじゃないですか」

 

「それでもだめなの!!」

 

キリトが密かに飢えた狼から距離を取ろうと試みているとケイの良く通る声が7層転移門広場に響いた。

 

「それじゃあ、出発するぞ! はぐれるなよ」

 

ぞろぞろと1層から引き連れてきた40人程の集団で目指すのは主街区レクシオの西門だ。

 

町中を移動しているとリーテンに対する指導を終えたアスナがキリトの横に並んで話しかけてきた。

 

「ねえ、キリト君。7層ってどんなところなの?」

 

転移門広場の周りにあるいろいろな建物を見渡しながら歩くアスナにキリトはベータテストの時の記憶を呼び起こす。

 

「7層は大まかに北側の山岳地帯と南側の草原地帯の2パートで形成された階層だな。エリアの中央には揺れ岩の森っていう大きな森林地帯があるけどそこはダークエルフの城があるくらいだからキャンペーンクエストを進めてなければ入る必要はない。だから西端にある迷宮タワーまでの大まかな攻略順路は、北側の山岳地帯をぐるっと回り込むルートと南側の草原エリアをぐるっと回り込むルートの二つだ」

 

「そういうことじゃなくて、もっとこう見所とか観光名所とかそういう話よ」

 

「観光名所ねぇ……」

 

キリトは遠い目をした。そのことを思い出そうとするたびに、なぜだか手が震えてしまう錯覚に襲われ、不思議だなーと脳内のミニキリトが首をかしげる。

 

「4層はヴェネチアみたいな町並みがあったし、5層は遺跡の町って感じだったでしょ。6層も町全体が立方体でできていて、いたるところにパズルがあったし……でも7層は何というか普通じゃない?」

 

確かにレクシオの町並みはいわゆるハーフティンバー様式の建物ばかりでいかにもRPGの町並み感はあるものの、他の階層と比べるとぱっと目を引くものがない。しかしそれにはきちんと理由があるのだ。

 

「レクシオは確かに転移門があるけど、この階層最大の街ってわけじゃない。7層のメインの街は南の端にある《ウォルプータ》って場所なんだ。そこはまさしく地中海のリゾート地って感じで4層の《ロービア》にも劣らないくらいきれいな街だったよ」

 

「へぇー楽しみだわ! でもどうして7層だけそんな不思議な構造をしているのかしらね?」

 

目を輝かせたり、首を傾げたりと忙しいアスナになぜその街が主街区より栄えているのかを説明するかどうかキリトは迷った。その話をするためには封印された“アレ”の記憶を呼び起こさなくてはならないからだ。

 

だが、結局キリトの葛藤がアスナに伝わることはなかった。一行がタイミングよく西門についたからだ。

 

レクシオの街の西門はかなり特殊なつくりをしている。そっくりな大きさの二つの門が超至近距離に並べて作られているのだ。

二つの門の前にはそれぞれ右と左に進んでいく別の道が続いている。とはいえ、門の外には一昔前のテレビゲームにありがちな見えない壁なんてないので、右の門から出てすぐ左に行けば左の道に行けるし、逆もまたしかり。つまりここに二つの門を設置する意味はほとんどなく、これが現実だったら税金の無駄遣いだ何だと騒がれていただろう。まさしくゲームならではの演出だ。

 

「何かしらあれ、門の上に石像があるわ。右側は杖を突いた老人……いえ逆風にめげずに歩く旅人かしら。左側は盃をもったお金持ち……に見えるわね」

 

「あれはそれぞれの道の先に待ち受ける運命を表しているのさ」

 

「それだと右の道は険しくてつらい。左の道はお金持ちになれるってことかしら」

 

「大体あってる。さっき7層の北側は山岳地帯だって言っただろ。右の道はそこにつながっていて急勾配な山道を歩かされるし、モンスターもいっぱい出てくる。逆に左の道は平原地帯でモンスターも少ない。レクシオのNPCはそれぞれ向かい風の道と追い風の道なんて呼んでいたかな」

 

キリトとアスナがしゃべっている間にケイはこの広場で隊を二つに分けた。

 

ベータ版では右の道の先には大きな町もクエストもなかったはずだが、昔の情報を頼ってボスクエストをおざなりにした結果どんなつけを払うことになったかを攻略組は忘れていない。誰かが本当に変更点がないかどうかを確かめる必要があり、それはベータテストでの知識と経験が豊富なディアベル隊に任せることになっていた。

 

ケイとその他のメンバーは左の門をくぐる。

ああ、やっぱり、目的地はあそこなのかなあと思っているとアスナが口を開いた。

 

「でもそれじゃおかしくないかしら。ディアベルさん達はクエスト情報を集めるために山岳地帯に行ったけど、それは例外のようなものでしょ。つらくてきつい道と楽してお金持ちになれる道なら誰だって楽なほうを選ぶじゃない。選択肢になってないわよ」

 

「まあ、普通はそう思うよな。ところがこれがそうでもないんだ。……なんたってこの道の先にはフロアボスを超える凶悪な魔物が潜んでいるからな……ケイの目的地もたぶんそこだろう」

 

「凶悪な魔物……?」

 

アスナの顔色が変わる。

 

「ああ。かつてのベータテスターのことごとくがその魔物に挑んで……その半数を再起不能にした最悪の魔物。たしかにやつに勝てばあの彫像みたいに金持ちになれるだろうけど、そうなるのはごく一握りの勝者だけさ。大半は山岳地帯なんてかわいく見えるほどのひどい目に遭う。だからあの門の選択はきちんと天秤が釣り合ってるのさ」

 

「もしかして、キリト君も……」

 

「ああ、ベータ時代の俺も失ったさ。アイテムもコルもそのすべてを……」

 

キリトが忌まわしき記憶の封印を解こうとしていると、背後から耳に残る関西弁が聞こえてきた。

 

「今の話詳しく聞かせてもろうてええか? 盗み聞きしたみたいになって悪いけど、今の言葉は聞き逃せんで!! ワイらは今からそないなバケモンと戦わされるんかいな!?」

 

「えっ?」

 

慌ててキリトが後ろを振り向けばキバオウだけでなくクラインやリーテンまでもが心配そうにキリトを見つめていた。

 

これはまずいやつだ……とキリトの背中に冷や汗が出る。考えられる選択肢は二つだ。冗談でしたとおどけて種明かしをするか、真剣に謝るか。

 

キリトは超高速で頭を回転させ、まるで走馬灯のようにこれまでの冒険の日々を思い出した。そして冗談が好きな頼れる男の後ろ姿を思い出す。

キリトは肩をすくめてこう言った。

 

「ああ。本当に恐ろしいやつだよ。人の欲望とカジノに潜む魔物ってやつはね」

 

ちらりとアスナの顔を伺えばそこには何の表情も浮かんでいなかった。

キリトは思う。そういえば走馬灯って死ぬ前に見るんだったよなぁ。

じゃあ、これがそうか。

 

 

◇◇◇

 

 

若干の……そう、若干のトラブルはあったものの、追い風の道の言葉の通りに2時間もすればキリト達は問題なく7層最大の町《ウォルプータ》を目前にとらえる事が出来た。道中の2時間というのもモンスターを見つけては戦闘をするために脇道にそれてとゆっくり進んだためにかかった時間で、それらを無視していれば実際は1時間もかからなかっただろう。

 

そう、クライン達初参加勢のレベリングのためのモンスターを献身的で心優しい少年がせっせと遠方からトレインしてくる時間などがなければ……

 

「うわぁ!! すごい、きれいね」

 

最後の丘を越え、街の全貌が視界に入るとアスナが感嘆の声を上げた。キリトはそれを孫を公園に連れてきたおじいちゃんの視線で微笑ましく見守った。

特に理由はないけれど、話しかけたりはしない。本当に特に理由はないけれど。

 

「ギリシャのサントリーニ島みたいよね……」

 

「ああ、それ私も思ったわ」

 

話し相手は代わりにミトが務めてくれている。そこにリーテンも加わった。

 

「サントリーニ島ですか……なんか聞いたことはありますけど……」

 

「エーゲ海にある島にイアっていう港町があってね。あそこもあの町と同じように緩やかな傾斜に純白の漆喰が塗られた家が立ち並んでいて、空と海のコバルトブルーとのコントラストがとってもきれいなところなの」

 

アスナが何かを思い出すように目を細めると、リーテンが両手を合わせて声を上げた。

 

「アスナさんってすっごい物知りですよね。あっ、もしかして行ったことがあるんですか?」

 

こらこらリーテンさんや。このゲームでリアルの話を振るのはマナー違反ですぞ。

 

アスナは曖昧に笑った。

 

「そうね。昔、家族旅行で何回か連れて行ってもらったわ」

 

「すごーい! うらやましいです! 私海外なんて一度も行ったことないですよ!」

 

ミトが口を開く。

 

「元の世界に戻ったらみんなで行ってみてもいいかもしれないわね」

 

「その時はヴェネチアにもいってみたいです!」

 

キリトはふと思った。そういえば元の世界に戻ったら、なんて言葉を最近はたまに耳にするようになったなと。リアルの話題もそうだ。昔はみんな心のどこかで張り詰めたような部分があって、現実に戻れるかどうかなんて話題は避けていたのに今では自然と口にできるようにまでなっている。皆このゲームをクリアできるという確信を持ち始めているのかもしれない。それはこれまで順調にボスを倒してきた経験から来る自信なのかもしれないし、あるいは仲間と力を合わせればどんな困難でも乗り越えられるという信頼によるものかもしれない。そうであれば、それはとてもいい変化のはずだ。

 

「キリト君さっきから何なのそのもの言いたげな目線?」

 

いつの間にか振り返っていたアスナにキリトはいえいえなんでもありませんよとアイコンタクトを送る。

 

「……またヤリカブトと追いかけっこがしたいの?」

 

いやいやアスナさんや。突進攻撃を持っているヴェルディアン・ランサービートルを引っ張ってくるのは地味に命懸けなんですぞ。とキリトはテレパシーを送ったが当然そんなものが伝わるわけがなかった。




次回投稿は22日、の予定……


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アーカイブス 021

主街区レクシオの町並みが転移門広場を中心に設計されているように、ウォルプータは街の最大の建造物であるグランドカジノを中心に設計されている。そのことは街の正面入り口からまっすぐ伸びた目抜き通りの先にひときわ巨大で豪奢な建物の入り口が待ち構えるように設けられていることからも明らかだろう。

 

街の入り口、門前広場でケイは一度立ち止まり、先んじてこの町に足を進めていたイスケ、コタロー、シリカと合流した。それから入れ替わるようにエギル達アニキ軍団とリーテンを加えたSTR特化型パーティーを町の外に送り出す。

 

彼らの目的はここよりさらに西に進み次の街でボスクエストを捜索すること。可能であれば迷宮区の探索まで進めておくことである。

きらびやかなカジノを目の前にして、しかしエギル達の反応は淡白であった。もとより賭け事には熱中しない主義らしい。唯一リーテンだけはこの町に併設されているプライベートビーチに興味を示していたが、「わたしだって攻略と遊びの区別ぐらいつけますよ。ここのビーチくるのは7層の攻略が終わって休みをもらってからにします」とのことだった。

 

「それに私迷宮区も楽しみなんです。ほら、私たちってずっとあのダンジョンにいて、ボス戦にも参加してないじゃないですか。だから気になるんです。今の私が最前線でどのくらい通用するのかなって」

 

リーテンは含みの無い笑顔を浮かべた。小走りでエギル達の後ろに追いつくと振り返って、別れのあいさつ代わりにメイスをブンブン振るう。こうして大柄なアニキ軍団に並ぶとリーテンとシリカの小ささがひときわ目立つなと考えながらキリトは彼らを見送った。

 

「……なあ、ケイ。何かシリカちゃんも外に行ったように見えたんだけど……」

 

「あ、ああ……なんか、カジノには興味がないから行ってくるって。止める間もなかった」

 

「ま、まあ小学生だし、ギャンブルに興味を持たないのは良い事、なのかな……」

 

キリトはケイに曖昧な笑みを返した。

 

 

ウォルプータグランドカジノは外観の荘厳さに負けず劣らず建物内も豪華絢爛の一言に尽きた。一歩足を踏み入れるだけできらきらと光り輝く内装が目を奪う。

 

「す、すげえ……!」

 

アホ面で固まるクラインを肘で突きながらキリトはあたりを見渡した。天井は高くこれまた高そうなシャンデリアがいくつもの輝いており、足元には当然のように真っ赤な絨毯が敷かれている。これをギルドホームで再現しようとしたらいったいいくらかかるのか、と頭のそろばんをはじこうとしてあまりのバカらしさに思考を中断した。そもそもこんな派手なギルドホームじゃ落ち着かない。

 

「ようこそ。ウォルプータグランドカジノへ。よろしければご案内いたしましょうか?」

 

クラインが入り口で足を止めているとタイトなスーツに身を包んだ女性NPCが声をかけてきた。蝶ネクタイと同色の真っ赤なルージュが印象的な女性だ。髪型も化粧もこれまで町で見たNPCより派手なのはカジノの雰囲気に合わせてだろうか。

 

「俺はクラインです。このカジノに来るのは初めてで、右も左もわかりません。手取り足取り教えていただけますか?」

 

あっと言う間に鼻の下を伸ばして近づくクラインの首根っこを掴んでキリトはため息を吐いた。

 

「き、キリト!? なにしやがる!」

 

「ほら、おいてかれるぞ」

 

「ああ、マイハニー!」

 

NPCはぱちくりと目を瞬かせ驚きを表現していたが、すぐに愛想笑いで壁際に戻った。やっぱりこのゲームのAIはよくできている。

迷いない足取りでカジノを進んだケイは皆をラウンジのソファーに座らせた。すかさず、キバオウが手を上げる。

 

「なあ、わいらは入団テストを受けんのやろ。なんでカジノに連れてこられんのや?」

 

「ここがテストの会場だからだ」

 

ケイが端的に答えるとキバオウは腑に落ちない顔で辺りを見渡す。

 

「なんや? ギャンブルの腕でも見極めるつもりかいな。ほんなら楽でええけどな」

 

「まさか。運任せが通用するほど未踏破層は甘くないさ。君たちにはきちんとしたプレイヤースキルを見せてもらう。ただ、見せてほしいのは単なる戦闘能力じゃない」

 

「ほんなら、何をすればええんや」

 

「このゲームで一番危険な相手は高いステータスを持つ敵じゃない。本当に恐ろしいのは特殊な仕掛けや技を持っている敵だよ。俺たちはそれでこれまで何度か死にかけてる。単に戦闘能力が高いだけのボスなら問題ない。だけどレベルも装備も関係なく不条理なゲームオーバーを押し付けて来る敵と戦うためには、クエストをこなして情報を分析しなきゃいけない。これが攻略組にとって最も必要とされる能力だ」

 

ケイはそういうと一冊の小冊子を机の上に置いた。B5サイズのたいして厚くもない紙の束が2つの穴と紐で簡単に綴じられている。

 

「これは今日の朝、先行してこの町の調査に向かったギルドメンバーの一人が入手したアイテムだ。今から君たちには、このアイテムの調査およびそれに関連するであろうクエストの攻略を通じて、RPGプレイヤーとしての情報処理能力とクエスト遂行能力の高さを示してほしい」

 

「なんやえらい漠然とした話やな? 具体的にどうしたら合格とかはないんか?」

 

「基本的に《プログレッサー》の門戸は攻略を望むすべてのプレイヤーに開かれている。もとより人員を過度にふるい分けるつもりはない」

 

ケイの答えにキバオウは気の抜けた息を吐いた。

 

「それじゃ入団テストってのも形だけって事かいな?」

 

「半分不正解だ。確かにギルドへの所属は自由だが、その後にどんな仕事をしてもらうかは個人の能力に委ねることになる。ボス戦に参加するメンバーには一定以上の実力を証明してもらうし、新階層のクエストや探索を希望するならそれに見合った能力があることを示してもらう。つまり極端に言えば今日の結果次第で君たちの仕事が単なる下層でのルーチンワークになるか、高度な能力を要求される新階層での探索になるかが決まるということだ」

 

ケイがそういうとキバオウは緩んだ顔を引き締めた。自然と皆の視線が机の上に向かう。クラインが声を上げてそれの表紙にかかれている文字を読んだ。

 

「バトルアリーナ攻略虎の巻…………って何のことだ?」

 

キリトはこの町に来るのが初めてである彼のために補足説明をする。

 

「バトルアリーナっていうのはこのカジノの地下で行われるギャンブルだよ。2体のモンスターを檻の中で戦わせてその勝敗を予想してコインを賭けるんだ。結果を的中させれば決められた倍率分のコインが返ってくる」

 

「攻略虎の巻ってことはつまり、この本にはそのバトルアリーナってやつの勝敗が書いてあるって事か!?」

 

クラインが皆に見えるように中のページをめくる。ページには予想通り今日行われるバトルアリーナの対戦表が書かれており、モンスターの名前の横には◎やら△やらの記号が書かれていた。おそらくこれはどちらが勝つかの予想だろう。

 

「そんなバカなことあるかいな! こんなん競馬新聞みたいなもんやろ! 鵜呑みにしたら痛い目見るで!」

 

「ま、そうだよな」

 

キバオウとオルランドは一歩身を引き冷めた目で冊子を見ている。キリトも懐疑的な視線を向け、その違和感に気づいた。

 

「ん? 待ってくれ。なんか試合数が多くないか?」

 

記憶ではこのカジノのバトルアリーナは一日5試合行われるだけだったはずだが、冊子にはその倍、10試合分の勝敗予想がされている。

 

「どうやらカジノの中はベータ時代と結構変わってるみたいだ。モンスターアリーナも従来の夜の部だけじゃなく、昼の部に5試合追加されて試合数が2倍になってる」

 

次に声を上げたのはレジェンドブレイブスに所属するネズハという男だ。

 

「……あの、さっき仲間が入手したって言ってましたけど……この本ってどうやって手に入れたんですか?」

 

「イスケ達がルクシオの西門を出ようとしたとき、フードで顔を隠したNPCの男がやって来て、これを買わないかと持ち掛けてきたそうだ」

 

「ワイらの時はそんなNPCいなかったで」

 

「おそらく時間限定か、早い者勝ちか……なんにせよ出現条件があるんだろう」

 

キバオウの言葉にケイが答える。キリトは別のところに注目した。

 

「その本いくらだったんだ?」

 

「100コルだ」

 

「100コルかぁ……」

 

思わず唸る。これがエルフクエストの報酬というのならばその内容にも信憑性が出るものだが、食事一回分程度の値段で全てのバトルの結果が分かるというのはどう考えても割に合わない。

 

「でたらめなんじゃないのか」

 

「もちろんその可能性もある。だが――」

 

オルランドの言葉に返答しながら言葉を止めたケイは本のページを数枚戻した。そこには精緻な絵柄で草原で見たことがあるモンスターの絵と細かい注意書きが書かれている。

 

「この本にはアリーナの勝敗予想だけじゃなく、ウォルプータに着くまでのガイドも書いてある。MAPに始まり出現モンスターの種類や弱点までかなり詳しく正確な奴がね。俺なら100コルをだまし取るためにこんな手間のかかった本は作らないし、もっと多くのプレイヤーに売りつける。あくまで予想と言い張ってね」

 

オルランドの反論はなかった。畳みかけるようにケイは指を一本立てる。

 

「もう一つあるぞ。面白い話が。イスケ景品一覧を」

 

ケイが声をかけるとイスケが一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。景品一覧と書かれたその紙には左側にアイテムの名前、右側に必要なVCコインの数が書かれている。それを流し見しようとしてキリトは目をむいた。

 

「……なあ、これ書き間違いじゃないのか?」

 

「これはイスケのメモじゃない。景品交換カウンターで実際に配られているアイテムだ。書き間違いの余地はない」

 

「……じゃあ、バグ?」

 

キリトが疑問に思うのも当然だ。景品交換表の中に明らかに0の数を間違えているものが混じっている。《ソード・オブ・ウォルプータ》。その額なんと100,000コイン。このカジノで賭けに使われるウォルプータコイン(VC)は1枚当たり100コルで購入するため、元値に換算すると一千万コルの景品ということになる。

 

「この武器の性能を考えれば妥当な金額だ。おそらくバグじゃない」

 

「この武器はこの街ウォルプータを築いた竜殺しの英雄ファルハリが使っていたドラゴンキラーなのでござるよ。能力も破格で常時HP回復、全攻撃クリティカル、毒無効のバフ効果をもっているでござる」

 

「なっ!!」

 

イスケの説明にキリトは息をのんだ。

 

「そ、そんなんチートやんか! こんな低階層で出てきていいものちゃうで!」

 

「本当なのか?」

 

キバオウが大声を上げ、レジェンドブレイブスのオルランドが信じられないような顔でイスケに尋ねた。

 

「詳細は景品カウンターで頼めば教えてくれるでござるよ。気になるなら自分で確認すると良いでござる」

 

「すげえアイテムもあんだなぁ……でも、さすがに手が届かねえか……」

 

クラインが呟く。キリトは脳裏に走った直感に目を細めた。顔を上げればケイと目が合う。彼はうっすら笑っていた。

 

「な、面白い偶然だろ」

 

「さっきの虎の巻、ケイはどのくらいの信憑性だと考えている……?」

 

「90%以上だ」

 

怪しげなギャンブルの指南書に寄せる信頼が予想外に高かったからだろう。周囲からは懐疑的な視線が向けられる。ただキリトだけはそれを妄信と断定しなかった。

 

「ちなみにベータ版との変更点は他にもある」

 

そういってケイは景品表の一番下の欄。小さい文字で書かれた文章を指さした。

 

「このカジノにはVIP用のプライベートビーチが併設されている。入場するためにはカジノにVIPだと認識されるだけのVCコインを稼ぐことでもらえる通行証が必要なんだが……ベータ版では300コイン稼ぐごとに一枚もらえていた通行証が、正式版では30000コインで一枚に増額されてる」

 

「……だとしたら、ありうるのか? いやでも……」

 

キリトは心の中でもう一度思考を巡らせた。

 

「な、なあキリト……! いきなりどうしたんだよ。俺たちにも分かるように説明してくれ」

 

クラインに揺さぶられてキリトは視線を上げた。アスナやミトまでこちらを見ている。

 

「……ソード・オブ・ウォルプータには2種類の仮説が立てられる。一つ目はこれが完全な見せアイテムで序盤に取られることを想定していない場合。この場合はプレイヤーはもっと先の層に進んで十分にコルを貯めてからこの階層に戻って来ることになる。まあ、1000万コルの貯金がたまるのはいつになるのかは分からないけど。そしてもう一つの可能性は一見入手できなさそうなこの剣を手に入れるための裏技がどこかに用意されていること……」

 

「お、おい、それって……」

 

クラインの眼が虎の巻に向けられる。

 

「それだけじゃない。ビーチの通行証はコインと交換じゃなくコインの獲得数の実績によって配られるから景品ほど入手難易度は高くないんだけど、それにしたって今の設定は尋常じゃない。300万コル分賭けで勝つなんて7層のプレイヤーの資産状況じゃほぼ不可能だ。性能の高い武器ならともかく、単なるビーチの通行証に見合った難易度じゃない」

 

周囲にこれまでと違った沈黙が満ちる。皆の表情が真剣なものに変わってきた。

 

「1024倍」

 

キリトの後に口を開いたのはこれまで無言を貫いていたアスナだ。

 

「そのモンスターアリーナってやつで一試合ごとに掛け金が倍になるなら、10試合全部勝てば2の10乗で1024倍よ。初期資金100VCでも10万VCに届くわ。キリト君はそう言いたいのよね?」

 

「ああ。あくまで可能性の話だけど」

 

キリトは頷いた。

実際は試合の対面によってオッズが変化するだろうからそう単純に倍々とはいかないだろうが、それでもその値は近しいもの――キリトの経験によればおそらくはもっと多く――になるだろう。

 

ベータ版になって5試合から10試合に増えたバトルアリーナ。

正攻法じゃ到底入手できない高額景品。

アリーナの勝敗を予想した謎のアイテム。

 

これらが全てつながっているとすれば……

 

「ありえない話じゃない」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

入団テストを実施するにあたってケイは彼らを4つのグループに分けた。キバオウやオルランド、クラインは元々のパーティーで、残りの3人はまとめて一つのチームとした後、それぞれのチームに200コインずつを支給した。

 

もし虎の巻が本物ならばこのコインは何倍にも膨れ上がるだろう。しかし逆に予想が外れたならばコインの額は目減りしていく。クエストをどれほど上手く遂行できたのかはどれだけコインを増やせたかで評価するのが一番わかりやすいとのこと。しかも支給された200コインはギルドからの支給だというのだから気前のいい話だ。ただ、キリトにとって予想外だったのはギルド代表としてこのギャンブルにケイも参加するということだ。

 

確かに《ソード・オブ・ウォルプータ》の性能はすさまじいの一言に尽きた。本音を言えばあのような有用なアイテムは新人に渡すのではなく、ギルドとして確保しておきたいと思っているのかもしれない。

 

そんなわけで今日一日カジノにかかりきりになるらしいケイから、キリト達は降ってわいたように休日が与えられた。いったい何日ぶりの自由時間だろうかと思わず宙を見上げてしまったのはキリトだけではない。それほど過密なレベリングスケジュールが日常と化していたのだ。今日はてっきり残りのメンバーでウォルプータでボスクエストでも探すのかと思っていたのだが、それはアルゴに任せてあるらしい。

 

ミトやアスナからは息抜きに街の観光に向かおうと誘われたが、キリトはそれを断った。せっかく久しぶりに会えたフレンドがいるのだから、今日一日くらいは付き合ってやろうと思ったのだ。

 

あの日のようにベータテスターであるキリトが先導する形でウォルプータを探索するクライン。彼のパーティーメンバーも話してみれば皆いい人だった。ゲーマー特有の感覚というのだろうか。下手に気を使う必要もなく、話すことと言えば皆SAOを始めとするゲームのことばかり。多少年代差はあるもののお互いコアなゲーマーであるため会話の種が尽きることはない。

 

一方で、午前中いっぱいかけて行われた街の探索の結果は芳しくなかった。もう間もなくバトルアリーナが始まるころになっても望んでいた虎の巻に関する情報はゼロ。こうなればこのアイテムの真偽の見極めは最終手段――実際に勝敗を的中させるかどうかで予想が本物かどうかを見極める――しかないとクライン達は不安げに2万コル分のコインをもってカジノに向かった。

 

とりあえずの様子見として少額賭けた第一試合。半信半疑で掛け金を増やした第2試合。目をギラギラと光らせた第3試合。祈るように観戦した第4試合。心拍数の上限を試された第5試合。

 

終わってみればバトルアリーナ虎の巻は昼の部全ての試合結果を的中させていた。

 

 

バトルアリーナでの大勝後、夜の部が始まるまでの時間で休憩をとるためいったんカジノを後にしたクライン達は、いままでなら入店をためらうような高級感のあるバーに腰を落ち着けていた。きらきらと輝くカジノの豪華な外装が一望できる窓際の席で、興奮のためかすでに赤ら顔のクラインがジョッキを片手に乾杯の音頭をとる。

 

「我々の勝利を祝って、カンパーイ!!」

 

ウォルプータの一等地とでもいうべきカジノの正面広場に店を構えるこの酒場は予想通りかなり強気の値段設定であり、メニュー表には飲み物一杯でも思わず注文をためらってしまう金額が書かれていたがクライン達は迷うことなく注文を取った。あげくキリトにも奢るというのだからその財布の緩さは今朝とはまるで別人だ。もちろんその原因が先ほどのギャンブルにあったことは間違いようがない。

 

クラインは第3試合以降、周りの制止を振り切り熱に浮かされたような顔で後先考えない強気のベットを繰り返した。結果的にはそれが功を奏しチップは10倍以上に膨れ上がったのも事実だが、そばで見ているキリトからしたら気が気じゃなかった。

 

クラインが3連続オールベットなどという危険な賭け方をしたのは、虎の巻が本物であると確信をしたわけでも、彼がことさら欲望に煽られやすい性質だからというわけでもない。ケイが最後に設定した特別ルールとやらが原因だ。

 

キリトは解散前の一幕を思い出す。

初期資金を用意すると言い1000枚のコインを換金してきたケイはそれを机に並べた後、不自然に黙り込んだ。

 

「恐怖を……」

 

それは最初独り言のようだった。

 

「恐怖を、感じたことはあるか? これまでの階層で」

 

自分の掌を見つめているケイの言葉は誰に対してのものか判別しづらく、だからその問いに答えるものはいなかった。

 

「……攻略組は、他のどのプレイヤーよりも命を危険にさらすことになる。自分の命も自分以外の命も。未知なるモンスター。悪辣なギミック。フロアボス戦じゃ誇張なく一つの判断が命取りになることもある。君たちが最前線の攻略に加わるというのなら、全てを失う恐怖というものを嫌というほど味わうことになるだろう」

 

「ケイ……? どうしたの?」

 

いつもと違う様子にミトが心配そうな声をかける。ケイは静かに首を横に振った。心配するなということか。口をはさむなという意味だったのかもしれない。

 

「攻略組は常に最善で最適な判断を行わなければならない。自分と仲間と、この電子の牢獄からの解放を願うすべての人々のために……。俺たちが間違えればその代償は常に最悪の形で支払われることになるだろう。選択には強い責任とリスクが付きまとう。……そう。リスクだ。俺たちの行動は常にそれと共にある」

 

会話というより独白のようなケイの言葉。皆が表情に疑問符を浮かべる。

 

「暗闇を進む自分を想像することは実際にそれを行うよりはるかに簡単だ。リスクのない状況でいくら素晴らしい判断ができようが、攻略中にそれができるとは限らない。だったら、君たちの判断能力はすべてを失う恐怖を伴った状況でこそ評価されるべきじゃないか」

 

俯いた顔を上げたケイの眼には奇妙な輝きがあった。

 

「ルールを、追加しよう。飛び切りリスキーなルールを。…………今日の終わり、バトルアリーナ夜の部のすべての試合が終わった時、コインの総額が一番ではなかったチームのコインは全て、最も多くのコインを稼いでいたチームに献上しよう。中途半端な結末はなしだ。オール オア ナッシング。一位になってすべてを手に入れるか、負けてすべてを失うか。それが攻略組の命題でもある。そして――」

 

ケイは机の上から200コインを手に取った。

 

「このクエストには俺も参加する。勝ち取りたければ俺より多くコインを稼いで見せろ」

 

 

「クライン。浮かれるのは良いけどルールは覚えてるよな。どれだけ増やしたってコインは全部一位のチームの総取りなんだからな。財布のひもを緩めて負けても金は貸さないぞ」

 

大儲けしたのは彼だけではない。お互いの懐事情は明かしていないが地下闘技場で見かけた他のチームも目の色を変えて試合を観戦し、決着のたびに上機嫌で換金所に向かっていた様子から相応の額を獲得しているはずだ。

実際、風林火山のメンバーがわいわいはしゃいでいる店の隣では、キバオウらしき人物が音頭をとってジョッキをぶつけ合う姿も見えた。あの様子では彼らも相当儲けたのだろう。

 

「そうはいってもよキリト!! 3028VCだぞ!! 30万コル!! これが飲まずにいられるかってんだ! もちろんいい意味でな!!」

 

「おそらくケイはもっと増やしてるぞ」

 

「そうかぁ? 俺たちは第3試合から結構デカい額賭けてたし、なんなら一番稼いだんじゃないのか?」

 

「どうだかな……?」

 

入団テストの途中だと考えて言葉を濁したキリトはごまかすように飲み物に口をつけた。

ケイは口ぶりからして虎の巻が何かしらのイベントに関するアイテムであることを確信しているようだった。それにあいつは利益を最大化するためのリスクを恐れるような性格ではない。何といってもフォールンエルフの基地に突撃して、格上の将軍相手に恐れ知らずの交渉をするような奴だ。

 

「攻略組ってもっとこう慎重なやつが多いんじゃないのか」

 

「あいつは例外だよ。いろんな意味でな」

 

キリトが言い切るとクラインは急にグラスを傾けてごくごくと一息に酒を飲みほした。

 

「だったらこんなことしてる場合じゃねえじゃんか! 夜の試合が始まるまでに一枚でもコインを増やしておかねえと!! お前らぁ、なにちんたら飲んでやがる!! さっさと飲みきれ! さっさと食いきれ!! ここまで増やした俺たちのコインはぜったい持ち帰るぞ! ルーレットでもポーカーでもなんでもいい! とにかく増やすんだ! 行くぞお前らぁ!」

 

半分は冗談だろう(と思いたい)が目の色を変えてカジノに戻っていくクライン達をキリトはため息交じりに追いかけた。

 

「なあキリト! ルーレットやポーカーにも必勝法とかあったりすんのか?」

 

「あるわけないだろそんなもの」



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アーカイブス 022

夜の部開始までの数時間を1階での定番ゲームに興じて資産の増加を図ったクライン達であったが、その成績は可もなく不可もなくといった所だった。コインは増えたり減ったりを繰り返しながら、結局は微増したところでバトルアリーナ夜の部が始まった。

 

「やっぱりこれよ! これ!」

 

クラインはテーブルゲームのうっ憤を晴らすように肩をぐるぐると回しながらチケットカウンターに向かう。

 

「掛け金はどうするんだ?」

 

「もちろん。オールイン!」

 

ぐっと突き出された親指。完全に味を占めている。

キリトの脳裏にベータ時代の記憶がよぎる。かつての彼もカジノ高額景品を目指してこのモンスターアリーナに挑戦したことがあった。結果はなんと4連勝。後一勝すれば目標金額に到達すると喜び、欲望に目がくらんだ彼が次の試合で全コインをつぎ込んだところ、最後の最後で勝利の女神にそっぽを向かれたのだった。

 

キリトはかつての教訓に苦い顔をしたが結局は何も言わずに見送った。言ったところで鼻息荒く列に並ぶクラインがそれを聞き入れるかは微妙な所だったし、風林火山のメンバーが納得しているなら部外者のキリトが口を出すことではないだろう。

 

「ふふふ。これで7000コイン……」

 

怪しい目つきで掛札を握りしめるクラインは次の試合の詳細が書かれた紙を凝視している。ラスティーリカオンVSバウンシースレーター。

2体のモンスターの名前の下にはオッズが書かれている。リカオンは2.38、バウンシースレーターは1.73。払い戻しの倍率は客のかけ金を反映して決定しているため、この闘技場ではバウンシースレーターの方が人気を集めていることが分かる。

 

しかしクラインが賭けたのはラスティーリカオン側だ。そちらが勝つと虎の巻に予想されていたためである。

 

試合開始まではしばらく時間がある。今はまだ光量の多い観客席でNPCの楽隊が奏でるBGMに包まれながらキリトは今一度虎の巻について思索を巡らせた。

 

結局、このアイテムは何なのだろうか。

午後の部の5試合すべての結果を的中させている以上、このアイテムがただのジョークアイテムという可能性は低くなった。単純な2分の1でも5回連続的中させる可能性は1/32――4%以下だ。偶然にしてはできすぎている。

ただ、数%以下の確率なんていうのが往々にして起こるのがゲームの世界というもので、キリトが過去にやっていたゲームでもドロップ率1%のアイテムがたまたま一回で落ちることもあれば、逆に珍しくもない敵が出て欲しい時に限って意地悪く出現しないなんてこともある。

 

これだけでは決定的な情報とは言えない。

 

虎の巻の真相を掴むことは攻略組に少なからぬ利益をもたらす。クライン達だけでもすでに相当額のコインを手にしているのだ。どこかで予想が外れて大負けする前にこのアイテムのからくりがつかめれば、皆に多額の利益を得たままギャンブルを辞めさせられる。

 

やはりカギとなるのはこのアイテムを売りに来たというNPCだろう。その人物を見つけることができれば何かしらの進展があるかもしれない。キリトはそう考えて夜の部が始まるまでの数時間、クラインとは別行動でレクシオまで足を延ばしたが、その足取りを掴むことはできなかった。

 

かくなるうえはアルゴにでも連絡を取ってみるか。SAO随一の情報収集能力を誇るあの抜け目のない情報屋なら、このアイテムに関しても何かしらの手がかりをつかんでいるかもしれない。

ただ、その程度のことをケイがしていないとも思えない。彼が皆にカジノを止めさせないということはおそらく有力な情報は上がっていないのだろう。

 

切り口を変えてみる。薬草を求める母親に病気の娘がいるように、あるいは造船禁止令の原因に木材の流通不足が起きていたように、SAOのクエストには必ず背景にNPCの物語が存在する。この虎の巻が何かしらのクエストがらみのアイテムだとするなら、その裏には何者かの思惑が存在しているはずだ。

だが今のところ、クエストの核心に近づくような物語の端緒は見つけられない。

あるいは……。誰がどんな目的でという考えはクエストの意図したヒントの方向性ではないのかもしれない。むしろ注目すべきはもう一つの謎なのか。

 

「難しい顔してるナ」

 

「ああ。このイベントの落としどころについてな……ってアルゴ!?」

 

さも当然のように話しかけてきた小柄なフードのプレイヤーが、予期しない相手だったこともありキリトは飛び跳ねた。

 

「ニャハハハ! そんなに驚くなヨ!」

 

「気配もなく近づいてくるなよ!」

 

恥ずかしさをごまかすように言ったキリトの抗議にアルゴはどこ吹く風で笑い声をあげる。その様子に目を向けたクラインがやや上ずった声でキリトに尋ねた。

 

「な、なあキリトそちらのお嬢さんは?」

 

その質問にはキリトが答えるより先にアルゴが返答した。

 

「オレっちは情報屋のアルゴ。良い情報があれば安く買い取るし、欲しい情報があれば高く売ってやるヨ」

 

「普通逆だろ」

 

キリトが突っ込むとアルゴがニヤリといやらしい笑い方をした。

 

「けちけちすんなヨ。お前たちがカジノでずいぶん儲けてるってネタはもう上がってんだゾ」

 

キリトはげぇっと内心でうめいた。最近になって実感してきたがこの小柄な情報屋はまったくもって油断ならない守銭奴なのだ。最低限のモラルこそ持ち合わせているものの、売れるものは何でも売ると豪語する彼女の手にかかれば世間話のネタにさえ値札がつけられて販売されてしまう。キリトが警戒して口をつぐんでいるとクラインが片手を差し出してガバッと頭を下げた。

 

「お噂はかねがね伺っています、アルゴさん! 俺はクライン24歳。絶賛彼女募集中です!」

 

「ニャハハハハ! 面白いやつだナ! 気に入ったヨ! 良い情報が入ったら特別料金で売りに来てやル!」

 

「よろしくお願いします!」

 

その返答は遠回しにアルゴからはお断りされているような気がしなくもないが、口に出すほどキリトも野暮じゃなかった。そもそもクラインも冗談で言っているだけだろうし。

 

「それで、アルゴもモンバトをやりに来たのか?」

 

「いや、わけあって今はカジノに参加するわけにはいかないんだヨ」

 

「それじゃあ、何しに?」

 

「ちょっとクエストでナ。キー坊の手を借りたいんダ」

 

「俺の?」

 

心当たりが全くなく首をかしげる。

 

「クライン、少しの間キー坊を借りていいカ?」

 

「おう。こんなのでよければ好きなだけ持って行ってくれ」

 

「おい!」

 

クラインの言いぐさには少々物申したいところがあったがキリトは素直にアルゴの後についていった。チケット販売カウンターから少し離れた壁際。そこには自由行動をしているはずのアスナとミトがいた。

 

「あ、キリト君」

 

「アスナとミトもいるのか。二人はカジノには興味がないからこの町を観光してるんじゃなかったのか? それともケイの姿を見てやっぱり賭けに来たのか?」

 

「バカね、そんなわけないでしょ」

 

ミトが遠くで席についているケイを一瞥してため息をつく。

 

「おいおい、オイラはクエストを手伝ってって言ったんだゾ。二人もクエストで来てるに決まってるじゃないカ」

 

「クエスト? こんなところでか?」

 

「ああ、そうだゾ。それより念のため確認しておくが、キー坊はモンバトに賭けてないよナ」

 

「ああ」

 

一緒に居るとはいえ入団テスト中のクラインとは適切な距離をとっている。カジノでの行動に関しては全て彼のパーティー内で完結しており、キリトは極力関与しないようにしていた。

 

「ならよかっタ。このクエスト中に賭けをするとクエストは失敗になっちまうからナ」

 

キリトは首を傾げた。戦闘に負けるでも物をなくすでもなく、ただ賭けを行うだけで失敗するクエストなんて聞いたことがない。

 

「いったいどんなクエストなんだ?」

 

「今パーティー申請を送るヨ。クエストフラグを共有してくレ」

 

アルゴからの申請を受け入れると視界の隅に3人分のHPバーが追加される。同一パーティーとなったことで共有されたクエストリストを確認するためにメニューを開いたキリトは眉根を寄せた。

 

【バトルアリーナ夜の部第1試合で、リカオンに仕掛けられた不正行為を見破れ】

 

やっぱり、という思いがなければ嘘になる。

キリトの考えるもう一つの疑問。それは仮に虎の巻が本物であるとして、いったいどのように勝敗を見抜いているのかというものだ。的中率100%の予想なんて普通に考えれば怪しくないわけがない。

 

これは一筋縄ではいかなそうだぞとキリトは遠くに居座るケイを見た。

 

 

◇◇◇

 

 

その昔、今ではプライベートビーチとして開放されているウォルプータの海には水竜が住み着き、漁業で生計を立てていたウォルプータの人々を悩ませていた。水竜は毎年生贄を要求し、村人は内心で反発しつつも村の存続のためにこれに従わざるを得なかった。ある年、村人が生贄を捧げる季節になると、ふらりとある男が現れた。生贄を要求する竜の噂を聞いて来たという男は水竜に戦いを挑み、見事これを討伐した。

その男こそがこのカジノの秘宝《ソード・オブ・ウォルプータ》の初代所有者であった英雄ファルハリその人である。彼は生贄としてささげられるはずだった娘を嫁としてもらい、村に定住した。

 

そのころ、ウォルプータはどこにでもあるような寂れた漁村であった。そこに今のようなカジノができるようになったのはファルハリの家の家督争いに端を発するらしい。彼の息子は双子の男児であったのだ。

 

ファルハリには水竜を屠るだけの戦闘力の他に怪物を手なずける特異な力があった。ファルハリはその特殊な力を引き継いだ双子に、家督は優れた怪物を手なずけた方に譲ると宣言した。二人の息子は父の方針に従い、各々がこれだと思う怪物を手なずけて競わせることでその優劣を決しようとした。

 

しかし怪物を手なずけることもそれを戦わせることも初めての試みだった二人は、お互いの手懐けた怪物による決闘の前に、一度試しの勝負を行うことにした。当時これといった特産品もない寂れた村であったウォルプータの広場で、二人はそれぞれ5匹の怪物を戦わせた。これが村人にはこの上のない娯楽になった。これまで見たこともなかった迫力満点の催し物を前にして村人は双子に称賛の言葉を浴びせ、この娯楽の再演を求めた。

 

モンスターを戦わせる二人の評判はあっと言う間に他の街にも広がった。東のレクシオからも西のプラミオの街からも連日行われる迫力満点の戦いを見物するために観光客が訪れるようになると、さびれた漁村であったウォルプータの経済はかつてないほどに潤いを見せた。

 

後継者を決めるためだった試しの勝負がいつしか観客を楽しませるだけのショーに代わるのに時間はかからなかった。変化したのは勝負の性質だけではない。広場には大掛かりな柵と観客席が作られ、出店が立ち並び、ついには賭けさえ行われるようになった。ウォルプータグランドカジノの始まりだ。

 

それから二人の息子はそれぞれ家名をコルロイとナクトーイと名乗るようになり、子々孫々、今日に至るまで正当な後継者を決める決闘の試し……という名の興行を繰り返している。

 

というのがアルゴに聞いたこのカジノの成り立ちだ。不幸にもベータ時代にここで全財産を失ってしまったキリトは再起を図るためにウォルプータの町中で受けられるクエストは片っ端から受けまくった記憶があるのだが、その中にアルゴが語ったようなエピソードを話すNPCはいなかった。1,000万コルの景品や怪しげな虎の巻だけでなく、正式版でこの町に追加されたイベントは思いの外多いようだ。

 

自由時間を得たアスナとミトがアルゴと合流し回っていたクエストの一つがこのカジノを支配する2家のうちの一つナクトーイ家に関連するものだったらしい。その当主が言うにはこのカジノのもう一人の支配者であるコルロイ家が最近妙な動きをしており、おそらくイカサマをして金を集めているのではないかとのことらしい。

 

「なるほどな。それで冒険者に不正の証拠を見つけてほしいと」

 

「ああ。オイラの勘が正しければこのクエストは一度失敗すると二度と受けられなくなるやつダ。キー坊が協力してくれんなら心強いナ」

 

「まあ、やれるだけはやってみるけど」

 

頼られてうれしいやら、プレッシャーで気が重いやら複雑な気分でキリトはポリポリと頬をかいた。

これまでの経緯を聞いているうちに時間は経過し、試合が始まる。

 

「皆さま! 大変長らくお待たせいたしました! モンスターアリーナ夜の部第一試合! ラスティーリカオン対バウンシースレーター! まもなく試合開始です!!!」

 

マイクを持っているわけでもないのに良く通る声でアナウンスするスーツ姿の男の声に視線を向ければ、壁際に設置された大型の舞台がスポットライトで照らされる。

 

ほとんどが鉄格子に囲まれている檻のような空間。一部分だけ鉄格子ではなく壁に接している部分にスポットライトが集まる。ガコンと壁の一部がせりあがるように口を開けると、奥に見える暗がりの中からモンスターがのそのそと這い出してくる。

赤い毛皮の狼型モンスターに視線をフォーカスすると満タンのHPバーと共にモンスターの名前が表示される。ラスティーリカオン。反対側に現れた大型犬より一回り大きいサイズのダンゴムシにはバウンシースレーターの文字。

 

「どうキリト君? 何か不自然な所はある?」

 

小声で尋ねて来るアスナにキリトは首を振った。

 

「いや。今のところは何とも」

 

ラスティーリカオンとはベータ時代に戦ったことがある。常に2,3匹の群れで行動するあのモンスターはソロのキリトには手を出し辛いモンスターであったのだが、幸いにして1匹ずつ注意を引いてつり出す方法が分かってからは、経験値がうまいモンスターの筆頭になり果てた。下手をすれば3桁に届くかというほど戦ったモンスターの姿は今でも鮮明に覚えているが、檻の中に出てきたモンスターの姿に違和感はない。

分かりやすくふらふらと足元がおぼつかなかったり、血走った目によだれでもたらして異常に興奮していればわかりやすいのだが、ケイやクライン達のようにクエストとは関係なく賭けを行っているプレイヤーもいる中でそんなモンスターが登場するわけもなかった。

 

少なくとも外見上は目立った異常を見つけられないまま、モンスター同士の戦いが始まる。幾度かの攻防を経て、序盤を優勢に進めたのはラスティーリカオンだった。バウンシースレーターも反撃を試みるのだが、噛みつきも頭突きもすいすいとかわされ、背後に回り込んだリカオンの攻撃ばかりが有効打になっていく。

 

数多ある足を一本、また一本と食いちぎられたスレーターはゲーム的演出だろう、無口なはずのダンゴムシに似つかわしくない悲鳴を上げた。HPもみるみる減少していく。

 

「なんだか一方的な試合ね。リカオンが何かズルでもしてるからかしら」

 

「いや」

 

アスナの言葉をキリトは否定した。

 

総合的な強さでは両モンスターには大きな差はない。だがバウンシースレーターがどちらかと言えば耐久力や攻撃力に偏っているモンスターなのに対し、ラスティーリカオンは素早さに特化している。真正面から戦えばこうなるのはある程度予想ができる事態だ。それでもこれが試合として組まれたのはきちんとした理由がある。バウンシースレーターにはこの状況を打開するのに十分な特殊攻撃があるのだ。

 

キリトが説明するより早くスレーターはくるりと球型に体を丸めた。リカオンは畳みかけようとその爪を振り下ろすが、先ほどとは違い硬い甲殻に阻まれて有効打にならない。バウンシースレーターの外殻はソードスキルさえもはじき返す天然の鎧なのだ。あの状態でダメージを与えるのは難しい。

 

バウンシースレーター、直訳すると弾むダンゴムシ。体を丸めたあの姿がダンゴムシの由来なのだとしたら、当然バウンシーの名も理由なく付けられたわけじゃない。

 

「来るぞ……!」

 

バウンシースレーターの身体がグニッとたわんだかと思えばすさまじい勢いではね跳んだ。一度だけではない。戦うには十分だが決して広いとは言えない檻の中で壁に当たり天井にあたり、そのたびに弾み方を変えながら縦横無尽に跳ね回る黒い球体は、動きに翻弄され足を止めたリカオンを背中から強襲した。

 

「ギャウウウウンッ!!!」

 

弾き飛ばされ檻に激突したリカオンは悲鳴を上げる。耐久力が高くないリカオンには高すぎる威力の攻撃は一撃でHPバーの3分の1ほどを削り取った。

 

体勢を立て直したリカオンは今度こそ相手を仕留めんととびかかるが、それをあざ笑うかのように目前でクルリとバウンシースレーターの身体が丸くなる。牙の一撃は体に突き立つことはなく硬質な音と共にはじかれた。

そうしてまたスレーターがゴムボールのように跳ねまわる。

 

再びの痛撃を食らったリカオンのHPは今やバウンシースレーターのそれより少なくなっていた。見事な逆転劇に湧き上がる歓声はバウンシースレーターに賭けたNPCのものだろう。ちら、と視線を向けてみればケイはすまし顔だが、クラインやレジェブレの面々は気の毒なほど顔を青くしている。キリトとてこの状況でリカオンに大金を賭けていたら平静でいられる自信はない。

 

檻に衝突し倒れていたリカオンが高ダメージによる行動阻害から立ち直りのそりと立ち上がる。その時にはもうスレーターの跳ね回り攻撃のクールタイムは終わっていた。くるりと体を丸める。バウンシースレーターの硬殻に文字通り歯が立たないリカオンにとって、唯一の勝機は体を丸める前に攻撃してダメージを与えることであるが、無情にもそのような展開は訪れなかった。

 

「ず、ずりーぞ! 正々堂々戦え!!」

 

NPCが飛ばす怒声の中に聞き覚えのある声を聴いたような気がするがキリトは努めてそれを意識の外に追い出した。視線はずっと檻の中。

 

普通に考えればこうなってしまった以上リカオンが勝つ確率は低い。先ほどまでの動きを見る限りスレーターの動きに対応できていなかったリカオンは、焼き直しのように体当たりを食らって負けるだろう。だが、クエストはリカオンの勝利を示唆している。

 

ここからの大逆転があればそれはイカサマによるものであるに違いない。

 

キリトの視線の先でリカオンは奇妙な動きをした。四肢に力を漲らせ一声吠えると歯をむき出しに唸ったのだ。何かの技の予備動作だ。これまでの戦闘経験からキリトはそれを直感した。

 

果たして、その予想は当たっていた。

バウンシースレーターが体をたわませる。同時にリカオンも飛び上がった。何かのスキルなのだろう。リカオンは明らかに物理法則を無視した動きで高速回転し、赤い竜巻となって飛翔する。跳ね上がったバウンシースレーターと回転するリカオンが空中で衝突。

左右から運動エネルギーをぶつけ合った両者は火花を散らしながら数秒間空中で拮抗しあった。重なり合ったHPバーがどちらも激しく減少し始める。効果エフェクトのポリゴン片が舞い散る中、拮抗する両者。時間にすれば数秒の衝突を制したのは深紅の旋風だった。

 

バウンシースレーターの動きが不自然に停止しその姿が四散する。ポリゴン片を舞い散らしながら着地したラスティーリカオンは、誇らしげに勝利の雄叫びをあげた。つられるように会場が悲喜こもごもの声援でわっと盛り上がる。

 

試合後の闘技場は勝利に酔いしれ得意になるものと、悔しがるものに分かれた。ちらと視線を向ければクラインは前者。キリトは賭けをしていたわけではないがその表情は後者に近かった。

 

「……なにか分かったカ?」

 

「最後の攻撃はイカサマ、じゃないわよね……?」

 

アルゴの問いに答えたのはベータテスターとしての視点を持つミトだった。キリトの記憶にある限りでもラスティーリカオンはあんな風にとびかかって来る特殊攻撃モーションが設定されていた記憶はない。

 

しかし、ベータ版で見覚えがないというだけでイカサマと思うのは早計だろう。正式版で新たに追加された可能性もあるし、そもそも特殊モーションの攻撃がズルならバウンシースレーターの攻撃も規制されなければいけない。

 

「確かに見たことない攻撃だったけどあれをイカサマだっていうのはな……隠す気がなさすぎる」

 

キリトの言葉にアルゴも頷く。だがそうなるとクエストの言う所のイカサマが何を指すのかさっぱりだ。最後の大技のインパクトが強かった以外はいたって普通の試合に見えた。

なんならキリトだって最後の大技まではリカオンが負けるとさえ思っていたのだ。あのモンスターが有利になるような細工が機能していたとは思えなかった。

 

頭を悩ませたキリトはふたたび視線を檻に向ける。勝者であるリカオンはカジノのスタッフの手によって再び壁の穴に再び収容されているところだった。この後はきっとポーションでも飲まされて治療されるのだろう。

 

その時ふと、キリトの視界に違和感が残った。金属で組まれた頑丈そうな檻の一部にシミのようなものがついているのだ。一瞬単なる汚れエフェクトかとも思ったがこれまでの試合でそういう演出が発生した記憶はない。

 

「どうしたキー坊?」

 

「ああ。あそこの所……檻に何か汚れがついているなって思って」

 

キリトが指さす先を見てアスナが眉を寄せる。

 

「血、かしら……?」

 

「いや、このゲームでは攻撃を受けても血液は描写されないはずだ」

 

さすがに悪趣味が過ぎると考えたのだろうか。SAOでは切られても刺されても赤い粒子のようなエフェクトこそ出るものの明確に血液と呼べるものは描写されない。装備に泥汚れが付くことがあっても返り血で赤く染まるなんてことはこれまで一度もなかったはずだ。

 

キリト達の足は自然とその檻の汚れの前に進んだ。近くで見てもやはりそれは血というには少し違和感のある粘性の液体に見えた。いうなればペンキのような。

 

「よっト!」

 

アルゴが器用に鉄柵にしがみつきハンカチで拭うと赤いシミはきれいに拭き取られた。

 

「んー、やっぱり血じゃなさそうだナ。匂いが違うヨ……おっと、どうやらこれで正解らしいゾ」

 

クンクンと小さい鼻をひくつかせながらアルゴが言った。

 

【リカオンに仕掛けられた不正を突き止めた。依頼人に報告しよう】

 

更新されたクエストログを見ながらミトが疑問の声を上げる。

 

「この赤い汚れがイカサマの証拠って事? なにかの薬品なのかしら?」

 

「いや、これは薬品っていうより染料なんじゃないカ?」

 

「毛皮を染めて他のモンスターをラスティーリカオンだって偽っていたって事かしら」

 

アルゴの言葉にアスナが続くがミトはなおも首をかしげる。

 

「でも、ベータ時代に赤くないリカオンなんていなかったと思うけど……」

 

「正式版で追加されたって事かもナ……そのあたりについてはオイラ達よりニル様の方が詳しそうだし、一度戻って聞いてみようヨ」

 

「ニル様?」

 

聞きなれない言葉をキリト復唱すると、アスナが振り向いた。

 

「そ。このクエストの依頼人よ。私たちはこれから彼女にクエストの報告に向かうけど……キリト君はどうする? クラインさんのところに戻る?」

 

アスナに言われてキリトは視線を客席に向けた。そこに人に見せられないようなだらしない顔で換金所からコインを受け取るバンダナ姿の男を見つけてキリトは視線を戻した。

 

「いや。このままクエストに混ぜてくれ」

 

 

 

 

クラインにしばらく席を離れることを伝えたキリトは熱気あふれる地下闘技場を後にした。一階につながる階段を登りきるとあれだけうるさかった歓声がピタリとやみ、楽団のNPCが奏でる品の良い音楽が耳に届くようになる。思わず気の抜けたようなため息が出たのはかつて全財産を奪われた場所で無意識的に緊張していたからだろうか。それとも友人が全財産を賭ける姿をはらはらしながら見守っていたからだろうか。

 

「それじゃあいこうカ」

 

アルゴに先導される形で2階への階段を登る。

ウォルプータグランドカジノは少なくとも外から見る限りは4階建ての建物になっている。ベータ時代には未実装だったと思わしき4階に何があるかは分からないが、1階はポーカーやルーレットなどオーソドックスな賭け事の場、2階は高額レートのVIP専用遊技場、3階はこれまたVIP専用の階層で宿泊用の部屋が用意されていたはずだ。そして件の依頼人は3階にいるらしい。

 

2階のVIPエリアにつながる階段は黒服の警備員とロープで仕切られていた。アルゴは彼らに慣れた様子でなにか通行証らしきものを見せると、NPCは赤いロープの端をポールから外し無言で頭を下げた。階段を登り2階へ。フロアの赤絨毯を横切ってアルゴが向かったのは正面の階段だ。それをさらに上ると3階につく。

 

3階のホールはこれまでと違って絨毯が黒く、控えめな照明と相まって落ち着いた雰囲気だ。思わず背筋が伸びてしまう。これまでの作りで言えば正面に見えるはずの4階への階段がない事、八角形のホールの真ん中に奇妙な半魚人の石像があることなど気になることがあったが、その静謐な空気と正面カウンターにホテルコンシェルジュのように待機している黒服NPCの雰囲気にのまれてキリトは口をつぐんだ。

 

アルゴは受付に再び通行証を見せると彼らは恭しく一礼する。不届き物を排除することが仕事と思われる屈強な黒服NPCの視線を気にせず、慣れた足取りで廊下の奥に進んでいくアルゴが立ち止まったのは十七号室と書かれたドアの前だ。

 

「誰だ……?」

 

「アルゴだヨ。カジノの調査が終わったんで報告に来タ」

 

ノック音の後に続いた誰何の声にアルゴが返答するとカチリと静かな解錠音が響き扉が内側に開かれる。

 

暗い。それがキリトが真っ先に抱いた感想だった。3階の廊下も窓がなく光源と言えば等間隔に設置された控えめな照明だけで明るいとは言えなかったが、この部屋はそれに輪をかけて暗かった。警戒して足を止めたキリトであったが、アルゴやアスナが気負う様子もなく入っていくのを見て後に続く。

 

部屋の中はいったいどこの高級ホテルだと突っ込みたくなるほど広々していた。奥の壁は一面ガラスでおおわれており、計算しつくされた角度からたっぷりの夜景が顔をのぞかせている。月光を除けばこの部屋唯一の光源であるランプが置かれたテーブルは一目で高級品だとわかる代物だし、付随するソファーも大人が優に寝ころべるほど大きなものだ。

 

そしてその中央に座るのはまるで等身大の西洋人形のような美しさを誇る線の細い少女。

 

「武器をこちらに」

 

「わひゃっ」

 

と、そこで予想外の方向から声をかけられたキリトは奇声を上げて飛び上がった。見ればドアの左側、壁際に張り付くようにメイド服を着た女の人がこちらに手を伸ばしている。正確にはただのメイド服ではない。胸部は黒い金属の軽金属装備で保護されているし、スカートや手袋も端々に金属で補強がされている。メイド服のらしさと金属防具の堅牢さを危ういところで行き来するその服装はバトルドレスという言葉がしっくりきた。

 

思わず頭からつま先までその装備を見分していると、ずいと無言で手を差し出される。

 

「あ、えっと、はい」

 

キリトはほとんど反射的に腰から片手直剣を外し手渡す。メイドの頭上にはNPCを表すアイコンと共に【Kio】と書かれている。

 

「……問題ないでしょう。ニルーニル様に失礼のないように」

 

キオはキリトから渡された武器の刀身をじっくりと見分し何らかの基準を合格したのか一つ頷いた。

 

「アルゴ、その子は?」

 

澄んだソプラノボイスはソファーに座った少女――キオ曰くニルーニル――から発せられたものだ。明らかに自分より年下の女の子にその子呼ばわりされ、キリトは何とも言えない顔をする。

 

「新しい助手みたいなものだナ。こう見えて目端の利くやつだヨ。ほらキー坊、ニル様に挨拶しなヨ」

 

身長が低い癖に自称お姉さんといった態度を崩さないアルゴまでが便乗してきたが、大人なキリトは冷静に必要最小限の情報だけを口に出した。

 

「どうも。キリトです」

 

「キリト……であってるかしら?」

 

かわされた会話は初対面のNPCがほぼ必ず行う発音チェックだ。プレイヤーの名前のイントネーションを確認するための定型的な会話にキリトが頷くとニルーニルは視線をアルゴに戻し、クエストの本題を尋ねた。

 

「それで、ラスティーリカオンの謎は解けたのかしら?」

 

「まあナ。こいつを見てくレ」

 

アルゴがストレージから檻に付着した赤色の何かをぬぐったハンカチを見せるとニルーニルは手にも取らずに首を横に振った。

 

「これは、血……じゃないわね」

 

「こいつが試合の後の檻についてたんダ」

 

ニルーニルの眉間に皺が寄る。そのまま差し出された手にハンカチを渡すと、彼女はそれを光にかざしたり匂いを嗅いだりとした後、その正体を言い当てた。

 

「《ルブラビウムの花》ね……。軽微な毒があるから素手で触ったのなら良く手を洗う事を勧めるわ」

 

「毒なのカ……? 勝ったのはリカオンの方だったのニ?」

 

「毒性はそれほど強くはないわ。戦闘の勝敗に影響はないでしょう。この花の主な用途は毒物としてじゃなく染料としてのものなのよ」

 

ニルーニルは染料がついたハンカチを乱雑に放った。テーブルの上に乗ったそれを見つめる彼女の顔に前髪がかかりその表情が見えなくなる。

 

「この赤い染料が闘技場の檻に、いえもともとはリカオンの毛皮についていたという事は……あのワンちゃんが本当はラスティーリカオンじゃなく、似た形の別のモンスターを赤く染めて偽っているってことになるわね?」

 

「オイラ達もそう思うヨ」

 

ニルーニルが再び顔を上げた時、彼女の瞳はらんらんと怪しく光っていた。その色は血のように深い赤。

 

「やってくれたわねぇ……コルロイの爺ィ……!」

 

ひったくるように卓上のワイングラスを手に取ると、グイッとそれを飲み干すニルーニルの姿に、ゲーム内とはいえ子供がお酒を飲むのはどうなんだとキリトは少しモヤモヤしたが保護者的立ち位置のキオがなにも言わないならとその行為は見逃すことにした。

ワインと共に鬱憤も飲み込んだのか、ニルーニルはグラスをテーブルに置くと長いため息を吐いてからアルゴに視線をやった。

 

「……とにかく……イカサマを見破ってくれたのには感謝しないとね。キオ」

 

「はい。お嬢様」

 

音もなく隣に移動していたキオが懐から革袋を取り出すと、アルゴに手渡した。

 

「毎度!」

 

軽く中を覗いた後アルゴが袋をストレージにしまうと、キオの頭上に浮かんでいた【?】マークが消失する。これで一先ずクエストはクリアということなのだろう。キリトはそのタイミングで口を開いた。

 

「あの、ニルーニル様。一つお聞きしたいことが」

 

「何かしら?」

 

「イカサマはラスティーリカオンだけに行われているのでしょうか?」

 

ニルーニルは心底から憂鬱だというような長いため息を吐いた。主人の機微を察してかキオがワインをグラスに注ぐ。それをまたしても一息に飲み干して少女はけだるげにグラスを置いた。

 

「バトルアリーナの勝敗を予想した怪しげな書物が出回っている話ならアスナから聞いているわ。それの的中率が高いこともね。これで6連勝、だったかしら」

 

キリトは思わず横を見るとアスナが小さくうなずいた。どうやら考えることは同じらしい。

 

「そして……ええ、こうしてリカオンのイカサマが現実のものとして明らかになっている以上、他の試合でも何かしらの勝敗操作が行われている可能性は否定できないわね…………。いえ、おそらく、ほぼ確実に、あの爺の悪だくみはこれだけじゃないでしょう」

 

一周回って愉快そうに笑うニルーニルは目だけがピクリとも動いていなかった。

 

「イカサマが行われるなら、試合を中止することはできないんですか?」

 

「無理ね」

 

アスナの言葉にニルーニルは首を振った。

 

「……グランドカジノの成り立ちは覚えているかしら?」

 

「はい。水竜を討伐した英雄ファルハリの二人の息子が後継者を決めるために使役したモンスター同士を戦わせるようになったという話ですよね」

 

「正確には、後継者を決めるための決闘を行うための試しの儀よ。当時作られた決闘の掟では試しの儀は一試合でも行われなくなれば充分に準備ができたとみなされ、翌日に本番の決闘を行うよう明文化されているの。つまり一試合でも中止すれば翌日にはこのウォルプータグランドカジノは正式にコルロイ家かナクトーイ家のどちらのものか決定しなければならなくなる。負けた方の家は資産のほとんどを失いこれまでのようにカジノを運営することはできなくなるでしょうね」

 

「そうなんですか」

 

残念そうに引き下がるアスナにニルーニルは申し訳なさそうな顔をする。

 

「ごめんなさいね。本当ならイカサマが行われている可能性があるなら見過ごすべきではないのだけれど……決定的な証拠がない今のままだとやれることに限界があるわ」

 

そこで、ニルーニルの頭上に【!】マークが出現した。次のクエストフラグの出現だ。すかさずアルゴが質問する。

 

「なあニル様。オイラ達にまだ何かできることはないカ?」

 

「そうね。もし協力してくれるというなら《ナーソスの木の実》と《ウルツ石》を集めてきてもらえるかしら。ナーソスはこの町の北にある揺れ岩の森に、ウルツ石は町はずれの河原でそれぞれ手に入れられるはずよ」

 

「木の実に石カ? 集めるのはかまわないけどいったい何に使うんダ?」

 

「二つを混ぜて煮詰めると脱色剤になるのよ。コルロイはあのリカオンを明日の最終試合にも出場させようとしているわ。そこで衆人環視の中イカサマを暴いてやれば、いくらあの爺でも言い逃れはできないはずよ。そしてイカサマの証拠さえつかんでしまえば、その代償も思う存分払わせることができるわ」

 

ニルーニルはほの暗い笑みを浮かべてくつくつと笑った。



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アーカイブス 023

ニルーニルの部屋から退出し、地下闘技場に戻るための階段を下りながらキリトは難しい顔で眉間に皺をよせていた。

 

地下闘技場のモンスターアリーナでは不正が行われている。少なくともラスティーリカオンに関しては完全に黒だった。

 

バトルアリーナ虎の巻は午後の5試合すべての勝敗を的中させていた。もし夜の部でも予想が的中し続けるのなら、これは偶然や単なる目利きではありえない確率だ。

 

おそらく虎の巻はコルロイ家の企みとつながっている。

同程度の実力をもつモンスターの戦いで、その勝敗を連続で的中させることは至難の業だ。あらかじめ決められた筋書き通りに勝敗が操作されていたと考えた方が説明がつく。

 

おそらくコルロイ家は午後の5試合にもラスティーリカオンの一件のように勝敗を操作できるようなイカサマを仕掛けていたのだろう。そしてそれは夜の部でも仕掛けられている可能性が高い。

 

クエストの会話を終えた後、キリト達はニルーニルとキオに何かイカサマに心当たりはないか、これまで怪しい勝敗操作が行われた記憶がないかなどを聞いてみたが、結果は芳しくなかった。不正が疑われる試合自体はいくつかあったそうだが、決定的な証拠とも言うべきイカサマの種が割れたのは今回のリカオンの件だけだそうだ。そもそもそんなものが分かっているならとっくに摘発しているといわれ、それはそうだと納得した。

 

「やめさせるべきだよな……」

 

「ケイ達のことカ?」

 

先行して階段を下りていたアルゴがキリトのつぶやきに反応して振り向いた。

 

「ああ。クエストの流れから言ってあの虎の巻はコルロイ側の悪だくみだろ? ケイ達があの本の指示通りに賭けを進めていったら、きっとどこかのタイミングで裏をかかれてコインを失うことになるんじゃないのかと思ってさ」

 

「ま、このまま大勝利、とはならないだろうナ」

 

この状況に不信感を抱いているのはアルゴも同じようだ。

 

「よくあるパターンで言えば最後の試合、第10試合目だけ予想が外れて全財産をなくしちゃうとかなんだけど……」

 

「それなら9試合目までで賭けをやめればいいんじゃない?」

 

アスナが提案した最も単純な解決策にキリトは賛同しかねた。

 

「言うほど簡単なことじゃないぞ……大勝ちしているギャンブルの辞め時を見つけるっていうのは。下手すりゃ一試合で数百万コルも儲けてる最中ならなおさらに。騙されているかもしれないなんて曖昧な言葉じゃ抑止力としちゃ弱すぎる。100パーセント罠だっていう証拠でもなきゃ立ち止まれない……んじゃないかなぁ」

 

「経験者は語るってやつかしら?」

 

「うぐっ……」

 

アスナにからかわれて呻き声を上げながらキリトは頭の中で言葉を続けた。それに、第10試合だけを回避すれば終わるような簡単なクエストにも思えない。直感でしかないがこのクエストはもっと複雑なアルゴリズムの元に動いているように感じるのだ。

 

「キリトの言いたいことはわかるわよ。何とかしないとってのも同意見。でも、たぶん……ケイはソード・オブ・ウォルプータを手に入れるまで止まらないんじゃないかしら……」

 

ミトが悩まし気につぶやいた。

 

「でも、目標金額にはもう到達しているじゃない。いまって夜の部の第3試合の真っ最中でしょ。もし、この試合までコルロイ家が動かずに順調に賭けに勝っていたら、みんなに事情を説明して協力すれば、《ソード・オブ・ウォルプータ》を交換できるんじゃない?」

 

「アーちゃん、5チームの合計じゃダメなんダ」

 

首をかしげるアスナにアルゴが語り聞かせる。

 

「今日集まったメンバーはみんな本気で攻略したいって思ってるプレイヤーなんだロ。だったら誰だってソード・オブ・ウォルプータは欲しいに決まってル。あれには装備するだけで他のプレイヤーから頭一つ抜けられるポテンシャルがあるからナ」

 

彼らの表情を思い出しながらキリトも首を縦に振った。

 

「ああ。仮にみんなのコインでソード・オブ・ウォルプータを交換したら、あの剣を誰が使うかで絶対に揉めごとになる。剣が一本しかない以上折衷案を出すのは無理だし、仮にコルで補填するにしても他のチームに数百万コルを渡すなんてこともできないしな」

 

残念そうにアスナが沈黙する。

 

「……そこまで考えてケイはあんなルールにしたのかもナ」

 

「どういうこと?」

 

1人で頷くアルゴにアスナが目を向けた。

 

「虎の巻の内容が本当だったら10万コイン以上稼ぐチームが複数出てもおかしくなイ。一本しかないソード・オブ・ウォルプータを誰が交換するかで揉めちまうだロ。そうならないように一位のチームが全部のコインを独占して勝者が一人しか出ないようにしたんじゃないカ?」

 

階段が終わる。ロビーの向こうに見える分厚い扉を開ければもうそこは熱狂渦巻く地下闘技場だ。今のうちに行動の方針を決めておきたかったキリトは一度足を止め、皆の顔を見る。

 

「どうする?」

 

「とにかく一度情報共有するしかないんじゃないかしら」

 

アスナが言う。

 

「最終的な判断はケイにゆだねましょう」

 

「異議ナシ」

 

ミトが提案し、アルゴがそれに賛同した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

地下闘技場に入ったのはちょうど夜の部第3試合目が終わった時だった。興奮したNPCに交じって上機嫌で換金所前に集まるクライン達の姿を見るにこの試合も虎の巻の予想は当たったのだろう。

キリト達は換金所前で彼らに声をかけ、次の試合が始まるまでのわずかな時間に今進行しているクエストの概要を伝えた。

 

バトルアリーナの胴元の一方であるナクトーイ家からのクエストでバトルアリーナの不正を探っていたこと。コルロイ家がラスティーリカオンの毛皮を染めてイカサマをしている証拠をつかんだこと。そしておそらく、夜の部の他の試合でも勝敗を操作するようなイカサマが行われる可能性があること。

 

しかし、それを聞いたケイの反応は実に淡白なものだった。

 

「予想の範囲は超えてこないな……」

 

「まるで分かっていたみたいな言い方ね」

 

ミトが言うとケイは淡々と説明を始めた。

 

「お使い然りモンスター討伐然り、SAOのクエストはプレイヤーに何かしらの課題を課すのが常だ。朝に話した予想の通り、虎の巻がクエストに関連するアイテムだとすると、モンスターバトルにはプレイヤーに解消させるべきトラブルが発生している可能性が高い。そしてカジノの勝敗予想という性質上、それはイカサマに関連していても不思議じゃない」

 

「それが分かっているなら私たちが何を言いたいのかもわかるわよね」

 

「コインを巻き上げられる前に賭けを中断して利益を確定しようってことか?」

 

ミトが頷く。まっさきに異議を唱えたのはキバオウだ。

 

「ちょお、待ってんか! 話を聞いとるかぎり虎の巻がコルロイってやつの差し金ってのはあんたらの予想でしかないんやろ!? 証拠はあるんか!?」

 

痛いところを突かれてキリトは答えに窮した。

 

「ないヨ。いまのところはナ」

 

代わりに答えたアルゴが肩をすくめる。

 

「じゃあ、わいらは止めんで! こんなチャンス逃せんて! 今波が来とるんや!」

 

「俺もキバオウに賛成だね」

 

ギラギラとした目でレジェンドブレイブスのオルランドも追従する。パーティーリーダーの意見を補強するようにクフーリンが声を上げた。

 

「キリトさんの言いたいことはわかるよ。でも、俺たちから金を巻き上げるんならこんな遠回りな罠を仕掛ける必要はないだろ。ほんとに勝敗が操作できるなら最初から俺たちの予想とは逆のモンスターを勝たせとけばいい」

 

「もしかしたら……最初はあえて勝たせてギャンブルに嵌らせてから、お金を巻き上げるのが目的なのかも……」

 

「やっぱネズオはなんも分かってねえな……。俺たちの持ってるコルなんてせいぜい数万程度だろ。それを巻き上げるために百万コル以上勝たせてどうすんだよ。持ち逃げされたときのリスクがデカすぎるだろ」

 

「そもそもギャンブルっていつだって負ける可能性があるなかでやるものなんだから、ある程度のリスクは許容するべきじゃないのか?」

 

「俺はこれ、ソード・オブ・ウォルプータの獲得クエストだと思うって!」

 

それから喧々諤々と議論が交わされるが、やはりというべきか賭けを中断しようという意見は少なかった。それも仕方ないだろう。今の時点で8連勝。コインの額面は100倍以上に増えている。度重なる幸運と成功経験は判断能力を鈍らせるものだ。皆が大なり小なり欲望で顔を紅潮させている中で、カジノの魔力に魅せられていないのはケイを除けば一人だけだった。

 

「怖いんなら掛け金を減らせばいいっしょ。オールインじゃなきゃイカサマにかけられても少しは手元に残るんだし」

 

薄ら笑いを浮かべながらしゃべるモルテはこの状況を面白がっているように見えた。

しかし提案自体は至極まっとう。リスクの軽減と利益の確保を両立させたその意見は妥当な落としどころのように思える。少なくとも最悪の事態――コインを全額失うことは避けられそうだとキリトが胸をなでおろしかけた時、彼はチームメンバーの方を向いて言葉を付け足した。

 

「あー、でも俺は次の試合でも全額ベットっすけどね」

 

「は?」

 

矛盾した言葉に疑問の声を上げる面々をあざけるようにモルテは軽薄な笑みを浮かべる。

 

「だって、コインは一番になったチームの総どりなんでしょ。だったらちまちま稼いでもしょうがないじゃないすかぁ」

 

キバオウが乗り出した身を一歩引いて、チームの方に身を寄せた。ブレイブスのオルラントは真意を探るように周りの人間の顔色をうかがう。一瞬だが確実に蔓延した猜疑心と対抗意識は無意識のうちに形成されていた協力してクエストを乗り切ろうとする空気を変えてしまった。

 

「ねえケイさん。そういうルールでしたよね。あ、今更ルール変更とか無しっすよ。俺たちは午前中からそういうルールでリスクをとってやって来たんすから……」

 

「……ああ。もちろんルールの変更はない。各チームはこれまでの情報を多角的に判断しつつ、最善と思われる決断を下すといい」

 

ケイは最後にそう締め切ると一同を解散させた。

モンスターバトルの試合間隔は複雑な議論を行うには短すぎる。次の試合の投票締め切りの時間が迫ってきているのもあって、キリト達は我先にカウンターへ向かう皆の姿を心配そうに見送るしかできなかった。

 

夜の部第4試合が始まる。

 

賭けに参加しているメンバーはどのチームもNPCのカウンターに直行していた。ケイでさえもだ。イカサマのリスクを危惧しモンバトを中断する判断を下したチームがいないのは分かっていた。だから、問題はどの程度かけたのかだ。そしてその点で言えばキリトが合流した風林火山の面々の判断は最悪と言ってよかった。

 

「また、全額ベットしたのかよ……」

 

呆れたようにため息をつくキリトにクラインはさすがに少しバツが悪そうな顔をした。

 

「そうはいってもよぉキリト。やっぱり一番にならなきゃいけないなら、ここは手を抜けないだろぉ」

 

「コインが全部なくなったら元も子もないだろ……」

 

「お、俺たちだって考えなくかけたわけじゃねえよ。これまでやってきた古今東西のRPGの経験をいろいろ考えてだな、イカサマが起こるなら最後の10試合目だって踏んだわけよ!」

 

その流れはキリトも考えなかったわけではない。だが、それこそ全く根拠のない希望的観測にすぎない。少なくともキリトには数百万コルの金額を賭けるに足るほどの確信は得られなかった。

 

「このイベントは9試合連続で勝たせておいて、最後の最後に裏切られるタイプのやつに違いない! つまりこの試合までは賭けても問題は、ない!」

 

自分に言い聞かせるようにそういうクラインを、キリトはため息交じりで見守る。

 

本日9試合目の勝負。賭けの行く末はクラインの読みの通りになった。これで9連勝。今日の朝にはたった200枚分だったVCコインは、今やクラインの手元でその数を6万枚近く、600万コル相当にまで増えていた。

 

「で、どうするんだ?」

 

カウンターでコインを引き替えてきた後のクラインはかれこれ一分ほども無言を貫いていた。仕方がないのでキリトが声をかける。のっそりと振り向いた顔は分かりやすいくらいに葛藤に満ちていた。

 

「か、賭けるしかねえだろうよぉ……ここまで来たら」

 

初めは6人いた風林火山のメンバーは今やクラインを含めて3人しかいない。あるものはクラインにすべて任せると言い、あるものは心臓に悪いからと言ってラウンジに戻ってしまったのだ。残り2人のメンバーが不安げな表情でクラインと相談する。

 

「10試合目はイカサマがあるんだろ……」

 

「やっぱここでやめておいた方が良いんじゃないか?」

 

弱気を見せる他のメンバーにクラインは言い返す。

 

「でも他のやつらはかけてるしよ……」

 

結局こうなったか、とキリトは内心で諦念を抱いた。勝者が総取りをするルールは確かに誰がソード・オブ・ウォルプータを交換するかで揉めないという明確な利点がある一方、リスクを避ける選択肢を消してしまうという明確なデメリットがあった。

 

これが普通の賭けならばクラインもここまで迷わなかっただろう。おそらくイカサマが行われるであろう第10試合は避け、これまで稼いだ大金をもって酒場にでも繰り出せたはずだ。

 

だが、他の4組が賭けを行っているとなれば話は変わってくる。最も資金の多い状態で行う最後の試合の賭けの報酬は、これまでで最大となるからだ。ここで降りた場合、クラインが1位になる確率は低く、それはこの大金がクラインの手元に残らないことを意味する。

 

「問題はどっちに賭けるかなんだよな……」

 

風林火山の3人は頭を突き合わせて試合の倍率表をのぞき込んだ。最終試合の対決はタイニー・グリプトドン対ヴェルディアン・ビッグホーン。虎の巻の予想ではタイニー・クリプトドンは△、ヴェルディアン・ビッグホーンは〇となっている。これまで通り予想が的中するとなれば勝つのはビッグホーンだが、虎の巻が罠だとしたらタイニー・クリプトドンが勝つことになる。

 

「チケット購入締め切りまでは後5分! どうか本日最後の大勝負に乗り遅れる事なきよう!」

 

タキシードを着たカジノ側のNPCの声が響き渡り、クラインのこめかみを一筋の汗が伝う。

 

「やっぱりここは最初の予想通りヴェルディアン・ビッグホーンが――」

 

「いやこれは、人を疑った方が損をするタイプのオチという可能性も――」

 

「チケット購入は残り3分で締め切らせていただきます」

 

「やばいな。もう時間がないぞ!」

 

「もうリーダーが決めてくれ!」

 

「外しても恨むなよ!」

 

アナウンスを聞き、クラインがカウンターへ走り出す。

 

「へへっ。やってやったぜ」

 

チケットを握りしめて戻って来るクラインにキリトは本心から言った。

 

「当たると良いな」

 

「そうしたらキリトにもなんか奢ってやるぜ……! そうだっ! 祝勝会にはアルゴさんたちカワイ子ちゃんズも誘ってくれよ!」

 

クラインはややひきつった笑顔でそういった。



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アーカイブス 024

賭けの受付を終了するアナウンスがされると、キリト達は自然に観客席の最前列、一番勝負を見やすいところに集まっていた。クライン同様落ち着かない様子でグラスをいじくっていたレジェンドブレイブスのメンバーがついに耐えきれないというふうに口火を切る。

 

「なあ、アンタらはどっちに賭けたんだ」

 

「俺はヴェルディアン・ビッグホーンだ。あんたは?」

 

クラインがそう答えると露骨にほっとした顔で男が返答した。

 

「俺たちはタイニー・クリプトドンだ。少なくともみんなで仲良く無一文にはならなさそうだな」

 

つられてクラインも笑みをこぼす。

 

「恨みっこなしだぜ」

 

次いで彼らの視線は茶髪のトゲトゲ頭に向かう。

 

「なんや? ワイらか? ワイらはクリプトドンに賭けたで」

 

「だよな! やっぱ最後は裏切ってくるって!」

 

自分と同じ考えのものがいたからだろう、クフーリンが嬉しそうに声を上げる。

しかしキバオウは不本意そうな顔をした。

 

「ちゃう。わいはビッグホーンに賭けるつもりやった」

 

「? じゃあ、なんでクリプトドンに賭けたんだ?」

 

「ケイはんがビッグホーンに賭けたからや」

 

腑に落ちない顔をするクラインを見てキバオウは腕を組んだ。

 

「ワイらは午前の部じゃあんまり大きく稼いでないからな。勝つためには逆張りするしかなかったんや」

 

「なんでケイがどっちに賭けたか知ってるんだ?」

 

「頭を使えや……。オッズ表を見てればどっちに賭けたかぐらいわかるやろ」

 

モンバトのオッズは賭けの状況を反映してリアルタイムに変動している。細かい計算式は省くとして、より大きな金額が賭けられている方――一般的には多くの人間が勝つと思っている方の倍率は低くなり、人気のない方の倍率は高くなる。この性質を考えればおそらく数万VCもの大金をつぎ込んだケイが支持したモンスターのオッズは少なからず低下するはずだ。彼がカウンターに向かうタイミングとオッズの変化を観察していればどちらに賭けたかを推測することも可能なはずである。

 

これまでは感情的な言動が目立ったキバオウの機転の良さにキリトが内心で感心していると、クラインが少し距離を開けたところでたたずんでいるモルテ達にも声をかけた。

 

「あんたたちはどっちに賭けてんだ」

 

「どちらでもないさ」

 

答えたのは瘦身長髪の男、クラディールだ。そして彼が発した言葉の意味を理解するのに、皆が数秒の時を要した。

 

「どういうことや?」

 

「言葉通りの意味だ。私たちはこの試合の賭けには参加していない」

 

クラインが困惑した顔を向ける。

 

「でもさっきモルテも言ってただろ? やばくてもここは賭けなきゃ勝てないぜ。ヴェルディアン・ビッグホーンが勝てば俺たちかケイが、タイニー・クリプトドンが勝てばオルランド達かキバオウ達がコインを総取りするんじゃないか? さすがにもう10万コイン以上稼いだなんてことはないだろ?」

 

「どうなるかはすぐにわかる」

 

勝ち誇ったように笑うクラディールの表情は、視線も向けずに告げられたケイの言葉に固まった。

 

「引き分け狙いか」

 

「引き、分け……? そ、そんなことあるのか!?」

 

「い、いや。ベータテストのときはそんなことは起きなかったけど」

 

クラインに詰め寄られたキリトが答えると、ケイが卓上の紙を指さした。

 

「オッズ表の下の細則欄に引き分けの場合の規定が書いてある」

 

キリトが、そしておそらくはアスナやアルゴも、ケイ達の賭けを本気で止めなかったのには理由がある。今回賭けに参加するのは5チーム。イカサマで仮に勝敗が操作されたとしてもどこかのチームが賭けに勝ち10万コインに到達するだろうと目論んでいたのだ。だが、引き分けという第3の選択肢があるならば話が変わってくる。

 

「あったわ……本当に書いてある」

 

「嘘でしょ……」

 

ミトとアスナが呆然と声を上げた。それもそのはずだ。キリトも目を凝らして米粒のような小さい文字を見てみると、チケットの換金方法や有効期限。試合の妨害禁止の呼びかけといった普段なら読み飛ばすような注意書きに紛れるように、引き分け時の規定が書かれている。

 

「出場したモンスターが両方戦闘不能になった場合は払い戻しは無し……全額没収って事か!?」

 

ここにきてキリトはようやくずっと心に抱いていた違和感が解消された。単なる勝敗操作では今回のように複数人のプレイヤーが賭けに参加するだけで破られてしまう。果たして10万コインもの大金がかかったイベントの内容が本当にこんな単純な計略なのかという疑問。

 

「やられた……!」

 

キリトがオッズ表を乱暴に机の上に戻す。不幸中の幸いはそれを見抜いたチームがあったことだろうか。

 

「というかケイはわかってたのか? それならなんで賭けに参加したんだ?」

 

「オッズが2.2倍だったから」

 

「引き分けになるんならオッズなんて関係ないだろ」

 

「引き分けになるんじゃない。引き分けにしようとイカサマが行われるんだ」

 

疑問は表情に現れていたらしい。ケイが説明を続ける。

 

「イカサマを見抜いて手を引いたらオッズは1倍。イカサマを見抜いて阻止したら倍率は2.2倍。わかるだろう? 俺なら後者を選ぶ」

 

そういえばケイはこういう奴だった。

イカサマを見抜けないなんて想定していないかのような断定口調。ケイはいつでも無謀なくらい前のめりにクエストをクリアしていくやつなのだ。4層でダークエルフの基地に乗り込みノルツァー将軍相手に交渉を成功させたときからそうだ。

 

キリトが不思議ななつかしさを感じていると大きな銅鑼が鳴らされる。

 

「それでは本日の最終試合! タイニー・クリプトドンVSヴェルディアン・ビッグホーン戦を開始します!!」

 

威勢のいい司会の男の声が響くと檻の中の石壁がせりあがっていく。まず会場に姿を現したのはヴェルディアン・ビッグホーンだ。漆黒の毛皮を纏った4足歩行の獣は闘牛のようながっしりとした体から、丸太のように太い首が突き出している。名前の由来にもなっている立派な角は牛というよりヤギのそれだ。カツカツとひづめを鳴らしながら石畳を歩いてくる。

 

檻の反対側からは短い四肢を動かしタイニー・クリプトドンがゆったり歩いてくる。手足の太さはヴェルディアン・ビッグホーンに及ばないが、それでこのモンスターが華奢だと決めつけるのは早計だ。

古代生物の名を冠したクリプトドンはかつて図鑑で見たとおり全身にアルマジロのように頑丈そうな硬皮を纏っている。その上アルマジロではありえないほど発達した頭蓋骨はこのモンスターの頭突きの威力を周囲に知らしめていた。

 

「それでは勝負開始っ!!」

 

動き出しはほぼ同時だった。長方形の檻の左右の端から両者が勢いよく飛び出す。奇しくも両者の攻撃手段は頭突きによるものだ。真紅のライトエフェクトが弾け、檻の金属をびりびりと揺らす。

 

「おーッと!! これはすさまじい衝撃!!! 迫力満点です!!」

 

ワアッと盛り上がる会場。ともによろけたモンスターは示し合わせたかのように元居た場所に下がっていく。HPはどちらも2割ほどが減っているが、よく見ると若干ビッグホーンの方のダメージが大きい。オッズの人気が示す通り両者のステータスはわずかにクリプトドンの方が高いのかもしれない。

 

「グラアアアアッ!!」

「ブルルルルルルルッ!!」

 

二度目の衝突。今度は完全にクリプトドンが押し負けた。ビッグホーンも衝撃でふらつくが、押し戻された距離はクリプトドンの方が大きい。HPが一気に3割近く削れ黄色く変化する。

 

「っ!!」

 

今、何かが起きた……ような気がした。キリトが感じたのはわずかな違和感だ。そうと知らなければ見逃していたかもしれない。でも注意深く見ていれば気づくことができる程度にクリプトドンの足が鈍った、ような気がしたのだ。単なる見間違いかとも思ったが、隣にいるアスナが小声でつぶやく。

 

「今……変だったわよね……」

 

「アスナも感じたのか。クリプトドンの動きが鈍ったよな?」

 

「わたしが感じたのは動きじゃなくて……なんていうのかしら。顔色? ねえキリト君。モンスターって具合が悪いと青ざめたりってするのかしら?」

 

「いや、そんな話は聞いたことないし、これまでも感じたことはないけど……」

 

アスナに言われてモンスターを凝視する。クリプトドンの顔色が悪くなったようには感じない。これまでの記憶をさかのぼってみてもモンスターの状態異常はアイコンで表示されることはあっても顔色や表情に反映されることはなかったはずだ。

 

それに、そもそもコルロイ家が用意したモンスターはヴェルディアン・ビッグホーンの方だ。ドーピングにしろ毒にしろ不正によって様子がおかしくなるのはビッグホーンであるはず。ナクトーイ家が用意したクリプトドンにコルロイ家が小細工をするのは不可能だとニルーニルも言っていた。

 

「床を見てみろ。……違う。ヴェルディアン・ビッグホーンの方だ。そっちの方が分かりやすい」

 

ケイがメニューウィンドウを操作しながら小声でキリトに話しかけてきた。

 

「床?」

 

キリトの視線が追い付いたと同時に二匹のモンスターが再び駆け出す。そして焼き直しのように中央で衝突。しかし今回押し飛ばされたのはビッグホーンの方だ。NPC達の悲鳴と歓声が響く。今度はアスナの感じた違和感の正体をキリトも掴んだ。衝突の前後でモンスターの色が微妙に変わる瞬間があったのだ。

 

「変わっているのはモンスターの色じゃない。スポットライトの色だよ」

 

ケイに言われてキリトとアスナが勢いよく振り返る。檻の中には試合の間だけ使われる4つのスポットライトの強い光が照射されている。闘技場の壁際に設置されたそれに目を向ければ、左側のライトが自然な白色光なのに対し、右側の2つだけはやや緑がかっていた。

 

十中八九何かの仕掛けだろう。理解した瞬間にキリトは行動に移っていた。視線をめぐらす。観客席に付随していたミニテーブルには真鍮製のペンが置いてあった。それを握って振りかぶる。しかしそれがスポットライトに向けて投げられることはなかった。ケイが止めたのだ。

 

「ッ! どうしてっ!?」

 

「スキルなしで狙うにはちょっと距離がありすぎる」

 

言っている間に、戦闘は佳境に差し掛かった。4度目の衝突。緑色のスポットライトを浴びていたクリプトドンが押し負ける。やはり確定だ。あのライトから放たれている緑色の光は何らかのデバフ効果があるのだろう。1度目はほぼ互角だったが、2回目以降からは交互にどちらかが吹き飛ばされている。単純にステータス差があるにしては不自然すぎる結果だ。

 

モンスターがお互いに距離をとる。蹄で地面を掻くビッグホーンのHPは2割強。対して荒い鼻息を吐いているクリプトドンのHPはもう1割ほどしかない。通常ならビッグホーンが有利に見える。しかし緑色の光は今はビッグホーンに照射されている。次の衝突ではビッグホーンが吹き飛ばされて大ダメージを受けるだろう。そうすれば晴れて相打ち。掛け金は全てカジノ側に回収されてしまう。

 

「でも近づいてる時間なんて!」

 

事態は一刻の猶予もない。しかしケイは冷静だった。

 

「大丈夫だ。イスケ達がいる」

 

果たしてケイの言う通り、ライトは唐突に破壊された。

響くガラスの音に数人のNPCが振り向くが、大半はすぐに視線を正面のモンスターに戻した。そうしなかったのはVIP席に座っている高そうなスーツ姿のNPCとその周囲の者だけだ。客席を振り返っていたキリトにはその異質さが良く分かる。

 

彼らの中心人物らしき老紳士に焦点を合わせたキリトは表示されたネームアイコンでその理由を知る。

 

「バーダン・コルロイ……! やっぱりイカサマに関与していたのか……」

 

決着間近の試合よりも重要な何かがあるかのように驚愕した顔で指をさし、慌てふためく様子は単にライトが壊れたにしては大げさすぎる。十中八九ライトのイカサマを知っているのだろう。

 

「おそらくこれが最後の衝突になるでしょう!! 両者見合って……駆け出したぁ!!!!」

 

歓声に負けないくらいの司会の大声が鳴り響く。モンスター同士の戦闘も佳境に入っているようだ。しかしキリトはもはやモンスターを見ていなかった。コルロイ側に動きがあったのだ。バーダンによる指示だろうか。彼の部下がライトの元に駆けだす。しかしケイの方が一歩速い。混雑するNPCの人ごみをかき分けるのではなく、椅子やテーブルを器用に跳躍しながら移動したケイは、最後に突進系ソードスキルまで使って大ジャンプをかますとコルロイの部下の前に立ちはだかった。

 

「大激突っ!! 劣勢のタイニー・クリプトドン、奇跡の大逆転か!!? ヴェルディアン・ビッグホーン、意地を見せるか!! 勝ったのは…………ビッグホーンだ!! 僅差でビッグホーンの勝利!!! 響く勝利の雄たけびッ!!」

 

司会のアナウンスに爆発的な歓声が上がる。その歓声の陰でバーダン・コルロイもまた何かを叫んでいる。だんだんと熱狂が収まるにつれ、次第に彼の声が響くようになる。

 

「中止だ! 中止だ! 妨害行為により今の試合の賭けは無効とする!!!」

 

とてつもない剣幕だ。喜びは一転、辺りのNPCは困惑の表情で固まる。しかし中にはやはり不満を持つものもいるようであらくれ者風のNPCが叫ぶ。

 

「ふざけんな! やり直しなんて認められるか!」

 

「ふざけているのは貴様だ!! よく見よ! 照明を壊し勝負の結果に干渉した不届き者がいるのが分からんか!! こんな結果はカジノ取締役バーダン・コルロイの名に懸けて認めることはできん!!」

 

あっと言う間にコルロイの部下に囲まれた男は口をつぐんだ。だが、ケイは止まらない。

 

「勝負の結果に干渉したのはお前だろう」

 

完全武装のケイは瞳に剣呑な色を宿しながら言い募る。右手に片手剣を、そして左手には薄緑色の欠片を手に持っている。

 

「照明の中から出てきたぞ。《ケルミラの香》か……。なんでこんなものが仕込んである?」

 

「なんだそれは? そんなものは知らん。言いがかりをつけるつもりか!!」

 

「わたしは見たわよ。照明の色が緑色に変色しているの」

 

そう証言したのはアスナだ。ギロリとコルロイはキリト達をにらみつける。主の機微を察してか半数ほどの部下や警備兵がキリト達を取り囲む。

 

「おいおい穏やかじゃねーナ」

 

アルゴが呆れたようにつぶやきながらも両手にクローを装備した。

 

「な、なんだ!? やんのか!? クエストなのか!?」

 

クライン達も混乱しながらもしっかりと武器を構え、一触即発の雰囲気だ。こうなると一人突出したケイが気がかりになる。

 

「アスナ。まずはケイと合流を。それと警備NPCには気を付けて」

 

圏内でのプレイヤーの犯罪行為を抑制する衛兵NPCは例外なくとんでもない強さをしている。カジノの警備兵は彼らとは別物のように見えるが、それでも不届きなプレイヤーを取りしまるという役割は同じだ。弱いとは思えない。

 

「わかったわ」

 

「いったい。なんの騒ぎかしら」

 

そのソプラノボイスは張り詰めた空気の中によく響いた。十数名の護衛NPCを伴って新たに地下闘技場に現れた少女の名をキリトは知っていた。

 

「ニルーニル様」

 

「あら。初めましてだと思うけど。私も顔が知れたものね」

 

思わず呟いたキリトを冷めた目で見ながら彼女はそういった。失言だったかもしれない。彼女は今秘密裏にコルロイ家の不正を暴こうとしていて、キリトはその手先として動いているのだ。つながりを疑われるようなことはするなという意思表示だろう。

 

「もう一度聞くわ。これはいったいなんの騒ぎかしら?」

 

バーダンは先ほどまでの憤怒の表情を仮面のような無表情の下に押し込み、紳士然とした口調をとりつくろって話し出した。

 

「なんのことはありません。ただ武器を持って暴れている不埒者がいたのでお引き取り願っていただけのこと。暴れられると危ないですからニル嬢は部屋にお戻りになってください」

 

「終わった賭け試合を無効にしようとしたことと、ライトにイカサマが仕掛けられていたことは説明しないのか?」

 

「貴様!! コルロイ様に何たる口の利き方!! 無礼だぞ!!」

 

ケイの言葉に反応したのはバーダンではなく彼のそばに控えていた体格のいい執事だ。名前は【Menden】と出ている。

 

「これは失礼。お年を召しているようなので、てっきり記憶力に不都合を抱えていらっしゃるのかと。親切心からの行動ゆえ大目に見ていただきたい」

 

ケイが挑発してみせると執事――メンデンの顔が赤く染まる。

 

「き、貴様っ!!」

 

「少し黙りなさいメンデン。話が進まないわ。それでどうなのバーダン?」

 

ニルーニルは表面上は変わらない表情で話かけた。

 

「ええ。真に不本意ながら最終試合の賭けは無かったことにしなければなりますまい。見ての通り妨害が入ってしまいましたからな」

 

「……イカサマというのは?」

 

「これだ」

 

ケイが手に持っていた緑色の物体を投げ渡すと、キオがその射線上に素早く割り込み空中でそれをキャッチする。

 

「これは……ケルミラの香ね」

 

「ライトの中に仕込まれていた」

 

「バカな」

 

コルロイは鼻で笑った後肩をすくめて見せた。

 

「そんなものでたらめです。そいつが自分で持ってきたものをライトから取り出したと言っているに過ぎません。おおかたライトを壊した犯人と共謀して悪だくみをしているのでしょう」

 

「でたらめかどうかは、そこのライトを見てみればわかるんじゃないか。俺はまだ触れてない」

 

「だ、そうよ。ああ、もちろんそこにいる照明係の持ち物も見させてもらうから、動くんじゃないわよ」

 

ニルーニルの指示で彼女の部下がライトの周囲を取り囲む。

 

「……ありましたケルミラの香です」

 

照明係のポケットからケルミラの香が見つかった時、キリトはすぐにバーダンの一挙手一投足を注視した。場合によっては口封じのためにこの場にいる全員に襲い掛かることを警戒したためだ。だがバーダンは予想しなかった行動に出た。掌を額にあて大げさに嘆いて見せたのだ。

 

「ああ、まさかカジノの中にこんな不正を行っているものがいたとは……実に嘆かわしい」

 

「その照明係はコルロイ家の配下の者でしょう」

 

「ええ。ですから、私直々に厳しい処分をくだしましょう」

 

「そ、そんな……コルロイ様! わたしは!!」

 

「黙れ!! 貴様のような恩知らずが御当主様と直接言葉を交わそうなど恐れ多いぞ!!」

 

青ざめた男はメンデンに言葉を遮られて、力なくうつむいてしまった。

 

「すべてを部下の責任で押し通すつもりじゃないでしょうね?」

 

「まさか当家がこのようなバカげた企みに加担しているとでも……? 心外ですな」

 

ニルーニルとバーダンの間で冷たい視線が交わされる。ニルーニルの口から深いため息が響く。

 

「まあ、いいわ。弁明は後でたっぷり聞かせてもらうとして……とりあえずお客様をお返ししましょうか。いつまでも待たせるわけにはいかないもの」

 

ニルーニルは客席に向き直ると、部下ともども頭を下げた。

 

「皆さま。この度の不祥事についてはこのカジノを取り仕切るナクトーイ家当主として心よりお詫び申し上げます。コルロイ家当主が言っていたように、不正が行われていたこの試合の掛け金は全額払い戻しとさせていただきますので、賭け札を受付までお持ちください。また、ご迷惑をおかけしたお詫びとしてロビーで心ばかりの歓待をご用意しますのでご希望の方はスタッフにお申し付けください」

 

その前までの剣呑な雰囲気とのギャップのせいか、それともニルーニルの姿が年端もいかない少女であるせいか、普通なら荒れるであろう払い戻しの決定に異議を唱えるものはいなかった。



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アーカイブス 025

「さて、これはチャンスよ。ついにコルロイ爺のイカサマを暴くときが来たわ」

 

払い戻しが終わった後、そのままロビーでチームごとのコインの集計を行っていたキリト達にニルーニルの配下の者がやって来たのはつい数分前のことだ。アスナとミト、それにアルゴを伴って、黒服のNPCに連れられて再び3階のVIPルームに足を踏み入れたキリトの前で、ソファーから立ち上がったニルーニルは上機嫌だった。

 

「はぁ……? イカサマならもう暴いたんじゃ?」

 

キリトが腑に落ちない顔をするとニルーニルはポフッとソファーに座り込んだ。

 

「照明の件に関してはスタッフ単独の犯行だと言い張って関与を認めなかったわ。もちろん時間をかけて責任を追及することもできるけど、今回に限ってはもっと手っ取り早い方法があるでしょう」

 

「ラスティーリカオンのことですか?」

 

アスナの言葉にニルーニルが頷く。

 

「毛皮を真っ赤に染めるなんて真似、調教前の凶暴なモンスター相手にできっこないわ。バーダンは必ず染色前のリカオンを調教しているはず。仮にそれすらとぼけたとしても、闘技場に出場させるモンスターの管理は全て当主の責任で行うものだから、どちらにせよ責任逃れはできないわ。だから照明の件は見逃してあげる代わりにあの男には厩舎の緊急査察権を認めさせたの」

 

「厩舎の査察ですか?」

 

アスナが復唱するとニルーニルはワイングラスを小さな掌の上でくるくると回した。

 

「カジノの裏手にはモンスター闘技場に出場するモンスターを飼っておくための施設が用意されているの。コルロイ家とナクトーイ家それぞれにね。普通なら他家の人間を自身の家の領域に入れる事なんてしないから、コルロイ家の厩舎には立ち入れないんだけど、今回は向こうのスタッフに落ち度があった直後だからね。他にもイカサマをしている形跡がないかどうか調べると言えば拒否はできないわ」

 

「流れは大体わかったヨ、ニル様。それでオイラ達を呼んだってことは……」

 

「そうよ。アルゴ達にはこれから行う査察に一緒に来てもらいたいの」

 

「いまからですか!?」

 

急な話にミトが驚きの声を上げる。

 

「ええ。証拠を隠す時間は与えない方が良いでしょう。それに私は夜の方が得意なのよ」

 

ということでキリト達はニルーニルと共にカジノの裏手の広場に移動していた。町の外で捕まえたモンスターをカジノの内部に運ぶ搬入口の役割を担う建物が見えてくる。

モンスターアリーナ夜の部から連続してのクエストの進行ということで、時刻は11時を回ろうとしていた。もうすっかり夜で外は薄暗かったが、カジノから漏れ出る光でこの広場も夜目が効かないほどではない。それに加えて建物の周りには煌々と明かりが照らされており、周辺には武装した警備のNPCが目を光らせていた。

 

馬車が悠々はいれるように大きく作られた扉を抜けるとがらんとした倉庫のような空間に出た。目に付くのは奥の壁にピッタリ寄せて停められている2台の馬車と、左右それぞれに作られている2つの扉。片方の扉の前にはこちらを待ち構えるように見知った顔のNPCが待機している。コルロイ家の当主バーダンとその手下たちだ。

 

「遅かったではないですか。我々は暇ではないのです。あまり待たせないでいただきたい」

 

不機嫌そうな執事はメンデンと言ったか。自身の主人であるバーダンと同格のはずのニルーニルに対しても彼は高圧的な態度を崩さない。

 

「で、彼らは?」

 

「私の協力者よ」

 

キリト達を見て怪訝な顔をするメンデンにニルーニルが答える。

 

「困りますな……どこの馬の骨かもわからない部外者を連れて来るなんて……」

 

「あら? どこの馬の骨かもわからない男に闘技場の照明係を任せていたコルロイの人間に言われると重みが違うわね」

 

「ぬっぬぬぬぬ……!!」

 

ニルーニルに皮肉を返されてメンデンはすぐに顔を赤くした。

 

「心配せずとも彼女たちの身元はナクトーイ家が保証するから問題ないわ。それよりもさっさと査察を始めさせてちょうだい」

 

「いいでしょう。ついてきなさい」

 

ゆったりとした口調で返事をしたのは老紳士然とした服装のバーダンだ。そんな彼に続いてメンデンが声を張る。

 

「いいか。今回はあくまでバーダン様のご厚意により厩舎に招待されていることを忘れるなよ。備品にもモンスターにも傷一つ付けたら容赦せんからな!!」

 

「わかってるわよ。うるさいわね」

 

「メンデン」

 

「はっ、バーダン様」

 

バーダンが一声かけるとメンデンは芝居がかった動作できびきびと扉を開けた。真っ先にそこに足を踏み入れるのはニルーニルが連れてきた護衛の兵士だ。慎重に足を踏み入れた彼が振り向き頷くとキリト達も後に続く。その後をニルーニル、キオ、そしてまた護衛の兵士と並びながら地下へと続く階段を下りていく。

 

バーダンは厩舎の査察を許可する際に条件としてニルーニル本人が査察に同行することを求めたそうだ。厩舎は逃げ場のない地下に作られている。敵対する派閥の当主を呼び寄せるような彼らの要求にキオは最悪の事態――バーダンが実力行使に出てくる可能性を警戒していた。厩舎の査察だというのに護衛の兵士を連れて来るのはそれが理由だ。ニルーニルに会うときは武装の解除を求められていたキリト達が今はその腰に帯剣したままでいるのも、いざというときはニルーニルを守るようキオに言いつけられているからに他ならない。

 

これは展開次第では地下でイベント戦闘があるかもな、とキリトは心中で独り言ちた。

 

階段を下りきり扉を開けると石造りの大部屋にたどり着く。左右に檻が並べられた薄暗い空間は動物園やペットショップというより牢屋のような湿った空気を感じさせた。

 

「ひどい匂いね。まともな管理がされていないんじゃないかしら」

 

「それは失礼。なにせ突然の申し出だったもので。事前にご連絡いただければ掃除をさせておいたのですがね」

 

文句を言うニルーニルに後ろからついてきたバーダンが悪びれずにそう言った。部下と共に入り口をふさぐように陣取りこちらを伺う様子は、見ようによればニルーニル達を逃がさないようにしているふうに見えなくもない。

 

「事前の取り決め通り、日付が変わるまでは気のすむまで調べてくれてかまいません。ただ、モンスターに襲われてケガなどしてもこちらは一切責任を負いませんので、檻の中など調べる際には自己責任でお願いします。中には使役の術が切れかけて気が立っているモンスターもいるかもしれませんがね。……ああ、あとこれは言うまでもないことですがモンスターに危害を加えるようなことはくれぐれも慎んでいただきたい。万が一の時はしかるべき責任をとっていただくことになりますよ」

 

「そちらも査察中は余計な手出しをしないようにね」

 

ニルーニルが強気に言い返す。

 

そうして始まった厩舎の査察でキリト達が真っ先に集まったのはラスティーリカオンの檻の前だ。もしかしたらリカオンの毛皮を染めるのに使った道具や染料が檻の中に残されていないかとも思ったからだ。しかし、狭い檻の中には鎖につながれたリカオンとわずかな藁の山があるばかりでそれらしき道具はなかった。

 

「なんだか苦しそうね……」

 

アスナが口を押えて目をふせた。リカオンは檻の奥でぐったりと寝ころび浅い呼吸を繰り返している。キリト達のような部外者が檻の外にやって来ても、ちらりと片目を開けた後、億劫そうに瞼を閉じてしまった。とても元気があるようには見えない。

 

「ひどいわね……だいぶ弱っているわ」

 

隣に来たニルーニルも思わず顔をしかめる。リカオンのHPは7割程度に減っていた。状態異常のアイコンは出ていないが、これは軽微な毒があるという《ルブラビウムの花》で作られた染料を全身に塗りたくられているからなのかもしれない。

 

「……ここにいても、できることなんか何もないわよ」

 

ニルーニルの言葉は淡白だったが真実だった。キリトがいくら同情の念をささげてもリカオンの体調がよくなることはない。このモンスターを哀れに思うのなら一刻も早く不正の証拠を見つけ、毛皮を染めるなんていう馬鹿げた行為をやめさせるべきだった。

 

ニルーニルの言葉にキリト達はばらばらに分かれて厩舎の探索を開始する。

だが、10分以上探してもイカサマに使われていそうな怪しげなものは見つからなかった。

 

「見つからないわね……」

 

アスナに話しかけられてキリトは手に持っていた木箱をもとの棚に戻しながら答えた。

 

「おかしいな。クエストの流れからしてもここで空振りになることはないと思うんだけど……」

 

厩舎の査察をすると言いだしたのはイベントNPCのニルーニルである。ならばこの査察は正しいシナリオイベントであるはずで、何も見つからないというのは考えづらい。

かくなるうえは、とバーダンたちの様子をうかがうが彼らはずっと入り口付近で待機しており剣呑な様子は微塵もない。むしろ面白がるようにこちらを観察している。

仮にこの査察が論理的な推理パートではなくもっと荒っぽいもの――例えば彼らと戦闘になるというようなイベント――なのだとしても、それはおそらく決定的な証拠をつかんでしまったキリト達を亡き者にするという流れが自然であり、やはり何かしらの証拠は見つかるはずなのだ。

 

「もう探せるところは探しつくしたわよ」

 

部屋の隅に山積みにされている藁の中から壁際に備え付けられた棚と引き出し、果ては掃除用具入れの中まで目に付く物は調べつくした。

困り顔のアスナに何と返答しようかキリトが迷った時、アルゴの声が響く。

 

「みんな! こっちに来てみろヨ」

 

彼女がいたのは何の変哲もない壁際だ。床に荷物が置かれているわけでも壁に棚が作りつけられているわけでもないその場所に調べるものはなさそうに見える。

 

「何か見つけたのか?」

 

「ああ。ここの壁なんかおかしいと思わないカ?」

 

アルゴが指さした壁をよく観察する。一見しただけでは何の変哲もない石壁だ。しかしよくよく観察してみればこの壁だけに見られる、いや見られない特徴があるのが分かる。

 

「妙にきれいだな……」

 

コルロイ家の厩舎は掃除が行き届いているとは言えなかった。階段を下りている途中から鼻を突く異臭が感じられたし、部屋の隅の藁山や荷物を調べているときも、舞い散る埃に苦しめられた。檻の中は言わずもがな、壁にも無数の汚れエフェクトがついているのだが、アルゴが指示した部分だけは何の汚れもついていない、普通の石壁になっている。

 

「こういう時は……おっ! あったここダナ!!」

 

アルゴは皆が集まったのを確認してから壁をまさぐるとその一部を押し込んだ。等間隔に目地の入った石材の一部が不自然に奥までスライドし、ガゴンと重々しい音が響く。

 

「これまた古典的な……」

 

思わず呟くキリトの前で壁の一部が不自然に動いた。隠し扉だ。

 

さて、どんな反応をするかなとバーダンを振り返る。わざわざその存在を秘匿した部屋の中には、コルロイ家にとって見られたくないものがあるはずだ。イカサマの証拠もきっとこの奥に隠されているに違いない。

部屋の中に入らせないように実力行使をしてくるかも、と考えたキリトの予想は外れた。

 

バーダンはまったく焦っていない。むしろ口角を上げていた。

キリトの直感が警鐘を鳴らす。

 

「待ってくれ……! 何かおかしい……」

 

今にも扉をくぐろうとしていたアルゴのすぐ後ろ、隠し部屋に近づいていたキオとニルーニルが動きを止め、振り返ってキリトを見る。警告は遅かった。

 

彼女たちのすぐ隣置かれていた檻の中で蠢く影がある。

それは蛇だった。厩舎で檻の中にモンスターがいる。そのことに不自然はない。だが、蛇はダメだった。檻のサイズとあっていない。あの小ささだと格子の隙間から容易く外に出てしまう。

 

「蛇だ!!」

 

キリトが叫んだのと蛇がするりと檻から抜け出したのは同時だった。あるものは振り向き、あるものは飛びのく。

 

蛇はその進路をニルーニルに定めていた。キオがそこに割り込む。都合1秒もなかったが、素晴らしい反応速度でエストックを抜いた彼女はソードスキルで見事に蛇を一突きにし、地面に縫い付けた。

 

ほっと安堵の息を漏らしたもの束の間。そこから先は誰にも予想できない事態だった。体を貫く戒めに抵抗し、もがいた蛇の胴体が真っ二つにちぎれたのだ。

いったいどんな執念か。上半身だけになった蛇は地面から跳躍しキオの脇を通り抜けた。

 

それでもニルーニルは見た目に反する超反応で襲い掛かって来る蛇の胴体を捕まえた。しかし蛇は牙が首元に届かないとみるや、首をもたげてガブリと手首にかみついた。

そのすぐあと、蛇のHPはゼロになりパーティクルを散らして消える。

 

一瞬の静寂の後、ニルーニルはかすかに口角をあげた。

 

「……やるじゃない。バーダン」

 

苦しそうにかすれた声でそう言った後、ニルーニルは倒れた。地下厩舎にキオの絶叫が響いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

査察はすぐに中止になった。あるいはあのまま続行して隠し部屋の中に入れば何かしらの不正の証拠は得られたかもしれないが、それを望むものはいなかった。それに、もしそうしようとしてもバーダンがそれを許さなかっただろう。

最初にモンスターへ危害を加えるなと念押ししていた以上、それを破ったキリト達には落ち度があった。そこを根拠に中止を要請されればキリト達は従うしかない。明らかにコルロイ家側が原因で起きた事態だが、彼と対等に交渉できるニルーニルがいない以上、話し合いで権利を主張するのは難しいからだ。

 

倒れたニルーニルが運び込まれたカジノ3階の彼女の部屋。キオが治療を施している間廊下で待機しているキリトたちの間には重苦しい空気が立ち込めていた。

 

「やられた……。情報はあったのに……!」

 

よく考えれば、モンスターへの攻撃を予防するような言葉も、使役の術が切れたモンスターがいるという言葉も、この事態を示唆する言葉だ。彼らが査察中に見せていた余裕もそう。しかしキリトはそれに気づかずまんまと罠にはめられたのだ。

 

「あんまり自分を責めるなヨ、キー坊。真っ二つになった蛇が動くなんて普通じゃなイ。きっとあれはそういうイベントなんだっテ」

 

「そうよ。私だってなにもできなかったし……」

 

アルゴとアスナが慰めの言葉を発する。

腕を組みながら壁に背中を預けていたミトもキリトに視線を向けた。

 

「過ぎたことを悔やんでもしょうがないわ。確かに私たちは最善の行動はとれなかったかもしれない。でも、まだクエストフラグは折れてないわ」

 

SAOでは、護衛依頼の対象が死亡したり運搬予定のアイテムがこわれたりした場合クエストログがグレーアウトし失敗扱いになる。しかしニルーニルが倒れイカサマの決定的証拠をつかめなかったにも関わらず、コルロイ家のクエストログは続行状態で維持されていた。

 

「私たちは私たちにできることをやりましょう」

 

ミトの言葉にキリトは顔を上げた。

 

「やれることって……?」

 

「ニルーニル様はまだ死んでなかったでしょ」

 

ミトの言葉に反応したアルゴが何かを思案するように宙を見上げる。

 

「となるト、次のクエストは蛇の解毒薬の材料でも頼まれるのかもナ」

 

「ああ……そうか、そうだな」

 

アルゴの言葉にキリトは気持ちを切り替えた。

 

キオは倒れたニルーニルを彼女の部屋に運び込んでからはもう20分が経つ。

クエストが進行するにはもう十分な時間だ。そう思っているとこれまで閉じられていた扉が開いた。中からは沈んだ様子のキオが出て来る。

 

「キオさん。ニルーニルさんは?」

 

アスナが詰め寄ると、キオは首を横に振った。

 

「とりあえず部屋の中へ。そこで話そう」

 

部屋の中は相変わらず薄暗かった。唯一の光源である光るキノコの入った不思議なランプでは大きすぎる部屋のすべてを照らし切れていない。しかし彼女がどこにいるかを目を凝らして探す必要はなかった。

部屋の中でもひときわ目立つ大きな天蓋付きのベッド、そこにニルーニルは寝ていた。もとより人形のように白い肌をした彼女であったが、今は薄暗い部屋の明かりも相まって死人のように青白い。

視線が彼女に固定されると名前と残り3割ほどにまで減少したHPバーが現れる。その下には見慣れぬ二つのアイコン。黒背景に蛇のマークはおそらく蛇の毒を示すアイコンだろうがもう一つの青い花のマークは全く見覚えがなかった。

 

「治療は終わったのカ?」

 

「できる限りのことはした……」

 

アルゴの問いかけに答えるキオは意気消沈していた。無理もない。自分の目の前で主人が倒れ、今もこうして意識不明とあれば元気なほうがおかしいだろう。キリトもパーティーメンバーが同じような状況になれば冷静でいられる自信はない。

 

「その割にはHPが回復してないようダナ……ポーションが足りないのカ?」

 

キオは首を横に振った。

 

「ポーションは効かないんだ」

 

アルゴが怪訝そうに首をかしげる。キリトも同感だ。

解毒薬が効かないということならわかる。SAOのダメージ毒には麻痺毒と同様にレベル1から5までの等級があるからだ。6層店売りの解毒薬はレベル1の状態異常は治せるがレベル2以上の状態異常には効果がない。

だがHP回復ポーションはその回復量にこそ差はあれど、6層水準のものでも十分に体力を回復させるはずだ。一本で全回復するかどうかはともかく、効かないなんてことはないはずだ。

 

「どういうことダ……?」

 

アルゴが聞くとキオは逡巡したように視線をさまよわせた。ふらふらと動く視線は最終的にベッドで横たわるニルーニルのもとで止まる。

 

「……ニルーニル様は我々人族とは違う……。《夜の主(ルミナス・ノクト)》……古の高貴な血族の末裔なのだ……」

 

「ルミナス、ノクト?」

 

聞き覚えのない言葉だ。ベータテスト時代にはここよりさらに上の層まで進んだことのあるキリトでも心当たりがない。おそらくは正式版で追加された要素だろう。

 

「《夜の主》は根本からして我々とは違う。病にかかることもなければ、老いることもない。生まれながらにしてあらゆる薬物に強い耐性も持ち合わせている。だがその反面、人族が用いるような薬の類はそのことごとくが効果をなさない」

 

「そうなのか……。いや、でも、それだけ強い耐性があるんなら、蛇の毒も……?」

 

キオはキリトの言葉に顔を伏せた。

 

「確かに《夜の主》はたいていの毒物を無効化する。ただ、夜の世界の住人としての宿命からは逃れられない」

 

「夜の世界の住人……?」

 

その言葉はアインクラッドではアンデッドモンスターを指すものだ。キリトはベータ時代のクエストの経験からそう判断した。そしてアンデッドモンスターの宿命と聞いて真っ先に思いつくのは彼らの弱点だろう。5層の主街区《カルルイン》の地下ダンジョンでも、巨大ミイラに光を浴びせて弱体化させたのは記憶に新しい。

 

「日光とか聖水が弱点なのか?」

 

「聖水は問題ない。《夜の主》は墓場をさまよう低級なアンデッドとは違うからな。しかし日の光と……とりわけ銀は命に係わる猛毒になる」

 

その言葉にキリトの中でカチリと過去の記憶がはまる。最初にニルーニルと会った時、キオはキリトの武器の刀身を念入りに確認していた。あの時は多少不可解ながらも見逃していた動作は、キリトの武器が銀でできたものかどうかを確認していたのであろう。

 

「だから、アージェントなのね」

 

納得するように頷くアスナにキリトは説明を求める。

 

「どういうことだ?」

 

「厩舎でニル様を噛んだ蛇の名前。《Argent serpent》だったじゃない。直訳すれば銀の蛇」

 

「……その通りだ。アージェントサーペントは洞窟の深くに住み銀の鉱石を食べながら育つと言われているモンスター。鱗は全て上質な銀で構成され、牙からは液状の銀がしたたり落ちると言われている。まさに《夜の主》にとっては天敵のような生き物だ。……檻の隙間から抜け出してしまうためバトルアリーナに出場することなど不可能なあのモンスターを厩舎に飼う理由などたった一つしかないっ……! コルロイは初めからニルーニル様のお命を……!」

 

キオがキツく握りこんだ拳にアスナが手を重ねた。

 

「……キオさん。ニルーニル様はきっと蛇の毒なんかには負けないわ。一緒に治療法を探しましょう」

 

「……治療法なら、もうわかっている」

 

そこで言葉をつぐみ、顔を下に向けたキオの頭上に!マークが出現する。次のクエストフラグだ。キリトは視線で皆の了承をとり一歩彼女に近づいた。

 

「キオさん。教えてくれ、その治療法を。俺たちもニルーニル様には死んでほしくない」

 

キリトの言葉にキオは弱々しく返答した。

 

「……竜の血だ」

 

「竜……」

 

言わずと知れたファンタジーゲーム定番のモンスターだ。しかしその知名度に反してアインクラッドではこれまでの階層でその姿が目撃されたことはない。

 

「《夜の主》は血を力に変えて生きている。ニルーニル様も普段は酒精に薄めた竜の血を週に一度飲む事でその力を維持しておられるが、魔力に富むといわれる新鮮な竜の血を希釈せずに飲むことができれば《夜の主》の力も強まり銀毒と言えど克服できるだろう」

 

治療法が分かっているというのにキオの顔色はすぐれない。キリトはその原因に心当たりがあった。この階層で出現する竜が何者であるかを知っているからだ。

 

「だが、ザリエガなき今、この周辺に残された竜は一体しかいない……」

 

顔をあげたキオの瞳には悲壮な覚悟と僅かな諦念が滲んでいた。

 

「火竜アギエラ。最も高き塔の頂上に巣くう古の怪物……! ニルーニル様を助けるにはヤツの血液が必要だ」

 

キオが口にしたのはこの階層最強のモンスター、フロアボスの名前だった。



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