オスカー・ドロホフと宿命の杖 (ピューリタン)
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一年目 オスカー・ドロホフと宿命の杖
第一章 白い石
スコットランド、ハイランド地方。
山と丘、川と湖ばかりで風光明媚ではあるがヨーロッパで人が最も少ないと言われる場所。
そのハイランドの森の中に小さい村があった。村はアクリノという名前でスコットランドやイングランドどころか、あまり英語の響きでは無い名前を持っていた。
村には昔から魔法使いが住んでいると言われていたし、村の年寄りたちは未だに魔法使いが村に住んでいて、自分達の領主をしていると信じている。
だからこの村の人々の迷信深さは近くの町や村の人はみんな知っている。年寄りたちは子供に昔話をするときや、お酒の場所ではどこでもそう言うからだ。彼も彼女もこの村は昔から魔法使いの魔法で守ってもらった話をする。
やれ土地清掃の時は村どころか山ごと隠してもらったから出て行かずにすんだ。戦争の時も村には誰も入れなかったから攻められることも徴兵されることも無かった。そんな話をするのだ。けれど、いつの頃からか魔法使いは姿を見せなくなってしまったと言う。
村の若い者はそんなこと信じていない。だけれど、未だに村民の家以外の大きな資産、牧場だとか森だとか、公民館や学校まで、こういう物が姿を見たことが無い大地主のものだという事は確かなのだ。
そして、村の北にある年寄りが入ってはいけないと言う森、この森の奥に魔法使いの領主の屋敷があると言うのだが、若者が度胸試しに入っても屋敷の痕跡すら見つけることが出来ない。いつの間にか村に戻ってしまったり、もっと北にある山の麓についていたりするのだ。
度胸試しの若者から屋敷など無いと言われても、年寄りたちはこう言って笑う。屋敷も魔法で隠したのだと。昔は村ごと隠したのだから屋敷を隠すなど簡単だと言うのだ。みんなこの経験をして村の若者は大人になっていく。
しかし、もちろん屋敷はあった。年寄りの言う、魔法使いの領主様は村が出来た時からこの屋敷に住んでいるのだ。一族で。だから年寄りのいう事は本当だった。村人の前に魔法使いが姿を見せなくなったのは単純な話なのだ。魔法使いはある時、自分達の法律で魔法使い以外の前に姿を現したり、魔法を使う事を禁じたのだ。だから村の人間は魔法使いに会えなくなった。
そしてこの家の住所は簡単だ。スコットランド・ハイランド・アクリノ村・ドロホフ邸。これだけで手紙は届くのだから。
「オスカーお坊ちゃま。朝でございます」
「ペンス。もうちょっと寝たいよ」
「本日は晴れでございます。お坊ちゃまは晴れの日には……」
「分かったよ起きるよ」
子供の部屋であるのにロンドン近郊にあるだろう普通の家の一階分くらいの広さがあった。床は黒い大理石、壁には豪奢なタペストリー、机はチーク材で出来ている。寝ている彼には分からないだろうが魔法使いでもそうでなくともこの家で生活しているという事は俗に言うお金持ちだと分かったはずだ。
簡単な話、妖精に起こされたオスカー・ドロホフはお金持ちだった。そもそもこの妖精、彼を起こしている屋敷しもべ妖精が家にいると言うことはお金持ちであるという事を示している。それは魔法使いたちの社会では常識だった。
「七時…… 父さんと母さんは?」
「ご主人様は戻られておりません。奥様はまだ御就寝中かと」
「朝ごはん食べるよ。今日のは何?」
眠そうにオスカーは替えの服を受け取った。妖精はちょうどコウモリの耳を三分の一くらいにした耳と、人間の目を二倍くらいにした目、それにちょっと人間では高いくらいの鼻、あとは人間にしては細くて長い指、そんな感じの見た目をしている。
オスカーと妖精の身長はあまり変わらなかった。妖精のペンスはオスカーに靴下を履かせようとしたがオスカーは嫌がった。
「ペンス。靴下は自分で履くよ」
「申し訳ございません。オスカーお坊ちゃま。このペンス……」
「自分を罰することを禁じる。ペンス。それで朝ごはんは何だっけ?」
突然自分で頭を近くにあった机にぶつけようとしたペンスをオスカーは口で止めた。完全に慣れている様子だった。そう、この妖精は主人の言葉に逆らったりすると勝手に自分を痛めつけるのだ。オスカーはそれが好きでは無かった。ペンスはオスカーが喋ることのできるたった三人のうちの一人なのだ。
「は。ソバのカーシャとラムチョップでございます」
「イチゴのジャムはあったっけ?」
「はい。ございます。ご用意しておりますとも」
やっと着替え終わってオスカーは朝ごはんを食べに向かった。どうせ今日も父親はいないだろう。オスカーは生まれてからずっと家にいると言うのに一年で父親に会う日など一週間もあればいい方だった。
広間に着くともうテーブルの上にはさっき聞いたとおりの朝食が並んでいる。それにサモワールという大きくてゴテゴテしているポットが湯気を出している。オスカーが一人で寝るようになってから変わらないいつもの光景だ。
母親はあんまり起きるのが早くないのでオスカーはいつも先にご飯を食べるのだ。広間は無駄に広くてオスカーがフォークを皿にぶつけるだけでも響くくらいだった。壁は石造りで大きなタペストリーが張ってあるし、床には緑と銀の刺繍のカーペットが引いてあり、天井にはキラキラしたシャンデリアがぶら下がっていた。でもどれもオスカーには生まれた時からあるものだったし、彼にはそれが他の家と比べてどうなのかも分からなかった。
「眠いわねぇ…… あらオスカー。今日は起きれたのね」
「母さんと違ってもう着替えてるよ」
「おー。お上手。今日はペンスに靴下は替えてもらった?」
「替えて貰ってないよ。朝ごはん食べたら庭に行くよ」
オスカーの母親はクルクルの髪の毛をしていて、髪の色だけはオスカーと一緒で赤っぽい茶髪だった。肌の色もちょっとオスカーとは違っていたし、オスカーが魔法使いの歴史の本で読んだ、アラブとかペルシャとか地中海の東や南側の人と似ている姿だった。
それに比べるとオスカーの肌は白かったし、髪の色は似ていても真っすぐ生えていたし、何より目はオスカーでも分かるくらい父親に似ていた。とび色で明るくて、母親いわく、目つきが生まれた時から悪かったらしい。
「また秘密基地を作ってるの?」
「秘密だよ」
「あら? ペンスにも秘密なの?」
「秘密だよ。秘密基地だから」
そう。家から出してもらえないオスカーのマイブームは秘密基地作りだ。家の中は階段裏にある秘密の部屋から地下牢、父親の書斎の隠し扉まで何でも知っているからいても面白く無いのだ。
だから最近のオスカーは自分で自分の知らないモノを作ったり、そこで家では出来ないことをすることに時間を費やしていた。
「敷地から出ないように。午後は魔法史でも読みましょうか?」
「呪文学の五年生のやつか、六年生の変身術がいい。透明になるやつを杖を持ったら使えるようになりたいよ」
「まだ無理に決まってるでしょう。四年生の呪文学の本を確かめてからね」
「じゃあそれでいい。ペンス、昼ご飯はラム以外がいいな」
「かしこまりました」
オスカーはそのまま家から出ようとしたがバチッという音がして、文字通り何もない場所から現れたペンスに止められた。オスカーの手にはコップと歯ブラシがいつの間にかあったし、コートも気づくと着させられていて、さらにそのポケットには園芸用の手袋が入っている。
「分かったよ。歯磨きしてからいくよ」
「オスカーお坊ちゃま。完璧でございます。何か足りないものが……」
「秘密基地だからダメだよ。足りないものは僕が集めるんだ」
今度こそ部屋からオスカーは飛び出して洗面所で歯磨きして顔を洗った。せずに出ていく事は不可能なのだ。ペンスは家のどこにいてもオスカーがしていることを分かっているのだ。逃げようとしてもどこからともなくさっきの姿現しという魔法で現れる。オスカーは誰よりそれを知っていた。
表玄関から外に出ると石造りの道が広がっているのだが、途中までしかなく突然森になってしまう。昔はこの道が近くの村まで続いていたのだと言う。でも魔法使いが隠れると決められた時に道を壊して森に変えてしまったのだ。
オスカーは不思議だった。どうして魔法使いたちは隠れているのだろう? もちろん、法律で止められているという事は知っていた。母親の話と歴史の本の中で。でもどうしてそうなのかは知らなかった。
ㅤそしてオスカーは魔法使いじゃなくてもいいから喋って見たかった。だって生まれてこのかた、オスカーは家族以外と喋ったことが無かったのだ。
家族というのは、父親、母親、ペンス、それにふくろうのローガンのことだ。
「ローガン」
そう呼ぶと音もなく黒いふくろうが現れて近くの木にとまった。ひなから育てたローガンはオスカーによくなついてくれていた。そしてオスカーはこのローガンが羨ましかった。ローガンは家の外に行けるのだ。この森を越えて。
ローガンを撫でてやると満足げにホーと鳴いた。そしてそのまま暗い森の中に消えて行った。もう眠いのだろう。ふくろうとは夜に目覚める生き物なのだ。
この目の前にある暗い森の向こうには何があるのだろうか? 家には昔の屋敷や村の写真や絵がいくつかあるのだが、学校や図書館、牧場に教会なんかがあると描いてあった。でもそれは昔の話だ。オスカーは一度だってその村を見たことが無かった。
マグル…… つまり、魔法を使えない人だが、村に住んでいるマグルはどんな顔をしているのだろうか? 何を喋るのだろう? 母親や自分と同じように喋るのだろうか? オスカーはいつも秘密基地まで行く途中、それを考える。そして考えると村まで行ってみたくて仕方なくなるのだ。でも母親やペンスを心配させるわけにいかなかった。
「ベンチは出来たし、屋根も出来たし、あと何だろう…… カエルとか兎を捕まえる檻とか…… スケッチするための机とか……」
秘密基地は大きな木の裏にあって、倒木を削って作ったベンチがまずあり、屋根は大きな木の枝の間に骨組みになる木を蔓で結んで、その上に大きな葉っぱと小さい枝と藁を沢山のせて作っている。オスカーは最終的には扉を付け、家から黙って杖を持ちだして透明になる呪文をかけてやろうと思っていた。そうすればいくらペンスや母親でもこの中でオスカーが何をしているか分からなくなるのではないだろうか?
「先に柱がいる? うーん。先に壁の材料? 小さい枝と藁みたいなのかな。柱になる大きい枝は運ぶのしんどいから近くのを折るしかないし。でもレンガとかつくれないかな……」
十分くらい一人でぶつぶつ考えたあげく、オスカーは壁を作ろうと決め、小さくて真っすぐな枝と草を干したような藁を探すことにした。そしてどうせならオスカーは魔法を使う練習がしたかったのだ。
魔法の練習と言っても魔法が使える人、魔法族は杖が無いと大したことが出来ない。それはオスカーも知っていた。でも、オスカーはちょっと集中すれば動物や物を浮かすことや呼び寄せることくらい杖が無くても出来たし、これを練習すればできる事が増えると知っていたのだ。
だから秘密基地の屋根を作る時と同じように練習した。木の上の方にある折ってもよさそうな枝を折って自分の方へ集めるのだ。これはなかなか難しく、自分から遠くなるほど、つまり高い木の枝ほど難しいし、そもそも折る時の力のかけ方は単純に引っ張るよりずっと難しいのだ。むしろ大きな枝の方が簡単だ。だから高い位置の小さくて細い枝の一部分に魔法をかけるのはオスカーからすればいい練習だった。
一度何かをし始めるとオスカーは無心になってしまう所があった。本を読み始めると母親やペンスが来ても反応が鈍くなってしまうし、ローガンや庭にある植物、虫、動物なんかのスケッチを取る時もそうだった。
だから今日もどうせ練習だからと思って頭の上ばかり見て、首が痛くなりそうなくらい集中して魔法を使い、枝を集めていた。
そして気づくと暗い森では無く、目の前がちょっと明るくなっていた。森の外れ、つまり庭の外れまで来てしまっていたのだ。森はそこでいったん途切れ、森と森の間を走る道があった。
「あ……」
外から見れば間抜けに見えたに違いない。オスカーはぽかんと口を開けて集めていた枝を取り落とした。
女の子だった。シルバーブロンドで母親より長い髪をした女の子が、一人で平らな白い石に座って何かしている。
よく見ると顔をしかめて傍にあるツツジの花を触れずに開いたり閉じたりさせている。
オスカーは見たものが信じられなかった。マグルの女の子だろうか? でも何をやっているのか? あれはオスカーと同じように触れずに何かを動かそうとしているのではないか?
女の子が両手をかざしているツツジの花はゆっくりと開いたり閉じたりを繰り返している。どう見たってその手は花に触れていない。
「あっ…… ダメかぁ……」
声がした。母親どころかペンスより声が高い。オスカーよりずっとだ。力加減を間違えたのかツツジの花は突然千切れて落ちてしまった。花びらが道にバラバラになって広がった。
女の子は溜め息をつくと立ち上がって革のカバンを持って行ってしまった。身長はオスカーよりちょっと低いだろうか? なんだか何度も洗濯したようなくたびれた白いブラウスと黒のスカートを着ていた。眼は青かった。
女の子がいなくなるとオスカーは母親やペンスから何度も出るなと言われていることも忘れてその石のところまで行った。
手をかざしてバラバラになったツツジの花を浮かせる。自分の方へ寄せながら、元あった形になるようにバラバラになった花びらとがくをくっつけて一つの花にした。
浮いているその花を、白いその花をオスカーはしばらく見ていた。それで、ゆっくり、さっきまで持っていた枝と違って壊さないように、白いツツジの花を手に取った。
それからオスカーはずっとその事で頭が一杯だった。どう見てもあの子は魔法を使っていた。オスカーは毎日、毎日、あの石のところまで行ってみた。すると何日かに一回、あの女の子はあそこに来て、色んな事をしていた。それこそ、オスカーが今より魔法を操れなかった時にしていたようなことだ。
小道の石や枝を浮かせたり、小さいアリを操って見たり、彼女はかなり集中した顔でそれを一時間から二時間くらいしてはまた戻って行く。その間、オスカーはずっとそれを見ていた。
だと言うのに、女の子はオスカーには気づかなかった。何故ならオスカーの家は魔法で守られている。内側から見えても、外からは見えないのだ。家の存在を知らない限りは。
「最近本当に戻ってこないわね。そんなに秘密基地が楽しいの?」
「秘密だよ。秘密基地だから」
「隠し事があるの? 大人になったのねえ」
この顔だ。オスカーは大人がこういう顔をすると知っていた。つまり、お前のやっていることはお見通し。そういう顔だ。でもだからと言って何なのだろう? だってあの子は魔法族なのだ。魔法を使っていたのだから。
「母さん。書庫の本にマグルとスクイブの話があったんだけど」
「何ていう本?」
「魔法族の血量と魔法力の関係って本」
「アクシオ 魔法族の血量と魔法力の関係」
アクシオ、呼び寄せ呪文を母親が使うと書庫からその本が飛んでくる。部屋六つ分くらいの距離がここからはあるのでかなりの距離を飛んできたはずだ。オスカーは杖なしでも何かを呼び寄せるくらいできるが、こんな距離はもちろん無理だ。
「ペンス こういうのはあの人の書斎にしまっておいて」
「かしこまりました。奥様」
母親に嘘はほとんど通用しない。もちろん、オスカーはそんなことくらい知っている。だから話をするにしても、ちゃんと嘘じゃない話をしないといけないのだ。バレたくないことがあるのなら、嘘を話さなければいい。
「読んじゃ駄目だった?」
「そうでもないけど。もうちょっと大きくなってからね。オスカーは頭では書いてることはわかるけれど。心では分からないということ。それで? 何が分からないの?」
「マグルの中から魔法族が生まれるの?」
これならあの本を読んで当然の質問のはずだった。あの女の子の事だとは分からないだろう。母親が褒めるくらいにはオスカーはそういう考えのつながりをつくるのが上手かった。
「生まれるわ。けれど、だいたいの魔法族はこう考えているの。つまり、突然、マグルから魔法族が生まれるんじゃ無くてね、その本にも書いてるみたいに先祖に魔法族がいて、突然、先祖返り、つまり、お爺さんやお婆さんの魔法の力がお父さんやお母さんの時は隠れていたり、凄く少なかったりしたけれど、その子供に出てきた。みたいに考えているの」
「じゃあマグル生まれの魔法族は魔法族のお爺さんやお婆さんがいる?」
「お爺さんやお婆さんのお爺さんやお婆さんかもしれないけどね」
法律で会ってはいけないのは魔法族とマグルなのだから。魔法族と魔法族なら会ってもいいはずだ。オスカーの頭の中では完璧な理論が組みあがった。そうじゃないとおかしいという事だ。
「そうなんだ。でもマグルが親の、魔法族ならマグルと一緒でもいいって事?」
「そこは魔法省がなんとかしているということね。それに杖が無ければちゃんとした魔法は使えないのは知っているでしょう?」
「分かったよ。そういうことなんだ」
ならオスカーがマグルと会ってもいいではないのか? そう思ったが口には出さなかった。そういう事を言ったとしても、母親の良く言う、ルールだとか常識だとかそう言うのでまるめ込まれてしまうだろうからだ。
「また庭に行くよ。午後の本はいいや。変身術の本は天文学の話が分からないと良く分からないし」
「はいはい。今日も秘密基地?」
「うん。ペンス。暑いからコートじゃなくて別のにしてよ。あと歯ブラシ」
「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま」
秘密基地の事を認めたオスカーにちょっと母親は驚いていたがオスカーはそんなことは知ったことでは無かった。出来るだけ普通に装ってとにかく早くあの石のところまでいきたかった。
オスカーは歯磨きした後ダッシュで玄関まで行き、そこであの花の事を思い出してこれまた走って自分の部屋の窓に瓶で活けてあるツツジの花を取りに戻った。
玄関を出て石畳を駆ける。オスカーはいつあの女の子が来るのか大体分かっていた。火曜日と木曜日の午後だ。ご飯を食べた後に行くとだいたいいる。今日もそのはずだ。
何を喋ればいいだろうか? 母親はマグルに見つかると不味いから家から出るなと言っていたのだ。魔法族と魔法族が話すのがダメなんて話は無いだろう。
石が見えるところまで来て、オスカーは目の前の小さな道にすらこれまで足を踏み入れなかった事に気づいた。こんなこと簡単なのに。簡単なのに親に言われたから出来なかったのだ。だってこの花を拾うために外に出たときだって何も起きなかった。こんな簡単なことなのに。
じっとあの女の子が来るまでオスカーは待った。汗ばむほどの暑さではないのにオスカーが瓶を持つ手は汗で少し滑りそうなのだ。
やっと向こうの方から女の子が歩いてくる。けれどいつもとはちょっと違う雰囲気だった。眼がちょっと赤いし、唇を噛んでいるみたいな顔をしている。でもオスカーにはそんなこと考える余裕はなかった。
彼女が平たい石に座り、オスカーが出て行こうとした瞬間、ガンっ!! という音を立てて、女の子は思いっきりカバンを石に叩きつけた。
「え…… あ、あ…… ど、どうしよう。お、お父さんに買ってもらったやつなのに……」
自分でやったことなのに女の子は焦っていた。カバンの留め具の部分が石に当たってしまって歪んだのだ。
ガチャガチャと必死に留め具の部分をいじったり、ちょっと近くの小さな石で叩いたりしていたが全く上手く行きそうにない。それが分かるとますます女の子は泣きそうな顔になる。
「なんで魔法を使わないんだ?」
「誰?」
思わずオスカーは木立ちから出て彼女のカバンを掴んでいた。自分なら簡単に直せるのだ。そもそもどうして魔法で直そうとしないのか? でもオスカーにはそれすら考える余裕も無かった。
「ちょっと。これは私のカバンだよ。それにいったいどこから出てきたんだい?」
「いいから。直らないと不味いんじゃないのか?」
「それはそうなんだけれど……」
しばらくオスカーと女の子はカバンを引っ張り合っていたが、不意にその力が緩んだのでオスカーはそのままひったくった。そして、白くて平べったい石の上にカバンを置き、息をちょっと吐いてから手をカバンの留め具にかざし、意識を集中した。
歪んだ部分の元の形をはっきりと思い浮かべる。するとゆっくりと留め具の歪んだ場所が元の形に戻っていく。直った留め具はぴったりはまるようになり、カバンは閉じる事ができるようになった。
「ほら。これで……」
「これ…… これ…… これ…… いったいどうやったんだい!?」
女の子は口を開け、眉をあげ、まさに驚いていた。何度も何度もカバンを閉じたり開けたり、指で留め具を触ったりした後にカバンを持ってオスカーの方に迫った。
「何って、えっと…… お前? 君? もやってたじゃないか。ここでずっと」
「ここでずっと……?? もしかして、私がここで、あの超能力を使うところを見ていたって事なのかい?」
「ちょうのうりょく? なんだそれ、あれは魔法だよ」
「魔法? 魔法って? サンドリヨンの馬車とかピーター・パンが飛ぶみたいな? それともガンダルフとかゲドが使うみたいなのかい?」
さんどりよん? パン? それにガンダルフにゲド? オスカーにはさっぱり何を言っているのか分からなかった。人の名前だろうか? それともマグルが魔法を呼ぶ時の名前だろうか?
「何言ってるのか分からないけど。その、君? が使ってたじゃ無いか。アリとかダンゴムシとかそう言うのを操っていたし、木の葉を浮かしたりとか……」
「あれが、あれが魔法?」
信じられないという顔で女の子は自分の両手を見た。そしてその後に、小さいオスカーに近づいて、両手で肩を持った。
「じゃ、じゃあ…… じゃああれはほんとにある力で、嘘じゃない? 私が嫌な髪型にされた時に勝手に髪が伸びてくるのも、迷子になって泣きそうなときにいつの間にか自分の部屋に戻っていたのも魔法? 私がおかしいわけじゃないのかい?」
「おかしいわけないだろ、まあマグルがどんな風に魔法を考えてるのなんか僕は知らないけど……」
女の子はまるで目の前のオスカーなど見えていないように見えた。魔法の存在もオスカーの存在も信じられないという顔だった。
「えっと…… じゃあ…… 何か見せてよ。さっきの直したのでもいいけれど…… 何か魔法をもっと見せてくれないかい?」
「これ…… 僕が最初に…… 君を見た時に…… 魔法を失敗して、落として行ったんだ」
オスカーはおずおずとローブのポケットから、ツツジの花の入った小瓶を取り出した。女の子は信じられないモノを見る目でそれを見ていた。
「それ、私が失敗して、バラバラにしちゃったやつだ……」
「魔法を見たいんだろ? 僕はまだ、父さんや母さんみたいに杖が無いから、爆発呪文とか、姿くらましとかは使えないけど…… これくらいならできる」
手に持っていた小瓶を小さいオスカーは思いっきり、地面に叩きつけた。小瓶は地面に当たって、バラバラになり、白いツツジもまたバラバラになった。
「こういうのは…… 結構、頑張らないとできないんだ。杖があれば簡単なんだろうけど……」
難しい顔でオスカーが手を小瓶を叩きつけた場所に向けると、まずバラバラのガラスの欠片になった小瓶が小道の色んな場所から浮かび上がって元の形を取り直した。
バラバラになった白いツツジの花も、最初に円を描くように花びらだけが空中で回っていた。その後、がくの部分が下からやってきて、そこに回っていた花びらが順番にくっついていった。
女の子は目を丸くして、その花が形を取り戻していくのを見ていた。最後に元の形になった花が女の子の手の上に落ちた。
「凄い!! 凄い!! ほんとだった。手品じゃない!! 私はおかしくなかった!! 先生やお父さんやクラスのみんなの方がおかしかったんだ!! ねえ、ねえ、君はなんて名前なんだい?」
「お、オスカー…… オスカー・ドロホフだけど……」
「じゃあ、オスカーでいいんだよね? 私はシラ・グヴィン!! ねえ、いったいどこからでてきたんだい? それになんで私を見てたのに何も言ってくれなかったんだい? それに、それに、それに…… とにかく、一杯聞きたいことがあるんだ!!」
それから女の子が落ち着くまで結構時間がかかった。オスカーも落ち着いてはいなかったかもしれない。だってオスカーは初めて家族以外の人と喋ったし、シラは初めて自分以外の魔法族と喋ったのだ。
お互いにいくら話しても話が尽きなかった。それは当然だった。オスカーとシラの家は歩いても十分くらいしかかからないのに二人は別の世界で生まれて、別の世界に生きていたのだ。今日のこの日まで。
「ホグワーツ…… それが魔法族の人が通う学校の名前なのかい?」
「そうだよ。他にもフランスにはボーバトンが北ヨーロッパにはダームストラング…… あとはアメリカのイルヴァモーニー、日本のマホウトコロとかがあるって本には書いてあったけど」
「オスカーもその学校に通うのかい?」
「多分そうだけど。父さんも母さんもそうだし、君もそうだよ」
そう言うと女の子は悲しそうな顔をした。オスカーにはどうしてそんな顔をするのか分からなかった。何か不味い事を言ったのだろうか? ホグワーツ、魔法族の学校、あそこには魔法族しかいないのだ。家以外の場所で過ごせるし、家族以外の人と話す事が出来る。何より父親や母親のように魔法を学ぶ事が出来るのだ。なのになぜこんな顔をするのだろう?
「私は通えないよ。だってどこにあるのかも知らないし、それに…… その。オスカーは着ている服もそうだし、お金持ちみたいだから行けるだろうと思うけれど。私の家には公立の学校以外に行けるお金は無いにきまっているよ。お父さんに言ったら出して貰えるのかもしれないけれど、お母さんは嫌がるだろうし……」
「関係無いと思うけど。母さんはホグワーツは魔法省がお金を出してるから魔法族は誰でも入れるんだって言ってたよ。あと、たしか…… よく本の最後に書いてある、書いてる人の話で奨学金? って言うのでホグワーツでいるモノは買ったって書いてあったよ。僕には良く分からないけれど。それで行けるんじゃないか?」
ちょっと女の子の顔は明るくなった。オスカーはもうちょっと明るくなって欲しかったし、せっかく喋れるようになった人がホグワーツに行けないなんてそんな事あり得ないと思うのだ。
「でも、私もお母さんもその魔法省って言うのは知らないし、ホグワーツも知らないから、入学の手続きとかが出来ないよ。私、見たことがあるけれど、学校に入るのって一杯書類を書かないといけないんだ。その書類が無いのって私がフランスから引っ越してきたからかな? だからさっき君が言っていた、ボーバトン? から前の私の家に手紙が来ているのかもしれない」
「フランスから? でも住んでる場所の学校に行くはずだよ。魔法族の子供の家にはふくろうが手紙を運んでくるんだ。ホグワーツから。それが来たら入学できるんだって」
「ふくろうが手紙を運ぶのかい? 電報とか郵便じゃ無くて?」
オスカーは指を口に入れて指笛を吹いた。高いピーっと言う音が鳴り、音もなくオスカーとシラの座っている石までローガンが飛んできた。オスカーの家がある森は全部ローガンの縄張りなのだ。だからこの近くで呼べばいつでも来てくれる。
「わっ…… ふくろう? 動物園以外でこんなに近くで見たの初めてだよ」
「ローガンって言うんだ。昔、父さんと庭を歩いていたらローガンも庭を歩いてたんだ。巣から落ちたんだろうって。それから僕の家にいるんだよ」
「じゃあオスカーの家の子なんだ。触ってもいいのかい? 引っかかないのかい?」
「そんなことしないよ。ローガンは賢いんだ」
シラは恐る恐るローガンの黒い毛並みを撫でた。ローガンは特に緊張している風でもなく、ホーっと少しだけ鳴いた。恐らくまだ眠いのだろう。ローガンが大人しかったからなのかシラの顔はぱぁっと明るくなった。
「ローガンみたいなふくろうを魔法族はみんな飼っているんだ。アジアとか新大陸は違うのかもしれないけれど。イギリスやヨーロッパはみんなそうだって」
「じゃあ私の家にもホグワーツからの手紙がくるのかい?」
「来るよ。たしか十歳か十一歳の年らしいけど」
話しても話しても話が尽きないとオスカーは思うのだ。オスカーが話すことも、シラが話すこともお互いに知らないことばかりだった。こんなに簡単に話せる人が出来るのならもっと早くここに来ていれば良かった。
「あ、もう日が暮れるじゃ無いか。オスカー、えっとここに来たら会えるのかい? 君に?」
「え? ほんとだ。母さんとペンスになんて言おう…… えっとうん。またここに来るよ。君の小学校? が終わる時間に来るけど。あと……」
「あと?」
「今晩、君の部屋の窓を空けといてくれたらローガンを送るよ。ホグワーツ今昔って本があるからそれを持たせる。あれを読めばホグワーツがどんな場所か分かるよ。僕もその本と母さんの話でしか知らないから」
ローガンの名前を出すとローガンはまたホーと鳴いてオスカーの方を見た。エサか仕事をくれると思っているのだろう。シラは青い目をキラキラさせてオスカーとローガンの方を見ている。
「ありがとう。私、まだ信じられないんだけれど。起きたら、全部嘘だったり、忘れてたりしないか怖いくらいだよ」
「忘却術を使うわけじゃ無いからそんなこと起こらないと思うけど。そうだ…… ローガンは夜から朝に動くんだ。だから夜明けくらいにローガンに君の部屋に行くように言うよ。その時に明日会える時間を紙に書いてローガンで渡してくれればいいよ」
「え? いいのかい?」
「うん。えっとじゃあ……」
今日はもう会えない人になんて言えばいいのだろうか? オスカーには分からなかった。さようなら? バイバイ? それとも……
「また明日。オスカー。今日はありがとう。あのカバンお父さんから貰ったやつなんだ。だからもし壊したら泣いちゃってたんじゃないかな。お母さんはあんまりこのカバンを直すのに街に行くのは嫌だったと思うし……」
「えっと。また明日」
「じゃあね。バイバイ」
お互いに手を振ってシラは小道の奥に、オスカーは木立ちの中に消えた。オスカーはその日、母親やペンスに日が暮れるまで戻らなかった事をなんて説明したのか覚えていなかった。
とにかく書庫からホグワーツ今昔と改訂ホグワーツ今昔を取り出してローガンに渡した。ローガンには家族にバレないように自分の部屋の窓に他から見えないところからくるように言い聞かせた。
明日は何を喋るのだろうか? ホグワーツの話? 彼女の学校の話? 魔法の話? マグルの勉強の話? 初めて自分の足で出た、家の外の広さ以上にオスカーは考える事の広さが自分の世界が広がった気がした。そして明日の事を考えている間にオスカーはいつの間にか眠っていた。
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第二章 白い家
「シラはマグルの学校に通っているんだろ? マグルの学校って何を教えるんだ?」
「何って何だい?」
出会ってから毎日、二人は白い石の上で話していた。シラの言うマグルの学校、どんな場所なのだろうか? オスカーはシラが羨ましかった。色んな同い年くらいの子供と話せるのだ。それも色んな家の生まれの子供だ。オスカーの知らない色んな事を知っているのだろう。
「ホグワーツでは呪文とか薬の使い方を学ぶって昨日僕が話しただろ? じゃあマグルの学校では何を学ぶのかなって気になったんだ。母さんはマグルの事なんか知らないし……」
「オスカーの言う、呪文とかそう言うのが本当なのか私には分からないけれど、私の学校ではそんなのは習わないよ」
では何を勉強するのだろう? それも朝から昼とか夕方まで。そんなに勉強することがあるのだろうか? オスカーには分からなかった。
「じゃあ何を習うんだ?」
「最近は理科とか社会とかかな?」
「社会? 理科? それは?」
オスカーにはシラのこっちを見る目がまるで珍しい動物とか植物を見る目に見えた。でもこんなのはお互い様だった。お互いにお互いの考えとか常識とかそう言うのが珍しくて仕方なかったのだ。
「理科は今の単元だとその辺の草とか虫とかそういう物のお話だよ」
「その辺の?」
周りを見回してオスカーはこんな普通の草とか虫を学んでどうするのだろうと思った。それこそ魔法生物だとか、魔法植物なら分かるけれど、アリやトンボなんかを学んでどうするのだろうと思ったのだ。
「じゃあオスカー。トンボを捕まえてくれないかい? 前にやってたじゃないか」
「魔法が見たいの? やってもいいけど、シラだって出来るだろ? 僕ばっかりやっても君の練習にならないと思うけど」
「アレが魔法か分からないし、私はオスカーみたいにうまく出来ないから」
「分かったよ」
こういうお願いがオスカーには嬉しかった。持っていた小包を下に置いて、腕をまくり、飛んでいるトンボの一匹を真剣に見つめる。
すると幾匹も飛んでいた内の一匹が突然向きを変え、シラが水をすくう時のように手を合わせているところへやって来てとまった。
「オスカー、ほらこの目が大事なんだ」
「目?」
「トンボの目って一杯小さいのが集まっているんだよ。なんか粒粒みたいなのが見えないかい?」
「うわ…… なんか気持ち悪いな」
「もう…… せっかく授業でやったことを教えようと思ったのに」
流石に微妙な顔をしたオスカーだったが、確かにこれはオスカーの知らないことだった。まだオスカーはトンボはスケッチしたことが無かったし、他の虫とか動物にもこういうよく見ると遠くから見たのと違う特徴があることは知っていた。オスカーはマグルと言うのは魔法を使えないから身近なモノをよく見ているのだと感心した。
「これって小さい眼が一杯集まっているらしいんだ」
「眼が一杯? なんの意味があるんだ?」
「それぞれの目が別の場所を見れるらしいよ。だからトンボは前も後ろも全部一緒に見えるんだって」
「へえ。便利だな何でも見えるって」
オスカーは素直に感想を言ったのだが、それがシラには新鮮らしい。オスカーはこういう感触も好きだった。つまり、お互いの考え方とか感じ方が単純に面白かった。
「何でもは見えないんじゃないかな?」
「え? でも今、シラは前も後ろも見れるって言ったじゃないか」
引っかかったと言う感じでシラは口角を上げてニヤッと笑っていた。
「だって、このトンボさんは自分は見えないじゃないか」
「そんなの…… そんなの当たり前だろ。確かに見えないだろうけどさ」
「ほら、オスカーも答えられなかった。私も先生に問題を出されて答えられなかったから一緒だね」
「そんな一緒いらないよ。マグルの先生って言うのはイジワルなんだな」
なんだかクスクス笑っていてオスカーはどうしたらいいのか分からなかった。怒ればいいのだろうか? でもそれも違う気がする。とりあえずオスカーはペンスに持たせて貰った包みを広げた。中からクッキーやパイやチョコレートなんかが出てくる。シラはそれを見ると目を丸くした。
「え? それ、マグルのスーパーで売っているやつじゃないかい?」
「前に貰ったやつを持って帰って、家で同じのをペンスに作って貰ったんだ。ちょっと貰ったやつより大きいけど。一緒に食べようと思って」
「作ったって…… レシピがあるわけじゃ無いのに…… 貰っていいのかい?」
「うん。ペンスに作ってって言ったら焼き窯一つ分作っちゃったからおやつが最近こればっかりなんだ」
二人でお菓子を食べる。オスカーはちょっとシラに貰ったお菓子とペンスに作って貰ったお菓子では違う味な気がした。なんで違うのかはオスカーには分からなかった。材料とかレシピが違うのだろうか?
「凄い。卵とか牛乳とかがきっと凄くいいやつを使っているんじゃないかな? 昔、フランスにいたころに食べさせてもらった貰い物のいいお菓子とか、お父さんがパリとかで買って来た高いお菓子みたいな味がする」
「ペンスはなんでも美味しく作るんだよ。そう言えばシラはフランスから来たって言うけど。英語を話せるじゃないか?」
「お母さんはスコットランドの人だからお母さんに習ったんだ。まだなんか訛りがあるみたいだけれど……」
「訛りって?」
訛りとは何だろうか? ウェールズとかアイルランドの物語を読むと出てくるあの変な英語の事だろうか? オスカーはそういうのが分かる程英語で色んな人と喋った経験が無かった。
「訛りっていうのは発音のアクセントとか…… 単語のどこを上げてどこを下げるかとか、単語のどこを読まない読むとかそういうことじゃないのかな? この辺の人の英語はエジンバラとかロンドンと違うけれど、私のはどっちとも違うってことだよ。オスカーはあんまりこの辺の人と似ていないと思うけれど……」
「ふーん…… マグル訛りとか魔法族訛りがあるのかもしれないな」
「あったら面白いね。それで魔法族やマグルがどこから来たのか分かるのかもしれないし…… あ、オスカー、チョコがついているよ」
「え? あっ……」
シラには妹がいるらしく、オスカーは時々、自分より年上みたいに彼女が自分にあたって来る気がしていた。でもそれもお互い様かもしれない。オスカーも魔法界の事ではまるでシラが何も知らないみたいに喋るからだ。
「トンボの話でもいいけど、もっと話を聞きたい」
「トンボの話を聞きたいのかい? えっと…… 先生はトンボは生き物だけれど、色んな意味があるって言っていたかな」
「色んな意味?」
トンボに意味などあるのだろうか? オスカーはシラと一緒に喋る時、いつもトンボが沢山いるので単純にトンボは好きだった。この白い石とか道も好きなのと一緒だ。意味とはそんな事だろうか?
「イギリスだとドラゴンとか悪い意味のことが多いらしいんだけれど、他の国では違うんだって」
「ドラゴンの何が悪いのかは分からないけど、違うって何が違うんだ?」
むしろドラゴンは杖の材料や服や手袋の材料になる生き物で、オスカーからすると凄く便利な生き物に思えた。それに魔法族はドラゴンに宝を守らせるのだ。それもエジプトやギリシャの頃からそうやって使っている。
「トンボってどいつを見ても前にしか飛ばないじゃないか?」
「まあそうかも」
「だから、前に何があっても進み続ける勇気の意味があるんだって」
「そう考えるとかっこいいかもな、さっきは気持ち悪いと思ったけど」
「ほんとは空中で止まったりバックしたりもできるらしいけどね」
「なんなんだよ…… それ」
相変わらず、シラはそういう風にオスカーをおちょくるのが好きみたいだった。むしろオスカーは自分がトンボみたいに真っすぐにしか考えれないからこうなるのかと思ったくらいだ。考えを止めたりバックしたりすればおちょくられることも無くなるだろう。けどそれで会話が楽しくなるわけでも無さそうだ。
「ねえ、魔法って空を飛ぶこともできるのかい?」
「うん。呪文で浮かしたり、箒とか絨毯に乗って飛ぶんだよ。僕も一回絨毯には乗せて貰ったことがあるし、シラは空を飛びたいのか?」
シラは視線を飛んでいるトンボに移し、手を伸ばしてちょっと集中する顔をした。するとトンボの群れがこれまでの軌道を変えて、高く飛んで行った。
「やっぱりオスカーみたいに上手くできないね。うーんと、私はどっちかと言うと高い所に行ってみたいかな、ここは田舎だし、私は山に登ったことも無いし、ロンドンで観光したことも絨毯や箒に乗ったこともないから」
「箒にはホグワーツで乗れるらしいし、それにホグワーツは何本も高い塔がある城だって母さんが言ってたよ」
ホグワーツ。シラと行くホグワーツは楽しいのだろうとオスカーは思った。母親が話すホグワーツでは沢山の同級生や先輩や後輩、先生がいて、毎日が楽しいと言う。そんなのは当然だろう。だってホグワーツはここよりずっと広くて、魔法を使っても良くて、色んな人と話せるのだから。
「じゃあオスカー、私にもしオスカーが言うホグワーツに入学するための手紙が来て、ホグワーツに行けたのなら…… 二人で一番高いとこまで行かないかい?」
「手紙は絶対くると思うけど…… いいよ。でも行ってどうするんだ?」
約束。約束は良いものだとオスカーは思っていた。会う約束や遊ぶ約束をすれば、約束の時間まで、他の事ををしていてもその事を考えていられるからだ。それだけで生まれてこの方ずっと住んでいる家にいるときでさえ、外にいるような気分になれる。
「だって…… 私やオスカーは飛べないし、前も後ろも見えないじゃないか?」
「魔法の目があれば何でも見えるらしいけど」
「そういう事じゃ無いよ。だから…… 二人で一番高い塔に上れば、前も後ろも、上も下も、オスカーも私も見えると思うんだけれど……」
ちょっと恥ずかしそうにシラはそう言って、オスカーは素直に感心した。なるほどトンボの話はこの話をするためにしたのかもしれない。そして単純にオスカーはそれをしてみたいと思った。どんな景色なのだろうか? シラはどんな顔をしていて、自分はどんな顔をしているのだろう? そして何を喋るのだろうか?
「分かった。僕は約束は守るよ」
「そう? ありがとう。それにオスカー、今度私のお家に来ないかい? だってすぐそこなんだけれど?」
「え? シラの家?」
そう言う話を幾度もして、オスカーは何度もシラと会って、喋って、遊んで、ホグワーツに行くまでの時間が過ぎて行くモノと信じて疑わなかった。何故ならオスカーの世界とは家と白い石、父親、母親、ペンス、ふくろうのローガン、そしてシラだけしかいないし、存在しなかったからだ。
もちろん、オスカーは後になって考えればそんなに世界は狭いはずも無いし、オスカーにとって都合が良いように出来ているわけではないのだ。
オスカーは自分では誤魔化せているつもりだったが、毎日、毎日、彼がシラに会いに行って、母親やペンスの目を誤魔化せるはずもなく、結局、オスカーはシラと二人を秘密基地で顔を合わさせることになったし、何なら写真まで一緒に撮った。
なのにオスカーの母親は家の中はダメという事でシラを家に入れさせてくれなかった。色んな魔法の都合があるのだと言う。オスカーは納得できなかったが、そもそも母親とペンスとのルールを破ったのはオスカーの方だったから強くは言えなかった。
「ごめん、オスカー、遅れちゃったけど、家に連れてきてもいいって昨日お母さんに言って貰ったよ」
「ありがとう。でも、この格好で大丈夫なのか? マグルってちょっとおかしな格好をしてるだろ?」
「私たちからみれば君たちの方が変な格好をしていると思うけどね。でも、オスカーはまだ子供だし、変な格好をしていても大丈夫だよ。ほら、行こうよ」
「分かったよ」
変な恰好と言えばシラが着ているのはくたびれた服ばかりだ。何度も何度も洗濯したみたいな服ばかり着ているし、靴もなんだか何度も汚れを洗濯した痕みたいなのが見える。オスカーは単純に不思議だったが、前にそういう事を聞くとちょっと嫌そうな顔をしたので、オスカーはあんまりしないことに決めていた。
「ほらここがアクリノの村だよ。私がオスカーに言うのはなんだかおかしい気がするけれど。だってオスカーは生まれてからずっとここにいるはずなんだし」
オスカーが古い写真や絵で見た村とほとんど変わっていなかった。ただ、何か黒い糸みたいなものが石造りの家に木の棒みたいなものから繋がれている以外はほとんど絵や写真の通りだ。シラはオスカーを白い石から続く道に一番近い家に案内した。家々の中では一番小さい家だ。
「ただいまー あれ? お母さんどこかいったみたい? じゃあ私の部屋に行こう」
「なんか変なモノが一杯あるな。マグルの家って。それになんかどの家も小さいし」
「オスカーのお家が大きすぎるんじゃないかな? それにオスカーはペンスさんにお坊ちゃまって言われてたし」
「ペンスさん? それに屋敷しもべはみんなお坊ちゃまって言うと思うんだけど?」
「私はお嬢様なんてペンスさんから生まれて初めて言われたけれどね」
階段を上がって二人は小さな部屋に入った。オスカーからすると殺風景な部屋に見えた。手作りみたいな本棚にはオスカーが何冊か貸して貰ったマグルの教科書が数冊入っているだけで、ベッドの方にはオスカーが貸した魔法界の教科書が一番取りやすい位置に並んでいる。オスカーはシラに近づくとする、リンゴみたいな香りが部屋からする気がした。
「ちょっとお菓子を取って来るから待っててよ」
「分かったよ」
オスカーはシラが出て行ってから窓の桟に置かれているガラス瓶を見っぱなしだった。何日も立っているから当然乾燥してドライフラワーみたいになっているが、オスカーが渡した花が瓶に活けられている。それにその横の窓はちょうどローガンが入れるくらいの大きさが開けられている。
「はい、オスカーが持ってくるようなお菓子じゃなくて、その辺のスーパーで売ってるお菓子だけれどね」
「ペンスのお菓子は美味しいけど、一杯作るからそんな凄いモノじゃないけど?」
「自分の家であんなの作るのは凄いけれどね。うちなんてお母さんはあんまり料理しないし、ご飯もスーパーで買ってくることが多いんだ」
オスカーからすると不思議だが部屋には椅子なんて一つしか無かったから二人でベッドに座った。ここが彼女の部屋なのだ。オスカーはやっぱり小さいし、殺風景な気がしたが、二人でいるにはこれくらいのほうがちょうどいい気もした。
「シラ!! 帰ってるの? あれ? もしかしてお友達が来てる?」
「うん!! オスカーが来てるよ!! オスカー、ちょっとお母さんに会ってみないかい?」
「僕が?」
「そうだよ?」
二人で下に降りる。オスカーはシラの母親に会ったのは初めてだったが、一目見てシラの母親だと分かった。疲れた顔をしていたし、シラのシルバーブロンドの髪と違い、かなり黒っぽい茶髪の髪色だったが、青い目や、すっと伸びた鼻の形、口角のあげ方なんかがそっくりなのだ。
「いらっしゃい。シラはあんまり友達がいないのよ。ゆっくりしてね。名前はオスカー君?」
「はい…… オスカーと言います」
「お母さん変な事言わないでいいよ」
マグルの大人とはどう喋ればいいのだろうか? 友達の親とはどう喋ればいいのだろうか? オスカーはそんな事全く知らなかった。オスカーがシラの母親の事で知っているのは、教師をしていて、夫と別れてフランスから故郷のスコットランドに戻って来た事位だ。
「オスカー君はどこに住んでいるの?」
「えっと…… 森の向こう?」
「そんなのどうでもいいから、お母さん、ジュース出していい?」
「いいけれど…… 凄いお洋服を着ているのね。これ…… 既製品じゃなくて一つ一つ仕立ててある服…… いいお家のお子さんなのね。別荘か何かが近くにあるのかしら?」
「だからいいって言っているんだよお母さん。あっちに料金の支払いの紙をまとめてあるからやってきてよ。はい、オスカー、ジュースだよ」
不思議なモノが沢山部屋の中にあった。まずオスカーが気になったのはぶーんぶーんと低い唸り声をあげている大きな鉄の棺桶みたいなモノだ。オスカーはてっきりグールお化けかまね妖怪でも中にいるのかと思ったのだが、これは冷蔵庫らしい。オスカーの家にある冷蔵庫とは材質も音も大きさも全く違う。だからオスカーは冷蔵庫ではなくれいぞうこなるものだと思っていた。
他にも色々不思議なモノがある。キッチンの火は魔法でつけるのでは無くて、がすと言う燃える空気を燃やすのだと言う。何より不思議なモノはてれびなるものだ。てれびなるモノはオスカーにとって信じられない位、不思議な箱だった。
「シラ、何をどうやったらてれびは色んな絵が映るんだ?」
「オスカー…… お母さん。テレビの仕組みって分かる?」
「何? 何の仕組みって?」
「テレビの仕組み」
「さあ? 中で電波に載せているんでしょう?」
「オスカー、分からないみたい」
分からない。つまり中身も分かっていないでマグルは道具を使っているのだ。オスカーは不思議だった。オスカーは何でも、家の中にあるマジックアイテムの仕組みを母親に聞いていたし、魔法の仕組みも聞かないと気がすまなかった時期があった。今は流石になんでも聞くのは良くないと分かったので、二人で決めた時間にだけ母親に聞くのだが、こんなに不思議なてれびなるものの仕組みをマグルは気にならないのだろうか?
「この飛んでるやつは?」
「これはロケットだよ。月まで飛んで行くんだ」
「月? 月まで行ったって言う箒を開発した魔法……」
「こっちの番組にしよう!! オスカー!! ほら、プロレスだよ。いまのがドロップキックなんじゃないかな?」
シラが時々大声でちゃんねるなるモノを変えるためのぐるぐる回る歯車みたいなのを回すのであんまり一つ一つをよく見れないのだが、つまりこれは劇のようなモノがそれぞれちゃんねるなるモノ一つ一つで上演されていて、その劇をこのてれびなるモノでちゃんねるなるモノの数だけ見ることが出来るのだ。凄い。これはオスカーからすれば魔法ラジオの数十倍くらいの衝撃だった。このてれびなるものが魔法界にもあればオスカーはもう少し寂しく無くてすんだだろう。
その後もだいたいてれびなるものを見て二人は過ごした。マグルの世界は広い。オスカーはそう思った。むしろオスカーの世界が狭すぎたのかもしれない。だってマグルの世界ではこのてれびなるものを使って、新大陸のニューヨークやワシントン、大陸のパリやベルリンにローマ、果ては東の果てにあると言う、北京や東京の出来事だって見れてしまうと言う。
オスカーはいつかはそういう場所の風景を見てみたかった。姿くらましを覚えて、色んな言葉を喋れるようになって、自分の力で色んな場所に行くのだ。
「じゃあまたね。オスカー」
「バイバイ」
「はーい。また来てね。オスカー君。シラはお友達が少ないから」
「お母さん!!」
なんか揉めているシラと母親を後にしてオスカーは自分の家まで戻ろうとした。白い石の前まで来て、突然、オスカーは後ろから誰かに口を塞がれた。オスカーの良く知る声が聞こえた。
「オスカー、静かに。喋ってはダメ」
頷いてオスカーは母親に了解を伝えた。母親では無い誰かの声が道の外の藪から聞こえる。
「ご主人様から連れてくるように言われたはずなのだが…… これでは村にも入れない」
「そりゃイゴール。お前はいつも動きが遅いんだよ。大方、若手のエースのセブルス殿が先にアントニンにご注進したとか? そうなればイゴール、お前が折檻ってわけか? おー怖いねえ、ご主人様はポッターが見つからないもんで機嫌斜めなわけだ」
「私では無い」
「おー、ちゃんと来たって事はお前じゃ無いのか。こりゃアントニンがイゴールに先回りしたな。イゴール君は罰ゲームだなこりゃ」
三人の男の声がする。オスカーは前に聞いたことがある気がした。随分昔、オスカーがもう少し小さい頃、父親が家の外で何かを喋っていたはずだった。その時の相手の声に似ている気がするのだ。
「セブルス。結局、お前がわけのわからない事を注進したからこんなアホな事になってやがる。もう一年以上、ご主人様はポッターが見つからずご機嫌斜め。どうせ秘密の守り人だろうが? ダンブルドアが守り人ならまあ終わりだな。俺の見立てでは先にバグーノルド婆さんを旅立たせる方が早い」
「私はダンブルドアが持っている情報を入手し、報告したまでだ」
「はいはい。そもそもルシウスの後輩って時点で信用ならんわけだが、それで? イゴール? 俺がお前だったらとりあえず逃げるか、ムーディかなんかとかち合ってボコボコにされたって報告する」
「分かった。先に行かせてもらう」
セブルス、イゴール、アントニン、ポッター、バグーノルド、ダンブルドア、出てきた名前だ。オスカーには誰が何を喋っているのかさっぱり分からなかった。
「エバン、私も行かせて貰う。恐らくアントニンはプルウェットの件でこちらでは無く、マルフォイ邸の方にいるのだろう」
「そうだろ。俺はイゴール君のささやかな密告がどうなるか見ようと思ってただけだ。ほんとアイツ北側との人脈しか使えねえな。しかし、プルウェット…… 上手くいかねえもんだなあ……」
もんだなあ……」
姿くらましで消える音がして、音がしなくなり、人の気配が消え去った。母親はそのままオスカーの体ごと姿くらましした。一瞬でさっきまでいた森の中の小道は消え去り、オスカーの聞いたことの無い音がする。波の音だ。
「母さん?」
「ふぅ…… 流石に痺れたわ」
目の前には巨大な鉄の門があり、後ろにはなんと波…… 海が見える。オスカーは海など見たことが無かったがこれはどう見ても海だ。断崖絶壁の傍に門が建っていて、鉄の塀は陸地側のはるか彼方まで続いている。
「ミリベス。開けて頂戴」
「かしこまりました」
どこからともなく声がして目の前の門が開いた。二人で中に入れば巨大な石畳の道が続いており、庭木や草花が色とりどりに植わっていて、そのどれもがオスカーでも分かるくらいに綺麗に手入れされている。二人が入れば門は閉まった。
しばらく二人で歩くと白い屋敷が見えて来た。まるでオスカーの家とは正反対だ。白い外壁と屋敷の青い装飾が目に眩しかった。オスカーが絵で見たことのあるギリシャだとかチュニジアだとかの地中海にあった方が似合うデザインの屋敷だ
「母さん」
「話は家の中に入ってからにしましょう」
玄関の前まで来ると勝手に扉が開いた。屋敷の中が見える。家の中ですらオスカーの家とは対照的だ。白い壁にモザイクタイルで色んな絵が描かれているし、足元は黒では無く、白の大理石だ。
「お嬢様、オスカーお坊ちゃま。お帰りなさいませ」
「「お帰りなさいませ」」
なんとこちらに頭を床まで下げている屋敷しもべは三人いた。真ん中にかなり年を取った屋敷しもべが。両サイドにペンスより若く見える屋敷しもべがいる。
見た感じでは年老いた屋敷しもべは女性。若い屋敷しもべは兄妹だろうか? そしていらっしゃいませでは無く、お帰りなさいませだった。
「あら。本当に双子?」
「お嬢様、コートをお預けください」
「「お預けください」」
「客間を温めてお茶を用意しております。ご主人様はすぐにお戻りになられます」
「「しております」」
「じゃあ行きましょう。オスカー」
何とも不思議なやりとりだった。屋敷しもべの姉弟が母親らしいしもべのいう事を繰り返すので、耳に挨拶だけが残ってしまうのだ。オスカーは姉らしい方の屋敷しもべにコートを預けて、母親らしい屋敷しもべと母親に従って客間に通された。
「お嬢様。お荷物は全てお嬢様のお部屋にございます。お坊ちゃまの荷物は先代様のお部屋をお片付けしてお坊ちゃまのお部屋としましたから、そちらにございます。こちらの賢いふくろう以外はですが」
「ローガン?」
客間のテーブルに置かれた鳥かごに入れられて、羽を両サイドに広げ、ぐるぐる顔を首を回して警戒していたローガンはオスカーを見ると安心したのか、ホッホッホと短く鳴いた。
「ありがとう。ミリベス。そうね、オスカーと挨拶をしてちょうだい」
「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま。ミリベスにございます。私はオスカーお坊ちゃまが生きておられる間にいなくなるでしょうから、あまり名前を憶えて頂かなくても大丈夫でございます」
「「ございます」」
「ご主人様とお坊ちゃまのお世話をする時間はほとんどこの姉弟がすることになるでしょう」
「「なるでしょう」」
「ドネとティロと申します」
「ドネでございます」
「ティロでございます」
ドネが姉でティロが弟だろうか? 年の違いがほとんど見られないのでオスカーは双子ではないかと思った。それにしても三人とも同じ格好。なんだがイギリスではあまり見ることの無い民族衣装のような布を着ていて、地中海のギリシャやローマの時代を魔法史でやった際の挿絵にこんな衣装を着た人間がいた気がした。たしか魔法族とマグルがまだおなじような生活をしていた時代だったはずだ。
「僕はオスカーだけど…… 母さん。家の中に入ったんだから話をして欲しいんだけど」
「お嬢様? お坊ちゃまに何もお聞かせせずに連れて来られたのですか? またそのような所だけ先代様に似て……」
「はいはいはいはい。オスカー、ルール一、このミリベスはうるさいから静かにさせないとダメ。それでその話ね、キングズリーは?」
「いま到着されました。広間の暖炉からこちらに走っているようです。私はご主人様にも奥様にもお子様方にもこの館の中では落ち着いているようにと、三代前から申し上げているのですが…… お坊ちゃまが見ておられるのですから、大人は大人らしい姿を見せて、信頼してもらわなければならないのです」
「エティ? 本当に来たのかい?」
髪が無い大柄な男の人が入って来た。年はシラの母親と同じくらいだろうか? 何となく母親と似ている気もする。それにオスカーもキングズリーと言う名前には聞き覚えがあった。母親が話す母親の親戚の名前の一人だ。
「久しぶり。おば様のお葬式以来?」
「何故そんなに平然としているんだ? というか…… オスカーだね? 初めましてでは無いね、私は君が小さい頃に何度か会ったことがあるから。久しぶりが正しいかな?」
「お久しぶりです?」
シラの母親と一緒でオスカーの目線まで体を下げてからキングズリーはオスカーと握手した。オスカーは会った記憶など無かった。つまりほんの赤ん坊の頃の話なのだろう。
「さて、オスカー、キングズリー、今日から私達二人は実家であるこの家で生活することにします。異論は認めません」
「お嬢様。お尻を百叩きにしましょうか? 先代様の悪い所だけ受け継ぎましたね? 言葉足らずは賢きにあらず。伝わらない考えに価値などありません」
「「百叩き!!」」
このミリベスと言う屋敷しもべがオスカーには衝撃だった。まるで人間の母親みたいな言い草なのだ。本で読んだり、母親やペンスの関係を見ても屋敷しもべと言うのは普通こんな言い方や態度を取らないはずなのだ。なのに母親もキングズリーもまるで気にしていないし、そもそも二人ともミリベスの方が偉いと考えていそうだった。
「確かに元々君の家だがミリベスの言う通りに言葉が少なすぎる。どうもオスカーも何が何か分かってい無さそうだが?」
「単純明快に言いましょうか? 夫の同僚…… 違うか、犯罪者のお仲間は息子の友人に手を出そうとしました。なので、近くの村とあの子の周りに魔法をかけて、夫とは絶縁、子供を連れて実家に帰った。以上」
「さっきの声の人はシラを狙っていたって事?」
さっぱり分からない。でもオスカーの頭の中は高速で回っていた。さっき村の中で聞いた声、エバン、セブルス、イゴールが喋っていた事だ。つまり、あの声は魔法族の声で、父親の仲間で、シラを狙っていた? 狙うとは?
「オスカー、声とは?」
「さっき森の中で聞いた。エバン、セブルス、イゴールって呼び合って、ご主人様に連れてくるようにって」
「言っておくが全員死喰い人の嫌疑のある人物だ。エティ」
「という事。なのでオスカー、あなたはホグワーツに行くまではもうあの家に帰れないし、ペンスやあの子と会えないと思って。ふくろうを飛ばすくらいなら大丈夫でしょうけど。しばらくはそれも控えて」
「なんで? 父さんの仲間なのに、シラは魔法を使えるのに? なんで? 狙うって?」
母親では無く、なぜかキングズリーの方がオスカーの言葉を聞いて頭を抱えて悩んでいるように見える。もう母親は決めたとばかりにキングズリーみたいな態度は見せない。オスカーは知っていた、こういう時の母親にいくら反論しても母親の意思を変える事は出来ない。
「ペンスを呼んでみて頂戴。オスカー」
「ペンス、ペンス? ペンス? なんで? 出てこない……」
オスカーが生まれてこの方、困った時にペンスを呼んで出てこなかった時は無かったし、そもそもペンスはオスカーが困っていたらどこからともなく現れるのだ。なのに名前を呼んでもでて来ない。
「という事でとりあえず、手紙をあの人は読んだみたい。この子がここにいる間、あの人と私はとりあえずは家族では無い。あくまでとりあえずはだけれど。あの村への魔法も私との関係あってのものだから、完全には切り離せない」
「なんで父さんの仲間がシラを狙うんだ。母さん」
「マグル生まれだから。お父さんのお仲間はマグルが嫌いなの」
母親は分かりきっているとばかりにオスカーに言いきった。マグル生まれだから? マグル生まれでオスカーと喋っていたから? だから狙う? まるでオスカーには意味が分からなかった。それに何の意味があるのか?
「オスカー。落ち着いた方がいい。エティ、君もきちんとオスカーと話をするんだ。子供扱いせずに。ここにいる事は問題無いし、君の事は漏らさない。と言っても君はアメリカに私と同じタイミングで連絡を送ったみたいだが」
「子供扱いって……」
「そうね。オスカー、ゆっくりここの生活に慣れて、前とちょっと違う事を勉強しましょう」
さっぱりオスカーには意味が分からなかった。さっきまでシラの家で、シラと喋っていたのに。ペンスにお菓子を作って貰っていたのに。何もかもどこかに行ってしまった。いつか家の外に行きたいと思っていたはずなのに、オスカーの頭の中は、この白い家と一緒で真っ白だった。
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第三章 生き残った男の子
ペンスとシラと話せなくなる前のオスカーだったら、家以外の場所に連れて行って貰えるならなんだってすると思っていた。でも、今のオスカーはすぐにだって家に帰りたかった。
ここにいる今なら分かった。簡単な話でオスカーは世間知らずだったのだ。オスカーが教えて貰っていたのは、母親とペンスが話す平和で優しい世界だった。でも世の中はそんなに優しくも単純でも無いらしい。
オスカーはまずは人に教えて貰わないで色んな事を知ろうとした。つまり、母親、禿げ上がった頭の魔法使い、年老いた屋敷しもべの事だ。母親は色々面倒になったのかオスカーに敷地から出るな以外に何も言わなくなったから、双子の屋敷しもべにお願いして、魔法界の新聞を読むことにした。
『プルウェット一家が襲撃される。一人死亡』
『ホグワーツ、パトロール隊、闇祓いの配置を容認』
『魔法省職員十七人が六月から行方不明』
『聖マンゴ魔法疾患傷害病院にて集団誘拐事件発生。四人が行方不明』
『魔法省、抜き打ちで七邸宅を捜査。手がかり無し』
『複数の生徒がホグワーツから各家庭に退去、一部授業の継続に問題』
『例のあの人、現れる。ボーンズ一家惨殺』
『ヨーロッパ各国大使集団失踪事件、各国はイングランドから大使を国外退去』
『バグーノルド魔法大臣、遅すぎる魔法法執行部、闇祓い局の権限強化』
大量の新聞、ここ数か月の新聞をオスカーは読みに読んだ。マグルに対する事件なんて言うのはずっとあるのだが、最近になると純血の一家を襲撃して殺人だとか、魔法省職員の行方不明、誘拐のような記事が多くなる。そしてどの新聞にも書かれている事は共通している。
ヴォルデモート、そう呼ばれる魔法使いと魔法省は戦争状態にあるらしい。新聞でさえ、ヴォルデモートと言う名前をオスカーは数年前の新聞からしか見つけることは出来なかった。名前すら魔法族達は恐れているのだ。
「オスカーお坊ちゃま。お便りです!!」
「オスカーお坊ちゃま。連絡!!」
「いい方から教えてよ」
「ティロ、ドネの方がいいお便り」
「ドネはおバカバカ、ご主人様からの連絡が先」
「ティロ、ティロはお坊ちゃまの事を何もご存知で無い。お坊ちゃまはご主人様がお嫌い。ご友人のお便りがお先」
「ドネはおバカバカ。お坊ちゃまはおふくろうのおローガンが好き。ドネが運ぶのはおバカバカ」
この白くて無駄に眩しい家のどれもオスカーは好きになれなかったのだが、唯一嫌いになれないのはこの二人だ。少なくともこの二人はオスカーに悪意なんて全く無いし、大人みたいに変な隠し事はしない。それに何か月もいて、やっとオスカーは二人の性格の違いも分かって来た。
「シラからのは?」
「ほら、ティロがおバカバカ。こちらですオスカーお坊ちゃま」
「ありがとう。読みながらティロの話を聞くよ」
「もったいないお言葉!! オスカーお坊ちゃま!!」
「ドネ、ティロが話す番!! 帰って来たので魔法の練習をしないか? ご主人様はオスカーお坊ちゃまにそう言う!!」
「ティロ、ありがとう。分かった。中庭に行くよ」
「お言葉もったいない!! ご主人様にお伝え!!」
「おずるい!! ドネもお聞きした!!」
シラからの手紙をローガンが運んで来てくれた。シラはオスカーがいきなりいなくなった事に戸惑っていたみたいだが、オスカーが手紙を出すとちゃんと返してくれた。でも、手紙をシラと交換すると余計に会いたくなるし、手紙だと一回のやり取りに凄く時間がかかってしまう。それにペンスの事を思い出してオスカーはペンスと喋りたくなって仕方なくなるのだ。
手紙の内容はいつも通りだ。魔法界の事、マグルの世界の事、最近あった事、未来の、つまりホグワーツにいったらどうするかと言う事、そういう事ばかりだ。オスカーは手紙の中でシラに自分が今どうなっているか全部は書けなかったし、魔法界がどうなっているのかも書けなかった。書いてもシラにはどうしようも無い。怖がらせてしまうだけだ。
でもそれだとまるで母親がオスカーにそういう事を教えなかったのと同じ気がしてしまう。返信を書くときにいつもそう思ってしまうのだ。だから今日も返信は夜に書くことにして貸してもらっている杖を持って中庭に行くことにした。ローガンは夜の方が飛びやすいし、何より、オスカーはちゃんと考えてシラに返信を書きたかった。言葉と違って、文字は相手にも自分にも届くのが遅いのだ。
中庭に着くともうキングズリーがいた。オスカーよりずっと背が高くて百九十くらいあるだろう。肌の色は黒くて髪が無い。でも鼻筋とかそう言うのが母親と似ているのはオスカーにも分かった。
「やあ、オスカー。この前から一週間かな?」
「五日だけど」
「そうか、どうも夜勤すると時間の感覚がおかしくなってしまう」
オスカーはこの闇祓いがあんまり好きでは無かった。むしろ嫌いだった。理由とか聞かれてもオスカーは困ってしまうだろうがとにかく好きでは無かった。でもどうもキングズリーの方は逆らしい。ドネとティロと同じくらい、キングズリーは家にいるとオスカーに構いたがった。
「闇祓いの仕事は?」
「闇祓いの仕事にも残念ながら休みはあるわけだ。今日のマグルの大臣の護衛は別の人間が行っている。じゃあ、前に教えた妨害の呪文のコツだけれど……」
「もう出来る。インペディメンタ 妨害せよ」
闇祓いとは文字通り、闇を払う仕事だ。つまり闇の魔法使い、ヴォルデモートやその手下、父親なんかと戦うのが仕事なのだ。だから魔法界でも一部のエリートしかなれない仕事だし、このキングズリーもそのエリートだった。
オスカーの放った緑色の光線は飛んでいる蝶に当たり、しばらく蝶の動きが遅くなった。キングズリーはそれを見て笑顔になった。オスカーはそれでまたちょっと嫌になった。キングズリーを喜ばすために魔法を学んでいるのではないのだ。
「オスカー、この呪文は本当なら五年生の闇の魔術に対する防衛術で教える呪文だ。だから今できる君は凄いという事なんだ」
「キングズリーはいつできたんだ?」
「私かい? 私はホグワーツの一年生だったかな? 決闘クラブで覚えた呪文の一つだった気がする」
じゃあ別に大したことはないとオスカーは思った。キングズリーと一年しか変わらないという事だ。同い年の時にキングズリーが闇払いに教えて貰っていたらオスカーと同じように出来ただろう。なのに褒めてくる。そう言う所も嫌いだった。
「次は何の呪文にしようか? アクシオ、ディフェンド、レダクト当たりかな?」
「全部出来る。基本呪文集の三巻までは母さんに教えて貰ったし、四と五はここで覚えた。アクシオ 羊皮紙 レンガ 来い!! ディフェンド 裂けよ レダクト 粉々」
呪文で呼び寄せた羊皮紙をディフェンドで裂き、レンガのブロックをレダクトで砕く。これまでは母親の言うペースに合わせて呪文の発音や理論をオスカーは勉強していたが、別に呪文だけ使う練習をするのならなんと言う事は無かった。むしろオスカーは自分が母親のペースに合わせていたことに改めて自分で気づいたくらいだった。つまり、これまでがゆっくりしすぎていたのだ。
「オスカー、もしかすると私がなんでも褒めているとエティに誤解されるかもしれないから言っておくが、これは凄いことだ。私がホグワーツの先生なら君の寮に五十点は加点するだろう」
「でもキングズリーは一年生の時に出来ているんだから大したことじゃない」
「なるほど…… イライザもそうだが…… 自分より出来る人間に教えると言うのは難しいものだ…… この年で初めて思う事だ。じゃあ何か覚えたいことはあるかな?」
「何も言わないで魔法を使いたい」
オスカーがこの家に来て思った事はいくつかある。取られないモノが必要なのだ。家も屋敷しもべも友達も、おバカで何も知らなくて、杖も振れないなら簡単にどこかに行ってしまう。だから取られないモノをまず手に入れないといけない。その一つが自分で理解して覚える事なのだ。つまり、考え方とか魔法とかそういう事だ。それがあれば、いつかは取られ辛くすることが出来るし、取られてもすぐに取り返せるようになるはずだ。
「イライザの妹もそれぐらいだとか言っていたが…… あれは本当だったのか。てっきり妹バカが進みすぎたと思っていたんだが…… オスカー、それは無言呪文と言われる技術だ。魔法族でも一部の人しかまともに出来ないし、今の君が使えるようになっても、魔法力の大きさから大した効果は出なくなってしまう。それでもいいかな?」
「もともと大人みたいな効果は出ないからいい。教えて欲しい」
「そうか、じゃあアメリアに教育虐待と言われないくらいにやって行こうか。最初は単純な呪文で、理論や認識と体の動かし方の連動を……」
そんな風にシャックルボルト邸での日々が過ぎていった。オスカーが出来るのは魔法を覚える事くらいだったのだ。キングズリーがいる時はキングズリーに教えて貰って、母親とはちょっと勉強する時間は減ったけれど、それも続けて、ドネやティロの相手をして、シラと手紙でやり取りする。
いくらオスカーが焦っても、どう考えてもシラやペンスと会える術が無い。オスカー自身のためにも、シラやペンスのためにも、無理やり会っても意味が無いのだ。そう母親とキングズリーに言われたし、オスカーもそれを理解していた。だから、意味が無くても、ちょっとづつ色んな事を覚えて、自分のモノを増やすしかないのだ。周りを変えられないなら自分をなんとかするしかない。いつか周りを変えられるようになるまでじっと待たないといけないのだ。
「カエルばっかりだ」
「オスカーお坊ちゃま。カエルがお好き?」
「ご主人様はカエルおバカバカ!!」
オスカーはハロウィンの次の日、朝から温室にいた。この屋敷には中庭があって、そこに大きな温室が二つある。片方には面白い魔法界の植物が沢山生えていて、先々代、つまりオスカーの曾祖父が作ったものらしい。
ㅤそしてそうじゃない方の温室にはありえない位色んなカエルがいた。ヒキガエル、ウシガエル、虹色のカエル、爆発するカエル、周りを凍らすカエル、ガラスを食べるカエル、ヘビみたいなカエル、触ると腕が二倍になるくらい腫れるカエル、歌を歌うカエル、この温室はカエルの楽園なのだ。
「カエルおバカ?」
「ご主人様はカエルはお好き!! お屋敷にいらっしゃるとカエルのお世話ばかり!!」
「だからカエルおバカバカ!! でもお坊ちゃまが来たからカエルおバカバカじゃない!!」
カエルの温室はキングズリーのモノだという事らしい。オスカーは不意に考えが湧いた。オスカーがいくら暴れて、汚い言葉で言っても、壊したモノは魔法で元通りになるし、口なんていくらでも魔法で黙らせることが出来る。でも生き物はそうでは無いのだ。
「キングズリーはこのカエルが大切なんだ?」
「ご主人様はお仕事をおくだされない!! でもカエルはお仕事!!」
「ご主人様はカエルしかお金としもべは使わない!! カエルおバカバカ!!」
この温室を滅茶苦茶にしてしまったらどうなるだろう? そうしたらオスカーが今思っている事、つまり、シラやペンスに会えない事だって、母親やキングズリーに伝わるかもしれない。大切なモノに会えない体験は辛いモノだとオスカーは経験して初めて知ったのだ。だから大人だってそうならないと分からないのかもしれないと思ったのだ。
「何匹いる?」
「三百七十七匹!!」
「だからカエルおバカ!! ご主人様のお部屋はカエルのご本ばかり!!」
カエルたちはのんびりしている。動く虫とかをたまーに咥えたり、温室の壁に張り付いたり、ぴょんぴょんビオトープの中を跳び回ったり、大きな自動で動く霧吹きの下で集会みたいに集まったりしている。どいつもこいつもオスカーがそんな事を考えている事なんて知りもしないのだ。もちろんカエルは喋ることは出来ないのだから辺り前なのだが。
でも、そういう風に見てしまうとオスカーはそんな事する気は無くなってしまった。
「こいつらは外に出たいのかな?」
「カエルはお出たくない!! ご飯たくさん!! 危なくない!!」
「お屋敷と一緒!!」
ティロの言う通りだ。お屋敷と一緒だ。ご飯は出てくる、危なくない、だからカエルは文句も言わずにここにいる。そういう事だ。なのに突然オスカーが出て来て危ない場所にしたらダメだろう。これではやっていることが大人と同じだとオスカーは思った。
「ご主人様ご帰宅!!」
「忘れ物? ティロが行く!!」
「ずるい!! ドネが行く!!」
「キングズリーが忘れ物?」
突然二人はそう言って姿くらましで消えた。オスカーは知っていた。キングズリー・シャックルボルトは忘れ物なんかしない。忘れ物したら屋敷しもべに取りに行かせればいいし、そもそも単純な間違いをほとんどしない。オスカーは自分がシラや母親よりそういう事をしない人間だと思っていたが、キングズリーはもっとそういう単純な間違いをしない人間だと見ていて思っていた。そして間違いをしても余裕を持って対応できる大人だ。だから嫌いなのだ。
オスカーも広間に行く事にした。姿現しをして入ってくるのなら玄関から広間に行くはずだ。いつも通りならだが。
「本当に? キングズリー…… 信じられないわ」
「本当だ。すでにゴドリックの谷には闇祓いと惨事部の部員が出そろって確かめている。記憶の再現からして彼が滅びたのは間違いない。ただ、滅びた理由が分からない事と彼の杖が見つかっていないようだし、どうも子供はダンブルドアが連れ出したらしい」
広間の中から声が聞こえる。母親、ヘンリエッタとキングズリーの声だ。オスカーはやっぱり何か起こったのだと思って中に入った。広間の奥のソファーで二人が喋っているようだ。屋敷しもべの姿は無い。もしかすると二人が下がらせたのかもしれない。
「だとすると……」
「エティ、先手を打った方がいい…… オスカー?」
「おはよう。母さん。キングズリーも」
先手、先手とは何だろうか? 逃げるための先手だろうか? でもオスカーは二人を手伝う事も出来ないだろう。オスカーの魔法など、杖を使ったとしても成人の魔法族と比べるべくも無いのだ。
「エティ、私の予想だが、彼は賢い。もう知っているはずだ。そして多分だが……」
「オスカー、ペンスを呼んでくれる?」
「ペンスを? でも……」
「いいから、呼んでくれる?」
オスカーはペンスを呼びたくなかった。ペンスを呼んで出てこないと会えない事をいやでも認識させられるからだ。
「ペンス」
「はい。オスカーお坊ちゃま」
バチッと言う音がして目の前に足をついて完璧な礼をしている屋敷しもべが現れた。オスカーは思わずペンスに抱きついてしまった。この何カ月かずっとペンスに会えなかったのだ。抱き着くと家の厨房と同じ、いつも家に作ってあるイチゴのジャムと同じような匂いがした。
「オスカーお坊ちゃま。恐れ多いですから……」
「ペンス、あの人はもう家にいないのね?」
「はい。奥様。ご主人……」
「ペンス、自分を罰することをやめて」
オスカーから飛びのいて傍にある椅子を掴もうとしたペンスを見てオスカーは言った。何か父親に禁じられた事を言おうとしたのだ。屋敷しもべはルールを破ると自分を罰しようとする。ペンスはそれが弱い方らしいのだが、オスカーはあんまりそれを見たくなかった。
「ペンス、あの人はオスカーに全部渡すと言って出たのでしょう? あの人の事を言わずに答えて」
「はい。奥様。今朝、四時ごろ、お屋敷に来られて、全てオスカーお坊ちゃまのものだとおっしゃりました。ですから全ての魔法が解けております。魔法族に対しても、マグルに対してもそうです。先代様からの魔法も解けております」
自分の物? どういう意味なのだろうか? ペンスの言い方では今日の朝までは父親が家にいたと言うのだ。だと言うのに自分の物になるのだろうか? だって父親は死んでも捕まってもいないのだ。母親は? オスカーはついて行けなかった。
「やっぱり賢いな。エティ、バーティは確実に彼の家を捜索するはずだ。先回りした方がいい。捜索隊も荒っぽい人間が行くかもしれない。闇祓いならいいが、全員の統制が取れるわけでは無い。特に価値がある物は先回りした方がいい」
「魔法もかけ直さないといけないわ。魔法関係の動物や植物がある場所にマグルが入れるようになってしまっているはず。キングズリー、手伝ってくれる?」
「ああ、今すぐ動いた方がいい。死喰い人達も動いているはずだ」
二人の大人が何を言っているのかオスカーには分からなかった。家に戻るのだろうか? そもそも何が起こったのだろうか? でも、二人は深刻そうな顔をしているし、今、質問をして返ってくるだろうか?
「オスカー、家に居てちょうだい。絶対に家から出てはいけないわ。ミリベス。家からオスカーを出さないで。もし魔法族が来たら私かキングズリーの所へ。ペンス。私とキングズリーをドロホフ邸に連れて行って」
「かしこまりました。お嬢様」
「かしこまりました。奥様」
バチっという音が二回して、大人二人とペンスがいなくなり、代わりにミリベスが現れた。あっと言う間の出来事だった。ペンスと会えたことでオスカーは頭の中が一杯だった。またペンスと喋られるようになるのだろうか? シラとも?
「ミリベス。二人はどこに行ったんだ?」
「オスカーお坊ちゃま。分かっておられるでしょう? お二人はドロホフのお屋敷です。お坊ちゃま。朝食にいたしましょう。ドネ、ティロ」
「「朝ごはんでございます!!」」
ミリベスより高い声が二つ響き、ボンボン!! という音がしてテーブルの上に朝ごはんが並ぶ。オスカーがこの家で好きなシャクシュカとかオジャとかいう名前のオムレツがトマトソースで煮込んであるような料理だ。でもとても朝ごはんを食べられる気分では無かった。
「オスカーお坊ちゃま。いかが?」
「クスクスの方がいい?」
「ティロがシュクシャカの方がいいって言った」
「今日は良い日だからこの方がいいってドネが言った」
「食べるよ」
あんまりオスカーはミリベスが好きでは無かったが、やっぱり双子の屋敷しもべの事は嫌いになれなかった。もちろんペンスほど好きでは無かったが、二人はオスカーがお礼を言うと凄く喜ぶから嫌いにはなれなかった。
「そうだ。いい日ってどういうことなんだ?」
「おや? お嬢様からお聞きになりませんでしたか?」
「何も聞いてないよ」
「今日は良い日!!」
「闇の帝王がお倒れ!!」
「ご主人様達のお勝ち!!」
「ご主人様もお暇!! 結婚相手をお探し!!」
思わずオスカーもスプーンを落としそうになった。闇の帝王が倒れた? 闇の帝王とは例のあの人のことだ。つまり、ヴォルデモート卿のこと。誰が? 父親もキングズリーも所詮はどちらかの腕利きの魔法使いでしかない。誰もヴォルデモート卿に勝てるなんで思っていなかったはずだ。
「ミリベス。倒すって誰が?」
「日刊預言者新聞の号外が出ています。ドネ」
「ゴドリックの谷でございます!!」
「ハリー・ポッター!!」
渡された新聞には文字が踊っていて、完全に破壊された家の写真がある。
『生き残った男の子』
『例のあの人、倒れる』
『闇の帝王はいずこに?』
『戦争の終わり』
『ハリー・ポッターは何者か?』
そんな見出しがある。読んで見ると内容はこうだ。昨夜、ゴドリックの谷にあるポッター家を例のあの人が襲ったらしい。例のあの人はポッター夫妻をずっと追っていて、遂にその場所がバレたのだ。その理由は予見と言う、未来を予言する魔法だと言われているらしい。なんでも予見によれば例のあの人を唯一倒せるのが、ポッター夫妻の息子かもしれないのだと言う。だからわずか一歳の子供を例のあの人は狙ったのだ。
結果として、ポッター夫妻、ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターは死亡、息子のハリー・ポッターは生き残ってアルバス・ダンブルドアと言うホグワーツの校長に保護されたらしい。
「なんで誰も倒せないのにヴォルデモートは死んだ? それとも死んでいない?」
「オスカーお坊ちゃま。その名前を口に出されるのはおやめください。オスカーお坊ちゃまはいずれは素晴らしい魔法族になられますが、今はそうではありません。そして我々はお坊ちゃまほどその名前を聞く勇気が無いのです」
「分かったよ。でもなんで?」
「分かりません。ご主人様にお聞きすれば大方の予想をお話頂けるかと。そしておおよそそれは正しい。ですから、ご主人様が戻られたら、オスカーお坊ちゃまがお聞きください」
その日はオスカーも色んな予想をして二人を待った。
オスカーの考える予想はいくつかあった。実はハリーが凄く強い魔法使いで赤ちゃんでもヴォルデモートに勝てるくらい強いのかもしれない。流石にあり得ないだろうか?
他にも実はハリーはアルバス・ダンブルドアと言うヴォルデモートも恐れる魔法使いがかけた罠で、ハリーに魔法をかけると凄い魔法がかかってヴォルデモートは死んでしまうのかもしれない。この方があり得そうな気がオスカーはした。
いくつも色々案が浮かんだが、ミリベスの言う通り、キングズリーに聞いた方がいいだろう。キングズリーは闇祓いで戦い方も、魔法省の情報だって知っている。何よりこの家で一番賢いのだからキングズリーに聞くのが一番だ。オスカーはキングズリーは嫌いだけれど、賢くないなんて思っていなかった。
魔法ラジオはブリテン島各地の様子を中継していて、どこもお祭り騒ぎらしい。あちこちでパーティをしたり、マグルの面前で堂々と魔法の話をしたり、果ては流星群を花火代わりに打ち上げているらしい。
ㅤでもミリセント・バグーノルド大臣はパーティを楽しむ権利を奪わせないと言って、今日だけは魔法族がお祭り騒ぎをすることを許したと言う。オスカーはずっと広間で二人の帰りを待った。ペンスにもシラにも会えると思ったからだ。
「アメリアに法廷証人をお願いして、裁判時の戦略を考えておこう。それに先にシャックルボルトと縁のあるウィゼンガモットのメンバーに話を通しておくべきだ。議長はダンブルドアだから心配は要らないはずだが」
「そうね。先にその辺りを押さえておくしかない。今日の夜には魔法省が踏み込むんでしょう?」
「ああ、その件で私は外されるだろうが、ガヴェインならそこまで強権的にやらないはずだ」
昼前にやっと二人は帰って来た。ペンスは一緒では無かった。オスカーには何の話をしているのか分からなかったし、とにかく色んな事を聞きたかった。
「ミリベス、ご飯にしてちょうだい。ああ、オスカー、ちょっと話は待って」
「すまない、先に私は局へ向かう。何かあればまた連絡する」
「お嬢様、こちらへどうぞ。ご主人様、行ってらっしゃいませ」
「こちら!!」
「ませ!!」
キングズリーはそのまま姿くらましで消えてしまった。魔法省に出勤したのだ。よく考えればヴォルデモートがいなくなったら闇祓いだって忙しいのだろうから、母親に付き合っていたのがおかしかったのかもしれないとオスカーは思った。
かなりオスカーの母親は疲れた様子だった。最近はいつも難しい顔をしているのだが、いつもにましてそんな顔だった。ヴォルデモートは母親からすれば敵なのに、どうして難しい顔になるのかオスカーには分からなかった。
「早く言えって顔に書いてあるわ」
「書いては無いよ。なんでヴォル…… 例のあの人はいなくなったの?」
「さあ? キングズリーが言うには、考えられるのは少ないけれど状況的には彼の杖が逆噴射でもしなければこんな状態にならないと言っていたわね」
「逆噴射?」
「そう。あんな風にポッターさんのお家が壊れるのは、彼の魔法力が必要だろうと言うのと、彼を倒せるのはダンブルドア以外だと彼自身だから、ポッター家の誰かが彼の魔法を跳ね返したのではないかという事ね。ドネ、トーストをもう一つ」
「トースト!!」
「マーマレード!!」
なるほど。確かにその方がオスカーも納得できた。自身で倒せないのなら、相手の力を使うという事なのだ。魔法を跳ね返す方法が何か分からないが、もしそんな方法があるのならあのヴォルデモートだって倒せるのかもしれない。自身が強くなるのでは無くて、強い何かの力を自在に操るという事なのだろう。
「ペンスとシラ……」
「はいはい。まだあの二人には会えません。あの家には魔法省が捜査を行うから、それが終わるまでは入れない。なぜかは分かるでしょう?」
「父さんが悪いやつだから」
「まあそういうこと…… それに…… 裁判がある。私もあの人に協力していたかもしれないし、いずれあの人も捕まるだろうから、その裁判の後になるまで入れなくなるでしょう」
「裁判?」
裁判と言うと、シラが良く言っている、魔女裁判とかだろうか? つまり、その人が悪い事をしたのかしてないのか、悪い事をしたならどうやってその罪を償わせるのか、そういう事を決める事だ。
「母さんも裁判される?」
「ええ。もちろん」
「裁判って…… アズカバンに行くって事?」
「お母さんはそうならないかもしれないけれど、あの人はそうね」
そうならないかもしれない? つまり母親もアズカバンに行くかもしれない? 父親はアズカバンに行く? アズカバンとはイギリスの魔法族なら誰でも知っている恐ろしい監獄の事だ。魔法族の監獄、いまだかつて誰も脱獄出来たことが無いと言う。しかも吸魂鬼と言う、魂を吸う鬼が看守をしているのだ。
「あなたは裁判を見たい? オスカー?」
「僕が?」
「ええ、キングズリーが言うにはあなたはその年にしては賢いから、隠し事はできるだけやめてあげて欲しいといつも言うのね。そこのミリベスにも言われるのだけれど」
裁判、裁判とはどんな風にするモノだろうか? どこでやるのだろうか? 魔法省だろうか? 連れて行って貰って何が出来るのだろうか?
「じゃあ見たい。見ないと分からないし、魔法省に行ってみたい」
「ならそうしましょう。ほら、オスカー、ちゃんとご飯を食べて、今日はめでたい日なんだから」
「めでたい日?」
「そう。生き残った男の子に乾杯ってするの」
オスカーは母親がそんなに嬉しくもなさそうにグラスを挙げるのを見ていた。それはその年三回目の出来事だった。つまり、またオスカーの世界は変わってしまったのだ。
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第四章 魔法省
「先代様と同じお仕立てをしております」
「伝統!!」
「革新!!」
相変わらずドネとティロが何を言っているのかオスカーには分からなかった。とにかくオスカーが外出すると言うのでしもべ妖精三人は身支度に力に力を入れているらしいのだ。
体ピッタリで気持ち悪いくらいのローブを着させられ髪型も何だか後ろに引っ張るような感じに髪がピカピカ光るワックスできっちり固められてしまった。
「やれやれ。パーティに行くんじゃないんだけどね」
「ご主人様、オスカーお坊ちゃまは先代様のご職場に行くのは初めてでいらっしゃいますし、お知り合いの方と顔を合わせられるのは初めてですからきっちりしたご恰好で行かれなくてはなりませんよ」
「礼儀!!」
「マナー!!」
この家のヒエラルキーではミリベスが一番上だとオスカーも流石に分かっていた。でも裁判と言うのは恰好が重要なのだろうか? そしてこの家にいると聞く先代とか言うお爺さんにあたる人間の事もオスカーには良く分かっていなかった。
「もう行きましょうキングズリー。先に入っていて悪いことは無いでしょう?」
「そうだが、あんまり気持ちのいい空間では無いからね」
「省内でも休める場所くらいあるでしょう? ほらオスカーお行儀よくして。あなたが行くと言ったのだから」
オスカーは特に文句も言わず母親に手を繋がれたまま広間の暖炉の前まで行った。キングズリーが出勤するときと同じく暖炉に煙突飛行粉をかけて叫ぶ。
「魔法省!! 先に行っているよ。まずは杖の登録だ」
緑色の暖炉にキングズリーの姿が回転しながら小さくなって消えていく。オスカーもこの煙突飛行はしたことが無かった。
「じゃあ行きましょう。ミリベス、家のことはお願いね。魔法省!!」
緑色の火の中は熱くはないが暖かい。物凄い速さでどこかの家の暖炉からの景色が通り過ぎていく。それも回転しながら上、下、左右にそれが見えるのだ。オスカーはこんなスピードを体験したことは無かった。音だって耳が聞こえなくなりそうなくらいの轟音がする。
「ほらしっかり立って」
「えっ…… あ」
突然オスカーは石造りの地面の上に立っていて母親と繋いだ手で支えられていた。周りを見渡す暇もなく引っ張られて手を振っているキングズリーの方へ連れられて行く。
「まだダイアゴン横丁の店は半分も開いてないんだって?」
「そりゃあ店を開けようにも物が無いだろ」
「ゴドリックの谷は凄い人らしい。土産物屋まで出来ているそうだ」
「色んな旧家に捜査が入っているらしいが本当なのかねえ?」
色んな方向から声が聞こえて来て、右も左もローブを来た大人の魔法族達が歩いている。みんな新聞を読みながらだったり、隣の人とうわさ話をしたりだったり様々で、オスカーがこんなにたくさんの人間を見たのは初めてだった。
「外来受付は空いているみたいだ」
「魔法省勤めの人って朝早いわねえ」
オスカーが見たことが無い巨大な空間だった。天井はちょっと緑がかったブルーでそこに何か沢山の記号、恐らく古代ルーン文字に見えるそれが金色のタイルみたいにはめられて絶え間なく動いている。壁は黒壇みたいな黒い木がはめ込まれ、その下にいくつもオスカー達が出てきた金色の暖炉がはまっている。
左側の暖炉からは人が出てきて、右側の暖炉には人が列を作って入っていく。他にもこの巨大な空間、ホールらしき場所の真ん中には噴水があった。建物の中なのに噴水だ。
噴水の真ん中には金色の実際のモデルより大きいだろう像がある。恐らく魔法族の男女と思わしき二人が天に向かって杖を掲げ、その周りを二人を守るように、ケンタウルス、ゴブリン、屋敷しもべと思わしき像が立っている。
「こっちだ。まあ一応杖登録だね」
三人は黄金のゲートへと流れていく列から抜け出して左側の守衛と書かれた案内番の所まで行った。天井と同じ色、緑がかった青のローブを着た中年の魔女が座っていて、三人に気づいて読んでいた週刊魔女を下に置く。
「魔法大臣の護衛の闇祓い様がどうしたんだい? 何かうちのオーフォード辺りがやらかした?」
「裁判の付き添いでね」
「そういう事かい。こちらへどーぞ」
あんまりやる気の無さそうな声で魔女が言った。どうもこの魔女もキングズリーの事は知っているようだ。
魔女は細くてなんだかクネクネした長い金属の棒を取り出してオスカーと母親の体の前と後ろで上下させた。
「はいじゃあ杖をお願い」
母親が杖を差し出すと魔女は皿が一つしかない天秤のような真鍮の道具にそれを載せる。道具が震えはじめ、皿の下の台にある切れ目から紙が出てきた。
魔女は紙を破って文字を読み上げる。
「三十一センチ、一角獣のたてがみ、使用期間二十四年、間違いないね?」
「ええ」
「じゃあこの紙は保存。杖はお返しね」
「ありがとうね」
杖の登録が終わると三人は黄金のゲートに向かう魔法族たちの流れに乗った。ゲートの向こうは小さなホール…… と言ってもシャックルボルト邸の大広間くらいの広さがあった。そこには二十くらいの金の格子が並んでいてその後ろで足場みたいなものが上下に動いている。
「戦争関連の裁判は十号法廷だから右から七番目のエレベーターに乗ろう」
「あんまり人が並んでいないわ」
これがエレベーターという物だとオスカーは初めて知った。上からエレベーターが降りて来てまばらに人が乗る。他のエレベーターはパンパンだがこのエレベーターはお互いに離れる事ができるくらい空いている。
「当エレベーターは魔法法律評議会関連階にのみ止まります。一階、魔法大臣室、二階、魔法法執行部、三階魔法事故惨事部、八階、アトリウム、九階、神秘部、なお保安上の問題のためウィゼンガモット法廷のある十階には九階の階段をご利用下さい」
どこからともなくエレベーター内に声が流れた。落ち着き払った女性の声だ。オスカーはアナウンスでこの階が八階だと初めて分かった。そのままエレベーターはガタガタ音を立てて下って行きあっという間に目的の階に到着した。
「九階、神秘部がございます。魔法法律評議会会場となる第七法廷以降の法廷はこちらでお降り下さい」
下ったのに九階という事は九と言うのは地下九階なのだろうか? この階はさっきの階と違って人気が無く、壁は土が剝きだしで暗くドロホフ邸の地下に少し似ている。廊下の突き当りにある真っ黒な扉以外は扉も窓も無いのだ。
「下だね。左に階段があるはずだが」
「暗いわねえ。気分まで暗くなりそうよ」
何にも無いとオスカーが思っていた左の壁際に入り口が穴みたいに開いていた。そこから階段が続いている。階段とその先の廊下はさっきと違って床も壁も石造りで松明がずらっとかかっていていくつも重そうな木の扉があり、廊下と部屋を沢山の魔法族が歩いている。
魔法族は見た感じ赤紫のローブを着ている人とそうでない人に分けられるようだ。
「やあキングズリー、君がいるという事は大臣は……」
「いえ。コーネリウス次官、今日は別の用事で……」
「おおっと。これは、これは、エティお嬢さんお久しぶりだ。覚えていますかな? ほら、お父上の所で補佐官をやっていましたコーネリウスです」
「お久しぶりね。コーネリウス…… 今は偉くなっておられるんでしょう?」
「それはもうあの時のお父上の引き立てのおかげで…… あっちに行きましょう。裁判の付き添いでしょう? 今は私も惨事部の次官になりまして、部屋を用意するくらいならできますから」
オスカーから見ても人が良く見える笑顔で背の低くて小太りの男が駆け寄って話しかけて来た。周りの人と比べても変な恰好だ。細い縞のスーツ、真っ赤なネクタイ、ライム色の山高帽、暑いのかみんなが着ている赤紫のローブを脱いで肩に載せている。
「こっちですな。あー…… ようはその…… この一連の騒ぎ…… 裁判では沢山色んな家の方をお呼びしておりますから、こうして部屋もウィゼンガモットの傍に作っているわけで。バーティは仕事が切れるが中々そう言った面はあれでして。こういうのは大臣から私におはちが回ってくるわけでして」
「そうね。昔からあなたはそう言う所で頼りになると父も言っていましたから」
「これはお恥ずかしい。おっとこれは坊や、自己紹介が遅れた。申し訳ないね。君のお爺さんの知り合いなんだがね。コーネリウスと言う。よろしく」
「よろしくお願いします」
「ちゃんと挨拶できるなんて賢い。流石部長のお孫さんだ。ウチの甥に聞かせてやりたい」
オスカーはキングズリーの職場だから一杯知り合いがいるのかと思っていたのだが、どうにもミリベスたちの言う、先代の方が重要なのかもしれない。このコーネリウス? もオスカーからは味方に見えた。だってこの人はきちんとオスカーの方に目線を合わせて握手までしてくれる。
「でもコーネリウス。今日は私も裁判の当事者として呼ばれているからこんな部屋は……」
「お嬢さん。まったく心配ない。もちろんあー その、当事者としてはっきり証拠のある人間はすでに捕えられているからどうしようも無いが。あらぬ嫌疑をかけれられているきちんとした家の人は問題無い。マルフォイの家を初め、そういった人はきちんと証拠不十分で無罪となっています。むしろやっかみで色んな家の人間が沢山誤通報や誤逮捕されていて惨事部や闇祓い局はてんてこ舞いでして」
オスカーはなんだか大人は大人で話したげなので、ぎりぎり声が聞こえるくらい離れたソファーに座った。すると勝手に目の前のテーブルにココアが入っているマグカップが出てきた。もしかするとここにも屋敷しもべがいるのかもしれない。
「しかし、お嬢さん。私としては…… 昨日も誰だったか…… 確かスナイドとか言う家の子供が来ていて…… あまり勧めないがね。その辺りにいくらでもある家の子供ならまだしも特にシャックルボルトと言えば魔法界では名の通った名前ですからな」
「いえ。この子はちゃんと見る必要がありますから。自分がどう見られているのかくらい分からないといけないんです。それに自分で来たいと言ったからには自分の目で見ないと」
「いやあ。やっぱり部長のお嬢さんですな。私が口を出すことでは無かった。いかんいかん、他人の子育てには口を出すなと妻にも最近言われたところでして」
コンコンと扉が叩かれキングズリーがドアを開けに行く。扉から入って来たのは母親と同じくらいの年齢で片眼鏡を付けた魔女だ。ちょっと怖そうな雰囲気なのに母親と顔を合わせると途端に笑顔になった。この人は赤紫のローブを付けていない。
「エティ久しぶり」
「ああ…… アメリア。助かったわ。今日も貴方が来てくれなかったらここに来なかったかもしれない」
あんまりそんなことしそうにない二人なのに二人は他の人達を放っておいて抱き合っていた。オスカーにはこの人が時々母親のホグワーツでの思い出話にでるアメリアだと分かった。
「あー、今日はウィゼンガモットのローブを着てないのかね? アメリア?」
「ええ、コーネリウス。今日は二人の被告側証人として出る予定です。ですから除斥原因になります。すでにバーティには話を通してありますから」
「ほー、そういう事なのか、ならなおさら安心だお嬢さん。私が心配する意味など無いようですな」
さっきからちょっと緊張していたし、オスカーは何とか今日見たものの中の何かに自分で集中しようとしていた。例えばここがウィゼンガモット法廷だとかそういう事だ。ウィゼンガモット法廷は魔法省より歴史が古いと言う。じゃあ行ったとシラに言えばシラは羨ましいと言ってくれるかもしれない。
キングズリーは喋り相手がいないのかオスカーと同じソファーに座りに来た。この中だと一番若いから話し相手がいないのかもしれない。
「オスカー、しばらく時間がある。ここなら何か欲しいモノがあれば家と同じように出てくる…… もうココアを飲んでいたかな?」
「家…… あのローブの意味は? キングズリー?」
「ローブ? ウィゼンガモットのローブのことかな? 目立つからね。あのローブを着ている人がウィゼンガモット法廷のメンバーなんだ。つまり、魔法界の法律を作り、法律に従って処分を決める人の事だ」
やっぱりそうだった。つまり、父親の裁判をするのもあの赤紫のローブを着ている人たちだし、一応母親の裁判もあるのだろうからその裁判をするのも彼ら彼女らなのだ。
「キングズリーはそうじゃない?」
「もちろん私は違う。ウィゼンガモットのメンバーは魔法大臣や魔法省の各部の部長や次官みたいな偉い人、他にもホグワーツの校長であるダンブルドアのような魔法界に影響力のあるメンバーしかいないんだ。私はただの闇祓いだからね」
「魔法法律評議会とウィゼンガモット法廷は一緒?」
「君はやっぱり賢いな。その二つは違う。魔法法律評議会と言うのは、魔法省と例のあの人との戦争に直接かかわる内容を裁判する場所、ウィゼンガモット法廷はもっと色んな裁判を扱う場所なんだ。君とエティの裁判はウィゼンガモット法廷、お父さんの裁判は魔法法律評議会がすることになる」
「分かれている理由は?」
どうも違うものらしい。ならさっきファッジと言う人が言っていた、子供が見るべきで無いとか言うのは魔法法律評議会の事を言っているのではないかとオスカーは思った。だって片方の裁判とか言うのには自分が出るのだから、もう片方の事を言っているのだろう。
「戦争をしている間は早い決定と秘密にすることが大事だからかな。裁判をしている間に捕まえた人が取り返されてしまったり、捕まえた人間と取引をして、相手の事を喋って貰うにはウィゼンガモット法廷は大きすぎるし、動きが遅いし、開かれすぎている」
「大きいんだ」
「この地下の法廷はどれも大きい。見た目の大きさも、魔法界における意味としても。まあ君は自分の家やウチの家に慣れてしまっているから他の子供のように驚かないかもしれないが」
どうもオスカーが思う所は色々あった。つまり、オスカーからすればキングズリーはやっぱり敵なのかどうかという所だが、大人もキングズリーもそうは思っていない。裁判に母親も自分もかけられるらしいけれど、この魔法省という場所は母親とオスカー自身にとって味方のように感じられるし、ここにいる人たちもそう考えているように見える。
そしてこの魔法省とそこにいる人間の敵とは、つまり父親のことらしい。
「おっと。お嬢さん、アメリア、魔法法律評議会を先倒しするらしい。省内整理の会議の時間を作りたいように見えるが…… どうも最近のバーティは目の前の裁判よりも後の事ばかり考えているようだ」
部屋の上にあった穴から入って来た空飛ぶ紙飛行機を読んでコーネリウスがそう言った。何回か出てくるバーティとは誰だろうか? 偉い人物だろうか?
「オスカー。僕らも行こうか。もし、途中で見たく無くなったら私かエティに言えばいい。傍聴は親族か関係者に限られているが退席は自由だからね」
「挨拶が出来ていませんでしたね。オスカー君よろしくね。私はアメリア・ボーンズ。お母さんの古い先輩だから、その辺のおばさんと思ってくれていいですよ」
「キングズリー、アメリア、行きましょう」
アメリアもオスカーに目線を合わせて喋って握手してくれた。どの人も悪い大人とはとても思えない。この人たちの言う敵とは何なのだろうか?
大人三人が前で後ろにいるキングズリーに挟まれて移動する。廊下では沢山の魔法族達が同じように一つの部屋に向かっている。十号法廷と書かれており、法廷の前にはキングズリーと同じ格好をした魔法族が門番のように立っていて、通り過ぎる時にキングズリーと何か言葉を交わしていた。
「あちらの隅に行きましょう。日刊預言者新聞の記者が写真を撮るのはいつもバーティがいる方だから」
「それがいい。まーた私の山高帽についてどうでもいいコラムを書かれるのはうんざりだ」
部屋はオスカーが絵で見たことのあるピラミッドと逆の形をしている。つまり、オスカー達が入った扉は逆ピラミッドの最上段になっていて、最下部にあるもう一つの扉と数脚の椅子を囲むように段々がいくつも存在し、その一段一段にベンチがずらっと並んでいる。
一行は最上段の隅っこに並んで座った。部屋の中は埃っぽくて暗い。それにオスカーが良く見ると最下部の椅子には鎖がついている。あの鎖はやっぱり裁判をする相手を捕まえて置くものなのだろうか? 沢山の人たちがざわざわと何かを話しているが何を話しているのか人が多すぎてオスカーにはよく聞き取れないが、どこどこの家がとか、絶対おかしいとか色んな事を言っている。
「静粛に、これより第四十九回魔法法律評議会を始めさせて頂きます。議長は魔法法執行部部長、バーテミウス・クラウチ。その他の出席者については魔法法律評議会にて定められた全ての出席者の出席を確認済み。法廷書記官は私、アマナ・カラス。上記出席者及び法廷書記官の名前は本議会の内容と共に議事録として魔法法執行部にて永久に保存されます。では議長」
「始めさせていただく。では連れてこい」
重々しい音を立てて最下部にある扉が開いた。五人の人影が入って来た。いや、その言い方はおかしかった。大人の男が一人、人間のようなものが四人。フードで顔を隠し、まるで肉が腐ったみたいな手、足が無いみたいにスルスルと空中を滑っている。そしてオスカーは体の芯が寒くなっていくみたいな感覚があったが隣にいた母親がオスカーをギュッと抱き、二人をもう片方にいたアメリアがまた抱いた。
あれはきっと吸魂鬼だ。魔法動物の本でオスカーは見たことがあった。人間の幸福を吸い取る生き物。人では無い。そして魔法使いの監獄であるアズカバン監獄の看守をしている。けれど二人はそんな事でオスカーを抱き寄せたわけでは無い。髭も髪も見たことないほど手入れされておらず、酷い目の隈をしていて、最後に見た時よりずっと痩せているがあれはオスカーの父親だった。こちらを見るどころかその眼は一人に当てられている。議長と呼ばれた男。ここに父親を連れて来させた男。バーテミウス・クラウチにだ。
「アントニン・ドロホフ」
さっきまで座っていたクラウチが立ち上がった。オスカーは母親とアメリアの間から部屋の中を見回した。気のせいでは無く、吸魂鬼から感じた寒さ以上に部屋全体を何かの感情が覆っている。それは部屋全体を包んでいて、立ち上がったクラウチも、鎖で椅子に繋がれた父親からも感じられる。これは怒りだった。それもオスカーが見たことも感じたことも無いくらい全員が怒っている。オスカーは吸魂鬼以上にそれが怖かった。二人に包まれていなかったらきっと顔に出ていたに違いない。
「お前は魔法法律評議会に出頭している。この評議会はお前に評決を言い渡す……」
「バーテミウス・クラウチ!! 我々は敗北していない!! お前たちは偶然勝ちを拾っただけだ!!」
父親がこんな顔でこんな大声を出すのをオスカーは聞いたことが無かった。それを聞いて一瞬、部屋の中で色んな人がビクッと震えているのをオスカーは見た。母親もそうだった。けれどその後、一瞬で酷薄な笑いが部屋の中を包んだ。笑っていないのは一部の人間だけだ。この部屋のほとんどの人間は何がおかしいのかオスカーの父親を薄ら笑っている。
「お前の罪状は極悪非道であり、この評議会でも類のないほどの犯罪である」
「ミリセント・バグノールド、バーテミウス・クラウチ、アルバス・ダンブルドア。お前達は分かっている。お前たちは負けていた。我々は負けてはいない。あの方がいなくなっただけだ。ゆえにあの方が戻られればお前たちは負ける」
「お前の罪に対する証拠の陳述はすでに昨日終わっている。お前は集団でもって、ギデオン・プルウェット宅を襲撃し、プルウェット夫妻に重傷を負わせた。さらにはギデオンの弟であるフェービアン・プルウェットを殺害した」
殺した。オスカーの父親は人を殺したらしい。人を殺すとはどういう事だろうか? 悪い事だろう。ふくろうのローガンはよくウサギやネズミを殺してオスカーの所に持って来て褒めて貰ってから食べる。ウサギやネズミと人では何が違うのだろうか? そもそも食べるわけでも無いのにどうして人を殺すのだろうか?
「さらなる罪状も存在している。お前はボーンズ一家殺人事件、マッキノン家襲撃事件への関与、複数の闇祓い、パトロール隊を始めとした魔法省職員への殺人未遂、傷害、拷問容疑への関与、逮捕時の闇祓いへの殺人未遂、傷害の容疑、さらには複数の非魔法族への拷問容疑、お前は間違いなくこの評議会においても類を見ないほどの凶悪犯罪者である」
殺人、殺人未遂、傷害、拷問、それも数えきれないほどの相手だと言う。何のためにそんな事をするのだろう? オスカーは父親が家でそんな事をしているのを見たことが無かった。父親はオスカーとほとんど喋らなかったし、思い出などローガンを見つけた時くらいのことだった。
「我々は必ず戻る。あの方は必ず戻って来る。お前たちは必ず負ける。アズカバンに放り込むがいい。我々は必ず褒美を受ける。我々はお前達と我々を裏切った人間に必ず罰を与える」
「お前は名前を言ってはいけないあの人の腹心の部下であり、お前の罪はあの人の罪そのものに匹敵する。お前たちが振りかざした暴力、残酷さ、冷酷さ、我々はその罪をお前に償わせる。ここで陪審の評決を取る。これらの罪は、アズカバン監獄における終身刑に値する。この男にこの罪を与えられないのであれば誰にもそれは与えられないだろう。少なくとも私はそう信ずるが、それに賛成の陪審員は挙手願いたい」
地下牢のオスカーから見て右手に並んだ魔法族達が一斉に手を挙げた。誰一人として手を挙げない人間はいない。そして部屋全体から拍手が巻き起こった。部屋のどの顔も皆、笑っている。オスカーはこんな顔をしてる人間を見たことが無かった。ボードゲームに勝った時の母親の顔では無い。さっき大人達がしていた怒りに満ちた顔でも無い。クラウチがさっき言った言葉、暴力、残酷さ、冷酷さ、その色をオスカーは大人たちの顔から見た。オスカーが今、感じているのは吸魂鬼がこの部屋に入った時に感じた恐ろしさでは無い。なのに、部屋は間違いなく彼らの熱で熱くなっているのに、オスカーは吸魂鬼よりずっとそれが恐ろしかった。父親の顔よりずっとだ。
「バーテミウス・クラウチ。少なくともお前の時代は来ない。そして我々は必ず戻る。最後に我々は勝ち、裏切り者と敵対する者は死ぬ。必ずそうなる。偶然は偶然で贖われる」
「連れていけ。アズカバンで腐り果てるがいい」
嘲笑ったり、指を指したり、唾を吐き捨てたり、立ち上がって父親の顔を見ようとしたりしている。オスカーはその顔を見た。同じ顔だ。みんな同じ顔をしている。見たことの無い形相だった。オスカーが知っている大人の顔と違う。屋敷しもべの顔とも違う。もちろん自分やシラの顔とも違う。残酷で、冷酷なのに喜びに満ちている。笑っているのに恐ろしい。吸魂鬼達はまるでそれを喜んでいるようにさえ見える。
「大丈夫? 終わったからいったん出ますか? エティ?」
「そ、そうね。オスカー……」
「出ない」
ほとんど喋る気が無かったのにオスカーの口からは勝手に言葉が出ていた。オスカーは気になった。この部屋の大人達はオスカーの父親以外にも同じ顔をするのだろうか?母親、キングズリー、アメリアはあの顔をしていなかった。コーネリウスは角度的に見えなかったが少なくとも立ち上がったり、何か言ったりはしていなかった。人間はあんな顔をする生き物なんだろうか?
「おお。坊ちゃん。流石、部長のお孫さんだ。肝が据わってますな? お嬢さん? 私なんぞいつもこういう裁判の雰囲気に飲まれてしまう。いやー、現場や裁判でビクビクするなと部長に何度言われたことか」
「ウィゼンガモットの一部メンバーもここにいるわけだから裁判まで時間はあるわけだが…… エティ?」
「いいでしょう。もう少しいましょうか」
少し待っているとまた何か準備が出来たらしく、クラウチの傍にいるあの書記官のカラスと言う人が何か書類を持ってきた。それにさっきと部屋の中の空気が違う気がする。さっきまでは怒り一色だった気がするのに、今度は困惑しているような、疑いや、怒りや、そう言った物がごちゃ混ぜに見える。
また最下部の扉が開く、でも今度は吸魂鬼がいない。シルバーブロンドでオールバックの男性、鉤鼻でちょっと髪がベトベトしてそうな若い男の人が入って来る。ブロンドの男性は堂々としており、若い男からは表情が読み取れない。二人は椅子に座ったがさっきみたいに鎖が二人を縛り付けたりはしなかった。
「ルシウス・マルフォイ。セブルス・スネイプ。お前達二人はデス・イーターの活動に関わる罪状で答弁するため、魔法法律評議会に出頭したのだ。お前達二人の証拠はすでに関係者から聴取している。これらの罪はアズカバンでの最低十年の禁固刑に値すると考えられる。まもなく我々の評決を行う。その前にお前達二人は何か答弁することはあるか?」
「バーテミウス議長。恐縮ですが、私に答弁の時間を頂きたい」
マルフォイがそう言った。オスカーはまた大人達の顔を見た。さっきと違う。いろんな顔をしている。特にさっき父親に評決を下していた右側の人間達の方を見る。やっぱり違う。さっきの怒りの顔をしている人間もいれば、そうでない顔、疑いの顔、不安の顔、安心の顔、色んな表情が見てとれる。
「ではマルフォイ。発言を許す」
「ありがとうございます。まあ…… 端的に言いましょう。私は闇の帝王自らの手によって服従の呪文にかけられておりました。その理由は明確かと。今回の私にとっては不幸としか言いようが無いのですが、私には微力ではございますが、祖先や私個人が魔法界に持つ影響力がある。それは知己の友人であったり、組織の理事と言う地位であったり、金銭であったりするわけですが…… どうも闇の帝王はそれを言うなれば…… 評価して、その結果として私に服従の呪文をかけたようですな」
一部で怒号が上がっている。でも他の場所では首を傾げたり、呆れた顔をしていたり、みんな様々だ。どうしてさっきの父親の時と様子が違うのだろうか? するとオスカーの前に座っているので顔が見えない老人二人の声が聞こえた。
「ダンブルドア。呆れた面の皮の厚さだと思わんか? え?」
「そうじゃの。全く、驚くべき厚さじゃ。わしのウールで出来た靴下の二倍は厚いじゃろう」
「見ていろ。あいつは次にすでに捕まったか、死んだか、もしくは我々が追っているデス・イーターの名前を上げる」
「ゆえにあー…… すでに一部の名前を申し上げたわけですが。最近になって思い出した服従の呪文をかけられていた際のデス・イーター達の名前も申し上げようかと。すでに私には開心術と真実薬で尋問頂いていますから、その後に思い出した名前となるわけですな。いやはや、闇の帝王は疑い深い、服従の呪文をかけた相手にすら忘却呪文を使うのですから」
服従の呪文とはたしか相手を思い通りにする呪文だ。忘却呪文は相手にモノを忘れさせる呪文。開心術と真実薬は、開心術は良く知らないが、真実薬は相手に本当の事を言わせられる薬だとオスカーは教科書で知っていた。
「イゴール・カルカロフ。ベラトリックス・レストレンジ。ラバスタン・レストレンジ。ロドルファス・レストレンジ。アントニン・ドロホフ。エバン・ロジエール。トラバースとマルシベール。こんなところですな。後は…… 先に言っておりましたが、闇の帝王がゴイル、クラップ、ノットに服従の呪文をかけ直しているのを私は見ております」
「ふん…… 忘却術を自らにかけて尋問をかいくぐる。マルフォイのやりそうなことだ。恐らく記憶も抜き出して保存しているだろう。ゴイル、クラップ、ノットも口裏合わせに違い無い」
「アラスター。仕方ないじゃろう。ルシウスがデス・イーターである証拠を我々は何一つ持ってはいないわけじゃ。疑わしきは罰せずとマグルの言葉にある」
記憶を自分で無くす? そんな事をするのだろうか? けど一部で怒っている人の顔を見るとそれは事実なのかもしれない。どうしてこんなに同じ死喰い人のはずなのにみんなの顔は違うのだろう? これでは全くもって何が本当か分からないのではないか?
「他に言いたい事はあるか?」
「いえ。ございません。本日、陪審員の方に公正で間違いのない採決を下して頂ければ、私は午後には堂々とダイアゴン横丁で買い物が出来ると考えておりますゆえ」
怒号と笑い声が両方部屋の中に響いた。何なのだこれは。オスカーは全く意味が分からなかった。裁判とは何なのか? いったいこの人たちは何を理由に人を裁いているのか?
「スネイプ。発言を許す」
「少なくともマルフォイ氏の発言は真実であると証言します。私個人についてはアルバス・ダンブルドアにその証明の一切をお任せします」
「ではダンブルドア」
クラウチがそう言えば目の前の老人が立ち上がった。背が高い。オスカーは家族以外の人間なんてほとんど見たことが無かったが、この老人は今日魔法省で見た中でもダントツで年上だろう。いったい何歳なのか想像もつかない。
「この件については先の証拠や証言で証明しておる。セブルス・スネイプは間違いなくデス・イーターであった。しかし、ヴォルデモートがゴドリックの谷で行方不明になる前から、わしに連絡し、自身の命に係わる危険を冒し、我々の密偵となってくれたのじゃ。ゆえにわしや皆がデス・イーターで無いのと同じく、セブルス・スネイプはデス・イーターではないと保証する。残念ながら、マルフォイ氏に関する発言についてはわしの知るところでは無いがの」
ヴォルデモートとこの人が言うと広間に少し衝撃が走っていたのと、さっきまで自信満々だったマルフォイの顔が発言を受けて少し怒りに染まった。そしてオスカーはこの目の前に座っている人物がアルバス・ダンブルドアであると知った。ホグワーツの校長で、ヴォルデモートに唯一対抗できる魔法使いだ。
「よろしい。では評決を採る。陪審員は挙手願いたい。ルシウス・マルフォイの禁固刑に賛成の者?」
右手を見る。半分もいかないくらいの人が手を挙げている。オスカーにはどれくらいの人が手を挙げれば有罪になるのかも分からなかった。
「よろしい。ルシウス・マルフォイについて、本評議会は本罪状においては無罪とする。次にセブルス・スネイプの禁固刑に賛成の者?」
また同じくらいだ。つまりこの二人は無罪だと言うことだ。また部屋の中が混乱した雰囲気になった。陪審員と二人を睨む人たち、ホッとしてそうな人、疑っている顔、そんな感じだ。ルシウス・マルフォイは笑っていて、セブルス・スネイプには表情が無い。オスカーにはこの裁判と言うモノがさっぱり分からなかった。ルシウス・マルフォイと同じようにすれば父親も無罪になったのではないか?
「エティ。出ましょうか。評議会は次の審理までに証拠の弁論等があります。その間は出入りがしにくくなるから」
「そうね。オスカー」
オスカーは母親のいう事に従って外に出た。見た感じその辺にマルフォイとスネイプと言う人はいない。あの下にあった入り口はどこから出入りできるのだろうか? 正直、オスカーの頭の中はさっきの裁判の内容で一杯で、次にある、ウィゼンガモットでの裁判なんて全く頭の中に無かった。
何か色んな人が来て、母親やキングズリーに話しかけていた気もする。それで気づけばオスカーは母親と一緒にさっきと違う法廷の前にいた。十号法廷と書かれていて、鉄の錠前が付いており、黒々としていて厳めしい門だ。けれどさっきの法廷と違い、ある意味で活気がある。幾人も人が列を作って並んでいて、十分とか十五分くらいごとに交代で中に入っては出て行く。あっと言う間にオスカーと母親の番が来た。
「では着席して貰えるかの」
中はほとんどさっき入った法廷と一緒だったが、さっきと違って四方全部に人が座っているわけでは無く、前方にだけ人が座っている。五十人くらいいて、みんな赤紫で左の胸にWのマークがあるローブを着ている。左上の端に座っているコーネリウスがあくびをしながらオスカーと母親に手を振っていてる。そしてオスカーは気づいた。オスカーと母親に座る様に言ったのはさっきスネイプをデス・イーターで無いと言った人物。アルバス・ダンブルドアだ。
「懲戒尋問、十二月六日開廷。ではラーレ書記官殿」
「はい。国際機密保持法の違反事件並びにデス・イーターの活動に関わる事件。被告人、ヘンリエッタ・ドロホフ、参考人、オスカー・ドロホフ。住所、スコットランド・ハイランド・アクリノ・一番地」
あの家の住所は一番地だったらしい。たしかどの手紙もドロホフ邸で届いていたから正式な住所なんてオスカーは初めて知った。そして、どうもさっきの法廷と雰囲気が全く違う。このウィゼンガモットのメンバーは笑っていたり、眠そうにしたり、なんかこっちに手を振ってきたり、どうにもさっきの敵意に満ちた裁判と違う。それにあのクラウチと言う人もいないみたいだった。
「尋問官、ウィゼンガモットチーフウォーロック、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア、法廷書記、ラーレ・カラス。被告側証人、キングズリー・シャックルボルト、アメリア・スーザン・ボーンズ」
二人の後ろからキングズリーとアメリアの二人が出てきてオスカー達の横の椅子に座った。ダンブルドアはあのクラウチや陪審員達と違って柔らかい笑みを浮かべている。
「被告人罪状は以下の通り、被告人はデス・イーターの活動に関わる事件にて魔法法律評議会にて有罪となったアントニン・ドロホフの妻であり、夫の犯罪を理解しながら、その身柄を長年にわたって匿い、その犯罪に協力した疑いである。また被告人は被告人らが在住するアクリノ地区は被告人の住居を除き、非魔法族の居住地区であると十分に認識し、熟知していながら、非魔法族の居住地区全体に対して、位置発見不可能呪文並びに関連する保護呪文を行った。これは、『国際魔法戦士連盟機密保持法』第十三条の違反に当たる。では議長」
「被告人はヘンリエッタ・ドロホフ、住所、スコットランド・ハイランド・アクリノ・一番地に相違ないかの?」
「はい」
犯罪を理解しながら。つまり母親は父親が魔法族を殺しまわって、マグル、シラと同じような人たちを拷問して回っていたと知っていた。という事だろうか? そもそもいつからそういう事をしていたのだろうか? オスカーが生まれる前からずっとなのだろうか?
「さて、まずはデス・イーターの活動に関わる事件についてじゃが、この件については被告人側の証人の証言を聞きたいと思うておる。ではキングズリー・シャックルボルト殿にお願いしようかの?」
「はい。ありがとうございます。先に私と被告人の関係を説明します。私と被告人は従姉弟の関係にあります。また、私は被告人と被告人の夫が指定したもしもの際における参考人の管財人、後見人となります。次に私自身についてですが、魔法省魔法法執行部闇祓い局にて勤務しています。この前提で証言を行います」
「あいわかった。ではお願いできるかの」
「はい。被告人から私の下に接触があったのは今年の七月七日となります。接触の方法は手紙であり、内容は被告人自身と参考人を私の家、もしくは闇祓い局等のデス・イーターの影響が及ばない場所に避難させることでした。接触の日の夜、アクリノに対して被告人が行使した保護呪文の中で、私と屋敷しもべは被告人、参考人と実際に接触し、二人を自宅へと保護しました。自宅へ保護した理由につきましては、現在の私の自宅が、元々、被告人の生家であった事、及び、当時は魔法省内に置いても内通者の危険等が存在していたためです」
ウィゼンガモットのメンバーはなんか口々に言っている。例のあの人が倒れる前だとか、そもそも裁判に引っ張り出して来たのがおかしいだとかそういう事だ。それにオスカーは父親と母親がキングズリーに自分の事でそういう取り決めをしていた事を初めて知った。
「その後、被告人が被告人の夫や、デス・イーターの一団に対して接触するような傾向はあったかの?」
「いえ。ありませんでした」
「では被告人に質問するが、何故、7月7日と言う時期に避難をしたのか聞かせて貰えるのかの? わし個人としては、この時期はデス・イーターとこれまでで一番厳しい攻防があった時期であり、デス・イーターは常に優勢に立っておった。にもかかわらず劣勢であった側に避難した理由を聞きたいわけじゃが」
オスカーはさっきの法廷のメンバーやクラウチの言い方とダンブルドアやその後ろにいるメンバーがちょっと違うことが分かった。さっきは父親が我々は優勢だったと言っていて、それをあざ笑っていた、なのにここにいるメンバーたちはそれを認めているようだった。
「はい。決定的な理由としては、ここにいるこの子と、この子の友人になった、アクリノ村にいたマグル生まれの魔法族との関係が夫の仲間に見られた事にあります」
「アクリノ村にいたマグル生まれの魔法族とはシラ・グヴィン殿で相違ないか? この人物の名前は確かにホグワーツの入学名簿に浮かび上がっており、両親が魔法族では無いことは確認済みじゃが」
「はい。相違ありません。このような時勢でしたので、私達はこの子をほとんど外に出さずに育てていました。このため、この子が私や屋敷しもべや父親に黙って、魔法を使える同年代のマグル生まれの子供と遊ぶのを、私は夫に言わずに見守っていました」
「しかし、それがデス・イーターの一団に見られたと言うのじゃな?」
「はい。それを確認したので、屋敷しもべに夫以外の人間達が何を話しているのかを監視させました。会話の内容は不明な部分もありましたが、この子と友人の関係を利用して、少なくとも彼らと夫の力関係を動かそうとするような会話。つまり、この子の友人を誘拐して、マグルと夫がつながりがあると例のあの人に報告する等の会話がありました。ゆえに、私はアクリノ村全体に保護呪文をかけ、夫に連絡を残し、生家であるシャックルボルト邸にこの子を連れて戻りました」
誘拐、誘拐されたらシラはどうなるのだろう? オスカー自身のようにシャックルボルトの屋敷から出れないとか? でもそんなものでは無いのだろう。オスカーにだって分かった。さっき聞いた言葉やさっき大人達がしていた表情、感情、それがシラに向かうのではないだろうか? 殺人、傷害、拷問、誘拐、暴力、冷酷さ、残酷さ、オスカーにでも分かる。それは邪悪そのものだ。
「なるほど。なるほど。さてさて、次にヴォルデモートがいなくなった後の話を聞こうかの?」
このダンブルドアは全く恐れもせずヴォルデモートと言う。父親やあのクラウチでさえそう呼ばないのにだ。オスカーはそもそもヴォルデモートと言う名前をほとんど聞かずにここまで来たから、大人が一体何をそこまで恐れているのかは分からなかった。でもこの色んな人たちをアズカバン監獄に送れる人間達ですら、その名前を恐れている。
「闇祓い局の記録を見るに、闇祓い局とパトロール隊、事故惨事部はアクリノ村に11月2日に踏み込み、在住しているマグル達、被告人宅にいた屋敷しもべに簡単な取り調べとその後の忘却呪文を行い、被告人宅から証跡となりそうな物品を一部押収しておる。と言ってもヴォルデモートやその一味の逮捕の手掛かりとなるような証跡は見つかっていないようじゃが」
今、ダンブルドアは何と言ったのだろう? あの村に住んでいる人たちと屋敷しもべ、ペンスに魔法省の人が捜査をしたと言ったのだろうか? 捜査とは何なんだろう? オスカーにはさっぱり分からなかった。だってあの村の人は父親のことなど知らないだろう。ペンスもそうだ。だって父親はほとんど家に帰ってこないのだから。
「さて、この踏み込み自体は被告人から、証人二人を通して闇祓い局に通報が入り、その結果として被告人宅に捜査を行ったわけじゃが、これは被告人、証人共に相違ないかの?」
「ありません」
「ありません」
「相違ありません」
これはあのヴォルデモートがいなくなったと言う日の事を言っているのだ。ハリー・ポッターがどうのこうのでいなくなった日の事だ。あの日、大人達はみんなどこかへ一度行ってしまった。そしてまたペンスと会う事が出来たのだ。
「ここでわしには疑問がある。どうして保護呪文が切れたのかという事じゃ。そしてその切れたと言う事実について、三人はそれをどうして知りえたのか? わしはここが被告人が避難を決定した理由に次ぐ、本件の論点だと思っておる」
「議長、私から説明してもよろしいでしょうか?」
「では被告側証人にお願いする」
「はい。ありがとうございます。被告側証人、アメリア・スーザン・ボーンズです。職業は魔法省魔法法執行部、及びウィゼンガモットのメンバーでもあります。被告人とは数十年来の友人の間柄です。さて、どのように被告人が保護呪文の解除を知ったのかについてですが、それには明確な証跡がありました。まず、事実として、被告人の夫は闇の帝王がいなくなった日の夜、彼が所有権を持つ全ての物件について、参考人に魔法契約上の相続を行いました。よって被告人の夫が行使した保護呪文は被告人の夫が所有者で無くなった時点で効力を失い、同時にその妻である被告人についても、魔法契約上の共同所有権を無くしたため、アクリノ地区への保護呪文も効力を無くしました。この魔法契約上の相続が参考人に行われたという証跡は簡潔に証明されました。つまり、屋敷しもべ妖精の所有権が被告人の夫から参考人に移ったことが確認されたためです。逆説的に被告人と証人は保護呪文の解除を屋敷しもべ妖精の相続によって知った。これが事実です」
なるほどなるほどとダンブルドアも含めてウィゼンガモットのメンバーは納得しているようだ。オスカーには言っている事の半分くらいしか入ってこなかった気はするが、ここにいる人たちはこのアメリアのいう事を相当に信用しているに違いない。
「さてさて、他に何か質問したいことはあるかの? 逆に被告人、証人の側から何か申し立てたい事はあるかの?」
ダンブルドアが法廷を見回した。やっぱり魔法族達はさっきの法廷と全く違い、かなり面白そうとか、可哀想とか、退屈そうみたいな顔をしていた。さっきの法廷と全く違う。オスカーにはさっぱり分からなかった。いったい何を根拠に人は人を裁いているのだろう?
「ふむ…… ところで参考人殿…… オスカー・ドロホフ殿。もうわしとしては閉廷しようかと思っておるわけじゃが。大人に勝手に連れて来られて何も喋らないと言うのもどうかと思っておるわけじゃ。何かこの爺やご年配の方々に言いたい事はあるかの?」
ウィゼンガモットのメンバーの目がオスカーに集まった。ファッジなんかはこっちにまた笑顔で手を振っていて、ダンブルドアはいたずらっぽい笑みを浮かべている。オスカーには分かった。どうも母親は無罪放免という事らしい。大人はこういう事をするのだ。つまり冗談という事だ。オスカーは冗談を言うような気分では無かった。でも大人はそれを求めているらしい。
「参考人のオスカー・ドロホフです。被告人の息子です」
「おお。分かっておるよ。それで何か聞きたい事はあるかね?」
オスカーのキングズリーとアメリア風の自己紹介はウィゼンガモットのメンバーに結構受けていた。ファッジなど隣に座っている年配の魔女になんか言って笑いながら自慢しているように見える。
「この裁判に関わることでないとダメですか?」
「もちろん、なんでもいいとも。ここにいるのはイギリス魔法族の頭脳とでもいうべき人たちじゃから、数少ない前途ある魔法族の子供の質問には何でも答えてくれるはずじゃ。わしを含めての。もちろん、わしらの脳みそが腐っていなければじゃが」
「ありがとうございます。被告人の夫が、名前を言ってはいけないあの人に服従の呪文をかけられたと言って、自分でやったことの記憶を忘却呪文で自分で消したのなら、被告人の夫はルシウス・マルフォイ殿とセブルス・スネイプ殿と同じく、無罪になりましたか?」
ざわざわが広がって、母親とアメリアとキングズリーがこっちに目を剥いている事が分かった。なのにこのダンブルドアと言う人はまだあのいたずらっぽい笑みを消していない。ファッジなんか口をあけて驚いてますという顔をしているくらいなのに。この笑みを消してやろうと思ったのに全く上手くいかなかった。大人はいつも分かっていますと笑うのだ。オスカーはそれが気に入らなった。
「そうはならぬ。何故か分かるかの?」
「分かりません」
「そうかの? 分かってはおらぬか? 何か思いつくことはあるかの?」
「被告人の夫がそれをしないからですか?」
「その通り。ゆえにそうはならぬ。さて、評決を取ろうと思う。被告人を無罪放免とすることに賛成の者?」
手が上がっていた。全員の手が上がっている。いつの間にか立ち上がって後ろにいたアメリアの手がオスカーと母親を叩いていた。
「有罪に賛成の者?」
誰も手を挙げなかった。ダンブルドアは相変わらず笑っている。何がおかしいのだろうか? でも、なんて言えばいいのか、大人が良くする何でも知っていますと言う笑いとちょっと違う気がした。本当に悪戯に成功したから笑っている。そうオスカーには見えた。
「では無罪放免じゃ。被告人、証人、参考人はご苦労じゃった。寒い故、気を付けてホグワーツ入学まで過ごしてくれればと思う。では次の審理に移ろう」
母親と一緒に退廷しながら考えた。これが大人のやり方なのだ。オスカーは今日見たことを忘れないと思った。父親の顔も、あの裁判にいた残酷で勝ち誇った大人達の顔も、狡猾にすり抜けていった死喰い人二人の顔も、そしてあのダンブルドアの顔もだ。自分はまだまだ子供で何も分かっていないのだ。オスカーはちゃんと見ていたし、自分がどういう風に見られているのかちゃんと分かっていた。大人にならなければならないのだ。
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第五章 帰宅
オスカーはずっとこの時を待っていた。つまり、自分の家に帰れる日の事だ。白くて眩しくて周りには綺麗に刈り込まれた庭園がある家はオスカーの家では無かった。寒くて暗くて鬱蒼とした木々に囲まれた家がオスカーの家だった。
「ペンス!! あれ? ペンス?」
「オスカーお坊ちゃまお帰りなさいませ」
キングズリーがこの家にもついて来ている事がオスカーは気にいらなかったがそんな事はどうでも良かった。ペンスやシラと喋れるというだけでもシャックルボルト邸の百倍いいに決まっていた。
「あれ…… ここのタペストリーは?」
「新調させて頂きました。魔法族の方がいらっしゃらない間にいくつか模様替えさせて頂いております」
「ふーん……」
オスカーは喋っている母親とキングズリーの方を見た。ペンスはオスカーに嘘をつかない。けど大人と一緒で理由まで言わない事はある。そして母親やキングズリーであればオスカーが帰る前にペンスに何か言うくらいするだろう。
「流石にいくつか変わっているわ。まあどれがどれか私も覚えていないけれど」
「魔法がかけられたモノや隠し通路がありそうな場所には闇祓い達が手をかけているはずだが……」
やっぱりそういう事に違い無い。オスカーは二人の会話を聞いて確信した。ペンスのお菓子を久しぶりに頬張って、一人で館の中を見て回る。色んな場所に前はあった物が無くなっている。それはオスカーが昔に頭をぶつけた鏡だったり、書斎にあった本であったり、自分の部屋に置いてあったシラとの手紙だったりした。
特に手紙の類はオスカーの手紙だけじゃなくてどの部屋からもそういうメモや手紙が消えていた。そしてペンスや母親は覚えてはいないかもしれないが、オスカーからすれば思い出が残っている物もいくつか無くなってしまっていた。
忘れないようにオスカーは無くなったと気づいた物を部屋で覚えているだけメモを取った。魔法省に取られたモノに違い無い。いつか返してもらえるのだろうか? 多分、そうでは無いとオスカーは思った。
「ペンス」
「オスカーお坊ちゃま。ここに」
「自分を罰することを禁じる。父さんや母さんやキングズリーや他の大人に僕に言う事を禁じられている事でも言うように命令する」
「オスカーお坊ちゃま…… そのような……」
アメリアはオスカーに屋敷やこのペンスの権利が渡ったと言っていたはずだ。つまり、他の人の命令よりオスカーの命令にペンスは従うという事になるはずだった。あのアメリアと言う女性はオスカーが喋った中でも凄く賢い人のはずだ。だからこれは正しく命令出来ているに違いない。
「魔法省の人はこの家で何をした?」
「何をされたかと言いますと……」
「まず、何を持って行ったんだ?」
「それは…… ご主人様…… いえ…… 申し訳ございません。ご主人様は……」
「いいよ。父さんの事をご主人様で、めんどくさいし…… その事で言い間違いとかがあっても、これから自分を罰する事を禁じる。それで、何を持って行ったんだ?」
ペンスからオスカーは持って行った物を聞き出した。父親の秘密の書斎は見つけられなかったくせに、昔から家にあったはずの、カーペット、時計、鏡なんかの大きなマジックアイテム、やっぱり手紙や珍しい本の類、庭に生えていたいくつかの魔法植物、庭にいた何匹かの魔法動物、いくつかの魔法薬の原料、そういう物を魔法省は家から持ち出したらしい。
「申し訳ございません。それらはオスカーお坊ちゃまの財産でした。それをペンスは……」
「ペンス、自分を罰する事を禁じる。ペンス、持っていく時に、ペンスはどうしてたんだ?」
「事前に奥様とキングズリー様から魔法省様にご協力するようにお願いを頂きました。しかし、ペンスめとこのお屋敷はオスカーお坊ちゃまの財産なのです。ですから、沢山のお屋敷の財産を守られねばなりません。しかしペンスめは……」
「ペンス、自分を罰する事を禁じる。自分を傷つけることは全部禁じる。それで?」
「ペンスめはオスカーお坊ちゃまの財産をお守りすることが出来ませんでした。魔法省様の方々は沢山の成人の魔法族でした。申し訳ございません。ペンスめは……」
「自分を罰する事を禁じる。どうなったんだ?」
はっきり言ってオスカーはもう大人も魔法省の人も信じてはいなかった。嘘ばかりだ。話のつながりも滅茶苦茶だ。大人達はやりたいようにやっているのだ。そしてオスカーや子供に説明もしない。いや、違う。無茶苦茶だと分かっているから出来ないのだ。オスカーはそれを理解していた。
「ペンスめは魔法省様の方々に持ち出すことをやめるように言いました。しかし、魔法省様の方々はペンスめを杖で封じて……」
「杖で封じたってどういうことだ。インカーセラス? ステューピファイ? インペディメンタ?」
「杖を使えるのは魔法族のみなのです。オスカーお坊ちゃま。ですから魔法族の方がしもべ妖精を封じる時は体を動かないようにする必要が……」
「じゃあペトリフィカストタルスだ。全身金縛り呪文だ。そうじゃなきゃインカーセラスだろ。だってペンスがそれを覚えているんだから」
「ペンスめの体は魔法族様の方々の呪文で動かなくなり、ペンスめはオスカーお坊ちゃまの財産を守ることができません……」
「自分を傷つける事を禁じる。方々って言った。何人かで魔法をかけたんだな……」
インカーセラスは紐で相手を縛る呪文、ステューピファイは相手を失神させる呪文。インペディメンタは相手を少しの間留める呪文。ペトリフィカストタルスは相手を金縛りにする呪文だ。簡単な話だった。魔法省の人間なんてペンスの事などどうでもいいのだ。これが人間だったなら違う態度を取ったのかもしれない。でも、重要なのはオスカーからすれば無理やりそういう事をあの人たちがやったという事だ。
秘密の書斎が見つからないという事は父親のやっていた事など何も魔法省の人間は見つけられなかったのだ。こんなのはただの嫌がらせでしか無かった。なんでもかんでも理由を付けて持って行くのだ。何の意味があるのだろう?
︎ ︎︎ ︎ ︎ ︎ ︎だいたい、父親はほとんど家に帰っていない。だから外でやっていたことの証拠なんて全くあると思えなかった。もしあるのであればとっくにオスカーが気づいているに違いないのだ。だってこの家の事を一番知っているのはずっとこの家に閉じ込められているに等しいオスカーなのだから。
「分かったよ。ペンス。今、喋ったことを他の人に喋るのを禁じる」
「かしこまりました。申し訳ございません。オスカーお坊ちゃまの……」
「いいよ。ペンスまで盗られなくて良かった。シラの家に遊びに行くからなんかお菓子を作ってよ。ティラミスとかシュークリームとか卵をつかったやつがいい。シラはああいうお菓子の方が好きなんだ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ずっと外に出たいと思っていたのに。違う家に連れていかれて、気づけば色んなモノが無くなってしまった。オスカーは自分が持っているモノなんてほとんど無いと思っていたのに、それを何でもかんでも持って行かれてしまった気分だった。
ペンスにお菓子を貰って、大人には何も言わずに外に出る。いい加減、オスカーはうんざりだった。閉じ込められる事にも、大人のいう事に従って嫌な事になるのも、誰かと会う事にさえ誰かの許可がいるのもだ。
シラの学校が今も変わっていないなら、彼女はこの曜日なら家にいるはずだ。走って庭と森を抜け、彼女の家の前まで来て、オスカーは何と言って家の扉を叩けばいいのか分からなかった。他の人の家の扉を叩くとき、何と言えばいいのだろう?
「オスカー?」
「え? あ……」
まごまごしているオスカーの目の前にシラの顔があった。オスカーから見ると相変わらずくたびれたシャツを着ている。なんだか目をパチパチしてオスカーの方をぼんやり見ているようだった。
「オスカーだ……」
「そうだよ。今日、戻って来たからこっちに来たんだけど……」
「ほんとにオスカーじゃないか。お母さんいないから入って大丈夫だよ」
シラの家に入る。オスカーの家ともシャックルボルトの家とも違う匂いがする。マグルが使う洗剤だったり、何かの料理の取り置きの匂いだったりだ。相変わらず、彼女の家の古いれいぞうこなるものはブーンと低い音で唸っていて、てれびなるものはこまーしゃると言うモノを流していて、オスカーはいつも彼女が母親とごはんを食べているだろうキッチンに案内された。
「うーん…… なんか……」
「なんか?」
「えーっと…… 大丈夫…… あれ? 今日戻って来たのかい? じゃあエティさんも一緒?」
「そうだよ。母さんと…… 母さんのいとこも一緒なんだけど」
「オスカーの手紙にあったイングランドにあるお家の人だよね?」
「そうだよ」
ちょっとオスカーが想像していた再会とは違った。何よりもシラの様子がおかしい気がする。時々、目が何もない場所を見ている気がするし、なんなら額や頭も押さえている。
「頭が痛いとか?」
「え? うーん…… さっきまでこんなの無かったんだけど…… なんだかぼんやりしてるって言うか…… オスカーがいつ帰ってくるのかなって思っていたんだけれど…… お母さんが言う低血圧ってやつなのかも……」
「ていけつあつ?」
「そう…… 朝とかなんか頭がはっきりしなかったり、めまいってやつがしたりするんだけれど…… うーん……」
どう見てもシラの具合がいいとは言えなさそうだった。出直した方がいいだろうか? けどこのまま一人にするのもどうなのだろう? 明らかに彼女の様子はおかしいのだ。
「さっきまではそんな事無かった?」
「え? うーん…… さっきまではそのオスカーがローガンに持たせてくれて送ってくれた魔法史を読んでて…… なんかこんな眠い感じじゃないんだけど…… せっかくオスカーが帰って来たのに……」
「ペンス」
「はい。オスカーお坊ちゃま」
「あ…… ペンスさん……」
もう完全にシラはテーブルに肘をついて自分の頭を抱えている。オスカーは残念ながら他の大人が思っているように馬鹿では無かった。むしろ彼自身が思っている何倍くらいかは他の子供より察しが良かったし、頭が回る方だった。
「ペンス、シラは調子が悪いみたいだからウチに連れて行って、母さんかキングズリーに診て貰いたいんだけど」
「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま、シラお嬢様と手を繋いでいただけますか?」
「分かったよ。シラ」
「え? えーっと……」
ペンスとシラと手を繋ぐ、体が体の真ん中に押し込められるような感覚があり、気づくとオスカーとシラは二人でオスカーの家のどこかの寝室にいた。姿くらましだ。
「寝てていいよ。眠いって言ってたし」
「ここ……? オスカーのお家なのかい?」
「そうだけど…… 母さん呼んでくる。これ、お菓子だから食べていいよ」
部屋を出て二人がいるだろう広間に向かう。いったいどうしたのか? けどそういう事よりも重要なのはまずはシラが楽になることでは無いだろうか? 残念ながら杖を使えないオスカーには何も出来はしなかった。エピスキーと言う相手を癒す呪文を知ってはいても使えはしないのだ。
「オスカー。勝手に外に出たわね。それでシラちゃんは?」
「あっちの肖像画の前の部屋だけど」
「そうねえ…… まあ女の子だからって事もあるかも知れないけど……」
「大丈夫だよ。ここに来れば魔法的な何かだとしても聖マンゴまで十分もあれば連れていく事が出来る」
その後はシラを二人に診て貰ってオスカーは部屋の外で佇んでいた。子供に出来る事なんてほとんど無いのだ。さっきだってペンスがいなければこの家にシラを連れてくることだって難しかっただろう。オスカーがシャックルボルト邸に来てから、そして魔法省に行ってから思うのはそんな事ばかりだった。
「あらオスカー。入ってこなかったわね?」
「入っても何も出来ないし」
「シラちゃんは大丈夫よ。あれは忘却呪文の副作用。魔法省の忘却術士は魔法省とそれに関わる記憶を消そうとして、私やオスカーの記憶もちょっと消したのでしょうね。大方、魔法に関わる記憶をイメージして消そうとしたんでしょう。だからオスカーに会って、ちょっとぼんやりしていただけね。すぐ治るわ」
「記憶を消した? シラの?」
「そう。捜査に関連する記憶なんて要らないでしょう?」
オスカーには母親の言っている事がしばらく頭に入ってこなかった。消した? 記憶を? ぼんやりして部屋の中に入ってシラと喋ったことは覚えている。オスカーはシラに貸す教科書を取って来ると言って自分の部屋に戻った。
しばらく自分の椅子に座って、オスカーは何がどうなっているのか分からなかった。父親の裁判を見た時もそうだったし、突然、シャックルボルト邸に連れてこられた時もそうだった。オスカーには自分の頭の中がいきなりそれに全て埋められてしまって何がどうか分かっていなかった。
部屋のチークの机が冷たかった。信じられない位にオスカーは自分が怒っていると分かった。頭の中で何かが燃えて体の中に流れ出ている。そのせいなのか手が熱い。熱いと思った瞬間に手を置いていた机が凍り付いた。
記憶を消したのではない。忘れさせたのではない。盗まれたのだ。オスカーはそう感じていたし、そう自分が考えている事に気付いた。父親も、この家も、ペンスも、シラも取り上げられた。ちゃんと帰って来たのは家とペンスだけだ。帰ってこなかったのは父親と、家の色んなモノだけでは無かった。
考えている額が、頬が、手の平が熱くて、オスカーの体が触れている場所から色んなモノが、部屋そのものが凍り付いていった。
カチカチと言う音でオスカーはやっと部屋のほとんどが凍り付いている事に気付いた。ローガンが窓の桟にとまってオスカーに向かい心配そうにくちばしを鳴らしていた。ギリギリ、部屋の氷は窓までは達してはいなかった。
ローガンを窓まで迎えに行き、ちょっと凍り付いているベッドに座ってオスカーはローガンを抱いた。ふわふわとしていて重さがあって暖かい。自分の体が熱いのにローガンが暖かい気がするのがオスカーは不思議だった。
体と頭の熱と、頭の中を一杯にしていたモノが少しずつ引いていって、オスカーの頭の中に色んな考えが現れて消えて行った。
どれも母親やキングズリーに解決できないモノばかりなのだ。自分は父親の仲間が何を話しているのか理解できていなかった。母親は正しい事をしたはずなのだ。キングズリーはそれを手伝っただけだし、魔法省とウィゼンガモットのメンバーは当然の事をしただけのはずだ。
でももっと上手くやれたはずだ。オスカーはそう思った。母親やキングズリーやあのダンブルドアみたいに、何でも分かっていますとばかりの笑顔で、オスカーに出来ないことを、オスカーに出来ない考え方で、もっと上手く出来るのが大人では無いのか?
もっとシンプルで、スマートに、上手くやれば、オスカーは自分の色んなモノが盗まれなかったのではないかと思うのだ。だって大人はそういうものでは無いのか? だから子供に色んな事をさせないで、杖を与えず、考えを聞かず、閉じ込めているのだから。
でも、それだと永遠にオスカーは大人の言う通りだと思った。大人はもっと上手くやれたと自分が思うのは、自分が大人で無いからなのだ。そう思っている限り、大人の代わりにもっと上手くやることも出来ないのだ。
「ローガン、杖が欲しい。僕ならもっと上手くやるよ」
ローガンはホーと鳴いた。そう、上手くやらないといけない。そうでないとこのローガンだって盗まれてしまう。もっと勉強して、もっと練習して、色んな人と喋れば、父親や他の色んな大人よりずっと上手くやれるようになれるはずだ。はずではなくてなれるようにならないといけない。オスカーはそう思った。
シラをあんまり放っておくわけにもいかなかった。オスカーは文字通りに解凍されつつある部屋から、何冊か本を抜き取った。シラにまだ貸していない魔法史の本であったり、さっき盗られたモノが何か探していた時に見つけた、ホグワーツや魔法界に関する歴史の本だったりだ。本についた霜を拭きとってさっきシラがいたはずの部屋に行く。中から三人の声が聞こえる。
「じゃあ私の何十年モノか分からない制服をあげましょう」
「え? で、でもそんなの……」
「いいの、いいの、ミリベスがね…… ミリベスって言うのはウチの…… 実家の屋敷しもべなんだけど、毎年ものすごい数の私の制服を用意するものだから、沢山あるの。ネクタイを変えればいいからアレを仕立て直して貰いましょう。オスカー、本を探すのに随分時間がかかったのね」
「ローガンにエサをあげてた」
「見た? アレは嘘を言っている顔。眉がこうなってるとそうなの」
相変わらず、シラは母親がなんか苦手…… と言うより、なんかこう…… 逆に尊敬とかそういう風に見ているようにオスカーは感じた。もしかするとシラは大人が苦手なのかもしれない。
「はい。魔法史の四巻、ホグワーツ創設の歴史とその背景、ウィゼンガモット法廷の光と闇ってやつ」
「さっそくお勉強? 遊んでくればいいのに」
「そうか…… じゃあシラ、ウチを案内するよ。家の中を案内したこと無かったし」
「え? お、お願いします?」
オスカーはシラに家の中を案内した。さっきと違ってシラは頭が大分とはっきりしているらしく、色んな事を聞いてくる。オスカーは思った。大人がもっとマシで頭が良くて柔らかいならこんな事、ずっとずっと昔から、何度も何度も出来たはずなのだ。
「肖像画…… 寝てる?」
「ああ。父さんのお爺さんのお爺さんらしいけどずっと寝てるんだよ。僕は二回しか起きてるのを見たことが無いんだ。二回ともわしのボルシチは? って言ってた」
「ロシアとかウクライナとかポーランドの方なのかい?」
「そうじゃないかな? ほら、バカみたいな髭と変な服してるし」
「そ、そんな事ないと思うんだけど……」
一階の説明、つまり広間、ほとんど寝てる肖像画、いくつかの客間、書斎、キッチン、お風呂なんかをオスカーはちゃんと案内した。
シラはまず広間の広さに驚き、私の家が四つ入ると言った。流石に二つくらいだとオスカーは思ったし、キッチンではペンスが食材を飛ばしながらお菓子を作るのをキラキラした目で見ていて、書斎では魔法史の本から引きはがさないと次の部屋に行けなかった。
「二階に行く前に先にこっち」
「こっちって何も無いじゃないか?」
「この階段の裏を叩くんだ」
オスカーが階段の裏にある大理石に埋まっている化石のような模様を決まった順番で叩くと、床が動き出して地下に向かう階段が現れた。シラは目を丸くしている。オスカーはこういう顔をもっと沢山見れるとずっと思っていたのだ。彼女にあった時からずっとだ。
「ここは……?」
「ここは父さんの秘密の書斎だよ。多分、母さんは知らない。ペンスと僕しか知らない」
「え? じゃ、じゃあ入っちゃダメだよ。大人の部屋に入るのはダメなんだ。オスカーが怒られちゃうよ」
「いいよ。ここを押すと階段は元に戻るんだ。ペンス、ここに来たことを母さんとキングズリーに言う事を禁じる」
「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま」
「え、ええー!? ど、どうしたんだいオスカー? は、反抗期とか?」
「反抗期って?」
階段を元に戻す。元々この地下の書斎はランタンで魔法の火が灯っていてオスカーは消えたのを見たことが無い。それにこの書斎を見つけてから、ペンスとオスカーはその事をずっと他の人に言わないことにしていた。ここには色んなモノがある。と言ってもオスカーが前に見た感じ、父親のモノと言うよりも、オスカーのお爺さんにあたる人の物ばかりに見えた。だって明らかに前の世紀の手紙とかそう言うモノばかりだし、手紙は英語では無い言語で書かれているモノばかりなのだ。
「反抗期って言うのは、大人とか親に反抗する時期の事だよ」
「マグルにはそう言うのがあるんだ。僕はマグルじゃないけど、その反抗期かもしれない」
「自分で反抗期だって普通は言わないものなんじゃないかな…… 分からないけれど」
「でもそう言うのじゃ無くて、母さんとキングズリーがいない場所で話したかったんだよ」「秘密って事?」
「そんなに秘密じゃないけど…… はい。これ日刊預言者新聞って言って魔法界の新聞だよ」
オスカーが渡したのは日刊預言者新聞。その一面の記事は特別管理になった囚人達とあり、狂暴そうな顔をした囚人達がこちらを睨んでいる。どれもこれも人を何人も殺して、拷問してそうな顔だ。そしてオスカーにはどいつもこいつもバカで愚かな大人の顔そのものに見えた。
「凄い。やっぱり新聞の写真も動くんだ……」
「で、これが僕の父さんだ。この間までこの屋敷の所有者だった」
「え……」
上段右から三番目の男をオスカーは指した。アントニン・ドロホフ。フェービアン・プルウェットを殺害した罪。その他多数の傷害、拷問容疑。アズカバン監獄にて終身刑と書かれている。シラは新聞とオスカーの顔を行き来して何が何だか分からないという顔だった。
「母さんは僕とシラにここにいる奴らが何かすると思ったから、村全部にこいつらが入れないように魔法をかけて、僕と一緒にキングズリーの家に行ったんだ。だから会えなかった」
「お、オスカー、私、何が何か分からないんだけれど……」
「僕も馬鹿だったから知らなかった。魔法界には…… ヴォルデモートって言う、名前も言ってはいけない恐ろしい魔法使いがいて、その魔法使いと、魔法族の政府の魔法省は戦争していたんだ。父さんはそのヴォルデモート、例のあの人とか、闇の帝王とか大人は言うんだけど、そいつがホグワーツにいた時からずっと仕えてた。ハロウィーンの日にそいつはいなくなった。だから魔法省が戦争は勝って、そいつに仕えてたバカな大人はみんな捕まったんだ」
シラの目線はまたずっと新聞とオスカーの顔を行き来するようになった。オスカーは大人からシラにそういう事は言って欲しく無かったし、自分が知らない馬鹿な子供だったことも隠したくは無かった。
「だからこの家は僕のだし、ペンスは僕の言う事しか聞かないんだ」
「で、でも…… オスカーのお父さんは……」
「帰ってこない。父さんが連れてかれたアズカバン監獄って言うのは北海にある監獄で、吸魂鬼って言う、魂を吸い取る魔法生物が沢山いる。だからこれまでに脱獄した魔法族は一人もいない。父さんの罪は終身刑だからそこで死ぬまでいることになる」
どんな場所なのだろうか? アズカバン監獄とは? 北海だからここより寒いのだろうか? むしろここはスコットランドの北の果てなのだから、ロンドンよりアズカバン監獄の方が近いのだろうか? ご飯は食べられるのだろうか? 色々頭に浮かんできたが、オスカーは自分で頭を振ってシラとの会話に集中した。
「オスカー、戦争って言うのは十字軍とかナポレオンとかもそうだけど勝った方が……」
「マグルの話じゃないよ。魔法族の話だ。父さんの仲間はシラをその例のあの人の所に連れて行って、僕とシラが遊んでいる事を例のあの人に言おうとしたんだ。そうしたら父さんの立場が無くなるから」
「なんでそんな……」
「魔法族には魔法族だけが偉いって考え方があるんだ。マグルは魔法が使えないだろ? それにマグルと結婚すると魔法が使えない魔法族が生まれるのが多くなるんだ。だからマグルもマグル出身の魔法が使える人も人間じゃないって考え方だよ。例のあの人とか父さんの考え方だ。だから例の…… ヴォルデモートと父さんは昔からの関係だから、父さんの子供とマグル生まれの子供が仲良くしたらダメだったってことだ」
「そんなのは昔の……」
「今もある。ヴォルデモートとその仲間はマグルもマグルに味方する魔法族も沢山、殺して、拷問して、操って、傷つけたんだ。シラにもそうしようとしてたんだよ」
シラはマグルの歴史の事を良く知っているから、魔法族の戦争の流れだって理解できるはずだった。オスカーは嘘をつくつもりが無かった。大人みたいにそういう事で嘘をつきたくないのだ。大人はまるで現実の事を子供が理解できないと考えているみたいに、うわべの、嘘ばかり言うのだ。
「そう…… そうなんだ……」
「だからそういう事なんだ。今は父さんもそいつらもいないけど」
「じゃあ関係ないんじゃないのかい? 大人の事だから、私やオスカーに関係無いよ。だって最初はオスカーにも大人は言ってないみたいだし、エティさんもキングズリーさんも私にそういう事言わなかった。それは大人が大人の話だから私たちには関係ないって言ってるんだよ。なら私たちはそういう事は考えないでいいのじゃないのかな?」
「関係無い……」
本当はオスカーはそれが気に入らないのだ。だってそのせいでオスカーはこんな目に遭っていると思っていた。大人は大人で上手くできると思っているくせに出来ていないからこんなことになっているのだ。でも、それをシラに言ってどうなるのだろう? 何か良くなるのだろうか?
「そう、関係無いよ。それに私は嫌だ。私は魔女になりたいし、ホグワーツに入りたい。危なくても魔法界に行きたい。大人のそんな話知らない。大人の話なんだから関係無い。戦争とか条約とか裁判とか離婚とかそんなの大人の勝手で大人の話なんだから、私とオスカーは本を読んで、お話して、遊んで、それで、それでホグワーツへ行けばいいじゃないか」
「え…… シラがホグワーツに行けないなんてことは……」
「じゃあ大丈夫じゃないかい? オスカーだってホグワーツに行けるんだから。私は、君が…… 良く分からないけれど、その戦争の…… お父さんの子供でも関係無い。だって私は君の言うマグルの子供だから、魔法族の話なんて知らない。私はオスカーと前みたいに一緒にいて、ホグワーツに行けるのならそれでいいよ」
どういう感じ方なのかオスカーには分からなかった。魔法界の話だからマグルには関係無いと言うのだろうか? でも、単純にオスカーは嬉しかった。だってシラがそう言ってくれるならこれまでと同じように、喋ったり、遊んだり、勉強したりできるのだから。
「分かった。でも、母さんやキングズリーも同じ話をいつかシラにすると思うよ」
「大丈夫だよオスカー。私はオスカーよりずっと、私の話を私の事なんて聞かずに話をする大人なんて慣れてるから。聞かせて貰っても普通にそうなんだって言うんじゃないかな? だって私はそうやってスコットランドまで来たんだよ。大人はみんなそういう話をするものなんだ。シラは大丈夫? って聞いても、大人は結局、大人のやりたいようにするものなんだから」
オスカーはちょっとシラの事が分かった気がした。いつもは大人の悪口なんて言わないけれど、シラは両親が離婚して、フランスからブリテン島へ、エジンバラの近くからブリテンの北の果てまで来たと言う。別に彼女が望んでここに来たわけでは無いのだ。オスカーだってシャックルボルト邸に連れていかれたのは嫌だったのだから、シラはもっと嫌だったろう。
「シラ、じゃあもっと案内するよ。家で一番高い所に行こう」
「一番高い所?」
二人は隠し部屋を出て階段を上がり、三階の奥にある裁縫部屋、ミシンだとか糸車だとかが沢山置いてある部屋まで来た。オスカーはこの部屋を今は何に使っているのか良く知らないが、昔はこの部屋に沢山マグルがいたと先々代くらいの珍しく英語で書かれた日記に書いてあったのを覚えていた。
「すごーい…… ラ・ベロゥ・ボィ・ドロモンみたい…… 触ったら眠っちゃうのかな?」
「糸車にそんな魔法ついてないと思うけど?」
「えーっと…… マグルの童話にあるんだ。塔に隠してある糸車の針を触ると百年眠っちゃうんだけれど」
「凄い魔法だ。生きてるってこと? 百年も? 命の水と生きる屍の水薬をずっと飲ませるとか?」
「オスカー、魔法だよ…… えーっと…… 魔法じゃ駄目だから…… そう、作り話だから。本当にあったわけじゃないよ」
中々マグルの話もスケールが大きいとオスカーは思った。魔法族なら百年眠る魔法なんて中々書けないだろう。だいたい、どうやって目覚めさせるのだろうか? 百年眠る魔法薬なら相当強力な解毒薬がいりそうなものだ。
「重要なのは糸車じゃなくて…… この絵の水車を回すんだ」
「絵の水車を回す?」
「こうやって……」
オスカーが部屋にかかっていた大きな絵に描かれている水車をまるでそこにある水車みたいに動かそうとすると、実際に絵の中の水車が動いて、後ろで歯車がかみ合うような音がして扉みたいに絵が二人の方へ開いた。
ドシーンと大きなものが降りる音がして、絵があった場所にある穴の向こう側には沢山の埃が舞っている。二人が穴に入ると何が降りたのかが分かる。大きな階段が上から降りてきたのだ。
「ほら、これで上に行ける」
「凄い…… 今度はレポンスがいるんじゃないのかな……」
「レポンスって?」
「魔法使いに塔の最上階に閉じ込められている綺麗な長い髪をした女の子の事だよ。これもマグルの童話なんだけれど」
「マグルって塔と女の人の組み合わせが好きなんだな」
そう。オスカーはこういう事を彼女とずっとしたかったのだ。お互いに色んな話をして、お互いに知らない事に驚いて、自分の知らない世界を広げていく。自分だけじゃ無くて、お互いに知らない事を相手に教える。これはオスカーが生まれてから彼女に会うまで知らなかった特別な時間なのだ。
「ちょっと埃っぽいね。オスカー」
「この塔は使わなくなって長いんだよ。ペンスが言っていたけれど、ずっとずっと昔にマグルがこの家に来てた頃は、村からこの塔だけが木の上に見えていたんだって」
今考えれば、マグルから魔法族が隠されているのも、ヴォルデモートや父親みたいなのがいたからでは無いのだろうか? そういうのが無ければもっと早くシラと喋れただろう。
「凄い!! あっちの木がちょっと無くなってるのが村の方かな?」
「うん。そうだと思う。魔法と木で見えなくなっているからこっちからも見えないんだけれど」
「山も丘も向こうにある湖も見える。やっぱり高い所っていいよね。私、パリとかロンドンの高層ビルとか登ってみたかったんだ」
今の間に沢山ホグワーツでやることを二人で作って置けば、ホグワーツでも一緒に色々出来るだろう。オスカーはそう思っていたし、単純にシラとの約束を覚えていると言いたかったから、家に来て貰って、一番連れて来たかったのがこの場所だった。
「じゃあほら、前に約束したみたいに、ホグワーツで一番高い所に行こう」
「約束?」
「ほら、高い所だと周り全部見えるけど自分…… シラ?」
またさっきと一緒だった。さっきシラとあってすぐの時のシラと一緒。目がちょっとトロっとなって、額を抑えている。オスカーはシラが目の前にいるのにさっきと同じくらい…… さっきよりずっと早く自分の頭の中が沸騰するのが分かった。痛いくらいの力でつかんだ手すりが、手の平の熱さが伝わったみたいに黒く手の形に焼けた。
「シラ、頭が痛いなら一回下に戻ろう。別にここなんていくらでも来れるんだし」
「うーん…… ごめん…… また低血圧かもしれないや……」
盗まれた。盗まれたのだ。大人が盗んだのだ。大人が不甲斐ないからこうなるのだ。そして自分が杖を持たないから、魔法が使えないから、考えが足りないから、知識が足りないからこうなるのだ。
オスカーは大人になりたかった。愚かでは無い大人に。
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第六章 魔法の杖
制服
一年生は次の物が必要です。
一、普段着のローブ 三着(黒)
二、普段着の三角帽(黒) 一個 昼用
三、安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの) 一組
四、冬用マント 一着(黒。銀ボタン)
衣類にはすべて名前をつけておくこと。
教科書
全生徒は次の本を各一冊準備すること。
「基本呪文集(一学年用)」 ミランダ・ゴズホーク著
「魔法史」 バチルダ・バグショット著
「魔法論」 アドルバート・ワッフリング著
「変身術入門」 エメリック・スイッチ著
「薬草ときのこ千種」 フィリダ・スポア著
「魔法薬調合法」 アージニウス・ジガー著
「幻の動物とその生息地」 ニュート・スキャマンダー著
「闇の力 護身術入門」 クエンティン・トリンブル著
参考図書:ザ・クィブラー
その他学用品
杖(一)
大鍋(錫製、標準2型)(一)
ガラス製またはクリスタル製の薬瓶(一組)
望遠鏡(一)
真鍮製はかり(一組)
ふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい。
一年生は個人用箒の持参は許されていないことを、保護者はご確認ください。
「こんなのが全部ロンドンで買えるのかな?」
「ダイアゴン横丁なら買えるんだろ? 僕も行ったことないけど」
煙突飛行粉で飛ぶ準備をしながら二人はドロホフ邸の広間で話していた。オスカーはこの日がずっと楽しみだった。二人が住む場所はスコットランドでも北の端っこだったし、魔法族が多くいる場所などほとんど行ったことが無かったからだ。
「じゃあキングズリー、よろしくね。グヴィンさんからも夜までよろしくって言われているから何かあって遅くなっても大丈夫」
「え? 母さんが来るんじゃないの?」
「いいえ。違うわ。お母さんは家の事でいろいろやることがあるから二人はキングズリーに案内してもらうわ」
オスカーはそれを聞いただけでちょっと気分が落ち込んだ。てっきり母親と一緒に外出できるのだと思っていたのだ。魔法省以外、オスカーは母親とドロホフ邸、シャックルボルト邸の敷内しか一緒に歩いたことが無かった。
「じゃあ行こうか。煙突飛行粉の使い方は大丈夫だね?」
「それくらい分かるよ」
「私は初めてなんだけど。先に撒いて、緑の炎になったら行先を言えばいいんだったよね?」
「そうだよ。言い間違えると違う場所に出るから気を付けないといけないんだ」
やっぱりオスカーはキングズリーが好きでは無かったし、シラがキングズリーを信頼できる大人だと考えていそうなのも嫌だった。そしてどうにもキングズリーも母親もオスカーがちょっと生意気な事を言っても笑っているだけなのも嫌だった。
「じゃあ私は先に行こう。行先は漏れ鍋だ」
キングズリーはそう言ってそのまま暖炉の中に消えた。オスカーは言い間違いで違う場所に飛んでくれないかと思っていたが、あの男はそんな簡単な間違いをしない人間だとも知っていた。
「よし…… じゃあエティさん行ってきます。漏れ鍋!!」
「行ってきます。漏れ鍋」
「行ってらっしゃい」
シラに続いて暖炉の中に入ると強烈な回転に襲われる。色んな暖炉が次々と目の前を通り過ぎていく。オスカーは何回かこの回転と耳を襲う轟音を体験していたので目当ての暖炉が見えたのと同時にしっかり自分が立っている事を意識することができた。
「え!? う、うわっ!?」
目の前で前のめりに倒れそうになっているシラをオスカーは後ろから支えた。キングズリーは相変わらずの笑顔でこっちを見ている。出た先は普通のパブと言ったところで、ザ・魔法族とでもいうべき三角帽やローブを来た人間達が新聞を読んだり、何かの話題について言葉を交わしたりしている。
「お、シャックルボルトの若殿じゃないか。任務かい?」
「トム、今日は引率と買い物でね」
「なんだ。若殿、後継ぎがいたのかい?」
「いや、そうでは無い。従弟の子供でね。まあ君も知っている通り、シャックルボルトの家に後継ぎがいないからそうなるのかもしれないが」
勝手な事を言っているとオスカーは思った。シャックルボルトの家や敷地は広かったが、オスカーは自分の家と屋敷しもべがいれば十分だった。
「うーん、なんか気持ち悪いよ。魔法族の人はみんなよく平気だね。さんはん…… 三半規管? が普通の人と違うんじゃないかな……」
「慣れれば大丈夫だろ。僕も初めての時は立てなかったし」
シラを支えながらオスカーはもうちょっと周りの魔法族を観察した。オスカーも多くの魔法族がいる場所に来たことは少なかった。一番目を引くのは玉ねぎの輪切りみたいなものをネックレスにして首から下げている男だ。眼が左右で少し違う方向を見ていて、目の前の私はまともな魔法族ですと言わんばかりの恰好した女の人と何か議論している。
「守るべき。指導要領を。一年だったとしても。ゼノ」
「パンドラ。死の秘宝について探求できるこんな機会は無い。ダンブルドアがあの秘宝、特に杖について何か知っていることは事実だ」
「馬鹿。重要な職業。命を預かる。教師は。ニワトコの杖は見つからない。関係が無い。隠されていることが事実だとしても、沢山の秘密が。ホグワーツに。ゼノ。あと、言っていた時間は合ってる? イライザが言っていた」
きっちりした魔女の方も何かおかしな喋り方をしている。もちろんオスカーはそもそも魔法界の普通が分からなかったのでそれがおかしいのかどうかも良く分からなかったが。
「ではもう行かないと。二人とも中庭に行こう」
「シラ、大丈夫か?」
「うん。ありがとう。ちょっとマシになって来たよ。教頭先生の車の後ろに乗った時みたいだった」
三人はパブを通り抜けて、壁に囲まれた小さな中庭にたどり着いた。ゴミ箱と雑草が二、三本生えているだけの庭だ。
「さて、ゴミ箱の三つ上、二つ右、ここを三回だ」
キングズリーが杖で叩くとレンガの壁全体が震えた。真ん中のレンガが外れたかと思うとその穴がどんどん広がって大人の男性の二倍くらいの高さがあるアーチができた。アーチの向こう側には石畳の道が曲がりくねって先が見えなくなるまで続いている。
「ダイアゴン横丁へようこそ」
「やっぱり魔法だ……」
シラが目をキラキラさせるのでオスカーもちょっと楽しかった。キングズリーがいなければもっと楽しかっただろう。三人が通り過ぎると勝手にアーチは小さくなり、ただのレンガの壁に戻った。オスカーは自分でもこういう建造物だったり物に魔法をかけれるようになれるだろうかと考えた。
三人の近くには鍋屋の看板がある。銅、真鍮、錫、銀、自動かき混ぜ鍋、折り畳み式と書かれている。ホグワーツで必要な物にはこの鍋も含まれていたはずだ。早速買い物をするのだろうか?
「今日は買い物だけれど。二人を魔法界に案内してくれと言われているからまずはグリンゴッツに行こうか」
隣のシラはいろんなところに目が行くらしく、時々店や魔法族達を見つめすぎていて遅れそうになっていた。左側に見える煙突飛行粉を売る店の前では中年の魔法使いと年をとった魔女がなにやらブツブツ言っている。
「前にまとめ買いしたときはキロ四ガリオンだったねえ?」
「それが今は八ガリオンだなんて。魔法省が出勤手当を削ったのはこのせいか」
右側にはふくろうを籠に入れて一杯吊ってある店があり、ショーウィンドウでは日光を浴びて白く輝くふくろうが眩しそうに眼をつぶっている。籠には当店の看板白ふくろう、二十八ガリオンと札が付けられていた。
その隣は高級クィディッチ用品店だ。オスカーやシラと同じくらいの赤毛の少年が箒が何本も飾ってあるショーウィンドウにかじりついている。
「最新型ニンバス1500、うちのこづかいじゃ七年生になっても買えない……」
決闘用品店、手袋からマント、靴まで、天然最高級ドラゴン革取り扱い。闇祓い御用達、と書かれている店にはウィンドウにキングズリーが時々つけているようなマントや靴が飾ってある。他にも羽ペンから呪文の本の山を取り扱う店まで、まさにここは魔法界といった感じだった。
「あそこがグリンゴッツだよ」
キングズリーが指した建物は他の商店街の街並みが同じ高さなのにその建物だけは頭一つ飛びぬけた高さをしている。真っ白な建物の正面にはブロンズの観音開きの大扉があり、その両脇には真紅と金色の制服を着てペンスより少し大きいくらいの生き物が立っていた。
「オスカー、あれが小鬼だよね?」
「そうだろ」
「私は小鬼の反乱の歴史は結構読んだけど。他の魔法史と違って、十字軍の歴史と同じくらい血生臭さかったよ」
階段を登って行くと小鬼が良く見える。浅黒くてずる賢そうな顔をしている。手と足は屋敷しもべよりずっと長いだろう。三人が近づくと小鬼がお辞儀をしてきた。
大扉の向こうにはもう一つ銀色の扉があって言葉が刻まれている。
見知らぬ者よ 入るがよい
欲のむくいを 知るがよい
奪うばかりで 稼がぬものは
やがてはつけを 払うべし
おのれのものに あらざる宝
わが床下に 求める者よ
盗人よ 気をつけよ
宝のほかに 潜むものあり
「すごいなあ。魔法界でも銀行員ってあるのかな?」
「銀行員?」
「マグルの世界では銀行で働く男の人達をそう言うんだ。今はいないけどお父さんはその仕事をしてたから」
オスカーはシラの父親の話を初めて聞いた。確か母親と別れて、妹と一緒にフランスに残ったとしか聞いていなかった。銀行員とは何だろうか? 呪い破りみたいにマグルもマグルが作った墓だったり遺跡だったりを探検するのだろうか?
ホールは白い大理石でできた空間だった。そこで百人を超えるだろう小鬼たちが細長いカウンターの向こう側のやたらと高い椅子に座り、真鍮の秤でコインや宝石の重さを計ったり、高そうな貴金属の吟味をしている。
キングズリーは特に迷うことなくなんだか一番偉そうな、一番奥に座っている他の小鬼より皺の深い小鬼のところまで行った。
「どうも。シャックルボルトの金庫に行きたいのだが」
「これは。ミスター・シャックルボルト。失礼いたしました。すぐに案内させましょう。申し訳ないですが鍵を…… おっと失礼いたしました。他にご用命はございますか?」
キングズリーは偉そうなゴブリンが何か言う前に鍵を出していた。金色のとんでもなく年季が入っていそうな鍵だ。なぜなら金に緑色の錆びのようなものが浮かんでいるのだ。ゴブリンは注意深くその鍵を調べてキングズリーに返した。
「今日は引き出すだけだが…… ああ、後でもう一回来させてもらう。用はその時に言おう」
「かしこまりました。ボグロッドとグリップフックにご案内させましょう。ボグロッド、グリップフック、他の要件はいい。旧家のお方だ」
要件とは何なのだろうか? オスカーはちょっと気になった。それにドロホフの金庫では無くシャックルボルトの金庫に行くと言う。キングズリーの行動はオスカーにとって良く分からなかった。
「じゃあ行こうか。一応社会体験と言うわけだから、一番深いところまで行っておけば十分だろう」
かなりかしこまった感じで二人の小鬼が三人にお辞儀し、ホールの一番奥にある扉を開いたので三人はついていった。
「やっぱりなんか特別なんじゃないかな。オスカーのお家って」
「シャックルボルトの金庫だから、特別なのはキングズリーの家だ」
オスカーはシラに言われてもちょっと嫌だった。もちろん、さっきのバーテンやシャックルボルトの屋敷しもべにそういう扱いをされるのはもっと嫌だった。オスカーの家はペンスが管理していて、森の中にあるあの家だけなのだ。白くて眩しいシャックルボルトの屋敷では無い。
小鬼と一行は松明に照らされた細い石造りの通路を歩いた。傾斜がどんどん急になり、途中で線路が現れた。オスカーは本やテレビ以外で線路を見るのは初めてだった。
「炭鉱みたいじゃない? 私は行ったことないけど」
「あれがトロッコってやつか」
ボグロッドが口笛を吹くとオスカーが言った通り、小さなトロッコが闇の中から現れた。人間と小鬼、合わせて五人はそれに乗り込んだ。シラはなんだかおっかなびっくりという感じでトロッコに乗っていたがオスカーはちょっとした探検みたいで楽しみだった。
「オスカー、これ鍾乳洞ってやつ…… うわわっ!?」
シラが何か言っていたがとてもじゃないがスピードが出ている時は喋っていられない。ゴブリンたちがどう見てもかじ取りをしていないのにトロッコは猛スピードでとんどん深く潜っていく。
洞窟の中は外と違って冷たい空気なので、オスカーは目がぱさぱさどころかチクチクしてきた。でもこんな体験をしたことが無かったので所々たいまつで照らされた場所を頑張って見ようとした、地底湖、鍾乳石に石筍、金庫らしき物体、いろんなものがドンドン過ぎていく。
「オスカー、私は行ったことないけど、遊園地のジェットコースターって多分こんなんだよ」
シラが風とガタンガタン言うトロッコに負けないように大声で言った。たしか遊園地というのはときどきシラの家にあるテレビの広告で映る場所のことだ。オスカーは遊園地にも金庫があるのかと思った。ダイアゴン横丁みたいに人が集まるから銀行が必要なのかと思ったのだ。
その後もどんどんトロッコは深く潜っていき、最後にやっとスピードが下がった。
ちょっとフラフラしているシラが降りるのを手伝ってオスカーはトロッコを下りた。下りた瞬間に何か大きなものが地面を揺らしているのが分かった。
「地下って温度が一定だから物を保管するにはいいって学校の先生が……」
シラは途中まで言いかけて目の前のモノに圧倒されていた。オスカーもだ。巨大なドラゴンがこれまた巨大な杭で地面に繋がれ白濁した目でこちらを見ている。
オスカーはモノが見えているのか疑問だと思った。何故ならオスカー達の話声や足音がするとこのドラゴンは反応するのだ。そして瞳はほとんど動いていない。一行が近づくとドラゴンは吠えた後、こちらに向かって炎を吐いた。冷たい洞窟の空気があっと言う間に暖かくなり膨張した空気がオスカー達の後ろへ抜けて行った。
「この距離であれば安全です」
「鳴子を鳴らしている間にお願いします」
小鬼が鳴子と呼んだ小さな金属の物体を振ると、金床にハンマーを打ち付けるような音が鳴り、洞窟の中に反響して何倍にもなった。オスカーの体の骨にまで響いてくるような音だ。
ドラゴンはそれを聞くとさっき火を噴く前よりずっと大きな咆哮をあげ、震えながら後ずさった。やっと道が見えて、ドラゴンの後ろに金庫がいくつかあるのが分かった。
「オスカー、あのドラゴン怯えてるんじゃないかな」
「守ってるんじゃなくて、守らされているってことか」
シラの言う通り、ドラゴンは明らかに怯えていた。ドラゴンの体は傷だらけだ。恐らく、あの音がすると自分が傷つけられると分かっているのだ。
オスカーは小鬼も魔法族もやることは一緒なのだと思った。考えることが出来る生き物は自分達が有利なら何でも不利な相手に押し付けられるのだ。だって、魔法族も小鬼もこんな洞窟の奥でずっと宝を守るなど嫌だろう。だからドラゴンに押し付けているのだ。
「ではどうぞ」
グリップフックがシャックルボルトの金庫の扉を開けた。オスカーはてっきり鍵を使うのだと思ったのだが、小鬼が手を押し付けると扉は消えたのだ。
隣のシラがあっと息を呑むのが分かった。中は洞窟のようになっていて奥の奥まで金貨が詰まっている。手前には甲冑からわけのわからない魔法薬、巻物や机に鏡、兜や刀剣、宝石類まで、宝だと魔法族でもマグルでも認識できるものが山ほどあった。
「オスカー、もともと君のお爺さん、この金庫の前の持ち主は君と君のお母さんに半分くらいこの中身を渡すつもりだった。だから君のホグワーツ準備のお金はここから出そう。そうしないと私が今晩夢の中で怒られてしまう」
あったことも無い爺さんの話をオスカーはしないで欲しかった。シラは隣でため息つきながら金庫の中身をみているようだ。オスカーは要らないので隣のシラに全部あげると言いたかったがシラはそんなことを言っても喜んではくれないだろう。
お金をキングズリーが巾着に入れた後はそのままトロッコに乗ってグリンゴッツのホールまで戻った。帰りもシラは絶対に忘れないようにとばかりに金庫とドラゴンを凝視していた。オスカーはシャックルボルトがどうのこうの以外はしたことが無い体験だったのでグリンゴッツは面白いと思った。
「じゃあ行こうか。オスカーの分はおろしたし、シラの分のお金はホグワーツから預かっているからね」
三人は照り付ける陽の光にぱちくりしながらダイアゴン横丁を歩いた。シラはホグワーツからのお金というとちょっと恥ずかしそうだ。オスカーはあんまりシラの家が裕福ではないと知っていたが、そもそも普通のホグワーツの生徒がどれくらい裕福なのか分からなかった。そして自分の家が普通では無いことくらいは分かっていた。
「まずは制服だね」
「キングズリー、私の分のはエティさんのをペンスが仕立て直してくれるって言ってくれたから……」
「ああそうだね。じゃあオスカー、ここで君が制服を買っている間に私たちは魔法薬の材料を先に買ってこよう。お金はドロホフかシャックルボルトの屋敷しもべが払うと言えば大丈夫だ。この洋装店なら大丈夫」
「分かったよ」
結局、お金を下ろしたのに使わないのだ。どうも本当にさっきのグリンゴッツは社会見学だったらしい。
ㅤそしてオスカーは不満だった。別に急いでいるわけでは無いのだからオスカーはもっとシラと店を見て回りたかったのだ。もやもやしながら、マダム・マルキンの洋装店、普段着から式服まで、と書かれた看板の店にオスカーは一人で入った。
出迎えたマダム・マルキンはえらく紫色がキツイ服を着た、愛想のよい、ずんぐりした魔女だ。
「坊ちゃん。ホグワーツなの?」
「はい。新入生です」
オスカーはどこでもお坊ちゃま扱いだと思った。他の新入生もみんなこう言われるのだろうか? それとも自分はそんなにお坊ちゃまみたいに見えるのだろうか?
「全部ここで揃いますよ。親御さんはいらっしゃるの?」
「シャックルボルトかドロホフの屋敷しもべがお代は払うと言えと言われました」
「あら? これはこれは…… あの闇祓いの若さんは結婚されてないから、先代のお嬢さんのお子さん? 先代さん、あなたのお爺さんにはここを御贔屓にしていただきましたわ」
またまたこれだとオスカーはうんざりだった。お爺さんとか言われてもオスカーはそんな人物に会った事が無いのだ。そもそも爺さんがこの店を贔屓にしたからと言って何なのだろう?
「申し訳ないけれど奥で待って頂けますか? 坊ちゃんと同じで今年ホグワーツに入るお嬢さんが座ってるあのあたりで待って頂けるかしら?」
「分かりました」
結構人が来ているらしく、踏み台の上で若い男の子二人に魔女がローブを着せて、その着丈がわかるようにピンで止めている。その順番待ちなのか、服が出来るのを待っているのか、端の方のソファーに女の子が一人座っている。ダークグレーの髪に黒い目でオスカーから見てもずいぶん小柄だ。さっき今年ホグワーツだと言われなければシラより二、三歳下に見えるくらい小さい。
「座ってもいいか?」
「大丈夫ですよ。貴方もホグワーツですか?」
「そうだ。新入生なんだけど」
「私もですよ。なんか私のサイズが小さいからちょっと仕立て直すのに時間がかかるとか言われて結構待たされているんです。貴方はそんな心配は無さそうですね」
良く通る声だった。もし彼女が大柄な怖い顔でこの声ならオスカーも背筋が伸びたかもしれないような声だ。でも彼女はとても小さかった。
「これから決闘用の手袋と靴を買ってもらうつもりなんです。でもこの感じだと私のサイズなんてないかもしれません。そう言えばホグワーツでは決闘や決闘クラブは禁止らしいですけど。理由が分かりませんよね。ちょっと前まで戦争をしていたんですから、もっと戦う練習をさせてもいいと思います」
決闘用の手袋? 小さいのに物騒な女の子だとオスカーは思った。そしてこんな小さい女の子が決闘する絵がオスカーには思い浮かばなかった。オスカーがちょっと大声で凄んだら泣いてしまうのではないだろうか?
「もう杖は買いましたか?」
オスカーはほとんど言葉を返してないのに女の子はどんどん喋りかけてくる。
「まだ買ってないよ。杖は最後に買う予定なんだ。時間がかかるらしいから」
「そうなんですか? 私はもう買いましたよ。姉さんと一緒のイトスギの杖でした」
なんだか得意そうだとオスカーは思った。言葉の端に嬉しさがにじみ出ている気がするのだ。イトスギの杖とはそんなにいいものなのだろうか?
「あとは寮の一年生で一番になれば姉さんと…… 姉さんは私が一番になれなかったらおかしいとか言うんですけど。私はちょっと疑問なんです。あ、そうでした。どこの寮になりそうとか家族に言われました?」
「父さんはスリザリンで母さんはグリフィンドールだった。僕がどこに行くのかは知らないよ。組み分けもどうやるのかみんな教えてくれないし」
そう。組み分けだ。オスカーはかなり気分が沈みそうだった。オスカーはシラと一緒の寮にはなれないのではないかと思うのだ。何となくだがオスカーはそう思っていた。寮が一緒なら今よりもっと話したり出来るだろうが違ったらそうでは無いだろう。
「まあそうですよね。組み分けされないと分かりませんよね。でも、私はグリフィンドールですよ。私の家族はみんなそうでしたから。貴方のお父さんには申し訳ないですけど、スリザリンに入れられたら私はちょっと困ったことになります」
「そうなのか」
スリザリンならオスカーは絶対にシラと一緒の寮では無いだろう。そして後の三つの寮だったとしても一緒になれる可能性は三分の一だ。加えてグリフィンドールならどうなるのか、オスカーは自分の名字と父親の悪名がプラスに働かないことくらい分かっていた。
「なんでジョンはいつも姉さんの言う通りなんでしょう……」
急に隣の女の子は頭を抱えだした。彼女の視線の向こうにはガラス越しにやたら手を振っている女の人がいる。ちょうど隣の女の子をそのまま大きくして、ちょっと釣り目ぎみにした感じだ。両手にはやたらとでかいアイスクリームとクレープを持っていて、隣の同い年位の男の人にありえないくらい荷物を持たしている。男の人は荷物で前が見えていないのではないだろうか?
「二人とも闇祓いで同じ仕事しているんですからちょっとくらい断れないんですかね……」
「闇祓いなのか?」
「そうですよ。私の家族はみんな闇祓いですし、姉さんと仲がいいジョンも闇祓いなんです」
家族がみんな闇祓いなんて物騒な家族だとオスカーは思ったが、父親が死喰い人で保護者もどきが闇祓いの自分が言えることでは無いと思い直した。
「あ、さっき屋敷しもべってマルキンさんの方からちょろっと聞き漏れてきたんですけど、貴方、代々魔法族の家系ですよね? 魔法の練習ってしていますか?」
「してるよ。やること無いから、家族の杖を借りて家にある呪文集とかのを試してる」
この娘がさっき言っていた寮で一番になれないとおかしいと言うのはどうも本当かもしれない。闇祓いは簡単になれる職業では無いのだ。それが家族全員となればどう考えたって普通では無い。この娘も例外なく優秀なのかもしれない。
「それってお父さんやお母さんが教えてくれるんですか? それとも姉弟ですか?」
「父さんと兄弟はいない。母さんの従弟が闇祓いなんだ。闇祓いのくせに暇そうにしてるから教えて貰ってる」
あんまりずけずけ聞いてくるのをオスカーはやめて欲しかった。家族の事なのだ。なのに彼女はオスカーが闇祓いと言うと彼女の髪からシャンプーらしきミントの香りがするくらい近づいて喋って来た。
「闇祓いに教えてもらっているんですか? 誰ですか? 私、何度も局には行った事がありますから名前を言って貰えれば誰か分かりますよ。あと、私、姉さんはなんでも私の事を褒めるから信用してないんですけど。ジョンや叔父さんが褒めてくれるから結構新入生としては出来ると思ってるんです。新入生には私や貴方みたいに闇祓いに教えて貰っている人がいれば、死喰い人の家庭とかで育って、闇の魔術とか呪いを教えてもらっている子供もいるらしいですよ。そう言うのはスリザリンに行くんでしょうけど。私、そう言うのには負けたくないんですよ。あ、ちょっと長く喋っちゃいましたけど、貴方、家族の姓はなんて言うんですか?」
オスカーが答える前に、マダム・マルキンが彼女の服らしきものが入った紙袋を持ってきた。
「さあお嬢さんお待たせしました。お姉さんが外で待ってらっしゃいますよ。旦那さんも一緒かしら?」
「まだジョンは姉さんの旦那じゃないですよ」
「あら? そうなの? お嬢さんと一緒の年くらいからあのお二人は一緒にダイアゴン横丁を歩いてたからてっきり…… おっと。坊ちゃん、お待たせしました。あそこの台が空きましたから立って貰えますか?」
オスカーはこれ幸いに踏み台に向かった。この女の子から離れたかったのだ。オスカーは彼女のように考える新入生が一杯いるのだろうかと思った。でも、それは当然なのかもしれない、オスカーは裁判で父親やその仲間を裁いていた大人たちの形相を忘れてはいなかった。
「じゃあ、ホグワーツでまた会いましょう。もしかしたら汽車でも会えるかもしれませんね」
女の子にオスカーは言葉を返さなかった。あんまり話が合うと思わなかったし、あんな子供ばかりホグワーツにいるのではと少し不安になったからだ。
その後、やたら自分だけ丁寧に接客している気がするマダム・マルキンから制服を受け取って外に出るともう二人が待っていた。
「オスカー、オスカーがいない間に、お金をどう使うかキングズリーと話したんだよ。これなら少ないお金を一番無駄なく使えると思うんだ。こういうのが投資ってやつなんじゃないかな。小さい時にお父さんが言ってたんだけれど」
「とうし? 待たしたならごめん」
「大丈夫、私達も今来たところだ」
シラは得意そうでオスカーはやっぱり一緒に行きたかったと思った。さっきの物騒な小さい女の子と話すより、シラが得意になるような話をしながら店を回った方が絶対楽しいだろう。
「ねえパパ。私、もうちょっと魔法薬の材料がいるかなって思うのよ。ほら、私、あんまりああいうの得意じゃ無いから失敗するかもしれないわ。魔法薬の授業なんて初めてだし」
「だめよ。さっき変な魔法薬の作り方が書いてある本を読んでたでしょう。しかもその本のタイトルをメモしていたでしょう? おかしな魔法薬や悪戯に使うための材料は買わないわ」
「ママがそう言うならダメだよ」
「じゃあアイスクリームでいいわ」
「妥協したふりをしてアイスをねだらないの」
何やら騒がしい家族連れが隣を歩いて行った。三人ともシラと同じくらいマグルの格好をするのが上手く、そのせいでちょっとダイアゴン横丁では浮いているし、何より娘の髪色が目に痛いくらいのショッキングピンクでとにかく目立っている。
「さて、じゃあ買い物を続けようか。来年以降、誰と来ても困らないように全部回ろう」
「私はもう貰ってるけどオスカーは新しいの買わないといけないしまずは本屋さんに行こうよ」
シラの言う通りに最初はフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に行った。天井まで本がぎっしりと積み上げられていて、とにかく色んな本がある。ただ、これくらいならドロホフ邸やシャックルボルト邸の書庫の方が大きいのであんまりオスカーには新鮮では無かった。
案の定、シラが魔法史のコーナーで動かなくなったので、オスカーは彼女を引っ張っていかないといけなかった。いったい何がそんなに面白いのだろうか? オスカーは教科書や本の中で一番魔法史の本が面白く無いと思うのだが。
「やっぱり歴史書は版が違うと書いてることが違ったよ。ホグワーツの図書室は最新の版があるのかな?」
「さあ? まあでもあるんじゃないか? 魔法界で一番の図書室らしいし」
そのあと、何やらシラは自分で持ってきたマグルの家には一杯あるというチラシの裏にぼーるぺんで書いた使えるお金の合計額と、行く店店の商品の値段とを見比べて、うんうん言いながらも結局オスカーと同じものを買っていた。
大鍋はホグワーツ指定の錫製の物を買った。キングズリー曰く、金だとか銀だとかの鍋を買っても先生や教科書のモノと違うので授業を受ける時に良くないらしい。
魔法薬の材料を計る秤は一番誤差が少ない上等なものを買い、望遠鏡は持ち運びやすいように真鍮製の折り畳みできるものにした。この辺りもキングズリーの言う通りに買った。オスカーはホグワーツに入った後に不満が出たら文句を言ってやろうと思っていた。
だいたい買い終わるとグリンゴッツの前辺りに戻っていた。クィディッチ用品店やふくろう百貨店があるあたりだ。
「そうだ。オスカー、君はクリスマス休暇までに誕生日があるだろう?」
「そうだけど……」
「そう言えばオスカーの誕生日は…… あれ? なんで最初の年にプレゼントを…… あれ? なんでだろう?」
そうキングズリーが言いだして、シラにそれを思い出させたのを見てオスカーは不機嫌になりそうだった。本当はそんなはずはないのだ。オスカーは出会った年にシラからプレゼントを貰っていた。オスカーはそれを思い返すだけで自分がもう怒っていると分かった。シラと一緒にダイアゴン横丁にいくのがあんなに楽しみだったのに、キングズリー以外は楽しい買い物だったのにそうなるのだ。
「動物はどうかな。ヒキガエルは私の時代に流行っていたから今は……」
「要らない。要らないよ。僕にはローガンがいる。それ以外にペットなんて要らない!!」
「ちょ、ちょっとオスカー、そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
イーロップふくろう百貨店を指しながらそう言ったキングズリーにオスカーは気づけばそう言っていた。ふくろうが何匹かオスカーの大声で驚いて羽根を震わした。
ㅤオスカーは自分の顔が赤くなっている気がした。別にキングズリーは新しく買ってくれると言っただけだ。ローガンはまだ若いふくろうだし、ローガンを逃がして新しいふくろうを買おうという訳ではないのだ。なのに大声を出してしまった。
「とにかく、ペットなんか要らないよ」
「オスカー、どうしちゃったんだい? 人込みが嫌とかかい?」
「そうか…… けれど欲しいモノがあったら夏休みの間に言ってくれればいい」
だいたいシラの目の前でそんな事をしないで欲しかった。彼女はいろんなモノを中古だったり、オスカーの家族のおさがりだとかですましているではないか。なのにシラの目の前で自分にだけ買い物をするなんてどういう事なのだとオスカーは思った。
でも、オスカーは自分の怒りに理由を付けているだけだと分かっていた。とにかく気に入らないのだ。保護者面をするだけでもムカつくのに善意だとしてもこんな事をして欲しく無かった。
「あとはオリバンダーのお店だけだね。杖は自分にあった最高のモノを持たないといけない。一生使うモノだからこればかりは妥協してはいけない」
魔法の杖…… これこそオスカーが一番欲しかったものだ。杖を持つ者こそが魔法族なのだ。大人みたいに魔法が使えるようになればキングズリーについて来て貰わなくてもいいのだ。さっきまでずっと不機嫌でキングズリーともシラとも話さなかったがオスカーはやっと話す気が湧いて来た。
ㅤ最後の買い物の店は狭くてみすぼらしかった。はがれかかった金色の文字で、扉にこう書いてある。
オリバンダーの店 紀元前三百八十二年 創業 高級杖メーカー
「オスカー、オリバンダーって有名な苗字じゃないかい?」
「そうなのか? 僕はあんまり杖以外で聞いたことないけどな」
「だって、カンタンケラス・ノットの純血一族一覧を読んだけど。そこに出てくる聖二十八族って一族の一つだし。魔法史にも時々名前が出てくるよ。共和制ローマのころからパラパラと何とかオリバンダーって名前が出てくる。あの看板は本当じゃないかな?」
これはちょっと不味いとオスカーは思った。シラは他の事ならいいのだが、とにかく魔法史の事になると話が止まらないのだ。オスカーは看板を見るのをやめてキングズリーの後ろについて足早に店の中に入ることにした。
中に入ればどこかでチリンチリンとベルの音が鳴った。先客はおらず、店内は古臭い椅子が一脚置いてあるだけだ。キングズリーはその椅子に呪文をかけ、椅子は何と二つに増えた。恐らく双子の呪文だろう。
「オスカー、シラ、ここに座って待つといい。人によるらしいが大抵はかなり時間がかかるからね。私もそうだった。じゃあオスカー、二人分のお金を渡しておく。私は外に……」
「いらっしゃいませ」
天井近くまで積み上げられた何千、何百という細長い箱の奥から柔らかい声がした。カウンターの向こう側にいつの間にか老人が立っていてオスカー達の方を見つめている。オスカーは老人特有の枯草みたいな香りがした気がした。
「こんにちは」
「こんにちは。ええっと。オリバンダーさん」
「お久しぶりです。ミスター・オリバンダー」
「おお、キングズリー・シャックルボルトじゃないか。また会えて嬉しいよ。ブナノキ、三十六センチ、持ち手はかなり太い。心地よくしなる。そうじゃったな?」
オスカーは一体どんな記憶力をしているのだろうと思った。隣のシラも本に書いていることを大概覚えているが、いくらなんでも何十年も前に売った杖の詳細など覚えてはいられないだろう。それともキングズリーが印象深いので思い出したのだろうか?
「流石、よく覚えておいでで」
「覚えておるとも。かなり時間のかかるお客でしたな。しかし、あの杖が選ぶだけのご活躍をしておいでだ。それで今日は…… ご子息の?」
「いいえ、彼はオスカー・ドロホフ、彼女はシラ・グヴィン、彼の方は私の従弟、ヘンリエッタの息子だ。彼女の方はマグル出身で、彼の家の近くに住んでいる。なので二人まとめてホグワーツで必要な物を買いに連れています」
できればやっぱりオスカーはキングズリーでは無く、母親と一緒に来たかったのでこういう事を言われるとちょっとムッと来たが、ぎょろっと瞬きせずにオリバンダー老人がオスカーの方を見るものなので何も言えなくなった。
「お母さんと同じ髪をしていなさる。三十一センチ、木材は美しいニレ、少し硬い。杖の芯は一角獣のたてがみ、無言呪文に向いている。シャックルボルトの名を持つ方は長い杖を持つ方が多い」
もっと近づいてくるものなのでオスカーはちょっと引きそうだった。銀色に見える目がオスカーをとらえて離さなかった。
「お父さんの方はサクラの杖を気に入られた。少々固い杖で二十七センチ、ドラゴンの琴線と組み合わした強力な杖。決闘や戦いには引っ張りだこじゃ。事実、何度も新聞で彼の名前を読んだ。おお、父上が気に入ったと言うたが…… もちろん、杖の方が魔法使いや魔女を選ぶのじゃよ」
やっぱりこの老人は売った全ての杖を覚えているのだ。老人はオスカーから目を離さなかったが、不意に隣のシラの方にも目線を向けた。
「オスカー、二人分のお金を置いておくから、二人が買い終わったらフォーテスキューのアイスクリームの店に来て欲しい。よろしく頼むよ。ではミスター・オリバンダー」
「おお…… それで…… どちらが先に杖を選ばれますかな?」
キングズリーはあっという間に出て行ってしまった。やっぱりあの保護者気取りは交渉だとか場の空気を読むだとかそういうのが上手いのだ。
「私、私からでも……」
「では拝見しましょうか。グヴィンさん。どちらが杖腕ですかな?」
「あ…… 私は右利きで……」
「腕を伸ばして。そうじゃ」
老人は自動で動く巻き尺を使ってシラの肩から指先、肩から床、膝からわきの下、頭の回りの寸法をとった。なんだかシラはかなりびくびくしているように見える。オスカーは無理も無いと思った。この老人はちょっと気味が悪いのだ。
「ドロホフさん、グヴィンさん。オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔法力を持った物を芯につかっております。一角獣のたてがみ、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線。一角獣、不死鳥、ドラゴン、皆それぞれ違い、杖の木材も違うのじゃからオリバンダーの杖には一本として同じ杖は無い。もちろん、他の魔法使いの杖を使っても自分の杖と同じほどの効果は出せないわけですな」
オリバンダー老人がそう言っている間に、巻き尺は勝手に動いてオスカーの寸法を測っていた。さらにオスカーが巻き尺に気を取られてちょっと目を離した間にオリバンダー老人はそのまま箱の山の中を飛び回って何箱か箱を取り出していた。
「ではグヴィンさん。これをお試しください。ハシバミに不死鳥の羽根、二十七センチ、良質でバネのよう。手に取って振ってごらんください」
シラは恐る恐るオリバンダー老人から杖を受け取って振った。杖の先から青と銀色の火花が花火のように噴き出して、空のような色が天井に映し出された。オスカーも思わずおおという声が出た。
「所見どおりのお客じゃの? 素晴らしい」
「この杖を売って貰えるんでしょうか? その…… 私に?」
「さっきも言った通り、杖が貴方を選ぶのじゃ。もちろん、その杖は貴方のものになる。他の人では貴方と同じだけの力は引き出せない。さて、さて良かった。次のシャックルボルトの方は大抵、難しいお客じゃから」
なんだか夢心地でシラは杖をじっと見ている。オリバンダー老人は次だ次だとばかりにオスカーの方へ来た。なんだか本番とばかりにオスカーの目をもう一度見つめてきて、オスカーは目を反らすと負けな気がしてきた。
「さて、どちらが杖腕ですかな?」
「僕は…… フォークとスプーンは右手だけど。他の事は全部左手です」
「なるほど…… では左腕でしょうな。難しければ右腕でお探ししましょう」
そう言ってずっとオスカーの寸法を測っていた巻き尺でオスカーの左腕の長さを計り、そのまま杖を箱を取り出し始めた。シラは何だかやっぱり夢心地でカウンターの上に選ばれた杖を置いて色んな方向から見ていた。
「ではドロホフさん、これをお試しください。イチイにドラゴンの心臓の琴線、三十三センチ、良質で良く曲がる。手に取ってお振りください」
オスカーが手に取ってちょっと振っただけでオリバンダー老人はそれを取り上げてしまった。
「滅多にない組み合ったじゃが…… 柊と不死鳥の尾羽根、二十八センチ、良質でしなやか」
今度はほとんど振り上げていないのにオスカーはその杖をひったくられた。
「だめだ。いかん、いかん、次は…… ヨーロッパナラに一角獣のたてがみ、三十四センチ、良質で振りやすい。さあどうぞ」
その後もシラのような火花の出る気配は無く、杖をオスカーに渡してはオリバンダー老人がひったくってというサイクルが繰り返された。物凄い勢いでダメだった杖の箱が古い椅子とカウンターに積みあがり始める。オリバンダーの店には何個も杖箱の山があったが、すでにその山二つ分くらいの山が椅子の上にできていた。
「オリバンダーさんが言っていた。シャックルボルトの人は難しいって本当なんじゃないかい? オスカー」
「シラが早かっただけじゃないのか?」
今度は店の奥まで箱を取りにオリバンダーが消えている間にオスカーは喋った。どうもオリバンダー老人はオスカーの杖が見つからなければ見つからないほど楽しいらしく、どんどん笑顔でテンションがあがっていた。二人はいい加減時間がかかりすぎて最初の緊張感も無くなってきたのだ。
「なんかあの口ぶりだと、私くらいの方が普通で、オスカーやエティさんやキングズリーが特別長いみたいに聞こえないかい?」
「そうなのかもな。キングズリーのアイスはもう溶けてそうだ」
「魔法界のアイスって解けないんじゃないのかい?」
「特別難しいお客だ。ドロホフさん、こちらの杖を試してもらえますかな?」
そういってまた突然二人の傍に現れたオリバンダー老人はひと際古い箱を出してきた。英語では無い文字で箱には何か書いてある。
「ロシア語?」
「おお、貴方はシャックルボルトの家の方ですが、やはりドロホフの家の方ですし、貴方はどうにも両方の腕が使えるようですから。昔の事を思い出しましてな。それにこの杖の事で最近になって話をしたのでそれもありますな」
シラがロシア語と言ったのでロシア語なのだろう。確かに、オスカーの家にはいくつかロシアだったり、北欧系の言語が書かれた本や物があった。多分、昔、ドロホフの人間は大陸の北に住んでいたのだろう。今もほとんどグレートブリテン島の北の端っこに住んでいるのはその名残なのかもしれない。
オリバンダー老人が箱を開くと箱はこれまでと違って中にしきりがあり、二本の杖が入っている。
「二本?」
物凄く似た杖が二本入っている。よく見ると長さや木目や色が違うのだが、これまでの杖より長く、太さはそっくりで、さらにはこれまでにあまり見ない形で杖が一定間隔で節くれだっているのだ。
「一本はこの店の作では無く、グレゴロビッチという大陸の杖職人の物でしてな。一本は私の作で、この店にある杖でも抜群に古い杖というわけで。芯の材料も今では使わないものですな」
「同じ材質?」
「いえ、一本はナナカマドにセストラルの尻尾の毛、三十五センチ、良質でしなやか。もう一本はニワトコにセストラルの尻尾の毛、三十八センチ、非常に良質で少し硬い」
「ニワトコ?」
「ニワトコの杖?」
オリバンダー老人はシラとオスカーが同じこと言ったのを見て、さらに機嫌が良くなった。ニワトコの杖、魔法界ならだれでも知っていることわざ。その杖を持てば永久に不幸になる。そう噂される杖だ。
「いかにも。もちろん、ニワトコの杖、永久に不幸とはよく言ったもの。ですが、ニワトコの杖にまつわる話はあくまでその扱いにくさと性質によるもの。もし使いこなせればこれほどの木材は存在しない」
「ニワトコの杖って魔法史に出てくる。エグバートとかの……」
「おお、ご存知ですかな? マグルのご出身とお聞きしていましたが…… 杖つくりの間でも伝説の杖の話は良くする話。その杖を求めてこうしてニワトコの杖をつくる人間がいるのです。そして、その杖芯はセストラルの尻尾の毛とされる。この杖はその杖を再現しようと作られた杖、そしてもう一つは同じセストラルが提供した尾の毛で作られたナナカマドの杖、ニワトコとナナカマドには非常に関連性がある。この二本の杖は非常に強力な絆で結ばれた姉弟杖」
もしかしてニワトコの杖とは三人兄弟の話のニワトコの杖だろうか? オスカーはエグバートとかいうのはパッと出てこなかったが、おとぎ話の最強の杖の話であれば思い出せた。ニワトコの杖と言えばそれなのだ。
「ではお試しください。ドロホフさん」
オスカーはナナカマドとオリバンダー老人が言った短い方の杖を振った。赤と緑の閃光が店中に満ちてこれまで積み上げていった箱たちがみんな元の場所に戻って行った。オスカーはこれまでの杖と違いまるで体の一部のように杖が感じられた。
「すごい!!」
「ブラボー!!」
オリバンダー老人とシラの興奮した声が響いた。オスカーも興奮していた。自分の杖が見つかるとはこんな感覚なのか。まるでこれまでの他の人の杖を借りて魔法を使った時の感覚と違う。他の杖で使う魔法はあまり開いていない蛇口から無理やり水を出そうとしているようなものだ。
「この杖が人を選ぶとは…… もしかするともう一本もまもなく誰かを選ぶのかもしれませんな」
「あの、オリバンダーさん、姉弟杖ならオスカーはそっちのニワトコの杖も使えるんでしょうか?」
「ふむ? それは無いと断言できましょうが…… 試しますかね?」
オスカーもなんだか杖が見つかってテンションがあがり、シラとオリバンダーの提案の通り、もう一本の杖を振ってみた。さっきとは何か感触が違った。緑色の光が少しだけ辺りを照らす。
「ドロホフさん。右手で振って貰えますかな?」
「え? はい」
今度は右手で振ってみた。すると緑と青い光があたりを照らしたがさっきのナナカマドの杖の光よりは小さい気がした。ただ他に試した杖と比べれば十分な反応だった。
「なるほど…… 不思議じゃ。不思議じゃ」
「あの…… 何が……」
「普通、杖に選ばれた魔法族に他の杖がこのような反応はしないのです。よほどあなたはこの杖とつながりがあるようじゃ。じゃが少なくとも最初の選ぶ持ち主は貴方では無い様ですな。やはりあなたと強い因縁を持つ誰かがこの杖に選ばれるのかと」
「強い因縁?」
オスカーとシラは二人そろって頭を捻った。因縁と言われたって、オスカーにはそんな生き別れの兄弟だとか、前世の恋人だとかそんな存在はいなかった。なぜならまだ十一歳だからだ。
「杖の選ぶことですから、誰かは分かりません。もしかすれば今よりずっと後の話かもしれません。しかし、貴方はいずれこの杖とその持ち主とどこかで関わるのでしょうな」
「は、はあ……」
「いいなあ。オスカー、なんか伝説とかそういうのみたいじゃないかい?」
「いや、知らない人じゃないか。因縁とか言われても困るよ」
そうこうしている間にオリバンダーが杖の手入れの方法だとかを説明してくれ、オスカーはキングズリーに渡された巾着袋から十四ガリオン支払って二人は店を出た。
「これで私も魔女なんだ…… ふふ……」
「シラ、魔法は一応使っちゃいけないんだ。ホグワーツに入る前は良いけど。ホグワーツに入った後の大きなお休みとかは……」
「分かってるよ。でも、ちょっといい気分じゃないかい? 私も大人になってエティさんやキングズリーみたいにあの姿くらましってやつが出来るようになれば…… フランスまで行って、お祖母ちゃんや妹に自分で会いに行ける」
やっぱりまだ夢心地のシラを見るとオスカーはキングズリーに連れてこられたとはいえ、来てよかったと思った。そしてオスカーにとっても杖は初めの一歩だった。シラが言うようにいつかは自分で自分の事を決められるし、家族に会う事も出来るし、誰かに押し付けられる理不尽だって叩き潰せるようになるはずなのだ。
「シラ、キングズリーが余分にお金入れてあるからそれでアイス食べて待っててくれって書いてあったけど……」
「オスカーの杖が決まらないからもうキングズリー座ってないかい? アイスのお店の人と喋ってるのキングズリーじゃないかな?」
オスカーはかなり肩を落とした。キングズリーにしてはかなりナイスな提案だったのに、これでは何の意味も無かった。二人が傍までくると向こうの二人も気づいたらしく、こっちに手招きしていた。
「やあ。やっぱり時間がかかったみたいだね。多分、オスカーの方で時間がかかったんじゃないかな? うちの一族はみんな時間がかかることで有名なんだ」
「シラは一本目だった。僕のは何本かかったのか分からない」
「オスカーのは百…… 多分、百八本目だよ。結構退屈だったから数えてたんだ」
なるほど、シラは魔法史が好きなのもあってかオスカーより数字に強かった。しかし、一族で杖を選ぶ時間が変わるとかそんなことあるのだろうか? でもキングズリーがそうだと言うのだからそうなのだろう。少なくともこの男をオスカーは好きでなかったが、母親と一緒で嘘をつく人間では無いのだ。
「おっと…… 噛みつきフリスビーか。誰か逃がしたな」
キングズリーが手で持っていたアイスクリームを横から飛んできた緑色で歯がついた円盤が食べてしまった。キングズリーが杖を一振りするとテーブルの上に不時着してピクピクとしか動かなくなった。
「噛みつきフリスビー?」
「なんか悪戯に使うフリスビーだよ。空を飛んで噛みつくんだ」
「魔法族の人の考えは分からないよ。こんなの何が面白いんだろう? ハエ型ヌガーや百味ビーンズと同レベルなんじゃないかな……」
シラはさっき買ったばかりの杖で噛みつきフリスビーを危険物のようにツンツンしていた。よく見ると噛みつきフリスビーには目があってどうも気絶しているらしくバッテンみたいに閉じていた。
「シラ、申し訳ないが店主にアイスを一つ追加してもらう様に頼めないかな? ここにシックルがあるから。あとついでにもう頼んである君たちの分をトリプルにして貰おう」
「それなら僕が……」
「行く。行きます。私も魔法界のお金を使ってみたかったんだ……」
シラはそう言うなりキングズリーからお金を貰って走り出した。オスカーはなんだかキングズリーに二人とも上手い事使われている気分だった。
「オスカー、さっきのペットショップの……」
「ペットはローガンだけで大丈夫だって言ってるだろ」
またその話を繰り返すのかとオスカーは早口でそう言った。キングズリーはオスカーの方を笑顔で見ていてまるで気にしていない風だ。オスカーはそういう所もこの保護者気取りが嫌いだった。この男の前だと他の大人よりずっと自分が子供だと気づかされる気がするのだ。
「まあ聞いてくれないか。ローガンの代わりに何かふくろうを買おうと言うわけじゃない」
「じゃあなんなんだ。僕はローガンで十分なんだ。他に何もホグワーツには連れて行かない」
「君はそうだろう。でも、ちょっとくらい君から彼女に何かあげてもいいんじゃないかな? 誕生日に何か渡したわけじゃないだろう?」
オスカーはあんまり頭がついていかなかった。つまり? オスカーはシラの方を見た。アイスを作っている店主のフローリアンの方を見ながら出来るのを待っているようだ。アイスが出来るまでは帰っては来ない。
「えっと…… 僕からシラにふくろうを買えって? でも、僕はお金は持ってないよ」
「エティとミリベスからそれぞれオスカーとオスカーお坊ちゃまあてにおこづかいを渡すように言われていてね。正直、シャックルボルトの本家の人間と屋敷しもべは金銭感覚が酷いんだが…… まあ君はそんなにお金を使うタイプでは無いだろうし、そもそもお金を使う感覚もホグワーツで他の同級生と一緒に身に着けるものだから大丈夫だろう。二人の言うひと月分のおこずかいだ。本当は一年分渡せと言われたがそんなに持てないだろう。あの二人は自分で金貨を使う感覚が分からない人間としもべだからね」
人をあまり責めないキングズリーが珍しく母親とシャックルボルト家の屋敷しもべの文句を言っていたがオスカーはあんまり聞いてなかった。大柄なキングズリーが重そうにポケットから出した巾着は置くだけで金貨がこすれる音がした。
中身をざっと見た感じ、百ガリオン以上はあるのでは無いだろうか? キングズリーが言う通り、これを一年分、十二か月分渡されたのでは大変だった。
「それでどうかな? これはエティの提案なんだが。あの娘が君のローガンを良くブラッシングしたり、餌をやっているからそれが一番喜ぶんじゃないかとね。まあお節介なら……」
「分かったよ。僕の何かを買う体で入って、シラにどれがいいか聞けばいいんだろ。話を聞かないで要らないって言って悪かったよ。でも僕はローガン以外のふくろうは要らないんだ。だから……」
「ああ、行く前に言っておくべきだった。すまない。まあちょっとサプライズでやれと二人に言われてね。私もこういうのは下手なんだ。決闘だとか変装、追跡だとかなら得意なんだが…… まあ許してくれ」
やっぱり表情を変えずに笑っているキングズリーを見て、オスカーはまた自分が子供だと思われている気がして怒っているのか情けないのかどちらなのか分からなかった。でもキングズリーに新しいペットをと言われるとそれを口実にローガンを誰かに持っていかれてしまいそうで嫌なのだ。
「じゃあ、その金貨はまずはしまっておいてくれ。あと、あの二人からのおこづかいはとりあえず君が杖を作っている間に、君名義で口座を作っておいたからそこに振り込んでおく。あんな額使えるわけ無いだろうからね。それにあの二人は放っておくと一年ごとに額を上げると言うだろう。鍵はペンスに渡しておくから君が使いたい時にペンスに頼めばいい。そうしたら引き出してくれるだろう。もちろん、何か欲しいならエティかペンス、ミリベスに頼めば用意してくれるだろうが、自分で自由に使えるお金もいつか必要になるかもしれない」
「分かったよ。ありがとう」
自分用の杖、自分用の口座、自分用のお金、ここまで親や保護者に用意して貰って、果てはシラへのプレゼントまで自分じゃ無くて、大人たちの発想なのだ。やっぱり、オスカーはずっと子供扱いのままだと思った。
「どういたしまして。さて、君への誕生日プレゼントの体だが、実際のプレゼントはシャックルボルトの家からという事で君の入学と同時に別の物をあげる予定だ。だからまあ、彼女に上手い事ふくろうを選んで貰ったら、籠か何かを選んで梱包して貰っている間に、私が彼女を店の外に連れ出そう。わたしはあんまり女性の扱いは上手くないがそれくらいならやれるだろう」
「分かった。上手いことやるよ」
ただ、オスカーが子供扱いされたとしても、シラが喜んでくれるならオスカーはそれでいいかと思った。自分が嫌な思いをしても、彼女が喜んでくれればそれでいいのだ。だいたい、オスカーからすればキングズリー含めて、魔法省や魔法族のマグル生まれや屋敷しもべに対する横暴はこんなのでは埋め合わせ出来ないと思っていた。
「はい。アイスクリームだよ。私こんなアイスクリーム食べたことないや。三つも付いてる。いつものスーパーのやつと全然違う。それに全然溶けない」
「おっ、さすがフローリアンだ。私の分はこのミントだね」
「ペンスが作るのとちょっと違う」
アイスを三人で食べながらオスカーはこの後の事を考えるとちょっと緊張した。シラを騙しているわけでは無いのだが、サプライズなんてことをオスカーはやったことが無かった。
あっという間に三人はアイスクリームを食べ終えてしまって、暖炉飛行するために漏れ鍋への帰路をたどり始めた。やっぱりシラは夢心地なのか、自分で持っている杖とダイアゴン横丁の街並みをそれぞれ交互に眺めて魔法界にいることを実感しているみたいだった。
「キングズリー、シラ、さっきはああいったんだけど。ローガンに何か買っていこうと思うんだ。列車で持ってくなら時間が結構長いからできれば大きな鳥かごとか」
「オスカーのお家は広いから別に鳥かごに入れなくてもいいけど、直接ホグワーツにローガンを飛ばすわけにはいかないからだよね…… うん。絶対その方がいいよ。その方がローガンも楽だと思うし」
「そうだね。じゃあ入ろう。まだ時間はある。夕方になる前に戻ればいいだろう」
イーロップのふくろう百貨店、森ふくろう、このはずく、めんふくろう、茶ふくろう、白ふくろう。看板にはそう書かれていて、ちょっと薄暗い店から、低い、静かなホーホーという鳴き声が聞こえてきた。
「ごめんくださーい」
興味津々のシラを先頭にオスカー達は店の中に入った。ふくろう百貨店は暗くてバタバタと羽音がして、ちょっと暗い店内で宝石のように輝く目があちらこちらでパチパチしている。
「ホグワーツ特急で運ぶようにふくろうの鳥かごを買いたいんだが」
「どれくらいの大きさですかな?」
「そこのシマフクロウと同じくらいだね。黒くて大きなふくろうなんだが」
「このサイズですか。ちょっと待ってくださいね。在庫を見てきますわ」
店主が店の奥に引っ込むとキングズリーがオスカーの方にウィンクしていた。いくらオスカーがキングズリーの事が気に入らなくてもこれは後でお礼を言うしかなかった。
シラは店中に吊ってある籠の中のふくろうを見つめてふくろうと目が合ったら次のふくろうを見つめるというサイクルでとにかく色んなふくろうを見ていた。
「色んなふくろうがいるんだね。オスカー」
「色々いるよな、シラはこの中に好きな色のやつがいるのか?」
「え? 色? うーん。良く分からないよ。でも、色はよく分からないけど、杖と一緒でふくろうっていいなあと思うよ。だって魔女って言ったら使い魔じゃないか。黒猫とかカラスとかそう言うのだよ。マグルが思う魔女ってそんな感じなんだよ」
「そうなのか。それって前貸して貰った本みたいに魔女が黒いから黒猫なのか?」
「え? うーん黒いからかぁ…… たしかにそうだろうね。黒魔術とかそういうイメージなんだろうね。夜とか暗い森の中にいる魔女だから黒い動物なんじゃないかな」
シラはあんまり色のこだわりが無さそうだった。オスカーはちょっと情報が少ないと思った。ここまでして貰っていて、シラからするといまいちなふくろうをプレゼントなんて情けない気がするのだ。
「形とか顔とかは? 変な顔の奴とかもいるよな」
「めんふくろうとかは面白い顔をしているよね。でもやっぱりオスカーの家のローガンみたいに、ザ・ふくろうみたいな顔が一番じゃないかい? なんか賢そうで使い魔って感じがするよ」
ローガンは確かに顔だけはかなり賢そうだった。実際、あんまりオスカーは手紙を運ばせたことが無いのでローガンがどれくらい賢いのかは分からないのだが、いつもの仕草を見ているとあのふくろうは賢そうな顔をすると自分が得をすると理解できるくらいの頭はありそうなのだ。
「ありました。このサイズなら大丈夫でしょう」
「じゃあこれでお願いする。オスカー、梱包してもらうから受け取って貰えないかな? 外でちょっと家に今から帰ると連絡してくる…… おっと、シラ、煙突飛行粉が無いみたいだ。ちょっとオスカーを待つ間、一緒に買いに行かないか?」
「分かったよ。シラ、キングズリーと先に出てて大丈夫だ」
「分かりました。オスカー、ちゃんとローガンにいるモノは買った方がいいよ」
二人が出て行ったのと店主が梱包しているのをしり目にオスカーはふくろうを眺めた。シラはイメージとして黒い服だから黒猫とか結構安直な事を言っていた。ただそれ以前にオスカーはこのふくろうだろうともうほとんど決めていた。
外から一番見やすい位置に置かれているこのふくろうだ。日光を浴びて白い毛がほとんど銀色みたいに見える。値段も一番高いがこの白ふくろうしかいないだろうとオスカーは思っていた。
「お坊ちゃん。ふくろうは二匹飼ってもあんまり意味ないよ。つがいを買ってあげるっていうなら別だけどね」
店主が何か言っていたがオスカーは黙って白ふくろうの鳥かごを外してそのまま店頭に持っていった。ふくろうは何も言わずにこっちを見ている。眼もどこか似ているとオスカーは思った。
「お坊ちゃん言ってたこと聞いてたかい? 二匹ホグワーツに持っていってもあんまり意味が無いし、お父さんが置いて行ったお金だと足らないよ。この子はうちの看板だから二十八ガリオンだ」
「父さんじゃないし、僕のために買うんじゃない。なんか飼い始めるのにいるものがあれば一緒に買いたい。あとマグル生まれでも飼い方がわかるような本とかあれば……」
オスカーはそう言って二十八ガリオン取り出して机に出した。店主はオスカーの言葉とガリオンを見て目を丸くし、なんだかえらく笑顔になった。オスカーはまた大人に子供扱いされている気がした。
「ははあ、坊ちゃん、さっき連れてた子にあげるのかい? はあ…… なるほどね。じゃあ鳥かご代とエサ代、ブラシ代は負けとこう。あとこの冊子を女の子にあげればいい。マグル生まれだと結構逃がしたり、返品にきたりするからね、そうならないようの冊子さ。坊ちゃん、やるもんだね。まだホグワーツに入る前だろう?」
「いいから早くいるものをまとめて欲しい」
「ほいほい。ちょっとまってね」
それから店主がふくろうや他のエサだのブラシだのをまとめている間、オスカーはいったいどんな顔や言葉でシラに渡せばいいのだろうと考えていた。そもそも彼女は受け取ってくれるのだろうか?
ㅤもし受け取って貰えないとなるとこのふくろうが可哀想だとオスカーは思った。こんな狭い店内の鳥かごの中にいて、その上、新しい主人に受け取って貰えないなんて可哀想ではないか。さっきはキングズリーにローガンしか持っていかないと言ってしまったが、最悪、自分でホグワーツに連れて行こうと思った。
「はいはい。お買い上げありがとうございましたっと。頑張ってね。坊ちゃん。鳥かご二つとも大きいから落とさないようにね」
「浮かす魔法くらい使えるよ」
店主の言う通り鳥かご二つは流石に持てなかったのでオスカーはローガン用の鳥かごを呪文で浮かして、白ふくろうを自分の手で持つことにした。外に出て見回すとグリンゴッツの前あたりで二人が手を振っているのが見える。
流石にオスカーも渡すタイミングが近づいてくると緊張した。
「オスカー、煙突飛行粉のお店も面白かったよ。煙突飛行粉にもグレードがあって…… オスカーのお家に置いてあるのはやっぱり高級品で…… あれ? その子は?」
「あげる。今年の誕生日のプレゼントだ」
「え? あげるって……」
白い籠に入った白いふくろうをオスカーは前に出した。シラはなんのことか分からないとばかりに眉をよせていた。オスカーはやっぱりこのふくろうで良かったと思った。彼女の言うように黒い服を着た魔女の使い魔が黒猫やカラスであるなら、彼女の髪色を考えればこのふくろうだと思ったのだ。
「そ、そんなの受け取れないよ。だって、あそこのふくろうたち、十何ガリオンもしてたじゃないか。この子、ショーウィンドウの一番外側にいた子だし、一番高かったんじゃないかい?」
「受け取らないとか言わないでくれよ。あんな狭い店の中に戻したくない。家の庭とか村の周りの森だったらいくらでも飛ばせるじゃないか。受け取らないとか言われたらあの店に返さないといけない」
「そうじゃないよ。お、オスカーはお金の価値が分かってないんだ。新品を買ったら教科書で十三ガリオン、杖で七ガリオン、大釜で十五ガリオン、クリスタルの薬瓶三ガリオン、真鍮のはかりが二十一ガリオン、望遠鏡が五ガリオン、これで消え物以外で六十四ガリオン。ここに服とか手袋とか魔法薬の材料とか…… それでその子は確か……」
「二十八ガリオンだけど」
自分で数を数えてうわああという顔をするシラを見てちょっとオスカーは面白かった。お金など大した問題なのだろうか? オスカーはよく分からなかった。そもそも母親だって別に働いていないけれどお金を使っているではないかと思うのだ。
「だって君の家からもう色々古い教科書とか、エティさんの使ってた制服とかそういうの貰ってて、それで浮いたお金とホグワーツから支給されたお金で他のモノを新品で買えたんだ。その子一匹で魔法史の本が何冊買えると思ってるんだい?」
「いいから受け取ってくれよ。エサとかブラシとか世話するのにいるものと、マグルの家でも飼うための冊子も貰って来たんだ。あんな狭くて眩しいガラスのとこに戻したくない。早く戻ってちょっと暗い森で飛ばしてあげたい。あと名前をつけてあげないと可哀想だ」
「ちょ、ちょっと…… お金の話と違う話だし…… オスカーは無茶苦茶だよ」
受け取るのが嫌なのだろうか? いまいちオスカーにはシラがどうして渋っているのか分からなかった。羽根の色が気に入らないとかだとオスカーはちょっとショックだった。これでもオスカーはちゃんと考えてこのふくろうしかないと思ったのだ。
「色が気に入らないとか顔が賢く無いとか……」
「そんなんじゃないよ。この子が悪いわけじゃなくて…… あー、やっぱりエティさんやキングズリーもそうだけど。ちょっとシャックルボルトの人はおかしいよ。オスカーもやっぱりそうなんじゃないか」
「おかしいとか言われても分からないよ。それで……」
「分かったよ。ありがとう。受け取るよ。大事にするよ」
「ほんとに? 良かった」
オスカーがシラに鳥かごを渡すと彼女は自分の杖よりずっとおそるおそる鳥かごを持った。やっぱり羽根の色と髪の色が似ていて、オスカーはショーウィンドウにいる時や自分が持っているときよりふくろうにとってずっといいと思った。
「でも、オスカーはクリスマスと来年はそういうことしちゃダメだよ。私にプレゼント送ってきたらダメだからね」
「え!? どういうこと……」
「こんなのもらったらしばらくプレゼントなんて貰えないよ。だって君に何も返せないじゃないか」
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ。プレゼントってお互いに同じくらいのものを渡すものなんだから。こんなの…… こんなのとか言っちゃダメだけど。返すのに何年かかるのか分からないじゃないか」
オスカーはプレゼントを贈るなと言われてショックだったがどうせクリスマスや来年の誕生日になれば忘れたふりをして贈ればいいと思った。こういうのはあげればあげるほど得なのではないだろうか?
「どうしよう…… 私の部屋で飼ってもいいのかな……」
「シラの家は外れにあるから飛ばしても大丈夫だろ」
「外れにあるとか言わないで…… オスカーの家は敷地が広いからあんまり分かんないよね…… ああ、もう…… どうしよう。制服のお下がりとかならお母さん分かると思うけどふくろうなんて分からないよ」
もうちょっと喜んでくれると思ったのだがシラはむしろ頭を抱えている様だった。オスカーにはさっぱり分からなかったし、隣のキングズリーはずっと笑ったままで多分彼女の悩みは分かってい無さそうだった。
「その辺で捕まえたって言えばいいじゃないか」
「マグルの法律だとその辺で捕まえたら私とお母さんが怒られちゃうよ」
「不便なんだな。マグルの法律って。僕の家から飛んできてるって言えばいいじゃないか」
ふくろうを飼っただけで怒られるなんてマグルの法律は意味が分からないとしか思えなかった。そんな法律があるならなんのためにポストがあるのだろうか?
「それしかないけど。う~…… 絶対バレるよ。入学のこともなんかあんまり分かっていないし…… ふくろうなんて分かるわけないって言うか……」
「どうにもならなくなったら僕の家に飛ばしてもいいけど。いつもはちゃんと家で飼って欲しい……」
「分かってるよ!! もう。オスカーは無茶苦茶なんだ。私が悩んでること全然分かってないじゃないか!!」
「なんで怒ってるんだ?」
ぷんぷん怒ってはおそるおそるふくろうの方を見てなんだか嬉しそうな顔をする。それを繰り返すシラを見て、オスカーはさっぱり女の子が分からないと思った。ずっと嬉しそうな顔をしてくれればいいのにと思うのだ。
「じゃあ帰ろうか」
「あ、また暖炉飛行なの忘れてた……」
「二回目だし大丈夫だろ」
いつの間にか三人は漏れ鍋までついていた。煙突飛行粉を撒けば炎が緑色になる。足を入れれば体が回転していくつも暖炉が過ぎ去り気づけばドロホフ邸に着く。
暖炉の前のソファーにはおやつとお茶が置かれていて帰ってきたら休んでくださいとばかりだ。
ホグワーツに行く日はもうすぐそこだった。
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第七章 九と四分の三番線からの旅
ダイアゴン横丁から帰ってから出発までの一か月間は、オスカーにとっては楽しいものだった。何より自分の杖を手に入れたのだ。家族の杖を借りるよりずっと簡単に魔法を使うことが出来る。そして自分の杖と言うのは一人前の魔法使いに必要なものだ。杖を取り上げられた魔法使いは魔法使いでは無い。オスカーはそれを誰より知っていた。
オスカーがあげた白フクロウにシラは魔法史からとった名前を付けた。ユーリアというローマ時代にいた炎の嵐という凶悪な魔法を得意とした魔女の名前らしい。オスカーはこのユーリアがローガンとも喧嘩しないし、彼女の白い羽が見えるとシラから手紙が来たという事が分かるので見るだけで自分の機嫌が良くなりそうだった。
シラは毎日カレンダーにバツ印を付けて、九月一日まであと何日かを数えていると言う。彼女は本当にホグワーツを楽しみにしていた。時々彼女が家に来て魔法の練習をしたり、ホグワーツの準備をしたりとしていればいつのまにか八月の最後の日になっていた。オスカーは明日からはドロホフ邸でもシャックルボルト邸でも無い場所で寝泊まりするのだ。
ペンスは今日は朝ごはんに何を作ってくれているだろうか? 多分、ペンスは自分を喜ばせようとオスカーが良く美味しいと言うものを出すだろう。ブリヌイと言う、パンケーキとかクレープみたいな料理か、母親とシラにも評判がいい、ブリックと言う揚げた餃子かもしれない。
「あっら。キングズリー、また来てる。ずいぶん久しぶりだけど。学習しないおバカばかり。ゆうびん局を買い取ってこの手のを送れないようにできない?」
「それは無理だろう。魔法族の郵便は一応、お互いの良識の範囲で検閲されないことになっている」
広間からキングズリーの声が聞こえてオスカーは朝からちょっとげんなりだった。闇祓いは忙しくないのだろうか? それともマグルの大臣の護衛というのは暇なのだろうか?
「おバカさん達は届け人不明郵便の拒否と秘密発見機でほとんど判別できるっていつになったら気付くんだか? カミソリじゃなくて…… ブボチューバーの膿み? こっちは有毒中虫蔓? 結構珍しい。ペンス、この蔓、あそこの温室で育てられない?」
「かしこまりました。植えさせていただきます」
「一応、C級取引禁止品だが…… まあ脅迫状で送り付けるのは取引では無いか」
「それ法律の抜け穴にならない? ドラゴンの卵を相手に脅迫状と一緒に押し付けてお金を貰うみたいな」
脅迫状? オスカーは聞き覚えがほとんど無い言葉が聞こえて来て広間に入るのをやめた。たしか脅迫状というのはシラに貸してもらった推理ものとかに出てきた記憶がある。探るのをやめろだとか、誘拐したからお金を払えだとか、相手に無理やりいう事を聞かすためだったりの手紙のことだ。
「さあ? 本当に魔法族が隠す気であれば取引禁止など大して意味が無いだろうから」
「しかしさっぱり分からないわ。この家あてに届けられないように色々処理したのに。ふくろうが賢い? 運んでくるふくろうを全部買い取っていけばそのうち来なくなるかも」
「そのなんでも根こそぎの考え方はやめたほうがいいと思うよ。まあ段々減ってきている。恐らく、他の死喰い人達の家族の所にも届いているのだろう。魔法省にあまり相談は無いが、彼らは中々相談しにくいだろうから。実体は分からないが」
そんな手紙が来ていたなど、オスカーは知らなかった。母親もキングズリーもペンスもオスカーにそんな事を教えてくれなかった。でも、オスカーはよくよく考えてみるとホグワーツからの手紙、ローガンが運んできてくれるシラの手紙、あとはシャックルボルト邸の屋敷しもべが送ってくるお菓子以外、郵便物を開けたことなど無かった。
ペンスが郵便物はまとめているし、ほとんどの郵便物は母親宛ての物か、ドロホフの家の持ち物になっている土地や建物に関するマグルからの郵便物ばかりらしいからだ。
「うちならまだいいんだけれど。両親がいなくなった子供を預かった家にもこういうのを送っているんだとしたら。性質が悪いわね」
「そうだろうね。両親の裁判を傍聴していた子供は幾人もいた。そういう子女への保護は全く考えられていない」
朝から嫌な話を聞いて、ホグワーツに行く日だと言うのにオスカーの機嫌は急降下していた。ホグワーツに入っても同じような事をオスカーにしてくる人間がいるかもしれないと思ったし、単純にそんな事をやってくる人間が気に入らなかった。
でも、シラが来て、一緒にトランクの準備をし、学用品のチェックをするとそんな気分も明るくなってきた。まずはオスカーの家でペンスにしばらくのさよならを言って、シラとシラの母親と一緒にシャックルボルト邸へ煙突飛行で移動し、ミリベスとドネとティロにもさよならを言う。
その後はオスカーが初めて乗る、じどうしゃなるモノに乗ってロンドンを目指す。キングズリーが運転するじどうしゃはブルブル震えて動くのだ。それに沢山のおなじようなじどうしゃが走っているのだが、キングズリーがじどうしゃのボタンみたいなのを押すと、いつの間にか前で停まっているじどうしゃの一番前にいたり、明らかに通れない狭い道でも通れるようになったりした。
それにシラの言う、ロンドンのこうそうびるとかまてんろうなるモノも初めて見た。マグルとは凄い生き物だ。こんな高い建築物を魔法無しに作ってしまうのだ。一体オスカーの家何個分の高さがあるのか見当もつかないくらいだ。
シラがあれが何々で何々みたいな説明を言ってくれる中、外の景色に夢中になっているといつの間にかキングズ・クロス駅についていた。キングズ・クロス駅は魔法省より沢山の人がひっきりなしにあっちからこっちへ、地下から二階へ、列車からホームへと流れている。
「九と四分の三番線…… オスカー、魔法族ってこういうの好きだよね?」
「ダイアゴン横丁みたいな?」
「そう。そういう秘密の入り口みたいなやつ。この駅からエディンバラまで線路が繋がっているから、私もフランスから来た時、ここに来たんだけれど。その時に知ってたらなあ……」
「来たことがあるんだ?」
「うん。イースト・コーストって長ーい線路がスコットランドまで繋がっているんだ」
シラの言う通り、このキングズ・クロス駅のマグルの使うプラットホームにホグワーツ行きの列車が来るわけでは無い。魔法族の秘密の通路がある。九と四分の三番線の名前の通り、九番ホームと十番ホームの間の壁みたいな場所から入れるのだ。二人は大人達に先駆けて、時々、魔法族らしき人が入っていくその入り口に足を踏み入れた。
「凄い!! あれがホグワーツ特急?」
「汽車ってこんなに大きいんだ」
紅色の蒸気機関車が沢山の魔法族達でごった返すプラットホームに停車している。ホームの標識には『ホグワーツ行き特急十一時発』と書かれている。汽車の煙はホームの上に流れているが、ほとんどの人は立ち止まって、生徒と家族の別れの挨拶とか、ホグワーツでどうしなさいみたいなお話をしている。
「凄い人…… 本当に大丈夫かしら? シラ、貴方、この人たちとやっていけるの? お母さん一人でも貴方の成績と母子家庭の補助と奨学金があればパブリック・スクールにだって入れるかもしれないし」
「大丈夫だよ。私みたいに家族に魔法が使える人がいない人も昔から入学してるって改訂ホグワーツの歴史に書いてあったし。それにホグワーツはパブリック・スクールと同じで寮だから私の分のお金とか要らないし、学費も魔法省が払ってくれるからみんな払ってないみたいだし」
シラは後ろから話かけて来た母親と喋り始めた。母親の方は心配そうな顔をしている。オスカーにはシラがいつも気にしている母親のお金のことだったりが良く分からなかった。困ったら自分の家に来てくれればペンスがご飯を作って渡すくらいできると思うのだ。
「いじめられるかもしれないわ。引っ越してきた時もそうだったでしょう? お母さん学校の先生に言ってあげることも遠くて難しいし……」
「大丈夫。ホグワーツについたらユーリアをお母さんの所に飛ばすから手紙をユーリアに渡してくれればそれで連絡できると思うし」
オスカーはシラがどこか母親から離れたがっていると思っていた。彼女は自分の母親の悪口なんて言わないが、彼女の家にいる彼女は窮屈そうなのだ。オスカーから見てもシラは彼女の母親の前ではほとんど完璧な子供に見える。マグルの学校の成績はほとんど一番らしいし、彼女は洗濯から掃除、料理までほとんど自分でしてしまうのだ。オスカーはそんなこと子供がやることじゃないのではないかと思っていた。でも、彼女にはそれが当然のことなのだ。
「ふくろうね…… 普通に郵便じゃダメなのかしら。それか電話か電信でも。電話をかけるポンドは持ってる?」
「ちょっとは持っているよ。あ…… お母さん。聞きたかったんだけど。お父さんの家族って魔法が使える人なんていなかったよね?」
「いなかったと思う。けれどほとんどあの人のお母さん以外と私は喋ったことが無かったから……」
「分かった。あともしかしたらヨルシカも魔法が使えるのかも。ヨルシカとおばあちゃんに手紙を…… 海をユーリアに越えて貰うのは可哀想だから無理かな。お父さんもヨルシカもびっくりしちゃうし」
シラ待ちでホームをキョロキョロしていると色んな人がいるのが分かった。向こうに見えるのは多分マルキンの店であった女の子と家族では無いだろうか? ダークグレーの髪の背の低い女の人と女の子、それになんだかクルクル回る目をはめた老人が一緒だ。
「じゃあお母さん、クリスマスは家に帰ろうとおもうけどいい?」
「大丈夫。その頃には仕事も落ち着いていると思うから家にいるはず。帰りの汽車の切符はあるの?」
「うん。大丈夫。行ってきますって言うか、とりあえず席を見つけてきます」
「行ってらっしゃい。ドロホフさんたちには席を見つけに言ったって言っておくから」
オスカーがそっちを向いている間にシラは家族と喋ったようだ。キングズリーと母親は知り合いらしき人と話している。当たり前だけれど二人の世界はここなのだから、知り合いだって沢山いるのだろう。
「オスカー、席を取りに行こうよ。ホーム側の席ならお母さんたちと出発まで話せるんじゃないかな?」
「分かった。もう前の二両は一杯だからあっちに行こう」
もうちょっと出発までには時間があるはずだが、すでに先頭の数車両は生徒たちで一杯だった。列車に入ろうとするところでシラはカートに乗せていたトランクを持とうとして足に落としかけた。
「オスカーどうしよう。このトランクすっごい重いや。引くの手伝ってくれない?」
「魔法を使えばいいじゃないか」
シラのトランクをロコモーターという物を動かす魔法で浮かせて二人は列車の中に入った。オスカーのトランクは祖父が使っていたと言う魔法の手提げのトランクだから重く無いし、物凄い量のモノを入れる事が出来るので手で持てば良かった。ちなみにキングズリーが言っていたふくろうじゃないプレゼントとはこれのことだ。流石にオスカーもこのプレゼントは嬉しかった。
まだ発車のアナウンスは流れていないがすでにたくさんの生徒たちで列車は混み合っている。そこら中から生徒の声とホーホーというふくろうの不機嫌な鳴き声が聞こえる。
二人は開いているコンパートメントを探してふくろうの籠を手に持ち、浮かせたトランクが当たらないように気を付けながら進んだ。
「オスカーのトランクってすっごい便利なんじゃ無いかな。流石、オスカーのお爺さんが使ってたトランクだよね」
「まあ、会ったことないけど。僕の爺さん。ここ開いてるよ。ホーム側だし」
とりあえず、上の棚にトランクを入れて、籠を椅子に置き、二人は一息ついた。オスカーは初めて列車に乗るし、こんなに人が多い場所に来たのは魔法省とダイアゴン横丁以来だったのであんまり落ち着かなかったのだ。
「あ、お母さんたちあそこにいるよ」
「ほんとだ。手を振ったら見えるんじゃないか?」
「そうだよね。おーい!! お母さん!! エティさーん!!」
シラが大声で叫んで手を振っている間にオスカーは他の家族の姿を見ていた。みんなだいたい父親、母親、兄弟という感じで、他に時々お爺さんやお婆さんらしい年配の人と一緒の子供もいる。特に目立つのは赤毛の一家で、とんでもない数の男の子たちがいる。親戚の集まりとかだろうか?
「チャーリー、箒は持っていないでしょうね?」
「持ってないよ。ママ、一年生は箒は禁止だって書いてあったし」
あの子はもしかするとオスカーがダイアゴン横丁に行った日に箒を見ていた男の子では無いだろうか? オスカーの記憶が確かならそのはずだ。あんな赤毛の人は周りにいないので覚えていたのだ。
「兄貴の箒は僕達が使うから大丈夫だよママ」
「ママ、チャーリーのトランクを運んでもいい? 別に汽車に隠れたりしないからさ」
「いやに親切じゃないか。フレッド、ジョージ」
あの双子らしい小さい男の子も兄弟なのだろうか? オスカーはてっきり赤毛の一族の集まりかと思っていたのだがそうではないようだ。あんなに家族が多い家族もいるのだ。
「ビルの荷物も運ぼうか?」
「一回、ホグワーツ特急に入って見たかったんだ。ねえ、ママ、いいでしょ」
「ちゃんと出発の十分前には戻るんですよ」
「ガッテン承知!!」
「いくぞ!! って重…… 兄貴、いったい何入れたんだ?」
ビルと呼ばれた身長の高い年上の男の子も兄弟らしい、それ以外にも全員で七人子供がいるみたいでオスカーには衝撃だったが、あれだけ兄弟が多ければ、ずっと家に籠りっきりでも寂しくないのでは無いだろうか?
「ドーラ、もうその髪の毛は言わないけれど。ちゃんと遅刻しないで授業に行って、先生のいう事を守って、夜は寮で寝て、一週間に一回は手紙を書いてね」
「はーい。ママ。分かったわ。だいたい出来ると思うもの。授業なんて多分余裕よ。だって教科書に書いてる事しかしないんでしょ? もしかすると私が一番になっちゃうかも」
こっちでは赤毛の兄弟に勝るとも劣らないとばかりに目立つ家族がいる。何より女の子の髪の毛がショッキングピンクなのだ。いくら魔法界とは言え、そんな奇天烈な髪の色をしている人は他にいない。
「あのねぇ…… そういうところだけは私やウチの家系に似てるわね……」
「ドーラ、ちゃんと手紙を書くんだよ。パパが寂しくて泣いてしまうかもしれない。もしいじめられたりしたら……」
「大丈夫よ。よーし、これから私の物語が始まるってわけよね。多分、一番目立ってる気がするから出だしはばっちりだもの。じゃあ行ってきまーす!! って痛ったあ!? トランク重すぎるわ。何なのこれ」
いきなりホグワーツ特急に駆け出そうとして父親からトランクを奪い取ったと思ったら、そのまま自分の足に落としたらしかった。確かに、オスカーの注意を惹くという意味では彼女は一番目立っていた。
「ほんとにもう。なんでそういうところばっかり似たのかしら。テッド、窓からトランクを入れましょう」
「エピスキー 癒えよ。ほらもう大丈夫。じゃあドーラ、先にホーム側のコンパートメントに入ってこっちに手を振ってくれればそこにトランクを窓から入れよう」
「オスカー、みんなこっちに来てくれたよ」
「え? ああ」
そう言われてそっちを見ると母親二人がそこにいた。キングズリーは何か向こうの方で傷だらけの顔をした老人と喋っている。闇祓いの同僚だろうか? 裁判で見た気もする。
「シラ。ちゃんと手紙を送ってね。シラがいない間は頑張って家のことはするわ」
「うん。お母さん、ちゃんとメモはしたと思うから、野菜は農場のグリーンさんの所からおすそ分けして貰って、お肉は牧場のリーチさん……」
「大丈夫。学校の事だけ考えていればいいわ。私一人なら生活できるから」
オスカーはいつも思うのだが、子供がそんなに大人の面倒を見るモノなのだろうか? シラは本当に家の事ならなんでも出来るみたいなのだ。
「オスカー、ちゃんとシラちゃん以外にもお友達をつくらないとダメだから。どうしてもうちょっと笑えるように教えられなかったのかしら?」
「母さん、大丈夫だよ。多分」
「シラちゃんお願いね。この子、ほんとに表情が分かりにくいのよね。こういう所だけ似なくてもいいのに…… グヴィンさん、ほんとシラちゃんが近くに住んでてくれて良かったわ」
「いえそんな…… ドロホフさんにはお世話になりきりで…… 私達はこういう場所の右も左も分からないから……」
そう言って二人は母親同士で会話を初めてしまった。オスカーは母親に良く表情が分かり辛いと言われるのだが、そんなこと言われても良く分からない。だって相手の瞳に移る表情でも見ろとでも言うのだろうか? それにペンスやシラはオスカーがどう思っているかくらいだいたい分かってくれると思うのだ。
「ここ開いてる?」
「兄貴の荷物なんだけど。置いてもいい?」
「重いんだこれ。二人は新入生? 兄貴も新入生なんだ」
二人がコンパートメントのドアを見るとさっきオスカーが見た赤毛の双子が後ろにいた。多分、七歳くらいじゃないだろうか? オスカーでもシラのトランクは重いのでいくら二人とはいえこのトランクは相当重かっただろう。
「ああ。僕達も新入生だけど。トランクから手を離してくれ…… 貰えるか? ロコモーター トランク。ほら、ここに置いておくから、二人のお兄さんに伝えてくれればいい」
「いいなあ。弟に荷物を運んで貰えるなんて」
オスカーは二人だけのコンパートメントじゃなくなったのがちょっと残念だったが、この気のいい双子にダメというほどでは無かった。そして双子は呪文でトランクが戸棚に収まるのを見るとちょっと悪戯っぽい顔をして、背中から見えない何かを取り外すような動作をした。
「ありがと。それとこれも置いといて欲しいんだけど」
「見えないけど。箒なんだ。これ、紐がついてるから、そのトランクに結んどいて欲しい」
「箒? でも箒って新入生は持ってくるのも禁止って書いてなかったかい?」
「だから透明なんだよ。兄貴に二シックルで頼まれたんだ。でもトランクが重かったから倍にしてって言おうと思う」
「じゃあよろしく頼むぜ!! 銀髪のお姉さんと魔法が上手いお兄さんのカップルに渡したって言ってくるから!!」
そう言って二人は走り去ってしまった。なるほど。さっき母親から彼らの兄らしい人物がくぎを刺されていたのはこれだろう。それで透明にして持っていく…… オスカーは箒が好きでは無いので分からなかったが、好きなら強引に持っていくこともあるのだろう。オスカーは双子の心意気を汲んで彼のトランクに結んでおいてあげた。
「カップルだって。なんだかませた双子だったよね。オスカー。でもあんまり規則を破るのは良くないよね……」
「まもなく、十一時になりますとホグワーツ特急は発車いたします。皆さま、乗り遅れることが無いようにご注意下さい」
シラの声はアナウンスと汽車の汽笛で途切れてしまった。流石にオスカーも母親に何か言おうと思って窓から顔を出した。列車の窓ではみんな似たような感じで生徒の顔が出てきているし、両親と別れの挨拶をしている。
「じゃあオスカー、ペンスやドネやティロがいなくても、朝起きて、夜寝て、ご飯を食べなさい。それだけしてくれればいいわ。まあ勉強は大丈夫でしょう」
「分かったよ。母さん、一応、みんなにはローガンで手紙を出すよ」
「よし。あとはペンスやドネやティロが山ほどお菓子や何かを送るからその時に手紙を付けてくれればいいわ」
なるほど。そうなるのかとオスカーは思った。実際、ドロホフ邸にいるとドネとティロがお菓子と手紙を送ってくるし、シャックルボルト邸にいるとその逆なので、ホグワーツにいたらそういうことなのだろう。
「お母さん、お風呂の洗剤はお付き合いもあるから港町のスーパーじゃ無くて雑貨屋さんで買わないとってメモに書き忘れてて……」
「シラ。大丈夫って言ってるでしょ。元気でいてくれればいい。時々お手紙を書いてね。それに裁判の結果があるから、今度の夏休みにはパリかロンドンであの人とヨルシカに会えるはずだから…… それまで元気でいてくれないと困っちゃうわ」
「えっ…… うん。分かった。車でも言ったけどクリスマスには帰るね」
汽笛が鳴った。汽車の車輪が滑り始める。汽車の入り口では慌てて乗り込む生徒たちがそこかしこにいる。母親二人はなんだかちょっと寂しそうに見えた。キングズリーは向こうで傷だらけの老人と喋っていたのだが汽車が動き始めたのでこっちに来た。オスカーはキングズリーじゃなくて、ペンスがここにいて欲しかったと思った。
「行ってきます」
「行ってきます!! お母さん、エティさん。キングズリーさん」
大人からの声は汽笛と蒸気、車輪の音で聞こえなかった。汽車がカーブを曲がって、大人達の姿が見えなくなるまでオスカーとシラは手を振っていた。ロンドン近郊の家々が飛ぶように過ぎていく。どうなるのだろう? ペンスと母親との生活とこれからのホグワーツでの生活はどう変わるのだろうか? オスカーは裁判で見た、父親や弁論に立っていた母親を見るあの魔法族達の視線を思い出すと少し不安だった。
するとコンパートメントの戸が開いて、双子の兄らしい少年とマルキンの店で見た女の子が入って来た。
「僕のトランクがあって銀髪の女の子がいるからこのコンパートメント…… 空いてるよね? 双子が持ってきたトランクは僕のなんだけど」
「あ、貴方、マルキンの店で話しましたよね? 私も入ってもいいですか?」
「大丈夫だよ。二人は新入生? オスカーは会ったことあるの? 私達も新入生なんだけど」
「私と隣の男子もそうですよ。あとトランク入れるの手伝って貰えませんか? これ引きずるのもしんどいんです」
「これ重いんだよね。流石に手伝わないとダメかなって思って手伝ってたんだけど」
オスカーは杖を振ってロコモーターの呪文を使った。二人のトランクが宙に浮いて戸棚に収まった。入って来た二人の目がオスカーの方を向いた。女の子はやっぱり凄く小さく、ダークグレーの髪に黒い目で真っすぐこっちを見てくる。男の子の方はオスカーよりちょっと身長が低そうだが、がしっとして横幅はある様に見える。何より本当に髪の色が赤くて顔にはちょっとそばかすがある。
「あれ? 魔法ってもう使っていいんだっけ? ママにあんまり使うなって言われてたんだけど……」
「いいはずですよ。ホグワーツに入る前の子供は使っても問題無いはずです。私もそうすればよかったですね。それより今の無言呪文ですよね?」
女の子の方は奥に座っていたオスカーの前に座って話しかけて来た。オスカーはやっぱりこの女の子がちょっと苦手に感じた。もの凄く気が強そうなのだ。入ってくる時もほとんど問答無用でドアを開けたし、マルキンの店でもずっと喋りかけてきた。女の子は何やら杖と生き物の籠を置いた。なんと籠の中にはタランチュラみたいな蜘蛛が入っている。
「そうだけど」
「え? これ何の生き物? た、タランチュラ? すっごいね。私初めて見たよ。おっきいなあ」
ちょっとオスカーの横で引きながらシラが蜘蛛のゲージを覗いた。赤毛の男の子も気になったのか横から見ている。オスカーは女の子が蜘蛛を持っているというのが何だかアンバランスな気がした。シラは虫の類が嫌いだったし、マグルの女の子たちはみんなそうらしいからだ。
「アクロマ…… タランチュラですよ」
「アクロマンチュラがこんなに小さいわけないよ。あの蜘蛛は卵もドラゴンの卵と同じサイズなんだ。それに人に慣れないからペットになんかできない。だからただのタランチュラだよね?」
「そうですよ。タランチュラです。姉さんがホグワーツの禁じられた森で森番のハグリッドと捕まえたんです。ちょっと小さいから群れから追い出されちゃったんです。ねえフレイ? あなたはお利口だしただのタランチュラだから喋ったりしませんよね?」
赤毛の男の子が早口で喋った後、女の子に声をかけられるとフレイと言われた蜘蛛は女の子の方にまるで返すようにはさみを何度か上げ下げした。この蜘蛛は人語が分かるのだろうか? だとしたら羨ましかった。動物は人間と違って理不尽な行動をとらないからオスカーは好きなのだ。
「ずいぶん詳しいですね。アクロマンチュラのこと」
「幻の動物とその生息地に書いてあるじゃないか。魔法生物飼育学は三年生かららしいけど。僕、あの授業のパパの昔の教科書は七年の分まで全部読んだよ。他は何もしてないけど。ホグワーツで他の面白い生き物も見れるといいなあ」
自慢する風でも無く赤毛の男の子が言った。オスカーはそれくらいが普通なのだろうかと思った。オスカーもオスカーでまあまあキングズリーが少し褒めるくらいには呪文を練習したり、教科書を読んだりはしていたからだ。
「あ、そうでした。さっきの無言呪文ですよね? どのくらい使えますか? 私も簡単なのは使えるんですけど」
「僕も簡単なのしか使えないよ。頑張って武装解除とかそのくらい。失神呪文は当たっても大きな動物にはあんまり効かない。まだ魔法力が無いかららしいけど」
「え? 君もあの何も言わないで魔法使うやつ使えるのかい? そっちの君も?」
やっぱりこの小さな女の子は優秀なのでは無いだろうか? 普通、無言呪文は六年生になるまで練習しないと言う。オスカーはキングズリーとしばらく練習したら使えるようになったのでどうせ褒めているだけでは無いかと思ったが、シラの練習やこの女の子の反応を見るに多分本当なのだろう。
「はい。使えますよ。練習したら使えるようになりました。まだインセンディオとかは使えませんけど。このくらいなら」
女の子が杖を振ると蜘蛛がゲージの中いっぱいくらいの大きさになった。この大きさだとふくろうでも食べてしまいそうだ。それを見てシラがびくっとしてオスカーの手を持ってきた。オスカーは赤毛の男の子がそれをじっと見てきたのがちょっと気になった。
蜘蛛は大きくなれたのが嬉しいのか女の子の方へはさみをカチカチやっている。ローガンとユーリアはシラと同じようにちょっと怯えてびくっとした。
「肥らせ呪文? 僕は二人みたいに無言で魔法なんて使えないよ。ビルだって使えないし、それが普通じゃないか? あ、ビルって言うのは僕の兄貴で二つ上なんだよ」
「そうだよね。私も面白かったから一年生の分の教科書は一応全部読んだけど。オスカーみたいに魔法は使えないし、一応魔法史は古い版のやつを七年生分まで読んだけど、それくらいだし」
どれくらいが普通なのかはよく分からなかったが、そんなことは授業が始まったら分かるのでは無いだろうか? それより、オスカーはこの蜘蛛が気になったのと、じっとオスカーの方を見てくる女の子がちょっと苦手だった。あんまり真っ直ぐオスカーの目を見てくるのだ。普通、女の子とは女の子と喋りたかったりするものでは無いのだろうか?
「エサやってもいいのか? ふくろうのエサだけど」
「あげすぎなければいいですよ。でもフレイは肉食だから豆とかは食べませんよ」
「コオロギを混ぜ込んだやつだから大丈夫じゃないか。ほら、食べるだろ」
オスカーがフレイのゲージにコオロギをペーストにしたせんべいを入れるとハサミをカシャカシャとやってから一瞬女の子の方を見て、女の子が頷くとムシャムシャ食べ始めた。するとローガンとユーリアが抗議とばかりに鳴いた。こっちにもくれという事だ。オスカーは同じエサを二匹にもあげた。
「いいなあ。僕も箒じゃ無くてペットにすればよかったかな。でもドラゴンは買えないし飼えないし……」
「ドラゴンなんて飼えるわけないじゃないですか。あ、自己紹介してないじゃないですか。私、クラーナ・ムーディです。オスカーとチャーリーですよね。あなたは?」
「あ、私はシラ・グヴィンだよ」
「そうだよね。僕はチャールズ・ウィーズリーだ。家族はみんなチャーリーだけど」
ムーディ。なるほど。オスカーでも聞いたことがある。一家全員闇祓いという前代未聞の家族だ。よくキングズリーの話に出てくる。アラスターとイライザというのが確かムーディ家の人だったはずだ。多分、裁判の時もいたのではないだろうか?
「ムーディとウィーズリーって魔法史の本で何回も見たことがあるよ。やっぱり二人は代々魔法族なんだ?」
「ウチのパパは駆け落ちしちゃったからあんまり関係ないけどね。兄妹が多すぎて貧乏だし」
「貴方はそうでは無いって事ですか?」
よくもこんなに喋れるとオスカーは思っていた。家族のことなのだ。なのにみんなこんな風に他の人に喋れるものなのだろうか? だって二人は今日あったばかりみたいなものだ。
「うん。私、マグル生まれなんだ。オスカーのお屋敷の近くに住んでたから、オスカーに会って魔法が使えるって分かったけど」
「へえ。そうなんですね。私、マグル生まれの人って初めて会いましたよ。でもあれですね、多分、先祖に魔法族かスクイブの人がいたんでしょうね」
「スクイブ?」
スクイブ。つまりマグル生まれの魔法族の反対のことだ。けれどオスカーはあんまりそういう言い方はどうかと思っていた。マグルだとか純血だとか何の意味があるのだろう? 名前を付けると安心するのだろうか?
「マグル生まれの魔法族の反対の事だよ」
「そうです。姉さんはマグル生まれの人の先祖には絶対魔法族か魔法族から生まれたスクイブがいるはずだって言ってました。まあ一緒の事ですけど。あ、姉さんはホグワーツを卒業して闇祓いをしているんです」
このムーディは多分、この事を喋りたかったのではないだろうか? 前にあった時もオスカーはムーディが姉の話になると早口になると思っていた。
「闇祓い? じゃあ、オスカー、キングズリーさんの同僚ってことだよね?」
「キングズリー? キングズリー・シャックルボルトのことですよね? 姉さんは闇祓いになった時にあの人の下で仕事をしてたんですよ。私も闇祓い局に行った時に会ったことありますよ」
「ムーディって、マッドアイ・ムーディじゃないんだ? 前にパパに付き添った時に会ったけど」
オスカーが喋らなくてもどんどん会話が進んでいった。マッドアイとは多分、アラスター・ムーディのことだ。マッドアイとはあだ名なのだ。だからキングズリーはそんな風には言わない。
「マッドアイって言うのは叔父さんのアラスターのことです。魔法の目を左目に入れているからマッドアイってみんな言うんです。あの目は何でも透明にして見ることが出来るんです」
「えー!? じゃ、じゃあその服とか着ててもってこと? そ、そんなの付けててもいいのかな?」
「そんな下らない…… というか、そういう使い方じゃないです。罠とか敵の場所を見破るために使うんですよ。それに誰でも使えるわけじゃ……」
「車内販売よ。何か要りませんか?」
えくぼのおばさんがニコニコした顔で戸を開けていた。カートを押していてその中には色とりどりのお菓子が並んでいる。パーティー・ボッツの百味ビーンズ、ドルーブルの風船ガム、蛙チョコレート、かぼちゃパイ、大鍋ケーキ、杖型甘草あめみたいな定番のお菓子も一杯ある。
「シラ。何か食べる……」
「オスカー、無駄遣いはダメだよ」
シラに聞くとあっという間にくぎを刺された。シラはお金に関しては魔法史と同じくらいうるさい。これは最近になってオスカーが気づいたことだった。
「でも、お菓子の値段なんて知らないから、聞いときたいんだ」
「うーん。おばさん、えーっと、このお菓子は……」
「一ガリオンで適当に見つくろって貰えますか?」
「オスカー、そういうのがダメだって言ってるじゃないか…… もう……」
「はいはい。じゃあおすすめのお菓子を四人分盛り合わせね。はい。これはお釣りね」
そういって、四シックルおばさんはオスカーに返してくれた。カエルチョコレートや百味ビーンズなんかがちょっとした山になってテーブルを占領している。フレイとローガン、ユーリアの眼もお菓子に釘付けだ。
「これで十三シックルなのか。毎日食べても使いきれない。やっぱりキングズリーが言ったのは本当なのか」
「それ、一体何ガリオンくらいあるんですか? その巾着、全部ガリオンじゃないんですか?」
「さあ? 数えてないから。多分、百ガリオンくらいじゃないかな」
「オスカー、ダメだよ。ちゃんとお金は自分が使える額を知って、それでどれくらい使うか計画を立てるものなんだ。だってそれ今年のお小遣いだよね? ちゃんと考えて使わないと一杯あっても無くなっちゃうよ」
ムーディとウィーズリーは目を丸くしていて、シラはたしなめるような顔だ。オスカーにはこれが変な事なのだと分かった。ならキングズリーはもっとお金を使う時に注意するように言うべきでは無いのだろうか?
「いや。ひと月分だって」
「あー。もう。オスカーとエティさんはお金の事だけはちょっとおかしいよ……」
「いやいや、ひと月分って…… ほんとにお金持ちなんですね。マルキンさんがペコペコしてた理由が分かりますよ」
なんだがお金持ちなんて別に有利でも何でもないとオスカーは思った。だって現におかしいと思われたではないか。
「オスカー、私、家でサンドイッチ作ってきちゃったんだけど」
「え? じゃあ食べないのか? 二人は?」
「あ、私もありますよ」
「僕もサンドイッチはあるよ」
そう言ってシラはサンドイッチをムーディはスコッチエッグとパイ、ウィーズリーもサンドイッチを出した。みんなやっぱり屋敷しもべがいるのだろうか?
「これ自分で作ったのかい?」
「そうですよ。うちは姉さんと叔父さんと私だけですから、ジョンがお家から屋敷しもべの作った何かを持ってきてくれる時以外は私も作るんです。あ、ジョンって言うのは姉さんの同僚です」
「僕のはママ作だよ。いっつもピーナッツバターはやめてって言うんだけど忘れるんだ」
「へえ、凄いね。私ももうちょっと色々作れればいいんだけど」
オスカーは話を聞いていて思い出した。ペンスとドネとティロからやたらとトランクに色々詰め込まれたのだ。全部お菓子と料理に違い無い。
「忘れてた。入れて貰ってたんだった」
「オスカー…… なんでお菓子買ったんだい?」
トランクからドーナッツだの、パイだのが山ほど出てきた。どう見たってみんなで食べるための量なのだ。さっき買ったお菓子と合わせて完全にテーブルは埋もれてしまった。動物三匹の目はニシンのパイに釘付けだ。
「忘れてたんだ。夕方までかかるみたいだし、食べてくれていいよ。そのフレイとローガンとユーリアもお腹が減ってるみたいだし」
「フレイ。ダメですよ。食べすぎたらデブになりますよ。デブなクモはお利口じゃないし、賢くありません」
フレイはなんだか寂しそうにハサミをカチカチさせているが全部の目はニシンのパイに向いている。とりあえず、自分が食べないと話が進まないと思ったのでオスカーはカエルチョコレートの山を取り崩しにかかった。
「じゃあ私もいただきまーす。残したらペンスさんに悪いよ。オスカー。ご飯を残すとか遊ぶのは最低なんだ。先に日持ちするお菓子は残しておいて、普通の料理を食べた方がいいんじゃないかな」
「僕も貰うね。いいなあ。僕の家にも屋敷しもべがいればいいのに。ママは毎日、子供の世話で大変なんだ。七人もいるもんだから」
「七人ですか? 魔法族って子供が少ないって言われてるのに凄いですね。私は姉さんと二人だけですけど、一回り以上離れてますよ」
やっぱりシラはお金とかご飯とかそういうことにうるさいのだ。もちろん、そう思っていても顔や言葉には出さなかった。何故ならオスカーは彼女の家に行ったことがあったし、実際、オスカーはご飯やお金には困ったことは無かったからだ。
「一番上のビルが僕より二つ上で、一番下のジニーが八つ下だから、ビルとジニーはそれくらい離れてる。ジニーって言うのは一番下の妹なんだ。うちの兄弟はジニー以外みんな男だから、ママはジニーが可愛くて仕方ないんだよ。ママの兄弟の所には子供がいないし、パパの兄弟の子供は男ばっかりだから」
「へえ。まあ一杯いるのはいいんじゃないですか。少ないよりいいですよ。ねえフレイ…… こら、勝手にニシンをつまんじゃダメですよ」
「いいよ。それあげるよ」
「あーもう。さっそくデブへの道を突き進んでますね……」
クモがパイを食べているのを見て案の定、ローガンとユーリアが抗議の声を上げた。オスカーは仕方なくもう一度エサを二匹の籠に入れてあげた。その間にオスカーの手からカエルチョコレートが逃げたがシラが一瞬で捕まえた。やっぱりシラはフレイに負けないくらい食べ物にはうるさいかもしれない。
「このカエルチョコレート、オスカーの家のやつより小さいね」
「家のやつはペンスが作ったやつだから大きいんだ。本物はこのカードがついてる」
「モルガナかガンプだったら貰えないかな? まだその二枚が無いんだよね」
「カードですか。姉さんは自分と叔父さんがこのカードに載らないのはおかしいって言うんですよね」
カードに載らないとおかしいというのは中々の自信では無いだろうか。本物のカエルチョコレートについているカードにはマーリン勲章を持っているくらいの人じゃないと載ることはできないのだ。まあ時々、変な魔法族も載っていたりするのだが。ちなみにオスカーのカードはアルバス・ダンブルドアだった。半月形のメガネをかけ、高い鼻は鈎鼻で、流れるような銀色の髪、あごひげ、口ひげを蓄えている。
「オスカーのは何のカードだったんだい? あと、私のカード、キングズ・シャックルボルトって書いてあるんだけど。これ、エティさんとかオスカーのご先祖様じゃないかい?」
「え? えーと。季節を操る呪文の開発とその薬草学、魔法薬学への貢献で知られる。マーリン勲章勲一等…… そうかもしれないな。たしか中庭にこの呪文がかかってて、ドネがマーリン勲章勲一等って叫んでたし」
「もしかしてキングズリーさんのズリーってこのキングズさんから来てるのかな?」
「すごい単純だな。まあ二世とか三世みたいなものなのか」
オスカーはこんな場所で自分の母方の先祖の顔を見ることになるとは思わなかった。あんまりキングズリーと似てはいない。どっちかと言うとペルシャだとか中東系の顔に見えるし、何より髪の毛がふさふさだ。三代変わる間にシャックルボルト家は髪の毛を失ったのかもしれない。
「僕のはダンブルドアだった」
「へー、これがダンブルドア校長先生なんだ。初めて見たよ」
「ダンブルドア先生を見たことないんですか? 新聞でも結構載ってますよ。私のは…… バーティ・ボッツですね。百味ビーンズを作ったらカードに載れるんですね」
「うーん。どっちも持ってるや…… こっちのはアグリッパだったし……」
ちなみにダンブルドア先生のカードにはこうある。
アルバス・ダンブルドア
現在ホグワーツ校校長。近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使いと言われている。特に、一九四五年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名。趣味は、室内楽とボウリング。
このカードに載っている人もみんなホグワーツに通っていたはずなのだ。オスカーはそう思うとちょっと不思議だった。
クィディッチの話だとかをしている間に時間はどんどん過ぎて行く。残念ながらウィーズリー以外、クィディッチの話題が分からなかったので、分かったのはウィーズリーがチャドリーキャノンズというひと際弱いチームのファンだという事だけだ。
あとはシラが百味ビーンズは食べ物で遊んでいるから嫌いだとか、お菓子とお弁当の山が崩れている間に、フレイがニシンのパイを全部食べてしまい、クモのお腹が明らかに膨れてしまったとかそういうことだ。オスカーは同年代で複数人で喋るというのが初めてで、いつ喋ったらいいのかも分からなかった。
車窓からはオスカーの家の傍にも似ている風景が広がっている。うっそうとした暗い森に包まれた丘や山ばかりだ。
「そうだ。二人とも、どの寮に入るのかって分かってるのかい?」
「寮ですか? いいえ、分かりませんよ」
「うん。ホグワーツの組み分けって新入生には言わないのが伝統らしいよ。だからビルもパパもママも何も教えてくれなかった。自分達もそうだからって」
組み分け、そう、組み分けなのだ。ホグワーツというのは一つの寮だけでなく、四つの寮があるのだ。だからシラと同じ寮になれるのかは分からない。この目の前の二人とも同じ寮になるのかは分からないのだ。
「ふーん。そうなんだ。あれだよね。大抵は家族と同じ寮になる可能性が高いってホグワーツ今昔の二版に書いてあったんだけど」
「そう聞きますね」
「僕も多分グリフィンドールだと思うよ。家族はみんなグリフィンドールだし、ウィーズリーの一族はみんなグリフィンドールなんだ」
そんなものだろうか? しかしそれだとオスカーはスリザリンになってしまう。父親はスリザリンで母親はグリフィンドールなのだ。そしてスリザリンに組み分けされれば……
「私の家もだいたいグリフィンドールですね。ダンブルドア先生もグリフィンドールですし、あ、でも今の魔法大臣はレイブンクローですよ。まあ私はグリフィンドールだと思いますけど」
「僕もグリフィンドールだろうってさっき言ったけど。まあ…… スリザリン以外なら大丈夫かな」
「スリザリンはダメなのかい? でも、マーリンはスリザリンだったって書いてあったよ」
オスカーからするとあんまりどこの寮というのは良く分からなかった。でもスリザリンだと父親の名前が余計ついて周るのだろうか? それとも他の寮でも同じだろうか?
「例のあの人もスリザリンですから。まあでも、貴方はまずスリザリンじゃないでしょうね。マグル生まれでスリザリンなんていないんじゃないですかね」
「そうなんだ。オスカーのお母さんはグリフィンドールだよね? 制服も赤かったし」
「そうだよ。母さんはグリフィンドールで父さんはスリザリンだ」
そう言うとムーディはオスカーの方をじっと見た。オスカーは何だかこの女の子がオスカーの事を知っているのでは無いか? という気分になるのだ。というか、落ち着かなくなるのでじっと見るのはやめて欲しかった。
「そう言えば、貴方だけ自己紹介してませんよね」
「え? でもさっきキングズ・シャックルボルトがお爺さんって話をしてたじゃないか。シャックルボルトって僕でも知ってる古い魔法族だし、屋敷しもべもいるみたいだし、お金持ちみたいだから。名前がオスカーで、名字がシャックルボルトなんだと思ったけど」
どうしようとばかりにシラがオスカーの方を見てきた。そしてオスカーは自分がどうもシャックルボルトだと言われると無性に心がざわつくのだ。だって、シャックルボルトの家に行ったのは八歳とか九歳になってからだし、キングズリーのことだってオスカーは後見人なんて認めていなかった。
「シャックルボルトは母さんの前の名字だよ」
「あ、そうなんだ。勘違いしてたよ」
「僕の名前はオスカー・ドロホフだ。さっき自己紹介してなくて悪かったよ。いつ喋ったらいいのか分からなかったんだ」
そう言うとやっぱりコンパートメントが凍った気がした。ウィーズリーは結構気の抜けた顔をしているのだが、名字を聞いた途端、どう見ても目の前のムーディ以上にオスカーの方を睨んでいるのだ。
「ドロホフ? ドロホフって……」
「何が言いたいのか分かるよ。アントニン・ドロホフと関係あるかってことだろ? アントニン・ドロホフは僕の父親だよ」
オスカーは何だか予想していた反応と違うと思った。てっきりムーディの方がオスカーの方に敵意とかそういうのを持つのかと思ったのだ。何せ、闇祓いなんて言うのは父親の勢力は真っ向から戦っていた人間たちなのだ。でも結果は逆でムーディの顔はあまり変わらず、明らかに変わったのはウィーズリーの方だ。
「僕のママの前の名字はプルウェットなんだ」
「そうなのか。じゃあ前の寮の話に……」
「僕の叔父さんは君の父親が殺したんだ。君、今、何も思ってなかっただろ。プルウェットって苗字も知らないんじゃないのか?」
なるほど。オスカーにはやっと訳が分かった。それならこんな顔になるわけなのだ。でも、オスカーにはどうしたらいいのかが分からなかった。キングズリーだって母親だって、父親に身内を殺された人間と喋ったことは無いだろうし、そんな時、どうしたらいいかなんて教えてくれていないのだ。
「そうだったら。どうするんだ?」
オスカーがそう言うと蜘蛛のフレイがカチカチとひと際大きな音をたて、ふくろうの二匹も大きく鳴いた。動物たちには人間達の敵意の高まりが分かるのだ。
「君は知らないだろ。フェービアン叔父さんは僕に箒をくれたし、ビルには……」
「僕が知るわけ無いだろ。知っておいて欲しいのか? 僕がここで謝ればいいのか?」
「ちょっとやめて下さいよ。喧嘩しないでください」
「そうだよ。オスカーはオスカーのお父さんじゃないよ。オスカーもなんでそんな言い方してるんだい。落ち着かないとローガンとユーリアも怯えちゃってるよ」
だってどうしろと言うのだろうか? オスカーからすれば父親に怒りたいのは自分の方なのだ。シャックルボルトの家に一年近くいることになったのも、ペンスやシラとしばらく会えなくなったのも、キングズリーが家に来ることだって、全部父親のせいなのだ。なのにどうして父親がやったことで自分が何かしないといけないのだろう?
「普通、知ってるものだろ。自分の父親が何をしたのかって。知ったらそんな顔出来ない。僕なら出来ないさ」
「じゃあどんな顔をして欲しいんだ。君の前で泣けば気がすむのか?」
どうしたらいいのだろうか? オスカーにはどうすればいいのかも分からなかった。だって喧嘩などしたこと無いのだ。こういう時、どうすればいいのだろう? でも、何もしていないのに、それにシラの前なのに、情けなく謝るなんて御免だった。
「シラの言う通り、オスカー、貴方もそういう言い方は良くないですよ」
「君にオスカーなんて呼ばれる理由は無いよ。ムーディ」
どうせムーディはウィーズリーの味方をするに決まっているだろう。だって、闇祓いの家族なのだ。オスカーは闇祓いも魔法省の人間も嫌いだった。オスカーの周りが滅茶苦茶になった原因は父親かもしれないが、実際にやったのは魔法省の人間なのだ。
「オスカー、納めてくれようとしてるんだから……」
「なんですか。ドロホフ。頭が悪いですね。せっかく納めてあげようと思ったのに。あれでしょう? そこのグヴィンの前だとそんなこと出来ないから意地を張っているんでしょう?」
言った後で自分で敵を増やしてしまったとオスカーは気づいた。別にムーディは敵では無かったはずだった。でも、ムーディに図星をつかれて頭が悪いなんて言われる筋合いは無かった。
「それでどうすればいいんだ?」
「自分の父親は何をしたのかくらい知らないとおかしい」
「そうかじゃあ勉強するよ。どうせ一か月に一回は顔写真がまだ載ってるから日刊予言者新聞でも読めばいいかな。まあそんなことしなくても僕の家に、何もしてない母さんやペンスの所に、嫌がらせの手紙を送って来て教えてくれるけどな」
オスカーはムカつくのだ。だって、自分達は相手の家族や友人を狙った事に怒っているのに、その逆はするのだ。一緒では無いか。どうしろと言うのか。オスカーにはウィーズリーやムーディの顔と裁判にいた大人たちの顔が同じに見えた。
「だからオスカー、そういう言い方はダメだって言ってるじゃ無いか」
「グヴィンの言う通りですよ。喋り方を勉強したらどうですか? お坊ちゃまなんだから、いくらでも本くらい買えるでしょう?」
「どういう意味だ。僕がお坊ちゃまなら、君はチビじゃないか」
「チビとは何ですか。フン。そこのふくろうだって本当に買ったかどうかも怪しいですよ」
「どういう意味だ」
今度はムーディの方がオスカーにはムカついた。一体どういう了見でそんな事を言っているのだろう? ローガンはオスカーが雛の時から育てたのだ。
「買ったんじゃなくて、どこかの家から盗って来た……」
「そんなことしてない!! ローガンは雛の時から僕が育てたんだ!! もう一回言ってみろ!!」
「え…… あ、えっと、その……」
ムーディは気は強そうなのに何故かやってしまったみたいな顔をしている。でもオスカーはローガンの事を知らない人に言われるのが嫌だった。だって、オスカーの家族はもう母親とペンスとローガンだけなのだ。
「だから闇祓いなんて嫌いなんだ。どっちが盗んだんだ。僕の家から何でも持って帰ったじゃないか!! 絨毯も、本も、時計も、何から何まで勝手に持っていっただろ。ペンスやシラに…… とにかく、闇祓いなんてクソみたいな職業だ。なのになんでそんな自慢気なんだ」
「ふざけないでくださいよ。何がクソなんですか。死喰い人の連中が暴れたせいで闇祓いが働くことになったんです。死喰い人の家を捜索するのなんて当たり前でしょう。闇の魔法に関する物があったり、犯罪の証拠があるかもしれないんですから、家から押収するのなんて当たり前ですよ。良かったですね。マグルがお屋敷の地下に監禁されていなくて」
どうにも売り言葉に買い言葉で二人は完全にお互いを怒らせてしまっていた。最初はウィーズリーに怒っていたはずなのに、オスカーはムーディの方がムカつくのだ。
「ムーディ。君が先にローガンの事でオスカーに……」
「何ですか。マグル生まれのくせにドロホフと随分仲がいいんですね。どうせこいつの父親が何をしたのか知らないんでしょう? 教えてあげたらどうですか? ウィーズリー」
「いや、ちょっと二人とも……」
「怖気づいたんですか? じゃあ私が教えてあげますよ。アントニン・ドロホフ、フェービアン・プルウェットを殺害、マグルや魔法族を多数拷問、殺害したとの証言あり、ですよ。よく仲良くしてられますね。私なら怖くてドロホフの家になんて行けませんよ。いつ磔の呪文の実験台になるのかわかりませんから」
オスカーはいい加減限界に達しそうで杖を上げそうだったが、どうにも隣のシラの方が怒っているようだった。もしかしなくてもオスカーよりシラの方が気が短いのかもしれない。
「何て失礼な事言うんだい? 君はエティさんに会ったことないじゃ無いか。私の制服はオスカーのお母さんに貰ったし、教科書だって貰ったよ。オスカーのお屋敷に行っても私は拷問の呪文なんて受けてないよ。二人とも出て行って。怖い家から持ってきたお菓子をずいぶん食べたんだから、もうお腹一杯じゃないか。さあ早く出て行って」
「何を……」
「出て行ってって言ってるんだ。他のコンパートメントに行ってって言ってるんだよ。分からないのかい? マグルと魔法族だと喋る英語も違うのかい? フランス語で話せばいいのかい? トランクを持って出て行けばいいじゃ無いか。隠した箒とお菓子を一杯食べた蜘蛛を持って他のコンパートメントに行ってよ。だってオスカーがいると怖いんじゃないか。じゃあ君たちが出て行けばいいよ」
シラの言葉に合わせて、オスカーは杖を振ってコンパートメントを開け、トランクを廊下に放り出した。ウィーズリーは唖然としている顔で、ムーディはまだ怒っているように見える。
「後悔しますよ。いいですか、死喰い人がやったことなんて知らないからそんなこと言えるんです。ネビルがどんな目にあっているのか……」
「知らないよ。私はマグル生まれだから。魔法族の戦争なんて知らない。聞こえ無かった? 出て行って。ゲットアウトだ」
「いいですよ。分かりました。ウィーズリー、出ていきましょう。私達はお邪魔みたいですから」
「え…… ああ。うん」
二人が出て行ったあと、しばらく残りの二人は喋らなかった。外はもうすっかり暗くなってしまっている。オスカーはちょっと時間が経って、色々後悔した。だって、もしオスカーじゃなくてキングズリーがいたなら、するっとウィーズリーの怒りだって受け流しているのではないだろうか? ムーディとシラが喧嘩する必要だって無かったのだ。
「ちょっと怒りすぎちゃった。でもムーディは失礼だよ。オスカーのお母さんに会ったことないじゃ無いか」
「でも怒りすぎたよ。僕も。ウィーズリーが怒るのはそうだし、ムーディもお姉さんの事だとすぐ怒るのかもな」
どうしたらいいのだろうか? だって、最初にあった二人でさえこうだったのだ。ホグワーツに入ったらもっとこんな事を言われるのだろう。そのたびにこんな風に喧嘩していては生活など出来ないでは無いか。それにやっぱりシラを巻き込んでしまったのだ。オスカーの父親とシラは関係が無いのに。
「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください」
車内に声が響き渡った。オスカーもシラも汽車に乗る前から制服のローブを着ていたのでそのまま降りればいいだけだ。オスカーはローガンとユーリアに夜の分のエサをあげた。
そのあと二人で最後に忘れ物が無いかだけチェックをして、残ったお菓子を全部トランクの中にいれた。
汽車は速度を段々と落とし、停車したようだ。もうコンパートメントの外は生徒たちで一杯だ。シラはフランスから来た時に列車の混雑には慣れているみたいで、彼女に手を持たれてオスカーはホームに出た。小さくて暗いプラットホームで、九月なのに夜の空気は寒い。でもオスカーとシラには慣れた空気だった。だってここは二人の家に近いのだ。
上級生たちが他の方向へ行く中、一年達がどこに行ったらいいのか戸惑っていると向こうの方からランプが近づいてくる。一年生たちの身長よりずっと高い場所でランプがゆらゆらしているのだ。陽気で大きな聞き覚えの無いなまりのある声がした。
「イッチ年生!! イッチ年生はこっち!! おお、クラーナ、元気か?」
「ええ、ハグリッド、フレイもいますよ」
「おお、そりゃええ」
オスカーが見たことがないくらい大きな男が生徒たちの頭の向こうから笑いかけている。ムーディの言葉からしてハグリッドと言うらしい。
「さあ、あとはイッチ年生はいないかな? 足元に気をつけろ。いいか!! イッチ年生!! ついてこい!!」
どこを向いてもハグリッドのランプしか灯りが無い。なのに険しくて小石なんかが沢山ある小道を歩かないといけないのだ。
「ルーモス 光よ シラ、これで行こう」
「オスカーが呪文を使えてよかったよ」
オスカーの灯りだけが生徒が持っている灯りらしい。あとはハグリッドの灯りとその傍に同じような灯りがあるがムーディのものだろう。どうも森というか藪の中の小道を一行は歩いているようだ。それに歩いている間にオスカーの周りには他の一年生が灯りを頼りに集まっていた。
「みんな、この角を曲がったらホグワーツが見えるぞ」
「うわー!?」
一年生たちの口から言葉が湧き出てきた。
狭い道がいきなり開けて、大きな黒い湖のほとりに立っていた。むこう岸は丘のようになっていてその一番上に城が見える。オスカーが見たことのある建物の中で一番大きい。小さい塔や大きい塔がいくつも突き出ていて、窓からはロウソクと同じ色の灯りが星空に浮かび上がっている。
「綺麗だね。オスカー。こんなお城初めて見たよ」
「綺麗だ」
オスカーは確かに思った。美しいと。間違いなく、オスカーがこれまで見たことのある景色の中で一番美しかった。
「四人ずつボートに乗って!!」
ハグリッドが岸辺に繋がれたボートに乗る様に促した。二人は空いているボートを探したが二人で城に見とれている間にほとんどのボートは埋まってしまっているようだ。
「みんな乗ったか? そこの二人、クラーナのところのボートがあいとる」
二人はしぶしぶムーディとウィーズリーのボートに乗った。お互いに何も喋らない。オスカーはせっかくの景色なのに気まずいと思ったがそれを忘れるくらいこの景色は素晴らしかった。
「今度こそみんな乗ったか? よーし、では進め!!」
船団は漕いでいないのに勝手に湖面を滑り出した。一年生は何も喋らず、ただただ、湖面に映る星空とその上に見える城に見とれていた。城が近づくほど首を上げないと城が見えなくなってくる。
「頭、下げぇー!!」
崖下までくると崖の中にぽっかり穴が開いていて向こうの方に炎の灯りが見える。蔦のカーテンをくぐり、城の真下まで続くような洞窟をくぐり抜けて、地下の船着き場に到着した。
「忘れ物はねえな? みんないるな。よーし。進め」
ハグリッドの大きな背中について岩でごつごつした道を星明りを頼りに登り、草むらを通り過ぎ、石段を登れば巨大な樫の木の扉があった。
「みんないるか? よーし」
ハグリッドが大きな握りこぶしで城の扉を三回叩いた。
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第八章 組み分け
巨大な扉なのに流れるように左右に開いた。中からエメラルド色のローブを来た背の高い黒髪の魔女が出てくる。キングズリーと同じくらい身長があるのではないだろうか? 魔法省にいたクラウチ部長を思い出すような厳格な顔をしている。
「イッチ年生の皆さんです。マクゴナガル教授」
「ご苦労様です。ハグリッド。ここからは私が案内します」
生徒たちが入った玄関ホールだけでもオスカーの家の広間くらいの大きさがある。天井は比べものにならないほど高く松明の火も届かないくらいだ。奥へ向かって壮大な大理石の階段が続いている。
一行は階段を登り、大広間の入り口らしき沢山の人のどよめきが聞こえる扉を通り過ぎて大広間の隣にあるらしい部屋に詰め込まれた。オスカーが周りを見回すとどの生徒も周りをキョロキョロ見たりしながら寄り添っている。
「ホグワーツ入学おめでとうございます。新入生の歓迎会がまもなく始まります。ですが、大広間の席に着く前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組み分けは非常に重要な儀式です。ホグワーツにいる間、学校での皆さんの家族は寮生そのものです。教室では寮生と一緒に日々勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります。寮は四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンです。それぞれ学校が創設された時から輝かしい歴史があります。偉大な魔法使いや魔女が卒業しました。皆さんのお父さまやお母さまもそうだと言う人も多いでしょう。そして、ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いは、自分の属する寮の得点になりますし、反対に規則に違反した場合は寮の減点となります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るとしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りとなる様に望みます」
なるほど。だいたいオスカーは聞いていた通りだと思った。でも家族だなんて、そんなに仲良くなれるモノだろうか? だってもうムーディやウィーズリーと喧嘩してしまったのだ。
「まもなく全校列席の前で組み分けの儀式が始まります。待っている間、出来るだけ身なりを整えておきなさい」
マクゴナガル先生は一瞬、ウィーズリーのとまっていないボタンに目をやり、ピンク髪の女の子のツンツンした髪に目をとめた。シラはとなりでちょっとぶるっと体を震わせている。
「学校側の準備を確認してきます。出来ていれば戻ってきますから、静かに待っていて下さい」
先生は部屋を出て行った。途端に生徒たちにざわざわが戻る。
「どうやって寮を決めるんだろうね?」
「キングズリーは生徒の特質を見極めるって言ってたけど。誰かそういう事が出来る人がいたり、そういう魔法があるのかもしれない。優れた魔法族は開心術も使えるって言ってたし」
流石にオスカーもちょっと緊張してきた。誰と一緒になるのだろうか? 仲良くやれるだろうか? と言っても周りの生徒たちに比べればあまり緊張していないようだ。ムーディはなんだかブツブツと言っていたし、シラは相変わらずじっと動かず、時々ぶるっとしている。ウィーズリーは何も喋らないが顔色は良くない。一番緊張して無さそうなのはピンク髪の女の子だ。相手かまわず何するのかしら? とか、まあ大丈夫よね。死ぬわけじゃ無いもの。とか言っている。
「さあ行きますよ。組み分け儀式がまもなく始まります。さあ、一列になってついて来てください」
みんなが動かないのでオスカーがマクゴナガル先生について行くと、シラがついて来て、他の生徒たちもぞろぞろとついてきた。一年達はもういちど部屋から出て、玄関ホールに戻り、そこから大きな二重の扉を通って大広間に入った。
オスカーは今日二度目、人生で二回目くらいに美しいと口に出しそうになった。まず何千というロウソクが宙に浮かんで広間を照らしているのが目に入る。そしてその上、天井はなんと星がまたたいているのだ。ビロードのような黒い空は外の星空そのものだ。
「オスカー、あれが『ホグワーツの歴史』に書いてあった本当の空を映すための魔法だよ」
シラが後ろからそう言うのが聞こえた。そしてその天井の下には四つの長いテーブルが並んでいて上級生たちが座っている。それぞれ赤、黄、青、緑の色に分かれている。各寮のテーブルなのだろう。広間の奥には先生方が座っているテーブルがあり、汽車のカードで見たアルバス・ダンブルドアその人が中央に座っている。
マクゴナガル先生に引率され、奥のテーブルの前まで来て、反対を見るように一年達は言われた。先生たちに背を向け、上級生に顔が見えるようなかっこうだ。一年生をみつめる幾百もの顔がろうそくの明かりで瞬いて見える。
マクゴナガル先生は一年生たちの前に四本足の椅子のようなものを設置した。椅子の上には魔法使いのかぶるとんがり帽子が置かれている。オスカーが見たことが無いくらい古くて汚く、つぎはぎだらけでボロボロだ。ペンスやミリベスがいればすぐに捨ててしまうだろう。
オスカーは上級生たちの目線がその帽子に集まっていることに気づいた。まるで帽子の動きに期待しているようだ。ほんの一瞬、広間は時が止まったみたいに静かになり、それを待っていたとばかりに帽子がピクピク動き出し、つばの破れた所がまるで口のように開き、なんと歌いだした。
『私の姿はみすぼらしい
けれども人は見かけによらぬもの
果たして私は誰なのか?
私は思う、私は誰?
それは皆が知らぬこと
ならば私は伝えよう
君の頭にあるものを
組み分け帽子はお見通し
かぶれば君は知るだろう
君の頭にあるものを
四天王のそれぞれは
四つの寮を作り出し
自らの持つ徳目を
それぞれ寮で教え込む
グリフィンドールが持ちよるは
何にもくじけぬ勇猛さ
ハッフルパフが持ちよるは
何にも負けぬ勤勉さ
レイブンクローが持ちよるは
何をも知る賢明さ
スリザリンが持ちよるは
何をも阻まぬ狡猾さ
四天王の亡き後に
誰が選ばんその素質?
グリフィンドールその人が
ボロボロにしたその帽子
四天王のそれぞれが
自分の徳を吹き込んだ
帽子が素質を見分けるよう
被ってごらん。恐れずに
君の知らない君の頭
私が見よう。知らぬ頭
そして知るのさ、寮の名を!』
歌が終わると広間は拍手に包まれた。帽子は四つのテーブルそれぞれにお辞儀した後、まるでただの帽子だと言わんばかりに椅子の上で動かなくなった。
一年生たちはホッとしたのかブツブツ後ろから囁き声が聞こえる。オスカーはオスカーでちょっと嫌な気分だった。何故なら恐らく名前を呼ばれるだろうからだ。
マクゴナガル先生が長い羊皮紙の巻物を持って前に出る。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けてください」
「アリ・バディーア!!」
ターバンのようなものをかぶった女の子がちょっとフラフラしながら前に出てきた。被り物の上に帽子をかぶったが帽子を大きすぎてほとんど顔が見えない。座ってかぶったほとんどその瞬間……
「レイブンクロー!!」
右側の青い服を着た人たちのテーブルから歓声と拍手が上がった。アリはやっぱりちょっとふらつきながらもレイブンクローのテーブルに向かって行った。
「キャプラン・ディエゴ!!」
結構大柄な男の子が堂々と前に進み出て帽子をかぶり、一瞬の間の後に。
「ハッフルパフ!!」
と帽子が叫んだ。黄色の服のテーブルから歓声と拍手が上がった。ディエゴが行くとハッフルパフの何人かが立ち上がって握手で迎えていた。次のコッパー・ベンはしばらくの間の後にグリフィンドールに組み分けされ、他の生徒と同じように歓迎されている。
オスカーは思った。多分、どの寮でも歓迎はされないのだろう。だってみんなオスカーの名字を知っているのだ。レストレンジやブラックと同じように連日、新聞の一面を埋めていたのだから。
それから何人か呼ばれたがみんな歓迎されている。オスカーは自分の名前を呼ばれるのが嫌になっていた。だってまたウィーズリーやムーディのように名前を聞いた途端、あんな顔をするのではないだろうか?
「ドロホフ・オスカー!!」
オスカーが前に進み出ると、広間にささやきが広がったのが分かった。
「ドロホフ?」
「ドロホフって、死喰い人の?」
「親戚か?」
帽子をかぶる直前にオスカーが見たのは広間中の人間が首を伸ばしてオスカーの方を見ようとしている様子だった。それでも深くかぶればその顔も見えなくなった。
『フーム』
キングズリーと同じくらい低い声がオスカーの耳の中で聞こえた。
『難しい。非常に難しい』
「何が難しいんだ?」
思わずオスカーは小声で口に出してしまった。
『スリザリンとグリフィンドールどっちが良いかね? そうか、君は私に選ばれるのが嫌なのか』
「えーっと…… お前…… 君…… あなたは心が読める?」
『いかにも。私はホグワーツ組み分け帽子、先に私は歌った。君の頭の中を知っていると』
オスカーは他の人には聞こえていないのだろうかと思ってちょっと組み分け帽子を上げ、周囲を見回した。上級生たちはオスカーの方を好奇の目で見ている。口々に何か言っているのも聞こえる。
『君の人や物事に対する素晴らしい怒りと勇気はグリフィンドールが求めるものそのものだ。私に決めつけられたくないのだろう? 誰かのために偉くなりたいんだね? 君は目的のためならルールを守らないだろう? まだそうしないのは君が抜け目ないからだ。スリザリンはそれを求めている』
ちょっとオスカーは怖くて恥ずかしくなりそうだった。そしてその後、組み分け帽子が言うようにムカついて来た。なぜなら組み分け帽子の言う通り、お前はこんな人間だと押し付けられている気がするのだ。そして言われた通りに思ってしまって、まるで大広間に自分の心の中を分解されて並べられている気分だった。
『そうか。君はどちらも嫌なのか。中々珍しい子供だ』
「早く、決めてくれ…… 決めてくれませんか?」
いったいどれくらいかかっているのか分からないのだが、組み分け帽子はときどき喋ってはウームとかウーンとか唸っているだけで全くオスカーの寮を決めてくれなかった。他の新入生は長くても一分とかそれくらいなのにオスカーは随分とこの大広間の中心に座らされていた。
『どちらも嫌だと言っても君はグリフィンドールかスリザリンどちらかにしか入れない』
「だから早く決めてくれ。こんなことになるんだったら最初から寮なんてなければいいんだ」
『残念ながら君をハッフルパフに入れるわけにはいかない。君は受け入れるのは得意では無い。君は普通になりたいわけでは無い。君はある意味での忍耐を持たない』
グリフィンドールに入れば、ムーディやウィーズリーみたいな奴らがいてオスカーはなじめないだろう。スリザリンには入ればドロホフの息子だと余計に思われるだろう。オスカーはどっちも嫌だった。寮なんてなければシラと苦労しないでも喋れるのにどうして組み分けなんてあるのだろうか?
『私は長い歴史の中で組み分けを間違えたことは無い。君の組み分けには時間が必要なのだ。もちろん君はどちらでも上手くやれるだろう』
「じゃあどっちを選んでも一緒じゃないか」
『君がどちらも嫌だと本気で思っているからだ。どちらかが良いと言うなら君はそれを選ぶことが出来る』
そんな事を言われてもオスカーは本当にどっちも嫌だった。どっちに入ったって何が変わるのかも分からないのだ。
「レイブンクローは……」
『君は賢い。だが君は賢さそのものに意味を見出しているわけでは無い。賢さと考え方に価値があると知っているが君はそれが何に使えるのかに興味があるのだ。君は個性を認める。だが君はそれを個々人に求めているのではない。君は世の中にそうさせたいのだ』
言い方が難しくてオスカーは半分くらいしか理解できなかったが組み分けは帽子はグリフィンドールかスリザリン以外に譲るつもりが無さそうだった。
『その通り、君はグリフィンドール、スリザリンどちらかにしか入れない。君はどちらに入っても偉大になれる道が開く』
心の中を読むのをオスカーはやめて欲しかった。物凄くムカついて仕方なくなるのだ。今、魔法が使えるのならこの帽子を燃やしてしまいたいくらいだった。心の中に土足で踏み込んで、一体この帽子とそれを作った人間は何様だと言うのだろうか?
『それが君の長所だ。不遜な考え方とプライド、グリフィンドールとスリザリンが求めるものだ』
恐らくもう五分は経ってしまっているのではないだろうか? 生徒たちのざわざわは大きくなっていて、職員のテーブルも何だかオスカーに注目しているようだ。ゴブリンかと思うくらい小さい先生は隣のハグリッドのテーブルの上に立ってまでこっちを見ている。マクゴナガル先生もこっちを興味深げに眺めている。
「あなたと話せば決まるのか…… 決まるんですか?」
『やっと話す気になったかね? これでも君をかなり褒めているつもりだったのだが』
やれやれという口調の組み分け帽子にオスカーはやっぱり怒りが湧いて来た。他の生徒のようにすぐ決めればいいではないかと思うのだ。
『それは出来ない。五十年に一人は君の様な新入生がいるものだ。けれど…… 君はやはり今を変えたいのだね?』
「今を?」
『そう、今を。君にはもう守るべきものがあるのだから。君は外を変えるべきだ。よろしい、君が求めるものにより近く…… グリフィンドール!!』
最後の言葉はどうも広間全体に聞こえたようだ。もっとざわざわが大きくなった。帽子はもう喋らなかった。最後まで勝手な帽子だとオスカーは思った。帽子を置いてオスカーははっきりとした足取りでグリフィンドールのテーブルへ向かった。ここでフラフラしていたら舐められる気がしたのだ。
ポロポロとした拍手があがっていた、恐らく寮監のマクゴナガルとバッジを付けた何人かが拍手をしたからだろう。他の生徒の時の拍手と比べて明らかに小さかった。オスカーはどう考えても歓迎されていないと思い、誰も座っていない一番端のテーブルに座ることにした。
「そんなに遠くに座らなくともいいでしょう?」
「貴方はゴースト?」
「いかにも。ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿と言います。お見知りおきを。グリフィンドール塔に住むゴーストです」
座って他の組み分けを見ていたオスカーに話しかけて来たのは半透明の銀色をしたゴーストだ。オスカーはこのゴーストの事を母親から聞いたことがあった。
「母さんが言ってたよ。『ほとんど首無しニック』ってあだ名でみんな呼んでるって」
「むしろ、呼んでいただくのであれば、ニコラス・ド・ミムジー……」
「ほとんど首無しが嫌ならニックって呼ぶよ」
「なんと。今年の新入生は礼を知っているようですね」
寮に配属されたのに最初に喋ったのがゴーストなんて母親には話せないとオスカーは思った。それからも組み分けは進んでいる。エグウ・アンドレは黒人の男の子でレイブンクローに組み分けになった。
「グヴィン・シラ!!」
シラの番だ。ちょっとカチコチな動きで彼女は椅子に座って組み分け帽子をかぶった。帽子は一瞬の間の後叫んだ。
「レイブンクロー!!」
そうだろうなとオスカーは思っていた。大抵、こういう時は自分の思い通りにはいかないものだ。オスカーとは対照的に彼女はレイブンクローの寮生に迎えられている。先に組み分けされた新入生と喋っているようだ。どうしてこうも上手く行かないのだろうか?
組み分けはどんどん続いている。ヘイデン・コーリーという赤っぽい茶髪の男の子はグリフィンドールに、ヘイウッド・ペニーという金髪の女の子はハッフルパフ、ロボスカ・キアラは銀髪のショートカットの女の子でこれもハッフルパフだ。リーというこれまでで一番大柄な男の子はスリザリンになった。
「トンクス・ニンファドーラ!!」
ピンク色の髪の女の子が待ちきれないとばかりに飛び出して思いっきり帽子をかぶったのだが、ビリっと出してはいけない音が鳴ってしまい、しばらく帽子は動かなくなった。オスカーはもしかして帽子があの女の子に怒っているのでは無いかと思った。
「ハッフルパフ!!」
トンクスはちょっと舌を出しながらニコニコ顔にピンクと赤の色交じりの髪を点滅させながらハッフルパフのテーブルに向かった。なんて器用な髪の毛なんだろうか? オスカーは本当に放っておいても目立つ人間がいるのだと分かった。オスカーだって目立つならああいう方がまだましだと思うのだ。
次のマーク・イスメルダという顔にそばかすかにきびのある女の子はスリザリンに迎えられた。スリザリンは他の寮より人が少なく見えるのに拍手の大きさは一番かもしれない。オスカーはもしかしてスリザリンにしてくれと組み分け帽子に頼んだ方が良かったのかもしれないと後悔しそうだった。
「ムーディ・クラーナ!!」
ムーディ、ムーディだ。他の一年生たちより頭一つ分くらい小さい。堂々とした足取りで帽子をかぶるとほとんど体が見えなくなってしまった。なんて小さいのだろうか? そして……
「グリフィンドール!!」
オスカーは思わずうめいた。どうせこうなると分かっていたにしろ、思い知らされると嫌だった。オスカーの時とは違って割れるような拍手がグリフィンドールのテーブルから起こった。やっぱり堂々として嬉しそうにムーディはこっちのテーブルに来る。
まだまだ組み分けは続いている。カラス・チューリップという赤い髪の女の子はレイブンクローに、キム・ジェイは東洋人の風貌でグリフィンドールだ。あとはスナイド・メルーラがスリザリン、ムーディと同じくらい気が強そうな顔の女の子だ。
「ウィーズリー・チャールズ!!」
ウィーズリーの番だ。ウィーズリーはかなり青い顔で帽子をかぶったが、頭に触れるか触れないくらいで帽子が叫んだ。
「グリフィンドール!!」
オスカーはどうにも最悪の予想だけが的中するのだと思い知らされた。シラは別の寮で、ムーディとウィーズリーが同じ寮だ。どうやっていけばいいのだろう? 組み分けは最後にウィンガー・タルボットという男の子がレイブンクローに配属されて終わった。
「さあ、君も新入生なのですからあちらに行きましょう。今は生徒数が少ないのですからテーブルは余るんですよ」
ニックにそう言われてオスカーは出来るだけ目立たないように新入生たちの方へ移動した。そう、むしろ席が余っているので離れた場所にいる方が目立つのだ。
「チャーリー、よくやったぞ。えらい」
ウィーズリーによく似た男の子が話しかけている。多分、さっき言っていた兄のビルだろう。弟と同じく燃えるような赤毛で、身長は高く、顔も整っている。オスカーはニックと一緒にたしかキム・ジェイと呼ばれていた東洋人の男の子の隣に座った。
「おめでとう!! ホグワーツの新入生、おめでとう!! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ!! どっこいしょ!! 以上!!」
アルバス・ダンブルドアはいきなり立ち上がったと思えばそう言ってそのまま座ってしまった。広間中が歓声をあげている。オスカーは笑えばいいのか分からなかった。
「ビル、ダンブルドア先生ってちょっと変だよね? 二言、三言って言ったのに一言しか言ってないし」
「変? チャーリー、あの人は世界一の魔法使いさ。まあでも、偉大な魔法使いは大抵どこかおかしいものだ。チャーリー、ホグワーツのご飯はママのに負けないくらい美味しいぞ」
目の間の大皿はオスカーが目を離した間に食べ物で一杯になっていた。新入生の何人かはそれに驚いている。でもオスカーはあんまり気乗りがしなかった。組み分けの事もあったし、何より料理はイングランドやスコットランドで一般的なものだ。ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、ゆでポテト、グリルポテト、フレンチフライ、ヨークシャープディングなんかだ。
オスカーの家とシャックルボルトの家はあんまりスコットランドやイングランドの料理が出ないのだ。多分、昔、違う場所から祖先が引っ越して来た時からの料理を変えていないせいだろう。
一応、よく食べている料理が無いかキョロキョロしてから、オスカーは諦めてポークチョップとグリルポテトを食べる事にした。オスカーや新入生たちが食べている様子を見て、ニックが羨ましそうに言った。
「美味しそうですね」
「ヒッ…… 食べ…… 食べられないの?」
金髪のコッパーがビビりながら訪ねている。オスカーはさっきからこの男の子が何に怯えているのかが不思議だった。人が動けばびくっとするし、ニックが喋ってもこれなのだ。
「かれこれ四百年、食べておりません。もちろん食べる必要はないのですが、でもなつかしくて。オスカー君以外にはまだ自己紹介しておりませんでしたね。ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿といいます。お見知りおきを。グリフィンドール塔に住むゴーストです」
「ほとんど首無しニックですか? あ、ドロホフいたんですね」
ムーディが間髪入れずにそう言ったが、オスカーはムーディに見つかったことで気分がもっと下がった。
「そう言うあなたは…… おや、イライザ嬢の妹さんですね。しかし、むしろ、呼んでいただくのであれば、ニコラス・ド・ミムジー……」
「なんでほとんど首無しなんだい?」
キムがそう口を挟んだ。間で口を挟まれニックはどうも一年生たちの反応がお気に召さなかったようだ。
「ほら。このとおり」
ニックが左耳を掴んで引っ張ると、頭が首からグラッと外れて肩の上に落ちた。かなり乱暴な切断面が見える。銀色の半透明なのにオスカーも含めて新入生たちはぎょっとしてしまった。それが期待通りの反応だったのかニックは嬉しそうな顔で頭を元に戻した。
「昨年はレイブンクローが寮杯を取りました。今年は寮対抗優勝カップを獲得できるように頑張ってくださるでしょうな? イライザ嬢の妹さん、期待していますよ。貴方のお姉さんは時には信じられない減点で寮杯をふいにし、時には信じられない加点で逆転させたこともありますから」
「何やってるんですか…… 姉さん……」
オスカーはなんだかグリフィンドールの会話がどうでも良くなってレイブンクローのテーブルを見た。シラはターバンを被った女の子と喋っているみたいだ。ダイアゴン横丁に行った時と同じように目をキラキラさせている。
会話に入らなくてもどんどん時間は過ぎ、あらかた生徒たちのお腹に夕飯が入るとデザートが現れた。いろんな味のアイスクリーム、糖蜜パイ、エクレアなんかだ。オスカーはペンスの作ってくれる色んなお菓子がもう恋しくなりそうだった。
オスカーが一番端でアイスをほおばっていると一年生たちは家族の話になったようだ。
「僕の両親はホグズミードに店を持っているんだよ。だから実は何回かホグワーツは見たことがあるんだ」
「へえ。僕は顔を見たらわかると思うけど。両親とも東洋の出身だけど、二人とも僕が生まれる前にこっちに越して来たんだ。僕が受け継ぐのなんてトッポギのレシピくらいだから羨ましいな」
なるほど。ホグズミードにお店。オスカーはコーリーが羨ましかった。事実なら何度も小さい頃から家の外に連れて行って貰っていたのだろう。キムの言っているトッポギとは何だろうか? 東洋の料理などオスカーはスシとテンプラくらいしか知らなかった。
「ベンはどうだい?」
ウィーズリーに話を振られるとコッパーはビクッとした。やっぱりまるで何かに怯えているようだ。一体何が怖いと言うのだろうか?
「僕、マグル生まれなんだ。魔法の学校に入るってワクワクしてたんだけど……」
「してたけど何ですか?」
ムーディがそう言うと余計にコッパーの体は強張っていた。オスカーにはあんな小さい女の子の何が怖いのかさっぱり分からなかった。
「その…… ホグワーツ特急でずっといじわるされたんだ。何かにつけて僕を脅して、穢れた血って呼んできた。あんまり言葉の意味は分からなかったけど……」
「はあ!? 誰ですかそいつ? 名前は?」
「誰だいそいつ? 穢れた血なんて…… パパが聞いたら大変だよ」
そんな言葉を使う生徒がまだいるのだとオスカーは思った。穢れた血とは、マグル生まれの魔法族の血が穢れていると言う意味なのだ。シラを穢れた血と呼ぶ生徒がいたらどうだろうか? もしかしなくてもオスカーは普通に杖を上げてしまうかもしれなかった。
「ほら…… スリザリンに組み分けされた。メルーラだよ」
「苗字はスナイドだったっけ?」
「そう。一年生で最強の魔女になるんだって。言ってたけど」
最強の魔女とはいったい何なのだろう? 一年生で最強になったからと言って何の意味があるのだろうか? 同級生に負けたくないならオスカーにも分かるのだが自分で名乗るのはさっぱり意味が分からなかった。
「ハッ…… 最強の魔女? まあ私の方が魔法も決闘も出来ますよ。だいたいスナイドって…… たしかアズカバン送りの死喰い人の名前にいましたね。マイナーですけど。大した名前じゃないですよ。特別管理下のメンバーじゃないです」
「し、死喰い人って……」
「死喰い人って言うのは例のあの人の下で働いていた人たちだよ」
「そ…… それじゃあ……」
オスカーは絶対にムーディとウィーズリーの方を見ないようにしていたが、二人がこっちを向いていることはオスカーにも分かっていた。なんなのだろうか? 死喰い人の子供の事は死喰い人の子供に聞けとでも言うのだろうか? スナイドなんて名前、オスカーは聞いたことも無かった。
「まあ大丈夫ですよ。グリフィンドールにはもっと有名な死喰い人の子供がいますからね」
「ヒッ…… そ、そんな……」
「ですよね。ドロホフ。スナイドは知り合いですか?」
「知るか。話しかけるなよ」
グリフィンドールの一年生のほとんどがオスカーの方を見ていて、コッパーなどあからさまに怯えている。なんて失礼なのだろうか? オスカーがいつ穢れた血とマグル生まれに言ったりしたというのか。まるでいつ誰かに呪いをかけてもおかしくないみたいな扱いではないか。
「なんだ? 知り合いじゃないんですか?」
「だから話しかけるなって言ってるだろ」
「じゃあ。今度、ベンにスナイドが近づいたらグリフィンドール生には手を出さないように言っておいてくださいよ。特別管理下の死喰い人の子供のいう事なら聞くかもしれないじゃないですか」
「また喧嘩を売ってるのか? ムーディ?」
本当にこいつはなんなのだろうか? だってここは新入生の歓迎の場ではないか。だというのに明らかにオスカーを挑発してきているのだ。
「ええ。私とチャーリーのカバンをコンパートメントから放り出して、闇祓いの事を侮辱しましたからね。忘れていませんよ。だいたい、なんで貴方がグリフィンドールなんですか?」
「僕はお前がホグワーツに入れたことの方が意外だよ。九歳か八歳くらいだと思ってたさ」
ウィーズリーは加勢に入らない様だ。オスカーを無視することに決めたのだろうか? どうしてまだ何もしていないのにこんな目で見られないといけないのだろうか? 組み分け帽子の選択は間違っていたとしか思えなかった。
「へえ。言うじゃないですか。やっぱり私はスナイドなんかより貴方の方が危ないと思いますけどね」
「そ…… そんな挑発するなんて……」
「気を付けた方がいいですよ。ドロホフは無言で魔法を使えますし、それも四、五年生が習う呪いも無言で使えるって自分で言ってましたからね。まあ私も使えますけど」
嫌味な女の子だ。どうも完全にオスカーはムーディを敵に回してしまっていた。あの時、闇祓いの事を言わなければこんなことにはならなかったのだろうか? でも、オスカーはローガンの事を言われた時は本当に怒っていたのだ。
「良かったじゃないか魔法が使えて。身長に合わない杖で良く使えたな」
「安い挑発ですね。アズカバンではそういう言い方が流行っているんですか?」
「そうだ。闇祓いと違って身の丈に合った言い方をするんだよ。相手の身の丈にあった言い方をな」
オスカーはムーディと言い争うのが賢く無いのが分かった。何故なら一年生たちの目線はみんな二人に向いていたからだ。これではどう他の一年生と喋ればいいのだろうか? コッパーなどあからさまにオスカーがそっちを見るだけでヒッ…… などとするのだ。
「エヘン…… みんなよく食べ、良く飲んだことじゃろうから、また二言、三言、新学期を迎えるにあたって、いくつかお知らせがある。新入生に注意しておくが校内にある森には入ってはいかん。これは上級生にも特に注意しておいて貰いたい」
ダンブルドアが喋り始めてオスカーはこれ幸いとばかりにムーディを無視してそっちを向いた。
「管理人のフィルチさんからは毎年のことじゃが、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにとのことと様々な規則を守るようにとの連絡があった。これらの規則はフィルチさんの事務所の前で確認することが出来る」
教職員のスペースを見れば中々バリエーションに富んだ先生が座っている。まず中心に長身の老人、ダンブルドア。隣はオスカー達を案内してくれたマクゴナガル。顔しか見えないくらい小さい先生。どこにいても目立つ巨大な森番? のハグリッド。他にはすんぐりとした女の人。珍妙な玉ねぎの輪切りを首に連ねている人…… オスカーはこの人に見覚えがあった。その隣は…… オスカーは見たものが信じられなかった。その隣にいる人と父親が話しているのを見たことがあったからだ。
「それに今学期は二週目からクィディッチの選抜会が始まる。一年生以外で寮のチームに参加したい人はまずマダム・フーチに連絡して欲しいとのことじゃ」
一年生以外、とのフレーズの所でウィーズリーはあからさまに肩を落とした。けれどオスカーはクィディッチに興味が無かったし、それよりも一番端に座っているねっとりとした髪にかくっと曲がった鉤鼻の若い男。この男はどうして教員のテーブルに座っているのだろうか?
「最後になるが。四階の右側の廊下は立ち入り禁止じゃ。先生方以外が立ち入るのは非常に危険じゃから立ち入らぬように」
ダンブルドアが良く分からない事を言っていたがオスカーは聞いていなかった。さっきまでムーディと喧嘩していたことも忘れていた。
「非常に危険? 何かいるんでしょうか? 何か置いてあるとか?」
「なんであいつが教師なんだ?」
「は? ドロホフ? あいつって誰ですか?」
「一番端の若い男」
オスカーは知っていた。何人もアズカバン送りを逃れた人間がいるのだ。例えばイゴール・カルカロフ。オスカーの目の前で沢山の死喰い人の名前を吐いて許してくれと言っていた。クラップ、ゴイル、ノット、マルフォイ。どいつも何もやっていないで通していた。
「あれはスネイプですよね? チャーリーのお兄さん?」
「あれ? ああ、二人は喧嘩しているって聞いたけど。仲直りしたのか? あの先生はセブルス・スネイプっていう名前で魔法薬学の先生だよ」
「あいつは死喰い人だ。なんで先生が出来るんだ?」
そう。オスカーはスネイプ、カルカロフ、そして今はいないロジエールという男と父親が喋っているのを見たことがあるのだ。そしてあの男が他でもないダンブルドアに裁判で守って貰っていたのを聞いているのだ。でもアズカバン送りでないだけではなく、先生をしているなんて知らなかった。
「はあ? ドロホフ。そんなこと私が知るわけないでしょう。貴方の方が詳しいのが普通でしょう。まあ姉さんはあいつはスルスル抜けていくから捕まらなかっただけだって言ってましたけど」
なんなのだろうか? オスカーはもっとホグワーツは楽しい場所だと思っていたのだ。なのにムーディにウィーズリーはこんな態度。コッパーには怖がられる。他の新入生は怖い物を見る目。果ては裏切り者が教師をしている。ホグワーツとはこんな場所なのだろうか?
「では寝る前に校歌を歌おうの」
ダンブルドアが突然声を張り上げたのでオスカーもそっちを向く。周りの先生たちの顔がさっきまでの笑顔では無くなっている。
流れるようにダンブルドアが杖を振る。金色のリボンのような光が大広間に現れて、蛇や水の流れのように曲がって文字となった。
「みな、自分の好きなメロディーで、では、三、四、はい!!」
どの寮の生徒も歌いだした。
ホグワーツ ホグワーツ
ホグホグ ワッワッ ホグワーツ
教えて どうぞ 僕たちに
老いても ハゲても 青二才でも
頭にゃなんとか詰め込める
おもしろいものを詰め込める
今はからっぽ 空気詰め
死んだハエやら がらくた詰め
教えて 価値のあるものを
教えて 忘れてしまったものを
ベストをつくせばあとはお任せ
学べよ 脳みそ 腐るまで
オスカーはまだ機嫌が良く無かったので歌わなかったが、みんなバラバラなメロディーでテンポもそろえずに歌い終えた。ダンブルドアは最後の学生が歌い終えるまで金色のリボンのような光と杖を使って指揮をし続け、最後には広間の誰より大きく拍手した。
「ああ、音楽とは何にも優る魔法じゃ。さあ、諸君、就寝時間じゃ。駆け足!! 監督生と首席は仕事の時間じゃ」
感動に涙ぐむダンブルドアの言葉を受けて全校生徒が動き出した。オスカー達、新入生の所にもグリフィンドールの監督生がやってきた。胸にPと書かれた赤と金色のバッジを付けた監督生はどこか得意そうだ。
「一年生はこれで全員かしら? 私はアンジェリカ・コールっていうの。グリフィンドールの監督生。もう誰かに歓迎して貰ったかもしれないけど、一応、もう一度。グリフィンドール寮へようこそ。寮に行く前にグリフィンドール寮の紹介をするわね」
黒い肌の女性だ。口調や表情から監督生という仕事? を進んでやっているようにオスカーは思った。でも、闇祓いや裁判のメンバーといい、誰かに何かをさせる役割をオスカーは好きでは無かった。そんなに監督するというのは楽しいのだろうか?
「グリフィンドールの紋章は百獣の王、ライオン。寮の色は赤と金、談話室はグリフィンドール塔にあるの。ダンブルドア先生もそうだけど。グリフィンドール生はあんまり長々と説明しないから私もそうね。まあ、単純明快にグリフィンドールこそホグワーツで最高の寮よ。ホグワーツで最も勇敢な生徒がこの寮に選ばれる。今世紀最高の魔法使いであるアルバス・ダンブルドアもグリフィンドール生だったわ」
勇敢? オスカーには何が勇敢なのかは良く分からなかった。嫌味を除けばムーディは怖いものなどないのかもしれない。でも他の一年生はどうだろう? みんな組み分けの時に青い顔をしていたでは無いか? オスカーを見る目だってとても勇敢な人間の目とは思えない。
「他の寮との関係も話しておくけれど、まずハッフルパフ。黄色の寮、いい人達よ。目立ちたがらなかったり競争しなかったりで面白くない時もあるけれど。スリザリン生でもいい人だと思っているわ。レイブンクローはまあガリ勉集団ね。試験の時はスリザリンより信頼できない人の集まり。最後にスリザリンは文字通り、ちょっと陰湿でねちっこくて嫌な奴らって感じ。それだけ覚えておけばあとは大体明日からの生活で分かると思うわ。さあ、もう眠いだろうから寮へ行きましょう」
グリフィンドールの一年生はコールについて他の寮生たちがごった返す大広間を出て大理石の階段を登った。オスカーは喋りたくなかったし、他の一年生たちがムーディ以外、オスカーがいると静かになるのでコールの真後ろ、つまり一年生の先頭を歩いた。
廊下やいくつも階段を通ってかなり城の上の階まで歩く。途中でゴーストや肖像画たちがそこらじゅうで喋ったり、お祝い気分なのか絵の中でお酒を飲んだりしている。
六階の廊下の突き当りまでくると、ピンクでシルクで出来たドレスを着た太った婦人の肖像画がかかっていた。
「合言葉は?」
「ポプラス」
コールが唱えると肖像画が前に向かって開く、後ろの壁に丸い穴があり、コールに続いてオスカーは登ったがムーディはかなり苦労して登っていた。身長が無いので手が穴の縁に中々届かなかったようだ。
穴の先はグリフィンドールの談話室だ。赤と金色の装飾が部屋中に広がっていて、ふかふかのソファーに肘掛椅子やパチパチと爆ぜる暖炉、心地よい感じの円形の部屋だ。
コールの指示通り、女の子は女子寮、男の子は男子寮に続くドアから階段を登り、やっと部屋が見つかった。すでに部屋の入り口に名前が書いてある。
オスカーの寮のメンバーはこうだ。
ベン・コッパー、オスカー・ドロホフ、コーリー・ヘイデン、ジェイ・キム、チャールズ・ウィーズリーだ。オスカーはウィーズリーとコッパーの名前を見てげんなりした。
部屋の中は深紅のビロードのカーテンがかかった、四本柱の天蓋つきベッドが五つ置いてある。すでにトランクと荷物が届いていて、オスカーを見るとローガンがホーと大きく鳴いた。
「ローガン。お腹減ってるだろ」
オスカーがローガンにコオロギやうずらをやっている間に、何かオスカー以外のメンバーはぶつぶつ喋りつつ、パジャマに着替えているようだ。オスカーはせめてシャワーを浴びないと寝たくなかったし、何より、このメンバーというか、誰かと同じ部屋で寝るという事に慣れていなかった。
他のメンバーがおやすみと言ってベッドに潜り出したのを見て、オスカーは着替えを持って、ローガンを連れて、もう一度、談話室の方へ戻った。たしか寮のシャワールームの場所はコールがここだと談話室に来た時に言っていたはずだ。
うずらをまだ食べているローガンを談話室の肘掛椅子に座らせてやり、オスカーはシャワーを浴びた。シャワーを浴びながら、今日は想像していた中でもかなり最低な日だと思っていた。もっとホグワーツとは楽しくてワクワクする場所だと思っていたのだ。頭を拭いて、パジャマで談話室に戻ると誰かがローガンにエサをやっている。さっきオスカーがやったばかりなのでこれではあげすぎなのだが。
「寮だと五人いますからフレイと喋る時間がありませんね。フレイ」
「エサをやりすぎない…… またムーディかよ」
オスカーはもう本当にうんざりだった。なんとローガンにエサをやっていたのはムーディだった。コンパートメントでローガンの顔を見ているのだからオスカーのふくろうと分からないのだろうか? ムーディはオスカーの声を聞くと何故か机の上に出していた蜘蛛のフレイを手で押さえた。何の意味があるのだろうか?
「フレイ、静かに…… って、このふくろう。ドロホフのですか。どこかで見た顔をしてると思ってましたけど」
「見たら分かるだろ。記憶力が無いのか?」
「いつからそこにいたんですか?」
「お前が蜘蛛に喋る時間がありませんねって言ったところからだ」
何かムーディは警戒しているようだがオスカーには分からなかったし、興味が無かった。眠かったから早く部屋に戻りたいのだ。
「そうですか。嘘をついてるわけじゃ無いですよね?」
「お前に嘘ついてなんの意味があるんだよ」
「じゃあいいです。あとその…… 汽車でのふくろうの……」
「僕はもう寝る。ローガンはもうエサを食べた後なんだ。これだとやりすぎだ」
ムーディの隣でコオロギを頬張っていたローガンを後ろから抱いて、オスカーはそのまま男子寮の階段を登った。オスカーにはどうしてローガンがムーディからエサを貰ったのか不思議だった。ローガンは賢いのでオスカーとシラがムーディと喧嘩したことくらい分かっているはずなのだ。そしてローガンはオスカーが嫌いな生き物はそのまま嫌いなのだ。つまり、家だとキングズリーくらいなのだが。
ベッドルームに戻ると何やら他のメンバーはベッドに入って喋っていたようだが、オスカーが入ると無言になった。オスカーは自分が杖を振らなくてもシレンシオという誰かを黙らせる呪文を使えるようになったのかと錯覚しそうだった。
窓にローガンをとまらせてやるとそのままローガンはどこかへ飛んで行った。まだお腹が減っているのか、それとも仲良しのユーリアのところへ行ったのかもしれない。黒い翼が見えなくなるとオスカーは一人にされた気分だった。
ルーモスと言う灯りの魔法で灯りを付けて、明日の授業の準備と服を机に出してからオスカーはベッドに入った。でも、中々寝付けなかった。他のルームメイトの寝息や、寝返りの音、いびき、こんな音の中でオスカーは寝たことが無かったからだ。
明日からどうなるのだろうか? シラしか喋れる友達は出来ないままだろうか? 先生もオスカーに生徒と同じ態度を取るのだろうか? 他の生徒はオスカーより出来るのだろうか? そういう考えがグルグル回っているうちにいつの間にか眠っていたのだった。
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第九章 ホグワーツの授業
「どいつ?」
「ちょっと赤っぽい髪のやつ」
「あんまり似て無く無いか?」
「もう呪文を無言で使えるらしいぞ」
「嘘つきなさいよ。でも死喰い人の息子ならあり得るのかしら?」
翌日オスカーが寮を出たとたん、囁き声が耳に着いた。これでは他の寮生たちが話しかけてこないのは当たり前だ。ドロホフ、死喰い人、プルウェット、例のあの人、息子、そんな感じの言葉が聞こえる。それもオスカーが近づくと言わなくなるし、上級生も下級生も同じようにぶつぶつ言っている。
オスカーは話す相手がいないのと他の生徒に噂されるのが嫌だったので、授業やホグワーツに慣れることに没頭した。
まず、ホグワーツには百四十二もの階段があった。オスカーの家の広間より幅がある階段、金曜日だけ動く階段、十五段目だけ消えるのでそこは踏んではいけない階段、これらの階段を作ったとかいうレイブンクローをオスカーは怒鳴りたい気分だった。
扉も壁になりきっていたり、怒鳴りつけるか頼まないと開かなかったり、とにかく何でも生き物みたいな反応をするのだ。肖像画が動くのは当たり前にしても、鎧や彫像もどうせ動くだろうとオスカーは思っていた。
ゴーストはゴーストで問題なのだが彼らはポルターガイストのピーブズ以外、基本的にいい人…… いいゴーストだった。ほとんど首無しニックことニコラス・ポーピントン卿はきちんと名前で呼ぶとオスカーの名前をすぐに憶えてくれたし、教室への道を教えてくれたりした。
太った修道士もいい人だ。ただピーブズは最悪でそこら中でチョークを生徒にぶつけたり、トイレから水を溢れさせたり、扉を閉めて誰かを閉じ込めたり、とにかく騒いで誰かを不快にしないと生きていられない…… 生きてはいないので存在していられないゴーストだった。
ホグワーツでやっていく上の障害として、フィルチも問題だった。彼はホグワーツの管理人であるらしい。どうも魔法は使えないようなので、オスカーは彼がスクイブ、つまり魔法族なのに魔法が使えない人間、マグル生まれの魔法族の逆パターンでは無いかと思った。
彼はそのせいもあるのかどうにも生徒たちが憎くてたまらないようだ。とにかく規則違反をした生徒を捕まえて、何か罰則を与えたくて仕方が無いのだ。オスカーも一人で歩いていたら、前の方でスリザリンとグリフィンドールの三年生が小競り合いをしていて、その喧嘩に混ざっていたのでは? といちゃもんを付けられて三年生たちと一緒に罰則だ。などと意味の分からないことを言われ、後ろでなりゆきを見ていたらしいマクゴナガル先生に助けられた。
さらにフィルチはミセス・ノリスとかいう猫を飼っていた。痩せこけていて、グレーというよりほこりみたいな色をしている。これが可愛くない猫で生徒が餌をやっても受け取らないし、誰かが喧嘩していたり、嚙みつきフリスビーを飛ばしたりしていると、どこからかフィルチを連れてくるのだ。オスカーは動物が好きだったが、この猫は全然慣れず、好きになれそうに無かった。
クラスへの道を肖像画やゴーストに聞いて、実際に歩いてみてやっとわかると次は授業に慣れる番だった。オスカーはここで自分がどうも一年生としてはできる方だという事と、先生と名乗っているくせに尊敬できない大人がいることを知った。
最初の授業はマクゴナガル先生の変身術だ。オスカーはニックや肖像画たちに聞いた道を使って一番早く教室についた。今日も起きてから朝食を終えても誰とも喋らなかった。早く大広間から出たせいでシラの姿も見ていない。
一番前の席にオスカーは座った。なぜならやっぱり一番前で授業を受けた方が先生に聞きやすいだろうと思ったのだ。オスカーは魔法や勉強で他の人に負けたくは無かった。いつかはあの保護者気取りの闇祓いだって黙らせられるような実力が欲しかった。
だんだん後ろには他のクラスメイトが座り始めているのが彼らの会話でわかる。オスカーも誰かと一緒に喋って楽しく授業を受けたかった。誰か話しかけてくれないだろうか? 他の同級生はどれくらい魔法が出来るのだろうか? 今日の授業が終わったらローガンに手紙を持たせてシラに今日の授業はどうだったか聞いてみようと思った。
「一番前に行きませんか?」
「え、今日はいいかなって…… 最初の授業だし」
「私も、マクゴナガル先生って厳しそうだし。それにもう座ってる人がいるし」
「そうですか…… じゃあ私は前に行きますよ。別に気にしないでいいですよ。勉強するなら一番前が良いって言うだけです」
オスカーが変身術の教科書を開きつつ、後ろの会話に耳を澄ませていると誰かがオスカーの隣に座って来た。オスカーは隣を見てげんなりした。ムーディだ。オスカーは誰か話せる人が欲しかったがムーディは例外だった。
「隣座ってもいいですよね…… なんだドロホフですか」
オスカーは無視することにした。こんなやつになんだなんて言われる筋合いは無かった。初級変身術では簡単すぎて教科書に没頭できないのでオスカーは家の書庫から持ってきた中級変身術の方を読むことにした。
「ちょっと無視ですか? 何読んでいるんですか?」
「おい、ちょっと近い。離れろよ」
ムーディとオスカーは喋りたくなかったのに彼女は髪からペパーミントの香りがするくらい頭をオスカーが読んでいる本のところへ突っ込んで来た。オスカーは意味が分からなかった。こいつは距離感というのが分からないのだろうか?
「なんですかこれ。闇の魔術の本とかかと思ったら中級変身術じゃないですか。こんなの分かるんですか?」
「うるさいな。向こう行けよ」
「はあ? なんですか。うるさいって。貴方がいけばいいでしょう。だいたい貴方みたいなのが一番前に座ってたら他の人が一番前で受けられないじゃないですか」
「知るかよ。僕が先に座っていたんだ」
どういう意味なのだ。オスカーはそう思った。オスカーが座っているから誰も座れないなんてなんでそんな事を言われないといけないのだろうか? やっぱりこいつがオスカーは嫌いだった。初めて会った時から物騒な女の子だったし、今はとにかく嫌いな奴だった。
「ミス・ムーディ、ミスター・ドロホフ、それ以上騒ぐようでしたら教室から出てお行きなさい。変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なもののひとつです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行って貰いますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」
怒られ損だった。オスカーは真面目に一番前に座っただけなのにムーディが隣に来たせいで怒られたのだ。生まれて初めての授業の思い出がこれになるのだ。母親が語っていた面白そうなホグワーツの授業とこれでは程遠い。
その後、まず先生は机を馬に変え、また元の姿に戻して見せた。それも無言でだ。後ろの声から生徒たちは感激しているようだが、オスカーは別に大したことは無いと思った。これくらい保護者気取りなら簡単にやってしまうだろう。
そのあとは散々板書をノートに取らされた。オスカーにはこの作業の意味が分からなかった。ノートを取るとはどういう意味があるのだろうか? 必要なことは教科書に書いてある。マクゴナガル先生が言っていることが全て黒板に書いてあるわけでは無い。なのに黒板を写して何の意味があるのだろうか? オスカーは分からなかったので手を挙げた。
「どうしましたか? ミスター・ドロホフ。質問ですか?」
「はい。先生。僕はこの授業を受けてノートを取るというのが初めてなんですが……」
そこまで言うと後ろで何か笑い声が聞こえて、オスカーは自分がとんちんかんな質問をしているのかと思って恥ずかしくなった。
「ミスター・ドロホフ、続けて」
「はい。ノートをとるというのはどういう意味があるんですか? 教科書に書いてあることだけではダメなのですか?」
まだ後ろからクスクスという笑い声が聞こえていた。オスカーは隣のムーディが笑っていないのが意外だった。
「良い質問ですよ。ミスター・ドロホフ。グリフィンドールに五点加点します。あなた達は初めて魔法教育を受けるのですからそういった疑問を感じるのは当然です。今、ミスター・ドロホフが質問した時に笑った者は私と同じレベルでノートを取ることの意味を理解し、答えられるのでしょう」
後ろのクスクスが無くなった。オスカーはこの先生はどうも生徒を黙らせるだけの雰囲気があるのだと理解した。
「ノートを取る意味は私の考えでは二つあります。一つはメモをとる。つまり、忘れないように、忘れても思い出せるようにするためという事です。教科書には授業で学ぶべきことが書いてあります。しかしそれだけでは十分ではありません。教科書には書いていない学ぶべきことを私は口と腕であなた達に伝えます。それをあなた達は忘れないようにノートに取るわけです」
なるほど。教科書では十分では無いらしい。さっきまでマクゴナガル先生が説明していたこともオスカーはところどころ教科書には書いていないことがあると分かっていた。教科書は教科書の内容を理解するための前提の知識は書いていないのだ。
「二つ目ですが、これはあなた達が理解を深めるためです。私は私の理解で変身術を理解し、あなた達に教えています。しかし、人は学問や物事を理解するとき、その人間なりに理解するのです。ですから、あなた達はノートに学問の自分の理解や考えを書いて、その上で学問を修めるために、足らない場所を確認するのです。足らない場所、理解が追い付かない場所を教師や教科書の理解と比較して見つけます。それを繰り返せばあなた達は確実に学問を修めることが出来るはずです。もちろん、努力を怠らなければ、ですが」
オスカーはそういうものなのかと思った。質問しなければオスカーはノートを取らなくなっただろうと思った。別にノートなど書かなくても教科書に書いてあることは読めば分かるし、マクゴナガル先生が言ったり黒板に書いたことも、教科書を読めば思い出せると思っているからだ。
「良いですか。皆、同じ早さで学問を理解し、魔法を使えるわけではありません。低学年の授業であれば教科書を読むだけでも十分だと言う人もいるでしょう。ですがどの学問でも同じように出来るわけではありません。そしていずれはそのようなやり方ではやっていけなくなります。七年生の特別科目等では先生方と一緒に新しい学問に取り組むような内容もあります。ですから、今の間にあなた達は勉強の仕方を学ばないといけません。ノートを取ると言うのはその勉強の仕方の一つなのです」
何故かさっきまではクラス全体に言っていたのにこの内容だけはマクゴナガル先生が自分とムーディの方を見ながら言っている気がオスカーはした
「ノートを取ることの意味を説明しましたが、肩ひじは張らなくても大丈夫です。フリットウィック先生やシニストラ先生はお優しいですから、お二人の言われるとおりにノートを取れば、自然とノートの使い方とその意味が分かるはずです。ただし変身術と魔法薬学でそれを期待するべきではありませんよ」
オスカーはかなり感心した。マクゴナガル先生はちゃんと考えてノートを取らしているようだし、先生としてしっかり考えて授業をしていると思ったのだ。そしてオスカーが会ったことのある大人の中でも頭が抜群にいいことは分かったし、何よりちゃんと答えてくれる事がオスカーは嬉しかった。
「さて、答えはこれで良いですか? ミスター・ドロホフ?」
「はい。先生、ありがとうございます」
その後、多少板書を取らされたので、オスカーは授業の内容より、マクゴナガル先生がノートについて言っていたことをまずはノートにとった。授業の内容は簡単で特に新しい気付きは無かったし、ノートの取り方をこれからどうして行くのか考えようと思っていたのだ。メモでは無くてノートを取る方法を考えるのだ。
オスカーにはシラが持ってきた自転車と一緒で、ノートと言うのが新しい道具に見えた。杖や自転車と一緒で使いこなせるようになって見たかった。そういう意味では箒は珍しい例外だった。オスカーは空を飛ぶ時の足が地面についていないのが気持ち悪くて箒が好きでは無かった。
「ではここにあるマッチ棒を一人一本づつ配りますから、授業が終わるまでの間に針に変身できるよう努力なさい」
マクゴナガル先生がマッチ棒を飛ばして一人一本づつ配りみんながマッチ棒を針に変えようとうんうんいい始めた。オスカーは冷静になってキングズリーが言っていたことを思い出そうとしていた。彼をオスカーは好きでは無かったが、彼は間違いなくけた違いの魔法使いだった。
マッチを見ながらオスカーはまずは変身術の理論を頭に浮かべた。そしてマッチと針の類似点、相違点、変えるべき場所、そのための魔法、それらを順番に思い起こし杖を振った。
「よし!!」
「やりました!!」
オスカーとムーディが思わず声を出したのはほとんど同時だった。オスカーはうんざりした気持ちでムーディの方を向こうとしたがその前にムーディがこっちにやって来て自分で持ってきた針とオスカーが変身させた針を見比べ始めた。
「ふん。なんだか私のより黒いですね。闇の魔術の影響じゃないですか?」
「黒く無いだろ。ちゃんと銀色だ。お前の頭の色と違ってちゃんとした銀色してるだろ。だいたい僕の方が変身させたのは早かったし、お前の針はお前と一緒でなんか小さい」
「はああ? 私の方が早かったです。貴方のはちょっとさきっぽが丸くないですか? だいたい……」
「ムーディ、ドロホフ、あなた達は最初に私が言っていたことを聞いていなかったのですか?」
そう言いながらマクゴナガル先生は微笑んでオスカーとムーディの針を取り上げた。
「皆さん。いいですか。ミスター・ドロホフとミス・ムーディが変身させた針です。ちゃんと銀色をしていますね? しっかり尖っていますね? きちんと魔法をかければこのように変身させることが出来ます。二人が静かにしていればもっと良かったのですが。ですが、一人五点づつ合わせて十点加点しましょう」
オスカーはまたケチがついたと思った。ムーディがいなければマクゴナガル先生にクラスでオスカーだけが一人で十点加点して貰えたし、怒られることも無かっただろう。もしかしたら他のグリフィンドール生もオスカーに対する噂なんて気にせずに話しかけてくれるようになったかもしれない。なのにムーディのせいでこのザマなのだ。
その後、クラスで針に変身させることが出来た人はいなかった。ヘイデンは惜しかったがちょっと先っぽが赤いままだった。
午後の授業は闇の魔術に対する防衛術だ。オスカーはこの授業に期待していた。これこそ戦うための授業ではないか。闇祓いも死喰い人も両方ともこの授業から戦う術を学んだはずなのだ。物騒なミニ闇祓いほど戦う術が必要では無かったが、それでも身内を守れるくらいの力がオスカーは欲しかった。
「また一番前に座ってますね。何ですか? 死喰い人になるのに勉強熱心なんですか?」
「黙れよ。チビ闇祓い。その杖、長すぎるんじゃないのか? オリバンダーの店で交換して貰ったらどうだ?」
またこいつだ。もう無茶苦茶だった。オスカーは一番前で授業を受けると絶対にムーディがやってくるのだと理解した。でもこれで一番前で受けなかったらムーディに負けたのと一緒では無いか。
ただ、闇の魔術に対する防衛術は完全に肩透かしだった。まず教室にはわけのわからない大きな角が置いてある。オスカー含めて生徒はそれをみてワクワクしたのだが……
ラブグッド先生いわく、これはしわしわ角スノーカックなる生き物の角だと言う。もちろんそんな生き物は存在しない。そしてオスカーはチャーリー・ウィーズリーがあんまり好きでは無い。なぜならオスカーを無視してくるし、やたらとホグワーツ特急でシラに話しかけていたからだ。でも彼が言っていたそれはエルンペントの角じゃないか? という指摘は最もだと思った。
次になんだか授業と言っている事が噛み合っていない。どうも授業の内容はまともなのだ。まともと言っても教科書通りに魔法生物とその弱点、弱点をつくための呪文の種類を覚えるだけだ。その辺はまともなのに、時々、この魔法生物はこんな利用法があるとか。倒すためだけの魔法なんて無駄だとか、教科書の理論は形式ばっていて全く面白くないとか言うのだ。全く闇の魔術に対する防衛術には関係の無いことばかりだ。しかも根拠が薄そうだ。
オスカーは授業の内容自体は別の人が考えているんじゃないかと思った。誰かが考えているシナリオを最低限やっているので授業としてなりたっているように見えるのではないだろうか? そして教科書の事を学ぶだけなら先生が邪魔だと一限受けただけでそう感じた。ムーディなど終いに怒りだして関係の無い妄想を話すのはやめてくださいなどと言うくらいだった。
そこまで生徒に言われても、君には知的好奇心が足りないみたいだね。ですます辺り、大人ではあるらしかった。
その日の夜、オスカーは一人、ベッドルームで手紙を書いていた。母親とシラ宛だ。オスカーはホグワーツからローガンに手紙を渡して二人とやり取りするというのをホグワーツに入る前からどんな感じだろうと想像していたのだ。
ガチャっと音がしてどうも金髪が見えたので、コッパーが入ろうとしたらしい。ただ彼はオスカーを見るなりもう一度扉を閉めてどこかに行ってしまった。なんて失礼なのだろうか。
オスカーは随分自分が想像していたホグワーツと程遠いと思った。もっと簡単に何でも喋れる友達がもっと出来ると思っていた。今日喋ったのはあのミニマムオーラーだけだ。
手紙を書き終える前に白いふくろうがオスカーの所にやって来た。ユーリア、シラのふくろうだ。オスカーはちょっと気分が良くなった。彼女からの手紙を持ってきてくれたのだ。
「ローガン、ユーリア、明日は先生とムーディ以外と話したいよ」
オスカーはせめて、ルームメイトとくらい話したかった。なのにオスカーがこの部屋にいるとみんな出来るだけ話さないようにしているように見えるし、話している時もオスカーはいないふりだ。コッパーに至っては、オスカーの顔を見る度にヒッとかいって怯える。いったいどうすればいいのだろうか? シラからの手紙を読みながらオスカーはこういう時のやり方をキングズリーは教えてくれるべきだったと思ったが、それだとなんでも彼に聞かないといけないみたいでなんだか嫌になった。
その後も授業は続いた。水曜日の真夜中には、望遠鏡で夜空を観察し、星や惑星の動きを勉強した。シニストラ先生は実際の星の動きやその意味、そして星に関する発見の歴史であったり、物語であったりを面白おかしく、丁寧に教えてくれるし、何より星を見ている間はみんな静かに授業を受けることになるのでオスカーはすぐこの授業が好きになった。ムーディが静かなら一番前で受けるのは先生に顔を覚えて貰えるし、質問がしやすいと良い事ばかりだった。
妖精の魔法は小さなフリットウィック先生が教える授業だ。この授業は三年生になると呪文学という名前に変わるらしい。この先生も他のほとんどの先生と同じく、ちゃんと生徒の質問に答えてくれるし優しかった。浮遊呪文の練習ではまた自分とムーディが最初に出来て褒めてくれた。でも、オスカーはこの先生の授業のやり方がクラスで一番できない人に合わせるようなやり方なのでちょっと退屈かもしれないと思った。
週に三回は薬草学の授業がある。ずんぐりした小柄な魔女であるスプラウト先生と城の裏側にある温室で、不思議なキノコや植物の育て方、使い方を学ぶのだ。オスカーはシャックルボルト邸の敷地にあった温室にもいろいろ生えていたので、もしあそこに行けと言われた時に温室で時間を潰すためにいろいろ覚えようと思っていた。
ただ、薬草学はハッフルパフと一緒に授業を受けるのだが、ムーディと同じくらいおかしな同級生がいるとオスカーは知ることになった。
薬草学の温室には番号が振られていて、数字が大きくなるほど珍しくて危険な魔法植物が生えている。なので一年生は一号温室しか入れないのだ。
「ねえスプラウト先生、このミンビュラス・ミンブルトニアってやつが見たいのよ。なんか臭い液を出すって書いてあるし面白そうだし」
「トンクス、ダメですよ。一年生は一号温室にしか入ってはいけませんよ」
「ちょっとくらいダメかしら?」
「ダメです。もう授業になりますから一号温室に行きなさいね」
「は~い」
オスカーはそのショッキングピンクの女の子の事を覚えていた。髪色が見る度に変わるし、そもそもショッキングピンクとか紫色の髪色なんて忘れられないだろう。プラスして何故かローブでは無く、カーデガンだったりを先生に怒られない程度に着崩して着ている。とにかく外見が目立つのだ。
ピンク髪はスプラウト先生が見えなくなった瞬間、三号温室へ走り出したと思えば、温室前にある泥除けにひっかかって思いっきりこけていた。スプラウト先生が呆れた顔で戻って来てピンク髪を叱っているがまるで聞いていない風だし、泥だらけなのに笑っている。オスカーは絶対近づかない方がいいと理解した。
その後、授業が始まると案の定、隣はムーディだ。オスカーはもう半分諦めていた。一番前で授業を受けるというのは隣にムーディが来るという事なのだ。オスカーは何故かさっき見たピンク髪まで近くにいるので警戒した。まだ服は泥まみれで鼻にも泥がついている。
「また一番前にいますね。いい加減にしてくださいよ。ハッフルパフはマグル生まれが多いんですから、貴方みたいなのが一番前にいたら迷惑でしょう」
「声は聞こえるけど。小さくて見えないな。その辺の木かその長い杖でも接ぎ木して身長を伸ばしたらどうだ? そうしたらお姉さんと間違えて貰えるかもな」
「減らす口を叩きますね。そもそも……」
「何々? 喧嘩? 私も加勢した方がいい?」
オスカーは早くスプラウト先生が来てくれないかと思った。ムーディに加えてピンク髪の相手なんてできるわけが無い。オスカーは普通に授業を受けたいのだ。
「何ですか? 私は今、こいつと喋っているんです」
「え? 何? ムーディ、ドロホフの事好きなの? だから話しかけるなって事?」
「はあ!? 何言ってるんですか? 滅多な事言わないでください。身震いしますよ」
「え? でも自分から話しかけて、私は間に入っちゃいけないんでしょ? ドロホフと喋るのが好きなんじゃないの?」
オスカーはとにかく巻き込んで欲しく無かった。これではグリフィンドールに加えて、ハッフルパフ生もオスカーには話しかけてくれないだろう。どう見てもオスカーは自分より、ムーディやピンク髪の方がまともでは無いと思うのだ。なのになぜみんなオスカーとは話してくれないのだろうか。
「はいはい。ミス・ムーディ、ミス・トンクス、静かにして下さい。授業を始めますよ。今日は飛び跳ね毒キノコの収穫を手伝って貰います」
マクゴナガル先生なら減点していそうなぐらい二人は騒いでいたが、それですます辺りスプラウト先生は優しかった。その後は薬草とキノコ千種に書いてある飛び跳ね毒キノコの特徴を確認して、みんなで飛び跳ね毒キノコを収穫することになった。
ただ、この飛び跳ね毒キノコは教科書では網を使って収穫するようにと書いてあったのだが、オスカーは今は網など持っていなかった。そしてどうも素手で捕まえようとするとなかなか難しそうなのだ。
「速いですね。めちゃくちゃすばしっこいじゃないですかこれ」
ムーディが一人でぶつぶつ言いながら飛び跳ね毒キノコと正面から戦っていた。オスカーの見る限りムーディと飛び跳ね毒キノコはいい勝負だった。チビオーラーはクラスでは一番反射神経が良いのではないかと言うくらい反応が早いのだが、それでも毒キノコは彼女から逃れることに何本か成功しているのだ。これは正面からやるのは頭が良く無いと思ってオスカーはクラスを見回した。
みんな飛び跳ね毒キノコから逃げられたり、手を原木にぶつけて痛がったりしていたが、どうも変な動きをしている生徒がいた。ピンク髪だ。彼女はキノコと戦うことに夢中になっている生徒の後ろに回って、後ろの原木を思いっきり蹴っ飛ばしていた。
こうすると飛び跳ね毒キノコは驚いてロケットみたいに飛んで行くのだ。生徒たちはぶつかってきた毒キノコに驚いたり、ピクピク動くそれが髪に引っ付いて女子は泣きそうになったり、あまりの速さに痛がったりしている。ピンク髪はそれが愉快らしくそれを見て爆笑しながら、地面に落ちた毒キノコを拾っていた。
オスカーはどうして毒キノコが動かず、ピンク髪が拾えているのかと思ってよく見てみると、どうも激しく飛んだ毒キノコは気絶して動かなくなるらしい。
あのピンク髪はもしかして賢いのでは? とオスカーは思ったのだが、その後、今度は杖で原木を動かそうとして、凄まじい勢いで転がし、原木が生徒数人を撥ね、最後には温室のガラスを突き破ったのを見て、考えを改めた。近づいてはいけないし、賢くは無いだろう。
とりあえず毒キノコを卒倒させるのは正しいみたいなので、オスカーは原木を蹴っ飛ばして気絶させて毒キノコを集めた。最後にはムーディの二倍くらい飛び跳ね毒キノコが集まり、オスカーはスプラウト先生に褒めて貰えたのだ。
「皆さん見てください。ミスター・ドロホフがこんなに集めました。グリフィンドールに五点加点します。ミス・トンクスも悪戯が無ければ同じくらい集められたと思いますよ」
オスカーはムーディには勝ったのでちょっと気分が良くなった。この女の子に負けると嫌な気分になるのだ。勝つとその逆だった。
「どうやってそんなに集めたんですか? 手下の人さらいとかに集めさせました?」
「ムーディもそのやり方でよくそんな集めたわね。感心しちゃうわ。あ、また邪魔しちゃダメだった?」
「何なんですか。貴方、トンクスでしたよね。失礼だと思わないんですか?」
「え? でもムーディとドロホフはお互いに失礼な事言い合ってるけど。あ、夫婦喧嘩だからいいの? これが狼人間でも食わないってやつね。うえ~」
「こいつ…… ムカつきますね。何なんですか。泥だらけのくせに」
絶対にこの二人の会話に入り込まないとオスカーは決めた。そうすればムーディはオスカーに話しかけてこないし、もしかしたらその間に他のグリフィンドール生やハッフルパフ生が話しかけてくれるかもしれない。
と言っても、結局、他の生徒はオスカーと二人を遠巻きに見るだけでもちろん誰も話しかけてくれなかった。
魔法史の授業は退屈だ。ほぼすべての生徒はそう思っている。この授業は魔法界でも珍しいゴーストが教えるクラスなのだ。それだけ聞くと面白そうなはずだ。でもこの授業はほとんどの生徒にとって退屈なのだ。
ゴーストのビンズ先生は随分前に教室の暖炉で居眠りしてしまい、なんと翌朝起きて授業に行こうとしたところ、体を忘れてしまったのだと言う。しかも、それ以降もビンズ先生は自分が死んでいるか死んでいないのかも分からないらしい。
やっぱりこれを聞くと面白そうな授業なのだが、ビンズ先生の授業スタイルが問題だった。彼は抑揚も無く、ずーっと同じ調子で自分のメモを読み続け、時々板書を書くのだ。オスカーはどうやって板書を書いているのかも不思議だったがそれは大した問題では無い。
とにかくこの授業にオスカーが思うのは質問を誰もしないなら、シラの家にあるカセットテープを聞くのと何も変わらないのでは無いかということだ。別に音が出るならゴーストじゃなくてもいいでは無いか。
とオスカーは思っていたが、オスカーはこの授業が楽しみな数少ない生徒の一人だった。なぜならこの授業は戦争で一学年の人数が少ないせいか、レイブンクローとグリフィンドールが一緒にやっているからだ。
オスカーの期待通り、一番前の席に一番早く座るとシラが隣に座ってくれた。オスカーはこれがあるのでこの授業のある日が楽しみなのだ。
「オスカー、お菓子ありがとう。あれってペンスが作ったやつかい?」
「いや、シャックルボルトの家から送って来た方。凄い量送られてくるけど一人だと食べられないんだ。ローガンじゃなくてわしみみずく三匹で送ってくるから止められない」
オスカーの家とホグワーツはスコットランドにあるのでローガンは結構な頻度でその間を行き来してお菓子や手紙を運んでくれていた。でもシャックルボルトの家はグレートブリテンの一番南にあるせいか、あそこの屋敷しもべ達は馬鹿みたいな量をただでさえ大きなわしみみずく三匹に持たせて送ってくるのだ。どうみても友達と食べろという事なのだろうが、オスカーに友達は一人しかいなかった。
「友達と食べてねってことじゃないかい? グリフィンドールの友達は?」
「そいつに友達がいるわけないでしょう。今朝も一人で朝ごはん食べてましたよ」
せっかくシラと喋っていたのにシラと反対方向から声が聞こえてオスカーはぷっちんとなりそうだった。レイブンクロー生は前に座りがちなのだからムーディ以外が座って欲しいとオスカーは願っていたがどうも誰も願いは聞き届けてくれなかった。
「まだムーディとオスカーは喧嘩しているのかい?」
「喧嘩じゃない。あいつが突っかかってくるんだ。こうやって一番前に座るとすぐ後からやってくるんだよ」
「失礼なこと言わないでください。私は一番前で授業を受けてるだけです。こいつが人の迷惑も考えずに一番前で授業を受けるのが悪いんです」
オスカーはあんまりシラの前でムーディとやり合いたくなかった。何故ならオスカーの家族の事でシラが嫌な目に遭う必要は無かったし、オスカー自身の事でもそうだからだ。
「君達、仲良くしないといけないよ。普通、喧嘩は両成敗っていって……」
「喧嘩なんかしてませんよ。私はドロホフに取るべき態度を取っているだけです」
「ああ。喧嘩なんかしてないさ。こいつがしつこいだけなんだ。闇祓いは追跡が得意なんだよ」
シラは呆れているとばかりに二人の方を眺めていた。オスカーだって好きでムーディとこんなやり取りを毎日、朝から晩までしているわけではないのだ。
「座ってもいい? 後ろいっぱいなんだけど……」
「はあ? チャーリーですか…… あー、そういうことですか? それで汽車だと……」
「ダメならいいけど」
「私の隣は別にいいですよ。まあ座りたいのはそっちじゃないんでしょうけど」
今度はウィーズリーまでやって来た。せっかく喋れる授業なのにオスカーの機嫌は急降下し続けていた。たしかにレイブンクロー生でちょくちょく埋まっているものの全部埋まってはいないのになんでわざわざオスカーのいる前まで来たのだろうか? いつもみたいに他の男子と喋っていればいいではないか。
「では授業を始める。教科書の二十三ページを開いて……」
ピンズ先生の退屈な授業が始まった。まだ数回しか受けていないというのに生徒たちはペチャクチャ喋ったり、寝ていたり、落書きしていたりとみんなやりたい放題である。何故かって? それはピンズ先生が全く生徒たちの方を見ないし、終いには寝てしまうからだ。
「オスカー、悪人エメリックが出て来たじゃ無いか」
「ウリック? 奇人の? ジョークの落ちに出てくる……」
「エメリックだよ。ほら。オリバンダーさんのお店でその話をしたじゃないか」
シラはこの授業に対して完全な耐性を持っている。オスカーは他の生徒よりずっと耐えられる方だったが彼女ほどではない。オスカーにはブーンブーンと言うシラの家の冷蔵庫みたいな音にすら聞こえるピンズ先生の声も彼女にはめくるめく壮大な魔法史のストーリーを紡ぐ声に聞こえるらしいのだ。この授業に関してはオスカーもムーディも彼女に勝てると露ほどにも思っていなかった。
「そんな話したっけ? あの時したのって……」
「君の杖の話だよ。悪人エメリックは極悪人エグバードに殺された。この時の杖がニワトコの杖。魔法史第一巻の四版より後だと挿絵もついている。ほら、オスカーの本だと二人が持ってる杖は……」
「節がいっぱいあって凸凹だ」
「オスカーの杖にそっくりじゃないかい?」
シラはまるで自分の本とばかりにオスカーの魔法史の教科書をペラペラめくってあっという間に件のページを開いた。そこにはオスカーの杖、正確にはオスカーの杖の姉弟杖にそっくりな杖が書かれていた。デフォルメされていても確かに形が分かる。
「ふーん。あんまり知らなかった。教科書にはそんなこと書いて無いし、ニワトコの杖って昔話に出てくる杖だし」
「私はあんまりその童話は知らないけれどね」
オスカーはシラの話を聞きつつ、隣のムーディとウィーズリーが聞き耳を立てている気がした。特にウィーズリーはいつもはすぐ寝ている気がするのだがなぜ今日は寝ていないのだろうか?
「そうか。マグルの童話には無いのか。最強の杖なんだよ。ニワトコの杖って。でも昔話なんだ。三人の兄弟が三つ道具を死から貰うんだけどその一つ」
「死? 死って?」
「昔話だから。死が話しかけてくるんだ。もちろん、現実の話じゃない。あんまりおもしろい話じゃないよ。僕は豊かな幸運の泉とかの方が好きだし…… 死が兄弟を殺そうとするけど、兄弟は魔法を使って逃げたから、兄弟にご褒美を渡すんだ。その一つが最強の杖だよ」
こういう話を同じ寮ならいつも出来ただろうとオスカーは思うのだ。チラチラ見てくるウィーズリーとムーディでは無くて、シラと同じだったなら毎日の授業だって違うものになっただろう。
「豊かな幸運の泉はマグルの騎士と魔女の話ですからドロホフは好きでしょうね。チャーリー、貴方も好きそうですねそういう話」
「え? 僕かい?」
「じゃあその杖が……」
「そうだよ。ニワトコの杖。最強の杖だけど持ってる人が寝てる間に殺されちゃうんだ。最強の杖を持ってるって自慢したから。それで死は杖の持ち主を自分のモノにしたってオチなんだ」
オスカーはこの話があんまり好きでは無かった。昔も好きでは無かったが今はもっと好きでは無かった。だって話は暗いし、あんまり登場人物達は報われないし、なんだか説教されているような内容だからだ。
何かウィーズリーがムーディの耳元でぶつぶつ言っているのがオスカーは気になった。
「それって何を読めばいいんだい? ニワトコの杖の事はオスカーの家にあった闇の魔法史とその象徴史って本に書いてあったけど……」
「ビードルの童話だよ。他にもペチャクチャ兎とかさっき言ってた豊かな幸運の泉も載っていて……」
「グヴィン、ドロホフ、仲が良いとこ悪いですけど。お誘いですよ。ハグリッドの所に行きませんか。だそうです。まあ特にグヴィンにですかね?」
二人はムーディ達の方を向いた。どういうことなのだろうか? ハグリッドとはあの道案内をしていた巨大な森番のことだ。そもそもなぜ?
「私はオスカーが行くなら行ってもいいけれど。オスカーは……」
「僕は行かないさ。興味ないね」
「だそうです。ウィーズリー。今度は自分で言った方がいいと思いますよ。ドロホフがいない時に」
ウィーズリーはこっちを見て来なかったがどういうことなのだろうか? オスカーと話したいとは思えないし、それなら寮で言えばいい事なのだ。ムーディが言っているようにシラと話したいのだろうか?
結局、オスカーは釈然としないまま魔法史の時間を終えた。良かったのはなんだかムーディが呆れているのか静かなことくらいだった。
さて。魔法薬学の授業、それはグリフィンドールにとっては最悪の授業だ。
授業は地下牢で行われる。地下牢は九月、十月でも他の教室より寒い、地下にあって気温が変わりにくいからだ。壁にずらりと並んだガラス瓶にはホルマリン漬けの動物がプカプカしている。別にそれは特段おかしなことでは無い。
それ以上にオスカーは授業を受ける前からこの先生が嫌いだった。
フリットウィック先生と同じく、スネイプもまずは出席をとる。他の生徒の名前には特段反応しなかったのだが、ムーディの名前までるとちょっと止まった。
「あぁ、さよう。クラーナ・ムーディ。君のお姉さんにはずいぶんとお世話になった。輝かしい一族だ。無論、闇祓いを目指すのだろう」
となりのムーディの手がピクピクしていたがムーディは暴発しなかった。オスカーはこれが意外だった。この女の子は闇の魔術に対する防衛術でもそうだが、結構簡単に怒りだすのだ。相手が先生であっても。
オスカーはムーディの姉が何かスネイプに関することをムーディに言ったのでは無いかと思った。そうじゃないならとっくに爆発してもおかしくない。ちなみに向こう側のスリザリンのテーブルではスナイドとマークという女子がムーディ弄りが面白いのかクスクス笑っている。
「このクラスでは、魔法薬の調剤における微妙な化学、そして厳密な芸術を学ぶ」
ぼそぼそ声とむりやり出している芝居かかった低音を合わせたみたいな声だ。オスカーはキングズリーの声とはまるで逆だと思った。オスカーは彼の声が嫌いだったが、あの声は他の人を安心させる力があるのだ。スネイプの声はその逆だ。
「我輩のクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと諸君らは思うかもしれん。ユラユラと立ち上る湯気、ふつふつと沸く大釜、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力…… 諸君らがこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である。ただし、我輩がこれまでに教えて来た頭の足らない連中より諸君らがマシと言えるのならだが」
大演説だったがオスカーはまるで心に響かないと思った。なるほど、裏切り者のクソ野郎には魔法薬というのはふさわしいかもしれない。杖で叶わなくても魔法薬なら誰かの夕食のワインに垂らすだけで相手を操ることが出来る。油ぎった汚い髪型の男にはおあつらえ向きの授業に違い無い。
そのまま授業を始めるのかと思ったのだが突然スネイプは「ムーディ!!」と呼んだ。
オスカーは思った。スネイプはムーディの姉が好きだったとかだろうか? なんだかさっきからムーディにこだわっているように見える。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
「生ける屍の水薬です」
スネイプは表情が変わらなかったが面白く無さそうだ。多分、ムーディをいびれるか試したのだろう。オスカーはムーディが嫌いだったが、キングズリーと同じで舐めてはいなかった。ムーディはどの先生から見ても飛びぬけて優秀な生徒だ。
「なるほど。では山羊の胃から見つかる石は?」
「ベゾアール石です」
それを聞くとスネイプは歩き出した。ちょうど一番前に座っているオスカーとムーディから顔が見えない方へだ。オスカーは他の生徒たちがスリザリン含めてちょっとムーディに感心していると思った。実際、明らかに馬鹿にするためにスネイプは喋っていた。これは意地悪な質問なのだ。スネイプが今聞いたことが確かに一年生の教科書には書いてあったが、材料のちょっとした解説くらいにしか書いていないことだ。重箱の隅をつつくような話で、一年生の魔法薬の大元になるような話では無い。
「では。混合毒薬の解毒剤の成分は毒薬の各成分に対する解毒剤の成分の総和より大きい。これは何の法則か分かるかね?」
スネイプがクラスの後ろへ歩きながら言った。オスカーはどうもこいつは裏切り者以前に本当に性格が悪いと思った。これは上級魔法薬に書いてあった法則だ。オスカーだって言葉を見たことがあるだけで意味はイメージでしか理解できていなかった。ムーディもぱっと答えられなさそうなので、オスカーは見えないように机の下から無言で杖を振った。ムーディのノートに文字が現れる。
「ゴルパロットの第三法則です」
「少しは勉強してきたらしい。あの姉あっての妹というわけだ。諸君、なぜ今の問答を全部ノートに書きとらんのだ?」
あわててクラスメイトたちが羽ペンと羊皮紙を取り出し始めた。ムーディがこっちを凝視していると分かっていたがオスカーはムーディの方を見なかった。ムーディは馬鹿なのだろうか? あれでは何かオスカーがしたと言わんばかりだ。
その後、スネイプは生徒を二人ずつ組みにして、おできを治すための簡単な薬を調合させた。オスカーにとっては残念ながら同じテーブルに座っているムーディと組まされたし、授業の内容としては至極まともだ。
「なんで私を助けたんですか」
「お前に構うつもりは無い。僕はスネイプに確かめたいことがあるんだ」
スネイプは生徒たちが干しイラクサを計って、ヘビの牙を砕く方法を見回った。どうもお気に入りらしいスナイドは褒め、オスカーとムーディの机を素通りし、その他の全員が注意を受けた。
オスカーは慎重に様子を伺った。今日で無くてもいい。チャンスは魔法薬の授業中ならいつでもあるはずなのだ。
「さっき言ってた。確かめたい事ってなんですか? 何を確かめるんですか?」
「だからうるさいって言ってるだろ」
またムーディが聞いてきた。オスカーはムーディの相手などするつもりは無かったが、もうとっくにオスカーとムーディは教科書通りにおできの薬を作り終えていたので時間があったのだ。二人は教科書通りにするだけなら他の人よりずっと早くできた。
スネイプを見るとまた何かスナイドに小声で教えている。どうもスネイプは授業で全て自分が知っている事を教えるつもりは無いようだ。オスカーとムーディは教科書通りに作っているのにどうもスナイドの薬の方が出来は上なのだ。どう考えても教科書に加えて何かの工程が必要なのだろう。
「うわっ!!」
「何だ? 熱っ!?」
スリザリンのテーブルの方で誰かが叫び、みんながそっちを向く。緑色の煙が広がり、床に何かが広がっている。オスカーとムーディはとっさに椅子の上に避難した。避難しそこねたみんなの靴には床に広がった薬品で穴が開いている。
スリザリンのリーがどうやったのか大鍋を溶かしてしまったようだ。リーは腕に薬をかぶったらしく、服の袖が溶け、腕は赤いニキビのようなモノで一杯だった。
「バカ者!!」
スネイプがリーの所に向かって薬を除去しようとしている。オスカーはチャンスだと思った。ムーディ以外に誰も見ていないので杖を無言で振り、グリフィンドールの誰かのテーブルの上にある山嵐の針とヘビの牙を呼び寄せて、スネイプの目の前の床に広がる薬品の上に落とした。
効果はてきめんで山嵐の針が薬品に触れると爆ぜ、スネイプは顔を腕で守った。つまり腕に薬品を受けたのだ。
「机の端に材料を置くなと言っただろう。グリフィンドール一点減点。リー、大鍋を火から降ろさないうちに山嵐の針を入れたな?」
リーは痛いのかウーウーと唸っている。オスカーは他の人間にはやたらととげとげしいマークがリーの事は明らかに気遣っているように見えるのが意外だったが、それよりスネイプだった。
「医務室へ連れて行きなさい」
マークがリーを医務室へ連れていき、その間にスネイプは自分で教壇から何か薬を取り出して自分の腕をそこに漬けているようだ。オスカー達からは見えないところでだ。オスカーはマークがそのままにした大鍋をまた無言で動かしてひっくり返した。出来かけの薬品が広がっていく。生徒たちがまた悲鳴をあげて机の上に避難する。
「ちょっとドロホフ……」
「スネイプ先生。どうすればいいですか?」
オスカーはムーディを無視してそのままスネイプの方へ行った。オスカーの靴はドラゴン革だ。そんな簡単には溶けも焼けもしない。
スネイプは生徒たちの方へ気を取られていたのか腕を上げていた。左の前腕には髑髏の印がある。オスカーはやっぱりだと思った。こいつは死喰い人でその上で裏切り者なのだ。なによりこいつの声をオスカーは家の前で聞いている。スネイプはオスカーの視線に気づくとすぐに印のある場所をもう片方の腕で隠した。
「ドロホフ。君は自分の大鍋に戻りたまえ。我輩が対応する」
「失礼しました。先生」
自分の机に戻ってもオスカーはやっぱり怒りが隠せなかった。どう見たってあいつは死喰い人なのだ。なのになぜホグワーツで教えられるのだろうか? それはどう考えても、死喰い人の陣営を裏切ったからだ。そんな事で許されるのか? だってあいつはシラに何かしようとしていた奴らの一人なのだ。
そのあと、ずっとムーディが授業が終わるまで話しかけようとしてきたがオスカーは無視し続けた。授業がやっと終わってもムーディがついてくるのでオスカーはうんざりした。スネイプについて考えるのにムーディは邪魔なだけだった。
「ちょっと、待ってくださいって言ってるでしょう」
「なんなんだよ。追いかけてくるな」
「喧嘩? 一年生は元気ね」
「ゲルヌンブリ!! 開けてくれよ」
合言葉を言い、太った婦人の肖像画を開けてよじ登ってもまだついてくる。どうもこの女の子は本当にしつこかった。二人は授業が終わって一直線に寮まで戻って来たので誰も談話室にはいなかった。といってもオスカーは談話室だと誰かの視線が痛いのでほとんど談話室を使ったことは無かった。
「そこに座って下さいよ。女子は男子寮に入れますから寮の部屋に行っても無駄ですよ」
「何を聞きたいんだよ」
「なんで私を助けたんですか?」
「お前も大嫌いだけど。スネイプはもっと嫌いだからだ」
大嫌いとはっきり言うとちょっとムーディの顔色が変わって泣きそうに見え、オスカーはどうしたらいいのか分からなくなったが、すぐに眉を上げていつもの怒っていると言わんばかりの顔になった。
「じゃあさっき何してたんですか? あなた、リーのアホがやったことを大きくしたでしょう? 無言で引き寄せ呪文を使って、薬品を飛び散らしたり、マークの鍋をひっくり返したでしょう」
「あいつの腕が見たかったんだよ」
ムーディは何を言っているのか? とばかりの顔だったがすぐにオスカーが何を言っているのか分かったみたいだった。オスカーはやっぱりやりにくいと思った。他の生徒だったら無言呪文だって分からないだろうし、オスカーが言ってることも分からないはずなのだ。
「闇の印ですか?」
「そうだよ。あいつは死喰い人だったって聞いてた。だから見たかったんだ。どう見てもあったけどな。あいつの腕に」
何か混乱している風のムーディだったがオスカーには関係無かった。とにかくスネイプのやつに負けるわけにいかなくなっただけだ。裏切り者のやつらがどんなやつらかオスカーは知っていた。それに何よりあそこにいた人間達、スネイプ、カルカロフ、ロジエールみたいな連中にいつかは思い知らせてやるとオスカーは思っていた。
「そんなの見てどうするんですか? スネイプが元死喰い人なんて知ってる人は知ってますよ。味方だとでも……」
「僕は魔法省の奴らも死喰い人も嫌いだ。特に逃げた奴らとそれを許した奴、それに弱い奴にだけ強く出る奴らが嫌いだ。スネイプなんて特にそんな奴だろ。強いやつから逃げて違う強いやつの所に逃げる。それでもっと弱いやつには強く出る。そういう奴だって確かめたかっただけだ」
嫌いな奴ばっかりだとオスカーは思った。大人は嫌いな奴ばかりだ。あいつらに比べたらまだムーディの方がましだろう。オスカーはさっきのスネイプの顔を思い出すだけでもイライラしてきた。なんであんな奴が自由でいられるのだ。
「確かめてどうするんですか?」
「僕がそういう奴だって思いたいだけだ。お前、お姉さんに教えて貰わなかったのか? 裁判でああいう奴が何を言うのか。自分はやってません。他の奴がやりました。私だけは助けてください。記憶にありません。自分で自分の記憶まで消すんだ。あいつも絶対そういうやつだ。ダンブルドアや魔法省が許しても僕には分かる」
オスカーは喋りすぎたと思った。ムーディと仲がいいわけじゃ無い。もっと大人にならないといけないのだ。魔法省も死喰い人ももっと狡猾なやつらばかりだ。今日だってスネイプ相手に確かめるためだけに意地になっていたではないか。
「それでどうするんですか?」
「どうする? 何もしないよ。僕は馬鹿じゃない。ああいう奴らは自分が有利になるまでじっとしてるんだ。同じようにしないといけない。ああいうやつらをどうにかするには時間がかかるんだ。僕は待つのには慣れてる」
オスカーはそれだけ言ってベッドルームに行った。ムーディは追いかけて来なかった。
ムーディじゃなくて、もっと自分の事を話せる友達が欲しいとオスカーは思った。馬鹿な大人たちでは無くて、自分の事を死喰い人とか闇の魔法使いとか言ってくる子供じゃ無くて、シラみたいに自分のトラブルに巻き込みたくない人じゃない。そういう友達がオスカーは欲しかった。
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第十章 飛行訓練
毎日話しかけてくる女の子をうざったく感じるなんて、オスカーは思ってもみなかった。なぜならずっと家族以外で話す人が欲しかったからだ。でもそれはクラーナ・ムーディと出会うまでの話だ。スリザリンに入った方がどれだけ良かっただろうか?
オスカーとムーディは同じ寮だ。だからどの授業でも顔を合わせることになる。毎日、毎日、会うたびに闇の魔法使い、死喰い人、アズカバン、ヌルメンガード、オスカーはうんざりだった。よくもこんなに思いつくものだ。
どうもムーディは最初の一週間の授業の後、オスカーに完全にターゲットを絞ったのかずっと続けてくるのだ。もう一月以上だ。
それにオスカーをほとんど無視してくるグリフィンドール生も嫌いだった。特にオスカーが魔法史でシラと喋っていると時々視線を飛ばしてくるウィーズリーだ。前なんてムーディと一緒にハグリッドの所に動物を見に行かないかとシラを誘っていた。
そして今はちょうどグリフィンドールの談話室の『お知らせ』の前で集まって興奮気味に話しているグループの中心にいる。『お知らせ』はこうだ。
『飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとレイブンクローの合同授業です』
どうもそれを読んでウィーズリー達は騒いでいるらしい。
「やっとだよ。一年生は箒を持てないなんていったい誰が決めた校則なんだと思ったよ」
オスカーはレイブンクローと一緒の授業だというのに面白くなかった。オスカーはどうにもあの箒の足が付かないという感覚が苦手なのだ。
ウィーズリーが朝食の時に喋っているのを漏れ聞くと相当ウィーズリーは箒で飛ぶのが上手いらしい。他の代々魔法族の家の人間はみんなそんな感じの自慢話をする。田舎を飛んでいただとか、マグルの飛行船にぶつかりかけただとかそんな話だ。
加えて、クィディッチの話もみんなするのだ。オスカーはクィディッチの試合なんて見たことは無かったからあんまり興味が湧かなかった。外になんて出してもらった事が無かったし、箒で飛んでもいいと言われたのはここ一、二年の話なのだ。だから箒なんて何が楽しいのか分からなかったし、人が集まって試合を見るというのもシラと一緒にテレビを見て初めて知った娯楽だった。でも同じクィディッチの話で盛り上がって楽しそうにしている同級生を見るとオスカーは羨ましかった。
そして、オスカーは他の授業でムーディ以外に負けたことが無かったので、今度という今度はウィーズリーやムーディ相手に悔しい思いをするかもしれないと思ったのだが、どうもムーディの様子がおかしかった。
飛行訓練の週になるとやたらとピリピリしだして、当日の朝一の授業前には本を読みながらうわの空でオスカー相手におはようなんて言ってくる始末なのだ。本はいつも読んでいる闇の魔術に対する防衛術や変身術の本では無く、『クィディッチ今昔』だったり、『トロールでも飛べる流れ星の乗り方』なんて本ばかりでどう見ても飛行訓練に緊張しているようだ。
その日の午後三時半、他の授業と違ってオスカーは最後の方に着けるようにゆっくり校庭に行った。正面階段から降りていくともうレイブンクロー生とグリフィンドール生はほとんど揃っているようだ。あんまり天気は良く無く、雨が降りそうな少し湿った空気だった。
二、三十本の箒が地面に整然と並べられている。学校の箒なのであんまりピカピカでは無い、オスカーはそれが不思議だった。ドロホフ邸のモノはなんでもピカピカだったし、ホグワーツにも屋敷しもべがいるらしいのにどうしてピカピカでは無いのだろうか?
向こうからマダム・フーチがやって来る。短い白髪で鷹の様な黄色い眼だ。オスカーは黄色い目を見たのは初めてだった。
「何をボヤボヤしてるんですか。みんな箒のそばに立って。さあ、早く」
オスカーはちょっとムカついた。なぜならまだ授業開始の時間では無い。そもそもこの先生は今から何をやるか何も説明していないではないか。
ちょっとむかむかしながらオスカーも箒のそばに立った。箒はさっきも思った通り、自分の家やダイアゴン横丁にあるものと違ってボロボロだ。変な方向に小枝が飛び出している。
「右手を箒の上に突き出して。そして、『上がれ!!』と言う」
フーチの声に続いてみんなが『上がれ』と叫んだ。
オスカーの箒は普通に飛び上がりオスカーの手に収まった。他のみんなを見る感じ飛び上がった箒は少なかった。オスカーはここまではいいんだと分かっていた。箒を操るのが不得意なのでは無くて、自分は足がついていないのが嫌なのだ。人間は歩く生き物なのだ。地面に足をついていないなんて気持ち悪いでは無いか。
案の定、ウィーズリーは手に箒を持っていて早く飛びたいのかうずうずしているように見える。シラももう箒を持っている。もちろん魔法の範囲の外側に行くほど高くは飛ばなかったが、ドロホフ邸で遊んでいた時に彼女はオスカーよりよっぽど飛ぶのが上手かったのだ。そしてムーディの箒は地面をコロリと転がっただけだ。多分だが箒は杖と一緒で持ち主の不安が分かるのだ。オスカーは地面に足をついていないのが気持ち悪いが飛ぶこと自体は怖くなかった。
次にマダム・フーチは、箒の端から滑り落ちないように箒にまたがる方法をやって見せ、箒を置いたとおりに並んでいる生徒たち一人一人の握り方、跨り方を直した。オスカーはちょっと先生を見直した。少なくともやっていることはまともだ。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴って下さい。箒は手と足でしっかり挟み、ぐらつかないようにするんです。二メートルくらい浮上して、二メートルです。私の頭より少し高いくらいです。二メートル浮いたら、それから少し前屈みになってすぐに降りて来て下さい。いいですか。笛を吹いたらですよ。一、二の……」
二まで先生が言いかけた所で、ムーディは緊張していたのか、飛べなくて注目を集めたくないのか、先生が笛を吹く前に思いっきり地面を蹴っていた。
「こら!! まだ吹いていませんよ!! 戻ってきなさい!!」
オスカーがテレビで見た映画のみさいるみたいにムーディはホグワーツの校舎に向かって飛んで行った。全くコントロールできていない。そのまま城の窓に突っ込んでいき、ガッシャン!! という音をたててぶつかって手すりに辛うじて引っかかった。
「まあ!! ムーディ!? どうしたと言う……」
どうもマクゴナガル先生の部屋だったらしいがムーディは数十メートル下の地上まで聞こえる先生の大声に反応することも無く、手すりに引っかかった箒からずりずり滑り始めた。フーチ先生は突っ立ったままだしマクゴナガル先生は部屋の中から見ているだけで状況を読み込めていないようだ。オスカーは校舎の方へ走った。
ムーディが落ちてくる。オスカーは小さなグリフィンドールのローブ目掛けて呪文を唱えた。
「モリアーレ 緩め!!」
地面ぎりぎりで柔らかなクッションに包まれたみたいにムーディが落ちるスピードが遅くなってゆっくり芝生の上に転がった。ムーディはどうもマクゴナガル先生の部屋に激突した時に気を失ったのか動かないし、額にはこぶが出来ているように見える。
青い顔をしたフーチ先生がやっとやって来て、他の生徒たちもこっちにやってくる。
「落ちる前に頭をぶつけましたね」
マダム・フーチはムーディを注意深く杖と手で調べており最後に呪文をかけた。
「リベナイト 蘇生せよ」
彼女の胸に向けてそう唱えるとムーディはぼんやりした顔で目を覚ました。フーチ先生はムーディを立たせるとさっきまでと違って優しく言った。
「さあさあ、クラーナ、大丈夫。立って」
そこまで言うと今度はさっきと同じ厳しい顔で生徒たちの方に向き直った。
「私がこの子を医務室に連れていきますから、その間、誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。少しでも触ったら、あなた達は来年のクィディッチチームの選抜を受ける前に、学校からいなくなって貰いますよ。さあ、行きましょう。クラーナ」
ムーディは恥ずかしいのか、それともさっきの体験がまだ怖いのか、赤いのか、青いのか分からない顔をしていた。ほとんど先生に抱きかかえられるように校舎に消えていく。
二人が見えないところまで行くとちょっとした笑い声みたいなのが聞こえた。それもレイブンクローだけでは無く、グリフィンドールからもだ。
「オスカー、君が呪文をかけていなかったら危なかったよね。あとできっとフーチ先生が加点してくれるんじゃないかな」
オスカーはシラが話しかけて来たのも聞こえないくらい怒っていた。あのフーチとかいう先生も、レイブンクロー生もグリフィンドール生も気に入らない。ムーディは頭から落ちていたのだ。下手をすれば死んでいた。レイブンクロー生とグリフィンドール生の声が聞こえてくる。
「ムーディがあんな顔してるの初めて見たね。ビビっちゃって」
「いっつも私は出来ますみたいな顔してるわよね」
「あれも出しゃばろうとしたんだろ。グリフィンドールらしい」
レイブンクロー生はムーディに言えないくらい授業では出しゃばりがちだ。グリフィンドール生は正義とか騎士道とか言ってるくせにこれだ。だいたいさっきのフーチは何なのか? 先生とは、大人とはあんな風に突っ立っているものなのか?
「オスカー? 聞いてるの……」
「お前らなんでムーディを笑うんだよ!!」
オスカーが大声でそう言うと隣のシラがびくっとしたのが分かった。レイブンクロー生とグリフィンドール生のほとんどもそうだ。何のことか分からないとばかりにこっちを見ている。
「お前ら、全員どの授業でもムーディの奴より出来ないじゃないか。なのになんで出来なかっただけで笑うんだ? ムーディが他の授業でお前らの事笑ってたのか?」
「オスカー、ちょ、ちょっと」
「笑ってたのかって聞いてるんだ。今、笑ってたやつが他の授業で僕より出来なかったら笑ってやるよ。僕は一日中笑い転げることになるから、一週間で聖マンゴ行きだろうな。そもそも笑うよりやることあるだろ。ムーディの奴があんなになったのはフーチとかいう先生が悪い」
「オスカー、マクゴナガル先生が……」
同級生なんて大したことが無いとオスカーは思った。どいつもこいつも自分より勉強も魔法も出来ないでは無いか。そのくせ肝心の本人の見えないところや、自分が有利になったと思ったらこうなのだ。なにがグリフィンドールなのか。少し自分が大声を出したら言い返してこないではないか。何よりフーチが何もしなかった事より、ムーディが間抜けに見える事の方が大事というのがオスカーには許せなかった。
「あのフーチとかいうやつがちゃんと教えられてたらあんなにならないし、落ちてる時も見ているだけじゃないか。大人で先生のくせに。その上偉そうだ。お前らムカつかないのかよ。ムーディが落ちて泣きそうなのがそんなに面白いのか?」
「ドロホフ、ご高説大変結構です。こちらにおいでなさい。他の生徒はフーチ先生の言われた通りにするように。見ていない間に箒で飛べば二度とホグワーツの門をくぐらせません」
ポン、とオスカーの肩にしわしわの手が置かれた。振り返るとオスカーの顔のすぐ上に厳格なマクゴナガル先生の顔があった。隣のシラはあちゃあとばかりの顔をしていたが、オスカーはまだ怒りが収まらなかった。マクゴナガルが何だというのだ。
まだ茫然としているクラスメイト達をしり目にマクゴナガル先生は大股で校舎へと動き出した。オスカーはどうせ減点されるのだろうと思った。そしてやっぱりあの先生と他人の失敗をみんなで笑うやつらが嫌いだった。
「まだ怒っているのですか?」
「僕がいつ何に怒っていても先生に関係ありません」
正面階段を上がって、大理石の階段の踊り場でマクゴナガル先生とそう話したがマクゴナガル先生は気にもしていないようだった。オスカーはこれが賢くない行動だと分かっていた。さっきもそうだ。キングズリーならもっと笑いながら違う言い方で伝えたいことを伝えられるだろう。先生に怒られることも減点されることも無く。
そのあとはマクゴナガル先生は何も喋らず、いくつか階段と廊下を通って医務室までオスカーを連れて来た。オスカーが医務室にくるのは初めてだった。消毒液の匂いがする。
「たんこぶが出来ただけです。フーチ先生、しっかり生徒は見て頂かないと困りますよ。貴方を校長先生が雇っている意味がありません」
「申し訳ない」
二人が医務室に入るとなんと校医のマダム・ポンフリーがフーチ先生に叱っている。オスカーはちょっと溜飲が下がった。大人が大人を怒るところをほとんど見たことが無かったからだ。裁判以外では。
「ロランダ。ミスター・ドロホフを連れてきました。貴方とミス・ムーディはミスター・ドロホフに礼を言う必要があるはずです」
「おっと。そうでした。ミスター・ドロホフ。助かりました。あなたがクッション呪文を唱えなければミス・ムーディは頭から落ちていたかもしれなかった。グリフィンドールに三十点加点しましょう」
「ではドロホフ、私からは五点減点します。あなたが怒っていたとしても、ホグワーツの教員の悪口を言ってよい理由にはなりません」
オスカーはこれをするためにマクゴナガル先生が連れて来たのだと分かった。なんだか大人にはめられたみたいで納得いかなかった。いったいなんなのだ。なんだか分かっていますとばかりのマダム・フーチ、マダム・ポンフリー、マクゴナガル先生がキングズリーや母親と同じく、子供のやることなど全部お見通しだと思っている気がしたのだ。
「貴方が私にクッション呪文をかけたんですか?」
「そこの先生が青い顔して何もしないからだ」
「ドロホフ、そこの先生ではありません。フーチ先生、もしくはマダム・フーチですよ」
なんだか嫌な感じだとオスカーは思った。ムーディもここにいる三人の大人の女性も気が強い人ばかりで自分の味方がいない気がするのだ。ムーディは驚いた顔をしているがどうせまた死喰い人ガーとか闇の魔法使いガーとか言ってくるだろう。オスカーはムーディが嫌いだった。だいたいオスカーはムーディがあんなドジをしなければ自分が怒りを感じる必要は無かったし、みんなの前でさらにつまはじきに遭うような事を言わないでも良かったのだと思った。
「とりあえずありがと……」
「お前が箒でちゃんと飛べないのが悪いんだ。お前の大好きなお姉さんに箒は教えて貰わなかったのか?」
「はあ? なんですかそれ。お礼を言おうと……」
「一緒なのは杖だけじゃないか。箒はお姉さんと一緒じゃないから上手くできないんだな」
「ドロホフ、また喧嘩売ってるんですか? 先生の目の前だと出来ないと思っているんですか? いくらでも買ってやりますよ。死喰い人の子供は礼を受け取ることもできないんですね」
ムーディが杖を持ってベッドから立ち上がろうとしたところでオスカーとムーディは何も言えなくなった。マクゴナガル先生がこっちを呆れた顔で見ている。恐らく無言で黙らせ呪文をかけられたのだ。マダム・ポンフリーはもう別の生徒の方へ行っていて、マダム・フーチは何か面白そうなものを見る顔で見ている。
「あなた達は…… ムーディ、ドロホフ、グリフィンドールはそれぞれ五点減点です。いいですか。ムーディ、お礼を言いなさい。ドロホフ、お礼を聞くまで何も言ってはいけません。私の寮の生徒同士でそんな不義理なことは許しませんよ」
敵意しか感じない目でムーディがこっちを見ている。もう口と喉は動くようになっていた。オスカーはこういうのも嫌いだった。なんで大人は無理やりこんなことをさせるのだろうか? 気持ちのこもっていない礼などオスカーは要らなかった。
「ありがとうございました」
「それでいいのです。ではロランダ、二人と授業を続けて貰えますか? もし、この二人がまた問題を起こすようでしたら私に言っていただくか、次は罰則を与えてください」
罰則、罰則がどうしたというのだ。オスカーはそんなもの全く怖くなかった。何が問題だというのか、そもそも罰則なんてやらして生徒に何を思い知らせたいのかオスカーは全く意味が分からなかった。意味の無いことなどやっても無駄なのだ。
「では二人とも訓練場に戻りますよ」
マダム・フーチに従ってオスカーとムーディは訓練場に戻った。オスカーはその日ずっとイライラが収まらなかった。
しばらくしてからオスカーは飛行訓練で怒鳴ってしまったことに後悔した。
そもそもムーディをかばう意味は無いし、オスカーがマダム・フーチに怒っていたとしてそれを同級生に見せる意味は無かった。
一か月以上たって、やっとコッパーはオスカーが猛獣でないと気づいたのか、オスカーがベッドルームで起きていてもすぐいなくなることが無くなったのに、それが復活したのだ。
あいつは自分の事をバジリスクかヌンドゥか何かだと思っているに違いないとオスカーは思っていた。
他の同級生も元に戻ってしまった。もともと猛獣か何かだと彼らはオスカーの事を思っていたみたいだったが余計そう見えるらしい。
だから相も変わらず、授業でだけ喧嘩を売ってくるムーディと、魔法史の時に話せるシラ、そしてふくろうのローガンだけがオスカーの話し相手だ。ホグワーツで卒業するまでずっとこうなのだろうか?
グリフィンドールのテーブルで他のみんなより早く朝食を食べているとローガンとこのはずく三匹がこっちにやって来た。ローガンは母親からの手紙を、相変わらずこのはずくは大量のお菓子だ。あの屋敷しもべたちはオスカーが一度、カスタードが入ったドーナツが美味しいと言ったら、カスタードが入ったお菓子ばかり送ってくるのだ。
母親からの手紙にはキングズリーから聞いたという話が書いてあった。オスカーはキングズリーの名前だけは読めないようにする呪いがかかった羊皮紙とかを作りたい気分だった。
しかも何故か手紙にはムーディの名前が出てきていた。どうもキングズリーが闇祓い局でムーディの姉と喋ってその中でオスカーの名前が出て来たらしい。ムーディの姉が誰かに感謝するなど驚天動地の出来事なのだがオスカーにお礼を言って欲しいと言っていたという。多分、マクゴナガル先生あたりがムーディの保護者相手に飛行訓練の話でも手紙で送ったのだろうとオスカーは思った。
オスカーは母親からの手紙にキングズリーとか、ムーディとかいう名前が出てくるのにうんざりだった。
「おい。ドロホフ」
声変わりしたあとの低い声が聞こえてオスカーはそっちを向いた。オスカーと同じ色のローブを来た大柄な男子ともうちょっと身長が低い男子が二人目の前にいた。
三人は多分五年生だ。オスカーも何度か大柄な男子が王様のように談話室の暖炉そばのソファーに座っているのを見たことがある。
三人はどこかニヤニヤしている。オスカーはこの顔を見たことがあった。誰かが自分より下だと思っている相手にする顔だ。
「お前いろいろ困ってそうじゃないか?」
たしか名前はファッジだ。あのコーネリウスの親戚らしく、それをオスカーが漏れ聞くくらいには鼻にかけている男子だった。取り巻きの二人はニヤニヤしながら時々教員のテーブルを見ている。恐らく、マクゴナガル先生やスネイプ辺りが嗅ぎつけないかが心配なのだろう。
「困っているとはどういう意味ですか?」
「困ってないのか? お前、ホグワーツに通えてるだけで感謝しないといけない人間なんだから色々苦労してると思ったんだが?」
年上なのに集団じゃないと動けない。先生の顔色は窺う。自分では無く身内の力をかさにする。オスカーが嫌いなもののオンパレードだった。キングズリーとムーディの名前がせっかくの母親の手紙から出てきてオスカーの機嫌は朝から下がりっぱなしなのだ。いつ前の飛行訓練みたいに爆発してもおかしくなかった。
「そもそもお前、なんでドロホフなんて名前を名乗ってるんだ?」
「どういう意味ですか?」
何かファッジはオスカーが知らないことを知っていると言いたげだった。大人の相手をするのと一緒だ。オスカーは自分に言い聞かせた。大人は言いたい事を言わせると気持ちいいらしく、何でも喋るようになる。彼らは相手が知らないことを相手に教えることが楽しいのだ。なぜって相手より自分が有利に立っていると実感できるし、ある意味で相手の行動を縛れるからだ。オスカーは大人がそう感じているのだと思っていた。
「お前、もしかして知らないのか? おめでたいやつだな」
取り巻きの二人も何か笑っている。やっぱり何か彼らはオスカーに関することを知ってここに来たのだろう。それに色んな意味でオスカーは一年生としては有名だったし、ムーディみたいに前の戦争で敵側だった奴らからすればオスカーなんて憂さ晴らしするには絶好の相手なのだ。
「お前の母親はドロホフの家と離縁したんだろ。冷たい人だな。当たり前か。夫はアズカバン送りだしな。それなのになんでドロホフって名乗ってるんだ? パパが恋しいのか? シャックルボルトって名乗ればいい。その方が通りもいい。古い家の名前は色んな所で通用する」
オスカーは耳を疑った。そんな話はオスカーは聞いていなかった。オスカーも母親もホグワーツに来るまでペンスのいるドロホフ邸で過ごしている。そんなはずはない。
「俺の叔父さんは知ってるな? コーネリウス・ファッジ。事故惨事部の次官だ。次の魔法大臣か高級次官は間違いない。叔父さんは前のシャックルボルトの当主にはお世話になったらしい。だからお前の家の事も魔法省にいろいろ話を通してる。叔父さんに言わせれば偉大な偉大なシャックルボルトらしい」
もちろんコーネリウスはオスカーも知っている。いい人だ。間違いなくオスカーや母親の味方だった。でもそれはこの前にいる上級生と何の関係も無い。オスカーは自分に関係する大人の事で悪く見られるのもよく見られるのもどちらも嫌いだった。
「それで叔父さんがお前は次のシャックルボルトの当主は間違いない。なんでって今の当主は結婚してないからな。だから仲良くしてやれって言うわけだ。お前は俺と同じグリフィンドールだ。それにお前、色々困ってそうじゃ無いか。談話室でも朝食でも毎日一人、友達はあのムーディさんの妹だけだろ? それともガールフレンドだったか?」
ムーディは友達では無い。けれどオスカーはそんなことどうでも良かった。離縁? ペンスとはもう会えないのだろうか? もう家には帰れないのだろうか? 名前もシャックルボルトに変わってしまうのだろうか? あの目が痛いくらい白い家でまた暮らさないといけないのだろうか?
「だから今日から俺たちと一緒に動けばいい。お前に文句を言う奴はいなくなる。それに名前も変えればすぐ友達も出来る。そもそもプルウェットの一族がほとんど残って無くて良かったな。そんな名前してたら殺されても文句言えないぞ」
確かめないといけないだろう。オスカーはこんなところでこんな奴らと話している意味は無いと思った。手紙? それでは遅すぎる。姿くらましは学校では出来ない。そもそもオスカーはまだ使えない。だとしたら暖炉飛行? でもどこで暖炉飛行が出来るのだろうか?
「おい。ドロホフ。聞いてるのか? とりあえず……」
「うるさいな。向こうに行け」
「お、どうした? 怒ったのか? シャックルボルトのお坊ちゃん」
オスカーはこいつが何をしたいのか理解した。つまり、彼は人がいる場所で彼の方が上だと認めさせたいのだ。そしてさっきまで頭が真っ白だったが、オスカーはこいつがさっきから何を言っていたのかを思い出した。次にこいつが一番嫌がる目にあわせてやりたいと思った。
「意地を張るな。俺の後ろをついていれば大丈夫だ」
「うるさいって言ってるのが聞こえないのか? 体と一緒で頭までうすのろなのか?」
「まあ落ち着け。ショックだったんだな。シャックルボルト」
親玉のファッジを怒らせるのは難しいようだ。どうすればいい? こいつが余裕だと思っているのは理由がある。上級生で杖でも素手でもオスカーに勝てると思っている。複数いるから余計にそう思っている。叔父が高官なので何かあっても大丈夫だと思っている。このあたりだろう。
まだ職員のテーブルには人がいない。オスカーが他の人が来る前に朝ごはんを食べるために早く来ているからだ。ファッジたちはそれを分かってこの時間に話しかけてきたのだ。オスカーは立ち上がっていたが今度は座り直した。
「どうしろって? 僕に?」
「お、話す気になったか? 一年坊主なんだから俺の言う事を聞いてれば大丈夫だ」
「あげるよ。このドーナツ」
「気が利くじゃ無いか。流石にお坊ちゃまだな? 屋敷しもべに作って貰ってるのか?」
ファッジと二人はまたニヤニヤしながらテーブルについた。オスカーは三人の杖のありかを確認していた。みんなポケットだ。つまり、手を動かなく出来れば彼らは杖を使えない。そして流石に失神させるのはやりすぎだ。やらないといけないのは彼らに恥をかかせることだ。彼らはメンツが大事なのだ。
「それでどうだ? 相談に乗ってやろう。ムーディが好きなの……」
「オッ!?」
「ウェ!?」
「あぐっ!?」
グリフィンドールのテーブルに誰もいなかったのでオスカーはテーブルを呪文で動かした。テーブルは向こう側に座っている彼ら三人の方へすっ飛んで行き、彼らの胸を思いっきり打って止まった。三人がテーブルに手をついて動けなくなったところで粘着呪文で彼らの手をテーブルに縛り付けた。ダメ押しにお尻と足も椅子と床にくっつけてやった。
これで彼らは一歩も動けない。ファッジは何が起こったのか分かっていないらしく、オスカーの方を困惑した顔でみていた。
「おい。二度と僕の事をシャックルボルトって呼ぶな」
「な、これ、離し……」
オスカーはそのまま三人の口もくっつけてやった。でもまだ足らないとオスカーは思った。こいつはオスカーでは無くて父親以外の家族の事を言ったのだ。
羊皮紙に『僕には魔法省の偉い叔父がいます。だから僕を見て下さい』と書いて、オスカーはファッジの顔に張り付けそのまま広間を出た。
授業などどうでも良かった。まずは誰かに本当なのか聞かないといけない。でも誰に聞けばよいのだろうか? 母親? ペンス? キングズリー? ミリベス? オスカーは母親に直接聞いて、そうだと言われたらどうすればいいのか分からなかった。そもそもオスカーは母親にどうして欲しいのかも分からなかった。
とりあえず空き教室でオスカーは考えようとしたが何も思いつかない。だいたいファッジのいう事は最もかもしれない。オスカーが何もしなくてもみんなが冷たいのは父親のせいなのだ。だから名字を母親のシャックルボルトに変えて父親の事を隠せば友達だって出来るかもしれない。
ファッジはどう見たって嫌なやつだがオスカーを攻撃しに来たわけでは無い。いいとこ子分にしようとしたとかそのくらいしか考えていないだろう。
「ペンスに……」
「オスカーお坊ちゃま。お呼びですか?」
バチッと音がして目の前にペンスがいた。オスカーは自分の目を疑った。ここはホグワーツだ。姿現しは出来ない。でも目の前にいるのはペンスだ。
「ペンス?」
「はい。オスカーお坊ちゃま。お久しぶりです。ペンスめをお呼びですか?」
「え。ああ…… 母さんは家にいるのか?」
「いえ。奥様はシャックルボルトのお屋敷か魔法省にいらっしゃるかと」
家には母親はいない。オスカーはもしかしてオスカーがホグワーツに行ってから母親はずっと家にはいなかったのでは? と思ってしまった。母親からすれば自分の家だと思うのはシャックルボルト邸の方だろう。あっちの方がずっと住んでいた時間が長いのだから。
「じゃあペンスだけか」
「いえ。本日はキングズリー様がいらっしゃります」
「キングズリーが?」
オスカーにはどうしてキングズリーがオスカーの家にいるのか分からなかった。だって彼の家こそシャックルボルト邸ではないか。でも、オスカーは母親に直接聞かずにキングズリーに聞くチャンスだと思った。今ならキングズリーだけに聞けるのではないかと思うのだ。そしてペンスが姿現しできるという事はオスカーだって連れていけそうだ。
「ペンス。僕を家に連れて行けるのか?」
「はい。オスカーお坊ちゃまのご命令が屋敷しもべであるペンスめの最高法規でございます」
「じゃあ連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
姿くらましの感覚、一瞬の闇と体があらゆる場所からがんじがらめにされる感覚があって、気づくとオスカーはドロホフ邸の暖炉の前に立っていた。
「オスカー? どうしたんだ?」
広間のテーブルではキングズリーが大量の書類を並べて、仕分けしたり、サインしていたところのように見える。何をしているのだろうか?
「えっと……」
「授業は…… 私の時と一緒ならあと一時間くらいかな? エティはいない。色々と役所で手続きをしているはずだ。連絡したいなら私から守護霊を送ろう。そうすればすぐに戻ってくるだろう」
またこの顔だ。なんでも分かっています。お前のやることなどお見通し。そういう顔をキングズリーはする。普通の大人ならホグワーツにいる子供がいきなり家に現れたらもっと困惑するのではないだろうか?
「キングズリーは何しているんだ?」
「これかい? いやあ。休みを使えと局長に言われてしまって、家にいたら暇をしているとエティに捕まってしまったんだ。これはこの家の名義であるものの一覧だよ。見てみるかい?」
オスカーがテーブルの上の書類を見てみると、難しい内容は良く分からなかったが、家や建物、農場、牧場、魚の養殖場なんかの権利証、何かの株券、何かの販売権、何かの特許、とにかく何かの権益を示す書類ばかりのようだ。そして名義は少し父親のモノがあるものの。ほとんどがオスカーは家系図でしか知らない父方の祖父のものばかりだ。
「でもこんなの見て何を……」
「今の間に全て君の名前にしておくそうだ。すでにドロホフという家に関わるもののうち、グリンゴッツの金庫とこの屋敷は君のものだが他のモノも君がホグワーツにいる間に全て君の名義に変えなさいとのことでね」
何が何だか分からなかった。オスカーはさっきファッジが言っていた事と整合性が取れないと思っていた。母親が離縁するうんぬんとこれはどうかかわるのだろうか?
「何のために?」
「そうだね。魔法と所有権には微妙な関係がある。もし、誰かが君の所有するものにちょっかいをかけようとした時、こういったものがちゃんとできていないと、そこから魔法を破られる可能性があるんだ。エティは…… というより、シャックルボルトの人間はかなり完璧主義なところがある。なので今の間に穴を潰そうという訳だ。君も宿題は先に終わらせるタイプじゃないか? 彼女もそうだ」
オスカーはキングズリーがぼかしているが言いたい事が分かった。もし仮に例のあの人が蘇り、戦争になって父親が出てきたらややこしいことになるだろう。この父親名義のものは魔法で保護されていても、例外としてたどり着けるかもしれないと言っているのだ。
「母さんがシャックルボルトの姓に戻ったっていうのはそれに関わってるのか?」
「おっと…… 耳が早いな。イライザの妹さんから聞いたのかい?」
「なんでもいいよ。それで?」
ムーディはこれを知っていたのだろうか? なぜ? と言いたいところだが、ムーディの姉は闇祓いでキングズリーの同僚だから知っていてもおかしくないかもしれなかった。
それよりオスカーはキングズリーが否定しなかったことが衝撃だった。彼は少なくとも嘘はつかない。ごまかしたりぼかしたりすることはあってもだ。
「色々と魔法の効果は面倒でね。特に相続に関する魔法はかなり複雑だ。なのでエティは確実な方法を選んだ。まず相続する人間を一人にすることにした。寡婦がおらず、君一人が相続するという状態で全ての権利の魔法を調べて相続させるつもりなんだ。ちょっと言い方が難しいか? とにかく確実に君の名前に全てのものを書き換えるためという事だ」
やっぱり嘘はついていないとオスカーは思った。でも嘘はつかなくても伝えたくないことを言わないでおくという方法をとれるとオスカーは知っていた。
「それが終わったら母さんは名字を戻すのか?」
「うーん。オスカー、君は賢いな。エティに聞いて欲しいと言いたいところだが、私は彼女は戻すつもりがないと思っているよ」
なんとなくオスカーが予想していた通りの回答で、オスカーの期待を裏切る回答だった。母親はそういう人間なのだ。
「なら僕の名字も変わる?」
「それもエティに聞いてもらいたいところなんだが…… オスカー、彼女は多分、いや、確実に君に決めろと言ってくるだろう。これも君は聞く前から分かっているんじゃないか?」
これもキングズリーの言う通り、母親が言いそうなことは分かっていた。母親ならそう言うだろう。だから母親に聞きたくなかったのだ。オスカーはどうすればいいのかと思った。そして何をしたとしても大人はまたあの分かってましたよ。という顔をするのだろう。
「分かった。ありがとう。ホグワーツに戻るよ」
「ほんとにエティに会って行かなくていいのかい?」
「いいよ。母さんもキングズリーも忙しいみたいだし、そもそもホグワーツの生徒は長期休暇以外は家に戻っちゃいけないんだ。ペンス。僕をさっきの場所に戻してくれ」
ペンスに空き教室に戻してもらってもオスカーは上の空だった。
その日の授業をどうやって受けて過ごしたのかオスカーはあんまり覚えていなかった。何かムーディがファッジがどうとか言っていた気がした。
オスカーはクリスマスの休暇になればまた自分の家に帰ることになると知っていたし、その時、母親と喋るだろうことは分かっていた。手紙で聞いてもいいが、母親の性格からしてちゃんと口で言えと言ってくるのは明白だった。
キングズリーと話したことで頭が一杯でオスカーは忘れていたのだが、ファッジと取り巻きの二人、ピースグッドとアーカートの方は忘れていなかった。
彼らはどうもその後、グリフィンドール生の誰にも助けて貰えず、大広間を屋敷しもべが片付ける時に発見され、先生に助けて貰ったらしい。オスカーはなぜか何のお咎めも受けなかったがそれがさらに三人の癪に障ったらしい。
「ドロホフ、気を付けた方がいいですよ。ファッジは貴方を捕まえて裸にして天文台の塔から吊ってやるって息巻いてました」
「余計なお世話だ」
授業の初めに悪態では無く、ムーディがそういうくらいだからかなり三人は怒っているようだ。でもオスカーはそれより自分の名前だとかの方が重要だった。あんなやつらどうでもいいと思っていたのだ。だからオスカーは出来るだけ先生の見える場所を通り、これまでゴーストに聞いて覚えた道を使って出来るだけ一人の空間にいないようにした。そうすれば中々、三人は直接手だしが出来なかった。
「あれ? 無い……」
オスカーが授業中に気づくと羽ペンがいくつか無くなっている。一つは昔ペンスから貰ったお気に入りのモノだ。アクシオを唱えても羽ペンは出てこない。やられたと思った。オスカーはどこかで落とすなんて簡単なミスは自分がしないと分かっていた。
「おいドロホフ……」
談話室を通ると案の定、ファッジが話しかけて来たがオスカーは無視した。こんな手合いは相手にしてはいけないのだ。オスカーは自分の持ち物を全て魔法のトランクに入れて魔法で鍵をかけた。対策すればいい。オスカーはそう思っていた。
元々、オスカーは自分の家の事を相談する相手なんていなかったし、シラにそんなこと言う訳にいかない。魔法史の日以外は未だに悪口ばかり言うムーディしか話しかけてこない。その上、ファッジたちの嫌がらせだ。嫌がらせはどんどんエスカレートしていた。
まず、明らかにローガンが狙われた。シラに手紙を送った日、いつもならローガンかユーリアが次の日、返信を持ってくるのだがどちらのふくろうも現れず、オスカーが書いた手紙がオスカーとシラの名前だけ消されてグリフィンドールの談話室の掲示板に貼られていた。
ローガンは次の日にかなりしょぼくれてオスカーの元にやって来た。いつもは撫でろとばかりに鳴くのにその日は静かだったのだ。こころなしか毛並みも元気が無い。どうもローガンは手紙を奪われた事でオスカーに頼まれた仕事を出来ず、しょげているように見えた。
オスカーはローガンがちゃんと帰って来ただけでも良かったと思った。そして自分の考えが甘かったのだろうと思った。恐らく、グリフィンドール塔を出るところで三人に襲われたのだろう。手紙には邪魔除け呪文などかけていないし、アクシオでも使えば簡単に奪うことが出来る。ふくろうが魔法族から手紙を取り戻すなど不可能だ。
「ローガン、しばらく家に帰っててくれ。そのうち呼ぶから。大丈夫だ」
そう言ってオスカーは窓からローガンを外に放った。ローガンがけがをする前に家に戻したかったのだ。ところがこれは良くなかった。ローガンがいないと夜話す相手がいないし、シラと手紙で話せない。オスカーは余計一人になった気分になった。
でもオスカーは三人に謝るなんてあり得ないと思っていた。ファッジは母親をバカにしたのだ。その上で一年生にやられて恥をかいただけだ。
先生にも相談できなかった。どうもファッジたちはマクゴナガル先生にオスカーにやられたと言った様だったが、無視されているみたいだし、オスカーが言ってもマクゴナガル先生は無視するのではないだろうか? それに大人に助けを求めるなんてオスカーは嫌だった。
他にも色んな事をファッジたちはやってきた。オスカーの名前で落書きをする。一年生の女の子にオスカーの名前でラブレターを書く。マグル生まれの一年生相手に脅迫めいた手紙を同じ手口で送る。自分達で彫像や扉、階段なんかを壊して、フィルチにオスカーがやっていたと報告する。よくもこんなレパートリーがあるものなのだとオスカーは思った。
もともとオスカー自身は評判が良くないし、友達もいないのだからそれを否定する人はいない。だからあっという間に噂は広がっていった。
そしてオスカーはこの一か月半、ずっと一人だったのだから嫌がらせなんて大したこと無いと思っていたが、ムーディの悪口、シラとは魔法史の時間くらいしか話せない。ローガンがいない。なにより母親はシャックルボルトの姓にしてもう戻さないという。これが重なるとオスカーはだんだん自分が我慢できなくなってきていると分かった。
それにこうなってくると今まで無視されてきたグリフィンドール生にもムカついて来たし、グリフィンドールの寮監なのにファッジたちを止められないマクゴナガル先生にもオスカーは怒りを覚えるようになってきた。
グリフィンドール生たちはいくら何でもオスカーが別に父親みたいに狂暴でマグル生まれを拷問して殺しまわらないと気づいていたはずだ。それにファッジたちが以前からオスカー以外にも気に入らない奴にこんな事をしていると知っていただろうし、何より今回も同じようなことをしていると知っているはずだ。なのにこれなのだ。
マクゴナガル先生だって、頭が悪いわけじゃ無いのだから、三人がどういう人間か知っているはずだ。もう三週間もこの状態なのだ。もうすぐハロウィーンになってしまう。
オスカーは助けを求めないと誰も助けてくれないのだろうかと思った。自分はムーディは嫌いだったが助けたではないか。少なくともオスカーは誰かが自分と同じ目に遭っていたら助けるだろう。
それともオスカーには勇気とかそういうのが足りないのだろうか? 半分、彼らを不意打ちしたから当然の仕打ちだとみんなは思っているのだろうか?
最後はシラが話していたことが引き金だった。
「ねえオスカー大丈夫かい? なんか上級生と喧嘩しているって聞いたよ」
「大丈夫だよ」
「でも、君、全然手紙を返してくれないじゃないか。それに…… 昨日、ユーリアがケガして帰って来たんだ。今はハグリッドって森番の人が診てくれているんだけど」
「ケガした?」
「そうなんだ。ハグリッドが言うにはセストラルって動物くらいしか鳥を襲う動物はホグワーツにいないんだけど。よくしつけられているから多分、人間じゃないかって」
オスカーはそこで自分がぷっつんと来たことが分かった。オスカーだけならいいのだ。確かにファッジは気に入らない奴だが、最初はオスカーに敵意があったわけでは無いし、オスカーが怒って彼に恥をかかせたのは事実だ。でも、シラのふくろうは違うでは無いか。
そもそも彼らは明らかにラインを超えたことばかりしていた。オスカーが喋ったことの無い一年生の女の子やマグル生まれの子は変な手紙が来て嫌だろう。そういう関係の無い人間まで嫌な目に合わせる奴らなのだ。
そしてローガンが危ない目に遭ったのだからユーリアだって危ない目に遭う事位自分なら予想できたはずだ。これは自分のせいなのだ。
「オスカー? 聞いてる?」
「聞いてるよ」
「とにかく、オスカーはそんなことしないと思うけど。なんか変な噂をレイブンクローの同級生もするんだ。先生に相談した方がいいよ」
「分かったよ」
オスカーはまず考えた。グリフィンドール生がそんなに勇気とか度胸とかそんなのを重視しているなら見せてやろうと思った。それにファッジたち三人がそんなにオスカーに杖を向けたいというなら向けさせてやろうと思ったのだ。
そしてマクゴナガル先生がそんなに生徒の好きにさせるというなら、先生にもみせつけてやろうと思った。
だからきっちり計画した。グリフィンドール生とマクゴナガル先生の前で、正々堂々きっちり三人の面子という面子を粉々にしてやるのだ。
オスカーは知っていた。大人はそういう事をするのだ。自分が偉いという理由があれば誰かに杖を向けてもいい。誰かの記憶を奪ってもいいし、屋敷しもべなんて踏みつけていい。思い出のある物だって勝手に持って帰っていいのだ。
終わった後、正々堂々した理由があれば裁判で裁かれるのは悪い方だ。杖を向けた方では無い。オスカーはちゃんと知っていた。ちゃんと勉強していた。他の子供よりずっと大人のやり方くらい知っているし、グリフィンドールのやり方だって知っている。なら望んだようにやってやろうと思った。
「ドロホフ、最近静かですね。しょぼい嫌がらせにブチ切れてあいつらをヌルメンガードにぶち込む計画でも立ててるんですか?」
「そうだ」
「へーえ…… はあ? ちょ、ちょっと本気ですか?」
「冗談だ」
ムーディの相手なんてしてる暇は無かった。今日もヌルメンガードとか言っている。オスカーはこいつが嫌いだったが口で言ってくる以外に害は無かった。彼女はオスカーとオスカーの父親は馬鹿にするが、それ以外は馬鹿にしなかったし他の人に危害を加えることも無かった。でもそれは別に褒めることでは無かった。
「で、でももうハロウィーンですし、ドロホフもいい加減他の寮生と……」
「もう先生が来てるぞ」
オスカーはちゃんと計画した。今日はハロウィーンだ。今日じゃ無いといけない。ハロウィーンの日はみんな夕飯の時に大広間でごちそうを食べるのだ。食べた後、たいていの寮生は談話室でもお祭り騒ぎをする。そこに先生が寝るように言いに来るのだ。これがおあつらえ向きだとオスカーは思った。何より他の寮生と先生には迷惑がかからないのだ。
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第十一章 ハロウィーン
大広間のハロウィーンの飾りつけはオスカーでも素晴らしいと思えるモノだ。幾千匹のこうもりが壁や天井に張り付いていて、一定の周期で生徒たちがひしめき合うテーブルに飛んでくる。飛んでくるたびにかぼちゃのランタンの火が揺らめくのだ。
でもそんな事はオスカーには関係が無い。オスカーにとって大事なのは三人のちっぽけなプライドをズタズタにすることにあった。あいつらにとって大事な物を狙う必要があるのだ。人の傷というのは、目に見えるモノだけではないのだ。そして傷つける方法もそうだ。
「ドロホフもう食べないんですか? お金持ちの舌には合わないんですか?」
「食欲ないんだ。先に寮に戻ってる」
「なんかおかしいですね……」
「クラーナ、何がおかしいんだい?」
オスカーは行う前に何をすればいいのか考えた。つまり、オスカーが正しい側じゃ無いといけないという事だ。ムカついたからボコボコにした、それだけでは足りない。
一、三対一の決闘じゃないといけない。二、相手が先に手を出さないといけない。三、誰かがそれを見ていないといけない。
オスカーは分かりやすく、三人に聞こえるようにムーディと喋った。最近、ムーディは授業以外も喋りかけてきて鬱陶しいが、今のオスカーは何かを狙う動物に近い生き物だった。つまり、罠を張って待ち伏せするのだ。ムーディはそのための罠の一部だった。
「だって今日はなんか言い返してこないんですよ」
「うーん…… ドラゴンは狩りの前は火を吹かなくなるんだけど」
「チャーリーに聞いたのが間違いかもしれませんね…… 狩りの前ですか……」
案の定、オスカーが他の人より先に出ると、三人はオスカーを追いかけて来た。三人がオスカーを見失わないように、オスカーは寮に戻る速さと道を調整して太った婦人の前まで戻って来た。思った通り、太った婦人もハロウィーンでどこかに行ってしまっているので、事前に差し込んでおいた棒で開けて談話室に入る。
閉まりそうになる肖像画を慌てて開ける三人の姿がオスカーには見えた。ほとんど完璧だ。あいつらに先に手を出させないといけないのだ。
オスカーは談話室であからさまに杖をテーブルに置いて、中級変身術の教科書を取り出して読んでいるふりをした。このためにオスカーは五年生の授業がある間だけ、いつも使っていない談話室を使うふりをここ一週間ほどしていた。それも毎回同じスタイルで、五年生が来るとちょうど寮に戻るふりをしてだ。
「ようドロホフ。最近顔を見せてくれないな」
「良く先生にチクらねーな」
「ドーナッツ、またくれるだろ?」
テーブルに置いた杖をファッジが持ち、勝ち誇った顔でオスカーを見てくる。オスカーは出来るだけ驚いた顔をした。大人になるとは狡猾になるという事だ。あの裁判で見たマルフォイの顔をオスカーは忘れていなかった。
「杖をテーブルに置くのは不用心だよなー? それとも死喰い人の子供は杖なし魔法で俺らなんて十分か?」
「何の用なんだ? またテーブルにくっつきたいのか? そんなにテーブルが好きなら今度はテーブルそのものに変えてやろうか?」
「言うねぇ…… 一年生が人間を変身させられるわけない」
「シャックルボルト君のドーナッツまた食べたいなあ。ふくろうのソテーつきがいいけど」
こうなれば後は時間が重要だ。こいつらがこんな態度を取っているのは他に誰もいないからだ。マクゴナガル先生の前や、こいつらを止められるような、六年生や七年生がいる前ではこいつらはこういう態度を取らないのだ。じゃあ何故今は続けようとしているのか? 今はハロウィーンのディナーの最中でみんなあっちにまだいると思っているのだ。つまり、オスカーに手を出すだけの時間がある。
けれどオスカーの目標はこいつらがみんなの目の前でオスカーを攻撃することだ。前と同じように、誰も見ていない前でこいつらを手痛い目に合わせても何の意味も無い。
「怖いんだろ? どうして欲しい? とりあえず髪を全部剃るか? パンツを脱がしてひっくり返してやろうか? どうだ?」
「パンツはグヴィンとムーディどっちに送って欲しい?」
「シャックルボルトのパンツはシルクだろうから喜ぶかもな」
いくら何でも聞いていられないとオスカーは思った。それに人のいない前でこいつらと言い合うのは無駄でしか無かった。オスカーはポケットに隠していたもう一本の杖で机の下から杖を振った。天井に仕掛けておいた忘れ薬が引き寄せられ、机に当たって割れて中身がばら撒かれる。オスカーは吸わないようにあらかじめ魔法で口を守っていたが、油断してオスカーの前のソファーに座り込んでいる三人はそうでは無い。目がぽやっとしている。
「コンファンダス 錯乱せよ」
一瞬力が抜けた三人にオスカーは錯乱の呪文をかけた。テーブルに置いた杖はシャックルボルト邸で練習に使っていた杖だ。忘れ薬は一年生の授業でも作る簡単な魔法薬で、直前の事をしばらく忘れてしまう。錯乱の呪文は相手を錯乱させることが出来る。オスカーの魔法力では大した混乱は引き起こせないが、混乱というのは自分の欲望に近い事であればより大きくなるのだという。二つ組み合わせればどうにかなるとオスカーは踏んでいた。
「みんながいる前で僕に力の差を見せつけろ。僕は一年生で使える魔法なんてしれている。それに僕の杖はお前達が持っている。三対一で杖も持っていない一年生なら簡単にねじ伏せられる」
そこからぼんやりした目の三人と一緒にオスカーは誰かが来るのを待った。全くもって驚きだったが、オスカーはやめる気がさらさら湧かなかった。計画通りに全部成功させてやるつもりだった。やっと生徒のざわざわした声と太った婦人の声が聞こえる。
「おい、七光りファッジ。それで僕になんの用なんだ?」
「思い知らせてやるって事だ、クソガキ。寮生の前でひっくり返して汚いパンツを脱がして、泣いて謝らせてやる。泣きみそシャックルボルト」
「バカだな。謝りゃ良かったんだ」
「五年生に勝てるわけねーだろ。五倍勉強してるんだぞ」
相手が立ち上がったのでオスカーも椅子から立った。どんどんグリフィンドール生達が寮に戻って来る。ギャラリーは十分だし、ファッジ達三人はまだ錯乱の呪文が効いているのか、それとも頭に血が上っているのか全くやめる気は無いようだ。
「インカーセラス 縛れ!!」
「インペディメンタ 妨害せよ!!」
「フリペンド!!」
目の前にあったテーブルを盾にしてオスカーは三人の呪文を防いだ。インカーセラスの縄は間抜けにテーブルをぐるぐる巻きにし、二つの呪文は当たって消えた。オスカーが魔法を使ったので、ファッジは自分のポケットに入れていたオスカーのものらしき杖を二度見している。
「一体何をしてるんだ? ハロウィーンだからって騒ぎすぎじゃないか? 罰則じゃすまないぞ?」
「何ですかこれ。ドロホフを怒らせたんですか?」
ギャラリーがなんか言っているのだがオスカーには関係が無かった。この状態を作るために色々やったのだ。この場所ではっきり立場を示してやる必要がある。どうしてローガンはドロホフ邸の庭を自由に飛べるのか? ローガンが一番強いからだ。
「偽物か、クソ。おい、謝るなら今の内だ。泣いてごめんなさいしてやれば許してやる」
「三対一でどうにかなると思ってるんか?」
「ルーファスも俺らも防衛術はいい成績だぞ。一年の魔法でどうにかなるわけねーぞ」
「バカで弱いからつるんでるんだろ。杖が一本だと誰が言ったんだ? 口を開けば馬鹿が分かるんだから粘着呪文を解かなきゃ良かったんだ」
「ステューピファイ!! 麻痺せよ!!」
「エクスペリアームス!! 武器よ去れ!!」
「ペトリフィカストタルス!! 石になれ!!」
今度は肖像画とキャビネットを飛ばしてオスカーは呪文を防いだ。ファッジ達の光線が当たって肖像画に穴が開いたり、流れ弾みたいな光線が天井のシャンデリアを吹き飛ばす。ギャラリーになっている二、三年生の女子生徒から悲鳴が上がって結構な人が寮や入り口の方へと逃げて行った。
「三対一は卑怯でしょう!! 私が……」
「入って来るな!! 僕の決闘だ!! 邪魔するな!!」
「何言って……」
「お喋りなんていい度胸だな。エクスペリアームス!! 武器よ去れ!!」
「行くぞ!! ステューピファイ!! 麻痺せよ!!」
「ステューピファイ!! 麻痺せよ!!」 ムーディが入ってきそうになったのでオスカーは手と声で静止した。こいつはいっつも邪魔しかしないのだ。なんでいつもいつも悪口しか言わないくせにいまさら入ってくるのか? 後ろにギャラリーがいるせいでこれだと避けられなくなってしまう。
「プロテゴ!! 守れ!! もう終わりだ」
キングズリーに教わった通り、複数の呪文が飛んで来たから盾の呪文で跳ね返し、跳弾にビビっている三人の内、ファッジ以外の二人を全身金縛り呪文で動けなくした。無言呪文がこいつらは使えないようだし、呪文を言うスピードも振りも狙いもタイミングも遅かった。盾の呪文の練習をするとき、オスカーの相手をしていたのは手加減しているだろうキングズリーだったのだ。それと比べるとこの三人は三人もいるのにキングズリーよりずっと遅くて、呪文のレパートリーも少なかった。
「ドロホフ、ファッジ、もう先生が来るからやめるんだ」
「そうですよ。もうどう見ても勝負はついてますよ」
「黙れ。僕の決闘だ。他の連中はこれまでずっと黙ってたんだから口を出すな。ファッジ、杖を構えろ。お前が喧嘩を売って来たんだ。僕は買った。だから決着をつけるまでやる」
「ステューピファイ!! 麻痺せよ!! ステューピファイ!! 麻痺せよ!! エクスペリアームス!! 武器よ去れ!! エクスペリアームス!! 武器よ去れ!! インカーセラス!! 縛れ!! インセンディオ!! 燃えよ!! クソっ!! おかしいだろ!!」
全部弾いて避けてオスカーはファッジとの距離を詰めた。オスカーは盾の呪文が得意だった。初めて無言で使えたのもこの呪文だ。計画通りだ。こいつのプライドを壊すのだ。いい加減にオスカーはうんざりだった。どいつもこいつもオスカーからは何でも取っていいと思っている。オスカーのモノは何でも傷つけていいと思っている。どうしてか? そんなのは簡単だ。みんなオスカーの事を弱いと思っているのだ。いつまでも黙っていると思っている。
「エクスペリアームス 武器よ去れ」
紅色の光線でオスカーはファッジの杖を奪い取った。ファッジはまだ何が起こっているのか認識できないという顔だった。オスカーはファッジの隣にあった三人の誰かの呪文で壊れた椅子をインセンディオで燃やして、再度、ファッジに杖を向けた。やっとファッジの顔にはこれまでと違う色が浮かんだ。恐怖の色だ。
「お前、僕の羽ペンを盗んだな。僕のふくろうから手紙を奪ったな。僕の名前で偽の手紙を何枚も出したな。僕のせいにして学校の備品を壊したな。僕の友達のふくろうに怪我をさせただろ。何で返してくれるんだ? お前の骨か? さっき言ってたみたいにお前の髪を貰えばいいのか? ふくろうみたいに骨を折ってやろうか? ふくろうはしばらく飛べなくなった。だからお前もしばらく歩けなくなるべきだ」
「ドロホフ、勝負はついたんだからいい加減にしたらどうですか」
「うるさい。これは僕とこいつらの決闘なんだ。黙ってろ」
オスカーがムーディに気を取られてそっちを見た瞬間、ファッジが逃げようと動いたのでオスカーはまた杖を向けた。すると入り口の方から光線が飛んできて、オスカーは反射的に盾の呪文で弾き飛ばした。
「おやめなさい!! 何の騒ぎですか。ドロホフ、杖を降ろしなさい。全く、いつまでハロウィーンのつもりなんですか? 監督生はどこですか?」
マクゴナガルの言う事など無視してオスカーは杖を降ろさずファッジに向け続けていた。はっきり言えば、今のオスカーはファッジと同じくらいマクゴナガルにも怒りを向けていた。ユーリアが傷ついたのも、オスカーと関係の無い人に被害があるのも、止められない先生が悪いのだ。大人のくせに義務を果たしていない。どこか騎士道で正義なのか。
「ドロホフ、杖を降ろしなさいと私は言いました」
「僕は杖を降ろさない。こいつらが負けを認めるまで杖を降ろさない」
「グリフィンドールは五十点減点です。ドロホフ、校内での決闘は認められません。杖を降ろしなさい」
「僕はこいつらが負けを認めるまで杖を降ろさない」
減点してもオスカーには全くもって効果が無いとマクゴナガルには分かったに違いない。もしマクゴナガルが本気で止める気ならオスカーなんて一分も持たないだろう。この先生はキングズリーと同じくらいには凄まじい使い手だ。オスカーにでもそれくらいの事は分かっていた。でもそれと言う通りにすることは違うことだ。
「どちらが先に仕掛けたのですか?」
「あっちの三人です。マクゴナガル先生。私は三対一は卑怯だから助太刀に……」
「そんな事どうでもいい。僕はこいつらが負けを認めるまでやめない」
「なぜ喧嘩になったのですか?」
「ずっとドロホフにあの三人は嫌がらせしていたんですよ。私は知ってますよ。マクゴナガル先生は知らないんですか?」
ムーディが余計な事ばかり言ってオスカーはイラついて来た。そんな事はどうでも良かった。計画通りに行ったはずなのに、オスカーは全く怒りが収まっていなかった。決闘したせいでもっと頭にも体にも血が回って、いつもなら我慢できる事も我慢できなくなりそうだった。
「そうですか。ですが決闘をして良い理由にはなりません。愚かな事です」
「じゃあ先生は何をしてたんだ」
「先生は何をされていたんですか? です。ドロホフ」
「何もしていないから答えられない。グリフィンドールは正義とか騎士道とか言うくせに、寮生も先生も誰もそんな事気にしていない。だから知らない。どっちが愚かなんだ」
「ドロホフ、マクゴナガル先生にまで喧嘩を売ってどうするつもりなんですか?」
義務を果たさない大人。嘘を言う大人。行動しない大人。見て見ぬふりをする大人。矛盾している大人。はっきり言って全部オスカーは大嫌いだった。ムーディの一万倍は嫌いだった。大人は子供を馬鹿にしているのだ。考えや言動の矛盾など分からないと思っている。言動の裏にある甘ったれた考えや諦めが透けて見えないと思っている。全くもってオスカーはそういう事が許せなかった。大人はサボって諦めてやるべき事をやらないのだ。
「ドロホフ、頭を冷やしなさい。良いですか、どのような理由であれ、校内で決闘をして良い理由にはなりません。杖で人を傷つけてはなりません。ましてや杖の無い相手に杖を向ける事はありえません」
「僕の頭は冷えている。だって三対一で杖を向けられてどうしろっていうんだ? 先生に助けて欲しいって言えばいいのか? 答えられないだろ。それは先生の頭が熱くなっているからだ。それに僕は嫌だ。大人にみじめに助けを求めるなんて、それこそグリフィンドールじゃない。先生は自分が学生ならみじめに助けを求めるのか? 求めないだろ? ここが本当にそんな寮なら僕はいたくない」
「いいからドロホフ、もう喧嘩しても何にもなりませんよ。あなたの勝ちじゃ無いですか」
もう完全にファッジの事などオスカーはどうでも良くなってマクゴナガルを睨みつけていた。こんな事、ムーディの言う通りまったく賢くない。頭が熱くなっている。冷ますべきなのだ。でも嫌だった。いきなりシャックルボルト邸に連れていかれてから嫌な事ばかりだ。大人は嫌な事ばかりする。綺麗なお題目を言うのに、誰もそれのために努力なんてしていない。嘘ばかりつく。
「良いですか。なりません。杖を降ろしなさい」
「僕が聞きたいのは命令じゃない。解決策だ。どうすれば良かったんですか? マクゴナガル先生? ファッジの嫌がらせを止めるにはどうしたら良かったんですか? 僕やこいつら以外に被害が出る前にどうやって止めるんですか? 僕がみじめに先生に泣きつけばいいんですか? それ以外に答えられないだろ。僕はそんな事絶対に選ばないぞ」
「ドロホフ、やめて下さい。意地を張らないで下さい。マクゴナガル先生もドロホフを落ち着かせて下さい」
ムーディが手を引っ張ってまで止めようとしてきてオスカーはうざったくて仕方なかった。初めからこういうのも考えておくべきだった。どうせ大人は謝らない。間違いを認めない。本当に間違っていることを突かれた時は認めないのだ。
「グリフィンドールがそこまで嫌なのですか?」
「嫌だ。先生も寮生も嫌いだ。嘘、見て見ぬふり、噂ばかり信じる、いい加減にしろよ。考えもしないのに、説教、ただの命令、減点。そんなもの効果が無い。それで寮や生徒が良くなるわけ無い。だから僕は怖くない。こんな赤と金、見るのも嫌だ。嘘の色だ」
「そうですか、では一度、出て行ってはどうですか? 私も貴方の啖呵には……」
「マクゴナガル先生!! 何を言ってるんですか!? ちょっとドロホフ!!」
オスカーは出て行っていいと言われたと思った。ムーディが泣きそうな顔で何か言っていたが無視して、談話室の自分の荷物を回収し、そのまま寮に向かった。ギャラリーの寮生はオスカーがそっちに行くと勝手に道を開けた。
ベッドルームには誰もいなかったので、魔法のトランクに何もかも全部詰め込んだ。まったく賢くない、愚かで衝動的で大人じゃない行動だとオスカーには分かっていた。でもそれと自分が止められるかは全く違う話なのだ。とにかくオスカーはグリフィンドールが嫌になっていた。何より大人の鼻を明かしたくて仕方なかった。何でもかんでも出来ないと大人は勝手に思っている。グリフィンドールから出るなんて出来ないと。ふざけている、思い知らせてやる。オスカーはそう思っていた。
「ドロホフ、お待ちなさい。グリフィンドール寮から……」
「僕は寮を出て行く。先生が言ったんだ。出て行ったらどうかって。裁判と一緒だ。一度言った事は引っ込められない。大人がきちんと考えずに喋っているのを見破れないと思うな」
「ですからそのような口を叩くのをおやめなさい。だいたいどこから出て行くと言うの……」
「だからマクゴナガル先生!! ドロホフを挑発しないで下さい!! ああ!? ちょ、ちょっと!! 何してるんですか!?」
ベッドルームの窓を杖で開けて、オスカーは窓のフレームを掴んで桟の上に立った。こっちをマクゴナガル先生とムーディと何人かの寮生が目をぎょっとさせて見ている。どいつもこいつもオスカーには寮から出ることすらできないと思っているのだ。
「僕は言った。寮から出て行くって。やると言ったらやる。僕はお前らと違う」
「ちょっと!! 待って…… 本当に飛んだ!! マクゴナガル先生のせいですよ!! ドロホフが死んでしまいますよ!!」
「なんてことを……」
きっとローガンがいつも見ている景色はこんな感じなのだろう。夜の空は暗くて城の灯りと月だけが光っている。落ちる時のお腹の中身がひっくり返るような感覚があり、地面が近づく中、オスカーは落ち着いて呪文を唱えた。
「モリアーレ 緩め」
地面の直前でゆっくりと減速して着地し、オスカーは後ろのグリフィンドール塔に目もくれず、夜のホグワーツ城を歩き出した。
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第十二章 あったりなかったり部屋
オスカーは当てもなくホグワーツを彷徨っていた。絶対にグリフィンドール寮に帰りたくなかった。勝手に恩を着せるあの闇祓いの妹にも、卑怯な先輩より真正面から複数人を叩きのめした自分を怒鳴りつける寮監にも、勇気や騎士道や大胆さを尊ぶくせに、いつまでたっても自分を父親の息子としか見ない寮生たちにもうんざりだった。
めくらまし呪文を使うのは負けた気がして嫌だった。自分は悪いことをしていないのだから堂々としていていればいいのだ。グリフィンドールの点数などいまさらどうでも良かった。だいたい一年生の点数のほとんどは自分とあの小さくてうるさい同級生が稼いだものなのだ。自分の分が減ったところでどうだと言うのか。
暗い城の中を歩いたのは初めてだったが、オスカーは怒りが全く収まらずとにかく歩いていた。どこを歩いているのかも考えていなかった。
いつの間にかオスカーはあまり見覚えの無い廊下に来ていた。そもそもオスカーはほとんど城の中を歩いたことなど無かったのだ。友達なんていなかったから最短で教室、図書室、訓練場なんて場所を往復していたからだ。
オスカーはどこで寝たらいいのかを考えると少し不安になった。オスカーはベッド以外で寝たことなど無かったからだ。ただ、やっぱりグリフィンドール塔に戻るなどありえなかった。あの寮監や寮生たちの顔を思い出しただけでイライラしてくるのだ。
「おや? オスカー、道にでも迷ったのかね?」
「え?」
曲がり角の向こう側に全校生徒が良く知っている顔があった。オスカーは有り得ないと思った。なぜならオスカーはその人がご飯の時以外は自分の部屋から出ているのをほとんど見たことがなかったからだ。
「校長先生?」
「いかにも、わしが君と同じ年の可愛らしい女性に見えるというならば君の前途は輝かしいものになるであろう」
なんだかオスカーには信じられなかった。ハロウィーンとは言え、オスカーが飛び出した夜に都合よく校長先生と会うなんてことがあるのだろうか? それとも寮監が先生方に伝えて、校長先生まで駆り出されているのか?
「えっと。あの、僕は……」
「なぜこの時間に出歩いておるのかね? とっくに外出禁止時間になっているはずじゃが、忘れ物でもしたのかね?」
「その…… グリフィンドールの寮でその…… マクゴナガル先生と……」
流石のオスカーも寮監相手に啖呵を切ったように校長先生相手に同じことはできなかった。そもそもオスカーは校長先生の事を知らなかったし、何をどう話せばいいのかも分からなかった。
「なんだ。評判にしては凄く真面目だと思ってたけど。この時間に出歩くなんて結構ワルじゃない?」
「え?」
ダンブルドアの声とは思えない、オスカーと同い年くらいの女の子の声が響いた。ダンブルドアはそのままマントをはためかせ、オスカーの前で回ろうとした。ダンブルドアは自分のマントの裾を踏んで思いっきり後ろにこけ、銅像の台座で頭を打った。
「あっ!? 痛った!? な、何……!?」
ダンブルドアらしき誰かは廊下に転がった。長いローブの下から出てきたのはショッキングピンクの頭だった。
「お前…… ハッフルパフの……」
「ちょ、ちょっと手くらい貸してよ。ほんとになんか頭がジンジンするんだけど」
この女子生徒をオスカーは良く知っていた。薬草学では、他の授業と同じく、毎回オスカーに張り合おうとするミニ闇払いに絡んでいる女子生徒だ。ど派手な頭の色はホグワーツの誰もが知っているだろう。オスカーはこの女子生徒がふざけているようで、薬草学では自分やミニマムマッドアイよりできることを知っていた。
「ちょっと、ほんとに手を貸してくれないわけ? グリフィンドールのくせに騎士道精神のかけらもないわね」
「お前、僕をひっかけようとしてただろ? よくそんなこと言うな」
そう言いつつオスカーは彼女を助け起こした。ピンク色の髪に加えて彼女は目の色も自分の意思で変えられるようにオスカーには見えた。たしか前に見た時は違う色だったはずなのだ。
「何? 別にここで大声で騒いだっていいわよ。ミセス・ノリスとフィルチが飛んでくるわ。私はまた校長先生の真似をするもの」
「ならこっちはめくらまし術を使う」
「え? そんなの使えるわけ? ちょっと使って見せてよ」
「はあ? まあいいけど」
オスカーは言われるままに自分にめくらまし術をかけた後でさっきまで使いたくなかった術を抵抗も無く使っている自分に気づいた。
「へえ~ 結構見えなくなるわね。面白いじゃない」
「面白いのか?」
「面白いでしょ? 悪戯に使えそうだし、それにこれって結構難しい魔法じゃないの?」
「多分結構上級生の術だ。上級の呪文集に載ってたから」
変な女の子だった。まずダンブルドアに化けて校内をうろついているのもおかしいし、みんなから腫物扱いのオスカーが相手なのに彼女にはそんな感触がまるで感じられなかったからだ。
「すごいじゃない。ドロホフって結構ガリ勉よね? 最近あんまり見ないけど、初めのうちは図書館で勉強してたり、訓練場でも杖を振ってたじゃない」
「ガリ勉ってなんなんだよ」
いつの間に見られていたのだろうか? このショッキングピンクの髪がこちらを見ていたらオスカーは絶対覚えていてると思うのだ。けれどオスカーはなんとなくからくりが分かった。彼女は多分、別の姿に変身していたのだろう。
「ガリ勉はガリ勉じゃない。なんのためにそんなに魔法を覚える必要があるわけ?」
「なんでって…… 母さんとか……」
オスカーは言いかけてやめた。なんだか気恥ずかしかったからだ。それによく考えなくてもこの女の子とあまり喋ったことはないのだ。なんでもかんでも聞かれたことを喋る必要は無かった。
「あなたのお母さんがなんなの?」
「なんでもないよ。とにかくその辺のやつに負けたくないだけだ」
「ふ~ん? なるほど? それで? 私の見たところ、ドロホフあなた困ってるんじゃない?」
女の子はニヤッと笑った。オスカーは少し不思議な気分だった。あの三人の笑い顔と違って、女の子の顔にオスカーは暗い感情を感じなかったからだ。
「困ってないさ」
「絶対困ってるわね。こんな夜中にトランクを持って歩いてる一年生なんているわけないもの」
「校長先生に変身してる一年生が言っても説得力が無い」
「で? 困ってるんでしょ? あなた、寮に帰れないんでしょ? さっきマクゴナガル先生がうちのスプラウト先生と中庭でドロホフのこと喋ってるの見たもの」
オスカーはこの女の子がかなり頭が回るほうだと分かった。さっきのドジなやりとりや薬草学で壺という壺を割りまくったり、置かれていた布ごと机の上の鉢植えを全てひっくり返したりしているのを見るにドジかもしれなかったが、少なくともオスカーの周りの同級生よりずっと頭が回るのは分かった。
「ほんとにそうでもめくらまし術がある」
「あ、分かっちゃった。寝る場所がないんでしょ? 何? ドロホフは寮でしか寝たことがないわけ? おこちゃまなのね」
「普通そうだろ」
「ふふん、お泊りっていうのは大人になった証拠なのよ。まあグリフィンドールのおこちゃまにわかるわけないわね」
「お前も同い年だろ」
なんだか変なやっぱり変な女の子だった。ただやっぱり敵意をオスカーは感じなかった。それに少なくともこの女の子は目の前のオスカーその人を馬鹿にしているのだ。誰かを通してでは無い。少なくとも彼女は他の同級生よりよっぽどオスカーの事を見て喋っていた。
「助けてあげましょうか?」
「だからめくらまし術がある」
「マクゴナガル先生に見つからない場所知ってるわよ」
信用できるのかオスカーにはあまり自信が無かった。ちょっと胡散臭かったが彼女からはなんだか珍しい動物でも見ているような感触しか感じなかった。でもオスカーは誰かの助けを借りるのは好きでは無かった。
「ベッドで寝ないと体は痛いし、シャワー浴びないと臭いし、寝不足だとドロホフのこと大好きな小さい闇払いに授業で負けちゃうわね。お母さんのために一番じゃないといけないんじゃないの?」
「ムーディはうるさいだけだ。それにあんまり人の助けは……」
「貸し借り無しならいいわけ?」
またニヤッと女の子は笑う。何が面白いのだろうか? オスカーはこういうタイプの同級生に会ったことが無かった。大抵の同級生はオスカーに理由も無い敵意か恐れの感情しかぶつけてこないし、違うのは死喰い人だのアズカバンだの言ってずっと張り合ってくるダークグレーのチビだけだった。
「返せるものないぞ。お金は家の物だから……」
「それとも信用できない?」
ピンク色の髪にピンク色の瞳と彼女は本当にあり得ない色をしている。オスカーは信用できるのかできないのか分からなかった。でも彼女は助けてくれると言う。こんな事を言ってくれたのはホグワーツに入って彼女だけではないだろうか?
「ベラトリックス・レストレンジって知ってる?」
「死喰い人だろ。闇祓いを拷問した女だ」
「じゃあシリウス・ブラックは?」
「同じだ。死喰い人でマグルと魔法使いを殺した男」
「私のママのお姉さんと従兄弟って言ったら信じる?」
トンクスは笑いながらそう言った。本当の事を言っている。オスカーはそう思った。こんなところで嘘をつく理由が無い。オスカーに親近感を抱かせるために自分が死喰い人の家族だなんて言うだろうか? ほとんどの人は良く知らない人間のためにそんな事を言わないだろう。
「どう? 信用してくれる? 数少ない一緒のところってやつでしょ? こんなのが役に立つなんて初めてだけど」
「分かったけど……」
「じゃあ出発ね。レッツラゴーってやつよ」
またダンブルドアの姿に変身するとそのまま彼女は歩き出した。彼女は迷いなく進んでいるようだ。オスカーは夜中のホグワーツなど歩いたことが無かったが、意外とゴーストが、目の前を通り過ぎていったり、肖像画が眠っていたり、いつもは人がいる廊下に誰もいなかったりと何だかいつもと違って面白かった。
「ダンブルドア先生の姿だとゴーストとか肖像画がこっちにお辞儀してきて面白いのよ。それにほら、今日って月が大きいから黒い湖が綺麗だわ」
トンクスが言う通り、オスカーはいつもと違うホグワーツが面白いし美しいと思った。オスカーはこんなことを感じたのはいつ以来だろうと思った。だって最初にボートからホグワーツを見た時は確かにそう思ったのだ。でも、いつの間にかホグワーツでそんな事を思わなくなっていた。
「おい。六階はグリフィンドール寮の入り口があるんだ」
「大丈夫よ。私達が行くのは七階だし、通り過ぎるだけ」
七階? 七階に何かあるのだろうか? トンクスはハッフルパフのはずだから寮は多分地下のはずだ。ハッフルパフの学生は帰る時はみんな地下に向かうのだ。
トンクスはなぜか季節外れのクリスマスソングをダンブルドア先生の声真似をしながら歌っている。オスカーがこの曲に聞き覚えがあるのは、シラに貸してもらったマグルのラジオから流れていた曲だからだ。
オスカーはこの女の子が謎だらけでさっぱり分からなかった。ハロウィーンの夜にダンブルドア先生の格好で歩いている。死喰い人が家族か親戚にいる。なのにマグルの歌を歌っている。そしてオスカーを何故か助けてくれる。意味が分からない。
「あと二ヶ月でクリスマス…… そう、プレゼント、プレゼントよね…… ふふん。ドロホフ、本当に困ってるのね。どうもホグワーツは貴方を助けてくれるみたい」
「何の話……」
トンクスの目の前の何も無い壁にオスカーとトンクスの身長くらいの扉が現れた。ちょうど二人の身長がぴったりなサイズだ。オスカーはホグワーツの変な扉をいくつか知っていたが壁から浮き上がってくる扉は初めて見た。
「どんな部屋なのかしら…… うわ。なんかゴージャスね。これってあれかしら。ドロホフがセレブだからこうなるのかしら?」
「なんだここ……」
オスカーは部屋に入ると初めて入る部屋なのに既視感を感じた。何故ならなんと言えばいいのか、ドロホフ邸とシャックルボルト邸を足してちょうど二で割ったのが正しいような部屋なのだ。
床と壁は黒と白のマーブルの大理石だ。ベッドは二段ベッドでこれだけはグリフィンドール寮のものに似ている。家具は他にドロホフ邸にあるものとほとんど同じマホガニーでできた大きな机と椅子。壁際に勉強机も二つあって、これはチークで出来ていてシャックルボルト邸の寝室にあるのと似たものだ。ソファーはこれもシャックルボルト邸の客間にある白色のドラゴン革を張ったものと同じだろう
「おー、凄いわね。バスルームあるじゃない。ていうか寮のやつより全然豪華だし」
トンクスは奥にある扉を開いていた。たしかにグリフィンドールの寮生が使えるものより断然広いし、シャンプーや石鹸もちゃんとついている。
「えー、キッチンまであるんだけど。何これ。私の家よりいいかもしれないわね」
そう。食材はないもののキッチンもあって鍋やまな板なんてものもそろっている。ピザ窯や冷蔵庫もある。食料さえどこからか持ってこればずっと暮らすこともできそうだ。
「本棚もめっちゃあるじゃない。なんかちょっと古い気はするけど。これ全部あれね。一年生が受けられる科目の高学年用の本みたい」
「ほんとだ……」
というかオスカーはわけが分からなかった。こんな部屋をオスカーは知らなかったし、知っている人がいれば噂になるはずだ。そもそも連れて来たトンクスも何故か驚いている。
「トンクス、この部屋……」
「あ、そうだった。この部屋の説明よね」
そう言いながらトンクスはソファーに飛び込んでいた。オスカーもとりあえずソファーに座った。談話室のソファーをオスカーは使ったことが無かったのでソファーのゆったりとした座り心地を感じるのは久しぶりだった。なんだかずっと緊張していた感覚が溶けていく気がした。となりでトンクスがあぐらをかいて座り、こっちを見ている。
「ここは多分、あったりなかったり部屋よ」
「あったりなかったり部屋?」
「そう。厨房の屋敷しもべに教えてもらったのよ。なんか面白い場所無い? って聞いたんだけど。そしたらこの部屋のこと教えてもらったわ。屋敷しもべが家具とか壊しちゃった時に隠すのに使ったりするんだって。それ言ったあと自分を罰しだして大変だったけど」
オスカーはその説明だけではさっぱり分からなかった。この部屋はどう見たって、オスカーが落ち着く感じの部屋なのだ。ペンスとミリベスがオスカーに話を聞いて部屋を作ってくれればちょうどこんな感じになるだろう。
「分からないわよね。私も分からないんだけど。必要な時に出るって聞いたから何回か来てみたんだけど全然でなかったのよ。でも屋敷しもべって嘘なんてつかないじゃない? そんなことしたら持ってるもので自分を殴る生き物だもの。だからその…… 無理やり必要にしないといけないと思ってフィルチに追っかけ回されてる時に来たら最初は箒を置く物置になったのよ」
必要な時にでる? そんなことがあり得るのだろうか? だって部屋そのものを出現させるなんてとんでもない魔法である。マクゴナガル先生やダンブルドア先生だって難しいだろう。
「その次は朝からご飯を抜いて凄いお腹減ってるときに来たんだけど。なんか扉はあったけど階段になってて、一番下までおりたら厨房に繋がってたのよ。多分、この部屋もドロホフのお腹が減ったら厨房までの階段ができるんじゃない?」
「でも、部屋そのものが出来るなんて……」
「信じられない? でもほら私たちが入って来た扉が消えてるわ」
オスカーは後ろを振り向いた。本当に扉が無い。いったいどういう事なのか? オスカーはトンクスの方に視線を戻した。なんだか悪戯にオスカーをひっかけたみたいな顔をして笑っている。オスカーはからかわれているような気がするのに全くイライラしなかった。
「ドロホフは寝る場所っていうか、寮じゃない生活する場所が欲しいんでしょ? それに今日は明日起きるまで先生に見つかりたくないわけでしょ? だから扉は消えて誰も入れない。ついでにドロホフがお金持ちだからなんかセレブな感じになってるのよ」
まるでオスカーは目の前の事が信じられなかったが事実だった。オスカーは思わず口に出してしまった。
「魔法みたいだ」
「フフっ…… なにそれ。あなた魔法使いじゃない」
「でも。マクゴナガル先生と喧嘩して歩いてたらいきなりトンクスと会うし、こんな部屋が都合よく現れるし、魔法みたいだ」
思わず口に出してしまうとトンクスは愉快そうに笑った。オスカーは自分もちょっと笑っていることに気づいた。昔、父親や母親、ペンスがなんでも出来ると思っていた時に、三人が使えると思っていた魔法と同じくらいオスカーは不思議で魔法みたいだと思った。薬草学の授業で顔を合わせているトンクスの存在までなんだか魔法みたいに感じるのだ。
「ママが言ってたわよ。ホグワーツでは…… なんだったかしら? ホグワーツでは助けを求める者には必ず…… 必ず助けが与えられるってやつね。この部屋が出てきたってことは多分、明日もそんなに悪い事にはならないんじゃない?」
ホグワーツに入ってからずっとオスカーは自分の居場所などこの城にないと思っていたのに、トンクスが言う通り、オスカーはこの城が自分を助けてくれた気がした。
この部屋は同じ感触、同じ匂いがする気がした。自分が一番落ち着く場所、自分の部屋とペンスと同じなのだ。
「で? グリフィンドール寮で何してきたの?」
「え? ああ…… ファッジってやつとあと二人、五年生の三人なんだけど。ムカついたから先生とみんなの前で決闘してやっつけたんだ。そしたらマクゴナガル先生に怒られて…… それで寮にいるのが嫌になってベッドルームの窓から飛び降りたんだ」
「ええ!? マクゴナガル先生はスプラウト先生にドロホフが飛び出してしまったんです。しか言ってなかったけど。めちゃくちゃ面白いじゃない。グリフィンドール塔ってすっごい高い塔じゃない? そのうちホグワーツの伝説の一つになりそうね」
やっぱりオスカーが喋ったことのある女の子とはずいぶん違う女の子だった。シラなら驚いたあとに心配してくれるだろうし、まともに先生に謝るべきだと言うだろう。ムーディならどうだろうか? 張り合って私ならもっと早くファッジを片付けられましたとか言うだろうか?
「あ、ていうか自己紹介してなくない? ムーディとドロホフは目立つからみんな知ってるけど」
「いや、トンクスも目立つだろ」
トンクスが目立たないのならその学年はとんでもない事になるだろう。ダンブルドアとか例のあの人のこどもがうじゃうじゃしているとか、みんなとんでもな髪色をしているとかそうじゃないといけないだろう。
「私、ニンファドーラ・トンクスよ。えっとね。パパはマグル生まれでママは魔女なのよ。叔母さんとかの話は本当よ。あとこの髪は七変化っていって簡単に変えれるのよ。えーと、あと何かしら? そう。ファーストネームで呼ばれるの嫌だから。名字で呼んで欲しいわ」
「家族の話は疑ってないよ。僕は…… オスカー・ドロホフ。父さんも母さんも魔法族だ。父さんは死喰い人で母さんの従兄弟は闇祓い。呼び方は何でもいいよ。ムーディみたいに変なまくらことばつけないんだったらだけど」
オスカーが自己紹介したのはホグワーツ特急以来だった。こんな風にグリフィンドールの同級生と話したかったとオスカーは思った。もっと早く薬草学で彼女と話せていたらどうだっただろうか?
「えー!? ドロホフ…… じゃない。オスカーの親戚にも闇祓いがいるわけ?」
「そうだよ。僕はあんまりあの人の事好きじゃないけど。ホグワーツに入る前はあの人に魔法を教えてもらった」
「そうよね。オスカーってムーディと同じくらい魔法が使えるらしいじゃない? それってそういうからくりなのね。なんか無言で魔法も使えるって噂になってたけど。めくらまし呪文も使えるみたいだし、それも本当よね?」
「え、ああ。本当だよ」
向こうの方にあったアイロンだったりお皿だったりをオスカーはアクシオで呼び寄せた。それを見たトンクスの髪色がなんだかピンク色に赤が混ざってオレンジになっていくのがオスカーには不思議だった。
「すごくない? 無言呪文って六年生がひいひい言って練習してるやつじゃない。五年生をボコボコにしたのも本当に決まってるわ。ていうか授業つまらなくない?」
「授業? まあそうかな。変身術とか妖精の魔法とかの魔法の練習はやることないし」
本当は話し相手がムーディしかいないし、ムーディが悪口ばかり言ってくるので余計つまらないのだ。ムーディがいないで、他に話す人がいれば、授業は先生が褒めてくれるからそれなりに楽しいかもしれなかった。
「そうよね。つまらないわよね。だって教科書読んだら出来ることばっかりやらせるし、出来たらちょっと褒めてくれるけど。先生ってできない奴の方が可愛いのよ。ほっといても出来る奴はほったらかしでしょ? なんで出来ない奴と同じ早さでやらないといけないのかしら? 浮遊呪文とかマッチを針に変えるとかつまらないわ。もっと面白いのをやらせて欲しいのに」
「分かるよ。フリットウィック先生は優しいし褒めてくれるけど。全然授業が進まないから違う教科書を読むくらいしかやることないんだ」
なんだかここでも話が合うとオスカーは思った。シラは結構授業には苦労しているようでこんな話は出来なかった。ムーディは悪口ばかりで話したくない。オスカーは自分以外にそんな事を感じている生徒がいるのだと初めて知った。
「そうよね!! そうよね!! ほんとつまらないのよ。なんで出来ない奴に合わせるのに出来る奴には合わせないのかしら? 公平じゃないわ。ママに手紙で一回そう書いたの。そしたら馬鹿言ってないでちゃんとやりなさい。他の人に合わせるのも勉強ですとか返って来て、怒って手紙の代わりにカエルの肝をふくろうで送ったのよ。そしたら吠えメールが返って来てとんでも無い目にあったわ」
「カエルの肝はあれだけど…… 公平じゃないか。たしかにそうかもしれない」
オスカーからすると変な考え方だと思った。でもトンクスの言う通りかもしれない。遅い人に合わせるのなら早い人に合わせてもいいではないか。オスカーからすればオスカーの早さが普通なのだ。少なくとも母親やキングズリーはオスカーの早さに合わせて教えてくれたでは無いか。
「宿題も意味わからないわ。なんで同じこと何度もやらせるのかしら。だって先生はもう私がこのこと出来るって分かってるのよ」
「宿題は…… やることを覚えるって言うのが目的なんだと思うよ」
「それ意味ないじゃない。だってやってそのこと覚えたり、魔法が出来るようになるためにやってるんでしょ?」
「マクゴナガル先生が…… 喧嘩しちゃったけど。前にノートはなんでとるのか聞いた時に言ってたけど。いつかもっと勉強が難しくなるから、それまでにやり方を覚える必要があるって言ってた。宿題もそうなんじゃないか? できる事をやらせられるのは面白くないのはそう思うけど」
「やり方? うーん。なんか未来のこと言われても分かんないわね」
トンクスと話していてもマクゴナガル先生の事を思い出すとオスカーはモヤモヤした。あの先生はなんだかんだちゃんと論理だって教えてくれるし、矛盾が少ない先生だった。他の先生よりずっとだ。だからオスカーは勇気だとか度胸だとかそういう事が好きな寮の寮監なのにあんな風に怒られたことが嫌だった。
「でもでも、オスカーは闇祓いに教えて貰ってたんでしょ? いいわよね」
「別にいいことないよ。闇祓いなんてただの同族殺しなんだ」
「そんなことないわよ。マグルだって刑事とか探偵ってカッコいいもの。魔法界の刑事みたいな闇払いがカッコ悪いわけないわ」
刑事? オスカーの頭の中で疑問が浮かんだが、シラに貸してもらった本を思い出した。彼女も図書館から借りていたのでまた貸しだったのだが、その中に探偵や刑事なる職業の人間たちがでていたのだ。
「刑事とか探偵って…… なんとかホームズ? スイスかドイツの滝に落ちて死んじゃった探偵の話で出てきたやつか。シラに借りて読んだ話に出てきたな」
「ホームズは死んでないわよ。シラってレイブンクローのグヴィンのことよね? シルバーブロンドの? ていうかドロホフってグウィンには優しいわよね。ムーディにもあれくらい優しいならすぐ仲良くなれるのに」
どうしてトンクスはそんなことを言ってくるのだろうか? オスカーにはどう考えたってムーディは自分の事を嫌いだとしか思えなかった。あらゆる授業で突っかかってくるし、嫌味や蔑称は言いたい放題なのだ。嫌がらせや卑怯なことをしてこないくらいしか彼女の美点をオスカーは探せそうに無かった。
「ムーディは嫌ってるだろ。僕のこと」
「ええ? 絶対違うと思うけど。だってムーディはドロホフの事しか見てないもの」
ムーディは自分の事しかみていない? たしかに、彼女は絶対クラスで自分にしか突っかかってこなかった。他の男子にも女子にもあんな態度をとっていないのだ。
「だって絶対ムーディも私とかオスカーと一緒で授業が退屈なのよ。ムーディってオスカーと同じくらいできるじゃない? だからオスカーと話したいのよ。私もムーディと話してみたいから薬草学でいっつも話しかけてるけど、あいつ、オスカーのことばっかりじゃない?」
オスカーはそんな考え方をしたことが無かった。彼女も自分と同じような感じ方をしているのだろうか? トンクスの言う通り、オスカーと同じくらいできるのはムーディだけだったし、彼女はオスカーが授業で違う本を読んでいるとそれを知りたがった。ノートも読みたがった。そしていつの頃からかオスカーと同じように授業で暇になると教科書では無い本を読んでいた。
「それもあるかもしれないけど。僕が死喰い人の息子だからだろ。だから負けたくないだけだ。あいつは何か言うたびにそれなんだ。死喰い人の息子には負けられませんとか、姉さんの妹として…… そんなことばっかりだ」
「そんなに嫌いなわけ?」
この部屋に来てからずっと落ち着いていて楽しさまであったのに、ムーディの事を考えるとオスカーは嫌な気分になった。オスカーが授業が楽しくない理由はムーディなのだ。とにかく彼女がオスカーは嫌いだった。
「凄い嫌いだ。あいつは毎日、毎日、僕に言うんだよ。お前は犯罪者の息子だって、毎日思い知らしてくるんだ。なんなんだ」
「じゃあどういう突っかかり方なら許せるのよ?」
「どういう?」
どんな突っかかり方なら許せるのか? オスカーはトンクスの顔を見ていると答えは簡単だと思った。自分がムーディの何が嫌なのか? 無視してくる他のグリフィンドール生より何が嫌なのか?
「トンクスだって嫌じゃないか? ベラトリックスの姪には負けられませんとかなんとか言われたら、それってトンクスの事なんて見てない。僕はそういうのが一番ムカつく。毎日授業の度にアントニン・ドロホフの息子には負けられませんとか言われるのが一番頭に来るんだ。少なくともクラーナ・ムーディと呪文や魔法薬でいい勝負しているのは僕だ。勉強してるのも練習してるのも僕で、他の誰かなんかじゃない」
「へぇ、それならわかるわ。私ならとっくに喧嘩してるもの。でもそうして欲しいなら自分もそうしないとダメよ」
オスカーはトンクスの言っていることが分からなかった。そうして欲しいなら自分もそうしないといけないとは? オスカーはあのミニマムオーラーにそんな態度を取ったことはないつもりだった。
「自分もそうしないとってどういう意味なんだ?」
「私は今日ほんとにオスカーを助けたわよね? だからちょっとオスカーは私に打ち解けたじゃない?」
「まあそうかな……」
やっぱり変な女の子だった。何と言うか考え方がシラとは全然違うように感じた。それにオスカーからすればちょっとでは無く打ち解けていた。だけれどやっぱりトンクスのいう事が分からなかった。
「ムーディにはオスカーは死喰い人の息子にしか見えないけど。オスカーにもムーディは闇払いの妹にしか見えないんじゃないの? だって薬草学でもムーディの相手をまともにしたことないでしょ?」
「ムーディの相手を?」
オスカーはムーディに何か言われるとムカつくので基本的に無視していたし、負けるとムカつくので絶対負けないようにしていた。彼女が悔しそうな顔をしようが、オスカーが負けて嬉しそうな顔をしようができるだけ無視して、名前だってほとんど呼んだことは無かった。なぜならムーディはオスカーにアズカバンだのヌルメンガードだの言ってから名前を呼んでくるからだ。
でももしオスカーが誰かからそんな態度を取られたらどうだろうか?
「ほら図星でしょ。まずは自分からしないといけないってテレビでやってた映画でやってたわ」
「なんで僕からしないといけないんだ。最初に悪口を言ってきたのはムーディだ。あいつがホグワーツ特急のコンパートメントで最初に言ってきたんだ。僕のことなんて何も知らないくせに。シラだっていたのに」
言ったあとでこれだとまるでただの子供みたいでオスカーは嫌になった。トンクスはまたニヤッと笑っていた。この女の子は明らかに一筋縄ではいかない女の子と分かっていた。これは言わされたのだ。トンクスに。
「へ~ オスカーはあれなのね。好きな女の子の前で嫌なこと言われたから、それをずっと根に持ってあんな小さい女の子に学期の初めからハロウィーンまでずっとそんな感じなんだ。なんか小さい子供みたいでみっともないわね」
「ああ、くそ…… なんだよ、僕にどうしろって言うんだ」
明らかにこんな感じの事をオスカーに言わせたくて彼女は喋っていた。オスカーはそう思った。なんだか母親やキングズリーと同じで分かってますとばかりに言わされた気がしたのだ。
「私ね。闇祓いって面白そうだから。私、ムーディと喋って見たかったのよ。それにあいつ自身も変なやつだしね。でもまあもうオスカーと友達になれたし、闇祓いはもういいんだけど」
「友達って……」
「今、オスカーと喋って凄い楽しかったわ。だってホグワーツの授業ってつまらないけど、ハッフルパフのみんなはそうじゃないみたいで話が合わないのよ。高学年の人はマシだけど向こうから見たら私なんて小さい子供だし、だから初めて話があって面白かったってわけ。それでムーディは絶対同じだと思うわ」
そうトンクスに言われるとオスカーは何も反論出来なかった。ムーディは確実にそうだとオスカーには分かった。何故ならオスカーはずっとこの二ヶ月の間、同じ机でムーディと授業を受けていたからだ。
「どうしろって?」
「そうねえ。とりあえず。助けてあげた代わりに、ムーディと喋って見なさいよ。まあそれにどうせ罰則とか先生方が言い出すと思うしそれからよね」
「罰則……」
オスカーは罰則など受けたことは無かった。よく考えなくても明日からどうなるのだろうか? オスカーには分からなかった。親に連絡とかが行くのだろうか?
「そんな顔しなくても大丈夫よ。私とかもう三回も寮以外の場所で寝てスプラウト先生に怒られたし」
「三回も?」
「そう。一回目は暖かいから屋敷しもべが一杯いる厨房で寝てたのよ。おやつもしもべ達が一杯くれたから食べたら眠くなって気づいたら目の前にスプラウト先生がいたのよ。二回目は夜にハグリッドの小屋に忍び込んで犬と遊んでたら眠くなって暖炉の前で寝てたの。そしたらハグリッドがスプラウト先生の所に私を運んでくれたみたい」
なんというかムーディ以上にトンクスは行動力があるかもしれないし、図太い神経をもっていそうだった。規則などそもそも歯牙にもかけていない。でも、オスカーよりよっぽどホグワーツの城は彼女を受け入れている気がした。
「三回目はちょっと前だったんだけど。塔の上に何があるのかなって探検してたらなんか凄い香水臭くて、閉め切って暖かい部屋が屋根裏みたいなとこがあったの。占い学の教室だったらしいんだけど。そこでまた寝ちゃったのよね。もう夜だったし眠かったのよ。その時は占い学のトレローニー先生が授業の準備前に寝てた私を踏んじゃって大騒ぎだったの」
「色んな場所があるんだな。僕はそんなとこ行ったことないよ。ルームメイトは何も言わないのか?」
「言わないわよ。私の事を先生に言っても言わなくても面倒なだけじゃない? だいたい夜歩いてるのもみんな知ってるもの」
オスカーはやっぱりトンクスが面白かった。自分もめくらまし術は使えたが夜歩くなんて思いもしなかったし、寮以外の場所で寝るなんて考えもしなかった。オスカーには会ったことない柔らかい考えの人にトンクスが見えた。
「じゃあもう寝ましょうよ。流石に眠いわ。大広間でも喋ったし、オスカーとも沢山喋っちゃったし、私もここで寝るけどいいわよね?」
「僕に聞かれても困るんだけど」
「だってベッド二つあるじゃない? 扉もまだ出てこないし。あ、私、高い方のベッドね。二段ベッドって秘密基地みたいでいいわよね。テレビのCMで見たことあって一回使ってみたかったのよね」
トンクスは一緒に寝ると言う。オスカーは女の子と同じ部屋で寝たことは無かった。シラは家が近いので泊まったことは無かったからだ。でも最初の日にルームメイトと寝たときのように他の人の音が気になるなんてことはオスカーは無い気がした。
「オスカー、先にお風呂入って貰えれば…… あ、私、着替えないわって…… ていうかあるわね。あそこに」
「え? ほんとだ」
なんというかこの部屋は本当に凄かった。無い物など無いのではないだろうか? 二人が欲しいと思ったものは何でもあるように見える。ペンスやミリベスがどこかに隠れているのではないだろうか?
「でもなんか食べ物は出ないのよね。なんとかの法則のせいかもしれないわね」
「ガンプの元素変容の法則か」
「そうそれよ。大広間からちょっと拝借してこれば良かったわ」
オスカーは食べ物と言われて思い出し、トランクからずっと貯まりっぱなしのシャックルボルト邸からの贈り物を取り出した。魔法がかかっていて腐っていないはずだ。
「これ食べればいいよ。どうせ一人だと食べきれなくてどんどん貯まってたんだ」
「ええ、なにこれ。おいしそうだけど…… どこにこんなに入ってたの?」
「トランクは検知不能拡大呪文がかかってていろいろ入るんだ」
「すご。やっぱりセレブなのねオスカーって」
トンクスがドーナツやクッキーを食べている間にオスカーはお風呂に入って、はみがきした。そのまま二人は灯りを消して、一度おやすみを言ってベッドに入った。ベッドの布団はどうもドロホフ邸のものと一緒の材質なのか、肌触りが良くてオスカーはすぐ寝れそうだと思った。
「ねえオスカー」
「寝ないのか?」
二段ベッドの上からトンクスが顔を出している。つんつんした髪の毛が重力で余計に伸びているのが星明りでも分かる。
「明日からオスカーを連れまわすけどいいわよね?」
「いいけど……」
「じゃあ決まりね。おやすみ」
「おやすみ」
オスカーは人間の誰かにおやすみを言って寝たのはいつ以来だろうと思った。今日が幸運なのか不運なのかオスカーには分からなかった。
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第十三章 ホグワーツ
「うわっ!? 痛ったぁあ!? な、何?」
ドタン!! という音がしてオスカーは目が覚めた。黄色いツンツンした髪の女の子が床に寝っ転がっている。オスカーは頭がまだ動いていなかった。男子寮になぜ? そして金色ならまだしも黄色の髪の毛?
「痛たあ…… あ、そうだった。二段ベッドの上で寝たんだった。おはよう。オスカー」
「え、あー、おはよう」
思い出した。グリフィンドール寮を飛び出して、トンクスに助けてもらったのだ。それでここはあったりなかったり部屋だ。そしてどうもトンクスは根本的にドジらしい。オスカーはそれを朝から思い知らされていた。
「えっと。オスカー、朝ごはん食べに行きましょうよ。そしたら先生の反応も分かるわ。あー、もう、顔洗うのめんどくさいわ。スコージファイ 清めよ」
「お、おい……」
「オスカーもやらないの? 凄い便利よこれ。パパがやるとママが怒るんだけど」
自分の頭に向けてスコージファイを唱えている人間をオスカーは初めて見た。オスカーはシラに良く育ちがいいとか言われるが、育ちの違いとはこういう事なのだろうか? 部屋の真ん中で頭から上を泡だらけにしている人間を見るのはシュールだった。髪色も紫色に変わった。
「じゃあ着替えて行きましょうよ」
「分かったけど……」
大広間に制服を着て二人で入ったが早い時間なのであまり人はいなかった。ポロポロと人がいるくらいだ。まだ職員の机にもほとんど人がいない。
「へえ。二人がつるんでたなんて知りませんでした」
後ろからオスカーが嫌いな声がした。耳に通りやすい声だ。これが身長の高い大人の女性の声だったら背筋が自然と伸びてしまいそうな感じがする。
「お、ムーディじゃない。おはよう。ほらオスカー」
「え? ああ、おは……」
「あなた達いつの間にそんな仲良くなったんですか?」
いつにも増して敵意がある目をしているとオスカーは思った。この女の子はいつも好戦的な目をしているのだが、いつもより怒っているように見える。マクゴナガル先生相手にオスカーが怒鳴ったのでそれで怒っているのだろうか?
「ちょっと、挨拶したんだから返しなさいよ」
「そもそもドロホフは良く顔を出せますね。グリフィンドール寮から逃げ出したくせに。何ですか? そのトンクスがいるハッフルパフ寮にかくまって貰ったんですか?」
オスカーはどうすればいいのだろうと思った。トンクスはムーディと仲良くしろと言うが何を言えばいいのだろうか? 何を言っても怒りそうだ。
「ははーん。ドロホフが戻ってこなくて寂しいんでしょう?」
「とにかくあんなファッジとかいうのと喧嘩したから何なんです? そんな事で腐ってどうするんですか?」
「ほら、オスカー、ムーディは私の事は無視するじゃない。オスカーが出ていっちゃって心配だったのよ」
「こいつうるさいですね。なんですか」
この二人はあんまり相性が良くないのだろうか? オスカーよりムーディと相性が悪い人間がいるとは考えにくかったが、トンクスはオスカーが思っている以上に変な人間だったから何が起こるか分からなかった。
「退学にならないならしばらくグリフィンドール寮には戻らない」
「寮を変えたとか言うつもりですか? そんなこと出来ませんよ。あなたはグリフィンドールに組み分けされたんですから」
これは今すぐ帰ってこいという事なのだろうか? オスカーにはこの女の子が全然分からなかった。いったいなんなのだ。オスカーの事が嫌いならグリフィンドールからいなくなるか退学になった方がいいではないのか?
「おお? ほらほら、もっと頑張らないとオスカーはグリフィンドールに戻ってくれないわよ」
「うるさいですね。引っ込んでおいてください。私は、今、ドロホフに喋っているんですよ」
「またあなた方ですか? 昨日、あのような時間まで騒いでいたのにまだ騒ぎ足りないのですか?」
オスカーはちょっとびくっとなりそうだったが我慢した。マクゴナガル先生が眠そうな顔でオスカー達の後ろに立っていた。
「マクゴナガル先生、ドロホフは昨日寮から出ていったのに、朝ごはんは普通に食べようとしているんですよ。おかしいじゃないですか」
「ミス・ムーディ。出ていきたいと言って出ていったのですから。放っておきなさい」
「え? で、でも、そんなのおかしいじゃないですか。昨日はあんなにマクゴナガル先生も怒ってましたし……」
マクゴナガル先生はそう言ってちょっと眉を上げただけだ。トンクスがオスカーの方を向いてニヤッとした。オスカーはどういう事なのかさっぱり分からなかった。
「放っておきなさい。グリフィンドールにいたくないと言うのですからね。もちろん、あなたが個人的にドロホフと引き続き友人でありたいと言うならそうすればよろしい。あなた達は入学してからずっとどの授業でも仲良くしているようですから」
「え、え? お、おかしいですよ。そんなの。だってドロホフはグリフィンドールですし…… 昨日マクゴナガル先生に言ってた事だって……」
「何か言いたい事でもあるのですか? 貴方ははっきり喋る方だと思っていましたが?」
こんなムーディもオスカーは初めて見た。この二人はどう見ても相性がいい二人だと思っていたのだがムーディは困惑を隠せないようだ。そしてオスカーもわけが分からなかった。いつものマクゴナガル先生なら少なく見積もって、罰則一か月、グリフィンドールから一万点減点とかだろう。
「いいですね。これ以上騒がないように。次に騒いだらグリフィンドールとハッフルパフから減点します」
「はーい」
「はーいではありません。はい。です。ミス・トンクス」
どうなっているのか? トンクスはニヤニヤ笑うだけで、ムーディは訳が分からないという感じだ。オスカーも意味が分からない。何が起きているのだろうか?
「ドロホフ…… 授業も受けないつもりなんですか」
「僕はグリフィンドール寮にいたくないだけだ」
「良かったわね。オスカーと友達を続けられて」
ムーディはさっきよりもっと怒っているように見えた。それもオスカーとトンクスの方では無くて教職員のテーブルに行くマクゴナガル先生の後ろ姿を睨んでいるように見える。トンクスの方はトンクスでなんだか分かっていましたとばかりの顔をしている。
「分かりました。グリフィンドール生じゃないんだからもう喋りません。そのトンクスと仲良くやればいいですよ。ドロホフも髪の色をピンクしてお揃いにしたらどうですか?」
「え? ちょっと行っちゃうわけ?」
「私に話しかけないで下さい」
ムーディはテーブルの一番遠い場所まで行ってしまった。トンクスはトンクスで今度は当てが外れたみたいな顔なのだ。オスカーにはマクゴナガル先生といい。ムーディにトンクスと女の人のやる事がさっぱり分からなかった。
「あっれ…… 拗ねちゃったのかしら?」
「ムーディは分からないけど。マクゴナガル先生は…… トンクス何か知ってるのか?」
「えー 秘密って言いたいけど、なんか喋ってたのよね昨日の夜」
「スプラウト先生とマクゴナガル先生が話してたって言ってただろ?」
つまり何かマクゴナガル先生はスプラウト先生と取り決めをしたのだろうか? と言ってもいくらスプラウト先生が良い人でもマクゴナガル先生にオスカーを減点や罰則しないようにできるとは思えなかった。
「まあそこはちょっと秘密ね。もうちょっと他の人もいたってだけだし」
「喋りたくないなら聞かないけど」
「ならこの話は終わりね。授業終わったらまた大広間に来てちょうだい。オスカーなら色んな魔法が使えると思うし、気になってたことが色々出来ると思うのよね。あ、あとムーディとは仲良くしなさいよ」
トンクスはハッフルパフのテーブルに行ってしまった。オスカーは言われるままとりあえずグリフィンドールのテーブルでご飯を食べて授業に向かった。
授業は何だかおかしな感じになってしまった。まず、妖精の呪文の授業だったがオスカーもムーディも手を挙げたり質問をしなかった。もちろん、フリットウィック先生は基本的にオスカーとムーディの出来を褒めてくれる。何故ならどの呪文も一番最初に出来るのが二人だからだ。二人は一、二回練習すれば大概の魔法を使うことが出来た。
けれどムーディはいちいち突っかかってこないし、オスカーと同じテーブルだと何も喋らなくなるのだ。これはムーディなりの怒っているというアピールなのだろうか?
次に変身術はもっと変だった。今度はマクゴナガル先生がオスカーに対してムーディと同じような態度をとるのだ。なんというか褒めないし点数を与えないという感じだった。グリフィンドール生じゃないから点数を与えないという事なのかもしれない。それにムーディはオスカーよりマクゴナガル先生に怒っているように見えた。全く手も上げないし質問しないし、ずっと無言なのだ。そのくせに同じテーブルにはいる。
他のグリフィンドール生たちはいつもと変わらなかった。単純にオスカーの事をさらに避けるようになったのかもしれないという感じだった。オスカーは何だかおかしな気分になりそうだった。
そして授業が面白くないのはムーディのせいだと思っていたのだが、もしかするとそれも違うのかもしれなかった。どうしてかと言えば授業がさらに面白くなくなったからだ。
トンクスが言っていた授業が面白くないというのは事実だったのだ。変身術と妖精の呪文では理論も実技もどうしてムーディと自分以外がこんなに出来ないのかが分からなかった。
だって教科書に書いてある事をやるだけなのだ。基本的な事は教科書に書いてある。教科書に書いてある事の後ろにある考え方もマクゴナガル先生やフリットウィック先生は言葉や板書で教えてくれる。それでも納得できなければ高学年の教科書にそれはだいたい書いてある。
実技だってそれぞれの魔法で振り方やイメージの仕方、タイミングは違うけれど、共通した部分は一緒なのだ。なのにみんな出来ないのだ。まるで他の同級生たちは新しい呪文や魔法を覚える度に何度も共通した部分を無視して、忘れ、もう一度覚えようとしているように見える。
質問も的外れなものばかりだ。オスカーやムーディだって答えられる事ばかり質問する。オスカーはみんながそんな事をするのは先生にアピールするためじゃ無いかと思った。そうでなければあんな質問しないのだ。どうしてかと言えば教科書に書いてあることや先生が言ったことを聞き直すからだ。
質問というのはそれ以外の事、つまり教科書や先生の言っていることでは無いこと、先生の言っている事の後ろ側やその先にある知識だとか考え方を聞くことじゃないのだろうか? だって質問している間、先生と授業を受けているみんなの時間を奪っているのだ。なのにどうしてわかりきっている事を聞くのだろう?
「ムーディ」
「グリフィンドール寮に戻らないなら喋りませんから」
トンクスにムーディをどうにかしろと言われてもムーディはとりつくしまも無かった。この女の子が自分と同じくらい頑固な事をオスカーは知っていた。つまり、向こうが心変わりしない限り打つ手はない。
この日、オスカーが分かったことはムーディが突っかかって来ることは授業の退屈潰しに良かったのかもしれないという事だ。ムーディと張り合っていない間の空いた時間にオスカーは授業がどんなものかちゃんと考えることが出来たのだ。
結局、オスカーは自分が学ぶ事や練習して上手くなる事は好きでも、この学校でみんな一緒に同じペースで学ぶというやり方が好きではないのかもしれないと思った。
「よーし。で? ムーディと喋ったの?」
「グリフィンドール寮に戻らないなら喋りませんから。しか喋らないよムーディは」
「あちゃー。あれねやっぱりオスカーが出て行っちゃってショックだったのよ」
「そんなことないと思うけどな」
「いーや絶対そうよ」
トンクスがどうしてそこまでムーディに肩入れしてるのかオスカーには分からなかった。別にムーディとトンクスはそんなに話しているわけでも無いのだ。と言っても、トンクスは夜歩いているオスカーを気まぐれで助けるくらいだし、単純にお人よしなのかもしれない。
「まあいいや、そのうち機嫌も直るでしょ。じゃあ後はホグワーツを探検ね、オスカー便利だから一人で行けなかった場所も行けるようになると思うのよ」
「便利って…… まあいいけど」
オスカーとトンクスはあったりなかったり部屋を言いにくいので必要の部屋と呼んだ。
トンクスは一日おきに必要の部屋とハッフルパフ寮に泊ってくれた。オスカーにはそれがありがたかった。何故なら彼女はオスカーの数少ない友達だが、彼女からすればそうではないはずなのだ。
トンクスはホグワーツが親から聞いたより、ずっと面白くなく、退屈で、静かすぎると感じていた。オスカーはこれも同じだと思った。両親やキングズリーが話してくれたホグワーツ。それはもっと楽しくて明るくワクワクするものだったのだ。オスカーがホグワーツに入って唯一そのホグワーツだと感じられたのはトンクスに連れていって貰った必要の部屋だけだ。
けれどトンクスはオスカーと違う人間だった。シラとも全く違う人間だ。彼女は面白くないなら自分で面白くしようという人間なのだ。オスカーはこんな人に初めて会った。
最初にオスカーはトンクスに連れられてホグワーツ城を歩きに歩いた。ホグワーツ城がこれほど広く面白い場所だとオスカーは知らなかった。
めくらまし呪文とトンクスの七変化があれば夜歩いてもどこを歩いても先生やフィルチに捕まることは無い。文字通り、自由に二人はホグワーツの中を歩くことができた。
厨房には沢山の屋敷しもべたちがいた。オスカーはここでペンスやミリベスが普通の屋敷しもべではないと分かった。何故なら彼らはぼろきれのようなものをまとっていてちょっと不衛生に見えたからだ。でも彼らがオスカーの知っている屋敷しもべと同じで人間に忠実で親切なことはすぐに分かった。
そしてトンクスはどう見ても屋敷しもべと相性が良かった。彼女は屈託なく屋敷しもべにありがとうと言うからだ。オスカーは屋敷しもべが魔法族に尽くすこととそれに対してお礼を言われること、これを求めている生き物だと知っていた。オスカーはこれが嬉しかった。何故ならトンクスはペンスと会ってもお互いに相性が良いと思ったからだ。
たくさんの肖像画が壁に掛かっている大階段では、パーシヴァル・プラットという肖像画のなぞ解きをクリアして、彼の肖像画が隠している大階段にある道を開け、ホグワーツに入る時に通ったボートハウスに行って、黒い湖をボートで渡り、湖のほとりに見えないようにして隠していつでも乗れるようにした。
レイブンクローの談話室とスリザリンの談話室にも入り込んでみた。レイブンクローの談話室はなぞ解きをクリアすれば入れるらしく、二人で考えるとほどなく入ることが出来た。談話室は壁も天井も全て青で天球儀のように星が天井に飾られていて、沢山の本棚があった。シラはちょうどソファーに座り、ユーリアを撫でながら、バチルダ・バグショットの魔法史とマグルの世界史を見比べていた。オスカーは話かけたかったが、トンクスがダメとばかりにシーとやるので、彼女の横にシャックルボルト謹製のドーナツを置いて談話室を後にした。
スリザリンの談話室はグリフィンドールと同じく、合言葉だったのでスリザリン生の後ろにいて合言葉を聞けば簡単に入ることができた。この談話室は湖の傍らしく、窓からはときどき水中人や大イカが泳いているのが見えたし、石造りで緑と銀を基調とした部屋にトンクスはうええ趣味が悪いと言っていたが、オスカーからするとグリフィンドール寮より落ち着く部屋だった。
ダンブルドア先生の校長室はどうもガーゴイルに合言葉を言うと入れるらしい。流石にこの部屋に入るのは気が引けたのだが、トンクスは全く怖気づくことが無かった。ダンブルドア先生が魔法省の偉い人と出ていったタイミングで二人は部屋に入った。
校長室には不思議なマジックアイテムが沢山あり、止まり木では見事な赤と金色の毛並みの鳥が寝ている。オスカーはこの鳥が不死鳥では無いかと思った。他にもホグワーツの図書室にもない本が沢山本棚に詰まっている。そして肖像画たちはなんだかお互いに何か喋ったり喧嘩したりしていてトンクスが手を振るとなんかニコニコしてこっちに話しかけて来たくらいだ。
ダンブルドア先生が戻ってくる前に二人は部屋を出たのだが、オスカーはなんとなく入った時点でばれているのではないかと思っていた。
オスカーはトンクスがこの二ヶ月だけでいろんなホグワーツの不思議を知っていることが不思議だったのだが、一緒にいるとそれが何故なのか分かった。
「なあ。どうやってこんなに色々分かったんだ? ハッフルパフの先輩から教えてもらったとか……」
「優れた箒職人は師匠から教わるんじゃなくて盗むのよ。ニフラーみたいに気づかれずに」
オスカーは正直ポカンとなった。ニフラーというのはキラキラしたものに目が無い魔法生物で、古代のお墓でお宝さがしをする呪い破りという職業には一人に一匹配られるというほど盗むことが…… 失敬することが上手い生き物なのだ。
しかし今回盗まないといけないのは物では無い。いったいホグワーツの色んな秘密を知る師匠とは誰なのだろうか?
「まずこれを用意しまーす」
「薬草? イヌハッカだよな?」
「そう。ほんと教科書に書いてあることなら大体知ってるわね。前の薬草学でちょっと失敬してきたのよ」
トンクスはその薬草を通路の影で魔法薬セットを取り出し、薬研でゴリゴリ擦り始め、出てきた汁をガーゼみたいなものに吸わせていた。オスカーにはやっぱりこの女の子の行動がさっぱり分からなかった。だからこそ一緒にいて面白いのだが。
「そのガーゼは?」
「これ? 前に大階段の消える段に踏んだら爆発する糞爆弾を仕掛けようとしたの。そしたら私が消える段を数え間違えて転んじゃってケガしたから医務室に行ったのよ。それでどうせまたケガすると思って戸棚から余分に貰っておいたの」
彼女のポケットは城中からいただいたもので一杯のようだ。やっぱりオスカーは色んなものをポケットに突っ込むのもそうだし、失敬したり、それを組み合わせて使ったり、ある意味で自分やムーディより彼女の方がずっと賢いと思うのだ。
「それで。こうよ!! フリペンド!!」
ガッシャン!! フリペンド、衝撃を発生させる呪文で台の上にある鎧が吹っ飛び、大きな音を立てて倒れた。オスカーを後ろ手で呼びながらトンクスはタペストリーの後ろに隠れた。
「ほら。来たわ。それでこういうわけよ」
向こうから歩いてくる埃の塊みたいな色をした生き物。ミセス・ノリスがニャーと鳴く前にトンクスが丸めたガーゼを投げた。効果はてきめんでミセス・ノリスはそれを嗅ぐなり目がトロンとしてゴロゴロと機嫌が良さそうな声をあげ床に寝転ぶ。
「オスカー。鎧を直してくれない? あ、首は外しといてね。私、そういう直すとかいうのは得意じゃ無いのよ」
「分かったけど……」
オスカーがレパロという物を直す呪文で鎧を直すととれた首の部分が悲しそうにガシャガシャと音を鳴らしていた。
そしてイヌハッカに夢中のミセス・ノリスを浮遊呪文でトンクスは浮かせ、鎧の中に入れてしまった。まだゴロゴロと機嫌のいい声をあげているのであの不細工な猫は幸せではあるようだ。
「さあ。準備は整ったわ。あの猫は勝手に出てくるから大丈夫よ。これでもこうするまで結構試したんだから上手くいくはずよ」
「それで? ミセス・ノリスを…… もしかしてフィルチ?」
「当たり。ここからは秘密通路学の時間ってわけ」
そのあとはしばらく物置やトイレを周り、最終的に四階のトイレからモップを持って出てきたフィルチを発見した。鼻息は荒く、ブツブツ言いながら歩いている。相変わらずの姿でズボンも外套もいつ洗っているのか分からないくらい汚くてボロボロだし、髪の毛もしばらく洗っていないのかカチカチに固まっている。
「今年の一年生どもは無茶苦茶だ。ホグズミードに行きもしないのに臭い玉に糞爆弾に噛みつきフリスビー…… その上ピーブズのやつめ……」
「よーし。ゼロゼロオスカー、追跡任務開始よ」
「ゼロゼロ??」
「とにかく追跡開始よ!!」
めくらまし呪文をかけた状態で二人は彼を追い回した。ミセス・ノリスを幽閉した理由はこれだ。あの猫はめくらまし呪文もあまり効果が無いのだ。そして彼はブツブツ言いながら生徒を捕まえようと歩いているようなのだが、どうもそのルートは決まっている。つまり生徒が校則を破っていそうな場所を狙っている。天文台の塔だとか大人数が通れて魔法を使っていそうな廊下だとかだ。そしてそのルートにトンクスお目当ての物が含まれていた。
「ほら。あれもそうね」
「これ全部城の外に行く通路なのか?」
「こんなにあるなんて知らなかったけどね。前はオスカーもいなかったし、ミセス・ノリスも封印出来てなかったわけ。だから長い間追い回せなかったし…… それに前は入るには早いかなって思ってたけど……」
「今なら?」
「今はオスカーがいるものね」
そう。フィルチは六つか七つほど生徒が知らないであろうどこに続くのか分からない秘密の通路を見て回っているようなのだ。もし使っていたら捕まえるためなのだろう。
二人は意を決しておべんちゃらのグレゴリー像の裏から秘密の通路に入り暗い地下道に入った。
「ルーモス 光よ」
「私もね…… ルーモス 光よ」
杖灯りで通路の中があらわになる。グリンゴッツ銀行の地下洞窟とはちょっと違っていて無理やり人が削ったみたいな壁だ。所々から水が垂れていて、地面もごつごつしている。二人はめくらまし呪文を解いて先に進む事にした。
「うわっ!? なんか首に…… ってトンクスか……」
「ふっふー。オスカーでも驚くのね。ね。ここ見えないから手をつないでもいいでしょ? オスカーは杖腕左なんだし」
「わかったけどさ……」
どうもトンクスが水で濡らした手で首を触って来たらしかった。流石にオスカーもこの何がいるか分からない洞窟で首元をヌメヌメした生暖かいモノが動くのは心臓に良くなかった。
それに悪戯のせいか特に気にもしないでオスカーはトンクスと手を繋いでいた。トンクスは同じ一人っ子のはずなのにオスカーよりずっと間を詰めてくるのが上手かった。
「これ長いな。水が垂れてるから湖の下なのか?」
「そうかもしれないわよね。それにホグワーツって駅から遠かったと思うもの」
「来た時は城に見とれてたし……」
「綺麗だったわね。あんなの初めて見たもの」
二人で喋っている間にいつの間にか道は上り坂になり、向こう側から風が吹いてきた。そして光が見え、気づくとホグズミード駅傍の林の中に出ていた。林から出れば黒い湖とホグワーツ城が見える。
「こんな簡単に外に出れるんだ」
「うーん自由の風は気持ちいいわね」
トンクスの髪色はピンクだった。機嫌がいい時は大抵その色なのだ。
「これでオスカーはレベルアップよね」
「レベル…… アップ?」
「なんかねー、パパがやってたウィザードなんとかってゲームで…… とにかく強くなったって事よ。寮から脱走した一年生から学校から脱走した一年生になったってわけ」
そう言われればそうだ。また一つオスカーは大人がここに居ろと決めた場所からいつの間にか離れていたことに気づいた。トンクスはだからオスカーをここに連れて来たのだろうか?
「それで…… どうするんだ?」
「そうね。外に出たって証拠が欲しいじゃない? ゾンコは大人の格好でいくとバレるからハニーデュークスに行きましょうよ。ママの格好でお菓子を買おうと思うの。それをハッフルパフ寮に持ち込んでやるわ」
「お菓子のお店か。行ったことないな」
「じゃあレッツラゴー!!」
こんなに簡単に出られるのだ。ホグワーツから。つい何日か前まで向こうに見える城から離れたくて仕方なかったのに、そんなに望んでいた城の外にいるはずなのに、今自分はどう思っているのだろうか?
ふわふわした栗色の髪の上品な大人の魔女に変身して、大人がしそうにもないスキップをしている上機嫌なトンクスを見ながら、オスカーは不思議な気分だった。今は城の外も中も何も変わらない気がしたのだ。
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第十四章 ホグズミード
「どうするんだ?」
「そうね。外に出たって証拠が欲しいじゃない? ゾンコは大人の格好でいくとバレるからハニーデュークスに行きましょうよ。ママの格好でお菓子を買おうと思うの」
「ハニーデュークスか。行ったことないな」
ハニーデュークス。沢山のお菓子を売っている場所だ。もちろん、オスカーも行った事は無い。そもそも買い物なんてダイアゴン横丁とホグワーツ特急でしかしたことが無いのだ。
「三年生からしか出来ないことが出来るってやっぱりいいわよね」
「ホグズミードは三年生からしかこれないんだもんな」
二人はその後、ハニーデュークスで半ガリオン分、つまり両手で持ちきれるギリギリの量だけお菓子を買い。ついでに叫びの屋敷というグレートブリテンで一番恐ろしいゴーストがいるという屋敷を見てから帰ることにした。
「叫びの屋敷ってなんかつまんなかったわね。もっと目からレーザーを出すゴーストとかいると思ってたのに」
「レーザーってなんだ?」
「レーザーはレーザーでしょ? こうフォースを使いながら振り回して……」
「こっちだトンクス」
叫びの屋敷の帰り、目の前にあったコテージからいきなりマクゴナガル先生が出てきたのでオスカーはトンクスを引っ張ってコテージの陰に隠れた。トンクスはハニーデュークスを出たあたりで気が抜けていて、叫びの屋敷を見終わったころには姿こそ大人だったが、髪色は完全にショッキングピンクだったからだ。
「もう一度言うけれどエルフィン、ハロウィーンの夜はごめんなさい。また埋め合わせをしますから」
「大丈夫だミネルバ。昔は年を取ると気が長くなると思っていたがむしろ気が短くなるものだ。クリスマス休暇になればまた時間はある」
「ありがとう。じゃあ毒触手草には気を付けて」
「ああ、愛してるよミネルバ」
「ええ。また夜に会いましょう」
オスカーとトンクスは完全に顔を見合わせた。マクゴナガル先生が誰かと愛してるとか言っているし、謝っている。二人はあっけにとられてホグワーツの方へ戻っていくマクゴナガル先生の後ろ姿を見ていた。
「ちょっとオスカー聞いた?」
「聞いた…… マクゴナガル先生ってホグワーツに住んでると思ってたんだけど…… じゃあマクゴナガルって苗字は……」
「え? でもうちのパパがマクゴナガル先生は独身スーパー魔女だって言ってたんだけど。モテない女子にマクゴナガルになるぞって言ったハッフルパフ生が七十五点減点されたって言ってたわ。多分パパのことだと思うけど」
「どうなってるんだ……」
呆然とした後、トンクスは七変化でもう一度変装し、オスカーはめくらまし呪文をかけなおした。二人はあんまり目につかないように表通りでは無く、裏通りの家の陰を歩いて秘密通路まで戻ることにした。あんな風にマクゴナガル先生が現れたのだ、スネイプあたりがひょっこり顔を出してもまったく不思議ではない。
「今日はすっごいいろいろ喋ることができたわ…… これでハッフルパフ寮は私とオスカーとマクゴナガル先生の噂でもちきりに…… おまけに誰かその辺を歩いてたりしないかしら? 面白い話はいくらあっても……」
「今度はラブグッド先生だ」
「よーし、ゼロゼロオスカー、盗聴開始よ。私にもめくらまし術かけて」
「何も変な話してないと思うけどな……」
「まあそうね。ラブグッド先生って日ごろからおかしいから変な話しかしないものね」
ラブグッド先生だってトンクスにおかしいやつとは言われたくないんじゃないかとオスカーは思ったが、よく考えるとラブグッド先生は生徒におかしい人間扱いされて気にするような人間ではなかった。
なぜか裏通りの家と家の間の路地でラブグッド先生と誰かが話している。黒いローブの人間だ。体格と声からして男性だろうか? 顔は見えない。
「ゼノフィリウス。もう少し真面目に授業をしないのか? その…… なんだ。しわしわ角の……」
「しわしわ角スノーカックだ。あの生き物はとても恥ずかしがりやで……」
「私はいくつかの国を旅してきたがどの国でもそのような生き物は聞いたことがない。君が教室に置いている角は明らかにエルンペントの角だ。生徒や君が危険だから早く外すべきだ。それに私が協力した授業計画だが君はどうも横道にそれやすい。これでは生徒はまともな学習ができない。杖の話の前に……」
「トンクス、すごいまともなこと言われてるぞ。帰ろう」
「そうね。人って見かけによらないわよね。オスカー、マクゴナガル先生、あの黒ローブの人、それで私よね」
二人はいい加減にホグワーツに戻った。夕方までいると秘密の通路の入り口が分からなくなる気がしたのだ。
帰りの秘密通路の中で杖明かりを頼りに歩きながら喋る。オスカーは十分にホグズミードは楽しかった。フィルチを追いかけるのも、バレないようにホグズミードを歩くのも、こんなことをオスカーはしたことがなかった。
けれどやっぱりマクゴナガル先生のことだけがなんとなく心のどこかに引っかかっている気がした。さっき見たマクゴナガル先生はミリベスに叱られている母親やキングズリーとちょっと重なって見えたのだ。
「けどオスカーってほんとにお金持ちなのね。ハニーデュークスで金貨をじゃらじゃら出した時はどうしようかと思っちゃった」
「ああ、そういえばお菓子ってこれだけで良かったのか? トランク持っていけばもっと買えたんだけど」
「これでも多いわよ。あとほんとあのトランクはうらやましいわ。あれ? ていうかいくらお金持ちでも一年生はホグズミードにいかないのに一年でそんなに使わなくない?」
「え? これ一か月分って貰ったんだ。ダイアゴン横丁でも使いきれなかったし…… だから…… 十二月だからほんとは五袋分くらい使ってないとダメなんだけど」
「は……? 五袋? それって五百ガリ…… 痛ったぁあ!!」
トンクスはやっぱりドジだった。どうも何かに意識を引かれると体へ注意がいかなくなるらしい。今回は暗い通路に突き出していた木材に額を思いっきりぶつけたようだ。
「もう!! なんでこんなとこに木が突き出てるのよ!! インセンディオ!! 燃えよ!!」
「エピスキー 癒えよ。アグアメンティ 水よ。トンクス、あんまりここに誰か通った後を残すとフィルチにマークされる」
「ありがとう。ちょっとましに…… って、ていうかそうよ。それ一袋、百ガリオンくらいあるじゃない。オスカー、千ガリオンくらいおこづかい貰ってるわけ?」
オスカーはあんまりお金持ち扱いされるのが好きでは無かった。何故ならお金とは大人の力だからだ。でも、トンクスにちょっと金持ち扱いされるくらいなら別にいいと思えた。オスカーにはムーディが言ってくるのとは何が違うのかが分からなかった。
「そうだよ。使わないけど。使いみちもないしな」
「うらやましいわ。ママなんて私が余計なことに使うからって最低限しか持たしてくれなかったの。オスカーってお母さんたちに信用されてるのね」
「信用? なんか違う気がするけど……」
「じゃあすごいオスカーの事を甘やかしてるってこと?」
「いや…… キングズリーの言い方だと母さんたちはこれが普通だと思ってるんだ」
オスカーはトンクスの方がずっと羨ましかった。彼女の家にはお父さんとお母さんが二人ともいて、トンクスの話だと父親がちょっと抜けているのでいつもお母さんが怒り気味とのことだが、凄く仲が良いとしか思えなかった。戦争が終わった後は、三人でウェールズやアイルランドの方にも旅行したという。オスカーは使い道の無いお金よりずっとその方がいいと思っていた。
「へええ、お金持ちってやっぱり常識から違うのね。さっきのハニーデュークスのお菓子だってそれだけあれば店ごと買えちゃいそうだもの。お小遣いでそれだからオスカーのお家のクリスマスプレゼントって凄そうね」
「クリスマス…… そうだ。トンクスはクリスマスプレゼントって何が欲しいんだ?」
「え? 何? もしかしてくれるの? そうよね。家族からしか貰ったことないけど。今年からは誰かに渡せるし、貰えるのね。そうだ。オスカーはグヴィンに何かあげるの? 選ぶの手伝ってあげようか?」
秘密の通路が暗くてオスカーは助かったと思った。トンクスが欲しいものが聞きたかったのだ。オスカーはあんまりこういう話を明るい場所でするのは得意では無かった。
「実はシラに次のクリスマスと誕生日プレゼントは贈っちゃだめだって言われたんだ」
「えー!? 何? 喧嘩してるの? オスカーあの子の事大好きじゃない?」
「そういうわけじゃなくて。シラは白いふくろうを持ってるんだけど……」
「あ、知ってるわ。オスカーのところに時々来てる白くて綺麗なふくろうよね。ダイアゴン横丁のショーウィンドウにいたのと似てる子。目立つし可愛くて綺麗でいいわよね。グヴィンの髪色と似てるし、あ~ 私もピンクとか紫のふくろうがいたら欲しくなってたわね」
トンクスはシラの話をオスカーがするとすぐこれだった。彼女はオスカーと女の子の話を全て恋愛の話にしたいらしい。けれどオスカーが聞きたいのはトンクスが何が欲しいのかだ。変身術でトンクスの髪色と同じ色のふくろうを用意はできるかもしれなかったがそれではトンクスはあんまり喜ばないだろう。
「トンクスが言ってるのはイーロップのふくろう百貨店の白ふくろうだろ? そのふくろうがシラのふくろうだよ。前に誕生日プレゼントを渡せて無かったから、夏休みにダイアゴン横丁に行ったときにシラにあげたんだ」
「ワォ!! いいじゃない。いいなあ。オスカーもやるもんね。あ、もしかしてグヴィンはそれのお返しできないから渡しちゃダメって言ってるのね。お金持ちの幼馴染がいたら大変ね」
大変なのだろうか? オスカーにはいまいちそういうのが分からなかった。そしてトンクスはオスカーの最初の質問を忘れているようだ。トンクスなら何が欲しいのだろうか? ゾンコの悪戯グッズだとかでいいのだろうか? この女の子の趣味は普通の女の子のそれと違うような気がする。もちろん、オスカーは普通の女の子というのがどんなものなのかも知らなかった。
「あれは僕が考えたんじゃないんだけどな」
「そうなの?」
「母さんがキングズリーにそういう風にしたらどうかって僕に聞くように言ったらしいんだ。お金だって家のお金だし」
「でも、買って渡したのはオスカーじゃない。私がグヴィンなら嬉しいけど。あー でもオスカーが言ってることは分かるかも。私もできれば自分が作ったのを渡したりしてみたいわ。逆もそうかもね。パパとかママと一緒に作ったとか言って渡すと喜ぶのよね。ちょっとお菓子を溶かしたとか混ぜたくらいしかやってなくてもそうなのよ」
オスカーはなんともトンクスらしいと思った。この女の子は自分でなんでもやってみたい人なのだ。だから静かすぎると思えば自分でうるさくする。面白くなければ面白くしようとする。誰か困っていればとりあえず助けようとする。オスカーはトンクスのそういうところをちょっと分けて欲しかった。
「そろそろ出るから。めくらまし呪文かけよう」
「お願いするわ。あと、臭い玉を出しとかないと。ミセス・ノリスは変身してても匂いでわかるみたいなのよね」
この通路はフィルチが知っているので通る時には見つからないようにする必要があった。一年生がハニーデュークスのお菓子を持ってここから出てきたらフィルチは一発で先生にご注進しようとするだろう。
「これでホグズミードもクリアしたし、結構色んな場所に行けるように……」
「とっとと来い!! ウィーズリー、一年生は箒を持つことは禁止だ。いいか、罰則だ」
まだ透明のまま箒の訓練場の方まで出てお菓子を食べようとした二人の前を耳を引っ張られているウィーズリーが通り過ぎていった。フィルチの手には箒が握られている。思わず黒コショウキャンディを食べて火を吹こうとしていたオスカーの手が止まった。
「今年の一年はどいつもこいつもふざけた生徒ばかりだ。ピンク髪ともう一人は一向に捕まらん。あいつらは例の四人組以来の問題児だ…… グリフィンドール寮から逃げだす…… どこにでも入り込む…… ミセス・ノリスにあんなことを…… しかもホグワーツから抜け出している…… この上箒で暴走……」
「そんなの僕がやったんじゃない!!」
「黙れ!! 一年生は箒を持ってはいかん。退学にしてやるぞ…… こんどこそ天井から吊るしてやる……」
チャーリー・ウィーズリーだ。相変わらず燃えるような赤毛だが顔はかなり不安そうだ。フィルチの方はやっと捕まえたとばかりの顔をしている。そしてどうもフィルチはオスカーとトンクスが捕まらない事を認識しているようだ。ウィーズリーはフィルチに引きずられるようにフィルチの事務室の方へ消えて行った。
「さて? オスカー?」
「何だよ」
「チャンスじゃない?」
「何の?」
オスカーはめくらまし術を解いた。トンクスの顔が分かるようになる。悪戯する前のニヤッとした顔だ。オスカーはバレそうなときや本当に不味い時以外、トンクスを止められなかった。
「ウィーズリーも嫌いなんでしょ?」
「お互いに無視してるだけだ」
「ならムーディと違って嫌いじゃないってことね。じゃあ借りを作りに行きましょうよ。私がオスカーにしたのと一緒じゃない?」
「分かったよ。トンクスがそう言うなら」
「ふふっ。分かって来たじゃない」
また言いくるめられてしまったとオスカーは思った。オスカーは多分、無視している事以上にウィーズリーは嫌いだった。何故ならどう考えてもあいつはシラの事を意識している気がしていたからだ。オスカーはそれだけでもう嫌いだった。
「じゃあオスカー考えてよ。フィルチの注意を引いて……」
「フィルチの注意を引いてから…… あとは…… トンクスがマクゴナガル先生の姿になればなんとかなるだろ。そうだな…… 前にピーブズが暴れてたトイレに行こう。フィルチは覚えてるだろうし、ちょっと配管を壊せばいいだろ」
「流石、知能犯ね。悪い事は授業より得意じゃない?」
「得意じゃないさ。どっちも人よりできるだけだよ」
もちろん、トンクスに会う前のオスカーだったらこんなことは考えもつかなかったろう。けれどオスカーだっていつまでも前のオスカーでは無かった。キングズリーや先生が教えてくれないことくらいできるのだ。
嘆きのマートル。ホグワーツのゴーストの一人で女子生徒のゴーストだ。特徴は簡単でいつもは二階のトイレにいてトイレの中で大暴れして水をよく溢れさせている。残念ながら溢れさせている理由についてはオスカーの知るところではない。
「私も初めてきたけどなんかボロボロね」
「フィルチもここは直してないのか。みんな使わないから」
このマートルの出現率が高いせいでこのトイレを女子生徒は使わないらしい。そして割れた鏡、ぶら下がった扉、バキバキに割れた床のタイル、水が漏れているパイプ、これらはここがオスカーの思っている通りの場所だとオスカーに教えてくれていた。つまり人に迷惑をかけないという意味でこのトイレはおあつらえ向きだった。
「女子トイレに入るなんてオスカー初めてじゃないの?」
「そうだよ。ホグワーツに入ったその年で女子トイレに入るなんて思ってなかった。マートル? はいなさそうだけど?」
「いないんじゃない? あのゴーストって監督生のバスルームとか男子のシャワールームに覗きに行くらしいからそれで忙しいとか?」
ゴーストが覗きというのは良く分からなかったがマートルがいないのはオスカーにとって幸運だった。目撃者がいない方がやりたいことをやれるからだ。
オスカーは目で水道のパイプを追いかけた。水が出てくるための大元のパイプがあるはずなのだ。天井傍に大きなバルブが見えその下から蛇口やトイレに配管されているように見える。オスカーはこれだと思った。
「トンクス。フィルチの部屋ってどっちの方向だったっけ?」
「えーっと。広間からでて右だからあっちじゃない? 正確にはあっちの下側?」
「あのバルブに何個かおもりを付ければいいか…… 水浸しにしたあとはトンクスに頼むよ」
「いいわねえ。オスカーって真面目だから、悪だくみしたら他の奴よりずっと悪いやつよね」
「トンクスが教えたんだろ」
元栓のバルブを呼び寄せ呪文で閉められることを確認してから二人は蛇口を全てひねり。全ての便器の水を流しっぱなしにしてから排水溝をグレイシアスという氷の呪文で凍らせてマートルのトイレから出た。あのままなら小一時間もあればトイレから水があふれ出すだろう。それに放っておいてもいずれ氷は解けるから最悪の事態までは至らない。
あとはトンクスがマクゴナガル先生に変身すれば準備は万端だった。
トンクスはすでに何回かフィルチに捕まっているらしかったので入ったことがあるようだったがオスカーは初めてだった。フィルチの事務室は動かすとがたがたいいそうな古い扉の向こう側にある。その扉と周りの壁にこれでもかというくらいホグワーツの規則が張り付けられている。中からフィルチがウィーズリーに怒鳴っている声が聞こえる。
「チャールズ・ウィーズリー、罪状…… 一年生にも関わらず箒を所持して校庭・教室・廊下で暴走した……」
「校庭でしか飛んでないよ」
「うるさい。反抗的…… その他の問題児との関わりも考えられる……」
「フィルチ、マクゴナガルです」
「マクゴナガル先生?」
マクゴナガル先生の格好をしたトンクスが扉をノックすると中からガタッという音がしてあっという間にフィルチが出てくる。相変わらず髪も髭も整えておらず、ちょっと匂いそうなベストを着ている。これでは生徒に人気になるなど天地がひっくり返っても無理だろう。
「マクゴナガル先生? なにか御用でしょうか? いまちょうどマクゴナガル先生のところの……」
「フィルチ、二階のお手洗いからとんでもない勢いで水が漏れています。またピーブズが暴れたのでしょう。高笑いがお手洗いから聞こえましたからピーブズはまだ現場に……」
「またピーブズの仕業だ!! とっ捕まえてやる!!」
マクゴナガル先生から聞くなりフィルチは部屋に戻って箒を取り出しミセス・ノリスと一緒に飛び出そうとしたがトンクスが声をかけた。
「フィルチ、お待ちなさい。箒を持ったウィーズリーを捕まえましたね? 私に引き渡して貰えますか?」
「ええ。もちろん。ちょうどマクゴナガル先生の所へ行こうと思っていたところでして……」
「では私の方でウィーズリーは処罰しておきます。当然、一年にも関わらず箒で飛んでいたのですから厳罰に処します。ではお手洗いをお願いします」
「ありがとうございます!!」
フィルチは厳罰に処すというのが気に入ったのかこれほど楽しいことは無いとばかりの顔をして、そのまま二階にすっ飛んで行った。二人はフィルチとミセス・ノリスが見えなくなったのを確認してから事務室に入った。
事務室は鎖と手錠が天井からぶら下がっているし、何やら魚のような生臭い匂いが漂っていた。壁には大量のファイルが並べられていて、それぞれ生徒の名前らしきものが書かれている。擦り切れてよく読めなかったが、ジェーム……なんとかと、……ウスなんとかという生徒は恐るべき量のファイルで棚を占領していた。
「ミスター・ウィーズリー、箒は一年生は持ってはいけないとホグワーツ入学の際の手紙にしっかりと明記したはずです。その箒は自宅から持ってきたのですか?」
「マクゴナガル先生…… 僕、荷物をまとめます……」
「ウィーズリー、どういうつもりですか?」
「だって、先生、僕を退校処分になさるんでしょう? さっき、フィルチさんに厳罰にするって……」
「そうですね。ウィーズリー、ではあなたをグリフィンドール寮から退寮処分にしましょう。そうすればドロホフと仲良くできるでしょうから」
え? という顔をしたウィーズリーの前で、またトンクスはダンブルドアに変身していた時のように一回転して元の姿に戻ろうとし、またまたローブのすそを踏んづけて転びかけた。オスカーは透明のままトンクスがこけないように支えた。
「おっと…… うまくいかないわね。まあウィーズリーが面白すぎるからいけないのよ。オスカーありがとうね」
「扉を閉めてから茶番はしてくれよ」
オスカーはそう言って事務室の扉をコロポータスでくっつけ、自分の姿を見えるようにした。ウィーズリーは口を開けて二人を見ている。
「ちょっとウィーズリー、助けたんだからお礼くらい言ったらどうなのよ? オスカーといいグリフィンドール生はもっとレディファーストを徹底した方がいいわ」
「え……? あっと…… ありがとう?」
「これは燃やしといたほうがいいだろうな」
ウィーズリーの名前が書きかけの書類をオスカーは魔法で燃やした。後からフィルチは思い出してマクゴナガル先生に何か聞くかもしれないのだ。証拠は全部潰した方がいいだろう。
「やっぱオスカーの方が悪いやつよねぇ。今回のもオスカーがほとんどしてくれたみたいなものだし」
「トンクスが助けようって言ったんだろ。僕は言われて手伝っただけだ」
「二人は僕を助けてくれた?」
「そうね。少なくとも退学にはならないし、その箒も没収されないわね。私たちが没収してもいいけど」
まだウィーズリーは困惑しているようだ。いくらウィーズリーでもこれは無理もないとオスカーは思った。オスカーがウィーズリーの立場なら困惑するしかないだろうからだ。
「ねえ。ウィーズリーってオスカーのこと無視してるんでしょ? なんでそんなことしてるわけ? まあ結構悪いやつだけど。箒を持ってきてるウィーズリーも同じくらいじゃない?」
「無視? えっと…… うーん。そのあんまり僕はそういうつもりじゃなかったんだけど」
無視してただろとオスカーは言いたかった。でもオスカーが話しては話が進まない気がした。それにそんなこと言ってはトンクスの思うままな気がしたし、何より前と一緒でただの子供みたいではないか。
「そういうつもりって?」
「その。最初はママからあんまりそういう子と付き合っちゃいけないって言われてたんだ。まあ一応叔父さんの仇の息子だし…… でもグリフィンドールでルームメイトだからそれもどうかなって思ったんだけど。クラーナがあんな感じだったし…… ドロホフも何か構うなみたいな感じだったからとりあえず関わらない方がいいかなってわけなんだ」
「まあそれはそうよね。オスカーって何か僕に構ってくれるなみたいな感じだもの」
やっぱり親からそんなことを言われるのだとオスカーは思った。シラが魔法族の出身だったらどうだったろうか? 今と同じような関係だったろうか? そして構ってくれるなとはなんなのだろうか? オスカーには全然分からなかった。
「でも悪いやつじゃないってちょっと経つと分ってたんだけど。毎晩ふくろうに話かけてるし、レイブンクローのグヴィンさんとは喋るし、クラーナは他の人と喋るとドロホフの話しかしないしさ。でも……」
「でも何よ?」
「同じ部屋のベンがドロホフの事を怖がっててさ。ちょうどベンはスリザリンのスナイドにマグル生まれの事でいじめられてて、その後にドロホフが飛行訓練の時にクラーナを助けてクラスみんなに怒鳴ったもんだから……」
「え? オスカーって、ムーディにそんなことしてたわけ? 話してくれなかったじゃない」
オスカーはローガンに話かけていたことがルームメイトにばれていたのが恥ずかしかった。何を聞かれたのだろうか? ローガンに何を喋っていたのだろうかと思い返そうとした。たしかムーディ以外と喋りたいといつもローガンに漏らしてしまっていた気がした。
「ちょっとオスカー聞いてるわけ?」
「え? ああ、まあそうだよ。成り行きでだけど……」
「成り行きだったんだ? でも、ドロホフがふくろうに向かってムーディがどうとか喋ってるってベンとジェイが言ってたから僕らはてっきり……」
「てっきりなんなのよ」
「ドロホフはクラーナ以外認めてないから話さないのかなって思ってたんだ。下手しなくても二人は五年生より色んな呪文が使えるだろ。だから僕らとは違うんだぞって思ってるのかと思ってたんだ。クラーナとは授業でいっつも喋ってるからさ。あとクラーナは話すと闇祓いと家族の話以外はドロホフがドロホフでドロホフなんですみたいな感じだから……」
どうしてそうなるのだと思った。ムーディと楽しく喋っている様に見えるのだろうか? オスカーは彼女を名前で呼んだことも無いのだ。トンクスといいオスカーは他の人の考え方が分からなかった。
「へーえ、で、今はどうなわけ? オスカーって飛び出しちゃったじゃない」
「ああ、ドロホフ、あの飛ぶのどうやるんだい? 帰ってきたらあの着地の時の魔法を教えて貰いたいと思ってたんだ。クラーナを助けるときも同じ魔法使ってたじゃないか」
「は?」
「いや、ウィーズリー何言ってるの?」
トンクスとオスカーは顔を見合わせた。ウィーズリーが言っていることがさっぱり分からなかった。だがどうもウィーズリーは真剣な顔をしている。
「箒も見つかっちゃったからもう夜しか飛べないだろうし、それにずっと箒以外で飛ぶ方法が無いかなと思ってたんだ。そしたらドロホフは僕らの部屋から飛び降りたじゃないか。なんであの方法を教えてくれなかったんだ? そしたらすぐに話しかけたのに」
「いや何言ってるの?」
「だって箒で飛びたいじゃないか? 箒で飛べないならそれ以外の方法で飛びたい。そうじゃないと魔法族に生まれた意味がないよ。僕らには翼が無いんだからさ。それにもっとドラゴンの勉強とかできると思ってたのに、魔法生物飼育学は三年生からだし、闇の魔術に対する防衛術は飛べない生き物と妄想の生き物しか説明してくれない。クィディッチは一年生は出来ない。こんなの最悪だよ。飛行訓練は同じ動作しかさせてくれないし、あんなのもっと乗りたくなるだけだよ。だから乗りたくて我慢できなくなって夕方から隠してた箒に乗ったらすぐフィルチにばれたんだ」
またオスカーはトンクスと顔を見合わせた。チャールズ・ウィーズリーは変なやつだった。間違いない。というか自分の言いたいことしか言っていない。そもそもオスカーの事などどうでもいいのではないだろうか? 彼の興味は飛ぶことにしか無いのではないか?
「あんた変なやつね。オスカーが可愛く見えそうよ」
「僕が? そうかな? えっと。どうすればいいのかな。ドロホフがグリフィンドール寮に戻れるように何かすればいいとかかい? というかマクゴナガル先生とクラーナ以外はそんなにドロホフのこと嫌いじゃないと思ってるけど。表立って君の悪口を言うやつはいないからね」
「別に僕はそういうわけで……」
「はいはい。そこでストップね。ウィーズリー、他の寮生はべつにどうでもいいって感じなわけ? ムーディは滅茶苦茶怒ってるみたいなんだけど」
オスカーもウィーズリーが言うことがさっぱり分からなかった。オスカーは結構グリフィンドール寮全体に向けて啖呵を切って出てきたのだ。そんな簡単に戻れるのだろうか?
「ドロホフがやったの結構面白かったからね。五年生のバカ三人をボコボコにしちゃったし、マクゴナガル先生とも喧嘩するし、寮の窓から飛び降りるし、グリフィンドールはああいうの大好きだよ。だって面白いじゃないか。目立つし、嘘も卑怯なこともしてないから。まあグリフィンドールにもいろいろいるけどさ」
「じゃあムーディは?」
「それは僕も分からないよ。クラーナはドロホフガーって言わなくなっちゃったからね。ていうかクラーナはマクゴナガル先生に怒ってるみたいなんだよね。それもドロホフよりずっと怒ってるよ。あとなんでか知らないけど僕らにも怒ってるみたいで、最近だとクラーナの相手をするより怒ったトロールの相手をする方が楽だってみんな言ってるくらいさ」
なるほど、あのムーディの態度はオスカーだけでは無くみんなにそうらしい。もしかするとオスカーの怒りが彼女に乗り移ってしまったのかもしれない。
「で? あれなんでしょ? 二人ってムーディとオスカーと一緒で喧嘩してたんでしょ? 違ったっけ?」
二人にそう言った時のトンクス顔は完全に計画通りという顔だ。もちろんオスカーはこうなると分かっていてやったのだ。そう思う事にしていた。乗せられる方がいい時だってあるのだ。
「そうだよ」
「まあそうだよね」
ムーディがあんまり絡んでくるので忘れていたがムーディと喧嘩をする原因になったのはこのウィーズリーなのだ。そしてウィーズリーと喧嘩する原因になったのは父親だ。結局、また大人なのだ。オスカーだって、目の前のウィーズリーだって別に何かお互いにしたわけじゃないなのにこうなっていた。
「で~? どうするわけ? まあ私から見るとオスカーはスーパーお人よしお坊ちゃんだし、ウィーズリーはドラゴンと箒にしか興味無さそうだけど。あ、間違えたわね、グヴィンを挟んで三角関係なんだっけ?」
「悪かったよ」
「いきなり怒ったのがダメだったよ」
どうしてこんな事すら分からないのか? 結局、ウィーズリーと喧嘩していたのは大人のせいなのだ。そんなことトンクスと行動する前だって分かっていたはずなのだ。
「ドラゴンだっていきなり火は吹かないんだ。でも叔父さんは僕に箒を……」
「僕の父さんがしたことは知ってるよ。僕は父さんの裁判を全部見てるんだ。あいつが悪いやつだって知ってるさ。あいつの仲間もそうだ。でも僕には何も出来ない」
「そんなことないと思うけど。君はコーリーどころか兄貴より魔法ができるじゃないか」
「でも箒は上手くないし、なんでもドラゴンに例えられない。トンクスみたいに機嫌で頭の色が変わったりしない。大したこと無いよ」
「色が変わるドラゴンはまだ発見されてないんだ。南米には姿が消えるドラゴンがいるって噂があるらしいけど」
そう言うとちょっとウィーズリーは笑った。なんだか変な感じだった。ある意味ではオスカーもウィーズリーも困らせられている相手は一緒だった。
「えー。ちょっと何? いきなり仲良くなってない? ドラゴンって言えば仲良くなれるわけ? ウィーズリーがちょろいの? それともオスカー? 私も言った方がいいわけ? ドラゴン、ドラゴン、ドラドラ、ゴンゴン……」
「汽車で言ったかもしれないけど。チャーリーでいいよ。ほんとはチャールズだけど、そう呼ぶのはミュリエル大叔母さんくらいだし」
「分かった。僕もオスカーでいいよ」
オスカーが思うのは話せる人が増えただけで、随分ホグワーツが違う場所に見えるという事だ。このフィルチの汚い事務所でさえ、今は少し面白い場所に見える。だってこの部屋を見たら今日のことを絶対に思い出すだろう。フィルチの間抜けな姿やすぐにずっこけるトンクス、飛ぶことしか言わないチャーリーの姿を。
簡単な話、面白くない場所が面白くなったのだ。オスカーはやっとトンクスがどうしていつも悪戯したり、ルールを破っているのかが分かって来た気がした。
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第十五章 共通点
「あ…… オスカー、オスカー!!」
「え?」
トンクスと練習したりする魔法を選ぼうと思い、図書室で色んな本を借りて必要の部屋に戻ろうとした時、聞き覚えのある声がオスカーを後ろから呼んだ。
「やっと追いついた……」
オスカーの後ろにいたのは、はあはあと息切れしているシラだ。なにやら沢山の魔法史の本を図書室で借りたところで、同じように図書室から出ようとしているオスカーを見かけて追いかけて来たのだろう。
「君、歩くのが早すぎないかい? だいたい……」
「どうしたんだ? 重いなら持つけど」
オスカーはシラが持っていた分厚い本を彼女の手から受け取った。シラは近くにあった彫像の台座に残りの本を置いて、真剣にオスカーの顔を見ながら喋り始めた。
「オスカー。君、グリフィンドールの寮に戻ってないって聞いたんだけど」
その話かとオスカーは思った。マクゴナガル先生は結局、オスカーに加点こそしなくなったものの他に何もしなかった。他の先生はいつもと変わらない。トンクスとマクゴナガル先生の反応からして、ダンブルドア先生がマクゴナガル先生に何か言ったのだとオスカーは思っていた。
そして先生がそんな感じなのだから他の人に何か言われることは無いとオスカーは思っていたのだ。現にグリフィンドールの監督生の忠告をオスカーは聞く気が無かった。
「そうだよ。高学年のやつらと喧嘩したんだ。その後、マクゴナガル先生に怒られたから、グリフィンドール塔からトランクを持って飛び降りたんだ」
「えー!! と、飛び降りた? グリフィンドール塔ってレイブンクロー塔と同じくらいの高さが無いかい? あ、でも、そうじゃなくて、マクゴナガル先生に謝って、グリフィンドール塔に戻った方がいいよ」
シラはどうみても本気で言っていたが、オスカーはまだマクゴナガル先生と喋る気は無かった。オスカーは間違った事をした気はさらさらないのだ。だから自分から謝るなど絶対に嫌だった。まだオスカーは自分の心の中を整理できていないと思っていた。なのに謝っても何の意味もないではないか。
「嫌だ。僕はまだグリフィンドールの連中が嫌いなんだ。マクゴナガルのババアも大嫌いだ」
「ば、ババア!? オスカー、マクゴナガル先生だよ。オスカーがそんな言葉遣いするなんて……」
シラはオスカーがマクゴナガルの事で悪態をつくのが衝撃なようだった。オスカーは彼女がオスカーの事をとにかく育ちがいいとかそういう風に思っていると知っていた。本当はそんな事は無いのだ。なぜならムーディがよくよく言ってくれるようにオスカーの父親は凶悪犯罪者なのだから。
「とにかく君が言ったって僕はグリフィンドール寮に戻らないよ」
「なんで? だって、エティさんやキングズリーやペンスだって……」
「今、僕と家にいる人は関係無い。ここはホグワーツだ」
大人の事を言われるとオスカーはもっと意固地になっていると自分で感じていた。グリフィンドールの連中にも先生にも、家族の大人達に頼るのも嫌だった。だって間違った事をしていないはずなのだ。
「なんでそんなに頑固に……」
「あ、オスカー、ここにいたのね。フィルチが私達の事でコソコソしてるから、フィリバスターの長々花火をピーブズにあげて大暴れ…… おっと、お邪魔しちゃったかしら?」
それまで驚いて困惑していた顔だったシラがちょっと怒った顔になってオスカーは驚いた。あんまり彼女が怒っている顔をしているのを見たことが無かった。ホグワーツ特急でムーディと言い争っていた時くらいだろう。
「シラ、とにかく僕は寮に戻る気は……」
「オスカーは不良になっちゃったのかい?」
不良? 不良とは何なのだろうか? オスカーがあんまり聞いたことの無い言葉だった。ムーディが良く言っている死喰い人とか闇の魔法使いの卵みたいなものだろうか?
「不良って……」
「マグルのセカンダリー・スクールには一杯いるよ。大人じゃないのに、タバコを吸ったり、お酒を飲んだり、家出したり、髪を染めたりとかそういうことするんだ。あんまり評判の良くない子供の事をそう言うんだ。それでそういう子供はグループを作る」
シラはトンクスのけばけばしいショッキングピンクの髪の毛を見ながらそう言った。確かにトンクスの髪は魔法界でもほとんどあり得ない色をしていた。そしてどうにもトンクスの素行がいいかと言われれば難しいところだった。
「それトンクスの事を言ってるなら……」
「オスカーは良い家の子供なんだから。もっとちゃんとした方がいいに決まってるよ。勉強だって出来るんだから普通にグリフィンドールで友達を作って、マクゴナガル先生と仲直りすればいいじゃないか」
「それは無理な相談ね。マグル生まれとちびっこ闇祓いがもたもたしてるから、私の方がオスカーと仲良くなっちゃったもの」
オスカーはトンクスが変に笑っているのを見て、また悪戯でもしようとしていると思った。トンクスはそもそもお父さんがマグル生まれなのだからシラの事をマグル生まれなんて言う人間では無いのだ。
「君、ハッフルパフのニンファドーラ・トンクスだろ。いつも罰則を受けてるし、授業に遅れてきたり、授業の準備を忘れたり、先生のいう事を聞かなかったり、評判が良くないよ。君もお父さんやお母さんが……」
「シラ、トンクスの事を……」
「オスカー、私は君のために言ってるんだよ。オスカーはちゃんと勉強しているのに、ムーディみたいに変ないちゃもんとかつけてくるやつがいるじゃないか。なのにそれに加えてそんな娘と一緒にいてどうするんだ。自分でそうだって言っているようなものだよ」
オスカーはどうすればいいのか分からなかった。シラは間違いなくオスカーの味方だったし、どうにもならない時に助けてくれたのはトンクスだった。彼女にトンクスの悪口を言って欲しくないのだ。
「だってオスカーはそうだもの。だいたいマグル生まれの想像する不良なんて優しいものじゃないわ」
「違う。君はオスカーのことなんて知らないじゃないか。オスカーの家は大きくて……」
「オスカーは優しいから言わないだけだけど、私はそうじゃないわ。言っとくけど、オスカーのお父さんが誰か知らないでしょう? あのねえ、死喰い人にも格っていうのがあるのよ。スリザリンには死喰い人の子供だとか言って集まってるやつらもいるけど、あんなのお遊びなんだから。オスカーのお父さんや私の叔父さんや叔母さんの方がずっと有名なのよ」
一体何をトンクスが言い始めたのかと思ってオスカーは目を剥いた。トンクスはドジなことばっかりやるけれどもオスカーから見たって凄く柔らかい考えをできる人間なのだ。どう考えたってふざけているのか何か理由があってこんなことを言っているのだ。
「トンクス、何言ってるんだ」
「私は前の戦争の資料や新聞はたくさん読んだけどトンクスなんて名前は……」
「教えてあげるわ。私のお母さんの元の名字はブラックって言うのよ。お母さんの従兄弟はシリウス・ブラック、お姉さんはベラトリックス・レストレンジ、その夫と兄弟はロドルファスとラバスタン・レストレンジ、全員、オスカーのお父さんと同じアズカバンの特別管理下の死喰い人よ。マグル生まれでも分かるんじゃない? 頭でっかちだからたくさん本を読んだんでしょ?」
トンクスが死喰い人なんて天地がひっくり返ってもオスカーはありえないと思うのだ。こんなドジばかりする女の子が死喰い人になれるなら、マグル生まれの方がよっぽどなれるだろう。でもシラはトンクスが言った名前を聞くとちょっと顔が青くなった。
「頭でっかちなマグル生まれでも分かったみたいね。私達をリーダーにしてもっと私達みたいなのを集めて……」
「だからってオスカーが君と一緒にいる理由にならない。君がハッフルパフらしくない不良で死喰い人の親戚だからってオスカーとは関係ないよ。ほら言ったじゃないか。オスカー、こんな女の子と付き合ってたらダメだ。オスカーまで影響されてる。とにかく、この子みたいな不良と付き合うのはやめて、マクゴナガル先生に謝ってグリフィンドール寮に戻って」
二人ともオスカーが言っていることも聞かずに喧嘩してなんなんだとオスカーは思った。グリフィンドール寮の連中と違って二人はもっとオスカーの話を聞いてくれると思っていたのだ。
「トンクス、シラは頭でっかちじゃないし、マグル生まれとか言わなくていいだろ。シラ、トンクスは不良じゃないし、僕らは死喰い人の家族だから一緒にいるわけじゃ無い」
「オスカー、君、その娘の味方をするのかい?」
「このまま君がトンクスを不良だとかそういう言い方や決めつけをするならそうだ」
「は……? ちょ、ちょっとオスカー」
「私が言っても聞かないし、マクゴナガル先生にも謝らないし、でもその娘のいう事は聞くって言うのかい?」
ちょっとシラが涙目になっているのでオスカーは動揺した。こんな風に喧嘩しそうになったことは無かった。でも、オスカーはマクゴナガル先生に謝る気は無かったし、トンクスと喧嘩して欲しくなかったし、決めつけて欲しくなかった。
「僕はマクゴナガルに謝らない。君が言ってもそうだ。それにその娘じゃなくてトンクスだ」
「苗字で呼んでいるくらいにしか仲良くないんじゃないか」
「トンクスはニンファドーラって呼ばれたくないからそう呼んでるだけだ」
「私のいう事は聞けないし、その娘のいう事は聞くって言うんだ。そうか、分かったよ」
「ちょ、ちょっと、オスカー、謝った方がいいわよ」
シラはそう言うなりオスカーの手元から彼女が図書館から借りた本を乱暴に奪い取った。彼女はかなり敵意のある目でオスカーを見て、もっとキツイ目つきでトンクスの方を睨んだ。
「いいよ。君がそうしたいって言うならそうしたらいいじゃないか。でも、今日の事とか、君やそこのトンクスの事は全部、エティさんやキングズリーに相談する」
「え!? 僕の事だ。僕の家族は関係無い……」
「オスカーは不良だし私の話を聞かないじゃないか。じゃあ君の家族に怒って貰えばいいよ。私の話は聞かないでその娘の話は聞くんだから、大人に言って貰う。キングズリーは闇祓いだ。死喰い人の親戚とかそんなの関係無い。私は君にちゃんと言ったよ。先生に謝って、寮に戻って、不良と付き合っちゃダメだって。聞いてくれないなら、エティさんかキングズリーに言って怒って貰うだけだ」
そのまま彼女は行ってしまった。オスカーはどうすればいいのか分からなかった。マクゴナガル先生と喧嘩するのはいいのだ。だって彼女が言っていることはおかしいのだから。でも、母親やキングズリーが出てきたらオスカーはどうすればいいのか分からなかった。
「オスカー、追いかけて謝った方がいいわよ」
「いいよ。部屋に戻る」
そのままオスカーは一直線に必要の部屋に戻った。部屋に戻ろうとするとトンクスはついて来て、部屋に戻る間、レイブンクロー寮に行ってシラに謝った方がいいだとか、ローガンに手紙を持たせて彼女に謝った方がいいとか、自分が彼女とオスカーの間を取りもつので今から行こうとかそういう事を言った。でも、オスカーは自分でもどうしたいのかまだ分からなかった。
必要の部屋に戻り、いつもオスカーが使っている二段ベッドに下の段にオスカーは潜り込んで冷静になろうとした。トンクスは部屋に入ってからは喋らず、上の段に引っ込んだみたいだった。
しばらくたってもオスカーはどうすればいいのか分からなかった。シラと喧嘩してしまった。彼女と仲直りしたかった。でもマクゴナガル先生に謝るのは嫌だった。彼女にトンクスの事を悪くいって欲しくなかった。どうすればいいのだろうか?
「ねえ。なんで私をかばったの?」
全く喋らなかったトンクスが二段ベッドの上から顔を出してオスカーに聞いた。オスカーは自分がやっていることがホグワーツに入ってから一つも上手くいっている気がしなかったが、少なくともシラとトンクスに間違った事を言ったと思っていなかった。
「そうしたらダメだったのか?」
「だって、オスカーはあの娘の事凄く好きじゃない? いっつも他の子のこと話すときは楽しそうじゃないけど、あの娘の時は楽しそうだもの。それに私、変なこと言ってたでしょ」
そう見えるのだろうか? でも、そう見えてもオスカーはおかしく無いと思った。だって彼女は初めてできた友達だったし、家族以外で初めて会話できる人だったのだ。トンクスはまだベッドから顔を出してこっちを見ていた。
「だからだよ。シラにトンクスの悪口を言って欲しくない。トンクスは不良じゃないし、トンクスの髪は染めてるわけじゃ無い。トンクスがおかしなこと言ってても、シラは最初から決めつけてトンクスに結局謝らなかったし…… だいたい一緒にいて僕が悪い人間になるわけない。もしそうなら僕が元々悪い人間なんだ」
そうもしシラから見てオスカーが不良に見えるのなら、それは彼女のせいでは無くて、オスカーが不良なのだ。マクゴナガル先生と喧嘩したのはオスカーだし、寮から飛び出したのもオスカーなのだから。
トンクスはオスカーの言った事を聞くなりベッドから降りようとして足を滑らせはしご全部にお尻をぶつけながら落ちた。こんな女の子が死喰い人になれるわけが無い。オスカーはそう知っていた。
「痛った…… なんでいつもこうなるのかしら…… ちょっと失礼するわ」
「おい、スリッパのまま…… まあいいけど」
打ったおしりを手でこすって痛みを誤魔化そうとしながらトンクスはそのままオスカーのベッドに入って来た。それも何故かスリッパを履いたままだ。上のベッドにもスリッパを履いたまま入っていたのだろうか?
「ちょっとやりすぎちゃった。そろそろオスカーは寮に戻った方がいいわ」
「トンクスもそう言うのかよ」
「あのね。オスカーは絶対にあの娘の事の味方をすると思ってたのよ。そしたらしょうがなくでもマクゴナガル先生に謝るのかなって思ってたんだけど。ちょっとあの娘にもオスカーにも悪いことしたわ」
シラにもトンクスにもそう言われるという事は、やっぱりマクゴナガル先生に謝って、グリフィンドール寮に戻った方がいいのだろう。トンクスの髪の毛の色がいつも見るショッキングピンクや紫では無くほとんど真っ赤なのがオスカーは気になった。
「トンクスが死喰い人になれるならスリザリン生はみんな死喰い人になってる。だからどうせふざけてるんだと思ったんだけど」
「ふざけては無かったわ。そういう事言ったらあの娘がもっと真剣になると思ったの。そうしたらオスカーはクソ真面目だからあの娘のいう事を真に受けてグリフィンドール寮に帰るのかなって」
オスカーはやっぱりそういう事なのだと思った。自分ほどでは無かったが、トンクスはトンクスでドジでどうにも素直でないところがあった。だから一緒にいてくれているのだ。トンクスがあんまり近くに座ってくるので彼女の髪から甘いお菓子みたいな香りがするとオスカーは思った。
「だから…… そのごめんね。仲直りするの手伝うわ」
「いいよ。どうせ友達が二人…… 三人から二人になっただけだし。僕がマクゴナガルに怒られればいいんだ」
「あ…… 友達…… マクゴナガル先生に謝るわけ?」
「母さんに連絡が行くくらいなら謝った方がマシだ。もうとっくに連絡されてるのかもしれないけど。母さんに心配かけてシラと喧嘩したのを僕がどうにか出来るなら、マクゴナガルに謝ったって、グリフィンドールの連中の所に戻ったっていいよ」
かなり本気でオスカーはそう思った。シラと喧嘩したり、彼女がトンクスの悪口を言ったり、母親に心配をかけるくらいなら自分が嫌な思いを飲み込んだ方がよっぽどましだった。
「ふーん。そう。じゃあいいわよ。手伝うわ。でもお腹減ったわね。オスカーがずーっと何にも言わないもんだからもうお昼ご飯の時間すぎちゃったわ。厨房にいかない?」
「もう午後なんだ。ペンスがいればどこでも何か食べれる……」
「お呼びですか? オスカーお坊ちゃま?」
バチッという音がして二人がいるベッドの前に屋敷しもべが現れた。ホグワーツにいる屋敷しもべと違ってちゃんとした服を着ているように見える。ペンスはオスカーに向かって完璧なお辞儀をして見せた。
「ちょっと…… この子、オスカーのお家の屋敷しもべ?」
「そうでございます。オスカーお坊ちゃまのご学友であらせられますか?」
「ああ、ペンス、ニンファドーラ・トンクスって言って、僕の友達っていうか……」
「ではニンファドーラお嬢様、オスカーお坊ちゃま、僭越ながら少しこのお部屋は散らかっているようですし、ベッドのシーツやカバーも洗う必要がございます。それにお腹は減ってらっしゃいませんか?」
その間にもペンスはオスカーとトンクスが使っていた必要の部屋に目を走らせ、バチッバチッっと指を鳴らし、枕やシーツを消したり、色んな場所をピカピカにしたりしている。
「あ、お腹空いてるわ、ちょうどオスカーとその話をしてたところだったの」
「では、お屋敷に参りましょう。その間にペンスめがこの部屋を綺麗にさせていただきます」
オスカーが喋ろうとしたときにはもうペンスが二人の近くまで来てオスカーの手に触れていた。
「ニンファドーラお嬢様、オスカーお坊ちゃまと手をつないでいただけますか?」
「え、わ、わかったけど……」
トンクスがオスカーのもう片方の手を持つとバチッという音がして、いつの間にかオスカーは闇の中にいた。四方八方からぎゅうぎゅうと空間そのものがオスカーを押さえつけてくる。鼓膜がどんどん体の中に押し込められている気がする、けれどこの感覚をオスカーは知っていた。姿くらましだ。
気づくとオスカーはパチパチと火の爆ぜる音がする暖炉の前、黒いピカピカの大理石の上に置いてあるソファーに座っていた。トンクスがまだ思いっきりオスカーの手を握っていて痛いくらいだったが、初めて姿くらましをしたのなら仕方ないとオスカーは思った。
ここはオスカーの家だ。巨大なタペストリーが壁にかかり、動物の毛皮と豪奢な絨毯が大理石の床にひかれている。テーブルの上ではサモワールというお茶を入れる時に使う巨大なポットが湯気を上げている。
「ここどこ? 私達、必要の部屋にいたはずよね?」
「僕の家だ。ホグワーツでは姿くらましが使えないって言われたのに……」
「ここオスカーの家なの? へぇ~ すっごい大きな部屋ね。教室より大きいじゃない」
オスカーはトンクスに手を離して欲しかったが、離して欲しいとまでは言えなかった。そしてどうも母親がいるのかどうかが気になった。御飯を家で食べるだけならいいのだが、今の状況でいきなり母親に会って何を喋ればいいのだろうか? それに名字の話もしないといけないかもしれない。
またバチッと音がしてテーブルの上に料理が並び始めた。どれも熱々に見えるし、やっぱりオスカーがホグワーツの料理にあまりなじめない理由がここにあった。オスカーの家で出てくる料理はホグワーツの料理と少し違うのだ。そしてオスカーはこの家で育ったのでこの料理の方が好きだった。
「すご…… ホグワーツみたい。ほんとにお坊ちゃまなのね」
シラを初めて家に連れて来た時とトンクスはそんなに変わらなかった。魔法を知っているか知っていないかくらいしか違わないだろう。この反応を見るとやっぱりオスカーは自分がお坊ちゃまなのだと分からざるを得なかった。
「女の子とご飯を食べに来たって聞いたけど、シラちゃんじゃないじゃない…… なんてお名前?」
「え? あ、私、ニンファドーラ・トンクスって言います。えーとハッフルパフで、オスカーとは友達で…… あ、ちょ、ちょっとこの手は……」
「ペンスの姿くらましで連れて来たから手を繋がないといけなかった」
いきなりソファーの後ろから母親が話しかけてきて、オスカーとトンクスはちょっと飛び上がりそうになった。トンクスは喋っている途中でやっと手に気づいてパッと離したが驚いているのか何なのか髪の毛がマグルの信号機みたいに点滅していた。
「トンクス? トンクスって…… もしかしてブラック家にいた三姉妹の一人がお母さん?」
「あ、そうです。私のママはアンドロメダって言って、真ん中なんですけど」
「やっぱり。結構有名ですよ。あなたのお母さん。当時結構衝撃だったの。ブラック家の令嬢がマグル生まれの男性と電撃で駆け落ちですから。社交界なんてもうそのころ廃れていたけどそれでも色んな人が話してました。それにあなた、七変化なのね。オスカー、面白い子と仲良くなれたのね」
母親はいつもの通りにオスカーには見えた。オスカーは果たしてグリフィンドール寮の話がどれくらい母親に伝わっているのか分からなかった。オスカーはローガンを家に帰してからはシャックルボルト邸からくるワシミミズクに手紙を持たせることくらいしか家に便りを送っていなかった。
「でも、知らなかったわ。オスカーの手紙にはシラちゃんっていう名前のこの近くに住んでいる女の子の名前しか出てこないの。最初のころにムーディさんの名前が出てきたくらいで、他のお友達の名前が出てこないし、最近手紙を送ってくれないの。反抗期?」
「あ、私、オスカーと仲良くなったのは最近なんです。ちょうど一か月くらい? よね? オスカー?」
「そうだけど……」
「あと、オスカーは別に嘘ついてないっていうか。私と話してもグヴィンとお母さんと屋敷しもべの話ばっかりするし……」
相変わらずトンクスは大人に物怖じしなかった。オスカーはなんとなくトンクスは母親と問題無くやれるのではないかと思っていた。むしろオスカーより相性が良いのかもしれない。
「オスカー、あなた女の子の前で他の女の子の話ばかりするの? もっと面白い話を出来るようにならないとみんなに愛想つかされてしまうわ」
「あ、大丈夫です。なんかすごいオスカーのお家ってセレブで他の人と違うから何聞いても面白いし、それにオスカーって凄い出来るから話が合うんです。その、授業とかつまらないなっていうか…… そういう……」
そう言うと母親はワッハッハとばかりに大声で笑った。どうも相当トンクスの事が気に入ったのだとオスカーは思った。オスカーはあんまり気を許していない人の前で母親が大声で笑わないと知っていた。一応、はしたないとのことらしい。ミリベスはこの笑い声を聞くとちょっとムッとするのだ。子供だったころはミリベスに大声で笑うと怒られたらしい。
トンクスは笑い声の大きさにびっくりしたのかオスカーの方を見て来た。オスカーは一応問題無いと顔を振った。
「ワッハッハ…… 正直ね。あなた。まあしょうがないわね。ブラック家って言ったら美形だし、学校の勉強は嫌になるほどできる一族って相場が決まっているの。嫌だったら言ってくれていいけど。あなた間違いなくお母さんの子供ね」
「え。でもママは授業が面倒くさいって書いたら吠えメールを送ってきて……」
「それはトンクスがカエルの胆を送ったからだろ」
「オスカー、どうして苗字で呼ぶの?」
「それは私が呼んで欲しいって言ってるからなんです。えーっと、とにかくママと私は別に似てないっていうか」
オスカーは自分がマクゴナガル先生やムーディがあんまり得意でない原因は母親のせいかもしれないと思っていた。この母親は例の二人と同じように結構胆力があったのだ。
「いいえ。絶対似てますよ。ちょっと違うかもしれないけど。ブラックの家の人はみんなスリザリンに組み分けされて、すごくプライドが高くて、実際勉強も杖も出来て、家族が大事な人ばかり。あなたもそうじゃない?」
「うーん、そうかしら。プライド? とかよく分からないけど」
「トンクスは勉強できるじゃないか」
「でも、オスカーとムーディの方が出来るじゃない」
そう簡単に納得しないし普通に言い返すのもトンクスとシラが違うところだった。シラならもっと母親相手だとはーい。という感じだろう。彼女はもしかしたら自分の母親以上にオスカーの母親を頼りにしているふしがあるくらいなのだ。でもトンクスは違うだろう。
「良かったわねオスカー、女の子に褒めてもらえるなんて。時代が時代ならブラック家のご令嬢と仲良くなんてすごく噂になるのよ。あ、ご飯を食べましょう。ペンスに怒られてしまうから」
「あ、食べてもいいんですか? じゃあいただきまーす」
「いただきます」
オスカーはホグワーツに入って初めて分かったのだが、オスカーの家で出るのはイギリスの料理というより、ロシアや北欧の方の料理らしく、良くてもスコットランドの地方料理なのだ。それにちょっと地中海、イタリアやスペイン、チュニジアといった場所の料理が出ていて、イングランドの料理というのはあんまり出てこない。だからオスカーはトンクスの口に合うのか心配だった。
シラは何を食べても美味しいしか言わない節があり、食べることが好きだし、食べ物で遊ぶのがかなり嫌いな人だった。だからハエ型ヌガーとかは嫌いなのだ。でもトンクスはなんでもはっきり言うタイプだし、そういう冗談も通じるタイプだ。だからどうだろうか?
「これ美味しい。あ、美味しいです。食べたことない料理ばっかりだし…… ポットもなんか大きいのね」
「いいのよ。うちの屋敷しもべが作ったもので私が作ってるわけじゃないから」
「ポットはサモワールって言ってお茶を飲むのに使うんだ。なんでこんなに大きいのかは知らないけど」
トンクスには好評でオスカーはちょっと安心した。オスカーはトンクスと自分の家族が仲良くして欲しかった。シラと同じように喧嘩したらどうしようかと思っていたのだ。
「オスカーがあんまりホグワーツの料理が好きじゃないのってこういう事なのね。だってホグワーツの料理と全然違うじゃない」
「あら。オスカーはホグワーツの料理嫌い?」
「そんなことトンクスに言ったことないけど」
「え? 好きじゃないでしょ? 分かるもの。オスカーのお家からのお菓子とかお茶を飲んでるときの顔と厨房から貰って来た料理を食べてる時の顔は違うじゃない?」
オスカーはトンクスが開心術を使えるのかと思った。あんまりオスカーは誰かに文句を言いたくないのでそんなこと言ったことは無かった。それに厨房から料理を貰ってくるのはトンクスのお気に入りの行動だったし、それに嫌なことを言いたく無かったのだ。
「本当にいいお友達ね。ニンファドーラって呼んではいけないのね?」
「え? うーん。別にオスカーのママならいいかなって」
「じゃあニンファドーラ。オスカーのことよろしくね。この子、お父さんと一緒で表情が分かりにくいし、あんまり喋らないでしょう? これ、図星の顔なのよ」
「じゃあ変身できるくらい顔見ちゃおうかしら?」
そう言うとトンクスはオスカーの顔に変身した。オスカーはどうすればいいのか分からなかった。母親とトンクスに馬鹿にされている気もしたし、そうでもない気もしたのだ。
「オスカー? 怒らないの? いつも怒るでしょ?」
「怒らないよ」
「お母さんの言うことは聞くんだ。へえ~」
オスカーは自分に言い聞かせた。分が悪すぎる。母親とトンクスでは何を言ってもさっきの流れになるに決まっている。自分は勝てないのだ。オスカーは諦めてご飯を食べることにした。久しぶりに食べるペンスの料理は美味しかった。母親とトンクスと一緒なのはオスカーが考えうる中でほとんど最高の状況だ。シラと喧嘩していて、母親とトンクスに馬鹿にされていなければだが。
そのあとはどうも波長が合うらしい二人の会話をかわしたり我慢したり料理に舌鼓を打ったりしている間にご飯が終わって暖炉の前でお茶を飲む時間になった。母親はどこかの部屋に引っ込んだみたいでオスカーはちょっと安心した。トンクスと母親が一緒ではオスカーの勝率はゼロパーセントなのだ。
「オスカーのママって良い人ね。私のママになってくれないかしら?」
「トンクスにはお母さんがいるだろ。まあうちの家は広いからもしトンクスが家族と喧嘩したら来ればいいよ」
「へぇ、来てもいいわけ? 居着いちゃうかもしれないわよ? グヴィンが怒っちゃうかも?」
「シラはトンクスがいても怒らないよ。この家はほんとに広いし」
どうしてオスカーにはトンクスとシラが喧嘩してしまうのか分からなかった。オスカーからすれば二人とも良い人だったし、ホグワーツでは一番大切な人なのだ。
「でもあの娘は怒ってたじゃない。私のこと嫌いみたいだったし」
「シラはマグル生まれなんだ。だからあんまりトンクスの髪色に慣れてないから……」
「私は不良だもの。まあそうよね。授業サボったこともあるし、遅刻もしたことあるし、宿題もつまんなくてサボったことあるし、罰則も受けたことあるし、悪い男の子と寮の外で泊ったわ」
困ってしまうのでそんなことを言わないで欲しかった。どちらかの事を言えばどちらかは嫌な目にあうなんてどうすればいいのだろうか? オスカーの友達は少ないのにどうしてそうなるのだろう?
「トンクス、シラはマグル生まれなんだ。だからシラにはシラのルールがあるんだ。魔法族の僕には馬鹿みたいなルールだけど。シラは十年とかそのルールの中にいたんだ」
「そうよね。オスカーはあの娘にはそういうこと出来るのよね」
「トンクスにだってそうするよ」
オスカーはまた言わされたと思ったのだが彼女は珍しく何も言ってこなかった。オスカーはちょっと不思議だった。言わされたと思う時にトンクスがニヤッと笑ったりしない条件は何なのだろうか?
「あー…… あのねそうじゃなくて……」
「二人とも午後の授業は?」
「一年生は午後の授業無いよ。防衛術の先生が何かちょっと家に戻るとかで来週まで休みなんだ」
また母親が戻って来た。何か紙を持って来て、オスカーの前に置いたようだ。オスカーはちょっと嫌な予感がした。この家で紙を見て思いだすのは少し前にキングズリーが広げていた権利書の類だったからだ。
「ニンファドーラには関係の無い話で申し訳ないけれど。オスカー、ここにあなたの名前を書いてくれる?」
「名前? なんで?」
「ご飯食べさせてもらったし、静かにしまーす。だけどこれって何? オスカー?」
沢山の文言が書いてあって、しかも何だか表現が難しくて読みにくいが、どうもこれはシャックルボルト邸のお金とか、土地とか、そういうモノの扱いについて書いてあるように見える。それに一番下にある名前は、ミリベスの言う所の先代様、つまりオスカーの祖父の名前だった。
「これはね、まず、私のお父さんは私に全部渡していなくなるつもりだったんだけど、私が出て行ったからとりあえず唯一残っている甥に渡したのね。けど、いなくなる前にあなたが出来たから、この紙を作ったみたい。だからここに名前を書いて欲しいという事」
「母さんが名字を戻したのは? これに関係ある?」
「え? オスカーってもしかして今はドロホフじゃないわけ? あ、聞いちゃダメだった?」
「大丈夫よ。まあ理由はね…… 面倒くさいでしょう? こういう書類を作ったり申請するのがだけれど。だからいったん戻したんだけど。もちろんあなたは元のままだし、別に名前なんて自分のしたい方にすればいいんだから」
「したい方?」
「へー、お得じゃない。私もブラックって名乗った方がいいかしら? そしたら多分ママは爆発するわね」
キングズリーに聞いた時は随分深刻な話だった気がしたのに、隣でトンクスが気の抜けた事を言っていると、なんだかオスカーはおかしな気分になりそうだった。一人でいるのと誰かといるのとではこんなに違うモノなのだろうか? それともあの時のオスカーがおかしかったのだろうか?
「名前書くとどうなるの?」
「とりあえず、キングズリーに子供ができなければあのお屋敷と一式があなたのものになるという事。出来ても半分はあなたのものになるという事。それだけね。書かなくてもキングズリーが指定しなければそうなるんだけど」
「じゃあ一緒だ」
「そうでもないわね。書くと今もあなたに権利が生まれるから、ドネやティロはあなたのいう事を本当に聞くことになるから」
「凄い話しててわけわかんなくなってきたわ」
オスカーはとりあえず名前を書いた。別にドネやティロは嫌いでは無いし、もしドネやティロがペンスみたいに取られてしまうとか、傷つけられるのであれば、その時にオスカーの名前なんだったら、オスカーが嫌だと言えるはずだ。オスカーはそう思っていた。
「ありがとうねオスカー。あなたのお祖父さんも喜んでいると思うわ。じゃあ後はちゃんと二人ともホグワーツに帰ってね。まだ冬休みには早いでしょう? ホグワーツにいる時間は今は長いかもしれないけれど。本当は短い時間しか無いのだから」
「本当は短い?」
「たしかにそうかも。私達はダンブルドア先生みたいにずっといるわけじゃ無いし」
ホグワーツにいる時間が短い、そうなのかもしれない。オスカーだってもう十二歳だし、七年なんていうのはあっと言う間だろう。母親や父親みたいな大人はホグワーツで過ごした時間より、外で過ごした時間の方がずっと長いのだ。
「オスカーお坊ちゃま、お帰りになられますか?」
「うん。戻るよ。今度はクリスマスに戻ると思う」
「よーし、いいこと覚えたわ。最悪、オスカーに頼めばいつでもご飯を出してもらえるって事だもの」
「じゃあ行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「行ってきまーす」
気づくと二人はまた必要の部屋にいた。ペンスは二人に一礼して消えた。必要の部屋の中はさっき出た時よりずっと綺麗に整理整頓されていて、布団や服もふかふかになっていそうだった。ソファーに座ってオスカーはどうするか考えようと思った。マクゴナガル先生に謝ればシラと仲直り出来るだろうか?
「じゃあ、グヴィンとオスカーの仲直り計画を立てればいいんでしょ? しょーじき、私はまだあんまり気に入らないんだけどね」
「それがどうにか出来ないならシラと会っても上手くいかないだろ」
「だって…… うーん…… 私、あいつの事好きじゃないもの。ムーディの方がずっと好きよ。ドラゴン馬鹿ですら何も考えてないだけマシだし」
さっぱりオスカーにはトンクスの感性や考えが分からなかった。だってトンクスは父親がマグル生まれだし同じ女の子だしでむしろシラの気持ちがオスカーより分かるのでは無いかと思ったのだ。
「なんでそんな気に入らないんだよ」
「向こうも同じだと思うけどね。それに別に私とグヴィンが喧嘩してても、オスカーとグヴィンは仲直り出来るでしょ? それよりムーディの方がグヴィンより……」
二人は思わず扉の方を見た。さっき二人が逃げるように帰って来た時には入ってすぐに消えた扉が現れている。そしてどう聞いてもノックする音がした。そしてそのまま扉が開いて三人入って来た。
「え? どういうこと?」
「誰だ?」
「本当にここでしたか。チャーリーが冗談を言っているのかと思いましたよ」
「凄い部屋…… ベッドもあるし……」
「オスカー、トンクス、えーっと…… そう、裏切ったわけじゃ無いんだけど……」
ムーディ、シラ、チャーリーが入って来た。ムーディは明らかにオスカーが見たことないほど怒っている。目を見れば分かる。さっきのシラより怒っているように見える。シラは何か戸惑っていて、チャーリーは罰が悪そうだ。
「オスカー・ドロホフ、私と決闘しなさい。私が勝ったら、下らない事をやめてグリフィンドール寮に戻りなさい」
「なんなんだ。いきなり入って来て」
「そうよ。ていうか何? 何の用なわけ?」
もうあからさまにムーディはオスカーに杖を向けていた。そしてオスカーは反射的に自分も杖を出した。なんとなく分かるのだ、あの三人から杖を向けられたのとこれは意味が違う。体も年齢も三人よりずっと小さいはずなのに、オスカーの体と頭のどこかがその時よりずっと危険だと告げていた。オスカーはこんな風な敵意を誰かから向けられた事は無かった。
「死喰い人の息子、私より弱いんですから、下らない事はやめて、寮に帰れと言っているんです。監督生や寮監がやらないなら私がやりますよ。ボコボコにして寮に連れ帰ってやるって言ってるんです」
「チビの闇払いもどきのくせになんなんだ。お前がしたいって言うならやってやる、けど泣いて謝るのはお前の方だ」
「この部屋は望む部屋になるんでしょう? じゃあ私たちが決闘を望むのなら決闘場が現れるんじゃないですか? ほら」
また新しい扉が壁に浮き上がった。あの先は決闘場なのだろう。この部屋は部屋にいる人間の望む通りに変化するのだ。だからオスカーとムーディが望んだ時点で部屋が現れる。
「チャーリーがチクったわけ?」
「僕は話し合いをするのかなって思ったんだけどさ」
「ムーディ、いくらなんでもまた決闘は無いんじゃないのかなって……」
「怖気づいたんですか? いいですか、私はこいつらなんて全く怖くありませんよ。私はやると言ったらやります。何もしないで見ているだけなんてホグワーツに入るまでで十分なんです」
ムーディが一体何に怒っているのかオスカーには分からなかったが、少なくとも言う通りにしてやる義理など無いのだ。そもそも最初からこの女の子が気に入らなかったし、いつもいつもオスカーの邪魔ばかりしてくるのだ。そして心無い事ばかり言ってくる。今もそうだ、何とオスカーに言ったのか? そう、死喰い人の息子だ。
「これは正式な決闘を申し込んでいるんです。グヴィン、あなたが私に話したんですから、介添人をして下さい。ドロホフ、あなたも介添人を選んでください。まあトンクスなんでしょうね」
「介添人って……」
「介添人っていうのは魔法族の正式な決闘で、決闘者が死んじゃったら代わりに決闘する人のことだよ」
「いいわよ。なんなら別の場所でグヴィンと……」
「ふざけるな!! なんの権利があってシラとトンクスを巻き込むんだ!!」
一瞬でオスカーは頭に血が上ったことが分かった。このムーディはよりにもよって、シラとトンクスを決闘に巻き込もうと言うのだ。一体全体、何の権利があってそんな事を言っているのだろう? オスカーの大声でムーディ以外はビックリしているようだがムーディの顔色は全く変わらない。
「そうですか、いいですよ。けれどこれは正式な決闘です。私が勝ったらあなたはグリフィンドール寮に戻るんです。従いますか?」
「いいさ、僕が勝ったら二度と僕に話かけるな」
「ちょ、ちょっとオスカーそんなのムーディが……」
「いいでしょう。ならもうあなたたちはこっちにいてください。ドロホフはあなたたちが大事みたいですからね。見られて気が散ったと負け惜しみを言われるのは我慢できません」
あちゃーという感じでトンクスは頭を抱えているが、オスカの頭の中は怒りで一杯だった。あの三人に対してより怒っていた。だってシラとトンクスはオスカーがホグワーツで一番大切なのだ。なのにこの女の子は二人を傷つけようというのだ。あり得なかった。
ムーディについてオスカーは隣の部屋に入った。扉が閉まって他の三人の姿が見えなくなった。本当にその部屋は決闘場になっていて、闇の魔術に対する防衛術の授業をする部屋に置いてあるモノが隅に並べられ、真ん中は盛り上がったステージになっている。
ステージにムーディは無言で上がりオスカーの方を見てくる。
「もう一度言います。私が勝ったらあなたがグリフィンドール寮に戻ります。杖に誓ってください」
「いいさ。僕が負けたら僕はグリフィンドール寮に戻る。お前が負けたら……」
「私はあなたと二度と喋りません。誓いましょう」
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第十六章 魔法族の決闘
魔法族の決闘とは1717年に死の呪文が禁止されるまでお互いの命を奪う可能性が高い行為だった。もちろん、その法律があったとしてもお互いに死ぬ可能性がある行為なのだ。
「お辞儀ですよ。ドロホフ」
ムーディがそう言ってステージの向こう側で頭を下げた、オスカーも頭を下げる。決闘において戦う相手に礼を示すとはこれから全力で相手を打ちのめすと宣言するに等しかった。
お互いに杖をあげる。オスカーは決闘などしたことは無かった。杖を人に振ったことなどファッジ達くらいしか無い。そして恐らくムーディはファッジや他の上級生と比べものにならないはずだ。
杖を構えて相手を見る。オスカーはいつもムーディの身長をあげつらっていたが、こうして相手にすると小さいというのは脅威でしかなかった。ムーディとオスカーでは的の大きさとして二倍は違うだろう。
先にムーディの杖が振られた。一振りで赤い光線が飛び出てオスカーの胸を正確に狙い撃つ。落ち着いて盾の呪文で弾き飛ばす……!?
オスカーは盾の呪文を展開し終わると同時に横に飛んだ。ムーディは一度目の光線を振り出した返しに杖を二度振り、不可視の衝撃でオスカーの足を打ち抜こうとしたのだ。
「失神呪文と衝撃呪文……」
「盾の呪文をやめて避けましたね。キングズリー・シャックルボルトに習ったんですか?」
「習ってない。ヤバイと思ったんだ」
オスカーは全くもって決闘のやり方など知らなかった。呪文は無言で使える。キングズリーから習ったからだ。でも決闘のやり方は教えてもらっていない。だが変身術や魔法薬学と一緒だ。何かの為に魔法を使うのには技術がいるのだ。
ムーディが動かない間にオスカーはムーディの体勢を真似した。相手に片方の足を向け、もう片方は後ろにする。相手に体の正面を向けるのと横を向けるのとでは呪文があたる面積が違う。ムーディの体勢は合理的だ。彼女には明らかに決闘の技術があるのだ。
「流石死喰い人の子供ですよね。魔法もそうですけどセンスがずば抜けてますよ。あなた」
余裕という感じの発言、だがムーディの目はオスカーが少しでもどこかを動かすとそれを追いかけている。オスカーはさっきのムーディの動きを思い出した。さっきはオスカーの胸目掛けて魔法を撃ち、動きが止まって魔法が解けるタイミングかつ魔法の範囲外の可能性がある足を撃とうとしたのだ。
オスカーは連続で魔法を投げた。薄い緑色の光が迸る。インペディメンタ、妨害呪文だ。一度でも当たれば相手の動きが遅くなるはずだった。だが、四連続で魔法を発したのに盾の呪文を二度も使うことになったのはオスカーだった。
「杖の振りが遅いですよ。それに光線が正確すぎて簡単に避けられます」
ムーディはオスカーの一回一回の呪文すべてに合わせてカウンターで紅い光線を打って来たのだ。その余裕があるのは上半身と下半身をわずかに捻るだけで完全にオスカーの呪文を避けているからだ。本当に最小限の動きでだ。
そしてオスカーの呪文はムーディの言う通り、ほとんど完璧にムーディの胸と腹があった場所に着弾しているのだ。つまり、それゆえに避けられている。
どうするのか? オスカーは考えた。はっきり言って全く勝てる未来が見えなかった。上級生など問題にならない、この女の子は決闘するために生まれて来たのではないだろうか? 小細工など通用しそうにない。魔法族の決闘とはこういうものなのか?
「分かるでしょう? 私に勝てるわけ無いってことです。同じくらい魔法が使えるんだからどうして勝てないか分かるでしょう?」
その通り。お互いに無言で戦闘用の呪文を出せるからこそオスカーにはムーディと自分との技量の差が分かっていた。最初のはただ反射神経に頼っただけだ。二回目はムーディが小手調べをしただけ。どうすればいいのか?
ムーディが連続で魔法を放ってくる。呪文は紅い光線、武装解除呪文とフリペンド、不可視の衝撃呪文だ。武装解除呪文と違ってフリペンドは発動が早い。つまり絶え間なくムーディの攻撃が続く。普通に盾の呪文を展開しつつければ防ぎきれない。盾の呪文を展開している間のオスカーは隙だらけなのだ。
オスカーはこれまでと考え方を変えた。もう一度ムーディの体勢を真似して肩を相手に向け、当たる場所を最小限にする。ムーディの目線と杖の方向だけで着弾の位置を予想する。武装解除の光線に惑わされず、杖の動きからフリペンド着弾のタイミングを推し量る。そして最速では無い意図的な攻撃の遅らせ、ディレイにも対応する。少しの動きだけで避けれる呪文はそれで避け、避けられない呪文が届く度に拳くらいの大きさの盾で相手の呪文を受け止めるのでは無く弾くのだ。
「こう…… こう…… こう!! よし!! やった!!」
「どういう理屈なんですか? これで初めてとか嘘でしょう?」
「ほんとにできた…… できたぞ……」
思わず声が出たし、自分でも天才かもしれないとオスカーは思った。考えた通りに体が動いたのだ。もちろん盾の呪文は得意な呪文だ。一番最初に無言で使えるようになった戦闘用の呪文なのだから。そしてやっては見たもののいきなり自分でとっさに考えたことが出来るとは思っていなかったのだ。
「嘘じゃないですよね? 教えて貰ってないんですよね?」
「キングズリーは僕に戦い方は教えてくれてない。呪文だけだ」
「信じときますよ。あなた、嘘はつかないですから」
そしてオスカーはさっきまで怒り心頭だったのに、ムーディのあんまりの技量の高さと、それに対するために集中したことで楽しくなっていた。魔法を競うとはこういうことかもしれない。羽根を浮かべたり、コガネムシをボタンに変身させることなどつまらない。トンクスの気持ちが今なら痛いほど理解できた。
はっきり言って目の前の女の子は凄い杖使いだ。ほとんどの上級生は一年生のこの子の前で膝を着くことになるに違いない。そしてその彼女にこれまで覚えた動きと知識で向き合い、観察して、足りない部分は真似して、リスクを負って新しい動きを試し、勝ち筋を探す。ホグワーツの授業のどれよりオスカーは楽しいと思った。
「フリペンドは出が早いんだな。それにほとんど見えない。だから見える武装解除呪文で僕の動きを誘導してるだろ。光線の光で見えない位置、その位置にフリペンドを打ち込んでいるんだ」
「おかしいでしょう…… どういう生き物なんですか? 姉さんですか?」
凄い。オスカーはそう思った。彼女が自分で気づいたのか誰かに教えて貰ったのかは分からないが、ただ呪文を放つだけではダメなのだ。振りの大きさ、出の早さ、呪文が見えるかそうでないか、視線と意識の誘導、タイミングのずらし、その効果、それぞれを理解し組み合わせている。
アルファベットを覚えることと詩や戯曲を書くこと、杖を振って相手に当てる事を考えていたオスカーとムーディの連撃ではそれくらい違うだろう。ファッジや他の二人なんて問題外だ。決闘とはこういうものなのだ。
「僕の番だ」
オスカーは言うなり四連続でフリペンドを飛ばし、最後にルーモスの閃光で照らした。ムーディはフリペンドを最小限の動きで避け切ったが目がくらんだのか一瞬の間が生まれる。
「スポンジファイ!! 衰えよ!!」
ムーディでは無く、ムーディの足元にオスカーは呪文を唱えた。ムーディにいくら呪文を唱えても打ち勝つことはできない。何故なら彼女はオスカーと同じかそれ以上の速度で呪文を展開でき、オスカーよりずっと呪文の使い方と防ぎ方を知っているからだ。だから彼女以外を変えないといけないのだ。
ムーディの足元がスポンジのように柔らかくなり彼女は体勢を崩しかけている。
「アクシオ!!」
部屋の隅に置いてある色んな闇の魔術に対する防衛術の道具、それに本棚の本、それらを彼女の背に当たる様にオスカーは呼び出した。
「ヴェンタス!!」
ムーディが大声で叫ぶとつむじ風が彼女の周りに発生し、呼び出したはずの物は吹き飛ばされ、オスカーも風のせいで杖の狙いを定められなくなった。
これも知らないことだ。杖で狙いを定められなければ魔法は当てられない。さっき自分で使った閃光と同じような効果が強い風を起こす魔法にはあるのだ。
「面白い!! なんでこういう事を先生は教えてくれないんだ!!」
「何を…… いまさら何言ってるんですか?」
「だから面白いって言ってるんだ。呪文を言って、杖を振って、効果を確かめる。やるのは羽を浮かして、ボタンをコガネムシに変えるだけ。そんなのよりずっと面白い」
はっきり言ってオスカーは楽しかった。もしかするとトンクスとホグワーツを探検していた時より楽しいかもしれない。ムーディの行動には意味がある。基本的なルールに従って彼女は動いている。そのルールをその時、その時に合わせて使うことで具体的に行動として現れているのだ。だから彼女の行動を見ればそのルールが分かる。それを学べば確実に賢く、強くなれる。
「いまごろなんなんですか!! グリフィンドールからいなくなって、下らない連中とつるもうとして、なのに私と決闘するのが楽しいって言うんですか!?」
「楽しい。ムーディは楽しく無いのか?」
「こいつ…… ふざけないで下さい!!」
オスカーにはどうしてこんなにこの女の子が怒っているのか分からなかった。だって楽しいではないか? ムーディはそうでは無いのだろうか? ムーディは自分と同じくらい勉強も実技も出来る。オスカーと同じように勉強や知識の後ろ側にあるルールやふんわりとした共通点を見つけるのが好きでは無いのだろうか?
「インセンディオ!! 火よ!!」
「アグアメンティ!! 水よ!!」
ムーディの火とオスカーの水がぶつかって決闘場がもくもくとした水蒸気に包まれた。この水蒸気だって上手く使えるはずだ。相手の視界を奪えるし、熱くて近寄ることが出来ないし、さっきムーディが使っていたヴェンタスを使えば相手に押し付けることが出来る。きっとムーディなら自分と同じように分析するはずなのだ。
「ヴェンタス!!」
「ヴェンタス!!」
そうオスカーは同じように彼女はこういう事が好きでは無いかと思うのだ。だって二ヶ月も同じ机で勉強していたのだ。オスカーと同じ所で彼女は詰まっていたり、最初の授業でマクゴナガル先生が言ったような新しい理解や考えの仕方を見つけていた。それは与えられたものでは無く、教室の中でオスカーやムーディだけが自分で得たものだ。
「ボコボコにしてやりますよ。いいですか。私は怒ってるんです」
「次は何をするんだ?」
「怒ってるって言ってるでしょう!!」
ムーディは真っ直ぐオスカーの方へ突っ込んできた。オスカーはどうすればいいのか分からなかった。距離を詰めれば呪文が届く時間は短くなって……
そんな事を考えている場合では無かった。連続でフリペンドを唱える。ムーディはお構いなしに盾の呪文を大きく展開して全ての呪文を受け止めながら突っ込んでくる!?
「プロテゴ!! 護れ!! うわっ!?」
「ボコボコにするって言いましたよ!!」
オスカーが直前で展開した盾の呪文とムーディの盾の呪文がぶつかり合って二人の杖が吹っ飛んだ。オスカーは思わずムーディがぶつかってきた勢いでしりもちをついた。ムーディも床に転がっていて顔はこっちを向いている。何だか怒っていると言っているのにムーディは泣きそうに見えた。
「杖なんていらない!!」
なんとムーディは起き上がるなり座り込んだオスカーの目の前でジャンプしてそのまま蹴りかかって来た。オスカーはこのキックを見たことがあった。どろっぷきっくだ。シラの家のてれびでぷろれすらーなるものがやっていた。
ムーディのドラゴン革の靴がオスカーのみぞおちにめり込んだ。息が出来ない。こんな衝撃をオスカーは受けたことが無かった。本当に小さい頃に階段にお腹から落ちた時より体が動かない。
「いいですか。私の勝ちです」
胸を押さえてひゅーひゅー言っているオスカーの上にムーディは馬乗りになった。オスカーは息が出来ないしんどさと初めて知る内臓の痛みを抑えながら頭の中はクエスチョンで一杯だった。なぜ楽しかった杖でのつばぜり合いをムーディはやめたのだろう?
「なん…… なんで杖を使わな……」
「勝つために手段を選ぶんですか? グリフィンドール生でもないのに?」
真っ黒い目がオスカーを見下ろしていた。怖いわけでは無かった。むしろ授業の時より敵意を感じなかった。手段を選ぶ? 何の話なのだろう? この女の子は何を気にしているのか?
「何、何…… 言って……」
「グリフィンドールから抜けて、ブラック、レストレンジ、マルフォイの一族のトンクスと死喰い人の子供を集めるんでしょう? 選べるのに。選ばないんでしょう?」
「何言って……」
「手段を選ばないってこういう事ですよ!!」
思いっきりムーディに頬をオスカーは殴られた。げんこつが頬の骨に当たって頭がくらくらする。だがむしろ痛がっているのはムーディの方だった。オスカーもそうだがムーディも人を殴ったことなんてないのかもしれなかった。
「こういうことをしたいんでしょう!! 他の人より魔法も勉強も出来てお金持ちなのに!! 何が足りないんですか!!」
「だから何言ってるんだよ!! いい加減に……」
「なのに何で私と決闘するのは楽しいとか言うんですか!! 意味わかりません!!」
「おい…… ちょ、ちょっと……」
シラやトンクスの事だってオスカーは分からなかったがこの女の子の事はもっと分からなかった。だってオスカーを蹴り飛ばし、馬乗りになって殴って来たのに、ポロポロ、ポロポロ泣いているのだ。女の子を泣かしたことなんてオスカーは無かった。蹴り飛ばされて殴られたのにどうすればいいのか分からなかった。
さっきまでシラとトンクスが巻き込まれて怒っていたり、決闘で高ぶっていた気持ちがどんどん冷めていくのが分かった。自分は泣いている女の子に何をしたのだろうか?
「なんで泣いてるんだよ。泣きたいのは僕の方だ。蹴って殴っただろ」
「知りませんよ!! 授業はつまらない顔するくせに!! 私に魔法を撃つのはそんなに楽しいんですか!!」
「え? 違う…… そうじゃなくて……」
「そうでしょう!! ほとんど練習してないのに私に勝てる気がしたから楽しいんでしょう!!」
本当に泣いているのだ。オスカーはこの女の子の勝気でキリッとした眉や黒い瞳に涙が浮かんでいる事に自分でもショックを受けていると分かった。この子は自分が泣かしてしまったのだ。
「違うよ。そんな事で楽しいなんて言ってない」
「嘘つかないで下さい!! 私にもグリフィンドール生にもマクゴナガル先生にだって嫌いだって言ったじゃないですか。言ったのはあなたですよ。だから寮からいなくなって自分で仲間を集めてるんでしょう。だから私と決闘するのが楽しいんでしょう。私をやっつけるのが楽しいんでしょう?」
「嫌いって言ったのは謝るよ。マクゴナガル先生にも謝るって話してたところ……」
「じゃあなんで私と戦うのが楽しいって笑うんですか!? 楽しそうに笑ってました。いつもは笑わないくせに!!」
彼女はそう思うのだとオスカーは初めて分かった。自分の行動は彼女からそう見えるのだ。シラと話さないとシラがどんな人なのか分からなかったし、トンクスもチャーリーも同じなのだ。ムーディだってそうだった。
「さっきはやっつけるなんて思って無くて……」
「なら何が楽しいって言うんですか!! いっつもつまらないって顔をしてるじゃないですか。Jrみたいになんでも出来るのに。私の前だと嫌な顔しかしないのに!!」
「だからお前…… 君…… ムーディ、クラーナと決闘するのが楽しかったんだ」
「名前呼ばないで下さい。意味わかりません。その場しのぎで言ってるんでしょう。どうせ」
クラーナはオスカーの上から降りないし、目はこすって赤くなっている。Jrなんて誰か分からない。でもオスカーは何とかしたかった。
初めて会ってからの彼女の顔を思い出した。オスカーは何度も彼女に嫌な事を言っていた。大きな声を出して怒っていた。会うたびに嫌な顔をした。
どう言えばいいのだろうか? そしてさっき楽しかったのは本当なのだ。謝って誤解を解かないといけないのだ。調子のいい事を言っていると分かっていたが、このまま怒らせて泣かせて嫌われたままなんて嫌だった。
「つまらない顔をしてたのは授業がつまらなかったからなんだ。それだってトンクスに言われて、ムーディ…… クラーナと喋らなくなって分かったんだ」
「だから名前呼ばないで下さい」
「クラーナだってつまらないだろ。いっつも他の教科書読んだり、別の事をノートに書いたりしてるし、他の奴が質問するとうんざりした顔をしてるだろ」
「私の方なんて見てないくせに分かったようなこと言わないで下さい」
どう言えば聞いてくれるのだろうか? 自分の上で泣いている女の子になんと言えば伝わるのだろうか? どうしていつも間違う前に気づけないのだろう?
「消失呪文を練習してるから五年生の副読本を読み始めたんだろ。消失と出現が分かりやすい本。変身術入門の人が書いたやつ」
「なんで知ってるんですか。キモいですよ」
「フリットウィック先生の授業だと雪を降らせる魔法をやってるだろ。だからブルーの魔法の火を持ち歩いてる。手の中で降らせた雪を溶かすためだろ」
「いまさらなんなんですか。あなたは私の事嫌いで、グリフィンドールも嫌いで、死喰い人の子供の仲間を集めるんでしょう」
「話を聞いてくれよ」
「私の話は聞かないくせに!!」
それはその通りだった。オスカーは彼女の言う事はとにかく気に入らなくて聞く気が無かったのだ。思えばファッジとトラブルになってから彼女は明らかにオスカーに忠告をしていた。単純にオスカーは彼女の言うことなど聞きたく無かったのだ。
「じゃあ聞くよ。なんで泣いてるんだよ。僕の方が泣きたいくらい痛い。上に乗られてるし」
「あなたは私の言う事聞かないでしょう!! 忠告もお礼も謝ろうとしても聞かないじゃないですか!!」
「悪かったよ。ごめん。その…… ムーディ…… クラーナは僕の悪口言うだろ。死喰い人がどうとか…… そう言うの聞きたくなかったんだ」
「ならそう言えばいいじゃないですか。なんで言わないんですか。意味わかりません。それにあなたは悪口を言わないと私のことを無視するじゃないですか…… だいたい死喰い人の子供を集めるってなんなんですか」
たしかにオスカーはクラーナに言われるのが嫌などと言った事は無かった。そんなのカッコ悪いし、気にしていると思われるのも嫌だった。そしてオスカーは自分が言われていたのと同じくらい彼女がオスカーの色んな事を気にしていたことが分かった。
「それは…… 言わなかったのは僕が悪いよ。そんな事言うのカッコ悪いと思ったんだ。死喰い人の子供とかはトンクスの冗談だよ。なんて言うか…… トンクスは僕とシラのためにいったらしいんだけど……」
「意味わかりません。意味わからないですよ。じゃあなんでさっき笑っていたんですか?」
「楽しかったから。これは嘘をついてない。僕はそう思ったからそう言ったし、笑ったんだ。座って喋らないか?」
やっとクラーナはオスカーの上からどいて床に座り込んだ。オスカーも隣に座った。やっぱり彼女はとにかく小さかった。オスカー達一年生はみんな小さいけれど彼女はことさら小さいのだ。なのにオスカーは体も心もボコボコにされた気分だった。
「なんなんですか。楽しかったって。私は楽しくないです。グリフィンドール生なのに裏切って、勝手に一人になって、悪く見られる事をしようとするなんて」
「悪口言われても授業で退屈しないのは一緒の机に同じくらいできる奴が…… 人がいるからだってさっき気づいた」
「口から出まかせでしょう。あなたはやろうと思えば調子のいい事だって言える人でしょう。ファッジや先生にはそういうことするでしょう。そういうことも。なんでも出来るのに。他の人よりずっと出来るのに。自分の周りの事、なんでも嫌だって顔してます」
オスカーは本当に不思議な気持ちだった。蹴り飛ばされて、殴られたのに。変な気分だった。なんだかふわふわした気分なのだ。そしてトンクスが言っていたことはほとんど本当だった。オスカーが彼女の事を知っているくらいには彼女はオスカーの事を知っていた。
「これは嘘じゃないよ。僕はあんまり嘘は好きじゃない。その。さっきの決闘は楽しかったんだ。本当なんだ」
「だからそんなのなんとでも言えるじゃないですか」
自分の口が上手く動かない事にオスカーは苛立っていた。上手く自分が感じた事を言いたいのに、初めて感じた気持ちだったから上手く言えなかった。そしてそれ以上に、目の前の女の子も同じ気持ちだったのか確かめたかったし、同じ気持ちになって欲しかった。
「次は何をしてくるんだろうって。思ったんだ。体、杖、時間、距離の使い方。だからおま…… 君…… クラーナがしている事を見て、何を考えているのか考えて、次にすることが何か考えた。それで自分がどうすればいいのか考えたんだ」
やっとクラーナの黒い眼がオスカーの方を向いた。赤くなっていた目はこの人は何を言っているんだろう? という不思議なものを見る目だった。
「君の動きを予想して、僕の次の動きを考えて、動いて、まだ自分が立ってるのが楽しかったんだ。ほんとに楽しかったんだ。授業で聞いたり読んで知るだけじゃ無くて、自分で考えて理解した時、僕はちょっと楽しいんだけど。さっきはずっとそれが続いてたんだ。だから僕は楽しかった。杖を合わせるのが楽しいなんて知らなかった。どれくらい練習して誰に教えて貰ったらああいう風に決闘できるのか分からないけど凄いよ。ハロウィーンの時なんてそんな事思わなかった。君…… クラーナだから楽しかったんだと思う。本気で言ってるんだよ。信じて欲しい」
真っ黒い目が丸くなっていた。どうも驚いているらしい。いくらオスカーでも分かった。トンクスと言い、この女の子といい、どうして近くにあるのに上手く行かなかったのだろう。オスカーはそんなの答えは簡単な気がした。見ようとも話そうともしていなかったからだ。
「でも…… だって、私のこと嫌いだって言ったでしょう」
「スネイプの授業の後だろ。謝るよ。許してくれるなら。僕の家に来た闇祓いは嫌いだけど。君や君の家族の事が嫌いなわけじゃない。それも謝る。ホグワーツ特急の時の話だけど」
オスカーは母親やキングズリー、シラ、トンクスに言われるように記憶には自信があった。彼女に嫌いだと言った時、彼女がどんな顔をしていたかすぐに思い出せた。
「そんなのずるいじゃないですか。私がふくろうの事謝ろうとしたら……」
「それも謝るよ。ホグワーツに来て、イライラしてたんだ。他の人と同じ部屋で寝るなんて初めてだったし、ルームメイトは僕がいたら静かになるし、早く一人になりたかったんだと思う」
またクラーナは泣きそうな顔になった。オスカーはもうどうすればいいのか分からなかった。怒ってはいなさそうなのに。また泣かしてしまったらどうすればいいのだろう? トンクスを連れてこればいいだろうか?
「だからなんで私が謝る前に謝るんですか。勝手じゃないですか」
「ごめん」
「また!! 勝手ですよ!! 自分勝手です!! なんなんですか。なんなんですか」
でもなんとかなりそうだった。今なら言えるがクラーナもオスカーもこの三か月で他の人より近くずっと長い間いたのだ。だから今話したみたいに相手の事を他の人より知っているのは当たり前だった。
「それで……」
「ふくろうの事は謝ります。私だってフレイを盗んで来たんだろって言われたら怒りますよ」
「いいよ。ローガンは父さんがくれたんだ。だから、その。キングズリーとか闇祓いとか、そういうのに関わる人にローガンの事言われたくないんだ。ローガンを家の色んな物みたいに持っていかれる気がするんだ。だから怒りすぎた。ダイアゴン横丁でも失敗したのに、ホグワーツ特急でも同じことしたんだ」
これを言ったのはクラーナが初めてだった。気づいていたけどオスカーは自分がそう考えたくなかったのだと思った。でも、ここまで謝られると自分の間違いを言った方が楽な気がしたのだ。
「あ…… その…… 蹴りとばしたのはダメでした。殴ったのも。当たり前ですけど」
「でもなんであんなに怒ったんだ」
「その…… あなたのローガンと一緒だと思います。似た人を知ってます。姉さんと同級生で同じくらい魔法が出来て、頭も良くて、お金持ちで、屋敷しもべにお世話されている人。でも、もういません」
「さっき言ってた……」
「でもあなたはその人じゃないですね。あなたはグリフィンドール生ですから」
オスカーは思わずクラーナの方を見た。何だかオスカーの方を見てくれなかった。
「ずっと悪口を言ってごめんなさい。酷いことを言ってました」
「僕も君にずっと酷いことを言ってたよ。一番ホグワーツで一緒にいたのに」
グリフィンドール生、つまり彼女はオスカーの事をグリフィンドール生だと思っているという事だった。オスカーはあんなに嫌だったあの赤と金で埋め尽くされた談話室に戻ってみたいと思った。それにマクゴナガル先生と仲直りしないといけないだろう。
「じゃあとりあえず向こうの三人のところに戻って……」
「その前に私を蹴り飛ばして、殴っていいですよ。同じことをすればいいでしょう」
「え?」
本気で言っていた。さっきまで視線を外していたクラーナはオスカーの方を見て真剣な目をしている。でも、そんな事、どう考えたって出来なかった。だって女の子を男が殴るなんておかしいし、やっと喋れるようになったのにどうして殴らないといけないのだろう?
「姉さんはいつも言うんです。気に入らない奴がいたら、先に手を出させてボコボコにしろって。でも今日は私が悪いですから」
「じゃあ。僕は君の事を今日から名前で呼ぶよ。これが蹴り飛ばした分。殴った分は君が僕の事を名前で呼ぶって事にする。あと今日みたいに決闘の練習がしたい」
「は?」
オスカーは立ち上がってクラーナに手を出した。クラーナはさっきと同じくらいポカンという顔をしていた。オスカーはやっとこの女の子に今日、上手を取れたのではないかと思った。
「それにクラーナ、シラとマクゴナガル先生に謝りに行くから手伝って欲しい」
「え? い、いやそんなの全然…… ドロホフが……」
「グリフィンドール生なんだから自分が言った事はやって欲しい」
「い、いや、だってドロホフ…… その…… 釣り合っていませんよ、その…… オスカーが……」
「オスカー!! クラーナ!! 入るよ!! ちょ、ちょっと二人終わったんならこっちを止めて欲しい!!」
チャーリーが決闘場の扉から凄い勢いで入り込んで来た。クラーナは立ち上がる時に掴んでいたオスカーの手をパッと離した。何が起きたと言うのか。チャーリーはかなり真剣な顔で汗まで掻いているし、なんなら手や顔に爪痕みたいなのが見える。
「な、なんですか、チャーリー。こっちは……」
クラーナの声は途中で消えた。チャーリーが開けた扉の向こうから金切り声と一緒に、どったんばったんと何かが倒れたり何かを投げたり、ガシャンとかバキッと言った割れたり折れたりする音が聞こえたからだ。
「誰か暴れて……」
「頭でっかちのマグル生まれが生意気なのよ!! ずっとそのカビ臭い本だけ読んで図書館にこもってなさいよ!!」
「ピンク頭のずぼら女!! どうせ甘やかされてそうなったんじゃないか!!」
シラとトンクスの声だ。オスカーは二人がこんな声を上げているのを聞いたことが無かった。オスカー達は慌てていつもの必要の部屋に戻ったが、オスカーもクラーナもこんなに文字通りの喧嘩をしている同年代の子供を見たことが無かった。
二人は杖などどこかにやってしまっていて、手と足、歯に爪、そしてあたりあるものを使ってマグルの子供とばかりに取っ組み合っている。
トンクスがシラの体に蹴りを決めたと思えば、シラは分厚い魔法史の七巻で思いっきりトンクスの顔を横殴りした。
「やったわね!! 図書館の篭り虫のくせに!! マグルの世界に帰りなさい!!」
「両親にちやほやされてただけのぐーたら女!! マグルがどうやって喧嘩するかなんて知らないくせに!! どうやって喧嘩するのか教えてやるから!!」
ある意味ではオスカーとクラーナの喧嘩よりよっぽど酷い喧嘩だった。二人は相手の手や腕に嚙みつくし、爪を思いっきり立てているし、髪は引っ張る、関節技は入れる、頭突きはするわで本気も本気だった。
「ちょ、な、なんですこれ? 何が原因でこんな……」
「ずっと険悪な感じだったんだけど……」
「どうしよう。呪文かけようにもどうやって……」
二人が取っ組み合いして喧嘩するので呪文で引きはがそうにもどうしたらいいのだろうか? 武装解除しようにも二人は杖など持っていなかった。
「今更出てきて何の顔なのよ!! あんたがぼさっとしてるから悪いんじゃない!! ムーディとオスカーが喧嘩する必要なんか無かったわ!!」
「君が変な事言うから!! 死喰い人がどうとか…… どうせオスカーにもそういうこと言って近づいたのに決まっているよ!!」
「ふ、二人ともやめてくださいよ。もう私達けんかしてないですし……」
クラーナの声など二人には届いていなかった。二人は顔を真っ赤にしてののしりあいながら必要の部屋の床を転がったり、相手をベッドに投げ飛ばしたりしているのだ。
「何が近づいたよ!! あんたがオスカーの友達なわけないわ!! マグルの考え方ばっかり押し付けて、貧乏でオスカーに貰ってばっかりのくせに!! ずっと話してたくせに寮で先生と喧嘩してたこともしばらく知らなかったじゃない!!」
「私とオスカーの事なんて君に分かるわけないじゃないか!! 君に分かるわけないよ!! 君はお目出度いやつじゃないか!! 両親もいて最初から魔法族の世界を知ってて!! お父さんがいきなりいなくなるなんて知らないんだ…… なのに…… 分かったような口ばっかりじゃないか!!」
もしかしなくてさっきのクラーナや踏み込まれた時のオスカーより二人は怒っていた。そんな簡単には二人の怒りは収まりそうにないのだ。
オスカーが困った顔でクラーナとチャーリーを見ても、二人も同じようにどうしたらいいのか分からない顔をしていた。
「全然止まらないんだよ。フレッドとジョージが喧嘩した時は僕とビルで持ち上げるんだ。でも二人にそんなこと出来ないし、さっき間に入ったら……」
「それでそんなにボロボロなんですか」
「そうなんだ。あんまり男兄弟だと爪とか歯を使ったり、髪は掴まないんだけど。女子同士って容赦ないっていうか」
チャーリーがドラゴンに例えていない時点で笑えない状況なのは明白だった。オスカーとクラーナが来たって二人は全く意に介していないというか、お互いの事しか見えていないようだ。
「そんなこと知ったこっちゃないわ!! 理由があってもグズグズしてるのが悪い!! ムーディを焚きつけて最後の最後まで人任せ!! あんた大っ嫌い!!」
「ルールから外れたらひどい目に遭うんだ!! なのに君はルールを破ってばかり!! オスカーにも同じようにさせようとする!! 私の方が大嫌いだよ!!」
二人が大声でそう言うとクラーナはちょっとビクッと震えた。オスカーは止めないと本当に不味いと思った。このまま行くと二人は仲直りだって出来なくなってしまうのではないだろうか?
「失神呪文とかは……」
「失神呪文ってあんまり体に良くないんです。複数の失神呪文を受けた人が聖マンゴ病院に入院とかよくあるらしいですから」
「じゃあ全身金縛り呪文とか……」
「喋れる方がいいと思うんです。縛り付けましょう」
オスカーはクラーナに相槌を打ち二人に向けて杖を構えた。オスカーが一番杖を向けたくない二人だったが仕方なかった。完全に二人は分別がついてないように見えるのだ。
「インカーセラス!! 縛れ!!」
「インカーセラス!! 縛れ!!」
「何!? な、何よこれ!!」
「縄!? なんで私をしばるんだい?」
オスカーとクラーナの呪文は白い紐となって二人をぐるぐる巻きに縛り付けた。腕も足も動かせない。首から上だけが動かせる状態だ。二人はオスカーとクラーナの方を怒りを込めた目で睨みつけていた。
「解きなさい!! こいつと決着つけてやるわ。この頭でっかちで一本道みたいな考え方しかできない白いやつに思い知らせてやるもの!!」
「ピンク頭!! 色どころか頭の中までピンクなんじゃないか!! 服だって制服じゃ無くて変にはだけさせてる!! 思い知るのはそっちじゃないか!!」
「もう一回ですね。インカーセラス 縛れ!! それに…… ロコモーター!!」
クラーナは背中合わせになるようにぐるぐる巻きの二人をさらに上からぐるぐる巻きにした。二人はまるで大きな繭を二つ繋げたみたいに見える。そのままクラーナはロコモーターの呪文で二人を隣の決闘場のステージまで運んでしまった。
「オスカー。その二人を静かにさせといてください。チャーリー、あの二人が暴れた部屋を直しましょう。なんで杖を使ってないのにこっちの部屋の方がボロボロなんですか……」
「分かったよ。うーん。白いドラゴンはいるけどピンクのドラゴンは聞いたこと無いからあんまり上手く言えないよ。あ、でもドラゴンもメスの方が危ないんだよね」
グリフィンドールの二人はオスカーに残りの二人を任せて行ってしまった。そんなこと言われてもオスカーだって二人にどうしたらいいのかは分からなかった。だって二人がこんなに怒っている所を見たことが無いのだ。
「みんなとやって行くっていうのも勉強なんだ。君はそれが出来ないんだよ。それにそれが当然だと思っているじゃ無いか」
「合わせるなんて限度があるのよ。間違えたら怒って貰えばいいのよ。そのために大人がいるんじゃない」
お互いに縛られて動けない上、顔も見えないというのに二人はまだ言い合っている。オスカーは自分とは話せる二人がどうしてこんなに相性が悪いのか分からなかった。
「大人だって人とか仕組みに合わせようとしてるんだ。君がやってるのは迷惑かけてるだけじゃないか」
「あんたは全く大人のこと信用してないのよ。だからそうやってルールが大好きなのよ。それを守って無いと不安になるんでしょ。違う?」
「シラ、トンクス」
この二人はある意味でオスカーとクラーナよりずっと大人かもしれなかった。シラの事を考えれば、両親が離婚して違う国で違う言葉を喋り生活し、そして魔法の世界があると知るなんてオスカーやトンクスには考えも付かない経験だろう。
「どうせグヴィンの味方をするんでしょ」
「そのトンクスの味方をするんじゃないのかい?」
「だからどっちの味方もしないよ。喧嘩している限りは。シラ、どうやって必要の部屋を見つけたんだ?」
トンクスはトンクスで独特だった。オスカーからすると明らかに彼女は人をある意味で操るのが上手かった。その理由は彼女は相手がどう考えているのか、どう感じているのかを感じ取るのが上手いからだろう。オスカーやクラーナが授業や実技で人より出来るのと同じように彼女は苦労しなくてもそれが出来るのだ。オスカーはそうでないと説明できないと思っていた。
「ムーディに相談したんだ。そのトンクスが言っていた事をだよ」
「そんなことしたらムーディが飛んで行くなんて分かってたでしょ。なんでそういうことするわけ。普通に考えられないわけ?」
「トンクス、今はシラに聞いてるんだ。それで?」
トンクスはオスカーの事をお人よしと言うが、オスカーからするとよっぽどトンクスの方がお人よしだった。なのにどうもトンクスはシラの事が気に入らないのだ。
「その……」
「はっきり言いなさいよ」
「うるさいよ。ムーディは…… その言いにくいんだけれど。ここに来る前にも色々しちゃったんだよ」
「はあ? 何よ。しちゃったって」
「だから。決闘をムーディは仕掛けたのさ。スリザリン生に」
「え? ほ、ほんとに言ってるわけ? どんだけ気にしてたのよ……」
怒っていたくせに今度はトンクスもシラもクラーナの事でちょっと大人しくなった。決闘とはどういうことなのだろうか? それもスリザリン生相手に?
「君が言ったんじゃないか。死喰い人の子供を集めるって。だから決闘を仕掛けたんだ。君たちの居場所を知るためだよ」
「誰、誰とドンパチやったの?」
「スナイドっているじゃないか。スリザリンの感じの悪い女の子だよ。あとリーって大柄な男の子、それに一緒にいるマークって女の子も」
オスカーは頭を抱えそうだった。でもそれくらいは簡単に予想できた。さっきまでのクラーナだったら大抵の事はしそうだったからだ。
「三人って事?」
「三人一度にかかって来なさいって言って、本当に三人まとめてやっつけちゃったんだ。それでそこにスリザリンの監督生が来たんだよ」
「スリザリンの監督生ってもしかして……」
「ロジエールって名前の人で、その…… その人もそうだから続けて決闘を仕掛けてそのままのしちゃったんだよ。それでその後、訓練場でウィーズリーと会ってここに来たってことなんだ。確かに先に手を出したのはスリザリン生なのはそうなんだけれど……」
なんともはや監督生までボコボコにしてからクラーナはここに来たらしい。オスカーが感じていた上級生でも適わないというのは本当というわけだった。もちろん、無言呪文が使えない同級生では手も足も出ないだろう。
「ここまで私ってドジなわけ? いくらなんでも話が大きくなりすぎよね。ドラゴンが羽ばたいたら地球の反対側で台風が起きてるようなものじゃない? あ、チャーリーの病気がうつったかも」
「でも君があんな事言ったからこうなったんじゃないか。無責任じゃないかい?」
「だってこんな……」
「トンクスそれは僕とトンクスが悪かったはずだ。だって本当はそんな事無かったんだから」
一つずつほどいていくしか無いはずだった。さっきのクラーナだってそうなのだから、この二人だってそうだとオスカーは思っていた。
「分かったわよ。私が悪かったわ。オスカーとムーディを喧嘩させようって思ってたわけじゃ無いのよ」
「ならなんであんなこと言ったんだい? 君、親族に死喰い人がいるっていうのは本当じゃないか。君のお母さんは本当にブラック家の人だ。図書館の本には家系図が読める本があるよ。ベラトリックス・レストレンジとナルシッサ・マルフォイにはアンドロメダ・トンクスって名前の姉妹がいる。その人が君のお母さんだ」
「それは……」
「僕が悪いんだ。トンクスは僕をグリフィンドール寮に戻したかったんだ。シラやクラーナが言ってたみたいに」
オスカーはシラとトンクスとお互いの顔が見える位置に座っていた。オスカーが自分が悪いと言うと二人はちょっと怒った顔でオスカーの方を向いたのだ。
「オスカー、また……」
「オスカー、君は……」
「シラ。シラが言ってたことは正しいよ。でもグリフィンドール寮に戻りたくなかったんだ。トンクス。トンクスが考えてたことは正しいよ。いつまでもグリフィンドール寮に戻らないわけにいかない。だからそういう事だ。トンクスは自分で悪者になろうとしたんだ。でも本当にダメだったのは二人の言う事を聞かなかった僕だ」
なんでこうも毎回終わってから気づいたり、後悔するのかオスカーは分からなかった。それとも自分が他の人より、出来ていないとか後悔だとかを感じやすいのだろうか? いつになったらキングズリーや他の出来る大人みたいに、いつもちょっと余裕を持って色んな事を出来るのだろう?
「だから二人に普通に喋って欲しい。マクゴナガル先生にはこれから謝りに行くから。二人は頭でっかちでもピンク頭でも無い。貧乏だとかマグル生まれだとか髪の色がおかしいだとか死喰い人が親戚にいるとかどうでもいい。僕は…… 僕は友達だと思ってる。数は今日一人増えて四人しかないけど」
ちょっと恥ずかしかったがオスカーは言い切った。そうするとなぜか二人は同じ顔をしていた。くちをつぐんで、ちょっと頬が赤くて、眉間にしわを寄せて、恥ずかしいのか、悔しいのか、ごちゃ混ぜになっている顔をしている。トンクスの髪の毛など赤と緑色のマーブルだった。
「じゃあオスカー、これを解いてくれないかい?」
「そうよ。解きなさいよ」
「もう噛みついたり、引っかいたり、本で殴ったり、投げ飛ばしたりしないよな?」
二人は答えなかったがオスカーは杖を振って縄を解いた。二人は縄でちょっと赤くなっていた場所やお互いの爪痕なんかをさすった後にそれぞれ一人で立った。
「どうも。私、ニンファドーラ・トンクスって言うの。オスカーの友達よ。初めまして」
「私はシラ・グヴィン。オスカーの友達だけど。君の名前も顔も知っているけど。初めまして」
「まだ怒ってるだろ」
「そんなことないさオスカー。ニンファドーラもそうじゃないかと思うけどね?」
「そうよ。呼ぶときに名前で呼んで欲しくないってことをシラは覚えてくれてるくらいだもの。全然怒ってないわ」
どう見ても怒っていたが取っ組み合いは始めなかった。オスカーは杖を振ってさっきクラーナとの決闘で呼びだした物を元の場所に戻す。その間にも二人はまだぶつぶつ言っている。
「言っとくけど言った事は取り消さないわ。カセットにでも録音しといてあげましょうか?」
「君も私が言った事を耳に書いておくといいよ。耳の色が変わるくらいびっしりとね」
「ほんとにもう喧嘩しないのか?」
少なくともオスカーより女の子三人の方がよっぽど強情だとオスカーは分からされた。何故なら今日一番謝っているのは間違いなくオスカーだからだ。そしてこの後、もっと強情な大人にオスカーは謝らないといけなかった。
「直りましたよ。そっちも仲直りしたんですか?」
「ほらトンクスはムーディに謝るんじゃないのかい?」
「シラもムーディに謝るんでしょ?」
「はあ? まだやってるじゃないですか。めんどくさいから巻き込まないで下さいよ」
せかせかとクラーナがやって来て言い放った。オスカーは彼女なら二人を静かに出来るのではないかと期待したが逆にうるさくなるだけな気もした。女の子とは大抵の場合、教室の入り口とか廊下の隅で固まって小うるさいのが法則なのだ。この三人も例外ではないかもしれない。
「流石オスカーだね。クィディッチの試合でも……」
「ムーディ。怒らせて悪かったわ。愛しのオスカーとはいえスリザリン生を四人ぶっ飛ばすくらい怒ると思ってなかったのよ」
「私もそこまですると思ってなかったんだ。謝るから許してくれるかい?」
どうもこの二人はチャーリーのクィディッチとドラゴンの話を聞く気分では無いのと、クラーナの事では息が合いそうだった。
「喧嘩売ってますよね? だいたい……」
「さっき僕は借りをクラーナの名前で返してもらったんだ。三人もそうすればいいと思うけど」
「そういうこと? クラーナってちょろいわね。あ、私、ニンファドーラ・トンクスよ。トンクスって呼んでちょうだい」
「オスカー、君、女の子にはみんなそんな感じなのかい? 私もシラでいいよ。チャーリーもそうだけど二人に汽車で最初に会った時はそうだったじゃないか」
オスカーの見たところ、クラーナよりチャーリーの方が嬉しそうだった。何も言わなかったが。オスカーはクラーナやトンクスの言うように、やっぱりちょっとチャーリーのシラに対する態度には気になるところがあった。
「マクゴナガル先生の所に謝りに行こうと思うけど。シラ、クラーナ、チャーリー、トンクス。ついて来てくれないか?」
「いいですよ。どうせスリザリンの連中は私の事をあのドロドロ髪のスネイプに告げ口しているでしょうから。私も呼びだしですよ」
「百点くらい減点かな? マクゴナガル先生は先生たちだと一番咆哮が大きいし」
なんだかんだグリフィンドールの二人は怖がってはいないようだった。そもそも二人とこんな風に喋れるのならマクゴナガル先生と喧嘩することだって無かっただろう。
「一人で行くのが怖いんでしょ? ついてってあげるわ」
「謝るのはいいことだよオスカー。マクゴナガル先生はちゃんとした先生だし、きっと分かってくれるに違いないよ」
五人は必要の部屋を出た。ちょうど時間は夕暮れ時だった。マクゴナガル先生に謝りに行くというのにオスカーは不安を感じていなかった。怒られるかもしれないことも、謝るのが嫌だというのも、どちらも大して感じなかった。ちょっと前までずっとそれが胸の中を動き回っていたのに。
次でしばらく休みます。
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第十七章 謝罪
「何点減点かしら? 最高記録を狙えると思うのよね」
「君、やっぱりそう言うのを楽しんでるんじゃないか。良くないよ。オスカーだって不安になるかもしれないし」
「大丈夫じゃないかな? クラーナは監督生をボコボコにしたみたいだし、一月半くらい寮に戻らないのといい勝負だと思うけど」
「うるさいですね。それよりマクゴナガル先生が外泊を許してた事を私は聞きたいですよ。絶対いつものマクゴナガル先生じゃありませんでした」
後ろから四人の声と足音を聞きながら歩く。こんな夕暮れのホグワーツはオスカーが見たことの無いホグワーツだった。ハロウィーンの夜にトンクスと見たホグワーツとも、一人でグリフィンドール寮と教室を行き来する時のホグワーツとも違う気がするのだ。
「こっちであってますよね? ドロホフ…… じゃない、オスカーは喋りませんけど緊張しているんですか?」
「いや。なんか…… 一人で歩いてるホグワーツとみんなで歩いてるといつものホグワーツと違う感じがするって言うか……」
「オスカーってそんな名前してるくせにおとぎ話のお姫様みたいなこと言うわよね」
「だから君はちょっと失礼だよ。男の子にお姫様とか普通言わないものじゃないかい?」
「クラーナはマクゴナガル先生の部屋は良く知ってると思ってたけどなあ」
マクゴナガル先生の部屋は三階にある。オスカーはトンクスと一緒にいつもこの部屋には近づかないようにしていた。ということは部屋の場所を良く知っているという事でもある。チャーリーの言う通り、なによりクラーナが窓に激突したので忘れようも無かった。
「あの部屋だ。ふくろうが手紙を持って出てきたからいるみたいだ」
「あれでしょ? ホグワーツに入る前からの顔見知りの私以外はオスカーの事喋っちゃいけないってことでしょ?」
「そういう事じゃないよ。君、誰でもからかわないと気がすまないのかい?」
「チャーリー、うるさいですよ。箒をアクシオして欲しいんですか? あとそこの二人はしつこいですし、うるさいですよ」
「部屋が遠ざかるまでは黙っておくよ。イエス・サーだ」
こんこんとオスカーが扉を叩くといきなり扉が開いた。顔を上げるとマクゴナガル先生のいつもと変わらない厳格な顔がある。
「箒がどうと聞こえましたが? ミスター・ドロホフ。何のようですか? ずいぶん大所帯のようですが?」
「先生、私とオスカー……」
「マクゴナガル先生。寮から飛び出したことと先生に暴言を吐いたことを謝りたいんです」
マクゴナガル先生はオスカーとクラーナに交互に何度か視線をやり、後ろのメンバーの顔を見て不思議な顔をした。怒っているとも喜んでいるとも言えない顔だ。オスカーはなんだか先生の顔の後ろで表情が何度も変わっているような気がした。
「分かりました。お入りなさい。右に来客用のソファーがあります。そちらにお座りなさい。書類を仕上げたら私もそちらに行きます。お茶を飲んでいると良いでしょう」
ポットとティーカップがすでにテーブルの上でカチャカチャ音を立てながらオスカー達が座るのを待っている。五人はぞろぞろソファーに向かったがオスカーは歩いている途中でやるじゃないと言われてトンクスに肩を叩かれた。
「ねー。絶対マクゴナガル先生にっこりしそうになったのを我慢してたわよ」
「怒る方の間違いじゃないですか?」
「我慢していたのは本当だと私も思うけれど」
「怒られる時って怒られている時より怒られる前の方が嫌だなあ。ママが爆発するって分かってて家に戻る時と同じ感じだ」
みんなは適当な事を言っていたがオスカーはやっぱり緊張してはいなかった。何故か自分で考えれば、自分が納得しているからではないのか? そう思った。
「さて。お待たせしました。ミスター・ドロホフ。ミス・ムーディ、ミスター・ウィーズリー、ミス・トンクス、ミス・グヴィン。ハロウィーンからずいぶん時間が経ちましたが、どうにもこの件は私の負けのようですね」
「はーい。マクゴナガル先生、質問です。オスカーが謝るって言ってるのに負けって何ですか?」
ニヤニヤしながらトンクスがそう言った。他のみんなはポカンと言う顔だ。もちろんオスカーもそうだった。誰と誰が勝負していたのだろう?
「ミス・トンクス。はーいではありません。はい。です。ハロウィーンの夜。外出禁止の時間に外出していましたね。ハッフルパフは五十点減点としたいところですが、スプラウト先生からすでにその件で減点しているとお聞きしています。私と先生方の話を盗み聞きした上でミスター・ドロホフを探しに行ったのでしょう?」
「じゃあやっぱり勝負ってマクゴナガル先生とダンブルドア先生ってことなわけ…… わけですか?」
「校長先生は私はミスター・ドロホフとしばらく距離を置いて欲しいと言われました。二ヶ月もあれば寒くなりますからグリフィンドール談話室の暖炉が恋しくなり、自然と解決するだろうとおっしゃっていましたが、どうも暖炉が恋しくなったわけではないようですね」
トンクス以外のみんなは顔を見合わせた。なぜダンブルドア先生はオスカーの事でマクゴナガル先生にそんな事を言ったのだろう? オスカーは全く思いつかなかった。
「はい。先生。理由を言って、謝ることを許して下さいますか?」
「もちろん、内容にもよりますが」
「はい。ハロウィーンの夜。僕はわざと三人の先輩からみんなの目の前で攻撃されるように仕組みました。その上で先に杖を振った三人に呪文を撃って、正当に相手を叩きのめしたように見えるようにしました。その後、僕を叱ったマクゴナガル先生に暴言を吐き、グリフィンドール寮の窓から飛び降りました。外出禁止の時間を守りませんでした。それから一か月半の間、グリフィンドール寮には戻りませんでした。僕が謝りたいのは今言った事です」
マクゴナガル先生はオスカーの方をしげしげと眺めていた。オスカーは良くこんな顔をされることがあった。シラやキングズリーに始まってマクゴナガル先生もそうなのだ。そんなにおかしなことを言っているのだろうか?
「どうして謝りたいのですか? 貴方は自分が納得しなければ謝ることをしないでしょう。あの夜、ダンブルドア先生がおっしゃったように。あの場で私がいくら貴方を叱責しても貴方の心には届かなかったと思いますが」
「はい。僕は…… そのようは…… えーっと……」
「どうしましたか? さっきまでのようにはっきり喋れないのですか? 私は少なくとも半世紀近い教師生活の中で、教え子に自分からこうもはっきり謝りたいと言われたことがありません。同時に自ら謝りたいと言った教え子が言う事を笑うようなことはしません。ですからはっきり思った事を言えばいいのです。貴方はそれくらいのことは分かる脳みそを持っていると思いますが」
オスカーはどうもクラーナといい、マクゴナガル先生といい。どうしてこうなるのか分からなかった。嫌いだと思った人の方が他の人より自分の事を知っているのだ。でもオスカーはクラーナの時と同じで感じた事を頭で考えて口まで出てくるのに時間がかかっていた。
「ようは…… その……」
「ですからはっきりと……」
「マクゴナガル先生。どうして待ってくれないんですか? オスカーじゃなくて他の同級生だったら時間をくれますよね? 授業でそうしているみたいに。私も他のみんなもオスカーもまだ一年生です。そういう事を私は言い訳したくないですけど。さっきオスカーが謝った時みたいにいきなり一杯言える方がおかしいんです。マクゴナガル先生は私やみんなより年上でずっと賢いのにどうしてそれが分からないんですか? あ…… ごめんなさい。言いすぎました。その…… だから…… 私……」
クラーナがそう言ったのを聞くとマクゴナガル先生はまたオスカーが見たことの無い表情をした。どうも怒っているようなのだが、それはオスカーや他のみんなに向けられていない気がしたのだ。そしてクラーナに何か言うと思ったら、眉を寄せて、口をキュッと寄せると傍にあった紅茶に砂糖をドバドバ入れて一気に飲み干した。
「ミス・ムーディ。グリフィンドールに十点加点します」
「え……? 加点ですか?」
「はい。貴方やミスター・ドロホフと話していると、どうしても私は貴女達の頭脳や杖腕と同じものを他の事にも求めてしまうようです。私に人並み以上の変身術の技能があったとして、同じように占い学の技能があるとは限りません。これは同じことですね。よく指摘してくれました」
思わずオスカーはクラーナと顔を見合わせた。これは先生が謝っているのだ。マクゴナガル先生が謝っている。二人には結構な衝撃だった。
「それにしてもミス・ムーディ。貴方はお姉さまと随分性格が違うようですね。貴方の顔を見ないで話したのであれば貴女が私の教え子のイライザの妹だと気づかないでしょう」
「え? あ、えっと。そう…… そうですか……」
「ミスター・ドロホフ。言葉はまとまりましたか?」
クラーナが言った事は何だかトンクスやシラが喧嘩していた事とも似ている気もした。それにマクゴナガル先生は言葉はどうかと言ったのだ。オスカーは順番に感じていた気がすることを言おうと思った。
「僕は怒っていました。怒っていたのは最初は三人の先輩達だと思っていたんです。あの三人はある朝に僕の父親や母親に関する事を言ってきました。魔法省の高官の親族がいる事で偉ぶっている事も気に入らなかったし、ボスみたいに僕に指図しようとしている事や、母親の姓を名乗れだとか言うのも気に入りませんでした。それに上級生のくせに複数人じゃないと僕にすら言えないことも、職員のテーブルをチラチラ見て気にしているのも。だから大広間のテーブルに体中をくっつけて動けなくしました」
「永久粘着呪文の方が良かったんじゃないかしら?」
「すぐ君はそんな事を言うじゃ無いか。そういうのが良くないよ」
「ミスター・ドロホフ。続けて」
でも全部言うのは現実的では無かった。何故ならまだ分からない事だってあるからだった。分からない事は喋れないのだ。自分の中で起きている事なのに。
「でもしばらくは三人に怒っていることは忘れていました。母親が苗字を三人が言った通りに旧の苗字に戻したからです。理由は僕に問題無く今の家の色んなものを相続させるためだと聞きました。それについて考えている間に三人の嫌がらせが始まりました。つまり、僕の物を隠したり、廊下の備品や肖像画を壊して僕がやったと言ったり、一年生の他の寮の女の子に僕の名前で手紙を送るとかそういう事です」
「何で言わないんですか? 言えばいいじゃないですか」
「僕だったら他の人にそんなこと言わないけど。男子はみんなそうだと思うよ」
「そんなの馬鹿ですよ。馬鹿には馬鹿って言わないといけないんです」
「ミス・ムーディ。口が悪いですよ。続けて」
確かにクラーナの言う通り馬鹿かもしれなかった。でもその時はクラーナやチャーリーはもちろん、トンクスとも喋る仲では無かったし、シラにオスカーはそんな事言いたくなかったのだ。
「僕のふくろうはローガンと言います。ある日、ローガンは手紙を奪われたみたいで毛が逆立って帰ってきました。それでローガンにお願いしていた手紙が談話室に貼られていました。だからローガンは家に帰って貰う事にしました。でもそれはあんまり良くなかった。ローガンがいないと家と手紙のやり取りができないし、シラからの手紙はローガンじゃなくてシラのふくろうのユーリアが運んでくるから。シラからユーリアが羽をケガをしてハグリッドに診て貰っていると聞いて、僕は最初に怒った時よりずっと自分が怒っていると分かりました。それは何故なのか、僕には分かっていました。二羽のふくろうが危なくなることくらい僕なら分かったはずだと思ったからです。僕は自分ができることを出来なかった」
「その三人の腕もふくろうの羽みたいにすれば良かったのよ」
「続けて。ミスター・ドロホフ」
マクゴナガル先生の顔は変わらなかった。どういう反応をするのかオスカーには分からなかったがトンクスやクラーナのようにマクゴナガル先生にも思っていたことを言ってみようと思っていた。
「怒っていると分かると、三人だけじゃ無くて、色んな事が嫌になったんです。つまり、僕の周りの事全部です。苗字を変えたのに何も言わない母親も、勝手に家に来て保護者面をしている闇祓いも、いっつも僕に突っかかって悪口を言う同級生も、僕の事を無視して嫌がらせを知ってるくせに何もしないグリフィンドール生も、そういう事を止めないといけないはずの先生も全部です。それで僕はハロウィーンの夜の事をしました。先輩三人の面子をこれまでにないくらいみんなの前で貶めて、マクゴナガル先生と寮生みんなに文句を言って、寮から飛び出しました。全部気に入らないからです」
「なるほど。分かりました。それでなぜ謝る気になったのですか?」
ちょっとクラーナの事を言うと隣でビクッとなったがまだ大丈夫そうだった。そしてマクゴナガル先生の顔は変わらないと思っていたのだが何だかオスカーは厳格な顔のままなのに興味深そうにこっちを見ている気がしてきたのだ。
「寮を出てトンクスと会いました。それで…… その。ようは僕は大人が良く言うように、考え方が子供だったんじゃないかと思いました。一人じゃ無くてトンクスと一緒にいて、ちょっと考える事が出来て、チャーリーと喋れるようになりました。その後、シラと喧嘩してしまって、クラーナとも喧嘩しました。それで分かったのは話さないと何も分からないって事でした」
「何も、とは何ですか?」
「トンクスは薬草学で一緒で、チャーリーはルームメイト、クラーナはいつも授業で一緒で、シラとは前から話すけど喧嘩になるような事は話したことは無くて、だから、つまり、話さないと相手の事も自分も事も分からないって事です」
さっきよりマクゴナガル先生の鼻息が荒い気がしたがやっぱり怒っているわけでは無いようだ。怒っているならこんなつらつらオスカーに話させないだろうし、途中で止めると思うのだ。
「先輩は別として、僕が後、怒っていたのはグリフィンドール生とマクゴナガル先生です。なんで怒っていたのかは、クラーナが箒から落ちた時もそうなんですけど。勇気だとか騎士道だとか言うのに、ファッジや他の二人がやっていることを、僕より前の、他の人間に似たことをしているのに何も言わないという事です。それに僕以外にも危害が出ているのにです。僕はそれが気に入らなかった。あとは……」
「あとは何ですか?」
そうまで言ってもマクゴナガル先生の顔色は変わらなかった。聞いてくれるというのは本気で言っていたのだ。他の先生だったら聞いてくれるのだろうか? 多分、そうでは無いだろう。
「マクゴナガル先生は最初の授業で質問にきちんと答えてくれました。まだホグワーツに来てそんなになっていないけど。同じようにノートを取ることについて答えてくれる先生はあんまりいないと思います。なのに…… 何て言えばいいのか…… 話を聞かないのは僕もそうだけど。ハロウィーンの夜、とにかく怒られて腹が立ったんです。でも、話さないと分からないし、それとは別に先生に暴言を吐いたことやいくつものルールを破った事は謝らないといけないと思ったんです。それに…… 僕は同じ事を何度も間違えるのは嫌だから」
ふんと大きくマクゴナガル先生は鼻で息をしたかと思うと突然姿が変わった。気づけば先生が座っていた椅子に先生の眼鏡と同じ模様が目元にあるトラ猫が座っていた。トラ猫は大きくニャオーンと鳴くとあっという間に元のマクゴナガル先生に戻った。
「姉さんが言ってました。マクゴナガル先生はアニメーガスだって」
「アニメーガスってモーガンやクリオドナが使っていたって言う能力じゃ無いか」
「失礼。ミス・ムーディ、ミス・グヴィン、合っていますよ。私はアニメーガス、動物もどきです。さて、ミスター・ドロホフ。貴方の謝罪を受け入れましょう。同時に私も貴方に謝りましょう。私は寮監として、教諭として、人間としていくつも間違いを犯しました。そして貴方と同じようにどうして私が貴方を強く叱責したのか話す必要があります。今の話を聞く限り、貴方には間違いなく説明を聞く能力があるでしょうから」
みんながあっけに取られている間にマクゴナガル先生は喋っていた。一体全体、猫になるというのはどういう意味や効果があるのだろうか? 猫になって鳴いたことで何か意味があるのか?
「ミスター・ドロホフ。貴方を強く指導する理由には二つあります。一つは貴方の能力です。ミス・ムーディ。貴方もそうです。貴方たちの杖腕と頭脳は一段抜けているという事です。五年生を相手にしても能力的に劣るものではありません。これがどういう事か分かりますか? ほとんどのホグワーツの生徒をあなた達は力でねじ伏せる事が出来るという事です。続けて自分の行動を正当化して他の人間に見せる事が出来るだけの頭脳があります。分かりますね。この二つがどれだけ危険なことか。そして貴方たちは実際にそれをしました。ミスター・ドロホフは三人の五年生のグリフィンドール生相手に。ミス・ムーディは五年生のスリザリンの監督生を相手にです」
それはその通りだったし、オスカーはやっぱりマクゴナガル先生はどうにも自分の事を知っていたらしいという事が分かった。いつもそうなのだ。そういう事は後になって気づくことだった。
「普通の一年生以上の事が出来るという事は、普通の一年生以上の失敗をする可能性があるという事です。すなわち、相手に取り返しのつかない身体的・精神的なケガを負わせることがあるかもしれません。ですからそういった事が無いように普通の一年生以上に気を付けないといけません。これが一つ目です」
なるほど。これも言い方なのでは無いかとオスカーは思った。お前たちは人より出来るから危険だ。なんていう事だって出来るだろうからだ。でもマクゴナガル先生がそう思ってはいないだろうことくらい顔を見ればわかる。
「二つ目は貴方たちの名前や生まれです。良いですか。私はそのような事をしません。ですが他の人間はそうでは無いという事です。先の戦争で有名になった家の名前はいくつもあります。ドロホフやムーディという家の名前はその顕著な例です。どちらの名前も一部の人にとって色んな記憶を呼び覚ます名前なのです。例え理不尽に感じたとしても、気を付けなければなりません。そしてその名前に一つ目の要素が加わればなおさらだという事です」
それを聞くとオスカーとクラーナでは無くて、他の三人の顔がちょっと変わった気がした。オスカーはいい加減そんな事は慣れっこだったが、他の人からするとこういう事をはっきり聞かされると感じるモノがあるのかもしれない。
「さて、最後は私があなたとミス・ムーディに謝る必要があるという事です。私はあなた達の特性を理解したと思っていた上で、間違った態度を取っていました。簡単に言えば、ミスター・ドロホフ、ミス・ムーディは私が言ったような事をすでに理解しているものだと思い込んでいたという事です。五年生より杖腕が優れているのですから、大人の人間が考える事を理解できてると思い込んでいました。そう思い込んでいたにも関わらず、五年生の生徒の様に叱るのでは無く、一年生の生徒の様に叱りました。間違いなく矛盾です。これにも貴方たちは気づいていたのではないかと思います。私の事が気に入らない。腹が立った。なるほど。その通りでしょう」
やっぱりこの先生は相当に頭が良かった。オスカーが授業で感じたことはあっていて、これまで会った中だとキングズリーと同じくらいに頭が切れるのかもしれない。この先生の言う通り、この先生に怒っていた理由はこれなのだ。グリフィンドール云々でも、ファッジのことでも無く、先生が取っていた態度が気に入らなかったのだ。矛盾していた。
「これを説明した上でもう一度、謝りましょう。上級生とのいざこざを見逃していたことや、私の態度や行動は不適切でした。そして、今までの話は私と貴方たち個人の関係です。ですから私は先生として、貴方たちに指導であったり、学校の規則に則って色んな処分をしなければなりません。それは貴方たちと他の生徒と先生方を守るためのルールなのですから」
「はい。わかりました」
「はい。私も分かりました」
「はーい。なんか難しかったけど分かった気がするもの」
「分かりました。先生が言っていることは私も納得できるから」
「みんなもこういってるから僕もそうかな?」
ここまで言うと先生はもう一度杖を振った。ポットが二つに増え、みんなの空になったティーカップに注がれたのはさっきの紅茶では無くて熱々のココアだった。
「さて、色々点数を動かさねばなりませんね。ミスター・ドロホフと五年生三人との決闘に関する減点四十点はすでに処理しています。次に七週間グリフィンドール寮に戻らず、無断外泊をした件です。一週間に付き、十五点グリフィンドールから減点します。すなわち九十点です。ミス・ムーディは決闘が禁止されているにも関わらず、大階段前でスリザリンの一年生三人と五年生の監督生と決闘をしましたね。一人につき十点、合わせて四十点減点します。ここには当人はいませんがスリザリンもひとり十点減点します。ミスター・ウィーズリー。禁止されている箒を所持して校庭内で飛行しましたね。十点減点します。そしてこれらの件に関しては校長先生の方針で関係した生徒に罰則は与えません。その代わりに上級生に関しては校長先生から個人的指導をすでに行っていただいており、ここにいない他の生徒達には私が今話している内容と同じものを各々の寮監が指導しています」
あっという間にグリフィンドールの点数は百点以上減点されてしまった。グリフィンドールのルビーは見る影もないくらい少なくなってしまっただろう。チャーリーなど顔が大変なことになっている。やっぱりマクゴナガル先生はそのことくらい知っていたのだ。
「あなた方同士は何をしたのですか?」
「僕と……」
「私とオスカーは決闘しました。トンクスとシラは……」
「はーい。喧嘩しました。蹴って噛みついて引っかいて投げ飛ばしました」
「私もだいたい同じ…… あと魔法史の本で殴り…… 殴りました。でもトンクスはあと私に肘を入れました」
「分かりました。グリフィンドールから二十点、ハッフルパフ、レイブンクローからそれぞれ十点減点します」
もう無茶苦茶だった。こんなに減点されたことはホグワーツでもそうそう無いのではないだろうか? トンクスの言う最高記録を塗り替えたかもしれない。
「さて。ではミスター・ドロホフがグリフィンドール寮に戻りましたから。こちらも処理しましょう。変身術の授業でミスター・ドロホフとミス・ムーディに関する加点を行います。変身術は週二回、一つの授業で二人はおおよそ十点加点しています。貴方たちに加点しなかった七週間の間も授業の出来は変わりませんでした、百四十点加点しましょう。無言呪文で決闘できる一年生はほとんどいません。一人につき十点加点しましょう」
マクゴナガル先生はこういう事をするのだ。オスカーは知っていた。そしてこれはマクゴナガル先生流のやり方なのだ。つまり、減点すべき場所は減点するし、加点するべき場所はすると先生は行動で示している。
「あなた達五人にそれぞれ十点ずつ加点しましょう。これまでの教師生活で一年生がこの様にはっきり自分の意見を私に伝え、謝りに来たことはありませんでした。本当はこれが当たり前になるべきですが、実際はそうではありません。よく来てくれました。ですが私も貴方たちもそうする努力は出来るという事です。今日のように。ではそのココアを飲み、夕食を食べ、それぞれの寮でおやすみなさい」
オスカー達はそれぞれまだ熱いココアを飲み、何だか体も暖かくなってソファーを立った。すると不意にマクゴナガル先生はまたみんなの方を見た。
「そうでした。ウィーズリー、来年はクィディッチのチームを受けなさい。急降下やウロンスキーフェイントの練習ばかりしているのですから貴方はシーカー志望でしょう。今年のシーカーに不満はありませんがもう七年生ですから、来年はまず穴を埋めなくてはいけません」
「え? あ、ありがとうございます」
「それとドロホフ、ムーディ、貴方たちはずっと張り合っていましたが結局のところ、決着はついたのですか?」
チャーリーの顔が突然パッとなったのとは対照に、オスカーとクラーナはお互いに顔を見合わせた。お互いにちょっと眉が上がっていた。
「私です。だってオスカーは地面に倒れて私がマウントを取ってたんですから」
「それはおかしいだろ。杖は二人とも無かったんだし」
「はあ? どう見たって私の勝ちでしたよ。いつでもあなたにギブアップを言わせることができました」
「僕は泣いてなかったけど。君は泣いてただろ」
「あなたは私の蹴りで息が出来てなかったでしょう」
「君は僕を殴ったくせに痛がってたのはそっちじゃないか」
「分かりました。聞いた私が愚かでした。私の部屋でいつもの張り合いをやられるのはごめんこうむります。これ以上騒ぐのはおやめなさい」
そうしてあっという間にみんな外に追い出されてしまった。ホグワーツの窓から見えるのはほとんど日が沈んだ薄明りの城と湖だった。
「じゃあ帰りましょうよ。あ、先に服とか必要の部屋から出さないとダメね」
「あなた達ずっと二人であの部屋で寝泊まりをしていたんですか?」
「何? クラーナ気になるの? それってやっぱり……」
「クラーナ、さっきマクゴナガル先生に言ってくれてありがとう」
「え? あ…… はい。別に私はおかしいと思っただけで……」
「僕は何かおかしいと思ってたけど。あの時は上手く言えなかったからそれだけで助かったし、嬉しかったけど」
「ヒュー 言うわね。お姫様から王子様に転職するわけ?」
クラーナはこっちを見てくれなくなったし、トンクスは本当に何か言ってないと気がすまないらしい。オスカーと二人でいる時以上にうるさかった。
「君、本当に何かからかってないと気がすまないんだね」
「あれ? あれでしょ。シラはオスカーが誰にもこんなのだから焦ってるんでしょ?」
「本当にそればっかりじゃないか。でもオスカー、やっぱりオスカーは魔法が使えるより前に凄いよ」
「凄いって何が?」
「うん。凄いよだって寮の窓から飛び降りるなんて考え付かなった。ドラゴンも飛行の練習をするときは高所から滑空の練習を始めるから僕の方が最初に思いついてもおかしくなかったんだけど」
トンクスが何も言わず、他の全員でチャーリーを見るくらいにはみんなの脳みそは理解がついていかなかった。結局シラはチャーリーの発言はスルーすることに決めたらしい。
「思っていることを口出せるって事だよ。マクゴナガル先生やクラーナも言っていたけれど普通、私達と同い年の人はそんな風に大人に自分で思った事を言えないものだよ」
「そうかな? だってトンクスやクラーナとか……」
「二人も他の同級生よりそういう事が出来るんだと思うけれど、オスカーみたいに言えないと思うけれど? 違うかい?」
「そうなんじゃないですか? そもそもオスカーは他の人と話さないから自分で分からないんでしょうけど」
「まあそうじゃない? ちゃんと喋ればだけどね。チャーリー、ドラゴンの話は今日はもうなしね。あっちで咆哮の練習でもしてるといいわ」
「人間の喉じゃドラゴンの声域は出せないよ。難しいんだ」
そんなこと言われてもオスカーはあんまり実感が無かった。だって今日はクラーナやマクゴナガル先生に思っている事を言いたかったのに初めは言葉が上手く出てこなかったのだ。こんなのはシラと初めて喋る時以来感じたことだった。
「ほら前に私の名前で本のレポートを出したじゃ無いか。あの時のレポートがスコットランド北部の金賞になっちゃってそれをオスカーに…… あれ? オスカーに…… なんで君に渡してないんだろう? あのレポート書いて貰ったのはオスカーで……」
「きっと僕がシャックルボルトの家にいた時だったんだよ」
「でもそれじゃおかしいよ。だってその時でもローガンは家に来てたじゃ無いか。小さい盾くらいローガンに渡せるし、時期だって…… なんで忘れてたんだろう。だって私の部屋に置いてあるのに」
「そういう時もあるよ。でも本のレポートと僕が言うことなんてそんな関係無いと思うけど」
シラは頭が痛いのかちょっと眉間を抑えて考えている顔をしている。オスカーは何とかシラをこの話から遠ざけたかった。そんな事別に思い出さないでもいいと思ったのだ。自分が良く分からない賞を取ったことを思い出すために今みたいに頭を痛めて欲しくなかった。
「関係あるよ。だって賞を取ったっていう事は、オスカーが本を読んで感じたことを他の人に伝わる様に書けたってことなんじゃないか。スコットランド北部の金賞なんだから、オスカーはスコットランド北部では一番伝わる様に書けたってことなんじゃないかい? さっきマクゴナガル先生に言ったみたいにオスカーはそういう事が出来るんだ。これ、私が代わりに賞を貰った時についてたエジンバラの大学の偉い人からの手紙に書いてて…… やっぱりなんでオスカーにそれも渡してないんだろう?」
「分かったよ。ありがとう」
「どうするのクラーナ、チャーリー、やっぱり幼馴染は強いわね~。こういうのドラマで見たことあるわ。昔の思い出で殴るのよね」
オスカーはトンクスのからかいがありがたかった。シラはオスカーや他の人を褒めるかもしれないがそれ以前に彼女は十分賢かった。本だってこの中で一番読んでいるだろう。
「月曜の九時のドラマじゃないのかい? ウェールズの大学が舞台の」
「え? そうよ。それそれ。私あの転入先の小うるさい方の女の子があんまり好きじゃ無かったの」
「私は幼馴染のふざけてばっかりの子の方が好きじゃなかったよ」
「この二人いつまでも喋りますからもう晩御飯を食べて帰りましょう」
「そうだね。オスカー、とりあえずベンがびくびくしないように訓練から始めようよ。ドラゴンみたいにベンの目にブリンカーを付けるといいかもしれない」
「分かったよ。僕のベッドはまだあるみたいだから帰るよ」
ハロウィーンの夜からの出来事はクリスマスが近づいてやっと終わった。その日以来、五人は友人と呼べる程度の関係になった。共通の経験がお互いを結び付ける。その経験が他の人と違う特別なものであればなおさらなのだ。まさにあのマクゴナガル先生が謝るというのはまさしくそんな経験だった。
しばらくお休みです
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