無垢の少女と純粋な青年 (ポコ)
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0話 イオンとアリエッタ

勢いに任せてついやっちゃいました。
主役はTOAでルークの次に好きなアリエッタです。
拙作ですが、生暖かい目で読んで下さいませ。

時系列としては、原作2年前。オリジナルイオンが亡くなったばかりです。


「イオン、様……どうして……アリエッタの事……」

 

 ダアトにあるローレライ教団本部。

 荘厳なステンドグラスに囲まれた大広間。

 その大広間の隅で、一人すすり泣く少女が居た。

 

 少女の名はアリエッタ。ローレライ教団の最高責任者である【導師イオン】の守護役筆頭だった(・・・)少女である。

 

「イオン、様……アリエッタが、守護役じゃなくても、平気って、言った……!」

 

 イオンとアリエッタ。

 この2人は年齢が近い事もあり、普通の上司と部下では有り得ない程の信頼関係を築いていた。

 

 だが、元々病弱であったイオンは数か月前。突然の病に伏せた。

 イオンの療養中。導師守護役筆頭であるアリエッタですら、面会の一度すら許されなかった。

 

 そして数ヶ月が経ち、イオンの症状が落ち着いたと伝えられ、嬉々としてイオンの下へと向かったアリエッタが耳にしたのは――――イオン本人からの守護役解任の報せだった。

 

「どう、して……どうして、イオン様。アリエッタ、じゃなくって、アニスをあんな目で、見た、の……?」

 

 解任の報せに呆然としていたアリエッタが見たのは、イオンの傍に――――アリエッタが数ヶ月前までいた場所に、さも当然のように立つ、同じ導師守護役であった【アニス・タトリン】の姿。

 

 アニスは導師守護役の末席だったが、本来であれば導師守護役など論外な人物だった。

 11歳という幼さ故か、目上の者への敬意を払う事は皆無。それどころか、一定以上の地位の異性には誰だろうと構わず媚を売り、気に入らなければすぐに手の平を返す最低の人間――――それが周囲からのアニス・タトリンの評価である。

 

 そのような人物が、何故導師守護役筆頭になど推薦されたのか。

 それは【導師イオン】よりも強い支配力を持つ【大詠師モース】直々の推薦故である。

 本来【大詠師】とは【導師】よりも低い地位の人物であるが、導師であるイオンが病弱故に積極的に表へは出ない事。そして政務に積極的ではない事が、イオンよりもモースの影響力が強い大きな理由だった。

 

 だが、アリエッタが衝撃を受けた理由は、アニス・タトリンに自分の地位を奪われた事だけではない。

 一番の理由は――――イオンがアニスを、心から信頼している目で見ていたからだ。

 それも数年間共に過ごし、絆を育んできた筈である自分には、申し訳なさそうに一目をくれただけで。

 

「イオン、様、アリエッタの事、ぐすっ、いらなくなった、の……?」

 

 分からない。

 

 イオンが自分を捨てた理由が。

 

 イオンがアニスに信頼を抱く理由が。

 

 

 今まで自分がイオンと過ごした時間が本物であったのか。

 

 考えれば考える程、思考の海へと沈み込むアリエッタ。

 そんなアリエッタを現実に返したのは、広間の中心から聞こえてくる、聞きなれた声だった。

 

「この、声……ヴァン謡将、と……モース、様?」

 

 声の主は、自分がイオンの次に信頼する人物であるヴァン・グランツだという事に気付いた。

 だが、何故ヴァンがモースと2人で居るのか?

 

 ローレライ教団内の派閥はイオンを支持する【導師派】、モースを支持する【大詠師派】、そしてどちらも支持しない【中立派】に分かれている。

 そしてヴァンは、中立派の筆頭とも言える人物。

 

 何故、中立派のヴァンと大詠師であるモースが、この誰も立ち入らない時間に大広間に?

 アリエッタは不審に思うも、モースがヴァンを大詠師派に勧誘でもするのだろうと判断する。

 今から大広間を出て行くわけにもいかず、話が終わるまでもっと広間の隅の方にいよう――――そう思い移動しようとしたアリエッタだったが、2人が放った言葉に思わず足を止めてしまった。

 その内容が、彼女が信じてきたもの全てを否定するとも知らず――――。

 

「レプリカへの教導役、ご苦労だったなヴァン」

「いえ、流石は導師イオンのレプリカとでも言うべきでしょうか。大地が水を吸うように、驚くべき速さで知識を吸収してくださいました」

 

「(レプ……リカ……。イオン、様が……?)」

 

 レプリカ。

 以前ヴァンから一度だけ聞かされた言葉。

 遺伝子情報から、全く同じ人間を造り出す技術【フォミクリー】。

 その技術によって創られた人間【レプリカ】

 かつてヴァンはアリエッタに、自分の夢に協力してくれれば、いつかアリエッタの両親のレプリカを創ってくれると約束してくれ、アリエッタはその言葉を信じた。

 だが――――。

 

「(ち、がう――――)」

 

 アリエッタとの絆を、全て忘れたかのようなイオン。 

 

「(違う――――)」

 

 アニスを見つめるイオンの表情。

 

「(違う――――!!)」

 

 そして――――アリエッタを見るイオンの眼。

 

「(イオン様は、アリエッタを、あんな目で、見ない!!)」

 

 全てが、アリエッタの知るイオンとは程遠いものだった。

 

 じゃあ、あれがレプリカなら、本物のイオン様はどこ?

 その考えたアリエッタの耳に入ったのは、またしても信じられない――信じたくない言葉だった。

 

「しかし、オリジナルのイオン様にも困ったものだ。いくら死の預言が詠まれたとはいえ、もう少し保ってもらいたかったのだがな……そうすれば、あのようなオリジナル以上に虚弱なレプリカではなく、もっと丈夫なレプリカを創れた可能性もあったろうに」

「さて、それはどうでしょうかな。元から病弱なイオン様のレプリカでは、何度やってもオリジナル以上に健康にはならないでしょう」

「フン! まぁ良い。死ねばまた新しいレプリカを用意すればいいだけの事だ。まだ遺伝子情報は残っているのだろうな?」

「ええ。現在もディストが研究を続けています。ディストは完全なレプリカの完成に執心ですから、裏切る事は無いかと」

 

「(え――――)」

 

 死の預言?

 イオン様に詠まれた?

 だから、イオン様の代わりを創った?

 じゃあ、本物のイオン様は――――。

 

「それで、導師守護役筆頭の……アリエッタだったか? そいつは解任したのであろうな」

「ええ、レプリカ本人に解任させました。あれ(・・)はオリジナルと強い信頼関係にあったようですからな。守護役のままにしておけば、いつ今の導師がレプリカと気づかれるか分かりませんので」

「ああ、それで良い。それで、解任したアリエッタをどうするつもりだ?」

「あれの性格なら、近い内に私に泣きついてくるでしょう。そうすれば、私の直属兵にするだけです。精神面はともかく、戦力としては中々のものですから」

「物好きなものだなヴァン。譜術の素質があるからと、魔獣に育てられた子供を自分好みに育てるなぞ、私にはとても真似出来そうにない」

「モース様、私は少女愛好者ではありません。ただ、使える駒を1つでも増やそうと思っただけの事」

 

「(こ、ま……。アリ、エッタ、が……?)」

 

 オリジナルイオンの死。

 レプリカの記憶の有無。

 両親のレプリカは不可能。

 そして、育ての親の1人であるヴァンの本音。

 

 全てを聞いたアリエッタの精神は限界に達し――――

 

「(い、おん、さま……)」

 

 その場に音も無く倒れた。

 

 

――――――――

 

 

「ん……」

 

 アリエッタが目覚めたのは、ヴァンとモースが立ち去ってから数十分経ってからだった。

 

「ここ、は……」

 

 寝ぼけ眼で周囲を見渡すアリエッタだったが、意識が覚醒していくと同時に、自分が何故大広間に倒れていたのかを思い出していき、その表情はどんどん哀しみと怒りに染まっていった。

 

「……イオン様……死ん、じゃった……」

 

 ドンッ

 

「……イオン様……レプリカに、なってた……」

 

 ドンッ

 

「……レプリカは、イオン、様、と、全然、違った……」

 

 ドンッ!

 

「……ヴァン総長、は、アリエッタに、嘘、ついてた……ッッ!!」

 

 ドォンッ!!

 

 1つ怨嗟を吐くと同時に床を叩いていたアリエッタの拳は、気づけば握りしめすぎた掌は血に染まっていた。

 だが、そのような事は今のアリエッタにはどうでもいい事だった。

 

「……もう、ここには、いられない……いたく、ない……!」

 

 アリエッタは立ち上がると、何かに憑かれたかのように、教会の出口から出て行った。

 

 数日後、アリエッタがいなくなった事に気付いたヴァンがダアト周辺に捜索隊を派遣するが、アリエッタが見つかる事は無かった――――。




どうだったでしょう?
初めての三人称に挑戦してみたつもりだけど、中々難しいです。どうしても書きづらかったら、途中からside方式かアリエッタ視点オンリーになるかもですが、出来るだけ頑張ってこの書き方でいきます。


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1話 約束

 久々に投稿。気付けば半年以上経ってしまいました。
 いやぁ、去年末から創作意欲がヤバいくらいに減衰してしまいまして。出来れば去年のうちに投稿したかったんですが、気分がダラダラとしてるうちに気付けば2月。やべぇ。
 そろそろ復帰しないと創作活動自体からエタると思ったので、気合入れて執筆。まだ0話しか投稿しておらず、リハビリには最適なこの作品から書いてみました。

 復活ついでにこの作品の意向表明。この作品は、全力でルークとアリエッタを幸せにすることが目標です。パーティメンバーなぞ知った事ではないです。ジェイド、ナタリアは少しは更生の余地があるかもですが、ティア、ガイ、アニス。テメーらはダメだ。イオンとアッシュの扱いは悩み中。アッシュの立場は軍港襲撃をするかしないかでかなり変わるんだけど・・・ふぅむ。

 そういえば気になってるのですが、原作でアリエッタはシンクについて何も思わなかったんでしょうかね。イオンと同じ声、同じ髪色、似た背丈なのに、オリジナルイオン大好きなアリエッタが不思議に思わなかったのが疑問なんですが……うん、このネタは本編でいつか使うか。使う機会があれば。


 ダアトを出てからおよそ1ヶ月――――アリエッタは魔獣も連れず、たった一人で街道を歩いていた。その顔色はとても正常とは言えず、明らかに疲労の色が濃く出ていた。

 目的地も無く、目標も無く、頼れるモノも無く――――それでもアリエッタは歩き続ける。まるで何かを探し求めるかのように。

 

「…………ママぁ……」

 

 アリエッタはダアトを出てすぐ、自身の育ての親である、ママと呼び慕う魔獣――――【ライガクイーン】の下へと身を寄せた。ダアトでの絆を全て失ったアリエッタにとって、彼女の傍だけが世界で唯一安らげる場所だったから。

 

 だが、数年間の人里での生活は、その唯一の拠り所さえも遠ざける事になった。

 

「…………会いたいよぉ………………」

 

 最初の数日は良かった。

 ライガクイーンもアリエッタを我が子のように可愛がり、アリエッタも傷ついた心を癒そうと、必死とも言えるような勢いで母親に甘えていた。

 

 違和感は次第に強くなっていった。

 

 自分がここにいてはいけないかのような違和感。

 

 その原因が一部のライガからの敵意と気づいたのは、一週間が経過した時だった。

 

 ライガクイーンが狩りへ出かけ里を留守にした時、複数のライガに襲われたのだ。

 何故自分が襲われるのか理解出来ず、ライガ達を家族だと思っているアリエッタには反撃する事も出来ず。ライガクイーンが帰ってくるまで、必死に身を護る事しか出来なかった。

 その場はライガクイーンの威圧によって収められたが、アリエッタへの敵意はますます強くなる一方だった。

 

 最初は何故自分が嫌われるのか理解できなかったアリエッタだったが、注意深く周囲を探っていると、すぐに理解できた――――出来てしまった。

 

 ――――自分から人里の匂いがするせいだと。

 

 アリエッタを襲ったのは、彼女が知らない新参のライガばかりだったのだ。人里で育った子供が、自分達の長に嫌いな匂いを染み込ませていれば、原因を排除しようとするのは当然の結果だった。

 

 その結論に達した翌日、アリエッタは母の下を離れた。母の立場を悪くしない為に、離れざるを得なかった。人間の匂いが染みついた長など、到底認められるはずがない。その事を、アリエッタはどの人間よりも理解していたから。

 ライガクイーンは物悲しそうに唸っていたが、長としての立場を理解している彼女には、アリエッタを見送る事しか出来なかった。

 

 

 里を離れ、何体かの魔獣を連れ歩くアリエッタ。

 だが、またしても彼女は悪意にさらされる事になった。

 いや、常人の目線で見れば悪意ではなく善意なのだろうが――――。

 

 旅の途中、幾人もの人間に襲撃されたのだ。正しく言えばアリエッタではなく、アリエッタの周囲にいる魔獣が。

 

 アリエッタから見ればただ友人と当てのない旅をしているだけだったが、周囲から見れば魔獣に幼い子供が攫われているようにしか見えず。アリエッタを目撃した善意の村人が、偶然村に滞在していた傭兵団に懇願したのだ。

 

 ――――魔獣に幼い少女が襲われている。助けてあげて欲しい、と。

 

 幸いと言うべきか、不幸にもと言うべきか。件の傭兵団長は善人と言える人間であり、村人の懇願を二つ返事で受け入れた彼は部下を引き連れ、即座に村を発った。

 

 当然、襲われる側のアリエッタ達としては堪ったものではない。

 人間たちの狙いが自分ではなく魔獣達だけだと気付いたアリエッタは、即座に魔獣達に迅速な離脱を指示。魔獣等はアリエッタも共に連れて行こうとしたが、傭兵団の激しい攻撃に晒され、指示通りに逃亡する事しか出来なかった。

 

 魔獣達を撃退し、アリエッタが助かった事を喜ぶ団員達。

 その光景を見て、アリエッタは唐突に理解させられた。

 

 

 自分がいたせいで、友達は襲われたのだと。

 自分という存在が、魔獣達には害悪にしかならないのだと。

 

 

 それを理解したアリエッタは、限界だった。

 自分にただ一つ残された、魔獣達との絆。それさえも奪われたも同然なのだから。

 

 傭兵団に保護されたアリエッタだったが、善意からとはいえ、友人を傷つけた一団に世話になる気になれる筈もなく。その日の深夜に彼等の下を発った。

 救助された子供が逃亡するなど予想もしていなかったのか、誰からも気付かれることはなく。

 

 

 それからのアリエッタの旅も、彼女にとっては辛いものだった。

 道中で何かあったわけでもない。寧ろ、出会う人間は殆どがアリエッタに好意的に接してくれたと言っていいだろう。彼女が飢えずに済んでいるのは、子供の一人旅は心配だからという理由で、人々が寝床や食事を用意してくれた故なのだから。

 中には一緒に暮らさないかと言ってくれた人もいた。

 温もりに飢えていたアリエッタは思わず頷きそうになったが、ギリギリで断った。

 

 ――――きっとこの人も、自分の友達を受け入れてくれない。

 

 今は距離を置いているとはいえ、魔獣達との縁を完全に切れる筈はなく、アリエッタも切るつもりはない。いずれ魔獣達がアリエッタの下へ戻ってくるのは、容易に想像出来た。その時、普通の人間はどういう対応をするか?

 ……決まっている。魔獣達(ともだち)を、排除しようとするのだ。

 そう考えると、好意を受ける訳にはいかず。一人になって数週間が経つ今も、こうして当てもない旅を続けるしか無かったのだ……一人ぼっちで。

 

 

 

 いっそ死んでしまおうかとも考えた事もあったが、アリエッタには出来なかった。

 今は亡きオリジナルのイオンとの約束があったから。

 それは、アリエッタとイオンが親しくなった時に交わした約束。

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

『ねえアリエッタ』

『なん、です? イオン……さま』

『あはははっ! そんな言いにくそうに様付けなんてしなくても、気にしなくて良いのに!』

『で、でも……ヴァン、や、モースさまに怒られる、です』

『その無理やりな敬語も何だかなぁ……まぁいっか。アリエッタはさ。最近、よく笑うようになったよね』

『そう、ですか?』

『うんうん。初めてあった時なんか、ずーっと警戒してしかめっ面してたもん。周りは全部敵だーって感じでさ!』

『むぅ……』

 

 馬鹿にされたと感じたのか、頬を膨らませるアリエッタ。そんな彼女を見て、イオンは更に大きな声で笑い転げた。それを見て、アリエッタが更に頬を膨らませる。見事な悪循環だった。

 ひとしきり笑った後、イオンは涙目でアリエッタの頭を撫でながら話を続けた。

 

『あー……ゴメンゴメン。あの頃のと今を比べたら思わず笑いがね』

『知らないもん!』

『敬語取れてるし……だからゴメンってば。ボクが言いたかったのはね、昔より今のアリエッタの方が生き生きしてるって事だよ』

『……生き生き?』

『うん。なんて言うか、楽しそうって言うか、見てて嬉しくなるっていうかね。アリエッタの笑顔は、僕を……いや、皆を幸せな気持ちにしてくれるんだ』

『そうなの?』

『うん』

『ふーん』

 

 自分の笑顔がそんなに魅力的なのかと疑問に思うアリエッタだが、自信満々で頷くイオンを見ていると態々否定する気にもならず。結果、生返事で返す事になったのだが。それを見て苦笑したイオンは、わしゃわしゃとアリエッタの頭を強く撫でまわした。

 

『何するのー!?』

『だって全然信じてないんだもん』

『むー!』

『じゃあ、アリエッタの笑顔がどれだけ凄いか確かめてみようか』

『……どうやって?』

『簡単だよ。アリエッタがずーっと笑顔でいてくれたら良い。それで周りの人がニコニコ笑顔になったら、アリエッタが凄いって事になるでしょ?』

『ずっと笑うなんて、しんどいからヤダ!』

『僕は寝てる時以外は殆ど笑ってるけど?』

『イオン……さま。外で笑ってる時はなんか怖いもん!』

『あっはっは! いつも一緒にいるアリエッタには分かっちゃうかー』

 

 このオリジナルイオン。導師という立場故か存外腹黒く、アリエッタに向けるもの以外の笑顔は全て作り笑いなのだ。尤も、それを見抜けるのは2つの笑顔を知っているアリエッタだけなのだが。

 しばらく笑っていたイオンだったが、ふと妙案を思いついたとばかりに両手を合わせた。

 

『じゃあ、アリエッタは出来るだけ楽しい気分でいること!』

『え?』

『だって、楽しかったら笑顔になるでしょ? だったら、いつも楽しかったらいつも笑顔になるじゃん!』

 

 満面の笑みで提案するイオン。アリエッタも成程と思ったが、自分の普段の生活を思い返しているうちに、どんどん表情が沈んでいった。

 

『いや、何で言ったはたから暗くなってるのさ』

『だって、ずっと楽しいなんてムリだもん。イオン、さまとヴァン……さま? 以外の人は、アリエッタのこと、変な目で見てくるもん! あんな人達の前で楽しくなるなんてムリなの!』

『あー……』

 

 魔獣に育てられたアリエッタは、教団の中では忌み子、腫物扱いされているのはイオンも知っていた。人間とは異端を嫌うものだと理解している彼からすれば、周りの反応は当然の事だろうとも理解している――――無論、納得はしていないが。

 教団内でも高い立場であるヴァン直々のスカウトという事で、表立って批判する輩はいないが。野生で育ったが故に生物の悪意や気配に敏感なアリエッタは、自身が疎まれている事をおぼろげだが感じていた。

 その事を思い出し涙目になるアリエッタと、どうしたものかと頭を抱えるイオン。数分間か数十分か、沈黙の時間が続いたが、イオンは考えがまとまったのか、優しくアリエッタに話し始めた。

 

『じゃあさ。楽しい事を見つけようよ』

『……見つける?』

『そ。周りが嫌な奴等ばっかりなのは僕も知ってるし、あんな奴等の前で楽しくなれるわけないのも知ってる』

『うん……』

『けどさ。嫌いな奴等のせいで、楽しくなくなるなんて勿体無いじゃん! だから、そんな馬鹿共が気にならなくなるくらい、楽しい事を見つけよう!』

 

 嫌な事が気にならなくなるくらい、楽しくなろう。

 成程、それが出来ればアリエッタはいつも笑顔でいれるだろう。が、根本的な問題があった。

 

『……そんな楽しい事、どうやって見つけるの?』

『……さあ?』

『………………むーっ!!』

『痛っ! いたたたたっ! ゴメン、ゴメンってば!』

 

 肝心の楽しい事をどうやって見つけるかという質問に、提案者にも関わらず投げっぱなしにしたイオン。当然怒り心頭になったアリエッタは、全力で駄々っ子奥義のぽかぽかパンチを繰り出した。傍から見れば子供の仲睦まじいじゃれ合いにしか見えないが。

 

『だって、アリエッタが楽しいと思える事が何か分かんないじゃん! アリエッタって僕といる時以外は何してるか知らないし!』

『……イオンさまと一緒にいる時しか楽しくない』

『そう言ってくれるのは嬉しいけどさぁ。他には無いの?』

『ママと一緒にいた時は、楽しかった』

『いや、それ今は無理だよね? んー……じゃあ、宿題を出そう』

『宿題?』

『そ。僕と魔獣達以外にも、一緒にいて楽しい、幸せだって思える人を見つける事!』

『えー……』

『そんなに嫌そうな顔しないでよ。すっと僕と一緒にいるわけじゃないんだから、他にも好きな人の1人や2人くらい見つける事!』

『や、やだー!』

『拒否権は無いよ』

『うーっ!』

『唸ってもダーメ。――――――――そうしてくれないと、安心して死ねないじゃないか』

『……? イオンさま、どうかしたの?』

 

 イオンが一瞬だけ浮かべた哀しげな表情が気になったが、それを指摘するとイオンは何も無かったかのように、いつもアリエッタに向けている笑顔を見せた。

 

『何でもないよ。とにかく宿題……いや、約束だからね。アリエッタは絶対に、一緒にいて楽しい人を見つける事!』

『…………』

『返事は?』

『………………』

『へ・ん・じ・は?』

『……わかった』

『よしよし。それじゃ、アリエッタがその人を紹介してくれるのを楽しみにしてるからね』

『はーい……』

『生返事だなぁ……。いい? アリエッタ。きっと僕の他にも君を受け入れてくれる人がいるから。その人に会うまで、絶対に諦めちゃダメだからね』

『……イオンさま?』

『――――絶対だからね』

『…………うん』

 

 イオンの有無を言わせぬ雰囲気を不可解に思いながらも、イオンの懇願と言ってもいいような強い意志に対し、深く頷いた。

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 イオンと約束してから、アリエッタは周囲の人間を今まで以上に観察するようになった。一緒にいて楽しい人。自分を受け入れてくれる人を探して。

 だが、そうして見つけたのは自分を疎む人間ばかり。内心では諦めながらも、イオンとの約束だからと人間観察を続け――――――――約束を果たす前に、イオンは逝ってしまい……少女は一人になった。

 

「ママぁ……イオン様ぁ……ぐすっ……会いたいよぉ…………っ」

 

 死にたい。

 楽になりたい。

 そう思いながらもイオンとの約束を胸に、歩き続けるアリエッタ。

 精神的にも肉体的にも限界に達した少女が力尽きるのは、時間の問題だった。

 

 ――――そんな時だった。

 

「あ、危ないっ!!」

「え……?」

 

 突然の大声に、俯いていた顔を上げると……すぐ目前に馬車が迫っていた。

 

「あ……」

 

 

 

 瞬間、彼女の顔に浮かんだ感情は死への恐怖でも、馬車の御者に対する怒りでも無く――――。

 

 

 

 

「……死んだら、イオン様に会えるといいな」

 

 

 

 

 ――――これで楽になれるという安心感から出た、心からの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 そして彼女は、意識を手放した。




ルークとの出会いまで書こうと思ったけど、予想外に回想が長くなったのでここで切りました。次はルークと出会います。多分。さて、投稿はいつになるやら……今月中に出来たら良いね!


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2話 ファブレ公爵家

久しぶりです。活動報告に書いた通り、何とか1週間以内に投稿出来ました。内容は相変わらずしょっぱいですが。
今回出てくるオリキャラのメイドは、とある漫画のキャラからです。最初はオリキャラにしようと思ったけど、キャラがブレまくる未来しか見えなかったので。俺にオリジナルは、書けない……ッ!

今回から場面転換は

――――――――

から

 ◇

にしました。前者だと文字数稼ぎだし、分かりにくいので。


 キムラスカ・ランバルディア王国。

 マルクトと並ぶ2大大国の一つ。

 

 その貴族街に数多く並ぶ屋敷の中でも、一際大きな豪邸――――ファブレ公爵家。

 その一室にあるベッドに、一人の少女が眠っていた。

 

 

「――――ぅん………………?」

 

 

 その少女――――アリエッタが薄らと目を開けると、覚醒しきっていない頭で周りを見渡す。

 

 

「…………あれ……? アリエッタ、確か……」

 

 

 見た覚えのない部屋に困惑しながらも、自分が何故寝ていたのかを思い出そうとしていたところで、ドアの向こう側から聞こえてくる足音に気付く。

 

「――――っ! え、あ、えっと……!」

 

 足音に驚き、アリエッタは咄嗟に逃げようとしたが、見知らぬ場所からどう逃げれば良いのかを混乱した頭では判断できず。あたふたとベッドの上で慌てているうちに、足音の主が部屋の中へと入ってきた。

 

「失礼しま…………あれ?」

「あっ……」

 

 入って来た人物――――メイド服を身に着けた、黄金色の髪を後ろで一つに纏めた15、6歳頃の少女は、アリエッタが起きているとは思わなかったのか。ベッドの上でシーツを頭から被ろうとしていたアリエッタと目が合うと、お互いに動きを止めて数秒間見つめ合い――――。

 

「あ、えっと……!」

 

 先に我に帰ったのはアリエッタだった。

 扉が開いた今のうちにここから出ようと、シーツを頭に被ったまま、まだ硬直している少女の横を急ぎ足で駆け抜けようとしたが。

 

「目が覚めたんだね!」

「――――――――――――~~~~ッ!?」

 

 アリエッタが駆け抜けるよりも僅かに早く我に帰った少女が、突然恐るべき反応速度でアリエッタは捕獲――――もとい、抱き締められてしまった。

 突然の衝撃に声にならない声を上げるアリエッタだったが、何故か興奮しているらしい少女は全く気付いておらず。

 

「もう丸一日も起きなかったから、凄く心配したんだよ! もうー!」

「や、やめて、くだ……さ……」

 

 アリエッタの顔色が悪くなっていく事にも全く気付く様子はなく。少女の大声に気付き、他のメイド達が駆けつけて来るまで、アリエッタはされるがままになるしかなかった。

 

 

 ◇

 

 

「ごめんなさい……」

「…………」

 

 騒動から数分後。

 屋敷の主人にアリエッタが目覚めた事を報せに行くと他のメイド達が退室し、部屋には再びアリエッタと、彼女を抱き潰しかけた少女の2人が残された。

 少女は抱き潰しかけた事を気にしているのか目に見えて落ち込んでおり、アリエッタはベッドの上でシーツに包まり、頭だけを出して少女をジト目で睨んでいた。

 

「あの、本当にゴメンね? 貴女が起きてくれたのが嬉しくて…………。あ! 私の名前はヤナギっていってね!」

「………………」

「…………うぅ~……」

 

 謝りながらも少女――――ヤナギは懸命にアリエッタに話しかけるが、抱き潰し攻撃を受けたアリエッタは警戒を解く事は無く。寧ろヤナギが必死に話しかければかけるほど、それに比例するように警戒心を顕わにしていく様子は、誰が見ても野生動物のそれだった。

 流石にヤナギもこのまま続けても逆効果だと気付いたのか、潤んだ瞳でアリエッタを見つめながらも話しかける事を一先ず止め、様子を見守るだけに努める事にした。

 

 

 ◇

 

 

「良かった。起きたのですね」

「…………」

 

 それから数分後。メイド達を引き連れたこの屋敷の主人と思わしき妙齢の男性と女性が、アリエッタの居る部屋へやって来た。

 女性の方は笑顔でアリエッタの目覚めを喜んでくれたが、男性の方は何か思うところがあるのか、険しい表情を崩す事は無かった。

 

「…………うぅ……」

「あら……もう、貴方! いつまでもそんな怖い顔をしてたら、この娘が恐がってるじゃありませんか!」

「……む、むぅ」

 

 何で睨まれているのか解らず、男の視線から逃げるようにシーツを被りなおすアリエッタ。

 その様子を見た女性は、アリエッタが何を怖がっているのかをすぐに見抜き、隣に立つ男の脇腹を軽く抓る。抓られた男は僅かに口元を引きつらせると、ぎこちない仕草でアリエッタに笑いかけようとし……。

 

「こ、こうか?」

「………………はぁ」

 

 ……その笑顔はお世辞にも爽やかとは言えず。子供が見ればまず間違いなく泣き出すような、威圧感が滲み出たものだった。

 女性はやはりかというように溜息を吐き、周囲のメイド達も心なしか口元を引きつらせていた。

 これでは笑顔を向けられた少女も、益々怖がるのではないかとその場にいた誰もが思ったが……。

 

「…………ふふっ」

 

 少女――――アリエッタは、まだ表情に硬さは残るものの、確かに笑顔を見せていた。

 その事に男性本人までも驚いていたが、最もアリエッタの近くにいたヤナギだけは、彼女がようやく笑顔を見せてくれた事に安堵し、つられて嬉しそうに笑っていた。

 

 

 ◇

 

 

「それじゃあ自己紹介からしましょうか。この顔が恐い男の人は【クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ】。この屋敷の一番偉い人なの。それで、私はその妻……お嫁さんのシュザンヌ。宜しくね」

「……クリムゾンだ」

「…………アリエッタ……です……」

 

 アリエッタが笑顔を見せてくれたお蔭か、先程よりも柔らかくなった雰囲気の中、女性――――シュザンヌは、大人数だとアリエッタが落ち着かないだろうという理由で最初から部屋にいたヤナギ以外のメイド達を退室させると、改めて自己紹介から始めた。

 クリムゾンも妻に続くように名乗りを上げると、アリエッタも小声で自身の名前を名乗った。

 ヤナギも改めて名乗りたそうにしていたが、仕えている主の前という事で何とか自制していた。代わりにこの話の後で、アリエッタと絶対に仲良くなってみせるという意気込みを増す事になっていたが。

 

「アリエッタちゃん……良い名前ね。どうして貴女がここで寝てたのかは、覚えてるかしら?」

「どうして……?」

 

 そうシュザンヌに問われ、考え込む。

 確か自分は、一人で街道歩いていた筈。それがどうして、こんな豪華な部屋で見知らぬ人達に保護されていたのか。理由を思い出す為、更に思考に埋没し――――。

 

「…………あ……」

 

 思い出した。

 

 目の前に迫ってきた、馬車を。

 

 そして――――自分がようやく死ねると、心から安堵した事を。

 

「………………」

「アリエッタちゃん?」

 

 黙り込んでしまったアリエッタを心配しシュザンヌが声をかけるが、何も言わずにシーツの端を強く握りしめるだけで、何も語ろうとしなかった。

 

 ますは状況を把握して貰おうとの質問だったが、死の恐怖を思い出させてしまったかと反省するシュザンヌ。自分では今はこれ以上話を進める事は無理だろうと思い、隣に目配せをすると、それに応えるようにクリムゾンが一歩前に進み出た。

 

「……あの馬車には、私とシュザンヌが乗っていた。政務が終わりキムラスカへ帰る道中で、お前……アリエッタが馬車の前にフラリと出てきたとの事だが……何故、お前のような子供が一人であのような場所に居た? 誰か他の者と共に旅をしていたのではないのか?」

「………………アリエッタ……り……です」

「……何?」

 

 やや強い口調で問いかけると、間を開けてからボソボソと小さい声で答え始めたが、あまりに声が小さかったので聞き取れず。再度聞き直すと、夫妻にとって――――否、誰にとっても信じられない答えが返ってきた。

 

「アリエッタ……イオン様が死んじゃってから、ずっと一人……です」

「……待て。今、イオン様と言ったか? イオン様とはもしや、導師イオンの事か?」

「…………」

 

 クリムゾンの問いかけに、頷きで返すアリエッタ。

 

 ――――信じられない

 

 その場にいたアリエッタ以外の3人は、その言葉を信じる事は出来なかった。

 

 当然だろう。

 世界を支配していると言っても過言では無いローレライ教団の最高指導者が死んだなどと、妄言と受け取るのが普通だ。ましてや、屋敷に来訪した商人が、つい先日ダアトに立ち寄った時にも導師イオンに新たな予言(スコア)を詠んで頂いたと言っていたではないか。

 

 そう。子供の戯言、もしくはただの勘違いだろうと一蹴する事は簡単だ。

 だが、アリエッタが着ている衣服は――――。

 

「……アリエッタ。お前の着ているものは……導師イオンの守護役のものではないか?」

「………………」

 

 再度、頷きで返される。

 それを見たクリムゾン達は、混乱の最中にいた。導師守護役と言えば、導師の最も近くに居る者と言って良いだろう。その導師守護役の言葉なら、妄言だと一蹴するのは早計かもしれないと考えると、次々と疑問が沸き出てきた。

 

 導師守護役が何故あのような場所にいたのか。

 

 導師イオンが崩御なされたのなら、今のイオンは何者なのか。

 

 それらの疑問を解消するために再度アリエッタに問いかけようとするが、膝を抱え込み啜り泣き始めたアリエッタを見ると、これ以上彼女を追い詰めるような問いかけは出来ず。続きは明日にしようとヤナギを残し退室しようとしたところで、思わぬ来訪者が現れた。

 

「父上! 母上!」

「ルーク? 何故此処に……」

「二人の声がしたので…………ん?」

 

 輝くような朱色の長髪の青年――――ルークと呼ばれた彼は、啜り泣くアリエッタを一目見ると、不思議そうに首を傾げた。

 

「母上。誰ですか? このガ……子供は」

「まったく、この子は……。この子はアリエッタ。昨日、馬車が女の子を轢きそうになったと話したでしょう? 彼女がそうです」

「ふーん……」

 

 母から話を聞くと、無造作にアリエッタの傍に近付き、しゃがみ込んで彼女の顔の高さに目線を合わせ、話しかけた。

 

「なぁ、なんでお前泣いてんだよ」

「…………」

 

 泣いている理由が気になったのかアリエッタに問いかけるが、啜り泣くばかりで答えようとしない彼女に対し、ルークの機嫌は一気に急降下した。

 

「この俺が態々聞いてるのにだんまりかよ」

「……うるさい、です……」

「…………あ゛ぁ!? 何うぜぇ事言ってんだお前!」

 

 皇族である自分が気を遣ったというのに、煩いと明確に拒否をされた。

 今まで経験したことが無い反応に一瞬硬直するが、何を言われたか理解すると、今にも掴みかからんかという勢いで、アリエッタに怒鳴り返す。

 

「あ、あのルーク様。アリエッタちゃんは……」

「うっせぇ! こいつが――――」

「ルーク! いい加減になさい!!」

「うっ……」

 

 慌てて仲裁しようとしたヤナギを一蹴し、なおもアリエッタに食って掛かろうとするルークだったが、シュザンヌの一喝を受けると、不満気にしながらもアリエッタから離れシュザンヌの傍へと戻った。

 

「いいですかルーク。貴族たるもの、女性には優しく接しなければなりません――――勿論、礼儀知らずの愚者は例外ですが。

 アリエッタちゃんはまだ幼いのですから、少し素っ気なくされたからと言って怒鳴り返すなどもっての外です! ましてや止めに入ったヤナギにまで怒鳴るなど――――」

「お、奥様! 私の事は良いですから……」

「いいえ。良い機会です。ルークには婦女子の扱いというものを、紳士として徹底的に身に着けてもらわないと!」

「は、母上! 俺が悪かったですから!」

「駄目です」

 

 怒りのシュザンヌから下される判決に嫌なものを感じ、慌てて謝罪するルークだったが、シュザンヌが意見を違える事は無く。

 一抹の望みをかけて父親であるクリムゾンを見るが、目が合った途端に目を逸らされてしまった。怒れるシュザンヌの恐ろしさ、頑迷さは夫であるクリムゾンが最も理解しており、触らぬ神に祟り無しと我関さずの態度を貫き通すのだった。

 父に見捨てられたと分かると、ルークは肩を落とし、母からの判決を渋々ながらも受ける事にした。これ以上駄々をこねると判決が重くなるだけだと理解しただけだが。

 

「あ、そうだわ!」

 

 ルークが諦めの境地に達したと同時に、あたかも名案を思い付いたとばかりに、両手を合わせ満面の笑みを浮かべるシュザンヌ。それに反比例し、ルークの表情は沈む一方である。息子を憐れむ父の姿が、彼を更に憂鬱にさせていった。

 

「ルーク。私、貴方が女性に優しくなるために、良い事を思い付いたの!」

「はぁ……俺はどうすれば良いのですか?」

 

 数か月前にやらされた事は、屋敷のメイド達と共に1週間共に働く事だった。確かあの時は、メイド達の仕事がどれだけ過酷かを知れば、メイド達に優しくなれるだろうだったか……もしかして、あれをした上でヤナギを怒鳴ってしまったのが失敗だったのかと、今更ながらに己の失敗を悔いたが、時既に遅し。

 せめて今回は数日で終わる事であって欲しいと願うルークだったが、母の口から出たのは、今の自分にとって最悪とも言える提案だった。

 

「ルーク」

「はい」

 

「これからアリエッタちゃんが元気になるまで……それじゃ駄目ね。アリエッタちゃんがこの屋敷に居る間、ヤナギと一緒に面倒を見てあげなさい」

 

「「……はい?」」

 

 シュザンヌが下した判決の内容に、思わず声をあげるルークとヤナギだったが、内容が変わるわけはなく。

 

「お願いね♪」

「は、はい! 分かりました奥様!」

「……マジかよ…………」

 

 元からアリエッタと仲よくする気だったヤナギは笑顔で了解したが、先のアリエッタとの騒動を考えると、面倒事が起こる未来しか見えないルークは、母に聞こえないように溜息を吐いた。




三人称は登場人物が増えると難しいなぁ……所々に一人称になってる気がする。まぁどの書き方も難しいのですが。
ちなみに今回登場したヤナギは、【烈火の炎】のメインヒロイン“佐古下 柳”が元ネタです。アリエッタと同年代で、包容力があって、母ではなく友人になれそうなキャラというと、作者の好きなキャラでは柳しか思いつかなかったのです。

アリエッタがあっさりとイオンが死んだ事を話したのは、ネガティブになってるのもですが、そもそも隠すと言う意識が無いからです。


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3話 アリエッタの過去

アリエッタがオリジナルイオンと出会ったのは原作の約9年前であるND2009年。その時のアリエッタは猛獣同然だったらしいので、ヴァンがアリエッタを捕獲(誤字に非ず)したのはその数ヶ月前と判断。つか、猛獣同然の子供を導師に紹介するとか何を考えてたんだろうねヴァン。
つまり、原作アリエッタは9歳児並の精神年齢。原作2年ちょい前開始の今作では、アリエッタは中身7歳児です。レプリカルークと精神年齢は約2歳差だよ! 実に似合いの2人。素晴らしい相性の良さです。ルーク×アリエッタは至高。


「ったく……母上も俺にどうしろってんだよ……父上も助けてくれりゃ良いのに……」

 

 クリムゾンとシュザンヌの2人が部屋から退室――――クリムゾンはシュザンヌの決定に若干眉を顰めていたが、妻の一睨みに負け何も言えず、大人しくシュザンヌと共に部屋を立ち去り、ルーク、ヤナギ、そして未だ泣き止まないアリエッタの3人が部屋に残された。

 屋敷内の人物以外では剣術の師匠であるヴァン。自称婚約者であるナタリア。そしてヤナギに会うために訪れる何名かとくらいしか交流の無いルークにとって、アリエッタのような子供との接触は人生初だった。

 しかも幼いとはいえ、アリエッタは女性。昔から母であるシュザンヌに、事あるごとに“女性には相手に問題が無い限りは優しくしなさい”と教えられてきたルークにとってはアリエッタは全く以て未知の存在であり、滞在中世話をしろと言われても困惑するしか無かった。

 

 そんなルークの心情を見抜いたのか、ヤナギは優しく微笑みながらルークに助言した。数年前からファブレ家に勤めているヤナギは、5年以上前の記憶が無いルークにとって数少ない今の自分を見てくれる存在であり、彼女の進言はルークは出来るだけ聞き入れる事にしている。尤も、ルークがヤナギを特別扱いしているのはルーク本人も無意識での事だが。

 

「ルーク様。いつも私と話すみたいに、普通に話しかけてあげてください」

「いつもヤナギと話すみたいにって……また煩いって言われないか?」

 

 先にアリエッタに拒絶された時は思わず売り言葉に買い言葉で返してしまったが、人間関係に疎いルークは何気に幼い少女にハッキリと“煩い”と言われた事に少なからずショックを受けていた。

 160㎝以上ある立派な体格な青年のルークが、幼い少女相手にどう接すれば分からずあたふたしている様子を見て、ヤナギは可愛らしいと感じ、思わずクスリと吹き出してしまった。その事に気付いたルークがジト目でヤナギを見つめたが、当の本人はどこ吹く風で助言を続けた。

 

「泣いてる女の子にあんな言い方しちゃダメです! いつも私や奥様方と話されているルーク様は、もっと優しい話し方ですよ?」

「そうかぁ……? 父上や母上には丁寧に話してるけど、ヤナギと話す時もあんなもんだろ?」

「全然違います! ほら、まずは自己紹介から! アリエッタちゃんの仲良しになるにも、お名前を知らなきゃ何も始まりません!」

「はぁ!? 俺は面倒を見ろって言われただけで、別に仲良くなんて――――」

「だーめーでーす! ずっと一緒にいるんですから、仲良しになって皆で笑ってた方が楽しいです!」

 

 自分から幼いとは言え女性に話しかける事が恥ずかしく、妙にテンションが上がってきているヤナギを何とか止めようとするが、ヤナギの返答に思わず叫び返した。

 

「ずっとぉ!? 面倒を見るのはこいつが屋敷に居る間だけだろ!?」

「え? ……あ、そういえばあの時はルーク様はいなかったんでした。アリエッタちゃんは身寄りが誰もいないみたいなんです」

「…………へ? 身寄りがいないって……親もか?」

「アリエッタちゃんは一人ぼっちだって言ってただけですけど、多分。すっごい寂しい目をしてたも……してましたから」

「マジかよ……」

 

 それを聞いたルークは、思わず頭を抱えた。

 思った以上に、アリエッタは面倒な存在のようだ。

 言動は荒っぽいが、元来ルークは優しい人間だ。先程まではある程度アリエッタが元気になれば家に送り返せば良いだろうと考えていたが、その親がいないとならば話は別だ。一人ぼっちだと言う少女を屋敷から放り出すという選択肢は、最初から無かった。

 とにかく、今はアリエッタから詳しい情報を聞き出す事が第一だ。一人ぼっちと言っても子供の言う事だ。ただの家出の可能性もある――――勿論、親に捨てられた。もしくは死別したという悪い方の可能性もあるが。

 

 意を決したルークは、口では「メンドくせぇ……」とボヤきながらも、先程までの困惑した様子は見られず、真っ直ぐに啜り泣くアリエッタの下へと向かう。その姿を見送るヤナギは、とても優しい笑顔だった。

 

「あー……えっと…………なあ」

「…………」

 

 取りあえずアリエッタに声をかけてみるも、先程と同じく反応は無い。拒絶されないだけマシだと思うべきかもしれないが、ルークは第一歩で躓いた。

 無言で立ち上がると、真っ直ぐヤナギの方へ戻るルーク。その表情は、何故か一言話しかけただけなのに疲労が目に見えていた。

 

「無理。あれは無理だ。つーか、何で俺がやらなきゃなんねーんだよ!? ヤナギが行った方が早いだろ!」

「ダメです。ルーク様もいつかは貴族社会に出なきゃダメなんですから、女の子一人くらい元気づけてあげれないなんて、将来困っちゃいますよ?」

「んなっ……! くそ、分かったよ!」

「はい! まずは自己紹介からです!」

 

 アリエッタの相手をヤナギに任せようとしたが、あっという間に言い包められてしまい、再度アリエッタに向かうルーク。貴族社会で子供の相手をする事などまず無いのだが、今のルークにその事に気付く余裕は無かった。

 

「あー……えっと、俺はルーク・フォン・ファブレ。ファブレ公爵子息……つっても分かんねえか。父上……いや、クリムゾン……シュザンヌ……あー……くそっ! さっきお前が話してた男の人と女の人の息子だ! お前の名前は!?」

「ルーク様……」

 

 ヤナギの助言通りにまずは自己紹介から始めたルークだったが、自分の身分を子供に分かるようにどう言えば良いのかに迷い、半ばやけくそ気味にクリムゾンの息子だと言い放った。これではさっきの二の舞かと、思わず口元を引きつらせたヤナギだったが、意外にもアリエッタは反応し、ゆっくりとルークの方を向いた。

 ルーク自身も今の言い方は失敗だったっと自覚していたので、まさか反応されるとは思わず、驚きのあまり一歩後ろへ下がってしまった。

 

「…………息子……子供?」

「お、おう……」

「………………ルークの、パパと、ママ?」

「呼び捨てかよ……まぁガキだし仕方ねえか。ああ。それがどうかしたのかよ?」

「……………………パパ……ママ…………」

「あ……」

 

 親の話に反応したと思えば、垂れ目がちな瞳に再び大粒の涙を溜め始めたアリエッタに、ようやく失言に気付いたルーク。両親が傍にいない少女に対し両親の話など、傷口に塩を塗るに等しい行為だと、自分の発言を後悔した。

 

「ぐすっ……」

「あー……えっとな…………あ」

 

 今にも涙腺を決壊させそうなアリエッタを何とかしようと、周囲をキョロキョロと忙しなく見渡すルーク。そして後ろで二人を見守っていたヤナギと目が合った瞬間、これは名案だとばかりにアリエッタに肩を叩きながらヤナギを指で指した。

 

「ほら見ろ! この屋敷にいる間は、あのヤナギをお前のママ代わりにしてやるから! だから泣くなよ! な?」

「え、ええー!? なんでそんな事になるんですかルーク様ー!?」

「うっせぇ! さっきから自分は無関係みたいにしやがって! お前も母上から頼まれたんだから、それくらいしやがれ!」

「私まだお母さんなんて歳じゃないですよ~!」

「んなもん知るか! 子供が出来た時の練習って思えば良いだろ! 相手はアイツがいるだろーが!」

「こ、こここ子供!? そ、そんなまだ早いです!」

 

 ルークの無茶振りに、慌てふためくヤナギ。

 そんな2人を見て思わずきょとんとするアリエッタだったが、母親の代わりという言葉を反芻すると、顔を俯かせぽつりと呟いた。

 

「…………アリエッタのママは……2人だけだもん……」

「「え?」」

 

 母親が2人いるという、新たなアリエッタの情報。

 ルークとヤナギは顔を見合わせると、今度はヤナギがアリエッタに問いかけた。

 

「アリエッタちゃん。ママが2人って、どんな人なの?」

 

 直接母親が今はどうしているのか聞けば、また感極まって泣いてしまうかもしれない。そう考えたヤナギは、少し遠まわしに母親の事について訊いた。

 そして少しの間を空けてからのアリエッタの返答は、またも2人を困惑させた。

 

「…………アリエッタの本当のママは……アリエッタのお家と一緒に無くなっちゃった。ライガママは……群れで一番偉い長をやってる…………」

「「…………」」

 

 ……これは自分達だけでは手に負えないかもしれない。

 

 アリエッタ自身について聞く度に明らかになる、あまりにも常識外の事実についてルークとヤナギが同時に感じた事は、奇しくも全く同じだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アリエッタの境遇が予想以上に重いと感じたルークとヤナギは、その日はアリエッタを元気づけるだけに留め、早めにアリエッタの部屋を後にした。

 そして翌日。ヤナギと、珍しくルークまでもが真剣な表情でアリエッタの過去を直接聞くべきだと進言されたファブレ夫妻は、ルークとヤナギを連れて、1日ぶりにアリエッタの部屋へと向かった。

 

 ぐっすりと眠れたのか、昨日に比べていくらか顔色が戻ってきているアリエッタを見て、4人は思わず息を吐いた。正直昨日の様子を見た限りでは、衰弱していく一方かもしれないと感じていたから。

 

 アリエッタの精神が幾分か落ち着いていると思った4人は、シュザンヌとヤナギが聞き手になり、アリエッタがこれまでどのような人生を辿って来たのかを尋ねた。

 言葉はたどたどしいながらもアリエッタはしっかりと答えてくれたが、その内容は信じられないものばかりだった。

 

 

 今は無きホド諸島の一つであるフェレス島出身である事。

 

 アリエッタが産まれて間もない頃に起きたホド戦争で、島ごと家族が消えた事。

 

 大津波で漂流し、魔物であるライガクイーンに拾われ、クイーンを母と慕っている事。

 

 ライガクイーンに、7年もの長い間育てられた事。

 

 アリエッタを保護したのが、ルークの剣の師匠であり恩人でもある、ヴァン・グランツである事。

 

 保護されてすぐ、導師イオンを紹介された事。

 

 導師イオンにとても大事にされた事。

 

 イオンを護る為に、僅か2年足らずで導師守護役になった事。

 

 それからの3年間が、とても幸せだった事。

 

 そして――――導師イオンが崩御し、レプリカと呼ばれる存在と入れ替わっている事。

 

 その主犯が、あの大詠師モースとヴァン・グランツの2名である事。

 

 アリエッタの両親を生き返らせるという、ヴァンの残酷すぎる嘘。

 

 全てを信じられなくなった事。そしてダアトからの脱走。

 

 育ての親であるライガクイーンの下に身を寄せるも、人里の匂いが染みついた故に、新参のライガからの拒絶。

 

 友達である魔獣達への襲撃。それによる、人間社会での暮らしの困難さへの理解。

 

 そして一人になり、絶望の中で残った、オリジナルの導師イオンとの約束。

 

 

 何度も何度も嗚咽で言葉を止めたアリエッタだったが、4人は急かさず、ゆっくりと先を促し――――昼前から始めた筈の話だったが、話し終わる頃には日は完全に暮れていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 話し疲れたアリエッタを休ませた後、4人はファブレ夫妻の私室に集まっていた。

 部屋の空気は重く、誰も言葉を発そうとしない――――いや、発せなかった。

 

「…………父上」

「……何だ? ルーク」

「…………ヴァン師匠が、本当にそんな酷い事をしたんでしょうか?」

 

 重たい空気を破ったのは、ルークの一言だった。

 ヴァンに剣術を師事しているルークは、ヴァンの非道を信じられなかった……信じたくなかった。あの場でアリエッタを嘘吐きだと怒鳴り散らしてやりたかった。

 だが、アリエッタのあまりにも辛そうに、絞り出すように話す姿を見ると、とても嘘と断言する事は、ルークには出来なかった。

 アリエッタとヴァン。どちらを信じれば良いかルークには分からず、耐え切れずに父であるクリムゾンに答えを委ねるが……クリムゾンもまた、アリエッタの話に困惑していた。

 

「…………まだ、アリエッタの話を完全に信じる事は出来ん。ヴァンと出会う以前の過去も、ヴァンが教えたものだろうからな。魔獣に育てられたというのは真実だろうが……」

「貴方。私はアリエッタの話は全て真実だと思いますわ」

「シュザンヌ!?」

 

 まだアリエッタの話に半信半疑のクリムゾンだったが、全肯定するシュザンヌに思わず叫び振り向いた。

 

「シュザンヌ! 何の根拠があってそのような事を!?」

「あら。信じているのは私だけじゃありませんよ? ねぇヤナギ」

「なっ……」

 

 シュザンヌだけでなく、ヤナギもアリエッタの話を全て信じているかのような発言に驚きヤナギを見るが、見つめられたヤナギは少し落ち着かない様子ながらも、真っ直ぐにクリムゾンの眼を見て頷いた。

 

「は、はい! 私も、アリエッタちゃんは本当の事を言ってると思います!」

「そうよね。やっぱりヤナギは分かってるわ」

「…………理由はあるのか?」

 

 あまりにも自信有り気に頷くヤナギとシュザンヌを見て、無碍には出来ないと感じ、アリエッタを信じる根拠を尋ねる。ルークも理由が知りたいのか、真剣な表情でシュザンヌとヤナギを見つめた。

 

「あら、簡単ですわ。私、ヴァンを最初から信用してませんもの」

「……何?」

 

 ヴァンを信用していないという妻の言葉に、つい気の抜けた返事を返してしまう。

 ヴァンは5年前にルークを助けてくれた恩人である。それを信用していないとは、一体どういう事だろうか?

 

「それはどういう……」

「それは、また後でお話しますわ。今はそれよりも――――」

「ぬ……」

 

 シュザンヌに理由を問おうとしたクリムゾンだったが、妻の言葉に自分以上にショックを受けているルークを見ると、これ以上ルークの前でヴァンの話をする訳にはいかなかった。

 

「ルーク、疲れただろう。この話の続きはまた明日する。今日はもう休みなさい」

「………………はい、父上」

 

 そう返事をすると、覚束ない足つきで部屋を後にするルーク。

 それを慌ただしく追うヤナギを尻目に、クリムゾンは天井を仰いだ。

 

 

「導師イオンがレプリカ……? 導師の崩御など、預言(スコア)には詠まれていなかった筈。教団が都合の悪い預言(スコア)を隠していた? なら、もしやルークに詠まれたものも…………」

 

 

 憔悴した表情で呟いたその言葉を、傍らに立つシュザンヌだけが聞いていた。




重っ……!
書いてて改めて感じたけど、アリエッタの人生が重すぎる! TOAで間違いなく一番キツい過去を歩んでるよ!

アリエッタが導師守護役になったのはオリジナルイオンの指名らしいけど、アリエッタ自身もそうとう努力したと思います。いくら導師自身の指名でも、導師を護る実力が無ければ導師守護役にはなれないだろうと。

今作のルークはヤナギとその仲間達との交流があり、シュザンヌもあんな感じなので、原作みたいにヴァンを妄信してません。依存気味って程度です。え、ガイ? もう何話かしたら出番あるよ。


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4話 逃走中

 朝起きて寝ぼけた頭でハーメルンを確認してたら、この作品が日刊ランキング9位に載ってらっしゃるのを見て一気に目が覚めましたわ。なんぞこれーって。

 嬉しさのあまり、仕事前に全力で執筆。本編は短めですが、キリが良いとこまで書きました。


 アリエッタが、自分の知る全てをシュザンヌ達4人に暴露した翌日の早朝。彼女はこの数日を過ごしていた部屋を後にしようとしていた。

 手荷物は、彼女が導師守護役を務めていた頃から愛用していたぬいぐるみ一つ。これからあての無い旅に戻ろうとする姿にはとても見えないものだったが、アリエッタはこのまますぐにでも行くつもりだった。旅支度をする資金も無く、何より――――。

 

「…………出て行かなきゃ、ダメ……だよね」

 

 昨日、自分の境遇を全て話してしまった事で、拒絶される事が怖かったから。

 

 アリエッタのドアノブを握る手は、僅かに震えていた。

 

 この数日、久方ぶりに受けた他人からの好意。それは全てを無くしたアリエッタにとって、あまりにも心地良いものだった。だからこそ、その好意が拒絶に変わる事が何よりも怖い。

 アリエッタはダアトを出てからの1ヶ月余りの旅で、自分が如何に異端な存在なのかを理解してしまっていた。人間にも魔獣にも受け入れられない、世界にただ一人ぼっちの存在。それが自分なのだと。

 今は亡きオリジナルイオンとの約束だけを頼りに旅を続けていたアリエッタだったが、一度死を受け入れてしまった事で、その約束ももうアリエッタに勇気をくれるものでは無くなってしまっていた。

 

 あの優しい人達には会いたい。けど、それ以上に会うのが怖い。

 

 そう思ったアリエッタは、誰かが訪ねてくる前に屋敷を出ようと決心した。拒絶される前に逃げてしまえば、今以上に傷つかなくても済むと。そう考えて。

 

 俯けていた顔を僅かに上げ、ドアを開ける。

 出口を探そうと周囲をキョロキョロと見回すが、屋敷の予想以上の広さに思わず眉を顰めてしまう。

 当然、屋敷の人間に道を尋ねるわけにもいかず。溜息を一つ吐き、取り敢えずは向かいに見える大きな扉を目指そうと音を立てないように走り出そうと――――。

 

「あれ? どうしたのアリエッタちゃん?」

「ッ!?」

 

 走り出そうとしたまさにその瞬間に後ろから聞こえてきた、聞き覚えのある声に肩をビクンと震わせる。

 恐る恐る振り向くと、自分から大分離れたところに、洗濯物らしき衣類を大量に抱えたヤナギが不思議そうな表情でアリエッタを見つめていた。

 

「あ、もしかしてお腹が空いちゃった? ちょっと待っててね! これを干し終わったら、料理長さんに何かお願いして……」

「――――――っ!」

 

 優しく微笑みながら、自分に近付いてくるヤナギ。

 いきなり誰かに会うとは予想してなかったアリエッタは近づいてくるヤナギに驚き、すぐさま方向転換。一先ずの目標にしていた大きな扉に向かい、足音を気にしない全力疾走で駆け出した。

 

「……………………ほぇ?」

 

 アリエッタが突然走り出した事に頭が追い付かず、ヤナギの口から、どこか呆けたような声が零れる。

 アリエッタが勢いよく扉を開け、その先へと走って行くのまでを見届けるとようやく再起動を果たし、難しい顔をしてうんうんと唸りだすヤナギ。考えるのは、アリエッタが突然走り出した理由。

 

 ――――トイレを捜していたのかな?

 ――――外れ。トイレは部屋にあるし、アリエッタちゃんも何回か使ってた。

 

 ――――お腹が空いていた?

 ――――違う。私が料理長さんに頼むって言ってから走り出したもん。

 

 ――――屋敷を探検したかった?

 ――――絶対違う。昨日まで泣いてた子が、いきなりそんな元気になるわけないし。

 

 ――――誰かを捜していた?

 ――――多分外れ。だったら私に聞けば済む事だし。

 

 ――――じゃあ、もしかして……家出?

 ――――…………あるかも。

 

「………………家出かぁ」

 

 自分の出した結論を口に出して確認すると、合点がいったとばかりに何度も頷く。成程、それなら有り得そうだ。昨日色々と話して、酷い事をされると思ったのかもしれない。自分を見る目が、怯えてた気もするし。

 そうかそうかと難しい顔のまま呟くヤナギ。そして、ようやく頭で考えた答えが全身に行きわたると――――。

 

「おおおおお奥様ぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――ッッッッ!!?」

 

 大声で叫びながら、全速力でシュザンヌの私室へ向かい走り出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あっちかな…………?」

 

 ヤナギから逃げ出したアリエッタは、部屋を出た時よりも慎重に、隠れるようにして屋敷内を探索していた。

 先程の大きな扉を抜けた先はまたも廊下が続いており、鍵のかかっていない部屋に隠れながら、少しずつ先へと進んでいった。

 音を立てないように歩いて行くと、先程抜けたものと同じくらい大きな扉があり、今度こそ出口かと、周囲に誰かいないかを確認しながらら小走りで近づく。

 

 扉に耳を当てると、僅かに聞こえる風の音。

 これは正解だと、勢いよく扉を開けるアリエッタ。

 そして、扉を開けた先に広がっていたのは――――。

 

「……お庭?」

 

 様々な種類の花が咲き並ぶ、美しい庭園だった。

 キョロキョロと辺りを見回しながら、庭園の中心へと歩いていく。

 そしてぐるりと一回りして、自分が進もうと思っていた方向には離れのような塔があるだけなのを確認してようやく、自分が出口とは反対方向に来てしまった事に気付き頭を抱えた。

 

「…………どうしよう」

 

 先程ヤナギが大声で誰かを呼んでいた事に気付いていたアリエッタは、来た道を引き返せば間違いなく見つかるだろうと確信していた。

 引き返す事を諦め、離れの方を見つめる。もしかすると、裏口のようなものがあるかもしれない。そう考えたアリエッタは、一度頷いてから離れに向かおうと歩きだし――――。

 

「ん? 君は誰だ?」

「ひっ!?」

 

 突然花壇の方から聞こえてきた若い男性の声に、思わず悲鳴のような声を出してしまう。

 

「あっ! 悪い悪い。驚かせるつもりじゃなかったんだ」

 

 照れくさそうに頭を掻きながら顔を出したのは、短い金髪を適当に整えたような髪型をした、長身の青年だった。

 人の好さそうな表情に安堵しかけたアリエッタだったが、男性が腰に差している剣を見ると再び表情を強張らせ、青年から数歩後ろへ離れた。

 

「まいったな。怖がられちまったか……ん? 君の来ている服って、もしかして導師守護役の? 何でこんなところに――――」

「ッ!」

「って、あ! こら待て! そっちは駄目だ!」

 

 青年の自分を見る目が段々と探るようなものになっている事に気付いたアリエッタは、慌てて離れの方へと駆け出した。青年が強い口調で呼びとめるが、無視して走り続ける。

 今はとにかく隠れようと、手当り次第にドアノブを回すが、どれも鍵がかかっていた。どうしようどうしようと、焦りばかりが募る。

 

 そんな時、タイミングを見計らったかのように、ガチャリと近くの部屋の鍵が開けられる音が聞こえた。

 中から鍵を開けられたという事は部屋の中に誰かが居るという事なのだが、追い詰められたアリエッタにそんな事を考える余裕は無く。

 

「んだよ。朝っぱらからうるせ…………」

「――――――ッ!」

「うぉっ!?」

 

 扉が開くと同時に、その小さな身体を部屋の中に滑り込ませた。

 何が起きたのか分からず戸惑う部屋の主に、ぴょんぴょんと跳びはねながら、早く閉めてと涙目で訴える。

 少女の涙目には逆らえず、「いきなり何なんだよ……」と呟きながらも扉を閉めてくれ、律儀に鍵もかけ直してくれた部屋の主。

 

 金髪の青年から逃げ切り、ホッと安堵するアリエッタ。一言お礼を言おうと、改めて恩人の顔を見上げると――――。

 

「って、げっ!?」

「あっ…………」

 

 部屋の主は、昨日自分の過去を暴露した4人のうちの1人。

 

 ――――――ルーク・フォン・ファブレその人だった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ――――ルークの日記――――

 

 

 ○月○日

 

 今日、ようやく視察で出かけていた父上と母上が帰ってきた。

 2人がいないとヤナギくらいしか話せるヤツがいないし、剣術の型の反復練習くらししかやる事がなくて暇だったから、すげぇ嬉しい。

 

 使用人のガイってやつが剣の稽古に付き合ってやろうかとか言ってきたけど、アイツはなんか馴れ馴れしいから苦手だ。つーか、なんで公爵子息の俺にタメ口なんだよアイツ。ヤナギでもちゃんと普段から俺には簡単だけど敬語を使ってるし、父上や母上の前ではもっと丁寧に話すってのに、何でヤナギより前からいるガイがしないんだ? わけわかんねぇ。

 

 そういや、母上が帰って来た時に変わった子供を拾ったって言ってたな。なんか、母上達が乗ってた馬車の前に倒れこむように出てきて、もう少しで轢いちまうとこだったとか……あっぶねえな。親は何してたんだ? ったく、父上と母上に迷惑かけやがって。会う事があったら、少しくらい文句を言っても良いよな?

 

 

 

 ○月×日

 

 いつもの剣術の稽古の後適当に歩いてたら、来客用の部屋から父上達の声がしたから入ってみたら。ベッドで見た事無いガキがいた。

 話を聞くと、こいつが昨日母上が言ってた馬車の前に出てきたガキらしい。子供って聞いてたけど、こんなに小さいヤツだとは思ってなくて、文句を言おうと思ってたのも引っ込んじまった。なんかアイツ泣いてたし。

 

 泣いてるガキを見るのはなんか嫌な気分になったし、仕方ねえから慰めてやろうかと思って話しかけてやったんだ。そしたらあのガキ! この俺にむかってウルサイとか言いやがって! 思わず怒鳴っちまって、俺を止めようとしたヤナギにもつい怒鳴って……ヤバいと思った時にはもう遅かった。母上が鬼になってたんだ……。

 

 必死に謝ったんだけど、母上は一回決めたらよっぽどの事が無いと許してくれないんだよな。だから、嫌だったけどさっさと諦めてオシオキを喰らう事にした。嫌だったけどな! 前なんか、使用人の服を着て1日使用人の仕事をさせられたんだぜ!? ありえねー! 父上も少しは止めてくれよ! 母上に逆らえないのは分かるけどよ!

 

 で、今回母上から言われたオシオキは、ヤナギと一緒にあの生意気なガキの面倒を見る事だった。なんで俺がそんな事しなきゃならねーんだって思ったけど、母上が許してくれるわけねーし、ヤナギも何でかやる気になってたから、どうしようも無かったんだよ。

 まぁ、あのガキが屋敷にいる間だけだし。元気になったら親んとこに返せば良いだろ。長くても1週間くらいで終わると思えば大丈夫だ!

 

……って思ってたんだけどな。

 なんかあのガキは、自分は一人ぼっちだとか言ってたらしい。一人ぼっちって、家族が誰もいないって事だよな。

 で、ヤナギと一緒に話を聞いてみたんだけどさ。なんかあいつ、ライガママとか言ったんだよ。ライガって見た事はねーけど、モンスターだよな。それに育てられたってどういう事だよ! 意味わかんねぇ!

 ヤナギも俺達だけじゃ手におえねえって思ったみたいで、明日父上と母上も呼んでから詳しい話を聞く事にした。けど、なーんか嫌な予感がするんだよなぁ。




 以前感想でルークは日記が趣味というか日課なんだし、折角だからネタにしてみたらどうかという意見を頂いていたのを思い出し、本編が短いので試験的に入れてみました。3話の日記が無いのは、日記が切り悪いとこで終わっちゃうから。アリエッタがまだ凹んでるのに、ルークまで凹んだままで終わらせるのはねぇ。

 好評ならこれからもルークの日記ネタは入れていきます。アリエッタといちゃラブるようになったら、日記がひっどい事になりそうだけど。想像しただけで砂糖吐きそう。


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5話 優しさ

仕事が終わって再度ランキングをチェックいたら、4位になってて噴いた。お気に入りが一気に200くらい増えてて更に噴いた。大量に来てた感想が全て好意的なものばかりで、一瞬息が止まった。評価にギリギリ橙が付いてて、思わず目を擦った。

アリエッタとファブレ家をとことん贔屓するだけのこの作品が、よもやここまで応援されるとは……感無量であります! 眠気がヤバくて1時までうっかり寝ちゃったけど、今日は夜勤だから問題無い無ーい! 執筆じゃーい! こんなペースで投稿するのって電子の妖精の最初期以来で、妙に新鮮であります。

褒められたらすぐにテンションと執筆速度が上がる、分かりやすいアホ作者でスイマセン。ただでさえ低いクオリティが更に落ちないように気を付けねば。


「「…………」」

 

 アリエッタが金髪の青年から逃げ出し、思わず飛び込んだ部屋。そこはファブレ公爵子息である、ルーク・フォン・ファブレの部屋だった。何度か顔を合わせ、ルークからは幾度も話しかけたものの、ちゃんとした会話になった事は未だに一度も無く。どこか気まずい雰囲気が、差ほど広くもない部屋中に漂っていた。

 アリエッタはクローゼットの陰からルークをチラチラと伺い、ルークはそんなアリエッタにどう反応すれば良いか分からず、片手で頭を掻きながら、どうしたものかと悩んでいた。初対面こそ喧嘩腰になってしまったが、アリエッタの境遇を知ってしまった今、突然部屋に飛び込んでこられたとはいえ追い出すような事は出来ず。自分の部屋に来た理由を訊こうにも、こうも警戒している子猫のような反応をされては話しかける事も出来なかった。

 

 互いに動こうにも動けない妙な状況を打ち壊したのは、先程アリエッタが飛び込んできた扉から聞こえてきた、慌ただしいノックの音。ビクンと肩を震わせてしゃがみ込むアリエッタを尻目に、何か屋敷の物を壊して逃げてきたのだろうかと適当に予想しながらも、誰が来たのかを確認しに向かう。

 

「朝っぱらからうるせえな! 誰だよ!」

「無事かルーク!? 俺だ! ガイだ!」

「あぁ?」

 

 扉の向こうから聞こえてくる焦ったような声は、自分が苦手としている妙に馴れ馴れしい使用人。ガイ・セシルのものだった。無事かどうかを聞いてくるという事は、屋敷に盗人か何かが忍び込んできたのかと、身体を震わせるルーク。詳しい内容を知る為に、自分から扉の向こうのガイに尋ねた。

 

「無事って何だよ。屋敷に賊が入って来たのか?」

「いや、そうと決まったわけじゃないんだが……さっき中庭に、導師守護役の服を着た小さい女の子がいたんだよ。桃色の長い髪をした10歳くらいの」

「はぁ?」

 

 桃色の長い髪をした少女と聞き、後ろでクローゼットの陰からこちらの様子を伺うアリエッタをチラリと横目で見る。

 あいつがまた何か面倒事を持ってきたのかと、思わず息を吐いてしまう。

 

「あー……そいつが何かしたのか? 屋敷の物を壊しやがったとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……導師守護役の服を着た知らない女の子がいつの間にか屋敷にいたなんて、怪しいにも程があるだろ? もしかしたら守護役のフリをした諜報員か何かかもしれない!」

「…………ねえよ」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、別に」

 

 アリエッタが諜報員などというガイの有り得ない推測に、反射的にそんな訳あるかと呟いてしまう。この数日の彼女の様子とその境遇を知っているルークからすれば、万に一つも無い話だ。もし本当にアリエッタがスパイで今までの行動が演技だったとすれば、アリエッタと同年代の少女全てがトラウマになる自信があると、ルークは妙な自信を持ってガイの意見を否定した。

 

「それでルーク。その子がこっちの方に走って行ったんだが、何か知らないか?」

「あぁ、それなら……」

 

 アリエッタの所在を聞いてきたガイに、ここにいると伝えようとしたが、不意に誰かに服の裾を引っ張られた。

 振り向くとそこに居たのは、涙目で自分を見上げながら、必死に首を横に振るアリエッタ。理由は分からないが、どうもガイには見付かりたくないらしい。自分が住む屋敷の使用人がアリエッタのような少女に何かをしたとは思いたくないが、無条件でガイの言動全てを信じる程、ルークはガイを信用していない。

 

 何度か扉とアリエッタを交互に見た後、目を閉じてからまた息を一つ吐いた。その反応に再び肩を震わせるアリエッタだったが、ルークの取った行動はアリエッタの予想したものとは正反対だった。

 

「そんなガキ見てねーよ。俺はさっきまで寝てたんだからな。こんな朝早くにどうでも良い事で起こすんじゃねえ!」

「え……?」

 

 その言葉に思わずルークを見上げると、丁度自分を見ていた彼と目が合った。

 数秒間見つめ合っていた2人だったが、ルークは少し頬を赤く染めると、フン! と鼻を鳴らしながら扉へと向き直った。

 

「おいおい、そんな言い方は無いだろ? ルーク。俺はお前を心配して……」

「うぜぇ! 大体、何で公爵子息の俺にタメ口なんだよお前! さっさと自分の仕事に戻れよ!!」

「なっ……。 ……はいはい、分かりましたよルーク様。もし何かあったら俺を呼べよ?」

「うぜぇっつってんだろ!」

「…………」

 

 まだ何か言いたそうにしていたガイだったが、ルークの剣幕に押されたのか、それ以上は何も言わずに扉の前から離れて行った。恐らく自分の雇い主である父にでも報告をしに行ったのだろうと予想したが、ルークにとってはどうでも良い事なので、すぐに意識から外した。ガイの事よりも優先すべき事が、今もルークの服を掴んでいるのだから。

 

「……それで、いつまで俺の服を掴んでんだよ。お前」

「…………」

 

 服の裾を掴み続けるアリエッタに呆れた様子で問いかけるが、当の本人はぬいぐるみで口元を隠しながらも、ルークを真っ直ぐに見つめ続ける。

 あまりにも真っ直ぐな視線に対しどうすれば良いか分からず、ヤナギでも呼ぶかと外へ向かおうとしたところで、アリエッタの方から話しかけてきた。

 

「……何で、助けてくれたの?」

「あ? 助けたって、何の話だよ」

「さっきの。あの金髪の男、アリエッタを捜してた。何で知らないって、嘘ついたの?」

 

 アリエッタは不思議だった。

 自分はルークに対して、何も庇われるような事をしていない。寧ろ話しかけられても碌に応えていないので、煙たがられているだろうと思っていた。

 なのに、ルークはあの金髪の男――――ガイと呼ばれていたあの男よりも、自分を優先してくれた。数日前に会ったばかりの自分を。

 何故そんな事をしたのか、アリエッタは何故か無性に知りたくなった。

 

「……別にお前を助けたとかじゃねえし。あいつは昔っから俺に馴れ馴れしいから嫌いなんだよ。嫌いな奴の言う事なんか聞きたくなかっただけだっつーの!」

「…………うそ」

「う、嘘じゃねえし!」

「…………」

 

 ただ気に入らない相手だからというだけで、自分のような怪しい子供を庇ってくれる理由にはならない。少なくともルークにはそれくらい理解出来ている筈だと、アリエッタは多くの悪意に囲まれたダアトでの生活で養われた観察眼で理解していた。

 一度は否定するルークだったが、本当の事を言うまで逃がさないとばかりに見つめてくるアリエッタに対し、やがて根負けしてえ本当の理由を話し始めた。

 

「昨日までのお前を見て、お前が嘘吐いたり、悪い事をしたりするような馬鹿には思えなかっただけだ! ……それにあんな泣きそうな顔で頼ってこられて、無視できる訳ねーだろ」

 

 後半は小声で呟いていたが、アリエッタの耳にははっきりと聞こえていた。

 ぶっきらぼうながらも優しいルークの言葉に、どこか緊張していた表情を緩ませる。

 

「…………ルーク、優しい」

「んなっ!? べ、別に優しくなんかねえ!」

 

 顔を赤くして否定するルークだったが、その不器用な優しさは、アリエッタに確かに伝わっていた。

 必死に自分は優しくなどないと訴えるルークを嬉しそうに見つめるアリエッタだったが、ふと自分が何故ここまで来たのかを思い出すと、先程までの上機嫌が嘘だったかのように沈んだ表情になる。

 突然のアリエッタの表情の変化を不審に感じたルークは、自分がまた何か地雷を踏んでしまったのだろうかと慌て始めた。

 

「お、おい。どうしたんだよ! 別に何も落ち込むような事言ってないだろ!?」

「……アリエッタ、ここから出ていかなきゃ」

「…………はぁ!?」

 

 自分がそこまで追い詰めてしまったのかと更に焦るルークだったが、あまりにも思いつめた様子のアリエッタを見ている内に何か別の理由があるんじゃないかと感じ、アリエッタに問いかけた。

 

「なぁ。何で出て行くんだよ。誰かに出て行くように言われたのか?」

「……」

 

 黙って首を横に振られる。

 無いとは思っていたが、誰かに追い出された訳ではないらしい。

 

「じゃあ何で出て行くんだよ。もしかして、ガイに何かされたのか?」

「……あの人、少し怖いけど……別に、何もされてない」

「怖いのは怖いのかよ……。じゃあ、何でだ?」

「……………………」

 

 しばらく待つが、泣きそうな表情のまま何も話そうとしない。

 

「……まただんまりかよ。ったく」

「…………ダメだもん」

「ん?」

「アリエッタ、誰かと一緒にいたら、ダメだもん」

「…………はぁ?」

 

 ようやく返ってきた返答は、自分は一人でなければいけないというものだった。

 全く意味の分からない答えに困惑していると、アリエッタはぬいぐるみを強く抱きしめながら、ぼそぼそと続きを話し始めた。

 

「アリエッタ、嫌われてるから。だから、一緒にいたら、ダメ」

「嫌われてるって……誰かお前に嫌いだって言ったのか?」

「言ってない、けど……分かるもん。絶対、みんな、アリエッタの事キライだもん!」

「……意味分かんねえ。何でそうなるんだ……?」

 

 自分は誰からも嫌われているかのようなアリエッタの発言に、頭を抱えてしまう。自分もあまり前向きとは思わないが、その自分と比べてもアリエッタの後ろ向き加減は酷過ぎる。

 

 どんな環境に居ればこんな事になるんだと考えていたルークだったが、ふと前を見ると窓から外へ出ようとしていたアリエッタが目に入り、慌てて後ろからアリエッタの小柄すぎる身体を抱え上げた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! いきなり何してんだお前!」

「離して! もうイヤ! イヤな目で見られるのはイヤなの!」

「あーもう! いいから落ち着けって!」

「みんな、みんなアリエッタの事を気持ち悪いって言うもん! 優しくしてくれた人も、アリエッタのお友達の事を話したらイヤな目になった! みんなアリエッタの事キライなんだ!」

 

 そこまで聞いて、ようやくルークは理解した。

 

 昨日の話が原因だと。

 

 昨日アリエッタが全て話してくれたのは、最初から出て行くつもりだったからだと。

 

 もうアリエッタは、人を信じる事に疲れたんだと、理解出来てしまった。

 

 

 そうしてアリエッタの心情を理解したルークに沸いた感情は――――どうしようもない程の苛立ちだった。

 

 

「こん、の…………っ! いい加減にしとけよクソガキ!」

「ひゃっ!?」

 

 そう叫びながら、アリエッタを自分のベッドへと投げ捨てる。

 投げ捨てられた本人は何が起きたのか分からず、ぐるぐると目を回していた。

 そんな事は知った事じゃないとばかりにアリエッタを見下ろすと、苛立ちのままに次々と言葉を吐き出す。

 

「黙って聞いてりゃうぜぇ事ばっかり言いやがって! いつも自分の事を話したら嫌われたから、みんな自分の事を嫌いに決まってるだとか、フザケてんじゃねえぞ!」

「え? え?」

 

 さっきまで興奮して話を聞こうともしないアリエッタだったが、ルークのあまりの剣幕に驚き、戸惑いながらも話を聞く事しか出来なかった。

 

「この俺を! 父上や母上を! そんな気持ち悪い奴等と一緒にすんじゃねえ!!」

「え……?」

「魔物に育てられたとか、魔物と友達だとか、何でそんな事で嫌わなきゃいけねえんだよ! そいつら頭おかしいんじゃねえか!?」

「…………」

 

 人間も魔獣も、生き物は自分達と違うものを嫌う。

 それがアリエッタの短い人生の中で心に刻みつけられた、この世界の絶対の真実だった。

 

 なのに。

 

 なのに。

 

 この男の人は何なんだろう?

 

「つーか、魔物と友達だとか普通に考えてすげぇ事だろ! ライガって、ライオンみたいな格好いい魔物なんだよな?」

「う、うん……」

「マジかよ! すっげぇなぁ……もしかして、俺を乗せて走ったりとかも出来るのか?」

「うん……アリエッタもよく乗せて貰ってるし……」

「良いなそれ! くっそぉ……俺も一回で良いから乗ってみてえー!」

「…………」

 

 さっきまで怒っていた筈なのに、いつの間にか少年のように目を輝かせながら、自分の友達の事を聞いてくる。友達の事を嫌わないでいてくれる。

 

 それはアリエッタにとって、とてつもない衝撃だった。

 

 イオン以外に、いる筈が無いと思っていた。

 

 自分達を嫌わないでいてくれる人なんて、いる訳がないって。

 

 

 でも――――。

 

 

『じゃあ宿題! 僕と魔獣達以外にも、一緒にいて楽しい、幸せだって思える人を見つける事!』

 

 

もしかして、この人なら――――。

 

 

「……って、あれ? 俺さっきまで怒ってたんだよな。何でこんな話になってんだ?」

「……ルーク」

「ん?」

「ルークは、アリエッタのお友達が、気になるの?」

 

 そうルークに問いかけると、一瞬何を聞かれたか分からない様子だったが、すぐに再び目を輝かせて大きく頷いた。

 

「あ? あぁ、すっげぇ気になる! 魔物なんか見た事ねえし、乗れるんなら乗ってみてえ!」

「……アリエッタから、ルークを乗せてあげてって、お願いしても、良いよ」

「え、本当か!?」

「うん。アリエッタのお願いを、聞いてくれたら、お願いしてあげる」

「……お願いだぁ? 面倒な事はやらねえぞ」

「…………うぅ」

「げっ!? わ、分かった! 俺に出来る事なら聞いてやるから!」

 

 面倒な事はやらないと言われ、もしかしたら自分のお願いは面倒な事かもしれないと思うと、また目元に涙が溜まってくる。それに気付いたルークは、慌てて言い直した。

 

「…………ルークは、アリエッタを、ずっと嫌いにならないでいてくれる?」

「あぁ? ……お願いって、それか?」

「……うん」

 

 不安げな眼差しで、ルークを見上げるアリエッタ。

 

 ルークは「またこの目かよ……」と呟きながらも、どこか楽しそうに答えた。

 

「……ずっとかは分かんねえけど、お前がここに居る間は相手になってやるよ」

「……ホント?」

「あーもう、うぜぇなあ……ホントだよ。ホ・ン・ト!」

 

 うぜぇうぜぇと言いながらも口元が緩んでいるルークを見て、アリエッタも同じように口元を緩ませた。

 

「ルーク、ありがとう!」

「いちいち礼なんか言ってんじゃねーよ!」

 

 

 

 

 

 

「アリエッタちゃん、どこ行ったの――――――!?」

 

 その頃、必死にアリエッタを呼ぶヤナギ筆頭のメイド軍団が屋敷中を走り回っていたが、メイドが朝食の報せに来るまでルークとアリエッタの2人がそれに気付く事はなかった。




アリエッタをルークに対して敬語にするかどうか迷いましたが、取り敢えずはタメ口。原作をやる限り、上司以外にはタメ口っぽかったので。今作では明らかに目上だと分かる人以外にはタメ口の予定。ルークの使用人になったら、人前だけ敬語になります。
アリエッタの台詞は慣れない相手や気を許してない相手に対しては、ちょっと意識して読点を多めにします。つまり、どもりが無くなったらアリエッタに信頼されたって事です。完全に敵認定した相手にもどもりませんが。後、感情が昂った時も。


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6話 居場所

1週間前と比べてお気に入りが400近く増えました……もう驚かんよ? 頬はめっちゃ緩んだけど。

なんか絵を描きたい気分になったので、2年ぶりくらいに絵を描いてみた。挿絵投稿の実験で活動報告に昔トレスした絵を載せてみたけど、ちゃんと投稿出来て安心。

というわけで、全力でアリエッタを描いてみた。前話でルークの服を掴んで涙ぐんでるアリエッタを。似ねえよう……似ねえよう……! 鉛筆描きな上にスマホのカメラで撮ったやつなので見にくいですが、それでよければどうぞ。何故か横向きになったから、次からは最初から横向きに撮ろう。


【挿絵表示】



 朝食の時間を報せにルークの居室へ訪れたメイドに案内され、広間へと向かうルークとアリエッタ。

 アリエッタは自分はどうすれば良いか分からずキョロキョロと焦った様子で首を動かしていたが、「何してんだ? さっさと行こうぜ」というルークの言葉に従い、ルークの後ろを離されないように早歩きで付いて行った。

 

 

 広間の前に到着すると、ここまで二人を案内してくれたメイドは優雅に一礼をしてから扉を開け、そのまま後ろに控える。

 当然のように広間の中へ進むルークと、メイドの優雅な一連の動きに目を奪われながらも慌てて付いて行くアリエッタ。

 

 広間には既にファブレ夫妻が席に着いており、シュザンヌの傍には何故か泣きそうな顔をしたヤナギが何かを報告しており、報告を受けているシュザンヌとクリムゾンは、どこか困ったような表情だった。

 扉が開きルークが広間に入って来た事に気付くと、三人は朝の挨拶をする為に一斉に此方を向き――――ルークの後ろに隠れるように立つアリエッタを見て、同時にに動きを止めた。

 

「「「…………」」」

「おはようございます。父上! 母上! ヤナギも!」

 

 嬉しそうに挨拶をするルークだったが、普段ならすぐに返ってくる挨拶が聞こえてこない事を不思議に思い前を向くと、ようやく三人が何故か固まっている事に気付く。

 

「……? 三人とも、何かあったんですか?」

 

 再度声をかけてもやはり反応は無く。少し眉を顰めながらも三人の視線の先を辿ると、自分の後ろにいるアリエッタを凝視している事に気付いた。

 特に何も考えずに連れて来てしまったが、もしかするとアリエッタをここに連れて来たのはマズイ事だったろうかと、慌てて頭を下げようとする。が――――。

 

「アリエッタちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「っ!?」

 

 その行動は、凄まじい速度で自分を追い越してアリエッタを抱きしめたヤナギによって遮られた。

 抱きしめられているアリエッタ本人もいつの間にか抱きしめられている事実に驚き、声にならない悲鳴をあげた。

 

「や、ヤナギ!? いきなり何してんだ!?」

「どこに行ってたの今までどこにいたの!? アリエッタちゃんが家出したんじゃないかってメイドの皆さんにお願いして屋敷中捜してたのに全然見つけられなくてもう屋敷から出て行っちゃったんじゃないかって!」

「あのっ、あのっ……?」

「聞けよ!」

 

 自分の声が全く聞こえていない様子のヤナギは、鼻がくっつきそうなくらいの至近距離でアリエッタを質問攻めにして止まる様子が無い。あまりの鬼気迫る勢いにアリエッタが少し涙ぐんでいるが、それにさえ気付いてないようだ。よく見れば、どこかヤナギの瞳から光が失われているような気もする。気のせいだと思いたい。怖いので。

 

 ヤナギのあまりにもおかしな様子にルークが若干引いていると、遅れてやってきたシュザンヌが軽くヤナギの頭を叩いたところで、ようやくヤナギは正気に戻った。

 目の前で涙ぐむアリエッタにようやく気づくと、慌てて一歩離れる。ヤナギから解放されたアリエッタはすぐにルークの後ろに隠れ、でヤナギを涙目で睨んだ。涙目で警戒態勢に入ったアリエッタを見て、嫌われてしまったかと自分も涙ぐんでしまう。

 そんな二人の様子を見て苦笑するシュザンヌとクリムゾンだったが、アリエッタがルークを頼っている事に気付き、いつの間に信頼関係を築いたのだろうと不思議そうに首を傾げる。

 

 ルークとアリエッタの事は気になるがまずは朝食にしようと、軽く手を二度叩き、席に座るよう促すシュザンヌ。クリムゾンはすぐに上座に座り、その向かって右隣にシュザンヌ、左隣にルークが着席した。ヤナギは先程まで涙ぐんでいたのが嘘のように表情を引き締め、料理人に指示を出す。

 三人が席に座った事を確認してからヤナギと料理人たちが料理の配膳を始めるが、三人分の配膳が終わったところで、普段ならすぐに後ろへ下がる筈のヤナギが困った様子でシュザンヌを見つめた。疑問に思いシュザンヌが見つめ返すと、ルークの方へと視線を向けるヤナギ。

 そこでルークの後ろでぬいぐるみを抱え、どうすれば良いか分からず同じ場所をウロウロと所在無さげに歩くアリエッタに皆が気付いた。

 ルークは先程自分の部屋を出る時の光景の焼き増しのようだと呆れながらも、アリエッタにさっさと席に座るよう促した。

 

「何ぼけーっとしてんだよ。さっさと座らねえと、朝飯が食えねえだろ」

「……アリエッタも、座って良い、の?」

「あ? 何言って…………あ」

 

 導師守護役を務めていた頃の経験から、護衛や付き人は立場が上の人物と一緒に食事をしないという事を知っていたアリエッタは、屋敷の主人であるファブレ夫妻と一緒の食事の場に抵抗を見せる。

 最初は何を言っているのだろうと思ったルークだったが、アリエッタの食事がこの場には用意されていない事。ヤナギの暴走で忘れていたが、先程アリエッタをこの場に連れて来た事はいけない事ではないかと考えた事を思い出し、慌てて弁解しようとするが、それよりも先にシュザンヌが口を挟んだ。

 

「好きな席に座ってくれていいのよ、アリエッタちゃん」

「え、良いんですか? 母上」

「シュザンヌ!?」

「貴方は黙ってて下さいな。そうだ! どうせならヤナギも一緒にどうかしら?」

「え、わ、私もですか!?」

 

 ニコニコと、笑顔でアリエッタに座るよう促すシュザンヌ。クリムゾンが慌てた様子で止めようとするが、口を出すなと一蹴され口を噤んだ。

 一応客人扱いのアリエッタに加え、メイドのヤナギにまで着席を促し始め、今までに無い提案に焦り出すヤナギ。

 その光景を不思議そうに眺めながら、アリエッタはルークに座っても良いのか尋ねた。

 

「座っても……良い、の?」

「あ~……別に大丈夫だろ? 母上が良いって言ったんだし」

「……分かった」

 

 ルークの返答に頷くと、迷わずルークの隣の席にちょこんと座る。

 アリエッタがあまりにも自然にルークの隣を選んだ事に、クリムゾンは様々な感情を含んだ難しい表情でその様子を見つめ、シュザンヌとヤナギは昨日解散してから今までの短い間に、ルークとアリエッタの間に何があったのかが気になって仕方が無い事を隠す気配も無く、目を爛々と光らせていた。

 ルークはアリエッタが迷いなく自分の隣を選んだのを見ると、照れくさそうに頬を染め、アリエッタとは反対の方を向き頬杖をついた。

 ルークにそっぽを向かれたアリエッタは、自分が何かいけない事をしてしまったのかと焦りだす。クリムゾンやシュザンヌ、ルークと付き合いの長いヤナギはルークの行動が照れ隠しだとすぐに気付いたが、まだ知り合ってから数日のアリエッタにそれを察する事は難しく。次第に目元に涙が浮かび始めた。

 これ以上はマズイと判断したシュザンヌは、アリエッタに視線を向けたままヤナギに声をかける。

 

「ヤナギ。今回だけですから、貴女も席に着きなさいな」

「奥様? ……あ。はい! 分かりました!」

 

 シュザンヌの意図を察したヤナギは、オロオロしながらルークに何か話しかけようとするアリエッタの隣に座ると、優しく話しかけた。ヤナギに話しかけられたと気付いたアリエッタは一瞬硬直したが、ヤナギの先程とは違う優しい表情に気付くと、話に耳を傾けた。

 

「アリエッタちゃん。ちょっと耳を貸してね?」

「…………でも……」

「ルーク様の事だよ?」

「…………じゃあ、聞く」

 

 チラチラとルークの方を気にするアリエッタ。その様子に苦笑しながらも続きを離すと、話す内容に興味を持ってくれたようで、素直に耳を寄せてきた。

 

「ルーク様はね、ちょっと照れれるだけだから。別に怒ってるんじゃないよ」

「……照れてる?」

「うん。ルーク様は恥ずかしがり屋だから、アリエッタちゃんみたいな可愛い子と話すと緊張するんだよ」

「…………可愛い……」

 

 可愛いと言われ、以前イオンに自分が拗ねる度に可愛い可愛いと頬を突かれた事を思い出し、思わず眉を顰めるアリエッタ。

 可愛いと褒めたのに何故か不機嫌そうに眉を顰めるアリエッタを不思議に思いながらも、ヤナギは話を続ける。

 

「ルーク様が黙っちゃう時は殆どが照れてる時だから、気にしないでね」

「……ヤナギは可愛くないの?」

「…………え?」

 

 ルークが怒っていると誤解されないように説得するヤナギだったが、アリエッタが返してきた言葉に固まってしまう。

 

「ヤナギと話してる時は、ルーク、普通に話してたから……。可愛いと緊張するなら、ヤナギは可愛くないの?」

「そ、それは……え~と……」

 

 一昨日にルークとヤナギが色々と相談しながらアリエッタに話しかけていた事を、呆然としていながらも、しっかりと覚えていたらしい。

 確かにルークと自分は公爵子息と使えるメイドという主従関係でありながら、かなり砕けた関係であると自負しているが、それは長年の付き合いの中で家族同然に打ち解けているからであり、ルークが自分を姉のように慕ってくれている事をヤナギは気付いていた。

 付き合いが長いからだと説明したいが、それでは自分が可愛くないのかという質問には答えていない。変なところで生真面目なヤナギは、アリエッタの質問に正直に答えなければいけないと思っていた。

 だが、可愛いと言えば自分が自意識過剰のナルシストのようで嫌だ。可愛くないと言えば簡単だが、ヤナギの女としてのなけなしのプライドが、それを言う事を全力で拒否した。

 

 うんうんと唸りだしたヤナギを不思議に思ったアリエッタだったが、自分の前にも料理が配膳されるとすぐに意識をヤナギから外し、料理を観察し始めた。

 出された料理はパンとスープ、サラダという簡単なもので、イオンが気にしなかった為にマナーにはあまり縁の無いアリエッタにも食べやすいものだった。

 

「それじゃあ、食べましょうか」

「はい!」

「うむ」

「え? あ、は、はい!」

「……はい」

 

 シュザンヌの号令に返事をする三人を見て、少し遅れて自分も返事をしてから食事を始める。

 久しぶりに誰かと一緒に食べた食事は、イオンと共に過ごしていた頃を思い出させ、アリエッタをどこか暖かい気持ちにさせてくれた。

 

 

 ◇

 

 

「そう……そんな事があったのですね」

「そうか……よく引き止めてくれたなルーク」

「ルーク様、凄いです!」

 

 朝食後、ヤナギから今朝の騒ぎについての話が出ると、アリエッタは緊張しながらも早朝からの自分の行動について、度々言葉に詰まったり所々ルークが口を挟みながらも、ゆっくりと最後まで話した。

 

 

 魔獣に育てられた、魔獣と友達だという自分の境遇を昨日話したことで、嫌われたに違いないと思い、嫌われる前に屋敷を出ようと思った事。

 

 部屋から出て早々にヤナギに見つかり、慌てて逃げ出した事。

 

 迷って中庭に出てしまったところでガイという青年に出会い、再び逃げ出した先で飛び込んだ部屋が、たまたまルークの部屋だった事。

 

 ルークがガイから匿ってくれ、嬉しかった事。

 

 感情を爆発させてしまい、それをルークが真正面から受け止めてくれた事。

 

 そして、ルークが自分を嫌わないとと約束してくれた事。

 

 

 最後まで話を聞いたシュザンヌ達は、優しい表情でルークとアリエッタを見つめる。何とも言えないむず痒さを感じたルークは、「こいつが泣きそうな顔で言うから、仕方なくだ!」と、顔を赤くしながら言い訳をしていた。それもただの照れ隠しである事は、誰の眼から見ても明らかだったが。

 

「それで、アリエッタちゃんはどうしたいの?」

「え……?」

 

 場が落ちつくと、シュザンヌがアリエッタにこれからどうするのかを聞き始めた。

 

「貴女の立場は一応客人という事になってるけど、それだとずっとこの屋敷にいてもらう事は出来ないわ。もしアリエッタちゃんがここにいたいのなら、客人としてじゃない別の立場を用意します。

 けど、そうすればアリエッタちゃんは、キムラスカの人間として生きていく事になるし、今まで見たいに自由に町の外に出かける事も出来なくなるから、貴女の友達とは会いにくくなるわ。人間社会で生きて行くには、社会のルールを最低限守らないといけないの。導師守護役をしてたアリエッタちゃんなら、その辺りは分かってるわよね?」

「…………」

 

 自分のこれからの生き方を左右する突然すぎる問いかけに、頷く事でしか答えられない。

 

「この街……バチカルを出るなら、多分もうこの屋敷に来る事は出来なくなるわ。今アリエッタちゃんがここにいるのは、たまたま私達が乗った馬車がアリエッタちゃんを轢きかけた偶然のおかげだもの。ここは貴族街だから、本当なら身分の低い者が近寄れる場所じゃないの」

「あ……」

「アリエッタちゃんには辛い質問だけど、これだけは早めに決めておかなきゃいけないの……ゴメンなさいね」

 

 心から申し訳無さそうに、アリエッタへ頭を下げる。

 

 急な話ではあるが、いつまでもこのままではいられないのは確かだ。

 

 とは言っても、本来ならまだ数日は客人としてアリエッタを屋敷に置く事は出来る。それなのにシュザンヌが今この話を始めたのは、アリエッタの本音を聞くには今しかないと感じたからだ。ルークに心を開いたばかりで、依存しかけている今のタイミングしか。

 これがもう数日してからだと、恐らくアリエッタはルークに判断を全て委ねてしまうだろう。ルークが残れというなら残るだろうし、照れ隠しでも残らなくて良いと言われれば、絶望の中屋敷を去ってしまうかもしれない。

 それだと、アリエッタはルークの言う事なら何でも聞く人形と変わらない。今、この場で、自分の意思で自分の居場所を決めてもらわなければ、アリエッタには不幸になる道しか残らない。シュザンヌは朝食の間考え続け、そう結論を出していた。

 

「あ、あの母上! そんな大事な事なら、今すぐじゃなくても少し考えさせてやれば……」

「ルーク」

「うっ……」

「貴方の優しさは尊いものです。ですが、これだけは今、アリエッタが自分で決めなければいけないのです」

 

 緊迫した空気に耐え切れずアリエッタを庇う発言をしたルークだったが、普段のどこかおどけた調子とは違う凛としたシュザンヌの一声には逆らえず、納得いかない様子ながらも引き下がった。

 クリムゾンとヤナギは今のルークへの言葉でシュザンヌの意図を察したのか、口出ししようとはしない。

 

 

 アリエッタは葛藤していた。

 

 屋敷に残れば、この暖かい人達と離れないで済む。けど、友達とは会えなくなるかもしれない。

 

 ここから出れば、友達とは好きな時に会える。けど、ここへ戻って来る事はできず、また一人ぼっちの生活が始まる。

 

 愛情に飢えているアリエッタには、この屋敷での数日間の暮らしはとても心地良いものだった。不安だった自分の境遇についても、受け入れてくれた。

 ここから離れれば、二度とこんな温かい気持ちにはなれないかもしれない。

 

 だが、アリエッタには愛する母がいる。

 

 ライガクィーン。魔獣達の女王。

 

 母親と二度と会えなくなるかもしれないというのは、アリエッタにはこの屋敷から離れる事と同じくらい耐え難いものだった。

 

 人間の愛情か。

 

 魔獣の愛情か。

 

 同じくらい大切な物を天秤にかける苦痛に、頭を抱え蹲る。

 

 

 そんなアリエッタを見かね、大声を上げた者がいた。

 

 

「あー! もう辛抱できねえ!」

 

 突然叫んだルークに、4人ともが注目する。

 4人に見つめられて一瞬怯んだが、構わずにアリエッタを指さして叫び続ける。

 

「何を難しく考えてんだよ! 要するに屋敷に残れば魔獣に会いにくくなって、残らなかったら俺達と会いにくくなるって事だろ!? 別に選ばなかったら二度と会えなくなるわけじゃねーんだから、適当に好きな方を選んだら良いんだよ!」

「好きな方……?」

 

 選ばなかった方と一生会えなくなる訳じゃない。だから好きな方を選べば良い。

 

 そう言われ思い出すのは、イオンと過ごした暖かい日々。

 

 先程の朝食でも感じた、温かい気持ち。

 

 母親からも愛情は受けていたが、ダアトにいる頃は数か月に1度会いにいくだけで満たされていた。

 

 そこまで考え、ルークの顔を見つめる。

 

 イオンと約束した、一緒にいて幸せになれるかもしれない人。

 

 だったら、自分が選ぶのは――――。

 

 

 

 

 

「アリエッタは……アリエッタは…………!」

 

 

 

 

 

 ――――この日、ファブレ家の住人が1人増えた。




なんか、えらく長くなりました。過去最長の6500文字。たまげたなぁ。
ま、アリエッタがファブレ家に住む事になる大事な話だし仕方ない。2話に分けるのもなんか違う気がしたし。

次回からは少しずつほのぼのが入ると思います。


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7話 メイド

ひと段落ついたので、今回からはほのぼの路線が入ります。……ほのぼの?

ちょっと短かったのでまたルークの日記を入れようかと思いましたが、色々と原作と違う事が増えてきたので、今回のおまけは設定集にしました。TOA原作のネタバレもあるので、未プレイの方は設定は読まない方が良いかもです。いないと思うけど。


 アリエッタがファブレ家で暮らす事になってから数日。シュザンヌの号令により、公爵夫妻の居室にルーク、アリエッタ、ヤナギの3人が呼ばれていた。

 シュザンヌとクリムゾンという屋敷の主である2人からの報せを受け、少し怯えたようにルークの後ろへと隠れるアリエッタ。そんなアリエッタを皆が微笑ましく見つめながらも、シュザンヌが3人を呼び出した理由を話し始めた。

 

「そんなに緊張しなくても良いのよアリエッタちゃん。今日はね、貴女にプレゼントがあるのよ!」

「アリエッタに……です、か?」

 

 言葉に詰まりながらも、返事を返すアリエッタ。

 数日前に屋敷に残る事を決めた彼女だったが、準備が出来たら伝えるから待っていて欲しいと言われただけで、今日まで自分がこれからどう過ごしていけば良いのか少しも聞かされていなかった。

 この呼び出しで自分の処遇が決まるのかと、弱弱しいながらも覚悟を決めてやってきたアリエッタだったが、自分にプレゼントがあると予想もしていなかった言葉を受け、若干眉を顰めて訝しげに首を傾ける。

 

 ヤナギは嬉しそうにニコニコと笑っていたが、アリエッタのこれからが決まると思っていたルークは、アリエッタと同じように首を傾げた。

 

「あの、母上。コイツは結局どうなるんですか?」

「そう焦らないのルーク。これからは貴方も主になるんですから、心に余裕を持ちなさいな」

「……へ? 主?」

 

 突然主になると言われ何の事か分からず困惑するルークを尻目に、シュザンヌはアリエッタに大き目の包装紙に包まれた物を手渡した。

 

「はい、アリエッタちゃん。これが私達からのプレゼントよ」

「え、あ、えっと……ありがとう、です?」

「いいのよそんな事。さ、後はヤナギにお願いしてあるから、向こうで着替えてらっしゃいな」

「着替え……?」

「それじゃあヤナギ。お願いね」

「はい奥様! じゃあアリエッタちゃん。向こうに行こっか!」

「え? え……?」

 

 あっという間に話が進んでしまい、困惑しながらもヤナギに隣室へと連れられていくアリエッタを、呆然と見送るルーク。

 扉の閉まる音で我に返ると、シュザンヌに説明を求める。シュザンヌは問われるのが分かっていたとばかりに、優しく微笑んだ。

 

「あの、母上。あのプレゼントとか、俺が主になるとか、どういう事なんですか?」

「その説明の為に、貴方も呼んだのですよルーク。この数日、アリエッタちゃんがどうなるかが心配で仕方がない様子でしたし」

「んなっ!? べ、別に俺はあいつの事を心配なんてしてねーし!」

 

 クスクスと笑いながらそう言うと、ルークは顔を真っ赤にしながらも慌てて否定した。敬語を使う事も忘れる程の焦りように、目元を緩めるシュザンヌ。クリムゾンは妻と息子の仲睦まじい様子を見て、ほんの僅かだが口元を綻ばせていた。

 

「そ、それで母上! 結局アイツはどうなるんですか?」

「あら。ちょっとイジメすぎちゃったかしら?」

「は・は・う・え!」

「はいはい、ゴメンなさいね。でも、貴方もあの時話を聞いてたんだから、予想は出来るでしょう?」

 

 そう問われ、数日前の会話を思い出す。

 あの時シュザンヌはアリエッタに、客人のままでは屋敷に長期間は残れないと言った。つまり、アリエッタが屋敷に残る為には、客人で無くなるしかない。

 そうなると、思いつく方法は――――。

 

「使用人にするか、養子にするか……貴族じゃないアイツを養子にするなんて出来ねーだろうし、使用人ですか?」

 

 ルークの答えを聞くと、息子の成長が嬉しいのか満足そうに頷くシュザンヌ。

 

「正解よルーク。アリエッタちゃんには、貴方専属の使用人になってもらいます」

「あぁ、俺が主って言うのはそういう…………はぁ!? お、俺専属の使用人ですか!?」

「ええ。だってアリエッタちゃんが来たばかりの頃に言ったでしょう? アリエッタちゃんがこの屋敷にいる間は、貴方とヤナギに面倒を見てもらうって」

「え、いや、それはそうですけど……」

 

 アリエッタが自分付きの使用人になると聞き、思わず叫びながら聞き返すルークだったが、アリエッタと初めて会った時にシュザンヌから下された命令を思い出すと何も言い返せずに押し黙った

 

「私もあの時はこんな事になるなんて思ってなかったのだけれど。それを抜きにしても、アリエッタちゃんは貴方に一番心を開いているでしょう? だから、貴方の傍に付くのが一番なのよ」

「うっ……」

「ヤナギに教育係をお願いしておいたから、使用人としての仕事は心配無いわ。元導師守護役なんだから、少しは誰かの傍に付くのにも慣れてるでしょうし」

「そうなんですか?」

「ええ。導師守護役は導師に一番近い人間なんだから、護衛だけが仕事という訳じゃない筈ですよ」

「アイツがねぇ……」

 

 アリエッタが誰かに仕えていたという事実に、違和感しか無いと呟くルーク。

 実は導師守護役と言っても、オリジナルの導師はアリエッタを同世代の大切な友人としか見ておらず。シュザンヌの考えているような世話役としての仕事は、殆ど未経験だった。

 

「あれ? アイツが俺付きになるって事は、ガイの奴はどうなるんですか?」

「ガイは貴方の護衛という立場でしたが、これからはペールの補助として勤めてもらいます。女性恐怖症のガイでは、アリエッタちゃんと一緒に貴方に付くなど出来ないでしょうし。それ以上に、貴方への不敬が目に余りますから」

「あぁ、成程」

 

 ふと現在の自分付きの護衛であるガイはどうなるのかと気になり尋ねてみたが、返ってきた答えに普段からガイの自分への態度を問題視していたルークは、深く納得した。

 

「……大丈夫だろうか」

 

 その光景を、難しい表情で聞くクリムゾン。ガイの息子に対する執着に気付いているクリムゾンは、ルークから離されるガイが何か不穏な事をしないだろうかと少し不安を覚えていた。

 

 三人が今後の事について考えていると部屋にノックの音が響き、ヤナギが入室してきた。一仕事終えた職人のような、とても満足した表情で。

 

「あらヤナギ、お疲れ様。アリエッタちゃんに説明はした?」

「はい奥様! これからは私と一緒にルーク様付きの使用人になる事を伝えると、とても嬉しそうに承諾して下さいました!」

「あらあら。慕われてるわねルーク?」

「~~~~~~ッ!」

 

 アリエッタが嬉しそうにルーク付きの使用人になる事を受け入れたとヤナギから聞くと、顔を真っ赤にして顔を背けるルーク。そんなルークをシュザンヌとヤナギはニヤニヤという擬音が似合いそうな笑顔を浮かべながら見つめ、クリムゾンはこれからも妻やヤナギに弄られる事になるだろう息子を、憐憫の眼差しで見つめていた。

 

「それで、アリエッタちゃんは?」

「扉の前で待って貰ってます。ですが、良いんですか奥様? アレ(・・)を付けたままで……ルーク様が耐えられないかもしれません」

「ルークなら大丈夫よ。私とあの人の息子なんですから」

「はぁ……奥様がそう仰られるなら。アリエッタちゃん、入ってきてー!」

 

 何やら怪しい会話をしつつも、アリエッタを部屋へと招き入れるシュザンヌ。

 

「あの、着替えてきた……です」

 

 そう言って入ってきたアリエッタに、ルークとクリムゾンは目を奪われた。

 

 アリエッタは、その小柄な身体によく似合う、ヤナギや他のメイド達とは若干意匠の違うメイド服を身に纏っていた。

 黒のメイド服の上に、純白のエプロンドレスを付けている点は一緒だが、他のメイド達と比べて袖やスカートの裾にはフリルがバランスを損なわない程度だが大量に着けられており、胸元と手首にはシックな形状の赤いリボン。スカートの丈はギリギリ膝が見える程度の長さで整えられており、その脚にはタイツではなく、黒のニーソックスを履いていた。

 

 その愛らしい服装だけでもかなりの破壊力だが、ルーク達が注目しているのは、アリエッタの頭部だった。

 メイドが本来頭に着けるべきホワイトブリム。それは彼女の頭には装着されておらず、代わりに着けているものは――――。

 

「な、んな……!」

「…………」

「……?」

 

 赤面しながら声にならない声を上げるルークと、無言でそれ(・・)を見つめるクリムゾン。

 そんな二人を不思議そうに見つめるアリエッタだったが、遂にルークが耐え切れなくなり、それ(・・)を指で指しながら、大声で叫ぶ。

 

 

「なんで犬の耳なんか着けてんだよ―――――――――ッッ!!?」

 

 

 アリエッタの頭に装着されていたのは、茶色の犬の耳が付いたカチューシャだった。それも無駄に精巧に作られた、職人の芸の細かさが見える、垂れた犬の耳が。

 

 指されたアリエッタは何故叫ばれたのかが分からず、不思議そうにしながらもルークの叫びに答える。

 

「ヤナギが、これ、着けるって……その、シュザンヌ様も着けるように言ってたって、言ってた……です」

 

 メイドとしての自覚があるのか、慣れない敬語でシュザンヌとヤナギが犯人だと答えるアリエッタ。

 それを聞き、勢いよく二人を振り返るルーク。ジト目で睨まれる二人だったが、どこ吹く風でルークからの無言の抗議に答える。

 

「だって、アリエッタちゃんって犬っぽくて可愛いんだもの。着けたら絶対に似合うと思って、メイド服と一緒に発注しておいたの!」

「私は猫耳の方が似合うと思ったんですけど、こうして見ると犬耳も素敵ですね! あ、猫耳も勿論発注してるんで、安心してくださいルーク様!」

「何を安心すりゃいいんだよ!?」

 

 母と姉のような人の暴走に、思わずツッコんでしまう。果たして自分の慕うこの二人はこんなキャラだっただろうかと疑問に思いつつ、ふと隣に立つクリムゾンに目を向ける。

 アリエッタが入って来た時から微動だにせず、彼女の犬耳を凝視する姿を疑問に思い話しかけようとするが、それよりも先にクリムゾンの口が動いた。

 

 

 

 

「――――――――兎耳はどうだろうか」

「父上ぇ!?」

 

 

 

 

 ファブレ家当主クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ。

 

 彼は意外と、可愛い物に目が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ 設定 ◇

 

 ◎アリエッタ

 

 14歳。身長140㎝(原作148㎝)。

 この作品の主人公で、元導師守護役。7歳の頃まで、魔獣達に育てられた過去を持つ。原作では最後までオリジナルイオンの死を知らず、その短い人生を終わらせた悲しい少女。

 この作品ではオリジナルイオンの死亡後まもなく真実を知ったため、ダアトを脱走。放浪の末、ファブレ家に拾われる。

 

 元から内向的な性格だったが、イオンの死を知った為に、原作よりも更に人間不信気味。他者の悪意に非常に敏感。その分、一度心を赦すと決して離れない。現状は自分を認めてくれたルークに依存とも言える程に懐いている。それが単なる好意以上に昇華されるかどうかは、ルーク次第。

 

 現在はルーク専属のメイドとして、勉強の真っ最中。ヴァンに日常生活を送る為の最低限の常識しか教えられていないため、かなりの世間知らず。特に世界情勢に関しては、長年自分が所属していたダアトの事ですらなんとなくでしか知らない。ルークと一緒に、シュザンヌを家庭教師として猛勉強中。2人揃って毎日のように涙目になっていたり。

 

 ちなみにケモミミは普段は装着していないが、頼まれれば付ける。頼むのは主にヤナギ。

 

 

 ◎ルーク・フォン・ファブレ

 

 15歳。身長165㎝(原作171㎝)。

 この作品のヒロイン(?)。5年前の誘拐事件で記憶を無くしたが、シュザンヌやヤナギの献身的な補助により、1年で日常生活に支障が無い程度には回復した。

 実は導師イオンと同じく、本物のルークのレプリカ。記憶喪失ではなく、産まれたての為に記憶が無かった。

 

 原作ではレプリカという境遇故に不幸な最期を迎えたが、この作品では両親を含めた屋敷の者達からの愛情を一身に受けて育ったため、若干性格にゆとりがある。

 シュザンヌの熱心な教育により、世間一般の常識は完全に身に着けている。が、世界情勢に関してはまだまだ世間知らずであり、アリエッタと共に勉強の日々を送っている。

 

 原作との大きな相違点として、ガイとの不仲。ヴァンへの疑惑。ナタリアへの嫌悪が挙げられる。

 

 まだ粗削りだが貴族としての義務を身に付けつつあるが故に、ガイのあまりにも使用人として常識外れな行動を不快に感じている。一応記憶を失ったばかりの頃に面倒を見てくれたので多少は恩義を感じていたが、マイナス面の印象が大きすぎた。

 

 両親との仲が良好なため、ヴァンには原作ほど依存していない。憧れの師匠兼、誘拐犯から助けてくれた恩人として尊敬していた。

 アリエッタからの情報提供により、信じたいと思いながらもヴァンに疑いを持ち始めている。

 

 ナタリアは原作通りルークの記憶を取り戻す為に、まだ言葉も喋る事が出来ないルークに無理やり難解な書物を読ませようとしていた。ルークを庇ってくれたヤナギを酷い剣幕で詰ったので、今すぐ婚約を解消したいと思う程にはナタリアを嫌っている。

 

 原作とは違い貴族としての教育を受けている為か、頭の回転は悪くない。が、それ故にか割と常識人気質。フリーダムなシュザンヌ。天然なヤナギとアリエッタ。稀に爆弾発言をする父に囲まれ、色々と気苦労が絶えない苦労人。 

 

 

 ◎ファブレ公爵夫妻

 

 どこで歴史が狂ったのか、原作では病弱だったシュザンヌが、王妹としてのカリスマ全開の女帝として君臨している。

 息子であるルークを誰よりも大事に思っており、誘拐から帰ってからはそれが顕著になっている。が、決して甘やかしているというわけではなく。ルークが立派な王族になれるよう、愛情を注ぎながらも厳しく教育している。ルークを誘拐犯から連れ帰ったヴァンを、あまりの行動の早さに当時から不審に思っていた。

 

 夫であるクリムゾンは、原作では預言を恐れて必要以上にルークに近付かなかったが、この作品ではシュザンヌの影響で愛情を持って接している。預言に詠まれた時期が近づく事に苦悩していたが、アリエッタの証言から預言に疑問を持つようになっている。

 

 

 ◎ヤナギ・サコシタ

 

 16歳。158㎝。

 ファブレ家に仕えるメイド。原作には未登場のオリジナルキャラクター。

 出典は週刊少年サンデーで連載されていた【烈火の炎】に登場するメインヒロイン【佐古下 柳】から。アリエッタと同世代の同性キャラが欲しいという理由で登場。

 とても温和で明るく誰からも好かれる性格だが、プライドの高い者からは敬遠されている。

 

 4年前よりファブレ家に仕え、ルークとは幼馴染と言える関係。ファブレ夫妻の前以外では、砕け気味の敬語でルークに接している。当然、ルークの許可は得ている……というか、ルークから堅苦しい話し方は止めろと頼まれた。

 

 才能ある第七音譜術士だが特に訓練等は受けておらず、初級~中級の治癒術が使える程度。実は六神将級の強さの第五音譜術師(火属性に特化した譜術師)の婚約者がいる。

 

 その婚約者は1年前、実の父親に腹違いの兄と共に「5年くらい武者修行の度に出て来やがれ」とバチカルから放り出された。現在は兄とは別れ、友人4名と共に騒動に巻き込まれながら旅を続けている。兄は兄で4名程仲間を連れ、旅を続けているらしい。

 

 ファブレ家では度々婚約者からの手紙を読みながら頬を染めるヤナギの姿が目撃され、白光騎士団の若い騎士達はそれを見る度に絶望の涙を流しているとかなんとか。

 

 

 ◎ガイ・セシル

 

 19歳。身長182㎝(原作184㎝)。

 ファブレ家に仕える使用人だが、同じくファブレ家に仕える庭師のペールの主でもある。

 とある理由からルークに執着しているが、距離感を間違えているせいでルークに嫌われている事に気付いていない。ルークは自分がいないと何も出来ない子供だと思い込んでいる節がある。使用人らしからぬ態度をルーク本人やシュザンヌから指摘されているが、全く直そうとしていない。

 

 アリエッタがルーク付きになってから思うようにルークと接触出来ずに苛立ちを募らせている。ルークに最も近い場所にいるアリエッタを逆恨みしている……と思いきや、「何で俺を傍に置いてくれないんだ」と、ルークの方に理不尽な怒りを抱いている。

 物陰からルークを胡乱気な目で見つめる姿が度々メイド達に目撃されており、ガイ自身の女性恐怖症もあってか男色を疑われていたり。




アリエッタのメイド服の描写が満足に出来ないのが悔しい……ッ! 絵心も文才も無い自分には、アリエッタの愛らしさを伝えきれませんでした。無念。

ついにクリムゾンまでキャラがぶっ壊れてしまいました。反省も後悔もしてない。だって、ああいう強面って可愛いのは甘いスイーツとか好きそうって思ったんだもの。クリムゾンが壊れるのはたまにだから大丈夫!

ヤナギと愉快な婚約者達の設定は、実は無駄に色々と考えてます。彼らの設定だけで普通に5000字いきそうなくらいには。使う予定は無いですけどね。


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閑話 ルークの日記1

仕事が忙しくて、ちょっと遅れました。何ヶ月も投稿してなかったのを思えば速いんですけどね。なんかこのペースが普通になってきてる。不思議! 電子の妖精や夕映物語はもう1ヶ月投稿してませんが。この作品が一番反応が良いんだから、しゃーない。ネタに困るまではこの作品ばかりを投稿する事になりそうな気がします。

この数日アビスの二次創作を色々読んでたんですが、中編や長編のルクアリって全然無いですね。短編ならいくつかあったけど。え、多かった組み合わせ? ピオルクでしたが何か。

今回はルークの日記なのです。ルークの日記は本編の後につけようと思ってたけど、それだと読みにくいので閑話として纏めてみました。本編に無かった日常話も入れやすいし。

後、活動報告にこの作品についてかなり重要なアンケートを載せるので、ぜひご協力を。多分この作品では最初で最後のアンケートなので。かなり長いアンケートになるけど、宜しくです。ちなみに各キャラへのアンチヘイトの度合いについてのアンケ。


 ◇ ルークの日記 ◇

 

 

 

 ○月△日

 

 

 今日はアイツの話を俺、父上、母上、ヤナギの4人で聞いた。昼から聞き始めたのに、話が終わったらもう夜になってたけど、そんな事よりもアイツの話した事が気になって仕方ない。

 んだよ……ヴァン師匠がアイツを騙してたって。アイツの過去もなんつーか、色々と思ったけど、それよりも俺はヴァン師匠の事で頭が一杯だ。本当に師匠がそんな酷い事をしたのか? けど、アイツが嘘を吐いてるとは思えねーし……あーもう! 訳分かんねえ! 今日はもう寝る!!

 

 

 ……そういや、アイツが俺の1つ下ってマジなのか?

 

 

 

 ○月□日

 

 

 今日は色々と変な日だった。

 

 朝部屋にいたら外でなんか走りまわる音とか叫び声みてーな声が聞こえてきたから何だと思って扉を開けたら、俺の部屋に誰かが転がり込んできてビビった。まぁ、アイツだったんだけどな。ビビッて損した。

 

 アイツの顔を見たら昨日の話を思い出して嫌な気分になったから追い出そうって思ったけど、泣きそうな顔でクローゼットの陰に隠れられて、追い出そうにも追い出せなかった。あの顔は卑怯だろ。

 

 そしたらガイのやつが朝っぱらからデカイ音で何回もノックしてきやがって、なんかアイツを捜してるみてーだった。メンドくせーからガイに連れて行ってもらおうかと思ったけど、またアイツが涙目で見上げてきやがったから、さっさとガイを追い返した。そしたらアイツ、なんかこう、嬉しそうに笑ってありがとうって言ってきて、その……うん、なんか嬉しかった。今まで誰かに頼られた事なんてなかったから。

 

 けど、嬉しそうに笑ってたと思ったら急に暗い顔になって。俺が何かしちまったのかと思って焦ったけど、話を聞いたら出て行かなきゃダメだとか言って。何でそんな事言ってんだって考えてたら、窓から出て行こうとしてたから、慌てて後ろから捕まえたら子供みたいに叫びながら暴れられて。自分は誰からも嫌われるとか、今まで皆そうだったとか好き放題に言いやがるからムカついて、取り敢えずベッドにぶん投げてやった。

 

 その後は思った事をアイツにそのまま言ってやった。キモい奴等と一緒にすんなとか、ライガってやつに乗ってみたいとか、本当に思った事をそのまんま言ったんだよ。

 そしたらアイツ、何でか知らねーけど変な目で俺を見てきて、その……なんか懐かれたって言やあ良いのか? 自分の事を嫌わないでいてくれるかって聞いてきたから、ここにいる間は相手をしてやるって言っただけなんだけど。

 

 そんなにアイツは嫌われてばかりだったって事なのかな。俺には父上や母上、ヤナギにその婚約者達。屋敷の使用人達とか色んな人が周りにいて、寂しいとか思う暇なんかなかったけど、アイツの周りにはイオンって奴しかいなかったんだよな……それでそいつも居なくなって、師匠にも騙されて……い、いや! 師匠が本当にそんな事をしたって、俺はまだ信じてねーし! でも、アイツは騙されたって思って、それで本当に誰もいなくなって……なんか、俺がもしそうだったらって考えてたら怖くなってきた。

 

 何でそんな酷い目に遭って来たのに、アイツは俺をその……信用してくれたんだ? 分かんねえ……分かんねえけど、その、頼られて悪い気はしねーし。母上達との話でアイツは屋敷に残る事になったみてーだし。ここに居る間は相手してやらないとな。……別に、仕方なくだからな!

 

 

 

 ○月▽日

 

 

 今日はアイツに屋敷を案内してやった。アイツは俺よりずっと背が低いから、脚も俺より全然短いんだろーな。変な人形を抱えて早歩きで必死に俺の後ろを付いてきて、その……あー! なんか変な気分になった! 何なんだよあれ! なんかムズムズすんだよ! 別に嫌ってわけじゃねーけど、なんか変なんだよ!

 

 庭を案内してたらガイの奴がいて、俺にくっついてるアイツを見て、慌てて寄ってきた。それが昨日話した子だとか、怪しいから離れろとか色々言ってきた。アイツもガイを見て怖がってたし、正直うぜぇって思ったから、俺の客だって言って無理やりガイを納得させた。別に間違いじゃねーし。

 

 

 

 ○月●日

 

 

 今日はヤナギとアイツと3人で、庭でお茶会をした……っつーか、させられた。

 俺が庭で剣術の鍛錬をしてたらヤナギがアイツを連れて来て、休憩がてらお茶にしようって言ってきて。俺が返事をする前に、あっという間に準備を済ませちまった。まぁ、ヤナギがこういうその、私的な時は俺の言う事を聞かねえのはいつもの事だけどな。それでも俺が嫌がる事は絶対にしねーところが、ヤナギの凄いとこだと思う。どっか抜けてるんだけど、抜けても良い時しか抜けてないんだよなぁ……ワザとかと思った時もあるけど、ヤナギがそんな器用な事を出来るとも思えねーし。もう4年以上の付き合いになるけど、ヤナギの事は今でもよく分かんねー。

 

 お茶会をしてたらアイツが庭の花について色々と俺に聞いてきて、分かる事だけ俺も答えてたんだけど。何でかヤナギにアイツを名前で呼ばないのを小声で怒られた。何で名前で呼んでやらねーんだって言われてもなぁ……なんか、恥ずかしい? というか。

 そう言ったら、怒ってた筈のヤナギがいきなりニヤニヤ笑いだして、きゃーきゃー言いながら俺の背中をぺちぺち叩いてきた。何だったんだ? あれ。

 

 

 

 ○月◎日

 

 

 アイツ……アリエッタが、俺付きの使用人になった。

 

 朝から母上にアリエッタとヤナギと一緒に呼び出されて。そしたらアリエッタがヤナギに連れられて出て行って。帰ってきたらメイドになってた。……何書いてんだ? 俺。

 

 母上が言うには、アリエッタが客人のままだと屋敷に置いとけねーから使用人にしたって話だった。客のままじゃ置いとけねーのはこないだの話で分かってたし、使用人になるのはちょっと考えたら予想できた。けど、まさか俺付きの使用人になるとかなあ。

 俺には一応ガイがいるから無いと思ってたけど、ガイは俺への不敬が酷いから配置換えって話になってた。まぁ当たり前か。今までそうなんなかった方が変だし。父上が何でかガイに気を遣ってたからだと思うけど、何でだ? ガイの親と知り合いだったとかか? まあいいや。流石に女嫌いのガイがアリエッタと一緒に俺付きになるのは無理だって、父上も分かってただろーし。

 

 アリエッタが俺付きになったのは、俺から離れたくないだろうからって理由らしい。……いや、ここ数日のアリエッタがアヒルみてえに俺の後ろを付いてくるのを見てたら、俺もそうじゃないかって思ってたけどさ! 直接言われたらなんか恥ずかしいだろ!? ……まぁ、ガイとどっちが良いって聞かれたら、アリエッタを選ぶけどさ。

 

 そういや、アリエッタが着替えて戻って来た時、何でか犬の耳を着けてた。母上とヤナギの仕業っつーか趣味らしいけど、意味分かんねー。いや、似合ってたけどな。

 ……父上が兎耳はどうだとか言ったのは、忘れたい。

 

 そういや、ヤナギが言ったのか母上が気付いたのか知らねーけど。アリエッタの主人になるんだから、ちゃんと名前で呼べって母上に言われた。なんか恥ずかしかったけど、いつまでもアイツって言うのもなんか嫌だし、これからは名前で呼ぶ事にした。最初に呼んだ時は少し詰まったけど、名前を呼ばれたアリエッタの嬉しそうな顔を見たら、すぐに気にならなくなった。もっと早く名前を呼んでやれば良かったな。

 

 

 ○月☆日

 

 

 今日からアリエッタが本格的に俺付きの使用人になった事が、広間に屋敷中の使用人を集めて発表された。殆どのヤツは笑って認めてくれたけど、ガイとペールだけはなんか微妙な顔になってた。特にガイの奴は、変な目で俺の方を睨んできてた。もしかして、俺付きから外されて給金が下がるから怒ってんのか? 俺を睨む前に、自分のやった事を反省しろっつーの!

 

 一応、アリエッタが元導師守護役って事と、魔獣に育てられたっていう事は伏せられた。母上が、もしかしたらアリエッタを気味悪がったり、不審に思ったりする奴がいるかもって。うちの使用人や騎士団にそんな奴はいねーって思いたいけど、まぁ用心にこした事はねえもんな。

 

 あ、けどアリエッタが魔獣使いだって事は言ってたな。父上に聞いたけど、魔獣使い自体は珍しいけどいるらしい。アリエッタみたいに友達としてじゃないみたいだけどな。なんか、魔獣の好む匂い袋とかを使うとか……そんなんで言う事聞かせられんのかな? もし匂い袋が事故か何かで無くなったらどーすんだろうな。襲われたりしねえのか? やっぱアリエッタみたいに、友達になるのが一番だよなー。母上が叔父上に屋敷で魔獣を飼える許可を取っておくって言った時のアリエッタは、すげえ嬉しそうだったな。飼うってのは嫌だったみてーだけど、友達だって言っても信用して貰えないって説明したら、ちゃんと納得してた。ま、そりゃそうだよな。アリエッタのことを詳しく知らなけりゃ、俺も信じねえと思うし。

 許可が取れたらすぐに友達を呼ぶってアリエッタが嬉しそうに言って来たから、俺も嬉しくなった。だってあのライガに会えるんだぜ! 流石に屋敷の中じゃ走り回ったりは出来ねえだろうけど、庭を散歩するくらい出来るもんな。早く乗ってみてー!

 

 

 

 ○月★日

 

 

 アリエッタが俺付きになったけど、使用人としての仕事は全然知らなかった。母上は導師守護役だったら少しはそういう事も出来るだろうって言ってたんだけどな。アリエッタに聞いたら、導師イオンはアリエッタを友達扱いしてたから護衛以外の仕事は殆どさせてなかったらしい。導師って、ダアトで一番偉い奴だったんだよな? キムラスカで言うなら国王……まではいかなくても、父上と同じくらいには偉い奴だって母上に聞いたんだけど。そんなんが導師で大丈夫だったのか?

 

 アリエッタが予想より使用人の仕事が出来なかったから、まずはヤナギが徹底的に仕込むって事になった。ヤナギってああ見えて仕事の手抜きは嫌いなんだよな。変に頑固っつーか。アリエッタはヤナギに厳しく指導されて、がっちがちになってた。あんな調子だったら、ヤナギ並になるのはいつになるんだろうな。ヤナギの奴は筋が良いって褒めてたけど、うさんくせー。あれ絶対に世辞だろ。

 

 そういやアリエッタって一応ガイの代わりなんだから、俺の護衛でもあるんだよな。魔獣無しで戦えんのか? 不思議に思って母上に聞いてみたら、また今度うちの白光騎士団の誰かと模擬戦してもらうって言われた。……余計な事言ったか?

 

 

 

 ○月■日

 

 

 

 今日は久しぶりにナタリアの奴が屋敷に来た。当然、事前の報せも無しにいきなりな。いくら王女でも、公爵家にいきなり来て良い訳ねーだろ! 父上も母上も難しい顔をしてたけど、叔父上が大目に見てやってくれって言ってきてるらしいからどうしようもないらしい。いくら同じ王族っつっても、貴族が国王に逆らえるわけねえもんな……叔父上はナタリアに甘すぎんだよ! 俺から何を言っても聞かねえし、マジで何とかしてくんねえかなー。

 

 今日来た理由は、いつも通り俺が“約束”を思い出したかどうかの確認だった。覚えてねえって言ってんのに「早く思い出して下さいませ」だの「愛の力で記憶を思い出すなんて、運命的でしょう?」だとか、毎回毎回同じ事ばっかり言いやがって。ガイの奴もうぜぇけど、ナタリアはそれ以上だ。あんなんが王女で、キムラスカは大丈夫なのか? ……って、俺があいつの婚約者なんだよなぁ。ナタリアの方から破棄してくんねえかな? いつまでも“約束”を思い出さないから愛想が尽きましたわとかで。

 

 俺とヤナギが話すといっつも不機嫌になるから、ナタリアが来てる時は出来るだけヤナギには離れるように言ってんだけど、まだアリエッタにはその事が伝わってなくて、ナタリアが来ても普通に俺の後ろに付いてて、やべえって思ったけど手遅れだった。

 ナタリアがアリエッタの事をイヤな目で見てたから新しい俺付きの使用人だって説明したら、こんな少女を付き人にするとか何考えてんだとか、幼馴染のガイを付き人から外すなんて酷いだとか。アリエッタが14歳で俺より1つ下だって説明したら、浮気をする気かーとか、さっさと付き人をガイに戻せーとか、言いたい放題好き放題だ。アリエッタが怖がって俺の後ろに隠れるから、余計に怒りだして手が付けられなかった。

 いい加減にキレた母上がナタリアを追い返してくれたから今日は収まったけど、これからは今までよりうぜぇ事言ってくんだろうな。ナタリアの奴。本当、どうにかしてくんねえかな叔父上。




 今回はルークの日記でした。ナタリアは本編で出そうと思ったけど面倒な上にどうでもいい話になりそうだったんで、ルークの日記であっさりアリエッタと初会合してもらいました。ティアとルークが一緒にいるだけで浮気とか言ってたナタリアなら、こんくらいの反応はするでしょう。

 前書きでも書きましたが活動報告の方でこの作品の重大なアンケートを取ってるんで、宜しくお願いします。


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8話 変化

ようやく仕事が落ち着いたので投稿。アンケートの協力ありがとうございました!
結果は活動報告の方に書いておきますが、ジェイド、アニス、ナタリアがかなり予想外の事になりました。常識人が増えたおかげで結果的に助かったけど。全員ヘイトになった場合の最終手段としてグレンやアスランの参戦も考えてたので。

この2週間の間に色々考えたけど、原作前に何人かフラグ立てなきゃダメですね。極端な性格改変にならないように頑張らないと。え、ファブレ夫妻? あの二人は例外です。ルークとアリエッタが本当に幸せになるには、あの二人の協力が必須だと思ったので。


 アリエッタが正式にルーク付きの使用人となって数週間。

 その短くも濃い時間の間、ファブレ家ではいくつかの変化が起きていた。

 

 一つに、屋敷に笑顔が増えた事。

 

 以前も貴族の屋敷としては雰囲気が柔らかく温かい環境ではあったが、アリエッタが勤め始めてからはそれが更に顕著になっていた。十代前半にしか見えない愛らしい少女が、自らの主の為に慣れない業務や勉強に必死に励む姿は、それを見守っていた屋敷の住人達の心を自然に温かくしていた。

 その筆頭たるヤナギに至っては、アリエッタから片時も離れようとしない程である。アリエッタの教育係というせいもあるが、業務外でも必要に迫られた場合以外は離れようとせず、アリエッタを本当の妹か娘かのように可愛がっていた。普段は温厚なヤナギが、アリエッタの住む部屋を決める際にシュザンヌへ有無を言わさぬ迫力で自分の部屋に共に住まわせる事を要請した程と言えば、どれだけヤナギがアリエッタを大事に思っているかが分かるだろう。些か行き過ぎの面もあり、時折シュザンヌやルークに灸を据えられる事もあるが、その辺りは御愛嬌と言うべきか。

 

 それは使用人以外も例外では無かった。

 

 屋敷の主人であるファブレ公爵夫妻――――特に妻であるシュザンヌは、アリエッタをヤナギ程まではいかなくとも、娘のように愛情を注いでいるのが誰の眼にも明らかだった。

 

 そしてアリエッタの主であるルークに至っては、一か月前とは別人とも思える程に、表情に変化が出ていた。以前から感情豊かなルークだったが、その殆どは仏頂面、怒り、憤慨等のマイナスの表情が多く、笑顔は両親とヤナギの3人の前以外で見せる事は殆ど無かった。尤もルークの不器用な優しさは殆どの使用人が理解しており、ルークに対して悪感情を抱く者は殆どいないのだが。

 そのルークが屋敷の使用人に微笑を浮かべながら挨拶をするようになっていては、別人ではないかという冗談が出ても仕方のない事だろう。誰も本気で言っているわけではないが。

 

 ルークの周囲への対応が激変したのは、アリエッタの影響であるのは疑いようの無い事だった。

 アリエッタが自分付の使用人になって最初の頃は彼女の不慣れな仕事ぶりに対し難しい表情を浮かべていたルークだったが、それは数日で消える事になった。

 決して要領が良いとは言えないアリエッタだったが、それは彼女自身も理解していた。それでも導師守護役を立派に勤めていた事を考えれば、アリエッタがどれだけ努力家なのかは自然と解るだろう。

 

 その必死に努力し、日に日に使用人としての技術が上達していくアリエッタを見守っているうちに、ルークに変化が訪れた。自分からアリエッタのフォローをするようになったのだ。アリエッタがヤナギに使用人としての教えを受けている時は出来るだけ傍で見守り、シュザンヌにオールドラント(この世界)の歴史や現在の世界状況を学ぶ時は、自分から共に学びたいと申し出た。

 

 以前から王族としての教育は受けていたルークだったが、その態度は真面目ではあっても熱心ではなく。最低限の知識以外は習得しようとせず、殆どの時間を自分の好きな剣術の訓練に費やしていた。両親に恥ずかしくない程度の知識があれば、それで良いと考えて。

 それだけを聞けばただの我儘に聞こえるが、ルークが勉強嫌いになったのには訳がある。それを知っているからこそ、シュザンヌやクリムゾンもルークの行動に何も言わなかったのだから。

 

 その理由とは、ルークが誘拐から帰ってきてしばらくが過ぎた4年半前まで遡る。

 全てを忘れ赤ん坊のようになっていたルークが、ようやく言葉や文字を理解し始めた頃。誰も望まぬ来訪者があった。

 ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア――――ルークの婚約者である彼女は、あろう事か未だ満足に会話も出来ないルークに対し、彼女自身でも理解できるかどうか怪しい程の難読書を大量に、それも無理矢理に理解させようとしたのだ。

 

 “神童と呼ばれた以前のルークなら出来る筈”

 

 “これくらい出来なければ、約束を守れない”

 

 “早く自分の婚約者として相応しくなれ”

 

 “自分の愛でルークの記憶を取り戻して見せる”

 

 このような事を、ルークから見れば見知らぬ少女から延々と繰り返されれば、勉強に嫌悪感を抱くのは当然だろう。

 見かねたシュザンヌがナタリアを止めたが、自分のする事が最もルークの為になると考えているナタリアには通じず。父である国王にファブレ夫妻の予定を聞きだし、シュザンヌが屋敷に在宅していない時を狙って来訪し、ルークに勉強を強制し続けた。それはヤナギが屋敷に勤め始める半年後まで続き、ナタリアの暴挙が明らかになる頃にはルークの勉強恐怖症は根深いものとなっていた。

 それからはシュザンヌやヤナギ達の尽力でルークの勉強恐怖症は幾らか緩和されたが、それでも完全に癒される事は無く。ルークは最低限の勉強しかしなかったのではなく、出来なかったのだ。

 

 そのルークが自分からアリエッタと共に学びたいと言い出した時のシュザンヌの衝撃は、凄まじいものだった。思わずルークを涙ながらに抱き締めるシュザンヌ。落ち着いてから学ぶ理由を尋ねたが、その理由もまた驚くものだった。

 

 

『だって、その……俺より年下のアリエッタが頑張ってんのに、主の俺が何もしないとか恥ずかしいし……使用人よりしっかりしてない主なんて、貴族として有り得ませんよね?』

 

 

 照れ臭そうに頭を掻きながらそう答えるルークを見て、シュザンヌは深くアリエッタに感謝した。自分の愛する息子を、この短い期間で成長させてくれた少女に。

 

 

 それからのシュザンヌ主催の学習会は、アリエッタ一人のものより密度の高いものになった。最初は軽度の勉強恐怖症故にある程度時間が経つと挙動不審になり始めていたルークだったが、隣で共に学ぶアリエッタを見ると表情を引き締め、負けてられるかとばかりに参考書に顔を戻す。

 そんな息子の様子に感極まったシュザンヌは、ヤナギも巻き込みどんどん二人の教育に熱が入っていった。これには努力家のルークとアリエッタも流石に弱音を吐き始めたが、それでも決して止めようとはせず。負けず嫌いのルークと、意外と同じように負けず嫌いなアリエッタは、競うように知識を吸収していった。

 

 

 勉強恐怖症をほぼ克服し心に余裕が出来たおかげか、憮然とした物が多かったルークの表情は次第に柔らかくなっていった。挨拶を交わす程度の交流しかなかった使用人にも、自分から笑って労を労える程に。尤も、口調は粗暴なままだったが。

 

 そのルークの変化を目の当たりにした殆どの使用人達は驚き、ルークの身の回りで働くある程度ルークに近い一部の使用人達はその変化を我が事のように喜び、その原因となったであろうアリエッタを、これまでよりも可愛がるようになった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 こうしてファブレ家に新しい風を吹き込んだ事で一躍人気者とアリエッタだったが、その屋敷の空気の変化を喜べない者も僅かに2人いた。

 

 一人は当然と言うべきか、ルークの婚約者であるナタリアである。

 シュザンヌにアリエッタへの態度を叱責されて以来、彼女への悪感情を出来るだけ表には出さないようにはしていたが、ナタリアのアリエッタへの敵愾心は日に日に増していった。

 普通に考えれば当然だろう。立場だけを見ればルークはナタリアの婚約者であり、アリエッタはただの使用人。その使用人が婚約者である自分を差し置いてルークと絆を育んでいるのだから。

 それだけではなく、当のルークのアリエッタへの態度が明らかに特別な人に対する態度なのだ。それが何よりもナタリア気に入らない。ルークの自分へ向ける言葉が罵詈雑言ばかりなのに対し、アリエッタには粗雑ながらも優しい言葉をかけるのだから。

 

 ナタリアは気付かない。

 

 何故自分がルークに嫌われているのかを。

 

 自分がファブレ家の人間からどう思われているのかを。

 

 ナタリアは気付けない。気付こうともしない。

 

 自分がルークを見ていない事を。

 

 幼い頃に交わした約束以外にルークに価値は無いと、自らの行動で示している事を。

 

 全てに気付かず、彼女は今日もファブレ家に赴く。アリエッタをルーク付きから外すよう、ファブレ夫妻に直談判する為に。その行いが周囲にどう映るかを、考えもせず――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アリエッタの影響を受け入れる事が出来ないもう一人の人間は、元ルーク付きの使用人、ガイだった。

 

 彼は自分がルークの一番の理解者であると信じて疑わない。

 それを理解せずに自分をルーク付きから外したクリムゾンに憤慨し、自分が離れる事をあっさりと受け入れたルークに対しても理不尽な怒りを抱いていた。

 

 仮にも主人の決めた事なので渋々従っていたが、納得する事は出来ず。庭師であるペールの補助を命じられてはいたが、元々ペールだけで事足りていた仕事をルーク付きの使用人さえ真面目に務めていなかったガイがするわけもなく。空いた時間を剣術の鍛錬と、ルークの観察に費やしていた。

 本来ならルークに近付きたかったが、ここ最近のルークはアリエッタと共に勉強や鍛錬に励んでおり、接触する隙が無い。その事が、ガイの不満を益々増長させていた。

 

 そんな中、ふとガイは無意識に邪魔者だと感じているアリエッタについて考えた。

 ふとファブレ家に現れた、導師守護役の制服を着た少女。クリムゾンは何も言わなかったが、あれを着ていたという事は、彼女は導師守護役ではないのか? それが何故、ファブレ家で使用人になっているのか。

 

 ――――もしかすると、何かダアトに帰れない事情があるのでは?

 

 一度そう考えると、ガイの中でどんどんアリエッタへの疑問が増していく。

 

 そしてガイは、一つの行動を起こす。

 

 ダアトにいる自分の共犯者に向けて、鳩を飛ばすという愚行を――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「だーっ! やっと終わったー!」

「疲れた……です……」

 

 いつものように密度の高い授業が終わり、机に仲よく突っ伏すルークとアリエッタ。

 疲労困憊ながらも、二人の表情はどこか達成感に満ちていた。

 

「ったく、母上も少しは手加減してくれよなー」

「でも、シュザンヌ様の授業。イオン様より解りやすかった……です」

 

 ルークの愚痴に対し、イオンよりも解りやすいから良いと呟くアリエッタ。

 アリエッタのダアトでの教師役はオリジナルのイオンだった。教師役と言っても、文字と言葉。それと簡単なダアトの情勢についてのみだったが。

 彼の教え方はアリエッタをからかいながらだったので、とても集中できず。アリエッタをダアトへ連れて来たヴァンが全てをイオン任せにしていたせいもあり、アリエッタは最低限の知識しか身に着ける事が出来なかったのだ。

 

 アリエッタの言葉が気になり、導師イオンがどうやって教えていたかを聞き返したが、その内容を聞くと呆気にとられた表情を浮かべた。

 

「なんつーか……イオンってすげーヤツだったんだな」

「…………うん。イオン様……凄かった」

「ふーん……一回くらい会ってみたかったな」

「アリエッタも、ルーク様に会って貰いたかった、です」

 

 以前はアリエッタの事情を知るルーク達4人は過去に必要以上に触れないように気を遣っていたが、最近では今のようにアリエッタ自身からイオンの話を出す事があった。それがイオンとの事を思い出に出来た証なのか、それともイオンの事を思い出さずにはいられない故なのかはルーク達には分からないが、少なくとも悪い事ではないだろうと感じていた。

 

「二人とも。ちょっと良いかしら?」

「母上?」

「シュザンヌ様?」

 

 思い出話に花を咲かせながら各々の自室へ戻ろうとした二人だったが、後ろからシュザンヌに呼び止められる。その真剣な表情に大事な話だと判断した二人はシュザンヌの方へ向き直ったが、その口から話されたのは、近い内に来る機会だと3人ともが感じていながらも、まだもう少し猶予があると思っていた事だった。

 

「…………明日、ヴァンが屋敷に来ます」

「「っ!?」」

 

 それを聞いた二人は、それぞれ違う反応を見せた。

 ルークはヴァンへの剣の師としての尊敬と、アリエッタの証言からの不信感で揺れ動き。

 アリエッタは唇を噛みしめ、その小さな手を強く握りしめた。

 

「ヴァン師匠(先生)が……で、でも何でですか? 母上。師匠(先生)が来るのって、まだ半月くらい先の筈じゃあ……」

「それがどうしても確認しておきたい事があるから訪ねると、一方的に報せて来たのです。もしかすると、狙いは……」

 

 そこで言葉を切り、ルークから視線を逸らすシュザンヌ。その視線の先に居たのは――――。

 

「……アリエッタ?」

「ええ。どこかから、アリエッタちゃんがこの屋敷に居ると知ったのかもしれません。だとすれば恐らく目的は、アリエッタちゃんをダアトへ連れ戻す事でしょう」

「んなッ!?」

「……っ!」

 

 シュザンヌの推測を聞き、怒りから一転怯えた表情になり、ルークの服の裾を強く掴むアリエッタ。それを見たシュザンヌは、安心させるように微笑みながらこれからの事を伝えた。

 

「大丈夫ですよ二人とも。アリエッタちゃんが望まない限り、そんな事はさせませんから」

「母上……」

「私を信じなさいルーク。それでアリエッタちゃん。ちょっと手伝って欲しい事があるから、少しだけ時間を貰えるかしら?」

「あ、は、はい……です」

 

 シュザンヌに呼ばれ、戸惑いながらもその後を付いて行くアリエッタ。

 その背中が部屋の中に消えるまで、ルークは複雑な表情で見つめていた。

 

「…………ヴァン師匠(先生)……本当に悪い奴なのか……?」

 

 誰もその疑問に答える事は無く、呟いた声は夕暮れの空に溶けていった。




なんかアリエッタがルークの精神安定剤みたいに。

ナタリアを散々こき下ろす描写がありますが、ナタリアがアニメで実際にやってた事です。よくあれでルークはまともに育ったもんだ。

次回は遂に、ヴァン来襲。
ちなみにヴァンにアリエッタの事を教えたのは、勿論ガイです。本人は善意のつもり。


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9話 決別

熱さにやられたり友人と遊びまくってたりルミナスアークインフィニティにハマったり手首を痛めたり仕事が忙しかったりで遅くなりました。二週間過ぎちゃったよ……ちくせう。


 シュザンヌからヴァン・グランツの来訪を告げられた翌日の早朝。いつものようにルークの居室前で合流したルークとアリエッタは、これからの事について話し合っていた。

 尤も話し合うと言っても、ルークがアリエッタを心配する発言が殆どだったが。ヴァンの狙いがアリエッタと聞けば、その心配も当然だろう。

 

「なぁ。昨日母上から何を頼まれたんだ?」

 

 何と声を掛けても俯き曖昧な返事を繰り返すアリエッタに対し、少しでも不安を取り除こうと考えたルークは昨夜自分が去ってからの事を尋ねた。あの母ならきっと、しっかりと根拠のある言葉でアリエッタの不安を取り除いてくれている筈だと思い。

 

 だが、顔を上げたアリエッタの表情はルークの期待していたものとは違い、不安とも安心とも取れないなんとも言えないものだった。

 それを怪訝に思い再度問おうとしたルークだったが、それよりも先にアリエッタが話し出した。

 

「シュザンヌ様、自分が話を振るまでは挨拶と返事以外しないようにって、アリエッタに言った……です」

「へ?」

「あと、ルーク様も、出来るだけ口を出さないで、アリエッタと一緒にいるようにって」

「俺も? ……それって、要するに母上に全部任せろって事じゃねーのか? だったら俺達が一緒にいない方が良いんじゃ?」

 

 自分にもアリエッタにも口を出すなという母の指示に、それなら最初から同席の必要は無いのではないかと疑問に思うルークだったが、アリエッタは静かに首を横に振った。

 

「アリエッタには、最後にやってもらう事があるって。それに、アリエッタが一緒にいないと、ヴァン……総長は、無理やりアリエッタに接触するかもしれないって」

「ふーん……ん? じゃあ俺はどうすりゃいーんだ? 別にいなくても良いんなら、今はあんまりヴァン師匠に会いたくねえんだけど……」

 

 ヴァンの名を呼ぶ時に僅かに眉を顰めたアリエッタを尻目に、自分はどうすれば良いのかを尋ねるルーク。

 アリエッタを心配する気持ちは確かではあるが、アリエッタの証言と母であるシュザンヌの言葉からヴァンを全面的には信頼できなくなっているルークは感情の整理が出来ておらず。そんな自分がいては何か母やアリエッタにとって都合の悪い事を口走ってしまうのではないかと、2人と共にヴァンに会う事に不安を感じていた。

 

 

 

 ――――くいっ

 

 

 

「ん?」

 

 そう考えていたルークだったが、この半月で慣れた服を引っ張られる感覚に従い目を向けると、アリエッタがぬいぐるみを強く抱きしめて俯いたまま、ルークの上着の裾を強く握りしめていた。

 

「……なんだよ」

「…………や、です」

「あん?」

「ルーク……様も、一緒にいてくれないと、イヤ……です」

 

 一瞬だけ顔を上げそう言うと、再び顔を俯かせるアリエッタ。服を握る手は僅かに震えており、ヴァンとの再会がどれだけ彼女にとって恐ろしい事なのかを察したルークは、溜息を一つ吐きながらもその願いに応じた。

 

「……まぁ、従者の面倒を見るのは主人の役目だからな。お前が変な事をしでかさないように、傍で見張っててやるよ」

 

 ぶっきらぼうながらも優しい言葉に、アリエッタは勢いよく顔を上げる。

 僅かに頬を染めながら前を見て歩くルークをしばらく見つめると、嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

「ありがとう、ルーク!」

「んなっ……。べ、別に当たり前の事だっつーの!」

 

 満面の笑みで礼を言うアリエッタ。

 その魅力的な笑顔を見たルークは、僅かに赤くなっていた顔を林檎のように更に赤くさせると、アリエッタの手を振りほどき大股歩きで先に食堂へと向かう。アリエッタがつい“様”を付け忘れてしまった事にも気付かなかった事を考えると、どれだけルークが混乱したのか分かるだろう。

 

 ルークに置いて行かれ呆然としていたアリエッタだったが、先に進んでいたルークに大声で呼ばれると我に返り、慌てて小走りでルークの後を追う。

 その様子は、二人が主従という枠を超えた強い絆で結ばれている事を確信させるには十分すぎる光景だった。

 

 

 ◇

 

 

 朝食を終えてから2時間程。大広間でファブレ一家が各々の時間を過ごしていると、控えめなノックの音が広間に響く。クリムゾンが許可を出すと、ヤナギが一礼と共に来室し、クリムゾンとシュザンヌへ報告を行った。

 

「旦那様。奥様。ヴァン・グランツ様が御来訪されました。来賓室でお待ちして頂いております」

 

 その報告を継げた瞬間、広間中に緊張が走った。クリムゾンとシュザンヌは僅かに眉を顰め、ルークとアリエッタは緊張、困惑といった感情を露骨に顔に出していた。

 

「そう……分かったわ。ありがとうヤナギ。貴女はこの人と一緒に下がっていて頂戴」

「旦那様は御一緒でなくて宜しいのですか?」

「ええ。この人には溜まっている国務がありますから。それに、昔からこういう腹芸は私の担当なのよ?」

「むう……」

 

 言外にクリムゾンを足手纏い扱いしているシュザンヌだったが、実直な性格故に自分でもこういった事には不向きだと自覚しているクリムゾンは何も反乱できず。ヤナギは心で苦笑した。表情に出さないところは、ヤナギも流石にファブレ家のメイドというところか。

 

「それじゃあルーク、アリエッタちゃん。ヴァンのところに行きましょうか」

「あ……わ、分かりました母上!」

「は、はい……です」

 

 ヴァン来訪の報せに固まっていたルークとアリエッタだったが、シュザンヌに呼ばれると我に返り慌てて立ち上がる。

 その様子を苦笑しながら一瞥すると、シュザンヌは二人を連れて広間を後にして来賓室へと向かう。その瞳に、確固たる意思を秘めて――――。

 

 

 ◇

 

 

「お久しぶりですシュザンヌ様」

 

 来賓室へとシュザンヌを先頭に3人が入ると、それに気付いたヴァンがすぐさま来賓用のソファーから立ち上がり、シュザンヌへと一礼した。

 

「ええ、久方ぶりですねヴァン。最後に屋敷に来たのは2ヶ月程前でしたか……それで、今日は何の要件で来たのですか? ルークの剣術の稽古は3ヶ月に一度ですから、まだ一月は先の筈ですが」

 

 シュザンヌは柔らかく微笑みながら返事を返すも、その瞳は全く笑っていなかった。

 ヴァンはそれに気づく事無く、澄ました顔で要件を切り出した。

 

「はい。私が本日来訪させて頂いたのは、とある情報を得たからです」

「その情報……というのはどのような?」

「それが、ファブレ公爵家に導師守護役の制服を着た少女が居る……といったもので」

 

 そう告げると同時に、ルークの斜め後ろに立つアリエッタを一瞥する。

 アリエッタが肩を震わせる様子に満足げに口の端を僅かに上げながら、更に話を続けた。

 

「丁度ダアトでは依然導師守護役だったものが一人、行方知れずになっていまして。首席総長として、またルーク様の剣の師として、その情報の真偽を確かめに来たのです。そして――――どうやら、情報は正しかったようで」

「と、言うと?」

「ルーク様の後ろに立つ少女。其の者こそが、元導師守護役であるアリエッタなのです」

 

 そう言い終えると、今度は真正面からアリエッタを見つめるヴァン。俯き肩を更に大きく震わせるアリエッタだったが、それを見かねたルークがヴァンの視線から庇うようにアリエッタの前に立つ。

 その様子を僅かに怪訝に思いながらも、些細な事だとすぐに思考から外し、シュザンヌへと再度視線を戻した。

 

「それで、ヴァン。貴方は結局何を言いたいのですか? 情報の確認だけなら、これでもう用は済んだでしょう」

「いえ、シュザンヌ様。私の要件はまだ済んでおりません。本題が残っております」

「そうですか。では、貴方の本題とは?」

 

「無論、ダアトから脱走した部下を連れ戻す事です」

 

 脱走。

 

 その言葉を言い放った途端、シュザンヌの態度が一変した。

 尤も一変したと感じたのはヴァンのみで、傍からみればシュザンヌの態度は最初から一貫していたのだが。

 

「脱走? 可笑しな事を言うのですねヴァン」

「……可笑しな事、ですか?」

「アリエッタは我がファブレ家の使用人です。それを脱走などと犯罪者のように扱うなどと、どういうつもりですか?」

 

 シュザンヌの有無を言わさぬ迫力に、言葉に詰まるヴァン。

 だが仮にも総長という立場の成せる事か。一つ咳払いをすると、澄ました表情を繕い、シュザンヌと対面する。

 

「どういうつもりと仰られましても……ダアトの一兵卒としての立場を放棄し、どうやったかは存じませぬが他国の貴族の屋敷へと入り込む愚行を行った部下を連れ戻しに来るのは、上司として当然ではありませんかな?」

 

 自信有り気に言い切るヴァンだったが、その様子はシュザンヌから見れば滑稽にしか見えなかった。

 

「一兵卒としての立場の放棄、ですか。では一つ聞きますが……アリエッタがいつ、ダアトの兵になったというのですか?」

 

「………………は?」

 

「ですから、いつアリエッタがダアトの兵になったのかと聞いているのですよ。彼女が屋敷に来た当初、素性について聞いたのですが。彼女は魔獣に育てられていたところをヴァン、貴方に拾われたそうですね?」

「え、ええ……そうですが」

「そしてダアトに連れ帰り、最低限の知識を与えてからは導師イオンにアリエッタを預け、そのまま導師守護役に任命された、と。これに間違いはありませんね?」

「…………間違いありませんが。それが何か?」

 

 意図の分からぬ問いに困惑を隠せないヴァン。

 その困惑も、次のシュザンヌの言葉で呆然に変わる事になった。

 

「では貴方は、戸籍も無ければダアトの市民でもない少女を無理矢理導師守護役にしていたと。これは立派な犯罪ですよ? ヴァン」

 

「なっ!?」

 

 唐突な犯罪者呼ばわりに、思わず大声を上げるヴァン。

 そんな事は知らぬとばかりに、シュザンヌの声は止まらない。

 

「幼い少女をダアトに都合の良い立場に育てる。これだけなら人道的にはどうかと思いますが、まぁ良いでしょう。

 ですがそれは、少女がダアトの市民であり、尚且つ両親の同意があった場合です。貴方は両親を亡くした孤児であるアリエッタを保護する事もせず、人間社会について教える事もせず、あろう事か上司である筈の導師イオンに教育を全て任せ、都合の良い時のみ自分の命に従うように教育……いえ、これはもう洗脳、調教ですね。それをした。これは立派な児童虐待ですよヴァン」

「お、御待ち下さいシュザンヌ様! 私は魔獣からアリエッタを保護しました!」

「魔獣から保護、ですか。保護とは最後まで責任を持って面倒を見て初めて保護と呼ぶのですよ。貴方はアリエッタを養子にする事もせず、戸籍も作らず、教育もせず。これをどうして保護と言えますか?」

「ぐ、ぐむっ……!」

「それと、戸籍の無い時点でアリエッタは正式には信託の盾騎士団には所属出来ていません。入団届が書ける筈がありませんからね。元から所属していないアリエッタが、どうして脱走など出来ましょうか」

「…………!」

 

 正論。

 有無を言わさぬ正論に、ヴァンは押し黙るしかなかった。

 それでも何とかアリエッタを手元に戻そうと、悪あがきを続ける。彼女の魔獣と意思疎通出来るという能力は、手放すには惜しすぎる能力なのだから。

 

「で、ですが! それを言うならアリエッタがここで使用人として勤めている事も同じ事が言えるのではないですか!?」

「アリエッタの戸籍ならば、当家の使用人として雇用すると決めてすぐに作らせましたよ。名義上は使用人の一人であるヤナギの妹として」

「なっ!?」

「え?」

 

 それを聞いたヴァンは勿論、シュザンヌの後ろで話を聞いていたルークも初耳だと声をあげる。思わずアリエッタの方を向くと、彼女は小さく頷いた。

 アリエッタは屋敷に留まると決めたあの日にシュザンヌとヤナギから説明があり、戸惑いながらもそれを受け入れていた。そのせいでヤナギのアリエッタに対する好感度は上限を振り切り、度々暴走する事になっているのだが。

 

「これがアリエッタの雇用届の写しです。ですから、貴方が心配する必要は何もありませんよヴァン」

「で、ですが……あ、アリエッタは導師イオンに懐いていました! それを無理矢理引き離す事こそ、道徳に反するのではありませんか!?」

「導師イオン、ですか。その導師イオンから直々に解雇通知を受けたとの事ですが?」

「それは預言故に仕方のない人事だったのです! アリエッタも混乱してダアトを飛び出してしまっただけで、落ち着いた今ならダアトに戻りたいと思っている筈!」

「ふむ……そうですね。確かに、本人の意思を無碍にするのは望むものではありません。では、本人に直接聞いてみてはいかがですか?」

 

 そう言うと、アリエッタへと視線を向けるシュザンヌ。

 突然話を振られたアリエッタは戸惑うが、シュザンヌの強い眼差しに気付くと、一目ルークを見てから強く頷き、決意の表情でシュザンヌの隣へと立つ。

 

「お久しぶり……です。ヴァン、総長」

「おお、アリエッタ! 迎えに来たぞ! さあ、私と共にダアトへ帰ろう。何、勝手にダアトを出た事に関しては私が何とか取り成そう。安心して戻って来ると良い」

 

 先程までシュザンヌに対して向けていた引き攣った笑顔ではなく、親しみやすい笑顔をアリエッタに向けるヴァン。

 ダアトに居た頃のアリエッタなら迷わずその手を取っただろうが、ヴァンの真意。イオンの真実。そしてファブレ家で出会った本当の温もりを知った今の彼女から見れば、それは醜悪な悪魔の誘いにしか思えなかった。

 

 ヴァンから一歩後ずさり、黙って首を横に振るアリエッタ。

 よもや拒否されるとは思っていなかったのか、ヴァンの笑顔が僅かに引き攣った。

 

「…………アリエッタ?」

「……アリエッタは、行かない」

「何?」

 

 そこまで言うと顔を上げ、涙目になりながらも強い眼でヴァンを睨む。

 

「アリエッタは行かない! ダアトはアリエッタのいたい所じゃない!!」

「……イオン様はどうするのだ?」

「イオン様はアリエッタをいらないって言った! だったらアリエッタも、あんなイオン様はいらない! ダアトもいらないッ!!」

「…………そうか」

 

 ――――アリエッタはもう、ダアトへ戻る事は無い。無理やり連れ戻したとしても、使い物にはならないだろう。

 ようやくそう判断したヴァンは先程までの笑顔から一転、冷たい眼でアリエッタを一瞥するとシュザンヌに向き直った。

 

「失礼しましたシュザンヌ様。アリエッタはダアトへ戻る気は無いようです。引き続きファブレ家の方で見て頂いて宜しいでしょうか?」

「最初から言っている筈ですよヴァン。アリエッタはもう、ファブレ家の一員だと。貴方の気にする事ではありません。彼女をルーク付きにしたおかげでルークも成長していますし、最早アリエッタは当家に無くてはならない存在です」

「ルーク付きの使用人? …………成程、そうですか」

 

 アリエッタがルーク付きの使用人になっていると聞くと、ヴァンは何か得心したかのように頷いた。

 

「ルーク」

「……は、はい。何ですか? ヴァン師匠」

「アリエッタの事を宜しく頼むぞ」

「? ……分かりました」

「うむ。ではまた、剣の修行がある一ヶ月後にな」

 

 そう言うとシュザンヌに一礼してから、屋敷を去っていくヴァン。

 

 

 

 

 

 

「……………………所詮は子供か。新しい駒を見つけねばな」

 

 

 

 

 

 その呟きは誰にも聞かれる事は無かった。

 




ヴァンがシュザンヌ様が内心ぶちキレてるのに気付いてないのは、自分に関係ない人間に興味皆無。預言に操られた愚者と見下してるせいです。原作でも油断の塊ですものヴァン。ジェイドだけでもしっかりしてたら、アクゼリュス崩壊はともかくローレライがヴァンに囚われる事くらいは防げたんじゃないかと思えて仕方ないです。

ちなみにシュザンヌ様が露骨に目が笑ってなかったのはワザと。ヴァンがどれだけ自分を警戒してるかを量る為でした。その結果全く気付いてなかったので、全く遠慮してません。ヴァンが気付くようだったら、もっと回りくどくやってました。


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10話 ファブレ家と魔獣

 大変遅くなりました。まだ待ってくれてる人いるか……?
 遅れた理由は活動報告にて。何とか今年中に投稿できたー……。


「なろぉ!」

 

 ファブレ公爵家の中庭。

 間もなく正午になろうかという時間。公爵家の一人息子であるルーク・フォン・ファブレの気迫を込めた声と共に、その手に持った木刀が鋭く振り下ろされる。

 

「ガゥッ!」

「がっ!?」

 

 しかし、振り下ろされた木刀は相手――――ライガに当たる事なく空を切る。

 ライガの胴体を狙った剣は、その俊敏な動きであっさりと躱され、逆に剣を振り切った直後の無防備な身体に強烈な体当たりを喰らい、その様子を離れて見守っていたアリエッタとヤナギの下まで吹き飛ばされた。

 

「ぐっ…………ってぇ~……くそっ!」

「ルーク様! そこまでですよ!」

「大丈夫……ですか?」

「別にこれくらい――――」

「「ダメです!」」

「……ったく。分かったよ」

 

 体当たりされた箇所を押さえながらも、戦意を絶やさずに起き上がろうとするルークだったが、駆け寄ってきたヤナギとアリエッタに泊められると渋々と剣を下げた。

 

「がぅっ!」

 

 3人の様子を見て勝負は着いたと判断したのか、先程までルークと戦っていたライガが、その巨体をアリエッタに甘えるように摺り寄せてきた。

 その様子はまるで良い事をしたから誉めて欲しいと母親に甘える子供のようで、甘えられたアリエッタも嬉しそうにその身体を優しく撫でた。

 

「ライ、上手に出来たね」

「がうっ!」

 

 滅多に見せる事の無い、慈愛に満ちた笑顔でライガを撫でるアリエッタ。

 それを見て面白くないのは、そのライガに敗北したルークだ。撫でられて気持ち良さそうに目を細めるライガを横目に、つまらなそうに呟く。

 

「なんだよ……くそっ」

 

 そのルークの言葉を聞いて、素敵なものを見つけたとばかりに表情を輝かせる者がいた。負傷した箇所を治癒術(ファーストエイド)で治療していたヤナギだ。

 小声でボソッと呟いただけの言葉だったが、治療の為にすぐ傍に居たヤナギの耳には聞こえてしまっていた。爛々と目を輝かせながら、アリエッタに聞こえないように小声でルークに話しかけるヤナギ。

 

「ルーク様。もしかしてライ君が羨ましいんですか?」

「…………………………………はぁ!!?」

 

 ヤナギから告げられた言葉にしばらく何を言われたか分からなかったルークだったが、言葉の内容を理解すると、思わず大声で反応してしまう。

 

「……ルーク様、どうしたの? ……です、か?」

「べ、別に何でもねえよ!」

「……?」

 

 突然の大声に驚き、どうしたのかを未だに慣れない敬語で聞いてくるアリエッタ。

 問われたルークはヤナギに言われた内容をそのまま伝える訳にもいかず慌てて何でもないと返す。普通ならば鵜呑みにするわけも無い杜撰すぎる言い訳だが、アリエッタは不思議そうに首を傾げながらもそれを受け入れ、ライガを撫でる事に集中した。

 ライガを撫で続けるアリエッタを少しばかりつまらなそうに見ながらも、話題が逸れた事に安心したルークは頬を羞恥で僅かに染めながら、ヤナギに小声で問い詰めた。

 

「おいヤナギ! どういう意味だよそれ!」

「どういう意味って……何の事ですか?」

「だ、だからその……俺がライを羨ましいってヤツだよ!」

「え、違うんですか?」

「ちげーよ! なんでアリエッタに褒められたからって、俺がライをの奴を羨ましがらなけりゃ――――」

「あ、やっぱりルーク様もアリエッタちゃんに褒められたかったんですね!」

「はぁっ!?」

「だって。私、何で羨ましいのかなんて言ってませんよ?」

「がっ、んくっ……!!」

 

 指摘された内容に、顔を更に赤く染めながらも言い返せないルーク。本人は認めたがらないだろうが、ヤナギに言われた事は的を射ていたのだから。

 

「でも、ライ君が褒められるのはしょうがないですよ。アリエッタちゃんに言いつけられてた事を、ちゃんと守れたんですから」

「…………言われなくても、分かってるっつーの」

 

 先程とはうって変わり、優しい眼差しでアリエッタと戯れるライガ――――ライを見つめるヤナギ。拗ねた口調ながらも、ライがアリエッタの言いつけを守った事は事実なので否定出来ずに認めるルーク。

 

 ライがアリエッタに言いつけられた内容は至極単純。【牙と爪を使わない事】だった。

 ライガの最大の武器である爪と牙を封じた理由は、当然ルークに重傷を負わせない為のものである。当然ルークもその理由は理解していたが、曲がりなりにも武人としての矜持なのか、手加減をされた上に何も出来ず敗北したという事実に悔しさを隠せずにいた。

 

 尤もルークに自覚は無いが、アリエッタが主である自分を差し置いてライガを手放しに賞賛しているという事も悔しがる理由の一つなのだが。

 屋敷でルークがアリエッタに対して単なる従者として以上の感情を抱きつつある事に気付いていないのは、そういった感情の機微に疎いルーク本人と、その思いを向けられているアリエッタ。後はルークに近付けなくされているガイくらいのもので、ほぼ屋敷の全住民に周知の事実であり、その全員が二人の成長を温かく見守っていた。

 ……まぁ、ヤナギを筆頭に恋愛に興味のある若いメイド達が二人を見守る眼差しは、結構な比率で生暖かいものが含まれていたりするが。

 

「ちくしょー……魔獣って、皆ライやフーと同じくらい強いのかよ?」

 

 ライにフー。

 

 獅子に似た魔獣であるライガと、大鷲に似た魔獣であるフレスベルグ。

 

 アリエッタの友人えある魔獣達の中でも、最もアリエッタと強い絆で結ばれている2匹。

 

 この2匹がファブレ家へやって来たのは、ヴァンが屋敷へ来訪してから10日程後の事だった。

 

 中庭で日課である剣術の修行をしていたルークと、それを見守るアリエッタにヤナギ。それはアリエッタがルーク付きの使用人になってからは毎日のように見られる光景だったが、その日はそれだけで済まなかった。修行を一段落し、ルークが一息吐いた直後。ルークの汗を拭こうとしたアリエッタとルークの間に、突如としてライガを乗せたフレスベルグが遙か上空から急降下してきた――――――ライとフーの2匹である。

 中庭に降り立った2匹は突然の出来事に唖然とするルークとヤナギを余所に、アリエッタの姿を確認したライは素早い動きでアリエッタをその背に乗せると一息でルーク達から離れ、傍に降り立ったフーと共に敵愾心を顕わにした。

 

 その後は我に返ったルークに、騒ぎを聞きつけた白光騎士団に、執務室に籠っていたクリムゾンまでもが中庭に駆けつけ、あわやファブレ家とライ&フーとの殺し合いに発展するところだったが、ここにきてようやく洒落にならない展開になりつつある事に気付いたアリエッタが慌てて2匹が自分の友人である事をファブレ家の面々に説明し、ライとフーの2匹にも自分が望んでこの屋敷にいる事を伝える。

 最初は突然襲来した2匹の大型魔獣に警戒心を露骨に出していたファブレ家の面々だったが、ライとフーがアリエッタに子供のようにじゃれついている様子を見て、そう時間はかからずに警戒を解く事になった。これがアリエッタがファブレ家に住むようになった当初なら、こうも早くファブレ家に2匹が受け入れられる事は無かっただろう。

 だがアリエッタが使用人となって数ヶ月が経った今は、彼女の事情とその本質を皆がある程度は理解しており、そのアリエッタが友人だと必死に涙ぐみながら庇う2匹が、自分達を害するわけがないと思えるほどの信頼関係が築けていた。

 ヤナギのさり気無いフォローがあっての事だが、人付き合いの苦手なアリエッタが自分から他人と触れ合おうと努力した結果が、こうして形になっていたのだ。

 

 それからもまた一騒動――――空気の読めない庭師が2匹を排除しようとして白光騎士団から袋叩きにされたり、2匹をファブレ家で使役している魔獣として屋敷に置く為の交渉という名の戦いが、ファブレ夫妻とインゴベルト王との間で起こったり――――等といったちょっとした騒動を乗り越え、晴れて2匹はファブレ家に住みつくようになったのだ。簡単には外に出られないライとは違い、大空が庭であるフーは日が高い時間帯は屋敷に居ない事が殆どだが。

 

 ちなみに2匹にライとフーという呼び名を付けたのはヤナギだ。別に彼女が名付け親というわけではないのだが、呼びにくいからと2匹の種族名を略してライ君、フーちゃんと呼びだし、いつの間にかその呼び名が浸透していたというだけのオチだ。当の2匹が嫌がる様子も無く、2匹の友人であるアリエッタが気に入ったという事もあり、ヤナギが初めてそう呼び始めてから二日とかからずに屋敷の皆からそう呼ばれるようになっていた。

 

 

 さて、そうしてファブレ家に住みつく事になった2匹だが。ファブレ家の使役魔獣として認識されてしまった以上は魔獣と言えど仕事をするのが世の常という物であり。ライ達としてもアリエッタが働いているのを間近で見ているうちに、自分達から動き始めた。

 フーはその機動力を活かしてのキムラスカ周辺の巡回を。

そしてライはルークの護衛兼、模擬戦相手としてその高い実力を遺憾なく見せつけていた。

 ライがルークと戦うようになったのはクリムゾンからの、ルークが人間以外との戦闘経験も積む良い機会だという提案が発端だった。当初はあまり乗り気ではないルークだったが、キムラスカの外に出る時が来れば必ず魔獣――――人間以外の生物とも戦う事になるという話を聞くと俄然やる気になりライに勝負を挑んだ……のだが、結果は御覧の通り。いくら素質があるとは言え、屋敷内で型にハマった稽古ばかりをしていたルークに、最強のライガ、ライガクィーンの秘蔵っ子であるライの相手になる筈もなく。模擬戦を始めてから一週間、こうして軽くあしらわれ続けていた。

 

 尤も最初は数秒と持たずに負けていた事を考えれば、一週間でまがりなりにも反撃に移る事が出来るようになったのは天武の才と言えるものであり、このままいけば世界有数の剣豪となるのも夢ではないだろうとクリムゾンや白光騎士団からの期待が何気に膨らんでいたりする。

 特にクリムゾンに至っては時折何か覚悟を決めたかのような表情を見せるようになり、時間が合えば自らルークの修行を指導するようにもなっていた。

 指導と言ってもルークの剣術の基礎は師であるヴァンが修めているアルバート剣術になっており、クリムゾンの剣を今から教え込むのは逆にルークの成長を阻害するだけだと判断。アルバート流剣術の指南書を元に出来うる限りの指導をし、軽く手合せをして体幹の矯正をする等の、地味ながらも確実にルークの成長に繋がる指導を心掛けた。

 

 

 今まで剣士としては触れ合う機会の無かった父からの指導。ライという超えるべき相手の存在。

 この2つの要素が合わさり、ルークの剣士としての向上心はかつてない程に満たされていた。

 無論剣士としてだけではなく、ルーク・フォン・ファブレという一個人しても彼は満たされていた。自分を愛してくれる両親に、ヤナギを筆頭とした使用人達と騎士団の面々。そして何よりも――――。

 

「……全部、アイツが来てからなんだよな」

 

 アリエッタ。

 

 どこか窮屈だったこの屋敷を、温かいものにしてくれた幼い少女。

 

 絶対に口に出しては言わないが、ルークはアリエッタに深く感謝していた。

 

 彼女が来なければ自分は勉強嫌いを直そうとも思わなかっただろうし、剣術の修行も今のように楽しんでは出来なかっただろう。それに……。

 

「ヴァン先生の事も……」

 

 未だに全てを受け入れる事は出来ず、心のどこかでヴァンを信じたいという思いがあるのは事実だ。

 だが、アリエッタがヴァンを拒絶した時に一瞬見せた、路傍の石を見るような冷たい瞳。

 あの時見たヴァンの瞳が、ルークの頭から離れなかった。純粋故の直感かヴァンを信じたいという思いとは裏腹に、アリエッタの話に聞いた全てを利用し尽くすような冷酷さこそがヴァンの本当の顔なの

だろうと、ルークは半ば確信していた。

 ヴァンの本性を一部とはいえ知ってしまった事は悲しいが、もしあのまま何も知らずにヴァンを妄信していたら……?

 そう考えると、少しでもヴァンの事を知る事が出来た事は僥倖としか言えないだろう。

 と、そこまで考えて、ルークはある考えに行きつく。

 

 

 ――――自分を裏切ったアリエッタを、ヴァンはこのまま放っておくのだろうか?

 

 ヴァンの本質が冷酷だとすると、裏切者には容赦しないのではないか。

 そんな考えが頭を過ったルークは、思わず勢いよく立ち上がり、ライと戯れているアリエッタを見つめた。

 

「……? ルーク様、どうしたの?」

「あ……いや……」

 

 突然立ち上がったルークを不思議そうに首を傾げながら、透き通った赤茶色の瞳で見つめ返す。

 その綺麗な瞳で見つめられ、何故かバツが悪そうに頭を掻きながら座りなおすと、ルークは深く息を吐いた。

 

(…………大丈夫、だよな? 屋敷にいる間は、いくら師匠でもアリエッタに手出しはできねーだろうし……けど……)

 

 急に立ち上がったかと思えばすぐに座り直し、うんうんと何かを悩みだす。

 そんな奇行を始めたルークの様子を、近くにいたヤナギ何かあったのかと思い声をかける。

 

「ルーク様? さっきからどうかされたんですか?」

「あ? あー……別に大したことじゃねーよ。ライに勝つにはどーすりゃいいかって考えてただけだ」

 

 ヤナギの言葉に一瞬考えていた事をそのまま伝えそうになるが、自分がヴァンを疑っている事を何となく言い出しにくいと思い、思わず適当な理由で誤魔化した。ライに勝ちたいというのは本心ではあるので、別に嘘と言う訳ではないのだが。

 どこか含むものがありそうな言い方に対し少し疑問に思うヤナギだったが、すぐに思考を切り替え、うんうんとルークがライに勝てる方法を考え始める。

 が、治癒術に関しては非凡の才があるとは言え、戦闘に関しては素人同然のヤナギには当然そんな方法が思いつく訳も無く。

 

「いっぱい修行して強くなれば勝てます! 強くなれば誰にも負けませんよ!」

 

 ――――と、子供でも考え付くような当たり前の返答しか出来なかった。言った本人は、真理を言ったとばかりに自信満々のドヤ顔だったが。

 

 しかし何と言うか、その答えはルークが求めていたものであって。

 

 

「…………そっか。そうだな。強くなりゃ良いんだよな」

 

 

 強くなればヴァンが何かしらの手段に出てきても、自分がアリエッタを護る事が出来る。

 

(ヴァン師匠(せんせい)の思い通りにはさせねー……アリエッタは絶対に俺が護ってやる!)

 

 そう決意したルークは覚悟を新たに、休憩は終わりだと再びライに勝負を申し込むのだった。

 

 

 

 

 

 ――――その10分後には、ライの体当たりで壁に張り付けられたルークの姿があったとか。




 書き方忘れてるなぁ。今回はルークに少し強くなる理由をつけてみました。まぁアリエッタのためなんですけど。自覚無いだけで、ルークもかなりアリエッタに依存気味です。

 次話投稿は、年初めは忙しいのでまた先になります。1月中には投稿出来るといいなぁ。

追記
12/31
1:25
始め300字ほど何故か投稿できてなかったので、修正しました。


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11話 父と子

遅ればせながら、あけおめであります。

今回の話は前書き、後書きと本編のラスト千字くらいはスマホから書いております。改行とか変になってたら後日PCから修正するので、誤字脱字以外はスルーして下さいませ。


「……ち、父上? 今、何て……」

 

 ルークがライやクリムゾンを含めての修行をするようになってから、およそ一ヶ月。

 ここ一週間程、外せない用事があるとルークとの手合せに参加できなかったクリムゾンが久方ぶりに中庭へ訪れた。

 一週間ぶりに父に指導して貰えると思ったルークは喜んだ。そして、その希望通りにクリムゾンは手合せをすると言ったのだが、その手合せが従来のものではなく。思わず父に訊き返すルークだったが、返ってきた言葉は先程聞いた内容とと同じものだった。

 

「今日の手合せは指導ではなく、模擬戦だと言ったのだ」

 

 そう。クリムゾンは手合せでは無く、模擬戦だと言ったのだ。

 クリムゾンの言う模擬戦とは、一本取った側の勝利という生易しいものではなく、木刀を使い急所を狙わないという点以外は真剣勝負と変わりが無いものだ。

 

 以前に何度か白光騎士団の者がクリムゾンに扱かれている様子を見学した事があるルークは、クリムゾンが言う模擬戦の意味を理解しており、思わず顔をひきつらせた。

 それは当然だろう。今までの指導という名の軽い手合せからでも、自分とクリムゾンの実力の差は一介の武人として、充分すぎる程に理解していたのだから。

 アリエッタを護ると誓ってから、以前に増して熱心に修行に取り組み、数ヶ月前の自分よりはずっと強くなっているとは言え、まだまだ自分と父との実力差は大きく、勝負にもならないに違いない。

 

「あの、父上。俺はまだまだ父上と勝負が出来る程の腕前では……」

「それは分かっている。今回は、お前が私に有効打を一撃でも与えればお前の勝利だ。それでもどうしても無理だと思うのなら、いつでも降参して構わない」

「え……」

「どうだ、ルークよ。受けるか?」

 

 実力差を理由に断ろうとしたルークだったが、分かっていたと条件を付ける父に、思わず息を呑む。

 一撃与えれば自分の勝ちという破格の条件だが、それでも自分が父に勝てる姿が思い浮かばない。だが、いつでも降参しても良いのなら、今の実力を試せる良い機会なのではないか? そう思い、先程よりは気が楽になったと模擬戦を受けようとしたが――――。

 

 

「ッ!?」

 

 

 父の眼を正面から見た途端、そのような甘い考えは頭から一瞬で消えた。

 

 クリムゾンの瞳は、今から決闘を行わんとばかりに覇気に満ちていたのだ。

 

 勿論、先程の条件に嘘は無いだろう。一撃を入れる事が出来れば自分の勝利を認めてくれるだろうし、一言参ったと言えば剣を引いてくれるだろう。

 父が自分の発言を意味も無く撤回するような人物ではないことは、良くも悪くもよく知っているのだから。

 だが…………。

 

(ここで簡単に逃げ出したら、何かが終わっちまう気がする……!)

 

 初めて見る父の表情に、ルークは直感で逃げてはいけないと感じた。

 

 ――――父はこの戦いで、自分に何かを求めている。

 

 もし降参をしたり、そもそも模擬戦自体を拒否すれば、恐らく父は自分に何も求めなくなるだろう。

 親子としての絆が失われる事は無いだろうが、それでも自分と父の間にある何か(・・)は決定的に切れてしまう。

 

 そこまで思考が進むと、どうするかを考えるまでもなく、ルークの口からは自然に父の問いかけに対し、自分でも驚くような大声で答えていた。

 

 

「受けますッ!!」

 

 

 屋敷中に響くのではないかと思うような大声での返答に、離れて見守っていたアリエッタとヤナギ、そして問いかけた本人のクリムゾンまでも目を丸くして驚いていた。

 だがクリムゾンは、愛する息子が自分の気持ちを真っ直ぐ受け止めてくれたのだと理解すると、嬉しさを隠しきれずにその口を大きく釣り上げた。

 

「よく言ったルーク! それでこそファブレ家の……いや、私とシュザンヌの息子だ!」

「――――ッ! はいっ!」

 

 ここまで真正面から父に褒められたのは、いつ以来だろうか? もしかすると初めてかもしれない。

 無愛想な渋面が標準装備となっているクリムゾンが笑顔を見せる事は本当に珍しく、それを自分に向けてくれているのだと思うと、自分は一人の男として父に認められたのだと感じ、無性に嬉しくなった。

 

「では……」

「ちょ、ちょっと待って下さい旦那様っ!!」

 

 そして、いざ戦いを始めようかと両者が木刀を構えようとしたその時。話の流れに着いてゆけず呆然と成り行きを見守っていたヤナギが、アリエッタを連れて慌てて口を挟んできた。

 

「何だヤナギ?」

「何だじゃありません! 旦那様、本気でルーク様と戦うつもりですよね!? ルーク様にはまだ早すぎます!!」

「…………これは私とルークの問題だ。お前がルークを心配する気持ちは有難いが、今は無用だ。…………下がれ」

 

 ルークの身を案じクリムゾンに食って掛かるヤナギ。ヤナギが息子を弟のように大事に思ってくれている事には感謝しているが、今この場においてはヤナギはクリムゾンにとって邪魔者以外の何者でもなく、僅かに眉を顰めながらヤナギに下がるよう命じる。

 

 ここでようやくヤナギにも、クリムゾンがこの戦いを譲れない何かがあるのだと感じた。だが、それでもルークの身の安全を考えるとヤナギに引く理由は無かった。無用な争いを嫌うヤナギには、もっとルークが強くなってからするべきとしか思えないのだから。

 

「ですが!」

「ヤナギ」

 

 尚もクリムゾンを止めようとするヤナギだったが、それを止めたのは当事者の一人であるルークだ。

 無謀だという事は分かっているし、父も手加減などする気はないだろうという事も理解している。ヤナギが心配して止めようとするのも当然だろう。だが、一度父の願いに応じると決めたルークは、この戦いを止める気は既に無く。

 

「俺を心配してくれるのは嬉しいんだけどさ……俺は止めねーぞ」

「……っ」

 

 ルークまでもが、この戦いを心から望んでいる。

 そう感じたヤナギに、最早二人を止める言葉も理由も無く、悲しげに唇を噛みしめると、一礼をしてから木陰へと下がった。

 

「ルーク様」

 

 ヤナギと入れ替わるようにルークの前に立ったのは、彼女と共に来ていたアリエッタだ。

 自分よりも20cm以上背の高いルークを見上げるその瞳は不安気に揺れていて。その瞳を見ると、何とも言えない罪悪感に襲われるが……。

 

「……なんだよアリエッタ。お前もヤナギみたいに止めんのか? 俺は止めねーからな!」

 

 これから父に無謀とも言える戦いを挑むのは、父の言葉無き願いに答える為でもあるが、この戦いを乗り越えてまた一つ強くなる事も、ルークにとって譲れない大事な目的なのだ。他でもない、アリエッタを護るために。

 

 だからというわけでは無いが、アリエッタにだけは止められたくなかった。自分がアリエッタの為に強くなろうとしている事が、余計な事だと言われているような気分になってしまうから。

 自分で勝手に決め、勝手に努力しているだけ。アリエッタがルークの想いを知るわけもなく、無謀な戦いに挑むルークを止めるのは自分付きの従者として当然の事だろう。

 だが、そこまで分かっていても、ルークは止めて欲しくなかった。頑張れと、自分の背中を押して欲しかった。

 

 

 そして、止められるだろうというルークの予想とは裏腹に――――。

 

 

「……っ!」

「お、おいっ!? どうしたんだよアリエッタ!」

 

 何を思ったのか、ルークの腰に抱き着く……いや、しがみ付くアリエッタ。その突飛な行動に思わず赤面しながら、どうすれば良いか分からず、抱きしめ返すような度量がある筈も無く、あたふたと両手を振った。

 

 そんなルークの心の機微なぞ知った事ではないとばかりに十数秒の間ルークを抱き締め続けたアリエッタは、手の力を緩めると、再びルークの眼をジッと見つめながら呟いた。

 

「…………ルーク様は、旦那様と戦いたいの? 戦わなきゃいけないの?」

「は?」

 

 質問の意図が分からず間の抜けた声を出しながら、アリエッタを見つめ返す。

 その瞳は先程のように揺らいではおらず。嘘は許さないと言わんばかりの力に満ちていて。

 

「……両方だよ。俺は父上に応える為に戦わなきゃなんねーし、何よりも俺が強くなる為に戦いてえ」

「…………」

 

 ルークの答えを訊いたアリエッタは、それからもしばらくルークを見つめていたが、納得がいったのか静かにルークから体を離した。

 

「……ルーク様が怪我するの怖い、けど。ルーク様がやりたいなら……やらなきゃいけないなら……アリエッタ、ルーク様の事、頑張って応援するから」

「…………」

 

 余程ルークが心配なのか、さっきまでの力強い瞳が嘘のように、再び瞳に涙を浮かべはじめるアリエッタ。言葉を何度も止めながらも懇願するように自分に話しかけるその言葉を、ルークは黙って聞いていた。きっと彼女は、自分の聞きたい言葉を言ってくれる。そんな気がしたから。

 

「だから……だから……」

「……だから?」

 

 

「だから…………負けないで!!」

 

 

 アリエッタは吐き出すように最後の一言をルークに伝えると、木陰でこちらを見守るヤナギの下へと駆け出した。

 そんなアリエッタの後ろ姿をじっと見つめ続けるルークの背に、クリムゾンから声がかけられる。

 

「…………良い従者を持ったな。ルーク」

「…………はい。アイツは俺にとって、最高の従者です!」

 

 そのクリムゾンの言葉に振り返りながら答えたルークは、満面の笑みを浮かべながらも闘争心に満ちていた。

 

 ――――我が息子ながら、単純なものだな。

 

 好いている娘からの声援一つで、こうも変わるかと苦笑するクリムゾンだったが、咳払いを一つすると木刀を構えながら気を引き締めた。今のルーク相手では、油断すればあっという間に一撃を貰ってしまうだろうと感じたから。

 

「準備は良いか?」

「…………はい!」

 

 最後の確認の言葉に、強く頷き返すルーク。

 

「良し。では――――来いッ!!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 模擬戦を始めてから10分。

 最初はクリムゾンに猛攻とも言える連撃を繰り出していたが、その全てがあっさりと防がれた。

 焦りと共に杜撰になっていく攻撃の隙をクリムゾンが見逃す筈も無く。開始から5分もすると、ルークの攻撃は全ていなされ、カウンターで返されていた。

 

「――――っ! 双牙ざ……」

 

 双牙斬

 ルークの学ぶアルバート流の初歩とも言える、ルークが最も使い慣れている技。

 上段からの鋭い斬り下ろしから、相手の顎を狙う切り上げへと素早く繋げる攻撃。

 普通ならば後ろへ下がり躱すか、横へ回り込んでからのカウンターを狙うのが定石だろう。だが……。

 

「甘いッ!!」

「んなっ!?」

 

 クリムゾンはあろう事か、最初の斬り下ろしを真正面からの切り上げで弾き返し――――。

 

「虎牙破斬ッ!!」

「がっ!」

 

 そのままルークの右肩を狙う、鋭い斬り下ろしへと繋げた。

 まさか正面から自分の放った双牙斬とは真逆の技で返されるとは思いもせず、まともにその攻撃を喰らってしまう。

 

 痛みに悶えながらも、これ以上はやらせないと渾身の力を込めた横一閃でクリムゾンを後ろに下がらせるルークだったが、既に息も絶え絶えなその顔には、目に見えて疲労が浮かんでいた。

 

「どうしたルーク。もう限界か?」

「――――誰が!」

 

 だが、その瞳から闘志が消え去る事は無く。それどころか戦い始めよりも増していると言っても過言では無かった。

 

 自分の期待に応え続けてくれるルークを愛しく思うが、このまま愚直に技を繰り出し続けるのならば、万に一つもルークに勝ち目は無いだろう。もうルークの体力も限界が近いだろうし、もう数撃もすれば、ルークは満足に技を出せなくなるだろうと予想する。

 自分の予想出来ない攻撃を繰り出してくるか、それともこのままジリ貧で終わるのか。らしくもなく興奮を隠そうともせず、クリムゾンはルークの次の出方を待つ。

 

「おぉぉぉおおっ!!」

「っ! 来るか!」

 

 そのクリムゾンの想いが通じたのか、これまでに無い速さで突進してくるルーク。

 恐らくは最後の攻撃に出ようというのだろうが、このまま真正面から行きますと言わんばかりの突進に、クリムゾンはこれで終わりかと落胆しかけた。

 

「らぁっ!」

「なっ!?」

 

 だが、クリムゾンが落胆したその直後。ルークは思いもよらない行動に出た。

 クリムゾンから数歩分は離れた地面に、全力で木刀を振り下ろしたのだ。

 ルークがこのような絡め手を取るとは思わず、飛来する土礫に視界を奪われるクリムゾン。

 その隙にクリムゾンの背後へと素早く回り込むルークだったが、歴戦の勇士であるクリムゾンが不意を突かれたとは言え、目潰し程度で相手を見失うわけは無く。

 

「後ろかっ!」

 

 攻撃の気配を感じ、振り向きざまに木刀を一閃。

 その一振りは間違いなくルークからの攻撃を弾いた。が――――。

 

(軽い!?)

 

 弾いた攻撃は、あまりにも軽すぎた。

 そう、まるで木刀だけの重さしか無い様な――――。

 

「魔神拳ッ!!」

「ぐぅっ!?」

 

 手応えの無さに気を取られたクリムゾンにはその直後に飛来した蒼い気弾を防ぐ事は出来ず、衝撃をまともに受けたクリムゾンは地面に膝を着かされた。

 

「そうか……あの攻撃は、木刀を投げたのだな」

 

 横に転がる木刀をみて、あの軽すぎる一撃の正体を悟るクリムゾン。

 

 そう。あの 一撃はクリムゾンに隙を作る為にルークが仕掛けた、最後の策だったのだ。

 

「ただ後ろに回っただけじゃ、絶対に父上には防がれちまうって思って……。その、やっぱり木刀の一撃じゃないから駄目ですか?」

 

 膝をつくクリムゾンの前に、バツが悪そうにやってくるルーク。

 ああでもしなければ父に一撃を入れることが出来なかったとはいえ、流石にルール違反で叱られるのではないかと不安気にクリムゾンを見つめる。

 

「はっはっはっはっはっはっ!!」

「ち、父上?」

 

 そんなルークを見て、高らかに声を上げて大笑いするクリムゾン。

 何故父が突然笑いだしたのか分からず困惑するルークだったが、上機嫌のクリムゾンに、そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。

 

「何が駄目なものか! ルーク、お前は自分と私との実力差を把握し、自分の力で出来る事を見極め、私に一撃を入れたのだ! 最後の最後まで自分が遠距離技を使える事を隠し通し、決め所を逃さずに切り札を切るとは! 見事……見事としか言い様が無い! よくやったぞルークっ!!」

「ち、父上……!」

 

 父の口から途切れる事無く出てくる自分を誉める言葉に、顔を伏せながらも照れ臭そうに指で頬を掻くルーク。

 

 ひとしきりルークを誉めちぎり満足したのか、頭を撫でる手を止め優しくルークの肩を掴むと、後ろへと振り向かせる。

 そこには涙を流しながら駆けてくるアリエッタと、それを慌てて追いかけるヤナギの姿があった。

 

「ルーク。お前が勝ったことを、早く二人にも教えてあげなさい。特にアリエッタは、泣くほど心配だったようだからな」

「は、はい父上!」

 

 言われるがままにアリエッタ達の元へと向かおうとするルークだったが、何かを思い出したかのように立ち止まるとクリムゾンへと向き直り、深く頭を下げた。

 

「有り難うございました父上。俺がもっと強くなったら、また戦ってください!」

 

 一瞬何を言われたのか分からず目を丸くしたクリムゾンだったが、次の瞬間には再び大笑いし始めた。

 

「はっはっはっは! 良いだろうルーク。強くなったらなどと言わず、いつでも受けて立とう!」

「あ……有り難うございます父上!」

 

 もう一度頭を下げると、ルークは今度こそアリエッタ達の元へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 遠くでアリエッタに抱きつかれ、ヤナギに叱られる息子を眺めながらクリムゾンは呟いた。

 

「ルークの強さを思い知らされたな……子の成長とは早いものだ。

 

 …………子が成長したのなら、親である私達も覚悟を決めねばなるまい。

 

 真実を伝える覚悟をーーーー」

 




今回は模擬戦後にアリエッタとのイチャイチャも入れたかったけど、予想以上に模擬戦が長引いたのでまた次話で。


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12話 新しい約束

 少し間が空きました。この先の展開を考えてたら、原作に無いイベントばかり思いついてしまい、原作沿いの話をどう改変するかがイマイチ思いつかないのです。ジェイドが有能(予定)なので、寄り道系のイベントがかなり省略されるけど。コーラル城なんか、絶対に行かないし。
 勿論、大まかな話は考えてますが。アリエッタをどこで合流させるかとか、そもそもどうやってティアをファブレ家に侵入させようかとか……ぶっちゃけファブレ家を強化しすぎて、ティア如きが侵入できそうにない!
 まぁ原作からして、精鋭揃いの筈の白光騎士団がレベル1桁のティアの譜歌に誰一人として抵抗できなかったのが不思議で仕方ないんだけど。

 あ、今回ヤナギ以外の烈火の炎のキャラが出ます。台詞は無く、ほぼ名前だけですが。


 ルークとクリムゾンとの模擬戦から幾数日。

 あの戦いから何処か吹っ切れた様子のルークは、クリムゾンが修行に参加できる日は修行の最後に必ず模擬戦を申し込むようになっていた。

 当然、最初の戦いで使ったような絡め手は歴戦の勇士であるクリムゾンにそう何度も通じる筈が無く、毎回一方的にやられているのだが。それをヤナギが治療し、アリエッタが涙目でクリムゾンを睨み、クリムゾンが狼狽え、それをルークが諌める所までがここ数日の一連の流れになっていた。

 

 ルークを慕うアリエッタとしては、いくら修行とはいえルークが必要以上に傷つく事は耐え難い事なのだが、ルーク自身が少しでも強くなる事を望んでおり、自分に止める事は出来ないと理解していた。尤も、ルークが何の為に強くなろうとしているかについては、全く理解していないが。まさか主であるルークが、従者である自分を護る為に強くなろうとしている等とは、想像もしていないアリエッタだった。

 

 

 さて、ルークとクリムゾンとの模擬戦はこうして見守っているアリエッタだったが。努力家である彼女が強くなろうとしている主を見て何も行動を起こさない筈もなく。アリエッタ自身も強くなる為にある人物から師事を仰いでいた。

 

 アリエッタには、二年足らずでオリジナルである導師イオンの守護役になれるだけの才と、目標を決めれば決して諦めない情熱がある。

 七年間の魔獣と共に生きてきた経験の為か、残念ながら人間の技術の粋ともいえる武術には全くと言って良い程に適正が無いアリエッタだったが、接近戦に才が無いという訳では無く。野生の中で磨かれた動体視力や身体能力、反射神経には目を見張るモノがあり、単純な“速さ”で言えば、今のルークよりも上であった。

 それを知ったルークはその日一日、アリエッタを胡乱気な目で見つめていたが。自分が護りたい少女が自分よりも強いとなると、男の矜持とでもいうべきものが傷つくのは当然なのだが。少女であるアリエッタにその辺りの機微が分る筈も無く、ルークに嫌われたのではないかとまた涙目になっていたが。結局その騒動は、ルークがシュザンヌに一喝される事で収まる事になった。

 

 

 このように接近戦でも充分すぎる程に力のあるアリエッタだったが、彼女の本領は譜術師としての才にある。

 

 先にも述べたように人間の技術とは相性が悪いアリエッタだったが、ダアト式譜術という、ダアトでは究極の譜術とも言えるものを使うイオンが、己の守護役予定であったアリエッタが譜術を使えない事を是とする筈もなく。更に言えばオリジナルのイオンは気を許した相手に対してはやや嗜虐趣味と言うか、スパルタ気味な面もあり。アリエッタが守護役を目指したいと言った翌日から、譜術とは何たるかをアリエッタに叩き込むことにしたのだ。

 アリエッタの身体能力を知っていたイオンとしては、格闘戦の補助として使えるようになれば良いという考えだったのだが。彼の予想に反して、アリエッタは譜術師としての才能を開花させたのだ。それも、第一音素である“闇”と、第六音素である“光”という相反する属性である二つの音素に特化した、変わり種の才が。

 それを知ったイオンは教育熱が上限知らずに上がり、アリエッタは泣き言を零しながらもそれに応え、二年後にはまだ未熟ながらも導師守護役になれるだけの譜術師となったのだ。

 

 

 イオンの死を知りダアトと決別したアリエッタだったが、元導師守護役と言っても彼女はまだまだ未熟であり、守護役を続けながらも譜術師としての修練を積み重ねる段階だった。

 だが、ファブレ家には単純な実力者としてならクリムゾンや一部の白光騎士団員等、今のアリエッタよりも強い者が何人かいるのだが、アリエッタが師事出来るような純粋な譜術師はおらず。彼女の譜術師としての能力をファブレ家で伸ばす事は困難であり、アリエッタ本人も自身が伸び悩んでいる事に歯痒い思いを隠せずにいた。

 

 

 が、ここでアリエッタの現状を救ったのがヤナギだ。

 

 生傷の絶えないルークの治療役であるヤナギだったが、日に日に強くなっていくルークの様子を喜ばしく思いながらも何かを悩んでいる様子のアリエッタが気になったヤナギは、その日の夜に同室のアリエッタに詰め寄り、強くなりたいが師事する相手も教材も無いという彼女の悩みを聞き出した。

 

 それを聞いてからのヤナギの行動は早かった。

 愛すべき義妹に対し『お義姉ちゃんに任せて!』と一言告げると、翌日アリエッタが起きる頃にはヤナギの姿は屋敷に無く。朝食後にシュザンヌに尋ねると、昨夜突然、一日だけ有給が欲しいとヤナギが訴えに来たというのだ。

 突然すぎる申し出に疑問を覚えたが、余程大事な用事があるのだろうと判断したシュザンヌは笑って許可を出したというのが、今日ヤナギがいない理由だった。

 有給を取ってまで何処に行ったのかという疑問は残ったが、ヤナギなら大丈夫だろうという結論にその場の全員が達するまでに、そう時間はかからなかった。

 

 そして翌日。早朝に意気揚揚と帰ってきたヤナギは、やってやったとばかりの笑顔でアリエッタの下にに襲来。寝ぼけ眼のアリエッタの頭をこれでもかと言わんばかりに撫でまわしながら、アリエッタの為に譜術の教師を呼んだと爆弾発言を落としたのだった。

 

 

 その時は頭が目覚めておらずに生返事で流したアリエッタだったが、朝食の場で改めてヤナギがシュザンヌ達にその報せをすると、目を丸くして驚いた。ヤナギが自分のためにそこまでしてくれたという事にも驚いたが、それよりも希少な譜術師をどこで見つけてきたのかという事にこそ驚いた。

 シュザンヌ達三人も驚きを隠せない様子だったが、昨日ヤナギが向かったのが婚約者の実家だと話すと、苦笑しながらも納得する様子を見せ、結果アリエッタだけが困惑する事になった。

 

 

 そして朝食後。使用人としての仕事を終えてからいつも通りに修行場である中庭へと向かったアリエッタだったが、そこには見慣れない女性が二人立っていた。

 先に中庭に来ていたルークとヤナギが、硬い言葉遣いながらも親しげに話している様子を見て、ファブレ家に縁のある人物だと判断したアリエッタは、おずおずとだがルークの下へと向かう。

 

 アリエッタが来た事に気付いた女性二人は、それぞれの反応を見せた。

 裾が足首まで隠すような長さの黒衣のローブを纏い、肩まで黒髪を伸ばした妙齢の女性は、母性的な笑みをアリエッタに向けた。その笑顔を見たアリエッタは、その女性に対しては僅かに警戒心を緩めた。

 

 が、もう一人の女性が問題だった。

 黒く美しい長髪を腰まで伸ばした白いローブを着た女性だったが、露出という言葉からは縁遠かった先の黒いローブの女性とは違い、その豊満な胸の谷間が見える程にその白いローブを大胆に着崩していた。脚の太腿が見えるようにスリットまで入っており、ここまで着崩せば逆に動き辛くなるのではないかと言わんばかりの恰好だったが、当の本人は全く気にした様子は無く。

 その妖艶な恰好とは裏腹に無邪気とも言える明るい笑顔を見せると、アリエッタが僅かに気を緩めた瞬間に一瞬で彼女の背後に回り、その小柄な身体を抱き締め、可愛い可愛いと連呼しながら頬ずりまでし始めたのだ。

 

 何が起こったか分からなかった一同だったが、数秒程して我に返るとアリエッタは手足をじたばたと動かして拘束から逃れようとするも、白いローブの女性はびくともせず。

 ヤナギは『ルイさん! アリエッタちゃんを抱き締めるのは私の役目ですー!』等とアリエッタを拘束している女性の名前らしき名を叫びながら二人を引き離そうとし。

 黒いローブの女性は額に手を当てながら呆れたように溜息を吐き。

 ルークに至っては顔を真っ赤に染めてルイと呼ばれた女性とアリエッタとの間で目線を彷徨わせ。

 騒動の張本人であるルイは、かんらかんらと甲高い声で楽しそうに笑っていた。

 

 

 見かねた黒いローブの女性がルイの頭頂部に鋭い手刀を喰らわせて沈黙させ、ようやく騒動は沈静化した。

 涙目で自分を睨んでくるルイをよそにカゲロウと名乗った黒いローブの女性は、簡潔に自分達の自己紹介を済ませた。

 カゲロウはヤナギの婚約者の母……つまりヤナギの義母であり、ルイは彼女の一族に仕える家系の一人だと言い、ヤナギに頼まれてアリエッタの譜術の師になるために来たというのだ。

 カゲロウは優れた第一音譜術師であり、ルイは一族でも三本の指に入る程の第六音譜術師。ルイに至っては、光に比べればやや劣るが、第五音譜術師でもあった。と言っても、第五音譜術はFOFと呼ばれる音素変換技術を使わなければ扱えないアリエッタにとっては、あまり意味の無い事だが。

 

 突然決まった譜術の師の登場に戸惑いを隠せず、先の騒動でルイに苦手意識を持ったアリエッタは師事を受ける事に眉を顰めたが、ヤナギの根強い説得とルイからの押しの強すぎる勧めに、結局アリエッタの側が折れる事になった。

 

 カゲロウはともかくとして、第一印象は最悪であったルイとアリエッタだったが、意外にも師としてのルイには先のようなふざけた雰囲気は一切無く。それを感じたアリエッタも、真摯にルイの教えを受けるようになった。

 逆にカゲロウは術師としての実力は確かだが、師としては甘すぎる面があり。度々ルイに指導が温すぎると叱咤を受けては肩を落とす姿が頻繁に見られた。

 修行中とそれ以外では真逆とも言える二人の性格には次第にアリエッタも気を許し、やがてそれまで以上に修行に熱を入れる事になり、今までの伸び悩んでいた遅れを取り戻すかのようにメキメキとその実力を伸ばしていく事になった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 こうして日々を修行に励むルークとアリエッタの二人。

 そんなある日。ルークとクリムゾンがいつものように模擬戦をしていた日のことだった。

 

「双牙斬ッ!」

「虎牙破斬ッ!」

 

 ガンッ!! と、木刀のぶつかり合う音が中庭に響く。

 互いの技の衝突と共に二人同時に後方へと飛びのき、間合いを開けた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

「ふむ……遂に正面からでは弾き飛ばせなくなったか」

 

 息の荒いルークをよそに、息子の成長を喜ぶクリムゾン。

 二人が同時に放った技は、クリムゾンがルークの強さを認める事になったあの模擬戦での再現だった。

 あの時はルークが放った双牙斬が一方的に弾かれたが、今は真っ向から打ち合える程にルークは成長していた。

 目に見えて息子が成長してくれた事が、クリムゾンにとっては何よりも嬉しい事だった。

 

「ルーク、今までよく頑張ったな」

「……父上?」

 

 模擬戦の終了を告げるとルークに近付き、わしゃわしゃと乱暴に息子の頭を撫でる。

 突然の父の行動に困惑するルークだったが、頭を撫でられているうちに嬉しそうに眼を細めた。

 

「…………よし。頑張った息子には褒美をやらねばな」

「え、褒美ですか!?」

 

 そう言うと、駆け寄ってくるアリエッタとヤナギの方へと目を向けるクリムゾン。

 

 

「アリエッタ。ルークをフーに乗せて、飛んでもらえるか?」

「「「!?」」」

 

 

 褒美という言葉に目を輝かせていたルークだったが、クリムゾンの口から出たその内容に、やって来たアリエッタ、ヤナギと共に驚きを顕わにした。

 

「ち、父上? 俺は屋敷の敷地から出たら駄目なんじゃ……」

「ああ。だから、飛ぶとは言ってもこの屋敷の上空だけになるな」

「上空……というと、この屋敷のすぐ上ですか?」

「えー……なんだよ……それじゃあ屋根の上に上るのと変わんねえじゃねーか」

 

 屋根の上に上がる許可を出す事と似たような褒美ではないかというヤナギの言葉に、明らか気を落とすルーク。

 そんなルークを気遣わしげに見守るヤナギとアリエッタだったが、クリムゾンが珍しくニヤニヤという擬音が似合いそうな笑みを浮かべている事に疑問を覚えた。

 

「旦那様……?」

「ん? ああ、スマンなアリエッタ。二人が勘違いしている様子が可笑しくてな」

「勘違い……ですか?」

「ああ。私は上空(・・)と言ったのだぞ? 屋根と同じ高さでは空とは呼べまい」

「え!? でも、屋敷の敷地からは……」

 

 父の回りくどい言い方に何を言いたいのかが分からず困惑するルークとヤナギだったが、次のクリムゾンの言葉に大きく目を見開く事になった。

 

 

「真下に屋敷があれば、どこまで高く飛んでも屋敷の敷地内だろう?」

 

 

 屁理屈のようなその言葉に、唖然とする二人。アリエッタだけは意味がイマイチ伝わらず、不思議そうに首を傾げていたが。

 そんな三人を見て、手品の種を明かしたかのように得意気に笑うクリムゾンだったが、一頻り笑うと真剣な表情でルークを見つめる。

 

「ルーク。お前は近い内に外の世界へ出る事になるだろう」

「え……」

「だから、私はその前にお前に見て欲しいのだ。屋敷という狭い世界しか知らないお前に、私達の生きるこの広大な世界をな」

「父上……!」

 

 父の言葉に、感極まるルーク。

 そんな息子の頭を再び軽く撫でると、次にアリエッタの方へと向き直った。

 

「アリエッタ。ルークと一緒にこの世界(・・)を見てくれるか?」

「……? はい。分かった……です」

 

 クリムゾンの妙な言い回しに首を傾げるアリエッタだったが、ルークと一緒にフーに乗って欲しいという意味だと受け取ると、返事をしてからフーを呼ぶ為に離れて行く。

 

 その後ろ姿を、クリムゾンが眩しいものを見るように目を細めて見つめていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「すっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッッ!!!!」

「ルーク、耳元でうるさい、です……!」

 

 ファブレ家の遙か上空。

 雲に手が届きそうな高さまでフーに乗り飛び立った二人。

 いくらフーが他のフレスベルグと比べて巨体だと言っても人二人を乗せても余裕がある程ではなく、ルークが腕の中にアリエッタを抱えるようにして、フーの背中へと乗る事になった。

 初めて見る広大な世界に、感激の雄叫びを上げるルークだったが、そのルークの腕の中にいるアリエッタとしては堪ったものではなかった。

 

「いや、だって、こんなん叫ばずにいられるかよ! 見てみろよ! 城があんなに小さいんだぜ! 屋敷なんかもっと小さいんじゃ――――」

「ルーク、危ない!」

「へ? あ、ああ悪い悪い」

 

 興奮のあまり、自分達がつい先ほどまでいた屋敷を見ようとして、真下を向こうとするルークを必死で止めるアリエッタ。普段の二人とは逆転し、子供のようなルークの面倒をアリエッタが見るようになってしまっていた。

 

「すげー! あの木がすげぇ沢山生えてるのが森で、遠くに見える青いのが海なんだよな! それで、えーと……王都からずっと西に行ったらベルケンド港があるんだっけか? なあアリエッタ、西ってどっちだ?」

「あっち、だけど。ここからじゃ見えないよ?」

「マジかよ!? こんなに遠くまで見えるのに、それよりもまだ遠いのか!?」

「うん。それにダアトは、ベルケンドよりも遠くにあるの」

「はぁー……すっげえなぁ……」

 

 見える物全てに感動しながらも、シュザンヌに教え込まれた地理と照らし合わそうともするその姿はシュザンヌの教育の賜物だろう。

 ルークと二人きりという事で敬語を無くしたアリエッタが分かる範囲で解説し、ルークからは見えないがその顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

 一頻り驚き通すと、満足したと息を吐くルーク。

 

「すげぇなー。俺が今まで生きてた世界なんか、どれだけ狭いんだっつー話だよな」

「うん」

「……そこは素直に頷くとこか?

 まぁいいか。けど、アリエッタはこの世界を俺よりは知ってるんだよな」

「え? うん……そう、なのかな? けど、アリエッタもダアト以外はよく知らないし……」

「ん? ダアトを出てから色々なとこに行ったんじゃねえのか?」

「…………あの時は、ママの森を出てからは、ただ歩いてただけだから、どこに行ったかとか、覚えてないもん……」

「げ……」

 

 ぽろっと零れたルークの迂闊な言葉に、当時の辛さを思い出し落ち込み始めるアリエッタ。

 落ち込ませてしまった事に焦りながらもどうすれば良いか分からず。慌てたルークはアリエッタの頭を先程自分が父にされたように乱暴に撫でながら、強引に話を逸らした。

 

「ルーク、何するのー!」

「あー本当に世界って広いんだな! 父上はもうすぐ外に出れるって言ってたけど、こんなに広かったらどこに行けば良いか分かんねーなー!!」

「……むー」

 

 露骨に話を逸らそうとするルークに対し、頬を膨らませ不満そうにするアリエッタ。

 ルークは腕の中から見上げてくるその不満気な視線を感じながらも、気づいていないフリをしてそのまま話を進める事にした。

 

「そ、そうだ! 俺が外に出る事になったら、アリエッタが一緒に来てくれよ!」

「……え?」

「んだよ。お前は俺付きの使用人なんだから、付いてくるのは当たり前だろ? 俺よりは世界を知ってんのは間違いねーんだから、サポートくらい出来るだろ?」

「…………アリエッタと、ルークが、一緒に世界を回るの?」

「……何だよ。嫌なのか?」

「う、ううん!」

 

 共に世界を回ろうというルークの言葉に、思わず息を呑むアリエッタ。

 

 それは、昔イオンと二人で話した事のある夢だったから。

 

 

『いつかアリエッタと二人で、この窮屈なダアトから飛び出せたら良いなあ。それで世界中を見て回るんだ! きっと楽しいだろうなー…………ま、無理だけどね。腐っても導師であるボクが、そんな好き勝手出来る訳が無いし』

 

 

 何気ない会話の中の、大事な思い出の一欠けら。

 

 所詮叶う訳が無いと、イオンの渇いた笑みと共に失くした筈の夢。

 

 その夢を、今の主であるルークが言いだした事に驚いて、それ以上に嬉しくて。

 

「うん! アリエッタ、ルークと一緒に世界を見て回りたい!」

「おっし! そんじゃあ約束な!」

「うん! うん! 絶対の約束だから!」

 

 以前夢を話してくれた相手(イオン)とは違う(ルーク)との、新しい約束。

 

 今度こそはこの約束()が叶いますようにと、アリエッタは願う。

 

 

 

 ――――そしてその約束は、近い将来、予想だにしない形で叶う事になる――――




ふう。なんとか書けました。本当は真実を話し始めるとこまで行きたかったんだけど、アリエッタの師匠の話がちょっと長くなりすぎました。
彼女らは原作に絡む事は無い、ただのアリエッタ強化要員なのでご安心を。



……まぁ、彼らの設定は考えてるんですけどね。出す気は無いけど、設定は考えるの楽しいんです。簡潔に八竜達の設定だけ書いとこう。興味ない人はスルーして下さい。


◇ナダレ(崩)
20歳。女。
第五音素術師。圧縮と同時展開に長けており、圧縮された数多の火球を雪崩のように放つものが得意技。
凛とした女性で自他ともに厳しいが、努力する者が大好きで、目にかけた相手は絶対に見捨てない。

◇サイハ(砕破)
22歳。男。
第五音素術師。第三音素術師としての適性もあり、風と炎の音素を混ぜ合わせた炎の刃による接近戦を好む。
真面目な兄貴分という性格で、時折ルークの良き話し相手にもなっていた。

◇ホムラ(焔群)
35歳。男。
後頭部以外の頭髪を剃っている、ストイックな鞭使い。
第五音素術師だが、術師としての能力は低い。が、低い火力を活かした尋問役としての能力は侮れない者があり、隠密としては随一の者。

◇セツナ(刹那)
26歳。男。
天災と呼ばれる第五音素術師。歴代の一族の中でも最大の火力を持つが、制御が出きず。視界に入った者は敵味方問わずに焼き尽くしてしまう。
本人の性格は至って温厚だが、視界に入った人間を燃やしたくなる殺戮衝動があるため、普段は布で目を覆っている。

◇マドカ(円)
32歳。男。
小太りで丸坊主な第六音素術師。第五音素術師としての能力も類稀なものであり、火球を起点にした光の障壁は驚異的な防御力を誇る。
アリエッタの師匠になる可能性のあった人物だが極端に口が悪く、アリエッタの教育に悪いという事でヤナギが却下した。根は割と良い人。

◇ルイ(塁)
23歳。女。
第五音素術師にして第六音素術師。マドカと似た素養を持つが、防御に特化したマドカとは違い、ルイは幻影に特化している。ホムラと組んでの潜入工作が主な任務。
任務、修行時は容赦が無いが、普段は気の良いお姉ちゃん。露出が高いため、サイハやホムラが日々頭を悩ませている。何やらセツナと良い雰囲気という噂が。

◇コクウ(虚空)
67歳。男。
先代当主。単純な実力では歴代一の第五音譜術師。
ナダレ以上に圧縮に長けており、火球から撃ちだす熱線は万物を貫く。
やる時はやるのだが、普段はただのエロジジイ。カゲロウやナダレの乳を揉んでは、オウカやサイハにボコられている。ルイの乳には恥じらいがないからという理由で手を出さないが、本当のところはセツナが怖いからだとか。

◇オウカ(桜花)
42歳。男。
今代当主の第五音譜術師。火力は然程でもないが、彼が放つ炎は敵を燃やし尽くすまで決して消えない。
妻であるカゲロウを溺愛しており、しょっちゅう手をだすコクウとは犬猿の仲。息子二人とは親子というより喧嘩友達のような間柄。


時間が無いので、以上!


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閑話 ルークの日記2

お久しぶりです。
ようやくやる気が戻ってきたので、リハビリにルークの日記から。
今週は休みが多いから、もう一話くらいは投稿したいです。


 ◇ ルークの日記 ◇

 

 

 ○月×日

 

 ナタリアのヤツがいきなり屋敷に来て騒ぎまくってから数日。

 アリエッタは今まで以上に使用人としてや、それ以外の勉強にも頑張り始めた。

 ヤナギが言うにはアリエッタがナタリアに色々と言われたのは、自分が使用人として力不足だったせいじゃないかって思ってるらしく。俺と一緒に居ても恥ずかしくないくらいに強くなるって言って頑張ってるんだって。

 

 ……俺、アイツにそこまでしてもらえるような主なのか?

 ナタリアがアイツに怒鳴ってる時も、俺は母上を呼んできただけで自分では何もしてねーのに。主なら自分でなんとかするべきだったんじゃねーのか?

 それに、俺はアイツに教えられる事なんか何も知らねえし、尊敬されるような事だって何も出来てない。ファブレ家の跡継ぎって身分がなけりゃ、ちょっと剣術が巧いだけの子供だ。

 こんなんで、アイツの主だって胸を張って言えるか? ……言えるワケ無いよなぁ。何も頑張ってない俺が、今も俺なんかの為に頑張ってくれてるアイツの主だなんて。

 

 アイツは俺なんかより、母上の傍付きになった方が良いんじゃないのか?

 ……そうだよな。その方がアリエッタもやりがいがあるだろ。アイツは俺には勿体ない従者だ。母上にはアリエッタが屋敷にいる間は面倒を見ろって言われたけど、屋敷に就職したんだから俺の傍付きじゃなくても別に良いだろ。

 よし、明日になったらヤナギに相談してから母上に言ってみるか。母上に面倒を見るのを言われたのはヤナギも一緒だし。ヤナギにも相談しとかねーとな。

 

 

 

 ○月◆日

 

 ヤナギに思いっきり平手を喰らった。まだ左の頬が痛ぇ。

 そんで、泣きながら説教された。

 

 アリエッタがどれだけ俺の為に頑張ってるのか解って、こんな事を言うのかとか。

 

 誇れる事が無いなら誇れる事を作れば良いとか。

 

 アリエッタから逃げるのかとか。

 

 ……アリエッタが幸せになれるのは、ファブレ家の中じゃなくて俺の傍だけだ、とか。

 

 他にも色々、散々に言われた。

 最後に、アリエッタには絶対にこんな事を言うなって念押ししてからヤナギはどっかに行った。

 

 

 

 …………くっそ。

 

 

 

 ○月凹日

 

 昨日は結局、あれから一歩も部屋から出なかった。

 飯を持ってきてくれたアリエッタが心配してくれたけど、何でもねえって追い返した。今思い返したら、すげぇキツい言い方になっちまってたと思う。

 

 ……泣きそうになってたな。アイツ。

 

 なのに、ずっと俺を心配してくれた。

 飯を持って来る時以外でも、少しでも時間があったら俺の部屋に来た。

 来るたびに追い返したのに、それでも何回も来てくれたんだ。

 

 

 …………情けねぇよな。俺。

 

 

 ……あー、くそっ! 苛々する! こんなん俺らしくねえ!

 

 分かった! 分かったよ畜生! やってやれば良いんだろ!

 

 アリエッタの主って、胸を張って言えるようになってやるよ!

 

 

 

 ○月凸日

 

 母上に、アリエッタと一緒に勉強を教えて欲しいって頼みに行ったら、泣いて抱きしめられた。

 今まで最低限の事しか勉強してなかったからなぁ……けど、勉強だけはどうしても嫌だったんだよ。勉強っつーか、本を読むのがか?

 けど、もうそんな甘えた事は言ってられねーから。

 勉強だけじゃなく、剣術も父上から稽古をつけて貰えるように頼もう。ヴァン師匠(せんせい)が来た時以外は型の練習と基礎鍛錬しかしてなかったからな。もっと強くならねえと!

 

 俺もこれからは一緒に勉強するってアリエッタに言ったら、すっげぇ嬉しそうに笑ってくれた。

 母上がアリエッタに聞こえ無いような小さい声で、俺が引きこもってたこの2日は全然元気が無くて、勉強にも全然身が入ってなかったって笑って教えてくれた。

 

 …………本当に、頑張ろう。

 

 

 

 ○月Ω日

 

 久しぶりに真面目に母上の授業を受けた。

 正直文字を見てるだけで気分が悪くなったけど、その度に隣に座って勉強してるアリエッタを見て気合を入れ直してたら、いつの間にかあまり気にならなくなってた。何でだ?

 

 勉強してて分かったのは、俺が本当に何も知らなかったって事だった。屋敷の事以外では、子供でも知ってるらしい事くらいしか分からなくてすっげぇ落ち込んだ。

 

 けど、こんくらいじゃ負けねえ!

 

 

 

 ○月θ日

 

 父上に剣術の鍛錬相手を頼んだら、時間がある時なら見てやるって言ってくれた。

 けど、父上の剣術は教えられねえって。俺はもう、ヴァン師匠(せんせい)の教えてくれたアルバート流が基礎になってるから、今から別の剣術を教えたら型が滅茶苦茶になっちまって、逆に弱くなるんだと。

 父上の剣術を教えて貰えないのは残念だけど、弱くなるなら仕方ねえよな。

 

 そういや。父上と稽古をしてたら、遠くの方からガイが変な顔でこっちを見てたけど、何だったんだ? アイツ。

 

 

 

 ○月δ日

 

 最近、一緒に勉強してるせいか、アリエッタと一緒にいる時間が増えた気がする。

 まぁ、勉強の時間以外はヤナギも一緒な事が多いけどな。

 

 なんか、アリエッタと一緒にいたら、こう……安心できる? っつーか……んー……よく分かんねえけど、アリエッタがいたらいないよりも気力が沸くんだよな。

 休憩の時にもアリエッタが傍にいたら、一人で休むよりもよく休める気がするし。何でだ?

 

 

 

 ×月○日

 

 ヴァン師匠(せんせい)が、稽古の日じゃないのに屋敷に来る。

 母上が言うには、アリエッタがウチに居る事がバレたんじゃないかって事らしい。

 

 下唇を噛みしめながら震えるアリエッタを部屋まで送ろうとしたけど、今日はヤナギの部屋で一緒に寝るらしい。ヤナギと一緒なら大丈夫だろ。

 

 ……ヴァン師匠(せんせい)は、本当に悪い奴なのか?

 会えば判んのかな……。

 

 ……それにしても、何でヴァン師匠(せんせい)はアリエッタがここに居るって分かったんだ? アリエッタに会った事があるヤツなんか、屋敷の人間以外だと商人とか業者くらいしかいねーのに。

 商人が態々ヴァン師匠(せんせい)に、ファブレ家にアリエッタが使用人として働いてるなんて言うのか? 分かんねー。

 

 

 

 ×月×日

 

 ………………ヴァン師匠(せんせい)は、善い人じゃねえ。

 

 認めたくなかったけど、今日、ようやく解った。

 アリエッタが直接ヴァン師匠(せんせい)に向かってハッキリとダアトには帰らないって言った時の、あの顔だ。

 

 一瞬だったけど、俺は確かに見た。見ちまったんだ。

 

 

 ――――あれは、ゴミか何かを見る目だった。

 

 

 俺はもう、ヴァン師匠(せんせい)を信用できない。

 

 

 

 ×月△日

 

 昨日は書かなかったけど、アリエッタは無事に屋敷に残れる事になった。

 それも、ヤナギの義理の妹として。

 ヤナギは妙にアリエッタに構うなと思ってたけど、義妹になってたからなんだな。もっと早く教えてくれりゃ良かったのに……まぁ、別にアリエッタがヤナギの義妹だからどうしたって話だけどな。

 

 アリエッタは昨日はちょっとヴァン師匠(せんせい)との事で興奮して落ち着かなかったから、落ち着くために昨日と今日の授業は休みって事になった。

 最近はずっと勉強漬けだったから、二日も休みだとなんか落ち着かねー。俺は日課の鍛錬はしたけど、やっぱアリエッタがいないと変な感じだった。

 

 

 

 ×月□日

 

 アリエッタが復帰した。もう大丈夫みてーだ。

 数日ぶりにやった授業はしんどかったけど、どこか楽しかった。

 やっぱりアリエッタがいねーと、授業は面白くないよな。

 

 そんな事を考えてたら、自分でも気づかないうちにちらちらとアリエッタの方を見ちまってたみたいで、母上に本で軽く叩かれた。恥ずい……。

 

 

 

 ×月▽日

 

 今日はすっげえ事があった。

 

 久しぶりに父上に時間があったから、いつも通りに庭で鍛錬を見て貰ってたら、空からいきなりデカい鳥の魔物がライオンみたいな魔物を連れて降ってきたんだ。

 魔物なんて初めて見たから、俺は驚いて動けなかった。そしたら父上が俺の前に出て、騎士団の連中もどんどん集まって来た。

 魔物達もすげぇ気が立ってて、もう今すぐ闘いになる所だったんだよな。

 

 そんな空気の中、アリエッタがいきなり飛び出したんだ。

 

 それを見た瞬間、危ねえって思う前に体が動いてアリエッタを庇ったんだけど。その魔物はアリエッタを見たらさっきまで気が立ってたのが嘘みたいに大人しくなっちまって。

 何でだって思ってたら、俺の後ろからまたアリエッタが飛び出して。今度は止められなくてヤバいって思ったら、ライオンの魔物が普通に猫みたいにアリエッタにじゃれつき始めて。鳥の魔物もどこか嬉しそうな声で鳴きだしてさ。父上も騎士団も困ったみたいで、アリエッタが説明してくれるまで皆動けなかった。

 

 そんで、あのライオンと鳥の魔物。ライガとフレスベルグだっけか? あの二匹は、アリエッタの特に仲の良い友達らしくて、アリエッタの匂いを追って屋敷まで来たんだってよ。

 もうアリエッタのヤツが喜んで喜んで。安全な魔物だって判ったら、騎士団も父上も警戒をすぐに解いた。俺は知らなかったけど、魔物使いって数は少ないけどキムラスカにもいるらしいんだ。だから、ここまで人に懐いてるなら大丈夫だろうって。

 まぁ、魔物使いってよりは調教師みてーなもんらしいけど。アリエッタみたいに、魔獣と友達になるなんてのはまず無いってよ。

 

 とにかく、魔物二匹は安全って分かったから。明日父上がファブレ家の使役魔獣として城に申請しにいってくれるらしい。

 これで二匹と一緒にいれるって聞いたアリエッタは、何度も父上に頭を下げて礼を言ってた。友達と一緒にいれるようになったんだから、嬉しいのは当たり前だよな。

 ……友達か。ちょっと羨ましいな。

 

 

 

 ×月◇日

 

 母上が使役魔獣の許可をもぎ取って来た。

 父上が言うには、最初は断られたらしい。けど、そうなるだろうと思って付いて行った母上が叔父上を説得……? 説得をして、許可を取ったんだとか。

 ……父上が言うには、あれは説得じゃなくて命令だったらしいけど。

 

 と、とにかく。これであの二匹が屋敷にいても問題無いんならいいよな! うん!

 

 

 

 ×月■日

 

 ヤナギがあの二匹の事を、ライとフーって呼び始めた。種族名だと長いし、可愛くないからって。まぁ、俺もそっちの方が呼びやすいし。アリエッタも魔獣達も喜んでたみたいだから良いだろ。

 

 ヤナギが名前を付けたお蔭で、ライとフーも屋敷にもう馴染み始めたし。魔獣って随分人懐っこいんだなって思ったけど、父上には俺が思ってる事なんかお見通しだったみたいで、あの二匹が特別なんだって何回も念を押された。

 初めて見る魔物があの二匹だから勘違いしそうになったけど、魔物って本当は人の天敵なんだよな……いつか魔物に遭う事があったら気をつけねーと。

 

 ……それはそれとして。

 アリエッタに頼んだら、ライに乗せてもらえっかな?

 

 

 

 ×月◆日

 

 アリエッタに頼んだら、良いって言ってくれたから早速乗ってみた。

 ライのヤツが嫌がるかもって思ったけど、そんな事は全然なくて。態々頭を伏せて俺が乗りやすいようにしてくれた。本当に賢いんだなあ。

 

 その後は、しばらくライに乗って走り回った。速すぎてライの首にしがみついてないと落っこちてしまいそうだったけど、すっげー楽しかった!!

 アリエッタがライも楽しかったみたいだって教えてくれて、それも嬉しかったな。また乗せてくれっかな。

 

 

 

 ×月●日

 

 父上と初めて真剣勝負をした。

 真剣勝負っつっても、木刀での模擬戦だったけどな。それでも、あれは俺にとっては真剣勝負だった。

 何とか父上に一撃を入れたら、すっげー喜んでくれた。父上があんなに喜んでるとこなんて、初めて見たな……なんか、最近初めての事ばっかりだな。

 

 それにしても、父上はなんでいきなり俺を試すような事をしたんだ?

 俺がそう感じただけだけど、父上は俺に何かを期待してるみたいだった。何を期待してるのかは分かんなかったけど……。

 ま、期待には応えれたみてーだからいっか。いつか教えてくれっかな?

 

 

 

 ×月◎日

 

 今日から模擬戦で、父上の時間が無い時はライと戦う事になった。父上がいる時でも、対魔物の戦い方を教えるって事でライと戦う事もあるみてーだけど。

 

 ただし、ライは爪と牙を遣うのは禁止っていうハンデ付きで。

 

 あの爪と牙は喰らえば洒落にならないってのは分かるけど、俺も今まで鍛錬をしてたんだから、ハンデを貰うのは正直気に食わねえ。

 だから、ハンデ付きのライなんかすぐに倒して、ハンデなんていらねえって言うつもりだった。

 

 ――――ライに体当たりで吹っ飛ばされるまでは。

 

 父上もライの予想以上の速さに驚いてたみたいだったけど、俺はそれどころじゃなかった。

 気が付いたら攻撃を喰らってて、ライがいつの間に近付いたのかも分からなかった。

 

 その後も何回か挑んだけど、少し動きに目が慣れたくらいで見事に全敗。

 父上が言うにはライはライガの中でも規格外だって事だけど……悔しいもんは悔しいんだよ!

 

 くっそー! 絶対にいつか勝ってやっからな!!

 

 

 

 ×月☆日

 

 アリエッタの譜術の師匠として、カゲロウとルイが屋敷に在住する事になった。

 カゲロウはともかく、ルイのヤツはからかってくるから苦手なんだよなぁ……まぁ、アリエッタの師匠としては適任らしいから、俺には何も言えねーけど。

 

 

 

 

 ×月★日

 

 模擬戦で父上と良い勝負をした褒美って事で、アリエッタと一緒にフーに乗って空高くまで飛んで良い事になった。真上だったらどこまで高く飛んでもファブレ家の領地だって。父上って、こんな屁理屈を言う人だったか?

 

 空から見た世界は、俺が今まで見たどんな景色よりも凄かった。

 こんな景色を、アリエッタは何回も見てたんだよな。羨ましい。

 

 俺が屋敷から出れる年齢になったら、いつかアリエッタと一緒にこの世界を回る約束をした。

 空だけじゃなく、船にも乗ってみてーな。海の上を走るってどんな感じなんだろーな?

 今からその時が楽しみで仕方ないぜ!




久々に書いたら、ルークの口調にかなり悩みました。まぁ、それは前からか。

ルークはナタリアに虐待同然の勉強会を強制させられたことを、明確には覚えてません。せいぜい3歳児レベルの知識しかないであろう時でしたから。


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13話 真実

 あけましておめでとうございます(激遅
 本編は、ほぼ1年ぶりですね!(白目
 遅れて本当に申し訳ありません。


 日が真上に上り切るかどうかという、正午前の時間帯。

 バチカルの街中をヤナギとアリエッタの二人は、買い出しの為に手を繋ぎ歩いていた。アリエッタがファブレ家に来て、ルークと出会ってからもうじき一年が経つ。その一年の中で、アリエッタはルークとだけではなく、ヤナギとも絆を深めており、二人が手を繋ぎ歩く様子は何も知らない第三者から見れば、姉妹にしか見えないだろう。

 文句なしに美少女と言える二人だったが、傍には護衛のライを連れており、いくら使役魔獣の証である首輪を付けていると言ってもライが強力な魔獣という事は変わりなく。下心を持った輩が二人に近付く事は無かった。

 

「ヤナギ。次は何処に行くの?」

「うーん。服は屋敷に届けるようにお願いしたし、頼まれてた屋敷の備品も注文したし。そろそろお昼御飯に何か食べようか」

「うん!」

 

 二人は珍しくもメイド服では無く、ヤナギは空色のワンピースに紺色のカーディガン。アリエッタは桃色のミニスカートにニーソックス。卵色と若草色のチェック柄のセーターという私服で過ごしていた。

 と言うのも、買い出しとは名ばかりの休息日だからである。日々の修行やメイド業に追われて忙しいアリエッタを見かねたヤナギとシュザンヌが、買い出しと言う名目で半強制的にアリエッタを連れ出したのだ。

 尚、アリエッタはメイド服と最初に着ていた導師守護役の制服以外は自分の服は一着も持っておらず。就寝時に着る寝間着も今着ている私服も、全てヤナギのお下がり。今日の外出には、アリエッタの私物を買うと言う目的もあった。

 

 アリエッタは後ろ髪を引かれながらも今日の買い出しを楽しみにしていたが、それが面白くないのはルークだ。

 自分は屋敷から出る事が出来ないのに、アリエッタはヤナギの同伴が絶対条件とは言え外出出来るという事も面白く無かったが、一番の理由は単純にアリエッタと二人で遊びに行けるヤナギが羨ましかったからだった。ルーク本人は後者の理由に関しては無自覚だったが、アリエッタ以外にはルークの不機嫌の理由はバレバレだった。尤も、アリエッタではなくヤナギを羨ましげにジト目で見ていては分からない方が可笑しいというものだが。

 そんな不満たらたらのルークだったが、出かける際に笑顔のアリエッタにお土産を買って来ると言われると、先程までの不機嫌があっという間に引っ込み、照れくさそうに頬を掻きながら、気を付けろとアリエッタを送り出した。護衛のライに何度も絶対にアリエッタを護るように念を押しながら。

 自分も同行すると言うのに完全にアリエッタの事しか頭に無く、一切心配されなかったヤナギは流石に口元を引きつらせていたが、お前も護ってやるとばかりにヤナギに向かって吼えたライを見て、溜息を一つ吐くと気分を落ち着かせると、アリエッタの手を引きファブレ邸を後にした。

 

「アリエッタちゃん。何か食べたいものはある?」

「アリエッタは別に無い、けど……」

 

 何か言いたげに言葉を切ると、チラリとライを一瞥するアリエッタ。

 それを見たヤナギはすぐにアリエッタは何を言いたいのかを把握し、彼女の頭を撫でながらライも一緒に食事が出来る屋台に行こうと笑いかけた。

 

「良いの?」

「うん。下の方に降りたら、色々な屋台があるから一緒に見て回ろっか。串焼きとかならライ君も食べれるだろうし、私達はクレープとかにする?」

「……クレープ?」

「……えっ。もしかしてアリエッタちゃん、クレープを食べた事無いの?」

「え、えっと…………クレープって、何?」

 

 クレープと言う聞いた事が無い食べ物に、首を傾げるアリエッタ。

 ダアトに居た頃は身体の弱いイオンに合わせた、野菜や粥がメインの消化の良い食事

を主食にしており、ファブレ家の使用人としての生活が始まってからは、他の使用人と共に規則正しい生活、決められた時間、決まったメニューの食生活をしており。

 これまでのアリエッタの生活では、クレープのような間食を知る機会が全く無かったのだ。

 

 クレープどころか、間食という文化そのものを知らないという内容を申し訳無さそうに告げるアリエッタに対し、ヤナギは一瞬で決壊しそうになった涙腺を気合で押し込めると、笑顔で彼女の手を引き屋台村へと歩き出した。

 

「じゃあ、今日はアリエッタちゃんの間食記念日だね! 色んな屋台があるから、沢山見て回ろう!」

「う、うん……」

 

 急に上がったヤナギのテンションに少し気後れしながらも、しっかりと握られた手を見たアリエッタは、小走りでヤナギの後を付いて行く。

 そんな大切な友人の姿を見て、ライはどこか楽しげに喉を鳴らした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「クレープも他の屋台も、美味しかったね!」

「うん、すっごく美味しかった!」

「ウォフッ!」

 

 食事を終え、満足げに歩く二人と一匹。

 目当てだったクレープと焼き鳥は勿論、アイスクリームやたこ焼きと言った定番の屋台も数多く揃っており、最初は立ち並ぶ屋台に目を奪われ戸惑っていたアリエッタも、屋台を回っているうちに場の雰囲気に充てられたのか、ヤナギに普段はあまり出さないような大声であれは何、こっちから良い匂いがすると最初とは逆にヤナギを引っ張りまわした。

 普段見ないアリエッタの様子に面食らったヤナギだったが、普段からどこか遠慮がちだった義妹の楽しそうな様子に目を細め、彼女の屋台巡りに意気揚揚と付き合った。

 

 その結果、少々食べ過ぎたヤナギは後日後悔する事になるのだったが、ここでは関係の無い話なので割愛する。尚、同量を食べていたアリエッタは身に付きにくい体質だと聞かされたヤナギは、初めて義妹に怒りを感じたのもまた、別の話である。

 

「もうお腹いっぱいだし、屋敷の買い物もアリエッタちゃんの服も全部買ったし。そろそろ帰ろっか?」

「……えっと、あの……」

「ん?」

「その…………アリエッタ、買いたいモノがあるんだけど、何を買えば良いのか分からないから……えと、ヤナギにも考えて欲しくて……」

 

 そろそろ屋敷に帰ろうかを提案したヤナギだったが、それまでのご機嫌な様子から一転して恥ずかしそうに何かを頼もうとするアリエッタの様子に足を止めると、アリエッタが言いたい事を全部言い終わるまで急かさずに待つことにした。

 ヤナギの無言の気遣いが伝わったのか、アリエッタは一度大きく息を吐くと、ヤナギへの頼み事を言い切る。

 

「…………ルークにお土産を買いたい、んだけど。その、何をあげたら良いか分からなくて…………ヤナギなら、何をあげたらルークが嬉しいか、分かるかなって、思って……」

「あ、ルーク様にお土産を買うんだ。お土産ならさっきの屋台で売ってたお饅頭とかじゃダメなの?」

「…………ダメ」

 

 ルークへの土産を買いたいと言うアリエッタに感心するヤナギ。買い物の土産なら簡単な食べ物で充分じゃないかと提案するが、アリエッタは少し迷う素振りを見せるも、何か譲れない事でもあるのか、それでは駄目だと首を横に振る。

 

「アリエッタは、ルークに助けられてばかり、だから。アリエッタも、ルークに何かお返しがしたいの。食べ物だと、すぐに無くなっちゃうから……」

「アリエッタちゃん……」

「だから、ルークの役に立つ、喜ぶモノを上げたいの。ヤナギは何か知ってる……?」

「ルーク様の役に立つ物かぁ……うーん」

 

 アリエッタの、ルークに対する感謝の思い。

 それを形にしたいという願いに、アリエッタは迷わず協力する事を選んだが、剣術以外にこれと言った趣味が無いルークへのプレゼントとなると、中々に難しい案件だった。

 

「本とかは……ルーク様は勉強以外では字なんか見たくない人だから駄目だね」

「服は?」

「ルーク様と旦那様、奥様の服は、全部専属の職人さんがオーダーメイドで作ってるから……」

「……えっと、ハンカチ、とか……」

「ルーク様が使ってるとこ、見た事ある?」

「……無い」

「「うーん……」」

 

 食べ物以外にこれと言ったものが思い浮かばず、揃って首を捻る二人。

 取りあえずは、店を見て回りながら考えようという結論に達すると、上層の商店街へ向かう事にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あ、このスカーフとかどうかな?」

「んー……ルークは首元とかお腹とか出してるし、着けないと思う」

「(アリエッタちゃんがあげたら、着けそうだけどなぁ……)」

「ヤナギ?」

「な、何でもないからっ!

 うーん。やっぱり、ルーク様の好きな剣術で役に立つ物が一番かな? けど、木刀の良し悪しなんか分からないし、そもそも好きな女の子から貰う初めてのプレゼントが武器って言うのも……」

「好き?」

「る、ルーク様の好きな剣術関係のプレゼントが良いかなって!」

「……? 変なヤナギ」

 

 ヤナギが度々ルークの気持ちをバラしてしまうような危うい発言を呟きながらも、ルークへのプレゼントを悩む二人。

 そんな時――――。

 

 

 ドンッ

 

「っと」

「あっ。ご、ごめんなさい」

「いや、こっちも不注意だったから」

 

 考えに没頭しすぎていたヤナギは、前から歩いてきていた人物と肩がぶつかってしまう。

 慌てて謝るアリエッタに、ぶつかった少年から青年になりつつある年頃であろう男性は、気にしていないと苦笑しながら手を軽く振った。

 

 互いに謝り歩き出そうとする両者だったが、その足がすぐに踏み出される事は無かった。

 アリエッタとヤナギのすぐ後ろを警戒しながら歩いていたライが、男性に鼻を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぎ始めたからだ。

 

「ライ。どうしたの?」

「えっと、このライガは君の……?」

「う、うん。ライはアリエッタのともだ……じゅ、従魔だから」

 

 友達と言いかけたのを、慌てて従魔と言い直すアリエッタ。魔獣と友達と言って白い目で見られては、ファブレ家の評判悪化にも繋がるかもしれないという考えからの訂正だったが、男性は特に気にする様子も無く話を続けた。

 

「ふぅん。こんな強そうなライガを従属させるなんて、君は凄い魔獣使いなんだね」

「え、えっと……」

「ご、ごめんなさい! 門限が近いから早く買い物を済ませないといけないので……」

 

 返答に詰まるアリエッタを見かねたヤナギが助け舟を出すと、アリエッタは無言で何度も首を縦に振り同意する。

 あからさまにこの場から早く離れたいという態度を見せるアリエッタに男性は何とも言えない表情になるが、その流れに乗り別れを告げた。

 

「あー……買い物を邪魔して悪かったね。前には気を付けなよ?」

「ありがとうございます。じゃあアリエッタちゃん、行こうか」

「う、うん……」

 

 そう言葉を交わすと、やや早歩きでその場から離れる二人と一匹。

 青年はすぐには立ち去らず、その後ろ姿を――――正確にはアリエッタの背中を、姿が見えなくなるまで見つめ続けていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あー、ビックリした。ちゃんと前を見て歩かないと駄目だね」

「うん……」

「……? アリエッタちゃん、どうかした?」

「……ううん。何でもない」

 

 先程ぶつかった男性にライが興味を持っていた事が少し気になったアリエッタだったが、首を横に振るとルークへのプレゼント探しに戻る。

 

「けど、本当にどうしようか。剣術に役立ちそうな物で、武器以外って言うと……訓練器具? ……武器よりも駄目かな」

「うーん…………あっ」

 

 中々男臭い発想から離れられないヤナギを余所に、キョロキョロと周りを見回すアリエッタだったが、ふと視界に入った小物屋が目に入ると、そちらへと駆けて行く。

 

「アリエッタちゃん? 何か良い物があったの?」

「うん。これ、どうかな?」

「これって、髪紐?」

「うん」

 

 アリエッタが見つけた物は、鮮やかな黄金色をした2~30cm程の長さの髪を結うための髪紐だった。

 

「ルークは髪が長いから、速く動いたら邪魔そうかなって思って……。だから、結んだら動きやすくなるかもって、思ったんだけど……」

「へぇー。うん、良いと思う! これならルーク様もきっと喜ぶよ!」

「ほんと?」

「うん。絶対喜ぶよ!」

 

 ようやく納得のいくプレゼントを見つける事が出来た二人は、ルークの喜ぶ笑顔を思い浮かべると、顔を見合わせて笑いだし、退屈で欠伸をするライを促し、屋敷への帰路を急いだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「「ただいま帰りました」」

 

 日が落ちかける夕暮れ時。

 門番に挨拶をしながら門を抜け、玄関ホールに入ると帰ってきた事を報告する二人だったが、その声に応える者は誰も居らず。二人が上げた声が広いホールに響くだけだった。

 

「あれ? 何でホールに誰もいないんだろう」

「分かんない……」

 

 いつもと違う雰囲気の屋敷に戸惑いながらも、取り敢えずはメイド服に着替えようと、自分たちの部屋へと向かう二人。

 そして貴賓室の前を通ろうとした時、バンッと音を立てて扉が内側から開かれ、二人は思わず足を止める。

 そして、壊れんばかりの勢いで扉を開けて飛び出してきたのは誰かと思い目を向けた先に居たのは――――。

 

「ルーク様!? ど、どうされたんですか!?」

「……ルーク、様?」

「――――ひっ」

 

 まるでこの世の終わりかのように憔悴したルークだった。

 今にも倒れそうな程に青白い顔色のルークは、ヤナギが視界に入っても何の反応も示さなかったが、アリエッタと目が合った瞬間、怯えたような声を出し、必死とも言える形相で何処かへと走り去った。

 

「ルーク様!?」

「……えっ」

 

 思いもよらないルークの反応に、困惑する二人。

 特にアリエッタは、明らかに自分を見て怯えたルークの反応を受け入れられず、呆然と立ち尽くしていた。

 

「二人とも、帰って来たのですね」

 

 事態を全く把握できない二人に声を掛けたのは、ルークが飛び出してきた来賓室に共にいたであろうシュザンヌだった。その後ろにはクリムゾンの姿もあったが、二人とも何かを耐えるような表情をしており、ただ事ではない雰囲気を醸し出していた。

 

「奥様! 旦那様! い、一体何が!? ルーク様はどうし――――」

「ヤナギ。聞きたい事があるのは分かります。ですが、今は何も言わずに席を外して下さい」

「……アリエッタは残ってくれ。言わねばならない事がある」

「な……っ!」

 

 明らかに普通ではなかったルークについて聞こうと口を開いたヤナギだったが、シュザンヌの何も言わないで欲しいと言う言葉に口を噤み、続くクリムゾンのアリエッタだけ残って欲しいという言葉に絶句した。

 それはルークの姉代わりのヤナギからすれば、到底納得出来るものではなく。たとえ不敬になったとしてでも事情を説明して貰おうと息巻くヤナギだったが、シュザンヌの眼を見た瞬間、息が詰まった。

 

 ――――その眼に見える、確固とした覚悟を見て、何も言えなくなってしまった。

 

 自分では立ち入れない何かがあると思い知らされ、悔しそうに唇を噛むヤナギだったが、目を瞑り大きく一つ息を吐き、未だに呆然と立ち尽くすアリエッタを一瞥すると、悲しそうに一礼をし、来賓室の外へと去って行った。

 

「…………アリエッタ」

「……お、奥様! る、ルークが、ルークが、アリエッタの事!」

「――――落ち着きなさい!」

「っ!」

 

 ヤナギがこの場から去った事を確認したシュザンヌは、アリエッタに声をかける。

 ルークに拒絶されたと思い込んだアリエッタは軽い錯乱状態だったが、シュザンヌが一喝すると一先ずは話を聞ける程度の精神状態に落ち着く。

 尤も、これは一時的なものであり。アリエッタを完全に落ち着かせる事が出来るのはルークだけなのだが……。

 

「入りなさい。ルークについて大事な話があります」

「…………」

 

 ルークについて大事な話があると言われ、シュザンヌに促されるままに来賓室へと入るアリエッタ。

 室内にはシュザンヌ、クリムゾン、アリエッタの三人しか居らず、就寝時以外は常時数人が傍に控えている筈の執事やメイドの姿は、一切見当たらなかった。

 

「使用人達には、数時間の間離れから出ないようにと指示を出しています。今、本邸には私達三人と……ルーク以外は誰もいませんよ」

「何で……」

「……私達以外には、何があっても知られてはならぬ話をするからだ」

「……何で?」

 

 自分達以外に誰も居ない理由を訊くアリエッタだったが、それに答えたクリムゾンの言葉に対し、再度疑問を口に出す。

 ヤナギでさえ聞いてはいけない話を、何故自分は聞いても良いのかという意味を込めて。

 

「……今から話す事は、ルークの出生に関する重大な話だ」

「ルークはその事実を、すぐには受け入れられませんでした。

 そして、アリエッタ。貴女にとっても、間違いなく辛い……受け入れ難い話になるでしょう……。

 ですが、貴女には。ルークが最も心を開いている貴女にだけは、聞いて欲しいのです」

「それを聞いて、どう判断するかはお前の自由だ。ただ、口外だけは絶対にするな」

 

 夫妻の懇願とも言える発言に、状況を理解できないながらも黙って頷くアリエッタ。

 それを確認すると、意を決したように、クリムゾンが口を開く。

 

「……回りくどい言い方というのは苦手でな。最初に真実を告げておく」

 

 ――――大丈夫。アリエッタは、ルークに何があっても、ルークと一緒にいるから。

 

 そう自分自身に告げるアリエッタ。

 

 だが、現実と言うものは、得てして想像の下をいくものであり。

 

 アリエッタが最も聞きたくない単語を、クリムゾンは口にする。

 

 

「――――レプリカ」

 

「………………え?」

 

 

 

 

「――――――――今のルークは、本物のルークのレプリカだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉をを聞いた瞬間。

 

 アリエッタの手から、ルークへのプレゼントが零れ落ちた。




 新年初投稿が、いきなり重い展開で終わってすいません。
 次の投稿は、来月頭か来月終わりになります。仕事が忙しくて、気力がががが……!


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14話 魔鳥使い

 これだけ遅れたあげく、今回の話は賛否両論かも。
 でも、必要な話だったんです。次の話からは久々にルークが出ます。
あ、今回の話はオリキャラが出ます。正確には、前話から出てましたが。


 ――――貴女にも考える時間が必要でしょう。今日はもう自由にしていいですから、この事についてしっかりと考えてきなさい。

 ……たとえ、貴女が此処を去るという選択を取っても、私達は貴女を責めません。ですから、どうか後悔だけは無いように。

 

 

 シュザンヌにそう言われたアリエッタは、覚束ない足取りで中庭へ向かうと、微睡んでいたライの暖かな毛皮に飛び込んだ。

 睡眠を邪魔されたライは抗議の視線をアリエッタに向けるが、彼女の身体が震えている事に気付くと軽く喉を鳴らし、アリエッタの身体を包むようにその巨体を丸めた。

 

 昔から悲しい事があったアリエッタをこうして慰めるのは、彼女と兄弟のように育ったライとフーの仕事だった。二匹がファブレ家に来てからは、笑顔しか見せる事の無かったアリエッタがここまで悲しんでいるのはただ事ではないと感じ、原因を排除してやろうという気が一瞬浮かんだライだったが、その気配を感じ取ったのか、アリエッタがライの毛皮に顔を埋めたまま何度も首を横に振るので、渋々と押し黙った。

 

 

「…………っく、ひっく………………うぅ……」

 

 クリムゾンからルークの真実を聞いたアリエッタの心中は、酷い物だった。

 

 

 ――――今のルークはレプリカだ。

 

 

 それ以外にも何か言われた筈だったが、アリエッタはその言葉以外は耳に入っていなかった。

 

 ――――自分の大好きな人が、自分が最も嫌悪するレプリカだった。

 

 その事実が、何があってもルークから離れないと誓った筈のアリエッタの心を、ズタズタに引き裂いていた。

 それもそうだろう。アリエッタにとってレプリカは、兄のように(・・・・・)慕っていたイオンの居場所を奪い取った、憎い偽物でしかないのだから。

 

 勿論、アリエッタも居場所を奪ったのはイオンのレプリカだけで、ルークには何も関係が無いという事は理解している。自分にとってのルークは今まで一緒に過ごしてきたルークだけで、オリジナルのルークを知らないアリエッタには何も関係は無いと、理解はしているのだ。

 

 ――――――だけど、駄目だ。

 

 理屈では分かっていても、感情が、心が、レプリカという存在を受け入れてくれない。

 大好きなルークであってもすぐには受け入れられない程に、レプリカという存在がアリエッタに打ち込んだ楔は重い物だった。

 

 ルークの事が大好きだという気持ちは変わらない。

 

 レプリカが嫌いだと言う気持ちは抑えられない。

 

 二律背反の感情に襲われた今のアリエッタは、自分がどうしたいのか。自分の望みが何なのか。全く分からなくなっていた。

 

 声を殺して泣き続けるアリエッタを、彼女を大きな身体で護るように包みこむライと、いつの間にか大空の散歩から帰ってきていたフーだけが、心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 しばらくして泣きつかれたアリエッタはゆっくりと顔を起こすと、焦点の合わない瞳でライとフーを見ると、何も言わずに立ち上がり屋敷の門の方へと歩き始めた。二匹は何も言わず、アリエッタの少し後ろを付いて行く。

 

 門番の居ない門をくぐり、目的も無く歩き続けたアリエッタが辿り着いた場所は、彼女のバチカルでのお気に入りの場所。広大な海が見渡せる、展望台だった。

 

 以前、ルークと二人でフーに乗り大空から見た、どこまでも広がる大地と海。

 一人でフーに乗っている時には何も感じなかった景色が、ルークと二人で見たあの時だけは、今まで見たどんな物や景色よりも美しく見えた。あの景色は、アリエッタとルークの二人にとって、絶対に忘れられないものになっていた。

 

 その時から、アリエッタには密かな趣味が出来た。

 彼女が屋敷から出る機会はそう多くないが、それでもまだ屋敷から出られないルークよりは行動範囲が広い。ルークが行けない場所に自分が行けるという事に改めて気づいたアリエッタは、いつか遠くない未来にルークが屋敷から出る事を認められた時、ルークと二人で見たい景色を探すようになったのだ。

 あの大空から二人で世界を見た時のように。ルークと二人でならきっと綺麗な世界が見れると信じて。その時に自分がルークを案内する未来を思い浮かべると、幸せな気分に浸れた。

 この展望台から見える海も、いつかルークを案内して二人で見たい景色の一つだった…………その大切な場所に、こんな最悪の気分で訪れる事になるとは数時間前のアリエッタは思いもしなかったが、気が付けばここに足を運んでいた。それだけで、どれだけこの場所がアリエッタにとって思い入れのある場所か分かるだろう。

 

 展望台に辿り着いたアリエッタは、転落防止の為に備え付けられている柵の前に立つと、周囲の目も気にせずに膝を抱えて座り込んだ。ただぼんやりと、何も考えずに海を眺めるその姿は、事情をしらない他人から見ても痛々しいとしか言いようが無く。普通なら年端もいかない少女のそのような姿を見れば、誰か声を掛ける者がいるものだが、少女の後ろに佇む二匹の存在が人々を近づけさせない――――。

 

 

 

「あれ? 君は昼間の……」

「…………ぇ?」

 

 

 

 ――――筈だった。

 ただ一人、ライとフーの護りを気にもせずに、アリエッタに声をかける人物がいた。

 まさか二匹を気にせずに自分に話しかけてくる人がいるとは思っていなかったアリエッタは、僅かな驚きと共にゆっくりと声の主の方へと首を向ける。

 

「やっぱり昼間の子だ。こんな強そうなライガを連れてる人なんて、そうはいないからね。まさかフレスベルグまで従えてるとは思わなかったけど……」

「あ……」

 

 そこにいたのは、昼間にヤナギと買い物の為に街中を歩いていた時に、アリエッタがぶつかってしまった青年だった。

 普通なら顔も覚えていないような関係だったが、ライガを従属させている可憐な少女なんて常識外な存在が、早々忘れられる筈もなく。青年はしっかりとアリエッタの事を覚えていた。

 アリエッタもライが珍しく他人に興味を示していたので、おぼろげではあるが青年の顔を覚えていた。

 

「えっと、昼間の……」

「あ、覚えててくれたんだ。こんな特徴のない顔だから、覚えられてないだろうなーって思ってたんだけど。嬉しいなぁ」

 

 そう言った自分を軽く卑下する青年だったが、青年が言う程には特徴が無いと言うわけでは無く。

 美形とまでは言い難いが、ルークと同程度の長身には似合わない童顔気味の顔つき。

 僅かに目にかかる程度にまで伸びた前髪に、肩まで伸びた砂漠色の真っ直ぐな髪。

 森の香りがする、若草色のローブ。

 そして何より――――どこか母であるライガクィーンを思い起こさせる、深い藍色の瞳。

 

 昼間は焦っていたのでそこまで気にしていなかったが、こうして正面か見れば、青年も充分すぎる程に、一度会えば忘れられない類の人物だった。

 

「それで、何か落ち込んでたみたいだったから声をかけてみたんだけど、どうかしたのかい? えっと、アリエッタちゃんだっけ?」

「え……ど、どうして、アリエッタの名前……」

「え? だって、そこのライガ君の事を“アリエッタの従魔”って言ってたじゃないか。だから君の名前はアリエッタなんだろうなって思ったんだけど、違ったかな?」

「ち、違わない、けど……」

「あ、やっぱり合ってたんだ。やー良かった! 人の名前を間違えるなんて、礼儀に反するからね。あ、ならちゃんと君に名前を聞いてから呼べば良かったのか。失敗失敗!」

「…………ぅぅ」

 

 矢継ぎ早に繰り出される青年の言葉に、人見知りのアリエッタはどんどんと押されていく。今まで出会った事のないタイプの人間に対し、どう対応すれば良いのか。

 ルークの事で限界だったところに、急に現れた馴れ馴れしい青年。とにかく目の前の青年から離れようとライとフーに目を向けるが、それに目ざとく気付いた青年に先手を打たれてしまった。

 

「あ、ごめんね。僕ばかり喋って。昔からもっと落ち着いて話せって、色々な人に言われてるんだけどさ。気を悪くさせちゃったかな……?」

「ぇ……あ、う、ううん。気にしてない…………です」

「そう? なら良かった」

 

 悪印象を持ち始めたところでの、純粋な謝罪。

 正に今、青年から逃げ出そうとしていたアリエッタは最悪のタイミングで謝罪をされ、逃げる機会を逃してしまう。そして、青年から逃げようとした事に対して僅かに抱いてしまった罪悪感のせいで、もうアリエッタに青年からすぐに離れるという選択肢は無くなってしまった。

 

 ――――アリエッタにそう思わせる事が青年の狙った事だとは、気付く事無く。

 

 一先ず会話の主導権を握った青年は、アリエッタに見えないように口を僅かに吊り上げると、先程までの馴れ馴れしい態度とは一転して、真摯な態度でアリエッタに接し始めた。

 

「じゃあ、改めて自己紹介をさせてもらおうかな。

 僕の名前はラルフ。しがない商人見習いだよ」

「……アリエッタ……です…………」

「……警戒させちゃったかな?」

「……そんなことない、です」

「…………まぁ、そういう事にしておこうか」

 

 明らかに自分を警戒しているアリエッタの様子に、青年――――ラルフは苦笑を浮かべる。その様子は人の良い青年にしか見えず、アリエッタはラルフがどのような人物なのかを全く量れなかった。

 突然現れた得体のしれない人物に対し、警戒を隠す事無く睨みつけるアリエッタ。

 だが、次のラルフの言葉で、その警戒心は無くなってしまった。

 

「それにしても良いフレスベルグだね。もっと育ったら、僕のラファガと同じくらいの大きさになりそうだ」

「――――え?」

 

 フーを見ながら呟いた青年の言葉に、思考が一瞬止まってしまう。

 そしてその隙を、ラルフは見逃さなかった。

 アリエッタの警戒心が0になった瞬間、ラルフはアリエッタを見つめ、照れくさそうに頬を掻きながら言葉を続ける。

 

「僕も魔獣使いなんだよ。いや、使役出来るのは鳥系の魔獣だけだから、魔鳥使いかな? それもどんな鳥獣でもってわけじゃないから、大したことはないけどね」

「……しえき?」

「うん? 匂い袋を使って言う事を聞かせてるんだけど……アリエッタは違うのかい? 魔獣使いは殆どがこの方法を使ってる筈なんだけど」

「…………」

 

 使役という言葉に、アリエッタは眉を顰める。

 便宜上、アリエッタは魔獣達を使役する“魔獣使い”という事になっているが、アリエッタにとって魔獣達は無理やり言う事を聞かせる“手下”ではなく、対等な立場の“友達”なのだから。

 

 アリエッタの反応に、彼女が魔獣達に対してどのような感情を抱いているのかをある程度把握したラルフは、魔獣使い同士の共感ではなく、魔獣を“友達”とする同好の士としてのアプローチへと変えた。

 

「僕は皆と仲よくしたいんだけど、カリスマ性っていうのかな。僕よりも僕の相棒のカリスマが強すぎて、こうでもしないと僕には見向きもしてくれないんだよね」

「…………相棒?」

 

 参ったよと言わんばかりに両手を上げて告げるラルフの言葉に、再度アリエッタが関心を寄せる。

 

「うん。さっきも名前は言ったかな? フレスベルグのラファガっていうんだけどね。僕が物心ついた頃から一緒に育った、大事な相棒……兄弟だよ」

「っ!」

 

 魔獣(ラファガ)を兄弟と断言した途端、アリエッタがラルフに向ける視線の質が目に見えて変わる。

 

 

 そう。“他人”を見る目から“仲間”を見る目に。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 それを確認したラルフは、表情は決して変えなかったが、内心は喜びに満ちていた。

 

 

 ――――上手く行った! アリエッタが僕を見てくれた!

 

 

 彼はアリエッタのように魔獣に育てられたと言うわけでは無い。

 しかし、幼少の頃に偶然出会い共に育った魔獣(ラファガ)とずっと共にいた為に、周りからは腫物扱いをされていた。

 

 隣人からも。

 

 兄弟からも。

 

 そして、実の両親からも。

 

 更に悪いのが、それら皆が揃いも揃って、半端に善人だった事だ。

 いっその事、早々に家を追い出してくれていれば、ラルフはここまで歪む事は無かったかもしれない。

 だが、家族達はラルフを突き放そうとはせず……同時に、歩み寄ろうともしなかった。

 毎日毎日、人の顔色を伺うだけの家族と言う名の他人との共同生活。

 そんな生活を続けているうちに、いつしかラルフは、人間を木偶(でく)としか思えなくなってしまっていた。

 

 幸いにも商才のあったラルフは、アリエッタと同じ年頃の頃には相棒であるラファガを連れて家を出た。

 ラファガ達魔鳥による運搬能力はラルフの商才を存分に伸ばし、気づけば下級貴族並の資産をたった数年で築いていた。

 

 だが、ラルフの心は満たされる事は無かった。

 

 ラルフとて、最初から人間が木偶と思っていた訳ではない。両親が自分を受け入れてくれる事を僅かなりにも期待していた頃に感じていた事がある。

 

 それは、両親が兄弟たちに向ける愛情を自分にも向けて欲しいという、当たり前の願い。

 

 家族に期待する事を止め、人間が木偶としか思えなくなってからも、愛情が欲しいという飢えは無くなる事は無かった。

 魔獣達との友愛では無い。

 幼い頃に見た、母性という名の親愛を。

 いつしかその思いは歪んでいき、気づけばただ、自分を愛してくれる人を求めるようになっていた。

 

 

 その願いを抱き数年。商売の為に訪れたバチカル。

 取引を終え、市場の流れを確認する為に散策していた城下町。

 

 

 ――――そこで彼は、自分の運命に出会った。

 

 

 歪みを自覚してから初めてだった。

 

 自分が木偶に思えない女を見た事が。

 

 人の声が無機質に聞こえなかった事が。

 

 自分の心が熱を帯びている事を自覚した事が。

 

 

 その時、何を話したかはあまり覚えていない。

 だが、魔獣を連れた少女の名前と姿だけは、ラルフの胸に刻み込まれた。

 

「アリエッタ…………」

 

 名前を呟いただけで、胸が熱くなる。

 

 ――――嗚呼、嗚呼、これが、これこそが愛というものか!

 

 この日、ラルフの灰色の人生に色が付き、彼の心は熱を帯びた。

 

 何年かかっても良い。

 必ず、彼女を手に入れてみせる……!

 

 そう決意した日の内に再会する事になるとは夢にも思っていなかったが、ラルフにはその偶然の再会を、運命だと受け取った。

 

 逸る心を押さえつけ、商人として磨き上げた話術と観察眼をもって、アリエッタに仲間意識を芽生えさせる事に成功した。

 

 ここで満足しておけば、彼の望む関係にはなれないとしても、無二の親友になれる道はあったかもしれない。

 

 だが彼は、欲を出してしまい――――――取り返しのつかない間違いを犯した。

 

「僕の相棒に興味があるなら、一緒に行かないかい?

 君も別に、別れを惜しむような大切な人(・・・・・・・・・・・・・)なんていないだろ?」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ラルフがそう告げた瞬間。

 ラルフの話術に引き込まれどこか夢見心地だったアリエッタの瞳に、光が戻った。

 

「たいせつな、ひと……」

「…………アリエッタ?」

 

 自分の予想とは違うアリエッタの反応を訝しむラルフ。

 だが、アリエッタにはもうラルフの声は聞こえておらず。自分自身に言い聞かせるように、次々と言葉を紡いでいく。

 

「別れたくない人が、いない?

 ……違う。アリエッタは、離れたくない……」

「アリエッタ、 僕の話を……」

「ヤナギ、シュザンヌ様、旦那様、メイドのみんな、騎士団のみんな……みんな、みんな大事な人…………だけど、一番好きなのは、一緒にいたいのは…………」

「アリエッタ! お願いだから、僕を見て――――」

 

 パンッ!

 

 思わずアリエッタに手を伸ばしたラルフの手を無意識に払うと、アリエッタはラルフを視界に入れず、屋敷の方へと走り出した。

 

「ルーク!」

 

 自分の一番かけがえのない人の名を叫びながら。

 

 迷いはある。

 レプリカへの悪感情は消えない。

 けれど、一番大切な“ただ一緒に居たい”という思いを、皮肉にも遠ざけようとしたラルフが思い出させてしまった。

 

 

 

 

 

 

 アリエッタが走り去り、ライとフーの二匹もその後を追い、一人になった展望台で、ラルフはアリエッタに払われた自分の手をジッと見つめていた。

 

「ルーク…………それが、君の一番大切な人なんだね」

 

 そう呟いたラルフには、表情と言う物が抜け落ちてしまった、仮面のような笑みが張り付いていた。




以上でした。オリキャラを考えるのは大変だー。
このオリキャラのラルフ君ですが、設定は早くから決まってたんですが、性格にかなり悩みました。ゲスにするか、無垢にするか。何故か間を取ってヤンデレっぽくなってしまいましたが、このキャラが一番動かしやすそうだったので。動かしやすいだけで、好きなキャラじゃないですけどね。


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15話 スキ

 待たせたな!(三日ぶり)
 あの状態で止めるのは苦痛なので、頑張って書きました。


 アリエッタがラルフを振り切り、走り出した頃と同時刻。

 ルークは一人、自室のベッドの上で頭からシーツを被り、ただ震えていた。

 

「俺は……俺は、ルークなのか? ルークを名乗ってるだけの別人なのか?」

 

 その口から零れ出る言葉は、自分の存在を否定するかのようなものばかり。

 無理もないだろう。クリムゾンやシュザンヌがどう思っているかは別として、ルークからすれば今までの自分の人生は全て他人の人生を借りた偽物だと言われたようなものなのだから。

 

 勿論、ルークも両親から話を聞いて、最初はそんな訳が無いと否定した。

 シュザンヌもクリムゾンも、ルークが自分達の愛する息子だとは何度も告げてくれたが……ルークがレプリカなどではないと否定してくれることは無く。沈痛な表情を浮かべながらも、ルークに自分の髪の毛を数本抜くように指示をした。

 今までルークの散髪は、目元に温めた布を被せた状態でされており、その事について何も疑問に思う事は無かった。自分の抜け毛を見た覚えが無い事も、掃除が行き届いているだけとしか思っていなかったルークだったが……。

 

「……っ!」

 

 その時の事を思い出し、シーツをきつく被りなおす。

 

 ――――言われるままに抜いた数本の髪の毛は、自分の指の間で金色の粒子となって虚空に消えてしまった。

 

 音素で構成されているレプリカの細胞は、身体から切り離されると実態を保てない。

 それこそが、ルークがレプリカであるという何よりの証拠であり、ルークを絶望の淵に叩き落とす決定的なものだった。

 

 そして、何よりもルークを苦しめている事は――――。

 

「お、俺、レプリカだって……アリエッタの好きな、イオンってやつの、い、居場所を奪ったレプリカの、仲間だって…………っ!」

 

 自分が、アリエッタが憎んでいるだろうレプリカの仲間だという事だった。

 

 

 自分がルークの偽物で、両親の本当の子供では無いという事も今までの価値観が全て崩れ去る程の衝撃だった。

 だが、それよりもルークは、アリエッタから拒絶される事を何よりも恐れていた。

 

 確かに、シュザンヌ達が今ルークに真実を教えた事は正しい。

 アリエッタに出会う以前なら、例え髪の音素化という証拠を見せられたとしても、頑なに自分がレプリカである事を認めず、いずれは精神に破綻をきたしていただろう。

 それ程に脆い存在だったルークが、アリエッタと出会う事によって、確固たる意思を持つ一人の愛する息子として成長した。

 

 ――――アリエッタが傍に居てくれれば、きっとルークは乗り越えてくれる。

 

 そう信じ、ルークに真実を告げた夫妻だったが、一つだけ見逃していた事があった。

 

 ルークの中でアリエッタという存在は、周囲が思うよりも遙かに重く、大事な存在になっていたのだ。

 そう、アリエッタに否定されたらと考えるだけで、自分の存在意義を見失ってしまう程に。アリエッタはルークにとって、生きる意味そのものになってしまっていた。

 

 両親は自分がレプリカでも愛してくれている事は分かっている。

 

 オリジナルのルークを知らないヤナギも、自分の事は受け入れてくれるだろう。理由なくそうだと確信できるほどには、ルークとヤナギの付き合いは長い。

 

 だが、アリエッタは――――レプリカという存在がきっかけで全てを無くしたアリエッタは、自分を受け入れてくれるだろうか?

 

 来賓室から飛び出した時に見た、アリエッタの無垢な瞳。

 

 いつも自分を見守ってくれている、大好きな桃色の瞳。

 

 あの優しい瞳に、敵意や怯えが混じったら…………。

 

「嫌だ……」

 

 両親に真実を打ち明けられた時。母は、自分に話し終えた後はアリエッタにも話すと言っていた。ルークを本当の意味で支えられるのは、アリエッタしかいないからと。

 

 けど、真実を知ったアリエッタは、自分を嫌わないか? 拒絶されないか?

 

 

 ――――俺の前から、いなくなるんじゃないのか?

 

 

「嫌だ……嫌だ…………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッッ!!」

 

 最悪の未来を想像し、半狂乱で涙を流しながら首を横に振るルーク。

 護りたいと。ずっと傍にいたいと思った愛しい人が、自分の傍からいなくなってしまう。

 それはあまりにも恐ろしく、ルークの心はこの僅かな時間だけでも、もう壊れる寸前まで追い詰められていた。

 

 

 そんな時だった。

 

 

「ルークっ!」

 

 

 ルークが今、一番会いたくて、一番会いたくない愛しい人が、息を切らせて部屋に飛び込んできたのは。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ルークっ!」

 

 余計な事は何も考えられなかった。

 

 ――――ルークに会いたい。

 

 消える事の無い悩みを抱えながらも、それ以上の強い思いで、アリエッタはルークに会いに来た。

 

 灯りの無い部屋に飛び込んで目に入ったのは、ベッドの上でシーツに包まる誰かの姿。

 

「…………ルーク?」

「っ!」

 

 名前を呼ぶと、先程のように悲鳴こそ上げられなかったが、明らかに怯えるように息を呑む気配。

 それだけでシーツに包まった人物がルークである事は、疑いようが無かった。

 

「ルー……」

「で、出て行けっ!!」

 

 傍に寄ろうと一歩を踏み出したアリエッタを迎えたのは、ルークが発したとは思えないような、強い拒絶の言葉。

 

「えっ……」

「頼むから……頼むから出て行ってくれよ!」

 

 思わず足を止めたアリエッタへの、止まらない拒絶。

 

「な、なんで……」

「き、聞いたんだろ? 俺が……俺が、レプリカだって事!! だから、よくも騙したなって、い、言いに来たんだろッ!!」

「あ……」

 

 いきなりの拒絶に頭が真っ白になりかけたアリエッタだったが、続くルークの言葉に、何故ルークがここまで自分を拒絶するのかに気付いた。

 

「ち、違う! アリエッタは――――」

「嘘だ!! アリエッタは、イオンが大好きだったんだろ!? なら、そいつをいなかった事にしたレプリカが憎いに決まってるじゃねえか!」

「――――っ!」

 

 その通りだった。

 自分がレプリカに対して悪感情を持っている事は紛れもない事実で、それは否定できない事だ。

 

「そうだけど……で、でも……」

「そうだよな! レプリカなんて、人の居場所を奪うだけの盗っ人だ! 俺はそんな奴等の仲間なんだよ! こんな……こんな俺なんか…………!」

 

 全てがどうでもよくなったかのように、自嘲し続けるルーク。

 そんなルークに自分の気持ちをどう伝えればいいか分からず、涙目で立ち尽くすアリエッタ。

 

 だが、次のルークの言葉が耳に届いた瞬間。

 

 

 

「俺なんか、さっさと音素になっていなくなっちまえば良いんだよ!!」

 

 

 

 考えるよりも先に、身体が動き出していた。

 

 

 

「ダメ――――――――――ッッ!!」

「う、うわっ!?」

 

 そう叫び、ベッド上のルークへと飛び込むアリエッタ。

 蹲っていたルークにその勢いを支えきれる筈が無く、仰向けに押し倒されてしまう。

 

「い、いてて……いきなり何を…………アリエッタ?」

「やだ……やだよぉ…………ルーク、いなくなっちゃやだぁ……!」

 

 軽くぶつけた頭を擦りながら目を開けたルークの目に入ったのは、自分に覆いかぶさるようにしがみ付き、ボロボロと大粒の涙を流すアリエッタの姿。

 そんなアリエッタの姿を見たルークは、訳が分からなかった。

 

「な、何で……お前、レプリカは嫌いだろ?」

 

 ルークからの問いに、胸に顔を押し付けたまま黙って頷く。

 

「レプリカの事が憎いんだろ? 大好きなイオンの居場所を奪ったレプリカが、嫌いで嫌いで仕方が無いんだろ!?」

 

 続く問いかけにも、何度も頷くアリエッタ。

 

 

「だったら、何で嫌いなレプリカの俺が消えるのを止めるんだよ!!」

「そんなの、アリエッタにも解らないもんっっ!!」

 

 

 勢いよく顔を上げたアリエッタが涙でくしゃくしゃの顔で答えたその答えに、一瞬空気が止まった。

 

「…………は?」

「レプリカは嫌い! 大っ嫌い!! でも、ルークの事は大好きで、ルークがいなくなったらって、考えただけで怖くって!!」

「…………」

「アリエッタは、ルークが良い。ルークじゃなきゃイヤ……! だから、イオン様みたいに、アリエッタを置いて行かないでよぉ…………!」

 

 そこまで勢いのままに言い切ると、再びルークの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らすアリエッタ。

 そんな彼女の様子を見て、ルークは先程までの身体の震えが止まっている事に気付く。

 

「アリエッタ……」

「うぅ……うぅぅ…………!!」

「……ごめん。ごめんな、アリエッタ」

 

 そう呟き、自分に縋り付いているアリエッタを軽く抱きしめる。

 アリエッタの人形のように華奢な肩が驚きで軽く跳ねるがそれも一瞬で、そのまま体を預けてきた。

 

「……俺、レプリカなんだぞ」

「……知ってる」

「……父上と母上の、本当の子供じゃないんだぞ」

「知ってる」

「…………ルークの偽物なんだぞ?」

「…………アリエッタのルークは、一人だけだもん。偽物なんかじゃない! アリエッタの本物は、ルークだけなの!」

 

 そう言って、アリエッタは強くルークの服を握りしめた。

 

 

 ――――あぁ、俺はなんて馬鹿だったんだ。

 

 内心で自嘲しながらも、アリエッタの思いに応えるように強く彼女を抱き締める。

 先程までのルークなら、例えアリエッタの言葉でも心から信じる事が出来なかっただろう。

 

 けど、彼女の心からの叫びと涙を見て。

 思いを受け止めて。

 本心で自分が本物だと言ってくれた事を、何の疑いも無く信じる事ができて。

 

 もうルークは、自分の思いを抑えきれなかった。

 

「アリエッタ」

「…………? 何? ルーク」

 

 

 

 

「俺、お前のことが好きだ」

 

 

 

 

「……? うん。アリエッタもルークが大好き!」

 

 どうして改まってそんな事を言うのかとばかりに首を傾げながらも、満面の笑みで自分も好きだと返してくれるアリエッタ。

 明らかに通じていない返答に苦笑するルーク。今までならこれでも満足出来ていたのだが、今のルークはどうしても自分の気持ちを理解して欲しかった。

 

「あー……多分、アリエッタの言う好きと、俺が今言った好きは違うと思うぞ」

「……違う?」

「アリエッタの“好き”は、父上や母上、ヤナギの事が好きなのと一緒の好きだろ? 俺が言ったのは違う“好き”なんだ」

「えっと、どう違うの?」

「どう違うって……えーとなぁ…………その、見てるだけでこう、胸がドキドキする相手っつーか……」

「ドキドキ……」

 

 自分の胸を見ながらまた首を傾げるアリエッタ。

 何で自分は好きな女の子相手にこんな恥ずかしい説明をしてるんだろうと、耳まで真っ赤にしながら内心羞恥に悶えるルーク。

 

 

 ――――この時の自分は恐怖という重しから解放され、好きな相手に思いを告げた勢いでテンションがおかしくなっていたんだと、後のルークは語る。

 

 

 

 

「そ、その…………つまり、こういう事をしたい相手って事だよ!!」

「え? こういう事って――――――んむっ!」

 

 

 

 疑問に思うアリエッタの言葉を最後まで聞かず、ルークはその小さな唇を、自分の唇で塞いだ。

 

 

 

「――――? ――――――!!?」

 

 

 

 最初は何をされたのか分からずに目を丸くしていたアリエッタだが、ルークの唇と自分の唇が重なっている事に気付くと、この行為の意味は分からないながらも、原因の分からない胸の動悸に襲われ、顔中が赤く染まっていくのが分かった。

 それでもルークから離れようとは思えず、気づけばそのままルークに身を委ねていた。

 

 

 そのまま、十数秒……二人の体感時間では何分も経っているように感じただろうが――――が経ち、同時に唇を離す。

 ルークは大胆すぎる事をしてしまったと羞恥に顔を染めながらそっぽを向き、アリエッタは高鳴る胸に手を当て、そんなルークを熱っぽい瞳でじっと見つめていた。

 

「る、ルー、ク……?」

「その、い、今のが好きな相手……恋人同士がやるキスってやつだ!」

「キス……恋人……」

 

 熱で浮かされ胡乱気な瞳のまま、ルークの言葉を繰り返すアリエッタ。

 

「だから、その、キスをして、嬉しいって事は、相手の事が恋人って意味で好きって事でな? あー……その、アリエッタは俺とキスをして、どう思った?」

 

 今更ながらに、ほぼ無理やりにアリエッタの唇を奪った事に対し罪悪感を感じ始めたルーク。ひょっとして自分は、酷い事をしてしまったのではないかと思い始めたが、その心配は杞憂だった。

 

「……うん。アリエッタ、ルークとキスをして、凄く嬉しくて、幸せって思った……」

「ほ、本当か!?」

「う、うん」

「――――――――っっ!!」

 

 アリエッタはもじもじと恥ずかしそうに両手を絡めながらも、ハッキリと嬉しかったと告げた。

 それを聞いたルークは、思わず叫びたい衝動に襲われるも必死で押し込め、無言でガッツポーズを取るに留めた。

 

「じゃあ、俺とアリエッタは今からその、こ、恋人って事で良いか?」

「恋人って、キスをしたい相手の事だよね? じゃあ、アリエッタは……ルークと、その、恋人になりたい!」

「…………――――~~~~っ!! アリエッタ!」

「きゃっ!」

 

 晴れて恋人同士になった喜びを今度こそ抑えきれず、再びアリエッタを強く抱きしめるルーク。

 突然のルークの行動に戸惑うアリエッタだったが、ルークの目尻に僅かに涙が浮かんでいる事に気付くと、黙ってルークの背中に手を回し、抱きしめ返した。

 

「俺……レプリカだからってアリエッタに嫌われるのが怖くって。でも、アリエッタが俺に消えないで欲しいって言ってくれて、恋人にまでなってくれて……!

 俺、今、すげぇ幸せだ……!」

「…………うん。アリエッタも、幸せ!」

 

 二人で顔を見合わせ、同時に笑う。

 たったそれだけの事で、互いに自分は一人じゃないんだと実感できた。

 

「あー……安心したら眠たくなってきたなぁ…………」

「うん。アリエッタも……」

「もうこのまま寝ちまうかー……」

「ん……さんせいー……」

 

 思いが通じあい、心に余裕が出来た途端に、二人同時に睡魔が襲ってきた。

 無理もないだろう。この数時間の感情の波の変化は凄まじいの一言だ。精神的に満身創痍の二人は、一つのベッドでそのまま眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 翌日の早朝。クリムゾンとシュザンヌ。ヤナギの三人は、足早にルークの部屋へと向かっていた。

 昨夜から姿の見えないアリエッタの行方を、ルークならもしかすれば知っているのではないかという考えからだ。

 

「アリエッタちゃん、どこに行ったのかしら……。昨日は部屋に戻ってこなかったのよね? ヤナギ」

「はい……。心配だったのですが、奥様が行方をご存じとばかり……申し訳ございません」

「いいのよ。これは私がアリエッタちゃんを最後まで見てなかったせいだもの……」

「……ルークは大丈夫だろうか…………」

 

 三者とも、その表情は暗い。

 ヤナギはただ自分達の部屋に帰ってこなかったアリエッタが心配なだけだが、シュザンヌとクリムゾンの二人はアリエッタが本当にバチカルを離れてしまったのではないかと。もしそうなら、心の支えを失ったルークはどうなってしまうのかと、内心気が気ではなかった。

 ヤナギも昨日のルークの様子からただ事ではないとは感じていたが、夫妻が理由を語ってくれない以上は、口を紡ぎただ心配する事しか出来なかった。

 

 そうしてルークの自室前に辿り着いた三人。

 代表してシュザンヌが扉をノックするも、反応は無い。

 まだ寝てるのか、それとも返事をする気力も無いのか。出来れば前者であって欲しいと願いながらノブを回すと、鍵がかけられていない事に気付く。

 

「……開いてる? あの子は寝る時は、鍵を閉める筈だけど……」

「ルーク様、留守なのでしょうか?」

「……ここで話していても仕方あるまい」

 

 クリムゾンの言葉に頷くと、扉を開け中へと進むシュザンヌ。

 ルークを呼ぼうと口を開けるが、部屋のベッドが目に入ると、文字通り開いた口が塞がらなくなってしまう。

 

「シュザンヌ? どうしたのだ?」

「奥様?」

 

 固まってしまったシュザンヌを疑問に思う二人。

 シュザンヌはブリキの玩具のような動きで二人の方を向くと、黙ってベッドの方を指さした。

 

「一体何が………………は?」

「旦那様? どうなさい………………え?」

 

 

 

 三人が三人ともに固まってしまう光景。

 

 

 

「へへ……へへへ…………」

「う、ん…………ルークぅ……」

 

 

 

 その目線の先には、絶対に離れないとばかりに強く抱きしめあい、幸せそうに眠るルークとアリエッタの姿があった。




激甘注意報発令中(遅
前半を書くのは悲しくて辛かったですが、後半を書くのは甘すぎて辛かったです……。
ちょっと展開早かったかなぁ。作者の技量的には、これが限界です。


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16話 これから

なんか、この2日ほどデイリーランキングにこの作品が常駐してるんですけど……お気に入りが200件くらい一気に増えてるんですけど……そして何よりも、甘すぎて味覚死んだ系の感想が20件くらい届いたんですけどぉ! 前半のシリアスについての感想が殆ど無いよ!?
過去最高の感想数とその内容に驚きです。皆どれだけルクアリがくっつくのを待ち望んでいたというのか。

感想の数が嬉しすぎたので再度三日更新。僕はやるよ。かなりやる。


 アリエッタを捜してルークを訪ねてきたシュザンヌ達三人に、二人で抱き合って眠る姿を目撃されてしまったルークとアリエッタ。

 その衝撃的な光景を目撃した三人は十数秒はその場で固まっていたが、いち早く我に返ったシュザンヌが滅多に出さない大声を発した事により、二人は驚きのあまり、抱き合ったままベッドから転げ落ちた。

 

 何が起こったのかを理解する間もなく、シュザンヌからの絶対零度の眼差しにより一瞬で意識を覚醒させるルーク。その視線がルークにのみ向けられている辺り、ファブレ家での男性の立場の弱さが伺いしれる。その光景を見たクリムゾンは昔からの自分の立場を思い出し、無言で目線を上に上げた。

 無言の圧力を受けたルークは、冷や汗を流しながらもその場に正座。ルークのその反応に首を傾げながらも共に正座をしようとするアリエッタだったが、スカートの中が見えてしまうから止めなさいとヤナギとシュザンヌに窘められる。それを聞いたアリエッタはルークを一目見ると僅かに頬を染め、ベッドの縁に座る事にした。

 その可愛らしい仕草に思わず口元が緩みそうになるルークだったが、その瞬間にシュザンヌからの圧力が強まり、慌てて姿勢を正す。

 

「それでルーク? 何故、貴方の部屋にアリエッタが……しかも、二人で抱き合って寝ていたのか。説明して貰えるのかしら?」

「そうですよルーク様! 恋人でも無い二人がその、ど、どど、同衾するなんて! 私だってまだそんな大胆な事、レッカ君とした事無いのに――――」

「…………ヤナギ?」

「あっ……も、申し訳ありません奥様!」

 

 状況の説明を求めるシュザンヌだったが、隣に立つヤナギが真っ赤になって要らない事まで喋り出す様子に毒気を抜かれてしまう。

 ジト目でヤナギを叱責すると、彼女は自分が何を言ったのかに気付き、耳まで真っ赤にして俯き、黙り込んでしまった。

 溜息を一つ吐き気持ちを落ち着けると、再度ルークに問いかける。

 

「はぁ……。説明、して貰えますね? ルーク」

「は、はい! 説明させて頂きます、母上!」

 

 こうしてルークは、昨夜シュザンヌ達と別れてからの内容を語り始めた……と言っても、ルークがレプリカである事を知らないヤナギが居る為に、所々をボカしながらだったが。

 

 自分で自分が信じられなくなった事。

 

 自分の秘密を知ったアリエッタが自分を嫌い、いなくなってしまうのではないかと考えると、不安で、恐くて仕方が無かった事。

 

 もう死んでしまいたいとまで思いつめていたところへ、アリエッタが自分を訪ねて来てくれた事。

 

 そして、アリエッタが自分を受け入れてくれたおかげで、生きる希望を取り戻した事。

 

 

 ――――そこまで語ると、突然シュザンヌとヤナギが自分を抱き締めてきた。

 

 

「え…………は、母上? ヤナギ? いきなりどうしたんですか?」

 

 突然の二人の行動に、戸惑うルーク。気付けば父までもが傍に着ており、静かに自分の頭を撫でてくれていた。

 

「ち、父上まで……」

「……ごめんなさいねルーク。貴方なら大丈夫だと思って話した事が、ここまで貴方を苦しめる事になるなんて思わなかったの。この愚かな母を赦してちょうだい……!」

「私も同罪だ……すまなかったルーク。お前が望むなら、いくらでも私を責めてくれて構わない」

「な……お、愚かって、何言ってるんですか母上、父上も! あれは俺に必要だったから! それに、俺はもう苦しんでなんて……」

 

 あまりにも思いつめた父と母の様子に、慌てて自分は大丈夫だと告げるルークだったが、そこにヤナギからの思わぬ叫びが届く。

 

 

「じゃあ、何でルーク様は泣いてるんですか!」

「――――え?」

 

 涙を流すヤナギにそう言われ、自分の頬に手を当てる。

 触れた頬は自身の涙で濡れていて。そこで初めてルークは、自分が今も泣いている事に気付いた。

 

「お、俺、何で……」

「わ、私はルーク様の秘密を聞かされていませんから、それがどれだけ重たい秘密なのか想像しか出来ません! けど、けど! ルーク様がどれだけ辛い思いをしたのかは、その涙を見たら私でも分かるんです!」

「ヤナギ……」

「そんなに辛かったなら、どうして我慢するんですか! どうして私にも相談してくれなかったんですか! る、ルーク君の事を弟だって……家族だって思ってたのは私だけだったの!?」

「そ、そんな事ねえ! 俺だって、ヤナギの事を本当の姉貴みたいに思ってる!」

「だ、だったら……もっと頼ってよ……アリエッタちゃんだけじゃなくて、わ、私だって、ルーク君の事を助けたいのに…………う、う゛ぅ~~~~!」

 

 ルークが聞かされた秘密というものは、ファブレ家でも禁忌と言える程の内容だろう。自分が聞く事を許されないのは、信頼されていないからではなく危険な目に合わせない為だろうという事くらいは、ヤナギも解っている。

 

 それでも。

 

 知る事を許されなくても。

 

 愛しい弟分に頼って貰えない事が悲しくて。

 

 頼ってもらえない自分が情けなくて。

 

 こうして八つ当たり気味に感情をぶつける事くらいしか、ヤナギには出来なかった。

 

「どわぁっ!? や、止めろヤナギ! そんな汚い顔を押し付けんな!」

「だっでぇ゛……!」

 

 涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を、ルークの服になすりつけるヤナギ。

 いつの間にかシュザンヌとクリムゾンは傍から離れ、何とも言えない表情でその様子を眺めていたが、この場にはそのヤナギの行動を良しとしない人物がいた。

 

 

 ――――ぐいっ!

 

 

「…………ふぇ?」

 

 突然服を後ろに引っ張られ、くしゃくしゃの顔のまま振り向くヤナギ。

 するとそこには、頬を膨らませて服を引くアリエッタの姿があった。

 

「…………」

「……アリエッタちゃん?」

「……離れて」

「えっ?」

「る、ルークから離れて……!」

「え……う、うん…………?」

 

 アリエッタの発言に呆気に取られ、言われるままにルークから離れるヤナギ。

 冷静になって自分の涙と鼻水で濡れてしまったルークの服を見ると恥ずかしさと申し訳なさが襲ってくるが、その感情も次のアリエッタの行動により、驚きと困惑が上回ってしまう。

 

「あ、アリエッタ? どうしたんだよ……」

「……なんか、イヤ」

「へ?」

「ルークの傍は、アリエッタの場所なの!」

 

 そう叫びルークの腕の中へと飛び込み、すりすりと胸元に頬を擦り付けるアリエッタ。

 むふーと満足げに息を吐くその姿は、飼い主に自分以外の匂いが付くのを嫌がるペットのようだった。

 

 アリエッタがルークに抱き着く事は今までも度々見られた光景だったが、今見ているものはこれまでとはどこか質が違った。

 その事は三人ともすぐに気付くが、こうなった原因が全く分からず。特にルークから引き離されたヤナギは特に混乱しており、シュザンヌにくしゃくしゃになった顔を拭くようにと言われてやっと我に返り、慌ててハンカチで顔を拭き始めた。

 

「す、すいません奥様! 御見苦しい所をお見せしてしまい……あ、そ、それにルーク様にまで失礼な事を!」

「それはいいのよヤナギ。貴女がそれだけルークを大切に思ってくれているという証なのだから。これからも、ルークの事をお願いしますね」

「あ……ありがとうございます奥様!」

 

 自分の先程の感情のままに吐きだした言葉を思い返し青褪めるヤナギだったが、シュザンヌはこれからもルークを頼むと優しく微笑んだ。

 

「……それで、あのアリエッタの変わり様は何なのだ?」

 

 クリムゾンの言葉に気を取り直すと、揃ってルーク達の方に目を向ける。

 そこには先程と変わらずルークの胸に頬を擦り付けるアリエッタと、顔を真っ赤にしながら両手をアリエッタの背中で所在無さ気に動かすルークの姿があった。

 

「…………ルーク様、もしかしてアリエッタちゃんを抱き締めようとしてませんか?」

「……そう、だな」

「そうとしか見えないわね……とにかく、どうしてこうなったのかルークに直接聞く事にしましょう。

 ルーク! いつまでそうしているつもりですか! アリエッタも、一先ず離れなさい!」

「あ、す、すいません母上!」

「あ……ごめんなさい、奥様……です」

 

 そう言って話を纏め、二人を呼ぶシュザンヌ。

 二人の世界に入りかけていたルークだったがすんでの所で呼び戻され、慌てて両手を背中に回す。アリエッタも自分達以外が居る事を思い出し、慌ててルークから離れた。

 明らかに自分達の事が眼中に無かったその反応に、シュザンヌは頭が痛いとばかりに額を手を当てた。

 

「はぁ……もういいです。

 ルーク。アリエッタのおかげで一先ずは解決した事は分かりました。私達がしなければならない事をしてくれたアリエッタには、頭が上がりません。

 ――――ですが、昨日あった事は、それだけではありませんね?」

「うっ……そ、それは、その……」

「まさか、何の理由も無くアリエッタを布団に引き込んだ……などとは言いませんね?」

「そ、そうですね。それには、深い理由が色々とあり……」

 

 シュザンヌに問い詰められ、焦るルーク。

 アリエッタと恋人になったと言うだけなら、こうも躊躇はしなかっただろう。

 

 だが、恋人になった過程が明らかに問題だった。

 

(い、言えねえ……アリエッタに無理やりキスをして、恋人になったなんて……!)

 

 ――――恋について理解しきれていない無垢な少女の唇を奪った。

 

 思いが通じあっていると確信しての行為ではあったが、第三者に伝えるにはあまりにも犯罪の香りがする内容であり。ルークも今思い返してみれば、いくらアリエッタに自分の気持ちを理解して欲しいと焦ってていたとは言え、一歩間違えばアリエッタに拒絶されても可笑しくない行為だったと今になって顔を青褪めさせていた。

 

「……ルーク、顔色が悪いですよ。そんなに言えないような事なのですか?」

「いえその、別にそういう訳では……」

「…………」

 

 遂に言葉を発さず無言で圧力をかけてくるようになったシュザンヌに対し、どう言えばこの場を収める事が出来るかと、必死に頭を回転させるルーク。

 ヤナギとクリムゾンは二人の無言の戦いに冷や汗を流しながら傍観に徹する事しか出来なかった。

 

 完全に膠着していたこの状況だったが、そこに今まで黙っていたアリエッタが遂に爆弾を投下してしまった。

 

「ルーク、どうしたの? 何で悩んでるの?」

「あー……そのな、何で俺とお前が一緒に寝てたのかを皆に上手く説明しようとな……」

「…………? ルークがアリエッタにキスをして、恋人になったからだよ?」

 

 

 

 

 ――――その瞬間、時が止まった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「それで貴方は、恋という感情を理解してもらう為に、アリエッタにキスをしたと。何も知らないアリエッタに、キ ス(・ ・) を !」

「はい。その通りでございます……」

「はわっ、はわわわわわわ…………!」

「る、ルークは悪くない、です! アリエッタも、嬉しかったから!」

(…………そのような大胆な事をするとは……褒めるべきか、叱るべきか…………むう……)

 

 肩を怒らせながら、昏々とルークを問いただすシュザンヌに、背中を丸め頬に赤い紅葉を作ったルーク。顔を真っ赤にしながらアリエッタを抱き締めるヤナギに、必死にルークを庇おうとするアリエッタ。そして、何を言えば良いのか考えが纏まらず、険しい表情で喧噪を見つめるクリムゾン。

 

 一言で言えば、混沌だった。

 

 アリエッタの爆弾発言の直後、またも真っ先に我に返ったシュザンヌが、愛息子の頬に張り手一閃。床に倒れこむルークに追い打ちをかけようとしたところを必死にアリエッタとヤナギに止められるも中々怒りは収まらず。今もこうして普段のシュザンヌとはかけ離れたネチネチとした言い回しでルークに怒りをぶつけていた。

 

 一通り話を聞き終わり、取り敢えずは説教も一段落したところで溜息をつくシュザンヌ。もうこの朝だけで何度溜息を吐いたか分からないと、思わず苦笑してしまった。

 

「はぁ……。まぁ、アリエッタが受け入れたのなら、もうこれ以上は言いません。

 それでルーク。貴方はこれからどうするつもりですか?」

「え? ……えっと、母上。どうする、とは?」

 

 その言葉に、更に大きく溜息を吐いてしまう。

 まさかここまで急にルークとアリエッタとの距離が縮まるとは予想していなかったが、こうなっては早急に手回しをしなければならないと夫に目配せをする。

 妻が何を言いたいのかを理解したクリムゾンは、妻に代わりルークに問いかける。

 

「ルーク、理解していないのなら教えてやろう。

 お前は今、ナタリア殿下と婚約しているのだぞ? そうだというのに、何も考えずにアリエッタと交際が出来ると、本気で思っているのか?」

「え? で、でも俺は……」

 

 そこまで言い、ちらりとヤナギを一瞥するルーク。

 大方、自分はレプリカだからオリジナルのルークがした婚約が関係が無いとでも考えているのだろうと、息子の考えを予想するクリムゾン。

 黙って首を横に振ると、ルークが考えるほど簡単な事では無いと言葉を続けた。

 

「婚約とは、そう簡単に解消出来るものでは無い。例えどんな理由があろうとルーク・フォン・ファブレ(・・・・・・・・・・・・)ナタリア・キムラスカ・ランバルディア(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)間の婚約は未だ有効なのだ」

「そんな……」

 

 自分がルークを名乗っている現状、自分とナタリアの婚約は解消されない。言外に父がそう言っていると理解したルークは、青褪めた顔で父とアリエッタを何度も交互に見るしか出来なかった。

 

「そ、それじゃあ俺は、アリエッタと恋人になれないんですか!? ナタリアと結婚しなきゃ駄目なんですかッ!?」

「そんな……!」

 

 アリエッタもようやく自分とルークが恋人になる事がそう簡単な事では無いのだと理解出来たのか、目に涙を浮かべてクリムゾンを見つめる。

 

「……だから、聞いているのだろう。ナタリア殿下との婚約を解消する事は、そう簡単な事では無い。それでもお前は、アリエッタと生涯を共にしたいか? 殿下が嫌だという理由ではなく、アリエッタだから共にいたいのか?

 ……どのような苦難もアリエッタと共に乗り越えると。この場で私達に誓えるか?」

「…………っ!」

 

 気付けばクリムゾンもシュザンヌも、そしていつの間にかアリエッタから離れ、夫妻の傍に付いていたヤナギも。真剣な表情でルークとアリエッタの二人を見つめていた。

 嘘偽りは許さないというその眼差しに一瞬息を呑むルークだったが、不安気に自分を見つめるアリエッタを一瞥すると強く頷き、真っ向からクリムゾンを見返す。

 

「俺は……俺は、まだ知識も実績も力も足りない未熟者です。アリエッタと恋人になるってだけでどれだけ苦労しなきゃなんねえのか、殆ど分かりません。

 けど、けど! 俺はアリエッタと一生一緒に居たい! アリエッタじゃなきゃ嫌だ! コイツと一緒になる為なら、どんな事だって乗り越えてみせます!!」

「ルーク……」

 

 ルークの決意を込めた誓いを聞き、涙ぐむアリエッタ。

 だが、その涙を腕で乱暴にゴシゴシと拭き取ると、目元が赤くなった瞳でルークと共に三人を見つめた。

 

「あ、アリエッタも! まだ、難しいことはわからない、です……けど! アリエッタも、ルークと、ずっと! ずっと一緒にいる! いたい! だから、アリエッタも頑張るから! その、る、ルークとずっと……ずっと…………!」

 

 言葉の途中で嗚咽が混じり、言葉にならない声を上げるアリエッタ。それでも目を逸らす事は無く。それだけでどれだけルークを大事に思っているのかは痛い程に伝わった。

 

「…………分かった。ナタリア殿下との婚約は、こちらで何とかしてみせよう。流石にすぐに解消は無理だろうが、凍結は出来るだろう」

「あら、それは私の仕事よ? 貴方には、別にお願いする事があるもの」

「わ、私もルーク様とアリエッタちゃんが結ばれるなら、何でも協力しますから!」

 

 先程までの硬い表情を崩し、次々と自分達に協力してくれると口に出す三人。

 思いが伝わったと安心するルークとアリエッタだったが、慌てて顔を引き締めると、自分達も出来る事は無いかと問いかける。

 

「あ、あの! 俺も何か……!」

「アリエッタも……」

「いや、二人には今はまだ急いでしてもらう事は無い。とにかく今まで通りに、力を付ける事に専念して欲しい」

「……分かりました」

「…………はい」

 

 クリムゾンにはっきりと足手纏いと言われた二人。

 思わず落ち込んでしまうが、そんな二人の頭をクリムゾンが苦笑しながら撫でつけた。

 

「そう落ち込むな。こちらの調べものが終われば、お前たちにも動いてもらう時が来るのでな。それまでに少しでも実力をつけていて欲しいのだ。剣術でも、譜術でも、知識でもな」

 

 そう言うと、シュザンヌを連れ添いルークの部屋を後にするクリムゾン。

 ヤナギもその後を追おうとするが、何かを思い出した様子で小走りでアリエッタの傍へとやってきた。

 

「ヤナギ? どうしたの?」

「アリエッタちゃん。これ、昨日落としてたでしょ? 奥様が拾っててくれたの」

「あっ……!」

 

 そう言ってアリエッタに手渡されたのは、昨日ヤナギと二人で選び、ルークの為にと購入したプレゼントだった。

 

「ありがとう、ヤナギ!」

「お礼なら奥様にね。もう落としちゃダメだよ?」

「うん!」

 

 アリエッタの満面の笑顔を見たヤナギは、アリエッタの小さな頭を撫でてから、軽く手を振りながらルークの部屋を後にした。

 

「ヤナギのヤツ。何を渡したんだ?」

「あ……あの、これはね……! その、ルークに!」

 

 アリエッタが受け取った小さな紙袋を、興味深そうに覗き込むルーク。

 ルークの顔が近くにある事に気付いたアリエッタは僅かに頬を染めながら、両手でルークにそれを差し出した。

 

「へ? これってアリエッタが貰ったんじゃねえのか?」

「違うの! あのね。昨日、ヤナギとお出かけした時に、ルークにお土産……プレゼントを買って……その、頑張って選んでプレゼントでね……」

「……俺に?」

「うん!」

 

 恋人からの、初めてのプレゼント。

 そうだと分かると、ただの紙袋がどんな宝石にも勝る宝石に見えてきたと、ルークは冗談抜きでそう感じた。

 

「あ、開けていいのか?」

「うん! ……いらないものだったら、ゴメンね?」

「――――っ!」

 

 上目使いで、恥ずかしそうに微笑むアリエッタ。

 二人の身長差からアリエッタが見上げてくるのはいつもの事の筈だが、何故かこの上目使いは、ルークの精神に多大な衝撃を与えた。

 顔を真っ赤にしながら、慎重な手つきで包装を解くルーク。

 そして、中から出てきた物は…………。

 

「これは……髪紐、か?」

 

 部屋の灯りで淡く金色に照らされた、美しい髪紐だった。

 

「うん! あのね、ルークの長い髪はアリエッタ、大好きだけど。戦う時は邪魔になるかもって思って……。だから、ヤナギと一緒にルークの髪に合いそうな色のを選んで…………ルーク? どうしたの?」

「何でもねえ。何でもねえから……! あ、ありがとうな!」

「あ……うん! えへへ……」

 

 笑顔でどうやってプレゼントを選んだかを語るアリエッタを見ていると、どれだけ自分を思ってこのプレゼントを選んでくれたのかが伝わってきて。そうしている内にどうしようもない嬉しさと、何とも言えない照れくささが混じり合った感情を持て余したルークは、顔どころか首まで真っ赤にしながらそっぽを向き、礼を言う事しか出来なかった。

 

「ルーク、だーい好きっ!」

「~~~~~~っ!!」

 

 ……自分がアリエッタに勝てる日は、一生来ないかもしれない。

 何故か父の後ろ姿を幻視しながら、そう思ったルークだった。




長ーい! 甘ーい!
ほら、甘いのが皆好きなんでしょう? くそう! 自分で書いててなんだけど、何だかとっても畜生!

次の投稿は、流石に三日置きでは無理かな。自分はプロットは大雑把にしか立てない上に、書き貯めもしない作者なんで。


後、5月からはFGOのイベント始まるから(ボソッ


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閑話 ルークの日記3

珍しく予告日通りに投稿。このGWは忙しかったですわぁ……。
正直今日は一日中FGOのCCCイベやダンジョントラベラーズ2-2をのんびりやっていたかったけど、今日を逃せばまた次回投稿が数ヶ月は間が空く事は確定的に明らかなので、気合で書きます。

勿論、投稿自体は常にしたいと思ってるのですが、文章を考えるのに使う気力がね……朗読したら代筆してくれるアプリとかあったら良いのに(夢物語)

一度予定が崩れるとヤバいくらいに気力が削がれる駄作者なんで、半月以上どの作品も投稿が無い時はメッセでも感想でも良いから「投稿あくしろよオラァン!」とでも発破をかけてやって下さい(他力本願)


 ◇ ルークの日記 ◇

 

 

 

 

 △月○日

 

 何でか知らねえけど、この間アリエッタと一緒にフーの上から世界を見てから、何をやるにも楽しくて仕方がない。やっぱ。父上が近い内に外に出れるようになるって言ってくれたからか? それとも、アリエッタのヤツと一緒に世界を回るって約束が出来たからか……って、やっぱどう考えてもそっちだよなぁ…………。

 

 日記で誤魔化しても意味ねえし、書いとくか。別に俺の日記を覗くヤツなんかいる訳ねえしな。

 

 ちょっと前から解ってたけど、恥ずかしくて認められなかった。でも、アリエッタが俺とずっと一緒にいてくれて。約束をした時のあの笑顔を見せられて、胸がヤバいくらいにドキドキして。

 ここまでなって認められない程、俺はガキじゃねえからな。うん。

 

 

 俺は、アイツの事が好きだ。

 

 他のメイド達や騎士団の奴等みたいに使用人としてじゃなくて。

 

 父上母上みたいに家族としてじゃなくて。

 

 ヤナギみたいに姉代わりとしてじゃなくて。

 

 アリエッタっていう、一人の女の子が好きなんだ。

 

 

 今までヤナギのヤツが時々、俺がアリエッタの周りにいるライとかが羨ましいんじゃないかって 言って来る事があったけど。あれって、俺がアリエッタの事をを好きだってのがバレバレだったって事だよなぁ…………あー! 滅茶苦茶恥ずい!

 

 はぁ……明日からどんな顔でアリエッタのヤツに会えば良いんだろうなぁ。アイツはいっつも俺の事を好きだ好きだって言ってくれっけど、あれはヤナギに対して言ってるのと同じ意味だろうしなー……つーか、下手すりゃアリエッタはその、こ、恋ってのが何か知らないんじゃねえか? オリジナルのイオンの事だって、好きは好きでも自慢の兄貴みたいにしか思ってないみてえだし。

 

 …………これ、俺の方から何かしねえと、絶対にアリエッタに俺の気持ちは伝わらねえって事だよなぁ。ナタリアとの婚約もどうにかして破棄しないといけねえし……恥ずかしいけど、一回ヤナギに相談してみるか。絶対に乗り気で相談に乗ってくるだろうしな。

 

 そういや明日は、アリエッタとヤナギの二人で買い物に行くとか言ってたな…………くそっ。アリエッタと二人で出かけるとか、普通に羨ましいぞ!

 

 

 

 

 △月△日

 

 昨日は色々ありすぎて、日記が書けなかった。

 疲れて適当に書いて済ませた事は何回かあるけど、書かなかった事って初めてじゃねえか? まぁ、昨日はそれくらい忙しかったっつーか、それどころじゃ無かったっつーか……今まで生きてて、一番忘れられねえ日になったのは間違いないな。

 今日の日記も書くことが多すぎんだよなぁ。何から書きゃいいんだか……取り敢えず、大事な事だけ書いとくか。

 

 俺は本物のルークじゃなくて、レプリカだった。

 

 ……一番最初っから、すげぇ事書いてるよな俺。

 アリエッタとヤナギが出かけて。そろそろ帰ってくるかって頃に父上と母上から大事な話があるって呼び出されて教えられた事。

 昨日聞いた時は本気で驚いた。自分がルークじゃねえって事もだけど、それよりも自分がアリエッタの仇同前なレプリカだって事の方が怖かった。

 ……他の事よりもアリエッタに嫌われるかどうかの方が大事って。自分で書いてて言うのもアレだけど、どんだけアリエッタに惚れてんだって話だよな。

 

 あー、この話は後だ後!

 とにかく! 昨日の俺はとにかく色々な事がごちゃごちゃになって、気が付いたら自分の部屋で震えてたんだよ。今思うとなっさけないよな……まぁ、今こうやって振り返れてる事を考えると、あれもあれで必要な事だったんじゃねえかって思わなくもねえけど。

 

 うん。それで、いよいよ自殺でもしてやろうかって思い始めた時だったな。アイツが……アリエッタが、部屋に駆け込んできたのは。

 

 あの時は、アイツの顔を見るのが怖くて怖くて仕方が無かった。アリエッタに否定されたら、嫌われたらって思っただけで死にそうになるくらい胸が苦しかった。

 だから、出て行けって。俺の見えないとこに行ってくれって、とにかくアイツを遠ざけようと思って色々怒鳴って。それでも出て行ってくれねえから。だったら俺の方がいなくなったら良いんだろって叫んで。

 

 ――――そしたら、アリエッタが泣きながら俺の方に飛び込んできてくれて。

 

 あぁ。それで、アイツが思ってる事をそのままぶつけてくれたんだ。

 

 レプリカは大嫌いだけど、俺の事は大好きだから離れたくないって。

 

 あの言葉がどれだけ俺を助けてくれたか、アイツは分かってないんだろうな。

 ヤナギや父上母上があの言葉を言ってくれても、あの時の俺はそんなの言ってるだけだとか言って、絶対に信じなかったと思う。

 けど、言ってくれたのが、あのアリエッタだったから。

 誰よりもレプリカを嫌いな筈のアリエッタの言葉だから、俺の心に真っ直ぐに入ってきてくれたんだ。

 

 

 あの瞬間、アリエッタは俺の生きる意味になったんだ。

 

 

 あー……それで…………この後の事は書きたくねえなぁ…………けど、人生で一番嬉しかった事だしなー……。

 

 えっと、だな。その、感極まったっつーか、だな。俺がアリエッタに告白したけど全然伝わってなかったから、その、うん。き、き、キスを……………………だぁぁぁぁぁっ!! これ以上書けるかぁっ!! 色々あって、俺とアリエッタは恋人になれた! これでいいだろ!

 

 あー……それにしても、アリエッタと二人で寝ちまったのは失敗だったなぁ。いや、一番の失敗は鍵を閉めれなかった事か……母上の説教は、二度と聞きたくないぜ。

 けど、三人ともアリエッタとの仲を認めてくれて良かった。公に認められるにはナタリアの事とかすっげえ沢山問題があるみてえだけど、アリエッタとなら絶対に諦めねえでいれると思う。これからは今まで以上に頑張らねえとな!

 

 

 

 △月□日

 

 アリエッタに避けられてる。

 

 しにたい。

 

 

 

 △月◇日

 

 あー……日記に書いたのが二言だけとか。昨日の俺、相当ヤバかったんだな。

 これじゃあアリエッタやヤナギが心配するのも当たり前だよな……少しアリエッタに避けられただけでこの有様とか、自分の事ながらやべぇよな……母上に忠告されるのも納得するしかないか。

 

 今日の俺の体たらくを見て母上は俺に忠告してきたんだ。

 アリエッタと恋人になって俺達がただ堕落していくようなら、俺達の仲は認められないって。

 そうだよな……俺はアリエッタを護るって誓ったんだ。それがアリエッタのせいで弱くなったなんて事になっちまったら、俺が俺を赦せない。

 ……けど、出来たばかりの恋人に避けられたら少しくらい落ち込むのは、見逃して欲しかったなぁ。

 

 あ、それとヤナギから聞いたんだけど。アリエッタが昨日俺を避けてたのは、俺とキスをした事を思い出したら何でか恥ずかしくなって、俺とどう接したら良いのか分からなかったかららしい。

 アリエッタが恥ずかしがってるのか怒ってるのかくらい、恋人ならすぐ分かれってもんだよなぁ……はぁ。昨日とは別の意味で、情けないなぁ俺。

 

 

 △月☆日

 

 今日はようやくアリエッタも落ち着いたみたいで、ちゃんと俺と話してくれた。

 それでも急に目が合ったりしたら、顔を赤くしながら俯かれたりしたんだけどな……あれは可愛すぎるだろ。俺の方も恥ずかしくなったぜ。

 それをまたヤナギに見られて、うっれしそうにニコニコとムカつく顔で近づいてきやがって……あの野郎。今度レッカが来たらやり返してやるから、覚えてろよ!

 

 ……その後の勉強会で、俺達がお互いに意識し合って集中しきれていなかったのが母上にバレて、鬼みてえな顔で睨まれた時は死ぬかと思った。

 

 

 △月◎日

 

 あぁぁぁぁぁぁぁ!

 今日の日記は無しだ! 無し!

 

 

 

 

 …………やっぱ書いとく。

 その、今日はいつも通りに中庭で修練をしてたんだよ。アリエッタとヤナギが見ててくれたんだけど、やっぱ恋人が見てくれてるってだけで今までよりやる気が出た。

 それがヤナギにも目に見えて分かったんだろうな。

 

 それで休憩しようと二人のとこに行ったら、ヤナギがまたアリエッタに耳元で何か余計な事を教えてて……。

 そ、そしたらアリエッタが不思議そうに首を傾げながら頷いて、俺を手招きして、その、あ、アイツの膝に頭を置くようにって、要するに、膝枕をしてくれて……っ!

 

 あー! やっぱ無理だ! これ以上は書かねえ!

 とにかく! ヤナギのヤツは絶対にいつか仕返ししてやるからな!

 

 

 △月●日

 

 ようやく少しは、アリエッタと恋人って関係に慣れてきたと思う。

 昨日の膝枕で少し開き直っただけかもしれねーけど、今日は二人で歩いてる時に、自然にいつの間にか手を繋いでたんだ。多分、アリエッタの方から手を繋いできたんだと思うけどな。

 あの小さな手を握るだけで。あぁ、俺はこいつの事が好きなんだなって、自然に頭に浮かんだんだ。

 それで、思わず握った手に力を入れたら、アリエッタは少し驚いたみてえに俺の方を見上げてきて。それで、嬉しそうにニコッて笑いかけてくれて。

 

 うん。なんつーか、幸せだなって日だった。

 

 

 △月▽日

 

 ルイとカゲロウに、アリエッタと恋人になった事がバレた……っつーか、一目で見抜かれた。そんなに分かりやすいか? 俺。

 カゲロウはともかく、ルイは普通にからかってくると思ったんだけどな。今までに見た事が無いくらいに真剣な顔で、何があってもアリエッタを護り抜けるかって俺に問いかけてきたんだ。一瞬驚いたけど、すぐに当たり前の事を聞くなって答えたらすぐにいつも通りのふにゃふにゃした顔に戻って、若いって良いわねーとかオッサンみてえな事を言いながら俺の背中を叩いてきやがった。

 なんだったんだ? あいつ。

 

 

 △月▲日

 

 今日、父上と母上が王城に叔父上に会いに――――話を着けに行ってきたらしい。

 あの日に言ったように、俺とナタリアの婚約は破棄同然の保留になったって、父上が俺に教えてくれた。まぁ、ナタリアには詳しくは言わないで、今は俺が王になる為の教育に集中させたいからとか適当な理由で俺に会いに行かないよう説得したらしいけど……絶対に納得してねえだろうな。

 まぁ、それはナタリア以外の全員が分かってる事だ。大事なのは、王命っていう騎士団の連中がナタリアを追い返す為の大義名分が出来た事だから……って、これも父上に教えられた。なんつーか、建前って大事なんだな。俺も将来、これくらいの事は出来るようになんねーとな……。

 

 けど、叔父上はどこまで知ってるんだろうな。そこまでは父上も母上も教えてくれなかったけど、叔父上は俺がレプリカって知ってんのかな? ……いや、母上が教えてるよな。そうじゃないと、あのナタリア第一の叔父上が俺とナタリアの婚約を解消してくれるとは思えねえし。

 

 けどそうなると、国王としてはどうするんだろう。俺のオリジナルを返せって、ダアトに訴える? けど、ヴァン師匠(せんせい)の独断かもしれねえし……いや、アリエッタの話だとモースとかいう導師と同程度の地位の……大詠師だっけか? そいつも関わってるっぽいんだよな。まずは誰がどこまで関わってるのかが判らねえと、ダアトには何も出来ねえよな……まずは情報を集めないと何もできない、のか?

 父上達がやる事があるっつってたのは、情報を集める事なのか? わっかんねえな……。

 

 

 △月▼日

 

 案の定っつーか、なんつーか。

 ナタリアの馬鹿が、昨日の今日で屋敷にやって来た。

 勿論、王命で通せないって門番の騎士達が止めてくれたんだけど。ナタリアは中庭に居た俺達にまで聴こえるような大声で王女の自分を通さないとは不敬なーとか、ルークに王としての教育を受けさせるのなら、妻になる自分が支えるのが当然だーとか叫びまくってアリエッタを怖がらせやがって……俺を気にする前に、自分の足元を気にしろっつーの!

 上位貴族街であんな事を叫びまくるとか、自分は立場も考えないで王命に背く馬鹿だって自分から言いふらしてる事に気付かねえのか? アイツも城で俺と同じような教育を受けてる筈なんだけどなぁ……教師が悪いのか、ナタリアが勉強したことをすぐに忘れるような馬鹿なのか。

 

 とにかく、アイツとだけは結婚したくねえって改めて思った。アリエッタがいるからってのを抜きにしても、あれが国母になるとか何の冗談だよ! 俺との結婚以前の話になってきたけど、マジでナタリアのヤツはこれからどうするつもりなんだろうな。このままじゃ、アイツより下の王位継承者に蹴落とされるぞ?

 

 

 △月■日

 

 昨日思った事を母上に聞いたら、このままだとナタリアは下手すりゃ廃嫡されるかもしれねえって苦笑しながら教えてくれた。

 なんでも勉強はしてるらしいんだが、それが殆どまさかの独学。教育係がいたんだけど、何を教えても自分の考えた方法が正しいっつって、話にならねえって。

 例えば何代か前の王様が考えて施行した政策が今でも上手く回ってるのに、自分ならこうするああする。絶対にそっちの方がもっと上手くいくって言ってるらしい。

 そりゃどんな名教師もお手上げだよな……叔父上が甘やかしすぎたせいじゃねえのか?

 

 ま、アイツがどうなっても俺には関係ねえや。つーか、勝手に自滅してくれんならむしろ大歓迎だな!

 

 

 △月◆日

 

 今日は昼の修練が終わってから、日が暮れ始めるまでずっとアリエッタと二人でライを布団代わりにして寝ちまってた。起きたらアリエッタに抱き着かれて頬ずりまでされてたのに叫ばなかった俺を、誰か褒めて欲しい。

 つーか、アリエッタが可愛すぎてヤバい。あんなに幸せそうに寝てるアリエッタを俺が起こせるわけもなくて、ヤナギが夕食に呼びに来るまではずっと抱きしめられたままだった。足音でアリエッタが起きなかったら、ヤナギもアリエッタを起こせなかっただろうけどな。

 本当は抱き返したかったけど、腕ごと抱きしめられてたから動けなかったんだよな……あー、勿体ねえ。




 ルークはアリエッタとのいちゃいちゃに少しずつ慣れてきた様子。
 ヤナギは二人が仲良しなのが嬉しくてたまらないようです。
 アリエッタは、ヤナギやシュザンヌの入れ知恵で少しずつ恋人関係について学んでます。まぁ、結局は感情のままに愛情表現するんですけどね。

 ナタリアはいよいよマズイです。ルークが明らかに自分に興味を持ってないので、原作よりもルークに執着し、そのせいで公務が疎かになりまくる悪循環が発生してます。
 これ、下手したら原作前に廃嫡になるんだけど……まぁ、物語補正で原作までは持つでしょう。多分。

 次回投稿はISの方を予定してます。活動報告にまだ待ってくれてる人いるのかなーってちらっと書いたら、何名かが待ってると言って下さったので……頑張らねば。


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17話 再会

遅くなりました(土下座)


 ルークとアリエッタが恋人となった日から一ヶ月。二人を取り巻く環境は徐々にだが、確実に変わりつつあった。

 

 まず第一に、ナタリアが屋敷へ押しかける事が無くなった。シュザンヌが言うには、貴族街で騒ぎを起こしすぎた為に、貴族からナタリアに対する評価が有り得ない程の速さで墜ちており、ナタリアを溺愛する国王でも流石に庇いきれなくなり、現在はほぼ軟禁状態であるとの事だった。

 最終的にナタリアが国母になる事は預言(スコア)に詠まれているというのに、そこまでの対応をしなければならなかったと言えば、彼女の精神状態がどれ程危うくなっているかは解るだろう。このままナタリアを野放しにしておけば、預言(スコア)の通りにナタリアが国母になる事は不可能になるだろうと、父である国王を含めた国全体が判断したのだ。

 約束しか見えていない女の、憐れな末路がこの現状だった。

 

 ナタリア以外の王位継承者を支持している貴族は当然のことながら、ナタリアを支持していた貴族も彼女のあんまりな変貌ぶりに離れていき、今はもうナタリアを傀儡にしようと考える一部の小悪党気質の貴族くらいしか、彼女の周りには残っていないのだ。

 今はまだ一般市民まではナタリアの愚行は届いていないが、貴族街には貴族御用達の商人のような国外の人物は出入りしている以上、ナタリアの実態が国外までも広がる事は、最早避けようがない事となっていた。

 

 その報せを聞いたルークは、ナタリアとの婚約がほぼ完全に無くなったであろう事を喜んだが、その自爆とも言える馬鹿馬鹿しい理由に対しては苦笑を浮かべるしか出来なかった。

 

 

 二つに、クリムゾンとシュザンヌが定めた条件下のみではあるが、ルークが屋敷の外に出る事を認められたという事。

 

 王家の証である紅髪を隠す。シュザンヌが指定した日の、陽が高い時間のみ。必ず一人以上は同伴させるといった、十数日に一度。僅か数時間のみという条件ではあるが、それでもルークの世界を変えるには充分すぎるものだった。

 

 短い時間とはいえ、何故預言(スコア)で語られた日まで屋敷から出る事を許されない筈のルークが外出を許されたのかと言うと、先述したナタリアの処遇に原因がある。

 国母になる筈のナタリアが軟禁という末路になったという事を聞きつけたシュザンヌが、兄である国王に預言(スコア)の不確実性を懇々と説明。預言(スコア)は運命を決定づけるものではなく、あくまで生き方の指針を指し示してくれるだけだと。個人の行動次第で未来はいくらでも変わるのだと説き伏せた。

 皮肉にもナタリアの愚行により預言(スコア)の不安定さを実感させられたばかりの王には、苦々しい表情をしながらも黙って頷く事しか出来なかった。

 

 

 最後に、ファブレ邸内限定ではあるが、アリエッタがルークの婚約者として扱われるようになった事。

 ナタリアとの婚約継続がほぼ解消された今、ルークの心を救ったアリエッタが使用人達からルークの伴侶として認められる事は、当然の事だった。

 約一名ほど納得のいっていない庭師見習いがいるが、従者の今は事を荒立てるべきではないという必死の説得に応じ、以前ヴァンに手紙を送ったような暴挙は鳴りを潜めている。

 最も、彼に出来る事はヴァンの時のようにナタリアへ手紙を送る事くらいであったが、軟禁状態のナタリアへ鳩を送れる筈はなく。一介の庭師見習いでしかない彼が正攻法でナタリアに接触出来る訳もないので、どのみち彼に出来る事は周囲の空気を悪くする程度しか無かったのだが。

 

 婚約者と言っても、流石にアリエッタが国母になる事は不可能なので妃教育を受けるような事は無く、今まで通りに修行と勉強にと力を入れながら、ルークと共に過ごす生活を送っていた。

 ただ、今までと明らかに違うのは、恋という気持ちを知ったアリエッタが、軽いものではあるが嫉妬を顕わにし始めた事だ。

 具体的に言えば、ルークが長時間女性と話している姿を目撃すると、頬を膨らませながらルークの服を引っ張ったり、ヤナギやルイのようなルークと仲の良い女性が相手の場合は直接間に入って妨害したりと言ったように。

 根が優しいアリエッタは、そうした行動をしてしまう度に軽い自己嫌悪に陥ってしまうのだが、ナタリアのそれを知るルークからすれば可愛らしい我儘でしかなく。彼女の頭を撫でて慰めた後は、仲よく手を絡ませて過ごすというのがお決まりのパターンになりつつあった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ルークっ! こっちこっち!」

「ったく。んな急がなくても、まだ門限に余裕はあるだろ?」

「あっても時間は減るもん!」

「あぁ分かった分かったって」

 

 二人が恋人関係になってから、早くも一ヶ月が過ぎようとしていたある日。

 恋に仕事に修行にと、充実した日々を過ごしていたルークとアリエッタは、貴重な外出日に二人で貴族街を歩いていた。

 王族の証である赤髪を、後頭部まで覆う大きなベレー帽のような形の帽子で隠したルークが、自分を連れて行きたい場所があるというアリエッタに手を引かれる形で。

 これで三回目となる二人の外出だったが、アリエッタが行きたい場所があると言ったのは今回が初めての事で、一秒でも早くその場所に行こうと自分の手を引くアリエッタは何を見せてくれるのだろうかと、ルークは柄にもなく若干気分が昂っていた。それを表に出すのは恥ずかしいのか、出来るだけ表情には出さないようにしていたが。

 

「それで、まだ着かねえのか?」

「もうちょっとー!」

「さっきからそればっかだな……ん?」

 

 自分と同じように気持ちが昂っているアリエッタを微笑ましく見守っていたルークだったが、ふと視線を感じ顔を上げた。

 視線の主は、当然だがルークの見知らぬ男性だった。騒がしい自分達が気になったのかと考えたルークだったが、その男性――――青年の目を見た瞬間、その考えは吹き飛んだ。

 

(……なんだこいつ? 人の事を、そこらへんに転がってる石を見るような目で見やがって……)

 

 その青年の無機質な瞳は、まるで物を見るような目だったからだ。

 ルークは自分を石ころのように見ていると感じたが、それは思い違いだった。人は石ころを凝視などしない。対人経験の少ないルークは気付かなかったが、青年の瞳の奥には、必ずルークを排除するという揺るぎない意思が見え隠れしていた。

 

「ルーク? どうしたの…………あっ。え、えっと……」

 

 立ち止まったルークを不思議に思い、その視線の先を追うアリエッタ。

 ルークと視線を交わしている相手を見ると、どこかで見た覚えのある青年である事に驚き、どこで会ったのかと考え始める。

 アリエッタが自分の事に気付いてくれた事を察した青年は、先程までルークに向けていた能面のような表情と無機質な瞳が嘘のように嬉しそうな笑顔を見せ、真っ直ぐに二人の方へと向かってきた。

 

「やぁ、こんにちはアリエッタ」

「え、えと……」

 

 軽く手を上げて挨拶してくる青年だったが、人見知りのアリエッタはサッとルークの背中に隠れると、顔だけを出して軽く頭を下げた。

 

 まるで初対面のようなアリエッタの反応に、手を上げたまま固まる青年――――ラルフ。

 アリエッタを愛している彼からすれば、あの日のルークの真実を知ったアリエッタとの出会いは何が起きようとも忘れる事の無い運命の夜だったが、呆然自失状態だったアリエッタからすれば誰かと話をしたような気がするといった程度のものであり、青年の顔も名前も碌に憶えていなかった。

 まさか覚えても貰えていなかったとは予想もしていなかったラルフは、鬼気迫る表情でアリエッタに問いかける。それはまるで、親に見捨てられた子供のようだった。

 

「……あ、アリエッタ? 僕だよ、ラルフだ! 魔鳥使いの……君の仲間のラルフだよ!」

「…………魔鳥、使い? 仲間……」

「っ! そう、そうだよ! 僕だけが君の――――」

 

 仲間という言葉に引っ掛かりを覚えたアリエッタは、いつラルフと出会ったのだろうと記憶を振り返り始める。

 その様子に希望を見出したラルフは思わずアリエッタに手を伸ばそうとする。だが、既にアリエッタしか見えていないラルフは気付かなかったが、この場にいるのは二人だけでは無く。アリエッタへ伸ばされたラルフの手を、掴む手があった。

 

「…………」

「いきなり何なんだテメェ……アリエッタに触んじゃねえ!」

 

 アリエッタとの時間を邪魔されたと感じたラルフは無言でルークを睨みつけるが、最愛の恋人に手を出そうとする男相手に怖気づくルークではなく。アリエッタを護る為にラルフの腕をを掴む手に更に力を込めた。

 

「なぁアリエッタ。こいつ知り合いか?」

「えっと……うん、多分。どこかで会った……と、思う」

「……っ」

 

 睨み合う二人をオロオロと戸惑いながら見るアリエッタだったが、結局はラルフの事を明確には思い出せず。ルークの問いに、曖昧な答えを返した。

 それを聞いたラルフは血が出る程に唇を噛みしめると、勢いよくルークの手を振りほどき、二人に背を向け歩き出した。

 

「あ、オイ! だから誰なんだよテメェ!」

「る、ルーク! 騒いじゃダメっ」

「うっ……悪い、アリエッタ」

 

 去りゆくラルフを引き留めようとするルークだったが、アリエッタの声に平常心を取り戻すと、渋々ながらも身を引いた。ここで問題を起こすとしばらくは外出が出来なくなるどころか、アリエッタが護衛としては不適格だと思われかねないと思い至った故に。

 

「……ルーク?」

 

 だが、アリエッタが呼んだ名前。その忌むべき名に、ラルフが反応し立ち止まった。

 

「ルーク。ルークルークルーク……そうか、やっぱりお前がルークか」

「はぁ? ……ルークだったらどうだってんだよ。気持ち悪ぃヤツだな」

 

 忌々しげにルークの名を連呼するラルフに、思わず顔を引きつらせる二人。アリエッタに至っては、涙目でルークに縋り付いていた。

 顔だけを振り向かせたラルフはそんな二人の反応を気にすることなく、光の無い瞳でルークを見つめるとぽつりと呟いた。

 

 

「……そこ(アリエッタの隣)は僕の場所だ。いずれ返してもらう…………っ!」

 

 

 それだけ言うと、ラルフは雑踏の中へと消えていった。

 

「……なんだったんだ? アイツ」

「あの人、恐い……」

 

 残された二人はラルフの得体の知れない気迫に当てられ、しばらく動く事が出来なかった。

 

 

 ◇

 

 

 ラルフとの遭遇からしばらくして。アリエッタの案内で辿り着いた場所は、あの日アリエッタがラルフと出会った、水平線の見える高台だった。

 

「おー! 良い景色だなぁ! 前にフーに乗って見た景色も良かったけど、ここからの景色もすっげぇな! アリエッタ!」

「うん……」

「アリエッタ? ……ったく」

 

 自分のお気に入りの景色をルークと一緒に見たいと連れて来たアリエッタ。当初彼女が期待していた通りに自分の好きな場所を気に入ってくれたルークだったが、当のアリエッタはラルフが去ってから上の空。かと思えば、この高台に着いてからは何かを思い出そうとするかのように、両手を頭に置きうんうんと考え込んでいた。

 当然、ルークからすれば折角の貴重な外出が、あんな不気味な男のせいで台無しになるというのは面白く無い。

 

「なぁアリエッタ。さっきのヤツが気味悪ぃのは分か――――」

「あっ!!」

「うぉっ!」

 

 何とかラルフの事を忘れさせようとアリエッタに声を掛けようとしたルークだったが、丁度そのタイミングでアリエッタが大きな声を出した事に驚き、思わず後ずさった。

 そんなルークの様子に気付かないアリエッタは、ようやく思い出したとルークの下へと駆け寄った。

 

「思い出した! ルーク! 思い出したの!」

「落ち着け! 何を思い出したんだよ!」

「あの人! ラルフのこと! ここで会ったの!」

「はぁ?」

 

 ようやく思い出せたことでスッキリしたのか、その内容を矢継ぎ早に語り出すアリエッタ。

 どうやらラルフとは、ルークの真実を知ったあの日に偶然出会ったらしい。最も、その後の出来事が濃すぎたせいで、この場所に来るまで全く思い出せなかったようだが。

 

「あー……つまりあいつもアリエッタみてえに魔獣の友達がいて、だから仲間だって言われたって事か?」

 

 アリエッタが話した内容を簡潔にまとめたルークの言葉に、こくこくと何度も頷くアリエッタ。どうやら全く知らない人物では無くなった事で、多少なりともラルフへの恐怖心ないし警戒心は下がったようで、先程までの暗い表情は消え去っていた。

 

「ふーん……じゃあ、あいつは初めての仲間だと思ってたアリエッタが自分の事を忘れてたから、あんなに怒ってたってことか」

「あ、ぅ…………ごめんなさい……」

「あー……まぁ、また会った時に謝れば良いんじゃねえの? またそのうち、今日みてーにアイツの方から見つけてくるだろ」

「……うん」

 

 タイミングの悪い出会いだったとは言え、すっかりラルフの事を忘れていたことに罪悪感を抱くアリエッタだったが、いつものようにルークが頭を撫でると、微笑を浮かべてルークに寄り掛かった。

 

(……けど、アイツが最後に言ったあれって、どういう意味なんだ? そこは自分の場所だって……そこって何処だよ。ワケ分かんねえっつーの)

 

 嬉しそうに自分に顔を擦り寄せてくるアリエッタを構うルークだったが、去り際のラルフの言葉に言い知れぬ不安を感じていた。

 そしてその発言の意味が分かるのは、そう遠い事では無かった。




季節の変わり目で鼻炎が酷い……熱が出そう。
日常回を書きたかったけど、いつの間にかラルフ回に。
ナタリアには取りあえず少なくとも原作までは退場してもらいます。やらかしすぎですから、この処遇も仕方ないよね!

半年ほど前から職場が変わってて、精神的余裕が無いです。次の投稿はいつになるかなー……最低でも今年中にもう一話は投稿したい。


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18話 急転

毎度のごとく遅くなったうえに、キリが良かったので短め。
こんなんじゃいつ原作に入るか分かんないよ……。


 アリエッタとルークの二人が城下町でラルフと遭遇してから、早くも二か月の時が経った。

 その間、特に大きな問題は起こらず、二人は知識面、戦力面共に順調に実力を伸ばしており、今ではそれぞれの師に一撃を与える事が出来る程には成長していた。

 そのように順風満帆とも言える生活を送っていたが、ルークには未だに越えられない壁があり。自分が強くなればなるほどに、その壁も高くなっていくような錯覚に囚われていた。

 その壁とは――――。

 

「くっそー! 魔神拳! 魔神拳ッ! 魔じ――――」

「ガウッ!」

「――――がっ!?」

 

 ルークの遠距離技での猛攻を掻い潜り、強力なタックルを喰らわせたライだった。

 

「げほっ、げほっ……ち、畜生! まだだライ! 今度こそ……」

「ダメですよールーク様。一回でも攻撃を受けたら終わりって、前に決めたじゃないですか!」

「うっ……!」

 

 試合の続行を求めるルークだったが、大怪我をしないように設けられたルールを持ち出されては何も言えず。ヤナギのいう事に渋々と従うしかなかった。

 

「ルーク……大丈夫?」

「アリエッタ……ゴメンな。いっつも格好悪いとこ見せちまって……」

 

 自分を心配してのアリエッタの言葉は嬉しくもあるが、それ以上に恋人に自分の不甲斐無さをみせてしまっている事がルークには耐えられなかった。

 そんなルークの心境を知ってか知らずか、アリエッタはルークを元気づけようとするが……。

 

「ワウッ!」

「え、ライ? ちょ、ちょっと待って……」

「は? お、おいライ!」

 

 アリエッタの隣にいたライが彼女の服の袖を咥えると、ルークよりも自分を構えと言わんばかりに引っ張り始めたのだった。

 露骨に視線でそう語るライに、アリエッタが抗うことなど出来る筈もなく。ルークの方をチラチラと気にしながらも、よくやったとライを褒める事を優先した。

 

「うん。ライは良く頑張ったね」

「わふっ!」

「ぐ、ぐぅ…………!」

 

 頭を撫でられ、これでもかとばかりに嬉しそうに尻尾を振るライ。だが、ルークからすれば恋人が自分よりも友達を優先している現状は面白くはなく、不満気にライを睨む事しか出来なかった。

 そしてその視線を、動物故に人よりも遙かに気配に敏感なライが気付かない筈も無く。

 

「――――――フンッ!」

「はぁっ!? こ、こいつ! 今俺の事を鼻で笑いやがったぞ! なあ見ただろヤナギ!?」

「あ、あははは……」

 

 あろうことか自分を見て鼻で笑うライに憤慨するルークだが、アリエッタの傍にいるライに挑みかかるわけにもいかず。ヤナギに向けて鬱憤を吐き出すのだった。

 

 このような光景だが、アリエッタとルークが恋人同士になってから半月もした頃から見られ始め、今では数日に一度は二人のアリエッタ争奪戦が起こっていた。

 理由は単純。姉弟同然に育っていたアリエッタをルークに取られたライが、ルークに対してヤキモチを焼いているのだ。

 最も本気で嫌い合っている訳ではなく、喧嘩友達のような間柄に収まっているのは幸いと言うべきか。

 

 ちなみにだが、ライと違ってフーはアリエッタの姉のポジションにいた為かヤキモチを焼く様子は見られず、純粋にアリエッタの幸せを祝福してくれている様子だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「くっそー! 最近ライのやつ、どんどん我儘になってねえか!?」

「ご、ごめんねルーク……アリエッタがライをちゃんと叱ってないから……」

「いや、アリエッタのせいじゃねえけど……次こそはあの生意気なライに一撃入れてやるからな!」

「……あんまり、痛くしないであげてね?」

 

 ライとの特訓が終わり、月に一度の外出日として城下町を並んで歩くルークとアリエッタ。

 ルークは未だにライに惨敗した事と、その後の自分を煽るような態度に憤っており、次こそはライに勝ってみせると決意を新たにしていた。

 そんな負けず嫌いのルークも好きだが、アリエッタとしては近くに護衛が潜んでいるだろうとはいえ、月に一度だけの貴重な二人きりでの外出時間をこれ以上減らしたくは無かった。

 

「…………」

「だいだいライのヤツは俺の事を……へ?」

 

 そう思ったアリエッタは、僅かに羞恥に頬を染めながらもルークの手に自分の指を絡める、いわゆる恋人繋ぎというものを、自分からする事にした。

 普段は無邪気だが恋愛事に関しては引っ込み思案なアリエッタがこのような事をしてくれるとは思わなかったルークだったが、俯きながらも自分の手を離そうとしないアリエッタを見ると嬉しさで胸がいっぱいになり、自分も繋いだ手を離すまいと軽く力を入れた。

 

「………………えへへ」

 

 握り返された事に驚きルークを見上げたアリエッタは、そっぽを向いたルークの耳が真っ赤に染まっている様子を見ると、ルークも自分と同じような気持ちでいてくれるのだと察し、幸せいっぱいの笑顔を浮かべる。

 恋人のそんな様子を横目で目撃したルークは耳どころか顔全体を真紅に染め、今すぐアリエッタを抱き締めたい衝動を必死に抑え込んでいた。

 

(あぁー! 毎回毎回、アリエッタのやつ自分がどれだけ可愛いか分かってんのか!? そんな顔で笑われたら……あーくそっ! 俺はどうすりゃ良いんだ!?)

 

 恋人になって二か月以上経つというのに未だに初々しい二人の様子は、ファブレ家どころか数回しか目撃されていない城下町でも癒しの代名詞として話題になっている事を、二人はまだ知らない。この事がルークの耳に入れば、羞恥のあまりに二度と街へは行かないと屋敷に引きこもる事になるだろう。

 最も、寂しそうなアリエッタに根負けして引きこもる事を諦める事になるのが目に見えているが。

 

 

 そんな甘酸っぱい空気を醸し出していた二人だったが、前方からどこか異様な雰囲気を放つフードの人物が歩いてきている事に気付き、警戒態勢に入った。

 自分より少し低いくらいの背丈かと、フードの陰から見える緑の髪を見ながら考えるルークだったが、僅かにフードの人物から意識を逸らした瞬間、気付けば件の人物はアリエッタの目前にまで迫ってきていた。

 

「な!?」

「――――っ!」

 

 怪しい人物にここまでの接近を許してしまった事に対する焦りと、自分達に気付かれずにここまで接近する事が出来る技量への驚愕を胸に、迎撃しようとする二人。

 だが、そんな二人を嘲笑うかのように、フードの人物はアリエッタの耳元に顔を寄せ何かを呟くと、颯爽と人ごみの中へと消えて行った。

 

「……なんだったんだ、あれ? アリエッタ、アイツに何も言われ……アリエッタ!?」

 

 結局は何もせずに立ち去った怪しい人物に首を傾げるルークだったが、アリエッタに安否を確認すると、その表情は愕然としており、顔色は真っ青になっていた。

 

「おいアリエッタ! どうしたんだよ! アイツに何を言われたんだ!?」

「る、ルーク……! あの、あの人の声……!」

 

 

 

 ――――――イオン様と同じ声だった。

 

 

 

「………………は?」

「………………」

 

 アリエッタのその言葉に、呆然とするルーク。アリエッタも現実を受け止めきれず、護衛の騎士が異常に気づき声を掛けるまで、二人はそこに立ち尽くしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「“レプリカの正体を知っているんだろう?”……その男は、確かにそう言ったのだな? アリエッタ」

「は、はい……」

 

 屋敷に帰った二人はクリムゾンに呼び出され、何が起こったのあを問われていた。

 あのフードの男に囁かれた言葉は、アリエッタにとって……否。ファブレ家にとって、決して聞き逃せない言葉だった。

 

「そして、意味を知りたければ、今夜同じ場所で、と。人数に制限などはつけなかったのだな?」

「……はい」

 

 あからさまに怪しい誘いだが、内容が内容だけに決して逃す事は出来ず。無視をするという選択を取る事は出来なかった。そして何よりも――――。

 

「……人数に制限を付けなかったとは言え、内容が内容だ。信頼できる者達だけで、少数で行くべきだろう。その信頼できるものにはアリエッタが(・・・・・・)という前提が付くがな。

 ……それでアリエッタ。その男の声は本当に…………」

「…………」

 

 聞きづらい問いに言葉を濁すクリムゾンだったが、その先に何を言おうとしていたかは事情を聴いた者達からすれば明らかなものだった。

 それを察したアリエッタは、何度か喋ろうとするが中々言葉を発する事が出来ず。数分の時間をかけ、絞り出すようにクリムゾンの問いに答えた。

 

「あ、あの声は……絶対に、い、イオン様の声……です」

「…………そうか」

 

 予想していたとは言え、衝撃的なその言葉にクリムゾンは大きく息を吐くと、額を手で多い天井を仰いだ。

 アリエッタが敬愛するイオンの声を間違えるとは到底思えず。しかし本人は既に崩御しており、成り代わっている現在のイオン――――レプリカイオンは一人でダアトからキムラスカまで来れるわけもない。そうなると、答えは一つしか存在しなかった。

 

「――――既にダアトは、導師イオンのレプリカを複数創っているという事か」

 

 そうクリムゾンが告げると、周囲は静寂に包まれた。アリエッタにとって悲惨という言葉でも足りない程に残酷な事実に対し、何と言えば良いのか誰も分からなかった。

 

 部屋が静寂に包まれ幾ばくかの時間が経つ。

 それを崩したのは、最も事実に打ちのめされていたアリエッタだった。

 

「……みたい」

「――――え?」

 

 誰かが上げた声の理由は疑問か驚愕か。

 アリエッタが告げた言葉は、彼女の経歴と心情を知る者達からすれば、到底信じられるものではなかった。

 

 

 

「――――アリエッタ。イオン様のレプリカと、会いたい…………です」




うーん短い。4000字は書けよと。


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19話 シンク

何とか今年中に投稿出来た……。
それにしても、気付けば文字のフォントを変えれたり色々出来るようになってますね。使いこなせそうにないけど。


 人通りの少なくなり始める夜半頃。キムラスカの大通りで、一人佇む影があった。

 

「…………来ない、か。まあよっぽどの馬鹿でもない限り、来るとは思わなかったけどさ」

 

 フードを被った小柄な少年はどこか寂しげにそう呟くと、その場から立ち去ろうと踵を返し歩き始めたが、背後から近づいてくる二人分の足音に気付くと、その歩みを止めて振り返った。

 

「…………まさか、たった二人で来るとはね。馬鹿じゃないの?」

 

 そう悪態を吐きながらも、その口元には僅かに笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……お前が昼間のヤツか?」

 

 少年の下にやってきた二人の人物――――ルークとアリエッタ。その片割れであるルークがアリエッタを護るように前へ出て確認の問いをかける。

 だが、少年からすればルークは招かれざる人物だ。ルークからの問いに苛立ったように眉を僅かに吊り上げると、皮肉交じりに答えを返した。

 

「……呼んでいないアンタに答える義理は無いと思うんだけど? 僕が用があるのはそっちの元導師守護役だけなんだから、雑魚は引っ込んでなよ」

「んなっ……なんだとっ!?」

「ルークっ!」

 

 確認をしただけでここまで辛辣に返されるとは思ってもいなかったルークは思わず少年に掴みかかろうとするが、アリエッタに服を引かれると、歯噛みをしながらも引き下がる。

 だが、相手に対する第一印象は最悪だ。少しでもおかしな事をすれば間に入れるようにと、ルークは臨戦態勢を解こうとはしない。

 そのルークの様子を少年は冷ややかに一瞥すると、アリエッタへと視線を向けた。

 

「さて、一応初めましてくらいは言っておこうか。元導師守護役のアリエッタ」

「…………は、はじめ……まして」

 

 ルークへの辛辣な態度とは違い、アリエッタへは一応の礼儀をつくす少年。自分にも何か言われるのではと身構えていたアリエッタは、一瞬驚きながらもなんとか挨拶を返した。

 そんなアリエッタの様子に、少年は一つ息を吐くと話を続ける。

 

「……緊張感無いねアンタ。呼んだ僕が言うのも何だけど、よくここに来れたよね。しかもたった二人でさ。罠だとは思わなかったの?」

「それは……」

「それとも……」

 

 言葉を続けながら、徐に被っていたフードを取る少年。予想していたとは言え、その素顔を見たアリエッタは衝撃のあまり、一筋の涙を流した。

 

「僕の事をオリジナルのイオンかもしれない、なんて思ったりしたのかい?」

「あ……ああ……」

「だったら滑稽だね。オリジナルはとっくに死んでるし、僕も教団で本物面してるアイツもただのレプリカさ。それくらい自分でも解ってただろう?」

「――――っ!」

「アリエッタ! ――――――テメェっ!」

 

 イオンとうり二つな少年の言葉に、膝から崩れ落ちそうになるアリエッタ。恋人を侮辱されたルークは今度こそ少年の襟首を掴みあげると怒鳴りつけた。

 

「お前はアリエッタを侮辱するために呼んだのか!? だったら……!」

「煩いな…………離しなよレプリカ(・・・・)ルーク」

「――――ぇ」

 

 少年からの思いがけない言葉に、掴んでいた手から力を抜くルーク。少年はその手をウザったそうに払い襟元を直すと言葉を続けた。

 

「なん、で……」

「なんで、なんて言葉が出てくるって事は、やっぱり知ってたのか。まぁ、だから呼んだんだけどさ。レプリカが付いてきたのは話が早くて助かるよ」

「ぇ……?」

 

 ルークがレプリカだと知っているからこそ呼んだという少年の言葉に、半ば放心状態だったアリエッタが思わず声を出す。

 

「それって、どういう……」

「聞いてみたかったんだよね。憎んでる筈のレプリカの傍から離れない、アンタが何を考えてるのかを」

「っ!?」

「……いたんだよ。ヴァンとモースの話をアンタが盗み聞きしてたあの時あの場所に、僕も護衛としてね」

「そ、それなら何で……」

「何でヴァンやモースに言わずに、あまつさえ脱走まで見逃したかって?」

 

 少年からの衝撃の言葉に、黙って頷くアリエッタ。ルークはアリエッタを護りながらも、口を挟むことが出来ずにただ少年を睨みつけていた。

 

「…………別に、大した理由なんてないよ。ただあいつらの為に動きたくなかっただけさ。実際、アンタがいなくなったって聞いた時のヴァンの顔は傑作だったね! あの苦虫を噛み潰したような無様な面はさぁ!」

「はぁ!? お、お前、ヴァン師匠(せんせい)の部下じゃないのか!? 護衛役だったんだろ!?」

「部下? 違うね。僕とアイツはただの共犯者さ! ヴァンへの忠誠心なんてこれっぽっちも無いし、僕をこの世界に生み出したヴァンには憎しみしかないんだよっ!」

 

 ヴァンを嘲笑する少年に思わず問いかけるルークだったが、返ってきたのはまさかのヴァンを憎んでいるという言葉。少年の真意が解らず混乱するアリエッタとルークの二人だったが、そんな二人を気にも留めずに少年は鬱憤をまき散らしていく。

 

「そう言えば名前を名乗ってなかったね。僕の名前はシンク! ヴァンが付けた、6番目って意味の名前さ! 6番目に産まれたレプリカだからってね! 最高のセンスだろう!? ほら、笑いなよ! あっははははは!」

「そん、な……」

「レプリカなんて、所詮その程度の存在なんだよ! ただの代理品! 道具! 玩具なんだよ僕らはさぁ! なのに……」

 

 そこまで話すと少年……シンクはルークを強く睨みつけながら指を指した。

 

「アンタ! アンタは本物のルークの代理品だ! 僕と同じヴァンの玩具の筈だっ! なのに何で! 何で! 何で何で何で何で! 何でアンタは…………ッ!」

 

 指先を震わせ、涙を流しながらシンクはルークを強く睨みつける。

 その瞳には怒り、羨望、そして……嫉妬が込められていた。

 

「何で呑気に幸せそうな面で、アリエッタの傍にいられるんだよッ!!」

「……ぇ」

「良いよねえアンタは! 欲しいものを何でも貰えてさぁ! 温かい使用人! 両親! 恋人! 全部全部僕には無いものばっかりだ! ――――何でだよ! 同じレプリカだろう!? 何で……!」

 

 俯き肩を震わせ、涙で地面を濡らしながらも、シンクの糾弾は止まる事は無い。その迫力に、ルークもアリエッタも何も言う事が出来ない。

 そして、感情を爆発させたシンクは、最後の言葉を言い放った。

 

「何でアンタばっかりが愛されているのさッッ!!!」

 

 シンクはそう言うと、言いたい事は全て言ったとばかりに二人に背を向ける。

 呆然としていたルークとアリエッタだったが、シンクが立ち去ろうとすると、ルークが慌てて彼の肩を掴んだ。

 

「ま、待てよシンク!」

「アンタに気安く名前を呼ばれたくないね! さっさと手を離しなよ!」

「ま、待って、シンク!」

「……っ!」

 

 ルークの制止には耳を貸さないシンクだったが、アリエッタの言葉には露骨に反応し、足を止めた。

 

「…………何の用? 僕にはこれ以上言いたい事なんてないよ」

「け、けど……シンク、アリエッタの事、さっき名前で……」

「~~……っ! ……僕には名前で呼ぶ権利も無いっていうのかい?」

「そ、そうじゃなくて! シンク、アリエッタのことを呼んだ時……凄く寂しそうだったから……っ!」

「…………」

「シンクは、変。ルークには悪口ばっかりなのに、アリエッタはダアトから逃がしてくれて……でも、やっぱり意地悪で……」

 

 最初はイオンのレプリカが自分に何を伝えたいのか知りたい。自分がイオンのレプリカに対して何を思うのかを確かめたいという思いだけで、クリムゾン達の危険だと言う意見を退けてシンクに会いにきたアリエッタ。

 実際にシンクに出会い、彼の自分を見つめるの中に寂しさがある事に気付き、ルークを羨む心からの叫びを聞き、更にどう接すれば良いのか分からなくなった。

 けど、ただ一つ確かな事は……。

 

「あ、アリエッタは……シンクの事、嫌いじゃない!」

「…………は?」

 

 アリエッタの思いがけない言葉に、思わず振り返るシンク。

 アリエッタの隣では、ルークも目を丸くして彼女を見つめていた。

 

「……正気? アリエッタ。アンタはレプリカが嫌いなんだろう? ……まぁ、例外もいるみたいだけど」

「レプリカは嫌い……だけど……シンクはイオン様そっくりだけど……」

「はっ! やっぱり――――」

「けど! シンクはアリエッタを助けてくれた!」

「……それは……ただの気紛れで」

「嘘っ!」

 

 気紛れだと言うシンクの言葉を、即座に嘘だと言いかえすアリエッタ。虚を突かれ固まるシンクに対し、今度はルークが言い辛そうにしながらも言葉を続ける。

 

「……お前、単にアリエッタを助けたかったから助けたんじゃねえのか?」

「…………何を根拠に……」

「だってお前、俺にはボロクソに言うくせに、アリエッタにはそりゃ言い方はキツいけど……なんつーか、もっと自分を見てくれって言ってるようにしか見えねえんだよ」

「な…………っ!」

 

 ルークの指摘に、思わず息を呑むシンク。それは明らかに図星を指された反応で――――。

 

「シンク……そうなの?」

「ち、違っ!」

 

 目を丸くして問いかけてくるアリエッタに対し、後ずさるシンク。

 

「……シンク?」

「~~~~~~っ!! また来るっ!」

「あっ!?」

「あ、テメェ! 待ちやがれ!」

 

 顔を真っ赤に染めながらそう言い残すと、目にも留まらぬ速さでその場から離脱するシンク。

 高台を飛び下り、屋根から屋根へと跳びまわりあっという間に遠くなっていくその影を、二人は呆けながら見送る事しか出来なかった。




うーん、久々に書いたら難しい。
シンクをこのままファブレ家に在住させるルートも思い浮かんだけど、シンクの性格的に無理そうだったのでこうなりました。もっと心理描写上手くなりたい。


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閑話 ルークの日記4

復帰しました。経緯は活動報告にて。後書きにアンケートあるので宜しくです。
しかし復帰の為に色々増えてた特殊タグを確認してみたが、面倒すぎぃ! ルビ振り以外は多分太字、斜体、大文字、小文字、震えくらいしか使わないっすわ……。


×月○日

 

今日は二週間ぶりのアリエッタとの外出日だった。まぁ完全に二人っきりってわけもなく、どっかから護衛が見てるんだろうけどな……いつになったら二人で世界を旅出来るようになんだか。

 

まぁそれは置いといて、いつも通りアリエッタと二人で街並を楽しんでいたら、変な奴が気安くアリエッタに話しかけてきやがったんだよ。なのに当のアリエッタは、どっかで見たことある気がするってぐらいの反応でよ。怪しいにも程があんだろ! ……後でそいつを思い出したアリエッタに聞いたら、親しげに話しかけてくるくらいは普通じゃねえの? ってくらいの関係だったけどな……なのに忘れられてるとか……うん、そこだけは少し同情した。

 

けどアイツ、アリエッタの反応を見たらいきなり掴み掛ろうとしてきやがって! そこはぜってぇ許さねえ!! 反射的にアイツの腕を掴んでアリエッタを守れたのは良かったけど、そしたら今度は俺を親の仇でも見るみてえな顔で睨んできて……アリエッタがアイツと会ったのは二回だけらしいし、そのどっちも軽く話しただけの筈なんだけどなぁ……何でアイツ、あんなにアリエッタに執着してんだか。まさか、ヤナギが好きな恋愛小説みたいな一目ぼれってやつか?

もしそうだとしても、アイツは異常だと思う。アリエッタが俺の名前を呼んだら、呪いでもかけてんのかって感じの声で何回も俺の名前を呟いて、最後にはその場所は自分のもんだから、そのうち返してもらう、だぜ? 意味分かんねえし頭おかしいだろアイツ!! その場所ってどこだよ!! ったく……アリエッタも怯えるし、折角の外出だったのに散々だったぜ!! アイツの事を思い出したら怖いのはマシになったみてぇだったけど……あのまま警戒してくれてた方が良かったのにな。アイツぜってぇヤバイ奴だぞ。

 

多分護衛騎士の何人かがアイツの後をつけて調べてはくれてんだろうけど……面倒くせぇ事にならなきゃいいんだけどなぁ。ま、もしもアイツが変な事を企んでても、俺がアリエッタを護ってやればいいだけだな!

 

 

×月×日

 

今日は護衛騎士から、昨日のヤバい男に聞いての調査報告を聞いた。名前はラルフで、何でもそれなりにデカい商会を数年で起業した、商人達の中では一目置かれてる中々凄い奴なんだと。ここ数週間程、商売の為にバチカルに滞在してるらしい。

若い資産家な上に顔も性格も良いなんて優良物件だからか、貴族連中も娘婿にどうかって狙ってる奴等もいるらしいけど、全部一蹴されてて取りつく島もないんだとか。理想が高いのか、女に興味が無いのかって噂まで広がってるくらいには脈なし……な奴らしいんだが、そんなのが何でアリエッタにご執心なんだ? 事情を知らねえ奴からすれば、アリエッタはただのメイドだぞ? わっかんねえー!

 

あ、でも一つだけ気になる報告があったな。以前父上から魔獣使いはアリエッタ以外にも数は少ないけどいるって話は聞いてたんだが、ラルフがその数少ない魔獣使いの一人なんだと。アイツの商会が数年で商人たちに一目置かれるくらい成長した理由の一つは、魔獣達を運搬や移動に使ってるからだそうだ。アイツはしないのか出来ねえのかは知らねえが、鳥系の魔物しか使役してないみたいだから、魔獣使いってよりは魔鳥使いって言うべきか? そりゃ一人だけ自由に空を飛んで商売してたら、よっぽどの馬鹿でもねえ限りは成功するよな……多分。

 

だからもしかしたら、アイツは同じ魔獣使いのアリエッタに親近感みてえなのを持った……のか? アリエッタの事を初めて会った仲間みてえに言ってたらしいし、初めて同じ魔獣使いに会ったなら執着するのも仕方ない……かぁ? でもアリエッタの方はそうでもねえしなぁ…………あ――――!! 何で俺があんなウゼェ奴の事でこんなに悩まなきゃいけねえんだよクソッ! 最近はマシになってた頭痛が再発しちまうだろうが!! もういい! 知らねえ! どうせもう直接会う事なんざねえんだし、忘れる! 忘れた!! 知るかあんな奴!!

 

 

×月△日

 

アリエッタに何で難しい顔してるんだって心配された……そりゃあんなヤベェ奴、忘れようと思って忘れられるわけねぇよな。無理に忘れようとして、変な顔になってたらしい。ヤナギの奴にも変なもんを見る目で見られたし、母上には頭痛が再発したのかって心配されたし……はあぁ。

 

 

×月□日

 

今日は休息日って事で、勉強も訓練も無しで休む日になった。俺はよっぽど悩んでるように見えたらしく、大丈夫だって言い張ってたらアリエッタに涙目でしがみ付かれた……逆らえるわけねぇだろあんなの!!

その後も膝枕はされるわ、飯の時にはその、あ、あーんをされるわ、事あるごとに甘やかしてきやがって……!! 嬉しいけど、恥ずいんだよ!! アリエッタにはヤナギと母上のニヤニヤした笑顔が見えねえのか!? 父上には生暖かい目で見られるしよ! 何なんだよあの自分も通った道だみてえな……みたいな……あれ、そういう事か? ……気付かなかった事にしよう。

はぁ……こんなの、嫌でも元気になるしかねえだろ。狙われてるかもしれねえ本人が大丈夫っつーか、何とも思ってないみてえだしなぁ……はぁ。

 

 

×月■日

 

うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ライの奴、ぜってぇ許さねぇ!!

最近は父上が忙しくて訓練出来ねえから、今日は代わりにライに訓練相手をしてもらったんだが……見事な体当たりで一瞬で吹っ飛ばされた。いや、それは悔しいけど別に良いんだよ。魔獣と闘ったのが初めてなのもあるし、そもそも俺がまだまだ弱いってだけだからな。けどあの野郎! 倒れた俺を足で踏みつけながら嬉しそうにアリエッタに向かって吼えやがって……しかもアイツ、ぜってえ俺の事を馬鹿にしてやがった! 俺を見る眼が笑ってたの気付いてたからな畜生! いつか絶対にぶっとばしてやるからな!!

 

 

×月◆日

 

今日もまたライに負けた……アイツの方が俺より圧倒的に速いのは分かってたから、最初から避けることに集中して、避けたところにカウンターを喰らわせてやろうと思ったのに……まさか避けた所を横っ飛びして追撃してくるとか、んなもん予想出来るかっ!!

今日はこないだの訓練の報告を受けた父上も、忙しい中で仕事の合間に見にきてくれてたってのに、情けねえとこを見せちまった。父上もライの速さには心底驚いてたみたいだけどな……あの訓練に関しては一切の容赦をしねえ父上が、すっげえ優しい声で俺を励ましてきたんだぜ? ライに負けるのは恥じゃねえって。どんだけ凄いんだよライのヤツ……けど、絶対勝つのを諦めねえからな!!

 

 

□月○日

 

今日は朝にライと訓練をして、昼からは月に一度のアリエッタとの外出日だった。前回はラルフの野郎のせいで折角の外出日が台無しだったから、今回はその分も楽しむって決めてたのになぁ……二回続けてこれとか、どうなってんだよ。

まぁラルフの野郎はアリエッタを捜してたんだろうし、今回も俺達の外出日を狙って接触されたのは間違いないんだろうけどな。そりゃ毎月同じ日に外出してたら、少し調べたらいつ俺たちが外に出るかなんか丸わかりだろうなぁ……来月からは日にちをずらしながら外出しよう。もう疲れたから、今日あった事は明日書くわ。一言だけ言うと、アリエッタのヤツ面倒な奴等に目を付けられすぎだろ!?

 

 

□月×日

 

んじゃ、昨日の事について書くか。

昼からいつも通りにアリエッタと出かけて、手を繋いだりなんかして楽しくやってたんだよ。そしたら前の方からフードを被ったくっそ怪しい奴が歩いてきてたから警戒してたのに、少し意識を奴が誰かって事に逸らした一瞬でアリエッタの目と鼻の先に近づかれてたんだ。やべえって動こうとしたけど相手の方が早くて、アリエッタの耳元で何か喋ったと思ったらすぐに離れてどっかに行っちまった。

何だったんだって思ってたら、アリエッタがもう真っ青になってて……アイツの声が導師イオンの声だったっつって……。

 

訳分かんなくなって頭ん中ぐちゃぐちゃになって、気が付いたら屋敷にいて父上達に何があったかを報告してた。我ながら、よくあの状況で何があったかを説明できたと思う。勿論、一番すげえのは一番ショックだった筈のアリエッタだけどな。

で、アリエッタが何を言われたのかと思えば、まさかレプリカの正体を知ってるんじゃないかなんてなぁ……それで、気になるなら夜中に会いに来いだとか、どう考えても罠じゃねーか!! ……いや、俺じゃなくてアリエッタを狙った罠ってなんだよって今なら思うけどな。アリエッタがレプリカの機密を知ってるってバレてたら狙われるかもしれねえけど、それはアイツしか知らねえみてえだし。

 

あぁ、うん。結局は俺とアリエッタの二人だけで会いに行く事にしたんだ。父上達はは人数の指定はされてないんだから、騎士団の精鋭を連れて行くべきだって意見だったんだけどな。俺も最初はそう思ったんだけど、アリエッタがどうしても自分達だけで行きたいって譲らなくて……前々から思ってたけど、アリエッタのヤツ相当に頑固だよな。一応少人数で行けば警戒心も薄れるっつうメリットはあるからって事で、父上達も認めてくれたんだ。まぁ、当たり前だけどすぐに駆けつける事が出来る距離での騎士団の待機だけは父上達も譲らなかったけどな。

 

それで夜中になって約束の場所に行けば、まさかとは思ったけど相手もたった一人で俺達を待ってたんだ。しっかし、結局アイツは何の用だったんだろうな? イオンと同じ顔らしいアイツ……シンクは、最初はアリエッタの事を馬鹿にしまくってたんだよ。自分がオリジナルのイオンかもしれないだなんて、有り得ない事を期待してたんじゃないかって嗤いながらな。勿論我慢できなくて俺はシンクに掴み掛ったんだけど、そしたら今度は俺の方にねちねちと恨み言みたいに文句を言い始めて。俺の事をレプリカって言われた時は驚いたけど、ハッキリと言い返す前に次から次へと言われまくって、正直もう内容の半分も覚えてねー。

 

ただ、シンクが俺に対してはともかく、アリエッタに対しては悪感情を抱いてねえってのだけは……何でか解ったんだよな。同じレプリカ同士だからか?

で、言いたい事を言うだけ言って帰ろうとしたアイツをアリエッタが呼び止めて、シンクの事は嫌いじゃないっつったら途端に焦りだしやがって。俺も便乗して、シンクはアリエッタを助けたかったから助けたんじゃねえのかって言ったら、耳まで真っ赤にして逃げちまった……いや、改めて思い返すと本当に訳分かんねえな。シンクのヤツ、何がしたかったんだ?

 

そういやシンクが逃げる時、また来るって言ってたんだよなぁ……まさかな?

 

 

□月△日

 

本当にまた来てんじゃねぇよっ!!!!




久々に書いたら時間がかかるかかる。
前書きの通り、アンケートを載せとくので宜しくです。当時のアンケートでティアだけは更生の選択肢を入れなかったんですが、改めて考えてたらティアも別にアンチじゃなくてもいけるわと気付いたので。なので、ティアのアンチに関してだけ再アンケートです。


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20話 情報提供

何とか十日以内に投稿出来た。ちなみに復帰してからは投稿予定日の2~3日前に活動報告で投稿予告します。理由は予告しなきゃ、どんどん先延ばしにしてエタりそうだからネ! しかしレイズのアリエッタとルークが可愛すぎる…ルークは長髪に変更出来るようになったし最高やね! やっぱりルークは長髪じゃないと! 早くシンクの魔鏡も欲しい。
あ、書いたようで書いてなかったのでここで言っておこう。アリエッタがファブレ家に来てから一年経ってます。つまり原作まで後一年です。後でラルフと遭遇した話の頭くらいに、アリエッタがルークと出会ってから一年~とか書き加えときます。


ファブレ家官邸の離れに位置するルークの部屋。

現当主夫妻であるクリムゾンとシュザンヌの両名に認められた者以外は、例え王族であろうと近付けないように定められたのは、立場を弁えずに接触しようとしてくる使用人を遠ざける為の処置であったが、それが今はこうして秘密裡の会合に最適な環境を違和感無く作り出せる理由になっているのだから、分からないものである。

 

そしてそんな会合場所であるルークの部屋には部屋の主であるルークと、その恋人で付き人でもあるアリエッタ。その二人に加えてルークの両親であるクリムゾンとシュザンヌの四名が、奇妙な来訪者を迎え入れていた。

最も歓迎していると言えるのはアリエッタのみで、ファブレ夫妻は表に出さないが最大限の警戒を。ルークに至ってはあからさまに自分は不機嫌だという表情をしていたが。

そんなルークの反応を見て、来訪者はフンッと鼻を鳴らした。

 

「いつまでそうやって拗ねた子供みたいな態度を取っているんだい? っと、実年齢を考えればアンタは正真正銘の子供だったね! 僕の方が大人気なかったよ公爵子息サ・マ」

 

仮にも王族に向かって侮辱にも等しい暴言を吐いた来訪者は、先日ルークとアリエッタに接触してきた、導師イオンのレプリカであるだろう人物、シンクだった。

あの接触から数日後。去り際にまた来ると宣言していたシンクは、街中での接触ではなく、あろう事か警備が厳重な筈のルークの部屋で過ごしていたルークとアリエッタの前に、誰にも気付かれずに現れたのだ。

 

あまりにも突然の侵入者に声も出ない二人だったが、ファブレ夫妻が必至の形相で部屋に訪れたのはその直後だった。

次々と変わる展開で二人が戸惑う中、夫妻の訪れを歓迎するようなシンクの発言。なんとシンクは、ルークの部屋に訪れる前にクリムゾンの執務室へも侵入し、挑発交じりにシュザンヌと一緒にルークの部屋に来るよう告げていたのだ。

その恐るべき隠密にファブレ夫妻は戦慄を禁じ得なかった。シンクがその気になれば公爵一家が僅かな時間で揃って暗殺されていたという事なのだから、当然の反応だ。

 

こうして三人に警戒されているシンクだったが、クリムゾンからの殺気なぞどこ吹く風でルークを挑発する余裕ぶり。ルークへの隔意はあれど敵意は見られないその態度に、害意は無いと判断したクリムゾンは一先ず殺気を収めた。最も、明らかにルークの正体を知っている発言は聞き逃せず、何時でも動く事が出来る体勢は崩さなかったが。

 

「んなっ……!! お、お前だって似たようなもんだろ!?」

「まぁそうだね。アンタが生み出されたのが5~6年前なら、僕の方が年下かな? 何? レプリカ仲間って事で兄さんとでも呼んであげようか? 弟より弱い兄だなんて傑作だね!」

「ぐっ……!」

「まぁ、言語能力も最低限の知識も付けて貰えなかった事には同情するけどね。それともオリジナルの性能の差かな? 僕は教団のトップのレプリカで、アンタは神童とは名ばかりの紅毛の猪のレプリカだもんねぇ!」

「は? 知識を付けて貰えなかった? それに紅毛の猪って何の事……「待て!!」……父上?」

 

一つ反論しようとすれば十の罵声が返ってくるシンクとの会話に辟易し始めていたルークだったが、紅い猪という意味の分からない単語に首を傾げる。レプリカについて明らかに自分以上の知識を持っているシンクに、憤りよりも疑問が上回ったルークが質問しようとするが、それをクリムゾンの一声が遮った。

鋭い目つきで自分を睨むクリムゾンに対し、シンクは獲物が餌にかかったと言わんばかりに口角を上げた。

 

「どうしたんだい? ファブレ公爵サマ。急に大声なんか出してさ」

「……貴様、今、何と言った?」

「何を言ったかって? そこのレプリカルークが基礎知識すら入力されてなかった事かい? それとも――――――元神童の紅毛の猪の事かな?」

「…………ッ!!」

「ち、父上? 紅毛の猪って奴知ってるんですか!? 俺のオリジナルだって…………まさか……!」

「ルーク……?」

 

父であるクリムゾンがこうも感情を露わにする、紅毛の猪と評される人物。オリジナルの導師イオンが崩御している事から、レプリカ情報を抜かれたオリジナルは短命になると思い込んでいたルークは、すぐにはその結論に至らなかった。けど、まさか、自分のオリジナルは……!

驚愕を顔に浮かべるルークを不思議そうに見上げるアリエッタ。そんな二人を視界に入れたシンクはその瞳に僅かに憧憬の色を浮かべるが、次の瞬間にはそれが無かったかのようにルークを嘲笑した。

 

「まさかと思ったけど、アンタまさかオリジナルのイオンが死んでるから自分のオリジナルも死んでいる……なんて思い込んでいたのかい? 残念ながら、アンタのオリジナルはヴァンの下でピンピンしてるよ! 御大層にも六神将“鮮血のアッシュ”なんて二つ名なんて付けられて、そりゃあもう元気にヴァンの飼い犬をやってるさ!」

「アッ……シュ……?」

「やはり……!」

「あの子が……生きている……?」

 

オリジナルが健在。

その報せを聞いたファブレ親子は放心、悔恨、困惑と各々の反応を見せながらも、動揺を隠せずにはいられなかった。

 

「え……えっ……?」

 

そんな中、アリエッタは一人シンクから齎された情報の多さに、処理が追いつかずに混乱していた。

アッシュという名は教団にいた頃に聞いた覚えはあったが、導師守護役だったアリエッタとヴァンの子飼いであったアッシュにはまだ接点は無く。ヴァンはアリエッタを六神将に引き込んでから二人を引き合わせる予定だったのだろうが、その目論見が叶う前にアリエッタは教団から抜け出したのだった。

 

そんな名前しか知らない相手が、大好きなルークのオリジナルだった。レプリカに対しての忌避感はあれど、イオン以外のオリジナルの存在など考えもしなかったアリエッタは、どう反応すれば良いのか分からない。

オリジナルが帰って来たら、ルークはどうなってしまうのか? そんな考えが頭を占めたが、かと言ってオリジナルであるアッシュを排除しようなどという考えには至らない。レプリカのイオンにオリジナルの功績を全て奪い取られた恐怖を知るアリエッタが、オリジナルにいなくなればいいなんて事を言える筈がないのだから。

だからと言って、大好きなルークに居場所を返してあげてなんて事も言えない……ルークの意思で居場所を奪ったのではなく、ヴァンに利用されているだけなのだ。だから……。

 

「…………あれ?」

 

そこまで考えて、ふと疑問を覚えた。

 

「……アッシュがいるなら、何で、総長はルークを作ったの?」

 

育った環境ゆえに思考は幼いが、アリエッタの地頭は決して悪くはない。一度疑問に思うと、次々と疑問点が浮かび上がっていく。

イオンのレプリカが作られたのは、貴重な能力を持つイオンがいなくなるのが問題だからだ。では、オリジナルが存命らしいルークは何故作られた? イオン同様にオリジナルが短命だったというなら、まだ分からなくもない。だが、オリジナルが健在なのに態々レプリカを作る理由が分からない。客観的に見れば、貴重な第七音譜術師という点以外にルークを複製するメリットは無いし、その第七音譜術師も比較的貴重というだけで、少し捜せば何処にでもいる存在でしかない。現にキムラスカ王女であるナタリアも、優秀な第七音譜術師だ。

ましてや公爵子息のレプリカなど、騒動の元になるだけだ。ルークを傀儡にして公爵家を手に入れようとしている? だが、ルークは明らかにヴァンに不信感を抱いているし、そもそもヴァン自身にそのような素振りが見られない。月に一度の剣の稽古相手程度で公爵家やルークからの絶対の信を得れるなど、そんな軽薄な考えは流石に無いだろう。

そもそも何故思い通りに育てやすいレプリカではなく、ある程度成熟しているオリジナルを手元に置いているのか? レプリカはオリジナルより劣化するという事は、オリジナルにしか出来ない何かがある? だから、アッシュを手に入れる為に危険を冒してまで身代わりとしてルークを作った……?

 

深く考え込んでいたアリエッタだったが、ふと先程まで騒がしかった周囲が静まり返っていることに気付いた。どうしたのかと思い見上げると、部屋にいた四人全員がアリエッタを凝視しており、それに驚いた彼女は思わず愛用のぬいぐるみで顔を隠した。

アリエッタが考えていた内容は所々だが彼女の口から洩れており、それを聞いた面々はまさかアリエッタがそのような事を考えているとは思わず、呆気に取られていたのだ。最も、シンクだけは早々に我に返り、愉快気にアリエッタの考えを聞いていたのだが。

 

アリエッタが自分達の様子に気付き考えを止めると、ファブレ親子は続々と我に返り今のアリエッタの考えについて各々の考えを巡らせ始める。特にルークについて詠まれた予言(スコア)を知っているクリムゾンは、オリジナルのルーク……アッシュを攫ったヴァンの目的について一層深く悩む事になった。

 

そんな緊迫した空気を壊すように、愉快そうな笑い声が部屋に鳴り響く。その音の主であるシンクは、これ以上可笑しい事は無いとばかりに腹を抱えて笑っていた。

驚きから顔を隠していたアリエッタも含め、一同がシンクを困惑した表情で見つめていると、ようやく笑いの波が引いたのか、目元を拭いながらその理由を語りだす。

 

「あーおかしい! ヴァンの奴、ざまあないよね! ちょっと反抗されただけで所詮子供だって諦めた相手に、自分の計画の杜撰さを指摘されまくってさぁ!

そりゃそうだ! あの自分以外を見下している馬鹿は公爵子息サマを誘拐から助けた自分が疑われる訳がないって思ってんだから滑稽としか言いようがないよ! 自分が誘拐を企てた張本人だってのに! 自分で攫って自分で取り戻すとか馬っ鹿じゃないの? そんなの怪しいに決まってるよねぇ!

いや、本当にありがとうアリエッタ! お蔭であんな馬鹿の泥船に乗らずに済んだよ! いくら空っぽの人生だからって、流石に失敗確定の計画の為に無償でくれてやる気はないからさ!!」

 

そう叫ぶシンクの言葉に嘘は見られず。予想はしていたが唐突に暴露された真実に、益々ファブレ親子は困惑していく。だが、そんな事は知った事では無いとばかりに、シンクは心底嬉しそうな声色でクリムゾンに一つの提案をした。

 

「ねえ公爵サマ。これから自由にこの部屋に出入り出来る許可をくれるんなら、素敵な提案があるんだけどどうだい? あぁ、流石に来る時は変装くらいはしてあげるよ」

「は、はぁ!? この部屋って、まさか俺の部屋か!? ざけんな!!」

「アンタには聞いてないよレプリカルーク。公爵サマが決めればアンタに拒否権なんか無いんだから、黙って聞いてなよ」

「……その提案とは?」

「ち、父上!?」

 

自分の部屋への無制限の侵入許可という、自分にとってあまりにもな条件を飲みそうな父に驚愕するルークだったが、クリムゾンにとって……いや、ファブレ家にとって、既にシンクは絶対に放置出来る存在ではなく。害意が無いのならば、この程度の条件ならば飲み込まざるを得ない状況だった。

強く拳を握るクリムゾンの心情を見透かしたシンクは、更に口角を上げるとその提案を告げる。

 

「この僕が、ヴァンに対してのスパイになってあげるよ。ついでに鬱陶しいモースの情報も、知れる範囲の事は教えてやる」

「…………その申し出が本当なら有難い事だが、その情報が信頼できるという根拠は?」

「はぁ? …………チッ! ……まぁ、いきなり信用しろっていうのも無理な話か。そうだなぁ……」

 

自分を疑うクリムゾンの態度に心外とばかりに舌打ちをするシンクだったが、流石に自分でも怪しいと思うのか信用を得る為の方法を吟味し始める。

思考を巡らせながら何気なしに部屋を見回していると、ふと自分を睨んでいたルークと目が合った。

ルークの鬱陶しい視線に顔を顰めるシンクだったが、何かを思いつくと表情を一変させクリムゾンに向き直り、更なる交渉内容を提示した。

 

 

「じゃあ公爵サマ。まずはアンタの本当の息子の行動予定を教えてやるよ! アイツに遠征予定の日でもあれば、そこを狙って接触も出来るんじゃない?」

 

 

そう告げるシンクの口元は、悪戯を思いついた少年のように愉快そうに歪んでいた。




自分で書いててなんだが、シンク捻くれすぎぃ! なんかアリエッタに対してはツンデレで、ルークに対しては捻デレみたいになりそう。
あ、前話のアンケートは更生派がアンチ派と倍以上の票差が付いたので締め切ります。皆ティアが好きなのか、これ以上非常識なキャラはいらんって理由なのか。取り敢えずタグは整理しときます。
しかしこのアンケート機能は便利やなぁ。全員分再アンケートしたらどうなるのやら? 絶対にしないけど。ジェイドとアニス、ガイはともかく、この展開からナタリア更生とか絶対無理。


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21話 次期公爵

体調不良で予告より遅くなりました。寒暖差に弱いんや……何なの最近の気温。


「あー……」

「…………」

 

シンクによる衝撃の協力申請からしばらくして、ルークとアリエッタの二人はルークの自室で何をするでもなく、ソファーに並び過ごしていた。両親とシンクの姿は既にここには無く、ここからの話は二人には聞かせる必要は無いと夫妻が判断し、シンクを連れて取引場所を移したのだ。二人を外す事にシンクは難色を示したが、シュザンヌの有無を言わさぬ説得に押し負け、つまらなそうに鼻を鳴らすと夫妻と共にルークの部屋を後にしたのだ。

 

後に残されたルークとアリエッタだったが、ルークは天井を仰ぎぼんやりと言葉にならない声を上げており、そんなルークにどう接すればいいのか分からないアリエッタはおろおろとルークの傍に居るにも関わらず、所在なさげにしていた。

オリジナルが健在だという衝撃の事実を知り、ショックを受けたルーク……なのだが。ショックを受けたのに間違いは無いのだろうが、その割には特段怒りや悲しみと言ったマイナスの感情が全く見えず、唯々ぼんやりとしているのだ。単に落ち込んでいるだけならアリエッタはいくらでも慰めるのだが、こうもよく解らない反応をされると対人経験の少ない彼女には、何も言わずに寄り添うくらいしか出来なかった。

今のルークにとってその対応が一番嬉しいのだが、当のアリエッタはこれだけで良いのかと不安なのか、チラチラとルークの顔を見上げては逸らしてと軽くパニック状態になっており、ついにはルークと同じようにあー、うーと言葉にならない声を上げ始めた。

 

そんな恋人の可愛らしい様子を横目に、考えが纏まったのかルークは大きく息を吐くと、アリエッタの肩を掴み自分の方に抱き寄せる。

パニック状態の所に突然そのような事をされたアリエッタは堪ったものではなく、思わず「ぴゃあぁ!?」と悲鳴を上げたが、ルークに抱き寄せられた事を把握すると、耳まで赤くしながらされるがままにルークに寄り添った。

 

そのままどれだけの時間が経っただろうか。数分か数十分か。短くない時間がすぎても何も話さないルークに痺れを切らしたアリエッタが、聞いていいのかと不安になりながらもルークに問いかけた。

 

「あの……る、ルーク?」

「んー?」

「えっと、その…………だい、じょうぶ……なの?」

「あー……俺のオリジナルが死んでるどころか、ヴァン師匠のとこでピンピンしてるって話だよな?」

 

頭を掻きながら言うルークに、愛用のぬいぐるみを強く抱きしめながら何度も頷くアリエッタ。ルークを嫌な気持ちにさせるかもしれないと思いながらも勇気を出して問いかけたのに、当のルークは特段気にした様子は無く、逆にアリエッタを気遣っているのか頭を撫でてくる始末。

自分ばかりが気にしている事に少しばかりもやもやとしたものを感じながらも、それ以上にルークの反応が予想とは違いすぎる事を不思議に思うアリエッタ。

以前自分がレプリカと知った時のルークの反応は、世界の全てに絶望したかのような反応だった。だから今回も、自分の存在理由が分からなくなってしまうのではないかと、アリエッタは思っていたのだが……。

困惑の瞳で自分を見つめてくるアリエッタに根負けしたのか、ルークは苦笑しながら自分が考えていた事を語りだした。

 

「そりゃあ、聞いてすぐはショックだったよ。オリジナルが生きてんなら、そいつが帰って来たら俺はお役御免で追い出されるんじゃないかとか、俺の周りにいる皆もオリジナルの方に行くんじゃとか思ったりな」

「う…………」

 

イオンがレプリカと知った途端に見捨てた過去があるアリエッタとしては、何と返して良いのか分からずにその小さな身体を更に小さくしてしまう。

判りやすく落ち込む恋人を微笑ましく思い、ルークはアリエッタを更に強く抱き寄せながら言葉を続ける。

 

「けど、俺がレプリカだって知った時……アリエッタはレプリカでも関係ない。俺がいなくなるのは嫌だ。俺じゃないと嫌だって言ってくれた。父上も母上もヤナギも、俺の事を思って泣いてくれた」

「あっ……」

「それを思い出したら、オリジナルが帰って来ようが来なかろうが、別に関係ねえなって心から思ったんだ。まぁ、もしオリジナルが帰って来たら、次期公爵は余程の事がねえ限りはオリジナルの方になるだろうけどな」

「え!? そ、そんな……ルーク、ずっと、ずっと頑張ってるのに……!」

 

あんなに頑張っているのに、公爵になれないかもしれない。

あっけらかんとそう言うルークだったが、誰よりもその頑張りを近くで見続けてきたアリエッタにとっては看過できるものでは無く。まだ見ぬアッシュに対して憤りを顕わにしていた。

自分が頑張っている理由が公爵になるためだと勘違いしているアリエッタに思わず声を上げて笑ってしまうルーク。何で笑われるのか分からないアリエッタは、不満げに頬を膨らませると、ぬいぐるみの手でバシバシとルークを叩き始めた。

 

「もー! 何で笑うの!」

「ハハハハッ! いや、だってお前、俺が公爵になる為に頑張ってるって思ってたのか?」

「え?」

 

思いもよらない言葉に、思わずぬいぐるみにルークを叩かせる事を止めてしまうアリエッタ。頑張る理由なんて、それ以外にあるのかと不思議そうにするアリエッタの頭をくしゃくしゃと撫でまわすと、愛しげに見つめながら努力の理由を話し始めた。

 

「俺は公爵を継ぎたいなんて思った事は一回もねーよ。勿論、父上や母上が誇れるような息子になりたいとは思ってたし、公爵になるんだろうとは思ってたけどな。オリジナル……アッシュだったか? そいつに次期公爵としての能力があんなら、別にアッシュが継げば良いんだよ。元々はそいつが継ぐはずだったんだからな。アリエッタだって、レプリカがオリジナルの居場所を奪うのは嫌だろ?」

「そ! それ……は……」

「あ、わ、悪い! 別に責めてるんじゃなくてな? 別に俺は公爵の立場に執着してねえって事だ! あー……とにかくその……俺が頑張ってるのはだな。お、お前が……」

「……アリエッタが?」

 

自分が頑張る理由をまるで察してくれないアリエッタ。

言葉にする恥ずかしさよりも焦れったさが勝ったルークは、半ばヤケクソ気味に努力の理由を明かす。

 

「…………お前が俺の為に頑張ってたから。俺も、お前の為に頑張りたくなったんだよ!! お前の主人として相応しくある為に! そんで今は、恋人としてお前を護れるようにな!!!」

 

「…………? ………………ッ!!!?」

 

ルークの頑張る理由が、まさかの自分の為だった。

予想だにしなかった言葉に処理が追いつかず、耳どころか腕まで真っ赤にしたアリエッタは、ルークに抱き寄せられたまま手で顔を覆い、穴があったら入りたいとばかりにルークの膝に手と顔を埋めながら身体を丸めてしまった。

言った側であるルークは、ある種の達成感を抱きながら丸まるアリエッタをする―して話を続ける。

 

「あー……だから、別に俺はアッシュが帰ってくるのは何とも思ってねえって事だよ。あっちがどう思ってるかは知らねえけどな。

……それに、よくよく考えればだぞ。アッシュが公爵になってくれたら、俺達が抱えてる問題の大半は解決するんだぜ?」

「……?」

 

自分たちが抱えている問題の大半が解決する?

まだまだ嬉しさやら愛しさやら恥ずかしさやらが混ぜこぜになっているアリエッタだったが、その内容が気になったのか、丸まった状態からルークに抱き着く体勢に移行し、暗にルークに話の続きを促す。

その愛らしさに内心身悶えながらも、ルークは自分の考えを伝えた。

 

「いいか? 俺達が抱えてる一番の問題っつったら、俺にナタリアっつーうぜぇ婚約者がいる事だ。しかも王命で決まってる、相当の事が無いと解消出来ないなんて、めんどくせぇやつがな……まぁ、ナタリアの奴がやらかしまくってるお蔭でその相当の事が起こりそうなんだけどな……けど、叔父上は結局ナタリアに甘いから、結局はなんだかんだで解消されねえだろ。

で、だ。ここでアッシュが公爵家に帰って来たらどうなる? ナタリアが会うたびに馬鹿みてえに煩く言ってくる約束ってやつをしたのは誰だ? あいつの本当の婚約者は誰だろうな?」

「…………あっ!」

 

ここまで説明すると、アリエッタもルークの言いたい事が伝わったのか顔を起こし笑顔でルークを見上げる。ルークは愉快げに口を吊り上げながら、わが意を得たりとばかりに先を続ける。

 

「そう、オリジナルであるアッシュだ! アッシュが帰って来たら、堂々とナタリアを押し付け……いや、元の関係に戻してやりゃあいいんだよ! そしたら王家と婚約解消なんてめんどくせぇ事をしなくても、俺もアリエッタもアッシュも、ついでにナタリアの奴も幸せになれるって事だ!!」

「す、凄い! ルーク凄い!!」

「しかもだ。アッシュが帰ってきて嬉しい事はもう一つあるぜ?」

「!?」

 

自分達を悩ませる一番の要因であるナタリアとの婚約が、角を立てる事無く解決出来る。それだけでも凄いとルークを褒め称えたのに、まだ嬉しい事がある? それがどんな事なのか想像も出来ないが、ルークの様子を見るに自分達の将来に関わる事なのだろうと推測したアリエッタは、我慢出来ずに早く続きを話せとばかりにルークの服を何度も引っ張る。

その様子に更に気分を良くしたルークは、自慢げにもう一つの利点を語った。

 

「アッシュが居れば、公爵を継ぐのはアッシュになるだろ? そうすれば俺は、言っちゃ悪いが居ない筈の存在って事だ。まぁアッシュの双子の弟、よく似た親族、似てるだけのアッシュの身代わり……影武者っつうんだったか? まぁ、その辺りにの設定になるだろうな……流石に影武者は、父上母上との繋がりが無くなっちまうから嫌だけどな。とにかく、俺の立場が今より軽くなるのは間違いねえだろ?」

「う、うん……」

「双子の弟だって事にしても、堂々と社交界に出せねえ存在なのは間違いない。貴族との縁談なんてまず来ないだろうな……つまり! 俺とアリエッタが――――!! …………俺とアリエッタが、だな……その……」

「……ルーク?」

 

自慢げに語っていたルークだったが、結論を言う寸前になって自分が何を言おうとしていたかを自覚してしまい、途端に恥ずかしさがやってきて言葉に出せなくなってしまう。

 

(あ、アホか俺は!? 何を勢いでプロポーズしようとしてんだよ!! そりゃあこいつと……アリエッタと婚約するのに障害が無くなるかもってのは間違いねえけど、だからって今プロポーズすんのは流石にねえだろ!?

いや、もうしてるようなもんだけど、こういうのはもっとこう、ムードってやつが大事だってヤナギも言ってたし……!!)

 

突然顔を真っ赤にして唸り始めたルークを不思議そうに見上げるアリエッタ。どうしてこうなったのかと直前のルークの言葉を思い出していると、じきにその答えに辿り着き、嬉しそうに正解を言ってしまった。

 

「分かった! ルークとアリエッタが(つがい)に……ふうふ? になれる!」

「つがっ!? ……~~~っ!! ……あー…………そういう事だよ……はぁ……」

「ふうふ! アリエッタとルークが夫婦!! ん~~~~!!」

「んなっ、お、おいアリエッタ!?」

「ルーク! 大好きルーク!!」

「~~~~っっ!! あぁくそっ! 俺も大好きだっつうの!!」

 

プロポーズが台無しになり沈んだ様子のルークとは裏腹に、大好きなルークと(つがい)になれるという嬉しさのあまり、ルークの首に抱き着き頬ずりをしだすアリエッタ。

気落ちしている所に突然の恋人からの熱い抱擁。そんな事をされては凹んでいる事が馬鹿らしくなり、ルークは強くアリエッタを抱きしめ返した。

 

始まりはシンクによる突然の爆弾発言だったが、二人が紡いできた絆を揺らがせる事は出来ず。より一層に二人の仲が進展することになったのだった。

 

 

 

 

「……ふん。何だよ幸せそうにしちゃってさ……つまんないなぁ」

 

部屋の外で一部始終を聞いていたシンクだったが、まさか落ち込むどころかオリジナルが帰ってきた方が有難いなんて話になっているとは、流石に予想外だった。

少しは苦しんでいるだろうと思っていたのに、幸せの真っただ中にいますと言わんばかりの空気に充てられたシンクは、不貞腐れたようにそう呟くと静かに姿を消した。

 

「……ボクの方が先に出会っていれば……アリエッタがダアトを脱出する時に声だけでも聴かせていればもしかすれば……なんて、今更言っても意味ないか。あーあ、やってらんないね……ったく」

 

シンクのその言葉は誰に届く事もなく、風の中に消えていった。




今更だが、メイド役はヤナギじゃなくてTOSのコレットでも良かったかなと思い始めた。そしたらアリエッタの師匠がリフィル先生とジーニアスになって、アリエッタに淡い恋心を抱き始めたジーニアスの脳が破壊される展開になるけど。アビス世界だとエクスフィアがないから、プレセアは年齢通りの容姿になっちゃうからね。仕方ないね。


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