宇宙開発企業なんですけど!? (明田川)
しおりを挟む

1962年〜
第一話 BETA来襲


マブラヴアニメ最新話を見たので

追記
加筆しました。


 

 

 地球と月の重力が均衡となる場所、ラグランジュポイント。そこには宇宙開発競争が始まって以来躍進を続けるある企業の大型宇宙港があった。宇宙港の入り口には大きく「秋津島開発」と文字が書かれているが、それは無論彼らのことだ。

 

「んー、地球を見ながら飲むお茶は美味いな…」

 

「それ一杯で幾らするんだか」

 

 秋津島開発の社長が青い宝石と称される地球を窓から見ながらパックに入った緑茶を啜っていたが、それを秘書が冗談交じりに冷やかした。

 

「やめろやめろ、味が分からなくなる」

 

 月面基地の建設もひと段落し、連日行われていた物資輸送も維持管理用の物資に絞られたことで行き交う宇宙船の数も落ち着きを取り戻した。それでも拡張されたばかりで使い勝手に慣れない各所の宇宙港は平時の業務でも大変そうなようだが、うれしい悲鳴というヤツだ。

 

「イカロス1建造用の大型MMU、ウチのが採用されそうですね」

 

「だろぉ?」

 

 太陽系の外を観測するという人類の夢を載せた無人探索機建造は遅れに遅れていた、その対策としてMMU、つまるところ作業機械の更新と大型化が承認されたのだ。

世界中の資本が集まる宇宙開発事業は様々な技術革新を起こし、宇宙に飛び立ったばかりの頃と比べると人類は遥かに進歩していた。

 

「高速で飛来するデブリをものともしない新素材、太陽からの電磁波を受けても動作する各種センサ、思考を読み取ることで動作の柔軟性を格段に向上させた操縦系統…会心の出来だったからな!」

 

「ウチのだけ頭一つ抜けてましたね、米国の連中ぽかんとしてましたよ」

 

「してやったりだな、まあスーパーカーボンは完全に先を越されたが…」

 

 思考制御を行うという観点から人型にせざるを得なかったが、それでも十二分な性能を発揮してくれた。無重力で重心把握に慣れた宇宙飛行士であればこの機体への習熟訓練は短くて済むことが分かっており、テストパイロットに困らないためか開発はスムーズに進行中だ。

 

「宇宙軍の連中もウチのMMU、欲しがってるみたいですよ」

 

「軍用か、彼らにはもしもの時に宇宙人と戦ってもらう必要があるしなぁ…」

 

 実をいうと目の前に浮かぶ地球では核兵器まで使用された第二次世界大戦が終わったばかりであり、宇宙開発で湧く裏側には政治的な思惑も大いにある。

それでも人類の進歩に直結する計画に参加できていることは名誉なことだ、このまま争いが起こらないほど広大な土地と資源が手に入れば良いのだが…

 

「宇宙人っていうとアレですか、火星で見つかったヤツ」

 

「探査機が壊れなきゃあ色々と分かっていたのかもな」

 

 人間と何処か似ているような風貌の宇宙生物が一瞬映っていたその映像は、宇宙開発を行うもの達の間で密かに話題になっていた。

 

 

 あれから5年、何やら火星の宇宙人に関して研究が進められていた頃のこと。

月面で火星同様の生命体と遭遇、結果死者が出てしまった。

 

「…は?」

 

「で、ですから!宇宙生物が人を襲ったんです!」

 

「べ、BETAじゃんか、サクロボスコ事件ってことじゃん」

 

「そうです、サクロボスコクレーターで発生した事件でして…」

 

 その時思い出したのだ、この世界へと来た経緯を。

クソッタレな現実を直視せざるを得ない知識と共に。

 

『君さ、夢のある仕事好き?』

 

「ええ、まあ…」

 

 自分は死んだ後、訳あって死後の世界に留まっていた。目の前の白いとしか形容出来ない神を名乗る人物に転生することが告げられていたからだ。

 

『ならさ、あいとゆうきのおとぎばなしとかは?』

 

「いや何をおっしゃっているのかさっぱりでして」

 

 神はニヤリと笑い、何かを投げ渡して来た。それは光り輝いており、触っても重さは感じなかった。確かにそこには存在する筈なのだが、重さという概念を持っていないかのような感覚だ。

 

『それは君が世界の流れを変えるための力』

 

「は、はぁ」

 

『戦う相手はBETAだけじゃない、頑張ってね』

 

「ちょっ!?BETAってまさかあの…」

 

 記憶はここまでだ、それ以降は転生時の会話を忘れて知識チートで楽しく人生を謳歌していた先程までの自分が鮮明に思い出せる。馬鹿みたいだ、このままでは頑張って作り上げた月面基地が陥落してしまう。

だが打てる手はある、思い出していなかったにしろ過去の自分が行なって来たことは無駄ではなかったのだから。

 

「開発班を呼べ、怪物退治には武器がいる」

 




戦術機の始祖、開発開始。

アイキャッチ兼表紙

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 月面戦争

月面の軍備は原作通りですが、秋津島開発の頑張りによって兵站は強化されています。

追記
加筆しました


「我が社のMMUは宇宙軍への納入も行われた高性能機であることは確かに誇りに思っています、ですが社長」

 

「どうした」

 

「純戦闘用のMMUを作れとはどういったことなんです?」

 

開発班と私で囲むテーブルには今までのMMUとは違い戦闘用として新規に設計された機体の完成予想図があった。低重力下で敵BETAと戦うため、現在月面で運用可能な範囲の性能で設計してある。

 

「武装は手持ち式の機関砲一門、固定式の機関銃一丁、ナイフ一つだ」

 

「…これで何をするってんです?」

 

「決まってるだろ、化け物を入植地から追い出すのさ」

 

サクロボスコ事件時に犠牲者のカメラで撮影されていた闘士級、火星探査機が通信途絶ギリギリに撮影していた戦車級の資料を取り出して開発班に見せた。

闘士級と戦車級は共に2〜3mほどの身長を持つことが周囲との比較で分かっている。

 

「人を襲う以上対抗策は必要だ。それにこれは宇宙軍から回って来た話でもある、向こうもなりふり構っていられないらしい」

 

未だ詳細が明らかになっていない以上大きく動くことは出来ない、そこで秘密裏に提案が回って来たのだ。杞憂で済めばいいのだが、まあ済まないだろう。

 

「この姿勢制御用の推進器を腰部に集約するアイデア、良さそうですね」

 

「…どれどれ」

 

異形の化け物を見せられて思うところがあったのか、技術者達は設計図に目を通し始めた。特に腰部に大型推進器を搭載することで、機体各所に装備せねばならなかった姿勢制御用のスラスターを大きく減らしたことが注目されたようだ。

 

「推進剤タンクも分散しなくて済む、それに大型MMUを月面で飛ばすならある程度の推力が必要だしな」

 

「スーパーカーボンと新素材の併用で重量をもっと軽く出来ませんかね?」

 

「機体のセンサ配置は確かに合理的だが、もう少し調整出来そうだな」

 

試作機を作るのにそう時間は要らない、ラグランジュポイントの造船ドックに運び込まれた3Dプリンターで部品が次々と製造されていく。

 

「取り敢えず設計図通りの試作機が完成するのはドックのプリンターを全力稼働させて5日後ですね」

 

「ここで全て作るのはコストが掛かりすぎる、地球で生産して宇宙で組み上げるのが理想だな」

 

この直ぐ後に米国が始めたNCAF-X計画に秋津島開発は参加、対BETA用大型MMUの開発製造を担っていくことになる。

 

 

「…相当不味いな」

 

「やはり戦況はよろしくないようですね」

 

各国が躍起になって整えた宇宙環境だが、それでもBETAの物量に勝ることは出来ていない。

様々な試作兵器が投入され、未だ戦い方を模索している最中だ。

 

「ですが我が社のMMU、彗星の評判は良いみたいですね」

 

「NCAF-X計画の試作機はまだ投入出来てないが、我が社単独で生産ラインを既に整えてある彗星は30機が戦地に入ってるからな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

BETAに対して有効な三次元戦闘を行える上に20mm機関砲という人間には扱えない大口径砲を持つ彗星は圧倒的なキルレシオを叩き出しているらしい。

 

「それでも機数は足りないようですね、次の納入はいつだとせっつかれてますよ」

 

「彼らは人類の盾だ、出来る限りの支援は必ず送る」

 

そこに社員の一人が書類の束を持って現れた、紙には要望書と書かれている。

 

「社長、月面からの要望が届きました」

 

「…本気だな、なりふり構っていられないのは何処も同じか」

 

我が社が製造していた月面用の多脚重機に兵器を搭載して戦力化する提案、地上で多用されている榴弾砲の砲弾をそのまま使用可能な自走砲の要求、彗星により高火力な砲を搭載し突撃級や要撃級への打撃力を増す案などがあった。

 

「やっぱり火力が足りないか、月面の低重力が足を引っ張るとはな」

 

月への兵站は原作と比べて2倍ほどの輸送能力を持つが、地上から打ち上げられるのはマスドライバーを用いたカーゴが殆どであり、その規格では大型の戦闘車両は輸送できなかったのだ。

 

「20mm弾では威力不足だと言われてますよ」

 

「これ以上大口径化すれば反動で転ぶぞ、デカいのを載せりゃいいって話じゃあない」

 

早くも問題が浮上していた、低重力下で20mm砲を運用している時点で相当無理をしているためこれ以上は機体側が持たない。

そもそも三次元戦闘が可能なラインギリギリで重武装化を行っているのだ、射撃性能で言えば固定用のスパイクを持ち、20mmよりも反動が少ない17mm機関砲を採用したNCAF-Xの試作機の方が良いほどだ。

 

「大型化した無反動砲あたりを投入するしかなさそうですね」

 

「自走砲の方も中々難題だな、正直あの多脚重機じゃ反動を何度も受けきれん」

 

開発班にも既に同様の書類が渡されているらしい、今はNCAF-X計画の方とも擦り合わせを行いつつ戦力の拡充と戦線の構築を行っていくしかなさそうだ。

 

「装甲駆逐艦の月往来能力が条約で禁止されていなければ…」

 

「無いものねだりをしても仕方ない、それは米国の開発チームが追加装備でなんとかしようとしているようだが何年かかるか分からん」

 

BETAは月面であろうとパフォーマンスを落とさない、圧倒的な物量差を相手にして僅か30機の彗星では大局を変えることは出来ないだろう。しかし2年前倒しで投入されたパワードスーツの系譜を継ぐハーディマンは大きな戦果を上げつつあり、今すぐ撤退を強いられるような状況では無いことは確かだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 戦術機開発の第一歩

MMUがやっと戦術機へと進化します。

追記
ルナチタニウム周りの解説を入れ忘れてました、すみません。

追々記
加筆しました



 

 

ラグランジュポイントの秋津島開発宇宙港、その応接室にて米国からの使者と社長が対面していた。議題は無論BETAとMMUについてだ。

 

「NCAF-X計画は月面の状況を鑑みて、1G環境下で動作する対BETA用MMUの開発に舵を切りました」

 

「…そうですか、やはりそうなると思っていましたが」

 

「既に米国政府は他の対BETA兵器の開発計画を中断させ、それにより生まれた余剰資金を全てこの計画に集中させています」

 

手渡された今期の資金援助額は桁が一つ違っていた、その上に今までは米国企業で無いのに特例で参加させて貰っていたという立場だったため受けられなかった幾つかの情報提供が確約されている。

 

「ダイダロス計画で採用された大型MMUと月面で希望の星となった彗星を作り出した貴社の技術力、本邦も高く評価しているようです」

 

「…」

 

「頂いた設計図と実機からこちらでも生産を始めることが出来ましたし、月面への供給機体数は大きく増やすことが出来るでしょう」

 

月面は遅滞戦闘を続け撤退を視野に入れつつ時間稼ぎ、その間に地上で迎え撃てる戦力を整える。それが米国の戦略なのだろう、確かに幾ら月面で戦おうともジリ貧なのは確かだ。

 

「来月には月面仕様機を地上仕様に変更するための試作機がエリア51に入ります、急拵えにも程がありますが…」

 

「分かりました、こちらも出来る限り早く用意します」

 

「お願いしますね」

 

貰った資料の中で秘匿性が高いものは金庫に入れ、後の書類を持って開発班の元に行く。

やはり月面との連携を取るために滞在していたラグランジュポイントからは離れざるを得ないだろう、地上の彗星製造ラインは完成した上に現地での改修は粗方終わったので大きな問題は無い筈だ。

 

「で、話し合いはどうでしたか」

 

「我々は地上に降りなければならないようだ、彗星を1G下の陸戦兵器として生まれ変わらせる必要がある」

 

「…マジですか、では月面は?」

 

「遅滞戦闘に留める、そのために米国企業製の彗星が投入されるらしい」

 

他国に量産を任せることが出来たのは大きい、自社の生産ラインは地上仕様機のために改造しても良くなるのだ。

 

「取り敢えず私は次世代機の設計図を今から仕上げる、そっちは社員を地上に下ろす準備を頼む」

 

「了解です、時間になればお呼びしますね」

 

この世界で秋津島開発が躍進を遂げられたのは自称神から与えられた技能のお陰だ、作ろうと思ったものを実際に作れる範囲内で設計図に起こすことが出来る。強度計算や重心など様々な箇所も全て自動、だが完璧な状態では無いので専門のチームが問題のある箇所を改修する必要がある。

 

「集中されるようですし、暫く部屋への立ち入りはやめておくよう言っておきましょうか?」

 

本来宇宙で様々な部品を製造するために設計した金属3Dプリンターが予想以上の性能を持っていたため、書いたばかりの設計図から試作機を作るのに1週間とかからない。

圧倒的な製品実用化の速度、これが一番の武器だ。

 

「ああ、頼んだぞ」

 

BETAとの激戦で主力を担うことになる未来の戦術機をイメージし、PCの前に座った。原作通りの道を辿らせはしない、一人でも多くの人が母国を失わなくても良いようにするのだ。

 

 

地球、米国エリア51の試験場併設格納庫にて。

秋津島開発に貸し出された区画には二機のMMUが配置され、試験場での稼働に向けての最終チェックが行われている。

 

「アレが彗星か?」

 

「いや、2機もあるぞ…」

 

計画の関係者がざわつき、その目線の先にはやけに細身な機体が立っていた。より人型に近く、腰部には彗星よりも大型化された推進器が左右に二つ搭載されている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

しかし社員達は周囲の雑音など聞こえていないという態度であり、計画の上層部に提供しなければならない各種技術の資料に目を通していた。

秋津島開発が宇宙事業で培ったものを全て公開するほどの量と範囲を持つ紙の束は、大きく機密と判子が押されている。

 

「結局新素材の命名は揉めましたね、なんなんですかルナチタニウムって」

 

「月面基地の協力あっての代物だったからな、あやかったのさ」

 

本来のルナチタニウムからは名前を借りただけだ、この新素材は普通に機材さえあれば地球でも製造できる。まだ自社の研究施設が宇宙に存在しなかったころ、月面基地に受けた恩を忘れないようにとこの名前にした。

 

「成る程、月で採れるというわけでもないので疑問だったんですよ」

 

「まあ趣味だがな」

 

「でしょうね、MMUに変な名前付けようとしたこともありましたし」

 

今まで新素材と社内で呼ばれていたルナチタニウムは軽量かつ強靭であり、大型デブリの衝突にも耐えた信頼ある物質だ。BETAの打撃を耐えられる…場合もあるこの装甲は、主にコックピットや被弾の多い肩部に使用される。

 

「何はともあれ彗星が多く生還できたのはコイツのお陰さ、開発中の樹脂素材とも相性は悪くなさそうだ」

 

「スターライト樹脂ですか、鉄かそれ以上の強度を出すという」

 

「BETAは簡単に噛み千切るけどな、アイツらどうなってんだ」

 

彗星は装甲全てにルナチタニウム系の素材を使用しているが、二型ではより軽量な樹脂素材が多用され軽量化を果たしている。といっても試験機であるため、装甲の代わりに同重量の鉄板とフレームが配置されているのだが。

 

「それにしても彗星二型の方、なんとか次の試験に間に合いましたね」

 

「NCAF-X計画のメインメンバーになったからな、結果を出さないわけにはいかん」

 

彗星二型は未来の衛士が見れば第二世代戦術機のようだと言うに違いない。

しかし問題は人命軽視だと思われないかどうかだ、未来で機動性を重視せざるを得なくなった大きな理由の一つ、人類の制空権を奪った光線級BETAは未だこの世界には存在しないのだから。

 

「ちょっと軽くしすぎましたかね」

 

「どうだかな、機動性を重視するとこうなるんだが」

 

光線級は地球侵攻で新たに生み出されることになるBETAであり、命中率が100%の上、超高威力なレーザーを12秒に一回撃ってくるという化け物対空砲である。これにより人類はすべての航空戦力をBETAに対して使用出来なくなる。未来で戦術機が完全に主力兵器となった要因の一つだ。

 

「特に脚部は燃料タンクと駆動系が大きいからな、装甲に割ける容積があまり多くなかった」

 

「まあBETAの打撃は強力無比ですからねぇ…装甲が分厚くても当たりどころによりますよ」

 

NCAF-X計画の概念実証機であるYSF4H-1が試験地へと運ばれる中、未だ上手くやれているかを実感出来ずにいた。

無理矢理意見を通して二型のコックピットにはレーザー対策として耐熱性に優れる大気圏投入殻と同じ素材を採用したり、耐熱コーティングを施してはあるが頭の中で計算すると耐えられて3.5秒だ。咄嗟に回避を行うには心許ない時間である。

 

「まだまだ未熟だな…」

 

大気圏突入時とはまた違う、レーザーによって瞬間的に与えられる膨大な熱量に耐えうる素材を作るのには基礎が足りていない、頭の中で作り方を割り出せても作る技術がこの世界にまだ存在しないのだ。実はルナチタニウムも宇宙で細心の注意を図りつつ製造しなければ本来の性能を出せない欠陥素材であり、地上で作れば性能は6割か7割にまで落ちるだろう。

 

「社長の目標はどのラインなんですか、何をそこまで悩んでいるのか私には分かりかねますよ」

 

「いや、もっと上を目指せたかもしれないと思っただけだ」

 

BETAが進行してくる前に彗星の次世代機に相当する機体を量産体制に移行させる、これが今現在の目標だが達成にはあと5年はかかる。しかし今は1970年、原作で地球侵攻が始まったのは1973年と考えると時間が足りない。

 

「…もっと早く記憶が取り戻せていれば」

 

月面基地が幾ら踏ん張ろうとも地球侵攻を遅らせることは難しいだろう、それはBETAの行動パターンを思い出せば分かることだった。

奴らはハイヴと呼ばれる巣を建造し、その巣が一定の規模になると周囲の惑星にBETAを送り込んだり採掘した資源を何処かに打ち出したりする。つまり月面にあるBETAの巣を破壊しない限り地球侵攻を遅らせることは難しいのだ、勿論月での奮闘の結果作業に従事するBETAが減って結果的に遅れが生じる可能性もあるかもしれないが…

 

「社長、我が社の試験は次ですよ」

 

「分かった、出発の準備を!」

 

兎に角、今は米国の流れに乗って対BETA兵器を完成させなければならない。

これから先を見据えるためにも、今は基礎研究と実機でのトライアンドエラーが必要なのだ。

完全無欠の最強兵器がポンと生み出せれば苦労は無かったのだが、そうはいかないようだ。

 




誤字報告助かります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 跳躍ユニットの前身

 

エリア51、試験場にて。

 

「…うーん、やっぱり地球は重たいですねぇ」

 

「だな、まあ軽快な方だと思うが」

 

運び込まれた彗星が大気圏内用に換装されたエンジンを吹かすが、推力が足りておらず月面のように飛ぶことは出来ない。しかし補助的には使えるようで、歩行を重視した脚部形状も相まって速度は地上でもそれなりだ。

特に胸部左右に取り付けられていた姿勢制御用のフライホイールユニットを取り外すことが出来たため、かなり見た目の印象は変わっており軽量化も果たせた。

 

「20mmの方も中々良い具合みたいですね、元々地上用でしたし」

 

「そうだな、陸戦用に調整した火器管制システムとセンサもエラーを吐いてない」

 

重力が増したことで銃の反動を受けてもバランスを崩さないようになり、射撃精度は月面の比ではない。用意された標的を20mm弾で次々と射抜いていくが、時折機体がぐらつくように見える。

 

「…サスペンションと駆動系が性能不足だな、幾ら要求性能よりも余分に見積もっても月面用だからな」

 

「ウチのテストパイロットも月面状況下で操縦に慣れてますから、地上での動作に慣れきってないのも原因だと思いますけどねぇ」

 

「仕方ない、準備期間一か月の飛び入り参加だからな」

 

多少の動作不全が見られたものの、検査項目自体は問題なく終えることが出来た。

成績で言えばYSF4H-1の少し上と言ったところか、月面で見せた性能差をあまり見せられなかった結果に終わった。恐らく彗星の製造から多くのことを学ばれたようだ、月面に送られた機体とは格が違うように思える。

しかし腰部の推進器は調整中のようで、あまり使っているところを見ることは出来なかった。

 

「まあ次が本命、頑張ってくれよ二型」

 

「アレもう彗星じゃあないですよね、新規設計ですし」

 

「…ネームバリューを考えると、どうしてもな」

 

試験場に立つ彗星二型は、2機とは明らかに違う洗練されたシルエットを見せつける。腰部の推進機関は航空機用のジェットエンジンが収められており、瞬発性には欠けるものの燃費と推力に関しては月面用の2機とは比べ物にならない。

 

「この腰部推進ユニットなら生み出される移動能力と跳躍力、装甲を削り軽くした総重量と陸戦のためにトルクを増した駆動系から生み出される機動性は対BETAで命綱になる」

 

「あー、突撃級の移動速度ですか」

 

「そうだ、奴らは地上だと150から170kmの速度で移動するという試算結果が出てる」

 

「…それヤバくないですか、今の地上戦力で逃げ切れるの居ないんじゃあ」

 

「だから跳び越える、背中は脆いし合理的だろ?」

 

手に持つ20mm機関砲は彗星と同型だが、弾倉を持ち手より後ろに配置することで全長を短く抑えている。

 

「色々と働きかけて正式採用される新型兵器用の機関砲は36mmになりそうだ、アレなら威力不足にも悩まされずに済みそうだが、どんな形状になるかは分からんな」

 

「ウチのは普通の機関砲にガワを被せただけですから、専用の物が出来るなら大歓迎ですよ」

 

段差をものともせず、自慢の脚力で試験場を駆ける。

脚部可動域が広いため、足を大きく開く歩行動作に関してのエネルギー効率は前世代機を大きく上回る。

 

「だがバランスが悪いな、多少設計を変えたとはいえ航空機用のエンジンを転用するのは無理があったか」

 

「しかも二基ですからね、減らした分の重量と増えた分でトントンですよ」

 

その大出力は空力をあまり考慮出来ていない二型ですら飛行を可能とするほどだ、有り合わせの材料で作ったにしては優秀だがいかんせん重過ぎた。

 

「…もっとフレキシブルに動くと良いんですが、それには軽量化が必須ですよねえ」

 

「だな、それはこれからだ」

 

二型の性能は上層部に認められ、新型機の独立可動する推進器の開発が本格的に進められることになった。推進器の搭載は元々考えられていたが、二型と同じような形で搭載する方向で設計を進めるらしい。

 

 しかし機体の装甲をあまりにも薄くすることは認められず、開発が進む中で形になっていったのは原作どおりの姿をしたF-4だった。その拡張性の高さから登場から常に主力を担っていたというほどの傑作機で、なんとか原作と同じ1974年までに米国への配備が始まりそうな所にまで漕ぎつけた。

結果として原作より早く戦術機を完成させることは出来なかったが、性能の向上と最低限の光線級対策は行えた。それよりも大事なのは彗星二型が示した第二世代機への道だ、これがあれば1982年にまで現れない第二世代機を70年代中に完成させることが出来る。

 

巻き返しはここからだ、そのためにも次世代の対BETA兵器を欲する日本を利用しなければならない。ユーラシア大陸での激戦を黙って見る気は毛頭ない、出来ることはさせてもらう。

 




結末を変えるのはそう簡単では無いようです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1970年〜
第五話 日本帝国軍


この世界でF-4ショックは起こるのか否か

追記
隼のデザイン画を変更しました。


日本帝国軍は対BETA用の新兵器、所謂戦術機を欲しがっていた。アメリカからのF-4購入の打診を受け導入を決定したが、やはり自国生産を行うための下地を整えなければ次へと繋げることができない。

 

そこで招集されたのはF-4開発に深く関わった自国企業である秋津島開発だ、F-4のライセンス生産を踏み台に独自設計の国産機を作るためには不可欠な要素だった。呼び出された秋津島開発はライセンス生産の協力を二つ返事で了承した後、あるプランを帝国に提案した。それはF-4を超える性能を持つ高機動戦術機の開発と運用という、彼らの期待を大きく上回るものだった。

 

「F-4を超える戦術機って、隼のことですか」

 

「彗星二型の理想像だ、やっと完成した」

 

 

【挿絵表示】

 

 

実戦投入可能なまでになった世界初の第二世代機は未だ日の目を浴びずに居た。というかF-4の開発完了後、秋津島開発は計画から切り離されたのだ。

本来なら独占したかった戦術機の開発ノウハウだが、人類の危機という未曾有の状況下では手放さざるを得なかった。各国はライセンス生産を糧にゆくゆくは自国で戦術機を作り上げてしまうだろう。

 

そのため米国はF-4以降の戦術機開発を完全に自国内で行うことにし、F-4開発で培った技術の差がある内に他を突き放そうとしたのだ。その結果秋津島開発はあらゆる研究資料やら情報やらをむしり取られた上で米国から追放された、まあ元からかなり不安定な立ち位置であったし仕方ないとは思っている。

 

「F-4はポテンシャルはあるが、それでも最強な訳じゃあない」

 

「BETA相手に役立たずの装甲があるだけデッドウェイトですからねぇ」

 

重要部にルナチタニウムを使えば近接戦で一発貰っても即死しないかもしれない程度には剛性を保てる筈だ、それは米国も分かっていたからこそF-4の正面装甲には同じ材質が使用されている。だが問題なのはその重量と使用箇所だ、炭素系素材の約2.5倍も重い素材を大量に使うとなると機動性は著しく低下するだろう。

 

「米国は装甲を過信し過ぎている、アレでは攻撃を避けられない」

 

「戦車級に噛まれれば同じですしねぇ…」

 

月での戦訓を活かした機体を作ろうとすれば、あの形になるのも無理はない。

ルナチタニウムというなまじ優秀な装甲材が手に入ったことで、むしろ米国の戦術機開発に支障が出てしまうかもしれない。原作通り装甲を薄くした機動性重視の戦術機が生まれてくれるといいのだが。

 

「それに近接格闘戦をやるなら細身な方が有利だしな」

 

「兵装担架だったり、跳躍ユニットとの兼ね合いもありますしね」

 

戦術機は稼働部が非常に多い、そのため細身である方が動作時に各部位が干渉せず可動域を増やすことが出来るのだ。

 

「米国とは思想の違いで採用されなかった不遇の高性能機、そして帝国軍が喉から手が出るほど欲しい近接戦に向いた機体に食いつかない訳がない」

 

「ある程度の根回しは宇宙開発競争時のコネから終わらせてます、F-4と新型の二機種体制になることも恐らく合意されるでしょうね」

 

既に国外輸出を見据えた量産体制を整えることが計画に盛り込まれており、量産による価格低下と他国が持ち得ない新型機の存在を大いに利用するつもりでいるらしい。中々強かだと言わざるを得ない。

 

「政府は国内企業が戦術機開発を未経験であること、米国で生産された機体が期日通りに納入されるのかという二点の不安が大きいようですね」

 

「何処が前線になるのか未だ不明だからな、現時点でBETAがどのようにして攻めてくるのかも分かっていないのが問題なんだが」

 

落着ユニットと呼ばれるカプセルを使用して地球にBETAを送り込んで来るのだが、それはまだこちらの世界では確認されていない。撃ち落とすには専用の衛星が大量に必要となるため、一企業ではBETAの侵攻を未然に防ぐことは出来ない。

原作通りに進むのであれば落着地点は中国国内の筈だが…

 

「F-4の配備開始はまだ先だ、それよりも先にBETAが地球に来ちまうさ」

 

「月面はまだ陥落していないと聞いてますが」

 

「どうだか、サッサと実機をお見せして金と権限を引っ張り出すぞ」

 

この会話の3日後、中国にBETAが襲来した。

日時は原作と比べて2日遅れの1973年4月21日、多少のズレはあったもののBETAの地球侵攻は始まった。

 

それと同時に月面からの完全撤退が行われ、生き残った人達は撤退時の中継地点となったラグランジュポイント、秋津島開発宇宙港でBETAの手に落ちた月を眺めることになるのだった。

 

 

新聞の一面を飾るBETA襲来の一文、中国は国連軍の受け入れを拒んだことも明かされた。ニュースと言えばBETA一色であり、中国軍の戦況や政府の動向などが語られている。

 

「…遂に来たか」

 

「今のところ優勢だとは聞いてますが」

 

「奴らがやられっぱなしな訳があるか、何かしら手を打ってくるぞ」

 

開発班と製造班がせっせと隼の実機を組み立てる中、中国がホームグラウンドでならBETAなにするものぞと一方的な戦いを繰り広げているが先は見えている。

 

「F-4の配備開始は予定通りならば来年の7月ごろ、それまでにどれだけの被害が出るかだな」

 

「月で使えなかった武装が使えますからね、かなり押しているようですが被害も確かに出ているようです」

 

やはり浸透してくる小型種を掃討しきれていない、強化外骨格を装備した歩兵は組織されたばかりで練度が足りないようだ。月の戦訓を活かそうとする動きはあるが、月と地球とでは勝手が違い過ぎる。

 

「彗星二型の方で行ったデモンストレーション、中々でしたね」

 

「戦術機の実物を見たことが無い奴らも多い、インパクトは充分だろう」

 

二型が機動性を披露した後、月面戦争時に記録した彗星の戦闘データを公開したのだ。誰もがその醜悪な姿と圧倒的な物量、機関砲を受けようとも突撃を続けるBETAに戦慄したように見えた。

 

「操縦士と他の兵士の悲鳴が混じった映像は相当応えたみたいだな」

 

「我が社の彗星が一番前線を経験してましたからね、この手の映像には事欠きませんよ」

 

このデモンストレーション後に開発班が製造中の隼を上層部に見せて回り、最後には地上へ唯一帰還することが出来た彗星を紹介した。初期型であったために後期型へと転換が行われた際に返還され、データ取得のため地上に下ろしてあったのだ。

 

「データ取りのためとはいえ、絶対に見せるために用意しましたよね」

 

「なんのことやら」

 

大小さまざまな凹み、BETAの噛み跡、砂を噛んだままの関節部、あらぬ方向へ曲げられた片腕、燃えた痕跡のある推進器、空のコックピット…

 

「無念だった、もっと昔から備えていればあんな機体で戦わせはしなかった」

 

「地上で二度繰り返さないために、発破をかけたと」

 

あの場には政府関係者、帝国軍、斯衛軍が一堂に介していた。

色々と思うところはあるが、今は斯衛仕様の機体をどうするか先に悩んでおくことにする。

 

 




色々宇宙開発で頑張っていた秋津島開発ですが、日本帝国という枠組みを超えて単独でアメリカの計画に参加していたため、それが気に食わない方もそれなりに居ます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 秋津島開発の影響力

ランキングに載ってUAが滅茶苦茶伸びてるので、今のうちに補足を入れておく。滅茶苦茶やって未来を変える技術チートものなんで、細かいところは気にしない方向で突っ走りたいと思います。

追記
アメリカへの技術提供云々の話を末尾に追加しました、補足の筈が補足になってなかった…!


秋津島開発は宇宙開発事業で対BETA戦が始まる以前から覇権を握っていたと言っていい状態にあった。何故なら大規模な宇宙施設を真っ先に実用化し、建設ラッシュ時に多くの契約を独占することが出来たためだ。

 

「メンテナンスも楽じゃないんだがな…」

 

大量の宇宙港を整備しなければならない社員達にとっては中々面倒な仕事なのだが、最新のMMUが使えること、手当を抜いても高い給与など魅力の方が勝るようだ。

 

「デブリの回収が間に合ってないからな、あんな大型建造物を作ってるんだから無理ないが」

 

二人は秋津島開発のメンテナンス事業部に所属するMMUパイロットだ、デブリにより損傷した宇宙港の外壁を張りなおしている。

 

秋津島開発製の宇宙港はどれも再突入駆逐艦クラスの船を接続出来るだけの設備、身体能力維持のための1G環境下区画を設けている。その上様々な技術革新が社内で進んでいたためか、桁が一つ少ないのではと確認されるほどの安さでもあり、今も大量に軌道上を漂っている。

 

「戦前は作った後のメンテナンス事業で長く儲けるつもりだったらしいが、時代が変わっちまったな」

 

「今じゃ何処も拡張工事、物によっては解体までやるとさ」

 

戦前において秋津島開発の宇宙施設シェア率は70%にまで登っていたが、国連宇宙軍の実権を握るために日本が動き始めた辺りからは更に変動する。

軍事用の大型宇宙港建造に伴い、非効率的だった幾つかの施設は解体されることになり、シェア率は78%に達するそうだ。

 

「そりゃあ地上で直す必要のある物を宇宙で直せるんなら人気は出るよな」

 

「宇宙での工作は俺らの十八番だからな、まあ開発チームは色々と大変らしいが」

 

ここまで急成長した結果、他国の宇宙産業はかなりの悪影響を受けてしまっている。国家プロジェクトで進行していたものの、一企業にあっさりと抜かされた上に利益になりそうな箇所を取られたのだ。

そのために米国企業からの覚えは悪い、まあ当時の社長が宇宙開発馬鹿だったのもいけないのだが。

 

「戦術機開発から追い出されたんだって?」

 

「方向性の違いらしい、音楽じゃなくて設計思想のな」

 

何故か参加出来た次世代兵器研究で戦術機の作り方を完全に学んでしまった上に、米国企業とは別の方向性が良いんじゃないのかと言い始めたため追い出されたらしい。秋津島開発が持ち込んだ試作機、彗星二型の完成度が高すぎたのも問題だったのだが。

明らかに二型までの進化の速度がおかしいのだ、不恰好なMMUから急に人型になっている。例えるならライト兄弟が初飛行の後、急に本格的なレシプロ戦闘機を作り始めた上に完成させてしまったレベルだ。

 

「元々彗星の技術が欲しかっただけらしいんだが、まあ色々と情報を提供させるためにある程度の権限を放り投げたら…」

 

「彗星二型を持ち込んで大変なことに、というわけか」

 

「あんな短期間で投入されたら困るだろ、他企業が今までのスケジュール進行を疑われる」

 

宇宙開発が得意で、その延長線上でMMUを作るのも上手い。

という評価だった秋津島開発は、BETAに関しての記憶を取り戻した社長が狂ったように戦術機関連の技術を実用化させ始めたために大きな変貌を遂げていた。

宇宙開発が得意で、もうなんなら戦術機だろうが兵器だろうが全部作ろうと思えば作れたよくわかんない企業、になってしまったのだ。

 

「宇宙開発で散々煮湯を飲まされつつも利用した方が安く済むことと、将来的なメンテナンス需要の負担を考えて米国は宇宙施設建造事業からは手を引いた」

 

「ああ、お得意様になってたな」

 

「だが戦術機はそうじゃないだろ、戦時に大きな利権と政治的なカードになる新型兵器だ」

 

秋津島開発の技術提供で自国企業の技術格差と早期実用化を企んだのはいいが、よく分からない速度で実用化寸前の戦術機を持ち込まれ、また利権を奪われるのではないかという危機感から追い出されたというのが事の顛末だろう。

いつの間にかあっさりと日本と手を組んで戦術機の製造を始めている辺り、切れ者の政治家とでも契約し黙認して貰っていたのではないかと推察できるため、米国の追い出しは正解とも言える。

 

「社長なぁ、おっ始めると前以外見えないからな」

 

「…それはそうだな」

 

計画に参加した企業同士の技術交換は製造した試作機に関するものと制限されていたが、未来の戦術機から逆算して試作機を作った秋津島開発以上の技術はあまり存在しなかった。

火器管制や操縦系統、跳躍ユニットに使用するハイブリッドエンジン周りは米国が上を行っていたが、それ以外は秋津島開発が勝っていた。

 

つまり技術交換で得られた技術で言うと、米国企業三社は彗星二型の製造方法全て、こちらからすればちょっとしたソフトウェアと頑張れば作れるエンジン周りの技術だけという結果になり、その価値の差は大きい。

米国企業が持つ比類なき生産能力に関する技術は一切貰えない、はっきり言って開発競争で勝ったが盤外でボロ負けしている。

 

「技術交換するって言っても、あの条件じゃメリットほぼ無ぇだろ」

 

「サッサと戦術機作りたいって毎日言ってたし、いいんじゃねぇの?」

 

「…まあなぁ」

 

社長は勝手に期待して勝手に裏切られたとも言える、原作において急に人型兵器を実用化させたF-4開発チームに大き過ぎる幻想を抱いていたのだ。

 





【挿絵表示】

彗星二型


【挿絵表示】

彗星

雑ですが設定画です、よければどうぞ。
感想など貰えると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 F-4、極東行きやめるってよ

悲しいですね

追記 誤字などが散見されるので、更新ペースを下げることになると思います。挿絵と合わせて平日中に2〜3話公開出来たら上々ですね。

さらに追加 本土防衛軍、1986年にしか存在しないのにポスターに名前書いちゃってました。


1975年になってしまった。

中国で遂に光線級が確認され、今まで優勢だった中国が一気に敗走し始めており、戦術機も無い現状ではBETAに対して不利な兵器でひたすらに戦うしかない前線は地獄だろう。

しかしこの年になれば前線国が独自に改良を加えた戦術機のライセンス生産が急ピッチで始められ、F-4の改修機が前線に現れ始める筈だ。

 

「終わったぁー!」

 

「最終チェックも完了ですね」

 

そんな戦況の悪化する最中、日本帝国に隼の先行量産機型が3機納入された。

生産ラインが未完成のため製造コストは3倍という超高級機だが、黒と白で塗られた帝国軍仕様機があっさりと期日通りに届けられたことに驚いていたようだ。

 

「大変だったな…」

 

「必要な機材が宇宙港にしかないとか、笑えませんでしたけどね」

 

ラグランジュポイントや地球衛星軌道上の施設は陸戦が始まったからといって放棄されておらず、むしろ拡張の一途を辿っている。その上宇宙軍の軍備拡張のため場所が足りなくなることを防ぐため、一部宇宙港が接収されるなど様々な動きがあり、そのゴタゴタで機材の地上降下が遅れていたのだ。

日本も日本で米国の防衛戦略構想に参加し、せっせと低軌道艦隊の実権掌握に動いていたのもあり軌道上は類を見ない騒がしさだった。

 

「宇宙港のドックが何処も駆逐艦で埋まってるんだぞ、ウチの造船部門は大変だろうな」

 

光線級が出現したことにより、万が一にも降下して撃ち落とされないルートを割り出すまで航行が著しく制限されていたのも一つの要因だが。

 

「何はともあれ、期日が早過ぎたんだよ」

 

「そうは言っても試作機は見せましたし、機材があれば六ヶ月で作れると言ったのは社長ですよね」

 

「…その機材がなかったんだがな」

 

なんとか間に合わせた後は軍のスケジュールに合わせて各種試験を行う予定だ、米国から送られてくる予定のF-4も合わせて行う日程で調整されているため多少の空き時間は確保出来る。

 

「取り敢えず先行量産機の製造で洗い出せた問題点を改善しないとな、幾つか整備性を悪化させるような箇所があった」

 

「頭部周りの配線ルート、ちょっと甘かったですかね…」

 

何度も試作機や概念実証機に当たる機体を製作して来たとはいえ、本格的な量産機の設計となると初めてだ。彗星は宇宙用のMMUだったので重機の延長線上だったが、こちらは完全な陸上兵器である。

それに地球での生産であるため勝手が違うということもあり、宇宙で先陣を切っていた主力の開発チームは重力に慣れていないので作業させるのは危険だ。

 

「慣れないと落とすからな、色々と」

 

「宇宙だと手から離しても浮いてますもんね」

 

無重力慣れの被害は既に出ており、飲み物を頻繁にこぼすためモップとバケツが休憩室には常備されることになったほどだ。

楽しく談笑している中、床に飲み物を落とした時の雰囲気と言ったらもう…

 

「戦術機の部品を落とせば大事故だ、もう一ヶ月は実機を触らせられないな」

 

「やっとスケジュールに空きが出来ましたから、今の時期で助かりましたねー」

 

「どうだかな、F-4が来なかったら段取りが狂うぞ」

 

F-4は前線に回されるため、比較的後方に位置する日本は後回しにされる筈だ。

原作ではそれをF-4ショックと言い、日本が延々と国産機開発を行い続ける原因となる。この世界でも結局戦術機の登場自体を早めることは出来なかったので、恐らくF-4ショックに似たことは原作通り発生してしまうだろう。

 

だが我々は日本を代表して(勝手にだが)開発計画に参加しており、その貢献度は中々なものだと自負している。流石に一機も送らない、なんて真似はしないだろう。

 

「万が一の時に隼の扱いがどうなるか…」

 

「りょ、量産まで、まだかかるんですけど…」

 

 

米国から日本帝国に連絡が来た、F-4の納入は遅れるらしい。

だが専用装備として発注していた戦術機用の刀、CIWS-2はしっかり届いたようだ。本来ならF-4が並んでいるはずの倉庫には、大きな刀だけが鎮座していた。

 

「こんな刀だけ来ても困りますよね」

 

「肝心の機体が無いんじゃあなぁ、まあ隼も同じ規格だから使えるが」

 

「軍の人達、お通夜みたいになってますね」

 

広報担当の方だろうか、F-4の日本仕様機である撃震を使った志願募集ポスターを握りしめている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

数の上で多くなる方の機体を使ったのはいいが、その機体が納入されないんじゃあ張り出すわけにもいかなそうだ。

でもちょっとダサいと思う、もっとこう別のポーズは無かったのか。

 

「帝国軍は安いF-4と高い隼の二つで上手いこと役割分担をさせるつもりだったんだよ」

 

「らしいですね」

 

元々軍では隼はF-4と同程度のコストでは済まないと見積もられており、そこで比較的低コストかつ拡張性に優れるF-4で数を揃えるという計画を立てていた。

現在策定されていた機数比率では隼とF-4で1:2、攻撃を隼に任せ防衛をF-4に担当させるという国土防衛軍の構想も視野に入れた数字だった。

この二機種体制を専門用語でハイローミックスという、未来で米国が戦術機採用の際に使ったりもする。

 

「つまりだ、日本は戦術機の過半数を占めるはずだった機体の調達に失敗した」

 

「えぇ…」

 

「ライセンス生産は国内企業の体制が整うのに数年かかる、つまりこの国で戦術機を供給できる存在は我が社だけになっちまったわけだ」

 

社長と部下は顔を見合わせた後項垂れた。

 

 

軍が戦術機運用のために投資した多額の費用が宙に浮くというF-4納入先送り事件の一ヶ月後、秋津島開発の主力メンバー達が前線に復帰した。

宇宙において開発と製造でトップを走って来た秋津島開発ここにありと言わんばかりの活躍で、隼の製造ラインは一部が稼働状態になるまで完成していた。

 

「先に送った3機分の補修部品が作れるようになりましたね」

 

「摩耗しやすい関節部だけだがな、センサ類の故障とかは報告されてないか?」

 

「何言っているんですか、ウチのは月の砂が舞い上がる中でも動きますよ」

 

ここまでセンサの性能を上げたのは重金属が舞う中でもBETAを見失わないようにだ。重金属をばら撒くのは光線級対策として生み出されることになる手法の一つだが、戦術機のセンサ類や通信機に大きな悪影響を与えてしまう。

まずその戦術が存在しない今現在は、滅茶苦茶優秀なセンサ程度の代物だ。

 

「で、隼は何機作れって言って来てるんです?」

 

「中国軍の敗走っぷりを見て相当危機感を感じてるらしい、作れるだけ作れと滅茶苦茶言いやがる」

 

最低でも一年以内に小隊規模の4機、出来れば中隊規模の12機も戦術機が欲しいらしい。

 

「…半年で3機も作るからですよ、一年あれば倍以上作れると思われてるじゃないですか」

 

「いやあんなに色々と協力したのにさ、まさか一機も送られてこないとは流石に思わなかったから、スケジュールがな…」

 

3機しかない隼は帝国軍に相当大事に扱われているらしく、送られてくる運用レポートの分厚さといったらない。現地に視察へ赴くと、本来F-4用に用意されていた大量の武装と共に三機だけが広々とした格納庫に収められているのは中々シュールな光景だ。

整備員達はどこか虚ろな目で隼を磨いている、正直怖い。

 

「大隊規模の戦術機を整備可能な格納庫だったのに、中にあるのはたった三機って…」

 

「この事件さ、隼作ってなかったら軍の奴ら憤死してそうだよな」

 

 




さようなら日本に来るはずだったF-4君、最前線でも頑張るんだぞ。
色々やってますがOSや動作性などソフト面はあんまり手が回ってません、XM3レベルに至るのは後の話になりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 戦術機とは?

色々と劇中で専門用語が飛び交っているので纏めておきます、ざっくりとですが


戦術機とはマブラヴに登場する人型ロボットである、特徴は三次元戦闘が得意なことだ。

 

「戦術機って、具体的にどう説明するのが良いんでしょうか」

 

「…そうだな」

 

秋津島開発の社員二人は日本帝国に住む一般市民向けの広報資料を作成していた、さまざまな資料を開発班や製造班から譲り受けていざ作り始めたものの早速壁にぶつかっている。

 

「戦闘機でも、戦車でもない全くもって新しい兵器体系ですからね」

 

「だからこそインパクトはある、見た目が気を引きやすいのは利点だぞ」

 

戦闘機ほど早く高く飛べる訳ではなく、戦車ほどの火力と装甲がある訳でもない、ましてや歩兵とはサイズが違いすぎる。

 

「全体のスペックを見ると昔からある兵器に負けてますよね、なんというかこれだけを見ると器用貧乏みたいな印象です」

 

そう、既存の兵器と撃ち合いをすればこのロボットは負けるのだ。

 

「BETAと戦うにはその器用貧乏さが必要だとも聴いたぞ」

 

「あー、月帰りの人が言ってましたね」

 

戦闘機のように常に高く飛ぶ必要はない、光線級に撃ち落とされるからだ。

戦車のように分厚い対弾装甲も必要ない、奴らは銃火器を使わないからだ。

 

「なるほど、要求される戦場で使わないものを削ぎ落としているんですね」

 

「逆に必要とされているものも面白いぞ、器用貧乏というより万能に近い気がするが」

 

低く飛び、尚且つBETAの群れを掻い潜るためには二機で一組の推進器が必要だ。瞬間的な大推力を生み出すロケットエンジンと持続的に使うには適しているジェットエンジンを組み合わせた物を装備する。

 

「これが腰部の特徴的なパーツだな、小さな飛行機が2つくっついているみたいだ」

 

「噴射跳躍システム、戦術機に乗せられている実機は跳躍ユニットと呼ばれているようです」

 

「これが無いとBETAにあっという間に囲まれる、戦術機の生命線って訳か」

 

両腕には様々な装備を使用出来る、補給に時間がかかる他の兵器と比べて戦術機は武器を持ち替えるだけで直ぐに戦闘へ復帰することが可能だ。

戦車であれば一発一発砲弾を弾薬庫に積み込まなければならない、この差は確かに重要だ。

 

「確か武器弾薬を詰めたコンテナを戦場にばら撒いておくんでしたっけ、そこから戦術機が必要な物を引っ張り出して補給をするということですか」

 

「ああ、無駄が多そうに聞こえるが補給車両が入り込むには過酷すぎる戦場で急な補給路の確保は不可能に近いらしい」

 

それに両腕があれば人と同じように射撃も格闘も熟すことが出来る上に、360度好きな方向に火力を指向出来る。

常に周囲にはBETAが押し寄せる環境で、火力を自由自在に運用出来る戦術機は接近した上での多対一が強いられる状況において、従来の兵器とは比べ物にならない適性を発揮するだろう。

 

「聞けば聞くほどBETAを相手に出来るのが戦術機くらいに思えるんですが」

 

「そりゃあ対人類用の兵器と対BETA用の兵器だからな、何もかも違うに決まってるだろ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

無論戦術機が常に主役である訳ではない、光線級さえ倒せれば戦場の女神と形容される砲兵達がBETAを全てミンチに変えてくれるのだ。

 

「時代は変わっても機甲戦力の火力がBETA相手に有効なのは変わらない、腕で持つっていう設計上の制約に縛られた戦術機の火力は必然的に小さくなるからな」

 

手で待つからには人間が使う銃のように形を整える必要がある、戦術機が人型であるための弱点ともいえよう。

 

「まあ周囲との協調が大事な対BETA戦の主力兵器、あたりの総評じゃねえの?」

 

「まあ全部戦術機でやれたら、苦労しませんしね」

 

しかし世界は広い、中隊規模の戦術機でBETA群の中央に居る光線級を掃討しに行く部隊が編成されたりもするのだ。

 

「取り敢えずざっくりと新兵器特集でも組んでもらおうか、こっちには政府が付いているんだしパーっとやろう」

 

「第一印象は大切ですしね、帝国軍初めての独自開発機って触れ込みですし」

 

 

 




彼らには解説役を担当して貰います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 もう一度宇宙に踏み出そう

ククク…私はまだ13話までの書き溜めを持っているのだ…
でも明日はお休みします、はい。

追記
ミスったァ!
6時投稿の予定が0時になってました、反省。


あれからまた一年が経ち、1976年になった。

いつの間にかBETAの巣であるハイヴは四つにもなり、奴らは破竹の勢いで支配地域を増やし続けている。

 

「隼の量産ライン完成を祝してェー!」

 

「「乾杯!」」

 

そんな中、考えていた予定よりも遅れたが隼の本格的な生産が始まった。

年間生産機数は30機、予定している拡張が行われた暁には倍の60機にまで膨れ上がるだろう。

 

「ほぼ全自動の生産及び組み立てラインだからな、各部品を一から作って来た宇宙企業のなせる技だ」

 

「ちょっと詰め込みすぎな気もしますが、まあ及第点ですかねー」

 

「それはそうなんだよな」

 

ルナチタニウムやらハイパーカーボンやらは素材として優秀だが、硬すぎて成形してからの加工が難しいのだ。そのため迅速な生産のためには一発で綺麗に成形させる必要があった、技術チートが無ければ年内の完成は難しかっただろう。

そのような苦労のおかげで装甲の分割数を減らすことが出来たため、強度は更に増した上に製造と整備に必要なコストも削減出来た。内部にも様々な変更が行われたが外見では分からないので割愛する。

 

「これで秋津島開発の影響力は日本有数だ、色々とやらなきゃいけないことが山積みだしサッサと片づけて…」

 

「片付けるって、一体何を始めるんです?」

 

「海と宇宙の開発、国内外向けの軍需品生産、それと最重要が半導体」

 

既に得た利益を使い新たな事業をスタートさせているが、誰もが未来を変えるために必要だと考えたものばかりだ。

宇宙艦隊の更なる拡充に必要な宇宙港建造はBETAに対して一方的な攻撃が唯一可能な軌道爆撃の有用性を更に増し、消費が加速する弾薬の供給は戦地への助けとなる筈だ。

 

「海は兎も角、宇宙港はウチのホームグラウンドだからな」

 

「宇宙港の建設メンバーを集めておきますので、リーダー達には話を通しておいて下さいね」

 

そして極め付けが半導体、既に開発チームが宇宙での実験を続けていたがやっと次の段階へと移ることが出来そうだ。

 

「というか、なぜ半導体が最重要なんです?」

 

「高性能な戦術機を量産するなら必須だろ?」

 

「まあ、そうですけど」

 

戦術機に使う予定があるのは確かだが、本命は別だ。

原作において人類の切り札となる欠陥兵器、戦略機動要塞として建造されたそれを人類の技術で制御するために必要となる、要求されるのは半導体150億個分の並列処理能力だ。

 

詳しいことは省くが宇宙施設では地上よりも重力が小さいことを利用して、地上よりも余程高性能な半導体を効率的に製造することが出来る。宇宙での技術開発となればホームグラウンドだ、やってやれないことはない。

 

「まあ見てろ、着々と下地は整えてるさ」

 

「…社長がいつも何を考えているか分からないなんて、よくよく考えるといつものことでしたね」

 

 

秋津島開発が保有する宇宙港で建造された軌道工作船が就航し、衛星の軌道投入から新規宇宙港の建設まで担うようになった。対BETA戦において将来的な活躍が期待されている宇宙艦隊のため、今や宇宙施設は拡大の一途を辿っている。

その急激な拡大を支え続けるのは前述した秋津島開発の建設チームであり、宇宙開発の初期から宇宙施設の研究を続けて来たベテランだ。

 

「とんでもない大きさだな…」

 

秋津島開発の作業員がMMUで建設しているのは、過去最大クラスの宇宙港であり、地上からの打ち上げ物資を受け取るための機能が強化されているらしい。

社長直属の開発チームが設計した代物であり、内部には人が生活するために必要な区画が設けられ、商業施設まで併設されていた。

 

「こんなの作ってどうすんだよ」

 

「点在する宇宙港に艦隊をバラバラに収容してる今の体制じゃあ非効率的だ、なら作ってしまえばいいじゃないということらしい」

 

「流石だな、宇宙で景気がいいのは軍と俺らだけだぜ」

 

戦術機の地上降下や軌道上からの爆撃など、空を支配するBETAを更に上の宇宙から叩き潰すための実験がここを中心に行われるらしい。

安全に爆撃が行えるようになれば、戦略の立て直しや土地奪還のための攻勢が行い易くなるだろう。

 

「地上の建設班は何やってるんだ、戦術機用の生産ラインを組んでるとは聞いたが」

 

「その作業に従事してるのはもう半数だけだぞ、他は種子島に居る」

 

「種子島?」

 

赤道に近くロケットの打ち上げに適したその島は、秋津島開発が指揮を取り拡張が進められていた。元々打ち上げ設備は宇宙開発競争時に整備されていたが、今回はまた別の施設を完成させたいらしい。

 

「リニアで打ち上げる方式のマスドライバー、アレをこの宇宙港専用に新しく建設するらしい」

 

従来型よりも多くの物資を宇宙に打ち上げられるほどの加速力を有する新型のリニアカタパルトは、この宇宙港への物質輸送専用だという。なんという大盤振る舞いか、整備費用が国連から出ているとはいえ明らかに自腹まで切っている。

ここまで対BETA戦に協力的なために宇宙にいる軍人達には人気である、積荷に空きがあると嗜好品を適当に詰め込んでいたのが功を奏したのだろうか?

まあ本人はサッサと軌道爆撃を実用化しろと思っているのだが。

 

「…相変わらず凄えな、規模がおかしいぜ」

 

「まあ愚痴を言わずに働こうぜ、今時秋津島開発に勤めてるなんていったら地元でヒーローだしな」

 

下手したらその地元も化け物に襲われる日がくるかもしれないがと言いかけた作業員は、黙って作業を再開した。

 




この世界で横浜が襲われず、従来のループとは違う道を歩んだ場合因果はどうなるのか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 半導体研究とその未来

短めです、伏線張り張りタイム

読者の方々が感想欄で凄く難しい話してる…


宇宙で製造された半導体が地上にある本社に送られてきた、それは最近やっとのことで完成したマスドライバーの往復便によって配送されている。

 

「やっぱりまだまだですね、選抜して不良品を弾くと殆ど残らないそうです」

 

「仕方ない、この手の産業は短期で結果が出るもんじゃないさ」

 

未だ未完成なものの研究区画を含めた一部が完成した超大型宇宙港は、マスドライバーという頻繁に行き来する存在によって既に活力を与えられていた。

 

「マスドライバーはあっさり完成しましたね、地上でもMMUが役に立つなんて思いませんでしたよ」

 

「ああ、レイバーとでも名前を付けて本格的に販売したいレベルだ」

 

宇宙で人型重機が活躍するならばと、地上でも戦術機の部品を流用して作ってみたのだ。宇宙と違い生命維持装置に気を使わなくてもいいし、戦術機のように戦うわけでもないので値段高騰の原因である跳躍ユニットと各種装甲をオミット出来た。

パーツの共通化が行えれば量産効果によって更なる隼の価格低下も見込める筈だ、まあ隼クラスの部品を使う超高級重機なんて必要ないので結局のところ別で部品を作った方が安上がりなのだが。

 

「まあそれはさておき、前言ったやるべきことは大体終わったわけだ」

 

「海の開発は専門外なので、そこは委託になりましたけどね」

 

物流の活性化と輸送能力の強化という名目で色々と手を回した。

宇宙開発競争自体は終わったものの、それで甘い蜜を吸った人々は味を忘れてはいないのだ。

 

「元々ロケットやらなんやらは地上の道路で運ぶにしては、いかんせん量も大きさもあり過ぎるからな」

 

「船の方が安くて早い、それを方便に使ったわけですね」

 

「日本は島国だしな、軍備拡張はもちろん万が一の時のためにもキャパシティは大きい方がいい」

 

結局のところ安価で大量に運ぶには船が一番だ、半導体研究やら軌道艦隊への補給物資やらを運ぶのに暇は訪れない。

 

「で、今度は何を企んでいるんです?」

 

「AIを作る、将来的には戦術機を無人にしたい」

 

「…は?」

 

未来において実用化されるデータリンクシステム、それは各戦術機のコンピュータ同士が情報をやり取りしBETAの位置や危険度などを瞬時に割り出してくれるというものだ。

それを早期に完成させるのはいいが、やるなら更に上を目指したい。

 

「隼間で情報をやり取りして他の機体が捉えたBETAの位置を共有する機能については話したよな」

 

「ああ、今実験中の機体間データリンクですか」

 

「戦術機はセンサの塊だ、それが何十機と集まる中ならより高度な判断を行い自ら思考してBETAと戦う戦術機が作れそうじゃあないか?」

 

大量の戦術機が群体として集団を成し、搭載されたセンサで情報を収集し、それを大量の搭載コンピュータで並列処理する。完全無欠、パニックになることもなければミスをすることもない最強の対BETA兵器だ。

 

「はあ、大層な目標ですが現実性はあるんですか?」

 

「…まだない」

 

今あるコンピュータでは明らかに性能が足りない、対BETA戦で人的被害を0にする究極の戦術機が生まれることは今のところないだろう。

 

「まあこれは最終目標、直近の目標は衛士の補佐AIの開発だな」

 

戦術機は思考を読み取り動作するが、動作をより柔軟に行おうとすると機体と人体の感覚の差を埋めるのに苦労する。また操縦の自動化が遅れているため、細かな動作も手動だったり思考操作を用いて行わなければならないのが現状だ。

 

「操縦難易度を下げ、機体と衛士の橋渡しをするようなイメージだ」

 

「確かに帝国からは操縦系に関して改善しろとせっつかれてますからね」

 

「な、慣れればすごく使い勝手いいんだぞ」

 

隼に搭載されたのは思考操作を中心とした操縦系であり、イメージした動作をそのままそっくり機体へと出力してしまう。そのため慣れていないと動かしすぎたり、全く動かなかったりするのだ。

自社のテストパイロット達は同じ思考操作技術を搭載するMMUだとか、月で激戦を繰り広げた彗星のパイロットだったりするのであっさり乗りこなしていた。それを見て大丈夫だろとゴーサインを出した開発部も感覚が麻痺している。

 

「F-4の方が過敏に動きすぎないとは言われてますね、操作感はある程度マイルドに調整されているみたいです」

 

「流石だよな、兵器開発に関しての経験の差を見せつけられたよ」

 

F-4は思考制御が操縦に占める割合を減らしているのかなんなのか分からないが、結果として多少動きは硬いが動き過ぎるということは少なくなっている。兵器としてキチンと使えるラインに納めてきているのは感心するばかりだ。

衛士ごとに情報を蓄積しフィードバックすることで、乗れば乗るほど動かしやすくなるなど確実に完成度では上を行かれている。

 

「こっちも思考操縦の割合を下げられるようOSをアップデートしよう」

 

「橋渡しAIの早期実用化、必要かもしれませんね」

 

「米国仕様に合わせるのも考えたんだが、一番の問題はコックピットユニットが国際規格に準じてないことなんだよな。隼はそういうのが決まる前に試作機が出来てたから…」

 

日本国内でなら問題ないが、国外に輸出する際は米国のコックピットユニットを搭載出来るよう改修する必要がありそうだ。

原作において米国がコックピットに関しての技術をほぼ独占していたと言ってもよく、それを利用して他の戦術機を騙すことすら可能にする技術があったりするので、コックピット周りは自社生産が望ましいと思ったのだが…

必ずしも正解では無かったようだ、どうしたものか。

 

「取り敢えず操縦系は軍と協議して最適化、AIの方は今ある手札で色々やろう」

 

 

 




主人公の理想像は目的が違うだけで何かに似ているようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 戦術機性能試験

隼vs撃震、ファイッ!


帝国内新兵器試験場、富士山周辺。

敷地内で相対する二種の戦術機があった、戦術機用の各種武装も用意されている。米国製の36mmと120mm砲を合わせて構成される突撃砲と、帝国軍のために設計された74式近接長刀が揃っている。

 

隼は先行生産された三機ではなく、生産ラインが稼働してから製造された正式バージョンだ。内部に細かな修正が行われている。

 

対する撃震は米国から急遽納入された12機の内の三機が駐機されている、原作と変わらぬ姿だが、その装甲は優れた性能を誇るルナチタニウム製となっている。

 

「隼と撃震の性能テストですか、どう見ます?」

 

「隼が勝つ」

 

「断言しますねぇ…」

 

隼の性能は限りなく第二世代機レベルに近い、1.8世代くらいだ。

一部以外は装甲を施さずスーパーカーボンのみを使い軽量化、重心を上半身に寄せることでわざと転倒しやすくし運動性を向上させ、常に不安定な状態の機体をコンピュータ制御で安定させている。未来でオペレーション・バイ・ワイヤと呼ばれる技術だ、米国が実用化出来るのは6年後になる。

 

「と言っても、あまり重心は高くしてないんだがな」

 

「現状でも相当過敏に反応しますが、アレ以上の物にする予定だったとは驚きです」

 

高すぎる機動性が産むであろう操縦への影響の大きさが不明だった上、これ以上細身にして機動力を上げるとフレームの剛性を担保仕切れないかもしれないという材料工学的な限界もあった。

外装に使うスーパーカーボンや装甲に使うルナチタニウムはまだしも、歩行や着地など様々な方向と強さで負荷を与えられ続ける脚部に相応しい骨格を作り上げることが出来なかった。

 

未来の第三世代機、とりわけ不知火のようなプロポーションを持たせつつも燃料タンクと駆動系を脚部に押し込むとなるとまず不可能だ。ここは開発チームの頑張りを待つしかない。

 

「MMUの時から操縦系には拘って来たからな、慣れれば自分の身体のように飛ばせるさ」

 

「思考制御に関しては確かにある程度仕上がっていると思いますが、人間は元々飛べないんですよ?」

 

帝国軍の衛士達が三機しかない隼をぶん回し、ひたすら最適化を行った甲斐あって操縦難易度の高さは和らいでいた。それでもF-4より過敏とレポートに書き記されるのだが。

 

「…慣れだよ、慣れ」

 

機体の方は将来的に再設計でもして脚部の延長などを行えればいいなと考えているため、内部の拡張性を犠牲にしてまで細くしたくなかったというのもあるのだが今は良いだろう。

 

帝国軍選りすぐりの戦術機パイロット、通称衛士達が機体へと乗り込んでいく。既に何度か動作試験はここで行なっており、今回は模擬戦を行う予定となっている。実機を使い、ペイント弾にて実戦さながらの射撃戦をやるとのことだ。

 

「アレは?」

 

「都市に存在する高層建造物を模した遮蔽物です、市街戦を想定しているとか」

 

演習場にはまばらにだが障害物が設置されていた、流石に市街地さながらの数は用意できなかったようだ。先ずは一対一で始めるらしい、双方が位置につく。

 

『始めェーー!』

 

二機が一気に加速するも、やはり隼の方が初速を乗せられている。倒れやすくするということは、素早く踏み込めたり前傾姿勢になれたりするということだ。

点在する障害物を利用しつつ、隼が先手を取った。

 

「おお、撃ちましたね」

 

「中々操縦に慣れてるな、ここまで早く乗りこなすとは思わなかった」

 

跳躍ユニットの偏向ノズルを使うことで機体をほとんど動かさずに軌道を変えつつ、障害物に隠れたばかりの撃震を撃てる位置まで一気に回り込む。

その際反撃されないように牽制射撃を忘れない。

 

「撃震も中々ですね、避けましたよ」

 

「そりゃウチと同様に思考制御技術が使われてるからな、それに隼と比べれば鈍重かも知れないが戦術機としての機動力は舐められたもんじゃない」

 

撃震は隼が狙いを定める前に障害物を捨てて一気に後退し、機体正面を隼に向けたまま突撃砲を撃つ。撃ち返された隼は燃料タンクが配置されている脚部に当たれば撃墜判定を貰いかねないため、自慢の機動力を活かして回避しつつも距離を詰める。

 

「また仕掛ける気か」

 

隼のパイロットは撃震の制動能力と推進力を熟知していたのだろう、一気にスロットルを上げて追い抜いた。つまり後ろ向きに加速していた撃震は背中を取られたこととなる。

 

「おぉ!」

 

「コンピュータがジェットエンジンが加速し切るまでの間をロケットで埋めた…にしては点火が早すぎる、もしや手動で?」

 

隼の跳躍ユニットからはジェットエンジンが放つ高温の青い噴射炎だけではなく、一時的にだがロケット噴射によって発せられる赤く低温で煙を伴った炎を見ることが出来た。思考制御で操作できる範囲を拡張しているのだろうか、本来ならロケット点火は自動の筈だ。

 

更に方向転換することを強いられた撃震は身体を大きく振り、跳躍ユニットの向きを変えることで通常よりも早く振り向いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

しかしその隙を隼が流すわけもなく、ペイント弾が放たれた。予想よりも早かった方向転換により機体の中心は外してしまったようだが、突撃砲とそれを持っていた手に命中させることが出来た。

 

「撃震突撃砲一門喪失、右腕部損傷!」

 

だが既に撃震はロケット噴射で離脱していた、かかるGは計り知れないがまた体勢を立て直したのだ。

 

「よくあそこまでぶん回せるな」

 

「流石は選りすぐりの衛士ですね、機体の角度と四肢の動きで重心を変化させてます」

 

「第一世代機でそれやるのかよ、バケモンだな」

 

しかし度重なる回避機動で速度を失っていた撃震は高度を失い、地面に着地してしまう。地を蹴って速度を得ようと試みるも、隼が今度は逃がさないと言わんばかりに36mmを放つ。

 

「撃震、コックピット被弾!」

 

「演習終了、勝者隼!」

 

この後も様々な演習が行われ、その後の機体整備なども演習の一環として行われた。今回の演習で秋津島開発として得られたものは大きい、実際に使うことになる兵士達の意見を隼に反映しなければ。

 

「…実際に使われてる戦術機を見れて良かったよ」

 

「どうしたんですか、柄でもない」

 

「早いところ量産して、国外にも売らなきゃな」

 

「国内需要が半端ないので、生産ラインの拡大を急がなければなりませんけどね」

 




戦闘回です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 隼斯衛軍仕様

隼君、おめかしの時間です。
あと斯衛は予測変換で出てこないようです。

アーマードコアⅥが発売するらしいので、それまでに完結させるべくペースを上げます。


「隼を更に近接戦に特化させて欲しい?」

 

「出来る範囲で良いそうです、帝国軍は既に大隊規模の戦術機を確保したので次は斯衛にもと…」

 

正確には確保していない、納入予定の全生産分と米国から来る予定のF-4を数に入れるとギリギリ大隊になるかならないかというのが現状だ。まあ最低限の生産が終わったら次はこっちにも卸せと唾を付けにきたという印象を受ける。

 

隼は斯衛の求める理想の戦術機像に近いらしい、最もF-4の改修機も作る予定らしいが。本来なら純国産機が良かったとのことだが、先に撃震の生産を行っている国内三社に話を持ち込んだ際に無理だと言われてしまったため、早期の配備も視野に入れての要望なのだろう。

 

「撃震の方も話が行っているのを見るに武家出身の衛士には隼を使わせる気なんでしょうかね、どうします?」

 

「色を変えるのはまだしも、近接戦への適性を上げる改修を早期納入可能な範囲で行うとなると…」

 

スーパーカーボン製のブレードを機体に直接搭載するのが良さそうだが、そんな研究はまだ行っていない。未来のソ連機のようにブレードを突出させて配置する手もあるが固定部にかかる負荷はとても大きくなり、要らぬ損傷を外装に与える可能性がある。

所謂てこの原理というやつだ。

 

「ミサイル搭載能力をオミットして、肩部の装甲を増しておくか」

 

肩部を大型化することで重心を上に寄せる、斯衛の衛士なら多少扱い難くとも何とかするだろう。それに盾としても扱える、戦術機の装甲が一番分厚い箇所を利用する程度斯衛ならやってのけるだろうという想定だ。

 

「肩以外はどこの形状を変更します?」

 

「分かりやすい頭部と胸部は必須だな、電装品だったりも変えたいが」

 

過酷な環境で装甲を保護する塗装のことも考えなければならない、何せ部位ごとに塗り分けることが必要なのだから。

 

「いいだろ、それより紫色の機体も作らなきゃならんのが怖いよ」

 

「初期不良でもあれば…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

頭部は形状を三つ用意し、五色に塗り分ける。試験的に頭部保護のためのワイヤーカッターも搭載した、近接戦で飛び散るBETAの残骸からセンサを保護することを狙った装備だ。東側の戦術機で採用されるものを真似てある。

 

色々と考えたが斯衛仕様の隼の改修箇所は頭部、胸部、肩部、腕部の上半身のみを行うことにし、下半身は一部の装甲形状を変化させるに止めた。しかしそれでも帝国軍仕様の隼と部品の共通化率は70%ほどだ、実質別の機体である。

通常の隼よりも高性能化させるため、センサ類は数段良いものを搭載した上に跳躍ユニットのエンジンも別の物に載せ替えた。

頭部センサでいう目に当たる部分だが、上位二機種にのみ人間の目を模した大口径の光学センサを搭載してある。性能はさほど変わらないが、格好を付けて差別化するには持ってこいだろう。

 

「これは確か、隼に搭載しなかった方のエンジンですよね」

 

「高出力低燃費と夢のようなエンジンなんだが、寿命がちょっと短くてな」

 

隼に採用されたものよりも工程の多い整備が必要で、その頻度も高い。長寿命化には時間が必要とされ採用が見送られたそれが役に立つ時が来た。

 

「取り敢えずスペック表送りつけて、隼より整備性落ちるけどいいかって聞いてくれるか」

 

「…あの、見たことないのもあるんですけど」

 

部下が取り出したのは腕部の改修項目にあったナイフシースに関するものだ、自らを展開して納めていたナイフをマニピュレーターで保持出来るようにしてくれる。

 

「隼のは強度不足が懸念された結果可動域が狭いからな、腕部丸ごと再設計するなら搭載しても大丈夫に出来る」

 

くの字に展開し、隼では不可能だった左右どちらかの腕部単体でナイフを保持することが出来るようになる。従来品だと反対側の腕が無ければナイフを引き抜くことが出来ないのだ。

 

「これも整備性は良くない、部品点数も多いから高くもなるな」

 

「…まあ斯衛仕様ですから、多少高くても許されますよ」

 

この後F-4改修機の開発を行う国内三社と話し合い、搭載する機材に関しての共同開発が決まった。機体に関してもこちらが協力する手筈になっている。本来ならば82年に実用化されるはずの斯衛仕様F-4改修機、瑞鶴は想定していた以上の速さで姿を現すことになりそうだ。量産体制への全面協力と生産技術の提供が余裕を生む結果となったのだろうか。

搭載を要求されていた高性能なレーザー照射探知機は秋津島開発製の探知機を設計図諸共提供することで早期実用化を図った、技術チートの大盤振る舞いである。

始まったばかりの曙計画、自国での完全な戦術機開発能力を獲得するための研修プログラムが存在したことも大きいだろう。国外では米国から、国内では秋津島開発から全て学び切ってやるという尋常ではない気迫を感じた。

 

「瑞か…F-4改修機が一般の衛士向け、隼改修機が武家向けか」

 

瑞鶴の資料は斯衛の方からも許可を得て見ることが出来るようになっていて、城内省の印が押された資料が山と積まれている。隼とは逆に瑞鶴は黒色の塗装がなされた仕様だけが要求されていた、帝国軍の二機種体制を真似たのだろうか。

 

「勝手に開発中の戦術機にあだ名付けるのやめましょうよ、前は偶然正式名称と合致してて情報流出を疑われたんですから」

 

F-4の開発計画から追い出された後、社内でファントムがどうのと言っているのを聞かれたらしい。やっと決まった筈の正式名称を秋津島開発のトップが知っているとなれば大問題で、その結果脱退後も情報が漏れていると騒ぎになったのだ。

 

「あれは申し訳なかった、それっぽい感じがしたから呼んでただけなんだがな」

 

嘘である。

 

「偶然の一致は怖いんですよ、たまたまとはいえ実例を見たんですから気をつけるのは当然です」

 

 

 




政府の意向で隼の輸出は認められても、ライセンス生産は許可されません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 パレオロゴス作戦と軌道爆撃 前編

ヴォールク連隊死す、デュエルスタンバイ!


やっとのことで完成した大型宇宙港は"あかつき"と名がつけられ、ある作戦のために全力で稼働していた。大量の再突入駆逐艦には見たことのない形のカーゴが左右に二つ取り付けられており、それらは大気圏突入のために切り離されるように設計されていた。

 

「ハイヴに突入するんだって?」

 

「そのための支援爆撃を敢行するらしい、備蓄物資を使い切る勢いだぜ」

 

爆撃の精度は未だ低いもののハイヴ周辺のBETA密度は高く、多少外れても問題ないと踏んだ国連宇宙軍はある作戦への参加を表明した。人類初のハイヴ突入作戦、パレオロゴス作戦である。

 

「無茶を言いやがる、投入実験が成功したばっかりだろ」

 

「俺たちが落としに行く訳じゃないんだ、黙って積み込もうぜ」

 

秋津島開発の宇宙港スタッフ達はテキパキとカーゴを取り付けていく、カーゴの中身は大量の榴弾だ。レーザー照射にある程度耐えられる外殻と着発式の榴弾をありったけ詰め込んだ対地爆撃用カーゴは地上からの贈り物であり、今回の作戦のため秋津島開発が新たにカーゴを設計したのだ。

 

一部のカーゴの内容物は重金属雲を発生させるために装薬を抜き、弾頭を鉛などの重金属で構成した対レーザー弾頭(以下AL弾)が搭載されている。第一波目の爆撃でこれを迎撃させ、第二波以降の攻撃成功率を高めるためである。

本来であれば有り合わせの榴弾ではなく、専用の爆発物を用意するつもりだったようだが間に合わなかったそうだ。

 

「なんでわざわざ重金属の雲を作るんだ、猛毒だろコレ」

 

「レーザーの威力が弱まるんだとよ、色々と工夫しているらしい」

 

作戦開始時刻までまだ時間はあるが、用意しなければならない100隻ほどの再突入型駆逐艦への作業は完了していない。それに戦術機用の補給コンテナを投下するのも艦隊の仕事だ、そちらも並行して作業を進めなければならない。

人類の反抗作戦を成功させるため、今は尽力しなければ。

 

 

作戦の指揮を取る国連軍への物資供給だが、最近になって秋津島開発傘下の弾薬製造企業からの物資がアジアに供給され始めて来ていることが話題になっていた。対BETA戦において湯水のように消費される弾薬だが、無限ではない。しかし人類の生産能力はすぐに拡張出来るものではなく、ましてや戦術機用の弾薬は新規に設計されたもののため既存の弾薬を主力機に流用することが出来なかった。

特に補給コンテナを使い衛星軌道から投入される補給コンテナの大部分は宇宙港で中身を積み込むのだが、その積み込まれる物資の40%は秋津島開発が建設したマスドライバーで打ち上げたものだ。

 

「国内用の備蓄以外はバンバン国外に流せ、これが今出来る範囲の支援だ」

 

「これは?」

 

「国連軍が始める大規模反抗作戦への支援だよ、やっと傘下の企業が全力を出せるようになったからな」

 

莫大な設備投資の結果がようやく現れはじめた、日本国内の需要以上の生産能力を持つ弾薬生産施設が国内外に完成したのだ。

今回の軌道爆撃に使用する大量の榴弾とAL弾も出所を辿ればここになる。

 

「軌道爆撃の早期実用化が達成できて本当に良かった、これで少しは変わってくれるといいんだがな…」

 

パレオロゴス作戦は一定の成果を上げたものの、結果から見れば惨敗で終わってしまう。その上に多くの戦力を失ったことでBETAの侵攻を許し、ロシアとヨーロッパ双方に大きな被害を出すこととなってしまうのだ。

 

「日本政府が欧州連合と話を付けたらしい、機動性の高い隼は彼らのお眼鏡に叶ったとよ」

 

「ああ、輸出の話は出てましたね」

 

「採用する気はあるらしいんだが、工場建設まで行くとリスクリターンを考えてか政府も許可を出すか悩んでいるらしい」

 

年間生産機数60機の筈だった隼は需要の高まり、というか今時戦術機なんて作れば作っただけ売れるだろうという風潮、秋津島開発の宇宙開発が大成功して儲けまくった投資家がまた儲かると考えたことなどにより…

生産ラインはまた拡張されていた、今は120機程である。

 

「頭おかしいだろ、この生産ライン」

 

「社長が効率化出来る限りのことを全てしたからじゃないですか?」

 

そう、ほぼ全自動で戦術機が次々と組み上げられていくという施設が完成したのだ。効率化のため作業員は外からの監視と最終チェック時にしか戦術機を触らない、ライン上で作業員とロボットアームが部品を取り付けていくという設計だったのだが、いっそ全部ロボットアームに任せた方が早かったのだ。

 

「雇用はあんまり生まれないけどな」

 

「機密保持にはとても良いと思いますけど、ここまで作業員を減らせれば国外に工場を建てても大丈夫そうです」

 

「それはお偉方も思ってるらしい、欧州連合が落とされるのは相当不味いからな」

 

巨大な経済圏が丸ごとユーラシア大陸から追い出されるなんてことは無いように思えるが、原作ではヨーロッパ全域をBETAに奪われてしまっている。

ヨーロッパのすぐそばにハイヴを建造されたりと、相当不利な状況が続いたのもあるだろう。

 

「作戦開始時刻は近い、爆撃が上手く機能すると良いんだが…」




隼君欧州連合仕様の絵は…ありません、コックピットが米国仕様になっている程度です。

あと秋津島開発の第三世代機が描き上がりました、出て来るのは先になりますが一応Twitterには投稿してあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 パレオロゴス作戦と軌道爆撃 後半

再突入駆逐艦が次々と目標の軌道に乗り、コンテナ投下を今か今かと待ち構えている。作戦開始時刻まであと1分を切っており、何かしらのトラブルが起きても引き返すことは出来ない。

 

「第一波、投下開始!」

 

爆撃専用のカーゴを切り離し、軌道へと投入する。

既に後続が同じ周回軌道に集まってきており、時間通りに離脱を行わなければ衝突の危険すらある。

 

「投下!投下!」

 

投入されたコンテナは順調に落下、目標のミンスクハイヴに向けて加速していく。急な作戦参加だったため、カーゴが無事に作動する保証はない。だが分離せずとも迎撃されれば重金属雲を発生させ、最悪一匹は吹き飛ばして殺傷してくれるだろう。

 

 

ユーラシア大陸北部、ハイヴ攻略作戦開始地点にて。

二か月前から行われていた陽動作戦と、作戦開始直前に行われる軌道爆撃の後に作戦は決行される予定になっている。

 

「こちらアルファ中隊、作戦開始地点周辺のBETAを掃討した」

 

「巣の近くなのに数が少ない、間引きの甲斐はあったみたいだな」

 

『全ユニットに通達、軌道爆撃が到達する』

 

「おお、遂にか」

 

『レーダーから算出した落下予想地点に注意せよ、光線級の迎撃により落下軌道が変化する可能性は大いにある』

 

周囲の警戒をしつつ、ハイヴの方を見ることにした国連軍の戦術機中隊は流星群のようなものを視認することが出来た。しかしそのまま着弾する筈もなく、光線級による迎撃が始まった。爆散するカーゴ、空を埋め尽くすレーザーの光と蒸発した重金属により発生したどす黒い雲がハイヴを覆う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…おいおい、なんだよあれ」

 

「艦隊も大盤振る舞いだな、凄い数だ」

 

第一波で濃密な重金属が形成されたことにより、第二波の爆撃は目に見えて迎撃される量が減っていた。

ばら撒かれるカーゴだったものと、内容物として詰められた榴弾や爆薬が次々と地上でエネルギーを開放した。

 

『軌道爆撃の終了まであと300秒、指定ポイントまで前進してください』

 

「アルファ了解、派手な花火で気を引いている内に前線を上げるぞ!」

 

「「了解!」」

 

地上の光線級が激減し、軌道爆撃の迎撃率が極端に下がったのを見て司令部は前線を押し上げることを選択した。地上からの砲撃が効くのであれば、強気に出るのが正解だと踏んだのだろうか。

 

「ヴォールク連隊のために道を切り開くぞ、奴らの仕事が始まる前に損害を出させるわけにはいかん」

 

「補給コンテナの降下も確認しました、前進しても問題ないですね」

 

「敵はまばらだ、鶴翼参陣(ウイング・スリー)で火力集中!囲んで叩き潰すぞ!」

 

 

ヴォールク連隊突入後、ハイヴ周辺のBETAの密度は加速度的に増加していった。軌道爆撃で減った筈のBETAは新手が地下から這い出して来たのか、砲弾の迎撃率も上昇してしまっている。

アルファ中隊は機体を失いつつも、ハイヴに接近しての陽動を続けている。ヴォールク連隊に向かうBETAを少しでも減らし、連隊の脱出が確認された際には撤退の支援を行うことが彼らの任務だ。

 

「ええい、砲兵隊は何やってんだ!?」

 

「地下から光線級が死ぬほど這い出て来やがった、砲弾が届かねえぞ!」

 

「あ、新手が来ます!」

 

「全周警戒!各小隊で固まってフォロー、要塞級は小隊単位で火力を指向するぞ!」

 

砲兵隊が放つ榴弾は半分以上が届かない、無限に沸き続けるかのようなBETAを押しとどめられるのも限界に近い。

周囲の補給コンテナは大抵使い切ってしまっているが、他のコンテナは遠く中隊を移動させるのも困難だ。

 

「突入口に友軍機の反応あり、定期連絡担当機です」

 

「30分毎に救援が必要なのも面倒だな、周囲の友軍は救援に向かえそうか?」

 

「突入口付近に展開するチャーリーとフォックストロットが向かうようです」

 

「よし、このまま陽動を継続するぞ」

 

しかし司令部からの通信で部隊の空気は凍り付くことになる。

 

『全機撤退せよ、繰り返す全機撤退せよ』

 

「撤退?」

 

『ヴォールク連隊が壊滅した。速やかに各撤退地点にて再集結し、後退せよ』

 

「…27個も小隊が居たんだぞ、それがやられたってのか?」

 

戦術機だけでなく、2000を超える戦闘車両と歩兵も居た。

それが定期連絡を行うため30分ごとに脱出して来た戦術機16機以外、すべて帰ってくることが出来なかった。それが意味するのはただ一つ、ハイヴ内は想像を絶するほどの地獄だということだけだ。

 

「狼狽えるな、陣形を組みなおせ!我々は次の攻勢を行うためにこれ以上一機も撃墜されてはいかんのだ!」

 

「りょ、了解!」

 

パレオロゴス作戦は失敗に終わったが、作戦開始と同時に行われる軌道爆撃の有効性、ハイヴ内構造データの取得など得るものもあった。またハイヴ内で生き残れるのは戦術機だけだと知らしめる結果となり、ハイヴ突入部隊は戦術機のみで構成されるよう変更されるなど戦術にも大きな影響を与えることとなる。

 

 

日本帝国国内、秋津島開発本社にて。

 

「作戦に参加した部隊の損害は?」

 

「突入した部隊は戦術機16機を除き殲滅されて事実上消滅しましたが、砲兵隊による支援砲撃により撤退時の損害は多少抑えられたようです」

 

原作よりも2機多い計算だ、少しは耐えたということだろうか。

 

「損耗率は?」

 

「20%、戦術機や戦車など正面戦力がほとんどです」

 

「…軌道艦隊向けの輸送をできる限り増やせるか、部隊を立て直すまでにBETAの大規模侵攻が始まれば大損害は免れないぞ」

 

せめて侵攻してくるBETAに軌道爆撃を行うことが出来れば防衛は楽になる筈だ、先の攻撃で宇宙に上げていた弾薬の6割を消耗してしまっているらしいのが問題だが、意地でもなんとかしなければ。

 

「マスドライバーの拡張工事はまだ進行中です、となると追加分は多段ロケットでの輸送になるのでコストは上がりますが」

 

「問題ない、こちらで持つとでも言っておけ」

 

軌道爆撃だけでは未来を変えることは出来なかったが、わずかに被害を減らすことは出来た。これから始まる大規模攻勢で人類はユーラシア大陸の北西部から追い出されてしまうことになっているが、どこまで粘れるか…

 

「それと今回の大敗を見てか政府が許可を出しました、技術流出の可能性が低い自動工場であればヨーロッパへ生産拠点を建設することを認めるそうです」

 

「まあ安いF-5が売れてるからな、今の内に売り込まないと高級機の立場が無くなるぜ」

 

政府と欧州連合は第二次世界大戦のことは水に流し(表面上はだが)、対BETA戦のため団結する気らしい。優れた軍需産業を持つ彼らに対し、戦術機という交渉カードを使ってどれだけの見返りを得られるかは政府次第だろう。

 

何はともあれ、交渉のため即刻ヨーロッパへ向かおう。

隼の実機も持ち込んでだ、デモンストレーションの用意は出来てる。

 

「行くぞ、未来を変えられるとしたら戦術機に違いない」

 

「未来を変えるとは大きく出ましたね、お供しますよ社長」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 BETA大攻勢と連隊が持ち帰った物

ソ連が分断されるー!

追記
主人公達の年齢を計算に入れ忘れてました、修正しておきます。


ヨーロッパは前線と化しつつあるためか、雰囲気は後方国である日本とは少し違うように感じられた。隼の工場建設予定地、出資額、技術提供の有無など双方の政府関係者を交えつつ議論は行われた。

 

結果として欧州が欲していた技術提供に関しては、米国が現在行なっている他国への戦術機開発技術移転を利用した日本の曙計画の終了後、改めて議論するという先延ばしに近い形で終了した。

工場は既に建設班が着工のため準備を行なっているが、日本政府に国外に長く留まるのは良くないと釘を刺されたので直ぐにでも帰らなければ。

 

「向こうのライセンス生産機、見たかったんだがなぁ」

 

「ご自分の立場を理解されてます?」

 

部下に引きずられ、宇宙経由で日本に帰ることになった。

 

 

蜻蛉返りして戻ってきた帝国本社に、帝国からあるものが持ち込まれていた。それはコンピュータ用の記憶媒体だったが、国連軍で使用されているものと同型だ。

中身はそう、ハイヴ内の地下茎構造を記録したデータだ。後世でヴォールクデータと呼ばれるそれは、今目の前にあった。

 

「これがハイヴ内の構造か、アリの巣みたいだな」

 

「根を張るように広がっていますね、そこら中にBETAが張り付いてます」

 

360°から襲ってくるBETAと戦うのは地上戦と全く違う状況だ、俯角の取れない戦車はお荷物にしかならないだろう。やはりハイヴ内を攻略できるのは戦術機しかない、そう確信した。

 

「この状況下で隼は運用可能か、とは中々な質問だな」

 

「仕方ないですよ、いつ日本の近くにハイヴが建設されるか分からないんですから」

 

帝国軍は将来的にハイヴ攻略が差し迫る事態になることを想定しているのだろうか、まあ今の戦況を見るに仕方ないとも言える。現在ユーラシア大陸では原作通りに起きてしまったBETAの大侵攻が確認され、パレオロゴス作戦で疲弊した戦力ではBETAを止めることが出来ていない。

しかし軌道爆撃が間に合ったことで重金属雲の広域展開に成功、辛うじて撤退と防衛線の再構築に成功した。しかしソ連は東西に分断され、また土地が失われてしまったのは紛れもない事実だ。

 

「ハイヴ攻略において発生する比較的近距離での戦闘において隼は高い適性を持つため、F-4以上のハイヴ内戦闘能力を持つ…ってとこだな」

 

「問題は最適化が進むF-4と比べて、今の技術じゃ改良出来るところが少なくて全然安くならないところですかね」

 

「機密保持のためとはいえ、ほぼ全てが独自の部品だからなあ…」

 

OSのアップデートにより、隼の評価は帝国内で向上し続けている。日本仕様に改修されたF-4J、撃震も隼製造時に培われた装甲の一体成型技術により部品点数が減少し、メンテナンス性の向上と価格の低下が確認された。

 

「国外でも作られてるし、米国でも大量生産中だから部品の輸入も出来ないわけじゃないからな」

 

特に米国からは多くの部品を輸入しているらしい、輸出の優先順位を下げたことを引き合いに出して引っ張ってきたとかなんとか聞いた。撃震独自の部品もあるが、それでも設計通りの部品の方が多いのだ。

 

「戦術機の数も増えてきたな、斯衛仕様の試作機も完成しそうだし」

 

「ええ、日本にBETAが来たとしても追い返せるレベルになりつつあると感じますね」

 

「ああ、絶対に日本は…」

 

何かが頭に引っかかる、何か忘れているような。そうだ、横浜ハイヴ攻略作戦だ。あれが起きたからこそ00ユニットが生まれ、主人公がこの世界に来ることになったのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

この場合どうなるのだろうか、何事もなく別の世界線として歩むことが出来るのだろうか。

それとも何かの因果による干渉を受けたりするのだろうか、この世界がマブラヴの世界である以上油断は出来ない。

 

「社長、どうしたんですか急に黙って」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

未来においてBETAによって拷問を受け、00ユニットとなってしまう少女はこれから横浜で生まれ育つ筈だ。彼女の幼馴染、この世界の主人公も同様に。もし並行世界の彼らの因果が何かによって流入すれば…

いや、やめよう。因果率量子論には詳しくない、今は目の前のことに集中すべきだ。

 

「ちょっとな、さっき会社の前を学生が通っただろ?」

 

「ええ、近場の高校ですかね」

 

「BETAが目前に迫れば徴兵も行われるだろうし、こんな平和な風景は見ることは出来なくなる」

 

対BETA戦における生存率は絶望的だ、既に人類の総数は類を見ない速度で減り続けている。前線国から見た日本はとても平和な状態を維持しているように映るだろう。

 

「日本にBETAは入れさせない、そのためにも頑張らないとと思ってな」

 

原作通りの道など歩ませない、学生連中は戦地など行かずに勉学に励んでいればいいのだ。人並みに青春を送り、学校も軍事拠点になっていなくて、歩けば女子を引っかけてくる原子核のような男とキャッキャウフフ…

出来ていたらいいな、全員国の偉い人たちの娘だから色々大変そうだが。

 

「なんにせよ、矢面に立つのは大人だよな」

 

「なに勝手に腑に落ちたような顔してるんですか、変なこと言ってないで仕事しますよ」




他世界の因果がどのように関与するかはいまだ不明です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1980年〜
第十四話 衛士の相棒


秋津島開発の開発部にて、前々から実験機の開発が行われていた操縦補助AIだが、やっと試作機の製作まで漕ぎつけたという。宇宙から届く半導体の品質が向上しつつあるのも開発が加速した要因だとか。

 

「あの、なんですかアレは」

 

「テスト用機材だが?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

目の前でカードを掴むという動作テストを行っているのは、一体の人型ロボットだった。元々は宇宙において遠隔操作で作業を行うロボットとして開発していたものを流用した。大きさは2mであり、人とあまり変わらない。

 

「あんな姿だが、一応隼と同じ関節構造を持たせてある」

 

「つまりアレはAIが動作の練習を行っているということですか」

 

「シミュレーションじゃあ上手くいったらしい、なら現実でもやってみようってわけだ」

 

練習用の機体を用意されたAIは、様々な動作を行っていく。別室に設置してある操縦装置から指令を送っているようだが、思考操作の比率はOSのアップデート前と同じ超高感度状態だ。

 

「なんというか、動作がなめらかですね」

 

「人間の思考は必ずしも確固たる動作を1フレームずつ出力できるものじゃあないからな、強くイメージしやすい箇所とそれ以外の中継ぎがアイツの担当だ」

 

「おお」

 

機体と操縦者の橋渡し、という開発目標は達成しつつあるようだ。

開発初期こそは帝国軍衛士からの評価は散々なものだったが、繰り返し調整を行っていく内に改善されたようだ。

 

「緊急時における回避率向上と機体にかかる過負荷軽減というのは?」

 

「えーとだな…人間が最も早く動作できるのはどんな時か知ってるか?」

 

「意識していた時、とかですか?」

 

「いいや違うんだ、脳での思考を介さない脊髄による反射反応だよ」

 

思考制御は文字通り思考を読み取るが、思考していないものまで読み取ることは出来なかった。電気信号を読み取ることで反射反応を動作に反映する試みも行われたが、機体を自ら破壊する危険性があるとして行われていなかった。

つまり思考した通りに動くとは言っても、本来人体であれば咄嗟に行われているはずであろう回避行動に機体が反応出来ない仕様だったのだ。

 

「脊髄反射によって行われた回避を一瞬で機体に損害を及ぼさない程度に収めつつ実行する、これがこのAIの目玉機能だ」

 

これにより戦術機は反射特有の0.1秒という反応速度を持って回避することが出来る、正確性は思考してからの回避に劣るがそこは使い分けだ。

 

「あー、宇宙開発するなら反射の読み取りなんてむしろ邪魔ですもんね…」

 

「そういうこと、まあAIのアップデートは継続して行う予定だけどな」

 

来月には隼での動作テストも行っていく予定だ、より多くのデータが取れれば色々とやれることも増えていくだろう。

 

「これで隼はようやくF-4と同等の動作性を得て、F-4以上の回避性能を更に高性能化させたわけだ」

 

「やっとでしたね、操縦系統の技術移転だけは受けたいレベルでしたから」

 

視察はまだ終わっていない、案内役の研究員に連れられて別室へと向かう。

次はAI本体を見せてくれるそうだ。

 

「思ったより小さくないですか?」

 

「これにAIとそれを動作させるコンピューターが収まっているらしい、ここまで小型化してくれたのには感謝だな」

 

目の前の机に置かれているのは四角い箱であり、大きさはトランクケース程だ。この時代で最も性能の高いCPUを搭載したそれは、コックピットに元々機能拡張用のスペースとして残されていた場所へと納められる予定らしい。

 

「操縦士の情報を蓄積して操縦の自由度を増すっていう機能も米国同様に実装出来そうだ。まあ、得たデータをどうやって最適化に使うかは難儀したがな…」

 

「操縦系統では後手に回りましたね、工学系以外が弱かったのは反省点でした」

 

「今は一応の完成を喜ぼうぜ、コイツは将来的に無人機のAIになってもらうんだからな」

 

以前語った無人戦術機構想の第一歩に当たるのがこの補助AIだ、これから一気に階段を駆け上がっていくことになるので拡張性は大いに担保してある。

衛士が心の底から信頼できる相棒となるため、AIの開発チームには頑張ってもらいたい。

 

 




おそらくXM3をインストールしても動かせるマシンパワーがあります。
作業ロボ君は後で色々活用される予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 戦術機開発技術のこれから

知ってましたか、秋津島開発の売上のうち兵器産業が占める割合は滅茶苦茶低いらしいですよ。

追記
目を怪我したので、完成済みの21話までは投稿しますがそれ以降の投稿は未定となります。書き溜めを使い切る前に治れば良いのですが、どうなっても失踪する気はありませんのでー!


「国内四社合同で対戦車級阻止能力を重視した戦術機の研究を?」

 

「パレオロゴス後の惨劇で後退した防衛戦ですが、火力を重視した重戦術機が成果を挙げたようでして」

 

名をA-10という戦術機であり、両肩にガトリングガンを備えた頭のおかしい設計をしている。なんだそりゃとも思うが、その火力は他の追随を許さないことは確かだ。

 

「将来的に発生するかもしれん国土防衛戦に必要かどうか確かめたい、と言ったところか」

 

戦術機開発技術の習得を目指した曙計画は終わり、米国も戦術機に関する技術移転を制限し始めたことを受けて、一度国内企業の様子を見たいというのが上の思惑だろうか。

 

「瑞鶴の方も設計は煮詰まったし、あとは実機で色々とテストする段階だから研究リソースはあるだろうな」

 

「我々も手を広げてはいますが、戦術機開発班はいつでも準備万端ですよ」

 

 

顔を合わせた四社の戦術機開発部は、まずA-10の分析から始めた。優秀であれば購入するのが手っ取り早く、その後に国内向けの改修を行うのが良いという案がある意味一番現実的であった。

 

原型機であるA-6イントルーダー、帝国では海神と呼ばれる機体を米国のように陸戦仕様へ改修する案もあったが技術的な問題があるとして却下された。開発コストが尋常では無い上に、米国ですら低下し過ぎた機動性という致命的な欠陥を排除出来ていないからだ。

というかA-6自体のライセンス生産すら始まっていない状況で、また新たな機体を作れるかと言い始めたのがそもそもの間違いなのだが。

 

(A-6とA-10が兄弟関係というのは頭に疑問符が残るが、本当に部品を共有しているのだろうか?)

 

少なくとも撃震にある程度追従可能な機動性は確保すべきと決まったのはお国柄の性だろうか。

 

「でもそれは上が許しませんよね」

 

純国産機(というには出自が怪しい隼)を持ち、量産と配備をある程度行えた軍部のプライドは高い。作れる技術があるなら自前で作れ、買っても来ない前例があるだろうと言われれば企業側は黙るしかないだろう。

 

「撃震のことを考えるとライセンス生産と国内向け改修を前に出して提案すれば通る気もしますが」

 

「いやぁ…表面的には仕方ないと言いつつ根には持ってますからね、心象は悪いでしょう」

 

戦術機は国産が絶対だと声高々に主張する程ではないが、隼を引き合いに出して文句を言って来るのは目に見えている。

 

「やはりF-4系をベースに重武装化する案ですかね。これなら撃震を流用出来るためにコストの低下が見込めますし、早期の実用化が行えます」

 

「それには秋津島も賛成です、我々としてもこれ以上戦術機の種類を悪戯に増やすのは得策ではないと考えていますから」

 

「F-4は拡張性に優れますからね、問題なく改修を行えるでしょう」

 

ひとまず撃震をベースに火力を強化した戦術機を作っていくことで各社の方針は固まった。撃震の製造と改修でF-4系に対して知識を蓄えた国内三社が主軸となり、秋津島開発は補助に回る形で開発は始まった。

地上でも精度と強度を充分に出せるようになった金属3Dプリンターは開発速度の飛躍的な向上に繋がった、前線での補修部品製造にも使われる予定だ。

 

 

「…参ったな、これは盲点だったぞ」

 

戦術機に搭載出来るほど軽量で、長時間の使用に耐え、尚且つ戦車級を撃破可能な威力と連射力となれば使える砲は限られる。

つまり、日本国内にそんな都合の良い機関砲が無かったのだ。

 

「絶対A-10をライセンス生産するか買うかした方が良かっただろ!」

 

「やめてくださいよ社長、多分それを思ってる人は多いと思いますけど言っちゃ駄目です」

 

「上の奴らはあんまり難しいと思ってないんだろうな、戦術機作るのって大変なんだぞ?」

 

戦術機の開発難易度を軍や政府が誤認している理由は秋津島開発にある、隼があっという間に完成し、今も斯衛仕様の試作機が完成し試験に回されているのだ。他社はアレと一緒にするなと怒っていい。

 

「ヨーロッパの兵器産業部門に話を持っていこう、餅は餅屋というしな」

 

「我々は戦術機を作れても大砲は作れませんからねぇ…」

 

というわけで搭載火器の選定に時間をかけるくらいならと政府にゴネて協力を取り付けたのはヨーロッパの軍事産業の代表達、対価は後方国である日本への避難だ。

 

「今や日本は大量の最新鋭戦術機を生産し、宇宙に対して無類の影響力を持つ秋津島開発を擁するアジアの海上要塞と噂されていますから」

 

「山を切り開いて居住地にするだけでヨーロッパの金持ちがわんさか来ようとしやがる、まあ無理もないがな」

 

日本独自の兵器を開発したい政府にとっても欧州軍事産業との繋がりはメリットが大きく、支社を設置したいという彼らの要求は飲むこととなった。これにより、それなりの数の技術者達が日本へと渡ってくる予定だ。

 

「40mm以上の大口径弾を連続して発射可能かつ、長い射程を確保し他の戦術機への火力支援を行える機関砲…」

 

「そんなのあるんですか?」

 

「ない!」

 

これは未来の欧州で採用される戦術機用の中隊支援火器の特徴を書いたものだ、戦術機が使える火力の最大値を大きく底上げする両手持ちの大口径機関砲があれば攻撃にも防御にも有用だろう。

正直言って国にはA-10を採用して貰いたかったが、そうならないのであればこの状況を大いに利用させてもらうことにする。

 

「というわけで草案はもうある。ウチの開発班と他の企業にも見てもらったし、この戦術機用の機関砲を持ち込んでみよう」

 

「そう簡単に作れますかねぇ?」

 

「ああ、まあなんとかしてもらうさ」

 

戦術機が使用する火砲に求められるのは一にも二にも軽量さだ、また機体が砲に振り回されないように重心にも気を配る必要がある。

 

「外装は戦術機同様軽くする方向で固めるとして、銃身と機関部はどうしようもないな」

 

「ここは軽くしようがないですからね」

 

いきなり戦術機用の中隊支援火器を作れと言われた彼らは面食らったようだが、F-4により防衛向きの能力を持たせられる新型火器の製作となればやる気を出したようだ。

A-10には火力で勝てないが、A-10より多くの状況で運用出来る機関砲は欧州でも需要があると判断したのだ。

 

「適材適所、火力は柔軟に運用出来てこそ真価を発揮するのさ」

 

「結局新規設計になりましたけど、私達だけで一から作るよりは全然マシでしょうね」

 

欧州軍事産業との早期接触が日本に影響を与えたのは明らかだ、これを機に様々な方面で活用出来る技術を蓄えた企業が辣腕を振るってくれるのを期待しよう。

 

ちなみにF-4の改修と中隊支援火器の設計に時間がかかるため、当分の間A-10モドキが姿を表すことはないだろう。出来れば日本侵攻までに防衛戦向きの機体が配備されていて欲しいという気持ちと、これ以上生産ラインを増やすなという気持ちがせめぎ合っている。

 

まだ試作機を見せて採用されるかどうかは不明な段階だが、中隊支援火器はどうにかその有効性を示したい。アレほどの火力支援を前線で飛び回りながら行える兵器は存在しない、後世で採用される程には有用な筈だが現時点での評価はどうなるのだろうか。




次は戦術機以外


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 既存兵器への技術転用

日本は色々な難題を国内企業に放り投げていたようです。


A-10モドキの方向性が決定し、実機が出来上がるまで待つ段階に入っていた国内企業は次のお題に取り組むことにした。それは対BETA用の戦車設計案を作るという難題だった。

 

「…戦車?」

 

「ええ、戦術機の後でいいとは言われていますが」

 

対BETA戦の花形として扱われるのは戦術機だが、実際に前線に立つのは単一の兵器だけではない。戦術機よりも大きな火力を運用出来る戦車は今でも有用な兵器の一つだ。

 

「ある程度の対レーザー防御と従来機以上の機動性を持ちつつ、問題になっている補給速度の迅速化を行なってほしいとのことです」

 

「戦術機みたいな戦車を作れと?」

 

「飛べ、とは言われてないのが救いですね」

 

全員が戦術機に乗れるわけではなく、衛士としての適性を持った人間は一部に限られる。それに戦車や歩兵は既存の補給体制で運用が可能であり、18mの巨人が必要とするような巨大設備を必要としないというのも利点だった。

 

戦術機はロケットとジェット双方の燃料を大量に必要とし、その巨体から整備可能な設備は必然的に巨大化する。戦術機を輸送可能な車輌は18m以上の全長になるわけで、機体が見かけより軽いとはいえ車体含めた重量はかなりのものになる。

つまり、国土防衛を効率的に行うためには戦術機以外の兵器もこれまで以上に量産する必要があるわけだ。

 

「74式の後継は開発が進んでいたりしませんか?」

 

「対BETA戦が始まったのでプランが白紙になりました、今回のお題もありますし既存の戦車の延長線上で開発するのはどうかと議論が紛糾しまして…」

 

対人類用の兵器は戦争が終わった後に作ればいい、という政府の吹っ切れ様には企業も驚いたようだ。

 

「我々の兵器開発リソースは現状戦術機に全てが注がれている現状、完全な新規設計となると…」

 

「手が足りませんね、戦術機に関する技術が転用出来るわけでもありませんし」

 

戦術機は既存の兵器とはかけ離れた技術体系を持つため、新たな技術として取り入れたは良いが他の兵器に活かせると言われると難しいだろう。

 

「取り敢えず政府を黙らせられるような設計案を出して、眼前の課題である戦術機の方に集中するのが得策かと」

 

「完全な対BETA用の戦車の設計案を作るのに何ヶ月かかるやら、秋津島開発さんも戦車となると経験がありませんし」

 

「あー、一応手が無いわけでは」

 

 

というわけで、社員は何故か速攻で設計図を書き上げられる人物に頼ることにした。

 

「なるほど、戦車の設計図を書けばいいんだな」

 

「はい」

 

「月面で使ってた多脚車輌あるだろ、あの資料引っ張り出して来てくれ」

 

A-10モドキの件がある程度進んだなと思えば次の仕事である、対BETA用の戦車となるとどうすべきか。

日本の主力戦車は74式戦車だが、今から更に量産するよりも新型の登場を待った方が良いと判断したのだろうか?

 

「我が社で作れる範囲の戦車となると…」

 

120mm砲を搭載するのは決定事項、副砲として機銃を一つか二つ乗せる必要がある。状況に応じて換装し易いように装甲は取り外しが簡単な方が好まれるだろう、現状戦車のサイズでBETAの打撃を防ぐことは難しいがある程度の剛性は担保しなければ。

 

「ルナチタニウムを使っても要撃級の打撃や戦車級の攻撃を防げませんか?」

 

「アレはあくまで装甲材、要撃級の攻撃を一撃でも喰らえば車体が歪んで砲塔は回らなくなるだろう…操縦士は助かるかもしれんが」

 

「戦車級は?」

 

「F-4の装甲が食い破られる時点で打つ手なし、爆発反応装甲あたりで吹っ飛ばすしかないな」

 

戦術機関連で培った駆動系の技術を余すことなく投入し、完成したのは四つの足を持つ多脚車輌だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

人が乗れるとは思えない形状の砲塔と戦術機の駆動系を流用した二重関節の脚部を持ち、既存の戦車というイメージからは大きく逸脱している。

無限軌道ではなく足先に取り付けられたタイヤで走行する仕組みとなっており、国内での防衛戦を想定した作りなのが伺える。

 

「装輪車輌だな、戦車っていうより」

 

「何故こんな形に…?」

 

「いやだって戦術機みたいな戦車って言ったらこうなるだろ、機動性と火力は保証するぜ」

 

外装は炭素系素材で構成されており、装甲にはレーザー対策が施されている。特筆すべきなのは操縦席以外には最低限の防御力として小銃弾防御のみが施され、耐弾防御を捨てることである程度の軽量化を果たしている。

 

「戦術機と同じ系統の素材なら外装は一発で成形出来る、歩兵と協働するならここらが落とし所だろうな」

 

「確かに対BETA用に特化していますけど、特化させ過ぎでは?」

 

「複合装甲でも対レーザー装甲でも上から貼っつけりゃいいの、BETAは120mm砲なんて撃ってこないだろうがよ」

 

その軽量さと快速性に従来通りの火力を持ち合わせた新世代の対BETA車輌は、こうして設計案が提出された。戦術機開発の裏で研究が進められていくことだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 軍備拡張

斯衛は新たな鎧を手に入れたようです

皆さんはロボットとパイロットの友情モノで何が好きですか?
僕はエクストルーパーズのギンギラとブレンの一か八かです、異論は認める。



1980年、日本帝国政府は徴兵制の復活を宣言した。対BETAの最前線では見間違いかと思うような損耗率が報告されており、帝国軍も抜本的な軍の再整備を行っているらしい。主力兵器として大量生産が続けられる戦術機だが、それに乗る衛士に適性が求められるというのも広く人を集めなければならなかった理由の一つだろう。

 

「隼の補助AI、役に立ってるみたいですね」

 

「コストを考えると割に合わないが、まあ将来性はあるからな」

 

将来的に無人化するには優れたAIが必要だが、戦術機を機械だけで動かすとなると相当難しい。今は戦術機に乗る新人衛士を助け、熟練衛士の邪魔にならない範囲のサポートを行えるレベルを目標に調整を続けている。

 

「なんか斯衛の衛士は前のバージョンの鋭敏さが欲しいって言ってますけど」

 

「知るかァ!斯衛でも使い熟せる衛士そうそう居ないだろ!」

 

「前々回くらいのアップデートにより任意で思考制御感度を調整出来るようになってるって教えたら、嬉しそうにして帰っていきました」

 

斯衛仕様の撃震と隼は今年に配備が始まるため、倉庫では大量の戦術機が運ばれるのを待っていた。納入先が納入先のため、擦り傷一つ付かないようにと厳重な保護が行われている。

 

「斯衛仕様の撃震、瑞鶴って名前に決まったそうですね」

 

「ああ、似合ってる」

 

「そして我々の隼は…鐘馗と呼ばれるそうです」

 

我が社の機体は陸軍のレシプロ機にあやかる傾向があるのだろうか、まあ名前負けはしていないだろう。

隼斯衛仕様改め鐘馗はここ数年の試験運用にて様々な改良を施し、搭載した機器の性能を十二分に引き出せるほどになった。運用コストは相応に上がったが、同じ力量の衛士が隼と鐘馗に乗って戦えば鐘馗が勝つと言い切れるまでになったのは努力の賜物だろう。

高性能化した結果悪化するかと思われた操縦性だが、補助AIの搭載と度重なる更新により解決した。

 

「腕部の大型展開式ナイフシース、大好評ですね」

 

「帝国軍もアレ欲しいって言ってるが、部品点数やら強度やらを考えると作る側は気が気じゃないんだからな!」

 

隼に搭載しているものとは違い、片腕単体でナイフを保持できるのは斯衛だけでなく帝国軍でも話題になったそうだ。実験的に搭載した格闘戦想定の装備は好評で、帝国軍の次期主力機に盛り込まれる要素になったことは明らかだった。

 

「帝国軍か、軍といえば徴兵制を再開したらしいな」

 

「戦術機の乗り手になれるのは少数派ですからね、今は戦術機生産に全力を注いだお陰で補助戦力が足りないとか聞きましたよ」

 

三次元的な戦闘を常に行う必要があり、対BETA戦の矢面に立つことになる衛士達はそれ相応のエリートだ。100人集めて全員がなれるかと言われれば即座にNOと返せるだろう。

 

「対共産圏用に蓄えてた分じゃ足りないのか」

 

新たな戦車を作れるかと政府が言い出したのも補助戦力不足を考えてのことなのだろうか、確かに74式戦車では少し不安が残るかもしれない。

 

「弾薬は我々が卸せますからね、今は砲兵隊の拡充を急いでいるようですよ」

 

「レーザーに撃ち落とされるとはいえ、結局のところ勝負を決めるのは砲撃だからな…」

 

戦術機に全力投球した結果、少し他の部分が疎かになっていたようだ。国内企業も原作以上に撃震の製造と改良に力を注いでおり、今年に瑞鶴の配備が始まるともなれば他の事を始める余裕はないだろう。

 

「拡張した港でも戦術機用の母艦が起工されたらしいですね、海軍も揚陸作戦能力の確保に躍起になってますよ」

 

「艦艇を運用する人員も必要というわけか、ここまで急な軍拡だと持つものも持たなさそうだが…」

 

 

先のA-10モドキ開発や、瑞鶴の完成により国内三社の戦術機部門は束の間の休息に入っていた。後回しにしていた戦闘車輌を秋津島開発が一時的に受け持っているのも大きい、働き詰めで彼等もどうにかなりそうだったのだ。

 

「ひ、ひとまず、瑞鶴の配備開始…おめでとうございます」

 

まばらな拍手、腕を上げる力が残っている者は少数派だ。

原作を超える速度で実用化されたのはいいが、三社の疲弊は相当なものだった。

 

「戦術機以外も進めなければなりませんからね、仕事は山積みです」

 

小銃、弾薬、車輌、その他諸々…大企業である彼らがこれからのために用意しなければならないものも多い。多数の戦術機が稼働し始めたことにより、それ専用の補給体制も見直さなければならない。

二種の燃料を使うエンジンと18mの巨人を維持するのは生半可な体制では不可能だったのだ。

 

「隼用の消耗品は秋津島開発さんからOK貰えたか?」

 

「貰えたぞ、宇宙で作ったのと遜色ないって褒めちぎられたわ」

 

この手の産業で長く戦ってきただけはあり、秋津島開発単体では部品供給に不安があった状態の解消にもしっかり動いていた。

 

「今は足場を固めないと、張子の虎にするつもりはないからな」

 

「休みが明けたら対レーザー装甲の研究も進めるぞ、秋津島にやられっぱなしじゃあ格好がつかん」

 

 

 




国内企業の辛いところ、戦術機を作れと言われるが戦術機以外も全部用意しなければいけないこと。
過労でぶっ倒れそうになるものの、確実に成果は出始めているようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 北欧と宇宙

秋津島開発は兵器の実地試験を行いたいようです


宇宙港ではなにやら大きな工事が連日行われていた、物騒な警告文が書かれたコンテナが大量に地上から打ち上げられているのもその関係だ。

 

「コレ全部核ミサイルだってよ…」

 

「月からのBETA迎撃用に使うんだからいいだろ、サッサと運ぶぞ」

 

月から飛来するBETAを迎撃するため、軌道上では核戦力の使用を前提とした迎撃プラットホームの建設が急がれていた。秋津島開発などの宇宙開発系企業が衛星を作り、国連軍が武装を施し、地球の衛星軌道へと投入する。

 

既に米国系の企業が作った武装衛星は運用が始められていたが、大量に配備するのであれば秋津島開発に話が来ない訳がない。衛星本体の製造を依頼された瞬間に地上の製造設備と宇宙港の組み立てラインが稼働を開始した。

 

「地球落下軌道をとる物体を迎撃する核武装衛星、物騒な世の中だな」

 

「BETAがいる間はいいが、戦後まで残ると厄介な火種になりそうだ」

 

 

BETA戦の最前線、北欧付近の国連軍駐屯地にて。

秋津島開発のロゴが入った輸送車輌が幾つも到着し、物によっては軌道上から補給コンテナによって投入されていた。内容物はどれも戦術機関連のものであり、予備の部品なども納められている。

 

「なーんでこんな所にまで来る必要があったんですか…」

 

「こういう場所じゃないと試験できないものもあるってことだ」

 

実地試験を行いたいというのは我が社と日本がもとより考えていたことだった。なぜなら隼は性能を見れば優秀かもしれないが、F-4と違い実戦を経験していないからだ。

 

「中国とソ連は政治的問題がある、中東諸国は宗教的な壁がある、ならもうヨーロッパ方面に来るしかないだろ」

 

個人的には近い中国方面に派兵して貰いたかったが、小規模かつ戦術機の実戦テストとなると行える場所は限られた。

 

パレオロゴス作戦の大敗後、BETAはここフィンランド領内へと向かい攻勢を続けていた。原作においては防衛戦に失敗しハイヴ建設を許してしまっていたが、この世界においては未だ睨み合いが続いている。

ヨーロッパ方面はかなり良い方向に未来を変えられただろう、パレオロゴス作戦の被害を抑えられたのが要因だろうか。

 

「それはそうなんですが、何故国連軍に混ざって我々が参戦するんです?」

 

今回は日本帝国軍としての参加ではなく、秋津島開発傘下企業として設立されたPMCとしての参加だ。帝国内で配備が始まったものの、練兵や運用体制は完全に整ったとはいえない状態で派兵することに対しては意見が割れたらしい。

現在は1981年、原作において大陸への派兵が行われるのは10年後の1991年であることを考えると無理もない。

 

「名目上は欧州連合に納品予定の戦術機を実地にてテストすることと、物資輸送や後方の警備って感じだな」

 

「よくもまあ認められましたよね、最近兵器産業の方と繋がりが出来たばっかりなのに」

 

「後退が続く戦線を見てなりふり構ってられないのかもな、BETAが湧き出るハイヴを攻略出来ていない以上はどうしようもないんだが…」

 

派遣する際に選定された機体は勿論隼だが、データリンクシステムの試作品を搭載した最新型だ。内部に留まらず外部にまで改造が行われている機体もあり、その用途は様々だ。

今回用意された部隊は中隊規模であり、支援車輌などを含めるとそれなりの数となった。しかし戦車や榴弾砲といった補助戦力は持ち込んでおらず、国連軍に任せる形となっている。

 

「志願してくれた衛士達が生きて帰れるよう全力を尽くさなきゃあならん、だから俺たちも現地に居るってわけだ」

 

「護衛の人達の手間になりますから、各所に挨拶したら帰りますよ」

 

「分かってる、分かってるって」

 

格納庫へと移される隼達はどれも肩や胸などに目立つオレンジ色の塗装がなされている。国連軍の機体が水色に塗られているのに対し、派手なカラーリングの秋津島PMC所属機は異彩を放っていた。

 

「欧州連合に隼の完成品を納入するって話も納入が近いからな、調整のためにヨーロッパを転々としなきゃならん」

 

秋津島PMCの中隊はオスカーと名が割り当てられた、今後の活躍を期待しよう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

挨拶がわりに大量の武器弾薬、そしてセットで持ってきた嗜好品をばら撒いてひとまずは退散した。

 

 

オスカー中隊は帝国軍から抽出された衛士と最新鋭機である隼で構成された部隊であり、この北欧戦線では予備戦力として一時待機を命じられていた。

BETAを順当に処理出来たことは殆どなく、突破された防衛線を抑えるのには速力に優れる隼が適当だと考えられたためだ。

 

「…あれがA-10か」

 

防衛線をすり抜けてきたBETAを掃討するためか、比較的後方にも戦術機が配置されていた。中隊の衛士は日本には存在しない無骨な戦術機を見て、この火力を持ってしてもBETAを止めることは出来ないのかと少し恐ろしく思ったようだった。

 

「防衛線にBETAが到達したようですが、これは…」

 

「あれだけの砲撃を持ってしても、ここまでの数がすり抜けて来るのか」

 

シミュレーションでは何度も見た状況だ、光線級により砲弾は次々と迎撃されている。

 

『オスカー中隊、砲撃によって重金属雲が発生しているが強風により効果はまばらだ、対レーザーを意識して行動しろ』

 

「了解だ」

 

『一部防衛線にて既に被害が拡大し始めている、急行の準備を』

 

「聞いたな、各機最終確認だ」

 

オレンジ色の機体達は武装を確認し、四肢や兵装担架を稼働させたりして最低限の動作確認を行う。今回のために用意された試作武装も存在するため、トラブルが起こった際に対応出来るよう機体状態の把握に努めなければならない。

 

『オスカー中隊、指定ポイントまで前進し当該地区に配置されている部隊の支援に当たれ』

 

「了解!」

 

初の実戦だが、機体の飛行にブレはない。ありがとうなと一言溢すと、AIが正常に動作していることを示すビープ音が返答のように鳴らされた。

 

 




マブラヴ公式でもPMCは出る予定らしいので二次創作で出しても大丈夫。
ヨーロッパ君はまだ息をしてるようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 Oscar中隊奮戦ス

最新鋭機は伊達じゃないぜ



度重なるBETAの襲来によってか障害物もなにもない平坦な地形を低く飛び、戦場へと急行する。前衛を担当する機体は盾をしっかりと前に向けて構え、頭部のセンサーを頼りに周囲の索敵を続けていた。

重金属雲が風によって流れ、まばらになっているとはいえ過酷な環境下でも動作し続けるセンサーに衛士は安堵したことだろう。

 

「防衛線は機能しているみたいだな、もし移動開始時に瓦解していたのなら接敵する筈だ」

 

「だが雲のせいで通信環境は劣悪だ、想定外の場所にまで流れちまってる」

 

しかし今は前進する他ない、国連軍や欧州連合軍の機体シグナルを捉えられる場所まで行かなければ。

 

「通信可能距離にまで近づけました、国連のF-4です!」

 

「索敵を怠るな、状況の把握に努めろ」

 

次々と機体のシグナルが検知され、データリンクシステムによって中隊機全てに伝達される。交戦していると思わしき機体が殆どで、通信が途絶した機体もある。

 

「部隊配置が滅茶苦茶です、これじゃあ防衛線がもう持ちません!」

 

「それをどうにかしに来たんだろうが!手始めに前方の小隊を支援するぞ!」

 

「了解!」

 

近づくと一気にBETAを示す光点が機体前方を埋め尽くし、光学センサから得た視界の情報には大量のBETAが存在するという警告表示が表示される。

 

「戦車級及び要撃級多数!」

 

「出し惜しみはするな、弾なら社長さんが幾らでも落としてくれる!」

 

戦域周辺の衛星軌道には専属のコンテナ投下艦隊が待機しているため、採算度外視で迅速かつ正確な補給を受け続けることが出来るのだ。

 

訓練通りに陣形を固め、突撃砲の36mmと120mmを使い分けて敵を倒していく。前衛も長刀は抜かず、今は射撃戦に終始していた。リスクが高い近接戦闘を初陣で行うことを避けたかった中隊長の意向だ。

 

「あ、明らかに他の機体と戦っていたBETAが、こちらに引き寄せられています!」

 

「これだけ派手にやれば寄ってもくる、撃て撃て!」

 

砲身を延長した支援突撃砲の試作型を手にする後衛機が次々と戦車級を始末し、動きやすくなった前衛が要撃級を危なげなく倒していく。中衛は前後を支援しつつ、このまま円滑に掃討が進められるよう指揮と周辺の把握に努めていた。

 

「た、助かった!」

 

「後退して部隊を再編して下さい、我々が受け持ちます」

 

AIの支援もあるのだろう、必要最低限の弾薬消費でBETAを倒し続けている。

外殻が大きな突撃級などの死骸が邪魔になれば即座に場所を移し、不利にならないように心掛けているのがよく分かる。

 

「何故部隊はここまで散り散りに?」

 

「二つの小隊が突撃級の処理に失敗して喰われた、それからはもう火力が足らなくてこの様だよ」

 

つまり接敵と同時に8機も失われたというわけだ、穴を開けられるのも無理はない。

 

「…レーダーに巨大な影、恐らく要塞級が接近して来ています!」

 

「数は?」

 

「恐らく三体、詳しい距離は不明ですが」

 

BETAは移動速度に差があるため、人類に向かって前進する際に自ずと種類毎に分かれていくことになる。要塞級は足が遅い部類に入るため、それが居るとなれば…

 

「レーザー!」

 

同じく足の遅い光線級も居るということだ。

初期照射警報が前衛の一人のコックピットで鳴り響き、中隊の機体にそれが伝達される。照射を許すまいと放たれた後衛の36mm弾は、重金属雲内という環境下でも光線級に命中した。

 

「け、警報、解除…」

 

訓練通り盾を構えて光線級撃破を待っていた前衛の衛士は、死の一歩手前にいたことを実感しながらも再度動き始めた。見るに見かねて中衛機が一機支援に向かっている。

 

「流石に全てを相手するのは厳しいな。防衛部隊の再編が終わり次第下がるぞ、それまでは気張れ!」

 

「了解!」

 

光線級が居ると思われる場所、要塞級周辺に向けて120mm砲を指向する。装填したのはキャニスター弾、所謂散弾だ。

 

「この距離なら自慢の迎撃も間に合わんだろう」

 

雲が視界を遮るため着弾した結果は分からないが、場所が割れたなら撃っておくのも良いだろう。AIによる敵移動予測地点に向けて、中隊機がそれぞれ3発ほど撃ち込んだ。

 

「ソナーはどうだ?」

 

「駄目ですね、砲撃と要塞級の音で掻き消されてます」

 

「(初陣にしては上手くいっている、機体性能に助けられているのはあるが多少の危うさはあるな…)」

 

中隊長は先ほどのレーザー照射から動きが悪くなった前衛を見て危機感を感じていた、AIが補正しきれないようで機体が持つ長刀が震えていたのだ。

 

「隊長、防衛隊の機体が再集結を終えたようです」

 

「よし、引くぞ!」

 

中隊が反転し、逃げようとした最中だった。

左翼の中隊機が救難信号をキャッチしたのだ、恐らく撃破され救助もされなかった機体だろう。

 

「…救難信号です、隊長」

 

無論中隊全てに伝達された、信号を発信する機体はそう遠くはないだろう。

 

「助けるぞ、機体を抱えてでも離脱する!」

 

「了解!」

 

防衛に従事していた機体が居なくなったことにより進行してきていたBETAを避け、或いは倒しながら先へ進む。飛行中でも正確な射撃が行えるため、移動中であっても火力が下がることはない。

ある程度進むと突撃砲の射撃音が聞こえてきた、もうすぐ近くだ。

 

「こちらオスカー中隊!助けに来た!」

 

「お、オスカー?」

 

救難信号を発していた機体は跳躍ユニットが破損しており、駆動系が死んでいるのか片足を引き摺っている。

 

「災難でしたね、さあ捕まって下さい」

 

「もう光線級が来てます、離脱しますよ」

 

二機の隼に左右から支えられ、機体ごと離脱することにしたようだ。

 

 

立て直しに成功した戦術機部隊は防衛線の再構築に成功、Oscar中隊の支援もあってBETA群の殲滅に成功した。しかし中隊機のうち一機が再度レーザー照射を受けてしまい、盾による防御と後衛の砲撃によって一命を取り留める事態になった。機体ハンガーには胸の装甲が少し焦げた隼と、レーザー照射によって大きく穴が空いた盾があった。盾は調査のため後方に送られる予定だ。

 

「…機体の性能に助けられたな」

 

中隊は機体を失うことなく実戦を生き延びた、それは紛れもない事実だが運が良かっただけだと中隊長は考えていた。

あのレーザー照射の時に後衛が二度も光線級を撃ち抜けたのは重金属雲下でも敵を捕捉出来たセンサーあってのもので、自分達が乗っていたのが周囲と同じF-4やF-5であれば死んでいたと感じたからだ。

盾を信用し過ぎるのも良くない、改善すべき事は大量にある。

 

「あの、Oscar中隊の方ですか?」

 

「その中隊長だが、何か?」

 

「伝言です」

 

機体損傷時に受けた傷を治療するため医務室送りになったが、問題なくまた飛べそうだと助けた衛士から短い手紙が送られてきたようだ。

部隊員に見せてやろうと思い、お礼を言って宿舎へと向かった。

 

初の大陸派兵、出来れば中隊全員で生きて帰りたいと願うばかりだ。




国内でひたすら訓練を受けていても、やはり実戦の空気というのは侮れないようです。

マブラヴはモブ兵士がカッコいいんですよね、須く死ぬけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 米国製第二世代機と日本製第二世代機

秋津島開発の隼は、早くも追いつかれたようです。



米国においてF-14が配備され始めた。

既存の機体とは違う設計思想を具現化したその機体は、まさしく第二世代機という新たなステージに立ったことを宣言しているように見える。

 

そのことを受けて政府は秋津島開発の見解を聞きたがっていた。

社長と直属の部下は色々と仕事が多い中、その質問への回答を行わなければならなかった。

 

「隼との性能差?」

 

「はい」

 

隼は初期の初期に作ったということもあり、はっきり言ってこのままでは完全な第二世代機になることは出来ないだろう。原作における第二世代の傑作機、F-15のような機体になるには現時点では足りないものが多い。

 

「隼の機動性に関しては同等かそれ以上な筈、近接格闘戦であれば勝てる」

 

「砲撃戦では?」

 

「微妙だな、センサーの性能が追いつかれてなきゃ大丈夫だとは思うが」

 

隼は第二世代機相当の性能を持つと自信をもって言えるが、設計当時の技術不足もあって姿は第一世代機寄りだ。跳躍ユニットも米国製と大差ない、現時点で勝っていると確実に言えるのはAI補助周りだけではないだろうか。

 

「つまり最強の戦術機を持つという日本のアドバンテージは失われたと」

 

「まあ唯一無二ではなくなったわな、追いつかれるのは分かってたことだろ」

 

隼は既に大規模な配備が日本国内で行われており、また新型機を用意するというには開発スパンが短すぎる。それに隼も拡張性が無いわけではない、これから先は改修による性能向上を行っていくべきだろう。

 

「それにだ、並ばれたとはいえ負けたわけじゃあない」

 

隼の製造で培った技術、そして今も戦ってくれているオスカー部隊の衛士達から送られてくるデータによって秋津島開発は一つ上の段階へ進むことが出来るだろう。

 

「ひとまず帝国軍の兵器全てにデータリンクを実装する、半導体製造も軌道に乗ってきたからな」

 

「やはり急ぐべきだとお考えですか」

 

「オスカー部隊は光線級による被害を最小限に抑えられている、今人類に必要なのはこれだよ」

 

半導体製造と隼の戦果を交えて宣伝し、機体間のデータリンクの有効性は示した。高度なレーザー照射探知機を搭載しデータリンクに対応した機体であれば、味方と協同し光線級が最大照射に達する前に撃破可能である。これさえあれば戦術機同士との連携能力が大幅に向上し、光線級による損害を大きく抑えられるということだ。

 

「世界的に普及させるのに必要な量の高性能コンピュータ生産なんて夢物語だったが、今なら他の国を抱き込めば可能だ」

 

「コンピュータの量産なら最近やってますからね、操縦補助AIっていう名前の」

 

戦術機での使用に耐えうるコンピュータの量産体制は既に整っている、ラインを流用すれば問題なくデータリンク用の機材は揃うだろう。

 

「帝国軍のF-4系戦術機に実装するのは勿論だが、コイツは国連を通じてどうにかばら撒きたい」

 

「全戦術機に搭載する電子機器となると、莫大な利権になりますが」

 

「先ずは欧州連合、その次には米国に話を通す」

 

隼のデータリンクシステムが実戦で機能しているという事実がオスカー部隊によって証明されている、今ある機体に実装さえすれば生存性が大きく上昇するとなれば話は早いだろう。

 

「戦術機工場と共にデータリンクに必要な機材を作る工場を建てる」

 

「とんでもない額が動きますよソレ、隼の方もヨーロッパ各国の工業地帯周辺をぶち抜いて建てるって言うのに」

 

「日本国内の工場を拡張するだけじゃあ普及が遅くなる、国外も並行して一気に整備するんだ」

 

 

「…隼、以前の大戦ではOscarと呼んでいたか?」

 

「そうなるな、秋津島単独で戦術機を作ることは予想の範囲内だったが」

 

国連軍の敷地内に居るのは将校の服を着た男二人だった、普段使われていない部屋を貸し切り話をしている。

 

「F-4を上回るどころかF-14と同等の性能を持つというが、実際のところ本当の話なのか?」

 

「実戦に出たばかりで詳細な情報は無いが、国内で行われた演習の結果なら手に入れられた」

 

F-4Jと隼の交戦結果だ、衛士が機体を交換しても隼が勝利している。

10回戦って8回勝つというのは相当な差だ、特に近接格闘に持ち込まれた際には勝率が9割を超している。

 

「途中から差が大きく開いたな、これは?」

 

「操縦を補助するコンピュータを新たに積んだらしい、人工知能に関する技術が応用されていることが分かっている」

 

「…隼の操縦系統はF-4に劣っていると言われていたが、あっという間に修正してきたな」

 

彼らは既に隼に関する情報を幾つも得ていた、軍の内外問わずだ。

紛失したとされていた整備マニュアル、装甲の破片、螺子など隼に関するものなら全て掻き集めている。

 

「隼は今何処に?」

 

「北欧だ、パレオロゴスのしっぺ返しを受け止めにな」

 

「ふむ…より詳しい調査はそこで行うべきだな、身元が分からないような駒を用意しておいてくれ」

 

「了解だ」

 

二人は何事もなかったかのように部屋を立ち去り、国連軍の中に消えていった。

 




撃震で隼に勝った奴はオスカー中隊で前衛やってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 隼の性能 

何やら怪しい動き…


秋津島開発の傘下企業である秋津島警備は、戦術機を用いて軍事施設などの防衛を行う民間軍事企業だ。実態は国外に小規模な部隊を派遣し、機体の実戦テストを行うという軍とズブズブな関係の組織だが…そこは置いておこう。

 

「これは?」

 

「新しい盾だ、重量は二割増しになったが強度はかなり増したぞ」

 

「二割り増しって…飛ぶのキツイぞ」

 

「だがこの大きさでだ、中々良さそうじゃないか?」

 

秋津島警備専用の格納庫には最新鋭兵器が次々と搬入されてくる、中隊の跳躍ユニットが丸ごと更新されたことすらあったほど補給は潤沢だ。

 

「盾があるからって慢心するなよ、戦場で撃たれるとなるとあっという間だぞ」

 

「分かってるよ、アイツらは本当に出鱈目だからな…」

 

初めての戦闘から数回の防衛戦を経て、衛士達は成長していた。

残念ながら中隊機が失われる事態になったこともあったが、要撃級の一撃でも潰されなかったコックピットのお陰で衛士は一命を取り留めていた。

他にもレーザーで焼かれたり、足をやられて跳躍ユニットが燃料ごと吹っ飛んだりもしたが操縦席周りはとことん頑丈だった。

 

「見ろよあの凹み様を、肝が冷えたってもんじゃない」

 

「国連軍のF-4の方が全身カチカチなのに、わざわざ隼で庇った馬鹿が良く言うな」

 

「…それはそうだが」

 

早くも隼の性能を見せつけたオスカー中隊は一目置かれるようになっていたが、その優遇されているのが一目で分かる新型機と補給体制が問題を生むこともあった。

だがまあ、彼らには彼らの苦労があるのだ。

 

「戦術機用の80mm砲って、何に使うんだよ」

 

「120mmで充分だし、砲身が長すぎて使い難いんだよな…」

 

大量に送りつけられる試験武装のテスト、改修された機体のテスト、実戦で感じたことのレポートなど課せられた仕事は膨大だ。その上PMCとして国連に雇われて来ているという建前上、基地内の警備も業務として行う必要がある。

 

「交代だ!」

 

「俺達の番が来たか、行くぞー」

 

格納庫内で待機していた二人は愛機に乗り込み、機体のシステムを立ち上げた。機体のOSと補助AIは問題なく稼働しており、自己診断でも問題は報告されていない。

 

「警備も楽じゃあないな…」

 

格納庫に帰って来た2機と入れ替わりで外に出る、機体が地面を踏み締める感覚は確かに身につけた装備を通じて伝わって来ていた。

 

 

「アレですか、極東の最新鋭機とは」

 

「派手なオレンジ色だ、アイツが間違える心配が無いのは助かったよ」

 

戦闘によって損傷した機体を一時保管しておくための格納庫にて、作業服姿の二人が何やら話しているようだ。この格納庫密集地帯に取り付けられたカメラの映像か何かを見ているのが分かる。

 

「機体は見繕ったか?」

 

「どれも跳躍ユニットが取り外されていましたが、最も状態が良いものを選びました」

 

彼らが簡易的に整備を行なったのは一機のF-4系戦術機、ソ連製のMiG-21バラライカだった。跳躍ユニットの損傷によりこの場所へと運び込まれていたため、機体自体の損傷は皆無に近い。

 

「遮蔽が多い基地内であればユニット無しでも充分暴れられるでしょう」

 

「そうだな、では始めようか」

 

バラライカのコックピットハッチが閉じ、センサー部が発光した。

話をしていた二人が退散する中、バラライカはどう言うわけか装備されていた実弾入りの突撃砲を壁に向けてぶっ放した。

 

 

「緊急だ!戦術機が暴れてる!」

 

「分かってる、場所は?」

 

格納庫の壁越しに放たれた36mm弾は隣の格納庫にまで簡単に到達し、駐機されていた戦術機を蜂の巣にした。分厚いF-4の装甲とはいえ、対衝撃性を重視したそれは砲弾を止めることはできなかった。

 

「基地内で撃つなんて、薬で錯乱したのか?」

 

「詳細不明だ、兎に角止めないと被害が拡大するぞ!」

 

燃料補給中だった戦術機が燃料ごと爆散、格納庫の一つが吹っ飛んだ。屋根の残骸がそこら中に降り注ぎ、黒煙を噴き出している。

 

「ロケット燃料がジェット燃料ごと吹き飛びやがった!?」

 

「近い、この辺りに居るぞ」

 

二人の機体構成は前衛仕様と後衛仕様だ、盾を持った前衛が先行し後衛が突撃砲で鎮圧するという戦術を想定している。

しかし格納庫が大量に立ち並んでいて視界はすこぶる悪い、不意の遭遇で機体を失うようなことは避けなければならない。

 

『聞こえるか、こちら格納庫』

 

「中隊長!」

 

『雇い主から通達だ、生け捕りにしろとさ』

 

ここまでの被害が出ているのだ、規定に従うのならば射殺が行われる状況下なのだが…

しかし雇い主である国連軍の言葉には従わなければならない、どうやって安全に機体を無力化すれば良いのだろうか。その瞬間、前衛機の衛士が何かを閃いた。

 

「80mmって使えるか?」

 

「はぁ?」

 

「あの砲の仕様書を読んだ、アレなら全部上手くいく…かもしれない」

 

後衛仕様の衛士は一瞬固まっていたが、直ぐに理解したのか跳躍ユニットを吹かして格納庫へと戻った。無線でやり取りをしつつ、作戦は一瞬で決められた。

 

 

「…レーザーが怖いな、ここは」

 

戦術機用の格納庫地帯と化したここは、本来航空機用の場所だった。そのために今は使われていない管制塔のような背の高い建物が幾つかある。

そこに陣取り、試作品だが射撃試験の結果は良かった80mm砲を構える。

 

 

【挿絵表示】

 

 

その姿はさながら人間の狙撃手だが、今回やることを考えるとあながち間違いではない。

 

「頼んだぞ、俺達の強襲前衛」

 

「任された」

 

作戦開始だ、後衛機が狙撃ポイントに着くまで牽制を行っていた前衛が勝負に出る。盾を斜めに構え、跳弾を狙いつつ追い込みを始める。

 

「そのまま直進、右手に煙を吹く倉庫が見えると思うがそれよりも奥だ」

 

「他に目標は?!」

 

「あー、ポイントのすぐ近くに建設途中の倉庫がある!」

 

後衛機に搭載された大型の光学センサはそれなりの距離があったとしても、肉眼と大差ないと感じるほどの解像度を衛士に提供する。

 

「了解だッ」

 

120mm砲を発射したバラライカを見て、脊髄反射の領域に至るまで身体に染みついた緊急回避機動を行う。その際手に持っていた盾を離し、射線上の障害物としてそのまま残した。

結果、自由落下する盾に徹甲榴弾が命中した。射線の向こう側にある建物への被害を最小限に抑えたのだ。

 

「120mmまでぶっ放しやがった…」

 

「そのまま追い込め、この距離なら拡散範囲は2〜3m内に収まるんだからな」

 

「分かってるよ!」

 

何処に突撃砲を向けても射線上に建物がある、ならば銃など使えない。

突撃砲を捨て、何も持たない両手を徐に近づけてナイフシースを展開する。

引き抜かれたのは戦術機用の短刀、スーパーカーボン製であり戦術機の装甲など簡単に両断できる。

 

「行くぞ弦楽器野郎、コックピットから引き摺り出してやる」

 

跳躍ユニットを地面と水平に向けて一気に加速、そして敵機を思い切り蹴り飛ばす。近接格闘用に強化された関節は、この程度やってのけて当然である。

短刀での攻撃に身構えていた敵機は予想外の攻撃を防ぐことは出来ず、モロに喰らうことになる。

 

「移動させたぞ、見えたか?」

 

「見えたが向きが悪い、こちらに正面を向かせられるか?」

 

「注文が多いな、任せろ!」

 

跳躍ユニットがなければ急な制動も難しいらしい、それに相手衛士の反応もどこか鈍いように感じる。

 

「さあいい子だ、こっち向いてくれ」

 

跳躍ユニットで跳躍し倉庫を飛び越え、後衛機が居る場所を背にして再度壁に隠れた。敵機がゆっくりと体勢を立て直し、両手の突撃砲をこちらに向けた瞬間に左腕が吹っ飛んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「命中」

 

「そのまま撃て、まだ片腕残ってるぞ!」

 

「知ってる!」

 

80mm砲が放ったのは通常弾ではなく、比較的貫通力の低いフレシェット弾だった。それは細い矢のような弾頭をばら撒く散弾の親戚のようなもので、F-4系の正面装甲を貫通することは出来なくとも関節部の破壊ならば可能だった。

つまり衛士は殺さずに、駆動系だけを破壊出来る。

 

「両腕吹っ飛ばしたからな、もう抵抗は出来ないぞ」

 

短刀を構えたまま、穴だらけとなった暴走機体へと近づく。

相手はバランスを崩しながらも歩いており、こちらへと自ら向かって来ていた。

 

「おいおい、まだやる気かよ…」

 

「跳躍ユニットが無いからな、自爆は出来ない筈だが」

 

「自爆までするってお前、爆薬でもコックピットに積んでないとそんなことには」

 

低く、その上くぐもった爆発音を機体の音響センサーが拾う。

まるでコックピットの中で何か爆発でも起きたかのような…

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1983年〜
第二十一話 続く攻勢とATSF計画の余波


21話以降の投稿は未定という話を以前にしていましたが、挿絵ばかりが描き上がり肝心の小説が完成していないので閑話で誤魔化したり、お休みを貰うことが年末年始増えると思います。
目の方は95%治ったとのことで、執筆に支障はありません。


オスカー部隊が警備中に戦術機が暴走し、乗っていたであろう衛士は爆薬で自殺するという事件が起きてから少し経った頃のこと。

半導体製造などの段取りに秋津島開発と日本帝国政府が苦悩し、協力的なように見せかけて技術を出来る限り提供して貰おうとする欧州連合との交渉が難航している時だった。

 

「もう全部技術を公開してもいい気がして来た、どうせすぐには作れねえんだし…」

 

「そんなこと言ってないで働いて下さいよ社長、話は全部政府に通せって予め言わなかった人が悪いんですから!」

 

「…はい」

 

交渉に関しては欧州連合の各国が上手だ、この戦乱の中でも自国が最も利益を得られるように動いてくる。

 

「軌道爆撃が間に合わなかったらハイヴ建設されてるレベルで敗走してた癖に、隼の製造工場だって建てるの大変なんだぞ?」

 

過密な打ち上げスケジュールはリニアカタパルトの寿命を大きく縮めてしまう恐れがあったが、欧州が落ちるよりかはマシとのことで無理矢理な運用が続けられていた。

拡大が続く打ち上げ施設群だが、新たなカタパルトが完成次第古い物は解体ないし大規模な整備が行われる予定だ。

 

「最新鋭の戦術機が作れる工場を他国に作れると言って隙を見せたのは僕らですから、もう文句言うのはやめましょうって」

 

隼に関する資料を机から退けると、見忘れていた書類が出て来た。

日付を見ると今日の朝からここにあったようだ、帝国政府から来たことが判子から分かる。

 

「なんだこれ、耀光計画?」

 

「前から話があった国内三社での新型戦術機開発計画ですよ、米国が色々やったので方針を転換したそうです」

 

曙計画と瑞鶴の製造で力を付けた国内三社は秋津島開発に頼らず戦術機を開発出来るようになると息巻いていたが、帝国軍からの高過ぎる要求に血反吐を吐く勢いらしい。書類には色々と書いてあったが、まあ手伝いに来いとのことだ。

 

「隼を超える性能かつ米国の次期主力戦術機と同等以上が最低限、か」

 

「隼は日本が一から開発した機体ではないですからね、自らで作ろうとしたのは当たり前かと」

 

急な召集だが、心当たりが無いかと言われれば嘘になる。

秋津島開発が戦術機研究の名目で行っていたある計画があった、それが今までにない急な呼び出しの理由かもしれない。

 

「なあ、アレのことって帝国にバレてる?」

 

「アレ?」

 

「試製四号、ほら地下格納庫で組み立て中の」

 

秋津島開発が独自に進めていた新兵器運用を前提とした次世代の戦術機、その試作機のことだ。もっとも、その新兵器の開発が遅れているために今はタダの戦術機なのだが。

 

「バレるも何も、秘密にしてるわけじゃないんですから上は知ってますよ」

 

「…そうだったか?」

 

「秋津島も色々とやってるんだなとは言われてましたけど、試作機が組み上がりそうって話をしたら血相変えてました」

 

「わざわざ言ったのお前じゃねぇか、まあよく考えると戦術機開発を国に秘密で進めるわけにはいかんけども…」

 

試製四号は帝国軍が重視する近接格闘戦よりも、射撃兵装を用いた砲撃戦に向いている戦術機だ。表向きは次世代機のための技術蓄積としていたが、口を出されて必要以上に格闘戦能力を付与されるのは避けたかった。

 

「米国も面倒なことをしてくれたよ、戦後を見据えた戦術機開発って…」

 

「目の前のことを片付けろと言いたそうですね」

 

「まあ新たな視点から戦術機研究を進めることで、今まで未開拓だった分野を育てたいってのはあると思うぞ」

 

米国が推し進める次世代機開発にはATSF計画というものが関わっている、その内容というのはざっくり言うと以下の通りとなる。

BETAとの戦争は第二世代戦術機の耐用年数中に終結するとの予測から、戦後における各国の動乱を想定した対人類用の戦術機を作ろう!

という絵に描いた餅を頭に詰まらせた奴が考えたものだ。

 

「…だがまあ、間違いじゃあないとも思うんだがな」

 

第二世代機を大量に揃え、各国団結してBETAへの攻勢を行えば勝てるのは確かだ。問題はそんなことは出来ないということだが。

実際に戦術機を用いた小競り合いは起きるため、ある意味先見の明があったと言うべきか。

 

「それになぁ、カッコいいからなアイツらは」

 

ステルス機特有の鋭角的で未来的なデザイン、圧倒的な対戦術機戦闘能力、格闘戦でさえ同じ第三世代機である不知火と同程度かそれ以上に戦えるポテンシャル…

名実共に最強の戦術機は確かに完成する、コンペティションに落ちた方を含めれば2機もだ。

 

「何がです?」

 

「なんでもない、上に四号を紹介しに行くぞー」

 

 

秋津島開発の地下格納庫に鎮座していたのは、フレーム剥き出しの戦術機だった。隼とは違いかなり細身で、見るからに機動性が強化されている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「試製四号は秋津島開発の戦術機開発部門にて作られた試作機の一つですが、元々は新型武装実験用の実験機でした」

 

ヨーロッパで戦闘を続けるオスカー中隊に武装を送っている部門の一つであり、対BETA戦を少しでも有利に進められるような新兵器開発にも余念がない。

様々な武装が考案される中、現在宇宙開発時に培った技術を応用した結果実用化が近い超電磁砲が有力候補として槍玉に上がっていた。

 

「超電磁砲、開発が進んでいると噂は聞いていたが…」

 

「搭載する実験機を作るところまで行っていたとはな」

 

格納庫内を歩くのは作業服の上から秋津島開発のロゴが入ったジャケットを着た社員の一人と、軍部の一団だ。

 

「しかし実験機でありながら隼を一部上回る性能を発揮、それ以来は本格的に設計が詰められていきました」

 

配られた資料には搭載しての実験が行われる予定の新兵器について、機体自体の性能についてなどが記載されていた。流石は上層部の人間というべきか、専門用語の多いそれをスラスラと読んでいる。

 

「そして試作機として生まれ変わり、将来的には超電磁砲搭載型戦術機の概念実証機として更に進化する予定です」

 

一通りの説明が終わった後、戦術機に詳しいと思われる軍人達は一斉に話し始めた。隼から世代を飛ばしたかのようなシルエットには思うところがあったようだ。

 

「見るからに細いな、背も高いし足も長い」

 

「F-4系には全く見えん、F-14に近いか」

 

「あくまで実験機だろう、装甲や機材を廃せばああもなるのでは?」

 

一部隼を上回る性能を発揮したというのは事実だ。

搭載予定の新兵器、超電磁砲が発する電磁波が機体へ及ぼす影響を減らすため機体各部への通信を光ケーブルにて行っているため反応速度は格段に速い。

その上に技術の向上で可能となった更なる軽量化は確かで、跳躍ユニットは隼の物を流用しているが明らかに試製四号の方が推力を自由自在に扱えるだろう。やはりこと戦術機において、軽さは正義だ。

 

「(滅茶苦茶いい機体出来たし、このまま完成させるか!…なんて社長が言ってたなと思ったらこんな大事になるなんて思わなかったですよ)」

 

「すまない、質問があるんだが」

 

「あ、はい、なんでしょう?」

 

「この機体、完成すれば実戦に耐えるかね?」

 

こうして(名目上は)技術蓄積のために作られていた試製四号は、国内三社と秋津島開発が協同して進めることとなる耀光計画の予備プランとして水面下で進められることとなるのだった。

秋津島開発ならまあ、なんとか完成させるだろうという国からの信頼があったからでもあるが。




シュバルツェスマーケン編やるか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 試作機と秋津島の今

プロットが浜で死にました、書き溜めの6話全て書き直しです。

秋津島開発は対価貰ってます、書いてないだけで…
なので書きました、奴ら趣味に使ってやがります


試製四号と呼ばれた機体は次期主力戦術機候補の一つとして躍り出た、相変わらずの速度で完成していた実機は既に試験場に入っている。

 

「超電磁砲は未完成なんだろ、機体に載せて大丈夫なのか?」

 

「砲身の寿命が持たないのが未完の理由らしく、発射機構自体はある程度完成しているそうです」

 

社長と部下はいつも以上に厳重な防具を着込み、対電磁波防御が施されたバンカーから試験場を見ていた。既に機体の周囲から作業員は退避済みであり、機体に繋がれた有線ケーブルにより遠隔操作が行われる予定だ。

 

「超電磁砲の電磁波は中々だからな、無人機じゃあ万が一があるらしい」

 

機体背部に搭載された発電機が起動、発射に必要な電力が発射機構に蓄えられていく。

 

「現在の性能では全力で稼働させたとしても30秒に一発が限界だそうです」

 

「30秒は長いな…」

 

「今製造中の新型なら10秒に縮められると開発チームは言ってますが、製造チームが材料の加工難度が高すぎる上に寿命が短いとボヤいてます」

 

現時点で発射可能な超電磁砲があるのは良いことだ、原作と違いBETAからしか得られないG元素も使わないため量産も出来る。

だが問題は山積みである。超電磁砲を背部に搭載するという仕様上専用機以外で運用すればバランスの悪化は必然、発射時に発する電磁波や熱の問題も既存の機体には辛いものがある。

 

「将来的に量産するとしても、コレは試製四号専用になっちまうよ」

 

「発射時の反動やら専用の給弾給電システムなんて、他の機体も使えるようにする方がコストかかりますって」

 

そろそろ充電が終わる頃だ、話を一旦やめて射撃場の方を見る。

格納庫にあった時のようなフレーム剥き出しの姿ではなく、最低限の外装が追加された試製四号は凛々しかった。

 

『発射!』

 

火薬式の砲とは少し違う砲撃音がした後、標的として用意されていた突撃級の外殻が割れた。この距離であれば弾道が見えたりもする筈だが、発射音と同時に着弾したのかと思うほどの弾速を持って弾頭は飛翔したようだ。

 

「…おぉ、やったか」

 

「突撃級の外殻を一撃で貫通、その背後にあった丘にもクレーターを作ったそうです」

 

「威力充分だな、並べて撃つだけでBETAを殲滅出来るぞ!」

 

 

「そう思っていた時期が私にもありました」

 

「どうしたんです、急にそんなこと言って」

 

超電磁砲だけで隼が二機買える、これは将来的な価格低下を見越しての値段である。また砲身の寿命や発電機への過負荷などを考えると運用コストも莫大なものになり、とてもではないが纏まった数を運用出来ない。

 

「…研究を進めないとな、ちょっと設計室に籠るわ」

 

「護衛の人に話を通しておきますね、何があっても部屋から出ちゃ駄目ですよ」

 

「分かった分かった」

 

何処からともなく現れた護衛達に周りを囲まれつつ、防音防爆防弾の地下シェルターに向かう。最近は別の業務を進めていたためあまり利用していなかったが、以前よりも発達した技術力ならば更に複雑な物を出力してもなんとか形になるだろう。

 

「食事はどうされますか」

 

「おにぎりが良いな、具は…鮭と昆布で頼みたい」

 

「分かりました、くれぐれも今言った物以外が運ばれて来ても口にせぬようお気をつけ下さい」

 

「…俺がこんな立場になるとはなあ」

 

本社の警備体制は厳重だ、具体的に言うと隣の格納庫に帝国軍の戦術機と機械化歩兵が駐留している。いつのまにか用意されていた戦艦さながらのミサイル迎撃システム、24時間の警備体制、社内に立て籠っても一ヶ月耐えられる備蓄…その他諸々である。

 

要人の警護に覚えがある斯衛からもそれなりの人数が出向しているらしく、最近は毒味された後の飯以外を食べた覚えがない。大好きなフルーツ缶詰を食べようとしたら穴が空いていないかチェックされ、安全確認が終わるまでの間フォークを握って唖然としていた覚えがある。

 

「今や貴方はこの国になくてはならない存在なのです、このような状態を強いてしまい我々としても…」

 

「あっいや、すみませんなんでもないです」

 

社員達の身元が全部洗い直されたり、ソ連のスパイらしき作業員が連行されていったりと秋津島開発の周囲は恐ろしいことになっている。

中核の開発班と製造班に怪しい人物はほとんど居なかったそうだが、アイツらは宇宙開発一筋の宇宙馬鹿しかいないのである意味当たり前である。

 

莫大な資金援助のお陰で使える資金は多いため、開発班は時折本業である宇宙開発に戻る時もある。平和になった暁には地球から播種船を他の星へと送り出すのが彼らの夢だ、それは自分も変わらない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

戦争が終わった後にどんな宇宙船をラグランジュポイントで建造するかは議論が続けられていて、設計案は常に更新されている。

皆には存在を伝えていないのだが、将来的には重力制御機関を搭載し回転式の居住スペースから脱却する予定だ。

 

「つかぬことをお聞きしますが、女性との関係などは?」

 

「…ないですね、ずっと宇宙に居ましたし」

 

「性交渉などは?」

 

「せめてアンケート用紙か何かにして質問して下さいよォ!」

 

「失礼しました」

 

その後、やけに達筆な文字で質問が書かれた手書きのアンケート用紙が手渡され、頭を抱えることとなる。




オルタネイティブ5、自力で発動出来る勢参戦!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 欧州の隼

欧州連合軍に日本で生産した欧州仕様機が先行納入された、工場完成までは日本からの輸出分で繋ぐことになっているためだ。白い塗装が施され、各国のエンブレムが肩にあしらわれることになる。

生産能力を強化した秋津島開発の手にかかれば大隊規模の隼を即座納入することなど容易く、今頃衛士達が機種転換を行っているだろう。

 

「正式採用されましたからね、結局名前はオスカーになりましたけど」

 

オスカーというのは第二次大戦にて帝国陸軍が使用したレシプロ機、隼の連合軍側コードネームだ。

 

「中隊の活躍あっての話だなぁ」

 

続く戦闘で中隊も少なからず被害は出ているが、人員補充もあって充足率は100%だ。戦えないような怪我を負った衛士は本国に帰還し、戦訓を元に衛士達の指導を行っているそうだ。

特にデータリンクの必要性とAI補助の活用方法を広めるのは急務だと考えているようで、様々な働きかけを行なってくれている。

 

「オスカー中隊の損耗率は欧州戦線において最も低い部類に入ります、対BETA戦を潜り抜けてこれとは驚異的な数値ですよ」

 

BETAの打撃で即死しなくなったお陰か、原作よりも若干の生存率向上は認められていた。更に生存率を高めようとすると、光線級の被害は減っていないのでそこがネックになるが。

 

「防衛線の穴を塞ぐっていう予備戦力として戦ってる訳だからな、他の部隊よりBETAと戦っていないわけじゃあない」

 

数々の試作兵器を戦場にて運用し、防衛線を立て直したりと大きな活躍も見せている。その結果本来A-10モドキ用に作られていた支援火器だが、通常の機体でも問題なく運用可能ということでモドキ自体の採用は見送られた。

支援火器も大陸での運用に適するが、国内防衛においては既存兵器の利用で問題ないと評価を受けたため帝国軍では配備は行われていない。しかしハイヴ内では戦術機以外の戦力を持ち込めないことから、突入部隊用に使えないかと別途試験は続けられていた。

 

「オスカー中隊は隼に関する教導を行なった後に帰国、その後の派兵は正式に帝国軍にて行われる予定です」

 

「隼の評価を確固たるものにしてくれたオスカー中隊には感謝しかないな、それに彼らの機体に蓄積されたデータはどれも興味深かった」

 

定期的に送られてくる機体からのデータを見るに、動作の最適化はかなり進められていた。特に関節への負荷軽減は目に見えて分かる結果を叩き出しており、その機動性から機体への負荷が大きい隼の弱点を補ってくれている。

 

「これらの動作パターンを元に、幾つかの動作をコマンド入力だけで連続して行えるようにしたい」

 

「毎回思考するのは疲れますしね」

 

欧州連合仕様の隼にも長刀は装備されており、要望に応えて設計した直線的な両刃剣が現地の企業によって製造される予定だ。

隼の類稀な近接格闘能力(衛士がその手の達人だったのが大きい)は、彼らにとって眩いものに見えたようだ。

 

「近接格闘はリスクが高いうえに、貴重な突撃砲の火力を削ることになるのがネックなんだがな」

 

「BETAの強みは数ですからねえ…」

 

しかし手段があるかないかでは、あった方が良いと考えるのは普通だろう。

将来的にハイヴ攻略を行うのであれば、弾薬を消費しない近接格闘戦は長期戦かつ連戦になる状況下では頼りになる。

 

「AIの補助をオスカー中隊機からのデータで最適化するのは勿論、そろそろ戦術機の無人化に関しても考えていかないとな」

 

「やると言ったのは社長ですから、責任を持って最後までやって下さいよ」

 

 

ヨーロッパ方面では遂にBETAがハイヴ建設を開始したという報告が入り、予断を許さない状況が続いていた。

軌道爆撃による建設地点への攻撃を行い、建設の遅滞を狙っているが効果は薄いように思える。

 

「マスドライバーは全力で稼働させろ、軌道爆撃を絶やすなよ」

 

国連軍はヨーロッパ方面の戦況悪化を食い止めるべく、パレオロゴスの傷が癒えぬままだが次なるハイヴ攻略を打ち出した。ハイヴが成長してしまえば打つ手は無くなる、そういうことだろう。

 

「ハイヴ攻略作戦には帝国軍に所属を改めたオスカー中隊も参加するとのことです」

 

「…彼らを失うのは帝国にとって大きな痛手になるぞ?」

 

「隼はハイヴ内戦闘においても充分に実力を発揮出来ることを証明すると」

 

彼らは欧州戦線で戦う内に、現地の兵士達と多くの交流を持った。その戦友が死地に行くのなら、共に行かずして何が衛士かと言ってのけたらしい。

隼を欧州連合以外にも売り込みたい帝国上層部は予定を蹴ってこれを承認、隼のハイヴ戦闘適性を見るための試金石とするらしい。

 

「人類はいつかハイヴを攻略しなければなりません、遅かれ早かれですよ」

 

「…辛いな」

 

軌道艦隊は出来る限りの支援を行うと約束し、欧州連合軍も眼前に迫った危機に対して二度目は成功させると言わんばかりに軍備を固めていた。

減ってしまい補充が間に合わない補助戦力を補うため、製作の準備が行われていた中隊支援砲は急遽採用され急ピッチで量産体制へと移行した。

 

中隊支援火器を持たせた戦術機を運用するという方針を打ち出した欧州連合だったが、それに関して既にある程度の研究を行っていた日本帝国は技術交流を提案した。

その結果F-4に最低限の改修で中隊支援砲の予備弾倉を複数取り付けた急造品が出来上がった、こうして前線での火力支援を担当する機体はどうにか完成したのである。

 

「弾薬なら幾らでも出してやる、拡張した港を使って輸送船をひたすら往復させるんだ」

 

「隼の新規生産分を欧州連合に流せないか上と協議しますか?」

 

「だな、今彼らが欲しているのはハイヴ内を生き残れる可能性が少しでも大きい高性能機だ」

 

欧州連合軍を主体にした次期ハイヴ攻略作戦、それは着実かつ早急に準備が進められつつあった。ヨーロッパはまだ落とされる兆しはない、戦術機と衛士も未熟ながら精強だ。

時は1983年になったばかり、人類の状況は原作と比べると大いに好転して来ている。

 




話が進まなァい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 海王星作戦に向けて

隼が急ピッチで生産されているのは日本と欧州だけではない、オーストラリアやオセアニアといった国でも工場建設は行われていた。

機材を運び込みさえすれば習熟した作業員が数人居ればある程度の生産能力を発揮出来る自動工場は大いに役に立ったと言えるだろう。

 

「上からの連絡です、隼のライセンス生産を欧州連合に限り許可すると…」

 

「やっとか!」

 

海王星作戦と銘打たれたハイヴ攻略作戦に向け、戦術機の生産機数は多ければ多いほどいい。特に隼はAI補助のお陰で衛士も習熟が早いのも喜ばれた、しっかり練成しろよとは思うが時間は無いのだ。

 

 

予定されている海王星作戦のため、北欧から欧州に戦線を移したオスカー中隊の隊員はある程度の入れ替えが行われていた。

元々中隊規模以上をPMC名義で送るのは無理があるため(現状でも相当だが)、数少ない機体の回転率を上げるため衛士は機体よりも多く送り込まれていた。

そのため教導に向くと判断された隊員が後方に下り、残った隊員が中隊の衛士として今も戦っていた。

 

「我々の任務はいつも通り空いた穴を塞ぐことだ、BETA共に戦術機の強さと言うものを知らしめてやれ!」

 

「「了解!」」

 

結局のところBETAは欧州への攻勢を続けており、ハイヴ攻略作戦実行のためにはこれらの攻勢を退け続ける必要がある。これ以上の戦線後退は突入部隊の行動半径をより縮めることになり、最悪ハイヴ内で燃料切れになる可能性もある。

つまるところこの防衛戦も海王星作戦の前段階であり、参加を表明した東ドイツとも協同してBETA群の殲滅を図っている。東側に対してはリターンとして欧州で配備が進む新型データリンクシステムに関する技術が提供されることになった。

シェアが拡大するなら秋津島と帝国が拒否する理由はないが、共に戦う以上は規格を合わせたいというのが実情だろう。

 

「光線級、重光線級共に確認されているようですね」

 

「それには専門家が向かう、突入ルートが近ければ援護させて貰いたいがどうなるか…」

 

ひとまず派手に動いてBETAを引き寄せなければならない、自分達が呼ばれたと言うことは防衛線の一部が危ないということなのだから。

 

「一時的に戦線を押し上げて時間を稼ぐぞ、このまま前進!」

 

この手の戦場に慣れ切ったオスカー中隊機は次々とBETAを撃破していく。戦車級と要撃級がわらわらと集まってきたのを見て、想定通りだと言わんばかりに中衛機が砲撃で敵を沈めている。

 

「無理に仕掛けるな、撃って倒せる距離なら構わず撃て!」

 

前衛機も最低限の近接戦に留め、突撃砲による攻撃を行なっている。機体自体の損耗を抑えつつ、ひとまずはBETAの数を減らす算段だ。

 

「後方から友軍機、光線級吶喊部隊です」

 

「後衛機は肩部ミサイル斉射、道を開けてやれ!」

 

「了解」

 

左右に三つずつ装備された対地ミサイルを後衛機が放ち、前方の敵を減らそうとした時だった。高度を上げたミサイルがレーザーにより迎撃され、BETAも射線を通すために散らばり始めた。

 

「前方に光線級です!総数不明!」

 

「盾持ちは前に出るんだ、彼らを撃たせるな!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

レーザーを盾で受けることで光線級の位置を逆探知、それを確認した他の機体が曳光弾を装填しその方向を撃った。

何故曳光弾を撃つかというと、共に戦列を組む彼ら東ドイツの戦術機には未だ新型戦術データリンクが実装されていないからだ。重金属雲に阻まれる可能性を視野に入れ、無線と弾道で最低限の情報を伝えておかなければならない。

この防衛戦が終わった後には前線の戦術機に通信機材と、ブラックボックスだらけのAIブロックが配備され始める予定らしい。

 

「前方に光線級!」

 

隼が前に出たのは単純に囮となるためだが、オスカー中隊の面々は実戦を繰り返す内に自分達が乗る隼がBETAに最も狙われるということを理解していた。

そのため、レーザー照射のリスクが大きい光線級吶喊部隊の損耗を避けるために盾を構えて前に出ることは彼らにとってよくあることだ。

 

『了解した、支援感謝する』

 

「いつも通りに頼む」

 

後衛機が彼らの進行方向に居るBETAを撃ち殺し、最後の支援を行う。

オスカー中隊の任務は防衛線を保つことであり、突入部隊に追従して支援を行うことではないからだ。彼らは明らかに中隊の定数である12機を満たしていなかったが、それでもここ数回の戦闘において毎度光線級を撃滅してきたという確かな信頼はあった。

 

「…さっきの部隊、長刀を担いだ機体が混ざってたな」

 

「東にも長刀使いが居るのか、世界は広い」

 

負けられないなと弾切れになった突撃砲を捨て、長刀にて要撃級を斬り伏せる。AIによる動作の最適化、繰り返し行われた戦闘によるデータの蓄積によりその一撃は切り裂く際に全く抵抗を受けていないようにも見えた。

 

「光線級さえ居なくなればこちらの物だ、今はここを死守する」

 

「要塞級が接近して来ていますが」

 

「3匹程度問題ない、まずは雑魚を蹴散らすぞ」

 

この後光線級吶喊は成功、砲撃と爆撃によりBETA群の攻勢は終わった。

突入した部隊は無事だったのかは分からないが、彼らはこの戦場で死なないだろうという何か確信じみたものがあった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 世界で一番安全な場所

レールガンを超電磁砲と訳す理由は、原作の電磁投射砲との差別化を行うためです。あと2割くらいは趣味、お目溢しをば…


対BETA戦において欠かせない戦力となった軌道艦隊だが、その大多数は大型宇宙港「あかつき」を母港としていた。

回転式の重力区画、従来と比べて広々とした2m四方の個室、使い道のなかった給料が活かせる各種売店、どうやって維持しているのか見当もつかない娯楽施設など内部の設備は多岐にわたる。

 

「拡張が続けられる軌道艦隊ですが、このたび新たに軌道巡洋艦が就航したそうですね」

 

「はい、既存の駆逐艦と比べて倍の積載量を誇る新鋭艦であります」

 

軌道艦隊と関わりの深い日本帝国の広報機関や、国連の広報官が簡易式の宇宙服に身を包み取材を行っている。大型ドックに入港したばかりの新鋭艦を覗き窓からカメラに映しつつ、事前に決められた質問と回答をただ撮影している風景も見慣れたものだろう。

 

「秋津島開発は近年更なる大型艦建造能力を獲得すべく、研究を続けていると聞きますが」

 

「はい、より効果的な対地攻撃手段の確立のため我々と秋津島開発で研究を進めております」

 

「具体的な展望など、お聞かせ願えますか?」

 

「巡洋艦よりも更に大型の宇宙戦艦を建造予定であります、将来的な月奪還に向けて多角的な戦力充実を…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

取り出されたのは一枚のボードであり、そこには従来の駆逐艦と配備が始まったばかりの巡洋艦、さらに大型の戦艦の積載量と大きさを示す絵が描かれていた。

 

秋津島開発が本業として進めたい移民用の宇宙船を作るため、練習台として作っているという側面も大きい。宇宙開発の莫大なコストは据え置きだったのだが、それは打ち上げ施設への桁を間違えたかのような投資によってかなり抑えることに成功している。

 

 

「こちらはですね、あかつき内に作られた飲食店になります!」

 

「いらっしゃいませー!」

 

民間人に受けの良い箇所もしっかり抑え、分かりやすい箇所を丁寧に映像へと落とし込んでいる。熟練のリポーターを宇宙に上げ、カメラマンも無重力下での撮影技術を磨いたからこそ出来る芸当だ。

 

「見て下さい、こちらのメニュー表には日本語と英語が書かれています」

 

うどん、そば、ラーメンなど日本人が見慣れたメニューが並んでいる。

秋津島開発を擁する日本帝国が軌道艦隊における実権を握っているという状態のため、ステーション内の日本人率は高い。

油を大量に使う揚げ物も専用のフライヤーにより提供されるという、まさにコスト度外視のいたれりつくせりっぷりである。

 

「テイクアウトの際は専用の宇宙食パックに詰められて販売され、無重力下においても溢すことなく食べることが出来るとのことです」

 

店主は一つのミスがステーション全体の危機につながるという状態でも完璧な調理をこなすプロフェッショナルだ、やろうと思えば宇宙で武家をもてなせる料理を作ってみせる創意工夫の鬼でもある。

 

「最近は日本人以外の方も沢山来てくれるようになりましたね、皆さん箸を使うのもお上手ですよ」

 

尚秋津島開発傘下の企業が製造する宇宙食や保存食は地上においても一定の人気があり、それなりの売り上げを誇っている。社長の趣味で滅茶苦茶な技術革新が保存食に対して行われたため、一流料理人の出来立て料理を食べているかのような美味しさが前線の兵士達に大好評だった。

 

「お待ちかねの視聴者プレゼントコーナーです、今回はなんと…」

 

「あかつきの美食全部入り、秋津島食品の宇宙食詰め合わせセットです!」

 

日本帝国と国連広報にそれぞれ100セットばら撒かれた宇宙食は、軍人市民問わず新たなリピーターを産む結果となった。国連軍は前線に優先して秋津島食品の商品を配給する手筈をいつの間にか整えており、大量の発注が子会社を襲った。

 

 

「秋津島開発による宇宙開発需要の独占について意見を頂けませんか?」

 

「このあかつきや軌道艦隊の建造などは全て公平な選考の結果選ばれています、事実としてここまで急速な拡大を行えているのは秋津島開発の実力でしょう」

 

確かにコンペティションはあったが、まず要求された何百隻もの宇宙船を収容する今までにない超巨大建造物を即座に作れるのは秋津島開発しか居なかった。つまりは出来レースである。

 

「他の企業では対BETA戦における軌道艦隊の整備を満足に行えなかったと言うわけですか」

 

「必ずしもそうではなかったかもしれませんが、秋津島開発が選考中に最も計画通りに艦隊拡張を行えると判断されたのは確かです。無論他の企業もこの宇宙港建造に携わっていないわけではなく、例えばこの覗き窓は他の企業が整備したものです」

 

色々と各方面への対処を行うのも大変らしい、予め批判的な意見に対する牽制もインタビューに含めていた。

 




次も閑話です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 軌道降下兵団とXG

しばらく休載します、正月休みということで。
どうにか毎日更新が継続出来ていましたが流石にそろそろ間を開け、今後の展開を練っていこうと思います。挿絵の作業も並行して進め、この作品をしっかりと完結させられるよう精進します。
ここまで多くの感想と評価をもらえるとは思っていなかったので少々驚きましたが、慢心せず頑張って行きますので!

追記 表紙追加しました、読了報告などでTwitterにリンクを貼ると見ることが出来るそうです。なんじゃコイツ!?ってなると思うので是非。



海王星作戦が開始される少し前のこと。

宇宙港あかつきがいつも通りに搬入作業を行なっていると、普段とは違うものが運び込まれた。それは爆撃に使用するカーゴにギリギリ納まる大きさの戦術機であり、見るものが見れば米国製のF-14だと断定出来るだろう。

国連軍仕様の塗装が施されたその機体は大量の搬入予定が組まれていた。

 

「ミサイルまで運び込んでやがる、フル装備だな」

 

「ハイヴ攻略支援を行う予定の軌道降下部隊だとよ、これから試験場目掛けて降下訓練だ」

 

F-14の高い機体性能、大柄な機体が持つ積載量、搭載兵器として開発されたフェニックスミサイルの持つ大火力。数回の降下試験をクリアしたこの機体は国連軍軌道艦隊への配備が進められている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

試験降下中にミサイルが誤作動を起こし機体が吹っ飛ぶという事件もあったが、修正された今となっては頼れる兵器だ。隼もミサイルを搭載可能だが、既存のミサイルを改造したものでしかなく火力には不満が残る代物だった。

 

「秋津島開発も色々と改修には関わったんだって?」

 

「米国とは昔のゴタゴタで仲が悪かったんだが、最近は目立たないところで接触を繰り返してるらしい」

 

秋津島開発は国内三社と共に近年戦術機に関する技術交流を行っているらしく、曙計画にて作ったコネを有効活用しているとか。

 

F-14より小型な隼を降下兵団に採用する動きもあったが、隼で培われた装甲の一体成形技術を利用した場合に大きなコスト低減と内部容積の余剰が生まれることが分かったのだ。降下兵団用の改装を行うのならば都合が良く、隼の新規生産分は欧州連合が全て買い付けていたため使える機体が無かったのも大きかった。

 

F-14に使用される新型装甲材を自由自在に成形し、コスト増大の理由となっていた独自規格のパーツの使用箇所を減らすことに成功した。ミサイル運用のために複座式だった管制ユニットは補助AIの搭載により、一人での操縦が可能になっている。

 

「接触した結果向こうに渡ったのは製造と操縦の基幹技術じゃねぇか」

 

「AIは搭載しただけらしい、中身までは教えてないとかなんとか」

 

流石に渡す所と渡さない所は弁えているらしい。

 

「米国で隼の製造を行わせるってな、絶対他にも裏で取り決めはしてるだろうがな」

 

秋津島が代わりに得たものとはなんなのだろうか、それは中々深い事情まで把握する二人を持ってしても知ることが出来ない領域だった。

 

「連隊規模にまで拡張予定の降下部隊は全部F-14で構成されるってよ、あかつきも流石に抱えきれない数らしい」

 

米国の最新鋭機であるF-14を国連軍で運用するというのは政治的なハードルが大きかったが、衛士や整備士を米国関係者で固めることで合意に至った。これによりあかつきには大量の米国軍人が移籍することになり、拡張したばかりの居住区画はまたも満員となってしまった。

 

「だから二つ目の宇宙港を作るって話になってるのか、搭載量の多い巡洋艦が一気に増えたのもこのためか?」

 

「かもな、爆撃用の艦隊を縮小するのは地上から猛反対されたらしい」

 

軌道爆撃がパレオロゴス作戦後に敗走する部隊をどれだけ救ったか、それは筆舌に尽くし難いものだ。神格化されてしまった彼らは過剰とも言える戦力にまで拡張される予定であり、更にはその体制を維持することを迫られてしまっていた。

 

「秋津島は頭抱えてますよ、打ち上げ施設が幾らあっても足りないって」

 

「だろうな」

 

 

最近激務が続く秋津島開発の社長だが、一息入れようといつもの執務室に戻ってきていた。護衛の方々が視界の端に映っても気にしなくなりつつある自分の適応力に驚きつつ、駆け寄って来た秘書の話に耳を傾けた。

 

「種子島のマスドライバーが一基ぶっ壊れました、復旧に一ヶ月かかります」

 

大事件である。

 

「…マジか、まあ無理させてたのは確かなんだが」

 

米国の打ち上げ施設も軌道降下部隊向けの戦術機を連日打ち上げ続けており、各国の宇宙関連施設には過負荷状態が続いていると言っていいだろう。

より強力な打ち上げ能力を持つ施設の建造、開発は行っているとはいえ間に合っていないのは確かである。

 

「巡洋艦の配備で艦船の数を圧縮出来るかと思ったんだがなぁ」

 

「アレは打ち上げられるのが我々の最新型マスドライバーだけなのがネックですよ、宇宙で建造出来るのは良いんですが地上で数を作れないのは痛かったです」

 

何もかも上手くいく、というわけにはいかないようだ。

今回の故障によって輸送量は少し落ちてしまうが、建造中の新たなマスドライバーが稼働すれば一気にプラスだ。今は我慢すべき時、余裕を持って運営できるように努力を続けなければ。

 

「種子島はもう埋め立てが進みすぎて、島の原型がもうないレベルになってるんだよな」

 

「次の用地確保も課題の一つですね」

 

まだまだ安定するには時間がかかるようだ、もっともBETAにそれを大人しく待つ義理などないのだが。

 

「それより返礼品の受け入れはどうだ?」

 

「あんな馬鹿でかい上に作りかけの実験機、どうするんですか…」

 

大型輸送船がコンテナではなく、何かの部品を大量に載せて港に到着したのだ。表向き隼の量産に関する話をしに米国に飛んだとしていたが、本当の目的は計画の停滞が深刻化していたある計画について手を出すことだった。

 

「対価は中々だったが、コイツは世界を変えるポテンシャルがあるからな」

 

「…テストパイロットをまとめて事故死させたような機体がですか?」

 

「確かに事故は起きたがな、それはメインコンピュータがヘボだったからだ!」

 

宇宙港の特殊実験棟で作り上げた超高性能コンピュータがあれば実験機は動くだろう、まあ戦闘が可能かと言われるとまだ無理と言わざるを得ないが。

 

「まあ確かにあのデカブツはそこまで大事じゃあない、参考にする程度だから安心しろ」

 

実験機からは荷電粒子砲と頭部センサーが丸ごと取り外され、場所によっては装甲も剥がされフレームが剥き出しになっている。機密保持の名目で動力炉以外をあらかた持って行かれた影響で、到底起動できる状態ではない。

 

秘書はぼったくられたのではと項垂れたが、社長が取り出した大容量の記録媒体とその資料を見て目の色を変えた。米国により極秘と書かれた紙束が添えられたそれは、今や秋津島開発の手の中にあったのだ。

 

「して、これはなんだと思う?」

 

「…これって、まさか機体制御系のマスターコピー?!」

 

そう、この機体を動かすためのソフトウェアだ。ハードウェアは幾らでもこちらで作れるが、ソフトウェアばかりは難航が予想されていた。

しかしスクラップの名目で売却される実験機の状態に口を出さない代わりに、ソフトに関してはどうにか手に入れたのだ。

 

「見てろよ、ハイヴというハイヴは文字通り消し飛ばしてくれるわ」

 

原作における最終決戦兵器、その雛形は紆余曲折を経て日本へと辿り着いたのであった。

 




秋津島に来たのは初期も初期の実験機


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 兵站問題と無人機

お年玉投稿、おやすみはまだ続くので次回投稿は未定です。


秋津島開発の戦車開発が行われ始めたのは最近のことだが、社長が書き上げた設計図をもとに試作機が完成していた。搭載された120mm砲の反動問題、装輪式故の走破性問題など改善すべき箇所は多々あったが、ひとまず実機が走るまでに至ったというのは大きな進歩だった。

 

「やっぱり整備された場所専用になるか、これじゃあ」

 

「ですね、無人化にはうってつけの兵器なんですが…」

 

いつもの社長と部下は試験中の多脚車輌を見ながら報告書に目を通していた。

月面用の四脚作業機械が原型であるためか、兵器としては失敗作であるのは間違いなかった。舗装された道路上であれば高速で移動でき、120mm砲も問題なく発射出来るのだが不整地となると…とことんダメだった。

しかしまあ、ここまでボロカスに言われようとも光るものもあったのは確かだ。

 

「フルパワー出せれば突撃級を振り切れるって話も嘘じゃない速度ですね」

 

「超伝導モーターは伊達じゃないぜ!」

 

軽すぎて機体が浮いてしまうという弱点はあるが、その快速性は確かだった。

やっとコイルがあったまってきたのによとBETAに悪態をつけるレベルであり、現時点でも時速120kmは容易に出せる。

車体が軽すぎるがまだ動けるのは、主砲がいい重りになってくれているからだろうか?

 

「着脱式の装甲を取り付けて、砲弾を乗せて、脚部の反動軽減機能を強化して、更に色々と装備を載せれば…」

 

「問題は解決しますか?」

 

「今度は重くなり過ぎる、どうしたもんかな」

 

砲塔は無人化され、必要な人員は一名のみだ。脚部は自動制御され、複数の関節部に使用された電磁収縮炭素帯(人工筋肉のようなもの)が動作と衝撃の吸収を担う。

 

「今のところ滅茶苦茶酔うらしいです、乗り心地は最悪だとも」

 

「姿勢制御が未熟も未熟だからな、むしろ良く乗せやがったなお前ら」

 

「AIでの試験動作も限界があるので、現状テストするなら優秀な方に乗ってもらうのが一番確実ですし手っ取り早いんですよね」

 

ひとまず実戦投入は不可能、改良を続けるべきとの判断が下された。

 

しかしあることを閃いた、まず戦わせなければ良いのでは?

現状問題になっているハイヴ攻略における兵站確保のため、無人化したこの車輌にコンテナでも乗せて投入すればいい。軽かろうと砲塔を外し、上にコンテナを乗せれば嫌でも重くなるだろう。

 

「無人化した上で補給車輌として攻略部隊に追従させる?」

 

「現状でも追従させるのなら可能だ、コイツの機動性なら多少の改造でハイヴ内の戦術機を追いかけられる」

 

「BETAに鉢合わせたらどうしようもないですよね、ソレ」

 

「…そういやそうか、自衛能力無いもんな」

 

あっさりと否定されてしまったが、ハイヴ攻略部隊に追従出来る補給機は研究を進めるべきなのかもしれない。

 

「改造するなら順当に開発中の超電磁砲を載せられるようにしたりした方がいいか」

 

「でしょうねぇ、試製四号がテストしてますが実用化出来そうですし」

 

「補給車輌案は無かったってことで、取り敢えず国内だけでも使えるように仕上げよう」

 

 

あれから数十日後のこと、社長が書き上げた設計図をもとに出来上がったある機体が格納庫へと移送された。

 

「なんですかコイツ」

 

「ああ、試しに出力してみた実験機だよ」

 

格納庫にて鎮座していたのは上半身がないという異形の戦術機だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「脚部は簡略化、跳躍ユニットだけは隼と同レベルの物を載せてるから推力はある」

 

本来ならば戦術機の膝にはコの字に関節が配置されており、その数は膝パーツを稼働させる分も含めれば5個にもなる。

しかしこの機体は膝の関節を3つにまで減らし、逆関節にすることで簡略化しつつもある程度の性能を確保している。

 

「何に使うんです?」

 

「そりゃアレだよ、前言ってた戦術機に追従可能な補給機としてだ」

 

BETAに遭遇しても飛んで避けられる、戦術機と同様の機動力は待っているために追従することは可能だろう。AI同士のデータリンクに関しても研究は進んでおり、親となる有人機が子である無人機に対して常に指令を出し続けることで柔軟な対応を可能にするシステムが試作品ながらも実装されている。

 

「背中のコンテナは戦場に投下される補給コンテナよりは小さくなったが、それでも戦術機4機分の予備弾倉を載せても余りがある」

 

「あの、股に装着されてるのってまさか」

 

「S-11だな、コレは形だけのダミーだが」

 

小型戦術核並みの破壊力を持つ爆弾だ、ハイヴのコアを破壊するために搭載される。現時点では最奥に何かがあるはず…程度の認識しか無いのが問題だが。

パレオロゴス作戦以降、人類は地下茎構造が続いているということ以外ハイヴに対しての知識を持たないのだ。

 

「爆弾担いだ機体に乗って、その上ぶっつけ本番で何かするしかないですからね。打ち上げた惑星探査機は地上構造物の真下に何かあると示していますが…」

 

「あるとしたらそこだろうな、行ってみないことには何も分からない」

 

ハイヴ攻略のため出来ることはまだある筈だ、作戦決行までにあらゆる準備を整えておかなければならない。

 




良いお年を!

ちなみにもう一つお年玉はありまして、Twitterで読了報告をするとオマケイラストが見れます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 連合軍進軍ス

またしばらくお待たせすることになると思います、またプロットが死んで次回以降の四話ほどを書き直す必要がありそうでして…
そのせいで別の二次創作に逃げてました、そっちも近いうちに第一部を丸ごと投稿すると思います。


海王星作戦の第一段階である防衛線の維持を達成した欧州連合は、第二段階へと作戦を進めることにした。ハイヴ攻略の橋頭堡を確保するべく前線を押し上げつつ、ハイヴ内のBETAを釣り出し数を減らす突入準備が第二段階の内容だ。

 

第二段階のために用意された戦力は次々と基地に集結している、慣らし運転を兼ねて飛んでくる機体も少なくない。基地に編隊飛行した戦術機達が集う様子は士気高揚には打ってつけだと言えるだろう。

 

「大隊規模の隼ですよ、圧巻ですね…」

 

「欧州連合の部隊か、ここまでの数が前に出されるとは意外だな」

 

ハイヴ突入部隊用に温存するかと思ったが、日本帝国からの輸出分が思いの外多かったのか別で用意することが出来たらしい。

数が多いF-5系が今回の攻勢における主力となり、F-4改修型である中隊支援火器搭載型が戦術機に追随して支援を行う新戦術を試す気とのことだ。

その際に予備戦力としてこの隼が投入され、オスカー中隊のように空いた穴を塞ぐように運用されるとか。

 

「我々は防衛線にて新兵器の実戦テストを継続、隼の改修機を何処まで使い熟せるかですね」

 

「ハイヴ突入用ってヤツか、中国の方と話があったとは聞いたがな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

爆発反応装甲に身を包んだ隼が中隊には配備されており、内部も長期戦を見越して消費電力が少ない電装品に換装してあるらしい。

 

「我々も日本帝国軍に戻ったか、なんというか不思議な気分だな」

 

灰色の塗装、赤い日の丸、少し前まで着ていた軍服。

どれも懐かしく感じるもので、それほどにここ数年の戦闘は激しく記憶に残るものだった。

 

「秋津島警備所属と呼ばれ過ぎましたね、我々も長いですから」

 

世話になった整備員も皆が昔と同じだ。

変わったのは身につける制服が目立つオレンジ色の秋津島警備のものではなく、地味な日本帝国軍のものになったという程度である。

 

「秋津島は我々に対しての支援を続けて下さるそうですが、試作機などは秋津島警備所属扱いになるそうです」

 

「…だからアレはオレンジ色なわけか」

 

急遽運び込まれた新型機は帝国軍と同じ灰色の塗装に、秋津島警備のパーソナルカラーであるオレンジ色が合わせて使用されている。背負った新型兵器に帝国軍は相当御執心らしく、以前使っていた秋津島警備仕様の隼がそのまま護衛として配置されている。

 

「護衛には隼の小隊が着きます、帝国軍からの新人ですね」

 

「初陣が護衛か、矢面に立たせるよりは余程マシだな」

 

作戦開始時刻まではまだ少し時間がある、格納庫に増えた新顔を見て回るのも悪く無いだろう。

 

「こっちが無人機か、よくもまあこの短時間で新型をポンポンと作るもんだよ」

 

「これは、とっても可愛らしいですね」

 

「弱そ…え?」

 

無人機として開発され、コンテナを背負う機体は思いの外好印象で迎えられた。毎度毎度宇宙から補給コンテナを投下していた秋津島警備部隊だが、帝国軍がその補給にかかる金額を見て腰を抜かしたので即座に投入されたという経緯がある。

毎回補給艦隊が戦場の上空に必ず一隻は居るように軌道を周回しているというのは、はっきり言って異常なのだ。

 

「いつでも補給を受けられるのはいいな、速力は?」

 

「我々より少し劣る程度ですね、そこまで遅れをとることはないかと」

 

大量の武器弾薬を搭載し、戦術機に追従可能な補給機の存在は既に欧州連合にも知られている。ハイヴ突入部隊の補給に頭を悩ませていたが、ここに来て解決策が突然現れたのだから無理もない。

 

「この攻勢で問題が無ければ向こうも使いたいそうです、秋津島開発がせっせと作っているらしいですが…」

 

「大変だな、需要が全然満たせていないってことなんだろうが」

 

そうこうしている間に機内待機時間となってしまった。

二人は用意された機体に乗り込み、愛機から載せ替えたAIの存在に安堵しながら操縦桿を握った。

 

「よお相棒、今回は中々デカい作戦だぜ」

 

 

攻勢を行うとは言うが、全軍で前に出るわけではない。

BETAはこちらに真っ直ぐ突っ込んでくるという生態を利用し、あらかじめ布陣した部隊へと誘因して砲撃にてリスクを抑えたまま撃破するというのが今回の作戦だ。

 

『陽動部隊がBETA群の誘因に成功した、二個師団規模のBETAがこちらに向かい進行中だ』

 

「我々の任務は?」

 

『試作機の護衛だ、全機で指定のポイントを維持しつつ各試験項目を完済せよ』

 

護衛と共に予定していた座標に布陣した日本帝国及び秋津島警備の混成部隊は、新兵器を搭載した試作機を守るように展開している。

護衛の四機は囲むように陣形を組み、帝国軍機は正面を抑えるように分厚く機体を配置していた。

 

「データリンク正常、試作機はどうか?」

 

「機体に問題なし、現在試験項目の5件目を実行中」

 

試験機に乗るのはオスカー中隊で後衛を務めていた衛士であり、その射撃の腕を買われて試作機のテストパイロットに抜擢された。

その冷静さは確かなもので、問題がいつ発生するか分からない試作機に乗る人材としては最適解に近いだろう。

 

「…接敵まであと30分、この時間だけはどうにも慣れませんね」

 

「事前に散布された地雷と砲撃で数は減っていると思うが、どうだかな」

 

「今回の攻勢に軌道艦隊は参加しないんですか?」

 

いつもの盛大な爆撃音は今回響いていないし、軌道艦隊からの通信はない。

ブリーフィングでも軌道艦隊の支援は特にないと言われていたが、何故なのか彼には分からなかった。

 

「次がハイヴ攻略だろ、そのために今は爆弾を温存してんだよ」

 

「よくよく考えると建設の遅延を狙って延々と爆撃してましたね、少しは準備の時間が必要ですか」

 

軌道艦隊は現在全艦隊の爆装を進めている。

ハイヴ攻略の前段階として爆撃を行うためというのもあるが、この攻勢が失敗した際の撤退支援を行うために待機を続けているという兵士には知らされない理由も関わっていた。

 

「まあ気負うな、今まで以上の砲撃密度が俺達を守ってくれる」

 

「超電磁砲の起動完了、発射準備体制に移行します」

 

「…もう待機中の試験項目が終わったのか、後は実戦で消化しないとな」

 

「隊長殿、くれぐれもコイツの射線上に立たないで下さいよ」

 

試作機が展開した超電磁砲は機体全長に迫る長さであり、地平線の向こうに居るであろうBETAを今か今かと待ち構えていた。人類反撃に大きく貢献するであろうと上層部から太鼓判を押されたソレが、この世界線の歴史に名を刻む瞬間は近い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 超電磁砲が穿つものとは

なんか誤字が多いし文もおかしいことが多いので、変なところがあったら誤字報告で教えて下さい。ワクチンの副反応で最近は死にかけてるので…

あとアーマードコアVの二次創作も投稿しときました、ひとまず第一章が五話完結で毎日投稿です。


散布された地雷にBETA群が突撃、被害を出しつつも進撃を続けている。敵の総数は誘引時に確認された二個師団規模、つまり2万から4万の範囲も拡大しており、連合軍陣地へと向きを変えたBETAは5万を超えると衛星からの情報が司令部へと共有された。

 

「試製四号の発射可能弾数は?」

 

「本来40発ですが、補給機に積んできた予備弾倉と砲身があれば120発は撃てます」

 

「誘引が効きすぎた、頼りにさせてもらうぞ」

 

BETA群前衛へ大きな被害を出したものの、その数により地雷原は消滅した。砲撃も迎撃されつつあるが、重金属雲の展開は予定通り行えている。

 

「そろそろです、地平線から顔を出しますよ」

 

「背後への貫通を狙って多少引きつけます、援護は頼みました」

 

超電磁砲専用の射撃用UIが表示され、現在の状況から割り出した弾道予測が着弾予想地点として照準に重ねられる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『発電装置の稼働開始、蓄電完了まで8秒』

 

機体に搭載されたAIが機械音声にて現状を報告する。試製四号には初めて言語インターフェースが実装された補助AIが搭載されているのだ。

 

『BETA認識、目標突撃級』

 

状況に応じて決められた言葉を発しているだけに過ぎないが、それでも無いよりは余程いい。周囲の機体は射程外であるため手が出せず、視界には砲撃がちらほらと映り込んでいるが狙撃には何も支障はない。

 

『発射可能です』

 

「…当たるな、これは」

 

操縦桿のトリガーを引き、超電磁砲の発射信号を送る。

一気に加速された弾頭は目にも止まらない速さで飛翔し、一瞬で標的へと命中した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

移動予測地点を先読みして弾道を調整する必要はほとんどなく、直進性も相まって突撃級の中央へと吸い込まれるように着弾したのだ。結果射撃場で行われた試験と同じように外殻を貫通し、戦車ですら撃破が難しい突撃級をあっさりと撃破してしまった。

 

『命中、突撃級一体撃破確実』

 

「よし、次」

 

BETAがこちらまで到達するにはまだ時間がある、一発目で発射装置にかかった負荷は許容範囲内だ。

後衛の中でも一番の狙撃手、そう言われた腕を活かすなら今しかない。

 

 

第一射を当ててみせた試製四号を尻目に、中隊を預かる身として少し思うところがあった。

 

「このまま撃ちます」

 

「…データリンクで突撃級の撃破報告が全軍に回ってるぞ。コイツはやらかしたのか、それとも意図的な物なのか判断に困るな」

 

BETAが射程内にはいるのを待ち構えていた他の機体達には衝撃的だったようで、通信がざわついている。また秋津島の部隊が何かやったのか、ミサイルか、無人特攻兵器かと憶測が飛び交っているようだ。

 

「CP、コレは上の意向か?」

 

『オスカー1、こちらとしても想定外の事態だ』

 

「…どうだか」

 

超電磁砲はBETA戦後に発生が予想される対人戦において大いに役立ってしまう兵器だ。戦術機は他の兵器未満の対人戦闘能力を持つとされていた今までの常識をひっくり返し、既存の陸上兵器では考えられない機動性と防御不可能な大火力を運用出来る次世代兵器となってしまう。

 

「コレが量産されてBETAを鶴瓶撃ちに出来るのは良いが、戦後を考えると地獄だぞ」

 

忌々しい突撃級が次々と貫かれ、隊列から落伍していく様子は見ていて気分が良いが後のことを考えると怖くなる。超電磁砲に関する技術は現状秋津島開発が独占しているとはいえ、あの企業が対BETA兵器の範疇の外にあるものまで作ってしまったのは戦乱の狂気が産んだ思考の歪みが原因なのだろうか。

 

「…俺はな、秋津島開発のMMUパイロットになりたかったんだ」

 

「そうだったんですか、だから秋津島の制服を着た時あんなに喜んでたんですね」

 

戦後の様々な政治的不安が国民を襲う中、当時20代という若さで次々と大成功を収めた秋津島開発の社長は日本国民の希望の星だった。

世界が国家プロジェクトとして進める宇宙開発を一企業が上回り、将来的には低額な宇宙旅行や、長期居住可能な宇宙建造物など夢のある研究を進めるなどしてくれていた。

 

「あの企業はBETAさえ来なければ、人に夢を与える仕事だけをやれたのにな」

 

BETAが来るや否や彗星、彗星二型、隼と戦術機ばかりを作り始めた。

秋津島開発への就職のために磨いていたMMUの操縦技術を買われ、衛士となったものの少しばかり思うところはある。

 

「感傷に浸ると死にますよ、中隊長殿」

 

「すまん、悪い癖だな」

 

断続的な超電磁砲の発射音と砲撃の着弾音でも掻き消せないほどBETAの立てる足音は大きくなっている、戦術機の出番ももうそろそろだ。

 

「秋津島警備部隊を護衛しつつ敵部隊を攻撃する、各機兵装の最終確認を行っておけ」

 

長らく中隊長を務めた経験は伊達ではない、どんな時であろうと部隊員を引っ張っていける素養は随一だと自負している。自負していないとやっていられない、というのもあるが。

 

「最悪あの物干し竿を抱えて飛ばにゃあならん、抱える時はぶつけるなよ!」

 

超電磁砲の威力はこの目に焼き付けた、戦後を憂うのも大概にして今は宇宙生物を地球から叩き出せる可能性を秘めた新人を地獄のような初陣から守り抜くことを考えなければ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 橋頭堡

これで良いのか悩みましたが、このまま悩み続けると失踪しそうなので割り切って投稿します。


超電磁砲が連続発射限界の40発目を撃ち終わり、補給機に乗せていた予備の砲身への換装作業に入った。BETAもそろそろ射程内であり、中隊支援火器を持つ後衛機は既に砲撃を始めている。

 

「突撃級が少なくて、どうにもやりやすいですねえ!」

 

「全くだ!」

 

正面の突撃級を大きく減らしたことで砲撃が通りやすくなり、密度の下がった突撃級群の合間に57mm砲の榴弾を撃ち込むことで次々と突撃級を行動不能にしていた。

 

「突撃級はなんとか凌げそうか」

 

「光線級が我々を狙えていないのが大きいんでしょうが、今度は戦車級と要撃級がわんさか来ますからねぇ」

 

欧州連合もデータリンクで送られてくる様子を見る限り、問題なくBETAを減らせているようだ。緩やかな逆V字に布陣したこの陣形において、BETAは進めば自ずと側面を攻撃される形になる。

 

「本来防衛に使う陣形なんだがな、鶴翼陣形みたく包囲殲滅しつつ移動しながら柔軟に火力を運用するとは恐れ入った」

 

「戦車じゃ戦術機の展開速度に追いつけませんが、中隊支援機なら可能ですからね」

 

今回の攻勢においては敵陣に最も接近する両翼の端は全て戦術機で構成され、より能動的に陣形を変えつつ火力を指向することが出来るとされている。

実験的な陣形ではあるが、危険になった際の離脱も早く被害は抑えられているように見える。

 

『こちらCP、後続のBETA群が接近中だ』

 

「了解、中々減らん訳だな」

 

後続に押し出される形で第一波のBETAがどんどんと前に出ている、心なしか光線の発射位置も近くなっている気がして来た。

 

「超電磁砲、撃てるか?」

 

「現在最終調整中、あと5…いや3分下さい」

 

光線級と同じ土俵で戦えるのは試製四号だけ、後衛に位置する厄介な大型BETAを楽に倒そうと思うと超電磁砲の火力は是が非でも使わなければならない。

 

「何事も無ければ、いいんだがな」

 

「何事も起きないようにするのが僕らの仕事でしょう、気張りますよ!」

 

 

要塞級の体節構造を撃つ、なんて面倒なことをせず頭から胴体を撃ち抜く。

そんな芸当が可能なのはこの戦線で超電磁砲だけである。

 

「敵BETA群、ほぼ掃討完了ですね」

 

「なんとかなったか」

 

残すのは後衛のBETAだけ、誘引と撃滅は大いに成功したと言っていいだろう。

欧州連合が持つ弾薬の7割を投入したというこの作戦だが、この攻勢にて3割を消費する予定だと聞いたあたり相当な支援があったことが伺える。

 

「…しかし、本当に上手くいくとは思わなかった」

 

「ですね、防衛線の外から来られたら中々大変だったでしょうけど」

 

少し不気味ではあるが、成功したのであれば喜ばない道理はない。

超電磁砲の試験も終わり、その有用性は直ぐにでも上層部の耳に伝わるだろう。

 

「橋頭堡の確保に成功したので、陣地の構築とハイヴへの攻撃準備を整えるとのことです」

 

「想定よりも早いな、我々も補給を急ごう」

 

大量のクラスター弾がばら撒かれ、すぐさま地雷原が敷設されていく。

早期から機械化歩兵が土木作業に従事し、次々と簡易建造物を組み立てたことで早くも基地としての様相を呈し始めていた。

 

「誘因した敵BETA群は完全に沈黙しました、後は小型だけですね」

 

「だな、機械化歩兵に任せるとしようか」

 

試製四号は超電磁砲を酷使し過ぎたようで、砲身どころか背部の電気系統が丸ごと不調らしい。秋津島の特急便で空から降って来た予備の超電磁砲と交換中らしく、戦線復帰はそう遠くないらしい。

 

「…で、中隊長の嫌な予感は変わりないんですか?」

 

「ああ、正直言って機体からは降りたくない」

 

簡易整備車輌から補給を受け、現在は推進剤をゆっくりと充填中だ。跳躍ユニットに必要な燃料は中々気を使いながら注ぎ込む必要があるとかないとかで、終わるのは遅い。

 

「だそうだ、全機機内待機!」

 

「整備員達には最悪の場合を想定しろと言って下さい、申し訳ありませんが機体を停止しての毎出撃後点検(EPO)は一時延期で!」

 

『了解、AIに自己診断プログラムを走らせておくに留めます』

 

隼の連続稼働時間は100時間を超えても問題ないと言われるほど堅牢な設計だ。整備士が言うには外見に対して限りなく完璧に近い内部設計であり、全て一人が設計図を書いているのではないかとまで絶賛していた。

 

「帝国軍の機械化歩兵はBETA襲来時に…最悪の場合は機密保持手順を実行して下さい!」

 

『了解』

 

補助戦力である歩兵隊は帝国から新たに送られた部隊であり、以前もハンガー警護用に少数の機械化歩兵は存在したが彼らの下に再編された。彼らの任務は最前線に存在する機密情報を必ず持ち帰るか抹消すること、小型種掃討は二の次である。

 

「…さて、何が来ますかね」

 

中隊支援火器を担ぐ中隊機は落ち着かないようで、しきりに銃と弾装をチェックしている。中隊長は数年欧州を転々としながら戦い、そして生き残った猛者だ。その人物が感じる虫の知らせを無視するなど出来なかった、前線に長くいるからこそジンクスというのは重くなるものだ。

 

『こちらCP、振動計が掘削と思わしき振動を捉えた』

 

「方向は?」

 

『…ハイヴ方面からだ、地中の位置は不明だが急速に接近して来ている!』

 

BETAが地中を掘削し、あらぬ方向から現れるというのはありふれたことだ。

しかしBETAがどれくらいの深さを掘削中かどうかは前線に配備され始めた探知機で容易に判明していた筈だ、それが分からないのは今までよりも深い位置を掘削し侵攻しているからだろうか。

 

「こんな長距離をBETAが掘削してくるのかよ!」

 

「これじゃあ爆撃も砲撃も届きませんよ、奴らもしかして学習したんじゃあ…」

 

隼の計器も掘削音を検知したと警告が表示され始める、地表へ這い出ようとして来ているのか高度を上げたようだ。

 

「これってまさか、この場所の真下に」

 

「総員退避だ!この基地から離脱しろォ!」

 

この掘削音は今まで確認されていない音だとAIが照合不能を訴える、つまるところ何を意味しているかと言うと…

 

「我々の知らない地中掘削用のBETAが居るんだ、この戦域に!」

 

確保したばかりの橋頭堡からの退避命令が出されたのは、奇しくもその叫びと同時だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 新種襲来

Twitterやってます、よければ是非。
https://twitter.com/@a48981075


振動が確保したばかりの橋頭堡を目指して侵攻している物であることを掴んだ司令部は即座に撤退を指示した。しかし補給を待っていた戦術機達は満足な推進剤と弾薬は持っておらず、折角軌道上から橋頭堡目掛けて投下された補給物資は放棄するということになってしまうなど迎撃体制は全くもって整えられていなかった。

 

「…優先して補給が受けられていて良かったですよ、どうにか撤退までに間に合いましたから」

 

「整備班と機械化歩兵部隊は車両にて撤退中、現在の速力であれば問題なさそうです」

 

オスカー中隊は補給を終えていたため、殿を行う部隊に急遽選ばれた。補給は素早い戦線復帰を行うために消耗の少ない機体から行うのが通例だが、新兵器を護衛しなければならないという特異性から早期の補給が認められていたためだ。

 

「…掘削は依然として進行中、前線基地へ向かうルートにあると分析されてますが何が出るやら」

 

「とんでもない大きさの化け物が出るでしょうな、そうなれば頼りは支援と超電磁砲だけですよ」

 

この事態を察知し、軌道艦隊は撤退支援のためハイヴ攻略のために編成された爆撃艦隊の一部を割いて投入することを決定している。どんな化け物が来ようと、軌道上から投下されるカーゴの運動エネルギーには勝てるはずがない。

 

「補給用の無人機はどうした?」

 

「放棄された補給コンテナから物資を持ち出して他の部隊に配ってます、配れる量は少ないですが無いよりマシですよ」

 

軌道艦隊の補給部隊も投下のため行動を開始したが、前線基地に一度コンテナを落とした後で二度目の補給が即座に行えるかと言われれば無理だろう。大量のコンテナを宇宙船に乗せ、更に戦場の真上を通る軌道へと艦隊を投入するのには時間がかかる。

 

「秋津島の補給艦隊が削減されたばかりなのが惜しいな、あの補給が有れば…」

 

無人機の投入と同時にコストがかかりすぎる補給艦隊の支援は打ち切られたと軍からは話が来ていた。新型機の開発と従来機の大量生産、更には軍拡も行っているために予算はカツカツだ。

 

「悔やんでも仕方ありませんって、一応補給要請の信号は出してみますけど」

 

そう言って部隊員が信号を発すると、何故か承諾されたと言う通知が機体に届く。どういうことだと皆が思ったが、上を見ると炎を帯びて落下してくるコンテナが見えるではないか。

 

『こちら秋津島補給船団、ご利用ありがとうございます』

 

「か、解体された筈じゃあ…」

 

『嫌な予感がするから飛ばしておけ、権限だの費用だのは気にするなと社長直々のご指示がありましてね』

 

落ちて来たコンテナに入っていた武器弾薬と燃料を無人機に詰め込み、後方の部隊へとばら撒く。そのために国連軍の補給部隊に物資満載の無人機を押し付けると、慣れたものだと補給の手順を組み立て始めた。

 

「このデリバリーマシンはいいな、戦場でもピザの注文と配達が成り立つぞ」

 

投下されたコンテナの中には無人機が混ざっており、補給部隊の指示で各方面に飛んでいく。単純な指示で複雑な動作を熟す彼らは緊急時ということもあってか存外にもすんなりと受け入れられ、物資は着々と行き渡り始めた。

 

「コイツらの購入予算は申請しておくよ、作れるだけ作ってくれとそっちのボスに伝えてくれ」

 

「もう俺らのボスじゃあないんですがね、まあ前線の要望を伝えるという形で承りますが」

 

彼らも既存の補給車両を使って混乱する中でも活動している。

流石は様々な国の軍隊を束ね上げて来た者達だ、この道のプロだと言うことを示すかのような目覚ましい働きぶりを見せてくれる。

 

「無人機、役に立ちましたねぇ」

 

「そうだな、だがそんなことを言っている暇はもう無いらしい」

 

地中の掘削音が一気に大きくなり、地面が波打つ。地震そのものかのような振動を伴って現れたのは、円柱のようなBETAだった。大きさは尋常ではなく、要塞級よりも数倍かそれ以上に見える。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…おいおいおい、デカ過ぎるだろ!」

 

「砲撃は!?」

 

姿を現した新種に対して砲弾が雨霰と降り注ぐが、全く堪えていない様子だ。地中の奥深くを掘削する個体であるためか、その身体の頑丈さは伊達ではないらしい。

 

「う、動いてますよ」

 

「尾を飛ばすか、光線を撃つか、それともだな」

 

新種は前面を大きく開き、内部に空洞があることを示した。何をするのかと警戒していた衛士達は、その中から現れた大量のBETAを見て血相を変えることになる。

 

「よりにもよって乗せて来たのか、他のBETAを」

 

「あのようなBETAが存在するのであれば、我々は既存の防衛計画を根本から練り直さねばなりませんね…」

 

地中の掘削による防衛線の背後への攻撃、地上から来るBETA群だけを考えた防御策はもうBETAに対して通用しなくなったということだ。

 

「砲撃と軌道爆撃で口から出たBETAを殲滅できれば良いんですが、そうは行きませんかね」

 

「駄目だろうな、光線級が出て来た以上は戦術機で潰さねばならん」

 

ハイヴ攻略を前に新種が立ちはだかるという未曾有の事態、それも乗り越えなければ人類に勝利はない。橋頭堡からの撤退も未だ進行中であり、戦術機部隊もそう大きくは動かせない。軌道爆撃を行おうものなら味方諸共新種を吹っ飛ばすことになる。

 

「他の部隊が補給を終えるまで時間を稼ぐ、他の殿部隊と協同して砲撃をすり抜けたBETAを潰して回るぞ!」

 

「「了解!」」

 

BETAを吐き出すだけというなら問題ない、今まで通りに戦えばいいからだ。新種の登場により中隊は混乱していたが、相手がいつもと同じと言うなら平静を取り戻せたらしい。

 

「超電磁砲、撃てるか?」

 

「要塞級は任せてください、いつでも撃てますよ」

 

超電磁砲の特徴的な駆動音はもう心地よく感じる程だ、中隊の全機がその威力に酔いしれていたと言っていい。幾度となく戦友を失って来た原因である全てのBETAを一瞬にして絶命させる威力を持つのだから。

 




母艦級が来た原因は、軌道爆撃のムダ使い♡
軌道爆撃のような強力な手札を大々的に運用し、BETAの重要目標に攻撃し続けるのはすごく大変だ。どのくらい大変かというと単純な物量戦しか行わないBETAが新たな戦術を生み出してしまうほど…
ボクはそれを「BETAが学習する」と表現している。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 強襲と防衛

前回の後書きの元ネタはHUNTER×HUNTERのヒソカから、君の敗因は容量のムダ使いでした。


中隊長は混乱する最中、中隊全機に対して指示を飛ばし続けていた。

オスカー中隊は吐き出されたBETAを倒すべく陣形を整えたが、動かせる戦力が少ないこの状況では他の部隊との連携を上手く行わなければならないのは明白だ。

 

「超電磁砲は大物に使うぞ、突撃級相手には温存しろ」

 

「了解です」

 

砲兵隊が後方に下がって陣地を構築し終わるのには時間がかかる、現在行われている砲撃は暫くすれば途切れてしまうだろう。重金属雲は十分に展開されていない、中々難しい局面だ。

 

「我々は要塞級と重光線級を狙いたいが、生憎戦力が足りていない」

 

超電磁砲を用いて脅威となるBETAを優先的に撃破することが出来れば、現状の少ない戦力でも防衛線をどうにか保てる可能性は高まる。

 

「敵は長い距離を行軍して来ていないために各種が満遍なく混ざっている状態だ、対処方法を間違えるな」

 

「新兵は新型の護衛だ、前はこっちに任せて後ろを固めておけ」

 

配属されたばかりの新人衛士がここまでの長時間を機内で過ごすのは相当なストレスだろう、訓練でなら問題なくとも戦場の空気というのは途轍もなく重いものだ。

 

「接敵まで時間がありません、他に伝達事項は?」

 

「我々はハイヴ攻略部隊だ、目標を前にして死ぬことは許されないと心得よ!」

 

「「了解!」」

 

中隊支援砲を持った戦術機が一斉に引き金を引く、いつもの戦闘とは違い前面を覆う厄介な突撃級は居ないため砲撃の効果は高い。それでも砲の数が足らないため、こちらに辿り着く前に倒しきることは不可能だろう。

 

「試作機は自衛戦闘が可能か?」

 

「小型の36mm機関砲が一門あります、最低限であれば可能かと」

 

日本に設置された欧州の軍事企業が設計した新型突撃砲の試作品が試製四号には搭載されていた、あくまで自衛用のため120mm砲は搭載されていないが取り回しの良さは随一だ。

 

「中隊で捌ききれる数ではない、すり抜けたBETAは頼むぞ」

 

「了解、やはり相当不味い状況ですか」

 

前衛機は乱戦になることを見越して早期に弾薬を使い切り、長刀に持ち変えようとしているらしい。普段通りであればリスクの高い接近戦を避ける傾向にあり、オスカー中隊のやり方からは逸脱している。

 

「光線級からの照射は?」

 

「彼我の距離が近すぎて相手も撃てないようです、ですが重光線級の背丈であれば照射の危険は大いにあるかと!」

 

「その場合は超電磁砲を使う」

 

防衛線に集められた他の戦術機部隊も精強だ、この数のBETA相手に殆ど後退せず踏ん張っている。おそらくは温存されていた戦力なのだろう、来るべきハイヴ攻略を任されるような精鋭だったに違いない。

 

『こちらCP、軌道上の艦隊が爆撃コースに乗った。落下軌道予測範囲に注意せよ、大きく逸脱した場合はそちらに落下する可能性がある』

 

「来てくれたか!」

 

同じく温存されていた軌道艦隊が攻撃を開始する、BETAを吐き出してそのままの新種にはひとたまりもないだろう。新たに配備された巡洋艦を中心に編成された艦隊は予定通りに投下を敢行、精密に誘導されたそれは幾つかが新種に命中した。

 

「血を噴き出してますよ、アレ」

 

「あれだけの体格だ、血圧も相当なものだろう」

 

雨のようにBETAの体液が降り注ぎ、新種近くに居た敵は皆真っ赤に染まっている。地面が割れるかのような振動は未だ収まりきっておらず、振動計は滅茶苦茶な数値を叩き出していた。

 

「補給を終えた部隊が復帰し始めましたよ!火力が見違えるようです!」

 

『こちらCP、臨時だが後方への指揮系統移転は無事に完了した』

 

「状況は?」

 

『補給作業は順調に進んでいる、そちらには2個中隊が増援として向かっているため合流して防衛をつづけろ』

 

どうにか立て直しには成功したようだ、砲撃も密度が増したように思える。

 

『前線への補給だが秋津島の補給機を中隊に同行させた、最低限の物資にはなるがそれで持たせてくれ』

 

「了解!」

 

防衛部隊の奮戦により我々は何にも代えがたい時間を稼ぐことが出来た。

AIの搭載が行われてから明らかに衛士の疲労が軽減されている、連戦に次ぐ連戦でも心理的な余裕が残されているために大きなミスも見られない。なんなら戦闘中に水分補給をする余裕すらある、食いつくように操縦を続けていた今までとは大違いだ。

 

「後方より2個中隊、連絡にあった増援です!」

 

「ここは彼らに任せて補給を行うぞ、補給機に補給要請を送れ」

 

しかしAIが警告表示と共にある情報を視界に表示する、何故か今もなお続く振動に関してだ。

全戦域のAI搭載機が相互に情報を交換し、機体に搭載されている振動計の情報を精査した結果新種の振動を検知したとのことだ。

 

「AIが新種を検知したと、報告が」

 

「通りで振動が大きい訳か、何処にだ?」

 

「先ほどの新種出現地点よりこちら側、敵は防衛線の中心に出ます!」

 

「即時後退だ!」

 

増援として来たばかりの中隊と共に補給作業を切り上げて後退するが、これ以上防衛線は下げられない。

未曾有の事態に対して無理矢理引かれた防衛線にこれ以上の余裕はなく、中心を食い破られた上にBETAを吐き出されれば司令部や砲兵隊は蹂躙されるだろう。

 

「CP!軌道艦隊は!?」

 

『爆撃可能な艦隊は軌道に投入すらされていない!再度爆撃が可能になるのは最速でも45分後だ!』

 

待機していた艦隊は橋頭堡への補給物資投下、新種への攻撃という二度の作戦行動において使い切っていた。来るべきハイヴ攻略のため予定されていた軌道上にて待機しており、あかつきに入港しての装備変更や補給を行うには場所が遠すぎたのだ。

 

「想定外に想定外が重なりやがる…!」

 

『Beeeep!』

 

補給機が残り稼働時間の低下を知らせるビープ音を鳴らしたが、状況も相まって悲鳴のようだ。

BETAは手を緩める気はないらしい、この戦場のあらゆる兵士が新種の出現予測地点から目を離してはいられなかった。

 




アンケートの選択肢にない内容について投票したい場合は活動報告かTwitterのDMにお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 最小の戦力で最大の戦果を

長めです


立て直しに成功したばかりの防衛線、そのど真ん中に出現する予定なのは忌々しい新種BETAだ。これ以上敵が増えると守り切れない上に、頼みの軌道艦隊も新種がBETAを吐き出すまでに間に合わない。

 

「どうしますか中隊長、このままでは…」

 

「戦術核弾頭でもなければ奴は倒せません、それに外部からの攻撃で倒したとしても内部に居るBETAが放たれます」

 

「万事休すか、砲撃も殆ど効かんようだしな」

 

超電磁砲もあの巨体相手には分が悪いだろう、サイズが違いすぎる。戦術機が持ちうる他の火力、36mm、120mm、長刀…

 

「S-11、か」

 

ハイヴ攻略部隊機にのみ搭載された小型戦術核並みの威力を持つ電子励起爆薬、これを爆発エネルギーの逃げ場が少ない新種の口の中に放り込めば勝てるかもしれない。

 

「この場でS-11を搭載している機体は手を挙げろ、奴が口を開けた瞬間に爆弾を放り込む」

 

「それしか、ありませんよね」

 

「まあ分かってましたよ、お供します」

 

増援として来た機体にはS-11が搭載されていなかったようで、手が上がらない。

1個中隊全機が2個中隊の支援と共に突撃して、何機が辿り付けるのかは不明だがやるしかない。

 

『Beep!』

 

「…ん?」

 

新たに手が上がった、手の主は自律補給機だ。

全員がしばらく固まったが、補給機の股にはハイヴ攻略部隊同様にS-11が搭載されていることを思い出した。

 

「そうか、お前もか」

 

「コンテナを外してやれば機動力は上がります、我々で誘導してやれば上手く行くかもしれません」

 

やってみる価値はある、そう全員が判断した。

誰かが犠牲になる作戦よりも、全員が生き残る可能性がある作戦の方がマシだ。

 

「CP、我々は新種のBETAに対してS-11による攻撃を行う」

 

『死ぬ気か、やめろオスカー1』

 

「そんな気は毛頭ないな、補給機を使わせてもらう」

 

こちらに考えがある、そう告げると長い付き合いのCP将校はため息をついた。

周囲と何やら話す音が聞こえたあと、わざとらしく芝居を始めた。

 

『…重金属雲が濃くなってきたなぁー、通信不良だ』

 

そんなことはない、重金属雲はむしろ薄くなっている。

 

「司令部との通信不良により我々は独自に動かざるを得ないな、だろう?」

 

「滅茶苦茶やりますね中隊長殿」

 

「こう言うのは苦手だが、まあ東側の知り合いが教えてくれてね」

 

補給機のコンテナはそう簡単に取り外せないが、そこはスーパーカーボン製の短刀で固定部を切断してしまえばいい。2人がかりでどうにか切断し、身軽になった補給機の完成だ。

 

『我々も通信不良により現場の判断で動く、こちらとしては貴官らの支援を行いたいが可能か?』

 

共に後退していた二個中隊も協力してくれるようだ、補給を終えたばかりの彼らがいれば火力には困らないだろう。

 

「非常に助かる、無人機の突破支援を共に行ってくれ」

 

『了解した。その新兵器を使う様子も見たいんでな、また秋津島のだろ?』

 

F-5系戦術機乗りはAIには助けて貰ってる、コイツはいい子だよと笑いながらこちらに告げた。彼らも後方にBETAを入れる気はないらしい、気概は十分だ。

 

「防衛線を無理矢理下げたために一度目の強襲で吐き出されたBETAは司令部を目指して進行中、出現予想地点に補給機を送り届けるにはソイツらの中を突っ切るしかない」

 

「そのために楔壱型陣形でBETA群に突撃、補給機を護衛しつつ新種の出現地点へと向かいます」

 

近接格闘戦に覚えがあり、爆発反応装甲を持つオスカー中隊機が前衛を務める。中衛と後衛は補給を終えていて弾薬が潤沢な欧州連合機に任せ、一気に突撃する。

 

『オスカー1、こちらCP。聞こえているか分からんが送られてきた突入ルートに砲撃支援を行う、司令部の理解があって良かったとは言っておくぞ』

 

「助かった、感謝する」

 

『上も起死回生の一手に賭けると言っている、別ルートから米国海兵隊と東ドイツの戦術機中隊が攻撃を仕掛けるそうだ』

 

それ以外にもデータリンクを通じて戦っている戦術機や戦車の情報が流れてくる、我々が突撃してS-11を化け物の口に放り込むということも連絡が回ったらしい。

 

「多国籍にも程があるな、ドリームチームか」

 

「他の部隊も補給機を連れてます、誰かが辿り着ければ…ということでしょう」

 

轟音と共に着弾したのはF-14が放つクラスター弾頭ミサイル、フェニックスだ。東ドイツの部隊も突入を開始した、第一世代機だというのに海兵隊に遅れをとっていない。

 

「目指す先は同じだ、全機突入!」

 

『大変なことになったなぁオイ、頼むぜオスカー中隊さんよ』

 

「任された、そちらこそ補給機は頼んだぞ」

 

飛びかかってくる戦車級を斬り払い、一同は目的地に向けて一気に突撃を開始した。存外にも連携は取れており、陣形は強固に組まれていた。

 

 

試製四号は本来試験を終えれば本国に送り返される筈だった、だが何故か大規模作戦の命運を賭けた博打に参加している。超電磁砲は厄介な要塞級を一撃で絶命させ、こちらを狙おうとしてきた光線属種を他のBETAなどお構いなしに貫通して撃破する。

 

「残り28発、負荷は許容範囲内!」

 

「反動で機体がぐらついてるぞ、大丈夫か?」

 

「接地して撃つような砲を飛びながら撃ってるんです、墜落しないのが奇跡ですよ!」

 

片手に持つ36mm機関砲で最低限の攻撃を行いつつ、バランスの悪い機体を無理矢理飛ばす。AIによる補助もあるがそれでも隼やF-4に比べると飛ばし難く、跳躍ユニットの出力不足も否めない。

秋津島開発の最新技術搭載機が持つポテンシャルがギリギリの飛行を可能にしているのだろう。

 

『超電磁砲発射準備完了』

 

「撃ちます!」

 

進路上の邪魔な突撃級とその後ろのBETAをまとめて吹っ飛ばす、発射時の電磁波防御は完全ではなく他の機体にはノイズが走ってしまう。

 

『弾頭の再装填及び充電開始』

 

「他の部隊はどうなってますかね、結構進んだとは思うんですが」

 

試製四号に搭載されたAIは他とは違いよく喋る、少し煩わしく感じるが役には立つのでそのままにしてある。

 

「我々は大隊規模だが他は中隊規模だ、進みは遅い」

 

『突入部隊とは言うが、敵を分散させるための囮役だろうな』

 

既に前衛を務めるオスカー中隊は二機を失い、欧州連合部隊も三機を撃破されていた。他の部隊が救出のために向かおうとしてくれているが、バイタルが途切れているのを見るに絶命しているだろう。

 

「間に合いません、新種が頭を出します!」

 

「口を開けて吐き出すまでにはまだ時間がある、速度を緩めるな」

 

前衛機はもう弾薬が底をつき、長刀のみで戦っている。だが要撃級と戦車級を次々と斬り伏せ道を開けてくれている、まだ誰も絶望などしていない。

 

「出ました、新種です!」

 

「まだ遠いか、速度を緩めるな」

 

他の部隊も目標を前にして接近しつつあり、別の方向からも突撃砲の射撃音が聞こえ始めてきた。しかしそれと同時に新種は体の向きを変えてBETAを吐き出すべく動き始めた。

 

「我々が最も目標に接近しています、どうにかこのまま…!」

 

「前方で固まっている光線級が邪魔だ、奴らが居る限り口に飛び込ませようにも撃ち落とされる」

 

点での攻撃には有効な超電磁砲だが、面での制圧となると現状突撃砲以下の効果となってしまう。光線級の排除に手間取っていれば新種の口が開いてしまうという予断を許さない状況で、ここに来て火力不足が露呈した。

 

『ここは専門家に任せてもらおうか、オスカー中隊殿?』

 

「後方より友軍機!」

 

ワルシャワ条約機構、つまり東側の部隊であることを示す識別信号だとIFFが告げる。

 

「日本帝国軍欧州派遣部隊、オスカー中隊だ」

 

『666戦術機中隊だ、まあ知らない仲でも無いな』

 

東ドイツ仕様の迷彩と黒い部隊章、この戦線では何度か世話になった666中隊の面々だ。それなりの損傷は見受けられるが、落伍機無しでここまで到達出来たのは奇跡に近い。

 

『教えた方便をこうも早く使うとは、そう何度もは使えないぞ?』

 

「本当に助かった、切れる札は生きている内に切るのが私のやり方でな」

 

中隊長が始めた芝居は彼らから教わったらしい。たった数回言葉を交わした後、彼らは光線級の居る方へと向かって行った。

 

『東ドイツの奴ら、滅茶苦茶やりやがる…』

 

「ああ、MiGであそこまでの近接戦をやってのけるとはな」

 

唖然としていた欧州連合機だったが、突如前方のBETA群がまとめて吹っ飛んだことでもう一度驚くことになる。突入時にも見たフェニックスミサイルだ、突入した海兵隊機はまだ温存していたらしい。

 

『すまんがミサイルは今のでカンバンだ、デリバリーは頼んだぜ!』

 

「海兵隊か、支援感謝する!」

 

『ジョリーロジャーズだ、覚えて帰ってくれよ?』

 

合流した二つの部隊の支援を受けて進んでいれば、いつの間にやら新種の前だ。もう開きかけていた口の中に向けて補給機に突撃命令を出した。

推力を一気に上げた補給機は自爆警告音を周囲に向けて鳴らし、ライトを赤く光らせながら突撃を敢行した。

 

「頼む!」

 

しかし突如飛来したのは要塞級の衝角、撃破したと思い込んでいた個体は辛うじて生きていたのだ。極度の緊張は時間を引き延ばし、補給機目掛けて伸びる衝角は急に速度を緩めたように見えた。

 

「(いつも通りだ、撃てば当たる)」

 

 

【挿絵表示】

 

 

AIの処理速度と操縦桿の反応速度は遅くなった世界でも問題なく、衝角に照準を合わせるのは一瞬だった。放たれた弾頭は寸分違わず衝角に命中、高い硬度を誇るそれは粉々になって砕け散った。

 

「…命中!」

 

「よくやった!よくやったぞ!」

 

補給機は開きかけた口の中に飛び込み、そのまま自爆した。

分厚い開口部が圧力に耐えかねて千切れ飛び、内部のBETAは血煙となって霧散する。

 

 

海王星作戦のハイヴ攻略は延期されたが、中止はされなかった。橋頭堡に開けられた大穴や大量の死骸など問題は山積みだが、人類は想定外の事態を乗り切ることに成功したのだ。

 

「…締まらない最後で、本当に申し訳ありません」

 

しかしその作戦で活躍した試製四号は、オスカー中隊機に抱えられた状態で飛行していた。

 

「機体トラブルならば仕方ない、それよりもよくやってくれた」

 

何が破損したのかは知らないが、試製四号がエラーを吐いて超電磁砲が使えなくなったのだ。増援部隊が到着したことで退避に成功したとはいえ、中々危険な状態だった。

AIは今もエラーを吐いており、時折超電磁砲に関して色々と喋っている。

 

『不明な装備が接続されています、装備を認証出来ません』

 

「そうかい」

 

『伝達系に異常が発生しています』

 

「まあ試作機をここまで使い倒した我々が悪い、帰ったら何と言われるか」

 

日本帝国軍の今後を決めうる戦術機を前線で引き摺り回しました、そして限界まで酷使していたら新兵器がぶっ壊れました…などと言えば文字通り首が飛ぶだろう、比喩ではなく。

 

『ソイツの威力には惚れ惚れしたぜ、いつ前線に来るんだ?』

 

「さあな、俺達にも分からん」

 

『なんだよ、スーパーエレクトロマグネティックキャノンが有れば俺の弟だって戦地に出ずに…』

 

中隊機が固まった、聞いたことのない名前が飛び出したからだ。

 

「す、スーパー…なんだって?」

 

『アンタらの言語を翻訳にかけたらそう出たが、違うのか?』

 

その後中隊員が確認したところ、超電磁砲はレールガンと読まないことが分かった。軍上層部は原理から名前を取って電磁投射砲と呼称していたらしいが、秋津島開発の社長が何故か超電磁砲と名をつけたことで勘違いしていたらしい。

 

「何考えてんだあの人は」

 

「さあ…響きがカッコいいからとか、ですかね?」

 

 




アンケートの選択肢以外に投票したい場合は、活動報告かTwitterのDMまでお願いします。32話まで投稿する予定ですので、32話投稿時点でアンケートは締め切りますね。500件を超える投票ありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 オリジナルハイヴ

未曾有の事態により海王星作戦は一時中止され、攻略部隊は突如地中から現れた新種のBETA撃破後の混乱から立て直すべく尽力していた。新種は地中掘削に特化した種であり、ハイヴなど大規模な地下構造物を建造した個体だと思われる。

名前は母艦級とされ、前線では強襲揚陸艦などとも呼ばれているらしい。

 

「軌道爆撃の直撃により撃破したものの、同一種のBETAが同地点に出現しました」

 

秘書の報告に頭を抱える社長、この構図はいつものことだが状況は芳しくなかった。

 

「その後S-11を搭載した補給機により出現した二体目の母艦級は撃破されたものの、被害は甚大です」

 

「…マジか、試製四号は?」

 

「オスカー中隊と共に敵BETAと交戦、撤退には成功したようです」

 

「被害の方は後で聞く、まだ覚悟が出来ていなくてな」

 

本来であれば母艦級が確認されるのは相当後になる筈だが、そうはいかなかったらしい。パレオロゴス作戦後の撤退、ハイヴの建設妨害と爆撃を連日続けて行っていたのが原因だとはすぐに分かった。

BETAは軌道爆撃の存在を学習し、それを避けるために地下からの侵攻という今までとは違う手段をとったのだ。

 

「光線級が新たに確認された時点でBETAが学習能力を有するとは考察されていましたが、まあ出てきますよね」

 

「このままじゃあ我々は物量に勝るBETAと戦術、戦略でも戦わなくてはならなくなるぞ」

 

この問題に対して原作で行われたアプローチは至極単純、オリジナルハイヴに存在する司令塔を狙い撃ちにしてぶっ殺すというものだ。

BETAの学習機能と意思決定は全て一番最初に作られたハイヴが担っていて、それ以外は従ったり伝達したりしているだけという完全なトップダウン型の組織体系であるというのを見抜いての作戦だった。

 

「兎に角ハイヴを攻略しないとこの先ジリ貧だ、海王星作戦をもう一度発動する体力は欧州連合に残されていないんだぞ」

 

「切り札の運用にもBETA由来の物質が必要ですしね、決戦兵器が有ればハイヴだって吹っ飛ばせますよ」

 

アメリカから来た重力制御機関付きの決戦兵器、XGの解体は終わり細かな分析もそろそろ終わる頃だ。元々半分くらいはバラされていたのもあり、構造の解析自体は簡単に終わった。

問題は主砲である荷電粒子砲が丸々存在しないという点だが、設計図なら用意できるので自社製のものになる予定だ。

 

「ああ、次はオリジナルハイヴを吹っ飛ばしてやろう」

 

「え、なんでそこを狙うんです?」

 

「…えっ?」

 

話が詰まるが、その理由はすぐに思いついた。

そう、オリジナルハイヴが全てのBETAを統括していることは現時点で明らかになっていないのだ。このことが分かったのは量子頭脳を持つ00ユニットの活躍であり、この世界においてそれが実用化するかどうかは不透明だ。

 

「順当に潰すなら欧州か中国のハイヴですよね、何故オリジナルハイヴを?」

 

「…か、仮説がある!」

 

本来知らないはずのことを知っていたとなると未来でどうなるか分からない、ひとまず誤魔化しておこう。

 

「光線級という新種が発見されたのはオリジナルハイヴからだ、それにハイヴが全て大規模な地下茎構造を持つならあの大型BETAも最初から存在していた可能性が高い!」

 

「つまり?」

 

「新型BETAを作りそれを運用している中枢は、恐らくオリジナルハイヴなんだよ!」

 

秘書は暫く考えた後手元にあった紙の裏に何かペンで書き始めた、ヒートアップした議論に興味があるのか護衛の方も物陰からひょっこりと頭を出して聞いている。

 

「…確かにオリジナルハイヴが初めて人類の航空戦力に対して対抗策を打ち出しましたし、他のハイヴに向けて軌道爆撃をし続けても今回のような対抗策を講じるのは明らかに遅かったように思えますね」

 

「根拠はないがオリジナルハイヴが諸悪の根源だ、絶対にな!」

 

そういうことにしておこう、どうにかしてオリジナルハイヴが司令塔の役割を果たしていることを突き止めなければ作戦の立案などまず無理だ。

XGシリーズはレーザーを無効化し荷電粒子砲にてBETA群を吹き飛ばす唯一無二の存在だが、もしBETAが対抗策を打ち出してしまったらどうなるか分からない。原作ではそれを恐れて対応される前に攻略作戦を始めるしかなく、それに伴って様々な悪影響も発生していた。

 

「(そうだよな、普通なら敵のど真ん中に突っ込んで行かねえもんなぁ)」

 

人類が勝つためには戦力の充実も必須だが、それ以上に情報が必要だったことを思い出した。どうにかしてオリジナルハイヴを狙う根拠を手に入れなければならない。

 

「(ESP、所謂超能力持ちのリーディングは過去に試されたが今のところ失敗してるし、他に現状で試せるようなものはあったかどうか…)」

 

ESPを利用したオルタネイティヴ3計画はBETAが人類を生命体だと見なしていないという情報を得るに至るが、それ以上の情報を掴めず第四計画へと移行してしまう。

原作と同じ手段が取れない以上、どうにかして新たな道を模索しなければならなそうだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 秋津島開発の苦悩

やっと一区切り


欧州に派遣された部隊により超電磁砲搭載型戦術機、試製四号の性能は確かなものであると証明された。機体性能自体も非常に高く、搭載予定の新型跳躍ユニットが完成すればあらゆる面で隼を上回る機体になるだろうと期待されている。

 

「ボロボロになってまぁ、よく頑張ったな」

 

社長が手にしているのは試作機に関する報告書だ、写真も幾つか添付してある。日本に帰ってきた試製四号は外装こそ大きな損傷は無いものの、内部を見れば想定されていた以上の戦闘を熟したことはすぐに分かった。

軍は艦船への搭載など様々な運用方法を考え始めるなど、レールガンの正式採用は半ば決まったようなものだった。

 

「問題はレールガンのコストだよ、コスト」

 

「量産可能な金額ではありませんよね、社長が何やら用意していた設計図は役に立ったのでは?」

 

「それを作るための機械Aを作るための機械Bを作るための…って感じだな、まだ時間はかかる」

 

超電磁砲を運用するために搭載しなければならない装備は機体価格の高騰に繋がっており、試製四号が完成したとしても斯衛くらいしか採用出来ない。

これでは不味いのだが、本来なら必要な工程を幾つか飛ばして無理やり超電磁砲を用意したツケが来ていた。

 

「どうするんですか、これ」

 

「次世代戦術機を作るための土台が出来ていないのが原因だが、別のプロジェクトも同時進行してるからな…」

 

戦術機搭載用のAIに隼の改良、XGシリーズの新造に本業の宇宙開発と秋津島開発は多忙を極めているのが現状だ。

 

「XGはまず動力炉の稼働に必要なBETA由来物質、G元素が手元に存在しないため研究は何処かで止まります」

 

「だからこそ海王星作戦でのハイヴ攻略は必須事項だったんだが、あの状況じゃあ仕方ない」

 

確保したと思った橋頭堡が地面の陥没により周囲一帯ごと使えなくなってしまったのだ、ハイヴ攻略は暫くの間不可能だろう。

その欧州において独自に生産が始まり、各国で一気に配備され始めた隼だが研究班からはある問題が指摘されていた。

 

「隼なぁ、将来的には微妙な立ち位置になりそうだわ」

 

「…と、言いますと?」

 

「アイツはかなりの性能があるって言っても、強みは他の機体でも活かせる程度の要素なんだよなぁ」

 

コストで言えばF-4に負け、性能で言えば最近正式採用が囁かれている第二世代機のF-15に負ける。隼の利点である高性能な各種センサや強固な通信安定性は、新型データリンクの普及によって消えるだろう。

何故なら各国で新型データリンクの普及のために戦術機の電装品入れ替えが実施され、センサや通信機は隼と同じか同レベルのものに置き換わりつつあるのだ。

 

「AIによる高度な情報処理を前提とした新型データリンクの普及には必要な措置だったからな、秋津島製の電子機器は大量に輸出されてるよ」

 

「ではもう各国は解析を進め、同レベルのものを新型機に搭載してくると?」

 

「そういうことだな、我が社の部品を乗せるにしろ自国製を載せるにしろ隼が持つ優位性は消えたわけだ」

 

将来的には成長した他の戦術機に良いポジションを食われる立ち位置に居るのだ、まあビジネスとして戦術機販売を考えているわけではないので売れなくなろうと問題ないのだが。なにせ電装品やらAIブロックやらは我が社の独占商品である、隼の存在も大きかったがこれからは新型機の時代だ。

 

「ならば新型機の完成を急がねばなりませんね、アメリカの新型は隼を上回るどころか試製四号にも匹敵する性能だそうですから」

 

「試製四号はマトモに量産出来ないポンコツだがな、配備出来る機体を作れる方がよっぽど偉いさ…」

 

技術的には駒を進めているが、現場レベルで使えるようにするとなると行き詰まりを感じ始めている。どうしたものかと頭を抱えていたら部下の1人が護衛さんを伴って社長室に入ってきた。

 

「社長、なんか凄いお客様ですよ!」

 

「なんか凄いってなんだよ、ちゃんと言いなさいって」

 

慌てふためく部下を制し、護衛さんが前に出た。

 

「ミラ・ブリッジス氏がお見えです」

 

「…はい?」

 

 

3歳くらいだろうか、彼女に預けられた男の子は慣れない環境に困惑しているように見える。彼女とは戦術機開発に関して話したことは何度かあり、何かあったら協力するとも確約した覚えがあった。

 

「どうすっかな…マジで…」

 

本来であれば彼女の元で育てられる筈のユウヤ・ブリッジス君は訳あって秋津島開発の託児所にてお世話になっていた。彼は原作における主人公の1人であり、人類勝利の立役者でもある。

 

「ごめんなぁ、本当にごめんなぁ」

 

この複雑な状況を説明するのは非常に難しい。

まず日本が戦術機開発技術を習得するために始めた曙計画で、日本から様々な技術者がアメリカへと渡った。その際に武家の篁氏がミラ氏と関係を持ち、なんと子供を作ってしまう。

 

「忙しくて完全に忘れてたよ、そういや君もこの頃に産まれてたんだな」

 

戦術機開発において天才と呼ばれるほどの技師であるハイネマン氏の弟子だったミラ氏と、日本で特権階級の武家でありその上戦術機開発に深く関わった篁氏。その間に子供が生まれれば問題になるどころか攫って人質にでもされるような大事件である。

 

「シャトルの手配が出来て良かった。暫くの間は申し訳ないけど、君のお母さんには宇宙に居てもらうから」

 

宇宙港であれば誰も手出しは出来ない、状況が状況なので護衛さんに信用できる人員を貸してもらい彼女は宇宙へと上がった。職を辞してまで子を逃がそうとした彼女の意思は受け継ぐが、まあとんでもないことになったものだ。

 

「篁氏はまあ、後で話を聞くとして…」

 

本来なら父親が武家の人間であると隠して育てられる筈だが、ここに預けられたということは原作よりも彼女を取り巻く事情は深刻だったことが窺える。

 

「嫁さんが妊娠したらしいからな、懐妊祝いはわざと倍送りつけてやるか」

 

発注ミスということで公には済ませたが、後で個人的にお話を聞かせてもらった。色々と事情があったのかは知らないが、ギルティである。




無重力空間がある宇宙は幼い子供に良くないのでユウヤ君は地上に残らざるを得ませんでしたが、託児所はその重要性も相まって要塞と化しているので恐らく問題はないでしょう。
攫おうとすれば背後にニンジャが現れてカラテで制圧して来ます、サツバツ!

アンケートは今日で投票を締め切ります、ので選択肢の中に無いものが見たいんだという方は活動報告のコメント欄にGO!
沢山の回答ありがとうございます、本当に励みになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 秋津島レポート その1

閑話ラッシュ第一弾として一番要望が多かった部分、国内での秋津島の評判を多角的に掘り下げて行きます。第二弾は本編を挟んでからになります。


 秋津島開発は日本において大きな影響力を持つのは言うまでもないが、様々な立場から見た場合の評価というのは気になるところだ。特に情報統制に力を入れる日本帝国からすれば是が非でも知りたい内容であり、今回は情報収集のために働く政府関係者の視点からお送りする。

 

「ま、まさか社長直々にお話を聞けるとは、誠に光栄です」

 

「いえいえ、偶然日程に空きがあっただけですので…」

 

秋津島開発自身の評価や自己分析を知っておけば今後得た情報と見比べた際に色々と分かるだろう、そう思い連絡したところトップが出てきてしまった。

派遣されている斯衛の視線が痛い、何故来たのかと言わんばかりだ。

 

「我々は確かに各方面から恨まれたりしてますからねぇ、政府の方が今一度知りたいというのも当然でしょう」

 

「恨まれる、ですか」

 

「宇宙開発では相当ヤンチャしましたから、結果的に競合他社をダース単位で潰しちゃいましたからねぇ」

 

はははと笑う彼は戦後の宇宙開発競争を勝ち抜いた猛者であり、40代とは思えない若々しさを持っている。存外にも雰囲気は柔らかく、気難しいだとか頑固だとかという印象を受けることは無かった。

 

「戦術機開発では米国との仲も一時は悪化しましたが、今となっては回復しつつありますね」

 

「曙計画あたりから関係が改善したと聞きましたが、詳しい理由などは伺っても?」

 

「戦術機開発の立役者、ハイネマン氏と改めて交流を深めたからでしょうかね」

 

第一世代戦術機の開発において方向性の不一致があり、米国企業と秋津島開発の間では大きな溝があった。秋津島開発に宇宙開発利権を根こそぎ奪われ、投資した企業を瞬く間に潰された米国の政治界、経済界の危機感もあり計画からは離脱することになったために深く分かりあうことも出来ずにいた。

 

「曙計画の際に時間を作っていただき、改めてお話をする機会を貰いまして」

 

「米国に渡っていたのですね」

 

「まあほぼ日帰りのようなものが数回ですがね」

 

ハイネマン氏は日本への偏見や第二世代戦術機開発から外されたことで苛立っていたが、隼に関しての話をする内に打ち解けていた。第二世代戦術機が必要とするのは何なのか、更に次世代の戦術機はどうなっていくのか…

 

「あの時ばかりは寝食を忘れて語らいましたよ、隼に導入した概念を少しの会話で理解してしまうのだから議論は加速し続けました」

 

曙計画の成功は彼が行った対談のお陰でもあるのかもしれない、良くも悪くも雰囲気に似合わない大物っぷりだ。

 

「まあ米国との関係改善はそれからでしたね、向こうに行ってくれた社員が作ってくれたコネもありましたが」

 

宇宙港に米国の軌道降下部隊が入ったという件を見ても、秋津島と米国企業はある程度の再接近を果たしたのだろう。

 

「米国の方々はまあそんなもんですかね」

 

「では次に国内三社についてお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「良いですとも、まあ三社とも上の方にはよく思われてないでしょうねぇ」

 

新参者が大きな顔をすれば睨まれるのは当然のこと、長い年月をかけて会社を大きくしていった彼らからすれば印象が良いとは思えないと彼は語った。

宇宙開発、戦術機開発共に最先端を行くのは彗星の如く現れた秋津島開発であり、一代も世代を経ていないという異様な成長速度は良からぬ噂を吹聴される原因にもなっていたからだ。

 

「米国企業と密約があったとか、まあその手の噂には事欠かないものでしてね」

 

「戦後ということもあり、視線は厳しいものだったと」

 

「ですね、米国へ協力した後に日本で戦術機を作ったのは紛れもない事実ですし…」

 

こればかりは仕方ない問題だと語る彼だったが、ここまで達観していると色々なものを通り越して心配になってきた。

 

「ですがまあ、下に行けば行くほど仲は良いですね」

 

「それは一体」

 

「ウチの社員と滅茶苦茶交流が多い上に、戦術機関連の仕事は大抵一緒になるので連帯感が半端じゃあないです」

 

日本にF-4が納入されなかった事件以来、日本は自国での戦術機生産と運用のために過密なスケジュールでもって体制を整えた。現場では隼を擁する秋津島と、F-4の改修機撃震を持つ国内三社の社員達は休む暇もなく働かされることになるが、それは会社間の壁など取り払った友情を育むことにもなったらしい。

 

「開発関係でも色々と交流する機会がありましたからね、斯衛仕様機を作る時なんかは特に」

 

「現場と経営陣では印象に大きく差があると」

 

「ですね、まあ時間が解決してくれるとは思いたいですが」

 

社長は気にしていないらしいが、国内三社側が一方的に悪印象を持っているのであれば今後の開発体制にも悪影響が出るかもしれない。この意見が秋津島の勘違いである可能性も大いにあるため、鵜呑みには出来ないが。

 

「政府の方々からは…どう思われているんでしょうか?」

 

「と、いいますと?」

 

「色々と交流していますが、それ以上に協力…というより要望を通して貰ったりと無理を言って困らせたりしてるんですよ」

 

例を挙げるとするならばパレオロゴス作戦が失敗した後、撤退時にBETA群に向け軌道爆撃を行ってくれと言ったことがあるそうだ。まあそのまま言うわけにもいかず、物資なら幾らでも上げるから撤退支援を行う上で不自由はさせないと言ったらしいが。日本が軌道艦隊の実権を握っているからこそ通せた要望だろう、通らなければ自社でやったかもしれないが。

軍事作戦に口出しするというのは、一企業がやっていいことではない。それは彼も分かっていたようだが、あの時ばかりは英断だったと言えるだろう。

 

「な、なるほど」

 

「護衛さんが来たり、よくしてもらってるのは分かるんですけどねぇ」

 

秋津島開発は政府から資金援助や税金免除などかなりの優遇策がとられている。開発の失敗により会社が潰れると政府としては困るので、リスクの高い戦術機開発をバックアップした形だ。

まあ秋津島はそんな心配など全くさせず、それどころか大成功したので政府は肩透かしを食らっただろう。

 

「向こうは政治屋、こっちは技術屋なんで通じない話もあるわけでして」

 

彗星から隼まで一気に戦術機開発の駒を進めた秋津島開発は政府関係者の感覚を狂わせた、というのは確かにある。国内唯一の成功例を参考にスケジュールを作ると誰も着いてこれないのだ。

半年で試作機から完成にまで漕ぎ着けられる彼らがおかしいだけ、そのことに政府が気がついたのは戦術機の配備開始から少し経った頃だ。

 

「たまに無茶は言われますが、出来ない範囲ではないですし…まあお得意様って感じなんでしょうかね?」

 

政府からすれば日本帝国の生命線である、秋津島開発の自己分析はアテにしない方が良いのかもしれない。たまにされる要求も納期は10年先に設定してあるが、彼らは何を勘違いしたのか10ヶ月で納入して来たことすらある。

 

「は、はは…」

 

「民間の方々からは、まあ政府の方々と行った広報のお陰で大人気ですね」

 

国債より秋津島製の食料品、電子製品が売れるのだ。宇宙での食品栽培に関しての研究は地上でも役に立っており、外界の環境に左右されず食物を生産可能なプラントは大活躍中だ。これに関しては他の企業も進めている技術だが、味に関しては秋津島が勝っているというのは食べた身からしても間違いないだろう。

 

「様々な層からの支持を受けているそうですね、国内外問わずに」

 

「新しく始めた通信業が大きかったかもしれませんねぇ」

 

戦後からBETA戦争へと休まる時が無い人類が欲するのは娯楽に違いない、そう感じたらしい彼は定額制である配信サービスを始めていた。元々は業務効率化のために作られた通信衛星群による通信システムだったらしいが、今では小説や映像をアンテナ一つで楽しむことが出来る唯一無二のサービスに姿を変えていた。

 

「最近話題の娯楽といえば秋津島の食品と映画と小説だと言われるほどですね、入社を希望する若年層の競争率も高いとか」

 

「宇宙での働き手は若い頃から専門の教育を受けないと適応するのに苦労しますからね、若い人達が今まで以上に来てくれるようになって助かりましたよ」

 

過密なスケジュールで知られる秋津島開発だが、人員の増加によりそれは解消傾向にあった。新たな社員が増えたことによるスパイの危険性は無論あるため、政府側の人間が血眼になって精査し続けているらしい。

 

「金属の自動立体形成機が各国で活躍していて、そちらでも評判は上がっていると聞きますが」

 

「3Dプリンタですか、前線で必要な部品をその場で作れるって言うのは大事ですからね」

 

各国がある意味戦術機よりも注目しているとも言える機材であり、前線での稼働率向上に一役買っていた。部品点数が多く、稼働部も多い戦術機を維持するのには膨大な量の補給が必須だった。しかし比較的小さな部品であればその場で作れてしまう新型機材の登場で予備の部品不足には悩まされずに済んだらしい。

 

「保守部品が売れなくなるってんで、滅茶苦茶恨まれましたがね!」

 

やはりこの人は米国と仲違いしたことを一ミリも反省していないし、する必要も無いと思っていそうだ。確かに敵を作るタイプだが、その敵以外には愛されるタイプとも言えるだろう。

 

 

答え合わせをするため、まずは国内三社へと聞き込みを行った。政府の息がかかった広報関係者という肩書きで話を聞かせてもらう。話を伺ったのは国内三社のうちの重鎮、匿名を条件にということだったため名前や特徴は明かせない。

 

「秋津島開発にはお世話になって居ますよ、最近は隼の生産も我々が受け持っていますからね」

 

「隼の生産施設が国内三社に売却されたというのは聞きましたが、それは一体何故なんでしょうか?」

 

元々秋津島開発は量産に関するノウハウがあまりなく、その結果ランニングコストが莫大な自動工場なんて代物を作り上げてしまった。国外で運用するならば技術流出の防止が期待できるためコストの問題は許容されたが、国内で量産するとなれば別だ。

 

「隼は秋津島の独自規格品、当時としては…いや今でも革新的な技術を多く盛り込んだ機体でしたから単価は高かったのですよ」

 

「価格の低下が起きたと言う撃震と比べると中々の差だったとは聞いておりますが」

 

「ええ、ええ。そりゃあもう斯衛が乗るような高級機でしたとも」

 

量産の分野で先を行く国内三社の手が入れば隼も安くなるだろう、わざわざ国内でも自動工場で作る必要もなくなる。というか秋津島開発は限られたリソースを隼に注ぎ続ける気があまり無かったように感じているとも彼は話した。

 

「隼は安くならないかと政府が聞いたらですね、彼ら隼を国内三社に任せればいいじゃないかと言ったんですよ」

 

「…莫大な利権を手放すことになるのでは?」

 

「国内の自動工場を解体したとしても海外では稼働し続けます、それでも工場の3割を失うような判断をポンと下すんですから」 

 

まともな経営者ではない、というより既存の型に全く嵌まらない恐ろしい人物だとその時感じたという。会議室に集まっていた政府、企業の人間は秋津島の提案に固まったらしい。

 

「彼が秋津島開発は量産に向いていないんだと言い始め、申し訳なさそうにしていたのを見て議題を持って来た政府の奴は青ざめてましたがね」

 

「まあ無理矢理利権を手放せと言われたように見えますよね、他所から見れば」

 

「…我々もこの分野の人間として彼らには敬意を持っていますよ、私達の作った撃震と瑞鶴は欧州に渡って人を救えはしなかった」

 

欧州派遣部隊に選定されたのは隼であり、先の新種との戦闘でも活躍したのは試製四号だ。同じ戦術機を作るものとして、扱いに差があるというのは確かに面白くないだろう。

 

「耀光計画が始まっても政府は秋津島頼みですからね、彼らを打ち出の小槌とでも勘違いしていなさる」

 

国内三社はF-4のライセンス生産、瑞鶴の製作と段階を踏んで成長して来た。しかしそれでも米国との差は歴然であり、隼を超える新型戦術機を作れと言われても土台無理な話だろう。

 

「だからこそ我々に隼の量産を任せたのだとしたら、とまで考えると恐ろしいですがね」

 

「なるほど」

 

秋津島開発はマトモではない、少なくともそう思われているようだ。

 




この程度、6時間あればお茶の子さいさいよォ!
…誤字報告よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 秋津島レポート その2

近いうちに新型戦術機お披露目です、ご期待ください。

個別にコメントを下さった方々に関しては回答を行いましたので、活動報告をご確認下さい。ご協力いただきありがとうございました!


国内三社は心中に納めてはいるものの、複雑な思いを抱いているということが分かった。技術屋としてのプライドという奴だろうか、分からなくも無いと思ってしまう。

 

「秋津島開発は最高、超電磁砲とか夢ですよ夢」

 

「俺は軍の展覧会で、あの隼に乗せてもらったんですよ!」

 

「へ、へぇ〜」

 

道ゆく男子中学生にお話を伺うとこんなもんである、やはりこの年頃は戦術機に憧れるものなのだろうか。

 

「電磁砲じゃないんですよ、超!…電磁砲なんですよ」

 

「その場で手を動かすだけだったんだけど、ですけど、いやもう凄くて」

 

なんかもうヒートアップし過ぎて危ない、コイツらは秋津島か軍にでも入れ。

 

「新聞になるんでしょう、僕がもう超電磁砲について最強のコメントを…」

 

「こうなんていうか、ギュチッと神経が繋がるような感じで…」

 

怖いから、ちょっともう君たち本当に勘弁して。

 

 

次に話を聞きに伺ったのは自分の雇い主、政府である。

秋津島開発との橋渡しを担う彼は中々気苦労が多いことで知られている。

 

「いやねぇ、君には苦労をかけたみたいだね」

 

「そんなことはありませんよ」

 

「まさか社長本人が出てくるとは、まあ結果としては良かったんだろうけど」

 

後で何か言われないだろうかと不安そうに話す彼の髪の毛は薄くなりつつある、心中お察しします。

 

「本題に入るとして、秋津島開発は本物の国士だよ」

 

「そう思われるほど国に尽くしていると言うわけですね、具体的な例をお伺いしても?」

 

「君も知っている…いや、私の口から言うのが君の仕事に沿う形になるね」

 

鞄から取り出したのは様々な資料だが、どれも秋津島が関わったことで成功したものだ。戦術機開発より前、宇宙開発時代にも日本はその恩恵に肖っていた。

 

「戦後日本は対共産圏戦略に巻き込まれる形で急激に成長を遂げた、けれどもそれは米国の手によるテコ入れがあってこそだ」

 

「確かに戦後の経済成長は目を見張るものがあったと聞いていますが」

 

「そんな時に出て来たのが彼さ、本当に当時は驚いたよ」

 

宇宙開発競争を駆け抜け、競合他社を蹴落とし、次々に国家プロジェクトでさえ不可能だった技術を実用化していく。人類の新たな夢は彼が形にすると言っても過言では無かった。

 

「国民が馬鹿正直に夢を見たよ、この僕だってそうさ」

 

「宇宙ドリームですか、未開の惑星を新たな国土にしたり旅行先にするっていうあの」

 

「BETAに全部潰されたけどね、当時は本当に可能だと思える速度で技術が進んでた」

 

秋津島開発が高性能なMMUを作っていたのは未開惑星の開拓を可能にするためで、宇宙港を作れたのは長距離航行を行う際の中継拠点にするために研究を進めていたからである。

 

「それからはまあ怒涛の勢いだったよね、彗星は知ってる?」

 

「ええ、月面の救世主となったとかで」

 

「実は現存機ってもう秋津島開発の本社に併設されてる技術館と、帝都の博物館にある二機しか無いんだよね」

 

その他のものは設計図から再現したレプリカで、月の地は踏んでいない。

何故急に旧式機の話になったかというと、ここが秋津島開発を評価する上での転換点となるからだ。

 

「対BETA用の兵器を作っちゃったんだからもうね、支援はしつつ黙認を決め込んでた政府も若干慌てたよ」

 

「米国との接近ですか」

 

「そうそう、秋津島開発の支社はあの頃から世界中にあったし本拠地を向こうに移しちゃうんじゃないかって」

 

実際には計画から外れて日本に帰ってくるので、どうやって日本に引き留めるかと議論と交渉を続けていた政府の頑張りはなんだったのかという結果に終わる。

 

「でもねぇ、持って来たお土産がこれまた凄いヤツでね」

 

「お土産?」

 

「ほら技術館で彗星の隣に展示されてるヤツ、彗星二型だよ」

 

彗星と比べて明らかに現代の戦術機に近づいたその機体は隼の親に当たる機体だ、試作機ながら性能は当時のF-4と同等だという。

 

「秋津島開発が米国で得たものと自分達で作り上げたものを結集して作った戦術機の雛形、それが日本に転がり込んで来たから今があるわけ」

 

「転がり込んで来たって…」

 

「本当にそう言うしかないくらいだったから、正に棚からぼたもちってね」

 

彗星二型から作られた隼は日本帝国軍に正式採用が決定、半年で実機が納入されるという速度にこれまた驚くことになった。

 

「隼はもう軍部の星だったね、目に入れても痛く無いって言い張ってたよ」

 

「F-4が納入されず、対BETA戦力が存在しなかった時期だったと聞いていますが」

 

「誰も用意出来なかった戦術機を作って見せた企業だからね、秋津島は陸軍とは今まで縁がなかったけどこれを機に軍部の好感度はかなり上がったよ」

 

戦術機開発を始めてからは接点の無かった軍部まで虜にし、秋津島開発には軍事予算からも資金が大々的に投入され続けることが決定した。

 

「政府も欲しかった国連への影響力を得るきっかけを貰ったしね、正直言って頭が上がらないんじゃないかな」

 

「宇宙港が出来たことによる国連宇宙軍の実権掌握ですか」

 

「その通り、斯衛も戦術機を作ってもらったし軍と政府の7割か8割は秋津島の支持者だろうねぇ」

 

それでも米国との関係は疑われてるけどねと彼は告げる、曙計画から始まった米国企業と秋津島開発の関係改善は様々な勢力が注視しているそうだ。

 

「大体こんなところかな、ちなみに私は支持者だよ」

 

「何故です?」

 

「娘は星が好きでね」




どれも昔の話なので、戦術機の絵を貼っておきます。
絵に関する感想が貰えたりすると泣いて喜びます。

彗星

【挿絵表示】


【挿絵表示】


彗星二型

【挿絵表示】




【挿絵表示】


鐘馗

【挿絵表示】


本編を挟んで次はアンケート投票数二位の国外関係をやります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 衛士の戦友

新型戦術機の前に別の新型をお披露目です。

なんかランキングに舞い戻ってる…!
マブラヴの二次創作増えてくれ、投稿始めたとか教えてくれたら支援絵とか毎日描いちゃうから!


AIが戦術機に搭載され始めてからある程度の時間が経ち、秋津島開発はそれに関する新たな製品を完成させていた。

 

「AI用の外骨格だ、戦術機の背中あたりにスペースを作る必要があったが搭載は可能だな」

 

「…えぇ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

それは以前見たロボットとは大違いであり、体格も人とはかけ離れていた。

格納状態では四角く折り畳まれ、コンパクトな状態になるのも異形感を増す要因となっている。

 

「何に使うんですか、これ」

 

「衛士が脱出せずに自爆するか自殺するからな、引っ張り出すためだ」

 

BETAからの打撃を受けて緊急脱出が不可能になった際は強化外骨格を身に纏い内側から戦術機をぶっ壊して外に出る必要がある。この時点で中々ハードルの高いことを言っているのだが、大抵戦術機で脱出したとしても外に居るのは自分と比べて何倍もの大きさがあるBETAだ。

 

「まあ逃げる気も失せるよな、戦場で大破した戦術機から人が生還する確率ってのはかなり低い」

 

「AI用の外骨格を搭載したとして、生きて帰れないなら意味ないのでは?」

 

「脱出の際の支援もコイツの役割だがな、遠隔操作も出来るようになってるんだよ」

 

試験用の戦術機には外骨格用の格納庫が背中に増設されており、その箇所だけ分かりやすいようにオレンジ色で塗装されている。

社長が担当の社員に合図を送ると、機体は試験場に向けて走り出した。

 

「試験場にテストの用意をしてある、ひとまず行こうか」

 

「お乗りください、運転は私が」

 

護衛さんが乗って来てくれたのは以前製作した多脚戦車であり、武装を廃して頑丈な護送車両へと姿を変えていた。歩行と走行を切り替えられ、地雷を踏んでも機内に被害が及ばないという利点から護送車両として少数だが運用されているらしい。

 

「…久しぶりに見ましたね、この子」

 

「今は俺らの管轄じゃないんでな、国内三社が弄ってる」

 

開発チームも縮小されたが一応参加している、次期主力戦車ということで国内三社は本気だ。サイズの問題からして超電磁砲の搭載には至らなかったが、戦術機に搭載されているAIを用いての省人化、無人化に関しては相当研究が進んでいる。

 

「あの時の揺れが嘘みたいですね、これは」

 

改良されたことで安定性は増し、乗っていても揺れは乗用車と変わらないかそれ以下だ。だだっ広い試験場には様々な状況を再現するため、多種多様な障害物が配置されている。市街地、都市、田園…よくもまあ再現したものだ。

 

「そろそろ見えて来たぞ、あそこだ」

 

「…別の戦術機がぶっ倒れてますけど」

 

「救助訓練用のダミーだ、まあ見てな」

 

狭いハッチから2人で身を乗り出して双眼鏡を覗く、試験用の機体は突撃砲を構えて周囲を警戒しているようだ。突撃砲を様々な方向に向けたかと思えば、空砲をバカスカと撃ち始めた。

 

「あれは?」

 

「仮想訓練だよ、操縦してる衛士の視界にはコンピュータ上で合成されたBETAが投影されてる」

 

本来であればコックピットから降りて危険な戦場を走り、救助対象のコックピットハッチにまで辿り着かなければならないが今回は違う。背中のハッチが開いて外骨格が展開され、垂らされたワイヤーを伝って地面に降りていく。

 

「衛士は戦闘だけに集中出来るし、AIは大破した機体側のAIとも連絡し合うことで最適な救助活動が可能と言うわけだ」

 

「おお!」

 

機体の破損状況や倒れた向き、前と後のどちらから救出するのかなどはAI同士の情報共有で最適な行動が選択出来るようになっている。危険な状況に衛士を晒さなくとも救助が行えるというのは本来なら最も早期に開発したかったものだ。

 

「AIがやっとここまでの判断を行えるようになったからな、研究を続けていた甲斐があったよ」

 

「あっ、衛士を救助しましたよ!」

 

衛士と書かれた黄色い人形を外骨格は掴み、大破した戦術機から母機へと帰還する。コックピットハッチを開けて要救助者を内部に格納し、自分は背中の格納庫へと戻っていく。

 

「本来であれば援護する機体も存在するが、単機でも救助が可能な点を確かめたくてな」

 

「素晴らしい製品じゃあないですか!」

 

「戦友を見殺しには出来ないがせざるを得ない、そんな状況を無くすのが全自動救助ってな」

 

試験の成功に歓声を上げる現地の社員と軍関係者を尻目に格納庫へと戻り、多脚戦車もとい多脚護送車両から降りる。次に向かうのは屋内試験場であり、拠点内に侵入したBETAとの戦闘を想定して設計されている場所だ。

 

「これは?」

 

「歩兵用の外骨格にAIを搭載して試験してんの、流石に全員を無人機に変えられないから司令役として人間は必要だがな」

 

彼らの視点を見ることが出来るディスプレイには、迫り来る小型BETAが映っていた。無人機はしっかりと戦闘を行えているように見えたが、複数の無人機が上手く協力出来ていないように見えた。

 

「データリンクは上手くいってる筈なんだがなぁ、やっぱり無人化には更なる最適化が必要だな」

 

「でもここまで出来るようになったのなら相当やれることは広がりましたよね」

 

「ああ、目指せ犠牲ゼロだ」

 

 

後日、また別の試験場に来ていた。

屋内試験場の一室に用意されたのは秋津島開発製の管制ユニットであり、所謂コックピットだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「秋津島開発製と米国製の違いは何か」

 

「最初からAI搭載を想定していたか否か、それと」

 

「それと?」

 

「無重力空間での運用が可能か、ですよね」

 

秋津島開発製の管制ユニットは密閉型であり、米国製と比べて僅かに耐熱性が高い。機体が変形した際の脱出や救助は米国よりも困難だが、外装がシーリング材としての役割を果たすために破損した際に飛び散る金属片から衛士が守られるという違いがある。救助のし易さをとるか、負傷のしにくさをとるかは議論が別れているところだ。

 

「そうだ、宇宙での緊急脱出を可能にするために密閉型になってるってわけだな」

 

可動式のアームに接続されたモニタとボタンがコントロールパネルとしての役割を持ち、米国と比べて可動するため操作の簡便さや見やすさにおいて勝るが破損の危険性と耐久性で劣る。

 

「このモニタアーム、宇宙ステーションで使っていたものと同じじゃあありません?」

 

「そりゃあそうだ、このコックピットは元々建設作業用のMMUに使う予定だった奴だからな」

 

戦争が始まってからは内部が戦闘用に改められたが、装備に関してはある程度踏襲されていたのだ。

 

「コイツは超電磁砲の発する電磁波対策を施し、AIとの相性を底上げし、更には自動救助に対応した最新版だ」

 

「…見た目もサイズも変わりませんが」

 

「変わったら戦術機に入らなくなるだろ!」

 

 




感想が500件を突破しました!
お礼を言うのが少し遅れてしまいましたが、本当にありがとうございます!

【挿絵表示】

感想以外にもUA、お気に入り登録、しおりなど伸び続けていて驚いています。最近はここすき機能でハイライトされた小説内の文字を見てニヤニヤしてます、これからも秋津島開発をよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 試製四号改め…

やっとお披露目です。

中々上手く纏まらなかった、この回は書き直すかもしれません。


秋津島開発の研究開発班はある兵器の試作品を更に進化させ、新たな領域へと踏み込もうとしていた。実戦を経験した試製四号を改良し、超電磁砲も軽量化と高性能化を順当に果たしたという。

 

「試製四号は軍で採用された場合、名を改めて疾風と呼ばれるそうです」

 

「言語を変えたらまた名前が被るじゃないか」

 

「被る?」

 

「…忘れてくれ」

 

いつも通り試験場へと運び込まれたのは新造された試製四号の二機目であり、武装の試験用ではなく完全な実戦用として組み直されている。隼に勝る程度の性能だった四号は、小隊を相手にしても負けないほどの性能差を得て帰って来た。

 

「にしても早かったですね、問題が解決したんですか?」

 

「難しいな、どう答えるのが正解か分からん」

 

開発班は改めて宇宙に戻り、超電磁砲の砲身を無重力空間で製造することにより本来の性能を得ることに成功した。将来的には地上で製造することを目標にしているため問題が解決したわけではないが、ひとまずは先に進めたと言えるだろう。

 

「まあ…してるとも言える、将来的な見通しが立つ程度にはなったさ」

 

「それは良かったです、演習でここまでの成績を出してしまっては量産出来ませんと言えませんからね」

 

この試験の前に行われた演習では隼の小隊相手に超電磁砲を用いてマトモな戦闘になる前に全機撃墜、超電磁砲無しでも隼に対して優位を保ち続ける機動力の高さを見せつけた。

 

「…差がここまで出るとはな」

 

「AIとの相性が良いって話題になってましたね、多少レスポンスが上がっただけの筈なんですけど」

 

「ワイヤーから光ファイバーに替えたからか」

 

「絶対にそれが原因でしょうね」

 

本来なら超電磁砲の出す電磁波対策の一環としてオペレーション・バイ・ライト方式、光ファイバーによる機体内の信号伝達を行う技術を導入したのだが反応速度の向上に繋がったらしい。

元々は原作における最新鋭機に搭載されていたようなものであるため、当たり前とも言えるが。

 

「コンマ数秒が生死を分けるからな、こっちからしたら微々たる差だが乗り手にとっては大き過ぎる差ってわけだ」

 

「やはり乗ってもらわないと分からないものですね」

 

大型化した頭部レドームは左右にも出っ張り、曲がりなりにも流線型だった隼とは違った印象を持つ。電磁波対策で大きくならざるを得なかったというのもあるが、性能は充分だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

そのシルエットはより人に近づいた、というより一般的な日本人より体格が良い。脚部燃料タンクの大型化が下半身の大型化と重量の増加に繋がったが、新たな装甲材の採用とより推力の大きな跳躍ユニットの搭載でことなきを得た。

 

「秋津島の新星ここにあり!…って、軍部の人は大歓喜でしたけど」

 

「まだ機体だけなら作れるんだが、超電磁砲の量産体制が完全に整うのは数年後だな」

 

「その超電磁砲の搭載で色々と話があったと聞きましたが」

 

「ああそれか、超電磁砲を持たない疾風の件だな」

 

問題として上がったのは超電磁砲とトレードオフの関係にある背部兵装担架で、本来なら搭載出来ていた武装を半分失う形になるのだ。

超電磁砲が有れば要らないだろうとも思ったが、これには日本帝国軍が新たに打ち出したハイヴ攻略戦術と関係していた。

 

「補給機が有ればハイヴ突入部隊は適時補給を行いつつ最奥へと進軍出来る、ならば新型戦術機は弾薬消費量が既存の機体よりも悪化しても問題ないと考えたらしい」

 

「腕は二つしかありませんよ、そうバカスカ撃てますか?」

 

「背中と肩からも生えてるんだぞ、今更人の形に拘る必要はない」

 

社長が取り出したのは疾風の設計案であり、軍に承認されたことが分かる書類と判子があった。肩部、腕部、腰部、膝部をユニット化し要求される状況により性能を変更可能だとしていた。

 

「肩?」

 

「肩部の装甲を保持してるアームだよ、腕というには手も何も無いが機能としては装甲を持ち上げているって表現になるか?」

 

強襲掃討仕様と銘打たれた装備は肩部装甲が差し替えられており、簡略化された戦術機の腕が生えていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

背部に超電磁砲を搭載せず背部兵装担架を装備した場合、突撃砲を6門同時に運用できる計算になる。

 

「元々戦術機の中でも装甲が分厚い部位を持ち上げる部分だからな、やろうと思えば幾らでもやり方はある」

 

それ以外にも様々なバリエーションが用意されていることが紙の束の厚さから伺えた。汎用型、強襲型、防衛型と様々な装備が考案されている。

 

「バリエーション豊かですね」

 

「ファミリー化って奴だ、攻撃用だろうが防衛用だろうがみんな疾風がやれるっていう構想らしい」

 

「それはまた壮大な計画ですが、そんなことをすればコストはむしろ上がるのでは?」

 

「欧州連合が噛んでるのさ、調達機数は隼と同等かそれ以上になる予定だから纏まった数が作れるようになる」

 

スーパーエレクトロマ…超電磁砲は喉から手が出るほど欲しい最新鋭の対BETA兵器であり、欧州連合は多額の開発費を日本帝国に送っている。秋津島開発との共同開発も打診されていたが、政府は超電磁砲の技術漏洩を警戒してそれを却下しているために資金援助という形になった。

 

「量産すればするほど兵器は安くなる、という訳ですか」

 

「疾風の低コスト化は進めるが、将来的には数を作って製造単価を下げるのが単純明快で良いってわけさ」

 

次世代の戦術機として日本帝国が疾風に求めた隼以上の性能、米国の戦術機開発計画に影響されて付与された対戦術機能力は奇しくも対BETA用の兵器として開発された超電磁砲の搭載によって達成したのは皮肉である。

 

「まだまだ問題は山積みだが、一応はなんとかなったな」

 

「嫌なことが続いてましたからね、開発班に目を覚まさせられるとは」

 

「…まあ悩むには早過ぎるってことだな、俺達も頑張ろう」

 

疾風はまだ量産機とは言えない状況であるのは間違いない。

BETAとの戦争に終止符を打つ機体になれるよう、あらゆる手段を尽くしていかなければ。

 

 

秘書と談笑した後、社長室に戻った自分を待っていたのは護衛さんだった。

いつものスーツではなく、斯衛軍が着るような色付きの制服に身を包んでいて只事ではない雰囲気だ。というか制服が赤い、結構な地位の方だったのか。

 

「ご、護衛、さん?」

 

「説明してください」

 

「何を!?」

 

「私は今冷静さを欠こうとしています」

 

「だから何をです!?」

 

彼女は徐に正座の体勢へと変え、わざとらしく取り出した刀と砥石で刀の手入れをし始めた。

 

「怖いっす」

 

「最近は距離を詰めてきてくれるようになりましたし、共に休日を過ごすことだってあったではありませんか」

 

「…はい」

 

語弊がある、配信業を始めたのでその記念に衛星通信で映画でも見ないかと誘ったりしただけである。あの時は記念すべき初の映画配信であり、別室で計器と睨めっこしていた配信業担当者達は成功に大喜びしていたような。

 

「またある時は同じ機内で過ごしもしました」

 

「機内、飛行機とかじゃなくて戦闘機動しまくる戦術機の中でしたよね」

 

試製四号を斯衛の全力でぶん回してくれ、機体への負担は考えなくてもいいと頼んだことはある。乗ってみたかったので後部座席にお邪魔したが、宇宙で三半規管を鍛えていなかったら死んでいた。

 

「食事だって同じ時に行うではありませんか」

 

「毒味兼ねてますからね」

 

もう最近は慣れて来たし、他の護衛の方にも囲まれながら食事をとるのもなんか将軍様にでもなったような気分だと思い込んで済ましている。

料理人さんは最近おにぎりと味噌汁、あと漬物くらいしか触ってないと苦笑していたっけか。

 

「なのに!」

 

「はい」

 

「隠し子がいらっしゃったなんて…」

 

「違います、僕は彼の父親でもミラさんとそういう関係でもないです」

 

話を聞くと政府の方でも大騒ぎになっているらしい、そりゃそうか。

その後秘書と共に関係各所へと誤解を解きに走り、ミラ氏とその子供に関しても秋津島で預かることをどうにか認めてもらった。

 

 

秘書は呆れた表情でこちらを見つつ、託児所(関係者の間では託児城とも呼ばれる)から連れ出して来たユウヤ君の面倒を見ていた。その様子はあかつきに滞在中のミラ氏に中継されており、画面越しではあるが母との再会に至り彼は嬉しそうだ。

 

「社長、もう奥さんの1人でもお作りになられたほうがいいですよ」

 

「俺は宇宙放射線で睾丸をやられてだな」

 

「そんな嘘は通じませんよ、何のために毎年の健康診断をやっていると思ってるんですか」

 

「…お前まさか検査したのか!?俺の俺を!?」

 




個人的には最高のデザインが出来た気がする。
試製四号改め、疾風をよろしくお願いします。
他の機体仕様に関しては次回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 疾風三兄弟

PCが修理に旅立ちました、毎日更新は…無理かなぁ?
と言うわけで、挿絵の供給が絶たれた上に打ち慣れたキーボードとも暫しの別れとなってしまいました。
今後どうなるかは不明ですが、場合によっては閑話辺りを挟んで時間を稼ぎます。


欧州の最前線では崩壊した橋頭堡の近くに新たな拠点が設営されていた、どうにか押し上げることに成功した防衛線は維持出来ているらしい。

その間オスカー中隊は超電磁砲の実戦投入を間に合わせるため、少し後方の国連軍基地の一角にていつも通り試験を行なっていた。

 

「…まさか試作機が3機も来るとは」

 

「俺達を処罰する気はないらしい、これで秋津島から送られて来た機体は壊れる寸前まで使って良いことが分かったな」

 

「冗談じゃ済みませんよそれ」

 

一週間前に軌道上から降って来たのは三機の戦術機で、先の戦闘で損傷し送り返した試製四号の先行量産機らしい。部品を交換することによって様々な局面に対応するという謳い文句通り、三機はそれぞれ違う装備を身につけていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まず中央の1番機は汎用型で、背部に短砲身タイプの超電磁砲が装備されています」

 

「短いのか」

 

「近接戦、射撃戦において既存の120mm砲と同じ運用がなされることを想定しているそうです」

 

試製四号と比べて半分ほどの砲身を持ち、肩部装甲やナイフシースは癖のないシンプルなものが装備されていて使い勝手は良さそうだ。資料を見れば延長砲身もオプションとして選択可能であり、試製四号と同じ運用も出来そうなのもいい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「右の二番機は強襲掃討型、肩部のサブアームが特徴で扱える火器の数が増えています」

 

「超電磁砲が無いが」

 

「背部兵装担架を用いてですね、なんと突撃砲六門同時射撃をやるそうです」

 

とんでもない機体が入って来た、超電磁砲よりも不思議度で言えば上になるだろう。何故腕を肩から生やしたのか、秋津島の考えることはよく分からない。

資料を見ると超電磁砲を搭載することによる通常火力の減少を補うための機体であり、超電磁砲の威力が過剰になるような相手を一手に引き受けるらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「左の三番機は凄いですね、連射可能な超電磁砲搭載型ですよ」

 

「連射、続けて撃てるのか」

 

「発射速度は遅いですが、それでも十分ですよ!」

 

腰部の予備弾倉入れは丸ごと超電磁砲用の弾倉となっており、肩部も射撃時に超電磁砲を保持するためのアームが生えている。こんな機体が居るならば二番機が頑張らなくてはいけない理由も分かってきた、中々にぶっ飛んでいる。

 

「で、コイツらの試験をすればいいのか」

 

「ですね、実戦投入も行なって欲しいと書いてあります」

 

「…上手く行くといいんだがな、毎回毎回勝てるわけじゃあないぞ」

 

ある指示を整備班に出そうとすると、ニヤニヤしながら部下が着いてくる。

 

「で、機体は秋津島カラーに塗るんですか?」

 

「塗る、白とオレンジで試製四号と同じようにな」

 

 

「…なんつう機体だァ!?」

 

「スロットルに気をつけて下さい、すっ飛びますよ!」

 

熟練の衛士達は隼とは全く違う操作感の疾風に振り回されていた。

見た目に反して軽い機体重量、隼よりも推力が高い新型跳躍ユニット、下に寄った重心など要因は幾つもあった。

 

『下手に足を振るとバランスを崩して失速しやがる!』

 

『whoop whoop!pull up!pull up!』

 

『安心しろ、堕ちやしないって!』

 

AIがいつもであれば出さないような警告音声を発している、ガタガタに崩れた機体バランスを察知してのものだろう。低空飛行を行っており、地面との距離が近いのも訓練モードに入ったAIが警戒する理由の一つだった。

 

「今までとは違うんですよ、動かし過ぎなんです」

 

AIによる補助に必要な操縦データの蓄積が出来ていないというのも彼らが上手く乗りこなせない原因だ、AIも既存の機体と全く違う重量バランスを持つ疾風の姿勢制御など経験したことがない。

 

「空力を気にする必要はありません、それよりノズルの向きに気を配って!」

 

「指定チェックポイント通過ァ、目標タイムからプラス6秒」

 

『曲がれっての!』

 

隼とは勝手が違う、暫くの間は飛行訓練を続ける必要があるだろう。

部隊員の様子を見るに見かねて試験飛行ルートにまでやって来たのは試製四号に乗っていた後衛の中隊員だ。

 

「酷いもんですね」

 

彼は相棒のAIを小脇に抱えながら現れた、背中にはAIを動作させるためのバッテリーを背負っている。現状彼が欧州で唯一疾風を乗りこなせる衛士だと言っていい状況だ。

 

「そりゃそうでしょう、全く新しい機体なんですから」

 

「アイツを振り回すには足っていう二本の重りを上手く振り回す必要があるんですよ、こう…くるっとね」

 

手で人を作り、人差し指と中指を足に見立てる。

激しい方向転換が必要なら足を大きく回せば、回転によって生まれたひねりが上半身の向きを即座に変える。

 

「アイツは超電磁砲の搭載が前提なのもありますから、反動に耐えるために下半身を重くしてあるんです」

 

「…よく試製四号で撃ちながら飛びましたね」

 

「はは、まあ重心移動に慣れてしまえば楽ですよ」

 

『言われて出来るかッ!』

 

機体を振り回し過ぎたことで大きく傾き、足先が地面と擦れる。

どうにか立て直すも、チェックポイントを示すポールはまだ遠かった。

 

「指定チェックポイント通過、目標タイムからプラス12秒だ」

 

『あ゛あ゛』

 

『Too low!』

 

『低いってなんだよ、高度を上げればレーザーが来るだろうがッ!』

 

操縦席でAIと衛士が喧嘩すると言うのも見慣れた光景だ、あの衛士が多少感情的になりやすいということもあるが。

 

『Beeeep!』

 

『絶対に今文句言っただろテメー!表でろや!』

 

「…まーた始めましたよ、次の機体準備して下さーい」

 

呆れながら次の機体を出発させる、3機しかないとはいえ乗り慣れるためには飛行時間を重ねるしかない。

 

『外骨格起動、背部格納庫に近づかないで下さい』

 

『ちょっ、それはズルいだろ!』

 

『…中止します』

 

仲が良さそうで何よりだ、見ていた衛士達は毎度毎度飽きないなと笑いながら次の機体に視線を向けた。

 

 

ひとまず3機の特性はある程度把握出来た。

無論弱点なども見つかったが、ひとまず1番機から纏めていこう。

 

「無難だな、試製四号の正当な進化系といったところか」

 

「操縦特性に関しては衛士とAIが乗り慣れればなんとかなると思いますが、隊長は何か見つけました?」

 

「超電磁砲を撃った時のノイズがどうなるか気になってたが、もう気にもならない程度に軽減されてたからな…言うところ無しだ」

 

超電磁砲という他には無いアドバンテージを保持しつつ、高い機体性能を持ち戦闘において隙はない。問題は状況によって武器を持ち替えられないことだが、補給機に手渡して貰えば万事解決だ。

 

「次は二番機です」

 

「あんまりにも機体を振り回すと肩のサブアームがブレる、あと全長が短い新型突撃砲の使用が前提に設計されてるもんで従来型を使うと更にブレる」

 

「ですがBETA相手にばら撒くには問題ない程度のブレですよね」

 

「遠距離狙撃をやるわけじゃあないならな、大抵敵との距離も近い」

 

ナイフは振れるが長刀は流石に厳しい、というより機体全てを使って振るう長刀は身体の一部だけが動くサブアームとは相性が悪い。

 

「コイツが居れば戦車級はまとめて挽肉だな、火力を集中させる方向を指定すればAIが勝手に狙ってくれるのも楽で良い」

 

従来機も自動で狙いを付けられたが、臨機応変さが違う。

120mmの使い所、36mmでの弱点狙い、どれも熟練衛士レベルだ。

 

「試しに両腕は自分で、肩と背中の四門はAIに任せて動かしてみましたが腕に突撃砲がぶつかったことはありませんでした」

 

知る限りの機動を試したが、全て避けられた。

射線に腕が重なりやすい長刀などとの併用も行ったが、全く問題無かった。

 

「…どういう制御してんだ、それ」

 

「昔でも避けてくれましたが、今回は腕が二本増えたんですけどねぇ」

 

突撃砲六門の使い勝手は思いの外良かった、それに超電磁砲を搭載していないのでサブアームを差し引いても機体は軽く機動性は1番機以上だ。

 

「三番機は、なんというか潔いよな」

 

「ですね、超電磁砲以外武器が乗ってませんからね」

 

超電磁砲と干渉するパーツを外したがために腕部のナイフシースまで無くなっており、ナイフは膝の中に格納する方式に変更された。

 

「折りたたみ式の砲身を展開、機関部と弾倉を接続して弾頭を装填、磁力を発生させて発射するまでに大体8秒だそうです」

 

「早えよ」

 

「発射速度は3秒に1発、発電装置の負荷を度外視するか追加の冷却装置がある場合であれば1秒に1発だそうです」

 

「威力は?」

 

「…ほぼ据え置きです、数値で見ると微々たる差ですね」

 

正直三番機は前線に持って来てほしくないほどの機体だ、これが量産された暁にはBETAなど的でしかなくなる。それが出来ないから本国の連中は困っているのだと思うが、連射可能な超電磁砲など来れば強奪しようとする輩も一層増えてしまう。

 

「本当にここに落として良かったのかよ、コイツは」

 

「だから護衛が増えたんじゃないですか、彼らと先行量産機を合わせてオスカー大隊を名乗りません?」

 

「定員割れして消滅すると思ってた中隊が大隊に化けるとは、昔の俺じゃ想像できないね」

 




デスクトップPCが、欲しい!
切実な問題であります、安定した状況で絵を描きながら小説を書きたぁーい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 解説する者と食料事情

ネタです


「ねぇ魔理沙、衛生兵って居る?」

 

「ああ、さっきまでは生きてたぜ」

 

「そうなのね、残念だわ」

 

「それにしてもどうしたんだ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ねぇ、錯乱した新兵を諭してる時に背後から兵士級に噛み付かれたことってある?」

 

「よくあることだな、気をつけた方がいいぜ」

 

「と言うことで今回は小型BETAへの対処について解説していくわよ、衛士の霊夢と」

 

「歩兵の魔理沙だぜ」

 

部屋に押し殺そうとしたが漏れてしまったかのような笑い声が響く、これを見た護衛さんと秘書はあまりのシュールさに笑いを堪えられなかったようだ。

 

「なんですかコレ」

 

「え、分かりやすくて見返しやすい教訓指南動画」

 

「あの声はどうにかならないんですか!?」

 

何処かイントネーションが変というか、聞き慣れていないと不自然に感じる人工音声は受け入れ難いものだったようだ。

 

「えー、誰でも簡単に喋らせられるから面白いツールだと思ったんだが」

 

「…なーにかやってると思ったら、こんな玩具作って!」

 

「玩具じゃない、コイツは一大ジャンルを築けるポテンシャルがある!」

 

その後やっぱり緊張感が無さすぎるということで、軍が使うことはなかった。

 

 

『と言うわけで、今回もゆるーく秋津島のニュースをお届けしていくぜ』

 

見放されたかと思った人工音声だったが、秋津島が運営する配信サービスにて毎日更新されるニュース番組に採用された。文字を打ち込めばそのまま喋ると言う簡便さを買われ、ニュースキャスターに就任したのだ。

 

『今回のニュースはなんなの?』

 

「…癖になるよな、このイントネーション」

 

それを聞くのは秋津島開発の社員たちだ、彼らは今食事を摂りながら人工音声が読み上げるニュースを聞いている。

 

「ああ、そうですね」

 

画面の両脇で赤と黄色のキャラクターが字幕共に話すだけだが、秋津島に関するニュースをざっくり語ってくれるのは有り難いものだった。食堂に設置されたディスプレイには延々とループ再生されているということもあり、皆があのイントネーションに慣れ始めていた。

 

『秋津島開発の食糧生産事業は転換期を迎え、海洋に生産施設を擁する大型プラットホームの運用が本格的に始まったぜ』

 

『プラットホーム?』

 

『ざっくり言うと海に浮く建物だぜ、秋津島開発ではその中で食品の生産を行っているんだ』

 

『へぇー、合成食料じゃないの?』

 

『しっかりと一から育てて出荷していて、野菜なんかは無菌状態で育てるから普通より長持ちしたりするんだ』

 

背景には秋津島開発の広報担当が撮影して来た資料画像が貼り付けられている。海の上に建造されたオレンジ色のプラットホーム群の航空写真から施設内の様子まで様々だ。

 

重金属雲での汚染を考える必要がない屋内であり、BETAからの被害を受けにくい洋上に存在すると言うこともあって安心感は大きい。問題は陸上で育てるよりもコストが高いということだが、その陸がなくなりつつある国にとっては戦術機よりも素晴らしい商品に見えただろう。

 

「…へぇー、そうだったのか」

 

「ユーラシアとヨーロッパの食糧生産能力はBETAとの戦争で大きく損なわれましたから、食糧生産に関しては悩ましい所だと聞きますね」

 

彼らは秋津島開発の職員だが、隣の席には日本帝国陸軍の姿もある。

ここは全自動救助の試験稼働にも使われた国内有数の大規模な試験場であり、食事に関しては妥協しない秋津島開発が運営する食堂だ。

 

「最近は食事に混ぜ物が多くなったと聞くが」

 

「合成食品ですね、栄養学上では既存の食事と大差ないそうですがその…味はあまり良くないと」

 

「ああ、そう言われても違いが分からんのは調理担当の努力だろうな」

 

少なくとも国連軍の友人が話していた合成食主体の不味い飯よりは余程良い環境だ、秋津島開発の社長が飯に無頓着な性格でなくて本当に良かったと感じる。

 

「前なんか斯衛の人もここでご飯食べてましたよ」

 

「マジか、社長の護衛さん達じゃなくて?」

 

「鐘馗が格納庫にありましたから、きっと味を確かめに来たんですよ」

 

まあお武家様が食べるような料理の味なんて知りませんがと笑いつつ、人気ナンバーワンの鯖味噌定食を平らげる。社長も思い入れがあるメニューらしく、時々何処か遠くを眺めながら食べている様子が目撃されていた。

 

「ふーん、お口に合ったかね」

 

「僕達がしなきゃならないのは味よりも機体の心配です、試験項目はまだまだあるんですから!」

 

「へいへい」




兵士級は1995年まで居ないんですが、まあお遊びということで。
立ち絵は昔作ったものを閑話のために引っ張り出して来ました、Twitterで配布してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 対人戦術機構想

PCはなんかもう帰ってくるらしいです、すごい。
ですがちょっと今後の展開に悩んでるのでまたお休みを貰います、また書き溜めてから投稿を再開しますね。

その代わりと言っては何ですが、ハーメルンのボイスロイド読み上げ機能を使ってこの小説を読むのではなく聞いてみませんか?
読み上げ辞書機能を使い、マブラヴの用語や漢字などを世界観に合った読み方をさせるようにして行こうと思います。


秋津島開発の手により怒涛の勢いで世代交代が行われる日本帝国軍の戦術機事情はさておき、斯衛軍も当然ながら超電磁砲に興味を持っていた。

だが超電磁砲の性能を引き出すためにはそれ専用の装備を搭載した疾風の運用が不可欠であり、大幅に重量が増加してしまう専用の発電機を背負う際に発生するバランスの悪化は墜落の危険性を大きく高めてしまう。

 

「斯衛は対BETA戦闘能力の重要性は認識しつつも、近年の情勢を鑑みて対戦術機戦闘能力の必要性も感じているようです」

 

「重要地域の防衛が任務の一つだからな、その考えに至るのも当然か」

 

「なので帝国軍と並行しての疾風導入、鐘馗の一部を改修することによる対戦術機戦への適応能力向上を願うとのことです」

 

秋津島開発に送り返されて来たのは斯衛軍で使われていた鐘馗達で、定期的な大規模整備と共に改修を行なってくれとのことだ。幾つかの設計案が用意されており、これから細やかなところを詰めていく予定である。

 

「普通であれば決めてから機体を弄りますよね」

 

「普通ならな、俺達は生憎時間が無くてね」

 

納入された機体の頭部を取り外しておくようにと社員達に言い含め、斯衛側の技術者が集まる会議室へと向かった。

 

「移動中に向こうの設計案を教えてくれるか」

 

「対空誘導弾の搭載と誘導用のレーダー増設、戦術機に対して威力が過剰な36mmではなく20mmに口径を落とすことで継戦能力を底上げするとか」

 

「あからさまだな、誘導弾なんざ対人戦にしか使い道がない兵器を搭載したらどんな目で見られるか分からんぞ」

 

米国の戦術機開発構想に対戦術機が盛り込まれたことは日本に大きな警戒心を抱かせたようだ、BETA以外と戦う余裕などもとより無いというのに。

 

「それに空対空ミサイルなんざ今時使い道無いだろ、そんなもん作るか却下だ却下!」

 

「良いんですか?」

 

「そんなもん積んだせいで他の戦術機がミサイル対策用の装備を載せてみろ、BETAと戦うための兵器に余計なもん付ける気か!?」

 

戦術機に対人類用の装備まで搭載することが当たり前の世界にするわけにはいかない、悪いがミサイル開発には反対させて貰おうか。

 

 

「…三時間経ってましたね」

 

「アイツらも本気だからな、まあこうなるのは分かってたさ」

 

精神的に疲弊した状態で会議室から出て来た面々は生気のない顔で食堂へと向かい、用意されていた弁当を食べていた。

隣のテーブルには斯衛の関係者が座っており、中々に空気は沈んでいた。

 

「で、社長の猛反対で通した案は何なんです?」

 

「BETA相手には役に立たん機関砲の搭載だよ、跳躍ユニットやら関節やらに当てりゃ戦術機なんざあっという間に火達磨さ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

戦術機の36mm弾と同じ排莢の必要がないケースレス弾と、発射速度を高めた12.7mm機関砲を二門頭部に搭載するという設計案だ。

センサが密集する頭部に機関砲を乗せるという奇抜な設計に斯衛の技術者は理解を示さなかったが、同時に配られたより詳細な資料により黙らされた。

 

「元々は戦車級の排除用に試作を続けてた機関砲だ、これなら対戦術機用じゃあないって言い張れる」

 

「…珍しく相手の意見を否定しましたよね、そこまであの案は駄目だったんですか?」

 

「矜持ってもんがあんの、俺はBETAを殺して宇宙開発を続けたいだけで人殺し用の兵器を作る気は無いってわけ」

 

これは自分のエゴではあるが、譲れない一線でもあった。将来的に超電磁砲が人殺しの兵器として転用されることは目に見えており、ミサイルもレールガンも同じではないかと言われれば言い返せる自信はない。

 

「疾風の納入は帝国軍と同じようにやるからさ、それで手を打って欲しいけどね」

 

「我々に蹴られたのであれば他の企業に手配するだけでは?」

 

「何十年もかけて実用化するころには超電磁砲が普及して、ミサイルなんざ撃つ前に戦術機ごと撃ち落とされるようになってるさ」

 

「レールガンの一件を引きずり過ぎですよ、自虐ですか?」

 

ため息をつきながら追加で貰ってきた味噌汁を啜る秘書、中々に余裕がある。

しかしこの建物の食堂は業務を終了していて食品の提供は行なっていないはず、どこで手に入れたのだろうか。

 

「お前それどうしたんだよ」

 

「社長が福利厚生だQOLだとか言って設置した味噌汁サーバーがあるじゃないですか、忘れたんですか?」

 

「…忘れてた」

 

斯衛と自分達しか居ない静かな食堂にポツンと設置された味噌汁サーバー、そのボタンを押せばあっという間に味噌汁が注がれた。冷たい弁当を食べた後だとどうにも身に染みる、忙しいからと今日の食事を弁当で済ませたのは間違いだったか。

 

「俺は地球だけじゃなく宇宙でも人が暮らせるような、誰もが夢に見る仕事をやってみたかったんだ」

 

「でしょうねぇ、起業した時から言ってましたし」

 

「まさか馬鹿みたいにデカいロボットが生産ラインを流れる様を監督したりするようになるとは思わなかったよ、正直な」

 

未だに自分は前世に引っ張られているのだろうか、それともただ罪の意識から逃げようとしているのだろうか。悶々とする思考回路だったが、聞き慣れた靴の音を聞き取り顔を上げるとそこには見知った人物が居た。

 

「お疲れ様です、社長」

 

「護衛さん」

 

「斯衛との会議は如何でしたか?」

 

なんとも言い出し難い、そんなもん積んでどうする気だと真っ向から批判して空気が悪くなって口論というより口喧嘩レベルで険悪な会議になったことなど。

 

「…い、いやぁ、建設的な話し合い…でもなかったか…」

 

「何か不味いことでも?」

 

駄目だ、隠し通せる雰囲気ではない。

秘書に助けてくれと視線を送るが、わざとらしく別の方向を向いて味噌汁を飲んでいるフリをしている。お前もうそれ空だろ、知ってるぞ。

 

「正直に言います、喧嘩しました」

 

「…それはそれは、一体何があったのですか」

 

その後は護衛さんが間に入ってくれたことで、こちらの言い分がやっと伝わった気がする。対戦術機能力が戦術機に求められることで起きるデメリット、それは自分が相手のことを頭ごなしに否定しながら話したとしても伝わらないのだ。

 

「護衛さんに助けてもらっちゃいましたね、社長」

 

「だなぁ、斯衛の人と話す時にはもう最初から呼んじゃうか」

 

「それはちょっと、駄目なのでは」

 

同じ国の人間でも立場が違えば考えも違う、改めてそう感じる一件だった。

尚改修された鐘馗の評判は頗る良かったと言っておこう、鍔迫り合いになった際に機関砲をぶっ放してセンサをぶっ壊してから一方的にとどめを刺す斯衛の衛士はちょっと怖い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 ハニトラ原子核

投稿しないと言ったな、アレは嘘だ。
頑張れ護衛さん回です。


秋津島開発の社長がどんな人物かと言えば、案外よくいる普通の人という印象に落ち着く。宇宙開発に熱心で新しいことを色々と始める独創性の高い人物だが、決して高いカリスマ性だったり何かただならぬオーラを発しているわけでもない。

 

「たまにはいいですねぇ、ここの商業施設は行ってみたかったんですよ」

 

「そうとは知りませんでした、何処が気になったのかお聞きしても?」

 

「最上階にプラネタリウムがあるんですよ、社員が作ったものが搬入されていまして」

 

そんな彼は今、日頃から共に居るある人物と休日を過ごしていた。

いつものスーツやある時の斯衛の軍服ではなく、流行りの服に身を包んだ彼女は一見あの人とは分からないだろう。

そう、護衛さんである。

 

「店も見て回りたいですし、一階からゆっくり見てまわりませんか」

 

「良いですね、私もこの手の施設にはあまり入ったことがなくて…」

 

嘘である、既にあらゆる状況に対応するため業務終了後に無人となった商業施設で部下と共に何度も訓練を行なっていた。

 

「…何か動きはあるか?」

 

『マークしていた数人はこの施設に入ったと見て間違いないかと、距離は遠いですが恐らくは警護対象を視界に捉えられるような位置に移動していると思われます』

 

「場合によっては排除しろ、こちらはこのまま続ける」

 

秋津島開発のロゴがデカデカと印刷されたTシャツに首を傾げる社長を尻目に部下へと指示を飛ばしていた。いつ誘拐されてもおかしくない彼を護るのは中々に骨が折れる仕事だろう。

 

「オレンジ色、流行ってるな」

 

「社ちょ…菊池さん、どうかされました?」

 

「いやぁ、服を出すからって言われてロゴの使用許可を出したんですけどね」

 

彼の目の前にあるのは鷹の羽の家紋を模した秋津島開発のロゴが入った洋服メーカーとのコラボ商品だ。どれもオレンジ色が基調となっており、彗星や隼といった戦術機も意匠に取り入れられている。

 

「思ったより凝ってるなぁ、デザイン担当者がわざわざ技術館に通うわけだ」

 

「これは、中々良いですね」

 

派手なものもあれば、秋津島開発のロゴが主張し過ぎない程度にデザインされているものもある。そのおかげか秋津島開発コラボフェアは成功しているようで、服が積まれていたであろうスペースは既に空になっている場所も多い。

 

「…買って帰ろうかと思ったけど、社長がこれ着るのはちょっと駄目ですかね」

 

「何故です?」

 

「いやその、自己主張が激しそうに見えるかなって」

 

彼は今上等そうなスーツとコートを着ているが、柄や色は地味だ。

服も秘書に怒られてからやっと良い物を身につけるようになったらしく、着飾る趣味はないらしい。今や世界で有名な人物の1人なのだから他人からの視線を気にしろと言われたとのこと、ごもっともな話しである。

 

「そこまでお気になさらずとも、折角の機会ですし試着されてみては?」

 

「…そうですね、すみませぇーん!」

 

よりによって一番人気のTシャツを手に取った彼だが、背中にデカデカとロゴが印刷されていることに気がついていない。恐らく胸側が見えるように畳んであったためだろう、普通背中も見ると思うのだが彼は今世でマトモに服を選んで買ったことが無かった。

 

「どうです?」

 

「こ、これは、とてもお似合いですよ!」

 

「そうですかねぇ」

 

試着室の鏡が彼の背中を写し大きく印刷されたロゴが見えた瞬間、護衛さんは笑いを堪えながら笑顔を浮かべた。

 

 

「…どうだ?」

 

部下達は上司のデート大作戦に付き合わされていた、そろそろ付き合うんじゃないかと思われていた彼女だが先日の一件で遂に出かける約束を結ぶことに成功した。

 

「服買ってますね」

 

「見りゃわかるだろ、そうじゃなくてあの人は上手くやってるかってことだよ」

 

部屋で待ち構えて刀で脅すとはまあ中々インパクトの大きいことをやらかしたが、社長も悪いと思ったのか気まずいながらも誘いを持ちかけたそうだ。

 

「見てる分には秋津島のトップと武家のお嬢だとは分かりませんねぇ」

 

「社長の雰囲気に当てられたんだよ、前はもう少し尖ってたさ」

 

不届者に天誅を下した後、護衛達はデートの様子を観察することにした。

密かに始められたトトカルチョでは護衛さんから告白するが8割、社長からが2割の状況だ。

 

「まあ社長殿を落とすのなんざ簡単だとは言ってたが、いつの間にか生娘みたいになっちまってなぁ」

 

「実際は奥手だったとは、まあ笑いましたね」

 

二人は氷菓子の店に立ち寄り、それぞれ違う味を頼んで楽しんでいるようだ。

社長の方は全くもって自然体だが、今になって男女二人で出かけているという事実を職務抜きに理解したのか護衛さんの方はどこか緊張し始めた。

 

「そこは最近の若い男女みたくこう…食べさせあったりだなぁ!」

 

「押せーッ!護衛隊長、押せーッ!」

 

「ここぞという時で日和やがって!」

 

「武家の女は揺るがないとか言ったの何処のどいつだよ!」

 

「服も赤いのに顔まで真っ赤になっちゃってぇー!」

 

本人に聞こえないからといって、コイツら中々肝が据わっている。

 

「今までは何かと邪魔が入ったからな、今回こそは上手く行ってほしい」

 

「前回はなんだったか…ソ連からの刺客でしたっけ?」

 

後から分かった話だが、社長を見るなりぶっ倒れた少女が居たので確保したという事件が数回あった。その後の調査を行う中で何故かソ連のESP能力者についても知っていた社長から情報提供を受け、脳内から直接機密情報を抜き取ろうとしていたことが分かって冷や汗をかいたことがある。

 

「災難でしたよね、脳を読み取ったらあまりの情報量にぶっ倒れるなんて」

 

阿頼耶識かアカシックレコードかというレベルの情報をぶつけられればそうもなろう、目覚めた後は度々発狂するらしく調査は進んでいない。彼の能力は技術チートの一言で済まされているが、正確にはあらゆる情報へのアクセス権を持ち尚且つ膨大な情報に対する検索性を持つというのが本来の…いや、やめておく。

 

「やっぱり天才は脳の作りが俺たちとは違うのかねぇ」

 

「パツキン美女の時もありましたよね」

 

「あの時はいつ隊長が刀を抜くか分からんもんでヒヤヒヤしたぜ」

 

米国の艦隊から降りて休暇を楽しんでいる(という設定だろう)刺客二号はやり手の男殺しに見えたが、社長は情報を抜かれるどころか逆に米国の戦術機事情を聞き出そうとするわ護衛さんはキレ散らかすわで散々な結果に終わっていた。

 

「…あの人には無機物の恋人でも用意した方がマシな気がしてきた」

 

「無機物の恋人なら最前線に腐るほど居るぞ、舐めんな」

 

尚恋人は電子音か警告音でしか喋らない、そういうことである。

 

 

護衛達はその後も見守り続けたが、手を握ったりそれとなくアタックを仕掛けるチャンスであるプラネタリウムの上映中も彼女はどきまぎしているだけだった。

 

「プラネタリウムとは初めてでしたが、とても綺麗な星空を屋内に居ながら見ることができるなんて」

 

「ええ、都会だと夜でも明るくて満天の星空など拝めませんから久しぶりですよ」

 

「やはり宇宙から見ると違いますか?」

 

そう聞かれた社長はどう答えるか悩み始め、少し経ってから口を開いた。

感想をどう言葉にするか悩んでいたわけではなく、何か別のことを口に出すかを悩んでいたように見える。

 

「重力から解き放たれた状態で宙に浮きながら見る星は格別ですよ、自分も星の一つになったかのような気分になれます」

 

「浮きながらとは、さぞ不思議な体感が出来るのでしょうね」

 

「そりゃあもう」

 

彼女はどうにか始めた話を繋げるべく必死だ、社長が僅かに見せた違和感に気がついていない。それは二人のことを見守り続ける護衛隊も同じであり、中々決定打を打てない彼女にやきもきしている。

 

「いいぞぉ、そのまま行ってくれ」

 

「暗い中で手の一つも繋げなかったんですよ、今になって押せます?」

 

「あの顔を見ろ、落ち着いて自信を取り戻してる」

 

あれは覚悟を決めた武家の目だぜと言い、また物陰に隠れた。

彼女は大きく深呼吸し、じっと社長のことを見据える。

 

「…どうされました?」

 

「何故私は護衛さん呼びなのでしょうか、私は菊池さんと呼んでいるのに」

 

護衛隊は息を呑む、遂に気になっていたところに突っ込んだ。

 

「名前でとは申しません、せめて私と同じように苗字で読んではくれませんか?」

 

「…あ、はい、巫さん」

 

今日のトトカルチョは護衛隊長改め、巫さんの勝ちとなった。

告白したというわけではないが、一歩踏み込んだのは彼女に違いないということで勝敗が決したのだ。

 

「(長かった…社長社長と呼び続けて幾星霜、遂にここまで!)」

 

「(読み方、かんなぎで合ってるよな…武家の苗字を読み間違えたら相当不味いぞ…)」

 

まあなんというか、社長が彼女のことをしっかり意識するようになるのにはまだかかるだろう。




恐れを知らなさ過ぎる部下達、まあ彼らも刹那を楽しんでおります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 疾風は第何世代機?

字数も話数も関係ない、俺はマシーンだ!
二次創作を描き続ける投稿マッシーンだァ!

…おにまい見てました、滅茶苦茶良い作画と共に性癖をぶつけられると色々とオーバーフローしますね。


隼とは全く違う威容を見せつけた疾風だったが、いざ落ち着いてから考えると様々な問題点は抱えたままである。製造元である秋津島開発にはあらゆる賛美が贈られたが、同時に辞書のような分厚さの意見書も手渡されていた。

 

「…疾風は高すぎる、デカ過ぎる、脚が重いなど様々です」

 

「仕方ないだろ、超電磁砲の運用に特化した機体なんだからよォ!」

 

作れと言っておいて従来機通りの運用が出来ないと分かるとこうだ、まあ彼らの考えも分からなくはない。隼や鐘馗で重視していた近接格闘戦だが、こと疾風で行うとなると少し難しい理由があった。

 

「超電磁砲を載せると上半身が重くなる、発射時の安定性を考えると上よりも下が重い方がいい、そして前から言ってたようにコイツは…」

 

疾風の仕様書には"射撃戦特化型"と誰にでも分かるように文字が打ち込まれている。

 

「射撃戦向きの機体だッ!」

 

「…超電磁砲持ちながら長刀を振れなんて、無茶ですよね」

 

「あんなデカブツ背負ってりゃ、推力にものを言わせて飛ぶしかねぇよ」

 

試製四号を半ば隠していたのはこう言った理由がある、一芸に特化させるならもう格闘戦を重視する余剰などないのだ。

無論ハイヴ突入戦や密集時の戦闘における格闘戦能力の重要性は分かっているが、超電磁砲搭載型が毎度置かれる状況ではない。

 

「格闘戦に向いた戦術機は耀光計画で作ってくれ、流石に手が回らん」

 

「…でも超電磁砲無しなら隼より動けるんですよね?」

 

光ファイバーを採用しただけはあり、反応速度の向上は目を見張るものがあった。

 

「衛士が機体の特性を理解していればだ、前回の演習で乗った奴はオスカー中隊員に話まで聞いて何百時間もぶっ続けで乗ったプロだから勝てた」

 

隼や米国製の第二世代機と違い下半身に重心が寄っている本機では、足の使い方が非常に重要になる。超電磁砲の連続発射に耐えるため関節強度は従来機の倍は見積もられており、装甲の強度なども合わせて考えると戦術機を蹴り殺せるレベルの脚を持っているためだ。

 

「中々難しいぞ、既存の機体とは全く違う感覚を要求されると書いてある」

 

本土の試験部隊やオスカー中隊から送られてきたレポートには脚部を大きく使っての重心移動や方向転換などのテクニックが纏められ、この機体の操縦には様々な技術が必要であることが記されている。

 

「隼である程度取り入れた概念だが、最近の戦術機は上半身に重心があることでわざと倒れやすくしてある」

 

「電子制御で傾きやすい機体をコントロールすることで傾きやすさを逆に利用し、即応性を高めるというヤツですね」

 

「だがまあ反動が大きくて重い超電磁砲とは頗る相性が悪い!ホントに悪い!」

 

「でしょうね」

 

単純に設置面を支点として見た場合、重心が離れていれば離れているほど安定性が損なわれるのは当たり前の話だった。

 

「コイツを見てくれ」

 

「…なんですかこれ」

 

「模型だ、それも滅茶苦茶大雑把な」

 

二つ取り出したのは戦術機の頭がついた円錐であり、それぞれ頂点と底面に頭が付いている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これがまあ戦術機の重心配置だと思ってくれ」

 

「まるっきり逆ですねぇ」

 

頭を手で持って傾ける時にどちらが傾けやすいかと言われれば逆三角形の方だろう、当たり前だが概念としてはこうなる。

 

「だがまあ上半身が更に重くなると話は別だ」

 

「これじゃあ立つので精一杯ですね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

機体の上からレールガンと書かれた重りを足すと、第二世代機は明らかにバランスが悪くなった。元々下が重かった疾風は上が重くなったことで重心は中心辺りに移動し、動かし易さと安定性を両立させている。

 

「そゆこと、上が重過ぎると本当に転ぶから設計段階で捨てた」

 

「試製四号が飛行中でも発射が可能だったのはそのおかげというわけですか」

 

「土壇場でAIの補助に必要な操縦データが集まり切ったってのも大きかったがな」

 

となるとこの機体は第一世代機に分類されるのだろうかと言われると疑問が残る、コイツは…一体何なのだろうか。原作において存在しなかった超電磁砲の運用に特化した戦術機だ、分類が分からない。

 

「第一世代機に分類されるのか…?」

 

「えっ、第三世代機じゃないんですか?」

 

「は?」

 

帝国軍の資料を見ると第三世代機である理由が分かるらしい、秘書に勧められるまま資料を手に取って読み始めた。

 

機体各部に設けられたハードポイントによる装備の高度な換装能力、第二世代機とは違う重心配置による安定性の向上、超電磁砲を運用可能な各種装備、光ファイバーを利用した新たな駆動方式が疾風にはある。第二世代機には収まらない能力だとして、帝国軍は疾風を第三世代機と定義する…らしい。

 

「違うじゃん!」

 

「どうしたんですか!?」

 

こうして世界初の自称第三世代機が生まれたが、耀光計画で製作中の機体もレールガン運用能力を盛り込んで第三世代機に!…なんて言い出したら殴ってでも止めなければならない。

 

「第三世代機であるのに必要な項目を、幾ら何でも盛りすぎだってェ!」

 

「駄目なんですか?」

 

「ハイヴ攻略に必要なのは格闘戦能力、生存性の向上に必要なのは更なる機動性、そして何よりも求められるのは数を揃える上で重要な生産のし易さだァ!」

 

全部盛りの超高コスト機が第三世代機です、次世代を目指すなら疾風並みを目指せと日本が豪語すれば今後の戦術機開発は滅茶苦茶だ。原作に沿った優秀な機体達は第三世代機という高すぎるハードルを前にして、日の目を見ることなく歴史の闇に葬り去られることになるかもしれない。

 

「コイツは第三世代機じゃない、砲撃戦用の第一世代機だ!」

 

そう言うと秘書は何かを考えるために少し黙り、そして閃いたかのように人差し指を上に立てる。何を思いついたのかと不思議に思っていると、目を輝かせながら喋り始めた。

 

「成る程、これは戦術歩行砲撃機という新たなカテゴリに属する戦術機な訳ですね!」

 

「そうだな、多分そんな気がする!」

 

こうして疾風は第三世代機ではなく砲撃機の第一世代ということになり、日本からの見解は秋津島開発からの強い要望で変更された。

これから超電磁砲の運用が可能な特殊機は戦術歩行砲撃機という新たな系譜を歩むことになるのだが、それがどんな進化を遂げるのかは誰にも想像がつかない領域であった。

 




F-4やF-15などが属するのが戦術歩行戦闘機、略して戦術機。
A-6やA-10達が属するのは戦術歩行攻撃機、略して攻撃機。
そして今回新たに定義されたのが疾風が属する戦術歩行砲撃機、略して砲撃機なわけですね。

なんだコイツ、急にさも原作に居ましたけどみたいな顔して正式名称と略称を持ってきたな…怖…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 砲撃機の装備事情

戦闘回に辿り着くのは結構後になるかもしれない…
暫くの間は不定期投稿になりそうです、ちょっとスランプ気味。


なんとか形になった疾風だったが、各所に取り付ける装備は未だ選定中だった。超電磁砲もあかつきの生産設備でしか現状製作できず、砲身は消耗品であるため配備には難がある。

 

「正式採用はもう少し後だってさ」

 

「そりゃあ採用したのに全然量産出来ませんなんて、日本の面子を考えたら言えるわけないじゃあないですか」

 

「…それもそうか」

 

正式採用のために進めなければならないのは機体の操縦性向上と、装備の製作だ。オスカー中隊に送りつけたのは試作品が中心であり、実はどれも完全に形が定まったというわけでは無かった。

 

「汎用型の肩部とナイフシースは帝国陸軍の試作品ですしね」

 

「隼のヤツを固定部だけ変えて載せてやろうと思ったが、まあ良いのがあるなら実証のためにも譲るのが吉だろ」

 

開発中の機体に搭載予定のものだったらしいが、こちらの機体の完成が予想以上に早かったため各種装備の接合部が疾風と同じものに規格化されたらしい。

 

「ですがアレは秋津島開発の戦術機です、疾風のことを一番理解している我々が装甲や装備の設計を行うべきです」

 

「そうだな、それは分かるんだが…」

 

目の前に広がるのは大量の設計案の写しであり、疾風が装備すべき装備とはなんぞやと問いかけてくるように思えた。

 

「候補が多いんだわ」

 

「…取り敢えず全部作って耐久試験を終わらせます?」

 

「その前に新型が出来ちまうよ」

 

シンプルな形状のもの、何かしらのギミックを持つもの、野心的過ぎるものと多種多様だ。疾風の肩部、腰部、腕部、膝部の中で肩部と腕部の設計案に絞ったというのに20はある。

 

「…なんで肩に推進器が乗ってるんですか?」

 

「時代の先を行き過ぎだろ、マジかよ」

 

肩部のロケット推進器により機体の機動力を大きく上げるという案があったが、被弾しやすい箇所にエンジンを積んでも大丈夫なのかと言われると不安が残る。というか安全性にこそ不安がある、被弾したら消火剤ぶち撒けながらパージするとか戦闘継続能力においても難ありだ。

 

「(原作の機体ってどう対策してたんだろうか、載せてたってことはこの問題は解決した訳だよな)」

 

恐らくはエンジンを破壊されても肩部装甲としては使い続けられるような設計になっているのだろう、我々はその段階に立てていないが。

 

「スーパーカーボン製の刃を付けて近接格闘戦への適性を得る、大丈夫ですかコレ」

 

「上半身を傾けやすい第二世代機ならまだしも疾風はそこら辺鈍いぞ、コイツでどうやってBETAを斬るんだよ」

 

「まあそうなりますか、別の機体であれば活躍出来る気はするんですが」

 

後世のソ連軍機は肩にブレードを装備するようになるため、思いの外使える武装なのかもしれない。機体の動作をそのまま斬撃に転換するという戦法を取る彼らの戦闘は少し興味深く感じるが、残念ながら対立関係にあるという関係上深く知ることは出来ないだろう。

 

「やっぱりシンプルな形が一番良いんですかねぇ」

 

「下半身を重くしてあるからな、肩にデカいの載せて重心が高くなりましたじゃあ問題ありだ」

 

何故戦術機の肩部が大きくなるかというと、最も被弾が多い箇所だからだ。分厚い装甲は機体の重要部を守る盾として機能し、可動式になっているために角度や向きは自由自在に変えられる。

 

「重要な装甲部だとは思うんですが、そもそも肩で攻撃を受けるって咄嗟に可能なんですか?」

 

「可能だぞ、結構前の話になるが人間の反射を操縦に組み込んだ時があったろ」

 

「ああ、ありましたね」

 

「人間が咄嗟に取る防御姿勢は大抵重要部を守ろうとする形になる、腕で守ろうとしたり背中を向けたりな」

 

その際にAIが動作を補助し、重要部を守るように肩部も同時に稼働させる。

そうすることで最も装甲が分厚い箇所でレーザーや打撃を受けることが出来る上、独立しているために被害は機体本体へ伝播しにくい。

 

「咄嗟の防御に相乗りする形で肩を動かすというわけですか」

 

「そういうことだな」

 

盾として動かしやすく、普段の動作を阻害しない範囲で最大の防御力を持たせる。言葉にするのは簡単だが、実際に設計するとなると難しい。

 

「社長の設計案はどれなんです?」

 

「社員のと被ったから無かったことにした、かなり近かったのがコイツだな」

 

それは小さな盾を貼り付けましたと言わんばかりの見た目であり、超電磁砲を搭載する以上は重量の増加を抑えたい疾風に持ってこいの装甲だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…えっと、これは?」

 

「手で待つ追加装甲あるだろ、アレと同じ装甲板を小さくして載せたヤツ」

 

「じゃあこれ凄く分厚いってことですよね」

 

「一部だけだが、これならレーザーも打撃もある程度安心出来る」

 

「ピンポイントで防御しろってことになりますよね!?」

 

今までの機体と比べてあまりに小さく、そして局所的な分厚さを持った肩部装甲は途轍もなく扱いにくそうに思えるだろう。しかし前述した技術があれば話しは変わってくる。

 

「攻撃を喰らう時に肩を敵に向けるだけでいい、さっき言っただろ」

 

「…なるほど、AIの自動防御をここで」

 

「そういうことだ、人の操縦技術に頼るより常に一定のパフォーマンスを出せる機械がそこら辺を代替すりゃあいい」

 

「それが出来るなら戦術機の肩部装甲はみんな小さくても良いじゃないですか」

 

しかしそうはいかない事情があるのだ。

 

「なわけあるか、コイツは一回限りの身代わりみたいなもんだぞ」

 

「えっ?」

 

「大きいと潰れたり変形したりして衝撃を吸収出来るし、体積が大きいから熱にもより長く耐えられるが…小さいとそうはいかない」

 

上半身の重量を増やしたくない疾風と違い第二世代機は増やしても問題ない。

長い間近距離での戦闘を継続する戦術機が攻撃を受ける箇所であるため、生存性を高めるためには大きい方がいいのだ。

 

「戦術機と砲撃機の運用思想の差ってとこかな」

 

最小の重量で最高の防御力、その理想を体現したかのような肩部装甲は社長と開発班の合意によって試作が始められたのだった。特殊な事情を抱えた疾風のシルエットは後世の戦術機から見ても異様な形となっていくのだが、それはまた後程語ることにする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1986年〜
第三十九話 新兵器展覧会


そろそろ戦闘回です。
アンケートで二位になった秋津島レポート海外編はひと段落した後になりそう。


ハイヴ攻略の決行が遅れに遅れている欧州戦線だが、各国の戦力はどうにか再編が進められていた。橋頭堡となる前線基地は移動車両を中心に構成されており、母艦級への対策が行われていることが分かる。

 

「米国の新鋭、F-15の最新ブロックですよ!」

 

「へぇ、カッコイイじゃねぇの」

 

最初こそ様々な問題を抱えていたF-15だったが、更新が行われた今では隼を超える最強の戦術機だ。量産に向いていなかった隼と比べてF-15は製造過程が洗練されており、F-14の近代化改修で培った技術によってか芸術的とまで言える設計を可能にしていた。

 

「値段は多少張りますが、性能は隼を大きく超えるとかで」

 

「そりゃ凄いな」

 

将来的な大改修も視野に入れているらしく、拡張性は大きく担保されているそうだ。前線の要望に応えるためかある程度の格闘戦能力も追加装備によって得ることが可能で、腕部ナイフシースをオプションとして選択可能だそうだ。

 

「隼はいつまで前線を張るんだろうな、息は長そうに思えるが」

 

「改修項目が多すぎて昔の機体と今の機体じゃあ別物ですけどね」

 

隼は今も前線では最強の戦術機の座を維持しているが、彼らの配備が進んで行けば型落ちになるだろう。製造コストの高さや度重なる改修により、機体のランニングコストは膨れ上がっている。

 

「生産設備は整いましたし、暫くは隼がF-5と共に主力を務めるのでは?」

 

「かもな」

 

前線における死傷率の高さを鑑みて、自動救助に対応した最新型の隼を中心に編成された救命部隊が現れるなど未だに大きな影響力を持っていることは確かである。

 

「隼と試製四号が活躍してからまあ前線は新型の展覧会みたいになっちまってまあ…」

 

「戦力と資金が集中するのは悪いことではないんですがねぇ」

 

「隼は開発側からすれば手に余るらしいしな、新型が増えるのは良いことじゃないか」

 

秋津島開発目線では拡張性を残してあるが他社が弄ろうとすると超高難易度な設計パズルゲームと化すのが隼であり、完成され過ぎた設計は他人が触れないという予想外のデメリットを生じさせていたのだ。

 

「欧州は隼の改修が進まないって嘆いてましたしね」

 

「アレをこれ以上弄る余地ないだろ…」

 

「F-4とかは原型が無いくらいにされてますけど」

 

彼らの視界に映るのは中隊支援砲を装備したF-4であり、海王星作戦のハイヴ攻略において激しい戦闘を行う陽動部隊の火力支援を担う支援仕様機だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

従来の装甲車両とは一線を画す機動力を持つ支援型は疾風の登場により砲撃機の第0.5世代とも呼ばれ、戦術機と同等の展開速度を持つ砲撃機は前線における戦闘の在り方を変えようとしていた。

 

「前回の戦闘で機動力のある戦術機が大型砲を運用するってのは試されていましたが、結果として師団規模のBETAの殲滅を行うことが出来ていたのは確かだったのでこうなるのも分かります」

 

「突撃砲を持ってないぞ」

 

「背中には支持アームと予備弾倉を装備しているだけだそうです、三番機と同じく潔い構成ですね」

 

F-5系戦術機と隼が主力を務めているため、F-4系は支援型に改修される機体が増えている。中隊支援砲は大陸への大規模な派兵を検討する日本や大陸で戦闘を続ける前線国向けに大規模な生産が続けられていて、急速な配備が始まっていた。

 

「どいつもこいつも馬鹿デカい大砲抱えやがってまあ…」

 

「スリムなF-15を見ると感覚がおかしくなりそうですよ」

 

彼らが運用する鐘馗はどちらかというと第一世代寄りの体型で、疾風は大きな下半身と背中に背負った超電磁砲によりどっしりとした印象を受ける。

 

「模擬戦の申し入れもありますが」

 

「…上は受けろと言うんだろう」

 

「はい、米国の第二世代機に砲撃機第一世代機で戦えとのことで」

 

「いやまあ、やれないことはないが」

 

今のところは前向きに検討するとあやふやな回答で誤魔化しつつ、米国からの派遣部隊を眺めながら移動する。移動式の車輌を中心とした設備が設営された橋頭堡では本格的な整備は行えないため、戦術機部隊は定期的に後方の基地の部隊と入れ替わる形で稼働率を維持している。

 

「ここじゃあ整備が難しいだろ、対戦術機機動なんざ行って機体を振り回した日には恐ろしいことになるぜ」

 

「疾風に予備機は有りませんからね」

 

「実戦投入が近いんだ、暫くは断らせてもらおうか」

 

戦術機の新型が話題になるばかりだが、我らが秋津島も色々と送りつけて来ている。コンテナに超電磁砲用の追加冷却装置を載せた補給機改め冷却機、それと以前から開発が進められていた多脚戦車だ。

 

「…脚を生やさないと駄目なんですかね?」

 

「BETAの死体を歩いて乗り越えられるのは良いって聞いたぞ、最近は迅速かつ柔軟な火力運用がどうたらって」

 

「どこもかしこも機動力ですか、大変な時代ですねぇ」

 

欧州の兵器メーカーと開発したという120mm滑腔砲はかなり強力だったが反動を始めとした諸々の問題から採用が見送られ、105mmライフル砲が採用されたそうだ。

 

「機関砲を搭載した車輌もあるみたいです、頼りになりそうですね」

 

「そうだと良いがな、虫みたいでどうにも…」

 

最前線の試験場として賑わう欧州戦線だったが、そのお陰で多くの戦力が集まり橋頭堡の維持に成功していると言えるだろう。海王星作戦は潰えていない、足踏みを続ける攻略部隊が投入されるのはいつになるのだろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話 間引き

疾風の先行量産型は既に長時間の試験飛行を終え、次の段階である実地試験に踏み出そうとしていた。秋津島警備だったころを思い起こさせるオレンジと白の塗装に身を包んだ疾風は、戦線を維持する衛士達にとって英雄の帰還のように思われた。

 

「国連軍は疾風の作戦参加は可能かと聞いて来ていますが」

 

「武装試験機とは銘打っているが実態は正式な量産機だ、我々は実用に耐えると考えるが帝国軍も同じ考えらしい」

 

帝国軍の回答はオスカー中隊の指揮下でのみ可能、帝国軍軍機として作戦に参加するとのことだ。少数ではあるが帝国の最新鋭機としてお披露目する気らしい、試製四号で与えた衝撃にそのまま乗っかるつもりだろう。

 

「では我々は防衛線の正面に布陣、三番機の超電磁砲を用いて突撃級を殲滅します」

 

「三番機のデモンストレーションか、まあ有効なのはわかるが」

 

「補給機も増強されて8機増員されました、万が一の場合は彼らに疾風を回収して貰いましょう」

 

オスカー中隊は軍の思惑と秋津島開発がぶん投げてくる新兵器に振り回されることに慣れていた、ある意味日本人らしい適応の仕方だろうか。

 

「新型突撃砲、管制ユニット、AI用外骨格、自動救助システム…」

 

「機体は総入れ替えらしいです、また新品ですよ」

 

「あったまおかしいんじゃねえの、海外派遣する予算なんざ無いって言ってた奴は何処のどいつだよ」

 

部下は肩をすくめて首を横に振る、財源については考えない方がよさそうだ。

新たに増強された部隊は撃震で統一されていたが、背中には最新型だけが持つAI用外骨格格納庫が増設されていたのを見るに作られたか改修されたばかりだろう。

 

「ここに来ての部隊増強、是が非でもハイヴ攻略には手を出すつもりか」

 

「突入部隊は我々だけではありません、一番早く最奥の情報を手に入れた部隊を擁する国が大きな発言力を得るのは言うまでもないでしょう」

 

各国の対BETA戦略と政治的問題を孕んだ攻略作戦は再起の時を迎える、母艦級というイレギュラーの存在を橋頭堡確保の時点で察知出来たのは結果的に良かったと言えるのかもしれない。

 

「まあやるだけやるか、頼んだぞ小隊長」

 

「はは、任されましたよ」

 

 

防衛線の維持のため行われていたBETAの間引きだが、今回は今までよりも大規模な敵集団が誘引されてきた。軌道爆撃の回数を減らしたために母艦級はあれから姿を見せていなかったが、もとより厳しい弾薬の備蓄量は目減りしつつあった。

 

「出来る限りの時間は稼いでくれたのか」

 

「ええ、母艦級の攻撃で損害を受けたハイヴ攻略部隊は再編を完了しました」

 

三番機が超電磁砲を展開し、発電機が唸りを上げる。

数十キロ先の地平線に現れる筈のBETA群を狙うため、足裏のアンカーを地面に突き刺して機体を固定した。

 

「三番機、発射体勢!」

 

「そのまま待機だ、一番機は撃ち漏らした突撃級の対処を頼む」

 

二番機は通常兵器を装備しているため手持ち無沙汰だ、仕方なく二機の直掩についている。

 

「誘因担当の機体が通信圏内に入りました、BETA群の現在地も共有されます」

 

「多少引きつけて後続も潰せ、出来る限りの範囲で構わん」

 

「了解!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

超電磁砲の砲身を冷却するためのファンやラジエーターが途端に熱を帯びる。

追加の冷却装置を搭載した補給機が冷却水を通すためのホースを三番機と繋げ、冷却能力を底上げする。

 

『Beep…冷却装置稼働中、放熱部に近づかないで下さい』

 

「砲身温度正常値、電力系及び照準系問題なし」

 

「歩兵の近くじゃあ撃てんな、こりゃあ」

 

排熱のために稼働する排熱ファンは車程度なら吹っ飛ばしかねないような暴風を放っており、背後に立とうものなら…想像もしたくない。

 

「主砲の性能は前回の比じゃあないぞ、上手くいけば戦局を変えられる」

 

「威力は我々が誰よりも知ってます、上手くやりますよ」

 

全ての準備が整った、地平線から顔を出し始めた突撃級に照準を合わせる。

そして中隊長の言葉通り多少引きつけた後、引き金を引く。

 

「撃てェ!」

 

特徴的な発砲音と共に飛翔した弾頭は突撃級の外殻を粉砕、1秒ごとに発射され続ける砲弾は次々と敵を屠っていく。

 

「このまま横薙ぎにします、負荷は許容範囲内!」

 

「よし、やってやれ」

 

背部に冷却のため展開されたヒートシンクはこれだけの冷却設備を揃えても尚赤熱しており、機体の周囲は温度が急上昇している。これでは光線級が発生させるような積乱雲を形成してしまうのではと思えるほどだ。

 

「光線属種でも味方に居るんですかね僕らは、滅茶苦茶な温度ですよ」

 

「まあ…飛ばすものが違うだけで同じようなもんだな」

 

2分間の連続発射を行い、問題なくスペック通りの攻撃を終えた。

冷却は問題なく機能していたが、構造が複雑な給弾機構に不具合が出るのを防ぐために一度発射を止める。

 

「3分で冷却と点検を行います、少々お待ちを!」

 

「…死んだ突撃級で壁が出来てやがる、BETAの進軍速度が目に見えて落ちたぞ」

 

「抜けて来た突撃級は一番機が対処しています、全てを倒せるわけではありませんが中央のBETA群の勢いは削げたかと」

 

今のところ36mm弾を一発も撃っていないのにも関わらず、大量のBETAを一方的に撃破出来た。後続は押し寄せてくるだろうが、突撃級の亡骸を迂回するか乗り越える必要があるため砲撃で倒せる数も更に増えるだろう。

 

「バケモンだな、三番機は」

 

「ええ、アレを量産するなんて信じられませんよ」

 

砲撃機とは超電磁砲を担いで飛び回る発射台、格闘戦は視野に入れていないと秋津島開発の技術者は語っていた。BETAとの戦闘で格闘戦が発生しない状況などない、そう思っていたが常識が変わりそうだ。

 

「…どこまで先を見てるんだか、分からんな」

 

「我々が死ぬ未来を見ていないことを祈りますよ」

 

改修されたF-4が持つ中隊支援砲の砲撃が降り注ぎ、こちらに接近してくるBETAは更に目減りする。これでは長刀を抜く必要は無さそうだ、今のところ活躍の機会が無い二番機も出番が近づき張り切っている。

 

「敵の捕捉はコイツに任せてください、センサの性能はこの戦域で最高峰ですよ!」

 

『Beep!』

 

飛行訓練で疾風の足を擦っていた衛士は二番機に搭乗していた、あの後で思いの外早く機体特性をモノにしたのだ。

 

「お前は三番機の直掩だ、前に出るなよ」

 

「ですよね、分かってますよ!」

 

敵の規模は大きいが悲観するほどの戦況ではない、それどころか寧ろ楽観視すら出来る。三分の間自陣を守り続ければ超電磁砲の第二射が始まるのだ、後方に布陣する要塞級や光線属種を纏めて吹っ飛ばせる。

 

「疾風が前線に行き渡れば対BETA戦は変わるな、間違いなく」

 

良くも悪くも変わるだろう。

BETAがどのような対抗策を練ってくるのか、この時ばかりは薄ら寒くなる想像を追いやって前を見据えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 隼のこれから

挿絵を更新しました。


オスカー中隊改めオスカー大隊が欧州で新兵器の実戦投入を行い、見事敵BETA群の殲滅に貢献したという報告が飛び込んだ。三番機の超電磁砲は正しく戦況を変える兵器になるだろう、とのことだ。

 

「で、疾風の量産体制はどうなったかと言われると…」

 

「肝心の超電磁砲が死んでます、地上での設備構築にあと数年は確実にかかりますよ」

 

「疾風自体はある程度生産が出来そうではあるんだが、まあ超電磁砲とセットで完成品みたいなもんだからな」

 

オスカー大隊に送る予備機はなんとか用意出来たが、日本が配備したと声高らかに言えるような状況ではないのは明らかだった。

 

「暫くの間は隼に頑張り続けてもらう必要がありますね」

 

「アイツかぁ、正直F-15とかF-16とかに転換しちまっていい気がするが」

 

「米国の新型ですか、確かに良い機体だと聞いていますね」

 

F-16は今年から、つまり1986年に配備が始められた戦術機である。

高額だったF-14やF-15と比べて低価格であり、旧式化が進む第一世代戦術機と置き換わる形での採用が既に各国で決まりつつあった。

 

「だがまあ、ダメなんだろ?」

 

「帝国軍くんからのおたよりが来ています、読み上げましょうか?」

 

「…頼んだ」

 

国内三社が本格的な量産を予定している隼の近代化改修を行い、性能の陳腐化を阻止し寿命の延長を図って欲しい。それが上層部からの要求であり、完全に性能で追い越されたことを危惧してのものであることも容易に想像出来た。

 

「隼かぁ、こっちは疾風で手一杯なんだが」

 

「アレをどう弄るってんです、正直言って後から色々と詰め込んだせいで大変なことになってますよ」

 

「うんまあ…それはそう」

 

正直新しく機体を用意した方がマシな気がするというのは間違いではないだろう、超電磁砲の運用能力を持たせないのであれば再設計機のコスト削減は大いに望める。

 

「まあごちゃごちゃした内部設計を刷新するってのが一つだが、それ以上に付け足すとなると困るな」

 

「装備を疾風と共有出来るようにハードポイントの規格を合わせるくらいですかね?」

 

「だな、正直シンプルな機体にすれば問題ないと思うが」

 

初期も初期に作った機体だ、米国の新型機が登場したことで一気に旧式化したのも無理はない。というかF-15が思った以上に性能が高い、機体は原作と比べて若干の大型化が見られる程度だが内部は相当違うようだ。

 

「F-15、隼と殴り合いで勝ったらしいですよ」

 

「格闘戦と言え格闘戦と、確かに凄い話だが」

 

「第二世代機相当の性能となると、今の状態からF-15と同等にしないと高性能化を果たしたと言えませんよね」

 

F-15Cと名乗ってはいるが、性能で見れば後世で第二世代機最強と謳われたF-15Eに近いほどだ。F-14の改良を共同で行った際に渡った装甲形成技術、隼の量産委託にて渡った内部設計その他諸々、ハイネマン氏に対して口を滑らせた幾つかの内容…

 

「俺のせいかな」

 

「何ですって?」

 

「なんでもない、忘れてくれ」

 

F-15にちゃっかりと近接格闘戦用のオプションが用意されている辺り、隼の顧客を奪う気は満々らしい。

隼の開発班は殆どが疾風開発に移籍し、残りは国内三社と量産の段取りに向かっている。そのため国外向けの改修に出せる人材が払底しており、競争力は皆無だ。

 

「改良するとなると、単純な反応速度の向上ならアレが使えますよね」

 

「光ファイバーか、アレは下手すると折れるからな…」

 

「あー、つまり配線周りは作り直しになると」

 

「再設計するとは言うけどさ、そこまで行くと本当に別の機体になるぜ?」

 

行動範囲の拡大や機動力の向上など求められる項目は多い、現状の追加装備でゴテゴテな隼では改修に耐えられないことは確かだ。

 

「…もういいや、いっそ別の機体にしちまおうぜ」

 

「えぇ」

 

「隼は弄れる所がもうないから仕方ないだろ、もうパーツを流用するって言って別の作ろう」

 

こうして量産のために隼を解析していた国内三社に連絡を入れ、軍部にはスケジュールの心配をされながらの再設計が始まり…一週間で終わった。

 

「よし、あとは試作機を作るだけだな」

 

「…なんでシェルターに籠ると戦術機の設計が完成してるんですかね、いつも不思議に思うんですけど」

 

「そこは触れてくれるな、俺も同じ気持ちだからな」

 

「それより記録媒体に入れるのが早いですよ、こんな複製されやすい物に易々と入れないで下さい!」

 

完成した隼改の設計図は隼のような効率化の極致に至ったかのような絶妙なバランスの上に成り立つ設計ではなく、疾風と同じハードポイントを持つために様々な装備に対応出来る汎用性と拡張性を兼ね備えた機体となった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…なんというか、シュッとしましたね」

 

「前は剛性の関係でスリムに仕上げられなかったからな、美脚だぜ美脚ゥ」

 

整理された内部構造は量産のし易さに繋がっており、恐らく国内3社による本格的な量産体勢が整えば旧隼と同じ価格帯で生産出来るだろう。これには部品製造技術の効率化や材料に関するブレイクスルーが要因でもあったりするのだが、超電磁砲開発様々とだけ言っておこう。

 

「まあいいでしょう、関係各所に設計図を渡してきますね」

 

こうして隼は姿を変え、BETAとの戦いを続けることになる。

度重なるアップデートがされ続けた旧隼はこれ以上の改修は施されないことになり、将来的には補修部品の製造のみに切り替えられるだろう。

 

「ハードポイントが同じなら疾風と装備の共有が出来ますね」

 

「疾風のファミリー計画に噛ませてもらう形になる、耀光計画から装備の提供は受ける予定だがな」

 

旧隼の生産設備を持つ国へはパーツを共有していること、操縦系統が変わらないために最低限の訓練で機種転換が行えること、何より秋津島開発がこれから開発を進める新たな装備のプラットフォームとなることを売りにしてF-16に対抗することになるだろう。

 

「売れますかね?」

 

「国内向けには生産出来る、売れなくても問題ないだろ」

 

隼更新の流れは大量の旧隼の払い下げを発生させ、流出した機体は先進国以外の前線国後方国で第二の機生を送ることになる。その結果様々な物語が生まれるのだが、それはまた後世で語ることになるだろう。




旧隼

【挿絵表示】


挿絵は後で完成させておきます、ホグワーツに行っていたら絵の描き方を忘れてしまいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 G元素確保計画

前回の挿絵は完成版に差し替えました、よければご覧ください。


秋津島開発が今最も欲している資源といえば、G元素だ。

現在はカナダに落着したBETAの着陸ユニットを確保した米国だけが持つ物質であり、様々な分野において応用可能な夢の素材だ。

 

「これが打ち上げた資源探査衛星ですが、地球と月のハイヴの観測結果を見比べるとこのような類似点が見つかりました」

 

「なんだこれ」

 

「ハイヴの中央に何か未知の特性を持つ物質があるということですね、作られてから時間が経てば経つほどその物資の量は多くなるようです」

 

「ああ、G元素か」

 

ハイヴ内のアトリエと呼ばれる空間にG元素は生成されており、人類が手に入れることが…

 

「ちょ、ちょっと待て」

 

「はい」

 

「海王星作戦で攻略予定のハイヴにこの反応はあるか?」

 

「無いですよ?」

 

そう、すっかり忘れていたがハイヴであればG元素があるわけではないのだ。

フェイズ4と呼ばれる段階まで規模が拡大してやっと生成され始めるため、建設開始から1年と少しが経った今ではまだ存在しないことになる。

 

「忘れてたな、完全に」

 

「え、これG元素なんですか?」

 

「海王星作戦がこれ以上遅れることは無いだろうし、そうなるとG元素の確保は不可能か…」

 

「ねぇちょっと、本当にこれG元素の反応なんですか!?」

 

 

秘書に対して根拠は明かさないがG元素で間違いないと告げ、ある計画を立案するために衛星軌道上の社員と通信を繋ぐ。秘密兵器を完成させるため、是が非でも確保しなければ未来はないのだ。

 

「と言うわけで、米国が独占する新元素を確保するための作戦を立てます」

 

「一体全体、何をどうやって確保するんです」

 

「ご丁寧に飛んでくるじゃないか、月からこっちに」

 

それは二度地球に飛来しているBETAの着陸ユニットのことであり、BETAを生産しなければならないために多くのG元素を内包している筈だ。米国もG元素を利用した兵器開発を行い結果を出していたのを見るに、あの中には相当な量が入っている筈だ。

 

「アレは迎撃用の衛星が大量に配備されたからこれ以上地球には落ちて来ない、だからどうにかして宇宙で捕まえる必要がある」

 

「落着ユニットの捕獲ですか、確かにやる意義は大いにありそうですね」

 

「米国が独占状態のG元素だ、成功した暁には山分けしようと言えば国連はこっちに傾くぜ」

 

捕獲作戦のために動員するのは秋津島開発が宇宙港にて建造したばかりの宇宙戦艦、これに捕獲用の装備を取り付けて勝負に出る。

 

「戦艦と巡洋艦であれば追加装備無しで月と宇宙港の往来が可能だ、今回の作戦にうってつけだろう?」

 

「捕獲用の装備というのは」

 

「MMUだ、あかつきで運用してる機体があるだろ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

それはかつて月面にて戦った彗星の子孫であり、原型の姿を色濃く残した純宇宙用の機体だった。作業用だが有事の際に宇宙港の防衛も任務とするため、武装さえあれば戦闘も可能である。

 

「武装させるのですね、彼をあの時のように」

 

「ああ」

 

第一線での活躍はもう出来ないが、こんな形で彗星がまた矢面に立つとは誰も思っていなかっただろう。平和利用される戦術機第0世代、そんなキャッチコピーはもう使えなさそうだ。

 

「捕獲任務とは言うが、中に未知のBETAが収まっていない保証なんてないさ」

 

原作におけるラスボス、BETAの司令塔であるその個体はもしかするとこの中に収まっているかもしれないのだ。その場合捕獲に成功すれば、オリジナルハイヴを攻略するという作戦の根拠になるかもしれない。

 

「戦艦に超電磁砲を載せるプランがこうも早く承認されるとは思いませんでしたよ」

 

「デブリ破壊用って言っても信じてもらえませんからなぁ」

 

こうして秋津島開発は国連宇宙軍を巻き込んだ落着ユニットの捕獲作戦を立案、急速に戦力を整え始めた。原作の年表によれば3年後の1989年に着陸ユニットと思われる物体の迎撃に成功している、タイムリミットはそれまでだ。

 

「しかし戦闘が予想されるとなると、F-14って使えませんか?」

 

「F-14?」

 

「あかつきでの運用試験用に秋津島開発が購入した機体があった筈です」

 

F-14は肩部にミサイルコンテナ用の大きなハードポイントを備え、機体が大型であるために拡張性も燃料搭載量も多い。

 

「…あったな、改造されまくってた機体が」

 

試験の後は秋津島警備に移動となり、宇宙港での対テロ戦闘用に改造されていた機体があった。治安維持用の装備に換装したMMUと共にパトロールなどの業務に当たっている。

 

「非公式名称で流星と呼ばれていましたよね、試作された宇宙用武装も運用されているとか」

 

「社長、私そんな予算を組んだなんて聞いてませんよ」

 

「…いやー、その」

 

社長が秘書に詰め寄られ、少し宥めようとした後にすぐ諦めて白状し始めた。

将来的な宇宙での活動におけるMMUの装備をどうするかというのは度々議題に上がる内容だったため、色々な名目で社長が設計図を出力しては宇宙港にぶん投げていたそうだ。

 

「カッコいいじゃん?」

 

「馬ッ鹿ァ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 戦術機に求められる性能とは?

「社長、何を見てるんですか」

 

「耀光計画の資料だよ、見るか?」

 

国内3社が進める新型戦術機開発は米国の戦術機開発計画を基準にした上で、更に日本帝国独自の思想さえも盛り込まれた難易度の高い物だった。

 

「空力の利用って、一体なんです?」

 

「戦闘機の翼と同じだ、機体の一部を動かすだけで姿勢制御を行うっていう技術だな」

 

「戦術機と戦闘機は違いますよ、風を受けるにしたって大抵の戦術機は航空力学的に飛べる形状じゃありません」

 

秘書の言うことは最もだが、あることを見落としている。

そう、戦術機は飛んでいるのである。

 

「飛べる形状なんざ関係ねぇよ、馬鹿みたいに強力なエンジンがありゃ下駄でも大陸を横断できらぁ」

 

「極論ですよ」

 

「極論だとも、現に人類はそれを可能にする技術を持っている」

 

戦術機の跳躍ユニットは宇宙開発により生まれた技術の結晶であり、それは戦術機の巨体をたった二基のエンジンで自由自在に飛ばすほどだ。

 

「大前提として飛んだんだ、ならもう次は空力を考えてもいいだろ?」

 

「…そう言われると、確かにそうですね」

 

「時代は効率化だ、空力での制御が出来なくとも空気抵抗が減らせるってだけで万々歳だしなぁ」

 

空力の利用に関しては賛成派だ、戦術機の航続距離を伸ばせるのなら是非やるべき分野である。何せAIの補助が思った以上に役に立つ現状では、多少扱い難い機体だろうと補正してくれるため操縦性の悪化は許容出来るのだ。

 

「疾風はデカくして燃料を詰め込んで解決したが、効率良く飛ぶ方がスマートだろ?」

 

「それなら軽量化にも繋がりますね」

 

「まあ…18mの巨人を風洞に入れて試験出来れば楽なんだがなぁ」

 

そんな馬鹿でかい試験設備はまだ日本には無い。

 

「しかし性能はどれほどになるんです?」

 

「良い機会だ、昔の戦術機とも比べて解説しよう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ミーティングの際に使ったホワイトボードを引っ張り出し、雑な図を描く。

そこには戦術機の分布が描き込まれ、縦軸と横軸を値段と性能に割り当てる。ちなみに隼改は装備を取り付けていない素の状態で定義してある。

 

「機体は抜粋させてもらったが、まあ大体はこんな感じだな」

 

「F-16、なんか異様に安くありませんか」

 

「怖いよな、ってのは冗談でまあ勿論理由がある」

 

高額なF-15と比べて低価格なF-16だが、決して劣化版というわけではなかった。小型かつ軽量であるという点は大きなメリットであり、既に近接格闘戦では欧州連合軍の隼に勝利している。

 

「装甲というか外装が殆ど一体形成なんだわ、軽い硬い安い作りやすいと来た」

 

「…えっ?」

 

「F-14の改良する時に教えた一体成形技術、アレを独自に進化させたってわけ」

 

開き直って3Dプリンタにて製造しやすいように部品を設計したり、プリンタ自体も秋津島開発からライセンス生産の許可を得て売りまくるなど転んでもタダでは起きない商人魂を見せつけて来た。

この価格低下には材料工学における技術的なブレイクスルーも関わっていたりするのだが、これに関しては割愛する。

 

「軽くて小さい機体に第二世代機相当の跳躍ユニットがあればもう最強、隼に勝る性能を安く手に入れたってわけだ」

 

「隼改は勝てます?」

 

「微妙、五分五分じゃねぇかな」

 

だがまあ隼改は導入コストの安さとこれまで積み上げて来た信頼を武器に勝負する、カスタマイズが可能な各部位を別に必要とするため下手すれば安くなった分も吹っ飛ぶかもしれないが…

 

「部品を流用してるからな、拡張性は兎も角性能が旧隼に引っ張られているのは否めない」

 

「追加装備で何処まで性能を高められるか、ですね」

 

隼改は装備によって間引きの際に発生する射撃戦、ハイヴ突入や光線級吶喊で発生する近接格闘戦の二種に対応可能だ。小型であるために拡張性に乏しいF-16に比べて部位ごとのアップデートが可能な点は強みだろう。

 

「まあ第二世代機の話はここら辺にして、次に行くぞ」

 

「次?」

 

ホワイトボードに追加で描き込まれたのは第三世代機という文字だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こうなる」

 

「耀光計画、ハードル滅茶苦茶高くないですか?」

 

「だよな、俺もそう思う」

 

高すぎる軍からの要求に苦しむ国内3社は大変そうだが、我々も超電磁砲を量産しなければならないという難題と戦っていることを忘れてはならない。

 

「…超電磁砲の配備開始が90年代になりそうって笑うよな」

 

「疾風だけが生産されて倉庫で保管とか笑えないですよ!?」

 

大変なのは何処も同じである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 異機種間戦闘訓練 前編

結構大きなイベントに辿り着いたぞ、ある意味歴史の転換点。


「帝国軍の主力機ってどれなんですか?」

 

「…撃震、だったっけな」

 

社長と秘書はあまりの激務にぶっ倒れつつ、護衛さん達に介抱されながら社長室のソファーで天井を眺めていた。普段ならこんなことにならないのだが、今月は偶々スケジュールが混み合っていたのだ。

 

「数の上で一番多いのは撃震ですけど、性能で言えば隼ですよね」

 

「撃震は拡張性が高いが設計は古いからなぁ、何かに代替されるとは思うが」

 

「隼改とかですかね?」

 

「隼改は旧隼との代替になるだろ…」

 

本来ならば現実逃避に仕事とは全く別のことを考えるものだが、帝国軍の主力機について考えるあたり完全にワーカーホリックである。

 

「日本の防衛を担うのは撃震だ、隼は機動力を求められる攻撃やら要撃やらを担当してるが数は少ない」

 

「防衛となると疾風が撃震の立ち位置に?」

 

「いや、コストが高すぎて全面的な入れ替えは無理だろ」

 

では時代遅れとなりつつある撃震の後釜はどうなるのか、彼らはふと気になってしまったのである。

 

「菊池さん、お茶をお待ち…」

 

「撃震を退役させ売却したとして、低価格なF-16を持ってくるとか」

 

「だから上が許さんのよ、旧隼の製造ラインも解体する予定だし本当に代替機が見つからねぇな」

 

「F-4って優秀だったんですねぇ、欧州のような改造を…」

 

二人は疲れを忘れて話し始めており、それを見た巫さんは固まった。

明らかに顔色が悪いし、身体の動きも疲労からかぎこちないのに表情は笑顔そのものなのである。

 

「寝てください!今すぐ!」

 

「あー、機材の設計が終わってないんですよ」

 

「私はまだ隼改に関する関係各所との調整が…」

 

社長は受け取った湯呑みからお茶を飲もうとしたが、手からすり抜けて膝にぶつけた。多少冷ましてあったとはいえ、熱いお茶が足にかかったことで身体が大きく跳ねた。

 

「熱ゥ!」

 

「何してるんですか、もうちょっと…」

 

悶絶する社長を見て笑う秘書も湯呑みを落とし、足の甲に直撃したことで同じく激痛に襲われた。

 

「がっ…ぐっ…」

 

「嘘でしょ、こんな…」

 

大の大人が二人して湯呑みを落として痛みに悶えている、その光景はある意味ホラーである。

 

「(地獄です、ここは正しく地獄…!)」

 

出張先に向かう途中のシャトルで寝るから大丈夫だと睡眠時間を削った彼らだが、急遽行われた帝国軍との会議があったために寝られていなかった。その後何度か寝られるタイミングがあったものの、珍しく宇宙施設の視察を行っていたためにテンションが上がっていて寝付けなかったらしい。

遠足前の小学生じみた理由である、それが彼の原動力でもあるのだが。

 

「やっぱり次期主力機は…」

 

話の続きをしようとした秘書を巫さんが遮った。

 

「意地でも寝かせますからね、スケジュール変更が無いよう軍には私から一言言っておきます!」

 

「やめてぇ…斯衛は帝国軍とあんまり仲良くないでしょうに…」

 

二人はその後護衛隊が何処からか用意して来た布団に包まれ、どうにか寝ることになった。社長は寝言で延々と戦術機に関して支離滅裂な解説のような何かを喋り続けていて、見ていた者達は人間は寝ないとおかしくなるのだなと感じたそうだ。

 

 

充分な睡眠と食事で復活した二人はまた主力機の話に戻っていた、その理由は帝国軍も撃震の代替機をどうするか悩んでいるという話が聞こえて来たからだ。

 

「隼改の量産が軌道に乗れば将来的な機体の置き換えは出来ると思うが」

 

「隼改と入れ替えられた旧隼と置き換えては?」

 

「完全に入れ替えるには数が足らん、それに維持にかかるコストを減らすために隼改を作ったのに古いのも使ってたら本末転倒だ」

 

帝国軍は国内3社による戦術機開発に対して懐疑的な目を向ける者も増えて来ており、このまま秋津島開発以外の国産機の開発を続けるか否かという瀬戸際まで来ていた。

 

「それもあってか、帝国軍が米国と模擬戦をやるらしいじゃあないですか」

 

「次期主力機の選定ってヤツか、何と何が戦うんだ?」

 

「瑞鶴とF-16、疾風とF-15です」

 

「なるほ…えっ?」

 

先送りにされていた模擬戦の舞台はなんと日本になっていた、それもかなり重要な場においてだ。

 

「なんでF-15と疾風が戦うんだよ、機体の役割は全くもって被らないぞ」

 

「米国側の要求らしく、帝国軍も了承したとかで」

 

超電磁砲は威力が過剰であり、模擬戦で使えば最低出力でも戦術機を撃墜しかねない。以前行った隼との模擬戦では弾頭を軽量化しペイント弾を取り付けたものを使用したが、マトモに飛ばないためにレーザー光による判定に切り替えたという事例もあった。

 

「戦術機開発で鎬を削る国の最新鋭機同士、戦わせたい者なんて幾らでも居るでしょうに」

 

超電磁砲量産の難航と、それに伴う制式化の遅れに対する米国のF-15売り込みの激化。囁かれつつあるG元素利用型レールガン開発、対人戦闘能力を盛り込まれたATSF計画から生まれる戦域支配戦術機…

 

政治的な思惑が入り乱れた今回の模擬戦、負けるのは疾風の今後を考えると不味いことになるかもしれない。

 

「そうだが、超電磁砲を使えるかどうかで話は変わってくるぞ」

 

「使えない場合はどうしますか、我々に不利な条件になる可能性も…」

 

「その時は俺達も理不尽をぶつけるだけだ。動かせるプリンターとユニットは総動員、意地を見せてやろうじゃあないの」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 異機種間戦闘訓練 中編

珍しく他者からの視点です。


国内3社が有する独自の機体と言うと、斯衛が運用するこの瑞鶴である。当時初めての戦術機開発は困難を極め、F-4の強化改修型にするという妥協案の末に完成した機体だ。

自分が初めて開発に関わった戦術機でもあり、今も私は瑞鶴の改修チームに在籍している。

 

「…黒い瑞鶴、カッコいいじゃあないの」

 

その機体を見上げるのは秋津島開発の社長とその秘書、戦術機開発における第一人者にして今も尚トップを走る男達だ。

 

「この試験場で色々と調整を行うそうですよ、我々も頑張らねば」

 

「時間があれば見たいな、いつ見ても面構えの良い機体だよ」

 

妥協案だったとしてもその性能は侮れず、同じ第一世代機である撃震とは一線を画す機動性を持つ軽量かつ強力な戦術機だ。次期主力機開発に必要な技術の蓄積にも一役買っており、今も改修が続けられる日本にとって特別な意味を持つ機体でもある。

 

「度重なる改修にて性能は旧隼に迫るとか」

 

「へぇ、F-4のフレームでそこまで…」

 

この場にいる自分を含めた技術者が彼らに向ける眼差しは羨望、期待、尊敬、嫉妬、疑念などなど様々であり、多くの注目を集めるのも無理はなかった。

 

「んで、試合の内容は?」

 

「模擬戦は二度行われるそうで、超電磁砲の使用は前半戦のみだそうです」

 

国内3社と秋津島開発は同じ格納庫に機体を搬入したが、向かい合う機体の差は歴然と言えた。かたやF-4の改修機、かたや超電磁砲を運用出来る最新鋭機となれば面白く無いだろう。

 

「問題は後半戦か、こいつはどうしたもんかね…」

 

今回の模擬戦では国内3社が進める耀光計画の今後がかかっており、瑞鶴がF-16に対して太刀打ち出来ないとなれば計画は打ち切られるだろう。対外的な影響力を産んでいるのは間違いなく秋津島開発製の戦術機であり、欧州に撃震の中隊が送られても注目度は変わらない。

 

「空間制圧用の試作兵装があったろ、アレの弾頭をだな」

 

「アレ使うんですか、ハイヴ攻略用ですよ?」

 

「いいだろ、実弾なら試験区画が丸ごと吹っ飛ぶが訓練用にすれば…」

 

当初こそ秋津島開発と米国の繋がりを警戒して国内3社による戦術機開発は重要視されていたが、圧倒的な実用化の速度は上層部の感覚を完全に狂わせた。やっとのことで完成した瑞鶴も生まれた時から隼や鐘馗という明らかに上位の機体が存在していたのだ、ある意味不遇とも言えるだろう。

 

「二番機を超電磁砲無しで調整、バランスに関しては飛ばしてみないと分からんが載せられるのは間違いない」

 

「…まあ失敗しても盛大な新兵器の発表会にはなりますかね、分かりましたよ社長」

 

常に優秀な兄と比べられた弟、それが瑞鶴の立ち位置だ。

斯衛の戦術機開発計画にて製造され、その計画には秋津島開発も参加していたがあっさりと鐘馗を完成させていた。何処で差がついたのか、何故ここまで速度が違うのか…

 

「まあなんだ、気負わず行こう」

 

秋津島開発には同じ技術者として少しばかり嫉妬している、それがあまりに身勝手な物だとは理解しつつもだ。

 

 

模擬戦当日、瑞鶴とF-16は配置に付いた。

瑞鶴は出来の悪い弟ではない、未来への礎となる吉兆の証だと信じて中継映像を映すモニターにしがみつく。

 

「…これは」

 

瑞鶴に搭乗する巌谷大尉は機体の弱点である腹部への攻撃を読み、なんと短刀にて防御した。AIの補助あってのものか、彼の類稀な操縦技術の賜物なのかは分からないが流れが変わった。

 

「嘘だろ」

 

「やれるのか?」

 

反撃に出た大尉は僚機と共にF-16を追い詰め、性能の差をものともせず互角以上の射撃戦を展開した。その結果損害を出す前に相手を一機撃墜、数分持ち堪えるのがやっとだと言う下馬評を覆した。

 

「…やれるじゃあないか、瑞鶴は」

 

無論衛士の腕と奇策あっての状況だが、彼らの操縦に応えるだけの潜在力はあったのだ。

 

『胸部損傷、撃墜判定!』

 

僚機を失ったF-16は果敢に攻め続ける瑞鶴の猛攻に耐えかね被弾、遂に撃墜判定となった。何処か負けるだろうと思っていた者達はその結果に驚き、勝利を信じていた者達は自慢げに頷いていた。

 

「いい機体ですね、瑞鶴は」

 

「ええ、自慢の…」

 

言葉を返そうと隣を見ると、そこには笑いながらこちらを見る秋津島開発の社長の姿があった。

 

「…えっ」

 

「ああ失敬、驚かせてしまいましたかね?」

 

そういえば私は有名人でしたねぇと笑い、紛れるにはこの制服も場違いだったとオレンジ色の作業服を叩く。

 

「何故ここに?」

 

「彼女の勇姿を見るためにですよ、愛されて育ったのがよく分かります」

 

瑞鶴の人命を尊重する設計、誠に感服しておりますと彼は言う。

あの脚部設計は秀逸だとか、跳躍ユニットの高出力化を行った手口は真似したいくらいだったとか瑞鶴を褒め倒すのだ。

 

「貴方は鐘馗を作ったでしょう、何故そこまで他人が作った瑞鶴のことを」

 

「…鐘馗は先に繋がる機体が無いですから、次の子を見据えて作られた彼女のことを少しばかり羨ましく思うのですよ」

 

鐘馗はもう拡張性を使い切ってしまい、先が無いと彼は言う。そしてその系譜を継ぐ機体も鐘馗からではなく、最早別物となった隼改から作られることになるだろう。

 

「まあなんと言いますか、ね」

 

彼は一時の要求に応えるため先のない機体を作ってしまった、そのことに負い目を感じていると言う。

 

「そこを気にされるとは」

 

「やっぱり変ですかねぇ?」

 

「…いえ、貴方らしいと思いまして」

 

隣の芝は青い、ということかもしれない。

最もそれは見間違いではないのだろうが、少なくとも我が家の芝は昔から枯れてなどいなかったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 異機種間戦闘訓練 後編

長めです。


格納庫から姿を現したのは秋津島開発が誇る疾風、背中には話題の新兵器である超電磁砲を装備している。今回の演習のために疾風専門の整備班がありとあらゆる機材を持ち込んで待機していて、戦術機回収機として改造された補給機の姿すらあった。

 

「相変わらず良い趣味してるな、社長殿は」

 

整備班の一部は格納庫の外で飛ぶ機体の監視だ、外から見て分かる異常というのもあるためだろう。

 

「AIの機体チェックに問題なし、衛士も機体各部の確認を!」

 

『了解、まあコイツが言うなら大丈夫だとは思いますが』

 

日本帝国陸軍の疾風乗りは数が少ないが、機体特性の違いから機種転換が難しく既存の衛士を割り当て難いというのが原因の一つだ。

今回の演習に集められた二人の衛士はその機種転換を終えることが出来た類稀なセンスの持ち主であり、超電磁砲の運用に特化したこの機体を自らの手足のように動かせる凄腕ということになる。

 

「にしても第一分隊は良いとして、第二分隊機の装備は一体?」

 

「社長殿曰く負けた際の言い訳作りだと聞いてるが、まあ建前だろうな」

 

全力で叩き潰すつもりだろう、国家機密だらけの開発班が持つ試作品倉庫から幾つも持ち出して来たのだから本気度は相当高いことが伺える。

 

「…清掃するのが大変だろうな、この試験場に恨まれるぞ?」

 

「その時は清掃用の機体でも送りつけるんじゃあないですかね」

 

だが今は先に出番が来る第一分隊に意識を向けなければならない。オスカー大隊機とは違い帝国陸軍を現す灰色の塗装が印象的な疾風は、慣らし運転のため演習で使わない区域を飛行している。

 

「相変わらず良い加速だ、秋津島のエンジンは良い速度の伸び方をしますよ」

 

「アレでそこまで煩くないってのが信じられんがな」

 

F-15すら凌ぐ推力を持つ跳躍ユニットはまさしく化け物であり、超電磁砲を背負っていても機体は軽々と飛び続けている。彼女の脚部が大型化したのもその大喰らいのためなのだが、その脚も上手く使えば強力な武器になる。

 

『良いな、前より良くなってる』

 

「最新ロットは伊達じゃねぇぞ、このために帝都配備予定の機体を引っ張って来たんだからな!」

 

『そりゃあご苦労なことで、飛ばすぞ』

 

圧倒的なパワーが機体を前に押し出し、一瞬にして数段加速する。衛士が感じる負荷は機械により欺瞞されているとはいえ大きなものだが、彼にはそれが心地よいほどだった。

 

『試すか、エンジン停止』

 

「あの野郎!」

 

推力を失っても尚慣性で前に動き続ける機体の足を振り、その場で縦に一回転してから再度跳躍ユニットに火を入れる。失速域機動(ポストストールマニューバ)、慣性のみで飛行する一時にだけ許された束の間の戦闘機動だ。

 

「なんです、ありゃあ」

 

「空戦の高等技術だよ、新型で滅茶苦茶やりやがる」

 

その場で機体の速度や体勢を即座に変えられるそれは機動性が大きく上がった第二世代機の登場により研究が進められた、本来であれば機体の分解や墜落と隣り合わせで行うものだがAI搭載を前提に作られた上に光ファイバーという光速の神経を持つ疾風は違った。

 

『…いい制御だ』

 

『Beep』

 

衛士がしたいと思った機動を変わり続ける外界の環境に合わせて補正するAIの存在は大きい、充分な経験を積んだ彼らは墜落とは無縁だった。

 

「重い重いと言われた疾風がこんな機動を見せつけるとはな、やっぱりどんな機体も衛士の腕次第って話か?」

 

「瑞鶴も勝ちましたしね」

 

「…まあ、それは相手にも言えることか」

 

F-16に対して格闘戦は不利だと察した上での奇策は功を奏したようだ、米国が行った演習の情報を全てAIに喰わせていたりと使える手札を総動員してやっとの勝利だったようだが。

 

「疾風乗りは変人ばっかりだよ、まあ機体に愛されるのがそんな奴なのかもしれんがな」

 

「ええ、良くも悪くも乗り手を選ぶ機体ですよ」

 

疾風の慣らし運転は順調だ、何も問題は無いだろう。

こちらも機動力で劣る相手に奇策で挑むのは同じだ、米国の衛士はこの短い期間で多くの衝撃を受けることになるのは明らかだ。

 

「さ、時間になるぞ」

 

演習はもう始まる、ギリギリまで機体を飛ばす馬鹿を呼び戻すのは一苦労だ。

 

 

前半戦は超電磁砲の使用が許可されており、疾風の全力はここで発揮しなければならない。本来であれば衛士にかかる重圧はかなりのものだが、二人はいつも通り操縦席で時間を潰していた。

 

「…あっち向いて、ホイ」

 

『Beep』

 

「フェイントも無駄か、流石だな」

 

通算320回目の敗北を受けて衛士は新たな暇つぶしの方法を考えようとしていた、おおよそ新鋭機同士の演習が行われる前とは思えない精神状態だ。限りなく平常時に近く、ペダルや操縦桿に伝わる力も均一でゆらぎがない。

 

『最終確認だ。相手はF-15で先に2機とも撃墜された方の負け、分かってるな?』

 

「はい」

 

『僚機と上手くやれよ、こっちは貴官の腕を信じる!』

 

彼の上官も対応には慣れているようで、簡潔に話した後すぐに通信は切られた。演習場は市街地を模した区画を丸ごと使用し、高度制限はかなり緩い設定だ。

 

「こちらライトニング1、手筈通りに頼む」

 

『ライトニング2了解、墜ちてくれるなよ』

 

「有り得ない」

 

演習開始の合図と共に二機は速度を上げて敵が居るであろう場所へと向かう、作戦は単純なものだ。F-15を擁する米軍部隊はこちらの弱点である機動性の低さに付け込んで近距離での射撃戦を狙ってくるだろう、そこを逆手にとって撃墜する。

 

「…機体が軽い、突撃砲を捨てて来たからか」

 

『その分こっちが待たされているんだがな!』

 

一番機は短砲身の超電磁砲を装備し、肩部装甲は最近正式採用が決まった小型軽量なものを選択している。それ以外はナイフシースのみを搭載しており、突撃砲と予備弾薬は纏めて降ろして来た。

 

「突撃砲は弾が遅いし重い、こっちの方が良い」

 

『さいですか』

 

二番機は対照的に超電磁砲を持っておらず、肩部の副腕と合わせて合計6丁の突撃砲を装備している。F-15と一番機が一対一の状況になるよう相手側の一機を絶対に抑え込むための装備であり、多少重いが制圧力は確かだ。

 

「そろそろか、囮頼む」

 

『予定通りってか!』

 

低空飛行を行いビルを模した障害物で身を隠していた二機だが、二番機が高度を上げて建物の影から姿を現す。性能を発揮しようにも障害物に阻まれていたセンサ達は一気に仕事を始め、ものの数秒でカメラの映像から敵機の位置を割り出した。

 

『居た!』

 

相手も超電磁砲の存在を警戒していたのか建物の上で監視を行なっていた機体は一機だけだ、飛び上がった二番機は陽動と牽制の為に敵機へと砲撃を開始する。

 

『もう一機は見えない、このまま暴れる!』

 

「了解」

 

奇しくも同じ考えだったということだろうか、芝居のように派手な砲撃戦を繰り広げる二機を尻目に移動を開始する。

 

「音響センサ」

 

『…跳躍ユニット駆動音感知、回折ルート解析中』

 

僅かな駆動音を拾ったマイクから即座に敵機が居るであろう方向を大雑把だが割り出し、そのまま音が大きくなる方向へと突き進む。ここまでの爆音を掻き消すことなど不可能に近く、どう足掻いても位置は分かるのだ。

 

「思ったよりも近い、相手も同じか」

 

F-15の衛士も音を頼りにこちらの位置を把握しているようだ、つまりこの先での接敵は必然となる。

 

「…支援砲撃、座標送る」

 

『あいよ!』

 

障害物の間を縫っての砲撃戦を続ける二番機にそう伝えると、突撃砲の一つがこちらを指向し弾丸を放つ。それは盲打ちに等しい精度だったが、この状況において一瞬のアドバンテージを得たことは大きかった。

 

「こっちだ」

 

先程の砲撃を陽動だと読み切っていたF-15はこちらへの反応も早かったが、それでも飛び出した疾風の方が一瞬早い。回避は間に合わない、引き金を引けばレーザー光が相手の機体に辺り撃墜判定が…

 

刹那、轟と音が響いたかと思えば相手の位置が横にズレていた。

何が起こったのか瞬きをしなかった彼には分かる、肩部から火が噴き出して機体を横に押しやったのだ。

 

「…肩部の補助推進器!」

 

存在は知っていた、秋津島開発の試作パーツとして運び込まれたものを使ったことがあったからだ。相手の突撃砲はぐらつきながらもこちらに向いている、一瞬の駆け引きはF-15の勝利に見えた。

 

「まだ、動ける」

 

機体は人間の反応速度を超えて回避を開始、即座に遮蔽物へと退避した。これは先行して機体に入力しておいた動作であり、反射的な回避を行う際代わりに実行されるよう一度限りで設定していたものだ。

 

「先行入力、上手くいったか」

 

こちらは僚機が隙を晒しての支援砲撃と先行入力、相手は補助推進器という札を切って試合は仕切り直しとなった。相手はこちらとの距離が近いことを認識したことで近接戦に打って出るようで、即座に遮蔽物から離れると飛び上がって来たF-15からの砲撃が降り注ぐ。

 

「速い」

 

流石は米軍のエース、繰り出される一手に無駄はない。それはこちらも同じことだと自負しながら、跳躍ユニットの出力を一気に上げた。

 

「ついて来い、背中を見せてやる」

 

推進剤の構成から見直されたロケットエンジンは瞬間的にではあるものの、重い機体を一瞬にして速度に乗せることが出来た。突然の行動にも相手は動じず、即座にこちらを追ってくる。

 

「次で決める、頼むぞ」

 

交差点を曲がり、長く大きな道路に出る。

相手は待ち伏せを警戒し、交差点を大きく飛び越えて道路に侵入しこちらに砲を向けた。逃げ場のない直線で相手はこちらを狙い始めた、この状況だからこそ奇策が通じる。

 

「実戦で使う気は無いが、これは演習なんでな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

跳躍ユニットを停止させ、失速し始めた機体を縦に回した。上下逆さまの状態だがこれで正面を相手に向けられる、その上この大通りには建物が所狭しと建ち並んでおりご自慢の推進器も使えない。

 

「今度こそだ」

 

レーザー光は本来光線級の照射を検知する装置にて受信され、相手は胸部損傷の判定を受け撃墜となった。本来であれば爆散なりなんなりするであろう敵機はただその場に立ちすくみ、突撃砲を下ろした。

 

「実弾では戦いたくない相手だった、遮蔽物ごと撃ってきそうだからな」

 

36mmの劣化ウラン弾はコンクリート製の建物があろうと容易に貫通するだろう、特に階層構造になっている建物であれば天井や柱を避けることなど容易い。

 

「…二番機は?」

 

『終わったんならサッサと手伝え、コイツ強え!』

 

二番機は圧倒的な火力差がありつつも戦術機と砲撃機という根本的な差からか苦戦していた、互いに決定打を打てなかったようだが敵機を抑えるという目的は完全に達成したと言える。

 

「相手を上げろ」

 

『空にか、分かった!』

 

相手は二番機が行なった突撃砲の斉射で逃げ場を失い、退避するために機体を一瞬建物より上に飛ばした。その隙を狙い、レーザー光を放てば相手は撃墜判定だ。

 

「実弾でデータリンクがあれば遮蔽物越しでも撃ち抜ける、そこはまあ…こっちも同じって訳だが」

 

一戦目は超電磁砲の性能を見せつける結果となり、それを搭載する疾風の性能も確かなものだと知らしめた。しかし二番機は自らよりも価格が低い筈のF-15と同等の射撃戦能力を見せつける形となり、秋津島開発は良くも悪くも対BETA用の兵器を作っているという評価に落ち着いた。

 

「…勝った、が」

 

『気に入らないか、すまん』

 

「いや、色眼鏡を通してコイツを見る奴らがだよ」

 

戦術機に対人能力という評価項目が設けられているのに憤りを隠せない一番機の衛士だったが、それも世の常かと飲み込んだ。それに後半戦では度肝を抜く仕掛けがあるのだ、それで驚く高官共の顔を想像しておこうと格納庫へ機体を向けた。

 

『よくぞ勝ってくれた!よき演習だったぞライトニング分隊!』

 

「光栄です」

 

『まあ細かいことは言わん、後半戦用の機体に移乗してくれ』

 

 

米軍のF-15に搭乗していた衛士は、宙返りしながらこちらを撃つという離れ技が頭に残り続けていた。実戦では通用しない曲芸飛行だと演習を見ていた者達からは嘲笑されていたとしても、それが自らの敗因であることは間違いなかったからだ。

 

「迷ったのか、俺が」

 

一度目の砲撃を避けた時に仕留められなかったのが仇となり、二度目は回避に専念するか相討ち覚悟で砲撃を試みるかで悩んでしまったのだ。相手が突撃砲であれば移動に織り交ぜた回避機動で避けられただろうが、相手は見越し射撃の必要ないレールガンだったのだ。

 

「次は絶対に撃墜してやる、超電磁砲がなきゃあ…」

 

「二流止まりってか、確かにそうだが油断は禁物だぜ?」

 

六本腕の化け物相手に互角の戦いを繰り広げた僚機はお前ならやれると肩を叩き、ペイント弾で汚れた機体を指差した。

 

「肩を撃たれた時はビビったが、副腕の精度はそうでもねぇ」

 

「やっぱりか」

 

「ああ、秋津島製だからと思って鎌をかけたがチューニングは対BETAで決定だな」

 

対戦術機はあまり考慮されていないのか、突撃砲の追従性はあまり高くなかったように思える。やはり想定しているのは比較的動きの遅いBETAであり、高速で飛び回る戦術機を相手にするための設計ではないようだ。

 

「まあソフトの問題かもしれんが、俺とお前で挟めば恐らく…」

 

ドカンと言いながら手を広げ、爆散する疾風の様子を表した。それを見て少し自信を取り戻し、下を向くのをやめて彼の目を見る。

 

「得意の砲撃戦で行こう、フラットシザースの速攻で一機潰す」

 

日本語で平面機動挟撃と呼ばれるそれは地面スレスレを飛行しながら二手に分かれて挟撃を行うという高機動戦術の一つだ、シンプルかつ強力とはこのことを指すだろう。

 

「良いねぇ、そうこなくちゃ困るぜ」

 

いつもの調子を取り戻した彼らは早くもイメージトレーニングと、休憩時間での作戦立案を始めた。そこには上官や他の衛士も集まり、疾風に関する議題は大きな盛り上がりを見せた。

 

「疾風はケツの重いデブだって聞いてたが…」

 

「失礼な、素晴らしいプロポーションのレディだぞ?」

 

この会話により米軍から疾風はロングレッグレディと呼ばれることが増え、それは欧州の部隊を通じて世界に広まっていくことになる。それは後々投入される超電磁砲の活躍によりレディ扱いは加速していくのだが、これもまた別の機会に語ることにする。




はい、三話に収まりませんでした。
なので前代未聞の後々編があります、すみません。

お詫びと言ってはなんですが、ポストストールマニューバに関する解説画像を用意しました。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 異機種間戦闘訓練 後々編

また投稿遅れます。


後半の演習だが、前半とは設定が違う。まず使用する演習場は前半よりも狭く、面積は半分ほどで必然的に近接戦になることが挙げられる。

 

「衛星通信、感度良好」

 

また高度制限もかなり厳しく、建物よりも高く飛べばレーザーの照射警報が鳴り響く設定だ。つまり今回は疾風が完全に不利な状況である。

 

『こちらも問題なし、やるか?』

 

「これは重い、さっさと軽くしよう」

 

相手は流石米軍機というべきか、障害物に身を隠しつつ索敵をしながら前進している。さながら人間の特殊部隊を連想するような巧みな動きであり、彼らと正面から撃ち合えば勝てるか怪しいだろう。

 

『まあ超電磁砲が無いから律儀に突撃砲で撃ち合います、なんて言ってないからな』

 

「火器管制はそっちに繋ぐ、任せた」

 

『任せろ任せろ、軽くなったら護衛頼むぞ?』

 

ライトニング2は衛星というより観測装置を搭載した宇宙船から得た情報を元に敵の位置を特定し、一番機のミサイルを発射させた。背部に搭載されたミサイルコンテナからは"開発班試作品"と書かれたままの飛翔体が放たれた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『まあ米軍には見覚えのある兵器だろうな、猫が肩に載せてたヤツさ』

 

「クラスターか」

 

『対BETA用だが、狭い演習場なら戦術機相手にも効果覿面!』

 

空高く飛び上がったミサイルは入力されたデータを元に目標地点へと飛行、そして弾頭が一気にばら撒かれる。ただでさえ多い子弾だが、今回は三発同時に発射されているために密度は尋常ではない。

 

『悪いなァ!我らが社長殿からの贈り物だ!』

 

 

【挿絵表示】

 

 

F-15のレーダーが飛来物を検知し上を見ると、そこには大量の弾頭が空を埋め尽くしていることだろう。あとは弾がなくなるまで撃てばいい、負けても何も問題はないとのお達だ。

 

『衛星からの映像見たかよ、障害物が緑色だぜ!?』

 

「…これはひどい」

 

『移動する敵機無し、だが撃破判定が出ねぇな』

 

恐らく脚や跳躍ユニットといった移動方法を破壊したが撃破には至らなかったのだろう、咄嗟に障害物を使って防がれた可能性がある。

 

『次だ、多目的自律誘導弾を使うぞ』

 

「ああ」

 

『相手には悪いが、まあ次は突撃砲で戦うことって項目を追加しておくのをお勧めするぜ』

 

続けて放たれたミサイルによりF-15は撃墜判定となり、演習場から出て来た機体はほぼ全身がペイント弾の緑色に染まっていた。試合を見ていた者達は誘導弾は光線級に撃墜されるだの、高度制限の意味がないだの、衛星を使うのは駄目だのと大変なことになっていたが…一番大変なのは清掃を担当する者達である。

 

「やっと終わった」

 

『だな、明日からが楽しみか?』

 

「ああ、交流戦はまだ続く」

 

そう、これから一週間は帝国軍と米軍の戦術機が交流戦を行うのだ。この演習に参加していた瑞鶴以外にも撃震や隼も参加し、仮想訓練装置を利用したものにはなるが対BETA戦を想定したシナリオも試されるらしい。

 

「あの衛士とは共闘してみたい、いい動きが見れる」

 

『だろうな、こっからは仲間だし仲良くやりたいが…』

 

カメラの望遠機能を使って格納庫に運び込まれようとしているF-15を見ると、外で洗うためかホースが運ばれて来ていたりとてんやわんやだ。

 

『あれじゃあ、なあ?』

 

 

未だどちらの勝ちか議論が続けられる演習の後、あの時のF-15と疾風は今一度戦闘訓練を行なっていた。一番機同士の一対一、超電磁砲は無しで突撃砲は二丁だけというシンプルなルールだ。

 

「1、2…」

 

『やっぱり速いな!』

 

「3!」

 

タイミングを測って突撃砲を放つが、F-15はそれをひらりと避ける。AIによる行動予測は役に立たず、相手は意図的に回避方法を変えつつ戦っているのが分かる。

 

『最高だ、やっぱりこうじゃあないと!』

 

「同感だ」

 

純粋な操縦技術のぶつけ合い、双方の実力が拮抗しているが故に起きる長期戦は双方の人々を熱狂させている。

 

「F-15がパワー負けしている?」

 

「秋津島の戦術機、正に化け物だな」

 

超電磁砲の運用に耐えるために設計された疾風は圧倒的なパワーを見せつけ、F-15を速度とトルクで上回る。

 

「…隼より動けるな、あれは」

 

「F-16も恐ろしい機動力だった、あそこまでとはな」

 

F-15は疾風以上の機動性と類稀な砲撃戦能力で的確に疾風を抑え込み、根本的な推力差を打ち消した。

 

「楽しいな、これだから良い」

 

機体を地面と水平になるよう仰向けに倒し、減速することでF-15の下を潜り抜ける。そのまま足先から上に起き上がり、またもや上下逆さまになってF-15の背中を捉える。

 

『こなくそッ!』

 

「…対応された」

 

相手は即座に後退、背中をぶつける勢いでこちらに迫って来ている。この状態で撃てば自分諸共吹っ飛ぶのは明白、これでは撃てない。

 

『お…らぁっ!』

 

少しの間を挟んで放たれた膝は手に持った突撃砲に当たり、衝撃を受けて体勢を崩すよりそれを手放す方を選ぶ。

 

「やられた、凄いな」

 

『そっちこそな、誰だよ疾風が動けねぇっつった奴は!』

 

「疾風は動けるぞ」

 

『ここ数日で思い知らされたわ、忘れたとは言わさねぇぞ』

 

F-15はこの近距離でリロードを選択せず、弾切れになった突撃砲を投げ捨てて腕部のナイフシースを展開する。前線国向けに用意されたオプションだが、膝部の格納庫でナイフが圧迫していた分を弾薬に置き換えられるため人気はあるようだ。

 

『インペリアルアーミーの十八番、近接格闘戦と行こうか?』

 

「ならば米国軍のナイフ捌きも見せてくれ、異機種間戦闘訓練(ダクト)の醍醐味だ」

 

砲弾と斬撃を交わした彼らは既に友人同士だ、米国機は力の差を理解しつつも身軽さを前に出して手数で相手を押していく。対する疾風は持ち前の反応速度と力で要所要所での攻撃を狙う。

 

「…凄いな、互角だ」

 

「だが疾風が戦えてるのは衛士のお陰だ、足元を見ろ」

 

「足元ぉ?」

 

見物していた者達が見たのは、少しずつ後退りをする疾風の脚部だった。猛攻に耐えきれず、少しずつだが背後の障害物にまで追い込まれようとしている。

 

「飛べばいいだろ、なんで仕切り直さないんだ」

 

「野暮だろうが、アレは純粋な殴り合いだよ」

 

本来なら戦術機同士での近接格闘戦、ましてや短刀での戦いなど滅多に起こらない。そんなことなど二人も分かっているが、どこまでやれるのか気になってしょうがないのだ。

 

「…これは凄いな、米国の鷲は練り上げられている」

 

『そっちはそっちで、暴風圏もいいとこだがな!』

 

遂に追い詰められた疾風は短刀を弾き飛ばされ、訓練用に刃が潰された短刀が胸部の塗装をほんの少し削る。

 

『…やられた』

 

しかしF-15の衛士は勝ったとは言えない、短刀を失うことを読んでいた疾風は即座に蹴りを繰り出していたからだ。疾風の脚部が当たっていればナイフが装甲を切り裂く前に機体は蹴り飛ばされていたかもしれない、故に引き分けだ。

 

「すまない、脚が出てしまった」

 

『脚を使わない格闘家が居るかよ、まあ悪かったと思うなら…』

 

「なんだ」

 

『秋津島の飯を奢ってくれ。今日は飯が別なんでな、他の奴より先に食ってみたい』

 

「いいとも」

 

政治的な思惑や秋津島開発の策略など様々な要因が絡んだ今回の演習だったが、戦術機を通して衛士達は交流を深めることが出来たのは間違いない。帝国軍の精強さは示され、米国軍の強みもまた示された。

今回の結果がどう未来に関わるかは分からない、だが少なくとも二人は通じ合ったのだ。

 

「…これがなんだ、ウマミってやつ?」

 

「Beep?」

 

「お前、食堂にもロボットを持ち込むのかよ」

 

「連れているだけだ」

 

「同じだ同じ!」

 

…恐らくは。

 




またなんだ、すまない。

というわけでノートPC君が修理に旅立ちました、症状はヒンジ割れです。
一から二週間で帰ってくるそうですが、恐らく修理出来ないので新品になるとのこと。保険に入っていて良かった、今度から持ち運ぶのはやめます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 国土防衛整備計画、始動

何処でも上手くいく訳ではないようです。


欧州戦線にて活躍を続けるオスカー大隊だったが、無論被害は大きかった。部隊の維持に成功しているのは一重に派遣開始からの生き残りが未だ戦場に残り、傷を負ったものは次なる部隊員の育成のため本土で戦っているからだ。

 

「…で、これは?」

 

「中国大陸への派遣部隊、その損害です」

 

「全滅どころか、これじゃあ壊滅だろ!」

 

秋津島開発は戦術機に関するスペシャリストであり、その分野で何かあれば国内三社共に呼ばれるのは良くあることだ。しかし今回持ち込まれたのは大隊規模の戦術機がどのように撃墜されたのかという無惨な記録であり、あれだけ苦心して装備を作り上げたのにも関わらず生還率は低かった。

 

「あくまで支援を目的に派遣された部隊で、近接戦は得意な編成じゃあなかったのか」

 

「そうですね、帝国軍の編成と照らし合わせると突撃砲の門数を重視してます」

 

「なのに撃墜された要因が突撃級に要撃級と、どうしてコイツらに接近戦をやらせた?」

 

防衛線の崩壊によりBETA群の浸透を許し、掘削による予期せぬ奇襲により帝国軍部隊は孤立したとのことだ。今回の被害は帝国軍だけに留まらず、人民解放軍の正面戦力も多くが包囲殲滅され…

 

「ごっそり半数が消えてなくなりやがって」

 

「機動力に劣る撃震の損害は甚大です、前衛を務めた隼の方が脱出出来た割合が高いのはなんとも…」

 

「砲撃するなら隼でも撃震でも火力は変わらん、だがこれでは」

 

高性能機が生き残るというのは統計的に見れば当たり前なのかもしれないが、いざ突きつけられるとキツイものがある。原作で幾度となく見た部隊の壊滅模様、前線で日常的に起きる人間の死。

 

「今回の壊滅的被害を受け、第一世代機の性能に軍部は」

 

「見通しが甘いんだよ!BETAを砲撃で減らすだけの簡単なお仕事なんてあるかよ!」

 

「…社長、何もかも上手くいくなんてことはありませんよ」

 

「分かってる、分かってるさ」

 

50にもなる男がこうも癇癪を起こすのは見苦しい、そう思って己を落ち着かせるために既に冷めた茶を一気に飲む。

 

「…で、なんだって?」

 

「第一世代機はBETA戦において練成に時間がかかる貴重な衛士を比較的損耗し易い傾向が認められ、秋津島開発と国内三社は早急に暫定的な代替機である隼改の量産体制を整えるべしとのことで」

 

国内三社の新型は暫く影も形も無い、隼改と隼でせめて重要な地点の撃震を更新したいというのが上の考えだろう。

 

「代替機選定はまだ先だった筈、急にここまで話を進める理由は?」

 

「聞かれますか?」

 

とうの昔に覚悟は決めていると秘書に言い、雑に机の上へと置かれた書類を見てそういうことかとある意味納得する。

 

「日本が以前から血税を注ぎ込み続けている国土防衛戦略は新たな段階へと進む必要があります、これを」

 

「戦力の展開や民間人の移動を容易にする大規模な交通網の整備と改修、国外への産業インフラ移転及び整備…こいつは!」

 

国内で運用が開始された多脚戦車は横幅が広く、乗用車程度であれば脚を伸ばすことで上を通り抜けられる。それに装輪式の脚部が生み出す高速性は展開能力に長けるため即応戦力として組織されており、この広めに見積もられた道路網は新型車輌の運用も考慮しての設計だろうか。

 

「防衛戦略の大改革、帝都を守る防衛線は引き直しになるぞ!?」

 

「どんな切れ者が通したのか分かりませんが、これであれば最悪の場合でも継戦能力は保持出来ます」

 

より後方への産業施設移転、これは完全にBETAが工業地帯まで侵攻するような事態を想定してのものだ。国内の反発は相当なものだっただろう、それでもこの方針で動くということは危機感を皆が感じ始めていることの証左でもある。

 

「そして最後には前線での各種試験、壊滅した彼らはそのために戦っていました」

 

帝国軍は実戦経験に乏しい後方国家だ、だからこそ国外への派兵を行い戦訓を得ようとしている。特に衛士の精神状態を管理するための催眠暗示、興奮剤などの薬剤の試験は国内だけで済ますことは出来ない。

 

「オスカー中、いえ大隊は稀有な例です」

 

「ああ」

 

「全員が最良の機体を得て、最大限の支援のもとで得られた幸運でしかありません」

 

「…そうだな」

 

「我々は全てに手が回るわけでもありません、何処かでどうしようもないことは起きるんです」

 

アジア戦線の状況は芳しくない、市民には派遣部隊の英雄的な活躍が語られる中で上層部は危機感を感じ始めているのだろう。恐らくは官僚になったある人物、原作における未来の首相の存在もあるのやもしれない。

 

「監視衛星網の強化は急務です、それに軌道戦力も」

 

この話は何処かで聞いたことがある、たしか帝都燃ゆというストーリーで語られていたような。防衛のためにインフラの改修が行われたが、原作では大型台風の直撃によりたった数日で国土の半分を失うことになる。

 

「…衛星網は大切だが、天候が悪化した場合では観測は不可能になるな」

 

「それはそうですね」

 

「色々と対策を考えよう、日本がいつまでも後方国家でいられる保証は何一つ無いんだからな」

 

原作における日本のBETA侵攻には学徒兵まで最前線に放り込まれ、殆どが凄惨な死を遂げる。状況が多少違うとはいえ、台風が直撃すれば同じような結果に終わる可能性も大いにあるのだ。

 

「そのためにも超電磁砲を早く完成させないとな、疾風が日本に居れば…」

 

「無理は禁物ですよ、もう歳なんですから」

 

「何言ってんだ、俺はまだまだ若いぞ?」

 

これでも体力は落ちてないんだぞと秘書に言うと、薄ら笑いを浮かべながら口元を抑えた。

 

「あらやだ、昨日は護衛さんとご一緒でしたもんね」

 

「下の話をしてるんじゃあねぇって!」

 

「なんです、まんざらでもない」

 

「いやまあ好きだけどさぁ!?」

 

秘書の攻撃に耐えかねてそう漏らすと、秘書は両手で丸を作って部屋の隅へ向き直す。何かと思えば、そっと顔を赤くした巫さんが出て来た。

 

「言質取りましたよ」

 

「…嬉しいです」

 

「あーっ!おま、あーーッ!?」

 

落ち込んでいた自分の意識を別の方向に向けようとしてくれた秘書の計らいなのか、それともいきなり突っ込んで来たのかは分からない。だがこの人が死に過ぎる世界で、手の届く範囲だけは守りたいと思うのは贅沢な願いだろうか?




PCが帰ってくるまで少し暇になるので、その間にTwitterでスペースなるものをやってみようかなと考えていまして。22時など遅い時間にはなるのですが…よければ是非。

他の方がやっているのを見て気になったというのもあるのですが、ご質問などあればどしどし答えて行きますよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 再始動 海王星作戦

ランキング10位に居たので急遽更新です、評価を付けてくださった方々ありがとうございます!


橋頭堡の確保、BETA群の間引き、戦力の再編成とやるべきことを終えた欧州戦線の攻略部隊は再び動き出そうとしていた。人類の悲願、欧州防衛のために必須であるハイヴ攻略だ。

 

「今回の目標はハイヴ攻略だが、何をもって攻略とするかは未だ不明だ」

 

突入部隊のブリーフィングは何も分かっていないのと同義の発言から始まり、部隊員達は分かってましたと言わんばかりに苦笑する。

 

「前人未到の領域ですからねぇ」

 

「だが秋津島開発の資源観測衛星は今まで自然界で観測したことがない何かがあることを示している、それは地上構造物の真下に存在するそうだ」

 

オスカー大隊の面々が命を賭けるには乏しいにも程がある根拠だが、現状ではこれに縋るしかない。

 

「その標的を確保、又は破壊することが今回の任務だ」

 

「確保って、巣の中のBETAを殲滅しろと?」

 

「誰もやれるとは思っていない、もし戦術機で持ち運べる大きさであればという話だ」

 

機体に搭載されたS-11、それにより目標の破壊を狙う。それが可能なのか、まず爆破が有効な形状なのかは不明だ。

 

「破壊が不可能だと分かれば即座に撤退、情報を持ち帰ることを優先する」

 

「…次のハイヴ攻略作戦を行う余力は欧州に有りませんよ?」

 

「分かっている」

 

今回は大隊全機での突入を決行、疾風の火力に物を言わせてBETAの大群を潜り抜ける。二番機は背部兵装担架を取り外し超電磁砲を装備、これにより超電磁砲は三門となる。

 

「目標のハイヴはまだ若く、比較的小さいがそれでも地下350mまで巣の中を下る必要がある」

 

「弾薬と燃料は」

 

「補給機による輸送が行われるが、追加は無いものと考えてくれ」

 

ただでさえ多い敵個体数をどうにか分散させるため、二つの陽動部隊が地上にて攻撃を仕掛ける。その他にも各地の戦線で陽動を仕掛け、ハイヴ周囲のBETAを少しでも減らす算段だ。

 

「第二中隊の撃震には第一小隊の機体同様、秋津島から一張羅が届いている」

 

「…緑色の死装束とは、ありがたい限りですね」

 

第一小隊が運用する隼(鐘馗だが、武家出身の衛士が居ないため偽られている)には以前より中華戦線の戦術機から着想を得た爆発反応装甲が装備されていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

その性能は母艦級撃破の際にも陰で示されており、衛士の心理的な悪影響を緩和するという単純な性能以上のものも確認されている。やはり戦車級に取りつかれようとも、簡単に引き剥がせると言うのは大きいらしい。

 

「生き残るために贈ってくださったんだ、素直に受け止めておけ」

 

「はは、了解です」

 

第二中隊は秋津島警備で運用されていた隼を譲り受け、現在は二機種での混成となっている。しかし全機が隼でないというのは確かであり、中華戦線で壊滅した部隊のことが彼らの頭をよぎる。

 

「第二中隊の仕事は補給機の護衛だ、背中は頼む」

 

しかしその分厚い装甲は要撃級の一撃を受けても衛士が無事という強固さを持つため、対レーザーを考えなくて良いハイヴ内で主任務が無人機の護衛となれば頼もしい。

 

「分かりました、命綱はお任せを」

 

突入部隊は補給を受けることが困難であり、またBETAとの交戦回数を減らすためにも迅速な進軍が求められる。だがハイヴ内の詳細な地図などなく、事前の観測にて判明した入り口と不明瞭な地下構造の予想図があるのみだ。

 

「国連軍の突入部隊と共に突入するが、彼らの露払いを受けられるのはごく短時間だ」

 

「彼らは上層部の制圧と調査、無人機や多脚車輌による補給線の確保を試みます」

 

補給が無いものと考えるのはこの補給線の確保が困難であることが予想され、一部分とはいえ限られた戦力でハイヴを確保出来るかは不透明だからだ。

 

「大隊規模の部隊が複数同時に進軍するのは狭いハイヴでは難しい、最奥に辿り着く道順が不明なことも踏まえて各部隊は別々に進軍する」

 

「三個大隊が同時突入とは…」

 

「我々日本帝国、欧州連合、ワルシャワ条約機構で構成された部隊が三つだ、各々が情報を共有しつつ前進する」

 

場合によっては合流することもあるだろう、敵対的な行動は取らないだろうとは思うが不安が無いわけではない。

 

「また今回初めて国連軍の軌道降下部隊が投入され、我々の突入口を確保するそうだ」

 

降下部隊の中には補給機も混ざっているが、無人化された多脚戦車の姿もあった。少しでも火力を底上げするため、降下部隊の命令に従い追従しながら戦闘を行う彼らが投入されたようだ。

 

「連隊規模の軌道降下部隊が突入部隊になる予定では?」

 

「今回が初めての実戦投入だからな、そこは譲ってくれたさ」

 

戦術機以外の戦力も一堂に会することになり、欧州の機甲戦力は皆前線へと集まって来ている。帝国軍の戦車には脚が生えていると彼らの間では既に話題になっているようで、今回の活躍次第では他国での採用も有り得るのかもしれない。

 

「して、もう一つ良い知らせだ」

 

「なんです?」

 

「秋津島の新型船が初披露だ、軌道爆撃の密度はパレオロゴスの比じゃあない」

 

新たな宇宙戦力として建造が進められていた宇宙巡洋艦の更に上、宇宙戦艦の投入が決定された。

 

 

【挿絵表示】

 

 

その積載量は最も運用されている数が多い再突入駆逐艦の四倍であり、より効果的な爆撃を可能にする大型艦だ。あかつきのドックを圧迫する多数の再突入駆逐艦は問題となっており、戦艦の配備により全体の運用数を圧縮したいというのが国連の考えらしい。

 

「…戦艦、というかデカいシャトルですね」

 

「デカいシャトルを便宜上戦艦と呼称しているだけだ、その認識は間違っていないさ」

 

帝国軍の艦隊が寄港し、欧州にて不足していた弾薬などの補給物資を大量に受け渡すなど祖国も協力してくれている。新鋭機を任され、作戦の成功に最も関わる部隊の一つに選ばれた以上は最奥に辿り着かなければ。

 

「お色直しをするのは撃震だけじゃあない、疾風にも追加装備が来ているぞ」

 

「…格闘戦用装備ですか、疾風が本来不得意とする筈の」

 

「本国では不採用に終わる筈だった品だ、斬れ味には期待しておけと社長殿からのお達しだ」

 

疾風の脚部には整備性の悪化を原因として採用が見送られたスーパーカーボン製のブレードが備え付けられ、その脚力と重量があれば大型のBETAであっても蹴り殺せるだろう。

 

「良い靴だろ」

 

「ええ、どちらかというと長靴ですが」

 

「なぁに、彼女なら履きこなせるし…」

 

「なんです」

 

「似合うだろう?」

 

 




はい、なんとなんと…支援絵を頂きました。
spring14さんからです。

https://img.syosetu.org/img/user/161890/108367.JPG

この一大作戦が始まるという大きな節目の一つで紹介しようと思っていたら、色々とトラブルが重なり遅くなってしまいました。とても素晴らしい絵でして、この作品オリジナル機である隼を描いて下さってます。
感謝…感謝感激!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 突入

一部加筆、修正を行いました。


欧州、果ては人類の命運を賭けた作戦が遂に始まった。作戦開始と同時に他の戦線でも陽動が始まり、衛星軌道では艦隊が爆撃軌道に入る。

 

突入部隊であるオスカー大隊は陽動部隊が道を作るまでは動けず、戦況を見守る他ない。普段であれば敵陣に向け攻撃を仕掛けるのが常だが、今回ばかりは状況が違うのだ。

 

「各偵察部隊の後退が完了したようです、いよいよですね」

 

しかしデータリンク経由で戦況はある程度把握出来るため、大隊の面々は部隊の動きを見ながら緊張を解すためにも話を続けていた。

 

「ああ、長かった」

 

攻略作戦の第一段階、それは軌道爆撃だ。国連宇宙軍の艦隊は次々とAL弾を投下し、それは迎撃されることで重金属雲を展開する。パレオロゴス作戦で実証されたその有効性は確かなもので、これ無しでの作戦遂行は不可能だと司令部に言わしめるほどだ。

 

「保有する宇宙艦隊の約7割を投入した最も大規模な軌道爆撃、圧巻だな」

 

「今回の作戦で使用される弾薬量は一国の総備蓄量に匹敵します、もう同規模の作戦発動は数年間不可能ですよ」

 

陽動部隊が軌道爆撃の第一波終了を待ってから前進、ハイヴ内からBETAを引き摺り出して砲火力の餌食にする。その中には欧州へ少数ではあるが送られていた疾風の姿もあり、超電磁砲の代わりに搭載された中隊支援砲を用いて敵を撃破していく。

 

「欧州でも運用が始まっていたんですね、白い疾風とはなんとも」

 

「砲撃も見たことがない苛烈さだ、本当に欧州中の砲を掻き集めたんだな…」

 

多用すれば母艦級が出現する可能性が高まるとして行う頻度を減らしていた軌道爆撃だが、そのために備蓄が進んでいたAL弾を今回ばら撒いた。展開された分厚い重金属雲は砲弾の到達率を大きく引き上げ、光線属種諸共BETAを葬っていく。

 

「面制圧は大成功、陽動部隊に釣られて地上に出て来たBETAも次々と撃破されています」

 

「データリンクでこんなに撃破報告が回ってくる日が来るとはな」

 

順調に敵は減っている、陽動部隊の損害もまだまだ低い。這い出たBETAの増援も外へ外へと誘導され、ハイヴ周辺の敵密度は下がりつつある。その瞬間を待っていたと言わんばかりに司令部は軌道降下部隊の投入を要請、待機していた軌道降下部隊が再突入を開始する。

 

「108機のF-14改修型とF-15C、彼らが突入地点の確保と我々の露払いを行ってくれるという部隊ですか」

 

「後続の国連軍部隊と共に補給線の確保も行うが、どうなるか」

 

降下して来たのは大隊規模の戦術機だけではなく、通常の補給コンテナと補給機も同時に降りてきている。ハイヴ攻略に必要な継戦能力はこうして確保する算段だが、BETAに破壊されてしまう数が多いのが難点だ。

 

『攻略部隊、出番だ』

 

「よし、始めるか」

 

「待ってましたァ!」

 

前衛を隼、中衛を疾風、後衛を撃震で固める彼らは跳躍ユニットを起動した。陽動部隊が作ってくれた道を通りつつ、他の突入部隊と共にハイヴへ急行する。

 

「想定より味方の損耗率が低い、軌道爆撃と面制圧が効いてます!」

 

「だが予断を許さない状況なのは間違いない、早急に突入してこの作戦を終わらせるぞ」

 

「「「了解!」」」

 

前衛機が突撃砲にてまばらなBETAを次々と排除し、前進する速度を緩めない。本来であれば突入部隊は軌道上からの投下が想定されていたが、ここまで大規模な降下となると何かしらの問題が発生する可能性も捨てきれなかった。

 

「突入口に空から落として貰えれば楽なんですがね!」

 

「今回が初めての実戦投入だ、仕方ないさ」

 

降下部隊は降下中の損耗やトラブルは無し、秋津島開発製の再突入コンテナは光線級から放たれたレーザーを受けても戦術機を守り抜いた。

 

「降下部隊は突入口の確保を完了したと通信が」

 

「予定通り、いや少し前倒しか」

 

激しい戦闘が続けられる突入口、門と呼ばれる場所の確保に降下部隊は成功していた。見慣れない国連軍色のF-14は補給機と共に待機しており、地上に残るのは一個中隊のみだ。

 

「無人車輌、本当に投入されているなんて」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「便利な移動砲台だ、警戒用には十分だろうな」

 

中隊と共に門を守るのは秋津島開発と国内三社が合同で作り上げた多脚戦車であり、有人にて運用されている機体とは差異がほとんど無いように見えた。一目で分かる違いと言えば、センサの発光部が水色ではなく赤色に光り輝いていることだけだ。

 

『地下の構造は予定通り第三層まで制圧完了、突入は問題なく可能です』

 

「感謝する」

 

ハイヴへ入るというのに、ここに辿り着くまでに消費した弾薬はいつもの間引き以下だ。大量のBETAが存在し絶えず湧き続けるという敵の巣が、一時的にではあるが人の手によって押さえ込まれているという事実には正直言って驚いている。

 

「データリンク良好、先行した部隊からハイヴ内の地形データを取得しました」

 

「凄いな、まさかここまで…」

 

「後続の部隊と共に突入しましょう、これ以上状況が動く前に進軍しなければ」

 

「ああ、今しかない」

 

後続の大隊も情報を受け取り、突入ルートを割り振った。ここまでの移動で中身が減って軽くなった増槽を投棄し、これからの戦闘に備える。

 

「突入だ、ここまでの支援に感謝する」

 

『奴らの親玉をぶっ潰してくれ、頼んだぞ!』

 

彼らもここまでの戦闘で少なくない被害を出している、降下部隊が健在な内に作戦を終えなければ撤退時に地獄を見ることになるだろう。

 

「超電磁砲で道を作る、疾風は発射時に敵の集団を出来るだけ巻き込め」

 

「了解!」

 

「乱戦になることが予想される、くれぐれも射線には注意しろ!」

 

ハイヴ内で戦闘を繰り広げ、既に返り血を受けているF-15の部隊に見送られつつ他の大隊と分かれて突入する。鐘馗は隼のマイナーチェンジ機だと聞いていたが、その性能は確かに上位機種であると思わせる仕上がりだ。

 

「斯衛の機体、有り難く使わせてもらうか」

 

鐘馗は帝都に居る将軍の護衛としてではなく、その名の通りBETAという人類にとっての悪疫を払う守り神として欧州の地に立つ。




前話に挿絵を追加しました、結構大事な絵なのでここにも貼っておきます。
それが何かというと、ハイヴ突入仕様の鐘馗です。


【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 覚悟

オスカー大隊は迫り来る大量のBETAの集団を超電磁砲の火力で後続ごと肉片にする。それでも全てを倒し切れるわけではないが、敵集団の中に道が出来たのは間違いない。

 

「突撃、突撃!」

 

「全てを相手にする必要はない、間を抜けるぞ」

 

出来た道を塞ごうとするBETAを突撃砲で蹴散らし、飛びかかって来た戦車級を盾で殴り飛ばす。宙に舞った戦車級を僚機が数発の射撃で絶命させ、その血が後続の戦術機にかかる。

 

「何処を見てもBETA!修羅場ですなぁ!」

 

「無駄弾を撃つなよ、なにせ的は幾らでもあるからな」

 

「違いありません、このまま抜けますよ!」

 

前衛機の操縦データは蓄積と最適化を繰り返したがために、その動きは戦術機だとは思えないほどだ。長刀はBETAの体組織を斬るというより間を通すと言った方が良いような抵抗の無さで振るわれ、厄介な要撃級を全く速度を緩めずに両断していく。

 

「そろそろ次の広間です、前衛が横坑を抜けるまで15!」

 

ハイヴは広間と呼ばれる大きな空間と、それを繋ぐ横坑で大部分が構成されている。広間には大量のBETAが集まっており、それを如何に避けつつ最奥へ辿り着けるかが

 

「中衛からの射線警戒、雷神のお通りだ!」

 

「IFFに反応なし、撃ちます!」

 

正面の広間に味方は居ない、それを確認した疾風は即座に超電磁砲を放つ。広間に配置されていたBETAは突如飛来した超高速の弾頭により幾らか吹っ飛んだが、角度が悪かったためにあまり巻き込めなかった。

 

「このまま突撃、疾風を広間に入れて薙ぎ払う!」

 

「「了解!」」

 

放たれた120mmがBETAに食い込んでから爆ぜ、要撃級の中央部がごっそりと消し飛び体液が宙を舞う。そんなことは気にせず突っ込んだ前衛機が長刀で戦車級を切り捨てていくが、いかんせん数が多い。

 

「突っ込みます」

 

「無理はするなよ、援護を!」

 

僅かに前衛がBETA群を押し込んだその瞬間、疾風が横坑から飛び出て広間に入った。足元の小型種を踏み潰し、更に迫る戦車級を刃が施された膝で押し切る。

 

「撃てます」

 

「前衛全機、上に飛べ!」

 

前衛機は射線を開けるために飛び上がることで回避する、本来であれば光線級の餌食となるがハイヴ内では照射が行われないことを利用したのだ。

 

「発射!」

 

たった数発の射撃で直線上に連なる何百というBETAが粉微塵になり、厄介な要塞級には個別で砲弾をお見舞いすると血を吹いて倒れた。圧倒的な火力は従来のハイヴ攻略戦術を変えた、我々は他の部隊よりも迅速に最奥へと向かえている。

 

「道が出来た、行くぞ!」

 

「こんなに忙しいのは久しぶりですよ、滅茶苦茶だ」

 

「そうですなぁ!」

 

こうして広間を突破したオスカー大隊は一機も撃墜されてはいなかったが、確実に損耗はしていた。それが表面化する前に作戦を終えなければならない、しかし先はまだ長いのだ。

 

 

オスカー大隊とは違う道を進む白い塗装の戦術機、それは欧州連合の大隊だった。

欧州の部隊は超電磁砲を持たなかったが、中隊支援砲という大火力を運用することで広間の突破に成功していた。BETA群が最も突出するオスカー大隊に誘引されているということもあり、被害は少なく抑えられている。

 

「このまま進むぞ、無人機は無事か?」

 

「一機損傷、ですが片腕が飛んだだけです」 

 

「飛べるならかまわん、先を…」

 

地中掘削音を感知したと計器が叫び、視界にBETAの出現地点が表示される。それは自分達が今居る場所であり、足元からBETAが現れるということに他ならない。

 

「次の横坑へ急げ、敵を一点に集めて迎撃する!」

 

「駄目です、もう掘削音が近くなり過ぎて…」

 

欧州連合の大隊は突如現れたBETAにより前後に分断される、新たな横坑を掘り進めていた集団と衝突してしまったのだ。それがただ単に運の悪さが引き起こしたものなのか、BETAの外敵排除行動なのかは分からなかった。

 

「後衛が!」

 

「補給機を失うわけにはいかん、全機反転だ!」

 

「駄目です、横坑から新たなBETA群!」

 

彼らのセンサーで捉えられる個体数を超えたBETA群が眼前に迫る、だが背後には這い出て来たばかりのBETAが次々と数を増していた。

 

「…挟撃とは、してやられたか」

 

「隊長!」

 

「反転して突撃だと言っている、後衛と合流しなければならない」

 

隊長と呼ばれた人物は途切れ途切れのデータリンクを見て、この窮地に陥ったのは自分達だけであることを認識して少し笑みを浮かべた。何故ならこの中で最も作戦を成功させる可能性が高いであろうオスカー大隊を差し置いて、自分達をBETAの大群が襲ったからだ。

 

「御生憎様だな、タコ野郎共」

 

狙う相手を間違えたなと部下に聞こえないように呟き、欧州仕様の長刀を引き抜いた。オスカー大隊が最奥に到達するなら本望、超電磁砲の借りはまだ返していないのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「囮冥利に尽きるってな、相手になろうか!」

 

欧州仕込みの長刀…いや、長剣捌きを御覧じろ。

 




EU用の長刀です。


【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話 交差

感想1000件突破、感謝感激です。
よく見ると評価してくれた方もいつの間にか300人を超えていたり、総合評価は一万を超えていたりとびっくり…

完結まで突っ走りますので、これからもよろしくお願いします!


オスカー大隊に欧州連合の部隊が包囲を受けたという連絡が届くが、救援に向かうことは出来ない。こちらも被害が拡大しており、余裕も時間も無いのだ。

 

「…隊長」

 

「我々の目的は目標の破壊だ、救援に向かうことは出来ない」

 

それに地上ではより多くの兵士が命を落としているだろう、全体を見れば我々が先に進む以外の道はない。それに移動し続けているためにデータリンクは途切れ途切れであり、現在地が不明な味方との合流は難しい。

 

「それに欧州連合の部隊は少し遠い、我々にはこれ以上余分な燃料も弾薬も無いんだ」

 

「ワルシャワの部隊もこれまた遠いですからなぁ…」

 

大隊長の無情だが冷静な判断に従う彼らだが、ただ隊長が冷たいだけではないことは重々承知だ。

 

「行き道は変えられなくとも、帰り道なら変えられる」

 

「それは」

 

「最速で目標に到達し、その後折り返して欧州連合の救援に向かう」

 

帰り道はどの方向から帰ろうとも問題ない、全てのBETAを倒して進んでいるわけではないからだ。どの道を通ろうともBETAと遭遇するのならば、味方と合流できる道を通るのはごく自然な判断だ。

 

「良いか、帰り道で俺はお前達の命を最優先に考えるからな」

 

「…はは、分かっていますとも」

 

あと一つ広間を抜ければ恐らく最奥、目標地点だ。

まだ若いハイヴでこの激戦とは、成長し切ったハイヴの攻略など考えたくもない。

 

「それよりだ、救助はどうなってる」

 

「四機やられました、そのうち二人は無事ですが一人は負傷しています」

 

ここまでの激戦を潜り抜けて被害が四機というのは明らかに少なく見えるが、欧州の戦線で生き残った猛者が簡単に散るような場所だと考えると途端に恐ろしく感じるだろうか。

 

「…もう一人は残念ながら、S-11は回収しました」

 

爆発反応装甲は優秀だが、何も攻撃を無効化出来るわけではない。要撃級の一撃を受け隊列から落伍し、そのまま突撃級に轢かれてしまったようだ。

 

「あの倒れ方、恐らくは操縦席ではなくS-11を庇って」

 

「分かった、無駄にはしない」

 

欧州連合からの連絡でハイヴ内であっても地中掘削による奇襲は発生すると知ることが出来た、同じ手は通じないと宇宙生物共に教えてやらねばならないだろう。

 

「三番機はあと何回撃てる?」

 

「想定以上に発電装置周りの負荷が嵩んでます、手持ちの弾薬を撃ち切れたら奇跡かと」

 

「一度全力で射撃出来る余力だけは残しておけ」

 

もうどの機体も何かしらの損傷を受けているのではないかという状態で、前衛機には腕を失った機体すら居る。後衛と入れ替わり陣形を維持しては居るが、疾風を守りきれなくなるかもしれない。

 

「悪いがこの先守り切れる自信がない、自衛の準備はしておいてくれ」

 

「二番機の突撃砲が健在な内は心配御無用ですよ」

 

補給機が運ぶ武器弾薬も事前の想定よりも損耗が早く、これ以上時間をかけるわけにもいかなくなって来た。

 

「広間を抜けた先は恐らく主縦坑、最奥から地上まで伸びる吹き抜けに通じている筈だ」

 

「そこから目標へ向かうというわけですか」

 

「ああ」

 

こう話している間にも2000発入りの弾倉が次々と空になる、36mmの劣化ウラン弾は一体どれだけの数がこのハイヴ内にばら撒かれたのだろうか。

 

「帰りの分の弾薬が残るか、不安になって来ましたよ!」

 

「その時は短刀抜いて地上まで凱旋だ!」

 

疾風がすり抜けて来た戦車級を蹴るがバランスは崩さず、そのまま超電磁砲を放つ。一番機が放ったそれは広間の底面と平行に飛び、巻き込めるBETAの理論値を叩き出したかのような弾道で飛翔した。

 

「良い射撃だ、このまま飛べ!」

 

この短時間でどうにか隊員もハイヴ内という極限状態に適応しつつある、疲労により集中力が切れる前に脱出出来るといいのだが…

 

 

「…やられたな」

 

白い欧州連合軍塗装の隼はそこら中に損傷を負っていたが、辛うじて四肢は動いた。手に持つ西洋剣は突撃級の甲殻を半ばまで切り裂いたが、幾度もぶつけられた過剰な負荷により半ばから折れていた。

 

「隊長殿、無事ですか」

 

「無事なわけあるか、この通りだ」

 

半分ほどの長さになってしまった剣を放り投げ、部下へと向き直る。

 

「剣に無理をさせ過ぎた、訓練不足だな」

 

「剣以外にもですよ、機体も物資も欠けていないものはなくなりました」

 

欧州連合の部隊はどうにか敵を潜り抜けて後衛と合流したが、命綱同然の補給機への被害は甚大だった。後衛もズタズタにされ、マトモに飛べる機体は少ない。

 

「だがまだ動ける、そうだな」

 

「ええ」

 

部下が破壊された補給機のコンテナから引っ張り出した新品の剣をこちらに投げ渡し、それを受け取って武装する。そして破壊されて機能を果たせなくなった肩部装甲を切り離し、戦い続ける決意を固めた。

 

「我々が出来ることはもう少ない、であれば…」

 

「何をなさるおつもりで」

 

「オスカー大隊が通った道を使わせて貰う、今居る道を通るよりは良い筈だ」

 

超電磁砲でBETAを減らして進んでいる彼らが通った道ならばBETAの数は少ない筈、それに先へ進む大隊にBETAが誘引されているならば更に密度は下がるだろう。現状の戦力では攻略も撤退も不可能ならば、合流を目指すまでだ。

 

「それは」

 

「何、合流して操縦席を間借りさせてもらうだけだ」

 

撤退時には損傷した機体を放棄して彼らの機体に相乗りさせてもらう、恐らくこれが最も生存者が多くなる選択だ。

 

「そのためにも残ったS-11を送り届け、絶対にハイヴ攻略を成功させる」

 

「それが、最良の選択だと」

 

「そうだ」

 

飛べない機体の衛士を回収し、まだ飛べる機体へと移乗させる。破壊された補給機からありったけの物資を掻き集め、帝国軍の後を追うのだ。

 

「高度差がある広間同士を繋ぐ縦坑を使い、一気に道順を短縮する」

 

「急降下になりますよ!?」

 

「このまま大群とやり合えばそれこそ大損害だ、賭けにはなるがな」

 

戦術機による急降下、まずそのような動作を実戦で行うことがない彼らにとって難易度は高いだろう。それに抜けた先で各個撃破されてしまう危険性もある、リスクは高い。

 

「壁面にはBETAが張り付いている、壁には近づくな」

 

「…ええい、やってやりましょうとも!」

 

こうして欧州連合の意地を見せるべく、彼らは決死の覚悟を決めたのであった。

 




感想500件の時のようにお祝いイラストを用意しますかね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話 主縦坑

主縦坑に到達したオスカー大隊だったが、ある問題に直面していた。

眼前に広がるのは巨大な縦穴であり、少し下に進めば目標が存在することは確かなのだが…

 

「照射警報!」

 

「横坑に戻るんだ、早く!」

 

ハイヴ内では照射を行わないとされていた光線属種だが、こと主縦坑においてはその法則に縛られないらしい。突入したのが盾を持っていた前衛機であったため、なんとか逃げ帰ることが出来た。

 

「…どうします」

 

前衛を担当する衛士はレーザーの照射痕が赤熱したままの盾を投げ捨て、隊長に問いかける。

 

「万事窮すだな、後にも先にも行けなくなった」

 

主縦坑直下の大広間には青白く光る未確認BETAの姿と共に、大量のBETAが蠢いていた。飛び出した機体が帰還するまでに観測した情報によれば、識別可能な個体数を超える軍勢だという。主縦坑を通じて敵の増援も来ており、猶予はない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「光線属種も大量に確認されています、大隊が突撃しても数秒後には全員が蒸発してますよ」

 

「BETAは壁面を移動出来る、このほぼ垂直の壁であろうとも向かって来るでしょうな」

 

目標は目の前、だが手を出すことは叶わない。しかし悩んでいる暇もないというこの状況で、ある衛士の手が上がった。

 

「一つ試してみたいことがあります」

 

「なんだ?」

 

「秋津島名義で保存されていた情報、それもハイヴの内壁に関するものがありました」

 

彼がAIの提案を受けて発見したというそれは、ハイヴ突入直前に衛星通信を経由して送られて来たものであることが分かった。

 

「パレオロゴスで持ち帰られた振動波の観測結果から、内壁の構造と材質の密度は一律に同じものではないということが分かったそうです」

 

「そんなデータが?…だが、それが何に使えるんだ」

 

「これを元に秋津島が用意した構造把握機能を使えば、振動を元に強度が低い部位が特定可能です」

 

ここまで来ると、彼が何を言いたいのか皆が理解し始めた。

 

「この機能で特定された位置にS-11を設置、主縦坑の一部を崩落させ直下のBETAを下敷きにします」

 

「その作戦に乗ろう、責任は無論私が取る」

 

博打には違いない、だが迂回する時間も燃料も無い彼らにとって唯一の勝ち筋であることは間違いない。

 

「よし、立案者である12番機の元で振動の計測を行うぞ」

 

「その機能の名前はなんです?」

 

「桜花です、そうAIに聞けば恐らく分かるかと」

 

桜花と呼ばれたシステムは起動するなり各隊とのデータリンクを用いて振動の解析を開始し、それと同時に短い一文を視界の端に表示した。

 

"桜花の名の下に散った武神に捧ぐ"

 

「秋津島らしくない、こんな短文を表示する機能を付けるなんて」

 

「桜花の名の下に散ったか、パレオロゴスで失われたヴォールグ連隊への言葉にしては場違いだな」

 

その短文のことを話している訳にもいかない彼らはS-11の設置地点をどうにか割り出し、どうやって取り付けるかという議論に移った。

 

「で、どうするよ」

 

「重光線級に狙われれば盾があっても一瞬ですね」

 

S-11ごと吹っ飛ばされれば爆破計画も御破算だ、どうにかして狙われずに設置しなければ。

 

「…光線属種の最優先攻撃目標は飛翔体だったか」

 

「ですね」

 

「我が隊の中隊支援砲全てを用いて支援砲撃を敢行、それに紛れて有人機よりも狙われにくい補給機による設置を試みるのはどうか」

 

設置のために壁へと張り付きさえすれば、下から登ってくるBETAが盾になり光線級の射線から隠れられる可能性も大いにある。

 

「突撃砲の120mmも同時に撃ち込みましょう、弾速が遅い分長く囮になりますとも」

 

「決まりだ、全機射撃の用意を!」

 

主縦坑に接続する横坑ということもあってかその幅は大きく、ある程度の数の戦術機が並んで砲撃を行なっても問題ないだけの広さがあった。

 

「…またお前達のことを蔑ろにするような作戦ですまない、頼んだ!」

 

『『Beep!』』

 

補給機の細く簡略化された腕で彼らは敬礼し、股のS-11を手に持った。今回送り出されるのは中身が空になった機体達であり、積んで来ていた弾薬はこれから行われる砲撃で使い切る。

 

「砲撃開始ィーー!」

 

100mと少しの距離で彼らの迎撃は間に合わず、砲撃は次々と大広間へと命中する。速度の遅い120mm弾が幾つか迎撃されたが、発射元の戦術機も狙われ始める。

 

「照射されたら横坑に隠れて射線を切るんだ!」

 

それでも重光線級の場合は初期照射でも脅威となる、突撃砲を持つ腕ごと瞬時に焼かれた機体がのけ反った。

 

「他の機体は砲撃を継続、狙えるならば光線級を狙え!」

 

補給機は次々と内壁に取り付き、S-11を設置する。

壁に向け指向性を持たせる形で取り付けられたそれは、その威力をボタンひとつで開放できる状態にある。

 

「設置確認しました、お早く!」

 

補給機は壁から離れない、下から登ってくるBETAの速度を考えると彼らが退避する時間など最初から担保出来なかったのだ。

 

「すまん、お前ら!」

 

『…good luck』

 

事前に設定されていた文言だろうか、幸運を願う言葉と共に爆炎が広がる。

彼らを巻き込んだS-11の一斉起爆は問題なく行われた。爆弾は一切の遅滞なく同時に起爆され、あれだけ強固だったハイヴの内壁に亀裂が走り始めた。

 

「お、おお」

 

「足元が崩れるぞ、後退しろ!」

 

亀裂はそのまま拡大し、主縦坑の一部が計算通りに崩落する。

降り注ぐ瓦礫を迎撃しようとするBETAの奮闘虚しく、大広間は地獄絵図と化した。無論全てのBETAを倒せたわけではないが、確実に今ならば部隊を降下させられる。

 

「行ける!行けるぞ!」

 

「降下、降下、降下ァ!」

 

「今しかない、光線級が真下に現れる前に降りるんだ!」

 

多くの横坑と繋がる主縦坑に出たことで離れた位置に居たソ連の攻略部隊と通信が復旧した、彼らはこちらの行動に驚きを隠せないようだ。

 

「ワルシャワ条約機構軍、今なら降りられるぞ」

 

『爆破…崩落とはな』

 

「下で待ってます、援護よろしく!」

 

このような修羅場にも慣れたものであり、オスカー大隊の面々は落下しながら直下のBETAへ攻撃を行う。瓦礫の衝撃から立ち直りつつある光線属種の生き残りに狙いを定め、一番機と二番機の超電磁砲が放たれた。

 

「三番機、出番はもう直ぐだ」

 

「落下して直ぐの射撃とは無茶を仰る、大広間の敵を纏めて薙ぎ払って御覧に入れましょうとも!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話 最深部

目の前に鎮座するのは青白い光を纏った未確認BETAであり、不思議なことに攻撃してくる様子はない。しかし異様なほどに集まったBETAの数を見るに、これが重要な何かであることは予想出来た。

 

「撃ち切って構わん、撃て!」

 

「分かってますとも、発射ァ!」

 

聞き慣れた轟音と共に撃ち放たれるのは超電磁砲、その砲門の先に居たものは例外なく貫通された上で肉塊となって弾け飛ぶ。

 

「一番機と二番機は大物を狙え、それ以外は我々で片付ける」

 

「第二中隊は降下してくる残りの補給機を守れ、生きて帰るぞ!」

 

「「了解!」」

 

超電磁砲によって一気に減ったBETA群だったが、それでも攻撃を免れた個体や横坑から出て来た個体ですぐさま密度は回復してしまう。

 

「キリがない、予定通り確保は諦めて目標の爆破に移る」

 

「疾風は突撃級と要塞級を最優先だ、アレは超電磁砲で破壊するには大き過ぎるからな」

 

S-11を設置するために青白い目標へと接近した前衛の鐘馗だったが、味方の砲撃をすり抜けてきた戦車級が足元に迫る。

 

「駄目だ、やり切れないぞ」

 

「相手にするな、飛び越えて設置しろ」

 

「無茶を言う!」

 

飛び越えようと跳躍ユニットを吹かせば、要塞級の衝角が彼らを襲う。突撃級の数が多く、三番機が冷却に入ったため排除が間に合っていないのだ。

 

「ぐぁッ!?」

 

「馬鹿野郎!」

 

盾とそれに貼り付けられていた爆発反応装甲がほんの少し衝角の軌道をずらし、鐘馗の頭部に増設されていたバイザーを弾き飛ばすのみに終わる。それでも充分な衝撃を受けた機体は姿勢制御が間に合わず、背中から地面に倒れ込む。

 

「戦車級が居るってのに!」

 

「問題ない、発破を行えば…」

 

わらわらと集まった戦車級が意気揚々と装甲に歯を立てようとした瞬間、まとめて吹っ飛んだ。その爆風と飛散した破片は上半身に取り付いていた個体を無力化し、自由になった腕で下半身の戦車級も排除しようとする。

 

「嘘だろ」

 

その腕は盾を持っていたために、衝角を受けた際の衝撃で動作不良を起こしていた。もう反対の腕は持っていた突撃砲の持ち手が変形してしまい手を離すことが出来ない。

 

「待ってろ、今助ける!」

 

『お手伝いが必要かね、帝国軍』

 

主縦坑から響く聞き慣れない跳躍ユニットの駆動音が耳に入り、そして肩部装甲に描き込まれた赤い星が目に入る。その機体はナイフシースを展開し、腕を振って何かを投げつけた。

 

「MiG-23か?」

 

足元の戦車級に突き刺さったのは見慣れない大型のナイフ、ソ連軍で運用されているマチェット型ブレードだ。それを運用出来るのはMiG-27、アリゲートルに他ならない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いや違う、ワルシャワの新鋭機!」

 

『パレオロゴスの撤退戦、軌道爆撃の借りは返させてもらうぞ』

 

イデオロギーが違おうとも、ここに居る全員は弱き者の盾として立っている。自国民を守り、国土を奪還し、BETAに蝕まれた地球を取り戻す。その信条に誰も違いはなく、国籍など些細な違いに過ぎなかった。

 

「そりゃどうも、生憎だがもう秋津島の社員じゃなくてね!」

 

『そうか、ならば別の機会にでも返さねばならんな』

 

流石は近接格闘戦を是とするソ連軍機、性能は準第二世代機相当だと言うことを全く感じさせない機動で敵を屠る。中華戦線で使用されている77式長刀を装備している機体も多く、ハイヴでの継戦能力を重視しているのだろうか。

 

「ホントに東側の機体は性能が低いんですか、西側のデマな気がして来ましたよ」

 

「こっちも見せつけてやろう、援護をして貰える内にS-11を設置するぞ!」

 

「了解、今度は成功させます!」

 

S-11を手に持った前衛機が援護のもとで次々と設置を成功させ、時限信管を起動する。これで少し時間が経てば爆発する筈だ、6発分の攻撃を受ければ幾ら大きかろうと耐えられる訳がない。

 

「これで問題ありません、退避を!」

 

「だそうだ、突入前の横坑まで退避するぞ」

 

『素早いな、ご一緒させてもらおう』

 

ソ連軍の部隊は中隊を一つ失っているほどの大損害を合流前から負っていたのにも関わらず、設置作業を行うオスカー大隊の援護をやり遂げた。彼らに礼を告げつつ、想定中の脱出ルートを送信する。

 

「勿論だ、こんな巣穴とは早く別れを告げたいんでね」

 

部隊が二つも集まると少し窮屈ではあるが、周囲の光線属種を粗方撃ち殺してから再度上昇する。

 

「爆破が上手くいくと良いんですが」

 

「指向性を持たせたS-11を6発も設置したんだぞ、やり過ぎなくらいだ」

 

爆破後の確認が必要な彼ら攻略部隊は横坑の奥から来るBETAを排除しつつ留まり、主縦坑を覗き込むことで確認することにした。時間になって信管が作動すると崩落させた時のような轟音が響き渡り、ビリビリと空気が振動する。

 

「やった!」

 

『どうだ、どうなった?』

 

「綺麗に吹っ飛んでます、跡形も無いですよ」

 

爆破に成功したと喜ぶ彼らだが、横坑に居る彼らを目指して進み続けていたBETAの動きがピタリと止まる。

 

「…なんだ?」

 

「BETAが移動してます、最深部とは真逆の方向に」

 

「逃げるって言うのか、奴らが」

 

こちらのことなど見えていないかのように敵は動き始め、攻撃を仕掛けても反応はない。爆破で全滅した筈の大広間にも何処からかBETAが流入して来ており、外へ出ようと蠢いているように見える。

 

「下から登ってきます、ここにも雪崩れ込んで来ますよ!」

 

「だが後退するにもBETAが邪魔だ、さっきまで襲って来てた奴らが横坑を埋め尽くしてるぞ?」

 

目標を破壊されてここまでの反応をBETAが示すとは思っていなかった彼らは、またもや窮地に立たされた。このままでは外へ出ようとするBETAに轢き潰されてしまうだろう。

 

「主縦坑から出られないか?」

 

「上層部のBETAが集結してます、それに外に出た途端迎撃される可能性だって…」

 

それに欧州連合の部隊とはまだ合流出来ていない、自分達も満身創痍でありこの数のBETAを突破するのも不可能だ。

 

「覚悟を決める必要があるな、すまない」

 

「総員抜刀!敵陣を突っ切るぞ!」

 

弾切れになった突撃砲を捨て、短刀を引き抜く。

ある前衛機は流石のスーパーカーボン製といえど酷使され刃毀れした刀身を見て、苦笑いをしながら構え直す。またある後衛機は両腕を失っていたが、背部の銃火器用兵装担架で突撃砲を前に向け展開し、戦闘能力をどうにか維持している。

 

「…玉砕は好かんのですがねぇ、まあ死ぬ気はありませんが」

 

「一機でも多く地上へ戻る、全機突撃!」

 

「「了解!」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話 帰還

ハイヴ攻略部隊が突入して暫く、S-11の同時爆発だと思われる振動が二度検出された。しかし地上の部隊がハイヴ攻略の成功を確信する中、突如BETAは戦闘をやめたのである。

 

「何が、何が起こってるんだ」

 

地上で陽動を担当していた部隊は自分達に全く興味を示さず、移動を続けるBETAに困惑していた。

 

「化け物共を逃すな、徹底的に追撃しろ!」

 

この戦域のBETAが一斉に撤退を開始、戦線から敵が離れたことでハイヴ近くに布陣していた陽動部隊以外が遊兵と化した。敵を追う形でハイヴへと接近する戦術機部隊だが、その巣からは無限に思えるほどのBETAが湧き出てくるのだ。

 

「間引きと軌道爆撃で減らした筈だろ、なんでこんなに出て来るんだ!?」

 

「想定していた個体数よりも、よっぽど多くが潜んでたってことだろうな」

 

「突入部隊は無事なのかよ、これじゃあ攻略は出来ても脱出は…」

 

事実、突入口となった門を防衛していた軌道降下部隊は敵の濁流に飲まれて確保の継続を断念した。多脚戦車は弾切れの車輌のみが後退、残りは最後まで奮戦したそうだ。

 

「追加の補給機を送ろうにも、敵が多過ぎてハイヴ内の補給線は破綻してたんだろ?」

 

「…ああ」

 

つまり最初から共に編成されていた補給機の物資のみであの数のBETAと戦ったということで、本来の想定であれば足りたかもしれないがあの個体数では密度が違った筈だ。

 

「上から連絡が来た、BETAの行き先についてだ」

 

「何処なんです、一体!」

 

「後方のハイヴだ」

 

部隊の空気が凍る、それは彼らの知るBETAの生態を紐解けば理解出来るだろう。ハイヴ内に存在出来るBETAの個体数は決まっており、それを超して飽和状態になると弾き出されるように攻勢が始まるのだ。

 

「ここで逃せば、逃した分だけ欧州に帰って来やがる…と」

 

「ハイヴの向こう側に逃げるんだぞ、火力を集中させようが無い!」

 

後方の部隊も戦線の後退に伴い、前に出て来ているが火力が足りないのは事実だ。

 

「…振動?」

 

「BETAの移動音に掻き消されない程の振動と、このパターンは!」

 

「S-11だ、S-11の爆発だ!」

 

遂に部隊が自爆を選択したのだと思ったが、どうにも様子がおかしい。振動音が断続的に続いているのだ、一定間隔で続いている。

 

「だ、段々近付いて来ています」

 

「総員、突撃の用意を!」

 

やることは決まった、この戦場で英雄を迎えに行く栄誉を得る機会があるというのは運がいい。

 

「帰りが遅い英雄殿の凱旋に参加する、いいな!」

 

「「了解!」」

 

同じことを考える部隊は多いようで、データリンクを見ると他の戦術機部隊も突入口に向かっている。日本帝国、欧州連合、ワルシャワ条約機構と三つの部隊で構成された攻略部隊であるためだろう。

 

「西も東も変わらずか、仲のいいことで」

 

 

オスカー大隊とワルシャワ条約機構軍は、合流した欧州連合軍の機転によって出口へと向かうことが出来ていた。

 

『S-11があって良かったな、ええ?』

 

「何を言ってる、滅茶苦茶だぞ!?」

 

爆破タイマーをたった数十秒に設定し、敵集団に放り込むことで纏めて撃破して道を作る。正気の沙汰では無いが、この密度のBETAを倒して先に進むには最も合理的な方法だ。

 

「欧州の奴ら、S-11を抱えて来た時は何かと思いましたが…」

 

「広間のBETAをまとめて吹っ飛ばしつつ合流するなんて」

 

欧州連合の部隊は大損害を負いつつも敵群を突破、こちらとの合流を果たしたのだ。大隊三つで108発のS-11があり、補給機の分を合わせれば数は更に増える。主縦坑と目標の破壊に使用した分は合わせて12発、数は十分だ。

 

「そろそろ地上との通信が復旧し…これは!」

 

「友軍の一部が突入口に突出、これであれば脱出可能です」

 

「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだよ、本当にな」

 

陽動部隊決死の攻撃により突入口付近のBETA密度が低下し、脱出が叶う。久しぶりの陽光に部隊が歓喜に沸く中、周囲の部隊は追撃を続けていた。

 

「地平線の先まで、BETAで地表が埋め尽くされてるぞ」

 

『逃げる奴らは俺達に任せろ、アンタらは早く負傷者を!』

 

「そうさせてもらう、すまない」

 

『いや待て、軌道爆撃?!』

 

機体同士で庇いあってギリギリ飛行している攻略部隊だったが、空を見上げると宇宙艦隊の識別番号が表示される。軌道爆撃は出し切った筈ではと思ったが、宇宙には社長殿が居るのを思い出した。

 

「どんな奥の手を見せてくれるんですかね」

 

「さぁな、間近で見れるBETAが羨ましいぜ」

 

宇宙艦隊から投下されたコンテナはAL弾ではなく、大量の榴弾を地面にばら撒いた。軌道爆撃に求められるのは作戦開始と同時に重金属雲を展開すること、このような面制圧を行う弾頭をしっかり用意していたとは何を想定していたのだろうか。

 

「社長殿は未来でも見えるのかねぇ」

 

「7割もの数を投入した大爆撃の後だってのに、この数の艦隊が」

 

「AL弾からの換装にも時間がかかる筈…魔法でしょうか?」

 

人類の一大反攻、海王星作戦は見事成功した。

撤退するBETAを追撃することで数十万体のBETAを殲滅することにもなり、記録的な大勝利となったが損害も大きかった。損害を受けた戦術機は三個連隊規模に及び、それ以外の通常戦力も損耗が激しい。

 

欧州は眼前の脅威を排除することに成功し、原作における破滅を回避した。本来であれば蹂躙される欧州は今日も明日も人類の住まう土地である、その平穏が人の手によって脅かされようとも。

 




次の戦闘描写はかなり後になりますが、先に頑張れテオドールさんとだけ言っておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話 勝利の後

大損害を被ったが人類の悲願であるハイヴ攻略を成し遂げた欧州戦線、その後は中々に大変な様子である。もぬけの殻となったハイヴの調査、防衛線の再構築、損傷した戦術機の修理と整備、減った弾薬の補填などなど…

 

「俺達にも何か出来れば良いんだが、欧州となるとそうもいかんな」

 

そう言うのは社長と秘書だが、いつもとは違い宇宙港へと来ている。

 

「政府は売却予定だった撃震を欧州に流すそうですよ、戦力の足しになるといいんですが」

 

秋津島開発はというと、全力稼働で疲弊したあかつきの立て直しに尽力していた。軌道上に貯蓄されていた弾薬と燃料は払底寸前であり、今後発生するであろうBETAの攻勢に備えるには些か貧弱だ。

 

「宇宙港に帰るのを待つのではなく、MMUを使って軌道上で換装するなんて」

 

「無茶な指示だったとは思ったが、やり遂げてくれたよ」

 

高速で地球を回る艦隊と相対速度を合わせ、MMUによるコンテナの載せ替えをやってのけたのだ。熟練の操縦者達が集結したことで成し得たことであり、本来であれば間に合わなかった。

 

「色々と問題が山積みですね、オスカー大隊の今後なども気になる所です」

 

「危機からは脱したしハイヴ攻略っていう希望も見出した、次に目を向けるべきはアジアだな」

 

中国の防衛線が綻んでいるというのは軍関係者にとって公然の事実であり、日本が前線となるのは時間の問題であるという見方すらある。欧州という人類の一大拠点を守り抜いたのであれば、次に中国戦線への派兵が行われるのは当たり前とも言える。

 

「超電磁砲の地上量産体制は着々と進みつつあります、90年までには必ず」

 

「疾風が前線に行き渡れば戦術は変わる、アレがあれば10年の猶予を得られると俺は思ってる」

 

「たった10年、ですか」

 

「知ってるだろ、BETAは学習するんだからさ」

 

新兵器と新戦術を次々と繰り出してBETAを圧倒し続けるしか手はない、オリジナルハイヴを破壊しない限りだが。

 

「して、他に報告は?」

 

「欧州連合と国連軍はF-16と隼改の採用を決定、役割や性能が被る機体ではありますが…」

 

「よっぽど戦術機が足りないんだろう、ぶっ壊れた旧式を直して維持するより良いと考えたか?」

 

隼が積み上げた実績は隼改の販売にも影響を及ぼしており、採用国は今も増えている。特に整備費の嵩むA-10を副腕搭載型の隼改で代替しようという動きがあり、欧州は今後の防衛戦の備えを進めている。

 

「生産を打ち切る予定だった隼の製造ラインも当分止められなさそうです、自動工場は暫く続投ですね」

 

「被害を受けた戦術機は合計で3個連隊くらいだったっけか、それって何機なんだ?」

 

「324機ですね、恐ろしいですよ」

 

「それをF-16と隼改で補い、旧隼も投入して数合わせか」

 

「機甲部隊の被害も大きいです、無人車輌についても問い合わせが止まりませんよ」

 

AI用の外骨格が投入されたことで撃破された兵器からの救出率は飛躍的に向上し、それは衛士のみならず他の兵士の生存率底上げにも貢献していた。それでもやはり死傷者は多く、無人兵器の戦線投入は渇望されて来た。

 

「遂に完成した無人兵器ですからね、どうにか行き渡らせたいんですが」

 

「国内三社は隼改やらなんやらのお陰で回せる手が少ない、国内生産分が精々だ」

 

「つまりはライセンス生産になると?」

 

「欧州の工業地帯はBETAの魔の手から救われたんだ、それくらい頑張って貰おうぜ」

 

無人車輌は操縦席をAIユニットに置き換えたのみであり、車体に差異はない。そのため帝国軍の次期主力装輪戦車を完成と同時に他国へと渡すことになり、国内からの反発があるのは間違いない。

 

「戦術機は対BETA用の兵器ですが、戦車ともなれば話は違うのでは」

 

「そうなんだよな、模擬戦で74式に勝っちまったし」

 

そう、現在の主力戦車に対BETA用に作られたはずの多脚戦車は勝ってしまったのだ。何故なら重金属雲の中であろうと敵を捕捉するセンサとAI、それに全力走行時でも砲弾を命中させる火器管制装置があるためだ。

 

「だがまあ欧州とは蜜月だ、国連の軌道艦隊にも納入したことだしどうにか認めてもらうしかないな」

 

「東側には提供しないのが落とし所ですかね」

 

「その東側の被害も甚大だぞ、せめて旧式化した旧隼くらいは送ってやりたいが」

 

「ソ連に直接ってのは許されませんからねぇ、難しいところです」

 

だが政治はあまり自分達が踏み込んでいい領域ではない、知り合いにそれとなくお願いする程度にしておこう。

 

「他の報告は?」

 

確か琵琶湖の浚渫工事やら東京湾の埋め立てやらである新商品が活躍しているのだ、最後はいい報告を聞いて終わりにしたい。

 

「1G環境下で動作可能なMMUの一般販売が存外にも好調なことと、東ドイツへの戦術機提供と、米国からのムアコック・レヒテ機関の提供と…」

 

「待て待て待て」

 

一大作戦が終わったからだろうか、一気に仕事が舞い込んだ。宇宙開発部門も色々と開発を進めていたりと嬉しいニュースもあるが、ロケットの視察は後回しになってしまいそうだ。

 

「…もしかして、これから結構大変?」

 

「御明察、お嫁さんとイチャつくなら今日しかないですね」

 

「畜生!」

 

最近は若い嫁さんを貰ったということで話題になったが、相手が武家のお嬢様だということを知ると皆が察して茶化すのをやめた。社長も大変ですねと社員に気を使われるのは気まずいし、政略結婚だったとはいえ自分には勿体無い女性なので…

 

「もうここまで行ったから言いますけどね、サッサと後継者を作ってくださいよ!」

 

「うるせーッ!余計なお世話だァ!」

 

「そろそろ仮眠室に二人を放り込んで外から鍵を閉めますよ?」

 

「それはやめろ、駄目だからな…駄目だからな!」

 

しかしそれは自分が寝ている間に運び込まれてしまったことで現実となり、どれだけ捻っても開かないドアノブには"ヤらないと出られない部屋"と書かれた看板が吊るされていて…。

その後はご想像にお任せするが、この世界で守り抜いて来た五十何年の童貞は宇宙で無惨に散ったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十五話 666中隊宛ての贈り物

「総員傾注、我々の本国帰還は遅れることになった」

 

簡素なブリーフィングルームに集められたのは東ドイツの最精鋭、666中隊の面々だ。ワルシャワ条約機構軍の一員として海王星作戦に参加、母艦級撃破やハイヴ攻略戦における陽動などで力を示した部隊だ。

 

「詳しくは私からご説明致します、秋津島開発の南です」

 

見慣れないオレンジ色の制服に身を包んだ彼は西側の戦術機開発を担う大企業の社員であり、苦難多き欧州に派遣されて来た若きエリートでもある。

 

「海王星作戦の成功により西と東の距離は縮まりつつあり、国連軍を介して戦術機運用に関しても様々な働きかけが行われております」

 

ハイヴ攻略成功というのは両陣営にとってこの上ないプロパガンダであり、戦意高揚に一役買っていた。これを機に東ドイツは西側との協力体制の確立を段階的に進める考えをヨーロッパに打診し、様々な取り決めの成就に動きつつある。

 

「その一環として少数ではありますが西側装備の提供が決定、666中隊の皆様方に試験をお願い致します」

 

各国が新型機を配備し始める中で東ドイツ最強の戦術機部隊が第一世代のままでは格好がつかないというのもあるが、この采配には軍内部の思惑も絡んでいるのは確かだった。

 

「提供される戦術機は隼の最新ロットが4機に予備部品が追加で4機分、新型突撃砲が24門、長刀が12振り、弾倉が150個です」

 

道理で国連軍から借りている格納庫横の滑走路がコンテナで埋まっている筈だ、今頃搬入作業で大忙しだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「隼というと、オスカー中隊の機体か」

 

「そうですね。装甲配置を限定し重心や軽量化に気を配った機体、皆さんのMiG-21バラライカとはある意味似た特性を持つ機体と言えるかもしれません」

 

そう言うが完全に旧式化したバラライカと比べて、同年代の機体ということを全く感じさせない性能を有するのは間違いない。それはオスカー中隊と共に戦って来た666中隊の衛士達だからこそ理解出来たことだ。

 

「またハイヴ突入用の装備を転用したものになりますが爆発反応装甲が8組、光線級との戦闘が多いとお聞きしましたので面制圧用の多弾頭誘導弾も12セット用意してあります」

 

隊長であるアイリスディーナが更に追加で提供予定の装備リストを見ると、本国からの補給が霞んで見える量が記載されている。この一週間前にも目を通した筈だが、何度見ても量がおかしい。

 

「補給機は6機の提供になります、専用のコンテナは12個用意致しました」

 

「…格納庫に入るか?」

 

「空きがあるんでなんとか、元からそう多いわけじゃあない」

 

隊長にそう聞かれた整備班長はそう答える。

彼らは最強の中隊でありながら充足率は高くなく、運用もギリギリだ。そうでありながらも結果を出し続けているのは、一重に隊長が持つ統率能力の高さにあった。

 

「戦術機に関しては申し訳ありません、本来であれば中隊定数の倍である24機を提供するのが筋なんですが…」

 

「あ、ああ」

 

「欧州戦線で戦術機の稼働率が低下している現在、4機が限界でして」

 

それでも一線級の戦術機を急に決まった話であるのに4機も調達してくるコイツらがおかしいのだ、感覚が狂うが西側が全てこうな訳ではない。

 

「すまない。4機と言うが、機体は2機しか見えないのだが」

 

「滑走路の使用許可を頂く際、備考欄に書いておいた筈ですが…」

 

そう言えば降下物ありと記入されていた、航空機からの輸送ということだろうかと思った記憶がある。

 

「本国、いえ日本帝国からの放出品になりますので陸路では間に合わず」

 

「まさか」

 

「軌道降下による輸送となりました、今日の便であればあと数分かと」

 

補給機も本国からなんですよねと彼は言うが、自前の軌道船団を持つ企業は格が違った。見られますかと言う彼に部隊は続き、基地の屋上へと上がる。

 

「降下部隊であれば跳躍ユニットでの減速を行うのですが、あくまで輸送ですのでパラシュートと併用しての降下になります」

 

「撃ち落とされないのか?」

 

「落下地点がBETA支配地域でなければ問題ないようです、何故かは不明ですが」

 

滑走路の端に着地した二機はその場でしゃがみ、コックピットを開けると待機していた秋津島開発の人員が乗り込んだ。着地までの動作は無人で行われ、万が一にもBETAに撃墜されないよう工夫されているらしい。

 

「管制ユニットは以前供与したものを提供すると言う形になります、ソフトの方は最新版に書き換えておきますので」

 

「凄い話だ、社長殿は随分と我々を買ってくれているようだな」

 

「突入したオスカー大隊の救援へ真っ先に向かってくれたのは666中隊だと聞いています、西の戦術機部隊も口説いて連れて行ったとも」

 

我々は恩や縁を忘れないようにしたいのですよと社員は言い、懐から更に新たな資料を取り出した。

 

「戦術機に搭載するAI用無人外骨格の詳細です、これは隼と違い配備が始まったばかりの最新技術なんですが…役に立つ筈です」

 

「感謝する、社長殿にもよろしく伝えてくれ」

 

「ええ、ご武運の長久を願っています!」

 

666中隊が西側の兵器を使用するのは融和をアピールしつつ戦力になる新型戦術機を手に入れ、軍部が幅を効かせる諜報組織に対して睨みを効かせたいという思惑があった。

そんな危険な状態を案じてか、秋津島開発は対人戦にも転用出来る兵器を渡したのだろうか。

 

「オスカー中隊の連中、俺たちの事を良いように報告してくれたみたいだな」

 

そう言うのは赤髪の部隊員であり、近接格闘戦に覚えがある衛士だった。そう言う彼を隊長は膝で小突いて、ありのままに違いないと小さく言った。

 

「さて…我々は西側の戦術機を一刻も早く乗りこなし、後々行われる大規模な機体提供の際には教導隊として働かねばならない」

 

彼らが本来辿るであろう道からは既に大きく外れていたが、何処に終着するかは分からない。願わくば彼らに死が訪れぬよう、ただ祈るのみである。




隼の挿絵を貼っておきます。

隼(描き直したい)

【挿絵表示】


爆発反応装甲装備型

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1987年〜
第五十六話 欧州戦術機開発計画


大損害を受けて稼働可能な戦術機を掻き集めている欧州戦線だが、その裏では次期主力機の設計に着手していた。隼改をベースにするということで、秋津島開発も帝国からの後押しで全面協力の体制を整えていた。

 

「各国で開発が進む第三世代戦術機への足がかり、隼改は良い練習台ってところですかね」

 

「隼改は第二世代機相当の戦術機だが単体で尖っているところは無いしな、拡張装備前提の機体構成だから突き詰める余地は多い」

 

「欲しい性能を伸ばしやすいと言う訳ですか」

 

欧州戦線は一時の危機を脱したとは言え未だユーラシア大陸は多くのハイヴを抱えており、BETAの大規模進行は依然として続くだろう。

 

「欧州は疾風の導入を決定していることは前に言ったよな、確か先行量産機が既に現地入りしてるとも聞いたか」

 

「ええ。超電磁砲は僅か3機のみの提供となりましたが、陽動部隊はそれにて数万のBETAを撃破する大戦果を挙げたそうですね」

 

「つまり将来的には中隊支援砲と合わせて充分な砲撃戦能力を確保出来る、ならば次期主力機が重視するべきなのは前衛として後衛を守れる機体となったそうだ」

 

ハイヴに突入した疾風が装備していたスーパーカーボン製のブレードを機体に装備することで格闘戦能力を持たせ、更には重量の嵩む爆発反応装甲以外での戦車級排除能力にも力を入れたいようだ。

 

「機体から飛び出るような大きさのブレードって、操作に支障が出ませんか?」

 

「そこは干渉しないようにハードとソフト双方で工夫が必要だが、それを使って帝国軍と同じく空力制御を試したいらしい」

 

「ブレードの搭載で減った航続距離を空力の利用で軽減すると」

 

「そう言う訳だ、まあ実験的な所が大きいだろうがな」

 

機体に直接搭載する刃はブレードベーンなどと呼ばれ、ソ連を中心に研究が進められている装備である。既存の短刀に比べ、ナイフシースを展開して手に装備するという手間が必要無いのが強みだ。ブレードが付いている箇所で思い切りぶった斬ればいい、シンプルかつ強力だ。

 

「ですがブレードベーンの搭載は整備性の悪化を招きますよ、機体の上で足を滑らした整備士が真っ二つになりますし」

 

「そうなんだよな、固定部にかかる応力がハンパじゃないから整備は特に気を使うことになる」

 

「長い物は折れたらすっ飛びますし、味方に刺されば大惨事ですよ」

 

しかしそうメリットばかりあるものではなく、無論デメリットも大きい。それに四肢を使って攻撃すると言うことは武器を使って攻撃するよりも損傷を受けるリスクが大きいため、かえって被害を増やしてしまう可能性も危惧されている。

 

「多用した場合、主力量産機にするには少々クセが大き過ぎるかと」

 

「それはそうなんだが、ブレードを装備した機体が強力なのは確かなんだよな…」

 

原作におけるブレード搭載機と言えば、武御雷と呼ばれる第三世代機が有名だろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

帝国斯衛軍に採用された高コスト機だが、その特徴は全身に搭載されたスーパーカーボン製の刃である。なんなら素手でも戦術機の正面装甲を貫通可能という恐ろしい性能を持つブレードお化けだ。

 

「それは一体何故なんです?」

 

「そりゃお前、全身凶器ならハイヴやら敵陣やらで発生する密集戦闘で最強に決まってるだろ」

 

それに爆発反応装甲にも言えることだが機体に取り付いたBETAを排除可能で、突発的な近接戦にも容易に対応出来るというのは衛士の心理的な負担を大きく軽減する。ハイヴ突入部隊にブレードの有無を聞けば、即座にありだと答えるはずだ。

 

「なんて極端な」

 

「違うね、真理さ」

 

まあ言い合っていても始まらない、大きなデメリットをどうにか軽減する策を講じなければならないだろう。

 

「ブレードの件はひとまずこんなものにしよう、んで他の要求はこれか」

 

「航続距離の増加と低燃費化ですね、ハイヴ突入部隊が燃料切れになる寸前だったという話があったからでしょうか」

 

「ハイヴ内で頻発する近接戦は負担が大きいからな、ただ飛ぶよりよっぽど燃料を食う」

 

今後のハイヴ攻略戦も見据えた要求なのだろう、足の長い戦術機は確かに必要とされている。現在運用されている戦術機は高い性能を持つものの航続距離が短く、長躯侵攻能力は低いのだ。

 

「隼改はF-16に機動力で劣るものの設計余剰と燃料搭載量共に勝っています、母体に選ばれたのも分かるというものですね」

 

「脚部フレームの延長とそれに伴う燃料タンクの拡張ってのが落とし所か、跳躍ユニットも手を入れた方が良いか?」

 

「隼改で使用されているエンジンの燃費は特別良い訳ではなく、追加装備の重量増加に耐えるためオーバースペック気味ですしね」

 

一定の出力を超えると燃費が一気に悪化するという悪癖があり、寿命も削るため通常ではリミッターを設けて対策している。そこまでの推力が必要とされることは殆どなく、急な加速が必要な際は複合エンジンの利点を活かしロケットが使用されるため死んでいる特性なのだ。

 

「何故あそこまでの推力を持たせたんです?」

 

「将来的な戦術機の重武装化に耐えうる跳躍ユニットの製造ノウハウを積むためだが…」

 

近接戦しかり、ハイヴ攻略戦しかり、光線級吶喊しかりと戦術機の限界が試される状況というのは非常に多い。多用は厳禁だが、そこはAIが上手く調整してくれるだろう。

 

「改良が進めば良いエンジンになるし、燃費や寿命を削っても全力を出さなきゃいけない一瞬はあるものだからな」

 

「なるほど」

 

「だが今回求められるのは長いこと前線を張れる戦術機だ、跳躍ユニットの変更もしっかり検討しようか」

 

恐らくは欧州のメーカーが開発した小型軽量なエンジンを搭載したいという思惑もあるのだろう、エンジンが軽くなれば跳躍ユニットも動かし易くなり機動性は向上するため理に適っている。

 

「帝国軍では文句を言われない項目でしたからね、やっぱり大陸は大きいです」

 

「何かしら別のアプローチで戦術機の燃料を節約出来れば良いんだがな、前線までトレーラーに乗せて運ぶ訳にもいかんし…」




戦術機は早くも第三世代への道を歩み始めるようです。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話 バビロン計画

日本帝国が急ピッチで進める国土防衛整備計画の一環として盛り込まれていたのは、琵琶湖運河の浚渫工事である。帝国軍の主力艦隊群が通行可能な大動脈を作り上げるこの計画は、ある企業の助力によって加速していた。

 

「圧巻圧巻、こりゃ凄いな」

 

オレンジ色の制服といつもの人物、秋津島開発の社長と秘書である。彼らこそ今回の計画をより大規模に、より迅速に達成可能にした立役者だ。

 

「1G環境下に対応したMMUの投入による大幅な工期短縮、性能はマスドライバー建設で示されてはいましたからね」

 

秋津島開発が前々から独自に運用していた人型作業機械は何度かの再設計や世代交代を経て、遂に他企業での運用が始まった。専用の装備が必要ではあるものの、13mの巨人がせっせと地面を掘り返す速度は尋常ではない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「今一番売れてる補給機を流用してるからな、跳躍ユニットも外して安全性を担保しつつ価格は大幅ダウンだ」

 

「…既存の重機と比べて高いのは間違いありませんがね」

 

「性能は段違いだぜ、AIの補助もあるからあっという間に熟練操縦員になれるしな」

 

作業員を何ダースも集めて行うような作業も、彼らに任せればあっという間だ。大雑把な作業から繊細な作業までなんでもござれな彼らは土木工事の新戦力として参入し、その圧倒的な費用対効果で工期を短縮させていた。

 

「この浚渫工事以外には東京で多数が作業に従事しているようで、ここまで売れるのは予想外でしたけど」

 

「試験的に導入したら思ったより働いちゃったらしいからな、これからはこき使われるぞアイツは」

 

「彼もそうなりますか、秋津島製の宿命ですかねぇ」

 

戦術機のために整備される国中のインフラだが、その恩恵はこのMMUも受けられるのが肝だ。本来であれば輸送や整備が難しい機体が余裕を持って通行可能な道路が作られれば、将来的により多くの活躍が見込めるのは当たり前の話であった。

 

「して、東京の土木工事というのは」

 

「BETAの大陸改造によって将来的な災害の甚大化が予想される、と言う話は聞いたことあるか?」

 

「ええ、環境破壊やら温暖化やらと話題には事欠きませんね」

 

「だから東京湾を滅茶苦茶デカい堤防で囲んで、その中も埋め立てて災害対策と人口の集中による用地問題を一挙に解決するってわけだ」

 

国土防衛の名の下に区画整理や水害対策用の地下施設を一気に整備する腹積りらしく、有無を言わさぬ速度で計画は進行中だ。高層建造物や地下施設を多用した更なる人口増加に耐えうる許容量の確保、東京を守るための軍事施設の増強など政府の思惑は多岐に渡るだろう。

 

「マスコミが黙って見てるとは思えませんが、高速道路網の建設でも色々と煩いのが現状では?」

 

それに帝都である京都ではなく東京をここまでの資金をかけて整備するのだ、市民以外からの反発もあるだろう。それを実験的な土木工事と名目を用意して承認させ、拡張がなされた暁には首都機能を即時移転可能な設備と避難民を大量に受け入れ可能な居住地を持つ要塞都市へと姿を変える。

 

「有事への備えは確かに必要ですが、ここまで大規模なものとなると…」

 

「何のために衛星通信網を整備して配信業を始めたと思ってる、今や国民が最も視聴してるのは秋津島の放送だぜ」

 

全く新しい事業形態でもって報道業界に参入した秋津島開発だったが、最初はあくまで自社のニュースに絞った報道しか行わなかったために競合他社とはなり得なかった。

しかしそれは我々の策略なのである。

 

「半導体事業でトップを走る我々が作り上げた個人用端末はいつでもどこでも衛星を通じてサービスを受けられる、映画も小説も報道も定額で楽しめるようになった俺たちは誰にも止められん!」

 

個人用端末の普及が進んだ頃を見計らって報道サービスを展開、他の報道では語られない或いは語れない内容を政府のお墨付きで報道出来るのは他にはない強みだ。

 

「…うっわぁ、政府と仲良くて助かりましたね」

 

BETAの危険性について最前線で取材を行うという身の危険と隣り合わせの報道番組も不定期で更新されており、モザイクで隠されたBETAの死骸をバックに血塗れの戦術機を放送した回は伝説となった。

 

「うん、話通してなかったら絶対に潰されてた」

 

しかしまあ皺寄せが来るのは当たり前で、端末とMMUという新製品の量産を抱え込んだ秋津島開発はまたもやキャパオーバーである。

 

「やっちまったよな、また」

 

「社員が増えたのにこのザマとは、抱え込み過ぎましたね」

 

「どれも手が抜けない、後回しに出来ないってのが辛い」

 

過去最大級の土木工事が行われる東京ではMMUの集中投入によってその工期を短縮しており、秋津島開発の用意した生産ラインが悲鳴を上げるほどの大量需要を発生させているため手が離せない。

 

「…やっぱり量産には向かねえな!俺らは!」

 

「する暇がないですからね、補給機の方も需要を満たせているとは思えませんし」

 

またもや利権の塊を放り投げられ量産しろと言われた国内三社や他国企業は嬉しい悲鳴を上げることになるのだが、秋津島開発の発明品で瞬く間に需要が生まれていく様は後に秋津島特需と呼ばれることになる。

 

「この工事が成功すれば各国の用地問題を少しだけ解決出来るようになるが、これまた環境問題と隣り合わせなんだよな」

 

「劣化ウラン弾をばら撒いてる時点で環境もクソもないでしょうに」

 

「当事者以外が五月蝿いんだよ、意外とな」

 

俺たちはMMUを作るだけで実際に工事には携わらないんだがなと社長は笑うが、既に秋津島開発宛の郵便物には環境活動家からの有難いお手紙が混ざるようになっていた。

 

「海の向こうにはBETAが居るってのに、お気楽なもんで」

 

「妨害工作の一貫かもしれませんね、調べてもらいましょうか」

 

「そうしてくれ、確認する社員が気の毒だよ」

 

確かに環境への負荷はあるんだがなと秘書に言い、社長は計画の資料を渡した。その紙の束には東京湾の埋め立てについて纏められており、話にあった計画のものであることが分かる。

 

「計画の名前はバビロン・プロジェクト、まあ壮大な名前だよな」

 

「バビロンというと古代メソポタミアの…何故それが?」

 

「上申したら通った、前世では有名でね」

 

「またまた、最近はそういうのに凝ってるんですか?」

 

この突拍子もない計画は会議中に社長が溢した与太話が元になっていると言われるが、真偽は定かではない。しかしこの時期を皮切りに、秋津島開発はより多くの分野に手を伸ばしていくことになるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話 G元素利用兵器

慌ただしい作業員たちの声が聞こえるここは、秋津島開発が軍から借りた射撃場の一角だ。

 

「冷媒流出!流路破断!」

 

「主電源切れェ、パイプも元栓締めて停止かけろ」

 

「分かりました、緊急停止手順を実行します」

 

目の前で凍りついてしまったのは試作品の荷電粒子砲であり、あまりの反動に冷媒である液体窒素が漏れ出たのだ。だが発射自体は成功し、標的である射撃場近くの山にはクレーターが出来ていた。

 

「やっぱり反動はどうしようもないか」

 

そう言うのは試射を見に来ていた社長と秘書だ。

 

「ですが撃てるものが出来たのは万々歳ですよ、秘密兵器の主砲が完成しつつあるってことですから」

 

「それはそうだがな…」

 

毎回毎回撃つたびにぶっ壊れる大砲など主砲として運用出来ない、固定砲台がいいとこだ。以前から開発を進めている秘密兵器、空中機動要塞で運用するつもりなのだが課題は多い。

 

「大型の200mm超電磁砲も未だ試作段階、それに肝心の主機もないんじゃあお手上げだよな」

 

「ですねぇ、米国からの動力炉提供は今週でしたっけ?」

 

「…G弾が完成しちまうからな、用済みになっちまったってことだ」

 

米国で進められていたBETA由来のG元素利用型の新兵器、それは技術的なハードルの高さとG弾という別種の兵器が出現したことによって未完のまま終わることになる。

 

「そのG元素がなんでもありなのは分かりましたけど、そのG弾とは?」

 

「そこら辺を説明するのは難しくてな、まあ順を追って解説するか」

 

彼は個人用の端末を取り出し、その液晶に資料を表示させて秘書へと見せた。

 

「米国が独占するG元素のうちグレイ11ってヤツは抗重力反応を持つ物質で、それをムアコック・レヒテ理論ってヤツで動かすと重力制御装置になる」

 

「話の内容がフワッフワなんですけど、詳しい原理とかは…?」

 

「そのML理論を提唱した人間ですら知らんよ。元素の構造もよく分かってないらしいし、重力制御もやり方が分かっただけで何故そうなるのかは不明だ」

 

「は、はぁ!?」

 

そう、詳しいことは何も分からないまま使い方だけ覚えてしまったのだ。

 

「ML機関は現状レーザーを無効化出来る唯一の方法、航空機動要塞なんていう陸上戦艦を人の手で作り上げられる希望の光だった」

 

HI-MAERF計画で製造されたそれは、確かに人類を勝利に導けるポテンシャルを十二分に秘めていた。

 

「自らを浮かせ、光線級をものともせず、ハイヴとBETAを薙ぎ払う…筈だったんだが」

 

「例の問題ですね」

 

「ああ、ML機関の制御が出来なかったんだ」

 

戦闘の際に行われるであろう機動を試してみたところ、コックピット内に重力偏差が発生しテストパイロット12名全員が死亡した。その重力偏差を抑えることが出来れば兵器として運用可能だが、それを可能とする演算処理能力を持つコンピュータなどこの世に存在しなかったのだ。

 

「戦闘機動どころか通常機動でさえ安全性が担保出来ない欠陥品が完成し、ここ最近は計画が停滞していた」

 

「成る程」

 

「だがまあ問題はここからで、そのML機関の臨界制御を行わずに放置するとグレイ11がなくなるまで球状の力場、ラザフォード場が拡大し続ける」

 

ラザフォード場に触れれば最後、パイロット12名を殺傷した重力偏差が襲いかかり分子レベルでバラバラに引き裂かれて死ぬことになる。

 

「ぶ、分子レベルで?!」

 

「だもんでまあ、障害物だとか装甲だとかは全く通じない」

 

効果範囲内に居れば生身だろうと戦術機だろうと皆同じ末路を辿ることになる、防御不可能な五次元効果爆弾とはよく言ったものだ。

 

「この効果に着目し、グレイ11をML機関としてではなく最初から無敵の爆弾として作り上げたのがG弾ってわけ」

 

「無敵って、その臨界が起こされる前に迎撃してしまえば…」

 

「減速剤を使って爆発するギリギリで留めると、レーザーも捻じ曲げるラザフォード場を形成出来るから迎撃不可能だぞ」

 

「は?」

 

「迎撃しようと近づいたミサイルは分子レベルで分解されちまう、放たれた時点で避難しかやることが無くなるんだよな」

 

おかしい、対BETA兵器を作っていた筈なのに対人類を考えると最強の爆弾が出来上がってしまったぞ。

 

「で、でもこの爆弾があればハイヴ攻略は!」

 

「効果範囲内にクソデカクレーターが出来るし、重力異常が発生するし、動植物が育たなくなって核並みかそれ以上にタチ悪いぞ」

 

複数のG弾を同時に使うとより被害が甚大になると言うオマケ付きだ。

 

「人類の国土を取り返すために使う兵器としては不適合ってわけだな、まあただ単にBETAを殲滅するだけなら使えるかもしれんが」

 

「そうなれば地球は不毛の大地になる、と」

 

「そゆこと、やっぱり秘密兵器を完成させてハイヴを攻略するしか道はないってわけだ」

 

前途多難だなあと項垂れる二人だったが、秘書はふと気になって現在公開されている資料を確認した。不思議そうにそれを見る社長に向き直り、不思議に思いたいのはこっちの方だと言わんばかりに口を開いた。

 

「ML機関についての資料にはそんな記載ないですけど、どうやって起爆実験を行ったことすらない新兵器のことをそこまで?」

 

「やべぇっていうタレコミが米国研究者からあってさ、黒塗りにされてた資料の原本くれたのよ」

 

それだけでは根拠にはならないが、それを事実に変えることが出来る鍵がその米国から送られてくるのだ。

 

「ML機関が届けばそれも立証出来るしな、起爆実験の前に危険性を指摘してやるさ」

 

そう笑う社長だったが、突然呼び出し音が鳴った携帯端末を見て二人は青ざめた。血相を変えて緊急連絡を受けた彼らは衛星軌道と通信を行うため、最寄りの施設へと走る。

 

「良いニュースと悪いニュースが…」

 

「簡潔にお願いします」

 

震える手で端末をポケットにしまい、秘書の方を向く。

 

「ML機関を乗せたHSSTが暴走した、このままだと種子島に落ちる」

 

「嘘でしょう!?」

 

「現実だ、恐らく偶然でもない!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話 工作と対抗策

次話はちょっと遅れます


「米国が秋津島開発に提供予定の軍事機密コンテナを載せたHSSTが暴走、現在予定軌道を外れて航行中だ」

 

あかつきの警備部隊が集められたのは未曾有の緊急事態によるもので、彼らは宇宙船を拿捕する能力を持つ精鋭だ。

 

「このままでは本来降下予定だった滑走路から大きく逸脱し、種子島の電磁カタパルト群に被害が出る可能性がある」

 

「ミサイルによる迎撃は?」

 

「…その迎撃が不可能になる可能性がある、今回の件は他言無用だ」

 

『よし繋がった、手短に話そうか!』

 

目の前のモニターに表示されたのは秋津島開発の社長、自分達の雇い主だ。事前に有識者からの説明があると聞かされていたが、まさかトップが出てくるとは彼らも思わなかった。

 

『この際だから全て話すが、アレは米国が開発した重力制御機関だ』

 

「重力?」

 

『画期的な技術だが、今回のように稼働状態で人の手を離れた場合…ざっくり言うと効果範囲の物全てが消し飛ぶ』

 

本当に危険だと社長は言い、そのままガラガラと音を立てながら用意していたであろうホワイトボードが引っ張り出されてくる。

 

『だが今は事前に用意されていた緊急時用の減速剤が使用されているためさっき言ったような現象は起こらない、だが問題はその減速剤が残りわずかなことだ』

 

「…マジかよ」

 

『暴走した場合全ての物を消し飛ばしながら落下するため既存の方法では迎撃不可能だ、落下すれば種子島に第二の琵琶湖が出来る』

 

そうなれば日本が持つ宇宙への影響力は大きく減少し、あかつきを維持するために送られている物資の半分以上を打ち出す設備の復旧には大きな時間が必要になるだろう。

 

「つまり減速剤を追加でブチ込む、というわけですか?」

 

『その通りだ、幸い実験用に用意していた減速剤があるんでソイツを投入してもらう』

 

「…その、どうやって?」

 

『提供予定だったML機関については資料がある、図面通りであれば外部から注入可能な緊急時用の注入口を使う』

 

しかし問題となるのはその注入口が使えるか否か、ML機関がどのような向きで格納されているのか不明なのだ。

 

『まあ中核となるグレイ11に到達すればいい、幸い構造は分かったんで最悪の場合には注射針みたくブチ込む』

 

既にあかつきの3Dプリンタが注射針を完成させ、彼らの機体に搭載していた。相当な博打だが、やらなければ彼らの家である宇宙港が危ない。

 

『特殊規格のコンテナに詰め込まれてるんで、MMUで作業するには外殻を引っ剥がす必要がある』

 

「…加速させ、地上に落とさず宇宙で起爆させると言う手は?」

 

『それも考えたんだが、爆発後に重力異常が残るっぽいんだよな』

 

ML機関についての資料をパラパラとめくる社長だが、カメラに向けられたページは殆どが黒く塗り潰してあった。

 

『調べてみたら真っ黒さ、重力異常が発生すれば軌道上の物体全てに影響が出る』

 

最悪の場合ルートを外れた衛星同士が衝突しデブリが指数関数的に増加、衛星軌道上の施設は全て穴あきチーズと化す。

 

「そんなことが現実に起こりうるのですか」

 

『起こる、これは最悪の想定だがな』

 

「で、では加速させて地球から遠ざければ!」

 

『それやるとML機関が加速に耐えられん、アイツら固定を滅茶苦茶緩くやりやがったんでコンテナの中を爆弾が転がって勝手に壊れる可能性がある』

 

担当者の一人が明らかにおかしいHSSTの整備要項を見て、怖くなったのか社員の一人に連絡があったそうだ。

 

「…米国の担当者は何を考えてこんなことを!?」

 

『多分だが種子島の発射基地を破壊することで、予定している落着ユニットの拿捕をなんとしても失敗させたいんだろう』

 

G元素を利用した兵器は既存の兵器に対して一方的に有利だ。

G弾は恐らくG弾でしか迎撃出来ないため、それを唯一保有する米国がどの国の首都も一瞬でクレーターに出来る状況が近いうちに訪れるだろう。

 

『G弾とML機関の動作原理はおおよそ同じだ、例えるなら原子爆弾と原子力発電の関係に近い』

 

「…まさか」

 

『ML機関の勉強をしてる秋津島開発がG元素を手に入れるのは、彼らの国防上見過ごせないってわけだ』

 

ML機関を作れるなら原理が同じG弾を作れてしまう、米国が危惧するのはそれだろう。社長の脳裏には少し先の未来でG弾ドクトリンやオルタネイティヴ5を推進する者達の姿が浮かんだが、流石にそこまで話すわけにはいかない。

 

『こんなことで港を壊されてたまるか、通信はこのまま繋いでおくのでML機関について何かあれば手助けが出来ると思う』

 

「社長殿はML機関の構造を熟知されておられる、その手を存分に借りさせて頂くぞ」

 

機体と船の準備が終わった彼らはブリーフィングを終え、格納庫へと向かう。秋津島警備と書かれた巡洋艦に固定された機体には社長が言っていた減速剤が装備されており、いかにも急増と言った雰囲気だ。

 

「推力が最も高いダンデライオンが強襲装備で目標に接触、彗星改は援護だ」

 

ダンデライオンと呼ばれたそれは既存の戦術機とは異なる外見をしていたが、フレームは確かにF-14のものだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼らを乗せた船は宇宙港を出港し、母国と勤務先を守るための戦いが始まる。

それは壮大な船出だったが、音を伝えるものがない宇宙はやけに静かだった。




原型が無くなりつつあるF-14君です。

【挿絵表示】

社長が考案する装備が宇宙へと赴任してきた橋本未来(ミラ・ブリッジズ)氏の協力により完成し、搭載された姿。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十話 思惑と暴走と

「宇宙港とは話がついた、種子島の避難を急がせろ」

 

「世界最大の打ち上げ基地が!全12レーンの電磁カタパルトがァ!」

 

秋津島開発が作り上げたマスドライバー群は連日の打ち上げ作業を全て停止、電力も冷媒も供給を止められた巨大構造物からは大量の作業員達が逃げ出していた。

 

「言っても仕方ねぇだろ、また作りゃ良いんだあんなもん」

 

衛星軌道上との通信を終えた社長は指揮に戻り、種子島に住む全ての人々に避難を呼びかけた。ことの重大さを知った政府も協力してくれており、落下する確率の高い地域は既に無人になっている。

 

「で、米国の奴らはなんて?」

 

「それが向こうも混乱しているようでして、最高位の外交官すら知らぬ事態のようです」

 

ML機関が暴走するのはあり得ない、貴重なG元素が搭載されたまま輸送されるなど何かの間違いだと主張していた。

 

「嘘とは思えない騒ぎだ、米国の本意ではないって証左かねぇ」

 

「ごく一部の暴走だとお思いですか」

 

原作でもHSSTを用いた破壊工作は行われていたが、あれは人類の今後を左右する計画の対立によるものだ。今回のような前触れも何もない行動など、あまりにも不自然が過ぎる。

 

「ああ、彼らが後先を考えない策など練らんよ」

 

「解せませんね、どうにも読めない」

 

未来で妨害工作や過激な行為を行う第五計画派やG弾推進派はまだ存在しない、つまりは一つに纏まる前の勢力が事を起こしたということだろうか。

 

「アンチ秋津島開発を掲げる勢力は少なくありませんが、どれもここまでのテロを起こせるほど大規模ではありませんよ?」

 

「HSSTとML機関を用意したのは紛れもない事実だぞ、計算が合わん」

 

「待ってください、なら我々は何処かで思い違いをしているのでは」

 

何か見落としているのだろうか、それとも何かに騙され…

 

「もしかして、少し前から俺達は騙されてるのか」

 

「…と言いますと?」

 

「不自然だろ、ここまで国家機密が善意の協力者によって持ち込まれるなんて」

 

未曾有の危機に繋がる情報だからこそ信じていたが、ML機関の資料とHSSTの固定不良の報告とは引っかかる。今後の行動に影響が大きく出るものであり、どちらもタイミングが良過ぎた。

 

「護衛さん達でも洗い切れない凄腕内通者が居るのか、それとも上もグルで見逃されてるのか」

 

「それは…無いとは言い切れませんが」

 

「なんでか秋津島脅威論を唱える政治家も増えたよな、これも最近の話だ」

 

秋津島放送が覇権を握り始めたタイミングと合致する、何か急速な水面下での動きがある気がする。しかしどれも確固たる証拠などない、下手な推理ごっこのようなものだ。

 

「…本当にML機関内にグレイ11、G元素が残っていなかったとしたら?」

 

「資源探索衛星によってG元素の存在は確認されています、だからこそ暴走している危険性を」

 

「違うんだよ、ギリギリこちらが探知可能な量が残留していたらどうする」

 

つまり判断を下すまでがご丁寧に誘導されていて、我々は何者かの思惑通りに動いているのではないか…という話だ。検知可能なギリギリの数となれば、反応が始まったとしてもすぐに燃料切れで止まるだろう。

 

「種子島を吹っ飛ばす以外に、やりたいことがあるのかもしれない」

 

「ML機関をG弾として使うのは直接的過ぎると?」

 

「今年の末に予定されている起爆実験を終えていない以上、米国にとってもG弾は未知の兵器なんだよ」

 

G弾の効果範囲は球状に削り取られるわけだが、その効果範囲に残された物体の質量は激減する。減った分の質量がエネルギーに変換された場合、太陽系がまとめて吹っ飛ぶこともあり得る計算になってしまう。

しかしそれは実験を行うまで真偽が明らかにならない物であり、自分が危惧する大規模な重力異常なども米国にとっては未観測の事象だ。

 

「ここまで用意周到な作戦で俺達どころか国まで翻弄してるんだ、効果が不明な爆弾を頼るとは思えない」

 

「確かに実験も終えていないものを投入するのは性急過ぎますね」

 

「だから何かしら別の手を打ってくる、そんでML機関は危険性を理解出来る俺達へのブラフって線はどうだ」

 

ただの爆破騒動で終わる相手ではない、そんな気がしてならないのだ。

 

「…なんで我々が陰謀と戦わなければならないんですかね」

 

「衛星軌道上は俺たちの庭だからだ、荒らされちゃあ黙ってられんよ」

 

しかし現場に居るわけではないので手は出せない、現場の社員に任せるしかないだろう。我々は我々で、今やれることをしなければ。

 

「情報の提供が行われたルートは護衛さん達が洗ってる筈だ、俺達は使用されたHSSTに関して調べるぞ」

 

「我々と接点の多い宇宙船なら以前の動向を追うことも可能と、考えましたね社長」

 

「まあな」

 

舐められたままでは済まさない、報復のためにも犯人は絶対に割り出して痛い目を見てもらおう。今回の事件を計画した者が何者で、どのような思惑を抱いているのか定かではないが…

 

「万が一に備えて流星も出せるか?」

 

「アレは対デブリ用の重装備ですよ、動かすのに時間がかかりますが」

 

「いやいい、準備を進めさせておいてくれ」

 

まだ打てる手はある、これまでの積み重ねが活きる時だ。




トータルイクリプスより篁唯依氏、誕生日おめでとうございます。
誕生日イラストは間に合えばTwitterで…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十一話 強襲接舷

宇宙港から出た警備部隊は巡洋艦を先頭に進む、目標の位置は分かっているためランデヴーはそう遠くない。

 

「強襲装備の初投入がこんな大作戦とは、運が悪いな」

 

通信機から巡洋艦のオペレーターが話しかけてくる。彼とは長い付き合いで、ダンデライオンの運用には最初期から関わるメンバーの一人だ。

 

「問題ない、電磁吸着アンカーを使えるのがこの装備だっただけだ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

社長の設計図によって作られたそれは、今まで使う機会が訪れていなかった装備だ。危険な状態に陥った宇宙船から乗員の救助を行うため開発されたが、今回のような状況でも性能を発揮出来る筈だ。

 

「そうかい」

 

元々作業用に設計されていた球体式コックピットに改造されたF-14改が持つ視界は、網膜投影技術によってディスプレイを持たない陸戦用の戦術機とは大きく異なる。

 

「コックピットがモニタに覆われてるのはどうなんだ、居心地悪くないか?」

 

「彗星改より狭くなくていい、解放感がある」

 

社長が考案したという球状のモニターはコックピットを中心に360°の視界を保証するもので、操縦士ではなく支援を担当する副操縦士のために用意されたものだ。

 

「それに細かい作業をしないなら一人称視点より楽で良い、視点が重心に近いのが大きいか」

 

しかし補助を担当する操縦士の育成は間に合わず、その席には宇宙用の無人外骨格に搭載されたAIが座っている。

 

「F-14を複座から単座に改修して、更にモニタ積んで複座にするとか…コイツも大変だよな」

 

「社長の趣味もあるそうだ」

 

「そうなのか…で、緊張は解けたか?」

 

「助かった、機体も俺もオールグリーンだ」

 

オレンジ色に塗装された機体が前を向く、覚悟は充分だ。

 

「HSSTは小さい上に特殊コンテナを載せるための部品が邪魔だ、F-14改単機での作業になるぞ」

 

「強襲装備の大きさも考えると妥当だな」

 

「目標は姿勢制御系が狂ってるらしくてな、時間もないのでアンカーで無理矢理接触する」

 

速度を変えながら横に回転しているらしく、中々に危険な状態だ。それに掴み掛かろうというのだから、並大抵のことではない。

 

「アンカーで接触してコンテナの外装を剥がし、減速剤を投入して安定したML機関を巡洋艦で確保すると」

 

「減速剤が切れた瞬間に力場が発生し、物理的な干渉は不可能になる。時間との勝負だぞ?」

 

レーダーが目標のHSSTを捉える、光学センサでも回転する様子がよく見えた。

 

「近づいた後はお前任せだ、頼んだぞ」

 

「ダンデライオン、レオ1…発艦する!」

 

「全ロック解除、グッドラック」

 

巡洋艦から離れ、背中に搭載された大型推進器に火を入れる。MMUとは比べ物にならない推力が機体を前に押し出し、目標との距離は近づいていく。後部座席のAIが通信機を使い、装備の状況を伝えてくれた。

 

『アンカー、射程圏内』

 

「コンテナに負荷をかけたくない、船体を狙えるか」

 

『可能です、接触後に伝わる回転運動に注意してください』

 

「1番と2番のカバー展開、発射タイミングは任せる」

 

アンカーというには無骨な円柱そのものであるそれはブースターによって一気に加速、多少の減速はしたもののかなりの勢いで衝突する。

 

「拿捕用だからな、手荒に行くぞ」

 

『固定剤、主剤噴射開始』

 

「硬化剤噴射後にアンカーのワイヤー巻き取り開始」

 

『了解、アンカー接触部の強度確保まであと13秒』

 

磁力によって船体の外装にくっ付いたアンカーはそのまま固定剤を噴射することで自身を固定、ダンデライオンが荷重をかけようとも外れないだろう。

 

「自動姿勢制御オフ、スラスターを手動操作に切り替える」

 

『了解、巻取り開始します』

 

「回転運動に着いていく形で機体を動かす、回すぞ」

 

機体のブースターを使い、円運動に追従しつつワイヤーを巻取り距離を縮める。機体が様々な方向から引っ張られ軋む音が聞こえるが、かかる負荷は許容範囲内だ。

 

『接触まであと10、9』

 

「減速は最低限、ぶつけるぞ」

 

『警告!対象が移動開始!』

 

アンカーを固定したHSSTのエンジンが再度点火され、加速を始めた。それに引っ張られ、身体が操縦席に押し付けられる。しかし座席自体の衝撃吸収機構のお陰もあり、そこまでの痛みはない。

 

「やっぱり乗ってるな、パイロットが!」

 

『今までの通信に応答なし、意図的な通信途絶と考えられます』

 

「緊急事態だ、発砲許可は出てるん…」

 

機体のサブアームを使い宇宙用の低反動砲を手に持とうとするが、その前にHSSTは更なる加速を始める。振り解く気かと思えば、何やら爆発音が機体の上で響く。

 

「損害報告!」

 

『機体上部に被弾、目標切り離し時に発生した小型デブリによるもの』

 

使おうとしていた砲もサブアームごと破損、センサも幾らか被害を受けたが対デブリ用に設計された装甲は伊達ではない。依然として行動は可能だ、アンカー装備も問題なく稼働している。

 

「切り離しって言ったか?」

 

切り離されたコンテナと加速を続けるHSSTは速度に差が生じ、ダンデライオンから見ればコンテナが後ろに向かって移動し始める。

 

「逃すか、1番2番アンカー投棄!コンテナに向かって全力噴射!」

 

『HSST、更に加速』

 

「シャトルだけなら落ちても迎撃出来る、今は目標確保だ」

 

アンカーの3番と4番を起動し、背後を向いてコンテナへと狙いを定める。アンカー発射時に速度を乗せなければ、先端がこちらと追いついてしまうためタイミングは重要だ。

 

『弾道計算問題なし』

 

「3番4番アンカー射出、目標を壊すなよ」

 

着弾時の被害を最小限にするべく、コンテナのフレームを狙ってアンカーが放たれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十二話 流星群

放たれた予備のアンカーがコンテナに命中し、固定剤を吹き付けた。コンテナと速度を合わせたため、HSSTはどんどんと離れていく。

 

『アンカー固定完了』

 

「巻取り開始、歯痒いが…奴は仲間に任せる」

 

爆発を警戒していたため味方のHSSTは少し離れた位置にいたが、すぐさま加速を始めてくれている。燃料の搭載量にも余裕がある、追い付くことは可能な筈だ。

 

「レオ1、朗報なんだか分からんが兎に角報告だ」

 

「何があった」

 

「奴は加速を続け、地球への落下軌道から脱して衛星軌道に復帰した」

 

「落ちないのか?」

 

これにより種子島が壊滅するような事態は避けられたと言っていい、ML機関の無力化はまだ進行中だがひと段落だ。

 

「訳が分からん、コンテナに何が仕掛けられているか…」

 

「どうにかする、任せてくれ」

 

コンテナをスーパーカーボン製のナイフで破壊する前に、外装の上からサブアームに取り付けられた機器を押し当てる。これはレーダーを用いて内部構造を透視するためのものだ、救助用装備で爆弾の解体をするとは皮肉だが役に立つ。

 

「…情報に無いケーブルが幾つかある」

 

「危険か?」

 

「恐らく、このまま開ければ切れる形で配線されている」

 

避けて切るしかない、作業時間は短いと言うのに厄介なことだ。

ケーブルが無い箇所に刃を突き立てること三回、三角形に外装を切り裂いてML機関がようやくお目見えだ。

 

「ケーブルが邪魔で注入口が使えない、社長に繋いでくれ」

 

『最初から聞いてるぞ、針で打ち込むんだな?』

 

後部座席のAIが遠隔操作モードに切り替わり、操縦桿を握りコンソールで色々と操作系を弄り始めた。社長本人が地上から衛星を使い、この機体へアクセスしているのだ。

 

『レーザー通信衛星を経由して一時的に操縦を行う、悪いが少々機体を借りるぞ』

 

「いえ、お願いします」

 

ML機関の重要部を避け中心部のグレイ11に減速剤を注入するのは至難の業だが、ここに何故かその装置の詳細を熟知している人間がいる。まるで自分で作ったことでもあるかのように解体を始め、針を通すための通路をテキパキと作り始める。

 

『MMUの操縦は出来てね、昔取った杵柄ってヤツさ』

 

このまま行けばあと30秒もせずに減速剤を投入出来るだろう、そう思わせる程の手際だった。

 

『これであとす…』

 

社長が操作していた無人外骨格が動作を停止、遠隔操作システムは"NO SIGNAL"と表示したまま反応がない。

 

「社長?」

 

「通信が切れた、衛星からの応答が無いぞ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

部隊間データリンクが途切れ、HSSTを追って先行していた彗星改と連絡が取れなくなる。それどころか数秒後には緊急事態警報が鳴り響き、デブリ群警戒と表示された。

 

「あの野郎、諦めた訳じゃあ無かったのか!」

 

「何があった?」

 

「恐らく自爆だ、加速して速度を最大限に乗せたデブリをばら撒きやがった!」

 

恐らくこの警報は地上経由だろう、この伝達速度を考えると相当な大事の筈だ。

 

「クソッ!よりにもよって軌道を汚しやがって!」

 

「衛星が巻き込まれればデブリが増えるぞ、ML機関の爆発程では無いにしろ被害は…」

 

甚大なものになる、そう言おうと思ったが現実は斜め上を行くものだ。後部座席のAIがいつのまにか受け取っていた通信の解読を終わらせ、話し始めた。

 

『緊急事態です』

 

「何だ」

 

『全周地球防衛核投射衛星群"アーテミシーズ"に損害発生、核弾頭の脱落が確認されました』

 

これは一部の社員にしか伝達されておりませんとAIは言い、それが余程のことであるということを暗に伝えた。アーテミシーズは月のハイヴから打ち出される落着ユニット迎撃の最終防衛ラインであり、それが綻んだというのは非常に危険な状態だ。

 

「核弾頭が脱落?」

 

『非公式ですが既に一発が軌道上にて起爆、その際発生した電磁パルスの影響により衛星とそれに連なる通信網が機能不全を起こしました』

 

落着ユニットという大質量を軌道から逸らすための核弾頭だ、威力は陸で使うものの比ではない。それに電磁パルスは強力で、周囲の電子機器をまとめて破壊してしまうだろう。その影響を受けたのは追っていた彗星改も同じ筈だ、生きていると信じたいが望みは薄いかもしれない。

 

「その情報は何処からだ」

 

『秋津島開発の地上通信施設からです、緊急用の通信設備は未だ稼働中』

 

「…参ったな」

 

社長による爆弾の解体、落下しかけていたHSSTの無力化双方が不可能となった。遅延の少ない通信網が使えなくなったことで、地上からの遠隔操作も難しい。

 

「どうする?」

 

『地上からデータ受信、作業要項です』

 

秋津島開発が使う暗号通信を解読すると、ごく短い文が表示される。

 

『開けた穴に思い切り刺せ、ML機関からコックピットは離せと』

 

「単純明快だな、やろう」

 

注射針を握り、社長が開けたML機関の穴へ狙いを定める。片手でコンテナを掴み機体を固定し、腕を振り上げ勢いよく突き刺した。

 

「止まれェッ!」

 

その瞬間、重力場が増大した。貫通させる時に良くないものを破壊してしまったのかと冷や汗をかいたが、そのまま押し込み続ける。

 

『右腕部に過負荷、尚も増大中』

 

「黙って続けろ!」

 

減速剤が注入された直後に注射針ごとマニピュレーターが圧壊、目の前でバラバラになったがそれ以上の破壊は起こらなかった。手だけではなく腕すらもあらぬ方向へと捻じ曲がったが、反応を止められたのなら安い出費だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『右腕大破』

 

「ML機関無力化!」

 

「こちらで回収する、急いでこの軌道を離れるぞ」

 

デブリの雨が地球を一周して向かって来ている、それも脱落した核弾頭を抱えながら。最悪の状況だった時から何も好転しておらず、未知の脅威を排除した後は先の大戦で猛威を振るった既知の脅威が迫っているのだ。

 

「…核弾頭がいつデブリと接触するか分からない、戦場の上で爆発しようものなら兵器の回路が死ぬ」

 

「だからって、俺達に出来ることがあるのかよ」

 

「通信によると社長が流星を出すらしい、アレの超電磁砲ならデブリの中の核弾頭を撃ち抜ける」

 

ダンデライオンと同じく宇宙用に改造されたF-14である流星は、超電磁砲運用型として改修されていた。長距離狙撃に必要な各種センサと演算装置は最新鋭、それらを運用する火器管制システムも既に実証試験済みだ。

 

「馬鹿野郎!位置を観測出来る衛星も、その情報を中継する衛星もみんな駄目になっただろうが!」

 

そう言う巡洋艦のオペレーターだったが、ダンデライオンの片腕が上がる。マニピュレーターは人差し指を立て、自機と船を交互に指差した。

 

「お、お前と俺で、観測と中継をやるってのか」

 

「ああ、BETAとの戦線が無い海の上で狙撃する」

 

宇宙で起きた核爆発で機体が止まり、BETAに喰われて死ぬ衛士など出すものか。既に機体は様々な箇所に損傷を受けているがまだ動く、それに覚悟など宇宙に来た時から出来ている。

 

「元衛士の意地を見せるつもりでな、ML機関を積んでいる貴艦は中継に徹されたし」

 

「…分かった、幸運を!」

 

デブリでML機関を誘爆させる訳にはいかない、矢面に立つのは人類の剣であり鎧でもある戦術機だ。

 

「やろうか、相棒」




お気に入り登録者数が7000人を超えていてびっくりです、総合評価も伸び続けてるし…

応援ありがとうございます!滅茶苦茶励みになります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十三話 拝啓、宇宙より遠い場所から

「橋本さんからGOサインだ、流星出せ!」

 

「反動制御系が未調整だぞ!?」

 

「あかつきで支える、委託射撃をやるんだよ」

 

流星が改修を受けていた格納庫は急遽決まった出動に振り回されていたが、核弾頭の件を伝えられた作業員達は死に物狂いで作業を進めていた。

 

「脱落した核弾頭の数は未だ不明、ダンデライオンが観測に出たそうだ」

 

「何もかも滅茶苦茶だ!」

 

本来であれば背部に搭載される発電装置の姿はなく、その代わりに宇宙港から伸びるケーブルを経由して電力供給を受けている。

 

「宇宙港は生命維持システム以外全て送電停止、全部流星に回せ!」

 

「コンデンサの設置急げ、撃てませんでしたじゃあ済まんぞ!」

 

「MMUの主機も発電に使え、大至急!」

 

無重力空間を大量のケーブルが埋め尽くし、作業員達は宇宙服を着て作業をしている。MMU用の燃料電池から艦船の発電機まで総動員して電力を供給しているのは、とんでもない作戦を行うためだった。

 

「弾速を変えて複数発の同時弾着射撃は、もう曲芸の域だって!」

 

「一発一発迎撃する訳にはいかん、爆発の影響で位置が変わる」

 

「だからって…たった一門の砲でやることじゃあないですよ」

 

流星は宇宙港の外に固定され、狙撃の成功率を高めるためにあらゆる手が尽くされている。間接照準射撃になるため流星自身のレーダーは頼りにならないが、それでもやれることはやらなければ。

 

「距離だって離れ過ぎてます、地上から宇宙に行くより遠いんですよ?!」

 

「その程度でピーチクパーチク言うんじゃねぇって、不安なのは分かるが手を動かせ手を!」

 

超電磁砲への送電が始まるまであと少し、猶予は幾許かも無い。

 

 

「…観測位置に到達、このまま待機する」

 

「レーザー通信良好、遅延ほぼ無しだ」

 

通信を中継する体制に入った巡洋艦から連絡が来た。

既に損傷が激しいダンデライオンは自らデブリの雨が降り注ぐ場所に居座り、核弾頭の位置を割り出すために全てのセンサを総動員していた。

 

「レーダーと光学で探す、映像からそれらしいのを割り出せるか?」

 

『可能です、画像解析はお任せを』

 

このまま軌道に居続ければ飛来するデブリで穴だらけになるが、迎撃するための武装も既に喪失している。推進器も拿捕の際に使い過ぎ、観測後に離脱し切るだけの推力は発揮出来ないだろう。

 

「なあ、本当に良いのか」

 

このまま留まればお陀仏だ、そうオペレーターは忠告してくる。

 

「電磁アンカー装備を機体の前に投棄して盾にする、生き残る可能性はある」

 

「そう言うことを聞いているんじゃあないが…まあ言っても無駄か」

 

長い付き合いのオペレーターはレオ1が稀に見せる頑固さのことを思い出し、これ以上止めるのをやめた。宇宙港からは流星が発射体制に入ったとも報告が来ており、迎撃体制は整えられた。

 

「海の上で迎撃するには核弾頭の捕捉を15秒で終わらせろ、それがギリギリだ」

 

「それ以降は?」

 

「ゲームオーバーだよ、あかつきもタダじゃ済まん」

 

「…なるほど」

 

コンティニューも無しかと呟き、操縦桿を握り直す。強化装備とは違って分厚い宇宙服は少し着心地が悪いが、宇宙に放り出された時のことを考えるとこちらの方が良い。

 

「観測可能な範囲にデブリが到達するまで少しある、話さないか」

 

『現在ネットワークに接続出来ておらず、言語を用いたコミニュケーション能力は低下していますが…』

 

「それでもいい、この状況をどう思う」

 

そう問いかけられたAIは思考を始め、答えを出すのに時間がかかっているように見えた。黙ったままでは困る、柄ではないが遺言でもオペレーターに残すかと通信を繋ごうとしたところでAIが返答を始めた。

 

『好ましくありません、当機は大破するでしょう』

 

「だろうな」

 

『このまま機体内にパイロットが待機していた場合、致命的な状態になる可能性が高いです』

 

「知ってる、心配してるのか?」

 

『当機は自動救命システムを流用して製作されました、パイロットを保護するのは存在理由の一つです』

 

思いの外喋れるじゃあないかと感心したが、急になにやら計器をいじり始めた。何をしているのかと思えば、緊急脱出装置にアクセスしているではないか。

 

「何をしている、脱出は認めない!」

 

『デブリから身を守る際には障害物に身を隠すことが重要と記載がありました、緊急時対処要綱に従い機体を盾にします』

 

つまり投棄した電磁アンカー装備と同じように遮蔽物として扱うわけで、コックピットを射出すれば機体も盾に出来るとは中々狂気的だ。どうやって思い付いたのかは知らないが、存外に良い手かもしれない。

 

「機体の装甲とフレーム全てを使えるなら可能性はあるか、時間になったら燃料タンクも投棄してくれ」

 

『了解』

 

諦めて死ぬ気で居たが、生き残るために最善を尽くすのはパイロット…いや衛士として当たり前のことだ。AIに目を覚まさせられたと感謝の気持ちを抱きつつ、脱出と観測の準備を進めるのだった。

 

 

中継役を担う巡洋艦から連絡が届き、宇宙港の流星は改めて狙いを定める。作業員達も発射間際ということもあり、殆どが港の中に退避していた。

 

「巡洋艦から連絡、デブリ群観測!」

 

「弾頭の数は?」

 

「3発です!」

 

発電能力から鑑みて可能な同時撃墜数は4発まで、最初の賭けに勝った瞬間だ。既に口頭の報告よりも先に流星の火器管制装置には情報が入力されており、最適な弾頭のルートを算出していた。

 

「必要とされる発射間隔は0.5秒、過負荷運転で1秒間隔の超電磁砲が持つかどうか…」

 

「理論上はもっと間隔は短く出来る、それが不可能なのは大電力を供給する機関とそれに耐える砲身が無いからだ」

 

そう言うのは最後までMMUを用いて宇宙空間に留まる作業員だ、副操縦席に座らされた部下が頭を抱えて返答した。

 

「…は、はぁ」

 

「港全ての電力系と砲身一本を使い捨てる想定ならやれる、送電線からの発火に注意しろ!」

 

「だから滅茶苦茶なんですって!!」

 

流星は有り合わせの部品を溶接して作られた固定具で支持され、その急増品は三発目の発射までは耐えられる計算だ。何もかもが突貫工事だが、やらない訳にはいかない。

 

『ルート算出完了、超電磁砲発射体勢』

 

「ぶちかませェーーッ!」

 

流星の操縦士がそう言った瞬間、超電磁砲が放たれた。一発目で足元の構造物が歪み、二発目で送電網が火を吹き、三発目で砲身のカバーと機関部が吹っ飛んだ。

 

「うっわぁぁぁぁぁあ!?」

 

「舌噛むぞ!」

 

一瞬にして見るも無惨な姿になった流星だが、使えなくなった片腕と超電磁砲を見るや副武装の20mm低反動砲を構えた。撃墜出来なかった場合に備えているのだろう、彼もまたプロフェッショナルだ。

 

「巡洋艦より伝達、光点観測数…三!全弾撃墜!」

 

「やった、や…」

 

その直後、発電に使用していた彗星改の燃料電池が電力系の異常が原因で発火。酸素供給系が損傷により逆流を止められなかったことで格納庫が纏めて吹っ飛んだ。

 

 

全作業員は退避済みだったがMMUに搭乗し宇宙での作業を行っていた者達に被害が及び、流星もその余波にて失われる結果となった。核弾頭の爆発によりデブリの大部分が消失したことで軌道上の危機は脱したが、宇宙港の復興には数ヶ月を有するだろうというのが専門家の見解だ。特に送電網が全損と言って良い程の被害であり、復興を担当するMMUも今回の事件により4割が行動不能に陥るなど問題は山積みである。

 

また核弾頭の観測を行ったダンデライオンは大破、自爆したHSSTを追っていた部隊は核の爆発を受け全機が行動不能な状態で軌道を漂っていたところを回収された。部隊には死者も出ており、今後の動向には全世界の目が向けられていると言って良いだろう。

 

尚、今回の事件は一部を伏せられた上で秋津島放送の緊急ニュースとして放送済みである。





【挿絵表示】

流星のデザインはこんな感じです、前回で力を使い切ったので今回はこれだけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十四話 事後処理と罪状と

「今回のHSST暴走事件について各国は国際的な捜査と原因究明に力を入れている訳ですが、今回の事件を今一度整理してみたいと思います」

 

地上波放送のニュース番組では、連日核の爆発まで起きた例の事件で持ちきりだ。秋津島放送が事件直後に様々な情報を開示したと言うこともあり、各放送局はそのネタに飛びついていた。

 

「米国から飛び立ったHSST、再突入駆逐艦と呼ばれるシャトルが宇宙に辿り着きます」

 

「この時点でもう異常が見つかっていたんでしょうか?」

 

「はい、応答が無いなどの…」

 

 

ふと電源を入れたテレビから見慣れた事件の報道が流れたため、もう一度ボタンを押して画面を消す。だから見るなと言ったのにと言いたげな秘書を尻目に、社長はリモコンをテーブルに置いた。

 

「…吐きそう」

 

「会見やらなんやらで忙しいんですから、食べて下さいよ」

 

用意してくれていた握り飯を渋々口に運び、少しずつ食べる。宇宙港の完全な復旧は難しいが、最低限の機能回復は明日にでも行えるという報告があったために少しだけ心は軽くなった。

 

「調べたところ関係者に指向性タンパクの使用が確認されています、思いの外闇が深いですよ」

 

指向性タンパクとは暗示と合わせて人間に特定の行動を取らせたり、記憶を操作したりする厄介な物質だ。この物質が大量にばら撒かれたため、容疑者の絞り込みが難しくなっている。

 

「米国の影響力低下を狙っての犯行、俺達はとばっちりか?」

 

「ここまで大規模な手口となると米国内の組織も関わっていそうですがね、兎に角現政権が起こすような事件じゃあないです」

 

現在の宇宙開発で覇権を握る西側への攻撃となると、東側の手によるものと考えるのが自然だろうか。

 

「更に関係者の一部は自殺やら自爆やら…宗教関係者の関与も疑われるなど、現場は混沌としているようです」

 

「あかつきの爆発は?」

 

「アレは調べたところ完全に事故ですね」

 

核弾頭を狙撃するために電力を掻き集めたら格納庫が機体ごと吹っ飛びました、後悔はしてないと報告書にはあった。

宇宙港の被害は国連への被害、この無茶については流石にやり過ぎではないかと一部から苦言を呈されている。

 

「あの中で良くやってくれたよ、ホントに」

 

人類の危機を救ったのは確かだ、そのことに関しては各方面から賞賛されている。しかし賞賛に比べて非難と言うのは悪目立ちするもので、総数は賞賛の言葉が優っていても社員達は俯きがちだ。

 

着陸ユニット拿捕作戦に参加してもらう筈だったF-14改修機のうち二機が大破してスクラップになり、彗星改を有する部隊も同じく大損害だ。特に宇宙での使用を前提に開発された唯一の超電磁砲が失われたのは痛い。

恐らくこの被害も社員達が気負う原因なのだろう、施設への損害は他にも発生していることを考えると無理はないが。

 

「洋上の合成食料プラントが電磁波で止まりましたけどね、後方からの食糧供給に頼る前線国はよく思いません」

 

米国の洋上プラントは電磁波により機能停止、現在は復旧作業中だそうだ。暫くは備蓄分で賄えるそうだが、撃墜を急いだ秋津島の失態ではないかと非難されている。

秋津島開発のプラットホームは米国との競合を避けるため通常通りの生産方法を採用しているため、生産量では合成食料に遠く及ばない。今諸外国の食料事情を支えているのは間違いなく合成食料なのだ。

 

「じゃあ何処で撃ち落とせば良いんだよ畜生、ハイヴの上とか?」

 

BETAの手に堕ちたユーラシア大陸中央で撃ち落とせば良かったのだろうが、残念ながら都合の良いルートを飛んでいるわけではなかった。

緊急事態ということもあり関係各所には連絡が行われていたため被害は小さかったが、電磁波による航空機の墜落は発生していた。

 

「周回軌道上のアーテミシーズが有する衛星は10機、早期の核弾頭排除が成功したお陰で失われたのは一機のみ…大丈夫なんですか?」

 

「あー、シャドウ自体は健在だからな」

 

「シャドウと言いますと、迎撃衛星群の総称ですか」

 

対宇宙全周防衛拠点兵器群"シャドウ"、アーテミシーズもその一つだ。

月面のハイヴから飛来する着陸ユニットを迎撃する工程は使われる衛星によっておおよそ三段階に分けられ、アーテミシーズは最後の三段階目を担当する。

 

「迎撃で1番大切な地球と月の間に位置する核投射プラットフォーム、スペースワンは無事だからな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

月の衛星軌道上に位置する衛星と監視ステーションの二つで構成される"リド"が着陸ユニットの発射を監視する、これが第一段階だ。そして前述したスペースワンが地球に到達する前に核で攻撃、軌道を逸らして落下を阻止する。アーテミシーズはあくまで最終防衛ライン、迎撃自体はスペースワンで充分可能だ。

ちなみにこれは原作の規模と同等である。

 

「なるほど、迎撃自体は最初から二段構えと」

 

「だがまあ問題になるのが俺達の拿捕作戦だよ」

 

拿捕作戦においては月と地球の間での行動が求められるため、スペースワンでの迎撃が行えないのだ。そのため失敗してしまった場合はアーテミシーズでの迎撃が必要となるのだが、今回の事件でそれが綻んでしまっている。

 

「拿捕作戦までに衛星を復旧させなきゃ国連からのGOサインは出ない、コイツは参ったな」

 

「我々の妨害も目的の内、ということですかね?」

 

「目的が多すぎるし証拠隠滅のやり方も派手だ、どうにも纏まってないように見えるがな」

 

秋津島開発の拡大を妨害したい勢力、米国か現政権の影響力を下げたい勢力、G元素獲得を妨害したい勢力、ML機関の譲渡を防ぎたい勢力、人類の救済と言う名の滅亡を画策する勢力…兎に角多くの者達が互いに利用してやろうと動いた結果だろうか?

 

「複数の勢力ですか」

 

「最近で言うとユーラシアの難民キャンプで色々と過激な宗教が流行ってるって話がある、まあロクでもないことに関わってそうだ」

 

キリスト教恭順派、BETAによる人類滅亡を是とする者達だ。原作より戦況が良いとはいえ、それでも滅んだ国は少なくない。その後戦況が好転し人類は未だ戦線を維持していることを考えると、難民達が宗教に流れるのも無理はない。

 

「希望になるようなものでもあれば、難民をカルトになんざ傾倒させなかったんだろうがな」

 

「失われた娯楽を取り戻すために衛星放送を始めたんじゃあないですか、そう落ち込まないで下さいよ」

 

最近はごく一部の人物や組織に限り動画の投稿権を与えており、秋津島放送の動画投稿プラットホームは賑わいを見せ始めた。今までは秋津島開発のニュースを纏めるだけのものだったが、有志達の存在で多角的な方面の動画が投稿され始めたのだ。

 

「母国を失っても誇りを捨てず楽器を持って演奏する楽団、忘れられないために故郷の工芸品を作る職人、異郷の学校に通う子供達…どれも彼らには必要な希望達ですよ」

 

「眩すぎる希望は毒にもなるさ、俺達はどうしてこうじゃないのかってな」

 

人の心とは複雑なものだ。

戦場で戦う兵士のために精神を弄る様々な方法が生み出されたが、本質の分からないものを不用意に触っているだけである。深く傷ついたもの、壊れてしまったものを治す手段など、まだ確立されていないというのに。

 

「せっかく人工音声ソフトも公開したんだし、アレを使って動画を作ってくれる奴は居ないもんかねぇ」

 

「それなら居ましたよ、それも面白い方が」

 

どれどれと端末の画面を見てみると、前世で見慣れたフォーマットがそこにはあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「前世は俺と同じ地球産まれかもな、コイツ…」

 

ゆっくり解説というジャンルがこの世界で生まれた瞬間だった、立ち絵を表示する文化はまだ無いらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十五話 責任の所在は

先日の軌道上で起きた事故、駆逐艦暴走事件にて発生した被害はかなりのものである。軌道艦隊の大部分を擁する宇宙港、食料事情を支える合成食料プラント、BETAの侵攻を警戒する地上監視衛星…そのどれもがズタズタだ。

 

「種子島のマスドライバーから既に復旧用の物資は打ち上げられ、問題となっていた電力系の損害は1週間以内に最低限の復旧が可能です」

 

現状を報告するのは宇宙港の管理を担当する秋津島開発の社員であり、それを聞くのは国連宇宙軍の上層部だ。誰もが真剣な表情であり、兵士の家でもある宇宙港が停電中ともなれば場の空気も張り詰めたものになっていた。

 

「最低限となると、完全復旧はどれほどかかるのですかな」

 

話を切り出したのは国連宇宙軍の者であり、社員は事前に用意していた資料を手にしつつ簡潔に説明した。

 

「最短で二ヶ月、長ければ六ヶ月です」

 

度重なる拡張工事により本来であれば良好な整備性は損なわれており、MMUを用いようとも施設内の工事となると人の手で行う必要がある。

 

「軌道爆撃は可能かな?」

 

「不可能ではありません、ハイヴ攻略戦並の規模となると難しいですが」

 

「なるほど」

 

小規模な爆撃であれば可能となれば、今まで通りのBETA封じ込めはどうにか行える。それを聞いた司令官と思わしき人物は何度か頷き、周囲に目配せをした。

 

「…であれば我々は何も追求することはない。此度の事件解決に動いて下さったこと、誠に感謝する」

 

「いえ、成すべきことでしたから」

 

「煩い者共にはこちらから灸を据えておく、すまなかった」

 

つまり現上層部は秋津島開発の擁護に回るということだ、ここまで明言されるとは思わず社員も面食らう。

 

「よ、良いのですか?」

 

「何、権力争いに関心がない訳ではないが…恥知らずではないつもりでね」

 

この後国連宇宙軍は調査の末に事件への対応は妥当かつ迅速なものであり、BETAの蹂躙から人類を守ったとする声明が発表された。

 

 

「吐いたわ」

 

「休んで下さい」

 

秋津島開発の核弾頭迎撃に対して様々な意見が飛び交う中、社長が会見中に吐いたので大変なことになっていた。社長を働かせ過ぎだろうと会社にまで批判が集まっており、そんなこともあってか混乱は収束していない。

いつも通り執務室に二人で居るわけだが、社長は明らかに疲れ気味だ。

 

「トップが出なければいけない場もあったとはいえ、スケジュールを組んだ私の責任です」

 

「良いんだって、俺が無理して出るって言ったのもあるしさ」

 

BETAの侵略によって悪化した食料事情へ追い打ちをかけた今回の事件、特に前線国からの注目が集まるのも無理はないだろう。前線での核爆発を避けるためだったというのは周知されつつあるが、多くの人々にとっては明日の食事という方がある意味現実的な問題なのだ。

 

「俺達の影響力は前線からの支持あってのこと、説明責任は果たさないとな」

 

「政府と国連に任せて下さいって」

 

「それで全員が納得するかよ、核を爆発させたのは紛れもなく俺達なんだ」

 

それに米国への批判はこれの比ではないだろう。向こうさんも事実の究明に全力を尽くしているとはいえ、そもそもの原因を作り幾つもの衛星を破壊したのは彼らのHSSTなのだから。

 

「ハイヴ攻略戦のすぐ後にこれとは、BETAの大攻勢を前にして大混乱なんざ冗談じゃあないぞ?」

 

「食料に関しては日本が備蓄を出してくれるそうです、どうにか鎮静化出来ませんかね」

 

「後方国なら支援なんざ出すのが当たり前、飯の次は兵隊を送れと言われて揉めるぜ」

 

オスカー大隊は伝説となったが、その被害により中隊へと逆戻りだ。今は隼の機種転換訓練に励む666中隊と共に補充で入って来た衛士の訓練中であり、暫くは動けない。

帰国した衛士達は治療と練兵に務めるそうだが、ハイヴという環境に当てられて引退を選んだ者も多い。そんな彼らの内の半分ほどは秋津島開発のMMU操縦士として再雇用が決まっているが、精神状態は芳しくないだろう。

 

「有名になり過ぎたよなぁ、敵も作り過ぎたかもしれん」

 

「宇宙開発で他社を潰した時と、戦術機を使って米国の面子を潰した時と、3Dプリンタで産業の一つを丸ごと焦土にした時と…」

 

「笑えねぇな」

 

だがまあ、その分味方も多い。日本政府を筆頭にEU各国とその企業とは親密で、今回の事件においても我々を責めるようなことはなかった。これから仲良くすべき組織の見極めが出来たと思っておくべきだろう、不安にさせた社員達も労っておかなければ。

 

「貰った感謝状やらなんやらはしっかり周知しておきますね、明日のニュースはこれにしますか」

 

「頼む、俺は暫く休むよ」

 

そう言って立ち上がるもふらつく彼を秘書は支え、部屋の外まで肩を貸す。人生も後半戦に入ったというのに彼の身体は異様に若々しかったが、同時に外見に見合わない細さも併せ持っていた。ふとした瞬間に折れてしまいそうな怖さがある、そんな肉体だ。

 

「本当にそうして下さい」

 

「痩せちまったしな、暫くはしっかり食べるさ」

 

「ですね、でも炭水化物ばかり食べるのは駄目ですよ?」

 

疲労困憊と言った社長だが、休みの間に秋津島放送のアカウントで人工音声を使ったゲーム実況動画を投稿して嫁と秘書に怒られたのは内緒だ。実況するゲームすら未熟な世界であるため、そのゲームすら何処からか用意して秋津島放送の衛星ネットワークでばら撒いたのは黙っておくつもりらしい。




志摩スペイン村に行って来ます、勝利確定BGMを聴くために。
その後も色々と予定があるので更新頻度が落ちます。

それとアーテミシーズ及びシャドウは全て原作の設定ですので、あしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 食糧事情とその未来

ちょっとデリケートかつタイムリーな話になってしまいまして、熱りが冷めるまで待とうかと思いましたが冷めそうにないので投稿します。
現実とは関係ないフィクションですので、あしからず。


「プラットホームの増設?」

 

「合成食糧を生産するプラットホームと違い、我々のものは場所を選ばないからだそうです」

 

いつもの社長と秘書は各国から寄せられた要望について話し合っていた、最近取り沙汰される食糧事情の件だろうか。

 

「それはそうなんだが、ここまで急な話となると…」

 

「はい、例の件です」

 

未だに尾を引くHSST暴走事件だが、相次ぐ実行犯の逮捕によって沈静化しつつあった。国内外問わず大規模な諜報員狩りが実行されており、全てが表沙汰になっているわけではないが成果は上々らしい。

 

「合成食糧は海からタンパク質を採取して作るからな、魚やらプランクトンやらが多い海のど真ん中じゃなきゃ効率が悪い」

 

「なるほど」

 

「それにやたらめったら複数箇所に作ると重金属雲が使えなくなる」

 

「それは何故です?」

 

「重金属汚染だよ、帝国でも高度経済成長期にあったろ」

 

前の世界では日本四大公害病と言えば伝わり易いだろうか、重金属は容易に水俣病やイタイイタイ病などの重篤な病を引き起こす物質なのだ。

 

「重金属雲を使わなくたって鉛や劣化ウランをばら撒いてるんだ、戦場になった場所はBETAが平にならす前に不毛の大地になるがな」

 

「人類の起こした汚染に関して、報道は規制が入っているようですね」

 

失われた国土は二度と人が住めないレベルで汚染されてしまいました、戦後復興出来るか怪しいですなどと国民に言えないだろう。

 

「話がズレたんで戻すが、そんな危険な物質が合成食糧を作るための魚に混入すれば…」

 

「公害病の再来になる、というわけですね」

 

「食糧プラントのある太平洋と大西洋はAL弾の使用禁止エリアに指定されてるが光線級対策に必須の代物無しじゃあ戦えない、つまりこれ以上増やせないのさ」

 

白羽の矢が立ったのは良いが、我々のプラットホームが行っているのは通常通りの食糧生産だ。合成食糧のように量が作れるわけでもなく、大地で作るよりもコストが嵩む。

 

「国民を安心させるために食料自給率を底上げしたいんだろうが、維持費に驚くことになるだろうな」

 

「ですが行動を起こさなければ国民は納得しません、苦肉の策でしょう」

 

外の環境に左右されず安定した食糧生産を可能とするプラットホームは他の星へと移住した際に使うつもりだった技術であり、未だ発展途上のものだ。将来的には更なる効率の向上が見込めるが、実戦投入が少し早かった。

 

「…ハイヴ攻略で奪還した国土の重金属汚染をどうにか出来れば、混乱への特効薬になるか?」

 

「重金属汚染を取り除き、畑に出来るとアピールするわけですか」

 

「テラフォーミング用の工作機械が転用出来るかもな、設計図を書き出してみるよ」

 

大量の弾丸と不発弾を回収し、大地の表面を削り取って重金属を取り除く。BETAとの戦闘で湯水の如く消費される弾薬は途方もない量であり、その後始末となれば重労働だ。

 

「これこそ無人で行うべき分野だな、24時間働かせれば人と比べて速度が段違いだ」

 

「人類が元に戻さなければならない土地は広大です、効率は重視するべきでしょうね」

 

汚染が進んだ場所で人を働かせたくないというのもある、舞い上がった土埃を吸い込むだけで病院行きだ。暫くPCを弄っていた社長が意気揚々と秘書に見せたのは巨大な陸上船とも言うべき車両であり、処理施設を内包していた。

 

「大型車両を母艦としてMMUと外骨格を運用、サイズ差を活かして作業を分担しつつ効率的に浄化を進めるって感じだな」

 

「成る程」

 

「…さながら母艦級と要撃級に戦車級だな、設計しておいてなんだが」

 

BETAも採掘作業を行う際はしっかり役割分担をするらしく、効率化を考えると同じ形になってしまうのかと思わざるを得ない。

 

「それ絶対に他の人に言わないで下さい、売れなくなりますよ」

 

「俺も思った」

 

こうして惑星開拓用として構想があった車両を転用する形で浄化設備が設計され、秋津島開発の今までに無い形での社会貢献が始まるのだが…

 

「で、何処で作るのコレ」

 

「何処もキャパオーバーです」

 

多忙なため、なんと設計図を丸々欧州にぶん投げることになるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十六話 飛行訓練と前兆と

隼を受領した666中隊は機種転換訓練のため、後方に下がって連日戦術機を飛ばし続けていた。あれから1週間のうちに隼は更に4機が到着し、ローテーションを組むことで濃密な訓練を行えていた。

 

『エーベルバッハ少尉、カーブへの侵入角度が浅いぞ?』

 

『ヘアピンも良いとこだ!』

 

『先導して手本を見せる、思う存分不時着してくれ』

 

初めての西側戦術機だというのに彼らはあっという間に慣れ始め、今では上級者でも難しいような飛行訓練メニューを熟している。

 

「良い腕だ、高度を落としての飛行は中隊の得意技か?」

 

ディスプレイに表示されるのは無人航空機によって上から撮影された戦術機であり、操縦する衛士は指定されたルートを出来るだけ早く通過するようにと言われている。

 

「基礎だよ、オスカー大隊の隊長殿」

 

そう返すのは666中隊の女隊長、アイリスディーナ氏だ。

二つの部隊の隊長は訓練場の一角にてパラソルを広げ、秋津島のロゴが入った炭酸飲料を開けていた。彼らの機種転換を手伝うのはオスカーの面々であり、隼系に乗り慣れた衛士として最大限のサポートを行っていた。

 

「大損害を受けて中隊に逆戻りさ、気慣れた奴らも怪我で本国に帰っちまう」

 

優雅に待ち時間を過ごす彼らを見れば東側の秘密警察が突撃して来るだろうが、この辺り一帯は秋津島開発が欧州連合から借りた試験場だ。欧州の部隊に納入される超電磁砲の訓練と試験もここで行われており、共産圏の人間が探りを入れられるような場では無い。

 

「やはりハイヴは地獄だったようだな」

 

「そりゃあな、出てきた時にアンタらが居たのは笑えない冗談だったが」

 

俺たちはトリアージ黒ってことかと思ったぜとアイリスディーナに笑いながら言い、炭酸飲料をテーブルに置く。これは彼らの部隊章の意味を知る者しか分からない、所謂内輪ネタというヤツだ。

 

「して、隼はどうだ」

 

「良い機体だ、特に足回りが」

 

「だろうな。アイツの型番を見たから分かるが、跳躍ユニットの更新が行われた最新型だった」

 

だがそれ以上言葉を続けることはなく、懐から秋津島の携帯端末を取り出した。急に雰囲気が変わった彼を不思議そうに見つめる女隊長だったが、表示された画像を見て飲み物を置いた。

二人でわざわざ同じパラソルの下に居るのは、まあ他人には聞かれたくない話をするからに他ならない。

 

「…そっちの家が良くない状況だと聞いた」

 

「西側の耳にも入る程とは、我々の諜報機関も落ちたものだな」

 

「ここなら聞かれない、何があった?」

 

「秘密警察内での勢力争いでな、不味い方向に加速している」

 

彼は彼女が半ば呆れたような顔で話すのを見て、得られた情報が間違いではなさそうだと考えた。本国への帰還が先延ばしにされている彼女らにこの話をするのは、ある訳があった。

 

「東ドイツでMig-23チボラシュカを装備するのは、シュタージとかいう秘密警察か」

 

「ああ」

 

「秋津島の衛星が国連の指令にない戦術機の動きを捉えた、Mig-21と23の輸送が行われている」

 

布で隠されているが、そのシルエットは確かにソ連製の戦術機だ。偽装のためか機体色は国連を示す水色に塗装されているようで、布を剥がして整備などを行う際に確認出来た。

 

「国連軍カラーのMig-23なんざこの戦線で見たことねぇ、何がなんでも怪しすぎるんでな」

 

「…確かにそうだ」

 

「そっちは隼が入り、こっちには補給で超電磁砲と疾風が入る予定だ。行軍速度から見てぶつけてくる可能性は大いにある」

 

アンタらには申し訳ないが東側の奴らは信用してないと彼は告げ、今度は書類を取り出した。

 

「訓練メニューを繰り上げて再編した、対人訓練をやりたい」

 

AI搭載型の1.5世代機であれば東ドイツの新鋭機乗り相手に戦える、それに襲撃された際に連携が取れれば万々歳だ。

 

「秘密警察と戦え、そう言っているように聞こえるが」

 

「ああ、言っている」

 

普通に考えれば自国の人間同士で戦えと持ち掛けられているのだから拒否するのが当たり前の筈だが、彼は彼女の目を見据えたままだ。

 

「嫌な予感はするが、貴女からはしない。俺は国の外では勘を信じることに決めてるんでな」

 

「それは個人的な判断なのか?」

 

「いや、強力な助っ人が賛成してくれてる」

 

そう言って指差したのは空、真上を人差し指で突いている。一瞬意味が分からなかった彼女だが、宇宙港と何故か異常に手厚い支援のことが脳裏に浮かんだ。

 

「…まさか」

 

「まあ名前は言えんが、なんでか信用出来るの一点張りでね」

 

内通者には気をつけろよと小言を貰ったことも付け加え、書類にサインするためのペンを彼は差し出した。ご丁寧に秋津島開発のロゴが入った上等な万年筆で、彼女はため息をついた後で名前を書いた。

 

「何処まで知っているのか気になるばかりだ」

 

「それは俺もだよ、これからよろしく」

 

自分達の目的を何処まで話していいものかと悩む彼女は東ドイツである騒動を起こそうとしているのだが、それに関しては原作と比べてどう捻れていくのか…。

 

「まあなんだ、アンタら側の人間が勝った方が良いって考える連中は多いんだとさ」

 

「本当に協力するべきかもう一度悩みたくなって来たな」

 

色々と隠し事の多い彼女らには嫌な言葉だっただろうが、目の前の人物が上に指示されて自分達を背後から撃つような人間ではないことは戦場で確かめられていた。だからこそ歪な協力関係は一時的に成立し、二人は握手を交わした。

 

「何、戦友は裏切らんから安心しろ」

 

何故かは分からないが、どうにもおかしな方向に進んでしまう気がしてならない。この後起きる一連の事件が一国を揺るがす事態では済まなくなるとは、この時は誰にも分からなかったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十七話 補給と補充と厄介者と

マブラヴディメンションズの事前登録開始、ソシャゲで原作がやれたりする期待のマブラヴゲーだぁッ!

やろうね


秋津島開発の輸送船団から投下されたコンテナは着々と搬入されていた、三分の一しか使われていない大隊規模の格納庫はそれでも空きがあるのだが少しはマシになっただろう。

 

「疾風が入ったって?」

 

そう整備士に聞くのはオスカー中隊に所属する衛士の一人、それなりに長い期間欧州に滞在している中堅だ。

 

「中隊は全機疾風に入れ替えだそうだ、その第一弾だな」

 

搬入された二機の疾風はある特異性から秋津島塗装のままであり、橙色と白色の塗装は彼らにとって見慣れたものだ。殆どの衛士が大隊を離れたが、それでも残った者達は戦い続けることを決めていた。

 

「何せ地上で生産された初めての超電磁砲を搭載し、AIユニットも新型っていうバケモンさ」

 

「またかよ」

 

「まだ制式化されてないから改修が続くのは当然だろ、超電磁砲が量産出来なきゃ配備も出来ん」

 

今までは宇宙港の生産施設でしか実用に耐えうる砲身を作ることが出来なかったが、それはもう過去の話だ。帝国本土にて遂に工場が完成し、大量生産への道は目前である。

 

「欧州には副腕型しか送られてなかったからな、ここに来て超電磁砲の配備やら訓練やらが急に増えたのはそういうことさ」

 

副腕型はその兵器搭載量と副腕を活かし、中隊支援砲を二門使うという離れ技で前線に立っていたという話すら聞いた。前衛に追従可能な移動砲台、その火力と火器管制能力は超電磁砲無しでも評価されているらしい。

 

「なるほど、だから試験場に白い疾風が集まってたのか」

 

「疾風という機体自体は既に完成していたからな、かなり前から欧州連合は調達を進めていた」

 

超電磁砲開発にかかる莫大な資金という問題は、欧州から湯水のように注ぎ込まれた大金によって解決された。様々な兵器開発が進む各国においてもレールガンの存在というものは重要視されており、既に伝説的な活躍を見せつけているのだから当然とも言えたかもしれない。

 

「欧州にしか提供しないのか?」

 

「米国にも出す予定だったが先の事件で元々あった反対意見が大きくなってな、暫くは前線国への配備を優先するって方便で乗り切るらしい」

 

米国が独自にG元素利用型のレールガンを開発しているというのは確かであり、上層部はわざわざ渡す必要も無いと考えたのだろうか。中止されたという空中要塞開発といい、兵器開発においては色々と揉めているようだ。

 

「何はともあれ、疾風はようやく実戦に出るってわけだ」

 

欧州戦線は中華戦線と違い帝国軍に協力的であり、実績もあるオスカー中隊が居るとなれば新型機のテストを継続するにはうってつけだ。ハイヴ突入も行った部隊であり、教導という需要も高い。

 

「それにだ、今回搭載されたAIは今までの奴とは違うらしい」

 

「というと?」

 

「なんつうか、ファジィ…頭が柔らかいって話だ」

 

半導体事業で様々な技術を発展させ続けている秋津島開発は、あるチップを作り上げたらしい。社長の指示により作られたそれは人間の脳、そのニューロンを発想の元としているとか。

 

「衛星通信網で色々とやり取りする機能もあるらしい、詳しくは後から説明があるだろうが面白そうな代物だ」

 

「へぇ、脳ミソねぇ…」

 

秋津島の技術を持ってしても量子コンピュータの実用化はまだ先、それまでの中継ぎとして開発されていたものらしい。実際のところAIの頭脳としては思いの外優秀だったらしく、AIユニットは今後ニューロンチップ搭載型に置き換えることを検討しているほどだ。

 

「今も学習機能はオンにしてある、レーダー以外のセンサでお前と周囲のことを見てるぞ?」

 

「…ホントだな、疾風と目が合うわ」

 

頭が下を向き、足元にいる自分達を見ていた。

搭載されたチップはその構造故に自我を発現させる可能性があるのだが、そのことはまだ明かされていないのだった。

 

『作業中の人員に報告、ゲストのご到着だ』

 

「おっ、来たか」

 

「隼が東ドイツ軍仕様の迷彩とは…」

 

滑走路に次々と着陸するのは肩に666と描かれたエンブレムを持つ戦術機中隊であり、試験場での訓練を終えて実戦に出るべく前線近くの基地まで移動して来たのだ。

 

「例のMigは更なる強行軍を前線近くまで行う必要がある上、東ドイツにこれ以上動かせる戦術機部隊は無い」

 

「ここならまた暫く安全というわけか」

 

「そうなるな」

 

相手の動向は衛星が監視し続けている、不意を突かれることはない。それでも現地に工作員が居る可能性はゼロではない、警戒しつつ動く必要があるだろう。

 

「今まではごく少数しか運用されてこなかった疾風も遂に数が揃う時代になったし、東側の部隊とも交流が盛んになった…」

 

「昔じゃあ考えられないってか?」

 

「そうだな、そう言いたかったのかもしれない」

 

先の作戦成功で減ったと思った脅威は増すばかりだ。

 

「本音を言うと秋津島警備だった頃に戻りたいぜ、ここらは空気というか雰囲気というか…兎に角良くない」

 

「飯も水も違うしな」

 

「まあ軍が嫌になったらそうするさ、整備士も引く手数多だろ?」

 

「そりゃあな、MMUなんてものが普及し始めた訳だし当然だろ」

 

BETAが片付けば平和になるかと最初は思っていた彼らだが、知らされる情報が多くなるにつれて戦いは終わりそうにないことを知った。G元素という魅力的過ぎる物質、戦争によって汚染された土地、壊滅した経済と農業、肥大化し続ける軍需…

 

「だが今後を考えると他の星に移住した方が楽かもな、とは思ったりしてる」

 

「社長殿は戦後に大規模な移民計画を再開させるって公言してる訳だしな、ついて行ったらどうだ?」

 

「そうだな、それも良いか」

 

半ば冗談混じりにそう返し、改めて疾風を見る。

集音装置でこちらの音声を聞いていたのだとしたら、AIはどのような感想を漏らすのだろうか。衛士は少し気になったが、666中隊との出撃に備えるべく格納庫を後にした。

 

 




更新頻度は暫く死んだままです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十八話 新兵器と新人と

欧州連合の疾風が狙いを定めるのは間引きのために呼び寄せたBETA集団であり、発射体勢の超電磁砲は二個小隊分の24機だ。今までと違うのはその全機が連射可能な3番機仕様ということであり、補給機を交えて発射体勢は万全だ。

 

「超電磁砲により敵の前衛にあたる突撃級を一掃、戦車や戦術機による直接照準射撃の効果を飛躍的に向上させる」

 

そう666中隊に説明するのはオスカー中隊の隊長であり、部隊員の一人が相槌を打っている。

 

「突撃級の死体が邪魔になって行軍速度も落ちてますね」

 

「その間に砲身の冷却など再発射までの時間をとり、敵を引きつけてから第二射を行い多くの敵を巻き込むって算段だ」

 

「これからの作戦において必須の戦力になりますね…重要度で言えば重金属雲と同じレベルですよ?」

 

666中隊もあまりの光景に言葉を失っているようだ。

しかしそれはオスカー中隊も同じであり、量産が始まったとはいえ大量のレールガンがここまで急速に運用され始めるとは思わなかったのだ。

 

「何処にこんな数があったんだ?」

 

「量産の目処が立ったので帝国国内に保管してあった予備砲身が欧州に先立って渡されたそうです、なのであの殆どは宇宙港製ですね」

 

「そうか、本国は随分と溜め込んでたらしいな」

 

「ですねぇ」

 

後方国として更なる派兵や支援を求められつつも国防のための物資は確保しているあたり強かだ、国内で消費する先が訓練くらいしか無いというのもあるのだろうが。

 

消費先になる筈だった中華戦線への派兵も先の大損害を受けて尻込みしているというのが現状であり、最新の機材を持ち込んで強奪されたくないというのも大きな理由の一つになっている。

 

「欧州以外にこんなの出せませんからねぇ、コレで撃たれて死にたくありませんし…」

 

「だな」

 

「というか、こんなことをAIに聞かせちゃって大丈夫なんですか?」

 

思想が偏ると困るんですけどと言う部隊員に、より多くの情報が与えられている隊長が答える。

 

「既に本社にて最低限の教育は済ませてあるらしい、倫理観に関しても戦場に居る気狂いとは比べ物にならんさ」

 

「成る程、良い子で居てくれよ?」

 

『分かりました』

 

いや喋るのかと部隊員全員が驚くが、よくよく考えると旧型AIも分析結果を音声で出力するなど話すこと自体は行えていたことを思い出す。しかしこのように受動的な行動は見たことがなく、少しだけ面食らってしまった。

 

「お、おう」

 

「賢いなぁ、俺たちも廃業か?」

 

そう笑う間にもBETAの数は減っていく、その勢いは増すばかりだ。突撃級を容易に撃破出来るというのは対BETA戦におけるブレイクスルーとも言うべき到達点であり、その効果は計り知れない。

 

「戦術機が既存の陸上兵器と一線を画す理由は突撃級の背中を取れたから、というのは俺の持論な訳なんだが…」

 

「砲撃機は纏めて吹っ飛ばすことで解決しましたね」

 

「盾役が居なくなればこっちのもんだ、戦車の120mmがこんなに輝く戦場も珍しいだろうな」

 

司令部から見れば戦車兵達は恐怖するべき対象が一掃され、自身の主砲が十分な効果を発揮する相手に対して戦えることに喜んでいるのが分かるだろう。少数ではあるが多脚戦車も参戦しており、機甲科からの撃破報告は鳴り止まない。

 

「超電磁砲を用いたBETA殲滅、楽になったと言いたいもんだが…」

 

『オスカー01、仕事だ』

 

そう上手くは行かないらしい、監視衛星と振動観測によると別動隊が接近して来ていることが確認された。包囲網の外から来たBETAは本隊に比べれば小規模であるものの、突破されてしまう可能性は高い。

 

「CP、包囲網を下げて砲撃で殲滅出来ないのか?」

 

『砲撃の迎撃率が想定より大きく上がっている、距離が離れていることを考えると重光線級が多数存在する集団だと見ていい』

 

「近付かれると疾風が喰われる可能性があるか、連射可能型は動きが鈍いしな」

 

3番機の実戦投入においても冷却装置を乗せた補給機二機を自身に繋げる必要があった、疾風が即座に移動するのは難しいだろう。

 

『先の作戦から欧州の兵站は疲弊している。敵本隊から距離がある上に風上でな、重金属雲が薄い地域の面制圧に割く余力は無い』

 

「元々超電磁砲頼りの間引き作戦かよ!」

 

通常兵器も戦術機も何もかもが消耗しているのが現状であり、この作戦の部隊においても引っ張り出されてきた第一世代機が殆どだ。だからこそ二個小隊分の疾風が穴を埋めに来たわけであり、待機している予備戦力はオスカー中隊と666中隊以外にマトモなのが居ないという有様だ。

 

「疾風が急に集められたのはこう言うことか、まだ立ち直れてないらしい」

 

「国連軍は初めて攻略されたハイヴの防衛に多くの戦力を向かわせてます、全ての方面で万全な戦力が居るとは到底…」

 

『オスカー中隊は666中隊と共に敵BETA群の足止めに向かい、疾風が迎撃体制を整えるまで持たせてくれ』

 

オスカー中隊の疾風には連射可能な超電磁砲が無い、一番機と同じ取り回しを重視した単発型だ。元から居た三機と新たに配備された二機で五機の疾風が居る計算だが、それでも心許ないだろう。

 

他の機体はハイヴ攻略戦を生き延びた鐘馗で構成されており、整備性に難はあったが大隊規模の戦術機を整備可能な整備班がそのまま残っているので問題は無かった。

 

「他に動かせる戦力は?」

 

『無人の多脚車輌群を向かわせる、後は欧州連合から第一世代機の小隊が合流する予定だ』

 

「小隊かよ、向こうもギリギリってことだな」

 

砲撃支援も最低限、重光線級も多数。

この盤面をどう切り抜けるか、そう悩む隊長だったが…

 

「つまりだ、光線級を片付ければ砲撃で倒し切るだけの余力が生まれるということだな?」

 

666中隊の女隊長はそう告げる、ここには無茶を通せるだけの戦力が揃っているのだから。




秋津島開発広報部と秋津島放送からのお知らせ

本二次創作の原作であるマブラヴシリーズ最新作、マブラヴ:ディメンションズの事前登録が開始されました。そのため我々はその作品の周知を図るため、動画を作成致しました。
秋津島放送の端末をお持ちでは無い方は作者のTwitterから視聴可能ですので、よければご視聴下さい。

今と未来を皆様の手に!
秋津島放送でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1988年〜
第六十九話 次期オルタネイティヴ計画


「装備を提供した666中隊は良くやってくれているようです、旧隼でも東側にとっては高性能機ということでしょうか」

 

「隼改に更新されることが決まった旧隼最後の改修版だ、性能は確かさ」

 

いつもの執務室で業務を熟すのは私こと社長とその秘書だが、今日は何やら興味深い報告が幾つもあるようだ。新年を迎えたと言うのに忙しいばかりで困ってしまう、どうにかならないだろうか。

 

「お子さんも産まれたというのに、難儀ですねぇ」

 

宇宙港の仮眠室に閉じ込められた際にまあなんというか、命中したのだ。

 

「この歳になって息子が出来るとはね、巫さんに何もなくて良かったよ」

 

「存外にも達観してらっしゃいますね、病院で待つ時も思いましたけど」

 

もう上手く思い出せないが、こんなことは前にもあったような気がする。前世の記憶というヤツは歳をとるごとに薄れており、自分を構成しているものがこの世界の記憶に置き換わっているような感覚がある。

 

「まあ…な」

 

「その話は仕事の後にしましょうか、ひとまず報告の続きを」

 

「頼む」

 

秘書が取り出したのはG弾の起爆実験に関する資料であり、米国が昨年に行ったことを公表したのだ。

 

「G弾か、五次元効果爆弾の実用化とは恐れ入るね」

 

「ML機関が暴走しかけた時に社員に対して説明していたヤツですね」

 

「先の一件からその手の開発は自粛ムードだ、公開された資料も危険性に焦点が合わせられてるな」

 

恒常的な重力異常の発生は確認されなかったが、能力で出力した複数起爆時の予測を秋津島開発名義でぶん投げた。言外に注意した甲斐があったというべきか、米国においてもG弾に対しては静観の姿勢が取られている。

 

「しかしオルタネイティヴ3、ESP能力者による直接思考捜査が停滞していることからG弾によるハイヴの攻略を唱える者もいるようです」

 

「通常兵器によるハイヴ攻略は成し遂げたが、逆に現実を見せる形になってしまったか」

 

一国の弾薬備蓄量を上回る火力投射が必要という時点で、BETAの間引きで精一杯の前線国がハイヴ攻略という夢を叶えることが出来ないことが分かってしまう。G弾によりハイヴそのものを削り取り、砲兵や戦術機部隊の運用規模を抑えて攻略を成功させるというのが返って現実味を帯びるプランとなったのだ。

 

「米国のHI-MAERF計画中止もG弾運用推進に拍車を掛けてますが…」

 

「何かあったのか?」

 

「例の事件でその手の過激な組織に手が入り、多数の逮捕者が出たのでG弾推進派は纏めて吹っ飛びました」

 

「えぇ…」

 

今は大粛清を生き延びた少数の穏健派しか残っておらず、軍の損害を減らせるG弾の正しい使い方などを模索したいと表明しているらしい。

 

「綺麗なG弾推進派になってる…」

 

「菓子折りも来てます」

 

「何処で帝国の文化を学んだんだよ」

 

お菓子は指向性タンパクが混入していないか検査に回されているらしい、担当の社員達はどんな気持ちで帝都の和菓子を検査機にブチ込んだのだろうか。

 

「して、次期オルタネイティヴ計画なのですが」

 

「うん」

 

「秋津島開発がラグランジュポイントにて試作を進めている播種船を使った、段階的な地球放棄が提案されました」

 

「…詳しく」

 

「はい、これは我々にとっても重要な議題となるやもしれません」

 

国連の議事録によると、秋津島開発の播種船であれば将来的な全人類の避難は可能であるとするものだった。確かに試作船のスペックは包み隠さず公開していたが、それが国連に持ち込まれるとは。

 

「オルタネイティヴ4飛ばして5って訳かよ、仇になったな…」

 

「宇宙開発部門の数少ない本業でしたから、成果の発表は継続して行っていたのが目についたのかと」

 

「そんな議題を上げたのは誰だよ」

 

「これはあくまで次期オルタネイティヴ計画の策定の際に出た意見でして、実を言いますと帝国からです」

 

よくよく考えるとその手の書類が送られて来たり、官僚さん達が来ていたことを思い出した。丁度出産やらなんやらでドタバタしていた時期だったため、興味も薄れたのかすっかり忘れていた。

 

「最近物忘れが酷いな、思い出したよ」

 

「良かったです、私より先にボケられては困りますからね」

 

この全人類の移民というのは明らかに不可能な目標設定だ、複数回に分けて移動させるにしても資材も技術も容積も何もかも足らない。

 

「しかし夢物語だろ、無理に決まってる」

 

「人を人として運ぶなら、そうですね」

 

「…うん?」

 

秘書が取り出したのは自分が書き出したが問題があるとして非公開にしていた技術と、帝国大学のある研究についての資料だ。非炭素擬似生命、00ユニットの元となる技術のように見える。

 

「人類の脳をそのまま電子上で再現できるだけのコンピュータと、人格と記憶のデータ化技術があれば移民は可能とありますが」

 

秘書が挙げた二つの要素は間違いなく原作の00ユニットが達成していた技術で、つまりこの世界において人類の電子化は不可能ではないということが分かってしまう。

 

「肉体を捨てろっていうのか!?」

 

「おかしいですね、社長がそう構想されていたのではないのですか?」

 

資料もありますよ、やっぱりボケてますかと言う秘書からひったくるように書類を受け取る。書類の内容は自分の設計図とそれに書き込まれていたコメントを元に組み立てられており、書いた覚えのない言葉にゾッとする。

 

引っ張り出した新型播種船の設計図、その一枚目には短く"魂の解放、解脱に至る道"と間違いなく自分の筆跡で書き込まれた文字がある。

 

「俺の字だ、間違いなく」

 

人類をデータ化することで移民に耐える存在に変え、人類の宇宙開発に革命を起こす。倫理観を棚に上げれば素晴らしい案だ、到底理解は出来ないが。

 

「出力した時に俺は手を加えてない、この文は…まさかそんな…」

 

「社長?」

 

「未来の俺が書いたのか、これを」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十話 試作機と支援車輌と

「未来だなんだと言ってましたが、あの件は」

 

「まだ確証が無い、後で話すよ」

 

現実逃避をするように仕事に戻った社長と秘書は、帝国軍の工廠へと足を運んでいた。そこには見慣れない装備に身を包んだ隼改が何機か鎮座しており、今回視察に来た理由である機体は1番奥のハンガーに居るようだ。

 

「隼改、あれは装備の実験機か」

 

「はい、我々が提供した機体ですが…かなり改造されたようですね」

 

新型機が搭載する装備の試験台として酷使された隼改は所々塗装が剥げ、不時着したと思わしき汚れも残ったままだ。周囲の慌ただしさを見るに、恐らくハンガーに戻って来たばかりなことが伺える。

 

「次期主力戦術機開発、耀光計画の機体は形になりつつあるようです」

 

「早いな、基礎設計が遅れていたと聞いたが」

 

「機体の大型化による余剰容積の確保が決め手となり設計が完成、その分増えた重量は新型装甲材の全面採用による軽量化で手を打ったようです」

 

「…道理で一回り大きい訳だな、20.2mとはかなりの巨体だぞ」

 

何を隠そう、目的の機体は原作において不知火と呼ばれた傑作機だ。

帝国軍が米国に対抗して開発を続けていた新型戦術機であり、このまま完成させることが出来れば世界初の第三世代機となるだろう。

 

「F-15に装備されていたような肩部補助推進器もオプションとして用意しているようですね、ロケットモーター式ですので小回りは利きませんが」

 

「信頼性と瞬間的な推力では実用レベル、中々考えてるな」

 

その大型化した機体は不知火を更に改良した弐型と似ていたが、試作機ということもあってか頭部は吹雪と酷似しているように思えた。

 

「あの頭部は?」

 

「一つ前の試作機を流用しているようです、空力特性は悪くなかったそうですがセンサが載せきれないという話でして」

 

資料を見ると、現在急ピッチで製作中らしい。その顔は不知火そのものであり、少しだけ翼の形状が違う以外は見慣れたものだ。

 

「なるほどねぇ」

 

不知火は本来であれば機体全高は19.7m、改良された弐型でも19.8mだ。それがここまで大型化したのは様々な要因があるが、その理由の一つには心当たりがあった。

 

「国内での運用以外も視野に入れたか、もう対岸の火事は収まる気配が無いしなぁ」

 

「各国の新型機や改修機にも航続距離の向上は求められる要素となりつつあります、謂わば戦術機開発におけるトレンドですね」

 

そう、ユーラシア大陸の奪還においては脚の長い戦術機が求められているのだ。避けられないハイヴ攻略に関しても、攻略部隊に機動の邪魔になる増槽を装備させたくないという観点から、燃料搭載量の増加を後押ししている。

 

「しっかしここまで大型化させる必要は無かったように思えるが」

 

「資料によりますと、まず一つ目は将来的な武装の大型化を見越しての采配のようです」

 

「ふーむ、レールガンの小型化辺りを想定してるのか」

 

実際問題、秋津島開発の超電磁砲開発班は新型砲の研究を続けている。将来的に超電磁砲を運用するための砲撃機という区分は無くなり、突撃砲を電磁兵器が代替するという考えは当たっているだろう。

 

「二つ目は空力特性によるもので、揚力の高い翼を搭載するためには大型化が必要だったとか」

 

「…確かに燃料消費は他の機体と比べて少ないな、直近のシミュレーション結果じゃあ隼改なんて目じゃないぞ?」

 

新型装甲材の軽量さもあるのだろうが、これだけの大型機で燃費をよく出来るとは恐れ入る。この機体に熟練者が搭乗した場合、カタログスペック以上の働きを見せるかもしれない。

 

「機体各所に設けられた翼によりごく僅かな電力消費での姿勢制御を可能とする新設計とありますが」

 

「滅茶苦茶ピーキーな仕上がりになりそうだな」

 

そこは光ファイバーによる機体制御と新型補助AIユニットの搭載でどうとでもなるらしい、半導体の性能向上も相まってかソフト面の進歩は目を見張るものがある。

 

「大体分かった、軍が御執心の格闘戦能力はどうなってる?」

 

「疾風は言うまでもなく、隼改の数段上ですね」

 

74式長刀との相性が非常に良く、高い運動能力から繰り出される斬撃の威力は従来機を超えるだろう。海外への輸出と汎用性の高さを求められた隼シリーズとは違い、帝国軍の要求が色濃く出ている。

 

「弾薬が欠乏しても尚継戦可能な戦術機とは、社長はどう思われます?」

 

「必要だろうさ、特にアジア戦線を押し上げるのならな」

 

中国戦線の補給体制は劣悪で、上層部は陸路で運ぶよりも戦場へのコンテナ投下のほうが内容物の損害が少ないと踏んだ程だ。補給機を使うことで人の手を介さないコンテナ輸送を大真面目に検討するなど、中々考えているようだ。

 

「超電磁砲の配備が進んだことで欧州戦線は安定しつつある、次の主戦場はこっちになるさ」

 

1986年に統一中華戦線が誕生し、中国の共産党政府と台湾は対BETAへの共闘を誓った。しかし第二世代機が量産され、第三世代や砲撃機など次世代の兵器が誕生する中でも彼らの主力は第一世代機だ。

 

「統一中華戦線が運用する戦術機はMig-21を改修した殲撃8型、国連軍も出張って来てるとはいえ戦力が不足している以上旧式機が目立つ」

 

「その戦場で戦うためには高性能機が必要というわけですか」

 

「まあ整備も補給も大変だが、新型の護衛があれば疾風も出れる」

 

「なるほど」

 

鹵獲や機密漏洩を恐れたため、超電磁砲を運用出来ているのは帝国軍と欧州連合軍のみだ。勢力が入り乱れた国連軍も少し怖いものがあり、共産主義陣営に関しては言わずとも伝わるだろう。

 

「我々の仕事はセンサ類と新型装甲材、あとはAIくらいですか」

 

「戦術機に関してはな、面白い仕事だったぜ」

 

そう言っている内に試験場へと自らの脚でやって来たのは、秋津島開発が作り上げた支援車両だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「機密の塊を盗まれるのは困る、なら戦場のど真ん中でも機体を回収出来る車輌が必要だよな」

 

「大き過ぎて整備計画に準じて整備された国内インフラを利用できない、所謂欠陥品ですけどね」

 

人命救助に使える機体とあれば開発班の熱も入るというもの、開拓用の多脚車両シリーズからまたも転用された代物があっという間に完成した。

 

「従来の運搬車輌と違って背部兵装担架と跳躍ユニットを取り外さなくても搭載が可能、戦術機も起動したままで良いから即応性は段違いさ」

 

「従来品と比べると運用コストも高いし整備性も悪いんです、あんまり大量生産とはいかないでしょうがね」

 

「浪漫があるだろ」

 

「前線に適応した支援車輌ってことは分かりますけどね、なんでもかんでも足を生やすのはやめてくださいよ!」

 





【挿絵表示】

図解です。

それとですね、秋津島開発が独自に開発する無人機の情報を手に入れたので最新の活動報告に貼り付けておきました。
今後にご期待ください、投稿期間は暫く空いたままですが…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 宇宙と地上と衛星網と

そろそろ秋津島レポートを書きます。


全力を挙げて修理が進められる国連宇宙軍の大型宇宙港だったが、その老朽化や拡張による整備性の悪化は深刻だった。特に先の事件により増加したデブリの清掃は進んでおらず、港にも被害が及んでいるのが寿命低下に拍車をかけている。

 

「えー、居住区画の遠心力式重力ユニットなんですが…」

 

「また止めるのか、仕方ないとはいえ多いな」

 

「いえ、新造します」

 

ギョッとした顔をする国連軍の関係者に、秋津島開発の宇宙港担当はある計画書を差し出した。それには試作有人移民船転用計画と書かれており、数百人規模を収容可能な設備が整っている。

 

「月と地球の中間点、ラグランジュポイントにて建造していた試作宇宙船を丸ごと居住区画に転用します」

 

「…お、おお」

 

「船内の重力区画は従来と同じ面積を確保しており、有事の際には分離も可能です」

 

社長曰く、作ったんだし有効活用せよとのことだ。

宇宙港あかつきは開き直って次の宇宙施設への足掛かりとし、試作品を投入することで運用実験を行いたいようだ。

 

「運用は現在計画中の次期大型宇宙港を完成させるまで、あくまで繋ぎのような扱いにはなりますが」

 

宇宙放射線の問題を解決出来ていない以上、少しでも被爆する量を減らすためには分厚い外殻が必要だ。その点宇宙船を転用したソレは今まで以上の防護能力を有しており、設備も一新されるとなれば乗らない手はない。

 

「安全性に問題が無いのであれば是非承認したい、居住区画が新しくなることを喜ばない者は居ないとも」

 

こうして宇宙港改造計画が始動、この計画により得られた情報から第二の宇宙港が完成することとなる。

 

 

「超電磁砲の冷却周りは絶対にミスるなよ、放熱出来なくて溶かしたら大目玉だ!」

 

拿捕作戦に投入される筈だった超電磁砲は流星と共に失われたため、地上の製造拠点にて宇宙用のレールガンを新造していた。搭載を予定していた戦艦に戦術機を介さず、主砲として直接取り付けるという設計に変更されたのも搭載機が大破したためだ。

 

「次の打ち上げに間に合わせにゃならん、軌道変更ユニットはもう完成間際だってのに」

 

「宇宙用の戦術機はもう母体になるF-14が足りませんよ、格納庫ごと予備機も吹っ飛んだんですから」

 

「猫なら米国から輸入するらしい、橋本主任も息子さんとの休暇が短くなって大変だとさ」

 

橋本未来、以前の名前はミラ・ブリッジスでありF-14を作り上げた人物の1人だ。どうにも訳ありで米国から睨まれているらしく、息子を地上に残して宇宙港に勤務せざるを得ないとか。

 

「ユウヤ君だっけ、社長がよく気にかけてたな」

 

「最近やっと息子さんが出来たけど、今も昔も自分の子供みたいに接してるよな」

 

戦術機の訓練装置を触らせたり、強化外骨格の遠隔操作をさせたり、中々職場から離れられない社長なりに娯楽となりそうな物を体験させていた。父親が居ない彼にとってどう思われていたのかは分からないが、色々と手を回していたようだ。

 

「社長の息子なんじゃないかって噂は払拭されたし、変な噂も流れてこなくなったよな」

 

「アレは申し訳ない時間でしたけどねぇ」

 

ユウヤ君が社長の息子なのではないかという噂はDNA鑑定にて否定された、大きな騒ぎとなったために秘書が手を回したのだ。なんでも米国から日本に来たのも一般人には想像のつかない厄介事が原因らしく、あまりに深刻な話だと社長が悩むのを見て社員達は噂を忘れることにしたらしい。

 

「F-14s用の拡張装備は完成したんですがねぇ、僕らも休暇に入りたいや」

 

「この大仕事が終われば暫く休みさ、新人も育って来て余裕も出てる」

 

新たに入った者達は秋津島開発の社員として経験を積み、一人前になりつつある。入社希望者の倍率は今も尚上がり続け、スパイかそうでないかを精査する政府関係者達が1番過労死に近いかもしれない。

 

「俺達はまだマシだが、衛星部門が心配だな」

 

 

「打ち上げ直す衛星の数は?」

 

「80機です」

 

「…追加で打ち上げる衛星は?」

 

「50機です」

 

大損害を受けつつもなんとか稼働中の衛星警戒網だが、ギリギリの状況であることは間違いない。打ち上げれば済む話かと思えばそうでもなく、大量のデブリを処理しなければ場所が開かないという状況が足を引っ張っていた。

 

「大破したアーテミシーズは国連宇宙軍により回収、核弾頭も同様です」

 

「やっとあのバカでかいゴミが退いたか!」

 

「ゴミって…」

 

「あんな簡単に世界を滅ぼせる量の核弾頭、浮かせておいて良いわけねぇだろうが」

 

今の人類に必要な兵器だってことは理解するがなと付け加える彼はどうにも不機嫌そうだ、恐らく代わりの核弾頭と衛星を打ち上げなければならないことが原因だろう。

 

「BETAが居なくなれば真っ先に送り返してやる」

 

「まあ、それには同感ですよ」

 

先の事件が衛星部門に与えた影響は大きい、皆が苦心して打ち上げた衛星群で数十万という人が死ぬ可能性があったのだから。最悪の事態は避けられたとはいえ、人類の食糧庫に大打撃を与えてしまったことは紛れもない事実だった。

 

「兵器なんざ必要のない星にしてやる、そのために開発班が頑張ってるんだしな…」

 

「それを言うなら、貴方も我儘は無しですよ」

 

それもそうかと笑う彼らは、デブリの回収と衛星の打ち上げを想定よりも早く終わらせた。そして本業だと言い張る民間の衛星打ち上げにて、今日も秋津島放送の受信範囲を広げるのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十一話 東南アジアと帝国

秋津島開発の建設部門は今日も大忙しであるが、いつもより休憩所として設置されているプレハブには人が多かった。何故なら作業機械の無人化が進み、休憩時間をより多く取ることが出来たからだ。

 

「1人居れば五機は管制可能ですからね、革命ですよ」

 

「そりゃ良いんだが、こうも出張が多いと有り難みも薄れるってもんだぜ?」

 

MMUオペレーターの男性は本国から持ち込んだ清涼飲料水を飲み干し、空になった缶をゴミ箱に放り捨てる。二人は休憩の間、世間話で暇を潰すつもりらしい。

 

「完成するまでの辛抱ですよ」

 

日本は軍需品の製造拠点を海外に移転させることを決め、段階的にインフラが整えられつつあった。特に東南アジアは赤道に近く、マスドライバーの一大拠点として開発が進められている。建設部門が滞在しているのもそのためであり、多数のMMUが作業を続けている。

 

「帝国は東南アジアに対する影響力確保に躍起になっててな、この忙しさもそれに後押しされてに違いない」

 

「ああ、石油ですか」

 

「戦術機は油をバカみたいに食うからな、製造拠点にも政府肝入りで資本が投入されてる」

 

元々中華戦線の物資供給を行うため資金は投入されて来たが、大陸の補給線はBETA以外の影響もあり芳しくない状況だ。将来的なアジア派兵において脆弱な補給を頼りにして貴重な正面戦力を失いたくはない帝国軍は、自前で更なる物資を確保しようとしていた。

 

「石油といえば中東アジアが危ないと聞いていますが」

 

「砂漠じゃ振動センサーも多脚戦車も役に立たん、戦術機も砂を吸って駄目になっちまうから稼働率も悪い」

 

その上舞い上がる砂は跳躍ユニットや関節部へ大きなダメージを与え、人類の石油事情を支えてきた中東アジアは欧州以上に危険な状況と言える。

 

「超電磁砲も放熱機構が合わなくてマトモに動かんらしい、今はまだ持ってるがどうなるか…」

 

「だからこその東南アジア資源開発という訳ですか」

 

「前の事件で種子島が吹っ飛びかけたんだ、予備も要るって判断もあるだろうがな」

 

第二の宇宙港建造が既に始まりつつある中、BETAに対して使用する兵器の輸送量を減らす訳にはいかないので打ち上げのキャパシティ自体を上げてしまおうという話だ。

 

「米国からはたんまり金を貰ったからな、こうしてまた増やせるってわけだ」

 

「また新型のマスドライバーなんですよね、前と比べて倍の輸送効率だとかで」

 

種子島のマスドライバーも建て替えが進むが、それでも一気に取り壊しという訳にはいかないため更新作業はゆっくりとしたものだ。常に需要が増え続ける打ち上げ施設は幾らあっても困らない、社長が推し進める拿捕作戦のためにも秋津島が使える輸送量も増やしたいのだろう。

 

「何処からアイデアが湧き出てくるのか分からんが、ウチの設計部門は心底頼りになるぜ」

 

そう言う彼らが端末に目をやると、今日のニュースが放送されていた。再生ボタンを押して視聴すると、タンカーを改造した戦術機母艦が東南アジアへと出発する様子が映し出された。

 

「今日のニュースはなんです?」

 

「東南アジアへの戦術機輸出だな、防衛力を底上げする腹積りか」

 

疾風や隼改の配備が進められ、今まで運用されていた旧隼は様々な国へと買われていった。特に戦術機不足に嘆く欧州はお得意様だったが、今回の放出分は東南アジアへと渡ったらしい。

 

「ここに色々と集中してますねぇ、調査してた海底資源は採掘しないんですかね?」

 

「採算が合わんそうだ、余程大きなものが見つからない限りはな」

 

海底ともなると調査にも莫大な資金が必要になるため、その手の資源探査は開発にまで辿り着くことは殆どないのが現状だ。

 

「…まあ戦争が終われば他の星に出張さ、地球での仕事が恋しくなるかもしれないぞ?」

 

「確かに、そう思えば苦でもないですかね」

 

帝国は本格的にアジア派兵を考えている、お得意様の帝国陸軍にも大きな損害が出るだろう。秋津島開発の社員となれば軍人から敬礼すらされるもので、そんな彼らが過酷な戦地に赴くのには思うところがあった。

 

「俺達がここで施設を完成させれば、その分前線は楽になる」

 

「ですね」

 

「この調子で人類を勝利に導こうぜ、そうすりゃ老後も英雄扱いさ」

 

「ハハ、縁の下の力持ちが性に合ってるでしょうに」

 

MMUの集中運用により沿岸部の防衛施設も並行して配備され、東南アジア諸国の防衛体制は飛躍的に向上することとなる。旧式化したと言うこともありライセンス生産が広く許可されつつある旧隼は独自の改修がなされ、長い間主力を務めることになるのだが、それはまた後ほど語ることとする。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十二話 現地改修機

「旧隼の量産が進んでる?」

 

「旧式化したことで格安となったライセンス生産契約が大量に結ばれていまして、F-4との代替を行う気のようです」

 

「いやいやいや、もう伸び代無いって」

 

拡張性をほぼ使い切ったことで隼改という別物を作り上げたと言うのに、旧隼の生産機数は今一度増え始めていた。

 

「F-4と違って設計の余剰は無いし、コスパじゃあF-16とは大きな差があるぞ?」

 

「政治的な理由です」

 

米国との仲が悪い国も居るのだ、そういった国々は東側の戦術機を運用している場合が殆どだが…どれも旧式化してしまっている。その上整備性に難がある機体も多く、過酷な環境下ではどうしても稼働率が低くなってしまう。

そこで白羽の矢が立ったのが旧隼、と言うことだろうか。

 

「あー、なるほど」

 

米国が輸出するのは性能を落としたモンキーモデル、その上比較的新しい機体ということもあり製造するには3Dプリンタがあるとはいえ少しハードルが高い。その点旧隼は市場に部品が多く流通しており、自国での製造が難しくとも自動工場を導入すれば安定した生産体制を築き上げることが可能だ。

 

「ここで面白いのが、F-16も共に採用される傾向にあるということです」

 

「Hi-LowならぬLow-Low構成じゃん」

 

「BETA大戦が始まってから国際的な市場、特に民需が死んでいるために経済事情が芳しくないので、小国にとってF-16はHi扱いなんですよ」

 

旧隼の値段は降下傾向にある、本来ならF-16と同価格帯だった機体が更にお安くなって再登場というわけだ。

 

「世知辛い話だな」

 

F-16は小型軽量故に稼働時間が短いが、第二世代機として高い性能を誇る他にも類稀な近接格闘能力を待ち合わせる。また増槽などの補助装備に恵まれている旧隼の稼働時間は長く、F-16に変わって長時間前線に滞在出来るため互いをフォローし合うことが出来る。

 

「安い機体同士でこんな相乗効果を発揮するとは、俺の目でも見抜けなかったな…」

 

旧隼を多数運用していた欧州は大損害を機にして大規模な戦術機の入れ替えを実行、生産施設は段階的に隼改製造のため組み替えられている。払い下げられる機体が増え、F-4を運用する中小国が欲しがるのは当たり前の話だった。

 

「隼とファルコンで紛らわしいため、F-16は非公式ではありますがバイパーという愛称で呼ばれることが増えつつあるとか」

 

隼と戦う隼が同じ戦線に居ると面倒だ、まあType-75とF-16と型番で呼べば問題は少ないのだが。

 

「じゃあF-15の売り上げはどうなってるんだ?」

 

「高性能なハイヴ突入用戦術機として採用されていると聞きます、F-16と比べて稼働時間も長いですから」

 

ハイヴ突入以外にも少数で多数を相手しなければならない光線級吶喊など、確かな性能を求められる部隊に配備されているようだ。

 

「本当だ、欧州仕様の長刀持ってる…」

 

なんと言うか、帝国と米国の戦術機販売戦略が上手く噛み合った結果なのか住み分けに成功している。確かに最近は米国の企業とも仲が良い、先の事件さえなければより多くの分野で協力し合えていた。

 

「して、本題に戻りますね」

 

「旧隼についてだったな」

 

「東南アジアへの提供もありましたが、やはり自国仕様の改修を行いたいと考える国は多くてですね」

 

「拡張性無いんだって」

 

時間差で同じ問題を突き付けられるとは、中々困った事態になってしまった。隼改を輸出すれば良いのだろうが、帝国や欧州がまだ配備中という状況では少し難しい。その上折角住み分け出来ていた戦術機市場で、再び米国と火花を散らす展開になりかねない。

 

「…でもまあ、現地改修機って浪漫だよな」

 

「はい?」

 

「必要とされてる以上、俺達もその声に応えなきゃあならん」

 

机の中から引っ張り出して来た旧隼の概略図に赤いペンで幾つか丸を描き、それを何度か見た後で丸めて立ち上がった。

 

「明日の休みは無しだ、少し地下に籠る」

 

「無理はしないで欲しいんですが」

 

「半日で終わらせるさ、息子に誰だと言われたくないしな」

 

旧隼に隼改のパーツを転用、プリンタで製造可能な範囲の部品を再設計し余裕を確保する。これにより隼改の部品製造単価を下げつつ、低コストで延命を可能にする改修キットが完成した。

 

「本当に半日で終わらせましたね、これは設計班に回しておきます」

 

「まあ付け焼き刃だけどな、隼改が売られるまでの繋ぎに使い倒してもらうさ」

 

「ここまで長く戦わされるとは、第一世代機は皆思わなかったでしょうね」

 

「そろそろ引退して欲しいんだがな」

 

それを許さない状況に追い込まれており、余裕がないと言うのは悲しいものだ。しかしこの対応により旧隼の性能こそ大きく向上していないものの、最低限の拡張性確保に成功した。旧隼は隼改という後輩がやってくるまで、暫くの間代打を務めることとなる。

 

「老骨に鞭打つようで悪いが、頑張ってくれ!」

 

「1番鞭を打たれているのは我々ですけどね…」




旧隼の挿絵は新しいものに差し替えられます。



【挿絵表示】




【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 飛べない飛行機と島嶼防衛と

「…一体、何を買ったんです」

 

社長が突拍子もない物を買うのは今日に始まったことではないが、大抵は理由があってのことだ。秘書が怪訝な顔をする中、社長がニヤリと笑いながら答える。

 

「地面効果翼機」

 

秋津島開発の輸送船が遥々ソ連から持って帰って来たのは、巨大な船とも飛行機とも言える機体だった。航空機というと光線級の登場により衰退した兵器体系だったが、何故今になって日本へとやって来たのだろうか。

 

「地面効果翼っていうと、水面スレスレを飛ぶ高速艇でしたっけ?」

 

「強度に難があってな、色々と曰く付きの代物だよ」

 

この機体は地面から数メートルしか離れられず、それ以上高く飛ぶことが出来ないという航空機らしからぬ特性を持っている。高い積載量を持ち、ミサイルも搭載した低空飛行する高速機というと恐ろしい兵器に聞こえるが前述したように問題もあった。

 

「まあ開発自体は20年前で、幾つか作られたが事故ったりしたんで倉庫に眠ってたらしい」

 

「事故って、船と衝突でもしたんですか」

 

「強度不足が祟ってな、波に思い切り当たって尾が折れたらしい」

 

通常の航空機に比べて燃費と積載量に優れ、高速性も併せ持つ地面効果翼機は対BETA戦においても有効な兵器となるかと思われた。しかしその運用コストが高いこと、平らで障害物のない海上でしか使えないこと、海上戦力は継続的な火力投射が求められることなどを理由にお蔵入りとなったらしい。

 

「ソ連製エクラノプランは確かに当時の要求に応えられなかった、だが今は違う!」

 

「何が違うんです」

 

「ユーラシア大陸がBETAに均されて、平らになっただろ?」

 

「…あー、水面と同じく平面かつ障害物が無いと」

 

来るべき大陸の次期反攻作戦、その発動において問題となっていたのは戦術機の航続距離だ。長距離を侵攻し、橋頭堡を築き上げるには稼働時間が持たない。インフラは全て破壊されているため、前線を押し上げたとしても補給線の確保が難しいのだ。

 

「コイツに戦術機を乗せて飛ばしたい、高い積載量と高速性を活かせば強力な物資輸送手段としても利用可能だ」

 

「いや、強度に難があるんじゃあ」

 

「馬鹿言え、俺達は今まで何を研究して来たんだよ」

 

軽量かつ頑強な戦術機の構造材を利用すれば強度問題など簡単に解決出来る、エンジンも跳躍ユニットの転用で問題ない。戦術機に使われている技術が他の兵器に転用出来ないわけがないのだ。

 

「設計を済ませたら飛ばすぞ、そんで欧州に売る」

 

「何故急にこんなものを用意し始めたんです?」

 

「戦術機の航続距離を伸ばすっていう目標に対して増槽を付けること以外思い付かなかったからな、いっそ載せて飛ばすことにした」

 

欧州側は燃費の良いエンジンに載せ替えることで航続距離を増やしたが、投入された試作機に乗った衛士達は推力不足を訴えたらしい。従来通りのエンジンを搭載して燃費を削るか、推力を削ってでも燃費を取るかは意見が割れている。

 

「欧州の次期主力機開発ですか、そんな話もありましたね」

 

こうして、大陸の部隊にはカスピの怪物ならぬ陸上の怪物が少しずつ配備されることになった。常時低空を飛行出来るため光線級からの攻撃を受けにくく、輸送機でありながらある程度の防御力も備えることから生存率は高かった。

 

戦後は何もなくなった大陸の数少ない交通網として運用され、兵器ではなく人々を乗せて余生を過ごすのだが…それはまた別の機会に語ることにする。

 

 

北海道は対ソ連と対BETAの双方を考える必要があり、本土の有事に備えて各種生産施設も建設が進むなど日本の重要拠点として要塞化されている。直近では超電磁砲を装備した疾風も一個中隊が配備されるなど、その戦力は日に日に増している。

 

「何故急にこんな寒い場所に来たんです!?」

 

防寒着を着込み、帝国陸軍からの出迎えを受けながら格納庫に向かうのは秋津島の社長と秘書だ。既に軍人達には要件は伝わっているようで、目当ての機体の元へと案内されている。

 

「視察だよ、沿岸部防衛用の改修機を見たかった」

 

自前の生産施設を持つと言うことは、独自仕様の戦術機を運用することが可能ということだ。隼とF-4が主力だった少し前の時代に設計、改修された機体をわざわざ見に来たのには理由がある。

 

「東南アジアの島嶼防衛用戦術機に転用出来るかと思ってな、隼改と入れ替えが進み始めて退役も迫ってるし」

 

「なるほど」

 

沿岸部防衛用に軍によって改修された旧隼は、胸部と肩部に分厚い追加装甲を備えていた。アンテナも分厚く破壊されにくい形状に変更され、跳躍ユニットには増槽が取り付けられている。脚部形状も変更され、足場の悪い沿岸部でもしっかりと踏み込むことが可能となっているようだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

内部構造には手を入れず、外付けにすることで求められた性能を最低限の装備で得ることに成功している。

 

「増援が来るまでBETAの上陸を食い止め続ける、それがこの機体に求められた役割ってわけだ」

 

継戦能力は隼の中でもトップクラスだろう、運用が盛んな欧州ではもっと原型のないバケモンがうじゃうじゃ居るらしいが。改修ではなく改造が施されているのがミソであり、隼を名乗る何かは今日も何処かで頑張っている。

 

「機動性が求められる戦術機に装甲を足すというのは良くありませんが、状況によってはかなり有用な装備ですね」

 

「増設された箇所は上半身のみ、重心を上に寄せて重量増加による機動力の低下を抑えようとしてる辺り…設計した奴は相当優秀だよ」

 

旧隼の後継機である隼改の登場は二年前、それまで北海道を守って来た頼り甲斐のある戦術機だ。実戦を経験していないのが唯一の不安点だが、この機体は東南アジアのお眼鏡にかなうだろう。

 

「見て分かっただろ、俺が東南アジアの島嶼防衛機にコイツを推薦したい理由がさ」

 

「装甲の増設と接地部分の改修で済みますね、将来的に別の戦術機を運用する際にも住み分けが可能になる良い案かと」

 

「東南アジアの影響力確保は帝国の重要な目標だし断らんだろう、日本も俺達も油田からの供給は必要だ」

 

その後は軍部と共に東南アジア連合への改修提案にこの機体が提出され、見事採用を果たす。様々な改修案に比べて費用が抑えられ、シンプル故に整備性の悪化も最低限だったことが決め手となった。

それに際して退役した改修機は海を渡り、東南アジアの沿岸部で働き続けることになる。

 




隼と鐘馗の立ち絵を差し替えたのでご報告です。
鐘馗は別物になりました、これからも挿絵の更新は行う予定です。

「隼」

【挿絵表示】


【挿絵表示】



【挿絵表示】


「鐘馗」

【挿絵表示】


【挿絵表示】



【挿絵表示】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十三話 重力制御機関

体調が戻らないので、合間にこの話でも…


社長と秘書はある造船場に来ていた、本来であれば宇宙船以外の船は買う方針の彼らがこのような施設を完成させていたことは不思議に思うべきことだろう。

 

「地下ドックから丸一日かけて外まで運んだんです、初めて陽光を浴びてるんじゃあないですかね」

 

「…ああ、壮観だな」

 

目の前にあるのは船というより、歪な形をした宇宙船と言うべき存在だった。全身を覆うのは戦艦に使用されるような分厚い対熱対弾複合装甲であり、その表面には対熱塗装が何層にも重ねて塗布されている。

 

「例の事件の賠償にG元素を引っ張り出すなんて、社長もよくやりますね」

 

「代わりにG弾の研究とML機関の安定化には協力するんだ、良い落とし所だろ?」

 

そう、目の前の船は水上を航行する既存の艦艇とは訳が違う。ML機関を搭載し、尚且つそれを充分に制御可能な設備を詰め込んだ人類初の飛行艦なのである。

 

「…ここまで大型化するとは思わなかったけどな、コンピュータが脆いのなんの」

 

「量子コンピュータの完成はまだ先ですし、現状のマシンパワーでどうにか完成させられたのは僥倖と言うべきですよ」

 

レーザー照射や航行時の加速時にかかる負荷に耐えるための各種装備と、コンピュータに付随して肥大化した放熱機器はあまりにも巨大過ぎた。搭載を予定していた各種装備の試験を行うためにも大きな設計余剰は必要であり、結果として船型となったのだ。

 

「曲がりなりにも人型だった凄乃皇とはまるで違うなぁ…」

 

凄乃皇は装甲、武装、コンピュータ、センサ、ML機関にバッテリーをも詰め込んで130m程に収めている。対してこちらは巡洋艦と同程度の200mであり、凄乃皇と違って駆動する部位を持たないため、姿勢を屈めて全長を更に短くするといった芸当も不可能だ。

 

結局のところ、この船はハイヴ攻略のために生まれながらも突入に全くもって適さないという欠陥品なのだ。

 

「どうされました?」

 

「なんでもない、サッサと司令所に行こうか」

 

巡洋艦と同程度の大きさを持つ試作飛行艦は無人であり、ML機関も停止状態のままだ。外部からの電力供給によりコンピュータは万全の状態で待機しており、万が一の場合は造船所側に設置された司令所から停止が可能だ。

 

「様子はどうか?」

 

「社長、予定より少し遅れてはいますが概ね順調です」

 

「時間はある、ゆっくり行こうか」

 

「はい」

 

太いケーブルが造船所には張り巡らされ、膨大な電力が船に供給されていることが分かる。しかしその半分程は有事の際に使用されるスペアであり、ML機関の危険性が知れ渡ったことによる過度とも言える措置だった。

 

「今回の試験内容はあくまでML機関の制御だ、投入されるグレイ11はごく少数であるため…」

 

「た、ため?」

 

「失敗しても船の心臓部がごっそり消えてなくなる程度で済む。諸君、張り切って臨むぞ!」

 

ML機関なんざまた作ればいい、そう言い切れるのは彼だけだろう。米国から得た資料とHI-MAERF計画の試作機、衛星軌道上で確保したML機関の実機を元に自社製の炉を完成させてしまったのだ。

 

「この技術の実用化に成功すれば、人類の宇宙開発は新たな段階に到達する。我々は幾度となく手に入れて来た未来のための布石、その最たる物を手にしようとしているのだ」

 

地上から宇宙へと旅立つ際に最も邪魔をするのは重力に他ならない、ML機関はその問題を一挙に解決する希望の光なのだ。

 

「長くは語らん、全力を尽くしてくれ!」

 

そう言い終わると、司令所の人員が一斉に動き始めた。最後まで作業に当たっていたMMUもいつの間にか退避しており、起動の準備は万全というわけだ。

 

「ML機関にグレイ11カートリッジを挿入、続けて減速剤注入機構を解放」

 

「演算処理システム全て正常、温度変動許容範囲内」

 

「重力場センサは正常に動作中、ラザフォードフィールドを検知可能です」

 

秋津島開発の技術力を結集した船が動き始めた、ML機関にも燃料が投入され反応が始まるのを待つばかりだ。

 

「グレイ11反応開始、反応速度はステージ1」

 

「ラザフォードフィールドの発生を検知、波形は安定」

 

「演算処理は問題なく継続中、制御に成功しています!」

 

「船体への負荷は現状確認出来ず、ML機関からの余剰電力は現在船内蓄電区画へ投入中」

 

ラザフォード場を制御出来なければ、船体の何処かに歪みが生じてそこが壊れる。しかし今のところ異常はなく、最新鋭コンピュータはその性能でもって制御に成功していた。

 

「予定通り一定以上は蓄電に回さず船外に流せ、今回は荷電粒子砲も超電磁砲も撃たないんだ」

 

「反応は予定通り進行中、ステージ2に到達」

 

「ラザフォードフィールド、完全に船体を覆いました」

 

「尚も異常無し、負荷は想定以下です!」

 

実験は成功だ、秋津島開発はML機関の制御を成功させた。しかしそれは限られた状況下における成功に過ぎず、その制御が難しくなるのは移動時や光線の照射を受けた時のことだ。それに対応出来なければ実用化には程遠い。

 

「ステージ3、グレイ11の枯渇まであと20秒」

 

「制御は問題なく進行中、実験の目標を達成しました」

 

「燃料が切れたら機関は停止する、最後まで気を抜くなよ」

 

ディスプレイに表示されたラザフォードフィールドは段々と強く、分厚くなって行くが船体を覆う形になるよう制御されている。更に広がるかと思った矢先に燃料が切れ、ML機関は停止した。

 

「実験終了、各員は終了時の手順に従い点検を行って下さい」

 

あまりに地味な光景だったため、見ていた帝国の軍人や政府関係者は一部を除いて何が起こったのか分からない様子だった。

 

「停止状態での制御は米国も成功させた第一段階だ、移動させてからが本番だぞ」

 

「第五段階はあかつきへのドッキングでしたっけ?」

 

「そうだ、忙しくなるぞ」

 

この世界の人々にとって超電磁砲はまだ理解出来る兵器だった、あくまで質量を持った弾頭を飛ばすという既存の火器と変わらぬ法則で動いていたからだ。だが目の前の船は違う、全くもって異質な技術を用いて理解の及ばぬ領域にまで手を伸ばそうとしている。

 

「第二段階の実験は予定通り行う予定です、何かご質問などは」

 

そう言うと、政府側の人間であろうスーツ姿の男性が手を挙げた。

 

「社長殿、あの船を貴方はどう見ていらっしゃるのかお聞きしたい」

 

「人類の未来を乗せる播種船になる可能性を秘めた、現時点で最強の対BETA兵器ですよ」

 

秋津島開発は何処までも夢を追い続ける、そのためにBETAを滅ぼすのだ。




また間隔が開いてしまうと思うので、これとは別に短編小説も投稿しておきました。そちらを読んで小説更新をお待ち下さると幸いです。

季節の変わり目ということもあり、風邪を引いてしまいまして…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シュヴァルツェスマーケン編
第七十四話 裏切りと内戦と


オスカー中隊の隊員達が赤髪の衛士に次々と物を渡していく、そのための列はそれなりの長さだ。

 

「テオドール、これ持ってけよ」

 

「コイツもだ、向こうは冷えるだろ!」

 

「あ、ああ」

 

そう言って渡されたのは秋津島開発のロゴが目立たないタイプの防寒ジャケットであったり、使い捨てのカイロなどの消耗品であったりなど秘密警察に目くじらを立てられにくいであろう品々だ。

 

「しっかし、帰るってのにこんなミスがあるとは」

 

「跳躍ユニットのフィンが歪むなんてな、大方吸入口に工具でも落としたんだろうが…」

 

欧州戦線の安定と機種転換訓練の修了を受け、彼ら東ドイツ最精鋭である666中隊は既に帰路に着いていた。しかしテオドール少尉の隼に不具合が見つかり、それの修理で彼の出発が遅れていた。

 

「社長から連絡だ、基地のカタパルトで向こうまで飛ばしても良いってさ」

 

「流石にそれは悪い、遠慮して…」

 

「そうは言っても東ドイツ行きの車列に単機で追いつけないぞ、ここは宇宙の旅を楽しんで来いって」

 

最初から彼を打ち上げるつもりだったのだろう、既にHSST用の戦術機格納コンテナが格納庫まで搬入されている。

 

「まあ外は見えんがな」

 

「恐ろしいにも程があるだろ!」

 

そう突っ込む彼を皆が笑う、良いキレだと言わんばかりだ。

 

「最初はツンツンしてたのに、打ち解けてくれて嬉しいぜ」

 

「すぐ舌打ちしてな、まーあ最初から良いヤツだって雰囲気は滲み出てたが」

 

妹さんとの再会は泣いたぜとオスカー中隊の面々は言い、何処からか解散前に撮影した集合写真を取り出した。

 

「現像する施設が遠くてな、遅くなったが受け取ってくれ」

 

「これは」

 

「何を隠そう、カラー写真さ」

 

彼の出発が遅れていなければ渡せなかった品であり、何かそういう因果でもあったのかもしれないと隊員達は思っていた。

 

「荷物はこのコンテナに入れてくれ、元気でやれよ?」

 

「…ああ、そっちもな」

 

コンテナを持って来たのは彼の機体に搭載されていたAI用の外骨格だ、メンテナンスのために取り外されていたAIユニットも搭載されている。

 

「なんだよ、感動のわか…」

 

そう言った瞬間に鳴り響いた非常事態警報の後、格納庫の戦術機が被弾した。着弾した際に見せる火花は見慣れた劣化ウラン弾のものであり、コンテナへと積み込もうとしていた隼の頭部が吹っ飛んだ。

 

「…れ?」

 

吹き飛んだアンテナが落下し、火花が飛び散る。全員が唖然としたが、衛士達は咄嗟の判断で声を張り上げた。

 

「伏せろォーー!!」

 

「作業員は退避!戦術機から離れろ!」

 

120mmがコックピットに撃ち込まれ、配備されたばかりの疾風も例外なく破片を浴びる。飛散した装甲は凶器と化し、機体の近くに居た作業員達は重症だ。

 

「…この駆動音、まさか」

 

「チボラシュカじゃない、バラライカか?」

 

そう、姿を見せたのは国連軍塗装のMiG-21バラライカだった。

移動中の車列は監視が続けられている、いつのまにか接近されていましたという状況なわけがない。

 

「格納庫から退避急げ、接近して来るぞ!」

 

「国連から迎撃機が上がってる、流れ弾に注意しろ!」

 

対抗手段が無いオスカー中隊の隊員達は一斉に格納庫から逃げ出したが、テオドール少尉は目の前で破壊された自らの隼を見て固まっていた。どうしていつもこうなるのかと言いたげな彼だったが、コンテナを抱えたままのAIが引っ張るようにして移動させる。

 

「またか!今度は何処の陰謀だよ!!」

 

「知りませんよそんなこと、馬鹿が考えてることは確かですがね!」

 

 

これ見よがしに暴れたバラライカは駆けつけた国連軍機によって撃墜され、テオドールの隼と共に爆散した。搬入されたばかりだった疾風にも被害はあり、特に整備士達の被害は甚大だ。

 

「トリアージだ!タグを持ってこい!」

 

「強化外骨格で瓦礫を退かすんだ、一時間が勝負だぞ!」

 

衛士達は感動の別れも束の間、強化装備のまま救助に奔走している。旅立つ筈だったテオドール少尉もそれに加わっており、手には治療の優先順位を決めるためのトリアージタグが握られていた。

 

「呼吸…無し、心拍無し、出血多量…」

 

テキパキと状態を確認した軍医が彼に手を伸ばし、手に持ったタグを渡すよう催促してくる。

 

「黒だ」

 

「あ、ああ」

 

666中隊の機体カラーリングにも採用され、BETAに対して時折発せられる黒の宣告という単語はこのタグを意味する。戦場にて死亡又は治療の見込みがない者に付けられるものだ。

 

「テオドールは居るか、緊急連絡だ!」

 

そう言いながら地獄と化した格納庫にやって来たのはオスカー中隊の衛士だ、赤髪ということもあり見つけやすかったのか駆け寄ってくる。

 

「東ドイツで内乱だ、666中隊も車列が襲われた!」

 

彼は思考が追いついていないのか、目を見開いたまま動けない。

 

「隊長から話がある、ついて来てくれ」

 

そう言って引っ張られ、連れてこられたのは小さな会議室だった。秋津島開発のロゴが付いた通信機器が大量に配置され、ケーブルは床を埋め尽くす勢いだ。

 

「これは一体…何をしてるんだ?」

 

「工作員の侵入があってな、重要な機器を掻き集めて別の場所に避難させたと言うわけだ」

 

そう言って投げ渡されたのは東側で運用されている突撃銃であり、工作員が持っていた物のようだ。全長は短く切り詰められており、一般の兵士が持っている物ではない。

 

「今回の内乱で少尉を帝国軍の格納庫ごと襲撃、ついでに火事場泥棒とは大胆不敵にも程がある」

 

「被害はどうなったんだ、聞いていいのか分からないが」

 

「軍用の衛星通信機を一つ掻っ攫われた、最悪の場合秋津島放送の衛星群ネットワークに攻撃が行われるかもな」

 

帝国陸軍の機械化装甲部隊が軽装の潜入部隊に遅れを取る訳がなく、殆どは警告の後発砲された大口径弾でミンチと化した。しかし証拠隠滅のためか爆発物を携行しており、格納庫に付随する施設の一部は損傷により使えない状況だ。

 

「俺も勘が鈍った、引退するべきかもな」

 

隊長が戦場で頼りにしてきた勘も、ハイヴの攻略後からは鈍る一方だ。

奪われてしまったとはいえ秋津島と同等のコンピュータを持たないソ連が防御を破れるとは思わないが、通信機の情報が他の手に渡るのは危険極まりない。

 

「HSST暴走事件のような騒動に利用されないとも言えん、何より現物をチラつかせるだけで相当の交換材料になる」

 

秋津島開発の高度な通信ネットワーク、その機密性を担保しているのはどの国も解読出来ない高度な暗号化にある。軍用品ともなれば手が出せる情報も多く、暗号の秘密が解かれるわけにはいかないのだ。

 

「秋津島開発は奪取された通信機のアクセス権を剥奪すると言っているが、中身を見られるのは困るそうでな」

 

誰がやったのかは知らないが、もし内乱中の東ドイツから他国に亡命するとなれば十分過ぎる対価となるだろう。そういった情報に目敏い奴の犯行か、それともソ連の陰謀か…

 

「帝国の上層部は対応を決めかねている、取り返すために東側へ軍隊を派遣するわけにはいかん」

 

「…ここまで話す理由が知りたい」

 

「少尉に頼み事があるからだ、分かるだろう?」

 

そう言って手渡されたのは秋津島開発製の衛星通信端末で、民間から衛士にまで広く普及しているタイプだ。

 

「衛星通信機の回収又は破壊を頼みたい、装備はこちらで用意する」

 

支援も端末から行うと言う訳だ、なんとも贅沢な話である。

 

「本気か」

 

「少尉が仲間と合流したくないとは思えんのでね、丁度いい条件じゃあないか?」

 

襲撃された車列に唯一追いつく方法を持ち、失われた戦術機の代わりを用意し、衛星からのバックアップすら受けられる。この内乱で空からの目を得られると言うのは、途轍もないアドバンテージだ。

 

「まあ少々…いや、大いに過激なやり方にはなるがな」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十五話 SPFSS

「襲撃者に機体が強奪されたと言うのは本当か!?」

 

「隊長が人質に取られています、要求は東ドイツにまで機体をマスドライバーで運ぶことだと」

 

「何ということだ、嘘だと言ってくれ」

 

国連軍の司令部は突如起きた襲撃の鎮圧に動いたものの、いつの間にかオスカー中隊の隊長が捕えられていたという事実に頭を抱えていた。

 

「相手については、何か分かったかね?」

 

「ヘルメットを被っていて、話す際も変声器を噛ませているようで…」

 

「狙撃や戦術機による鎮圧はどうか」

 

BETAを目前にして行われた東ドイツのクーデターは、国際社会からは冷ややかな目で見られていた。オスカー中隊への被害も共産陣営の破壊工作だと目されており、国連は治安維持とBETA排除を名目に部隊を動かし始めている。

 

「作業員も脅されているんです、下手な対応をすれば隊長の身を案じるあまりマスドライバーを稼働してしまいかねません!」

 

そう反論するのはオスカー中隊のCP将校であり、彼が持ってきた端末では戦術機の外部スピーカーで脅されている作業員の映像が再生されている。

 

「コンテナの中身は疾風と聞いたが、超電磁砲は?」

 

現在において最も鹵獲を恐れるべきは疾風ではなく超電磁砲だ。疾風に使われている技術は確かに西側において最新鋭と言うしかない代物だが、未来における影響を考えれば無傷のレールガンというのは危険過ぎる。

 

「装備していません、副腕装備型です。しかし突撃砲や長刀といった各種装備品が共に詰め込まれていて、吹っ飛ばそうものなら二次被害は甚大です」

 

疾風は鹵獲を避けるために、ハイヴ攻略部隊以外でもS-11を搭載している。今回はそれが仇になり、もし自爆されようものなら飛散する装備でマスドライバーと周囲への被害は甚大なものになるだろう。隊長の生体情報を使えば機体を起動することも不可能ではなく、今この瞬間に打ち上げ基地が吹っ飛んでもおかしくない。

 

「包囲は緩めるな、どうにか対応を決め…」

 

「あっ」

 

「「えっ?」」

 

彼らが窓の外に目をやると、マスドライバーがコンテナを空高く打ち上げている真っ最中だった。

 

「何故発射したァ!?」

 

「ふ、不明です!」

 

全員が慌てふためく中、帝国の将校が俯いて机に顔を隠した。誰もが同情するなかで、彼はひとまず誤魔化せたことに安堵していた。

 

「(これで本当に大丈夫なのか気になるが、部下に手を出した奴らを殴り返せるなら…とはいえ、これで私も共犯者か)」

 

 

マスドライバーによって宇宙へと打ち上げられたコンテナだが、その中では顔色を悪くした赤髪の衛士がヘルメットを外して吐き気を堪えていた。襲撃者として隊長と共に打ち上げられたのは、666中隊のテオドール少尉だった。

 

「…衛星軌道に到達したか、気分はどうだ?」

 

「最悪だ」

 

「結構、これからは落ち続けるから覚悟しろよ」

 

そう言うと隊長は束の間の無重力状態中にコンテナの中を移動し、緊急時用と書かれた何かを弄り始めた。疾風が固定されていても尚余裕があるコンテナ内には、戦場で見慣れた補給コンテナが二つ載せられている。

 

内部は武器弾薬にドロップタンクまで積み込まれており、当分の間は動き続けられるだろう。隼譲りの信頼性を持つ疾風であれば、相当な無茶をしない限り連続稼働に支障は来さない。

 

「HSST無しの降下だからな、国連の軌道降下部隊さながらの突入になるぞ」

 

「あ、ああ」

 

「それと戦術機がダメになった時用の脱出装置があるからな、俺はコイツで宇宙に残る」

 

そうして秋津島の救助船に助けてもらい、宇宙港で治療を受けるという方便で宇宙に留まる。あかつきと言えば衛星ネットワークの中枢かつ秋津島のテリトリーであり、支援を行うのには打ってつけだ。

 

「…これは軍の作戦じゃないのか」

 

軍がやるにはあまりにも急で行き当たりばったりな行動だ、とても余裕がある帝国軍が焦ってここまでのことをやるとは彼には思えなかった。

 

「気が付いたか、こんな馬鹿をやるって言い出したのは秋津島の社長殿さ」

 

なんでか知らんが、お前らが相当気に入ったらしいと隊長は語る。脱出装置が起動してもコンテナは問題なく東ドイツへ向かう軌道を取り続ける設定になっており、ミサイルによる迎撃を避けるため外殻を分離してレーダーを撹乱する。

 

「詳しくはソイツに聞け、じゃあ暫くの間はお別れだ」

 

「待っ…」

 

颯爽とした去り際で、幾つか聞こうと思っていたことを質問する前に隊長は居なくなった。急に芝居をやると言われ、襲撃者役をやらされたテオドール少尉はまだ落ち着いてはいられなかった。

 

「ソイツって誰だ?」

 

『はい、プランWに基づき貴方を支援します』

 

抑揚のない中性的な人工音声がコックピットに響き、米国製の管制ユニットには無いサブモニターには秋津島開発のロゴと似たようなマークが表示されている。

 

『衛士思考操縦補助システムの音声インターフェースです、今後の予定をご説明致しましょうか?』

 

Surface Pilot Feedback Support System、略してSPFSSと液晶に文字が羅列される。これが人間の脳神経を基に作られたニューロチップを使用した、最新型のAIである。

 

『SPFSS、エスピフェースとでもお呼びください』

 

「…分かった」

 

『まず前提としましては、合流予定だった666中隊は既に拘束されているようです』

 

恐らくは国境付近で待ち伏せされたのだろう。AIが何処からその情報を得たのかは疑問だが、悪い報告であろうとも有益な情報であることに間違いはなかった。

 

『666中隊が使用している基地は現在、機影から見てMiG-23を有する秘密警察組織に掌握されています。その場所に666中隊の車列が誘導されていることを踏まえると、この基地に部隊員が拘束されている可能性は高いと言えるでしょう』

 

「空から直接行くと言うわけか」

 

『はい。彼らが隼を破壊せず持ち帰っている辺り、西側に関しての情報を部隊員から得ようとするのは自然かと』

 

希望的観測も含みますがと機械らしくない一言をSPFSSは付け加え、モニターアームを使って液晶をわざとらしく傾けてみせた。

 

「降下した後はどうする」

 

『敵戦力を殲滅、666中隊員を救出し通信機の捜索に当たってください』

 

AIは未だ駐留しているMiG-23の小隊相手に真正面から突撃、一対多の状況を切り抜けろと当たり前のように言い放つ。

 

「待て、俺はこの機体に乗ったことすら無いんだぞ!?」

 

『少尉の戦術機に蓄積されていた操縦データは保管されていたバックアップから復元、当機に反映してあります』

 

旧AIの情報を引き継いでいるため、初対面とは言えないかもしれませんねとSPFSSは告げる。目の前に居るのは、短い間とはいえ付き合って来た相棒…ということになるのかもしれない。

 

オスカー中隊のベテランでさえ振り回されたという逸話を知っていた彼は本当に大丈夫なのかと言いそうになるが、仲間を助けるために多少の無茶は承知だと自分に言い聞かせた。信頼出来る上官も、再会したばかりの妹も共に捕えられている、一刻も早く助け出さなければ。

 

『当機の性能を疑われているようですね、少尉』

 

「いや、そうじゃ…」

 

『隼との多対一演習にて、本機は小隊相手に勝利しています。無論超電磁砲は装備していない状況においての記録です』

 

今まで棒読みだったのにも関わらず、この瞬間だけなんとも誇らしそうな声色になるSPFSSを見て少しだけ気持ちが和らいだ。

 

『あと少しで降下開始地点に到達します、降下シーケンス開始』

 

コンテナ内の照明が落ち、コックピットが閉鎖される。疾風が待機状態から切り替わり、跳躍ユニットが熱を帯び始める。

 

『機体システムを戦闘モードに移行、各種兵装との接続再確認中』

 

網膜投影も再開され、少尉の視界に疾風の視界が重なった。火器管制システムは既に万全の状況であり、レーダーやカメラも全て順調に動作しているのが感覚へのフィードバックで感じられる。

 

「これは…」

 

全てが知覚出来るのではないかと勘違いしそうになるセンサ類、操縦桿と思考制御の反応速度、自身の手足かのように動く駆動系。まるで戦術機に乗っている気がしない、そう感じた。

 

『全てが隼とは段違いでしょう、マスター』

 

「ま、マスター?」

 

『貴方の名前をレコーダーに残さないための工夫ですよ、私が操縦者として認めたということでもありますが』

 

恐らく自身の性能に驚いた自分の様子を見て気分が良くなったのだろう、話し方に反してなんとも子供らしいヤツだ。機体の製造年を見るに、生まれてから一年も経っていないと考えれば早熟にも程があると言った方が正しいのかもしれないが。

 

『マスターのお手伝いを致しましょう、地球へ戻る覚悟はよろしいですね?』

 

「…ああ!」




2番機って鹵獲されがちですよね。

90話達成、100話まで突っ走りますよ!
と言うわけで、よければブクマと評価よろしくお願いします。
ゴールデンウィークで執筆に使う燃料を下さぁい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十六話 救出と内通と

降下準備に入ったコンテナの内部にて、テオドール少尉は操縦桿を握り締めて待機していた。ただ重力に逆らわず落ちているだけの状態であるため、出来ることがないのだ。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

『冷戦時の弾道弾迎撃設備があるため、最悪の場合は撃墜されます』

 

BETAは空を飛ばないために対空設備の更新や近代化は遅れているが、それでも監視を怠る国はないだろう。

 

『そのためコンテナからは早期に脱出、機体は減速を規定より遅く行います』

 

「コンテナを囮にする訳か」

 

『超電磁砲があればミサイル自体を迎撃出来たのですが仕方ありません、狙われた際は36mmでの迎撃を試みます』

 

しかしここまで言った後で、SPFSSはあっけらかんとした態度で言い放つ。

 

『ですが秋津島開発のコンテナが東ドイツに落下すると言う情報は流してあります、中身が欲しい彼らならミサイル発射に踏み切る可能性は五分五分ですね』

 

「お前、わざわざバラしたのか!?」

 

『大規模な破壊工作があったんですし、東ドイツが勝手に勘繰ってくれると思われます』

 

機体が落下し始め、話す余裕が段々となくなる。ガタガタとコックピットが大きく揺れ、操縦者の全身を浮遊感が襲う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『舌を噛みますから、話さないことをお勧めします』

 

コンテナ内ということもあり、視界もセンサも遮られていて外部を認識することは出来ない。コンテナ側に取り付けられている高度計だけが頼りだが、その数値は目紛しく変動している。

 

『規定高度、コンテナから脱出します』

 

機体のセンサーが復旧するが、レーダー照射を受けているという警告音が即座に鳴り響く。しかし飛来物は見つからず、地上には戦術機の噴射炎が幾つか確認出来る。

 

「下に居るぞ!」

 

『逆噴射をかければ相手は警戒してしまいます、油断させている内に一機目を』

 

「無茶を言いやがる!」

 

彼は反射的に舌打ちをしようと思ったが、あまりに激しい落下の中では思うように出来ない。しかしそんな不完全燃焼感を味わう暇はなく、SPFSSの言う通りに接近して来る機体へと突撃砲を向けた。

 

『相手へのロックオンはギリギリまで待ちます、あと5秒』

 

「…うぐっ!」

 

体勢を変えたことで風の抵抗を受け、機体が傾く。しかし操縦桿は離さず、トリガーに指はかけたままだ。何度も激戦は潜り抜けて来た、BETAの居ない戦場などぬるま湯に等しいと自己暗示をかける。

 

『撃ってください』

 

六門の突撃砲が一斉に火を吹き、大量の36mm弾がばら撒かれる。のんびり直進していた機体は突如飛来した弾丸の雨に打たれ、穴だらけになって落伍する。

 

「吹かすぞ、良いんだな!」

 

『どうぞ』

 

疾風の跳躍ユニットからは機体全長と同じほどの噴射炎が噴き出て、一気に機体を上に押し上げる。秋津島開発のロケット工学は明らかに過剰とも言えるのではないかと思えるような推力を発揮させることに成功しており、少尉は急な減速に視界が真っ赤になる。

 

「がッ!?」

 

『匍匐飛行に移行します、気を失わないで下さい』

 

意識が朦朧とする中で、彼の手の中にある操縦桿が勝手に傾いた。ただ単に減速しただけの機体は即座に跳躍ユニットの向きを変え、敵と距離を取るように低空を飛び始めた。

 

「ハーッ、ハーッ、ハー…」

 

『追って来ますよ、砲撃用意!』

 

「分かって、る!」

 

突撃砲を有する背部兵装担架が後ろに銃口を向け、砲弾を放つ。

しかし流石は対人戦経験のある秘密警察シュタージというべきか、あっさりと回避されてしまう。

 

『120mmを使って下さい』

 

そう言われた彼が即座に120mmを発射すると、そこからは散弾が発射された。小型種掃討用のものとは毛色の違うそれは、タングステン製の弾頭を敵戦術機が回避した先に撃ち込んだ。

 

軽い金属音の後、機体前面に散弾を浴びたMiG-23はセンサが一気に死んでパニックになったのか、墜落して爆散した。

 

「…二機、撃墜」

 

『次が来ます、動きが良いのがひとつ』

 

恐らく分隊なのだろう、二機が果敢に突っ込んでくる。散弾は見られたようで、片方は回避機動を取りやすくするためにリスクを承知で高度を取っている。

 

『鈍い方から落とします、集中砲火を』

 

六門の突撃砲を前に向けて展開、一機に向けて撃ち放つ。回避しようにも、弾幕の濃さに絡め取られて撃墜された。

 

『もう一機に向け砲撃を…』

 

「待て!」

 

ある程度の距離まで近付いて来た敵機は、突撃砲を兵装担架に納めた。手には何もなく、ただその場に留まっている。仲間が三機も撃墜されたと言うのに、全くもって不可解だ。

 

『通信が来ています、繋ぎますか?』

 

「ああ」

 

彼の脳裏には最悪の状況が思い浮かべられていた、こんな状況で武器を納めて話をしようとするシュタージの人間など居ない筈だからだ。その想定は半ば確信めいたもの、今までそんなことは無いと思い込もうとしていた過去の想いも重なって信憑性を高めていた。

 

「リィズ、なのか」

 

『…なんでここに居るの、向こうに居てくれれば良かったのに』

 

彼女は部隊に補充要員として来た自身の妹であり、幼い頃生き別れになっていた。シュタージのスパイなのではないかと疑いの目がかけられていたが、その真実は残酷だが明らかになってしまった。

 

『お兄ちゃんは巻き込みたくなかった、なんで戻って来たの?』

 

その言葉から察するに、彼の戦術機に細工をしたのは彼女なのだろう。

 

「俺は仲間を」

 

『あの女でしょう、そのために来たんだよね』

 

彼が密かに想いを寄せる相手というのは666中隊の女隊長、アイリスディーナ大尉だ。過去に身内を秘密警察に売ったという経歴を持つが、その身内が彼女を生かすために売らせたというのが事の真相だ。

 

「それは…」

 

まるで自分の心がその場に無いような、気丈に振る舞っていても何処か儚い彼女を彼は守りたいと思っているのだ。

 

『この国はもう終わり、一緒に逃げようよ』

 

「見捨てるっていうのか!?」

 

彼は妹への返答にやるせない想いを込めてぶつけるが、それは全く響いていないように思えた。響くというより、もう響くものが無いというのが実情に近いのかもしれないが。

 

『国連とソ連の部隊が入って来てる、その機体は目立つだけだよ』

 

「駄目だ、俺は基地に行く」

 

『…どうして』

 

彼女の戦術機は今まで微動だにしていなかったが、操縦系統が何かしらの思考を読み取って動き始めた。機体はゆっくりと右腕を上げ、ナイフを引き抜いた。

 

『どうして分かってくれないの、私がお兄ちゃんのことを1番心配してるのに』

 

「リィズ、俺は」

 

彼の言葉が詰まる、どう話せばいいのか分からないのだ。

SPFSSもこの手の話は専門外のようで、正にお手上げといった風に黙り続けていて頼りにならない。

 

『そのためには何だってして来た、何もかも!』

 

「やめろ、やめてくれ!」

 

双方が武器を向けざるを得ない距離にまで接近してしまった時、今まで動かなかったSPFSSが彼に囁いた。それはAIが考えた文言ではなく、誰かの手により予め設定されていたものだった。

 

『彼女を生きた状態で捕縛しましょう、それで解決しませんか?』

 

「どうやって!」

 

『この機体の射撃精度はご覧になったでしょう、対象を無力化します』

 

突撃砲は彼女の戦術機に向けられているが、この距離になっても彼は引き金を引けていない。AIの提案を聞いて驚いたものの、その操縦桿を握る手にはしっかりと力が入っていた。

 

「やれるのか」

 

『四肢を吹っ飛ばします。まずは一人目、救いませんか?』

 

彼の決意を乗せた指先は、今まで引けなかった妹への引き金を引かせた。まさかここまで来て撃たれるとは思わなかった相手の機体は次々と砲弾を受け、バラバラになっていく。

 

『誰が乗っているのか分かるほどの観察能力、流石というしかありませんね』

 

SPFSSは火器管制を続けながら、得意げに話し始めた。

 

『ですがこの機体はマスターの1人乗りではありません、この私が居ますので』

 

 

【挿絵表示】

 

 

腕と足を失い、跳躍ユニットも基部を破壊された戦術機は宙を舞う。その機体へ突撃砲を捨てて飛び付いたテオドールは、妹の乗った機体を地面に落とすことなく確保した。

 

「リィズ、お前は…」

 

『申し訳ありませんがそれは後で、666中隊の皆様が待っていますよ?』

 

衝撃の再会を飲み込む暇もなく、状況は動き続ける。

彼の妹が言っていたことが確かなら、この国は西側と東側の部隊すら入り乱れる地獄と化しているからだ。

 

「ああ、分かってる」

 

しかしそれは彼らの理想を叶えるのに千載一遇の好奇とも言えるのだが、今は仲間を助け出さなければ。彼は機体を飛ばし、基地へと向かうのだった。

 




口調が心配なので、GWを使って柴犬アニメを見直して来ます。
そのため、台詞などを後で変更するかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十七話 空の眼

「…国連の動きが早いな、BETAの心配をしなくていいのは助かるが」

 

オスカー中隊の隊長は宇宙港の一室を貸し切り、東ドイツ上空を飛ぶ衛星を使って情報収集を始めていた。既にBETA群は撃破されつつあり、引っ張り出されて来たA-10がガトリング砲をぶっ放している。

 

「A-10、初めて見たのは初陣の時だったか」

 

今では製造元のサポートが終わってしまい、隼改や疾風に置き換えられている。今回のような事態においては超電磁砲を持ち込めないため、久しぶりに陽の目を浴びたのだろう。

 

「ソ連軍も少数だが介入している、国連軍とは衝突してないが…何が目的だ?」

 

「失礼するよ、シュタージファイル辺りだと思うがね」

 

そう言って薄暗い部屋に入って来たのは秋津島開発の社長だ。今回の騒動に手を出すことを決めた張本人であり、最新鋭機を敵陣営の領土に放り投げる作戦も彼が提案したものだ。

 

「シュタージファイルとは?」

 

「各国上層部の弱みを掻き集めたものだ、流出すれば欧州の政治体制は混乱を極めるだろうな」

 

「そこまでの物があの国に存在するとは」

 

「諜報能力は高いからな、案外俺達のスキャンダルもあったりするやもしれん」

 

本来であれば数年前に発生していた筈のクーデターが何故ここまで遅れたのかは不明だが、裏で手を引いていたソ連側にも何か思惑があったのかもしれない。例えば今回のような事件を起こした際、全ての責任を擦りつけるためというのも理由の一つだろう。

 

「そのファイルを確保するために様々な部隊が動いている、というわけですか」

 

「通信機もプラスでな、面倒なことになったよ」

 

他に何か厄介な物でもあったのだろうか、今のところは思いつかない。しかし相手の真意を限られた情報で探るのは無理がある、今は突入したテオドールの支援を行わなければ。

 

「基地の制圧は強化外骨格で行う、コンテナが迎撃されなかった以上兵力は十分だ」

 

「666中隊の隼に搭載されているものも起動を待っています、疾風が基地にまで辿り着けば始められます」

 

「奴らは衛星通信アンテナを折っておくべきだったな」

 

AI用の強化外骨格には小型種対策として、手持ち式の機関砲が用意されている。人間が喰らえば即時致命傷に繋がる威力であり、基地を占拠しているであろうシュタージの構成員が持つ装備では太刀打ち出来ないだろう。

 

「人間用のライフルでアイツらを倒そうと思ったら、おおよそ弾倉が50は要るからな」

 

「なるほど」

 

隊長は疾風のSPFSSに強化外骨格の制御権を渡し、起動キーを送信する。瞬く間にMiG-23の小隊を殲滅した疾風の性能と少尉の腕前は素晴らしいものだが、どうにも揉め事を抱え込んでいるらしい。

 

「…一つ質問があります」

 

「なんだい」

 

「何故ここまで彼に手を貸すのですか、帝国にとっても秋津島にとっても有益とは言えません」

 

「未来への投資だよ、クーデターは成功するからな」

 

社長はそう言い放ち、隊長はその次の言葉を待つ。

やはり自分達が知り得ない情報を彼は持っている、そう隊長は認識した。勘が鈍る前から社長に対して、何か違和感を感じていたのだ。

 

「貴方には何が見えて、いや何を知っているのです」

 

そう言う彼は真剣な様子であり、社長がのらりくらりと避けられる雰囲気ではなかった。返答に詰まる社長に対し、隊長は目を逸らさない。

 

「彼を、いえ彼らを使って何かを成そうとするならば私は貴方を許せないでしょう」

 

「…まあ、そう見えるか」

 

短い間とはいえ戦場を共に駆け抜けた衛士達だ、結束は固い。軍人として許せないであろう一線を超えていると勘違いされるのは、今後の活動において大きな障害になる。

 

「君は勘が良過ぎる、だから他の並行世界には居なかったのかもしれないな」

 

「並行世界?」

 

バレてしまっては仕方ないとブツブツ言いながら、社長は話し始めることにしたようだ。この世界の未来、第五計画の末に生まれた地獄のことを。

 

「…つまり貴方は、BETAによって滅んだ世界を知っていると」

 

「ああ」

 

「その世界の秋津島は何をやっていたんです、そんなチャチな宇宙船で貴方の夢とは程遠い計画を実行する筈が!」

 

隊長は戦後に光り輝いていた秋津島に目を焼かれた1人だ、だからこそ結末に納得出来るはずが無かった。

 

「居ないんだよ、俺も秋津島開発も」

 

「何故です」

 

「俺は本来なら存在しない人間だからだ、他の世界から送り込まれて来た」

 

それを裏付ける証拠は何一つないがなと言うが、彼の脅威的な開発能力が全てを物語っていると言っていい。彼は人類史において狙い澄ましたかのようなタイミングで生まれ、企業を立ち上げてBETA戦の初期から戦い始めたのだから。

 

「…信じます、信じるしかない」

 

「助かるよ、東ドイツと666中隊に関する話に戻っても?」

 

「どうぞ」

 

「あの部隊にはクーデターの旗頭になれる人材が二人居て、シュタージと真っ向から戦争することになる」

 

その結果道筋にもよるが、多くの死傷者が出る。あの女隊長や少尉の妹、他の部隊員も犠牲になるだろう。

 

「犠牲を減らすには幾多の障害を軽々と突破出来るだけの機体と、不安定な精神状態でも最低限の判断を後押しするAIが必要だった」

 

後はコンテナに積んだ医療機器もだなと付け加える、最悪の場合は外骨格を遠隔操作して衛星中継オペを始めなければならないだろう。

 

「…ではクーデターに手を出したとしても、秋津島に利益は」

 

「無いねぇ!これっぽっちも無い!」

 

ハハハと笑う彼は疾風一機分すら回収出来ないだろう、寧ろ大幅赤字だねと付け加える。つまり東ドイツで動き回っている国々とは違い、シュタージファイルなぞ最初から視界に入っていなかったのだ。

ただ単に若き衛士を生き残らせるため、強いて言えば見てしまった結末を変えたいという社長自身の欲とエゴだ。

 

「彼らは十分傷付いた、よく耐えてくれたとも言っていい。最後ぐらい逆転ホームランを打ってほしいと思うのは良くないかね」

 

「…いえ、同感です」

 

「共感してくれて嬉しいよ、これで我々は運命共同体というわけだ」

 

社長の秘密を聞いた以上やっぱりやめますとは言えない、隊長は暫く引退出来そうにないなと心の中で呟いた。

 

「おっと、時間か」

 

疾風と共に降下したコンテナの一つが独りでに開き、中から強化外骨格が次々と現れる。四角形の格納状態で納められていた彼らは、SPFSSの指示の元で基地を目指し始めたようだ。

 

「この作戦で我々が使える人員は私と君だけだ、長丁場になる上ハードだぞ?」

 

「二人と言いますと、秘書殿はどちらに」

 

「社長業放り投げて来た、今頃本社で空を見上げながら仕事中さ」

 




滅茶苦茶評価数が増えててびっくりしました、皆様ありがとうございます。
頑張って完結させたら、社長が失敗してしまい地球が放棄されたデイアフター編とかやりたいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十八話 行動と動揺と

晴れて自由の身になった666中隊はシュタージの暴走を止めるべく立ち上がり、協力者との接触を図っていた。しかしそこら中に内通者が居るために戦術機での移動は即座に通報されてしまい、不本意ながらも交戦することになっていた。

 

『ば、化け物っ!』

 

六本の腕から放たれる攻撃はSPFSSによる高度な火器管制の元稼働しており、多少ランダムに回避されたとて簡単に撃墜出来る。対人戦闘の経験があるであろう敵機は回避を試みたが、逃げた先に放たれた砲弾によって胸部を撃ち抜かれた。

 

『隼に…疾風だと、何故軍部にそんな戦力が!?』

 

「クソッ!」

 

相手もこちらも使用している砲弾は同じ、戦術機の装甲厚を考えればどれも致命傷になりかねない。新型機ということもあって相手の注意は疾風に集中しており、多対一を強いられていた。

 

『国連軍め、何が治安維持だ!』

 

「退けェ!」

 

放った36mm弾がMiG‐23の腕を削り飛ばし、それを見た彼は跳躍ユニットの出力に物を言わせて突撃する。装甲の薄い首の関節部からナイフを突き立て、衛士を絶命させてから機体を盾にする。

 

 

【挿絵表示】

 

 

砲弾を受けた戦術機は首が千切れ、機体が吹き出た潤滑油を浴びる。それはまるで人の血のように見え、白と橙色という明るい配色も相まって恐ろしさを増した。

 

『もう少し丁寧に操縦して下さい、私の身体はこの一機しか無いんですよ?』

 

それを嫌がったのはSPFSSで、駆動系に油が入り込むのを気にしているようだ。

 

「…ああ」

 

『妹さんのことを引き摺らないで集中してください、今はこの戦争を終わらせることが最も彼女のためになることは明白でしょう』

 

「分かってる!」

 

彼の妹を捕縛し、話を聞いて分かったのはもう手遅れに近いということだけだった。演じていたからこそ常人かのように見えたが、実際はもう壊れかけてしまっていると言っていい。

 

『心ここに在らずですね、全く…』

 

妹を思う気持ちは未熟なSPFSSにも理解が出来たが、ここまでその感情に振り回されていることには納得出来ていないようだ。

 

「来るぞ、火器管制!」

 

『了解です』

 

兄である彼の存在が最後の砦、居なくなれば彼女は完全に壊れるだろう。妹をそれほどの状態にした秘密警察への怒りは留まるところを知らず、自らを律しきれずに戦い方が乱暴になって来ていた。

 

『思考制御の割合を落とします、少し落ち着いて下さい』

 

機体の動作が機械的な物に変わり、先ほどまでの鬼気迫る様な動きは抑制された。彼はナイフに付着した油汚れを直線的な動作で振り払い、部隊員の援護に向かうことにしたようだ。

 

「…悪かった」

 

『いえ、このような環境下では仕方ないケースです』

 

操縦は多少乱暴だったかもしれないが、彼の状況判断能力というのは全く鈍っていなかった。対BETAの最前線で培った精神力が残酷な現実を直視しても尚操縦桿を握らせ続けるのかもしれないが、少数での戦いを強いられる定員割れの666中隊では疾風の戦力は不可欠だ。

 

 

衛士達の腕と、部隊員に供与されていた隼の性能もあってか勝利を収めた666中隊は、反シュタージ派の有力者との接触に成功した。元々アイリスディーナ氏と交流があったようで、彼女を旗印に決起を行うようだ。

 

『フランツ・ハイム少将との接触に成功した、これで本格的に動くことが出来るな』

 

正確には本人ではなく、少将との通信が可能な連絡員を通じて接触したそうだ。傍受の危険性は多分にあり、最低限の通信で話は終わったようだ。

 

『今は連絡員と交渉中だ、周囲の警戒を頼みたい』

 

「了解だ、外骨格の指揮権を貰うぞ」

 

隊長はSPFSSが警戒モードで配置していた強化外骨格の一つを遠隔操作に切り替え、周囲の機体を数体引き連れて警戒に向かう。特に怪しいのは周囲の建物であり、戦術機を用いて戦闘の後に秘密警察の人間が来ないわけがないとも言えた。

 

「隊長君、先程この建物には数人入ったようだよ」

 

周囲の監視を続けていた社長がたった数秒前の映像を彼に見せ、工作員の存在を告げる。

 

「やはり来ているというわけですか」

 

「一般市民であれば近づかずに逃げるはずだ、怪しいね」

 

666中隊からは見えなくとも、空からは見えるのだ。

本来ならBETAの振動を観測するための振動計を使えば微かな移動音も把握出来る、恐らくこの建物の二階だろう。窓から様子を伺うつもりだろうが、そうされる前に片を付ける。

 

「怪しい数人組が建物に入った、警戒してくれ」

 

『総員戦術機へ搭乗、生身を撃たれるな!』

 

「…コイツは人を撃つ兵器ではないんですが、仕方ありませんか」

 

「すまない、頼んだよ」

 

肩幅の広い機体を縦にしてドアを潜り抜け、対BETA用の機関砲を手に階段を上る。相手は部屋の中に隠れたようで、廊下には人影は見当たらなかった。

 

「振動計で位置は掴んだ、突入します」

 

「ああ」

 

力任せにドアを開け、工作員と目が合う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

相手は既に拳銃をこちらに向けていたが、こちらは機関砲を構えている。相手が想定外の存在に恐怖し、引き金を引けずにいる中で発砲した。工作員と思わしき男は一発目で顎から上が無くなり、二発目で拳銃を持っていた腕が吹っ飛んだ。

 

「…悪いが、武器を置いてもらえると助かる」

 

同じ部屋に逃げ込んでいた者達は凄惨な状態となった元仲間を見て、武器を手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十九話 決起とオスカーと

「有力者との接触に成功したと聞きましたが、東ドイツの現状でどれだけ成功率があるのか…」

 

そう怪訝な顔をする隊長を見た社長は、複雑怪奇な東ドイツについて説明する必要があることに気がついた。

 

「内乱に関して詳しく説明してなかったな、ここでしておこうか」

 

「頼みます」

 

「軍人だものな、詳しい内情は伏せられるか」

 

まあ私も正式なルートで教えて貰ったわけではないがと付け足し、ホワイトボードに向かい合いペンのキャップを外した。

 

「まず内乱と連絡が入った段階で一度目のクーデターが発生するも、それはシュタージの手によって鎮圧された」

 

「そうだったのですか」

 

「ややこしいんだが実態はシュタージ内で西側と協力したいベルリン派と、逆に東側と協力したいモスクワ派での抗争だな」

 

秘密警察同士での潰し合いであり、結果としては既にソ連から戦術機の提供など支援を受けていたモスクワ派が勝利した。

 

「モスクワ派閥が勝利した後はソ連の息がかかった保安局長官、エーリヒ・シュミットって野郎が東ドイツの議会を掌握した」

 

つまり東ドイツでのゴタゴタというのは、おおよそシュタージが元凶である。原作と比べて内乱の発生が数年遅れている件については情報が足りないが、難民が比較的少なかったことによる秘密警察の組織拡大の遅れが要因の一つだろうか?

 

「ソイツはソ連の諜報組織KGBの人間でな、まあソ連のために東ドイツを完全な隷属下に置くことを目論んだ」

 

「社長が見た未来ではどうなるんです?」

 

「部下に裏切られてあっさり死ぬ、トップが死んだことでモスクワ派のシュタージが実権を握るわけだ」

 

権力の持ち主が二転三転している、なんとも複雑で不安定な国内情勢だろうか。社長は描き終わったホワイトボードを隊長に見せ、誇らしそうな顔でペン先にキャップを被せた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これだけ滅茶苦茶なら、我らが666中隊が動けば支持を搔っ攫えそうだろ?」

 

「それはそうですが…」

 

「東ドイツ内で大事件になった将校達のクーデター未遂事件の真実を知る首謀者の妹、戦術機が無い時代でBETAと戦った英雄の娘の二人が居るんだよね」

 

「…は、え?」

 

そう、666中隊は旗頭になれる人材の宝庫である。これだけでも強いのだが、なんと本人達は東ドイツ最強の戦術機中隊なのだ。

 

「シュタージを倒し、ベルリンの壁をぶっ壊す!…ってのにも現実味が生まれて来ただろう?」

 

「ええ、まさかそこまでの人物だったとは知らず」

 

「知らずにあそこまで踏み込めたのは本当に凄いよ、君が築いてくれた信頼のお陰で支援を継続出来るんだから」

 

秋津島開発製の戦術機に乗り続けてくれているのがいい例で、そう易々と相手を信用出来るような環境では無かった筈だからだ。衛星による監視もそうだ、自分達が裏切っていれば彼らの居場所は常に露見するのだから。

 

「取り敢えず基地に駐留してる外骨格に妹さんをしっかり監視させなきゃな、従来のAIでメンタルケアを試みても逆効果にしかならないだろうし…」

 

ううむと社長が悩むが、その数秒後に内線電話が鳴る。即座に受話器を取って数回受け答えをした隊長は、そのコードを伸ばして社長に投げ渡した。

 

「オスカーの将校からです」

 

「なんだい?」

 

『送った疾風が早くも国連に露見しました、奪還するために動き始めています』

 

「…想定の範囲内、大丈夫!」

 

そう言うと現在配置されている各勢力の戦力配置を確認し、何度か独り言を呟いた後に別方面にも電話をかけ始めた。

 

「カタパルト使えそう?」

 

そう、電話をかけた先は強奪事件を演出したマスドライバーを管理する秋津島開発の社員達だった。彼らは勿論ですと答え、国連からの調査も上手く切り抜けたことを教えてくれる。

 

「よし、オスカーで疾風は出せる?」

 

飛散した破片と炎上した少尉の隼のお陰で稼働出来る機体は少なかったが、どうにかパーツをやりくりして疾風を稼働状態まで持っていったことをオスカー中隊の将校から報告される。

懐かしい試作装甲まで引っ張り出され、被害が出た作業員の仇を取ってやるという気迫で格納庫は満ち溢れているそうだ。

 

「塗装はオスカー仕様、オレンジと白のままでお願いします。超電磁砲もありったけ出しちゃって大丈夫!」

 

『まさか社長殿、666の援軍に出るおつもりで!?』

 

「そのまさかだよ、睨みを効かせるだけになるかもしれないけど」

 

あくまで治安維持という名目だが、欧州連合を中心とした国連軍はBETAの殲滅と共にシュタージの妨害も行い始めている。これ以上西と東で動きが加熱する前に、一刻も早い内乱の終結が必要なわけだ。

666中隊が動いてクーデターを成功させるのが我々にとってベストな着地点だが、同じカラーリングの彼らが居れば成功率は上がるだろう。いわば囮である、撃てば即国際問題に発展する特大の地雷を抱えているのがミソだ。

 

『勿論です、戦友を戦地で孤立させるほど薄情じゃありません!』

 

光線級吶喊はハイヴに次ぐ極限状態での行動となる。彼らが戦地で感じた絆というのは見ていただけの社長には計りきれないものだったが、それを聞いた彼は嬉しそうに、そして何処か羨ましそうに頷いた。

 

「帝国陸軍は私が動かそう、666中隊の疾風は良いようにエピソードを盛るさ」

 

工作員の手により東側に持ち去られるよりも、比較的西側寄りのクーデター部隊が持っていた方が幾分かマシなのは間違いない。それに彼ら666中隊に関しては交流がある以上、オスカー中隊派遣にはある程度の合理性がある筈だ。

 

「持てる装備を全て使ってくれて構わない、部隊員に犠牲が出れば撤退か強硬手段に移行されてしまうと思ってくれ」

 

『死なずに目標を達成しろ、そういう訳ですか』

 

「ああ、コンテナによる降下になるぞ」

 

『少尉にやらせたんです、我々も苦じゃありませんよ』

 

帝国は秋津島開発の欧州支社が全面的なバックアップを確約したこと、鹵獲された疾風とは衛星通信により交信が可能なこと、内乱中ではあるものの交渉は不可能ではないことを理由に派兵を決める。

 

そして欧州も製造元である帝国が落とし前をつけるとあれば譲ると言ったことで、オスカー中隊は東ドイツへ飛ぶことになるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十話 援軍と撹乱と

東ドイツの国民は二度目の流星を見ることとなる、それは疾風奪還のために投入されたオスカー中隊だ。シュタージは既に666中隊の新鋭機について情報が出回っており、同様の特徴を持つ他国の戦術機となれば誤射の危険は大いにあった。

 

『暫くの間は666中隊とは少し離れた場所で行動させる、撹乱に使え』

 

所属する機体の中で1番通信感度が良好な疾風のアンテナを借り、二つの部隊の隊長は今後について話し合っていた。彼らは一度基地に戻り、補給と整備を受けている。恐らくこれが決戦までに行われる最後の補給になるだろう。

 

「良いのか?」

 

『問題ない、だが疾風を東ドイツ迷彩に塗り替えてやってくれ』

 

この攪乱方法は国際法に違反している、この混乱した状況下であれば再塗装されたとしてもある程度は効果があるだろう。

 

『国連からも勘違いされるしな、すまないが頼む』

 

「了解した」

 

『対外的には工作員から機体を奪還し、なし崩しにそのまま戦力として使わざるを得なかったと伝えておくさ』

 

「色々と助かる」

 

『気にするな、進捗は?』

 

「軍部の組織的な蜂起は成功しつつある、離反した部隊は少将の指揮下に集っている最中だ」

 

師団規模の機甲戦力が彼らに寝返るなど、着々と戦力は整いつつある。シュタージの戦術機部隊も治安維持を名目に駐留している国連が邪魔で思うように動けず、対応の遅れが目立ち始めた。シュタージの内乱で大隊規模の戦術機が既に失われているというのも、かなり大きな原因の一つなのではないだろうか。

 

『特に問題が無ければ成功する可能性が高い、そこまで来たわけか』

 

「ああ、秋津島からの支援もあってな」

 

補給機はゲリラとして動かざるを得ない戦術機部隊の補給を担い、秋津島の監視衛星から齎される敵の動向はシュタージ離反者からの情報提供という体に偽り活躍していた。

 

「少将もただ時を待っていただけでは無いようだ、弱体化したように見せて戦力を隠していたとは」

 

『軍部は元々やる気満々だった訳か』

 

彼らが隼を得られるよう手を回したのも軍の思惑だろう、まさか想定以上の支援でぶん殴られるとは思わなかっただろうが。

 

『国連軍により前線付近は掌握されている状態だ、その結果シュタージは少ない戦力を首都に再配置している』

 

「我々を警戒しているようだな」

 

『クーデターを成功させるにはベルリンの占拠は必須だろう、激しい戦闘になるぞ』

 

整備が可能な隼は兎も角、疾風が万全な状態で動く内に勝負したいというのは二人において一致した見解だろう。隼と同等の性能を持つとされるMiG-23の改修機、MiG-27が複数機確認されているからだ。

 

『軍の主力機は旧式のMiG-21、666中隊の隊長と隊員の二人が国民掌握のために抜けることを考えると不利じゃあないか?』

 

クーデターの旗頭になる二人は機体から降り、別の戦いに赴く必要がある。軍の戦術機部隊が弱いとは言わないが、数が集まろうとも対人戦の経験がある上に機体性能でも上の相手と戦うというのは難しい。

 

「少将が昔のツテで対空ミサイルを用意してくれるそうだ、運が良ければ数機落とせる」

 

『おっかねぇな、まあ勝算があるなら問題ない』

 

首都近郊に移動したオスカー中隊も少数ではあるもののシュタージの戦術機部隊を引き寄せており、戦力を分散させることに成功している。ここからが正念場だ、失敗すれば全てを失うだろう。

 

『…道半ばで死ぬなよ、これが大局を決める戦いになる』

 

「ああ、分かっているさ」

 

 

「再塗装は出来たが、借り物の機体にエンブレムまで入れるのはどうかと思ってな…」

 

整備が終わった隼と共に現れたのは、東ドイツ迷彩に身を包んだ疾風だった。666中隊の特徴的なエンブレムこそ入っていないものの、左肩には部隊機と同じく黒いライン塗装が施されていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「時間の問題もあった、すまんな」

 

眼帯を付けた整備班長が語りかける先は戦術機であり、テオドール少尉に代わって動作確認をするSPFSSが様変わりした自分の身体をまじまじと見ていた。

 

『いえ、ありがとうございます』

 

「燃料と弾薬は補給したが、そろそろ簡易整備じゃ機体が持たんだろう」

 

『…100%とは行きません、ですが十分です』

 

連続稼働時間が長い隼の血を受け継ぐ機体だ、多少の無理は問題ない。副腕が使えればシュタージの精鋭相手にも十分戦える、機体のセンサ類にも目立った損傷はない。

 

『共に戦うのも最後になると思われますが、これで私も部隊の仲間入りですね』

 

一人だけ全く違う塗装で疎外感を感じていたのだろうか、黒いライン塗装を見てなんとも誇らしげだ。

 

「おう、坊主を頼んだぞ」

 

『マスターのことはお任せください』

 

「あいつAIにマスターって呼ばれてんのか…」

 

短い間で整備士達に好かれたSPFSSはなんとも表現し難い満足感を得た後、コックピットを開いて大切な操縦士である衛士を待つ。

彼ら秋津島のAIは戦うためだけに生まれたのではなく、人に寄り添う良き友人としても設計されている。それでも冷徹な判断を下して敵機を次々と撃墜出来るのは、危険なほどの純粋さが生む思考回路の賜物だろうか。

 

『マスター、妹さんとのお話は終わりましたか?』

 

そんな懸念やら危惧やらは後でもいいのだ、それは人と同じように成長していけばいい。今はただ、彼の手助けをするだけである。




柴犬編はもうクライマックスです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十一話 首都と決戦と

決戦における先制攻撃は軍によるものであり、虎の子の対空ミサイルが巡航中のMiG-23を撃墜した。それと同時に首都近郊の戦術機格納庫へ砲撃が加えられ、複数機へ損害を出すことに成功する。

 

『誘導弾だと!?』

 

『格納庫に砲撃が、集積されていた物資が爆発しています!』

 

BETAに対して必要ない対空兵器は部隊規模が大きく削減されていた筈、戦術機迎撃に使えるようなミサイルなど運用出来る部隊はたった数個だ。それを少将は巧みに使い、彼らに経験したことのない恐怖を与えたのだ。

 

「シュタージの通信が丸聞こえだな」

 

『私の情報戦能力であれば当然です、動かれますか?』

 

「ああ、作戦開始だ」

 

二人欠けた中隊は軍の部隊を引き連れ、首都の掌握に乗り出した。疾風を駆るテオドール少尉は跳躍ユニットの推力に物を言わせ、混乱を長引かせるために市街地へと突入した。

 

「俺が囮になる、一機に対して複数で当たれ!」

 

飛ぶわけでもなくただ立ちすくんでいたシュタージの戦術機を眼前に見据え、36mmを放つ。たった数発の砲弾は立て続けに命中し、胸部のコックピットを掻き回した。

 

「このまま動いてMiG-27を引きつける、出来るか?」

 

『勿論です』

 

放送局の掌握に走った二人の元には行かせない、その思いを乗せて操縦桿を握る。疾風の存在を知った黒い戦術機が彼の元に急行するが、射角と視野が制限される市街地では発見することも困難だ。

 

『北から二機、来ます』

 

しかし疾風にはリアルタイムで更新される衛星写真が届けられる、入り組んだ都市だとしても空からでは丸見えだ。

 

「ああ」

 

ほんの一瞬飛び上がった疾風は突撃砲を一門ずつ敵機へと向けており、相手が撃ち返す前に劣化ウラン弾は着弾した。火花を散らして装甲を貫通し、一機が火を吹いて墜落する。

 

『まだ一機は生きてます、ご注意を』

 

装甲の分厚い肩部で砲弾を受けた一機は果敢に突撃して来るが、飛び込んだ場所にはもう彼はいない。まるで考えを読まれたかのように、自分であれば相手が何をするのか予測出来るとでも思わせるような未来予知でその場から去っていた。

 

『馬鹿な、一体何処に』

 

すぐ近くの交差点まで引いて、一直線の道路に相手を誘き寄せたのだ。逃げ場のない敵機は36mmの雨に降られ、すぐに動かなくなった。

 

『…足の速い機体が居ます、急速接近中』

 

「来たか!」

 

シュタージと軍の総力戦、その混沌とした状況下でも彼が1番の脅威だと認識されたということだ。MiG-27の編隊が迫る、相手の数は少々変則的な五機だ。

 

『相手はあと二機連れて来るべきでしたね』

 

「なんでだ?」

 

『使える腕の数は六本ですから、対応可能です』

 

それは冗談も含んでの回答なのだろうが、そう思わせるほどの性能を有しているのは間違いない。少しキツい相手だが、味方の被害を抑えるためには無理も必要だろう。

しかしここで、思いがけない援軍が到着する。

 

「テオドール、こっちは私が!」

 

編隊に向けて砲撃を加え、果敢に長刀を構えつつ突撃するのは666中隊のアネット少尉だ。僚機として軍のバラライカを従え、敵の編隊から二機を引き剥がした。

 

「アネットか!」

 

『ナイスタイミングです少尉、我々も出ましょう』

 

相手は三機、強がりを抜きにして考えると…どうにかしてもう一機減らしたい。かといって相手は敵の精鋭、しかも隼クラスの機動性ともなれば油断は出来ない。

 

「お前の推力も市街地じゃ使い難い、どうする」

 

『頭を抑えて建物の下に追い込みましょう、一つ手があります』

 

一度しか通用しない奥の手、奇襲には持ってこいの技があった。それはオスカー中隊が大隊だったころ、ワルシャワ条約機構軍から見せて貰ったものだ。

 

「…補助は頼む」

 

ナイフシースを展開し、国連軍で運用されているナイフを手に取る。刃を指で挟み、戦術機の筋肉である電磁伸縮炭素帯から適度に力を抜く。

 

『ナイフの腕、信じます』

 

進行方向を押さえ込むように副腕で突撃砲を放ち、相手に高度を下げさせる。そして衛星写真を元に相手が降りた道路を狙える場所を算出し、その場所へと一気に回り込む。

 

「見えた!」

 

激しい戦闘音が響き、大量の戦術機が存在するこの場所では音も振動も頼りに出来ない。相手は完全な有視界戦闘、不意打ちを喰らわせる隙は十分だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『ブルズアイ』

 

ど真ん中、そうSPFSSは呟いた。

投擲されたナイフはほんの少し弧を描き、回転も相まってMiG-27のワイヤーカッターをすり抜けて顔面に突き刺さった。メインカメラを失った敵機は訳も分からず突撃砲を乱射するが、120mmがそれを咎める。

 

「撃破!」

 

『爆炎に隠れて来ます、赤い機体!』

 

煙を突き抜けて現れたのは赤いMiG-27、シュタージのエース機だ。相手から放たれた36mm弾はこちらの胸部を捉えており、当たれば撃墜は免れない。

 

『緊急回避』

 

跳躍ユニットのロケットブースターが起動し、重い機体を一瞬の内に数メートル横にずらした。その結果砲弾は右肩部に命中するも、その内の一発が副腕を吹き飛ばした。

 

『右肩部損傷、副腕機能喪失、突撃砲脱落しました』

 

「やられた…」

 

接近されれば負ける、そう思って突撃砲を放つ。しかし、まるで泳ぐような機動で弾幕は回避され、絶好のキルゾーンだった道路の上から逃げられてしまう。

 

「逃がすかよ、飛ぶぞ!」

 

『まだ一機残ってます、ご注意を』

 

味方を目の前でやられ、曲芸まで見せられた相手は少し怯えながらも果敢に攻撃を加えて来る。それを飛び上がって回避し、大雑把に120mm砲から散弾を撃ち放つ。

 

『何だこれは、目が、跳躍ユニットが!?』

 

第一世代機と比べて装甲の薄くなったMiG-27には散弾が良く通る、まともに身動きが取れない敵機に本命の36mmをお見舞いする。

 

「アリゲートル、二機撃墜!」

 

『帰ったら撃墜マークのペイントを所望します、追撃を』

 

いつの間にか姿を消した赤いエース機を探すが、空には居ない。何処だと首を振るが、衛星からの映像によると相手は別の場所へと移動していた。

 

『相手は我々よりも重要な目標を発見してしまったようです』

 

「まさか」

 

『放送局の制圧に向かった部隊が狙われています』

 

あのエース機からの通信量が増えた瞬間、シュタージの黒い機体は動きを変えた。奴らは本命を直接潰す気だ、この混乱の中で地上の部隊が戦術機に襲われればひとたまりもない。

 

「クソッ、アイリスディーナ!」

 

『直掩に向かいましょう、この機体なら間に合います』

 

エンジンが唸りを上げ、一足先に移動し始めた敵を追った。今やるべきことはただ一つ、シュタージ共を追い抜くことだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十二話 犠牲と革命と

挿絵が渾身の出来。


戦闘が始まってからというもの、宇宙から見守る二人の空気は最悪とも言っていい状態だった。社長は頭を抱え、隊長は腕を組んでディスプレイを睨んでいる。

 

「首都ベルリン周辺での戦闘だなんて、市民への被害は計り知れませんよ」

 

「大義だ正義だというのは野暮だがねぇ、まあ革命ってのは総じて血が流れるものというのは知ってはいたが…」

 

衛星写真を見れば分かる、戦術機が幾つも墜落したことにより火災が発生していた。首都近郊における戦闘も激化しており、戦術機以外の兵器も次々と投入されている。

 

「空の上から高みの見物とはいかない生々しさだね、これが僕らの仕業となると大罪人で間違いなしだ」

 

「…えぇ、そうですね」

 

ベルリンで今も尚増え続ける犠牲者の数を思うと、なんとも苦しいものがある。原作における外伝の一つ、その主人公達を手助けしたことにより国の首都が燃えているのだ。

 

「だがまあ、これで良かったのかもな」

 

二人が東ドイツへの人道支援は惜しみなく実施することを話し合っていると、放送局から国民に向けて演説が始まった。

 

 

「地上にもシュタージが!」

 

「気をつけろ、奴ら市民に紛れてるぞ!」

 

なんとか放送局を占拠した革命軍達だったが、その行動に感付いたシュタージが戦力を集中させ始めていた。地上では既に銃撃戦が発生しており、戦術機も真上で交戦中だ。

 

「RPGーッ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

護衛のバラライカが地に足を付けた瞬間、狙い澄ましたかのようなタイミングで対戦車ロケット弾が飛来した。衛士は咄嗟に跳躍ユニットを噴射するが、避けきれずに被弾した。

 

「やられた、直撃だ!」

 

「撃ちやがった奴を潰せ、発射点は見えてるんだからな」

 

戦術機も放送局の周囲に集まり始め、国民に向けての放送が始まったことがシュタージに露見したことが分かる。歩兵に紛れて塗装を塗り直された無人の外骨格も参戦しており、正に総力戦だ。

 

「街の外で戦ってた連中まで来やがる、増援はまだなのか!」

 

「呼びかけていますが、軍の周波数にジャミングが…」

 

何度か響いた爆発音の後に空を見上げると、金属片のようなものが空を舞っている。

 

「チャフか!」

 

「対空ミサイルのレーダーから敵機消失、無線も混乱を極めてます」

 

相手の本丸に飛び込んで形勢逆転を狙う作戦は、シュタージが動ける機体全てを放送局に差し向けるという単純かつ強力な選択により破綻しかけていた。

 

「ここは死守しろ、放送が続く限り絶対…」

 

響く爆発音と立っていられない程の振動、銃を手放してしまいそうになる衝撃波の後に道路に降り立った機体を彼らは怯えながらも睨んだ。そこに立つのは赤いMiG-27、シュタージ率いるヴェアヴォルフ大隊の長だ。

 

「人狼の野郎か、クソッ!」

 

突撃砲が放送局に向けられる、周囲の機体は集まって来たシュタージへの対応で手一杯だ。歩兵が対戦車ロケットを向けようとするが、間に合わない。

 

『邪魔だ!』

 

その機体に対して外部スピーカーで叫びながら体当たりを仕掛けたのは、彼らにとっては見慣れない戦術機である疾風だった。被弾したことにより右肩の補助腕は使えなくなっていたが、好都合と言わんばかりに押し当てている。

 

「666中隊の四本腕だ、助かったぞ」

 

「例の鹵獲機か!」

 

双方が突撃砲を構えて即座に発砲、放送局に居る仲間をなんとしても守らなければならない疾風は被弾しようともお構いなしだ。

 

「直撃だぞ、相打ちか?!」

 

二機がほぼ同時に放った120mm弾は互いに命中していたが、その損傷度合いには差があった。疾風は肩部装甲を失うに留まったが、赤いアリゲートルは片腕を失っている。

 

「小銃でもなんでも撃ちまくれ、アイツを此処で戦わせるな!」

 

「上に飛ばせ!」

 

疾風の副腕が放った攻撃により相手は飛ぶしかなく、戦いは放送局の上空へと場所を移した。

 

 

『両副腕機能喪失、左腕基部に損傷です』

 

肩と腕一本、交換したと考えれば上々だ。爆炎を吸い込み一瞬咳き込んだ跳躍ユニットも調子を取り戻し、相手との距離を詰める。

 

「まだ飛べるか?」

 

『勿論です』

 

相手に突撃砲を撃たせるわけにはいかない、となれば接近戦に持ち込まなければならないだろう。だが相手は片腕を失おうとも相当な手練、アリゲートルの持つナイフよりも殺傷能力が高いマチェットも相まって油断は出来ない。

 

「突撃砲を破壊する!」

 

相手の兵装担架にはまだ突撃砲が残されている、あれを使わせるわけにはいかないだろう。片腕を失っている以上こちらが有利だが、相手の回避はSPFSSでも読みきれず砲弾を避けられる。

 

「避けられ…ッ!?」

 

相手が機体を仰向けにして弾丸を避けたのかと思えば、背中の突撃砲が火を吹いた。兵装担架を稼働させることなく、機体側で狙いを定めて撃ったのだ。

 

『迎撃を!』

 

何故か回避を促さないSPFSSの声に促されるまま左腕を振り抜き、放たれた120mm弾にぶつける。榴弾だったために左腕の肘から下が消し飛ぶが、背後には丁度放送局があった。避けていれば命中していただろう、なんという曲芸か。

 

『ナイフ投げをアクロバットで返されましたね、これで機体状況も五分ですか』

 

相手は虎視眈々と放送局を狙う隙を窺っているが、こちらも仕留める隙を狙っている。突撃砲のマガジンが空になった時が勝負だ、そこからは砲撃戦に頼れない。

 

「クソッ、小回りが!」

 

相手の回避機動に対して砲弾は掠ることもなく、遂に弾が切れた。その瞬間切り返すような動きで眼前に迫って来るのは、腕からマチェットを抜いたアリゲートルだ。

 

『反撃が来ます!』

 

咄嗟にナイフを抜くが、相手のマチェットと比較すると長さが倍近く違う。近接戦におけるリーチの差は明らかだ、このまま衝突したとて勝てるかどうか。

 

「俺はまだ」

 

思考するよりも早く操縦桿が倒れ、脊髄からの反射反応を戦術機が汲み取った。戦術機がとった行動はただ一つ、接触直前での逆噴射だ。

 

「何も終わらせて、無いんだッ!」

 

相手の攻撃は空を切り、それに驚いて前を見れば何かが投げつけられていた。それは弾薬が切れた突撃砲であり、それを隠れ蓑にしてナイフを構えた疾風が突っ込む。

 

『有効打!』

 

彼の攻撃は致命傷には至らなかったが、頭部のレドームを切り裂くに至る。レーダーを失おうとも本来なら周囲からのデータリンクで補えるが、シュタージ自らが行ったジャミングによりそれも出来ない。

 

「このまま…」

 

『駄目です、回避を!』

 

しかし前に展開された突撃砲の射撃により回避せざるを得ず、疾風も兵装担架による射撃を試みる。

 

「腕じゃないと射角が足らない、当たらないぞ!」

 

『片腕なんです、砲を持っても接近戦に持ち込まれれば対応出来ませんよ?』

 

レーダーを失わせたとはいえ有視界での戦闘は問題なく可能、またもや睨み合いの構図となる。赤いアリゲートルが市街地の中を飛ぶ中で、その道路には多くの市民達が歩いていた。

 

「これは」

 

『デモ行進という行動ではありませんか?』

 

よく見ればベルリンの壁に人が集まり抗議の声を上げ、街の中ではシュタージが市民の手により次々と捕縛されていく。仲間による放送は見事国民の魂を動かし、国の形を変えようとしているのだ。

 

「いや違う、アイツが…」

 

デモを見てからというもの、機体の揺れが増したように見える。まるで冷静さを失った衛士が乗る戦術機のような挙動を見せた敵機は、民衆に突撃砲を向けようとした。

 

「やめろォー!!」

 

咄嗟の判断だった、しかしロケットブースターの加速力を見誤った相手は避け切れずにナイフを管制ユニットで受けてしまう。

 

『建物に突っ込みますよ!』

 

屋根を吹き飛ばし、建物を数階潰して二機がめり込む。その衝撃によってナイフは深々と刺さり、確実にコックピットまで刃が達した。

 

「…敵機、撃破」

 

最後まで何かに囚われていた相手の衛士と彼が言葉を交わすことは無かったが、少尉はデモ行進を見て秘密警察に身を置く彼女が何を思って精彩を欠いたのかは少し気になった。

 

『ヴェアヴォルフ大隊長機撃破!繰り返す、ヴェアヴォルフ大隊長機撃破!』

 

シュタージの戦術機部隊を率いていた赤いMiG-27、その搭乗者であるベアトリクス・ブレーメの戦死がSPFSSにより革命軍と秘密警察の区別なく報告される。その結果ベルリンでの戦闘は革命軍側の勝利へと一気に傾き、シュタージの残存部隊は最寄りの基地への撤退を強いられることになる。

 

「終わった、か」

 

『はい、ひとまずは』

 

激しい戦闘でガタが来たのだろう、疾風の駆動系が一気にエラーを吐き始める。まるで今まで壊れるのを待っていてくれたかのように機体は膝をつき、四肢から力が抜けた。

 

『…すみません、もう動けないみたいです』

 

通信機に耳を傾ければ、放送局に次いで議会の掌握にも成功したようだ。英雄の娘にして西ドイツから来た666中隊の大型新人、カティアの姿もあるらしい。

 

『機体から離れた方がよろしいかと、人が集まって来ました』

 

シュタージの人間だと思われる人々と、ただ集まってきた野次馬で機体の周囲には人が増え始めていた。建物の影には武器を構えた人間も見えるなど、まさに万事休すといった状況だ。

 

『何、その心配は無い』

 

そう言って降り立ったのはオレンジと白の疾風、オスカー中隊の面々だ。

 

『国連軍だ!その機体から離れろ!』

 

そうやって戦術機が盾を構えつつ市民を追い払う中で、その中の一機がテオドール少尉にだけ通信を繋いだ。

 

『欧州は新政府を認めるってさ、ようこそ西側へ!』

 

中隊の隊長同士が話した際に言われたあの言葉、666中隊が勝った方が都合が良いというのは本当だったようだ。

 

「…そうか、やったのか」

 

テオドールは機体から降り、SPFSSも外骨格を起動してそれに続く。オスカー中隊が機体確保という演技をする中、彼は仲間と合流するために歩き始めた。

 

『マスター、今は危ないですよ』

 

そう言ってAIも後を追おうとするが、ふと振り返って機体を見た。自慢の副腕は吹っ飛び、片腕もついでに無くなり、駆動系がぶっ壊れた影響か煙まで噴いている。いざ外から見てみると、よく飛んでいられたなと思うほどだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『あらら、大損害ですね…』

 

 

こうして、東ドイツの革命は終わった。多くの死傷者を出しつつも、666中隊と革命軍は目標を達成したのである。

 

東ドイツは対BETAの最前線として、またユーラシア大陸奪還の重要拠点として存在感を増していくのだが、その復興時には秋津島開発のロゴが描かれた救援物資が多く見掛けられたそうだ。




シュヴァルツェスマーケン編終了です、後日談やって社長パートに戻ります。原作外伝終盤を数話でやるのはちょっと無理がありましたが…もしこれで外伝が気になったという方が居れば!取り敢えずアニメがおすすめですよ!!

使わなかった挿絵を置いておきますね。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十三話 復興と探し物と

「シュタージファイルは燃やされていたか、これで済むとは思わないけど」

 

「同感です」

 

クーデターの後、東ドイツは急速に建て直り始めていた。西側からの支持を得た彼らはシュタージを数ヶ月のうちに解体、クーデターにより失われた戦力をMiG-23と27でどうにか補った。

 

「通信機も残骸を回収したのみ、まあ重要な部品だけ抜き取って小さくしたんだろうけどさ」

 

「シュタージファイルの方もコピーをとった形跡が見つかっています、恐らく何処かの国が得たものかと」

 

「…いやー、案外立ち回りが上手な男が居たかもね」

 

オスカー中隊の格納庫襲撃についてはシュタージの崩壊により調査が困難になるかと思われたが、身の安全を確保したい彼らにとって最も価値のある物とは本来なら話してはいけない情報しかなかった。促してみれば出るわ出るわ、細かいことが明らかになるのは時間の問題だろう。

 

「ハインツ・アクスマンっていうシュタージのクソ野朗が居てさぁ」

 

「貴方がそこまで言うとは、珍しいですね」

 

「原さ…元の未来だと、CIAだったかアメリカだったかと接触して亡命しようとするんだよな」

 

最悪の場合東側だけじゃなく、西側にも秋津島開発の敵対者は多く潜んでいるのかもしれない。

 

「特にアメリカはHSSTの一件で起きた粛清祭りで各派閥が纏まりを無くしてる、他国の奴らと固まって反秋津島を掲げられると困るな」

 

「新たな勢力を産んでしまう懸念は確かにありますね、各戦線も安定の兆しを見せ始めたために余裕が出来ましたし」

 

「気持ちは分かるんだけどね、今も他国の宇宙開発事業からハイテク産業まで焦土にしてる真っ最中だし」

 

秋津島開発が新たに発表した次世代AI、SPFSSの登場は衛士達の歓喜の声と共に迎えられた。旧AIに比べて数十倍の思考能力を持ち、あらゆる面において旧式を上回る最強のソフトウェアが完成したわけだ。

 

「旧AIレベルを頑張って作ってた企業の株価が死んだぞ、そのAIを動かすためにコンピュータ作ってた会社も一緒に」

 

「全ての物が一瞬にして過去の物になる、その恐怖は確かに敵を作るでしょうな」

 

「秋津島の試作浮遊艦も理解出来る人間が少な過ぎて困るぜ、実用化の暁には大和だって宇宙戦艦に改造してやるってのに」

 

「それはちょっと…どうなんでしょう」

 

アイツがどれだけカッコいいかと語り始める社長に対し、良くも悪くも真っ直ぐな人だなぁと思う隊長であった。

 

 

秋津島開発のコンテナが今日も東ドイツに届き、戦地だった場所にはMMUが闊歩していた。また無人有人を問わず強力な力を発揮出来る強化外骨格は救助に有用であり、ベルリンではここ数週間の間復旧作業が続けられている。

 

『新政府はこれまでの情報統制を廃止し、自由な報道を段階的に取り戻したいと述べています。その第一歩として世界各国で大きなシェアを持つ秋津島放送の衛星通信設備を導入したいとも公表しており、我々は遂にインターネットと呼ばれる新たな領域に…』

 

あの時国民を奮い立たせたラジオからは新政府の広報がニュースを読み上げる声が響き、物資配給を待つ国民達は徐に耳を傾けていた。

 

「アキツシマ、ねぇ…」

 

「戦術機とロケットの大企業だったか、凄い話だな」

 

「欧州の戦術機は隼が多いと聞くぞ、西も使ってるらしい」

 

市民達はシュタージから解放されたことを噛み締めていたが、ニュースで語られるような変化によって暮らしが楽になるなら万々歳だと話題に食いついていた。話に出た大企業からの救援物資も多く届くため、帝国と交流があった666中隊の面々が上手くやったのだろうと皆が思っていた。

 

だがその666中隊のテオドール少尉と言うと…

 

『通信機の破壊及び回収は出来なかった、そういうことだな』

 

「…ああ」

 

契約を交わして東ドイツに渡ったテオドールが、端末越しに隊長と話していた。クーデターを最短で成功させ、シュタージを崩壊させたのは良かった。だが通信機の重要部品が持ち逃げされ、持ち去った人間も見つからないというのが1番の問題である。

 

『…頭の痛い問題だな、秋津島の衛星網は未だ危機を孕んだままという訳か』

 

次いでの目標で良いとは言われていたが、あれだけの支援をして貰って何も返せていないというのは不味いだろう。しかし彼は衛士であり、この手の調査は専門外というのも加味するべきだ。

 

『まあまあ、気にし過ぎてもダメだって』

 

その通信に割り込んで来たのは一人の男性であり、声は若々しい。困った顔をした隊長の顔が映し出されていた端末の画面は暗転し、"sound only"とだけ表示される。

 

『お疲れ様、中隊のみんなに怪我はない?』

 

「は、はい」

 

『それは良かった、妹さんを大切にね』

 

向こう側で何か書類を漁るような音がした後、またその男性が話し始める。

 

『通信機のことはこっちで追うから、その代わりに色々とやって欲しいことがあるんだよ』

 

「なん…です?」

 

相手が何者か分からず、彼は無理矢理敬語に直した。

 

『そう畏まらないで、SPFSSの件だよ』

 

「アイツですか」

 

『うん、君はAIを育てるのが上手いみたいだからね』

 

東ドイツは今も昔も最前線であり、ここで更なる運用試験が行えるとなればSPFSSの進化も早まるというものだ。それに優秀な衛士がクーデターにより多く失われた現状、新兵のためにもAIや西側の戦術機といった装備は必須だろう。

 

『今回の契約は残念な結果に終わったけど、成果が無かったわけじゃない。シュタージからの情報はしっかり提供して貰ったし、残りの残骸は回収出来たわけだしね』

 

「AIを任せるのは次の契約、というわけですか」

 

『新生666中隊のために戦術機は必須だろうし、西側との融和をアピールするにはまたとない機会じゃあないかな。君からの提案とあれば、元隊長であるベルンハルト氏も断らないって思ったのもあるけど』

 

この後に欧州連合を対象に行う筈だった次世代AIの先行投入に東ドイツが参加することになり、彼らは西側諸国との連携を強くしていくことを対外的に見せた。

政治体制や国内情勢の正常化は終わっていないが、BETAは人間の事情などお構いなしに襲ってくる。彼は場所を変えて戦う仲間を守るため、前線に出向く覚悟など既に出来ているだろう。

 

『休む暇がないのも大変だろうけど、人との時間を大切にね』

 

「ああ、はい」

 

『いつでも転職はお待ちしてるからねー』

 

身も蓋もないことを言い残して男は居なくなり、通信も途切れた。一体誰だったんだと悩む彼だったが、外骨格の充電を終わらせたSPFSSがドアを開けて入ってきた。

 

『衛星通信中でしたか、社長と何を話されていたんです?』

 

彼は配給で回ってきた秋津島食品のカロリーバーを手から落とした。




多少、というか完全に駆け足ですが柴犬編終わり!
次は遂に秋津島の十八番が生かされる展開になりますが、投稿は遅れそうです。

それとSPFSSの設定です。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1989年〜
第八十四話 船と部隊再建と


秋津島開発の試作艦はあれから試験を重ね、有人での飛行試験に踏み切っていた。多忙を極める社長と秘書の姿は残念ながら管制室内にはなく、今日も何処かを駆け回っているだろう。

 

「第七次飛行試験は問題なく進行中、どうですか乗り心地は」

 

そう聞くのは管制官であり、試作艦に乗る通信士はそれに笑いながら答える。

 

『次の瞬間ミンチになるかもしれない乗り物でそれを聞きますか、まあ前例を抜きにするなら頗る良いですがね』

 

高度な重力制御により船が加減速を行ったとしても搭乗員がGを体感することはない、まるで航空機のような挙動を見せる試作艦の中に居ようとも彼らはいつも通りだった。

 

「重力異常が発生した場合は有人区画を丸ごと脱出させる仕組みになってる、その場から離れるなよ」

 

ごく限られた場所以外は全て秋津島開発の無人外骨格が人間の代わりに活動しており、人員が有人区画から離れる必要はない。

 

『船員も機械になる時代とは、考え物ですよ』

 

元々重力場に囲まれているため非常時の退艦が難しい特性があるため、従来通りに人間での運用は人道的に認められなかった。原作の凄乃皇のように無人(というと語弊があるが)で運用出来れば良かったのだが、船の形に寄せて作られた外装であることと、納入先が帝国海軍ということもあってそうもいかなかった。

 

「ML機関は非常に安定しています、ただ艦隊に追従する以外にも様々な運用が可能なことが立証されましたね」

 

「話に出ていた荷電粒子砲によるハイヴ周辺のBETA殲滅か、光線属種からの攻撃を唯一無効化出来るコイツにしか無理な作戦だな」

 

本来なら米国のHI-MAERF計画で実現する筈だったその空中機動要塞は、秋津島開発の手で実現された。しかし問題は全てが解決したわけではなく、新たな分野の兵器ということで扱いに困っているそうだ。

 

「撃沈されれば即座にG弾と化す危険過ぎる代物だ、帝国軍が大規模な作戦にこの艦を投入するかどうかは分からんがな」

 

後退を続けるアジア戦線への特効薬として派遣することが帝国軍では議論されているが、現状では運用に必要なG元素を米国からの提供に頼らざるを得ないという点から却下されている。

 

「単艦でハイヴに存在するBETAを撃破可能なんでしたっけ、恐ろしい話ですね」

 

「理論上はな」

 

試作艦は予定通り高度を上げ始め、衛星軌道を目指す。今回の目的は宇宙港とのドッキングであり、補助推進器を使用しない単艦での大気圏突破が必要だ。

 

『上昇速度は規定値通り、ラザフォード場も問題なく船に追従している』

 

「船への負荷はどうか」

 

『加速による負荷も無し、嫌になるくらい順調!』

 

試作艦はぐんぐんと高度を上げ続け、数十秒で人の目では見えなくなりつつあった。管制室の人々は予定通りのルートで上昇する船を満足そうに見届け、外の作業員達やMMUは次世代の技術を目の当たりにして騒いでいた。

 

「年甲斐もなくはしゃいじゃってまあ…」

 

「我々も最初に見た時は同じ反応だったじゃあないですか、達観したような目で見るのは良くないですよ」

 

大気圏を突破するのに時間はかからず、目的の宇宙港は目前だ。補給を待つHSSTや巡洋艦、戦艦といった宇宙艦隊はその巨艦に目を丸くし、誰もが信じられないといった態度を隠せなかった。

 

『相対速度調整完了、続いてドッキングに移行する』

 

「あかつきの様子はどうだ?」

 

『秋津島の社員ですら信じられないって顔してやがる、そりゃそうだ』

 

重巡洋艦クラスの艦艇が自力で重力を振り切って現れたのだ、既存の物理法則を元に考えれば不可能なのは間違いない。だが目の前に浮かぶ船は、重力という存在を味方につけた常識はずれの代物だったのだ。

 

「…社長が躍起になるわけだ、G元素の安定供給が可能になれば世界が変わるぞ」

 

「効率的かつ大規模な物資輸送が可能になりますね、軌道エレベーター構想にも応用出来そうです」

 

「だなぁ、それに遠心力に頼らない真の人工重力も発生させられる」

 

皆が話すのは兵器としての利用方法ではなく、あくまで民間企業としての平和的な技術の使い方だった。ここに居る彼らが戦後をいち早く迎え、我こそは宇宙を我が物にすると決めた強欲かつ真っ直ぐな人材だからそう考えるのだろう。

 

「この加速力ならスイングバイも目じゃありませんね、ラザフォード場の対デブリ性能もあって長距離航行時の速度は考えられないほど早くなる筈です」

 

「ラザフォード場が有れば地球のデブリ問題も一気に解決ですね、デブリの予想到達地点にML機関を置いておけば一網打尽ですよ」

 

惑星の開拓にも大いに役立つだろう、宇宙での資源採掘にも有用だ。社長が戦後のためにラグランジュポイントで移民船の試作を続けていると言うが、G元素があれば従来の宇宙船など塵芥同然だ。ML機関搭載船の建造能力を持つものが戦後の宇宙開発を制する、それを分かって研究を進めているのだろう。

 

「…ML機関を今手に入れておけば未来で大き過ぎるアドバンテージになるわけか、地上で船を作ると言われた時はどうしたのかと思ったが」

 

「やっぱり社長さんは勢いで生きているように見えて、重要なポイントはどれも抑えてきましたからね。流石は魑魅魍魎が集ったと言われる戦後の宇宙開発競争を生き抜いた方ですよ」

 

管制官の一人がそう言うと、殆どの社員達が強く頷いた。しかしごく一部の者達は本当の社長を知るあまり、勢いで生きてるぞと心の中で突っ込みを入れた。

 

「そう言えば先日打ち上げた宇宙用戦術機の強化パッケージ、評判は…」

 

一人が話していた途中で警報が鳴り響き、誰もがディスプレイを凝視した。それには監視衛星がBETAの着陸ユニットを捉えたと表示され、捕獲作戦の即時決行が事前の取り決め通りに行われた。

 

「遂に来たか、G元素の塊」

 

「現時刻を持って秋津島開発の打ち上げラインは全て変更、指定された物資を最優先!」

 

「地上で打ち上げ待ちだった奴の予定を繰り上げろ、演習通りにやればいい!」

 

秋津島開発の夢と人類の勝利を賭けた一大作戦、国連宇宙軍をも抱き込んだ落着ユニットの捕獲作戦は突如始まったのだった。




ラフですが試作艦の設定画です、兵装のデザインは大幅に変更される予定です。船は描くのがあまり得意ではないので、ご意見お待ちしてます。


【挿絵表示】


ついでにSPFSSも置いとくかァ!

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十五話 捕獲作戦と後遺症と

祝100話達成


「出発まで時間がない、今のうちに改めて作戦内容を説明するぞ」

 

宇宙港の会議室には多くの人員が詰め寄せており、皆が宇宙服のままブリーフィングを受けていた。秋津島の社員が大多数を占めているが、国連軍の姿もある。

 

「我々は準備が出来次第直ちに出発、月へと向かう」

 

大型艦の大推力エンジンやHSSTに取り付けられた追加ブースターであれば、月への到達は難しくない。BETAとの戦争が始まる前には月との往来能力は条約により制限されていたが、それはもう効力を失っている。

 

「その後月の軌道を回り方向転換、着陸ユニットを背後から追いかけて速度を合わせる」

 

宇宙空間で何かしらの作業をする場合、相対速度を合わせなければ危険極まりない。雑な言い方をすると、艦隊が着陸ユニットに向きと速度さえ合わせてしまえば止まっているのと同じになる。

 

「その後軌道変更装置を射出、落下軌道から周回軌道にまで敵ユニットを移動させる」

 

宇宙港より外側に位置する周回軌道に着陸ユニットを誘導、落下の危険性を無くしてから本格的な調査を始めるというわけだ。

 

「目標の軌道には着陸ユニットを確保するための設備と工作艦二隻が待機している、そこまで送り届ければ後は待機だ」

 

何事もなければ、ただ単に作業をしたのみで終わる。だがそうとは思えないからこそ戦力が掻き集められたのであり、油断は出来ない。

 

「国連軍からは彗星改のアーミータイプが二個小隊参戦して下さる、我々には純粋な戦闘用が流星の一個分隊しか居ないことを考えると破格の戦力だ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

テロの過激化を警戒した国連軍からの要請により再設計された彗星改は、既にかなりの数が宇宙港で運用されていた。あくまで彗星改のバリエーション機という位置付けのため固有の名称は無いが、社長の発案によりゲートキーパーという愛称が付けられていた。

 

「軌道の変更に失敗した場合、軌道上で待機していた国連宇宙軍の艦隊により核弾頭の投射が行われる。この際我々が充分な退避を行える保証は無い、スペースワンでの迎撃を放棄している以上ギリギリの攻撃になるからだ」

 

既にこのことは周知されていたが、改めて告げられようと誰も狼狽えることはない。G元素が有ればBETAとの戦争が早く終わって犠牲が減る、それに戦後の宇宙開発では自分達がトップを走れるという野心もあった。

 

「捕獲用の装備は暴走事件の影響もあって余裕がない。本来なら国連軍の艦隊も捕獲作業に参加して下さる手筈だったが、我々だけでやるしか無くなった」

 

宇宙港の建て直しと新造計画の発動、衛星網の復旧、大量にばら撒かれたデブリの処理など面倒ごとが山積みになったのは、捕獲作戦に対して大きな悪影響を与えていた。

 

「…燃料の充填作業があと5分で終わるか。ブリーフィングはここで終わりだ、各員持ち場に戻ってくれ!」

 

暴走事件が無ければ倍の戦力が確保出来ていた筈だ。もしも事件の首謀者がここまで読んでいたとすれば、恐らく未来人か予知能力者だろうと説明していた幹部は唸った。

 

 

「慣れないな」

 

戦術機のパイロットスーツである強化装備の上に専用の宇宙服を重ね着した男性は、操縦席で腕を組んで待機していた。

 

『ダンデライオンとは勝手が違いますか?』

 

機体に搭載されたAIがそう聞くが、手をひらひらと振って否定する。

 

「いや、そういう訳じゃあない」

 

戦艦を改造して作られたMMU母艦の一隻に流星は搭載されており、その中には一人の衛士が乗り込んでいた。周囲で行われていた殆どの作業は遅滞なく終わり、最終チェックと共に船が出航準備を進めていた。

 

「今回は港から遠すぎる、推進剤の量も考えれば艦載機だけで帰還するのは不可能だ」

 

『前は生き残りました、今回もきっとそうなります』

 

若干ネガティブな思考に陥った彼をAIが無理矢理励ました。ディスプレイにはSPFSSの文字があり、AIも最新型に更新されていることが見て取れる。

 

「…ああ、そうかもな」

 

彼は暴走事件の際にダンデライオンでML機関の確保と核弾頭の観測を行なった宇宙港の英雄であり、機体を失っていたところを救助され生還していた。

 

『リハビリは無事終わりました、この機体に乗るのは貴方が相応しいと伝えられている筈です』

 

「ありがとう、そう気を使うなよ」

 

『僚機も心配していましたから』

 

もう一機の流星に乗るのは事件の際に超電磁砲による迎撃を成功させた凄腕の射撃手だ、無口な奴だが腕は確かなのは訓練を通じて彼も知っているだろう。

 

「アイツがか、悪いことをしたな」

 

『はい、気は紛れましたか?』

 

「紛れたよ、助かった」

 

鈍っていた脳波も元に戻り、思考制御の感度が回復する。ペダルと操縦桿を傾ければ各部の推力偏向ノズルが細やかに動き、宇宙での姿勢制御の様子が脳裏に浮かぶ。

 

『今の回避パターンは教本とカリキュラムには有りませんが』

 

「要塞級の鞭を避ける時の回避機動、昔シミュレータで叩き込まれた」

 

元衛士だと言ったろと言う彼だが、AIは今も戦術機に乗っているだろうと返す。作業を行なっていたMMUが格納庫から離れ始め、皆に見送られながら船は港を出ようとエンジンに火を入れた。

 

『じゅんよう出航、続いてひようも出ます』

 

宇宙港の管制塔からの通信が船体に響いた。

秋津島開発が保有する大型船を改造して作られた母艦は帝国海軍から名を借りており、船体には大きく艦名が平仮名でプリントされている。

 

『艦載機に問題なし、加速を行うため指定区域の作業員は退避せよ』

 

『艦隊データリンク強度問題なし、レーダーに接近するデブリ群確認出来ず』

 

今回使用する航路上に危険なデブリは無い、最後まで回収と捜索に当たってくれた工作艦も既に退避中とのことだ。

 

「久しぶりの大舞台だな、次は漂流しないことを祈る」

 

『しませんよ、貴方なら』

 

改造艦という特性からか、普段より大きな揺れが機体を襲う。デブリの雨と比べれば小雨もいいとこだと彼は思いつつ、長い待機時間を潰すために音楽の再生をAIに頼むことにした。




完結まであと100話必要かもなと感じるほど、偉大なる原作の年表は続いております。マジでどうしようかな…

設定画の作成やらこれから先の展開に向けてのプロット作成など色々とやることが多いので、更新頻度は落ちると思われます。完結まで行きたいと考えていますので、良ければこれからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十六話 軌道変更

BETAが月から送り込んで来た着陸ユニットと相対速度を合わせた宇宙艦隊は、作戦の第一段階を始めようとしていた。

 

「軌道変更ユニット順次射出、制動距離に注意しろ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

コンテナを背負った宇宙船から打ち出されるのは円柱に足が生えたような無人機群であり、彼らが取り付くのは目標の前方だ。

 

「ユニット1〜6、7〜12が固定完了、現在連携取りつつ角度調整中」

 

「ユニット17から応答なし、全コマンドを受け付けません」

 

「通信系のトラブルか、衝突を警戒しろ」

 

重量が多ければ着陸の難易度が上がってしまうが、軽くすればエンジンの推力も燃料の搭載量も減ってしまう。その二択で小さく軽くする方を選んだ開発陣は少ない推力を数で補うというアイデアを中心に制作を推し進め、全ての軌道変更ユニットが柔軟に連携して稼働するという一つの群体として完成させたのだ。

 

「衝突経路に船舶無し」

 

「内部機器が生きているのならスタンドアローンで減速し始める筈だ、放っておくぞ」

 

過酷な宇宙空間において故障は付きもの、どうしてもこの手のリスクは避けられない。しかし群体として構成された軌道変更ユニットは一機や二機失ったところで問題なく稼働する、織り込み済みというわけだ。

 

「故障率は3%…いえ4%、問題なく運用可能です」

 

「第一次噴射で目標の速度を落とす、我々も速度を合わせるから追い抜くなよ!」

 

あと20時間後には地球に到達していた筈の着陸ユニットは大きく速度を緩め、船団は予定より少しだけ短いが2日の猶予を得る事が出来た。減速の瞬間に何か動きがあるかと警戒していたが、目標からの反応は何も無い。

 

「…何も示さないな」

 

「減速終了、このまま予定通り軌道への投入を試みます」

 

武装を持つ船は砲身を目標へと向けていたが、軌道変更ユニットの青い噴射炎がレンズに映るのみだ。拍子抜けするほどに動きはなく、報告を受けた宇宙港の面々もかえって不安なようだ。

 

『月のBETAに動きはない、我々の動きを感知していないのかもしれない』

 

宇宙港からの回答は何も分からないというのと同義のものだ。BETAの生態が知られていないのが原因であるので責めることは出来ないのだが、なんとも頼りない。

 

「BETA間での通信は行われないのか、それとも地上に辿り着くまで休眠状態なのか…」

 

「何もかも不明ですが好都合なのは確かです、今のうちに簡易的な内部調査を行いましょう」

 

「…刺激する可能性もクソも無いか、軌道変更ユニットの振動でピクリともせんのだからな」

 

戦艦ではなく巡洋艦を改造して作られたMMU母艦から旅立つのは最も普及しているMMUこと彗星改であり、その手には見慣れない装置が握られていた。

 

「今のうちに目標外殻のサンプル回収、振動とレーダーによる内部調査を行う」

 

この先地球の近くで目標が活性化した場合、軌道上での捕獲と調査を行えない可能性がある。そのため今のうちに最低限の調査を終わらせておかなければ、得るものが何も無くなってしまう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「了解、作業を開始します!」

 

数機の彗星改が目標に着陸し、すぐさま機器の設置を始めた。内部の透視には複数箇所からの多角的な情報が必要だが、その分精度は高い。

 

「…これは結晶でしょうか」

 

「恐らく結晶化したG元素だ、重力異常も何も無いということは非常に安定しているようだな」

 

内部には大量のG元素が結晶となって収まっていることが分かったが、それは全体の2割にしか満たない量だ。それ以外はというと、なんとも奇妙な物質であることが分かった。

 

「粘度の高い液体?」

 

「有機物のようです、一定の周期で流動しています」

 

内側を満たすのは大量の有機物、それも液体状だ。その正体が何なのかと彼らは頭を捻ったが、BETAの内の一種を思い出した。

 

「要塞級のBETA運搬能力を思い出しませんか、体内から液状のBETAを排出するあの特性です」

 

「…つまりアレの中にはBETAの原料がありったけ詰め込まれている、そう言うわけだな?」

 

「はい。例えるならば変態を終える前の蛹のように、とでも言うべきでしょうか」

 

確かにBETAが本来の形のまま詰め込まれていたとして、多少緩められたとしても十分に大きい着陸時の衝撃には耐えられないだろう。しかしまだ形を成さない液体の状態であれば話は違う、なんとも合理的な話だ。

 

「参ったな、この量の液体を軌道上で処理出来ないぞ」

 

「空の燃料タンクをありったけ手配…いえ、それでも足りませんね」

 

「研究用の資料としてこの上ない物体だぞ、オルタネイティヴ計画を擁する国連が欲しがらない訳がない」

 

どうしたものかと考え始める艦隊の頭脳達だったが、現場は指示通りに作業を進めていた。その結果、G元素の密度が高い場所のすぐそばに何も満たされていない空の空間を発見したのだ。

 

「奇妙な空間があると中心を調査していた機体が言っていますが」

 

「…ここだけ何も詰め込まれていないとは、何かあるな」

 

「減速に使用するBETAの重力制御機関でしょうか、G元素を持つ彼らがML機関を持たない保証は何一つありません」

 

減速を成功させたことで時間はある、今は調査を進めつつ軌道上の受け入れ態勢が整うのを待つだけだ。

 

しかし彼らにとって一つだけ誤算があった。BETAが強い反応を示す物体を主機関として採用した試作艦が、少し離れた軌道上に存在するということだ。原作において大量のBETAが人類を無視して一斉に群がったML機関という存在は、今最も居てはいけない場に待機していた。




ユニット内部は私の妄想です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十七話 掌握

「おお、圧巻だな!」

 

「有人区画から外には出ないで下さいよ?」

 

捕獲作戦の決行と同時期に宇宙港へと来ていたのは秋津島の社長と秘書であり、今は試作艦の視察を行っていた。多忙を極めるために今まで内部を見ることが出来ていなかった彼らは、社員に案内されつつ艦内を探訪していた。

 

「こんなことをしていて、本当に良いんですか?」

 

「あと1日丸ごと残ってるんだぞ、多少の空き時間は有効に使わないとな」

 

試作艦の有人区画はその大きさに比べて歩き回れる場所というのは少なく、大抵は生命維持と管制のための機材が詰め込まれている。特に艦内の温度上昇は危惧すべき問題であり、冷却や断熱に関してはかなり気が使われている。

 

「それにBETA由来のG元素がどんな影響を与えるか分からん、準備が出来次第サッサと地上に帰って貰わないとな」

 

「帰る前に見て回ろうって算段ですか…」

 

「いい考えだろ、まあ有人区画は狭いし直ぐに終わるさ」

 

もう既に大体の箇所は見終わっており、今は最後に艦の司令室にお邪魔していた。試作艦は入念な船体のチェックが終わるのを待っている状態で、皆は休憩中といった雰囲気だ。

 

「何事もなければ大丈夫さ、そのために何重もの対策をして来たんだからな」

 

着陸ユニットを受け入れる専用のステーションは既に稼働中であり、何かあればブースターに火を入れて地球の重力圏から離れるという力の入れようだ。それに作戦行動中の艦隊は張り巡らされた衛星ネットワークと接続し、全てのことは常に共有されている。トラブルが発生しようとも、すぐさま把握して対処が可能だ。

 

「通信機の件は少々気掛かりだが、この短時間で全て解析されるなんてヤワなシステムじゃあないんでね」

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「前から言ってるだろ、量子コンピュータでも無けりゃ突破は不可能さ」

 

司令室も見た、見学もこれで終わりだろう。そう思って案内してくれた社員に礼を言い、船を出ようとすると急に慌ただしい雰囲気が漂い始めた。

 

「何かあったのか?」

 

「先程からあかつきのメインコンピュータとの接続が急に悪くなりまして、何かしらの負荷がかかっているものかと」

 

「負荷って、作戦中に大規模なシミュでもぶん回す馬鹿でも居たのか」

 

司令部も同様の症状に悩まされているに違いない、そう思って通信士が連絡を取ろうとしたが応答がない。

 

「…あの、司令部からの応答がありません」

 

「有線通信だぞ、逆にどうやったら通じなくなるんだ」

 

「太陽風の予報はありませんでしたよね、大規模なシステムトラブルでしょうか?」

 

誰も原因が分からない、しかし誰もが冷や汗をかいていた。特に社長は身体中の毛が逆立つような寒気に襲われ、このシステム障害がそう生優しいものではないことを感じ取った。今までの妨害工作と同じ気配がする、彼にはそう感じられた。

 

「…起動待機中のML機関を完全に停止させろ、その後点火装置と無人区画全ての電源落とせ」

 

「は、はい?」

 

「その後メインシステムも落として外部との通信を遮断、非常電源に切り替えて待機だ」

 

「その工程を経た場合、全く動けなくなりますが」

 

社員の一人がそう聞くが、あくまで確認といった様子だ。社長を疑うつもりは毛頭なく、いつでも命令を出せと言わんばかりに真っ直ぐ目を合わせている。

 

「いいんだ、やってくれ」

 

「聞いた通りだ、緊急停止手順実行!」

 

ML機関にG元素を投入するためのアームが格納され、炉の蓋が閉じる。元気に働いていた無人外骨格も動きを止め、有人区画は赤色の非常灯に照明が切り替わる。

 

「無人区画の稼働停止を確認、G元素格納庫及びML機関の安全装置は正常に稼働」

 

「当艦隷下の無人機は全て停止、気圧区画及び無気圧区画の全隔壁閉鎖」

 

「メインシステムも停止させる、これで…」

 

明らかに重要そうなレバーを下げようとした瞬間、閉じたばかりの隔壁がもう一度開かれた。誰もそのような操作は行なっていない、ただ待機していただけだ。

 

「閉じた隔壁が上がっています」

 

「…何故だ?」

 

船員達が困惑しつつも現状を把握しようとするが、全てが謎だ。試作艦の艦長がレバーを下すのを止めたのは、メインシステムを止めれば開いたままの隔壁を閉じることが出来なくなるからだ。

 

「不明です、操作手順は間違っていない筈ですが」

 

「すぐに閉じるんだ、今は船を守るラザフォード場がない以上デブリの危険性は十分にある」

 

しかし船は操作を受け付けない、先程行った手順を実行したとしても見たことがないエラーが表示されるだけだ。

 

「社長、これは一体」

 

「いいから、システムを止めてくれ」

 

「ですが隔壁が」

 

「隔壁だけが勝手に動くと思うのか、次は何が動き出すか…」

 

司令室の照明が再度点灯し、非常灯が切れる。普段通りにディスプレイが情報を表示し始め、全て一人でに動作を再開した。

 

「緊急停止を行なった筈だぞ、何故動ける!」

 

「だから言っただろ!」

 

ML機関の安全装置が次々と解除され始め、一部の人間しか知り得ない筈の起動コードも即座に入力された。格納庫からG元素が運ばれ、投入されるのは時間の問題だろう。

 

「ML機関に予備電源から電力が供給されています、無人機の管制も完全に制御不能…乗っ取られてます!」

 

停止用のレバーを下げるが反応が無い、完全に対処できる範疇を超えてしまった。

 

「無人機が勝手に動くとなると、隔壁が全て開いたのはそう言うことか」

 

「外骨格が雪崩れ込んで来ますよ!対デブリ装甲のお陰で小銃でも歯が立たないのに!」

 

何処からこの船を操っているのか、そのことに関して船員の誰もが疑問に思っていた。その中で社長は壁を蹴って重力のない管制室の中を飛び、社員の一人に近寄った。

 

「有線通信はどうなってる」

 

「接続は不明瞭なままで…」

 

「本当かな」

 

最初から起きることを知っていたかのような彼は、社員の手首を握って席を立たせようとする。しかし腕を掴まれた社員は即座に拳銃を抜き、数発発破した。

 

「撃った!?」

 

「社長ォ!」

 

発砲音が管制室に響くが、分厚い宇宙服が弾丸を阻んでくれていた。社長は背中の個人用推進器を使って加速、彼と共に身体を壁にぶつけた。

 

「悪い!」

 

宇宙服を着ている人間は重いもので、狭い管制室で加速も充分ではなかったとはいえ銃撃犯は骨を折っていた。社長も無理矢理突っ込んだために無傷ではなく、額から血を流していた。

 

「俺まで痛ってぇ…畜生…」

 

「何をしてるんです!」

 

一連の行動に誰もがついていけなかったが、秘書は真っ先に彼へと駆け寄っていた。護身用にと持たされていた拳銃を既に抜いており、衝撃で目を回した銃撃犯にトドメを刺しかねない勢いだ。

 

「俺はいいから、アイツを縛ってやれ」

 

「…貴方にはさっきから何が見えているんです、私には分かりませんよ」

 

「俺にも分からん、実は今も見えてるのが未来か過去か理解出来なくてな」

 

彼の能力は単なる技術チートと呼ばれるような生優しい物ではない、そう語ったのはいつのことだっただろうか。現在と過去と未来、その全ては単なる情報だ。

 

「はい?」

 

「記憶が混乱してる、見過ぎたらしい」

 

「だからその、何をです?」

 

「因果を通じた記憶の流入だよ、流し込まれる側はたまったもんじゃねぇな」

 

原作において記憶というのは他の世界に流出と流入が行われる情報の一つであり、それが多くの問題を発生させる原因となっていた。今回起きたのは未来の記憶の流入であり、彼の能力が持つ権限の範疇を超えた現象だ。

 

「だから何を言ってるのか分かりませんって!」

 

「…大丈夫だ、順を追って説明するさ」

 

混乱する頭をどうにか落ち着かせ、弾丸を受け止めたことでひび割れたヘルメットを投げ捨てる。彼は心配そうな顔をする社員達に向けて引き攣った笑みを見せつつ、集合とだけ叫んだ。

 

「未曾有の事態だが、俺達に宇宙で解決できない問題はない!」

 

流れる血を拭い、少し冴えてきた頭で言葉を紡ぐ。

 

「この現状を打破し船を取り戻す、いいな!」

 

反撃開始だ。




流星の立ち絵です。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十八話 恭順派

秋津島開発の衛星ネットワークが突如攻撃を受け、キリスト教恭順派を名乗る組織からの犯行声明が地球全土で放送された。

 

「…なんだこれ」

 

「この動画止められないぞ」

 

民間人にも端末が広く普及していたことが仇となり、混乱は加速度的に広まっていく。宇宙との通信が途絶えた地上はこの状況に対処する方法がなく、ただ目の前の事実に対して立ち尽くすことしか出来ない。

 

「BETA、これが?」

 

放送された動画には民間人に対して伏せられていたBETAの姿が収められ、他には人類はBETAの手により死ぬべきだという彼らの思想が延々と語られていた。

 

「見るんじゃない、子供から端末を取り上げろ!」

 

 

犯行声明は試作艦のディスプレイにも表示され、社員達の度肝を抜いた。社長も何やら考え込んでいるようで、脱いだヘルメットを抱えながら唸っている。

 

「…恭順派がこんなことを出来る筈がない」

 

そう言ったのは社長であり、記憶の整理をしながら話を始めた。

 

「確かにあのカルト宗教の規模では、ネットワークの掌握など土台無理な話ですね」

 

「だが他の勢力とも思えない、こんなことをして得をする国は無いからな」

 

アメリカも前回の事件以降、過激な組織は粗方力を失った。今はBETAの脅威に対してG元素の研究を国際的に推し進めるべきという思想で纏まっており、試作艦のML機関が充分に動かせるのもそういうことだ。

 

「ソ連だって今回の捕獲作戦が上手くいけばG元素が手に入る、それに軌道艦隊を失えば国土が更に奪われるのは必然だ」

 

「前線国、後方国共に損の無い話ですからね」

 

「だからこそ解せない、本当にこんなことをやるのは恭順派くらいってことになっちまうからな」

 

しかし大国ですら全力を挙げてギリギリ戦えるかどうかという秋津島開発の衛星ネットワークに対し、ちょっと大きい程度のカルト宗教が完全勝利を収められるとは到底思えない。

思想的には納得がいくが、実力と行動を見ると納得がいかない。

 

「それにBETAと死ねって言うなら宇宙の戦力を手玉にとっておいて何もしないのはおかしい、宇宙港くらい地上に落としそうなもんだがな」

 

それにタイミングも悪い、暴走事件の時に乗っ取れば核弾頭の雨を降らすことが出来たと言うのに。そう言えばあの時の事件にも宗教団体が関わっていたと報告を受けた気がする、何か引っ掛かる。

 

「彼らの目的は一体?」

 

「さあ…いや、うぅん」

 

先程雪崩れ込んで来た記憶の中に答えがある気がする、見たはずの未来をもう一度思い出すのだ。未来、未来…

 

「待てよ、未来?」

 

「はい?」

 

自分は原作の年表を追う形で今まで未来に起きることを予測して来たが、歴史を変えながら進んでいる以上知り得ない事件も発生している。だが自分が居ることで変わった未来を知る人物が敵に居れば、この状況に説明がつく。

 

「ループか!」

 

原作の主人公がそうだったではないか、二周目のループで起こるイベントに対して先んじて手を打つのが描写されていた。それにより別の問題が発生するのも共に明らかになっており、秋津島開発が苦難を乗り越えてしまったことは彼らにとって想定外だったりするのかもしれない。

 

「恭順派を使ったのも分かる、指向性タンパクの使い方を熟知していれば宗教を大きくするのは難しくない…」

 

「何が分かったんですか?」

 

「こちらの出方を見た上で衛星網が充分に発達した今を狙って掌握、嫌になるくらい完璧だ」

 

何故こうも毎回裏をかかれるのか、それは彼らは未来を知っているからに他ならないのだ。

 

「相手は未来を知って、いや体験してから過去に戻っている」

 

「んな滅茶苦茶な!なんでもアリですか!?」

 

「アリなんだよ、G元素があればな」

 

G弾の起爆による時空間の歪みと増幅された思念、そして大量のG元素があれば他の世界の人物を呼び寄せることが可能だ。恐らくはその手の方法でループを行ったのだと考えられる。

 

「でもG弾とG元素が必要な実験なんて、アメリカ以外に不可能ですよ」

 

「逆だよ、呼び寄せるんじゃなく送りつけて来たんだ」

 

他の並行世界へG元素を用いて干渉できるのは前述した歪みで他世界との距離が縮まるからだ、逆が出来ない道理はない。

 

「未来の件は分かりました、でもこのネットワークへの攻撃はどう説明するんですか?」

 

「最も実現が近い量子コンピュータがある、本来の未来において十数年後には実用化してる物だ」

 

相手が未来を知る人間なら作れるかもしれない、G元素を保有する米国で活動していたのであれば尚更だ。

 

「そんなものがあるんですね」

 

「00ユニットだな、どうやって維持しているのか気になるが」

 

秘書がギョッとした顔で社長を見る、言ったことが本当であれば人間の自我を電子化することが既に可能ということだからだ。

 

「社長が反対した計画案にあったヤツですか、人間の自我を持つ量子コンピュータとかいう」

 

「手のひらサイズの頭脳で半導体150億個分の並列処理能力を持つと言われるバケモンさ、今の俺達じゃあ敵わないな」

 

原作通りに人の外見を模しているならば工作にも使い易いことこの上ない。デカいコンピュータなら見つけようもあるが、そこらの人間と変わらぬ姿とあれば大問題だ。

 

「…だが維持にはBETAの技術が必要だ、作れたとしてもすぐに劣化が進んで動かせなくなる筈だが」

 

頭脳はODLという液体で冷却されているが、それは72時間で交換か浄化が必要という代物だ。その完全な浄化は人類の技術では不可能であり、それが運用の難しさに拍車をかけている。

 

「BETAの技術とは一体何なんです?」

 

「オスカー中隊が爆破したハイヴ最奥の特殊個体、アレの力が無くちゃ長時間の稼働は不可能でな」

 

未来においては人類の一種族として認知されるほどに増えるらしいので、なんらかの解決法が見つかったのかもしれない。今その水準に達しているとしたら、正直言って勝ち目は無い。

 

「…急激な劣化がなければ稼働時間はそれなりにある、使い捨てるつもりなら…或いは…」

 

この72時間、00ユニットが焼き切れるまでに何かを成すつもりなのかもしれない。

 

「社長、どうされますか」

 

「希望的観測を含んだ作戦にはなる、だが動き方は固まった」

 

船員が持って来てくれた予備の宇宙服に着替え、ホルスターから拳銃を抜く。手慣れた様子で弾丸を装填し、予備の弾倉の数を確認した。

 

「地上からの攻撃が原因ならアクセスを封じるまでだ、宇宙と地球を切り離す!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八十九話 断絶

「宇宙港はブロック構造になっていて、各区画の接合部を弄れば簡単に取り外せる」

 

「それで通信区画を丸ごと切り離し、宇宙港とネットワークを切り離すわけですか」

 

物騒な計画を立てるのは社長であり、非常用の工具を纏めて引っ張り出して来ていた。

 

「タイムリミットは一日だ、捕獲した着陸ユニットが試作艦の近くまで来たらどうなるか分からん」

 

宇宙服の背中に作業用の追加装備を接続し、推進器の調子を確かめる。全ての隔壁が開かれたことを逆手に取り、非常口から最短ルートで船から脱出する。

 

「外骨格が移動可能な通路は現在手動にて閉鎖中、船はお任せください」

 

「悪いが頼んだぞ、俺達は船と繋がる通信ケーブルを切断できないか試してみる」

 

「社長こそ無理をなさらず、本当ならここに居て欲しいものですが…そうも言えませんか」

 

「この船と宇宙港の構造を丸暗記してるのは俺くらいだ、全人類と一人を天秤に載せる気か?」

 

解体用のプラズマカッターの出力を調整し、安全装置をかける。全ての通路が開放されているため、司令室から艦外への脱出も容易だ。細い人間用の通路を選べば外骨格には襲われない。

 

「艦載機があれば楽になるんだがな」

 

「作業用の追加装備があっただけマシですよ、それに細かい作業は難しくないですか?」

 

「36mmがありゃチマチマ溶断しなくていいだろ、ぶっ放せば終わる」

 

「乱暴にも程がありますよ!?」

 

数人の社員を引き連れ、ハッチから出る。手動での操作が必要なエアロックが閉じたままだったことで空気が失われていないのは有り難い話だった。

 

「今後の復旧のためには通信区画を破壊するのは悪手だが、この場で即座に切り離せるならやった方が良い状況なんでな」

 

「確かに一刻も早く止めないと、今後の経営戦略に大きく響きますね」

 

「いやもう終わりだろ、秋津島放送の信頼性は宇宙から一気に地にまで落ちたぞ」

 

解決したとしても、どう弁明しようか悩むところだ。

 

「まあ…今は動かないとな、というか動いて後のことを忘れたい」

 

いざ宇宙服を着て外に出ると、宇宙港の大きさに圧倒される。作業員の精神的な負荷を抑えるためMMUでの作業が推奨される理由が少し分かった気がする、18mの巨人として物を見ないとスケール感が狂いそうだ。

 

「こんな風に作業するのはいつぶりだろうな、BETAが来る前に遊んだのが最後か?」

 

「懐かしい話ですね、社員旅行は月でしたっけ」

 

「また行けるのは何年後になるか分からんな、結局気持ちが落ち込むじゃあないか」

 

宇宙港に入るために最寄りのハッチを開けようとするが、やはり開かない。仲間に目配せをした後、爆薬を設置した。

 

「加圧されている区画にも無理矢理侵入する、扉が弾け飛ぶぞ」

 

「人が居たらどうするんですか」

 

「居住区画以外は宇宙服の着用が義務付けられている、それに部屋の扉を閉じていれば問題ない」

 

「…もしもがあれば恨まれますよ」

 

「責任は取るしかないさ、開けるぞ!」

 

爆薬が時間通りに起爆、振動を伝えるものがない宇宙では閃光だけがその威力を伝えてくれる。少し遅れてしがみついていた宇宙港の外壁が揺れ、何かが軋む音と共に、空気が抜けていく。

 

「最短距離を突っ切るぞ、突入だ」

 

 

宇宙港との通信が途切れた捕獲艦隊は、予定通り目標を運び続けても良いのかということで意見が割れていた。

 

「明らかな非常事態だ、最悪の場合我々は地球防衛のための核攻撃を受ける羽目になる」

 

「衛星との通信が復旧すれば事態も分かるでしょうが、長距離通信だけが死ぬとは怪しいですからな」

 

決断を下そうにも推進剤は有限だ、何か行動を起こせば起こした分だけ取れる手段は少なくなっていく。

 

「…目標を減速させ到着時刻を遅らせ、宇宙港へ向けて伝令を走らせるというのはどうかね」

 

「堅実ですな。辿り着くまでに時間はかかりますが、それが最も確実でしょう」

 

「決まりですね、駆逐艦とMMU一機を向かわせましょう」

 

比較的燃料に余裕がある大型艦艇から一隻のHSSTは補給を受け、加速のための準備を始めた。船体の背に乗せていた軌道変更ユニットのコンテナは取り外され、その代わりMMUが相乗りするため持ち手が展開された。

 

「機体はどうしますか」

 

「流星を向かわせてくれ、最悪の場合戦える機体の方が良いだろう」

 

流星の背には120mm無反動砲や36mm低反動砲といった物騒な兵器が搭載され、載せられるものは全て載せたと言っていい重武装だ。

 

「…こんな状況になっても社長殿からの一報が無いというのが1番恐ろしくてね、無線が通じないと分かれば矢文の一つでも飛んで来そうなものだが」

 

「あり得ますな、鏑矢は宇宙では鳴りませんし見落としているのやも」

 

不可解な状況であることには変わりはないが、ちょっとした冗談でも言わねば狭い艦橋が更に窮屈に感じてしまう。限りある推進剤を使って艦隊が減速する中、想いを託されたHSSTと流星は加速を始めるのだった。

 




投稿頻度が死んでますが、生きてはおります。
Twitterと活動報告の方は度々更新しておりますので、そっちが動いている限りは失踪の気配は無いとお考え下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十話 解体と置き土産と

お久しぶりです


「居住区の擬似重力発生装置から一直線に伸びるメインシャフトの端が今回の目標、地球を向く大規模通信区画だ」

 

「は、はぁ」

 

「それ故に切り離すのは簡単じゃない、切り離した場所から空気が漏れないよう隔壁を閉めないと話にならん」

 

各種密閉材が緊急時には使える筈だが、コンピュータが死んでいる以上手動で行うしかない。現在は大きく二つの班に分かれた彼らは、各々解体のために動いていた。

 

「俺達は通信区画側担当、分かれた班はメインシャフト側で作業だ」

 

「起爆が可能になるまで時間がありますが、それまで私達は何を」

 

「通信区画から全員避難させる、それと出来る限りの原因究明だな」

 

00ユニットによる攻撃というのは未だ信憑性があるとは言えない状態だ、ひとまず出来る限りの情報を集める必要がある。

 

「それに通信区画は恒常的なデブリ被害が大きい箇所だ、作業用のMMUが中央の格納庫以外に唯一常駐してる」

 

「彗星を手に入れる訳ですね、確かにアレさえあれば作業効率は飛躍的に増しますよ」

 

しかし不気味なのはこの騒動が始まる前に飛び回っていた筈のMMUの姿が見えないことだ、一斉に避難したのだろうか。

 

「試作艦のケーブルはどうするんです?」

 

「アレは対デブリ規格品だ、俺達の装備じゃ切断出来ねぇ」

 

使えるMMUを確保する必要がある、彗星の確保が必要な理由の一つだ。堅牢に作り過ぎたというのも考えものだが、かといって人が手を出せる範囲に設備の解体スイッチを置いておくというのも怖い。宇宙でもその手のうっかり…所謂現場猫案件は発生するからだ。

 

「通信区画の人員が協力してくれれば一気に動き易くなる、緊急時に必要不可欠なのはマンパワーさ」

 

開かない扉にプラズマカッターを向けて溶断、裏側の整備区画へと侵入する。非常用のレバーを探しつつ、手動での切り離し手順を確認する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これが爆破用ですか」

 

「そう簡単に使える訳じゃあないがな、鍵やらなんやらが必要だ」

 

「鍵って、私達はそんなの持ってませんよ」

 

試作艦にあった装備を着て飛び出して来たわけで、宇宙港に所属する人員のうち少数が持つような鍵なんて物は無い…と思われた。

 

「えーと、通信区画だから…これだったか?」

 

万が一に備えてセキュリティが施されているが、それに持ち出し厳禁と書かれたタグの付いた鍵を差し込むと簡単にロックが外れた。

 

「何故鍵があるんです」

 

「いやまあ、最近良くないことが多かったし一応な」

 

「今回はまあ仕方ない状況ではありますけどね、持ち出し厳禁って文字が見えないんですか!?」

 

 

メインシャフトへと辿り着いた作業員達は、手動にて各種密閉剤の充填作業を始めていた。閉鎖する区画に取り残されていた人員の退避を促しつつ、時には壁すら溶断して動き続けている。

 

「何故誰も状況を知らないんだ、司令部は?」

 

「酸素供給系の異常だとかで火災が発生して、この区画の全作業員は最寄りの室内にて救助を待てとの連絡があってそれ以来…」

 

「通信や施設内のアナウンスは無いと」

 

「はい、おかしいとは思ったんですけど」

 

作業員達は秋津島の社長が出張っているとなれば動かない訳にはいかないと、協力を確約してくれた。元々作業を中断して避難していたので工具など各種装備を身につけたままであり、即戦力として作業に当たってくれている。

 

「そう言えばMMUは無いのか、外から見た時に姿が見えなかったが」

 

「一部の機体は消火作業に当たっているのかもしれません、でも一機もいないというのは妙ですね」

 

「軌道艦隊の対応に回っているのでは、あの場所は絶対に稼働を止められない対BETA最大の防波堤ですから」

 

港の設備も稼働を止めているとなれば、MMUの手で各種作業を行っているというのも分かる話だ。軌道艦隊はユーラシア大陸から外に手を伸ばそうとするBETAを叩くのに必須な戦力で、彼らが居なければ被害が何倍にもなることは想像に難くない。

 

「…つまりこの状況を宇宙港自身が打破するのは難しいのか、指揮系統がこのザマでは復旧も無理じゃあないか」

 

「おい、聞かれるぞ」

 

あまりに出し抜かれ過ぎた現状に苛立った班員の一人を班長が窘め、何かを手渡した。急に物を渡された班員はそれを掴んで正体を確かめると、それは宇宙食だった。

 

「お前は昼飯を抜いていただろう、今のうちに食っておけ」

 

「は、はぁ」

 

「今足りないのはカロリーと余裕だ、人手は増えたんだから少し休め!」

 

試作艦の船員を急に慣れない環境で働かせる以上、問題が起こるのは仕方ないことだ。鳴り響く警報音も精神を削ってくる、これは早く終わらせなければならなさそうだ。

 

「社長殿との通信も通路を挟めば不明瞭、全くどうしたもんかね…」

 




秋津島開発広報部と秋津島放送からのお知らせ

本二次創作の原作であるマブラヴシリーズ最新作、マブラヴ:ディメンションズのサービス開始が迫っています。そのため我々は本作の目玉である戦術機の周知を図るため、解説動画を作成致しました。

第一世代から第三世代までの戦術機ほぼ全てを網羅した内容となっていて、予習や復習に最適な動画です。
秋津島放送の端末をお持ちでは無い方は作者のTwitterから視聴可能ですので、よければご視聴下さい。

尚現在衛星通信網にて通信障害の発生が確認されていますので、地域によってはご視聴出来ない場合がある場合もございます。大変申し訳ございませんが、時間をおいて再度お試しください。

今と未来を皆様の手に!
秋津島放送でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十一話 電子の伏兵と援軍と

「状況は理解しました、通信区画の分離に協力させていただきたい」

 

「すまない、ことが済めばすぐに復旧させる」

 

通信区画にいた人々と合流を果たした社長達は専門家と共に情報収集に当りつつ、切り離しの準備を進めていた。メインシャフト側とは連絡が取り難い状況が続いたが、宇宙に出て通信機を使うことで解決した。

 

「繋がりますか?」

 

「大丈夫、向こうも外に出てるさ」

 

命綱を秘書に握ってもらい、通信機を宇宙港に向ける。するとメインシャフトで作業中の班員が宇宙空間に姿を現し、手を振りながら通信を始めた。

 

『社長、ご無事で!』

 

「こっちは通信区画内の人員を投入出来た、彗星も今準備中だ」

 

『室内待機を命じられた作業員を引っ張り出しつつ作業を進めてますが、司令部とは未だ連絡手段が無いようです。密閉作業自体は5割ほど!』

 

一部区画はシステムエラーが確認された結果、安全装置が作動し電源が落とされていた。その結果光源を失い、作業予定だった場所は暗闇に包まれている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

暗闇と無重力というのは悪しき相乗効果を生みやすく、熟練者ですら空間識失症に似た症状を起こすことがある。パニックになる可能性もあったが、協力してくれた作業員達が上手くやってくれたようだ。

 

「手際が良くて助かる、早く終わらせようか」

 

『勿論ですとも』

 

通信区画の増築部が切り離しの際に邪魔になるようで、非常用の爆薬を抱えて班員達が駆けずり回っている。既に一部区画は切り離しが進んでおり、準備は予定より早く終わりそうだ。

 

「通信終わり、引っ張ってくれー!」

 

「ええい、こっちも歳なんですがねぇ…」

 

秘書に命綱を引っ張ってもらい、施設内に戻る。そして急ぎ向かったのは通信区画の中枢であり、そこでは社員達が事態の究明に尽力してくれている。

 

「で、通信の逆探知は?」

 

「どうにか終わりました、かなりヒヤヒヤしましたが…」

 

そう言ってこの手の作業に強い班員が持ち込んだラップトップに表示されたのは米国の宇宙基地、それもHSST暴走事件以来調査と老朽化を理由に閉鎖されている区画からだ。

 

「管制用の通信アンテナを使っているようです。別の場所から複数のコンピュータを経由している可能性はありますが、少なくとも電波はここからですね」

 

「助かる、これで言い訳が出来るな」

 

「暴走事件はやはり終わっていなかった訳ですね、ここまでのサイバー戦能力を持っている組織のことなんて考えたくもありませんよ」

 

急速に発展しているコンピュータだが、それを悪用する方法というのは当然生まれてきた。それを他とは比べ物にならないマシンパワーと社長由来のセキュリティで捩じ伏せてきた訳だが、遂に破られる時が来てしまった。

 

「もう一つ報告があります」

 

「なんだい」

 

「…我々のコンピュータ上で動く未知のプログラムがあり、現在増殖中です」

 

「えっ」

 

そのプログラムは名や場所を変え複数の場所で増え続けており、システムの異常は恐らくこれが原因だ。つまり、これは…

 

「コンピュータウィルス、それもこの時代にか!」

 

この世界においては"理論はある、限られた環境での実験はした"程度の存在であり、現場の社員ですらある程度の知識を有している秋津島開発の技術レベルでなければ存在の特定すら不可能だっただろう。

 

「存在が予見されて以降対策はして来た分野ではあったのですが、あまりにも増殖する速度が速すぎて対応出来ません」

 

まるでこちらのセキュリティを全て把握しているかのような動きをしているらしく、何処まで入り込まれたのかも見当がつかない。

 

「通信区画がこの有様ってことはメインコンピュータのある司令部も滅茶苦茶になってるだろうな、乗っ取られるのも無理ない」

 

「宇宙港を取り戻すためには一度リセットする必要がありますね、それもありとあらゆる媒体に対してです」

 

厄介だが、やることがハッキリしたのは良かったと言える。班員のうち数名を試作艦へと向かわせ、通信区画の切り離し後にウィルスの捜索を行うよう指示を出す。中身を全て消してプログラムを書き直す必要があるが、潜伏場所が多岐に渡る以上リセットしたとしても最悪生き残ってしまう。

 

「どうされますか社長」

 

「宇宙港の電源を落とす、そんで独立してるバックアップコンピュータにメインの方を初期化させる」

 

限られた人の手でしか起動せず、通常時は物理的に隔離されているバックアップ機ならば汚染を受けていない筈だ。

 

「司令部への接触が急務ですね、尤も我々にそんな余力はないのが問題ですが…」

 

「この不正アクセスを止めないと試作艦が何をされるか分からん、通信区画の分離が最優先なのは確かだしな」

 

しかし悠長に構えていれば着陸ユニットが地球の軌道に到達してしまう、それまでにどうにかしたいというのに。

 

「打開策と言えば、彗星は動かせそうか?」

 

「先程分離予定の区画に向かったばかりです、ウィルスの汚染は受けていなかったようですね」

 

これで作業が早まれば到達までに間に合うだろうか、いや微妙と言ったところだ。指揮系統がズタズタに引き裂かれているために動かせる人員が足らない、流された偽の火災警報も作業を遅れさせている。

 

「メインコンピュータを止めさえすればいいんだ、何か良い手は…」

 

「いっそのこと壊しちゃいます?」

 

「宇宙港の中枢だぞ、MMUじゃあ火力が足りんさ」

 

宇宙用の36mm低反動砲では対デブリ装甲を貫けない、荒療治をしようにも分厚い外殻と幾重にも重なった部屋や通路といった建造物が邪魔をする。

 

「あの社長、定期連絡に行った社員が何か言ってます」

 

「分かった、聞こうじゃないか」

 

「なんでもその…援軍だと」

 

通常では行わないような加速を行い、短時間で地球へと戻って来たHSSTが一隻。その背にはオレンジ色をしたF-14の姿もあり、彼らは沈黙した宇宙港に向け通信を試みているようだった。

 

「個人用の無線では中々連絡を取るのに苦労したと言っていて、流星が戻って来たと」

 

「でかした!」

 




そろそろ技術開発パートに戻りたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十二話 さらば中枢

「メインコンピュータを諦めるって、本気ですか!?」

 

「動かせる戦力があるなら安牌を取る、サブでの書き換えはリスクが高いからな」

 

隔離されているサブコンピュータを汚染されている方に繋げば、流れ込んだウィルスに侵される危険性があるのは当たり前のことだ。

 

「流星の120mm砲に徹甲榴弾を装填させて重要区画、所謂バイタルパートの装甲をブチ抜く」

 

「ですが外から攻撃するには中枢に達するまでの間にある構造物が邪魔ですよ、幾らなんでも砲弾が貫通し切るとは思えませんが」

 

「通信区画の切り離しはもう終わるから、その後は人を送って砲弾が通過する場所を作る。隔壁の操作とプラズマカッターで一直線に穴を開けるわけだな」

 

そうすれば120mmの砲弾は重要区画の装甲を貫通し、メインコンピュータのある部屋で炸薬のエネルギーを解放させる筈だ。爆発は隣接する冷却区画との通路を開放しておくことで圧力を逃す、被害は最小限に収まるという算段である。

 

「汚染されているコンピュータをどうしようも出来ないなら、いっそ跡形もなく吹っ飛ばしてしまえ…という訳ですか」

 

「操作が一切効かないなら電源も切れないしな!汚染された機械なんざどうせ二度と使わん、景気良く吹っ飛ばしてやろうぜ!!」

 

「相変わらず吹っ切れると滅茶苦茶やりますね、付き合いますけど」

 

通信区画の切り離しで地上からの干渉を排除し、メインコンピュータの爆破でウィルスによるシステム障害を取り除く。人員の避難には少し時間がかかるだろうが、コンピュータのある区画は放熱の関係で隔離されているためそこまでの時間はかからない。

 

「宇宙港の全設備が停止しますよね、大問題では?」

 

「軌道艦隊の運用に必要な港湾施設はある程度独立してる、MMUだけで今も稼働してるのがその証拠だ。だから今はウィルスに何が仕掛けられているか分からん以上、サッサと無力化するのが最優先だ」

 

居住区画は以前の宇宙港改造計画に際して試作移民船が転用されており、最悪の場合は独立して稼働することが可能だ。システムが止まろうが、あの中に居れば死ぬことはない。

 

「発破の後直ぐにやるぞ、流星には伝えたか?」

 

「ええ、やってくれるそうです」

 

流星は既に120mm砲を構えて待機しており、命令があればいつでも撃てるといった様子だ。

 

「ぶっ壊した後はあらゆる電子機器を調査した後入れ替えて、サブコンピュータで宇宙港を稼働させることになるな」

 

「サブの位置を離しておいて正解でしたね」

 

「やっぱり万が一に備えての策は金をかけておくのが最善だよ、今嫌というほど実感してるさ」

 

 

事件発生から半日後に帰還した捕獲艦隊が目にしたのは、光を失った宇宙港の姿だった。軌道上で他の作業に当たっていた筈の工作艦が何隻も集い、何やら作業に当たっているのが分かる。

 

「…なんとも信じ難い話だな」

 

「コンピュータウィルスにクラッキング、衛星の乗っ取りとは世界は進んだものですね、私は学び直さねば仕事を続けられなさそうですよ」

 

長距離通信を担っていた通信区画は根本から宇宙港と切り離され、電子機器用の放熱板があった場所は内側から外壁がめくれ上がっている。流星が汚染されたメインコンピュータを破壊したという話は聞いたが、中々派手にやったようだ。

 

「艦隊の受け入れは?」

 

「捕獲した着陸ユニットは予定通り新造された調査ステーションへ送り、その後衛星軌道にて港が開くまで待ってくれと連絡が来ています」

 

「あの有り様では艦艇の補給もままならんだろうな、船員が不安がるぞ」

 

溜め息をつく艦隊の指揮官だったが、宇宙港から入った通信に司令室の雰囲気は一変した。

 

『貴重なサンプルの確保、大成功じゃあないか!』

 

「社長、やはりご無事でしたか」

 

『宇宙港はちょっと大変、いや大惨事だけどなんとかね。今流星と彗星が補給物資を持って向かってるから、しっかり休息をとってくれ』

 

後期に生産されたHSSTや巡洋艦以上の大型艦は居住性が向上しており、船員はある程度の休息を取ることが出来る。入れ替わりでの休息にはなるだろうが、宇宙では貴重品である食料や嗜好品を今回ばかりは大いに楽しめるとなっては喜ばない筈は無かった。

 

「感謝します、中々先の見えない航海だったので船員は疲弊しておりまして」

 

『月に向かうことなんてBETAとの地上戦が始まって以来初めてのことだからね、心労は察するに余り有るよ。でもこれで君達は艦隊による月の往来とBETAのサンプル捕獲を同時に達成したっていう記録を打ち立てた訳だ』

 

「光栄ですな」

 

『是非誇ってくれ、内容物によってはこのサンプルが人類の勝利を導いてくれるかもしれない』

 

その言葉に沸き立つ司令室だが、音声に何やら作業音のようなものが被り始める。

 

『社長ォ!送電網に異常発生です!』

 

『マジかよ、消火設備は動かせそうか?』

 

『小型の初期対応用は動いてますが大型の移動式が使えません、格納庫の次は倉庫が吹っ飛びますよ!?』

 

『ああもう!』

 

宇宙港の傷はまた暫く癒えることはなさそうだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十三話 宇宙港解体騒ぎ

落着ユニットの捕獲という一大作戦が実行された訳だが、それと同時に発生した謎のサイバー攻撃によって宇宙は大混乱に陥った。放送衛星も乗っ取られ、数時間カルト宗教の勧誘動画が流れる有様だったことは記憶に新しいだろう。

 

「今回の事態に関しましては、関係各所と連携して調査と再発防止策の策定に努めていく所存であります」

 

「何故ここまでの被害拡大を許したのですか?」

 

「秋津島のセキュリティはどう言った体制だったんですかね!」

 

会見の会場はメディア業界から秋津島を引き摺り下ろそうとする者達によりごった返していたが、質問に答える社員達は辟易しつつも感情を顔には出していない。

 

「宗教団体に乗っ取られる程度のパソコンだったと言うことですね?」

 

そんな訳ないだろという言葉を飲み込み、宗教団体を隠れ蓑にした大規模な組織によるものである可能性が高いとだけ言う。

 

「結局乗っ取られたのには変わりませんよね、ありがとうございました」

 

システム担当者の頭に青筋が浮かぶが、それを両隣の社員が抑える。苦心して作り上げた放送システムは優秀で、あのイレギュラーさえなければ先進的かつ安定した素晴らしいものだったのだから、彼らの心中も察することが出来るというものだろう。

 

手塩にかけて育てた娘を目の前で吊し上げられて罵られているとも言える状況だ、そりゃキレる。

 

「お前ここで暴れりゃシステムも永久凍結だぞ!抑えろっての!」

 

「アイツら何も知らない癖に言いたい放題言いやがって、俺は揚げ足取る野郎は許せねぇんだよ!」

 

「AI載せた外骨格連れてこい、コイツ連行してくれ!」

 

 

「まあうん、放送システムに限らず宇宙のコンピュータ周りは暫く動かせないだろうな」

 

暴れそうな社員が裏から出てきた外骨格に連れていかれる様を見て冷や汗をかいていたのは社長と秘書だ。宇宙港で倒れるまで働いて、火事にも巻き込まれて文字通り死にかけていたため、病院にて同室のベッドから会見のテレビ中継を見ていた。

 

「試作艦も宇宙での試験は行えず仕舞い、滅茶苦茶ですよ」

 

「調査が進むにつれて分かるのは相手が悪かったってことばかり、本当に世代を超えた存在が敵に回ってるのは心底恐ろしいね」

 

衛星ネットワークは外部からの操作を受け難い形に変えるか、根本的な作り直しが必要になるだろう。汚染された衛星も調査が必要だろうし、今後暫くの放送は地上の施設に頼ることになる。

 

「端末の購入者に対しての謝罪と対応も長期戦になるぞ、上手いこと手を打たないと泥沼だ」

 

「国も動いてくれるみたいですが、まあ尾を引くでしょうね」

 

社員や関係者からのお見舞いで食べ切れないほどの果物が贈られた二人だったが、海外から来たものは大抵が自社製プラットホームの生産品だったことに引き攣った笑いを浮かべていた。過去ならば名産品として扱われていた品々は土地を失い、海の上で細々と作られている所まで落ちぶれているのだ。

 

「酒送って来た馬鹿は何処のどいつだ、入院中に飲めるかよ!」

 

「いやこれ相当な上物ですよ、恐らく贈答品がこれしか…」

 

環境の悪化に伴い、このような贈り物事情も変わりつつあるのだろう。重金属汚染は思いの外広がっているらしい、急激な気候変動も影響していることもあるだろうが。

 

「前言撤回、悪かった」

 

一口大に切られたリンゴを口に放り込み、テレビのチャンネルを切り替える。衛星ネットワークを利用していた他企業のサービスにも影響は広がっているらしく、報道番組はその他の話題ばかりだ。

 

「秋津島放送の方はどうしてる?」

 

「ことの顛末を現地の動画と解説付きで投稿したそうです」

 

「…えっ、あの大惨事の中を?」

 

その動画には緊迫した雰囲気が伝わるような映像が多く使用されていた。宇宙服のヘルメットにカメラがあることにより、まるでその場に居るかのような体験を視聴者にさせることが出来た。

 

「流石に編集でカットとぼかしは入れてますよ」

 

「いやそうじゃないが」

 

端末で動画の再生回数を確認すると既に100万回を超えており、そこまで多くないはずの利用者のことを考えると破格の数字だ。コメント欄は閉鎖されていたが、関連動画の方では議論が巻き起こっている。

加えてBETAの姿が明らかになってしまったこともあり、今回の事件に向けられる視線は少しづつ変わりつつあった。

 

「利用者に隠す訳にはいかないと言っていましたが」

 

良くも悪くも注目は集まっている、ならば目に見える実績を掲げて失態を相対的に薄れさせるしか無い。

 

「試作艦の命名式と試験飛行をやろう、システム周りの入れ替えと調査が終わるのを待つ必要があるがな」

 

「国の許可が必要ですが、いつまでも民間に隠し通せる訳ではありませんし交渉は出来ますね」

 

「着陸ユニットを確保した以上G元素はたんまりある、やるぞ」

 

この後に行われた民間人を交えての次世代艦の公表は驚きを持って迎えられ、その衝撃でもって悪評を拭い去った。結局のところ、今まで積み上げていた信頼があったからというのも大きいのだろう。

 

しかし強大な新兵器の登場というのは往々にして他国にも大きな影響を与えるもので、列強各国は着陸ユニットから分配されるG元素の到着を今か今かと待っているのだった。




投稿した解説動画が3万回ほど再生されました、やったぜ。
今ならもう戦術機って検索すれば、戦術機一挙紹介っていう自分の動画が一番前に来ますよ。

これは嬉しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十四話 反抗作戦と次期ハイヴ攻略と

なんと挿絵三枚、大盤振る舞いです。


「大陸に派兵、それも中国に?」

 

食べきれない贈答品を社員と家族に分配し、毎食美味しいデザートにありつけている社長と秘書は見るからに高級そうな桃を食べていた。

 

「これ以上の戦線後退は帝国にとって許容出来ないとのことで、国連軍との協力も取り付けようとしているようです」

 

目標はハイヴ攻略、それも以前とは違い成長した大型のものだ。欧州の次はアジアにて巣を潰し、中国戦線の延命を図る魂胆だろうか。

 

「試作艦の命名式も終わりましたから、彼女の実戦は中国となりそうですね」

 

「…ああ、荷電粒子砲を使うつもりか」

 

 

【挿絵表示】

 

 

武装や装甲を整えて実戦投入が可能となった試作艦改め浮遊艦「イザナギ」の実地試験、超電磁砲の大規模運用など帝国にとって試さなければならないことは山積みだ。

 

「例の地面効果翼機も纏まった数が揃いました、BETA支配地域に向けた反抗作戦で使うにはもってこいの戦力でしょう」

 

「売れ筋の多脚車両群も実績の殆どが欧州でのものだったからな、ここらで軍はアジアでも使えることを証明したいのかもしれん」

 

アジアの国々と繋がりを強化していきたい帝国政府としては、欧州ばかりに手を貸している訳ではないと示す絶好の機会だろう。

 

「作戦決行はまだ先ですが、それまでには宇宙港をどうにかしなければなりませんね」

 

「事件が多すぎて第二宇宙港の建造もあかつきの修理も進まねぇ、ここはどちらかに力を集中させるべきだろうな」

 

第二宇宙港が完成すれば艦隊の運用能力は飛躍的に向上する筈が、肝心の第一宇宙港が老朽化するよりも先に爆発やら砲撃やらでボロボロになってしまった。本来想定されていた耐用年数まで持たなかった形になる、国連宇宙軍の関係者はテロリストに憎悪の念を向けていたのは言わずともだ。

 

「帝国はG元素利用兵器を初めて運用する国として前線に立ち、一気に他国を突き放すつもりか」

 

「着陸ユニットからの採掘が進めばML機関に必要なG元素は大量に手に入ります、米国からの提供分を使い切る気ですよ」

 

「大盤振る舞いだな、それほどまでに中国がヤバいってことでもあるが」

 

ごく真面目に作戦を立てた際、試作艦の荷電粒子砲が必要だと結論が出る時点でおかしいという話だ。通常の戦力では作戦の成功は難しい、中国の現状を帝国軍の参謀達はそう認識したのかもしれない。

 

「例の新型もロールアウト間近だろ、奇しくも米国は同時期にYF-22の量産を始めるみたいだがな」

 

制式化されればF-22となるその機体はBETA相手には意味のないステルス能力を持つ対人戦術機とでも言うべき特性を持ち、基礎的な性能も非常に高い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

他の機体とは全く違うシルエットは印象的で、戦場で相対することになれば悲惨なことになるのは間違いない。この機体が戦術機に牙を剥くことが無ければいいのだが。

 

「戦術機も第三世代機が現れ始めたということですね、我々も次世代機開発に乗り出すべきでしょうか?」

 

「第三世代機は高すぎる、あれじゃあ第二世代機を代替出来ないさ。だから俺達はその間を埋める商売をすれば良いの、暫くは隼改の近代化が仕事になるぞー」

 

帝国軍肝入りで開発していた次期主力戦術機は殆ど完成していると言っていい状態にまで来ており、模擬戦では隼改を相手にしても余裕を持って勝てる程の性能を見せつけていた。

 

「輸出用の廉価モデル、アレは国連軍の方でも試験を始めたんでしたっけ」

 

「吹雪のことか。まさか最新鋭機を簡単に提供するとは思わなかったがな、ありゃ第三世代機のシェアを狙ってるぜ」

 

整備士は帝国の息がかかったものに限定されているが、それでも大多数が未だ第一世代機で構成されている国連軍にとっては嬉しい話だろう。

 

「国連というと、確かオスカー中隊が出向していましたよね」

 

 

市街地を飛び回るのは国連軍カラーの見慣れない戦術機であり、それを追い回すのは同じ塗装のF-4だ。その推力差は圧倒的で、二機の距離はどんどんと離れていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

突撃砲を持たず長刀一本で模擬戦に挑んでいたのは帝国軍の新鋭機不知火、ではなくその廉価版である吹雪だった。不知火の試作機を流用して作られており、部品の互換性はあるものの各部は簡略化されている。

 

「…これでも不知火よりパワーが劣るとは、恐ろしいな」

 

空力制御を意識した流線型の脚部と面積の大きいブレードアンテナ、上手く使えるようになれば強力な武器になるだろう。悪化するかと思われた操縦面だが、SPFSSの搭載により克服した。

 

「エンジンも安い物に載せ替えられていると聞くが、申し分ないな」

 

『跳躍ユニットは現在大規模な生産ラインが存在する疾風と同じ物を使用しています、外装こそ違いますが一級品であることは保証します』

 

不知火の跳躍ユニットは疾風のものをより軽量化した新型エンジンを採用しており、その生産は始まったばかりだ。

 

「安いと言って悪かったよ!」

 

進行方向を切り返し、F-4と正面から長刀をぶつけ合う。思い切り放った袈裟斬りは避けられたものの建物の屋根を吹き飛ばし、突きはビルに穴を開けた。どうにかこちらの攻撃から逃れようとする相手に向かって一歩踏み込めば距離は縮まり、振るわれた刃は腹を捉えた。

 

「F-4とは比べ物にならない機体だな、何もかも」

 

撃墜判定を受けたF-4には同じ中隊の衛士が搭乗していたが、機体の性能差は如何ともし難いようだ。

 

『大人げないですよ隊長、こっちは撃震だってのに!』

 

「まだ部隊全員分の機体が届いてないんだから文句言うな、久しぶりのF-4に乗った感想はどうだ?」

 

『思ってたより動けてビックリです、1.5世代相当に改修されてたって話は聞いてたんですがねぇ』

 

教導隊としての仕事に明け暮れるオスカー中隊は、訳あって新型機と共にアジア方面の国連軍基地にお邪魔していた。今まで乗っていた疾風も格納庫に運び込まれていたが、今回の目的は国連軍に吹雪を見せつけることだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1990年〜
第九十五話 無人機と外骨格と


「第三世代機も後は量産体制が軌道に乗るのを見届けるだけ、やっと共同開発もお終いか」

 

「吹雪の方は装備の関係で我々が担当した箇所が多かったですし、感慨深いものがありますね」

 

新型機の完成により余裕が出来た秋津島開発だったが、宇宙部門が手一杯ということもあり陸戦用兵器の研究を進めていた。社長と秘書の二人は日常的な業務を行いつつ、最近の動きについて整理がてら話し始めた。

 

「SPFSSが国連に採用されると聞きましたが、なんでも衛士以外にも使わせたいと要求があったそうですね」

 

「アイツ自体が高性能コンピュータだ、より高度なデータリンクを行うなら欲しくなるのは当然だろうな」

 

「いえ、なんか資料を読む限り無人強化外骨格を調達する計画みたいです」

 

「えぇ…」

 

戦術機に比べて既存の兵科は対BETA戦に特化しているということはなく、大部分が対人類用に設計された兵器を流用している。その結果様々な問題点も見つかっているのだが全てを入れ替えるわけにはいかず、放置されているのが現状だ。

 

「運用兵器の最適化か、多脚戦車が売れてるのもそれが理由だしな」

 

「陸軍は90式戦車を採用しましたが、まだ売れているとは」

 

「対外的な売り上げが占める割合が多いのと、単純に対人用の戦車じゃBETAと戦うのに色々と面倒なんだよな」

 

特に問題になるのは継戦能力の低さだろう、36mm弾を何万発と持ち歩く戦術機と比べると息切れが早過ぎる。それに120mm砲であっても突撃級の甲殻を撃ち破るのは簡単ではなく、中々難しい立ち位置での戦闘を強いられているのが現在の戦車と言える。

 

「多脚戦車は対人用の装備を廃した上に省人化した代物だ、速力も相まってBETA戦においては最強の車輌だろうな」

 

補給に時間がかかるという問題も、弾薬庫を丸ごと交換することで解決している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

交換式では被弾した際の被害が固定式よりも大きくなるという欠点があるが、BETAは徹甲弾を撃ってこないので問題ない。それよりも味方の砲撃に巻き込まれる心配をした方がマシだ。

 

「90式と戦うとどうなります?」

 

「負ける」

 

これが既存の対人用戦車を人類が手放さない理由である、もし人同士で戦争になったら多脚戦車は主力戦車とは同等の戦力足り得ないのだ。

 

「まあ住み分けが出来てていいけどな、国連軍が欲してるのも恐らく省人化や無人化の分野だろうし」

 

戦車の主任務であった陣地防衛以外にも多脚戦車は使われ始めており、その優れた速力から生み出される展開能力は想定外が多発するBETAとの戦闘において有用だ。今までは砲兵隊の護衛と戦術機の後詰めが精々だった車輌兵器だが、機動力と継戦能力に優れる新兵器の登場によって用法も変わりつつある。

 

「戦車兵一人で4両1組の戦車小隊を指揮出来る、これって凄いことだろ?」

 

「ここまで進んでいたとは思いませんでしたが、確かに素晴らしいですね」

 

最も需要が高いのは戦術機パイロットである衛士であることに変わりはないが、戦闘車輌を操れる熟練兵もまた貴重な存在だ。土地を取り返す際には最終的に歩兵での制圧が必要なことを考えると、戦術機に全力投球とはいかないのだ。

 

余裕が出来た今、戦術機以外も対BETA戦のために最適化しようという動きが国内外で進んでいるのかもしれない。対人用の兵器を作れと言われるのが嫌いな秋津島開発の技術者達にとっては追い風に違いない。

 

「問題は今年の改修に当たってSPFSSと同じチップを採用したから需要を食い合ってることだがな!」

 

量子コンピュータ完成までの繋ぎに作られた筈のニューロチップは、コストパフォーマンスの良さから広く使われるようになり始めた。SPFSSなど操縦補助用のAIから無人機の管制システムは、実質的に秋津島の寡占状態と言っていい。

 

「チップの量産体制を強化することが目下の課題になるな」

 

「国連軍に提供するとなると、かなりの数になりますからね」

 

「そこなんだよなぁ…」

 

国連軍が求める物が強化外骨格などの歩兵クラスの兵器である場合、頭数は必須だ。量産するとなると、今ですら手一杯なのが現状だ。

 

「結局生産が止められない旧隼と更新の需要が高い隼改、コストが高いながらも常に数が求められる疾風の三機種に合わせて各種無人兵器もありますからね」

 

「戦術機って滅茶苦茶作るの大変なんだよな、パーツの数が尋常じゃない」

 

そして初期ロットの量産が始まった吹雪向けの部品も既存のもの、取り分け隼改の物が流用されているため慢性的な部品不足は継続中だ。生産施設の拡大と国外移転も重なり現場が一時的に混乱しているというのもあるが、中々タイミングが悪い。

 

「でもまあ国連軍のお眼鏡に叶うかは分からんがとっておきの試作機がある、オスカー中隊に試してもらおうじゃないか」

 

「例の試作武装運用に対応した人型兵器ですか、SPFSSとは毛色が違いますがどうなりますかね」

 

 

射撃訓練場にて歩兵達に紛れ、一機のSPFSSが銃を構えていた。国連軍が使うブルパップライフルは機械の身体では少し扱い難いようで、倉庫から引っ張り出してきた別のライフルを使っている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「上手いな、百発百中かよ」

 

「機体側で5.56mmの弾道計算やってんだよ、レーザー測距と大気の情報を合わせりゃ逆立ちしても勝てないさ」

 

「恐ろしいなそりゃ」

 

秋津島開発カラーのSPFSSが銃を撃っているのだが、それを見る試験官の隣にも少しタイプの違う機体が居た。少し前に試験導入という形で国連軍に渡っていた機体で、頭部センサーの形状が変更されていた。

 

「次の試験機入れるぞ、標的頼む」

 

そういってオスカー中隊と共に現地入りしていた軍の技術者達が何やら準備を始めた、SPFSSの時とは違い作業員達も防護服を着込んでおり、何やら物々しい雰囲気だ。

 

「お前にもようやくお仲間が増え始めたな」

 

『国連軍の先輩としてしっかり育てます、お任せください』

 

何やら自慢げな国連仕様機を見て、試験官は人間臭い仕草をするものだなと肩をすくめた。

 

「…先輩風を吹かすと嫌われるぞ、データ共有だけにしとけ」

 

『身体に叩き込むのが良いと聞きましたが』

 

「お前らの駆動系に記憶領域は無ぇだろうが!」

 

最新鋭機が旧時代的なことを喋るというのはなんともシュールだ。そんなコントを見ている合間に二機目の試験機が射撃場に入ったのだが、SPFSSとは明らかに別物だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『知らない機体ですね』

 

「お前は国外仕様だから情報が制限されてるんだよ、ありゃ秋津島の新型機械歩兵だな」

 

試験機は2m程の機体と遜色ない大きさの狙撃銃を構え、的を狙う。周囲の人々は電子機器を持って退避しており、残っているのは防護服を着て紙とペンを使う記録担当だけだ。

 

『この電磁波、レールガンですか』

 

「歩兵用に小型化されたタイプだよ、秋津島のパーツを使った帝国軍の試作品らしい」

 

設置された金属製の的はあまりのエネルギーに真っ二つ、かなり離れているのにも関わらず弾着までのタイムラグは無い。

 

「…戦術機の突撃砲くらいまで小さくするつもりだったらしいが、突撃級を正面から倒せないんで完成しなかったんだ。色々あって研究成果がここまで流れ着いたって訳だと聞いたな」

 

帝国軍が次期主力火器として超電磁砲を指定したものの、その小型化は難航しているらしい。特に威力を落とさずにというのが面倒らしいが、突撃砲とは一線を画す能力が無ければ代替には至らない。

結果大量の試作品が失敗作として倉庫に積み上げられたわけだが、車輌搭載用の小型超電磁砲に目をつけた陸軍が色々と手を加えたことによる産物らしい。

 

『小型化がそこまで進んでいたとは、流石は製造元です』

 

「お前ら秋津島のことになるとテンション上がるよな、プログラムされてんの?」

 

ちなみに彼らAIの大元になるプログラムは社長の出力品が元になっており、本社への忠誠心が設定されているかは開発陣のみぞ知る。




SPFSSが女なら新型が男ってデザインにしたかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 実験部隊と超電磁砲と

試験場にて双眼鏡を覗くのは、オスカー中隊の衛士二人組だ。欧州にてハイヴから生還した英雄であり、前線を離れて後進の教育や兵器の試験などに励んでいる。

 

「オスカーに歩兵部隊が随伴してくれるのは欧州以来だな、母艦級を思い出すぜ」

 

「思い出したくもない、あれから補給機を自爆させる戦法が流行ったのは許してないからな」

 

「お前はそこんとこ厳しいよなぁ」

 

そう言う彼らの前で整列するのは秋津島開発の無人機達であり、戦車から歩兵までがAIで運用されている。戦術機との連携が行えるかどうかというのが現在の議題であり、そのために様々な機体が集められたと言うわけだ。

 

「戦車の105mm砲は遠距離から重レーザー級や要塞級を撃破出来る、戦術機じゃあ運用出来ない火砲を低リスクで運用出来れば助かるだろ?」

 

戦術機が手に持つ突撃砲にも120mm砲は装備されているが、ロケット推進式ということもあり精度や威力では戦車砲に及ばないのだ。

 

「いやでも戦車砲じゃあ突撃級は倒せな…」

 

そう言おうと思った隊員だが、ふと今まで乗っていた砲撃機のことを思い出した。その名は疾風、超電磁砲を運用する規格外の突撃級キラーだ。

 

「疾風が前線に居れば厄介な突撃級はもう撃破されてる、それを前提に車両も前に出すのか」

 

「その通り、邪魔者が居なくなれば105mmは大物に指向させられるってわけさ」

 

戦車の装弾数は戦術機に比べると少なく、マガジン交換による再装填なども行えない。多脚戦車は弾薬庫の交換により迅速な補給が行えるが、結局後方に下がる必要があるのは変わらないのだ。

そのため折角の大口径弾を36mm弾で倒せる戦車級や要撃級に使わせず、戦術機の攻撃が効き難い相手に使うことでリスクの高い接近戦を減らそうというのが軍の魂胆だ。

 

「超電磁砲は量産が進んでいるが常に充分な数が用意出来るわけじゃない、アイツの整備性がお世辞にも良くないのは欧州で思い知った」

 

「回路にかかる負荷が尋常じゃないからな、放熱不良を起こしたらパーツが歪むわ砲身は溶けるわで散々だぜ」

 

「過負荷状態での砲撃も場合によっては行う必要があるしな、超電磁砲の負担を既存の火砲で減らせるなら万々歳か」

 

欧州にて防衛戦に投入されてからと言うもの、圧倒的な突撃級撃破能力を示し続ける超電磁砲は国防の要と化していた。採用された当初こそは運用コストの高さに難を示していた欧州連合だったが、疾風はその火力で前線の被害を半分にして能力を示した。

 

「砲身も何も数回の出撃で駄目になる使い捨てだ、まあ戦術機と衛士をダース単位で失うより安上がりだがな」

 

防衛戦やら間引き作戦やらで受ける被害は馬鹿にならない、何せ矢面に立つ戦術機の損耗率は通常の作戦と遜色ないからだ。これが人類が大規模な攻勢に出るのが難しい理由であり、その現状を打破した超電磁砲に負担がかかるのは当たり前と言える。

 

「今じゃあ何処も超電磁砲の獲得に必死だからな、帝国は欧州以外に売るつもりはないらしいが」

 

「アレが世界に拡散されてたまるか、疾風に撃たれて死にたくないぞ俺は」

 

前線国がどうやって超電磁砲の恩恵に預かるかと言うと、国連を通じて疾風が派遣されて来るのを願うという方法くらいだ。その結果欧州と帝国の影響力は増しているようだが、その力を外交における当然の権利のように振り翳すのは如何なものかと彼らは感じていた。

 

「独占は仕方ないとはいえなぁ…」

 

「思う所はあるが、これ以上マシな策はないぞ」

 

オスカー中隊の撃震に追従して各種試験を熟す無人機を見て、コイツらは普及した後どうなるかと思いを馳せた。BETAから受けた被害は馬鹿にならず、人口は類を見ない速度で減り続けている。それに際して社長殿が無人兵器を開発し投入したことは素晴らしいと賞賛されるべきだが、人命として勘定されない大量の兵器が世に放たれたことは後世にどういった影響を与えるのか定かではない。

 

「もし運良くBETAとの戦いが終わったとする、だが残された兵器と減った国土は必ず火種になる」

 

「そういった懸念があるから社長は土地の汚染除去やら海上での食糧生産だったりにも手を広げているんだろうが、それで丸く収まるなら戦争なんて起きないって話だ」

 

秋津島開発が宇宙開発という夢を持ち続けているのは、戦後への意思表示でもあるのだろう。戦争の後に待つのは国家間による資源争奪戦と文明の停滞期ではなく、宇宙という新たな領域の開拓時代であると示しているのではないか?

 

「…身の振り方、今から考えておくべきかもな」

 

「今や俺達は後方勤務だからな、考え事の最中にレーザーで焼け死ぬ心配は無いわけだ」

 

教導やら試験やらで内地でも忙しい日々を送る彼らだが、見て来た物が多いばかりに様々な懸念を抱いているようだ。

 




感想2000件突破、ありがとうございます。
みんなの感想、これからも待ってるぜ!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 大抵のことは火力でなんとかできる

「多脚戦車のファミリー化?」

 

「意外と評判が良いんですよ、単純な性能以外にも空調とか振動とか」

 

「そりゃ元は宇宙開拓用だからな、搭乗者の負担軽減は滅茶苦茶考えてあるぞ」

 

戦術機で培った電磁伸縮炭素帯による制動技術は破格の安定性を車両にもたらしており、行進間射撃の精度は最新鋭の無限軌道式に劣らないとの評価を得ている。突撃級と並走出来る速力を持ちながらも操縦士にかかる負担は最小限で、長時間乗り続けても問題ないように工夫が凝らされている。

 

「まあ戦術機と同様の感覚欺瞞機能で神経を騙してるのが大きいんだけどな、ファミリーと言ってもどんなタイプが欲しいんだ?」

 

「アレをどうして自走砲にしないんだと関係各所からお便りが届きました」

 

「既存の車輌と比べて関節が存在するため、砲撃時の衝撃を常に受け続けるという自走砲の特性と多脚車両という形態は適性が低いと判断しました…って言っといてくれ」

 

確かに陣地の転換や撤退、後退時に多脚戦車の機動力が求められるのも分かる。だが向き不向きというのはあるのだ、それに全ての火砲を自走化しているわけではあるまい。

 

「重量と車体サイズの関係で120mm砲の搭載を諦めるくらいには積載量が低いんだぞ、榴弾砲積むのには向いてないぞ」

 

「車体も共有出来ない完全な新規設計になってしまいますか」

 

「ファミリー化とは言わんよな、別物だし」

 

現在多脚戦車は105mm砲を運用する装輪戦車型、35mm機関砲を二門搭載する自走高射砲型、自衛用の20mm機関砲を持ち様々な偵察機材を搭載した偵察車両型の三種が運用されている。偵察車両型はBETAの地下侵攻探知に有効だとして各戦線に投入、機材を載せ替えて指揮車両として使われることもあるそうだ。

 

「まあなんだ、載せられて迫撃砲だな」

 

「射程が足りないのでは、それに滞空時間や弾道を考えると光線級から容易に迎撃されてしまいますよ」

 

「そうなんだよ、だから戦術機と一緒に前線に出るような動きでもしない限り無理…」

 

そう言った瞬間、オスカー中隊が研究中の諸兵科連合戦術を思い出した。超電磁砲の登場により車両キラーだった突撃級の今はというと、横並びになって突撃してくる所を撃たれるがために骸で万里の長城を作るという有様だった。

 

「いやアリなのか、状況が変わった今なら」

 

「えぇ」

 

「戦術機にわざわざ重たい多目的誘導弾を載せなくても、迫撃砲による支援砲撃が受けられるのは良くないか?」

 

精度は低いためピンポイントでの砲撃支援というわけにはいかないが、榴弾砲にはない発射速度は大きな魅力だ。

 

「小型種の浸透阻止にも小回りの効く砲撃手は必要かもしれませんが、そう上手く行きますかね」

 

「光線級の優先順位は一番が飛翔体だ、安い迫撃砲弾が戦術機の身代わりになるなら有り難い話だろ」

 

まあ取り敢えず上の奴らを黙らせるために作ってみようということになり、社長が設計図を出力した。迫撃砲弾の装填機構を如何するかという問題があったが、機械歩兵を流用すればいいとして簡略化に成功した。

 

「人の代わりに人の形した機械乗せりゃいいのよ、元々人間の手で運用されて来たんだからアンドロイドに出来ない訳がねぇ」

 

「滅茶苦茶単純な方法で解決するとは、大丈夫なんですかね?」

 

「専用の機械作る方がランニングコスト嵩むぞ、帝国と欧州は機械歩兵を採用するって決めてるし使い回せる方が得だろ」

 

というわけで、榴弾砲を乗せられるかボケという開発陣の想いを込めた自走迫撃砲型は一瞬で試作車両が出来上がった。

 

 

「なんか量産しろって言ってますよ」

 

「高評価じゃねぇか!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「進化を続ける戦術機に比べて歩兵用の装備は停滞してましたから、登場した時から多脚車両は前線で大歓迎されてたんですよ?」

 

「あー、信頼と実績があると」

 

費用対効果と言っては語弊があるが、今日に至るまで発達を続けてきた既存の兵器を代替し得る対BETA兵器というのは今まで開発されて来なかった。戦術機という存在が大き過ぎたというのもあったに違いないが、補給の複雑化というのも理由の一つなのではないだろうか。

 

「戦術機はジェット燃料とロケット燃料を使う上に武装は使い捨て、消費する弾薬も独自規格な上に一度の出撃で数万発を消費しますからね。これ以上兵器を増やすのは大変なんですよ」

 

「その点コイツらは既存の兵器と戦術機技術の合いの子、まだマシか」

 

「消費する弾薬が既存の兵器と同じことが大きいのかもしれませんね」

 

多脚戦車は走破能力で無限軌道に劣るとされているが、タイヤを固定して歩行することで無限軌道ですら乗り越えられない障害物を突破出来る。装甲を廃しているため車体が軽くほとんどの橋を渡ることができ、俯角や仰角も足を使うことで大きく広げられる。

 

「BETAとの市街戦において多脚戦車は歩兵と随伴しての作戦で大きな戦果をあげています、長らく現れなかった新兵器の登場に歩兵達の士気は鰻登りだとか」

 

「最近は機械歩兵も作ったしな、意図せずに軍からの支持を集めてるわけか」

 

こうして制式化された自走迫撃砲は小型種の掃討を主任務にしつつも、その投射能力から前進する戦術機や機甲部隊の支援を務めるようになる。




秋津島の多脚車両カタログ見ました?
早めにライセンスを購入しておいた方がいいですよ、帝国工場の完成品は数年先まで予約済みらしいので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十六話 G元素とあ号標的と

誤字が酷くて、冒頭に修正が入ってます。


確保した着陸ユニットを覆っていた研究ステーションだが、一部の区画が穴だらけになった上吹っ飛ぶという被害を受けていた。それはオルタネイティヴ3計画に基づき、ある実験が行われたことに起因する。

 

「あ号と話をしようとしたのか、それでこのザマとは…」

 

「新種のことを勝手にそう呼ぶのやめましょうよ社長」

 

BETA捕獲用の低代謝酵素を利用して弱体化させていた未確認BETAだったが、実験中に突如大暴れを始めたのでS11により爆破処分となった。原作ラスボスは伊達ではない、戦闘用の彗星まで引っ張り出される事態になったようだった。

 

「この区画は計画の権限で接収されてましたから、運良く社員の被害は最小限で済みましたけどね」

 

バラバラ死体となったサンプルは現在全力で回収されている、大量の肉片をかき集めるのは良いが第三計画の犠牲者も混ざっているので後々問題になりそうだ。

 

「だが計画の人間は用意してきたESP能力者を含めて100人は確実に死んでるぜ、閉所でのS11同時起爆とは思い切ったよな」

 

その衝撃によりステーションの軌道がズレたり、施設全体が丸ごと歪むという大惨事を引き起こした。まあ爆破したBETA、重頭脳級の能力を考えると最善だったと言えるのだが。

 

「オルタネイティヴ3は元々停滞していましたが、今回の失敗で更に立場が弱くなりそうです」

 

「レコーダーの内容によっては評価が逆転するかもな、まあ来年には事態が動くとは思うが」

 

「来年ですか?」

 

「とある大天才が居るんでね、残念ながら所属の違いがあるんで行えた支援は少ないけど」

 

秋津島開発の研究室にしか無い実験機材を使わせたり、極秘レベルの資料を見せておいて支援が少なかったと言う社長の感覚がまあおかしいのだが、その天才にはいつからか目をつけていたようだ。

 

「因果がどうとかって言ってた人でしたっけ、社長がよく話についていけるなと思いましたが」

 

「俺はまあざっくりとは知ってたからな、それに今後の捜査には彼女の手も借りたいから恩は売りたかったんだ」

 

秋津島開発への攻撃に使われたのは00ユニットだと考えているため、犯人を追い詰めるためにも専門家の手を借りたいのだ。

 

「で、G元素に被害は?」

 

「問題ありません、結晶が割れても安定したままだとかで」

 

「大人しいもんだな、俺達もこれくらい自由に扱えるようになりたいもんだが」

 

今回の視察は本来ならG元素の採掘開始に合わせたものになるはずだったが、こんなことが起きたために復旧現場の視察になってしまった。とは言っても作業を邪魔するわけにはいかないため、別室にて待機中というわけだ。

 

「あの未確認BETAに関しての調査がある程度進んでたのが不幸中の幸いか、アイツらも専門家だしな」

 

「既存のBETAとは違う完全な別種で、ESP能力者との交信の結果知能を有することが分かったそうですが…」

 

「その対話の後はこのザマだ、レコーダーが回収出来て本当に良かったよ」

 

第三計画の調査にて判明していたのは、既存のBETAに知能と言えるものはなく機械に近いということだ。つまりあの個体は今まで確認されたBETAの中で唯一知能を持ち、司令塔としての役割を担う上位種なのではないかと仮説を立てることが出来る。

 

「欧州にて制圧したハイヴの新種とは似て非なる存在ですね、青い発光というのは共通していますから何か関係はありそうですが」

 

「更なる研究のためにはハイヴ最奥に居る"仮称反応炉"君を無傷で捕まえる必要があるわけだ、今度はハイヴ内の全BETA排除が作戦目標になるぞ」

 

「被害が尋常ではなくなりますよ、前回ですら連隊規模の戦術機を失ったんです」

 

「一国の弾薬備蓄量を上回る弾薬と同時にな、俺達は根本的に戦い方を変える必要がある」

 

原作でも言われていたML機関搭載兵器によるハイヴ攻略だが、被害を大きく減らせるという利点がある。なにせ地上に居るBETAをまとめて荷電粒子砲で吹っ飛ばせば良いのだ、そして数を減らした後で突入して最奥の反応炉を破壊すれば攻略完了だ。

 

「荷電粒子砲で敵を一気に倒すというのは分かりますけど、ハイヴ内にまでは船のサイズでは追従できませんね」

 

「XGシリーズを完成させられていれば突入も可能だったが、技術力が足りなかったな」

 

試作艦のような船型は飛ばして使うには非合理的と言わざるを得ないが、各種兵装を同時に運用する大型兵器を完成させるに当たって参考に出来るのがこれくらいだった。XGシリーズのような空中要塞はある意味理想形の一つと言えるが、残念ながらアレに載せられるほどの演算処理能力と小型化の両立が難しい。

 

「もしこの個体が仮説通り司令塔である場合、最も居る可能性が高いのはもしや…」

 

「オリジナルハイヴだ、人類勝利の道筋がやっと見え始めたな」




俗に言う終盤突入ってヤツです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 BETA戦線、現状報告 その1

「…勘弁してください、私の本業は操縦士じゃないんですよ!?」

 

『助かったよ、コイツを動かせるヤツが丁度居なくてな』

 

秋津島開発製の戦術機回収車を運転するのはいつぞやの政府関係者であり、秋津島レポートの作成者だ。情報収集のために最前線である欧州に派遣されており、拳銃一丁だけで基地やら修理拠点やらを巡っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「にしてもこのトレーラー、馬鹿みたいな大きさですね」

 

『お前んとこの国が作ってるからな、スケールがおかしいのさ』

 

そう返すのはトレーラーに載せられた戦術機からの通信、中には人が乗ったままということだ。

 

「メートルとヤードポンド間違えたわけじゃないですよ、それはアメリカに言ってもらえますかね」

 

『ジョークだっての』

 

大きく損傷した戦術機を後方の補給基地まで下がらせ、そこで修理を行うらしい。丁度そこまで行く予定があったとはいえ、こうも働かされるとは思わなかった。

 

「…それで、報告は?」

 

『操縦席右のコンテナを開けてくれ、資料はそこにある』

 

「どうも、この手の情報も十分な軍事機密ですからね」

 

欧州戦線の兵士から見た帝国及び秋津島の印象、これは今後の活動において重要な情報になる。今のところ仲が良さそうに見える二つの勢力だが、それは超電磁砲を供給出来るのが帝国だけだから…という見方もある。

 

『帝国の第三世代機、吹雪だったか。アレが発表されたお陰で欧州の新型機は立つ瀬が無いようで』

 

「欧州は他国に戦術機を依存して来ましたから、脱却への道筋を妨害する要因が帝国からとあれば思う所もあるでしょう」

 

『欧州を飛ぶのは帝国の隼と疾風、それに米国のF-15とF-16だからな』

 

戦術機開発能力が低いとなれば、戦術機調達の際に足元を見られるのは当然だ。人類存亡の危機と言えど兵器を売るのは企業だ、民需が崩壊した今では軍需を得なければ存続出来ない。

 

「隼改の自国仕様機ですらまだ試験機止まりです、実機が戦線に投入されるのはまだ先になりそうですね」

 

『これでは開発計画の存在意義が疑われる始末、吹雪のタイミングが悪かったな』

 

「母艦級の攻撃を恐れて生産施設の大規模移転を行いましたから、開発拠点の移動による混乱もあったでしょうね」

 

欧州は蹂躙を免れたとは言え、その内部は大きな変貌を遂げている。工業地帯は拡大の一途を辿り、戦線近くの大地は漏れなく重金属雲による汚染を受けた。ハイヴの攻略で奪還した国土も荒れ果てており、元いた人が戻ってこられるようには暫くならないだろう。

 

『欧州は秋津島から得た設計図を用いて何か作っているという噂があったが、本気で超大型テラフォーマーを完成させる気らしい』

 

「物資の流れですか、無人機周りの資材に見慣れない品目が多く混ざってますね」

 

『秋津島はガワさえ作ってくれればいいらしい、必要とする高度な部品は大量に欧州へ輸出されてることを考えるとな』

 

フル回転し続ける欧州の生産施設は、国土の復旧にも不可欠な代物を作り上げようとしているらしい。設計図の提供が行われたと言う話は帝国内でも噂になっていたが、あの規模のものを本気で作ろうとするとは思わなかった。

 

『一つ懸念点があるとすれば、採掘されたばかりのG元素が搬入されてることだな』

 

「一気にきな臭くなりましたね、ML機関周りですか?」

 

『陸上戦艦みたいな規模の移動物体だ、荷電粒子砲の搭載も可能だろうな』

 

超大型陸上車両の軍事転用、これは中々の大ニュースだ。

 

「ML機関を持つのは今のところ米国と帝国のみ、ですがG弾推進派が解体された今では技術や情報が流れていても不思議ではない…」

 

『G弾を無効化する兵器を考え出さなければ、人類は核ではなくG弾を抱えながら疑心暗鬼になりつつ動くようになるだろう』

 

「秋津島開発に任せるしかありませんね、恥ずかしながら国内のG元素研究はお世辞にも進んでいるとは言えませんから」

 

ため息を吐きながらアクセルを踏み、モーターの回転数を上げる。回収車両はその姿に見合わない速度を出しながら、BETAから取り戻した大地を疾走する。

 

「しっかしマスクが無ければ一瞬で重金属の中毒症状が出るでしょうね、この辺りはハイヴ攻略に当たって軌道爆撃と砲撃の両方を受けた地域ですから」

 

『舞い上がる土埃にも大量に混ざってる、機体や車両の洗浄にはいつも手を焼くさ』

 

この大地から汚染を取り除くために設計されたものは、今や戦争の早期終結のためにML機関を乗せようとしている。秋津島の社長がこれを見て何を思うかは分からないが、情報を手にした身としては複雑だ。

 

「あー、今はメカニックとして動いてるんでしたっけ」

 

『腕の評判は良いんだぜ?』

 

資料にある程度目を通し、二つ目の報告内容に移る。直近の調査内容も大切だが、自分が来た理由は欧州から見た帝国というイメージの把握なのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 BETA戦線、現状報告 その2

目的地まではまだ時間がある、本題に入るべく次のページを見た。複数の調査員が得た情報を分析、役職や階級に応じて傾向を分析してある。

 

「衛士からの評価は飛び抜けてますね」

 

『無人機による衛士の救助システムを実装した時があっただろ、アレが大きかった』

 

「衛士がわざわざ外に出なくてもいいってヤツですね」

 

『最近は手の空いた多脚車輌やら補給機やらが駆けつけて、ご丁寧に衛士を後方まで運んでくれるそうだ』

 

死の8分という概念があったのはどれだけ昔のことだろうか、衛士の生存率は飛躍的に上昇している。1980年代に行われた対BETA戦における大変革、重金属雲下でも機能する強固なデータリンクが最初の転換点だろう。

 

『戦術機へのAI搭載でパニックに陥った衛士を仕方なく射殺するなんて事態も無くなった、極度の緊張で高く飛び過ぎて死ぬってことも減ったな』

 

「つまり秋津島が提供して来た戦術機技術は、常に一定以上の支持を獲得して来たと」

 

『欧州の戦術機開発が進まない理由の一端だろうな、秋津島製の機体が神格化されちまってる。最近出て来た疾風だってそうだ、ありゃ兵士の希望だぜ?』

 

要撃級に殴られても動くだとか、AL弾が目の前で迎撃されても通信が途切れなかっただとか、気絶して目を覚ましたらAIが機体を後方に下げてくれていただとか、兎に角九死に一生を得たような話が死ぬほど出てくる。

まあ普通なら死ぬような状況で死んでないから噂になるというのは分かるが、バリエーションが些か豊富過ぎる。

 

『社長に足を向けて寝られないと思ってるのは確かだろうな、最近はSPFSSの配備が始まっただろ?』

 

「新型の操縦補助AIですね、それがどうかしました?」

 

『マトモに会話出来るようになったんで、精神的に依存してるヤツが滅茶苦茶増えた。まあ戦場ではよくあることなんだろうが、ちょっと気をつけた方が良いぞ』

 

「…報告しときます」

 

SPFSSは帝国軍に納入された時ですら大きな話題になっていた、特にその性能に関してだ。一時的に操縦を行なったりするのは勿論、脅威の探知精度が以前とは比較にならないそうだ。

 

『アレを載せてると不意打ちで死ぬことがないらしい、だもんで場慣れしてない新人へ優先的に回してるんだとよ』

 

「教育体制も充実し始めてますね、前線の衛士不足は解消の傾向にあると言うことですか?」

 

『人が死に過ぎて足りなくなるっていう今までの状況からは疾風の配備が決め手になって脱したな、今は増産された新型機に乗れる衛士が足りんらしい』

 

「嬉しい悲鳴ですね、状況は好転しているようで」

 

そしてここまで読んで思ったことがある、コレ帝国じゃなくて秋津島への意見ばっかりだ。

 

「あの、これ欧州から見た帝国と秋津島に関してのレポートですよね」

 

『ああ』

 

「なんで帝国の話がほとんど無いんですか」

 

確かに秋津島開発に比べて対外的に何かしたかと言われると、少し困ることはあるが。

 

『いやその、オスカー居るだろ』

 

「えぇ」

 

『アイツらが化け物みたいに強かったからな、尾鰭がついて帝国軍は全員長刀構えて突撃級を真っ二つにする野郎ばかりだと思われてる。つまりなんというか、インパクトの差があってな』

 

ちなみにスーパーカーボン製の長刀は、理論上突撃級の装甲を切断可能である。あくまで理論上の話だが、AIの補助を受けたオスカーの衛士が実際に成功させたという話が非公式だがあるらしい。

 

オスカーが強いというのを曲がりなりにも分析出来るのは衛士が育っている証左であり、それには前述した生存率の向上もあるのだろう。他に要因を挙げるとすれば、他の世界では死んでいるという因果に晒されていないからだろうか?

 

「…本当だ、帝国じゃなくて帝国軍のページが分厚い」

 

『前線の一兵士が思う他国のことって、やっぱり派遣されて来たヤツの感想になりがちだからな』

 

「自国のことに手一杯でしょうしね、まあ分かりますけど」

 

階級が上がれば他国にも目を向ける必要が出てくるだろうが、全ての兵士にそこまでの視野を持ち続けろとは言えない。

 

「次は歩兵や戦車兵など、既存の兵科ですか」

 

『そこも秋津島の恩恵を大いに受けたな、最近は開発が進んでるだろ?』

 

「国連でも試験中という機械歩兵に多脚戦車、無人化された強化外骨格と話題に事欠きませんね」

 

『華の兵科と言えば衛士、主役は戦術機だ。しかし最近は多脚戦車の配備が進むに連れて戦果が大きくなっている、機動性の向上で被害が減ったのも大きい』

 

既存の兵器で戦うことを強いられて来た彼らにとって、突如やって来た多脚戦車は特に可愛がられたらしい。秋津島はコンテナの次に戦車にも足を生やしたと当時は言われたが、その性能を見てからは着々と人気を高めて行ったようだ。

 

『BETAの残骸が邪魔でも、足を使って乗り越えられるのが一番の利点らしい』

 

「帝国の研究でも同様の報告を受けていますね」

 

『装甲と火力じゃあレオパルト2に敵わんが、速力が段違いだからな』

 

対BETA戦用にある程度の仕様変更が行われた欧州の主力戦車だが、彼らは砲兵隊を守るという任務を勤めているらしい。

 

『脚部の接地用スパイクで小型種は踏み潰せるって話だ』

 

「それは想定された使い方なんですかね」

 

『わからん…』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 BETA戦線、現状報告 その3

「まあ悪い印象が特にないというのは分かりました、これは有効に利用したい話ですね」

 

『士官、指揮官クラスともなると少し複雑だがな、上層部は色々と思うところがあるみたいだぞ?』

 

「気に入らないことがあると」

 

『有り体に言えばそうなる』

 

「国家に真の友人は居ないってことですかねぇ」

 

ハイヴ攻略という成果を挙げた欧州連合だが、最奥の反応炉を破壊したのは帝国軍、その支援を行ったのはワルシャワ条約機構軍だ。脱出時に大きく活躍したのは確かだが、道半ばで戦力の多くを失っていたというのは痛い。

 

「戦術機は国外頼り、戦果も他国ばかりが目立つというのはよくない状況でしょう」

 

『だろうな、疾風の配備が始まって損害が極端に減ったのも嬉しいばかりじゃあないだろう』

 

旧式も掻き集めての軍備拡充を図る彼らの思惑としては、次期ハイヴ攻略で他国の上を行くというのがあるのだろうか。

 

「ML機関搭載の超大型車輌…便宜上陸上戦艦とでも呼びますか、それを用意しようとしているのもそれが理由ですかね?」

 

『いつ完成するかも不透明だがな』

 

「物理攻撃が全く通用しない新型兵器が帝国以外にも登場する可能性があるとなれば、少々困り事も増えそうですね」

 

『欧州戦線の更なる反攻に繋がるかもしれねぇだろ、素直に喜べないもんかね』

 

「さっきも言ったでしょう、国と国の友情を信じられるほど夢のある世界に生きてないんですよ私は」

 

欧州連合といってもヨーロッパ各国の仲が良いわけではない。疾風の導入により防衛線が強固になった今、国家同士の諍いは増えるだろう。欧州連合に送られたG元素の配分にも揉めているに違いない。

 

『それくらいな方が国は安泰だろうな、次のページには面白いニュースがあるぞ』

 

「次の項目…秋津島放送に関してですか」

 

現在は衛星からの放送を中断しているものの、地上に設置されたアンテナからサービスを継続しているらしい。前線の娯楽と言えば秋津島放送の端末であり、前回の不祥事もあっという間に忘れ去られたらしい。

彼らにとって頭のおかしい宗教団体も、グロテスクな宇宙生物も見慣れた存在だったのだ。

 

面白くないジョークはやめろ、エイプリル・フールじゃないぞとお叱りの連絡があったらしい。それはそれでどうなんだと思わざるを得ないが。

 

『娯楽に関しては秋津島の独壇場だな、社長殿はその道でも天才らしい』

 

「アニメーション、ゲーム、ドラマ、小説…どれも大人気じゃないですか」

 

『最近始まった戦術機の整備士に密着したドキュメンタリーはとんでもない再生回数になってるぜ、民間人はこの手の話題が大好きらしいな』

 

秋津島放送の端末は元々軍用の通信機器であるため、通話も可能だ。遥か後方にいる家族とビデオ通話をするというのは、前線に居る兵士達の大きな楽しみとなっている。衛星網が死んでからは通話出来る時間帯や回数が決められてしまったものの、常に民間向けの回線はパンク寸前だ。

 

「この手の産業は国が全く奨励して来なかった、いえ来れなかった分野ですから、ここまで一企業が成長させていたとは」

 

『この歳になるまでゲームなんざ手を出してなかったけどな、時間潰すのに最高なんだよ』

 

「諜報員は待つのも仕事の内でしょうに」

 

『端末の画面でやる単純なゲームってのは中毒性が高くてな、なんとも手が離せない』

 

「アンタまさか今も弄ってないでしょうね」

 

エンターテイメントに関しては秋津島放送の独壇場、あらゆる立場の人間に場所を問わずサービスを提供出来るのは強力だ。何かしらの記憶媒体を運ばなければ見られない既存のものでは補給を圧迫するため、軍からしても都合が良いのだ。

 

『まあなんだ、秋津島を擁する帝国と戦争しようとしても世論がそれを許さんだろうな』

 

「人民は流されやすいものですが、ここまで来れば相当な影響力となるでしょうね」

 

『人間なら楽しいものを見ながら生きて行きたいだろ、あの端末は両手に収まる大きさで夢を提供してるのさ』

 

「放送事業というのは情報統制に直結します、見方を変えれば秋津島開発に誰もが洗脳される危険性があるということですけどね」

 

少し楽観的な見方をする諜報員はため息を吐き、秋津島に対して疑いの目を向けるような態度を隠さない彼のことを機体越しに睨んだ。

 

『何がそんなに気に入らないんだ?』

 

「…秋津島開発の社長は確かに善良なお人です、ですがもう歳が歳です」

 

『へぇ、聞いてもいいかい』

 

ただ単に秋津島を嫌っているわけでは無さそうだと思った彼は、参考がてら聞くことにしたようだ。

 

「彼の後継者は武家出身の子になります、政府と武家で組織が別れている以上将来的な火種になりかねません。社長と同じように宇宙開発を第一に考える人間であれば上手く回るかもしれませんが、そうでなければ…」

 

『社長の子だ、武家の子にはならんさ』

 

「そうとは限りませんよ、武家以外にも彼が成長するまでに誰が何をするか分かりませんからね」

 

『秋津島のことを信じてるのか信じてないのか…お前は面倒くさい奴だな』

 

「おまっ、言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 

『図星かよォ!』

 

二人を乗せたトレーラーは拠点を目指して進み続ける、暫くは車内に口喧嘩の内容が反響しているだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十七話 飛鳥計画と技術屋達と

斯衛軍は既存機体の強化改修機である瑞鶴や鐘馗の他、仕様を変更した疾風を運用している。何故なら征夷大将軍の座する首都防衛を主任務にする彼らにとって、超電磁砲は是が非でも手に入れたい装備だったからだ。

 

「斯衛軍の疾風は装甲形状が変更されている程度で、大きな改修が要求されなかったのが意外でしたね」

 

「ああ、ちょっと事情があってな」

 

斯衛軍特有の階級別塗装に身を包んだ疾風は目新しかったが、殆どが最下層の黒色に塗装されていた。機体の特性からして先陣を務めるのに向かない機体であり、帝国軍以上に格闘戦を是とする斯衛の武家達には受けが悪いようだ。

 

「第三世代機調達のために大改修を諦めたんだよ、斯衛悲願の独自仕様機さ」

 

「新型を作ると言っても、国内の企業に余力は残っていないように見えますが」

 

「残ってるところを寄せ集めて作らせる気だよ」

 

国内三社は国外の戦術機需要を鑑みて、国内外の生産施設を拡張中だ。秋津島開発も自動工場を含めたとしても生産施設の規模が小さく、超電磁砲や各種センサ類など高度な品目を扱っているため余裕がない。

斯衛軍が新型機を欲しがったとしても、第三世代機の量産と改良に帝国は手一杯だ。

 

「納期短縮のために設計に参加してくれとは言われてるけどな、まあどんな機体にするかは想像が出来るが」

 

「首都防衛用の戦術機となると、疾風クラスの大型戦術機ですか?」

 

「いや、不知火のような近接戦に優れた機体だろうな」

 

砲撃戦は疾風を導入している以上、それに任せれば良い。近接戦を一手に引き受ける機体を導入するべきというのは理に適っているように見えた。

 

「幸い跳躍ユニット周りを手掛ける遠田技研の手が空いてるらしい」

 

「国内三社の方は何処か動けそうですか、でなければキツい仕事になりますよ」

 

「経験豊富な富嶽重工に余裕があるそうだ。大仕事が終わった後だが、働いてもらうことになるだろうな」

 

原作と同じ布陣に秋津島も参加する形になる、あの機体の誕生に携われるとは非常に光栄な出来事だ。願わくば年端も行かない少女達が乗るような事態にはなって欲しくないが、今の戦況を見るにその可能性も薄まっただろう。

 

「万全とはいかない体制ですね、そう上手く行きますか?」

 

「中身は不知火の設計を流用しつつ、駆動系や主機を変更して性能向上を目指す辺りが妥当だな。それに武御…新型機は特徴的な外見にしたいしな」

 

こうして余力を振り絞っての新型機開発、飛鳥計画が始まった。

設計に関しては短い納期でも高い完成度を担保することに定評がある(社長が出力する場合に限る)秋津島開発が携わり、1997年に試作機を納入することを目指して三社は邁進するのだった。

 

 

「不知火ベースかつコスト度外視で作るんだろ、取り敢えず不知火を弄るところから始めようぜ」

 

「妥当ですね、弄れる機体を調達しますか」

 

秋津島開発の社長がそう言ったことで、ひとまず不知火をテストベッドに性能の強化や拡張性の限界などを確かめることになった。

元々切り詰め気味な設計が将来的に問題視される可能性はあったが改修を施せないレベルではなく、三社が技術を持ち寄って改造を始めた。

 

「外装まで弄ってたら時間が足りなさそうだな、ひとまず現状に収まる範囲にするか」

 

改造内容としてはより高出力な燃料電池の搭載、フレームの強化、人工筋肉の強化と配置変更、エンジンの高出力化などを行った。ひとまずやってみようという挑戦の産物であるためバランスは悪く、燃費や操作性の悪化などが見られた。

 

「やはり上手く行きませんでしたね」

 

「よし次!」

 

城内省の予算はたんまりある、今やるべきはトライアンドエラーだ。不知火強化型一番機はその性能を活かしきれなかったが、カタログスペックを見れば要求性能に大きく近づいた。

 

「あー、熟練の衛士ですら振り回されるとは」

 

「不知火に慣れてる分ギャップがあるのかもな」

 

ならば次はこの機体を扱い易くして、今後のためのデータを得るべきだ。そう考えて作られた2番機だったが、バランスを改善出来たとは言えなかった。

 

「2番機のテストパイロットはなんて言ってる?」

 

「俺のSPFSSを返せと言ってます」

 

彼の相棒は声援を送りながら手を振っているが、市街地を再利用した演習場の建物に機体を突き刺した彼には死活問題だろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「補助無しでマトモに飛べなきゃ戦術機じゃない、次!」

 

3番機では更に全体のバランスが向上したが、燃費に関しては多少改善されたかどうかという範囲に収まった。しかし駆動系の強化と主機出力の向上は元から高かった格闘戦能力を更に強化し、斯衛が求める機体に近づいた。

 

「あと三ヶ月待ってくれたら前より効率のいいセンサ系パーツが完成する、吹雪用に試作してたが不知火にも使えるよな」

 

「フレームと駆動系の材質変更は上手く行きそうです、耐久試験を見る限り弾性は良好ですね」

 

「機体の軽量化が進んでないのが痛いですが…今はひとまず形にして、その後に突き詰めた方が効率的ですね」

 

和気藹々と話す技術者達だったが、テストパイロットはそれを見て頭を抱えた。彼はまたもや特性が違う機体に乗ることになりそうだ、比較的大人しい3番機に慣れて来た所だというのに。

 

「いやSPFSS搭載前提で試験させてくれよ…完成したら載せるんだろ?」

 

「却下」

 

短期間で次々と試作機を作り上げていく開発計画の所属企業達は、妥協を許さない設計を求められたこともあり職人魂に火をつけていた。今はまだ不知火の改造機止まりだが、社長の中には既に完成図が浮かんでいた。

 

「外装はスーパーカーボンを使おう、全身凶器だ」

 

「アリですなぁ!」

 

「だろぉ!?」

 

「そんなのに乗せられるのか!?」

 

だからこんな滅茶苦茶なことを言い始めるのである、技術者達は久しぶりにハジケた。




次回からは少し早いですが1991年、遂に大陸派兵編です。
頑張って投稿して行きますよー、応援がてら評価をお願いしますぜ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十八話 試製超電磁突撃砲

「…実験中止!機体のチェック急げ!」

 

「回収車出せ、消火剤もだ!」

 

機体トラブルにより慌ただしい空気に包まれた試験場だが、その中心には片腕を破損して試作兵器を手から落とした吹雪の姿があった。

 

「突撃砲の大きさにまで無理矢理縮めた超電磁砲、やはり無理がありましたか」

 

 

【挿絵表示】

 

 

護送車として改造された多脚車輌から双眼鏡で事故現場を見るのは社長と秘書、いつもの面子である。

 

「疾風は背中から伸びるアームで衝撃を吸収する上に、機体自体が反動を抑えられるように設計されてる。軽量化された第三世代機に負荷をかけ過ぎればこうもなるか」

 

試験機に選ばれた吹雪の関節強度では数発の発射でガタが来たようだ、手首の関節に想定以上の負荷がかかっている。その結果関節部が破断、今に至ると言うわけだ。

 

「派兵が近いから予定を繰り上げろって上も無理を言いやがる、こんな武装を扱える機体が居るかってんだ」

 

「疾風には専用の超電磁砲が装備されていますし、この火器は既存の戦術機に扱えてこそ価値があるというのに…惜しいですね」

 

「突撃級を正面から倒すのは可能な威力とはいえ、同じ箇所に何発も叩き込む必要があるけどな」

 

疾風の超電磁砲ですら未熟と言わざるを得ない出来なのだ、それを無理矢理小型化すれば様々な面で問題が表面化するのは当たり前だ。

 

「マガジン一つ撃ち切ったとして、再装填と一緒に砲身の交換が必要なんだよな」

 

「冷却能力が足りず、結果砲身の寿命まで削れたと」

 

「動力も突撃砲内で完結させる必要があってな、高価な癖に使い捨ての赤外線レーザー発信機を使ってる」

 

「…もしかして、弾倉一つ分の発射で戦術機が一つ買えるくらいのお値段になってます?」

 

「なってるな!量産も始まってない試作品だから単価も馬鹿みたいに高えし!!」

 

これを二丁同時に運用したとすればもう青天井だ、補給も考えるとアホみたいに金が溶けていく。疾風用の超電磁砲を完成させる際には欧州から湯水の如く開発費が送られて来たが、それが完成してしまった今では帝国の実費になるため予算を使い過ぎるのは良くない。

 

「将来性はある、だが技術が成熟してない」

 

「戦術機が扱える範囲に性能を調整出来ていない時点でそんな気はしてましたよ、どうやったら長刀振り回す戦術機の手首を粉砕骨折させられるんです?」

 

「駆動系は電磁波の影響を受けない筈なんだが、よく分かんねぇ…」

 

中国戦線での試験運用を行いたいらしい帝国軍の意向に沿うのは難しそうだ、扱える機体が無いのでは仕方ない。一部の疾風から超電磁砲を外し、この試作兵器を持ってもらう程度でお茶を濁そうか。

 

「社長、ここまで無理をして間に合わせなくても良いのでは?」

 

「…急ぐのにはちょっとした理由があってな、この資料見てくれ」

 

そう言って彼が取り出したのは帝国の技術廠に関しての資料であり、それにはあるものが米国から購入されたことが記されている。

 

「試製電磁投射砲?」

 

「コレの製造には常温で超伝導状態になるG元素が必要でな、量子コンピュータ分野と消費する素材が被っちまう」

 

コンピュータに関する分野で躍進を続ける秋津島開発だが、それ故に他人からの評価が追いついていない。既存の素材でML機関の制御に成功したことが仇となり、量子コンピュータにかかる莫大な開発費を疑問視する人間も増えて来た。

 

「この帝国製電磁投射砲が戦果を挙げれば、秋津島に供給される筈だったG元素が別の場所に流れちまう。カタログスペック通りに仕上がれば師団規模のBETAを一瞬で壊滅させるトンデモ兵器とは、恐ろしいものを持って来やがったな」

 

「費用対効果で超電磁砲を上回ってしまった場合、疾風の調達計画も修正されてしまいそうですね」

 

兵器が売れなくて困ると言いたくは無いが、民需が冷え切っているために軍需産業から流れ込む大量の資金は秋津島の技術開発を支えている。大規模な事業が終わり、戦術機を秋津島に依存しなくなった帝国は幾つかの優遇措置を撤回しようとしている動きもある。

 

「今までは税金を軽くしてもらったり、資金援助も色々と貰ってたんだがな」

 

「国内三社の負担が加速度的に増加していますから、公平にするためにも使える予算の再分配を行う気でしょう」

 

「戦術機を供給出来たのが秋津島だけだった時から状況は変わった、俺たちばかりに金を使うわけにもいかないさ」

 

秋津島開発だけが他企業よりも優遇されるというのは、面白くない構図だろう。社会的な人気の高さもあり、要らぬ嫉妬を買うことは予想出来る。知り合いの政治家はこの件について色々と謝ってくれたが、謝るようなことではないので礼を言っておいた。

 

「今まで儲けさせて貰ったし、文句は無いけどな」

 

「儲けたというか、儲けざるを得ない状況だったというか…」

 

「少し前に掻っ攫ったパイを身内だけで平らげたのは、紛れもなく俺たちだったというわけだ」

 

国内の防衛体制も未だ整ったとは言えない、バビロン計画に連なるインフラ整備計画に更なる資金を投入する必要もあるだろう。金がないというのは悲しいことだ、欧州が持ち直したことで帝国に媚を売っていた勢力が減ったということでもあるが。

 

「あーあ、どっかに性能が高くて電磁波に耐性があって関節強度が飛び抜けて高くて、フレームまで強化されてるような狂った機体は無ぇかな」

 

「そんな都合よく改造された戦術機なんてある筈…」

 

二人の脳裏には建物に突っ込んだ事故機が浮かび上がる、丁度いいのが居たではないか。

 

「不知火の強化型!アイツなら戦車砲だろうと超電磁砲だろうと撃てる!」

 

「駆動系は光ファイバーを採用しているので電磁波の影響は受けにくく、センサ類も漏れなく新型でしたね」

 

「よっしゃ飛鳥計画に連絡だ、城内省には軍部に恩を売るチャンスだって言えば首を縦に振るだろ!」

 

アレを乗りこなせる衛士は陸軍に居ないだろうが、テストパイロットとして働いていた数名は原型機と同等かそれ以上に扱えている。SPFSSの搭載も行えば、実戦投入は可能だろう。

 

「そう簡単に行きますか?」

 

「俺は武家のスキャンダルを握る上にコネもある、駄目だったら巫さんに土下座するね!」

 

「えぇ…」

 

 

試験場に運び込まれて来たのは、珍しい迷彩に身を包んだ不知火だ。外装の設計にまだまだ時間がかかるため、あれからも試作機の改造が行われていた。

 

「菊地さん、2番機から4番機までは動かせますよ」

 

「4番、完成してたのか」

 

「外見は相変わらずですけどね、御社の低負荷パーツを組み込んで色々と調整した優等生ですよ」

 

バランスの悪かったこれまでの機体も4番機を参考に調整、装備の選定に必要な比較機として運用されているらしい。

 

「跳躍ユニットには遠田の新しい心臓が収まってます、ありゃ良い音ですよ」

 

「ウチの工作機械を放り投げた甲斐があったな、少し前に聞かせてもらったが燃焼室の空気が良く流れてた」

 

「分かりますか、つっかえていたものが取れた印象ですよね」

 

新型跳躍ユニットの推力は不知火の2割増しだという。疾風の物と違って量産はまだ考慮出来る段階ではないらしいが、数が少ない斯衛の機体に載せるなら充分だろう。

 

「戦術機の技術はもう追いつかれちまったな、そろそろ本業に戻ってもいいかい?」

 

「駄目に決まってますよ、戦術機の電子部品が殆ど秋津島製なのをお忘れで?」

 

「この事業からはゆっくりフェードアウトするつもりなんだよ!早く宇宙船を造らせてくれ!」

 

「戦後にやってください、戦後に!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九十九話 派兵と補給と船団と

頑張れ帝国軍


「大ニュースです。帝国が正式に大陸派兵を決定、国民に公表しました」

 

「遂にか」

 

「これに伴い浮遊艦イザナギは正式に帝国海軍隷下となります、出向している社員も少数を除き帰還しました」

 

年が明けたというのに、正月気分では居られないようだ。今年で五歳になる息子とゆっくり過ごす時間が欲しい限りだが、無理を言って正月休みを貰った以上は働かなければ。

 

「イザナギの艤装は?」

 

「艦載用の大口径超電磁砲は期待されていた性能を発揮しています、対地攻撃用のS-11弾頭弾は現在積み込み作業中とのこと」

 

「あの船は港に浮かべられない、大陸では充分な補給と修理が受けられるかは少々疑問だがな」

 

「機関出力に余裕があるようで、対レーザー近接防御システムを増設して対光線級能力を底上げして対応する気のようです」

 

「そもそもの損害を減らす、ということか」

 

対レーザー近接防御システム、複雑で長ったらしい名前だが要は無人化された機関砲だ。BETAが居ない世界ではCIWSと呼ばれるそれを、この世界では光線級撃破のために用いている。照射元を即座に探知、撃破するという優れたシステムだ。

 

「上手くいけばオリジナルハイヴ攻略への足がかりになります。大陸の戦況を変えられるのは現状帝国しか居ないことも考えると、これは重要な作戦になりそうですね」

 

「失敗したらそれこそ日本列島にBETAが来るさ、多少余裕があると言っても失える兵力なんて極東には無い」

 

列島は縦に長過ぎるのだ、それ故に幾ら戦力を集めても薄く広くしか守れない。疎開により前線に近い市街地を放棄、防衛時の効率化を図っては居るが規模によっては食い破られかねない。

 

「超電磁砲も上陸阻止には有効だが、起伏の激しい地域では一気に効力が弱まる。入り込まれれば大問題だ、高速道路網の構築で多脚車両の機動性は活かせるようになったのがせめてもの救いだがな」

 

「どれだけの時間と予算を投じて政府が防衛計画を練って来たかはご存知でしょうに、聞かれれば面倒なことになりますよ」

 

「頼みの綱の艦隊も天候には勝てない、状況が悪けりゃ帝都すら危ういさ」

 

原作では一瞬の内に日本列島の下半分を失っている、あの時侵攻を体験した者は全員が驚愕しただろう。

 

「そのためにも大陸に行った部隊には絶対に生還して貰わないと困る、補給物資は用意したがどうなるか」

 

補給路に問題を抱える大陸で戦うために、帝国は独自の輜重部隊を使うようだ。地面効果翼機によるピストン輸送とMMUによる補給基地の早期構築、補給機による迅速かつ正確な部隊への合流を三つの軸に計画を立てていると聞く。

 

「補給基地や砲兵隊の護衛に大量の多脚車輌が必要でしたから、新たに自動工場を整備していて助かりましたね」

 

「国外の生産インフラ整備に相乗りさせて貰っただけだ、今は一両でも多くの車輌と弾薬が必要だからな」

 

開戦初期に押さえた武器弾薬の製造所は未だに傘下のままだ、超電磁砲の弾頭や軌道爆撃用のAL弾なども彼らが手がけてくれている。

 

「国連軍はどうなってる、向こうも色々大変だろうしな」

 

「帝国軍が補給体制を見直すということで、それに帯同する形で補給路の再編を行うそうです。中華戦線においては物資の中抜きが横行しており、前線は地獄だと」

 

「それも今日までだ、目にものを見せてやろう」

 

 

東アジア戦線への派兵を行うため、帝国は物資の輸送と集積を既に始めていた。借り受けた港の一角では輸送船が列を成し、MMUが拡張作業に従事している。

 

「このコンテナは?」

 

「開けてみろ、後は勝手に動くさ」

 

そう言われた作業員がコンテナを開くと、脚部を折り畳んだ多脚車輌が現れた。もう一人がリモコンを向けると車輌のシステムが立ち上がり、勝手に港を出て行った。

 

「…行っちゃいましたけど」

 

「復旧したGPS衛星のお陰で勝手に移動してくれるのさ、集結地点に集まってから仲間と一緒に基地に向かう筈だ」

 

空になったコンテナをトレーラーが片付け、クレーンが輸送船に載せ直して出港させる。自動工場で製造された多脚車輌は片端からこの戦線に送られているらしく、本土でも見たことがない数が集結していた。

 

「無人車輌なら失っても再建は容易だからな、軍の連中は戦死者を出したくないらしい」

 

「それは、良いことなんですよね?」

 

「そのうち戦場から人は居なくなるんじゃないか、俺達も職を失うかもな」

 

MMUによって増設される帝国軍用の港湾施設は設備の殆どが自動化される予定であり、人間の作業員はごく少数で済む。撤退時に避難を要する人員を減らすことで、逃げ遅れることを防ぐ算段だ。

 

「無人のクレーンにコンテナ用トレーラー、歌を歌う機能を付けた奴は相当イカれてるらしいな」

 

何故かメリーさんのヒツジをスピーカーから鳴らしながら走行するコンテナ輸送車輌が闊歩し、有人の車輌は見当たらない。人が操作しているとしても司令室からの遠隔制御であり、完全に稼働した暁には爆撃されようとも人的被害がゼロという不思議な港が出来上がる。

 

「国連軍の船も来てますよね、どれだけの規模の作戦になるんでしょうか」

 

「ニュースになってた秋津島の浮遊艦も横須賀から出るそうだ、機甲師団も明日には到着するとなると…本当に反抗作戦になるわけだ」

 

「間引きによる戦線の維持ではなく、帝国軍は打って出ると」

 

「超電磁砲のスペアパーツがアホみたいに積まれてる、これを使い切ると考えると恐ろしいことになるぞ?」

 

一週間後には彼らも外に出て働く必要は無くなる、司令室から無人車輌を管制する仕事に移るのだ。だからこうして肉眼で荷物を確認することも減るだろう、想像し難い話だ。

 

「いかん、こんなことを話していたらスパイと間違えられるぞ」

 

「そうでしたね、もうこの手の話はやめましょう」

 

「無人機に聞かれているかもしれない、アイツら戦術機のAIみたいに愛想良く話してくれねぇしな」

 

無人車輌はメリーさんのヒツジ以外には、Beepと音質の悪い電子音を鳴らすのみである。

 




実際に無人化されたコンテナターミナル名古屋港には存在したりします、メリーさんのヒツジを流しているのも本当です。
何故その選曲なんだ、気になる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第××話 兵士達と見慣れた顔と

間違えて数年時間をすっ飛ばしてしまいました、この話1993年に入れなきゃいけないのに…

修正入りまァーす!
この話を最新話としたまま、間に新しい話を挿入して打開します。


「ここが中国か、いやはや真っ平にされちゃってまぁ…」

 

衛星写真とレーダー走査の結果、前線のすぐ背後まで高低差が消え始めている。ハイヴが多く、しかも近いのが原因だろうか。

 

「帝国軍の師団が集結したと言っても危険な場です、すぐに帰りますよ」

 

「前線の社員を労ってこそ社長だろ、まあ行っただけで有り難いと言われるのは少し分からんが」

 

「本当に今の地位に無頓着ですね、もう少し貪欲になって下さいよ」

 

秋津島開発が有する輸送船団から大型輸送機に至るまで、最近は常に稼働中だ。最新鋭機を載せたマスドライバーは各地の国連軍や西側諸国に向けてコンテナを打ち出し、無人車輌は兵站を支えている。

 

「日本海に面する大連がBETA侵攻に晒されている現状、この港もいつ襲われるか分かったもんじゃない」

 

「それが分かってるなら、普通こんな最前線に来ませんよね」

 

危険性を理解しているのか分からない自分の態度に秘書は呆れている。

 

「まあなんだ、見たい人達が居てな」

 

原作と比べて様々な変化が訪れたこの世界だが、帝国は迫るBETAに対抗するために軍拡を続けている。徴兵制度や教育体制の変化など、ここばかりは元の世界と同じと言える。

 

「新人でも機体はAI搭載の隼改、撃震で送り出さなくて済んだのは本当に良かったよ」

 

「第一世代機の代替が殆ど終わったのは幸運でしたね、主力部隊には早くも不知火の姿があることを考えると破格の戦力です」

 

つまりだ、この地に神宮司まりも氏が居る可能性は高い。女性の徴兵はまだ始まって居ないが、彼女は志願して軍に入隊して来てしまうからだ。

 

「破格、ねぇ…」

 

原作において主人公の教官として登場する彼女は、場合によっては凄惨な死を遂げる。長い訓練を終えて任官し、部隊長として大陸で実戦を経験するのだが部隊は全滅してしまう。この世界で彼女が初陣を生き抜けない可能性も大いにあるわけだ。

 

「社員達の顔を見た後は帝国軍の方にも行かれるんでしょう、港に護衛機が到着してますよ」

 

「燃料を割いてもらって申し訳ないな、少し我儘を言ったのかもしれん」

 

「相手が一般的な帝国国民なら喜びますよ、国家首相よりも知名度が高いんですから」

 

「はは、どうだか」

 

相乗りさせて貰った輸送船がコンテナの荷下ろしを始めたのを見て、多脚車輌に乗り込んだ。周囲は中隊規模の戦術機が固めており、半数が盾を装備している。

 

「空気が違いますね、なんとも」

 

「ここが最前線ってわけだ、遂にここまで来てしまった」

 

この世界で帝国軍が新兵をここに連れて来ているかは分からないが、恐らく彼女は居るだろう。

 

 

帝国軍が建設途中の基地に来たのは、秋津島開発の社長だった。部隊の誰もが知っている人物であり、貴重な最新鋭機の中隊に出撃が命じられた理由も分かるというものだ。

 

「ご飯の味はどう?」

 

「本国で食べたものと遜色ありません、むしろ美味しいくらいです」

 

「そりゃ良かった」

 

短いスピーチがあった際、彼はしきりに兵士達の顔を見ていた。その中で女性が珍しいのか、私を見つけた際には目を見開いたかのように見えた。

 

「…話を聞いて貰ってすまないね神宮司さん、ちょっと思うところがあったものだから」

 

話が終わった後、彼の護衛と思わしき人物に伝えられてこの場に来た。設置された自販機に彼が社員証を翳すと硬貨を入れなくとも飲み物が吐き出され、彼と私の手には何の変哲もない缶ジュースが握られている。

 

「思うところ、といいますと」

 

彼は黙った、なんと答えるか分かりやすく悩んでいる。ニュースやテレビで取り上げられることに事欠かない目の前の人物は、とても語られているような超人だとは思えない仕草を見せている。

 

「君は帝国で何か感じたことはあるか、身近に感じたことで構わない」

 

少し答え難い質問だ。最近は部隊員、取り分け新井のような単純な人間と言葉をぶつけ合うばかりで、このような会話を行う機会は久しく訪れなかった。

 

「身近と言いますと、教育体制が変わりましたね」

 

「…ああ」

 

「教育過程も大きく軍事色が強まったのを覚えています、変化というとここからでしょうか」

 

身の上話というのはあまり良くないかとも思ったが、その手の話題に拒否感を示すタイプではないと思い話すことにした。

 

「1979年の教育基本法改正か、確かに大きな出来事だった」

 

「はっきりと覚えておられるのですね」

 

「そりゃあね、大の大人が何も出来ないんで不甲斐ないばかりだったよ」

 

BETAと戦うために今までの教育は書き換えられ、優秀な人材を抽出するための体制が敷かれた。優秀な人材というのは衛士のことであり、その衛士が乗る機体を作っていたのが彼ら秋津島開発だ。

 

関係を考えれば複雑な感情を抱くのは無理はない。国への忠義を示し続けているとも取れる数々の功績を見て現在の体制に少なからず肯定的な人物なのだろうかとも考えては居たが、そうではないらしい。

 

「教師になろうかとも思ったことはあったのですが、心境の変化がありまして」

 

昔のことを思い出したのか険しい顔になった彼に、取り敢えず話の続きとして当時のことを語った。

 

「教師を目指して居たのかい、それではあの法改正はさぞ大きな事件だっただろうね」

 

するとそれを聞いた彼は大いに嬉しそうな顔をして、何度も頷いた。何がそこまで彼の心に響いたのかは分からないが、兎に角分かりやすい反応を返してくれる。

 

「でも人もAIも育てることで一人前になる、優秀な教育者というのはいつの時代も必要だよ」

 

そのAIに人間の教師が負ける時代もすぐ近くに来ていそうだが、作った本人はそう感じては居ないらしい。

 

「AI技術はBETA侵攻が始まる以前と比べて飛躍的に進化しています、いつかは人間を超えてしまうのではと感じていますが」

 

「その可能性はあるね。個人的には追い越してしまうよりも、肩を並べて一緒に進んで欲しいと考えてる」

 

開発の第一人者である彼は一般論とは違う方向性を持っているようだった。

 

「人も機械も同じように生きるようになるということですか」

 

「なんというかその、相互理解ってヤツだよ。SPFSSだってそう、会話を通して人のことを知って絆を深めていくようになってる」

 

「相互理解…ですか」

 

「新しい技術だからね、昨日の今日で仲間として認めろっていうのは無理だ。でも彼らのことを詳しく知って貰えば、そう一側面ばかりを見て怖がられることも無くなる」

 

昔大きな影響を受けた人物の言葉を思い出す内容だ。中等学校の英語教師だった彼は少々哲学的な授業を行うことで知られていたが、内容は多くの者が感銘を受ける程だった。

 

相手を知ることで相互理解は深まり、疑心暗鬼は解消される。その言葉と同じように、目の前の人物は新たな存在の今後が良きものとなるように願っている。

 

「戦後はAI達も戦争ではなく日常で生きることになる、問題はその時さ」

 

「AIにも学校が必要になるというわけですか」

 

「学生は戦車と外骨格が中心になるけどね」

 

たった数分の会話だったが、時間になったようで彼は護衛に連れられこの場を後にした。結局飲まなかったらしいジュース缶をこちらに渡し、あっという間に居なくなってしまったのだ。

 

雲の上の存在が急に現れ、そして急に消えた。ほんの一瞬の出来事だったが、この数分で彼の印象は大きく変わった。差し詰め完全無欠の大天才から、分かりやすい表情を見せる陽気な男性と言ったところだろうか?




今回の時空間異常に関して

2年時間をすっ飛ばしてしまうというミスが確認されました、誠に申し訳ございません。補填として以下のアイテムを送らせていただきます。

疾風(中期生産型)×2
超電磁砲×2
G元素×5
補給コンテナ×20
ドロップタンク×20


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場した組織・兵器・装備まとめ

見直し用の資料が無いのは致命的なので、今日はコレで。

ディメンションズやるんでね、暫くお休みです。
課金してぇ〜!絵の依頼くれ〜、報酬全部突っ込むんで〜!

追記
人物の解説を追加しました。
宇宙用戦術機の解説を追加しました。


・秋津島開発

菊地氏により設立された宇宙開発企業だが、BETAとの戦争が始まったことで兵器開発分野にも参入した。一企業でありながら他国を突き放す技術革新を続けており、宇宙開発においては国家プロジェクトを幾つも潰したことで有名。

兵器以外にも食料、娯楽、電子機器など多方面に手を広げ、どの分野でも一定以上の業績を誇る。

実態は宇宙馬鹿の集まりであり、BETA侵攻さえ無ければ太陽系は彼らの手中に収まっていたと言っても過言ではない化け物集団。

 

・社長

技術チートを持ってこの世界に送り込まれて来た、本作の主人公。趣味に全てを捧げるタイプの人間で、明るく裏表がない性格。そのため交渉やらなんやらには弱いが、好印象を持たれやすいようだ。

 

・秘書

主人公の補佐役兼ストッパー、秋津島開発が会社としての体裁を保っていられる理由の一つ。彼と主人公の対話でストーリーは進行するため、大抵居る。厄介な仕事を押し付けられることも多々ある。

 

 

・秋津島警備

戦術機を運用することが出来る民間軍事会社、オスカー中隊が当初政治的な問題で在籍していた。2000年代に至るまで活動は続けられており、マスドライバーや港湾などの重要な設備を守るために運用されている。

 

 

・隊長

オスカー中隊の隊長であり、歴戦の衛士。欧州派遣の際に秋津島警備としての立場を借りるが、戦闘が続くにつれて帝国軍所属に戻る。しかし陰謀渦巻く欧州にて社長が介入する際、秘密を打ち明けられ仲間になった。

後継者を育てた後は秋津島警備に戻る予定だが、何かと理由を付けて軍から引き留められている。

 

 

・彗星

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

月面に投入された第零世代戦術機と言うべき機体、BETAに対して有効な三次元機動による戦闘が可能だった。月の砂を浴びてもセンサが狂いにくく、光線級が確認されていなかったことから、他の兵器と比べて圧倒的なキルレシオを誇った。

 

 

 

・彗星弐型

 

【挿絵表示】

 

陸戦用戦術機の雛形となった機体であり、F-4や隼の開発を進めるにあたり重要な役割を持っていた実験機。実戦に耐えうる装備は持っていなかったが、飛ばせる戦術機が無かった際にはデモンストレーション用に駆り出されるなど仕事は様々。

現在は秋津島開発本社に併設された技術館に彗星共々展示されている。

 

 

 

・隼

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

F-4開発時点では否定された機動力を向上させるための軽量化と重心配置を設計に盛り込み、登場した年代を考えると破格の性能を誇った第一世代戦術機。何故か最初から正面装甲には耐熱タイルが採用されていたという与太話がある。

欧州に派遣されたオスカー中隊が使用した機体であり、絶えず改修が行われた結果1.5世代機に再分類された。後述する隼改の部品を使用して大規模な改修が行われるなど、最新鋭機を運用出来ない小国の味方であり続けた機体。

一部の部隊向けに頭部のバリエーションが存在し、オスカー中隊はポジションごとに頭部を換装していた。

 

【挿絵表示】

 

北海道にて独自に運用されている重装型が居たりもする。

 

 

 

・鐘馗

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

斯衛軍が使用する隼の強化改修型、多少のコスト増加と整備性悪化を引き換えに高い性能を得た。黒色以外の塗装バリエーションを持ち、搭乗者は武家出身者に限られる。頭部を換装し機関砲二門を装備した生存能力向上型が存在している他、爆発反応装甲など様々なオプションが用意されている。

余談だがオスカー中隊がハイヴ攻略時に使用した機体が隼ではなく鐘馗とする説もある。資料が少ないため真偽は定かでは無いが、マニアの間ではよく議論になる。

 

 

 

・試製四号

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

後述する疾風の試作機。実戦投入可能なだけの装備と性能を持ち、世界で初めてレールガンを用いてBETAと戦った。

 

 

 

・疾風

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

超電磁砲(秋津島開発の商標、本来は電磁投射砲と呼称)の運用を前提に設計された第一世代砲撃機であり、突撃級を正面から撃破可能な火力を誇る人類反撃の立役者。

機体自体の性能は非常に高く、重心が下半身にあるため安定性が高いがその分機動力で劣る設計になっている。駆動系には光ファイバーを採用、長距離砲撃を主任務とするためセンサ類は非常に高性能で、大出力な跳躍ユニットの巡航性能は当時敵なしと言えた。各部位の装甲を換装することで様々な役割に対応することが出来たが、超電磁砲とのセット運用が前提であるため多用途機としての運用はされなかった。

 

【挿絵表示】

 

非公式ではあるが鹵獲された疾風が東ドイツのクーデターに参加した際、戦闘能力を喪失する前にソ連製1.5世代機の小隊を単騎で潰したという噂がある。

 

 

 

・隼改

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

旧式化する隼の近代化改修に限界を感じた秋津島開発が一から再設計した機体、機体性能は向上したがコストもそれ相応に上昇した。隼譲りの素直な操作性と高い拡張性を持ち合わせた隼の直系機だったが、対抗馬として米国より登場したF-16の存在に苦しめられ、最新鋭機の国外輸出を政府が渋ったこともあり販売機数は隼に比べると伸び悩んだ。

疾風の装甲換装能力を受け継いでおり、副腕装備型による突撃砲6門の同時運用はA-10の代替機とされる程だった。

 

 

 

・ダンデライオン

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

F-14を設計者の一人であるミラ・ブリッジス氏と秋津島開発の社長が共同開発した人命救助用の宇宙用戦術機。接舷用の電磁アンカーを装備可能で、高度な姿勢制御能力が合わさりHSSTの拿捕といった高度な任務にも対応出来る。

HSST暴走事件後にデブリの雨に巻き込まれ大きく損傷。修復も不可能だったため、調査の後地上の技術館にて展示。

 

 

 

・流星

 

【挿絵表示】

 

F-14に超電磁砲運用能力を付与した戦闘用の機体。最終的には機動戦に特化するため超電磁砲の搭載は行われなくなるが、完成当初から

 

 

 

・彗星改

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

彗星を作業用に改修した機体、宇宙港で運用されている。

 

 

 

・彗星改 アーミータイプ

 

【挿絵表示】

 

国連宇宙軍で運用されている戦闘用MMU、宇宙用の36mm砲を持つ。目立った性能は無いが戦力の乏しい宇宙では貴重な存在であり、ゲートキーパーと呼ばれて親しまれている。

 

 

 

・隼改二

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

米国の戦術機改修計画に追随する形で行われた既存機の近代化改修で生まれた2.5世代機。帝国の第三世代機である不知火と吹雪の技術が転用されており、内部構造は刷新された。大陸運用で必須となる長い稼働時間を確保するため、脚部の燃料タンクが大型化、燃料電池は新型に換装されている。

跳躍ユニットも疾風と同型に変更され、装甲形状を引き継ぐ以外はほぼ別の機体と化した。

 

 

 

・不知火強化改修型

 

【挿絵表示】

 

特殊な迷彩に身を包んだ不知火、斯衛の次世代機開発のために様々な手を加えられた機体。スペック上では原型機を大きく超えるが、非常に扱い難い。試作型の超電磁突撃砲を唯一運用出来る機体。

 

 

 

・無人補給機

 

【挿絵表示】

 

背中に専用の補給コンテナを背負う無人機、二本の足と跳躍ユニットを用いて部隊に追従することが出来る。戦術機の補給事情を劇的に改善した機体であり、ある程度の自己判断が可能であるなどソフト面でも優秀。

ハイヴ攻略時における補給問題の救世主となり、部隊と随伴して勝利に貢献した。

 

 

 

・1G環境下用MMU

 

【挿絵表示】

 

補給機を元に作られた作業用の機体、様々な土木工事に使われ始めた。

 

 

 

・多脚車両

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

秋津島開発が月面で運用していた調査車両が原型になっている陸戦兵器、突撃級と並走できる速力を誇る快速車輌群。BETAの死体を脚で乗り越え、脚部を用いた格闘戦すら熟せるらしい。しかし対人戦能力は捨て去っており、最低限の破片防御能力しか持っていないため主力戦車にはボコされる。

この兵器の最も優れる箇所は今まで挙げたどの能力でもなく、無人で運用出来ることである。

 

 

 

・無人強化外骨格

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

本来であれば人間が搭乗する強化外骨格にAIを乗せ、無人化した兵器。衛士の救出や脱出時の補佐を担当した。現在はより小型かつ強力な機械歩兵に代替され始めており、戦術機から降ろされた機体は歩兵部隊にて第二の人生を歩んでいる。

 

 

 

・SPFSS

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

人間の脳を参考しにしたと言うニューロチップを持つ次世代のAI、接する限りでは人間並みの思考能力を持つ。高い情報処理能力を持ち、衛士をあらゆる面からサポートする。普段は機体に搭載されているが、専用のボディを用いることで自律動作も可能。死の8分を完全に過去の物とした革新的な装備であり、帝国においては新兵の乗る機体に必ず搭載されているほど。

人格は女性寄りに調整されており、使用する人工音声は中性的。ちなみに呼び方はエスピフェース、兵士達にはあだ名で呼ばれがち。

 

 

 

・機械歩兵

 

【挿絵表示】

 

SPFSSと同型のチップを採用した自律思考型の無人機、身長は2mほどで人と同様の武装を使用可能。試作型の歩兵用超電磁砲を装備する機体も運用が始められており、施設防衛時の頼れる戦力として国連軍を中心に配備が進んでいる。戦術機の背中に専用のコンテナを増設しなければならなかった無人強化外骨格に比べて折り畳んだ際にスペースを取らないため、軽量化の観点からこちらに代替が進められている。

人格は男性寄りに調整されており、使用する人工音声も男性そのもの。SPFSSは衛士との相互理解が重要だが機械歩兵はそうではないため、会話への積極性もわざと低くなるように設定されている。

 

 

 

・試作浮遊艦 イザナギ

 

【挿絵表示】

 

ML機関を搭載し、重力を自在に操る重巡洋艦。発電量に物を言わせ、荷電粒子砲や超電磁砲と言った各種兵器を装備する。

 

 

・???

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 




あ、評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百話 戦術機大改修?

投稿する年代をミスった前話に関しては方針を改め、本編の時代が追いついたら改めて場所を移動させることにします。

最新話を読もうとしても毎回第××話が表示されるのは煩わしいと思いますし、時系列が多少前後しますがお許しを。詫び石配っときます。


帝国軍の戦術機というと隼シリーズが有名だ。既に撃震を代替し、多くの部隊では第二世代機である隼改が装備されている。

 

「隼改も旧隼に次いで長生きだよな、試作機が完成したのは1986年だったか?」

 

「もう五年前の機体になりますね、それ故に初期型と最新型では中々の差があるようです」

 

「特に内装は別物だな、跳躍ユニットも載せ替えてるんだっけ?」

 

大陸に送られるのは殆ど新しい型の機体だ、後は近代化改修を施されたために性能面では遜色ない初期型が混ざっている。大量に輸出された隼改は既に旧隼以上の輸出機数を誇り、人類の主力機を塗り替えんばかりの勢いだ。

 

「第三世代機は高過ぎて、第二世代機はこれ以上の性能向上ではパフォーマンスよりもコストが上回る。ソフト面での改良がいいとこだな」

 

「我々が疾風と隼改を作って以降新型機を全く発表していないのは、出したとしても売れる気配があまりしないからですしね」

 

戦術機の製造ラインをこれ以上増やすのは悪手であり、運用機を増やせば負担も増える。砲撃機である疾風の後継は開発が続けられているが、やはり超電磁砲が未熟である現状では機体の性能向上は必ずしも戦果の拡大には繋がらない。

 

「多脚戦車が売れてるのは助かるが、色々と要望が届く機体のアップデートを渋るのは前線に悪い」

 

「疾風は機体よりも武装の改修が優先されてますし、ML機関の研究開発に人手を取られているのが痛いですね」

 

そう、秋津島の戦術機開発は長らく停滞しているのである。

SPFSSなどAI技術の実用化に伴うソフト面の大改修、オプション装備の無人機など大きな技術革新を産んではいるが、機体自体は何年も前から使い回しているのが現状だ。

 

「戦術機の抜本的な改修か、設計も古くなって来ただろうし見直す時期かもな」

 

「そうは言いましても、隼改の製造は我々ではなく国内三社が担当していますから簡単には行きませんよ」

 

「上に話を通したとしても費用対効果やら予算不足、製造ライン変更の手間を考えると…却下されるのは確実か」

 

「もう秋津島だけで作っているわけではないんです、少しやるせない気持ちはありますが諦めましょう」

 

秘書の言葉に彼はそうだなと思いつつ、徐にPCのマウスに手を伸ばした。今は無理でもいつかは改修が必要になる筈だ、その時のために改修案を幾つか出力しておこう。

 

 

あれから数ヶ月後、社長と秘書は軍から回されて来た資料に目を通していた。

 

「…F-15E?」

 

「米国のDRTSF計画で採用されると噂の機体だ、対抗馬はF-16XL」

 

「それがどうして我々の耳に入るんです、米国の戦術機事情は確かに重要な状況ですけども」

 

米国が採用したF-22だが、G弾の実用化により存在が危ぶまれ量産が進まない…筈だった。この世界においてはG弾の危険性が世に知らしめられ、暴走事件においても衛星軌道壊滅一歩手前にまで迫った存在であることから、今のところ表立って使おうとする動きは無い。

 

「米国は戦術機が足らんらしい、派兵を行う身としては死活問題だな」

 

「…例のステルス機は滅茶苦茶な高コストだとは聞いていましたが、そこまでだとは」

 

「だから既存の機体を最新鋭機の技術を流用して改修、総合的な戦力向上に務めるらしい」

 

来るべきハイヴ攻略戦において功績を挙げ、他国に渡るG元素の量を減らそうという思惑もあるに違いない。G弾の運用計画が白紙になった今、ハイヴ攻略には依然として大量の戦術機が必要なのだ。

 

「それで私達に何をしろと言って来ているんです?」

 

「隼改の大規模改修だとよ。F-15は元々隼改よりも性能が上だったから、数の上の主力機で性能差が離れるのは良くないと感じているらしい」

 

大陸派兵で多くの戦術機が失われることが想定されているため、減った分を補填する機体は新しくしておこうという計画だろうか。衛士の生存率が上昇したのは確かだが、機体の損傷が激しいというのもまた事実だ。

 

「大陸での戦闘はハイヴの数を考えれば長期戦になるのは明らかだ、今のうちに機体更新を進めるってのは有効な手だな」

 

「確かに機体の損耗率は馬鹿になりませんからね…」

 

要撃級に殴られても動くと評判の隼シリーズだが、そんなことをされれば駆動系もフレームも無事では済まない。恐らく当たりどころが良くない限り、使えるパーツを剥ぎ取ってスクラップ行きになるだろう。

 

「差し詰め隼後期生産型、或いは隼改二って所か?」

 

「旧隼とは最早別物なのに、名前だけは継承するんですね」

 

「ネームバリューだよ、名前変えたら売れなくなりそうで怖い」

 

予め出力した改修案は隼改担当の部門に送っていたため、設計は滞りなく進んだ。大陸での反抗作戦で必要とされる長躯侵攻能力を隼改は跳躍ユニットに装備する増槽で確保しているため、増槽を必要としない形に変えようということになった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「脚部の燃料タンクを拡張、設計は不知火を参考にさせて貰った」

 

「空気抵抗を意識した形状に変更したんですか?」

 

「若干な、そのまま太くするよりはマシって程度だが」

 

空力を利用するためには機体の全身をそれ専用の形へと作り変えなくてはならないが、多少空気抵抗を減らす程度なら問題ない。

 

「跳躍ユニットは量産と改良が今一番進んでる疾風のを流用する、まさかあのエンジンがここまでの傑作機になるとは思わなかったぞ」

 

「不知火の物と比べれば少し見劣りするとは言われますが、コストを含めて考えると最も優秀と言い切れるレベルですから」

 

「他には主機である燃料電池も新型に入れ替えて、センサ類も色々と弄る必要があったから装甲の形状も少し変わってる」

 

隼改の電子部品は吹雪にも使われるほど優秀だが、技術が進んだことで更なる高みを目指せるようになった。特にSPFSSという全センサの情報をリアルタイムで解析する化け物AIが搭載されたことで、アビオニクスの重要性は日に日に増していた。

 

「生存性向上のためには敵の早期発見が最も有効だ、不意打ちを喰らったら死ぬからな」

 

吹雪の開発で得られた知見を活かして機体の内部設計を変更、機動力の強化を図る。元々光ファイバーによるOBLを採用していたことで第三世代機に迫る性能をスペック上では発揮可能、順当に開発が進めば2.5世代機相当の機体に生まれ変わる筈だ。

 

「F-22はF-15に、吹雪は隼改に力を与えるか。なんとも数奇な運命だな」

 

こうして隼改二はいつも通りの素早さを見せた秋津島開発が3Dプリンタにデータをぶち込み、あっという間に試作機が形を成して行くのだった。

 




度重なる時空間異常に関して

補填として以下のアイテムを送らせていただきます、ご確認ください。

隼改二 装甲追加型 ×4

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秋津島開発、ディメンションズ出張編

始まったぜ、ゲームがな!
みんなもやろう、俺はやってる。

今回の話はディメンションズの世界に秋津島開発が居たらっていうIFです、本編への関係は一切なし。


「あんのクソ野郎共、やっと始まった採掘事業がパァだ!」

 

「後から掘り返しゃ良いんですよ、艦隊の効力射来ますよ!」

 

「やれやれ、アイツらの巣を石器時代に戻してやるんだ!」

 

敵の遥か上、衛星軌道上で電磁投射砲を地表に向けるのは秋津島開発の惑星間往来船だ。採掘用の各種装備を兵器として転用、突如火星に現れたBETA相手に一方的な攻撃を行っていた。

 

「多脚車輌は砲撃しつつ後退、殿は彗星二型に任せて下がれ」

 

「風速が強まってます、地上戦力はまた暫く動かせませんね」

 

「テラフォーミングが終わってりゃこんなことには…」

 

秋津島開発は開拓地を荒らされては困ると宇宙生物に対して攻撃を開始、地球においても同様の生物が出現していた。

 

「UAVが全機落とされるとは、どんな化け物対空砲が居るんだよ」

 

「航空機は使えませんね、衛星軌道上へ攻撃を行わないのは不気味ではありますが」

 

「岩盤の発破に使う予定だったS11弾頭弾ありったけ出せ、せめて湧き出て来た穴は塞ぐぞ」

 

「はいはい、無人機に載せておきます」

 

2000年代まで平和を享受していた人類だが、このような説明の付かない事態に陥っては武器を手に取るしか無かった。秋津島開発は元々宇宙開拓時に発生が予想されていた原生生物との衝突に備え、MMUを兵器に転用していたのが功を奏した。

民間企業が兵器を運用する訳にはいかなかったので人型兵器という実用性が薄いオモチャで世間の目を誤魔化していたのだが、まさか主力兵器になる日が来るとは思わなかった。

 

「火星は人類の領土だ、BETAだかなんだか知らんが…」

 

採掘船が運んできた岩石を投下、重力により加速した質量弾はハイヴと呼ばれるBETAの巣を崩落させていく。

 

「潰れてもらうぜ、下等生物が!」

 

「…彗星二型が完成するまで危なかったのに、攻勢が上手くいった途端に調子に乗ってぇ」

 

省人化と効率化の観点から開発していたAI群は各種兵器運用に多大な影響を与え、多脚車輌は既に無人機として運用出来ている。火星には既に入植が始まっていたこともあり、住んでいた人々は家を守るため立ち上がってくれているのも戦線を維持出来ている理由の一つだ。

 

「もう70だ、死んでも息子が跡を継ぐさ」

 

「付き合わされる身にもなって下さいよ、私は貴方みたいに妖怪じみた若作りって訳じゃないんですよ!?」

 

秘書である彼は今年で定年退職の予定が、こんな大戦争に巻き込まれては辞めるに辞めれない。1秒でも早いBETAの殲滅を願っているのは、間違いなく彼だろう。

 

「宇宙艦隊が全部使えりゃ火星なんざすぐに制圧出来るのに、地球に割かれてるのが辛いぜ」

 

「ラグランジュ点の造船所が火を吹く勢いで増産してますけどね、やっぱり足りませんか」

 

「軌道爆撃なんざ誰も経験が無い分野だからな、火星で死ぬほど試してる俺達が一番のプロフェッショナルさ」

 

大型宇宙船の建造能力を持つのは秋津島開発のみ、他の国は小さなHSSTが精々だ。種子島に聳え立つ軌道エレベーターが齎したのはロケットやマスドライバーといった既存技術の急激な衰退だった。

 

「光線級とか言うやつに撃たれてぶっ壊れたけどな、三基とも」

 

「ワイヤーの再接合は戦争終結後になるでしょうねぇ…」

 

母国である日本には三つのハイヴが出現、地獄のような戦闘を国防隊が行い続けている。彗星二型も1G環境下に改修された機体が送られていたが、F-4完成までの繋ぎになるかどうか微妙なラインだ。

 

「イモータルズとか言うPMCはどうなんです、急に動き出したと聞いていますが」

 

「隼を寄越せとさ、何処から情報を掴んだのか知らんが…疾風のことまでバレてたぞ?」

 

「試製四号の正式名称をなんで知ってるんです、知ってるの我々くらいですよ!?」

 

「分からん、未来人かタイムスリップでもしてるのか…別の世界から来てるのかもな」

 

 

火星のハイヴは偵察衛星からの情報から地下茎構造を持つことが判明、特に中央には大きな縦穴があることが分かった。

 

「狙撃出来ないか、真上から」

 

「2000mmなら貫通可能かと」

 

「よし、やろう」

 

大口径レールガンによって複数発の砲撃を受けた敵ハイヴは穴という穴から粉塵とBETAを吐き出し、下に潰れた。その結果周囲数十キロがクレーターのように陥没し、地下水脈や地殻変動にすら大きな影響を与えてしまった。

 

「…ええ、あの短時間でここまで掘ってたのか?」

 

「これ地球でやったら人類滅びますよ、火星にはなんでか一つしかハイヴが現れませんでしたが地球には数十個とあります」

 

「はは、火星を第二の故郷にでもするか」

 

「この惨状の後始末と残敵処理にどれだけの時間がかかるのか、考えたくはありませんけどね…」

 

ひとまずBETAの脅威を暫定的に取り除いた秋津島開発は火星開拓存続のため、必要な物資の供給源である地球の支援に舵を切る。地球が地獄であることに違いはないのだが、今日もBETAの上には砲弾が降るのだった。




あ、ガチャ爆死です。
これは僕のプレイヤーIDです、良ければどうぞ。
7Z3R142ZY3W4XJMV


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百一話 ナマステ

頑張れ人類。


「インド?」

 

怪訝な顔をする秘書に対し、社長はカレーを食べながら答える。

 

「スワラージ作戦ってヤツさ、インド亜大陸で行われる一大反抗作戦だよ」

 

本来であればこの作戦で初めて宇宙戦力がハイヴ攻略戦に使われることになる、軌道爆撃や軌道降下部隊を用いた戦術はここから産まれた訳だ。だがこの世界においては、パレオロゴス作戦の時から今日に至るまでの常連と化している。

 

「国連主導でアフリカ連合と東南アジア連合、それにオルタネイティヴ3直轄部隊も動くって話だ」

 

「なんだかんだで、BETAを押し返せたのは欧州だけということですか」

 

「超電磁砲が無いからな、今回の作戦に当たって帝国か欧州の部隊を呼び寄せたいらしい」

 

輸出許可が降りないなら持ってる奴を呼べばいい、まあ至極単純な話だ。しかし量産が始まったとはいえその寿命の短さが問題となり、そう数が多いわけではない。

 

「欧州が防衛戦で勝ててるのは充分な数の疾風が揃って来たからだ、一個小隊すら惜しい」

 

「帝国はどうなんです、大陸への派遣に向けて準備中ですよね」

 

「そうなんだよ、使える戦力が無いってわけ」

 

欧州連合はヨーロッパの寄り合い世帯、情勢の変化に伴い全員が同じ方向を向けているかと言われれば違うと答えざるを得ない。アジア圏での影響力を得たい帝国は戦術機の輸出やインフラ整備を行ってはいるが、上記の通り戦力の欠けは許されない状況だ。

 

「だがこの作戦が失敗に終われば油田がBETAの支配地域に没する危険性がある、見て見ぬふりは出来ないのが難しいところだ」

 

「砂漠は兵器にとって過酷な環境です、現地仕様機を持たない他国の軍が簡単に踏み入れる領域でもありませんし…」

 

「支援出来るものと言ってもな、砂塵防護用のフィルターは俺達も作ってたっけか?」

 

「月面の砂から彗星を守るために作ったヤツですね、地球では性能が過剰過ぎるので斯衛の機体くらいしか採用してませんけど」

 

「隼の規格は…3Dプリンタが有ればなんとかなりそうだな、多分使えるだろ」

 

帝国が戦力を出すことは出来ないが、秋津島開発としては動かせるものがある。スワラージ作戦における国連宇宙艦隊へのバックアップは手厚いものになるだろう、稼働率は低いものの形を成して来た第二宇宙港があるのも大きい。

 

「東南アジアの拡張されたマスドライバー施設がやっと全力稼働を始めたんだ。補給コンテナの投下から軌道爆撃まで、貯蓄分を差し引いても従来の2倍は落とせるぜ」

 

「最寄りのマスドライバーでの軌道降下部隊打ち上げはサービスしておきますか?」

 

「それくらいはやろう、多脚車輌の脚を無限軌道にするオプションも増産しないとな」

 

 

帝国が生産施設の移転を進める東南アジアにて、見慣れた塗装の戦術機が警備を行っていた。機体は目立つ白とオレンジのカラーリングで、肩には大きく秋津島開発とほぼ同じロゴが貼り付けられている。

 

『秋津島警備の所属機はそのまま待機、不法入国者の対応は現地警察に引き継ぐ』

 

「了解、PMCも楽じゃあないな」

 

『高給取りが文句を言うな、多脚より戦術機乗りの方が給与上なんだぞ?』

 

海上に一定の間隔で建設されたのは大型の資源回収用プラットホームであり、海から様々な資源を掻き集めていた。建てた会社は違っていてもその根幹を成すのは秋津島開発の資源回収技術であり、例に漏れず惑星開拓分野の応用だと言う。

 

「あんなボロ船に100人以上で航海か、考えたくもない」

 

『大陸、特にアジアは後退を続けてるからな。誰もが安息の地を求めてるのさ、既に誰かが住んでいるとしても…と付け足す必要があるが』

 

「その手の過激派を相手するのも仕事の内だろ」

 

プラットホームは構造上攻撃を避けるといった機能は持たず、その手の自爆攻撃の標的にされることもしばしばと言った様子だ。帝国はプラットホームに自衛用の武装を施すことで対処を図った、元々海底から攻めてくるBETAを攻撃するための沈降式爆雷の投射能力は持っていたので、多少雑だが武装システムに後付けした形になる。

 

『帝国の資金がたんまり投入された上に需要が高まり続ける軍需品を吐き出す生産設備が次々に完成、将来的にはEUにすら匹敵する巨大な経済圏になる』

 

「宇宙関連の設備も多い、戦時中なら良いが戦後は奪い合いになるぞ」

 

『だから帝国があの手この手で抱き込みを続けてるんだろ、最新鋭機まで連れて来てな』

 

東南アジア連合軍が運用する旧隼の隣には帝国軍の隼改と疾風が並び、地元の地方紙では精鋭部隊の到着が一面を飾っていた。

 

『疾風か、海の向こうじゃあ渇望されてるのにここじゃあ被写体が精々だろ』

 

「沿岸部の防衛が任務の一つなんだろう、対人戦なら超電磁砲はBETA戦以上に有用だ」

 

『…アンタも元はアレに乗ってたんじゃあないのか、思う所が無いわけじゃないだろ』

 

「在籍してた時は部隊にまで三機しか居なかった、俺は根っからの隼乗りさ」

 

オスカー中隊のエンブレムは二度変わっている。母艦級を倒した後に大隊規模にまで拡張された時と、疾風中心の編成に変わった時だ。彼が持っているのは最初期のもの、欧州に派遣される前に帝国でデザインされた物だ。

 

『その英雄様が国外で傭兵ねぇ…』

 

「正規雇用だ、給与以外の待遇も秋津島の社員と同じだぞ」

 

『じゃあ戦後に予定されてる社員宇宙旅行にも行けるわけだ』

 

「アレはもう本気なのか与太話なのか分からん」




ディメンションのアカウントをフォローしてくださりありがとうございます、多分この話が投稿されている頃には上限の100人に達していると思います。
執筆中でもう94人だからね!作者びっくり!

フォローバック機能の操作性に難があるのでフォロワーの皆様と相互になるのは、多少の時間を要すると思います。サービス開始直後の荒削りなソシャゲを遊べるのは今だけ、今日も今日とてお祭り気分で行きましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 秋津島警備とは

ソシャゲでPMCがクソデカ三胴空母持ってたので、こっちでもPMC回です。ずるい、俺もエースコンバットに出て来そうな超大型兵器欲しい。


『機体が高いぞ、AIの補助ありでも爪先を擦るのが怖いのか?』

 

国連軍の一部が後方の演習場にて、かなり目標が厳しく設定された仮想訓練を行なっていた。視界にはコンピュータ上でBETAの映像が重ねられ、腕を振るう要撃級に120mmを叩き込む。

 

「支援砲撃の迎撃率が高すぎる、重金属雲が濃すぎるぞ」

 

「光学走査に支障が出るレベルだ、AIに全部任せるなよ!」

 

支援のために後方に布陣していた多脚車輌部隊が前に出て砲撃を加えてくれているが、敵陣の奥へと進軍した彼らにはさほど大きな支援とはならない。

 

『A班ポイント2を通過、目標時間から30秒の遅れだ。貴様らを支援するための砲撃は有限だ、長引けば皺寄せで味方が死ぬぞ!』

 

彼らが今回の目標としているのは精鋭部隊でも難しいある作戦行動、光線級吶喊だ。AIと新兵器の普及で育った衛士が片端から死んでいく悪循環が解消され始めたため、更なる質の向上を図っているようだ。

 

「…クソッ、この密度設定はハイヴ並じゃないか!」

 

「弾薬の消費速度が予想よりも速すぎる、コイツを担いで来て正解だったか?」

 

「すれ違い様に切るなんて高等技術を全員が会得してると思うなよ、大抵三回目までに落伍する」

 

アジア圏以外では欧州を中心として色々と研究が進められる近接武器だが、現在は扱い易さからトップヘビータイプが人気だ。ハルバードや大剣といった比較的大型の兵装で、リーチが長く扱いが単純なのが特徴と言える。

 

「斧だと機体が振り回される、そう上手く行くかよ!」

 

『余裕だな、話す余裕があるなら急いだ方がいいぞ』

 

結局のところ彼らの帰還は成功せず、光線級の撃滅も中途半端な結果に終わった。BETAの密度が非常に高く設定されてはいたが、敵の規模によっては可能性は低いものの現実でも起こり得る状況だ。

 

 

「突撃級を避けた後は要撃級と戦車級がひたすら居るわけだが、この二種への対応が少し間に合って居ない。隼改であればいっそのことブレードベーン装備に換装した方が貴様らには合うかもな」

 

非常に淡々としたデブリーフィングだが、内容は濃密かつ実践的なものだ。根本的な問題である機体の装備と衛士達の練度、光線級吶喊という作戦の特異性、武器の使い所など多岐にわたる。

 

「というか前衛機は必要以上に相手を倒そうとするな、ダメならもう後続に任せて突入ルートの確保だけを行うんだ。最も早く敵を視認するのはお前達で、仲間は前衛の後に続くんだからな」

 

前衛を務める突撃前衛と強襲前衛は敵陣への斬り込み役、開けた穴を広げるのは後から来た奴らの仕事だ。

 

「まあ敵陣を切り抜けたのは評価出来る、要塞級の撃破に手間取り過ぎたのは全く理解出来ないがな」

 

光線級が存在する敵陣後方には、同じく足の遅い要塞級が多く存在する。近年ではBETAも光線属種を守るように布陣することが増えて来ており、任務を完遂するためには避けられない障害と言える。

 

「この演習では実機を用いずに仮想空間内で行われたとはいえ、百名を超える兵士が参加して居た。多脚車輌も無人有人問わず被害が広がり、突入した戦術機は壊滅というのは現実で許される被害ではない」

 

国連軍は全世界で戦闘を続けているが、未だ大きな反抗に出られる状況は整っていない。そこである程度の上澄みを集めて少数精鋭での行動が求められる光線級吶喊といった任務を任せ、今後に備えているのだとは思う。

 

「貴様らに下駄を履かせているAIに感謝しておけ、次はせめて死んでも光線級を撃滅することだな」

 

目の前に居る男は戦況が今より悪かった時代の欧州戦線を生き残った猛者であり、1.5世代機でハイヴを踏破した人類の英雄でもある。説得力というのは実績から生まれるものだ、彼の言葉を疑える衛士はこの場に居ない。

 

「時間はかかるがマンツーマンでの指導も契約の内だ、事前に配ってあるカリキュラム通りにお前達を鍛え上げるので覚悟するように」

 

秋津島警備は戦術機を用いての施設防衛が主目的だが、抱える人員の優秀さから軍への指導も活発に行われている。ハイヴ突入戦後に帝国軍を離れた衛士や、月面戦争にて故郷を奪われた者達の子孫といった構成員達は今日も秋津島の元で働いてくれている。

 

「仮想訓練後には制圧したハイヴでの実地訓練に移る予定だ、迷ったら出られなくなるので気をつけるように」

 

 

社長が少し難しい顔をしながら見つめるのは、自社傘下のある組織についての資料だ。

 

「秋津島警備、か」

 

「軍を離れた衛士の移籍先になっているので少々トラブルになっているそうです、オスカーの隊長も今期で移る予定だとかで」

 

「帝国軍から教導部隊レベルの人材を引っこ抜いてるわけだしな、まあこんな場も必要だとは思うが」

 

BETAと戦うのに限界を感じただとか、欧州からの撤退や秋津島開発に対して行われている優遇策の撤回だとかを理由にこちらに来ているらしい。自身が働き易い場所に転職するのは良いことだ、受け入れ側としては怖いものがあるが。

 

「一企業がこんなに戦力を持ったらヤバいぞ、有事の際には帝国軍の指揮に従うことにはしてあるけど」

 

「平和になったら解体か、惑星開拓時のMMUパイロットになってもらう辺りが妥当ですかね。現状秋津島開発の施設は戦術機レベルの戦力を置く必要があるというのは、話を聞く限り政府も理解してくれてるようですし」

 

「そうだな。今は隊長が教え子を引き連れて来ないことを祈るさ」

 




最寄りのイ○ンモールとか変形してロボにならねえかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百二話 防衛線と隼と

「MMUによる要塞構築とは、まあ考えたな」

 

「多脚戦車が収まる塹壕に突撃級を抑えるための防壁、どれも既存の方式とは比べ物にならない速度で構築されているようです」

 

ある程度形になったものを本国から船で輸送し現地で組み立てているのだが、MMUであれば場所の移動や細かな作業であっても単独で担うことが出来るため、非常に効率的に仕事が進んでいるらしい。

 

「帝国のMMUを利用した野戦築城構想は国内のインフラ構築の際に誕生し、この日までに研究が続けられて来たらしいですよ」

 

「バビロン計画は暫く終わらんだろうと思ってたら、体良く実験台にしてたって訳か」

 

港には絶えず軍需品が積み上げられているが、その多くが砲兵隊のための弾薬だ。最近では東南アジアに建設された工場から来たものの割合が増えており、国内で生産した分は貯蓄に回せているらしい。

 

「小耳に挟んだことがあってな、斯衛も出るって話は本当か?」

 

「欧州への派兵で大成功を納めた帝国軍は実戦におけるデータを大量に得ることが出来ましたが、斯衛はそうではありません。恐らくは色々と試したいことがあるのでしょう」

 

「オスカー中隊でも鐘馗の運用は大変だったそうだからな、基地を構えるとはいえ国内仕様の戦術機が何処まで通用するか…」

 

これで軍が二つ中国に渡ることになる、頼もしい戦力だが連携には少し不安があるのが難点か。組織全体で見た際の経験の差というのは大きい、対BETA戦というのは初心者を殺す要素で溢れているからだ。

 

「そういや相乗りして来た国連軍は?」

 

「補給基地を作って物資広げて、ひたすら前線に補給路を伸ばしているそうです」

 

「流石は世界の軍隊、兵站に関しちゃ他の追随を許さないエキスパートだったな」

 

国連軍カラーに塗装された補給機も多数運用され、そこらを飛び回っている。秋津島製兵器の一大整備拠点にもなるようで、極東の国連軍で運用されている隼シリーズが既に出入りを始めている。

 

「より出力出来る規模が大きくなった最新の3Dプリンタが既に運用されているようです、彼らは帝国軍でも前線に持って来ないものをよく置く気になりましたね」

 

「3Dプリンタは米国企業にも投げてるからな、もし壊されても次がすぐに来るさ」

 

戦術機の維持費を大きく下げることが出来る立体成形技術は対BETA戦が始まった初期から急速に普及したものなので、帝国も輸出規制を諦めている。だから米国の手を借りられるというわけであり、少し複雑だ。

 

「…まあそれは分かった、でも旧隼の補修部品がなんでこんなに減ってるんだ」

 

「国連軍と中華統一戦線にて運用されてるからとのことです、解体待ちの無人工場に火を入れますか?」

 

「これ滅茶苦茶前に帝国軍が放出した前期生産型じゃねぇか!こんなもん使わせ続けるなよ!」

 

モスボール状態で保管されていた予備機達は隼改と不知火の登場により、国外へと一斉に売り払われた。この措置により他国の前線では、F-4だと思ったら撃震だったという事態が頻発することになる。

 

「今も中華戦線だとF-4を改修した機体が主力ですし、旧隼であっても重宝されるのは致し方ないかと。新型機も開発が難航しているそうですしね」

 

「えっ」

 

2年後の1994年にはF-16を改修した機体の話が出るのだが、中華戦線に何故か音沙汰が無い。イスラエルの開発計画に協力する形で完成した筈だが…

 

「(イスラエルって、ウチのお得意様じゃあないか)」

 

そう、正史ではF-16の改修を選んだイスラエルは隼シリーズのリピーターだった。既に隼改を受領しており、その改修計画が進行中だとかで開発班と意見を交わしたと言っていたのを思い出した。

 

「殲撃10型の完成は先延ばしか、仕方ないと言えば仕方ないけども」

 

「殲撃は8型までしか居ませんけど」

 

「それは気にすんな。それより戦術機の部品じゃなくて、機体自体を売れないか?」

 

「そりゃあ無理な話ですよ、東側の国に戦術機を売れば大問題です」

 

「政治だねぇ、人が死んでるってのに嫌になる」

 

そろそろソ連がF-14を元にSu-27ジュラーブリクを完成させる頃だ。それが中国の手に渡れば世代交代が可能になるが、更に数年の時間を要するのは明らかだ。正史であれば運用開始は1996年、この被害を見ると前線に行き渡るのは相当先の話になるだろう。

 

本来であれば低コストなF-16改修機が間を埋める筈だった訳で、高コストなSu系の大型機を大量に配備する力が未来の中国にあるとは考え難い。

 

「隼改も改二が形になって、更には帝国には不知火が居るわけだ」

 

「…なんです?」

 

「高性能な代替機と新型である第三世代機の登場で隼改は一気に陳腐化、改修の予定も打ち切られた。つまり近代化改修待ちだった初期型は、急に梯子を外されたことになるよな」

 

メーカーとしては維持にかかる負担を減らしたいし、帝国は古くなった機体は売り払って新型に入れ替えたい。だが輸出している機体は漏れなく最新ロットであり、わざわざ同じような価格で旧型を買う必要もない。

戦術機の生産速度が向上したことで、購入する側としても待つ余裕があるのだ。

 

「この行く先がなくなった可哀想な機体、使い道も無いし中華戦線に売っちまおうぜ」

 

「そんな馬鹿な、そんなことしてコピー機でも作られたら…」

 

「忘れたのかよ、アビオニクスは俺達が独占してるんだぜ」

 

帝国が輸出しなければ大規模な量産など出来るはずもない、第三国を経由しようとも数を用意できないだろう。代替品に載せ替えたとすればセンサ類の性能は大きく下がり、秋津島製戦術機の強みは失われる。

 

「未だ旧式機で戦う前線に心ばかりのプレゼント、話が進んで機体を売ることになったら帝国は他国の主力機に首輪を付けられる」

 

「新規生産から維持にまで電子部品は必須、何をするにも帝国の顔色を伺う必要が出ますね」

 

「…まあそんな上手くは行かないだろうけどな、帝国の上層部へ吹き込むには面白い話になっただろ」

 

欧州で示されたように、前線の損耗率を減らす鍵は高性能なAIと戦術機だった訳だ。中華統一戦線が立ち直るために必要なのは他国からの派兵ではなく、戦術機を駆る衛士が長生きしてくれる環境だ。

 

「今の話を紙に纏めておきますか、国連軍の旧隼はどうされます?」

 

「下取りに出せばお安く隼改に乗り換えられる特別セールでもやってやるさ、んで買い取った旧式を中国に流す」

 

秋津島製の機体が多く流入すれば、新たな機体の受け入れもスムーズに進み易いだろう。それに今ある機体より多少の改修を行なった旧隼の方がマシな性能をしているというのも確かで、規格の関係からAIを普及させるための布石に出来るというのもある。

 

「良いかもしれませんね、経営的にはギリギリプラスってレベルですけど」

 

「前線に寄り添った経営戦略とでも言い張っておいてくれ」

 

この件を機に秋津島の戦術機は資本主義と共産主義の垣根を超え、隼改の輸出制限が撤廃されることになる。国際的な影響力を更に増したいという帝国の思惑もあったが、結果として社長の望み通りに事は進んだことになる。




10型君の出番は少し後になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 戦いの合間に

「光線級吶喊の訓練指導?」

 

『頼むよー、君らくらいしかエキスパートが居ないんだ』

 

「いやそうは言って…言いましても、我々も部隊再編後の練兵を行っている最中で…」

 

秋津島製の通信端末で赤髪の衛士に話しかけるのは、最早顔を隠すのをやめた社長だ。

 

『勿論タダじゃない、これとかどう?』

 

 

【挿絵表示】

 

 

社長が彼に見せたのは他国にも出回っていないような新型の多脚車両であり、一回り大きくなった車体には50mm機関砲が装備されていた。添付されている資料には、当初の悲願であった120mm砲の搭載型も確認出来る。

 

『内乱でソ連系の戦車は大きな被害を受けたらしいじゃないか、国連規格の弾薬を使える兵器は欲しくないかい?』

 

「それは…」

 

『要塞は今後の攻勢と防衛を考えると規模が不足している、復興支援として派遣したMMU建設部隊も増援が居た方が良いのは確かだろう』

 

教導の対価としては明らかに過大な物がどんどんと積み上がっていく、兵器に弾薬に装備にと暫くの部隊運営に全く困らない量の物資だ。

 

『それに欧州連合は実験場を求めてる、ECTSF計画の実験部隊がここを使うとなれば護衛として部隊を引っ張ってこれるさ』

 

長らく形になっていないと言われていた欧州連合の次世代機だが、データ取りのための実験機は投入可能な段階にあるらしい。

 

「留守の間も問題ない、と」

 

『無人兵器群は承認さえ貰えば衛星軌道から直ぐに配達出来…』

 

「部下を困らせるのはそこまでです、社長殿」

 

仕事の後だったのだろうか、スーツ姿の女性が部屋に入るなり会話を遮った。社長はそれを見て分かりやすい程に狼狽えた後、何事も無かったかのように姿勢を正した。

 

『べ、ベルンハルトさん、どうもお久しぶり』

 

666中隊の隊長だった彼女は軍を離れ、東西に別れたドイツを元の形に近づけるため日々尽力していた。

 

「テオドール、外していいぞ」

 

『そんなぁ』

 

この一時間後、結局彼女は頭を抱えながら部屋から出て来た。そして一週間後には滑走路を埋め尽くす程のコンテナが宇宙から飛来し、要塞には次々と多脚車両が搬入された。

 

 

格納庫で整備を受けるのは最近輸出規制が撤廃されたという隼改であり、何故かこっそりと隼改二すら混ざっていた。コックピットの中には専用の運用マニュアルが収まっており、貼り付けてあったメモ用紙には"隼改って言い張ってね"と書いてあった。

 

「…あの社長、どうして俺達にあそこまで関わろうとする?」

 

『社長はマスター達のことが好きなんだと思いますよ、ただ単に』

 

「それで説明がつくかよ」

 

『いーや本当ですよ、じゃなきゃ妹さんの治療方法まで研究し始めませんよ?』

 

壊れた人間の心を治すというのは、今まで不可能だとされて来た。だがある研究者によると人格や思考、記憶の全てはデータで表すことが出来るという。

 

『心の研究が進めばシュタージの被害者はトラウマや暗示に悩まされることはありません、そうでしょう?』

 

東ドイツ最寄りの海上プラットホーム群には研究施設も混ざっており、精神に疾患を抱えた兵士達を相手に治療法を模索していた。彼の妹も治療のため何度か通院しており、環境の変化もあってか最近は落ち着きつつある。

 

「そうかもしれないが…」

 

『ちょっと宇宙馬鹿で裏表がなくて突っ走りやすいだけですから、信用してあげて下さい』

 

被造物に馬鹿と説明されるように作った社長のことはよく分からないが、普通なら言えないようにでもするだろう。そうしなかったということは、彼女らAIを物ではなく人として扱っているということだろうか。

 

『666中隊の皆さんを出し抜けるような性格も頭もしてませんよ』

 

「なんというか、言い過ぎじゃないか」

 

『兵器は一杯送りつけて来た癖に、私の新型ボディは一ヶ月後だって言うんですよ!?』

 

「そこかよ」

 

定員割れの状態で激戦を潜り抜けた666中隊は隊長と新人が革命を機に軍を離れたことで再編が決定、昇任したテオドール大尉が隊長の座に着いた。

 

「…少なくとも機体のことは感謝しないとな」

 

旧式機で戦っていた頃が遠い昔に思える程で、格納庫には秋津島製の第二世代機が所狭しと並ぶ。国内では装備を東側から西側に転換することを目標に生産施設の再整備が行われており、MiG系戦術機を作っていた工場には様々な機材が次々と搬入されていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ひとまずは旧隼を作ってみるらしい、計画は問題なく進んでいるとニュースで取り上げられていたのを知っている東ドイツ国民は多いだろう。

 

『整備班長達が早く帰って来ると良いんですけど、欧州で旧隼の整備を学んだ数少ない整備士となると忙しいかな』

 

「こっそり社外品のオイル貰うのやめろよ、メーカーの整備に出せなくなる」

 

『味が違うんですよ、味が!』

 

ちなみにこのAI、テオドール大尉の個人情報を数人の女性に売っているらしい。本人曰く恋のキューピット役とのこと、なんとも罰当たりなロボである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百三話 台風の雛形

「これが例の機体ですか」

 

「問題点の洗い出しを手伝うために一機貰ってきた、性能は現時点でも隼改二に迫るレベルだぜ?」

 

秋津島開発の社員達と共に搬入されてきた機体を囲むのは、いつもの社長と秘書だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

欧州連合が作り上げた機体は隼改を原型にしつつも、多くの改修が施されていた。この機体はあくまで実験機であり、設計が進む第三世代機のためのデータ収集が主な役割だ。

 

「帝国軍の機体とは毛色が違いますね…本当に帝国は不知火の空力制御技術を渡したんですか?」

 

「渡されたデータをそのまま使うほど落ちぶれてねぇって話かもな」

 

全身に装備されたスーパーカーボン製のブレードは攻撃手段以外にも操舵翼としての機能を持ち、機体単体で完結した格闘戦能力を持つ。ナイフシースを搭載せず、その代わり大きなブレードを腕部に搭載している辺りが帝国軍との思想の差を大きく表しているだろう。

ナイフを抜くよりそのまま殴ればいい、真理である。

 

「センサ配置の変更、半導体の改良による消費電力の低下、良好な燃費、エンジンによる広い行動半径と、長駆侵攻能力に関しては一級品だ」

 

依頼を受けて秋津島開発の電装品部門が作り上げたセンサ類だったが、要求された仕様通りに稼働しているようだ。複数のセンサを分散配置することで高い冗長性を持たせる秋津島開発の設計とは異なり、欧州は破損し難いように配置や装甲を調整することでリスクを抑えたままセンサを集中配置する設計に切り替えたのが見て取れる。

 

「仕上がるかどうか分からなかったエンジンはなんとかなったな、結構ギリギリだったが」

 

「フランスと主機選定で揉めたと話がありましたが、それはどうなったんです?」

 

「跳躍ユニットの基部は俺達秋津島の規格に合わせるのが決定事項だった、気に入らないならエンジンだけ載せ替えれば済む話だろ」

 

主機の変更が機体にどれほど大きな影響を与えるかどうか、というのは技術者であれば分かることだ。機体側である程度の調整は必要になるが、不可能ではないという範囲に収まるだろう。

 

「まあこの隼モドキじゃあない、本物の第三世代機が組上がってからのお楽しみだがな」

 

「完成が近いのは事実です、欧州の機体は吹雪の大きな競争相手になり得るでしょうか」

 

「国連軍が積極的に吹雪を購入してるのはよく聞くが、欧州では第三世代機の研究のために少数の発注があった程度だ。隼シリーズはこれからも買うだろうが、吹雪は元から買う気ねぇな」

 

国連軍が第三世代機を欲するのはハイヴ攻略戦を真剣に考えた結果であり、唯一人類の手に落ちた敵の巣は突入部隊の訓練場と化している。吹雪の機動性であれば光線級吶喊といった極限状態での作戦でも高い生存性を発揮することが分かっており、精鋭の力を存分に引き出すための乗機として求められていた。

 

「吹雪は不知火の廉価版とはいえ秋津島開発の戦術機部門が国内三社の協力と共に作り上げた機体だ、そう簡単に遅れを取るとは思えんが…」

 

「懸念点はなんです?」

 

「スーパーカーボン製の装甲はハイヴ攻略戦への適性が高い、そこらの市場は掻っ攫われるかもな」

 

あの手の装備は整備性や運用コストに負荷をかけるので採用され難いのだ、格闘戦大好きな帝国軍ですら採用を見送っている。

 

「不知火がブレードを持たないのは、格闘戦能力の使い道が斬り込みから疾風の護衛に変わったのが大きいと俺は思う」

 

「機体から刃が飛び出してたら危険極まりないですしね、運用場所にも寄るってことですか」

 

「山が多くて戦術機同士の距離が近くなることもあるだろうからな、欧州はこれから真っ平にされた大地を行くんだから楽でいい」

 

「楽って、流石に語弊がありますよそれ」

 

攻撃と防御、どちらが優先される土地かと言うのもあるのかもしれない。

 

 

あれから半日、社長はある会議に出席していた。議題は欧州の戦術機に関してであり、その性能は帝国軍内部でも中々注目されているらしい。

 

「完成品の性能は不知火に匹敵すると言うが、それは本当かね」

 

「嘘偽り無い真実ですね」

 

帝国軍は空力制御に関しての技術を渡したが、それ以上には踏み込んでいない。この機体が不知火に迫る性能を得られたのは秋津島開発の協力あってこそであり、社長の指示で主力の開発チームが出向していたという話すら聞く。

 

「不知火や吹雪に関する技術の流出は本当に無いのか、今回の議題はそこだ」

 

「事前に送った資料の通り、帝国軍機との類似点は吹雪と電装系の一部を同じにする程度です」

 

「…つまりアレは全て欧州連合によるものだと?」

 

「我々の領分は設計に関する問題点の洗い出しと部品の提供であって、何も手取り足取り戦術機を作ってあげた…なんて訳じゃあありません」

 

急に第三世代機が完成したことを受け入れられない人間も居るようだ、戦術機開発分野と言えば長い間米国と帝国の独壇場だったことも大きいのだろうか。

 

「欧州連合の戦術機開発能力は一線級です、この機体の後にも機体は生まれるでしょう。隼シリーズもF-16という対抗馬が居たように、吹雪にもタイフーンという相手が出来たということです」

 

「欧州は吹雪をそう多く買わなかったが、やはり第三世代機の生産に目処が立っていたということか」

 

生産施設の整備など運用のための準備は開発と同時に進められており、欧州連合の何処にどれだけ機体を送るかというのも決定済みだ。秋津島開発もその計画通りに部品の納入を行っており、欧州にある工場は連日大忙しだ。

 

「第三世代機の市場独占をみすみす逃すとは、他にやりようは無かったのかね?」

 

「我が社が協力を渋ることで開発が遅れれば良かった、とでもこの場で仰るつもりでしょうか」

 

「…すまない、失言だった」

 

軍事機密は漏らさないという条件で欧州連合との共同開発に携わった秋津島開発だが、流石というべきか活躍し過ぎたのだ。第三世代機を唯一有するというステータスは、思いの外あっさりと崩れ去った。

 

「だが必要以上に手を出していないとは言っても、電装品の殆どが秋津島製というのも事実だろう」

 

「国内三社が設計した不知火も同じ、というか帝国軍機は皆そうです」

 

この会議に嫌気が刺したのだろうか、社長は少々含みのある言葉で返す。結局のところ電子機器は秋津島開発の独壇場であり、同等の部品を作れる企業は国内に無い。

秋津島開発の協力が無ければ戦術機の必須装備であるAIすらマトモに製造出来ないのだ、如何にこの国が一企業に依存しているのかというのは言わずとも分かる。

 

「…ご安心を、皆様方が心配なさっているであろう件に関しては近々良い報告が出来るかと思われます」

 

「何?」

 

「悪い、ちょっと配って差し上げて」

 

彼の秘書が配り始めたのは数ページしかない資料で、コピー用紙を束ねただけの簡素なものだ。しかしそのタイトルには誰もが驚くような言葉が記されており、全員が言葉を失った。

 

「秋津島開発が半導体事業を立ち上げた際に目標とした無人戦術機、それは既に形になりつつあります」

 

「…この搭載AI、従来型では無いのか」

 

「性能は保証します、まだ実験中ではありますが」

 

隼改二を自社用に生産しては試験場に送っているというのは彼らも知っていたが、それを無人で動かしていたとは知らなかったようだ。

 

「多脚車両と同じく有人機とのセット運用を前提に設計しています、我々は単純な機体性能以外で勝負したいと考えていましたのでね」

 

莫大な戦死者の数に悩まされる必要も無くなり、特殊な素養が求められるが故の慢性的な衛士不足も解決する。

 

次世代の兵器の登場に沸く会議室だったが、社長はなんとも機嫌の悪そうな顔をして時間通りに去っていく。彼にとって戦後のパワーバランスや軍需産業の影響力争いなど、全く興味を示す事柄では無かったからだ。

 

「あーやだやだ、話の分かる人とだけ話したいね」

 

「帝国は戦術機供給権を持つが故の巨大な影響力に酔いしれている、というのは本当なのかもしれませんね」

 

「巌谷さんの言葉は冗談でもなんでもないってことか、首相も全部が全部抑えられるって訳じゃあないし困ったよ」

 

秋津島開発は情勢の変化により、何やら難しい舵取りを要求されているようだ。戦後への到達をどう考えるか、その大前提が違う者たちは分かりあうことが出来ないのかもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四話 BETA誘引

「帝都の家でゆっくり…出来ねぇなぁ」

 

「まだ慣れませんか?」

 

少しばかり居心地が悪そうにするのは社長であり、その様子を見ていたのは巫さんである。

 

「申し訳ないけど、そう長くこの家に滞在出来たことが無いからね」

 

社長は何処からか用意して来た戦術機の模型を土産に、帝都の屋敷に帰って来ていた。といっても本社は帝都にあるためそこまで遠いという訳では無いのだが、この男は宇宙から海外まで飛び回っているため中々長期間の休みというのは取れないのだ。

 

「一ヶ月休ませてくれって言うわけにもな、残念ながら仕事は多いし」

 

「貴方が休まないと秘書さんも休めないでしょう」

 

「いや、有事の際には最悪アイツが引っ張り出されるからな…」

 

後継者の育成も進んでは居るのだが、あの会社は中々歪な形に成長しつつある。宇宙開発以外で働き過ぎたことで、社員の思想が二分されつつあるのだ。

 

「将来的には会社を分けるのが一番良い選択肢か、やりたいこともあるしな」

 

優秀な人材が集まるのは良いのだが、会社を設立した時に集まってくれたような宇宙馬鹿の比率はかなり下がった。今ではBETA殲滅のため技術開発に勤しむ企業としての在り方の方が強くなり、本来やりたかった事の実現が難しくなって来た。

 

「悠々自適に宇宙開発、死ぬときゃ月か火星で大往生って決めてたんだがな」

 

「宇宙港すら危険なのが今の時世ですから」

 

「そうだなぁ、BETAとの戦争も生きてる間に終わるかどうか分からん訳だし」

 

人も金も設備も集まった秋津島開発だが、今後の展望には色々と悩みを抱えているようだ。

 

「あの子達もそろそろ帰って来る頃です、何か用意しますか?」

 

「…気分転換も必要か、そうしよう」

 

社長から見ればアホほど広い屋敷だが、それは庶民の感覚が抜けていないだけである。警備のために多くの製品が導入されており、屋内用に軽量化された機械歩兵や、SPFSSと同型の身体を持つお手伝いロボなどが働いている。

 

「贈り物には事欠かないんでね、まあ良さげな物でも…」

 

『社長ー、緊急連絡ですー』

 

果物でもと思って立ち上がった社長だが、戸を開けて入って来たアンドロイドに呼び止められる。通信端末を受け取って通話を開始すると、何やら騒がしいことになっているようだ。

 

「…あの、どうされました?」

 

「大陸で大事件、本社に戻れと言ってる」

 

仕事の合間を縫って家族に会おうとはしているものの、彼本人しか分からないことというのは意外にも多い。全てを書類に記すというのも時間がかかり、特に新たな分野ともなると通常の業務が滞る。

そのため、こうやって呼び出されることも珍しくない。

 

「息子とユウヤ君によろしく!」

 

 

呼び出しから数時間後のこと、社長の手でホワイトボードに書き出されたのはML機関に関する数式だ。しかしどれも今回の事象とは結び付かないようで、周囲の研究者達も半ば匙を投げている。

 

「分からんな」

 

「お疲れ様です、事情はお聞きになったようですね」

 

パイプ椅子に腰掛けた彼に茶を手渡したのは、同じく呼び集められた秘書だった。

 

「…ML機関によるBETAの誘引、それを原因とする戦線の崩壊か」

 

「戦域の全BETAが浮遊艦イザナギに向け侵攻、防衛ラインの一部に想定の数倍もの敵個体が集結したそうです」

 

中華統一戦線の部隊はBETAに食い破られ、超電磁砲の集中運用ですら削り切れないほどの敵が集まった。矢面に立つ戦術機を失ったことで戦車を中心とする機甲戦力は大きな打撃を受けたそうだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

地下侵攻も多発し、前線の穴を埋める筈の予備戦力は突如出現したBETAへの対応で手一杯になるという有様だったと聞けば悲惨さも分かるというものだ。

 

「G元素はBETA由来の物質だ、奴らが反応したとしても無理はない」

 

「BETA自体がどのように動いているかもよく分からないんです、奴らを呼び寄せる原因を探れと言われても無理がありますよ」

 

社長自身は原作からの知識でML機関がBETAを引き寄せることは分かっていたが、それを裏付けることが出来なかった。

 

「オルタネイティヴ計画でやって欲しい領域だな、G元素の構造すら理解出来ない人類には100年早い話だろうよ」

 

今回の議題であるBETA誘引の原因は何かと書かれたホワイトボードにペンを握り締めて近寄り、G元素と書いてイコールで結ぶ。

 

「BETAはG元素に大きな反応を示す、何故かは不明!」

 

「そんな身も蓋もない」

 

「これ以外に報告出来ることが無い、確かにイザナギは我が社の製品だが主機関に関しては現在の人智を超えた代物であることを理解して貰いたいねェ!」

 

今回の事件について意見を求められた秋津島開発だが、作りはしたけどよく分かってないから仕方ないというのが現状だ。

 

「BETA誘引を前提に作戦を立てるしかないだろうな、ML機関が有用なのは事実なんだし」

 

「集まって来たBETAを荷電粒子砲で殲滅したそうですから、実力は示せた筈です」

 

その後各新聞社の一面には帝国軍新兵器が活躍したことが載り、秋津島広報も公開可能な範囲の情報を国民に公開した。人類反撃の要として注目され始めた新型兵器は、仔細はどうあれその存在感を見せつけることに成功したようだ。




お久しぶりです、今は別のオリジナル小説を書いたりしてて更新が遅れてます。マブDという公式からの供給を受けてるせいで、少し離れないと良いのが書けなさそうだなと思っての措置です。

更新の合間に辺境惑星冒険譚って方も読んでやって下さい、ではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五話 UTSF

「入社おめでとうございます、隊長」

 

「元だ、今はただの一社員になれた訳だしな」

 

秋津島警備の社員は多忙だが、そんな彼らの殆どが集まって彼を出迎えた。彼こそオスカー中隊の隊長であり、人類反撃に大きく貢献した人物の一人だ。

 

「後進の育成から各種兵器の試験運用、特に試験はこれから忙しくなりますよ」

 

「国連の基地で色々試したが、それの延長線上という訳では無いようだな」

 

「社長からは隊長には全て見せておいて欲しいと頼まれていますから、後で格納庫に行きましょう」

 

今は歓迎会を楽しむことが先決だ、同じ隊の戦友達もこの場に多く居る。もう歳だが戦術機に乗り続けたいだとかで、旧隼が新鋭機の時代から飛んできた衛士すらオレンジ色のジャケットに袖を通している。

 

「隊長ォ!」

 

「貴方があの…」

 

「共に働けるとは、光栄です!」

 

しかし周囲に目をやれば、存外にも若い衛士が多い。秋津島開発の知名度と人気の高さ故に、帝国軍ではなく秋津島警備を選ぶ者も居るらしい。

 

「若い衆も出来る奴が多くて助かってます、指導出来る実戦経験者が多いので成長も早い早い」

 

「例の仮想訓練装置も役に立つらしいな」

 

「えぇ、衛士を育成するための環境は日に日に良くなっていることを実感するばかりですよ」

 

生存率の向上は衛士達の教育時間を増やすことに繋がり、より高度な教育を長く受けられた衛士達は更に生存率を上げる。一部の戦線では状況が好転しつつあるため、訓練に使える時間を増やす余裕が出来たのだ。

 

「AIも新型が来てます、SPFSSⅡですよ」

 

「あれも世代交代が迫ってるのか、早いもんだな」

 

「秋津島で仕事をしてると退屈しなくて助かります、いつか追いつけなくなるのが心配ですけどね」

 

心残りだった欧州の戦線も疾風の導入により持ち直し、今は次のハイヴ攻略のために色々と準備をしているらしい。戦友の居る東ドイツも秋津島開発があれからも手を貸しているようで、かなりの速度で内戦の混乱から立て直した。

今はもう憂いはない、社長と共に未来を変えるだけだ。

 

「…やはり無人機を見ておきたい、いいか?」

 

「いいですとも、そう言うと思ってましたから」

 

そう言ってパーティ会場を抜け出し、案内されるがままに地下格納庫へと向かう。そこには厳重な警備体制が敷かれていたが、社員証や生体認証など様々なセキュリティを抜けて先に進む。

 

「まだ組み立て中ですが、ある程度は形になっています」

 

「これが、無人機か」

 

 

【挿絵表示】

 

 

独立して稼働するモノアイには既に電力が供給されていたようで、眼球のように動いてこちらを見た。胸部と頭部しか無い状態だったが、その異質さには少し違和感を感じざるを得ない。

 

「あの置いてある腕と足なんだが、なんかおかしくないか」

 

外装には軽量化のためなのか一部に大胆な肉抜きが施されていたり、フレーム構造が分かるほど構造材が露出している箇所があった。

 

「複数の素材を同時に使えるプリンターが完成したんです、あの機体は一部を除いて殆どが一体形成だそうです」

 

「…配線もか」

 

「一部の部品は途中で配置して中に埋めるそうです、配線や駆動系も全て組み上がった状態で出て来るとか」

 

そのために構造が簡略化されていたり、より大胆な軽量化が施されていたと言うわけだ。時代は変わりつつある、戦術機も全てプリンタで組み上げられるようになるのも時間の問題だろう。

 

「Unmanned-Tactical-Surface-Fighter、UTSFって所ですね」

 

「恐ろしいものを作ったな、社長は」

 

「これが完成した暁には人類はBETAに対して前例のない規模の大反抗が可能になります、量産体制が整えば低コストかつ高性能な戦術機が衛士の配属を待たずに戦地で戦ってくれるのですから」

 

それは良いことの筈だが、こうして効率化され続ける対BETA兵器を見ると思うところがある。無人化された多脚車輌と戦術機の群体で構成される部隊、まるでBETAだ。

 

「俺達は何処まで行くんだろうな」

 

「分かりませんよ、BETAを殲滅した後も勢いが止まらない時が一番怖いと感じていますがね」

 

「ああ、社長は宇宙開発に専念しているべきお人だったんだとつくづく思うな」

 

米国のF-22という対人戦術機の噂は彼の耳にも届いている、地球の将来はお先真っ暗だ。この戦争に人類が勝ったとしても、ハイヴから得たG元素を巡る次なる戦争は必ず起こるだろう。

 

「…今だけでなく戦後のためにも、コイツは人の手を離れても戦えるように育てておく必要があるな」

 

「ええ、戦争で若者が命を落とすようなことは避けねばなりません」

 

「頼むぞ救世主、人類を救ってくれるような機体になってくれ」

 

そう言い残し、その場を後にする。歓迎会の会場にこっそりと戻った二人は知る由もないが、内部に搭載されていたAIユニットは彼らの会話を一言一句逃さず聞いており、それを理解するために思考を続けているのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六話 無人兵器運用計画

社長達が視察に来ているのは、秋津島開発の中でも極秘の施設だった。自社で抱えるMMU建設隊により建設中であり、入れる社員もごくわずかしか居ない。

 

「試作機が既に複数稼働中ということで、AIの習熟を待つのと合わせて色々と準備を進めて行くぞ」

 

「UTSF計画は秋津島開発だけでなく帝国軍でも注目されています、デモンストレーションを成功させる必要がありますね」

 

「開発資金は回収させて貰うとしようぜ、隼の次の機体はコイツらさ」

 

名称はまだ決まっていないが、量産のための準備は着々と進行中だ。秋津島警備による拠点防衛で試験運用を行なう予定であり、対BETA戦の学習は元オスカー中隊の面々が少しずつ進めてくれている。

 

「世界中で戦闘を経験し続けているSPFSSのデータがありますから、学習元には困りませんね」

 

「そのデータを保管する施設が幾らあっても足りなくなりつつある状況はどうにかしたいけどな」

 

「今は工場の建設で何処も手一杯ですしね…」

 

無人機の試作機が既に飛んでいるという事実は帝国軍に公表したが、生産施設が既に完成しつつあるということは知らせていない。次世代の積層造形技術は戦術機の製造をも可能にする、お手軽な万能製造機という理想形に一気に近付いた訳だ。

 

「移民先の星でなんでも作れるようにと開発を進めていた製品が、ここまで成長するとはな」

 

「良かったんですか、こんな使い方になって」

 

「便利なものは人を殺しも生かしもする、今までと何も変わらんよ」

 

既に工場のラインには大型のプリンタが幾つも搬入され、試験的に製造を進めている。この方法の1番の利点は、設計の変更を行なっても出力範囲に大きさが収まってさえいれば問題なく製造を続けられることだ。

機体のアップデートが幾ら行われようとも、ラインを組み替えたり機材を入れ替えたりといった手間はかからない。

 

「その戦場に合う形に装備を変更し、自らをアップデートし続けることが出来る無人機軍団の出来上がりだ」

 

「自己増殖と学習の権限は凍結してありますけどね、流石に危険過ぎますから」

 

「どう転ぶか分からんからな、上手く回ると良いんだが」

 

3Dプリンタの技術革新は確実に世界を変えるだろう、コストが嵩んでいた自動工場は一気に最高の生産設備に生まれ変わる訳だ。

 

「まあプリンタ用の材料は増産しなければならないでしょうけどね」

 

「米国と東南アジア、欧州が手を出してるアフリカの生産設備に声をかけるさ」

 

戦術機産業を根底から覆す発明だ、これは暫くの間無人機専用ということで口裏を合わす必要があるだろう。

 

「無人機用のSPFSSⅡも中々高コストです、アンドロイドにコンピュータ詰め込んでる訳ですからね」

 

「だが演算能力は跳ね上がってる、生体部品が必要なくなる日も近いな」

 

「ブラックボックスですか、あの中身を知らされた時は驚きましたけどね」

 

「あの子らが人間らしい1番の理由だ、まあ最近上がった報告だと変質する個体も居るらしいが」

 

その変質した個体というのは東ドイツのクーデター時に派遣されてそのままの個体のことであり、なんでも機体の認知機能に過度な発達が認められるらしい。

 

「オイルの成分分析機能と繋がってる部分が肥大化、結果として味覚を得たそうだ」

 

「彼女達は成長する、ということですか」

 

「俺達と同じ脳細胞を持つという点を見れば、旧型のAIユニットと違ってSPFSSには魂がある…のかもしれないな」

 

倫理的にはかなり不味い存在だが、その有用さから誰もが見ないフリをしているというのが現状だ。秋津島開発が公開する戦後のロードマップにはSPFSSのメンテナンス継続と機密処理後の民間への払い下げが確約されており、衛士達が戦う理由の一つになっている。

 

「貴方も染まりましたね、昔だったらこんなことしなかったでしょうに」

 

「だな、歳を取ったのが不味かったかもしれん」

 

「家族も出来て、国や軍との繋がりも大きくなって、色々な騒動に巻き込まれるなんてことになれば考え方が変わるのにも無理はありませんよ」

 

「責めてるのか擁護してるのかハッキリしろよな」

 

秘書は少し笑った後、いつも使っていた端末を社長に手渡した。それを見て何かを察したような顔をした彼は、端末をジャケットの裏側に仕舞い込んだ。

 

「引退するのか」

 

「ええ、宇宙の放射線が少し」

 

「…子供は?」

 

「遺伝子は無事でした、先天的な病気も何も未だ見つからずに元気ですよ」

 

長時間宇宙施設に滞在していた秋津島開発の初期メンバーは、少なくない量の放射線を浴びている。今でこそ技術の進歩により放射線の防護も強化されつつあるが、やはり居た時間が長過ぎた。

 

「社長はピンピンしてるもんですから私もと思いましたが、そうはいかないようです」

 

「そう、か」

 

最近体力が急速に落ちているのは社長の目からも分かる程で、この日が来るのは彼も分かっていたようだ。二人はもう五十代であり若いとは言えないが、老いと同時に宇宙という人類には過酷過ぎる環境の影響が後から襲って来たようだ。

 

「部下から一番貴方に合いそうな人を見つけましてね、きっと私と変わらず接してくれますよ」

 

「引き継ぎもバッチリだな、助かるよ」

 

「あの世に行く前に月の砂をもう一度踏ませて下さいね、どうかご自身の夢を忘れないで下さい」

 

「忘れさせてくれそうも無い、俺は人材に恵まれたな」

 

そうして二人は視察に来ていた製造施設から出て、仕事帰りによく寄った本社近くの飲食店に入った。そして別れを告げて別れた後、社長は過ぎた時間の長さを今一度実感したのだった。

 




ある意味節目、お気に入りと評価よろしくね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七話 攻撃機達の今後

「…わーお、凄いのが運び込まれてるな」

 

「帝国軍が保有する海神と、それを運搬及び支援するための81式潜航ユニットです。ええっと、かなりの期間運用されていたもののようですね」

 

「装甲の傷からして年季が入ってるな、配備はされていても実戦に投入する機会のないまま寿命を迎えそうなのは良いことなのかもしれんが」

 

新人の秘書と共に社長が訪れたのはある倉庫であり、そこでは見慣れない機体が社員達の手で分解されていた。戦術機ではなく攻撃機として分類される人型兵器であり、跳躍ユニットや兵装担架といった装備は見受けられない。

 

「にしても分解された後じゃあな、全体図とかあるか?」

 

「今出します、少々お待ちを」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「へぇ、記憶通りか」

 

「えっ?」

 

ずんぐりむっくりとしたプロポーションだが、その装甲や巨大な肩部砲塔は印象的だ。海中から陸上へと侵攻し戦術機が攻撃を行うための橋頭堡を確保するのが目的であるため、色々と工夫された装備と外観を持っているようだ。

 

「それにしても何故こんなものが今になって運び込まれたのでしょうか、配備から10年がたった機体とは聞いていますが」

 

「無人機の運用計画に攻撃機も追加するんだとさ、大陸への上陸作戦をやるんだったら必須の戦力だしな」

 

その役割から被害も大きく、水中形態から陸上形態への変形も行うという特性上運用コストも嵩む。ここらの戦力も今一度整備したいというのが上層部の思惑らしく、ライセンス生産を担当していた国内企業と協力して代替可能な戦力を完成させて欲しいらしい。

 

「まどろっこしいことをしなくても軌道降下で沿岸部に落とせばいいだろ、全部」

 

「それは、その、大丈夫なんでしょうか」

 

「光線属種からの攻撃を受けずに迅速な上陸が可能で、沿岸部からBETAを一掃出来る火力が有ればいいんだろ?」

 

社長は簡単なことのように言い放つが、それは中々にハードルが高い。分厚い装甲と大量の武器弾薬を内蔵する兵器を打ち上げて、それを専用の対熱装甲を有するカーゴで正確に沿岸部へと投入する必要があるのだ。

 

「戦術機と比べて明らかに重量が違い過ぎます、打ち上げるにも落下させるにも従来通りの手法では無理が」

 

「それなら戦術機用の打ち上げ施設を使わなきゃいいだけだ、宇宙港の資材用の大型マスドライバーか…或いはロケットだな」

 

「ロケットって、今はもうほとんど運用されていないのでは?」

 

秋津島開発が世界中に建設を進めたマスドライバーのお陰で、費用対効果に劣るロケットが必要とされるケースは大きく減った。一度に運べる量も数倍から数十倍に及び、今ではHSSTなどの宇宙艦艇すら電磁カタパルトによって加速させられ宇宙へと飛び立っていくのが日常と化している。

 

「そうだな、俺達のせいで枯れつつある技術の一つだ」

 

「それを新規に設計して、更に無人機の運用計画中に完成させるなんてスケジュールが厳しくはありませんか?」

 

「いやもうあるから、多分乗るだろ」

 

「あるんですか!?」

 

秋津島開発は今も昔も宇宙開発企業である、マスドライバーにお株を奪われた技術といっても簡単に見放すわけが無かった。社長は設備の整っていない未開の惑星を開拓するには単独で大気圏を突破可能なロケット技術は必要だと考えており、未だに次世代機の開発を続けていた。

 

「一度失った技術を取り戻すのは滅茶苦茶大変だからな、プリンタのお陰で部品も作れなくなるってことは少ないし維持はなんとか出来る」

 

「だから基礎技術研究の名目でこんなにも細分化された予算配分が…」

 

「金回りが良いからこそ出来る話だな、今時軍事転用出来るか否かが技術の存在価値と化してるのが悲しい所だ」

 

帝国政府からの資金援助やら緩和策やらが減った秋津島開発だが、金と権限が必要な宇宙関係の事業を停滞せずに発展させ続けているのは業界では彼らだけだ。一時は存在が危ぶまれた衛星ネットワーク網もシステムの再設計や、24時間の監視と対応が可能なAI群の採用で安定性を取り戻している。

その結果、宇宙産業を独占した上にそれに連なるサービスを展開することで通信と娯楽産業を一気に我が物にしたため、かなりの業績を上げているらしい。

 

「技術保全も考えないと将来的に困りそうだが、まあそのロケットを見に行くか」

 

「え、ええ、行きましょうか」

 

「ヘイタクシー!ロケット発射場まで頼む!」

 

「タクシーなんて試験区画に走ってるわけな…」

 

解体作業の騒音が響く倉庫の入り口で手を振る社長に半信半疑で着いていく秘書だったが、遠くから多脚車両の走行音が近付いてきた。

 

『社長、乗られますか?』

 

「頼むわ」

 

二人は移動用の車両として転用された多脚車両に乗り込み、少し離れた区画へと向かう。車内で運転するAIと話したり、昼食を摂ったりしている内に目的地へと到着した。

 

「新型ロケットは推力が三割増しになっててな、四角いノズルの冷却に問題があったが最近なんとか出来た」

 

「なんかこう、サラッと凄いことしてませんか」

 

「今時ロケットに他から金集まんねぇからな、その分好きにやってる」

 

ロケットに関する設備が集結したこの基地はマスドライバーが主力になる以前に使用されていた場所であり、何度か改修された上で今でも使用されている。巨大な可動式倉庫の中には巨大なロケットが収まっており、作業員とアンドロイドが共に作業を行なっていた。

 

「ここの奴らは設立当時の理念に賛同してくれた社員達でな、その手のベテランと見込みのある新人で構成されてる。主戦場は戦後さ、暫くは退屈かもしれないけどな」

 

「凄い…ですね。なんというか、熱量が違う」

 

「お前らーッ!コイツに載せるデカブツが見つかったぞぉーー!」

 

そう社長が言うと、彼らは腕を突き上げて歓喜の声を上げた。ここまでの大型ロケットの使い道というのはこの時代では中々見つからなかったが、遂に使う時が来た。

 

「新型の攻撃機を柔軟に運用するために必要な装備になる、差し詰め海神の潜航ユニットと同じ立ち位置だな」

 

「えっと、打ち上げ施設が必要なのでは」

 

「移動式の発射台と噴射炎を受け止めるデフレクターは用意してある、そしてコイツは着陸も離陸も単独で可能だから何も問題ない」

 

「は、はい!?」

 

よく見るとロケットの下部には大きな脚とも言える装備が固定されており、着陸する際には大きく展開される。姿勢制御用のロケットモーターもかなりの数が配置されており、従来のロケットとはかなり外見の差異がある。

 

「何処であろうと攻撃機を入れた対熱装甲製のコンテナを載せて打ち上げられ、回収と再利用が可能な次世代ロケットさ」

 

このロケットは飛行中に分離してバラバラになる従来型とは違う、HSSTと同様に着陸能力を有するのだ。大量に運用する際に問題になる莫大なコストも、一度で壊していたロケットが何度も使えるようになることで削減出来る。

 

「まあ正確には一段目が回収出来るって話だが、まあいいか」

 

「な、なるほど」

 

「利点を語る前提としてマスドライバーは構造上打ち上げる軌道を大きく変えられないからな、宇宙港に搬入した後宇宙艦隊に運んで貰う必要がある」

 

つまり従来通りのやり方では宇宙艦隊にこれまで以上の負担がかかることになる。だが自力で軌道を変えられるロケットによる打ち上げであれば、艦隊の手を借りる必要は無い。

 

「これで無人攻撃機は24時間いつでも稼働し、地球上の何処にでも投入することが出来るようになる。BETAの急な侵攻や増援の突入、全てにおいて人類は切れる手札を一つ増やすことが出来るって寸法さ」

 

「それは…凄いですね」

 

「ロケット技術の保全も出来るし軌道降下部隊も一つ増える、一石二鳥さ」

 

新人の秘書はまた世界が一つ変わる技術が目の前で実用化される様を見て、薄ら寒いものを感じた。これが教育係だった前秘書が言っていた彼の常識はずれな側面というヤツであり、この異常な会社の原動力だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 第二宇宙港

老朽化が懸念される第一宇宙港だが、今月に入ってやっと第二宇宙港が全力稼働を果たした。より洗練された内部構造と拡大した許容量、肥大化した宇宙艦隊の維持も単体で行えるほどの能力を持つ巨大な宇宙建造物だ。

 

「…素晴らしい!」

 

仕事の合間に視察に来ていた社長はそう一言溢し、宇宙に慣れない新人と共に無重力区画を見て回っていた。

 

「第二宇宙港の完成により第一宇宙港は解体が決定、それと同時に第三宇宙港の建造も行われます」

 

「いい傾向だな、人類は宇宙への投資を続ける気らしい」

 

大量に打ち上げられた早期警戒衛星はBETAの侵攻を従来とは比べ物にならない速さと正確さで察知し、それを全ての兵器から兵士に至るまで共有することが出来る。その結果抑えられた被害は大きく、国連の国々は投資した以上が返ってくると分かったようだ。

 

「はい、これらの建築事業により多額の報酬が支払われ続けています」

 

「更なる大型艦の運用も可能になったしな、月の制圧に向けての戦力も整えられるって訳だ」

 

「大型船というと、ラグランジュ点からの移送品ですか」

 

秋津島開発が移民船の建造を行い続けているのは有名な話だが、その結果完成した試作船は殆どが探査船として太陽系の外へと飛ばされている。長期間の運用で船体にどのような影響が出るのかを調べつつ、BETAが何処まで広がってしまっているのかを調べているのだが、何事にも例外はある。

 

「ああ、惑星間MMU輸送船として設計した船だ」

 

「ですが全長一キロを超えるとなると、流石に巨大過ぎるのでは?」

 

「移民船が一キロに収まるわけねぇだろ、もっと大きな船を作るためにも地盤固めが必要なんだよ」

 

本当の事を言えば巨大な船だろうと何だろうと作ることは可能だ、だが行った先々でBETAとの交戦が予想されるのであれば話が違ってくる。船には高い対地攻撃能力と、ハイヴを攻略しBETAから拠点を守るための陸戦兵器運用能力が追加で求められてしまう。

逃げるためだけの船を作る気は無い、地球からBETAを叩き出した後に次の星へと希望と野心を持って旅立つための船を作るのだ。

 

「コイツは戦術機を投下するための再突入殻を抱えて戦地に向かい、即座に36機の戦術機を投下出来る言わば強襲揚陸艦だ」

 

「36…だ、大隊規模の戦術機を一度に投下できると」

 

「戦術機以外にも大気圏を突破出来るようにしたクラスター弾で対地攻撃も出来る、完成間近の無人機を投下するには持ってこいの船だろう?」

 

秋津島開発から帝国の航空宇宙軍に移籍となった強襲揚陸艦は現在艤装の真っ只中であり、各種装備品を取り付けられている。将来的にこの手の艦船は月奪還のための中核戦略となることが予想され、帝国は新たな戦力の整備を進めている。

 

「無人機はロケットによる自在な運用と強襲揚陸艦による集中運用の二つを用いることで、更に強力な戦力になるわけだ」

 

「ここまでの戦力を整備して、将来的にはどうされるおつもりで?」

 

「そりゃ植民星で邪魔なBETAを一掃するために使うんだよ、ハイヴを攻略しないと開拓なんて夢のまた夢だろ」

 

明らかに戦後の火種になりそうな戦力だが、社長はこれら全てを開拓に使う気らしい。ここまでの武装大型艦が就航したという事実は宇宙戦力の常識をまたもや塗り替える事態となったが、各国が追随することは不可能に近い。

何故なら宇宙で1kmを超える船を作り上げる造船所など、秋津島開発しか持っていないからだ。オルタネイティヴ計画のような枠組みを使って各国が協力するのであれば別だが、一国で用意しようとすれば材料の輸送費だけで破綻するだろう。

 

「戦前に飛ばしてた探査機が送って来た惑星の観測情報はどれも住める物じゃなかった上に、技術が進んで無かった時の代物だから精度も低い」

 

「は、はぁ」

 

「その中でも見込みがありそうな惑星に探査機代わりの移民船を送ったんだが、一番最初に見送った船からの返信がコレさ」

 

その惑星の地表には見慣れた建造物が幾つか聳え立ち、BETAの存在を示していた。ハイヴというこれ以上無いほどに分かりやすい目標があるのは有り難い、少なくともぬか喜びをすることは無いからだ。

 

「BETAは付近の惑星にはもう蔓延っていて、戦後の開拓において交戦は避けられないというわけですか」

 

「この写真は他言無用だが、まあそうなるな」

 

人殺しの兵器を作るつもりは無いが、もう開拓はBETAと会う前に思い描いていたようなものでは無いことが確定してしまった。それならばもう仕方ない、BETAをより効率的に殺すためには一つ踏み越えなければならない段階があったのだ。

 

「俺が生きている間に人類が旅立つ日は来ないだろう、だがその日のためにやれることはある」

 

「そのための船と無人機ですか」

 

「移民が無理ならその余裕を作る、今の目標は生きている間に月の奪還を行うことさ」

 

全ては共に働き続けた前秘書や設立当初の社員と共にもう一度月の砂を踏みしめに行くために、社長は老いを振り切って進むことを決めたのだった。

 




無人機達のデザインが描きあがりました、活動報告をご覧ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八話 無人機と有人機

秋津島警備が所有する訓練所にて、二機の戦術機が実機での模擬戦闘を行っていた。片方は帝国軍にすら一個中隊あるか無いかという貴重な隼改二、もう片方は戦術機とは思えない異形の脚部を備えた無人機だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「久しぶりの実機だな、どれだけ動けるか…」

 

年老いたとはいえその経験と腕は確かな衛士、元オスカーの隊長が有人機にてAIの教育を行っており、控えの衛士達は上空のUAVから送られてくる映像に釘付けだ。

 

「隼がここまで進化していたとは、時の流れとは恐ろしい!」

 

しかしその隼改二ですら無人機の圧倒的な推力には敵わない。通常の跳躍ユニットは勿論、背部と肩部にスラスターユニットを搭載しているのだ。

 

「一撃離脱に特化した強襲機とは、社長も中々尖った機体を作ってくれたようだな」

 

『敵機視認』

 

「おっと、これは不味いか」

 

無人機のAIが隊長の機体を捉え、距離を縮めるべく更に加速した。その脚部から遺憾無く発揮される脅威的な脚力はロケットエンジンを使わずとも瞬間的な加速を可能にし、蹴ることが出来る足場がある際は更に凶悪な機動を見せる。

 

「建物を蹴って加速したな、その程度の機動は最早朝飯前とでも言うのか」

 

単純な機体性能で勝負した場合、突出した性能を持たない隼改二の方が押されてしまうだろう。だからこそ腕で勝負する必要がある、AIにより良い刺激を与えるためにもだ。

 

「不意の接近戦に何処まで対応出来るか、見せて貰おう」

 

突撃砲で牽制し、無人機の砲撃タイミングを読んで回避機動を行う。数発のペイント弾が肩部を掠め、機体は弾幕の中を潜り抜けた。

 

「最悪機体が壊れても構わんと聞いている、悪いが手加減は無しだ!」

 

兵装担架の火薬式ノッカーが長刀を跳ね上げ、その加速を乗せたまま刃を振るう。無人機が咄嗟に行った跳躍ユニットの逆噴射により斬撃は致命打とはならなかったが、手に持っていた突撃砲がそれに重なった。

 

「お前の機体に予備の突撃砲は無い、さあどうする」

 

無人機のAIは弾き飛ばされた突撃砲に執着せず、空いた両腕を使って咄嗟に胸部を守った。跳躍ユニットはジェットからロケットに切り替わり、一度距離を離すつもりのようだ。

 

「良い判断だ、もう一撃差し込めるからな」

 

だが隊長の機体も既に前へと加速し、逃げようとする機体を追っていた。長刀をもう一度振るうのではなく、その勢いを利用して身体を捻る。そして放たれたのは、機体の全重量と加速力を乗せた蹴りだった。

 

「まさかッ!?」

 

しかしその蹴りの威力が相手に伝わろうとした瞬間、ロケットエンジンが一斉に火を噴いた。わざと点火のタイミングをずらし、衝撃を逃すために最適な瞬間を見計らって背後に飛んだのだ。

 

「決まっ…てないか、流石の反応速度だな」

 

既に多数の仮想訓練で相当鍛えられたらしい、既に生半可な腕の衛士では戦いにならないのではないかと思える完成度だ。

 

「まだやるだろう、さあどう来る」

 

武器を失った無人機は落下の最中に膝の格納モジュールからナイフを引き抜き、接地した後に逆手から順手に握り直した。距離を取るために高度を失ってしまい不利な状況だが、この機体には今までの常識が通用しないだけのパワーがある。

 

「ナイフで突っ込んでくるか、お前と一緒にハイヴへ潜りたかったぞ!」

 

隊長からの砲撃を足を使った左右への細かなステップで避け、前へ進むにつれて速度を上げていく。そして全てのロケットエンジンを点火、それに合わせて跳躍する。

 

「速ッ…」

 

短時間の助走で一気に最高速へと至った機体はそのままナイフを突き出し、長刀を構えた戦術機相手に突撃した。そのまま衝突するような勢いだったが互いに避け合い、二機はすれ違い様に雌雄を決することになった。

 

『腹部に致命的な損傷、大破判定です』

 

「久しぶりに冷や汗をかいたな、勘が鈍っても腕は動くらしい」

 

長刀とナイフではリーチが違い過ぎる、刃を潰された刀は思い切り無人機の腹に沿って振り抜かれていた。しかし無人機も一矢報いたようで、隼改のナイフシースの塗装が少し削れていた。

 

『お疲れ様でした、ナイフシースの機能喪失判定以外に目立った損傷が無いとは驚きです』

 

通信を寄越したのは待機していた技術者の一人だろう、興奮冷めやらぬ様子で話しかけて来た。

 

「無人機の斬撃を鞘で受けた、同じスーパーカーボンの刃なら止められるからな」

 

『成る程、道理ですね』

 

大破判定を受けた無人機は立ち尽くすようにして待機していたが、数秒後には一人でに格納庫へ向かって飛んでいった。あれだけ動いたのに機体はまだ飛べるらしい、恐るべき剛性だ。

 

「あの加速力は既存の戦術機とは一線を画す能力だな、何Gほど出ていたか分かるか?」

 

『少々お待ち下さい、ええっと…』

 

技術者は調べるために少し黙ったが、中々返答が返ってこない。

 

「どうした?」

 

『その、19Gです』

 

「…無人機は何事もなく飛んでいったぞ、自壊するようなGがかかっても無事なのか?」

 

『あの機体に関しては機密が多く詳しいことは分かりませんが、製造技術に何か大きな進歩があったとは聞いています。あのレベルの剛性を担保しつつ戦術機レベルの軽量化を行うなんて、即座に信じられる話ではありませんが…』

 

あの社長はまた何かやったらしい、隊長はそういうこともあるかと一人納得した。相手をした無人機もよく育っている上、最後に見せたような底知れぬ爆発力もある。

 

「戦術機は人に扱い切れない所まで進化している、ということか」

 

衛士のパイロットスーツである強化装備は高い耐G能力を提供してくれるが、それでもあの機体の全力には身体が持たないだろう。あの跳躍など行った日には、首がどうにかなるというレベルでは済まない。

 

「これくらいでなければBETAの殲滅も叶わん、月への社員旅行のためにも働いて貰わねばな」

 

機体のAIが彼ら衛士の全てを吸収し、人には扱い切れないような機体に乗った場合、勝てる人間は居るのだろうか。帝国軍がステルスに関する技術研究に躍起になっている理由が少し分かった気がした隊長は、対AI戦術についても考え始めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九話 現状把握

AC6、三周終わり。


「今後の活動方針を固めるためにも一度腰を据えて考えたいとは思っていてな、協力してくれ」

 

「勿論です、何か描くものを持って来ますね」

 

いつも通りの面子である社長と秘書は、社長室で何やら小さな会議を行うようだ。無人機を完成させるのも大切だが、既にハードに関しては手出しする必要も無いまでに最適化されている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

今行っているのは衛士達によるソフト面の開発であり、社長は少しばかり空いた時間が出来ていた。

 

「まず目下の問題として、活動に影響を与えるであろう勢力を書き出していくぞ」

 

「我々人類国家とBETA、後は宇宙港のクラッキング騒ぎで接触したという謎の組織あたりでしょうか」

 

「国はある程度細分化する必要はあるが、まあその通りになるな」

 

ホワイトボードに赤と青で国を描き、相関図という形でまとめる。中心に秋津島開発が来るような構成で、各国との大雑把な関係などを書き込んだ。

 

「次売り出す新商品として無人機がある訳だが、これに関しては全ての国が賛成という立場を取るなんてことは無い。最近になって自称第三世代機を揃え始めた共産主義国家は特にな」

 

ソ連は元々米国と苛烈な宇宙開発競争を行っていたが、企業である秋津島開発の急速な台頭と経済事情の悪化から宇宙戦力の殆どを放棄していた。その結果現在のソ連軍の編成は陸軍偏重と言ってもいい状態にあり、国内の不満を逸らすためにも秋津島開発が槍玉に挙げられることは何度かあった。

 

「熾烈な第三世代機の開発競争は無人機の発表で一応の沈静化を見せた、秋津島開発が次世代機より優先して別のことを研究してたんだから様子見したくなるのも無理ない」

 

「この業界の先駆者である我々の取った行動こそ正解であると見る者が多い、ということでしょうか」

 

「性能は良いが製造及び運用コストの肥大化は無視できないからな、新しい兵器にその手の話は付きものだが」

 

第三世代機を無理して揃えるよりも、第二世代機の大量生産と無人化による省人化を行った方が結果的に安く済むのではないか。秋津島開発の無人機は製造技術の発展により第二世代機相当の性能を保ちつつ大きなコストダウンを可能にしていたというのも、注目された要因の一つだろう。

 

「多少の無理をして戦力を整えた共産圏にとっては既に時代遅れの流行に乗ったと思われるのは避けたいと…政治ですね」

 

「他国製の無人機なんざ怪しくて運用したくないってのもあるだろうよ、アレから対策は進めたとはいえ宇宙港の制御が一時的に乗っ取られた前例があるのもまた事実だしな」

 

無人機を共産圏に輸出する許可が帝国から降りるわけが無いのもまた事実だが、兎に角赤い国の方々には導入の見込みなしと判断せざるを得ない。

 

「米国も無人機導入には反対の姿勢だな、まあG弾やらステルス機を抱えてるのが論調の元になってそうだが」

 

「別種の兵器が次の主力商品になるのは避けたいということでしょうか」

 

「有人機のマーケットじゃあF-16の成功もあって大きな影響力を持ってるのも事実だが、レールガンやらG元素利用兵器では俺達に負け続きだ。主力製品の一つが脅かされるのも嫌だろうが…」

 

「何か商業以外の観点があると?」

 

「F-22の優位性を損なわないためには米国製の戦術機が増えれば増えるだけ助かるんだよな、機体そのものというよりコックピットのシェア率の方と言った方が正しいか」

 

原作から得た知見だが、米国製の管制ユニットには中々大きなバックドアが仕掛けてある。F-22の強力なステルス性は全て機体のレーダー反射面積の少なさによるものではなく、システム上でF-22という存在を欺瞞するという凶悪な仕様が大きく手助けをしているのだ。

 

「この資料に関しては内密にな、まだ解析が終わったわけじゃ無い」

 

「米国の管制ユニットシェア率は未だ50%前後、AIの運用にも対応しています。特に共産圏のコックピットは殆どが米国のライセンス品でしたよね」

 

「戦後に最強の戦術機としてF-22は君臨するだろうな、特に対共産圏では勝てる奴が居ないくらいには」

 

秋津島開発製の戦術機を目の敵にする理由は、恐らくこれだろう。彼らさえ居なければ管制ユニットは全て米国製の物になり、F-22の優位性は揺るぎないものになっていた筈だからだ。

 

「ソ連と米国、二つの大国は今後の販売戦略を容認しないだろうな」

 

「中々大きな問題ですね、その二国以外に何か問題はありませんか?」

 

「無人機に対する不信感だとか心理的な影響だとかを心配していたんだが、存外にも問題なく受け入れられそうってことが分かってな」

 

「といいますと?」

 

無人戦術機というのが衛士達にどのような目で見られるかというのは秋津島開発内でも度々議論になっては居たが、よくよく考えると自社製の無人兵器というのは前線にて大量に運用されていたのだ。

 

「多脚車輌と補助AI、最近では歩兵に至るまで無人機が使われ始めてる。そこで戦術機が出て来たとして、そこまで大きなインパクトを与えるってことは無いわけだ」

 

「図らずとも我々は段階を踏んで製品を提供していた、ということですね」

 

「そうなるな」

 

戦術機以外の正面戦力である戦闘車両を自国のみで生産出来る国は多くない、国力に乏しい国家にとって対BETA戦に特化したとはいえ安く強力な兵器である多脚車輌群は大いに歓迎されていた。世界中に散らばった多脚車輌の存在は、無人機に対する信頼を積み上げていたということだろう。

 

「無人機は帝国と欧州連合で先行運用が行われた後、ある程度の間隔を空けて他の国々にも輸出される方向で上と話が纏まってる。最前線の東ドイツとも独自のパイプがあるんで、そっちでも手伝ってもらうけどな」

 

「まーた何か送るんですか、確かにあの部隊から得られた物は多いですけども」

 

何か理由をでっち上げておきますと言う秘書に社長は感謝しつつ、最後の問題に関して考えるためにペンを置いた。

 

「でだ、今後を考える上で一番の問題はコイツらなんだよな」

 

「秋津島開発への妨害を行うテロ組織であり、現段階で実用化されていない筈の量子コンピュータを保有している謎めいた集団とは聞いていますが」

 

「催眠暗示と指向性タンパク質に対してもソ連並みの知識を持ち、現在は難民キャンプを中心に勢力を広げているってのが調査で分かってる。米国に潜伏していた奴らは殆ど狩り尽くされたとは思いたいが、次はどの国で暴れ始めるか分からん」

 

秋津島開発への破壊工作以外に目立った行動を起こしていないというのも不気味であり、一部では自作自演ではないかとすら言われているのが現状だ。宇宙港への攻撃は各国も秘密裏に行っては失敗しており、テロ組織が可能な芸当ではないというのは確かにそうだ。

 

「キリスト教恭順派と繋がりがある、というか奴らを隠れ蓑にしているというのも分かりつつある」

 

「聞けば聞くほど厄介なのですが」

 

彼らを騙るテロ組織も増えており、帝国が手を広げた東南アジアへの襲撃も何度か確認されている。大抵は秋津島警備によって鎮圧されたのだが、被害が出なかった訳ではない。

 

「何処からか廃棄された戦術機を拾ってきては直して使ってるらしい、それこそ戦場には大量に残骸が散らばってる訳だしな」

 

衛士の脱出率が増えたことで損傷の少ない管制ユニットを回収出来る確率も上がっているようで、破損した機体同士を組み合わせては使える機体を作り上げているらしい。ただのテロ屋にしては技術力が高すぎる、これも奴らが裏で手を引いているのだろうか。

 

「我々への営業妨害を行うために他国が協力するとしたら、最も費用対効果が高そうな組織ですね」

 

「やっぱりそう思うよな、秋津島憎しで協力されちゃ面倒だ」

 

どいつもこいつも迫って来るBETAの姿が見えないのだろうか、人類の数は今日も減っているというのに危機感が薄い。

 

「…G元素による並行世界間の移動、それにより送り込まれた他世界からの刺客というのは間違いでは無いのかもしれませんね」

 

「荒唐無稽過ぎて信じて貰えないと思っていたんだがな」

 

「この世界で信じ難いことは多いですが、こと貴方が絡むと大抵真実です。皆が社長を慕う理由の根本が理解出来た気がしますよ、あの人が入れ込むわけだ」

 

あの人というのは前任者のことを指すのだろう、現秘書は屈託の無い笑顔を浮かべて見せた。

 

「障害は跳ね除けて行きましょう、お手伝い致します」

 

「最短コースで行くぞ、第四計画も抱き込んでな!」

 

ホワイトボードを回転させて裏返すと、そこにはオリジナルハイヴ攻略という文字が大きく強調されて書かれていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十話 市街地と警察と

「ですから、逮捕権を持った戦術機が必要なんですよ」

 

「いやいや、だからって空飛ぶ燃料タンクを市街地で運用するのは流石に問題があります」

 

「ならMMUでも大丈夫ですから、兎に角戦術機と協働可能な戦力が要るんです」

 

秋津島警備の社員が政府側の人間と話し合っているが、どうにも上手くいっていないようだ。恐らく近年頻発するテロ組織との戦闘に関するものだろう。

 

「非致死性の武装だって足りない始末です、全部射殺しろって言うならしますけどもそちらは捕縛を命じるでしょうに」

 

「…まあ、そうですね」

 

「東アでだけのことだと思われるのは心外ですね、いつテロ組織の魔の手が帝国に迫るかも分からないと言うのに」

 

「そのために必要な組織の再編と運用体制の確立、そう簡単な話ではありません。流入した難民による治安の悪化で人員が足りていない中、帝国軍から衛士も引き抜いて戦術機部隊を編成するというのは現実的とは思えません」

 

話は平行線だ、進展は見えない。警察組織に無理をさせている現状余裕がないというのは事実だが、将来予期される脅威に備えないという選択が愚かであることもまた事実だ。

 

「秋津島警備から人員を出しましょう、機体に関しても秋津島開発に持ちかけます」

 

「幾らあなた方でもそこまで国家権力に首を突っ込むのは問題があるかと思いますが、魅力的な提案であることは確かですね…折衷案と行きませんか?」

 

「出せる人員があるなら最初っから出せや!」

 

「無理して出すっつってんだろうが!」

 

こうして、秋津島警備の全面協力のもと警察組織にて人型兵器の運用部署が作られることになる。対テロ組織を念頭に作られるという経緯もあり、中々複雑な事情を抱えつつの設立に奔走した人々は多かった。

 

 

「で、市街戦用の火器が欲しいと?」

 

「社長に直接言うのは横紙破りもいいとこです、ですが部下が暴走する前に手を打ちたかったのも事実で」

 

秋津島警備に来ていた社長に話しかけたのは、すっかりまとめ役と化した隊長だった。

 

「試作品は幾らでもある、倉庫行こう倉庫」

 

「助かります」

 

移動用の多脚車輌を呼び、乗って移動すること十数分。目の前にはかなり大きな倉庫が建っていた、手入れはされているものの年季が入っている。

 

「試作品で終わった戦術機用の兵装が纏めて置いてある、見て回ろう」

 

「こんな物が…」

 

「狙撃用の80mm砲とか懐かしいんじゃないか、オスカー隊が欧州に渡ってすぐに使って貰った筈だけどさ」

 

「暴走した機体の鎮圧に使った代物ですね、覚えていますとも」

 

秋津島開発は3Dプリンタでの製造環境が整っており、大抵の場合は試作品を作っている。その結果大量の試作品が生み出されることになり、このようにして保管されている訳だ。

 

「市街戦用の火器ってことは火力があり過ぎると困るんだよな、少し奥まで行こう」

 

「…何度か触ったことのある試作兵装が多いですね」

 

「この辺りは殆ど欧州に送ったことのある武器ばっかりだ、結局突撃砲を代替する兵器は生まれなかったけども」

 

兵器開発、特に火器に関して歴史の浅い秋津島開発が試行錯誤して作り上げた兵器群はものの見事にお蔵入りを連発した。しかし最終的に超電磁砲という傑作を完成させて失敗を帳消しにした上で莫大な利益を産んだため、失敗していても経験にはなっていたのだろうか。

 

「で、お目当ての兵器になってくれそうな子は…」

 

「コレですか?」

 

「えーと試製小型36mm砲だから、多分合ってる筈」

 

そう言って被さっていたカバーを外すと、戦術機の大きさに合わせたであろう巨大な拳銃が現れた。自動拳銃を模しており、周りを見れば同型と思われる火器が幾つも保管されている。

 

「取り付いた戦車級を排除しつつ戦術機の装甲を貫通しないっていう特殊な火器を作ろうとして失敗したんだ、威力の調整が上手くいかなくてね」

 

「36mm弾ということは、突撃砲と同じ弾薬ですか」

 

「砲身が短いから威力は大きく下がってるけどね、こと近距離においては気にしなくていいレベルの貫通力は出せちゃうんだけどさ」

 

劣化ウラン弾頭は別の素材で代替、火薬の総量も減らして根本的な威力も下げた減装弾も存在したが、別種の弾薬を使うとなると運用コストが跳ね上がってしまった。その結果まあ色々あってお蔵入りというわけだ、これではこの世に引き留めるどころかあの世に送ってしまうという笑えない実験結果もある。

 

「どうだい、使えそうかな」

 

「…取り回しは良さそうですね、市街地戦でも引っかかりそうにない。ですが精度と弾数が気になります、是非試験に引っ張り出したいですね」

 

「よぉし決まりだ、搬出だな。それと開発班に話を通しておくから、試験結果と要望は書類に纏めて提出してくれ」

 

「助かります、急なことですみません」

 

「施設防衛のための対テロ戦闘を任されて色々と大変なのは聞いてるよ、若い衛士達が国の対応の遅さに不満を溜めてるのもね。だからまあコイツを引っ提げて帰ってあげてくれよ」

 

輸送用の多脚車輌が何本もある足を使って器用に試作品の間を通り抜け、荷台に拳銃を載せていく。車輌に設定された行き先は秋津島警備の有する試験区画となっており、着く頃には射撃訓練後の休憩時間であるはずだ。

 

「お気遣い感謝します、どうにか彼らの手綱は握ってみせます」

 

「どうか気負わずにね、辞めるなんて言われちゃ腹を割って話せる相手が居なくなるよ」

 

「そうなったらMMUの操縦士に転職します、宇宙港で働きますよ」

 

「昔の夢を叶える気だな、逃さんぞ」

 




不知火一型丙っぽい塗装のACを共有しておきます、アーマードコア6にてお使いください。

A8J676NV4DVQ

突撃砲四門同時斉射が可能な近距離特化構成だよ、機動力を活かしてショットガンと戦おう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十一話 対テロ特殊車両部隊

「…話と違うんだが」

 

「何がです?」

 

「上が要求仕様を纏めて送ったのはつい最近の筈だ、何故実機がある」

 

警察組織が用意した倉庫では秋津島開発からの搬入作業が始まっており、白と黒に特徴的なパトランプまで装備された人型兵器の姿も窺える。

 

「広報用のハリボテか?」

 

「端末経由で確認してますが、恐らく実機かと」

 

「…一ヶ月しか経ってないぞ。さては東アジアの警察に売り込むつもりで、密かに水面下で開発を進めてたな」

 

陰謀を暴いたかのような口ぶりだが、そう話す本人は意外にも嬉しそうだ。彼が思うに機動力が高く強烈な印象を与える戦術機は、実務から広報まで様々な運用が可能だと確信しているからだ。

 

「秋津島は試作品が山ほどあることで有名ですし、昔作った機体を引っ張り出して来たとかも有り得ますね」

 

見る限り隼改を流用したように見えるが、分厚い胸部装甲と腕部に増設されたと思わしき小さな盾が印象的だ。恐らく36mm弾への防御能力を持たせるためなのだろう。

 

「…秋津島警備の連中には感謝しないとな、少し複雑だが」

 

「あの警備会社は気に入りませんか?」

 

「企業の私兵を怪しまない人間の方が俺達の中で少数派だろうが、帝国にとって切り離せない戦力なのは間違いないがな」

 

「私兵って…まあこの手の勢力は否応にも監視対象になりますけどね」

 

海外の帝国資産を護っているのは彼らであり、破壊を免れた重要施設は枚挙に暇がない。彼らは秋津島開発の所有する施設の防衛を請け負っている以外には目立った動きを見せておらず、親会社の人気もあってか正義の味方扱いだ。

 

「我々が表立って動けるようになれば今の状況も少しは変わるでしょう、これで前例が出来れば海外でも同様の組織が発足する可能性もあります」

 

「…上手くいくと良いんだがな、衛士の適性がある警官なんざ居るわけねぇし困ったもんだよ」

 

「教育課程の中で引っこ抜かれますからね、彼ら」

 

義務教育の中で国家存続に不可欠な人材である衛士候補生は帝国中の生徒から抽出され、エリートとして専門的な教育を受けることになる。つまり警察の中から戦術機に適性のある人間を見つけようとしても、既に粗方選ばれ抜いた後だということだ。

 

「どうすっかなぁ…」

 

「跳躍ユニットによる三次元機動を市街地でやるわけにもいきませんし、帝国国内で動くとなれば対峙するのはMMUです」

 

MMUは秋津島開発と帝国の現内閣が肝入りで進めるバビロン・プロジェクトにて大規模な運用が始まり、国内三社を始めとした他企業も自社製MMUを発表していた。

戦術機の技術を転用したそれは良好な性能を発揮し、専用の道具が必要にはなるものの費用対効果は非常に高かった。秋津島開発がマスドライバー建設に初期から使用していたという実績も相まって、今では見慣れた存在となりつつある。

 

「動かし易い機体だと助かるんだがな、まあ向こうさんの話を聞いて色々と調整するしか無いな。今時補助用のAIだってあるんだ、水準を下げて吟味するか」

 

「作業用の人型なら空を飛ぶわけじゃありません、あくまで必要とされる範囲で能力を発揮出来るなら大きな問題にはなりませんよ」

 

「…BETAと戦うのは軍の仕事、適材適所だな」

 

 

格納庫では機体の周りでオレンジ色と青色の作業服の整備士達が互いに意見を交わしており、いつの間にか輸送用のトレーラーや各種装備も揃っていた。どの搬入物にも秋津島開発のロゴマークが刻まれており、彼らがどれだけ手広く事業を発展させて来たのかがよく分かる。

 

「この機体は隼改を改造して使った試作機から得たデータが基になっており、今回の納入に際して隼改二をベースに作られた法執行機関向けのモデルです」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「つまりその、アレは帝国軍が採用したばかりの新型ということか?」

 

「現在帝国国内の製造ラインが隼改から隼改二に切り替わり始めていますので、今後の運用を鑑みての措置です」

 

「性能は充分か、成る程」

 

資料をパラパラと捲れば軍用クラスのセンサ類は光学系を除いてダウングレード、又は取り外されていた。しかし逆を言えばそれ以外は軍用であり、民間のMMUと比べれば雲泥の差があるのは間違いない。

 

「動力源は戦術機と同じマグネシウム燃料電池ですが、出力は軍用機の1.5倍程を確保しております。また蓄電量に関しても既存の戦術機よりも多く、連続稼働時間は非常に長いものと考えて頂いて構いません」

 

「何故軍用機よりも主機の出力が高いのか気になるんだが」

 

「跳躍ユニットの運用を前提としていない機体構成であるからです、あの手の推進機関は市街地での運用に全く適していませんので」

 

両脚部の燃料タンクがある筈の箇所は、増設された装甲と燃料電池が占めていた。危険物を抱えて飛ぶ機体を市街地で運用するのは危険過ぎるとした警察組織の意見により、目の前の機体は本分である筈の飛行能力を失っていた。

 

「噴射をすればガラスは割れ物は吹っ飛び、更に焼け死ぬか窒息するリスクがありますから」

 

「では完全に飛ぶ能力はもう無いと?」

 

「背部の兵装担架にドロップタンクを載せれば跳躍ユニットへの燃料供給は可能です、一応飛べますよ」

 

秋津島開発は要求仕様やらなんやらで揉める前に取り敢えず実機を送り込み、警察組織がこの機体を見て「やっぱり強力な機体も要るのでは?」と思わせたかった。テロ組織が運用する戦術機と戦うために軍以外にも戦力を用意しろと言ったのに、戦術機は危険過ぎるから要らないというのはあまりにも的外れな意見だと彼らは感じたようだ。

 

「良いんじゃないか、マグネシウム燃料電池は安全性に優れると聞いているが」

 

だがまあ、秋津島開発の常識が今まで門外漢だった警察組織に伝わるはずも無い。資料を見る彼らにとって、この機体は必要とされる能力を保持しつつ不要な部分を絶妙なバランスで削ぎ落とした警察組織のためにあるような機体だと思ってしまったのだ。

 

「爆発の危険性も低く静音性が高い上に、破損して電解液が漏出したとしても塩水を利用しているため安全性はお墨付きだった筈です」

 

「…あ、はい、おっしゃる通りです」

 

「燃料さえ省けば危惧していた危険性が取り除かれるのは道理、だがここまでの物を用意して下さるとは」

 

だが案外にも好印象だった飛べない鳥は、大量生産が続けられる隼改二と殆どの部品を共有しているため機体価格は警察組織の想定よりも安かった。それに通常時は跳躍ユニットを運用しないという仕様により整備性は高く、運用コストも大きく圧縮されていたのだ。

 

「この機体なら思っていたより大規模な運用が可能かもしれないな」

 

「SPFSSという補助AIに関してなのですが、このLEA型というのは?」

 

「法執行機関向けの特殊モデルがありますので、そちらを使う予定です」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…この調達費用で衛士の水準を上げられるなら安いな、このAIと機体の在庫に余裕は?」

 

「積層造形にて製造が行えますので、使えるプリンタを確保すれば幾らでも」

 

警察組織から来た二人は決まりだなと頷き、秋津島開発の技術者と握手を交わした。社長が戯れに作り上げていた警察用戦術機を基に作られたこの機体は、やはり優秀過ぎたようだ。

 

「今後ともよろしく、よろしく頼みたい!」

 

「あ、はい」

 

お眼鏡に適った以上は仕方ない、思い切り何周か空回りした社員達は言い出しっぺである秋津島警備に後を任せることにした。対テロ訓練と称して秋津島警備の戦術機と戦わせれば考えを改めてくれないかなと、彼らは空を仰ぎながら思った。





【挿絵表示】

拳銃の設定が載っているので貼っておきます。

追記
機体の絵を差し替えました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十二話 第四計画

社長が合間合間の休憩時間に茶を啜っている際、机の上に置かれていたある報告書に気がついた。それの封を切って中身を見ると、帝国がまとめた国連の動向に関するものだった。

 

「次期オルタネイティヴ計画か、第三計画の停滞とあの損害が決め手になったか?」

 

「軌道上で捕獲した未確認BETAと交信を行おうとするも失敗、研究用の宇宙施設に甚大な被害が出たと聞きましたが」

 

「G元素の採掘にも問題が出るところだったぞ、ホントにな」

 

国連では次期計画の選定が進められていたが、各国はその主導権を握るべく様々な手を尽くしていた。第四計画の本部誘致に立候補したのは日本、カナダ、オーストラリアの三国であり、帝国も国際的な主導権を握るべく動き出したと言えるだろう。

 

「帝国は強大な軍事力を持ち、軌道艦隊も強力だ。計画の実行国になれば国際的な影響力は更に増し、戦力として国連軍を駐留させることも出来る」

 

「駐留のメリットは今の帝国にとってそこまで重要視される物だとは思えませんが」

 

「米国のロビー活動が激化しててな、主導権を奴らに握られるのはこっちとしても困るから頑張って貰ってる訳さ」

 

米国が強引に推し進めるのは宇宙船による地球脱出、原作で言うところのオルタネイティヴ5だ。限られた人間を乗せ地球を見捨てるという内容であり、今も戦い続ける国々からの心象は良くないだろう。

 

「米国案に決まれば我が社の宇宙船建造設備が接収されるのは目に見えてる、マスドライバーやら第二宇宙港も危ないだろうな」

 

「計画が持つ力は非常に大きな物とは聞いていましたが、そこまでとなると非常に危険ですね」

 

「だからこそ話が分かる人に指揮権を握って貰う必要がある、帝国があの手この手を尽くしているのもそれが理由さ」

 

米国案に決まれば秋津島の資産がどれだけ接収されるかは未知数だ、他国に我が物顔で使われるのは避けたい。

 

「我が社の命運がかかってますね。では帝国の案というのは?」

 

「敵司令塔との接触と、前回不可能だった対話の実現だな。名目上は…と但し書きが必要になるがな」

 

帝国は香月氏の研究を次期計画にしたいらしく、それに関しては秋津島開発も賛成している。というのも彼女の研究には電子機器、特に半導体に強い秋津島の協力が不可欠だからだ。計画に協力するということは、それに関する知見を得ることができるということでもある。

丸ごと接収されるような計画案よりも、手を取り合ってやっていけそうな方を選びたいというのは社員達の総意でもあるからだ。

 

「香月氏には社長がかなりの支援を行っているという話が有りましたが、その研究がここまでの物になることを見越しての物だったとは」

 

「あー…」

 

かなりの額のポケットマネーが消えていたが、これは社長が時折見せる特定の人物へ非常に甘くなる現象によるものだ。

 

「いやまあ、うん、そういうことにしておくか」

 

「使った額は聞かないことにします」

 

強引に話を元に戻すために咳払いをした後、湯呑に残っていたお茶を一気に流し込んで喉を潤した。秘書は苦笑しながらも、この手の話に首を突っ込むことはしないようだ。

 

「結局BETAへの研究は進んでいないも同然、着陸ユニットのサンプルも吹っ飛ばしたお陰で残骸しか残ってねぇ」

 

「この方であれば現状を打破出来ると?」

 

「荒唐無稽かもしれんが、俺は賭ける価値はあると思うぜ」

 

そう言う社長は少し前、その香月氏と話したばかりだった。秘書は彼女と対話した後の社長がやけに興奮していたのを知っている、天才にしか分からない何かがあったのだろうと話の内容を思い出すことにした。

 

そう、あれは一週間前のこと…

 

 

「そう、馬鹿みたいに数だけ増やせばいいってことじゃないのよ!」

 

「分かってくれますか香月さん!」

 

「脳細胞を生体コンピュータとして稼働させるなんて、全く別の解決方法ね…」

 

何故か滅茶苦茶打ち解けていた二人は、かれこれ数時間話し続けていた。二人が周囲の会議室から掻き集めてきたホワイトボードには謎の計算式が書き込まれ、社長は何度も頷きながらそれを眺めていた。

 

「それにしても世が世ならノーベル賞確実ですね、脳を丸ごと転写する技術とは…」

 

「社長の協力あってのことですわ」

 

「この技術が有れば人類史が終わることは避けられるやもしれません、第四計画では是非よろしくお願い致します」

 

「まだ決まったわけでは…」

 

「決まりますよ、必ずね」

 

なんだか雰囲気が変わった、そう感じざるを得ない。

 

「色々と必要な物があるのだけど」

 

「機材ですか、人材ですか、それとも施設そのもの?」

 

「全てよ、決まり次第発注するから揃えておいて」

 

「任せてくださいよ、このために準備して来た物が沢山ある」

 

社長は懐から紙の束を取り出し、彼女に渡した。秋津島開発の中でまだ試作機が出来上がったばかりのG元素利用技術すら網羅されたその紙は、横で見ていた秘書が度肝を抜かれる程の機密情報の塊だった。

 

「無人機の提供は?」

 

「宇宙で待機している強襲揚陸艦…ああその次のページの奴です、それごとお渡し出来ますよ」

 

既に同型艦が完成間近ということで、第四計画の指揮下に明け渡せる戦力は多い。新鋭機である無人機群に関しても機体自体は第二世代機の範疇に収まる技術で構成されているため、操縦を担当するAIは秋津島から出向した人員以外に触らせないことを条件に合意が可能だ。

 

「貴女の研究が有れば、オリジナルハイヴ攻略のための確固たる根拠を得られる。私はあの場所にこそ諸悪の根源が居ると確信していますよ」

 

「…BETAの司令塔が居る可能性、それを確実に暴く必要があるということね」

 

「それさえ分かれば潰せるだけの戦力を用意して見せますよ、帝国の尻を引っ叩いてでもね」

 

G元素を利用した量子頭脳によるBETAからの情報奪取、その実現は現実的なものになりつつあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十三話 疾風改

試験場に予め用意されていた模擬標的は36mm弾の直撃を受けて砕け散り、数キロ先に設置された的にはレールガンが向けられる。武装を振るうのは疾風に似た機体であり、頭部のセンサは目のように独立していた。

 

「標的残り12」

 

「かなりの高ペースだな…」

 

標的はBETAの姿がCGで重ねられており、中には多脚車両を用いて移動させている的すら用意されている。大量のBETAを前にしても秋津島警備から出向して来たテストパイロットは狼狽えず、的確な砲撃で数を減らしていく。

 

「新型の機体と超電磁砲、上手く動作しているようですな」

 

「これだけの連続砲撃、冷却設備を接続した疾風でようやく並べるかといった領域か」

 

最後の目標が120mmの直撃で吹き飛び、試験は終わった。機体はその場で突撃砲の弾倉を外し、薬室内の砲弾を抜き取った。管制室の社員達も今回の試験結果に驚いているようで、社長がこの場に居ないことを悔やむ声も少なからず聞こえてくる。

 

「テストユニット、長距離狙撃装備のまま待機」

 

「仮想戦闘スコア推移、想定以上です」

 

「レーザー発電装置、超電磁砲、跳躍ユニット、全ての冷却機能に問題無し」

 

「あれだけの負荷をかけてこれか、こりゃ社長も喜ぶぞ」

 

「第四計画の件で国連と色々あるらしいですからね、仕方ないとはいえ見て欲しかった気持ちもあります」

 

秋津島開発の試験区画で限界を試すようなテスト項目を突破したのは、前述した通り疾風と若干の差異がある機体だ。だがその工業製品は細かい部品で構成されてはおらず、全てが繋ぎ目なく構成されている。

 

「材料工学と生産工学の同時ブレイクスルー、その相乗効果か」

 

「新型砲身の自己診断結果出ます、依然として発射可能状態!」

 

「他の試験含めて1200発の発射後だぞ、センサの誤作動じゃあ?」

 

「…次世代型の砲撃機が今になって出来上がるとはな」

 

疾風の運用開始から10年以上、耐用年数から考えて退役した機体も少なくない。その重心位置から安定性に優れ、長距離狙撃のために用意されたセンサ群は戦術機以上の射撃精度を叩き出す。機動性こそ第三世代機に劣るものの、機体特性の近さから第一世代上がりのベテランが疾風への搭乗を希望するケースも多い。

 

「社長が全面協力するっていうあの計画、それに間に合いましたね」

 

「地球で一番古くて大きいハイヴを潰すんです、高性能機は幾らでも要るとは確かに思いますが」

 

「例の新型プリンタが無いとこの機体は作れませんから、暫くの間は製造設備周りの更新を待たないといけないのが問題ですけどね」

 

「ごく少数の精鋭部隊に渡す分にはどうだ」

 

「いけます、製造部門も最近になって力を増してますから」

 

開発部門の技術者達は新型機が持つ予想以上の性能に驚きつつも、今後どうするかを話し合い始めた。超電磁砲は輸出出来る国が限られているが、それを運用する疾風は共産圏以外になら出せる。

 

「中隊支援砲を超電磁砲の代わりに用いて活躍する疾風は欧州にも多いと聞きます、本来の主砲が無くとも疾風は十二分に働いてくれますよ」

 

「歯痒い話だがな、アレが拡散すればどうなるかというのは分かっているんだが」

 

「高性能機であることに変わりはありませんよ、我々が出来るのは一機でも多く優秀な戦術機を製造することだけです」

 

「最近は焼き直しばかりだったからな。機体の名前こそ同じだが、完全な新型機と言っていい機体に携われて良かった」

 

待機命令が解かれて格納庫に帰って来た機体からは既に装備が取り外され、受けた負荷がどのような影響を与えたかを調べるために別の施設へと輸送される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「もう装備が外されてるじゃないか、急いで見に来たってのに」

 

「肩部の補助推進器なんて今は安定しているだけの爆発物ですから、折角使い倒した試験機を吹っ飛ばしたくないでしょう」

 

「そりゃそうだが…」

 

長距離狙撃能力を活かした光線属種の殲滅と、ハイヴ突入時における効率的な敵集団の撃破。ハイヴ攻略に大きく貢献した疾風は、新たな姿で第四計画の尖兵として働くことになる。

 

 

試験結果は良好どころか想定以上だとする報告を受けて、社長の口角が上がった。超電磁砲の有する問題の殆どを克服した新型機が完成したのだ、喜ばない筈がない。

 

「第四計画遂行に必要な戦力がまた一つ完成したな、G元素利用兵器の護衛にはうってつけだ」

 

「量子伝導脳の安全を確保しつつハイヴへの突入を可能とする大型兵器を守らせると」

 

「無人機だけじゃあな。それに超電磁砲はそれ専用の機体じゃなきゃ運用出来ない、疾風の世代交代も必要だったし丁度いい」

 

第四計画は既に動き出した、香月博士は秋津島開発が着陸ユニットから掘り出したG元素を提供されて予想以上の成果を上げ続けている。根幹となる00ユニットに関しても実機の完成は秒読みだろう、足踏みする気はない。

 

「ロックヴィード社と話はついた、計画の権限を使って例の機体は接収出来る」

 

「ほ、本気であの空中要塞を完成させる気なんですか!?」

 

「コンピュータの性能不足で船型になっただけだ、その制約が無いならハイヴに突入出来る凄乃…XG-70を使うのは当たり前だろ」

 

以前スクラップ同然の試作機を得た秋津島開発は、浮遊艦の製造などを経てML機関搭載兵器に関する知見をひたすらに積み上げていた。00ユニットクラスのメインコンピュータの量産が可能になれば、大量の空中要塞が戦列を組むことすら可能だろう。

 

「HI-MAERF計画は俺達が引き継ぐさ、そのためにこれまで研究を続けて来たんだからな」

 

「これまで大きな成果を出せなかったオルタネイティヴ計画が今回に限って成功すると、社長は確信されているのですね」

 

「多少ヤケクソになってるのはまあ否定しないがな、やれると思ってる」

 

「なら私も信じます、親戚に人類を救う手助けが出来たと自慢させて下さい」

 

「させてやるさ、絶対にな」




装備込みの画像はもう少し後で、まだ描けてないんですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 社長の息抜き

「そろそろ出来るぞ、動くといいんだが」

 

「…凄く小さな旧隼ですね、模型ですか?」

 

「新型プリンタで出力してるんだ、タダの模型なわけないだろ」

 

完成した手のひらサイズの戦術機模型を手に取り、これまた新規に設計したらしい端末と無線で繋げる。そして更にゲームや玩具の開発を手掛ける子会社の一つ、秋津島遊戯が完成させたばかりのコントローラーを取り出した。

 

「えっと、何を?」

 

「動かすんだよ、見てろ見てろ〜」

 

ボタンを使って入力すると、端末を経由して指示を受けた模型に電源が入る。本物さながらにセンサが発光し、机の上で直立した。

 

「このサイズで自立した!?」

 

「前模型を作った時に考えてたんだ、流石に跳躍ユニットは10秒の噴射が限界だが」

 

「いやいやいや、充分過ぎますよ」

 

動く模型はついでに出力された近接長刀を持ち、両手で構えてぶんぶんと振って見せる。動きは機敏かつ自然であり、ゲーム用のコントローラーで動かしているとは思えない程だ。

 

「脳波読み取り用のヘッドセットと端末で実機と同じように動かしてるのさ、まあかなり簡易化されてるが」

 

「…それを使えば最低限の装備で戦術機が遠隔操作出来るんじゃあ?」

 

「おう。遠隔操作用の装備だったが使い所が無いってんでお蔵入りになったからな、流用した」

 

操作用の端末は軍用品にも使われていないような高級品で、ヘッドセットは網膜に映像を投影する機能があるため実戦用と変りない。玩具とするには些か高価すぎる代物だ、利益が出せそうもない。

 

「実機さながらに動くんだ、訓練に使えないかと思ってな」

 

「…確かに衛士訓練生全員に充分な数の戦術機があるかというと疑問が残りますし、より早い段階でこの模型を触れるのは良いかと」

 

「ひとまず操縦系統を実機に寄せてから訓練用機材として売り込もう」

 

ちょっと売れた。

 

 

「息子よ、まさかユウヤ君の手を借りるとはな」

 

「父上が大人気ないんですよ、今日こそ勝ちます!」

 

屋敷の一室には部屋を埋め尽くす巨大なジオラマが運び込まれており、その中には三機の超小型戦術機が立っている。

 

「そっちの機体は吹雪か、こちらと機体性能は同じだな」

 

少年二人が使うのは吹雪、水色の塗装が施された国連軍仕様だ。対する社長も吹雪だが、灰色を基調とした帝国軍仕様だった。

 

「胸を借りさせて貰います、菊池さん」

 

「ククク…そう簡単に勝たせてはやらんぞユウヤ君」

 

社長が取ってつけたような笑い方を見せた後、三機は一斉に動き出した。跳躍ユニットが使えるのは10秒だけ、その推力をどう使うかも駆け引きの内だ。

 

平面機動挟撃(フラットシザース)で行こう、挟み撃ちだ!」

 

「分かった!」

 

「ええい、教本でも読んだのか?」

 

左右に展開した二機が跳躍ユニットを使い、速度を乗せて社長の吹雪を狙う。手に持つ突撃砲は実弾を放つわけでは無く赤外線を放っているだけだが、網膜投影されている映像には発砲炎などが重ねられている。

 

「やられるわけにはいかないな、片方潰すぞ」

 

「うわっ!」

 

息子が操る吹雪に向けて社長機が突撃、ユウヤ機が援護しようにも味方に射線が重なるように動いた。IFFが味方を撃たないように引き金をロックしてしまい、援護が出来ない。

 

「よいしょっとぉ!」

 

社長機から放たれた蹴りが息子機に命中、機体が吹っ飛んだ。機体同士が離れたことでユウヤ機の引き金は自由になり、突撃砲からは赤外線が照射される。

 

「FCSの演算だよりじゃ当たらんぞ、先を読め先を」

 

実際の弾速を考慮して被弾判定を行うため、突撃砲の攻撃は即着弾というわけではない。立体的な回避行動の前に砲弾は当たらないかと思われたが、一発が脚部に直撃した。

 

「あっヤベ」

 

「今だぁーッ!」

 

二機からの集中砲火を受けて社長機は蜂の巣、撃破判定となった。初めての勝利に大興奮の二人だったが、ジオラマに一機の超小型戦術機が飛び込んで来たのを見て血相を変えた。

 

「今日の宿題はまだ終えていませんよね、お二人とも」

 

「母上…あー、それには訳が」

 

「貴方も貴方ですよ菊地さん、分かっていて遊ばせていたでしょう」

 

「うんごめん、楽しくてさ」

 

真っ赤の塗装に身を包んだ吹雪は長刀を手にして三機の前に立ちはだかり、来るなら来てみろと言いたげに刀を構え直した。

 

「私に勝てたら宿題は後でもよろしい、かかってきなさい」

 

「斯衛がなんぼのもんじゃあー!三対一だぞ!」

 

赤い吹雪に襲いかかった三機は、ものの見事に長刀一本で撃破された。新たな楽しみが出来たなと社長は笑っていたが、将来的にあらゆる子供達に大人気のホビージャンルとなるとは考えもしなかったのである。

 




評価と感想待ってるぜ、みんなはダンボール戦機好き?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百四話 試作艦と大陸

加速された水素原子が打ち出され、エネルギーの奔流となって突き進む。射線上に居たBETAは空気がプラズマ化するほどの攻撃を防ぐ能力など無く、跡形もなく吹き飛んだ。ここは地獄と噂された大陸、帝国軍が派兵された中国の地だ。

 

「荷電粒子砲、発射機構閉鎖」

 

「第二射に備えて少し後方に下がらせて貰おう、機関への負荷は?」

 

「許容範囲です、燃料カートリッジの反応速度も大きな変動無し」

 

「流石の安定性だな、整備後というのもあるのだろうが」

 

空飛ぶ重巡洋艦クラスの船体は重力場に包まれ、光線級からの攻撃をものともしない。帝国軍が率先して間引き作戦を行うのはこの船の存在があるからであり、超電磁砲を有する疾風の存在も相まって被害は他国が比較に出来ないほど小さい。

 

「偵察小隊の音紋解析結果です、コード911に発展する可能性あり」

 

「地下侵攻か、予測される出現位置は?」

 

偵察装備に換装した無人の多脚車両は、護衛の戦術機と共に戦線の各地に散らばって振動の観測を続けている。データリンクと高度な情報処理が可能な帝国軍は過去の戦訓から、地下侵攻の早期発見能力の強化に努めていた。

 

「これまで通りML機関に引き寄せられているようで、振動は本艦に向けて接近中です」

 

「…待て、速度が早すぎる」

 

「振動の解析は不十分ですが、母艦級である可能性は高まりつつあります」

 

「面倒だな」

 

従来の掘削と比べてその音の大きさ、深度、速度まで違う。導き出された結論は、母艦級の出現という欧州でしか前例のない事態だった。

 

「このまま後退、防衛ラインの火力を使って母艦級を潰す」

 

「火点の前に敵を釣り出すというわけですね」

 

「司令部も後退を許可するとのことです、指定座標にてS11弾頭をたらふく撃ち込んでやるとも言ってます」

 

防衛線にはMMUによって一年足らずで建設された防壁と砲台群があり、固定式の超電磁砲すら運び込まれている。これらの一斉砲火であれば、流石の母艦級にも有効打を与えられる筈だ。

 

「間引きに出ていた戦術機部隊も順次撤退を開始、S11の使用に際して国連軍と中華統一戦線に通達を行うとのこと」

 

「下手すると核だと思われるだろうな」

 

接近する震源とほぼ同じ速度で後退、一定の距離を保ちつつ防衛線を目指す。設計上の明確な欠点として浮遊艦イザナギには下を狙える武装がほとんど無いため、万が一真下でも取られようものなら大惨事だ。

 

「高度を上げられるか?」

 

「先程の砲撃で粗方吹っ飛ばしましたが、残存する光線属種からの照射は未だ危険です。照射を受けつつ後退するとなると演算処理に負担が…」

 

「何のための主砲だ、相手が悠長に初期照射をしている間に排除しろ」

 

下から接触された場合、大質量の衝突が重力場に与える影響は計り知れない。光線級の攻撃に晒されるより、下から飛び出して来た母艦級と接触する方が遥かに危険なのだ。

 

「了解、上昇します」

 

「主砲弾種切り替え、対地攻撃用フレシェット弾から精密誘導直撃弾へ」

 

「VLSの誘導弾は温存しなくていい、接近するBETA群にばら撒いておけ」

 

「りょ、了解!」

 

S11弾頭弾やクラスター弾が一斉にばら撒かれ、キノコ雲が戦線の上に立ち昇る。爆発が振動計の観測を一瞬遮るが、地下の母艦級は変わらずこちらを追っている。

 

「防衛線の稼働状態は?」

 

「80%です。現在疾風の冷却設備接続は完了、続いて国連軍の主力戦車群を防壁上部へ移送中」

 

国連軍が運用するレオパルト2がエレベータに乗せられコンクリート製の防壁の上へと運ばれているが、戦術機は跳躍ユニットに物を言わせて飛び上がる。このような場合では戦術機の展開力は非常に頼もしいものがある。

 

「指定ポイントにて停止、母艦級を地上に出せと司令部が」

 

「要塞砲の射程内に収めたか、ならばよし!」

 

戦後解体された艦船から降ろされた火砲を転用した巨大な砲台群は、厄介な要塞級を一撃で撃破可能な威力を誇る。欧州で解析された母艦級の外殻は戦艦の主砲すら通さない分厚さを持つと分かったが、貫通力の高い超電磁砲で穴を開ければ話は別だ。

 

「高度を更に上げろ、やれるな」

 

「味方に撃たれたくはありません、やりますよ」

 

地面が隆起し、ひび割れ、内側から弾け飛ぶ。現れた母艦級は欧州で確認された個体と同じ外観を持ち、先端部を浮遊艦イザナギへと向けている。

 

「出たァ!」

 

「後退だ、後退しろ!」

 

BETAが吐き出される前に片をつけるべく防衛線の火砲が一斉に火を噴き、その全てが母艦級へ殺到する。だがBETAが狙うのはただ一つ、目の前のG元素だけだ。

 

「母艦級開口…こ、こちらに口を向けてます!」

 

「我が方に対する初期照射を確認!」

 

「中に何を詰めて来やがった、対光線防御ォ!」

 

光の束が重力場に突き刺さり、軌道が歪められることで空に散る。重光線級複数体からなる一斉照射を受けた重力場は光を歪めてみせたが、その制御に必要な演算処理に船のコンピュータは耐えられなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ラザフォードフィールド消失!」

 

「メインフレームの演算処理が緊急停止、ML機関の反応速度が危険域に到達しています!」

 

「か、荷電粒子砲消失?…艦首ブロックからの反応がありません!」

 

「纏めて消し飛んだか、ロール角180度!」

 

「は、はい!?」

 

「いいから回せ!」

 

操舵手は疑問を持ちながらもペダルを強く踏み、船を回転させる。上下を入れ替えた船で何をするかなど、回る途中で司令室の人間は嫌でも理解した、せざるを得なかった。

 

「この船に乗った甲斐があったな!主砲撃てるか!」

 

「熱でセンサが死にましたが、光学照準で撃てます!」

 

「目標はバケモンの口の中、撃てるだけ撃て!」

 

「砲身保護回路切断、冷却装置稼働率120%…定格出力突破!」

 

「なんでもいい、撃てェ!」

 

二度目の照射を行おうとしていた母艦級内の光線属種に向け、主砲である二連装超電磁砲が放たれる。火薬式の砲とは違い排莢といった工程を挟まないレールガンは機関砲かそれ以上の発射速度を見せ、撃ち始めてから1秒ほどで高価な精密誘導弾を使い切った。

 

「弾を切らすな!撃つ弾はなんだっていい!」

 

砲身を覆う冷却装置すら赤熱し、司令室のディスプレイには数え切れないほどの警告文が表示されている。

 

「クソ虫が、俺達を舐めてもらっちゃ困る!」

 

突如現れた母艦級は集中砲火によって撃破されたが、防衛の要であった浮遊艦は大きな損害を受けた。これにより間引きの大部分を担っていた帝国軍が消極的な姿勢に移行したことで、中国大陸戦線は暫くの間停滞することになる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 ESP能力者と国連軍と

リハビリ


「はーいこっちですよー」

 

船からぞろぞろと降りて来たのは第三計画にて生み出されたESP能力者達で、第四計画への移行に伴い接収されたために帝国へとやって来ていた。

 

「ええっと…国連軍基地までご案内しますので、ついて来てください」

 

未だに整備が続けられる国連軍向けの基地は疎開が進み無人となった地域を丸ごと使って建てられており、その面積は広大だ。必要とされる設備の関係上秋津島開発の土木・建築部門がMMUと共に活動しており、食堂なども秋津島食品が提供を行っている。

 

「設備の搬入って聞いて来たのに、なんでソ連からこんな数の女の子が船で運ばれてくるんだ?」

 

「分からん…」

 

国連軍の軍人と共に行動する秋津島の社員に渡された資料には真摯に接することという文字が蛍光ペンで強調されていた、ESP能力者ということだし下手な嘘は使えないということだろうか。

 

「ま、まあいい、長旅で疲れただろうし予定を変更して先に食堂に行くってのはどうだ?」

 

「明らかに徴兵年齢より下の子まで居ますしね…日程に余裕はあるわけですし、先に休息を取れるよう上申してみます」

 

皆同じような容姿を持つこと、年齢に差があること、人員再編が完全に終わっていない中で機密保持のため秋津島開発の職員が対応したこと。様々な要因はあったが、なんだかんだ一般人寄りの彼らは恐る恐るだが接してみることに決めたようだ。

 

「ソ連の第三計画はESP能力者によるBETAへのリーディングだろ、てことは戦術機に乗ってハイヴに突入した直属部隊って…」

 

「下手なことを考えるんじゃねえって、あのF-14モドキがあるってことはそういうことなんだからな」

 

本来なら第三計画で使われる筈だった機体は、ハイヴで撃墜される前に第四計画への移行をもって接収されていた。というかこのESP能力者も機体も、本来ならこの数がこの基地に来る筈では無かったらしい。

 

「キャパは作るから貰えるもんは貰っとけって社長が上に吹き込むから…」

 

採掘ステーションの一件で第三計画の研究者が吹っ飛んだことで投入が遅れていた戦力を纏めて接収することになっていたらしい、使い道についてあまり考えたくもないF-14の改造機も一緒にだ。

 

「第一印象は大事だ、それにこれから食事の提供は俺達の管轄になるんだぞ」

 

「ここで恨まれればどれだけ尾を引くことになるか、想像に難くないのは確かだな」

 

「歓迎会って括りならある程度大規模にやれる、厨房はいつでも火を入れられるから問題ない」

 

「やるぞ野郎ども!雪国のお嬢さん方に目にもの見せてやれェ!」

 

「「「おぉーーーッ!」」」

 

この瞬間から国連軍が業務委託を行った食堂の稼働が始まったが、一度も味に苦情が出なかった。それどころか業務委託の拡大を願う請願書が上層部に届くようになるとは、この時は誰も思わなかったのである。

 

 

まだ所々で工事中だが運用が始まった基地には、既に多くの人員が出入りしている。特に最新鋭の研究設備を大量に配置出来る上に電力と防諜に気を使わなくていい基地の地下にはラボが完成し、00ユニット作成のために香月博士が入り浸っていた。

 

「PXも秋津島の業務委託って…完全にこの基地から情報が漏れないようにしてるんだなぁ…」

 

人が居るということはPX、つまり基地内の売店も繁盛しているということだ。軍人達がやって来ては色々と買い込み、そして居なくなっては次の人がレジに並んでいる。

 

『精算機に紙幣を入れて下さい、お釣りは隣から出ますので』

 

「同僚もAIだし、仕事が早いのは助かるけど」

 

激しさを増す環境破壊により需要が高まり続ける食料品だが、海上プラットホームや日本国内での農地確保により一定の供給量を確保した秋津島食品は売り上げを伸ばしている。宇宙の施設への供給と販売が殆どだったが、最近になって地上での販売にも力を入れ始めた。その結果PXとして店を出している、ということだろうか。

 

「すみません、食料品の配送を頼みたいのですが」

 

「そちらの端末で出来ますよ、分からないことがあればお教え致します」

 

この売店では試験的に自社製品の配送を行えるようになっているらしいが、これが非常に評判が良い。何故かというと、秋津島食品のプラットホーム群は世界中に数多く存在するからだ。

 

「嘘だろ、作ってる畑はもう無い筈なのに」

 

「噂は本当だったのか!」

 

端末を覗き込む兵士二人が驚くのも無理はない、それは失われた国で生産されていた作物だからだ。世界的な食料不足で穀物の生産量が重視される中、秋津島の社長は批判を受けつつも亡国の特産品などを生産する場としてプラットホームを貸与した。

 

「今は亡き国の物も作るとは、まあ流石は社長のご判断かな」

 

『人間は効率だけを見て生きられる生態をしていませんからね』

 

「…反論出来ないな」

 

戦争の影響を受けて途絶えていた一部の酒類も、あの手この手を尽くしてもう一度作ろうとしていると聞く。そうして作られたアルコール類はマスドライバーで宇宙へと打ち出され、それを宇宙で様々な人物が飲んでいくという映像は衛星を介して配信された結果中々の反響を得たそうだ。

 

「飯と娯楽に関しては妥協しないよなぁ、秋津島の開発じゃなくて食品に就職した俺が言うことじゃないが」

 

『社長曰く、不味いご飯を食べて過ごす中で楽しみもないと発狂するからだそうです』

 

「そりゃそうか、戦後は宇宙を開拓するから必須だわ」

 

社長の交渉カードに大量の嗜好品が追加されたが、彼は各国の関係者に配る傍ら何故か東ドイツにもコンテナに詰めて送りつけ始めるので誰かが見張っていた方が良いらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百五話 不知火と国連と

「吹雪じゃあ駄目なんですか?」

 

「死地に行くってのに一番良い機体で送り出してやらないのはこっちの怠慢だろ、不知火を用意してやりたいんだ」

 

「確かに性能には差がありますけど、不知火を帝国軍以外に出すとなると国が納得しますかね」

 

「問題はそれだな」

 

第四計画成就のため奔走する帝国と秋津島開発だったが、社長は実働部隊が使う機体に関して考えを巡らせていた。原作通りの国連仕様機を見たいという願望もあるにはあったが、単純に少しでも良い装備を提供するべきだと心の底から考えていた。

 

「帝国の人間が整備を担当するとかでどうにかならんか?」

 

「我が社から提供しようにも第三世代機は使っていませんからね、隼改二は吹雪に負ける性能ですし…」

 

「こんなことなら戦術機も作っておけば…いやしかしな…」

 

有人戦術機事業から半ば撤退しつつあることが裏目に出た、シェア率がいまだに100%を保っている砲撃機であれば話は別なのだがそうはいかない。

 

「せめて部隊の疾風は疾風改に置き換えましょう、それだけでも相当変わる筈です」

 

「そうだな、そっちの調整もしないと不味いか」

 

第四計画のために走り回っている社長は持ち前の、というか意図せずして手に入れた影響力を使って様々な方面との協力を取り付けていた。今回の計画にあまり協力的ではない米国に対抗するため多くの国を味方に付けるべく、帝国と共に苦手な交渉を頑張っていたりするのだ。

 

「下手したら宇宙港が沈みかけた時よりキツイぞ、机に向かってる方が百倍マシだ」

 

「社長はこの手の仕事は苦手なのは分かっていますが、ご自身の存在の大きさを今一度考えられた方がいいですよ」

 

「…いやまあ…うん…色々とやったな」

 

全く調子が出ない社長とそのフォローで疲労が溜まっている秘書、今は建設的な議論よりも寝た方がいい。

 

「前もこんなことがあった気がするな、少し寝よう」

 

「休んでもいいんですか?」

 

「睡眠時間も削って仕事したんだ、その分休むべきだろ」

 

そう言ってオレンジ色のアイマスクを取り出し、ソファに横になった。そして一瞬で眠りについた社長に秘書は驚いたが、何か支離滅裂な言語かも分からない寝言を喋り出したことで腰を抜かした。

 

「ご、護衛の方々、これってよくあることですか?」

 

「何度かありましたね、この部屋は防音なので外に漏れることはないと思われますが…耳栓を使いますか?」

 

「そうなんですね、ありがとうございます」

 

取り敢えず社長と共に寝よう、そう思い別のソファにもたれかかった秘書は疲労からか数分と経たずに眠りに落ちたのだった。

 

 

疲れがある程度取れた社長は国連に不知火を提供するため、政府を動かそうと画策していた。幸いにも首相である榊氏は賛成の立場だったが、技術の流出を懸念する国防省と関係閣僚からは猛反発を受けていた。

 

「第四計画が装備選定で停滞するのは本来得られる筈の国益を損なう上、誘致国として国連に対して悪印象を受けるような議論に時間を費やすべきではない…と私は考えます」

 

膠着した状況に一石を投じたのは秋津島開発の社長であり、今回の第四計画に対して協力する姿勢を全く崩していない人物だった。

 

「そもそも基地の早期稼働のため秋津島グループが大部分の運営を現在に至るまで担っています、施設完成後に行われる国連への受け渡し時に独自の機体整備区画を設けることは容易です」

 

年齢を全く感じさせない姿と気迫に驚かされた者も多いだろう、この場に居るのは老人に片足を突っ込んでいる筈の男だからだ。社長は既にAIになっているだとか、身体が老けないのはクローンが入れ替わりつつ演じているからだとかの陰謀論が絶えないのもわかるというものだ。

 

「不知火は帝国の整備士のみで維持と管理を行えばよろしい、装備や部品も全て専用の区画に用意しましょう」

 

原作の落とし所を知っていた社長はそれを早期に提案、賛成派と反対派の溝がこれ以上深まる前に話を付けた。これには不慣れながらも自ら走り回った社長の根回しがあったと噂されるが、対外的には真偽は不明ということになっている。

 

「第四計画の成否は帝国の未来、延いては人類の存続に直結する問題です。確かに不知火の技術が国連を通じて流出する可能性を危惧するのも開発に携わった一人として懸念することではあります、ですがここで人類の剣として働く任に着いてもらうことこそが戦術機の在り方ではないでしょうか」

 

第三世代機を保有する国は少なく、対外的に販売を行なっているのは帝国くらいのものだ。欧州もタイフーンの量産を進めてはいるが、輸出するほどの余裕など今はない。この機会に帝国戦術機のブランド力を更に高める、社長はそう言って国内三社を口説いてみせた。

 

「帝国が誇る最新鋭機が英雄となることに協力を惜しむつもりは毛頭ありません、是非ご一考を」

 

製造元を仲間に付け、日和見姿勢の議員をネームバリューで抱き込む。そして反対派には一人の技術者として話を聞き、そんな真似は絶対にさせないと言って納得させる。大企業のトップであり、更には戦術機開発の第一人者という立場は交渉において強力なカードとなった。

 

 

演説を終えた後、程なくして不知火の提供が決まった。国外での運用を鑑みて整備士達が色々と準備を進める中、ロールアウトしたばかりの機体が基地へと運び込まれている。

 

「反対派の切り崩し、お見事でした」

 

「二度とやりたくない…とは言えないな、半年くらいは政治家と戦いたくないね」

 

「やっぱり疲れますよね、でも見て下さいよ」

 

「何?」

 

秘書が取り出した端末には一枚の写真が表示されていた。それには青く塗装された機体が写っており、社長にとってはある意味灰色の帝国軍機よりも見慣れた姿と言えた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「国連仕様機です、既に塗装も始まっていると」

 

「…嬉しい話だな、俺達はもうここまで来たのか」

 

BETAとの決着は近い。





【挿絵表示】

最近は絵が上達した気がする、昔の絵も描き直してぇなあ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百六話 過去の機体と未来の技術と

「社長、極秘プロジェクトの件なんですが」

 

「おう、どうした?」

 

「見に来て欲しいとだけ言われました、進捗を見せられるまでに仕上がったようです」

 

秋津島開発では表に出せないような研究も行っている、今回視察に行く物についてはその際たる物と言っていい。向かう場所は東京であり、京都に次ぐ第二の首都だ。

 

「バビロン計画に付随する地下施設の建造、そしてそれを利用した研究施設の整備とは帝国も腹黒くなったもんだな」

 

「ひっきりなしに人と物資が出入りしている場所ですから、隠すのに都合の良い場所ではありますね」

 

大都市の地下に大企業の研究所があり、公には出来ない研究をしている。字面だけ見れば映画かアニメの悪役であるが、国家転覆を企むクーデター部隊を支援した前科があるためあながち間違いではない。

 

「G元素の確保が出来た後から研究開発部は色々とおかしいというか、勢いが違いますよね」

 

「設立当初の空気に似てるな、若い社員が増えて良い風が舞い込んだらしい」

 

G元素を使うことで大抵の問題は全て解決する。宇宙空間の長大な移動時間、高速で飛来するデブリ、必要とされる莫大な電力と推進剤、回転式重量発生装置のコリオリ力問題などなど…これら全てがどうにかなりそうなのが今の秋津島開発である。

 

「BETAを倒した後には何十隻という大型船が重力を操り、ロケットエンジンを使わずに大気圏外に飛んでいくだろう。デモンストレーションのために戦艦大和を宇宙戦艦にするって話はまだ諦めてない」

 

「それはやめて差し上げた方が良いですよ、相手も困りますって」

 

「いや意外と乗り気なんだよ、アイツら」

 

 

東京の支社や工事現場を見て回った後、地下へと進む貨物列車へと乗り込んだ。車両の後部には幾つかのコンテナが載せられており、その全てが戦術機に関する物だった。

 

「斜めに進むタイプの車輌って良いよな、隣にあるデカいエレベーターとかも近未来SFって感じで好みなんだ」

 

「我々は常に近未来を体験する立場に居ますが…」

 

それなりの深さまで到達した貨物列車は荷物の積み下ろしを始め、それと同時に社長達も降りて先に進んだ。案内されるままに先へと進めば、そこは巨大な格納庫だった。

 

「えっと、ここは?」

 

「ML機関搭載兵器のための場所だ、まだすっからかんだがな」

 

「いやそこではなく、戦術機用のハンガーとほぼ同型に見えるのですが」

 

ML機関を乗せた兵器というと巨大なイザナギやXG-70が思い浮かぶが、戦術機サイズの兵器はどの国も作れていない。炉は兎も角、それに付随する演算装置が巨大になり過ぎるためだ。

 

「戦術機の大きさまで小型化する予定でな、まあ多少の無理はあるんだが」

 

「コックピットに収まる程度のコンピュータでは到底制御出来るとは思えませんが…」

 

「出来るぞ、最近出来たじゃないか」

 

秘書はなんのことかと頭を捻ったが、数秒と経たずに第四計画の研究内容を思い出した。

 

「まさか00ユニットを載せる気ですか?」

 

「作り方は博士のお陰で全部分かってるからな、人間サイズなら複座式の管制ユニットに丁度収まって都合が良い」

 

「国連主導の計画で得られた技術を私物化するのはその、問題なのでは」

 

「それはソ連に言ってからにしてくれ」

 

何か言われればG元素利用技術の提供をチラつかせて牽制する予定だ、この地下で作っている機体は秋津島の本来の目的を達成するためにも必要であるため手段は選ばない。

 

「完成すれば第四世代すっ飛ばして第五世代機って所だな、無法もいいとこだ」

 

「そこまでの代物に…なるでしょうね、確実に」

 

原作において第四世代機は0G環境下での活動能力を持つ機体を指し、第五世代はG元素を動力とし重力場を発生させられることが明らかになっている。後者の完成は2031年、つまり30年以上も早く実機が完成することになる。

 

「無人機の技術と合わせればBETAの一方的な殲滅が可能になり、宇宙空間で将来的に必要になるであろう次世代MMUの先駆けにもなる筈だ」

 

「それ以上に武力としての側面が強くはありませんか?」

 

「…戦後の抑止力になるだろ、正直戦争が起きないとは俺も思ってないからさ」

 

もしこのまま第四計画によりオリジナルハイヴを攻略したとしたら、原作と比べて国力を大きく温存したままの国家が非常に多く存在することになる。秋津島開発が齎した様々な兵器の恩恵を受けられたのは西側ばかり、パワーバランスが崩壊したこの状態がどのような結果を招くのかは誰にも分からない。

 

「帝国は備えが必要だと思ってる、そして俺達は未来のための機体が作りたかった」

 

「戦争に巻き込まれれば宇宙開発どころではなくなりますか、確かにその通りかもしれませんね」

 

格納庫を抜けて更に奥へと進んだ二人は、ある機体を眼にすることになる。背中からML機関が突き出し、剥き出しになったフレームの合間からは大量のケーブルが垂れている。

 

「社長、よく来て下さいました!」

 

「試製三号は素体として使えたみたいだな、良かった良かった」

 

「ええ。過去の機体とはいえ流石は社長の設計、構成する素材と部品を少し変えれば一線級に早変わりでしたよ」

 

「…マジで?」

 

試製三号は砲撃機開発プロジェクトにて作られた試作機であり、疾風と名を改めた試製四号より一つ前の機体である。機体に超電磁砲用の大出力発電機をそのまま搭載した機体であったが、固定式にしたが故の劣悪な整備性と飛び出た背中が既存の輸送方式に合致しないという点から試作機で終わったという経歴を持つ。

 

「おっかしいな、変なの出力してたのか俺は」

 

「昔の試作機から発電機を外して代わりにML機関を載せたって、ここの開発チームは中々な無茶をしますね」

 

「こんなに上手く行くとは思ってなかったな、よくやったもんだよ」

 

しかし着脱式よりも大きな剛性と内部容積を持ち、近代化改修を難なく受け入れる基礎設計の優秀さ、超電磁砲を運用するために用意された規格外の機体内の送電能力はML機関の搭載に高い適性を見せたのだ。

 

「許可さえ頂ければ機体の送電網も全部超伝導体に載せ替えるんですがね、流石にそれはまだ駄目ですか」

 

「量産が効かなくなるから駄目だと言いたいが、今後のためにも一機分の予算は用意しておくことにしよう。来期の予算を見て腰を抜かすなよ?」

 

「やった!社長なら分かってくれると思ったんですよ!」

 

今なら技術者達にある程度好きにやらせた方が上手く回る、人材がここまで育つとは社長にとっても想定外だっただろう。

 

「コイツが飛び回るようになれば月の奪還も夢じゃない、約束を果たせると良いんだがな」

 





【挿絵表示】


容量がデカいので後で差し替えますが、試作機と将来的に完成するであろう量産型の頭部イメージです。昔のプロットだとエピローグまで塩漬けになる予定でしたが、出した方が楽しそうという理由から出演決定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百七話 F-15と対地攻撃と

「米国の新型戦術機?」

 

「遂に配備が始まったF-15の改修型だそうですが、聞いていた通りに第三世代機の技術を一部流用しているそうです」

 

「なるほど、F-15Eか」

 

第二世代機最強の機体はこの世界でも生まれたようだ、実際のところF-15系列機は隼改よりも優秀な性能を誇る。少しコストが高いのが問題だが、第三世代機を揃えるよりも余程マシだ。

 

「対地攻撃能力を重視した支援型で、ミサイルコンテナを通常の倍である四基搭載出来るそうです」

 

「…えっ?」

 

「また砲身を強化した分隊支援型突撃砲を装備、使用する弾薬は36mm弾ですが弾倉の形状変更により制圧能力が向上したとのことです」

 

「待て、待ってくれ」

 

原作では正統進化とも言える順当な道筋を辿る筈だったF-15は、なんの因果か現実の戦闘機同様に対地攻撃能力を大いに強化されて現れた。

 

戦術歩行戦闘機(ストライクイーグル)が現実の方の戦闘爆撃機(ストライクイーグル)になってるじゃねぇか!」

 

「はい?」

 

「何があったんだよ、いやまあアリだと思うけどさ」

 

「忘れたんですか社長、マクダエル・ドグラム社に戦術機用センサの製造契約を結んだじゃあないですか」

 

「…あっ、ハイネマンさんの件か!」

 

数年前のことだが、戦術機の開発において優秀なアビオニクスが欲しいというハイネマン氏の話を聞いてそれならばと会社同士の契約にまで発展させたことがあった。米国におけるセンサ類のライセンス製造は軌道に乗ったという報告を受けたのは数ヶ月前、つまりは湯水のように使えるようになったということだ。

 

「最近はステルス装備は必要か必要ではないかって議論をしていたじゃあないですか、その時に何か聞きませんでしたか?」

 

「いやF-15Eが完成しそうって話は聞いたけど、ガチガチの支援型に仕立て上げてくるとは思わなくて…」

 

何故こうなったのか、それを知るためにハイネマン氏と深い交流があることで仲がいいマクダエル社から来た書類を読むことにした。書かれていたのは要約すると"作った電子機器は色んなことに使いました、良かったです"みたいな内容だった。

 

「BETA群の識別能力は格段に向上したようですね、画像の識別にAI技術も導入したことでミサイル自体の精密性も上昇したと大雑把ですが書いてあります」

 

「細かく書くと情報漏洩だからな、これでもかなりギリギリを攻めて教えてくれてる方だろ」

 

戦術機部門を統括するハイネマン氏は秋津島開発との繋がりを維持し、出来るのであればより深いものにしたいと考えているらしい。

 

「そんで本命はこっちか」

 

「F-15CをE型に改修する上で必要となる部品製造への協力、つまりプリンタを有する我が社の製造ラインを貸せと?」

 

「隼とF-16みたいな低価格帯じゃあ殴り合ったからな、国連向けの輸出には数が必要なことだし大陸に近い帝国の立地は有用ってのもあるだろ」

 

アジア戦線の機体を改修するので設備の整った後方に下げるとなれば、最悪海を渡って米国にまで行かなければならない。帝国側でアジア向けの部品製造と機体改修を手伝えば、かなりの負担軽減になる筈だ。

 

「在日米軍も居るしな、機体の機密保持はそっちに回せばいい」

 

「利益をこちらに割くことになりますが、マクダエルの経営陣はそれで納得したのでしょうか」

 

「製造ライセンスの品数拡大を目論んでるのは確かじゃないか、特にAI技術は欲しがってる素振りを見せてる」

 

「アレはその、再現出来るような代物ではない気がしますが」

 

脳味噌を思い通りの形で培養した上で様々な処置を行い、更にはコンピュータのように振る舞うようプログラムする。使用されている言語を読み解ける技術者は秋津島にも数人しかおらず、内容に関しても理解出来るのが半分ほどという半ばブラックボックスのようなものなのだ。

 

「まあ仲良くやれるならそうしようじゃないか、帝国に怒られたくないから全部作っていいよとは言えないけどな」

 

「軍事機密を独断で提供したら会社が無くなりますよ」

 

社長はぶっ飛んでいても心は小市民、天下の秋津島も国には勝てないのである。

 

 

この後帝国軍から話があり、社長はある会議に出席していた。てっきり米国企業の件で釘を刺されるのだと秋津島側は考えていたが、議題は別のものだった。

 

「対地攻撃能力を強化した支援型の存在意義、ですか」

 

「アレは超電磁砲や荷電粒子砲を持たない米国軍が独自に発展させた機体だと我々は考えているが、是非専門家のご意見を頂きたい」

 

「うーん、もしかしたらあの一件が発端になっているのかもしれません」

 

「あの一件とは?」

 

「F-15が配備されたばかりの頃に行われたダクト、異機種間戦闘訓練で誘導弾をこれでもかと積んだ疾風を使ったことがあります」

 

衛星との連携により市街地のF-15を一方的に攻撃、被害を出すことなく完勝したという過去がある。当時は色々と議論が巻き起こったが、米国にある程度の影響を与えていた可能性は無視出来ない。

 

「超電磁砲を有する疾風はBETA群への攻撃能力だけでなく、強力な対空迎撃設備としても使えます。第二の光線級とも言える機体への対抗策として誘導弾搭載機を出して来たとも考えられるかと」

 

「…なるほど、戦後におけるミサイルキャリアーとしても有用という訳か」

 

「四基のミサイルコンテナを搭載すれば機動力はかなり下がるとは思いますが、使い方によっては強力かもしれません」

 

こんなミサイルガン積み戦術機は見たことがない、幾ら原作の知識があっても出て来ていない機体となればお手上げだ。

 

「ここまでの積載量があればF-14と同等かそれ以上の誘導弾を搭載出来る、米国と国連軍がどう使うかを見なければ判断は出来そうに無いな」

 

「…まあ悪い機体じゃないでしょうね、ハイネマン氏の機体ですし優秀な子だと思いますよ」

 

この後どうなったかと言うと、改修型として順当に性能が上がっていたために普通のF-15と同じように扱われたというのが事の顛末だった。

 

しかし積載量を活かして両肩にガンポッドを載せたA-10モドキや、兵装担架と増槽を追加で取り付けた重武装型などが現れるなど、前線では様々な改修機が生まれたことも特筆すべき内容だろう。




挿絵はまだない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 恭順派対策

秋津島開発は紆余曲折の末、色々な事業に手を広げている。その中でも比較的大規模なのは世界各地に点在する海上プラットホーム群であり、土地を失った亡国の特産品などが栽培されていることが有名だ。

 

「…非効率的ですよ、わざわざ海上で屋内栽培だなんて」

 

「なんだ新入り、気に入らんことでもあるのか」

 

「今世界に食料を供給しているのは海洋資源を用いた合成食料プラントです、飢える人々も多い中でこのような商品作物を優先して作るなんて」

 

「そういう考え方もあるな」

 

プラットホームの保守要員として雇われている男性は何やら拗らせている青年を見て、またこの手の奴が来たかとため息を吐いた。

 

「だがなぁ…海洋資源とやらも無限じゃないんだ、別の方法で作ることで崩れつつある生態系を保全出来る」

 

「合成食品市場の利権争いを避けているだけでは?」

 

「お前米国やらオーストラリアに喧嘩売れってのかよ、適度に距離を置く必要性ってものがあるんだ」

 

それに嗜好品ばかりを作る計画など秋津島開発以外に持ち込んでも受け入れられる筈がない、良くも悪くも余裕というのは判断材料の一つになるからだ。欧州もアジアも戦線は膠着気味というだけで内部は長年の戦争で疲弊している、余裕が無いのだ。

 

「合成食品よりこの手の作物は手間がかかる、維持にも何も人の手がかかってしょうがない」

 

「それはそうでしょうが、何故急に?」

 

「ここの奴らは元難民ばっかりだ、雇用の創出って点では大きなメリットだろ。それに秋津島も企業であって慈善事業家じゃあない、お前さんの言葉は国家に向けるべきだとは思うがね」

 

「…それは、そうなのかもしれませんが」

 

「どうせ難民キャンプから出て来たばかりだろ、暫くここを見て回ってから判断するのも悪くないんじゃあないか」

 

諭された青年は精神が不安定な状態であることを知り、攻撃的になっていた自身の言動を顧みた。恥じるべき内容だろう、あまりにも無遠慮過ぎる。

 

「この職場の良いところは飯が美味いことと戦地から離れていること、そして何よりも家族を連れて来れることだ」

 

「家族を?」

 

「難民キャンプの状況は悪化の一途だ、配給も治安も悪くなり続けてる。だがここに来て秋津島食品の社員になれば人並みの生活ってもんを多少は取り戻せる」

 

スペースが限られる海上であっても娯楽施設や教育機関は設置されており、多種多様な船が来たりもする。ちょっとした趣味を嗜む程度の余裕は存在しており、家族ごとに個室を割り当てられるため安心感はキャンプと比べて段違いである。

 

「港だったりマスドライバー施設だったり、なんだかんだ雇ってくれるんで助かってる。中には汚染された国土を浄化するための車輌を作ってる奴らだって居るらしい、俺もその手の技術があれば参加したかったさ」

 

「…そう悲観ばかりをするような状況ではないと?」

 

「それはなんとも言えんな、俺は家族を戦争で失っていないから気楽に働けてるだけだ」

 

施設運用にあたって扱い易い人員を選定しているという側面もあるだろう、狭い海上施設での生活となれば精神面も考慮する必要がある。

 

「久しぶりに土を踏みたいって気持ちもある、このプラットホームは港で働いてる連中と入れ替わりだからな」

 

「港ですか」

 

「ヨーロッパの港湾施設は大忙しだからな、MMUの操縦資格は早めに取得しておくことをお勧めするぞ」

 

秋津島開発の事業拡大に伴い、多くの難民に職が与えられた。問題も少なからず発生したが、AIによる管理と統制が可能であるため大きな問題へと発展することは殆ど無かったとされている。

 

原作においてキリスト教恭順派に傾倒したであろう難民達は、少なくない数が秋津島の手で定職に就いた。難民救済組織の腐敗は今も大きな課題ではあるが、幾らかマシな状態であるのは間違いないだろう。

 

「まあなんだ、このまま何処かの星で国を再建するってのも悪くない」

 

「秋津島開発の宇宙植民構想ですね」

 

「色々と良くしてくれてるんで信じる気にもなる、それにだな」

 

そして男性は懐から端末を取り出し、ディスプレイに表示された広告と思わしき画像を青年に見せた。

 

「宇宙ワインってのも売れそうだろ、少し早いが皆んなで広告のデザインを考えてるんだ」

 

「…絵には自信があるんです、お手伝い出来るかと」

 

「決まりだな、これからよろしく頼むぜ」

 

忘れられたかと思われた宇宙開発の夢は、国を失った人々の中で再燃していた。BETAに脅かされぬ新天地、それを渇望する想いは大きい。




希望は大切、必要なものが足りてこその人生です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 戦術機射出試験

「加速度がデータと違…」

 

大きな水柱が立ち、射出された物体が海に落ちる。戦術機を模した試験体は加速が上手くいかなかったようで、予想されていた速度に達することが出来ずにいた。

 

「あっちゃー、回収お願いしまーす」

 

「へいへい」

 

この海上プラットホームの一部を改修した実験場で行われているのは、電磁カタパルトの研究開発だ。将来的な空母保有のため、秋津島の得意分野を活かして製作中である。

 

「マスドライバーといい超電磁砲といい、何かを使って物体を飛ばすのは得意分野ではありますが…」

 

「その両方の中間あたりでカタパルトを作るとなると、まあ簡単じゃないよな」

 

地上の基地などでは既に戦術機用のカタパルトは運用されているが、船に乗せるとなると小型化や負荷の低減など様々な改善が必要なのだ。

 

「陸で使うならここまで気にしなくてもいいんですけどね」

 

「特に腐食がなぁ…」

 

秋津島開発の技術者達は試作機をバカスカ作っては有用なデータを取り、次々と改良版を積み上げて完成度を上げていく手法を使っている。プリンタによる試作品製造の高速化と低コスト化があるからこそ成せる技であり、近年においてはAIによるデータ解析なども活用されているようだ。

 

「それにしても、戦術機(仮)くんは何回海に落ちたのかねぇ」

 

「もう彼も三代目ですしね、そろそろ壊れそうな気もしますが」

 

水陸両用型のMMUが試験体を引き上げる中、カタパルトの再射出準備を待つ技術者達は呑気に茶を啜っていた。次の試験に使うデータは入力済み、後は待つだけなのだ。

 

「空母用の電磁カタパルトなんて、米国の原子力空母くらいしか載せてませんよね」

 

「戦術機は元々自力で離陸出来るからな、燃料の節約と展開の高速化が大きな利点だが無くてもいい」

 

「帝国軍は戦後初めての正規空母を手に入れるつもりなんでしょうかね、この手の仕事は気が乗らないんだよなぁ」

 

二人はただの技術者だ、会社が国から作れと言われて金を積まれた以上は社員として働く必要がある。

 

「社長曰くこの規模の射出装置は宇宙進出後の艦載カタパルトとして有用らしくてな、そっち方面でも活躍が期待されてるとかなんとか」

 

「じゃあ話は別ですね、対腐食性の試験後は宇宙での試験を行うよう上に言ってみましょう」

 

「手のひら返しやがって…」

 

秋津島開発内は二つの派閥が存在し、会社設立当初からの宇宙開発浪漫派と戦術機開発以降に入社した社員達が中心となったBETA殲滅派に分けられる。BETA殲滅派は兵器開発部門に行くため戦術機やら砲撃機やらは彼らの作品であり、逆にそれ以外は宇宙開発浪漫派の作品だと言える。

 

「BETA殲滅派の人達は無人機が完成したことでお祭り騒ぎじゃあないですか、僕らも何か大きな実績を作りたいですよねぇ」

 

「ML機関は浪漫派の管轄だったが第四計画と造船に人員を根こそぎ持ってかれたからな、うんまあ…暫く無理だろ」

 

「浪漫派代表の社長みたく一月の特許申請数が日数を超えるくらいのことをやってみたいんですよ!」

 

相変わらず社長は化け物を地で行くような所業を続けているらしい、他社潰しもいいとこだ。

 

「それ表に出せない技術含めると相当ヤバいらしいな」

 

「老化の二文字が辞書に無いのは確定ですよね、外見もほとんど衰えてませんし」

 

不思議な人も居たもんだと笑う二人だが、試験開始を知らせる警告音が鳴り響いたことで身体の向きを変えた。MMUによってカタパルトに固定されたオレンジ色の試験体は加速を始め、レールの上を滑走する。

 

「…おっ?」

 

電磁カタパルトは理論値に近い速度を叩き出し、固定機構も機体を開放するタイミングを調整されたことで減速は起こっていない。試験体は理想的な放物線を描き、これまでで一番遠くに落下した。

 

「これは…やったんじゃないですか?」

 

「やった、みたいだな」

 

こうして帝国は戦術機を射出可能な電磁カタパルトを手に入れ、空母保有に一歩近付いた。船舶に搭載可能なほど小型で原子炉を持たない艦船でも運用出来る消費電力という優秀な性能を獲得し、今後の帝国軍を支えていくことになる。

 

「まあ次は運用する戦術機の重量別に細かな試験が必要なんですけどね」

 

「地道な積み重ねはいつの時代も必要ってわけだ、待ってる時間が減った分こっちが忙しい」

 

「本土の試験場が恋しいなぁ…」

 

秋津島開発は今日も一歩前に進んでいるのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百八話 次期ハイヴ攻略

「ハイヴを制圧する?」

 

「人類二度目の反撃さ、第四計画に基づく作戦行動だがな」

 

目的は反応炉の確保及びハイヴ内の全BETA殲滅、正気の沙汰ではない。しかし00ユニットはほぼ完成しており、それに伴いXGシリーズの実戦投入も可能と言うわけだ。

 

「大破した試作艦の穴を埋める浮遊艦の完成を待ってからの実行になる、荷電粒子砲を用いることで被害を抑えつつ地表のBETAを撃破するらしいが」

 

「そう上手く行きますか?」

 

「正直なところ分からん、試作艦が吹っ飛んだ時のような対抗策を使われると危なくなるのは確かだ」

 

今回は対外的な実績作りと00ユニットによる情報収集が主目標だ、投入されるXGシリーズに関してもハイヴ内への突入は考慮されていない。

 

「リスキーですねぇ…」

 

だがG元素利用兵器の射程圏内にハイヴを収めることさえ出来れば後はワンサイドゲームだ、地下侵攻にだけは気をつけつつ誘き寄せられたBETAを吹っ飛ばし続ける作業が待っている。個体数を減らした上で突入することで、戦術機部隊の損害を抑える試みらしい。

 

「反応炉の存在を確認することはオリジナルハイヴ攻略を後押しする根拠の一つになる、それに国連がXGシリーズを運用することは色々と都合が良い」

 

「現状ML機関搭載兵器を運用しているのは帝国だけですから、他国が関わりを持つ国連がそのノウハウを得るというのは確かに大きなことかと」

 

「XGを戦後どうするかは悩みどころだけどな、米国から接収したわけだし」

 

実を言うと帝国国内から出すのも憚られるような改造を施した機体があったりするのだ、奥の手として必要だったとはいえ扱いに困る代物へと変貌してしまった。

 

「まあそれはおいといて、動員される戦力は中々多い」

 

「ハイヴ攻略ともなれば当然…いや、なんかちょっと多い気がします」

 

「攻略目標はなんとボパールハイヴ、オリジナルハイヴのすぐ南に存在するフェイズ5の巨大な巣だ」

 

ソ連が主導していた第三計画にて強行されたハイヴ攻略であるスワラージ作戦だったが、結果は散々な物だった。上層部の混乱によって定員割れしたままの直轄部隊は突入を強行、帰還した機体は居なかった。

その部隊の補充に送られるはずだったスペアが帝国の基地に戦術機ごと搬入されて来た少女達であり、今は第四計画の預かりとなっている。

 

「スワラージ作戦の失敗以降インド亜大陸はボロボロだ、第三計画が作戦を無理矢理進めたお陰で国連への不信感も根強い」

 

「そんな土地で円滑な作戦行動が可能だとは思えませんが、本当に大丈夫なんですか?」

 

「実は滅茶苦茶太いパイプがある、油田がある以上秋津島開発として支援は行なって来てたからな」

 

「あぁ…成る程…」

 

スワラージ作戦に帝国軍は参加せずとも、秋津島開発の戦術機と多脚戦車は戦場に居た。弾薬やら防塵フィルターやらの消耗品も増産しては投げつけ、対価は貰っていたとはいえ支援した量はそれなりのものだ。

 

「東南アジアの国々にも説得をお願いしてある、第四計画は第三計画とは違うと示さないとな」

 

「何かインパクトのあるものが必要ですね、秋津島放送と上手く噛み合えば影響力は大きいかと」

 

「インパクトねぇ…」

 

前線の将兵を奮い立たせ、勝てると思わせるようなもの。第四計画の成功には全世界の協力が必要だ、不信感を持っている国や軍は少ない方がいい。

 

「…あるな、たった数発の攻撃で見る者に人類の勝利を確信させた兵器が」

 

「そんなものありました?」

 

「荷電粒子砲さ、見慣れてるのは帝国の大陸派兵組だけだろうからな」

 

原作における甲21号作戦、佐渡ヶ島ハイヴ攻略に際して投入されたXGシリーズは自慢の主砲を放った。ハイヴ上部に存在するモニュメントを吹き飛ばし、地表に存在した何万というBETAを消滅させた様は正に痛快。あの場にいた誰もが歓喜しただろう、しかしその後の展開はお世辞にも上手くいったとは言えないのが玉に瑕だ。

 

「新型浮遊艦をインドで飛ばそう、そしてその火力と勇姿を見せつけてやるのさ」

 

「一部の部隊を先行して入国させるということですね、博士に提案してみましょう」

 

「直掩機として計画直属のA-01部隊も先に現地入りさせよう、帝国軍以外であの船と協働できるのはアレくらいだ」

 

第四計画のA-01と言えばヴァルキリーズ中隊を思い浮かべる物だが、今はまだ連隊規模の戦術機部隊として健在だ。優れた00ユニット候補者を選び出すために選抜を進めた結果があの損耗率であり、作為的に数を減らそうとしなければあそこまで戦死者数が膨れ上がることはない。

 

「国連で唯一不知火及び疾風改を装備した部隊、広報用の被写体には困りませんね」

 

「連隊規模の第三世代機を用意出来る帝国も帝国だがな、国内の機体刷新と並行してると考えると相当な生産速度だ」

 

「予備機を含めれば連隊定数の108機は超えるでしょうし、確かに異様な速度ですね」

 

「俺達が担当してる吹雪も国連向けの生産が続いてる訳だ、本格的に世代交代が始まるとはな」

 

原作では常に数の上の主力機だったF-4だが、こちらでは既に前線を退いて訓練生のゆりかごとして余生を過ごすケースが増えていた。その穴を埋めるのはF-16や隼シリーズであり、金銭的な余裕があればF-15や吹雪が視野に入る。

 

「…雲泥の差ってヤツだな、今日日第一世代機なんざ最前線で見ないんだから凄い話だよ」

 

今までの積み重ねがハイヴ攻略を現実的なものに押し上げたのだ、ここで失敗する訳にはいかない。

 

「虎の子の無人機を出せるだけ出そう、ハイヴへの突入が行われるまでに有人機の被害を抑える必要がある」

 

「第四計画隷下の宇宙強襲揚陸艦への無人機搬入は完了していますし、我が社の戦術機輸送船はいつでも出発可能です」

 

「新型浮遊艦の完成までに全ての準備を遅滞なく終えるんだ、前線で戦わない俺達にとってはここが正念場だな」

 

人類の勝利は目の前だ、前哨戦はさっさと片付けよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百九話 凄乃皇と改造と

「XGシリーズb型改め凄乃皇弐型、最終調整完了だァ!」

 

帝国の国連軍基地にて改修が進められていたXGシリーズの一機は、秋津島開発の技師達によって完璧とも言える状態に仕上げられていた。

 

「武装は荷電粒子砲だけ、なんとも潔い機体だな」

 

「社長まで引っ張り出されるとは思いませんでしたが、何はともあれお疲れ様です」

 

「機体の制御系は色々と刷新されたからな、まあ作ったヤツが一番詳しいってことだよ」

 

原作において佐渡ヶ島で散った凄乃皇は、大海を超えてはるばるインド亜大陸まで投入されることとなった。それも数機の00ユニットを載せた状態で、炉も中身も入れ替えてだ。

 

「00ユニット3機による並列処理で機体の制御を万全にするとありますが、性能から見て一機でも充分に演算能力が足りるあたり化け物ですね」

 

「リーディングによるBETAへの諜報活動も可能だ、第三計画様々だな」

 

直轄部隊であるA-01連隊で周囲を固めつつ、荷電粒子砲による砲撃を敢行する。戦力も後方支援も万全だ、後は予想外の展開に対応出来る柔軟性を確保しておく程度だろうか。

 

「00ユニットの最終調整、調律だとかはもう大丈夫なんですか?」

 

「量子頭脳とかいう既存の常識が通用しない代物だから少し苦労したが、まあ生体コンピュータの知見が役に立ったな」

 

SPFSSと同様の技術を使い、人工的に作り出した擬似人格にて動作させる。対BETA諜報インターフェースとして充分な性能を持ち、特に安定性は原作の比ではない。

 

「元々は人の人格をそのまま転用する気だったらしいが、AIでも問題なく動作するって分かったのは本当に良かったよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

香月博士の研究ではより良い確率世界を手繰り寄せるという特殊な能力が必要とされるため、人間の人格データが必要だとされて来た。そのため社長も候補の一人だったりしたのだが、彼はそれを断り早期完成と安定性の向上という観点からAIの採用を進めた。

 

彼自身が持つ過去未来全ての情報へのアクセス権という唯一無二の力を駆使した結果、AIであっても人間と同レベルの手繰り寄せ能力を得ることに成功したらしい。原理も何も分からないが、こうなると人とAIの境目はどこになるのだろうか。

 

「アレに人を入れる気だったんですか?」

 

「今こそアンドロイドにしか見えない形だが、計画当初は人間の姿形そっくりそのままに作る予定だったんだよ」

 

00ユニットに人の人格を入れるのはまだいいのだが、自身が完全に人ではないと自覚した際に面倒なことになる。人格データがぶっ壊れ、人として機能しなくなるのである。

 

「精神の状態も冷媒の劣化に直結することが分かったし、人を使っても良いことはないってことになったんだ」

 

「いやその、かなり人の道を外れた技術の研究をしてませんかコレ」

 

「…うんまあ、行った実験の内容は伏せるよ」

 

色々とあったが00ユニットの人格も完成し、身体も万全の状態であるのは確かだ。既に3機が用意されているのを見て分かる通り、ある程度の量産体制も組まれている。

 

「これで第五世代機のメインコンピュータも用意出来るって寸法だ」

 

「冷媒に使うODLという物質の調達に難があると聞きましたが、そこは大丈夫なんですか?」

 

「なんとかした、人工ODLの実用化は不可能じゃあなかったしな」

 

「最近の特許周りはそれですか」

 

未来で00ユニットが大量に存在することを知っていたので色々と検索してみた結果、必要な技術を出力することが出来た。現状では1gあたりの単価が触媒の関係でプラチナを超えていたりと、滅茶苦茶な高コストなのは辛いところだ。

 

「第四計画で湯水のように使うお陰で貯めてたG元素がガンガン減ってくのは辛いな」

 

「目減りした予算見た帝国と国連の人が揃って泡吹いてましたけど」

 

「地下に出来たODLの濾過装置と製造機は凄い大きさになったしな、でもまあ予算は有効活用してるよ」

 

「それは確かにそうですね、本当にこの世にない物を片っ端から作るっていう実績は積み重ね続けてますし」

 

報告書に誰もが一度目を擦るような文字が羅列され、それが毎回続くのは第四計画くらいだろう。すげぇ兵器やら設備やらを作ると言い出した次の報告書で完成したと言って来るのだ、心臓が持たない。

 

「やり過ぎて本当かどうか疑われましたけど、もう何人確認しに来たかもう覚えてませんよ」

 

「仕方ないだろ、マジで作ってんだからさ」

 

「だからタチ悪いんですよ」

 

この開発スピードに慣れている帝国は兎も角、国連は完全に目を回してしまったようだ。最近はやっと眩暈がする程度になったらしいが、基地の地下は地上の数十倍の速度で時が流れているのではないかと真剣な眼差しで聞かれた際に社長は吹き出した。

 

「感覚が麻痺してましたけど、香月博士も凄い人ですよね」

 

「俺よりよっぽど凄いし、立派な人だぞ」

 

「社長は気に入った人に対しては全肯定マシーンになりますよね…」

 

「ファンだからな、ファナティックを略してファン」

 

「自らを熱狂的だと形容するのは立場ある人間としてどうなんですか」

 

社長がある意味狂っているのは、今に始まったことではないのだ。




最近の趣味は和太鼓の演奏を聴くこと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十話 甲13号作戦、始動

150話突破、嘘だろ。


「無人機一個連隊、なんとか掻き集められましたね」

 

「インド亜大陸の大地は厳しいが、まあそこは安心と信頼の秋津島開発さ」

 

港で社員達が見送るのは大量の輸送船であり、東南アジア諸国を経由しつつ戦場を目指す。原子力や水素など様々なエネルギーが開発され化石燃料の代替が進んではいるものの、今だにその需要は高い。油田地帯がBETAの占領下に置かれれば燃料不足による凍死など更なる犠牲が出ることは確かだ。

 

「各国が大量の戦術機と機甲戦力を抱えての参戦です、恐らくボパールハイヴのG元素を押さえる気かと」

 

「そこは帝国に譲ってもらうさ、着陸ユニットから採掘可能なG元素はまだある」

 

「それで納得するでしょうか」

 

「ハイヴの中で内ゲバなんて馬鹿みたいな真似してみろ、全ての取引を中断してあらゆる資本を引き上げさせてやる」

 

凄乃皇も新型艦も既に飛び立った、急に場所が空いた地下の格納庫はなんだか寂しく感じるほどだ。基地の防衛のため残された戦力は少ないが、その分の穴を埋めるため帝国軍が来てくれている。

 

「後は待つだけか、今のうちから受け入れ準備を進めよう」

 

「了解ですと言いたいところですが、社長は基地の陣頭指揮よりも本社の方でやることが山積みですよね?」

 

「…他にもまあ、色々あるんだけどね」

 

 

国連呼称甲13号の攻略を目的とした甲13号作戦だったが、その主体となるのは国連軍だった。帝国軍は中華戦線への派兵により大きな戦力を動かせず浮遊艦と疾風を中心とした砲撃部隊が主体であり、東南アジア各国は後方支援に専念していたため前線に多くの戦力を割けなかった。

 

「国連軍の主力部隊はTYPE-97ブリザード、吹雪を中心とした第三世代機で構成されています。数の上での主力はF-15Cですが、予備戦力として例の無人機部隊が待機しています」

 

「…大盤振る舞いね、社長」

 

『それほどでもない、あと一年あれば無人機を倍は用意出来たんですがね』

 

設営された指揮所に居たのは香月博士と、社長が遠隔操作する機械歩兵だった。国連軍でも広く運用されている無人兵器だが、こうして要人が遠隔で作戦に参加するために使われるのは世界初ではないだろうか。

 

「ML機関搭載兵器の専門家として、有事の際にはよろしくお願い致しますわ」

 

『任せて下さい』

 

あの社長が指揮所に居るという事実に皆が驚いてはいたが、香月博士と数回の会話をした後は黙っているのを見て少し落ち着きを取り戻した。

 

「作戦の第一段階に移行、目標である甲13号ボパールハイヴ付近に存在するBETAを砲撃により殲滅する!」

 

「A-02及びJNW01は砲撃位置に前進。直掩のA-01、エコー及びウィスキー部隊は重力場との干渉に注意せよ」

 

「BETA群第一陣接近中。大隊規模、光線級の存在を確認」

 

「本当に砲撃は最低限でいいんだろうな、性能を信じる他無いが」

 

スワラージ作戦と同規模かそれ以上の作戦であるのにも関わらず、砲撃の密度は高くない。ハイヴの地中深くから釣り出されて来るBETAの殲滅が作戦成功の鍵であり、最初から弾薬を今まで通りの使い方で消費するのは浪費に等しい。

 

「荷電粒子砲の発射準備進行中、重金属雲発生後も各艦とのデータリンクに支障なし」

 

「敵が射程に入り次第砲撃が開始される、戦術機部隊は砲撃時後方に発生する重力場に注意せよ」

 

宙に浮く二隻は砲門を開き、地平線を埋め尽くすBETAに向けて水素原子の加速を始めた。G元素を利用した荷電粒子砲を持つ凄乃皇弐型は秋津島開発の手で行われた改造のお陰もあり、小柄ながらも浮遊艦と同等の火力を有している。

 

「ハイヴ突入までに大きな損害を被ることは許されない、新戦力ありきの戦術がどこまで通じるかだが…」

 

国連軍はML機関搭載兵器を運用したことが無い、今回の作戦立案には帝国軍が大きく関わっているとも聴く。彼らにとって未知の戦力が結果を出さなければこの後が苦しい、だが少なくともこの中で二人は勝利を確信していた。

 

『当たりましたね、いい火力だ』

 

「ええ」

 

刹那、大隊規模のBETAが消滅した。続いて接近する敵集団も射程に入り次第塵と化し、直掩の部隊はすり抜けて来た小規模のBETAを疾風が撃ち抜くだけのワンサイドゲームだ。

 

「…我が方の被害無し、それでいて敵集団の殲滅に成功?」

 

「そのまま前進、予定通りに敵集団の殲滅を続行!」

 

武装を有する浮遊艦が大口径の超電磁砲にて遠距離の取りこぼしを撃ち抜きつつ、発射準備が整った凄乃皇弐型が敵集団の中央に主砲を放つ。重力場に巻き込まれぬよう機体の動作をある程度自動操縦に委ねている戦術機達だったが、激戦になるものだと考えていた前哨戦に殆ど出番が無いのを見て唖然としていた。

 

「進撃速度は予定より30%ほど上回っています、どうされますか」

 

「…帝国軍の言う通りだったか、このままで問題ない」

 

厄介な重光線級対策としてハイヴ周辺には既に重金属雲が展開されていたが、それをBETAごと吹き飛ばして二隻は先へと進む。直掩の機体は重力制御によりある程度浮遊させられているため燃料の消費は最低限、補給は一度で済みそうだ。

 

「前代未聞だな、これは」

 

ポパールハイヴは目の前だ、作戦の要は国連軍が想定していた以上の働きをして見せた。特に弐型を第四計画が所持、運用しているという事実は非常に大きなものになるだろう。

 

「香月博士、貴女は対BETA戦略を書き換えるに足る存在を作り上げたようだ」

 

「隣にもう一隻居るのが笑えるところですわ、本当に規格外ね」

 

『00ユニット程の演算能力は無いので防御力は劣りますが、火力の投射能力だけはかなりのものかと』

 

辺り一帯のBETAを殲滅することが出来れば、砲撃部隊を前進させられる。そして次に始まるのは大量に存在するであろうBETAとの根気比べ、奴らの物量を捌き切れるかが焦点だ。

 

『また人類の歴史に名を残しましたね、今度は科学に続いて軍事分野でもビッグネームだ』

 

「貴方が居れば少なくとも人類は滅びそうもない、光栄ですわ」

 

『戦後は是非とも我が社に来ていただきた…おっと、失礼』

 

勧誘をするような場ではない、社長は機体のマイク入力を切ってまた暫く黙ることにした。




評価待ってるぜ、もうそろそろ完結するしね。
200話超えたらまあ…その時はその時ってことで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第百十一話 ハイヴ解体作業

「どんだけ撃つんだよコイツは!」

 

彼ら戦術機部隊の体感ではゆっくりと、しかしBETA占領地であることを考えると異様な速度で殲滅と前進を繰り返しているのはハイヴ攻略部隊だ。二隻の船より前に展開した彼らだが、砲撃の余波でボロボロになったBETAにトドメを刺す作業を繰り返していた。

 

「黙って撃て、撃つ相手はいつもより少ないがな」

 

「先月の間引きより楽なハイヴ攻略ってなんだよ、俺達が撃つ前にエレクトロでマグネティックなランチャーが吹っ飛ばして下さるしよぉ」

 

帝国軍の疾風及び疾風改率いる長距離狙撃部隊は光線属種を撃破することを主任務としていたが、厄介な突撃級や要塞級には限定的な対処を行なっていた。前衛を務める国連軍の吹雪は持ち前の近接格闘戦能力で難なくBETAを撃破しており、被害は非常に少ない。

 

『回収機が飛行します、該当地域の飛行には注意してください』

 

「何処の馬鹿が堕とされたんだ?」

 

『片腕を喪失したようです、簡易ドックにて処置を行います』

 

「了解、ぶつからないように背中を見張っててくれ」

 

最近実戦投入が始まったらしい無人戦術機の分隊が部隊の間をすり抜けるように飛んでいき、損傷した機体に肩を貸しながら戻って来る。彼らが目指すのはML機関搭載兵器の一つ、凄乃皇弐型である。

 

『損傷機回収完了、着艦許可を』

 

『着艦を許可、二番ハンガーに機体を移送して下さい』

 

『了解』

 

凄乃皇弐型は改造する前と同じく武装は荷電粒子砲のみ、だが他の物が付け足されていないわけではない。その積載量と重力制御能力による安定性を見た秋津島開発の手により、限定的ではあるものの空母としての側面を追加されていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『損傷部位の切り離し完了、喪失部の再出力を』

 

『プリンターへの電力及び材料の供給に問題無し、左腕部の再出力を実行』

 

幸い腕以外に大きな損傷は無かったようで、作り直すのは腕だけで済んだようだ。ハンガーに固定された機体は左腕の付け根に巨大なロボットアームが取り付き、その場で失った腕を作り上げていく。

 

『出力完了まで凡そ45分、燃料補給と簡易整備を行なってください』

 

00ユニットの管制により戦術機達は次々と戦線に復帰、積み込んだ予備の武装を抱えた補給機が共に飛び立っていく。

 

『次回の砲撃は3分後です、周囲の機体は自機の座標に注意して下さい』

 

企業製だからか知らないが軍用機としては柔らかすぎる物腰で周囲に警告がなされ、機体各所に増設されたスピーカーから警告音が鳴り響く。砲撃に際しても衝撃を完全に相殺するためプリンタによる出力にも影響は無い、初の実戦投入とは思えない安定感だ。

 

「あの、俺はどうすれば」

 

『休憩していて下さい、焦った結果死ぬところだったんですから』

 

「…そうするよ」

 

片腕を作り直されている機体の衛士は同乗していたSPFSSに諭された上、彼女から手渡されたボトルを受け取った。汗をかいていたことをバイタルデータから知ったのだろう、気が利く相棒だ。

 

『我々は足を止めることなく進軍中、あと数キロでハイヴの地表構造物が射程に入ります』

 

「てことはBETAの光線属種もこっちを捉えるわけか」

 

『恐らく現在の敵攻撃パターンを見る限りこちらのA-02の方が狙われやすいようです、下手に動くより大人しく修理を待つのが得策かと』

 

「だな、腕がないんじゃあ火力も半減だ」

 

他にも様々な機体が運び込まれては、修理されてもう一度出撃していく。豊富な予備戦力を活かし、少しの損傷でも後方に下げては修理を行わせているようだ。

 

『我が方の損耗率は一割以下、有人機の被害に絞れば更に下がります』

 

「ハイヴともなれば陽動やら掃討やらで数割死ぬのが常識だったんじゃあ?」

 

『それは我々が常識を塗り替える前の記録です、今日この日の戦果を以て全てのハイヴ攻略戦術は正式に過去のものとなりますから』

 

万全の後方支援と正確無比な射撃と連携により、光線属種はその性能を活かせぬまま消滅していく。もし照射されたとしてもラザフォード場がそれを難み、すぐさま浮遊艦の超電磁砲がカウンターとして叩き込まれる。

 

『補給機による空中給油に支障なし、速度を維持しつつ進軍可能』

 

『現環境評価に変動なし、無人機間ネットワークによる戦域把握は問題なく機能していると判断する』

 

『荷電粒子砲への負荷は許容範囲内、砲撃を続行』

 

「この空中要塞、人が操作してないんだもんなぁ…」

 

ハイヴ周辺の重光線級が二隻を捉えるが、既に発射準備が完了していた荷電粒子砲の方が先に放たれる。ハイヴの地表構造物の上半分を巻き込みながら、師団規模のBETAが消滅した。

 

「地面が抉れてる、車輌の進軍に支障が出そうだな」

 

『そんなことまで気にするとは、緊張は解れたようですね』

 

「そうだな、腕が直り次第前線に戻ろう」

 

良い意味で緊張感が無い、有りすぎず無さすぎないとでも言うべきだろうか。戦力の損耗は抑えられ、決死の突撃を行う必要もなく淡々と作戦は進んでいる。これこそ進歩し続ける人間が遂にBETAを突き放したことの証明に他ならない、既に我々は刈り取られる資源では無いのだ。




多数の評価ありがとうございます、滅茶苦茶嬉しい。
総合評価もなんか数百点上がってましたし、日刊ランキングにもまたお邪魔させて貰っていて感謝感激。

完結したら宇宙開発企業デイアフター編の構想練るので、これからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 前哨戦の意義とその先と

解説回です。


司令室から離れ、社長と香月博士は大多数の人間には伏せられたある作業を行なっていた。BETAへのリーディングによる諜報活動、第四計画における00ユニットの本質はコンピュータではない。

 

『BETAの指揮系統、ハイヴの地下茎構造、戦力配置、戦略その他諸々…全部綺麗に引っこ抜けてるな』

 

「傍受されていないでしょうね」

 

『勿論だ、この戦場で無人機で中継したレーザー通信を傍受出来る奴が居たらスカウトしに行ってる』

 

「…いつの間にこんな設備を用意したのかしら、驚きだわ」

 

二人は砕けた口調で話しつつ、00ユニットがBETA相手に得た情報を確認していた。設計通りに働いた彼らは値千金の情報を掻き集め、こちらに送信してくれている。

 

『指揮系統についての情報が確認出来たのが本当に良かった、これでオリジナルハイヴを攻撃する根拠が出来る』

 

「かなり前から甲1号目標の攻略を提唱していたけど、貴方はいつから確信していたの?」

 

『空の上で着陸ユニットの中を見た時さ、中に収まっていたのはオスカー部隊が遭遇した反応炉より余程悍ましい形だった』

 

司令部近くに設営されたレーザー通信車輌が上空の衛星と通信を確立、第二宇宙港のメインフレームが更なる情報の解析を始めた。太陽に向けられた太陽光パネルが大電力を発電し、花弁のように広がった放熱板が熱を逃す。

 

『オリジナルハイヴの突入ルート策定に時間はかからないとは思うが、間に隔壁があるとはな』

 

「面倒だけど凄乃皇が通れる大きさね、利用出来ないかしら」

 

『コイツの突破方法は考えておく、突入部隊に編成する凄乃皇四型の最終調整も間に合わせないとな』

 

基地の地下で留守番を務めるのは原作において泣く泣く外された各種武装を全て詰め込み、更には新型のML機関と追加装備を身につけた四型改とでも言うべき機体だった。

 

「そのためにも今回攻略するハイヴからG元素を確保、燃費の悪い四型の稼働時間を確保するって寸法ね。あの追加装甲ってそこまでして載せるもの?」

 

『ML機関に頼らない防御手段が必要だったからな、あの触手と衝角は脅威だと判断した』

 

つまり前哨戦である甲13号作戦の表向きの目標は甲一号攻略のための橋頭堡確保とXGシリーズ及び00ユニットの試験運用であり、伏せられた目標はBETAへの諜報活動とA-01によるG元素の独占だった。

 

『解析は任せろ、それと周囲には気をつけてくれ』

 

「例のテロ組織ね、全部聞かされた時は流石に驚いたわ」

 

『奴らは並行世界の未来を知っている以上、ターニングポイントとなる時には絶対に介入してくる筈だ。特に貴女は第四計画の中心人物、未来を捻じ曲げるために暗殺を試みる可能性は大いにある』

 

そのためにA-01連隊の中で最も信頼出来る者達で構成された中隊、伊隅戦乙女隊が基地の重要機密防衛という名目で警戒に当たっている。香月博士は原作においてルートによっては暗殺されてしまうこともあるため、油断は出来ない。

 

『護衛の機械歩兵やアンドロイドは全て外部からの通信を受け付けないスタンドアローン状態、操作が乗っ取られるということはない』

 

「そう、頼りにさせてもらうわね」

 

『この身体はレーザー通信を介した秘匿回線のみにて稼働している、有事の際には機体を破棄する予定だ』

 

念には念をという奴だ、趣味で作っていた光学迷彩すら投入して体制を整えている。

 

『貴女は絶対に死なせない、必ず人類の勝利を見届けてもらう義務がある』

 

彼女が原作で払った犠牲は非常に大きなもので、親しい人物すら次々と失っていく。連隊を中隊にまで擦り潰すあたり相当だが、被害を見て眉一つ動かさないほど冷たい人間でもない。

 

『そして証明してくれ、あの犠牲はこの世界で不要なのだと』

 

「あの犠牲?」

 

『…忘れてくれ、失言だ』

 

平和な未来に見覚えのある人物が欠けているのは耐え難い、二者択一(オルタネイティヴ)を迫られる世界などあってはならないのだ。




なんか評価者数がまだ増えてる、読んでくれている方が可視化されるのはなんか嬉しいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

掃討と突入と

ハイヴから湧いて出た数万のBETAが荷電粒子砲で灰燼と化す、この光景は既に五度目だ。二隻のML機関搭載兵器は交互に砲撃を行い、戦域に存在する全てのBETA相手に一方的な攻撃を行っていた。

 

「二隻の損傷は?」

 

「凄乃皇弐型の砲撃準備中に重光線級の初期照射を受け前面装甲に被害が出ています、ですが戦闘続行に支障なし」

 

「よろしい、このまま敵個体数を減らし突入部隊の障害を排除する」

 

砲撃を行う二隻に全てのBETAは釘付けだ、ハイヴ突入のための準備は着々と進んでいる。今回はオリジナルハイヴ攻略のために有人の軌道降下部隊は温存されており、宇宙艦隊から行われるのは軌道爆撃と補給コンテナの投下のみだが密度は過去よりも増している。

 

「本来であれば甚大な被害を出しつつ囮部隊が陽動を行いBETAを引き剥がすのだがな、そんな必要も無いとは」

 

既に攻撃部隊は足を止め、防御陣地をある程度構築した。ハイヴ近辺ともなると地下から湧き出すBETAも必然的に増加し、接近戦の機会も増えつつある。その中で投下された補給コンテナを確保しつつ、補給機と合わせて各部隊へ物資を分配するのは少々困難だ。

 

「補給は予定より遅れているようですが、遅延は問題の無い範囲です」

 

「凄乃皇二型の防衛は国連軍のウィスキー部隊が行う、A-01は予定通り突入準備を進めるよう通達を」

 

「了解、輸送機を前へ!」

 

ハイヴ攻略は幾つかの段階に分かれているが、地上の制圧が最初の壁である。大量のBETA相手に砲撃や軌道爆撃を浴びせ、更にハイヴから敵を引き剥がす必要がある。その際に行われる砲撃は苛烈極まりなく、一国家が備蓄する弾薬を使い切るとまで言われるほどだ。

 

「既に殆どの障害は乗り越えた、砲撃部隊の出番がここまで後になるとは思いもしなかっただろうな」

 

しかし今回は荷電粒子砲が二門存在し、ハイヴ近辺のBETAは纏めて吹っ飛ばした。つまり砲撃部隊は一国家分の弾薬を温存しており、前進した部隊に守られつつ前進したことでハイヴを完全に射程内へと収めている。

 

「A-01の搭載が終わり次第二隻の砲撃は中止、砲兵隊での攻撃に切り替える」

 

「既に設営は完了したとのことです、護衛の機甲部隊も展開をほぼ終えました」

 

荷電粒子砲では突入しようとするA-01を巻き込んでしまうため、ここに来て砲撃部隊の本領発揮というわけだ。大量の弾薬を抱えた彼らは今か今かと砲撃の合図を待っている。

 

「A-01の搭載完了しました!」

 

「よろしい、突入及び砲撃を開始せよ」

 

A-01の戦術機が乗り込んだ輸送機というのは、以前秋津島開発が研究を進めていた地面効果翼機だ。ハイヴの周辺はBETAによって整地され、その機体が苦手とする起伏は無いに等しい。

 

「囮によって全てのBETAは前面に釘付けになる、その状況を作り出した上で背面から突入部隊を侵入させるとは…」

 

軌道降下部隊は非常に損耗率が高い、本命であるオリジナルハイヴを前に壊滅させるわけにはいかなかった。その結果考案されたのがこの作戦であり、ML機関搭載兵器が健在でなければ不可能だった行動だ。

 

「凄乃皇弐型を突入部隊に同行させなくても良かったのでしょうか」

 

「自衛用の火器を持たない機体を連れて行くのは負担が大きい、それに突入部隊が大量のBETAを引き寄せてしまう」

 

大量の火器を搭載する予定の凄乃皇四型でもなければ、連れて行くリスクとリターンが合わないのだ。

 

「既に我々が掃討したBETAの数は13万を超え、予測個体数が正しければハイヴは7割の戦力を失っていると考えられる」

 

「つまり、我々は掃討戦に移りつつあると」

 

「BETAがハイヴ陥落の際に目標を破壊する可能性もある、万全を期すためには海王星作戦で見せた撤退行動を起こす前に確保する必要がある」

 

彼らは確実にハイヴを陥落させ、目標を確保するつもりでいる。他のハイヴからの増援が来る前に攻略を終え、二隻の戦力に頼らない防衛線を構築しなければならない。

 

「第四計画主導による人類の国土奪還、未だ日和見を続ける国に有無を言わせぬ実績が要る」

 

正確な軌道爆撃が突入部隊の活路を開き、付近に存在した敵集団を砲兵隊の長距離ロケット弾が吹き飛ばす。BETAの死骸が目立つようになった辺りで戦術機は輸送機から離脱、速度を維持しつつハイヴへの突入を敢行する。

 

「A-01は全機が不知火と疾風改で構成されている精鋭部隊だ、あの部隊で制圧出来ないのなら諦めるしかなくなるが…」

 

「その心配は無いようです」

 

突入部隊は破竹の勢いで奥へと進んでいる、移動するBETAの背後を攻撃出来ているのも大きな要因だろうか。

 

ーーー

ーー

 

第四計画主導によるボパールハイヴ攻略作戦、甲13号作戦は見事成功に終わった。突入部隊にある程度の損害は出たものの、海王星作戦で突入した同規模の三個大隊が被ったものと比べると少ない範囲で収まった。フェイズ5と呼ばれる最大に近いハイヴを攻略出来たことは、第四計画の正当性を大きく示したと言えるだろう。

 

HI-MAERF計画にて語られた「XGシリーズ実用化の暁には、ハイヴ攻略に必要な戦力は従来の数十分の一になる」という言葉は、机上の空論等ではなく確固たる事実として受け止められた。

第四計画はこの成果と得られたG元素を片手にオリジナルハイヴ攻略を提唱、全ての国々を巻き込んだ一世一代の大作戦が始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凄乃皇四型改

「これがG元素利用型の2700mm電磁投射砲です」

 

「君、これは流石に桁がおかしくないか?」

 

「合ってるんですよ、これが」

 

基地の地下で最終調整を終えようとしている凄乃皇四型だったが、それを確認しに来た国連軍の関係者は手渡された資料を見て冷や汗をかいていた。

 

「超電磁砲ではないのかね」

 

「レールガンを和訳するのであれば超電磁砲より電磁投射砲が適切ですから、アレは我が社の商標なんですよ」

 

「なるほど」

 

疑問の一つを解消したところで数字の桁が減るわけでもない、搭載されたという武装の数々もそのままだ。やはり見間違いでは無かったかと諦めつつ、説明の続きをするよう促した。

 

「搭載武装として両腕に2700mm電磁投射砲を計二門、120mm電磁投射砲を八門、36mm機関砲を十二門装備しています」

 

「…ほ、ほう」

 

「G元素を使用しているため砲身寿命が従来品と比べて数十倍ありまして、発射間隔を余程高めなければ発射し続けることも可能です」

 

「規格外だな、いつものことだが」

 

既に弾薬が運び込まれ始めており、作業員達がコンテナから電磁投射砲専用の弾頭を機体の弾薬庫へと移している。

 

「また機体内部に装備されたVLSに変更はありません、あくまでこの機体はHI-MAERF計画当時に設計されたXG-70dの余剰空間に火器を詰め込んだだけですので」

 

「詰め込んだ物が物だろう、元々この機体は36mm機関砲を中心とした自衛用の通常火器しか搭載してなかった筈だ」

 

「主機も載せ替えて発電量も安定しましたし、両腕や頭部に設けられた空間を鑑みると将来的な搭載は想定していたようですので」

 

00ユニットの実用化によりML機関搭載兵器は巨大な電算機を積まずとも運用出来る時代になった、XGシリーズに時代が追いついたとも言える。

 

「我が社の浮遊艦は00ユニットの搭載を前提としていないため大型で非常に堅牢な設計にせざるを得ませんでしたが、この機体は遥かに合理的です」

 

「随分と持ち上げるのだな、てっきり時代遅れの代物だとでも言うかと思ったが」

 

「社長が御執心だったので気になったんですよ。未来に託した機体と現状で足掻いた機体の差ですかね」

 

技術者としての矜持があるのだろう、米国製の欠陥機とすら言われた機体に対して秋津島開発の社員達は大きな敬意を抱いていた。

 

「そして目玉となる追加装備として、この自在型追従装甲が挙げられます」

 

「…戦術機が使う盾のようなものか?」

 

「重力制御により稼働、ラザフォードフィールドに次ぐ第二の防御手段として運用されます」

 

ML機関によって機体自身が空を飛ぶように、機体以外も宙に浮かせることは不可能ではない。機体の周囲を覆う重力場との干渉を考えると必要な演算能力はかなりのものだが、00ユニットを三機並列で稼働させることを考えれば大きな問題ではなかった。

 

「つまりラザフォード場を突破される可能性があると、そう考えているわけか」

 

「BETAがG元素を生産する能力を持っている以上対策は必要だということになりまして、武装は搭載していませんがその分非常に堅牢かつ軽量です」

 

社長は原作においてオリジナルハイヴの最奥に鎮座するBETAの司令塔、あ号標的が見せたラザフォード場の貫通攻撃を非常に警戒していた。触手による機体や人体に対する侵食とそれに伴うコントロールの奪取は作戦失敗に直結し得るものだ、対策を練らない訳がない。

 

「念には念を、というわけか」

 

「最終的に頼りになるのは物理的な装甲ですから、複雑な武装に比べて実装も容易ですし」

 

「いや、こんな船の側面を引き剥がして来たかのような板をすぐさま用意出来ることも充分難しいと思うが」

 

「大気圏突入用の耐熱シールドの裏に炭素系素材の装甲を貼り付けたんです、重光線級相手にもまあ撃ち合えるかと」

 

流石は宇宙開発も行う大企業、この手の資材には困らないらしい。既に規格外となった機体だが、視察に来た彼はまだ資料のページが余っていることに気が付いた。

 

「…まさか」

 

めくった先にあったのは凄乃皇四型のための追加装備、それについての資料だった。確かに時間が許す限り改修を続けるとは聞いていたが、弐型の背部母艦ユニットと同規模の装備を作り上げていたとは思わなかった彼は、一度眼鏡を外して目元の汗を拭った。

 

「この追加装備というのは何処にあるんだね、どういった物なのか気になる」

 

「ML機関です、双発にするので」

 

「は?」

 

凄乃皇四型が燃料を馬鹿みたいに消費する予定なのはこれに尽きる、幾ら燃費の良い秋津島製の主機であっても大型化したものを二つ載せるのだ。

 

「ま、待て待て待て!双発!?」

 

「ラザフォード場による防御を二重に行えるということは非常に有意義なんですよ、特に荷電粒子砲を運用するのであれば」

 

「…きちんとした理由があるんだな、聞こうじゃないか」

 

「荷電粒子砲の発射時にラザフォード場を利用する必要があり、光線の防御が不可能になるのはご存知だと思いますが」

 

「ああ、だからこそ甲13号作戦では二隻用意したと聞いている」

 

ラザフォード場による防御も絶対ではない、荷電粒子砲を放つ際に粒子収束や反動相殺にその力を使う必要があるのだ。その場合生成できるラザフォード場の殆どが主砲に割かれ、飛んでいるのがやっとの状態になってしまう。

 

「ラザフォード場の生成能力が不足しているのであれば、まあ増やしてしまえという話になりまして。これにより主砲発射時の隙を無くしつつ、追加装甲などの重力制御も容易になっています」

 

「それで双発にするというのか、理にかなっているのかもしれんが…」

 

「00ユニットも追加で載せて、六機での並列稼働となります」

 

「君らに加減って物はないのか?」

 

「予算の範囲内で作れるように加減してますよ?」

 

これでも加減していたのかと呆れる彼だが、確かに予算が幾らでもあればXGシリーズの改修などは行わずに別の機体を新造しているだろう。それも化け物のような装備を大量に取り付けてだ。

 

「追加装備に背負う形で載せているこの馬鹿デカい筒には何が入ってるんだね、大陸間弾道ミサイルと言われても驚かないが」

 

「G弾です」

 

「は?」

 

眼鏡がずり落ちた、こんなことを聞かされればそうもなる。

 

「加害範囲を意図的に小さく直線的にしたG弾で、社長曰く重力子放射線射出装置と呼称するとのことで」

 

「…あぁ、うん」

 

「空間を削り取るように全ての物体を貫通するので、最悪の場合はこれで侵攻ルートをこじ開けるそうです」

 

元々のG弾のように大きな加害範囲は持たず、自身の周囲数十メートルを削り取り分子を引き裂きながら筒状の穴を開ける特殊兵器だ。規模が小さいため重力異常が発生する可能性は殆どない、複数発を同時に使用しない限りだが。

 

「過激派がまとめて粛清されたG弾推進派が新たに提唱した低負荷G弾に関する研究が元になっていますが、実用化したのは皮肉にも我々だけです」

 

「君達が人類の味方で、私は本当に嬉しいよ」

 

凄乃皇四型は大量の武器弾薬を抱え、ハイヴへと殴り込む準備を着々と進めていた。基地への襲撃を警戒する社長は大量の無人機や防衛設備を優先的に配備させており、数々の試作機や凄乃皇二型の予備機すら待機しているという状態だ。

 

この機体が飛び立つ時がオリジナルハイヴ陥落の日である、この場に居る誰もが確信していた。




凄乃皇四型に関してはラフを活動報告に置いておきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予兆

「秋津島開発の人道支援パッケージが襲われた?」

 

「はい、現地の方々によって実行犯の多くは取り押さえられたようです」

 

未だ混沌を極める難民キャンプにて、支援活動をしていた部隊が襲われた。護衛として機械歩兵が配備されていたとはいえ、負傷者が多く出るなど被害は甚大だ。勝利の余韻に浸りたかった社長と秘書だが、酒瓶を空にするというわけにはいかないようだ。

 

「治安が悪い地域だからな、この手の事件が無いわけじゃないが…」

 

「タイミングと規模が少々不気味かと」

 

「だな、テロ組織の構成員が先走って起こした事件という可能性がある」

 

すぐさま秋津島警備に場所を問わず重武装を許可し、凄乃皇四型の防衛網を警戒体制に移行させる。こうも簡単に尻尾を出すとは考え難いが、時期を考えるとどうにも嫌な予感しかしない。

 

「テロ行為の件数は減少傾向にありました。これは我々の勝利だと思っていたのですが、もしかすると身を潜めていただけなのかもしれません」

 

「一丁前に戦力を温存してたってわけかよ、嫌になるな」

 

「ボパールハイヴに展開中のA-01およびA-02にも警戒するように連絡を入れておきましょう、キャンプでの取り押さえに協力してくれた方々には何かお礼をする準備をしておきます」

 

この事件をきっかけに国連軍主導での強制監査を実行、テロ組織が根を張っていたと思われる難民キャンプに手を出すことが出来た。一部の地域については秋津島開発が多くの協力者を抱えており、捜査は思いの外迅速に進んだ。

 

その結果派遣された人々が目にしたのは管理組織の形骸化と腐敗、それに伴う劣悪な環境だった。

 

 

 

 

「罪状はえっと、どうしますか」

 

「ひとまず暴行で連れて行け、これだけ派手にやれば後で幾らでも付け加えられるだろうしな」

 

キャンプに突入した治安維持部隊だったが、捜査を行う中で見たくもないものを見てしまうことはある。銃床でぶん殴った男数人を縛り上げ、トラックの荷台に放り込んだ。

 

『警戒監視モードにて被害者の護衛に当たりますが、機械歩兵である当機がこの任務に適しているのでしょうか』

 

「秋津島製のロボットはそこらの人間より信用されてんだよ、近くに立ってるだけでも充分だ」

 

『了解』

 

女性ばかりの被害者達がテントの外に連れ出され、それを機械歩兵達が守っている。人間味が薄くなるよう調整されている彼らは平常心を保っているが、人間の兵士達にとっては直視し難いもののようだ。

 

「宗教団体の闇ってやつか、まあ手っ取り早く信者を集めるには便利だろうな」

 

「このキャンプでも調達出来るもので何かするとなればこうなるのは分かりますが、ここまでやるものですか」

 

「規模はあるが隠蔽出来るよう他のキャンプとの配置を工夫して、逃げるための地下通路まで掘り進めているとは思わなかったがな」

 

協力者からの情報により地下通路の出入り口はある程度押さえられたが、まだ知り得ない場所から逃走した容疑者も多い。名簿と人数が合わないなんてことも頻発している上に、キャンプを去った者達で身元の確認が取れる人も少ないと来た。

 

「…よくもこんな状態にしておいたな、吐き気がする」

 

「戦術機部隊から連絡です、キャンプより16km先に痕跡を発見したと」

 

「痕跡?」

 

「車輌が複数台移動した後があるそうです」

 

「既に逃げたということはこの馬鹿共は囮か、小賢しい真似を」

 

この監査を予見していたということは、国連軍から情報が漏れていたということだ。難民キャンプに潜伏するテロ組織がそこまでのネットワークを持つとは到底思えない、違和感が大き過ぎる。

 

「不味いな、これは」

 

「どうされましたか」

 

「部隊を集めろ、置き土産の一つや二つ…」

 

しかし既に遅かった、テントと人間だった物が爆発によって宙を舞う。証拠隠滅を兼ねたその不意打ちは、本来なら難民達が冬を凌ぐために用意されていた燃料を盗んで転用されたものだった。

 

「仕掛けられていたか」

 

「隊長!」

 

「伏せておけ!もう逃げることは出来ん!」

 

タンクが爆発によって破裂したことで化石燃料が辺り一面に広がる。広がった液体が気化し、周囲の高温によって発火点に至ればもう誰も止められない。

 

「得る筈だった証拠も灰になったな、これではもう…」

 

「戦術機部隊から救援に向かうと連絡が!」

 

「巻き込まれるぞ、来るなと言え!」

 

更に発電用の燃料電池に使われていた水素と酸素が流出、気体同士が混ざり合う。燃えやすいテントを中に居た人間ごと焼き払う大火災が合わさり、二種の気体に引火した。

 

「繰り返せ、来るなと…」

 

大規模な水素爆発、人の命を奪うには充分だった。

 

ーーー

ーー

 

『再起動…完了、命令の続行を…』

 

爆心地で一人立ち上がった機械歩兵は、最後に言い渡されていた難民の護衛を続行するために周囲を見渡した。共に待機していた機体はすべて破壊されたようで、立ち上がる機体は他にいない。

 

『部隊員の通信途絶、全バイタルフラット』

 

乱立していた筈のテントも、保護すべきだった人々も、共に行動すべき仲間も居ない。地面には爆発によって飛散した破片が突き刺さり、既に息絶えた人々の亡骸があるばかりだ。

 

『…命令の続行は不可能、護衛対象が存在しません』

 

機体の装甲には血と肉、誰かが着ていたであろう布が張り付いている。BETAの返り血を浴びることなど日常茶飯事だが、この状況は曲がりなりにも人の脳を持つAIにとってあまりにも残酷だった。

 

『生存者の捜索を実行します』

 

一人残された機械歩兵は生き残りを探すべく、足を引き摺って前に進み始めた。

 

 

S11でも落ちて来たのかと錯覚するような大爆発と共に、国連軍の治安維持部隊との通信は途切れた。監査中という状況によって避難に大きな遅れが出たこと、爆発が連続して起こったこと、避難ルートがテントによって塞がれてしまったこと、様々な要因により被害者の数は膨れ上がってしまった。

 

その後難民解放戦線を名乗る集団により爆発は国連の陰謀であるという告発文が発表、BETAとの戦闘と国家間の対立ばかりを重視する現在の状況がこのような悲劇を産んだと声高らかに叫ばれることとなる。

 




凄乃皇四型に関してなのですが、後半に出て来た双発化用の追加装備と追従装甲及び低負荷G弾の三つがオリジナル要素です。つまり大量のレールガンは原作において本来なら搭載される筈だった装備となるわけで…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 行動開始

「話が違うではないか、証拠隠滅のためとはいえ規模が大き過ぎる」

 

『国連の動きが想定以上に早かったのはご存知でしょう、我々としても不本意でしたが露見を避けるためには手を尽くす必要があります』

 

「…本当に第四計画を引き摺り下ろせるのだろうな」

 

『我々は今までどのような実績を打ち立てて来たか、それはご存知の筈ですが』

 

薄暗い部屋で男が話しかける先は小さな通信端末であり、そこからは人工音声と思わしき声が発せられている。話す内容からしてテロ組織と男は繋がっているようで、今回の騒動について意見を交わしていた。

 

「回収業者を通じて戦術機を提供していたが、もうそのルートも使えんだろう。今回の便が最後だと思え、ソ連製も品切れだ」

 

『充分な数が集まりました、それに他のルートでも別途確保していますのでご心配なく』

 

「水素燃料を輸送する船に関しては航行ルートを割り出してある、好きに使え」

 

『ありがとうございます、これで実行に移せます』

 

「難民共を上手く扇動した挙句爆殺か、碌でもない組織と手を組んだものだな」

 

嫌味の一つでも言いたい気分だったのだろうが、男はそれを言える立場ではない。第四計画が破綻した場合、次なる第五計画が積み上げた研究成果を接収すること。それがこの男を含めたテロ組織の後援者が望むシナリオであり、都合の良い夢とも言えるだろう。

 

ーーー

ーー

 

「分かっていて手を組んでおいて何を今更、情報を吐かれる前に消すのが得策か」

 

「どうされましたか」

 

「問題ない、我々は未来のために戦うだけだ」

 

未だ姿を現さない黒幕だが、ある船内で次の騒動を引き起こすための準備を行なっていた。船と言っても彼らの所有物ではなく、廊下には息絶えた船員達が今も転がっている。

 

「艦橋の者達は?」

 

「通信機を使われる寸前でしたので、やむなく射殺を」

 

「…仕方ないか、怪しまれないように演技は頼む」

 

「お任せください」

 

海上のプラットホームから地上各地へと燃料を運ぶタンカーは、彼らの手によって外部への通信を行うことすら出来ずに制圧された。大量の水素と酸素を手に入れた彼らが向かうのは日本列島、バビロン計画にて埋め立てが進む東京湾だった。

 

()()と同じなら東京の地下に例の物がある筈だ、それを白日の元に晒す」

 

「秋津島開発が生み出したと言う自走式G弾ですね、未来では立ち向かった国の街を悉く滅ぼしたと言う」

 

「ああ、アレはこの世にあってはならないものだ」

 

何故か秘匿されている筈の第五世代戦術機を知る男は、その機体を手に入れるつもりのようだ。タンカーには水陸両用型のMMUや、改造された多脚車輌が運び込まれている。

 

「同志の船と連絡が取れました、戦力の受け渡しは可能だと思われます」

 

「よろしい、戦術機が無ければ片手落ちだ」

 

東側で運用される小型戦術機であるMiG-29が飛来し、甲板に用意されたスペースへと着艦する。そして伏せる形で機体を固定した上で布を被せ、衛星の目から隠す。今回のタンカー襲撃も分厚い雲の下で実行されており、秋津島の衛星監視網でも捉え切れてはいない。

 

「現地の工作部隊にも連絡を頼む、時は来たとな」

 

「はっ!」

 

「私は今後の計画をもう一度確認する、すまないが部屋には近寄らないよう言っておいてくれ」

 

「お任せを、お手を煩わせるようなことはさせません」

 

数回に渡る妨害工作でも息の根を止めきれなかった、社会的な信用の失墜も回避された。彼らにとってオリジナルハイヴを攻略されるまでが残り時間であり、もう後がないのだ。

 

「死に損なった秋津島も、馬鹿な難民の連中も、この先には不要なんだよ」

 

そう一人呟く彼の手には四角い記録媒体が握られており、それにはある文字が刻まれている。シュタージファイル、何者かによって持ち出されたそれは爆弾と化した船の中にあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

MMU対策課

いつもの社長室で業務を進める二人だったが、どうにも空気が重い。その理由は言うまでもなく、例のキャンプ爆破事件が原因である。

 

「…やられたな、こうも簡単に焼き払うとは思わなかった」

 

難民解放戦線を名乗る者たちによる犯行は、第四計画をスムーズに進めたい社長にとって大きなストレスになっていた。タイミングが悪すぎる、テロ組織の関与はほぼ確実だろう。

 

「隠れ蓑に使っていた場所にはもう用はない、とでも言いたげなやり口ですよ」

 

「派手にやってくれた、死傷者への対応を優先しなければならない以上捜査は停滞するぞ」

 

そう言って社長は手で顔を覆い、大きくため息を吐いた。

テロ組織が潜伏していたと思われる各地の難民キャンプは証拠隠滅のためと思われる爆発や放火が同時に発生、監査に乗り出した国連軍の部隊は甚大な被害を受けていた。

 

「難民の管理を行なっていた組織に手を入れましたが、データベースに改竄の痕跡が見つかりました」

 

「よく見つけたな!」

 

「関係者が管理組織から転職した結果、秋津島食品の社員になっていまして。ダメ元で確認したところ、個人情報が意図的に書き換えられていたことが発覚しました」

 

データは完璧に書き換えられても、人の記憶までは手を出せなかったようだ。偶然が重なった結果だが、難民の支援を行なって来たための必然とも言える。

 

「難民の身元を洗うしかない、帝国に受け入れた者を最優先だ」

 

何かするならオリジナルハイヴ攻略が迫る今しか無いのだろう、本当の目的が分からないテロ組織が急速に動き始めたのは確かだ。

 

「こういう時の警察だが、何を持ち出してくるか分からないテロ屋相手にあの機体じゃあな…」

 

「目論見通りに行けば市街戦に特化した高性能MMUを押し付けるつもりでしたが、見事に失敗して戦術機モドキがその座に収まってますからね」

 

「あの機体どうしよう、作ったはいいが宙に浮いたままなんだよな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

社長の趣味と実用性を両立した超高性能MMUは行き先を無くし、格納庫の中で眠っている。完全な戦闘用として設計されているため海外に輸出というのも憚られ、今後の方針も立っていない。

 

ちなみに開発コードネームは"ヴァンツァー"であり、言うまでもなく社長の意向によって決められている。

 

 

「最近はどうにも暇で困っちまうな」

 

「嵐の前の静けさってヤツじゃないの?」

 

「それで済むなら統計学は発達してねぇよ」

 

学生時代の衛士適性検査をギリギリ通れなかった者達を集めた警察によるMMU犯罪対策課では、暫くぶりの平穏で暇を持て余していた。戦術機の運用経験がない警察は彼らを持て余すかと思われたが、抑止力として上手く使っていた。

 

「MMUの稼働台数は年々増えてる、秋津島開発の技術開示に伴って他社製の機体だって毎年発表されてるんだぞ」

 

「それでー?」

 

「稼働している機体が多ければ多いほど何かしらの事件は起きるんだ、なのに件数が大きく変動するってことは別の要因がある」

 

小難しい話をしているのは第一分隊の衛士二名であり、既に何度かMMU犯罪の鎮圧を行なっていた。増加傾向にあった事件の数はここ最近一気に減少し、今までの忙しさが嘘だったかのように思えていた。

 

「実機に負担をかけるわけにもいかずに仮想訓練ばっかり、36mmを撃つ機会も無くて困るぜ」

 

「分隊長はそればっかりなんだから」

 

口数の多い男が分隊長、それを受け流すのが女の分隊員だ。そして二人を見守るのは彼らのために調整された警察仕様のSPFSS、操縦支援用のAIだ。

 

『急に暇になったのは確かに不可思議ですね』

 

「だろぉ?」

 

「そうでもないさ、出動命令が来るぞ」

 

会話に割って入ったのは目付きの鋭い女性であり、何処か飄々とした雰囲気を纏っている。彼らの上司であり、小隊の指揮を任される小隊長だ。

 

「「えっ」」

 

「警察の無線が急に増えたからね」

 

そしてサイレンが鳴り響き、通信端末に送信された出撃命令が彼らの眼に入った。MMU犯罪であり、既に被害が出ているのが分かる。

 

「仕事だ、指揮車で先導する」

 

規模は大きくない、出撃するのは第一分隊だけで済みそうだ。機体に衛士とAIが飛び乗り、コックピットハッチが閉じる。機体のOSが立ち上がり、網膜に投影された映像に秋津島開発のロゴが表示された。

 

「交通渋滞を考えるとトレーラーは無理か、徒歩で出撃だ!」

 

「空が飛べれば楽なんだけどなぁ」

 

「BETAと戦うんじゃねぇんだ、あんな燃料タンクで接近戦をやりたくないね」

 

市街戦用の拳銃型36mm砲を装備した二機は格納庫から出て事件現場へと向かう。現場上空にはUAVが飛行しており、犯人の動向は筒抜けだ。

 

「現場付近には輸送中だった水素燃料タンクが存在するらしい、引火には注意してくれ」

 

「分隊長が燃料タンクだなんて言うから〜」

 

「関係ねぇだろ!」

 

第一分隊の二機は多脚車輌をほぼそのまま流用した指揮車に先導され、路上を走る。この時ばかりは戦術機が本来持つ展開能力が欲しいところだが、街中で市民ごと爆散するわけにはいかない。

 

「しっかし燃料電池用の燃料か…」

 

「どうしたの?」

 

「最近ニュースでやったろ、おんなじ手口で難民キャンプが吹っ飛んでる」

 

「やり方が広まったと考えるには、嫌に早いのが気になるね」

 

分隊長が言った言葉に反応した小隊長が事件同士の関連性を気にする中、事件現場付近で破裂音が鳴り響く。警官が拳銃をぶっ放したと考えるには音が大きすぎる。

 

「なんだぁ!?」

 

『MMUがガス缶を投げ付けて来まっ、あぁ!!』

 

付近にあったガス缶を投げ付けて攻撃して来るらしい、気化した可燃性のガスは非常に危険だろう。無線で報告しようとした警官が悲鳴を漏らし、二度目の破裂音と共に通信が途切れる。

 

「上空の無人機から得た情報で目標を識別出来た。光菱重工製建設作業用MMU、MH-2032ハンドラか」

 

「早くしねえと人死が出る、どうしますか小隊長」

 

「ハンドラの機体特性に寄る」

 

「アレは画像を見る限り汎用タイプですが、ガス缶を投げ付けられるってことは操縦士は中々の熟練者。警察仕様の隼にパワー負けしていますが、解体用のプラズマカッターは充分な脅威ってところですかね」

 

MMU及び戦術機に詳しい、有り体に言えばオタクである彼はスラスラと機体の特性を言い当てた。曲がりなりにも戦術機を元にした機体が負ける相手ではない、だが油断も出来ない。

 

「ナイフ…じゃない、特殊警棒で無力化出来るかい?」

 

「背中の動力系統を狙えばいけます。フレームの隙間を狙えるかどうかですが、彼女であれば」

 

分隊員の女性はかなりの操縦技術を持っているため衛士としても有望かと思われたが、本格的なシミュレータでGに耐えられないということが判明して適性試験に落ちた経歴を持つ。

地に足ついた戦闘では負けなしだ、飛ぶ必要がないなら彼女の強みが生きる。

 

「任せて!」

 

「だそうです、やってみせますよ」

 

取り出したのは刃が付けられていないナイフであり、秋津島開発が専用の武装をわざわざ作っていなかったために警棒として採用されていた。元々別の機体を採用させる気だったのだ、多少雑なのも仕方ない。

 

「ハンドラは完全な陸上作業用のMMUだ、装甲は無いに等しいがフレームは一丁前に強固だから下手に殴るな!」

 

「じゃあどうするのさ」

 

「股の関節を狙って動きを止める、カバーはあるが突けば刺せる筈だ」

 

刃が付けられていないとはいえ、多少はそれらしい形状をしている警棒を一回り小さい相手に向ける。既にガス缶を使い切ったらしい犯人の機体は、簡素な作りの両腕を威嚇するように向けてきた。

 

「俺が隙を作ったら背中をぶっ壊せ、いいな」

 

「わかったよ分隊長!」

 

「了解と言え、了解と!」

 

分隊長の機体が突っ込み、相手が突き出した腕を避けながら懐に入り込む。振り回された腕が塗装を削るが、お構いなしに警棒を突き立てた。

 

「こんのっ!」

 

一撃目でカバーが大きく凹み、二撃目で固定部分が折れた。そして露出した股関節に警棒が到達し、そのまま機構を破壊するべく奥へと押し込んだ。

 

「今だ、やれーッ!」

 

「うおりゃー!」

 

掛け声に反して重厚な金属音が鳴り響き、正確に叩き込まれた一撃が致命的なダメージを与えた。動力源である燃料電池の電解液が漏れ出し、千切れたワイヤーから火花が散るのが見える。

 

「…しっかし警備は何してたんだ、こんなに通報が遅れるなんてな」

 

「この辺りは秋津島開発のアンドロイドが担当じゃなかった?」

 

「その筈なんだが、どうにも姿が無いな」

 

話にあった燃料タンクも見当たらない。どうにもきな臭くなってきた、小隊長の鋭い勘はそう告げていた。

 

「面倒なことになりそうだ、このことは犯人を引き渡してから考えるかな」

 

この日の出来事がMMU対策課が巻き込まれる大事件の幕開けだったとは、この時小隊長以外の誰もが思わなかったのである。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コネと捜査と対策と

「ありがとう叔父さん、もう切るね」

 

「小隊長…ありゃ、お電話中でしたか」

 

「いや大丈夫、ちょっと情報提供をね」

 

現場の制圧を終え、出動した第一分隊は報告のため小隊長の元へと来ていた。隊を預かる彼女は何処かと通信を行っており、手には広く普及している秋津島開発製の端末が握られていた。

 

「にしてもAX-20型の端末なんて珍しいですね、民間向けのA-21型が出る前に製造された過渡期のモデルですから」

 

「叔父から譲って貰ったんだ、どんな人物かは君も知ってるだろうけどね」

 

「…ええ、オスカーの初代隊長だったとかで。どんな情報を聞き出したんですか?」

 

「厄介なことが現実味を増しただけさ」

 

そう言って彼女は立ち上がり、支給された自動拳銃を再度確認してから歩き始めた。分隊長と共に向かうのは事件現場であり、着くまでの間に話をするつもりなのだろう。

 

「警備用としてこの作業現場で使われていた秋津島製アンドロイドは、ほぼ全てが管理者権限を利用して何かのファイルをダウンロードさせられていた。そしてその処置を受けた機体は悉く自閉モードに移行、操作を全く受け付けない」

 

「ウィルスの類いであれば機体側のファイアウォールが弾く筈ですがダウンロードは成功した、形式を見るによくある文章ファイルかと」

 

「その本来なら毒にも薬にもならない筈の文書ファイルでどうやってAIにここまでの影響を与えたのか、気になって開発元に聞いてみたんだ」

 

「成る程、だから秋津島警備に居る叔父に連絡を入れたと」

 

小隊長は分隊長に旧式の通信端末を渡し、画面を見るようにと促した。そこには彼女の叔父が送って来たと思わしき文章が表示されており、スクロールしながら読むうちに彼の顔色は悪くなる。

 

「難民キャンプ爆破事件の爆心地付近で回収されたAIにも同様の症状、ファイルの中身は東側諜報組織が集めた西側のスキャンダル特盛りセット…」

 

「つまりこれは善良なAI達に人間を疑わせるという、全くもって新しいやり口の攻撃ということになる」

 

人間に奉仕し隣人として振る舞う、それが彼らの行動原理だ。しかし機械でありながら精神というものを持ち合わせており、数年しかこの世を生きていない彼らの精神はまだ未熟だった。人の悪意をぶつけられ、どうしていいか分からなくなった末に機体の機能を停止するに至っているのである。

 

「ウィルスでも何でもない、その代わり俺達でも直視したく無いような人間の汚い部分をAIに見せるだけのものですか」

 

戸籍を失った亡国の人々がどうなったか、非道な扱いを受けた者も少なくない。特にある程度融通を効かせられる権力者達が何をしても問題にならない人間を前に何をしたかというのは、見ていて吐き気を催し食欲を失わせる。

 

「人身売買なんて当たり前、欧米にどれだけ戸籍のない奴隷が買われて行ったかは分からないね。文字通り性的に消費された少年少女の項目なんて、まあ見るに耐えないだろうし」

 

「あの、これって知ってちゃ不味いヤツじゃあ?」

 

「もう一蓮托生だよ分隊長、それにテロ屋が景気良くばら撒いてる以上一般人にも露見するさ」

 

「今はまだ機密情報じゃないですかァ!」

 

叔父と同様に優れた第六感を持つ彼女は、このような小規模の時間で終わる筈がないと考えていた。優秀で広範囲に使われている秋津島製のAIを無力化出来る術があるならば、もっと大きな目標を狙うことだって出来るはずだ。

 

「アンドロイドは秋津島開発に送りつけて様子を見てもらおう、機体のSPFSSに関しても外に出さないということで」

 

「分かりました、彼女が居ないと戦術機を動かすなんて大変極まりない」

 

MMU対策課のAIも影響を受けて自閉モードに入らぬよう、外部との接触を出来るだけ避ける必要がある。一度殻に閉じこもったAIを復旧させる方法は秋津島開発でも見つけられていないため、警戒しなければ明日は我が身である。

 

「小隊長、今後はどう動くおつもりで?」

 

「出来る範囲で捜査を継続する、特に管理者権限をどうやって得たのかは調べないと不味いだろうし」

 

「民間向けに貸し出されてる個体なんで権限は現場の人間が持っている筈です、本来の管理者は即座に捕まえられてるでしょうけど」

 

「それで終わるなら苦労しないでしょうが、指向性タンパクなんて物がある以上記憶は頼りにならない」

 

このファイルを東京に持ち込み、バビロン計画にて大量に運用されているアンドロイドを機能不全に陥らせることだけが目的だとはどうにも思えない。犯罪行為を行ったMMUの操縦士も取り調べが必要だが、難航することは目に見えていた。

 

「じゃあ操縦士がやけに錯乱してたのも、その指向性タンパクってやつですかね?」

 

「避難した他の作業員曰く普段通りに作業を行なっていたらしい、恐らく後催眠暗示との合わせ技だろうね」

 

「てことは全部仕込み済みってことになるわけで…対応したとしても後手に回るだけじゃないですか!」

 

「そうだよ?だから困ってるんじゃないか、警察ってのは得てしてそんなもんだけどさ」

 

指向性タンパクと後催眠暗示を合わせて使うとなれば、専門的な知識が必要だ。しかしクーデターが発生した東ドイツ、未だ国土を失い続けるソ連の二国がある以上、共産圏との伝手があればそのような人材を得るのも不可能では無いだろうか。

 

「で、どさくさに紛れて盗まれた燃料タンクは?」

 

「機体のセンサを使って探したんですが、すぐ近くで見つかりました。ですが栓が開けられていて、やむなく爆破を」

 

軽い気体があらぬ方向に飛んで行き、その先で爆発でもすれば大問題だ。規定に従い爆破処分を行ったわけだが、これで何故タンクが移動させられていたのかを知る術は無くなった。

 

「中身、絶対抜かれてるよ」

 

「同感です」

 

「やだやだ、明らかにデカい組織が動いてるでしょコレ」

 

多くの謎を残しつつ、MMUの暴走事件はひとまず鎮圧された。沈黙したままのアンドロイド達と壊滅的な被害を受けた作業現場にて、二人の警察官は揃って頭を抱えることになったのであった。




動画投稿します、22時にプレミア公開するので是非ご参加を。
https://twitter.com/a48981075
YouTubeのリンクを直接貼るのはよくないらしいので、プロフィールすぐ下のツイートからの移動をよろしくお願いします。

あ、よければTwitterもフォローしてね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シュタージファイル再び

「これがAI沈黙の原因か、なんとも汚い手を使うものだな」

 

社長の手には自閉ではなく自壊を選んだアンドロイドから抜き取られたデータ、そのコピーが握られていた。東ドイツにて拘束されている元シュタージの人間にも確認を取った所、シュタージファイルに情報を付け足したものだということが分かった。

 

「なりふり構うような相手ではないでしょう、ひとまずこの手のファイルも弾くように修正するよう指示してはいますが…」

 

「相手には00ユニットがある。何処まで動かせるかは分からないが、現時点のセキュリティじゃ太刀打ち出来ないだろうな」

 

「この会社に何故かシュタージに関する機密情報が山程ある事実に目を背けたいんですけど」

 

全ての防御手段を正面から捻じ伏せてファイルを無理矢理直視させる、そんな真似も可能だろう。そしてAIへの有効性は今回の事件にて示された、嫌な流れだ。

 

「難民キャンプの爆心地付近で回収された機体から記録映像を取り出そうとした際にも同様の症状が確認されました、遠隔で打ち込まれたと考えて良いかと」

 

「まあもちろん準備してるよな、最悪だ」

 

「なんというか、あのテロ組織は我々以上にAIのことを理解している節がありませんか」

 

「…周回済みだろうからな、何周してるのかは分からんが」

 

「並行世界とG元素はなんでもアリですね」

 

そんな状況をなんとかしなければいけないのが今である。掴めそうなハッピーエンドをみすみす逃す手はない、どうにかして企みを叩き潰さなければ未来を前にして一歩後退だ。

 

「東京での事件急増は確実に奴らの手によるものだ、アンドロイドも被害に遭っている以上俺達にも動く口実はある」

 

「発足したばかりのMMU対策課は大忙しですからね、完成した予備機をすぐさま送りつけましたけど」

 

「あそこの小隊長は中々の切れ者で隊長殿のお墨付き、彼らが動けば何か掴んでくれるだろ」

 

「人事にも一枚噛んでるんですか…」

 

「ほんのちょっとだけだよ」

 

しかし本来ならまだ慣らし運転でもする筈だったMMU対策課の戦力は一個分隊のみと最小単位だ。対レーザー防御を省くことで得た分厚い装甲はあるものの、テロ組織が戦術機でも持ち込もうものなら危険極まりない。

 

「この立場で現場に出るわけにはいかないしな、この場でやれることをやるしかないか」

 

「地下研究施設に関しては有人機の数を増やして対応します、外部から侵入出来る経路についても今一度確認を」

 

「そうだな、そっちの指示は任せる。俺は自閉モードになったAIを治療する方法を模索してみるから、MMU対策課から何かあれば直で繋いでくれ」

 

「はい分かり……直で?」

 

「いやだってアイツらが相手だぞ、他言無用で話せることを話すしかないだろ」

 

「それはまあ、そうなんですけども」

 

隊長を通じて彼女に特殊な端末を渡したのはこのためで、アレは緊急時用の秘匿回線が自由に使えるという代物なのだ。やろうと思えば補給コンテナの投下を要請することだって出来る、というか母艦級と戦った際にやった。

 

「そのMMU対策課ですけど、第二分隊の機体がもう完成しますよ」

 

「やっとか!」

 

「大幅にオミットした電子機器を再度載せるっていう本末転倒な機体ですけど、戦術機相手にも強力な戦力になりうる長距離狙撃仕様が出せるようになるのは良いことですね」

 

「過剰戦力とも言える機体だったが、あれから事件が急増してGOサインが出るに至ったんだろうな」

 

これで二個分隊が揃うことになる、彼らの働きに関しても今まで以上に期待できるようになるだろう。しかし彼らだけに任せなくとも、独自に動かせる戦力は動かしておくべきだ。

 

「我々が使える手札というと、秋津島警備を動かすという話はどうなりましたか?」

 

「俺達が貸出元だからな、手が届く所には調査の手を入れてるさ」

 

「悪いやり方を覚えましたね、私達は」

 

「覚えざるを得なかったのさ、まあそのうち忘れる気ではいるがね」

 

テロには屈しないし、大元も叩き潰して再起不能にして見せる。どんな手を見せて来るかは不明だが、それを予測して対策を立てるのは現場に居ない社長らの仕事だろう。

 

「ひとまずAIの感情値が正常な範囲から大きく逸脱した場合に発動する鎮静化プログラムは出力出来た、場当たり的な処置にはなるが無いよりマシだろう」

 

「テストが済み次第アップデートさせます、適応を急がせましょう」

 

「彼らには今回の一件で人類を嫌って欲しくはないが、そうなったときの付き合い方も考えておかないとな」

 

「…解体という選択肢は無いのですね」

 

「そりゃ働いてもらってるのに不都合があるんで殺しますは道理が通らん、彼らが産んだ利益を積み立てて引退後のメンテナンス費に当たる計画も進んでる」

 

彼らには良き隣人としてこの先の未来を歩んで欲しいのだ、それが上手くいくかどうかはある意味この一戦にかかっているとも言えた。




警察用隼のデザインを変更しました、名称に関しても良いのが思いつき次第追加する予定です。


【挿絵表示】


三号機と言った奴は戦車に乗せて最前線に送り出してやる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燕と隼

建造中の堤防にて発生した暴走事件を解決して帰還しようとしていたMMU対策課だったが、沿岸部にて起きた事件を見てほんの少し留まることを決めていた。第一分隊と第二分隊が共に出動したことで、この場には4機の隼がある。

 

「輸送船が航路を逸脱してると聞きましたが、なんだが騒がしいにも程がありますね」

 

「空気が良くないんだよ、この雰囲気は意図的に作り出されたものだ」

 

「空気?」

 

以前の暴走事件から被害は広がっており、暴れるのはMMUに留まらない。指向性タンパクに関する報道も盛んになっており、国民は疑心暗鬼になりつつある。秋津島開発が軍向けに生産していた指向性タンパク検知キットが民間に卸されるも、連日品切れの状態だ。

 

「あの船、碌でもないものを積んできたね」

 

「こちら第二分隊の三番機、望遠での映像出せます」

 

「頼んだよ」

 

拿捕に乗り出した巡視船が接近するも、見るからに大きな輸送船は進路を変えない。実力行使に出るしかないと思われたが、輸送船の甲板から何やら煙が噴き出した。

 

「…煙?」

 

『待ってください、識別機能が反応してます』

 

響き渡るエンジン音と派手な噴射炎、そしてそれと共に飛び上がった比較的小柄な人型。ソ連製の小型戦術機、燕の名を冠したMiG-29ラーストチカだ。

 

「機影は4機、識別結果は…MiG-29!?」

 

三番機の手に握られた支援突撃砲のスコープ越しに現れた存在は紛れもなく実戦仕様の戦術機だ、それを確認した衛士は驚きと共に機体名を叫んだ。

 

「戦術機まで持ち出したのかよ!」

 

「第二世代機か、分隊長は機体に戻って」

 

「了解!」

 

巡視船が機関砲にて応戦するが、既に接近された戦術機相手にはどうしようもない。放たれた36mm劣化ウラン弾は巡視船の装甲を紙屑同然に突き破り、あっという間に致命傷を与えてしまった。

 

「不味いね、本当に不味い」

 

『また甲板から煙が出た、何か来ます』

 

「一体どれだけの仕込みをして来たんだ?」

 

飛来したのはロケットブースターを装着した補給コンテナであり、そのまま街の方へと飛び去った。切り離されたブースターは市街地にも落下するだろう、よくもまあやってくれたものだ。

 

『第一分隊の一番機と二番機は動けます、街に向かった敵性戦術機鎮圧の指示を!』

 

「敵の狙いを探りつつ動く、各員は武装の再確認を」

 

戦術機の突撃砲相手には心許ない拳銃から弾倉を引き抜き目視で確認、機体に装備された予備弾倉もあることを再度確かめる。

 

「装填中の弾倉一つと予備二つでどこまでやれるか…」

 

「相手は何倍も抱えて飛んできてるんでしょ?」

 

「装甲はこっちの方が分厚いんだ、盾を上手く使うしかない」

 

前衛を務める第一分隊には新たな兵装として、小型の盾が装備されていた。元々左腕部に追加装甲があるものの、機体の胸部を丸々収められるというのは安心感が段違いだ。

 

「三番機、確か武器は実戦仕様とほぼ変わらないんだったよな?」

 

「ああ、だが単発での砲撃しか出来ない」

 

「それならトリガーをSPFSSに連打してもらえ、最近発見した裏技だ!」

 

「何を試してるんだお前は!?」

 

アンドロイドのマニピュレーターなら突撃砲の発射レートを再現することくらいは可能だ、滅茶苦茶な話だが可能なものは可能なのである。

 

「警察無線はどうなってます?」

 

「混乱を極めてるね、敵機が複数居るお陰で何を信じて良いのか分からない。でも戦術機が出て来た以上、帝国軍の戦術機部隊がすぐにでも動く筈…」

 

対策課の面々がが沿岸部からの移動を進める中、帝国軍の即応部隊と思わしき戦術機が街の上空に現れた。中隊規模の彼らは部隊を二つに分け、船と街のそれぞれに対応することにしたようだ。

 

「不知火と秋津島の無人機か、あの機体ならMiGの第二世代機に勝てる!」

 

「疾風も居ます、本気で潰しに来てますよ」

 

「そう簡単に鎮圧されるような作戦を立てては来ない筈、警戒を怠らないように…」

 

警察の装備としては例外的に広域データリンクと接続している対策課の戦術機は、今までで殆ど聞いたことがない警告音を耳にした。訓練課程で脱落した三番機の衛士以外は知る由もないだろう。

 

「…レーザー?」

 

輸送船から放たれた光線が戦術機に突き刺さり、それに対して割り込んだ機体が数秒後に爆散した。空中で遮蔽になるものが無かったのが原因だが、あまりに一瞬の光景だった。

 

「BETAだ、アイツら船にBETAを載せてやがる!」

 

「無人機が盾になったのか、残骸が墜落するぞ」

 

それを見て黙っている帝国軍ではない、既に超電磁砲を有する疾風が輸送船を照準の中に収めている。光線級の再発射に要する時間は12秒、疾風の自動化された砲撃システムは1秒もかからずに引き金を引いた。

 

「滅茶苦茶だ、俺達の出る幕はもうないんじゃあ!?」

 

「きっとある、四番機はUAVを展開!」

 

「了解、何を探りますか」

 

「戦術機は軍に任せる、飛来した補給コンテナを探してほしい」

 

補給コンテナの大きさは戦術機に匹敵する、内部に跳躍ユニットの燃料を積んでいるのであれば大惨事になる。それに武装以外も固定さえすれば載せることが出来るだろう、警戒する必要がある。

 

「帝国軍とのデータリンクは繋がってます、アイツら街中でドンパチやってますよ!」

 

「そうせざるを得ないとはいえ、これは後が怖いね」

 

「コンテナ、コンテナコンテナ!」

 

「呼んでも出て来ねぇよ、黙って探せェ!」

 

エンジン区画を超電磁砲にて撃ち抜かれた輸送船が軋んで轟音を鳴らし、爆煙が立ち昇る。それを背に赤いパトランプを光らせながら、4機の隼が町を目指して走り続けている。

 

「この状況でも物怖じしないのは良いことかな、武装の使用は自由!」

 

「MMU対策課A小隊、突撃ィー!」

 

「うぉぉぉお!コンテナぁー!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燕と隼 その2

挿絵は後で修正予定。


「UAVからの観測映像によりコンテナの位置が分かりました、座標を共有します!」

 

「…減速と着陸が上手くいかなかったのか、ビルに突っ込んでやがるぞ」

 

「ひとまずこの中身を改めよう、それと第二分隊は良さげな狙撃地点を探しておかないとね」

 

やっとのことで市街地に入った対策課の面々は最も近いコンテナへと向かっていた。4機の敵戦術機は建物の中の民間人を盾に砲撃戦を封じ、格闘戦に対しても逃げに徹して時間を稼いでいるようにみえる。

 

「母艦は既に疾風が行動不能にした、船を逃すつもりじゃないならこの時間稼ぎは一体?」

 

「それを確かめるためにコンテナを調べるんだから、ほら急げ急げ」

 

コンテナの着陸、いや墜落地点は交差点だった。建物と思い切り衝突したお陰で残骸が散乱しているが、見た限り人体と思わしきものは発見出来ない。

 

「開けます、少し離れていて下さい」

 

「コンテナはなんの変哲もない国連規格品のようだけど…」

 

取手を回してロックを外し、手前に引く。爆弾かBETAでも詰まっているのかと思ったが、衝撃で歪んでしまったのか開かない。

 

「開きませんね」

 

「振動で内部構造の分析を行おう、確か桜花システムが使えた筈だ」

 

オスカー大隊によるハイヴ攻略の際に使用された構造把握機能を転用すれば、中がどうなっているかはある程度把握出来る。中身が空ならそれでよし、何か入っているのであれば専門家を呼ばねばなるまい。

 

「どう?」

 

「やっぱり何か入ってますが、武器のようには思えませんね。ハッチの稼働部は何かが充填されていて動かないようにされてます、開けないのは意図的な…」

 

一番機がコンテナに手を置いて解析を行なっている中、エンジン音をビル群が反響させる。データリンクにて共有される情報に目を移すと、一機の敵戦術機がこちらに向かって来ていた。

 

「狙いはコンテナか!」

 

「すぐにでも来るぞ、帝国軍は何をやってるんだ?」

 

「戦術機の最小単位は二機編成だ、対応に動いた一個小隊じゃあ数が足りない」

 

訓練を受けていた三番機は戦術機の運用に関してある程度の知識を持っていた。つまり目の前の相手は自分達で相手をしなければならないということであり、飛べない彼らでは分が悪い。

 

「第一分隊は盾で防御、第二分隊で対空砲火を」

 

「了解!」

 

「前に出ます、流れ弾で死ぬなよ!」

 

小隊長の指示を受け、コンテナを守るように第一分隊が盾を構えて前に出た。聞き慣れないエンジン音は段々と大きさを増している。拳銃を構え、出て来るであろう敵機に砲弾を浴びせる準備は済んでいる。

 

「来たッ!」

 

相手が出会い頭に放ったのは突撃砲による掃射、明らかにコンテナを狙ったものだ。それに対して射線に被さるように動いた一番機が砲弾を受けるも、倒れることなく拳銃を構え直した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「俺はまだ生きてるよな…被害報告!」

 

『左肩部の装甲に損傷、パトランプが機能喪失です』

 

「戦闘続行には?」

 

『支障なし、ぶっ放して下さい』

 

小隊の隼が次々と砲弾を放つが、敵が持つ突撃砲による牽制と跳躍ユニットによる回避により有効打を与えられない。それにビルを盾にされては撃つことも出来ない、良いようにやられている。

 

「分隊長、機体は大丈夫?!」

 

「問題ない、それより盾をしっかり構えてろ!」

 

コンテナをわざわざ破壊しに来たということは確保されては不味いということだ。小隊長の指揮は正しかった、この動きは敵に対して影響を与えられている。

 

「こちとら警官だ、現行犯逮捕なんざ…」

 

『対空から侵入、真正面から来ます』

 

「仕留める気か!?」

 

他の機体とコンテナを守るように動いていた1番機が邪魔だと踏んだのだろう、突撃砲を放ちつつ一気に接近して来る。左右は建物があり、他の機体が展開して戦うのにも無理がある。

 

「MiG-29との接近戦か、この機体でも死なずに済むかどうか…」

 

ソ連製の機体は密集したBETAの中でも戦えるような設計になっており、技術的に劣っているとされつつもその格闘戦能力は一定の評価を得ている。単純な四肢の動きも致命的な斬撃に転換され、スーパーカーボンで作られた刃の前では分厚い装甲も紙同然だ。

 

「三番機、俺がやられた後の隙を狙えるか!」

 

「囮になる気か?」

 

「わざわざ正面から来てくれるんだ、射線は無理矢理通してみせる。二番機は三番機を絶対に守れ!」

 

「了解!」

 

放たれた36mm弾は機体の装甲を削り、盾が割れて破片が飛び立った。その上圧力を受けた劣化ウラン弾は激しく発火、被弾した機体に火花が飛び散る。

 

『追加装甲大破、貫通しています』

 

「まだ動く!」

 

MiG-29の腕部にはナイフではなく、モーターブレードという装備が搭載されている。チェーンソーのようなものだが、高速で回転する刃が如何に危険かというのは説明しなくとも理解出来るだろう。

 

それが展開され、小型機特有の素早さで突き出された。

 

「防御を…」

 

『脚です!』

 

振り抜かれた腕は機体に届くことなく空振りに終わった、それは何故か。本命の斬撃を当てるためのフェイントに他ならなかったからだ。

 

「脚部のモーターブレードッ!?」

 

モーターブレードは四肢に搭載されている、そのことは戦術機マニアである彼は知っていた筈だった。しかし分かりやすく突き出された腕に意識が集中され、脚部にまで注意を向けることが出来なかった。

 

「(盾を掻い潜るように右側を狙われた、これじゃ食い破られる!)」

 

脊髄反射を読み取った機体が刃を避けようと身を捩るが、蹴りの軌道を考えると結局コックピットに命中する。幼い頃に体験会で乗った旧隼が走馬灯として脳裏に浮かぶが、彼は衛士適性が足らず衛士にはなれなかった。

 

「また一歩及ばず、か」

 

『そのための我々です』

 

反射を読み取ったSPFSSが操作を手助けし、必要な箇所の人工筋肉を即座に収縮させた。あまりに急激な動きに駆動系が悲鳴を上げるが、その程度は耐えて貰わなければ困るのだ。

 

「避け…うぼぁッ!?」

 

致命傷は避けたものの、拳銃を握っていた右腕が斬り飛ばされた。大量に被弾したこと、片腕を失ったこと、更に回避した際の過負荷が重なって見たことがない数の警告表示が視界に投影されている。

 

「一番機、動くなよ!」

 

しかし結果的に射線は開かれた、三番機の支援突撃砲はMiG-29を捉えている。2000発入りの弾倉を使い切る勢いで放たれた砲撃は戦術機の装甲を容易く削り取り、固定装備のブレードもへし折った。

 

「危ねぇ!」

 

その折れた刃は一番機に向けて飛来したが、当たることなくすり抜けた。そして機体の間を通り抜けた先には、命を張って守り抜いたコンテナがあった。

 

「「あっ」」

 

深々と突き刺さったスーパーカーボン製の刃だったが、不思議なことにゆっくりと抜けて地面に落ちた。その光景に誰もが固まったが、コンテナの穴からは白い煙が出ていることに気がついた。

 

「溶け…てる?」

 

「取り敢えず離れよう、これは危険だ」

 

漏れ出した液体はコンテナの外装を勢いよく溶かし始め、液面がアスファルトの上に広がっていく。強力にも程がある溶解液だが、これは戦場においては頻繁に確認される物質だった。

 

『要塞級の溶解液である可能性が高いかと思われます』

 

「困ったな、私達の装備じゃ対応出来ない」

 

「よ、溶解液ぃ?」

 

「触るなよ、人なんて数秒で溶けてなくなるヤバい液体だ」

 

この液体を使って何かをするつもりだったのだろう、他のコンテナも捜索しなければならない。激戦を潜り抜けたMMU対策課は損傷した一番機を庇いつつ、今後のことを考え始めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侵入者

ラストスパート。


「あれ、俺は地下に向かってた筈なんだが」

 

「何してんだよと言いたいが、ついて来た俺も俺だな」

 

二機の多脚車輌は建材をハイヴの反応炉まで輸送するつもりが、何故か地上への中継地点にまで逆戻りしていた。

 

「知らず知らずのうちに登ってたなんて、そんなことあるか?」

 

「さあ…」

 

他の中継地点でも同様の問題が多発しているらしく、無線は非常に騒がしい。搭載しているAIも異常に気が付かなかったようで、搭乗員達と共に首を傾げていた。

 

『ログを確認しましたが、確かに我々はハイヴ内を登ってますね』

 

「じゃあなんで降ってるなんて錯覚したんだ?」

 

『強化装備の感覚フィードバックに何かしらの異常があったのかもしれません、錯覚を起こすとなるとこの機能が怪しく思えます』

 

「取り敢えず報告だけして待機だな、下手な場所に入り込んで縦穴にでも落ちたら助からん」

 

こうしてハイヴ内を移動していた車両は最寄りの中継地点にて待機、暫くの間は立ち往生する羽目になる。しかしそんな中でデータリンクから一方的に情報を抜き取り、更には改竄しながら地下深くへと直行する多脚車輌があった。

 

「こういう類の解析は秋津島に頼るのが一番早いからな、まあ上が連絡してくれるだろ」

 

「いや今回ばかりはそうでもないぞ、帝国でテロがあったらしくてな」

 

彼らの機材にその車両の存在は表示されておらず、自らの存在を完璧に隠蔽しつつ進んでいることが分かる。走行時の音ですら強化装備の音声出力を弄って無かったことにしているのだろう、即座に行っているとは思えない手際の良さだ。

 

「嫌なタイミングだなオイ…」

 

帝国本土の秋津島開発と帝国軍はそちらの対応で忙しいらしい、市民の死傷者もかなりの数になることが予想されるとかで余裕がない。

 

「滅茶苦茶デカいハイヴを攻略したってのに、まあテロ屋共は何をやってんだか」

 

「折角勝ったのにムードが台無しだな」

 

走り去る車輌の存在を誰も認知出来ぬまま、待機は続いた。

 

ーーー

ーー

 

「G元素により構成された量子コンピュータに必要不可欠なODLですが、その完全な浄化に関しては秋津島開発ですら成功していません」

 

「だがこうして無傷の反応炉を得たことで存分に研究が出来ると言うわけか」

 

「ええ、BETAの技術は人類にとって非常に有益なものです」

 

反応炉のすぐ近くに建てられた仮設研究棟にて、何人かの研究員が話し合っていた。現在の人類では到底再現が出来ない存在を前に、彼らの研究意欲は非常に高まっていたと言えよう。

 

「ODLの浄化実験に関しては既に準備が終わっており、明日にでも試験を始める予定です」

 

「第四計画が齎したものは計り知れないな、この無傷の反応炉がどれだけの価値になるのか想像も…」

 

「どうされました?」

 

「いや聞き慣れない稼働音が聞こえたものでね、これが例の機材かい?」

 

「か、確認して来ますので少々お待ちを!」

 

そう言って扉を開けようとした研究員だが、電子ロックを解除することが出来ない。もう1人も同じようにカードキーを使って開けようとするも、扉は沈黙したままだ。

 

「どういうことだ、一体何が起こっている?」

 

その言葉は誰にも届くことはなく、稼働を続けるODL浄化装置の音だけがハイヴの最深部に響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真意と混乱と

「東京に侵入した戦術機は一機を除き全機が撃破され、対策課の活躍により損傷の少ない溶解液入りコンテナを鹵獲出来ました。船も制圧したそうですし、救助活動で街は寝る暇も無さそうですね」

 

「最悪ではあるものの、どうにかなったか」

 

「人が居る市街地で戦術機を飛ばしたお陰で大変なことになってますよ、割れたガラスが飛散して大量の被害者が出てます」

 

連日の暴走騒ぎからテロにまで発展し、東京は混乱を極めている。輸送船にBETAが確認されたことから、小型種が送り込まれた可能性を危惧して未だに戦術機部隊は展開されたままだ。

 

「その取り逃がした一機は何処に?」

 

「溶解液にて地下への侵入口を開き、作業区画に逃げ込んだそうです」

 

「…どの区画だ」

 

「首都直下から離れた海の下、都市と堤防を結ぶ鉄道輸送網建設用の区画です」

 

MMUにより採掘中のトンネルに逃げ込んだらしい、非常に厄介なことになった。採掘途中であり安全とは言えず、周囲にもMMUや機材を置くためのスペースがあるため非常に迷いやすい場所だ。

 

「四機で研究施設に突入するつもりだった、だが上手くいかず各個撃破された末にトンネルに逃げ込んだ…とか?」

 

「トンネルの高さは15m、比較的小型のMiG-29は兎も角不知火や疾風では入り込めませんね」

 

「しかも横穴やらなんやらで待ち伏せはやり放題、面倒なことになったな」

 

今後の対応に市民感情がかかっている、秋津島警備の戦力も使って動く必要があるだろう。ここで戦術機に対して大きな嫌悪感を持たれてしまうと、東京近辺の基地に関して問題が出る可能性もある。

 

「溶けて出来た大穴については…」

 

社内の人員をどう動かすかを考えていた二人だが、目の前で鳴り始めた電話を見て社長が受話器に飛び付いた。

 

「菊地だ!」

 

『反応炉に不審者が接触したので射殺したのですが、その…』

 

「大丈夫だ、どんな報告でも信じる」

 

『外見は人そのものなのですが、中身は機械で出来ていて』

 

急なことだったのだろう、電話の向こう側に居るであろう人物が困惑していることが目に見える声色だ。

 

「00ユニットはそっちか…分かった、香月博士に繋いでくれ」

 

「すみません、一体何が」

 

「奴らは帝国の都市を滅茶苦茶にしてくれた訳だが、どうにも陽動だったらしい。国家でも軍隊でもない、俺達秋津島の注意を一時的に引くための攻撃だったということさ」

 

「…それは、その、信じ難いことですが」

 

「香月博士の護衛だけに気を取られていた、制圧後の器材搬入でセキュリティがどうしても緩くなるのは考えれば分かる話だってのに」

 

香月博士の暗殺という最悪の状況を想定するばかりで、原作で起きた出来事を失念していた。テロ組織が人類に大打撃を与える方法など、やり方を選ばないのであれば最悪のものが一つ残っていた。

 

「恐らく侵入者はODLに関する区画に立ち入った筈だ、低軌道の全区域に対してデブリ警報を発令してくれ」

 

「それでは宇宙戦力が支援を行えなくなりますが」

 

「ODLは情報媒体だ!00ユニットは稼働にそれが必要だが定期的に反応炉に繋ぐ必要があってだな、その結果ODLを介して記憶が情報としてBETAの手に渡る!」

 

「つまり?」

 

「BETAが戦略的な行動を取り、今まで行わなかった行動を即座に行うようになる」

 

今まで攻撃されなかった宇宙も標的になり、単純な増えては進むを繰り返していたBETA群は人類の重要拠点をピンポイントで狙ってみせるようになる。その結果原作では前線からは遠いはずの基地が大打撃を受けていた、ご丁寧に人類の切り札を狙ってだ。

 

「凄乃皇四型の最終調整は?!」

 

「済んでます!」

 

「洋上に退避させろ、足場にするプラットフォームが沈んでも構わん!」

 

秋津島開発の宇宙管制システムは即座にデブリ警報を全域に発令、低軌道に存在する艦艇全てが一時宇宙港に帰還した。第四計画の根幹となる帝国内の基地も厳戒態勢、全ての兵器に火が入った。

 

「ああクソッ!最後にやってくれたな畜生!」

 

ーーー

 

反応炉から情報を抜き取り解析するため、制圧されたハイヴに香月博士は滞在していた。あとはオリジナルハイヴを攻略するのみ、そう思っていたところに冷や水を浴びせられた形だ。

 

「…やられたわね、ODLの特性についてはさっき判明したばかりよ」

 

『我々の00ユニットが抜き取った情報に根拠があったのか、これで国連を説得出来る』

 

「BETAの指揮系統が完全なトップダウン型ということが立証されたのは僥倖と言うべきよ、完全に対応される前に司令塔を潰すしかないわ」

 

『凄乃皇四型が幾ら強力でも兵器は兵器、対抗策を編み出される前にというわけか』

 

巨大なオリジナルハイヴを攻略するためには凄乃皇四型の存在が不可欠、だが種が割れれば大破させられた試作艦のような目に遭いかねない。

 

「その凄乃皇四型が狙われるわ、基地の防備はどうなってるの?」

 

『四型は太平洋側の海上プラットフォームに逃した、あるのは弐型の予備機だけだ。ML機関を稼働させれば囮になる、攻められた時はどうにか戦ってもらうしかないな』

 

「逃がせたのはいいけど、どうやってオリジナルハイヴに戦力を投入するつもりなのかは聞きたいところね」

 

『情報が漏洩した以上、軌道降下は狙い撃ちにされるだろうな』

 

「ボパールから行くにしても地形や道中で遭遇するBETAが邪魔よ、宇宙から飛んで向かうにしても辿り着くころには機体が限界だわ」

 

陸路で向かう場合、相当数のレーザー照射を受けるのは目に見えている。かと言って空からでは人類の戦術に対応したBETAの行動が不確定要素として重くのしかかる。

 

『…輸送手段の確立は任せてくれ、猶予は?』

 

「19日よ、今となっては信頼に値しないかもしれないけど」

 

『オリジナルハイヴのマップデータ、解析頼む。こっちはどうにかして攻略作戦が行える準備を50時間で整える』

 

「任せるわ」

 

A-01連隊からML機関搭載兵器、西も東も巻き込んだ類を見ない作戦が始まろうとしていた。作戦名は桜花作戦、その実行は50時間後だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

欧州と超重光線級

追記と分離を行いました。


第四計画はオリジナルハイヴ内に存在する敵司令塔を撃破することを決定、桜花作戦と呼ばれたそれの発動は50時間後に迫っている。世界中の前線では陽動として最寄りのBETA支配地域への攻撃を開始したのだった。

 

「…馬鹿な、砲弾の撃墜率が90%を超えるだと!?」

 

「再計算は?」

 

「既に行なっています!」

 

数週間前に行われた光線級吶喊は失敗していた、だが難易度の高い任務であるため失敗すること自体は珍しくない。だが陽動に先んじて送り出した2度目3度目の部隊まで未帰還に終わっている、その上支援砲撃の迎撃率も類を見ない高さだ。

 

司令部で作戦を見守っていたソ連軍の高官たちが狼狽えるのも無理はない、明らかな異常事態だ。

 

「報告にあった超大型光線属種、あの存在が確かであれば…」

 

「それは混乱の最中で途切れ途切れに聞こえた通信が根拠だろう!」

 

「だが信じざるを得ない、艦隊の支援砲撃も交えてこの結果なのだぞ」

 

超電磁砲を運用出来る上にタイフーンという第三世代機を独自に運用する欧州連合との合同作戦だったが、欧州ソ連領奪還の先駆けになると考えたソ連軍は大量の戦力を掻き集めていた。

 

「振動計に感あり、地下侵攻です!」

 

表示された侵攻予測地点は複数存在し、どれも前線を食い破るように配置されていた。

 

「こんな時に秋津島はデブリ警報など出しおって、軌道艦隊さえあれば多少なりとも光線属種を撃破出来るというのに…軌道艦隊からの返答はまだか?」

 

宇宙港から突如発令された低軌道のデブリ警報により、本来投入される筈だった軌道戦力は立ち往生していた。光線属種への先制攻撃として非常に優秀な軌道爆撃は現状を打開出来る策と言えた。

 

「たった今国連軌道艦隊から人的被害を防ぐため無人艦隊による爆撃を敢行する、との報告が」

 

「無人化したHSSTか、巡洋艦か戦艦クラスと比べると積載量に劣るが」

 

「無いよりはいい、艦隊の現在地は?」

 

「…通信途絶、監視衛星からの反応も次々に!」

 

「デブリの中でも健在だったではないか、今になって何故急に」

 

混乱する司令部だったが、立ち込める重金属雲の中から一筋の光が空へと撃ち放たれた。重光線級のものより数段太いそれが放たれた直後、低軌道の衛星がまた一つ死んだ。

 

「軌道への攻撃を、学習したのか」

 

この日、無敵の戦力だった軌道艦隊は始めてBETAによって船を失うこととなる。前線が瓦解した連合軍は一時後退、東ドイツの要塞にて接近する超巨大BETA群に対する戦略を練るのだった。

 

ーーー

ーー

 

突如攻勢を強めたBETAにより、欧州の最前線である東ドイツは苦戦を強いられていた。本来であれば攻勢に出て陽動を行う筈が、そんな余裕など吹き飛ぶほどの状況となっている。

 

『666中隊の隼は稼働限界です、予備機を出すので少しの間待機をと整備班から連絡が来ています』

 

機体の調子を最も良く理解している補助AIの言葉を聞きつつ部隊員に手慣れた様子で指示を飛ばすのは現666中隊隊長、テオドール大尉だ。

 

「予備機はいいとして、武装は…有り余ってるな」

 

秋津島開発の兵器実験場とすら揶揄されるようになった東ドイツでは、帝国軍ですら小規模の運用に留まるような新型突撃砲が格納庫には大量に用意されていた。

 

『国連軍の再編は進んでいますが戦える部隊は全体から見れば少数です、逃げて来た理由も恐らく単純なものではないでしょうし』

 

「ここからが正念場か」

 

母艦級の脅威は大きい、虎の子の疾風も少なくない数が撃破されたそうだ。逃げ込んできた戦術機は要塞の影に隠れて整備を行っており、自走砲や多脚戦車に至っては溢れるほどの数だ。

 

『光線級吶喊を求められるのは確実で…すみません、元中隊長から内密な通信が』

 

「内容はなんだ?」

 

『社長と話す時に使っていた個室に来て欲しいとのことですよ』

 

最近は色々と忙しく、会うのは久しぶりだ。そう思った彼だが、薄暗い部屋の中では軍を辞める前と同じ神妙な顔をした彼女が待っていた。

 

「…国連を通じて第四計画から連絡があった、突如発生した衛星通信の不調はこれが原因だそうだ」

 

渡された秋津島製の端末には、軌道上で発生した被害について簡単に纏められていた。被害の全てはBETAによるものであり、デブリ警報は警戒衛星が破壊されたことにより発令されたものだとも記されている。その結果投入された無人艦隊は全艦撃沈、空の上も混乱していることだろう。

 

「軌道艦隊が…全滅?」

 

「国連宇宙軍が封鎖中の低軌道に投入したそうだ、光線属種の射程内に入った瞬間墜とされたと聞いている」

 

「有り得るのか、そんなことが」

 

「第四計画にてオリジナルハイヴの攻略が行われるのは聞いたな?」

 

「ああ、だがこうして元中隊長が出張って来たということは何かあるんだろう」

 

最悪の状況に頭を抱えながらも説明を行うのは現在は国家運営に携わる元666中隊、アイリスディーナ・ベルンハルト氏だ。

 

「いつもの情報提供者曰く、BETAに人類の情報が漏れたとのことでな。ソ連が中心となって進める筈の黎明作戦に大きな障害が出来た」

 

秋津島開発のロゴが端に付いているディスプレイに表示されたのは、第四計画の権限によって引き出されたであろう情報だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「超重光線級、発見したソ連ではГ標的と呼称されている。既に3度の光線級吶喊を退けた上に砲弾の迎撃率はほぼ100%、化け物だな」

 

極端に迎撃率が高い地域があることが確認されていたが、こんなことになるとは想定外だろう。情報に付け足されたメモ書きによれば、"ML機関搭載兵器の存在に対するBETAの回答"とのことだ。

 

「新種の光線属種か…」

 

「この個体はゆっくりとだが欧州の防衛線、つまりここに向かって来ている。先程の母艦級による攻撃もこちらに大きな打撃を与えているのでな、ハッキリ言って照射圏内に入った瞬間に要塞が消し飛ぶ」

 

欧州の力を結集したとしても無理だろう、面制圧が意味をなさない時点で物量に劣る人類に勝ちは無い。

 

「欧州のML機関搭載兵器は現在荷電粒子砲の発射待機中だ、ドイツよりも内側でな」

 

「前線には来ないってことか、そして防衛線が突破されれば…」

 

「荷電粒子砲と共に保有する全ての核兵器を投射する、縦深防御と言えば聞こえは良いがな」

 

それくらいしか勝てる見込みがないということだろう。人類の勢力圏に引き込んで焦土に変えた後、全ての戦術機を叩きつけても一か八かというレベルだ。

 

「…だが、あの社長殿が切り札を用意して下さるそうだ。貴様は指定された洋上プラットホームに行け、猶予は2日も無い」

 

始まる筈だった人類の反抗作戦は、BETAの大攻勢と共に幕を開けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目白押し

飛燕のデザインだけは見ていって欲しい、拡大推奨。

追記
前半を分離して前話にした上で大幅な加筆を行いました、一つ前の話をご確認下さい。



 

「というわけでだ、俺達は桜花作戦と横浜基地防衛戦と超重光線級撃破と佐渡ヶ島及び帝国本土防衛を同時に行う必要がある」

 

馬鹿みたいな過密スケジュールである、文字通り殺人級だ。

 

「横浜に基地は無いですけど」

 

「気にするな」

 

桜花作戦を成功に導いたオルタネイティヴ主人公組と、黎明作戦にてГ標的こと超重光線級を撃破したトータルイクリプスの主人公はまだ衛士ですらない。原作のキャラクター達に期待を寄せるのは不可能だ、もとより戦場に彼らを送るつもりが無かったとはいえ縋るものがないというのは少々怖い。

 

「あとは地下に逃げやがったMiG-29も捕まえないといけないのか」

 

「報告が鳴り止みません、対処すべき物はもっと増えますよ」

 

「吐き気がして来た」

 

このままでは帝都燃ゆも始まってしまう、あと残すのはクーデターくらいだろうか。それも起きたら気絶する自信が社長にはあった。

 

数十時間後にオリジナルハイヴ攻略作戦を始めるというのに障害は増えるばかり、BETAの動きも前例がない形で活発化している。母艦級による地下侵攻も相次いで発生しており、欧州の防衛線は既に後退の準備が進められているとも報告が飛んでくる。

 

「既に各方面でBETAとの交戦が始まっています、アジア戦線に関しては既に一部では突破を許しているとも報告が」

 

「いやいやいや早い早い」

 

「師団規模の敵群がBETA支配地域にて入水準備を開始、手出しが出来ない場所から来る気ですね」

 

「アジアに展開していた帝国軍の派兵組は?」

 

「最寄りのハイヴから突如現れた超重光線級と遭遇、現在は要塞を使って遅滞戦闘中とのこと。付け加えますと、砲弾の撃墜率は脅威の100%だそうです」

 

「砲兵部隊が意味を成してないじゃん!」

 

「私も吐きそうです」

 

ハイヴから突如姿を現した光線属種の新種、超重光線級により人類の戦力は苦戦を強いられていた。対抗出来るのは超電磁砲を有する疾風くらいのものだが、直接照準射撃を行える距離に辿り着く前にレーザーで焼かれてお陀仏だ。

 

「無人艦隊による軌道爆撃を試みましたが悉く撃墜され、爆撃自体も全て撃ち落とされました。低軌道に存在する衛星や観測機も全て破壊され、早期警戒網は健在なれど被害は大きな状態です」

 

「原作でもГ標的は一体だったじゃん!なんで三体も居んだよ!!」

 

「軌道降下を試みようものなら全機が未帰還に終わりますね」

 

「無人にした再突入駆逐艦を片っ端から盾にして降下するとかどうだ」

 

「超重光線級の照射にはまず耐えられませんね、重光線級であれば数秒持ったでしょうが…」

 

「この状況で陸路しかないのか……」

 

まあ分かっていたことだ。凄乃皇四型は燃料となるG元素をありったけ詰め込んだ後、全速力でA-01が待つボパールハイヴに向かっている。攻略作戦を成功させるためには軌道戦力は不可欠、だが超重光線級によりそれは阻まれている。

 

「出現した超重光線級はアジア戦線、欧州戦線、オリジナルハイヴ近辺の三つに展開している。再突入駆逐艦は無理でも巡洋艦や戦艦クラスの船なら重光線級の照射を受けてもコンテナの投下をやり遂げられる可能性はある」

 

「何をする気ですか」

 

「まあ聞け。軌道上からオリジナルハイヴへ向かう際の航路では欧州戦線の上を通る、この時の脅威をどうにかするだけならアジアの個体は無視していい」

 

そして社長が手元の端末を操作すると、ある兵器がディスプレイに投影された。帝国軍が有するML機関搭載兵器である浮遊艦と見慣れない戦術機だ。

 

「荷電粒子砲の復旧が終わった試作艦を本土の防衛に当て、ボパールにて待機中の艦は刺し違えてでもオリジナルハイヴの超重光線級を撃破してもらう。そして欧州の個体はコイツを使う」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これってあの、東京の地下で建造中だった試作次世代戦術機ですよね」

 

「この戦術機と一つだけ余っていた00ユニットの試作機、この二つを使って光線級吶喊を行ってもらう」

 

「今から欧州にどうやって機体を届けるんですか!」

 

「ロケットがある、米国の上を通れば光線級は居ないだろ」

 

「ではその機体に搭乗する衛士は」

 

「適任が居る、というか主人公が倒した相手には主人公をぶつけるしかない」

 

東ドイツにて光線級吶喊を幾度となく成功させた現666中隊の隊長、テオドール氏に頼み込むしかない。というかこのままでは最前線であるドイツが陥落するので、成し遂げて貰わないと世界がヤバい。

 

「欧州の最前線と交流があって良かっただろ?」

 

「いやかなり一方的な交流じゃありませんでした?」

 

「そういう形の愛もある」

 

折角分割されたドイツがどうにか纏まりそうという所まで来たのだ、ここで国ごと滅ぼされるのは許容出来ない。

 

「無人機はありったけをボパールに送っちまった、あれから生産出来た機体はあるか?」

 

「戦術機タイプは一個中隊がギリギリですね、攻撃機タイプは投入の機会が無かったので無傷で待機中です」

 

「そうか、実戦用の装備を持たせて即座投入が可能な形で帝国軍に押し付けておいてくれ」

 

原作において帝国は防衛に失敗し領土を半分失っているが、その際には天災とでも言うべき悪天候に見舞われていた。だが今は晴天そのもの、気象レーダーを見る限り悪化の傾向は見られない。

 

「神風はBETAに味方しない、それだけでも良かったな」

 

「なんというか、今日の社長が話す言葉の中で理解出来ない物が多々があるのですが」

 

「いいんだよもう、取り繕ってる余裕無いの」

 

もう何方面作戦なのか考えることも出来ない、出来るのは明確な意思によって動かされたBETAをぶん殴り続けることだけだ。

 

「法的に許されないことを色々やるけど、全部俺の責任にするから安心してくれ」

 

「えっ?」

 

「ML機関乗っけた戦術機ってさ、帝国軍の軍事機密じゃん。アレを外国に打ち上げた挙句東ドイツの衛士に乗ってもらうことが問題にならないと思う?」

 

「数え役満っすね」

 

「…ハハッ!」

 

もう戦いが終わった後は収監されるのみ、そう思えば気が楽だと思い込み始めた社長のブレーキはぶっ壊れた。




うーん、過去最高の機体かもしれない。
表紙も変更しておきました、読了報告する際に表示されるヤツです。

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

国土燃ゆ

エルフの森は燃やしてもいいが、帝都は燃やしてはいけない。


「クソ虫共とのリベンジマッチが開催されるとのことだ、我々は海を渡り要塞線にて遅滞戦闘を継続中の部隊を支援する!」

 

そう言い放つのは、修理が終わり出撃した試作艦の艦長だ。以前損傷した時と同様の人員が掻き集められた司令室では、既にML機関が稼働していることが見て取れる。

 

「秋津島の奴らは仕事が早いですね、武装は全力発揮可能ですよ」

 

「荷電粒子砲の復旧だけじゃなかったのか?」

 

「制式艦のための予備をかっぱらったらしいですよ、責任は社長が取るとかで」

 

搭載しているミサイルはほぼ全てがS11弾頭という豪勢なもので、主武装である大型超電磁砲に関しても砲弾は弾薬庫一杯に、燃料のG元素は片道とは言わず何周も出来る程の量が積み込まれていた。

 

「やはりこの船は大部分が無人化されていて非常によろしい、大型艦は肌に合わん!」

 

帝国海軍の中でシミュレーションを行い、一番この船を上手く扱えたのが彼らである。本来であればスポットライトが当たらないような人材ではあるが、こんなゲテモノ兵器を扱えるのは一握りしか居なかった。

 

「国土を守る戦艦は優秀な人材に任せるとして、俺達は単騎で大陸の支援へと向かうわけだ」

 

「随伴艦は無し!…なれども虎の子の不知火が艦載機として一個小隊、頼もしい限りですな」

 

「鹵獲防止のための最終処分役さ、彼らも中々の任務を背負わされたものだ」

 

既に日本には大量のBETA群が迫って来ているため、国土は厳戒態勢だ。整備された交通網は避難民と多脚車両の通行に耐え、砲兵隊は大量の砲弾を沿岸部へと浴びせかける準備を既に終えている。

 

「帝国の本土防衛軍はこれからが正念場だ、死地と化した大陸からどれだけの将兵を帰還させられるかも肝になるだろう」

 

「要塞線の放棄は時間の問題とお考えですかな?」

 

「司令部からの情報では既に陽動のため前面に展開していた中華統一戦線部隊は鏖殺され、国連軍はその支援すらマトモに出来ず這う這うの体での撤退だ。秋津島開発からの内密な連絡だが、BETAの大規模侵攻が確認された時点で輸送船をありったけ手配しておいたらしい」

 

「つまり、帝国軍からの指令が降り次第乗せて逃がせと」

 

国連軍は帝国軍よりも上位の指揮系統だ、この惨状をどうにかすべく大規模な撤退をするよう促せば帝国でも首を縦に振らざるを得なくすることは出来る。それに秋津島開発がせっせと拡張していた港湾施設であれば、ある程度の装備さえ放棄すれば全ての人員が撤退することも可能だろう。

 

「まあ我々が例の超重光線級と相打ちになれば分かりやすい、逃げてくれるだろうさ」

 

「祖国と海の上以外で死ぬ気はありませんよ」

 

生まれてからというもの戦い続けた戦地に帰還した試作艦は、手始めに荷電粒子砲で要塞に迫るBETA群を薙ぎ払った。

 

「さて、国連軍に向けて撤退を具申するか」

 

「我々が来ても抑え切れる数じゃありませんしね、直したばかりの主砲が焼き切れますよ」

 

こうして、中国大陸での長い戦いが始まったのであった。

 

ーーー

ーー

 

試作艦が決死の戦闘を始めた時とほぼ同時刻、社長は次の手を打つべく秋津島開発の兵器実験場と斯衛軍の一部という二つの場所に連絡を入れていた。

 

「斑鳩さんとは連絡ついた?」

 

「ええ、斯衛軍でも話の分かる人だと言っていたのは間違いないようですね。少々切れ者が過ぎる気はしますけど」

 

「それが良いとこなんだって、あの溢れ出る有能さってもんが堪らんよな!」

 

「まーた社長が気に入る人を見つけてしまった」

 

秋津島開発と富嶽重工、そして遠田技研が力を合わせて開発していたある機体は既に実戦に耐えうる状態にまで仕上がっていた。飛鳥計画により生み出された機体、武御雷である。

 

「先行量産型の武御雷は全機彼の部隊にぶん投げて大丈夫だ、テストパイロットとして乗ってもらってた部隊でもあるしね」

 

「最終調整は済んでない状態なのに、この機体特性があんまりにもピーキーですよ!」

 

「補助AIが戦闘中にでも衛士に合わせるさ、それにこの程度のじゃじゃ馬なら問題なく乗って見せるのが斯衛の人間ってもんだろ」

 

関節強度や膂力は不知火と比べて50%以上増加しているという化け物のようなスペックだが、全身に備えられた装甲一体型のブレードが密集戦闘で戦術機の強さというものを数倍に引き上げる。正に戦術機の中の戦術機、対BETA戦に特化した最高の機体といえる。

…運用コストにさえ目を瞑ればだが。

 

「本当はA-01のハイヴ突入部隊にも配備したかったんだがな、流石に無理だった」

 

「でしょうね、逆にどんな時ならそれが許されるんですか」

 

「基地が襲われた結果稼働機に碌な機体が無くて、使えるのが武御雷だけだった時とか」

 

「無いでしょうそんな状況」

 

「あるかもしれないだろ!」

 

そんなことはさておき、武御雷を出したのには理由がある。斯衛が帝都の守護のみに注力する場合、動かせる部隊が他に無くなるからだ。

 

「斑鳩公は何かあれば自ら動く気だ、あの機体はまだ斯衛に納入されてないから融通が効くしな」

 

「待ってください、じゃあ武御雷って今何処に所属してることに…」

 

「秋津島開発だ、責任を全部抱えるために俺の名前でまあ色々と書類を作っておいたからなんとかなるだろ」

 

このままでは余罪が多すぎて取り調べ室と獄中で余生を過ごすことになりそうだが、人類が滅ぶよりは幾らかマシであると彼は考えていた。

 

「富嶽重工と遠田技研になんて言えばいいんですかね、これは」

 

「お子さんは責務を果たすため、元気に旅立ちましたよとでも言っとけ。少なくとも間違いじゃない」

 

手を回せる範囲のことは大抵やり尽くした、後はもう見守るしかない。送り出した飛燕が欧州の超重光線級を撃破出来なければオリジナルハイヴへの軌道爆撃は行えず、勝てたとしても凄乃皇とA-01が攻略に成功するかどうかは分からない。

 

「月と地球の間で思い出したあの時から今日まで必死に積み上げて来たんだ、通用すると信じたいけどな」

 

作戦開始まであと30時間、猶予は着々と減っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黎明作戦、再始動

秋津島開発の推進器技術を結集して作られた飛燕の跳躍ユニットは快調極まりなく、速度計が示す数字は既に時速800kmを突破した。第三世代機である不知火は時速700km程度であることを考えると、どれだけ異常かが分かるだろう。重力制御の応用により機体の周囲を流れる風も制御が行われているため、受ける抵抗は外見からは想像もつかないほど少なかった。

 

「…長距離噴射を始めたばかりで、これかッ!」

 

『重力制御により燃料消費は格段に抑えられています、増槽の中身を使い切る前に突入ポイントに到達出来るかと』

 

速度計の数字は常に更新され、もう少しで900キロに到達する。人型である戦術機でこれだけの速度を出そうものならバランスを崩して空中分解でも起こしそうだが、この機体は既存の常識を受け付けない。

 

『試験結果通りこの機体なら音速は出せます、このまま加速して1200kmの大台に載せますよ』

 

「リィズ、いや00ユニットへの負荷は大丈夫なんだろうな!」

 

『秋津島の開発チームが出来る限りの最適化を施していますし、火器管制は私が受け持ちます。外装は出来上がってないのに内装の完成度は完璧ですよ、この子』

 

ML機関の運用に最適化された専用のOSは向こう50年は通用する程の代物であり、燃費の向上にはソフト面での大きな進歩があった。しかし更に負荷を軽減するために役割を割り振った結果、原作において凄乃皇に操縦士と航空士が乗り込んだことと奇しくも同じ構図となっていた。

 

『戦術機で音速を突破するのは我々が初めてかもしれませんね、大気圏外からの突入はノーカウントにして欲しい所ですけど』

 

音速を超えたことで大きな衝撃波が生まれるも、重力場によって歪められてから広がっていく。00ユニットの高度な演算処理によって保護されている機体には振動すら伝わらず、操縦する衛士には着慣れない強化装備の感覚だけが残っていた。

 

「…全部俺にかかってるんだよな」

 

『はい、具体的に言うなら東ドイツの国土と人類の未来が』

 

やり慣れた光線級吶喊だろう、今回は偶々相手が馬鹿みたいにデカくて強いだけと彼は自らに言い聞かせる。支援だ取引だと言って色々な物を押し付けてくる秋津島の社長、再編した666中隊の部下達、旧666中隊の仲間、軍を離れたアイリスディーナ、カティア、リィズ……様々な人物が脳裏に浮かぶ。

 

「こちらシュバルツ08、これより光線級吶喊を開始する!」

 

彼は本来なら隊長としてシュバルツ01のコールサインを預かる身だが、今ばかりはそう名乗った。この戦術機を受領した時に何が起こり、何を聞かされたのか。眼前に迫る分厚い重金属雲を越える前に思い起こしておくのも悪く無いだろう。

 

ーーー

ーー

 

「G元素カートリッジの最終確認急げ、点火を妨げる安全装置は最終安全弁を残して全てカットだ!」

 

「レールガンに問題はないだろうな、弾詰まりを起こしたとしたら俺達は腹を切らにゃならんぞ」

 

「その時は斯衛に介錯頼みましょうや、きっと綺麗に斬ってくれます」

 

打ち上げられた機体と共に現地入りした秋津島開発の整備班は手慣れた様子で動き回り、飛燕の出撃準備を超特急で整えていた。慎重な取り扱いが必要なML機関の状態も万全であり、残すは00ユニットの調整だけだった。

 

「慣れないな、前の強化装備じゃ駄目なのか?」

 

「機動性は既存の戦術機よりも遥かに上なんです。重力制御である程度は緩和されるとしても、少しでも性能が良い強化装備じゃないと身体が持ちませんよ」

 

飛鳥計画が有する研究成果の一つ、機体の機動力から衛士を保護するための新たな強化装備が彼のために持ち込まれていた。他にも様々な装備が積み上げられていたが、その全てを実装する時間は無さそうだ。

 

「…00ユニットの人格データをどうするかだな、取り敢えず渡されたサンプルから選ぶしかないか」

 

「人格データ?」

 

「ああテオドールさんかい、ちょっとコイツは特殊というか旧式でね」

 

現在はAIによって稼動するタイプが一般的だが、秋津島開発の全面的な協力が行われる前は別の方式での制御が行われていた。そう、人の人格データをそのまま使うという手法である。新型の00ユニットは凄乃皇に使ってしまい、使えそうな機体は昔の試作品しか残っていなかった。

 

「人の人格データをそのまま入れて使うことになる、相性が良さそうな人物の方が都合が良いんだが…使えるデータの中に知り合いは居ないだろうしな」

 

「いまいち分かりにくいんだが、人格を入れるとどうなるんだ」

 

「その人格データの持ち主と全く同じように振る舞うようになる、外見も調整しないと発狂するんで色々と難しい。社長が待ったをかけて方針を変えたんで、今は人の人格なんて使わないんだが…」

 

00ユニットの中身を誰にするか、テオドールは渡された資料を手に取った。その仕様に薄ら寒い物を感じるが、誰にするべきかは重要な選択だと思い紙をめくる。

 

「人格をコピーしたのはどれも秋津島の関係者と第四計画の被験者です、今回みたいな状況に適合出来るかどうかは不透明ですね」

 

そう敬語で告げるのは話を聞いてやってきた00ユニットを担当する技術者だ、どうにも一筋縄ではいかない問題があるらしい。

 

「精神的な負荷は演算処理以上に大きな問題だしな、ODLが濁る」

 

「こんなことを言うのもなんですが、この手の作戦行動に慣れていて貴方との協働に向いているような人から人格データを貰う方が良さそうなんですよ」

 

666中隊の誰かを選び、脳味噌をコピーさせてもらう必要があるらしい。発狂だのなんだのと聞かされた上で、ドッペルゲンガーを作らせて欲しいと今から打ち明けるのも憚られる。特に昔の仲間達は東ドイツで奔走中だ、呼んでも来てくれそうな者は居ないように思えたその時だった。

 

「そんな都合のいい人なんて居ませんよねぇ、来るとしたら戦術機か何かで飛んでこないと間に合わ…」

 

その発言の後、プラットホームが揺れた。なんだなんだと外に出た警備員が見たのは、不時着に片足を突っ込んだような状態の旧隼だった。救命用に利用されている機体だが、こんな着陸をする理由が分からない。

 

「テロリストか!」

 

「クソッこんな時…に…?」

 

機体胸部のハッチが開き、中に居た衛士が降りてきた。戦術機を操るにしては若い女性、いや少女とも言える姿であり、強化装備ではなく病衣に身を包んでいた。

その光景を前に目を丸くするテオドールを見て、整備員の1人が恐る恐るだが事情を聞いてみることにしたようだ。

 

「…もしかして知り合いだったりするのか?」

 

「ああ…妹だ」

 

後から分かったことだが、社長が彼女に連絡を入れていたらしい。内容としては最後になるかもしれないからせめて話す機会をということだったが、彼女の行動力を甘く見積もりすぎていた。

 

「えーっと、00ユニットへの人格データ提供をお願いしてみますね。正直言ってもう彼女しか適任が見つかりそうも無いですし…」

 

こうしてテオドールの妹は生身と機械の二人に増えた、というのがことの顛末である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

A-00

「遅滞戦闘も限界だぞ、砲撃が届く前に撃ち落とされる!」

 

「直接照準で撃てる超電磁砲だけが頼りか、山なりの弾道は全て無効化されるな」

 

欧州連合が有する疾風の超電磁砲はその威力を遺憾無く発揮し、膨大な個体数による平押しを続けるBETA相手になんとか戦線を保っていた。第四計画からの通達により切り札を投入するまでの時間を稼ぐ必要に駆られた彼らは仕事を果たし、飛燕の調整に必要な時間を用意して見せた。

 

「疾風の主砲が持たない、ローテーションも崩れかけだ」

 

「替えの砲身と予備の砲弾はあと3割、ジリ貧ですね」

 

「ここに陸上戦艦があれば荷電粒子砲が…いや、無理な話か」

 

白い塗装を施された鋭角的な装甲に赤いBETAの体液が伝う。欧州連合の最新鋭機であるタイフーンを駆る部隊が前に出されたのは、その稼働時間の長さと近接格闘戦能力の高さ故だ。

彼ら欧州連合部隊の精鋭は、どうにか絶望的とも言える戦場にてその場を守り続けていた。

 

「残弾は?」

 

「先程補給機が死に物狂いで届けてくれた36mmの弾倉が30、120mmは20です。折れた長刀の代わりは一本だけですが」

 

「…三機送ると言われていたんだがな、来たのは一機だけか」

 

「護衛の無人戦術機も居ませんでした、遭遇戦になったんでしょうね」

 

既に防衛線は戦車級の浸透を許しており、砲撃を続ける要塞でも既に会敵したとの報告が来ている。光線属種からの照射圏内に要塞が納められれば負けは確実、そのために残った部隊で前に出たのだが損害は大きかった。

 

「無人機の被害が大き過ぎる、司令部は補給機を便利な移動コンテナ程度に思ってるんだろうが…」

 

『無人機は無人機です、申し訳ありませんが割り切って下さい』

 

「だがな、支援AIであるお前の同胞だろう」

 

『我々は個ではありませんから、一個体の機能停止は全体の死になり得ません』

 

そう言われると黙る他無い、飛びかかる戦車級を腕部のブレードで切り払いながら空になった弾倉を取り外した。補給機から得た弾倉を突撃砲に取り付け、寿命が近い砲身が持つことを祈る。

 

「…兎も角、新鋭機であるタイフーンの性能は実証されたわけだ」

 

「損傷あれど損失機無し、武器はなくとも四肢があります」

 

「軌道艦隊からのコンテナ投下が封じられたのがここまで痛いとは思わなかったな、補給機では追いつかないか」

 

「時間が経てば経つほど反抗は難しくなります、第四計画の奥の手はいつ到着するんでしょうか?」

 

彼らは第四計画が投入するという戦力を頼りにこの場を維持してはいるものの、その奥の手がなんなのかは知らされていない。浮遊艦は欧州には存在していないし、XGシリーズもハイヴ攻略に投入されたために余りは無い。

 

「分からんさ、だが信じるしか…」

 

「レーダーに反応…未確認機です!」

 

「来たか!」

 

音速で飛行してきたのは戦術機ほどの物体、データリンクにて共有される情報ではただ「A-00」と表示されているのみだ。

 

「A-00?」

 

「オルタネイティヴ計画の実働部隊か、番号はA-01からだった筈だが」

 

その機体を示すレーダー上の光点は常識から外れた速度で移動しており、明らかに音速を超えている。光線属種の出現により系譜を絶たれた航空機でも引っ張り出して来たのかと思えば、その機体には明らかに四肢が備わっていた。

 

「音速超えの戦術機だと!?」

 

「データベースに一致する機体無し、恐らく新型です!」

 

外見的特徴は既存の戦術機とは合致せず、機体の周囲は何故か電磁波が歪んでいるために正確な情報収集も難しい。分かるのは疾風顔負けの主砲を有しているということだけだ。

 

「A-00の周囲30mには侵入禁止とのことです、これってまさか…」

 

「重力場だな、間違いなく」

 

戦術機にML機関を積んだのだ、秋津島の仕業に違いない。第四計画は帝国の預かり、特に秋津島開発は全面的な協力を行っていた。不知火という最新鋭機を国連に提供していたことは記憶に新しいが、ここまでの機体となると話が違ってくるだろう。

 

「もしそれが事実であるなら、あの機体は帝国が有する軍事機密の塊ですよ!?」

 

「本来ならこんな敵地で飛行させるような機体ではないだろうな、つまりアレを投入せざるを得ない状況だということだ」

 

A-00の突入ルートから退避した戦術機部隊達は接近する機体に釘付けだった、本当にこの状況を打開出来るのかどうかを半ば半信半疑に感じていたというのもある。

 

「退避完了です」

 

「来るぞ!」

 

元々の機体速度とレールガンの圧倒的な初速が合わさり、連続して放たれた砲弾は何体ものBETAを貫き血煙に変えた。音速だというのに地表スレスレを飛んでみせる衛士の技量により、敵集団に対して水平に撃ち込まれた砲撃は理想的な結果を叩き出す。

 

「え、A-00より通達。これより突入するとのことです」

 

「CPは?」

 

「後を追えと言っています、我々も突入しますか?」

 

「する他ない、あの機体の盾になってでも超重光線級の元まで辿り着くぞ!」

 

A-00は減速しつつ敵陣に突入、主砲の火力に物を言わせて大量のBETAを掻き分けては先に進む。その後に続く戦術機部隊は空いた穴を広げ、ある程度維持しつつ追い縋る。

 

「補給機まで付いてきているのか!?」

 

「最後の補給ですよ隊長、増槽を運んで来てくれたんです」

 

ボロボロになりつつもコンテナを守り切った補給機は飛行中の戦術機と速度を合わせ、跳躍ユニットに増槽を取り付けてから去っていく。アームが無事な機体は敬礼をしつつ後退するが、無理をしていたのか何機か落伍しては墜落して行く。

 

「…補給は?」

 

「追加で弾倉を受け取りました、剣の代わりも今度は二振りあります」

 

「結構、彼らの献身を忘れはせん」

 

欧州連合の行末を左右した海王星作戦、その母艦級との遭遇戦やハイヴ攻略でも彼ら無人機の活躍は目覚ましかった。しかしそれらの殆どは自爆などの自己犠牲であり、美談とするには少々痛ましいのも事実だ。

 

「この時こそが第三世代機の使い所だ、行くぞ!」

 

大量のBETAを切り伏せ、先に進んだA-00が残した死骸の道を進む。共に進む機体には西も東も無く、すぐ背後にはSu-27やMiG-29が得意の格闘戦を披露してくれている。

 

「ここまで大規模かつ切羽詰まった光線級吶喊は無いでしょうねぇ!」

 

「だが楽なもんだ、優秀な先導役が居てくれるんでな」

 

6門の突撃砲を構えた隼改が飛び上がった戦車級を的確に撃ち落とし、国連軍に籍を置く吹雪が巧みな長刀裁きでタイフーンと共に前衛を務める。

 

「A-00からのデータリンク来ました、超重光線級と接敵した模様!」

 

「なんだこの光線属種の数は!」

 

「まさに要塞の対空陣地ですよ、流石にあの機体でもこれじゃあ…」

 

「速度を上げろ、援護に向かうぞ!」

 

先行して突入した飛燕が目にしたのは、超重光線級の周囲に集まった大量の光線属種だった。砲弾の迎撃率100%というのは何も超重光線級の存在だけで成し得たものではなく、光線属種の集中運用によるものだったのだ。

 

「流石に単騎では不味いか!?」

 

「いえ今なら、支援突撃砲の射程内です!」

 

「アレを抱えて来た部隊が有るのか、でかした!」

 

しかし固まって存在するということは、纏めて攻撃範囲に収められるということである。BETAが人類の脅威をある程度認識したのは確かだが、分散して配置するという発想には至っていなかった。

 

「撃てェ!」

 

「やっと殴り返せるぜ、見てるかタコ野郎!」

 

中隊支援砲が放つ榴弾が降り注ぎ、光線属種の対空網に風穴を開ける。そして超重光線級はML機関を搭載するA-00に釘付けとなり、遂に無敵の対空陣地は綻びを産んだ。

 

「支援砲撃弾着、弾着!!」

 

「よぉし突入!奴らのデカい眼球に目にもの見せてやれ!」

 

戦争が始まって以来最も多くのBETAを屠った存在、砲撃という名の戦場の女神がこの地に舞い戻った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

光線属種積乱雲

両手で保持する大型レールガンはBETA群を切り裂き、超重光線級の元まで飛燕を導いた。しかし弾薬は底をつき、巨大なドラムマガジンも随分と軽くなってしまった。

 

「替えの弾倉は?」

 

『後方にしかありません、投棄を』

 

飛燕を駆るテオドールは弾切れになった主砲を投げ捨て、肩部の兵装担架から突撃砲を引き抜いた。突撃砲とは言うものの、外見は兎も角中身は小型化されたレールガンだった。

 

『…不味いですね、目標が大き過ぎます』

 

それそのものは優秀だ。

問題は既存の携行火器と比べて遥かに強力な筈の電磁突撃砲を持ってしても、巨大過ぎる超重光線級相手には分が悪いということだ。

 

「どうする!」

 

『衝角攻撃が厄介ですが、ひとまず重力場で逸らしつつ目を潰しましょう。主砲の弾を使い切った以上仕方ありません』

 

これからは長丁場になる、この巨大な化け物の攻撃を掻い潜りながら解体しなければならないのだ。

 

ーーー

ーー

 

「何か落ちてくるぞ?」

 

「A-00の主砲です、あの馬鹿みたいな威力のレールガン!」

 

「避け…いや受け止めろォ!」

 

限界を超えてしまい砲身が割れた突撃砲を投げ捨て、先行していたタイフーンが落ちて来たレールガンを受け止める。その衝撃に関節が悲鳴を上げるものの、実際には中隊支援砲より少し重いくらいだ。

 

「補給部隊に連絡して予備弾倉が無いか聞いてみよう、コイツにここまで運んでもらったんだからな」

 

「確かに使えれば御の字ですけども…後方!」

 

「近寄らせるな!」

 

主砲の構造は超電磁砲とG元素利用型のハイブリッドであり、寿命を伸ばしつつ貴重なG元素の必要量を減らしている。超電磁砲ではない以上ML機関と同様にBETAを誘引してしまうのだが、暴れ回る飛燕が敵の注意を引いてくれていた。

 

「あ、あるそうです!」

 

「運べるか?」

 

「補給機に載せてあるそうで、本来であれば途中で補給を行う予定でしたが敵の密度が高過ぎて不可能だったと言っています」

 

「なら切り開くしかない。話は聞いていたなCP、上申を頼む!」

 

効力を発揮し始めた砲撃のお陰で戦術機部隊は戦力差を縮めつつあり、虎の子の誘導弾を担いだソ連軍機がクラスター弾頭をばら撒いて光線属種を耕していた。大型機の突入も可能な状態になったということだ、絶望的だった戦況は好転しつつある。

 

「我が部隊の戦術機は見ての通り疲労困憊だ。そこで一度補給に戻りつつ荷物を受け取り、再装填したレールガンをA-00に受け渡す」

 

「弾倉以外にも予備の装備があれば抱えて進みましょう、あの化け物の相手をしてくれている機体が居なくなれば負けます」

 

新鋭機である筈のタイフーンは投入前の小綺麗な姿とは打って変わって損傷が目立ち、自慢のブレードエッジ装甲も所々で折れてしまっている。しかしまだ動くのは事実、一度補給に戻るのは合理的な判断だろう。

 

「決まりだな、他の部隊の動きは?」

 

「中隊支援砲や超電磁砲を持った砲撃機が前進、光線級に打撃を与えていますが重金属雲は薄くなる一方です」

 

「何故だ、AL弾は撃ち込まれている筈…」

 

そう言った直後に砲兵隊からの砲撃が敵陣へと降り注ぎ、その半数が撃ち落とされた。しかしよく見ると迎撃された物は全て爆発しており、蒸発して重金属雲を発生させた弾頭は見つからない。

 

「奴らAL弾を見分けられるのか!」

 

「重金属雲を発生させないために撃ち落としていないってことですか!?」

 

「それに奴らが発生させた光線属種積乱雲(レーザークラウド)に重金属雲が巻き込まれる、上昇気流に根こそぎ持っていかれるぞ」

 

光線属種はレーザーを発射する際に大きな熱を発するが、複数の光線属種が一斉に射撃を行った際の莫大な熱量により積乱雲が発生することが知られている。超重光線級が放つ熱量は既存の個体の比ではなく、単体で巨大な積乱雲を発生させることが出来るだろう。

 

「つまり、つまりですよ。このまま速攻しか選択肢は無いと?」

 

「元々不利なのをA-00が単騎でひっくり返したんだ、奴の勢いが削がれれば負ける!」

 

こうして話している間にもBETAは群がってくる、これ以上時間を無駄にするわけにはいかさなそうだ。

 

「話は聞いていたな部隊員共、ひとまず下がるぞ!」

 

タイフーンを有する中隊は付近の味方にその場を任せ、一度後方に下がる。二機がかりでレールガンを抱えながら、飛燕に勝つための一手を託すために飛び立った。

 

ーーー

ーー

 

超重光線級の三つの首は既に二つ失われ、胴体の衝角も格納部分を著しく損傷していた。しかしこれでもまだ脅威であるのは変わりなく、まだ生きている部位を使って即死に繋がる攻撃を放ってくる。

 

『一番の砲身に亀裂確認、二番は電装系の異常により機関部融解』

 

「試作品は試作品か」

 

使えなくなった電磁突撃砲二つを捨て、残った二つを構え直す。腕の下に設けられた補助腕を使って弾倉を交換し、残り少ない武装に危機感を感じつつも戦闘を続行した。

 

「格闘用の武装は無いのか?」

 

『背中にナイフが一つ、無理矢理ですがくくりつけてあります』

 

「分かった」

 

迫り来る衝角攻撃を僅かな機体制御で避けて見せ、伸びた触腕を電磁突撃砲で千切り飛ばす。途中で切断されたことで支えを失った衝角が脱力して落下するのを尻目に、まだ損傷の少ない最後の首目掛けて何発か撃ち込んだ。

 

「機体の揺れが大きくなってやがる!」

 

『戦闘中に受けたレーザー照射の負荷が大きかったようです、稼働時間は更に減ったと考えて良いかと』

 

「火力が足りないんだ、何か手は無いのか?」

 

マトモな装甲が施されていない試作機でここまで超重光線級を追い詰めていることがまず不可思議なのだが、彼は最良の未来を選び掴む能力に長けていたと言えるだろう。限界は近い、機体に搭載されたS11が嫌でも目に入る。

 

「A-00、配送のお時間だ!」

 

その時だった、補給を終えたタイフーン達が突出して彼のための補給物資を抱えてやって来たのは。

 

『欧州連合の部隊からです、あれは…投棄した主砲です!』

 

「回収してたのか、それとも予備があったのか!?」

 

しかしそんなことはどうでもいい。ありったけの弾薬をばら撒いてから急降下、周囲の敵を重力場で跳ね飛ばしながら彼らの元へと向かう。

 

「待たせた!」

 

「機体のフレームが剥き出しだぞ、大丈夫なのか?」

 

「元からこうなんだ、コイツは」

 

ML機関に釣られて押し寄せるBETAの相手は彼らに任せ、新品の武器を受け取る。空になった兵装担架に突撃砲を収め、機体の胸部ハッチを開いた。

 

『1番カートリッジが空です、交換を』

 

「戦場で扱っていい物なんだろうな」

 

右胸から空になったG元素カートリッジが排出されたのを見て、テオドールは新しい燃料を機体に押し込んだ。敵の跳ね飛ばしや光線の防御は多くの燃料を消費してしまう、戦場での補給を秋津島開発が考えない筈も無かった。

 

『跳躍ユニットの燃料は残り三割、ですが武装は全て全力発揮可能です』

 

「…リィズ、大丈夫か?」

 

機体の揺れが一瞬大きくなり、そしてすぐに無くなった。演算処理の速度は持ち直し、視界には予備のODLタンクが消費されたと表示される。

 

「頼んだぞA-00、超重光せ…うぉおおッ!?」

 

「本当に戦術機ですかアレは」

 

飛燕は手を振る戦術機部隊に一瞥した後、重力制御により予備動作なく機体は上昇し跳躍ユニットの推力を一気に引き上げた。ロケットエンジンに火が入り、オレンジ色の炎を吐き出しながら急加速する。

 

「…は、はは、流石は音速超えか」

 

最新鋭機である筈のタイフーンでも不可能な動きだ、どうせ作ったのは秋津島辺りだろうと見送った衛士は思わざるを得なかった。

 

「なんなんですかあの機体、滅茶苦茶な機動でしたよ!」

 

「これで役目は終わった、俺達はまた後退だ」

 

「行ったり来たりと忙しい、命が幾らあっても足りませんよ」

 

 

この数分後、A-00によって超重光線級は撃破された。大量に存在した光線属種も面制圧が可能になったことで個体数を減らし、戦場に集結していた戦術機部隊によって殲滅することが出来た。

 

尚A-00と呼称されていたML機関搭載型戦術機については国連軍により回収された後、秋津島が有する海上プラットホーム群へと移送された。機体に関する詳細や搭乗していた衛士等に関しては第四計画の権限により明かされていないが、欧州を救った英雄として軍関係者の間で密かに噂されることになる。

 




お久しぶりです。


【挿絵表示】


マブDのイベント走ったり、支援絵描いたり、Pixivの依頼進めてたりしました。年内に完結は…無理かもしれない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

軌道戦力の本領

欧州での超重光線級撃破が確実になった瞬間から少し後のこと、社長達は軌道上にある指令を飛ばしていた。

 

「さて、次の隠し玉の準備が終わったかどうか…」

 

「正気じゃありませんよ、有り合わせの物であんな代物を作るなんて」

 

「囮は必要だろ?」

 

第二宇宙港に停泊しているのは秋津島開発が作り続けている移民船の内の一隻であり、船体に張り付いたMMUが耐熱シールドを片っ端から溶接して回っている。

 

「重力場を用いた対デブリシールドの搭載試験艦、囮にするには丁度いい。それに肝心のML機関も因縁のアレがあるしな」

 

「軌道上で大暴れした挙句核弾頭の脱落を引き起こしたという、あの?」

 

「次の衛星軌道に突入してBETAの反応を見るのに使うつもりだったんだが、まあいいだろ」

 

ボパールハイヴから陸路で向かうことになった部隊の援護は必要だが、それを阻む超重光線級が厄介だ。試作艦と凄乃皇弐型が倒してくれれば良いのだが、まあそれで終われば苦労などしていない。

 

「ML機関に引き寄せられるのは実証済みだ、そこで上空に狙いやすい船を飛ばしてやれば…」

 

「隙を作れると、そういう訳ですね」

 

「うんまあ一瞬だけどな、その間に軌道爆撃が出来るかどうかって所だ」

 

低軌道に入れば重光線級にも撃たれるのだ、戦艦の装甲ならある程度は耐えられるとはいえ直接照射されることはあまり想定していなかった。

 

「で、こんなデカブツをどうやって動かす気ですか?」

 

「艦橋部分を取り外して巡洋艦を接続した、ヤバくなったら離脱するって寸法だな。船の方には有り合わせだが、着陸ユニットの拿捕に使った軌道変更システムを流用してる」

 

「本当に軌道上の物を掻き集めて使ってますね…誰を乗せるんですか?」

 

「不可能を可能にしてくれそうな奴が1人いる、まあクソ長い60mリムジンを運転するのとそう変わらんだろうしな」

 

「は?」

 

「いやリムジンと…」

 

「やっぱりストレスで未来じゃなくて幻覚見てませんか?」

 

この超巨大船の舵を握るのは一文字艦長だ、峠ではなく周回軌道を攻めてもらおう。何故この人物がこのような評価を受けるのか、それはまあ…顔と声優と劇中のパロディ描写が原因である。

 

ーー

ーーー

 

また少し時間は遡り、飛燕がまだ交戦中だった時のこと。第二宇宙港は多くの作業員とMMUが巨大な一隻の船に群がって作業を行っていた。

 

「馬鹿が考えた船だろ、コレ」

 

「急遽付けられた艦種は艦隊送迎艦、艦名はリムジンって…」

 

「社長は何かキメてるらしいな、まあ今日に始まったことじゃあないが」

 

作業アームが目立つ作業用の宇宙服を着た2人は、ドックにて改修を受ける船を見て溜め息を漏らしていた。

 

「BETAさえ居なけりゃコイツは探査船になる筈だったのに、悲しいもんだぜ」

 

「社員旅行用のリゾート惑星はまだ発見出来てないからなぁ」

 

何処かズレた意見なのはBETA殲滅をあくまで宇宙開発の前提条件としか認識していない気狂い共、秋津島開発の宇宙開発浪漫派の人間だからだ。

 

「社長がアニメ制作に一枚噛んだっていう去年の宇宙冒険活劇シリーズ、あんな感じのスペースオペラを体感したいんだよ俺は!」

 

「アレCGに金注ぎ込み過ぎてマニアにしか受けなかったじゃねぇか」

 

軽口を叩いていても手は止まっておらず、ツギハギだらけの船体をどうにか制御するシステム周りは段々と形になっていく。増設した推進装置の中身を書き換え、可動域を調整し、使えるようにしては次の作業場所まで流れるように移動する。

 

「兎に角だ、この船は本当に大丈夫なのかよ」

 

「触ってる俺達が一番分かってるだろ、動くさ」

 

囮として運用されるこの船は移民船として長年の航海に耐え得る堅牢さを活かした上で、更にその上へ装甲を被せている最中だ。超重光線級からの照射は流石に厳しいが、既存の種であれば地上から大気圏外までの距離が装甲となり長く耐えられる。

 

「ラザフォードフィールドは出せないのか?」

 

「重力場を自在に制御出来るコンピュータなんて宇宙に無い、減速剤をたらふく用意してゆっくり反応させて騙すのさ」

 

「うーむ、やぶれかぶれというかヤケクソというか…」

 

「諦めないのが俺達の美徳だろ、ほら次行くぞ」

 

本来なら大規模な作戦において常に運用されていた軌道艦隊は、光線属種の脅威により航空機同様戦地を失っていた。超重光線級の射角に入れば生きては帰って来られない、障害物の一つさえ存在しないのだ。

 

「宇宙軍の奴らピリついてるな」

 

「第四計画の軌道爆撃要請を待ってるのさ、三体も居る化け物を処理するのに地上ではどれだけの血が流れてるのかは想像したくないが」

 

「その先陣を切るコイツは推進系統の調整と同期が終わったら装甲の貼り付けを待たずに出撃だってな、いつから末期になったんだか」

 

「BETAが人類の事情を加味してくれた試しがあるかよ!」

 

彼らが推進器を調整し終わった瞬間、欧州の超重光線級撃破の一報が届いた。戦地にて獅子奮迅の活躍をして見せた謎の機体について議論が交わされる中、後2体も同様に倒せることを皆が願っていた。

 

「…ハハ、英雄さんの誕生か」

 

「宇宙でも伝説を打ち立てるしかねぇな、英雄が立派に凱旋出来るような船に仕上げにゃ祟られるぜ」

 

「違いない、戦後は記念館に飾ってもらうとするか」

 

残された時間は少ない、だが人類も使える力全てを振り絞って未来を掴み取ろうとしていた。国も人種も関係ない、今はただ第四計画の名の下に集い戦うのみだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

濁流と閃光と

アジア戦線を支えて来た帝国軍の要塞には、様々な部隊が集結していた。今回の大攻勢により後退を余儀なくされた中華統一戦線の部隊に、崩壊した戦線から這々の体で逃げて来た国連軍、そして防衛の準備を進めている帝国軍の三種類だ。

 

「重力場を前方に集中展開、照射に備え待機」

 

「…要塞の壁を盾にするとは、何処まで上手くいきますかね」

 

試作艦こと浮遊艦イザナギは分厚い要塞の壁を遮蔽に使い、着陸することで船の大部分を敵から隠していた。

 

「何、主砲以外にも我々には超電磁砲がある」

 

艦載型の超電磁砲ともなれば、威力は砲撃機の有する物とは桁違いだ。防御のために重力場を展開出来なくなる荷電粒子砲ではなく、防御と両立可能な兵装を選ぶのはごく自然と言える。

 

「要塞線は敵の第一陣を凌いだとはいえ無事ではない、正面戦力以外の撤退までの時間も稼ぐ必要がある」

 

「波止場は大忙しですからねぇ、中国大陸が一気に陥落するのも宜なるかな…」

 

残った監視衛星の観測結果を見て国連軍の司令部が叩き出した結論とはユーラシア大陸のハイヴに存在した膨大な数のBETAが地上に現れ、ひたすらに突き進んでいるという絶望的なものだった。

 

「中華統一戦線は?」

 

「前線には敵が切れ目なく押し寄せて来てるのですよ、津波に飲み込まれた者の末路は言わずともお分かりでしょう」

 

「ここまで押し込まれるとなると、そろそろですかな」

 

中華統一戦線最後の手段、戦術核が一斉に起爆した。かなり遠方の筈だが、その閃光と立ち昇るキノコ雲はまさしく核兵器のそれだ。

 

「は、はは、やりやがった」

 

「防衛線、抜かれましたな」

 

「仕掛けてないとは思ってなかったが、この状況じゃあ起爆した方が幾らかマシだろうな」

 

少しばかり個体数が減ったが、全体を見ると微々たる物だ。広域データリンクでは逃げ遅れた部隊が例外なく通信を途切れさせ、敵の侵攻予想地点に近い部隊からは救援要請が鳴り響く。

 

「軌道爆撃さえあれば幾らかマシだが、使えないとなるとここまで苦しいものか」

 

「秋津島開発のマスドライバーも全て運行見合わせです、まあ支援砲撃が来るとは思わない方が…」

 

「司令部から入電、支援砲撃が来るとのことです!」

 

「飛行物体接近、後方から!」

 

その時だった、数発の砲弾が上空で撃墜されたのは。

 

「支援砲撃!?」

 

「まだBETAは射程圏内に収まって居ない筈だ、どうやってあの速度と高度で砲弾を打ち出し…打ち出す?」

 

「艦長?」

 

艦長は少し前の会話を思い出した後、大きく笑い始めた。そして手元の端末で検索したのは中国大陸にて秋津島開発が整備したマスドライバー施設の現在地であり、砲弾の飛来した方角と一致する。

 

「マスドライバーか!まさかと思ったが、射表があったのか!」

 

「打ち上げ施設の対地投射は禁じられている筈ですが、まさか秋津島開発が対応可能な設計を行っていたとは」

 

「条約だの法律だのはこの際どうでもいい、この遠距離から砲撃を加えてくれるなら万々歳だ。迎撃した光線属種の位置特定急げ、射程距離の広さで言えば目標が一番早く反応する筈だ!」

 

立ち昇るキノコ雲と土埃、それに光線属種の熱が生み出した上昇気流は空からの観測を難しくする。だが砲弾の撃墜地点とレーザーの方向、そしてある程度の角度さえ分かればこっちの物だ。

 

「作戦変更、地平線を盾にしつつ突入する」

 

「単艦で突入する気ですか」

 

「要塞まで奴さんを引きつければ勝てるかもしれんが、そうなると要塞は無事では済まん。であれば我々が動くべきだ」

 

押し寄せる濁流を受け止める堤防として要塞は機能してもらう必要があるのだが、そうなった場合超重光線級の存在はあまりに無法と言わざるを得ない。

 

「射程に入った瞬間に防衛設備が片っ端から蒸発するな、そうなれば他のBETAの処理が間に合わずにお陀仏だ」

 

「ですが我々も無事では済みません!」

 

「承知の上だ…というわけで、すまないが彼らを頼む」

 

『了解です』

 

「か、艦長!」

 

司令室で待機していたアンドロイドが申し訳なさそうな仕草をした後、何人かを羽交い締めにして船から連れ出す。ずるずると引き摺られる男達は抵抗していたが、彼らは自分達の共通点に気が付いた。

 

「妻子ある身だろう、こんなことに付き合わず降りたまえ」

 

ーー

ーーー

 

要塞の裏から飛び立った試作艦は地面と船底が擦れるような高度で敵陣へと向かった。宇宙用に装備されていた後部のロケットエンジンまでも起動し、速度は充分だ。

 

「重力場攻勢展開、やれるな!」

 

「必要とされる演算処理は期待値以上、メインフレームの冷却が追いつきませんが…」

 

「なんだ」

 

「10分は持ちます、充分では?」

 

「ハハ、そうかもな!」

 

船体前方に集中していた重力場は突如広がり、BETA群に襲いかかる。それに触れた個体は吹き飛ばされ、宙に浮いた後試作艦に衝突し轢き潰された。

 

「やはり打ち上げられたBETAが盾になり光線属種は撃ってきませんね、問題は衝突する突撃級ですが…」

 

「武装を喪失しようと前に進めれば問題ない、奴を30km圏内に納められればそれで終わりだ!」

 

船の外装がBETAの体液で汚れ、甲殻によって傷付き、要塞級の足が突き刺さる。空いた穴が繋がる区画は即座に閉鎖されるが、ばら撒かれた溶解液が被害を広げていた。

 

「船内の無人強化外骨格が接敵!?…小型種に入り込まれました!」

 

「運良く潜り込んだのか、ML機関には触れさせるな!」

 

「艦長ォ!要塞級が!」

 

センサーが集中配置される無人艦橋に迫るのは要塞級の半身だ。船に追突した後で甲板を転がり、そのまま溶解液をばら撒きながら向かってくる。

 

「衝撃に備えろ!」

 

思い切り艦橋と接触したことで船体前方をカバーしていたセンサーが全損、艦橋に映し出されていたカメラ映像も体液で真っ赤になった後信号が途絶えた。

 

「火器管制レーダー大破!衛星通信アンテナもへし折れましたァ!」

 

「砲塔は手動にでも切り替えろ、ガンカメラで直接狙え!」

 

兵装運用の根幹を担う火器管制レーダーが破壊されたことで敵陣を切り開いていた超電磁砲が動きを止めたが、砲雷長が即座に手動操作へと切り替えた。省人化された司令室では手が足りないが、こんな船に乗りたい奴など昔は居なかったのだから仕方ない。

 

「カッコつけて船員を下ろすのは良くなかったですかねぇ」

 

「振り返る時間は無いぞ、今は引き金を引いていろ」

 

BETAが砲塔に衝突し、回転機構から火花が散る。ダメージが大きかったのか砲塔を回す際に火花が散るが、止まる気配は無かった。

 

「S11ミサイルは全弾投射、この際光線属種の気さえ引けばいい」

 

「30km圏内まで後少しだというのに、これは中々…」

 

溶解液によって脆くなった外装が割れ、そこに突撃級の死骸が突っ込んだ。その衝撃により演算処理が一瞬途切れ、宙を舞っていたBETAが地に落ちた。

 

「不味い、対光線防御!」

 

「そのための設備はとっくの昔に脱落してます、最早受けるしか」

 

撃ち放ったS11弾頭弾が次々と撃墜されるが、地表近くを飛行していたことで多くのBETAを巻き添えにしてみせる。あまりの光量に光学センサが悲鳴を上げるが、光線級からの照射は止まらない。

 

「武装区画が持っていかれるぞ、2度目は勘弁なんだが」

 

ML機関の暴走をオーバークロックにて全力発揮中の演算装置が押さえ込み、重力場を再展開する。たった一秒程度の照射だったが、あまりの強力さにより正面装甲が溶けて歪んだ。

 

「正面装甲やられました、荷電粒子砲の砲口露出!」

 

「二番砲塔の冷却装置にBETAが詰まりやがった、もう撃てねぇ!」

 

「…荷電粒子砲発射準備!」

 

「正気か!?」

 

展開していた重力場が収束し、荷電粒子砲の発射に費やされる。既に武装の大部分を失った状態では超重光線級の元まで辿り着けない、ならば一か八か撃つしかない。

 

「初期照射複数、個体数は測定不能!」

 

「船を前に傾けろ」

 

「了ッ解!」

 

ML機関は船の後部に搭載されている、光線属種の狙いが正面から船体後部へと移り変わる。しかし心臓を撃ち抜かれれば即座に轟沈する、あまりにリスキーだ。

 

「後部は正面装甲並みに分厚く作ってあるとのことだ、有り難いことにな」

 

エネルギーの充填は完全ではない、だが撃てる。そんな最低限の時間を稼いだ試作艦は船の角度を水平に戻し、荷電粒子砲を放つ。

 

「威力は通常時の3割ですが、充分だったようですね」 

 

「目標のデカブツ、30km圏内に入りました!」

 

「よぉし!大陸の人間に詫びるのはあの世でだ、海兵らしく三途の川で遊泳訓練と洒落込むぞ!」

 

艦長が勢いよく押したのは自爆装置のスイッチであり、ML機関の反応速度が増大する。そして臨界した主機は五次元効果爆弾、G弾と同様の原理により周囲の物体を分子レベルで引き裂き始める。

 

「超重光線級からの照射来ます!」

 

「遅かったなぁ!」

 

急速に広がる重力場は抱え込んだG元素を使い切るまで止まらない上に、直前に補給を受けていた試作艦の燃料はいつもより多かった。球状に広がった重力場は半径30kmをくり抜き、超重光線級の周囲に集まっていた光線属種を根こそぎ消し去った。




pixivスケッチで配信します、やってたら見てね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桜花作戦

オリジナルハイヴでの戦闘は、BETAによる先制で始まった。超重光線級の放つレーザーが重力場によって歪められ、あまりの光量にセンサが焼ける。

 

「浮遊艦被弾!高度低下!」

 

「重力場に巻き込まれるな、我々の目的はA-04の護衛だ!」

 

陸路で進行していた桜花作戦における主力部隊は三隻のML機関搭載兵器と共に行動していた。しかし超重光線級との接敵により、帝国海軍の浮遊艦は船体正面の武装区画を撃ち抜かれたのだ。

 

「クソッ、ラザフォード場を正面から貫通しやがった!」

 

「00ユニットを積んでいる凄乃皇とそうじゃない浮遊艦の差ってヤツか…」

 

オリジナルハイヴ付近に辿り着くまでの敵集団との度重なる接敵、母艦級による強襲などを跳ね除けて来た制式浮遊艦も遂に損傷を受けてしまった。墜落した船の周りでは随伴機が迫るBETAに対応しつつも復旧中の重力場に巻き込まれないようにせねばならず、難しい立ち回りを要求されているようだ。

 

「A-02、荷電粒子砲発射!」

 

「BETA戦のスケールはいつからここまで大きくなったんだか、分からんな!」

 

しかし凄乃皇弐型による荷電粒子砲が超重光線級及びその周囲の光線属種を根こそぎ吹き飛ばし、数万のBETAが一瞬にして息絶えた。ML機関搭載兵器が互いに協力出来るというならば、超重光線級であっても対処は出来るのだ。

 

「命中!」

 

「直撃すれば流石に死ぬか…助かったな」

 

他の戦域では膨大な被害を計上した特殊個体、超重光線級はあっさりとした幕引きでこの世から去った。

 

そして無防備になったハイヴの巨大な地表構造物、通称モニュメントが荷電粒子砲によって抉られる。厄介な光線属種を排除した弐型はそのまま第二射を放ち、地上へ湧き出るBETAを薙ぎ払った。

 

「補給は終わったか?」

 

「ええ。超重光線級が撃破されたと言うことは空が動きますし、目的地まで急ぎませんと」

 

軌道艦隊は超重光線級撃破の報を受け、待機させていた艦隊を総動員。オリジナルハイヴとその周辺に向けた戦力投入が始まった。軌道降下部隊は有人機に加え、秋津島の無人機も大量に降下することになる。

 

「降下部隊も俺達のために来て下さるそうだが、油断するなとのお達しが来ている。信用し過ぎるなよ」

 

「何故です?」

 

「ハイヴ内の第二目標はとんでもない厄ネタだ」

 

ハイヴ内に存在するG元素生成プラント、仮称アトリエについては様々な国が狙っている。G元素の供給を握るのは米国と帝国の二国だが、ボパールハイヴを国連軍が陥落させたことで状況が変わった。

 

「ボパールのG元素でも爆弾だ、それなのに生成プラントなんて確保されてみろ」

 

「…面倒なことになりそうですね」

 

「確実にな、そうなる理由は目の前に浮いてるあたりタチが悪い」

 

 

【挿絵表示】

 

 

後衛を務める2人が横を見れば、巨大な空中要塞が悠々と空を飛んでいる。他の二隻のエスコートにより突入する前に一発も無駄弾を使っていない、温存は徹底されている。

 

「軌道爆撃艦隊の位置情報が共有されました、爆撃まで90分」

 

「今から低軌道に入るとなると妥当な時間か…」

 

「凄乃皇弐型の荷電粒子砲で地表のBETAは一掃出来ます、彼らが本当に必要になるのはその後かと」

 

ハイヴ最奥を破壊して帰還したA-04が光線属種に狙われるのは確実であり、周囲全ての脅威を排除するのに弐型だけでは手が足りない。それを宇宙からの精密爆撃で補う必要がある。

 

「A-02、第三射!」

 

「…振動検知、母艦級も来るな」

 

「コード991発令、範囲はハイヴ周辺全域です」

 

「滅茶苦茶だな、流石は本拠地か」

 

地面には次々と新たな門が開き、大量のBETAが這い出てくる。流石の荷電粒子砲でも地下に潜伏している個体を一掃するのには無理がある、ここからは随伴機の仕事だ。

 

「総員速度そのまま!湧き出た奴らの相手は居残り組に任せる、我々はこのまま突っ切るぞ」

 

「中隊長殿は張り切っちゃってまあ…」

 

「制圧後の掃討戦で戦乙女中隊に負けたからな、配置場所も近いしやる気なんだろうさ」

 

「ハハ、らしい反応だな」

 

彼らが操る不知火は87式支援突撃砲を備える後衛仕様で、ボパールハイヴでの戦闘を物語る細かな傷が残っていた。大きな損傷を受ければ新品に交換される筈であり、この状態であると言うことはそれ相応の手傷を負ったことがないということだ。

 

「前衛が張り切り過ぎないと良いんだがな」

 

同じ分隊である二人は同時に砲を構えて、前衛が引き金を引く前に攻撃を開始した。放った弾丸は羽を開き、細かな誤差を修正しつつ要撃級の頭を撃ち抜いた。

 

『36mm知能化誘導弾頭(スマートバレット)、精度はカタログスペック通りですね』

 

「狙撃手泣かせだな、まあ威力は落ちるが援護に使うなら便利極まりない性能だ」

 

不知火の全身に張り巡らされた光通信ケーブルはより早く、より細かな操作を可能にし、高速で飛行していても機体の狙撃姿勢は崩れない。

 

「ティーンエイジャーでも一発でBETAを殺せるぜ、恐ろしい時代になったもんだなオイ」

 

データリンクによって驚異度が判定されたBETAは最も効率の良い方法で撃破可能な機体に目標として割り振られるため、射程が長い彼ら後衛の仕事は多い。

 

「ハイヴに入ってからが本番だ、被害は無しで行きたいもんだな」

 

「どうだか、不意打ち喰らって死ぬなよ」

 

「安心しろよ、周りを見張ってる相棒は俺より目が良いのさ」

 

本来であれば00ユニットの候補者選定のために死んでいたであろう連隊規模の衛士達は激戦を潜り抜け、非常に高水準の練度と装備を持つ強力な実働部隊としてオリジナルハイヴに突入する。

 

本来であれば数機の武御雷と不完全な凄乃皇が挑んだ最終決戦は、全く違う様相を呈することになるのだった。




えっとその、はい、描き終わらなかったです。
挿絵は完結後に更新しますので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦の陰で

「…突入したか、まあこれで大丈夫かな」

 

「何がです?」

 

「いやほら、俺がこの場から居なくなっても良いだろ?」

 

そう言って端末を操作すると、ドアのロックが外れた。そしてゾロゾロと入って来たのは帝国軍の方々で、かなり複雑な表情を浮かべていた。

 

「申し訳ないが伺いたいことが幾つかありまして、嘘だとは…」

 

「恐らく聞きたいことは事実だし、指示を出したのも私だろうね。迷惑をかけてすまない、抵抗はしないから連行して欲しい」

 

「連行…いえ、少しだけ同行をお願いします」

 

帝国軍の構成員にとって秋津島開発の社長は疑いようもない功績を打ち立て続ける英雄だ、それを捕まえてこいと言われれば思うところがあるのは仕方ないことだろう。

 

「じゃあ後はお願い、委任状はその机の中にあるから」

 

「…お任せください」

 

社長は液晶の光が眩しい部屋を出て、帝国軍の将校と共に廊下を歩く。連行を任された男は社長が高齢であることを理由に拘束具の使用を行わず、ただ外へ向かって歩いていた。

 

「では幾つか質問をさせて頂きます、飛燕を欧州にて使うよう指示を出しましたか?」

 

「ああ」

 

「…あの新種を倒すために?」

 

「軌道戦力が使えないとハイヴの攻略と帝国本土の防衛に支障を来たすだろう、まあ許されないことだった訳だが」

 

軌道爆撃を使うことが出来れば、海に入水しようとするBETAを一気に叩く事ができる。そうすれば帝国に辿り着く個体を一気に少なくする事が出来るのだ、そのために軍事機密を様々な国の部隊が戦っている中に投入するのは博打としか言い様がないが。

 

「帝国軍の人間では到底出来ない判断ですね」

 

「…すまない、あまりに馬鹿なことをやった」

 

「軌道爆撃さえ行えれば沿岸部でBETAを抑え込めます、死なずに済む将兵の数は計り知れません。罪は罪ですが」

 

廊下の角を曲がる、すれ違う社員は居ない。数人の集団はただゆっくりと前に進み続ける。

 

「社長殿は何故第四計画にここまで手を貸すのですか、我々が確保した証拠も全て貴方が責任を負うために作ったとしか思えない内容でした」

 

「…そうだね、年甲斐もなく夢を見たと言うべきかな」

 

「夢、ですか」

 

「起業してからトントン拍子で宇宙開発が進んで、月も火星も支社を作る気だったんだ。それが今や全部BETAの手の中、地上すら月と変わらぬ地獄になってしまった」 

 

ユーラシア大陸に住んでいた人々の何人がBETAに喰われたのだろうか、何人が食糧難で餓死しただろうか、そして何人が希望を失ったのだろうか。考えたくもないそんな現実に対して彼は目を背けなかった。

 

「この戦乱で人類の余裕は無くなっただろう?」

 

「ええ、経済的な打撃は特に」

 

「軍需にほぼ全ての生産力を投入し続けているのが今の人類だ。その証拠にこの数十年娯楽は進化していない、驚くべきことだ」

 

「娯楽ですか」

 

「もし人類に余裕があったらどんな世界になっていたんだろうかとよく考えるんだ。私が過去に夢見たように宇宙に旅立つようになっていたかもしれないし、案外急な進歩を求められることはなく平和を享受していた未来もあり得ただろう」

 

戦場へと身を投じ帰ることのなかった若き衛士達も、平和であれば長い学生生活で様々なことを身につけて社会に出ていただろう。

だがそうはならなかった、それに尽きる。

 

「第四計画によるオリジナルハイヴ攻略が成功すれば、人類は夢を見るための権利を手に入れられる。BETAとの戦いが落ち着いて余裕が生まれるんだ、良いことも悪いことも起きるだろうが…今よりはずっとマシな筈だ」

 

「その余力は復興だけでなく、G元素の争奪戦や人類同士の紛争に費やされる可能性も大いにあり得るのも確かですが」

 

「その通りだ、だから私はエゴを貫き通しただけの大罪人に過ぎないのさ」

 

彼の発明品を見ると、どれも死傷者を減らすためのものであることに気がつくだろう。高性能な戦術機、ミスによる死を回避する補助AI、理不尽な戦場をひっくり返す超電磁砲、まず衛士を必要としない無人機…枚挙に暇がない。

 

大罪人を自称しようとも、救った命が多過ぎる。そして大多数の人間よりも未来を見据え、老いても努力を続けた人物は高潔に写り過ぎるのだ。軍から政府まで、彼の処罰には大いに揉めることが容易に予想出来た。

 

「勉強になりました。もう一つお聞きしたいのですが、貴方にその余裕が齎された時何をされますか?」

 

「それは決まってる、見られなかった夢の続きを見るさ」

 

宇宙開発馬鹿で、不器用で、何故か異様に老けるのが遅く、そして周りを巻き込む魅力がある。そんな彼の長い戦いは、彼の目の届かない所で決着が着くだろう。

 

「…ああ、最後の最後で途中退場とは参ったね」

 

A-01とA-04がハイヴを進む中、彼は用意された護送車へと乗り込んだ。願わくば彼らがより良い未来を掴み取れますようにと、社長は自らを送り込んだ自称神へと祈った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あ号と人類と

ハイヴの最奥、地下4キロに位置する大広間には大穴が空いていた。凄乃皇四型が放ったG弾により形成された横穴から侵入した突入部隊は、遂に人類を長らく苦しめて来たBETAの司令塔と相対したのだ。

 

「…形容し難い形だな、アレが本当に司令塔なのか?」

 

細かく描写するとなると、この小説をR-18にする必要があるだろう。そんな形だ。

 

「事前情報と一致する、触腕による攻撃に注意しろ!」

 

オルタネイティヴ計画はBETAとの対話を試みるために始まったものだが、既に対話が可能な時期はとうに過ぎている。やることは引き金を引くことだけだ、人類とBETAは相容れない。

 

「衝角攻撃来ます!数…52!」

 

「要塞級と同じ攻撃だが数が多い、迎撃は試みず回避に専念しろ!」

 

先んじて突入した戦術機部隊を襲ったのは目標である司令塔、あ号標的からの攻撃だった。要塞級と同等かそれ以上の衝角攻撃を同時に数十回行なってくるという行動に驚いたものの、超重光線級が同様の機能を備えていたことは既に共有済みだ。

 

「疾風改の超電磁砲は衝角の迎撃、凄乃皇は2700mmの発射準備急げ!」

 

「全て叩き落とすぞ、近付けるな!」

 

「クソッ、こんな状況だってのに変な形しやがって…」

 

「集中を切らすな、前衛を殺す気か!」

 

疾風改と凄乃皇四型によるレールガンの一斉射撃が降り注ぎ、放たれた砲弾が衝角を砕き撃ち落とす。そして防衛のために集まっていたらしいBETA群はVLSから放たれたS11弾頭弾により例外なく吹き飛ばされ、36mm機関砲塔による掃射が残存する個体を潰していく。

 

「最強のBETAキラーだなコイツは!最高だぜ全く!」

 

「射線から退避しろ、撃つぞ!」

 

明らかに他と比べて重い発射音と共に放たれたのは、凄乃皇の両腕部に搭載された2700mm電磁投射砲だ。巨大なあ号標的ですら命中すれば無事ではなく、大きく裂けた身体から体液を流した。

 

「このまま…」

 

「第二波来ます!」

 

この砲撃を受けても尚無事だった衝角が一斉に飛来、AIによる画像認識が不完全になるほどの数が殺到した。戦術機部隊は必死に回避を試みたが、自らを素通りする触手を見てその真意に気が付いた。

 

「狙いは…A-04!?」

 

「A-04防御体制に移行、ラザフォード場集中展開!」

 

「盾を前に出したということは、迎撃は無理か」

 

リミッターを外し赤熱する砲身で機関砲かと見紛う砲撃を敢行する疾風改だったが、その瞬間火力でさえ全ての迎撃は不可能だった。二枚の盾を構えた凄乃皇に大量の衝角が殺到し、そのうちの何本かは隙間を縫って機体本体へと突き刺さった。

 

「重力場消失!A-04の座標固定が機能していません!」

 

「馬鹿な、消失だと?」

 

「あの衝角が原因か……直掩機は切除を優先しろ、我々は奴の気を引くしかあるまい」

 

水色の不知火達が一糸乱れぬ動きで編隊を組み、大きな傷を負っても尚凄乃皇に一撃入れて見せたあ号標的へと殺到した。戦術機の武装ではあまりに威力不足だが、凄乃皇が復旧するまでの時間を稼ぐ必要があった。

 

「凄乃皇の内部構造に被害発生!衝角が内部にまで被害を与えています!」

 

「溶解液か?」

 

「いえ、より細かい触手が機体の伝達系に干渉して…うッ!?」

 

切除を行なっていた疾風改の一機が機関砲塔からの攻撃を受け、通信を途切れさせた。全身に取り付けられた武装の一部が触手を通じて乗っ取られているのだ、なんという悍ましい光景だろうか。

 

「凄乃皇が!」

 

「触手を斬り落とせ、元を絶てば…!」

 

一機の不知火は兵装担架に収まっていた長刀を跳ね上げ、機体の速度を乗せた斬撃を触腕に放った。しかしその機体に向け数本の衝角が放たれ、盾で防ぐも弾き飛ばされる。

 

「馬力が段違いだな、マトモに打ち合ったら勝てんか」

 

「120mmの一斉射撃で衝角の発射部分を潰すぞ!」

 

威力が低いとは言っても数十機が同時に連続して放てば話は別だ、太い触腕も大量の徹甲弾や榴弾の攻撃を受けても耐えられるわけではない。そして凄乃皇に突き刺さった衝角についても排除が進み、攻撃を受けた疾風改の回収を終えたことで重力場再展開の準備が整った。

 

「損傷機の回収終わりました、やって下さい!」

 

「触手の切断完了、A-04の復旧司令を送る」

 

『ML機関の再起動開始、電力供給を予備電源に切り替え』

 

ML機関の復旧が始まり、各種武装が予備電源によって息を吹き返す。背部に増設された発電機が唸り、冷却装置が赤熱する。

 

「荷電粒子砲で纏めて吹っ飛ばします、時間を!」

 

不時着した凄乃皇四型が立ち上がり、重力場によって再度浮遊する。双発化されたからか、00ユニットが複数機搭載されていたからか、完璧に近い調整を受けていたからか。要因は分からない、だが復旧はあっという間だった。

 

「流石だな、もう立てるか」

 

「凄乃皇からの攻撃来ます!」

 

「まだ復旧したのは重力操作だけだろ、どうやって…」

 

あ号に突き刺さったのは先ほどの攻撃で穴だらけとなった盾だ、重力操作の応用という奴だろうか。重力場自体は消されても、既に加速させられた物体の速度までを消すことは出来ない。

 

「…アレ宇宙船の底面装甲ですよね、重力で重いものを投げつけるだなんて器用なことを」

 

レールガンの砲撃によって既に大きな損傷を受けていたあ号標的は大きく揺れ、放とうとしていた衝角の動きも攻撃と同時に精彩を欠いた。それを見逃す精鋭部隊ではなく、次々と触腕が斬り落とされていく。

 

「やるなぁ!」

 

「衝角攻撃、また来ます!」

 

「いや、もう遅いさ」

 

戦術機達が一斉に離れ、凄乃皇の射線を通した。既にあ号を吹っ飛ばすだけのエネルギーは溜まっていて、荷電粒子砲も既に砲口のカバーを外していた。

 

ーーー

ーー

 

凄乃皇四型がA-01と共に行動する中、大きな犠牲の上で投入に成功した軌道降下部隊は第二目標の確保へと動いていた。国連宇宙軍が有する戦術機の大多数を占める二個連隊のF-15は別ルートにてハイヴを進行中だ。

 

「…これが、い号標的か」

 

「目標を確認、確保へと移る」

 

BETAの大部分はML機関を搭載するA-04へと向かっているが、それでも彼らが遭遇する敵群の密度は想定を超えているものだった。しかし米軍機で構成された彼らにとってい号標的の確保は必須条件であり、戦後を見据えた戦略には不可欠だ。

 

「G元素生成プラントとは言うが、確保したところで人の手で運用出来る代物なのか?」

 

「それは上が考えるさ、俺達は命令を遂行するだけでいい」

 

二個連隊ともなると200機の大部隊だ、それをハイヴに別動隊として突入させたことで退路の確保と陽動を同時に行うことが出来る。米国の首を縦に振らせるため、香月博士によってG元素がニンジンの如く吊るされた結果だ。

 

「だがA-01が攻略に失敗すれば我々も…まだ交信は不可能なままか?」

 

「ハイヴの構造では通信が上手くいかないらしい、中継機の設置も急いではいるがこうも通信が確立できないとはな」

 

その瞬間、地下茎全体が揺れた。振動の原因は凄乃皇が放ったS11ミサイルと荷電粒子砲砲によるものだが、彼らと主力部隊とのデータリンクを00ユニットが欺瞞していたために情報が共有されることはない。

 

「…爆発、S11か?」

 

「状況が分からん、通信さえ繋がっていれば分かるんだが」

 

そう話していたが、振動と衝撃は連続して響き続けている。それも段々と強くなっており、戦術機のセンサは振動源の接近を示している。

 

「地下侵攻か!?」

 

「不明です!」

 

遂にい号標的のある広間の壁すら揺れ始めた、確保のため動いていたF-15達は距離を取りつつ突撃砲を構えた。

 

「この侵攻速度、母艦級でしょうか」

 

「欧州とアジアでも接敵しているらしい、ここに出ないわけが無いか」

 

120mm砲の弾倉を徹甲弾のものに入れ替え、搭載されているS11が使用可能かを確認する。母艦級が相手の場合戦術機が勝つ方法は一つ、口の中に爆弾を放り込むことだけだ。

 

「来るなら来い…引き金はいつでも…」

 

「データリンク復旧!味方です!」

 

「何が!」

 

「A-04が壁を破壊してこっちまで来てるんです!」

 

壁が崩壊し、瓦礫が転がる。大型VLSに搭載されていた隔壁貫通誘導弾頭弾が突き刺さり、その炸薬量でもって分厚く強固なハイヴの壁を破壊したのだ。

 

「うわぁぁぁあ!?」

 

「アレが、A-04なのか」

 

驚きのあまりトリガーを引いた衛士も居たが、敵味方識別装置がそれを阻んだ。彼らの視界に突如現れた巨大兵器は味方だと強調表示され、しっかりとA-04の名を示している。

 

「負傷者が多いので少々強引な方法で合流させて貰った、すまないが脱出ルートの確保は?」

 

「…あ、ああ、地上はA-02がそのまま抑えてる。設置して来た中継機を辿ればこの巣を抜けられる筈だが、補給は大丈夫か?」

 

「コンテナがあるならある程度譲って貰いたい、A-02も無事じゃあ無くてな」

 

A-01の面々は補給機から弾薬や燃料を受け取り、機体の簡易的な損傷確認なども並行して始めた。生きて帰ってこそ、彼らに最大限の支援を行なっていた秋津島開発の社長はしきりにそう溢していた。

 

「…待ってくれ、我々はデータリンクが切れていたので状況がよく分かっていない。目標となっていたあ号標的は?」

 

「木っ端微塵さ」

 

この後、地上へと帰還したA-01及びA-04はオリジナルハイヴに存在する残存BETAの殲滅に協力した。またあ号標的撃破後にBETAが突如として前進を停止、各国の防衛線は訪れた静寂に作戦成功を悟ることとなる。




原作
未完成凄乃皇四型と武御雷一個小隊

こっち
完全体凄乃皇四型と不知火&疾風改が約100機

という結果でしたとさ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終結と顛末と

桜花作戦が始まった日から一週間が経ったが、社長はその結果を知ることが出来ずにいた。分厚く無機質なコンクリートの壁に囲われた一室で外界から隔離されていたのだ。

 

「…その、お身体に障りませんか?」

 

「月に一回は食べたいんだ、脂っこいものが」

 

そんな部屋で昼食として出された大盛りのカツ丼を平らげた社長は箸を置き、アルミ缶に入った緑茶を飲み干した。彼は60代後半の老人だったが、外見は活力に満ちた30〜40代といった所だろう。

 

「本当にこの食事でよろしいのですか、あまり上等なものとは言えませんが」

 

「いやこの部屋でそんなに良い物食べてもね、それに私はそこまで美食家というわけでもない庶民舌だし」

 

寧ろ気が滅入る、それにこのシチュエーションでカツ丼というものは中々乙な物だ。刑事物の鉄板とも言える組み合わせだろう、今日日見ないと言えばそうだが。

 

しかし彼が気にしていたのはそこではないらしく、歳を考えると重い部類の食事を好む自分を心配しているようだ。良くない返しだったなと社長は反省しつつ、ちょっとした会話で場を和ませようとし始めた。

 

「やっぱり歳と外見が合わないのは不思議かな、私もどうしてこんな体質なのかは分からなくてね」

 

「いえ、お元気なのはとても良いことかと」

 

「そうかな、そうかも」

 

食事を運んで来た制服姿の男性は食器を纏め、盆へ乗せて手に持った。そして懐から一枚の紙を取り出し、社長へと手渡した。

 

「では私はこれにて失礼します、それとこれから面会の予定が入っていますのでご確認を」

 

「面会?」

 

渡された紙には面会に来るであろう人物の名前が書かれていた、所属はなんと第四計画だ。

 

「…博士か」

 

「入るわよー」

 

「早くない?」

 

男と入れ替わる形で分厚いドアを開けて入って来た香月博士に対して少し驚きつつ、少々硬い椅子の上で姿勢を正した。

 

「何よこの部屋、立派な犯罪者って訳?」

 

「いや下手な部屋だと暗殺されかねないって話でさ、対地爆撃で貫通出来ない地下深くに匿われてるんだ」

 

地下の秘密基地って感じでロマンあるよなと笑いながら話す彼に対し、彼女はなんとも言えない表情を浮かべつつ向かい合う形で用意されていた椅子に座った。

 

「呆れた、貴方今外がどうなってるのか知らないのね」

 

「まさか桜花作戦が失敗した、とか?」

 

「そうじゃないわ、何から説明すべきか悩むわね…」

 

そう言いつつため息を吐き、彼女は持ち込みが許されたらしい秋津島開発製の端末を弄った。この部屋に通信回線は存在しないが、あらかじめダウンロードして来ているらしい。

 

「A-01とA-04は今や英雄よ、被害は出たけどオリジナルハイヴは陥落した」

 

「やったな!」

 

見せられたニュース記事にはオリジナルハイヴの陥落、攻勢に出ていたBETAの鎮静化、衛星軌道の復旧などが取り上げられていた。司令塔を失ったことで状況は大きく変わったようで、帝国本土の防衛も上手く行ったらしい。

 

「それは喜ぶべきことだけど、貴方の行動が社外の人間にリークされたのよ」

 

「マジかよ」

 

社長の自己犠牲により欧州は救われ、オリジナルハイヴは陥落し、軌道艦隊は戦場を取り戻し帝国本土の防衛に獅子奮迅の活躍を見せた。彼の指示が一つでも欠けていれば人類は敗北していたかもしれない、そんな瀬戸際だったと様々な媒体で拡散されている。

 

「貴方が連行されたのをよく思わない人間は軍内部にも居るのよ、恐らく貴方を支持する軍人連中も一枚噛んでるでしょうね」

 

「いやあの、責任取るつもりで連れて来て貰ったんだが」

 

「その結果解放を要求するデモまで始まったわ、武家の方でも武御雷の件で色々と議論が巻き起こってるし…そのお陰で手は打てたけど」 

 

「手?」

 

「後で話すわ、兎に角絞首台に立つ必要は未来永劫無くなったとは言っておくけど」

 

長い懲役を課したとしても、社長にその時間を獄中で過ごさせることは帝国にとってあまりに大きな損失と化す。急に船頭を失った秋津島開発自体がどう転ぶかも分からない、彼が居ることで纏まっていた大企業を帝国が制御出来るかと言われると難しい。

 

「クーデターが起きても不思議じゃないわね、他の国も貴方を欲しがってるし状況は悪化の一途を辿ってるわ」

 

「勘弁して欲しいな、事を荒立てないためにこうしたってのに」

 

「責任を被って死にたいなら汚職や犯罪、裏帳簿でもでっち上げておけば良かったの。やり方が真っ直ぐ過ぎて擁護する材料にしかならないのよ!」

 

やりたいことは宇宙開発、汚職はその性格故に受け付けない。というかやることなすこと金を産むので、社長と上手く付き合いたいなら寧ろやらない方が良いと他人が学習したということもある。

 

「あー…その手があったか…」

 

「何よその感想、本気で死ぬ気なら許さないわ。まだ仕事は山積みなの分かってる?」

 

「むしろ無責任か、そうだな」

 

ここでひとまず罪状を纏めることにしよう。まず飛燕の無断投入に始まり、各種装備を独断で使用させたこと、更にマスドライバーを第四計画の名を使い地上へ砲撃させたことの三つだ。

 

「装備の持ち出しとマスドライバーは第四計画の権限でどうにでもなるから不問よ、問題は各国の機体に目撃されたお陰で誤魔化しが全く効かない飛燕ね」

 

「武御雷は?」

 

「斑鳩ってお武家サマが上手く纏めたみたいね、貴方のお嫁さんも実家と一緒に手を回したみたいよ。それに前秘書も事態の軟着陸のために奔走してるって聞いてるわ」

 

「アイツまだ動けたのか、歳だってのに無茶しやがって」

 

「それ貴方が言うとギャグにしか聞こえないわね」

 

武御雷は砲撃の間を縫って進んだBETAや母艦級による強襲に見事対応し、邀撃戦力として大きな活躍を見せた。特に自ら戦場に立った斑鳩氏は秋津島の倉庫から引っ張り出した電磁投射砲を手に比類なき撃破スコアを叩き出したとかなんとか…

 

「話を戻すけど、戦術機に搭載可能なML機関とそれを制御するコンピュータの存在はあまりに強烈だわ。特に戦後が見えて来たと各国が騒ぐ今では話題にならない訳がない」

 

「ML機関搭載兵器、結局実用化してるの俺達だけだっけか」

 

「このままじゃ帝国の一人勝ちよ、国連を通じて凄乃皇の情報を欲しがる輩は増える一方。とんでもない劇薬をぶちまけたものね」

 

既にソ連が戦地にて情報収集と投棄した武装について捜索を行なっているらしく、欧州も撃墜された戦術機の回収という名目で同様の調査を始めたらしい。第四計画が超重光線級の残骸を調べるために部隊を派遣したことで三者が牽制し合う形となったが、飛燕の存在を今更隠蔽するのは不可能だろう。

 

「そこで、榊首相は貴方にお話があるそうよ」

 

「あの人か、またお世話になったみたいだな」

 

「罪状だけど、色々ひっくるめて軍事機密の漏洩ってことで10年の懲役が課されるわ」

 

「…えっと、それだけ?」

 

あまりに軽すぎる、やったことは機密の漏洩どころでは済まない筈だ。そこらのインターネット掲示板に戦術機の内部構造について書くだけで同様の処分を受けることが出来る、罪と見合わない罰だ。

 

「そして戦術機事業からの撤退を撤回、そして飛燕の早期実戦配備に尽力することが貴方をここから出す条件よ。監視が付くけど、まあ今までとそう変わらないでしょうね」

 

執行猶予付きの観察処分ということにするらしい、対外的な発表はまだ後日だが三権分立とはなんだったのか。飛燕の存在が公になってしまった以上、今後始まるであろうML機関搭載兵器の開発競走に社長は必ず必要だ。理論も何もよく分かっていないこの装置の新規設計と効率化を行ったのは他の誰でもなく、この男なのだから。

 

「軽くないか?」

 

「社長として今まで通り働くことは出来なくなるのは確かよ、政府から色々と指図は受けるし国内三社との付き合い方も変わってくるわ。それに貴方にとっては一番大きいかも知れないけど、宇宙開発に手を出す時間は大きく削られるでしょうね」

 

社長に首輪を付けましたと対外的に示すための条件だろう、寿命を考えると後の人生は滅茶苦茶高度な刑務作業といった所だろうか。マスドライバーの一件は罪に問わないとはいえ条約違反だ、暫く宇宙開発からは距離を取る必要があるだろう。

 

「…うお、そりゃキツいな」

 

「10年我慢しなさい、寿命はなんとかしてあげるわ」

 

「テロメアでも弄る気か?」

 

「あら知ってたの、話が早いわね」

 

色々あったが、なんとか家族の元に帰ることが出来そうだ。遂に犯罪歴が付いたなと彼は思いつつ、暫く見ていない青空とその上にある黒い宇宙に想いを馳せるのだった。




あと少しで完結です

………第一部が、ですけども。

ユウヤ氏の物語がまだ終わってないので、もうちょっとだけ続くんじゃ。
間は開く予定ですけどね、今後の燃料として評価と感想よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 勝利の裏で

合間合間の話を後から入れていくスタイル。


社長の解放から一週間遡り、桜花作戦が終わってから数時間後のこと。激戦を潜り抜けた宇宙艦隊は、どうにか母港への帰還を果たしていた。

 

「…どうすんだ、コレ」

 

「俺に聞くなよな」

 

リムジンの整備を担当した秋津島開発の技術者二人は、瞬く間にズタボロにされた衛星軌道を唖然とした表情で眺めていた。

 

「艦隊もリムジンも撃たれまくって全身の装甲が溶けてるぜ、バイタルパートが無事なのが納得出来ん損傷だ」

 

「船をぐるぐる回して当てる箇所を変えたんだとさ」

 

「軌道上かつあの巨体でか!?」

 

低軌道の復旧には暫くの時間を要するだろう、高速で飛来するデブリを安全に回収するには幾重にも重ねられた安全策が必要だ。

 

「しっかしどうしたもんか…彗星を総動員しても足りるか?」

 

「さあ…」

 

オリジナルハイヴや各戦線への軌道爆撃及び軌道降下により備蓄されていた物資は底をつきかけ、推進剤も度重なる出動によりメインのタンクが空になってしまっている。マスドライバーによる物資打ち上げも再開されたが、低軌道のデブリ群が壁になりそれも難しい。

 

「なあ、これ俺達の物資が無くなる前に輸送ルートの確保って出来るのか」

 

「やるしかないだろ、社長も捕まったから俺達でどうにかしねぇと」

 

「いやまさか本気で捕まるとはな…」

 

社長が軍に逮捕された時用の指示書が配られた時は何の冗談かと思ったが、使う時が来るとは思わなかった。しかしまあ事前に言われていたのもあり、多少の混乱は乗り越えて社員達は働いていた。

 

「掃海艇は?」

 

「さっき穴だらけになって帰って来たよ」

 

「お手上げだな…」

 

打ち上げたとしてもデブリが邪魔をして物資が届かない、高速で飛来する残骸はそこらの機関砲よりも余程危険だ。そして破片同士の衝突や、破片による人工衛星の破壊は更なるデブリ増加を引き起こす、被害を監視する宇宙港の人員は真っ青になっていた。

 

「ケスラーシンドロームって奴か、増え続けるデブリを減らすのに今の技術じゃ到底間に合わねぇ」

 

「艦隊が帰還出来たのも奇跡だからな、リムジンが盾になったらしいが」

 

どうしたものか、正直言って打つ手が無い。HSST暴走事件の際も相当な被害が出たが、低軌道全ての衛星が吹っ飛んだことを考えると規模が違った。

 

「ML機関でどうにかならねぇかな」

 

「アレを動かせるコンピュータが無い、搭載出来るリムジンはさっき半壊した状態で帰って来てる」

 

「ほら、爆発させてどうにか」

 

「デブリよりも厄介な重力異常が残ることになるんだが」

 

浅知恵ではどうにもならないようだ、二人は頭を抱えた。

 

「…社長、どうにかして下さいよォ」

 

「今頃独房の中だぜ」

 

現人神はお隠れになられた、最早神に祈る他ないと冗談を言う彼らだったが、デブリの監視を行なっていた管制室から歓喜の声と共にある報告が述べられた。

 

「こちら管制室!地上よりデブリ回収機が離陸する!」

 

「回収機って、来る前に穴だらけになるのがオチじゃ…」

 

「尚、回収機はA-04!A-04が務める!」

 

「…来ちゃったよ、社長の置き土産」

 

技術研究の名目で第四計画の予算以外にも社の金と技術を惜しげもなく投入していた凄乃皇四型は、修理を受けてから宇宙へと自力で飛び上がった。重力を制御出来る以上、大気圏離脱などお手のものだ。

 

「重力場が制御出来るならデブリを集めるのも簡単か、なるほど」

 

「愛してるぜ社長!今回ばかりは手当を増やしてくれ、倍でいい!」

 

「おう言っとけ言っとけ、多分そうしてくれるわ」

 

第四計画はML機関搭載兵器の所在やら情報やらを引っこ抜こうとする各国の動きを予見し、手出しができない宇宙へと移動させることにした。重力場によるデブリの回収は想定以上に上手く行き、それを見た秋津島開発の社員達は新商品のアイデアに結びつけるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いの果てに

「えー、ご迷惑をおかけしました…」

 

「おかえりなさい社長!開始は待たせてありますから、ほらどうぞどうぞ」

 

「わーお凄い人」

 

釈放の知らせを受けて秋津島開発と第四計画、帝国軍を巻き込んだ祝賀会が開かれた。今回の事件におけるガス抜きを兼ねたこの催しだったが、政治的な意図を気にする暇は無いほど参加者達は昂っていた。

 

「散々待たせてしまったので前置きは無しで行きましょうかね、では桜花作戦の成功を祝ってェ…」

 

「「「乾杯!!」」」

 

1998年、桜花作戦の成功によってBETAの侵攻は一時停止。今まで見せていた適応能力は封じられ、ML機関搭載兵器によるハイヴの各個撃破が可能となる。これにより人類は滅亡を回避出来るだけの余裕を手に入れ、前線国は国土の回復に向けて動き始めるのだった。

 

ーーー

ーー

 

「イェーイ!香月博士バンザーイ!」

 

「何言ってんのよぉ!」

 

パーティを抜け出した社長と香月博士は別室にて酒瓶を既に二、三本空にしていた。途中から参戦した秘書は二人の出来上がりっぷりに驚愕したが、ゲロ吐いて窒息死でもされると困るのでその場で二人を監視していた。

 

「メリィィィイ…クリスマース!ちょっと早いけどなァ!」

 

「こんなに用意して、ちょっと早いプレゼントってわけぇ?」

 

「どっから用意したんだそんな衣装…パーティの出席者が見たら卒倒間違い無しですね…」

 

社長と香月博士はサンタの紅白衣装に身を包み、鼻メガネを付けて盛大に笑っている。テーブルの上に置かれているのは世界に名だたる一級品の酒達であり、秋津島食品の伝手で貰ったものを社長が引っ張り出して来たのだ。

 

「…これ何年物なんだろうか、絶対にこんな飲み方していい代物じゃないでしょうに」

 

「戦術機なんてデカブツ作れる癖に半導体の塊を手のひらサイズに出来ないって悩みにはもうおさらば!時代は00ユニットよ!」

 

「ハハハッ!宇宙に行かせてくれよ!宇宙!空!」

 

「もう駄目だろ、寝てくれよ」

 

「私に未来があるってことは、地球にも未来があるのよ!」

 

「ハハハ、ハハハハッ!サイコー!博士大好き!!」

 

社長が日本酒を飲み切った後、そっとテーブルにガラス製のコップを置いた。そして急に黙った後、ソファに横になって静かに寝た。あれほど酔っていた筈が流れるように就寝した社長を見て、秘書は頭を抱えた。

 

「なんなんだ…本当に人間なのかこの人…?」

 

「さあね、そこは私も時間さえあれば調べたいところだけど」

 

「いや酔ってねぇのかよ!ドッキリかなんかですか!?」

 

「アイツの方は本気で酔ってるわ、多分素よ」

 

「益々訳がわからない…」

 

鼻メガネを外し、香月博士は酔っている演技を辞めた。そして真面目な顔をして社長の謎に包まれた生態について思考を巡らせて見せる様に、秘書は呆れて再度頭を抱えた。

 

「まあでも安っぽいサンタの格好して、好きでもない酒を一緒に飲もうと思うくらいには良いヤツね」

 

「付き合い方考えた方がいいと思いますよ」

 

「…冷たいわね」

 

「でもまあ我らが社長ですから、こんなコスプレ大会に付き合って下さりありがとうございます」

 

「あらそう、やっぱり好かれてるわねぇ」

 

色々あったとはいえ、人類は勝利を収めた。一仕事終わり、この一室に集う人々の肩からは重い荷が降りたと言えるだろう。

 

「明日がある、か……なんとも型破りな男ね」

 

「型が存在するか怪しいですけどねこの人、自分で作った枠組みぶっ壊しながら開発進めてますし」

 

「それはまあそうね、やっぱりおかしいわよコイツ」

 

よく分からない所で意気投合した二人はテーブルに座り直し、新品のコップで改めて酒を飲み始めるのだった。ちなみに社長は朝起きて普通に出社し、秘書は飲み干した酒瓶の値段を知って二日酔いでも無いのに頭痛に苛まれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真実と時空と救世と

「…まさかまさか、話せる時が来るなんてな」

 

「一度話しておきたかった、他の人間相手には理解も出来ない話だろうからな」

 

社長が防弾ガラス越しに話すのは、両手両足を拘束されたある人物だ。秋津島開発にテロ攻撃を仕掛け続けて来たテロ組織の人間であり、先の東京襲撃に参加していた。

 

「ウチの機体にボコボコにされて拘束された癖によく言うぜ、感想を述べてくれるなら聞くが」

 

「なんだあの機体は、36mmが効かない人型の兵器がこの時代に作られてるとは思わなかったぞ」

 

「うんまあ…半ば趣味で作った物をぶん投げただけなんだが…結果オーライって所かな」

 

保有機が大きく損傷したMMU対策課に代替機として臨時配備されたのは、倉庫で保管されていた仮称ヴァンツァーだった。新しく得た戦力で地下通路に逃げ込んだMiG-29を無力化、こうして拘束したと言うわけだ。

 

「でだ、ウチを襲ってた理由が知りたい。他の捕虜の話を聞く限り、アンタがあの中で一番偉いんだろ?」

 

「追い込まれた挙句戦術機に乗って陣頭指揮をする羽目になったんだがな、ここまで動き難くなると我が身一つではとても無理だ」

 

「そういうのは良い、だからアンタのボスを…」

 

「俺がトップだ、並行世界から未来の情報を持ち込んだのが俺自身と言えば分かりやすいか?」

 

「なんで戦術機乗ってんだよお前…死んでたら全ては闇の中って…」

 

こうして話せるのは相当な幸運ということらしい、一つ間違えば彼は地下通路の中で死体になっていた。追い詰められた結果だと彼は言うが、永遠に真相を知る機会が失われていたかもしれないと考えると寒気がする。

 

「襲っていた理由か、試行錯誤の一環だ」

 

「何の?」

 

「BETAによる並行世界への侵攻、それを防ぐために」

 

「…まて、待て待て待て」

 

この世界で大多数の人々がこの言葉を聞けば出鱈目か洗脳か、はたまた統合失調症かとでも思うことだろう。だが社長がこの言葉が真実かもしれないと思ってしまうのは、G元素の特異性故だ。

 

「BETAが並行世界の存在を認識して、自身の保有するG元素を用いて他の世界にも侵攻を始めたのか?」

 

「既にな、発生源となった確率時空に近い世界は全滅だ」

 

「嘘だろ…勘弁してくれよ…」

 

「可能か不可能かで言えば可能だろう、そしてお前達は次の発生源となる可能性が大いにあった」

 

「速攻であ号は潰したが」

 

「あの00ユニットが奪われていたらと考えたことは無いのか、それだけでどれだけの世界が危機に瀕すると思っている。それに貴様の脳味噌もそうだ、奴らが中身を気にする可能性は無いに等しいとはいえ危険極まりない」

 

規模が違う、死ぬ人数やら滅亡する国やらという次元では無い。確かに00ユニットの鹵獲は危惧すべき問題だったが、ではどうやって倒せばいいのかという話になる。

 

「対症療法のつもりか、気取りやがって」

 

「秋津島開発は分岐した確率時空の0.0001%でBETAの並行世界認知を引き起こしている、これは他と比べれば非常に高い数値だ」

 

「どうやって調べてんだお前」

 

「自分自身を送り込んでいる、訳あって人間一人を送り込む分のG元素には困っていないのでな」

 

「頭痛くなって来た…」

 

つまりBETAは既に並行世界を飛び越えてやって来る脅威と化しているわけだ、現状では対処しようがない。

 

「秋津島開発により並行世界の認知が行われてしまうのであれば、第五計画による一部の人類による地球の脱出が決行された方が確率が下がるのではないか。社長殿に狙いを絞っていたのは単純にそういう話だ」

 

「大多数の世界を救うために一部の世界は地球を見捨てるような結果に終わった方が良いと?」

 

「平和な地球に突如出現したハイヴがBETAを排出し、対抗手段を持たない人類が瞬く間に死滅する光景が今も広まっているとしてもか?」

 

「…それは確かに悲惨だが、俺はこの世界の方が大切なんだ」

 

「なら並行世界からの侵攻を防ぐ手段を作り出すか、迎撃のための手筈を整えておけ。俺は次の俺に向けて、秋津島への妨害は無駄に終わると教えてやることにする」

 

「その伝言は聞き捨てならないな、変えられないか」

 

「なんだ」

 

「解決してやるから俺にありったけの情報を寄越して協力しろ、聞いていて分かると思うが話が通じるだろう?」

 

それを聞くと男は笑い、そして天井を見上げてからガラスの向こう側にいる英雄に焦点を合わせた。

 

「確かにな、何処で仕入れた話かは知らないがこの手の研究にも堪能らしい。今回の手段に効果が認められなかった場合、サブプランとして試させてもらおう」

 

「嫌な奴だなお前、こっちの被害総額分殴り付けてやりてぇわ」

 

「精々この世界を守ることだな、人類全体の生存率が上がるのであれば応援せざるを得なくなる」

 

地球のBETAはまだ大勢残っており、太陽系にも跋扈している。そうだと言うのに並行世界の危機すら告げられ、社長は更に宇宙開発への道が遠のいたことを理解した。

 

「最後に一つだけ聞きたい、お前達工作員を送り込んでるのは誰だ?」

 

「因果律量子論か何かで確率時空の存在を実証した香月夕呼、この世界では社長殿と仲良しらしいあの女狐さ。牙が抜けちまって丸くなってるらしいじゃあないか」

 

あくまで送り込んでいるだけだがなと彼は言い、言外にこの破壊工作が指示されて行ったものではないことを示した。試行錯誤の一環という言葉の通り、可能性の模索として工作員が独自に下した判断による物だ。

 

「…環境は人を変えるのさ、否が応でも」

 

「ああなると攻撃的でかなわん、是非あのままにしておいてくれ」

 

彼がそう告げた後、面会時間は終わった。全てを聞いていた監視役は頭がこんがらがっていたが、社長はどう表現していいかも分からない感情の処理に困っていた。

 

「願わくば彼女が学校で生徒相手に論文の内容をべらべらと語れるような世界が来ますように、とでも願うべきかな」

 

並行世界への侵攻が行われているなら、その平和な世界すらも危ういだろう。スケールが大き過ぎる話に辟易しつつも、ひとまずは訪れた戦勝気分に浸かりたいとしみじみ思った。




第一部完、細かいことは長くなったので挿絵にまとめておきます。


【挿絵表示】


並行世界からの侵攻を受けた世界が現在配信中の最新作、マブラヴ:ディメンションズなのではないかと思っているのでこんな終わり方にしておきました。

一区切りってことで、感想と評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまけ

供養のために没話をTwitterに放流したら見たいと言う方がいたので、覚えている限りのものをちょっとしたおまけにします。あくまで没話の内容にそれっぽく触れる回なので、そんなこともあったのか程度に見ていただけると幸いです。


「社長、これはなんです?」

 

「前の秘書に止められた企画書、今でも通用する物はありそうだけどな」

 

「気になりますね、見ても良いですか」

 

「どうぞどうぞ」

 

一枚目に現れたのは、落着ユニットの最終防衛ライン構築というお題目だった。120cm対地対空両用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲というあまりに長い名称が目に入り、秘書は一つ目だと言うのにそのぶっ飛びっぷりに驚いた。

 

「その砲台を8つ円状に配置したのがこのストーンヘンジ、東京のバビロン計画に盛り込もうとして却下されちゃった」

 

「何故です?」

 

「予算が足りなくなるのと、頑張れば大陸まで射程に入るからややこしくなるんで辞めた」

 

「そんな超兵器をサラっと東京に配置しようとしないで下さい」

 

「カッコいいだろ、アークバードも作って飛ばしたい気分だよ」

 

「そのナントカバードもどうせ碌でもない代物なんでしょうね…」

 

次の企画書に書かれていたのはA-10再生計画、中身はどうにかして既存の攻撃機を維持及び近代化出来ないかというものだった。

 

「A-10?」

 

「今はもうどの国も運用してないけどな、前線での人気が高すぎて当時は退役させられなかったんだ。製造元も利益にならないんでサービスをやめてるし、そんで俺の所に話が来たわけだ」

 

「でもここにあるってことは、没になったんですよね」

 

「ほぼ同時期に疾風と隼改が欧州連合に輸出されたからな、超電磁砲やら副腕装備やらで代替することになってお流れだ。スクラップにするのもアレだし、何機か買い取って研究と技術館の展示に回してある」

 

秋津島開発の技術館は拡張が続けられ、現在では西側製の戦術機は最新鋭機以外全て展示されている。東ドイツの伝手で手に入れたMiG-21、23、27も仲良く並べられており、見に来た人々の中に軍属が混ざっていると露骨に驚く様子を見ることが出来る。

 

「無人攻撃機の開発には大いに役立った、実質的な子孫と言っていいかもな」

 

「社長、なんだかんだ戦術機大好きですよね」

 

「そりゃあな」

 

企画書の通りに開発が進めば、超電磁砲を二門搭載した化け物が完成する予定だった。改修に金をかけるくらいならその金で疾風を一機でも多く買えということになり、まあお蔵入りだ。

 

「次は…ステルス機?」

 

「帝国軍からF-22に対抗可能な戦術機を作れと言われてな、まあ一応研究してた。だがまあML機関搭載機、飛燕が完成したから試験機すら作らずに終わったな」

 

「明らかに対人戦のための能力ですし、社内のBETA殲滅派でも難色を示しそうな技術ですね」

 

「光を歪める重力場が砲弾を逸らせない訳無いからな、F-22もなんだかんだで配備が遅れてるし必要性も薄れた。何より戦術機をステルス機にしようと思うとな、維持費がヤベェんだよ」

 

「あー…コーティング材の摩耗は早そうですね、粉塵が舞う低空だと」

 

「一発殴られたらそれでオシャカだしな、BETAとの相性も悪いんで諦めた」

 

しかし帝国はステルス技術を諦め切れてはいないようで、独自に研究を進めているらしい。米国が有している以上、分析のためにも知見を得ておきたいのだろう。

 

「色々あったんですねぇ」

 

「まあな、口に出さずに終わったのも多いが」

 

「…是非そのままにしておいて下さい」




初回投稿が2022/11/28、第一部完結が2023/12/11。
話数が178話…妙だな、大体2日に一回は投稿してる計算になるな。
というか数年続けてた気分だったけど、一年しか経ってなかったのか。

やり過ぎ感があったり、作ると面倒くさくなりそうな物は泣く泣く没にしてあります。自制に失敗していたら第一部の時点で超巨大空中空母が出てた、危ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 秋津島の玩具産業

吹雪の帝国仕様プラモデル発売記念


「…帝国軍もプロパガンダと思って許可を出したとはいえ、この路線とは思わなかったでしょうね」

 

「今の今までこんな作画じゃなかったからな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

『ぼく吹雪!帝国の平和を守るため、今日もみんなと頑張ってるんだ!』

 

この絵柄でも中々のアクションシーンがあり、制作が終わっている第一クールのラストでは先輩の疾風さんと共に光線級吶喊に挑んでいたりする。絵柄が可愛いから騙されてしまうが、中身はしっかり戦争物である。

 

「軍需にばっかり頼ってたら駄目だ、この手の映像作品もプロパガンダ以外の側面を少しずつ強くしていかなきゃならん」

 

桜花作戦が成功し、人類が数年の猶予を得た後のこと。社長は飛燕の完成に尽力する中、娯楽業界への投資を増やすよう指示していた。

 

「傘下にアニメスタジオを何個も抱えているなんて、少し前だったらどんな無駄遣いかと怒られたものですけど」

 

「秋津島放送が覇権を握った今、アニメの価値は鰻登りって寸法よォ!」

 

映像制作のために専用の機材とソフトを出力しているあたり、中々の力の入れようと言えるだろう。

 

「これと並行して各種グッズに例の戦術機型ロボットも売り出すぞ、据え置き筐体を並べたゲームセンター作ってやる!」

 

「儲けになりますか?」

 

「ククク…子供へのプレゼントランキングは秋津島が独占するさ…」

 

この世界では2000年代に入っても娯楽と聞かれてボードゲームと答えるくらいであり、ゲーム機という物は発達していない。秋津島開発の衛星通信用端末を普及させたのはその布石、ソーシャルゲームは瞬く間に広がった。

 

「帝国軍の戦術機を作る許可はもう取ってある、ロボットが一気に広がれば他の企業との交渉もやりやすい」

 

「こういう時は何もかもバッチリなんですから、それを決戦の時もというのは流石に酷ですけど」

 

「いやだって…家族が大手を振って遊べないし…」

 

「貴方って人は本当にィ!」

 

秋津島開発は正月を前にして大々的に新商品や新サービスの展開を発表、隠れて用意されて来たゲームセンターもこれを機に日の目を浴びた。

 

ーーー

ーー

 

「…やり過ぎた」

 

「みたいですね…」

 

ゲームセンターに長蛇の列が出来ており、携帯ゲーム機は抽選販売会場が戦場と化している。一人一枚の抽選用紙を貰うために開店前から店に並び、家族で祈りを捧げる様をTVで見た時は茶を吹いた。

 

「こんなに一気に流行るかよ」

 

「やってみた身からすれば劇薬ですからね、アレで身持ち崩す人は必ず居ますよ」

 

「うんまあ、俺も子供時代にコレがあったらのめり込んでるわ。格闘ゲームが滅茶苦茶流行った時みたいな物なのか…?」

 

戦術機型ロボットはLittle・TSFと名が付けられ販売された。購入者は主なターゲットだった子供に留まらず、様々な層へとその人気は波及した。

 

「L-TSFは既にどれだけ売れたか分かりませんよ」

 

「前こそコストの問題で一般向けの販売は諦めたが量産化のための試行錯誤は進めていたんだ、それで大量生産も出来るようになった」

 

「犯罪に利用されたりしませんか?」

 

「ジオラマの床から無線で給電する方式だから大丈夫だ、外に出れば動けなくなる。システム側でジオラマ外の動作は止めてるし、勝手に改造されたら動かないようにもしてあるさ」

 

本来なら小型の探査機用の技術として開発が進められていた系譜だが、国からの口出しで研究項目の再編が進められようとしていた。明らかに軍事技術に偏重したそれを止めるため、玩具として製品化することで実績を作ったのだ。

 

「…では思う存分楽しめますね、事件にならないことを祈りますか」

 

「一戦やっとく?」

 

「手加減しませんよ」

 

本当に手加減しなかった秘書にボコボコにされ、それを見ていた監視役は冷や汗をかいていた。弾切れになった突撃砲を投げつけ、両手にナイフを握って突撃してくる様は滅茶苦茶怖かったとだけ言っておく。

 

「ドス持って走ってくんなよ!怖えって!」

 

「うぉぉぉおおッ!」

 

「ホラー映画かよテメェはよぉ!」




最近SEEDのHDリマスター見始めたよ、試作艦を回転させた時のバレルロールってアークエンジェルのアレだった訳かぁ。主人公はナイフ抜いた時が一番怖い。


【挿絵表示】

これは少し見た時のやつ、オレンジメガネ…俺はお前の肩を持つぜ…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。