アリマ様が見てる (魔女太郎)
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プロローグ
アリマ様が満員電車を見てる


 男子専用車両が出来て久しいが、朝の混雑では利用できないことも多い。

 

 仕方なく……俺は女性がひしめき合っている車内に後輩と突撃する。

 車内の女性の中には乗り込もうとする俺らを見て露骨に笑みを浮かべたりする者もいて、隣の後輩なんかはやや顔をひきつらせている。俺の方はこうした反応にはもう慣れたものなのでさっさと二人の場所取りのため奮闘する。

 とはいえ流石に高校生男子である俺らに触れるのが躊躇われたのか、それとも朝の満員電車を共に戦う同士としての本能なのか。何にせよありがたい話で入り口近くは押し潰されない程度のスペースが確保された。

 しかし身動きという点では厳しい。

 可愛そうに目の前の後輩は車両が揺れる度押し寄せる女々しさに涙眼だ。

 その隣の推定会社員の女性も申し訳ないという気持ちはあるのだろう、なるべく体重をかけないように奥の方へと胸や腕を必死に反らしている。

 俺の隣の推定女子大生の方も先ほどから幾度も「すみませんすみません」と呟いてその胸を持って圧迫してくる。

 皆頑張って我慢してちょっと泣いている、じっとりとした空間。

 誰も得をしていない。

 通学・通勤ラッシュというのはいつどこの世界だって地獄なのだ。

 

 俺が遂に泣き出しそうになった女子大生の方へ「気にしてないですよ」と声をかけようとした、そんな時。

 

 ふと、それは本当にふとした偶然。

 カーブに差し掛かり少しばかりできた隙間から見えた光景。

 後輩がへぎゅー! と潰されているのを横目に俺は急いでその隙間に割り込んでいく。

 

「えっ!」

「嘘!?」

「あ……」

 

 女性達の身体をかき分けていく、多少色んな所に触れたり触れられたり、やたらめったら艶めかしい声が囁いてくるが相手をしている暇はない。緊急事態だ。

「もしかして私?」みたいな顔して驚いてるお姉さん、違う! あなたの背中、後ろの人だ!

 反対側の扉まで来て俺はそいつの手をとる。

 俺と同じ制服を着る男子生徒。

 その尻を撫でていた女の手を。

「なっ、これは違」

 滝のような汗を流し言い訳している女よりも先に、襲われていた男子生徒の顔を見ておく。

 それは残念ながら俺の予想通り……怯えて泣いている青白い表情。

 興奮してるようには見えない。つまり、俺と同じ貞操逆転世界に来た男って訳じゃなさそうなので堂々と宣言する。

 この女もせめて俺を狙っておけばよいものを。

 

「痴女です」

 

 ────

 

「ご協力ありがとうございました」

 駅員の礼を見送る。

 次の駅で諸々の厄介ごとを終えた俺と被害者──(あゆむ)くんと言うらしい──は、まあ遅刻だ。

 

「歩くん大丈夫? 今日は休んだ方がいいと思うけど」

 

 犯人が捕まったとはいえ、心身共に負荷がとんでもなくかかっているだろう。

 何せここは貞操逆転世界──いや、仮に元の世界だろうと高校生は大人に襲われたら滅茶苦茶怖いと思うが。ほんま許せん子供泣かすなよ──嫌悪感や忌避感は増して襲ってきているはずだ。

 

「いえ……でも学校に行かないと何かあったって思われちゃうし……」

 

 そりゃそうだよなあ、この子にとっちゃ今もあの出来事と戦っている最中なんだ。

 とはいえ、このまま学校に行かせても思い詰めそうだ。

 この世界の標準から見ても小柄な歩くんはさらにその身をうつむかせ今にも押し潰されそうにしている。

 乗り掛かった船というやつだ、それに転生していい大人な実年齢の俺は子供を放ってはおけない。

 

「じゃあ俺と一緒に遊びに行こう」

「え、そんなこと……」

「ほら見てごらんよ、今日は晴れて特別いい天気だ。こんな日にただ机に向かっていくなんて馬鹿らしくなってさ、ちょうどこの駅前は美味しいパフェを出してくれる喫茶店があるんだ。その後は散策して、少し歩けば植物園があったしそこに行くのも悪くない。ほら、善は急げ」

 

 少々強引にその手を取り隣を歩かせる。持論だが嫌なことがあった日はそれを忘れるくらい楽しいことを重ねるに限るからな。

 突然のことに驚き眼を白黒させる歩くん。

 

「ちょっと、待ってください、あの名前を」

「あ、ごめんね。俺の名前は喜久川 有馬(きくかわ ありま)

 

 名前を告げた途端、歩くんは今日一番大きな声で。

 

「え! あの『姫王子』アリマ様ですか!?」

 

 ぴしり、と一瞬身体と精神が固まる。

 いまだに慣れないんだよなあそのアダ名。

 

「……みんなにはそういう風に言われるね」

「感激です! まさか『お兄様』と御一緒できるなんて」

「あはは……知っていてくれて嬉しいよ」

 

 感激した眼で俺を見つめる歩くん。まあ、元気が出たならよかったけどさあ。

 貞操逆転世界ってもっと女の子が寄ってくるもんじゃないの? 

 なんでこう男ばっかり懐いて……いや、友達や後輩増えてるみたいで楽しくはあるんだが。

 

 現在高校二年生、俺は貞操逆転世界で男子達の姫で王子なお兄様をしている。




いずれ女の子とイチャイチャします。


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アリマ様が人生を見てる

 喜久川 有馬は転生者である。

 

 社会の荒波に慣れてきたと思ったらあっさりと事故で亡くなってしまった。

 まあそれは仕方がない、俺は前世から過ぎたことは考えないタイプだ。いや、ちょっとはする。今からやる。

 それで新しい人生が始まった時も「まあこんなこともあるだろう」といった具合で、幼い時期は如何に親に苦労をかけまいか苦心することに集中していたためこの世界の不思議に気づかなかった。

 

 きっかけはベタなことにニュースだ。

 両親が『有馬は手のかからない聡明な子だ』と認識するようになると早い頃から放任した育て方になった。これはあくまでこの世界での一般と比較すると、だが。

 それまでは蝶よ花よどころではなく絶滅危惧種でも相手にしてんのかというくらい守られた──俺的には縛られた生活だったのにも余裕が生まれた。

 親が見ていない隙にテレビ番組をザッピングするのもようやくできる。

 精神年齢としては成熟……というには身が詰まっていないが、いい大人だ。

 幼児番組や教育番組はそれはそれで面白いとは思うが、選択肢がそれだけというのには辟易していた。

 俺が見るには刺激的だからという理由でドラマや映画を見られなかったことは多々ある。

 飢えていた俺は久々に見れたニュース番組に感激し……そして困惑した。

 

『増加する電車内の痴女、襲われないためにはどうするべきか』

『男性の出産率が年々減少傾向にあることについて、今回開催されたサミットでは』

『天才歌舞伎役者が挑む男方とは』

 

 画面に映る男女比の歪さ、コメンテーターやキャスターの性別、お天気お兄さん……夕方のわずかなニュースだけで確信した。

 

「貞操逆転世界だ……」

 

 俺は前世でオタク・カルチャーにもちょっと詳しい男だった。

 ともかくそれ自体はすんなりと飲み込んだ。これは俺がまだ世間と交流をするような年齢ではなかったというのもある。

 両親の過保護さにも納得した。聡明な一人娘が前世でどういった扱いだったかを考えればこうもなるだろう。ましてや出生率に差があり男性が貴重なこの世界で。

 

「これからは気をつけてこの世界の常識を学んでいかないとな」

 

 幼稚園入園前の出来事である。

 

 さて、覚悟を決めて通った幼稚園はさほど問題なく過ぎた。

 いくら逆転世界とはいえまだ子供、性差がうんぬんというのは大人としての視点を持つ俺からすると認識できない程度のものだ。子供達、当事者ならともかくな。

 

 強いて事件や出来事をあげるとすれば男女問わずモテたことだろうか……比喩でもなんでもなくお遊戯レベルの事柄だったから幼稚園では何でもできるし、誰とでも遊ぶ人気者の立ち位置だった。

 鼻かんだりの世話もしたしな、先生達の負担を少しでも減らそうとしたのだ。

 

 まあ小学生くらいから貞操逆転による違いっていうのは顕著になるものだと卒園したら問題が発生した。

 

「まさか男子小学校なんてものがあるとは……」

 

 少々、幼稚園時代が完璧過ぎたというか、張り切った両親は俺をお嬢様……いや『お坊ちゃま』として育てる気らしかった。

 なんにせよ決まってしまったものは仕方ない。

 そもそもいくら転生したり貞操が逆転しているとはいえ小学生に恋する気なんてなかったしな。

 両親に手間かけさせないくらいに過ごすか。

 

「いやーやっぱ同性と遊ぶって楽しいなー!」

 

 これが小学校卒業時点の俺だ。いや、だってさあ……いくら貞操逆転して常識が変わっているとはいえ同性しかいない空間だと気を使う部分が少なくて済む。

 ましてやお坊ちゃまが通うような、教育や生活を送ってきた子供達な訳で。

 ズルしている大人としては一般的な小学生よりそういった少々大人びている子供の方が相手しやすかったのだ。

 

 交流を深めていると一段と落ち着いている──というより枯れている俺にみんなは年頃の悩みや相談を持ちかけるようになった。

 年の功でそういった質問を捌きつつこの世界の常識を学んだりもした俺の周りにはいつの間にか付き従う人間が出来る。

『お兄様』の始まりである。

 俺の人生としては大きな転機ではあるが、それよりもこの相談で問題だったのは。

 

「告白をされた?」

「はい──ですがその想いに応えていいものか不安で」

 

 恋の相談自体はよくあるものだ。大概が相談というよりも「好きになるってどういう気持ちなんでしょう」「素敵な恋ってどういうものなのかしら」「一目惚れって本当にあるんですか」という話がほとんどだが、その時は珍しく具体的なものだった。

 小学生の恋愛事情とはなんて微笑ましい、というのと同時にふと疑問に思う。『告白』というからには当然親が決めた婚約者などではない相手ということになる。

 相談相手もお坊っちゃま、というような上流階級出身なわけで俺以上の絶滅危惧種的扱いを受けた生活のはずだ。

 出会いの場の多くはこの学校になる、だから思い付いてしまった最悪のパターンを口にする。

 

「……もしかして、その方は教師の誰かですか?」

「! なぜお分かりに?」

 

 アウトだろ! 

 ……そう、この世界で男の子は狙われている。時たまニュースになる程度には。

 そしてそこで俺は転生した身として男や女とか以前にそういう大人達から子供を守らなくてはいけないと、気づいたのだ。

 善は急げと事実確認と少し派手な行動をした結果、件の教師は余罪も出てきて逮捕。学校は不祥事にあっちもこっちも大騒ぎになったが子供は毒牙にかからずに済んだ。

 そんな事件もあったせいか両親の過保護は加速、結果中学校は。

 

「もう一段階上のクラスの男子中学校……」

 

 よりハイソな所に移されることに。ちなみに今世の両親は平均値より上の稼ぎではあるのだろうけれど、流石に血筋がどうとかいうレベルの所に通える程ではない。

 これは小学校でも優秀な成績といくつかの表彰、そして事件を解決したという実績があるからなのだろうか。

 と思ったら、お兄様と慕ってくれた者の中にそういう血筋の人がいたみたいで……つまりコネである。

 さてこうなってくると大変なのが勉学である。幼稚園や小学校はともかくここからはズルができない。というか実は小学校の社会とかは既にヤバかった、だって歴史が丸っと違うし。

 ただ他の教科に使う時間を全部注ぎ込んだから見かけ上パーフェクトだっただけで、その他の教科すら危うい二度目の中学生を助けたのは。

 

「いやー持つべきものは友だよね」

 

 人海戦術である。小学校から同じように進学してきた面子がいたのもあり俺のお兄様キャラクターは継続。中学でもバシバシ悩み相談や痴女撃退などを行い、見返りとして勉強会を開いてもらったのだ。

 しかし完全に俺個人の欲望だったのだが、それも周りに「僕たちのためを思って……」などと勘違いされたりすると流石にこのお兄様という肩書きが怖くなってくる。

 ともかくどうにか平穏無事に中学生活を終えた俺は両親に対して「流石に勉強もついていけないですし、普通の学校生活も送ってみたいです」と懇願し、どうにか高校生から『貞操逆転世界』の普通な青春を送れると。そんな勘違いをしていたのだ、

 

「あれ、もしかして俺めっちゃ有名じゃん」

 

 誤算だったのはあの中学校というのはそりゃ有名な所で、そこで一際有名だったのが俺ということにつきる。

 

 さて、長らく俺の内面ばかりで外面を話していなかったが。

 今の俺は驚くほど美形……らしい。

 らしい、と言うのはこの世界は俺からすると右をみても左をみても誰であろうと顔が整っており、転生前の美醜感覚しかない俺は差が分からないのだ。

 だから俺自身の顔も前世より整っていることは分かるが、それが驚くほどというレベルなのかは分からない。

 もう一つこの顔について、どうやら女ウケも男ウケもする中性的な顔というやつらしい。

 

 何が言いたいかというと、俺はモテる。男女構わず、というか小中と色々やったせいで男に特にモテる。そして数の少ない男達のネットワークは幅広く強固なのだ。

 だから心機一転と思った高校生活の俺を待っていたのは同級生の男子による『お兄様』のコールだ。

 そこに至って俺はようやく気づく。

 

「つまり俺は『王子様系女子』に相当する『お姫様系男子』になっちまったってことか」

 

 がくり、と肩を落とした。

 その後、高校一年間は共学ということで発生した同年代女子からの被害や問題、事件の相談や解決に忙しく俺自身は女子とまともに会話できない上に数少ない男子を一人占めする『姫王子』として目の敵にされることになり……今に至る。

 

「……ふう」

「どうしましたお兄様!? 何か悩み事でしょうか」

 

 通学中。

 付き従ってくれる後輩男子──一本槍 香(いっぽんやり きょう)──は髪色と同じブラウンの瞳を不安に滲ませ心配してくれる。

 

「まさか女子に何かされましたか!?」

 

 香はいい子なのだが少し女性への偏見というか攻撃的な部分がある。まあこの世界だと彼みたいな反応は過剰というほどではないのだけれど。

 

「そうじゃないよ、少し昔の失敗を思い出しちゃっただけ」

「……お兄様も失敗するんですね」

「そりゃそうだよ、というか失敗だらけだよ俺なんて。ところで、思い込みを言葉にするのはよくないよ香?」

「う……でも昨日も女性のせいで、お兄様も彼も……嫌な思いをしました」

「悪い人がたまたま女性だっただけさ」

「……ごめんなさい」

「うん、自分の過ちを認められるのは素晴らしいことだよ」

 

 転生している身としては若者のことは少々心配になってしまうのだ、言葉一つ間違えば襲われるかもしれないわけで。

 説教臭くなり過ぎていけないなとは思っているのだけれど。

 

「そうだ、素晴らしいことにはご褒美だね」

 

 先日学校をサボって遊んだ中買った瓶詰めのキャンディーである。

 歩くんも大層喜んでいたので気に入るはず。

 

「綺麗ですね……」

 

 そう透明の瓶の中の色とりどりなキャンディーに光が反射するのが綺麗なのだ。

 一つ取り出して。

 

「好きなのどうぞ」

 

 瓶を香の方へ差し出す。しかし、香の視線はもう一方、俺が先ほど取り出したキャンディーに向かっている。

 どうやら狙っていたのがこれだったらしい。

 

「どうぞ」

「! では……」

 

 これがいいならと差し出したら香はそのまま「あーん」と口を返してくる。

 ……手のひらにのせるつもりだったんだけど、まあいいか。

 

「あーん」

「──美味しいです!」

 

 眩しい笑顔を受け止めながら思う。

 もしかしてこういうことやってるから周りから男子が離れないかもしれない。

 心の中に浮かんだ疑問に、またため息をつきそうになった。




まだヒロインが出ない……?


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アリマ様が皐月 桜花を見てる
アリマ様がクラスメイトを見てる


 世間はゴールデンウィークも過ぎてしばらく。

 進級や休暇の熱で浮かれていた生徒達も落ち着きを取り戻し、日常に暇してきたというゆるやかな場面。

 登校してきた俺の眼に映るのはそんなありふれたもののはず、なのだが。

 

「おはようございます、お兄様」

「お待ちしておりました、お兄様」

「──おはよう金汰(かなた)白銀(しろがね)

 

 教室で俺を待っていたのは二人の美少年による微笑みと礼を伴った見事な挨拶だった。

 三条 金汰(さんじょう かなた)、温和な顔立ちと立ち振る舞いで俺なんかよりよっぽど王子様にふさわしい。

 四谷 白銀(よつや しろがね)、鋭い眼差しとクールな態度、こちらもまた王子様と言えるだろう。

 そんな二人がこちらを『お兄様』と慕ってくる。

 一応説明しておくが、彼らはクラスメイト、同い年。

 しかし彼らはそんなこと関係ないと、初対面である高校入学当時からこんな具合である。

 この通り年齢構わずお兄様呼びされるのはもう慣れたもんだが、転生してから普通──というべきかベタな友人関係というものはどうにも得られないのは少々寂しい気もする。

 いや、別に問題と言うほどではないのだ。

 問題なのは。

 

「毎日毎日うらやましい……あの二人にあんな笑顔向けられて」

「流石『姫王子』だよね」

「見せつけられるこっちの身にもなれよ」

 

 クラスの女子達からいつも通り飛んでくる恨み。

 致し方のないことだと思う、このクラスに在籍する男子は俺を含めてなんとたったの四人。女子は二十四人はいるのに、だ。

 ちなみに残る一人の男子は不登校であり、まあ、俺がクラスの男子を独占している状態になっている。

 特にウチのクラスはただでさえ一年時に男子生徒が減っているのだ。本来はさらに二人いたが結婚を機に辞めてしまっている。

 そう、結婚。この世界では法律上性別問わず十六歳から結婚が可能なのだ。とはいえ高校生が結婚するのはよくあることではない、それなりに珍しいことではある。

 その珍しい結婚に俺は一部携わっており、つまり希少な男子を学校から逃した──なんて言われる。

 一年間そんな風に男子と仲良く男子の問題を解決し男子を周りにつれた俺は『姫王子』。

 二年になれば状況が変わるかもしれないと軽く考えていたが、どうにもそんな気配はない。

 仕方ない、この世界の男子は少ない分結束が固い。つまり相談に乗っていたある種の恩人である俺の立場を崩したり切り捨てたり──物騒になってしまった、雑にいえば飽きたりするようなことはない。

 そして女子は多い分、少しの悪感情でも塵も積もればで増大しやすい。ましてや学校生活というのは元々そういうのが生まれやすい場所だ、俺は分かりやすい敵になってしまった。

 

 しかし、俺はハッキリ言ってモテたい。

 小学校や中学校は男子校だったという理由も大きいが、そもそも恋する気などなかった。

 どこかに出かけたり習い事したりあるいはお兄様ネットワークを通じて親族知り合いを紹介してもらうとかの方法はあったが避けた。

 だってまあ精神はいい大人だしね、みたいな達観。

 だが高校生になって、知り合いの結婚や間近で恋に焦がれて悪戦苦闘する同級生たちを見て思うのだ。

 俺は恋の情緒においてはさほど成長していない高校生のままだと。

 あー! 放課後クラスのみんなに内緒で寄り道したり、制服デートしたり、両親のいない家に遊びに行ってドキドキする気持ち押さえつけてー! 

 全部男子とはやったけどな! 楽しかったわ! 

 というかそういうのに飢えすぎて前世なら高校生でも思わないようなベタな欲求になってないか? 

 

 このままではいけない。

 先ほどから考え込むようにしている俺を見て心配そうな表情──ではないな、見蕩れている金汰と白金と話すのは楽しい。

 楽しいが、二年生も同じように過ごしたらもう受験だ。青春している暇なんて無くなる。

 今日から変えよう、俺は女子と仲良くなる。

 

「ちょっと喜久川!」

 

 覚悟を決めた俺に声をかけてきたのは珍しいことに女子。

 金のサイドテールを揺らせているギャル──この世界だとギャルは何に当てはまるのだろう『不良』や『陽キャ』とか『高校デビュー』とか? 

 ともかく彼女の名前は皐月 桜花(さつき おうか)

 女子と仲良くなってないとはいえ、一年間同じクラスだったため名前や人となりはある程度分かる。

 白銀が大声ではしたない話をしているとよくボヤいていた──猥談だ。貞操逆転世界において女子の猥談とは男の上半身や下半身の話になる、ほぼ元の世界の男子高校生のバカ話と相違がないのには感動を覚えたりもする。

 

「おはよう、桜花さん。どうしたの?」

 

 そんな猥談女子が俺に話しかけたため金汰と白銀が何か行動を起こしそうになったのを感じ、挨拶で制する。

 せっかく女子から話しかけてもらっても周りの男子に防がれることが結構あったりする。特に香と一緒の時とか。

 

「え、あの名前……」

「ああ、ゴメンね。名前呼びは嫌だった?」

 

 何せ名字で呼ぶと誰が呼ばれたか分からないくらいの人数が付き従ってる時もあったのだ。高校生になってからは流石に無いが。

 名前呼びが染み付いてしまっているらしい。

 

「そうじゃなくて、た……タイム!」

 

 そう言うと桜花さんは俺達のいる窓際から反対、教卓側の入り口近くにいる女子達の方へ。ちらちらとこちらを見ながら話している。

 

「……なんだろうね?」

「さあ、女子の考えることなんて分かりません」

「ええ」

 

 ニュアンスは違うだろうけど同意だ。

 さて、桜花さんは何やら気合いをいれた様子で戻ってきた。

 

「喜久川!」

「うん、桜花さん」

 

 何やら話があるのだろう、じっと顔を見る。

 くっ、と桜花さんは顔を逸らしてしまう。

 耳まで真っ赤だ。

 

「こらー! 名前呼ばれただけで負けるなー!」

「女として恥ずかしいぞー!」

「うっさいなあ!」

 

 友人達のヤジにリンゴのようになってしまった桜花さんを見て納得する。

 俺も昔は女子から名前呼びされただけで浮かれてたなあ。

 

「卑怯な手──いや綺麗な顔を使ってきてずるいわ!」

「そう言われても……クラスメイトなんだから慣れてよ。これでも一年間一緒だったんだから」

「そう、それよ! その一年間が問題なの! 喜久川が男子一人占めするから私たち女子は慣れないのよ! 共学なのに! しかもウチのクラスだけ男子少なくなってるし!」

 

 うおおおん、と顔を覆って泣き真似……いや本当にちょっと泣いてる桜花にあわせて女子達はウンウンとうなずく。

 

「あいつらと二年生も同じように過ごしたらもう受験よ!? 青春している暇なんて無くなるの! 今日から変えるのよ! だから喜久川は三条さんと四谷さんを解放して!」

 

 どこかで見たような思考回路だ。

 しかし解放と言われても……と話題に上がった二人を見る。

 

「うーん、困りましたね……」

「お断りします」

「うわぁあああん! だから話しかけるの嫌だったのに!」

 

 まあ、二人は好きで俺と友人付き合いをしているわけで。横から言われたところでそう簡単には……と、名案を思い付く。

 

「じゃあ俺で慣れればいいよ」

「え」

 

 桜花さんの漏れでた声で教室が静かになる。

 女子達どころか金汰と白銀も目を丸くして見つめている。

 俺は女子と仲良くしたいし、桜花さんは男子と慣れたい。

 まあ桜花さんとしては本命の金汰や白銀と仲良く出来ないのは不満だろうが、本人にやる気がないことを強要はできない。

 俺が仲良くする姿を見れば二人の気持ちも変わるかもしれないし。

 

「今日からよろしくね、桜花さん」

 

 すっと右手を差し出す。

 

「えと、あの」

 

 しかし目の敵にしている相手に迷っているのだろうか中途半端に手を宙にさ迷わせている。

 もうすぐホームルームも始まるしここは強引に手を取って。

 

「これから仲良くしていこう、楽しみだよ」

「は……はい」

 

 手を離すと桜花さんはブリキの玩具のようなややぎこちない動きで席に戻っていった。

 

「あの……お兄様、僕たちを守ってくださるのはありがたいですが無茶をするのは……」

「いや、女子達と仲良くしたいのは本当だよ? クラスメイトなんだから親睦を深めていかないと」

「しかしあのような握手など!」

「ダメだったか……強引だったよね?」

「そうではなく、お兄様はご自身の価値を分かってないのです!」

 

 二人のお小言を聞きながら、そういえば転生してから異性と握手するの初めてかも。と、今更ながら俺は少し照れた。




ヒロインが出ましたがキャラクターはまだ男子のが多い。


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アリマ様が学食を見てる

 俺の通う私立雨晴(あまはら)高校には学食がある。

 これがメニューの種類が豊富な上にクオリティも高く、生徒からの評価が非常に高い。

 

 しかし俺が利用したことがあるのは数回だけで、ほとんど通っていなかった。

 理由は『お兄様』と慕ってくる男子達にある。

 

 俺が男子達の相談役や問題解決を行っているのは散々と連ねてきたが、彼らからは言葉だけでなく物質的なお礼を伴うことが多い。

 気にする必要はないと言っているのだが、それでは気が済まないと押しきられありがたく受け取っている。

 転生前で考えればジュース一本奢りで終わりそうなものだ。が、そこは貞操逆転世界、こちらの男子は少々結束が強い分、それが同性へのお礼の重さにも表れる。

 

 俺が受け取っているお礼の筆頭は手作りの弁当。

 

 それが一度ならばまだ構わない、しかし彼らは高確率で毎日作ってくる。

 それが一人ならばまだ構わない、しかし俺は何人もの男子に協力している。

 それが一面に広がる光景、ピクニックというよりまるでパーティーとも言えるような屋上で、俺は男子高校生の肉体──内臓系の限界を感じた。

 食いきれない以外にも問題があり、俺は時たま学校をサボる。結構な不良生徒だ。そうなると俺が登校しない日は男子達で分けて食べてたらしいのだが当然というべきか全員ノックアウト。

 

 やがて俺のいない間に男子達で協定ができたらしく、俺は所謂蓋弁当──弁当を忘れたやつが皆からおかずを貰い最終的に一番豪華になるあれ──で昼を過ごすことが多くなった。男子達はおかずを一つだけ多く作ってくることで、俺に分けても分けなくても問題ないものにしたのだ。

 

 稼いだウェイトを絞るのに苦労した一年目、そういう訳で俺は学食をあまり利用しなかった。

 

 さて、俺は今日久々に学食を利用する。弁当会のメンバーには──なぜかリーダーは一年の香なので彼にメッセージを送る──伝えたので各々好きなように過ごすだろう。

 さてどれを選ぼうか──弁当会は性質上麺類を食べることは少ない、スパゲッティくらいだ。となるとラーメンかうどん、やはり学食と言えばうどんではないだろうか、素うどんというのは些か寂しいので月見かわかめ、悩む。

 

「なんでも好きなもの頼んでよ二人共! 奢るからさ」

「いえ、大丈夫です」

「結構です」

 

 後ろで桜花さんのアタックをブロックしている二人の会話を聞きながら俺は月見のボタンを押した。

 

 なぜこうなったのか。

 男子に慣れたい、仲良くしたいという桜花さんの相談を引き受けて昼休み。それならば一緒に昼でも食べようじゃないかと誘ったのだ。

 

「ぐ、そんなことで私は屈しない! 屈しないけど……まあ食べてやってもいい」

 

 と、快い返事を貰ったので学食派だった桜花さんに付いていこうとする。しかしそれに待ったをかけたのが金汰と白銀だった。

 

「お兄様、女子と二人っきりの食事は少し……」

「そうです危険です」

「じゃあ二人も来ればいいさ、なあ?」

「え、いいの!?」

 

 そもそも桜花さんの狙いは二人と仲良くなることだったわけで、周囲の女子から「クソハーレム女」「裏切り者」「姫王子に屈するな」という温かい罵倒を受けながらもこの機会を逃すわけにはいかないと絶賛アピール中である。効果は無いようだが。

 いきなり奢りというのは性急すぎたな。

 

「そもそもお兄様を除け者にする気ですか?」

「いやだって、喜久川はライバルだし……」

「あなたがお兄様のライバルになれると?」

「うう……冷たくされてるけど今までで一番多く男子と話せてる」

 

 まあ喜んでくれているならばいいか。

 トレーに月見うどんを乗せて席を探す。食堂は広く席に余裕はあるが、男子を三人連れた女子という異常事態に周囲の視線がすごい。なるべく静かな場所を選びたいが。

 

「ここ! ここ席とっておいたから!」

 

 後からトレーを受け取ったはずの桜花さんがいつの間にか周囲に人の少ない四人分のテーブルを確保していた。早業だ、恋する乙女のパワーというやつは創作の世界だけではないらしいな。

 

「ありがとう、桜花さん」

 

 と俺は桜花さんの隣の席に座る。

 

「お兄様!」

「なんてこと……」

 

 固まっている桜花さんと俺を見て驚愕している二人。だけではない。

 

「あの姫王子が男以外と隣同士に!?」

「信じられない……」

「あの女刺されるんじゃないか」

 

 食堂全体がざわついてしまった。いやだって、この世界の男子である二人がいきなり女子とこの近さでストレス感じないわけないし、俺が桜花さんの対面に座ったら二人とも別のテーブルや椅子持ってきて俺の隣同士になるって付き合いで分かっているのだ。

 俺は桜花さんにも二人にも嫌な気持ちをして欲しくないし、むしろの女子の隣は望むところなので役得である。にしてもここまで驚かれるとは思わなかったが。

 

「さあ、はやく二人とも座りなよ。ご飯が冷めちゃうでしょ」

「……そうですね」

「……」

 

 金汰は納得したようだが白銀はまだ桜花さんを睨みながら立っている。

 フリーズしていた桜花さんも睨まれて滝のような脂汗を垂らしてやや食欲が削がれる光景だ。

 

「お兄様に汁一滴、欠片一つでも飛ばしてみろ──その時は」

「はい! ももも勿論です」

 

 カレーうどんのトレーを前に桜花さんは必死だ。よりにもよってなチョイス。

 

「白銀も怖いこと言わない、楽しい食事なんだから」

「申し訳ありません」

 

 その後は会話も無く、俺が話を振ったら金汰と白銀は応じるものの桜花さんはうなずくだけの機構になってしまった。想像してた雰囲気とは違い、やや粛々とした食事になってしまったが、まあ今までを考えればこんなものだろう。

 カレーうどんを啜らずに何度も箸を往復して運ぶといった桜花さんの食べ方はそれだけで話の種になるだろうといった珍妙な動きだった。本人の努力もあり白銀の『その時』は実行されず、平和に食事は終了した。

 

「ぜんぜん味がしなかった……」

「カレーでそれは相当だね」

 

 疲れた様子の桜花さんは口周りについたカレーにも気づかないようである。

 

「桜花さん、口についてる」

「え? ああ……」

 

 と、指摘すると何と桜花さんは袖で拭おうとするのだ。そんなことしたらお母さんに怒られるぞ! 貞操逆転世界故の女子のズボラさなのか桜花さん個人のものなのかは分からないが対面の二人も引き気味だ。

 仕方なくその拭おうとした手を掴んで止める。

 

「ちょっと喜久川なにを」

「じっとしてて」

 

 俺は付いてきた紙ナプキンの残りをとってやや力をいれて桜花さんの口周りを拭う。突然のことに顔を反らそうとする桜花さんの頬を追いかけゴシゴシと、幼い姪を相手にしている気分だ。

 

「ほら綺麗になった」

「……」

 

 子供扱いされたのが恥ずかしかったのか顔を赤らめてこちらを見る桜花さんに「次は自分でできるよね」と念を押す。

 

「お兄様ってその……大胆というか男女問わず、なんですね」

 

 困ったような少し興奮しているような様子で金汰に問われる、小さい頃から周りの鼻水を拭ったり涎拭ったり涙拭ったりでついやってしまうのだ。

 言われると異性にする行為としては褒められるものではない。

 

「ごめん、桜花さん。嫌だったよね」

「いや、そのぜんぜん大丈夫というかありがとうというか……こんな、私は、私はー!」

 

 と、桜花さんは勢いよく飛び出していってしまった。

 口振りからすると、どうやら許しては貰えたみたいだが。

 

「……どうすればいいかな?」

「何もしないでいいんです!」

 

 俺は白銀に怒られながら桜花さんの分のトレーを片付け始めた。




有馬は月見うどんの月を後に崩す派です


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皐月 桜花がアリマ様を見てる

「好きになりたくないよぉおおおおお!」

 

 私、皐月 桜花は自室の枕に顔を埋めながら必死に己の感情と戦っていた。

 

「お姉ちゃんうるさい」

「今お姉ちゃんは強敵と対峙してるんだ! 妹なら応援してよ!」

 

 一つの部屋をカーテンで区切っただけのプライベートも何もない世界は私に優しくない。なので私は妹にも優しくない。

 

「そんなんだからモテないんだよ」

「そんなことない! 私がモテないのは……」

 

 そう、私がモテないのは、あの姫王子──喜久川のせいだ。

 

 別に男子との出会いが今までなかった訳じゃない。

 未だに彼氏は居たことはないが、保育園でも小学校でも中学校でも、クラスメイトに男子は居て、言葉を交わしたり何ならグループとはいえ遊びに行ったこともある。

 ただ、こっちを振り向いて貰えた──そんな気持ちを抱ける程の興味や好意を振り撒いて貰ったことはない。

 それはきっとアピールが足りないからだ! 私は中学卒業を機に変わることにした。

 所謂、高校デビューというやつだ。

 髪を染めて、制服なんて初日から着崩してやる。遊び慣れてる、頼りになる私が思い描くカッコイイ女──少し恥ずかしかったけど、お姫様のイメージだ。

 意気揚々と教室に入った私を打ち砕いたのは。

 そんな虚勢や妄想をまとめてどこかへ吹き飛ばすような、本物のお姫様で──王子様だった。

 

 喜久川 有馬には美しい容姿があった。

 街中で十人が見れば十人が振り返るだろう、なんなら私は二度振り返る。

 

 喜久川 有馬にはしなやかな肉体があった。

 体育の時は鍛えられた身体の躍動に性別問わず釘付けになり、そしてその試合の結果に一喜一憂した。

 

 喜久川 有馬には多種多様な知識があった。

 それはテストで百点を取るような知恵というわけではない。話せばまるで何十年も積み重ねられたような、別の世界に生きてきたような、そして経験に裏打ちされていると分かる知性を感じる。

 

 喜久川 有馬にはそしてその誰もが欲するどれにも執着が無かった。

 何でもないようにそこにいた、当たり前のように、触れることができる距離に。

 

 だからか、当然のごとく彼は男子にモテた。クラスメイトは当然、別のクラスでも、学年が違っても関係ない。いつの間にか何人もの男を侍らせて、本当に物語のお姫様のようだった。

 だから私達は妬みを持って『姫王子』と名付けた。どうも男子連中は称賛と解釈しているようだが、あれは私達の皮肉なのだ。

 

 ともかく一年間──私達の男子と触れあう時間というものは奪われた。男子達は時間があれば喜久川と交流するのだから。

 振り向いて貰おうとアピールしようと思っても、あれの前では意味がない。

 

 だから、私は宣戦布告をした。

 男子達から少しくらい嫌われようとも構わない。

 悪感情でもこっちに気づいてもらえなければ、彼らの前に振り向くという選択肢すら出てこないのだ。

 

 なのに。

 

『じゃあ俺で慣れればいいよ』

『今日からよろしくね、桜花さん』

『これから仲良くしていこう、楽しみだよ』

 

 真正面から見つめてくるなんて──予想してなかったのだ。

 だって、男子は頑張って振り向かせるものなのに、喜久川はただ話しかけた──というか喧嘩を売ったはずなのに、笑顔を返してくれた。

 

「絶対、絶対私をからかって楽しんでいるだけだ」

 

 しかしからかっているかはともかく、あの笑顔や握手に興味や好意が含まれていることは分かる。だって、私はずっとそれを追い求めてきたのだから。

 

「……握手しちゃった」

 

 じっと右の手を見る。

 あんな握手なんて初めての経験だった。

 本物の手は妄想してたよりもずっとごつごつとして、力や熱を感じた。

 慣れた様子だった。握手ぐらい、きっと誰とでも何回もしているんだろう。

 ああ、周りの男子達が羨ましい──って。

 

「違う! 色んな男子の手を握ってるあっちの方を羨ましがるべきなのにぃいいいいい!」

「お姉ちゃん!」

「今、私は敵の策略に陥ってる最中なの! 抜け出せるように応援してよ!」

「いつもの妄想か何か知らないけどさっさと負けて大人しくして」

「負けたらすごいことになっちゃう」

「ふーん……どうなるの?」

「それが分からないから怖いんでしょ! 負けたくないよぉおおおおお!」

「お母さーん、お姉ちゃんが壊れたー」

「そろそろ一周回って直るわよ」

 

 まったく家族がいが無い! 

 その点、喜久川は優しくて──もう! 

 

 そうだ、握手くらい別にどうってこと無い。いや立ち直るまで熱に浮かされて気づいたら昼休みだったが。

 そこへの追撃がよくない。ようやくいつもの調子に戻ろうとした私に喜久川は『一緒にお昼ご飯』というとんでもなく重い一撃。

 あやうく恋に落ちかけたが、助けがあった。

 なんと三条さんと四谷さんも一緒に食べたいと言ってきたのだ。

 恋がどうとかいう繊細なドキドキを振り切り、全女子の見てる夢みたいな場面に私は滅茶苦茶テンションが上がった。クラスの女子共から沸き上がる殺意も何てことはない、あの時の私は無敵だった。

 

 いや、浮かれていた。だからつい四人がけの席なんて選んだのだ、長テーブルにすれば、あんなことにはならなかったのに。

 私の揚げ足を喜久川は逃さなかった。

 

 なんと私の隣に座ったのだ、あの学校の姫王子が! 

 

 クラスメイトだけならともかく、学食中から──特に目の前の三条さんと四谷さんからの冷たい視線は一瞬で私の無敵状態を解除した。

 だが本当に恐ろしいのは、そんな状態でドキドキして嬉しくなってしまっている私自身だ。

 

 食い方を注意するように言われたけど、そもそもいつも通りの動きをできる自信なんて最初から無かった。ふわふわした気持ちが心から身体を支配しそうになるのを防ぐので必死だったのだから。

 そんな私の隣でにこにことうどんをすする喜久川、絶対にからかっている。

 だが、私は耐えきった。折角男子と相席してるのにまともな話の一つもせずに心を落ち着かせた。

 ボロボロの私はこんなことならクラスの女子達を連れてくればよかった、調子に乗ってごめんなさい、なんて反省していた。

 

 けど、喜久川は容赦なんてしてくれない。

 

 彼が私の口を拭った。

 

 安いざらついた大量生産の紙ナプキン、その薄い守り一枚だけを通じて、彼の指先と私の唇は触れあっていた。

 まだ私の右手に残るあの熱い感触よりも、ずっと鋭く甘い刺激が口から脳へと直接刷り込まれるようだった。

 

 このままじゃ駄目だと、本能的に理解した私は顔を反らしたけれど──喜久川は狙った獲物を逃してくれない。

 

 力強く何度も、指の形まで覚えさせるようなそれは。

 敵のはずの姫王子が──当たり前だけど男なんだと嫌でも認識させられてしまう。

 

 どれだけの時間が経ったのかもう考える余裕もなかったけど、指を離されたその感覚で私は現実世界に戻る。

 目の前では何でもないことのように、喜久川が私を見ている。

 私はこの時、多分ようやく喜久川に『振り向いた』のだ。

 見つめあって、そして私の中にこの感情が生まれてしまった。

 

 好き。

 

 喜久川 有馬のことが好き。

 

 胸に溢れる熱に心を焼かれる。

 だって彼は私の理想の姿そのものなのだ、私を見つめてくれる王子様で、私が憧れるお姫様。両方なんて、ズルすぎる。

 

 好き。好き。好き。好き。好き。

 ああ、無意識に気づかないようにしてたんだ。

 だって、こんなの苦しすぎる。

 お姫様で王子様な彼への恋なんて、叶わないに決まってるのだから。

 

「好きになりたくないよ……」

 

 枕に顔を埋めながら、私をからかっているだけと何度も唱える。

 でも、自分で作った嘘の魔法なんて、効くはずもなかった。



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アリマ様が登校風景を見てる

最寄り駅で降りた俺は本日も押し潰されていた香を横で労いつつ出口へ向かう。

 

「おはようございます、お兄様」

「まあ、朝からお兄様と会えるなんて」

「お兄様」「お兄様」「お兄様」

 

次々と、という表現よりぞろぞろと、の方が正しく。

学年を問わず周りに男子生徒達が集う。

無論、彼らは俺のような不良生徒とは違い規律正しい模範的な生徒なので周囲に迷惑にならないようにしているのだが──男子生徒の集団というのはここの世界では中々珍しく、毎度人目を引いてしまう。

俺自身はもう慣れたもの──というか部活仲間と登校している感覚に近い、もちろん規模はいささか大きいが。

みんなでワイワイと話しながら学校までのわずかな道のりを下らない話で楽しむのが『いつもの』なのだ。

 

中でも俺が話すのは香が多い──というより香がみんなの代表として話しかけることが多い、というべきか。

 

「そういえばお兄様は昨日学食を利用したのですよね?」

「ああ、結局金汰と白銀も合流することになってね」

「僕もご一緒して四人で食べたかったです」

「それじゃあ今日は一緒に……って香にはお弁当があるか」

「ええ、なのでまたの機会に。それにしても珍しいですね、今日も学食を?」

「多分そうだね。桜花さんの気分にもよるけど」

 

瞬間、騒がしかった周囲の声が途切れる。

横を歩いていた香の姿も見えなくなったので驚いて振り返ると。

 

「まさかお兄様から女子の名前が出るなんて……」

「ではあの噂は本当ということですか?」

「三条先輩や四谷先輩の元気が無かったのもそこに理由が?」

 

後ろの集団は俺以上に驚いていたようだ。

 

「あの、お兄様……『桜花さん』というのは」

 

冷や汗をかきながら恐る恐るという様子で香が聞いてくる、流石というべきか笑顔は絶やしていないが。

確かに知らない人間が話にでてきたら驚くだろう、特に香は交遊関係が広いわけで。

 

「ああ、クラスメイトだよ。昨日から仲良くなったんだ……いや、仲良くなる予定というべきかな」

 

何せ一日目である、まだまだ親交を深めたとは言いきれない。

 

「ということは女子ですよね!?」

「うん」

「なんでですか!」

「いや、行きたいなって思って」

「学食なら僕が行きます!」

「だから一緒に行こうって」

「そうじゃありません!お兄様が優しい方というのは存じておりますが……女子と食事なんて……危険です!」

「どう危険なのさ」

「……恋をされてしまいます!」

「いいじゃん」

「よくありません!恋は人を盲目で獰猛な獣にするんですよ!」

 

俺がよく知るものとは違いこちらの世界の恋はデバフとバフが両方かかるらしい。

顔を真っ赤にした香の必死なアピールはレッサーパンダの威嚇じみて思わず笑みを溢す。

 

「笑い事じゃないんですよ!」

「大袈裟だな香は、一度一緒にご飯を食べたくらいで恋が始まったら世の中はラブロマンスに溢れているよ」

「ロマンスの塊みたいなお兄様と一緒の食事ならありえます」

 

顔の造形に関しては周りの反応で多少の自覚はあるものの、中身は変わらず俺である。とてもじゃないがロマンスなんて似合わない。

一年生からすると先輩は大人に見えるというやつで、慕ってくれている香の贔屓目だろう。

そもそも簡単に恋が始まるならば、青春したいと嘆いてはいないのだ。

今はその手前、まず開ききった女子との距離を少しでも縮める最中である。

 

俺がピンと来ていないのを察したのか、香は少々落ち着きを取り戻す。

 

「──ともかく、お兄様は少々目立つ方なのです」

「それは、まあ」

 

何せ姫王子と言われるくらいなのだ。

 

「お兄様と一緒にいればそれだけ相手の方──桜花さんも目立つでしょう、周囲の視線や熱に慣れておらず浮かされるというのはありえないとは言いきれないでしょう」

「なるほど、確かに──それは互いのためにならないね」

 

香から相手のことも考えろと言われて反省する。みんなが慕ってくれている先輩として考えが至らず情けない限りだ。

 

「ありがとう、香のおかげで考え直せたよ」

「いえ、お兄様が色々教えて下さったから今の僕があるんです。礼を言う必要は……」

「つまり人目につかないように二人っきりで食べればいいわけだ。ちょうどこの前よさそうな店をまた見つけてね、昼は誘い出して行ってみようかな」

「お兄様、勘違いしてました。人の目があることで人間は冷静に物事を考えることができるのです。つまり知り合いだらけの学食で食べるべきです、ええ」

「そ、そっか珍しいね香が勘違いなんて。まあ、それなら今日も学食に誘ってみることにするよ」

「うう……よりにもよってお兄様が誘う側なんて……」

 

もしや男の側から食事に誘うのははしたない行為だったりするのだろうか。

まあ学生同士だし、そう気にするべきではない。学食だし。

それに俺は姫王子なわけで、多少変なのは今さらというやつだ。

 

「何かあったらすぐ知らせてください」

 

ふんす、と気合いをいれる香。どうも男女の仲に過敏というか。後輩なのに大人びた点が多い子だが、そういう所は高校生らしいと言えるかも。

 

「もちろん進展したらまたみんなに話すよ」

「現・状・維・持で、お願いします」

 

なんて、決意が新たになったりならなかったりな朝だったわけだが。

皆と別れ教室へ向かった俺を出迎えたのは。

 

「桜花さんが休み?」




祝、日刊一位。
応援ありがとうございます。


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アリマ様がノートを見てる

「は、はい……」

「そっかぁ、風邪?」

「多分……熱出たって言ってましたし」

「大丈夫かなあ」

 

 入り口近くの女子達が話しているのを耳にしてしまい思わず聞いたところ、やや警戒されながらも答えてくれた。

 しかし話しかけただけでざわざわと教室は騒がしくなる上、やはり対応にも壁を感じるというか──クラスメイトなので気軽に話したいところだが仕方ない。桜花さんと仲良くなれれば、少しは変わるだろうか。

 

 まあ、そんな俺自身のことより桜花さんである。

 

 季節外れの風邪は長引きやすいと聞く、悪化しなければいいのだが。

 お見舞い──慕ってくれる男子達が体調を崩したりした時は好物やら含めて物資を持っていったりしている。気を使わせてしまうので届けるだけに限るが。

 しかし、ここで問題が発生する。

 そもそも俺は桜花さんの好きなものや苦手ものを知らない。

 仲良くなる前なのだから仕方がないが、ただでさえ風邪で弱っているときにいらないものを押し付けられても迷惑だろう。

 しかしそれでいて何もしないというのは──いや、一つだけできることがあったか。

 

 仲良くなりたいクラスメイトとして、これぐらいはやっておかないと。

 

 ──

 

「お兄様、お昼はどうしますか?」

 

 昼休み、金汰と白銀が先程の授業を纏めていた俺に話しかけてきた。

 そういえば桜花さんが休んでお昼のあれこれは宙に浮いた状態だった。朝に弁当会への不参加は香に伝えたから今さら顔を出すわけにも行かない。

 

「あ、もしかして二人とも今日も学食に来る予定だった?」

「ええ、あの女子を見張るために。お休みのようなのでそちらの必要はなくなりましたが」

「じゃあ学食で済ませようか。あ、新しく発見したお店に行ってもいいけど」

「お兄様は少し自由すぎです……怒られないですか?」

 

 案外学校近くの店は推奨こそないが、黙認はされているものである。無論、騒がしくしなかったり等のマナーを守っている内に限るが。

 

「短い学校生活だからこそ、少しくらい非日常を楽しんでみたいんだよ」

「お兄様は非日常が毎日じゃないですか……」

「そう?」

「白銀の言うとおりだと思いますよ。昨日もいきなり女子と仲良くしたいなんて、驚きました」

「クラスメイトなのにずっと喋らないってのも寂しいからさ」

 

 さて、本日の学食はわかめうどんを頼み、手早く食事を済ませる。少々やることが残っているのだ。

 先に片付け、テーブルの上にルーズリーフと筆記用具を広げる。

 

「テスト勉強ですか?」

「珍しいですね、まだ範囲もでてないですし。僕たちも持ってきます」

「いや、テスト勉強じゃないよ。落ち着いて味わって」

 

 金汰が急いで食べようとするのを止める。

 俺は勉強面で転生したとは思えない程不安だった中学時代を過ごし、高校は懲りてレベルを下げてからも余裕綽々ということにはなっていない。無論いくばくかのアドバンテージはあるが、テストを乗り越えている大きな要因は引き続き人海戦術である。

 テスト前は勉強会と称して男子が集まるのがお約束になっている。金汰は俺が昼休みにせかせかと授業内容を纏めているのをそれと勘違いしたのだ。

 

「では何を? お兄様にとって分かりにくい内容ではなかったと思いますが……」

「桜花さん用のだよ、休んでいる間に進んだ所が分からないと困るでしょ?」

 

 俺がテスト対策で勉強会をしているのは前述の通りで──つまり他人のノートのありがたさを知っているということである。

 好き嫌いが分からずともこれなら受け取って貰えるだろう。なにせ、学生であるなら俺みたいに勉強が嫌いや苦手でも、不必要にはならないのだから。

 

「……見せて貰ってもいいですか?」

「う、秀才の白銀に見られるのは少し恥ずかしいな……よければ意見を聞かせてくれないか?」

 

 自分用ならともかく、他人のためにデータを纏めるというのは転生前にやったからある程度はできているとは思う。だが、授業を纏めるのは初めてなので何か不備があったらいけない。

 

「……あの、授業の内容自体は分かりやすく纏められていると思います。けれど、この所々のアドバイスという部分が、その……例えばこの世界史のでは『ここは先生が好きって言ってたからテストに出ると思うよ! 熱意がすごくて思わず俺も含めてみんな笑っちゃった』というのは」

「勉強としての内容と授業の雰囲気は別で伝えた方がいいかなって、桜花さんがどっちを重視してるか分からないし。そういうのが分かった方が復帰した時に置いていかれないし」

「それにしてもその、お兄様の情報が入りすぎです! まるで手紙や交換日記ではないですか!」

「違うと思うけどなあ」

「こことか『バイクで旅するのって憧れるなあ、桜花さんは旅するのはどこにしたい?』なんてもうアドバイスでも何でもないじゃないですか!」

「それは若い頃の一人旅の話始めた安田(やすだ)先生に言ってくれ、おかげで授業部分が少なくて少なくて」

「しかも手書きでこんなことしたら──恋されますよ!?」

「それ流行ってるの?」

 

 まあ改善点が幾らかあるのは分かったが、今回はこのままにしよう。何せもう。四授業分を書ききってしまったわけだし。

 

 ──

 

 さて、放課後になって重要な問題に気づく。

 

「そもそも桜花さんの家を知らなかった」

 

 当たり前だが家に招いたり招かれたりの関係ではないのである。

 別に休み明けに渡してもいいのだが、授業のまとめである以上なるべく早く渡せた方がいいだろう。

 いつも桜花さんが話しているグループの人ならお見舞いに行ったりするだろうか。というか、ノートのコピーとかそっちに頼んでいる可能性もある。よくよく考えずお節介なことをやってしまったかもしれないと、内心落ち込みながら話しかける。

 

「聞きたいことがあるんだけど。今日、桜花さんのお見舞いに行ったりする?」

 

 いなかった上で、授業についてはやはり休み明けにノートを見せようとしていたみたいだ。

 これは完全に失敗したな。

 致し方ない、授業へと安田先生への理解を深めた一日だったとしよう。

 朝と比べて比較的マシな電車に揺られながら反省する。

 

 最寄り駅で降り、香とも別れ一人になると酷使された脳から糖分の補給を要請される。

 コンビニで甘いものでも買って帰るかと寄ってみると。

 

「ごめんなさい……お金足りなかったです」

「あー、では何かキャンセルしますか?」

「はい……ごめんなさい。でも、ええと、どうしよう……お姉ちゃんこれ好きだし」

 

 何やらレジで困っている中学生くらいの女の子が目に入る。話している内容からしてお使いか何かだろうか。

 想定外なことが起きたのと後ろにも何人か並んでいるのが原因だろう、可哀想なくらい焦っている。

 俺も覚えがあるがああいう時ってパニックになっちゃうんだよなあ。

 だから思わず。

 

「いくら足りないんですか?」

「え」

 

 ──

 

「ありがとうございます! おかげでお姉ちゃんの欲しがってたもの全部買えました!」

 

 そう言いつつ、男性グラビア雑誌を抱きつつ中学生──舞流(まいる)ちゃんは深々とお辞儀をする。

 

「気にしないで、それじゃあ」

 

 足りないのも本当に数十円で舞流ちゃんが計算間違いをしたのはおそらく『特大号』と書いてある胸に抱かれた雑誌のせいなのだろう。あまり気にしないでもいいのだが。

 

「そういうわけにはいきません! お手数かけますが家まで来てください、そこでお金を返します。お母さんがそういうのに厳しい人なので」

「いいお母さんだね、でも知らない人を家まで連れていくのは危ないよ?」

「大丈夫です、その制服はお姉ちゃんと同じ学校なので。それで男の人ならお姉ちゃんが知らないわけありません」

「そういうことではないのだけれど」

 

 しかし、お金の貸し借りというものはデリケートなものだ。雑誌以外にも随分と買い込んだ彼女にこのまま重い袋を持たせるというのも気が咎めるので荷物を持ち、着いていくことにする。

 

「お兄さんは優しい人ですね、さぞモテることでしょう。もしかしたらうちのお姉ちゃんが告白して玉砕しているかもしれません」

「いやモテたりは……玉砕前提なんだ」

「ええ、バカなので。熱を出しているのにこんなのを妹に頼む程度にバカです」

 

 どうやらその買い出しの異常性は認識しているようで俺は貞操逆転世界と言えど常識は変わらないんだろうと──熱? 

 

「もしかして、舞流ちゃんのお姉さんの名前って──皐月 桜花?」

「はい。もしかして本当に告白されたことがありますか? うちのお姉ちゃんがとんだ失礼を……」

 

 桜花さんとは真反対の落ち着いた様子の中学生は、その長い黒髪を下ろしながら先程より深くお辞儀をした。




みなさん感想ありがとうございます。
励みになります。


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アリマ様が夕焼けを見てる

「ではお兄さんはお姉ちゃんのクラスメイトなんですか」

「うん、今日はお休みだって言うから心配したよ」

「まさかお姉ちゃんが男性に心配されることがあるなんて……頭の心配はよくされますが。見ず知らずの私を助けてくれたり、お兄さんは優しい人です」

「人より少しお節介なだけだよ」

「なんだか大人ですね、うちのお姉ちゃんも同じクラスメイトなら見習って貰いたい……」

 

 事実大人なだけだから妙に恥ずかしい気分になる。

 

「舞流ちゃんは中学生?」

「はい、一年生になりました。環境も今までとは変わり電車の料金も一般、これで少しは大人に近づけたと思っていたんですが……買い出しですら失敗するんですから、まだまだ子供ですね私も」

「いやあ十分だと思うけどなあ……」

「そ、そうですかね」

「うん」

「クラスの中では身長が小さいから、からかわれることが多くて」

 

 思い出しているのだろう、少し落ち込んだ様子で言葉を紡ぐ。

 思春期は多感な時期だ、人の目や意見が気になるのは仕方のないこと。

 

「舞流ちゃんが俺を大人だって思ったのって見た目なの?」

「いえ! 私を助けてくれたからです!」

「なら、大事なのは在り方だよ。自分で考えて反省できるのも立派な在り方じゃない?」

 

 少し話していれば分かるが舞流ちゃんは転生している俺よりよっぽど落ち着いているのだ。

 気にせずそのらしさを貫けばいいと思う。

 と、なんだかまたお節介をしてしまったような気がする。どうも相談を受けることが多いからかちょっとした話のなかでもついつい解決したがりというか。

 

「……お兄さん、本当にモテモテじゃないんですか?」

「え? 女子から話し掛けられることも無いくらいだよ」

「高校生って不思議です……それもきっと大人ってことなんですね」

 

 まだ見ぬ高校生活に思いを馳せる舞流ちゃん。まあ中学生の時の高校生って本当に大人って感じがしたからなあ。いざなってみるとあまり変わらないのだから不思議だ。

 しばらく舞流ちゃんの中学校での話をして、話題は桜花さんの体調のことに移った。

 

「お姉ちゃんなら別に元気ですよ、多分普段使ってない頭を酷使したからオーバーヒートしたんだと思います」

「テスト勉強か何かかな、熱心なんだね」

「いやあそういうのじゃ無かったですけど……」

 

 さて、目的地──マンション、部屋の前まで荷物を運んでそこで待っていようとすると舞流ちゃんが反対する。

 

「上がっていってください」

「いや、ここで待たせて貰うよ」

「そんな、男性を外で放っておくなんて女子として出来ません!」

 

 と、押しきられてしまいリビングのテーブルで待たせてもらう。

 おそらく自室に行った舞流ちゃんを待っていると、扉が閉まりきってなかったのか中の声が聞こえてきてしまう。

 

「お姉ちゃん買い出し行ったお金貰うね」

「うん、ありがと……あ、買ってきたのものは?」

「え、リビングに置いてあるけど」

「じゃあ取ってくる……私には今すぐあれが必要なんだ、欲には欲をぶつけて対消滅させないと」

「待ってお姉ちゃん! 今お客さんが──」

 

 ガチャリ、と音がする。

 リビングからちょうど見える位置で座っていた俺は目に飛び込んできたはずだ。

 

「……どうも、お邪魔してます」

「……」

 

 しばらく目を瞬かせた後、パジャマ姿の桜花さんは引っ込んだ。

 

「──────!!!!!」

 

 今度はきちんと扉を閉めたのか、叫び声ということ以外は分からなかった。

 

 ──

 

「ごめんなさい迷惑ばかりおかけして……」

「いや、どう考えても俺が悪いから」

 

 弱っている姿を同年代に見られるのは嫌だろう、ましてや目の敵にしているやつで、それでもって異性である。

 玄関で謝る舞流ちゃんを宥めて、俺はついでにお願いをする。

 

「桜花さんが落ち着いたら、これを渡して貰えるかな」

 

 ルーズリーフを入れたクリアファイルを舞流ちゃんに手渡す。

 

「これは……授業の内容ですか?」

「うん、今日分のね。作った後で他の子に聞いたら写させてもらう予定だったみたいだから、いらなかったら捨てるなりして」

「お姉ちゃんのためにこれを?」

「うん、少しでも喜んでもらえたらなと──失敗しちゃったけどね」

 

 心労をかけてしまった。体調が悪化しなければいいのだけれど。

 

 ──

 

 舞流ちゃんに見送られ。

 今日は一日中空回りだったと大人びた中学生に倣い、夕焼けに照らされた道を反省しながら歩いていると。

 

「……待って」

 

 声をかけられ振り向くと、布団を被り蠢く謎の物体がいた。

 

「……えっと」

「……桜花」

 

 どうやら布団の中身は桜花さんらしい。

 喋りながらごそごそと身体を捩らせる布団。夢に出てきそうだ。

 

「どうしたの?」

 

 見れば下からは先ほどのパジャマの裾が見えており、急いで来たことが分かる。

 だから、何か用事があると思ったのだが。

 

 少し布団の封印が解け、赤い顔が覗く。

 クラスで見たような元気がない桜花さんは、やはり具合が悪いのだろう。偶然が重なったとは言え押し掛けてしまい申し訳なくなる。

 

「どういうつもり?」

 

 先程舞流ちゃんに渡したクリアファイルを手にして、桜花さんから出たのはそんな言葉だった。

 

「別に……他にも女子はいるじゃん。急に近づいて、こんな優しくしてきて。からかってるんでしょ」

 

 その言葉には、どこか諦めというか、悲しみが見えた。

 

 家まで来たのは偶然だったのだが。確かに桜花さんからしたら休んだ自分をからかいに来たと思われても仕方ない。

 

 なにせ俺は姫王子、女子の敵である。

 

 それが一日喋っただけで心配だからと授業の内容を取って届けに来ました。しかもなぜだか妹と仲良くして。

 疑われて当然だ。

 

 でも、勘違いされたままじゃ敵わない。

 俺は桜花さんと向き合う。

 

「違うよ、からかってなんかいない」

「なら、なんで私なんかに優しくするの」

「話し掛けてくれたから」

「たまたま最初に話し掛けただけで? じゃあ誰でも……」

 

 そこが違う。

 俺のことはともかく、桜花さん自身を勘違いされたままじゃ困る。

 

「話し掛けただけ? とんでもない、誰も話し掛けてこなかった俺に──初めて話し掛けてくれたんだ。クラスメイトと話したいのに、そんな勇気が無かった俺と違って、勇気を持って」

 

 そう、皐月 桜花は思えど行動できなかった俺とは違う。

 彼女が話し掛けてくれて、手を引いてくれたおかげで俺は青春したいと、一歩踏み出せたのだ。

 大事なのは在り方──俺はその時に皐月 桜花の在り方を見た。

 現に今だってこうして、桜花さんは真正面から敵である俺に、戦いにきている。

 だから。

 

「桜花さんは、俺に無いものを持っている──憧れで、だから優しくしたくて、力になりたいんだ」

 

 俺はお姫様で王子様だけど、勇者にはなれなかったから。

 

「だからこんな俺でよければ、改めて仲良くしてください」

 

 手を伸ばして握手を求める。

 やはり俺に勇気はない、さらけ出すことのなんて恥ずかしいことなんだろう。

 夕焼けがありがたい、きっと真っ赤なこの顔を見られずに済む。

 

 手に熱が伝わる。

 

 顔を上げれば、桜花さんがこちらを見ている。

 

「勘違いしてごめんなさい──こちらこそ、よろしく」

 

 その顔は、俺と同じくらい真っ赤だった。



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皐月 桜花が自分を見てる

 鏡に映る自分はいつも虚像だった。

 

 髪も服装も表情も全部ハリボテ。

 かっこ悪くて、頼りにならない、遊びたくない自分。

 それが私。

 でも最近は、少しだけ好きになってきた。

 

 朝、洗面所では戦いが行われていた。

 毛先を弄るとか、メイクがどうだとか、そういう雑誌や記事のことを右から左まで試してみる。

 書いてある通りにしているはずなのに、どうも頭の中で思い描いていた理想とは程遠い完成図に首をかしげてはいつも通りにする。

 ああでもないこうでもないと奮闘していると妹からの容赦ない小言が飛んでくる。

 

「今さら少しくらい時間かけたところでお姉ちゃんがレベルアップ出来るわけないでしょ、経験値足りないんだから。どいて」

 

 姉の創意工夫をなんと心得るのか。

 しかし自分でも付け焼き刃だと思っているので渋々譲る。喧嘩して遅刻するわけにはいかない。

 

「あんたも最近時間長くない?」

 

 私のようにチャレンジではなく、チェックにより時間をかけているというべきか。

 

「私は大人だから」

 

 何を生意気なことを言ってるのだ。とはいえ、そんなことをする理由は分かる。つつけばこちらにも蛇が飛んでくるだろうから指摘しないが。

 

 家を出てしばらく歩けば最寄りのコンビニ。そういえば今日は購読している雑誌の発売日だなんて思い出すも立ち読みしている時間は無いなと諦める。

 入り口近くに目的の人物がいるから。

 黙って立っているだけで絵になる彼は、文字通り芸術品の如くいつまでも見続けられる。

 しかし、彼は飾られてばかりではなく、こちらに気づいて笑顔で声をかけてくる。

 

「おはよう、桜花さん舞流ちゃん」

「おはようございます!」

 

 まったく何が大人だ、姿を見て駆け出すなんて。と言いつつ私も本当は駆け出したい。

 逸る気持ちを抑えてゆっくり歩くのは、少しでもこの胸の熱を冷ましたいから。

 

「おはよう、喜久川」

 

 好きな人に会うたびに、顔を真っ赤にしてちゃしまらない。

 

 ──

 

 三人で連れだって歩く。

 舞流は喜久川の前ではニコニコとイイ子──いや私と比べれば別にいつもイイ子か、ともかく私の前で見せる仏頂面というものはなく楽しんでいる。

 そんな光景を何度も見ると気付くことがある。

 喜久川は中学生だろうと、どころか男女関係なく同じような態度を取るのだ。

 それが妹にとっては対等な、大人扱いになる。おかげで端から見てもメロメロだ。

 きっとあの食堂のときのアレもそういう具合でやったのだろう。無意識に唇に触れている自分もきっと端から見ればメロメロに違いない。

 まったく姉妹揃ってチョロい。

 いや、喜久川が罪作りなのだ。

 

 しばらくすると舞流が私にはしたことないくらい綺麗なお辞儀をしている。中学生とは通学路の関係上途中でお別れだ。

 笑顔は崩していないようだが姉には分かる、その裏に隠された悔しそうな顔が。

 私の視線の意図に気付いたのだろう、一瞬こちらを鋭く睨んでから──いや幾度か振り返りながら名残惜しそうに離れていく。

 羨ましかったらさっさと高校生になることね。無論それまでにこちらは卒業しているが。

 

「お姉ちゃんと離れたくないんだね」

「そ、寂しがり屋なのあの子」

 

 邪魔者を見送ったら、しばらくの間二人きりである。

 後輩の男子──一本槍 香というらしい──と喜久川が駅で合流するまでの僅かな間が、私が今一番幸せな時間だ。

 けれど特別なことをするわけじゃない。

 変わらず、ただ歩きながら喋る。

 それだけ。

 

「今日はお昼どうするの?」

「久しぶりに弁当会に顔を出そうかな、うどんも制覇したし」

「……モテモテだね、姫王子」

「そんな睨まないでよ」

 

 きっと彼は勘違いしているだろうが、私が羨ましいのは周りの男子。

 数日前まであれほど男子を求め、姫王子を羨んでいた私は変わってしまったのだ。

 姫王子──喜久川 有馬と『友達』になって、こうして登校するようになってから、私は今如何にして目の前の存在を一人占めできるか頭を悩ませる日々を送っている。

 どうしてそんなに人を惹き寄せるのかという文句自体は変わらないはずなのに、込めた思いは正反対になってしまった。

 いっそ恥も外聞もなく、おもちゃを買ってもらえない子供のような我儘を言えば。なんて考えてしまう。きっと心優しい彼のことだ。もしかしたら聞いてくれるかもしれない。

 けれど誰かが側にいるときの、この嬉しそうな顔を見ると強く言えなくなる。あの一本槍や、うちのクラスの四谷も同じような気持ちでこちらを睨み付けてくるのだろう。

 男子の気持ちが初めて分かった。想像していたのと違って、嬉しくはないけれど。

 

 ふりふりと、しなやかだけれど力強い指が、目の前を行き来する。

 気付くと喜久川がこちらを心配そうに見ていた。

 あれ以来、手や指にドキドキするようになってしまったのだ。突然近づけないで欲しい。

 

「大丈夫? 何か考え込んでたみたいだけれど」

「ま、まだ寝ぼけてるの! 朝だから」

 

 本当に人のことをよく見てる人だ。

 その人自身が気づけないことまで見えてしまうのだから。

 

 あの日、彼に見られて。私は初めて自分を見れた。

 好きじゃないから、ずっと目を背けていた自分を。

 

 私はハリボテ。

 かっこ悪くて、頼りにならない、遊びたくないけれど。

 震える脚で、まっすぐ立っていた。

 彼が言ってくれた、その僅かながらの勇気。

 私が好きな人が認めてくれた、その部分から、私も好きになってみることにした。

 

「あのさ、喜久川」

「何? 桜花さん」

 

 まだまだ、お姫様で王子様な彼の隣に並び立てるなんて思わない。

 経験値もまだまだ少ないレベル1。

 けれどもう、叶わないなんてそんな馬鹿なことを思うのはやめた。

 

「有馬って、呼んでいい?」

 

 絶対にこの恋からは逃げ出さない。

 

「もちろん、いいよ」

 

 私は彼が憧れた勇者なのだから。

 

 ──

 

 さて、幸せな時間を楽しんで。

 学校に着いたら、女同士の会話を楽しむ。

 好きな人ができて勇者になったからと言って、まるきり全部変わるわけではないのだ。

 

「そういえば買った? 『特大号』」

「もちろん、熱があったから妹にお願いして──」

 

 待て、待て待て待て待て待て。

 そういえばあの時は急な有馬の来訪で汗だくのだらしない姿を見られたことや、その後の有馬との友達宣言や握手やらで考える暇が無かったけれど。

 リビングに置いてあったあの『特大号』は裸のまま──袋に入ってないという意味で。いや露出は多いけれど──だった。当たり前だ、私は飲み物とかも頼んだし濡れてるものと一緒の袋に入れるわけがない。

 ならば当然。

 

 ちらり、と。それでも奇跡にすがるように私は有馬の方に視線を移す。

 三条や四谷と会話している彼はこちらの声が聞こえていたのだろう。少し困ったような、申し訳ないような顔を見せてきた。

 声に出されなくとも分かる。

 間違いなく見られている。

 アレを。

 しかも具合が悪いからと妹に買いに行かせている一部始終含めて。

 終わった。

 

「自分の具合が悪くても欲望を求める──あんた勇者ね!」

「勇者! 勇者!」

 

 友人達の声に私は涙目になる。

 

「違う! 勇者はそんなのじゃないの!」

 

 抵抗むなしく教室には勇者コールが巻き起こる。

 

「バカですね女子は……」

「げ、元気なのはいいことですよ」

 

 四谷の呆れた顔や、三条の苦笑いよりも。

 

「仕方ないよ、思春期なんだし」

 

 なぜか優しげな表情の有馬が一番辛かった。

 私の馬鹿! やっぱり大嫌い!




まだまだアリマ様の物語は続きます。


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アリマ様が笹川 鳳凰を見てる
アリマ様が担任を見てる


 それは中間試験も終わり、それぞれテストの結果に一喜一憂している時のこと。

 

「この後、喜久川は生徒指導室に来ること」

 

 ホームルーム終わり、担任の安田先生からの呼び出しから始まった。

 

「お兄様、また何かやったんですか?」

「お兄様はすぐ事件に首を突っ込んで……香も心配していましたよ?」

 

 心配そうに声をかけてくるクラスメート──俺をお兄様と慕う二人の男子──の白銀と金汰の慣れたような口ぶりに思わず反論しようとするも、心当たりが多くて我ながら呆れてしまう。

 

「うーん、テストの点数は問題なかったからそれ以外だろうけど──遅刻か、サボりか……それともこの前学校抜け出して飯屋にデート行ったことかなあ」

「デート!?」

 

 白銀が驚いたのと同時に、誰かが激しく咳き込む。視線を向けるとやはりというか、俺が現在クラスで唯一仲良くしている女子──件のデート相手である桜花さんだった。

 

「どうしたの桜花?」

「いや、ほら、これから追試だから突破できなかったらと思うと寒気が凄くて」

「御愁傷様、まあついこの間まで姫王子込みとはいえあの三条や四谷とご飯食べてたんだからそんくらいの罰はあるべきよねー」

「あはは……」

 

 最初はそのまま食堂でテスト対策をやろうとしていたが、姫王子である俺は男女問わず視線に晒される。

 それでは桜花さんが集中できないだろうと企画し、少々欲望を混ぜた制服デートだったのだが──残念ながら二人でみっちりとやったそれは花開かなかったみたいだ。どうせなら良かったねと祝賀会でも開きたかったものである。

 

「そんな驚かないでよ白銀、別にいつもみんなとやってることでしょ」

「そうですけど、知らない所でデートしているなんて気になります」

 

 そう、これでも転生してからデートの回数自体は多いのだ。同性とばっかりだが、向こうがそう言ってくるのだ。まあ、楽しいお出掛けはデートである。

 どがしゃんと、何か硬いものを叩きつけたような音とざわめきが聞こえてくる。

 

「どうしたの桜花、余計バカになるわよー」

「そうよ! このままじゃ頭がおかしくなるわ!」

「ダメだ、こいつ男子と仲よくし過ぎて壊れたんだわ。これだから寂しい女子は、幸せを受け止めきれる容量が少な過ぎる」

「そういうことなら別に苦しめばいいわねー、帰ろっか」

「うん、バカと非モテが感染るから」

「喧嘩なら買うわよ!」

 

 ざわめきは喧騒となり、目の前の男子二人はそんな女子の様子に呆れている。

 いつも通りの光景。

 貞操逆転世界は今日も平和である。

 

 ──

 

 あのままキャットファイトもどきを見たい気持ちもあったが、色々世話になっている安田先生からの呼び出しを無視する訳にはいかないと生徒指導室へ急ぐ。

 

「待っていたぞ喜久川、まあ座れ」

「その前に、服をきちんとしてください」

「おお、すまんすまん。セクハラになっちまうな──マジで訴えないでくれよ」

「今さらそんなこと言う間柄じゃないでしょう」

「じゃあ慣れてくれ」

「それとこれとは話が別です」

 

 シャツ一枚にジャージだけという姿は、貞操逆転世界ではだらしないだけかもしれないが、俺にとっては少々刺激的なのだ。

 安田先生は前を閉めたついでに髪も纏めるようで後ろに……今そこらへんに落ちてた輪ゴムで縛ってるけどいいのだろうか。相変わらず適当というか細かいことを気にしないタイプである。

 

「それで、遅刻かサボりかデートか、どれで怒られます?」

「分かってるだろ、呼び出しと言ってもポーズだよ。一応不良生徒でおるお前を怒りもせず相談室使うわけには──待て、お前今デートって言ったか? うわマジか、あの喜久川がデート? え、誰と行ったの?」

「セクハラですよ」

「今さらそんなこと言う間柄じゃないだろ~」

()れてください」

「ねえ今ニュアンス(すし)だったよね、腐れってこと? 国語教師なめんなよ、喧嘩なら買うぞ」

「今日はどこも血の気が多いな」

「まあじゃれあいはこの程度にしておこう」

 

 嘘だ、普段眠そうな眼が血走っていたぞ。

 

「呼び出したのはちょっと頼みたいことがあってな」

「引き受けますよ」

「……喜久川、毎度言うけど。聞く前に安請け合いするなって、自分をもう少し大切にしな」

「でも安田先生なら無茶なお願いなんてしないでしょ」

 

 安田先生が信頼の置ける人なのは、最初の一年の付き合いで分かっていることだ。騙されたって構わないとさえ言える。

 

「うっわーお前そういうこと色んなヤツに言ってるだろ、卒業するまで刺されるなよ頼むから」

「ここまで心預けてるのは安田先生くらいですよ」

「え、何? お前私を攻略してどうしたいの? それとも刺したいの? スケープゴートなの?」

 

 俺が尊敬をしている人間は多い。けれど、その上お願いができる関係というのは親を抜きにすればこの先生くらいなものである。

 なので少々気が緩んでしまうというか、好意を垂れ流しにしてしまうのだ。

 

「それで、今回は何をやればいいんですか?」

「少々説明は長くなるがまず──喜久川、お前部活は入ってないよな?」

「ええ、幽霊部員ですらない浮遊霊染みた助っ人として男子達のところにちょくちょく顔を出したり手伝いはしますが」

 

 幼い頃から痴女退治等の必要に駆られて身体の方を鍛えているためか、運動は得意だ。無論プロレベルのものではないけれど、困ったときの頭数くらいにはなれる。

 ちなみに運動系以外の部活はと言うと、呼ばれるときは部室でおもてなしを受ける側で参加という感じではない。どうもモチベーションを上げるために声がかかっているようだ。美術部でモデルになるのは数少ない参加と言えるだろうか。

 

「それはよかった。というのも、お前にはとある部活に入ってやって欲しいことがある」

「それはまた、ライトノベルだったら古典的な始まり方ですね」

「え、今時じゃないのか……流行り廃りは激しいな」

「お約束なら廃部寸前なところからスタートですが」

「それどころか、同好会扱いだから正確に言えば部活ではないな」

 

 雨晴高校では三人以上の部員を集めて申請し、それが教師や生徒会を通して認められることで初めて部活動になる。

 部活動でなければ顧問や部費や部室はなく、当然学校の書類にも存在しない。そんな非公式な立ち位置が同好会だ。

 

「ならやって欲しいこと、というのは人集めとか?」

「いいや、むしろ同好会としても無くなって欲しいんだ。その同好会は旧校舎の一室を部室代わりにしていてな」

「ああ、それは危ないですね」

 

 雨晴高校の敷地内には旧校舎がある。

 設備が老朽化してきたので八年ほど前に現在の新校舎が完成、以来物置代わりになっている。

 

「つまり喜久川にはそこのメンバーを説得して、同好会を解散して欲しいんだ。アイツは何度教師から注意しても聞く耳を持たないし、のらりくらりと逃げちまうから困っていてな。同じ同好会に入ったやつの言うことなら聞くかもしれない」

「つまり……俺はサークルクラッシャーというやつですね」

「ああ、姫王子なんて呼ばれるお前には適任だろう?」

「どうでしょう、女子と仲良くする経験少ないですからねオレ」

「いいじゃないか、天然でそういうのの方がウケがいい。本当に無自覚ってのが一番怖いんだよ、あの時もそうだった……」

 

 何やら安田先生のトラウマを刺激してしまったらしい。

 安田先生の武勇伝、バイク一人旅前に一体何が起こったのかは雨晴高校七不思議のままにしてあげようの内の一つである。

 

「それじゃあ早速行ってみます」

「ああ、頼んだ。くれぐれも秘密裏にな。ただの不良生徒じゃなく、危険な場所に出入りする不良生徒になっちまうぞ」

「そうしたら、もっと安田先生と会えますね」

「お前マジで才能あるよ、絶対卒業前に刺されるわ」

 

 生徒指導室にいた時間はそこまで長くないはずなのに、何故だか充実した気分だ。

 やはり安田先生は面白い。

 ただ、どうも最後のは笑っていなかったあたり冗談じゃないっぽいが。

 

 え、マジで刺されるの俺?




新章突入です


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アリマ様が旧校舎を見てる

 旧校舎の場所は裏門側に位置している──以前はこちらが正門だったらしいが。ともかく、グラウンドからも隠れており人目につかず出入りできるわけだ。

 旧校舎はさすがに木造ではないのだけれど、ひび割れた外壁から歴史を感じる。

 この学校に通って二年目だが、流石の俺も侵入したことはない。蝶よ花よと育てられた周りの男子達には縁遠い場所であるし必要もなかったためだ。

 

 埃っぽい昇降口を抜けて、安田先生から伝えられた図書室を目指す。

 扉の前までたどり着いたところで、そういえばどういう同好会なのかは聞いていなかったと今更ながらに思い当たる。ここまできたらぶっつけ本番でどうにかするしかない。

 

「失礼します」

 

 がらり、と。建て付けが悪くなっているということもなく引き戸はスムーズに動く。使われなくなった建物は劣化が早いという、ならばこれはいまだにこの図書室が使われている証なのだろう。違反だが。

 

 本の一冊もない本棚──は本棚なのだろうか、ともかく以前はそうした役割であっただろう木の棚に囲まれた中心に、彼女はいた。

 

 最初の印象は随分と大人びた人だと思った。腰まで伸びた長い髪や、俺が今まで見た女性の中で一番高いすらりとした背丈もそうだが、何よりも落ち着いたような、どこか哀しげにも見える表情や特徴的な左目の泣き黒子がそう見させたのかもしれない。

 非日常的な場所というのもあわせて、見惚れかねない程絵になる光景だった。

 

 その手に包丁を持ってさえいなければ。

 

 ひとつでこんなに印象が変わるアイテムもない。

 先程までジャンルはミステリアスと表したかったが、今やホラーかサイコかサスペンスという具合である。

 出掛けに言われた安田先生の『お前マジで才能あるよ、絶対卒業前に刺されるわ』という伏線がまさかこんな早く回収されそうになるとは。

 

「……あの、同好会をやっていると聞いて来たんですけど」

「……」

 

 無言。せめてコミュニケーションが取れる存在であって欲しいが。

 彼女はこちらに背を向けたかと思うと、包丁を高く振り上げる。

 立ち位置的に刺されることはないと分かっているが思わず身構えていると、彼女は力強い音で目の前の机に包丁を叩きつける。

 何をやっているのかと近づいて見ると、そこには縦から両断されて細くなったショートケーキが皿の上にあった。

 彼女は片方を掴んで別の皿に移すと手についたクリームを舐めながら。

 

「食べるでしょ?」

 

 と、告げてきた。

 

 ──

 

「ええと、笹川(ささがわ)さん」

鳳凰(ほうおう)でいいわ、年上だけど気にしないで」

 

 ケーキを食べ終わった後、彼女──笹川 鳳凰──は保温瓶とティーカップもどこからか取り出してきて、二人で優雅なティータイムを過ごすことになった。

 

「あなたの名前は?」

「二年生の喜久川 有馬です」

「そう、アーちゃんね」

「距離の詰め方えぐいですね」

「気にするタイプだったかしら? 見知らぬ女性の出したケーキもお茶も無警戒に食べるからチョロいのかと思って」

「どっちも鳳凰さんが先に食べてたじゃないですか」

「そ、一応の警戒はしていたと言う訳ね。けれど私が悪しきエロ本世界の住民だったら相討ち覚悟で媚薬を盛っているところよ、というかそうした方がよかったわ。ちょっと一回やり直さない? やり直させていただけませんか? なんなら靴も舐めるわ、いや、靴以外も舐めるから。むしろ媚薬はいいから舐めさせてくださいお願いします」

 

 喋りながらスムーズに土下座へと移行している鳳凰さんを見て、最初のミステリアスやら次いでのホラーという印象はどちらも消し飛び、変な人なんだということを理解する。

 確かにこれを相手していては安田先生も疲れるだろう。

 

「顔をあげてください」

「それはOKってことね?」

「違います」

「チッ」

 

 舌打ちしながら顔をあげるが、なぜか立ち上がらずに四つん這いが継続されている。

 

「不快にしたお詫びに椅子になるわ」

「座りません、汚いですからはやく立ち上がってください」

「あら、掃除はきちんとやってるから汚くはないわ」

 

 確かに、この図書室はずいぶんと管理が行き届いているというか。経年劣化さえ除けば新校舎のどこよりも綺麗かもしれない。

 あたりを見回していると、ようやく諦めたのか鳳凰さんが席につく。

 

「それで、ここはどういう同好会なんですか?」

「リマリマはそんなことも知らずにここまで来たの?」

「一々突っ込みはしませんからね。先生達が部室の持てない同好会が出入りしてると話していたのを耳にして気になって」

「やれやれ、好奇心は猫をも殺すって言葉を知らないのかしら。あなたみたいな可愛い子猫ちゃんなんてもう言葉にするのも恐ろしい、いや、エロい目にあうわ」

 

 なぜ言い直した。

 それはともかく子猫ちゃんて。先程から普段言われ慣れていない言葉が多く反応に困ってしまう。

 

「けれどその可愛さに免じて教えてあげるわ、ここは『愛』同好会よ」

「愛」

「そう、私は高校に入って長年思っていたの。あれ? 現実って思ったより青春とかないじゃん。って」

 

 またどこかで聞いたような話である。

 

「だから私は立ち上げようとしたのよ部活を。部費を使ってデートして、部室で男子とイチャつける、そんな夢のような部活をね。誤算だったのは教師連中からは却下され、そもそも人が集まらなかったことだけね」

「根っこから破綻している」

「それ以降、私はここで一人寂しく男子来ないかな~って待ちながら私物化していたの。そしたら来たじゃない男子が、これは逃すわけにはいかないなと下心を隠しながら対応していたわけ」

「もう少し隠さないと他の男子には嫌われちゃいますよ」

「女子はあれでも精一杯隠している方よ……というかアは平気なの?」

「他の人にやっていたら注意はすると思いますけど、俺自身に向けられる範囲なら別に──面白い人だなって」

 

 そもそも転生してから周りに女子がいる期間が短いのだ、教室でグラビア雑誌の話題で盛り上がっているのとどれくらいの差があるのか判断がつかない。

 強要している物言いじゃないし、言えば引いてくれるあたり鳳凰さんも冗談の類いでやっているということは分かる。

 

「何その対応、もしかして本当にエロ本世界から出てきたりした? 私の妄想が具現化した存在とかじゃない? ちょっと頬つねって」

「そんな乱暴はできませんよ」

「あっ夢だあ、現実なはずないもんこんなの、優しい男子がいきなり現れるなんて」

 

 何よりもこの人と話すことを俺が楽しんでいるというのもある。

 なぜだろう、話す系統は違えど安田先生にどこか似ているものを感じているのだ。

 

「実は、俺も青春には興味があるんです」

「ほう、それで同好会に入りたいと。しかし、いくら男子といえどそれだけで入れるわけにはいかないわ。青春に興味があるというあなたは今までどんなことをやったのかしら、実績が欲しいところね」

「え、鳳凰さんは実績があるんですか?」

「私はいいの、部長だから。この愛愛遊部(あいらぶゆうぶ)のね」

「一気に入りたくなくなった」

「ふふ、いくら見目麗しい男子とはいえ、こんなところに来るあたりあなたも同類のようね! さぞ寂しい青春を」

「この前初めて女子と二人っきりで制服デートしました、秘密の勉強会で」

「ぐぼぁーっ!」

「吹き飛んだ!?」

 

 無表情でリアクションするのはやめて欲しい。愉快すぎる。

 

「そんな……まさか制服デートで秘密のえっちな勉強会なんて……私を殺す気かしら?」

「えっちではないです」

「ふざけんじゃないわよ、二人っきりでデートの時点でえっちじゃないわけないでしょう! 負けたわ、愛愛遊部の部長の座はあなたに譲る……私はここで余生を過ごすの」

「いらない称号だけ押し付けないでください。ともかく、この同好会への参加は認めてくれるんですね?」

「仕方ないわね……明日からビシバシいくから覚悟しなさい? 全国への道は遠いわよ」

「え、大会とかあるんですか」

「あるわけないでしょ、そういうこと言っておけば青春らしいじゃない」

 

 吹き飛んだ際に肩を痛めたとのことで、この日の活動はそこで終了となった。

 保健室まで連れ添うと言った俺に対して「好きになるぞ! 好きになるぞ!」と捲し立てながら拒否するといった一悶着もあったが、とりあえず嫌われてはいないようで一安心だ。

 

 帰り道の途中で、鳳凰さんの安田先生に似ている部分に気付く。

 

 あの人、俺を姫王子扱いしなかったな、と。




学園ラブコメディにミステリアスな先輩は必須ですよね。


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アリマ様が色んな部屋を見てる

「部活? 私は卓球」

「あれ、でも朝練とか行ってないよね?」

「ウチの卓球部は緩いから」

 

 同好会を始めたので、翌日登校中の会話はそんな話題になった。

 

「今度桜花さんの応援に行ってもいいかな?」

「え、う、嬉しいけど……パニックになりそう。ただでさえ男子にも人気無いのに、先輩達なんて卒業近いから焦ってるだろうし。そこに有馬が来たら」

「俺って三年生にも有名なの?」

「そりゃそうでしょ、三年美男子の双頭である五行 飛車(ごぎょう ひぐるま)さんと六道 角(ろくどう かく)さんを一人占めしてるわけでさ……そうでなくとも、その、有馬ってかっこいいし……」

「ありがとう桜花さん、でも桜花さんだってとっても」

「わー! 恥ずかしくなるから止めて! この前の勉強の時もその調子で身が入らなかったのよ!」

「どうも男子からの名声には慣れてるんだけどね、女子の意見って貴重でさ」

「なんにせよ有馬はウチの学校で一番の有名人だから、女子の巣窟になんてきたら絶対一悶着起こるわよ。うん、やっぱ駄目、見に来ないで」

 

 大会に向けての猛練習を応援! とか中々に青春らしく憧れだったのだが仕方ない。それで励む青少女を邪魔しては本末転倒だ。

 

「残念、格好いい姿が見れるかと思ったのに」

「その恥ずかしげもなく言うのが反則って──」

「ところで部活を内から瓦解させるにはどうしたら良いと思う?」

「怖っ! どういう話の繋げ方!? 卓球部をどうする気!」

 

 どうにか卓球部を潰すという誤解は無くなったが、同好会に入ったことやその目的については話せなかった。

 

 ──

 

 放課後、旧校舎。

 紅茶の香りが広がる図書室。

 本日のお茶うけは鳳凰さんの手作りクッキーである。

 

「まさか本当に今日も来るなんて、物好きね。それとも何か目的があったり?」

 

 鋭い。一筋縄ではいかないようだ。

 

「もしかして昨日のことを訴えにきたということかしら。生憎だけれど私の臓器は売っても高くはならないわよ、マジで、だから無駄なことはやめて回れ右で帰ってくださいお願いします」

 

 前言撤回。そうでもないようだ。

 

「今のところは美味しいお菓子と楽しい鳳凰さん目当てですよ」

「なるほどパンとサーカスということね、誰がピエロよ! それにしても女の手作りが嬉しいなんて、ちょっとは忌避感とかないのかしら」

「だって美味しいですよこれ」

「ふん! 褒められたって嬉しくなんてないんだからね!」

「よく男子からも手作りのお菓子貰ったりしますけど、鳳凰さんのやつは作り慣れてるというか」

「こういう時に本当に嬉しくないことあるのね、モテ自慢の土台にされたわ私のクッキーちゃんが。可愛そうなクッキーちゃん、母の手元を離れたら都会で男の食い物にされて終わりなんて」

「文字通り食い物なんだからそうなりますよ、それに自慢のつもりはありません」

「モテる奴は全員同じこと言うのよ、ってことはつまり私も同じこと言えばモテモテになるってことかしら。ちょっとキッくん、真似しやすいように語尾とかつけて貰えるかしら『~だリマ!』みたいな」

「努力の方向性を間違えている上に怠惰!」

「努力の方向性を間違えている上に怠惰だリマ!」

「捏造しないでください」

「ふふ、真実と歴史は勝者か声のデカイ奴が作るリマよ……作るリマよ!!!」

「なんで自分で勝者なのを否定したんですか」

 

 旧校舎の出入りが危険という本題に入りたいところだが、どうも会話の寄り道が得意な人で中々たどり着けない。もちろん、俺自身が楽しんでしまっているのもあるが。

 

「しかし、こうしてお茶とお菓子とお話を楽しむならもっといい場所ないんですか? 一人でも二人でも使うには広すぎる気がしますよここ」

 

 手始めに、なぜ図書室を利用しているのかを探る。

 この場所が本来の利用理由である本に溢れていれば居座るのも分かるのだが、棚はあれど空っぽになって寂しい。広さも伸び伸びと使えると言えば聞こえはいいが、少人数では対して変わらないどころか掃除の手間が掛かるだけに思える。わざわざ居座る理由は無いはずだ。

 代替案さえ出せれば旧校舎への出入りを止められるはず。

 

「……だって使われてないはずの図書室にいるのってミステリアスで格好いいじゃない」

「え、そんな理由なんですか」

「アーリーには分からないみたいね、この女のロマンってやつは」

 

 思ったよりもどうしよもないというか、しょうもない理由だった。代替案は頓挫だ。

 

「それに他の場所は……どうせなら一緒に見てみましょうか」

 

 というわけで、弾丸旧校舎ツアーである。

 

「まずは近くにある職員室から」

「……なんだかヤニ臭いですね」

「以前ヘビースモーカーの教師がいたの、流石にこの中では吸ってなかったけど持ち物から染み付いちゃったのね」

「図書室程ではないですけど広いみたいですし、確かにここは向きませんね」

 

「ではさらにその隣の校長室」

「何にも無いですね」

「重要なものだらけだから持っていかれたわ、ここに飾ってあった歴代校長は新校舎の方で現役よ」

「でも机をここに持ってくればそれなりにいい場所に見えますけど」

「出入り口が引き戸じゃなくて開け戸だから搬入が大変なのよ、いれられるサイズも限られるし」

 

「で、各種教室なんだけど」

「なんでこんなに椅子や机が散乱してるんですか?」

「ここは物置扱いだからよ、文化祭で使えそうだったら持っていかれたり、備品で壊れたのと取り替えでここに捨て置かれたりするの。元々はどこも結構綺麗だったのに少しでも綺麗なところからみんな持っていくから、今はどこもぐちゃぐちゃよ」

 

「それなら、と各種準備室なんだけど」

「狭い上に整頓されてない……というか置きっぱなしみたいですね」

「そのままにして片付けなかった教師だらけだったわ、だから危なくて……あの、なんで庇うように前に立つの?」

「あ、すいません危ない場所だとつい癖で」

「あなたなんでこの同好会入ったのよ、必要ないでしょ」

 

「残るのはこの保健室くらいですけど」

「まあ当然のごとく染み付いた薬品臭というか湿布臭さがすごいわ。あと全ホコリを吸収したベッドとかの側にも近寄りたくない異物、もうあの寝心地は味わえそうにないわね」

「これは確かに他の選択肢はないですね」

「お分かりいただけたかしら」

 

 しかし見て回って改めて分かったがやはり一生徒が出入りしていい場所ではない。早急に解決しなければ。

 

「というわけで、ここは危険なのよアーたん。そのスリルをロマンと楽しめないようじゃ失格よ」

「俺が心配される側なんですか」

「? 当たり前じゃない、あなた男子でしょ。不思議な人ね」

 

 普段は面倒を見る側なので心配されるのには慣れていない、そういう部分もなんか安田先生に似ているなこの人。

 

「不思議な人なのは鳳凰さんの方でしょ」

「まあね、私は旧校舎のミステリアスな美女だから」

「そうじゃなくて」

「え、もしかして美を否定した?」

「違いますって、俺が不思議だと思ったのは」

 

 そう、それは神秘的というよりも不可解な。

 

「なんで旧校舎の出来事をまるで見たかのように正確に知っているのか、ということです」

 

 目の前の鳳凰さんは、相変わらず無表情で。

 

「あら、いい女は秘密を持っているものなのよ」

 

 俺を見つめている。

 

「それに加えて、今日は一度も下ネタを言わなかったですよね」

「あら、もしかして期待してたのかしら。私だって折角できた後輩の男の子に嫌われたくないもの、自重したのよ」

「それなら初対面の方が気を付けると思います」

「テンションが上がっていたの、久しぶりに会った男の子だもの」

「個人として嫌われそうにないから、場所が危険だということにシフトしたんですか」

「何を言ってるか分からないわ、でも危ないと思うなら来ない方がいいと思うわよ──ここは怖いところなんだから」

 

 前言撤回を撤回しよう。

 この人は、一筋縄ではいかない。




学園ラブコメディにミステリアスな先輩は必須ですよね。


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アリマ様が正体を見てる

 俺は姫王子である。

 自惚れはそれなりにある、慕ってくれる人達が俺の日々を豊かに楽しくしてくれるのだから。

 恨まれも、憎まれもするだろう。事実、一部の例外を除いて女子からの反応は変わっていない。

 三年生とて、それは例外ではないはずなのだ。

 

 だからこそ俺をまったく知らないというのは奇妙だ。

 

 気付くのに遅れたのは、このところ仲のいい女子──桜花さんが出来たことが俺を鈍くさせていた。

 今の立場──姫王子である俺と話して、そこに反応しない生徒はいなかったのだ。望んだことではないが、スクールカーストにおいて俺はある種の頂点であるのだから。

 無論、俺は学校をサボっていたりするので見た目を知らない生徒は存在する──少し前に痴女から助けた男子生徒二葉(ふたば) 歩がそうだ。だが、彼でさえ名前を教えれば気付いたのだ、姫王子と。

 

 笹川 鳳凰は違う。

 

『あなたの名前は?』

『二年生の喜久川 有馬です』

『そう、アーちゃんね』

 

 彼女は俺の見た目も名前も反応しなかった、知らなかったのだ。

 それではまるで、彼女が学校から隔絶されている──旧校舎にずっと住んでいるようではないか。

 

「先生がわざわざ呼び出すくらいなんだから、普通のお願いじゃないとは思っていたけど」

 

 幽霊退治──転生なんてものがあるから、いても不思議じゃないが。

 

「鳳凰さんは幽霊じゃない、ですよね?」

「ああ、アイツは生きてるよ。私はてっきりビビって相談しにきたと思ったんだが、違うみたいだな」

 

 旧校舎探索の翌日、俺は生徒指導室で安田先生と対峙していた。

 

「だって安田先生が言ったんですよ? 旧校舎を部室代わりにしていて危ないから、なんて。つまり、生きてるから心配してるわけです。幽霊なんて思いませんよ」

「その通りだ──なら、他に聞きたいことがあるだろ?」

 

 安田先生が観念したかのようにこちらを見る。

 だから、俺は用意していた言葉を返すだけだった。

 

 ──

 

「あら、勇気があるのね。シチュエーションはそう……廃城の玉座に未練がましくすがり付く王妃の悪霊、それに立ち向かう王子様ってところかしら」

「怖がらせようとしても無駄ですよ、幽霊じゃないって分かってますし。そもそもホラーは苦手じゃないですから」

「嘘よ、遊園地デートのお化け屋敷で怖がって抱きつく殿方のイベントがなくなるじゃない、夢を壊さないでちょうだい」

「またそういう風にお喋りするのもいいですけど、今日はさせません」

「あら、振られちゃったわ。けど、真面目な話は苦手なの。どうしてもしたいと言うならまず実績が欲しいところね」

「実績ですか」

 

 一昨日の同好会参加試験を思い出す。あの時は青春の話だけで吹き飛んだが、そう簡単にはいかないようだ。

 

「あなたは私を幽霊じゃないと言うけれど。なら、私は何なの?」

 

 鳳凰さんは無表情を崩さない、それは答えられないだろうという絶対の自信、余裕の現れだ。

 確かに、考えようによっては幽霊なんかより余程荒唐無稽だろう。

 しかしそこは、さらに輪をかけておかしな現象の当事者である俺にとっては簡単なことだった。

 

「初めに違和感を覚えたのは、出会った時のことです」

 

『鳳凰でいいわ、年上だけど気にしないで』

 

「なんで会って間もない知らない相手のことを年下だと断言出来たんですか?」

「……それは、あなたが『笹川さん』と呼んだからよ」

「同性ならそれも通じるかもしれませんが、俺は異性の上に初対面です。別に同い年だろうと同じ呼び方をしても自然なはず。つまりあなたは明確に俺を年下だと断言できる根拠があった」

「同じ学年の男子くらい覚えてるわよ、女子なら当たり前でしょ」

「では三年生美男子の双頭である二人の名前は当然知っていますよね。一学年下の女子ですら覚えているんですから、鳳凰さんなら答えられるはずです」

「……言えないわ、そうね私には根拠があった。年下って断言できたのは私が幽霊だから」

「違います、幽霊だからではない。鳳凰さんが俺を年下だと断言できたのはもっと単純なそして現実的にあり得る理由、そしてこれなら旧校舎のことに詳しくても筋が通ります」

 

 鳳凰さんの表情はまだ歪まない。しかし見れば分かる。先ほどまでと違いそこに余裕はない、こちらへ情報を渡すまいと必死に取り繕った壁だ。

 

「あなたはこの旧校舎が現役の頃から通っている、留年生なんです」

 

 最初の印象は随分と大人びた人だと思った? 当然だ、この人は単純に大人だったのだから。

 

「……ご名答、卒業し損ねて八年になるわ。まったく恥ずかしいから知られたくなかったのになんで暴くのかしら。最初は出席日数がちょっと足りなかった程度なのよ? まあ一年くらいならと思ったのだけど、周りは後輩達なわけで余計出づらくなっちゃって……そのままズルズルとこの有り様。軽蔑したかしら?」

 

 尊敬する。彼女はまだ無表情。負けを認めた振りをして、大事なことを隠して、言葉で煙に巻こうとしている。

 

「正体を当てましたよ、真面目に話してください」

「……勘のいい男は嫌われるわよ」

「勘なんかじゃありません、見れば分かります」

「はあ……そうは言っても本当に隠していることなんてないのだけれど。なら次のテストはこれにしましょう」

 

 鳳凰さんはフェアだ。

 幽霊ではないことを証明しろと言うのは、逆説的に幽霊ではないと認めている。

 

「私があなたに隠し事をしている根拠って何?」

 

 つまり根拠はある。

 

「取り繕いがあったからです」

「取り繕い? ああ、下ネタだったり怖い話であなたを遠ざけようとしたことなら、私の年齢を知られるわけにはいかなかったから」

「いえ、もっと前です。話す前、俺がここに来た時」

 

 彼女がショートケーキを両断、二つにして渡してきたこと。

 

「よく考えればおかしかったんです。鳳凰さんにとって俺は突然の来訪のはずですよね」

「ええ、だから一つのケーキを二つにしたのよ。来ると分かっていれば二つ買ってきたわ」

「じゃあ、皿が二つあることも、そもそも包丁を持っていることもおかしいじゃないですか。一人で食べるためなら皿は一つでいいし、ホールじゃないケーキを切り分ける意味はありません」

 

 俺の存在に気付いてから持ってきたのなら分かる。

 だがあの時、すべてテーブルに揃った状態で俺は鳳凰さんと出会ったのだ。

 

「つまり、ケーキはそもそも二つあって、一つはすでに鳳凰さんが食べ終えていた。そして包丁を持っていたのは、ケーキとはまったく関係のない別の理由。そうした状況を隠すために鳳凰さんは取り繕ったんです、変な先輩という姿で」

 

 鳳凰さんが包丁を高く掲げたのはパフォーマンスだ。切り分けるために持っているのだと印象付けるための。

 

「……破綻しているわ、だってどう考えたってケーキに包丁を使うのが自然じゃない。あなたが来る前に私がホールケーキを買って切り分けていた可能性のが高いわよ」

「あの包丁はケーキには使っていないはずです、拭くものもないのにクリームが付いていなかった」

「なら、最後のテスト。その包丁を持っていた別の理由を言いなさい、私が取り繕うだけの理由を!」

 

 答えは、当然ある。

 食べる予定の無かったケーキが誰のためだったのか、なぜ包丁を握っていたのか、どうしてあのときだけ悲しげな表情をしていたのか。

 きっと、解答欄に書けば丸を貰えるはずだと、分かっている。

 多分彼女も、それを求めているのだ。

 けれど。

 

「言いません!」

「……え?」

 

 ようやく無表情が崩れる、予想外だという風に、眉間に皺をよせてこちらへ疑問を投げ掛けている。

 だって、分かっているはずだと。

 

「俺は過去を暴きたいわけじゃないですから。不良生徒は楽しくないテストをやりません」

「いや、でもそれじゃあ──あなたは私の正体に、答えの出ないままよ?」

「いいですよそれで、鳳凰さん自分で言ってたでしょう? ミステリアスで格好いいんだって──わざわざ、その魅力を潰すようなことしたくありません」

 

 だいたい、本当に答えが知りたければ、あの時に聞いていた。

 

『その通りだ──なら、他に聞きたいことがあるだろ?』

『いえ、別に。万が一幽霊だったらと思って聞いただけなので』

『アイツの過去が知りたいんじゃないのか?』

『違います、俺は──』

 

「俺はただ、そんなミステリアスで格好いい先輩──鳳凰さんと仲良くなりたいだけなんです」

 

 わざと嫌われるような態度をとらないで欲しい。

 ただ真面目に楽しいお喋りがしたい。

 それだけ。

 

「私は、このままでいいの?」

「少なくとも俺はいいと思います、ただ旧校舎は危ないので──心配しなくて済むくらいには安全になって欲しいですけど」

 

 安田先生も心配している。

 

「私は、もうオバサンなのに、いつまでも青春に囚われていていいの?」

「俺はオバサンだなんて思いませんよ、それに大人だって青春してもいいはずです」

 

 俺だって青春がしたい、高校生なんだから遅いことなんてない。

 

「私は、やっちゃんみたいに吹っ切れなかったけど、それでもいいの?」

 

 やっちゃん──おそらく安田先生がなぜバイクで旅に出たのかの答えもそこにはあるのだろうけど。

 

「悩んでいるのも、青春らしいじゃないですか」

 

 完答しなくたって、テストは合格できるから。

 

「そっか、それで良かったのね」

 

 幽霊の正体を枯れ尾花と言い当てるのはすごいけれど。

 枯れ尾花よりは幽霊のままのが良いことだってある。

 

「ありがとう、有馬くん」

 

 だから俺にとって、鳳凰さんはミステリアスな先輩で。

 そんな彼女が初めて笑顔を見せ、名前を呼んでくれた。

 それだけで十分だ。




学園ラブコメディにミステリアスな先輩は必須ですよね。
あやうくコメディが無くなるところだった。


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笹川 鳳凰が自分を見てる

本日は二話更新です、前回をまだ読んでいない方はご注意を。


 きっと、青春なんて、恋なんて、誰もが少しの痛みを伴って卒業するものなのだ。

 だから、そんな痛みに耐えきれなかった私は、そもそも恋なんてするべきじゃなかったのだ。

 

「はあ……ようやく新校舎でお前の顔が見れたよ」

「やっちゃん、しばらく見ない間に老けた?」

「今の私が教師だということを忘れるなよ笹川」

「あの頃みたいにサッチーと呼んではくれないのね」

「友達一人、自分で救えなかった私にそんな資格あるわけないだろ」

「……時間が経ちすぎたわね、お互いに」

「ああ、けど……また話せて嬉しいよ」

「私も」

 

 生徒指導室にて。

 あの頃親友兼恋のライバルだったりした相手とは、生徒と教師の関係になってしまった。

 月日の流れは残酷、直視すると死にたくなるので考えないようにする。

 自殺する程思い詰めるのは、一度だけで十分。

 

「『彼』が夢に出なくなったの」

「……そうか、私はもう随分と会ってないよ」

「いつか忘れるのかしら」

「忘れるなよ、もう思い出の中でしか会えないんだから」

 

 別にそこにドラマがあったわけじゃない。

 現実にはミステリーもサスペンスもホラーもなく。

 ただ、好きだったあの子が死んで、それで終わったのだ。

 

「──びっくりした、あなたはもう吹っ切れたのかと思ってたから」

「吹っ切れてはいるけど、それは忘れることにはならないさ。人の死は背負って生きていくもんだ」

「やだ、格好良すぎ……私が男だったら間違いなく惚れてるわ」

「それだけじゃない、教師は生徒の人生も背負ってるからな。例えばお前とか」

「なら私は、この初恋をいつまでも背負って生きていくわ」

「そうか、それは──いいことだ」

「ええ、恋は女を美しくするらしいから今まで私を悩ませた分利用してやるの」

「アイツなら笑って許すだろうさ」

「そうね。それにしても、態々命日に男の子寄越すなんて趣味悪すぎよ」

「……もしバカなこと考えてたら、それで止まってくれるだろうと思ってな」

「新しい恋でもすると思った?」

「違うよ、喜久川は純粋というか何というか──アイツの前だと調子が狂うだろ?」

「確かに、ああいう若さに弱いなんて、年を取ったと実感するわ」

 

 二人して笑った。

 老けたなんていったけどそんなことはない。親友の笑顔は、あの頃のままだったのだから。

 

 ──

 

 早朝の再会は終わる。教師というのはどうも忙しいらしい。

 まあ、私もまだうまく喋れないからこれくらいでいいのだ。

 けれど困ったことに、私はせっかくの新校舎で暇になってしまう。

 なにせこの八年間こちらに出向いたことなどただの一度もなかった。

 旧校舎が騒がしくなる時期は姿を隠していたし、知り合いなどできるはずもない。

 

 唯一の知っている生徒というと、あの子のことが気になった。

 

「え、姫王子がどうかしたの」

「というかあんた誰?」

「アンタもあいつに男子取られたとか?」

「転校生?」

「うちのクラスの男子、姫王子の話しかしないから私まで詳しくなったわ」

「誰?」

 

 有名なんだろうなという予感はしていた。

 けれど驚いたのは、あの子がとてつもなく浮いているということ。

 こんなオバサンに絡むので随分と変わった子だなとは思っていたけれど、まさか敵視される程だったとは。モテすぎるのも考えものね。

 

 彼は特別で、普通の学校生活が過ごせていない。

 きっと、青春に興味があるというのも本心からの言葉だったのだろう。

 恩返し、というのも烏滸がましいけれど。

 手伝いくらいはしなければ、先輩として恥ずかしいもの。

 

 ──

 

「おはよう、有馬くん」

「おはようございます、鳳凰さん」

 

 正門前で怪訝な顔をする生徒達を無視して待っていると、男子の集団が現れる。そんな先頭の人物は確かに姫王子と呼ばれるに相応しい。けれど、私には関係のないこと。

 こうして女子が話しかけるのは珍しいのでしょう、他の男子が驚いている内に話を続ける。

 

「……もしかして寝泊まりまでしてるんですか?」

「キャンプ用品を持ち込んでいるのよ。とはいえやっちゃんや君に心配をかけ続けるのも心苦しいから、旧校舎生活は改めることにしたわ」

「それは安心です」

「金を回して改修するの、豪華な宿直室や新しい部室棟になる予定よ」

「そうだとは思ってましたけど、随分と余裕があるんですね」

「授業中は暇だから株やらなんやらで資産を増やしているのよ、こう見えて大人ですもの私。何か欲しいものでもある? 浴びせるように買ってあげるわ。預金残高って増えすぎるともうただの数字の羅列にしか見えないの、実感が欲しいのよ、他人の感情で」

「それなら、この前のクッキーがいいですね」

「いい男なの? 将来女をダメにするタイプね」

「あの!」

 

 彼の望む楽しい会話をしていると、隣にいた男子が割って入ってくる。気の強そうな子だ。

 

「何かしら?」

「お兄様は登校中です──校門前で話すのは周りの迷惑になりますし、会話は止めて……」

「それは悪いことしたわ、それじゃあ教室まで一緒に行きましょう有馬くん」

「え」

 

 姫王子も、その取り巻きも関係ないとばかりに振る舞う私。

 突き刺さる視線はどれもおかしなものを見るような目ばかりで、そして少しばかり羨むようなものも混じっていた。

 それでいい、私には分かる。あんなこと言ってた女子連中も恋をしたくて仕方がないということが。経験者としては拗れる前にさっさと決着させておけとアドバイスをしたい。

 

 こんないい子の周りに誰もいないのは、奇妙な言い回しになるが、誰もいないから。

 みんな恥ずかしくて、一歩を踏み出せない。

 ならば、私がそんな一歩の手伝いをしよう。

 有馬くんと隣り合って歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと近すぎですよ! 誰だか知らないですがお兄様の迷惑も考えてください!」

「私は笹川 鳳凰、この有馬くんの──先輩よ」

 

 まだまだ卒業できず、学校にいる幽霊だ。

 けれどまあ、たまには恩人の守護霊でも気取ってみよう。

 

 ──

 

「鳳凰さん、どうやら七不思議になってるらしいですよ」

「あら、誰も知らない美女ってところかしら」

「いえ、なんか誰彼構わず話しかける妖怪だとか。特に俺は朝見られたのもあって色んな人に質問責めでしたよ」

「……よ、妖怪。へぇーそう、そう……」

 

 知らない人とも話せたと喜ぶ彼を思えば、そのくらいの扱いはどうってことない。本当に、痛くないし、泣いてないし。



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アリマ様が星井 竜火を見てる
アリマ様が盛り上がりを見てる


 放課後。

 俺にとっては最もその日の気分によって左右されやすい時間だ。

 声をかけられ部活動に参加したり見学する日もあれば、知り合いと共に適度に遊んだりする日もある、一人きりになることも珍しくはない。

 一週間程楽しんだ同好会は、諸事情により一時休止。

 また日常に戻る。

 と、そう思っていたのだが。

 

「うわっと! ……あいたたた、ってごめん喜久川くん!」

「いや、大丈夫だよ。そっちこそ怪我はない?」

 

 俺は転んでいた。

 速度も出ていなかったし、身体は無事。

 隣の彼女も見たところ怪我は無さそうだが。

 

「だ、大丈夫……ごめんねトロくて」

「いや、こんなの最初から得意な人なんていないだろうし……俺も下手だからね。どうせ転んだなら、切り替えて立ち上がる練習が出来ると思おう。転ぶのも練習練習」

 

 その赤茶色の頭を押さえながら申し訳なさそうにこちらを見る彼女に励ましの言葉を送る。

 

「そうだね、頑張る……絶対この二人三脚は一位取るから!」

 

 そう、俺は女子と二人三脚の練習に挑んでいる。無論これは部活ではない。

 見渡せば、俺たちのいる運動場には他にも似たようなことをやっている生徒がぽつぽつといる。

 流石に初日は埋まるほどの人数ではないようだと、俺は朝の出来事を思い出した。

 

 ──

 

「というわけで、今年もやってきました『体育祭』!」

 

 委員長の言葉と共にクラス全体が熱気に包まれる。女子達が各々手を掲げたり、声をあげたり。

 本日のホームルームは、そんな調子で始まる。

 

 中間テストや追試の期間も終わり、旧校舎の改装や、新たな七不思議の出現など細かな変化や事件が雨晴高校をそれなりに騒がせた。が、迫る体育祭はそれら全てを塗り替え、始まってもいないのにお祭り騒ぎだ。

 

 雨晴高校の体育祭は『組』対抗であり、AからFまでの六つの組が学年関係なくチームとなり総得点を競うルールだ。ちなみに俺たちは二年F組。

 一部を除いて学年ごと競技が違うため、毎年新競技に挑むことになる。誰がどの競技を挑むか決めるための今回のホームルームというわけだ。

 

「ですが、ここで一つ問題があります。我々のクラスは諸事情により人数が……少ない!」

 

 そういえば去年はまだ男子が二人多かった。結婚してしまい学校にはいない、便りは定期的に届いているが。

 それと不登校が一人。

 入学当初と比べると三人減っていることになる。

 

「なのでバランス調整のため、男子には複数回競技にエントリーして貰うことになったんだけど……」

 

 ざっと、教室中の期待を込めた視線が俺に向く。そこには男子である二人のものも含まれている。

 そう、クラスの男子で一番運動神経がいいのは俺なのだ。

 金汰と白銀は所謂運動音痴と言われるような成績で体育の時間はへばっているのがお約束、そこがまた女子から人気を集めるのだろうが。

 ともかく、体育祭は楽しむものだが、できれば勝ちたいのが学生達の本音である。

 

「じゃあ俺が出た方がいいよね、問題ないよ」

「ありがとう! あの、それで出て欲しい競技の方なんだけど……男女混合の二人三脚があるんだ」

「あー、つまりパートナーがいるってことか」

「私がやる!」

 

 手を上げたのは桜花さん。

 確かに意志疎通という面ではこのクラスで最も話している女子である。俺も異論はない。が、委員長から待ったがかかる。

 

「この競技は男女の体格がちぐはぐになりがちで、確かに二人みたいなペアも無しじゃないわ……けど勝つならもっとベストな組み合わせをするべきなの、ウチらのクラスにはアイツがいるでしょ」

「っていうか桜花は男子と組めるチャンスだからって鼻息荒すぎ」

「いや違、そうじゃなくて……」

「そりゃ姫王子と組めれば周りは応援する男子でいっぱいだろうけど、必死ね勇者」

「やめろぉ!」

「はいはい、ともかく姫王子のパートナーは決まってるの。というわけでお願いね、ルビー!」

「えっ!?」

 

 ガタンと、立ち上がった衝撃で椅子が倒れたのだろう。

 真ん中最後列、予想外だという顔でルビーこと星井 竜火(ほしい りゅうび)は委員長を見た後、こちらに視線を向けてきた。

 

「確かにルビーならガタイいいし、姫王子と身長も同じくらいだしね」

「興奮して姫王子の肩壊すなよルビー!」

「やらないよそんなこと!」

 

 竜火さんは言われている通り、俺と似たような身長である。

 流石にどこぞの先輩と違って追い越したりはしてないが。すらりとしたあちらと違って、肉付きもあるというべきか──ともかく力や体力がありそうだ。

 確か体力測定でも、握力や投力でトップだったような。クラスで騒がれていたのを聞いたことがある。

 

 付き合いの少ないクラスメイトのことを必死に思い出している内に、他の競技についても決まっていった。

 

 ──

 

 さて、二人三脚は一朝一夕でどうにかなる競技ではない。

 体育祭までにある程度の経験値を貯めておかなければ──本番で情けない姿を晒すならまだしも、竜火さんに怪我をさせることになるかもしれない。

 つまり練習だ。

 

「竜火さん、放課後は何か予定ある?」

「え」

 

 昼休みに話しかけると固まってしまった竜火さんを放課後の練習を誘うと、部活もないということなので承諾して貰えた。周りに。

 

 というわけで竜火さんとの二人三脚練習が始まったのだが。

 

「ちょっと!」

「ふぎゃ!」

「あでっ!」

 

 早速我々は難航していた。まだ錨も上げたばかりだというのに。

 どうも足並みが揃わないというか、最初の数歩でつまずいてしまうのだ。

 二人とも砂まみれである。

 

「ごめん喜久川くん! わざと転んでるわけじゃないの! 私デブだから……足下も見えないし、これが重くてバランス崩しやすくて……」

 

 謝り倒す竜火さんの行動に思わず視線を逸らしてしまう。

 なぜなら彼女は自らのその胸を忌々しげに掴んで持ち上げだしたのだから。

 

 転生してかなりの年数を過ごしてきた貞操逆転世界で、どうも慣れないことがいくつかある。

 その内の一つがこれ、肉体の美醜の変化である。

 どうも男性の胸板のような膨らみが美しい、というのが基準としてあるようで。それ以上大きいものになると、太っているというか無駄な肉という扱いなのだ。つまり竜火はこの世界において、『とても』太っているのだ。

 腹が出ている──とまでは言わないが二の腕に脂肪が付きすぎているとか、そういった感覚が近しいようで。

 ともかく流石に明け透けに晒しはしないものの、この世界だと先程竜火がやったことはなんら異性を興奮させるための行為や下ネタではなく、自虐ネタに相当するものとしてありふれている。

 

 知識としては分かっているのだが、かといって役得だと見続ける程面の皮は厚くない。結果、笑うでもなくただ気まずい時間が流れたりする。

 

 もしかしてこういうのの積み重ねが姫王子というか、目の敵にされるのに繋がっていたり──いや、まさか。

 

「やっぱり私じゃなくて他の人に……」

「いや、試してみたいことがあるんだ。もう少しやってみない?」

 

 話が逸れたが、足下が見えないのでタイミングが分からないということだ。

 なら、足下を見ずともタイミングが合うようにすればいい。

 

「まず繋いでいた紐は外そう。そもそも繋いでいるから転けるんだし」

「でもそれだと二人三脚の練習にならないんじゃ」

「最終的に出来てればいいんだ、一日目から焦る必要はない。まずは二人三脚の前に二人の練習をしよう」

「何をするの?」

 

 決まってる、隣り合って歩くだけだ。

 

「まずは校内を普通に歩いてみよう、肩だけ抱いてさ。早いと思ったら相手の肩を一回、遅いと思ったら二回叩く、お互いのペースがどれくらいか確認するんだ」

「え、でもそれって……いやその喜久川くんがいいなら構わないけど」

 

 というわけで校内を二人してただ歩き回る。

 肩を抱いて、ついでに話をしながら。

 練習自体は順調なのだが、初日から気合いを入った練習をしているためか過ぎ行く生徒達の視線がすごい。

 

「え、当てつけ? いや、見せつけ?」

 

 一人凄まじい目力の人がいたと思ったら鳳凰さんだった。

 そういえばこの人は体育祭どうするんだろう。

 

 一周したところで、今日の練習は解散となった。

 どうせなら帰り道もやりたかったのだが。

 

「今日は心臓が無理!」

 

 と、竜火さんが言うので無理はさせられない。どうも体力は余り無いようだ。




新章突入です。
お気に入りや評価・感想ありがとうございます。


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皐月 桜花が要注意人物を見てる

「今日も一日お疲れー」

 

 ファミリーレストランという名前なのに利用するのは友人とのことが殆どになってしまった。どうせなら未来の家族──恋人と利用したいものである。いや、デートでファミレスっていいのだろうか。購読する雑誌では男が幻滅するポイントなんて書かれていた気がする。

 乾杯した後のコーラを見つめながら思考に没頭する。

 

「桜花どうしたのー、そんなコーラ見つめて」

「安心しなよまだ何も混ぜてないし」

 

 笑うバカ共。

 どうやら今回もファミレスドリンクバーバトルは仁義無き試合運びとなりそうだ、私の思い付いた新しい技で貴様らの口をズタズタに。

 と、そんな事にかまけている暇はない。

 いつものようにバカとバカやってるバカになっていては駄目なのだ。今日は、敵がいるのだから。

 

「それでさあルビー……どうだった?」

「え、どうって」

「決まってるでしょ、姫王子よ姫王子! ムカつくけど身体も顔もイイからね、役得だよルビーは」

「私も男子と走りたかったー」

 

 敵──もといクラスメートであり友人のルビーこと星井 竜火である。

 あろうことか彼女は有馬と二人三脚のペアに選ばれてしまったのだ、私にもう少し身長があれば……私が! 有馬と! 

 

「ほら、桜花なんて羨ましがり過ぎてコーラに涙を注いでるよ」

「あんたはこの前まで男子と学食なんて羨ましいことしてたんだからいいでしょ、私らなんて何にもないんだから」

「えー、私この前三年生の六道先輩に話しかけられちゃったー」

「は? なにそれ裏切りじゃん、何話しかけられたの」

「『そこの君、どいてくれないかい』、これってもうほぼ告白じゃない?」

「もう駄目ね、出会いが無さすぎてまともな青春送れない脳になってるわ。ほらルビー、哀れな私たちにお裾分けしてよ」

「そうは言っても私は転んでばっかりだったし」

 

 転んだ!? どさくさに紛れて有馬の身体触り放題だったってこと!? 

 私ならやる、絶対に。

 

「え、転んだってことはどさくさに紛れて姫王子の身体とか触り放題だったってこと!?」

 

 ほら、向日葵(ひまわり)も同意見だ。

 

「色んなところにキスしたんでしょー」

 

 宮子(みやこ)に限っては一段階上を行っていた。許せないよね。

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 ルビーは否定するが、怪しい。

 

「でもそれにしては何か、ガッカリ感がないよねー」

「ガッカリ感?」

「いやそうでしょ、だって男子と二人三脚の練習して何もなかったら女子は絶対ガッカリするよ、だって期待がすごいもん。身体触り放題でもキスしまくりでもなかったことを聞いた私達は当事者じゃないのにガッカリしてるんだよ? 何もなかったら落ち込んでるはずじゃん」

「いや、それは……」

 

 もじもじとその身体をくねらせるルビーを見て確信する。何かあった。

 そもそも有馬とある程度交遊を深めた私には、あの男が隙を晒さない訳がないと分かっている。

 思春期の女子にあれは毒だ──だからこそ、ペアには私が立候補したかった。いや、守るためね、守るため。

 

「言いなさいよルビー、私たち友達だったじゃない」

「え、なんで友達じゃなくなってるの!?」

「どうせ姫王子の応援で男子達に囲まれてイチャイチャしてたんでしょ、友達だったルビーは」

「友達だったルビーはいいなー」

「ちょっとみんなやめてよ! だいたい周りに男子はずっといなかったし、むしろ目をつけられないかヒヤヒヤしてたんだから……」

 

 まあ、確かに私もあの一本槍という後輩男子に睨まれると何も出来ないため登校時間の間ずっと話したりはできない。

 ルビーの話しぶりではいなかったようだが、普段の有馬の様子を思えばどこからか男子が出てくるんじゃないかという中で、そう簡単にイチャイチャはできないか。

 私は友人を疑ったことを反省し──とはいえ羨ましいのは変わらないので謝りはしない。

 ともかく態度を改めて。

 

「なんだ、ルビーは友達なのね」

「よかったルビーが友達で」

「怖いよみんな、それに私みたいなガサツなデブがそんなこと……」

「あら、有馬くんとイチャついていた女子じゃない。奇遇ね」

 

 ぴしり、とルビーの時が止まった。

 声をかけてきたのは同じ制服の──見覚えのない女子である。ルビーより背がある女子なんて初めてみた。すらりとしているので、印象としては大きいというより高い。

 

「えっと、どちら様ですか?」

「私はあなた達の先輩よ。先程甘ったるいイチャつきを見せつけられてね、ステーキをやけ食いしにきたの」

「三年生なんですか、あの、ところでイチャつきって」

 

 固まっていたルビーが慌てて再起動するが、当然ながら先輩の口の方が早い。

 

「そこのルビーさん? という方は有馬くんの肩を掴んで校内を練り歩いてたのよ、『へへっコイツは私の男だよ、どきなどきな』と、見せつけるようにね」

 

 一斉にルビーの顔を見る。

 水泳をやっていたせいで塩素焼けしたというルビーの髪に匹敵するくらい真っ赤な顔をしていた。

 私を含めた三人は全て察する。

 最早どんな言葉を重ねようと判決は変わらない、有罪だ。

 

「それは誤解! あれは二人三脚の練習で!」

 

 何やらルビーは必死に否定するが、つまり肩を抱いて見せつけるように歩いたという行為自体は真実ということである。例えそれが何のためであっても男子に飢えた女子達には関係ない。

 

「でも足下縛ってなかったじゃない、時折肩を指で叩いて……何かのメッセージかしら……秘密のえっちな暗号なのね」

「え、ルビーさんやば」

「ルビーさん、流石ですね」

「ちょっと二人共なんで敬語になってるの!」

「ルビー(さん)……」

「桜花はルビで怖いこと言わないで!」

 

 やはり私の直感は間違っていなかった、ルビーは敵。

 有馬の肩を抱いているなんて……私でもしたことがないのに! 

 いや、ルビーがそんなこと提案できる性格じゃないというのは分かっている。おそらく有馬がいつもの調子で無自覚で無防備な提案をしたのだ。でも、それでも羨ましいという気持ちが、私以外と仲良くしているという嫉妬が押さえられない。

 私たちは理屈じゃなく本能でこの恋愛競争を生きているのだ。

 

「だいたい私が喜久川くんを一方的に抱いてたみたいに言ってたけど、むこうだってこっちに肩を組んで……」

「ついに自慢し出したよ、向こうだって触ってくれたと」

「違う!」

 

 そうだ、二人三脚ということはつまりルビーの肩には有馬の指が! あの指が! 

 

「ねえ向日葵、今ルビーの肩抱いたら間接ハグみたいなものだよねー?」

「そうね宮子、私もそれを考えていた」

「ちょっと三人とも目が怖いんだけど……」

「いいでしょ減るもんじゃないし」

「ふざけないで、私の身体に残るこの感触をあんたらに上書きされたくはないわ!」

「正体現したわね!」

「かかれー!」

 

 逃げ出そうとするルビーを三人で席の奥に押し込んでその身体をべたべたと触り、背で、胸で、尻で潰す。

 

 奮闘する私たちを見て先輩は満足したようで奥の方へ行ってしまった。

 コップを二つ持っていたし、きっと連れがいるのだろう。

 少し頭を伸ばしそちらへと目をやる。遠い、後ろ姿ではあるが男子の制服が見える。

 なんだ、あんなこと言っておいて先輩も彼氏がいるじゃないか。

 デートでファミレスというのも、あんな綺麗な先輩がやっているのだ、ありなのだろう。

 それに比べて私たちは女子でおしくら饅頭である、虚しい。

 

 有馬と来たい、できれば恋人として──そのためには、やはり体育祭で活躍してカッコいい所を見せなければ。

 背中でもがく敵に注意しつつも、私は決意を固めた。




アリマ様の夕飯はステーキだったようです。


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アリマ様がギャップを見てる

 昨日は鳳凰さんに「先輩らしいことしてみたいから、後輩らしく可愛らしいおねだりをしなさい」と無茶振りをされ、それならとファミレスで夕飯を奢って貰った。「別におねだりそのものの規模は可愛らしくなくていいのだけれど」と黒いカードをチラつかせられたが、学生らしい先輩後輩のやり取りとしてはこのレベルが妥当だろう。

 たどり着くまでに鳳凰さんが車を所有していることやその車種とドライビングテクニックについてのあれこれはあったものの、楽しく過ごせた。

 

 その際話題になったのは、当然体育祭のことだ。

 

「男女混合二人三脚ね、合法的に男子と触れ合える人気競技よ」

「やっぱりそういう位置付けなんですね」

「パン食い競走や借り物競走みたいに番狂わせが起きやすいように作られたんだろうけど、今や代表男子を女子が醜く争いあうクラス崩壊の原因となっているわ」

「そんな番狂わせどころか卓袱台ひっくり返すようなこと起こしてどうするんですか」

「仕方ないわよ、この競技に選ばれたペアのカップル成立率はなんと二割を越えるとその筋では言われているもの」

「確率も情報元も不確かすぎる……」

「まあ、その点あなたのクラスは賢い選択ね。さっきも言ったとおり二人三脚は誰が勝つか分からない競技、フィジカルよりコンビネーションが問われる上に不意の事故も起こりやすい。ほとんどのクラスが男女でイチャつくための捨て競技になりがちだわ。だからこそ、勝つための組み合わせをするだけで相対的に有利になるとも言える」

「委員長本当に勝ちたがってたからなあ」

「あとクラス崩壊の危機も無くなったのが一番大きいわ」

「そっちがメインなんですか」

「しょうがないじゃない、あなたの存在が今年はより女子を飢えさせているんだから。そういった点でも有馬くんがいるクラスは他より有利ね、デバッファーよ」

「逆に打倒姫王子なんて団結しなければいいですけど」

「ありえない話じゃないわね。どうしても勝ちたいなら周りの男子に妨害とか頼めばいいのよ。具体的には体育祭当日に片っ端からデートで抜け出さないか誘うとか、多分何割か本気にするわ」

「陰湿すぎる……彼等も楽しみにしてるから流石にそんなことは頼みませんよ」

「冗談よ冗談、顔を見れば分かるでしょ」

「無表情だから分かりにくいんです」

「ところで、今聞いて思ったのだけど。当然二人三脚に出るのはあなたの知り合いよね?」

「ええ」

「それが楽しみにしてるって、向こうもあなたと戦うために練習してるんじゃない? 下手したらさっき言った勝つための組み合わせをやってるかもしれないわよ、そうしたらアドバンテージは無くなるわね」

「あ」

「訂正するわ、あなたはバッファーね。敵味方問わずの」

 

 ──

 

 そんな会話があり。

 さらに朝、桜花さんとの登校中、彼女は迫る体育祭への熱意をぶつけてきた。

 

「私、絶対一位取るし活躍するから! 見ててね!」

 

 まだ練習期間……というか発表された昨日の今日でこれである。

 思っていたよりもずっと体育祭にかける思いにギャップがある。

 というか、転生した分俺が落ち着きすぎているのだろう。

 俺にとっては楽しむイベントという側面が大きいが、皆は年に一度の勝負として見ているのだ。

 一年生の時はあまり意識せず過ごしていたが。

 

 合流した香に話を振っても。

 

「ええ、私達F組で絶対に勝ちましょう。安心してください、他の組の主要な生徒や競技のデータはすでに手元にあります。代わりに少しばかりこちらも情報を流すことになりましたが……」

 

 などと言ってくる。スパイ的行為まで横行しているのかこの体育祭に。

 

「今回ばかりはいくらお兄様相手でも全力でお相手させていただきます」

「ええ、我々も力を見せるときです」

「負けませんからね」

 

 周りの男子も次々決意表明を始める。

 これは認識を改めないといけない。

 体育祭は戦争だ。

 

「ところで今日のお昼はどうしますか?」

「僕、今日は美味しくできたと思うんですが」

「天気もいいですし、屋上で食べましょう」

 

 ああ、普段のことは普通に皆仲良くするよね。そりゃ。

 

 ──

 

 そんなことがあって、放課後。

 竜火さんとの練習である。

 

「今日もよろしく竜火さん」

「うん、よろしく喜久川くん」

 

 ゴールデンウィーク過ぎに桜花さんが話しかけてくれたお陰か、クラスの女子である竜火さんは姫王子に対する壁はさほどないように思える。ただ、だからといって仲が良いというわけではない。

 

 鳳凰さんの言っていた通り、二人三脚はフィジカルよりもコンビネーションが重要な競技。

 今やっているタイミングを合わせたりという技術的な部分も大事だろうけど。

 勝つためには、そこを重点的にやらなければ。

 

 思えば昨日の練習ではパーソナルな会話には踏み込んでいなかったな、と思い返す。

 

「竜火さんは、なんであだ名がルビーなの?」

「え」

 

 と、突然立ち止まってしまった竜火さんにつられて危うく転けてしまうところだった。

 

「ごめん、嫌なこと聞いちゃった?」

「いや、そんなことないけど……私のアダ名なんて聞いて楽しいかなって」

「皆が呼んでるアダ名のこと知らないのは体育祭前でクラスが一致団結してるときにどうなんだって──後、竜火さんって呼び方で不快にさせてないか不安になったんだ、なにせ女子とあまり話す機会がなくて」

「別に嫌がってないよ! でも確かに名前で呼んでくれるのは珍しいかも、昔からルビーって呼ばれてたし」

「由来は名前から?」

「それもあるだろうけど、一番はこれかな」

 

 竜火さんは自身の赤茶色の髪に手をやり、少しばかり摘まむ。

 ボブに近い長さのそれは背中からの光が透き通り、赤く輝いているように見えた。

 

「なるほど、確かにルビーに見えるね」

「元々こんな色なんだけどさ、水泳やってるから塩素焼けで余計それっぽくなっちゃったの」

「水泳部なんだ、放課後使って大丈夫?」

「……いや、高校に入ってから部活はやめたの。だから時間はあり余ってるよ」

 

 少し寂しそうな顔をする、竜火さん。きっとそこには何か理由が、エピソードあるのだろうけれど、切り込むべきではないだろう。

 仲良くなるのに必要なのは何も晒し合うことではないと、ついこの間も同じような話をしたばかりだ。

 

「俺はこの前部活、というか同好会に加入したんだ」

「え、それこそ喜久川くんは時間大丈夫なの?」

「ゆるいから平気だよ、なにより先輩がどこにいるか分からない神出鬼没の人だから」

「怪しくない?」

「活動もただ一緒にお茶したり食事したりするだけで」

「ねえ怪しいって、絶対に騙されてるよ喜久川くん! その先輩女じゃないよね!?」

「これ男子には内緒にしてね、心配されちゃうから」

「自覚してるなら止めて!?」

 

 仕切り直して。

 今度は竜火さんが質問をする番だと促す。

 

「喜久川くんに質問……どうしよう……えーと、好きなものは?」

 

 随分困らせてしまったようで、悩んだ末に投げ掛けられた。

 

「好きなものね、色々あるけど一番はこうして誰かと話すことかな」

 

 知らない文化に触れるのは楽しいものだ。

 俺にとってはこの貞操逆転世界は十数年生きていようがまだ慣れないものだらけで、異文化。

 それが常識となっている、つまり俺以外全員との交流にはいつでも新鮮な驚きがある。これは男子も女子も関係なく、だ。

 

「納得かも、喜久川くんの周りっていっつも人がいるもんね」

「そう考えると俺って案外さみしがり屋なのかも……ってどうしたの竜火さん」

 

 心臓を押さえて立ち止まる竜火さん、やはり体力があまりないのだろうか。

 

「大丈夫、ちょっと……一瞬グッと来ただけだから、ギャップが」

 

 運動の緩急なら、比較的緩く歩いているだけなのだが……なんにせよ無事ならばよかった。

 落ち着いてから、必死に視線がそれに向きそうになるのを堪える。

 胸を押さえる仕草が俺にとっては少々刺激的なのをどうやって伝えればいいのか。

 貞操逆転世界のギャップを埋めるのは難しい。




鳳凰さんの愛車のイメージは光岡オロチです。
こことは違う世界なのでまったく同じものがある訳はないなと思い本文中に書くのをやめました。


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アリマ様が公園を見てる

 練習の日々は続き、成果として俺たちはすぐに転けるようなことはなくなった。

 初めはぎこちなかった動きと会話もどうにか足並みを揃えられるようになったというところで、問題が。

 

「流石にどこも場所が取れなくなってきたね」

「うう……全体競技の練習が始まったから、早い者勝ちで個人練習で校庭使うわけにもいかなくなっちゃったもんね……どうしよう」

 

 体育祭も間近に迫ると練習場所はどうしても少なくなってくる。例年同じことだが今年は旧校舎の改修で広く場所がとられているのもあり、個人練習勢は肩身が狭い。

 それを見越して早めから練習していたのだが、二人三脚ができるようになったとはいえ、勝てると言えるほどの練度ではない。

 

「運動できそうな公園は──少し遠くになるけどあるね、そっちに行ってみる?」

「うん、行ってみよう」

 

 と、移動してみたものの。

 

 ──

 

「お兄様!」

「香、君──と、みんなも練習かい?」

「はい、飛車さん達から場所取りが激しくなると聞いていたのでそれならばと最初からこの公園で、男子達個人練習したい人を募ってやっていました!」

「お兄様! もしかして応援に来てくださったんですか!」

「みんな、お兄様が来たよ!」

「お兄様も練習に来たのでは?」

「お兄様と一緒に練習できるなんて……」

 

 来てみれば、公園はすでに男子達の運動場になっていた。

 確かに場所取りにあぶれたものが最初に向かうのはここだろう。ならば激化する前に初めから移動しておくというのは賢い作戦だ。

 

「それにここなら女子の目線も気になりませんし」

 

 ジャージ姿の香はついでに、という感じで付け足す。俺にはこの男子高校生のともすれば芋臭い──全員顔が整っているためそれでも絵にはなるのだが──姿に女子が釘付けになる理由は分からないのだが。この世界だとそうなのだから仕方がない。

 

「ところでお兄様、そちらの方は……」

 

 と、おそらく俺に向ける男子達の視線に恐れをなし、先程から背後に隠れる竜火さんに香が興味を移す。

 

「こちら俺のクラスメートの竜火さん、体育祭でパートナーになったから一緒に練習しに来たんだ」

「パートナーって──もしやお兄様、男女混合二人三脚に出るんですか!?」

「ちょっと声が大きいよ香、一応秘密の作戦なんだから」

「白銀さん、金汰さん!」

 

 同じF組で作戦の共有がなかったことについて思うところがあったのか、どうやら奥の方で練習疲れかバテていたらしい白銀と金汰に香は詰め寄って行った。

 

「勝つ……ためには……仕方、ないこと……だった…………」

「お兄……様が敗北、して……しまえば……それ…………こそ」

「お二人とも準備体操でどうしてそこまで息切れできるんですか……」

 

 というか練習以前だったらしい。フルマラソン完走直後みたいな倒れ込みをしないでくれ、準備体操で。

 

「まあまあ香、白銀と金汰が何競技もできるわけないのは分かってたでしょ」

「……確かに二人三脚やらせた日には大ケガしそうですね」

「というわけで、少しだけスペース借りてもいいかな」

「なっ! ……うう、仕方ありません。ですが、竜火さん!」

「はいっ!」

「くれぐれもお兄様に怪我がないように、お願いしますよ」

「勿論!」

 

 一年生から圧を食らいこくこくと頷く先輩のはずの竜火さん。可哀想なので助け船を出す。

 

「さあ行こう竜火さん」

 

 手を取りさっさと駆け出すのだこういうときは。

 

「──うん!」

 

 なぜか背後から感じる圧は凄くなったが。

 

 ──

 

「イチ、ニ、イチ、ニ」

「あの、喜久川くん」

「どうしたの、竜火さん」

「その、ちょっと……落ち着かなくて」

「落ち着かない、何が?」

「……」

 

 竜火さんが無言で指差す先は。

 

「あの方は誰なんでしょう」

「お兄様のクラスメート、らしいですが」

「それではあの学食で食べていたという?」 

「どうもその方とは別で……」

「お兄様は走る姿も凛々しくて格好いいですね」

「ええ、僕もあんな風になりたいです」

「お兄様が出るならば僕も二人三脚に出たい……代わりませんか?」

「最初に代わって欲しいと言ったのは君でしょう! お兄様と戦う権利は譲りません──となるとペアの女子にも頑張って貰わなければ……」

「恋人!? それは……いやまさか……」

「そういえば以前お兄様らしき方が女子と一緒に……」

 

 練習もそっちのけでこちらを観察する男子、男子、男子……なるほど、これは確かに慣れてなければプレッシャーだろう。

 

「こら! 敵情視察ばっかりしてないで、みんなも練習に戻りなさい」

「はーい!」

 

 返事だけはいいが、疎らに散るものの視線とお喋りは継続中だ。

 

「ごめんね竜火さん、いつものことだから気にしてなかった」

「こっちこそごめん……注目されるの、好きじゃなくて」

 

 今運動場に使ってるスペースは男子達で溢れている、どこでやっても注目は免れないだろう。

 他にこの公園で走れるところとなると、池の周りをぐるっと走るジョギングコースがあったはず。今は人も少ないし走っても問題ないだろう、そちらなら落ち着けるのではないか。

 

「じゃあ次は実践形式ってことで、池の周りを走ろう」

「……うん、ありがとう」

 

 少し力なく笑う竜火さんを連れて。

 移動となるとまた男子達は騒ぎだしたが、流石に追いかけてくるなんてことはせず。

 徐々に騒がしさは空に消え、二人の合図と地を蹴る音だけが響く。

 しばらくして。

 

「喜久川くんはすごいね、あんなにいっぱいの人に見られてるのに」

「慣れだよ、俺も最初は落ち着かなかった。あの、竜火さん、辛いなら委員長に言って他の人に」

「大丈夫だよ、そこまで大事じゃないから。それに喜久川くんと組もうと思ったのは……興味があったからだし」

「興味?」

「! 変な意味じゃなくてね! その……私、昔はルビーなんてアダ名じゃなかったの。小学生くらいまでのアダ名は『王子』」

「王子」

 

 あまりにも呼ばれなれたから忘れていたが、それは確かに俺以外を称する単語として存在するのだ。

 

「私、昔から背が高いし肉付きがよかったから。小学生の時には同年代の誰よりも大柄で男らしいやつって女子だけじゃなく男子からも王子様扱い──普通扱いされなくてさ……そんな周りの態度が嫌だから少しでも普通に、痩せようとして水泳に打ち込んだら、今度は胸が大きくなって余計水泳だと目立つし……その頃には太ってるから王子は相応しくないってルビーに、特別扱いは無くなった。けど、目立つのは苦手になったの」

 

 走っていたはずの速度は、言葉と共に少しずつ、ゆっくりゆっくりと。

 

「だから勝手に喜久川くんのこと同情というか心配しちゃって、もしかして『姫王子』が嫌なんじゃないかって、ずっと聞きたかったんだ」

 

 それは、初めて得られた共感だったのかもしれない。

 俺は『姫王子』だから──普通じゃないから──ただの青春が送れない。

 差はあれど、きっと竜火さんも似たようなことを経験したのだ。

 特別ゆえの疎外感。

 答えを、口に出そうとして。

 

「──!」

 

 叫び声、と大きな水音。

 二人して視線をやれば、池を挟んで向こう側。こちらの様子を見るためか、男子達が集まっていた。声を上げたのはその隣にいる大人の女性だろう、彼らの視線は水面に向かっている。

 

 誰か落ちた。

 

 俺は急いで足を縛っていた紐を外すと、一目散に駆け出す。

 

「ちょっと喜久川くん!」

「竜火さんは救急車呼んで!」

 

 制止する声を振り切り、俺は近くまで行く。

 

「落ちたのは一人?」

「いえ、その一人というか」

 

 突然の状況に混乱しているのかしどろもどろになる香。

 まさか何人も落ちたのだろうか。

 邪魔になる靴や上着を脱いで飛び込む。

 

「お兄様!?」

 

 パニックになっているのか激しい水しぶきを上げるそこに向かってひたすら泳ぐ。

 見えないまま暴れるその子を手の感触だけで引き寄せ。

 

「大丈夫! 落ち着い……」

「ヘッヘッヘッ」

 

 顔を寄せ、長いマズルとこちらを舐めてくる舌で気づく。

 なるほど、そりゃ落ちたのは一人ではないだろう。一匹だ。

 

「喜久川くん! ここの池はそんなに深くないから飛び込まない方が……って」

 

 追い付いた竜火さんのアドバイスも手遅れ、上から下までビショビショだ。

 

「……もう勝手に池に入っちゃだめだぞ、君」

「くぅーん?」

 

 分かってなさそうな顔をしている犬を、みんなの横でいたく感激している飼い主であろう女性の元までエスコートするのだった。

 

 ──

 

 何度もお礼とクリーニング代を渡そうとしてくる飼い主に、当然のことをしただけです、なんて言いながら。俺は先ほどの自分を反省していた。

 突然の状況に混乱していたのは俺の方だ、結果助けられたからいいものの、あやうく二人して──いや一人と一匹して溺れるところだった。

 もっと良い解決策があっただろう。少なくとも飛び込むのはリスクだった、犬も怖がっただろうし。

 クリーニング代を巡る攻防は終わり、残るは。

 

「着替えなんですが……流石に上下お兄様が着れそうなのを持ってる子はいませんでした」

「まあ、そうだろうね」

 

 というかそもそも下着まで全身ビショビショなのだ。流石にこのまま着て乾かすというわけにもいかない、風邪を引く。

 

「しょうがないから一旦家で着替えてくるよ」

「確かに、ここからお兄様のお家は近いですからね。道中気をつけてください、上からジャージを着るでしょうがそんな姿誰かに襲われかねません」

 

 面倒な話だが、痴漢扱いもされたくないからな。

 このまま歩くのはやめよう。

 話が終わると、ちょうど荷物を持ってきてくれた竜火さんが近付いてくる。

 竜火さんには練習のつもりが、関係ないことで時間を使わせてしまいもうしわけない。

 

 そうだ、近いのだしお礼をするため家に誘ってみてもいいかもしれない。

 あの話の続きもしたいことだし。




アリマ様は犬派


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星井 竜火が異性の部屋を見てる

 ドキドキが止まらないのは、運動のせいじゃない。

 

 そもそも、自宅までのボディーガードを頼まれた時点で限界だった。

 濡れた服が視線を集めるのは分かる、だからそれをどうにかしようとしたのも分かる。けれど、結果が素肌にジャージなどと、まさかラブコメみたいな男子が現実にいるなんて。

 その事実に気づいたとき視線が吸い寄せられないように必死だった。他人の視線はその倍注意をはらったけれど。

 ようやく喜久川くんの家にたどり着いて、地獄のような時間が終わったかと嬉しいような悲しいような気持ちになったが、その上。

 

「じゃあ悪いけどちょっとシャワー浴びてくるから漫画でも見て待ってて、冷蔵庫のものは自由に食べていいから」

 

 なので、今度は微かに聞こえてくるシャワー音と戦わなくちゃならないわけだ。

 

 そもそも男子の部屋に上がるのだって初めてのことだというのに! 

 駄目だ、何も考えが纏まらない、落ち着いて深呼吸をしよう。

 いい匂いがする──じゃない! 視覚も聴覚も嗅覚も試されている! 

 そもそも女子を部屋に上げるなんて……いや、これが家族のいる実家だというのならばまだ喜久川くんの考えも分かるのだ。あの姫王子が、クラスメイトを外で待たすなんてことはしないだろう。

 しかし、驚いたことに喜久川くんは一人暮らし。そのワンルームのアパートに──脱衣所があるとはいえ──異性を入れるだろうか。これは心を許されているのか試されているのかそれとも何とも思われていないのかな。

 男子の情報なんて映画や漫画の中の空想と、友人達との妄想の中にしかない私にはいったい何が正解なのか……。

 

「駄目だ、一旦落ち着こう」

 

 言われた通り漫画でも見て待っていればいいのだ。というか私に許されているのはそれしかない。

 もちろん、男子が普段読んでるものが気になったのもあるが。

 驚いたことに本棚には想像していたよりも多種多様な漫画がある。あまりそういうのに詳しくない私には目新しい、見たことのないものが多い。それぞれ表紙や中身をちらりと見てみると予想していたような少年漫画だけということはなく、比率としては少女漫画の方が多いのも驚きだ。

 彼が漫画を読みふける姿というのがどうも想像できない、それこそ端の方にある私にはあまり縁のないファッション雑誌やよく分からない英字の本でも読んでいるのが似合う。

 そんな中、手前にあった知らない題名のコミック。その一巻を取り出してパラパラと捲ると紙の匂い、その中に微かにそれとは違う彼の匂いを感じてしまい急いで閉じる。顔に引いてきたはずの熱が再び籠る、罠だらけじゃないか! 

 いや、私が過敏なだけだというのは分かっている。

 けれど仕方ないだろう! こんなところを彼に見られでもしたら恥ずかしくて生きていけない! 

 

 なんて思って。

 気づく、そもそも私は恥ずかしい。

 

 彼はきっと、同じだと思っていた。

 

 ──『姫王子』が嫌なんじゃないかって──。

 

 何が同情だ。何が心配だ。

 彼は、私みたいに外見で判断されたわけじゃない。

 犬が池に落ちたとき、私は何もできなかった。

 みんなそうだった、ただ見ていた。

 きっと、誰も行動しなくても大きな事件にはならなかっただろう。犬は泳いではしゃいでいただけで、あの後飽きたら飼い主の元に戻っていたかもしれない

 喜久川くんがやったことも、もっといい方法があったかもしれない。濡れないでこんなシャワーをする必要もなく助けられたかもしれない。

 でも、彼は助けたのだ。

 

 彼は助けることを、迷わなかった。

 何をするべきかは分かっていたかもしれないけど、しなくちゃいけないことは分かっていた。

 もしもを重ねれば彼は最善ではないが、善をやったのだ。

 

 その行動は、姫そのもの。

 

 そもそも『姫王子』がただの蔑称なら、周りの男子達が親しげにそれを口にするわけがない。

 彼はそう言われるだけの人間で。

 

 私は、違う。

 

 隣で一緒に歩いて、だから、勘違いしてしまった。

 もしかしたら、同じかもなんて。

 互いに傷を舐めて癒せるかな、なんて。

 それとも並び立てるかな、なんて。

 そんな。

 

「お待たせ、竜火さん」

 

 などという私のくだらないネガティブな気持ちは風呂上がりの喜久川くんによって吹き飛ばされてしまった。

 いや、風呂上がりの自分が美しく見えるなんていうのは何回か自分自身体験してその度幻想を撃ち壊してきたのだが。

 風呂上がりの異性がこんなにも美しいなんて、これは恋しないなんて方が無理なんだけど。

 肌色のいい頬も、しっとりとした髪も、潤いを取り戻したかのような唇も、あまりにも刺激的すぎて。

 

「あれ、何も飲んでないんだ。遠慮しなくていいのに、麦茶と牛乳どっちがいい?」

 

 ごくりと喉仏が動く様子なんて、思わず目を逸らしてしまった。

 先ほど、理想のお姫様なんて言ってたけど。

 彼の王子様──男らしさを正面からこうも浴びせられてもうノックアウト寸前だ。

 私が邪な──気持ちはあるけど度胸がなくてよかった! 先ほどはそんな自分を嫌っていたが今では感謝しかない、それほどまでに目の前の喜久川くんは危険だ。

 というか。

 

「あの、なんで運動着のままなの?」

「一休みしたらもう少し運動しようと思って、途中だったし」

 

 理屈は分かるけど、暑いからって半袖半ズボン!? 

 誘われているのだろうか? 経験が無いから理解できない。いや、こんな経験してる人間がいるはずがない。漫画でも出てこないわ! 

 

「それでさ、竜火さん」

「は、はい!」

 

 広くないワンルーム、テレビとテーブルの間はほとんどスペースがないから必然彼が座るのは私の隣になる。

 どうして男の子っていい匂いがするんだろう。今までで一番近くに彼を感じる。

 初めて肩を抱かれたときよりガチガチになった私はまな板の上の鯉、いや蛇に睨まれた蛙? ともかくもう、なすがままにしてください耐えられません。

 

「確かに俺は──少し、変な毎日を過ごしてると思う」

「──え?」

 

 これは、さっきの続きだ。

 

「『姫王子』って呼ばれてクラス──だけじゃなくて学校で浮いていると思う。けど、俺は」

 

 特別扱いされている特別な彼は。

 

「みんなと普通に過ごすのだって、できると思う」

 

 普通なことも諦めていなかった。

 

「例えばクラスメートと一緒に食堂へ行ったり、部活に行って先輩と駄弁ったり、体育祭に向けてみんなで練習したり」

 

 私は、どちらになりたかったんだろう。

 あの時、水泳に打ち込んだのは。

 普通に戻りたかったからなのか、それとも。

 もっと、特別になりたかったからなのか。

 両方取ってもいいなんて。

 そんなワガママ、駄目だと思ってた。

 

「それってやっぱり一人だと大変なんだけど。みんなが──竜火さんみたいに助けてくれてるから、俺は嫌いじゃないんだ『姫王子』」

 

 そういって、喜久川くんは私を見てくれた。

 私が、助けになるなんて。

 

「そんな……私ずっと転けて、目立つのも苦手で、喜久川くんの足ばっかりひっぱって……」

「ううん、竜火さんが居てくれたから二人三脚ができるんだし。それにこんなに練習に付き合ってくれるじゃん」

「身長はたまたまだし……練習に付き合うのは普通のことだよ」

「その普通のことがありがたいって、竜火さんなら分かるでしょ」

 

 やめてほしい、体型はコンプレックスで、練習に付き合ったのも私の身勝手な同情や心配なのだ。

 感謝されることじゃない。

 けど、そんな気持ちとは裏腹に。

 あなたの言葉はするりと深いところへ潜っていく。

 助けになれた。

 それだけで恥ずかしかったはずの私を、私は好きになってしまう。

 この身体も、あの経験も無駄じゃなかったと。

 

「休憩終了! 竜火さん、体育祭をさ普通に──特別な一日にしよう」

 

 練習に誘う彼の手を取ってしまう。

 みんなの足を引っ張るのが嫌なだけだった体育祭。

 初めて勝ちたいって思えた。

 

 ドキドキが止まらないのは、運動のせいじゃない。




お久しぶりになります、よいお年を!


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アリマ様が体育祭を見てる

 体育祭当日。

 天候は問題なく快晴、クラスの雰囲気は非日常に少々浮わついて。

 

「絶対勝つぞぉおおおおおお!」

「おおーっ!!!!!」

 

 訂正、だいぶ熱せられている。

 開会式もまだな朝の教室だと言うのにギラついた視線は殺気とも言えるような鋭さを伴ってそれをぶつける獲物を探している。

 勝負事には何事もハングリー精神が重要だというのは同意だけれどもいささか行きすぎているような。

 

「まったく困ったもんだよね有馬……勝つのは私ただ一人なのに」

「ルールから間違えてるよ桜花さん、テストや受験と違って団体競技だからこれ」

「でもこの競技で活躍したら一躍みんなのアイドルなんだから気合いも入るってもんよ! 部活動以外の先輩や後輩は、普段絡みのない分アピールするチャンスなんだから」

 

 アイドル、文脈から転生前の世界にあわせるならヒーロー。

 異性の人数差が激しいこの世界だからこそ、か。

 鳳凰さんが以前口にしていた男女混合競技がやたら人気というのも、高校生としてのお祭り騒ぎの側面よりそちらの比率が大きいのだろう。

 

「新しいアイドルをみんな目指してるわけか、そりゃあこれだけの──殺気はおかしくない?」

「そりゃアイドル目指すなら目下のライバルが誰かと言えば」

 

 桜花さんの視線はまっすぐ俺に向かっている。

 どこか慈しんだような、こちらを哀れむような色の瞳。

 まさかと思えば、クラス中の視線もこちらに。

 

「み、みんな、仲間だよね俺たち……」

「もちろんだよ姫王子!」

「期待してるよ姫王子!」

「応援するからね姫王子!」

「絶対勝つからね姫王子、間違えた勝とうね姫王子!」

 

 笑顔。だが、獣のそれと同じようにまるで威嚇に見える。

 思えば、クラス対抗という結束するには充分すぎるイベントを一回行ったはずなのにクラスメイトの輪に入れていない時点で気づくべきだったのだ。

 あまり意識せずに過ごしていた、なんて言っていたが──そもそも俺がそんな風に過ごせていたことがおかしい。つまり、協力したはずの連帯感よりも強い抵抗というべきか、変わらないどころか増したであろうアイドルになった姫王子への嫉妬があったのだ。

 つまり今回の体育祭は、彼女らにとってリベンジ戦でもある。

 ハングリー精神が重要だとは思うけれども、それはやはり自分が獲物になっていない場合に限るのだ。

 

「どちらかというとみんなレイドバトルの気分だろうけどさ」

 

 その団結に加えて欲しいと思うのは、ワガママすぎるのだろうか。

 いつも盾に剣にと側にいる二人に今回ばかりは助けを求めたいところだが。

 

「金汰、普段は協力しているが……今日はどちらがお兄様に相応しい──アイドルになれるかの勝負だ」

「もちろん、僕だって最初からそのつもりだ」

「思えばお兄様と出会う前、君とは顔をあわせれば争うばかりだったな」

「そう? 僕はずっと仲良くしていると思ったんだけど」

「……まったく、調子が狂うことばかりを言う。盤外戦術だとしたら無駄だぞ」

「そんなつもりないって、分かりきってるでしょ」

 

 なんでそっちは清く正しい青春を送っているんだ。後ひどいこと言うようだけれど二人が活躍するのは少し厳しいと思うぞ。

 

 なんとも羨ましくそれぞれの団結を過ごす中。

 パートナーである竜火さんが一人だけ、ぼうっとしていたのが少し気になった。

 

 ──

 

 開会式は、おだやかに過ぎて。

 六つのクラス別のチームは運動場を囲むようにそれぞれの陣地で勝負の行方を激しく見守っていた。

 飛び交う言葉の内容は少々過激な発言のため伏せるが。

 

「もしかして私は鎌倉時代の戦場にでもいるんですか?」

 

 と、隣に座る香の台詞でなんとなく察していただければ幸いだ。

 なぜ香が隣にいるかについては、三学年合同のチームなので誰も彼も関係なく親しいもの同士で集まっているというわけだ。おかげでクラスにいるときよりも鋭い視線がこちらに突き刺さっていたが、流石に競技が始まればその敵意は他のクラスに向かって一安心だ。いや、先程の過激な応援と野次を考えればヒートアップしているのはよくないかもしれないが。

 

 ともかく、第一競技は100メートル走である。

 単純な競技であるためにどのクラスも陸上部等の走りに強い選手を代表に選出しているため、非常に見応えのある白熱した争いが繰り広げられている。

 

 クラスで競技を決める際に俺がこの第一競技に出るという案もあった。実際、去年は出て一位を取ったのだ。

 しかし運動が得意な俺だけれど、それは十分にできるというだけで万能なわけじゃない。当然のことだが、部活動でのエースや競技のスペシャリストには負けたりもする。一位を取ったのだって、争ったのがまだ発展途上の一年生だからこそ勝てたに過ぎない。

 二年生の今では流石に分が悪いと、そういう判断なわけだが。

 

 現在、おそらく一年生の時に破ったであろう彼女から睨まれているのをどうすればいいだろう。

 

 我らがF組が位置するのはスタート側、つまり待機列に非常に近い。

 一年生から順に走るので、そろそろうちらの出番だろうとそちらに注目すると誰かを探してキョロキョロと見回している他クラスの生徒と思わず視線が合ったのだ。

 名も知らぬ彼女は少し驚いた後、まるで裏切りを咎めるような顔で睨み付けてきたのだ。

 そんな態度を見れば流石に分かる、彼女は俺と再び勝負をするのを──勝つのを目標に今年もこの競技を選んだのだろう。

 まさか体育祭がここまでの熱意が渦巻いているのすら気づいてなかった俺なのだ。あの時確かに生まれた勝負の縁、なんてものに気づけるはずもない。せめて当日までに何か話しかけてくれ。

 

 しかし、期待や覚悟を裏切ってしまったのは申し訳ないという気持ちも勿論ある。転生前もノリが悪いと言われていのだ、今は意識的にそういうことに馴染もうとしているし、応えたいと思っている。

 まあ今から出場競技の変更なんていうのはそれだけの理由では流石に無理なのだが。なによりうちの代表に悪いし。

 となると、せめて代表を全力で応援をすることで共に戦うとしよう。

 

「頑張ってね! 向日葵さん!」

「え、姫王子!?」

 

 というわけで待機列に並ぶ向日葵さん──よく桜花さんと共に行動している友人──に話しかける。

 なぜだか相手の負の感情が強まった様に思えるが、言葉を続けて分かってもらうしかないだろう。

 

「絶対に一位取れるって信じてる。頼りないと思うけど、俺も一緒に走ってる気持ちになって応援するから」

「いきなりなんでそんなに!? いっとくけど私陸上部でもザコの方だからね!」

「大丈夫、落ち着けば絶対にいつも以上の力を発揮できるから」

「だからいきなり話しかけられて落ち着かないんだっての! 後あんたの周りの視線が怖いんだけど!」

「みんなも応援しよう、向日葵さんの勝利を! せっかくの体育祭なんだから、その方が楽しいでしょ!」

 

 今まで周りの過激な応援に声を出していなかった男子達だが、俺の提案で向日葵さんに思い思い言葉をかけるようになる。

 埋もれれば潰されるようなその暖かい声援も、集っていれば存在感があり、他とは毛色の違う明るいそれは人の気持ちを動かす力があるだろう。

 

「こんなに男子達に注目されたの初めてかも……なんだか私、やれるかもしれない!」

「ファイト、向日葵さん」

 

 俺は最後の激励としてハイタッチをしようと手を広げたが。

 

「う、うん……その、ありがとう姫王子」

 

 なぜだか向日葵さんは手をもじもじと重ねてきた。

 いや、モチベーションが高まればそれでいいのだけれど。

 

 と、勝手ながら想いをのせた向日葵さんは、なぜだろうかそれを上回る殺意を背負い込んだ例の女子に負け、惜しくも二位になってしまった。

 

「ああー! アイドルになるチャンスだったのにー!!!!!」

 

 悔しがる向日葵さんには少々申し訳ないことをしたかもしれないが、これ以降男子達による応援が強烈なバフとなったのか第一競技の得点はF組がわずかにリードして終わることになった。




お待たせしましたの体育祭スタートです。


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アリマ様が借り物競走を見てる

「さあ第三競技、大玉転がしの結果が反映されました! 総得点数一位はA組! 残念ながらここまでリードを保ってきたF組は首位から落ちることに」

「まだまだ体育祭は前半戦、最下位から追い上げるB組をみても点差は大きく開いていません。どの組も油断できない状況が続きます」

「そんなところでお次の競技は『借り物競走』! 走る力は当然ながら、楽なお題を引き当てる運から、見つけるための洞察力や記憶力、借り物をする交渉力が必要となります!」

「なんといってもウチの体育祭は六チーム対抗、確率的に言えば他チームが持っている方が見つかりやすいワケで。場合によっては自分のチームには該当者がいないお題だってありますね」

 

 放送部二人の話に隣の香は眉を潜める。

 

「お兄様、これってもしかして()()()()()()が成立しません?」

「香の言う通りだよ。下位の組同士が互いに借り物を渡しあい、そして上位の組には渡さない。これを徹底すれば協力している組からゴールしやすく、狙われた組は必然的に点数の低い下の順位になりやすい。逆に上位の組は先にお題を受け取った後は裏切った方が得だから協力が成立しない」

「複数チームの体育祭ってだけでこんなことになるんですね……でも勝てれば大幅なリードになる」

「そういうことだね、だけど去年通りなら難しいだろうなあ」

 

 何か他にあるのかと首をかしげてこちらを見る香。

 周囲の三年生男子も口々に「運の勝負ですからね」「うまくこの中にいればいいんだけど」と二年経験してる分弱気だ。

 

「あの、なんかみなさん反応おかしくありません? 確かに運の比率が強いでしょうけど、チームを組んでないと厳しい──なんて偏りが激しいお題なんて設定する方が難しいような」

「いや、あるんだよ。しかもF組は確定で不利なお題がね」

 

 目の前で第一陣がさっそく出発する。

 第一競技と比べると足の早さにずいぶん差があるのもこの競技の特徴だろう。

 先頭はA組、リードを得るための賭けに出たな。

 彼女はお題を見て顔を歪めた後、チームに向かって大声で叫ぶ。

 

「お題は──野球部所属の……男子!」

 

 A組所属の男子は全員手と顔を横に振っている。否定。これは最下位決定だろう。

 

「アリなんですかアレ!? 野球部のマネージャーやってるのはC組に二人、E組に一人ですよ!」

「男子生徒は圧倒的に数が少ないからね、難易度調整に便利なんだ。もちろん全部じゃない、特に──あそこまで狭い、部活動指定のやつは大ハズレってやつ」

 

 しかしA組は諦めなかったのか一度自陣へと戻っていく、こちらからは遠すぎて様子が伺えない。そこへ放送部の実況が。

 

「クラスメイトから目当ての人物を聞き出したA組走者は食券十食分で交渉にのぞみます──が、残念ながらぷいっと可愛らしく顔を背けられてしまいました」

「疑似的ながら振られたような気持ちになるのでメンタルも必要な競技になっています」

 

 食券十枚は魅力的だ、俺なら了承するだろう。

 

「それに最終的には本人意思が重要だからあんな風な交渉も行われる」

「交渉というか懇願じゃないですか、断られた人泣いてましたよ」

「この難易度のせいか、断られなかったら惚れられたという相談が去年は多くて」

「女子って本当に……」

 

 いや、同じ立場なら俺でも惚れると思う。人は優しさに弱いのだ。

 さて、わずかだが男子の数が少ない我らがF組はいったいどんなお題なんだろうか。そもそも走者は誰だったか。

 

「お兄様見てください、白銀さんがようやくお題にたどり着いたみたいですよ」

「ただでさえ少ない男子(お題)が!」

 

 なんでこんなことになっているのか、委員長に聞いてみようとしたところすでに女子達に囲まれており、叫び声が中心から聞こえてくる。

 

「いや本当はうちらも出遅れ組の予想だったんだって! 周りの組は当然女子ばっかりだから自動的に優しくされてポイント優先されるじゃん! あんたら頑張りすぎなの!」

 

 もみくちゃにされている委員長の真意は分かった、これ俺のせいだな。

 

「というかお兄様、次の走者金汰さんですよ」

「二枠はバクチすぎる!」

 

 これはせめて楽なお題を引いて貰わなければA組より点数が落ちかねない。頑張れ白銀。

 

「──っ!」

「駄目だ白銀声出てない」

「走ってる姿が動物とかよりも蒟蒻に例えられるような人ですからね……待っててください」

 

 香は席から立つと一年生の座る席へと移動、女子と少し話すと双眼鏡を持ってきた。

 

「それでお題を確認できる! たまたま香のクラスメイトが持ってて助かったよ」

「いやたまたまじゃないですよ、汗ばむ男子を見たいだとか言って高いのこっそり準備してたんです。少し話して(脅して)持ってきました」

 

 どうして香は女子がこっそり準備していたそれを知っていたのかは気になるところだが──いや、もしかしてそんな女子多いのか? 気になってうちのクラスを振り替えるとあわてて何かを隠す素振りを見せるものが数名──いや、それよりも今はお題だ。

 確認に移っていた香の口から出たのはあまりいい返事ではなかった。

 

「……厳しいですね、少なくとも私は無理です。お題は『バク転ができる男子』、体操部所属はF組にいなかったはず……」

「それなら俺できるから行ってくるよ」

「お兄様ができれば助かるんで──行ってらっしゃいませ」

 

 幸いなことにまだ誰もゴールまではたどり着いていない。一試合目で下位の合同グループもまだ手間取っているのだろう。

 この間に一位でゴールできれば総得点で大きく差をつけることができる。

 

「お待たせ白銀」

「すいませんお兄様、まだちょっと呼吸が……」

 

 普段なら優しく待つところだが、今日は強引にいかせてもらう。

 

「白銀、俺を信じて──()()()

「あの何を……ってうわっ!」

 

 白銀を抱き抱えてそのまま走る。所謂お姫様抱っこというやつだ。おんぶでもよかったかもしれないが、白銀が背中にしがみつき続ける体力が無いだろうし。

 

「お兄様──」

「大丈夫、白銀はじっとしてて」

「──はい」

 

 慌てたように他の走者も各陣地から出てくる。しかし、当たり前の話をするが、二人で走るより一人で走る方が速いのだ。

 

「おおっとF組走者はなんとお題の相手である姫王子に『王子様抱っこ』で運んで貰っています! なんて羨ましい! 男子達からは黄色い悲鳴が上がっております!」

「他の女子は真似しようにも勇気が足りないのかはたまた信頼度の問題か、同じようにして速度を上げることはできません。これは二重の敗北を植え付けられることでしょう」

「というかあれを素面でできるの流石ですね、対して運ばれてる男子顔真っ赤ですよ」

「でも幸せそうですね」

「うるさいですよ放送席!」

 

 直前で白銀がキレるという場面もあったが。問題なくゴール。

 

「ではお題の確認を……『バク転ができる男子』ですが」

 

 その場でくるっと一回転。

 したところなぜか判定員と白銀に驚いた顔で見られる。

 

「あの、それはバク宙では?」

「……間違えた」

 

 仕切り直して正しくバク転をする。

 

「しかもあの運動神経ですよ。勝てませんね」

「その上間違えるというあざとさも重ねてますよ、なんでお題なのに走者以上に目立ってるんですかね、一位でF組がゴールです」

「うるさい放送席!」

 

 最後は失敗してしまったが、無事一位でゴール。

 他のを見届けた後、席へ戻り男子達からの労いと女子達からの妬み混じりの感謝を受ける。

 

「お兄様は運動神経が良いのは知ってましたが、まさかあんなことまで出来るなんて思わなかったです」

 

 まあ転生したからには、出来なかったことを色々やりたくなってしまうもので。バク転、バク宙はそういった様々なことの内の一つだ。

 こういうのは幼い頃に修めておくと身体が大きくなっても使えるから積極的に練習を重ねた。

 

「思わぬ一位で少しは余裕が出来たね、金汰のお題もできるのだったら嬉しいけど」

「あの人も走り方が生き物に例えにくい方ですね……なんだろう、かんぴょう? お題は……『男子二人』。あのお兄様、いきなり抱えるのはかまいませんがこれは所謂『ファイヤーウーマンズキャリー』というやつで先程のような王子様抱っこ速い! 速い! これ怖いですこの視点!」

 

 二人を抱えてのゴールが放送席に先程より弄られたのは言うまでもない。




最後のはファイヤーマンズキャリーで検索。
たまには終始男子とのイチャイチャ、姫王子なので。


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