ロリコンと奴隷少女の楽しい異世界ハクスラ生活 (いらえ丸)
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ロリコン、異世界に立つ。

 適当に続けていけたらいいなと思います。
 ジャンルは「冒険・バトル」ですが、冒険も日常もあります。「日常」と迷いました。どっちなんでしょう?
 劇的で面白い話じゃなく、読んでてほんのり楽しい話を目指していきたいですね。



◆注意◆
 主人公は若干頭がおかしいです。
 一般人ですが、まともではありません。
 アライメントは「秩序・悪」です。中立寄りです。


 恥の多い人生を送っていると思う。

 

 初恋は、画面の中の二次元ロリだった。

 アニメ専門チャンネルで見た、とある魔法少女。界隈では人生ブレイカーとかロリコン製造機とか言われてたりする魔性の幼女だ。

 だが、初恋とは叶わぬもの。その子は続編アニメで立派なキャリアウーマンになってました。成長した彼女はムチムチのボインボイン体型になってしまったのだ。そうして俺の淡い恋心は見事砕け散ったのである。

 その程度と言われればそうだし、薄情と言われればそうだろうと思うが、俺は大きくなった彼女に何の魅力も感じなくなってしまったのだ。

 

 その時、思い知った。

 俺はロリコンだったのだ。

 

 背の低い女の子が大好きで、幼い仕草にトゥンクと来て、メスガキトレンドに真っ先に飛びつき愛好し続ける類の人間だった。

 背の高い女性を愛せない。妖艶な女優に興味を持てない。大きなお尻、大きなお胸に何の魅力も感じない。

 

 初恋が二次元なんてのは今どき珍しい事じゃない。それがロリでも、まぁおかしな事はないだろう。当時、俺はショタだった。ショタがロリに恋をするなんてのは健全も健全ド健全。何が問題ですか?

 しかし、デカくなった俺は三次元のロリも好きなタイプのロリコンだった。

 

 画面の中じゃない初恋は、友達の妹だった。

 高校生の頃だった、遊びに行った友達の家で、とても可愛いJCを見て、心の臓にバキュンと一発。目と目が合うーって奴だった。

 その子は性格も良くて、兄の友達である俺にも礼儀正しく挨拶してくれた。まさに天使みたいな女の子だった。

 けれど、彼女は堕天した。翌年の夏休み、黒髪の妹君は髪を染め、濃ゆいギャルメイクをするようになっていた。で、両親や兄とも仲が悪くなり、中学生にして朝帰りをする事もしばしばになってたとか……。

 再度、俺の恋は砕け散った。天使は失墜し、ロリのロリたる所以が失われたのである。三次は惨事だ。

 

 やっぱり、俺はロリコンだった。

 年上は無理だ。同い年ももう無理だ。年下もある程度すると無理になると思い知った。

 ……いや、今のは嘘だ。年上でも同い年でもオッケーだ。肝要なのはロリな事であって、実年齢がどうのではない。二次ならば。

 真のロリコンはロリを愛するが、ロリも愛する。しっくりくるね。ロリババアはいいぞ。

 

 閑話休題。

 

 そんな俺だが、現代日本的な倫理観はしっかり持ち合わせていた。

 イエス・ロリータ・ノー・タッチ。当然として、リアル女児に手を出す事はなかった。遥か昔の日本ならともかく、俺が生まれたのは世紀末後の現代日本である。ロリと結婚できるってだけで戦国大名に強い憧れ抱いちゃうが、俺はただの一般人だ。法律という名の投石攻撃は怖いのである。

 二次と三次は等価であったが、俺は特に二次に傾倒した。三次への興味が失せたというより、叶わぬ恋をするよりも好きなアニメやゲームをやってた方が有意義だと思うようになっていた。

 実際、三次のロリはロリじゃなくなる。合法ロリにはなれたとしても、ロリババアにクラスチェンジはできぬのだ。ある意味健全である。

 

 俺はロリコンだ。

 

 犯罪者予備軍なのかもしれない。けど犯罪者じゃない。

 ヤバい奴かもだが、ヤバい事はしてない。

 そんな、多分どこにでもそれなりの人数いるタイプのロリコンが、俺。

 石黒力隆という男だ。

 

 石黒力隆(イシグロリキタカ)(21)

 12月11日生まれ。

 尊敬する人、ルイス・キャロル。

 好きなお菓子はホワイトロリータ。

 

 

 俺はロリコンだ。

 俺には夢がある。

 

「異世界行ってロリのハーレム作りてぇ……」

 

 大志を抱けと言いますが、抱いた夢がこれじゃあね。

 

 虚しい呟きが狭い風呂場に反響した。

 ま、無理なんですけどねってのは、自身の性癖を知ってから自覚している事である。

 二重も三重も無理な夢だ。要点はロリであるが、現実じゃ無理なのでさらに無理な夢もどきで欲望を覆ってるだけだ。あほくさ、である。

 

 ロリコンとは悲しい生き物だ。

 初恋も、将来の夢も、結婚も。

 絶対に叶うものではないのだから。

 

「さて、イベント周回がんばるぞい」

 

 などと言いつつ、俺は俺の人生にそれほど不満はなかった。

 元の性格がそうさせるのか、俺は物事をそんな深刻に考えない性質なのである。

 悩む事、ヘコむ事は最低限でいい。そんな事する暇があったら、青山先生の新刊を読むほうが有意義だ。新作のアニメ化まだですか?

 画面の中、紙面の文字、電子の書籍のロリたちは、いつも俺の心を満たしてくれるのだ。

 これ以上の幸せはロリコンにゃ眩し過ぎる。

 

 そうして、俺はいつものルーティンをこなし、寝床についた。

 明日は予約してた同人エロゲの発売日。来週はきららの発売日。一か月後にゃよさげなロリアニメが始まる。

 

 異世界でもないし、童貞のままだし、ハーレムも作れやしないが。

 半径3メートル以内にロリがある。

 まぁまぁいいじゃないか、ロリコン人生。

 

 温かい布団の中、俺は安らかな眠りについた。

 

 

 

 で、今に至る訳だが……。

 

「異世界じゃん」

 

 目が覚めると、異世界に来ていた。

 お尻に硬い感触。ベッドで寝ていたはずの俺は、いつの間にか噴水の淵に座っていた。

 周囲を見ると活気ある出店が軒を連ねていて、そこの店主や客には現代日本人にはあり得ない特徴があった。耳が長かったり、ケモミミが生えてたり、髭もじゃのずんぐりむっくりだったり……。

 

 やっぱ異世界じゃん。

 

 ふと幼女の声が聞こえた。反射的に目を向けると、通りの方からピンク髪と緑髪の女の子二人がこっちに向かって走ってきた。

 二人はピンクとグリーンというカラフルな髪色をしていて、頭にはネコ科動物っぽい耳が生えていた。彼女らの後ろから同色の髪色をした男女がやってきて、二人を微笑ましげに見守っていた。両親らしき二人の頭にも、猫耳が生えていた。ヒト耳が無ぇ。

 うん、ここ日本じゃねぇ。アメリカでもねぇ。勘と経験が言っている、異世界だ。

 

「……マジ?」

 

 手を見る、俺の手だ。服を見る、寝間着のジャージだ。うん、これ転生じゃなくて転移的な奴だな。

 恐ろしいもので、ネットネイティブ世代の俺からすると異世界転移は存外あっさり受け入れられるものであった。

 

「どうすっかなぁ……」

 

 ぼんやりと空を見る。

 異世界受容こそ早かったが、途方に暮れてしまうのは仕方ないだろう。

 ある意味、長年の夢の第一歩が叶ったかもな訳だが、如何せん素直にゃ喜べない。

 

 なんせ、これ全然デイドリームの可能性あるから。

 幸福な夢から覚めた時の反動が怖くて、はしゃげない。

 銀魂の無人島全裸案件。あるいは一人かめはめ波練習になりそうで、異世界ヒャッハーができなかった。

 

 まあ、とはいえだ。

 

「うわ、あの子めっちゃ可愛い……」

 

 夢の中でも、異世界でも。

 ロリの笑顔は俺の心を満たしてくれた。

 俺は、異世界でも俺のままであった。

 

 ロリコンの魂百まで。

 我魂魄百万回生まれ変わってもロリコン。

 ロリ愛でる、故に我あり。

 

「ま、なんとかなるだろ」

 

 俺は腰を上げた。

 

 不安の中、無理やり希望を捻りだす。

 ここは日本じゃない。異世界だ。なら、ロリと結婚できるかもしれないし、エターナルロリがいるかもしれない。ハーレムだって、できるかもだ。

 やれるだけ、頑張るだけ頑張ってみよう。異世界産のロリを見て、そう思えた。

 

 とはいえだ。

 俺は貧弱一般人。獣一匹殺した事ない身からすると、腕一本でファンタジーやれる自信はなかった。

 

「特典、あったらいいなぁ……」

 

 俺の呟きは、広場の喧噪に流されていった。

 

 

 

 

 

 

 異世界転移から、約一週間。

 

 俺は今、体育館ほどの広さの洞窟で死闘を繰り広げていた。

 

「しゃアッ! 死ねオラァ!」

 

 現代日本では絶対発さないであろう暴言を飛ばしつつ、相対する化け物の腹を横一文字に切り裂き、勢いそのまま通り過ぎる。

 ズサーっと靴底が地面を滑り、振り返って構えを取った。その間、コンマ以下秒。流れるような一連の動きは前の世界じゃあり得ないほど俊敏で、現実離れしていた。これぞ“剣士”のアクティブスキル“切り抜け”だ。

 数瞬遅れて、奴の腹から切れ目に沿った血が飛び出た。最後っ屁が来るかもしれない、切っ先を向けて構える。奴は振り返らない。やがて、どしんと膝をつき、迷宮の主は倒れた。

 そして、身長約4mの熊型ボス――ナックルベアは、青白い粒子となって俺の身体に吸い込まれていった。

 

「んぁ~……たまんねぇ」

 

 瞬間、俺の身体に冬場の風呂に浸かった時みたいな快感が溢れた。

 奴の魂を取り込み、俺の魂魄強度を上げたのだ。実際そうかは知らないが、なんかそんな感じがする。何度も味わったこの感じは間違いなくレベルアップだ。

 はじめてこれ体験した時、まるでソウルシリーズみたいだなと思ったものである。

 

「よし! 剣士レベル10!」

 

 言いながら、慣れた操作で空中投影されたコンソールをスワスワする。

 アイアンマンのアレか、あるいはSAOのアレみたいなコンソール画面には、現在の俺のステが載っていた。

 

 

 

◆イシグロ・リキタカ◆

 

 剣士:レベル10

 新規習得スキル:回転斬り

 

 能動スキル1:切り抜け

 能動スキル2:受け流し

 能動スキル3:生命活性

 補助スキル1:魔力変換

 

 生命:28

 魔力:22

 膂力:28

 技量:27

 敏捷:27

 頑強:24

 知力:16

 魔攻:18

 魔防:19

 

 

 

 剣士レベル10。能力値はバランス前衛型。RPG的には駆け出しなんだと思う。実に分かりやすい。

 けど、他の人にこのコンソールは開けない。開けられる人はいるかもしれないが俺は見たことない。つまりこのゲーム的仕様こそ、俺の特典……なんだと思う。

 

「ま、考えるのは後でいっか」

 

 ステ確認か鑑定かコンソールか。一見なにそれショボとか思ったものだが、これほど便利なものはないと今ではそう実感していた。

 物騒なこの世界、前と同じく自分の能力値を数値化する事はできない。けど俺はできた。どっかの誰かの言う通り、敵のお尻と己のお尻を知ってれば百回戦っても勝てるのだ。

 安心安全なレベリング。それにより、今の俺の剣士レベルは10だ。異世界初心者にしてはなかなか良い調子なんじゃないだろうか。

 

 まぁ、これはあくまでも特典のひとつで、俺がこれまで生きてこれたのは別の要因がでかいんだが。

 それはともかく、今日も無事帰還である。

 

 討伐後、ボス部屋中央に出てきた巨大クリスタルに触れ、転移する。

 瞬間、足先から順に俺の身体が青白い粒子に変換されていく。転移のエフェクトだ。

 最初は怖かったが、転移すると返り血とかも綺麗さっぱりだから便利だ。簡易の風呂だと思えば慣れるのも早かった。

 

 しばらくして、目を開けた。切り替わった視界には、見慣れた転移神殿の風景が広がっていた。

 さっきのボス部屋が体育館だとしたら、ここは野球場といった印象だ。冒険者は、この場所からダンジョンへと転移するのである。

 学校ひとつ程度覆ってしまえそうなほど高い天井には、数えるのも面倒な程多くの発光クリスタルがあった。ここは昼も夜もいつでも明るく、独特な熱気に満ちている。

 遠く神殿の入口付近にはギルド受付があり、笑顔の受付さんが新人冒険者っぽい兄ちゃんと話していた。今からひと狩り行く気のパーティが転移石板の前でダンジョンを選んでいた。

 野球場でいうベンチとかの辺りには道具屋や武器屋が並んでおり、ダンジョンアタックに必要な物品を扱っている。

 転移神殿という名の此処は、まるでハクスラRPGの拠点みたいだった。

 

 俺は出口用の転移石板を離れ、コミケ仕込みのすり抜けスキルを駆使して人混みの中を歩いた。

 そして、いつもの受付さんの前に立つと、慣れた手つきでアイテムボックス――虚空に腕を突っ込むタイプの奴である――から本日の戦果を差し出した。

 どさっと卓上に置かれたのは、種々様々なダンジョン産アイテムとその他諸々である。殆どはダンジョンモンスターが落とすガラクタばかりだが、中には赤子の拳サイズの宝石みたいなのもある。

 

「換金お願いします」

「ん? おぉ、あいよ。番号札は緑の1番な」

 

 そう言って、受付さんは俺に緑色の番号札を渡してきた。受け取ると、おじさんは俺が持ってきたアイテムを背後のクソデカ天秤にセットしていた。曰く、ギルドご自慢の換金魔道具らしい。

 ダンジョンモノの定番、受付さんはもちろんベテランっぽいおじさんだ。登録も換金も、俺はいつもこのおじさんに頼んでいた。理由は簡単で、ここが一番空いててスピーディだからだ。

 他の受付さんの前には長蛇の列ができている。列の先には、凡そ多くの現代人が美人だと思うであろうお姉さんが笑顔を振りまいていた。対する男は嬉しそうに顔を赤らめていた。

 

「にしても、あんた意外としぶといな。三回目あたりで死ぬと思って賭けてたから大損こいちまったよ」

「職員って賭博やっていいんですか?」

「飲み代くらいじゃしょっぴかれねぇよ。おっ、換金済んだな。ほら札返せ」

「はい」

 

 雑談などしつつ、渡されたお金――金貨銀貨だ――をアイテムボックスにしまう。

 念のため、お金の確認はここではやらないようにしている。スリの危険性があるからだ。俺はまだ遭遇してないが、現場に居合わせた事はある。こっちの治安は日本ほどよくないのだ。

 

「お前……明日も潜るのか?」

「ええ、そのつもりです。では、ありがとうございました」

 

 柵抜け人抜け扉抜け、すたすた歩いて神殿を出た。

 すると、視界いっぱいに暗くなり始めた異世界の街の景色が広がった。

 

 神殿の出入り口の前にはこれまた広くて大きい階段がある。そこから、この街をある程度俯瞰できるのだ。

 階段の下、いくつもの屋台や飲食店が軒を連ねていた。外の席では同業と思しき人たちが酒を飲んで仲間と騒いでいる。かと思えば殴り合いの喧嘩がはじまって、周囲の人が盛り上がっていた。

 

 楽しそうだなと思いつつ、俺は人混みを避けて大通りを抜けた。

 少し歩いて右に左に。遠い喧騒が薄れてくると、目的地にたどり着いた。宿屋である。

 

「お、今日も来たね。昨日と同じでいいかい?」

「頼みます。先にお湯頂いてもいいですか?」

「あいよ。少し待ってな」

 

 宿屋の主人に挨拶し、昨日と同じコースで部屋を借りる。

 一階の洗い場に行き、装備していた防具を脱いでいく。ブーツに手袋に胸当てと、ホントに最低限の防具類だ。転移直後のパンツ以外の持ち物を全部売って揃えたのだ。探索の後、貯まったお金は殆ど貯金に回している。

 装備を外し、全裸になる、もらったお湯で身体を拭いて、ついでに装備も洗う。迷宮探索での汚れは転移で消えるのだが、汗や垢は残るのでちゃんと洗わないといけない。この世界は普通に大衆浴場があるのでそっちに入った方が気持ちいいのだろうが、今は節約しているのだ。

 綺麗になったところで食堂に行き、頼んでおいた夕食を食べる。異世界食は存外悪くなかった。とりわけ美味しくもないが、不味くもない。ちゃんとした飯屋に行けば美味しいご飯が食べられるのだろうが、今は節約しているのだ。

 

 飯を食べ終えて、借りた部屋へ。

 四階建ての最上階。一番安くて狭い部屋だ。大体三畳くらいの広さ。此処が俺の住処だ。持ち金的には普通にもっと良い宿屋に住めるのだが、今は節約している。

 俺は、節約しまくっているのだ。

 

「さて、と……」

 

 堅いベッドに寝そべりつつ、コンソールを弄る。

 ステの確認と、今後の方針についての思索だ。

 

 この世界は、ゲーム的だ。

 ダンジョンの怪物を倒すと経験値が得られ、ある程度溜まるとレベルアップする。レベルは職業ごとに分かれ、転職するとその職業のレベルになる。レベルは引き継げないがステは据え置きで、本人の強さは職業レベルじゃなく積み重ねた職業レベルの総合とステータスで決まるのだ。

 また、ステは職業ごとに伸びる項目が違う。戦士なら膂力や技量が、魔術師なら魔力関連がといった具合に。俺はジョブを転々としているので、ステの構成は前衛の割にバランス型だ。

 分かってる範囲だが、ジョブは基本職→下位職→中位職……と上がって行くのだと思われる。今の俺のジョブは剣士なので、下位職という訳だ。

 まあ、こんな感じ。ドラクエっぽいし、FEっぽくもある。

 

 で、今現在、俺が何に頭を悩ませているかというと……。

 

「ジョブチェンジかぁ……」

 

 ジョブチェンジについてである。

 この世界、例によって一定条件を満たすと特定のジョブにつけるらしいのだ。多分、剣士10+魔術師10=魔法剣士みたいな感じだと思う。

 現在、俺の職業レベルは戦士レベル10と魔術師レベル5と剣士レベル10である。さっき確認したが、どうやら戦士10+剣士10で“剣闘士”という下位職になれるらしい。

 剣闘士は剣士と同じ下位職だが、剣特化の剣士と違って盾を扱う事ができるようだ。多分、剣闘士で覚えられるスキルみたいなのもあるんだろう。実際気になるし、剣闘士って何か強そうだ。ステの伸びも剣士より少し上だ。

 けれど、今の俺の戦闘スタイル的に剣士がしっくりきてるので変えたくないのだ。あと、先に剣士レベルを上げてみたい気持ちもある。剣士の次のジョブも気になるしね。

 

 扱いやすい剣士を貫くか。

 今後の事を考えて剣闘士のレベルも上げておくか。

 悩みどころである。

 

「ふふっ……」

 

 ベッドの上、思わず笑みがこぼれた。

 悩みどころといいつつ、楽しんでいた。ゲームをやっていて楽しい時とはこういう時間だと思うのだ。

 命のかかった生業。死にゲーみたいなダンジョン。決してよろしくない治安。

 けれど俺は、この異世界をけっこう楽しんでいた。

 

 石黒力隆(21)

 俺には夢がある。

 

 異世界でロリのハーレムを作り、酒池肉林の限りを尽くすのだ。

 その為に、俺は毎日命張って金策し、節制して金を貯めている。

 何故か? 奴隷を買う為だ。この世界、普通に奴隷売買があるのだ。無論、そういう奴隷も。何しても、いいのだ。

 まあ、乗るよね。

 

 健全なロリコンなら、健全なパーティを組んでロリとの出会いを求めるのだろう。

 だが、俺は違う。前世の俺は法に従って生きていたが、それはあくまでそういう法があったから従っていただけで、ロリ奴隷が合法な環境ならさっさと欲を満たす方向に進んじまうのである。

 あと、探してみたが、女冒険者はいてもロリ冒険者は見かけた事はない。悲しい、めぐみんはどこだ。ロキシー先生はどこだ。見つからない。期待薄だろう。

 

 奴隷少女、可哀想だが、大好物だ。

 前世、俺には好きな同人ゲームがあった。有名な作品だ。傷ついた奴隷少女を買い、優しく接して愛を育んでいくというハートフルな作品だった。

 ぶっちゃけると、奴隷少女っていう文字列がツボなのだ。

 

 おいおい、現実甘くねぇぞとか。

 そんな都合よくいくかよとか。

 そう思うかもしれない。

 

 けど、ここは異世界。

 レベルがあり、ステがあり、奴隷が合法化された世界なのだ。

 

 異世界生活、楽しんだもん勝ち。

 

 俺はそれまでを、こうやってゲームに没頭するかの様に過ごしていた。

 奴隷少女の事を思えば、節制生活も辛くない。レベルアップする毎日は楽しい。ジョブチェンジに悩む時間はワクワクする。

 

 なに、大丈夫。

 ミスっても死ぬだけだ。

 

 ロリハーレムの為ならば、命なんざナンボでも賭けてやる。

 それが俺、ロリコン石黒の生き方である。




 感想もらえると励みになります。



 本作は、「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」と「異種族レビュアーズ」に触発されて書いた作品となっています。
 中でも内密氏へのリスペクトは強めな作風となっております。パクりでもオマージュでもなく、リスペクトです。
 ああいう感じで続けていきたいなぁという気持ちですね。


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せめて、ロリコンらしく

 感想・評価など、ありがとうございます。
 感想もらえるとすごく嬉しいですね。気が向いたら何か適当に投げてやってください。すると作者がハッピーになり、続きを書くモチベに繋がります。

 今回は三人称、受付のおじさんから見たロリコン。
 一般庶民のロリコンがなんでこんな強いねんってのはまた今度書きます。

 ロリはまだ出ません。



 ある日、高名なベテラン冒険者が死んだ。

 

 彼は英雄ではなかったが、間違いなく成功した類の冒険者だった。

 堅実にやっていた。無理をせず、自己を管理し、内外の同業者から尊敬されていた。

 粗暴な奴が多い冒険者にあって、善意の化身の様な温厚な男だった。

 

 王都冒険者歴30年という、極めて異例な経歴を持つ古強者。

 まさに、全冒険者が模範とすべき傑物だった。

 

 ある日、その冒険者は珍しく単独で迷宮に潜った。

 引退した仲間の娘の病を治す為、その薬を買ってやるのだと言って、たった一人で迷宮に向かって行ったのだ。

 歴戦の冒険者だった。腕の立つベテランだった。機に敏く、頭が回り、決して仲間を見捨てない、頼れる頭目だった。

 そんな奴が、呆気なく姿を消した。迷宮に、喰い殺されたのだ。

 

 よくある事さと、ギルド職員の男は酒を片手に俯いた。

 10年も迷宮に潜り続け、今の今まで五体満足だった。これまでが、出来過ぎていただけだ。

 肩入れしていたつもりはなかった。しかし、酒に頼る羽目にはなった。

 

 一ヵ月、約30日。

 それは、冒険者としての最も大きな分岐点である。

 平均寿命ではない。それは恐らくもっと短い。

 これは、引退の区切りだ。

 

 冒険者は、すぐに死ぬ。

 それでも、冒険者の人口は年ごとの増減はあっても一定数を下回った事はない。迷宮には、夢と名誉と財宝があるからだ。

 第一の踏破者、初代国王。彼は様々な種族の盟友を連れ、迷宮に潜り、見事宝を持ち帰り、国を興してみせたのだ。まさに、英雄の中の英雄であった。

 迷宮が吐き出す莫大な利益。この国の歴史は、迷宮との戦いの歴史であった。輝く剣の第二王子。農村生まれの公爵。史上最強の宿屋の娘。眩い程の栄光は、自らもまた英雄たらんと冒険者たちを駆り立てた。

 まるで狂気の坩堝であった。皆、最後は迷宮に喰われて帰ってこない。

 迷宮とは、そういうものだ。 

 

 ある日、引退した元冒険者の男が死んだ。

 娘の治療費の為、迷宮に潜り、帰らなかった。

 

 よくあることさ、とギルド職員の男は酒を傾けた。

 少し、酒の量が増えた。

 

 

 

 王都西区、第三転移神殿。

 冒険者支援組織、通称“迷宮ギルド”。

 

 男は、冒険者たちを支援する組織の職員だった。

 ギルドとは、迷宮に挑む冒険者たちを支援する組織だ。冒険者の位階に合わせた迷宮の紹介。迷宮でも通用する武具の販売。迷宮産アイテムの換金などを行う、国営の組織であった。

 ギルド職員とは、新人冒険者の登録手続きや換金手続き。血の気の多い冒険者の管理や、冒険者一党の斡旋などを行うのが仕事だ。

 

 国営の組織故、その職員になるには相応の学と能力が必要であった。また、飲み屋で「俺ギルド職員なんだぜ」と言えば「きゃーすごーい」と言われる程度には地位の高い職であった。

 男は、そんなギルドでは珍しく、けっこう不良気味な職員であった。軽い賭博はやるし、コミュ力に難ありで、受付態度もよくない。けれども、ギルドでは重宝されていた。

 何故か? 清濁呑んで、しっかり仕事ができるからだ。

 

 そんな職員には、ひとつの不文律があった。

 

 ――冒険者に肩入れする事なかれ。

 

 心を壊さぬように。

 情深い職員を守る為の、古い教えだ。

 心を配り過ぎ、気を遣い過ぎ、そうやって病んだ職員を、男は何人も見てきた。

 

 その点、男には適性があった。

 男は冒険者に期待しない。そんなもんだと思っている。五体満足に帰ってこようと、仲間が遺品を持ち帰ってこようと。心を病む事はない。よくある事さと、酒を飲んで忘れる事ができたのだ。

 それが、ギルド職員に求められる最も重要な資質であった。なまじおつむが良いと、こんな生き方はできないのだから。

 

 冒険者は、すぐに死ぬのだ。

 

 異界の迷宮を探索し、怪物を倒して財宝を持ち帰る。実に華やかで、実に夢のある生業だと思う。

 しかし、それはごく一部の者だけだ。

 

 半数の冒険者は、初の迷宮探索から帰ってこない。

 生き残った内の半数も一ヵ月以内に死ぬ。

 そこから半数が一ヵ月の区切りで冒険者を辞め、そうでなくても一年以内に見切りをつける。それから蓄えた財を手に真っ当な職に就く。現役中に力を見込まれ、騎士団に入った冒険者は何人もいる。

 あるいは、長い間浅層をブラブラするか。最近はこっちが流行であった。けれども、不思議な事にそういう奴は長生きしないものだ。

 

 本当に強い奴は頭がおかしい。

 

 そして、一年過ぎてなおより深く迷宮を潜り続ける冒険者は、皆どこか狂っていると言われている。職員視点でもそうだし、ギルド全体も何となくそう思っている。冒険者上がりの王家など、重々承知の事であった。

 莫大な富と名声を手に、それでも死と隣り合わせの迷宮に潜るのだ。まともな損得勘定ができるなら、そんな分の悪い賭けはしない。故、強者は頭がおかしいと言われるのだ。

 ベテラン冒険者は、頭のどこかが、欠けている。心底戦いが好きだとか、ただただ強くなりたいだとか、皆の為に金を稼ぐとか。

 どこぞの善人の様に、何か何処かが狂っているのだ。

 

 冒険者は、迷宮の狂気を吸って帰る。

 だからだろう、迷宮帰りの多くは生来の思想や欲望が膨れ上がり、異常な程自我が強くなる。

 そして、自他の命に執着しなくなる。迷宮において、生と死はあまりに近い。

 

 

 

「あのー、すみません。冒険者の登録ってここで合ってますか?」

 

 長年職員をやっているからか、男はたまに変な勘が働く事がある。

 このヒョロガリは一見弱そうだが、実は強いぞとか。こいつは次の探索で死ぬなとか。そういう類の虫の知らせだ。

 それなりに外れる事もあるが、強烈な奴に限っては百発百中だった。 

 

「お前さん、名前は? 字は書けるのか?」

「母国語で良ければ。イシグロ・リキタカと言います。こういう四文字なんですけど……」

「あー、わかった。代筆な、こっちで書く。イシグ……あんた苗字持ちかい。どっちがあんたの名前だ?」

「イシグロが苗字で、リキタカが名前です」

 

 そんな男からして、新たに登録した黒髪黒目の冒険者は、一等異質に見えた。

 狂ってはいない。粗野な奴が多い冒険者の中では理性的で、社交的だった。

 パッと見、弱そうだ。生まれてこの方喧嘩なんかした事ありませんみたいな顔つきと身体つき。どう見ても新人丸出しの装備と武器。生き残れそうには、見えない。

 しかし、その黒々とした瞳の奥には、男をして異様な熱を感じる程だった。まるで、少し前に死んだ善人冒険者の様な。

 

「すみません。換金はここでいいですか?」

「ん? あぁ、朝の。ほう、あんた初迷宮で初踏破か。この札持ってろ、換金終わったら呼ぶから」

「はい。……ハードオフかな?」

 

 黒髪の新人冒険者は、無事五体満足で帰ってきた。

 第一の洗礼を突破し、あまつさえ主を討伐してのけたようだ。

 二度目以降の探索からも帰還したあたり、運も腕もいいのだろう。

 しかし、何処かが異質だった。その異質さは、雰囲気だけでなく行動にも表れていた。

 

「換金お願いします」

「あいよ。ん? 杖か、あんた魔法使えたのか? なら冒険者証に書き足さなくちゃいけねぇんだが」

「え、そうなんですか? すみません。また代筆してもらってもいいですか?」

「仕方ねぇな。両方終わったら呼ぶから、緑の2番な」

「ありがとうございます」

 

 冒険者業は儲かる。

 例え初心者御用達の浅層迷宮でも、一回潜って主を倒せばギルド職員の給与一ヵ月分の金が手に入るのだ。

 一度探索に成功すれば、しばらく遊んで暮らすのがその日暮らしの冒険者流である。それは、死を遠ざけ生を繋ぐ大切な儀式の様なものでもあるのだ。

 それを、この黒髪の青年はしないらしい。酒にも女にも、興味を示さないようだった。

 

「ほらよ」

「ありがとうございます」

「あ~、お前さんよ、いい加減新しい装備買った方がいいぞ。武器はころころ変えてるみてぇだが、もうボロボロじゃねぇか」

「お気遣いありがとうございます。けど、この防具動きやすくて気に入ってるんですよね。兜も視界狭めちゃうじゃないですか。試してはみたんですけど、ちょっとアレはな~って」

「そうかよ」

 

 朝、決まった時間に迷宮に潜り、夕方近くになると帰ってくる。

 決まってその手に主を討伐した証と、ごく稀にしか吐き出されない聖遺物を持って。

 

「お前さん、一党は組まねぇのか?」

「一党、ですか? 仲間的な?」

「ああ。なんべんも単独で踏破してんだ。収納魔法も使えんだ、引く手あまただろうぜ」

「あぁ~、それはまた今度で。当分は一人で潜ろうと思います」

 

 通常、冒険者の迷宮探索とは、もっと時間をかけて行うものだ。

 迷宮は生き物だと言われる。冒険者が足を踏み入れると、その都度構造を変えるのだ。一度抜けると、二度と同じ迷宮には入れない。それを何とかする為に迷宮固定の“楔”を打ち込み、楔が抜けるその前に何度も挑んで主を討伐するのがセオリーなのだ。

 それを、この黒髪の冒険者はしない。楔の存在を教えてやっても、ギルドの帳簿に奴の購入履歴はなかった。一度入ると、主を倒すまで帰ってこないのだ。

 

「すみません。換金お願いします」

「ん? あ、あんた、昨日大怪我してなかったか?」

「はい、死にかけました。まぁでも宿屋で寝たら全快したんで」

「そ、そうか……。ほら、緑の4番」

 

 それだけじゃない。その黒髪の冒険者は、神殿前広場で酒盛りをするでもなく、より強力な装備を揃えるでもなく、稼いだ金を懐に入れてそのまま宿屋に向かうというではないか。

 奴は狂っていない。理性的で、社交的だ。死に魅入られてもいないし、恐怖に快楽を感じている訳でもない。

 無事帰還した事に安堵し、稼いだ金を受け取ると満足そうに笑う。どこまでいっても一般庶民。街のどこでも見かけるような、ありきたりな俗人だ。

 そんな庶民が、俗人のまま、狂人の如き速度と頻度で迷宮を踏破し続けているのだ。

 狂っていないが、異質であった。

 

「換金お願いします」

「あぁ……今日も潜ってたのか。ほら、緑の1番」

 

 それも、単独でだ。

 多くの場合、冒険者は一党を組んで迷宮に挑む。奴は、それをしない。何度か勧誘された事もあったようだが、断った様だった。今となっては奴の異質さに勘付いてか、仲間に誘う一党はいなくなっていた。

 

「換金お願いします」

「おう。緑1番」

 

 群れる事なく、後ろ盾も持たず、たった一人で迷宮に挑み、必ず帰還する。

 莫大な富を持ち、比類なき力を有し、驕ることなく迷宮に挑み続ける。その手に、数打ちの武器を握って。

 それはまるで、彼の伝説の再現の様であった。

 

「換金お願いします」

「あいよ、緑の2番。なんだ、お前さん今日は棍棒かい」

「はい。まぁでも、ちょっと使いづらいですね、これ。攻撃はやりやすいんですが、カウンターが難しくて……」

「イシグロさん、すみません。お時間よろしいですか?」

「はい、何でしょう?」

「ギルドから昇格の試験を受けるよう言われていまして」

「へー、早いですね。いいんですか? こんなペースで上がっちゃって」

「間隔は短いですが、功績が……。そうじゃないと他の冒険者に示しがつかないんです」

「わかりました。換金終わってからでもいいですか?」

「はい。換金が済みましたら、東側のあの扉までいらしてください」

 

 そして、奴は区切りの一ヵ月が過ぎても自分のスタイルを変えなかった。

 相変わらずみすぼらしい装備で、弱っちい武器を持って、毎日の様に迷宮に潜っていた。

 この頃になると、すぐに死ぬだろうと思われていた黒髪の冒険者は職員たちの注目の的になっていた。

 圧倒的な功績。尋常ではない踏破速度。一ヵ月生き延びた、確かな実力。 

 そうして、慣例として彼には当代ギルド長からこのような二つ名が与えられる事となった。

 

 ――黒剣のリキタカ。

 

 しかし、ギルド長直々につけたこの二つ名はあんまり浸透しなかった。ありがちな「色+武器」というネーミングに前例がありすぎたというのもあるだろう。あと、彼は剣以外にも色んな武器を使うので、ギルド長はニワカを晒してしまったのがちょっぴり痛い。

 代わりに、同業者や職員からは、彼はこう呼ばれていた。

 

 ――迷宮狂い、と。

 

 単独で、毎日、黙々と、必ず主を倒し、帰ってくる。

 狂っているとしか思えない彼の生き様は、畏怖と尊敬を込めてこのようにあだ名されたのだ。

 

「換金お願いします」

「あいよ」

「あと、なんかボスから変なモン出て来たんですけど、これも換金できますか?」

「ん? おおっ!? これ深域武装じゃねぇか! あんた、こりゃ滅多にお目にかかれねぇ希少品だぞ? ホントに売っちまう気か!?」

「へー、レアドロなんですね。んー、まぁ今は使う予定はないけど、せっかくなんでいつかの為に残しときます」

「そうしとけ。それ売る時はよっぽど切羽詰まった時だ。あんたはそうはならなさそうだが」

 

 けれど男は、彼と最も面識のあるギルド職員は、知っている。

 奴は狂ってない。ただの庶民で、ただの人間で、ちょっと真面目な青年で。

 なんてことない、異質なだけの男なのだと。

 

 

 

「あのー、すみません。とある店への紹介状を書いて欲しいんですけど……」

「ん? 珍しいな。おう、何処の店になんて書けばいい?」

「えーっと……その、西区の……」

 

 ある日、件の黒髪が変な事を言いだした。

 曰く、奴隷を買いたいから、奴隷商人宛に紹介状を書いて欲しいと。

 その店は、貴族御用達の高級奴隷店であった。

 

「へえ、あんた奴隷買うのかい」

「え、規則じゃ大丈夫って聞いたんですけど」

「あぁ問題ねぇ。奴隷を買う冒険者も珍しくねぇよ」

 

 実際、奴隷を買う冒険者は多い。それは主に、楔を打った迷宮に連れて行く調査用の囮としてだが。

 そうなると、わざわざ高級奴隷を買う理由というのが分からない。スッキリしたいなら、手っ取り早く娼館にでも行けば済む話である。バカ高い店の性奴隷を買うよりよっぽど安上がりだ。

 もしやこいつ、高級奴隷でしか叶えられないような性癖の持ち主なのか? 男は訝しんだ。

 まあ、他人の性癖だ、何も言う気はない。男は紹介状を書き終え、黒髪の男に目をやった。

 

「あいよ、書けた……ぞ」

 

 その時、男は直感した。

 勘が働いたのだ。

 こいつはこの為に、迷宮に潜っていたのだ、と。

 

「ありがとうございます」

「お、おう……」

 

 何でそうなるのかは分からなかったが、こいつは高級奴隷を買う為に毎日死と隣り合わせの探索を続けてきたのだ。

 それも奴が貯め込んだ財と名声がないと購入できないような、とんでもない奴隷を買う為だけに、命がけで戦ってきたのだ。

 いるかどうかは知らないが、竜族の奴隷ならそれくらいするだろう。天使族なら、吸血鬼族の奴隷なら、かなりの額になるはずだ。

 もしかしたら、買った奴隷を教育して、ガチで迷宮最深部を踏破する気なのかもしれない。

 彼の、建国王のように。

 

 並みの冒険者じゃ手も出せないような超高級奴隷。それを使って、何かをするつもりなのだ。この男は。何か、とてつもなく大きな事を。

 何故ならば、いつもぼんやりしていた黒髪の青年が、これまで見たことない程ギラついた瞳をしていたからだ。その熱さ、尋常ではない。

 その瞳の輝きは、熱に溺れていなかった。無垢な少年がするような、強く真っすぐな光を放っていた。

 迷宮狂いじゃない。ただの真面目な青年でもない。

 夢追い人の眼をしていた。

 

「あんた、引退するのか?」

「え、引退ですか? いえ、まだその予定はないですね」

 

 どうやら、未だ道半ばであるようだ。やはり、並みじゃない。なるほどこいつについて来れる奴は、此処にはいないだろう。なら、連れて行くしかないのだ。

 一般ギルド職員の男には、ちょっと遠いような気もしてたが。

 異質なこの男の事が、少しわかった気がした。

 

「ま、がんばりな」

「はい」

 

 男にしては、珍しく。

 いつの間にか、この夢追い人に肩入れしたくなっていた。

 

 

 

 当然だが、黒髪の迷宮狂い――石黒力隆氏に、ギルド職員のおじさんが思っているような、そんな大そうな事をする気はない。

 むしろ、現代日本倫理的には下劣で醜悪な事を考えている。夢追い人なのはその通りだが、抱いた夢がこれじゃあね。

 それ即ち、ロリ奴隷ハーレム。

 

「あぁドキドキしてきたぁ……!」

 

 この男、ロリコンにつき。

 

 

 

 ちなみに、迷宮狂い氏は知らない。気づいていない。

 こいつが欲しがっているような奴隷は、それほど高額ではないという事に。

 ぶっちゃけ、彼の夢を叶える為のお金など、ずっと前から貯まっていたという事に。

 

 ハクスラが楽しくて、相場を調べる事を怠った馬鹿の縮図であった。




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奴隷商人のうちへ遊びに行こう

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 今回、無駄に膨らんでしまった。
 次回以降はもう少し抑えてスッキリさせたいですね。


 光陰矢の如し。

 

 この世界に来てから、だいたい三ヵ月の時が過ぎた。

 その間、俺はダンジョンと宿屋を往復し、たまに休んでまたダンジョンという生活を繰り返していた。

 まさに、リアルハクスラであった。

 

 すると、あったよこの世界にも冒険者ランクが! との事で、俺はあれよあれよと昇格していった。

 異世界お馴染み冒険者証。この世界の冒険者の身分証明証はオバロとかゴブスレみたいなドッグタグ風の紐付き板と、前世でよく見た名刺みたいな奴の二種類だった。

 最初、渡されたのはドッグタグ風の奴だけで、なんとみすぼらしい木の板に名前が書いてあるだけのアイテムだった。それが一回昇格しただけで鉄のプレートになり、二回目で少し綺麗な鉄プレートになり、今ではハガレンの銀時計みたいな奴になった。なお時計機能はない。

 名刺の方は一回目の昇格の際に書いてもらった。そこにはプレート同様名前や所属に加え、使える魔法や使える武器やらが書いてある。TRPGのキャラシみたいな感じだ。表に名前や身分が、裏に技能や経歴が載っている。

 これら二つを見せて、あっしはこういうもんでございやすとなるのである。

 

 ちなみに、この昇格は異世界転移から二ヵ月以内の出来事であり、以降昇格はしていない。

 曰く、普通これ以上昇格はしないとか。一応あと二回昇格できるらしいのだが、一個上が国に数人のレベルで、最上位が初代国王限定ランクらしい。

 つまり今の俺はゴブスレでいう銀等級に当たる訳だ。早すぎない?

 

 で、一端の冒険者となった俺だが、前述の通り転移直後と同様ほぼ毎日ダンジョンに潜っていた。

 駆け出し時代では禁止されていた敵強めのダンジョンにも潜った。聞いた通りそこのエネミーは中々強く、ダンジョン自体も広かった。

 そこでは戦ってる最中に武器が壊れてしまい、俺は初めて撤退した。それから武器防具を新調して挑み、見事高難易度ダンジョンを踏破する事ができた。ボスを倒した時など脳汁がドバーっと出たものである。

 そして、難易度の高いダンジョンは駆け出し時代に通っていたダンジョンよりずっとドロップが美味しかったので、味を占めた俺はさらにハクスラに没頭していった。

 ザコ一体、ボス一体倒す度、経験値がじゃりんじゃりん溜っていくのが楽しかったのだ。当然、転移からずっと質素倹約を旨としているので、俺の持ち金もじゃりんじゃりんであった。

 

 で、銀級になったタイミングでギルドから「頼むからお金を銀行に預けてくれ」とお願いされた――アイテムボックスに入れたお金はダンジョンで死ぬと消えてしまうらしいのだ――ので仕方なく預けたところ、いつの間にか目標金額を上回っている事に気が付いた。

 レベルアップとジョブチェンジに夢中で、いつの間にか結構なお金持ちになっていたのである。

 

 そろそろ、奴隷を買ってもいいかもしれない。

 あーでも、キリのいいとこまでレベルアップしときたい。

 そういう気持ちで、俺はちょっとずつ準備をしつつ、今日も今日とてダンジョンに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 前世、俺は一度として喧嘩をした事はなかった。

 小学校3年から6年までフルコンタクト空手を習ってはいたが、試合以外で人を殴った事はなかった。

 武器を使った戦いなど、何をか言わんや。

 

 そんな俺が異世界迷宮でソロ活できるのには理由がある。コンソールだけじゃない、それを軸としたチートじみた戦闘手段があったのだ。

 以前にも言ったが、この世界はゲーム的だ。レベルがあり、ジョブがあり、スキルがある。そんなゲーム的な世界観だからこそだろうか。

 あったのだ、救済措置が。

 

「っしゃア完璧ィ!」

 

 迫りくる攻撃を“受け流し”、僅かな隙を見つけて“切り抜け”る。文字通り、流れるような動きであった。

 切り抜けスキルの勢いを利用して前衛エネミーの攻撃範囲を抜け、次いで飛んできた太い針を軸ずらしで避ける。背後からの体当たりを振り返る事なくジャスト回避。拡張された刹那の見切り、敵の弱点にクリティカル攻撃を入れた。

 敵を倒した後はすぐに動く。足を止めず、同時に相手にする状況を作らない。跳躍して斬り、走って斬り、逃げ回ってから振り向いて斬る。それはさながら、迫りくる新選組に孤軍奮闘する幕末志士の様。こんなのお侍の戦い方じゃないが、誉れは元々持ってないのでノーカンである。

 

 現代日本人じゃ絶対無理な動き。速さといい身のこなしといい、プロのアスリートでも絶対真似できない。前世基準、常人離れした立ち回りであった。異世界三ヵ月で、俺は既に前世オリンピック選手を優に超える身体能力を手に入れていた。

 これもすべて、件の救済措置による恩恵だ。

 

「ふぅ……。こんなもんか」

 

 敵を掃討し、一度剣をアイテムボックスに入れ、もう一度取り出す。そうすると剣身に付着した汚れが落ちる。異世界ライフハックだ。

 綺麗になった剣を握り、ボス部屋らしき場所に足を踏み入れた。するとそこには、異世界初心者時代にボスとして戦ったナックルベアくんがいた。見るに、前より筋肉が増量していた。

 熊型ボスと目が合う。奴は腕を上げて威嚇してきた。俺も剣を構え、獲物に向かって吠えた。威嚇には威嚇をぶつけんだよ。

 

「行くぞオラァアアアアアッ!」

「グゥォォォオオオオオオッ!」

 

 そうして、数えるのも面倒になるくらい繰り返してきた死闘がはじまった。

 斬る、避ける、逃げる。回り込んで斬る。さながらそれは、ボスと戦う死にゲー主人公の様。

 ちょっとでも気を抜くと、マジで死ぬのだ。ガチでいく。

 

 さて、話を戻そう。

 救済措置についてだ。

 

 最近のゲームって、昔のより親切になっている感じはないだろうか。難易度どうこうでなく、やりやすさという意味で。

 ビッグタイトルの場合、そういうの顕著だと思う。より多くの人にプレイしやすいよう、色々と配慮された作りをしている。ラスアスの設定項目には度肝を抜かれたよね。エリー好き。

 そういうのが、コンソールで使えるようになったのだ。

 

 難易度変更でもない。無敵モードでもない。残機無限でもない。

 それは……。

 

「ふんッ!」

 

 素早い踏み込み、腰の入った刺突攻撃。俺の付き出した剣の切っ先は、見事ダンジョンボスの喉を貫いた。死闘の結果、俺が勝ったのだ。

 当然として、俺に剣の技能などない。ついでに言うと今のは剣道の突きでもない。システムによる恩恵だ。ジョブ対応の武器を握ると自動発動する、恐らく俺固有の救済措置。

 分かりやすく言うと、“モーションアシスト”だ。

 

 モーションアシスト。

 分かりやすいからそう言っているが、実際にはこれは“動作最適化”というらしい。コンソールにそう書いてあった。

 これは文字通り俺の動きをアシストしてくれる機能だ。オンにすると、戦士ジョブの際に近接武器を持つと一端の戦士にしてくれて、剣士ジョブの際に抜剣すれば俺を一端の剣士にしてくれるのだ。

 

 前述の通り、俺に剣術の心得はない。実際剣を振ったところで、せいぜい見様見真似ん女々しかチェストになっとが関ん山じゃ。おいは恥ずかしか。

 しかし、モーションアシストをオンにすると、どうだ。剣を握る様、立ち姿も普段の俺のまま、けれどもいざチェスト姿勢を取ってみると薩摩ホグワーツ生の如き堂に入った蜻蛉の構えができるではないか。そんまま剣を振っと、そんたもう強そうなチェストがでくっど。よかね。

 しかしこれは、一から十まで自動で動いてくれる訳じゃない。チェストしたいなら薩摩的構えを、ガトチュしたいなら剣を片手で持って例のポーズを取る必要がある。そこからその気で攻撃すると、チェストができるし牙突が撃てるのだ。

 もっと簡単に言うと、アシスト使えば俺もプロボクサー顔負けのシャドーボクシングができる訳だ。一度鏡の前でシャドーしてみるといい、絶対変だから。その変さが、なくなるのである。

 

 また、このモーションアシストはあくまでも通常攻撃及び防御行動にのみ適用されるものであるらしく、ジョブ由来の能動スキルには含まれないようなのだ。

 例えるなら、通常攻撃はそのままボタン一つでブンブンする技で、スキル攻撃はダクソとかエルデンとかの戦技に近い感じだ。

 

 無論、俺は貧弱一般人、多少補助輪がついてた程度で戦えるようになるわけもない。

 俺には、モーションアシストの他にもいくつかコンソールを軸としたチートオプションがあるのである。

 

 ホント、そうでもないと生き残れなかったと思う。

 

 転移直後の頃である。

 とにもかくにも行動だとなって、俺はあっちへこっちへ歩き回って情報を集めつつ、脳内の異世界ライブラリーから使えそうな情報を掘り出していた。

 体内に魔力的な未知のエネルギーが流れてないかとか。この世界の文明レベルはどうなのだとか。そもそもリンゴは木から落ちるのかとか。色々をだ。

 そして俺は念にパントマイムにと試行錯誤してやっと開けたコンソールを、これまた何か良いモンねぇかと弄りまくった。

 

 結論として、このコンソールはステやレベルを確認する為だけのものではなかった。

 装備やスキルの着脱。アイテムボックスの確認。次回レベルアップまでの必要経験値。色んな項目を参照したり弄る事ができた。

 その中で見つけたのが、オプションの項目にあった“アクセシビリティ”であった。

 

 アクセシビリティ。利用しやすさ。ゲーム以外にも見るが、ゲームでもよく見る項目である。

 ゲーム画面に表示されるアイコンの大きさ設定とか、字幕の色とか、はたまた追跡シーンでのカメラ追従設定とか。その設定項目は作品ごとに異なり、それら全てはプレイヤーに快適なゲームプレイを提供するための措置である。

 俺のゲーマー感覚が言っていた。これだ、と。

 

 コンソール内のアクセシビリティの設定には、実に色んな項目があった。

 前述のモーションアシストのオンオフ。危険攻撃の感覚アシスト。ジャスガ、ジャスト回避時間の延長などなど……。中には言語の自動翻訳というのもあり、それは最初からオンになっていた。神の手を感じざるを得ない。

 ステータスといい、アクセシビリティの設定といい、実にゲーム的で、実に親切設計であった。

 

 当然、異世界初心者の俺は俺に有利そうな項目のほぼ全てをオンにした。

 するとどうだ。敵の攻撃の軌道は予知できるし、危険攻撃は「今から強いのいきまっせ」と事前に分かる。ちょっと集中すればジャスガも回避も余裕だし、上手く決まればクリ確で与ダメ倍増である。ついでにダンジョンも街も一度歩けば自動でマッピングしてくれる。

 便利機能ガン積みロリコンマン。これぞ人生イージーモード。それが今の俺。チート野郎と笑いたきゃ笑え、俺は死にたくないんでね。

 

 そう、異世界はゲーム的であってもゲームではないのだ。

 攻撃食らうと痛いし、怪我をすると血が出るのだ。痛いのは普通に嫌である。ロリの為なら命を賭けられる俺ではあるが、別に死にたい訳ではない。

 故に、俺は俺に極限まで環境を甘くする事にした。ゲームでは極力壊れを遠ざけてきたが、リアルとなれば話は別だ。ヨシツネもヴァルマンウェもびりびりショットもじゃんじゃん使っていく所存。

 

 閑話休題。

 

 モーションアシストや危機察知など、お陰で俺はあっという間に強くなった。

 レベルが上がり、冒険者の階級も上がり、預金の方もかなりの額にまで膨らませる事ができた。

 今や俺は駆け出し冒険者ではない。金も地位もゲットした、ギルドお墨付きの二つ名あり銀細工持ち冒険者なのである。

 今後の事を考え、宿屋のグレードも上げた。武器も防具もワンランク上の物にした。顔が元のロリコン顔なので強そうには見えないだろうが、パッと見みすぼらしくはないだろう。

 どこをどう見ても、立派な冒険者だ。

 

 さて、そんな立派な冒険者となった俺は今。

 奴隷商館の所に来ていた。

 

 

 

 高級奴隷専門の老舗奴隷商会。その王都西区支部。

 

 目の前には如何にも高そうな大きな館。まるで北海道の赤れんがの様だ。ついでに大きな扉の前には槍を持った人までいる。

 前の世界なら観光スポットになりそうな見てくれだが、中身は奴隷を扱う店舗である。その造りは重厚で、その守りは厳重であった。

 

「よし……!」

 

 お金はある。身分証明書もある。ギルドからの紹介状も書いてもらったし、服もこの日の為にお高い服屋で見繕ってもらった。今の俺は誰が見ても紳士なはずである。まぁ元から心はロリコンという名の紳士ではあるが、今日ばかりは見てくれもそうだ。

 そう、俺は異世界ロリコン紳士だ。俺の夢はあくまでもロリと叡智な行為をする事。前世では絶対にできなかった事を、合法でやるのだ。何も問題はない。今更だ、現代日本で積み上げて来た倫理観など、捨ててしまえ。

 

 俺は、決意を固めて一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 前世、奴隷といえば古代ローマというイメージがあった。

 いつだったか、図書館で読んだ本によると、古代ローマ人にとっての奴隷とは現代人にとっての家電製品に近い存在であったとか。

 庭を掃除する奴隷。公衆トイレの番をする奴隷。中には宴会でおもしろ話を披露する奴隷なんかもいたらしい。

 そして、今俺が求めているのは、俺の愛玩用のロリ奴隷。要するに、性奴隷だ。

 犯罪的だが、異世界無罪である。地球と異世界の法律をごっちゃにしてはいけない。この心の根にこびりついた枷からは、とっととオサラバしたいところである。

 

「お待たせしました。支部長のクリシュトーと申します」

 

 奴隷商館の一室。向かい合わせのソファーとお茶のセット。それと控えめな調度品が置かれたそこは、三ヵ月の異世界体験で最も現代的……というか、洗練された印象の部屋であった。

 そんな部屋で握手を求めてきたのは、アルカイックスマイルの髭ダンディであった。店主と名乗った男は奴隷商人と聞いてイメージしていた種付けおじさんスタイルというより、演劇とか映画とかに出ていそうな英国紳士スタイルの人間族のおじさんだった。

 

「イシグロ・リキタカです。イシグロが苗字で、リキタカが名前です」

 

 俺も握手を返し――握手は「敵意はありませんよ」という意思表示らしい――、次いでお互い向かい合って座った。

 そのまま軽い自己紹介とトーク。どうやらあちらは俺の事を知っていたらしく、何か会えて光栄です的な事を言われたが、俺からすると早く商談を進めたくて仕方が無かった。

 ぶっちゃけ、俺の股間は限界であった。なにせ転移後はずっとダンジョンアタックをやってたので、これまで一度もブラストバーンをしていないのである。さっきから期待と興奮と緊張で思考回路がスピード違反を連発している。

 

「ところで、商品についてなんですけど……」

 

 なので、ぶっこんだ。もう我慢できねぇ。

 そしてそのまま、俺が此処に来た理由と欲しい奴隷についての要望をぶちまけていった。ハーレム形成の為にもこの店には今後もお世話になりたいので、一から十まで俺の性癖と欲望を垂れ流させてもらった。

 兎にも角にも今すぐ可愛い子を紹介してほしいのである。

 

「ふむ……」

 

 できるだけ丁寧に、かつ誤解を生まないよう俺のロリコン道を説くと、対する奴隷商人は表情そのまま考えるような仕草をした。

 その目は俺の目とばっちり合っており、何やら値踏みされているみたいで居心地が悪かった。ポリを見ると怯む俺、そういう風に見られるとさっきまで猛っていた股間のリザードンもヒトカゲになってしまいそうである。

 けれども俺は強い心を維持した。そうだよ俺はロリコンだよ悪いかよコラと開き直ってやった。いいじゃねぇか合法なんだろという心の中の海賊魂が気炎を上げている。新世界は目の前だ。

 

 やがて、老舗高級奴隷商館の主は、こう云った。

 

「……申し訳ありませんが、当店にイシグロ様のご希望に添える商品はございません」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 ひょ?

 

 待て待て、マテマテマテ……いや、そんな馬鹿な。

 俺はたまの休日に、色んなところで色んな情報を集めてきた。奴隷を買えるようなところの情報を中心に色々とだ。

 で、皆が言うのだ。此処が一番だと。この店が王都で一番の奴隷商会で、最もお高い性奴隷を販売するお店なのだと。

 そんな王都民みんなに聴きました最高の奴隷商会は何処? で一位なのが、此処なのだ。

 にも関わらず、ない? 俺の求める奴隷が?

 

「あ、あの……いない、というのは……どういう……?」

 

 まさか、金ないとか思われてる?

 そんな事はないはずだ。おじさんに代筆してもらった紹介状も見せたし、冒険者証も見せた。なんなら、俺は最高のロリ奴隷を買う為に最上級奴隷を買えるくらいの貯金があるのだ。なんなら証拠見せたろかという気分である。

 

「申し訳ございません。ご存じの通り、当店は高級奴隷専門でして、イシグロ様のご要望を叶えられる奴隷は扱っていないのです」

「ん? え? なんで?」

 

 完全に素が出た。多分、今の俺はめちゃくちゃアホ面をしている事だろう。

 対する店主はポーカーフェイスとアルカイックスマイルを悪魔合体させたような表情をしている。どういう顔だ。

 

「失礼ながら、イシグロ様はここよりずっと遠い国の出身とお見受けします」

「はい」

「この国における美しい女性とは、人間族の20代女性を基準としているのです。勿論、種族による好みの違いもあるのですが、人間族含め多くの種族の方は健康的で豊満な人間族の女性を好む傾向にあるのです。その点、イシグロ様の好みは……」

「あぁ……」

 

 あぁ、つまり、アレだ。

 ロリコンバイバイだ。

 

 前世、俺にはしょうもない悩みがあった。

 アニメにしても、ゲームにしても、ロリキャラが巨乳ヒロインの添え物にされてはいないかという話だ。

 勿論、人気投票で一位になるロリもいる。コッコロちゃんとかキョウカちゃんとかね。けど、多くの場合一番人気は巨乳の女の子じゃなかろうか。

 となると、沢山女の子が出る系の作品で中心にされるのは巨乳ヒロイン。右を向けば巨尻。左を向けばムチムチ太もも。哀れ、華奢なロリはライザのキックで吹き飛ばされてしまった。

 白米が金髪巨乳。汁物が黒髪清楚。主菜が銀髪巨乳で、ロリは副菜扱いされてる気がする。違うのだ、ロリこそメインディッシュなのだ。

 

「あの……未成熟で小柄な女性を愛好する方はいないのでしょうか?」

「ドワーフの男性などは小柄な女性にも魅力を感じるようです。しかし、同じドワーフ族同士でも、男性は同族の女性に豊満な肉体を求める傾向にあるようです。聞くところによると、ドワーフ美女の条件は第一に身体全体の豊満さで、第二に高い背丈であるようです」

 

 この世界のドワーフは、男が髭もじゃガチムチ小男で女が髪の毛もふもふロリという紳士諸兄に優しい種族である。

 そんな種族の男性でも、同族女性に求めるのがムチムチボインとは……なんてこった。ドワーフ女のムチムチボインという事は、ロリというより背の低い豊満女性ではないか。ウマが合わないぞドワーフ男。

 

「そ、そうですか……」

 

 よもやよもやだ。

 まさか、異世界でもそうだとは思わなかった。

 前世、ロリコンは一定数いたのだ。古代ギリシャでも古代ローマでも性癖のうちのひとつだったのだ。なら異世界でもロリコン用にロリ奴隷もいるとばかり思っていた。

 口ぶりからして、いるにはいるのだろう。しかし悲しい哉、高級店にはいない。いるとすればもっと大衆向けの、もっと質の低い奴隷商会に。

 別に高く買いたい訳でもない。高級奴隷というブランドに価値を感じている訳でもない。けど、俺は知っているのだ。大衆用奴隷売買に、質のいい奴隷はそうそういないという事を。

 

「ふむ……」

 

 ちょうど異世界一ヵ月目の頃だった。俺はロリ奴隷購入の為、本格的に情報を集めはじめたのだ。

 そして、人の多いところをブラブラしていると、広場で何やらオークションみたいなのが開かれていたのだ。行ってみると、そこには体育館のステージみたいな場所があって、壇上では複数の男女が並んでいた。

 その人たちは全裸で、胸の前に板を持たされていた。そこは奴隷市場だった。話を聞くと、その奴隷オークションは中級の奴隷即売所であるらしかった。

 出品されていた奴隷の多くは男性で、如何にも労働用という雰囲気だった。たまに女性もいたが、前世基準でも異世界基準でもあんまり美人ではなかった。中には背の低いドワーフ女子やケモミミ女子もいたのだが、ちょっとう~んってなる子ばかりだった。

 そういう経験もあって、俺はこの高級奴隷商会に来たのだ。ここなら、めっちゃ可愛いロリ奴隷がいると思って。

 

 俺視点、この世界は美男美女が多い傾向にあると思う。

 前で言うとクラスで五指に入る女子が集まってる感じだ。無論、一本目と五本目にはまぁまぁ差がある。また、それはあくまで傾向であって例外がない訳でもないのだ。

 何を偉そうにとなるところだが、せっかく奴隷を買えるのだ。ならクラス一位のロリ美少女がいいでしょうよという気持ちである。五位でも全然イケるのだが、そのオークションには圏外女子しかいなかったのだ。

 

「ふむ、イシグロ様」

「なんですか」

 

 そう、此処にはいないらしい。

 いないなら、俺の次の行動は決まった。可愛いロリ奴隷を求め、掘り出し物を探しにいくのだ。

 あのオークションで出品されていなかっただけで、何処かにはいるはずなのだ。可愛い子は、きっと。

 だからもうこの店に用はなかった。申し訳ないが、ご縁が無かったという事でお暇させてもらおう。

 

「現在、当店には適当な商品はありませんが……」

 

 さてどうやって切り出そうかと思っていると、おじさんが平坦な声で云った。

 さっさと話を終わらせたくて、ぞんざいな返事しちゃったよね。

 

「幼い容姿の、背の低いサキュバスなら預かっています」

 

 ん?

 

 背の低い、サキュバス? 幼い容姿って事は、ロリのサキュバス?

 情報はある。この世界のサキュバスは、生まれて一年で成長が完了するらしいのだ。そして、その多くはムチムチボインの男ウケMAX体型をしているのだと。

 また、サキュバスは魔族のうちの一種であり、他種族のオスの精を吸って生きるらしい。誘惑の魔法に長け、本能的に淫蕩を好み、常に他種族のオスを狙っているとか。

 ついでに全員美形らしい。それで低身長ってんなら、つまりロリ美少女……ってコト!?

 

「サキュバス、ですか……?」

「はい。ちょうど、このくらいの大きさの」

 

 言って、店主は手を上げて件のサキュバスちゃんの身長を教えてくれた。

 それは、ロリコン計測で高さ約138センチだった。

 

 身長140未満のサキュバス……。

 エッチな事が大好きな、美少女……。

 ロリ奴隷の、エッチな美少女……!?

 

「彼女はサキュバスの中では落ちこぼれと伺っています」

「落ちこぼれ、というと?」

 

 一拍空けて、奴隷商人は云った。

 

「処女という事です」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 来てよかった。




 感想投げてくれると喜びます。



 本作を書くにあたり、「古代ローマ人の24時間」と「奴隷のしつけ方」という書籍を参考にしています。
 あくまで参考です。いらないトコは削ってこねてアレコレしてます。ご都合主義です。


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奴隷商人のうちへ遊びに行こう その2

 感想・評価など、ありがとうございます。感謝の極み。
 誤字報告も大変助かっています。重ねて感謝。

 推敲よりも投稿を重視しました。
 変なトコは後々修正します。

 今回やっとヒロインが出てきます。
 まだ性格の大部分は分からないままかと思われますが、まぁキャラクターの方向性は分かるかと。


 この世界には、実に色んな種族の“人”がいる。

 ファンタジーお馴染みのエルフやドワーフ。獣人や鬼人。天使や吸血鬼なんてのもいるらしい。

 中でも最も数が多いのは人間族だ。平均としては貧弱なものの繁殖力に優れ、ほぼ全ての異種族と子を成す事ができるのだ。また、全種族の中で最も戦闘力の上限が高く、最も戦闘力の下限が低い種族であると。個体差が激しいんだな。

 

 これら異世界の種族を大別すると、人間族とそのハーフはそのまま人間種。エルフやドワーフ等は亜人種。吸血鬼族や魔族は魔人種になる。ちなみに、天使族や竜族はちょっと別枠らしい。

 文献によると、それら全ての種族は共通して同じ言語を話し、皆二本足で歩くそうな。これまたちなみに、獣人相手に料理だけ出して食器を出さないという行為は、獣人を獣扱いしているとみなされ殺害も許されるレベルの侮蔑に当たるようだ。異種族コミュニケーションには気を付けよう。

 

 会話ができて、二本足で歩く事ができる。それができる種族は皆、トモダチなのだ。

 つまりこの世界、ケンタウロスやアラクネといった複脚種族はいないらしいのだ。まぁロリコン的にはあんまり関係のない話だな。一応、獣人の中に馬人族というのがあるらしいが、彼ら彼女らも二本足だ。ウマ息子とウマ娘だな、ルビー実装前に転移した我が身の不幸よ。

 

 で、俺が今から購入する予定なのが、魔族のサキュバスである。

 魔族、それは生命の根源を魔力に由来する種族である。曰く、魔族は例え手足が千切れても魔力さえあれば修復されるらしい。逆に魔力が無くなると五体満足でも死んでしまうとか。頑丈だが、儚い。いずれにせよ殆どの人間種よりも強いのだが、その生態の多くは他種族に依存している傾向にあるようだ。吸血鬼とかね。

 

 さて、サキュバスについてだ。

 サキュバス――淫魔は魔族に当たるので、魔人種だ。つまり魔人種の魔族の淫魔さんである。

 淫魔は他種族のオスから精を吸って生きる。これを吸精という。吸精手段は主に性交であり、そうして集めた精を取り込んで魔力を回復し、力をつけ、やがて溜め込んだ精を任意使用して同族の子を産むのだ。あと、生存とか繁殖とか関係なしにエッチな事が好きらしい。

 つまり淫魔にとっては、エッチな事=食事兼筋トレ兼繁殖行為兼趣味なのだ。すごい種族である。

 

「彼女の名はルクスリリア。種族は先ほど申しました通り、魔人種の小淫魔となっています。出身は淫魔王国。前職は高位貴族の召使いをしていたようです」

 

 サキュバスちゃんが来るまでの間、俺は奴隷商人の奴隷紹介を聞いていた。

 こうやって商品の情報がスラスラ出てくるあたり、このおじさんが如何に優秀かが分かるね。カンペもなしにようやる。

 

 数分前、奴隷商人のサキュバスいるぜ発言に飛びついた俺は、前向きに購入を検討したい旨を伝えた。

 するとおじさんは一度ベルを鳴らして従業員に件のサキュバスをここに連れて来るよう命じた。事前に顔見せしてくれるらしい。

 この世界にパネマジはない……ないと信じたいが、「君写真と違うね?」とはなりたくないものである。俺はおじさんの語りを聞きながら、マリアナ海溝の深奥まで沈んだ心を物凄い勢いで浮上させていた。

 

「彼女は母国……淫魔王国内で罪を犯し、女王の裁きによって我が商会に売られました。勿論、正式な手続きの上の売買契約です。その際、淫魔女王手ずからいくつかの呪いを施されたとの事で、現在淫魔としての特性をいくつか封印されている状態です」

 

 どうやら、ルクスリリアちゃんは罪人であるらしい。罪状は知らないが。ついさっき落ちこぼれと言っていたあたり、落ちこぼれ犯罪者という事になる。ロリはモテないらしいし、扱い悪そうな。

 ここまでの話を聞くと、何故店主がロリコンの俺にすぐルクスリリアをオススメしなかった理由がわかる。ロリといえばロリだが犯罪者で、多分もともと性奴隷としての見込みは薄かったのだろう。恐らく、魔族の強靭な肉体を使った労働用の奴隷として売るつもりだったのではないだろうか。サキュバス的に性奴隷制度が罰になるとは思えないし。

 その点、俺のような冒険者に宛がわれるのは罰になるのだろう。なにせ、此処で最上位の契約魔術を施された奴隷は主人が死ぬと連鎖して死ぬ事になるのだ。常時鉄火場にいる冒険者の奴隷となれば、ほとんど処刑みたいなもんである。無論、俺に死ぬ気はないが。

 

「ご存じかもしれませんが、淫魔は誘惑と淫奔の魔法に長け、他種族の男の精を吸い取ります。ですから、サキュバス奴隷の扱いには慎重に慎重を重ねる必要があるのです。これは条約により定められたもので、何の処置もなく商品化する事は許されないのです。仮に一切の枷もない飢餓状態の淫魔を街に解き放ってしまうと、その街が機能を停止してしまう恐れがあるのです」

 

 これじゃあサキュバスが生物兵器みたいな言い方である。

 まぁ確かに、話に聞くサキュバスの魔法を遠慮なしにぶっ放してしまえば一般ピーポーは暴走してしまうのだろう。むべなるかなであった。

 

「ですので、サキュバスを奴隷化する場合、呪いとは別に高度な契約魔術を施す必要があるのです。本来、彼女はうちの傘下の労役用奴隷店に任せる予定でしたが、イシグロ様がお望みとあれば……」

 

 そう言って、再度値踏みするような目を向けてくる店主。その口元はほんの僅かに笑みを作っていた。

 客を試す失礼な態度というより、「わかってますぜ?」というような雰囲気があった。こういう親しさを見せる事で俺の心を解くつもりなのか。

 その企みは分かっている。俺に心を開かせ、財布のヒモを緩めたいんだろう。

 

「いくらですか?」

「王国金貨で150枚となっています」

「買った」

 

 うん、余裕でノッちゃう。

 

 ちなみに、奴隷の値段は前世でいう車に近い感覚だと思う。

 多くの場合、客が欲しがるのは燃費と性能に優れた軽自動車や乗用車だろう、実用性重視、コスパが良い奴が売れる訳だな。デザインが良いと嬉しいよねって感じ。

 対し、高級奴隷はフェラーリとかアストンマーチンみたいな趣味性の高い車扱いになるんだと思う。デザインやブランド性重視で、実用性はそこまで重要視されない感じ。それでも高値で売れるのだから、売り手も買い手もハッピースマイルだ。高い奴はホント意味わからんくらい高い。

 それで言うと、ルクスリリアちゃんは燃費も性能も良いけどデザイン悪くてブランド性ゼロで悪目立ちしちゃうチグハグ高級車になるんだと思う。金持ちは欲しがらないし、コスパ重視勢からすると微妙と。やめよう、この言い方は悲しくなる。

 

「ありがとうございます。ですが、実際にご覧になってからお決めになられた方がよろしいかと」

 

 店主は小さく微笑むと、先ほどまでの雰囲気を霧散させた。

 さっきの掛け合いは冗談。そう顔に書いてあった。

 

「あ、そうですね。つい……」

 

 まあ、ここまでの流れは読めていたんだろう。今のですぐ契約を迫るような余裕のない店じゃありませんよというポーズだ。

 その甲斐あって、俺から店主への心の硬度は柔らかくなってる訳だし。こっちだとこういう商談方法がメジャーなんだろうか。

 

 それから、俺と店主はこの世界のロリコン事情について話した。

 敵と己のお尻だ。ロリについて知ってもらえば、今後もサキュバス以外の顔の良いロリを仕入れてくれるかもしれない。

 

「そうですね、こちらでは未成熟な少女を愛でる習慣は聞きません。やはりあくまでも子供として、ですね。イシグロ様の故郷ではそういった嗜好の方が多かったのですか?」

「どうでしょう、法で禁止されていたので大っぴらに喧伝する人はそういませんでした。私もです。ですが、母国の男性の多くには大なり小なり琴線に触れるモノがあったのではと思います。言わないだけで、皆少女が好きだったのだと」

 

 そうこうしていると、扉の先に気配――アクセシビリティの敵味方レーダー機能である――を感知した。

 控えめなノックの後、「連れて来ました」という男の声。さきほどルクスリリアを迎えに行った従業員である。

 

「入ってください」

 

 店主の許可を得て、扉が開かれた。

 ゆっくりと、木製のドアが開いていく。心臓の音がうるさい。来た、来た、来た。ついにロリの奴隷をこの目にできるのだ。

 

 緊張の瞬間。ファーストコンタクト。運命の出会いである。

 さてさてご対面……と思って凝視していると、そこには全身を真っ黒なマントで覆った小さな邪教徒みたいなのが立っていた。多分、ルクスリリアちゃんなのだろう。実際ちんまい。

 それは首から足首までを黒いマントで覆っていた。ご尊顔はパペットマペット氏の如き黒い袋で隠され、色気もクソもない。一歩彼女が歩み出ると、むき出しの足元からじゃらりと鎖の音が聞こえた。

 

「これは……?」

「万一の事があってはいけませんので、現在彼女からは聴覚を除く感覚を封印しています。イシグロ様ならば平気かもしれませんが、私のような者には淫奔魔術の耐性がありませんので。契約魔術もまだなので、もしもの時は即座に無力化します」

 

 どうやら、サキュバスは俺が思っていたよりも危険な種族として見られているようだ。

 俺なら大丈夫というが、どうなんだろう。そういうデバフ系は薬で無理やり治してきたからどれだけの耐性があるのか分からないんだよな。

 

「クリシュトーさん」

「ええ。封印を解除してください」

 

 ともかく、俺は早く顔が見たい。その気持ちを視線に込めて店主を見ると、店主は従業員に許可を出した。

 まず、頭を覆っていた袋が取られた。そこから現れたのは、俺の想像を優に超える美少女の顔であった。

 

 パッと見で分かった。クソかわロリ美少女だ。肌は艶やかできめ細かく、荒れた部分が全くない。そして、ミルクを溶かし込んだように白く、透明感があった。

 顔立ちといい体型といいロリそのものだが、ロリコン目線じゃなくても肌艶だけでかなりの色気がある。前世のジュニアアイドルと100人組手しても絶対勝てる。

 

「おぉ……!」

 

 髪は輝くような黄金だった。ヘアスタイルは前世でいうとミディアムヘアになるんだと思う。毛先が外側にぴょこっとウェーブしていて、大人の女性というよりも少女といった印象が強い髪型だ。

 ぼんやり開かれた瞳はじっと見ていると吸い込まれそうなほど大きい。虹彩は濃いワインの色をしていて、髪と同色のまつ毛は驚くほど長かった。

 真ん丸で大きな双眸の割に、鼻と唇は小ぶりだ。よく聞く表現だが、ルクスリリアはまるで人形の様な顔立ちをしていた。ゴスロリ衣裳でも着れば前世のオタク君を一発KOできそうである。無論、俺の心は既に奪われていた。

 そして何より目につくのが、ヒト耳の上――側頭部にある左右一対の漆黒の角の存在だ。それは鬼や牛王を連想させるような厳つい形状ではなく、羊の様な丸っこい形をしていた。

 

 彼女の美貌に見とれていると、背後に立った従業員が何事か呟いた。わずかな魔力感覚、魔法の詠唱だ。封印とやらを解いているらしい。

 すると、ルクスリリアは寝起きの様に数度瞬きをした。どうやら今の今まで目が見えてなかったらしい。ぼんやりと開いてたさっきと違い、今はパッチリとした瞳が全開だ。

 彼女はロリロリしい顔立ちに対して、その目は蠱惑的に吊り上がっていた。メスガキの目で伝わると思う、あのツリ目だ、大好物である。

 

「ルクスリリア、こちらは銀細工持ち冒険者の“黒剣”のイシグロ様です。貴方のご主人様になるかもしれない方です、失礼のないように」

 

 そしてキョロキョロと辺りを見渡すと、最初に奴隷商人と目を合わせた。

 それから視線をスライドして、俺と目が合った。その瞬間、俺の心臓が跳ねたのが分かった。ロリと目が合った。もうそれだけでドキがムネムネである。

 

「うぁ……ぉぇあ……」

 

 ルクスリリアが何事か云っている様だが、言語になっていない。そういうのも封印されているようで、従業員さんはさらに詠唱を続けた。

 封印解除の詠唱が響く中、俺と彼女はずっと視線を交わし続けていた。

 

「あぅえ……ぉあぁぁ……、ぉうぁい……ぃあぁぁ……!」

 

 繋がれる視線と視線。

 メスガキめいて吊り上がった瞳からは、彼女の感情が伝わってきた。

 ロリコンじゃなくても、分かる。彼女は、助けを求めていた。その眼には恐怖があった。涙は流していない。身体も震えていない。けれど、奴隷となった落ちこぼれサキュバスは、俺という個人に助けを乞うていた。

 これまでのロリコン人生、これほどまでにロリから何かを求められた事があったろうか。いやあったにはあったが、それはお年玉だった。勿論喜んで課金した。「おじさんありがとう」というボディブロウを食らった思い出が蘇る。21歳はおじさんではない。

 ともかく、彼女は俺を救世主でも見るような、縋る様な目で見ていたのだ。理由は分からない。俺を、善人だとでも思っているのか。

 

「はっ……!?」

 

 やがて詠唱が終了すると、行動を制限する封印は解かれたようで、彼女は一度ビクンと身体を震わせた。

 身体の自由を得たルクスリリアは、まず自身の手を見てグッパグッパしていた。マントの隙間から出た両手には、ゴツい手錠がついていた。

 それからもう一度俺と目を合わせると、その大きな赤い瞳を潤ませ始めた。

 

「ルクスリリア、挨拶を」

 

 店主の命令が聞こえていないのか、彼女はなおも俺を見つめ続けていた。滲むような涙はすぐに大粒の涙となり、それは彼女の頬を伝っていった。

 対する俺は、唖然となって彼女の涙を凝視していた。すがる目の理由は分からないが、涙の意味には気づいたからだ。

 

 当たり前の事だった。

 これは、枯れる前の奴隷の涙だった。

 

 分かっていたつもりだった。覚悟していたつもりだった。奴隷を買うという事は、ひとつの命を踏みにじるという事を。一人のロリを泣かせるという事を。

 罪人とはいえ、性行為が罰にならないとはいえ、誰が好き好んで個人所有の奴隷になるというのか。当然、哀しいはずだ。悲劇で然るべきだ。俺はそれを、ロリ奴隷ハーレムなどと嘯いて欲望を満たそうとしている。浅ましく、醜悪だ。自覚のある事を、今こうしてその結果を見せつけられたのだ。

 強者は奴隷の上で嗤い、奴隷は強者の下で泣く。それがこの世界だ。日本じゃない、ここは異世界なのだ。俺が欲望を叶えるには、その事実を飲み下さないといけないのだ。

 

 かわいそうなのでぬく決意を抱かないといけない。

 俺にとって、俺の夢がホントの夢であるならば。

 悪徳に漬かる覚悟がいるのだ。

 

「ルクスリリア、挨拶を」

 

 温和な店主の冷たい声。

 命令された奴隷は、涙を流しながら俺を見ていた。

 ルクスリリアが口を開く。身体が震えている。ジャラリと鎖が鳴ると、背後の従業員が身構えていた。

 

「あ、あぁ……た、たっ……!」

 

 そうして、彼女は……。

 

 

 

「アタシを買って下さいッスゥゥゥーッ!」

 

 

 

 叫ぶと同時、俺に向かってジャンピング土下座をぶちかました。

 唐突な土下座に、俺の葛藤は完全にフリーズしてしまった。店主は額に手をやって「あちゃー」ってなってて、身構えていた従業員も固まっていた。

 俺視点、金色の毛玉が足元にすがりついてるような構図だ。忠誠のポーズというより、命乞いのポーズに見えた。

 

「お願いッス! アタシを買ってください! 料理できます掃除できます家畜の世話もできるッス! ご飯もほんの少しでいいッス! サキュバスは低燃費ッスから大丈夫なんス! 迷宮にも喜んで同行させて頂くッス! 女王陛下の呪いで簡単に死ねない身体なんで! 盾も囮もできるはずッス! 冒険者様ぁぁぁッ!」

 

 最初はただの大声だったのが、台詞の途中から涙&鼻水混じりのダミ声に変化していた。

 彼女は見た目に似合うかわいらしい美声の持ち主であった。しかし、その鈴のような声は、台詞の中盤から先代ドラえもんの如きドラ声になっていた。かわいいのベクトルが変わったのだ。

 

「おぉぉぉ願いしますッスゥゥゥ! 100年無休で坑道掘るのは嫌なんスゥゥゥ! つるはしなんて一度も持った事ないんスゥ! いやぁああああ! 周りに男いるのに一切誘惑できない環境なんて生き地獄ッスゥゥゥ! 冒険者様ぁ! 助けてほしいッスゥゥゥ!」

 

 なんというか、哀れを通り越してギャグだった。

 高級そうな絨毯には、現在進行形でロリの涙と唾液と鼻汁が流れ落ちて水たまりを形成していた。

 

「えぇっと……」

 

 正直、困った。こういう時、どういう顔すればいいか分からない。

 俺は店主を見た。店主は硬度ましましのポーカーフェイスになっていた。

 

「買って下さい! 何でもしますからぁあああ!」

「強制発動、“沈黙”」

「ぐェっ!?」

 

 どうやら店主は魔法を使ったらしく、哀れロリは絞め殺されたニワトリみたいな鳴き声をあげて沈黙した。びっくりして上げられたルクスリリアの顔は、せっかくの美貌が台無しになるレベルでぐちょぐちょだった。

 

「……連れて行って下さい。別室で待機を」

 

 店主の命令は、疲れていた。

 なるほど、真っ先にオススメしない理由のひとつはコレかと、納得した。




 感想ありがとうございます。



 本作、割と解説というか説明というか、隙あらば異世界語りをする訳ですが、「ここ分からねぇぜ!」ってトコがあれば気軽に聞いてやってください。
 割と喜んで答えます。


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ロリに朝が降る

 感想・評価など、ありがとうございます。たすかる。

 来週はどうなるか分からないので今のうちに投稿しときます。

 今回は三人称、ルクスリリアの過去編。雰囲気は軽いです。
 ヒロインの過去編はルクスリリアしかしないかもという保険をかけておきます。


 ルクスリリアは大罪を犯した。

 

 

 

 小淫魔ルクスリリアは落ちこぼれサキュバスである。

 ルクスリリアは同じ小淫魔の母から生まれた下級淫魔だ。平民淫魔など殆どが小淫魔でありぶっちゃけ弱いのだが、ルクスリリアは中でもぶっちぎりのザコサキュバスであった。

 あまつさえ、生まれて一年で身体の成長限界を迎える淫魔にあってルクスリリアは一年経っても幼い容姿のままであった。小さくて細くて胸がないクソザコ淫魔、それがルクスリリアだった。

 

「えーマジ処女!? キモーい!」

「処女が許されるのは一歳までだよねー!」

「う、うるせぇえええ! アタシだって好きで処女やってんじゃねぇんスよ!」

 

 この世の美とは即ち豊満さである。巨乳にあらずんば淫魔にあらず。おっぱいが正義であるならば、ちっぱいは悪になるのだろうか。

 当然のように、ルクスリリアは他種族の男から全然モテなかった。同い年の淫魔がどんどん処女を卒業していく中で、ルクスリリアだけが処女を捨てられずにいた。

 淫魔は処女のまま10歳を迎えると最強の魔術師になれるという言い伝えがあるが、それは嘘だった。何故嘘だと分かるかというと、ルクスリリア当人がそれを証明してしまったからである。

 

「こんなに悲しいのなら……こんなに苦しいのなら……愛などいらねぇッス!」

 

 と、10歳の誕生日で一念発起したルクスリリアは、淫魔王国兵として軍隊に志願した。

 が、ダメだった。一応入隊自体はできたものの、ルクスリリアに兵士の素質はなかったのである。

 

「このクズどもめ! トロトロ走るんじゃない! なんたるザマだ! 貴様らは最低の処女だっ! ヴァージンだっ! この世界で最も劣った魔族だ! そうじゃないと言うなら腰振ってケツの穴絞めろ! エルフの処女みたいにひんひん鳴きおって! みっともないと思わんのかこの純潔吸精鬼ども! 童貞が喰いたいなら強くなれ! 強くなって吸精しろ! 強請るな勝ち取れ! さすれば与えられん!」

「んんぐぉおおおお……! 童貞……! アタシも童貞食べたいッスゥゥゥ……!」

「ルクスリリアァ! ペース落とすなぁ!」

「はいッスゥ……!」

 

 前述の通り、ルクスリリアは身体が小さく、細い。体格相応に体力がなかった。重い物も持てないし、足も遅かった。

 ホントにそれだけなら魔力でどうとでもできるはずなのだが、ルクスリリアにはどうにもできなかった。何故なら、処女だから。吸精した事がないから、魔族にとっての一番大事な魔力が致命的に少なかったのである。

 

「はぁ……はぁッ! き、キツいッス! 無理ッス! なんでみんなそんな動けるんスかぁ!? ヴォエぇぇぇ……!」

「ルクスリリアァ! 何をチンタラやっとるかァ! 貴様ちゃんと男食ってンのかァ!?」

「処女なんスゥゥゥ!」

「あ、悪い。そういうつもりじゃ……」

 

 ぶっちゃけ、処女のルクスリリアには新兵訓練も厳しかった。

 でもガッツはあったので、毎日ヘトヘトになりながらも続ける事はできた。

 しかし、そんなルクスリリアの心をへし折る事件が起きたのだ。

 

「お久しぶりです、レギン卿。今年もどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ。この日の為に新兵どもには禁欲を命じておりました」

「おや、それは頼もしいですな」

 

 淫魔軍の隊長と、人間軍の隊長が握手している。

 淫魔王国兵お楽しみの、他種族との合同訓練(意味深)であった。ついに、この日が来たのだ。ルクスリリアはこの日の為に頑張って来たといってもいい。

 

「それでは、これより合同魔術訓練を行う! 名前を呼ばれた奴らは前に出ろ!」

 

 大きな広間で、淫魔軍と人間軍の新兵たちが向かい合っていた。

 それから、名前を呼ばれた淫魔軍の兵士たちは列になって人間軍の兵士の前に立ち、人間に向かって誘惑魔法と淫奔魔法をかけるのである。人間はその魔法に抵抗し、淫魔はその抵抗を破るべくガチで魔法をかけるのだ。

 そして、見事人間を誘惑できた淫魔は晴れて合格となり試射場(意味深)で寝技鍛錬(意味深)ができるのだ。

 ちなみに、負けた側の兵士は翌日訓練場全体の掃除をさせられるのだが、人間側が掃除するのが慣例だった。

 

「ふぅ……ふぅ……! やるッスよルクスリリア……! アタシはこの日の為に訓練してきたんス。今日こそ処女を捨ててやるッス……!」

 

 合同訓練はつつがなく進行し、試射場では既に何人もの男女がウォークライを上げていた。

 やがてルクスリリアの番が来た。相手は優しそうな印象の兵士だった。隊長の「はじめ!」の号令と同時、ルクスリリアは最高最強の魔法をぶっ放した。

 魔力も練った。魔法も発動した。手応えが、あった。

 

「……あの、すみません。やっぱ無理みたいです」

「ッス……!?」

 

 が、ダメだった。

 誘惑魔法は効いた。淫奔魔法も効いた。実際、彼の股間にはズボンを突き破らんばかりの聖槍が屹立していた。

 けれど、彼の視線はルクスリリアの隣の淫魔新兵にくぎ付けだった。

 ルクスリリアのロリ性が、ルクスリリアの魔法を相殺してしまった様だった。

 

「あーっと……明日、お前は掃除しなくていいぞ」

「はいッス……」

 

 結局、ルクスリリアが誘惑した兵士は、隣の淫魔がペロッと平らげてしまった。

 それどころか、皆が徹夜でお楽しみしてる中、ルクスリリアは淫魔用の部屋で一人寂しく丸くなっていた。

 そんな事があって、ルクスリリアは兵士を辞めた。

 

 軍を抜けたルクスリリアだが、縁には恵まれていた。上官の勧めで、とある貴族の召使いとして雇ってもらえる事になったのだ。

 決して好待遇という訳でもなかったが、そこまでキツい仕事ではなかった。休日もあったし、給金もそれなりにもらえた。処女こそ卒業できなかったが、何気に良い暮らしができるようになっていたのだ。

 しかし、召使いの仕事には一つめちゃくちゃキツい時間があった。

 

「本日は猪人族のガチデ・ハラマース様の一族がお越しになります。失礼のないように」

「はいッス」

 

 ルクスリリアの主人は、頻繁に他種族を招くのだ。すると決まって、夜はレッツパーリィをするのである。

 その間、ルクスリリアは何をしているか。ナニもできないのだ。

 

 大広間では淫魔VS屈強な他種族男衆がドンパチ賑やかにやっているというのに、ルクスリリアは家畜小屋併設の宿舎でひと眠り。朝が来れば下級使用人一同で大掃除である。

 

「うぅ……アタシも男食べたいッス……! もう童貞じゃなくてもいいッス……! ヒトオスなんて贅沢言わないッス……! せめて死ぬ前に吸精してぇッスよぉ……!」

 

 そんな日々が続き……。

 

 いつの間にか、ルクスリリアは20歳の誕生日を迎えていた。

 そして、奴は弾けた。

 

「あぁ~! 童貞ヒトオスの性奴隷になってご主人様にめちゃくちゃにされてぇッス~!」

「リリィ、馬鹿言ってないでこれ運んできて」

「あいッス~」

 

 ルクスリリアは処女をこじらせていた。

 通常、淫魔は位階が低い程性欲・精力共に弱く低燃費であると言われる。

 しかしながら、ルクスリリアは生まれつき性欲だけは並外れて強かった。そんな性欲激つよ処女サキュバスは、20を超えた瞬間なにかどこかがおかしくなっていた。

 

 それから、しばらく。

 悪い意味で運命の出会いがあった。

 

 ある日、いつものように主人の淫魔が他種族男性を招いた時の事。

 そのご一行の中に、如何にも童貞な人間族の少年がいたのだ。

 仕事の最中、その少年と目が合ったルクスリリアは……。

 

「そろそろ狩るッスか♡」

 

 完全に危ない淫魔になっていた。

 

 夜、ルクスリリアはトイレ中の少年にこっそり接近し、誘惑魔術を使った。

 しかし、失敗した。普通にレジストされ、他の人を呼ばれ、同意なく客人に手を出そうとしたとして大問題になった。

 

 かつて、淫魔はあらゆる種族の女性からウンコのついたお菓子の次に嫌いな種族と言われていた。

 なにせ勝手に男を誘惑して連れて帰るのである。そんで絞り殺す。何気にヤバい。男特効だ。男が大半を占める軍相手の場合、サキュバス軍はマジで強かった。

 

 それから色々と歴史的なアレコレがあったりして……。

 

 現代、サキュバスの大半はひとつの国に引きこもって暮らしている。

 人間族の国で住んでる淫魔もいるが、彼女等は極めて強い理性を持っている希少種だ。

 

 同意のない吸精の禁止。一方的な淫魔特性の行使の禁止。他国での誘惑行動全般の禁止などなど……。

 こういった条約を結び、淫魔はようやっと他国や他種族と手と手を結んで生きる事ができるようになったのだ。

 

 今の淫魔は大人しい。そうであれと教育される。

 時たまやってくる観光客や行商人、あるいは国が招いた人たちを食べて生きる。もちろん、両者同意の下で、決して絞り殺さないよう加減をする。

 それを破った淫魔は重罪人として扱われる。まして、高位淫魔の客人に対して誘惑魔法を行使しようものなら……。

 

「てなわけで~! リリィちゃん? キミぃ、奴隷堕ち!」

「ひえぇええええええ!」

 

 残念でもないし当然の裁きであった。

 むしろ温情ある処置とも言えた。相手側が怒ってないというのもあるが、ルクスリリアが処女であるというのもある。

 えぇ……その歳で処女なの? あ、そうなんだ……。じゃあ、我慢難しいよね……という同情意見が多数寄せられたのだ。

 でも、罪には罰が必要であった。

 

「安心して。奴隷って言っても人間族のところに売るから、運が良ければ性奴隷にしてもらえるかもよ?」

「それ本気で言ってるッスか?」

「ん~? 世界は広いから、もしかしたらリリィちゃんみたいなちんちくりんが好きっていうヒトオスちゃんもいるかもよ?」

「いる訳ねぇでしょうがぁああああ!」

 

 そんなこんな。

 

 晴れて奴隷身分となったルクスリリアは、淫魔女王直々にいくつかの呪いをかけられ、出荷される事となった。

 檻に入れられ、ドナドナされるルクスリリア。遠ざかる淫魔王国を見ながら、ルクスリリアは……。

 

「クソソソソソソ……! いつか絶対伝説の超ビッチになってアタシを馬鹿にした奴全員見返してやるからなぁぁぁ! 角洗って待ってろッスゥウウ! これで勝ったと思うなッスよぉぉぉ!」

 

 不屈の精神で己の処女魂を燃やしていた。

 そう、ルクスリリアにはガッツがあるのだ。

 

 

 

 さて、時は進んで奴隷商館。

 

 ルクスリリアは、運命の男と出会う。

 今度は、良い運命だ。

 

「ルクスリリア、こちらは銀細工持ち冒険者の“黒剣”のイシグロ様です。貴方のご主人様になるかもしれない方です、失礼のないように」

 

 閉ざされていた瞳が開くと、目の前には二人の男がいた。奴隷商人の男と、もうひとり。

 黒髪黒目。並みの淫魔以上の魔力量。如何にも高そうな服を着て、首に高位冒険者の証である銀細工を下げていた。

 そして、驚くべき事が二つあった。

 

「うぁ……ぉぇあ……」

 

 イシグロという男は、童貞だった。

 ひと目で分かった。彼はピチピチフレッシュの汚れなき童貞だった。その身に巡る魔力に混じって、童貞特有の香りがぷんぷんしていた。これまで見てきた男の中で最も美味しそうだった。

 そして何よりも、イシグロはルクスリリアを見て、性的に興奮していたのだ。

 

「あぅえ……ぉあぁぁ……、ぉうぁい……ぃあぁぁ……!」

 

 一瞬、ドッキリかと思った。故郷のいじめっ子が良い感じのタイミングで現れて「ドッキリ大成功~!」ってやった後に目の前でこの男を喰い始めるのだと思った。

 だが、それはなかった。イシグロの曇りなき瞳には、ルクスリリアへの強すぎる情動が満ちていた。

 それはルクスリリアが一度として感じた事のない感覚だった。いつも他の淫魔が向けられていた情欲に満ちた瞳だった。羨ましかった。妬ましかった。いつか自分もと渇望し、ついぞ手に入れられずにいた視線だった。

 

 イシグロという男は。

 童貞で、ヒトオスで、ルクスリリアに欲情できるご主人様候補だったのだ。

 

 だから……。 

 

 

 

「アタシを買って下さいッスゥゥゥーッ!」

 

 

 

 こうなった。




 感想投げてくれると喜びます。



 ちなみに、サキュバスは平気で100年以上生きます。淫魔の20歳はまだまだヒヨッコです。
 軽い口調で話してる淫魔女王は1000歳超えてます。


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ロリコンの見る夢は、黒より暗い暗闇か?

 感想・評価など、ありがとうございます。直でモチベになっています。
 誤字報告も助かっています。ありがとうございます。申し訳ない。

 今回、最後にアンケートがあります。
 しょうもない変化ですが、お答えいただけると幸いです。
 こういうの普通にやります。


 俺はロリコンである。

 

 それも二次限定のロリコンでなく、普通に三次もイケちゃう類のヤバめのロリコンだ。

 二次の初恋はとある金髪ツインテ高速戦闘型魔法少女だった。実在女性への初恋は友達の妹だった。

 そして、画面の中の三次ロリへの初恋は、とある映画のヒロインだった。

 

 前世、俺はハリ〇タのハーマ〇オニーが好きだった。

 金曜ロードショーでたまたま見た「〇リー・ポッターと賢〇の石」。この映画に出ているハーマイオ〇ー・グレン〇ャーに一目惚れしたのだ。

 

 なんだあのメスガキ可愛すぎるだろ! というのが率直な俺の気持ちだった。

 あまりにも可愛くて、休みの日にさっそく続編映画を観た。秘〇の部屋のハーマイオニ〇も信じられないくらい可愛かった。

 □ンに呪文を教える時の勉強のできるクソガキっぷり。あのクソ長マフラーを巻いていたウィンタースタイルの悪ガキっぷり。完全にツボだった。今思うと、ハーマイオ〇ーは俺のメスガキ嗜好の走りだった気がする。当然、俺はメスガキ大好きだ。

 

 魅惑の魔女〇ーマイオニー・〇レンジャー。

 しかし、またも俺の恋は砕け散った。

 

 秘密の部屋を見終わり、さて次の映画を観ようかなと思って、ワクワクしながら見始めたアズカ〇ンの囚人。

 そこには、すっかり大人になったハー〇イオニー・グ〇ンジャーの姿があったのだ。

 

 メスガキというよりティーンエイジャー。幼女というより少女。少女というより美女。ハーマ〇オニーは、大人になっていたのだ。ロリコンの俺、無事死亡。

 そんな事もあり、俺はアズカバ〇以降のハリポ〇を知らない。俺にとってのハーマ〇オニー神話は、秘密の部屋で終了したのだ。

 おそらく、この経験をしたロリコン諸兄は結構多いのではないだろうか。

 

 仮に、である。

 

 仮に秘密の部屋のハーマイ〇ニーが、ずっとあのままの姿であったなら。

 身体的に成長せず、ずっとメスガキのままであったなら。

 それは、とても素晴らしい事だと思うのだ。

 

 自分、ロリコンですから。

 

 

 

 あの後、結局俺は奴隷商人にルクスリリアを購入する旨を伝えた。

 例の奇行にはちょっとビックリしたが、理由はどうあれああも求められると断る選択肢はなかった。

 そも、エタロリだ。最高である。言い方はアレだが、ルクスリリアはハーマ〇オニーより好みだったのだ。此方も抜かねば不作法というもの。

 

「……と、このように淫魔の奴隷には様々な制約がありまして。もしこのいずれかに違反してしまった場合、その責任はすべてイシグロ様が負う事になります」

 

 購入するぜと言ったら、今度は店主の口からいくつか注意事項を伝えられた。

 事項は色々あったが、要するに大型犬とかに近い印象だ。もし犬が他の人噛んだら飼い主の責任になるよ、みたいな。これのサキュバス版だ。

 

「では、こちらの契約書にサインと指印を」

 

 で、説明を受けると、前世基準でも綺麗な紙を渡された。その紙はA4用紙ほどの大きさで、ところどころに装飾のついた豪華な契約書だった。また、その紙全体からうっすら魔力の反応があった。

 そこには異世界語で書かれた文章と、サイン箇所と指印箇所であろう空白部分があった。書くべき場所は明白なのだが、ちょっと問題があった。

 

「すみません。私、この国の公用語が書けないのです。母国語なら書けるんですけど……」

「左様にございますか。ですが、ご安心ください。こちらの契約書には翻訳魔術が施されてありますので、イシグロ様の母国語でも問題ございません。ですが、偽名はお使いになりませんよう。偽りの名では契約魔術を結ぶ事はできないのです」

「あ、そうなんですね。では」

 

 よく分からんが、この紙は翻訳こんにゃく化されてるらしい。多分、ここが高級奴隷商会だから施されてるサービスだな。

 言われた通り契約書に日本語でサインすると、書いた漢字が青白い光を放ち、収まると同時に「石黒力隆」の上にこの世界の文字でフリガナが振られていた。何気に凄い魔法だ。まさにファンタジーである。

 OKらしいので指印も押すと、ほんの僅かに魔力を吸われた感覚があった。これで契約完了である。

 

「ご契約頂きありがとうございます。では、奴隷証を」

 

 契約書を確認したおじさんは、次いでこれまた高そうな小箱から“奴隷証”なるものを渡してきた。

 促されるまま手に取ると、それは細いチェーンと板で構成された銀の首飾りであった。

 

「これは?」

「奴隷の身分を証明するものです。これを身に着ける事により、その者が誰の所有奴隷であるかを証明します。魔力を注いでいただければ、イシグロ様の名が刻まれます」

 

 奴隷証というそれは、前世でいうドッグタグによく似ていた。表面にはこちらの文字でルクスリリアの名前があり、裏面にはこの店の情報が書いてある。

 手で握って魔力を流すと、空いたスペースに俺の名前が浮かび上がってきた。イシグロ・リキタカの所有奴隷。ルクスリリアちゃんの証明証だ。

 

「これをルクスリリアの首にかければ、奴隷契約が完了します」

「なるほど……」

 

 ドクン、と。俺の心臓が高鳴った。

 それは、そのまんま、飼い犬に首輪をつけるのと同じではないか。

 あのルクスリリアにつける、俺の奴隷であるという証。

 たぎらない訳がなかった。

 

 

 

 それからしばらく、ルクスリリアには準備がいるとの事で店主と雑談して時間を潰していた。

 その間、俺は店主から商談を受けていた。

 

「ええ。私であればイシグロ様のお好みに合う奴隷を選別し、良い状態で提供する事ができます」

 

 奴隷商人のおじさん曰く、俺が求めるような奴隷……美少女ロリ奴隷というのは、あまり奴隷市場には回ってこないらしい。需要がないからだな。でもまぁ、いない訳でもないと。

 そこで、界隈に顔の広い店主が手ずから選別して上質なロリ奴隷を俺の為だけに紹介してあげるよとのお話だった。俺の好みは既に伝えてあるので、そこはある程度信頼していいと思う。

 その代わり、お値段は手間相応とな。

 

「ありがたいですね。ぜひ」

 

 当然乗るよね。

 ルクスリリアは俺が夢見たエタロリだが、俺の夢はロリハーレム。ハーレムというからには、第二第三のロリが必要不可欠なのだ。

 それを集めてきてくれるというのだ。感謝、圧倒的感謝である。もともと最上級のフェラーリを買うつもりだったのだ、ハイエースくらい全然余裕である。

 

「かしこまりました。商品を見つけ次第、使いの者を出しますので、それまでお待ちください」

 

 あと、ルクスリリアは存外安く買えた。

 雑談で提示してきた金貨150枚は冗談だったようで、実際にはその四分の一程度の値段で買えた。

 俺にとってのルクスリリアと、商人にとってのルクスリリアの値段の差だな。少なくとも、俺からすると金髪赤目ロリサキュバスを買えるのなら王国金貨150枚程度普通に出せるし、そのつもりだったのだが。

 

 そうこうしていると、再度敵味方識別レーダーに感があった。

 ルクスリリアと従業員がやってきたのである。

 

 ノックの後、店主の許可が下りる。ドアが開くと、そこには素顔のままのルクスリリアがいた。

 前と違い、今度はちゃんとした服を着て……なかった。

 

 別に全裸って訳じゃない。全裸じゃないが、今のルクスリリアはとても露出度の高い服を着ていた。隠しているのは胸周辺と股間周辺だけで、肩も腹も太もももガッツリ出ていた。前世でいう水着程度しか着込んでなかったのである。

 サマーメスガキ、そんな第一印象を受けた。

 

「ルクスリリア、今日からあなたのご主人様になるイシグロ様です。挨拶を」

「は、はいッス!」

 

 店主の命令に、ルクスリリアは新兵の様にピシッと返事をした。聞いていた通り、従軍経験をうかがわせる起立姿勢だった。

 見ると、彼女の肌艶はさっきよりも良くなっていた。契約書を書いてる間に風呂に入っていたのか、むさい男共の中にあって石鹸に混じった甘酸っぱいロリの匂いがした。

 

「い、イシグロ様! 買ってくれてありがとうッス! あーっと、頑張るッス!」

 

 新兵のような起立姿勢から、童貞のような挨拶が飛んできた。

 気持ちは分かる。見なくても分かる、多分店主は「あちゃー」みたいな顔をしている事だろう。

 

 というか、今気づいたのだが、ルクスリリアの背後に黒い紐みたいなのが見えた。それは小指程の太さで、先端にはたけのこの里みたいな突起がついていた。

 これ、アレだ。悪魔の尻尾だ。尻尾は彼女の感情を表すように左右に揺れており、先端が常にこちらを向いていた。どうやら感情と動きが連動しているタイプの尻尾であるらしい。まるでシャミ子みたいである。新刊読みたかったなぁ。

 

「あーっと……こちらこそよろしく」

 

 などと考えていたからか、俺も俺で童貞みたいな返事をしてしまった。間違っちゃいないが、なんだか恥ずかしい。

 

「イシグロ様、奴隷証を」

「あ、はい」

 

 ソファから立ち上がると、俺はルクスリリアに接近した。手が届く距離まで近づくと、その目線の差に驚いた。

 わかっちゃいたが、ルクスリリアは本当に小っちゃかった。彼女の背丈は俺の肩ほどもなく、こうも接近すると首が痛くなるくらい見下ろさないといけない。逆にルクスリリアの視点だとほぼ真上を見ている構図だ。

 これだとキツイだろう。俺は片膝をついて、目線を合わせた。

 

「じゃあ、付けるよ」

「はいッス。んっ……」

 

 そして、極力彼女の肌に触れないように、ドッグタグの鎖を通していった。

 鎖をくぐらせる際、手の甲が髪に触れると、ルクスリリアはくすぐったそうな声を漏らした。

 後頭部の辺りで鎖を繋げる。動作の都合上、顔と顔の距離が近い。真紅の双眸が俺の黒目を反射しているのが見えた。

 

「これからよろしく。ルクスリリア」

 

 手を離すと、奴隷証がちゃりんと鳴った。

 

「はいッス!」

 

 ルクスリリアは、何か物凄いにんまり顔になっていた。

 

 

 

 

 

 

「本日は我が商会の奴隷をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。それでは、イシグロ様。今後とも我が奴隷商会をどうぞご贔屓に」

 

 館を出ると、時刻は既に夕方になっていた。

 

 店主自らお見送りをされ、俺とルクスリリアは奴隷商館を後にした。

 主人と奴隷、二人きり。とりあえずはと、俺は人生初奴隷を連れて宿屋の方へと歩き出した。

 

「きひひっ、イシグロ様はどんなトコロに住んでるんスかぁ?」

「あぁ……同じ西区の宿屋で生活してるよ」

「へぇ~? そこどんな部屋なんスかぁ?」

「まぁまぁ広いよ。一階にはお風呂があるし、それなりに綺麗なトコロ」

 

 店を出て、しばらく。

 奴隷商館が見えなくなったあたりで、ルクスリリアは道中あれこれと話しかけてきた。

 最初の方は奴隷らしく? 三歩後ろをついてくる感じだったのが、いつの間にか俺の真横を歩いていた。

 見ると、彼女は何が愉快なのかにまにまと笑みを浮かべていた。

 

「きひひ……歩き姿もサマになってるッスねイシグロ様ぁ♡」

「そ、そうかなぁ……?」

 

 なんか、よく分からない表情だった。

 初対面の時、彼女は俺に土下座して自身の購入をせがんできた。それが叶って喜んでるのかもしれないが、ちょっとベクトルが違う気がするのだ。

 

「イシグロ様ぁ♡ 迷子になるといけないんでぇ♡ お手々繋いでもいいッスかぁ?」

「お、おう?」

「わぁ~♡ イシグロ様の手ぇ♡ 大きくてカッコイイ~♡」

 

 うん、あの……なんだろう、これ。

 ロリと手をつなぐのは、前世からの俺の夢だった。それをこんなガチかわ美少女と叶えられるなんて、最高にハッピーだしめちゃくそ興奮する。

 するんだけど、なんだろうこの気持ち。行った事ないけど、キャバクラとかの接待を受けてるような感覚がするのだ。

 

「きひひひひっ……!」

 

 横目をやると、ルクスリリアはなおも満面スマイルだった。

 ついでに握った手をもう片方の手で包んでいた。さながら遊具のタイヤにしがみつくパンダの様。

 

「え!? イシグロお前、そいつぁ……?」

 

 と思っていると、何やら聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、そこには見るからにオフな雰囲気の受付のおじさんがいた。彼は屋台で買ったと思しき串焼き肉とお酒を持っていた。

 

「お疲れ様です。今日は休みですか?」

「あ、まぁな……。いや、お前こそ街で見るの初めてなんだが」

「普段から休みは取ってますよ」

「そりゃ、そうなんだが……」

 

 言うと、おじさんは目線を下げて俺の手を握ったままのルクスリリアを見た。

 ルクスリリアは何故か首の奴隷証を見せつけるようにして堂々とした態度を取っていた。

 

「えっと、サキュバスの、奴隷か……?」

「はい。ルクスリリア、この人はギルドのおじ……お世話になっている職員さんです。挨拶して」

「はいッス」

 

 主人ってこれでいいのかなと思いつつ命令すると、ルクスリリアは軍隊仕込みの起立姿勢を取り、自信満々に答えた。

 

「アタシはルクスリリア! 出身は淫魔王国ッス! この度、イシグロ・リキタカ様の奴隷となりましたッス! 元淫魔王国軍所属、退役後はボンキュー侯爵家に侍従として仕え、その後紆余曲折あってイシグロ様の奴隷となった身でありますッス!」

「お、おぅそうか……。元王国兵で元貴族の侍従……?」

「はいッス!」

 

 おじさんが神妙そうな顔をしている。

 

「へっ……そういう事か。なるほど、流石だ」

 

 かと思えば、何やら合点がいったみたいな顔になった。

 何がどう流石なのかは知らないが、異種族奴隷を買うなんて凄いわねみたいなノリだろうか。

 

「じゃあな。急に声かけちまって悪かったな。次も、生きて帰って来いよ。お嬢ちゃんもな」

「はあ」

「はいッス!」

 

 何が流石なのかは分からないが、そう言うとおじさんは街の喧噪に消えていった。

 そして、何故かルクスリリアはドヤ顔になっていた。異世界人特有の何かだろうか。

 

「イシグロ様、尊敬されてるんスね♡」

「どうだろ。真面目な冒険者やってるとは思うけど」

「銀細工持ちなんてそうそういないじゃないッスか♡ そんな主人に仕える事ができて、アタシは嬉しいッス♡」

 

 そう言って、今度は大胆に腕を組んできた。

 いや腕を組む、というよりしがみ付いてきたのが近いだろうか。

 と思った、次の瞬間であった。

 

 ――ふにゅん、と。

 

 前腕に、柔らかい感触があった。

 柔らかいといっても、それはふわふわもちもちした感じじゃなかった。ほんの僅か、ほんの小さなソレ。BでもCでもない、Aのアレだ。

 手をつなぐ、なんてチャチなもんじゃあ断じてない。触れ得ざる胸。即サツボンバー。前世における、禁忌の中の禁忌。

 

「さっ♡ アタシ等のお家に行くッスよ♡ イシグロ様ぁ♡」

「はい……」

 

 イエス・サキュバス・ゴー・タッチ。

 

 その瞬間、俺の思考はふにゃふにゃのマシュマロ状態になった。

 布一枚隔てた平たい胸の感触が、俺のどうでもいい葛藤を取り去って行ったのである。

 

 そうだった。そうだったのだ。

 この子の身体はもう俺のものなのだ。

 普段努めて奥底にしまっている危ない欲望がむくむくと鎌首をもたげてきた。

 

 あ、ヤバい。

 

 勃起した。

 

 

 

 ぼんやりしたまま宿屋に着くと、俺たちは主人への挨拶もほどほどに借りた部屋へと直行した。

 部屋に入ると、俺は前かがみ歩行を止めて息を吐いた。

 

 仮の宿だが、やっぱり落ち着く。

 

 広いワンルームといった感じの部屋である。部屋の隅には大きなベッドがひとつあって、クローゼットとテーブルセット。それと魔法式暖炉の前のソファ。異世界基準、結構いい部屋だ。

 そんな部屋に、俺とロリだけがいた。

 

「お着換え手伝うッス♡」

「ん、あぁ、ありがとう」

 

 言うと、ルクスリリアは服を脱ぐのを手伝ってくれた。

 今は奴隷商館用に買った高い服を着ているので、色々と着込んでいるのだ。着慣れないこれは、ごてごてしていて着るのも脱ぐのも大変である。

 上着を脱ぎ、銀細工を外し、そのままシャツとズボンも……。

 

「どうなさいましたッスか? イシグロ様ぁ♡」

「あ、いや、なんでもない」

 

 一旦止まってしまったが、もうどうしようもない。

 俺は購入したばかりの奴隷に、ズボンを脱がしてもらった。

 

「あは~っ♡♡♡」

 

 そうして、前世から愛用していたボクサーパンツ越しに、俺の股間のジオングがパオングになっている様を視られてしまった。

 あぁやっちまったという感覚。前世、こんな事やったら間違いなくポリス案件だった。後戻りできない気持ちと、毒を食らわば皿までの精神が俺の心を押していた。

 するとどうだろう。見られた事でGジェネ進化を果たしたのだろうか。俺のパオングはα・アジールとなり、ネオ・ジオングと化していったではないか。

 

 いや、これはユニコーンだ。

 デストロイモードになったのだ。

 もう止まれそうになかった。

 

「ルクスリリア……!」

「はいッス♡」

 

 ルクスリリアの肩をつかみ、立ち上がらせる。

 見上げる瞳を見つめる。視線を下げ、唇を見た。とても小さくて、柔らかそうだった。荒くなる鼻息を我慢できなかった。

 呼吸する度、俺の心臓はドクドクと大きく跳ねた。心身ともに、興奮が最高潮にまで達していたのだ。

 

 思えば、よく我慢できたものだ。

 三か月間、ずっと戦ってきた。来る日も来る日も化け物を斬り、潰し、時に死にかけたりした。

 それもこれも、今日この日、この時の為だったはずなのだ。

 

 なのに、今になってチキってどうする。

 もう分かるじゃん。相手はサキュバスだ。散々話を聞いて、そういう種族なのわかってるじゃん。

 据え膳だろう。このまま、食うしかない。

 

「服を脱げ」

 

 俺は、ついに一線を超える覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 一旦切り替わって、ルクスリリア視点。

 

 運命の相手を見つけ、無様購入懇願土下座をぶちかまし、色々あってマジで買われてしまった訳で。

 所有物である証明をつけられ、手を握って歩き、話してみて、分かった。

 

 ついに我が世の春が来たのだ、と。

 

 しかしこのこじらせ処女、生まれつき性根がひん曲がっている。

 ルクスリリアという淫魔は、純朴でも純真でも純粋でもないのだ。犯罪やっても懲りないし、生まれてこの方反省なんてした事ない。

 割と性格の悪い女であり、良い性格をした女であるのだ。

 

 さて、そんな彼女はこの時、何を考えていたか。

 宿に連れられ、身体を掴まれ、逃げ場を失くした拗らせ処女が、

 今にも純潔を散らそうとしていた淫魔が、何を思っていたか。

 

 それは……。

 

 

 

(あは~! 童貞ヒトオスくんクッッッソちょれ~! 最初はびっくりしたッスけど、淫魔女王が言ってた通りアタシに勃起する男もいたんスねぇ~! 顔真っ赤にして鼻息荒くして、かっわいい~!)

 

(きひひっ……! この男、強いだけの阿呆ッス! 戦っても勝てやしねぇッスが、夜のバトルで淫魔が人間なんぞに負ける訳ねぇんスよね! いっちょここでアタシのテクでわからせて、主導権握ってやるッスよ! そんでじっくり調教してアタシ専用ミルクタンクになってもらうッス!)

 

(さぁ! いつでも来いッス! その童貞、もらい受けるッス!)

 

 

 

 なんて事を考えていた。

 

 まあ、お分かりだと思うが。

 無理な話である。

 

 イシグロ・リキタカは、既にこの世界基準でも相当な強者である。

 レベルという絶対法則をその身に宿し、幾多の怪物を屠ってきたイシグロは、既にそこらの魔族を鼻で笑える程度の肉体能力を持っているのだ。

 

 さて、そんな英雄が、

 英雄の力を持つロリコンが、

 

 ただの耳年増の淫魔に、

 20年間処女をこじらせてきただけのメスガキに、

 

 負ける道理があるだろうか。




 感想投げてくれると喜びます。



 今回のアンケは頂いた感想に触発されて実施したものになります。
 このように、本作は皆さまのご意見・ご感想を積極的に取り入れていくスタイルでやってく予定です。
 ぼんやりちょっとずつ世界観を広げていきましょう。


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ロリサキュのチュロスの夢は夜開き、勇者のランスは聖槍ならぬ性槍で、サンシタメスガキは永遠にわからせ!

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。

 タグ増やしました。今回、少し過激な表現が出てくるので、もしダメだったら大人しく18版にこのエピソードだけ投稿します。
 まぁ大丈夫だとは思うんですけど……。直接描写はしてませんし。
 レビュアーズとかもOKなんやし、いけるはず。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 アンケの結果、ルクスリリアからの主人公の呼び方は「ご主人」になりました。
 普段は「ご主人」。感想欄で頂いたアイデアで、デレると「ご主人様」みたいになりますかね。



 古代ローマ皇帝、マルクス・アウレリウス著「自省録」には、このような一文がある。

 

『あらゆる行動に際して一歩ごとに立ち止まり、自ら問うてみよ。死ねばこれができなくなるという理由で死が恐るべきものとなるだろうか、と』

 

 

 

 前世、俺はそんなに“死”が怖くなかった。

 どうせ皆死ぬし、普通じゃね? くらいに思っていた。観たいアニメがあったし、やりたいゲームもあったから、死にたい訳でもなかったが。

 それはそれとして、いつ死んでもいいくらいの感覚はあった。その上で、まぁまぁ幸せを享受できていたのだ。元来そんな物事を深く考えないってのもある。ある意味、そういうのもあってすぐに異世界に順応できたのかもしれない。

 

 幸せだから、死にたくないし、生きてたい。

 しかし生に執着はしてない。

 そんな感じ。

 

 それは多分、俺の中の“生きがい”が稀薄だったから、そうであったのだと思う。

 アニメもゲームも楽しいが、それは楽しいから好きなのであってこれが無いと死ぬぜ! とはならない。

 アニメがなくても、まぁ生きれる。ゲームがなくても、まぁ生きれる。生きていきたくなくなるだろうが、死にたくなるほどのものではない。

 

「ちゅっ……ちゅぅ……。ん……ちゅ、はぁ♡ あぁ~、いいッスよイシグロ様♡ 上手ッスよ♡」

 

 が、今の俺は違う。

 これがないと死んだも同然、というモノが見つかったのだ。

 ルクスリリア。本物のロリサキュバス。俺の奴隷。

 この娘と離れる事など、考えられない。

 

「きひひっ、なんスか? 淫魔は母乳なんて出さないッスよ? ほら、良い子良い子♡」

 

 どこかの誰か、多分哲学者の言葉に、「愛されるにはまず愛しなさい」みたいなのがあったと思う。

 別に、恋愛がしたい訳じゃなかった。見返りを求める事自体、おこがましい事だとも思った。それでも俺は彼女を全身全霊で愛した。

 前世の偏った知識を総動員して、何とかよくなってもらおうと頑張った。けど上手くいかなかった。最初など、ほんの一瞬で腰砕けになってしまった。

 情けなさと、夢の一部が叶った幸福感で心がぐちゃぐちゃになった俺は少し泣いてしまった。

 

「も~、しょうがないッスねぇ~♡」

 

 ルクスリリアは、そんな俺を抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 するとまた元気になった。

 

「あは~♡ 流石銀細工持ち冒険者~♡ こっちの方も不屈ッスね~♡」

 

 その後、俺は続けてルクスリリアと情を交わした。

 

「んん~♡ はぁ~、お腹いっぱい食べたの生まれてはじめてッス~♡ 他の淫魔が夢中になる訳ッス♡」

 

 何度も、

 

「へぇ? 人間にしては体力あるんスねイシグロ様ぁ? でも大丈夫ッスか? これ以上やると絞り殺しちゃうかもッスよ?」

 

 何度も……、

 

「はぁ……はぁ……や、やるじゃないッスかイシグロ様。童貞とは思えぬ勇気、賞賛に値するッス……! けどね、そういう勇気はヒップの勇、ホンモノの勇気じゃないッスよ。えっ、もっかいッスか?」

 

 何度も何度も、

 

「はぁ、ン! ……はっ、はっ、はっ! ちょ、ちょっと待つッス! 流石に吸精が追い付かないッス! あ、あんたホントに人間かよォ!? ひぎぃッ!?」

 

 何度も何度も何度も、

 

「んぐぉぉぉおおおおおッ!?」

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。

 

 

 

 で、多分12ラウンド――スプラッシュは計算しないものとする――が終わったところで、俺くん思った。

 流石に元気過ぎない?

 

 前世、俺は健康的な一般ロリコンだった。

 性欲も精力も並み程度で、そんな一日に何度もトランザムできるほどGN粒子貯蔵量は多くなかったはずである。

 しかし今は、どうだ。時間は分からないが、夕方から今にかけて12ラウンド。まだまだ余裕であった。余裕どころか、終わる度にすぐもう一回もう一回とライザーソードの発動準備に入るのである。

 おかしい、やっぱこれはおかしい。

 

「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ! うっ、はっ! あぁ……はっ、はぁ……はぁ……!」

 

 12ラウンド終了直後、ルクスリリアは打ち上げられた魚みたいになっていた。

 淫魔であっても大連続狩猟クエストは厳しかったようで、身体びくびく息も絶え絶えといった様子だ。シビレ罠を使えば捕獲できそうである。

 

 ルクスリリアが息を入れている間、しばし休憩となって俺はいつもの癖でコンソールを開いてみた。

 したらビックリ。別にダメージを食らってもいないにも関わらず、HP・MPが減少していたではないか。死ぬ寸前とは言うまいが。

 HPは四分の一程度、MPに関しては五分の三程度減っていたのである。

 

 ゲーム的不思議法則がまかり通る異世界。多分、これはサキュバスの種族特性の“吸精”の影響なのだと思う。HPかMPか、あるいは両方かを吸われたのだ。もしくはトランザムバーストで減ったのか。

 

 ふむ、実に興味深い……。

 HPゲージとMPゲージをHUDに表示して……。

 実験してみよう。

 

「リリィ、もう一回いい?」

「ひぃ!? ま、まだやるんスかぁ!?」

 

 なので、13ラウンド開始である。

 いくら童貞の俺でも、こうも回数をこなすと上手くなる。俺は独りよがりにならないよう、ルクスリリアの弱点属性を攻めまくった。

 イシグロの みだれづき! こうかはばつぐんだ!

 それからしばらく、俺はノルマ達成からのハイドロポンプをぶっ放した。ルクスリリアは たおれた!

 

「はぁ……はぁ……! も、もう腹ん中がぱんぱんッス……!」

「お、やっぱりな」

 

 結果、俺のHPとMPが両方減少したのが分かった。

 その減少幅は若干MPのが多く、HPは僅かだった。多分ステータスの生命力と魔力の差だと思う。

 どちらが作用しているのかは分からないが、ステの高さが性の元気さにつながっている感じだろうか。実に不思議である。俺の身体どうなってんだ。

 

「ばび!?」

 

 なのでもう一回。

 気持ち良かった。

 

「でぃん!?」

 

 あともう一回。

 気持ち良かった。

 

「げるずげー!?」

 

 あともう1ターン。

 気持ち良かった。

 

 まだ終わらない。

 

 まるでかっぱえびせんの様である。止められない止まらない。

 ふと見ると、ルクスリリアは使い過ぎたボロ雑巾みたいになっていた。俺はルルーシュじゃないので捨てる気は皆無である。むしろ使い続ける。

 

「あっ……あひ……、ひ……あぁ……」

 

 まぁ世の中色々興奮するものってのはありますけど、一番興奮するのってのは所有奴隷のメス顔ですよね。

 間違いないね。

 興奮してきたな……よし行くか。

 

 

 

 そうして、時が過ぎ。

 

 気がつけば歳の数だけファイトしていた。

 恐るべしルクスリリア、魔性の女である。

 

 見ると、窓の外が明るくなっていた。

 どうやら徹夜してしまったようである。徹夜なんていつぶりだろうか。少なくとも、異世界に来てからは早寝早起きだったので新鮮である。

 

「ぁ……あぁ……」

 

 視線を戻す。ベッドの上、そこには真っ白に燃え尽きた淫魔の姿があった。たくさん吸精したのだ。生命力には満ちてるはずなのに。生命力に欠けた眼をしていた。

 灰となったルクスリリアはまさに轢かれたカエルといった姿勢で、力なく舌を出しながら時折痙攣していた。工口同人みたいに、工口同人みたいに。

 

「興奮してきたな」

 

 正直勃起モンの光景である。アサルトアーマーの準備が整った。

 が、如何せんどこもかしこも汚れていてその気になれない。幸い俺にそういう嗜好はなかった様である。

 けど、まだしたい。

 

 曰く、淫魔は吸精によって生命力を蓄積し、栄養に換えるらしい。以前聞き知った情報だけでなく、昨夜ルクスリリアの口から直接伝えられたのだ。嘘じゃないだろう。だから、「好きなだけイッて良いッスよ~♡」との事だ。

 なので、まだまだしたいのである。

 

 ところで、この世界の魔法には割と便利なものがある。

 多くは戦いで使う類の炎とか岩とかを打ち出すモノなのだが、中には普通に生活で使える魔法があるのだ。ただ水を出す魔法とか、マッチ程度の火を出す魔法とか。

 中でも、俺は“清潔”という魔法を愛用していた。

 

 この魔法、すごく便利である。魔力流して詠唱して、指定した物や人を綺麗に洗浄してくれるのだ。

 多分これ、迷宮とかの毒沼の汚れを洗い流す為の魔法なんだろうが、便利なので俺はこれを日常生活でも使っていた。

 洗濯にお風呂に歯磨きに。無論、それらの仕上げとしてサラッと使う感じだ。洗っても落ちづらい汚れとかあるじゃない。アレを洗浄する事ができるのだ。

 で、そんなこんなほぼほぼ毎日使っていると、その“熟練度”が上昇した。すると“清潔”で綺麗にできる範囲やモノを細かく指定できるようになったのである。

 

「条件指定、範囲指定……“清潔”」

 

 つまり、こうである。

 ベッドに“清潔”を使い、昨夜の諸々を綺麗にする。ついでに俺とルクスリリアに付着した諸々も洗い流し、部屋中に付着したアレやコレやも綺麗にした。

 魔力こそ消費するが、ぶっちゃけ掃除機より便利である。凄すぎだ。

 

「さて、ルクスリリア」

「ん……んちゅっ……ちゅっ……ぷふぁ……。ちゅぅ……はむ、ちゅ……」

 

 朝の一仕事を終えたところで、ルクスリリアにキスをした。

 したら興奮してきたので、覆いかぶさった。

 完全に徹夜明けテンションだった。そのくせ俺の股間のマキバオーはとってもウマナミであった。

 いや、多分そこらの競走馬超えてるな、今の俺。

 

 事後、俺のMPが枯渇しかけていた。やはりHPより先にMPが切れそうである。

 なので、俺は魔術師レベル10で習得できる能動スキル“魔力循環の活性”を使用した。すると、HPが減少し、MPが回復した。

 

 魔力循環の活性。

 これは、HPと引き換えにその名の通り身体の魔力循環なる機能を急速に活性化させ、MPを回復するスキルだ。例えるなら、ブラッドボーンでHP使って水銀弾補充する感じだろうか。

 基本前衛ビルドだけあり、俺はMPよりもHPが高い。これでトントンである。

 

 HPはまだまだ余裕。MPも回復したので大丈夫。

 俺はその後も、ルクスリリアをたくさん愛し続けた。

 

 

 

 それから何度目かの後。

 

 ふと思い至って、コンソールを開いてみた。

 そしてスワスワしてみると、あった。

 パーティメンバー、ルクスリリアのステータスだ。

 

 強さは……今はいい。

 ジョブもいい。

 HPとMPは……。

 

 やはり、今のルクスリリアはMPは満タンだがHPがレッドゾーンだ。

 道理で疲れてる訳である。いくら魔力=生命力な魔族でも、HPが減ると疲労困憊になるようだ。

 

 無論、なんとかせねばならない。

 さて、他人に使うのははじめてだが……。

 

「魔力過剰充填、“中治癒”」

 

 魔法を唱えると、手のひらから淡い緑色の光があふれ出し、ルクスリリアの全身に降り注いだ。

 これは回復魔法の“中治癒”という奴で、その名の通りHPを回復する魔法だ。

 あと、何気に驚いたのが、この世界の回復魔法は聖職者の奇跡とか祈祷とかじゃなく、がっつり魔法の一種にあたるらしい事だ。魔術師も聖職者も魔力を使って回復するんだな。

 

「あぁ……生き返るッス~」

「おっ、そうか。じゃあ続きしよう」

「……えっ!?」

 

 元気になったところで、再戦である。

 知り得たか。ロリコン紳士、イシグロを。

 もう一回遊べるドン!

 

 

 

 そして よが あけた!

 

 

 

 気が付くと、またまた朝になっていた。

 連戦の末、少し寝ていたらしい。見ると、俺の腕枕でルクスリリアが眠っていた。その身体はぴったり俺にくっついている。

 昨夜の後、なんか急にデレてくれたのである。

 

 二日目の夜だった。冷静になった俺は流石に近所迷惑を気にして、じっくりコトコト聖戦の系譜を紡いでいたのである。

 すると、何故かルクスリリアは急にしおらしくなり、俺にアレしてコレしてと甘えてきたのである。嬉しくなったので、俺はその要求ひとつひとつに応対していった。

 キスしてと言われればキスをして。抱っこしてと言われれば抱っこする。頭撫でてと言われれば優しく頭をなでなでした。

 その結果、最後には俺の事を「ご主人様」と呼んでくれるようになったのだ。

 それ以降の記憶がない。

 

 そして、今に至る。

 

「んんっ……え、ご主人……?」

「おはよう、リリィ」

 

 眠っていたルクスリリアが起き出した。

 その目はトロンと呆けており、焦点が合っていない。

 やがて、目が合う。

 

「ンンーッ……!?」

 

 かと思えば、瞬間顔を真っ赤にして背中を向けられてしまった。

 

「どしたの?」

「いや! あの! 申し訳ねぇッス! えっと、なんか凄い恥ずかしいっていうか! うわはずかし! 淫魔的にちょぉーっとNGな痴態晒しちゃったというか! うぅぅぅぅ……アタシは淫魔の風上にも置けない奴ッス! やらかしたッスゥ!」

 

 なんか分からんが、肌を晒す事は平気でも淫魔的に痴態? を晒すのは恥ずかしいらしい。よく分からんが。

 

「恥ずかしいの?」

「褥で淫魔が他種族に負けるなんて末代までの恥ッスよ! あぁ先祖に顔向けできねぇッスゥゥゥ……!」

 

 種族的なプライドだろうか。得意フィールドで負けるのがそこまで恥ずかしいのか。

 いや、勝ちも負けもないとは思うのだが。

 それはそれとして。

 

「リリィは可愛いなぁ」

「ひぅっ……!?」

 

 ともかく、昨日一昨日と今現在のルクスリリアは最高なので、俺はそのまま彼女の身体を抱きしめた。

 したら全身を震わせた後、恐る恐る俺の方を見てきた。その眼は何故か少し潤んでいた。

 

「あの……その……。ご主人、さまは……」

「うん?」

「その、アタシ……そんなに、良かったッス……か?」

「ああ、最高だった」

 

 横向きのまま、ぎゅっと抱きしめる。

 身長差がありすぎてちょっと不格好になってしまったが、仕方ない。いやむしろ良い。

 

「へ、へぇ? そうなん、スか……?」

 

 言うと、ルクスリリアは身体をもじもじし始めた。

 また顔を背けられてしまったが、口角が上がっているのは分かった。

 

「ご主人様♡」

「なに?」

「きひひっ、何でもないッス♡」

「そっか」

 

 なんだろう、一昨日の夕方は営業用の笑顔だったのが、今は素に近い笑顔のような気がした。

 あと、何気にこういう掛け合いには憧れていたので普通に嬉しい。

 

「ご主人様♡」

「なに?」

 

 と思っていると、再度反転したルクスリリアと正面から目が合った。

 その目は真っすぐ俺の双眸を映しており、そこに邪気や企みみたいなのは感じ取れなかった。

 

「その……チューして欲しいッス」

 

 顔を赤くして言われた言葉は、直後に目を背けられてしまった。

 俺は彼女の後頭部に手を添え、一昨日から何度も繰り返してきたキスをした。

 

「ん。ちゅ……」

 

 唇を合わせるだけの、子供みたいなキス。

 特に動きもないキスは、そう時間をかけずに終了した。

 

「……ん?」

 

 と思ったら、ルクスリリアは眉根を寄せて“何か”に反応した。

 まあ、分かる、俺が原因だもん。

 

「あの……ご主人?」

「なに?」

「……当たってるんスけど」

「まぁね」

 

 目が合う。ルクスリリアは引きつったような笑顔になっていた。

 ここまで来て、一度冷静になったから分かる。流石にやり過ぎたのだ。

 過ぎたるは及ばざるが如し。いくら栄養に変換できても、食べ過ぎは身体に毒である。多分そういう事だろう。

 

 しばし、沈黙。

 

 瞬間、身をよじって逃げようとしたルクスリリアを、俺はガバッと抱きしめてホールドした。

 

「も、もうお腹いっぱいなんス……! いくらご主人の精が美味しくても、もう食べきれないッス! あと普通に疲れたッス! ア゙ダシドカラダヴァボドボドナンズ!」

 

 吸精は淫魔にとっての食事兼筋トレ兼趣味である。流石にもう分かったが、やり過ぎはよくない。

 けど、別に吸精しなくてもやれる事はあるのだ。

 

「別に吸精しなくていいよ」

「え……?」

「こっちで楽しむから」

「ひぇぇぇぇ……!」

 

 なので、食事以外の事を教え込む事にした。

 まだまだやりたい事、試したい事はいっぱいなのだ。

 

 

 

 一時間後……。

 

 俺は宿屋の主人から怒られてしまった。

 素直に謝罪である。




 感想投げてくれると喜びます。


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偽りの街角にロリの微笑みを…

 感想・評価、ありがとうございます。やる気がモリモリ湧いてきます。

 こういう話を書くのは楽しいですね。楽しいと速く書けます。
 あと、第2話で説明もなくいきなり出てきた「深域武装」というものが出てきます。皆さん覚えておいででしょうか。

 今回、最後にアンケートがあります。
 しょうもない分岐ですが、よければ投票してやってください。


 異世界の飯って美味いのか? という疑問は、割と多くのオタクが感じるものだと思う。

 その点、俺が転移したこの世界は存外悪くなかった。

 

 この世界の食事事情は、当初俺が想定していたよりは洗練されていた。

 俺の基準……というか、現代日本の基準的に、如何にもファンタジー世界の食事なんて食えたもんじゃねぇとばかり思っていたのである。

 

 農林出身の友達が言うには、現代で流通されてるような野菜やフルーツというのは、先人たちの努力の結果ああいう形と味になったのだという。想像しかできないが、きっと長い時間と労力をかけて品種改良を続けてきたのだろう。ありがたいですね。

 対し、一般オタクくんが異世界といって想像されるようなところで、そんな品種改良されたお野菜が食べられるかというと、ちと考え難い。保存技術や加工技術も未成熟だろうし、そうそう美味い飯にはありつけないと思っていたのだ。

 

 そも、転移者が食って腹壊さないの? とかも思ったものだが……。

 

「はあ、異世界ッスか」

「うん、多分ね」

 

 宿屋さんに怒られた後、俺たちは部屋で朝ご飯を食べていた。

 献立は平たいパンもどきとスープ。あと小っちゃいチーズ。 これはこの食堂で最もリーズナブルなメニューである。転移後から現在まで、俺はずっとこんな感じのご飯を食べていた。

 つい先日まで泊まっていた宿屋よりも、こっちの宿屋のご飯のが美味かった。値段は青銅貨3枚ほど。

 

「“日本”って国なんだけど知らない? なんか、そっから来た人がいたとか、そういう伝説」

「う~ん、知らないッスね~。女王陛下なら知ってるかもッスけど、あの人の武勇伝に異世界人の話はなかったと思うッス」

 

 で、その間俺は俺の奴隷に俺の出自の事とかを話していた。

 別に隠すものでもないし、言っちゃおうと思ったのだ。

 もうチートとかの事も言っちゃったのである。これまた隠す理由もない。無暗に情報を晒すなど愚か者のやる事だ、とかどこかの誰かに言われそうだが、誰も信用しない人こそ心が貧しいと思うのだ。愚かで何故悪い。

 

「もしかして、日本ってご主人みたいな人ばっかだったりするんスか?」

「どうだろ。まぁ俺は普通だったよ」

「ひょえー、怖いトコなんスね~」

「治安はこっちより良いけどね」

 

 などと話しながら食べていると、ルクスリリアは残ったチーズをぺろりと食べた。その表情は満足そうである。

 

「チーズ好きなの?」

「え? あ、そうッスね。というか、精以外の栄養補給としては、乳製品が一番効率いいんス。本能的? に美味しく感じるらしいッス。実際、故郷では牧場が一番デカいシノギだったと思うッス」

「へぇ、どんな感じ?」

「おう? えっと、そうっすねぇ……」

 

 ちょっと食い気味に訊いてしまったが、しゃあない。

 俺はこういう話を聞くのが好きなのだ。

 

 前世、俺は「異国迷路のクロワーゼ」という作品が好きだった。

 主人公? ヒロイン? の子がバチクソ可愛かったというのもあるが、その作品で描写されるフランスの情景や風土、文化が好きだった。日本とは全然違う街や人や思想。そういう、異国情緒が好きだったのだ。

 そういうのもあり、現地人から異世界の話を聞くと「あぁ~異世界来たんだな~」という気持ちになって、ほんのり楽しくなるのだ。

 分かる人多いんじゃないかな。

 

「えーっと? 畜産は割と国全体が大々的にやってて、淫魔王国にはおっきいの小っちゃいの色んな牧場があったッス。で、それで一番多かったのが乳牛牧場ッスね。絞ったミルクでチーズ作ったりバター作ったり、ミルクに保存魔法かけてそのまま出荷したり……」

「ふんふん」

「淫魔と畜産って割と相性良かったっぽくて、アタシが物心つく前から国のメインのシノギになってたッス。そう、交配関係がとにかく強くて。一応普通の畑とかもあったッスけど、そういうのだとダークエルフにゃ敵わないッスから。淫魔といえば畜産! みたいな」

「へぇ。育ててたのは家畜だけなの?」

「ほとんど家畜だったッス。あっ、いや女王様直轄の組織で輸出用の馬とか育ててたッスね。なんか、上手に交配させて強い馬作って売る~、みたいな。確か、この国の騎士団とかが乗ってるのも淫魔王国産ッスよ」

「はぁ~、サキュバスってスゴイんだな~」

「まぁ、サキュバスに育てられた馬は結構な頻度で発情するようになるらしいんで、取り扱い注意らしいッスけどね」

 

 などと話していると、楽しい朝食タイムは終わってしまった。

 俺が匙を置くと同時、ルクスリリアは元気に立ち上がった。

 

「食器返してくるッス~」

 

 言って、愛しの淫魔は二人分のお皿を食堂に返しに行った。

 購入直後では多分しなかった行為な気がする。

 

 その間、俺はコンソールを弄る事にした。ちょうど気になる事があるのだ。

 昨日見て気づいた、俺以外のステータス。パーティメンバーについてだ。

 

 空中をタップしてコンソールを開き、「ステータス→仲間→ルクスリリア」と開いていく。前までは仲間という項目はなかったが、リリィ購入後に気づけば生えていたのだ。

 すると、コンソールにルクスリリアのステータスが表示された。

 

 

 

◆ルクスリリア◆

 

 

 

 中淫魔:レベル1

 淫魔兵:レベル4

 新規習得スキル:魔力飛行

 

 

 

 能動スキル1:魔力飛行

 

 

 

 生命:16

 魔力:29

 膂力:22

 技量:17

 敏捷:25

 頑強:13

 知力:21

 魔攻:20

 魔防:27

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ」

 

 当然ながら、三ヵ月迷宮に籠ってた俺よりは全然弱い。

 が、転移直後の俺と比べると全能力上である。これだけステあるなら最初からそれなりのダンジョン潜れそうである。

 

 種族柄だろうか、パッと見では魔法型に見える。

 魔力とはそのままMP関連の数値であり、MPの総量だけでなく回復力や放出力も変わってくる。あと、魔族にとってのHP的なものでもあるのかな。いや、どっちかというと残機か?

 知力は魔力を使う能力の事で、魔法の発動速度や連射性能が関わってくる。

 魔攻・魔防はそのまま魔法を用いた攻撃力と防御力だな。ポケモンでいうとくこうととくぼうである。

 

 ルクスリリアは、というかサキュバスは魔法職に適性のある種族なんだとは思う。けど、話を聞くに割と淫魔王国の軍隊はバリバリ肉体派って印象だ。どうなんだろうね。

 一応、ついてるジョブは万能職っぽい。“淫魔兵”とは読んで字の如く淫魔軍の兵士の事だろう。淫魔兵がそんなジョブなのかは知らないが、俺の初期ジョブの“戦士”や“魔術師”に相当するジョブなんじゃなかろうか。

 

 ところで、この世界のジョブ関連には一個たまげた事があった。

 それはジョブごとに武器の制限があるという事だ。

 ドラクエやFEの様に。

 

 戦士は杖を持っても魔法を使えないし、魔術師が弓を持ってもひょろひょろ矢しか撃てない。それはステータスが足りないからそうなるのでなく、そもそもシステムとしてそうなっているっぽい。この世界の古事記にも書かれていた。

 で、俺はそれをモロに体感できる。何故か? モーションアシストの有無だ。戦士でチェストする剣と、魔術師でチェストする剣では力も技も速さも比べ物にならない。ついでに動きもへっぴり腰のへなちょこと化すのだ。

 

 あと、この世界のジョブは位階が上がって行くにつれ使用できる武器の制限が強くなる傾向にある。

 例えば、基本職の戦士は盾含む近接武器全般を使えるが、下位職剣士になると短剣・直剣・大剣等の剣カテゴリーのみとなり、中位職の“ソードダンサー”は短剣・直剣などの片手剣のみというようになるのだ。

 強くなると、特化していく印象である。

 

「ただいまーッス。何やってるッスかご主人?」

「リリィのステ見てた」

「あぁ~、なんか見えるらしいッスね。アタシにはさっぱりッス」

 

 と、戻ったルクスリリアに返すと、何気なく見たステータスに引っかかる部分があった。

 

「リリィって小淫魔なんだよね?」

「え? まぁそうッスね」

「なんか、中淫魔ってなってるけど」

「ん~?」

 

 もう一度見る。ジョブのレベルとは別に、ルクスリリアにはもう一つレベルがあったのだ。

 中淫魔レベル1。これは何だろうか。人間にはない、魔族固有のレベルという奴だろうか。ジョブとは独立してるっぽいが。

 

「いや、アタシは小淫魔ッスよ。母も小淫魔だったんで」

「進化したんじゃないの? なんか“魔力飛行”ってスキル新しく生えてるっぽいし」

「進化ッスか? いやいやご主人、あり得ないッスよ。いいッスか? 確かにアタシら魔族は力を蓄えると種族としての位階を上げられるッス。けど、小淫魔が中淫魔になるには、それはもう過酷な実戦経験が必要なんス」

「それってどういう?」

「そりゃあ、栄養たっぷりの精を食べたり、強いオスと交尾したり、何百人という男を絞ったりッスよ。あと、単純にモンスター狩りまくって進化っていうパターンもあるッスね。まぁいくらなんでも、20そこらで進化できるなんざあり得ねぇッスよ」

「そうなんだ」

 

 ともかく、中淫魔になるには時間と労力がかかるらしい。

 再度、見る。やっぱり中淫魔だ。ルクスリリアを見る。確かに見てくれは変わっていない。ロリのままだ。

 けど、なんだろう。以前よりも感じる魔力がほんのり多い気がするのだ。これは数値にできない感覚的なものなんだが。

 

「試しに飛んでみてよ。魔力飛行使えるらしいよ?」

「はあ、飛ぶったって、どうやればいい……か?」

 

 瞬間、ルクスリリアはぽかん顔になった。

 口を半開きにして、虚空を眺めている。

 

「おぉ!?」

 

 かと思えば、急にふわりと浮かび上がったではないか。

 何事かと思って注視すると、ルクスリリアの背中から蝙蝠みたいな翼が生えていた。

 翼はなんかそういうコスプレのアクセサリーくらいの大きさで、どう見てもルクスリリアの身体を浮かせられる程のパワーがあるとは思えない。

 というか、その翼はたまにパサッと羽ばたくだけで、基本的には動かさずただ浮いてるだけだ。某飛行機兄弟が見たら卒倒しそうな光景である。

 

「できたッス……」

 

 宙に浮いたルクスリリアは、呆然とした面持ちで呟いた。

 そのまま、空飛ぶリリィは部屋をふよふよと移動し始めた。

 右へ、左へ、一回転して天地逆転。スピード上げてクルッとターン。なんというか、飛行というより浮遊……ラムちゃんみたいな空の飛び方だ。

 

「と、飛べたッス! 飛べたッス! いつの間にかアタシの背に翼が! アタシ、もう小淫魔じゃない!? このアタシが!? いぃやっほぉぉぉぉう!」

 

 そして、ルクスリリアは宿部屋狭しと爆走しはじめた。

 その速さはなかなかのもので、少なくとも後ろからの奇襲であれば前世人間程度なら一方的に狩猟できそうであった。

 実際、ダンジョンで出くわす飛行エネミーはクソウザい。上を取るのはそれだけでかなりのアドなのだ。

 

「はぐぇ!?」

 

 やがて、アイアンマンスーツではしゃいでいたトニー・スタークみたいだったルクスリリアは見事天井へと頭をぶつけた。めちゃ痛そうである。

 落下してきた女の子を、俺はパズーの様にキャッチした。

 

「魔力過剰充填、“小治癒”」

「あ、ありがとうッスご主人……」

 

 回復魔法を使い、頭にできたたんこぶを治す。とはいえ痛いのは飛んでかない仕様なので、キャッチした淫魔は元の椅子にリリースした。

 

「飛べたみたいだけど、これは中淫魔になったっていう事じゃあないの?」

「うぅ……まあ、そうッスね。飛べる魔族なんて珍しくないッスけど、淫魔は中位じゃないと無理なんス。生まれつきの中淫魔は最初から飛べるんスけど、小淫魔は進化しねぇと飛べねぇんス」

 

 見ると、たんこぶ跡をさすっているルクスリリアの背中から例の蝙蝠翼が消失していた。

 どうやら、飛ぶ時だけ出てくる仕様らしい。

 

「おめでとう。ルクスリリアは中淫魔に進化した」

「は、はあ……ありがとうッス……」

 

 とはいえ、めでたい事なのだと思う。俺はパチパチ拍手して新たな中淫魔の誕生を祝った。

 

「多分ッスけど、昨日一昨日と吸精しまくった後、寝てる間に進化したっぽいッスね」

「嬉しくない?」

「そりゃ嬉しいッスよ。強くなれた訳ッスし、寿命も延びたんス。いやでも……なんなんッスかねこの気持ち」

 

 と、ここにきてぺちんと一発。ルクスリリアはおもむろに自身の角を叩いた。

 

「まっ! ご主人の言う通りめでてぇモンはめでてぇッス! これでアタシも一端の淫魔戦士ッスね! 一般兵から昇格ッス!」

「あ、その事なんだけど……」

 

 いいタイミングだったので、かくかくしかじか。

 俺はコンソールで見た彼女のステの内容と、その他諸々についてを話した。

 あと、ダンジョンの同行についても話した。せっかくだし、一緒に強くなりたいものである。

 

「はい、アタシは最初からそのつもりッス! おあつらえ向きに、女王陛下の呪いで死に難い身体にされちゃったんで、迷宮探索には喜んで同行するッスよ!」

 

 すると、ルクスリリアはダンジョンへの同行を承諾してくれた。まぁこれは契約前に聞いた内容ではあるが、今一度確認したかったのだ。

 

「ありがとう。ところで、その呪いっていうのは?」

「あぁ……あれッス。寿命削って魔力沸かすみたいな? 魔力枯渇した時に未来の魔力を前借りするんス。まあ、飢餓状態でも労働する為の処置ッスね、ははは……」

 

 急に世知辛い話になった。

 やな話である。

 

「ま、でもそれはご主人のお陰で心配なくなったッスけどね!」

「そうなの?」

「きひひっ、そりゃあ……あんだけ注いでくれたんスから、アタシの魔力は常時満タンのフル勃起状態ッスよ!」

 

 ふんす、と両手を上げてマッスルポーズをするルクスリリア。コロンビアを思い出すドヤ顔だ。

 

「リリィはかわいいなぁ」

「きひひっ、素直に受け取るッス。あ、でも昨夜みたいなのはNGッスよ。いくら淫魔でも食べ過ぎは身体に毒なんス」

「はいッス」

「そうッス」

 

 さて、ダンジョンアタックへの許可が下りたところで、本格的に準備に入ろう。

 ルクスリリア用の武器や防具も買わないといけないし、何ができて何ができないのかも把握しておきたい。俺もパーティ行動は初めてなので、ちゃんと練習しておきたいものである。

 

「とりあえず、実際ダンジョンに行くのは後日って事にして、今日は買い物に行こうと思う。リリィの装備整えないとね」

「はいッス! できれば一番いい装備がいいッス!」

 

 それに関しては大丈夫だ問題ないと返せる自信がある。

 なんたって俺は銀細工持ち。銀行には何百枚という王国金貨が預けられているのである。武器の一個や二個余裕だ。多分。

 

「ところで、淫魔はどうやって戦うの? 武器とかは?」

「ん~、割とその人次第ッスね。素直に魔法やる淫魔もいれば、鞭使う淫魔もいるッス。アタシが兵士やってた頃の教官は大鎌使ってたッス。あ、女王はなんか変な楽器で戦うって聞いたッスね」

「へえ。リリィは何使うの?」

 

 聞いてみると、ルクスリリアはこれまた自身の角を撫でた。

 

「いや~、アタシってば軍すぐ辞めちゃったんで、まともな武器の扱いなんて習ってねぇんスよね~。やったのはせいぜい初歩的な格闘術とか、基本の魔法訓練くらいッスかね」

「なるほど」

 

 もう一度コンソールを見て、ルクスリリアのジョブの淫魔兵をタップしてみる。

 すると、淫魔兵のジョブの簡単な説明が出てきた。

 

 ふむ、どうやら俺の読み通り淫魔兵=戦士みたいな感じらしい。とはいえ、そこは淫魔に適合して魔法も使えるようだ。魔法戦士とでも言おうか。強そうというより、器用貧乏な印象だ。

 で、使用可能武器を見てみると、さっきルクスリリアが言った通り鎌とか鞭とかが出てきた。戦士より使える武器多いぞ。

 

「ふむ……?」

 

 なんか、引っかかる記憶があった。

 俺は使わないが、確かアイテムボックスの奥底にちょうどリリィに合う武器をしまっていたような気がするのだ。

 

 えっと、アレはいつだったか。普通にダンジョンボス倒して、出てきたドロップアイテムの中に異様な武器があったのだ。

 で、それを受付おじさんに見せたら「レアだから持っとけ」って言われたんだよな。

 

 確か、その名前は……。

 

「深域武装……?」

「ん? どしたッスか?」

 

 曰く、ダンジョンボスが時たま落とすレアな武装の事……だったと思う。

 その武装はこの世界の住人では再現のできない不可思議なパワーが宿ってるとか何とかで……。

 とかく凄い武器らしいのだ。これまた曰く、この国の初代王様も深域武装を使ってたとか。

 

「深域武装って知ってる?」

「ええ、まぁ知ってるッスよ。あれッスよね、迷宮が吐き出す特別強い武器。うちの女王が使ってる楽器も深域武装ッスよ」

「へえ」

 

 話しつつ、虚空に手を突っ込んでお目当ての深域武装を探す。

 如何せんいつ入手したかも覚えてないので、どこにしまったのか分からないんだよな。

 まさかドラえもんみたいにぽこじゃかアイテム放り出す訳にもいかないし……。

 

「……っと、あった」

 

 俺は探していたアイテムを取り出し、そのままルクスリリアへと手渡した。

 

「ほえ、なんスかコレ?」

「深域武装、あげる。これ使って」

「はあ……はぁあああッ!?」

 

 という訳で、俺はルクスリリアに深域武装を装備させる事にした。

 武器は装備しないと意味がないぞ。




 感想投げてくれると喜びます。



・深域武装(しんいきぶそう)
 ダンジョンボスがドロップするレア武器。
 街で買える武器とはけた違いの性能で、武器ごとに固有の能力・効果を宿している。
 ソウルシリーズのデーモン武器とかソウル錬成武器みたいなもん。銀細工以上の冒険者は一つは持ってる。



◆ルクスリリアの情報まとめ◆

・初期の力は弱いが、種族レベルの上昇により克服可能。
・種族柄、魔力に優れるが、お察しの通り知力は微妙なので沢山の魔法は覚えられない可能性がある。
 戦場童貞の為、本人の適性は現状不明。前衛向きかもしれないし、後衛向きかもしれない。
・魔力による浮遊行動が可能。これに関してはかなり才能があり、飛ぼうと思ってすぐ飛べたのは何気に凄い事である。
・女王の呪いの影響で、脆いが死に難い。減った寿命は吸精により回復可能。


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気楽なロリの斃し方

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰様で楽しく続けられています。
 誤字報告兄貴も本当にありがとうございます。感謝です。
 あと、以前投稿した話の一部描写を修正しました。話には関係ないところですが。

 アンケートのご協力ありがとうございます。もう少しだけ設置します。
 アンケート、大鎌と箒の接戦ですね。当初の作者の予定では、ルクスリリアは鞭を使う予定でした。アンケしてよかったと思います。

 以前感想でいただいた「貨幣」について少しだけ触れています。
 まだ本格的に触れてはいませんが、おいおいねです。
 街の描写もしたかったんですけど、テンポ重視で省きました。おいおいねです。


 生まれてこの方、俺はファッションというものにてんで興味を持ってこなかった。

 流行の季節コーデとか、来年流行る色とか、そんなん言われても何やそれという気持ちである。そも、まだ使える服があるというのに次々服を買い替えるなんて色々もったいないなぁと思う性質の持ち主だったのだ。

 ゲームの装備は見た目で決める癖に、リアルだと見てくれ軽視勢であった。

 

 どうせ買うなら、機能性に優れた奴がいい。そんな俺はジャージ愛好家だった。

 乾きやすいし、丈夫だし、動きやすい。家でも外でも、俺は普段からジャージを着て過ごしていた。近所のスーパーくらいは上下ジャージでOKという人間だったのだ。その事をファッションモンスターの友達に言うと、「ないわー」と言われてしまったのだが。

 

 別に、服に金使う奴とか全員バカだろとか思ってた訳じゃない。

 ファッションを“楽しむ”って感覚が、全く分からなかっただけだ。

 

 当然、異世界転移した後も俺のその性質に変化はなかった。

 迷宮に向かう際は鎧のセットを装備し、休日には安い服屋で適当に買ったものを着て情報収集をしていた。両方とも割と適当というか、飾り気のない見てくれである。

 意外と色鮮やかな服を着てる異世界人の中で、現代日本人の俺は地味な服を着ていたのだ。

 

 そんな俺でも、TPOに合わせた服くらい着る。

 奴隷商館に行った時は、事前に高級志向の仕立て屋さんでお高い服を繕ってもらった。これは華美な装飾やら繊細な刺繍やらがゴテゴテしているので、俺の趣味ではない。脆いし着づらいし動き難いこの服が、どうしてああも高いのか。

 愛しのジャージは今はない。転移直後に着ていたジャージは装備を整える為に売却したので、今の俺は年中ジャージマンを卒業した。ちなみにジャージは結構高値で売れた。今思うと、買い叩かれなくてよかった。

 ともかく、日本でも異世界でも、俺に服飾へ向ける情熱はなかったのである。

 

 しかし、別腹があった。

 

 前世、俺はポケモンが好きだった。

 普通にゲームとして好きというのもあるが、バトル以外にも好きな要素があったのだ。

 主人公の着せ替えである。

 

 俺は自分が着飾る事に全く興味はないが、ゲームの女の子を着飾らせる事は大好きだった。

 ミヅキもユウリもアオイも、アイテムそっちのけで服装にお金をかけてたものである。

 

 一度でいいから、めちゃかわロリを着せ替え人形にしたいものだ。

 

 

 

「淫魔は皆こんな感じの服着てるッスね。基本、魔族は暑い寒いのに強いッスから、衣服の基準は各々の好みでって感じッス。アタシは動きやすさ重視ッスね」

「へえ」

 

 朝食後、俺とルクスリリアは街に出かけていた。

 ダンジョンアタック前の準備と、今後必要になるであろうルクスリリア用の日用品購入の為だ。

 

 現在、ルクスリリアは奴隷商館から着ているサマーメスガキファッションのままである。胸と股間周辺しか隠していないそれは、現代日本人の俺からしたら結構ビックリしちゃう服装である。

 その事をルクスリリアに言ってみると、前述のような返答がきたのだ。

 

「あと、竜族や吸血鬼族の人たちは結構おしゃれらしいッスね。前仕えてた家の主人がそんな事言ってたッス」

「そうなんだ、一度会ってみたいな」

 

 竜族に吸血鬼族……ほんとにこの世界には色んな種族がいる。

 ルクスリリアに不満がある訳では断じてないが、居るというならいつかそういう種族のロリもハーレムに引き入れたいものである。

 まるでペット扱いみたいだが、もうそういう葛藤は全部無視する事にした。幸せならそれでいいじゃん。ウチはウチ、他所は他所である。

 

 果報は寝て待て。奴隷商人曰く、良い奴隷を仕入れたら連絡してくれるとの事なので、それまで焦らず待とうと思う。

 あと、珍しい種族になればなるほど値段も高くなるらしいので、今後もしっかりハクスラしていこう。

 まっ、王国金貨何百枚持ってる俺が買えない奴隷なんている訳ないけどな。勝ったな、がははっ!

 

「ご主人ご主人、此処ッスよ」

「あ、ごめんごめん」

 

 次なるロリを妄想していると、いつの間にか目的地についていた。

 俺たちがやってきたのは防具屋であり、王都西区にある此処は転移神殿併設の防具屋よりも良いモノを扱ってる。

 ……らしい。

 

「淫魔兵はどんな装備してるの?」

「まぁ軽装ッスね。うちら魔族は攻撃食らっても魔力さえあれば動けるんで、下手に動きの邪魔する鎧とかは好まれないんス」

 

 らしい……というのも、俺は今の今までその事を知らなかったのである。

 教えてくれたのはルクスリリアだった。曰く、「ギルドが売ってるのって基本駆け出し冒険者用のが大半なんで、銀細工持ちのご主人には相応しくないと思うッス」との事。

 そういう事もあり、俺たちは少しお高めの防具屋に来たのである。

 

 店の中は魔道具の照明のお陰で明るく、床や壁もよく掃除されてるようでピカピカだった。

 小さめのスーパーくらいの店内には冒険者風の人が数人いて、皆こっちを見ていた。こっち、というか俺の銀細工を見てるのか。

 

「いらっしゃいませ。どういった装備をおもと、め……?」

 

 注がれる視線を無視しつつ展示された防具を見ていると、店主らしき紳士が現れた。

 かと思えば、彼は俺の首に下げられた銀細工を見て、次いで俺の顔を見て、もっかい銀細工を見て、固まってしまった。

 なんか緊張してるっぽい。此処は銀細工持ちがよく来る店って聞いたんだけど……。一見さんお断りとかだろうか。王都怖いわー。

 

「あの、防具を買いにきたんですけど……」

「し、失礼しました。お初にお目にかかります。私、店主のアンドレと申します。“迷宮狂い”のイシグロ様にお会いできて誠に光栄でございます」

 

 ん? 迷宮狂い? 人違いじゃね、ソレ。

 俺が銀細工の一個前にランクアップした時、なんか偉い人から二つ名なるものを頂戴した訳だが、その時もらったのは“黒剣”だったと思うんだけど。

 

「すみません。イシグロは私で合っていますが、迷宮狂いさんとは別人だと思います」

「え、はっ!? ししし、失礼しました! とんだご無礼を……!」

 

 言うと、店主はものすごい勢いで頭を下げて来た。ぼるぜもんもニッコリのお辞儀っぷりだ。

 俺の隣ではルクスリリアが「迷宮狂い?」と首をかしげていた。ついでに店内の客がヒソヒソ話をしながらこっちを見ている。コッチヲ見ルナ。

 

「いえいえ、気にしてないので顔を上げてください」

「どどどどうかお許しを! せめて私の首だけで! 何でもしますから……!」

 

 うーん、なんだろうねコレ。

 NPCに謝罪されてる時のモモンガさんってこんな気分だったのかな。すごく気まずいし、普通に疲れる。率直に言ってやめてほしいのだが。

 

「ん? 今何でもするって言ったッスか?」

 

 かと思えば、隣の淫魔が満面のメスガキスマイルで詰問した。

 嫌な予感を感じて掣肘しようとしたが、先制店主はバッと姿勢を正してルクスリリアに相対した。その視線はリリィの首の奴隷証に向けられていた。

 

「は、はい! お許しの機会を頂けるのであれば!」

「きひひっ、どうしますご主人様ぁ? 店主はこう言ってるッスけどぉ、二つ名間違いなんて無礼千万ッスよねぇ? 処すぅ? 処すッスかぁ?」

「ひぃ……!?」

 

 言いながら、ルクスリリアは俺の腕にしなだれかかってきた。

 店主を見る。老練な立ち振る舞いこそ取り戻しているが、その顔面はひどく青い。普通に可哀想である。なんか申し訳ない。

 銀細工持ち冒険者って、怖がられてるのかな。

 

「男女平等チョップ」

「あいたッ!?」

 

 なので、メスガキは軽いチョップでわからせる事にした。

 たんこぶなんて出来てる訳ないのに、リリィは頭を押さえて恨めしげな目を向けてきた。

 

「こちらこそ奴隷が失礼をしました。どうでしょう、ここはお互い様という事にしませんか」

「は、はっ! 恐縮であります!」

 

 実際、呼び間違いとか無礼とか謝罪とかはどうでもいい。

 俺は適当な装備一式買って、さっさと下山したいのである。

 

「おっ、こんな所にちょうどいいくらいのローブがあるじゃねぇか。こんくらいの服なら俺でも買えるぜ」

 

 ちょっとわざとらしい気もするが、俺はさっそく展示された女性用ローブを手に取り、ルクスリリアの身体に合わせてみた。

 話によると、こういう高級店で売られているような防具には自動サイズ調整の魔法が施されているらしく、俺でもロリでも着ればフィットするのだとか。

 なので、サイズ合わない問題はないのである。SからXLまでご自由にだ。

 

「おぉ、似合う似合う」

「はあ、似合うったって着て見ない事には。性能もどうなんスかね」

「あ、そだね。すみません、試着してもいいですか?」

 

 と言ったものの、この世界に試着の文化があるかどうかは知らない。

 店主を見ると、なんかホッとした表情でこちらを見ていた。

 

「ええ。どうぞ、ご試着してみてください。お着換えはあちらの部屋で」

 

 店主の案内で試着室の近くに行くと、ルクスリリアは入ってすぐ出てきた。どうやらメスガキ服の上から着ただけの様だ。

 

「可愛い」

「そうッスか? そりゃあ、いいッスけど……う~んなんか動きにくいッス~」

 

 動きにくいとの事なので、俺は店主に軽装で良い感じのをいくつか持ってきてもらう事にした。

 

「この鎧は? かなり軽いよ」

「ギチギチして気持ち悪いッス~」

「へえ、魔族用チェインメイルなんてのもあるんだ」

「軽いちゃ軽いッスけど……」

「これは? 革鎧なのかな? ピッチリスーツに見えるけど」

「お、これは良いッスね。動きやすいし軽いッス」

 

 数度の試着の末、やっと良いのが決まったと思えば……。

 

「ちょっと飛んでみるッスね。えいや……アレ?」

 

 良い装備を着てご満悦のルクスリリアだったが、いざ飛行を試みてみると何故か使用できなかったらしい。

 気になったので背中側を見て見ると、どうやら背中部分の生地が翼の生成を邪魔している様だった。

 

「背中が開いてないと飛べないみたいだね」

「あぁ~、道理で偉い淫魔みんな背中出してたんスね。確かに、天使族とか翼人族とかも背中開けてたッス」

 

 なので、装備選び再開である。

 俺は店主と協力して、尻尾孔ありで背中開いてて且つ動きやすくて軽い防御力の高い防具を探した。

 ローブ系は背中隠してるからダメ。鎧は言わずもがな。翼人用の装備も、あれは常時翼出してる人向け装備なのでイマイチ良くなかった。

 あれこれとリリィの防具を選んでいる時間はけっこう楽しかった。なんか夢のひとつが叶った気分である。

 

「お、これは……ビキニアーマー?」

「お~、いいッスね!」

「はー、まさかこの世界にビキニアーマーがあるなんて。着てる人ひとりも見た事ないけどなぁ……」

「ご主人、胸のサイズが合わないんスけど。これホントに魔法かかってんスか……?」

 

 色々試してみたものの、展示品の中にリリィにマッチする装備はなかった。

 で、すっかり落ち着いた店主に相談してみると……。

 

「少々お待ちください。倉庫の奥に以前淫魔の方が注文された装備があると思います」

 

 との事なので、俺とルクスリリアはしばらく待つ事にした。

 入店してすぐは客が何人かいたのだが、気づくと店は俺とルクスリリアの貸し切り状態になっていた。

 

「ご主人は何も買わないんスか? もっと良いの使った方がいいッスよ」

「んー、でもなー、あんま高いの買ってもなー」

「アタシぃ♡ ご主人がカッコいい鎧着てる姿見たいッス~♡」

「せっかくだしなんか買うかぁ」

 

 そうこうしていると、店主がミニ棺桶くらいの箱を持ってきた。

 開けてみると、中には黒い革製装備が入っていた。

 

「手に取っても?」

「どうぞ」

 

 広げてみると、それは黒革のボンデージっぽい装備だった。

 けど、これがただの革装備ではないのにはすぐ気づいた。注視しなくても分かる、この装備には隅から隅まで膨大な魔力防御が施されていたのだ。

 後ろ側を見ると、そこは大胆に露出しており、肩甲骨周辺だけでなく腰あたりまで開いていた。

 

「この鎧は銀細工持ち冒険者である“淫魔剣聖”シルヴィアナ様からのご依頼で仕立てたものになります。ですが、シルヴィアナ様はこの鎧の納品前に……」

 

 どうやら、ちょっと曰く付きの鎧らしい。

 なんかそういうんは気分良くないぞ。

 

「冒険者を辞めて一党の頭目と結婚し、王都東区で料理屋をはじめたのです」

 

 どうやら、めでたい装備らしい。

 そういうの嫌いじゃないよ。可哀想なのは抜けない。

 

「そうですか。リリィ、試着してみて」

「は、はい! まさかアタシがあのシルヴィアナ様の装備を……」

 

 言いつつ、緊張しながらもウキウキと試着室に行ったリリィ。

 どうやら淫魔的にはシルヴィアナさんは有名人だったようだ。

 

「その、シルヴィアナさんは、今は……?」

「ええ、今でも旦那様と一緒ですよ。旦那様はエルフでしたので、店ではお互いの郷土料理を振る舞っています」

「あ、会いに行ける人だったんですね。そのお店はどんなところなんですか?」

「はい。ミルクシチューや乳粥といった伝統的な淫魔料理や、森人豆を使った様々なエルフ料理がお楽しみいただけます。開店から現在に至るまで、実に多くの方に愛されているお店ですよ。最近では御息女様もお店の手伝いをしているとか」

 

 なんか雰囲気よさそうである。思えば俺は異世界に来てからちゃんとした料理を食ってない気がする。

 機会があればリリィと一緒に行ってみよう。

 

「よッス~、着替えてきたッスよ。どうッスかご主人? 似合うッスか~?」

 

 などと話していると、試着室から淫魔剣聖装備に切り替えたルクスリリアが出てきた。

 

「おぉ……似合う似合う! 可愛いしかっこいいよ!」

 

 黒革で出来たそれは、胴と腕と足の三つのパーツで構成された装備だった。

 前から見ると、胴体部は黒いスク水のようだった。ツヤのある黒とツヤ消しの黒の調和がいい感じである。腕は指先から二の腕までを覆うロンググローブで、足はツヤなしのニーソにツヤありのロングブーツを履いてるようなデザインだ。尻尾も翼も邪魔していない、まさに淫魔用の装備って印象である。肩と太ももの露出が実にエッチだ。

 当然、施された魔法によりサイズはルクスリリアにぴったり合っていた。どうやらシルヴィアナさんは高身長サキュバスだったようだが、ちゃんとリリィにフィットしている。

 

「きひひっ、ほらちゃんと飛べるッスよ~」

 

 言って、ふよふよ浮遊して寄ってくるリリィ。

 脇に片手を入れて抱き上げると、俺はライオ〇キングの冒頭みたいな体勢を取った。

 そして、そのまま空いた手でコンソールを開き、この装備の性能をチェックした。

 

 

 

◆双角黒馬の革鎧◆

 

 物理防御力:550

 魔法防御力:650

 

 補助効果1:魔力回復(大)

 補助効果2:空中制動

 補助効果3:空中加速(大)

 補助効果4:魔法防護(中)

 補助効果5:全状態異常耐性(中)

 補助効果6:自動修復

 補助効果7:自動最適化

 補助効果8:魔法装填(嵐纏い)

 補助効果9:刺突耐性(小)

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 出てきた数値にびっくりして、思わずルクスリリアから手を離してしまった。

 支えを失ったルクスリリアだったが、少し落ちただけですぐに元の高さまで浮上してきた。

 

「ごしゅじ~ん、急に離さないでほしいッス~」

「あ、ごめん……」

 

 なんか生返事になってしまった。

 というのも、この装備の性能に愕然としてしまったのである。

 

 コンソールを弄り、今度は俺の装備を見てみる。

 すると、物理防御力のところには「210」と書いてあった。魔法防御力など「190」である。しかも、あちらには存在した“補助効果”なるものが一つもない。

 え、なにこれ。なんやそれ、チートやチート! チーターやろそんなん! という気分である。

 

「店主さん」

「はい」

「銀細工持ちの冒険者って、みんなこんな装備してるんですか?」

「ええ。ですが、シルヴィアナ様はその中でも上位のお方。同じ銀細工持ちでもこれほどの逸品をお持ちの冒険者様はそうはいません」

「そう、だったんですね」

 

 転移直後、俺は自身の生活と奴隷購入の夢の為、質素倹約を旨とし、できるだけ消費を抑えてやってきた。

 食事や宿も健康を害さない程度にし、迷宮探索の必需品だと言われた楔も必要性を感じなかったので買ってない。

 けど、武装や回復アイテムには金をかけていたつもりだった。駆け出し時代はともかく、ある程度余裕が出てきてからはギルドの店でできるだけ良いのを買っていたのだ。

 

 が、実際には全然そんな事なかった。

 上の防具と下の防具には、これほどの差があったのだ。

 てっきり、言うて防具なんて鉄とか革とかの差しかないし、そんな変わらんやろとばかり思っていた。けれどもここは異世界、魔法のアレコレか素材のナントカで、同じ革製でもその防御性能にはかなりの差があったのである。

 

 なんだよ双角黒馬の革って……俺の鎧なんてただの熊革だぞ。前世だとかなりの耐久力だったはずだろ。熊が馬に負けんなよ。

 しかも何だよ“魔法装填”って、アレだろこれあらかじめ魔法セットして好きなタイミングで使えるんだろカッケェじゃん羨ましいわクソが。

 

「どしたッスか? ご主人」

 

 リリィを見る。光沢ある革鎧に、質感ある手袋。魅惑の絶対領域。そして、今は持ってないがここに深域武装もプラスされるのだ。あまつさえ美少女である。

 それに比べて俺である。熊さんの革鎧に、量産品の剣。装飾? そんなもの、うちにはないよ。

 これもう(どっちが奴隷か)分かんねぇな。

 

「これ買います」

「ありがとうございます」

 

 とりあえず、ルクスリリアの装備は買う事にした。

 女の子を着飾らせるのは好きなのだ。

 

「5000万ルァレに勉強させていただきます」

 

 割引されてなお、余裕でルクスリリア二人買えるくらい高かった。

 

「ありがとうッス! ご主人!」

「俺は銀細工持ち冒険者、イシグロ・リキタカだぞ。こんくらいなんて事ねぇ……」

 

 その後、俺は最低限主人に相応しい装備を買っていった。

 店主お勧めの武器屋で武器も買った。

 めっちゃ高かった。

 

「おぉ~! 似合ってるッス! かっけぇッスよご主人~!」

「おぅ……」

 

 まあ、別に損した訳じゃあない。

 相応の装備だ。きっとダンジョンアタックに役立つはずさ。

 強くなったのだ、いいじゃないか。

 

 でも、なんだろうこれ。

 この敗北感。

 俺は何に負けたんだ。

 

「金、貯めないとな」

 

 次なるロリの為、俺はさらなる金策を誓うのであった。




 感想投げてくれると喜びます。



 書き忘れましたが、ジョブごとに武器制限はありますが、防具の制限はありません。
 防具はステータス次第ですね。


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磨け、ロリ鎌

 感想・評価など、ありがとうございます。おかげで続けられています。
 誤字報告も感謝です。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、ルクスリリアの武器は大鎌になりました。

 感想欄を拝見するに、大鎌好きの方は「ロリ×大型武器」というロマン重視で、対抗馬だった箒好きの方は「ロリ×箒」という構図が好きな人の他に「やっぱ遠距離魔法チクチクだろ」という実戦思考があるんじゃないかなぁと感じました。
 なので、作者は逆に考えました。前衛大鎌で遠距離攻撃しちゃってもいいさと考えました。

 今回は性能だけのお披露目ですが、次回か次々回に使う事になると思います。


 学生時代、俺は帰宅部だった。

 

 別にスポーツや文化活動が嫌いだった訳じゃない。小学生の時やらされてた空手も、まぁそこそこ良い思い出にはなったと思う。

 けれど、中学以降の部活となると話は別。打ち込みたいスポーツもなければ、やりたい文化活動なんてのもない。多くの人はその上で部活を選び、やってくうちに楽しくなって夢中になるのかもしれないが、俺はそうなる事に対して強い忌避感を感じていた。

 何故か? ロリ活の時間がなくなるからだ。

 

 中学一年生時点で自身がロリコンであるという事を自覚していた俺は、当時狂ったようにオタク活動をやっていた。

 家に帰れば新旧のアニメを見て、ゲームをやって、マンガやラノベを読んでいた。それが健全かとか、社会的にどうのとか一切気にしていなかった。それを許してくれる両親だったというのもあるだろう。お陰で俺は毎日楽しくロリコンをしていた。

 しかし、胸の奥には部活動というものへの“憧れ”はあったのだ。

 

 よく、勘違いされる事なんだが。

 俺はロリコンだが、ロリコンなだけの人間ではない。

 ロリコンである前に、一般人なのだ。

 

 今でこそ吹っ切れているが、思春期の時分には自身の性癖に懊悩していたものである。

 どうにも周囲と話が合わない。興味関心が他と違う。そういう、普通じゃない事へのコンプレックスがあったのだ。

 だから、俺も部活動を通して、普通の人と一緒になりたかったのだ。

 

 ロリコンであるという事は、少数の貧者になる事だ。

 そういう覚悟を持つまでに、俺は数年の時を要した。

 普通の“夢”を捨てる覚悟である。

 

 ふと、思う事がある。

 もし俺がロリコンじゃなかったら、どんな風に学生生活をしていただろうかと。

 友達と遊んで、同年代の女の子と恋愛をして、何か世間的に貴ばれるモノに熱中していたかもしれない。

 

 部活とか、してたのかな。

 

 

 

 王都西区、転移神殿。

 別名、西の迷宮ギルド。

 

 それは王都にある四つの転移神殿のうち、西区の中央にある巨大な施設である。

 外観はまさに海外旅行の観光地の古い大きな建築物って感じで、なんとなくノートルダム大聖堂と大英博物館がポタラ合体したみたいな印象を受ける。

 入口は東西南の三つがあり、南側が一番大きい正面入り口である。南側、デカくて広い階段を上ると、見上げるばかりの木造クソデカ両開きドアがヘイらっしゃいとお出迎えしてくれるのだ。

 

 神殿内部は野球場ほどの広さがあり、球場でいうベンチとかそこらへんにはギルド受付や売店が並んでいる。

 真ん中には巨大な楔があり、それを囲むように数えるのも面倒になるくらいの石碑が並ぶ。この石碑前にある転移石板に触れて、ダンジョンへと転移するのだ。

 

 受付、売店、石碑。それだけじゃない、此処には冒険者に必要なすべてがある。

 魔法で癒してくれる治療院もあるし、マッサージ屋もある。ダンジョンに持ってく用のお弁当屋さんがあれば、バーみたいに飲み物とか軽食とか売ってる店もある。

 それと、冒険者用の鍛錬場もあるのだ。

 

「ほえー、凄い人ッスねー」

「はぐれないように気をつけてね」

 

 武器はある。装備も揃えた。アイテムも十分。

 そんな訳で、異世界初めての連休明け、俺たちは真新しい装備を身に纏い転移神殿にやってきた。

 目的は、ルクスリリアのトレーニングだ。

 

「ん? あ、あんたイシグロか? それに、お前さんはあん時の淫魔の嬢ちゃん?」

「どうも。鍛錬場を使わせてほしいんですけど」

 

 いつもの受付おじさんのとこに行くと、おじさんは俺とルクスリリアを見て目を丸くしていた。

 多分、見てくれが変わった俺と立派な淫魔装備のリリィに驚いてるんだろう。

 

 なんという事でしょう。以前までの俺は、モンハンの初期装備一式みたいだったのが、今では上位ハンターめいた立派な防具をつけているのだ。革=俺と認識している人からしたらかなりのビフォーアフターではないだろうか。

 しかも隣にはメガテンピクシーかマシュ・キリエライトかと思われる装備を付けた美少女がいるのだ。目立つったらない。実際さっきから他の冒険者くんたちがヒソヒソ話をしながらこっちを遠巻きにしている。だからコッチヲ見ルナ。

 

「あ、あぁ……少し待ってろ」

 

 言うと、おじさんは机の裏から一枚の紙を出してきた。そこには鍛錬場使用の注意事項と、いくつかの記入箇所があった。

 転移神殿にある鍛錬場は、こうやって申請をしないと使用できないのだ。利用料金は一人一日10万ルァレで出入り自由。俺はこれまで一度も使った事はないが、余裕がある今はしっかり使っていこうと思う。あと、このバカ高い利用料金は銀細工持ちになってからの話なので、駆け出し冒険者はもっと安くしてくれるようだ。

 

「まぁ分かっちゃいるとは思うが規則なんでな、説明させてもらうぜ。ザッとこの辺のアレコレに同意しろ、いいな? 説明終わり。最後に此処に名前書け。まあ、それは俺でやっとくよ。お前さんはここに指印だけすればいい」

「ん? 名前ッスか?」

 

 申請にはサインがいる。当然ながら、俺にこの世界の文字は書けない。なのでいつものように代筆してもらおうとしたら、隣にいたルクスリリアが机によっかかってきた。

 

「はいはいッスー。アタシ文字書けるんで、ご主人の代わりにアタシが書くッスよー」

 

 言うなり、ルクスリリアはおじさんから紙をひったくってサラサラとサインしていった。

 書き終えた紙はおじさんにリリース。おじさんはきょとん顔で紙とリリィを見ていた。

 

「お前さん、字ぃ汚ぇな……」

「え、だめッスか?」

「いや別にいい、読みづれぇが何とか分かる」

 

 異世界文字の上手い下手はあんまり分からないが、確かにチラッと見えたリリィの字は蛇とナメクジがシャルウィダンスしてるみたいだった。

 とはいえOKらしいので、指印してお金払って、ダンジョンには行かず鍛錬場へと向かった。

 

「てっきりリリィも文字書けないと思ってたよ」

「きひひっ、淫魔の識字率はほとんど100パーなんスよー」

「へえ」

「そうじゃないとエロ本楽しめないッスからね」

「へえ……」

 

 あるんだ、異世界にもエロ本。

 

 などと話しながら歩き、やがて目当ての場所までやってきた。

 目の前にはダンジョン行きのものとは少し違う見た目の石碑&石板。石碑の表面には「鍛錬場」と書いてある。

 

「えーっと、どこにしよっかな」

 

 使い方は分かる。ダンジョンと同じなのだ。

 石板に触れ、浮かび上がってきた文字に従って操作し、行き先を設定する。まるでATMを操作しているかの様である。

 

「ま、シンプルな闘技場風のトコでいいか」

 

 この鍛錬場は空間魔法を応用して作られた、いわば精神と時の部屋的な場所である。経過時間にそう変化はないが。

 鍛錬場を作ったのはこの国の初代王のパーティメンバーで、偉大なる魔術師さんらしい。彼? 彼女? は一人でこのシステムを作り上げ、後世の者たちが強くなれるよう何百年と残る設計にしてくれたのだ。ありがたいですね。

 だが、悲しい哉、件の魔術師さん以後、この空間魔法を使える者は皆無で、新たにこういった鍛錬場を作る事はできないのだという。

 

「リリィ、ここに手置いて」

「こうッスか?」

 

 設定を終え、最後に転移する人みんなで石板に手を触れる。リンダキューブを思い出すね。

 すると、石板が光り出して、俺とルクスリリアは粒子となって転移していった。

 

 やってきたのは、四方が石壁で囲まれたコロシアム風の場所だった。

 特にギミックや特殊機能のないここは、転移可能な鍛錬場の中で最もシンプルで最も多くの冒険者が使用する場所だという。

 

「さて……」

 

 トレーニング開始である。

 

 周囲に人はいない。というか誰も来れない。

 転移で来るこの鍛錬場は、一緒に転移してきた人しか入る事ができないのである。何か悪い事に使われそうだが、どうやらこの空間の出来事は記録されるらしく、悪い事しても即バレするのだとか。あと、人数制限もあるので大規模な悪事はできない。多分スケベな事もできない。いやできるのか? どうなんだ?

 

 そんな鍛錬場で、とりあえずはとアイテムボックスを探り、ルクスリリア用の件の深域武装を取り出した。

 虚空から出てきたのは、一挺の黒い鎌だった。長さは大体2メートルほどで、鎌部分の刃は大曲剣を思わせる程に長大だ。

 

 外見はまさに“死神”でイメージされる大鎌そのもので、パッと見十字架の「十」の左側が湾曲した刃になっているように見える。右側の先には斧の様な刃がついていて、上部の先端は槍のような鋭利な構造になっていた。

 また、三つの刃の刀身には何やら厳めしい文字列が彫り込んであり、柄や十字の真ん中にも精緻なレリーフが施されていた。石突部分には短い鎖がぶらさがっており、鎖の先端には紫色の水晶がくっ付いていた。

 なんというか、RPGで一番強い大鎌という印象である。

 

「おぉ……!」

 

 鎌を見て、ルクスリリアが感嘆の声を上げた。

 俺はその鎌の性能を今一度確認してみる事にした。

 

 

 

◆ラザファムの大鎌◆

 

 物理攻撃力:300

 属性攻撃力:500(魔)

 

 異層権能:召喚(守護獣)

 

 補助効果1:魔力収奪(小)

 補助効果2:形状変化(伸縮)

 補助効果3:自動修復

 補助効果4:魔法装填(破壊する魔力の刃)

 補助効果5:魔法装填(追いすがる魔力の矢)

 補助効果6:魔法装填(貫く魔力の槍)

 補助効果7:魔法装填(炸裂する魔力の岩)

 補助効果8:魔力消費(中)

 

 

 

 

 

 

 強い(確信)

 

 どう見ても強い。よく分からんけど強いのだけは分かる。だってつい先日まで使ってた俺の剣の攻撃力とか200だもん。

 強い、強いのだが、俺は今までこの武器を使ってはいなかった。

 何故かというと、俺が就く事のできるジョブで大鎌を使用可能なジョブがなかったからだ。あと、なんか雰囲気的に魔法偏重っぽいし、俺には使いこなせないかなって。

 以前は軽く振ってみて「いらね」ってアイテムボックスにポイしちゃって補助効果だのなんだの色々忘れちゃってたが、この鎌にも“魔法装填”ってのがあった。ちょっと試してみたものの、発動しなかったんだよな。

 

「じゃあ、これ持って」

「う、うッス……!」

 

 そんな訳でルクスリリアに大鎌を渡すと、彼女は物騒な形の鎌を宝石でも扱うように恭しく受け取った。

 すると、前もそうだったがやはりこの鎌は重たいようで、ルクスリリアはよいしょと一度踏ん張ってから両手を使って担いでみせた。

 身長140ないルクスリリアからすると、自分より大きい鎌は持つだけでも厳しいのだ。両手持ちでなんとかで、片手だと振るどころか保持も難しそう。

 

「じゃあちょっと振り回してみて」

「了解ッス!」

 

 だが、ここは異世界、前世地球の物理法則は通用しない。

 どれだけ大きくても、どれだけ重量差があっても、ステータスが足りてれば使いこなす事ができるのだ。

 ルクスリリアは非力な方だが、それは魔族基準での非力だ。並みの人間よりは膂力がある。少なくとも転移直後の俺よりは力持ちだ。

 

「えっと……そいや!」

 

 気の抜けた掛け声と共に、ラザファムの大鎌は横凪ぎに振るわれた。

 その攻撃動作は、存外流麗に見えた。まるで普段からこういう武器を使ってきたかの様である。

 

「でぇい!」

 

 薙いだ鎌を、回転そのままもうひと凪ぎ。すり足で姿勢を整え、腰を落としてえぐるような切り上げ。一歩引いて振り下ろし。ズボッと、鎌の先端が闘技場の地面に突き刺さった。

 それは、まるで武器術の演舞を見ているようだった。動きのひとつひとつがしっかりしてて、何か中学生が木刀振り回してる様とは全然違って見えた。

 重量に振り回されてもいない。むしろ遠心力を利用して、次の動きに繋げていた。俺のような素人にも分かるほど、綺麗なコンボだったのだ。

 

「ふむ……?」

 

 正直、想定と違った。大鎌なんてキワモノ武器、そう使いこなせるとは思っていなかったのである。だからこそ練習する為に鍛錬場に来た訳で。

 実際あれだけで判断するのもどうかと思うが、ルクスリリアはちゃんと武器を武器として振っていた感じがしたのだ。

 しかし、驚きこそすれ困惑はない。俺はこの現象に見当がついていた。

 

 見ると、ルクスリリアは大鎌を持った自分の手を見つめていた。

 まるで己の内なるパワーが覚醒した……と思いこむ中学生の様だ。

 

「まさか……アタシってば、武器の天才だったッスか……!?」

 

 それからもう一度大鎌を振り上げると、今度は翼を生やして飛行状態のままぶんぶん振り回しはじめた。エルデンリングのマレニアを思い出す動きだ。

 速度こそそこまででもないが、空中で大鎌を振り回す様は堂に入っており、地上同様武器に振り回されている感じはなかった。

 数度の乱舞攻撃を終えると、ルクスリリアはぴたりと空中でSEED立ちをして決めポーズを取った。その顔はマジりっけなしのドヤ顔だった。

 

「ご主人、アタシ天才だったかもしれねぇッス……」

「かもね。じゃあこっちのも持ってみて」

 

 ドヤ顔のリリィから大鎌を取り上げ、さっき出したハンマーを持たせてみる。

 予想通りなら多分……。

 

「ふん、まぁ武器術の天才たるアタシにまかせへぇぇぇん……!?」

 

 予想通り、ぶんっとハンマーを振ったルクスリリアは、遠心力に負けて盛大にすっ転んでしまった。

 それはさながら、強振フルスイングで空振りしたパワプロ君の如しであった。

 

「あれぇ~? おかしいッスね。さっきはこんな事なかへぇぇぇん……!?」

 

 再度、ハンマーフルスイングからのすっ転び。

 うん、確信した。

 どうやら、俺のモーションアシストがルクスリリアにも適用されてるみたいだった。

 

「えーっと、多分さっきの大鎌を上手く使えたのは、俺のチートの影響だと思う。モーションアシストっていうんだけど」

「もーしょん? なんスかそれ」

「武器を使いこなせる程度の能力。淫魔兵の使用武器に大鎌はあったけど、槌はなかったからね」

 

 多分、そういう事である。

 俺もモーションアシストで剣ぶんぶん振り回して悦に入ってた時あるもん。わかるよその気持ち。

 

「は、はあ、なんでもアリっすねご主人……」

 

 と言って、呆れたような諦めたような顔をするリリィ。

 そんなリリィからハンマーを受け取り、今度は事前に用意しておいた木製の十字槍を持たせる。鎌の代用だが、これは淫魔兵でも使えるはずだ。

 

「あれ? 鎌の性能確かめるんじゃないんスか?」

「それは後でね。モーションアシストが機能してるのが分かったから、他にもちょっと試してみたい事があってね」

 

 数歩下がり、アイテムボックスから事前に買っておいた木剣を取り出した。

 それから、コンソールをいじって俺のジョブを中位ジョブの“聖騎士”に変更。

 

「他の機能もオンになってるかどうかを先に調べときたいんだ」

「はあ。アタシはどうすればいいッスか?」

 

 最初は大鎌の性能を見て、それから時間をかけて慣らしていくつもりだった。

 けど、モーションアシストがあるんなら話は別だ。俺はその凄まじさを身を以って知っている。使いこなしさえすれば、アレはいとも容易く一般人を戦士に変えるのだ。

 ただ、動きがよくなっただけでは心もとない。ちゃんと、他のチートの確認もしておくべきだと思うのだ。

 

「これから斬りかかるから、避けたり防いだりして」

「え? あ、はいッス」

「できれば反撃もして」

「はいッス」

「なんか妙に勘が働いたり未来予知するかもしれないから、そういうのには素直に従って」

「はいッス?」

 

 困惑しきりのリリィ。まぁ分かる。話してもいまいちだろう。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 なので、初手は思いっきりぶつかる事にした。

 

 

 

 まあ、結果を言うと俺の推測は当たっていて、ルクスリリアは俺同様色んなアクセシビリティを使う事ができた。

 危ない攻撃の予知。適切なガードタイミングと反撃アシスト。視野外からの攻撃の察知。

 実験の結果、ルクスリリアはその全てが可能だった。

 

 けれど、ちょっと予想外な事もあった。

 

 ところで、俺が頼りにしてる“危機察知”とか“危険攻撃の視覚アシスト”だが、例によってこれも万能ではない。

 真に万能なら、俺は死にかける事はなかっただろうし、怪我ひとつ負う事なく三ヵ月過ごせただろう。

 確かにヤバい攻撃は分かる。確かにジャスガは簡単だ。確かに最適解がイメージできる。

 

 でも、それはそれとして。

 

「ひぎゃっ!?」

「あ……」

 

 ビビると無意味なのである。

 

 ふと、ジョジョ4部の億泰の兄貴のセリフを思い出した。

 どんなモンスターマシンもビビッて乗るとみみっちい運転しかできないって奴。

 例えどんなチートを与えられてたとしても、使いこなせないと意味がないんだな。

 

 まあ、道筋は見えた。

 やるべき事は単純である。

 

「うぅ……痛いッスご主人~! もう大鎌使って無双でいいじゃないッスか~! アレ使えばアタシでも戦えるッスよ~!」

「ルクスリリア」

「なんスか?」

 

 俺は女の子座りするリリイに手を差し伸べ、言った。

 

「使いこなせるよう練習しよう」

「え……」

 

 まるで、部活の先輩が後輩を導くように。

 若い衝動をひたすらにぶつけるように。

 俺とリリィは、トレーニングに励んだ。

 

 この後めちゃくちゃわからせた。




 感想投げてくれると喜びます。



 作者は武器・魔法・技などを考えるのが苦手です。 


・魔法装填
 あらかじめ使用する魔法をセットしておいて、使用者が魔力を流す事で発動する。
 基本、装填できる魔法は低威力で魔力消費も高くなる。最大の利点は近接格闘中にも即座に発動できるところ。



・ラザファムの大鎌
 イシグロが入手した深域武装。特殊な能力は守護獣の召喚。
 性能は魔力重視で、物理攻撃力よりも属性攻撃力のが高い。
 鎌部、斧部、槍部、水晶部にそれぞれ魔法が装填されており、近~遠距離のどこでも威力を発揮できる。
 なお、大抵の冒険者には使いこなせないので、ぶっちゃけハズレ武器である。


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往きて、ロリし

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で捗ってます。
 誤字報告にも感謝です。前話、ひどい誤字ありましたね。忍びねぇ忍びねぇ。

 作者が一番好きな大鎌はダクソ3の「フリーデの大鎌」です。非常にオサレ(隙鎌語)

 今回は三人称、おじさんとその周辺です。
 頂いた感想に触発されて今回過去の偉人が申し訳程度に出てきますが、あくまでフレーバーです。主人公たちとは全く関係がありません。


 人類生存圏、中心部。

 

 ラリス王国。

 またの名を、英雄の生まれる地。

 

 力を貴び、知を敬い、なにより勇を誉れとするその国は、遥か昔の英傑たちの栄光によって興された。

 始まりの英雄たち。それは、六人六種の一党であった。

 

 彼の者、闇夜にて地に在る月の如し。

 放浪の竜、数多剣士の到達点。

 銀竜剣豪・ヴィーカ

 

 彼の者、鬣に太陽を宿すが如し。

 猛き雄、栄光を背に笑う者。

 獅子拳聖・イライジャ

 

 彼の者、真紅の美酒の香りの如し。

 血煙の麗人、永遠の眠り姫。

 純血大公・リアルイーザ

 

 彼の者、青空に浮かぶ白雲の如し。

 許されざる大罪人、病魔を殺す者。

 極光天使・ジュスティーヌ

 

 彼の者、清廉なる森の泉の如し。

 第一の友、魔道と知の探究者。

 魔道賢者・ゼノン

 

 そして、英傑を率いる者。

 勇気ある男。心折れぬ男。輝くは鎧にあらず、その魂こそ真なる黄金。

 勇者・アレクシオス

 

 古代、彼らは迷宮に挑み、幾度も凱旋し、その恩恵を万民に授けた。

 枯れた大地に水を。荒れた木々に命を。死の霧の原には太陽を。

 やがて謳われた、比類なき人の王。

 

 強き者、驕る事なかれ。

 弱き者、一歩ずつ進め。

 俯く者よ、我らが背を御覧じろ。

 

 人類よ、此処から始めよう。

 

 この世界の誰もが知る、建国の物語である。

 

 

 

 ラリス王国、王都西区。

 

 転移神殿の受付にて、ギルド職員の受付おじさんは昔聞かされた御伽噺を思い出していた。

 曰く、昔々の王様は色んな種族の人と一緒に迷宮に潜って、色々便利なモンを持って帰っては困った人に気前よく分けてくれたらしい。

 当時の人類は今よりずっと過酷な環境に生きてて、伝承によると吸うだけで死ぬ煙とか週一で来る魔物の大群とかでそれはもう大変だったようだ。

 おまけに地面は枯れ放題で、癒やしの雨には肌を焼く酸が混じってたらしい。夜になると何処からともなく骸骨が襲ってくるとか。怖すぎだろ。

 その頃の人からすると、今の人類様はさぞ楽してるように見えるんだろうなーと、おじさんは欠伸をかみ殺しながら思った。

 

 ギルド職員は多忙である。

 ただでさえ量の多い机仕事に加え、アホな冒険者の相手や人同士の諍いなどにも公平に対処せねばならないのだ。

 その点、おじさんは要領が良かった。人気がないので冒険者の相手はそれほどしないし、回ってくるごたごたもない。その代わりにと他職員の書類仕事をお手伝いしては上手にヘイト管理をしていた。

 パワハラもモラハラもアルハラもしない、実に良いベテランさんであったのだ。

 

 そんな中……。

 ある種、忙し過ぎて余裕のない職員の中で、おじさんだから気づいた事があった。

 

「そういや、イシグロの奴は今日も休みか」

 

 最近噂の彼、迷宮狂い氏の事である。

 彼は冒険者になってからというもの、七日に一日程度休むくらいでほぼほぼ毎日迷宮に入っていた。それ自体マジでアタオカなのだが、奴は加えて毎度毎度主を倒して帰還するのだ。意味不明である。

 いや、一回だけ撤退した事があったようだが、翌日にはお礼参りして凱旋した。迷宮の構造上同じものではないが、見事雪辱を果たした訳だ。

 

 そんな、迷宮狂い氏の迷宮狂いっぷりからして、二日連続の休暇はこれまでになかった異常事態である。

 仕事が落ち着いてくると他職員も違和感を覚え始めた様で、休憩室で彼についての話題が出た。

 

「今日も休みなんですね、イシグロさん」

「ですねー。まぁでも、これが普通……というか、それでもおかしいんだけど」

 

 銀細工持ち冒険者といえば、月一ペースで迷宮に潜るのがスタンダードだ。

 また、銀細工持ちの連中は勇気はあっても蛮勇の持ち合わせはない。優秀な奴ほど準備に余念がないものである。

 事前情報から適切な装備を整え、必要ならその都度武器を職人にオーダーメイドで作ってもらう。その上で鍛錬して手に馴染ませ、迷宮に入って楔を打って、楔が砕ける前に時間をかけて攻略するのだ。失敗しても、生きてりゃ勝ちだ。

 それから、金がなくなるまで遊びまくり、腕が鈍らないうちにまた迷宮に戻ってくるのである。

 

「おじさんは聞いてないですか? 迷宮狂いさんが休んだ理由」

「おじさんって言うな。まぁ……昨日街で会ったな」

「え!? イシグロさん街で遊んだりするんですか!?」

「いや、そんなんじゃなかったな。前紹介状書いた店で奴隷買ったらしい。真新しい服着て、奴隷連れて歩いてたよ」

「へ~、あのイシグロさんが奴隷を……」

「しかもあの店の奴隷でしょ? そりゃ、お金は余裕でしょうけど、何でだろ?」

 

 困惑する休憩中の職員たち、けれどおじさんは知っていた。

 知った上で、黙っていた。何故か? なんかそっちのがクールだからだ。

 

「変な性癖持ちとか?」

「いやいや、高級娼館でいいでしょ。それこそ西区には娼館なんて山ほどあるんだから」

「殺していい奴隷が欲しかった、とか……?」

「それこそその辺の安い奴隷でいいじゃない。ていうか、流石に失礼」

「特定の種族にしか興味ないとか?」

「あ~、上森人限定とか? 確かに、上森人抱ける店は西区にないよな~」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ若者を背に、おじさんは椅子から立ち上がった。

 違う、奴は変な性癖持ちでも快楽殺人鬼でもない。

 

「……鍛えるのさ、自分について来れる英雄の卵を」

 

 ギルドのおじさんは(あえて)誰にも聞かれない声量で呟き、スタイリッシュにクールに去った。

 

 

 

 

 

 

 結局、件の迷宮狂いさんは翌日も翌々日も転移神殿に来なかった。

 これにはそういうのに敏感なギルド職員だけでなく、西区の転移迷宮を拠点とする冒険者たちもざわついていた。

 

 やれ死んだんじゃないのとか、借金返して引退する準備中なんじゃねとか、あるいは購入したらしい奴隷に夢中になって今もベッドで腰振ってるんじゃねぇのとか。

 神殿内のバーで、あるいは神殿前の広場で、イシグロは酒の肴にされていた。

 

「俺、今日見ましたよ。迷宮狂いさん」

 

 と、ギルドのバーで飲んでいたとある冒険者が言った。

 その発言に、バーテン含む近くの冒険者が驚愕して発言の主に視線をやった。

 言葉の続きを促されたと思った冒険者は、グラスの中のハチミツ入りワインを飲み干すと、ついさっきあった事を思い出しながら言った。

 

「えーっと、見たというか出くわしたって感じなんですけど。西区の綺麗な防具屋あるじゃないですか。自分がそこで新しい兜探してる時にやってきて、なんか店主さんと揉めてました」

「揉めてたって、あのイシグロがか?」

「まあ、何て言ってたのかは覚えてないですけど、店主さん頭下げてましたよ」

 

 迷宮狂いといえば、やってる事はガチ狂人なくせに温厚で誠実な人柄でお馴染みである。

 誰であっても物腰は柔らかく、問題を起こしたなんてのは一度も聞いたことがない。異常なほど昇格が早かったのには、功績の他にもそういうところが評価されていたというのもあるのだ。

 そんなイシグロが防具屋の店主に頭を下げさせるなど、何でどうしてという気持ちである。

 

「にしても、あのイシグロが防具ねぇ? なんか事情があるのかと思ってたが、やっとまともなモン着ける気になったか」

「いえ、なんか連れてた淫魔の奴隷の装備選んでましたよ?」

「淫魔ぁ?」

 

 飛び出てきたビックリ情報に、これまたバーテン含む周囲の人らがビックリ仰天した。

 

「淫魔の奴隷たぁ……んなもん何でって話だがなぁ……?」

「ある意味、流石っすね。俺じゃ絶対無理っすわ」

「俺もちょっと無理だわ。度胸試しっつっていっちょ相手してみたがよ、ありゃおっかねぇよ。悪い思い出じゃねぇが、二度目はいいや」

「そうかな? 僕は好きだよ。慣れれば逆に良いものさ。まさか彼も僕と同類だったとはね」

「淫魔狂いがよぉ……」

 

 この世界の淫魔は古いタイプの女性からは牛乳拭いて一日放置した雑巾の如く嫌われているし、人間族含む多くの種族の男からは憧れ半分恐れ半分といった目で見られている。

 なにせ、エッチな事をすると生命を奪われるのだ。曰く淫魔の吸精は最高に気持ちいいが、同時に本能的な恐怖を感じるらしい。それなら素直に娼館で発散した方が冒険者の感覚的には健全である。

 それで言うと、例の高級奴隷店で買ったらしい淫魔の奴隷でアレコレするなんてコスパ悪いわレア過ぎるわ度胸あり過ぎるわで意味不明である。

 

「いえ……なんでしょう、そんな感じはなかったというか……」

「なんだよ。まぁそりゃ淫魔フェチってんならああも女に興味ねぇのは分かるがよ。知ってっか? アイツ牛人族の女からのお誘い断った事あるんだぜ?」

「そうではなく、その淫魔奴隷ってのが……こう、子供みたいだったんです」

「子供?」

 

 話を聞いてた冒険者たちの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 淫魔といえば、皆が皆ムチムチボインで男好きのする身体の持ち主と相場が決まっている。にも関わらず、子供とは?

 

「ガキの淫魔って事か? あぁそりゃ、高級店にしか売ってねぇだろうな」

「ほう、子供の淫魔ですか……大したものですね。僕も一度淫魔の子供を自分好みに育ててみたいものです」

「あ~、それならオレにも分かるわ。で、育ったところで美味しくいただくと」

「馬鹿、お前なんざ一晩で干し物よ」

「最低でも一ヵ月の禁欲は必須です。さもないと貴方、絞り殺されますよ?」

「げぇ! んなら普通に娼館行くわ!」

 

 そうして、イシグロ=子供淫魔を育てて後に美味しく頂きたい系変態という話に落ち着きかけたところで、件の冒険者はさらなる話の種を投下した。

 

「いえ、子供ではなく、子供みたいな淫魔だったんです。ちゃんと角が生えてましたから」

「……はぁ?」

「ふむ、小柄な淫魔という事ですか?」

「はい。子供みたいっていうのは背とか胸とかの事で、魔力量的にも十分成熟した淫魔でしたね。あれは多分、中淫魔なんじゃないでしょうか」

「は、はあ……?」

「小柄な中淫魔ですか。とても希少ですが、まぁいなくはないでしょう。吸精の機会にも恵まれないでしょうから、恐らく生まれつきの中淫魔でしょうね」

「お、寝取りか? イシグロとやり合う気か?」

「バカ言わないでください。最低でも僕は僕の頭が埋まる程の胸にしか興味ありませんよ」

 

 つまり、アレである。

 イシグロという男は、高い金払って貧相な淫魔の奴隷を買って、ついでに自分用じゃなく奴隷用の装備を買いに行ったと。

 かけた手間的に、迷宮で使い潰すって訳でもなさそうである。こうなると、イシグロ考察勢の冒険者たちは振り出しに戻ってしまった訳で。

 あいつ、ホンマなんやねんって話である。

 

 

 

 

 

 

 その翌日。

 

 迷宮狂いさんはひょっこり転移神殿に顔を出した。

 小さな淫魔奴隷を侍らせて。

 

「あれ、イシグロか?」

「でもイシグロがあんな強そうな装備着ける訳ないだろ」

「ほなイシグロちゃうか」

 

 が、悲しい哉、件のイシグロさんは見てくれに変化があり過ぎて顔見知りの冒険者から別人判定されてしまった。

 イシグロくん21歳日本人。弱そうな装備=イシグロという風に覚えられていた。

 

「にしても、あの奴隷の装備はなんだ? さっきから鼻がヒクヒクするくらいの魔力感じるが」

「あぁ、ありゃただの防具じゃねぇ。どう見ても一級品……それも銀細工持ち冒険者でも上位の奴が着る鎧だ。背中も空いてるし、それこそ魔族とか翼人用に作られた一点モノだぜ」

「てかあの奴隷は何だ? 魔族だよな、淫魔に見えるが……」

「いや淫魔があんなちんちくりんな訳ないだろ」

「ほな淫魔ちゃうか」

 

 むしろ、イシグロよりもその隣の矮躯の奴隷に注目が集まっていた。

 魔力に敏感な者は、その鎧に込められた膨大な魔術的加工に鼻がヒクヒク目がチカチカする思いだった。

 さっきちらりと見えた奴隷証からして、あの男の奴隷なんだろうが、あれは奴隷に着せるようなモンじゃない。というか、主人の方は上等といえば上等だが割と普通の革鎧を着ているので、着るべき鎧の質が逆である。

 

 そうして、件の二人組は受付おじさん――迷宮狂いの担当職員扱いを受けている――の元へ向かい、何やら申請をし始めた。

 かと思えば、サインの段になると隣にいた奴隷が筆を取ったではないか。奴隷に主人の名を書かせるなど、考えられない行為である。無礼とか失礼とかじゃなく、恥ずかしい事なのである。

 

 そして、二人組は鍛錬場の方へと歩き出した。

 ちょうどその時、件の恥ずかしい主人と目が合った。

 

「あ、迷宮狂い……」

 

 その男、イシグロであった。

 輝くばかりの銀細工。前と違って上等な革鎧。隣には噂にあった小さい淫魔奴隷。マジだった。マジでちんちくりん。あいつマジでガキみたいな淫魔の奴隷連れてやがった。

 主人が主人なら奴隷も奴隷だった。レアな冒険者とレアな淫魔が合わさり変人に見える。まさにイロモノコンビであった。

 

 件のイロモノコンビは鍛錬場の転移石板を操作し、姿を消した。

 相変わらず、無駄な事をしない。ていうかアイツが鍛錬場行くの初めて見た。

 

「マジだったな」

「あぁ……」

 

 彼を見ていた冒険者二人は、呆然と石碑を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 イシグロ連休事件の後、幾日の時が経った。

 

 その間、イシグロと淫魔奴隷の二人組は毎日鍛錬場を利用し、昼になるとご飯を食べに行ってまた鍛錬場に入り、夜が近づくと帰るというルーティンをこなしていた。

 最初は「迷宮狂いが迷宮に行かない!?」とビックリしていた職員&同業者たちも、毎日の鍛錬場利用には「熱心だなー」と思うようになっていた。

 それと同時に、あの淫魔奴隷には同情の目が向けられていた。

 

 頭のおかしい冒険者でも、一等頭のおかしい冒険者の奴隷で、恐らく性奴隷でなく戦闘奴隷として買われたのだろう。そうでないと小さい淫魔を買う理由に説明がつかないからだ。

 その上で、あの迷宮狂い――史上最短銀細工到達者――と共に毎日鍛錬場を利用しているのだ。あの中ではどんな地獄が再現されているのか分かったものではない。迷宮狂いに相応の、王国騎士団が裸足で逃げだす訓練をしている事だろう。

 

 しかし、いざ奴隷の様子を観察してみると、件の淫魔は朝に鍛錬場へ行く時はゲッソリ鬱っぽい表情をしているのに、鍛錬場を出てくる時は満面スマイルなのだ。まるで今しがた“美味しいもの”でも食べてきたかのように。

 一体、何がどうしてそうなってるのか、さっぱり分からなかった。当のイシグロはというと、妙に晴れやかな表情で鍛錬場をエンジョイしてるのでこれまた意味不明である。

 

「あいつ、やっぱ頭おかしいな」

「奴隷の淫魔かわいそう」

「けど、ああやって鍛錬場に通うのは、見習うべきなのかもな」

 

 冒険者三人は、目を合わせ、今日の予定を決めた。

 そろそろ、次の段階に進もう。

 

 その前に、ちゃんと鍛錬をした上でだ。

 

 

 

 それから、しばらく。

 

 お馴染みイシグロ&淫魔奴隷の二人組は、何食わぬ顔で転移石碑の前に行き、石板を操作した。

 行き先は石碑を見れば分かる。あれは、駆け出しを卒業した者しか挑戦を許されない高難度迷宮。

 

 通称、巨像迷宮。

 

 決して、駆け出し同然の淫魔奴隷を連れて行っていいような迷宮ではない。

 そこは、堅い渋い怖いの三拍子がそろった、冒険者に嫌われてる迷宮ランキング上位の迷宮なのだ。

 

 二人は一切逡巡する事なく、ヤバい鉄火場へとあっさり転移していった。




 感想投げてくれると喜びます。



 なんか意味深な過去の世界設定ですが、別にこの異世界、遠い未来の地球とか遥か昔の地球とか地球とは違う銀河の星とかではないです。
 ただの異世界です。異世界にただもクソもあるかという話ですが。当然、物理法則も違います。


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異世界ダンジョンに三ヵ月潜ってきたがようやく帰ってきた、ぞ

 感想・評価など、ありがとうございます。マジでやる気に繋がってます。

 今回はダンジョン回です。
 ただ、例によって隙あらば異世界語りをしているので、文量が無駄に膨らんでしまいました。
 おかしいですね。

 第二ヒロイン早く出したいですねー。


 鍛錬場でのトレーニング生活は、存外楽しいものだった。

 

 毎日、朝早くから運動場で汗をかき、お昼時になると二人でランチを食べて、少し休んだ後にまた運動。

 まるで失われた青春を取り戻しているかの様であった。部活の合宿でもしている気分だぜ。した事ないから分からないけど。

 

「ぐぇ!?」

「魔力過剰充填、“中治癒”。昨日は30手だったけど、さっきのは36手だったね。成長してるよ。大丈夫、強くなってる」

「は、はいッスぅぅぅ!」

 

 まあ、内容は内容だが……。

 

 最初に行ったのは、モーションアシスト含む共有チートの確認と習熟だった。

 これには危機察知とかの一人じゃできないものがあるので、俺はひたすらルクスリリアと打ち合って限界まで防御と反撃をしてもらっていた。

 もちろん、攻撃はかなり加減している。それに練習に使っているのはお互い刃引きしている武器なので、実際当たっても痛いだけで死にはしない。まあ、地球人なら死ぬかもだが。

 

 興味深かったのは、アクセシビリティチート持ち同士がやり合うと、まるで早送りした時代劇の殺陣シーンみたいにお互いの武器を高速でぶつけ合う拮抗状態になった事だ。

 そりゃ、互いが互いにどこにどう打ち込むか分かってて、意識せずとも普通に防御も反撃もできるのだから千日手になるのは当然ではあったのだ。練習中、俺とルクスリリアの間には絶えず金属同士を叩きつける音と激しい火花が散っていた。

 で、そんな状態で結局何が勝敗を決めるかというと、やはりステータスと集中力だった。

 

「はぅぐぁ!」

「魔力過剰充填、“中治癒”。39手、惜しいね。もう少しで40手まで行けたね。でもどんどん伸びてってるよ」

「はいッスぅ……!」

 

 ステータスはそのままの意味だ。膂力とはそれ即ちパワーであり、技量とは精密動作性であり、敏捷とは動きの速さである。人が虎に勝てないように、能力が違えば小手先の技術など意味がないのだ。

 その点。俺はルクスリリアの倍以上も膂力も技量も敏捷もある。その気になればゴリ押しで勝てる。けどそれだとトレーニングにならないので、そうはしない。

 

 集中力というのは、これまた読んで字の如しだ。あるいは慣れといってもいい。

 危機察知、最適な切り返し、危険攻撃への適切な対処。気が抜けると、わかっちゃいるが心と体がおいつかないってのが発生する。ゲームでどう動けばいいか分かってたのに何故かミスったみたいな経験。あんな感じだろうか。かくいう俺もそれで何度か失敗したし、異世界じゃあ何度も死にかけた。やっぱリンチが怖いよリンチが。

 車やバイクの運転というのは最初はわちゃわちゃしちゃうものだが、慣れると音楽聞きつつ人と話しながらできるだろう。そんくらい習熟させたいものである。

 

「じゃ、今日はラザファムの大鎌の練習をしようか」

「はいッス! 待ってたッスよ!」

 

 で、トレーニング開始から数日。

 ある程度チートを使えるようになってから、ルクスリリアは本格的に深域武装の練習に入った。

 

 アクセシビリティ同様、どんなモンスターマシンでもビビッて乗るとみみっちい運転しかできない。なので、本番で試し切りするよりしっかり武器自体にも慣れるべきだと思ったのだ。

 大鎌の動きに関しては街の武器屋さんで買った安い大鎌を刃引きしてもらった奴を使って練習してきたので無問題。あとはこの大鎌型深域武装の習熟だ。

 

「色々補助効果があるみたいだから一つ一つ試していこう。とりあえず、“形状変化”って奴からやってみようか」

「はいッス。ん~っと、こうッスかね? えい!」

 

 ひょいっと、厳めしい大鎌はネコパンチみたいな軌道で振るわれた。

 するとびっくり、モーションに連動するように鎌部分の刃がギャリギャリと分裂して伸び縮みしたではないか。いわゆる蛇腹剣、いや蛇腹鎌か。

 まるで鞭かガリアンソードか、形状変化した大鎌は見た目以上のリーチを発揮したのだ。

 

「うひょおおおおお! なんスかこれたまんねぇッスぅぅぅ! こんなん一方的に殴れるじゃないッスかぁあああ!」

 

 調子にのってギャリンギャリン鎌を伸縮させて遊ぶリリィ。それはさながら針付きの釣り竿を振り回す小学生の様。哀れ、鍛錬場の地面は数秒と保たずズタズタになってしまった。

 どうやら鎌部の伸長はモーションに応じて長短が決まるようだ。そんでモーションの終了と同時に元の形状に戻ると。まるでブラッドボーンの仕込み杖か獣肉断ちの様である。炎エンチャしたら綺麗かもしれない。

 

「リーチは大体刃渡りの3倍くらいか。先端チクチク戦法でも相手によっては普通に反撃届いちゃう距離だな」

「きひひっ、知らねぇんスかご主人? 戦いは距離なんスよぉ? あのリアルイーザ様もほとんど魔法使ってたらしいッスよ? 魔族史が証明してるッス!」

「じゃあ一回試してみる?」

「え……?」

 

 と調子に乗っていたので、深域武装持ちのメスガキは速攻でわからせた。

 空中飛び回りながらチクチクされてたらもっと面倒くさかっただろうが、まだそこまで習熟してないようだ。練習あるのみやね。

 

「はい隙あり」

「ぐへぇ!?」

「はい“中治癒”」

 

 この世界、ステさえ高けりゃ大概の無茶ができる。間合いの広さ、動きの速さは前世地球人の限界を優に超えているのだ。

 仮に、前世地球人の槍術の達人と戦ったとしても、異世界帰りチート継承の俺なら槍への接触なく接近して普通に殴り殺す事ができると思う。人は虎に勝てないし、達人は超人に勝てないのだ。

 

 その点、俺は幸運だった。前世で武道の類にマジになってなくて良かったと思う。もし俺が武道に自信ニキだったら、人間相手の合理性を怪物退治にも適用させてしまっていただろうから。

 ぶっちゃけ、前世地球の常識はあんまりアテにならない。武器の使い方も根本の思想が違うのだ。攻撃力10の斧の一撃より攻撃力100の短剣のひと刺しのが強い世界、前世で培われてきた人間同士の戦いの技術は前提が崩れる。

 まあ、もし同格同士の戦いなら別かもしれないが、それでも相当な工夫が必要だろう。やるとしたら陰実の主人公が前世武術を異世界流にアレンジしてたように、世界観に準じた合理性を追求すべきだ。悲しい哉、俺にそんな技術の蓄積はない。フルコン空手の経験など、ダンジョンアタックで如何ほど役に立とうかという話である。

 

「じゃあ次は魔力装填の魔法を使ってみてほしいんだけど、できそう?」

「やってみるッス!」

 

 そうして、俺とルクスリリアは深域武装の完熟訓練に勤しんだ。

 途中、装填された魔法の発動で魔力枯渇起こしたリリィに魔力補充(意味深)したりしたが、マッポが飛んでくる事はなかった。セフセフ。

 

「んはぁ~♡ 枯渇状態からの吸精ほんとキマるッス~♡ ハマッちゃいそ~♡」

「ん~、やっぱ容量の問題だよね。これはレベリングしないと解決しないかな」

 

 どうやら、大鎌に装填された魔法はリリィがもう少し強くならないと十全に扱えないらしい。

 それと、実際使ってみて分かったのだが、武器に装填された魔法には使用者の魔攻の補正が乗らないようだった。要するに、装填された魔法は固定値なんだな。魔攻10が使っても魔攻100が使っても同規模同威力と。

 その仕様にリリィは「なんじゃそりゃッス!」と嘆いていたが、俺は色んな使い方できそうだなぁと楽しくなっていた。魔力さえあれば誰が使っても同じなら、そもそも補正の乗らない魔法を装填すればいいのである。この武器じゃできないが、いつか魔法装填特化型の武器がほしいね。ゲーム脳が熱くなる。

 

「じゃあ、明日一日休んで、その次の日にダンジョン行こうか」

「かしこまッス! はぁ~! これでアタシも冒険者かぁ~……!」

 

 なんにせよ、成長が楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 この世界のダンジョンは、大きく分けて三種類ある。

 

 一つは、洞窟とか宮殿内みたいな四方を壁で覆われた“屋内型”。

 大きさも広さもマチマチで、迷路化してたりしてなかったりで、ボス部屋とかの概念がある最もスタンダードなダンジョンだ。

 こういうところで大事になってくるのは、やはり集団リンチ対策である。囲まれると普通に死ねるので、何よりもマップの構造を把握しながら進むのが肝要である。

 

 もう一つは、だだっ広いお外に召喚される“屋外型”。

 これはどっちかというといきなりオープンワールドゲームが始まったような感じである。出現エネミーも徘徊してるタイプが多く、ボス部屋とか罠部屋とかが存在しない。空こそ見えるが空模様は固定であり、夜ダンジョンはずっと夜だし雨ダンジョンはずっと雨だ。

 このタイプのダンジョンでいつも思うのは、やっぱ足が欲しいというものだ。そりゃ今の俺はサラブレッド並みに速いが、ラストスパートん時の速度を出してるとそのうち疲れる。疲れると戦いに支障が出るので、いつも疲れない程度に走っているのだ。今回はリリィも同行しているので、俺のペースに合わせる訳にもいかない。やっぱ車かバイクが欲しいものである。オープンワールドには高速移動手段が必要だろう。

 

 最後のは上記ふたつの要素を含んだ“複合型”だ。

 外で始まり、そこから地下なり建物なりに押し入ってボス部屋のボス倒して終わるのだ。これは初心者用ダンジョンには存在せず、ランクアップ後じゃないと行けない高難度専用ダンジョン限定の仕様だ。

 イメージでいうと、ブレスオブザワイルドのハイラル城に近い。なお、エリア外は謎バリアによって進行不可だった。攻略してて一番楽しいのはこれである。

 

 ちなみに、それら全タイプのダンジョンで共通なのが、入る度にダンジョンの構造が変わってるってところだ。

 これはシレンとかの仕様だろう。屋外型でも地面とか空模様とかは共通でも、配置されてる岩やら川やらは違ってたりする。慣れたダンジョンを走って攻略、とかはできないんだな。

 いずれにせよ、しっかりコツコツ油断せず行こうという話で。

 

 

 

 さて、色々あって俺たちがやってきたのは、屋外型のダンジョンだった。

 

 どんよりした曇り空に、見渡す限りの荒野。奥の方にはジャングルジムサイズから高層ビルサイズまで大小の岩山が点在している。

 そして、スタート地点兼撤退用転移スポットである楔の前に、俺とルクスリリアは立っていた。

 そう、本日ルクスリリアは冒険者デビューする事になったのだ。

 

「と、とうとう来ちまったッスね、迷宮に……。ふぅ……ここで強くなって、やがては大淫魔になってやるッスよ……!」

「このダンジョンは奇襲とか罠とか無いから、今はそんな緊張しなくていいよ」

「あ、そうなんスか?」

 

 転移直後、ルクスリリアは謎のファイティングポーズをしていた。緊張している様である。

 そんなルクスリリアにアイテムボックスから出した深域武装を渡しつつ、俺も一応周囲を警戒し始める。

 まだ経験はないが、転移直後にハイズドーンと攻撃される恐れがないではない。あり得ないなんて事はあり得ないって、好きな漫画の好きなキャラが言ってたし。

 

「なぁんか殺風景ッスね~。ここホントに迷宮なんスか? 魔物の反応がないッスよ~」

「説明した通り、此処のは近づかないと襲ってこないんだ。それまでは大人しいよ」

「へぇ、魔力探知にも引っかからないなんて、マジで寝てるんスね~」

 

 見渡す限り、荒野。その奥に、ちらちらと小さく見える大きな影があった。それこそがこのダンジョンの雑魚エネミーである“巨像”だ。

 このダンジョンは、通称を“巨像迷宮”といい、その名の通り大きな巨像……というか、色んな形のクソデカゴーレムたちしか存在しないダンジョンなのだ。

 そのゴーレムたちは一様にデカくて硬くてゴツい。今まで見た一番小さいのでもボトムズのスコタコくらいデカい。それなりに強いが、リンチはないのでそんな難しいダンジョンではないと思う。難しくは、ないのだ。

 

「じゃあ行こうか」

「はいッス」

 

 俺はアクセシビリティの一つ“目的地の表示”に従って、淫魔を連れて歩き出した。 

 これ、こういうチートは共有されないらしい。

 

「おさらいするよ。ここのゴーレムは大体寝てるし、起きてる奴もぼーっとしてる。気づかれると襲ってくるけど、見つからない限り無害なんだ。で、そのゴーレムはどんな攻撃してくるか、覚えてる?」

「はいッス。主以外はみんな物理攻撃のみで、魔法の類は使ってこないッス。けど、針飛ばしてくる奴はマジで強いので逃げるが勝ちッス!」

「エクセレント! すっげぇ!」

 

 道中、俺はルクスリリアとダンジョンについておさらいしていた。

 

 前述の通り、このダンジョンの敵は全部ゴーレムだ。

 ゴーレムというと、俺的にはモンスターファーム系のクッキングパパみたいな顔した玩具めいた石人形を想像する訳だが、ここのゴーレムはそんな愛嬌あるデザインではない。

 どいつもこいつも、なんかゴツゴツして粗削りで雑なデザインなのである。出現ゴーレムの形こそパターンはあるが、そのひとつひとつには細かな違いがある。巨人型でも腕の長い短いがあったり、獣型でもライオン型とか馬型があったり、しかも全部が全部微妙にデッサンが狂っていてなんというか絶妙に気持ち悪いのである。おまけにその目は漏れなくモノアイだ。強そうではあるが、愛嬌はない。

 

「ゴーレム戦の基本戦術は覚えてる?」

「えーっと、可能なら奇襲からのたたみかけ。基本は足を攻撃しまくって転がして、弱点部位に強いのを当てるッス。あ、でもアタシは空飛べるから頭上から魔法ブッパで勝てるとも言ってたッスね!」

「正解。まぁでも勝てるとまでは言ってないかな。多分、先にリリィがガス欠起こすし。でも飛んで死角に回り込むのは有用だと思う」

「がすけつ? 誰のお尻ッスか?」

「頭ドスケベ条例かよ」

 

 そんな不気味ゴーレムのいるこのダンジョンは、俺にとっては割と思い出深いダンジョンである。

 あれは駆け出しを卒業し、好きなダンジョン行っていいよ許可証が発行された後の事。俺はさらなる稼ぎを夢みて早速このダンジョンにレッツゴーしたのだ。

 が、いざ件のゴーレムと戦ってみると、なんと戦いの最中に武器が壊れてしまったのだ。

 

 流石にこれには焦ったよね。急いで撤退した俺は、翌日ギルドで大量の武器を買い込んで、買った武器を使い潰しながら再攻略したのだ。

 武器なんて消耗品ってのは分かっちゃいたが、これまでずっと数打ちの武器でやってた身としては文字通り武器を消耗しながら戦う敵はかなり衝撃的だった。

 おまけに、このゴーレムとくれば斬撃にも刺突にも打撃にも魔法にも強い万能耐久型だったのだ。何か明確に弱い属性がなかったので、ただただ堅い奴を殴るしか殺す方法がなかったのである。ちょっとゲームバランス崩れてんよー。

 

「ルクスリリア、もしお前の魔力がヤバくなったらどうする?」

「逃げるッス! アタシは飛べるんで、高度上げて避難するッス。それからゴーレムが待機状態になるまで隠れ続けるッス」

「判断が早い! いやー、リリィが逃げるの躊躇わない子でよかった」

「ご主人も逃げる事あるんスか?」

「そりゃ逃げまくりだよ。逃げるのは恥じゃないし、役に立つからね」

「きひひっ、やっぱご主人とは気が合うッスね」

 

 そんで、受付おじさん曰くこのダンジョンは他冒険者からは人気がないとの事。なんでかというと、敵が硬くて強いくせに儲からないからだとか。

 実際そうだった。ハッキリ言って此処はクソだ。

 

 再戦し、色々ありつつボスを倒して凱旋したはいいものの、いざいざ戦利品を売ってみるとそれはもうショボい事ショボい事。

 そりゃこれまで潜ってきた駆け出し用ダンジョンよりは儲かったが、武器代とか危険性の割にゃあ合わないんじゃないのというショボさ。ボス倒して脳汁ドバーのテンションに冷や水ぶっかけられたよね。

 で、それから俺は、「二度と来ねぇよこんな店!」となって此処に来る事はなかったのだが……。

 

「おっ、いいの居るじゃん」

 

 一時間ほど歩いたところで、遠くに良い感じのエネミーを発見した。

 それは大きさ凡そ5メートル程の人型ゴーレムだった。そいつは二階建て住宅サイズの岩山に背を預け、半立ち状態で脱力していた。休眠状態である。

 ここのエネミーの殆どは、ああやってポツンとぼっちをやってるのだ。その間、ゴーレムたちの目に光はなく、さながら眠っているかの様。俺はこの状態を勝手に休眠状態とか待機状態とか呼んでいる。

 

 で、そいつの何が良いのかというと、上手くやれば休眠状態のゴーレムには初手不意打ちからのハメ殺しができるのだ。

 前ならともかく、今の俺なら相当なタイム短縮もできそうである。

 

「打ち合せ通り、最初は俺がやってみせるから。リリィはそこで見てて」

「は、はいッス……!」

 

 俺は腰に差してあった杖を引き抜き、自身に“静寂”の魔法をかけた。これは文字通り自身の出す音を静かにしてくれる魔法で、足音や武器のカチャカチャ音などを消してくれる魔法だ。

 それからコンソールを弄り、ジョブを下位職の“ウィザード”から中位職の“ソードマスター”に変更した。杖をしまい、予備の剣を確かめた。

 そしてそのままカカッっと移動。奴さんの背面に回り込んで、音を立てないよう背後の岩山を登って行った。

 

 このダンジョンのゴーレムは、主に光と音と魔力で敵対者を感知している。

 だから、音を消した上で寝ている間に背後を取り、魔力を使わず接近すれば先制攻撃を入れる事ができるのだ。

 

 岩山のてっぺんに登り、一度ルクスリリアの方を見る。リリィは岩陰に隠れながらこっちを見ていた。軽く手を振って、よく見ておくよう合図する。

 それから眼下のゴーレムを見下ろし、意識を集中してアクセシビリティの“弱点部位の表示”を起動した。すると、俺の視界にゴーレムの部位ごとのダメージ倍率が表示された。

 イメージでいうと、モンハンワールドの調査表みたいな感じである。ここに攻撃入れるとこんくらいダメージ出るよみたいな。表示によると、奴は右肩を攻撃すると大きなダメージが出るようだ。

 

「ふぅ……よし」

 

 弱点は右肩。乗って突き刺しまくる戦術は逆に危ない。なら、やり方はひとつだ。

 覚悟を決め。抜剣した俺はその場で5メートルほど跳躍。全身に魔力を籠める。腹から肩、腕から指先へ。身体全体に、力が充填された。

 やがて、落下の勢いそのまま下方向目掛け“切り抜け”を使用した。瞬間、身体がグイと引っ張られる。落下+切り抜けで加速し、俺は奴の肩を深々と切りつけた。

 右肩から脇の下を切り裂いたものの、切断には至らない。というかできない、仕様だからだ。

 

「グォオオオッ!」

 

 時速にして何キロだったろうか。凄まじい勢いで地面に激突した俺は、アクセシビリティの“落下ダメージの無効化”の恩恵ですぐに姿勢を整え、間髪入れず奴の右足に“切り抜け”を使用した。魔力の通った剣が、ゴーレムの足首を切り裂いていく。

 人間でいうアキレス腱を切っても、この世界のモンスターは普通に立ち上がる。俺は右から左に切り抜けた後、今度は左足首目掛け“切り抜け”スキルをブッパした。そして反転して再び右足首に“切り抜け”る。移動と攻撃を同時に行えるこれは、俺が最も熟練した能動スキルだ。

 

「おぉぉぉぉぉぉッ……!」

 

 右、左、右、左。ゴーレムが初撃を入れられてから立ち上がるまでに、計4回ほど足首に攻撃を入れた。それを上から見た場合、俺の動きは「8」の軌跡を描いていただろう。

 そして、奴はようやっと反撃し始めた。足元への攻撃は足踏みと相場が決まっている。巨大な足の動きに注意しつつ、構わず俺は切り抜けループで足首をズタズタにしていく。

 やがて奴は例によって姿勢を崩すと、ズシンと四つん這いになった。

 

「スゥゥー……はっ!」

 

 一拍、呼吸を整えた俺は、助走をつけて大きく跳躍。奴のお尻を片手跳び箱の要領で乗り越えると、弱点の肩目掛けてそのままゴーレムの背中を疾走した。

 疾駆の最中、ソードマスターレベル10で習得した能動スキル“剛剣一閃”を起動。黄金の光が剣身に凝集し、如何にも強い攻撃できまっせと教えてくれる。

 

「死ィねぇぇぇえええッ!」

 

 やがて迫った弱点に、俺は全体重を叩きつけるようにして剣を振り下ろした。

 攻撃ヒット後、勢いそのまま空中に投げ出される。空中で一回転し、しっかり両足で地面に着地した。

 地を滑り、慣性を殺す。即座に振り返ると、ゴーレムの身体は粒子となって俺の身体に流れ込んできた。

 初撃から、約20秒の出来事であった。

 

「ふぅ、まぁ前よりは上手く殺れたな。一応、剣も折れてないし……」

 

 俺は岩陰のルクスリリアに手を振って、勝った事を伝えた。

 するとリリィはものすごい勢いで飛んできて、俺の周囲をグルグル飛び始めた。その手には大鎌があるので、お迎えの天使というかお迎えの死神の様である。

 

「すごい! 凄すぎッスよご主人! なんスかあの動き! あんなのウチの将軍でもできるかどうかッスよ! マジかっけぇッス! 素敵! 抱いて!」

「まぁチートありきだけどね」

 

 前述の通り、ここのエネミーは皆ゴーレムで、動きは鈍いが硬いし強いし儲からない。

 だが、このようにすれば一方的に狩る事ができるのだ。当然、強さ相応に経験値も美味い。

 だから選んだ。

 

「リリィ、ドロップアイテム集めるの手伝って」

「はいッスー!」

 

 とはいえ、だ。

 やはり、ここのモンスターは嫌われて当然ではあると思う。

 

 地面に散らばった石を見る。

 拳大の黒い石とか、小さい宝石とか、なんか白い丸い石とか色々。

 単にこれを集めるの大変ってのがあるし、高く売れないってのもあるけど。

 それはいい、承知の上だ。

 

「ん? この石、魔力が籠ってないッスね。ダンジョン産のアイテムって皆この鎌みたいに先っちょからお尻までギッシリ魔力詰まってると思ってたッス」

「此処のはそうでもないんだよねー」

 

 この世界、ダンジョンのエネミーを倒すと、例によって何かしらのアイテムをドロップする。しない場合もあるが。

 獣系の奴なんかは分かりやすく、死んで粒子に還ったらご丁寧に毛皮なんかを落としてくれるし、宝石巨人みたいなの倒したら魔力の籠った宝石をポコジャカ落としてくれる。

 それらはダンジョン産のアイテムとして高値で売れるのだが、此処のダンジョンのエネミーは地上で採掘できる鉱石しか吐き出さない。量が量なのでそれなりの値段になるし需要もあるが、ぶっちゃけ割に合わない。だから人気がない。

 でも、俺的にはそれとは別の理由が一番嫌だと思う。

 

「集めてきたッスよー」

「ありがとう」

 

 ここのエネミーは巨大である。小さいので4メートルくらいで、大きいのは15メートルくらいある。ボスにもなるとサザビーサイズだ。

 そいつらは図体相応に力が強く、一撃の威力がハンパではない。歩き足にヒットしたら凄まじいノックバックとダメージでHPが半分くらい削れちゃうし、キックなんて食らおうものなら今の俺でも多分一発で瀕死だろう。

 

 ハメれば倒せるが、一撃が怖く報酬も渋い敵。

 まぁそれだけならいいのだ。ハメれば殺せる。

 ドロも渋いが、まぁいい。強いのも、まぁいい。

 そこじゃないのだ、そこじゃ……。

 

「はぁ……けっこう削れたなぁ……」

「何がッスか?」

 

 コンソールに書かれた、俺の新品の剣の耐久度。

 そこには、耐久度の半分が削れたよという悲しい事実が書いてあった。

 

 これである。ただ硬いなら許せる。多少渋い程度なら許せる。けど、このゴーレムたちは武器耐久度をガリガリ削っていくのだ。安物じゃあなくとも容赦なく。それはゴーレムが硬いから……ではなく奴さん等の特性らしい。

 

「はぁ……」

 

 先日買ったこの武器は、それなりに上等な剣だ。前使ってたのが攻撃力200だったのに対し、この剣は攻撃力500もあるのだ。耐久度もお値段以上である。

 にも関わらず、さっきの一戦で半分である。もっかい使ったら壊れる。最悪である。また買わないといけない。だから予備武器がいるのだ。で、予備武器代がかかるのだ。

 武器修復の魔法とか、あればいいのにと思う。

 

「リリィ」

「なんスか?」

 

 とはいえ、だ。

 

 今回はリリィのレベリングの為に来ているのである。未だ経験値の仕様は把握していないが、検証の為にもルクスリリアには色んな方法で何度も戦ってもらう予定だ。

 なにより、ルクスリリアの大鎌は深域武装。例え耐久度が削れても“自動修復”で何とかなる。壊れない武器があるなら、此処はそれなりにうま味なダンジョンなはずなのだ。

 チートもガン積み、例え正面からやっても空飛べるリリィなら何とでもなるはずだ。

 

「次は正面から当たってみるから、よく見ててね」

「はいッス!」

 

 まあ、それはそれ。

 

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 

 人を動かした事などないが、先人の知恵には倣っていこうと思う。

 俺はアイテムボックスから新しい武器を取り出し、さっきの剣と交換した。

 

「いやぁ、やっぱご主人って強かったんスね~! 銀細工持ちってあんな動けるもんなんスね! アタシ感動したッス!」

「他の冒険者がどれだけ強いかは知らないかな~」

 

 歩きながら、少し前を歩くリリィの背中を見る。

 ゆらゆら揺れる尻尾に、ばっくりと開いた背中。中心を通る窪みに、うっすら浮き出た肋骨が実にエッチだ。

 

 ……そいえば、ダンジョン内って他の人いないんだよな。

 

「なんスか?」

「なんでもないよ」

 

 俺は歩くスピードを上げ、次のエネミーを探し始めた。

 やっぱ、移動用の足が欲しい。




 感想投げてくれると喜びます。




【挿絵表示】




 この度、ぴょー様より素敵な支援絵を頂きました。
 掲載OKとの事で、思いっきり自慢します。どやと言いたい。

 支援絵の掲載は経験がないので、もし作者がアカン事やってたら「これはアカンぞ」「間違ってるで」って指摘してやってください。作者は愚かなので間違いが多いのです。


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炉利(ろり)が呼ぶ声

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で楽しく執筆ができています。
 誤字報告も大変助かっています。前話の誤字数ハンパなかったですね。申し訳ない。

 前話の後書きにて、頂いた支援絵を掲載しています。まだご覧になっていない方はぜひ。

 今回は引き続きダンジョン回。次で帰還ですかね。

 感想欄に触発されて、大幅に加筆&修正しました。文量が増えたので分割。
 作者は抜けているので、何故そこに気づかない? みたいなのにマジで気づきません。ご意見・ご感想は積極的に参考にしていく所存です。


 前世、俺はポケモンが好きだった。

 主人公の着せ替え要素といった部分も大好きだったが、普通にいちゲームとしても好きだったのだ。

 

 お馴染みポケモンには色んな楽しみ方がある。

 強いポケモンを育成し、ストーリーを攻略するとか。珍しいポケモンを捕まえたり、色違いを探したり。対戦をガチったりとかもメジャーな楽しみ方だろう。

 そんな中、俺は図鑑埋めが好きなタイプのトレーナーだった。

 

 御三家を選び、旅に出る。観た事ないポケモンはとりあえずゲットして、一匹一匹進化させる。そして、少しずつ少しずつストーリーを進めるのだ。

 こいつ進化したらどうなるんだろうとか、こいつレベルアップしたらどんな技覚えるんだろうとか、そういう小さなワクワクを感じながら遊んでいたのだ。そうして、旅の中で出会ったお気に入りのポケモン達でクリアするのが好きだった。

 当然、シナリオの進行は遅い。他のポケモン好きの友人が数日でクリアしてるのに対し、同時に始めたはずの俺は普通に序盤だったりした。実際、SVも凄い時間かかった。早くナンジャモに会いたい気持ちと、ゆっくり進めたい欲の間で板挟みになってたのを覚えている。

 

 そんな俺である。ポケモン以外のゲームでも、よくそういう感じのゲームプレイをしていた。

 ドラクエでは街の住人全員に話しかけ、如くでは目についたサブストーリー全てに絡んでいく。カジノやミニゲームに入り浸り、メインストーリーそっちのけで寄り道をエンジョイしていた。

 とはいえ、絶対全部埋めてやるぜ! というような思考はしておらず、あくまで目についたもの限定なので寄り道ガチ勢ではなかった。

 

 ともかく、昔から俺はそういうタイプのゲーマーだったのだ。

 

 さて、ロリコンゲーマー・イシグロは、異世界に来ても“そういう”楽しみ方をしていた。

 順当に、「戦士→剣士→ソードマスター」とジョブチェンジしていくのではなく、「戦士→魔術師→剣士→剣闘士→ウィザード→魔法剣士→重戦士→騎士……」といった風に、ジョブチェンジの道のりをフラフラしまくっていたのだ。

 幸い、この世界のステータスはジョブチェンジごとにリセットされる仕様ではなかった。が、ぶっちゃけただ強くなるだけなら、さっさと上位職についた方が良いのである。実際、基本職と中位職ではステの伸びがダンチだ。

 これまでの経験、その全てを剣特化なり魔法特化なりにしていれば、俺は今頃最上位職に到達して、かつステータスも今より高かったんだと思う。

 

 けど、俺はそうはしなかった。

 何故か? ジョブ埋めが楽しかったからだ。

 命を賭けたダンジョンアタック。だからこそ、楽しく命を賭けたかった。

 

 ポケモンと同じだった。騎士レベル20で次なにになるんだろうとか、ウィザードレベル10で何に派生するんだろうとか、気になっちゃって埋めたくなるのである。

 おかげで俺のステは平均的。ソロの使い勝手を考慮して前衛寄りになってはいるが、それでもガチガチ前衛タイプではない。

 その中で一番使いやすいのが剣系ジョブなので、ガチる時はソドマスを使うが、俺は剣も斧も魔法も回復もそれなりにできるのだ。

 色々できると何かと楽しい。Gジェネでもそうだったが、俺は強い技一個持ってるユニットより、色んな技持ってるユニットのが好きなのだ。

 

 しかし、そんな俺でも埋めてないジョブがあった。

 武闘家系である。

 

 この世界、というか多分人間の基本職は戦士と魔術師の二つである。そんで、どちらもレベル10・20・30で色んな下位職にジョブチェンジできるのだ。戦士10で剣士、魔術師10でウィザードといった風に。

 で、戦士レベル20でソレが生えてきたのだ。武闘家さんである。

 

 武闘家。作品によって扱いはマチマチだが、大体のイメージは拳や蹴りを主として戦い、防御は脆いがパワーもスピードもあるみたいな、こんな感じだろう。

 実際、この世界の武闘家もそうだった。その手に武器を持たず――この世界にセスタスといった拳系武器はない――、己の肉体のみで怪物を打倒するストロングスタイル。性質上、鎧等の関節可動域を狭める装備は身に着けず、軽装かあるいは殆ど裸めいた格好でダンジョンに潜るのだ。

 曰く、伝説の最強の武闘家――獣人イライジャ氏はパンツ一丁でダンジョンアタックやってたらしい。伝説って? あぁ!

 

 もはや言うまでもないが、この世界は前世地球とは物理法則が異なる。

 石での殴打よりヤクザキックのがダメージが出る世界観である。パン一武闘家は武器さえ持たずとも剣士や魔術師と肩を並べて戦えるのだ。

 この世界では、無手での殴る蹴るの暴行は立派な怪物退治の手段の一つなのである。

 

 わかってはいた。そういう世界である。魔法があってゴーレムがいてエタロリがいるファンタジー。攻撃力10の斧の連撃より、攻撃力100の素手ワンパンのが強いのだ。

 けれど、俺はこれまで武闘家系ジョブに手を付けてこなかった。何故か? 武器ないとか怖くね? である。

 

 ていうか、迫りくるモンスター相手にステゴロでやる勇気がなかった。例えやるにしたって剣ひとつ、槍一本持ってたいのが人情だろう。

 それを、ろくに保護してない拳で怪物退治するなど、マジかよという気持ちだったのだ。

 

 そんな訳で、埋めてくのが好きな俺、武闘家には手を出してなかった。

 多分、今後もステゴロジョブは使わないだろうなーと、思っていた。

 

 が、巨像迷宮にて、何体目かのゴーレムを倒し、見事剣が折れた直後である。

 瞬間、俺は天か異次元かどこかの宇宙から、謎の電波を受信したのだ。

 

『なに? ゴーレム戦で武器が壊れて仕方ない? 逆に考えるんだ。武器なんてなくていいさと考えるんだ』

 

 天啓であった。

 

 そうじゃん。武器壊してくる敵には、武器なしで戦えばいいじゃんであった。

 おあつらえ向きに、この世界の武闘家は火力面で優遇されてるし、防御こそ脆いがスピードは凄いのだ。盾はないが回避盾ができる。

 という訳で……。

 

 石黒力隆、ここにきて武器を捨てる覚悟を決めた。

 

「キャストオフ!」

「うわぁなんスかご主人!?」

 

 ついでに装備も脱いだ。今の俺はパンツ一丁である。

 異世界に来てからというもの日々の運動を欠かしていない肉体は、まさに戦士の肉体と化していた。ボクサーの様な体ではない。プロレスラーの様な体でもない。強いていうなら、自衛官めいた肉体をしていた。

 

 ゴーレムの一撃、どうせ当たれば死ぬのである。なら、極限まで回避力に振る方がいい。

 俺はコンソールを開き、ジョブをソードマスターから下位職の“武闘家”に変更した。

 武闘家レベル1。変更と同時、俺のスキル欄から“切り抜け”や“剛剣一閃”といった剣士専用スキルが消えた。

 

「行くぞルクスリリア。作戦はさっきと同じ。俺が下、リリィが上だ」

「は、はあ……。いやそうじゃなく、ご主人……武器は?」

「拳で」

「なんでもありッスね異世界人!」

 

 それはこっちの台詞だと言いたい気持ちだったが、それはともかく。

 俺とルクスリリアは。次なるゴーレムへと挑んでいった。

 

 

 

 

 

 

 巨像迷宮、多分北部。

 その名の通りゴーレムしかいないダンジョンの一角で、大きな影と小さな影が戦っていた。

 

 大の影はひとつ。全高約10メートル程の獣型巨像。足の数は四つで、首が異様に長い。キリン型ゴーレムである。ビールが恋しくなる敵だ。あのキリンはキリンさんじゃないが、それはいい。

 小の影はふたつ。蝙蝠の様な翼で空を舞い、身の丈を超える鎌を振るう淫魔と、パン一すっぽんぽんスタイルでキリンゴーレムの足に拳を叩き込み続ける駆け出し武闘家。

 

「オラァ!」

 

 裂帛の気合と共に、何の保護もされてない拳がキリンの足に叩き込まれる。ゴーレムの武器破壊特性は素手には適用されず、ぶち込んだ俺の拳には傷ひとつない。ついでに痛くもない。

 すると、拳がめり込んだ部分から蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、やがてバギンと音立てて砕けた。前脚一本の先っちょが割れたのだ。攻撃を与えまくったが故の部位破壊である。

 痛みを感じた訳でもないだろうが、キリンゴーレムは残る三本足でバタバタ藻掻きはじめた。わかっていたので範囲を抜けると、入れ替わるように空に影が差す。ルクスリリアだ。

 リリィは両手で持った大鎌を、まるで空中ゴルフでもするように構え突貫していた。俺にキリンのヘイトが集まっている間隙を縫って、小さな淫魔は獣ゴーレムの首の根本まで接近した。

 

「どっせぇぇぇい!」

 

 そして大鎌フルスイング。ブゥンと振られた鎌部が分裂し、根本から先端までの湾曲刃がマフラーめいてキリンゴーレムの首に巻き付いた。

 リリィは勢いそのままスパイダーマンのように舞い上がり、一定高度に達した後にふんすと力を入れて大鎌を引き寄せる動作をした。それはさながらマグロ一本釣りの様。

 すると、分裂して首に巻き付いていた刃がギャリギャリと物騒な火花を散らして元の形状に戻っていく。その間、当然の様にキリンの首はずたずたに切り裂かれ続けていた。首刈りチェーンソーである。

 

「マジか」

 

 このゴーレムの弱点は首だった。そうなるとあの長い首に攻撃入れるのが効率いいのだが、その位置と動き的に一撃離脱で入れるしかないと思っていた。

 そこへ、ルクスリリアは深域武装の形状変化を活かし、弱点部位にチェーンソーめいた継続ダメージをぶち込んだのである。実際ゴーレムのHPはガンガン減っていった。

 

「あ、ヤベ、倒しきれてない!」

 

 だが、殺しきれていない。俺は再度突貫し、残る一本の前脚関節部に全力飛び蹴りを敢行した。

 ドガン! 膝カックンを受けたキリンの姿勢が傾く。もっかい弱点に攻撃すれば倒せる。チラリとリリィの方を見ると、得たりと三下スマイルを浮かべたルクスリリアは、自身の魔力を深域武装へと籠めはじめた。

 ラザファムの大鎌、その鎌部分に赤黒い光が凝集していく。そして、担い手は再度空中ゴルファーとなって。深域武装を大きく振りかぶった。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 空中で、ゴーレムの首を刈るべく刃が振るわれる。その軌跡をなぞるように、禍々しい刃状の魔力光が飛ぶ斬撃として射出された。

 

“破壊する魔力の刃”。

 

 赤雷の尾を引いて放たれたそれは、着弾と同時に激しい爆発を起こした。

 映画館のスピーカーの大音量より凄い爆音。派手なエフェクト、如何にもな破壊描写。これで低威力だったらクソ技認定で草も生えないが、リリィ渾身の装填魔法は見事ゴーレムの首を爆砕してのけた。

 

 キリンが倒れ、粒子に還っていく。

 青白い粒子は半分が俺に、もう半分はルクスリリアに吸い込まれていった。

 

 どうやら、パーティでの経験値配分は、戦闘での“貢献度”的なものによるらしい。

 アタッカーなら与ダメで、サポーターならバフで。どういう基準かは分からないが、明確に戦闘に貢献した者に多めに配られるようである。

 つまり、ノビさんにトドメを刺させただけではあんま効率よくないって仕様だな。

 

「きひひ~、ご主人どうだったッスかさっきの動き~。強かったっしょ? 凄かったっしょ? いや~、我ながら自分の才能が恐ろしいッス~!」

 

 などと言いつつ降りてきたルクスリリア。だが、何故降りてきたのかは知っている。魔力不足だ。

 今のルクスリリアは未だ基本職のまま。レベルこそ上がったが、魔力の伸びはそこまでなのだ。先ほどの大魔法を使った後では魔力の残りも心許ない。ほとんど魔力消費のない飛行も厳しいのである。

 

「鎌を首に巻き付けるのは素直に凄いと思った」

「でっしょ~」

「けど最後に大技使ったのは如何なものかと。あれ普通に“貫く魔力の槍”でも十分だったよね」

「ぎく! いや~、まぁ? 念には念を? みたいな?」

「まぁカッコつけたい気持ちは分かるけどね。次からは大技じゃなくクールな技巧で魅せてほしいな」

「はぁい」

 

 話しつつ、キリンがドロップしたアイテムを拾っていく。

 相変わらずの石石石……素手&深域武装でコスト削減したとはいえ、やっぱり渋い。俺のアイテムボックスにどんどん余計な石が溜って行きますよ。

 

「きひひっ、ご主人様♡ ん、ちゅっ……♡」

 

 ドロップアイテムを集め終えると、浮遊状態で寄ってきたルクスリリアが首に腕をからませてきた。

 そしてそのまま唇を合わせると、彼女は半ば無理矢理舌をねじ込んできて、俺の口内をねぶり始めた。

 

「ん……ちゅ♡ あむっ♡ れろ♡ ちゅ……れろ♡ れろぉっ♡ んん、じゅるるぅ……♡」

 

 戦闘後、ダンジョン内での唐突なベロチュー。一応、これには理由がある。色々あるが一言で言うと吸精だ。

 基本、淫魔の吸精は男女のアレやコレやで行うものだ。けど、他にも手段がないではない。こうして唾液を飲む事でも吸精できるし、文字通り“精”を飲む事でも吸精できる。

 ちなみに、ルクスリリアと生活して分かったのだが、どうやら魔族はトイレをしないらしい。じゃあそのケツは何の為のケツなんだと訊いたら「ナニの為のお尻ッスよ♡」と返された。ソッチでの吸精はまだ試していない。いつか試そうとは思っている。

 

「ん、じゅる……れろれろぉ♡ ちゅぅぅぅぅぅ……ぷはぁ♡ きひひっ、ごちそう様ッス♡」

 

 ハイオク満タン! とはならないが、こうして給油する事はできるので俺とリリィのダンジョン探索に魔力切れの心配はなかった。

 実際、魔族は魔力がなければへなちょこだが、魔力さえあればほぼ不死身である。魔力補給の手段があるのはダンジョンアタックでかなりのアドだ。多分、彼の淫魔剣聖女史もパーティメンバーの方をタンク(意味深)にしてたのではないかな。

 

「むぅ……」

 

 ところで、前述の通り俺の今の恰好はオーセンティック武闘家スタイルのパン一なので、俺のジムがジムスナイパーになってるのは確定濃厚バレバレな訳だが。

 

「きひひ……なんスかご主人様ぁ♡ そんな怖い目しちゃってぇ? 次行くッスよ次ぃ♡」

 

 当のルクスリリアは、絶対分かった上でこんな事を言っていた。

 まぁ、軽い戯れである。ロリコンとロリサキュバスが一緒なのだ。こうもなろうという話で。

 乗ってやろうじゃんである。

 

「範囲指定……“清潔”」

 

 俺はジョブをウィザードに変え、杖を振って俺の身体を綺麗にした。

 次いでルクスリリアにも“清潔”を使い、キリン戦で被った汚れ等を除去していった。

 それから近くを飛んでいたルクスリリアを捕まえ、優しくその頭を撫でた。

 

「お? なんスかぁ? これどういう奴ッスか? きひひ……♡」

 

 癖のある金髪を撫でる。ふわふわした毛の感触が心地よい。

 そして、丁度良いところにあった角を鷲掴みにした。

 

「へ?」

 

 杖をしまい、もう片っぽの手で残る角を握りしめる。グイと引き寄せ、正面から相対する。

 丁度、両手でリリィの左右の角を掴んでる状態だ。浮遊してるので目線は一緒である。

 

「リリィ」

「はいッス……?」

 

 ところで、この世界の多くの種族には“角”がある。

 話に聞く牛系の人には牛っぽい角があり、鬼人族には如何にも鬼っぽい角が生えてるらしい。竜族にも角があって、それは龍の竜たるパワーの源なのだとか。

 そんな中、淫魔には羊の様にねじれた角があるのだ。まるで何かのレースゲームのハンドルのように、それはそれは掴みやすそうな角があるのだ。

 

「次に備えて魔力満タンにしとこうか」

「え、あ、はいッス」

 

 なので、そうする事にした。

 この角、前々から使ってみたかったのである。

 ハンドルみたいに。

 

 実際にやってみた。

 

 気持ち良かった、まる。




 感想投げてくれると喜びます。


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ローリンロリンを討て!

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告もありがとうございます。申し訳ない。

 すごい今更ですけど、本作はバーッと書いてドバーッと投稿してるので、色々と詰めが甘いです。ご容赦頂きたく。


 屋外型ダンジョンは広い。

 歩きで移動すると、それはもう時間がかかる。一日じゃ絶対クリアできない。

 目についたゴーレムを片っ端から倒すなどをしていては、何をかいわんや。

 

「はぁ~、アタシ何気に焚火とかするの初めてッス~」

「俺も久しぶりだな。前友達と行ったキャンプ以来だから、二年くらい前か」

 

 多分、夜。

 ダンジョン内はずっと同じ空模様なので時間の感覚が狂ってしまうが、多分夜だ。

 

 朝に転移して、何回も戦って、途中休憩挟んでからまた戦って……。

 それから、なんとなくお腹が空きはじめたので、今日はもうおしまいとしてダンジョンでキャンプしようとなったのだ。

 ダンジョン内で寝泊まりとか考えただけで怖いが、幸いここはゴーレムが近くにいない限り安全なので、ある程度安心して休憩できる。

 

「この銀細工が時計だったらいいのになぁ」

 

 今が夜なのか、まだ夕方なのか、わからない。

 時間感覚が狂うダンジョン内、何かしら時計みたいなのがあると便利だと思う。

 しかしこの世界、そんなものはなかった。

 

 一応、時間を示すモノはあるのだ。教会っぽい建物の鐘である。日光か何か、そういう原始的な方法で時間を計っているらしく、俺が親しんできたような時計はまだない。技術を見るに歯車自体はあるようだが、それを使って時間を計る機械を作るという考えには至っていないようである。

 だからか、この世界の住人は時間にルーズな感じがある。なんとなくだが、そんな感じがするのだ。

 何か、代用できたりするものとかないかな。

 

「とけいって、そんな良いもんスかね?」

「便利ではある。俺のいたところでは皆持ってたよ」

「やーっ! アタシは嫌ッスね。皆が皆時間気にして生きてたら、そんなの時間に見張られてるようなもんッスよ。考えただけで気が狂いそうッス」

「そうかな、そうかも……」

 

 割と胸に刺さる発言だった。

 時間通りに生きるのが普通だった身としては、今のルクスリリアの言葉はボディブロウのように心に突き刺さる。

 

「……いや、止めよう」

 

 うん、止め止め。深く物事考えないのが俺の数少ない美点である。俺はそう思っている。

 せっかくの焚火、夢にまでみたロリ美少女とのゆるキャンである。全力で楽しみたい。

 

「さて、人生初挑戦……!」

 

 良い感じの火に、大きいフォークみたいな串に刺したチーズを近づける。

 これは以前リリィと買い物中に買った淫魔王国産のチーズで、とても美味しいらしい。これを使って、夢の“アレ”を作るのだ。

 

「ぐーるぐーる」

「おっ、じゃあアタシも。ぐーるぐーる♪」

 

 奴隷と主人、二人して串チーズをぐるぐるする。

 そうして溶け始めたチーズを、ちょうどいいところで引いて用意してきたパンの上にシュート。するとどうだ、アニオタが人生で一度は食べたいアレの出来上がりである。

 ハイジのアレだ。

 

「おぉ……!」

 

 模倣とはいえいざ実物を見ると、何かこう込み上げてくるものがあった。

 如何にも堅そうなパンの上に、ギリギリ形を保っている溶けかけチーズ。焼けたチーズの匂いが鼻孔を直撃する。

 

 一度唾を飲んで、いざ実食。すると、案の定めっちゃ熱かった。

 めちゃ熱いが、異世界ナイズドされた俺の舌はチーズの熱に打ち勝った。濃厚なミルクの味と塩気、淡泊なパンとの組み合わせでちょうどいい具合の塩梅になっている。

 ていうかコレ、ぶっちゃけ異世界飯で一番美味かった。これまで質素な飯しか食ってなかったのもあるだろうが、それにしたってこのチーズはバチクソに美味い。ホントに美味しいお米はそのままでも美味しいが、まさにソレ。淫魔王国産のチーズはただ焼いただけで物凄い美味しかった。チーズ単品なら前世込みでも一番美味いな。

 

「はぁ~! うんま~!」

「きひひっ、でしょ~? そう言われるとなんか悪い気しないッスね!」

 

 ルクスリリアも、美味しそうにハイジのアレを食べている。

 まぁハイジのアレといいつつ、このチーズは牛乳で作られてるので山羊チーズで出来たハイジのアレとは違うハイジのアレなのだが、ソレはソレ。ハイジのアレは牛でもハイジのアレなのである。

 

 そうしてハイジのアレに舌鼓を打った後、アイテムボックスからこれまた淫魔王国産のクソデカソーセージを取り出した。畜産国家淫魔王国は肉類も美味いらしいのだ。

 取り出したソーセージをズブリとデカ串の先に刺して、淫魔ソーセージを焼き始めた。

 

「このソーセージは肉用の牛を専門にしてる牧場で作られた奴なんで、他牧場のとは全然違う味なんス。まぁ食べた事ないッスけど」

「へえ、じゃあリリィも初めてなんだ」

「はいッス! ご主人のお陰でこういう美味しいもの食べれて嬉しいッス!」

 

 いい感じまで焼き上げ、熱々のソーセージをそのまま頂く。

 ガブリと一口。口の中に肉汁が溢れ、次いでハーブ系の爽やかな香りが鼻を通った。これまた即脱衣級に美味いソーセージである。

 そして、傍らに置いてあった水を一気飲み。ぷは~とおっさんじみた息を吐いた。

 

「はーッ! オイオイちょっと待てよ淫魔王国最高じゃん! 淫魔のソーセージ美味すぎだろ! 教えはどうなってんだ教えは!」

「ん~! 確かにこれは美味しいッス! うん! 貴族共は毎日こんな美味ぇモン食ってたんスか! たまんねぇッス!」

 

 その後も、危険極まるダンジョン内でつかの間のキャンプを楽しんだ。

 焚火と飯とロリ。世界の全てである。

 

「さて、と……」

 

 パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、俺はコンソールを開いた。

 見るべきは俺のステじゃなく、ルクスリリアのステだ。「仲間→ルクスリリア」とタップし、情報を表示する。

 すると、さっき確認した通り、彼女はもう淫魔兵レベル30に到達していた。実質カンストである。さすがの高難度ダンジョンであり、さすがのゴーレムであると言える。

 まあ、基本職だから上がりやすいってのが一番なんだが……。

 

「ん? ご主人、コンソールっての見てるッスか?」

「ああ。ルクスリリアの見てる」

「へー、なんて書いてあるんス?」

 

 一部チートを共有していても、こういうチートは共有できない。俺はコンソールを弄りつつ、仲間のデータを眺めていた。

 

「淫魔兵のレベルが上がって、次のジョブになれるみたい」

「ジョブ? なんスかそれ」

「戦士とか剣士とか。ルクスリリアがなれるのは、“淫魔戦士”と“淫魔術師”と“淫魔将官”。あと“淫魔騎士”ってのがあるね」

「いんまきし!?」

 

 言うと、さっきまで空中で休日おっさん寝してたルクスリリアは、俺の手元を覗き込むように寄ってきた。

 いやあんたコンソール見えないでしょうに。

 

「淫魔騎士ッスか!? それ、アタシが成れるんスか!?」

「まあ、ジョブチェンジの条件は満たしてるね」

「それ! アタシそれに成りたいッス!」

「はあ、じゃあこれにするね」

 

 ポチッとな。

 何が何やら分からないが、ルクスリリアはボタン一つで件の“淫魔騎士”にジョブチェンジした。

 見てみると、どうやら淫魔騎士とは淫魔兵から一部要素を削ぎ落したジョブであるようで、物理も魔法もまんべんなく成長していくジョブであるらしい。

 しかも中位職。基本職から下位職飛ばして中位とは、結構な出世である。

 

「なったみたいだけど」

「あっさり! 実感ないッスけど、でも嬉しいッス! 淫魔騎士といえばエリートの中のエリート! 王城務めが許される超絶出世街道ッスよ!」

「へぇ」

 

 ルクスリリアの話をまとめると、こうだ。

 淫魔騎士とは、淫魔王国における王城務めの精鋭の戦士であり、軍人というよりは女王の近衛にあたるらしい。

 また、淫魔騎士には才能ある選ばれた者しかなれず、これまで小淫魔スタートで淫魔騎士にまで成り上がったのは歴史上数人しかいなかったとか。

 

 女王の近衛たる淫魔騎士は三つの部隊に分かれる。それぞれ、攻と守と奏。

 攻はその名の通り敵を殺しにかかる騎士で、守とは淫魔女王の近くでその身を守り、奏とは女王が思い切り力を発揮できるよう魔力支援を行う騎士であるようだ。

 

「ルクスリリアはどれに当たるの?」

「わかんねッス。けど、淫魔騎士に選ばれた淫魔は、厳しい試練の後に適性見られて配属されるらしいッス。アタシが裁かれる時なんかは、謁見の間に何人もいたッスね~、あと団長等も」

「そうなんだ……」

 

 で、彼女等は皆、武器術にも魔術にも長けた戦闘エリートであり、かつて戦争で投入された時などは他種族の中隊を小隊で殲滅したらしい。マルス算かよ。

 

「確か、現騎士団長三人はそれぞれ鎌と鞭と楽器を武器にしてたッスね。いやー、皆さん目が怖かったッス! あと、皆さんお尻が弱そうな顔してたッス!」

「如何にも女騎士って感じだったんだ」

 

 そんな憧れのエリートに、ルクスリリアはなった訳だけど。

 まぁ引き続きレベルアップあるのみだよね。ジョブチェンジしてもステに変化はないし、物理も魔法も伸びる淫魔騎士のレベルを上げていけば、そう遠くないうちにラザファムの大鎌も使いこなせるようになると思う。

 

「じゃあ、そろそろ寝よっか」

「はいッス!」

 

 という訳で、先日買った簡易テントに入る。

 前世アウトドア用品ほど洗練されてないこれは、ホントに雨風を防ぐ為だけのザコテントだ。その中に布を敷いて、枕置いて寝るのである。これでも異世界基準でまぁまぁ贅沢、アイテムボックス持ちの特権だ。

 ついでにお互いの色んなところに“清潔”をかけていく。

 

「明日はボス倒しに行くから、そこでも安全重視でよろしく」

「はいッス! 危なく成ったら全部お任せするッス!」

「うん、まぁそっちのが良いかな……」

 

 明日は決戦である。

 魔力も補充せねばならない。

 

 何気に、ダンジョン内で一日過ごすのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン内で夜(?)を明かすという経験の後、俺たちはHP・MP・精神的疲労を考慮しながら、本日もこのだだっ広い荒野を歩いていた。

 ローグライク的仕様の異世界ダンジョン。こういう屋外型ダンジョンは出入りしても基本は大体同じだが、ボスの居場所がランダムである。その点、今回はハズレくじを引いてしまったようでボスまでの距離は結構遠い。俺はアクセシビリティの恩恵でボスの居場所が分かっちゃうが、他の冒険者からするとホントに此処はマジクソだと思う。

 などと考えつつ歩いていると、ふと思いつく事があった。此処に入った直後の思考である。足が欲しいな、だ。

 

「ところで、その鎌の“守護獣”もう呼び出せるんじゃない?」

「あ、かもッスね。一回試してみるッスか」

 

 ラザファムの大鎌、機能の一つ、その名を“異層権能”。何がどう権能なのかは知らないが、武器固有の特殊能力みたいなもんだろう。で、鎌自体の権能は守護獣の召喚というものだった。

 守護獣とは何ぞや? 召喚とはどんな仕様なんや? と、一度鍛錬場で試してはみたのだが、どうにも魔力か知力かともかく何かが足りなかったようで何も召喚できなかったのである。

 だが、今のリリィは以前までのリリィではない。淫魔兵を卒業し、戦闘エリートたる淫魔騎士にジョブチェンジしたのだ。やってみる価値ありますぜ。

 

「じゃあ、行くッスよ! むむむ……!」

 

 そう言うと、ルクスリリアは鎌を掲げて唸り声を上げた。何か念じているようだ。

 何が「むむむ」かと思っていると、突如ルクスリリアの前方に青白い魔法陣? 錬成陣? みたいなのが出てきて、そこからヌルッと守護獣さんが召喚された。

 

「「おぉ……!?」」

 

 まず見えたのは、左右にねじれ上がった大きな角だった。それはリリィのようなカワイイ系の角と違い、威厳と風格を備えた一対の鹿角であった。

 次いで、角の付け根である頭が這い出てきた。それは、前世ディ〇カバリーチャンネルで見たヘラジカに似ていた。デカい角といい、丸い瞳といいまさに鹿の王といった感じ。

 そのまま一歩ずつ全身を晒していくと、やがて守護ヘラジカは太い四本足で立ち上がった。その大きさは地球産ヘラジカよりも大きく、つま先から背中まで大体2メートルくらい。厳つい角にゴツい肉体で数字以上にデカく見える。

 何より目についたのは、左右の首の付け根から生えている鳥の翼であった。パッと見、それは単なる羽毛風の飾りなのだと思ったが、よく見るとそれは時折バサリと動いていて、多分異世界航空力学的に飛ぶ事ができる翼なのだろう。ついでに尻尾も鳥の尻尾っぽかった。

 

「で、でっけぇッス……!」

 

 立派な角は金色で、つぶらな瞳は黒々としている。体毛は濃いめの茶色で、翼と尻尾もまた黄金。蹄の先には青白い魔力の光が揺らめいている。

 なんというか、如何にも強そうな動物……いや、守護獣だった。

 

 ふむ、鹿の体に鳥の羽?

 何か、前世の記憶に引っかかるものがあった気がした。

 

「おおっと……?」

 

 と思っていると、当の鹿さんは身体ごと俺の方を向くと、匂いを嗅ぐようにして俺に鼻を擦り付けてきた。ゴツい角が眼前にあってちょっと怖い。

 一応、敵味方識別レーダーには味方とあるが、それでも角アタックは痛そうである。

 

「リリィ、こう……何か念的なものでお話できないの?」

「ん~? できるような、できないような? なんスかね、今はご主人に夢中? みたいな?」

「はあ」

 

 仕方ないので鹿さんの頭を撫でると、満足したのか「ふんす」と一息吹いて再度召喚時の威厳ある守護獣のポーズに戻った。

 

「あ~、はいはいッス。なるほどね……」

「なに?」

 

 リリィもリリィで角に手を当てて頷いている。スマホで通話しているかのような光景だ。

 

「なんか、群れ? のリーダーに挨拶した……みたいな感じらしいッス。で、自分より強い奴に従うって言ってるッス。ていうか、召喚したのアタシなんスがね……?」

 

 どうやら召喚者と守護獣には精神パシー的な繋がりがあるようで、ルクスリリアはうんうん唸って続けて念通話をしていた。

 対する鹿さんはどこ吹く風で、時折ぶわりと翼を動かしていた。

 

「ふむ……」

 

 にしても、だ。

 鹿さんの足を見る。長く、そして太い足だ。サラブレッドの様なしなやかさはないが、ジョナサン・ジョースターを思わせる丸太のような脚をしている。

 こいつならヘラジカめいて自動車をひっくり返すなんて訳ないだろうし、異世界ヘラジカならコンボイ司令官もひっくり返せそうである。

 何がどうって言うと、良い“足”になりそうって思ったのだ。乗り心地は……よくなさそうだけど。

 

「鹿さん」

 

 呼ぶと、鹿さんはこっちを向いた。角は怖いが、目は可愛い。

 ルクスリリアは無視するようだが、俺の言葉には反応してくれるようだ。

 それは多分、さっきリリィが言ってたように俺がこの群れのリーダーだからだろう。強そうな鹿さんだが、倒せる感じはあるのだ。例え反逆してきても難なく処理できると思う。

 

「背中乗せてくれない?」

 

 言葉が通じると信じて命令すると、なんと鹿さんは俺が乗りやすいように四本足を畳んでくれたではないか。軽く感動である。

 感動しつつ、えっちらおっちら背にまたがると、彼はそのまま力強く立ち上がってくれた。目線が高い。乗馬体験で乗った引退馬よりずっと大きいぞ。

 

「オイオイオイ! ちょっと待てッスぅ! お前の主人はアタシ! 乗せるならまずアタシ乗せるんが仁義ってモンでしょうがぁ!」

 

 眼下でルクスリリアが騒いでいた。ロリのキンキン声に反応する事なく、鹿さんは次の命令を待つようにじっとしていた。

 

「リリィも乗せていい?」

 

 なんとなく、不承不承という感じに頷かれる。賢いなやっぱ。

 俺は飛んできたリリィをキャッチすると、御伽噺のお姫様みたいに俺の前に座らせた。

 

「ひょえー! 高いッスねー!」

「リリィ、この鹿さんの名前は何ていうの?」

「え? 名前? んーっと、ちょっと待って下さいッス……」

 

 一秒、二秒、三秒……。

 鹿さんが欠伸をし終えると同時、ルクスリリアは角から手を離した。スマホかな?

 

「ないらしいッス。強いて言うなら、“ラザファムの大鎌の守護獣”らしいッス」

「ないんだ」

 

 ないなら名付ければいいじゃん、と思わないでもないが、どうなんだろう。

 正直、鹿さん……守護獣の仕様が分かってないので、安易に名前をつけていいものかという話である。

 仮にこの鹿さんがお亡くなりになったとして、もっかい召喚できる保証もなければ、再召喚できたとてこの鹿さんとは違うのが来るかもしれないのだ。

 そう思うと、鹿さんに名前をつけるのには抵抗があった。愛着湧きそうだし。

 

「ん? えーっとぉ……なんか、死にかけるか魔力がなくなると鎌に戻るらしいッス。で、呼び出されたらまたこいつが来るって、言ってる? ッス……?」

 

 俺がうんうん悩んでるのに気づいてか、鹿さんはリリィに念を送ったようだ。

 なんというか、賢いし人の心をこうも察するなんて凄いわねである。前世の犬猫よりずっと賢いじゃないか。

 ふむ、となるとやっぱ名前はあった方が便利よな。

 鹿さんって言うのもアレだし。

 

「ヤックル……いやこれはダメだ」

 

 うん、ヤックルはダメだ。ヤックルはダメだ。大事な事だ。

 じゃあ、せんと……いやコレもダメだ。ううむ、ネーミングは苦手である。RPGでも何でも、名前はいつも本当に適当につけていた。ドラクエ11の勇者に「やきそば」と名付けた俺である。責任ある名付けは怖い。

 

「リリィは名前何がいいと思う?」

「え? そうッスね、じゃあ……んがぉ!?」

 

 リリィは片頭痛でも起こしたように頭を抱えた。

 

「あ、アタシに名付けされるのは絶対嫌って思念が……! こ、このクソジカがよぉ……!」

「えぇ……?」

 

 どうやら、この鹿さんはマジで自分より強い奴にしか従順じゃあないようだ。

 となると俺が付けないとだが……困った。

 

 こいつ、“ラザファムの大鎌”の守護獣だし、ファム太郎とか?

 ファム? ラザ? 鎌? 鹿?

 ラザ……ラザ……ら、ざ?

 

「ラザニア」

「らざにあ?」

 

 ペットに食べ者の名前をつけるのは、割とメジャーである。ツナとかチョコとかココアとか。

 じゃあ、ラザニアでもいいじゃんであった。

 

「ラザファムの大鎌……贅沢な名だね。今からお前の名前はラザニアだ。いいかい?」

 

 という訳で、今日から鹿さんの名前はラザニアだ。

 ラザニアはふんすと鼻息を漏らすと、ブワッと翼を動かした。

 

「了解って言ってるッス」

 

 認知してくれたらしい。

 

 多分、昨夜に久しぶりに美味しいご飯食べた影響である。

 明日から食事のランク上げよう。

 

 

 

 

 

 

 新たにラザニアを加えた二人と一頭のダンジョンアタックは、実に快適であった。

 というのも、ラザニアは足が速かったのだ。俺が原付だとしたら、こいつはハーレーだった。ドコドコした股下の感触が心地よく、上裸で感じる風がスースーして気持ちがいい。歩きと鹿じゃあ速度がダンチだ。

 当初不安視していた野生動物乗り心地問題もクリアできており、守護獣の仕様か異世界物理法則がそうさせるのか、鹿の背中に乗った俺とリリィをしっかり保持してくれたのだ。

 横幅的にまたがると股間クリティカルするかとも思ったが、ラザニアの背中は存外ふわふわで柔らかく、普通に胡坐をかいてもバランスを崩す事はなかったのである。毛掴んでりゃ落ちる事もないしね。

 

「死ねよやぁあああああ!」

「いただきッスゥゥゥゥ!」

 

 で、ラザニアと一緒にシームレスにゴーレム戦。

 予想通り、ラザニアはその身の翼で空を飛ぶ事ができ、リリィと共にゴーレムの周りをちょろちょろして気を引いてくれた。

 しかもその角からは何かしらの魔法を放つ事ができるようだった。確認したのは、カマイタチ的な奴と突風的な奴と、あと全身に風を纏っての角アタック。見てくれ相応に強靭で、見てくれ不相応に器用であった。

 

「あぁ~! 強化の音ォ~!」

 

 どうやら、ラザニアの戦闘貢献は全てルクスリリアにいくらしく、ラザニア加入後はルクスリリアにじゃんじゃん経験値が貯まっていった。

 ラザニアはルクスリリアを睨みつけていた。

 

 多分朝からしばらくして、お昼時。

 ゴーレム数体倒してお昼休憩となって、そいえばラザニア何食うのと思ったら、何も食えないらしいのだ。

 じゃあどうやって実体化してんの? エネルギーいらず? って訊いたら。

 

「ん~? この鎌で吸った命を糧に生きてるっぽいッス。道理でアタシの魔力減ってねぇ訳ッスね」

 

 なるほど、ついでにわかったが、何故鍛錬場で来なかったのかも分かった。あの時、ラザファムの大鎌は新品の童貞武器だったので鎌に命のストックがなかったんだな。

 で、ゴーレムを倒した事で現界できるようになったと。オタクには理解の容易な設定である。

 

 そんなこんな昼休憩が終わり。

 ラザニア特急に乗った俺たちは西へ東へゴーレム狩りの旅に出て、ボスを手前にあっちこっち寄り道をしていた。

 

 そこで、ちょっと変なモノを見つけた。

 

「うわ、なにあれ?」

「えぇ? なんか変ッスね。あれ、あいつが迷宮の主なんスか?」

「いやぁその反応はないなぁ……」

 

 荒野の果て、大きな岩山の裏で見つけたのは、何とキンキラ金色に輝く成金ゴーレムであった。

 黄金の鉄の塊でできたそいつは高さ5メートル程とこのダンジョンにしては小柄で、普通に人間のシルエットをしていた。身体のバランスは他ゴーレムよりずっとヒトに近く、むしろスタイルの良いモデル体型である。他がアーマードトルーパーだとしたら、こいつはアーマード・コアって感じだ。

 百式かフェネクスかアカツキかゴールドスモーかアルヴァアロンか、ともかくそんくらいキラキラしてるそのゴーレムは、他ゴーレムと同様に休眠状態で岩山に腰かけていた。真っ白に燃え尽きた矢吹丈のように。

 

「気になる……」

 

 怪しい、すごく怪しい。

 あからさま過ぎて、ぜひ怪しんでくださいって感じである。

 

 多分だけどアイツ、めっちゃ強いんだと思う。

 ああいう広いフィールドにぽつんといるイロモノモンスターは、異常に強いか異常に逃げ足が速いかの二択である。

 君子危うきにウンタラかんたらとは言うが、俺はあの金色ゴーレムが気になって仕方なかった。

 

 リリィを見る。まだ不慣れだろう。やるなら俺一人で行くべきだ。

 でも、俺が死ぬと奴隷契約でリリィも死ぬんだよな。俺一人ならともかく、リリィまで道連れにするのはどうかと思うし。可哀想なのは抜けない。

 あぁ……うん、やっぱ普通に死にたくないなぁ……。でも気になるなぁ……。

 

 ラザニアを見る。こいつは翼を使って高速移動ができる。戦ってる時しか観てないが、こいつの飛行能力はリリィより上であり、地上より空中のが速度も出ていた。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず……。

 

 よし、決めた。

 

「とりま一回殴ってみるよ。ヤバくなったら全力で逃げるから、その時はラザニアに乗って逃げてね」

「は、はいッス……!」

 

 と、いう訳で。

 俺は久しぶりに装備を着込み、一番強い剣を装備した。

 あいつに武器破壊効果があるのかは知らないが、予備武器の用意もしておこう。

 やっぱ、ガチな時はソドマスだ。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 

 

 結論を言うと、金ゴーレムは結構強かった。

 けど、難しい敵ではなかった。

 

 定石に則って最初は様子見に徹していたが、どうやら魔法とか飛び道具の類はやってこないようだった。

 スピードは他ゴーレムより圧倒的に速く、動きもアグレッシブでスタイリッシュだった。スライディングキックからのフライングボディプレス。起き上がり際の足払い攻撃。どれも此処のゴーレムがやってこない類の攻撃で、人間ならできそうな動きであり……見切るのは容易だった。

 なので、さっさと弱点を殴りまくり、カウンターを入れ、最後にギリシャ彫刻のような頭部にキツい一撃を入れて試合終了。お疲れ様でスターである。

 

「おぉ~」

 

 したら経験値がドバドバ入ってきてビックリ。だいたいゴーレム3体分くらい美味しかった。

 勝利後、はしゃいで飛んできたルクスリリアを抱きとめ、ひとしきり喜び合うと地面に散らばったアイテム群に目がいった。

 

「なんスかね、これ」

「ただの鉄とかじゃないよね。異世界不思議ストーンなのかな?」

 

 ゴールドゴーレムがドロップしたのは、大量のキラキラ石であった。青光りする石とか、なんか赤く光ってる石とか、黒くて艶のない石とか、色々。でかいきんのたまもある。

 その中のひとつ、ピカピカの銀の玉を手に取ってみると、それは見た目以上にずしりと重かった。表面はツルツルとしてて触り心地が良く、まるでビー玉でも触ってる感じである。

 コンソールを開いて確認すると、このクソデカパチンコ玉は「輝銀魔石(シルウィタイト)」というらしい。いや名前だけわかってもねであるが、コンソールでの解説は名前しか出てこないので、これが何でどう使うのとかは教えてくれないのだ。

 

「リリィ、輝銀魔石って知ってる?」

「んー? 知らないッスね~。淫魔あんま石好きくないッスから、そこらへん全然詳しくないんスよ~」

「そうなんだ。でも高く売れそうだよね」

 

 まあ、何に使うかは分からんが、まさか無価値で何の使いでもないアイテムって事もないだろう。

 俺はこれまで、こういう屋外型ダンジョンは敵倒して満足してたから知らなかったが、中にはこういうレアモンスターがいるのを知れて、ちょっと嬉しい。

 ジョブ以外にも図鑑埋めができそうな要素発見である。

 

「さて、じゃあ続き行こっか」

 

 俺は壊れた剣をしまい、再度武闘家にジョブチェンジした。

 装備を外すのも忘れない。なんか癖になりそうである。

 スネークの言う通り、裸は気持ちがいい。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、俺たちはダンジョンボスを倒した。

 いやー、迷宮の主は強敵でしたね。

 

「初踏破、おめでとー!」

「あざーっす! あざーっす!」

 

 と、ひとしきり祝ったところで、ラザニアとお別れである。

 粒子となって大鎌に吸い込まれるラザニア。なんか寂しい。

 また会おう。

 

 そうして、俺たちはボスを倒した事で出現した巨大水晶に触れ、転移神殿へと戻って行った。

 

 

 

 神殿に戻ると同時、何故か周囲の人たちから一斉に視線を浴びてしまった。

 いつもはここまで注目される事ないのに、なんか嫌な感じである。俺は目立ちたがり屋ではないのだ。

 

 突き刺さる視線を努めて無視して受付おじさんのところまで行くと、珍しくおじさんの前で並んでた冒険者たちが逃げるように道を空けてきた。

 これまた不思議である。「お先にどうぞ」と言ったら無言で首をブンブンされた。なんじゃそれ。

 釈然としないままおじさんの前に立つと、おじさんも俺を見ながら目を丸くしていた。

 

「何ですか?」

「生きて……。いやお前、何って……」

 

 おじさんは、一拍空けて言った。

 

「服くらい着ろよ」

 

 あー、なるほど。

 

 道理で目立っていた訳である。

 今の俺、パンイチ武闘家スタイルだもんね。本職の人も神殿だと普通に服着てるもんね。

 恥ずかしいね、全く。

 

「あと……お嬢ちゃん?」

「ん? なんスか?」

「その、なんだ。深域武装か? それ?」

「そうッスよ」

「……神殿の中で、担ぐもんじゃねぇぜ」

「あ、こいつぁ失礼したッス!」

 

 あー、なるほど。

 

 道理で目立っていた訳である。

 今のリリィ、大鎌担いだ死神スタイルだもんね。大型武器持ってる人も、神殿だと邪魔にならないよう背中とか腰とかにつけてるもんね。リリィだとキツそうだけど。

 申し訳ないね、ほんと。

 

「リリィ」

「はいッス」

 

 大鎌を受け取り、アイテムボックスに入れる。

 そして……。

 

「ちょっと失礼しますね。先に他の方をお願いします」

「お、おう」

 

 俺は慌ててトイレに駆け込んだ。

 俺に露出性癖はなかったようである。




 感想投げてくれると喜びます。



 長くなったのでボス戦はカットしました。


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強くて危ない謎のロリ

 感想・評価など、ありがとうございます。HPが回復します。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。

 チュートリアル終了って感じですね。
 別に何がどうって話じゃないですが。


 銀細工持ち冒険者・石黒力隆はロリコンである。

 俺が転移したのはダンジョンを擁する異世界の王国である。

 ロリ奴隷ハーレムを築く為、黒剣のリキタカはダンジョンへ挑むのだ。

 

 

 

 例の事件の後。

 

 おじさんに断りを入れ、急いで神殿内のトイレに駆け込みいそいそとお着換えをした俺は、赤面しそうになる顔を制御しつつ再度受付の前に立つのであった。

 心なしか、おじさんからの視線が温い気がする。気のせいだと思いたい。今の俺は出撃前の革鎧スタイルなので、何も恥ずかしいところはない。リリィも鎌担いでないし。大丈夫なはずだ。

 

「えー、あの、換金したいんですけど……」

 

 いつもの換金ルーティンも、いつもみたいにスムーズにはできなかった。

 未だ周囲の人らの視線が熱いし鋭い。リリィはこういうのに強いのか興味がないのか、相変わらず周囲をキョロキョロして注意力散漫といった感じ。これでパドック出たら確実に評価下がるだろうな。

 

「おう」

 

 了解を得たので、アイテムボックスからドロップアイテムを出していく。

 今回のは量が多いので、あらかじめサンタさんめいた袋に入れているのだ。パンパンニナッタソレを、一つ二つ三つと机の上に置いていく。

 

「ずいぶん多いな。おい、空いてる奴ちょっと手伝ってくれ」

「か、かしこまりました!」

 

 おじさんからの応援要請に、後ろで見ていた若い職員が駆けつけサンタプレゼントを受付奥の換金台へと運んでいった。

 基本、ダンジョン産のアイテムはお馴染み換金天秤に掛けて換金するのだが、巨像迷宮から排出されるのは全てダンジョン外からも出る鉱石なのである。仕様上、外で掘れる鉱石だと天秤が機能しないのだ。

 

「あと、これとこれとこれと……」

「どんだけあんだよ」

 

 机いっぱいにサンタ袋を並べ、運んでもらう。

 なくなると同時、さらに第二陣のサンタ袋を置いていく。

 ただでさえ天秤を使わない人力換金は時間がかかるのに、この量だと相当だろう。その点でも巨像迷宮はクソだ。

 

 ギルド名物・天秤型換金魔道具。

 正式名称を“宝秤(たからはかり)”。

 

 前述の通り、この天秤はダンジョン産アイテムの金額を査定してくれる便利魔道具だ。

 使い方は単純。片側の皿にドロップアイテムを載せると、その内包魔力量に応じて残る片側の皿に魔力的な謎エネルギーが溜まっていき、やがて平行になって査定完了となるのだ。で。計測した魔力量に応じて金額が決まると。

 が、実はこれ、金策効率が悪い。物の価値とは時代によりけり。需要が高いアイテムは、天秤が示す金より高く売れる時がままある。そうなると素直に職員さんに渡した方が儲かる訳だが、これはちょっと時間がかかる。その点、天秤はスピーディに査定が終わるので、俺は天秤査定をよく使っていた。いうて、よほどの事がない限りそこまでの差額はないのである。宝秤くんは優秀なのだ。

 

 ちなみに、宝秤の開発者は初代国王のパーティメンバーの一人である例の魔術師さんだ。鍛錬場を作った人と同じだ。

 例によって現代の魔術師ではこの天秤は再現不可能らしく、宝秤は王都とかの古い転移神殿にしか設置されてないらしい。

 

「で、これが最後です」

「おう、重そうだな」

 

 最後に、少し小ぶりなサンタ袋を机にドン。

 これはかなり重いので、この場で鑑定してもらう事になった。中身は金ゴーレムのドロップアイテムだ。

 

「じゃあ俺が鑑定するが、いいか?」

「お願いします」

 

 よろしくお願いして、いつもの番号札を渡される。とはいえ、他冒険者はおじさんのトコにはいないので、最近御無沙汰な緑の1番だ。

 

「時間かかりそうだし、神殿で何か食べよっか」

「はいッス!」

 

 天秤だとすぐだが人がやる換金は時間がかかる。その間、暇を潰す必要があるのだ。

 前世だとそのへんで適当にスマホでも弄ってりゃなんとでもできるのだが、異世界でそれはできない。なので何処かで軽食でも食おうとなるのである。

 さて、何処行こうかな……と思ったら。

 

「うお!?」

 

 背後に低声。振り向くと、それはおじさんが袋の中身を見て上げた声であるらしかった。

 俺だけでなく、他の人らもおじさんに目がいったようである。今度は地味なおじさんが注目を浴びる番だ。

 

「お、おうイシグロ! すまんがちょっと来てくれ!」

「はあ」

 

 言われた通り向かうと、おじさんは袋の中の石――金ゴーレムが吐き出した色んな石――を机上の鑑定台に数個並べていた。

 

「悪いな。確認するが、お前が行ったのは巨像迷宮で合ってるよな?」

「はい」

「調べによると、あそこで取れるのは普通の鉱石のはずなんだが……」

「そう聞いています」

 

 金ゴーレム産の石、そのうちのひとつを手に取って、おじさんは言った。

 

「えっとな……俺の目利きに間違いがなけりゃ、これは真銀(ミスリル)だ。で、こっちは金剛鉄(アダマンタイト)。この青いのは多分聖鋼(オリハルコン)……」

 

 その後も、おじさんは袋の中のアイテムを出しては名前を言って、出しては名前を言ってを繰り返した。

 俺とルクスリリアは、「おじさんすげー」みたいなアホ面でそれを眺めていた。

 実際、コンソールのアシストもなくスラスラ石の名前が出るのは何気に凄いと思うのだ。まさにプロの業である。

 

「で、これが最後か。これもさっき言った、輝銀魔石(シルウィタイト)だ」

「凄いですね」

「凄いッス!」

「お、おう……? いや、それはいいんだが」

 

 コトンと、銀の玉をテーブルに置いたおじさんは、神妙な顔で言った。

 

「悪いが、こいつらは換金できねぇ」

「え?」

 

 固まる俺に、おじさんは続けた。

 

「前例がねぇんだ。巨像迷宮だけじゃねぇ、他の石系ダンジョンからもこういう希少金属は出た事がねぇんだ。だから、もし換金したいんならギルドと鍛冶組合と石商連のお偉方が会議した後じゃねぇと。あと、すぐ決まる保証もねぇな」

「はあ、そうなんですか」

 

 まあ、なんとなく分かる。

 言ってた通り、こういう銀玉とかは鉄や鋼同様に地上で手に入るモノではあるんだろう。けど、その名の通り希少な金属であり、そう数のあるもんじゃないと。

 そうなると、値段をつけるのは慎重にならないといけない訳だ。それも、ドロップの前例がないのなら尚の事。各方面と協議して色んなルールやらなにやらを作る必要があるんだろう、知らんけど。

 

「えーっと、だな。それでなんだ、多分……いや恐らく、間違いなくこの中の一個はしばらくギルドで預かる事になると思う。さっき言った通り会議しなきゃいけねぇからな。実物がいるんだ。それは了承してくれ、必ず返す」

「それはいいですけど」

「あんがとよ。で、これまたさっき言った通り、これらは今すぐは換金できねぇ。あと、この石とかはできれば銀行に預けてくれ」

「はあ」

 

 なんか面倒臭い事になってきたぞ。

 こういう身体を重くするモノを持ち歩くのは嫌なんだが。

 しかも何やら大事になってるし、周囲の視線……今度は職員連合様方からの視線が強くなってる気がする。

 

 仕方ないので不承不承キラキラ石をアイテムボックスにしまっていると、おじさんは気まずそうな声音で言った。

 

「一応、それを武器屋に持ってけば普通に買うよりゃ安く済む。言えば自分好みの武器を作ってもらえるぞ」

「え? そうなんですか?」

 

 初耳である。なんだそのモンハンシステム。俄然興味湧きますね。

 俺はさっさと石をしまうと、おじさんの武器屋チュートリアルに聞き入った。

 

「あぁ。希少金属じゃあまり例のない話だが、他のダンジョンアイテムではよくされてる事だぞ。ほら、そのお嬢ちゃんの鎧とかも」

「ん? これッスか?」

 

 おじさんが示したのは、ルクスリリアが着ているピクシーめいた革鎧だ。

 確かにそうだ。この鎧は如何にも魔物っぽい奴の革で作られていて、ダンジョン外の動物の革で作られてるとは思えない強度と性能をしているのだ。

 

「だから、石の出所さえ保障されてれば、武器屋に持ってって良いモン作ってもらえると思うぜ。普通なら素材集めに時間食われるとこだが、実物持ってくんだから作成もすぐだ」

「ほえー」

 

 なんとまあ、ビックリ情報であった。

 つまり、俺はこれまでずっとモンハン鍛冶屋縛りをやってた訳だ。店売りの鉄系武器しか使っておらず、アーティラートや大砲モロコシやヴァイスorヴァーチやナルカミや天上天下天地無双刀の入手法を知らなかったのだ。

 なんだそのマゾ縛りは。モンハンの楽しいところ抜きまくりじゃん。

 

「なるほど、お教え頂きありがとうございます」

「おう? まあ、ずっと知ってるもんだと思ってたからな……」

 

 普通に知らない事である。

 俺はこれまで、手に入れたドロップアイテムはあんまり考えず天秤に任せてたからな。加えて街での情報収集も奴隷の事ばっかだったから、そういうの全然なのである。モンスター素材にそんな使い道があるなら早めに教えてほしかったものである。

 いや、今知ったのは逆に良かったかもしれない。多分、あのタイミングで奴隷商館行かなかったらルクスリリアに会えなかっただろうし、おじさんは運命のおじさんだ。

 

「何処かオススメのお店とかありますか?」

「ん? あぁいや、職員からはオススメできねぇんだわ。だが紹介状は書いてやるよ」

 

 さて、希少金属を換金するにしろしないにしろ、他鉱石は全換金のつもりなのでいずれにせよ待つ必要がある。

 なので、俺とルクスリリアはダンジョン踏破後もしばらく神殿で暇を潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

「ぬわーん! 疲れたッスもぉん!」

 

 結局、宿屋に戻った頃には夜になっていた。

 

 あの後、鑑定終わったとかで受付に行くと、何やらギルドの人に呼び出されて応接室的なところに連れて行かれていくつか質問をされたのだ。

 この石をドロップしたのはどんな奴だった? とか。そのゴーレムはどんくらい強かった? とか、それはもう根掘り葉掘り。

 根掘り葉掘りって言うけどよーという気持ちになりつつ受け答えしていると、今度はギルドの偉い人が来て再度説明をさせられる事になり、かと思えばゴーレムはどうやって倒したとかの突っ込んだ話になった。

 

「普通に一人で倒しました」

「嘘は……ついてないようですね」

 

 しかもその部屋には嘘発見魔道具を持ち込まれていたので、やましい所はなくとも全然落ち着かないでやんの。こちとらダンジョン後で疲れとるんじゃい。

 そうこうしていると時間は過ぎ、そのうちルクスリリアも立ったまま船を漕ぎ始めた。で、流石にもうOKとなって返されたのだが、神殿を出るとすっかり夜だ。

 

 神殿前広場で呑んでる冒険者たちは元気だが、普段の俺ならおねむの時間だった。

 帰り道、さんざんギルドへの文句を垂れ流しながら宿屋に着くと、さっさと風呂入ってベッドにインである。

 

「ダンジョンというか、偉い人との話で疲れたよ」

「ご主人も緊張とかするんスねー」

「そりゃあ……」

 

 疲れた。ダンジョン潜るより疲れた。

 主に心がお疲れなので、癒やしを求めてベッドの上でルクスリリアを抱き枕にする。

 すっぽり収まる小さな身体は、俺の心身を癒やしてくれるのだ

 

「明日は休みにしよう」

「そうッスね~、……ん? 明日“は”……?」

 

 リリィのレベリング。召喚獣との出会い。ハイジのアレ。ダンジョンでは色んな事があった。

 なにより金ゴーレムの存在を知れたので、楽しみのない巨像迷宮も楽しくなってきたところだったが、ついさっきの事で少し間を空けたくなってしまった。

 せっかくの脳汁ドバー状態に冷や水ぶっかけられた気分である。そういえば、前も巨像迷宮踏破後に冷や水かけられたな……。

 

 あー、うん、これ以上考えないようにしよう。

 

「リリィは可愛いなぁ」

「わ、ちょっとご主人! 急に尻尾握らないでほしいッス!」

「ごめんごめん」

 

 それより、突如知らされたモンハン鍛冶案件である。

 曰く、素材を持っていけば武器屋で安く良いオーダーメイド武器を作ってくれるらしいのだ。

 そんなん、いちハンターとしては使わざるを得ない。

 

 願わくば、自動修復付きかとても頑丈な剣が欲しい。

 あるいは、もっと堅くて動きやすい鎧でもいいだろう。

 RPGでお馴染みの指輪とか首飾りとかのアクセ系とかもいいかもしれない。あ、だから指輪とかしてる冒険者多かったのか。

 

 ワクワクが止まらないな。

 

 思えば、今俺が思い浮かべたようなモノは店に陳列されてなかったように思う。良いモンは完全受注生産なのかもしれない。

 リリィの鎧もオーダーメイドの奴らしいし、そろそろ俺もオーダーメイド武具に目を向けるべきだな。

 

「きひひっ♡ どこ触ってんスかご主人♡」

 

 ベッドの上、二人して動くでもなく身体をまさぐり合う。

 お互い疲れてるので、激しい運動は抜きだ。

 たまにはこういうのもいいだろう。

 

「ご主人♡ お返しッス♡」

 

 俺が異世界に来て、だいたい三ヵ月と少し。

 戦って金稼いで、貯金して情報集めて、そんでリリィを購入する事ができた。

 

 当初、俺はロリ奴隷はフェラーリかロールスロイスだと思っていた。けど、違ったのだ。

 夢の為、ロリハーレムの為の貯金はまだまだある。今にして思うと、もうそんなに急いで金策しなくていいのではないか、と思う。

 追加購入の為、それなりに蓄えはほしいが、まさか俺の貯金がすっからかんになるレベルの高級奴隷なんてそうはいないだろう。

 

「あは~♡ ご主人、乳首立ってるッスよ~♡」

 

 それはそれとして、何だかんだダンジョンアタックは楽しいので、続けたい。

 ホントにロリ奴隷ハーレムだけ作りたいなら、リリィを置いて一人でダンジョン潜る方が安全だし確実だろう。けど、俺の少年心はリリィと一緒に潜りたいと言っている。幸い、俺の奴隷はそれを了承してくれているし、積極的だ。

 好きな女の子と冒険なんて、全男が憧れるシチュだろう。

 

「は~い御開帳~♡ あは~♡」

 

 なら、せめて武器や防具くらい良いモノを揃えるべきだろう。危険を冒すのが冒険だが、極力危険を冒さないようにするのも冒険だ。

 ケチって金策せず、使って金策して、ダンジョンで楽しく遊ぼう。

 

 いや、ダンジョンだけじゃない。

 ダンジョンで食べたハイジのアレ。淫魔王国のチーズはとても美味しかった。異世界飯にも興味出てきた。

 あと王都の観光もしてみたい。俺は西区しか行ってないから、他の区や王都以外も気になる。

 大衆浴場も入ってみたいな。パッと見、西区で一番の銭湯は転移神殿に勝るとも劣らぬ大きさだったのだ。スーパー銭湯は好きなので、異世界銭湯にも興味がある。

 

 やってみたい事が多いな。

 

「明日、武器屋見に行こうか」

「了解ッス~♡ じゃ、さっそく♡ いっただっきま~す♡ ん~、ちゅっ♡」

 

 そんな訳で、ルクスリリアとの初めてのダンジョンアタックは完了した。

 宿に帰るまでがハクスラである。

 

 あと、結局このあとめちゃくちゃ吸精された。

 きもちよかった、まる。




 感想投げてくれると喜びます。



 タイトルにハクスラとありますが、実際はハクスラ以外も結構やる感じですね。


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なにがなんだかロリコンさん!

 感想・評価など、ありがとうございます。燃料になってます。
 誤字報告もありがとうございます。本当に助かっています。

 チュートリアルの続き。
 デート回の予定でした。

 今回、変な口調のキャラが出てきますが、こいつが喋ってるのは江戸言葉でもヤクザ口調でもなく、「映画の中盤で死にそうな商人キャラ」の口調です。
 ちゃんとした江戸言葉はちょっとカロリーが高いです。


 俺が住んでいる王都西区は、前世でいう東京都新宿区に近い雰囲気があると思う。

 見た目がどうのとかじゃなく、何となくの雰囲気だ。猥雑な繁華街に煌びやかな商店街。路地裏の怪しさといい、ありとあらゆる清濁をかき集めて来たような感じがそう思わせるのである。

 

 建物とか道路とかはイタリアとかフランスとかドイツとかイギリスとかをごちゃまぜにしたようなオーセンティックカジュアルファンタジースタイルではある。所謂ナーロッパだ。いや、どうだろう。なんとなく、アサクリ2よりはBHとかオリジンズに近い印象なんだよな。うん、ナーロッパというよりナローマだな。実際あっちこっちに銭湯あるし、闘技場もあるし。ローマはヨーロッパなのでなんか変な感じになっちゃうが、いやそれはいい。

 大小の建築物。清濁併せた街。人の欲望と熱気。ともかく、ナローマ風の王都西区を、俺は東京都新宿区みたいだと感じたのである。

 

 王都というだけあり、人や店の数もまた膨大だ。

 通りに出れば人人人……。建物と建物の間に架けられた紐には「この道まっすぐに武器屋!」みたいな広告が吊るされ、大通りに面したところには色んなお店がぎっしり詰まっている。

 広い道路の真ん中では馬車とか牛車とか巨大鳥車とかが走り、道行く人は休日の歌舞伎町並みに多く、姿は比較にならない程多様性に満ちている。

 歩く人歩く人、皆二足歩行という点こそ一致しているが、その頭には角があったりお尻に尾があったり背に翼があったりで、色合いも鮮やかだ。緑髪のエルフがいれば紫髪のドワーフもいる。身長を見ると日本人視点やや平均が高く見え、2メートルを超えてる人もザラにいるのだから凄い。

 

 店の種類もまた多様で、ごちゃごちゃしている。

 武器屋の隣に飲食店があり、その隣に錬金術的な店が並んでたりする。娼館の前では客引きの爆乳牛人や長身翼人がいて、道行く人に声をかけていた。

 特に多いのは飲食店で、パッと見では専門店が大半な印象だ。香ばしい肉の匂いがする店があれば、何か謎の豆を炒めている店もある。そういう店は玄関開けっ放しで、前世のようにしっかり戸締りされた感じはない。肉と煮物とチーズと豆と色んな料理の匂いが合わさり最高にカオスだ。

 

 大衆向けの店が大半を占める西区だが、転移神殿の近くに行くとより冒険者向けの店が多くなる。高給取りを狙い撃ちにするお店たちだな。

 神殿付近の武器屋や防具屋はワンランク上の雰囲気になり、カジノや娼館といった店も如何にも高級店といった感じ。あちらが歌舞伎町だとすれば、こちらは都庁周辺という印象だ。なんかしっくりこないが、まぁ大体分かるだろう。

 ぎっしり詰まった大衆向け店舗と違い、冒険者向けの店はどれも敷地が広く造りも立派だ。以前行った防具屋もこの区画だが、全体で見ると小さい方だった気がする。

 

「へー、此処が武器屋ッスかー。なんかショボいッスね」

「店の前でそんな事言うもんじゃあないよ」

 

 そんな転移神殿の周辺の一角。俺とルクスリリアは、とあるお店の看板を眺めてぼーっとしていた。

 眼前にはこじんまりした石造りのお店。ドアの上には異世界語で「武器工匠のアダムス」と書いてある。他が大きくて立派な建物なのに対し、ここはちょっと小さい。前の防具屋がスーパーマーケットだとしたら、ここはコインランドリーである。

 コインランドリーもとい武器工匠のアダムスは、俺の数少ない情報源である受付おじさんや他のギルド職員から教えてもらった武器屋であり、前防具屋の紳士に教えてもらった武器屋と違い、此処は完全オーダーメイド専門店らしいのだ。

 おじさん曰く、何やかやあって職員は店のオススメはできねぇらしかったのだが、神殿周辺の店の存在だけは教えてくれた。で、聞いた感じここが一番いいんじゃないのという気持ちで来たのだが……。

 

「まぁ入ってみよう」

「はいッス」

 

 ぶっちゃけちょっと怪しい。

 前世でここ美味しいよと言われた店が妙にボロかった時みたいな気持ちだ。オイオイ大丈夫か? みたいな。

 緊張しながら、俺は店のドアを開いた。

 

「すみませ~ん」

 

 店の中は、想像通り薄暗かった。

 事前に武器屋と聞いてはいたのだが、周囲の棚にはスクロールとか分厚い本が並んでおり、そこに武器らしきものはひとつもなかった。古い木と古い本の匂いがする。武器屋特有の鉄臭さはしなかった。

 なんというか、〇リポタの杖屋さんみたいだなと思った。

 

「あー、ちょっと待っててくだせぇ!」

 

 すると、店の奥から若い男性の声が聞こえてきた。

 言われた通り待っていると、声の主と思しき青年が姿を現した。

 

「どうもすいやせん。冒険者様、どうぞおかけください」

「はい、失礼します」

 

 現れたのは、金髪碧眼高身長イケメンエルフだった。

 イケメンエルフは声の若さ相応に若い見てくれをしていたが、地球人の俺からするとエルフの年齢なんて分からない。実際に若いのか、あるいはめちゃくちゃ歳を取っているのか。

 

「あっしぁ此処の店主のアダムスと申しやす。失礼ですが、御手前様のお名前を伺ってもよろしいですかい?」

「イシグロ・リキタカと申します。イシグロが姓で、リキタカが名前です」

「へへっ、その歳で銀細工持ちですかい。そいつぁスゲェや」

「それほどでも」

 

 彼はエルフと聞いてイメージする細身のエルフそのままの容姿をしており、つま先から頭までスラリとしたイケメンオーラで覆われていた。

 足腰もしっかりして、身のこなしもキビキビしている。見た目も佇まいも、若い。

 若い、のだが……。

 

「こちら、ギルドからの紹介状になります」

「へへ、どうも。ここで拝見しても?」

「どうぞ」

 

 が、なんか粗野だ。

 職人風というか江戸っ子風というか。如何にもティーン受けしそうなエルフさんは、ドワーフ鍛冶屋と聞いてイメージされるドワーフ鍛冶屋みたいな言葉遣いと佇まいをしていた。さながらドワルフだ。

 ドワルフは紹介状を流し読むと、今度は顎をさすさすしながら俺の方を見てきた。

 

「えーっと、あっしぁ巷の噂にゃあ疎いんでさぁ。失礼を承知の上で聞きてぇんですが、此処に書いてある事ぁマジのガチなんですかい?」

「はい、間違いありません。お見せしましょうか」

「すいやせんねぇ」

 

 言って、俺はアイテムボックスから昨日鑑定してもらった希少金属を出していった。

 一種類につきひとつずつ、金に銀に黒いの青いの色々。今あるのはこれだけだが、銀行にはもっとたくさん預けてある。

 ドワルフ氏はそれらひとつひとつに鋭い眼を向けていた。

 

 おじさんに書いてもらった紹介状には、俺の身分の他にもこの石の入手経路についても書いてある。

 前例のない話だと言ってたので、実際ドワルフ的にも信じがたい事なんだろう。希少金属は管理しっかりしてるっぽいし、盗品なり偽物なりを心配してるのだと思う。

 

「鑑定させてもらってもいいですかい?」

「どうぞ」

 

 一応、これら石ひとつひとつにはギルド印の鑑定証がついてるのだが、彼は手に取った石を矯めつ眇めつし、時々人差し指でこつこつして触感を確かめていた。

 その眼差しは鋭く、まさに職人といった感じ。睨まれてる訳でもないのに、俺は少し緊張してしまった。

 

「マジのガチじゃないですかい……」

 

 最後の石を確認し終えると、ドワルフは感嘆の息を漏らした。

 手に持っていた石を丁寧に戻し、背もたれに身を預ける様は職人というより会社員のおじさんといった感じ。つられた俺も安堵の息を漏らした。

 

「へへっ、すいやせんねぇ。あっしぁ自分で確かめたモンしか信用しない性質なんでさぁ。あっしが保証しやす、こいつぁどれもマジのガチ。それも一等上モノときた」

 

 言うと、何が面白いのか「へっへっへっ」と笑うドワルフ。

 それを見て、俺は「映画の中盤で死にそうな商人キャラ」みたいな人だなと思った。ゴーグルかけて片手がサイバネ腕だったらもっとそれっぽかっただろう。

 

「おっと失礼、年を取ると無駄話が好きになっちまって。若い時分はむしろさっさと用件言えーってお客に怒鳴ってたもんですが、いやはや……」

「あのー」

「あ、これまた失礼。で、銀細工持ちの御手前様がうちに来たって事ぁ、武器の作成依頼ってんで合ってますかい?」

 

 頷くと、ドワルフは希少金属を眺めて言った。

 

「こんだけ良い石揃ってちゃあ、形にしてやらねぇと可哀想ってモンですわな。で、何が欲しいんです? 槌かい? 槍かい? ウチぁ鎧以外なら大抵のモン承りますぜ」

 

 欲しいのは剣なのだが、それを言う直前で俺の口が一瞬止まってしまった。

 今一度、ドワルフを見る。細い腕、白い肌。オーダーメイドの武器屋と聞いて、この人が作るのだろうかと思ってしまった。さっき石を眺めてた眼差しは職人そのものだったが、その身体つきはむしろモデルに近い気がするのだ。

 まあ、この世界の住人は体格以上の腕力とか普通に持ってたりするのだが。リリィとかまさにそうである。

 そんな俺の視線に気づいてか、店主は頭をぽりぽり掻いた。

 

「あー、失礼ついでに訊くんですがね。御手前様ぁ強ぇ武器の仕組みとかご存じねぇ感じで?」

「はい」

「へへっ、ならあっしんナリ見て疑う気持ちぁ分かりますぜ。見ての通り、あっしぁ鉄は打たねぇ。ま、並みの鍛冶屋よりゃデキるがね?」

 

 手をプラプラするドワルフ。飄々とした振る舞いだが、そこには俺が持ち合わせていない強固な自信が満ちているように思えた。

 

「いいかい、強ぇ武器ってのは“皆”で作るんでさぁ」

 

 背もたれに体重を預け、腕組みして語り出すドワルフ氏。

 それは世間知らずな俺を見下す視線というより、良いモノを知らない人に良いモノを教えてあげる系の視線だった。

 

「剣ひとつ作るのにだって色んな職人が関わるモンでさぁ。刃打つ鍛冶師。魔術を籠める魔工師。呪い纏わせたいなら呪術師の協力もいるし、魔物素材を合成する錬金術師だって必要だ。そいつら職人共が最高のモン仕上げて、最終的に出来るのがマジのガチで強ぇ武器な訳よ。外で使う剣じゃねぇ、迷宮で振るう剣だ。並みのモンじゃねぇし、それを作るにゃあ並みの職人じゃ無理ってもんだ」

 

 彼の語り口は、好きなアニメを語るオタクそのものだった。

 それも早口オタクではなく、宇宙世紀を初代から順に裏設定まで含めて語る時のおじさんガノタに近い。

 熱く、重く、とてもねっとりしている。

 

「当然、それにはまずどんな武器を作るか決める奴がいるし、必要な素材や組み合わせを検討する奴、職人共を管理する奴もいる。それがあっし等、“工匠”だ」

 

 こういう人の話を聞くの、俺は割と好きだった。

 好きな事を一生懸命話す人ってのは、見ようによってはキモくてウザいのかもしれないが、そういう時の皆さんは一様に楽しそうなのである。

 そんな楽しそうに話す人には、独特な面白みがある。普通の人と話すより、よっぽど面白いと思うのだ。

 

「設計・管理っつっても、ただ紙に図ぅ描くだけじゃあねぇぜ。必要素材の選別やら適切な設計やら、籠める魔術体系の相性とか使い手の腕とか……まぁ見るべきやるべき事が多いモンなのよ」

 

 話がヒートアップしてきたところで、ドワルフは胸にある謎の飾りを誇示してきた。

 それは鈍い銀色をしたバッジだった。前世、偉い軍人が胸につけてた奴みたいなの。飾りの中心にはラリス王家のマークが彫刻されている。

 

「モノホンの工匠に必要なのは、知識と経験と実績。この通り、あっしぁ王家からお墨付きもらってる。モノホンって事だ」

 

 そんなモノホンの工匠は、受付机に両肘を乗せてゲンドウポーズを取った。

 イケメンエルフである彼がやると、司令官というより映画の広告ポスターの様である。

 

「で、工匠の最初のお仕事は、御手前様方からの要望を聞く事な訳だ。どんな剣が欲しいとか、こんな弓にしてほしいとか。場合によってはあっしから提案させてもらう事もありますがね。出来る限りご要望通りのモンを作らせてもらってまさぁ」

 

 長い話だったが……。

 要するに、この人は刀鍛冶じゃなく銃開発者かガンスミスみたいな感じなのね。あるいはオーダースーツ専門店の店員さん。

 

「で、御手前様はどんな武器をお求めで?」

 

 なら話は早い。

 

「そうですね。“自動修復”付きの剣か、めちゃくちゃ頑丈な剣が欲しいです」

「ほう……それから?」

「え? えーっと、なるだけ鋭い方がいいなぁと」

 

 実際、パッと思いつくのはそれくらいだった。

 武器の何がアレって、やっぱ壊れるところなんだよな。地球の武器ほど壊れやすくはないが、安物ならゴーレム一体でパキン。上物でもゴーレム二体でバキンンだ。

 ゴーレムだけじゃなく、他ダンジョンのボスでも一回やれば大体半壊する。死闘となると武器に気を遣うなんて真似は俺にはできないので、壊れない武器なりがあればいいなぁとは常々思っていた。

 

「そんだけですかい?」

「まあ、それくらいですかね」

 

 で、戦ってる最中に壊れると最悪で、その都度アイテムボックスに手ぇ突っ込んで新しいの出さないといけないのだ。隙だし、面倒だ。タイミング次第じゃ死に直結する。

 そういうのもあって、俺は武器にはまず壊れにくさを求めたいところなのである。

 

「あ~、そうだな~」

 

 その旨を話すと、ドワルフはこれまた腕組み姿勢になって天井を眺めはじめた。

 それは宇宙世紀のどこを話そうかとするガノタというより、ガンダムの「ガ」の字も知らない女の子に逆シャアの見どころを解説しようとするガノタの様だった。

 

「紹介状にあった通り、御手前様ぁ腕はいいらしいがコッチの事情はからっきしだな。あーいや、けなしてんじゃねぇぜ。褒めてんだ。マジのガチ、モノホンの冒険者ってな」

「そうですか」

「あぁ。近頃の冒険者とくりゃ、やれ効率だやれ損得だのと小賢しいの何の。まだるっこしいったらありゃしねぇ。そういう奴に限って身の丈に合わねぇ武器担いで死んでくんだ、阿呆臭くて仕方ぁねぇや」

「なるほど」

「人がせっかく死なねぇ為の武器作ってやってんのに、あいつらとくりゃ金金金っつって身の丈以上の武器で身の丈以上の迷宮行って……。んで運よく生き残れればはいサヨナラと武器にも迷宮にも背ぇ向けやがる。そんな奴ぁ戦士でも冒険者でもねぇ、ただの知識層気取りの玉無しクソ博徒よ」

「はあ」

「第一に迷宮への恐怖がねぇ。第二に武器への敬意がねぇ。第三に未来への希望がねぇや。どいつもこいつも死んだ魚の目ぇして潜るもんだから、どんだけ良い武器持ってこうがす~ぐおっちんじまう。いいかい、モノホンの冒険者ってのぁなぁ……」

「ご主人~、お腹空いたッス~」

「お昼は近くの屋台で食べよっか」

「だいたい……!」

 

 その後も、ドワルフの最近の若者トークは続いた。

 そんでしばらく、良い職人と悪い職人の話になったところで、彼は急に口を閉じて、言った。

 

「あ~、すいやせん。剣の話でしたね」

「そういえばそうでしたね」

 

 軌道修正したドワルフ氏の話をまとめると、こうだ。

 

 まず、武器とはその質によって籠められる魔術の数や強さが変わるらしいのだ。

 良い武器には強い魔術。悪い武器には弱い魔術。あるいはそもそも付けられないよとか。素材や形状によって、籠める魔術体系なんてのも変わってくるらしい。

 これは分かりやすい。要するに、良い武器には沢山の空きスロットがあるという話だろう。籠める魔術というのも、多分“補助効果”の事だな。モンハンの装飾品か、あるいはブラボの血晶石か。そういう認識でいいだろう。

 

 で、俺が持ってきたような希少金属を使うんなら、それはもう凄い上質な武器が作れるとの事。

 頑丈で鋭い武器を作れる金剛鉄。補助効果を沢山つける事のできる真銀。魔術への親和性が高い聖鋼。

 一個でも凄い武器が作れるし、良い職人が最高の技術を使えばそれら全部使って最強の合金を作る事もできるとか。

 

「あれ? 輝銀魔石は?」

「あー、そいつぁ魔法特化でさぁ。剣にゃ関係ねぇ」

「なるほど、そういうのもあるんですね」

 

 中には今は使いでのないアイテムもあったらしいが。

 そんな良いアイテムが沢山あるのに、俺は補助効果を一つしか所望してこなかったから変だねって話だった。

 

 確かに、リリィの防具には補助効果が沢山ついてたし、深域武装にも凄い数の魔法が装填されていた。“自動修復”なんて、ついで感覚なのかもしれない。

 奴隷の武具がそうなのだ。銀細工持ちの冒険者である主人は、もっと欲張った武器を使ってもいいのかな。

 

「と、言われてもね……」

「普通、潜るダンジョンに合った武器を担ぐモンですぜ。悪霊迷宮にゃ霊によく効く聖属性。猛獣迷宮にゃ獣殺しの呪いつけたりとか」

「それで言うなら、汎用性の高い剣が欲しいんですけど」

「“自動修復”は確定と。そんで純粋に上等な武器ですかい。んなら、やっぱ好みになるでしょうねぇ……」

 

 言うと、店主は背後の棚から一冊の本を取り出し、それを広げて俺に見せてきた。

 そこには異世界文字で補助効果の目次が記載されていた。

 

「へへっ、最初からこれ渡しときゃって話でしたね。こん中から欲しいモン選んでくだせぇ。まぁ相性云々で無理な時ぁ無理って言わせてもらいますがね」

「ありがとうございます」

 

 俺は渡された設定資料集を手に取り、さっと目次を流し見た。異世界文字は書けないが読めるのだ。

 そこには、自動修復や魔法装填など知っている補助効果に加え、俺の知らないスキル名も書いてあった。

 

「リリィはどれがいいと思う?」

「え? そうッスね~」

 

 後ろで暇そうにしていたリリィに訊いてみると、「うむむ」と唸って存外真剣そうに考えてから言った。

 

「ご主人はよく敵の痛がるトコに攻撃入れてるんで、そういう戦い方に合った奴がいいと思うッス」

「おぉ、確かに」

 

 言われてみれば、である。

 モンハンでもそうだ。大剣に抜刀術。スラアクに高速変形。ガンスに砲術。武器ごと、プレイヤーごとに適したスキルがあるものだろう。

 それで言うなら、俺は各種チートオプションのお陰でエネミーの弱点部位とかジャスガからのクリ確攻撃とかができるので、それにマッチしたスキルを選べばいいのだ。

 敵に合わせた特攻武器でなく、いつでも強い汎用武器ならば一から十まで俺の癖に合わせた剣こそ具合がいい。

 

「えーっと、弱点に攻撃入れると威力が上がる的な……そういう補助効果ってありますか?」

「そりゃ“弱点特効”ですね。技巧派ってんなら、“会心特効”を併せるのもお勧めでさぁ」

「おぉ! じゃあ、とりあえずその三つで」

「おいおい、これだけの素材だ、まだ付けられますぜ。まあ、モノを絞って効果上げるのもアリっちゃアリだが、ちょいと勿体ねぇな。あと一つ二つ三つは全然余裕ですぜ」

「そうですか? じゃあ……」

 

 そんなこんな。

 俺と店主は、それからもああでもないこうでもないと剣に付与する補助効果について話していた。

 

 途中、暇そうにしていたルクスリリアにお小遣いを渡して何か適当に買ってきてもらい、三人で食べた。

 ちなみに、ドワルフ氏は普通にお肉食べてた。「エルフも普通に肉食いますぜ?」との事。

 

「まっ、こんなもんですかね」

「すみません、お時間取らせてしまって」

「気にしなさんな。こっちこそ年甲斐もなくはしゃいじまって、すいやせんねぇ」

 

 結局、剣のオーダーが完了したのはお昼を過ぎた頃だった。

 朝に入ってもうお昼過ぎだから、かれこれ5時間弱話してたらしい。

 ゲーマーはこういうの好きなのだ。

 

「知ってるたぁ思いますが、代金は作成前にもらう事になってるんでさぁ」

「はい」

 

 俺は、アイテムボックスから今回オーダーした剣の代金を支払った。

 お値段、3000万ルァレ。しかも希少金属持ち込みでお安くなったうえでの値段だ。

 余裕でルクスリリアを買える値段である。宿屋での朝食が200~500ルァレなあたり、やっぱ冒険者家業は儲かるが金遣いが荒くなる。

 

「今から図描いたり職人集めたりで色々やるんで、出来上がるのはもうちょい先になりまさぁ。完成したら適当な使い寄越しますんで、楽しみにしててくだせぇ。最高の剣をお見せしやしょう」

 

 それから、イケメンエルフのお見送りを背に、俺とルクスリリアは傾き始めた太陽の方へ歩いていった。

 モンハンだと作った武器はその場で装備できたりしたが、異世界でそんなの出来る訳もないので、完成までお預けである。早く試し切りがしたいね。

 

「きひひ……今日のご主人、なんか楽しそうでしたッス」

「うん、楽しかった」

 

 アーマード・コアでもガンダムブレイカーでもそうだったが、とかく男子は「俺専用」というのが大好きなのだ。当然、俺も例外ではない。

 異世界での俺専用のオーダーメイド武器。その注文である。それはもう楽しかったし、ワクワクした。

 

「まあ、けっこうお金かかったけどね……」

 

 3000万ルァレ。決して安い額じゃない。

 運が良ければルクスリリア級のロリ奴隷を買える値段なのだ。剣ひとつにしてはお高い気がせんでもない。

 

「でもまだまだ残ってるんスよね?」

「まあね」

「流石ご主人~♡ 甲斐性の塊~♡」

 

 とはいえ、だ。

 大枚をはたいたのは事実、失った分は補填したいところである。

 なので……。

 

「明日のダンジョンも頑張ろう」

「きひひ~♡ ……え、明日? 潜るんスか? 迷宮?」

「そのつもり」

「……昨日行ったッスよね?」

「今日休んだからね」

「……ぇぇ?」

 

 見ると、ルクスリリアは千と千尋の神隠しのカオナシみたいな表情になっていた。

 時折、「アァ……アア……」と呻いているあたりソックリである。

 

「あの、ご主人?」

「なに?」

「ご主人ってもしかして、可哀想な人なんスか?」

「失礼だな、リア充だよ」

「いやだって、普通休みの日にゃあやりたい事の一つや二つあるもんッスよ? それこそ、あそこのカジノとかで遊んだりしないんスか?」

「興味がないではないけど、今はいいかな」

「えぇ……じゃあ、今まで休みの日は何を?」

「情報収集」

「それは休んでないんじゃあ……?」

 

 実際、この世界で休日にやりたい事など、特にはないのだ。

 ゲームもないし、アニメもないし、マンガもないし、映画もない。

 この世界には、家族も友達もいないのだ。

 

「ご、ご主人?」

「なに?」

 

 などと考えていると、浮遊して寄って来たルクスリリアは、俺の耳元に唇を寄せて、囁いた。

 

「アタシ……連れ込み宿に興味あるッス♡」

「なら明日は休みにしようか」

 

 ダンジョンには行きたいが、それはそれ。

 ルクスリリアをハック&スラッシュするのも楽しい。

 俺は明日の予定を切り替える事にした。

 

「ふぃ~、とりあえずは回避できたッス~」

 

 ルクスリリアが何か言っていたが、街往く人の話し声に紛れて聞こえなかった。

 多分、腹減ったみたいな事だろう。

 

 

 

 結局、次のダンジョンアタックは剣の注文から三日後の事になった。

 ちょっとハッスルし過ぎたかもしれない。




 感想投げてくれると喜びます。



 ルクスリリアはオチに便利ですね。


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炉利魂の鐘は二度鳴る

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でやる気アップイベントが発生しやすくなってます。
 誤字報告も助かっています。

 主人公が少しジョブについてお話しします。


 轟! という爆音。

 腹の底まで届く振動は、巨像迷宮の主より打ち上げられた巨大魔弾の発射音だった。

 

 七色に光る魔弾はひゅるひゅると舞い上がり、やがてパァンと花火のように弾けた。花火だったら綺麗だったろうが、落っこちて来る小魔弾ひとつひとつが敵対者を殺すべく追尾してくるのだから堪らない。

 最初、バラけて落ちてきた小魔弾は、途中泳ぐウミヘビのような軌道で俺とリリィとラザニアに殺到してきた。それはさながら、指向性を持った雨が人を襲うような光景であった。

 

「カバー!」

「はいッス!」

 

 あらかじめ決めておいた合図。

 俺は即座にコンソールを弄り、武闘家から“聖騎士”にジョブチェンジし、空いた手でアイテムボックスから大盾を取り出した。

 迫りくる弾雨。リリィは俺の背後にパサリと降り立ち、鎌を掲げてラザニアを戻した。

 

 魔力を籠める。盾の表面に黄金の光が灯る。聖騎士スキル“抗魔壁”だ。

 腰を落とし、まるでゾンビ集団からバリケードを守るように盾を構えた。気持ち的には回避一択だが、パーティにはタンクが必要なのだ。

 

「おぉぉぉぉぉッ!」

 

 そして、俺は飛来する魔弾をガードした。

 豪雨の時に差した傘の感覚を超ド級にしたような音と衝撃。絶え間なく押し込まれる圧に、ザリザリと両足が地面を削る。が、倒れない。何故なら後ろにロリがいるからだ。ロリを守護るロリコンは最強なのだ。

 

「よし防いだ! リリィ! ゴーゴーゴーッ!」

「しゃあ! タマ取ったらァア!」

 

 やがて致死の大瀑布が終わると、俺は盾をしまって走り出した。鎌を担ぎ、ラザニアにまたがったリリィも続く。大技後の今がチャンスなのだ。

 走りながらコンソールを弄る。聖騎士から武闘家へ。ボスが迫る。硬直している。脚に力を入れる。1、2、3で大ジャンプ。

 

「イィィィヤァアアアーッ!」

 

 天高く跳んだ俺は、ファッキン害悪ゴミカスはずれボス獅子型ゴーレムの頭に、渾身の空中回転踵落としをブチかました。

 これが真のカラテである。

 

 ダンジョンボス殺すべし、慈悲はない。

 

 

 

 ボスを倒し、ドロップアイテムを袋詰めし、転移神殿に戻ると、俺はさっさと受付おじさんのところまで歩いて行った。

 今回はちゃんと服を着ているし、リリィの鎌もしまっている。変な注目など浴びようはずもない。

 はずもないのだが、道中俺を発見したギルド職員さんはビクリと肩を震わせ引きつり笑いをしていた。俺は何も悪い事してない。

 

「換金お願いします」

「お、おう……」

 

 ドサリドサリドサリ……相変わらず空いてるおじさんの机の前に、鉱石入りサンタ袋を置いていく。

 やがて机上が住宅街のゴミ捨て場みたいになったところで、俺はアイテムボックスから手を離した。

 

「こりゃまた多いな……」

「ええ、入れ食いでした」

 

 剣の注文から、大体二週間。

 俺とルクスリリアは、二日おきのペースで例の巨像迷宮に潜っていた。

 ラザニアのお陰で、以前までとは周回効率がダンチだ。広い巨像迷宮も一日で終わるし、ゴーレム討伐数も多くなる。やっぱオープンワールドには移動手段が必須だな。

 

「あー、イシグロ。今日は希少金属はねぇのか?」

「はい、見つかりませんでした」

「そうか……」

「代わりに半透明の変な奴がいたので討伐しました。ドロップアイテムはこの黒い袋にまとめときました」

「……そうか。ああ……少し、いや結構待っててくれ。緑の1番な」

「はい」

 

 番号札を受け取る。すると、背後で待機していたギルド職員は配膳ロボットのようにサンタ袋を回収し、工場ロボットのように石を仕分けし始めた。最近見慣れた光景である。

 おじさんも首をゴキゴキやった後、鑑定台を引き寄せてレアドロップ品の鑑定作業に入った。袋の中身はただの魔力なし宝石だ。

 

「すみません。フルーツ牛乳と淫魔菓子セットふたつお願いします」

「かしこまりました」

 

 鑑定が終わるまで、神殿のバーで暇を潰す。神殿内のバーはいくつかあるので、俺はその中の誰も座ってないところに腰を下ろした。

 差し出されたフルーツ牛乳――淫魔王国産の牛乳と夜森人(ダークエルフ)経営の果樹園で栽培された果実のハイブリッドである――を飲みつつ、これまた淫魔王国産のチーズケーキを食べる。とても美味しい。

 隣に座ったリリィも同じようにしている。やっぱり、お菓子を食べるロリの笑顔は最高である。

 この子に淫魔王国のご飯情報を教えてもらわなかったら、俺は今でも堅いパンもどきと謎スープだけで生きてたかもしれない。食事のグレード上げてよかったと心の底から思う。

 

「夕飯はなに食べるッスか?」

「そうだなー。昨日はお魚だったし、今日はお肉が食べたいな」

 

 などと話しつつ、コンソールを弄る。

 見ると、そこには武闘家ジョブレベル30の文字。カンストである。

 ずっと放置していた武闘家系。最近鍛えてレベル30になって生えて来たジョブは、“ストライカー”という中位職だった。

 

 感覚的に、この世界のジョブは派生すれば派生するほど武器や戦法が特化してく印象である。

 武闘家レベル10では、“モンク”と“魔拳使い”の二つが生えてきた。少し触ってみたが、それぞれ「回復+格闘」と「攻撃魔法+格闘」といった感じ。

 武闘家レベル20で生えて来たのは、“剛拳士”と“柔拳士”の二つ。これまた、単発特化と連撃特化といった印象の格闘ジョブだった。

 で、他ジョブでもそうだったが、レベル30で生えてくるのは大体元になったジョブの単純上位互換である。剣士からソードマスター。ウィザードからハイウィザードといったように。それでいくと、この“ストライカー”も武闘家の強化版なんだろう。試し切りならぬ、試し殴りが楽しみだ。

 

 こうやって、ジョブを埋めていく作業は実に楽しい。

 俺視点、娯楽の少ない異世界生活において、俺はダンジョンアタックとレベルアップ及びジョブチェンジを第一の遊びと捉えていた。

 

「ご主人ご主人」

「なに?」

「お酒頼んでもいいッスか?」

「いいよ」

「やったッス! マスター、淫魔酒マティーニをステアせずにシェイクで。ご主人は飲まないんスか?」

「んー、じゃあ……エールで。あと森人豆(エルフまめ)の燻製もお願いします」

 

 儲けはないがやりやすい巨像迷宮のお陰で、俺の武闘家レベルはカンストできた。

 しかし、ルクスリリアのレベリングはまだ微妙であった。

 

 現在、ルクスリリアは、“淫魔騎士”という中位職である。基本職である淫魔兵レベル30で習得した、物理も魔法も強いジョブだ。

 で、ジョブチェンジしてしばらく、今日の淫魔騎士のレベルは6。全然上がってない。これはゴーレムの経験値がショボいというより、戦闘貢献度の問題と、中位職である淫魔騎士の問題だろう。

 この世界、ジョブのランクは上がれば上がるほどレベルアップ時の恩恵はデカくなるが、その分必要経験値が増えるのだ。実際、6まで上がったルクスリリアは淫魔兵12レベル分くらいステータスが伸びている。やっぱ、ただ強くなりたいだけなら一つのジョブを極めた方が効率いいな。

 

 それと、最近気づいた事なのだが、ルクスリリアは他のジョブにも普通にチェンジできるみたいだった。剣士とか武闘家とかに。

 てっきり俺は、淫魔は淫魔兵あたりにしかなれないと思っていて、戦士や剣士は人間族専用だと思っていた。が、それは違ってたようだ。

 その気になれば、ルクスリリアを俺と同じソードマスターにする事もできる訳だ。選択肢が広がる。けど、せっかく淫魔専用ジョブがあるのだから、そっちを優先したい気持ちもある。

 実に悩ましいし、実に楽しみだ。

 

 ソードマスターといえば、注文した俺専用剣はまだ未完成である。

 曰く、まぁまぁ時間かかるらしい。そりゃ話を聞くだけでも大変そうだもの。一人じゃなくチームで作る武器作成。作るもんも作るもんで質相応に時間がかかるのだ。

 

 俺が注文したのは汎用性重視の直剣であり、特定のダンジョン攻略用の特化武器ではない。

 これまたドワルフが言うには、冒険者は潜るダンジョンに合わせて武器を決めるらしいのだが、俺はこれまでそんなのをしてこなかった。せいぜい、打撃が効く骸骨系にメイス使ったり、刺突が効く鳥系に槍使ったりする程度だった。

 

 この世界のエネミーは、けっこう色んな属性を持っている。ポケモンでいうと、エスパーとほのおとでんきとフェアリーの複合タイプモンスターがうじゃうじゃいるといった感じだろうか。いや、FGOのエネミーって言った方が分かりやすいかもしれない。

 偏に獣系といっても、鉄っぽい獣やゴーストっぽい獣や毒滴る獣がいたりする。思うに、あれらは対獣属性の特効対象であると同時に、他属性の特効対象でもあるのだと思う。

 例えば、アンデッド獣がいたとして、そいつに対獣属性攻撃が効いて与ダメアップ。アンデッドに効く聖属性プラスで更に与ダメアップ。全部合わせて浪漫火力だ! ってな感じで、複数属性持ちのエネミーには特化武器で凄いダメージが期待できる。試しちゃいないが、話を聞くに多分そう。その為の、特化武器だ。

 うーん、いいねえ……。ゲーマーの血が騒ぐ。

 

「あ……」

 

 ふと、思いついた事があった。

 そういえば、俺は武闘家以外にも埋めてないジョブツリーがあったのだ。

 そのうち埋めてこうとしてたのじゃなく、仕方なく埋めれなかった奴。

 

 剣士レベル20で解放された、“侍”という中位職。

 俺には分かる、強ジョブだ。間違いなく強い。侍が弱いゲームなんてそうそうないのである。

 が、俺はこの侍をレベリングする事はできなかった。理由は簡単で、武器がなかったからだ。

 

 侍は“刀”系武器に特化したジョブであり、使用武器がかなり制限されている。侍で剣や斧は使えないし、何故か弓や槍も使えない。侍なのにも関わらずだ。となると、刀を使うしかないのだが……。

 悲しい哉、これまで買い物した事ある武器屋に、刀は置いてなかったのである。神殿内はもちろん、防具屋紳士に教えてもらった高級武器屋さんにもなかった。

 刀もなしにどうやって戦えばいいんだ! という話だ。そういう訳で、俺はこれまでこのジョブに就く事はできなかったのである。

 

 しかし、今ならできるのでは? と思う。

 ないなら作ればいいじゃない。ドワルフさんに頼んで、オーダーメイドカタナを作ってもらおうじゃあないか。作れるかどうかわからないし、他注文中に可能かどうかも分からないが、やってみようと思う。

 上手くいけば、俺も鬼殺隊めいてバッサバッサと魔物を斬る事ができるかもだ。今の俺の身体能力なら、色んな漫画の色んな技再現できそうだし、すごく楽しみだ。

 なんなら小太刀二刀流とか、セフィロスの刀みたいなのでもいいだろう。想像するだけで胸がぽかぽかするな。

 

 そうだ。どうせなら、何かのダンジョンで使える特化武器にしてもらおう。

 汎用武器はあるのだ。なら、刀は斬撃・刺突に弱いエネミー専用で、且つ特定エネミーの命を刈り取る補助効果をつけよう。

 炎属性を付与してシャナめいた刀にするのもいいし、魔力属性を付与してエルデンリングの月隠みたいにしてもいい。夢が広がる。

 

「ふふ……」

 

 っと、思わず笑ってしまった。

 幸いルクスリリアとのお話中だったので、笑うタイミングとしては不自然ではなかった。

 いや、ロリとの会話中にコンソールを弄り思考に耽るなど、ロリコンとしてNGだな。次からは止めておこう。

 

「あの……イシグロ様、換金の準備が整いました」

 

 と、ちょうどいいところでおやつタイム終了。

 

 バーテンからお声がけいただいたので、料金を払って受付へ。

 大量の鉱石と交換されたお金は、命賭けのビズにしては渋い金額だった、まあ、冒険者の感覚だからそう思うのであって、一般人感覚では十分な大金なのだろうが。

 それでもロリ奴隷も専用武器も、これじゃ全く足りない。武器消費なしでも、やっぱ巨像迷宮は金策に不向きだ。チリツモである。

 

「ご主人、今日はどうするッスか?」

「そうだなー。一回宿屋に帰ってから、ご飯食べに行こうか」

「きひひ♡ はいッス♡」

 

 ルクスリリアと話しながら帰路を歩く。

 美しいファンタジー世界の街並みに、活気ある広場。大量の金に、隣で歩くロリ奴隷。

 実に、良い。

 

「あ、あそこ喧嘩はじまったッス」

「危ないから近づかないようにしようか」

「えー、ご主人ならあいつらワンパンっしょ? いっそ殴り込んで全員やっちゃうってのはどうッスか?」

「俺は非暴力主義なの」

「日常的に迷宮潜ってる人が非暴力ッスか。ウケるッス」

「それはそれ」

 

 ルクスリリアと二人、夜の街を歩く。

 

 何だっけ、昔読んだ時代小説で書いてあった事……。

 住む所、着る物、それと食事と運動と性交。これらが揃ってると人はとても健全に健康に楽しく毎日を生きられる……みたいなの。

 今の俺は、まさにそれ。

 

 割と充実していると思う。

 俺とリリィは、奴隷と主人という前世日本じゃ許されない関係だが、それでもだ。

 俺は、とても健やかに毎日を過ごせていると思うのだ。

 

 こう充実した日々を過ごしていると、俺の中のハーレム欲がどんどん薄れていく感覚がする。

 もうルクスリリア一人でいいんじゃないかなという気持ちだ。

 

 聞いた話によると、リアルでハーレム作るには相当な度量と甲斐性が必要とか何とかで……。

 少し前まで童貞だったのだ。そんな俺に、上手に俺中心の共同体を築ける自信はなかった。

 もう、このままでいいんじゃないか?

 

「あ、イシグロさん」

「はい?」

 

 宿屋に入ると、店主が話しかけて来た。

 いつもはおかえり的な軽い挨拶しかしないのに、何故か今日は名前呼びである。

 

「あのー、昼頃にどこそこの使いを名乗る方がいらして、イシグロさん充てのお手紙を預かってるんですけど……」

 

 店主から手渡されたソレは、手紙というには簡素なメモ帳サイズの紙だった。

 そこには、綺麗な異世界文字で「例の件についてお話がございます。お時間のよろしい日にいらしてください」と書いてあった。

 なるほど、簡素な紙にこの内容なら、仮に盗まれても何のこっちゃだろう。プライバシーへの配慮を感じる。

 

「ありがとうございます」

 

 そして、差出人の名は、こうであった。

 

「誰からッスか?」

「足の長い紳士から」

「んー?」

 

 店の名前も、主人の名前も明かさない。事前に決めて置いた仮の名前。

 え? そんなん必要ある? と訊くと、「万が一の事がございます」と言われて決めた、俺と彼にしか伝わらない差出人。

 

 足の長い紳士。

 またの名を、奴隷商人・クリシュトー。

 

「……来たか」

 

 まあ、うん……。

 やっぱ、そうそう夢は諦められないって事で。

 ハーレムは男の夢って話で。

 

 二人目のロリが来た。

 

 またぐらがいきり立つ!




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第二のロリ奴隷、エリーゼ!(ネタバレ全開ですね)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で捗っております。
 誤字報告も助かっています。バーッと書いてるので誤字脱字がドバドバあります。いつもすみません。

 前回、ちょっとした設定ミスを発見したので修正しました。すり替えておいたのさ!
 こういう事平気でやります。

 変なとこあるかもしれません。場合によっては加筆します。
 今回、いつにもまして雑だなーと思わんくないです。


 ルクスリリアを購入した際、俺は奴隷商人と次なるロリ奴隷の購入についてお話をした。

 それは奴隷市場に回りづらい上質ロリを手に入れる為の、奴隷商人とのお話であった。ロリ探してあげる代わりに、少し高めに買ってねという。

 

 この契約のメリットは二つ。俺が直接奴隷市場に行かなくていいところと、奴隷商人のネットワークにより幅広く良い商品を検索する事ができるところだ。

 デメリットも存在する。それは、俺が直接確認できないところだ。別にはい見つけました買ってくださいつーか買えコラと押し売りされる訳じゃあないが。もしダメだったら、その時はまぁしゃあない。

 

 あと、それによる問題もある。彼がちゃんとロリを連れて来るか分からないところだ。カテゴリーエラーは勘弁である。

 ロリコンのいない異世界。俺の嗜好が生粋の異世界人であるクリシュトーさんに、ちゃんと伝わってるかどうかは分からない。彼にはロリコンという生き物について一から十まで説明はしたが、どうなる事やら。

 ロリコンってこういうの好きなんでしょ? とロリ巨乳奴隷をお出しされる可能性があるのだ。いやロリ巨乳はロリコン界隈では意見が分かれる訳で……。

 

 そうでなくても、美醜の基準なんて時代や文化によりけりだ。異世界人視点美少女でも俺視点で美少女かどうかは分からない。

 というか、何となくだがこの世界の美の基準は「顔<身体」といった印象がある。前にパーティ勧誘してきたムチムチ巨乳牛人族の女性も、顔はクラスで7位くらいな雰囲気だったが、他の男性からはモテてた感があったのだ。

 

 うん、まぁ何が言いたいかというと……。

 チェンジと言える勇気を持とう、と。

 そう心に留め置くべきだと思ったのだ。

 

 

 

 以前と同じく、お高い店で買ったお高い服を着て、例の奴隷商館に行くと、俺とルクスリリア――こっちはいつものサマーメスガキファッションだ――は丁寧なお迎えと共に応接室へと通された。

 相変わらずセンスの良いお部屋だった。絨毯もフカフカで気持ちがいい。思えば、こういう部屋は異世界じゃここしか知らない。ギルドの応接室も床は木だった。

 

「どんな奴隷ッスかねー。できれば前出て戦ってくれる奴隷だと嬉しいんスけど」

「そうだねー」

 

 あと、事前にルクスリリアに第二奴隷購入について話すと、それは存外あっさりと受容された。

 曰く、「いいと思うッス! 戦力拡充はきゅーむッス!」との事。

 嫌がられたかったのか、嫉妬されたかったのか。俺という奴は、烏滸がましくも第一奴隷にやきもちを焼いて欲しかったらしい。実に浅ましい性分である。

 

「お待たせしました。お久しぶりです、イシグロ様。店主のクリシュトーでございます」

 

 やがて出されたお茶など啜っていると、足の長い紳士こと店主のクリシュトーが現れた。

 彼は以前とは違う服を着ており、これまた上質そうな仕立てである。俺ももう一個くらい良い服買った方がいいのかな。

 

「以前は我が商会の商品をお買い上げ頂き、誠にありがとう存じます。どうでしょう、あれから商品の様子は」

 

 一通りの挨拶の後、オサレ紳士は軽い世間話をはじめた。話題はルクスリリアについてだ。

 というか、当の本人が後ろで待機してるのにそういう事訊くのか。何も返答に困るものではないが。

 

「ええ、とても満足しています。今は迷宮で鍛錬中ですが、すぐに戦力になってくれると思います」

「それは何よりでございます」

 

 ちらりと、ルクスリリアを見る店主。

 その視線に気づいてか、高そうな壺をツンツンしようとしていたリリィはビシッと姿勢を正した。

 

「はっ! ご主人のお陰で中淫魔になれたッス!」

「ほう……?」

 

 訊いてもいないのに、ルクスリリアは偉い人からの視線に慌てて返事をした。

 別に失礼って事は……いや異世界マナーなんざ知らねぇが、ともかく奴隷商人は彼女の返事に意味深な頷きを返した。

 

「クリシュトーさんには感謝しています」

「左様にございますか。奴隷商人冥利に尽きるお言葉と存じます」

 

 何か詮索される前に会話を打ち切る。

 別に探られて痛い腹はないが、俺はさっさと第二ロリについての商談をはじめたかった。

 

 そんな俺の態度に気づいてか、クリシュトーさんはお茶で舌を湿らせると、声色を少し堅くして云った。

 

「契約通り、イシグロ様に自信を持ってお勧めできる商品が見つかりました。現在、別室にて保護しております」

 

 来た! 俺はお膝のお手々を拳に変えた。

 もうバレてるし、バレていいと思っている。カモられてもいい、それがロリ奴隷商売であるならば。

 クリシュトーは一拍空けて、これまた声色低くして続けた。

 

「さっそくお見せしたいところなのですが、先にお伝えしたい事がございます」

 

 その言葉に、俺の胸に緊張感が走った。

 別に騙されてもいいとは思っちゃいるが、ロクでもない取引がしたい訳でもない。

 俺は彼とは良好な関係を構築したいと思っている。彼も俺を良い客かカモと思っていてほしいものだ。

 願わくば、今から彼の言う言葉が、俺からの信用を崩さないものであらん事を。

 

「それは何でしょうか」

 

 俺の緊張感は把握しているはずだ。その上で、彼はこれまた一拍空けた。

 やがて、彼としっかり目が合った。目を見ただけで嘘が分かるとか、そんな技術は俺にもアクセシビリティにもない。けれど、彼の瞳には真摯さがあると感じた。

 

「少々、値が張ります」

 

 少々、というところは気になったが、俺が想定していた言葉の中では全然余裕で受け止められる言葉だった。

 前提として、ここの奴隷は高い。また、曰くちんちくりん少女奴隷は需要がなく安価であるとも言ってたはずだ。にも関わらず、値が張ると。

 これはどういう事なのだろう。俺はその謎を探る為、アマゾンの奥地へと足を進めた。

 

「少々、とは?」

「私が取り扱ってきた商品の中で、最も高額な商品という事です」

 

 それは少々じゃあないだろうとは思った。

 そも、ここの奴隷は高い。安いのでルクスリリア級で、中くらいのだと注文中の俺専用オーダーメイド剣くらいする。最高の奴隷にもなると、俺剣の倍はするとかしないとか。

 となると、俺剣の3倍か、あるいはそのまた倍の値段なのかもしれない。

 

「そうですか」

 

 でも、大丈夫だ、問題ない。

 

 いうて、俺は億万長者である。伊達に三ヵ月命がけでダンジョンアタックしてきた訳ではないのだ。

 ルクスリリアを買い、防具を買い、専用剣を買って尚、ダメージは軽微なのだ。それに、金策に不向きとはいえ巨像迷宮である程度補填できている。普通のダンジョンに潜りさえすれば、黒字にするのも難しくない。

 クリシュトー史上最高額でも、それがロリなら構わんよ。俺は我知らず強張っていた身体を解した。

 

「もちろん、それには理由があります」

 

 ロリ奴隷は安いのに、俺にオススメする奴隷が高い理由。

 そりゃ相応の理由はあるのだろう。クリシュトーはなおも俺の目を見ながら云った。

 

「個体数の少ない種族の奴隷は相応に高価であると、以前お話したと存じています」

「ええ、覚えています」

「今回の商品は、まさにその典型でございます。例え容姿が幼くとも、所有する事に価値が発生する類の商品なのです。ですが、私はこの商品はイシグロ様にこそ相応しいと考えています」

 

 まるで宝石か調度品のような扱いであるが、まぁ異世界倫理と現代日本倫理を同列に考えるべきではない。そういうもの、と認識すべきだろう。

 実際、俺は既にその恩恵を享受しているのだ。それは俺の後ろでテーブル上の茶菓子を見つめている存在である。

 

「その種族とは?」

 

 問うと、熟練の奴隷商人は小さな怖れを吐き出すように、僅か低声で云った。

 

「……竜族の娘にございます」

 

 その言葉に、背後のルクスリリアの身体が震えたのが分かった。それは発言の主である奴隷商人も同じで、彼は気を静めるように一口お茶を飲んだ。

 が、俺にはさっぱりだった。竜族? ドラゴン? なにそれスゲーくらいの気持ちである。個体数が少ないってのも、まぁそんなもんかって気持ちだ。

 

「竜族ですか」

「はい」

 

 イージャン、である。

 無論、ロリコンの俺が思うイージャンポイントは、その希少性や能力が云々ではなく、その種族特性のひとつに由来する。

 

 ルクスリリア購入前、王都西区の有料図書館で調べた事がある。色んな種族の事と、それら生態についてだ。

 希少だがメジャーな竜族については、割としっかり記載があったのだ。

 

 俺はその内容を思い出しながら、膨らみそうになる股間を気合で抑え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ――竜族。

 

 竜族とは、かつて暗黒時代の異世界を暴威によって支配した半神的存在である。

 しかし彼らは、大災厄の謎の奇病によって、大きくその数を減らした。

 

 奇病が収束した後、彼らは絶滅一歩手前まで追い詰められた。

 やがて竜族の命脈も絶たれようとしたその時だった。

 

 勇者・アレクシオス。

 

 後に王となる男が現れ、共に世界の危機に抗おうと、竜族の戦士をパーティに勧誘したのだ。

 しかし、御多分に漏れずプライドの高かった竜族は首を縦に振らなかった。竜族視点、下等生物と共に戦うなんて恥だったんだろう。

 それでも諦めなかったアレクシオスは、当時竜族最強だった男と決闘し、力を認めさせ、彼と友誼を結ぶ事に成功したのである。

 

 勇者と決闘し、勇者と共に戦った竜族の男こそ、後の英傑の一人。

 銀竜剣豪・ヴィーカである。

 

 まあ、その後については竜族史というより王国史になるので割愛するとして……。

 ともかく、竜族というのは、昔から居て傲慢で支配者意識の強いプライド高すぎ長生き種族なのだ。

 

 

 

 この世界には、色んな種族がいる。

 俺やクリシュトーの様な人間族。ルクスリリアの様な淫魔。それぞれ、人間族は人間種。淫魔は魔人種とカテゴリー分けされる。

 

 一言で獣人といっても、獣人にも色々あるのだ。

 虎っぽい特徴を持った虎人族。これは獣人種虎人族になる。

 で、これまた虎人族でも色々分かれるのだ。白虎とか赤虎とか。魔虎というのもいるが、こっちは魔人族だ。ややこしいね。

 

 そんな中、竜族は特別扱いで。なになにのなにというものがなく、竜族は竜族というカテゴリー。で、種類も2パターンしかない。

 旧支配者の血を引く竜族と、竜族に支配されていた翼竜(ワイバーン)族だ。

 まぁ翼竜族については今はどうでもいい。

 

 竜族である。

 それは、ロリコン視点で見てなかなか良い種族だと思うのだ。

 何故か? エタロリだからだ。ロリであるならば、の話だが。まぁこの世界での不老特性は珍しくないが、それはそれ。

 

 例によって、彼らに老化現象は発生しない。

 大体10年で成長限界を迎え、そこからは成長も老いもない。不老の種族であり、おまけに魔族に似た特性もあるのでほぼ不死である。

 

 竜族は凄い。何が凄いって、生命としての平均能力値が人間とはダンチなのだ。

 まず身体能力。無論の事、人間とは比較にならず、その比較対象は獣人種で、一等マッチョな熊人族と同等である。

 それと魔法適性。これまた人間とは比べものにならず、比較対象は森人とかその辺。パワーも精密動作性も持続力も、森人の上澄みと同等である。

 んでもって生命力。当然人間とかカスであり、比較対象は魔力生物である魔族。まぁ1でも魔力があれば生きてる魔族と違い、竜族は心臓潰されると死ぬらしいが、それでもお腹真っ二つになろうが頭パーンになろうが心臓さえ無事なら普通に全快するらしい。

 

 とかく、竜族は他種族より遥かに強い種なのだ。

 まぁ、それでも勇者アレクシオスとか現ラリス国王とかよりは弱いらしいが、平均値は高いのである。

 

 あと、もうこれだけで十分チート種族な気もするが、それに加えて竜族には個体ごとの“竜族権能”なる能力があるらしい。

 なんじゃそれって思ったが、要は異能かスタンド能力みたいなもんだった。

 権能は魔法とは別種の力。触れたモノを金に変える力とか、毒霧を生成し操作する力とか色々。

 こいつら、世界観違くね? って思ったよね。

 

 そんなアルティミット・シイング・ドラゴン様だが、運営からナーフでも食らったのか一個明確に弱いところがある。

 繁殖力の無さだ。

 

 竜族はマジで子供ができない。

 いや不老不死のめちゃ強種族が量産されるとかそれはそれで怖いが、その強さ故か竜族同士の子供はかなり珍しいのだとか。ピュアドラゴンベビーが生まれた際など、一族総出でお祝いするんだって。

 加えて、竜族は竜族同士でしかドラゴンベビーを作れないらしく、他種族との間の子供は大概相手側の種族になり、運よく竜の子ができても弱いドラゴンベビーとして生まれ、不老特性を除く殆どの竜族パワーを失うとか。竜族視点。そんなのドラゴンじゃないやいとなるのかもしれない。

 

 だからこそ、純粋な竜族の子供は貴重なのだ。

 それが、どういう訳だか人間族の奴隷商会で商品になっていると。

 レアもレアである。お金持ちの好事家なら、例えロリでも買うのだろう。知らんけど。

 

「だから高いのですね」

「ええ……。ですが、イシグロ様にとってもお値段以上の価値がある商品であると自負しております」

 

 おやおや、おやおやおやおや……。

 この男、ずいぶん竜族奴隷を推してくる。よほど買って欲しい理由でもあるのか、さて……。

 

「彼女の名前はエリーゼ。父は彼の傲魔竜アヴァリ。母は宝銀竜テレーゼ。歳は140。容姿は幼く、処女でございます」

「ほう」

 

 親の説明とかされても困るが、140歳幼女とか滾らない訳がない。

 俺は続く奴隷商人の奴隷紹介に耳を傾けた。

 

「そして、母方の祖父は彼の大英雄……銀竜剣豪のヴィーカ様でございます」

 

 しばしの静寂。

 

 決め顔のクリシュトー。

 御茶菓子をくすねて食べようとしていたところでビックリして固まったリリィ。

 別に変化のない俺。

 

 ごほんと咳払いひとつ。クリシュトーは仕切り直した。

 

「……イシグロ様は、ラリス王国の歴史についてはご存じでしょうか」

「図書館で読める分は。ヴィーカ氏の存在も知ってます。勇者様の次に強かったらしいですね」

「さ、左様にございますね。えー、はい。エリーゼはそのヴィーカ様の孫娘にあたります。容姿が幼く性奴隷としての需要はなくとも、その希少さと血統には相応の価値が発生します」

「なるほど」

 

 俺視点、血統とかどうでもいい。別に祖父が英雄だろうが、そのロリ性に影響はないだろう。大事なのはロリな事であって、カワイイに関係ない項目はどうでもいいのだ。

 レア中のレア中のレアなのは分かった。スネークじゃないが、「で、味は?」と訊きたいところである。

 

「それで、そのエリーゼはいくらなんでしょうか」

 

 なので、ぶっこんだ。

 血統だの希少性だのブランド性だのは知らないが、例え高価でもエタロリならば検討に値する。

 最終的には見て決めるだろうが、俺は先に値段を訊く事にした。

 

「ええ。もしイシグロ様にご購入いただけるのであれば……」

 

 そして、クリシュトーはゆっくりと口を開いた。

 

「10億ルァレとさせて頂きます」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 ん?

 

 いや、待て、おい……。

 こいつ、さっき“10億”と言ったか?

 安くしときますみたいなニュアンスで、「10億にしときまっせ」と言ったのか?

 こんなに高くてごめんねっていうニュアンスなのか? 分からん!

 

 ……いや、高くね?

 

「10億ですか」

「はい」

 

 無表情のおじさん。何故に無の顔なんだ。

 明らかに何かまだ言ってない事あるぞ、この人。

 

 これまで、俺はずっと貯金をしてきた。

 ルクスリリアも専用剣も買って、それでもまだまだ余裕あるぜってくらいには貯金してきたのだ。

 冒険者は儲かる。ヤバいダンジョン行けばめっちゃ金入る。私生活も切り詰め、こつこつ貯金した後、それなりの買い物をした上で。

 今の俺の残高は……。

 

 約11億ルァレ。

 

 ほとんどなくなるやん、である。

 

「安いッスね……」

「え?」

 

 背後でルクスリリアが呟いた。

 マジかよ、これ俺の感覚がおかしいのか?

 いや、でもリリィの感覚がおかしい可能性は十分あるし、クリシュトーがめちゃくちゃボッてる可能性もあるじゃあないか。

 

「ご主人、純粋な竜族なんて、買えたとしても10億じゃ絶対無理ッスよ。安いというか何というか、赤字覚悟? みたいな?」

「え、そうなの?」

 

 訊くと、その問いにはクリシュトーが答えた。

 

「ええ。約200年前、この店で取引された竜族の奴隷の値段が、こちらになります。開示には許可を頂いています」

 

 言うと、古めかしい雰囲気の契約書を見せてきた。そこには、竜族御一人1000億ルァレと書いてあった。爆撃機かな?

 契約書は保存魔術の匂いがプンプンしていて、リリィの契約時にも使っていた紙によく似ていた。

 了解を得てから手に取り、こっそりコンソールを起動。アイテム情報を見ると……。

 

「マジじゃん」

 

 マジだった。この契約書は偽造書類じゃなく、マジで200年前に契約した取引の証拠だった。

 チートに生かされてる俺だ。チートを疑ってもしょうがないと割り切っている。これはガチだ。

 取引相手はどこの誰だよと思ったら、当時のラリス国王だった。国のお金で奴隷買ったのか……。

 

「エリーゼの、この値段には理由があるのです……」

 

 色々と愕然としている俺に、奴隷商人は言葉の濁流をぶつける気らしい。

 ちょっと処理が追い付かないぞ。

 

「先ほど申しました通り、エリーゼはヴィーカ様の孫娘です。そうなると、本来ならば以前販売した竜族奴隷と同等かそれ以上の値段で然るべきです。しかし、そのような値段は妥当ではないと判断しました。理由は三つあります」

「そうですか」

「第一に、この奴隷の未成熟さです。容姿だけではありません。エリーゼは成竜済みであるにも関わらず、権能を発現していないのです」

「へー」

「第二に、受胎不可という点です。元の所有者は彼女に不妊の呪いをかけたようで、エリーゼは死ぬまで子を成す事ができないのです」

「それは惨い」

「これが一番大きな事なのですが……。第三に、ヴィーカ様の孫娘である点です」

「それは……それは何故?」

 

 ショートしていた脳を再起動し、俺はクリシュトーと目を合わせた。

 ちょっとおかしい。ヴィーカの孫娘である事が高価な理由なのに、ヴィーカの孫娘である事が値下げ理由になるなど、どういう事だ。

 

「……竜の逆鱗です」

「ああ~、そういう事ッスか」

 

 重々しいクリシュトーの言葉に、背後のルクスリリアは納得いった風の声を漏らした。

 視線をやると、ルクスリリアは一度クリシュトーと目を合わせた後に、口を開いた。

 

「えーっと、ヴィーカ様ってまだ生きてるんスよ。どこにいるのかは分からないッスけど」

「うん」

「で、奴隷になった孫娘を、祖父であるヴィーカ様が見たら……」

「キレる?」

「かもしれないッスね~」

 

 銀竜剣豪・ヴィーカ。伝説の英雄だ。間違いなく俺より強いだろう。俺でさえその気になれば東京タワーを破壊できるのだ。彼がその気なら北海道を二分割する事だってできるのではないだろうか。知らんけど。

 そんな人が奴隷化した孫娘を見てキレて暴れたら、間違いなく主人は死ぬ。ついでに一族郎党皆殺し。関係者も根切りゾ案件。王都も爆発四散しちゃうかも。

 奴隷契約でエリーゼちゃんも死ぬかもしれないが、人質ならぬ竜質になるかは怪しいものだ。いっそもろともとエリーゼサイドが言う事だってあり得る。ヤバ過ぎィ!

 

「伝説の通りの方なら、ヴィーカ様が激昂される可能性は低いでしょう。ですが、彼の逆鱗がどこにあるかは分かりません。もしかしたら、孫娘を販売した我が商会にも刃を向ける可能性もございます」

「怖いですね」

「怖いのです」

 

 なら、そんな奴隷をなんで商品化したんだよと思って見てみると、クリシュトーの無表情が更なる虚無顔になっていた。

 

「お客様の情報故、詳しく申し上げる事はできませんが……」

 

 紅茶を飲むクリシュトー。その手は少し震えていた。

 

「所詮、私の様な人間は、竜族の方には逆らえないのです。法を犯した訳でもない相手に、商会や王家が口を出せる訳もなく……。この値段は、イシグロ様が銀細工持ちの冒険者であるからでして、前述の理由を加味しても本来もっと高価にせねばならないのです。あまり安くし過ぎると、うちだけでなく多くの方の面子が……」

 

 なんか知らんが、どうやらエリーゼは押し付けられた商品であるらしい。彼的には、エリーゼはもうさっさと手放したい奴隷なのかもしれない。じゃあタダでくれよと思うが、それはできないっぽい。

 あと、俺だから10億ってのは何なのだろう。冒険者相手だと、奴隷を安く売ってもいいのだろうか。竜族特有の事情でもあるのか?

 分からん、分からんが、彼が俺にエリーゼを買わせたがってた理由は分かった。爆弾の押し付けだ。普通の好事家に売っちゃうと起爆の確率が高まっちゃうのか。じゃあ仲間内で……てのも、してないあたり無理なんだろうな。

 

「エリーゼは様々な方からのあつ……意向で、我が商会にやってきたのです……」

 

 ぱさりと、今度は真新しい契約書を見せられた。

それはエリーゼの契約書だった。そこには色々と細かい事が書いてあったが、その中には「こいつを適当なモンに売るんじゃねぇぞ!」みたいな記述があった。なんじゃそりゃ。

 どうやら、予想通りラリス王家や貴族や竜族など、一部販売相手には制限がされている様だった。なんじゃそりゃ、よく分からん。

 

「どう思う?」

「いいんじゃないッスか? ぶっちゃけ、ヴィーカ様と会う事なんて死ぬまでなさそうッスし。ご主人の好みで決めちゃっていいと思うッス」

「そう? ん~、でもな~」

 

 うーん、まあ、値段はいいのだ、値段は。

 やっぱ、そんな怖い人の逆鱗に触れる(かもしれない)契約は、したくないなぁという気持ちが湧いてきた。

 エタロリドラゴンとか最高やんけと思わなくもないが、それでも英雄様の大暴れは怖い。そも、ルクスリリア一人でいいじゃんとか考えてたのである。もうがっつくもんでもないのだ。

 

「……報復の可能性についてですが、エリーゼの主人がイシグロ様であるならば問題ないと考えられます」

「それは何故ですか?」

 

 絶対に大丈夫というなら考え直すかもしれないが、そんなのあるとは思えない。相手はろくに人となりも知らない英雄様だ。その感情など、推し量れるもんじゃないだろう。

 

「ヴィーカ様は生粋の武人。エリーゼの主人がイシグロ様であるならば、きっとお認め頂けるはずです。それに、一党の頭目である銀細工持ちのイシグロ様が彼女をいち戦士として遇しさえすれば、例え逆鱗に触れたとしてもイシグロ様を害する事はないでしょう。彼が彼自身の伝説を穢すというのは考え難いです」

「そうなんでしょうか」

 

 色々と言ってはくれたが、どれも確信のない事である。

 俺はチキンなので、そう言われても怖いものは怖い。

 

 10億で爆弾を俺に売りたい商人と、買ってもいいけど爆弾が怖い俺。

 聞くに、俺が買うのが最も起爆確率が低いんだろうが……。

 

「……これ以上値下げする事はできませんが、商品価格以外のサービスは全てこちらで請け負う所存です、勿論、可能な限りのサポートもご用意いたします」

「うーん……」

 

 残念ながら、それでも俺の天秤は買わない方向に傾いていた。

 玉無しロリコンと笑いたきゃ笑え。オイラぁ爆弾は怖いんだ。

 

「……では、一度お見せいただけますか?」

「ええ」

 

 うん、もう断って帰って寝よう。

 どんなロリが来ても、俺は爆弾を抱えたくない。

 けど、見るだけは見ようと思った。

 

 買うつもりはない。商品を見もせずに帰るのは、流石に今後に差し障ると思ったのだ。

 例え今回はダメでも、次の商品に期待したいものである。

 ロリハーレムはまだ諦めてねぇんだ。今回は御縁が無かったという事で……。

 

「エリーゼを此処に」

「かしこまりました」

 

 ベルを鳴らして現れた従業員に、クリシュトーはロリを連れて来るよう命じた。

 どうせ買わないのに、ちょっと申し訳ない事をさせてると思う。

 

「はぁ……」

 

 せっかくのロリ奴隷だが、やっぱり爆弾付きじゃあ買う気になれない。

 エリーゼちゃん、君は良いロリなのかもしれないが、君のおじい様がいけないのだよ。

 

「連れて参りました」

 

 しばらくして、ドア越しに従業員の声。

 主の許可の後、がちゃりとドアが開かれ……。

 

 

 

「我が名は、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア。月夜に生まれし竜。傲魔と宝銀の娘。銀竜剣豪ヴィーカの孫。人間の貴方に、この私を愛でる覚悟はあるのかしら……」

 

 

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 来てよかった。




 感想投げてくれると喜びます。



 以前、歴史上の人物は主人公たちとは全く関係ないとか書きました。
 あれは嘘になりました。
 申し訳程度に関わります。とはいえガッツリって訳じゃありませんが。

 こういう事平気でやります。


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少女の居場所

 感想・評価など、ありがとうございます。楽しく書けています。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。

 今回は三人称、エリーゼ編です。

 何故エリーゼをヴィーカの孫にしたのかというと、頂いた感想に触発されたからです。
 こういう事平気でします。


 蒼い月の夜。

 

 エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィアは、“愛”と共に生まれた。

 

 その日、父は我が子の誕生を寿いだ。

 その日、母は我が子の健勝を祈った。

 

 エリーゼは、愛で以て生まれ、

 やがて愛を失い、

 愛に飢え、死んでいない。

 

 弱き竜、儚き娘。

 宝を持たぬ貧しき子。

 

 誰でもないエリーゼは、思う。

 せめて、心だけでも、と。

 

 

 

 古今東西、竜族の赤子は貴重である。

 元より強靭な個である竜族は、人間のように子を成して命の灯を次代へ繋げる必要がない。よほどの事がない限り、ほっといても存続できるのだ。そのせいか、竜族は繁殖能力が極めて低い。

 が、必要かどうかでなく、それはそれとして愛の結晶が欲しいというのは竜も人間も変わらない。子を欲し、けれども叶わぬ竜族夫婦の如何に多い事か。

 大災厄の後、絶滅しかけたという歴史もある。感情的にも、実利的にも、子が生まれるのは喜ばしい事なのだ。

 

 そんな中、とある竜の一族に、ビッグニュースが報じられた。

 傲魔竜と宝銀竜の夫婦が、子を授かったというのだ。

 ただでさえめでたいニュースに加え、親が親であり、血統が血統であった。それはもう、一族総出でレッツパーリィである。

 

 傲魔竜アヴァリといえば、当代最強の竜魔導士で知られ、莫大な魔力と精密な魔法行使能力を有し、“呪詛”の権能を持つ最新の英雄である。

 宝銀竜テレーゼといえば、銀竜剣豪ヴィーカの娘であり、“祝福”の権能を持つ絶世の美女だ。その美貌は竜族一位。よしんば彼女が二位だとしても、竜族一位なのだ。

 なにより、生まれたのがヴィーカの孫というところが素晴らしい。ヴィーカの血統なんてナンボあってもええですからね。エリーゼの生誕で最も喜んだのは、彼の銀竜剣豪を輩出した一族の長であった。

 

「アヴァリ! よくやった! お前を一族に迎え入れてよかった!」

「そのお言葉ありがたく。しかし、順序が違いますな、長殿。逆鱗に触れますよ」

「おぉそうだったな! テレーゼもよくやった!」

「あら、はしたない。そうも喜んでは、長の威厳がなくなりましてよ」

「今日くらいは構わぬさ!」

 

 そんなこんなでお披露目会。

 赤子のエリーゼは、煌びやかな宴の最中代わる代わる色んな竜族の人たちに抱っこされた。

 一族の竜が挨拶に来る度、エリーゼの顔を見ては頬を緩ませ、歓喜の魔力をむんむん放出していった。

 髪の色がヴィーカと同じだとか、顔立ちは母親似だとか、目の色は父親と一緒だとか。

 竜族のイメージからは考えられぬ、賑やかで和気あいあいとした雰囲気の宴であった。

 

「エリーゼは本当に愛らしい……目元などお前そっくりではないか」

「ふふっ……赤子にしてこの魔力、貴方の子でもあるのよ」

「長ずれば私をも超えるかもしれぬな、はははっ!」

 

 大人たちは、エリーゼを祝福すると同時に、その将来に大いに期待していた。

 なにせ当代と古代の英雄ハイブリッド。魔法最強と近接最強が合わさり最強無敵に見えるのだ。どいつもこいつも頭がおかしくなっていた。

 

「おはようございます、エリーゼ様」

「ええ、おはよう……」

 

 新竜期、エリーゼは周囲の大人から蝶よ花よと愛されて育った。

 幼子にして、母譲りの美貌の持ち主であったのもあるが、何よりもエリーゼはその心根こそ一等美しかったのだ。

 

「今日は如何なさいますか?」

「何もないのでしょう? なら、書斎に行くわ」

「かしこまりました」

 

 在るべくして在り、驕らず、媚びず。それでいて華やかで、たおやかで、古典文学の似合う真の令嬢。

 生まれながらの貴人。命令されずとも、自ずと傅きたくなるような淑女であったのだ。

 

「おはようございます、エリーゼ様」

「礼は結構、続けて頂戴。武こそ騎士の本懐、励みなさい」

「はっ……!」

 

 両親に愛され、侍女たちにも愛され、近衛の騎士たちにも愛されていた。

 その頃のエリーゼは、皆から愛されていたのだ。

 

 しかし、エリーゼの竜生は、5歳の頃からおかしくなりはじめた。

 

「エリーゼ様、あまり大きくなりませんね……」

「一度医師に診てもらうべきでは?」

 

 竜族は、身体の成長が人間よりも早い。

 10歳で成竜を迎えるのだ。それ以上は不変となり、不老不死になる。自然、5つの頃には人間でいう10代前半くらいの容姿になるものである。

 けれど、エリーゼは違った。

 

「エリーゼ様は、本当にアヴァリ様のお子なのだろうか……?」

「馬鹿、聞かれたらどうする……!」

 

 1歳、エリーゼは新生竜だった。2歳、当然としてエリーゼは幼竜だった。

 3,4,5歳になって尚、エリーゼは幼竜の姿のままであった。

 それはまるで、同い年の人間族(かとうしゅぞく)の子供の様だった。

 

「病など、そんなはずはないわ……」

 

 エリーゼは祖父譲りの髪と、父譲りの瞳と、母譲りの美貌を持って生まれ、心身ともに美竜姫であると称えられた。しかしそれは将来性込みの賛美。幼竜時代が盛りなのではない。

 幼竜の美貌とはつまり、犬や猫の愛らしさ。竜族の女としては、相応しくないのである。

 

 この事で最も懊悩していたのは、当のエリーゼであった。

 愛により育まれたエリーゼは、母のように美しく、父のように強くなりたいと願うようになっていたのである。

 とても、純粋に。

 

 時は過ぎていく。

 

 いつだったか、エリーゼの母が城から姿を消したのは。

 いつだったか、父がエリーゼと話す機会が減ったのは。

 いつだったか、侍女たちがエリーゼを見る目に、侮蔑の色が混じりはじめたのは。

 

「本当、気味の悪い子ですわ……」

「一年にほんの少ししか背が伸びないなんて、どこか何かが狂っているのよ。病もないようだし、呪いなのかしら?」

「さぁねぇ……でも、やっぱり可能性としては……」

 

 竜族とは、魔力に敏感な種族である。

 竜の角は“権能”の源であると同時に、魔力を感知する感覚器官でもあるのだ。

 そういう感覚に敏感な竜族は、往々にして魔力に混じった“心”を感じ取る事ができる。

 

「いやだわ、態度ばかり大きいんだもの。混ざりものの癖に……」

「誰と交わったらあんな竜が生まれるんだか」

「前の騎士長は、そういえば青い瞳でしたわよね?」

「あー、あの大男? 強いばかりで頭の悪い……」

「そういえば、テレーゼ様が城を出たのも、騎士長が変わってからよね?」

 

 色付きの魔力。それは、表に出していい類のものではない。そういうものである。竜族が無暗に心を晒すなど、あり得ない事だ。

 森人もそうだ。心を静める事こそ森人の得意技。魔力に乗る感情は、ごく微弱。まして他者に心を悟られるなど、未熟の証である。

 

「おはようございます、エリーゼ様……」

「ええ、おはよう……」

 

 それが、下位の翼竜種ならどうか。

 それなりに高い魔力を持ち、魔力の操作が下手で、別に魔力に感情を乗せる事を恥だと思わない下位翼竜種(しもべたち)は、魔力感覚に秀でた竜族から見て、どうだろうか。

 

「はぁ……」

 

 エリーゼは、下位翼竜種が嫌いになった。

 けれど、それを表に出す事はなかった。

 エリーゼは高貴な竜族なのだ。下の者など、気にするべきではない。

 

 時は過ぎていく。

 

 6歳を過ぎたエリーゼからは、次々に欠陥が見つかって行った。

 容姿の異常性だけでなく、能力の異常性までも明るみになったのである。

 

「うぅむ、素晴らしい魔力だ。だが、どうにも形にならぬな。もう一度やってみろ」

「はい、お父様……」

 

 父からの魔法指導。

 魔力に秀でたエリーゼは、何故かあらゆる魔法の行使ができなかった。

 魔力はあった。父に勝るとも劣らぬ、莫大な魔力が。しかし、それを使う事ができなかったのだ。

 

「エリーゼ様、そろそろお止めになった方がよろしいかと……」

「はぁ、はぁ……いえ、もう少し続けます……」

 

 近衛騎士の下での、武技の鍛錬。

 ヴィーカの孫、テレーゼの娘。魔法はなくとも剣ならばと、エリーゼ自身そう思っていた。

 だが、これもダメだった。竜族にあるまじき膂力の欠如。竜族魔翼(つばさ)の展開ができず、竜族鱗鎧(よろい)も纏えない。諦めきれなかったエリーゼは、騎士が止めるまで技を磨くべく励んだが、それが実を結ぶ事はなかった。

 

「このままじゃ、このままじゃいけないわ……」

 

 やがて、運命の時が来た。

 幼子の姿で、魔法も使えぬ、力も弱いエリーゼの、権能お披露目パーティである。

 その宴には、祖父のヴィーカも出席するとの噂もあった。

 

「まさか、成竜で権能なしとはな……」

「もしやまだ成竜していないのでは? 年月を経れば、あるいは……」

「角は生えきっているではないか。我が子など、六つの頃には権能を有していたぞ」

「まさか、飛ぶ事さえできぬとはな……翼竜(ワイバーン)族の子供でもあるまいに……」

「あれがアヴァリ様の子か……?」

 

 10歳の誕生日であった。

 慣例により、一族総出で祝福されるべき場で、彼女は一族から見放された。

 身体の成長限界。魔法の無才。膂力の欠如。純粋竜族にあるまじき、“竜族権能”の未発現……。

 その様を、祖父のヴィーカも見ていた。

 

「申し訳、ありません……」

 

 生まれながらの貴人。英雄の子。英傑の孫。

 かつて、真の令嬢と謳われたエリーゼ。

 一族から見放され、侍従にまで見下され、あまつさえ偉大なる祖父にまで恥を晒してしまった。

 

「申し訳……ありません……!」

 

 竜族の子供は貴重だ。

 誕生は、とても喜ばしい事だ。

 だが、弱い竜は別だ。

 

 竜の竜たる所以とは、力にこそ在り。

 銀竜の一族であるならば、尚の事。

 そう、教えられてきた。

 

「俯くな、前を向け」

 

 恥辱に沈むエリーゼに、英雄は言葉をかけた。

 端から見ると、それは何に見えた事だろう。

 人間の感性なら、叱咤激励に見えたかもしれない。

 竜族の感性だと、死体蹴りに見えたかもしれない。

 

「弱さを認めろ。己を愛せ」

 

 英雄にどんな意図があったのかは、分からない。

 エリーゼが、その時どんな感情を抱いたかも、誰にも分からない。

 彼女はその日、“己”を知ったのだ。

 

「努々、忘れるな。我が孫よ」

 

 

 

 宴の後、エリーゼは実家の宝物庫で保管される事となった。

 誰あろう、父の指示によってである。

 

「エリーゼ、お前は脆い。だが価値はある。死なぬよう、傷つかぬよう父が守ってやる」

「はい、お父様……」

 

 母はエリーゼを愛さなかったが、父はエリーゼを愛し続けた。

 幼竜のまま成竜になった希少種。魔力を持ち、魔法を扱えぬ矮小な命。権能を持たぬ珍妙な竜。

 傲魔竜アヴァリ(エリーゼの父)は、娘を“宝”として愛した。

 娘は、父の所有物になったのだ。

 

 竜族は財宝を愛するものだ。

 それは殆どの竜族が持つ嗜好であり、父はそれが顕著な竜だった。

 だからこそ、エリーゼはとても大事にされた。

 

「エリーゼ様、お加減は如何でしょうか」

「悪くないわ……」

 

 宝物庫の最奥。最も大切で、貴重で、脆い宝を置いておくところで、エリーゼは保管される事となったのだ。

 宝の管理は信頼できる最上級の侍女に任せ、宝物庫は近衛最強の騎士に守らせ、城には常時翼竜族の兵士を駐在させた。

 

「久しいな、エリーゼ、身体の調子はどうだ?」

「はい、問題ありません。お父様……」

「うむ、美しい毛艶だ。良い仕事であるな……」

「ありがとうございます……」

 

 決して、宝に傷がつかぬよう、父は娘を保管した。

 嘘偽りない、愛ゆえに。

 

 

 

 そうして、100年と少しが経った。

 その間、エリーゼは一度も宝物庫の外を出ていない。

 

「おはようございます、エリーゼ様」

「ええ、おはよう……」

 

 宝物庫といっても、人間種が有している様な狭い物置部屋の様なものではない。

 古の空間魔法により拡張され、魔法により疑似的な月と太陽を再現し、庭や娯楽室なども存在するそこは、いわば城の中にある城であった。

 

「エリーゼ様、お手入れの時間にございます。どうぞ、こちらへ」

「ええ、分かったわ……」

 

 そんな場所で、エリーゼは100年の時を過ごした。

 最も信頼していた近衛騎士が死に、世話係の侍女が代替わりし、一年に一度会う父と話をしたりして。

 エリーゼは、腐る事なく生きていた。

 

「エリーゼ様、お散歩の時間ですよ」

「ええ、分かったわ……」

 

 幼子の時分、褒め称えられた淑女のまま。

 生まれながらの貴人の佇まいで、真の令嬢として。

 独り、俯く事なく過ごしていたのだ。

 

 ただ、飢えてはいた。

 

 

 

 ある日、それは突然にやってきた。

 傲魔竜の住まう城が襲撃を受けたのだ。

 

「オラオラオラァ! こんなんじゃ肩慣らしにもなりゃしねぇぞ!」

「一番強い奴! 出て来いやぁー!」

 

 襲撃者は世にも珍しい双子の竜族兄弟であった。

 背の低い魔術師の兄と、背の高い戦士の弟だ。

 

「チッ、どいつもこいつも腰抜けばっかじゃねぇか!」

「兄ちゃん! 兵士が逃げてくぜ! 追わなくていいのか?」

「馬鹿が、いいんだよ別に。狙いはあのクソ野郎なんだからな……」

 

 兄弟は傲魔竜アヴァリに恨みを持っていた。

 理由は単純。親の仇である。決闘でなく、奇襲で。誇りも誉れもなく、母はアヴァリに殺されたのだ。

 なので、復讐に来たのである。ついでに宝を奪いに来た。ちなみに理由の四割は後者だ。

 

「ふむ、よく来たな若竜共。最近の竜にしては骨がある。良い殺気だ」

「はっ、老いぼれが。決闘しにきてやったぜ、クソ野郎」

「母ちゃんの仇! オレが取ってやるぞォ!」

「二人がかりで決闘とは、まぁ良い……。相手をしてやろう、この傲魔竜アヴァリがな……!」

 

 大災厄より前、竜族同士の殺し合いなど珍しくもなかった。

 だが、現代だと珍しい。他竜族の城に殴り込んで宝を巡って争うなど、イマドキの竜族からすると野蛮に過ぎる。

 しかし、アヴァリは違った。彼は強欲で傲慢で、自身が欲しいと思った宝は力で手に入れてきたし、気に入らない奴は全員ぶっ殺してきた。相対する兄弟もまた、昔気質の蛮族竜であったのだ。

 

「私は我が財宝の全てを賭けよう。もちろん報復もさせない。貴様らは何を賭ける?」

「全てだ……!」

「オレも同じだ!」

 

 そして、財宝や誇りの為ならば、命を賭けて戦うのが昔気質の竜族男児というものだった。

 城の中には、既に下僕翼竜はいない。ほとんど兄弟に殺されたからだ。生き残った奴は逃げた。アヴァリは気にしない。どうせすぐ増えるからだ。

 

「ははははっ! 久しいなぁこの感じ! 存外やるではないか若いの!」

「落ち着け弟! 幻術に惑わされるな!」

「うぉおおおおおッ!」

 

 傲魔竜の玉座の間にて、三人の漢たちが戦っていた。

 呪詛が飛び、魔弾が爆ぜ、斬撃の余波で壁が崩落する、竜族同士の殺し合いだ。

 不死同士の殺し合いは凄惨で、血生臭い。四肢欠損と瞬時再生。飛び散る竜血。美しさなどない。狙いは常に一点、互いの心臓のみ。駆け引きなど、けん制など、全て一撃の為の布石である。

 故に竜族の決闘は、あまりにもあっさりと決着する。

 

「はははっ……! 見事だ、若いの……!」

「うるせぇ、死ね」

 

 ぐしゃりと、エリーゼの父の心臓が潰された。

 呆気なく、最新の英雄は死んだ。

 その戦いの勝者は、兄弟であった。

 

 アヴァリは既に息絶えている。心臓が潰されたのだ。再生する事はない。

 二対一とはいえ、尋常な決闘である。彼の一族からの報復はない。そして、勝者は全てを得るのである。

 

「さて……復讐も済んだし、あとは……」

「お楽しみの時間だな! 兄ちゃん!」

「おうよ!」

 

 兄弟が襲撃した理由は、復讐と財宝の簒奪である。そう、財宝だ。宝物庫の最奥にある、最高のお宝が真の狙い。

 それこそ、噂に聞く傲魔竜の娘であった。

 

 ヴィーカの娘、テレーゼ。アヴァリの妻といえば、竜族視点……否、異世界人視点最高に激マブの竜姫として有名である。

 ならばその娘は、きっと凄まじい美女に違いないと思ったのだ。実際、噂によると生まれながらの貴人とか真の令嬢とか言われてたらしいし、そんなん絶対激マブやんといった思考である。

 で、復讐の後でその娘を食べるのだ。蛮族思考の極みである。

 

「えーっと、どこだぁ……?」

「この扉じゃねぇか? オレでも壊せないぞ、これ」

「お、さすが弟。よし、今開けるぞ」

「兄ちゃん、オレ身体が熱くなってきたぞ!」

「うるせぇ! 集中させろ!」

 

 娘がいるのは、宝物庫の最奥であると思われた。

 アヴァリはよほど娘が大事と見え、宝物庫は恐ろしく厳重な施錠がされていた。

 物理的な罠や鍵は全て弟が破壊し、魔術系の仕掛けは兄が解除していった。

 

「はぁ! はぁ! もうすぐ、もうすぐテレーゼの娘を……!」

「もう我慢できねぇー!」

 

 道中、兄弟の息子は絶好調だった。

 あまりにも絶好調過ぎて、二人は歩きながら衣服を脱いでいった。全裸フルチンだ。

 戦闘後の熱が、今か今かと放出の時を待っていた。ギンギンだ。

 

「ここがその娘のハウスか!」

「いいから入ってみようぜぇ!」

 

 そうして、ギンギンフルチン兄弟は、宝物庫に押し入り……。

 

「我が名は、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア。月夜に生まれし竜。傲魔と宝銀の娘。銀竜剣豪ヴィーカの孫。例え身体は屈しても、心まで屈するとは思わない事ね……」

 

 そこに、ちんちくりんがいた。

 

 噂通り、娘は美しかった。だがその美貌は、あくまで子供のソレであり、将来が楽しみだねとなる美しさだった。

 佇まいも噂通り高位竜姫そのもので、名乗りも最高に決まっている。もし一連の流れを平均的竜族女子がやれば、どんな竜族男子でも悩殺できてしまいそうなほど洗練されていた。

 だが、幼竜だ。いや幼竜に見える成竜だ。かわいいねとは思えても、全く全然これっぽっちも滾らない。

 

「弟よ、あの娘を犯せ」

「む、無理だよ兄ちゃん、ほら……」

 

 せっかくだからと事に及ぼうとしても、剣が無ければバトルができない。

 フルチン兄弟のギンギンは、エリーゼを見てしおしおになってしまったのである。

 それはまるで、花が枯れる様を早送りしたような光景であった。枯れたのは兄弟の性欲だが。

 

「くっ、不調法者……!」

 

 エリーゼは覚悟していた。

 城が襲撃され、父が敗れた事を悟った時、エリーゼはこれから起こる最悪な事態を、すぐに覚悟したのである。

 殺されるか、弄ばれるか。竜族を増やす為の孕み袋になる事だって、覚悟の上で竜の名乗りを上げたのだ。

 せめて、心だけでも、と。

 

「どうする、兄ちゃん?」

「あぁ~、そうだな~」

 

 にも関わらず、全くそんな事にはならなかった。

 別に期待していた訳じゃない。誰が好き好んで親の仇の慰み者になどなりたいものか。抵抗できる力があれば、エリーゼはとっくにやっていた。

 それはそれとして、屈辱であった。

 

「あー、まぁ……売るか」

「誰に?」

「人間種だよ。ナリはコレでも、ヴィーカの孫だ。人間どもの中にゃ、そんだけで高く買う奴もいるだろうぜ」

 

 そんなこんな……。

 

 エリーゼは戦利品として回収され、ラリス王国の老舗奴隷商会に売られる事となった。

 ついでのように不妊の呪いをかけて子孫繁栄ルートを潰してきたのは、せめてもの愉悦要素だったのだろうか。

 

 ともかく、こうしてエリーゼは外に出る事ができたのである。

 奴隷として、ではあるが。

 

 

 

 エリーゼが商品になってから、しばらく。

 

 かつてとは比較にならない安物の服を着せられ、ろくな調度品もない部屋で、座る椅子もボロい木の椅子で。

 しかし、エリーゼは高位竜族としての気品を保っていた。

 

「月なんて、100年ぶりに見たわ……」

 

 真に美しい者は、何があっても美しいのだと、エリーゼは信じている。

 例え泥の中であろうと、恥辱に塗れようと、奴隷に身を窶そうと。

 エリーゼには、己を愛する強さがあった。

 

 やがて買い手候補が現れたとの事で、エリーゼは別室で待機させられた。

 少し上等な服を着せられ、商会の女性従業員により身を清められ、何度も何度も「失礼のないように」と念を押された。

 だが、エリーゼにはどうでもいい事だった。誰に買われようと、自身がどうなろうと、全て些事だと思っていた。

 

 己は、ただ己であればいい。

 エリーゼは、約100年醸造し続けてきた信条を曲げるつもりはなかった。

 

「ふぅ……角の封印は息苦しいわ」

「静かに。くれぐれも失礼のないように、相手はあの……」

「分かっているわ。大変ね、貴方も……」

 

 そして、買い手候補がいるという部屋の前まで連れられ、ドアを開ける前に全ての封印を解除された。

 鮮明になった五感。解放された魔力感覚。手錠足錠はそのままだが、別に構わない。

 

「連れて参りました」

 

 で、準備完了となって、ドアが開けられた。

 

 

 

 ――その時である!

 

 

 

「ひゃ……っ!?」

 

 爆発だった。

 それは、生まれつき敏感な魔力感覚を持つエリーゼ視点、目の前で超巨大爆弾が起爆したかの様な衝撃だった。

 いや、爆発というには指向性があり、持続し過ぎている。それはさながら、爆発的な魔力の濁流であった。

 

 部屋には三人の下等種族がいた。奴隷商人と、ちんちくりんの淫魔と、絶えず爆発し続ける魔力源の人間族の男。

 それは、その青年から、エリーゼへ向けて放たれた、感情の乗った魔力であったのだ。

 

「かわいい……!」

 

 圧を増す魔力の奔流。それは、かつてエリーゼに向けられていたとある感情に似ていた。

 匂いで言うと果実。色で言うとピンク。味で言うとハチミツ。音で言うと「ゴゴゴゴゴ……!」で、触感で言うとふわふわねっとり。

 

 瞬間、エリーゼの脳内に閃く約100年前の記憶。

 母に抱かれ、父に見守られ、侍女や近衛に傅かれていた。

 誰もがエリーゼを肯定し、皆がエリーゼを尊重していた時分。

 己以外が、己を愛していた時の、あの感覚。

 

 これは、まさしく“愛”だ。

 

 いや、父からの愛というにはねっとりし過ぎている。けど愛だ。

 母から受けた事のある愛とも少し違う。それになんか脂っこい感じもするが、ともかく愛だ。

 下僕からの愛とも違う、あれはこんなに強烈じゃなかった。だが愛だ。

 

 今、エリーゼが感じた愛とは。

 初対面のこの男が向けてくる愛とは……。

 

 太陽のように眩く、

 暖炉のように熱く、

 青空のように純粋で、

 お菓子のように甘い……。

 

「我が名は、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア」

 

 エリーゼは、愛で以て生まれ、

 やがて愛を失い、

 愛に飢え、死んでいない。

 

「月夜に生まれし竜。傲魔と宝銀の娘。銀竜剣豪ヴィーカの孫」

 

 弱き竜、儚き娘、

 宝を持たぬ貧しき子。

 

 誰でもないエリーゼは、思う。

 せめて、心だけでも、と。

 

「人間の貴方に、この私を愛でる覚悟はあるのかしら……」

 

 その時、100年ぶりに、

 己以外が、エリーゼの“飢え”を満たした。




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竜族襲来

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告もありがとうございます。ホント申し訳ない。

 今回はこんな感じになりました。
 解釈違いなら申し訳ない。

 今回、最後にアンケあります。
 気軽にお答えください。



◆現在の状況◆

・主人公=手のひらドリル。このロリ……可愛すぎる……!
・エリーゼ=約100年ぶりの愛に内心大パニック。この下等種族、私の事好き過ぎだろ……!


「人間の貴方に、この私を愛でる覚悟はあるのかしら……」

 

 言って、小さな竜族少女は白銀の長髪を掻き上げてみせた。

 

 美しい少女だった。

 美しい声だった。

 そして、あまりにも洗練された、美しい立ち振る舞いだった。

 

 俺に相応の教養があれば、あるいは異世界流の礼儀作法の知識があれば、上手く返せたかもしれない。

 場に静寂が過る。何か、とにかく何か返事をしなきゃ感が湧いてきた。

 

「あ、うん……?」

 

 けど、初対面の子にこんな事言われて即返事ができる程、俺のアドリブ力は高くなかった。

 決まった、とばかりのドヤ顔の少女――奴隷商品のエリーゼは、ドヤ顔キープで何故か俺の双眸へ向け真っすぐ鋭い眼光を向けていた。なんで?

 敵視されてる感はない。侮蔑とか、そういう負の印象もない。なんだろう、何か期待されてるような、そうじゃないような……?

 

「あー、イシグロ・リキタカです。イシグロが苗字で、リキタカが名前。こっちは奴隷のルクスリリア、淫魔だよ」

「ど、どもーッス……」

「そう……」

 

 小さく頷くと、次いでエリーゼは腕組みモデル立ちになった。

 その容姿はあどけない幼女そのものだが、芯の通った立ち姿はとても様になっていた。

 

「ふむ……」

 

 それにしても、エリーゼは本当に可愛いロリだと思う。

 可愛いし、綺麗だ。綺麗系が極まり過ぎて、一周回って可愛い系だ。

 

 髪は腰に届くほど長く、ボリューミーだった。髪色は血統通り白銀で、どこかブルームーンを思わせる静謐な美しさがあった。

 瞳の色は夏の青空のような紺碧で、漆黒の瞳孔は縦に細長い形をしていた。綺麗で、澄んでいる。しかし、その眼差しには如何にも上位者然とした怜悧さと高慢さが根付いているように見えた。

 リリィがメスガキの目だとしたら、こっちは女王様の目だ。女王様アイズだが、ロリの目なので可愛い以外の何物でもない。おかわいい事。

 

 身長はリリィよりは大きいが、その差は5センチくらいしかない。ロリコン計測で142センチといったところか。身体つきはリリィより幼い印象で、リリィよりも華奢だ。

 肌はいっそ病的と言えるほど白く、けれど不健康な印象はない。血色の良い健康的な肌というより、白真珠のような肌だった。

 

 何より目につくのは、側頭部から生えた左右一対の角である。

 それはリリィのような羊然とした形ではなく、ゆるくS字状を描いて上を向いたパブリックドラゴンイメージの形状であった。角の生え際は太いが、先端にいくにつれ細くなっている。色は濃紺で、白銀の髪によく栄えている。

 

 幼い丸顔。小さな身体。丸く大きな瞳に、存在感のある髪と角。

 少女というより幼女。幼女というより淑女。ロリであり、レディである。エリーゼは、そういう女性だった。

 ロリコン的にはオールオッケーである。

 

「イシグロ様は、竜族の名乗りについてご存じですか?」

「……ええ、一応は」

 

 慌てて頷くと、奴隷商人は営業トークをはじめた。ロリに夢中で反応に遅れてしまったが、仕方ない。

 

 続くクリシュトー氏の話をまとめると、こうだ。

 竜族とは力と誇りと契約を重んじる種族なので、自身の名を偽る事は絶対にない。だから、今さっきの名乗りはマジなんだよ、と。

 

「ふぅむ……」

 

 エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア。

 長い名だが、記憶しやすい。詠唱の一種だと思えば難しくない。

 エリーゼとは彼女個人の名。フラムは生まれた場所で、ミラヴィーカは銀竜一族の一員という意味。最後のアヴァリツィアはアヴァリさんの娘って意味だ。

 これに偽りがないのなら、商人の言ってた血統に間違いはないという事だ。まぁそんなのどうでもいい事だが。肝腎な事はその身に宿すロリ性であり、血ではないのだ。

 

「エリーゼは別室で待機を」

「かしこまりました」

 

 しばらくの営業トークの後、血統書付き竜族は相手の山札に戻ってしまった。

 正直もうちょっと眺めていたかったが……。

 

 いや、いい。

 どうせすぐ眺め放題コースになるのだ。

 

「じゃあ、待っているわね……」

 

 去り際、エリーゼはこう言い残した。

 その言葉は絶対的な自信に満ちているように感じられた。本当に、よく分からない心理だが、彼女は俺が自分を買う事を確信しているようだった。

 

「ひょえー、マジもんの竜族ってあんな感じなんスねー。んー、でもなんか、ご主人に向ける目が変だったような?」

「うん、なんか睨まれてたね……」

「うーん、戸惑ってる? みたいな?」

「そうかな、自信たっぷりって印象だけど」

「それは……そうッスけどぉ、なぁんか違和感あるんスよねー」

 

 少ししか話してはいないが、彼女の言動ひとつひとつにはしっかりと芯が通っているように感じられた。

 声は大きくないのに、相づち一つ取ってもしっかり耳に響く良い発声をしていたのだ。教育の賜物か、あるいは竜族特性なのか。それに加えてあの立ち振る舞い、否が応でも自信自負自尊心というものを感じ取ってしまうね。

 

「あと、名前が長かったッスねー」

「エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア。フラム城生まれ銀竜育ち、アヴァリさんの娘のエリーゼちゃんって意味だね」

「わ、すごいッスねご主人!」

「ま、多少はね?」

 

 この程度、オタクからすると余裕である。

 俺はドラグスレイブも黒棺もインディグネイションも少佐の演説もルイズのフルネームだってカンペ無しで言えるのだ。

 

「もし、イシグロ様がご契約なさる場合、彼女はエリーゼ以外の名を失う事になります」

「そうなんですか」

「奴隷ですから」

 

 などと話しつつ、せっかちな俺は、さっそくクリシュトーさんに顧客として相対した。

 相手も俺の変化には気が付いているのか、対面前とは違い緊張の糸を緩ませている風だった。

 

「エリーゼですが、喜んで買わせて頂きます」

「……ありがとう存じます」

 

 クリシュトーさんは、ひと儲けの喜びというより、安堵の息を漏らして礼を述べた。

 逆鱗とか値段とか色々あるが、全部どうでもよくなった。

 目の前にクソかわロリがいるのだ。10億でも余裕で出しちゃう。

 

 

 

 さて、契約書やら何やらはつつがなく……とはいかなかった。完了はしたが、時間がかかったのだ。

 ルクスリリアの時は軽くサインするだけで済んだのに対し、エリーゼの場合値段的なアレか種族的なソレなのかで色々あったのだ。

 書類ひとつひとつの解説とサインと指印。同じような書類の内容の説明や、どこそこに向けた契約書とか色々。

 お金の用意にも時間がかかった。なんせ10億ルァレだ。それに関してもまぁ色々あったが、紆余曲折ありつつその日のうちに10億きっかり一括払いした。こういう支払いは現代日本ほど便利じゃないし、異世界なりの決済法があるのだ。実に面倒臭かった。

 

「これがエリーゼの奴隷証となります」

「はい」

 

 ややあって、俺はようやっとリリィの時と同じくドッグタグめいた奴隷証を渡された。

 魔力を流したドッグタグには、イシグロさん家の奴隷・エリーゼと書いてある。長い名前はなくなったので、これから彼女はただのエリーゼだ。

 

「随分遅かったのね……」

 

 そうして再会したエリーゼは、奴隷とは思えぬお嬢様風の服装で現れた。

 なんというか、露出度少なめのお上品お嬢様スタイルといった印象の服だった。露出してるのは顔とお手々のみで、細いおみ足も靴下とブーツで隠れている。

 リリィの服がサマーメスガキだとしたら、こちらは京都観光中のお嬢様といった雰囲気だ。露出度バトルじゃリリィの圧勝だが、お清楚バトルじゃエリーゼの圧勝である。俺はどっちも好きだ、可愛いから。

 

「じゃあ、付けるよ」

「ええ……」

 

 前回と同じくらい緊張しつつ、前回と同じように彼女の首にドッグタグを付ける。

 髪を分け、絡まらないように鎖を通し、首の後ろで連結させる。奴隷証が繋がると同時、魔術的束縛が機能してエリーゼは名実ともに俺の奴隷となった。

 

「今後ともよろしく」

「ええ、わかったわ……」

 

 胸の前に下がったドッグタグに触れ、エリーゼは小さく頷いた。

 商品の時も、俺の奴隷になった時も、エリーゼという竜族少女は変わらず凛としていた。

 

 

 

 そんなこんな。

 

 俺たちが店を出る頃には、辺りはすっかり夜になっていた。

 奴隷商館には朝食後すぐにやってきたのだが、契約書やらお金やらで色々と時間を食ったのだ。とはいえだ。10億の商品を取り扱うのである。本来ならもっと時間がかかって然るべきだったのかもしれない。今日中に終わって良かったと思うべきだろう。

 

「じゃあ帰ろう」

「はいッス!」

「ええ」

 

 俺の一歩後ろ、右にルクスリリア、左にエリーゼで歩く。

 当初はエリーゼは俺の三歩くらい後ろを歩いていたのだが、遠慮なく主人のほぼ隣で歩くリリィを見て位置を直していた。俺としてはそっちのが嬉しい、両手にロリだ。

 

「へぇー、竜族の角って魔力感知の機能もあるんスねー。だからあの時……」

「ええ。淫魔の角は何の為に?」

「何の為なんスかね? 飾り? なんかあった気するッスけど、ド忘れしたッス!」

 

 一歩後ろでは、エリーゼはルクスリリアとお話していた。物怖じしないルクスリリアと竜族お嬢様の相性は悪くないようである。

 二人の仲が良いのはとても嬉しい。いじめっ子のリリィなんて見たくないからね。

 

「ん? おう、イシグロか」

 

 そうして帰路を歩いていると、リリィ購入時と同じ場所でギルドの受付おじさんと遭遇した。

 彼はこれまたオフっぽい私服姿で、右手にデカい焼き鳥みたいなのを持っていた。休日をエンジョイしてるみたいで何より。

 

「こんばんは。良い夜ですね」

「おう……。あーっと、そっちの嬢ちゃんは新しい奴隷か?」

「はい。エリーゼ、こちらはギルドの受付をしてくれるおじ……職員さん。挨拶して」

「ええ……」

 

 後ろにいたエリーゼを前に誘導すると、彼女は大人相手に物怖じせず名乗りを上げた。

 

「我が名は、エリーゼ。イシグロ・リキタカの第二奴隷よ。姓はさっき捨てたわ」

 

 どうやら前の長い挨拶はしないらしい。が、前と同じくらい堂々と名乗った。

 堂々と、自身が奴隷身分である事を表に出したのだ。リリィもそうだったが、もしかしたら異世界人視点奴隷身分ってそこまで悪い立場じゃないのかもしれない。いや、でも街中の奴隷っていつも忙しそうに働いてるんだよな、うぅむ……。

 

「おう……こりゃどうも。イシグロ、こいつは竜族か?」

「はい」

「銀の竜族、か……。へっ、そういう事かよ……」

 

 おじさんは何かしたり顔で頷くと、エリーゼの方を見た。

 何がそういう事なのか分からないが、おじさんは竜族奴隷にいたく感心してる風である。竜族の奴隷なんて凄いわねといった感じだろうか。

 

「じゃあなイシグロ、次も生きて帰って来いよ。お嬢ちゃんたちもな」

 

 そう言って、おじさんは焼き鳥をひらひらさせながら去って行った。

 

「人間種って、歩きながら食事をするのね」

「基本的に座って食べるッスよー」

 

 などと話しつつ歩き、宿屋に到着。

 店主に住人が増えた事を伝え、追加料金を払って借りた部屋に向かう。

 道中、エリーゼは宿屋の内装を無感動に眺めていた。お嬢様視点、何か言いたい事があるのかもしれない。

 

「ただいまッスー」

「リリィ、服脱ぐの手伝って」

「あいッスー」

 

 やがて住み慣れた我が家に入ると、俺はルクスリリアに手伝ってもらって外行き用のお高い服を脱いでいった。

 これが装備品だったらコンソールポチポチで簡単に着脱できたのだが、こういう普通の服はいちいち着たり脱いだりしないといけない。

 もし異世界から地球に帰還したら、俺はまともにお着換えができなくなってるかもしれないな。まぁ仮にマジでそうなったら、俺は即自殺するがね。二人のいない世界に未練はない。

 

「ふぅ……あれ、エリーゼ?」

 

 息苦しい服から着替えると、エリーゼが立ち止まっている事に気づいた。

 放置していて戸惑わせちゃったか。いや、そんな感じはないな。奴隷初日の彼女は、初めての部屋で泰然自若と何かを待っていた。

 

「どうしたの?」

「侍従を待っているわ」

 

 淀みない返答に、俺はなるほどと納得した。

 よくは知らないが、聞くに彼女は良家の生まれ。単純なオタク思考だが、そういうトコのお嬢様は身の周りのお世話をメイドさんとかにやってもらってるイメージだ。お着換えもまた同様に。

 なるほどお嬢様だぜ、という気持ちである。

 

「えー? 竜族の人って自分でお着換えもできないんスかー?」

「できるわ。けれど、すべきではないわ。下の者の仕事を奪ってはいけないのよ」

「なんスかそれ~?」

 

 言いたい事自体は分かるが、まぁ残念ながらうちにメイドさんはいないので、これからは自分で脱ぎ脱ぎしてもらおう。

 俺がしてもいいのだが、それはもうそういうプレイだろう。お着替えが汚れてしまう。

 

「ごめんね。うちにそういう人はいないから、自分で脱いでもらえる?」

「わかったわ」

 

 言うと、エリーゼは存外あっさりと衣服に手をかけた。

 それからぱさりぱさりと服の留め具を外していき、やがて全裸になった。

 全裸になった。なんで?

 

「それで……私は何に着替えればいいのかしら?」

 

 そのまま、一糸まとわぬエリーゼは、誰憚る事なく俺の方を向いた。

 想定通り、エリーゼの身体は未成熟だった。当然のように胸は平坦で、お尻まわりにも肉がない。

 女性的膨らみに欠けるものの、全体的に丸く柔らかそうな印象で、手足も細く華奢だ。実際、左右の肋骨はうっすらと浮き出ていた。肌が白い分、陰影がはっきり見える。

 

「んー? また変わったッスか……?」

 

 何故か首をかしげるリリィだったが、俺の方は唐突なロリ全裸案件に完全硬直してしまった。

 見とれていた、という方が正しいか。

 

「貴方、やっぱり……」

 

 と、エリーゼの言葉にハッとなって、俺は慌ててアイテムボックスに手を突っ込んだ。

 危ない危ない、非童貞じゃなかったら即死だった。

 

「あ、あぁ……着替えはここに……」

 

 クリシュトーさんが付けると言っていた竜族購入特典には、エリーゼのお世話セットや竜族生態本が入っているのだ。その中には季節ごとのシーンごとのお着換えも入っている。至れり尽くせりである。

 俺はアイテムボックスから服の入ったカバンを取り出し、その中から適当な服を手渡した。

 

「これ着て」

「わかったわ……」

 

 エリーゼは渡された服をひっ被り、もごもごしながら着衣……できていない。

 順番が間違っているのか、さっきから頭から被った布がスライムめいて蠢いている。

 

「あ~、もうしょうがないッスね~!」

 

 どうしようか見ていると、見かねたリリィが加勢した。

 そのまま幼児のお着換えをサポートするように袖を通させていく。

 

「こんくらい自分でやってほしいッス~」

「ええ、そうするわ」

 

 まるで幼女が幼女の世話をしている様。見ようによってはキマシタワーが建ちそうだが、残念ながら幸運にも俺は間に挟まるロリコンポジであった。キテルグマには気を付けよう。

 

「ま、まぁ……とりあえず座って」

 

 俺はダイニングテーブルの椅子を引き、お嬢様を誘導した。

 お嬢様は「わかったわ」と言って、優雅に腰を下ろした。その対面の席に、俺とルクスリリアが並んで座った。

 すると、目の前のエリーゼから何故か鋭い眼差しを受けた。なんで?

 

「えーっと……」

 

 帰宅して、お着換えさせて、座らせた。

 このまま食事でもしながら親睦を深めようかと思ったが、なんかそんな雰囲気じゃあないぞ。俺まだ睨まれてるし。幼女の目なので怖くはないが、居心地は悪かった。

 うん、食事の前に、もう少し話そう。一歩進んで二歩下がる作戦だ。

 

「改めて、俺はイシグロ・リキタカ。この街で冒険者やってる。一応、銀細工っていう上の階級だよ」

「そう……。今の私は、貴方の奴隷のエリーゼよ。傲魔竜の娘で……その銀細工に彫刻されてる剣の持ち主の孫ね」

「え? そうなの?」

 

 いきなりの新情報である。俺は今一度自身の首にかかった銀細工を見た。

 これまであまり気にしてこなかったが、確かにハガレンの銀時計めいた円盤には、クロスした二本の剣が彫刻されていた。それぞれ長い剣と短い剣だ。

 これが銀竜剣豪マークなのだとしたら、ヴィーカ氏は二刀流の使い手だったのかな。

 

「そうだったんだ」

「ええ。剣の彫刻という事は、貴方は銀竜の年に昇格した事になるわ。その銀細工は建国の一党を象徴する彫刻をされるのよ……」

「へー」

「まー、アタシらご主人以外の銀細工持ち見た事ないッスからねー」

 

 流石は年の功というべきか、140歳幼女のエリーゼは博識だった

 それからエリーゼと色んな話をすると、彼女は特に古の知識に詳しい事がわかった。

 異世界あれこれのルーツとか、どこそこの種族の歴史や文化など。まるでロリペディアである。

 

「ええ。だから貴女は、勇者アレクシオスの遠い遠い子孫って事になるわね。珍しい事ではないけれど……」

「ほえー、全然知らなかったッス」

 

 みたいな感じで話している間、何やらエリーゼからチラチラと視線を頂く事があった。先ほどの鋭い眼とは違い、今度は「チラチラ見てただろ」と因縁付けたくなるチラ見だ。

 一体全体、それはどういう視線なのだと考えても、よく分からない。

 会話中の彼女は姿勢正しく、如何にもご令嬢といった雰囲気だ。話し姿もピシッとしていて、淀みがない。けれど時折、俺とルクスリリアを交互に見るのである。ちょっと不自然なタイミングで。

 

「んー?」

 

 その謎視線にはルクスリリアも気づいているようで、彼女は時たま首をかしげていた。

 思えば、ルクスリリアはちょくちょくエリーゼに訝しむような目を向けていた気がする。何か異世界人特有のアレやコレやがあるのかもしれない。

 

「……寒いわ」

 

 やがて、会話にひと区切りがついたところで、エリーゼは小さく呟いた。

 寒い……寒いのだろうか。曰く、ラリス王国にも四季があるらしいが、今はちょうど夏の始まりといったところである。その割に着込んでいたあたり、もしかしたら竜族は寒さに弱い種族なのかもしれない。

 

「暖炉つける?」

「……そこまででもないわ」

 

 魔法式暖炉をつけようと提案すると、断られてしまった。

 よく分からない。寒いんじゃないのだろうか。

 

「ん-? 竜族って魔力で……あっ」

 

 隣でルクスリリアの頭上に電球が灯った。

 すると、やおら浮遊したルクスリリアはエリーゼのところまで行くと、その耳に唇を寄せて何かごにょごにょ囁いた。対するエリーゼも僅か唇を動かしていた。

 異世界ナイズドされて強化された俺の耳でも分からないこそこそ話。とても気になる。

 

 やがて内緒話が終了すると、ルクスリリアは浮遊したまま一歩分後退した。

 そして、俺と目を合わせたエリーゼは、先ほどと同じく強い眼差しで俺を射抜いた。

 見つめ合うこと1秒、2秒、3秒後……エリーゼはいっそう目つきを鋭くして、云った。

 

「あ……貴方、今すぐ私を愛でなさい……」

「へ?」

 

 唐突なビックリ発言に困惑していると、エリーゼの後ろにいたリリィがクレーンゲームみたいにエリーゼを宙へと掴み上げた。彼女は飼い猫めいてされるがままだ。

 

「さ、ご主人こっち来るッスよ~♡」

「え? あぁ……」

 

 アームに引っかかったぬいぐるみみたいに運搬されるエリーゼに続き、誘導されるままソファの前まで歩く。

 

「ご主人、ここ座るッス!」

「うん?」

 

 言われるがままソファの真ん中に座ると、運搬クレーンと化したルクスリリアは商品を俺の上に持ってきて、ゆっくり下ろしはじめた。

 

「ご苦労様、ルクスリリア……」

「きひひっ、こういう時はお礼ッスよ~」

「そう、ありがとう……」

 

 ぽすん、と。

 そのまま、俺の膝の上にエリーゼが収まった。

 

 お膝の上のエリーゼはお上品に座っており、俺視点彼女のうなじと角の先端が見える構図だ。

 小さな竜族少女は、実際に触れてみると想像よりも細く、柔らかかった。

 

「え……これどういう状況?」

「……近い方がいいでしょう?」

 

 すぐ真下から返事。彼女の視線はソファ前の暖炉に向いている。

 

「いやー? 人間種のご主人にはちょっと分からない感覚ッスかねー?」

「そうなのね……」

「はあ」

 

 どうやら、二人には分かって俺に分からない事のようだった。

 

「悪くないわ……」

 

 何がどう良し悪しなのかは分からないが、俺は今日初対面の没落令嬢を膝の上にお乗せしていた。

 膝の上には布一枚隔てたエリーゼのお尻があり、ルクスリリアとはまた違うロリの匂いが俺の鼻孔を直撃していた。

 すると、異世界で箍が緩んでいる俺の息子がむくむくと元気になり始める訳で……ボタン連打で鎮静化しないと。

 

「じゃ、アタシご飯取ってくるッス! 一番良いのでいいッスよね?」

「あ、ああ、よろしく」

「ごゆっくり~♡」

 

 言うと、ルクスリリアは部屋を出ていった。

 自然、部屋には俺とエリーゼのみ。彼女は相変わらず綺麗なお嬢様座りで俺の膝にいる。かと思えば、たまにもじもじしてお尻を揺らしていた。

 やめろエリーゼ、その動きは俺に効く。

 

「えっと、これは……?」

「貴方、やっぱり変なのね……」

 

 控えめな問いには、変人認定が返された。いや変態認定か?

 何のこっちゃと思っていると、エリーゼはそのまま俺の背に体重を預けてきた。

 

 すとんと、俺の胸に彼女の後頭部が預けられた。

 量の多い髪がくすぐったく、幼竜の匂いが濃くなった。ふぅと吐いた彼女の息が、とても官能的に感じられた。

 

「あのー」

 

 どういう訳か、本日初対面の奴隷は、初対面の主人に身を預けて安らいでいた。

 やけに早い俺の心臓と、ゆったり鼓動する彼女の心臓の対比がおかしかった。

 

「私はもう、貴方の財宝(もの)よ……」

 

 しばらくそうしていると、不意にエリーゼは口を開いた。

 黙って聞いていると、彼女はゆったりと言葉を紡いだ。

 

「竜族にとって、宝は飾るものではないわ。愛でるものなのよ……」

 

 膝の上に置いていた彼女の手が動き、所在なく垂らしていた俺の手を取った。

 そしてそのまま、アトラクションの安全ベルトを締めるようにして、自らのお腹の前に持ってきた。

 

「宝を愛でるのは、主人の務め……」

 

 ドクンドクンと、まるで童貞卒業前のように心臓が早鐘を打っていた。

 対するエリーゼの体温に変化はない。本で読んだ通り、竜族は体温の変化に乏しいのだ。心拍もまた、一定である。

 

「私は……孕む事は、できないけれど……」

 

 クロスした手の上に、エリーゼの手が重ねられる。

 手まで熱くなってる俺と、ひんやり冷たい白い手。竜の手は、僅かに震えていた。

 彼女はなおも暖炉を見つめながら、云った。

 

「その覚悟は、あるのでしょう……?」

 

 よくは分からないが……。

 本当に、よく分からないが。

 現代日本人に、異世界竜族の思考回路はサッパリだが……。

 

 そういう事というのだけは、分かった。

 童貞だったら踏み出せなかっただろうが、今の俺は違う。

 欲望に負けた訳でなく、愛しさが勝って、据え膳食う覚悟を決めた。

 

「エリーゼの事、もう少し聞かせてもらっていい?」

「ええ。10年分しか、ないけれど……」

 

 あすなろ抱き、あるいは後ろ抱き。

 俺は膝上のロリ竜姫を、優しく抱きしめた。

 幼竜の、冷えた身体を暖めるように。




 感想投げてくれると喜びます。



 次回、エリーゼ堕つ!


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竜族、決戦中です!

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられています。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。感想返信でも誤字ってるのホントどうかと思いますね。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、エリーゼはイシグロを「アナタ」と呼ぶ事になりました。

 今回、頂いた感想に触発され、エリーゼに新たな設定(?)を生やしました。
 悪いのは作者ではありません。

 あと、もし運営様から「ダメ!」と言われたら、このエピソードはR18版として短編で投稿します。
 一応、キスシーンは大丈夫なはず。青少年のなんかには配慮しており、極めて健全で社会的に害のないエピソードとなっております。


 性癖とは、何か。

 辞書に書いてある方の意味は置いておいて、それは自分自身の事だと俺は思う。

 自分の事を、ちゃんと知ってる人は案外少ないものである。

 

 俺はロリコンだ。

 目覚めたのは小学校高学年の頃で、以降この性癖に変化はない。自身の性癖を自覚するにしては、少し早めの歳ではあったと思う。

 実際、俺の友達も大体中学の三年間で何かしらの性癖に目覚めていた。

 

 前世、俺も人並み程度には友人たちと猥談などをして楽しんでいた。

 すると、出るわ出るわ性癖の嵐。皆、ホントに色んな(ヘキ)をお持ちだった。

 性癖語りは蜜の味。恥ずかしがるような奴もいたが、俺の周りは割とオープンな奴が多かった。

 

 男の娘こそ至高! 見よ、麗しき鰤のおみ足! 男の娘大好き侍・後藤くん。

 百合しか勝たん! 男なんていらんのや! ゆりんゆりんの伝道師・佐藤くん。

 足の太いは七難隠す! ジャイアニズム錬金術を食らえ! グリッドマンから特撮オタに変身した男・江藤くん。

 

 とか、まぁ色々……。

 女子三人集まれば姦しいというが、男子三人集まれば即猥談である。

 青春だね。

 

 で、そんなこんなさんざん猥談を重ねてきた友人たちと話すうち、なんとなく見えてきたものがある。“メイン性癖”と“サブ性癖”の存在だ。

 おねショタ好きの斎藤くんは、メインがそれで、サブに姉性癖があり、そのまたサブにショタ性癖があったりしたのである。勿論、メインのみの奴もいたが、複数のメインを持ってた奴はいなかったような気がする。

 俺で言うと、メインにロリ性癖があり、サブにメスガキやバブみや色々が付随する感じだ。あくまで中心はロリであり、他はロリを引き立たせる為の、もしくはメインから派生した性癖なのである。

 

 中には、いくつもの性癖を持っている剛の者もいたにはいたが、よくよく話すと彼も核となるメイン性癖があったように思われた。

 彼の語る性を深堀りすると、全てひとつの根に由来している癖のように推察できたのである。

 結局のところ全部おっぱいでは? と言った具合に。

 

 生まれ持った性癖。後からきた性癖。

 到底、コントロールできるものではない。

 まして、知らぬのならば、尚の事。

 

 で、何でか知らんが俺は異世界に転移して……。

 

 なんやかんや、無事童貞を卒業できた訳だ。すると、新たな性癖が生えてきたのである。

 いや、生えた……というより、隠れていたものを見出したといった方が正しいか。

 まぁそれはいい。

 

 当然として、性癖というのは地球人男子だけにあるものではなく、異世界人女子にも存在するものである。

 例えばルクスリリアの場合、彼女はS寄りのMである。

 普段はサディストっぽく振る舞ったり、攻める事でテンションを上げるのだが、堕ち往く際にはマゾヒストと化すのである。これがメイン性癖で、サブ性癖に童貞吸精とかおねショタシチュとかがあったようだ。

 曰く、処女時代のルクスリリアは、自身をM寄りのSだと思っていたらしい。が、実際にはその逆だったと。「淫魔は度胸、なんでもやってみるもんッスね」とは当人の談。

 

 メイン性癖と、サブ性癖

 自覚ある性の根源と、隠れた癖の発見。

 己の性癖を知るという事は、己自身の本質を知るという事。

 隠れた性癖を見出す事は、己の知らぬ己を見出す事。

 

 まぁ……何が言いたいのかというと。

 

 どれだけ猥談しようと、どれだけ深層心理を探ろうと。

 世に自覚のない性癖の何と多いことか、という話である。

 

 

 

 とある宿屋のとある部屋。

 

 ソファの上、小さな身体を抱きしめながら、俺はエリーゼの昔語りに耳を傾けていた。

 彼女の過去は、可哀想なのは抜けない派の俺にとって、普通に抜けない類の話だった。

 訥々と、淡々と、エリーゼは自身が生まれてから10年間の話を語った。主観でありながら、そこに感情を交えず、客観的に起きた事だけを話す様は、当人の過去であるはずなのにどこか他人事のような風だった。

 

 途中、夕飯を持ってきたリリィが参加してきたあたりから、話は四方八方に広がっていった。その段になって、彼女の語りにようやく色が付きはじめた。

 好きだった本の内容とか、宝物庫にあった宝の話とか、竜族の生態とか。いつしか、彼女の重い話は、他愛のない思い出話に変わっていた。

 ルクスリリアはこうなる事を見越してか、テイクアウトしてきた夕飯はカラオケのパーティメニューを思わせるおつまみセットだった。

 

「他の人と一緒の食事なんて、100年ぶりだわ……」

 

 曰く、竜族にとって食事とは娯楽の一つであり、食べ物は嗜好品であるらしい。

 美食を食べながら親しい人と話し、腹でなく心を満たす。竜族は飲まず食わずでも生存できるが、一切食事をしない竜族はいないとか。

 100年間ひとりだったエリーゼは、100年ぶりに食事をした。人間と淫魔と竜族で、優雅さの欠片もないおつまみセットを食べたのだ。

 

「……美味しいわね」

 

 場末の宿屋のおつまみセット。決して、美食という訳ではないご飯だった。

 けれど、心は満たされた様だった。

 

 その後、俺たちは三人で宿屋のお風呂に入った。

 この世界、お風呂は割と普及しており、宿屋の店主にお金を払えば魔道具で湯を沸かしてくれるのだ。この宿屋に居を構えている一番の理由はコレである。

 

「これは、どうすればいいのかしら……」

「ちょっと貸して。湯を浴びる前に、櫛で髪の汚れを落とすんだ」

「ご主人、なんでそんな事知ってんスか?」

「おにまいで知った」

 

 これまたエリーゼは初めてのお風呂体験だったようで、五右衛門風呂めいた宿屋のお風呂には物珍し気な目を向けていた。

 エリーゼの話では、竜族は蒸気の籠った部屋で身体を暖め、専門の侍従に全身に“清潔”の魔法をかけてもらうらしい。サウナ+あかすりみたいな感じだろうか。なんか優雅である。

 

「ご主人も得意ッスよね、“清潔”」

「そう……。なら、何故お風呂に入るのかしら?」

「風呂に入らないと一日が終わった気がしないんだよね」

「そう……人間って不思議ね」

 

 三人で湯舟に浸かり、しばらく。

 俺たちはほかほかの状態で部屋に戻った。

 そして、色々諸々の準備を終えて……。

 

 宝を愛でる時がきた。

 

 

 

 

 

 

 世の中には、色んな性癖がある。

 当然として、それは男子にも女子にも存在し、自覚的だったり無自覚的だったりするものだ。薄い少ないという人はいるが、全くない人はそう居ないだろう。

 

 異世界人もそうだ。リリィはサドマゾだし、顔見知りの冒険者には大の巨乳好きって人もいる。

 それは、異世界にて最強種である竜族のエリーゼも同じだった。後に聞いたところによると、無自覚に。

 

 結論から言うと、エリーゼは、

 所謂、“キス魔”の性癖持ちだったのだ。

 

 

 

「ん……♡」

 

 一度目のキス。それは俺からエリーゼへの、唇と唇を触れ合わせるだけのものだった。

 軽いリップ音もない、単に唇同士を重ねただけの行い。スケベといえばスケベだが、見ようによっては健全だろう。実際、俺は理性100パーの状態を維持してキスをした。それこそ、ボクシングでいうところのジャブですらない。拳と拳を合わせる試合開始の合図に近い。

 

「ん、ふぅ……これが、接吻というものなのね」

 

 唇を離すと、エリーゼは陶然とした面持ちで呟いた。エリーゼは表情の変化こそ乏しいが、全くの無表情という訳でもない。なんとなく、彼女の表情が分かってきた。

 小さな唇、細く白い指。エリーゼはファーストキスの感触を思い出すように、人差し指で自身の唇をなぞっていた。俺はその時、“妖艶”という言葉の意味を知った気がした。

 

「エリーゼ」

「ええ……」

 

 二度目、三度目のキス。

 最初は一度目と同様に子供の遊びのようなキスだった。回数を重ねる度、音を立てたり角度を変えたりして緩急をつけていく。

 エリーゼは最初からキスに積極的で、物怖じする事なくグイグイと唇を押し付けてきた。慣れてくると単に唇を合わせるだけでなく、エリーゼは俺の唇を食んだり啄んだりしてきたのだ。

 吸精が好きだからキスが好きなリリィと違い、エリーゼはキス自体が好きな雰囲気があった。

 

「ちゅ……ちゅぷ♡ んっ、んちゅっ、んぅ♡ ちゅぅ……♡」

 

 この時点で、エリーゼは唇の感覚に夢中になっている様だった。

 ちゅ、ちゅ、と控えめな音に混じり、エリーゼの喉奥からは籠った声が漏れていた。

 

「ふぁ……はむぅ、ちゅっ♡ ちゅ、ちゅ、ちゅっ……んんっ♡」

 

 当たり前だが、俺とエリーゼでは唇の大きさが違う。普通にキスをすると、俺がエリーゼの唇を食べるみたいになってしまうのだ。

 そのお返しとでもいうように、エリーゼは右・真ん中・左と三回に分けて俺の唇を湿らせ、同じ事をするよう視線で催促してきた。

 

「んんっ♡ ちゅぷ……んふっ、ちゅぅ……♡ んむ、ちゅ……ん、ちゅっ♡」

 

 そうやっていると、最初は理性100パーでキスをしていた俺の首輪付き獣も徐々に本能側に偏っていく訳で……。

 良い頃合いになったところで、俺は彼女の口に舌をねじこんだ。

 

「んんぅ!? んちゅうっ♡ んぷ、ちゅぅ……んぐっ♡ んんっ♡」

 

 そのまま、俺はエリーゼに舌の扱いを教え込んでいった。すると生来の特質か、エリーゼはあっという間にベロの使い方を覚え、応用してきた。

 竜族の舌は長く、そして冷たい。彼女はその特性を活かし、一転攻勢(ベロチューカウンター)して俺の口内を縦横無尽に舐り倒してきたのである。

 一旦唇を離そうとすると、俺の舌を絡め取っては外に引きずり出してきた。俺の舌に、細く冷たい舌が巻き付いている。上気したエリーゼの美貌は、とても美しかった。

 

 よほど気持ち良かったのか、その後もエリーゼはなかなかキスを止めてくれなかった。

 仕返しに俺の方がエリーゼの舌を吸ってやると、一度痙攣した後に大人しくなってくれた。

 キス魔ドラゴン、恐ろしい子……!

 

 その後は、ずっと俺のターンだった。バーサーカーソウルである。

 リリィ購入後、毎日のように経験を積んできたのだ。初めての相手といえど、戸惑う事はなかった。

 

 竜族の肌は冷たかったが、触っていると次第に温かくなっていった。

 夏になると重宝しそうな肌である。熱くないかと訊いてみると、むしろ心地よいのだと教えてくれた。

 

 まぁ色々あって……。

 合体からのバトルゴー。インスタンス・ドミネーションで、ダイナゼノンフルバースト。

 こうして、俺のユニバースの平和は守られた。

 

 そして、怪獣プロレスの後……。

 

 エリーゼは激しく息を乱す事なく、ぼうと宙を眺めて放心していた。

 激しく動く事はなかったが、とても情熱的で白熱した戦いだったのだ。

 

「はー、ちょっと前まで童貞だったご主人も慣れたもんッスねー♡」

 

 などと茶化してくるメスガキは速攻でわからせた。

 今回、リリィは一歩引いて見守ってくれていたのだ。なので誠心誠意、丁寧丁寧丁寧にわからせたのである。リリィは可愛いですね。

 気分的にはエリーゼに連コしたいところだったが、流石に自重した。彼女は竜族であり、淫魔ではないのだ。身が持たないだろう。

 

「きひひ……ご主人♡ いい事教えてあげるッス♡」

 

 で、二回ほどルクスリリアと気炎万丈したところで、抱き着いてきたルクスリリアは俺の耳元で囁いた。

 いい事とは何ぞやと思って耳を傾けると、どうやらエリーゼに関わる事らしかった。

 

「ご主人って、手を当てて回復する魔法使えるじゃないッスかぁ♡」

「“手当て”の事?」

「そうッス♡ それをエリーゼに使ってあげてほしいんス♡」

 

 ルクスリリアの言う魔法とは、モンクの能動スキルである“手当て”の事だろう。これはスキルなので魔法ではないのだが、まぁ魔力を消費するのは確かだ。

 このスキルは直接対象に触れて発動する類のスキルで、手を当てた対象にHPリジェネ回復効果と精神系状態異常の回復効果をもたらす事ができる。

 が、このスキルは正直ちょいと微妙だ。同じ回復魔法の“治癒”シリーズと違い回復には時間がかかり、その間ずっと相手に触れ続ける必要があるのだ。なら治癒でいいじゃんという。精神回復にしても専用の魔法があるので、使うならそれでいい。

 強いて優れた点をあげるなら、治癒よりも魔力の燃費がいいところか。時間はかかるが、小休止中に使うんならこっちのがお得ではある。

 

「それを、なんで?」

「きひひっ♡ いいッスか? 竜族ってぇ、とっても魔力に敏感な種族なんス♡ だから、誠心誠意やさし~く回復魔法を使ってあげると、とっても喜ぶ性質なんス♡ ほら、“清潔”使ってあげた時も嬉しそうだったッスよね?」

「あぁ……確かに」

 

 エリーゼを見る。彼女は尚もぼーっと放心していて、俺とルクスリリアの様子を眺めていた。

 無表情だが、無感情といった雰囲気はない。とにかく、色々あって疲れてる印象だ。風呂上りのボーッとタイムに近い感じだろうか。

 

「で、中でも角は魔力の通りが良いんで♡ そこに使ってあげるといいッスよ♡」

「そうかな」

「同時にキスしてあげると、エリーゼすっごく気持ちよくなってくれると思うッス♡ 淫魔のアタシには分かるッス♡ エリーゼ、すっごいキス好き竜族ッス♡」

「それは、まぁ……そんな感じするな。けど、今じゃなくてもよくない? もっと疲れた時のがさ」

「きひひ♡ 逆に、今だからいいんスよ♡ 今、いっきかせーに攻めずにいつ攻めるんスか♡ 大丈夫、淫魔はスケベな事には真摯ッス♡」

「そこまで言うなら……」

 

 まあ、喜んでくれるんなら、やろうと思う。

 コンソールを操作し、ジョブをモンクに変更する。そして、手のひらに意識を集中して、“手当て”を発動。俺の手のひらに緑色の淡い光が灯る。ちゃんと使える事を確認し、停止。

 これを、エリーゼの角に使えばいいのか?

 

「いいッスかご主人? 使う時には、エリーゼに“好き”って気持ちを籠めるんスよ♡ そうじゃないと失礼ッスからね♡」

「おう」

 

 それから、仰向けになっているエリーゼのとこまでにじり寄り、驚かさないようにその頬を撫でた。

 ぼうとした視線が重なる。彼女は何を言われる前に瞼を閉じ、キス待ちの体勢になった。

 

「ちゅ……」

 

 キスをすると、エリーゼはシームレスに舌を伸ばしてきた。稀代のキス魔である。

 脱力したまま、彼女はゆったりと舌を絡めてきた。

 

「れろれろ……ちゅぱ♡ れろぉ……♡」

 

 蠢く舌に応じながら、手探りでエリーゼの角に触れた。右手に左角。左手に右角。仰向けのエリーゼに覆いかぶさってキスをしている構図だ。

 その状態で、俺は回復スキルの“手当て”を発動した。

 

 

 

 後に聞いた話だが……。

 

 実際に、竜族は魔力に敏感な種族であり、角は魔力を感知する感覚器官であるらしい。

 中でも一等魔力に敏感な個体は、魔力に混じった“感情”をも感知するとか。

 つまり、初対面時点で俺からエリーゼへの感情も「スケスケだぜ!」状態だった訳だ。

 

 さて、ここで問題である。

 

 そんな竜族女子に。

 ロリコンの俺が。

 角にゼロ距離回復魔法をかけたら……。

 

 一体どうなる事だろうか。

 

 

 

 答えはこうだった。

 

「んんんんんんーーーッッッ!?」

 

 めちゃくちゃになった。

 

 某対魔ニンジャ活劇ゲーム風に言うなれば、それはさながら感度3000倍のアレでもキメてしまったかの様。無論、ノー・ドラッグだ。ダメ、絶対。

 しかし効果は同等かそれ以上で、淫れていたとはいえ何だかんだお嬢様ムーブを維持していたエリーゼは、もうぐちゃぐちゃのめっちゃくちゃ。サキュバスと見紛う程の御乱心。

 

「じゅるるるるぅ! レロレロぉっ♡ んぢゅるるるるーっ!」

 

 ぴくぴく痙攣しながらも、ベロチューを継続するエリーゼ。

 

「んむぅぅぅぅぅっ!?」

 

 竜族の長い舌で窒息しかける俺。

 

「ぎゃははははは! きひひっ! きぃひっひっひっ! あーオモロ! 魚みたいッスゥ! ぎゃはは! 上位種族のくせに! 竜族のくせに! きひひひひっ!」

 

 後ろでお腹を抱えて爆笑するルクスリリア。

 

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 いや俺視点では天国なのだが、寝ているところに弱点部位に大タル爆弾竜撃砲を食らったエリーゼからしたら、冗談ではなかった事だろう。

 

「フゥーッ!! フゥーッ! フゥーッ!」

 

 エリーゼの狂竜化状態は、“手当て”スキルを停止してもしばらく続く事となった。

 キスが終了した後も、エリーゼは理性をなくしたように全身の肌を擦り付けてきた。それは愛撫というよりは、犬猫が飼い主に自身の匂いを擦り付けている様に似ていた。

 

 ちょっと休憩し、俺はエリーゼと二回戦した。それはさながら、暴走する神を宥めるように。

 静まれ! 静まり給え! さぞかし名のある竜の娘と見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!? 無論、俺と淫魔のせいである。

 戦いの後、エリーゼは疲れて眠ってしまった。ベッドの上はウルトラマンとゴジラとキングコングが乱闘した後みたいになっていた。

 

「あー、面白かったッス! じゃ、アタシはもう寝るんで、おやすみー」

「リリィ」

「しぐー!?」

 

 その後、ルクスリリアには無限列車編を敢行して全身全霊でわからせた。

 俺にも罪はあるが、リリィにも罪はあるのだ。

 いや、ていうか俺は得しかしてないな。まぁ主人特権という事にしておこう。

 

 

 

 

 

 

 朝、俺は両手にロリで目が覚めた。

 

 右にはミイラみたいになってるルクスリリア。吸精が追い付いてないようだ。

 左にはセミみたいに俺の身体に張り付いてるエリーゼ。今は安らかに瞼を閉じている。

 下には顔を入れ替えた後のあんぱんヒーローみたいな息子。今日もこの子は元気だ。

 

「はぁ……」

 

 充足感と共に、倦怠感のある朝だった。

 それと、罪悪感も。

 

 昨夜は、エリーゼには悪い事をしたと思う。

 そそのかされてやった事とはいえ、特に考えず実行したのは俺である。彼女はリリィと違って淫魔じゃあないのだ。トラウマになってないといいけど……。

 

「ん……」

 

 見ると、セミと化していたエリーゼは目を覚ました。

 そして、俺と目が合うと数度瞬きして、キッと鋭い眼差しを頂いた。

 

「お、おはよう、エリーゼ」

「ええ、おはよう……」

 

 しばしの静寂。

 

 やがて、ふぅと一息吐いたエリーゼは、優雅に上体を起こした。

 

「昨日はごめん。ちょっと調子に乗り過ぎた」

「いえ……自制できなかった私が悪いわ……」

 

 お互い謝って、収束。

 実に理性的である。

 

「それに、私はアナタの財宝よ。アナタの好きにすればいいわ……」

 

 目を合わせる事なく、彼女は窓の方を向いたまま云った。

 その物言いは、昨夜聞いた彼女の過去を鑑みてあまり良いものではないと思えた。ソファで聞いた“財宝”と、さっき聞いた“財宝”には違うニュアンスを感じたのだ。

 ソファの時は、誇り。今のは、諦め。俺が言うのも変な話だが、俺は彼女に誇りを持って自身を“財宝”と称してほしかった。

 

「えー? 昨夜あんだけ悦んでたくせにー?」

 

 するとそこへ、吸精から復帰したルクスリリアがエントリー。エリーゼの背に抱き着いて、彼女を無理やり俺の方へと向かせた。

 陽光に照らされたエリーゼの頬は、ほんのり赤くなっていた。多分、羞恥で。

 

「あれは、恥よ……」

「けど良かったッスよね?」

「そんな訳ないでしょう。とても苦しんでいたわ……」

「ふぅん? へぇ?」

 

 言うと、挑発的な表情になったルクスリリアは、再度目を逸らしたエリーゼの耳に唇を寄せ……。

 

「ざぁこ♡」

 

 と、俺にも聞こえる音量で囁いた。

 

「な……?」

「ざぁこ♡ ざぁこ♡ よわよわ竜族♡ 人間種のご主人に好き放題される上位種族♡ ちょっと“好き”を感知したくらいで気を遣っちゃう激チョロ竜♡ 誇りはどうなってんスか、誇りは♡」

「くっ……」

 

 まさに、メスガキだった。この世界にメスガキ概念があるかは知らないが、その煽りは前世で散々愛用した煽りそのものだった。

 俺からすると喜び半分ネタ半分の台詞だが、それを聞いたエリーゼは感情の昂りと共に全身に魔力を回し始めた。

 

「……貴女だって、淫魔でしょう? 人間種の好きにされておいて、よく言えるわね」

「きひひ♡ アタシはもう屈服済みなんで♡ 失うプライドなんて無いんスー♡」

「か、かとうしゅぞく……!」

 

 その時、エリーゼは初めて怒りの感情を明確に表に出した。

 ブワリと莫大な魔力が染み出して、彼女の髪が重力を無視して舞い上がった。それはさながら、突如として宿屋に高難度ダンジョンボスが現れたかの様。

 元気になってた俺の息子さんも、緊急事態を察して引っ込んでしまった。

 

「え、エリーゼ、ちょっと落ち着いて……」

「……ええ、わかったわ」

 

 一拍置いて、彼女は荒れ狂う魔力を静めた。さすがの自制心だ。

 とはいえ、話によると彼女は魔法を使えないらしいので、魔力はあっても攻撃はできなかったのだが。

 あ、だからルクスリリアはエリーゼをおちょくったのか。

 

「へいへーい♪ 竜族の旦那ぁ♡ もう認めちゃいましょうッスー♡ 私はファーストキスで感じちゃった真正の淫竜ですって♡」

「うるさいわね……」

 

 なおも纏わりついてくるメスガキに、お嬢様の対応も雑になってきた。

 ある意味、ようやっと素を見せてくれた感じなのだろうか。

 淫魔の感覚的には、同じ釜の飯を食った仲なのかもしれない。かなり親しげな距離感である。

 

 それは置いておいて、実際昨夜のアレはかなり拙い行為だったと思う。

 あれだけ気品を保っていたエリーゼが、盛りのついた雌犬みたいになってしまったのである。普通に危ないだろう。

 反省するし、以後封印する事を宣言すべきだ。アストルフォきゅんじゃあるまいに、触れれば転倒ならぬ触れれば絶頂。怖すぎである。そんな異能バトル見たくない。

 

「さっきも言ったけど、昨夜は本当にごめん。アレはやり過ぎだったと思うから、次からはしないよ」

「え……」

 

 言うと、エリーゼは勢いよく振り向いた。その口はお間抜けな半開きになっており、何気に一番わかりやすい表情になっていた。その顔はまるで、あげようとしていたおやつを取り上げられた犬の様。そのままじゃねぇか。

 ていうか、うん、そうなのか……。凄い分かりやすい反応だ。

 

「ふぅ……わかったわ」

 

 数秒後、緩んだ表情筋を戒めるように嘆息したエリーゼは、今度はしっかり俺の方を見てから云った。

 

「確かに、アレは心身に危ないと思うけれど……」

 

 エリーゼの顔は、以前と同じように作り物めいて白い。

 さっきまでの顔の赤さは鳴りを潜め、今はしっかりと精神を制御している様だった。

 

「もう少し加減してくれるのなら、毎日してほしいわ……」

 

 かと思えば、言い切ると同時に再度顔の赤みが復活した。

 恥ずかしかったらしい。俺まで顔が赤くなりそう。

 エリーゼの後ろでは、ルクスリリアがニチャア……っとした笑みを浮かべている。

 

「あ、うん、わかった……」

「それと……」

 

 頷くと、エリーゼは重ねるようにして続けた。

 そうして口をもごもごさせた後、僅か視線を逸らして云った。

 

「その、キスも……」

 

 その声は小さく、一瞬聞き逃してしまいそうだった。

 けど幸いな事に、俺に鈍感主人公の気はなかったようで、ちゃんと言葉もその意味も認識する事ができた。

 

「……できれば、毎日してほしいわ」

 

 素っ裸は恥ずかしくないらしいが、欲望を表に出す事は、恥ずかしいらしい。

 まあ、分かる。同性相手ならともかく、異性に性癖語るのは蜜の味しないもんな。

 

「う、うん」

 

 頑張って言ってくれたのだ。内心驚きこそすれ、聞き返すような事はしないようにした。

 

「宝を愛でるのは、主人の務めなのよ……?」

 

 今度の“宝”には、少しばかりの羞恥と、誇りがあるように思われた。

 気高さの中に、少女性が混じったのだ。

 

 うん、やっぱり……。

 俺に、可哀想なので抜く性癖はなかった様である。いや全くダメではないあたり、度し難いと思うが……。

 少なくとも、俺の近くで可哀想なのはNGである。




 感想投げてくれると喜びます。



 当初、エリーゼにキス魔設定はありませんでした。
 元々はキャラクター倉庫にしまってあるうちの一人がキス魔設定だったんですが、そこから引っ張り出してきた感じですね。
 こういう事平気でやります。


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竜の令嬢の家庭事情

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっています。
 誤字報告も本当にありがとうございます。忍びねぇ忍びねぇ……。

 今回、アンケがあります。
 後書きをお読みの上、お回答頂けると幸いです。
 感想欄にて度々作者が言ってた事です。早めに決めておいた方が良いかと思い、設置させて頂きました。


「ご主人って、エリーゼの“すてぇたす”はまだ見てないんスかー?」

 

 朝、久しぶりに店主さんに怒られた後の食事中、ルクスリリアが訊いてきた。

 今俺たちが食べているのは“淫魔王国風シチュー”のセットという奴で、前世でいうとこの白いシチューだ。淫魔ミルクと淫魔バターと淫魔チーズをドバドバ入れたこのシチューは、此処で供されるうちの日替わり最高級メニューの一つである。

 最近は稼ぎ相応に良いご飯を食べるようにしている。実際、食事のグレードを上げてからというもの、俺もリリィも上の口が喜んでいる。なんというか、活力が湧くのだ。

 

「そういやぁ、まだ見てないなぁ」

「すてぇたす……とは、何の事かしら?」

 

 付け合わせの森人豆(エルフまめ)の焼き団子を切りながら答えると、ナイフ&フォークでパンもどきを切っていたエリーゼは小首をかしげた。

 

「ご主人は異世界人なんで、仲間の能力とかを見たり弄ったりできるんスよ。アタシからは見えないッスけどね」

「そういえば、日本という国の出と言っていたわね」

「うん。こんな感じ、見える?」

「見えないわ……」

 

 目の前で虚空をタップしてコンソールを開く。すると、案の定エリーゼも空中投影ディスプレイを視認する事はできなかったようである。

 エリーゼが見えないって事は、この機能は魔力で動いてる訳じゃないのかな。

 

「それで、何ができるのかしら」

「色々できるよ」

 

 アイテムボックスの中身の確認とか、装備の着脱とか、手に取ったアイテムの情報の閲覧とか。まぁRPGのメニューみたいなもんである。

 中でもよく使っているのはステやジョブ関連だ。試しに、仲間からエリーゼをタップして、ステータス画面を開いてみた。

 

 

 

◆エリーゼ◆

 

 

 

 竜族:レベル3

 竜魔導士:レベル1

 

 

 

 竜族権能:祈り

 

 

 

 補助スキル1:琴竜循環

 補助スキル2:竜祖回帰

 

 

 

 生命:15

 魔力:751

 膂力:10

 技量:14

 敏捷:11

 頑強:12

 知力:17

 魔攻:13

 魔防:16

 

 

 

 

「……え?」

 

 話題の一つとして軽い気持ちで開いてみたにしては、エリーゼのステにはちょっと気になる内容が多かった。

 いきなり知らんワードが出てきたぞ。お琴 竜祖?なにそれなにそれである。

 

 まず、無いといっていた竜族権能だが、“祈り”なるものがあるやんけってのと。

 次に、補助スキルの“琴竜循環”と“竜祖回帰”って何や。モンハンの顕如盤石とかに近しい分かりづらさがある。なにがどうお琴と竜で循環してどう回帰するのだよ。

 最後に、魔力751って何だそれ。え、なに? 俺の何倍だ? リリィ何人分の魔力だ? 一瞬バグかと思ったよね。

 

「何かしら、ラリススナギツネのような顔をして……」

「わー、初めてみた表情ッスー。すっごい間抜けぇ♡」

 

 コンソールを前に呆然とする俺に対し、ロリ二人は白い目を向けていた。

 視線に気づいた事で精神を整えた俺は、未だ信じきれない内容のステータスを見ながらエリーゼに向き直った。

 

「エリーゼはその……権能は無いって言ってたよね?」

「そうね、無いわ」

「その、一応……“祈り”っていう奴があるみたいなんだけど……」

「そう……」

 

 言って、朝から優雅に白ワイン――竜族はお酒大好き種族らしい――を飲むエリーゼ。

 やがて、グラスを置いて、一言。

 

「吐くならもっと面白い嘘になさい……」

 

 無表情だが、その声色には少しばかりの怒りが含まれていた。

 言ってしまった後だが、確かに権能がなかったとして見下されていたエリーゼに、今のはNGだったと思う。配慮に欠けた発言だ。

 が、異世界をチートありきで生きてる俺である。コンソールに書いてある事はとりあえず在るモノとして扱う訳で。

 

「うん、いきなりごめんね。けど、ステータスにはそう書いてあるんだ」

「本当かしら……?」

「まぁ疑う気持ちは分かるッスけどねー。アタシもいきなり飛べるよって言われた時も何のこっちゃだったッス」

 

 もう一度ステを見て、“祈り”のトコをタップする。すると、新しくポップしたウィンドウに権能の概要が表示された。

 えっと、なになに……?

 

「なんか、祈る事で“呪詛”と“祝福”を付与する事ができる……みたいだよ。んー、それしか書いてないなぁ……」

「そう……」

 

 コンソールくんは便利だが、親切という訳ではない。淡々と効果とかを教えてくれるだけで、それが何でどう使うかとかは書いてないのである。

 例えばゴーレム相手に使った能動スキルの“剛剣一閃”も、強力な一撃だよって書いてあるだけだったのだ。それがどんくらい強くてどんなモーションなのか、確かめてみないとよく分からなかったのである。

 なので、とりあえず試そうというのだ。実際気になるし。

 

「確か、両親の権能が呪詛と祝福だったんだよね? どんな感じだったの?」

「ふぅ……そうねぇ……」

 

 一度食器を置いて、顎に手を当てるエリーゼ。

 いうて約100年前の記憶だ。俺のような人間種とは脳も心も時間感覚も違うんだろうが、それでも実際昔々の記憶である。長寿族の脳構造でも、思い出すのには時間がかかるっぽい。

 

「お父様の呪詛は、武器や魔法に“呪詛”を籠めて、当たった相手に重篤な負傷を負わせる権能だったわ。とても強力で、竜族相手に使うと再生能力を弱める事ができたらしいわ。他にも色々と応用できたようだけれど、詳しくは知らないわね……」

「へえ。デバフとか毒属性みたいな感じなのかな」

「お母様の祝福は、竜族鱗鎧(よろい)や回復魔法に“祝福”を籠めてそれらを強める事ができる権能よ。祝福をかけた竜族鱗鎧(よろい)はより堅牢になって、祝福付きの回復魔法を受けると通常では治らない類の負傷も治療できたらしいわ。だから、戦う時のお母様は自分とその味方に祝福をかけて、絶対に負けない戦いをしていたそうよ」

「へえ。バフと強化回復って感じかな」

「その、デバフとバフって何なんスか?」

「弱化と強化、みたいな? ふぅむ……」

 

 エリーゼの話を聞いて、大体わかった。ゲーマー的に理解の容易な権能である。

 要するに、どちらも自分とか武器とか魔法とかに付与して発動する権能で、それぞれパパ権能がデバフ系でママ権能がバフ系な訳だ。攻めと守りの強化とも言えるか。

 で、エリーゼの“祈り”はその両方を使う事ができると……。

 

「言っておくけれど、これでも私は色々と挑戦して、一度も権能が表に出た事がないのよ。普通、自然に使えるようになるものなのに、私にはそういう経験も無かったわ……」

「それでも発動条件が分かりにくかったとか、そういうのあるかもしれないじゃん?」

「そう、まぁアナタに従うわ……」

 

 気になったのが、パパは武器に、ママは鎧に権能を付与していたというところだ。

 それなら今すぐ確認できるんじゃないのと。

 

 なので、食後にアイテムボックスから一本の短剣を取り出してみた。

 これは駆け出し時代に買ってみた短剣で、試しに一度使ってからずっと放置していた店売り武器だ。ぶっちゃけ弱い。

 

「はいコレ」

「これを、どうするのかしら……?」

 

 俺はその短剣をエリーゼの前にお出しした。さながらコース料理のように。

 エリーゼは突然お出しされた武器に首をかしげていた。

 

「試しに祈ってみて。聞くに、両親は武器に権能籠めれたんでしょ?」

「そう言われてもね……。祈るというのも、よく分からないわ」

「確かに何をどうすれば祈りになるのか、俺も分からないな」

「こう……お願いします何でもしますから! みたいな感じじゃないッスか?」

「お願いしますって……。こう、かしら……?」

 

 言いつつ、エリーゼは短剣に手のひらを向けてぶわぁ~っと魔力を放射した。

 凄まじい魔力である。魔法こそ発動していないが、単に出しただけでこの魔力はやっぱとんでもない。

 魔力を出し続けるエリーゼと、魔力を受け続ける短剣くん。当然、何にもならない。魔力とはそれ単体では何にもならない人間視点不可視のエネルギー。感じる事はできても、それ単体では何も起こらないのだ。

 

「……できないわ」

 

 やがて魔力放出を止めたエリーゼは、ふぅと一息吐いた。

 コンソールにあるエリーゼのHP・MPはミリも減っていないが、彼女は少し疲れたような顔をしていた。ある意味トラウマになっているのかもしれない。精神的に滅入ってないといいが、それでももし使えるのだとしたらそれは彼女にとって良い事だと思うのだ。

 

「ふぅむ……」

 

 短剣を持ち、調べてみる。

 確かに、呪われてもいないし祝われてもいない。ごく普通の短剣のままだ。できていない、発動していないのか。

 詳しく情報を見てみると、安物故だろうか、一回しか使っていないのにも関わらず、短剣の耐久度がごくわずかになってるのに気づいた。畜生あの店員クソ商品掴ませやがったか……?

 

「ん?」

「ご主人?」

 

 いや、何か引っかかる。うん、やっぱ変だ、何が変なのかというと、耐久度だ。

 この世界の武器は、地球のソレよりも頑丈である。手元に異世界産と地球産のナイフがあったとして、それらを岩にたたきつけまくったら、地球産ナイフは間違いなく刃こぼれするだろう。しかし、異世界ナイフは刃こぼれひとつないし、耐久度もほんの少ししか低下しない。実際試した事があるのだ。

 逆に、刃こぼれ等がなくとも耐久度が0になったらぶっ壊れるのが異世界ナイフなのだが、それまでは元気に切れ味を維持してくれるのである。ブレード自体の頑丈さも凄まじく、普通に牛くらいのモンスの突進をガードしても壊れないし曲がらないのだ。持ち主はノックバックするが、ナイフには傷ひとつない。耐久度は減るが。

 

 もしかして、である。

 呪詛とか祝福とか、祈りの仕様は分からないが、この耐久度減少とエリーゼの権能には何か関係があるのでは、と。

 気になる、試してみるべきだ。

 

「エリーゼ、もっかいやってみてくれる?」

「まあ、アナタが言うなら……」

 

 今度はアイテムボックスから取り出したピカピカの曲剣を置く。ちゃんと確認した、耐久度マックスの新品である。

 で、さっきと同じエリーゼ流の祈り魔力放出。ぶわぁ~っと出してもらったところで一旦止めて、対象物を見てみる。

 

「やっぱ減ってるじゃないか」

 

 魔力を当てられた曲剣は、しっかりと耐久度が減っていた。

 呪いも祝いも宿ってはいないが、それでも何かしらが発生しているんだな。

 

「減ってるって、何がどうなったんスか?」

「権能か何か、ちゃんと発動してるっぽいんだ」

「そう……」

「エリーゼ、次はちょっと強めにやってみてくれる?」

「わかったわ……」

 

 再度、同じ曲剣に同じ事をしてもらう。

 しばらくやってもらうと……。

 

「あら……?」

 

 バキンと、剣が折れてしまった。いや折れたというか分かれたというか、とにかく刃の真ん中あたりで分断されたのだ。

 真っ二つになった部位はそれぞれ“破損した曲剣の刃”と“折れた曲剣”という別個のアイテムになったのだ。

 ちなみに、俺のアイテムボックスには似たようなアイテムが大量にある。おのれゴーレム……。

 

「おぉ……これがエリーゼの権能ッスか!? 武器破壊とか超強いじゃないッスか! ん、いやでも……“祈り”の姿ッスか、これが……?」

「多分。確かに、祈りっぽくはないけど……。副作用的なものなのかもしれないね」

「単に、魔力を浴び過ぎたから壊れた、というのではないかしら……」

 

 確かにエリーゼの言う通り、その可能性はあるな。

 検証の為、俺もさっきの短剣に色のない魔力を放射する。イメージはドライヤーの風である。

 

「エリーゼ、ちゃんと魔力流れてる?」

「ええ、できてるわ」

 

 念の為魔力が見えるエリーゼに確認してもらいながら行う。

 俺とエリーゼの魔力はダンチなので、ちょっと強めにやる。魔力ドライヤーの風量を弱中強と上げていき、手のひらから出せる最大の魔力をぶっ放す。

 

「ふんぬぅぅぅぅぅ!」

「うわー、エリーゼも大概ッスけど、ご主人もご主人ですっごい魔力……! あぁ……もうご主人の魔力から童貞の匂いがしないッスぅ……」

「ええ……人間にしては凄い魔力ね。童貞の匂い、というのは分からないけれど……」

 

 やがてHUDに表示されてるMPゲージがレッドゾーンに突入したところで、俺は魔力放出を止めた。

 如何に俺とエリーゼの間に隔絶した魔力差があるとはいえ、エリーゼの言う通りなら多少なり短剣の耐久度は落ちてるはずだ。

 さてさて、変化はあるかなーっと……。

 

「……変わってないな」

 

 変化はなかった。

 耐久度も攻撃力も変わっていない。あれだけ魔力ぶん回したのに、体感的には一度目のエリーゼチャレンジくらいの魔力籠めたつもりだったのに、短剣の耐久度は微塵も変わっていなかった。

 こうなると、やっぱ曲剣を壊したのは魔力でなく権能と考えるべきなんじゃあなかろうか。もっと検証すべきだろうが、一旦そういう事にしておこう。魔法も権能も一歩ずつトラエラだ。

 

「エリーゼは魔力放出してる時って、どっち混ぜてるの?」

「どっち、とは何の事かしら?」

「呪詛と祝福。多分、どっちもはできないんじゃないかな、勘だけど」

「あぁ、その“祈り”の……? 分からないわ、なんとなくこうなのかしらと思いながらやっているだけだもの。祈る、というのもいまいち理解できていないのよね」

 

 ふむ、なんとなくだが、こうなんじゃないのというモノが見えてきた。

 まるでヒロアカの個性訓練をしてる気分である。明確なビジョンを持ってやらないと、“祈り”の権能はまともに発動しないんじゃないだろうか。

 

「じゃあ、次はこれに“呪詛”を籠めてみて」

「呪詛を?」

 

 次に出したのは、これまた新品のレイピアである。

 後々試してみようと思って買ったものの、機会がなくてアイテムボックスの肥やしになっていた武器だ。

 

「呪詛、呪詛ねぇ……。できるとして、どうやって籠めれば良いのかしら……?」

「そりゃあ、あれッスよ。殺してやる! とか、あいつゼッテェ許さねぇ! みたいな気持ちを籠めるんスよ」

「そうなのかしら……」

「アヴァリさんの魔力を真似るとか?」

「お父様の魔力……」

 

 うんうん唸って、とりあえずはとエリーゼ式魔力ドライヤーが始動した。

 彼女ほど敏感じゃない俺の魔力感覚でも、かなりの魔力が飛んでいるのが分かる。それはさっきまでと同じ色というか匂いというか雰囲気の魔力で、俺やルクスリリアが魔法を使う時と同じ感じだ。無力の魔力である。これじゃ耐久度に変化はないはずなのだが……。

 

「お父様の、お父様の、呪詛……。魔力の色は……なっ!?」

 

 その時、エリーゼに電流走る。

 といった反応をしたエリーゼ。魔力を出し続けたまま、その視線はレイピアに注がれておらず何にもない虚空を見ていた。

 

「エリーゼ?」

 

 心配になって声をかけてみた……その時だった。

 ブワッと、彼女の放つ無味無臭の魔力が、禍々しくドス黒い魔力に変化したのである。

 

「ひえ!?」

 

 魔力変化にびっくりしたリリィが俺の背に隠れた。俺も俺で反射的に目の前に“魔力障壁”張っちゃったよね。

 リリィが怯えるのも分かる。確かに、怖い魔力だ。色で言うと赤混じりの黒といったこの魔力は、まるでガス状のモンスターが獲物を補食するようにしてレイピアに絡みつき、その全体を覆っていった。

 とても感覚的な例えだが、スプラッタホラーの怖いシーンでも見ているかのような気分である。レイピアという何の変哲もない鉄の塊が、そうではない恐ろしいものに取り憑かれていくかの様。

 

「……こんな感じ、かしら」

 

 やがて魔力ドライヤーが終わると、エリーゼは一息吐いて背もたれに体重を預けた。

 疲れてそうなので背中をさすりつつ、件のレイピアを調べてみると……。

 

「補助効果に“呪詛”が付いてる……」

 

 攻撃力も品質もそのまま安物剣だが、そのレイピアにはお値段不相応に補助効果が付いていた。

 その名も、そのまま“呪詛”。説明によると、攻撃ヒット時に対象に呪いのデバフを蓄積するらしい。呪いが何なのかは知らないが、なんか強そうだ。

 あと、耐久度はミリしか残っていなかった。これはやっぱ副作用なんだろうか。

 

「エリーゼ、成功したよ!」

「え、えぇ……。“権能”を使う、というより……しっかりと“呪詛”を使う感じじゃないと、ダメだったのね……」

 

 その旨を伝えると、エリーゼは呆然とレイピアを眺めていた。

 手渡すと、魔力感知に優れたエリーゼはその剣身に宿った呪詛をまじまじと観察していた。

 

「私にも、あったのね……」

「やったじゃないッスか! こういう時は喜んどいた方が気持ちいいッスよ!」

「そう、そうね……」

 

 エリーゼの周りをグルグル回るリリィ。対するエリーゼは何か重たいものを吐き出すようにして脱力していた。

 これまで、ずっとなかったと思っていた、皆が当たり前に持っていた権能(もの)を、今になって自分も持っていたという事を知ったのだ。

 今の彼女の心には、俺なんぞには分からない複雑な感情の動きがあるのだろう。

 

「なによ、あったんじゃない……」

 

 天井を仰いだ彼女の瞳は、一体何を見ていたのだろうか。

 空白の100年を過ごした彼女にとって、この経験が良いものである事を願わずにはいられない。

 いや、きっと良い事だ。彼女の性格的に、過去を悔いる事はないだろうから。

 

 

 

 それから、同じ要領で“祝福”の方もチャレンジしてもらった。

 ぽーっと噴き出す綺麗な魔力。それを浴びているのは何て事もない安物の手斧だ。

 

「できたわ……」

「やはり天才か」

「大した奴ッス!」

 

 調べてみると、祝福の付いた斧は、呪詛とは逆に攻撃を当てる事で自身にバフを乗せる事ができるようだった。

 で、今度は防具に祝福してもらうと、祝福兜には所謂リジェネ効果が付き、祝福手袋には状態異常耐性が付いた。

 で、一度祝福したアイテムに呪詛を籠めてもらうと、そのアイテムは一瞬にして壊れてしまった。どうやら呪詛と祝福の重ねがけはできないらしい。実に興味深い。

 それと、成功しても効果が同じじゃないのは何故かと思っていると……。

 

「恐らく、練度だと思うわ……。お父様もお母様も、持って生まれた権能を訓練して多彩な術を編み出していたもの。だから、私も練習次第で決まった効果を付与する事ができるのだと思うわ」

 

 なるほど、そういう事か。

 つまり、今のエリーゼはランダムでバフ・デバフを付与している訳だ。使いこなす事で安定化させられると。

 実に伸び代と汎用性のある権能である。夢が広がるな!

 

「嬉しそうね……」

「ご主人、ああいうトコあるんスよ」

 

 ふと、ここで思いついた。

 天啓、まさしく天啓である。

 

 コンソールを開き、ジョブを弄り……あった。

 侍や武闘家系同様、これまで育ててこなかったジョブツリー。ソロだとちょっと使い勝手が悪く、どうにも後回しになってたのだ。

 今こそ、鍛える時なんじゃあないのという話だ。

 

「エリーゼ、私にいい考えがある」

「何かしら?」

 

 戦士レベル20で生えてきた下位職。

 その名も、“弓兵”。

 これを育ててみようじゃあないか。

 

「権能の練習には、矢を使おう」

 

 少し触ってみてわかった、この世界の弓の仕様。

 この世界の矢は、モンハンとかと違い消耗品である。矢を店で補充する都合上、一矢放てば矢一本分のお金が消費される訳だ。貧乏性の俺、無事死亡。

 矢筒嵩張るじゃん問題はアイテムボックスのお陰でなんとかなるのだが、それでも剣一閃で倒せるエネミーに安価とはいえお金を消費して攻撃するのには抵抗があったのだ。

 だが、今の俺は違う。如何にエリーゼ購入後とはいえ、銀行には一億ルァレあるのだ。矢の100本や1000本、余裕でまとめ買いできちゃう。

 

「矢ッスか? なんでそれを? ていうかご主人、弓使えるんスか?」

「まだ使えない。けど使えるようになる。頼むよ、エリーゼ」

「矢に権能を……。ええ、わかったわ。さっき思い出したけれど、お母様も似たような事をしていたわ。軍団の弓兵部隊に祝福を施した矢を撃たせていた、と」

「やったぜ」

 

 前例があるなら、頼もしい。

 エリーゼについては、まだまだ考えるべき事も多いが、とりあえずやる事は決まった。

 これから忙しくなるぞ、エリーゼが。

 

「ふふっ……楽しそうね」

 

 そう言って微笑むエリーゼこそ、楽しそうな顔をしていた。

 

「あ、そうだ。エリーゼにも俺たちと一緒に迷宮に潜ってほしいんだった」

「ええ、聞いているわ。どれだけ役に立てるかは分からないけれど、何とかしてくれるのでしょう?」

「ありがとう。勿論、私にいい考えがある」

「ええ、よろしくね……」

「あと武器の練習もしよう」

「そうね。武技の鍛錬は好きよ」

「武器の注文もしよう」

「あら、注文するのね」

「魔法の練習もしよう」

「使えないわよ」

「私にいい考えがある」

「そう? なら、いいけれど……」

「防具の注文もしないとな!」

「大変ね」

「お金も稼がないとな!」

「大変ね……貴女も」

「まあ、そういう人ッスから」

 

 そうして、三人の初めての朝は過ぎていった。

 

 

 

 人生を捻じ曲げてしまう程だった彼女の欠陥は。

 単に、使い方を間違えてただけだったと。

 そういう事であった。

 

 これからは、楽しくガンガン使っていこう。




 感想投げてくれると喜びます。



 アンケですが、作者がなんとなく考えていたヒロイン募集企画についてです。
 事前に細かいレギュレーションを設け、活動報告かメッセージとかで募集します。その後、お送りいただいたヒロインを作者がなんやかんやして作品に登場させます。
 所謂、ぼくのかんがえたさいきょうのヒロインですね。そもそも応募が集まるのかよといった問題もあるので、事前に。
 レギュレーションは後々。募集ヒロインを出す時に、応募者様の名前を出すかどうかも後々、

 作者的には一度チャレンジしてみたい気持ちがあるのですが、こういう企画を嫌う人がいるというのも把握しているつもりなので。
 以降全部そうじゃなくても、都度アンケで決めるのもアリでしょうか。
 うじうじ悩んでたら一生決まらないと思うので、とりあえずここで三人目の方針について決めてしまおうと思います。



◆追記◆

 アンケートを設置して少ししか経っていませんが、一旦ここで終了とさせて頂きます。アンケートのご協力、ありがとうございました。

 結論から言うと、三人目のヒロインは募集しない事にしました。
 というのも、頂いた感想や頂いたメッセージを見て、これはノリでやるべき事ではないなと思ったからです。
 作者はこういう催しに肯定的な気持ちも、否定的な気持ちも分かりますので。ほんとに時と場合によると思うんですよ、それでいうと、いや流石に3人目は早いかとそう思った次第です。

 なので、ヒロイン募集にしては「今は」やらないと判断いたしました。
 何故「今は」としたかというと、やっぱそのうちやりたいからです。そんだけです。

 多分そのうちやります。ただ、今ではありません。作者がやる気になったらやると思います。
 とりあえず、3人目ではやりません。

 3人目は明日作ります。
 現時点でどうなるかは分かりませんが、それは明日の作者がやるべき事なので今の作者には無関係です。今日はもうクソして寝ます。


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鍛錬場での一日!ロリの上の夢

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます、ホントに。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。

 今回はエリーゼ修行編。
 どうするのという話。
 まぁ分かりやす過ぎますよね。


 俺は自他ともに認めるオタクだが、何でもかんでも好きなオールマイティオタクという訳ではない。

 実際、漫画にしても映画にしても好き嫌いはあるし、詳しくないジャンルもあった。ゲームに関しても、FPSとかはさほど面白いとは思わなかった。

 その中で、俺は特撮関連はさっぱりだった。好きじゃないと言うより、触れてこなかったんだな。どちらかというと、ニチアサはプリキュアに夢中だった。

 

 特撮に詳しくない俺だったが、知り合いには仲のいい特撮オタがいた。グリッドマンから特撮オタに変身した男こと、江藤くんだ。

 オタクでも何でもない一般スポーツマンだった彼は、ある日突然「SSSS.GRIDMAN」というアニメ――宝多六花の太もも――にドハマりしたのである。

 視聴後、原作に興味を持って特撮グリッドマンを見てドハマりし、続いてウルトラマンにハマり、仮面ライダーやスーパー戦隊その他色々へと手を伸ばし特撮沼に浸かっていったのだ。

 それはさながら、一学期は清楚だったのに夏休み明けにギャル化した女子の様であった。思い出すと今でも脳にダメージを負いそうだ……。

 

 俺の友人にしては極めて普遍的な性癖持ちだった江藤くん。

 グリッドマン以後は太もも太ももと喧しくなり、かと思えば「女型怪人の蹴りで死にたい」とか「ウルトラの母の胸にダイブしたい」とか言いだしたのである。

 現在、彼は自衛官として元気にやっている。「もし怪獣が来たら近くで見たいじゃん」という江藤くんの眩しい笑顔が忘れられない。グリッドマンの映画、一緒に観る約束だったのにな。

 

 閑話休題。

 

 太ももフェチから特撮オタになった江藤くんと、一般アニオタロリコンの俺はそれなりに仲が良かった。変身後の彼の家に遊びに行くと、毎度の様に特撮の上映会が開催されたものである。

 そんな中、これまで特撮に触れてこなかった俺でも素直にカッコいいと思えるヒーローがいたのである。

 

 仮面ライダーだ。

 あれは確か、ブレイドだったと思う。オンドゥル語がおかしくてゲラゲラ笑ってた俺だったが、主人公が戦う姿を見てロリコン感性ではない普通のオタク心が特撮ヒーローをカッコいいと感じたのである。

 一般人が変身し、外連味たっぷりに武器を構える姿が、なんとなくグッときたのだ。

 

 さて、話は変わって、俺が異世界に転移した後の事。

 

 奴隷購入前、俺は西区の有料図書館で色んな種族について調べていた。

 その中に、竜族について書かれた本があったのだ。

 

 それによると、竜族ってのはそれはそれは強い種族で……ってのはもういいか。

 竜族? 強いよね。近接、魔法、耐久……隙が無い。

 とにかく、竜族は強いぞと。

 

 で、竜族とて異世界人、お強い彼らも異世界ジョブシステムの内側にいる存在なのである。竜族の戦士。竜族の魔術師がいる訳だ。

 そこに固有の特殊能力――権能がプラスされるものだから、同じ竜族戦士でも戦い方は千差万別。実際、竜族には“ヴィーカ流剣術”しかまともな武術が存在しないらしい。竜族のほとんどは我流だ。

 

 だが、戦士でも魔術師でも、竜族の戦人には共通する戦闘法が一つある。

 竜族は皆、前衛でも後衛でも竜族鱗鎧(スケイルメイル(よろい))を纏い、竜族魔翼(ドラゴンウィング(つばさ))を生やして戦うのだ。それこそ、仮面ライダーのように“変身”するのである。

 図鑑に描いてあったとある竜族戦士さんの戦闘形態など、まんま特撮ヒーローだった。それも、ちょっとダーク寄りのヒーロー。普段は角の生えた人、戦う時は変身して全身鎧。いいじゃん、グリフィンドールに+1919点である。

 

 しかも空を飛べる。戦いにおいて、上を取ると有利なのは地球も異世界も変わらない。前後左右に加えて上下方向にも動けるのだ。

 そんな奴が全身に鎧を纏って魔法なり武器なりで攻撃してくるのだ。そりゃ強いだろう。権能ありで倍率ドン。やはりヤバい(確信)

 鱗の堅牢さは同じく鱗鎧を纏える蜥蜴人族には劣るし、飛行能力も翼人族に劣るらしいが、竜族はそれ以外にもご存じ再生力やら何やらがある。各能力でトップじゃなくても総合力1位である。

 

 竜族の成人は権能を証として認められるが、竜族の戦人は鎧&翼を使えて初めて認められるのだ。

 その点、鎧も翼も権能もなかったエリーゼは、さぞ肩身の狭い思いをした事だろう。

 

 ところで、エリーゼのステータスには、二つほど謎のスキルがあった。

 それぞれ、“琴竜循環”と“竜祖回帰”というものだった。

 この事をエリーゼに訊いて見ると……。

 

「分からないわ……」

 

 との事。

 

 件の項目を調べてみると、琴竜循環は「魔法が使えない代わりに、魔力が凄い強くなるよ」というスキルであった。

 どうやら、エリーゼはこのスキルのせいで魔法が使えなかったようだ。あと、このスキルのお陰で魔力の数値だけが異常に高かったんだな。

 

「……らしいよ」

「そう……。まぁ今更疑うのもバカらしいわね……」

 

 もう一つの竜祖回帰は「成長率が良くなるよ」というスキルだった。ていうか、それしか書いてなかった。

 え、何これ? と思ってエリーゼに訊くと、しばし考えた後、こう言った。

 

「よくは、わからないけれど……。竜の祖というのは、恐らく太古の竜族の事だと思うわ。今と昔じゃ、竜族は結構違っていたらしいのよね。大災厄の前、竜族には鱗も翼もなかったというもの。その代わり、角が大きかったそうだけれど……」

「エリーゼの角は小さいよね」

「小さくないわ、大きい方よ。それで、今の竜族の姿になったのは大災厄の後なのよ。少なくとも、災厄後生まれのお父様は1歳の頃には空を飛んでいたらしいわ。それと、成長しやすさが関係するのかは、分からないけれど……」

「へえ……。ヴィーカさんはどうだったの?」

「ヴィーカ様は空は飛べるけれど、鎧はなかったの。有名な話よ。災厄の直前に生まれたヴィーカ様は、生き残り含めて竜族で唯一鱗のない竜だったそうよ……」

「そうなんだ。てっきりヴィーカさんも変身するのかと……」

「けど、今生きてる人の中じゃ、ヴィーカ様がぶっちぎりの最強なんスよね。淫魔の一般家庭にも本あったッスもん」

「ええ、そうよ」

 

 要するに、昔の竜族には鱗も翼もなかったが、大災厄の後にできるようになってったのね。

 話ぶりからして、災厄前の生き残りもヴィーカさん以外は鱗鎧を纏えたと。

 

「成長っていうのは……多分、進化の余地の事なんじゃないかな。そういうの俺もあんま詳しくないけど、災厄前生まれのヴィーカさんは他竜族とは違う進化をしたから、竜族鱗鎧を纏えなかったんじゃない?」

「進化?」

 

 多分だけど、竜族という種の完成系は今の竜族……第二世代なんだと思う。

 災厄とやらの後、他種族に打ち勝つためのタクティカル・アドバンテージを進化の過程で身に着けたんじゃないかな。

 対し、災厄前の第一世代竜族は数は多いわ殆ど不死身だわでぬくぬく生きてたから、進化の必要性がなかったんだと思う。

 で、そんな中生まれたエリーゼは、第二世代にして第一世代に回帰したように、鎧も翼も使えない竜族であったと。角も大きい方らしいし。

 

 ……いや、この世界の種族が“進化”をするかどうかも、世代交代なしでそれができるかも知らないのだが。

 何でもありの竜族なら、なんかできそうじゃん? と思ったのだ。

 

「つまり、エリーゼは先祖の血を覚醒させたプリミティブ竜族な訳だ」

「そう、そうなのかしら……?」

「え、つまりなんスか? エリーゼは現代に生まれた太古の竜族で、しかも実質権能ふたつ持ちで、おまけにおじいちゃんはあのヴィーカ様の伝説の超血統って事ッスか?」

「そうなるのかしら……」

「うわー、なんスかそれぇ……? その設定ひとつ分けて欲しいッス」

 

 という事を、俺たちはお買い物などしながら話していた。

 俺とロリとロリの三人のお買い物。街を歩くだけでとても幸せだ。

 

 日用品の他にも、せっかくなので俺やルクスリリア達の服とかも買ったりした。

 そろそろ、夏が近いので。

 

 

 

 

 

 

 お買い物をして、お昼ご飯食べて、ひと休みして……。

 

 それから、俺たちはいつもの鍛錬場に来ていた。

 今回転移したのは、前回の闘技場とは別の場所。緑が美しい草原エリアである。

 草原鍛錬場は、まるでどこまでも続くゴルフ場の様。実際に池もあるし、ここでゴルフしたら楽しそうである。今度やってみようかな。

 

「はい、これ持ってみて」

「これは、深域武装ね……」

「えっ、見た事あるんスか?」

「ええ、宝物庫にあったわ。鎌ではなかったけれど……」

 

 ちょうどいいところまで歩いて、エリーゼにラザファムの大鎌を手渡す。

 エリーゼは手に持った大鎌をしげしげと眺めていた。お宝好きの竜の血が騒ぐのかもしれない。

 

「くれぐれも丁重に扱ってほしいッスよ~」

「ええ、わかったわ」

 

 鍛錬場に来た理由は、ルクスリリアの時と同様共有チートの確認と習熟。

 それと、エリーゼの特質についての確認の為である。

 

「ちょっと振ってみて」

「わかったわ。鎌を握るのははじめてだけれど……」

 

 言って、俺とルクスリリアは少し離れたところで見学。

 OKとなって、エリーゼは両手で構えた鎌を、大きく振りかぶってから横一閃。そこで一時停止。エリーゼは、何か違和感があるみたいに首を傾げた。

 それから、もう一度横一閃。切り返し。クルッとターンして、斬り上げ。

 そして、頭上でグルグルやった後、柄を地面に突き刺してガイナ立ちをした。

 

「……私は、大鎌の天才なのかもしれないわ」

 

 すごいドヤ顔である。

 そう言うという事は、俺のモーションアシストが共有されてる証拠だな。動き自体もしっかりしていたし、情報通り竜魔導士は鎌を使えるようだ。

 

 見ると、ルクスリリアはエリーゼに対し、何か微笑ましいものでも見るような目を向けていた。

 うん、二人の気持ち、俺もよく分かるよ。気持ちいいよね、アシスト付きで武器振り回すの。まるで自分が達人にでもなったかのような錯覚に陥るもの。

 

 まあ、これに関しては多分大丈夫だろうと思っていた。

 この調子なら危機察知とかのチートも使えそうだし、それは後々練習すればいい。

 で、今日確認したいのは、そこじゃあないのだ。

 

「エリーゼ、次はその武器に装填されてる魔法を使ってみて」

「魔法? 武器に? あぁ、この魔術式ね……」

 

 そう、確認したいのはそこだ。

 魔力はあるが魔法が使えないエリーゼが、武器の補助効果である“魔法装填”で籠められた魔法を発動できるかどうか。

 エリーゼに貸したのはルクスリリアの愛鎌であるラザファムの大鎌なので、装填された魔法は四つ。何でもいいが、これが使えるかどうかで今後が決まるのだ。

 

「やり方は分かるッスかー?」

「ええ、なんとなく……、こう、かしら?」

 

 言って、ライフルでも撃つようにして大鎌を構えるエリーゼ。

 鎌に魔力を籠め、そして……。

 

「おぉ……」

 

 一条。青白い魔力の光線が、大鎌の槍部分から発射された。例えるならそれは、まさにガンダムのビームライフルといった感じ。いや、色的にはデルタプラスか? まぁそれはいい。

 それは“貫く魔力の槍”という魔法で、貫通力と弾速に優れる単発魔法である。魔力消費はそこそこで、魔法装填の仕様により通常より少し燃費が悪い。魔攻の数値も乗らないので威力も微妙だが、やっぱ戦士でも遠距離魔法を使えるのは色々便利だ。飛んでる敵の対策にもなるしな。

 

「できたわね、魔法が……」

 

 発射姿勢そのまま、エリーゼは呆然と大鎌を眺めていた。

 権能に続き、補助付きとはいえこれまで出来なかった魔法を発動できたのだ。

 今の彼女の中に、嬉しい気持ちがある事を願いたい。

 

「よし……」

 

 その結果に、俺は内心ガッツポーズだった。

 魔力は高いが魔法が使えないエリーゼ。それを知っても動じなかったのには、ほんなら武器に魔法付けちゃえばいいじゃんという思惑があったからだ。

 武器に装填された魔法は、魔力さえあれば誰でも使える。実際、俺もリリィもラザファムの大鎌の必殺技である“破壊する魔力の刃”なんて覚えてないが、鎌を持って魔力を流せば撃てちゃうのである。無論、剣士や武闘家でも確認済み。

 なら、魔法が使えないエリーゼであろうと、魔力はあるのだから装填魔法は使えるだろうという予想だ。

 

 これが、見事的中。なら選択肢が広がるぞ、と。

 仮説を実証し、俺はゲーマー的わくわくが止まらなかった。

 

「ふぅ……はぁっ!」

 

 しばらく後、エリーゼは大鎌に装填された魔法を好き放題ブッパし始めた。

 消耗の激しい大技に、さっきのビーム。爆弾めいた魔法や、弾幕めいた魔力弾。しかもそれらを順ぐりに何度も何度も……。

 

 魔法装填で付与された魔法には、それぞれ独立したクールタイムがある。さっきのビームの場合、同じの撃つにはしばらく待たないといけないが、ビームの待ち時間中でも他の魔法は使えるのである。

 故に乱射。故にコンボである。エリーゼはまるでわんこそばのように次々と装填された魔法を回していった。

 

「ひゃー! アタシなら今頃枯渇してるッスよあれ~」

「俺もアレはできないなぁ」

 

 しかも、エリーゼは持ち前の魔力とMP回復があるので、消耗著しい魔法をぽんぽん連発しても魔力切れを起こしていない。

 実際、リアルタイムで彼女のMPを見ているが、魔法発動直後はミリ減ってもすぐにMAXになっている。ネクストACのブーストゲージの様である。

 

「どうだった?」

「ええ、とても爽快だったわ……」

 

 好き放題魔法を使った後、大鎌担いで戻ってきたエリーゼは、とてもスッキリした顔をしていた。当然のようにMP満タン。これもうチートだろ。

 それから、大鎌を持って、言った。

 

「アナタ……」

「なに?」

「この大鎌が欲しいわ」

「それは駄目ッス!」

 

 エリーゼの要求に、ルクスリリアは強い拒否感を示した。次いでエリーゼに襲い掛かると、持っていた大鎌を強奪した。

 

「あら……」

「これはご主人がアタシにくれた鎌なんス! ぜってぇ譲らねぇッスよ!」

「そう……。それなら仕方ないわね……」

「まあ、そういう事だから」

 

 実際、欲しいと言われてもこれはルクスリリアの愛鎌だ。奴隷のものは主人のものだが、それでもリリィから鎌を取り上げる気にはなれない。

 それに、エリーゼにはもっと良いものをプレゼントする気なのである。

 

「エリーゼには専用の武器を作ってもらうよ。そっちのが良いし、合うと思うよ」

「そうね。ごめんなさいね、いきなり……」

「まあ、わかりゃあいいんスよ、わかりゃあ」

 

 実際、この鎌は四つも魔法が装填されているが、だからといってエリーゼにベストマッチする武器って訳じゃあないのだ。

 ラザファムの大鎌はあくまで近接武器。魔法はその補助であり、魔法装填に特化した武器ではないのだ。

 エリーゼと“魔法装填”の相性も確認できた事だし、もっと良い武器を作ればいいだけの話である。

 

「エリーゼは魔法は使えないけど、魔力はある。だから魔法装填を使えば、色んな事ができるはず。なら、もうそれに特化した武器のがいいんじゃないかな。エリーゼにしか使えないエリーゼ専用の特化武器、ロマンがあると俺は思う」

「なるほど……」

 

 納得してもらったところで、しばらくは色んな武器を試していこう。

 エリーゼの場合、魔法といっても武器に籠められた魔法を使うんだから、別に魔法職や魔術師用の武器にこだわる必要もない。

 俺はコンソールを弄り、エリーゼを“竜魔導士”から“竜族戦士”にジョブチェンジさせた。

 

「エリーゼ、次はこれ振ってみて」

「ええ、わかったわ」

 

 そうして、その日の午後は鍛錬場で過ごした。

 武器を振るうエリーゼの表情は、とても晴れやかだった。

 

 

 

 時は過ぎ、夜。

 

 今日も一日楽しかったが、俺は寝る前にちょっと悩んでいた。

 いや、これは良い悩みだ。ゲーマー的に楽しいところでもある。

 エリーゼのビルドについてだ。

 

 エリーゼのステータスは、清々しい程の魔力特化の純魔ビルドである。

 しかし、これはあくまでほぼ初期レベル。“竜祖回帰”の恩恵がどれだけあるかは分からないが、通常の竜族よりは成長する事を期待したいですね。

 

 で、だ。

 

 ぶっちゃけ、魔力に関してはこれ以上要らない気もするのだ。魔法職にするメリットもない気がする。何故なら、魔法職とは魔力以外にも知力とか魔攻とかが上がりやすいジョブだからだ。

 エリーゼは武器の補助効果で魔法を使う都合上、魔攻の乗らない装填魔法にとって魔力以外の魔法系ステは無駄になってしまうのである。

 

 なら、前衛職のが良いんじゃないかと思う。

 既に魔力が極まってるのだ、ならば他ステを伸ばして弱点を補うというのはアリだと思う。もしかしたら、偉大なるおじいちゃんの様に鱗鎧無しでも立派な前衛になれるかもしれない。

 曰く、エリーゼは竜族にしては膂力に欠けるらしいが、ぶっちゃけ転移直後の俺よりは力持ちである。そういうのはレベルアップでなんとかなるはず。そう思いたい。

 

 けれどけれども、既に極まってる魔力を更に極めていくというのも、ロマンである。そっちのが強くなる、というのもあり得なくはない。

 でもでも、自衛の為にも前衛ジョブを伸ばして近接能力を上げる方が堅実だとは思う。生存能力の向上は大事だ。

 

 うーむ、悩ましい……。

 

 弱点を補う為、前衛職を鍛えるか。

 無駄はあるが、魔力を伸ばす為に魔法職を鍛えるか。

 はたまたどっちも伸ばす為に魔法戦士系統にするか。バランスは良いだろうが、開花に時間がかかりそうである。

 あるいは、もっと特殊なのを目指すのもいいだろう。あるかどうかは知らないが、例えば召喚士(サモナー)系とか遊び人とか。いや流石に遊び人は無さそうだが……。

 

 さて、エリーゼのビルド方針はどうしようか……。

 

「エリーゼはどういう成長がしたい?」

「そうね……。アナタの思う通りにしてほしいわ……」

「そっか、なら……」




 感想投げてくれると喜びます。



◆エリーゼの情報◆

・魔力はほぼ無限。
・魔法は使えない。“魔法装填”は使用可能なので、戦闘ではこれを主に使う。
・スキルの恩恵で成長率は軒並み高いと予想される。
・他の竜族と違い、鎧も翼も起動できない。だが、“進化”の余地がある。




【挿絵表示】




 ぴょー様より、素敵な支援絵を頂きました。エリーゼです。 
 掲載許可を頂いたので、自慢させていただきます。

「この私を愛でる覚悟はあるのかしら……」のシーンです。

 最高ですね! ありがとうございます!


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ロリでリテイク

 感想・評価など、ありがとうございます。気持ちが上がります。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。助かってます。

 前話にて、頂いた支援絵を掲載しています。まだご覧になっていない方はぜひ。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、エリーゼは特殊職ルートとなりました。

 感想欄を拝見して、いくつか「これいいなぁ」というアイデアがあったので、近いうちにそれのエピソード挟みます。
 今回のアンケでも参考にしたものがあります。

 話が進まないのは仕様です。本作はまったり進行していきます。


 俺が転移したこの世界は、まさにオタクくんが夢見るファンタジー世界といった雰囲気の“ザ・異世界”だった。

 

 石造りの建物に石畳。移動手段はもっぱら徒歩か動物で、車やバイクや飛行機なんて見たことない。

 そこに住む人類は皆さん二足歩行のヒトガタ動物。エルフやドワーフやケモミミ美少女とかがわんさといる、割とカジュアル寄りのファンタジーだ。

 

 ファンタジー系の異世界。そこには、剣と並んで欠かせないモノがある。

 魔法である。

 

 魔法……というと、どのようなものを想像するだろうか。

 杖振ってポンと出す感じの奴だろうか。オサレな呪文を詠唱する感じの奴だろうか。あるいは念じれば出る感じの奴だろうか。

 実際、その扱いは作品によりけりだ。

 

 この世界の魔法は、割と頭を使う感じに近い。

 別に何やかや計算してやる訳じゃなく、その発動には明確なイメージが必要であるという話だ。ちゃんと想像して、その上で杖なり手なりから魔法を出すのだ。

 

 実際は他にも色々あるらしいが、俺ら冒険者が使う戦闘用魔法は「イメージ+詠唱+魔力」で発動する、割とコンパクトな感じの奴である。

 例えば、最も単純な魔法である“魔力の礫”。これは野球ボールサイズの青白い魔力弾を放つ魔法で、威力は低めで燃費のいい奴だ。実際結構使える。熟練の魔術師も愛用しているくらい使用者の多い人気魔法である。

 で、これを使うにはまず、頭の中でその魔法ができる様子を考える。つってもそこまで詳細じゃなくていいし、元素だの何素だのといった知識もいらない。魔力で出来た青白い球……でOKだ。それから魔法の名前を詠唱し、杖なり手なりから出すのである。ポーヒーってな具合に。

 最初は難しかったが、慣れたら他の事考えながらでも出来るようになった。何も考えなくてもティッシュぐるぐるにしてボール作れる感じである。 

 

 魔法の発動に慣れてくると、アレンジを利かせる事もできるようにもなる。これは“熟練度”が上がってからの話だな。

 例えば、俺が愛用している“清潔”という魔法。これは最初は一定範囲を綺麗な状態にするという魔法なのだが、熟練すると何処をどのようにどれだけ綺麗にするかを指定できるようになる。

 床に味噌汁を零したとする。普通に使うと、味噌汁が消滅して床が綺麗になる。ついでのように範囲内の床の汚れも全部綺麗になる。熟練した状態で使うと、味噌汁の汁部分だけ消して中の具をそのままにする事もできる。なお具は床で汚れる。これもイメージが大事だ。

 そんな感じだ。どんな感じだ? 我ながら分かりづらいが、まぁ大体そんな感じである。

 

 さて、このような魔法を使うにあたり、使用者の負担を減らしてくれるアイテムがある。魔法触媒だ。

 魔法触媒、杖がそうである。別に杖だけって訳じゃない。神殿では魔導書っぽいの持ってる人もいたし、同じ杖でも長いのとか短いのとか、木製とか銀製とかのもあった。中には箒持ってる人もいたな。 

 

 別に杖がなくても魔法は使える。俺も億劫な時は手で使う。けど、多くの魔法職は杖を持つ。その理由は単純で、杖が魔法の発動を補助してくれるからだ。

 色々原理があるらしいが、要するに能力補正が乗るか乗らないかだった。手だと知力も魔攻も補正ゼロでおまけに燃費も悪いのだ。

 戦いで魔法使うんなら、杖ありにしない理由はそんなにない。

 

 話は変わるが、この世界での魔法は魔法使いだけの特権という訳じゃあない。貴族じゃなくても、まして魔術師じゃなくても使える奴は普通に使える。

 冒険者以外にも野良魔術師はそれなりにいるし、非戦闘員でも工事現場とか医療の現場とかで働いていたりする。そうでなくても、それなりの料理屋には火起こし魔道具があるし、高級料理店の店主なんて炎魔法使いながら料理してたもんね。

 他にも、牧場で穫れたミルクを魔法で保存する人がいたり、馬車と馬にバフかけて高速移動する商人がいたり、魔法使ってパフォーマンスする芸人もいたりする。

 

 この世界、人々の日常と魔法の間には切っても切れない縁があるのだ。

 おかげで現代人でも不便なく過ごせている。

 ありがたい事ですね。

 

 で、だ。

 

 一般人が使える魔道具があるという事は、魔道具を作る人がいる訳で、そういう人らは俺が使ってるみたいなコンパクト魔法とは少し違う体系の魔法を使うらしい。

 詳しくは知らないが、なんか普通の道具に文字とか何とか描いたり色々やったりして、魔道具を作るんだと。

 

 これに関しては、俺はさっぱりだ。

 原理は分からんが、便利だから使っている。

 そういうもんだろう。

 

 

 

「へっへっへっ、お久しぶりでさぁ旦那!」

「お久しぶりです、アダムスさん」

 

 鍛錬場で汗を流した日の翌日。

 エリーゼの専用武器を注文する為、俺たちはアダムスさんの店に来ていた。

 

 数日ぶりに会った――前に完成前の剣を見せてもらったのだ――武器工匠のアダムスさんは、相変わらずイケメンイケボイケエルフであった。

 そして、相変わらず映画の中盤で死にそうな商人キャラのような雰囲気をしていた。

 

「ご注文の剣はもう少し時間がかかりますぜ。今ちょうど“研ぎ”の段階でさぁ」

「ありがとうございます。今日は別の件で来たんですけど……」

「ほう、そうですかい。するってーと、後ろのお嬢ちゃん絡みかい?」

 

 言うと、ドワルフ――ドワーフみたいな雰囲気のエルフ――さんは俺の後ろで優雅に佇むエリーゼに視線をやった。

 視線に気づいたエリーゼは一度俺を見た。頷くと、これまた優雅に尊大に胸を張った。

 

「我が名はエリーゼ。イシグロ・リキタカの第二奴隷よ。姓はないわ」

「へっへっへっ、これはご丁寧にどうも……。竜族の奴隷たぁ、あっしぁ初めて見ましたぜ」

 

 ドワルフはその美しい双眸を細めてエリーゼを見ていた。いや、見ているのは彼女の角だ。彼にしては珍しく、ちょっと不躾な視線である。

 謎視線を向けられたエリーゼは、少しむすっとした顔になっていた。

 

「あの、エリーゼが何か?」

「おぅ、こいつぁ失礼。へへっ、見ての通りあっしぁ森人(エルフ)ですんで、こうもぎっしり詰まった魔力を見ると、目ぇ奪われちまうんでさ」

「そうでしたか」

「しかも銀髪ときた……。へへっ、これぁとんでもねぇ掘り出しモンだな、旦那」

 

 魔力感覚に敏感だというエルフには、何か感じるものがあるのかもしれない。

 実際、ルクスリリア視点のエリーゼは「なんスかね、もう全身から魔力がドバドバ出てる感じッスかね?」らしい。人間の俺にはよく分からん。

 

「で、本日ぁ竜族のお嬢さんの武器の注文って事でいいんですかい?」

「ええ、そのつもりです」

「へっへっへっ、竜族の使う武器ですかい……。で、何を使うんで? 剣かい? 杖かい? 竜族の武器たぁ、光栄な事でさぁ」

 

 と、何故かテンションを上げるドワルフ。

 多分、ドワルフさん的にはエリーゼは凄腕の魔術師か何かに見えてるんだろう。

 強者用の武器を作るのが好きらしいドワルフさんだ、エリーゼには相当な期待をしているのかもしれない。

 

「実は……」

 

 なので、少し申し訳ない気持ちになりつつ、エリーゼの事情についてお話しした。

 この通り魔力はあるが魔法は使えない事。その為に、“魔法装填”に特化した武器が欲しいんだよという話。

 俺が語る後ろで、エリーゼは腕組み姿勢で優雅に立っていた。ルクスリリアはこの前見せてもらった本を読んでいた。

 

「……という事なんです」

「はは~ん、そいつぁまた難儀な……あ、失礼。まぁそうでもねぇと説明つかねぇ魔力ではありますわな」

 

 うんうんと納得するドワルフ。

 曰く、エリーゼの魔力量は天才と一言で片づけるには首をかしげちゃう程らしい。世にはそういうトレードオフの才能の例がそれなりにあるんだとか。

 

「魔法装填特化武器ねぇ……。作った事ぁねぇが、そりゃできますぜ。へへっ、いやぁ燃えるじゃあないの」

 

 と、背もたれに体重を預けていたドワルフは、身を乗り出すようにして受付机に肘を置いた。

 

「まぁ詰める前に、まず“魔法装填”について話しとかねぇと不誠実ってモンだわな。旦那ぁ件の補助効果についてはどんくらいご存じで?」

「そうですね……」

 

 訊かれたので、俺が知っている範囲の事を話した。

 ルクスリリアの深域武装について、それに装填された魔法について。あと、後に少し調べて分かった範囲についてだ。

 

「……と、こんくらいですかね」

「へッヘッへっ、旦那ぁ勉強熱心でいらっしゃる」

 

 説明を終えると、ドワルフさんは感心したような声を上げた。

 

「まあ、そんだけ知ってりゃ話は早い。少し待っててくだせぇ」

 

 言うなり、席を立ったドワルフは店の奥に引っ込んでいった。

 しばらくの後、お盆の上にいくつかのアイテムを載せて戻ってきた。

 テーブルに置かれたお盆には、指輪とか短剣とかが載っていた。後ろのロリ二人も興味深げにお盆を見ている。驚くべき事に、その全てにうっすら魔力の反応があった。

 

「あー、ご存じの通り、魔法装填ってのぁ使う奴の業前に関係なく、魔力さえ籠めりゃ魔法を発動してくれる代物でさぁ。どんなへなちょこでも、どんな馬鹿でも、それなりの魔法を発動させる事ができる。その分、本職にゃ敵わねぇが、それでもあると便利ですわな」

「そうですね」

 

 いつものオタク語りをしつつ、ドワルフはお盆の上から一つの指輪をつまみ上げ、俺に差し出してきた。

 それは特に装飾のないシンプルな指輪で、美術品といった雰囲気のものではなかった。

 

「これは知り合いの魔工師が作った魔法の籠った指輪でさぁ。中にゃ“魔力の盾”が籠ってる。試しに使ってみてくだせぇ」

 

 促されるまま指輪をはめる。サイズは合っていなかったが、魔法のおかげでスルッとフィットした。それから、誰もいないトコに掌を向けて魔力を籠めてみる。

 すると、少しの魔力を消費し、青白い半透明の円盾が生成された。サイズはキャプテン・アメリカのアレくらい。覚えてはいるけどあまり使った経験のない“魔力の盾”だ。

 

「えー、なんかショボくないッスか? これならアタシが適当に素手で作った奴のが強そうッス」

「そうね……」

 

 けれど、俺が使った事のある盾と違い、気持ち多く魔力を消費したし、それになんか脆い気がする。その辺のワンちゃんエネミーの突進一発で壊れそうだ。

 

「次はこっちを使ってみてくだせぇ。中身は同じでさぁ」

「はい」

 

 さっきの指輪を外して、新しい指輪をはめる。それからさっきと同じように魔力を籠めてみた。

 すると、さっきと同じくらい魔力を消費し、さっきよりも頑丈そうな円盾が生成された。

 

「こっちの方が強靭ね」

「エリーゼにはそう見えるの?」

「ええ、魔力が綺麗に流れているわ」

 

 指輪を返すと、ドワルフは得意げな表情になって語った。

 

「この通り、同じ指輪で同じ魔法、同じくらいの魔力消費でも、モノによってはその効果の程は全然違うんでさぁ」

「それは何故ですか?」

「そりゃ勿論、魔工師の腕よ」

 

 言って、ドワルフは弱い方の指輪と強い方の指輪をそれぞれ別の手でつまむと、見えやすいように示してみせた。

 

「こっちの弱ェのぁ駆け出しのヒヨッコ魔工師の作。で、こっちの強ぇのが、熟練のモノホン魔工師の作。同じだけの魔力消費でも、職人が違えばダンチなんでぇ」

 

 よくは分からないが、なんとなくは分かる。

 要するに、同じ材料同じ器具同じ場所でも、料理人の腕が違えば作るご飯のおいしさが違うみたいな話だろう。

 どうやら、ファンタジー世界の魔法も熟練作と駆け出し作じゃ雲泥の差があるらしい。文字通り、レベルと熟練度が違う訳だ。

 

「魔工師の善し悪しは、籠められる魔法の種類とか威力とかまぁ色々で決まりますがね……。やっぱ、一番腕が出るのは魔力の消費量ですわな」

「なるほど……」

 

 これも、なんとなく分かる内容である。リソースの使い方の上手さって事だろう。

 それで言うと、弱いヒヨッコ指輪が消費5効果4。強いモノホン指輪が消費5効果8みたいな印象である。

 買うなら断然後者だし、前者は使いたくない。ありゃ盾というより傘だ。

 

「で、だ。中にはこんなのもあるんでさぁ。中身は同じ、職人もモノホン。どうぞ使ってみてくだせぇ」

 

 納得していると、今度もさっきと同じデザインの別の指輪を渡してきた。第三の指輪である。

 指輪をはめ、使う。すると、一瞬頭がクラッとするくらいの魔力を持って行かれ、“魔力の盾”が発動した。

 

「おぉ……なんかスゲェっす!」

「ええ。けれど、随分と雑ね……」

 

 発動したのは、確かに魔力の盾だった。

 しかし、その魔法盾はさっきのとは段違いにサイズが大きく、堅さも違う。色は同じ半透明の青白い盾だが、その表面にはバチバチと稲妻みたいなのが迸っている。いかにも強力そうである。

 ヒヨッコ盾がサランラップだとしたら、この盾は戦車の装甲だ。それくらい違う感じがする。これならダンジョンのボスの攻撃を受けても普通に保ちそうだ。

 凄い、凄い魔法である。けど……。

 

「うっ、これはキツい……」

 

 それにしたって消耗が激しい。

 気分が悪くなった俺は、さっさと指輪を外した。

 確かに凄い堅そうな盾を生成できたが、それでもこれは消費がデカ過ぎる。さっきの例えでいうと、消費100で効果50といったところか。実際、さっきの一回でMPゲージの三分の一が無くなった。マジか……。

 

「へっへっへっ、こいつぁまぁ所謂失敗作なんですわ。なんか、大事な工程の最中にくしゃみしちまったとかで……」

「なんでそんなものを……?」

「おもしれぇからよ」

 

 そう返したドワルフの瞳は、前世でよく見た類の輝きを放っていた。

 まるで、水星の魔女の話をするガノタの様。あるいは新作ガンプラの可動域のすばらしさを語るガノタの様。もしくは如何に初代ガンダムの脚本構成が優れていたかを熱弁するガノタの様。

 熱く、重く、とても楽しそうな、キラキラした瞳をしていたのだ。

 

「面白い、ですか……」

 

 言われてみて、俺もちょっと分かるマンと思った。

 指輪の性能はともかく、確かに面白い。何が面白いかというと、この“魔法装填”という補助効果の仕様がだ。

 

 要するに、この“魔法装填”というのは、ゴッドイーターのバレットエディットに近いものなのだと思う。

 最小の消費で、最大の効果を発揮できるよう試行錯誤する。腕前や工夫次第で、同じ魔法でも強弱や大小を設定できる。あっちを立てればこっちが立たず……。魔法の数値を弄って自分好みにカスタマイズしているのだ。

 え、なにそれ面白そう。やってみたいな……。

 

「わかる」

「へへへへっ、でしょう!?」

 

 一個目と、二個目と、三個目の指輪。同じ魔法で、違う効果。どれだけ数値を弄れるかはリソース次第、と……。

 なるほど……。

 

「そう、つまりだ! 魔力消費さえ気にしなけりゃ、モノホンの大魔術師が日に一回しか撃てねぇような大魔法だって……!」

「エリーゼなら、連発できる……」

「おう! へへへっ、さすがイシグロの旦那だ、話がわかる!」

「しかも魔法装填の仕様上、待ち時間中も違う魔法を撃つ事ができる……!」

「それも大魔法をでさぁ……!」

「……ええやん」

「でっしょー!?」

 

 俺とドワルフさんは、意気投合してテンションをぶち上げた。

 それはさながら、ニンテンドーダイレクトを一緒に見た友人同士の様。おもしろそう! わかる! ならアレもできるのかな? それいいねぇ! である。

 

「ご主人って、ああいう話好きなんスよねー」

「そうね、楽しそうだわ……」

 

 背後から、愛しのロリ奴隷の呆れたような会話が聞こえてきたが、その時の俺には全く響かなかった。

 だって、俺は俺が馬鹿な自覚があるもの。

 

 

 

 その後、例によってドワルフさんとのお話は長く続いた。

 途中、奴隷二人に小遣いを渡して適当に飯を買ってきてもらい、皆で食べたりした。

 

「これは、食器も無しにどう食べるのかしら?」

「そのままかぶりつけばいいんスよ」

「そう……。少し恥ずかしいわ……」

 

 という、エリーゼのお嬢様ムーブイベントなどもありつつ、食後もエリーゼの専用武器についてああでもないこうでもないと盛り上がった。

 素材については、前回持ってきたはいいものの使う事のなかった輝銀魔石(シルウィタイト)を使うとして、最も時間を食ったのは装填する魔法についての話題だった。

 

 最高の素材で作るとしても、装填できる魔法の数にはそれなりの制限があった。

 魔法用武器で、強い魔法なら6つ、弱い魔法なら8つ。近接戦で使うんなら強度の関係で4つが限界。小さい近接武器なら2つが限界だった。

 せっかく作った専用武器は大事にしたいので“自動修復”を付けるとして、それ以外の補助効果の付与はできそうにない。もしするとしたら、魔法の数を減らす必要があると……。

 

「俺としては、各属性の追尾系魔法をガン積みした奴がイイと思うんだよね。ミサイルカーニバルのロマンって奴で」

「いいや、ここはひとつの属性の魔法を全部載せした特化型がいいでしょう。属性特化のロマンでさぁ」

 

 と言った感じで、食後も色んな話をした。

 装填する魔法について、形状について、その他色々……。

 

 なんか、久しぶりにこういう話をした気がする。

 喧嘩みたいになっているが、喧嘩ではない。

 前世ではよくあった、好きなモノのプレゼン合戦である。

 お互い、こういう言い合いを楽しんでいるのだ。

 

 やっぱ、好きなモノについて語り合える相手がいるのは良いものだと思う。

 

 

 

 結局、帰る頃には夕方になっていた。

 前はスキルについて話すだけだったが、今回は魔法なり形状なり話題が多くて時間がかかったのだ。

 それとついでのように例の戦車装甲指輪も購入した。一度エリーゼに試させてみたら、全然余裕だったのだ。俺もドワルフもルクスリリアもドン引きした。

 

「ずいぶんと楽しそうだったわね」

「ごめんごめん……」

「皮肉じゃないわ……」

 

 暇過ぎて眠ってしまったルクスリリアをおんぶしつつ、帰路を歩く。

 隣を歩くエリーゼは。会議中武器の話題に乗ってくる事はなかった。自分が使う武器だというのに、あんまり関心がなさそうだったのである。

 

「でも、ホントに良かったの? 形も魔法も俺等で決めちゃって」

「いいのよ……」

 

 言って、エリーゼは俺を見上げた。

 いや、見ているのは俺ではない。俺におんぶされたルクスリリアの寝顔だ。

 

「私も、アナタから貰いたいのよ」

 

 そういえば、深域武装欲しがってたもんな。

 つまり、欲しかったのはあの大鎌ではなく……。

 

「ああ、なら……」

「次は、ルクスリリアに何か買ってあげて。この子が喜ぶ物を……」

 

 言いかけた俺の言葉を制するように、エリーゼは言葉を重ねた。

 

「竜族は欲しがりだけれど、何より身内を大事にするのよ……」

 

 その言葉を聞いて、俺は何だか嬉しくなった。

 俺が求めているのはロリハーレムだが、決して大奥みたいなものを築きたい訳ではないのである。

 可哀想なのは、嫌だ。

 

「そうする」

「そうなさい」

 

 帰り道、夕陽の街に三人の影が重なった。

 

 趣味を語り合う友も素晴らしいが、それはそれ。

 やっぱりロリは最高である。




 感想投げてくれると喜びます。


◆エリーゼと世界設定の情報補足◆

・魔法職になっても、魔法は使えない。
・レベルアップで習得する、魔力を消費するスキルは使用可能(手当て等)。
・この世界に銃はありません。銃の形をした杖なら作れるが、魔力を籠めた魔弾は不可能、
・武器と認識されないものは、モーションアシストの恩恵を受けられない。
・魔法装填に籠められる魔法は、職人の腕前次第。その職人の力を超えている魔法は装填不可能。
・魔法を装填できる物は、基本的に「武器・防具・装飾品」の三つ。




【挿絵表示】




 ぴょー様より、素敵な支援絵を頂きました。
 イイ、実にイイ……。
 あ^~、心がぴょんぴょんするんじゃ^~。


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ロリコン戦場へ帰る

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、エリーゼの主要武器は王笏になりました。ジョブはロード系です。
 ロード系って作品によりけりですよね。本作ではバフ職というところでよろしくお願いします。

 今回は三人称。
 文中、頂いた支援絵を掲載しています。
 少し時間が進んでいます。既に新しい剣を持ってる状態ですね。

 読了後、活動報告をご覧になって頂けると幸いです。


 ――銀細工。

 

 銀細工とは、ラリス王国及びその周辺諸国において特別な代物である。

 迷宮探索を生業とする者たちと、その周囲の人々にとっては、尚の事。

 

 銀細工持ち冒険者。

 冒険者の中では、実質的な最上位である。

 位階こそ金細工の一個下だが、実力は大差ないとされる。銀細工持ちの中で比較的まともな奴がスカウトされ、それが承諾される事で銀から金にランクアップするのだ。

 

 金も銀も、その力は文字通り個人で一騎当千。迷宮に挑み、生還する傑物であり、有事の際には国防の要となる。

 しかし、強さと引き換えなのだろうか、銀の彼ら彼女らは大概頭がおかしい。喧嘩もめ事は日常茶飯事で、一般人視点訳も分からない理由で暴虐の限りを尽くしたかと思えば、驚く程しょうもない理由で自己犠牲的な救済をしたりする。

 銀細工持ち冒険者とは、総じて理解不能制御不能の怪物なのである。同じ怪物でも、国の言う事はちゃんと聞く金細工持ちとは大違いである。

 

 まさに、生ける災害。歩く伝説。

 もしくは、会いに行ける英雄だ。

 実際、何故だか市民からは金細工より銀細工のが人気である。訳の分からない怪物でも、基本的に任務で忙しくしてるか王城に籠ってる金細工持ちより、会って話せる銀の英雄のがアイドル性があるのかもしれない。

 

 さて、王都には幾人か名物冒険者というものがいる。

 

 有名どころで言えば、東区の名物冒険者。熊人のグレイソン。

 二つ名を、“猛る要塞”。

 

 獣人族で固めた一党の頭目。これまで一度も仲間を死なせた事のない、仁義厚き漢。

 その拳は山を穿ち、筋骨は過剰なほど隆々。常に前線に立ち仲間を守る様は、まさに英雄。頼れるリーダー。理想の上司。気は優しくて力持ちなのだ。

 冒険者にしては珍しく妻子持ちなあたり何かほっこりする。しかもドが付くほどの愛妻家で、酔うと妻の自慢話をするのだから堪らない。そんなところもご愛敬であり、東区で彼を悪く思う住民は居ない。おまけに異常な程の大食漢なので、東区の料理屋は彼の来客を待ち望んでいる。

 

 そんな人望厚いグレイソンだが、彼もまた銀細工持ち冒険者の例にもれず、頭がおかしい。

 

 以前、グレイソンがとある飲み屋でご飯を食べていた時、どういう経緯かエルフの一党と口論になった。普通の冒険者なら喧嘩=殴り合いになるところ、流石のグレイソンは口だけであった。

 しかし、ヒートアップした口論相手がグレイソンのテーブルの料理を落としてしまった。次の瞬間、彼はブチキレた。

 

 そのキレっぷりは尋常ではなく、普段冒険者にしては温厚な性格のグレイソンでは考えられないくらい荒れた。

 荒れに荒れ、終いにゃそのエルフとエルフの所属していた一党を皆殺しにした。怒りのまま、一人で全員撲殺したのである。

 

 いくら異世界、いくら冒険者界隈といえど、殺人は罪である。当然、グレイソンはギルドからペナルティを食らった。

 ギルド職員に「何故殺した?」と訊かれたグレイソンは、こう答えた。

 

「飯をこぼされたからだ」

 

 つまりグレイソンは、食べかけのご飯をダメにされたのにキレて、喧嘩相手の一党を殴殺したのである。これにはギルド職員も唖然となった。が、まぁ分かりやすいので他より実際マシである。

 ちなみに、グレイソンはその後、迷惑をかけた飲み屋に過剰な程の慰謝料を払い、店主に対しDOGEZAを敢行した事でも知られる。店主は慰謝料を拒否っていたが、半ば無理やり押し付けていた。

 

 似たような、あるいはもっとヤバいのは南区にも北区にもいるし、同じ東区にもあと数人こういうのが居る。

 少し前まで、西区にも似たような冒険者がいたが、今はいない。死んだからだ。西区を拠点とする銀細工持ち冒険者はそこそこいるが、彼ら彼女らは皆、今は違う国に行ったり遊んでたりで西区を離れている。ある意味、現在西区だけ看板不在なのである。

 そんな中、王都西区の転移神殿に、新たな英雄候補が台頭してきた。

 

 黒剣のイシグロである。

 

 

 

 最近、“迷宮狂い”が大人しい。

 

 同業者にも職員にも注目されているイシグロである。言葉にせずとも、そのように感じる関係者は少なくなかった。

 つい一か月前までは毎日毎日迷宮に潜っていたというのに、最近は一日迷宮に潜ったら一日二日休むのである。いやそれでもマジでおかしいのだが、全盛期のイシグロを知っている人からすると、今のイシグロは大人しく見えるのだ。

 

 イシグロが大人しくなったのは、奴隷を買った後からだ。

 あの、主人よりも上等な装備を纏い、主人の武器よりも強力そうな深域武装を持つ淫魔奴隷。謎のちんちくりん。淫魔なのに全然エロくないメスガキ。彼女が来てから、イシグロはかつてのハングリー精神(?)を失っているように思われていた。

 

 界隈では、欲望を満たした冒険者はすぐ死ぬと言われている。

 明確なデータはないが、なんとなくの経験則で伝えられるジンクスの様なものだ。

 しかし、これは意外と当たっているものだと、冒険者だけでなくギルド職員たちも思っている。

 

 以前、深域武装が欲しい欲しいと言って憚らない冒険者がいた。

 彼は深域武装への情熱に押されるように迷宮を潜りまくり、ついには銀細工まで上り詰め、ついに念願の深域武装を手に入れる事に成功した。

 すると彼は、これまで潜っていた高難度迷宮に潜るのを止め、適当な低難度迷宮に入り浸るようになり……深域武装と共に帰ってこなかった。

 

 例え銀細工持ち冒険者でも、欲望が満たされると弱くなる。そして、そのうち気が抜けてあっさり死ぬ。

 イシグロもそうなるんじゃないかと、一部の杞憂民は杞憂しているのだ。

 

 何でかは知らないが……奴隷が欲しくて頑張ってきて、それが叶った今イシグロはかつての強さを失っているのではないか。

 そういう風に考えるのは、おかしな事ではないだろう。

 

「バカ言え、そんな訳あるか」

 

 受付おじさんを除き。

 

 

 

 そんな中、王都西区の転移神殿に新たなビッグニュースが流れてきた。

 あの迷宮狂いが、新しい奴隷を連れて鍛錬場に入っていったというのだ。

 しかもそれは竜族の奴隷で、銀髪の女だった。もっと言うと、件の淫魔同様ちんちくりんで全然エロくなかったという。

 

 竜族男性といえば、皆美形で有名である。同じく、竜族女性も皆美女でお馴染みだ。

 種族別の「一晩お願いしたいランキング」で必ず上位に食い込むのが竜族女子なのである。ちなみに一位は牛人女子なあたり、異世界における巨乳信仰がわかるだろう。

 

 エロくない淫魔に続き、ちんちくりんの竜族。

 いくらちんちくりんだろうが腐っても竜族。淫魔とは比較にならないくらい高額だっただろうに。

 一体全体、イシグロはどういうつもりでそんな高い買い物をしたというのか。残念ながら、いや幸いなのか、ともかく異世界人にはまるで見当もつかないのであった。

 

 さて、そんなニュースが流れた数日後、イシグロの一党は再び転移神殿にやってきた。

 そして、淫魔の時と同様に三人で鍛錬場に転移した。

 

 あー、今度はあの竜族の娘を鍛えるのねと、皆が思った。

 しかし、違った。

 

 転移して数分後、イシグロは一人で神殿に戻ってきて、何食わぬ顔で迷宮に潜っていったのである。鍛錬場に奴隷を残して。

 しかも、迷宮の中でも極めて高難度で知られる“水晶迷宮”へと。

 

 一同、思う。え? なんで?

 せっかく奴隷を買ったのに、何故奴隷を連れて潜らない? すぐ潜りたいにしても、育ちきるのを待てよと。

 

 水晶迷宮といえば、巨像迷宮とは別の理由で嫌われてる事で有名だ。

 実入りはいいのだ。主が吐き出す聖遺物(レリック)は高値で売れるし、道中の魔物が落とす品も非常に美味しい。

 

 けれど、水晶迷宮の魔物はめちゃくちゃ強いのだ。それだけで、高難度迷宮とされているくらいである。

 まず堅い。弱点らしい弱点もないし、何の特効もないクソ耐性。おまけに俊敏で、攻撃も極めて苛烈。純粋な地力だけがモノを言う、小細工無しの真っ向勝負を強制されるクッソ危ない迷宮なのだ。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬわ、アイツ」

 

 と、イシグロ牙抜け説を唱えていた同業者二人がほくそ笑んで言った。

 それから数時間後、イシグロは五体満足で帰ってきた。

 そして何食わぬ顔でいつもの受付に行き……。

 

「すみません、換金お願いします」

 

 全ての聖遺物(レリック)を金に換えた。

 

「おう、緑の1番な」

「はい」

 

 しばらく待って、換金を終えて、袋に詰まった大金を収納魔法に入れて……。

 いつの間にか鍛錬場から戻っていた奴隷二人を連れ、何事もなく帰って行った。

 

「オイオイオイ……」

「死ななかったわ、アイツ……」

 

 ここに、イシグロ牙抜け説は崩壊した。

 

 まあ、彼の迷宮狂い氏の強さが健在なのは誰にとっても嬉しい事である。

 これまでがおかしかっただけで、今の頻度が彼にとってちょうどいいんでしょ。そういう風に解釈し始めた……。

 

 翌日である。

 

 イシグロ御一行。奴隷と共に鍛錬場に入り、主人一人で戻ってきて、迷宮に潜る。

 昨日と同じ事をしていた。

 

「オイオイオイ……」

「なんで死なねぇんだよ、アイツ……」

 

 そんでもって普通に戻ってきた。

 で、奴隷と合流しておうちに帰った。

 

「ほう、二日連続ですか。大したものですね……」

「なんでもいいけどよぉ、相手はあの“雲羊”だぜ?」

 

 まぁ、二日連続なんてイシグロの探索記録じゃよくある話である。

 最近ではあまりしてなかったけど、前はよくあったのだ。

 

 迷宮連続踏破。

 

 周囲の予想を超えて、それはしばらく続く事となる。

 後に伝説となる、イシグロ・リキタカ狂気の迷宮探索記録だ。

 

 

 

 一日目、超高難度で知られる“水晶迷宮”、踏破。

 二日目、儲からないし魔物クソだしでお馴染みの“雲羊迷宮”、踏破。

 三日目、道中のギミックがウザ過ぎる事で有名な“暴草迷宮”、踏破。

 四日目、とにもかくにも主が強すぎる“巌牛迷宮”、踏破。

 五日目、毒・麻痺・睡眠オンパレードの“怪花迷宮”、踏破。

 六日目、沼・泥・根っこが邪魔過ぎる“燃樹迷宮”、踏破。

 七日目、とにかく魔物の数が多い“鱗群迷宮”、踏破。

 八日目、暗いよ狭いよ怖いよの“闇牙迷宮”、踏破。

 九日目、何でおかわりしてんだよ“水晶迷宮”、再踏破。

 

 結局、イシグロの迷宮探索は9日の間続いた。

 これまでさんざん迷宮狂い迷宮狂い言われていたイシグロでも、最大で六連続だったのが、一気に記録を伸ばして9連続。

 しかも全部踏破成功。

 

「やっぱりアイツは天才だよ」

「いや天才っていうか……変態?」

 

 銀細工持ち冒険者は頭がおかしい。

 その中でも、イシグロ・リキタカは一等頭がおかしい。

 王都西区の人たちは、改めてそう思った。

 

「もうあいつの二つ名、正式に“迷宮狂い”でいいんじゃね?」

「だよな、実際“黒剣”って呼んでる奴いねーし」

 

 と話しているギルド職員の後ろで、おじさんはイシグロの活動記録を眺めていた。

 おじさんは奴が冒険者登録してからずっと受付をしていた受付おじさんなのだ。伊達にイシグロと最も多く話した事のある職員ではない。

 だからこそ、イシグロが無作為に迷宮を選んでいない事を直感していたのだ。

 

「……なるほどな」

 

 そして、何気に頭が切れるおじさんは感得した。

 いや、前提となる情報がなければ、おじさんでも気づかなかっただろう。

 奴は、明確に目標を立てて迷宮に挑んでいたのだ。

 

 迷宮が吐き出す聖遺物を知っていれば、分かる。

 奴の目的は……。

 

純血大公の戦衣(リアルイーザのそうび)……へっ、そういう事かよ……」

 

 イシグロは、英雄の装備を再現するつもりなのだ。

 恐らく、新しく買った竜族奴隷の為に。

 ちぐはぐな気もしないでもないが、それは淫魔の時点でそうだ。そも、種族には頓着してないのかもしれない。大事なのは、危険を冒す(ハート)なのだろう。

 

「おもしれー男……」

 

 おじさんは、イシグロに関する真に驚くべき証明を見つけたが、それを書くには記録帳の余白が足りなかった。

 なので、誰にも言わなかったし、何もしなかった。そっちのがクールだからだ。

 

 それにと、おじさんは思う。

 もし奴の伝説を記録するなら、それはこんなショボい紙束じゃいけねぇ。

 もっと情緒と情感をたっぷり詰めて、かつ淡々とクールに書いた分厚~い本じゃねぇと。

 そして、聞き込みしてくるだろうその本の執筆者に、言ってやるのだ。

 

「俺か? 俺は、あいつの担当職員だよ。ただの、な……。へっ、決まった……」

 

 鏡の前、おじさんが時折このような妄想にふけるのを見て見ぬふりをする情が、他職員たちにも存在した。

 おじさんはパワハラもアルハラもモラハラもしない良いベテランさんなのだ。奇行の一つくらい、ご愛敬である。

 

 

 

 一方その頃、件の迷宮狂いの一党は……。

 

「ちょっと、もう少し優しくしなさいよ……」

「練習中なんスから、そうそう上手くはいかないッスよー」

「そう……。くれぐれも角に当てないよう気を付けるのよ?」

「わぁ~、竜族の髪ってホントに魔力たっぷりッスね~。食べたら魔力回復しないッスかね?」

「なんて事言うの、貴女……」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 いつもの宿屋にて。

 

 イシグロは、ロリ奴隷がイチャついているところを静かに眺めていた。

 その表情はパーフェクトアルカイックスマイル。背景には控えめな百合の花が咲いていた。

 

 石黒力隆、ロリコンであると同時に軽度の百合豚であった。

 この男、転天もリコリコも水星の魔女も大好きなのである。




 感想投げてくれると喜びます。



 はい、キャラ募集します。

 ヒロイン募集ではありません。
 ヒロイン募集ではありません。

 詳しくは活動報告をご確認ください。
 ご興味のある方は是非、軽い気持ちでご応募いただければと思います。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551


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剣とロリ

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気ゲージが溜ってます。
 誤字報告も助かってます。感謝しかない。

 募集企画の方、ご応募頂きありがとうございます。良い刺激になっています。作者が想像してたよりやる気に繋がりますねコレ。
 出す時は何の脈略もなく現れるので、あんまり構えないで頂けると幸いです。いきなり登場します。登場キャラが作者作なのか募集キャラなのかを把握してるのは作者だけです。
 レギュにも書きましたが、頂いた案は盛大にアレンジしてナーフして誇張してメタクソに弄り倒してから出すので、ほぼ別キャラになります。ご了承の上、ごあんしんください。


 水晶迷宮。

 

 タイプは屋内型で、洞窟スタートで洞窟ゴールという、比較的オーソドックスな構成のダンジョンだ。

 例によって外に通じていない洞窟だが、それほど暗くはない。そこら中に生えてるクリスタルがぼんやり光ってるからだ。まるでラスダンみたいな雰囲気である。こういうダンジョン、ゲーム終盤だとよくあるよねって感じ。

 

 そんな水晶迷宮は、転移神殿から転移できる迷宮の中では相当高難易度なダンジョンで有名である……らしい。理由は単純で、エネミーが強いからだ。

 名前の通り、出て来るエネミーは全部何色かの水晶みたいな半透明の何かしらで、クリスタル馬とか浮遊するクソデカサイコロとか形は色々。種々様々なコイツ等は皆、硬い速い手強いの三拍子。

 まず硬さ。ゴーレムほどじゃないが確かに硬い、というか弱点属性がないのがクソだ。おまけに状態異常全般も効かない。速さはダンジョン基準で中の上くらいで、攻撃と攻撃の間に隙が少ない上、物魔近遠あらゆる間合いで攻撃してくるから手強いと。

 

 そんなクソエネミーのクソダンジョンだが、実入りはいい。

 どんな使い道があるのかは知らないが、ボスがドロップする謎水晶玉は驚くほど高値で売れる。道中エネミーが落とす品々も結構美味いし、ついでに経験値もなかなか。

 バランスを取るように罠の類はないのが救いである。けどまぁ、此処はその上で高難度って言われてる訳で……。

 

 持ってく武器は、しっかりしたのじゃないといけないのである。

 

 

 

 キン! キン! キン! 硬い物同士が激しくぶつかる音が鼓膜を震わせる。

 それは俺の両手に握られた剣と、青白い半透明の刃が連続で衝突し、擦過する音だった。

 

「1、2、3……!」

 

 半透明の怪物――水晶カマキリの斬撃をリズム良く“受け流し”ていく。

 青白い鎌が振られる直前、視覚と感覚に危険信号が送られ、慣れた反射で以て剣を振るう。目の前に盛大な火花が散り、例の音が響く。

 間髪入れず迫りくる連撃を、俺は努めて冷静に剣士系能動スキルで“受け流し”ていた。

 

 受け流し。これは剣を使った能動スキルの一つであり、相手の攻撃タイミングに合わせて使用する事で素晴らしい防御性能を発揮できるのだ。ぶっちゃけ、隻狼の弾きみたいなもんである。

 これは普通の剣ガードと違い、使用者側に貫通ダメージとかノックバックとかの戦術的不利を齎さない優秀スキル君だ。剣士系で多分一番大事で重要なスキルである。盾があれば別だが、剣士系は盾を持てないのだ。

 しかし、これまで俺はこのスキルをそんなに使ってこなかった。あくまで、ジャスガできそうにない敵への、且つ回避ができそうにない状態での緊急策として運用していたのだ。

 何故か? 武器耐久度が削れるからだ。だから、あんまり使ってこなかったのである。いやだって、武器壊したくないじゃん。

 

「1、2、3……4、5、6……!」

 

 リズム良く、次いでリズムから外れた攻撃も受け流していく。

 本来、こんな使い方をしてたら剣なんざ一瞬でおシャカである。が、この剣は別だ。耐久度もほんの少ししか減っていない。だから、こうして相手の動きを見る余裕を持てる。

 

 ギィン! と、強攻撃を“受け流し”た拍子に盛大な火花が散った。

 前世の剣なら、恐らくさっきので折れるなり曲がるなりしていただろう。例え異世界ブレードでも、今のは流石に耐久度がかなり削れたはずだ。

 が、俺の剣には傷ひとつない。耐久度減少もごくわずかだ。

 

 今俺が握っているのは、前に工匠でオーダーメイドした俺の専用剣だ。名前はまだない、無銘の剣だ。こういうのは買い手が付けるもんらしいが、現在保留中。俺にネーミングセンスはないのだ。

 この剣は極めて高い基礎性能に加え、複数の補助効果を付けている。そのうちの一つに、“武器防御”という補助効果がある。これは武器によるガードの際、耐久度の減少を抑えてくれる便利な奴だ。加えて“自動修復”も付いているので、戦闘中おじゃんになる事はないのである。

 だから、思いっきり雑に使って大丈夫なのだ。

 

「1、2、3……!」

 

 余裕を持って、凌ぎ続ける。回避は最小限、淡々と受け流す。どっしり構え、必殺を狙う。

 やがて、水晶カマキリが大技体勢になった。来た、もう飽きるくらい受け流してきてようやくだ。チートに集中する。感覚アシスト、視覚アシスト、危機察知が警鐘を鳴らし始めた。

 頭上からクロス斬撃が迫る。タイミングは分かっている。深呼吸する暇はないし、異世界慣れした身体はもうそのような心の準備を必要としない。殺す、殺すのだ。

 1、2の……!

 

「さんッ!」

 

 ギィィィィン! 掬い上げるようなジャスト“受け流し”が成功し、ボスの体勢が崩れた。これを待っていた。

 この世界、ジャスガが成功すると、された敵は姿勢を崩す。すると、よろけてる間だけ特定部位が“弱点”になるのだ。加えて、よろけ中の敵には確定で会心の一撃(クリティカル)が入る。

 とはいえ、普通ボスにジャスガ決めるだけじゃこうもいかない。これは、完璧なタイミングで“受け流し”たからこそのチャンスなのだ。

 

 時間が引き延ばされる。刹那の間、スローになる。

 流れるように構えを替える。大上段、踏み込む。狙いは弱点部位。カマキリの首。そこに、ソドマススキルの“剛剣一閃”をぶち込むのだ。

 

「スゥーッ……!」

 

 ところで、俺のオーダーメイド剣には先述の補助効果の他に、あと四つの補助効果を付けてある。

 そのうちの三つは、火力アップ系だ。

 

 一つ、“弱点特効”。これはそのまま、弱点部位へのダメージが増加する補助効果だ。

 二つ、“会心特効”。これもわかりやすい。会心の一撃の与ダメが増えるのだ。

 三つ、“無防備特効”。これまた文字通り、パリィなりジャスガなり受け流しなりで体勢を崩している敵への与ダメが増加するのである。

 

 さて、今現在、クソ堅水晶ボスは体勢を崩して無防備な状態を晒している。

 この状態になった敵へは、会心攻撃が確定する。かつ、時間制限付きで弱点部位が露わになるのだ。

 そこに、三つの特効が載った単発高火力技を入れると……!

 

「……死ねェエエエッ!」

 

 ズバァン! 剣を振り下ろす。狙いは完璧、鉄と水晶が激突し、されど感触は濡れ手拭いを断つが如し。

 使用者の戦闘術、製作者の運用思想が噛み合った一撃は、いとも呆気なくボスの命を刈り取った。

 

 ……が、まだだ。

 

 キン、と今度は控えめな金属音。眼前に飛んできた物体を、俺が剣身で以て受け流した音だ。勢いそのまま後方に逃げたソレは、水晶カマキリの頭部だった。

 そう、ここのボスは全種類HPを全部削った後に第二形態があるのである。といっても、やってくる事はどこぞの山犬君よろしくヘッドアタックだけなのだが、その動きは其処らのスピード型エネミーより速い。多分、ルクスリリアでは厳しい相手だ。こうなったコイツは流石に脆いが、速くて痛くて厄介だ。控えめに言ってクッソうざい。

 しかし、今回は二回目。以前は壮絶な追いかけっこが開幕したが、もう対策済みだ。ダクソでもエルデンでも、二周目ギミックボスは余裕で倒せるものである。

 

 二度目のアタック。受け流し、反撃する事なく反転。握りを替え、姿勢を整える。

 構えは片手。握りは逆手。それはさながら、陸上選手の槍投げの様。というか、この能動スキル(これ)は名称そのまま“投剣”だ。

 

「フン!」

 

 ピッチャー振りかぶって、投げた。ストライク! バッターデッドである。ド真ん中に剣を生やしたカマキリくんは粒子となって俺に吸い込まれていった。経験値が入ってきて気持ちがいい。

 

 さて、往生際の悪い水晶カマキリはこうして死んだとさ。ボスを倒した事で、部屋の真ん中に帰還クリスタルが生成された。

 これに触れれば帰れる訳だが、その前に剣を回収しなきゃいけない。

 

 なので、俺はおもむろに右腕を広げ、手を開いた。さながらそれは、マイティ・ソーがムジョルニアを呼び出す時のポーズの様。

 やがて、俺の剣は手のひらにすっぽり納まった。ていうか、ホントにマジでまさにソー。

 これ、超お気に入りである。

 

 俺の剣には、耐久度スキル二つ、火力スキル三つ。最後にこの“魔法装填(武器の呼び出し)”が付いている。

 呼び出しを付けるのだぜとドワルフに言うと、「もったいなくねぇですかい?」と返されたものだが、いやいやこれはいるでしょうと。実際使える。

 なによりカッコいい。俺はMCUも好きなのだ。勿論、ソーも大好きである。キャップの盾といい、アイアンマンの飛んでくるパーツといい、戻ってくる武装ってロマンじゃんである。

 

「あ~、やっぱカッケェなぁ……」

 

 こう従順に戻って来てくれると、愛着も湧こうというものだ。

 造形も性能も俺好みの、俺専用の剣。男の子心にグッとくる。

 改めて、俺は俺用の剣を眺め見た。

 

 

 

◆無銘のロングソード◆

 

 

 

・物理攻撃力:950

 

 

 

・補助効果1:弱点特効(大)

・補助効果2:会心特効(大)

・補助効果3:無防備特効(大)

・補助効果4:魔法装填(武器の呼び出し)

・補助効果5:武器防御

・補助効果6:自動修復

 

 

 

 

 

 

 オーダーメイド専用武器、無銘ロンソくん。

 形はシンプル十字のオーセンティックロングソードスタイルだ、飾り気もないので、パッと見ただの店売りの数打ち品に見える。

 全長は大体1メートルちょいだろうか。前世、授業で使った事のある竹刀と同じくらいである。使い慣れた異世界ロンソより少し長いが、今はステも上がってるので片手ブンブンも余裕である。

 剣身の色は暗い銀色だ。いや何それって感じだが、実際そんな例えがしっくりくるのである。なんというか、光沢あるけどキラキラしてないシルバーというか……。もっと言うと光を当てる角度によっては色んな色に見えるし、実に不思議カラーである。

 素材は金剛鉄(アダマンタイト)をベースに真銀(ミスリル)を混ぜた特殊合金で、曰くめちゃくちゃ手間と技術が要るんだとか。お陰でこんな不思議な剣身になったらしい。

 ブレードはそんな感じだが、柄全体はツヤのない黒統一である。握りの部分には金剛鉄(アダマンタイト)製の極々細い鎖が溶接されていて、滑り止めになってくれている。神は細部に宿るというが、まさにソレ。こういうトコに職人技のロマン感じちゃうよね。

 

 総合して、俺のオダメ剣はなんか黒っぽいシンプルロンソなのである。

 けど、中身はドワルフ曰く「モノホン中のモノホン」だ。

 俺はロトの剣みたいな武器も好きだが、こういう渋い武器も好きなのだ。

 うん、とても良い……。

 

「買ってよかったなぁ……」

 

 本当に、そう思う。いざ使ってみて分かったが、強い武器使うとマジで世界が変わる。エルデンで戦技縛りやってた俺が、マレニア戦で縛り解除した時並みに世界変わる。

 これまで店売りの安物ばっか使ってたから補助効果ナメてたけど、やっぱあるのとないのとでは全然違う。もし弱武器でさっきのボス倒そうと思ったら、多分剣何本もへし折ってたと思うし、そのうち隙晒して死んでた可能性あるアルヨ。

 上手く特効入れりゃHPごっそり持ってけるし、何より戦闘時間が短くなったから集中力が途切れないのがいい。チートは強いが、俺は弱いのだ。十全にチートを使うには、使用者の集中力が必須なのである。

 

 うん、これからは良い武器良い防具を使おうと思う。

 良い冒険には良い装備が必須だって、多分ばっちゃが言ってたし。多分飛べる方の豚もそう言うよ。

 

「……と、さっさと帰ろう」

 

 剣に見とれるのはこれで何度目だろう。なんか初めて原付買った時みたいだ。いい加減慣れねば……。

 俺はボスの聖遺物(ドロップアイテム)収納魔法(アイテムボックス)にしまうと、帰還クリスタルに触れて神殿に転移した。

 

 ロリが待ってる。

 

 

 

 

 

 

 神殿に戻ると。昨日と同じく多くの視線を感じ取った。

 最近、帰る度にこうである。いくら銀細工が珍しいからといって、そう注目しないでほしい。できれば前みたいに一般冒険者Bくらいの扱いをしてほしいものだ。

 辟易しつつ、いつもの受付へ向かう。

 

「はぁ……」

「ひっ……!?」

 

 我知らず溜め息を吐くと、すれ違った小柄な冒険者が小さく悲鳴を上げて肩を震わせた。

 それにビックリした俺が振り向くと、目が合った。

 

「え?」

「え?」

 

 彼は俺と目が合うと、サッと顔色を悪くした。固い笑みがひくひくしていて、連動した頬のタトゥーが震えている。

 俺でも分かる、何故だか彼は俺に怯えているのだ。迷宮帰還後は汚れが落ちるので血塗れホラー殺人鬼スタイルなんて事もないし、前みたくパンイチって訳でもない。同じ冒険者なのに、何故?

 

「えっと、すみません……」

「あ、いや……」

 

 よく分からないので、さっさと先に行く事にした。

 どこまで行っても俺は地球人、異世界人の感性は分からない。何か、俺が異世界倫理的に良くない事をしてしまったのかもしれない。歩きながら溜息は威嚇になるとか? 分からん……。

 なら、異邦人は異邦人らしく振る舞おう。郷に入りては郷に従えとはいうが、それはそれとして何もかんも合わせる必要はないのだ。こういう時はスルーである。

 

「すみません、換金お願いします」

「おう、イシグロか。緑の2番な」

 

 慣れた手つきで札を受け取る。おじさんとこういうやり取りをするのには慣れた。たまに異世界の常識にはびっくりさせられるけど、ルーティンをこなすと安心するね。

 

「ん?」

 

 ふと思って辺りを見渡してみて、ルクスリリア達がいない事に気づいた。最近、迷宮帰りにはすぐ見つけて寄ってきてくれたのに。

 俺が迷宮に籠っている間は、彼女たちには鍛錬場でトレーニングするよう命じているのだ。いつも通りならもう神殿に戻ってると思ってたが……。

 

 誘拐、とかじゃないよな?

 ある意味、そういう対策の為にパーティメンバーのレベリングをしてる側面もあるのだ。ルクスリリアは大丈夫だろうが、エリーゼはまだ弱い。

 心配である、何もなければいいのだが……。

 

「あのー、うちの奴隷二人が今何処にいるか知りませんか?」

「奴隷? あー、あの……。いや、昼飯食った後は、また鍛錬場んとこに行ったな。それきりだぜ」

「そうですか」

 

 となると、単にまだ鍛錬場にいるってあたりだろうか。思いの外、俺のダンジョンアタックが早く終わったのかな。異世界は時間がわかりにくい。ここからじゃ外の様子分かりづらいし、今はまだそんな時間じゃないのかもしれない。

 

「ほらよ、番号札返せ」

「ありがとうございます」

 

 お金をもらうと、俺は急いで鍛錬場の方に向かって行った。早くロリに会いたい。

 と思ったら、件の転移石碑の出口側から見知ったふたつの影が転移してきた。

 金の髪と銀の髪、後ろ姿だけでもう可愛い。最高である。

 

「ルクスリリア、エリーゼ」

 

 名を呼ぶと、二人は振り返って歩いてきた。

 片方はぶんぶん手を振って、もう片方はおしとやかにゆっくりと。

 約束通り、二人とも渡した武器を布でグルグル巻きにしている。えらい。

 

「よッス~、今日は早いッスねご主人」

「あら、もしかして敗走でもしたのかしら……?」

「んな訳あるかい」

 

 などと言ってきた奴隷には、右手に持った金貨袋を見せつけてやった。

 水晶迷宮、ホントに儲かる。ま、これすぐ無くなるんですけどね。

 

「わぁ! 大漁大漁~! ご主人~、アタシ今日は美味しい夜森人(ダークエルフ)料理が食べたいッス~♡」

「いいね、そうしよう。エリーゼもそれでいい?」

「ええ。できれば、夜森人葡萄酒(ダークエルフ・ワイン)のヴィンテージが呑めるお店がいいわ」

「わかった。まぁ前と同じ店になるけど」

 

 合流し、諸々を終え、夜ご飯の話などしながら神殿を出る。

 夕陽が近く、夜はまだ遠い。少し早いが、今日はもうおしまいにしよう。

 一旦宿屋に帰って、ひと休みだ。

 

 明日は、お買い物デートである。




 感想投げてくれると喜びます。



 活動報告にて、キャラ募集企画を行っています。
 ご興味のある方は是非、お気軽にご応募下さればと思います。
 詳しくは活動報告にて。

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 一緒に世界観を広げていきましょう。


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あわてるな。これは淫魔の罠だ

 感想・評価など、ありがとうございます。楽しんで書かせてもらってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝感謝アンド感謝です。

 キャラ募集の方もありがとうございます。
 やる気に繋がっています。
 応募キャラは何食わぬ顔して唐突に現れます。気負わず構えず読んで頂けると幸いです。


 前世、俺は童貞だった。

 

 当然、年齢=彼女いない歴だし、異性とデートなんてした事ない。ロリコン故に風俗にも興味がなかった。

 中学は共学だったが、高校は男子校だったので俺もその周囲も女っ気ゼロ。彼女持ちはクラスで一人、彼のあだ名は“勇者”だった。

 佐藤くんも加藤くんも後藤くんも江藤くんも斎藤くんも安藤くんも須藤くんも伊藤くんも遠藤くんも、仲のいい友達はみんなみんな童貞だった。

 

 休み時間、日に一度は誰かが「彼女欲しい~」と言い、「わかる~」からのどんな彼女がいいか大会みたいなのが開催されたものである。

 まぁすぐ猥談に移行する訳だが……。

 

 そんな中、こんな話題が振られた事があった。

 彼女と、どんなデートをしたいかというものだ。

 

 佐藤くんは言った。「おうちデートで一緒にハッピーシュガーライフ観たい!」と、彼は百合豚だった。

 伊藤くんは言った。「動物園デートがしたい!」と、彼はケモナーだった。

 安藤くんは言った。「知るかばか! そんな事より“休憩”だ!」と、彼は性欲魔人だった。

 

「石黒、お前は?」

 

 俺は、その問いに、なんて答えたのだったか。

 俺がロリコンである事は、皆が知っていた。多分、ほとんどネタというかソフトな受け取られ方をしてたと思う。実際、法を犯す類の人ではなかったのだから。けれども、異世界無罪となれば即実行なあたり、まぁガチだ。

 

 デートなんて、考えた事がなかった。

 

 当時、俺は俺とロリが付き合う……という妄想をした事がなかった。スケベな事しか考えてなかったのである。

 交際など、全くもってリアリティがないし、もしリアルならポリスメン案件である。マッポ相手は股間が縮む。俺はNTRモノの次に婦警モノが苦手だ。

 そんな俺は、どのように返したのだったか……。

 

 あ、いや思い出した。

 

 どんなデートがしたいか。

 その質問に、俺は……。

 

 

 

「お待たせ、待った?」

「きひひっ、今来たとこッス~♡」

 

 王都西区、噴水広場にて。

 俺は、先行して出かけていた奴隷二人と合流した。

 この日の為、二人には先日購入したいつもと違う夏用おしゃれ服を着てもらった。とても可愛い。ルクスリリアの場合、普段からサマースタイルだが……まぁそれはいい。

 

「これ、何の意味があるのかしら……?」

 

 打ち合わせ通り応じてくれたリリィと違い、エリーゼはいつもの腕組みモデル立ちで心底不思議そうな顔を向けてきた。

 エリーゼの言う通り、意味はない。普通に一緒に出ればよかっただけである。だが、有意義なルーティンだと思うのだ。

 

「これやるとテンション上がるんだよね」

 

 世界関係なくいつも適当な服を着てる俺も、今日は二人と釣り合うように異世界ではオシャレとされる服を着ている。

 なんか、派手な青いシャツみたいなの。ブレスオブザワイルドのリンクみたいなんである。造形はシンプルだが、日本だと目立つ気がする。

 

「アタシもよくわかんないッスけど、なんかやるとご主人が喜ぶんスよね」

 

 ルクスリリアには、いつものサマーメスガキコーデではなく少し大人しい印象の服を着てもらった。

 頭には鍔の広い白帽子、服はシンプルな白いワンピースに白ブーツ。まさにサマー童貞特効スタイルである。いや童貞を卒業した俺も大好きなあたり、ロリコン特効なのかもしれない。

 

「そう……なら、次からはそうするわ」

 

 エリーゼには、所謂地雷系のファッションをしてもらった。とはいえ異世界にそういうのはなかったので、地雷系モドキだが。

 レース付のブラウスに革の靴。その他リボンとかカチューシャとかで飾り立ててみたのだ。パーツだけ見るとなかなかの地雷っぷりなのだが、エリーゼが着ると気品が勝って最終的にお嬢様ファッションになるのだから不思議だ。

 

「じゃあ行こうか」

「はいッスー」

「ええ……」

 

 三人、俺を真ん中に並んで歩く。地球オタク視点、リンクとリーリエとお嬢様のコスプレイヤーが歩いているように見える事だろう。

 だが、異世界じゃこんなの普通である。いや、どっちかというと地味めである。異世界人はみんな割と派手だ。地球とは別方向に。

 

 

 

 さて、買い物デートとは言うが、実際はただの買い物デーである。

 前は武器を注文したが、今回は別の物。RPGにおいて武器くらい重要な装備、防具とアクセサリーの購入だ。

 

 ルクスリリアは元銀細工冒険者の淫魔剣聖女史の装備を付けているが、エリーゼにはまだない。俺も俺で、良質だけれど何の補助効果もついてない店売り品装備である。

 あと。これまで無視してきた装飾品も買うつもりだ。同業者の中には指輪とかピアスとかしてる人がいたのだが、彼ら彼女らはゲームで言うトコのアクセサリーの欄もしっかり埋めてたのだな。俺は空欄のままだったが。

 良い武器の良さを知った今、良い装備を揃えない理由がない。多分、遅すぎるくらいだ。

 

「お久しぶりです。素材持ってきました」

「これはイシグロ様、ようこそいらっしゃいました。お久しぶりです、店主のセオドロスでございます。さぁ、こちらにどうぞ」

 

 まずやってきたのは、防具屋さんだ。

 ここは以前ルクスリリアの防具を買ったところで、当時は知らなかったが此処でもドワルフ店みたいに防具をオーダーメイドできるサービスがあるというのだ。

 曰く、店主のおじさん紳士――セオドロスさんという――は防具と装飾品の工匠資格を持っているとかで、二度目の来店時に相談と見積をしてもらったのだ。

 何の相談かというと、エリーゼと俺の防具。あと三人分の装飾品についてだ。今の俺は、もうただ質の良い装備じゃ満足できねぇのだ。

 

「えーっと、コレとコレとコレとコレと……」

 

 招かれた個室にて、アイテムボックスから集めたボスドロップ品を取り出していく。

 白雲羊(がいあくひつじ)の毛皮に、暴れ草蛇(くされクソスネーク)の茎、巌鎧猛牛(ザコウシ)の革。貪食毒花(どくどくウンコフラワー)の花弁と、火吹き大樹(やみおちウイスピーウッズ)の樹液。大首領蜥蜴(ザコトカゲ)の鱗と、あと暗黒蝙蝠(ザココウモリ)の翼膜。最後に色んな希少鉱石を必要個数……。

 それを、台の上に次々載せていく。個数自体はさほどでもないが、一個一個がデカいので人間用装備など余裕で作れちゃうのだ。

 

「……で、コレで最後ですかね」

「はい。しかと確認させていただきました。こちら、契約書となります」

 

 デザインとか性能とかは既に相談済みなので、あとはこの契約書にサインすればOKだ。サラサラ~で終わりである。

 

「それでは。出来上がり次第、使いの者を向かわせます。今後とも、我が商会をご贔屓に」

 

 お見送りをされ、店を去る。多分、三十分もかかっていないと思う。

 デートなら完全に減点だろうが、地球で童貞だった俺が異世界で気の利いたデートプランなど組めるはずもない。ぶっちゃけ、いつもの買い物を少しオシャレして行っただけである。

 

「いやー、これでやっとご主人がちゃんとした装備つけてくれるようになるんスねー」

「リリィもオーダーメイドの存在は知らなかったじゃん」

「アタシが言ってるのは見てくれの話ッスよー」

 

 今回、俺が注文したのは、エリーゼと俺の防具。それと三人分の装飾品である。

 ルクスリリア用の装備は「え? もうコレあるしいらなくないッスか?」という当人の一言で一旦無しになったので、とりあえず装飾品のみ。

 ちなみに、今の今まで知らなかったのだが、紳士店主曰く装飾品は一人一つが常識らしい。どうやら、補助効果付きのアクセを二つ以上付けると、どの効果も発動しなくなるんだとか。

 つまり、当初俺が考えていた指輪十個装備フルアーマー・エリーゼ計画は無理だったという事である。

 

「防具のデザインを考えるというのは、思いの外楽しい経験だったわね……」

「それは良かった」

「ええ。これまでは用意された服しか着てこなかったし、竜族に防具はいらないもの」

「そういやー、鱗纏った竜族って、元々着てた服とかどうなるんスか?」

「どうって、そのままよ?」

 

 あれこれ相談した結果、エリーゼは指揮系のジョブを育てる事にした。

 指揮系というと、割と作品によりけりな気がするが、この世界では戦士レベル20で生えてくる“指揮官”がソレにあたる。

 ちょっと触ってみたが、当時ソロ専だった俺には全く関係のない、スキルで味方を強化するタイプのジョブだった。一応、魔術師よりは前に出て殴れるっぽい。

 なので、エリーゼ用防具はソレっぽいのを注文した。完成が楽しみである。

 

「エリーゼの防具にはあれだけ時間かけてたのに、ご主人の防具は一瞬で決まったの何なんスかね」

「動きやすいのでって……もう少し、銀細工相応の装備にしたいとは思わないのかしら」

「動きやすさは大事でしょ。俺は俺が着飾る事に興味はないの」

 

 ちなみに、俺の防具注文は「軽くて堅くて動きやすいの」である。

 結果、やっぱりというか何というか革装備になった。完成予想デザインを見せてもらったが、地球基準だと派手で異世界基準だと地味なビジュアルであった。

 しかし性能は最高峰。黄金の鉄の塊にも負けないくらい強力な革の装備である。

 

「で、リリィはホントに何もいらないの?」

「え? あー、そうッスね。特には」

 

 そして、コレである。

 最近はエリーゼ用の買い物しかしてなかったので、ルクスリリアにも何か買ってあげようとしたら……何も欲しい物はないというのである。

 真のイケメンなら相手の欲してるモノをクールにプレゼントするのかもしれないが、俺にそんな能力はない。訊いてもこうである。チートがあってもわからない。チートは俺に何も言ってはくれないのだ。

 

「ルクスリリア、貴女の主人は貴女が喜ぶ顔が見たいのよ」

「ん~、つってもマジで無いんスよね~。いや、前は欲しいモンいっぱいあったんスけど……」

「え、じゃあそれでいいんじゃ?」

「ヒトオスの童貞♡」

 

 それはもう売却済みだし、もうルクスリリアのカートには俺発送の商品がいっぱいである。

 それに、申し訳ないが他男の童貞は俺の脳みそが破壊されるのでNGだ。

 

「あとは……エロ本? でももういらないんスよね~」

「他は?」

「……強さ?」

「今鍛えてるところじゃない」

 

 ルクスリリアさん、メスガキというキャラ性の割には、存外無欲な気質なのかもしれない。

 というか、もう満たされていると捉えていいのだろうか。

 

「ん~? あっ、じゃあアレ買ってほしいッス」

 

 そう言って指差した先には、如何にもな魔術師さんが店員をやってる屋台があった。見るに、何かお菓子の販売をしているようだ。

 ちょうどそこにカップルっぽい獣人男女が現れ、何かを注文した。店員魔術師は簡素な器を手に、見たことない魔道具を操作して、そこからニュルニュル出てきた白いものを器に入れ、出来上がったものに木匙を差してカップルに手渡した。

 カップルは近くのベンチで仲良く食べ始めた。ソレは白くてクリーミーで、そんな素晴らしい氷菓を買える二人は、きっと特別な存在なのだと感じた。

 

「アイスじゃん」

「知っているのかしら、アナタ?」

「多分……。王都にあるとは思わなかったけど」

「ほえー、ご主人よく知ってたッスねー。アレ、淫魔王国で最近出来た“淫魔氷菓(サキュバス・アイス)”ッスよ」

「食べたら発情しそうなお菓子だぁ……」

 

 それはそれとして、ロリのお願いは聞かねばならぬ。

 俺は早速、異世界アイスクリームを注文する事にした。

 

「すみません。淫魔氷菓ふたつ」

「え、銀細工……あっ! はい、氷菓二つですね! 承りました!」

 

 一瞬驚かれたが、魔術師店員はすぐに営業スマイルになった。彼の笑顔は引きつっていた。なんかもう銀細工外したくなってきたな……。

 けど、ギルドから街では出来るだけ付けてるようにって言われてるんだよな……。

 

「あの……ふたつで2000ルァレになります……」

「はい」

 

 アイスふたつで2000ルァレ……。内心ぼったくりじゃねとか思ったが、まぁそうならしゃーない。

 やがて出来上がったアイスを持って、人気のないとこのベンチに座る。それから二人にアイスを渡した。

 

「はい」

「あざーッス」

「あら、私もなの?」

「実は俺、甘すぎるお菓子苦手でさ……」

 

 異世界アイス、興味がない訳ではないが、注文を二つにしたのはそれが理由だった。

 前世、高校生あたりから何故だか甘い物を美味しく感じなくなったのである。別にお菓子の全部が嫌いになった訳ではないが、アイスクリームとかパフェとかはキツくなった感じである。実際、今でもチーズケーキとかは好きだ。

 

「私に買い与えたらルクスリリアへの労いにはならないんじゃないかしら……?」

「わ! めんどくせー! いいじゃないッスか別にそういうのー!」

「そう……貴女がそう言うなら、いいのでしょうけど……」

「ごめん、俺もあんま考えずに注文しちゃった」

「ご主人も真面目っつーか律儀っつーか。二人とも、もっと気楽に生きれんもんスかね?」

 

 そうこう言いつつ、溶ける前にと食べ始めるロリ二人。俺的にはその光景だけでお腹いっぱいである。

 淫魔氷菓という名の異世界アイスクリームを食べるロリは、とても幸せそうな顔をしていた。

 

「美味しいわね……。冷たくて、甘い……」

「淫魔の乳は世界一ッスからね!」

「なんか別の意味に聞こえるな」

 

 雑談しつつまったりしていると、ふいにルクスリリアが俺の方を見てきた。

 それから何か思いついたらしく、ニタァ~っといつものメスガキスマイルを浮かべた。

 

「ご主人様ぁ♡ はい、あ~ん♡」

 

 かと思えば、匙にすくったアイスを差し出してきた。

 なので、食べた。

 

「あ、アナタっ……?」

 

 よく味わって、飲み込む。幸せの味がした。

 ロリに「あ~ん♡」されるなど、全ロリコンの夢だろう。

 

「きひひ♡ 予想通り、ご主人こういうの好きなんスねー♡」

「うん、生きてて良かった……」

「そんな、はしたないわ……」

「あれぇ? どしたんスかエリーゼ様ぁ? 氷菓(アイス)食べないんスかぁ? もしかしてぇ、羨ましいんスかぁ?」

「くっ……」

 

 幸せを噛みしめていると、もう一人のロリから魔力の籠った視線を頂いた。

 見ると、エリーゼが無言で匙を差しだしてきた。

 

「えっと、食べていいの?」

「……早くなさい」

 

 そう言うエリーゼの顔は真っ赤になっていた。恥ずかしいらしい。

 まぁロリの「あ~ん♡」なんてナンボあってもええですからね。早速エリーゼの匙からアイスをもらった。

 

「ど、どう……?」

「すごく嬉しい」

「なら、いいのだけれど……」

 

 隣では、ルクスリリアがメスガキスマイルでエリーゼを眺めていた。

 その時、直感した。あ、コイツこういうの欲しがってるんだなって。

 

「ご主人様♡ もひとつどーぞッス♡」

「か、かとうしゅぞく……!」

 

 その後も、ルクスリリアは俺を経由してエリーゼで遊んでいた。

 恥ずかしがるエリーゼが面白かったらしい。俺視点かわいい以外の感想が持てないのだが、まぁ喧嘩じゃないしいいや。

 俺、得しかしてないし。

 

 それはそれとして、少し前まで童貞ロリコンだった俺が、どういう訳だか異世界ロリ美少女に挟まれて交互に「あ~ん♡」されるなど、誰が予想できただろう。

 幸せ過ぎる。俺、明日死ぬのかもしれない。

 

「異世界来てよかった……」

 

 しみじみ、そう思う。

 命賭けてダンジョンアタックした甲斐あるよ、ほんとに。

 

「ほらご主人様♡ こっち向いて~♡」

「もう、恥ずかしいわ……」

 

 結局、淫魔氷菓はほとんど俺が食べる事となった。

 甘いのは苦手だが、とても美味しい思いをした。




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 現在、本作に登場するキャラを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

 一緒に世界観を広げていきましょう。



◆本作におけるtier◆

・tier1:銀竜剣豪ヴィーカ(伝説級)
・tier2:現ラリス国王(環境トップ)
・tier3:フルチンブラザーズ(種族代表)
・tier4:淫魔女王(種族屈指)
・tier5:宝銀竜テレーゼ(金銀最上位)
・tier6:グレイソン(金銀上位層)
・tier7:イシグロ(平均銀細工)
・tier8:銀細工下位層


 参考までに、能力値だけ見るとこんな感じです。


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ロリの使い魔

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で楽しく書かせてもらっています。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ募集についても、沢山のご応募ありがとうございます。想像以上に作者のやる気に繋がっています。
 出る時はヌルッと出るし、出たら出たでほぼ別物になるのでご了承ください。

 今回の話は、感想で頂いたネタを元に追加したエピソードとなっています。
 作者の視点だと思いつかなかった要素ですね。

 この世界にはこういうのもあるよという話です。



「そういやー、旦那ぁ竜族のお嬢ちゃんにゃあ“使い魔”は持たせない主義なんですかい?」

 

 それはエリーゼの武器を注文した日、食後のティータイム中に言われた事だった。

 ちょっとした雑談といった感じで振られた話題だった。が、その“使い魔”なる者が何なのか俺にはよくわからなかったので、上手く返事ができなかった。

 

「すみません、その使い魔とはどういうモノなのでしょうか?」

 

 まあ、オタクのたしなみとしてゼロ使は読んだよ。そんな俺からすると、使い魔=ゼロ使的なアレである。サモンして呼び出すのかなって。

 ただ、そうなるとルクスリリアの召喚獣とは何がちがうんだとも思う訳で。

 

「あー、失礼。使い魔ってのは魔力で動く武装みたいなモンでさぁ。召喚獣ほど賢くねぇし、出来る事も少ねぇ。予め決めておいた事しかできねぇ、融通の利かない魔術師用の魔道具って感じでさぁ」

「え? なら召喚獣のが強くないッスか?」

「ま、そうだな。基本的にゃあ……」

 

 ルクスリリアの問いは、俺も気になった事だった。自分の事とあってか、エリーゼも真剣に聞いている。

 三人分の視線を浴びて、ドワルフは口を開いた。

 

「だが、召喚獣と違って、使い魔は職人が作るモンな訳よ。この、武器みてぇにな。さっきも言ったが融通が利かねぇ。が、こと一点に限れば召喚獣よりも良く働いてくれる」

 

 職人の腕次第だがな、と続けたドワルフ。次いで、男臭くニヤッと笑った。

 

「少し前、南区の方に良い職人が店ぇ構えたんです。興味あんなら、紹介状書いてもいいですぜ?」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 ラリス王国、王都アレクシスト。

 

 王都には五つの区があり、それぞれ中央区・東区・西区・南区・北区と分けられている。

 新宿みたいな雰囲気の西区といった風に、王都は区ごとに特色があるらしい。また、中央区以外の四区には一つずつ転移神殿があるという。

 

 俺はこれまで王都西区でしか活動してこなかった。何故かというと、観光とかよりも金策を優先していたからだ。

 もっと言うと、西区も隅から隅まで歩き回った訳でもない。転移三ヵ月までは宿屋と神殿を行き来したりするだけだったし、以降も奴隷商館とか武器屋とかに行ったくらいでさほど活動範囲を広げてはいないのだ。

 西区以外の王都には、前々から興味はあった。機会があれば、観光したいとは思っていたのだ。せっかくの異世界なのだし。

 

 アイスを食べ、ひと休み。

 デートはこれからである。

 

 ドワルフさんの紹介状を手に、俺たちは一路件の使い魔屋さんを目指してあるいていた。

 使い魔屋さんは西区から歩いてすぐの南区にあるとの事で、乗合馬車など使わず歩いて移動していた。

 道中、色んな店や建物を眺めながら歩く王都は、けっこう新鮮だった。これまで如何に俺が異世界に目を向けてなかったかが分かる。お陰でルクスリリアとエリーゼに出会えたのだから結果オーライだとも思うが。

 

「多分、ここかな?」

 

 そうして歩いていると、ドワルフさんに教えてもらった住所にそれらしい看板を掲げた店を発見した。

 場所は通りから外れた路地裏で、なんか怪しい雰囲気である。扉の上には、“使い魔店・ガユウ”と書かれていた。ドワルフ氏曰く、店主はちょっとヤバめの人らしいので、念のため腰に“無銘”を装備しておいた。

 

「ええ、ここで合ってると思うわ。中から魔力が漏れ出ているもの……」

「その角便利ッスねー。アタシのと交換しないッスか?」

「貴女、発想がいちいち恐ろしいのよ……」

 

 エリーゼのお墨付きももらったところで、俺は勇気を出して件のお店に入る事にした。

 ドアノブに手を掛けると、扉は存外スムーズに開いた。チリンチリンと耳に心地よい鈴の音が鳴った。

 

「おぉ……」

 

 そして、いざ中に入ってみると、なんか前世で見たような光景が目に入った。

 視界いっぱい、物モノもの……。お香の焚かれた店内には、所狭しと置かれた謎アイテムが陳列してあった。いや陳列、というか割と乱雑に投棄されてる印象だ。

 木箱の中には謎のガラクタが山のように積まれているし、陳列棚にもとりあえず押し込んどけみたいなノリで玩具みたいなのが置かれている。なんか、異世界ヴィレヴァンとか異世界ドンキみたいな印象である。

 

 ちょっとビビリながら足を進めると、入り口周辺とは打って変わって受付周辺の商品は綺麗に陳列されていた。

 ガラス瓶に入った謎液体や、ボウリング玉サイズの水晶玉。中には恐らく金剛鉄製と思われる剣なんてのもあった。なんとなく、こっちのが本命商品なんだと思う。

 

「あのー、すみませーん」

 

 まぁそれはいいのだ。商品があっても店員がいないんじゃ始まらない。

 店の奥に呼びかけると、受付の奥からオウムサイズの鳥が飛んできた。一目で分かる、これは人工の鳥だ。魔法で動いてるらしく羽の動かし方がおかしいし、見た目もメタリックである。ガンダムSEEDにこんなんいたよな……。

 

「その鳥、魔力が流れているわね……」

「へー、これが使い魔ッスか?」

「多分ね。で、その魔力は店の奥と繋がってるわ……」

「へぇ~え? 良い“眼”してるじゃあないですか、竜族のお嬢さん。いや、良い“角”でしたっけ? ククク……」

 

 やがて怪しげな微笑と共に、それはヌルッと現れた。

 見上げるばかりの背丈。心配になるくらいの痩身。塗料を塗り込んだような濃ゆい青の髪に、死人の様に白い肌。猫背で曲がった細い首には、冒険者の位階を示す銀細工が下げられていた。

 聞いた通りの見てくれである。彼こそ、この店の主だ。

 

「おやまぁ、貴方も銀細工でいらっしゃる……」

「はじめまして、イシグロ・リキタカと申します」

「どうも、あたしは“傀儡廻し”のガユウ。見下ろしてると首が痛いんで、ちょっと座らせてもらいますよ……」

 

 言って、南区の銀細工持ち冒険者・ガユウは受付の椅子に座った。

 よっこいしょっと座した様は年寄りにも思えるが、その所作はいちいち優雅であった。

 

「あぁ~っと……? で、何がほしいんです?」

 

 傀儡廻しのガユウ。

 正確な年齢は不明だが、俺より年上なのは確定している。種族は魔山羊族(バフォメット)。大きな角と、くすんだ金の瞳が特徴的だ。

 南区の転移神殿を拠点とする冒険者で、使い魔のスペシャリスト。今は趣味と実益を兼ねて使い魔専門店を営んでいる。単独(ソロ)にして一党の頭目(パーティ・リーダー)という異端者。

 彼こそ、ドワルフ氏の言っていたモノホンの使い魔職人だ。

 

「今日はこの娘の使い魔を買いに来たんです」

「まあ、魔力的にゃあそうでしょうね。そっちの淫魔のお嬢さんは……」

 

 チラッとルクスリリアを見るガユウ氏。

 使い魔バードを突っつこうとしていたリリィは強者の眼力にビビッて「ペヤッ!?」と鳴いて直立不動になった。

 

「……もう何かしらと契約してますね」

「分かるものですか?」

「ええ、それはもう、鼻の曲がるような召喚獣の匂いがプンプンと……」

 

 よくは分からないが、彼は召喚獣が嫌いなんだろうか。鼻をつまんでは手を振っている。昔のハリウッド映画みたいなオーバーリアクションだ。

 

「多分、イシグロさんは知らないでしょうから説明させてもらいますとね。召喚獣は一党につき一匹と決まってるんですよ。専門の人員がいないと、召喚獣同士で喧嘩してしまうからですね。他にも誓約がありましてね。召喚獣と契約している奴は、使い魔との契約もできないんですよ。召喚獣が嫌がりますし、使い魔も怖がって不能になってしまう。契約者が別なら問題はありませんが、それでも獣系の使い魔は高位召喚獣にビビリやすいのでご注意を。あと、使い魔も一党につき一個ですんで、そこんトコよろしく」

 

 ガユウ氏の語りは、ドワルフのソレとは毛色が違う印象を受けた。

 ドワルフの語りがガノタだとしたら、ガユウ氏の語りはやる気のない理科の先生といった印象である。科学自体は好きだが、授業は好きじゃないみたいな。

 前世、似たような先生がいたのだ。

 

「それに、使い魔は召喚獣ほど燃費が良くない。淫魔のお嬢さん程度の魔力だと、まぁ一瞬で枯れちまいますね」

 

 言って、「ククク……」と笑うガユウ氏。

 一瞬失礼な物言いだと思ったが、多分この人にはそのつもりはないのだろうとも思った。馬鹿にしてるとかじゃなく、事実を述べて何故か自分でウケてるだけだ。

 

「なら、竜族のこの娘ならどうですか?」

 

 まぁ彼の人柄や接客態度はどうでもいい。使い魔関係の話に興味がないではないが、今日はオーダーメイド使い魔を注文しにきたんじゃなく、使い魔を買いに来たのだ。

 ちなみに、ドワルフ氏曰く此処は使い魔のオーダーメイドはしてくれないらしい。気の乗らない仕事はしない主義なのだろう。

 

「竜族ねぇ……。種族上、鱗系は無理ですし、獣系も淫魔のお嬢さんのせいで無理と。せっかく魔力もバカ高い訳ですから、あそこの棚のとかどうですかい?」

「そうですか」

「ま、分からない事があったら訊いてください」

 

 そう言うと、ガユウ氏は客そっちのけで本を読みはじめた。

 ドワルフさんともセオドロスさんとも違う、ずいぶん癖の強い商人キャラである。

 

「エリーゼはどれがいいと思う?」

「そう言われてもね……」

「どうせなら最強の使い魔選ぶッスよ」

 

 とりあえずと、入り口付近のガラクタコーナーではなく、店主おすすめの綺麗に陳列されてる棚を見る事にした。

 中でも一等綺麗なエリアには、如何にも高級そうなアイテムが並んでいた。俺程度の魔力感覚でも分かる、本命商品には相当な魔力が籠っていた。

 

「ここら辺が強そうだけど」

「そう思うわ」

 

 商品を眺めながら、俺は片手でコンソールを弄った。

 そして、商品を調べてみた。

 のだが……。

 

「……分からん」

 

 コンソールに表示されたのは名前とか耐久度だけで、それがどういう使い魔なのかは分からなかったのである。

 便利は便利だが、やはりコンソールは万能ではない。俺は読書中のガユウ氏に質問する事にした。

 

「すみません、これらについて訊いてもいいですか?」

「はい? あぁ、まぁそうなりますよね。えっと……」

 

 それから、さっきの面倒臭そうな態度とは一変、ちょっと楽しそうな顔になったガユウ氏は商品のプレゼンをし始めた。

 

「棚の一番右、その霊剣は契約者の護衛に特化した使い魔ですね。飛んできた攻撃や魔法を自動で斬ってくれたり、魔物の攻撃に反応して防いでくれます。召喚獣みたいにアレやれコレやれって命令はできませんが、ちゃんと指示すりゃ攻撃くらいはしてくれますよ。もちろん、使用中は浮遊してついてきてくれます。素材は金剛鉄(アダマンタイト)で、柄頭と鍔には真銀(ミスリル)を使ってあります。傑作ですよ」

 

 それは中でも結構目立っていた謎剣であった。どうやら、これも使い魔判定らしい。

 全長は俺の無銘剣より長く、太い。どこぞのドラゴン殺しほどデカくはないが、ダクソ基準の大剣くらいのサイズだ。

 形自体はシンプルな十字剣で、剣身や鍔には謎の文字列が彫刻されている。色は全体的に黒っぽく、艶がない。

 

「で、その隣のは使い魔の割に色々できる器用な人工粘体(スライム)君です。今は瓶サイズですが、魔力流すと豚くらい膨張しますよ。壁になっての護衛に、突撃して足止めと色々できます。浮遊こそできませんが、ちゃんと這いずってついてきてくれますよ。あと、荷物持ち機能まで付いてます。傑作ですね」

 

 次に説明されたのは、ジャム瓶みたいなのに入った薄緑の液体であった。

 コンソール時点でこれがスライムなのは分かっていたが、ちょっとガッカリな気がせんでもない。俺にとってのスライムは目と口がある可愛いアイツなので、こういうタイプのスライムには馴染みがないのだ。迷宮でもまだ出くわしていないので、この世界のスライムがどんなんなのかもよく分かっていない。

 説明によると、これは汎用性重視の使い魔であるらしい。多分、使い方としてはランサーに自害命じた方のエルメロイさんが連れてた水銀くんみたいな感じなんじゃないだろうか。アニメのあれ、なんか可愛かったな、うにょーんって。

 

「その隣の隣、それは使用者の魔力で魔法を使ってくれる自動魔導書(オート・スペルブック)です。計3種類の攻撃魔法が使用可能で、状況に合わせて上手に使い分けてくれます。護衛機能こそありませんが、使用者の攻撃能力を底上げしてくれますね。当然、追従してくれます。傑作ですね」

 

 三つ目は、まるで金色のガッシュベルに出てきそうなサイズの魔導書であった。

 どうやらこれは装備とは別枠の魔法装填特化武装であるらしい。コンソールで分かった事だが、魔法の内訳は“魔力の礫”と“魔力の槍”と“魔力の槌”であった。

 イメージでいうと、ニーアオートマタのポッドくんが近いんじゃないだろうか。火力はそこまででもないだろうが、弾幕は張れそうである。

 

「で、下にある奴、その玉。それは人工粘体とは別方向に色々できる奴です。探索に便利ですね。周囲に敵はいないかとか、この先に毒や罠はないかとかを調べてくれるんです。まあ、攻撃も防御もできないんですが、それはそれ。当然ですが、魔導書みたいに浮遊してついてきますし、それなりに遠くに飛ばす事もできますよ、傑作です」

 

 示されたのは、ボウリング玉サイズの半透明の水晶玉であった。

 色は青白く、中心にはゆっくり明滅している光球がある。コンソールで見たが、これは先の使い魔と比べると耐久度があんまりない。

 運用の仕方としては、探索とか索敵専用なんだと思う。アーマード・コアで言うレーダーの役割といった感じだろうか。ついでに罠の感知もできるらしいし、疑似的なシーフ職の仕事もできるのかもしれない。

 

「と、まぁ……竜族のお嬢さんに似合いの使い魔はこれくらいですね。あ、一応言っときますが、さっきの使い魔はイシグロさんや淫魔のお嬢さんじゃあロクに扱えませんよ。んじゃ、決まりましたら持ってきてください……」

 

 言うと、唐突にエンジンの回転数を下げたガユウ氏は再度読書タイムに入った。

 説明を聞くに、どれも一長一短な印象である。

 

「エリーゼはどれがいい?」

「そうねぇ……?」

「何でもできる最強使い魔なんていないんスねー」

 

 護衛に特化した浮遊剣くん。

 特化はしてないけど多機能なスライムくん。

 火力を底上げしてくれる魔導書くん。

 探索や索敵をしてくれるボウリング玉くん。

 

 ドワルフ氏の言う通り、確かに召喚獣と使い魔はモノの方向性が違うようだ。

 召喚獣がポケモンなら、使い魔はロボットって感じだ。

 

 俺は正直何でもいいと思ってるので、エリーゼにお任せである。

 気に入ったのを選んでくれるといいけど……。

 

「そうね、これがいいわ……」

 

 しばらくして、エリーゼはその中から一つの使い魔を選択した。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラを募集しています。
 興味のある方は是非、お気軽にご応募ください。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

 一緒に世界観を広げていきましょう。



◆ラリス王国の設定補足◆

・基本的に、種族問わず王族貴族の戦闘力は高いです。
・ラリス王国の爵位は戦闘力と貢献度で決まります。公爵級は銀細工持ち冒険者を数人まとめて相手できます。
・どれだけ優秀な冒険者でも、あたおかが過ぎると王族が抹殺しにきます。
・領地を守れない弱い貴族も同様に王族が抹殺しにきます。
・貴族の入れ替わりがそれなりにあるので、金細工冒険者が貴族になるルートも割とよくあります。優秀な冒険者は、未来の貴族候補として常にウォッチされています。


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ロリばっかなのは偶然だ。誤解するな。真顔でこっちを見るな。

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で楽しく書けてます。
 誤字報告にも感謝です。助かってます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、エリーゼの使い魔は魔導書になりました。どう描写しましょうか。

 キャラのご応募もありがとうございます。作者のやる気に繋がっています。これ、マジで良い刺激になるのでとても有難いですね。
 登場の際は何食わぬ顔してヌルッと出て、且つ殆ど別キャラみたいになってます。ご了承ください。
 あと、レギュレーションにある通り応募者様は匿名ですので。出てきたキャラが作者作なのか応募キャラなのかは作者しか知りません。


 魔法装填。

 

 この世界に存在する不思議要素の一つで、武装やアイテムに“魔法”を籠める事のできる機能だ。発動には本来のより魔力を消費するものの、魔術師以外でも魔法が使えるようになる素敵オプションである。

 魔法の威力や効果は固定で、その値は装填した魔工師の腕前による。また、術者が違えば一つの魔法で色んな事ができるように、装填した魔法でも魔工師次第で色んな事ができるとか。

 威力を犠牲に連射性能をアップさせたりとか。弾速を犠牲に追尾性能をアップさせたりとか。魔力消費を犠牲に威力をアップさせたりとか……。

 

 魔法装填とは、そんな夢いっぱいの補助効果である。

 

 ところで、ゲームっぽいこの世界には、ゲームっぽくないところがある。

 何かというと、フレンドリーファイアが存在するところだ。

 まあ、そりゃあそうだろうとは思うが……。

 

 それでもこんな不思議異世界、味方が撃った魔法が味方すり抜けるくらいいいじゃないとも思わんでもない。

 以前、その事をリリィに話すと「何言ってんスかこの人……?」と戦慄されたものである。

 

 ともかく、この世界にはフレンドリーファイアがあり、矢も魔法も投擲物も味方に当てないよう……誤射しないよう気を付けないといけないのだ。

 ゴッドイーターの誤射姫は、この世界だと殺人姫になっちゃう訳だな。魔法のご利用は計画的にである。

 

 故、エリーゼの武器に装填する魔法には、色々と悩む事となった。

 もしFFがなければ、エリーゼには大規模魔法ドッカンドッカンの連射めぐみんみたいになってもらうところだったが、それは危ない。俺とリリィが死ぬ。

 ああでもないこうでもないと、ドワルフ氏と一緒に楽しく悩んだものである。

 

 悩んだ結果、ひとまずエリーゼの第一武装には――ひとつを除き――汎用性の高い魔法を装填する事にした。

 特化武器がマンセーされる異世界、そんな強くはならんやろ……。

 

 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 曇天の空、広漠たる荒野に一人、白銀の髪をした少女が歩いていた。

 歩く姿はあくまで優雅、まるで舞台の壇上を往くが如し。紺碧の相貌、竜族を象徴する左右一対の角。美しい銀の長髪は彼女の魔力循環に呼応して風もなくなびいていた。

 右手には銀の王笏。左手には分厚い魔導書。頭には宝冠の如き銀の髪飾り。竜の王の様な、月夜に舞う姫の様な、あるいは闇を纏う騎士の様な可憐さと威厳を兼ね備えた戦装束。

 

私は強い(・・・・)……」

 

 ぶわり、と。立ち止まった彼女の体内から、莫大な魔力が放出された。次いで、戦装束に装填された魔法が起動する。少女の痩身に、月明かりの如き燐光が灯った。

 その名を、“血沸肉躍”。体内魔力のほぼ全てを消費し、肉体能力を引き上げる強化系最上位魔法である。

 

「ふぅ……」

 

 閉眼、小さな溜息。次の吸気にて、失われた魔力は補填された。滝の下に置いた水瓶の様に。

 目を開く、遠くそびえる敵を見据える。全高10メートルにも及ぶヒトガタ巨像。対する少女の、如何に矮小な事か。

 巨人が少女を見る。敵対者が相対する。巨影が動く。白銀の竜姫は手にある王笏に魔力を籠めた。

 

「……砕け散れ(・・・・)

 

 構えられた魔法は“破城槌”、零れた言葉は“呪詛”。所持者の魔力に共鳴し、銀の王笏が術式を組み上げる。

 そして、放たれた魔法は呪詛の籠った破城の槌となった。

 狙うは、足。

 

 轟! という破砕音。それは少女より放たれた、指向性を持つ黒い魔力の圧により引き起こされた。 

 敵意ある者を潰すべく足を動かした巨人だったが、その一歩目は矮躯の少女により妨げられてしまった。

 一撃で、巨像の片足が破壊されたのだ。

 

 ずしんと、片方の足関節を損傷した巨人が片膝をつく。しかし巨人は迷宮が生み出す理外の怪物、この程度すぐに再生する。

 その単眼は、ただ少女を排除すべく排除対象を捕捉し続けていた。愚直に、当然として無感情に。

 

苦しめ(・・・)……」

 

 そこに、少女の魔法が殺到する。大曲剣ほどある刃に、青白く光る騎士槍、三重螺旋の線を引いて迫る魔力の礫。

 それらを、玉遊びでもするように順繰りに放っていく。その全てにごくわずかな呪詛を籠めて、巨人の残る片足にぶつけ続ける。

 絶え間ない魔法の弾雨。蓄積していく呪い。破損した足の再生が追い付かない。

 

砕け散れ(・・・・)……」

 

 再度、破城槌。今度こそ、巨人の両足が破壊され、見上げるほど大きな影が崩れ落ちるように倒れた。

 だが、まだだ。まだ塵に還っていない。巨像の戦闘ルーティンは、このようになってなお十全に動いていた。修復しつつ、這いずって敵を殺せと。

 

首を垂れよ(・・・・・)……」

 

 似たような事を、竜族の姫も考えていた。まだ死んでいない。故に殺す、故にトドメを刺す。

 少女の背の魔法陣、放たれたのは三本の大鎖。獲物を狙う猛禽めいた軌道で飛んだそれらは、なおも藻掻く巨像の身体に巻き付き、拘束した。ぎりぎりと、魔力で生成された鎖が悲鳴を上げる。流石に長くは保たない。

 だが、それでいい。充分である。何故ならば……。

 

 トン、と。王笏の石突が大地を叩く。

 瞬間、少女を中心として巨大で複雑な魔法陣が展開された。大中小と三つ、いや九つ。なおも複雑な文様を描き続ける陣は瞬きの度に数を増し、かと思えば役目を終えた陣は呆気なく消失する。魔法陣に覆われた少女は、顔色一つ変えず静かに魔力を汲み上げていた。

 やがて魔法陣は一つに収束し、少女の眼前に展開された。ここに、殲滅の準備が整った。

 

死ね(・・)……!」

 

 何食わぬ顔で、放つ。

 一条、眩い程の光。それは、まさに魔力の奔流。特殊な効果もない。変わった発動条件もない。難易度もさほど高くない。使い勝手の悪い、ただ威力が高いだけの魔力系最上位魔法。

 名を、“魔導極砲”。建国の英傑、魔道賢者ゼノンの十八番である。

 

 光が収まると、そこには超ド級の大蛇が通った後の様に抉れた大地と、赤く溶けた土と焦げた匂い。それから、今まさに粒子に還っていく巨像の残骸……。

 

「……大した事ないわね」

 

 あと、若干イキりはじめたエリーゼが残った。

 

「うわぁ……」

 

 その一部始終を、俺とルクスリリアとラザニアは遠くで見ていた。

 まさかここまでヤバい事になるとは思っていなかった。

 いや、良い事……なんだけどさ。

 

「もうエリーゼひとりでいいんじゃないッスか?」

「……少なくとも、ゴーレムだと的にしかならないな」

 

 MP無限はヤバい。俺は改めてそう思った。

 

 

 

 

 

 

 ガユウ氏の店で魔導書を買ってから、大体一ヵ月後……。

 

 セオドロスさんの防具屋で、俺たちはオーダー装備の開封の儀を行っていた。

 ついでにドワルフに注文したブツも同時に開封する事にした。何故かついてきたドワルフ氏も開封の儀に参加していた。

 フルの場合、前世のオーダースーツは大体二か月以上かかるところ、異世界オーダー装備は一ヵ月で完成なあたり魔法の凄さが分かるというものだ。

 

「どうかしら、アナタ……?」

 

 注文した装備を纏ったエリーゼは、まさに戦うお姫様といった雰囲気であった。

 いや、闇堕ちした姫騎士といった感じのが近いかもしれない。

 

 

 

◆残月の聖鎧◆

 

・物理防御力:500

・魔法防御力:500

 

・補助効果1:全状態異常耐性(小)

・補助効果2:自動最適化

・補助効果3:自動修復

・補助効果4:魔法装填(血沸肉躍)

・補助効果5:魔法装填(魔力飛行)

 

 

 

 

 

 

 全体的に、色は黒っぽく――竜族のお嬢さんの趣味である――、メインが黒でサブが群青。差し色に白といったカラーリング。

 防具の種類としては軽鎧にあたるようだ。聖鋼(オリハルコン)真銀(ミスリル)の合金製の胴鎧&籠手に、各種迷宮産素材を贅沢に使用したインナーに、漆黒のマントがよく栄えている。

 デザインは一から十までエリーゼの要望が満載であり、彼女の趣味が垣間見える。なんとなく。邪ンヌっぽい印象を受けた。

 

 

 

◆月明かりの銀杖◆

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:魔法装填(追尾する魔力の分かれ礫)

・補助効果3:魔法装填(破城槌)

・補助効果4:魔法装填(魔力の騎士槍)

・補助効果5:魔法装填(両断する魔力の刃)

・補助効果6:魔法装填(斬滅の魔導剣)

・補助効果7:魔法装填(聖光の極大治癒)

・補助効果8:魔法装填(束縛する魔力の鎖)

・補助効果9:魔法装填(魔導極砲)

 

 

 

 

 

 

 結局、エリーゼの武器には各部を聖鋼(オリハルコン)で補強した輝銀魔石(シルウィタイト)製の王笏みたいな杖を作ってもらった。

 王笏とはいえ本物ほど煌びやかではないが、使われた素材が輝銀魔石と聖鋼なので質感の良さが特に装飾もない武器に王笏めいた威厳を与えている。

 当然、中身は魔法装填特化だ。汎用性重視の構成は、魔法耐性のないほとんどの敵に有効である。攻撃面だけでなく、最強クラスの回復と妨害系魔法も付けておいた。

 

 

 

◆欠け月の宝冠◆

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:魔法装填(聖光の極大快癒)

・補助効果3:魔法装填(魔力の大盾)

・補助効果4:魔法装填(魔力大砦)

・補助効果5:魔法装填(拒絶する魔力の嵐)

 

 

 

 

 

 

 アクセサリーは、輝銀魔石製の冠にした。

 これには攻撃系でなく、防御や状態異常回復の魔法と、近寄られた際の拒否技も入れておいた。身を守るためのアイテムだな。

 

 フル装備のエリーゼは、どことなくfateのジャンヌと邪ンヌがフュージョンしてロリ化したみたいな見た目になった。サンタではないが。

 中身は頭からケツまで魔法魔法魔法の魔法特化武装。攻撃にはやや弱いが、そこは武装にある防御魔法で何とかするしかない。そも、近づかせなければいいのである。

 

「すっごい似合ってるよ!」

「なんかウチの将軍様みたいッス!」

「はぁ~ん、アンタんとこも良い仕事してるじゃあないですかい」

「感謝の極み」

 

 とても中二っぽいが、とても似合っている。着られてる感が一切ないのは、エリーゼの素材が良すぎるからだろう。

 カッコいいし可愛い。ソシャゲなら間違いなく最高レアのビジュアルである。 

「ふふっ……アナタも似合ってるわよ」

 

 珍しく、年頃の少女みたいに微笑むエリーゼ。

 お返しといった感じで俺の装備も褒めてくれた。

 

 

 

◆石黒の鎧◆

 

・物理防御力:800

・魔法防御力:750

 

・補助効果1:全状態異常耐性(中)

・補助効果2:自動修復

・補助効果3:自動最適化

・補助効果4:簡易伸縮

・補助効果5:環境適応

・補助効果6:体温保護(中)

 

 

 

 

 

 

 デザインはどうでもよかったので、堅くて動きやすい服を注文したらこんな感じになった。

 迷宮産素材と希少鉱石を使ったインナーと鎖帷子に、胴体を守ってくれる革の胴鎧。上に鱗で補強した革ジャンみたいな革外套を纏い、同じく希少鉱石で補強した革手袋。下は金剛鉄(アダマンタイト)の鎖帷子を織り込んだ迷宮産素材製のズボンと、革のブーツ。

 見た目は革革革&鉄で出来た往年のバイカーファッションといった感じである。色は全部黒で、艶あり艶なし濃淡の違いでなかなかおしゃれ感のある全身黒である。いざ着てみると、補助効果のお陰で見た目よりずっと動きやすい。ジャージより快適まである。

 

「ていうか、アタシ等みんな黒いッスね!」

「FF15かな?」

「いいじゃない、お揃いの色って感じで……。私はこういうの好きよ」

 

 あと、俺とルクスリリアの装飾品は殆ど補助効果が同じ別アイテムにした。ルクスリリアが淫魔用の角飾りで、俺がベルトである。

 補助効果の内訳としては、まぁ状態異常とかの対策とか無難なのである。特に変わったものではない。

 モンハンでもそうだったが、俺はテクいスキル構成より堅実な生存スキルのが好みなのだ。実際、異世界だとそっちのが重要だと思うし。

 

「とりあえず、装備も揃ったし、明日はエリーゼのダンジョンデビューだな」

「きひひっ、迷宮は怖いッスよ~? ビビッて漏らすんじゃねぇッスよ~」

「むしろ楽しみね。この私でも、迷宮を踏破すれば強くなれるのかもしれないし……」

 

 そんなこんな、俺たちは勇んでいつもの巨像迷宮に挑んだ訳だが……。

 

 

 

 ドゴォォォッォォオン!

 

「ゴーレムが死んだッス!」

「この人でなし!」

「大した事ないわね……」

 

 ボゴォォォッォォオン!

 

「ウワッ、巨像が死んだッス!」

「そうだ、もう一回倒してみよう」

「ふぅ……運動すると気分が良いわ」

 

 ドッガァァァアアン!

 

「あーもうめちゃくちゃッスよ……」

「これもうどっちが怪物か分かんねぇな」

「強くなるって、こういう事なのかしら……」

 

 エリーゼは強かった。

 ひたすらに強かった。

 というか、ゴーレムとの相性が良すぎた。

 

 開幕“破城槌”で片足部位破壊からの、呪詛入り魔法ぶっぱで機動力を奪って“魔極砲”でトドメ。初陣から続くこのルーティンは、鈍足の人型ゴーレムにはばちこり刺さった。

 おまけに、エリーゼは機動力高めの動物系ゴーレムにも相性が良かった。捕捉して魔法連打、ついでに魔導書くんも援護射撃。突進攻撃は正面から“魔力の大盾”で受け切り、ゼロ距離“破城槌”でフィニッシュ。

 何がヤバいって、ゴーレムレベルの攻撃でもエリーゼの防御魔法を崩せないところである。加えて言うとエリーゼは飛べるので、その気になれば逃げる事もできちゃうのだ。

 

「お、“竜族戦士”から“竜戦士長”にジョブチェンジできるな。これが竜族版の“指揮官”なのかな? 言ってた通り変えるけど、いい?」

「ええ……。あら、前より杖が馴染む感じがするわ」

「ふむ……戦士長も指揮官と同じで、杖が使用武器に含まれてる訳ね。うん、書いてある通りだな」

「えっ、じゃあエリーゼまた強くなったんスか?」

「そういう事になるわね……」

 

 ゴーレム戦は報酬は渋いが経験値は美味い。ソロで何体もゴーレムを討伐したエリーゼは、すぐに竜族版指揮官である“竜戦士長”にジョブチェンジできた。

 こうもレベリングがスムーズだと、通常の指揮官のスキルも使えるようにそっちも鍛えるのアリだなと思える。まぁでも、とりあえずはステ上昇重視で竜族版を先に進めよう。

 

「ゴーレムって、思ったより脆いのね……」

 

 そう言うエリーゼは、ゴーレムを倒す度にイキり度が上がっていった。

 まぁでも、ゴーレム以外のザコ戦はそうでもないのかな……。

 と思っていたが、そんな事はなかった。 

 

 ザコの数が多い“鱗群迷宮”……。

 

「行くわよ。吹き飛べ(・・・・)……」

 

 空中からの呪詛入り“魔導極砲”ぶっぱで虐殺。

 俺とルクスリリアは地上でちまちまザコの相手をしていた。向こうがACfAだとしたら、こっちはACVである。

 

 次、暗所不意打ち上等“闇牙迷宮”……。

 

「常に“魔法大砦”を使っていれば怖くないわね……」

 

 常時全身バリアという、とんでもないゴリ押しで解決。此処でのエリーゼは前でタンクを担当し、火力は魔導書くんが頑張ってくれました。

 俺とルクスリリアはエリーゼの後ろからちまちま攻撃していた。

 

 次、魔法なんて効かねぇよ!“聖甲迷宮”。

 

「対象指定、魔力過剰充填……“竜令鼓舞”」

「「うぉおおおおおッ!」」

 

 祝福付きの指揮系ジョブスキルでガンギマリになった俺とルクスリリアが無双。

 どうやら、魔法は使えないエリーゼも、魔力を消費する類のジョブスキルは使用可能らしい。

 

 鎧を纏えず、翼もなく、権能もない。

 脆く、弱く、竜にあらずと蔑まれていたエリーゼは、今は……。

 

「ふぅ、存外呆気なかったわね……」

「はぁ……! はぁ……! つ、疲れたッス……! 強くはなったッスけど、まだ身体が追い付いてない感じッス……!」

「よく頑張ったわね、ルクスリリア。ほら、お疲れ様(・・・・)……」

「ああ~! しゅ、祝福しゅごしゅぎッスうぅぅ……!」

「パーティ・リーダーの姿か? これが……?」

「敗北を知りたいわ……」

 

 イキりが極まっていた。

 

 エリーゼ?  強いよね。魔法、支援、回復、隙がないと思うよ。

 いや、マジでそう。

 

「ぐぬぬ……! おいエリーゼぇ! ちょっとツラ貸せやッスゥ!」

 

 しかし、だけどアタシは負けないよと立ち上がる淫魔がいた。

 

「何かしら?」

「決闘ッス! 鍛錬場でタイマン張るッスよ!」

 

 これまでエリーゼの強化や成長には一緒に喜んでいたリリィだったが、イキり始めたエリーゼには何か思うところがあったのかもしれない。

 まあ、普段からそんな調子に乗ってる訳ではないんだけどね。ベッドでは相変わらずカワイイし、それに夜はルクスリリアのが強いし。

 

「決闘? 私は、いいけれど……」

「いいんじゃない? 今のエリーゼの動きも確かめておきたいし」

 

 そんな訳で、ダンジョン帰りに鍛錬場へゴー。

 バトルフィールドは例のコロッセオ空間。何もない場で、二人の決闘者が向かい合う。

 

決闘(デュエル)開始ィ!」

 

 さて、どうなるかなと思いつつ、俺はいつでも回復魔法を使えるよう準備しておいた。

 

 まあ、詳細は省くとして……。

 

「はぁ! はぁ! あ、アタシの勝ちッス……!」

「ええ、私の負けね……」

 

 意外というか何というか、決闘はルクスリリアが勝利した。

 

 二人のバトルは、とても見ごたえがあった。

 弾幕を張るエリーゼと、魔法を掻い潜って接近を試みるルクスリリア。その光景はまさにハイスピードバトルファンタジー。ACで例えると高火力の重二とブレード主体の軽二の戦いであった。

 中盤、ルクスリリアはけん制しつつ隙を見てラザニアを召喚し、挟み撃ちで攻め立てていった。すると途端にエリーゼの動きが鈍くなり、ラザニアを警戒すればいいのかリリィを警戒すればいいのか分からなくなっている様だった。全方位バリアを使えば負けなかったろうが、勝てなかっただろう。

 そして、最終的に一瞬の隙を突かれて武装解除させられ、イキリエリーゼ物語は終焉を迎えるのであった。

 

「お疲れ二人とも、はいジュース」

「あざーッス! ん~! 勝利の美酒は美味ぇッスね~!」

「そう……。私は武装が強いだけで、私が強い訳ではないのね……」

 

 台詞だけ聞くとすごく落ち込んでそうだが、どういう訳かそう言うエリーゼの表情は常よりも晴れやかだった。

 

「まぁルクスリリアには従軍経験とかもあるし、レベルも上だからね。なにより空中戦がホントに上手いから」

「ええ、そうね……。良い経験をしたわ」

 

 薄く笑んで返したエリーゼは、とても楽しそうな顔になっていた。

 どうやら、勝ったり負けたりという経験自体が楽しいらしい。

 

 そうして、俺たち三人パーティのダンジョンアタックの日々は過ぎていった。

 前衛の俺と、遊撃のルクスリリアと、馬鹿火力&支援&回復のエリーゼ……ていうかエリーゼの負担やべぇな。

 ともかく、良いパーティだと思う。とても楽しいハクスラ生活を送ってるね。

 

 ダンジョン潜って、叡智をして、デートして、買い物して、またダンジョン潜って……。

 毎日が充実している。

 

 願わくば、これからもずっとこういう生活が続けばいいと思った。

 ロリコンと奴隷少女の楽しい異世界ハクスラ生活。

 俺たちの戦いは、これからだ……!

 

 

 

「じゃあ、今晩ご主人の上はアタシが貰うッスね~♡」

「なっ!? そんなの賭けていないでしょうッ……? もう一回よ、構えなさいルクスリリア……!」

 

 まあ、二人は切磋琢磨してくれてるし、レベル上げも順調だし、タカキも頑張ってるし。

 この先、そうそう変な事は起きないだろ。

 異世界の日常、多いにアリだ。

 

 平和が一番! 勝ったな、ガハハ!

 

 

 

 

 

 

「イシグロねぇ? で、そいつは強ぇのか? 噂通りってんなら、ぜひとも群れ(ウチ)に血ィ入れてもらいてぇモンだが……」

 

 深い森の奥、猛き女戦士が犬歯を剥きだしにして笑う。

 

「“迷宮狂い”さんかぁ、どんな人なんだろ……。一党に淫魔連れてるんだよね……。奴隷、奴隷かぁ……私もなりたいなぁ……」

 

 王立第一図書館、目深にフードを被った変わり者の淫魔が想いを馳せる。

 

「使える冒険者っつってもよォ。ったく、人使いの荒い……。つっても、奴さん方だって情報集めてんだろ? この仕事、無意味なんじゃあねぇの?」

「師、先日の武器代、流石にそろそろ返済しませんと」

「わーってるけどよぉ……。なんかやる気出ねぇんだよなぁ……」

 

 王都地下、雇われの魔人が怠そうに依頼書を眺める。

 

「ふむ、こんなところか……。ところで、イシグロという男の動向については……。いや、焦らなくていい。下手に刺激はしたくない。奴の身辺については、慎重に探っておけ。まだ幼い人間なのだろう? 何をしでかすか分からんからな」

 

 豪奢な屋敷、美の化身の如き上森人(ハイエルフ)が熟考する。

 

「はい。噂の“迷宮狂い”氏については、こちらに」

「うん、ありがとうキルスティン。よくまとまっているね」

「ありがとう存じます、けれど、調べても彼のお人柄はいまいち見えてこないのですよ」

「それは仕方ないさ、クリシュトーさんも頑なだったしね……。いずれにせよ、誰の誇りも傷つけるべきではないよね。アホやらかしそうな兄上や姉上の動向には、気を付けておかなくては……」

 

 王城の中庭、幼き王子が国の未来の為に思索に耽る。

 

 

 

 転移者、石黒力隆は知らない。

 この世界にとって、自身が如何なる存在なのかを。

 

 冒険者、イシグロ・リキタカは気づかない。

 この世界が、如何に英雄を欲しているかを。

 

 王家。金細工。傭兵。淫魔。種族長、他多数……。

 彼らから、如何に“迷宮狂い”が注目されているか。

 英雄の卵、その価値の程を。

 

 

 

「ん……ちゅ♡ ご主人様、大好きッス♡」

「ほら、私にも……ちゅっ♡ 愛してるわ、アナタ……♡」

 

 ロリ奴隷相手に鼻の下を伸ばしている男は、自分が勇者アレクシオスを超える器を持つ事を、まだ知らない。

 

「あ~、幸せだな~」

 

 多分、一生気づかない。

 例え気づいても、「あ、そう?」で終わる。

 何故ならば……。

 

 この男、ロリコンにつき。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集中です。
 ご興味のある方は是非、お気軽にご応募ください。
 詳しくは活動報告にて。

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 一緒に世界観を広げていきましょう。



 別にシリアス路線に行くとか、そういうのじゃないです。


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かつてない程のロリ

 感想・評価など、ありがとうございます。楽しく書かせてもらっています。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ募集の方もありがとうございます。頂くと作者のモチベが上がります。

 今回、本来予定していたプロットを逸脱した展開にしました。
 頂いた感想に触発された感じです。
 こういう事平気でやります。


 俺が転移したこの世界の迷宮(ダンジョン)には、いくつか特徴がある。

 

 一つ、同じ迷宮でも、潜る度に構造が変わる。

 これは分かりやすい、シレンとかのローグライク系だ。仕様上、他冒険者とダンジョン内で顔を合わせる事はない。ついでに、迷宮は“楔”というアイテムを使う事で構造の固定ができる。再アタックの為のアイテムだな。

 ちなみに、ダンジョンに入場制限はないが、パーティの人数制限はある。6人だ、理由は知らない。

 

 二つ、宝箱がない。

 これは、俺視点けっこう意外であった。ダンジョンというと何かどこかに宝箱があって、それをワクワクしながら開けて「ごまだれー」をするものと思っていたのである。

 この世界には普通にシーフ系というかローグ系というかそういうジョブはあるのだが、彼ら彼女らに鍵開けスキルは無い。試してみたが、この世界の盗賊職は戦闘と斥候に寄っている印象だ。実際ダンジョンには罠とかあるので、いると安心だと思う。

 

 三つ、同じダンジョンでもボスが違う。

 これは微妙に厄介な要素だ。同じ迷宮同じ属性でも、姿形が違うボスが出るのである。巨像迷宮でも、ライオン型とかクモ型とか色んな巨像がいたものだ。当然ボスごとに動きが違う。

 幸い、落とすアイテムは同じである。魔石落とすボスのダンジョンは、ボスが熊でもカニでも全部魔石を落とすのだ。

 

 さて、そんなダンジョンくんだが、勿論ダンジョンごとに難易度に違いがある。過去のデータから、ギルドが決めているそうな。

 それらは難易度ごとに括られ、それぞれ下位・中位・上位・最上位の四段階だ。

 

 木札級……駆け出しの冒険者は、まず下位の迷宮に潜る。

 下位といっても出て来る敵はまぁまぁ強く。剣攻撃一発で倒せるようなザコはまず居ない。雑魚一体倒すの、最初はけっこう難しかったな。

 ちなみに、下位はそもそも種類が少なく、最上位の次に選択肢がない。ついでに実入りも良くない。

 

 で、木札からランクアップして鉄札をもらった冒険者は、中位のダンジョンに潜る事を許される。

 色々あるダンジョンの中で、最も数が多く探索者も多いのがこの中位だ。基本的に俺が潜ってるのもこのランクで、俺もまだ全部のダンジョンを踏破してはいない。

 中位といっても、難易度はピンからキリまである。奇襲にさえ警戒しとけばいい奴とか、毒対策しとけば難易度が低くなる奴とか。よくお世話になってる巨像迷宮もこのランクで、実入りもよくないし武器壊してくるし一撃怖いしでとても嫌われてるのが特徴だ。やっぱクソだな。

 

 上位迷宮は、銀細工持ち以上の冒険者のみが探索を許されるダンジョンだ。

 上位ともなると、その難易度は下位とは比べ物にならないくらい高い。どこがどう難しくなってるかというと、全体的に中位から明確な脆弱部分が削られたような感じである。これしとけば安心、みたいな要素がないのだ。

 その分、上位迷宮の探索には高い地力を必要とする。当然としてザコもボスも強いし、実入りも良い。前潜った水晶迷宮はこのランクだな。

 

 最後に、最上位迷宮。

 これは一つの転移神殿に一つしかない特別な転移石碑で行けるダンジョンだ。俺も行った事はない。

 聞くところによると、最上位迷宮はこれまでのダンジョンと違い転移先が完全ランダムになるようだ。入ってみるまでどんなダンジョンなのか分からない。その上帰還の楔がスタート地点に無いらしい。ダンジョンのリセマラはできないと。

 なんか、ゲームのエンドコンテンツって印象である。

 

 あ、もう一個あった。四つ目の特徴。

 実はこれ、最近知った事なのだが、どうやらダンジョンは潜ったパーティメンバーの人数によって難易度が上がる仕様であるようだ。

 ダンジョンの広さ、敵の数、ボスの体力……人数が増えると全部上がる。まるでモンハンのソロとマルチの差みたいだった。例えの通り、多くの場合基本的には連携した方が安定する。

 実際、同じダンジョンでもソロの時と三人の時じゃ結構な違いがあったんだよな。

 

 パーティでのダンジョンアタック。

 安定はするが、稼ぎは渋くなる。経験値、ドロップアイテムは据え置きなのだ。一党内で金の配分で揉めるのなんて、界隈じゃ日常茶飯事らしい。

 それでも多くの冒険者は一党(パーティ)を組み、複数の一党で同盟(クラン)を組むなり参加するなりするようだ。あるいはソロで同盟に入るとか。

 

 同盟では、不戦の契約を交わした上で一党同士の交流や人員の貸し借り、合同で訓練をしたりするんだとか。なんかサークルみたいである。

 同盟に入っていれば、斥候が欲しいようとなれば同盟内の斥候が一党に加わり、悪霊特効の武器が欲しいようとなれば「貸してあげる」といった恩恵が受けられる。

 まあ、代わりにサークルごとに色々としがらみがあるのだが……。だから、俺は一党の誘いも同盟の参加も断ってる訳で。

 

 何が言いたいのかというと……。

 

 例えダンジョンの難易度が変わろうと、基本的にはパーティ・メンバーは多い方がいいのだ。

 1人より6人、6人より12人。助け合い、支え合いの精神である。ダンジョンは数だよ兄貴。

 

 それは、チート持ちの俺でも変わらない。

 不意打ちに強く、大抵の状況に対応でき、剣も魔法も使える俺だが、それでもやっぱり腕は二本な訳で。

 できない事、苦手な場面というのは存在するのである。

 

 

 

 浮蟲迷宮。

 

 基本構造は屋外型で、出現エネミーは全部ちょっと浮いてるデカ虫の中位ダンジョンだ。足を踏み外すと恐らく即死の浮遊島型迷宮である。 

 例えるならエルデンのファルム・アズラ。あるいは連結したスマブラのステージ。基本、動き回って立ち回る俺とは相性の悪いダンジョンである。

 加えて言うと巨像迷宮みたいに安全地帯がないので、おちおち休憩もできやしない。案の定、嫌われてる迷宮である。敵キモいし。

 

「リリィ退避! 蝶々の群れが来た!」

「かしこまッス! ラザニア、戻るッス!」

「準備できたわ」

「OK! 焼き払え……!」

「焼く訳ではないけれど……。堕ちよ(・・・)……!」

 

 そんな汚いラピュタみたいな迷宮を、俺たちは探索していた。

 気を抜くと落下死のダンジョンである。ルクスリリアとラザニアには常時空を飛んでもらい、あんまり動けない俺は、聖騎士にジョブチェンジして盾と剣スタイルでエリーゼを護衛していた。

 フレンドリーファイアが怖い異世界、エリーゼには基本的に防御に専念してもらい、ここぞという時に魔法を使ってもらっていた。

 

 迷宮探索は順調そのもの。俺たちはサクサクとこの気持ち悪い島を進んで行った。

 チートのお陰でどこにボスがいるのか分かるので、迷子になる事もない。チート様様である。

 

「さて、ボス戦だな。疲れてない? 飲み物あるよ」

「アタシは大丈夫ッス!」

「私も平気よ」

「そっか。じゃあ行こっか」

 

 ボスとして現れたのは、巨大なハエであった。

 そいつは俺たちを捕捉するなり、低音版の例の羽音を立てて飛び上がった。控えめに言って不快である。

 

「連携は打ち合わせ通りに!」

「了解ッス!」

「ええ……。範囲拡大、魔力過剰充填……“竜吠”」

 

 デカい虫など、地球人が目の当たりにしたらムシ・リアリティ・ショックで戦慄する事請け合いだと思うが、俺のパーティの女子二人は割と余裕そうであった。

 ていうか、俺は内心恐怖よりも気持ち悪さが勝ってるので、多分この中じゃ俺が一番ダメージ食らってるまである。エリーゼの指揮スキルがなければ勝手に虫デバフ食らってたかもしれない。

 カブトムシをカッコいいと思う少年心はあっても、ハエを可愛いと思える心を持ち合わせてはいないのだ。ボスのハエくんにはさっさと死んでもらおう。

 

「うわ、雑魚呼びやがった! リリィ! ガン逃げ作戦です!」

「おいッスー! 言われる前からすたこらさっさッスよー!」

「エリーゼ! 焼き払え!」

「準備はできてるわ。くたばれ(・・・・)……」

 

 ボス戦お馴染みの取り巻き召喚も対策済み。ラピュタバエの群れなど、巨神兵エリーゼの内閣総辞職ビームで一掃である。

 

 それからしばらく。

 

 激戦の末、巨大虫型ボスは粒子に還り、三人の身体に吸収されていった。ボスはキモいが、やっぱ経験値得る時は気持ちがいい。

 

「ふぅ……よし! 二人ともお疲れ~。怪我してない?」

「大丈夫ッスよ~。ていうか、淫魔は怪我してもすぐ治るの知ってるッスよね?」

「私も問題ないわ」

 

 と、こんな感じでエリーゼが来てからというもの、我がパーティのダンジョンアタックは極めて順調である。

 飛んでる敵、群れて襲ってくる敵、デカい敵に対してめちゃくちゃ刺さるのだ、エリーゼは。ルクスリリアも前に出てかく乱してくれるし、俺は状況次第で前にも後ろにも居れる。良い連携できてると思う。

 

「おっ、ルクスリリア今ので“淫魔騎士”レベル30になったね」

「おぉ~。よくわかんないッスけど、何か新しいのに成れたりするんスか?」

「えっと、新しく“淫魔騎士団長”と“淫魔姫騎士”ってのになれるね。どっちも上位職だ」

 

 

 パッと見、団長はバランス成長で指揮スキルも使えるジョブ。姫騎士は淫魔騎士の単純上位互換って感じである。

 どっちも使用武器に鎌があるので、好みでいいと思う。

 

「ひめの……きし? なんだか不思議な響きね……」

「団長? 団長ッスか~」

「どうする? リリィに任せたいけど」

「んー、じゃあ姫騎士になるッス!」

「はい」

 

 レベリングの方も順調。最近、経験値をエリーゼに取られがちなルクスリリアも今さっき上位職に到達できた。

 俺も俺で剣士ツリーは上位になれるようになったので、ランクだけ見ると並んだ感じだ。

 

「ルクスリリアも大分強くなったなぁ……」

「ま、こんだけ潜ってたら当然ッスね! 多分、同世代で一番強い淫魔だと思うッス!」

「よかったわね」

 

 わちゃわちゃしながら、ラザニアとお別れして帰還クリスタルに触れる。

 もう慣れたものである。俺たちは粒子となって転移神殿に帰還した。

 

 

 

 神殿に戻ると、なんかいつもと違う雰囲気を感じた。

 視線を集めてるとか、そういうのじゃない。神殿内の人の流れがいつもと違うのだ。

 

「なんスかね、あれ?」

 

 ルクスリリアが指差す方を見ると、そこには掲示板の前にできた人だかりがあった。

 皆、掲示板に書かれた内容を前にアレコレ話している。

 

「あの人達は、いったい何をしているのかしら……」

「さぁ?」

 

 転移神殿には、異世界冒険者ギルドお約束の“依頼掲示板”というのがある。

 ただ、これはゴブスレとかこのすばみたいなのとは趣が違う。どっちかというとその素材高く買います! 系の依頼が載ってるのだ。

 毎日確認してる訳じゃないから分からないが、あそこにソレらしい依頼が張り出されてるのを俺は見た事がない。

 

「ちょっと見に行ってみよう」

 

 普段はぱらぱら人がいる程度なのに、どうして今日に限ってという話である。

 その秘密を探る為、我々は神殿奥深くの掲示板へと足を進めた。

 

「あの、すみませんちょっと見せてもらえませんか?」

「あぁん!? 何だて……めぇ……?」

 

 異世界人は全体的に背が高い。中でも一等巨体なマッチョに声をかけると、彼は振り返りざまインネンをつけてきた。

 かと思えば、俺を見るなりしょんぼりピカチュウみたいな顔になっていった。

 

「すみません、少しでいいんで」

「は、はい、どうぞ……」

 

 ふむ、相手は鉄札か。冒険者界隈がどういう社会構造なのかは知らないが、ランクではこっちのが上である。もしかしたら、上のランクの人の言う事は絶対聞かないとダメだよみたいなのがあるのかもしれない。

 冒険者がそういう社会なのかどうかは知らないが、彼はそそくさとその場を離れていった。いや少し覗くだけなんだけど……。

 

「えーっと? 斥候募集?」

 

 掲示板には、珍しく異世界ファンタジーらしい募集が貼り出してあった。

 どうやら、俺が見かけてこなかっただけで此処もちゃんとこういう使われ方をしているようだ。夢が広がるな。

 報酬は、まぁまぁか。けれど依頼主はラリス王家だ、確かにこれは驚きである。

 

「まぁ俺達には関係ないな」

 

 なので、さっさと受付おじさんのところに行く事にした。

 

「イシグロは、ああいうのは興味ねぇのか?」

 

 いつもの様に受付にドロップアイテムを置いていると、おじさんが話しかけてきた。ああいうのとは、例の斥候募集の事だろう。

 興味がないではないが、別にうま味は感じない。ていうか俺斥候系ジョブあんま鍛えてないし。

 

「そうですね、それほどは」

「そうか。まぁお前にゃ合わねぇかもな」

 

 言うと、おじさんは何故か得意げに笑った。なんで?

 

「ほら、番号札返せ」

「ありがとうございます」

 

 雑談もほどほどに、俺たちは神殿を後にした。

 相変わらず、王都西区は活気がある。活気はあるが……。

 

「なんか、街そわそわしてるッスね」

「そうかしら……。私には、人間の弱い魔力は分からないわ」

「みんなエロい事あんま考えてないッスもん」

「すごいわね、淫魔って……」

 

 リリィの言う通り、確かに朝とはちょっと雰囲気が違うように感じた。

 別に何がどう変わった訳でもないが、どことなく住人がシリアスな顔になってる気がするのだ。

 

「戦争でも始まるのかな……」

「いやぁ? 今日日、ラリス王国とやりあう国なんて無いと思うッスけどね?」

「どこかの頭の悪い竜族が攻めてきたとか……?」

「だとしたら今頃王子とか王女とかがドッカンドッカンやってると思うッスよ。戦にしては雰囲気が地味ッス」

「さすが元兵士、詳しいね」

「訓練兵ッスけどね!」

 

 まあ、考えても仕方ない事である。俺は元来、物事を深く考えない性質なのだ。

 自分が動いてもどうにもならない事は、どうしようもない事として考えないのが一番だ。

 そんな事よりお腹が空いたよである。

 

「さて、今日は何食べようか」

「はいッス! 自分は昇進祝いに、故郷の料理が食べたいでありますッス!」

「あら、いいわね。確か、淫魔王国にもお酒があるのでしょう? 気になるわ」

「じゃあ今日は淫魔料理のお店に行こうか」

 

 なんか、きな臭い雰囲気を感じつつ……。

 俺たちはいつもと同じ日常を送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜、宿屋に俺目当ての客人が訪ねてきた。

 なんとビックリ、客人は奴隷商人のクリシュトーさんであった。いつもより服が地味だ。

 彼は宿屋の店主に金を握らせ、人払いをさせていた。広い食堂で、俺とクリシュトーさんだけの状況である。

 

「イシグロ様、お久ぶりでございます」

「はい、お久しぶりです」

 

 二人っきりの食堂で、俺とクリシュトーさんは向かい合った。

 机に酒はない。世間話という雰囲気ではなさそうである。対面する彼の顔は、いつもより堅くなってるように感じた。

 

「あれから、ルクスリリアとエリーゼはどうでしょうか?」

 

 というジャブを打つ傍ら、彼は常にこちらの顔色を窺っていた。対する俺も無難に返し、話が進む。

 やがて話題も尽きたところで、彼は水で口を湿らせた後、重々しく口を開いた。

 

「イシグロ様、申し訳ありません……」

 

 突然の謝罪。何か悪い事でもあったのかと、なんだか心配になった。

 それから、彼は沈痛そうな顔で、云った。

 

「入荷予定だった奴隷が、輸送中に何者かの襲撃を受け、行方不明となってしまいました……」

 

 ん?

 

 彼が今、わざわざこんな話をしてるって事は、俺との契約の事だよな。良いロリ探すよ契約。

 入荷予定だった、奴隷? という事は、ロリなんだよな?

 つまり、良質ロリ奴隷だよな。エリーゼみたいな感じでなく、彼が探してくれてたという……。まぁ、最近は忘れかけていたが。

 とにかく、輸送中のロリが襲われて、行方不明だと……?

 

「……無事なんですか?」

 

 我知らず、硬質な声が漏れた。

 声に反応して、クリシュトーさんの表情が強張るのが分かった。

 別に責めてる訳じゃない。俺は神様気取りのお客様じゃあないのだ。

 

「不明です。現在、我が商会の者に探らせていますが、依然行方は知れず……。ちょうど今、占い師に居場所を占ってもらっているところです」

「そう、ですか……」

 

 この件について、買い手としての怒りはなかった。

 せいぜい、予約してたゲームが延期になった程度にしか、俺の怒りゲージは変動してない。

 楽しみにしていた奴隷商談、それが延期なり中止になった。それはいい。

 マジで、それはどうでもいいのだ……。

 

 けれど、そういうのとは別のところで、俺は怒髪天を衝く程の激情を覚えていた。

 

 ロリが、輸送中に襲われたとか、行方不明とか……。安否も分からないとか……。

 怪我をしたかもしれない。盗賊とか山賊とかに捕まったのかもしれない。あるいは、価値がないと殺されたかもしれない。

 ぐるぐると、俺の頭に制御不能のマイナス思考が渦巻いていた。

 

「ご安心ください。商品は必ず我々が探し出し、無事奪還してみせます。この度はイシグロ様に……」

「依頼を……」

 

 その時、俺の脳裏に今日の神殿の光景が過った。

 ずっと買取価格を張り出してるだけの掲示板だと思っていたが、違った。

 あそこは、冒険者に冒険者らしい依頼を貼り出す事もできるのだ。

 

「クリシュトーさんの依頼で、俺を雇ってくれませんか?」

「そ、それは……!?」

 

 俺は、俺が動いてどうにもならない事は、全部どうでもいいと思うようにしている。

 けれど、俺が動いてロリの生存率が少しでも変わるのなら、俺にとってそれはどうでもいい事にはならない。

 珍しく、性欲ゼロのロリコン魂が燃えていた。

 

「人探しの経験はありませんが……」

 

 机の下で、コンソールを弄る。

 ステータスから、ジョブを選択し、目当てのジョブを探す。

 ソードマスターレベル30で生えてきた“ソードエスカトス”。ソドマスの単純上位互換で、剣士系の上位職だ。

 それに、ジョブチェンジした。

 

「それなりには()れると思うので」

 

 俺は、迷宮外で冒険をする覚悟を決めた。

 細かい事は、後だ。

 

「協力させて頂けませんか?」

 

 そもそも、助けない方がいいんじゃないのとか。

 悪いのはこっちサイドで、襲撃側のが正しいんじゃないのとか。

 そもそも自分の奴隷にしようとしてるのお前じゃんとか。

 

 そういうの、ひとまず置いておく。

 

 いずれにせよ、襲撃犯は暴力を振るってきたのだ。

 ならばこっちも暴力で返すのが道理だろう。

 

 人生は知恵捨て(チェスト)なり。




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 詳しくは活動報告にて。

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 一緒に世界観を広げていきましょう。



 あと、設定資料集のご要望があったので、活動報告に載せておきます。

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 すごい雑ですが。


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新たなるロリ奴隷、グーラ!(またよろしくお願いします)

 感想・評価など、ありがとうございます。楽しく書かせてもらっています。
 誤字報告も感謝です。まぁ流石にないやろとか思ってた過去話にもあったあたり作者は筋金入りのアレですね。許して亭ゆるして。

 キャラ募集の方もありがとうございます。やる気に繋がっています。
 出る時はヌルッと出てきますし、割と性格とかも変わっています。ご了承ください。
 なんなら名前も弄ります。同じ文字から始まるキャラが多い時とかですね。

 今回は最後だけ三人称です。
 よろしくお願いします。


 転移神殿は24時間営業である。

 何故かというと、迷宮に潜った冒険者が何時帰ってくるか分からないからだ。朝潜って当日帰ってくる場合もあれば、同じく朝潜って日を跨いだ夜中に帰ってくる事だってある。

 当然、その中には重傷で帰ってくる冒険者もいる訳で、神殿内の治療院は常に開いてないといけないし、何やらかすか分からない粗暴な冒険者を見張る職員も必要なのである。

 とはいえ、午前午後と人でごった返している日中と比べると、夜の神殿は静かなものだ。換金受付は一つだけになり、バーや飲食店、武器屋なども閉まっている。冒険者パーティも何組かいるくらいで、大体は帰る準備をしている。

 

 そんな夜の神殿に、俺の一党とクリシュトーさんはやってきた。

 依頼の為である。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 依頼関係の事はクリシュトーさんにお任せし、俺は一人神殿内を歩く。

 歩きながら目当ての人を探す。クリシュトーさんから聞いた、優秀な斥候。その後ろ姿はすぐに見つかった。

 

「へへっ、こりゃイイ……これなら多少ふっかけても問題ねぇよなぁ……」

 

 例の掲示板を眺めている、小柄な人物。

 緑の髪に、片方しかない特徴的なイヌミミ。異世界冒険者にしては地味で見栄えのしない、多機能多収納な軽装。彼は、掲示板の依頼を眺めながら機嫌よさげに尻尾を振っていた。

 

「すみません、ウィードさんですよね?」

「え? そうだけど……イシグロォ!?」

 

 俺はそんな彼に声をかけた。目が合うと、ウィードさんはビクリと全身を震わせた。頬に入れ墨のあるその顔には、ありありと畏怖の感情が浮かんでいた。

 もうこういう反応は慣れたぜと思っていると、彼の顔を見て思い出した。この人、前に一度すれ違った人だ。

 

「いきなりすみません。ウィードさんに急ぎの依頼があるんです。力をお貸し頂けませんか?」

「えぇ……っ!?」

 

 まぁそんなのはどうでもいい。俺は今すぐ行かねばならないところがあるのだ。

 なので、細かい事は置いといてゴリ押しプレゼン開始である。

 

「依頼は王都外での人の捜索です。場所はカトリア領近郊の森、ウィードさんには森の中で対象を探し出してほしいのです」

「えっ? なに? なんで?」

「理由は後で。使用する道具は全部こちらが持ちます。戦闘も結構です。この依頼はストゥア商会のクリシュトーさんからの依頼となっています」

「ストゥア? え、クリシュトーさんのか!?」

「ええ。報酬はこれくらいです」

 

 チラリと報酬額を見せる。一瞬目を丸くしたウィードさんだったが、次いで訝しむような目を向けてきた。

 

「み、見つからねぇ時は、どうなンだよ……?」

「承知しています。ですので、こちら前金になります。お納めください」

 

 言って、有無を言わせず金貨の入った小袋を握らせる。

 ウィードさんは袋の重さを確認しては、ぶるりと身を震わせた。今度は俺への畏怖ではない。

 感触は悪くない、押せばいけるという感覚。故、畳みかける。

 

「他の冒険者から伺いました。ウィードさんは今、新しい武器が欲しいんですよね?」

「あ、あぁ……そうだが……」

「でもお金がない。お金がないから武器を買えないし、武器が弱いから良い迷宮に潜れない。そも、ウィードさんのスタイルはとかくお金がかかる……」

「まあ、そうだ……」

「もしこの依頼をお受け頂けたら、この金剛鉄(アダマンタイト)をお譲りしますよ」

「……え?」

 

 トンと、彼の残る手に希少鉱石を握らせる。

 右手に金、左手に金剛鉄という状況だ。

 

「いや、でも……そいつぁ売っちゃダメな奴だろ?」

「ええ、なのでお譲りするんです。一時的とはいえ、一党の仲間なのですから」

「マジかよ……。んな、いやイケるのか? えぇ……? な、なんで……?」

「あと、その耳も治してさしあげますよ。無料で」

「あ? あぁ? いや、そんなのできる訳が……」

「できますよ。自分の一党には魔法に秀でた竜族がいるんです」

「うっ……」

 

 ひとつ呻いて、逡巡するウィードさん。

 しかしその内心はわかってる。損得勘定をしているのだ。得る物は多いが、俺という友人でも仕事仲間でもない奴の依頼を受けるべきか否か。リターンがデカすぎる、何か裏があるんじゃないのかとか。そういうのだろう。

 こっちからすると裏も表もないのだが。

 

 ぶっちゃけ、絶対彼である必要性はなかった。要するに、占い師が示した森に適した斥候がいれば誰でも良かった。

 しかし、今現在ホントに優秀な斥候は皆、王家からの依頼に夢中である。そんな中、残った斥候となると数が限られる。そこで選ばれたのが、ウィードさんだ。

 

 クリシュトーさん曰く、ウィードさんは生来の好色さ&巨乳好き&面食い&娼館狂いのせいで、迷宮に潜らない日はほとんど神殿付近の高級娼館に入り浸っているらしい。当然、いくら冒険者でもそんなのしてたらすぐ金が尽きる。

 加えて言うと彼は多彩な道具を使い潰して迷宮に挑むタイプの冒険者であるらしく、ジョブの都合上複数人じゃないと活躍できない。当然報酬は山分け。渡りの所為で経費は自分持ち。貯金はしたいが貯まらない。

 要するにこの人は、腕はいいけど金欠な冒険者なのだ。斥候不足が懸念される今後、神殿内での斥候需要は爆上がり間違いなし。故、ここぞとばかりに稼ごうとしているのだ、彼は。

 

「ま、マジで戦闘はしなくていいんだな……?」

「ご安心ください。魔術式の契約書があります」

「マジか……」

 

 やがて、彼は俺の札束アタックに敗北し、我がロリ救出隊に参加する事となった。

 

 ちなみに、何故クリシュトーさんが彼の事に詳しかったかというと、どうやら彼は時たま奴隷市場を物色しているらしいのだ。そうなるとクモの巣に掛かった虫である。クリシュトーさんの情報網にかかれば、いち冒険者のパーソナルデータなど障子戸同然なのだろう。

 ついさっき、「え、客の事しゃべっていいんですか?」と訊いたところ「まだお客様ではございませんので」というスマイルを頂いたものである。流石というか何というか。

 

「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「ん、あぁ……。まぁやれるだけやるっすわ」

 

 そんなこんな、俺たちはさっそく王都の外に向かう事となった。

 目指すは、王都の隣領、カトリア領だ。

 

 初の王都外と観光気分じゃいられない。

 焦らず急げ。

 

 

 

 

 

 

 ラリス王国は、王国というだけあり王様がトップにいて、その下にいくつか貴族がいて、貴族一人につきひとつの領地を任されてるという体制であるようだ。

 領主は領内に出没する魔物――ダンジョンと同じ奴であるらしい――を討伐したり、賊が出たら討伐したり、その他色々をして自領を守るのが仕事だ。 

 感覚的に、俺がイメージしてた貴族よりもマッチョでバイオレンスな立場なんだな。これまたイメージだが、貴族というより極道といった方が近い気がする。それでいうと、今俺が向かってるのはカトリア伯爵が治めるカトリア領となるので、ラリス組傘下カトリア組という事になるか。

 

 ところで、この世界の主な交通手段は陸路である。徒歩も馬車も皆、街道を使うのだ。それも多くは土むき出しの、あまり舗装されてない街道をである。

 当然ながらこの世界に自動車はない。最も使われてるのが馬車で、当然の様に車やバイクほど速度は出ないし長く動く事もできない。バフをかけた高速馬車でも、せいぜい時速30㎞程度を維持できるくらいだ。

 加えて言うと、長距離を馬車で移動するには馬用のエサや水や休憩時間なども必須である。そこは魔法でも何ともならない。まぁ水は魔術師がいれば何とかなるのだが、飼葉を出す魔法なんてないのでやっぱエサは要る。

 

 また、ネットもテレビもない異世界、連絡手段といえばもっぱら手紙である。当然、その手紙には運び手が必要なのだ。運び手の多くは、大体馬車である。

 他は伝書バトでも使うのかな? と思っていたら、それは無理らしい。曰く、「そんなの飛ばしたら即捕食されるッスよ!」との事。何に喰われるかというと、空中の魔物である。

 しかしながら、クリシュトーさんの下に連絡が来たのは、ついさっきの事だという。手紙によると、事態を確認したのは本日の午前中の出来事であったらしい。被害状況から推測するに、少なくとも数時間は経っていると……。

 

 車もバイクもない異世界だが、馬車もハトも使わずに午前の出来事をその日の夜に伝えられる技術があるのだ、ストゥア商会には。

 それは、異世界にしかいない存在、高速配達人である。クリシュトーさんお抱えの元冒険者の天馬族(ペガサス)さんの仕事だった。

 天馬族とは、要するに馬人と翼人を合体させた種族の事だ。分類は魔族で、空でも陸でも速いスピード特化種族である。ハトほど弱くないので空中の魔物も何とかできるし、ヤバくなったら地上で走れる。

 天馬族の配達人とは、この世界で最も速く荷物を届ける事のできる手段なのである。

 

「じゃ、準備はいい?」

「大丈夫ッス!」

「問題ないわ」

「う、うっす……。うぅ、これも金の為金の為……」

 

 そんな訳で、俺もその配達人にあやかる事にした。

 あっちがペガサスなら、こっちはヘラジカである。ちゃんとギルドの許可を得たラザニア宅急便だ。

 

「ノンストップで行く! 振り落とされるなよ!」

 

 王都を出た俺たちは、ラザニアの背にまたがった。列は前からルクスリリア、エリーゼ、俺、ウィードさんの順である。

 そんな訳で、クリシュトーさんのお見送りを背に我々は空の旅を始めた。

 

 タンと駆け出しバサっと舞い上がる。そして、グングン空へと昇っていく。

 今が昼だったら空からの景色に感動してただろうが、夜だし急いでるしでそんな心の余裕はない。暗視ポーションのお陰で夜でも良く見えるが、それでも異世界の夜は暗かった。

 

「ウィードさんはカトリア領の森に行った事は?」

「え? あぁ、入った事あるぜ、よほど奥にいない限り大丈夫っすわ」

 

 道中、俺たちは打ち合わせをしていた。

 商会お抱えの占い師曰く、現在件のロリは森を移動しているらしく、恐らく今も森の中だろうとの事だった。

 そも、街道を馬車移動していたはずのロリ奴隷が何故森にいるのかは分からない。現場では馬車が横転していて、馬や護衛が殺されていたらしい。その中から、ロリの入った檻だけ無くなっていたのだ。

 加えて言うと、馬車を護衛していたのは鋼鉄札持ちの冒険者である。恐らく奇襲だったとはいえ、そいつを殺せるとなると十把一絡げの賊じゃまずできない芸当だろう。

 

「二人もごめんね、こんな夜遅くに」

「大丈夫ッス! 夜は淫魔の時間ッスからね!」

「問題ないわ。その気になれば、竜族は三日三晩寝なくても戦えるのよ」

 

 今回のロリ探索には、二人にも同行してもらった。

 最初は俺一人で行こうと思ったのだが、やっぱり足は欲しかったのでルクスリリアにも同行を願い、そうなるとエリーゼを一人にさせる訳にはいかないので結局いつものパーティとなったのだ。

 

「お、見えてきたな。イシグロさん、あの丸いトコで降ろしてくれ」

「わかりました」

 

 ノンストップで飛んで二時間程度だろうか。道も信号もないラザニア移動は、迅速に俺たちを例の森へと運んでくれた。

 言われた通り森の開けた所に降りる。冒険者の身体スペック故だろうか、前世でバイクを降りた時の様な疲れはなかった。見るに、リリィもエリーゼもウィードさんも疲れてはないようだ。

 

「ウィードさん」

「おう、任せな」

 

 俺はアイテムボックスから、ロリ奴隷が乗せられていた馬車の破片を手渡した。ロリの似顔絵は確認したしウィードさんにも見せたが、今捜索の手がかりになるのはこれだけである。

 両耳をピクつかせたウィードさんは破片に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。猟犬族の彼からすると、このレベルの手がかりでも人探しができるのだ。

 

「んあ~、少なくとも近くにこの匂いは無ぇっすわ。足で探さねぇと……」

「わかりました」

 

 覚悟していた通り、ここからは森の探索である。ラザニアとお別れし、皆に専用の武装を渡す。俺も腰に無銘を佩いた。

 焦る心を抑えつつ、俺はそのまま夜の森へと足を進めた。先頭はウィードさんで、その後ろに俺、そのまた後ろにエリーゼとルクスリリアである。

 初の森探索だ。情報は入ってるが、油断はできない。

 

 

 

 カトリア領の森は、なんだか神秘的な雰囲気に満ちていた。

 まさに鬱蒼とした森という表現がぴったりで、そこには自然の息吹とでもいうべき大きな生命達が渦巻いているように感じられた。鼻で息をすると草と土と、それから僅かに生き物の匂いがした。

 もっと砕けた言い方をすると、なんかもののけ姫みたいな森だった。今にも白い山犬が襲ってきそうである。

 

「はあッ!」

 

 しかし、襲ってくるのは美しき森の守護獣でなく、クッソ汚い夜行性の魔物であった。俺は剣を一閃し、襲ってきたクソデカフクロウを真っ二つにした。奇襲はカウンターに弱いのだ。

 地球の自然も大概危険だったが、こっちの場合そこに魔物がプラスされるのだから難易度アップである。

 ちなみに、迷宮外の魔物もまた、迷宮内と同じように粒子に還り経験値になる仕様だ。何故かドロップはしないようだが。

 

「行きましょう、ウィードさん」

「お、おう……」

 

 前世、何度か森に入った事はあるが、その時は木の根や滑る地面に足を取られてロクに動けたものではなかった。舗装された道でそうなのだから、未開拓の森など何をかいわんやである。

 しかし、異世界ナイズドされた俺はズンズン進む事ができた。それどころか、エリーゼをおんぶして走る余裕さえあった。こういう所に異世界のステの凄さを感じる。

 ちなみに、リリィは飛んで俺についてきて、ウィードさんは獣人の特性でスイスイ移動している。俺もウィードさんも、プロアスリートよりも速く森を進んでいた。

 

「ほんの少し匂いがする……。こっちっすわ」

「はい。よっと……」

 

 足場が酷いところは、“柔拳士”スキルの“軽功”でぴょんぴょん移動する。

 熟練したスキルの場合、ジョブに関わらず使用可能な状態であればこのように使う事ができるのだ。軽功は足さえフリーなら使えるので、とても使い勝手がいい。

 逆に言うと、いくら熟練しても“切り抜け”等は剣がないと使えないが、本来切り抜けを覚えられない聖騎士や魔法剣士でも剣さえ持ってりゃ使えるのである。

 その点、武闘家スキルは便利だ。手足のどれかがフリーなら使えるモノが多いので、剣士やりつつ武闘家の動きができる。中でも足技は立ち回りに便利なので、普段から愛用している。

 

「止まってくれ、イシグロさん」

 

 しばらく走ると、茂みの先に開けたところがあった。

 ウィードさんの後ろから伺うと、そこには何人かの死体と、荒れた地面や折れた木などがあった。開けた所と思っていたのは、戦いで荒れた所だったのだ。

 

 先行したウィードさんが周囲を探り始める。俺も警戒を強くして後に続いた。

 斥候の彼はあっちこっち移動しては、死体や地面の状況を確認していた。時に四つん這いになってまじまじ観察したり、落ちてる何かの破片を矯めつ眇めつしていた。

 

「イシグロさん、見て分かる通り此処でその奴隷が暴れたんっすわ。アッチから走ってきて、ちょうどこの位置でやり始めた。それから、ソッチに逃げてったと……」

「無事なんですね?」

「多分な。逃げた方向も分かる。けど……」

 

 言って、ウィードさんは死体の胸元を指差した。

 

「こいつはある程度炎に耐えてる、現役冒険者っすわ。けど冒険者証がねぇ……。これ、先に誰かが見分して証取ってった可能性高いっすわ……。イシグロさん以外にも、この匂いを探してる人等がいるって事だな」

「襲撃犯ですか?」

「どうだろうな……」

「にしても凄いッスね。冒険者でもないのに、冒険者の追手を返り討ちにできるなんて……」

「魔力は残っているけれど、魔法の炎じゃないわね、これは……」

 

 ウィードさんとエリーゼの言葉通り、転がってる死体はどれも何かしらの方法で燃やされていた。焼死体である。

 腕がない焼死体があれば、頭が取れてる焼死体もある。けれど、全部どこかが焼かれていて、モノによっては全身黒こげのもあった。進撃の焦げミンを思い出す。とてもグロい。

 

「……情報通り、ではある」

 

 驚くべき事に、間近で死体を見たというのにも関わらず、俺の心は存外平静を保っていた。

 前世、俺は医者でも警察でもなかった。亡骸など、葬式で見た祖父の遺体しかない一般人だ。焼死体がショッキングなのは確かだが、それはそれとして不思議と一線を引いている感覚があった。何故かは分からないが、祖父とお別れをした時や交通事故の現場を見た時の様な衝撃は受けなかったのである。

 

 もしかしたら、俺の心は身体同様に異世界ナイズドされたのかもしれない。

 あるいはアドレナリンか何かの影響で、死や痛みに鈍感になってるのか。

 分からないが、それこそ後でいい。深く考えないのが一番だ。

 

「手がかりっつーと、これかぁ……?」

 

 周囲を見分していたウィードさんが、ひしゃげた鉄の何かを拾い上げた。形は変わっているが、元何だったのかは分かる。

 

「……見覚えのある魔力ね」

 

 奴隷用の拘束鎖だ。それも、とても強力な奴隷を縛る為の、特別性。

 エリーゼのような、超級の奴隷を縛る為の鎖である。

 

「焼けちまってるんでソイツの匂いは分からねぇが、この鎖の匂いなら追いやすい……こっちっすわ」

 

 駆けだしたウィードさんを追い、俺も後に続いた。

 ロリ奴隷が強いのは分かっていた。ひとまず追手らしき集団を返り討ちにしてたというのも、安心材料になってくれた。

 彼女が人を殺したのには、ショックはあっても忌避する感覚はなかった。ヤバい時に殺しなど、誰だってそうする、俺だってそうする。

 

 今回、俺がクリシュトーさんから紹介される予定だった奴隷は、特殊な出自の魔族の娘であった。

 名を“グーラ”と言い、とても強い力を持っているらしいのだ。

 その一つが、奴隷鎖を焼き溶かす程の炎熱能力。元は戦闘用として売られた、可愛いロリ奴隷だ。

 

 グーラは強い。グーラはエリーゼの様な観賞用竜族奴隷と違い、がっつり実戦用魔族奴隷としての需要があるのだ。

 裸で迷宮探索に同行させるとか、闘技場で戦わせるなんてのはマシな方で、最悪何かしらの鉄砲玉として使われる可能性もあるのだ。その価値は、戦闘力相応に高い。

 そうなると、多少アホな事して奪おうとする闇奴隷商会や、前述の通り鉄砲玉として使いたい賊連中からも狙われる可能性があるのだ。クリシュトーさんによると、正直誰が襲撃犯なのかさっぱりだという。候補が多すぎるのだ。

 

「うわ……! 止まれイシグロさん……!」

 

 急停止したウィードさんに従って、俺も停止する。背のエリーゼが「うっ……!」と呻いた。

 

「強者の匂いがする……! マジやべーっすわ、この先如何にもな冒険者がいるっすわ……!」

「冒険者……? 山賊とか盗賊とかではなく……?」

「ああ、武装の匂いが上質なんで恐らく……」

 

 それは、一体全体どうしてナンデという気持ちである。

 第三勢力? 奴隷を追ってるのは襲撃犯だけじゃないって事? いや、襲撃犯が冒険者を雇ったとかそういう線もあるのか? あるいは何の関係もない可能性もあるか……。

 ストゥア商会――クリシュトーさんの奴隷商会の名前だ――の関係者である事を示す合言葉はある。これが通じれば問題ないが、もしダメだったら即敵対である。会話ロールで何とかしたいが、そもそも話の通じる相手なのか?

 いやいや、もし相手も同じ子を捜索中というのなら、わざわざ姿を晒す意味はない気がする。ここはスルーして、匂いを追うべきか……?

 

「ウィードさん、匂いの方向は……?」

「その冒険者の歩く先っすわ……。あと、冒険者等も同じ匂い持ってる……」

 

 ファックである。これで全くの無関係って線は消えたわけだ。

 なら、せめて襲撃犯サイドでない事を願うばかりだが……。

 

「クソが、死ねよ……」

「ご主人……?」

 

 その時、我知らず俺は悪態をついていた。

 ただでさえロリの安否で精神が荒んでいるというのに、ここにきて競争相手のエントリーである。さっきまでギリで保たれていた冷静さが、件の冒険者パーティの出現で崩れはじめた。

 どうすりゃいい、何が一番良い選択肢だ? 残念ながら、異世界にステはあってもポーズはない。一時停止して考えるなど、できはしない。

 

「イライラする……!」

 

 あぁ……もう面倒臭くなってきたな。

 

「ふぅ……ルクスリリア、伏兵作戦だ。もし戦闘になったら、タイミング良く奇襲してくれ」

「は、はいッス」

「エリーゼ、降ろすよ。エリーゼはできるだけ魔力を抑えてて、気づかれるといけない」

「わかったわ……」

「ウィードさんは隠れててください」

「あぁ、わかった」

「あっ……これも一応かけとくか」

 

 俺はジョブを“ハイウィザード”に変更し、杖を取り出して俺を含めた全員に“静寂”と“隠形”と“無臭”をかけた。

 それからまたジョブを“ソードエスカトス”に戻し、腰の無銘を確かめた。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 それから、さっきとは比べ物にならない速度で駆けだした。

 

 少し進み、冒険者たちの姿を捕捉した。

 彼らは俺の隠密には気づいていないようで、斥候の男を先頭に警戒しながら進んでいた。

 静かに尾行しつつ、俺は冒険者たちを観察した。

 

 前を歩いているのはフードを被った痩せ男だ。彼は足元を確かめながら、堂に入った斥候ぶりで後続を先導していた。

 その後ろに、円盾を持った赤毛の少女。大剣を背負った鬼人の少年。トンファーを持つ金髪の少女。最後尾に如何にも魔術師っぽい翁さんというパーティ構成。

 彼らのランクは知らないが、パッと見だと鬼族の大剣使いが一番強そうだった。

 

 多勢に無勢である。見つかりたくないし、戦いたくない……。

 

 しかしだ、彼らの足取りはこういう状況に慣れた風で、迷いなく獲物に近づいているのが素人の俺にも分かった。このままだと、追いついてしまう可能性がある。

 やっぱ、出るべきだろう。

 

 俺は覚悟を決め、跳躍した。

 

 

 

 

 

 

「どうも、こんばんは」

 

 闇夜の森、突如。その男は冒険者一党の前に姿を現した。

 いきなりの事だったが、流石は“迷宮帰り”の冒険者たちで。即座に警戒態勢を取った。

 斥候はカミソリを、赤毛の少女は槍を、金髪の少女は旋棍を、翁は杖を構え、鬼人の少年は楽しそうに笑んだ。

 

「自分は王都の西区で冒険者をさせてもらっている、イシグロ・リキタカと申します。イシグロが苗字で、リキタカが名前です。どうぞよろしくお願いします」

 

 武器を向けられた男は、自身をイシグロと名乗った。

 その名を聞いて、戦慄しない冒険者はいなかった。

 

 イシグロ・リキタカ。登録から僅か2ヵ月で銀細工の所持を許された、銀細工授与史上最速記録保持者。

 二つ名を“黒剣”。彼は、恐らくその由来となったであろう黒い柄の剣を佩いていた。

 

 そして、彼にはもう一つ、関係者しか知らない二つ名がある。

 黒剣のリキタカ、またの名を“迷宮狂い”。狂ったように迷宮に挑む、得体の知れない男。

 頭のおかしい銀細工持ちの中で、一等頭のおかしい輩である。噂が正しいのであればの話だが。

 

「ところで、えーっと……あぁ……」

 

 黒剣のリキタカは、先ほどまでの流暢な挨拶とは打って変わって、何故だか言葉に詰まっていた。その手は、無造作に剣の柄を弄っていた。

 やがて、意を決したように五人の冒険者を見て。云った。

 

「……今日は、()が良く見えますよね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、後方にいた魔術師の翁が魔法の発動準備に入った。

 

「そいつは敵じゃ!」

 

 刹那、駆けだす鬼族とトンファー少女。鬼は凶笑と共に大剣を引き抜き、少女は気炎と共にトンファーを構えた。

 二人がかりの攻撃を前に、銀細工の狂人は……、

 

「クソがよ……」

 

 心底不愉快げに、腰の剣を抜いた。




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この転移者は身勝手すぎる

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。おかげでドバーっと更新できてます。こんな作者で申し訳ない。
 キャラのご応募もありがとうございます。有難く拝見させて頂いています。作者のやる気に繋がっています。

 何度も書きますが、本作はバーッと書いてドバーッと投稿しているので、色々詰めが甘いです。
 そんなもんです。

 今回は三人称、とある冒険者視点。
 先に謝っておきます。すみませんでした!



◆追記◆
 5月4日。会話パート加筆。


 エレークトラは奮起した。

 必ず、かの乱暴狼藉の魔族を除かなければならぬと決意した。

 

 エレークトラには治政が分からぬ。

 エレークトラ・ヴィンス・カトリアは、伯爵家の娘である。学を修め、馬と遊んで暮らしてきた。

 けれども民を脅かす存在に対しては人一倍に敏感であった。

 

 エレークトラは末っ子である。

 カトリア伯爵家はエレークトラと両親と、兄三人の六人家族である。妾の子を加えれば、彼女の兄は九人いた。

 末っ子であるエレークトラは家族一同からたいそう可愛がられた。けれども心はお姉ちゃんであった。

 

 何故か? 性癖である。

 

 エレークトラには家族がたくさんいる。貴族の血を継いでいるだけあり、兄は皆エレークトラよりも強く壮健である。

 彼らの長である父は、領全体の長であり、当然として爵位相応に武に秀でていた。

 そんな父の口癖が、こうであった。

 

「貴族は民を守るものだ」

 

 これを聞いたエレークトラは、身も心も強い父に憧れ、自分もそうなりたいと思った。

 幼き日、エレークトラはお屋敷で淑やかに振る舞う令嬢よりも、強い貴族に憧れるようになったのだ。

 そして、父の教えはエレークトラの脳でこのように処理されたのである。

 

 強い貴族は民を守る→父は皆を守る→兄は妹を守る→私も兄と同じく民を守る→なら私は民みんなのお姉ちゃんである。

 

 それを悟った時、エレークトラは絶頂した。

 頭がおかしい。

 

 エレークトラは強い貴族に、ひいては皆の“お姉ちゃん”に憧れている。

 故、空いた時間は武術の鍛錬に励み、その成果を迷宮の踏破で以て示してみせた。

 

 迷宮踏破は貴族の誉れである。

 そんなエレークトラの気性を、家族みんなで喜んだ。

 これこそ、ラリス王国の理想的な貴族像である。

 

 

 

 ある日、エレークトラは屋敷を出発した。すれ違う民と挨拶をしながら、領唯一の転移神殿に向かっているのだ。

 神殿に着くと、何やら見かけぬ冒険者たちと商人風の男が話し込んでいるのが見えた。どうやら、依頼について話している様だった。個室を使ってないあたり、よほど急いでいるらしい。

 どうやら、森に暴走した魔族が出たので討伐してくれとの事だった。

 

「話は聞かせてもらいました!」

 

 そういう話に、人一倍敏感なエレークトラが首を突っ込まない理由はなかった。

 一瞬、商人は「うげ!」みたいな顔をした事に、気づくお姉ちゃんではなかった。迷宮踏破は貴族の誉れだが、治安維持は貴族の務めなのだ。頼られるのが好きなエレークトラは、内心ウッキウキであった。

 

 結局、森の魔族討伐にはその場に居合わせた臨時の一党で向かう事となった。

 円盾と短槍を使いこなす貴族令嬢。鋼鉄札のエレークトラ。

 最初から商人と一緒にいた魔術師の翁。鋼鉄札のルイ。

 商人と翁に同行を依頼されていた斥候の男。鋼鉄札のスキスキン。

 エレークトラ参戦を聞いて飛んできた同盟仲間。鋼鉄札のファリン。

 おもしろそー、と勝手についてきた鬼人少年。銀細工のラフィ。

 総勢五人の臨時一党。うち一人は銀細工持ち。なかなか豪華なメンバーである。

 

 実際、この一党は強かった。

 森を案内してくれるスキスキンに、前に突っ込んで攻撃するファリン。槍と魔法で中衛をこなすエレークトラと、後衛のルイの援護。最も強いラフィは基本ついてくるだけで、デカい魔物が出た時だけ一人突っ込んで一刀両断していた。

 皆、癖は強いが優秀である。自称お姉ちゃんなど、この一党の中では割と常識的なあたおかだ。自然、エレークトラは一党の常識人&苦労人枠に収まった。

 

 依頼は森に逃げた魔族の討伐である。

 どうやら、王都行きの街道を移動していた馬車が何者かに襲撃され、その時中で捕らえられていた魔族が逃げたらしいのだ。

 放置しておくとマズい。普通、こういうのはすぐ貴族にお願いするものだが、あの商人は何故ギルドに向かったのだろうかとエレークトラは思った。が、そこは貴族思考。「領民はアホだからアホな事して当然」マインドでスルーした。

 

 逃げた魔族は、既に自我を喪失した危険な暴走状態にあるという。

 魔族は不老不死な種族が多いが、だからこそ長寿の苦しみから逃れるように時折狂う者が出る。そういうのを討伐したり、未然に防いだりするのも貴族の務めである。

 これまた何故王都に輸送していたのかは分からないが、そんなのお姉ちゃん的にはどうでもいい。エレークトラは意気揚々と森を進んだ。

 

 森の行進は順調だった。

 襲ってくる魔物は片っ端から仕留めていき、治安向上に努める。道中、追跡の手がかりとなる戦闘跡を見分し、追手を撒いた魔族がまだ何処かにいる事を知る。エレークトラの貴族魂もといお姉ちゃん魂がメラメラ燃えていた。

 

 暗い森だった。

 何かが起きそうな、静かな夜だった。

 危険を冒す喜びと、戦の前の高揚。それと、自己実現の充足感がエレークトラを動かしていた。

 

 そして、奴が現れた。

 

「どうも、こんばんは」

 

 

 

 

 

 

「そいつは敵じゃ!」

 

 開戦は突然であった。イシグロが“月”と言った瞬間、寡黙だった翁が先んじて戦闘態勢を取ったのだ。

 号令と同時、駆けだしたのは二人。鬼人の少年・ラフィと、旋棍の少女・ファリンだ。二人に隠れるようにして、斥候のスキスキンもイシグロの死角に回り込むべく動いた。

 対するイシグロは、何事か呟くと迷わず腰の剣を引き抜いた。闇夜にあって鈍く輝く刃には、怜悧な闘志が満ちていた。

 

「オラァ!」

 

 先手はラフィであった。小柄な彼が持つには長大な剣を、彼は大上段から思い切り振り下ろした。ドゴン! と、剣が出したとは思えない轟音。鬼の剣が地面にめり込んでいた。仕留めていない。

 イシグロは鬼の剣撃を横っ飛びに避けると、続く少女の旋棍を剣で受けた。打突、打突、凪ぎ払い、都合三撃の旋棍は、いとも容易く防がれていた。文字通り死闘の数と格が違う。ファリンはイシグロを縫い付けるように攻めを継続した。こちらには仲間がいる。

 前にファリン。横からラフィ。背後に影、首目掛け閃く致命のカミソリを、イシグロは彼の手首を掴んで止めた。

 そして、まるで大槌でも扱うように、イシグロはスキスキンの身体を振り上げ……。

 

「ふん!」

「「おぉ!?」」

 

 ガン! と、冒険者の硬い身体が地面に激突した。地が陥没し、土が舞い上がる。ファリンは反射的に後方に逃れ、スキスキンは一瞬気を失った。やった事は単純で、乱暴極まる。即席のヒトガタ鈍器を思い切り振り下ろしたのだ。

 次いで、再度突進してきたラフィとファリンの間に投げつけたのだ。小柄な二人は飛んできた仲間を反射的にキャッチした。スキスキンはもっかい気を失っていた。

 

「対象指定……“絡みつく雷の矢”!」

 

 三人がもつれ合ってる間に、翁は場に即した実戦的な魔法を使用した。初速と拘束性能に優れた魔法が解き放たれ、イシグロに迫る。

 コンマ以下秒、イシグロは飛んでくる魔法を見て、あえて前に出た。そして、眼前に迫る魔法を、剣の腹で“受け流し”、一気に彼我の距離を消し飛ばした。それはあまりにも覚悟ガンギマリな神風ムーブであった。

 接近された魔術師は弱い。ルイとイシグロの視線が合う。ルイは反射的に防御魔法を展開しようとして、それより早くイシグロの足が躍動した。

 

「ぐあ……ッ!?」

 

 勢いそのまま、イシグロは魔術師のおじいちゃんに高速低空ライダーキックをぶちかましたのだ。翁の身体が「く」の字に曲がり、全身の骨が嫌な音を立てた。剣士が出せる蹴りの威力ではない。

 異世界物理法則に従い水平方向に吹き飛ばされたルイは、ぐしゃりと木に叩きつけられ、やがてぐったりと四肢を投げ出した。戦闘不能である。

 猫の様に慣性を殺したイシグロは、油断ない構えで先の戦士たちに振り返った。

 

 ほんの僅か、静寂が過る。

 瞬きの間だった。けれど冒険者にとっては慣れた時間感覚のはずだった。ラフィならば、ファリンならば、反応できない訳ではなかったはずだ。しかし、誰もルイを襲う狂人の動きを止められなかった。

 迷いのない狙い。惑いのない動き。そして、あまりにも慣れ切った攻守の転換であった。

 

 この男、囲まれる事に慣れている。

 

 笑みを消したファリンが旋棍を構える。

 いっそう笑みを深くしたラフィが大剣を担ぐ。

 気絶から復帰したスキスキンが息を殺して機を伺う。

 イシグロは、そんな三人に対峙して……否、四人に対峙して、空いた左手の指(・・・・)で虚空を叩いていた。

 

 張り詰める緊張の糸。戦場の中、エレークトラだけが動いていなかった。

 果断さがなければ死ぬ冒険者である。当然、エレークトラとて即開戦の現状に対応できなかった訳ではない。

 ではないが、なまじそのタイミングと翁の言葉に困惑して、どうすればいいか分からなくなったのである。いやいや、普通に話し合いフェイズだったでしょ。

 

 それに、気になる事もあった。

 

 先ほどの攻防、端から見ていたエレークトラだからこそ気づけたが、イシグロはその気になればラフィ以外の誰かを殺す事ができたのである。

 ラフィの剛剣を警戒するのは当然だろう。防御でなく、回避を選んだのも理解できる。しかし、その後の動きはどうだ。

 ファリンの攻撃には防御一辺倒で反撃をせず、スキスキンに対しては行き掛けの駄賃とばかりに首なり腹なりを切りつける事ができたはずだ。

 極めつけはルイへの攻撃である。飛来する雷魔法を受け流せる程の剣士が、何故剣でなく足で翁を攻撃したか。何故、殺さなかったか。

 

 その時、エレークトラのお姉ちゃん回路がスパークした。

 イシグロは、私たちを殺す気が無い。

 これは、不幸な遭遇戦なのではないか?

 

 正解である。

 

「どっちも待って! これは双方望まない戦いです!」

 

 聡明なお姉ちゃんであるエレークトラは、この状況で気丈にも声を張った。

 視線が集まる。これでいい。あっちもこっちも、話せばわかるはずなのだ。

 イシグロという男は、戦闘中にあって敵に気を配れるほど理性的な銀細工持ちなのである。決してガチのあたおかではない。

 

「私の名はエレークトラ・ヴィンス・カトリア! この森を領地とする、カトリア伯爵家の娘です! ここにはとある商人からの依頼で来ました!」

 

 言いつつ、率先して槍を放り投げた。自主的な武装解除である。次いでゆっくりとイシグロに歩み寄り、会話を進める。

 

「イシグロさん! 貴方は何故ここに来たのですか?」

「……依頼です」

 

 やっぱりだ。この人はあくまで冒険者の仕事で来ただけの人で、我々の敵ではない。

 タイミング的に、きっと目的も同じはずだ。お姉ちゃんのスパークした思考回路は絶好調だ。

 

「よかった、私たちもです。先ほどは突然攻撃してすみません。貴方が襲撃犯の仲間なのかと、一党の者が勘違いした様で」

「違います。エレークトラさんはどういう依頼で此処に?」

「私は、商人からの依頼で、暴走した魔族の討伐の為に来ました」

「討伐ですか……?」

「ええ。イシグロさんも同じですよね? 何方から依頼を?」

 

 エレークトラの問いに、何故かイシグロは答えなかった。

 その表情は蝋で固めたかの様な無であり、漆黒の瞳は激しく震えていた。

 みしり、という音が、彼の剣の柄から聞こえた。

 

「……とある商会です。何者かに襲撃され、それによって逃げた魔族を保護しにきました。討伐ではありません」

「魔族の保護?」

 

 エレークトラの思考が回転する。

 自分たちは魔族の討伐に来た。イシグロは魔族の保護に来た。恐らく狙いは同じだが、目的が違う。

 事実は不明だが、イシグロの言っている事が正しいならば、魔族の乗った馬車を襲撃したのは別の勢力という事になる。という事は、依頼主は輸送先の何者かだろうか。

 

 いや、待て……。

 

 そもそも、暴走兆候のある魔族を、何の為に輸送していた?

 こちらの依頼主も、緊急事態だとして何故このような依頼をいち冒険者に依頼をした?

 

 もしかして、貴族に依頼をしたくなかった……?

 

 暴走兆候のある魔族を輸送していた商人。

 魔族の輸送先と思しき、イシグロの依頼主。

 理由も分からぬ襲撃。

 本来貴族に依頼すべき内容の、怪しい討伐依頼。

 

 今更になって気づく。

 これは、貴族的に見過ごせない激ヤバ案件なのではないか?

 

「イシグロさんは、何故暴走した魔族の保護を?」

「……何故も、なにも、暴走したのは襲撃犯のせいでしょう。それで討伐されるなど、あっていい事ではありません」

 

 その瞬間、イシグロの無表情に明確な色がついた。憤怒である。

 否、表情だけではない、全身から、とても濃密な怒気が溢れた。

 

 まずった! と、エレークトラは内心歯噛みした。

 相手にその気がなさそうだったから油断したが、この男も立派な銀細工持ち。即ち頭がおかしい。対応を間違えて、キレさせてしまった。

 

 焦ったエレークトラは、無意識に先ほど放った槍を確かめた。槍は後方、全力で飛びつけばすぐ手に取れる位置だ。

 それが、相手の警戒心を煽った。

 

「動かないでください。動いたら攻撃します。今度は剣を使います」

 

 怒気に満ち、余裕のない声色には今にも爆発しそうな危うさがあった。

 エレークトラの一党の警戒が強まった。こちらも爆発寸前だ。エレークトラは、緊張を顔に出さぬよう苦心した。背中はびっしょりと汗をかいていた。

 

「答えてください」

 

 イシグロは強く剣の柄を握りしめていた。無意識だろう、その刃の向きが攻撃の前準備に入っていた。

 エレークトラは今すぐ退避できるようにしながら、迷宮狂いの次の言葉を待った。

 

「自分が“月”と言った時、何故敵だと言ってきたのですか」

「それは……」

 

 わからなかった。アレは翁が勝手に発した号令であって、頭目の指示ではなかった。

 何故、ルイがイシグロを敵認定したのかは分からない。月という、恐らく何かの符号を聞いた瞬間、こうなったのだ。理由など知るはずがない。

 暗部の符号? 翁の勘? ていうか月って何だよ。

 

「……分かりません」

「今の状況、自分の視点では貴女方が時間稼ぎをしている様に見えています。それはご理解頂けますよね」

「ええ、そうだと思います。ですが、時間稼ぎではありません」

「そうである事を願います」

 

 きな臭い依頼。おかしな翁の行動。殺意はないが、怒り心頭のイシグロ。

 エレークトラの脳はパンク寸前だった。話し合いを提案したが、これを上手く収める自信はなかった。けれどやらねばならない。

 それと同時に、今一度敵対してしまった場合の戦術も組み立てておくべきで……。

 

「クソがよ……」

 

 スッと、イシグロの目が細まる。ついに怒りが臨界点に到達したのだ。

 時間切れだ。もう話し合いはできそうにない。

 

「理由はともあれ、貴女方は暴走した魔族を討伐したい。間違いありませんか?」

「え、ええ……」

「自分は、貴女方を襲撃犯の味方だと疑っています。自分は、攻撃してきた貴女方を信用できません。貴女方を対象に近づけたくありません。それはそちらも同じでしょう」

「そう、ですね……」

「……自分には、依頼達成の為なら貴女方を無力化する用意があります。ここは、自分に譲って頂けませんか?」

「それはできません。一度受けた領民の依頼を、貴族の私が投げ出すわけにはいきません」

 

 反射だった。決断の前に、エレークトラは貴族の矜持を示した。それは過去の経験から自然に出た本心だったが、現状で口にすべき言葉ではなかった。

 イシグロは冷静ではなかった。同じくエレークトラも冷静ではなくなっていた。故に、ついいつもの貴族性が表に出てしまったのである。

 

 言葉の後、エレークトラは「はっ」となった。これは最適解ではない。

 その時、エレークトラは惑った。対話を再開すべく声をかけるか。急いで武器を取るか。けれども、相手は既に覚悟を決めていた。

 

「そうですか……」

 

 一瞬だった。鋼鉄札のファリンも、銀細工のラフィも、当事者のエレークトラも当然として、その動きに一切反応できなかった。

 エレークトラの視界からイシグロが消えた。背後に気配、振り返る。いない。前に気配、視線を戻す。眼前に、怒りを湛えた黒い瞳があった。

 

「ご安心ください。後で治療します」

 

 ストンと、尻もちをつくエレークトラ。両足に熱。膝から下が、無かった。防具ごと、切断されたのだ。

 二閃、イシグロは二度、この中の誰にも見切れぬ(はや)さで彼女の足を“切り抜け”たのだ。把握して、理解して、気づきたくもない痛みがやってきた。

 

「ぎゃあああああああああッ!」

 

 血しぶきが舞う。何度も怪我をした事のあるエレークトラでも、流石に足を欠損した事はない。魔物に手を噛みちぎられた時よりも痛い。怪我には慣れたが、十代の少女が欠損に慣れる訳がない。

 エレークトラは回復魔法を使う前に、恐慌状態に陥った。奇しくもイシグロは、一党唯一の回復役(ヒーラー)を排除できたのである。

 

「エレークトラ!」

 

 驚くべき事に、最も迅速に行動できたのは、この中で最も冒険者経験の浅いファリンであった。彼女は発揮できる最大の速度で以てイシグロに接近した。

 

「“小治癒”……!」

 

 しかし、銀の土俵にはまだ遅い。イシグロは片手を振るい、エレークトラの足の断面に“小治癒”をかけ、止血した。頑丈な冒険者だ、死にはしない。死ぬ事はないが、エレークトラは痛みで気絶した。

 それから一瞬たりとも視線を寄越す事なく、ファリンの攻撃を剣で弾いた。火花の奥、ファリンはイシグロを睨み、イシグロは迫るラフィに注意を払っていた。

 つまり、そういう事である。ファリンの怒りゲージが上限突破し文字通り怒髪天を衝いた。無意識に使用した能動スキル“激昂化”である。

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 

 攻める、攻める、攻める! 連携を忘れ怒涛の連撃を繰り出し続けるファリン。その猛攻を、迷宮狂いは(チート)任せに防ぎ続ける。それどころか、途中から合間に取り出した安物の短剣で凌ぎはじめた。本命の剣は、念の為に取っておくつもりなのだ。

 

「邪魔だ退けぇ!」

 

 甲高い怒声、鬼人の咆哮だ。ファリンの後ろから鉄塊の如き剣が迫る。このままだとファリンに当たる軌道だ。

 待っていた。イシグロは短剣を振るってファリンを弾き返すと、その腹に強か蹴りを食らわせた。反動で退くイシグロ。大剣を振り下ろすラフィ。そして、斬撃の根本に蹴り出されたファリン。

 ぐしゃり、バキリ。肉が潰され、骨が砕かれた音である。狂人の目論見通り、ファリンは鬼人の一撃で片腕片足を持って行かれた。ラフィはなおもイシグロだけを見ていて、今度はイシグロが半死半生のファリンを見ていた。

 

「ギッ……!?」

 

 悲鳴を上げる間もない。短剣を投げて鬼人を牽制し、即座に接近したイシグロはファリンの金髪を掴み上げると、まるで西部劇のワンシーンの様に少女を引きずり駆けだした。イシグロの通った後に処女の鮮血が線を引く。

 この光景には流石の鬼人少年もためらいを見せ、脱兎の如く逃げたイシグロを追うのに僅かな間があった。イシグロは気絶した少女の傷口に“小治癒”をかけ、適当な所に力いっぱい投擲した。その手には金の髪が絡まっていた。

 

()ッ!」

「ぐおっ……!」

 

 かと思えば、黒鎧黒剣の狂人は流れるように剣を投擲した。次いで抑えた悲鳴。ルイを治療しようとしていたスキスキンの下腿に剣が突き刺さったのだ。

 転倒しかける男。しかし彼も流石の冒険者ぶりで、すぐさま受け身を取り是正した。が、隙が生まれた。

 

 トドメを刺すべく駆けるイシグロ。動きを察して先回りの剣を振るうラフィ。勢いよく駆けだした都合上、例え銀細工持ち冒険者であっても鬼人のこの斬撃から逃れる事はできない、未来予知じみた戦闘勘。まさに天才的神業である。

 しかし、イシグロはその上を行った。否、当人にそのつもりはなかった。たかだかチート持ちなだけの元一般人が、鬼人屈指の剣技をアドリブで何とかできる訳がない。ならばどうして、どうやって致死の一撃を掻い潜ったか。

 

「なんっ!?」

 

 加速して、逃げた。柔拳士ジョブの能動スキル“軽功”。その一歩は、その跳躍は、優秀な戦士こそ引っかかる初見殺しの歩法だった。もしイシグロがただの剣士であったなら、今ので決着がついていた。

 痛みを耐え、振り返って剣を確かめたスキスキンは、瞬きの間に全身黒ずくめの男に接近されていた。スキスキンの脳裏に今日の記憶が蘇る。こんな依頼受けるべきじゃなかった。

 

 加速する黒剣。更に一歩、軽功水平跳躍。右足を前に、左足を畳む。さっきの焼きまわし。体重を全て乗せた……。

 

「グゲァ!?」

 

 高速低空ライダーキックである。

 

 ズサーっと地を滑って慣性を殺すイシグロ。ついでに剣を呼び出しスキスキンに追撃。流れ作業的に彼の手足を分割すると、サッと雑に回復魔法をかけた。

 気絶中のスキスキンに痛みがなかったのが救いである。流れる血の量も、他よりマシだ。

 

 再度、戦場に静寂が戻る。

 周囲には複数の血だまりができており、むせかえる様な鉄の臭いが漂っていた。

 

 イシグロとラフィ。銀細工と銀細工。一対一になった。この段になって、ラフィの闘争心に火が付いた。

 元来、ラフィは単独の性質である。楽しい戦いを求めていた彼は、勘に従ってこの依頼に同行したのである。

 なるほど、やっぱ自分の勘は冴えていると、ラフィは自賛した。鬼人の少年は、今日一番の笑顔になった。

 

「来いよイシグロ! 細かい事はもういいでしょ! さっさと戦ろうぜ!」

 

 剣を構えるラフィ。そんな鬼人を前に、イシグロは収納魔法から取り出した剣の柄を後ろ手に投擲した。無意味な行動だが、隙はない。ラフィは微動だにせず彼の動きを注視した。

 イシグロの背後で翁の悲鳴。一瞬、視線をやる。気絶から復帰しかけていたルイの顎が砕けていた。再度、翁は気絶した。

 自分との死闘より、雑魚の無力化を優先したのである。

 

「あぁンっ!?」

 

 その時、ラフィはキレた。彼の中で決定的な何かが千切れ飛んだのが、やけに明瞭に感知できた。

 思考の前に飛び出ていた。銀細工最上位の膂力が唸る。“剛剣鬼”のラフィが、ついに牙を剥いたのだ。

 

「ガアアアアアアアアア!」

 

 一閃二閃三閃四閃……! 小枝でも振り回すような鉄塊の嵐! 一度でもかすれば剣圧にやられ、次の斬撃でジ・エンド! 盾も鎧も意味をなさぬ、あまりに粗暴な死の舞踏! 暴威の化身!

 その剣撃を、イシグロは両手で握った剣で防ぎ続けた。間髪入れず響く金属音に、咲き乱れる緋色の火花。怒りが振り切れた鬼は凶笑を、怒りが振り切れたロリコンは冷めた無の表情を浮かべていた。

 

 やがて鬼が鉄塊を掲げ、大上段から剣を振り下ろした。イシグロは、ずっとそれを待っていた。

 奇しくも、両者ともに思った。「これで決着だ」と。

 

 ガイン! と、鈍く重い金属音。膂力の程を示すように、深々と地面を抉る剣。そして、致命的な隙を晒す鬼。要するに、受け流されたのだ、剛剣鬼の必殺技が。

 決め手は、剣による“受け流し”。それは絶技ではなかった。妙技というほど鮮やかでもなかったし、奥義というには地味すぎた。それはまるで、単なる日常動作の一つを切り取ったかの様。

 引き延ばされた時の中で、イシグロは剣の握りを確かめた。

 

「グゥゥゥゥゥゥ……っ!」

 

 刹那、瞬剣二閃。持ち主の心より先に剣が落ちて、次いで先を失った肘が血を吹いた。だが、鬼人の目に絶望はなかった。伊達に銀細工ではない。まだやれるという確信がある。

 手がなくとも足が、そうでなくとも魔力があれば手は生える。少々ぼったくりな感のある魔力消費だが、一度きりの“極大治癒”に魔力を流せば一本生える。それから鬼酔酒を飲めばもう一本だ。そしたらまた戦える、まだ戦える!

 

「おっと、危ない」

 

 刺突。剣先には、砕けたラフィの装飾品。彼は思った「あ、これもう無理だ」と。再度斬撃、今度は両足を切断され、例によって断面を治癒された。

 銀細工持ち冒険者、“剛剣鬼”のラフィ。生まれて初めてタイマンで敗北した。

 

「……やっぱこいつ銀細工だったか」

 

 彼の名誉の為に言っておくと、ラフィは弱くない。ただ相性が悪かっただけだ。

 ラフィのパワーは銀細工随一。その膂力から繰り出される大剣の連撃は、同じ銀細工でもまともにやって防ぎ切れる奴はそういない。マジだ。

 だからこそ、対ラフィを考える場合、如何に彼と真正面からやり合わないかに焦点があてられる訳で……。

 

「お前、何なんだよマジでェ……!」

 

 ただ、イシグロはそういうのに慣れていた。

 致死の連撃を真正面から防ぎ、機を見て受け流して一撃を狙うSEKIRO戦法。この世界で二人の奴隷しか知らない、迷宮狂いの最も頭のおかしい狂人ポイント。

 この男、オワタ式のプロなのだ。

 

「うるせぇ死ね」

 

 その日、ラフィが最後に見た光景は、迫りくる黒の拳であった。

 受けて、分かる。やっぱ剣士の拳じゃねぇわコレ。

 

 

 

 

 

 

「ククク……流石は彼の有名な迷宮狂いさん、いえ……黒剣のリキタカさんでしたっけねぇ……?」

 

 背後から声。ゆっくりと近づいてくる、軽い足音。

 イシグロは剣を握ったまま、首だけを動かしてその男を見た。

 

 張り付いたような満面の笑み。上機嫌に揺れる尻尾。余裕たっぷりに屹立した獣の耳。

 滲み出る胡散臭さを取り繕わぬ男は、闇夜に栄える美しき白の槍を担いでいた。

 

「まさか同業相手にああも一方的に立ち回るとは、予想外です。ですが、想定の範囲内ではありますね」

 

 男は白かった。種族を示す獣の耳も。肌も、鎧も、その手に握る槍も。

 そして、瞳だけが赤かった。

 

「黒幕登場ですよ、もっとテンションを上げてくれないと……」

 

 イシグロは答えない。ただ静かに、且つ憤怒に燃えた瞳で男を見ていた。

 

「ストゥア商会を襲ったのは?」

「私の指示です。カトリア領のとある商会と協力しました。そういう契約です」

「この人等は?」

「私の手引きです。そこのジジイは内通者。まあ、カトリアのご令嬢がいるのは誤算でしたが」

「奪った奴隷を、どうする気?」

「私の駒にします。契約で縛り、調教して強くし、完璧な奴隷に仕上げます。貴方と同じですよ」

「そっか……。で、ここまで喋ったという事は」

「ええ、貴方はここでおしまいという事です。ついでに、そこの阿呆共も」

 

 男は懐から、半壊した銀細工を取り出してみせた。

 そこには、彼の名が記されていた。

 

「私の名前はモブノ・ザクーオ・アンダードッグ。二つ名を、“白銀の狂犬”。阿呆の餓鬼一人やったくらいで図に乗るなよ、後輩」

 

 言って、モブノは槍を構えた。

 めっちゃ強そうな構えだった。迷宮慣れはしても、対人慣れしていないイシグロと違い、この男は強者との戦いをこそ得意としているのが丸わかりであった。

 そう、その槍は、その視線は、全てイシグロに注がれていた。若輩とはいえ、仮にも銀細工の鬼人戦士を倒した技前、歴戦のモブノとて油断できるものではない。

 

「そうか、そうか、つまり君はそんな奴なんだな……」

 

 対し、イシグロも応じた。

 そして、剣を構えた。悠然と、余裕たっぷりに。否、あえて外連味たっぷりに見栄を切った。

 勝つ為にである。

 

「手早く済ませよう……」

 

 それは、あまりにもカッコいい構えであった。

 不自然なほど、隙だらけな。

 ちゃんと強いモブノからすると、一瞬ポカンとなる程に、素人丸出しの構えだったのだ。

 

 故に、勝敗は決した。




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 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
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特撮!激戦区24時 暴かれたロリの黒幕!

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっています。
 誤字報告も感謝です。助かってます。

 キャラのご応募の方もありがとうございます。やる気に繋がっています。

 感想欄を見てちょっとビックリしたんですけど、まだ主人公の事をまともな奴だと思ってる人いたんですね。


◆追記◆
 あらすじ加筆しました。
 主人公は若干頭がおかしいですというところ。

 前話の会話パートを加筆しました。


 前世、覚えている限りにおいて、俺は一度もキレた事がなかったように思う。

 イライラする事とか、ムカつく事なんてのは普通にあった。多少声を荒げたり、軽い口喧嘩程度ならした事もある。

 けれども我を忘れて誰かを殴ったとか、怒りゲージがMAXになった記憶はなかった。

 そんな俺が、まさか剣と魔法のファンタジー世界でブチキレ童貞を卒業するとは思っていなかった。

 

 人それぞれで異なる性癖があるように、キレ方というのも人それぞれ個性があるものだ。

 キレるとバーサーカーになる奴とか、ネチネチ嫌味を言うようになる奴とか、無言で殴りかかる奴とか、色々いただろう。

 それで言うと、どうやら俺はキレると冷めるタイプだったらしい。最中、あぁ今俺キレてるんだな、というのが何となく分かったのである。

 

 さて、これから寝るぞとニッコニコの夜、突如として知らされた悲報。輸送中だったロリが襲撃され、行方不明生死不明襲撃犯不明……。

 そんな状況に、俺は居ても立っても居られなくなり、半ば無理矢理依頼をもぎ取って、ロリが逃げたかもしれないという隣領の森に向かったのである。

 控えめに言ってストレスマッハである。

 

 その時、俺の堪忍袋はかなり暖まっていた。テトリスでいうと六割ミノが積まれている状態だ。

 そこにきて競争相手が登場し、お邪魔ミノがドン。合言葉言ったら攻撃してきて更にドン。この時点でもうギリギリ。

 

 しかしだ、当時の俺にはまだ「話せば分かる」の平和精神が残っていた。だからロクに攻撃せず、いきなり敵認定してきたジジイだけを沈黙させた。こっちは殺す気はないよというのを、言葉より先に行動で示したかったのである。

 すると、俺の平和精神に呼応するように赤毛の少女が声を上げてくれた。彼女は自身を領主の娘と名乗り、これは無駄な争いだと説いてとにかく話そうと言ってくれたのだ。

 キレかけの俺である、当然上手い言葉を探すのに手間取っていたので、正直彼女の申し出は有難かった。斥候に投げを入れたり爺さんに蹴りを入れたりはしたが、それだけだ。これで何とかなると、そう思った。

 

 まあ、無理だったんですけどね。

 

 その時、俺は生まれて初めてキレたのだ。

 まるでスイッチが切り替わったようだった。それまで積み重なっていたテトリミノが全壊し、新しく頭にフローチャートが生えてきたのだ。

 ロリの保護。その為の捜索。それを邪魔する者の排除……。キレた脳が示した行動指針は、とてもシンプルだった。こいつらが襲撃犯か否かなど、どうでもよかった。邪魔だから排除する、それだけだ。

 

 敵を排除する覚悟を決めた。けれども、殺しをするつもりはなかった。

 どこまでいっても俺は現代日本人。いざ剣で攻撃しようとしたら、脳のどこかが「殺しはダメ!」と強く言うのである。躊躇はなかったが、リミッターがあった。

 殺しでなく、無力化。結局、少し迂遠だがそうすべきだと納得し、決断した。

 

 故に、手足を切り、顎を砕き、装備を奪って縛る事にしたのである。

 初めて人を斬った感想は、「こんなもんか」だった。

 ダンジョンで斬ったヒトガタモンスターと同じだと思った。

 

 なに、冒険者は丈夫だ、これくらいじゃあ死なない。

 なんたって、異世界には便利な回復魔法がある。コッチでは身体の欠損をワンクリックで治す事ができるのだ。

 その為のエリーゼ、あとその為の魔法装填。彼女の装備には、王都最高の回復魔法専門魔工師による魔力消費度外視の最強回復魔法が装填されているのだ。

 

 名を、“聖光の極大治癒”。

 効果はHP全快と、欠損の修復。これは古い欠損部位まで治してくれる優れもので、実際ウィードさんの欠けた耳はこれで治した。

 この世界は、マジで死ぬ事以外かすり傷なのだ。

 

 そんなこんな……。

 

 初の対人戦。俺は戦闘後に現れた黒幕含め、その場の敵対者の全員を無力化する事に成功したのである。

 加減はしても、躊躇はなかった。

 

 

 

「深域武装か、これ」

 

 黒幕との戦闘後……。

 

 奴の身ぐるみを剥いでいる時、俺は初めてラザファムの大鎌以外の深域武装を握っていた。

 それは今現在、手足を失って気絶しているモブノが持っていた槍だった。見た目は如何にも聖槍って感じなのに、コイツは典型的な悪党なのなんか草である。

 

「せっかくだし貰っとこう」

 

 確か、ギルドの規定でもOKだったはずだし、俺は戦利品の槍を収納魔法に入れた。

 そのうち使う機会もあるだろう。無かったら売って金に換えよう。

 

 現在、黒幕含めさっき戦った冒険者たちは全員無力化させてもらった。手足を切り、術者は顎を砕かせて頂いたのである。

 ついでに持ってる武器と防具も剥いだので、男はパンイチ、女は下着姿である。

 男は俺が剥いで、女はエリーゼとルクスリリアにお願いした。何故かルクスリリアは「ひゃっはー!」とはしゃいでいた。楽しそうで何より。

 ウィードさんには単独でターゲットの追跡を頼んでおいたので、今ここにいるのは俺の一党と裸の一党だけだ。

 

「へっへっへっ……いやぁ絶景かな絶景かな! 流石ご主人♡ やる事が派手ッスねぇ~♡」

「楽しそうね……」

 

 無力化して、装備を剥いで、ついでに逃げられないようにした。ウィードさんに借りた紐で、彼らの首を繋いだのである。これまた何故かルクスリリアがやってくれた。とても楽しそうに。

 こういう時、映画でもアニメでも紐ちぎって逃走と言うのがお約束だが、流石に手足のない状態で逃走は無理だろう。007でもこれは逃げられない。

 いや、黒幕とジジイ以外は被害者なので別に良いのだが、面倒な事にならないように大人しくしてもらいたかったのである。後にフォローはするつもりだ。

 

「うっ……!」

 

 さて、そろそろロリを追いかける準備をしようかと思ったところで、赤毛の貴族令嬢が目を覚ました。

 彼女はまず自分の状態を確認した。無い手を見て、無い足を見て、鎧を剥がれた自身の身体を見た。

 それから、震えた瞳で俺の目を見た。その目には恐怖があった。さもありなん。

 

「何故、私は生きているの……?」

 

 そういえば、この子は顎を砕いていなかったから喋れるんだな。流石に、今になって彼女の顎を砕こうとは思わない。

 それに後々の事を考えるとこの人にはある程度説明しておいた方が都合がいい気がした。

 

「エレークトラさん、先ほどはいきなり攻撃してすみませんでした。えっと、急いでいるので詳細は省きますが、貴女が受けたのはこの男が仕組んだ罠の依頼だった様です。逃げた魔族は存在しますが、それは王都に輸送中だったストゥア商会の奴隷で、この男が手引きした襲撃がなければ逃走する事はありませんでした。自分はその奴隷を保護する為にやってきました。こちら、ギルド発行の正式な依頼書となります。協力者とかそのへんは後にこの男から訊いて下さい、カトリア領のとある商会って言ってましたよ。あ、それと、そこの爺さんが内通者だった様です」

「なっ……?」

 

 言うだけ言って切り上げた。雑な説明だったが、普通に面倒だったので俺からはもうこれでいいだろう。

 それから、少女は一拍置いて口を開いた。

 

「な、るほど……。違和感は、ありました。これから、貴方は私たちをどうするおつもりですか……?」

「どうもしません。後の事はストゥア商会の人たちにお任せします。あと、諸々の事情を鑑みて貴女方の武装は全て自分の収納魔法に仕舞わせていただきました。事が終われば返却しますのでご安心を」

 

 これまた一方的な話を、エレークトラ女史は真剣そうに聞いていた。

 手足がない状態で裸かつ拘束状態だというのに、しっかり冷静さを保っているのは流石貴族といったところか。俺には真似できそうにない。

 やがて彼女は、ふぅとひと息吐いた。

 

「この度はイシグロ様に多大なご迷惑をおかけしました。敗者の身ですが、カトリアの名において謝罪申し上げます」

 

 それから、ゆっくりと首を垂れた。

 

「お詫びには及びません。実際、先に攻撃してきたのは内通者ですから、エレークトラさんに非はありません。自分も冷静ではありませんでした。重ねて謝罪します」

「いえ、そんな……! 臨時の一党とはいえ頭目は私、例え内通者であっても仲間の責任は私の責任です……! どうか、私の謝罪をお受け取りください……!」

 

 この世界の貴族事情は本で読んだ範囲の事しか知らない。情報によると、一般ラリス貴族的には在野の冒険者に敗北するなど恥以外の何物でもないはずだ。それでもこの状況で感情を抑えて謝罪ができるのは立派だと思った。

 俺も俺で、今になって思うと登場の時怪し過ぎたかなって気もするし。まぁお互い不幸な事故って事にしておくのが、異世界倫理観的には妥当か。

 

「この件につきましては、改めて謝罪の場を設けさせて頂きます。我がカトリア家の……」

「わぁあああああッ!? ちょっと何よコレぇええええ!?」

 

 唐突な大声。見ると、同じく裸の金髪の少女が騒いでいた。異世界にてトンファーを振り回していた、前衛の冒険者である。

 

「ファリン、落ち着いて。この人は敵ではなかったの」

「敵じゃなくてもコレはどういう事よぉおおおおおお! こらぁああああ! あたしのトンファー返せぇえええええええ!」

 

 それから少女はトンファートンファーと騒ぎ始めた。うるせぇなと思っていると、声に反応したか他の冒険者も起きはじめた。

 鬼人は欠伸などしながら、斥候の男――スキンヘッドの鼠人族だった――はむっつり黙り込んで、顎を砕かれた翁は絶望顔で。

 最後に、†白銀の狂犬†も目を覚ました様だった。彼も翁同様顎を砕いておいたので何もしゃべれない。念のため、彼は手足と顎以外の色んなところも破壊させてもらった。腹いせに生殖器も潰した。

 

「うわぁああああ! あたしの武器返してぇええええ! わぁああああああ! あぁぁんまりよぉぉぉぉぉぉぉ! トンファアアアアアアア!」

「ルクスリリア、お願い」

「うッス。むむむ、対象指定、魔力過剰充填んんん……オラッ“淫魔妖姫誘眠”!」

「はっ……!?」

 

 ルクスリリアの大鎌――驚くべき事に、最近これが魔法触媒である事を知った――から放たれた霧が少女の顔に纏わりつき、まもなく深い眠りへと誘った。

 この“淫魔妖姫誘眠”は、淫魔姫騎士になって生えてきた魔法で、相手を睡眠状態にする事のできる魔法だ。効果は極めて強力で、このように抵抗力の強いはずの冒険者を一方的に眠らせる事ができる。まあ、戦いで当たるものではないのだが。

 

「喧しかったので眠らせました。ご安心ください。皆さんの事はしっかり護衛するので、それまで大人しくしておいてください。そこの二人以外は手足も復活させますので、決して逃げたり暴れたりしないようにお願いします」

「おっ! マジで? ラッキー!」

 

 言うと、さっきまで剣戟をしていた鬼人の少年は屈託なく笑った。まるで買ったたこ焼きを一個おまけしてもらった子供の様な反応である。

 これが異世界人のメンタルか、見習いたい。

 

「いえ、それには及びません。これは私の失敗による不名誉な負傷……なので、皆さんの治療費は我が家がお支払いします」

「えー! でもそれじゃあ回復すんのいつになるか分かんねぇじゃん! イシグロが良いって言ってんだからそれでいいじゃんかよー!」

「こ、これ以上、私に恥をかかせないでくださいな……。はぁ……帰ったら家族に何て言われるかしら……」

 

 なんか揉め始めた。俺としてはどうでもいい事である。

 

「あーっと、ラフィ?」

「えっ、ウィードじゃん! 久しぶり! お前そっち側だったか! ていうかお前、耳治せたんか! よかったな!」

「お、おう……まぁな」

 

 かと思えば、ロリの追跡をしてもらっていたウィードさんが戻って来て、鬼人に話しかけた。顔見知りらしい。

 

「えーっとな、カトリアのお嬢さん? 悪い事は言わねぇから、大人しくイシグロさんの治療受けときな? 俺にしちゃ珍しい善意の助言だぜ?」 

「しかし……」

 

 ウィードさんがいないと追跡ができないので、俺は仕方なく奴隷ともう一度打ち合わせしておく事にした。

 

「確認な。エリーゼ」

「ええ。あの男が逃げたら焼けばいいのでしょう?」

「ああ。けど、何かあったらまず魔法打ち上げてくれ。内容は覚えてるな?」

「ええ、覚えているわ、慎重ね、アナタも……」

「よろしく。ルクスリリア、もうラザニア呼んでいいよ。ヤバくなったらエリーゼ連れて逃げてね」

「あいあいさーッス!」

 

 軽く打ち合わせてから、ウィードさんの下へ行く。

 

「そろそろいいですか? ウィードさん」

「ん? あぁ。じゃ、俺は言ったからな」

 

 そうして、俺とウィードさんはロリの追跡に戻った。

 優秀な斥候であるウィードさんは、さっきの探索で対象を発見した様だった。

 まだ生きてるというので、ひとまず安心である。

 

 俺は、今後の事を考えて無銘をアイテムボックスに入れた。

 ここからは、剣はいらない。

 

 

 

 

 

 

 森の奥の、開けた場所。

 白い花が咲き誇る、自然の花畑。

 

 少し走ったところで、彼女はあっさりと見つかった。

 木の洞に隠れるでもなく、洞窟に身を潜めるでもなく、彼女は花々の中心でぐったりと座り込んでいた。

 意識を失っているのか、眠っているのか。彼女は空に首を垂れるように、俯いていた。

 

 ゆっくりと、月明かりが差す。雲が晴れていく。満月が彼女の存在を照らした。

 純白の花に囲まれた彼女は傷だらけで、血や泥に汚れ、けれどもその後ろ姿には静謐な美しさがあった。

 

 情報通り、彼女こそグーラその人だった。

 怪我はしているが、しっかり息がある。生きていると確信して、俺はここまで張っていた緊張の糸を緩めた。安堵した事で、今一度彼女の容姿を見る事ができた。

 

 聞いていた通り、グーラは黒髪であった。髪型は、前世でいうところのミディアムウルフヘアという奴だろうか。ルクスリリアより長く、エリーゼよりはずっと短い。また、頭には種族を示す獣の三角耳が屹立していた。

 肌の色は褐色で、月光を纏う背中にはここまで逃げ切るのに負ったであろう傷が生々しく残っていた。

 そして、特徴的な二股の尻尾。彼女は、少し特別な娘なのである。

 

 後ろ姿だけで分かる、めちゃくちゃ可愛い。

 そして、要望通り、ロリだ。座っているので正確な身長は分からないが、恐らくエリーゼより少し大きいくらいだろう。

 

 にしても、ホントに無事でよかったと思う。

 この子が死ぬなんてのは世界の損失だ。

 

 安心して一歩近づくと、彼女はビクンと身体を震わせた。

 それから、それこそ獣めいた身軽さでこちらに振り向き、今にも襲い掛からんとする四つ足の戦闘態勢を取った。

 剣呑極まる黄金の双眸が、俺の目を射抜いた。

 

「グルルルルルル……!」

 

 彼女の唸り声は、威嚇する獣そのものだった。情報にあった、暴走状態だ。

 当然として、俺は警戒されているのだ。こいつを殺すべきだと、そう本能が叫んでいるのだろう。

 俺がもう一歩踏み出そうとした、その時である。

 

 ぼう、と。

 

 戦闘意思に呼応するように、彼女の全身から赤黒い炎が吹き上がった。種族特性の、炎熱能力だ。

 次いで、バチバチと身体全体に漆黒の雷が迸る。これもまた、彼女の種族特性であり、特異性だ。

 

「ウゥゥゥゥゥゥ……!」

 

 彼女の名は、グーラ。

 炎と雷の仔獣。

 極めて希少な、二つの異なる種族特性を宿した異端児。

 

 炎を宿す犬系魔人、獄炎犬族(ヘルハウンド)

 雷を宿す狼系魔人、轟雷狼族(らいじゅう)

 伝説の古魔人、炎雷(ほのいかづち)混合魔族(キメラ)

 

 獣人族の夫婦の間に生まれた、魔族の娘である。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 興味のある方は是非、お気軽にご応募ください。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296527&uid=59551

 こっちも投げてくれると喜びます。



▲火雷大神とは全く似ていません▲

 炎雷はノリです。特に深い意味はありません。遊戯王とも無関係。
 えんらい、でもカッコいいんですけどね。何となくです。


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思い出の底で

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。助けになってます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。参考になりました。

 キャラ募集の方もありがとうございます。掛け値なしにやる気に繋がっています。

 何やかやあって、2話・31話・32話を加筆修正しました。
 31話は大幅な加筆を行いました。それなりに印象が変わっていると思われます。
 2話には何故銀細工の頭がおかしいかの答えを載せておきました。

 あとタグも増やしときました。

 今回は三人称、グーラ視点です。
 よろしくお願いします。


 グーラは花が好きだ。

 嗅ぐと、幸せな匂いがするから。

 

 

 

 ある日、狼人族の男が恋をした。

 相手は、山奥にある犬人の村の娘であった。

 

 男は名をフェレライと言い、斥候と前衛を兼任する鋼鉄札の冒険者であった。

 迷宮外での活動中、怪物退治で怪我を負ったフェレライは、狩猟中だった集落の狩人たちに保護された。

 その時、彼を治療したのが村一番の美女であるラーサであった。

 

 異世界の男女である。目と目が合って運命を感じた二人は、あっと言う間に恋に落ち、事に及んだ。

 怪我が治って即求婚即快諾、フェレライは犬人村の長にこれを事後報告した。

 異世界基準でもなかなかのスピード婚である。

 

 村長は、フェレライが村に住む事を条件にラーサとの婚姻を許可した。

 村の今後を考えると、そろそろ新しい血を入れる必要があったし、何より強者の血は魅力的である。幸い、フェレライは犬人と子を成せる狼人であった。

 それに、フェレライがいれば村の防衛にもなる。族長的には一石二鳥の申し出だった。

 

 こうして、二人は一つ屋根の下で生活するようになったのである。

 

 

 

 翌年、ラーサはめでたく懐妊した。

 村のアイドルの子である。強者フェレライの子である。日に日に大きくなる腹を、村人たちは親愛の眼差しで見守っていた。

 ラーサの子供だから、めちゃくちゃ可愛い子だろうとか。フェレライの子供だから、優秀な狩人になるだろうとか。

 しばらく、村での話の中心はラーサの妊娠についてだった。

 

 犬人族の出産は、一度に数人の子を産む。

 少ない場合も三人は産むし、五つ子くらいは普通にいる。外の医者の見立てによると、妊娠中のラーサの腹には四人の子供がいるとの話だった。

 フェレライとラーサの二人は、いや村人たちは、皆母子の安全を願った。

 

 それから、しばらく……。

 

 ある嵐の夜。雷雨と暴風の中、村の片隅で一人の娘が生まれた。

 父の様な瞳と、母の様な耳と。父にも母にもない、炎と雷を宿して。

 ラーサが死んで、グーラが生まれたのだ。

 

 その身の雷で兄弟を殺し、その身の炎でラーサを焼き、そうして生まれた獣の子は、両親の面影を残しながらも種族そのものが違っていた。

 獄炎犬(ヘルハウンド)と、轟雷狼(らいじゅう)の混合種。

 炎雷の赤子は、魔族だったのだ。

 

 獄炎犬族とは、炎を操る犬系魔族であり、その気性は極めて獰猛。魔族の中でも特に好戦的な種族として有名である。

 轟雷狼族とは、雷を操る狼系魔族であり、その気性は極めて残忍。異世界でも珍しい、翼無しで空を駆ける事のできる強力な種族である。

 グーラは、それら二種の混合魔族(キメラ)であった。混合魔族とは、第二大災厄の際に絶滅した古の魔族である。今現在、生き残りは確認されていない伝説の種族だ。

 

 獣人同士の間に生まれた、絶滅したはずの古の魔族。あり得ない訳ではないが、とても希少な例である。

 腹の兄弟を殺し、母のラーサを殺し、嵐の夜に生まれてきた。

 村人視点、忌み子である。

 

 グーラは愛をもって誕生を願われ、やがて存在を見捨てられた。

 元々、所属コミュニティ以外に警戒心の強い犬人である。犬人でも狼人でもない訳の分からぬ存在の、何よりラーサを焼いた赤子を、村人たちが歓迎する訳がなかった。

 そのうち、赤子のうちに間引くべきだという意見まで出始めた。

 

「頼む、僕に育てさせてくれ……! この子を殺すなんて、できない……!」

 

 それを止めたのは、偏にフェレライの威光であった。

 村に来てからというもの懸命に働いてきたフェレライは、すっかり村の頼れる存在になっていたのだ。そうでなくとも、村最強の戦士であるフェレライの怒りを買うのは恐ろしかったのだ。

 物心つく前の娘を、母を失った父が守ったのだ。

 

 結局、大人たちはグーラの存在を不承不承納得した。

 けれども、大人の感情は、素直な子供たちに伝播するものだ。

 

「おらぁー! 食らえ!」

「ぐぇ! お前、爪は駄目だって言われてただろ!」

「立ててねーし! 証拠あんのかよ証拠!」

「傷見りゃわかんだろコラァ!」

 

 獣人の成長は早い。生まれて二年にもなると、人間族でいう六歳児ほどに成長する。獣系魔族のグーラもまた、同い年の村の子供と同じくらいに大きくなった。

 犬人の子供は、小さい間に沢山喧嘩をして知恵をつける。爪の鋭さ、蹴りの痛さで加減を学び、友情を育むのだ。

 

「あ、あの……」

 

 けれども、その遊びにグーラが混じる事はできなかった。

 幼少の日、グーラはその身の種族特性を制御する事ができなかったのである。

 同族か、あるいは魔力操作に長けた森人なり竜族なりが居れば訓練をつけてくれただろうが、犬人の村にそんな存在はいなかった。

 

「あん? お前フェレライの」

「おいヤベーよ、コイツは……」

 

 気を抜くと、力んだ際に炎が出る。速く走ろうとすると、雷を伴って宙を駆けてしまう。

 それだけでなく、グーラはごく単純に膂力に秀で過ぎていた。大人の男や、あるいは父を超える程に。

 そんな規格外の怪物を、村の子供達は怖れ、大人たちは怪物の脅威から我が子を守った。

 

「魔族とは遊ぶなって、俺父ちゃんに言われてんだよ!」

「そうだ! あっちいけ!」

「あ、うん、ごめん……」

 

 幸か不幸か、グーラの気性は両親に似て温厚であった。

 無暗に力を振るう事はなかったし、子供達相手に横暴を働く事もなかった。

 だからこそ、一人だった。

 

「おかしいな、ボクもう三歳なのに……」

 

 あまつさえ、グーラは三歳以降身長が伸びなくなってしまったのである。

 それは成長期に必要量の魔力を浴びる事ができず、それを代用できるだけの食事を摂取する事ができなかったが故であった。幼少時、グーラは常に空腹であった。グーラにとって、犬人の食事は少なすぎたのである。

 無論、そんな事を山奥の村人が知るはずもなく、グーラはその点でも異端の烙印を押される事となった。グーラの影のあだ名は、“チビ魔族”であった。

 

「ただいま、グーラ。遅くなってごめんね」

「父さん、おかえり!」

 

 そんなグーラを、父のフェレライは深く愛した。

 愛し子でありながらラーサの死因となった娘に、父は何の躊躇いもなく愛を注いだのである。

 村長の勧めを断り、後妻を娶る事もせず、ただ一心に娘の為に生きるようになっていた。

 

「今日はな、グーラにおみやげがあるんだ。匂いで分かるかい?」

「んー、お花?」

「さあ、何色のお花でしょう?」

「んん~、白い奴!」

「正解! ほら、手を出してごらん」

「わぁ、可愛い……!」

 

 フェレライは今でも冒険者証を持つ現役の鋼鉄札だ。当然として、村最強の戦士であり、村最優の狩人であった。

 そんな父は、村の為、なにより娘を守る為に、人一倍働いた。

 外に出る際には綺麗な花や食べられる果実を摘んできて、可愛い娘にプレゼントしたりもしていた。

 

「これは、何て読むんだっけ?」

「えっと、右斜め、右斜め、下だから……“狩人”、です!」

「正解っ、グーラは賢いなー。それに、その言葉遣いは何処で覚えたんだい?」

「えへへ……。あの、今日村に来た商人さんと、村長さんが話してるの、聞いてました」

 

 フェレライは、空いた時間を出来る限り娘と共に過ごした。

 遊び相手になり、文字を教え、何より娘の孤独を癒やす存在になっていた。

 

「誕生日おめでとう、グーラ。これからは、村の皆を手伝って、ご飯をもらうようになるんだ。わかるね?」

「う、うん……でも、ボクに、できますか?」

「できるよ、きっとね」

 

 時が経ち、グーラと同い年の子供達も村の仕事を手伝うようになって、グーラも何かしらの仕事を宛がわれる事となった。

 けれども、上手くはいかなかった。

 

 畑仕事は力が強すぎて農具を壊してしまい、細かい作業は炎か雷が邪魔をしてミスをしてしまう。

 狩りならどうだと外に出ると、グーラの魔力に反応して獲物が逃げてしまうのだ。

 結局、読み書きができるグーラは家で写本の仕事をする事になった。本来、これは村にはない仕事だったが、父が街から持ってきてくれたのである。

 

「……っと、“心を歌え、ジュスティーヌよ。誇り高き戦士の名を、誰一人違わず呼び給え”。あれ、これで合って……よしっ」

 

 写本の仕事は、大人しい気性のグーラにとってそれなりに楽しい仕事だった。

 元々、父から聞く冒険物語を好んでいたグーラである。忍耐のいる写し作業は、彼女を一時楽しい本の世界へと誘った。

 

「聞いて父さん、今日は“獣拳記”のグレース伝を書いたんです! 終わった後もう一回読んで、ボクすごく感動しました!」

「へぇ、それは父さんも読んだ事ないなぁ。どんな話なんだい?」

「えっとね、グレースはイライジャの姪っ子で……」

 

 中でも、最もグーラが惹かれたのは、古の英雄である獅子拳聖・イライジャの物語、“獣拳記”であった。

 それは現代日本で言う国民的少年漫画的ポジションの獣王伝説であり、凄い強い主人公の獣人イライジャが、どんどん出てくる強い怪物とバトルしまくるという内容であった。

 少年イライジャの冒険を描く第一部。仲間と共に迷宮に挑む第二部。建国当時のゴタゴタを描いた第三部。アレクシオス亡き国を守る為、単身強敵に挑む第四部。

 その他、外伝とか前日譚とか、幼児用とか学者用とか色々ある。獣人で勇者アレクシオスを知らない子供はいても、イライジャだけは絶対知っているというくらい人気でメジャーな英雄譚なのだ。

 

「それでね、グレースの爪が折れちゃって。あわや死んじゃう! ってところに、“よく耐えた!”って言ってイライジャが来てですね!」

「へ、へぇ……」

 

 幸運にも、グーラはそれら全てを写本する機会を得て、件の英雄譚を読み込む事ができた。

 色んなバージョンの“獣拳記”の写本をしていくと、終いには何のどこでどんな台詞があったかを暗記する獣拳記オタクになっていた。

 獣拳記には、勇者アレクシオスの他にも魅力的なキャラクターが沢山出てくる。その中で、グーラは第三部外伝に登場する、アレクシオスに恋するイライジャの娘が第二の推しであった。一番の推しは勿論イライジャである。

 

「あ、その格闘術なら僕使えるよ。一回やってみる?」

「えっ!? 父さんそんな事できたんですか!」

「これでも鋼鉄札なんだよ、父さん」

「ぜひ、ぜひ習いたいです!」

 

 イライジャ推しになったグーラを見て、父は娘に獣人族に伝わる古武術を教える事にした。

 武術といっても、地球の様な体系化されたモノではなく、異世界の魔物を殺す為に伝承された立ち回り全般といった風のモノである。

 まるで、獣拳記第三部外伝第二章“父と娘”冒頭の様に、グーラは父フェレライに戦いの手解きを受ける事になったのだ。

 

「グルルルル……! はぁッ!」

「いいね、よく動けてるよ。脚を止めちゃダメだよ、休む時は距離を取って、そう!」

 

 娘が仕掛け、父が捌く。それはさながら、小さな魔物の攻撃を凌ぐ戦士の構図だった。しかし、それは異世界にて合理化された鍛錬法の一つであった。

 稽古の時間は、グーラにとって幸せな時間だった。大好きな父との言葉のない語らいは時間を忘れる程に楽しかった。

 そうして、父の教えを吸収し、グーラは日に日に強くなっていった。

 

「父さん、ボク強くなります。強くなって、イライジャみたいに村を守ります!」

「ははは……こりゃ娘に負ける日も近いかなぁ」

 

 強くなり、村を守る。

 そして、いつか村のみんなに受け入れてもらうのだ。

 そう願って、グーラはひたむきに鍛錬に励んだ。

 

 グーラは、イライジャの生き様に憧れていた。

 英雄になりたいと思った訳ではない。

 けれど、獣拳記を通して、イライジャの様になりたいと思うようになっていたのである。

 

 まだ、幸せだった記憶だ。

 

 

 

 ある嵐の夜。

 それは、突然現れた。

 

 深層迷宮の主、針鋼猛犬。

 肩高2メートルにも及ぶ、全身に鋼の毛を纏う魔物。

 何の予兆もなく、そいつが村の近くに出現したのである。

 

「フェレライ! 今すぐフェレライを呼べ! 狩人長もだ!」

 

 迷宮外に魔物が出現するなど、この世界ではありふれている。通常の獣型魔物一匹程度なら、村の戦士が囲んで叩けば難なく倒せる。

 だが、主級の魔物は無理だ。そも、主は滅多に外に出ないものだ。出てきても多くは人類生存圏の外からやってくる。そんな奴が普通の魔物の様に圏内に出現するのは、もう不運以外の何物でもない。

 あるいは、最寄りの転移神殿の冒険者が怠けているかだ。そうじゃなくとも、出る時はどうあっても出るものだ。

 

「無理です。僕では倒せません。一党を組んで、しっかり武装を整えても追い払う事さえできないでしょう」

「そんな、フェレライでもか……」

「はい……」

 

 針鋼猛犬は上位迷宮の主、一流の冒険者でも銀細工持ちが一党を組んで倒すべき、怪物中の怪物である。

 当然として、村にそんな怪物相手に太刀打ちできるような戦士はいない。

 故、村長は村を捨てる決断を下した。

 

「逃げよう。今夜のうちに荷物をまとめ、ヴァレンシュタイン様の街まで歩こう。証拠さえあれば受け入れて下さるはずだ」

 

 しかし、その決断は遅すぎた。否、例えもっと早かったとしても、被害者の桁は変わらなかっただろう。

 

 件の魔物を発見した狩人を追って、それは嵐の夜に村を襲撃してきたのだ。

 猛犬の突進で家が倒壊し、尻尾のひと凪ぎで戦士の脊髄がへし折れる。逆に、村にある剣や狩り道具程度では、その体毛に傷ひとつつける事はできなかった。

 

「おい! 今が死に時だぞお前ら! 女にいい恰好したい奴ぁ! 俺に続け!」

 

 逃げ惑う村人たち。敵わぬと知りながら、覚悟を決めて足止めをする戦士たち。

 足止め要員の中には、フェレライの姿もあった。

 

「グーラ! 逃げて! 生きるんだ! 絶対に死ぬな! お願いだ、死なないでくれ! 生きて、幸せになるんだ! いいね!?」

「父さんッ……! 父さんそんな!」

「愛してるよ、グーラ! 僕もこの村の戦士だ、行ってくる!」

 

 そう言い残して、フェレライは娘を逃がした。

 それが、父と娘の最期の言葉になった。

 

 

 

 近くの街に向かう最中、村人たちは皆意気消沈していた。

 当然だろう。この中に、家族を失っていない者はいないのだ。

 グーラもまた、父を失ったのだ、最愛で、唯一の、グーラを愛してくれる人をである。

 

「生きろって、幸せって……ボクは、どう生きればいいんですか……?」

 

 失意の中、グーラは歩く。

 何故父が死んだのか。理不尽な現状に対し、悲しみの次にやってきたのは虚無感であった。

 この時、グーラはまだ子供だった。身体でなく、心がだ。そんな子供が、唯一の肉親を亡くして途方に暮れる事を誰が責められようか。

 しかし、そんな事情、深淵の主には関係がない。

 

 ずしん、と。

 

 そこに、悪夢の獣が現れた。

 片眼を失い、後ろ脚を引きずり、満身創痍になってなお、迷宮の主は人類を殺すべく動き続けていた。迷宮内の魔物と違い、外の魔物は瞬時に怪我を治せないのだ。

 生物としては休むべきだろう。同族を食い、傷を癒やすべきだ。そうやって、迷宮外の魔物は強くなる。それでも、何か使命感に駆られるようにして、グーラの父を殺した魔物は猛っていた。

 ただ、人類を滅ぼす為に。

 

「グォオオオオオオオッ!」

 

 獣が吠える。

 

 瞬間、グーラを除け者にしていた同い年の娘が死んだ。

 次の瞬間、空腹のグーラに野菜クズをくれた少女が死んだ。

 また次の瞬間には、最初にグーラを忌み子と呼んだ女が死んだ。

 

「あ、暴れん坊、イライジャ……皆に石を投げられた。あいつがやったと、嘘を吐かれて……」

 

 その光景を見るでもなく眺めて、現実感を無くしていたグーラは、何故か推しの事を考えていた。

 眼前にある暴虐からの逃避だろうか。走馬灯の様なものだったろうか。けれどもそれは、実際どうでもいい事だった。

 

 何度も読んだ、少年イライジャの旅立ちと、その戦い。

 乱暴者のイライジャ。嫌われ者のイライジャ。寂しがり屋のイライジャ。

 やがて謳われる、獅子の男の英雄譚。

 

「ぐっ……うぅウゥゥゥゥ……!」

 

 ――胸が、熱い。

 

 全身から、黄金の炎が噴き上がる。

 心臓から手足の末端まで、空色の雷が迸る。

 二股の尻尾が立ち上がり、食いしばった歯の隙間から灼熱の火炎が僅かに漏れた。

 

「グゥゥゥゥゥゥ……! グルルルルルルウ……!」

 

 膨れ上がる魔力に反応した怪物が、警戒するようにグーラを見た。

 グーラは、弱い村人を見た。

 動けない村人は、グーラと魔物を見ていた。

 

 バチンと、グーラの炎雷(ほのいかづち)が臨界に達した。

 

「グルゥオォアアアアアアッ!」

「グォォォォォォッ!」

 

 そして、怪物相手に、忌み子のグーラは襲い掛かった。

 母によく似たその心には、父によく似た勇気が宿っていた。

 見た事も、会ったこともない英雄の勇姿が、グーラの心に火をつけたのだ。

 

「グルァアアアア! グガァアアアアア! ガァァアアアアアッ!」

 

 その戦いは、まるで野生の獣同士が命賭けの縄張り争いをしているかの様だった。

 大小の獣は止まる事なく上下左右と動き回り、ぶつかって縺れ合って弾き飛ばしてまたぶつかる。爪を突き立て、肉をそぎ、そがれ、痛みを忘れて食らいつく。

 雷が轟き、黄金の炎が鋼を焼く。矢ほど大きな針が褐色の身体を貫き、雷が穴を塞いで火が傷を覆う。

 両者、暴威そのもの。理外の化け物同士、命と命を削り合う、泥臭く、野蛮で、だからこそ目を奪われる原初の力のぶつけ合いだった。

 それは、村人が見た事のある、フェレライの怪物退治ではなく……。

 

「くたばれェエエエアアアアアッ!」

 

 怪物同士の殺し合いだった。

 

 

 

 戦いの末、グーラは嵐の去った空に、吠えた。

 誇り高き父へ。父の愛した母と、殺してしまった兄弟へ。

 遠く、遠く、自らの存在を吠えて伝えたのだ。

 

 その様を、泥に汚れた村人たちは見ていた。

 生まれたばかりの仔獣が、その母が、村長がグーラを見ていた。

 皆が恐れていた娘が、村人を守ったのだ。

 

 彼の英雄の、始まりの物語の様に。

 

 グーラは、村人の愛によって誕生を願われ、やがて愛を失った。

 グーラは、勇気を持って怪物を倒し、村人を守った。

 いつか、自分も群れの皆に受け入れてもらえると信じて……。

 

 乱暴者で、嫌われ者で、寂しがり屋だったイライジャ。

 彼の英雄譚の様に、誰かを救えば、救われると思っていたのだ。

 とても、純粋に。

 

 

 

 しかし、彼女は英雄ではない。

 英雄譚の主人公では、ないのだ。

 

 

 

 結論を述べると、グーラは金に換えられた。

 村長に、村人に、村の英雄は売り飛ばされたのである。

 生き残るには、得体の知れない英雄よりも、皆が生きていけるだけの金が必要だったのだ。

 

 獣人夫婦の間に生まれた、絶滅したはずの古の魔人。

 炎と雷を宿す、強き獣。

 とても、高値で売れた。生き残った村人を、救える程に。

 

「うぅ……父さん、父さん……」

 

 檻の中、鎖に繋がれたグーラは、絶望の底にいた。

 父を失い、皆に見捨てられたグーラには、もう縋る対象がなかったのである。

 生きる意味、生きる理由が、彼女にはもう存在しないのだ。

 

「でも、生きろって……幸せって、何なんですか……」

 

 それから、どれほどの時が経っただろう。

 仕立ての良い服を着た紳士に会った後、グーラの待遇はかなり改善された。

 鎖に繋がれたままだが、しっかりした飯が与えられ、清潔にされた。商品としてだが、ちゃんと価値ある存在として扱われたのである。

 けれども、グーラの心には穴が開いていた。過去から吹く隙間風が彼女の魂を凍えさせているのだ。

 

 幾日が経ち、広々とした檻の中、グーラは如何にも頑丈そうな馬車に乗せられた。

 何処に行くか、分からない。誰に買われるか、どんな事になるかなど、今のグーラには興味のない事だった。

 

 グーラは、もう生きたくなかった。

 けれど死にたい訳でもなかった。

 父の言葉を思い出すと、獣拳記の事を思い出すと、凍えた心が僅かに暖まってしまうのだ。

 

 ピクリと、獣人程ではないにしろ敏感なグーラの耳が、馬車の外の喧噪を感知した。どうやら、何か物騒な事が起こっているらしい。

 やがて馬車がひっくり返ると、扉を蹴っ飛ばして入ってきた男たちに、グーラは拉致されてしまった。

 檻を開けられ、袋に詰められ、誰かに担がれて運ばれたのだ。

 

「おい、こっちで合ってるか?」

「あぁ間違いねぇ。何度もやっただろ、ちゃんと覚えとけ」

「悪い。にしても、こいつ全然抵抗しねぇな、大丈夫なのかよ。ホントにこんなん役に立つのかね」

「無理なら売るだけだろ。希少種だ、バカは買う」

「へへっ、そうだな」

 

 袋の中、グーラの鼻は今自分が森の中にいる事を感知した。

 何か拙い事に巻き込まれているのは分かったが、だからといって何か行動する気にはならなかった。

 それどころか、こんな自分程度を運ぶのに必死になってる男たちを想うと可笑しくなっていた。

 

「確認だ、出せ」

 

 しばらくして、グーラは袋から出された。

 そこには複数の男たちがいた。皆、犬人ではない種族だった。毛のない肌の耳をした男や、ずんぐりむっくりした筋肉質の小男、頭から角の生えた大男もいた。

 皆、身体のどこかに強そうな武器を持っていた。グーラは気づいていないが、男たちは元冒険者だった。

 

「合ってるな。よし、打ち合わせ通りモブノさんに連絡だ。お前は街に行ってパース商会の奴に伝えろ。合言葉は覚えてるな。行け」

「「はい!」」

 

 ぼーっとしていると、グーラはこの森が故郷とは全然違う匂いをしている事に気が付いた。

 見れば、生えている木や草の形も違うし、飛んでいる鳥も見たことが無い種類だった。同じ森でも、別の世界に来たみたいだった。

 

「あっ……」

 

 ふと、その中から、嗅いだ事のある匂いを感じ取った。

 甘くて、ふわっとしていて、とても良い匂い。

 それは、父が摘んできてくれた花の匂いだった。

 

「父さん……」

 

 匂いに誘われるように、グーラはとぼとぼと歩き始めた。

 大人しいグーラに気を抜いていた襲撃犯は、グーラがいなくなった事に少し時間が経ってから気が付いた。

 

「おい! 逃がすな追え! ったく、見張ってた奴誰だよマジで!」

「傷はつけるな! おい剣は使うなっつったろ!」

「しかし相手は魔族です! 傷なんてすぐ治りますよ!」

 

 流石に歩きと走りの差、グーラはすぐに見つかってしまった。

 その時のグーラは、花の事で頭がいっぱいになっていて、現実感の無いぼんやりした意識のままだった。

 

「じゃ、ま……。じゃまを、邪魔を、しないでください……!」

 

 それでも、彼女の望郷の念に呼応するように赤黒い炎が噴き出て、グーラを縛っていた鎖を焼き切った。

 竜族さえ縛る鎖を、グーラは炎一つで破壊したのである。

 

「うお! なんじゃこりゃ!?」

「クソが! もういい! 武器持てお前ら! 魔力さえありゃいいんだ! 大人しくさせるぞ!」

 

 追手との戦いは、まるで狩りの様であった。

 逃げるグーラと、追う狩人。剣で、魔法で、あるいは毒で、男たちはあらゆる手段を用いてグーラを追い詰めた。

 グーラも、父の戦闘術を無意識に使って応戦した。否、それは応戦というより抵抗であった。

 

「はぁ、はぁ……! 父さん、どこ……父さん……!」

 

 抵抗して、逃走して、抵抗して、逃走して……。

 

 そのうち、命の危機を悟ったグーラの本能が表に出始めた。

 漆黒の雷が迫る剣を弾き返し、突き立てた爪から獄炎を注ぎ込む。父の戦闘術と、主との戦闘記憶によるグーラの戦いは、まさに暴れ狂う魔獣そのものだった。

 

 対し、悪党とはいえ怪物退治の専門家。被害を出しつつも、男たちはじわじわとグーラの体力を削っていった。

 グーラも、男たちも、訳も分からず必死になっていた。

 

「ぐっ、はぁ! はぁ……! はぁ……! あぁぁぁ……!」

 

 やがて追手がいなくなった頃には、グーラは満身創痍になっていた。

 魔力が尽きかけている。これでは治る傷も治らない。浅い傷、小さい傷は本能が治癒を後回しにしていた。

 

「帰りたいよ、ボクもう帰りたいよぉ……」

 

 足を引きずって、傷だらけのグーラは歩いた。

 幸せの匂いがする、花の方へ。

 

 それから、どれだけ歩いただろうか。

 グーラの眼前には、数えきれない程多くの花が咲き誇っていた。

 風が吹くと、舞い上がった花弁がどこかへ飛んでいった。

 

「わぁ、きれい……」

 

 何となく、ここがいいと思った。

 グーラは最後の力を発揮して、花々の真ん中まで歩いた。

 そこで、全身の力を抜いて座り込んだ。

 

 この匂いの中でなら、幸せに死ねる気がした。

 生きたくないが、死にたくもなかった。けれど、ここなら死にたい気持ちになれた。

 

 グーラは、そっと瞼を閉じた。

 幸せな記憶を呼び起こす花に囲まれて。

 

「父さん……今まで、ありがとう……」

 

 瞼の裏で、父が微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 知らない匂いがして、グーラは目を覚ました。

 未だ意識はぼんやりしていて、今の自分が生きているのか死んでいるのかがよく分からなかった。

 それでも、グーラは父の教えの通り、反射で接近する者へ警戒態勢を取った。

 

 月光の下、そこには黒い男がいた。

 男は、慎重な足取りで花の群生地に足を踏み入れていた。

 その時、グーラの中から、得体の知れない感情が湧き上がった。

 

 多分、それは怒りだった。

 思い出の花という、父と自分の領域に、見ず知らずの男が入り込んできたという不快感。

 武器を構えるでもなく、警戒するでもなく近づいてくる男への恐怖。

 それから、男の目に在る謎の感情。たまに、父がしていた目――憂いだ。

 

「ガアアアアアッ……!」

 

 攻撃圏内に入った瞬間、グーラは本能で男に襲い掛かった。爪を立て、男の首を切り裂こうとしたのだ。

 だが、それはあっさりと受け止められてしまった。

 

「アァァァグァアアアア!」

 

 それでも、惑う事なくグーラは次なる攻撃を繰り出していった。

 爪、爪、脚、尾! グーラは父に教えられた格闘術を、父ではない男に叩きつけ続けた。

 男は一切反撃する事なく、ただグーラの猛攻を捌いていた。時に手の甲で、時に前腕で、何故だか回避をせず、淡々と防いでいた。

 

「グルォォォアアアアッ!」

 

 猛攻が続く。炎が溢れ、雷が爆ぜる。浅い傷口から血が噴出した。男が僅かに眉を震わせた。

 炎の放射、裏拳でかき消される。雷の放出、手刀で受け流される。炎雷を纏った突進は、両腕を使って受け止められた。

 

「グゥゥゥ……! フゥゥゥーッ……! アァアアアアアッ!」

 

 魔力が減っている。攻撃の度、グーラの中の生命が失われていく。

 朦朧とした意識の中、炎も雷もない拳が、男の手のひらで受け止められた。

 

 一方的な攻撃。

 隔絶した技術の差。

 それは、まるで、在りし日の父との稽古の様だった。

 

「フッ! フゥッ! グ、ウゥ……あ……」

 

 再度、グーラは気を失った。

 けれど、地面に激突する事はなかった。

 崩れ落ちるグーラを、男が柔らかく抱き止めたからである。

 

 

 

 

 

 

 規則的な揺れを感じて、グーラの意識は浮上した。

 グーラはふわふわした衣にくるまれて、男の背におんぶされていた。

 昔、森で泣いていたグーラを迎えにきてくれた父の様に。あの時も、こうして家に帰ったのだ。

 

「父さん……?」

 

 グーラの呟きに反応して、男が振り返った。

 案の定、それは父ではなかった。髪も目も違うし、匂いも違う。種族も人間だ。

 人間……アレクシオスと同じだ。

 

「起きた? 傷はポーションで治したけど、どっか痛いトコはない?」

「……うん、ないです」

「なら良かった」

 

 グーラは、男に対してどういう対応をすべきかがよく分からなかった。

 それから、自分の中に少しばかりの魔力が溜っている事に気づいた。

 

 今、思い切り炎を出せば、この男から逃げる事ができるのではないか?

 そう思いはしたが、それこそ理由がない事に気づいた。

 結局、あの花の近くでは死ねなかったのだ。また、どうでもいい生が始まる。

 

「あれ……?」

 

 ふと件の花の匂いを感じ取って、鼻を利かせた。

 その匂いは、自分の手にあった。無意識にグーにしていた右手に、一輪だけ花があったのだ。

 

「その花、ずっと握ってたんだよ」

「そう、ですか……」

 

 背負われている手前、どうすればいいか分からない。

 仕方ないのでそのままにしておくと、花の匂いに混じった男の匂いにも慣れてきた。

 存外、嫌いではない匂いがした。

 

「花好きなの?」

「……はい。とても」

 

 グーラは、静かに目を閉じた。

 また、死にたい気持ちはなくなっていた。

 

 父の言葉を思い出す。

 少し、幸せな気持ちになった。




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ロリ、新たなり

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。助かっています。

 キャラのご応募もありがとうございます。やる気が湧きます。

 今後もぼんやり続けていけたらと思っています。
 よろしくお願いします。


 魔族とは、この世界において獣人に次いで種族の数が多い人類種である。

 

 一言で魔族と言っても、その種類は沢山ある。これほとんど獣人じゃね? みたいな奴とか、この種族は天使と何が違うんだ? と思いたくなる奴とか。

 細かく言うと、魔族の生態など種族によって違うのだが、共通する項目は確かにあった。魔族を魔族たらしめるもの、といってもいいか。

 

 魔族と魔力は、切っても切れない関係である。

 

 魔族は長寿である。というか、基本的には条件付きの不老不死だ。

 魔力という異世界謎エネルギー、これを取り込んだり消費したりして生きる。HPが0になっても、MPが1さえあれば死なないのが魔族である。理論上、魔族は魔力さえあればいつまでも生きられるのだ。

 で、魔族というのは常時身体の中で魔力を生み出している。呼吸とか食事とか、淫魔の場合は吸精とかを魔力に変換しているのだ。レーション食ってMP半分回復というよりは、アミメニシキヘビ食べてMPリジェネという感じだ。

 

 当然、死に難い。

 が、死なない訳ではない。

 

 大きく分けて、魔族には二つの死に方がある。

 

 一つは、肉体の死。

 弱い魔族の場合、ある程度歳を取ると魔力の循環効率が衰える。要するに体内に取り込んだエネルギーをMPに変換する能力が低くなるという話だ。人間でいうと、胃腸が弱くなったら死といった感じだろうか。

 ある意味、それが魔族の寿命だ。曰く、下級淫魔は100~200まで胃は確実に大丈夫らしい。定期的に吸精をすると延命ができるので、吸精さえしとけば不老不死だ。それでいうと、俺と出会わなかった世界線のルクスリリアは100歳過ぎあたりからヤバかった訳だ。

 また、例え胃が弱っても、MPが尽きるまで肉体能力は常時全盛期であるという。MPが0になるまで元気に戦えるのだ。その点も人間より魔族のが強い所以だろう。

 

 二つは、心の死。

 こちらは、まぁ何とは言わんがサブカル関係でたまに見る不老不死の苦悩みたいな話だった。

 MPで生きる魔族にも、当然心がある。精神構造が人間とは違っていても、悲しいもんは悲しいし苦しいもんは苦しい。そういうのがなかったとしても、長く生き過ぎて生きる事自体に飽きるというのもある。すると、肉体が滅ぶ前に心が滅ぶ。

 だからこそ、魔族は死ぬまで心を幼く保とうとするし、本能的にもそうしている。今が楽しけりゃ何でもいいじゃん精神である。未来を憂いて鬱になる現代人とは大違いだ。それでも心を病む魔族がいるあたり、ままならないものだと思う。

 

 さて、前者はともかく後者は厄介である。

 心が死んだ魔族は、得てして“暴走”をするのである。

 

 暴走とは、魔族が心身に大きなダメージを負った時や、とても強い感情が溢れた時、生命の危機を感じた時などに陥るヤバい状態の事だ。

 暴走した魔族はほとんど本能だけで動くようになり、近づく者みな傷つけるようになるのだ。そうじゃない種族もいるが、まぁとにかく理性がなくなる。

 弱い魔族ならそう被害が出るものではないが、強い魔族だと危険である。長く生き、心をなくした魔族の場合は、尚の事。

 

 暴走魔族はそう頻繁に発生する訳でもないが、全くない訳でもない。

 故、対処法は存在する。

 

 最も単純なのが、殺す事だ。

 暴走した魔族は会話も説得も通じないし、心が死んだ魔族の場合は治しようがない。被害が出る前に討伐するのが一番楽で安全だ。

 暴走魔族の討伐、これは各地の貴族や、暴走した魔族に近しい人が行うようだ。なんか怖いなと思ったが、各種魔族のトップは普通にOKを出してるあたり価値観の違いを感じる。

 暴走してMP空にして死ぬより、強い戦士に殺される方が誉れという考え方であるようだ。

 

 もう一つに、無理やり落ち着かせるという方法。

 これはあまり取られない。行き過ぎた癇癪を起こした子供魔族か、生きててくれないと拙い高位魔族専用の対処法といってもいい。

 やり方も難しく、とにかく相手の攻撃を耐え抜いて、疲れた瞬間に“鎮静剤”を使えばいい。ポケモンと違って攻撃して弱らせたり状態異常をかけようとすると余計暴れるらしいのでこれまた難しいのだ。

 また。この方法があまり使われない理由として、状態異常に強い魔族に効く鎮静剤がとっても高価であるというのもある。世知辛いのじゃ。

 

 さて、今回の騒動の中心にいるグーラの場合、異世界の価値観としては普通に討伐対象である。

 理由はともあれ放置は拙いし、鎮静剤使う理由もない。手っ取り早く収めるなら、殺してしまうのが楽だし安全だ。

 けれども、俺はそれにNOと言う。何故なら、俺はロリコンだからだ。

 

 ロリを殺すなんてとんでもない!

 

 以前、エリーゼを購入した際、俺はヴィーカ爆弾の存在にビビッて買うのを止めようと思った事がある。あの時は冷静で、後先を考える余裕があったのだ。まぁ実物見てその気は失せたが……。

 今回、結果論だがもし俺が他人任せにしていたら、グーラは高確率で殺されていただろう。あの時、感情のまま行動して、討伐隊を無力化しておいてよかったと思う。反省はするが、後悔はない。

 やはり人生は知恵捨て(チェスト)であり、拙速はジャスティスだ。

 

 まあ、そんな感じで……。

 

 俺はグーラが沈黙するまで防御を続け、気を失ったところに獣系魔族用の鎮静剤を使った。

 使い方は簡単。薬染み込ませた布を鼻にダイレクトアタックすればいい。まあ、うん、アレだ。アレである。

 

 その後は、これまた回復ポーションを染みこませた布を口に入れてあげたり、“清潔”をかけてから魔族用の軟膏を傷に塗ったり、俺が使える範囲の回復魔法をかけたりした。

 その後、エリーゼの祝福がついたマントを装備させ、おぶって帰った。

 

 道中、目を覚ましたグーラは、ぼんやりしつつも落ち着いている様だった。

 さっきまではガチ野生児だったグーラだが、いざ話してみると彼女は大人しい性格の女の子である事を知れた。しかもボクっ娘である。いや、自動翻訳でそう聞こえるだけなのだが。

 とにかく、ホント来てよかったと思う。

 

 

 

「「「「「ぎゃはははははっ!」」」」」

 

 ルクスリリア達のところに戻ると、そこからは何故かとてもお下劣な笑い声が聞こえた。

 近づくと、股間に異世界文字で「不能!」と書かれた木板を張られたモブノの姿があった。犯人は恐らく、目尻に涙を溜めて笑っているルクスリリアだろう。

 それを見て、ルクスリリア以外にも鬼人と金髪少女と鼠人斥候とウィードさんが大爆笑していた。楽しそうである。

 見ると、エリーゼは呆れ顔で、エレークトラさんは何が面白いのか分からないって顔をしていた。

 

「あっ! ご主人おかえりーッス! この通り、何もなかったッスよ!」

「ああ、お疲れ」

 

 俺達の接近に気づいたリリィが寄ってくる。頭を撫でてやると、彼女はにししと笑った。

 他の人らは俺達の接近には気づいているようだが、モブノにツボっていて俺に注目してはいない。

 

「無事だったようね」

 

 続いて、ゆったり近づいてきたエリーゼは俺におんぶされているグーラを見ていた。グーラはポカンとした顔でエリーゼを見ていた。

 

「りゅ、竜族……?」

「ええ、そうよ。これからよろしくね」

「え、あ、はい……。よろしく、お願いします……?」

 

 よろしくの意味が分かってないグーラを地面に降ろす。

 背中から降ろした彼女は存外しっかりと立ってくれたが、やはりまだ本調子ではなさそうである。“清潔”をかけて治癒したから身綺麗ではあるが、まだ弱々しい印象だ。まあ、色んな意味で仕方ないと思う。

 

「エリーゼ、回復お願い」

「わかったわ。ほら、お疲れ様(・・・・)……」

「え? うわっ……!?」

 

 そうして何気なく放たれたのは、淡い緑色の魔力光だった。

 光はグーラの身体に入り混むと、その全身をほわっと発光させながら全ての負傷を治癒した。これぞ、古傷から欠損まで問答無用で回復させる回復系最上位魔法の一つ“聖光の極大治癒”だ。

 ちなみに、魔法装填の仕様+カスタマイズした魔法の性質のせいで、この魔法は俺の全魔力を注いでも発動しない超ピーキーヒールになった。それを、エリーゼは“祝福”の権能付きでおやつ感覚で発動できる。消費したMPも、ひと呼吸のうちに回復できるのだからやっぱエリーゼのジェネレーターはレイレナード製だ。

 

「はぁ~……」

 

 光に包まれ、まるで温泉に浸かっている様なグーラの表情を見て、さっきまでモブノの股間で盛り上がっていた連中もグーラに注目していた。その表情は一様にポカンである。

 彼らも上位の回復魔法くらい知ってるだろうが、多分このレベルのをポンッと出すエリーゼに驚いているのではないだろうか。神殿の治療院でも、古い傷は治せないっぽいんだよな。

 やがて光が収まると、見える範囲のグーラの身体から全負傷部位が消えた。やっぱ俺のとはモノが違う、頭から足先まで、すっかりツルツルお肌に戻ったのである。そう、美肌効果まであるのだ。

 

「す、すごい……」

 

 びっくりし過ぎて語彙が喪失しているグーラ。後ろでは冒険者たちも驚いていた。

 冒険者には終わったら口止めをしておこう。恐らく意味はないだろうが。

 

「エリーゼ、解毒も」

「ええ。きれいきれい(・・・・・・)……」

「ほわっ……!?」

 

 重ねて、同じく最上位状態異常解除魔法である“聖光の極大快癒”もかけてもらう。

 これは毒とか麻痺とか、混乱とか恐慌とかの状態異常全部をまとめて解除できる大した魔法だ。しかも祝福も添えて栄養バランスも良い。

 意味があるかは分からないが、まぁ一応である。一応感覚で使える魔法ではないが、うちはできる。そう、エリーゼならね。

 

「え、え……何ですかコレ? こ、これが魔法……?」

 

 言いながら、ペタペタと自分の身体を触るグーラ。清潔と回復と解毒を受けたグーラは、心身共に元気になってくれたようだ。

 さっきまでの鬱っぽい雰囲気はどこへやら、今は興味深げにエリーゼの装備を眺めている。多分、快癒の影響で精神デバフが消えたんだな。怪しい意味ではない、正真正銘魔法の抗うつ剤である。

 

「うッスー。無事でよかったッスね! アタシは淫魔のルクスリリア。そこのご主人の第一奴隷ッスよー」

「我が名はエリーゼ。イシグロ・リキタカの第二奴隷よ」

「あ、はいっ。グーラ、です……」

 

 何かもうそんな雰囲気になってる三人を置いて、俺は未だ拘束されているエレークトラさんのところに向かった。

 エレークトラさんは呆然と、なんか複雑そうな目でグーラを見ていた。

 

「見ての通り、暴走魔族は保護しました。貴女に討伐の意思がなければ、拘束を解いて治療をはじめたいと思います。どうでしょうか」

「あ……は、はい。こちらとしては、暴走さえ何とかなったのであれば……」

「では、こちらの契約書にサインを。契約用の魔法ペンを渡しますので、咥えて書いてください」

「は、はい……」

 

 クリシュトーさんから貰った契約紙を置き、ペンを渡す。それから、エレークトラさんは言われた通り自分の名前を書いてくれた。最後に舌先を噛んで血を垂らし、契約成立である。

 エレークトラさんだけではなく、この場にいる治療予定の冒険者全員にも契約させた。同じ契約書に、全員分の血を付着させて契約完了である。皆、逡巡する事なく血を提供してくれた。

 契約内容は色々あるのだが、一番は「イシグロとその仲間を傷つけないよ」というモノだ。これで、武器を返しても大丈夫だ。もし襲ってきたら物凄い勢いでMPがなくなる呪いがかけられている。

 

「ルクスリリア、皆の拘束解いてくれる? エリーゼ、回復お願いしていい?」

「あいッス~」

「わかったわ」

 

 契約完了後、何やらグーラと楽しそうに話してた二人に声をかける。

 冒険者たちに寄って行ったルクスリリアは器用に紐を外し、エリーゼは順々に魔法をかけていった。

 

「すみませんウィードさん、周辺の警戒と此処から街道までのルートの案内もお願いできますか?」

「え? あぁ、まぁ契約にはねぇが……」

「追加料金お支払いしますので」

「ヨロコンデー!」

 

 言うと、ウィードさんは風となって夜を駆けた。

 あの人、あんな速かったんだな。それに凄く優秀だ。また何かあったら依頼しよう。

 

「あ、あのっ……」

 

 それから、少し離れたところにいたグーラに近寄ると、彼女の方から声をかけてきた。

 なんだろうと思って次の言葉を待つと、一度息をのんでから声を絞るようにして言った。

 

「あの……! い、イシグロ様が、その……ボクを買ってくださる方だと、お聞きしたのですが……」

「ん、あー、うん?」

「そ、そうなのでしょうか……」

 

 聞いたというのは、ルクスリリアとエリーゼにだろう。複雑そうな表情のグーラ。対する俺も、どう返せばいいか分からなかった。

 俺はそのつもりだが、確定ではないのでそうとは言えない……。お前買う為に助けに来たんやで! と返すのは、何か躊躇われた。

 いや、うん、言おう。物騒な異世界生活で度胸のついた俺は、ここでストレートを投げる事を決意できた。

 

「そう、君を買う予定だったのは俺だよ」

「はい……」

 

 実際は未定だったのだが、それはいい。

 細かい事は気にしないのが異世界を生きる鉄則である。

 

「君みたいな子を探してた。うちの奴隷になって、ほしい……」

 

 とは、思うものの、言葉尻は徐々に小さくなってしまった。

 プロポーズじゃあるまいに、ていうかもしそうなったら彼女に拒否権はないだろうに……俺は何を言ってるんだ。

 俺は自分が放った言葉の変さ加減に、顔が赤くなりそうだった。

 

「どれい……」

 

 対し、グーラは上目遣いに俺を見ていた。

 夜の森の中、僅かに発光している金の瞳と目が合う。

 俺の人類史上最低な告白に、彼女は困惑……いや、遠慮? なんだろう、何かそういう感情を抱いている様に見えた。

 

「ぼ……ボクに、できるでしょうか?」

「え……?」

 

 どういう心境なのだろうか。はいとか嫌だとかではなく、彼女は可能かどうかを問うてきた。

 意味が分からず待っていると、彼女はぽつぽつと言葉を紡いだ。

 

「ボクは、何も……できません」

 

 ギュッと、着せたままのマントの端が握られる。

 小さな褐色の手は、弱々しく震えていた。

 

「畑仕事も、家事も、料理も、できません……」

 

 言葉の最中、グーラは目線を下げていった。

 まるで、叱られる事を恐れる子供の様に。

 

「読み書きは、できますが……お二人もできるそうで。種族柄、並みの獣人よりは戦えますが、一度しか経験がありません……。そ、それにボクは、混合魔族(キメラ)で、とても変なんです……」

 

 ここまで聞いて、俺はようやっと彼女の心根と、言わんとしている事が分かった。

 異世界人の異世界思考には驚かされる事も多いが、少しアンテナの向きを変えれば分かる。

 多分、俺が冒険者たちと話してる間、二人が上手い事言ってくれたのではないだろうか。俺にとって都合の良い事を。

 

「そんなボクでも、買って下さいますか……?」

「ああ、俺はグーラを買いたい」

 

 即答すると、再度グーラと目が合った。

 その瞳には、不安や疑念や色々な感情の奥に僅かな期待があるように思われた。俺の勘違いの可能性は否めないが、そう思う事にしよう。

 それから、グーラはもう一度視線を下げた。

 

「そ、その……ボク、父さんに……」

「うん」

「い、生きろって言われて……幸せになれって……」

「うん」

「ぜんっ、全然よく分からないんですけど……」

 

 なおも視線を下げているグーラ。

 声は上ずり、その瞳は涙に濡れていた。

 

「ボクは、生きてていいんでしょうか……?」

 

 その問いに、俺は……。

 

「良いに決まってる」

 

 出来るだけ力強く答えた。

 彼女は、俯いたままだった。

 俯いたまま、更に拳を強く握っていた。

 

「そう、でしょうか……、ボクは、貴方の下で、生きていいんでしょうか……」

「そうしてくれると、俺は嬉しい」

「……あ、ありがとう、ございます」

 

 相変わらず、この世界の価値観は分からない。

 グーラの事情も、クリシュトーさんからはちょっとしか聞いていない。

 それでも、今の彼女を見てある程度察する事くらいはできる。

 

 ならば、俺は彼女を肯定し続けようと思う。

 自己肯定感の低い彼女を、絶対に否定しない。

 

 奴隷を買う側が何を言ってるんだという話ではあるが……。

 それでも、俺は言う。

 

 この世に、死んでいいロリなどいない。

 

 善悪など知らん、どうでもいい。他は知らん、興味がない。

 けどロリは駄目だ。可哀想なのは抜けない。

 ロリには、グーラには、幸せに生きて欲しいのだ。

 

「まあ、その、今の俺が言うべき事じゃないと思うけどさ……」

 

 エリーゼの時とは事情が違う。今回のは、グーラの命が掛かっていた。

 多分だが、俺はグーラがグーラじゃなくても、似たような行動を取ったと思う。

 俺はロリに死んでほしくはないのだ。例えそれが見ず知らずの娘であっても。

 その為なら、かなり大抵の事はやっちゃう気がする。

 

 もしかしたら俺、ヤバい奴なのかもしれない。

 

「これからよろしく、グーラ」

「は、はい……ご主人様……」

 

 そうして、俺とグーラは手を握り合った。

 握手とは、異世界において「貴方に敵意はありませんよ」という意思表示になる。

 俺はこの意味を、心に留め置いた。

 

 彼女に、幸せに生きてもらえるように。




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 現在、グーラからの好感度は0.1です。
 当たり前ですが、まだ全然心を開いてません。
 色々あって情緒がおかしくなっている様です。



◆キャラ雑記◆

 エレークトラ・ヴィンス・カトリア
 人間種、女。名門貴族、カトリア伯爵の娘。赤毛。義侠心のある自称お姉ちゃん。模範的なラリス貴族令嬢。
 盾と槍を使いこなす鋼鉄札の前衛戦士。臨時一党内ではラフィに次ぐ実力者。



 ラフィ
 鬼人、男。中性的な顔立ちの美少年。“剛剣鬼”の二つ名を持つ銀細工持ち冒険者。
 ラフィの膂力は銀細工随一。身の丈程もある剣を小枝の様に振り回す。楽天家で、好戦的。例によってヤベー奴だが、かなりマシな方。



 ファリン・バルカ・ヴァレンシュタイン
 人間種、女。辺境貴族、ヴァレンシュタイン男爵家の長女。金髪美少女。鋼鉄札。
 異世界でもマイナー武器であるトンファーを愛する変人。エレークトラとは同盟仲間であり、友人。



 スキスキン
 鼠人族、男。スキンヘッドの青年。カミソリを武器に戦う鋼鉄札の斥候。
 斥候にしては積極的に攻撃に参加するタイプで、死角からの奇襲を得意としている。仕事中は寡黙だが、オフの時は普通に喋るデキる男。



 ルイ
 人間種、男。老人。魔術に優れた熟練の魔術師。鋼鉄札。
 モブノに欲しい物をチラつかされて内通者になった。普通にクズだが、マシな方である。



 モブノ・ザクーオ・アンダードッグ
 犬人族、男。アルビノのイケおじ。中身は真正のクズ。元銀細工持ちの冒険者であり、現在は犯罪者集団の頭領。ラリス王国から指名手配されている。
 実力は銀細工最上位であり、単身でエレークトラの一党を壊滅させられる程度には強い。油断、慢心癖がある。



 ウィード
 犬人族、男。緑髪の青年で、異世界にしては珍しく小柄。鋼鉄札の斥候。エリーゼの回復魔法により、失われた片耳が復活した。
 実力は高いが、生来の好色さと浪費癖と戦闘スタイルのせいで常に金欠。イシグロに貰った希少鉱石で武器を新調する予定。


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グーラは獣の勘がはたらくようです!

 感想・評価など、ありがとうございます。良い感じに書けています。こんなモンですがよろしくお願いします。
 誤字報告も感謝です。感謝感謝アンド感謝です。

 キャラ募集の方もありがとうございます。良い感じにやる気に繋がっています。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 参考になります。狐娘が人気なのは分かってはいましたが、想像以上に天使に票が集まりましたね。
 あくまでも参考です。悪しからず。


 他種族と比べて、人間種は色んな意味で貧弱である。

 エルフほど魔法に長けていないし、ドワーフほど器用でも力持ちでもない。獣人ほど五感も優れていなければ、魔族ほどタフじゃない。

 竜族や天使族と比べるなど、何をかいわんやである。

 

 加えて言うと、人間には各種族にあるような種族特性もないのである。

 馬人ピクミンは足が速い。翼人ピクミンは高く飛ぶ。淫魔ピクミンは夜目が利く。

 人間ピクミンは特になし。バナージ悲しいねである。

 

 それでも、この異世界において最も人口が多く、最も戦力が高く、最も大きな国を統治しているのは人間族である。

 前世地球と同様、人間は知恵と工夫とチームワークで異世界最大の国家・ラリス王国を維持しているのだ。

 あ、繁殖力があったわ。どっちかが人間なら全ての種族と子供を作れるのだ、人間は。ある意味これが種族特性なのかもしれない。ゴブリンかな?

 

 そんな人間は、当然として自身が弱い事をよく知っている。故に、それを補う為に色んなモノを開発してきた。

 人類最初の回復ポーションを作ったのも人間だし、武器に補助効果を付けたのも人間だ。魔法に頼らず日持ちのする飯を作ったのも人間で、新しい建築法や新しい鍛冶技術や新しい服飾技術を考案してきたのも大概人間である。

 その中には勿論、人間の為の便利アイテムがあるのだ。

 

 代表的なのが、肉体を各種状況に適応できるようにしてくれるポーションだ。

 グーラ探索中、俺が服用した暗視ポーションなど、夜目が利く淫魔には不要だろう。グーラ探索前、俺が服用した不眠ポーションなど、三日三晩戦う事のできる竜族には不要だろう。

 他にも色々あるが、ともかく人間とはこういう道具を使ってこの厳しい異世界で繁栄したのである。実際、噂によると世界の端っこはかなり修羅の国らしいし。

 

 適応ポーションは便利である。

 けど、便利なものには相応のデメリットが存在するものだ。

 金がかかる、というのが一番だが、まぁ他にもあるのだ。

 

 あと、あんまり美味しくない。

 

 

 

 時はギリ夜。ラザニアパワーで森を駆け抜けた街道のその先には、高く頑丈そうな壁に囲まれた街があった。

 ギロチンタイプの門も相応に大きく、侵入者の存在を許さないとばかりに堅く閉ざされていた。閉じた門の前には、開門を待つ人たちが屯っていた。見た感じ、商人風の人とその護衛が大半だ。

 何気に、王都以外の街を初めて見たと思う。王都を発つ前はとにかく急いでたから、こういう観光資源になりそうなデカい壁自体に関心を向ける余裕がなかったんだよな。ボキャ貧な俺は、どうしても進撃の巨人みたいだぁと思ってしまう。

 

「あれがカトリア家が治める、第三迷宮都市ヴィンスです。開門は朝なので、しばらく待つ必要がありますね」

「凄いですね」

「ええ。外壁の一部には迷宮産の鉱石を使用しており、実際に30年前に出現した主級の魔物の攻撃を耐え抜きました。とても堅固な造りで、都市内の安全は保たれています」

「なるほど」

「王都の様な大規模な娯楽施設などはありませんが、民には活気があります。冒険者も優秀な方々が揃っています。ですが、最近は彼らも王都に流れていく事が多く、この街に根付いて下さる方は少ないです……」

「悪いのは領主ではありません」

「そう言って頂けると幸いです。今回の件を反省し、以後は今以上に街の発展に貢献していく所存です。民のおね……貴族として!」

「凄いですね」

「はい。ですので、モブノの件は……」

 

 道中、手足を復活させたエレークトラさんは不自然なほど俺に積極的に話しかけてきた。

 恐らく、一応高位冒険者である俺に街のプレゼンをしたいのではないだろうか。以前書籍で読んだところによると、迷宮ある街からすると強い冒険者なんてナンボおってもええですからねと書いてあったし。

 正直、俺はロリと話したかったので、相づちもそこそこにルクスリリア達の様子を見ていた。

 

「なるほど、その熱っぽい魔力とパチパチした魔力は種族特性なのね……」

「は、はい。あの、ボクも詳しくはないんですけど、父さんは獄炎犬(ヘルハウンド)轟雷狼(らいじゅう)混合魔族(キメラ)だと教えてくれました……」

「ッスよね~。確かに、ハーフだとどっちかの特性しか受け継がないッスからね~。いいな~、アタシも淫魔と何かの混合魔族になりたかったッス~」

「な、何でですか……?」

「え? 何かそっちのがカッコよくないッスか? 淫魔と牛魔が合わさり最強に見えるッスよ!」

「そう、でしょうか……?」

「こういう娘よ、気にしちゃダメ」

「はあ」

 

 三人はラザニアに乗ってお喋りしていた。ルクスリリアとエリーゼでグーラを挟んでる状態だ。うーん、何かとてもいい。壁になりたい。

 ちなみに、ラザニアの体には西部劇のアレみたいにモブノと内通者ジジイを括りつけているので、今も彼らをズリズリ引きずっている。この程度じゃ冒険者は死なないのだ。

 

「なにより、モブノを捕らえる事ができたのはイシグロ様のお陰です。カトリア領を預かる家の娘として、彼奴は不倶戴天の敵でした。是非、お礼をさせて頂きたいのですが……」

「結構です。ギルドからの報奨金と、その証言で十分です」

「そ、そうでしたか……」

 

 この世界の貴族価値観と、この世界の貴族事情は知っている。誉れは大事だし、貴族にこういう事言っても大丈夫なのも承知している。なので、俺は面倒事は一括でNGを出す事にした。面倒事は御免である。

 ていうか、手足斬り飛ばしてきた奴相手によくここまで話しようとできるな。貴族っていうのは俺が思ってる以上に肝が据わっているのかもしれない。今になって、この状況に罪悪感湧いてきた。いや、手足切ったのには全く罪悪感はないが。合法チェストにごわす。

 

「月夜に失礼。イシグロ・リキタカ様でお間違いないでしょうか」

「はい。朝が待ち遠しいですね」

 

 門前の待機エリアまで行くと、そこには一人の天馬(ペガサス)男性がいた。イケメンの頭にウマ娘めいた馬耳が生えていて、背中にはこれまた美しい純白の翼がファサッとしている。

 彼は腰にメッセンジャーバッグみたいなのを身に着けていて、その中から数枚の紙を出して手渡してきた。

 

「こちら、主様からの手紙です。お受け取りください」

「はい」

 

 簡素な手紙には、クリシュトーさんが王都で調べてくれた事が書いてあった。中には「モブノという危険人物の関与が疑われる」みたいな情報もあった。そいつ今、失われたゴールデンボールに不能札貼られて引きずられてるんスよ。

 二枚目、三枚目は俺から誰かに渡す用の手紙だった。調べた事、依頼の事がまとめられている。要するに、何かあっても偉い人か話の分かる人にこれを渡せば大丈夫って話だな。

 

「エレークトラさん、こちらをお読み頂けますか?」

「はい。これは……」

 

 なのでエレークトラさんにパスである。

 手紙を読んで顔色を悪くしているエレークトラさんを他所に、俺はペガサスニキと事態について話す事にした。

 

「どうやら、商品は上手く保護できた様ですね」

「はい。色々ありましたが、何とか」

「かしこまりました。それと、あちらにいるのは……?」

「モブノと名乗っていました。事実確認はまだですが」

「なるほど、そうでしたか。これも主様に伝えましょう」

 

 それから、今回の件で起きた事を口頭で伝えた。その後、ペガサスさんはエレークトラさんとその一党にもインタビューした。

 ペガサスさんは聞き取った情報を細かくメモして、それをバッグにしまった。

 

「承知いたしました。この旨、主様にお伝え致します」

「よろしくお願いします」

「それから、これを……」

 

 言って、ペガサスさんは俺の手に手紙を握らせた。

 

「話は通していますので、翌朝この街の支部にお立ち寄りください。それでは、私はこれで……」

 

 そう言うと、ペガサスさんは街道を走っていき、やがて離陸した。

 なんとなく他人に見られないように手紙を開けると、そこには……。

 

「追加依頼、グーラの護送か」

 

 読み終えると、俺は少しばかり安心する心地がした。それから、クリシュトーさんの計らいに感謝した。

 流石に、うん……流石に俺もその気はない。ないが、けどやっぱり思うところはあるのだ。このまま、グーラを商会に預けるのは不安だし、なんか嫌だ。

 さすが、クリシュトーさんである。いや、わかっているけどね。

 

「テント張ろう」

 

 という訳で、俺は門の前でゆるキャンをする事にした。

 そう長く休む訳ではないだろうが、どうせなら屋根はほしいだろう。

 

 

 

 

 

 

 クリシュトーさんからの手紙によると、今回の黒幕は“パース商会”という人等であるという。

 パース商会とは、クリシュトーさんの所属しているストゥア商会ほどではないにしろ、まぁまぁそれなりに大きな商会であるようで、尚且つ黒い噂が絶えないらしい。拠点はカトリア領だが、王都にもいくつか支部を持っているとか。

 理由も経緯も不明だが、その彼らが何処かしらから情報を得て、モブノと契約して事件を起こしたと。まあ、実際動機なんてどうでもいい。なんなら事実かどうかもどうでもいい。

 

 現在、王都西区ではストゥア商会とパース商会が静かに抗争中。まるでヤクザ映画の様である。クリシュトーさんは護衛に守られながら筆を振るって戦っているそうな。

 なので、パース商会の拠点であるカトリア領内の護衛もよろしくという依頼を俺に投げてくれたのだ。俺からすると、とても有難い申し出である。

 

 実際、商会の人らに任せるより俺の近くにいる方が安全ではあると思う。

 まだ商会の荒事担当を見てはいないが、流石に俺やルクスリリアやエリーゼほどステの高い人はいないだろう。例え元でも銀細工冒険者は、雇うのに金がかかるのだ。

 

 故に、俺が守護る。

 

「それじゃあよろしくお願いします」

「承りました。我が家名に誓って」

 

 という訳で、事の中心にいながら蚊帳の外である俺は、実行犯の片割れのジジイをエレークトラさんに引き渡し――貴族権限で門を開けてもらう事はできないようである――、俺の一党+グーラと彼女の一党は門が開くまで離れて待機する事になった。

 残るモブノは朝までラザニアにお任せである。いくら元銀細工持ちでも、武装と手足と目と鼻と耳と舌と金玉を失った状態でクソデカヘラジカには勝てないだろう。

 

「リリィ、そっち持ってて」

「あい~ッス」

「これは、ここでいいのよね……?」

「合ってる合ってる。そのまま……」

 

 という訳で、俺はアイテムボックスから自慢の最高級テントを取り出し、三人で協力して設営した。

 この高級テントは以前ルクスリリアと巨像迷宮で使ったモノと違い、いくつかの補助効果を付与してある魔法のテントだ。

 見た目は前世地球でいうデカいA型テントといった感じ。支柱も幕も魔法が施されているので、恐らく地球のより頑丈だ。何より設営がとても楽だ。ファンタジー舐めんな地球である。

 

「す、すごい……」

 

 そうして組み立てたテントに入ると、グーラはその内装に感嘆の声を上げた。

 俺も思う、このテントは実際凄い。天井には照明魔道具を吊るしてあるのでテント内は仄かに明るく、下にはダンジョン産の毛皮を使った絨毯が敷いてあるのでふかふかだ。

 おまけにテント自体にかけられた補助効果のお陰で防風防寒防暑がされてるので非常に快適だ。それに、これは一党六人用なのでとても広い。

 無論、サイズ相応に値段も重量もなかなかだが、それはそれである。俺にはアイテムボックスがあるし、武器に比べると安いからそこまででもない。なにより、ルクスリリアたちと快適なキャンプができるようになるのだから実質無料である。

 

「まぁ適当に座って」

「は、はい……ありがとうございます」

 

 テントの中、四人でトランプでもするかのようにして座る。

 それから、俺たちは改めてグーラと挨拶し、色んな話をした。どこそこ出身で、どんな事してたとか。

 俺が日本という国出身の異世界人である事を言うと、グーラは「はあ」と何言ってんだコイツ顔を返してきた。うん、これが普通だと思う。

 

「え!? エリーゼ様ってヴィーカ様の孫娘なんですか……!?」

「ええ、そうよ」

「ちなみに、アタシは勇者アレクシオスの子孫ッスよ~」

「すごい……! 皆さんとても尊い血を継いでるんですね……!」

「淫魔は大体そうよ。珍しくはないわ」

「それでも、獣拳記の英雄たちの血が続いてるのを知ると、なんだか感動です……!」

「獣拳記? なんスかソレ?」

「え? 知らないんですかっ?」

「英傑イライジャの生涯を記した英雄譚よ。私も古式のモノを一度読んだきりだけれど、内容は覚えているわ……」

「読んだ事あるんですね! 感動です……!」

「え、えぇ……」

 

 と、女子三人集まればうんたらかんたらは異世界でもそうだったらしく、いつの間にか俺は話の外に追いやられてしまった。

 だが、それでいい。俺は女の子同士が仲良くしてるのを見ると健康になる生態をしているのだ。

 

 ぐぅ~。

 

 するとその時、グーラのお腹から盛大な空腹音声が流れ始めた。

 そういえば、グーラは馬車襲撃以降逃げ通しで何も食べていないんだったな。

 

「保存食ならあるけど、食べる?」

「い、いえ! 空腹には慣れてるので……!」

 

 なんか悲しい事を返された。しかもマジでそうっぽいのが心に来る。

 なので、俺はアイテムボックスからありったけの保存食を放出する事にした。

 

「そういや、長期戦になるかもって店で買いこんでたッスよね、ご主人」

「そうだったわね。ダメになる前に食べないといけないわ……」

「え? え? え?」

 

 困惑するグーラを置いて、俺たち三人は率先してそれぞれ好きな物を食べ始めた。

 まるでパジャマパーティの様である。俺たちの真ん中には大皿に盛られた大量の食べ物。チーズに燻製に堅パンモドキ。中には保存魔法のかかった淫魔牛乳なんてのもある。

 俺とルクスリリアは淫魔チーズを、エリーゼはドライフルーツを手に取った。グーラはまごまごしている。

 

「グーラも好きなの食べて言いよ」

「そ、そんな! 私、食べ物を恵んで頂ける程の働きは……」

「あー、もうそういうのいいッスから! オラ! 淫魔チーズ食え!」

「もごぉ!?」

 

 開いた口におつまみサイズの淫魔チーズを突っ込まれたグーラは、少しの抵抗の後に固まってしまった。

 どうしたのかと思って見ていると、グーラは口に入れられたチーズをゆっくりもぐもぐ咀嚼し、嚥下した。

 それから、陶然とした面持ちで呟いた。

 

「美味し過ぎます……」

「でっしょ~」

 

 グーラの率直な感想に、ルクスリリアは上機嫌そうだ。

 それから、グーラにはひとつひとつ各々の好物を試食させた。その度に彼女は静かに、けれど感情の籠った「美味しい」を言った。

 

「こんな、こんな美味しい物、この世界にあったんですね……!」

 

 曰く、ド田舎村育ちのグーラにとって、ご馳走と言えば父が狩ってくる獣の肉か、あるいは森に自生している野イチゴみたいな果実だったらしい。

 そんなグーラからすると、農業に特化した夜森人(ダークエルフ)が栽培した果実で作るドライフルーツや、畜産最強種族の淫魔(サキュバス)が作るチーズや燻製肉は脳破壊級に美味かったようである。

 

「まだ残ってるから、どんどん食べていいよ」

「ありが、ありがとうございます……!」

 

 加えて、グーラはこれまで慢性的に空腹を感じていたそうである。ルクスリリア曰く、グーラは種族上もっと多くの魔力を吸収するか、多くの食事をするかしないといけなかったとか。

 だから大きくなれなかったのだと、背の低いルクスリリアは言った。その胸は平坦であった。

 

「え? じゃあ、ボク、いっぱい食べたら大きくなれるんですか……?」

「いやー、それは無理ッスね。アタシと同じで、もう大きくなるタイミング過ぎちゃってるッスよ」

 

 との事。グーラはこれ以上大きくならないのだ。

 いっぱい食べるロリの姿は最高である。エゴだが、できればそのままでいてほしい。

 

「アナタ、夜森人葡萄酒(ダークエルフ・ワイン)はあるかしら?」

「少しだけな。はい」

「ありがとう。ルクスリリアは?」

「アタシももらうッス。ご主人は飲まないんスか?」

「一応護衛してるからね、人間は酒に弱いから。グーラはどうする?」

「え? お酒ですか? の、飲んだ事ないです……」

「あれ? 飲んだ事ないんスか? 飲酒処女ッスか?」

「しょ? あ、はい。父さんも飲んでなかったので、どんなものかも良く分かりません……」

「そう……。いい機会だし、少し飲んでみてはどうかしら?」

「え? でも……」

「注いであげるわ」

 

 言うなり、エリーゼは返事も聞かずにグーラのコップに酒を注いだ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 酒に強いエリーゼである。酔ってる訳ではなく、アレはあえてやってるんだな。多分だが、多少強引に行った方がいいのだ。

 やがて勢いに乗せられるように、グーラは酒の入ったコップを傾けた。

 

「んっ、ふぅ……あ、美味しい……」

「ふふっ、でしょう?」

 

 率直なグーラの感想に、エリーゼも上機嫌そうだ。

 ルクスリリアもエリーゼも、なんかグーラをかわいがって遊んでるみたいな雰囲気である、まぁ悪い感じはない。

 

「まぁお酒は程々にね」

 

 俺の忠告もそっちのけで、女子三人はその後もキャイキャイと騒いだ。

 一応、このテントには防音機能もあるので声は漏れてないと思いたいが……。

 

 まあ、外にはラザニアがいるから大丈夫だろう。

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 しばらくすると、グーラは座った状態のまま、気を失うように眠ってしまった。

 怒涛の一日、美食の衝撃、初の飲酒で疲れたのだろう。俺は彼女を寝かせると、上から毛布をかけた。

 

「寝ちゃったッスね」

「子供だもの、仕方ないわ」

 

 と、見た目子供二人が会話している。とても愛らしい。

 

「二人も眠かったら寝ていいよ。俺は番してるからさ」

 

 実は俺、出発前に服用した不眠ポーションの影響で全く眠くないのである。

 なので寝ずの番を申し出たのだが、我が愛しの奴隷たちは二人して顔を見合わせると、やおら俺にしなだれかかってきた。

 

「そういえば~♡ 今日の分の吸精がまだッスよね~♡ いっぱい頑張ったんだし、ご褒美ほしいッス~♡」

「それもあるけれど、今宵のアナタはよく戦い抜いたわ。だから、私からはご褒美をあげるわ……♡」

 

 そうやって迫る二人に、俺は応える以外の選択肢がなかった。

 あ、でもノリで言いたい事がある。

 

「でもグーラいるし、外には冒険者も……」

「音立てなきゃいいんスよ♡」

「そうよ。それに、アナタのここは正直みたいだけれど……?」

 

 まぁテンプレである。

 俺は三人に、最も使い慣れた魔法である“清潔”をかけた。

 

 それから、テントの照明をオフにした。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 ピクリと耳が揺れる。僅かな物音を感知して、グーラはぼんやり目を覚ました。

 ゆっくりと、状況を認識していく。過去と現在を仮縫いして、五感の情報から自分の今を把握する。

 テントの照明は落とされ、辺りは暗くなっていた。けれど、夜目の利くグーラには問題なく見える明るさだった。

 

 目だけを動かし、物音の方を見る。

 そして、グーラはそれを見た。

 否、グーラの鋭敏な五感全てが、テント内でのソレを認識したのだ。

 

 僅かな水音。押し殺されて籠った声。謎の匂い。

 あえて何とは描写しないが、要するにアレの真っ最中を目撃したのである。

 それを見て、グーラは……。

 

(三人とも、何してるんだろう……?)

 

 よく分かっていなかった。

 

 ある意味、仕方のない事である。父はいるが母のいない家庭で育ち、且つ友達もいないグーラは男女のアレコレには極めて無知だった。

 彼女のソレ関係の知識など、せいぜい獣拳記にて描かれたほんのちょっぴりのラブコメ要素程度であり、その他書籍でも幸か不幸かそういう情報を目にする事はなかったのである。

 

 森に出た事も少ないので、動物同士のも見た事がなかった。

 父は亡き母に操を立てていたので、ばったり夜のレスリング現場に居合わせた事もなかった。

 村の隠れスポットでズポッとしてた若い男女も、家にいがちだったので見た事がなかった。

 

 そんなグーラは、テント内の三人が何をやってるのかを全く理解できなかった。

 そのうち、「寒いのかな?」みたいな事を考えていた。

 

 しばらく見ていると、事の真っ最中である赤い双眸と目が合った。淫魔のルクスリリア先輩である。

 視線が合うと、彼女の目が三日月に歪み、唇の前で人差し指を立てた。これは知っている。父がたまにやっていた、「静かに」のサインだ。

 

 頷くと、素直なグーラは、ルクスリリアの指示に従った。

 それから、ルクスリリアはまた三人で謎の行動を開始した。

 その姿を、グーラはじっと眺めていた。

 

 何をやってるのかは分からないが、皆必死になっていて、楽しそうだ。

 イシグロからも、ルクスリリアからも、エリーゼからも、嫌な感じの匂いがしなかった。

 そして何より、幸せそうであった。

 

 

 

 グーラは思う。

 

 ルクスリリアは、良い人だ。口下手な自分にアレコレと話しかけてくれるし、一緒にいると明るい気持ちにしてくれる。

 エリーゼも、良い人だ。最初は竜族と知って怖くなってしまったが、引っ込み思案な自分をリードしてくれる優しいお姉さんだ。

 イシグロという男も、多分良い人だ。沢山食べ物をくれたし、自分に生きてほしいと言ってくれた。こんな自分を肯定してくれた。

 

 まだ不安だし、怖いし、全然心を開いているとかではないが……。

 昔、皆から除け者にされた記憶が過って、自分から何かを言う勇気はでないけど……。

 楽しそうに、仲良くしている三人に、いつか自分も混ざりたいなと思った。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 興味のある方は是非、お気軽にご応募下さい。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

 これも投げてくれると喜びます。



 一応、捕捉しておくと、エレークトラがイシグロに話しかけていたのは、別に色恋云々ではありません。
 貴族の責務からくる行動です。イシグロの推理は半分間違いで、半分正解です。
 当然ですが、主人公の考えてる事は必ずしもその通りではありません。
 実際、主人公は前話まで自分の事を普通の人だと思っていました。


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ロリとはじめての女子会

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。推敲甘いのは仕様です。すみません。

 キャラのご応募もありがとうございます。いい感じにやる気に繋がっています。
 そろそろ次の企画をはじめたいと思ってます。まぁこっちはそんなに数集まるとは思いませんが……。

 今回は主人公の心境と、ロリ同士のお話回。
 後者は三人称です。

 我ながら、ちょっとズルい書き方をしています。


 翌朝、俺たちはエレークトラさんの一党と共に迷宮都市ヴィンスに入った。

 

 俺の一党は俺を先頭にグーラを囲んだトライフォース陣形で歩いた。一応この街は黒幕と思しきパース商会のおひざ元なので、グーラを守れるようにしているのだ。エレークトラさんの一党は皆バラバラで、トンファー少女なんかはいつの間にか買っていたフルーツを食べていた。

 ちなみに、ラザニアを街で歩かせる訳にはいかないので、モブノと爺さんは最も戦闘力の低いスキスキンさんに引きずってもらっている。とてもマッポーな光景だが、流石は異世界人といった感じで皆さんそこまで気にしてなかった。「あら、指名手配犯かしら?」「誰かは知らないけど、捕まって良かったわねー」みたいな会話が聞こえてきた。

 

「なんか、王都とは雰囲気違うな」

「そりゃ、王都は人類最大の都市ッスもん。あそこと比べるのは大間違いッス」

「そうなんだ」

 

 同じ異世界でも、ヴィンスの街並みは西区とは少し違っていた。あちらが石メインの建物が多いのに対し、こちらは木が多めに使われている。建物も三階建てがせいぜいで、四階建て五階建てが普通にあった西区よりも空が広々としている気がした。

 エレークトラさんの言っていた通り人々には活気があり、けれども西区よりは大人しい感じがする。というか、粗野な感じがないのだ。各種店舗の作りも異なり、西区よりも飲食店が少なく食材屋が多い印象で、どこか昔ながらの商店街といった感じがする。

 

「こちらが、通称“迷宮通り”です。この道を真っすぐ行って曲がったところに、転移神殿があります」

「なるほど、凄いですね」

 

 道行く人や屋台のおっちゃんなどはエレークトラさんに挨拶し、次いで俺やルクスリリアを見ては訝しげな目をしていた。

 怖がってるというより、お客さんかな? みたいな視線だ。王都では感じない類の目である。

 余所余所しさはあるが、剣呑な感じはない。これは領主の娘と一緒だからだろうか。彼ら、俺の所業を知ったらキレそうである。

 

「いい街ですね」

「でしょう? この街は三百年前に……」

 

 正直、雰囲気的には王都よりもこっちのが好みだ。 あっちが東京都新宿区歌舞伎町だとしたら、こっちは地方都市の商店街である。

 煌びやかさはないが、活気はある。街並みもこっちのがRPGっぽいし、なんか安心する。

 けど、住みたいとは思わなかった。

 

「……乞食が多いですね」

 

 通りの隙間を覗くと、そこには汚れた人間が座り込んでいる姿が見えた。

 思えば、俺は日本人視点治安の悪い王都西区で乞食を見る機会がなかったように思う。探せばいるのだろうが、俺の行動範囲内では見たことが無い。

 しかし、この街には普通にいた。煤か何かに塗れた男がいれば、通りを爆走している汚い少年もいる。幸いロリはいないが、それでもちょっと衝撃だった。

 

「由々しき事ですが、そこまでは手が回り切らず……。それに、王都には“止まり木協会”がありますから……」

「協会ですか?」

「はい」

 

 初めて聞くワードに、俺は首をかしげた。

 エレークトラさん曰く、“止まり木協会”とはとある上森人(ハイエルフ)の金細工持ち冒険者が築いた孤児救済組織であり、そこでは恵まれない子供や捨てられた子供が保護されているのだとか。

 目的は、先述の通り孤児の救済。保護された子供は、簡素ながら衣食住を提供され、ちょっとした仕事の斡旋をされるらしい。見込みのある子どもは高等な教育を受ける事ができ、中には商人や貴族の養子になる例もあったとか。一応国の援助を受けてはいるようだが、その運営費の殆どは創設者のポケットマネーと、志を同じくする同盟の金で賄われているらしい。

 本部は王都中央区にあり、それぞれ支部が四つ。それらの施設が各区にいくつか。見た事はないが、もしかしたら視界に入ってたかもしれないくらいには大きい組織であるようだ。

 

「確か、その冒険者の名は……」

「“翡翠魔弓”のアリエルだよ。金髪の上森人で、すっげぇ綺麗な髪してんだぜ! 顔もめっちゃ良くてな、目もすっげぇ綺麗なんだ!」

 

 そこに、鬼人少年ラフィが割り込んできた。

 彼はそのアリエルさんとは顔見知りらしく、語り口からして美女エルフなのだろう。彼女の事を話す表情は親しい者へのソレ……というか、がっつり鼻の下を伸ばしていた。

 

「アリエルさんとは、どういった方なのですか?」

 

 大体わかった。協会とは、要するに前世地球のアレとかコレとかソレとかに似た組織なのだろう。あるいは、ハイファンタジー系の作品でたまに見るアレとかコレとかソレとかだ。

 国の援助を受けているとの話ではあったが、それでも設立を自費でやるなんて大したものである。金細工だというし、強くて美人で高潔なんて凄いわね、キライジャナイワ。

 

「えーっと、すっげぇ美人で! すっげぇ髪綺麗で! すっげぇ強ぇ!」

「そうですか」

「あと、とにかく“子供第一”だな! 前会った時なんか、街中でガキ蹴ってた冒険者殺したんだよ。こう、短剣で! いやー、流石のオレもあれにゃビビッたね! だっていきなり、しかも無表情で殺ってたんだぜ? 戦ってる時のイシグロみたいだったな!」

「そ、そうですか」

 

 なんとなく、分かった気がした。多分、アリエルさんは近くて違う俺の同類モドキだ。もし蹴られてたのがロリだったら、俺も何かしらアクション起こしてただろうが、ショタだったら100パー無視した。

 それに、俺は別に子供第一って訳ではないしな。

 

 俺は極めて俗なロリコンであり、グーラにしたように可哀想なロリは全力で助けたいと思う。けれども、あまねく全てのロリを救いたいとか、一人でも可哀想なロリを減らそうと活動する気は全然ない。

 そもそも、奴隷を購入してる時点である程度の線引きはしているのだ。美少女か、否かである。実際、ルクスリリア購入前に見た大衆向け奴隷市場で売られてたロリ奴隷には、何かをしようとは思わなかったのだ。

 

 確かに、目の前でロリが蹴られてたり、手の届く範囲のロリの命が危ないとなったら、ついカッとなって助けにいくだろう。

 だが、それだけだ。グーラ級美少女ならともかく、そうでもないならそれじゃあバイバイとクールに去るだろう。後の事に想像を膨らませる事もなく。

 

「あ、そっか……」

「どしたッスか? ご主人?」

「いや、なんでもない」

 

 ここにきて、俺は近頃の俺の変質に気が付いた。

 思えば、俺のロリコンは日本からのモノだが、俺のロリコン的戦闘動機は異世界からのモノであった。

 要するに、手が大きくなったのだ。戦闘力、ステータス、チートの存在により、俺は俺の手の届く範囲が広くなって、けれども視点は前のまま。だから、前の手の感覚で顔見知りでもないロリのグーラの命を助けようとした。命賭けで。 

 

 前世、俺は普通のロリコンだった。世にあるロリコンテンツで欲望を満たし、法が許さないから犯罪をしてなかっただけの一般人。だからこそ、異世界で弾けた。

 俺は決して善人ではない。所有欲と独占欲に塗れたクズで、ロリの為なら命を賭けられるヤバい奴だ。異世界に来てから、これを自覚した。

 ほんと、クソな奴だね、俺は。そんな自分が嫌いじゃないし、今の環境も気に入ってる。

 

 ルクスリリアを見る。俺が最初に購入した、第一の奴隷を。

 それから、やっぱり思う。買って良かった。異世界来て良かった。出会えて良かった、と。

 

 ふぅと、ひと息。

 

 そう、改めて自身の性根を思い知り、俺は……。

 

「それでも、立派な方なんですね。アリエルさんは」

「ま、高位冒険者にしちゃ優しいのは確かだな。おっかねぇけど……」

 

 特に顧みる事はないなと思った。

 俺のスタンスは変わらない。奴隷制度は享受するし、ガチになるのは美少女限定で、遠くの悲劇には関わらない。

 場に居合わせたらカッとなるかもだが、長い目で見て動く気なんてサラサラないし、ロリを救う事で自己実現はできない。

 俺がいいなら、彼女等がいいなら、それでいいじゃん。そう思う。

 

「その協会は、同盟者以外からの寄付は募っていますか?」

「あ? まぁ多分な。そんな物好きいねーけど、イシグロはその気なのか?」

「微力ながら、そのつもりです」

 

 高尚な理念もないし、確固たる信念もない。クズだしゲスだしヤバい奴の自覚も最近した。

 そんなんだけど、少しくらい協会を応援しようと思った。

 偽善で結構、そういうのどうでもいいんで。

 

 人生、気持ち良い方にベットするのが一等良い。それだけである。

 

 

 

 

 

 

 それから俺たちは、まずギルドに行ってモブノを引き渡し、色んな書類を書いたり提出したりした。

 取り調べは後という事だったので、俺の一党は一旦退出してストゥア商会に行き、グーラ関連で色々やった。

 支部長にクリシュトーさんからの手紙を渡すと、グーラの護送は正式に俺が引き継ぐ事になった。出発は早い方がいい。さっさと報奨金もらって、下山するぜ。

 

 が、転移神殿に戻った俺を待っていたのは、取り調べという地獄だった。

 嘘を見抜く能力を持つという人の前で事実確認をされ、それはグーラとついてきたストゥア商会支部長にも及んだ。

 その時間はとても長く、午前から始まってお昼休憩なんかも挟んでまだ続いた。ルクスリリアとエリーゼは俺のアイテムボックス内にあった本を読み始める始末だ。

 

「揃っておるな、失礼する!」

「お待ちくださいお父様! まだ皆さんにはお伝えできてません!」

 

 そして、奴が来た。

 

「君がイシグロ・リキタカか! この度は娘が迷惑をかけた! この通り! 許されよ!」

「あ、いやそんな! 自分の方も荒っぽ過ぎ……」

「否! それもこれも弱い娘が全て悪い! 勝者がそのような態度を取るものではないぞ、リキタカ殿!」

「えぇ……!?」

 

 エレークトラさんの一党は既に終えているとの事だったが、さてそろそろ終わりかなという所にエレークトラ&エレークトラパパがエントリー。

 娘と同じ赤毛を持つエレークトラパパは、如何にもラリス貴族といった筋肉おじさんだった。彼は領主権限でギルド長やら当日勤務の職員やらを呼び出して伯爵流マッスル尋問を開始したのである。

 尋問の末、怒り狂った伯爵は強権を発動して件のパース商会の長を呼び出した。

 

「よし! 乗り込むぞエレークトラ! 名誉挽回の時だ! 気合を入れよ!」

「は、はいぃ……!」

 

 そうして、招集に応じなかったパース商会にしびれを切らした御領主様は。何か物騒な事を言い放って転移神殿を出ていった。すごい迫力だった。

 嵐の様な人だった。ギルド長、職員、ストゥア商会の支部長、あと俺たちはポツンとその場に残されてしまった。

 多分、異世界流の統治法が始まるんだろう。やはり、ラリスの貴族は極道である。

 

「もう帰っていいですか?」

「どうぞ……」

 

 結局、俺たちが解放されたのは夜になってからだった。

 この頃になると、服用した不眠ポーションの効果が切れていて、俺は眠くて仕方がなくなっていた。ご飯は転移神殿内のバーで軽く済ませ、今日はもう寝ようぜである。

 気持ち的には早めに西区に帰りたかったが、流石にこの状態で戻るのは色々と拙いだろうとの事で、俺たちはウィードさんおすすめのセキュリティーがしっかりした宿屋に泊まる事にした。

 

「普通、銀細工持ちはこれくらいの宿屋に住むもんですぜ?」

 

 とはウィードさんの談。

 そんな彼とはこの場でバイバイだ。報酬を手渡すと、機嫌よく振られた尻尾はヴィンスの街に消えていった。

 

「宿屋か……」

 

 道中、眠い頭で考える。

 確かに、稼ぎ的には今の宿屋よりもっと良いトコに住む事は可能である。

 これまでは俺とルクスリリアとエリーゼの三人でちょっと広めのワンルームみたいな部屋に住んでたが、グーラが来て四人となればいくら三人がロリでも手狭な気がする。

 引っ越し、考えとこう。

 

「はぁ~! 凄い部屋ッスね~!」

「確かに、人間の宿にしては上等ね」

「は、入って良いんでしょうか……?」

 

 通されたのは、広々としたホテルめいた部屋だった。

 宿泊人数に対して妙に椅子やソファの数が多く、照明魔道具もデザインがおしゃれである。床には絨毯が敷いてあり、壁も傷ひとつなく綺麗だった。あと、なんかマ・クベが喜びそうな壺が置いてあった。

 寝室は人数分あり、聞いた話によると、ここには部屋付きのお風呂があるらしい。入るのが楽しみである。

 

「リリィ、お風呂入ろう」

 

 ポーション切れでぼんやりしていた俺は、いつもの様にルクスリリアを風呂に誘った。

 しかし、いつもならすぐ乗ってくれるはずのルクスリリアは、隣にいたグーラを抱きしめて否を示した。

 

「きひひっ、今日はアタシたち三人で入るんで、ご主人はまた今度ッスよ~」

「え?」

 

 唖然としていると、エリーゼはすたすたとお風呂に向かって行った。

 

「そういう事よ」

「えっ……? い、いいんですかそんなの……!?」

 

 それから、三人は揃って風呂場に入った。俺、主人、二番風呂……。

 ルクスリリア購入からこれまで、ずっと一緒に風呂に入ってきたものだから、俺は俺で微妙にショックを受けていた。

 いや、奴隷の癖に増長するな! とかそういう事を言いたいのではなく、ただただロリとのお風呂タイムの除け者にされたのがショックだったのだ。

 俺、グーラにNTR食らった……? 俺はNTRモノが嫌いだ……。

 

「お先~ッス」

「なかなか広かったわね……」

「申し訳ありません、申し訳ありません……!」

 

 しばらくして、三人が風呂から上がってきた。ほかほかしていた。目の保養になる。

 

「淫魔牛乳置いとくね」

「あざーッス!」

 

 結局、俺は一人風呂に入った。一人の入浴など、いつぶりだろうか。

 

「今夜は私達三人で眠るから。アナタはあっちの寝室ね」

「お、おう……」

 

 風呂を出ると、寝室から出てきたエリーゼからそう言われてしまった。

 流石に今グーラに手を出す気はないが、それはそれとして二人は俺と寝るものと思っていたので、これまたショックである。

 よほど物欲しそうな顔をしていたのか、言葉の後にエリーゼは軽いキスをしてくれた。

 

 ぱたん、と閉じられた扉の先では、一つのベッドに美少女三人が乗っかっていた。

 幸せの光景である。

 

「……寝よう」

 

 こうなったら仕方ない。俺は一人で別の寝室に入った。

 襲撃とかあると怖いので、一応すぐ近くに無銘を立てかけておくのを忘れない。

 それから、怠い身体をベッドに沈めた。

 

「一人寝なんていつぶりだろう……」

 

 思えば、俺はこれまでそれなりの時間を二人とベッタリで過ごしていた。

 寝食を共にし、身体を洗い合い、迷宮では一党を組んで戦った。

 ここ最近の俺にとって、二人と離れる事は非日常になっていたのである。

 

 非日常といえば、昨日は本当に色々とあった。

 

 夜、クリシュトーさんが現れ、馬車襲撃の報を知り、居ても立っても居られずカッとなって飛び出した。

 森では生まれて初めてグロ死体を発見し、初めて冒険者と戦い、初めて人の身体を斬った。

 前世でも、異世界でも、完全に非日常である。

 

 こういう時……戦いが一段落した時というのは、アニメとか漫画なら大体主人公の心境描写が入るものだ。

 初めての戦いがフラッシュバックして寝れないとか。人を斬った感触が手から離れないとか。気が昂って仕方ないとか……。

 

「そうでもないな……」

 

 なのだが、今の俺にはそういう感傷はなかった。

 初の対人戦も、まぁ迷宮でヒトガタモンスターと戦う感じと似てたし。人斬るのもソレと同じだった。戦いの後に眠れないなんてのは、異世界に来てから一度もない。ずっと快眠だ。

 まあ、現実はそんなもんだろうと思う。俺は、俺。他所は他所である。そんな奴もいるだろう。

 

「これ、どうしよう……?」

 

 懊悩しないのは都合がいい。ちゃんと眠いのはよろしいが、それはそれとして困った事があった。

 戦闘後の昂り、これは確かにあったのだ。

 股間の方だが……。

 

 これも異世界に来てからの変化の一つだ。

 前世、俺はここまで絶倫じゃなかった。一体なにがどうしてこうなったのかは分からないが、俺の股間のロックバスターは今宵も点滅状態だった。

 眠いというのに、疲れているというのに、ベッドに入るとすぐ臨戦態勢()ちやがる……。

 

「寝よう……」

 

 が、今になってクリスタルボーイ化する気にはなれなかった。

 俺は努めて股間の昂りを無視しつつ、眠る事にした。

 

 早く治まるよう、ボーボボの事など考えながら……。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ルクスリリアたちは……。

 

「い、良いんでしょうか、ボクがこのようなベッドを使って……」

「いいんスよ。ご主人、そういう人じゃないッスもん」

「そ、それに……ご主人様よりも先に湯浴みをするなど……」

「まあ、普段は一緒に入ってるわね……」

「洗いっこしてるッスよ~」

「洗いっこ……!?」

 

 ベッドの上、淫魔と竜族と混合魔族のロリ三人は、寝っ転がりながら真夜中のお喋りをしていた。

 部屋に灯りはない。真っ暗だ。けれどこの中に夜目の利かない種族はいないので、お互いの顔から表情までしっかりと見えていた。

 ベッドの並び順は、右からルクスリリア、エリーゼ、グーラである。

 

「とても、信頼なさっているのですね、イシグロ様の事を……」

「ん、そッスね~」

「奴隷と主人ではあるけれど、決してそれだけの関係ではないと思っているわ……」

 

 それから、三人は色んな事を話した。

 テントでの会話の続きである。何気にルクスリリアもエリーゼもグーラ同様友達のいない身だったので、こういった事には飢えていたのだ。

 それも、相手が新しい奴隷仲間(かぞく)候補ならば、親睦を深めるのは無意味ではないだろう。

 

「二人は、普段はご主人様と寝ているんですか?」

「そうよ」

 

 グーラからの問いに、エリーゼはこともなげに答えた。

 その隣で、ルクスリリアは如何にもメスガキらしい笑みを浮かべていた。

 

「きひひっ、毎日寝てるし、毎日仲良くやってるッスよ~。グーラも見たッスよね、昨夜♡」

「はい。途中からですけど」

「あら、見ていたのね……」

 

 ん? と、ルクスリリアは首をかしげた。

 あら? と、エリーゼは疑問を抱いた。

 

 ルクスリリアは思う。そういえばと、今朝から観察していたが、グーラの様子は昨夜とさほど変化がないような気がした。

 努めて気にしないよう振る舞っていただけで、突っつけば可愛い反応が返ってくるものと思っていたのだ。けれど、実際にはとても淡泊なお返事である。

 

「ところで、昨夜のあの行動は、一体何なのでしょうか?」

「「え?」」

 

 そして、その時両者は知った。グーラが無知キャラである事を。

 二人ともグーラの境遇は聞かされていたが、聡明な彼女には当然として相応の性知識があるものと思っていたのだ。

 が、実際はそんな事はなかった。グーラの知識には偏りがあり、ルクスリリアのおちょくり大作戦はここに頓挫したのである。エリーゼはメスガキの企みに嘆息した。

 

「んー、あーっと……何なんスかね?」

「貴女の場合、“吸精”というのが適当なのではなくて?」

「ま、そッスね」

「吸精、ですか? 淫魔の種族特性の……。あれ? エリーゼ……は、竜族でしたよね? エリーゼも吸精を?」

「いいえ、私は違うわ」

「違うのですか? では、エリーゼは何の為に裸になってイシグロ様の舌をねぶっていたのですか?」

「よく、見えてたのね……」

 

 言うと、エリーゼは瞑目し、やがて答えた。

 

「愛を確かめ合っていたのよ」

「愛ですか?」

「ええ」

 

 愛、愛、愛……? グーラの褐色ケモミミボクっ娘ロリ思考が明後日の方向に飛んでいった。

 愛とは、勇者アレクシオスが度々女性に対して向ける感情の事ではなかったか。愛とは、好きの延長ではなかったか。つまり、恋とかそういうのではないのか……?

 獣拳記由来の極小ラブコメ回路が乱回転し、グーラの思考をぐちゃぐちゃにした。グーラの中で、奴隷と主人との間に“愛”が成立するとは思えなかったのである。

 

「ふ、二人は、イシグロ様の事が……好きなのですか?」

 

 なので、訊いてみる事にした。無自覚に、頬が少し赤くなっていた。それはそれとして、興味はあるのだ。

 訊かれた二人はキョトンとした表情になっていた。

 やがて、ほとんど同じタイミングで答えた。

 

「そッスね」

「ええ……」

 

 素直な返答に、素直なグーラの心は「そーなんだ」とひとまず納得する事にした。

 それから、獣拳記第三部外伝を読んだ時の様な胸のもぞもぞが鎌首をもたげてきた。

 

「リリィはイシグロ様を、どう好きなんですか?」

「ど、どうッスか? んー、そう言われると、どうなんッスかね? なんというか、一日目? いや二日目? にはもう大好きになってたからとしか……」

「じゃ、じゃあ……どんな感じで好きなんですか?」

「どんな感じッスか……?」

「こう、雄々しい鬣を見るとメスの本能が騒ぐとか。戦場での勇姿を見ると屈服したくなるとか……」

「ずいぶん偏っているわね……」

「あー、まあ……何というか、一緒にいるだけでいいとは、思うッスね……。できれば、一生……多分、知らないッスけど……」

「おぉ……!」

 

 素直な内心を口にすると、一部素直ではないルクスリリアは恥ずかしくなってしまった。

 ベッドの上での「好き♡」は簡単に言えるのに、向かい合っての「好き♡」は恥ずかしくて難しいものなのだ。

 

「エリーゼはどうなんですか?」

「私? 私は、そうね。愛しているわ」

「おぉ……!」

 

 顔を赤くして黙ってしまったルクスリリアに対して、エリーゼの反応はとても堂々としたものだった。

 恥じる事などないと言わんばかりのドヤ顔には、ある意味竜族らしい傲慢さがあった。

 

「ど、どういう風に、好きになったんですか……?」

「好き、というか。あっちが先に私を好きになったのよ。私はそれに応えたに過ぎないわ……」

 

 と、このように返すドヤ顔には、竜族らしい高慢さがたっぷりと含まれていた。

 この娘も、ルクスリリアとは別方向に素直ではない性質を持っているのだ。

 

「へぇー? 出会ってすぐ抱っこ要求してたじゃないッスかー」

「それは……! 彼の魔力が漏れ過ぎていたから、中てられたのよ……」

「えー、本当でござるッスかー?」

「うるさいわね……!」

 

 言うなり、ベッドの上で寝技を掛け合う二人。

 しかし、そこは前衛と後衛。寝技勝負は淫魔が勝利した。

 

「へへーん、ベッドの上の淫魔は世界最強なんスよーだ!」

「か、かとうしゅぞく……!」

 

 仲良しだなーと眺めていたグーラだったが、その時ふと思った。

 二人はイシグロが好き。話を聞くに、イシグロも二人が好き。好き合ってる同士、愛があるから裸の格闘訓練をしていたはずなのだ。

 

「今日は、吸精はしないんですか? エリーゼも、愛を確かめなくていいんですか?」

 

 なら、二人はなんで今、自分と一緒のベッドにいるのだろう? したいなら、今日もするものではないのか?

 もしかしたら、昨夜のアレは野外専用なのか。あるいは毎日はしないものなのか。その点、知識のないグーラにはさっぱりだった。

 

 グーラの問いには、エリーゼの背中に乗ったままのルクスリリアが答えた。

 

「アタシはしたいッスね。淫魔ッスもん」

「じゃあ、何で今日はなさらないんですか?」

「それはね、貴女と話す為よ」

「のわ!?」

 

 一瞬の隙を突いて上体を起こしたエリーゼは、ルクスリリアを押しのけて再び元の位置に戻った。

 ベッドから落ちたルクスリリアはふよふよ浮いてベッドに帰還した。

 

「ボクと話す、ですか?」

「ええ、そうよ……」

 

 今も話してるじゃないかと思うグーラだったが、そもそも本題に入ってはいないのだ。

 テンションの上がった三人の話題が二転三転していただけである。

 

「きひひっ、それはッスね……」

 

 そんなグーラに、ルクスリリアはこれまたいつものメスガキらしい笑みを向けた。

 エリーゼも、少しドヤっとした顔になっていた。

 グーラは困惑した。

 

 すぐに眠った主人と違い、奴隷少女たちの夜は長く続くのであった。




 感想投げてくれると喜びます。



 はい、ボスエネミー募集します。
 え? こんなの誰が送ってくれるんだ? と作者も思います。送ってくれると嬉しいです。
 レギュレーションは活動報告にて。

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 キャラ募集の方も引き続き受け付けています。
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 両方、投げてくれると喜びます。


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右手にロリを左手に剣を

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気が上がります。
 誤字報告も感謝です。我ながら凄い誤字多いですね! すみません。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。とても嬉しいです。
 ていうか、ボズ案は予想以上にもらえて驚いています。そのうち出ます。
 自分、あんまり思いつかないんですよね。



 ロ ッ テ リ ア ー !

 

 朝起きると、俺の股間にはオベリスクの巨神兵がそびえ立っていた。

 今にも遊戯王の神BGMがかかってきそうである。その威容はまさに“熱き決闘者”……いや“神の怒り”こそ相応しい。

 本能に従い、今すぐアクセルシンクロしたいところだが、俺のAIBOは別部屋にいる。ならばとソウルエナジーマックスをゴッドハンドクラッシャーしようにも、ダイレクトアタックする先がないのではどうしようもない。

 仕方ないのでベッドから起き上がっても、俺のカタパルトタートルは未だ射出準備を続けていた。

 

「……着替えるか」

 

 どうしようもない。俺は寝間着を脱いでそれをアイテムボックスにしまった。

 そうしていると、ふと視界に過るものがあった。

 

「姿見か……」

 

 鏡だ。そういえばこの世界で鏡を見たのは高級防具屋くらいであり、宿屋や転移神殿には置いていなかったように思う。結構高級品なのかもしれない。

 その鏡は異世界では小柄な方である俺の全身をしっかりカバーできるくらい大きく、鏡面は約半年に及ぶ迷宮探索で鍛えられし我が肉体をくっきり映していた。

 

 全裸で鏡の前に立つ。

 それにしても、良い身体になったと思う。ボディビルダーの様なムキムキではない。プロレスラーの様なガチムチでもない。強いて言うなら、自衛官の身体に近い気がする。リリィ購入直後より、気持ち筋肉量が増してるか。

 逞しく、それでいて美しい身体である。前までは小さな傷跡が沢山あったが、エリーゼのお陰でそれらは消えて以前よりもツルツルお肌になった。なお、当のエリーゼは「古傷のある身体の方が煽情的だったわ……」との見解だった。俺とルクスリリアは困惑した。

 

「ふん……!」

 

 なんとなく、サイドチェストしてみる。うん、キレてるな。

 この世界、見た目と膂力ステが一致しないなんてのはよくある事である。リリィなんてベッド程度ひょいっと持ち上げれるし、エリーゼも余裕だろう。けれども、俺の経験がこうやって肉体に反映されているのを見ると感慨深いものがあった。

 

「はい、ダブルバイセップス!」

 

 楽しくなって、次々とマッスルポーズを取っていく。

 なるほど、サンレッドのOPの歌詞の気持ちが分かる。これは結構自己肯定感のアガる行いだ。我ながらウットリする肉体美である。

 あと、俺の股間は未だに元気はつらつだった。雄々しいダブルバイセップスの真ん中では、寂しそうなダンベルが次の使用を待っていた。

 

「……止めよう」

 

 うん、仕上がった肉体には感慨深いものはあるが、出来上がった巨塔を見ると虚しくなる。

 俺はマッスルポーズを終え、コンソールを開いて、防具を装備し……。

 

「おはよ~ッス。愛しの第一奴隷ちゃんが起こしに来たッスよ……お?」

「あ……」

 

 振り向いて、目が合う。

 それから、ルクスリリアの視線は少し下に向かい……。

 

「あは~♡♡♡」

 

 満面のメスガキスマイルになった。

 目がハートである。

 

 

 

 その朝、俺はメスガキに負けた。

 こういうのも良いなと思った、まる。

 

 イシグロの じょうたいいじょうが かいふくした!

 

 

 

 

 

 

 襲撃とか、闇討ちとか、破れかぶれの特攻とか……。

 特に何事もなく、俺たちは迷宮都市ヴィンスを出る事ができた。

 

 朝食後、諸々の支度を終えて一度ストゥア商会に挨拶して、そのまま門に向かった。

 道中、俺は腰の無銘を確かめつつ歩き、ルクスリリアとエリーゼにもしっかり武装させていた。

 来るなら来い、というテンションだったが、結局誰一人来る事はなかった。街の様子も変わらない。いい感じの活気がある。

 

「リリィ、ラザニア呼んで」

「うッス。来るッスよ、ラザニア!」

 

 門を出てしばらく歩き、近くに誰もいないのを確認してから、ラザニアを召喚する。

 やがて召喚陣からヌルッと出てきたヘラジカには、門番や行商人たちからの注目が集まった。一応、ギルドからはOKが出てるのでこの大型動物は合法である。

 

「今から空飛んで王都向かうから、これに乗ってね」

「は、はい……!」

 

 先日、グーラは一度ラザニアに乗ってもらっていたが、流石にこれで空を往くのは緊張するらしい。

 浮遊して騎乗したルクスリリアを先頭に、グーラとエリーゼと俺の順番で乗り込む。

 鐙とかシートベルトなんてのはないが、そういうのはラザニアの風魔法でなんとかしてくれるので問題ないのだ。

 

「よし、行こうラザニア」

 

 合図を出すと、賢いラザニアは軽やかに駆け出し、翼を広げ勢いに乗って離陸した。

 グングンと高度を上げていき、あっと言う間にヴィンス全体を見下ろせる高さになった。

 

「うわぁ……!」

 

 風を切って飛んでいくと、グーラはルクスリリアの胴体にしがみついていた

 高所恐怖症という感じはないが、それでも初見のコレはびっくりするよな。俺はバカなので高いとテンション上がっちゃうが。

 

「あら、貴女飛べるんじゃなかったかしら?」

「ぼ、ボクのは走れるだけで自由自在じゃないんですよぉ……。ここまで高く飛んだ事もないです……!」

「まぁいざとなったら空中でキャッチしてあげるッスよ」

「お、お願いしますね……!?」

 

 などと会話をしながら、森越え山越え名前の知らない町を越え……。

 街道を無視してショートカットしまくった結果、一度休憩を挟んだ上で、俺たちは昼前に王都に着く事ができた。

 

「こ、怖かったけど……面白かったです……。ありがとうございます、ラザニアさん……」

 

 召喚獣を戻す前、そう言ってグーラはラザニアを撫で撫でした。

 ラザニアはフンと鼻息を吹いて大鎌に戻って行った。

 どうやら、俺やエリーゼ同様、グーラもラザニアチェックが通った様である。なお、契約者であるルクスリリアの事は今でもちょっと下に見てる模様。

 

 さて、門をくぐって王都西区。

 手紙によると、昨日からストゥア商会とパース商会で抗争中との事だったが、街の様子はいつもと変化がなかった。相変わらず賑やかで、相変わらず人が多い。良くも悪くもヴィンスとは大違いだ。

 そんな西区に、田舎育ちのグーラは目を回している様だった。人混みの中、無意識だろうか、何かを避けた拍子に俺の手を握ってきた。

 

「あ、すみません……!」

「いいよ、このまま行こう」

「じゃあアタシはこっちッスね」

「バランスが悪いわ。私はこちら側ね」

「え? え、あの……?」

 

 そのまま、四人で手を繋いで西区を歩く。

 向かう先は、クリシュトーさんの奴隷商館だ。

 

 

 

「イシグロ様、よくぞご無事で……」

 

 久しぶりに来た奴隷商館にて、つい先日会ったばかりのクリシュトーさんとご対面である。その表情は以前会った時よりも疲れているように見えた。

 いつもの応接室では俺とクリシュトーさんがソファで向かい合っていて、ルクスリリアとエリーゼには後ろで待機してもらっていた。

 グーラは今、専用の魔法施術室で契約魔術をかけられている最中だ。別れ際、リリィ達とは「またね」みたいな会話をして、俺には「行って参ります」と覚悟の決まった言葉が贈られた。

 

「こちらこそ、クリシュトーさんが無事で安心しました」

「はは……何とか生き延びております」

 

 しばし、お互いの近況報告をする。

 曰く、手紙にあった通り昨日のクリシュトーさんは相当な鉄火場に身を置いていた様だった。秘密の通路で拠点から拠点を移動したり、一度あちら側の手練れに襲撃を受けたりもしたらしい。

 しかしそこは大手のストゥア商会。専属の元冒険者たちは見事クリシュトーさんを守り抜き、何とか生き延びる事ができたのだ。

 

「結局、抗争の方はどうなったのですか?」

「現在は沈静化しています。元々、パース商会でも一部の者のみの犯行という事で、多くの従業員は何も知らされていなかった様です」

 

 調査の結果、事はパース商会のトップと一部幹部がモブノ等犯罪者組織と組んでストゥア商会を蹴落とす長期作戦の前準備であったらしい。が、発動前に情報が洩れ、上はもみ消そうとしたが現場が暴走してなあなあで開戦。もうどうしようもねぇとなって上も下も右も左もてんやわんやの大激戦になったとか。

 で、モブノと契約する際の報酬がグーラの存在だったと。いまいち実感はないが、モブノという男はこの世界では名の知れた悪党であったらしい。冒険者時代からレアで強力な魔族奴隷を調教して感情のない戦闘マシーンにするという性癖の持ち主だった様だ。が、いつしか性癖が暴走し、冒険者を辞めて山賊モドキになったと……。

 

「今後はどうなると思いますか?」

「先ほど届いた情報によると、本部もカトリア伯爵の手が入った様ですし、向こうの力は大きく減じる事でしょう。商会自体は存続するかと思われますが、業界からの信頼は地に落ちました。優秀な者には前々からスカウトをかけているので、そのうち細かく分裂するのではないでしょうか」

「報復とかしてきませんか?」

「可能性はあり得ます。が、それはストゥア商会への報復でしょう。今イシグロ様に手を出しても、全く利益がありませんからね」

「そうですか……」

 

 クリシュトーさんの言葉に、俺は無自覚に入ってた肩の力を抜く事ができた。

 ま、これにて一件落着といったところか。RPGとか活劇とかだったら、むしろ今からボスが登場してどったんばったんするんだろうが、俺は主人公ではないのだ。こういう終わり方でいい。

 

「さて、今回の取引についてですが……」

 

 俺の安心を察してか、クリシュトーさんは気持ち軽快に奴隷売買用の書類を出してきた。

 契約魔術用の書類に、決裁用の書類。後は俺の名前を記入するだけで完了する状態だ。

 

「ん?」

 

 確認もそこそこにサインしようと思ったが、ふと気になるところがあった。

 決済用書類、グーラの値段が王都出発前の見積もりと違うのだ。 

 

「クリシュトーさん、これなんですけど……」

「間違っていません」

 

 訊いてみると、疲れを隠して真剣そうな表情を作ったクリシュトーさんは、丁寧に深々と頭を下げた。

 俺視点、英国紳士風おじさんの頭頂部が見える構図だ。

 

「この度は、イシグロ様に大変ご迷惑をおかけしました。もしイシグロ様のお力がなければ、私は……いえ、我が商会にはもっと多くの被害が出ていた事でしょう。イシグロ様がグーラを救出してくれたからこそ、今の私が在るものと思っています。これは、せめてもの償いでございます」

 

 本来、グーラの値段は5億ルァレだった。

 流石にエリーゼほどではないが、それにしても高額だ。この店の平均は大きく超えているし、今館にいる高級奴隷の誰よりも高額だろう。

 その上での、5億である。グーラには、それだけの価値があったのだ。それを、今回のクリシュトーさんからの依頼の報酬と同額にしてくれたのだ。あまつさえ、追加依頼分の報酬で経費もチャラにできる状態である。俺からすると、少し貰い過ぎな感がせんでもない。

 

「いいんですか? 自分は半ば無理矢理クリシュトーさんから依頼を出させた様なものなのに……」

「むしろ、受け取って頂かないと私が困ってしまいます。冒険者には冒険者の、商人には商人の矜持や面子というものがございます。どうか……」

「そう仰るのであれば……」

 

 なんか申し訳ない気持ちになりつつ、俺はこれを受ける事にした。まあ、損はないのだ。

 

 それから、未だ書けない異世界文字ではなく日本語で契約書にサインし、お金を渡して契約成立である。

 あとはグーラにドッグタグめいた奴隷証をかければ、完了だ。

 

 

 

「入ってください」

 

 しばらく、ヴィンスで起こった事など話していると、応接室のドアがノックされた。

 クリシュトーさんが許可を出すと、ガチャリと扉が開かれた。

 

「し、失礼します……!」

 

 開いた扉の先には、少しおしゃれになったグーラの姿があった。

 

 健康的な印象の褐色肌に、艶のある黒髪。狼の様な金の双眸は、集まった視線から逃げるように下を向いていた。柴犬の様な三角耳はピンと立ち、俺視点見えない二股の尻尾も耳と同じく上を向いているのだろう。

 グーラという美少女は、厳つい種族名や物騒な種族特性に似合わず、大人しそうであどけない顔立ちをしている。初対面時、暴走状態の彼女の目は限界まで吊り上がっていたが、普段の彼女は丸っこいタレ目である。

 身長はエリーゼより少し高い程度で、ロリコン計測で145あるかないかくらいだ。身体付きはエリーゼよりもなお華奢で、胸にもお腹にもロクな脂肪がついていない。

 

 また、奴隷商館にてグーラに着せられた服はルクスリリアとは別ベクトルで露出度が高かった。上はヘソ出しのタンクトップみたいなので、下は太もも全開のショートパンツ。その上から申し訳程度のジャケットを羽織っている。

 なんとなく、異世界スポーツ少女といった印象の服である。中身は文学少女だが、俺はそういうの嫌いじゃない。

 

「あ、改めまして、グーラです……! 獣系の混合魔族(キメラ)で、えと……炎と雷を使う事ができます……! 今までは、写本をしてました……。が、がんばります……!」

 

 そんな服だけスポーツ少女は、緊張マックスの上ずった声で頭を下げた。

 多分、これまでこんな服を着た事はなかったのだろう。恥ずかしそうではないが、着慣れない感じがあった。

 ジャケットといい、靴といい、どれも質の高い物で揃えてある。ちなみに、これも購入セットに含まれている。

 

「イシグロ様、奴隷証はこちらに」

「はい」

 

 クリシュトーさんから奴隷用ドッグタグを受け取ると、俺はグーラの前まで歩いた。

 跪き、目線を合わせる。グーラの大きな丸い瞳が、弱々しく俺の目を見ていた。それからゆっくりと、小さくて細い首に鎖を通していった。

 

 やがて、かちゃりと魔法式の鎖が繋がった。

 

「これからよろしく、グーラ」

「は、はい……!」

 

 すると、待ってましたとばかりに背後から淫魔と竜族の二人が寄ってきた。

 

「いいッスか? これからビシビシ鍛えていくッスよ! 後輩!」

「はい……! せ、精一杯、お役に立てるよう頑張ります……!」

「大丈夫よ、貴女なら……」

「はい……!」

 

 その光景を、クリシュトーさんは安堵した様な表情で見ていた。

 俺も、ようやっと地に足がついた気分になった。

 帰ってきた、という感じだ。

 

 何はともあれ、騒動はおしまいである。

 

 

 

 さて、色々あったけど、これからやる事は多い。

 引っ越しもしなきゃだし、日用品も買わないといけない。分からない事も多いので、彼女の種族についても調べよう。

 グーラの特性の確認や、オーダーメイド装備も買わないといけないし、当座のジョブと育成方針も決めないとな。

 何より、しっかりとグーラからの信頼を得ないと……。

 

 やっと、異世界の日常に戻ってきた気分だ。

 異世界ハクスラ生活、再開である。




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原初のロリ、見上げるロリコン

 感想・評価など、ありがとうございます。マジでやる気に繋がってます。
 誤字報告も感謝です。助かってます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。そのうち出てきます。やる気に繋がっています。
 ありがたいですね。ぶっちゃけ他力本願です。
ボスとか思いつかねぇですわ。 

 迷宮に行くのはもう少し先ですが。


 さて、何やかやありつつ無事グーラを購入できた俺は、奴隷商館を出てすぐにとある問題を解決すべく行動する事となった。

 お部屋問題である。

 

 今は西区の少し外れにある中級宿屋の広いワンルームを借りているのだが、グーラ含めて四人暮らしとなるとあそこはちと狭い。

 宿屋的には何人でも泊まっていいらしいが、あそこの適正人数は恐らく2人だろう。そこにエリーゼを入れても大丈夫だったのは、ルクスリリアもエリーゼもロリだからだ。同じベッドで寝ても割と余裕があったのである。

 同じベッドで寝るのは確定的に明らかなので、確定的に明らかなので、これは解決しないといけない問題なのである。そうなるとデカいベッドがあるか、デカいベッドを置いていい部屋が望ましい。

 

 という訳で、引っ越しである。

 

「引っ越すったって、どっかアテはあるんスか? ご主人」

「特には。けど、転移神殿の近くには良い宿屋があるはず」

 

 そのまま、俺は一度いつもの宿屋に戻って店主にバイバイを告げ、いい感じの宿屋を求め転移神殿周辺へと向かっていった。元々荷物は全部アイテムボックスに入れてるからとても楽である。

 お馴染み転移神殿の周りは西区内では高級店が並んでいるエリアだ。きっとそこには冒険者用の宿屋もあるはずである。人混みに目を回しているグーラを連れて、宿屋探しの旅を開始した。

 

「あら、あそこなんてどうかしら?」

 

 神殿近く、エリーゼの示す先には、確かに質の高そうな建物があった。ちょうど昨夜泊まったヴィンスの高級宿屋に近い印象である。

 入ってみると、そこはまさに高級ホテルといった雰囲気で、よくある一階食堂系の宿屋ではなかった。マ・クベの喜びそうな壺がぽんぽん置かれている。

 

「すみませ~ん」

 

 と、一度中を見せてもらおうとしたのだが……。

 

「申し訳ありません。現在、我が店は全室長期契約済みでして……空き室がありません……」

 

 との事だった。

 

 仕方ないので他の店を当たってはみたが、どこも似たような状態だった。

 全室ダメっていうのは最初の宿屋限定の現象だったが、それでもほとんどの部屋を一つの同盟メンバーで占めているケースが多く、そこではちょっと落ち着かない気がした。

 プッツン来ると即殺し合いの銀細工界隈である。大きな同盟とは少し距離を置きたいところ。

 

「見つからないッスね~」

「いっそ宿屋を貸し切るというのはどうかしら?」

「いやそれはちょっと……」

 

 そうなると、条件に合う宿屋は神殿付近にはないっぽいんだよな。

 どうなるか悩んでいると、グーラが不安そうな顔になっていた。

 

「すみません……あ、あの、ボクは普通に床で寝ますから……。いえ、村ではほとんどそんな感じだったので……」

 

 どうやら、自分の加入のせいで俺たちが困ってるのに引け目を感じている様だった。

 確かに、奴隷事情的にはそんなのは普通なのだろう。が、同じベッドで寝る事は確定なので。是が非でも良い部屋を見つけないといけない。

 

「ま、別に高級宿じゃない、普通の広い宿屋に行けばいいだけだな」

 

 方針を切り替え、神殿から離れていく。

 少し歩くだけで西区は表情を変える。慣れた噴水広場に着くと、たくさんある屋台から肉汁の焼ける匂いや何かを脂で揚げた様な匂いが鼻孔を擽った。

 食欲のそそる匂いを嗅ぐと、自然と小腹が空いてくる。ルクスリリア達を見ると、三人も同じような気持ちになってる様だった。グーラは見慣れない料理や嗅ぎ慣れない匂いに辺りをキョロキョロしては鼻をスンスンしていた。

 

「何か適当に食べようか」

「賛成~ッス! てな訳でご主人、お小遣いちょうだいッス♡」

「しょうがないなぁリリ太くんは」

 

 宿屋探しは一旦休憩して、食欲を満たす事にした。

 ルクスリリアにお金を渡し、何か適当な物を買ってきてもらう。三人はあれでもないこれでもないと屋台を物色し始めた。

 まるで……というか、お祭りではしゃぐロリそのものである。すげぇ良い。喧騒に掻き消えて三人の会話は聞こえないが、なんとなく分かる。グーラが見たことない料理を訊いて、ルクスリリアが答え、エリーゼが解説しているのだろう。目の保養になる。

 

「お? イシグロじゃねぇか」

 

 声に振り向くと、そこには完全オフの恰好をしたギルドの受付おじさんがいた。彼は右手に淫魔ソーセージの刺さった串を持っていた。

 

「こんにちは。今日は休みですか?」

「まあな。イシグロは今日は一人か? 珍しいな」

「いえ、あそこに……」

 

 指差した先では、愛しのロリ奴隷三人娘がサンドイッチモドキの屋台の前でアレコレ話してる姿があった。

 多分、中身をどうするか話しているのだろう。予想だが、ルクスリリアが卵多めとかその辺で、エリーゼが野菜多め。グーラは分からないが、二人の話を聞きながらメニューを眺める彼女の二股尻尾はぴこぴこ揺れていた。

 

「見ねぇのもいるな。ありゃ、新しい奴隷か? ん? 尻尾が二つ……?」

「ええ、ついさっき購入しました。名前はグーラで、獄炎犬(ヘルハウンド)轟雷狼(らいじゅう)混合魔族(キメラ)です」

「き、キメラ……? いや、なるほどな……。へっ、そういう事かよ……」

 

 どういう事なのかは分からないが、おじさんは納得した様な顔をしていた。

 

「ギルドには後に報告しますので、彼女の種族についてはあまり吹聴しないようお願いします」

「分かってるさ。そりゃ、伝説の種族だもんな……」

 

 流石のギルド職員ぶりで、おじさんは種族についても博識だった。

 そういえばと、ちょうどいいので王都民であるおじさんに宿について訊く事にした。

 

「ところで、ひとつ伺いたい事があるのですが……」

「あ? 引っ越し?」

 

 それからしばらく、俺はおじさんから世間話という体で西区の良い宿屋について訊く事ができた。

 おじさんの話は確かに街をブラつくだけでは知り得ない事ばかりだった。とても参考になる。

 

「なるほど、これから見てこようと思います。ありがとうございます」

「ま、噂話だぜ。紹介はしてねぇからな」

「存じています」

 

 そうこうしていると、手に手にサンドイッチとハンバーガーがポタラ合体したみたいな食べ物を持ったルクスリリアがやってきた。

 後ろでは予想通り野菜多めのを注文したエリーゼと、果実系のを持ったグーラが続いた。

 

「おいッス~、ラリスサンド買ってきたッスよ~」

「ありがとう」

 

 渡された片方を手に取ると、俺はエリーゼの隣でおじさんを見ているグーラに手招きした。

 

「グーラは初めてだよね。こちら、俺がお世話になってるギルド職員さん、挨拶して」

「は、はい……!」

 

 おずおず近づいてきたグーラは、ピシッと起立しておじさんを見上げた。

 その拍子に尻尾と耳がピンと立ったのが可愛かった。

 

「ぐ、グーラと申します……! この度、イシグロ様の一党に加えて頂ける栄誉を授かりました……! あと、えーっと、頑張りたいと思います……!」

 

 言い終え、勢いよく頭を下げた。

 ていうか、今更だけどこういう頭を下げる文化は異世界にもあるんだな。不思議とこれまで注目する事はなかったが……。今度エリーゼに異世界マナー教室を開いてもらおう。

 

「おう。イシグロも、しっかり生きて帰ってこいよ」

「はい」

 

 言って、おじさんはソーセージをひらひらさせながらクールに去って行った。

 おじさんはくたびれたおじさんって雰囲気だが、あれはあれでしっかりした大人って感じである。

 

「じゃ、座って食べようか」

 

 それから、広場の隅のベンチに並んで座り、ぼんやり風景を眺めながら異世界軽食を食べた。

 祭りの日でもないというのに、西区は今日も祭りみたいな活気があった。

 そんな中、ロリと並んで屋台で売ってるモノを食べる時間というのは、なんだか青春みを感じた。

 

「ご主人、それ一口ちょうだいッス!」

「ん、いいよ」

「あ~ん♡」

「む……アナタ、私のも一口いかがかしら?」

「わぁ、これ獣拳記第三部外伝で読んだ奴……!」

 

 ちなみに、俺に渡されたラリスサンドは、何か美味そうな具を全力で詰め込んだ様なデラックス仕様だった。

 美味しかったが、カオスな味だった。

 

 

 

 

 

 

「ひょえー、けっこう綺麗なもんッスね~」

「ええ、魔力に淀みがないわ……」

「ま、窓が透明です……!」

 

 昼食後、俺たちは受付おじさんの話に出てきた優良宿屋へとやってきた。そんで、すぐ契約した。

 場所は転移神殿エリアと繁華街エリアの境目。宿泊部屋が少ない、四階建ての宿屋。その最上階である。

 一階は以前と同様食堂になっており、そこは大衆食堂というよりちょっと特別な日に食べにくる系の高級店だった。二階は小さな賭場や異世界ボドゲを楽しめるバーになっていて、三階には両店主とその家族が住んでおり、最上階に宿部屋がある。が、宣伝不足なのかこの事を知ってる人は少ない様だ。

 またおじさん情報によると、この宿屋は設備は整ってるが、整い過ぎてるので無駄に宿泊料金が高く、よほどの人でもない限り連泊しないらしい。そも、エレベーターのない異世界は最上階が好かれない。

 

「うわっ……! 見て見てご主人! これ冷房機能あるッスよ! ほら!」

 

 広い広いリビングにて、魔導式暖炉を弄っていたルクスリリアがはしゃいでいた。

 それから魔道具に魔力を流すと、その暖炉部分からブワッ! と冷気が解放され、一気に室温が下がった。暖炉、というか暖炉型の魔導式エアコンだな。

 夏真っ盛りの今だと有難い機能である。まあ、異世界ナイズドされた俺の肉体はこの程度の暑さは全然辛くないが。

 

「確かにすごいな……」

「こっちは氷作れるみたいッスよ。こうッスかね?」

「おぉ、できた。いやデカいな」

「火酒に合いそうッス!」

 

 此処は所謂2LDKといった感じの部屋であり、デカいベッドの置かれた寝室と、物置っぽい雰囲気の部屋と、かつての宿よりも広いリビングで構成されていた。

 リビングには色んな魔道具が置かれていて、暖炉みたいな形をしている冷暖房魔道具と、キッチンっぽい場所にはコンロめいた湯沸かし魔道具や、冷蔵庫めいた製氷魔道具が置いてある。出来た氷は大きいのが一つドンのスタイルだった。豪快である。

 

「悪くないわね……」

 

 それと、予め備え付けになってるソファも前の宿屋よりも上等で、ヴィンスで泊まった宿に勝るとも劣らぬクオリティだった。

 床はヴィンス宿と違い木材むき出しだが、ボロい感じは一切ない。俺的にはこっちのが落ち着く。

 

「これは、何でしょうか……?」

「食事のメニューでしょう?」

「それが何故ここに?」

「持ってきてくれるんじゃないかな?」

「えっ? なんでそんな事を……?」

 

 また、リビングには色んな料理名が書かれたメニュー表があり、店主曰く注文すれば部屋まで届けてくれるらしいのだ。

 これまではルクスリリアかエリーゼに取ってきてもらっていたが、これからはそれもしなくて良くなった訳だ。何気にとても有難いサービスである。なお、料理はどれもお高い模様。

 

「もう遅いし、そろそろ夜ご飯にしよっか」

 

 実際、透明度の高いガラス窓から見える外は既に暗くなり始めていた。

 夜と同時に眠る異世界人的には、けっこう遅い時間帯である。

 グーラ歓迎会は、ここで開くとしよう。

 

 

 

「うわぁ……!」

 

 しばらく後、大きなテーブルいっぱいに沢山の料理が置かれる事となった。

 まるでモンハンシリーズのネコ飯を全種類再現したかの様な光景である。肉にスープに謎の串焼き、煮物揚げ物なんでもござれといった感じだ。

 以前、エリーゼをお迎えした日に食べたのがカラオケのパーティメニューだとしたら、こっちは体育会系のドカ盛りパーティメニューである。前の俺なら無理だっただろうが、今の俺なら多分いける。

 

「エリーゼ、麦酒取って」

「あら、なら私が酌をしてあげるわ」

「グーラは酒ッスか? 果実水ッスか?」

「えと。なら……甘いお酒を……」

 

 テーブルは無駄に大きな長方形タイプで、俺は所謂お誕生日席に座っていた。ルクスリリアの隣にグーラがいて、その対面にエリーゼがいる感じだ。

 全員に飲み物が行き渡ったところで、俺は事前にエリーゼから聞いた異世界式の乾杯の音頭を取った。

 

「我が一党にようこそ、グーラ。歓迎する」

「歓迎するッス!」

「歓迎するわ」

「ありがとうございます。お、お先に失礼……!」

 

 それから、最後に歓迎される側のグーラが杯を掲げ、一口飲む。それに続いて俺たちも一口。これで完了である。

 異世界の乾杯に長い挨拶はいらない。というか、これは古式の歓迎法らしく、最近の冒険者はこういう歓迎の儀式自体やらないらしい。せいぜい、同盟や一党で騒ぐ際に軽く名乗らせるくらいだとか。

 けれどそこは古典好きのエリーゼである。是非やってみたいとの事で、グーラの歓迎会でやる事にしたのだ。

 

「んっ、ふぅ……美味しいです、とても……!」

「料理もいっぱいあるから、どんどん食べてね」

「ありがとうございます……!」

 

 それから、俺たちはモンハンスケールの異世界飯を食べ始めた。

 机の上には肉、魚、チーズに酒にパンモドキ等々いっぱいある。俺は異世界のメシ流儀に則りスープを椀ごと持って飲んだ。王都に出汁を取る文化があって良かったと思える味である。

 ルクスリリアはいつもの淫魔シチューを食べ、エリーゼは優雅に食器を使っている。グーラは初めての銀食器に悪戦苦闘しながら一生懸命食べていた。

 

「んぐっ、美味しい……! 美味しいです、これ!」

「それはドワーフニンジンよ。太くて小さくて、鉱人(ドワーフ)みたいでしょう……?」

「ど、ドワーフニンジン……!」

「グーラ、これも食べてみるといいッスよ。淫魔王国産の豚肉の煮込みッス!」

「ありがとうございます……。んっ、んん~っ!? ほひひふひはふっ!」

「とりあえず飲みこみなさい……」

 

 食事中、グーラはどの料理を食べても毎回若干オーバーな程のリアクションを取った。保存食の味に感動していたグーラである。出来上がりほやほやの高級飯はさぞ刺激的だったのだろう。

 今朝も昼もあっさりめだったからな。何気に今回のが初の王都メシといったところか。

 

「美味しいです……! 本当に美味しいです……!」

 

 そのうち、グーラはご飯を食べながら涙を流しはじめた。

 笑顔で泣きながら飯を食べる姿に、俺たち三人は顔を見合わせた。

 この気持ち何なんだろうね。うん、なんだろう、うん……。

 

「料理はまだまだあるから、焦らなくていいよ」

「はい……! ありがとうございます……!」

 

 分からないが、とにかくグーラにはお腹いっぱいになってもらおうと思った。

 

「あー、そのソースは飲むもんじゃないッスよー」

「え!? あ、すみません……! でも、美味しくって……」

「そういう時はこれをちぎって、付けて食べるのよ……」

「なるほど……!」

 

 それにしても、凄い食欲である。

 三人の中では、グーラは最も高身長である。けれど最も華奢だ。そんな彼女の身体のどこに収まるというのか、テーブルの上の料理はどんどんその量を減らしていった。

 

「グーラ、これも食べていいよ」

「ありがとうございます……!」

「グーラ、これも美味しいッスよ」

「ありがとうございます……!」

「グーラ、これも飲んじゃいなさい」

「ありがとうございます……!」

 

 そのうち、俺たちはグーラの食いっぷりを肴に酒を呑むようになっていた。

 美味しそうに沢山ご飯を食べるロリというのは、見ているとなんだか嬉しい気持ちになる。

 なるほど、世に大食い番組がある訳だ。

 

「あ……」

 

 やがてテーブルから料理がなくなると、グーラは少し遅れて気づいた様でちょっぴり悲しそうな表情になった。

 言うて、モンハンスケールの宴会メニューである。その殆どを食べれば彼女も満腹になるだろうと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 一瞬、グーラを見る。多分物足りなそうな顔をしている。

 

「リリィ、何か頼むものある?」

「え? あー、そッスね。じゃあ淫魔王国風森人豆麺(エルフパスタ)食べたいッス!」

 

 咄嗟の質問に、ルクスリリアはすぐ応えてくれた。

 この娘はメスガキだが、割と仲間想いなのだ。メスガキだが。

 

「わかった。エリーゼはどうする?」

「そうね……岩鯰の鉱人鍋にしようかしら」

「あいよ。俺は茹で魵盛りかな。グーラは?」

「え? えと、その……すみません、分かりません」

「何か気に入ったモンとか無かったッスか?」

「その、全部美味しかったので……」

「じゃあ……」

 

 まあ、もし残しても俺が頑張ればいいだろう。

 今はとにかく、グーラに飯を食わせるのだ。

 

「ぼ、ボク、お腹いっぱいになったの、生まれて初めてです……!」

 

 結局、その後も何度か追加注文するのであった。

 お腹いっぱい食べたグーラは、満足そうな屈託のない笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 

 さて、ご飯の後はお風呂である。

 

 食後休憩の後、俺たちは部屋付の風呂に入る事となった。

 昨夜は除け者にされてしまったが、今回は俺も一緒にお風呂できるらしい。脱衣所では慣れた手つきで脱がしてもらい、ルクスリリアたちも誰憚る事なく全裸になった。

 そんな中、グーラも存外あっけらかんと服を脱いでくれた。

 

「おぉ……」

 

 という感嘆の声は、多分全員に聞かれていたと思う。

 ずっと見たかったグーラの裸は、俺視点芸術品の様に美しかった。

 

 さっきのご飯は何処へ消えたのかというほど細いお腹に、くっきりと浮き出た肋骨。胸といいお尻といい肉がなく、ボンキュッボン信仰に中指を突き立てるが如きスレンダー体型。彼女の耳はピクピクして、二股の尻尾は自然に立ち上がっていた。

 何より魅惑的なのは褐色の肌である。太陽の下では活発で明るい印象の褐色肌は、夜になると途端にエロさが際立つ。そう思うのは俺だけだろうか。

 

「あの、ご主人様……? 如何されましたか?」

「……いや、なんでもないよ」

 

 そのまま見ていたらスタンディングオベーションしそうだったので、俺は気持ち急いでお風呂に向かった。

 三人も後に続いた。多分この事は二人から聞いていたのだろう、グーラも惑う事なくついてきてくれた。

 

 この異世界は、というか王都アレクシストは風呂文化が活発である。

 それでも多くは大衆浴場が使用され、自分の部屋に風呂があるのはかなりの贅沢である。

 そんな贅沢を、俺はロリ三人組に囲まれながら満喫していた。

 

「し、失礼しますね……」

 

 いつもは二人がかりで洗体してもらうのだが、今日からはグーラも加わり三人がかりの泡々タイムだ。

 各々のポジションは斜め後ろにリリィとエリーゼ、正面にグーラといった感じである。これも恐らく、二人の計らいだろう。

 グーラは羞恥……というか、緊張で顔を赤くしながら俺の身体を泡のついた手ぬぐいで拭いはじめた。

 

「ご主人~♡ 痒いところはございませんか~♡」

「ああ、すごく気持ちいいよ……」

「それ毎回やってるわよね……」

 

 王都には身体を洗う用の石鹸が普通にある。それは安い奴から、花の香りのする高い奴まであるが、高いといっても無銘やエリーゼの王笏ほど高くはない。

 なので、どうせならと、俺は王家御用達だという一番いいのを使っていた。ちなみに、高級石鹸の産地は今朝にいたカトリア領である。

 ま、風呂上りには“清潔”使うんですけどね。

 

「ご主人様、ボクのやり方は合っていますか……?」

「大丈夫、合ってるよ」

 

 すぐ目の前では、グーラが一生懸命に俺の身体を拭いてくれていた。

 当然として、彼我の距離は近い。これまた当然として、俺の視線は彼女の薄い唇や鎖骨や犬耳に向いてしまう。そうなると俺のロッドも立ち上がる訳で……。

 

 いや、待て、抑えろ。まだ慌てるような時間じゃない。

 俺は努めて欲望を自制し、自らデバフをかけて宝具を封印状態にした。

 

 

 

 それから、諸々を終えて……。

 

「ご主人は先に上がっててほしいッス~♡」

「ただ待つというのも、主人の役目よ……」

 

 と言われ、俺は一足先に寝室に向かう事になった。

 昨夜の「待て」はショックだったが、今のはむしろワクワクが強い。

 

 会って間もないグーラである。心など、開いているはずもない。

 けど、ここは異世界、日本じゃない。向こうも了承済みで契約したのだ。何の問題もない。

 現代日本倫理? そんなもんじゃ、憧れは止められねぇんだ。

 

 十三拘束解放(シールサーティーン)円卓議決開始(ディシジョンスタート)である。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラやボスを募集しています。
 興味のある方はお気軽にどうぞ。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551

 こっちも投げてくれると喜びます。



 諸々の都合で、グーラが湯舟を怖がるシーンとかお湯にビビリながら髪の毛洗われるシーンとかは飛ばしました。
 あと、本作における獣人、および獣系魔族はエビとかタマネギとか食べても大丈夫です。ごあんしんください。一応の補足です、主人公はこれを知っています。


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ロリコンデイズ

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 やる気に繋がっていますし、アイデアにもつながっています。

 今回、もし運営様から「ダメ!」と言われたら、このエピソードはR18版として短編で投稿します。キスシーンは大丈夫なはずです。
 別にチキンレースがしたい訳でも運営様に迷惑をかけたい訳でもありません。

 あと、今回主人公はとある“慣れ”が原因で失敗をします。
 失敗を糧に学びを得ます。
 皆様もお気を付けください。

 土日はがっつりティアキンをやりたいのであんまり書き溜めできねぇかもです。
 まぁ状況と気分次第です。


 後に聞かされた話によると、グーラには年齢不相応に性の知識が欠けていたのだという。

 俺は気づかなかったが、一昨日テントでわっしょいしてた時、なんと彼女は起きて俺等のどんぶらこを眺めていたというのだ。

 その上で、昨夜彼女は訊いてきた、「アレは何でござるか」と。二人は唖然としたらしい。

 

 グーラ、まさかの無知ロリであった。

 大好物である。

 いや、それはいい。

 

 無論、当時の俺はまさかそうとは全く思っていなかった。

 会話においては彼女のパーソナリティをゆっくりと探り、極力信頼を得る事を重視していたので、性についての話題はあえて振らなかったのだ。今思うと、少しくらいはするべきだったか。

 ある意味、若干慣れていたというのもある。何せ俺の卒業式は淫魔のルクスリリアが相手であり、二人目も140歳ロリ竜族のエリーゼだったので、流れに乗るだけでよかったのだ。

 それと、少しの思い込みも。エロ同人の読みすぎである。

 

 加えて、未だ引きずっている前の感覚もあった。

 何がどうとは、あえて言うまいが……それもいい。

 問題はそこじゃない。

 

 異世界での慣れと、未だ引きずっている前世の価値観。それと、俺の阿呆さ加減。

 

 思い知った、というべきか。

 異世界で生きるという事を。

 その意味を。

 

 ちゃらんぽらんでも、少しくらいちゃんとしないとな。

 楽しく生きるには。

 

 

 

 俺が借りた宿部屋は、全室に防音処理がされているらしい。

 さすがに前世地球の防音室ほど高性能ではないだろうが、それでも上階の話し声が下階に筒抜けなんて事はなかった。

 実際、俺が寝室で全力のカードキャプターさくらOPを熱唱しても、我が歌声は部屋外には漏れなかった。流石にグーラの耳には聞こえたらしいが、ルクスリリアとエリーゼは聞こえなかったと。それくらいには、防音してくれるのだ。

 とてもいいと思う。高いだけある、良い部屋だ。

 

 何より、ベッドがデカい。大きさはキングサイズといったところか。

 これなら四人で寝ても余裕だろう。

 

 来るべき時を待つ。ベッドの縁に座って、閉じた扉を正面から見るスタイルだ。少し前のめりすぎる気もするが、仕方ない。

 俺は少年期のワクワクと性欲に塗れたドキドキを矛盾なく同期させながら、彼女たちの到来を待った。

 

 コンコンコンコン。

 

 そうこうしていると、寝室のドアがノックされた。

 ついに来た。俺は新鮮な緊張を感じつつ、入室の許可を出した。

 

「失礼します……!」

 

 そうして現れたのは、グーラを真ん中にしたロリ三人組であった。

 三人は一様に下着の様な……いや、この世界における水着を着用していた。三人とも同じデザインなので、何かのユニフォームの様である。お揃いは良い文明だ。

 この世界の水着は、何かの動物の革で出来たヒラヒラしたビキニっぽい形状をしていて、まだ見た事はないが大衆浴場では皆これを着て入るらしい。

 

「どうッスか? ご主人♡ これ、エリーゼの荷物にあったんスよ~♡」

「こういうの好きだものね、アナタは……」

「お、おかしなところはありませんか……?」

 

 風呂上り、水着姿の三人が寝室にやってきたのである。俺の股間の組み分け帽子がアップを始めるのを誰が咎められようか。

 ルクスリリアは普段から水着か下着かみたいなサマーメスガキファッションなので、露出度においての新鮮さはないが、それでもちゃんと水着を着てると攻撃力が高い。その胸は平坦であった。グリフィンドールに+1919点。

 エリーゼは逆に普段から布面積の多い服を着てるので、いざこういうのを着られると不意打ちで与ダメ倍増だ。その胸は平坦であった。レイブンクローに+1919点。

 グーラの場合、さっきまで見えてた局部が再度隠された事でバフがかかっている。褐色の肌が艶めかしい。その胸は平坦であった。ハッフルパフに+1919点。

 そして、三者三様に表情が違うのが実に良い。ルクスリリアはメスガキ風に笑み、エリーゼはドヤ顔ながら若干頬が赤く、グーラは緊張して表情が硬い。スリザリンに+1919点だ。

 

「良い……」

 

 そんな彼女らの艶姿を見て、我知らず率直過ぎる感想が漏れ出た。

 次いで、俺のホグワーツに点数が貯まり、自力でイッてはいけない御方が復活寸前になっていた。

 

「ルクスリリア、わかってるわね?」

「へーい、約束は守るッスよ~だ」

 

 今の俺はとうとうオダブツになった地球パンツでなく、異世界にて最高級品とされるトランクスモドキを履いている。

 そのトランクスモドキには、それはもう見事なテントが聳え立っていた。メラゾーマではない、メラである。

 すぐに気が付いた俺は反射的に抑えようとしたが、いいやいいさと開き直ってそのままにした。

 

「ほえ~」

 

 と、意外な事に、グーラは股間の膨らみをぽけぇっと眺めていた。まるで動物図鑑でヘンテコな生き物を見たかの様な表情だ。

 忌避感とか、そういうのはないっぽくてちょっぴり安心である。

 

「きひひ♡ 効果テキメンみたいッスね♡」

「そうね。グーラ、よく見ていなさい」

「は、はい……!」

 

 三人、数歩近づいてきて、立ち止まる。彼我の距離は鉄の剣では適正、下の剣では不適正の近さであった。

 何かあるらしいので待っていると、やおらエリーゼはベッドの縁で座っていた俺の傍までやってくると、すぐ隣に上って膝立ちになり、俺と横向きに視線を合わせた。

 ソファに座る人の隣で正座してる様な感じである。その状態で、エリーゼは俺の両頬に手を添え、ゆっくり顔を近づけてキスをしてきた。

 

「ん、んん……ちゅ♡ ちゅっ♡ んんっ♡」

 

 唇同士を重ね、その感触を楽しむ。その光景を、二人に見せつける様に。

 条件反射で目を瞑り、エリーゼの唇に応えていると、それは丁寧に定石をなぞっている事に気が付いた。薄目を開けると、エリーゼは俺とキスをしながらも時折グーラに目を向けている様だった。

 ここにきて、遅れながらこの意味に気が付いた。よく見ておくってそういう事か。つくづく気の利く先輩である。口を半開きにしているグーラの隣ではルクスリリアが実況解説をしていた。

 

「んっ♡ はむっ、れろぉ……♡ んちゅ♡ むゅぅ……♡、ちゅぷ♡、ちゅう……れろれろ♡ はぁっ、んぢゅ♡ じゅるぅ……♡」

 

 やがて舌を使う段階になると、エリーゼの頬は紅潮し、一心不乱に俺を求めてきた。

 異世界女子にも性癖がある。リリィはマゾだし、エリーゼはキス魔だ。普段、エリーゼとは事あるごとに唇を重ねているのだ。約24時間ぶりのキスはとても濃厚で、攻めっ気が強かった。

 長く細い舌が俺の口内を這い回り、奥歯の裏や舌の根っこを踊るように愛撫した。こっちの技量はルクスリリア以上である。

 

「ぷはぁ……♡」

 

 しばらくねぶり合っていると、竜族の長い舌は引っ込んでいった。仕上げにとエリーゼは細く架かった唾液の橋を絡め取ると、ちゅっと俺の唇をついばんだ。

 それから、流れるように口元、頬、耳たぶにキスをされ、次いで耳元で囁かれた。

 

「リードしてあげるのよ。あの子、興味はあるの……」

 

 そう言って、エリーゼはそっと俺の背中を押した。促されるまま立ち上がると、見下ろす先に真ん丸な金の双眸があった。

 その目に、怯えとか嫌悪感みたいなのはないように思われた。さっきも、少し呆けてはいた様だが目を逸らしてはいなかったのだ。

 ともかく、エリーゼとのキスで俺は高まりに高まっていた。努めて冷静になりつつ、すぐ近くのグーラを見つめ返した。

 

「夜伽については?」

「はい、存じています。その……まだ、どうすればいいかは、よく分かっていませんが。精一杯、頑張らせていただきます……!」

 

 やはり、忌避感はない気がする。むしろ、何故だかやる気に満ちていた。それは彼女生来の真面目さからくるものだろうか。

 ふと、グーラの耳元――犬みたいな耳だ――に接近したルクスリリアは何事かひそひそ話をした。それから忍者の様に消えると、背後でベッドが軋む音がした。二人の先輩が見守っている。

 何を話したのかは分からないが、まぁ良い。

 

「じゃあ、まず目瞑って」

「はい」

 

 言うと、グーラはそのままの姿勢で目を閉じた。

 彼女の唇は一文字に引き結ばれており、キスに適した形ではない。拒んでいるというより、言ってた通りよく分かっていないのだろう。エリーゼのキスは滑らか過ぎてあまり参考になってなかったのかもしれない。

 俺はその唇に、そっとキスをした。

 

「ん……」

 

 ぴくん、と僅かに身体が揺れた。

 そして、がっつく事なく唇を離した。

 キスを止めても、グーラはじっと目を閉じたままだった。

 

「離れたら開けていいよ」

「あ、はい。わかりました」

 

 まるで新人研修でもしてるかの様である。いや、ある意味実際そうなのだろう。

 経緯を鑑みた上で、この様子だと夜伽の勉強をしているとは思えないし。

 

「別にずっと閉じたままじゃなくていい。うっすら開けててもいいし、途中目を開けてもいい」

「わかりました」

「じゃあ、次は少し長めに」

「はい。んっ……」

 

 それから、俺はできるだけ優しくグーラにキスの仕方を教えた。

 基本的な唇の使い方から、息を入れるタイミング、隅々までねっとりたっぷり教え込んだのである。

 

「ちゅ……ん、は……ちゅ……」

 

 グーラの唇は、二人よりもやや薄かった。その分口の温かさが鮮明で、ルクスリリアやエリーゼとは感触が違った。

 唇が擦れると、その熱がダイレクトに伝わる。エリーゼの口は体温相応に冷やっこいが、グーラは体も唇も熱っぽかった。

 

「次は舌出して」

「んっ……はい。ほうれふか……?」

 

 従順に、グーラは「んべ」っと舌を出した。舌診でもする様な構図である。

 言い方を間違えたか。ちょっと俺の意図とは違ったが、構わず彼女の舌に自身の舌を触れ合わせた。

 

「んぁ……れろ、じゅる……れろ、ちゅぱ……」

 

 また、舌も特徴的であった。

 種族柄だろう、グーラの舌は薄く平べったく、表面が細かくザラついていた。まるで犬の舌みたいだった。

 そんな舌と舌を絡めると、こちら側の何かが舐め取られる感覚がして新鮮だった。

 

「ん、ちゅ……れろれろぉ、じゅる……れろぉ、んはぁ……あ、れろ……」

 

 ずっとぎこちなかった唇の扱いに対し、彼女はあっという間に舌技をマスターした。

 薄く平べったい舌は驚くほど器用に動き、エリーゼほどはなくとも長かった。そんな舌のある口を愛撫すると、それを学習したグーラは同じ事を返してくれた。グーラのザラついた舌に舌裏を舐められると、快感で背筋がぞわりとした。

 

「んっ、ふぅ……こ、これで合ってますか?」

「ああ、凄い良かった」

「えへへ……なら、良かったです……!」

 

 キスの後、やや上気したグーラの笑みは、まるでテストの点数を褒められた子供の様だった。

 舌技の淫靡さと純真な反応のギャップで、頭がくらくらしそうだった。

 

「んん~! ご主人♡ そろそろアタシにも欲しいッス~♡」

「ええ……わかってはいたけれど、そう見せつけられるとね……」

 

 見つめ合っていると、後ろから二人に声をかけられた。

 そう、ここは二人だけの空間ではないのだ。

 俺はグーラを伴い、二人の待つベッドへと誘った。

 

 夜伽はキスだけじゃないのだ。

 

 

 

 それから、俺はベッドの上で大自然の息吹(ブレスオブザワイルド)を思う存分堪能した。

 始まりの台地の端から端までを攻略し、シーカータワーを登攀してもらった。皆で協力して祠チャレンジに挑み、がんばりゲージを消費して神獣ダンジョンを制覇したのだ。

 最後には俺の暴れ馬に拍車をかけ、ビタロックからの槍溜め攻撃でフィニッシュした。

 

 勿論、今回の中心はグーラだった。

 緊張しているグーラ相手に、最初から激しいプレイをした訳ではない。けれども想定より反応が大きい時があったりもした。

 何だろうと探っていると、不意にルクスリリアが勘付いて「グーラは吸われるのが好きなんスね!」と言った。淫魔は工口にて最強である。俺はアドバイスに従い、積極的にグーラの全身に口づけた。

 

 すると、こうかはばつぐんだった。二人はこれを面白がり、今度は三人がかりで彼女の全身を吸引しまくった。わざと大きな音を立てると、グーラは素直に反応した。

 エリーゼがキス魔だった様に、グーラは全身リップフェチだったのだ。いや、厳密に言うと違うっぽい。恐らく彼女は、“求められる”事が好きだったのだ。

 

「はぁ……んっ、これが夜伽なのですね……。とても心地よいです……」

 

 魔族の性質で、つけたキスマークはすぐに消退してしまう。グーラはそれを、名残惜しそうな表情で見ていた。

 

「ど、どうでしたか、ご主人様……? ボク、ちゃんとできてましたか……?」

「ああ、できてた。凄い可愛かったよ」

「えへへ……んっ、ちゅ♡」

 

 それから、自然と瞼を閉じたグーラに、俺は軽くキスをした。

 

 結局、その晩は計3ラウンドしかファイトしなかった。

 けれども、とても濃厚な時間になった。

 

 異世界来てよかった。つくづくそう思う。

 

 

 

 

 

 

 朝起きると、俺はエリーゼを後ろから抱きしめていた。

 今のラリス王国は夏である。耐えられるとはいえ、いくら異世界ナイズドされた俺でも暑いものは暑い。

 その点、エリーゼは竜族の特性で体温が常時低いので、こうして抱っこするとほんのり冷やっこい抱き枕になってくれるのだ。

 

 広いベッドの隣では、だらしない顔でグースカ眠るルクスリリアと、そのお腹を枕に眠るグーラの姿があった。

 グーラはそれこそ犬っぽく身体を丸めて眠っていた。その寝顔は安らかで、あどけなかった。

 

「かわいい……」

 

 普通に手が届く距離である。俺は片手でエリーゼを抱きながら、もう片方の手を伸ばしてグーラの頭を撫でた。

 敏感な耳に触れない様、艶のある黒髪を撫でる。サラサラとした感触が心地よい。

 

 そうしていると、ルクスリリアも目が覚めた様で、しばしぼんやりした後にグーラの頭をなでなでした。

 エリーゼも起きた様で、手を伸ばしてグーラに指を握らせていた。

 グーラは三人がかりで愛でられていた。

 

「ん、んぅ……?」

 

 やがて黒い犬耳が震えると、グーラの瞼がゆっくり開きはじめた。

 未だ眠そうな半眼が、ぼーっと俺を見ていた。

 

「父さん……?」

 

 呟いて、しばし……。

 丸い瞳が全開になり、グーラはバッと身を起こした。その拍子にお腹に掌底を食らったルクスリリアが「ぐえ!」と呻いた。

 

「すすすすみません! いえ、あの今のは違くて! ついご主人様と父を見間違えただけで他意はなく……!」

 

 凄い勢いで言葉を発するグーラの褐色肌は、かなり分かりやすく赤くなっていた。

 これ、アレだ。学校の教師を間違えて呼んでしまうアレだ。

 前世、それをやった彼ら彼女らは皆一様に恥ずかしがっていたものである。

 

「気にしてないよ」

「あ、あのあの……! あぁすみません! 以後気を付けます……!」

 

 それと同じなのだろうか、グーラは羞恥に悶えていた。

 昨晩、裸になる事もキスもその先も羞恥ゼロで行っていた彼女が、割と共感しやすい事で恥ずかしがっていた。

 ちょっとオーバーな気もするが……。

 

「それより。おはよう、グーラ」

「え、あ、はい!? あ、おはようございます……! ご主人様……!」

 

 かわいい、素直にそう思った。徐々に引いてきているが、グーラはまだちょっと顔が赤い。

 ある意味でギャップ萌えである。性に関して羞恥は働かないくせに、こういう事には過剰に反応するの、それはそれでとても良いと思う。

 それから、なんだか安心した。

 

「いやー、にしても昨夜のグーラは凄かったッスね~。あそこまで分かりやすい弱点あるとは思ってなかったッスよ~♡」

「あ、えっと……申し訳ありません?」

「謝る事じゃないわ、グーラ。ルクスリリアがからかってるだけよ」

「からかうですか?」

「くぁ~! グーラ煽りが通じねぇッスよご主人~!」

 

 ベッドの上、各々起床したロリたちがわちゃわちゃやっていた。

 そんな中、耳をぴこぴこさせたグーラが俺を見ていた。

 

「あの、その……」

 

 もじもじしている。言うのを恥ずかしがっているというより、どう言えばいいかを悩んでいる様だった。

 それから、自分のお腹を押さえて、云った。

 

「ぶ、無事に生まれたら……この子の分もご飯を恵んでは頂けませんか……?」

「……え?」

 

 瞬間、俺に電流走る。

 

 お腹に当てられた手……。

 昨夜の営み……。

 これまでの事も……。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 あ、そっかぁ……。

 

 ルクスリリアは淫魔なので、タイミングは自由自在である。

 エリーゼは呪いで受胎不可。

 けど、グーラは違う。彼女には一切なし。オールフリー。

 

 これまた、俺の脳裏に再生された、存在しない記憶……。

 日に日にお腹を大きくするグーラ。生まれた子供を抱き上げるエリーゼ。遊び回る子供の相手をするルクスリリア。何故かスーツを着て会社から帰ってくる俺に、おかえりなさいという子供&妻たち……。

 

 ハッと、妄想から帰ってきた。

 妄想であった。夢の様な光景だった。

 なんだ、なんだこの、何なのだ……?

 

 ふと、皆の顔を見てみる。

 ルクスリリアはニヤニヤしていた。

 エリーゼはちょっぴり呆れた顔をしていた。

 グーラは、お腹を撫でながら、じっと俺を見ていた。

 

「子供……」

 

 行った事こそないが、西区には色んな娼館がある。話によると、中には魔族オンリー娼館とか獣人オンリー娼館とかがあるらしい。

 人間と違ってポーションの効きづらい魔族である。あるかどうかは知らないが、避妊ポーション的なモノやコンドーム的なアイテム以外にも異世界では色んな避妊法があるのだろう。それこそ、魔法とか。

 にも関わらず、そんなの使わずハイメガ粒子砲をブッパした俺は、何なのだろう。もうそういう事じゃん、である。

 

 全く考えてなかった。

 というか、慣れ過ぎて忘れていた。

 これまでずっとそうだったのである。が、忘れちゃいけない事だろう。

 そう、やればできるのだ。

 

 俺は、コンマ以下秒の思考の末、覚悟を決めた。

 

「も。もちろん! いくらでも!」

 

 対し、グーラは安堵したかの様に微笑んだ。

 それこそ、彼女は覚悟してきたのだろう。その上で、先を見ているのだ。

 

「安心しました……良かったです。ボクは、母になれるんですね……」

 

 そう、グーラは嬉しそうに破顔した。

 その表情は、あまりにも可愛すぎた。

 あまりにも可愛かった衝撃で、俺は自己批判を止めて呆けてしまった。

 

 そういえばと、図書館で奴隷について調べていた時、こんな事が書いてあったのを思い出した。

 

 この世界において、奴隷が主人の子を産むというのは割とよくある事である。

 生まれた子とその母は家族(ファミリア)内での身分がランクアップし、一定の権利を得るようになる。

 要するに、主人の子供を産んだ奴隷は、ただの奴隷身分から家族長の妾になれるという訳だ。

 奴隷にとって、子供を産むというのは唯一の出世ルートなのである。 

 

 が、なんとなく、多分だが……。

 グーラはそういう理由で微笑んだ訳じゃ、ない気がする。

 アホな俺の思い込みかもしれないが……。

 

 まだ戸惑う事の多い異世界の価値観、そういうものはそういうものと受容してきた。

 この世界では、子が生まれるという事は、俺が思ってるよりも喜ばしい事なのかもしれない。

 

「り、リリィ……」

「なんスか?」

「子供って、産みたいと思う?」

「まあ、いつかはとは思うッスけど。今はいいッスかね」

「お、俺の……?」

「当たり前じゃないッスか。ご主人、どうしたってアタシより先に死ぬッスもん。そんくらいの情けは欲しいッス」

「そ、そうか……。エリーゼは?」

「……欲しいわ、アナタとの子が。けれど、できないのよ」

「そうか……」

 

 何故だか……。

 なんか、俺の中のつっかえが一個取り除かれた気がした。

 あと、取り組むべき課題も見えてきた。

 

 まだどうにも噛み合う感じはないが、俺は自分の夢というものを、もう少し真剣に捉えるべきだと思った。

 これまでは、なまじ現実味が無さすぎて地に足ついた感じはなかったが、異世界(ここ)だと叶うのだ。叶っているのだ。

 

 負うべき責任は、沢山ある。

 やっと自覚できた。あまりにも遅いが、気づけただけヨシとしておこう。

 今、できる事はやっておこう。そう心に留め置いた。

 

 

 

「ちなみに、グーラは孕んでないと思うッスよ」

「え? そうなの?」

「ど、どういう事ですか……!?」

「いや、獄炎犬(ヘルハウンド)轟雷狼(らいじゅう)も発情期にならないと無理ッスし、その混合魔族(キメラ)なら両方かどっちかの性質受け継いでるはずなんで、今のグーラはどのみち孕めないッス。淫魔の眼でも孕んでるようには見えないッスよ。それに、まだ来た事ないッスよね? 発情期」

「来て、いませんね……」

「なら無理ッス。ま、個人差あるんで、グーラは遅いだけッスよ」

「……そう、でしたか」

「でもアナタ、その気はあるのでしょう……?」

「そ、そうだな……」

「まっ、こっちはまだ腹ぁ決まってないッスね! 分かってたッスけど! きひひっ!」

 

 聊か遅すぎる気もするが……。

 ともかく、俺はハーレムの責任を自覚するのであった。




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 コンドームバトラーゴローは名作だってはっきりわかんだね。


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淫魔の氷菓 サキュバス・アイス

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。 
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 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。やる気に繋がってます。

 短め。いつものように推敲甘いです。
 今後の方針と、覚悟についての話です。

 今回、主人公のあたおかなトコがガッツリ出てきます。
 そんなに表に出してこなかった激重感情です。お気を付けください。
 持って生まれた部分と、異世界で強化された部分がごっちゃになっています。


 今俺がいるこの世界は、多くのオタクくんが想像するだろう類の異世界だ。

 剣と魔法のファンタジーで、ちょっとゲームっぽい異世界だ。

 価値観も、倫理観も、物理法則も、色々と違う。地球とは異なる世界である。

 

 レベル1巨漢戦士の斧攻撃より、レベル100少女格闘家のデコピンのが威力が高い。防御力の高いビキニ装備で腹筋パンチを防げるし、硬い奴なら頭部攻撃もノーダメージ。

 膂力があれば自重よりも重い武器を振り回せるし、技量があれば木のスプーンで鉄板を両断できる。

 地球出身の俺はキタサンブラックより足が速いし、リリィは吸精さえしてりゃ飲まず食わずで生活できるし、装備があればエリーゼは空を飛べる。グーラも気合ひとつで炎が出せるし、どういう理屈か雷を迸らせて空を走れる。

 まさにファンタジーである。

 

 なんというか、実にゲームっぽい。

 ぽいが、これは現実(リアル)だ。

 此処には生きてる人がいて、生活してて……俺の最愛の人が存在するのだ。

 

 生きようと思う。

 今だけじゃなく、ずっと先まで。

 ゲームみたいなこの世界を。

 

 

 

 俺は、この異世界で生きる。

 そう改めて決意した時、俺は自然といくつかの課題をクリアする必要があると感じた。

 

 その為に、やってきたのはいつもの奴隷商館だった。

 アポなしで失礼と伺うと、忙しい身だろうにクリシュトーさんが出迎えてくれた。

 本日は何用で? と訊いてきた彼に、俺は……。

 

「契約内容の変更を」

 

 と、云った。

 

 これまで、ルクスリリア達との契約には、このような内容が含まれていた。

 主人が死ぬと、連鎖して奴隷も死ぬ。そういう、この世界ではごくありふれた契約魔術だ。

 これは、奴隷が反逆しない為の保険だ。これがないと、強い奴隷は弱い主人をいとも容易く殺してしまう。勿論、そんな奴隷は主人殺しの犯罪者となるのだが、上手く逃げれば自由民だ。

 

 俺はこれを、解除しようと思った。

 催眠おじさん系作品のオチの一つに、こんなのがある。純愛に目覚めた催眠おじさんが催眠を解除した瞬間、被害者に殺されるという奴。当然俺は、契約の変更と同時に殺される覚悟もしてきた。

 この決断を、他人は愚かというだろう。けどそれでいいと思う。ルクスリリアになら騙されてもいい。エリーゼになら殺されてもいい。

 

 それに、俺が死んだ後も、彼女等には生きててほしいと思う。

 

 ルクスリリアは中級淫魔だ。何もしなくても、俺より長生きするだろう。

 エリーゼも竜族なので、寿命は俺より長いはずだ。

 グーラはちょっと分からないが、それでも人間より長生きなのではないだろうか。

 

 これまで、さんざん迷宮に潜っていた俺が言える事ではないだろうが、彼女等を道連れに死ぬのは、嫌だ。

 俺がゲームオーバーしても、彼女等には新しくスタートしてほしいのである。

 

 契約書に、名前を書く。

 

 クリシュトーさん立ち合いの下、俺と彼女たちとの契約は更新された。

 俺が死んでも死なないようにした。他にも、普通はしないらしい、俺の遺産の分配についての契約も交わした。

 遺産の分配に関しては、少し長い話になった。俺は全員に配ろうとしたのだが、何とエリーゼとグーラはいらないと言ってきたのだ。

 

「私には、よく分からない事ね……」

「ぼ、ボクもよく分からないので、いいです……! ルクスリリアにお任せします……!」

 

 との事なので、俺の遺産は全てルクスリリアに譲られる事になった。

 一生遊んで暮らせる金である。俺が死んだら、彼女はそれを手に入れる事ができるようになったのだ。すると、彼女は、

 

「まあ、子供の為に使うッスよ。あと、この二人の面倒も見なきゃッスからね」

 

 と言って、メスガキらしくない大人びた笑みを浮かべた。

 なんだかんだ、頼りになる。

 

 やがて、契約は完了した。

 

 これで、俺はいつでも死んでいい身の上になった。

 俺の死は、彼女等の大きな利益になれた訳だ。

 

 その気になれば、ルクスリリアは罪をチャラにできるようになった。

 元々、彼女は母国でやらかした罰で奴隷になった身だ。その期間はざっくり100年だが、それは主人の死亡と同時に終了し自由になれるのだ。

 俺が死ねば、ルクスリリアは遺産と自由を手にする訳だ。淫生勝ち組イージーモード突入である。

 

 エリーゼもそうである。

 俺が死ねば、彼女は自由の身だ。故郷の一族に、強くなった自分を受け入れてもらえるかもしれない。あるいは、父を殺した兄弟に復讐する事だってできる。

 長い竜生を、思うまま使えるようになるのだ。

 

 グーラもそうだ。

 行くアテなどないだろうが、それでも自由を制限するものがなくなる。

 彼女の強さなら、冒険者として成功する事だってできるだろう。それこそ、俺を抜いた三人で一党を組む事だってできる。

 

 それでいいと思う。

 それだけの事はやったと、まぁ思う。

 

 別に、俺は鈍感系主人公じゃあないので、ルクスリリアとエリーゼから向けられる好意に気づいてない訳でもない。

 けれども、それはそれとして、主人と奴隷だ。恋人同士でもないし、そう思うべきではないだろう。

 押し付けた愛だ。奪い取った愛だ。それを捨てられる事を、裏切りとは思わない。

 

 良い夢見せてもらった。望外の幸せだ。

 それこそ、身軽になれた気分だった。

 責任を放棄したとかじゃなく、転移直後の様な世界の広がりを感じたのだ。

 

 今日、俺は毒を飲まされるかもしれない。

 明日、俺は事故死するかもしれない。

 これからは、その覚悟をもって生きようと思う。

 

 まあ、でも……。

 できたら、死にたくはないなと思う。

 捨てられたら、やっぱり悲しいと思う。

 

 ルクスリリアの事は好きだ。

 俺を受け入れてくれたし、俺を好きでいてくれる。相性は良いと思う。

 好きにならない訳がない。

 

 エリーゼの事も好きだ。

 母の様に優しく、妹の様に甘えてきて、娼婦の様に淫ら。まさに、ロリコンの思う理想の女ではないだろうか。  

 好きにならない理由がない。

 

 グーラの事も、多分すぐに好きになる。

 接してみて分かったが、彼女はとても寂しがり屋なんだと思う。それから、素朴な性質の持ち主だ。庇護欲というものを刺激してくる。

 今よりも、ずっと好きになる確信があった。

 

 好きだから、幸せを願う。

 幸せを願うから、受け入れられる。

 愛の手のひらも、憎しみの拳も。

 

 いつか、俺は彼女たちを解放しようと思う。脳へのダメージも覚悟して。

 その上で、恐ろしいほど都合の良い話だけど……。

 今度は、俺は……。

 

「あっ! ご主人、見てあそこ! 淫魔氷菓(サキュバスアイス)の新しい味ッスよ! 食べてみたいッス!」

「どろり濃厚いちご味……? どろり……と、つける意味はあるのかしら?」

「い、いちご……! 分かりませんが、なんだか美味しそうです……!」

 

 ……やめよう。

 深く考えるべきじゃない。

 そのうちだ、そのうち……。

 

 それに、まだ課題は残っている。

 解放するのは、その後だ。

 そうじゃないと、それこそ無責任というものだろう。

 

 まず、エリーゼの呪いを解く。

 何が何だかさっぱり分からんが、あって良いもんでもないだろう。解けるモンなら解くべきだ。

 

 並行して、皆を強くする。

 ゲームみたいだが、かなり修羅で世紀末な異世界。何があってもいいように、少なくともあの鬼人少年を単騎で鎧袖一触できる程度には強くなってもらおう。

 

 それから、金。

 専用の口座を作って、彼女たちがしばらく生活に困らないだけの金を貯めよう。それを、解放したら渡そう。遺産とは別に。

 

 話はそれからだ。

 まるで、新しいメインミッションが生えてきたかの様である。

 楽しくなってきた。

 

 それまでは以前と同じく、深く考えずに生きよう。

 俺の人生に、シリアスは長続きしない。

 

「そうだな……。すみません、新作の味を三つ……いや、四つお願いします」

 

 ロリコンと奴隷少女の楽しい異世界ハクスラ生活。

 第一部、完ッ!

 

 

 

「んん~! お、美味し過ぎます! なんですか、この! 冷たくて甘くて! すごい!」

「あー、グーラ? あんまり急いで食べない方が……いや、獄炎犬(ヘルハウンド)の特性で平気なんスかね?」

「んっ、くぅ~! な、なんだか頭の横がキーンってします……の、呪いでしょうか?」

「ほら言わんこっちゃねぇッス。これ、あの竜族もなるんスからね」

「おぉ……これめっちゃ甘いなぁ。やば、ちょっとキツいかも……」

「あら、また食べさせてほしいのかしら……?」

 

 まあ、もうちょっとだけ続くんじゃ。という奴なのだが……。

 

 

 

 そう、俺の生き様は、俺の夢は終わらない。

 形は変わっても、我が魂魄百万回生まれ変わっても、俺の性癖は変わらない。

 

 俺の夢は、目標は、あくまでもロリハーレムだ。

 そう遠くないうち、新しいロリ奴隷を買うだろう。その為にも、金策は続けるだろう。

 しばらくは、この生き方を変えるつもりは一切ない……!

 

 この石黒力隆は、いわゆる“ロリコン”のレッテルを貼られている……。

 目的の邪魔者を必要以上にブチのめし、並みの回復魔法じゃ治らねぇ怪我をした奴もいる。

 おまけにクズだしバカだしド変態。キレてカッとなったら平気で他人様の手足を斬り飛ばすようなやべーやつだ。

 

 何より、合法ならばこれ幸いと奴隷を買って即手籠めにする異常性欲の持ち主だ。

 奴隷制度万歳という、現代日本人にあるまじき倫理観の持ち主でもある。

 

 が、それはそれ。これはこれ。

 

 なにも罪を自覚してションボリしてたんじゃあ断じてない。

 ただ、次を欲しがるようになっただけだ。

 色々ごちゃごちゃしているが、一言でまとめると……。

 

 真のロリハーレムの主人に、俺はなる!

 

 それだけの話だ。

 俺の戦いは、これからだからな……!




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 別に、以降ノリが変わるとかはないです。


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姉の一番長い日(前編)

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。結局ティアキンはそんなにやってないですね。
 誤字報告も感謝です。お陰で助かっています。

 キャラ・ボスのご応募の感謝です。
 驚く程やる気に繋がっています。びっくりですね。

 今回は三人称、エレークトラ(お姉ちゃん)視点。世界観を掘り下げる話です。
 新キャラが沢山出る回なので、少し長くなってしまいました。多分次も三人称回です。
 解説してない用語は次話に持ち越しです。未来の自分に丸投げします。


 ラリス王国とは、約5000年の歴史を持つ人類最古の国家である。

 武威により存続し、知識によって統治される王の国。英雄の生まれる地であり、人類全てを守る世界の要である。

 この国が滅ぶ時、それ即ち人類の滅ぶ時なのだ。

 

 王都中央に聳えるラリス王城は、四方を堀と河川により守られた人類最大の砦である。

 力を貴ぶ国である。当然として、王の住まう城は煌びやかさは二の次で、何においても戦が前提。あくまで敵の攻勢を凌ぎ反撃の刻を待つ為の盾といった構造であった。

 頑健な迷宮産鉱石を使った城壁には各所に監視塔が屹立し、備え付けの防衛魔道具が渡河も登攀も空からの襲撃も許さない。

 王城に入るには南側にある大橋を渡る必要があり、第一と第二の城門には常に魔導弓兵が待機している。城門を抜けた後も曲がりくねった坂道を上る必要があり、容易には入城できない仕組みになっているのだ。

 

 まさに、戦う為の城。近年建てられる城とは設計思想がまるで違う、古の建築様式だ。

 これを、ラリス王国民は仰ぎ見て、明日の平和を確信するのだ。だからこそ、絶望せずに生きられる。

 

 ただ、困った事もある。

 デカい橋、長い坂道、要所を守る通過点……。

 そのせいで、入城に時間がかかるのだ。

 

 

 

 ラリス王国、王都中央区。

 ラリス王城内、照明魔道具に照らされた地下空間。

 その廊下を、王国貴族であるエレークトラ・ヴィンス・カトリアは歩いていた。

 

 今のエレークトラの服装は最低限王城のドレスコードを合格しているレベルであり、普段ならこんな格好で城に上がる事はない。だからといって、戦人の装備に身を包んでいる訳でもない。

 いつもは編み上げている赤の髪だが、今日は背中に流していた。その腰には護身用の剣があり、いつもの槍や盾は装備していない。なんともちぐはぐな格好だ。

 

 彼女の前には案内役もいない。彼女の後ろにも侍従の姿はない。

 王城と聞いて想像し難い薄暗い道を、彼女は迷う事なく進んでいた。

 名門貴族らしい、洗練された歩法。けれども、その足取りは重かった。

 

「はぁ……」

 

 誰もいないのを良いことに、エレークトラは重たい溜息を吐いた。ラリス人的に美しい少女の顔には、濃い疲労の色があった。

 対して、その瞳は不眠ポーションの効果でバッキバキに冴えており、身体の方も各種ポーションの服用で無駄に元気いっぱいだ。

 ならば何故疲れているのか? 睡眠不足である。

 

 例の暴走魔族の一件から、エレークトラはまとまった休養を取れていないのだ。

 件の依頼の後、ギルドの聴取を受け、キレた父にぶん殴られ、父と共にパース商会を襲撃し、残党を追っかけ回し、昼夜問わず動き回り、書類仕事に忙殺され、流石に限界とぶっ倒れた一時間後に王家からの呼び出しである。しかも至急の。

 王家の命令は絶対だ。エレークトラは単独、愛馬を駆って急ぎ王都入りした。それから王都中央区の宿泊施設で旅の汚れを落とし、クソ長い王城ロードを通っては促されるまま怪しい地下道にぶち込まれたのである。

 まさに、踏んだり蹴ったりであった。何もかんもモブノが悪い。まだ死んでないらしいが、今すぐ殺してやりたい気分である。

 

「ふぅ……よし」

 

 けれども、エレークトラはお姉ちゃんであった。

 目的の部屋の前まで来ると、お姉ちゃん魂を燃やしたエレークトラは優雅にノックした。

 すると、中から若い女性の声が聞こえた。一歩下がってしばらく待つと、がちゃりと扉が開いた。

 

「お待ちしておりました、エレークトラ様」

 

 扉を開けたのは、くすんだ緑の髪をした魔牛族の美女だった。

 種族柄、彼女は侍従らしいエプロンドレス――イシグロが見ればメイド服と思うだろう衣服だ――越しでも分かる豊満な胸をしており、おまけに尻といい足といい極めて肉付きが良い。そのくせお腹はキュッと引き締まっている。

 清楚な印象の衣服に対し、その身体はまさにエロの化身だった。彼女が動く度、どこかしらから「ムチィ♡ ムチィ♡」と聞こえてくるかの様である。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 彼女の名は、キルスティン。元金細工冒険者で、現在は王宮務めの侍女をしている。引退した今でも、間違いなくエレークトラより遥かに強い。

 幸い、彼女とエレークトラは顔見知りであった。彼女の美貌は見慣れている。だからこそ、安心できた。

 

「失礼します」

 

 そんな爆乳メイドに促され、エレークトラは地下部屋に入室した。

 室内は最高級の照明魔道具で照らされていて、窓もないのに昼間の様に明るかった。中心には大きな四角テーブルがあり、各座席の横には小さな丸テーブルがあった。

 椅子の数は六つ。空席は二つ。埋まった席には、先客の姿があった。皆、首に金細工が掛けられていた。

 

 翡翠の眼をした美の化身の如き上森人。

 興味なさげな目をした黒髪の魔女。

 鋭い眼光でこちらを睨んでいる鬣犬人族の女性。

 軽薄そうな薄ら笑いを浮かべる灰髪の魔族男。

 

 金細工。理を外れたヒトガタの怪物。冒険者においての最高位階。

 銀細工の中で比較的頭がおかしくないか、社会的に害のない者のみが昇格を許される、武力と良識を兼ね備えた猛者たち。

 まあ、マシなだけで普通に頭はおかしいのだが……。

 

「お初にお目にかかります。私、カトリア領を預からせて頂いておりますレックスの子。名をエレークトラと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 左手を胸に、右手を腰に、それから腰を折って首を垂れる。エレークトラは強者に対する一礼を行った。

 四対の視線が、鋼鉄札のエレークトラを射抜く。強者の視線はそれだけで物理的圧力を伴っている気がしてならない。そんな中、これまで何度となくやってきた挨拶には自信が持てなかった。

 

「うむ、良いだろう。姿勢を戻せ」

「はい」

 

 澄んだ、美しい女の声。許しを得、エレークトラは姿勢を戻した。

 彼女の視界には、5人の男女がいた。侍女のキルスティンを除き、皆初対面である。けれども、金細工持ち冒険者の名を知らぬほどエレークトラは無学ではなかった。

 許しを出したのは、この部屋にて最も強い力を持つ上森人(ハイエルフ)の美女であった。

 

「大まかな話は聞いている。本来はそれだけで良かったのだが、事情がある。集まれるのは今日くらいでな、許せ」

「伯爵の務めと存じています」

「そうか。なら座れ」

 

 上森人からの口撃も華麗に躱し、エレークトラは用意された椅子に腰を下ろした。

 今のはエレークトラへの命令が誰によって下されたかを確認する儀式の様なものだ。当然、カトリア家は王家の子分なので、冒険者である貴女の命令で来た訳じゃないよと返したのである。

 上手くやったエレークトラを見て、上森人の怜悧な美貌がほころんだ。

 

「ふふっ……できているな」

 

 鈴を転がす様な笑声。噂通り、この美女は人族に甘い。

 金糸の様な長髪に、翡翠色の瞳。その面貌は見目の良い上森人にあってなお整っている。その身体はゾッとするほど均整が取れていて、まるで一流芸術家が生涯を賭けて仕上げた美術品の様である。先ほどの爆乳メイドが淫の化身ならば、この上森人は美の化身であった。

 彼女の名は、アリエル。上森人王の血を引く、尊き者。“止まり木協会”の創設者にして、“翡翠魔弓”の二つ名を持ち、誰もが認める遠隔最強の金細工持ち冒険者である。

 

「レックスの小僧も、君の様な娘がいて幸せだろうな」

「そう思って頂けるよう、精進しています」

 

 不老種族のからかいに、エレークトラは努めて生真面目に応対した。普段ならもう少しユーモアを交えて返せるのだが、今は心身ともに疲労困憊で仕方がないのだ。

 すると、隣席の魔人が茶化すような声音で言った。

 

「オイオ~イ、如何にも疲れてますって娘っ子相手に意地悪過ぎンじゃねぇの? アリエルさんよぉ」

 

 そう言って笑う口元には、上森人への糾弾というより状況をまぜっかえして楽しむ心の歪みが表れていた。

 彼もまた、エレークトラとは隔絶した実力の持ち主の金細工持ち冒険者だ。

 

「そうか。お前にはできない事だ、難しく見えてしまったか」

「お生憎様、魔族なモンで」

「お前は魔族だが、魔族はお前ほど愚かではないぞ」

処女(おぼこ)が賢しい真似するなよ。なんなら俺様が抱いてやってもいいんだぜ?」

「結構。賢しいお陰で子には恵まれているのでな」

 

 彼の名は、ラジアード。約3000年前、第二大災厄時に絶滅したと思われていた毒魔蛇(ナーガ)族の生き残りだ。笑った拍子に、細長い毒牙が見えた。

 良くも悪くも、彼の名は広く知られている。この中で最も高齢な彼は、2000年前はラリス王国と敵対し、1000年前からは迷宮外を専門とする傭兵兼冒険者として人類を支えている。享楽的な、実に魔族らしい魔族なのだ。

 

「あ、あ、あの……エレークトラさん、ですよね?」

「はい」

 

 言い合いを始めた二人を見ていると、今度はもう片方の隣から声をかけられた。

 ボサッとした長い黒髪の、卑屈そうに背を丸めた人族女性である。肌は病的なほど白く、身体の線も細い。髪で隠れた右目から、得体の知れない魔力を感じる。“魔眼”持ちなのだ。当然、彼女も金細工を下げている。

 

「ももも、もし、お、お疲れなら……よ、よければ、元気になるお薬をお出ししま、しょうか?」

 

 彼女の名は、デアンヌ・フォレ・ランベール。エレークトラと同じ王国貴族であり、代々優秀な魔術師を輩出してきたランベール侯爵家の娘である。

 二つ名は“虹嵐”。全属性の魔法を使いこなし、魔力を見る眼で味方に当てる事なく大規模魔法をぶっ放しまくる、歩く魔法要塞だ。

 同時に、優秀なポーション職人でもある。しかし、その出来栄えは振れ幅が大きい事でも有名だ。

 

「お気遣い有難く、デアンヌ様。ですが、これは我が不徳の致すところです。どうか哀れんでやって下さい」

「え? えっと……そ、そっちのが、いいって、事ですか……?」

「はい」

「そうですか……」

 

 実際、彼女の新作ポーションを飲んだ者は例外なく何かしらの酷い副作用に見舞われると聞く。善意の申し出だが、今回は断っておくのがいいだろう。

 

「聞いてるぜぇ、エレークトラっつったか。初めて死にかけたんだってな! 惨めに負けて生かされた気分はどうだ? ええ!?」

 

 続いて、上森人と魔人の口喧嘩を眺めていた獣人女傑が話しかけて来た。

 彼女の物言いは失礼極まりないが、これはこの世界的には敗者に対する穏当な声かけである。怒るようなものではない。

 だが、ラリス貴族は舐められたら終わりである。これもまた、先人からの洗礼だ。

 

「お言葉ですが、私は14の頃から迷宮に挑み、日々研鑽を続けております。相応に修羅場は潜っている自負がございます」

「はっ! 圏内育ちが一丁前に!」

 

 教科書通りのエレークトラの返答に、歴戦の女戦士は機嫌を悪くした。

 寝不足のエレークトラは失念していた。この女傑は、結果の伴わない武威の誇示を許さない。

 

「情けで生かされた分際で吠えるんじゃねぇよ、小娘……!」

 

 ぶわりと、彼女の毛が怒気に呼応して逆立った。鋭い犬歯は今にもエレークトラの首を噛み千切らんとしていた。エレークトラは努めて顔に汗をかかぬよう心を強く保った。

 黒い斑が混じった茶の髪に、異世界基準でも高い背丈。大胆に晒された筋肉には戦いに順応したしなやかさが内包されていた。全身に施された入れ墨が、漲る魔力に反応して光を放っている。

 彼女の名は、ナターリア。鬣犬人族の部族長であり、獣人のみで構成された同盟の長でもある。その気質は弱肉強食。あえて人類生存圏の最前線を買って出る彼女は、気のない弱者を嫌うのだ。

 

 鬣犬の長は、強く言い返してくる事を望んでいる。それが古いラリス流であり、彼女の流儀だ。

 教科書通りではいけない。押しつぶされる様な緊張の中、エレークトラはあえて生意気そうな表情を作ってみせた。内心、冷や汗モノである。

 

「お陰で成長できます。あの程度で貴女に届くのであれば、何度でも」

「……へえ? 言うじゃねぇか」

 

 精一杯虚勢を張ってみせた返答は女傑のお気に召したと見え、ナターリアは犬歯を剥いて笑った。

 怒気が収まると、上森人と魔人の口喧嘩も終了していた。仕切り直す様に、金の麗人が口を開く。

 

「過程はどうあれ、生き延びた。これに勝る事はないだろう、ナターリア」

「ふん……!」

 

 格上の強者であるアリエルの言葉に、ナターリアは腕組みして座り直した。力は絶対であり、運もまた力である事を、大自然に生きる獣人は身に染みて知っていた。

 先人の洗礼、敗者は殴って蹴って叩き直す。これにて、エレークトラがこの場にいる事を許された訳だ。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 内心で一息ついていると、サイドテーブルに湯気の立つお茶が乗せられた。侍女のキルスティンだ。

 見ると、彼女は他の参加者にもお茶を配っていた。配られた茶は、心の疲労を癒やす目的で呑まれる伝統的な薬草茶であった。ポーションほどではないが、これにもしっかりとした薬効がある。なによりとても美味しいし、良い香りなのだ。

 また、この茶の意味に気づかないエレークトラではなかった。

 

「ふぅ……」

 

 現金細工4人に、元金細工1人。そこに鋼鉄札のエレークトラ。それだけで疲れるというのに、プラスでラリス貴族式挨拶。

 薬草茶が染みる心地であった。

 

「さて、本題は彼奴が来てから始めるが、その前におさらいをしておこう。キルスティン、構わないか?」

「ええ」

 

 やがて薬草茶から湯気が消えた頃、上森人の麗人が仕切り直し、侍女に声をかけた。

 爆乳侍女は収納魔法の空間――何故か胸だった――に手を突っ込むと、中から大きな巻物を取り出し、それを中央の四角テーブルに置いた。それから丁寧な手つきで紐を解き、ゆっくりと開いていった。

 それは、ラリス王国を中心とした世界地図だった。地図の端には人類生存圏外の地理も描かれていた。その精巧さに、エレークトラは感嘆の息を吐いた。これぞ、ラリス王国が人類最強国家たる所以であると感じ入ったのだ。

 

「エレークトラさんは、これを見るのは初めてでしたよね?」

「ええ、まさかこれほどとは……」

 

 これは王家のみが有する極秘の地図で、この世界で最も精巧である。カトリア家が持っているのは、もっとアバウトな奴だ。それでも途方もなく価値の高い代物なのだが、これと比べると見劣りする。

 それから、キルスティンは収納魔法から次々とアイテムを出していった。それは人類に広く普及している駒である。駒は三角の青や丸い赤など様々な色形があり、この場にそれらの意味が分からない者はいなかった。

 

「レックス……君の父から聞いているだろうが、間違いなく100年以内に次の“災厄”が訪れると予言されている」

「はい、幼少の頃から聞かされています」

「よろしい」

 

 言いながら、アリエルは青い丸駒を主要な防衛砦に、白い三角駒を主要都市に配していった。

 青い駒はラリス貴族。白い駒は動員可能な銀細工持ち冒険者だ。それらの詳細を形で表現しているのである。

 

「災厄の訪れはラリス王家だけでなく、条約を結んだ種族の全てが読んでいる事だ。占い師、学者、錬金術師。辺境の貴族から、“未来視”の竜族まで……」

 

 やがて、大きな赤駒を持った上森人は、ラリス王国西方の圏外に、それを置いた。

 大きな赤は、迷宮の主クラスの敵性存在の意である。エレークトラは我知らず息を呑んだ。

 

「尖兵として、圏外から魔物の大群が攻めてくる。恐らく、三年以内に」

 

 赤い大駒が配置されていく。それは二つ三つと数を増し、事情を知っている黒髪令嬢も手伝って、やがて地図の四方が真っ赤になった。

 それから、遠隔最強の冒険者は地図の南西部分を指し示した。

 

「南西だけでも、“特異個体”が7体……。これを我々だけで何とかせねばならん」

「特異個体ですか……?」

 

 まだ続く。黒い駒を持った指が、容赦なく状況を悪化させた。

 黒は迷宮外で強化された超主級の魔物を意味し、特異個体とは複数の一党で倒すべき魔物の事だ。その強さは最低でも上位迷宮の主レベルで、最悪の場合銀細工の上位一党が徒党(アライアンス)を組んで勝てるかどうかだ。

 それが、7体。通常の主級魔物1体でも街一つ滅ぼすのに過剰だというのに、特異個体ともなれば何をかいわんや。断じて、エレークトラが太刀打ちできる相手ではない。

 

「これを、父は……?」

「知っている。エレークトラ、君を呼んだのはこの事を伝える為ではない。カトリア家の配置は既に決まっているからな」

 

 南西の砦に配された青い駒を指し示す。名門貴族であるカトリア家も、赤い群れを前にはあまりに小さく見えた。

 それは、承知している。エレークトラは精神を整え、今の自分に出来る事に集中した。

 

「そうですか……」

 

 彼女の瞳に決意の色が宿ったのを見て、美貌の上森人は頷いた。

 

「ゆえ……モブノを倒した男の話が聞きたい」

 

 イシグロ・リキタカ。鋼鉄札の一党を単騎で無力化し、傷ひとつ負わず銀細工持ち冒険者を下し、あの白銀の狂犬を捕獲した、無血の暴君。

 噂は誇張されるものだ。エレークトラとて、彼の伝説には尾ひれがついていると決めつけていた。必ず迷宮を踏破するとか、連日迷宮に潜るとか、牛人族女からの愛の告白を断ったとか……。

 だが、今にして思うと、それらの殆どは事実なのだという確信があった。王家からすると、人類からすると、是非とも確保したい英雄候補なのだろう。

 こと、災厄を前にした今ならば……。

 

 コツコツと、白く長い指が四角い白の駒を叩く。

 それから、場を和ませるように、上森人は肩をすくめた。

 

「見ての通り、英雄が足らんのでな。口説き文句が欲しい」

 

 エレークトラは、自分の役割を正確に自覚した。

 役に立てるかは分からないが、少しでも力になれるのならと。一度負けた自分だからこそ、許される役目なのだ。

 

「わかりました」

 

 そして、皆の視線が集まったところで、エレークトラは口を開いた。

 

 その時である。

 

 

 

「その話、少し待ってくれるかい?」

 

 

 

 バァンと、背後の扉が勢いよく開かれた。

 驚いて振り返るエレークトラだったが、他の人らは反応が薄かった。気づいていたのだ、そこに彼がいる事に。

 これも、歴戦の証明であり、若輩の証左であった。

 

 そこに居たのは、純白の髪をした美少年だった。

 年の頃は10歳ほど。細くしなやかな身体に、柔らかそうな頬。血色の良い玉の肌は幼い活気に満ちていた。

 それでいて、紫紺の大きな瞳は理知の光を湛えており、薄く笑んだ口元には蠱惑的な魅力が滲んでいた。

 何よりも、その身に纏われた強大な力。絶対的な王気。

 

 その顔を、知らない貴族はいない。忘れられる者などいようか。

 

 反射的に、王国貴族であるエレークトラとデアンヌは跪いた。

 上森人は微笑ましげに、獣人女傑は凄絶に笑み、魔人は口笛を吹き、爆乳侍女は母乳を滲ませ、彼の到来を歓迎した。

 

「いいよ、頭を上げて」

 

 天上から、許しを得た。

 見上げると、彼は年相応の笑顔で金細工の強者たちを睥睨していた。

 

「久しぶり、皆」

 

 ラリス王国、第三王子。

 名を、ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。

 

「楽しそうな話じゃあないか、僕なしで始めるなんて言わないだろうね?」

 

 紛れもなく、王国最強の少年である。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラやボスを募集しています。
 興味のある方はお気軽にどうぞ。
 詳しくは活動報告にて。

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 こっちも投げてくれると喜びます。



◆新キャラ◆

・アリエル
 2000歳超えのハイエルフ。金髪美女。
 遠隔最強の金細工持ち冒険者。止まり木協会の創設者。子供絶対守るウーマン。

・ラジアード
 約3000歳の毒魔蛇族男。灰髪のイケおじ。
 迷宮外を主戦場とする傭兵兼金細工持ち冒険者。報酬次第で誰の味方でもする。環境利用の達人で、仲間を率いての戦いを得意とする。

・デアンヌ
 20歳の人族魔女。黒髪長髪メカクレ猫背陰キャ魔法オタク。
 ランベール家の秘蔵っ子で。天才的な魔術師。魔力を見る“魔眼”の持ち主で、多対多を得意とする戦術級の個人。

・ナターリア
 500歳の鬣犬人族女性。エルフと鬣犬人のハーフ。ケモミミマッチョ全身入れ墨人妻。
 自ら立ち上げた獣人限定の同盟長であり、鬣犬人族の部族長。生存圏の防衛を請け負う生粋の戦士。個人戦、団体戦なんでもできる。

・キルスティン
 700歳の魔牛族。緑髪爆乳デカ尻むちむち未亡人メイド。
 元金細工持ち冒険者で、引退した現在は王宮務めの侍女。主に第三王子の世話をしている。亡き夫と子を成せなかった反動で、重度のショタコンになった。健全である。

・ジノヴィオス
 10歳の人間。ラリス王国第三王子で、白髪紫目の紅顔の美少年。
 色々と設定が盛られたイケショタ。童貞だが、殺しは卒業済み。


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姉の一番長い日(後編)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられています。
 誤字報告もありがとうございます。非常に助かってます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。ありがたく使わせて頂きます。

 今回も三人称。次回からはまたロリコン視点に戻ります。
 前後編のこのエピソードは、あくまで主人公視点だと描写できない部分ってだけの話なので、以降本作はずっとこんなノリ中心でいくとかそんなんはないです。タイトル通りです。


 ――災厄。

 

 遥か太古の時代、それは突如として顕現した。

 第一の名を、大災厄。

 

 王国が生まれる前の事だ。詳しい記録は残っていない。どこで何が起こったのか、何も分からない。

 当時を生き延びた竜族は死に、上森人の王は忘却し、吸血鬼の姫は未だ眠りの中にある。

 ただ、その結果だけは克明に記録されている。

 

 いくつもの種族が姿を消し、竜族は大きくその数を減じた。

 蘇った死者が生者を襲い、謎の奇病が蔓延した。

 大地が枯れ、死の雨が降り、家畜が魔物に変じるようになった。

 

 勇者が生まれるまでの千年。

 世界は悪夢そのものだった。

 

 以降、“災厄”と名の付く現象は千年を区切りに発生するようになった。

 

 燃える巨人。

 死を運ぶ虫。

 第二の大災厄、破滅の流星。

 

 まるで。人類を根絶やしにする意思でも持っているかの様に、災厄は容赦なく訪れる。

 人類にとって、滅亡とは常に隣人なのである。

 

 だが、人は抗い続けた。

 かつて、災厄を討った英雄の背を見た民が、勇者に憧れた者たちが、永きに渡り希望の灯を継いできた。

 弱くとも、戦えずとも、抗う事はできるのだ。

 

 高度な占術。数をまとめる学門。種族が持つ異能。手を取り合い、知恵を結集し、人類は絶望と対峙し続けた。

 その中心こそ、ラリス王国。勇者を祖とし、多くの種族をまとめ、強大無比な王を頂く最古の国家である。

 

 勇者亡き後に結ばれた、王の盟約。

 人間の王、獣の王、亜人の王、竜の王、魔の王、天の王。

 災厄に対し、全ての王はこれを討つべく共に戦うのだ。

 

 英雄は民を救う。

 民は英雄を創る。

 そして王は、全ての人類を守るのだ。

 

 だからこそ、生まれてきた。

 

 ――ジノヴィオス。

 

 またの名を、聖王子。

 災厄を討つ為に作られた、贋作の勇者である。

 

 

 

「ジノヴィオス様~、侍従を使わずご入室する際はノックをするよういつも言っているではありませんか~」

「それは客がいる時だろう? ここには“仲間”しかいないじゃあないか。ああ、僕にも同じのを頼むよ、キルスティン。ラジアードさんも久しぶり、新しい武器はどう? デアンヌさんは一年ぶりだね、今日も良い魔力だ。ナターリアさんも元気そうで安心したよ。生まれたのは男の子? 女の子? きっと可愛いんだろうね。アリエル師匠もご壮健で何よりです。いい感じの弟子候補は見つかったかい?」

 

 さっきまでの空気を吹き飛ばすように、嵐の様に現れた純白の王子は席に着くまでずっと口を開いていた。

 声をかけられた相手も気軽に返答していて、凡そそれは王族相手の適切な態度とは言えないものだった。しかし、当の王子は寧ろ喜んでいる様だった。

 

「エレークトラさんも久しぶり、前に会ったのは姉上の近衛武技祭の時だったね。君の試合は覚えているよ、見事な槍捌きだった。結果は残念だったけど、今も研鑽は続けている様で安心した。そのまま精進して、いつか王位簒奪してみてよ」

「はい! え、あ、はい!?」

 

 着席するジノ王子。いきなり名を呼ばれ、過去の敗戦まで覚えられていて、最後にごく自然に放たれた王族ジョークに、エレークトラの心臓は大いに跳ねた。

 この王子は、本来エレークトラの様な普通の伯爵令嬢が茶を共にできる相手ではないのだ。

 

「試合? あぁ~、一党の選別か。オイオイ、まだやってんのかよあの制度」

「有益な伝統さ、続ける価値はあるね。酷だと思う時はあるけれど。でもね、僕の腕は二本なんだよ」

 

 王子の言う伝統とは、新たな王族の子を頭目とした一党員選別の事だ。王家はこれを祭と呼び、世界中から猛者を集めるのである。

 近衛祭。それは、生まれた王の子が9つになった日に行われる。代々、種族を問わず年の近い才人を王城に集め、一党の役割別にその才覚を測る。そして、競い合って勝ち残った者が王族の一党に加わる栄誉を得るのだ。

 ラリス貴族……否、この世に生まれた強者の子は、彼の伝説に肖る王の一党を夢見るものである。

 

 ラリス王族は弱者には務まらない。

 迷宮踏破は貴族の誉れだが、王族にとっても誉れである。最も危険で、最も己を高められるのが迷宮である。ならば王族が一党を組まない理由がない。

 そうして磨かれた絆の力が、災厄を祓うに肝要なのだ。

 

「まあ、今はお前についてこれるだけでも十分だと思うぞ。焦らすなよ、ジノ」

「わかっていますよ、師匠。皆、かけがえのない仲間だと心から思ってるさ。もちろん貴方たちもね」

 

 ことりと、爆乳侍女が王子のサイドテーブルにお茶を置いた。王子は「ありがとう」というと、侍女は嬉しそうに乳を揺らした。その胸は豊満であった。

 するとその時、訝しげに鼻をヒクつかせていた女傑が口を開いた。

 

「血の匂いがするぜ、王子様」

「おや、流石だねナターリア」

「当然だろ。で、相手は誰だ?」

 

 血の匂い、言葉通りの意味ではない。身を乗り出す女傑。まるで絵本の続きを知りたがる幼女の様な食いつきである。

 しかし、これは異世界人的には割と自然な反応である。民も戦士もお貴族も、みんな強者の武勇伝が好きなのだ。

 

「それがさ、聞いてくれよ皆。帰り道、僕がラーレ家の滞在中に、そこのご令嬢と駆け落ちした冒険者がいてね。彼、追手を撒く為に墓地で死霊魔術を使ったんだよ」

「死霊魔術!? すっご! 今どきそんな馬鹿な事する人いたんですね! わたしも見てみたかったです! ねねっ、触媒は何? 効果時間は? どんな形の魔法陣でした!?」

 

 王子の話に、さっきまでぼんやりしていたデアンヌが過剰反応した。彼女は魔法オタクであり、社会的に害のないあたおかの好例であった。

 普通、王族の話にこんな割り込み方をしたらラリス式制裁が入るものだが、当の王子は優しい瞳で彼女を見ていた。

 

「抑えろ、デアンヌ。だが、それは貴族の問題だろう? お前が出るべき問題ではないな」

 

 そのままギアを上げようとした魔法狂人を制し、翡翠眼の麗人は話の続きを促した。

 

「そうだね。けど、その時、街にいたのは御子息だけでね。上手く手が回ってなかったんだ。判断は早かったけど、甘かった。それに、討伐よりも民を守る事を優先してた。だから、僕が代わりに件の冒険者を殺してあげたんだ。それと、逆上したご令嬢も」

 

 世間話にしては血生臭い内容だが、エレークトラを除く皆は結構楽しそうに聞いていた。

 つい先日、在野の冒険者にしてやられたエレークトラとしては、その話は耳に痛かった。

 理由はどうあれ、たかだか民草の暴走で貴族の血を奪われるなど、あっていい事ではない。娘も娘で、己も民のつもりでいるのだろうか、同じ貴族令嬢としては恥ずかしい事この上なかった。

 

「ラリス貴族に惰弱は許されない。僕がいなかったら、みすみす悪漢を取り逃がしていただろうね。普通なら、制裁さ」

 

 続く王子の言葉には、ごく自然な調子で冷酷さが垣間見えた。

 それから、純粋な憧憬の念も。

 

「……けど、討伐より民を優先した選択は素晴らしいね。だから制裁はしなかった。彼は力の使い方を間違えなかった」

 

 お茶を飲み、王子は少年らしさを抜いて呪文でも唱えるように続けた。

 

「力で女を奪うのも良い。力で貴族に盾突くのも良い。利が勝るならば、多少の横暴も許そう。けれど、虐殺は看過できない。貴族も民もない、弱者に力を振るう強者を、ラリス王家は許さない」

 

 重く、圧を伴った言葉だった。飄々としていた魔人でさえ、口元をひくつかせるほどの。エレークトラは心臓を押さえつけられたような感覚を覚えた。

 それから一拍置いて、王子は圧を抑えて茶目っ気を戻した。

 

「わかっているね? ラジアードさん」

「オイオイ、昔の話じゃねぇの! 許してくれよなぁ!」

 

 あえておどけてみせた魔人の振る舞いに、場に満ちた緊張が緩んだ。

 王家には歴史があり、長寿魔人のやらかしは事細かに記録されているのであった。

 

「まあ、そういう訳で遅れたんだけど……」

 

 言いつつ、卓を囲んだ面々を見渡すジノ王子。

 次いで、机上の地図を眺め見た。赤い駒の輪っかに、青い駒がぽつぽつ置かれている。

 全然詰められていないので、流石にこれでは分からなかった。

 

「イシグロさんの話の前に、状況が知りたい。どこまで進んでる?」

 

 

 

 

 

 

 予言によると、災厄の前には大規模な魔物の襲撃が予測されるという。

 これは過去にも例があり、王家はこれを“災厄の尖兵”と称した。

 

 尖兵は人類生存圏外から押し寄せてくる。今回、その中には“特異個体”が複数体存在するらしい。それ以外にも、通常の主級が山ほど……。

 尖兵の存在に前例はあれど、これほどの軍勢は過去例がない。恐らく、魔物を統率する個体がいるものと思われる。今回、最も優先して討伐せねばならないのはその“指揮官個体”だ。

 

 特異個体は、迷宮内のそれより知能が高い。そこに指揮が加われば、よく統率される分そのルートはある程度予測できる。圏内の守りはほぼ決定しているのだ。あとは、境界の守りである。

 そこで、この王子は実父から南西部分を防衛するよう仰せつかったのである。けれども、若輩の王子には手駒が少ない。今いるのは粒揃いだが、数がいないのだ。兵でなく、銀の数が。

 優良な戦力は他の家族が口説き落としているし、王子の一党を分ける訳にもいかない。それと、王家お抱えの戦力は本番に残しておかねばならない。なまじ一党だけでやってこれたから、いざという時に頼れる縁を作ってこなかったのだ。王子は現在、これまで単独で暴れてたツケを払っているのである。

 

「なるほど、忙しそうだ……」

 

 手にある駒は少ない。王子は前髪を弄びながら、混沌の地図を睨んだ。

 王子は卓を囲む仲間達を見た。歴戦の魔人に、狩りの名手、殲滅の魔女に、万能の射手。皆、戦士としてだけでなく将としても優秀だ。だからこそ、この場に参謀がいないのだ。動かすのは兵じゃない、一騎当千の狂人なのだから。

 

「ミッド平原か。できれば騎馬に優れた人がいいんだけど……ヴァレンシュタイン卿はどうなってる?」

「ヴァレンシュタイン家はフィルド砦ですね。ですが、ヴァンドレイ様は青三角です」

「さすが父上だ、教育熱心でいらっしゃる。なら彼にお任せしたいな。手紙を書きたい、彼は今どこに?」

「卿は現在、王都に向かうべく我が家に逗留なさっておいでです。到着は昨日の朝で、何事もなければ明日には王都入りする事でしょう」

 

 王子の問いに、エレークトラはキルスティンより早く応えた。

 内心彼女の事を戦力外と見なしていた王子からすると、ちょっと嬉しい誤算だった。気圧されていない、良い貴族だ。

 

「なら、彼に任せよう。君からも一応お願いしといてもらえるかな? もちろん、僕の方からも人を出すよ。命令でも誠意がないとね。封蝋印は盾と槍を使おうか、キルスティン」

「どうぞ」

 

 サラサラと、ジノヴィオスは手紙を書きながら続けた。

 

「それと、できれば……そうだな、メルセティスさんも確保しておきたいかな」

「フリーなはずだぜ。じゃ、“春風”の勧誘は俺様でいいな? 何か適当にいらない深域武装見繕っといてくれ。そんだけで喜ぶ」

「頼むよ。それと、君の一党は温存しておきたい。いいかい?」

「あいよ~」

 

 本格的に会議が始まると、残る駒の配置は驚くほどスムーズに進んでいった。

 事前にまとめてあった将軍や専門家の意見を参考にしつつ、王子という強力な個人がどんどん駒を動かしていく。それはまるで一流一党の迷宮探索の様であった。エレークトラを除いて、ここには戦いの熟練者しかいないのだ。まとまれば強いのは、迷宮外の卓上でも同じであった。

 

「ルーゴウンの森は、アリエルに任せていいかい?」

「だろうな。何人か王都に残そう。それと、聖樹の防衛には南区の“繁茂”を借りたい、構わないか?」

「問題ないよ。兄上には僕から伝えておく」

 

 聞き覚えのある二つ名に、デアンヌが反応した。“繁茂”はポーション作成を手伝ってくれるお友達なのだ。

 

「あ、あ、あの子、乗ってくれますか、ね……?」

「上森綿花でもくれてやればいいだろう。故郷から一つ取り寄せよう」

「わわっ、わたしも欲しいですー!」

「今年のは無理だ。また来年な」

「はぁい……」

 

 デアンヌは大人しく引き下がった。その間にキルスティンは会話の内容を記録し、王子は貴族充ての手紙を書き終えてエレークトラに手渡した、アリエルは黄色と白の駒を森に動かした。

 南西に駒が集まっていくと、獣の女傑が苛立ちを抑えながら口を開いた。

 

「王子様よぉ、ウチ等の狩場は用意してくれンだろうなぁ?」

「もちろん。けれど、どこに向かうべきかは現状決められないね。ほら、君たちは魔法が苦手だろう?」

「んなもん適当な奴に……」

「わたしは嫌です……!」

「頼んでねぇよ!」

 

 デアンヌは物怖じせずに女傑からの視線を跳ね返した。

 陰と陽、二人の相性は決して良くなかった。それは戦場でもその通りで、なんでもかんでも自分の指揮下に置きたがるナターリアの戦い方を、虹嵐の魔女は苦手としていた。

 

「デアンヌさんはミッド砦で待機してもらうのが一番だよね。ナターリアさんもラジアードさんと同じで温存かな。相手が分かり次第同盟単位で動いてもらう。それでいいかい?」

「チッ、仕方ねぇな。が、この糞蛇とだけは組ませるなよ」

「はっ、こっちも御免だね。産後の犬は弱ぇんだ。脚ぃ引っ張られたくねぇ」

「あぁんッ!?」

「事実だろうがよ!」

「よせ、子供じゃないんだ。やるなら後だ」

「ケッ、爪が腐る、やらねぇよ」

「へいへい軽いじゃれ合いだよっと、ったく、これだから処女(おぼこ)は……」

 

 会議は進む。兵站輸送から、そのルートの確認。強者しかいない地下室の中で、エレークトラは彼らの話を頭に入れるので精いっぱいだった。

 

「んー、やっぱ足りないなぁ……」

 

 ある程度駒が配されたところで、純白の王子は温くなったお茶を飲み干した。

 空いたカップに新しいお茶が注がれる横で、ジノヴィオスは伯爵令嬢の方を見た。

 

「話を戻すね。エレークトラさん、君から見たイシグロさんの話が聴きたい」

「はい、承りました」

 

 本題である。エレークトラは頭の中でまとめておいた内容を、ここにいる全員にわかりやすく伝えた。

 当日起こった事、本人の気性や、その様子。会話で聞き知った彼の思想に、一党の雰囲気。些細な事まで、根掘り葉掘り語った。

 途中、各々が持ってきた書類や、キルスティンが作成した身上調書と照らし合わせながら、そこに新しい情報を加えていく。

 理由はひとつ、勧誘の為である。

 

 強い奴は、頭がおかしい。

 依頼をしても受けるかどうかは気分次第。例え世界の危機だと言っても、人によっては知らぬ存ぜぬを押し通す。長い目で見ればそれも有難い事ではあるので、まぁそれは良い。

 そも、その気のない戦士は役に立たない。だからこそ、動きたくなるようなエサを用意する。相手が欲するものを与え、従わせる。そうして駒を揃えるのも、王に必要な素質であった。

 

「ふむ、暴走魔族をか……」

「誉れも不要ときたか。こりゃ気難しい」

「りゅ、竜族の魔術師……気になりますねぇ」

「欲が見えてこねぇな。噂通りの迷宮好きってだけでもなさそうだが……」

 

 各々、事前に彼の英雄候補については調べていた。ギルドの帳簿から、場末の噂話まで。それぞれ得意とするルートから情報を集め、極力接触しないよう細心の注意を払いつつ。

 そこにきて、新鮮なニュースである。エレークトラが眠れぬ日の原因となった暴走魔族事件だ。すると、これまで想定していた人物像とはかけ離れた彼の一面が見えてきたのである。

 

「なるほど、君はモブノと戦うところは見てはいないのだな」

「はい。しかし、彼に同行していたウィードさん……犬人族の斥候は一部始終を見ていたと思います。ヴィンスのギルドに調書があるはずです」

「キルスティン、ギルドに使いを出して。エレークトラさん、件の斥候は今どこに?」

「恐らく、まだヴィンスに滞在していると思われます。依頼の事もあるので、出たとしても王都西区に戻るかと思われます」

 

 とりあえず、圧をかけない程度にその斥候からの話を聞く必要があるかと、この場の全員が考えた。鋼鉄札相手なら、適当に金を握らせればいいだけだ。

 話をするだけで報酬がもらえるのだから、当人も喜ぶだろう。実際、後日ウィードは美味しい思いをする事となる。娼館行き放題だ。

 

「ふむ、モブノは距離次第で私でも手こずる相手だ。三人がかりとはいえ、手練れには違いない。それも捕獲とはな……」

「せ、戦力というなら、よよ、予想以上みたいですね……」

 

 イシグロの戦力。それは前々からある程度承知していた事項である。

 そこに札付きの悪を仕留めたというので上方修正がされただけで、問題はそこじゃないのだ。

 

「分からねぇな。結局どう口説きゃいい?」

「お嬢ちゃんよ、あんたからはどう見えた?」

「どうでしょうか。当時の欲でいうと、早く帰りたがっている事は伝わってきましたが……」

「なんじゃそりゃ」

 

 そう、問題はそこだ。

 如何に優良な駒でも、動かせないのではどうしようもない。単に大量の金で動いてくれるのなら容易いが、銀細工持ちならそれだけでは決定打とならないものだ。

 だからこそ、欲しいエサを見定める必要がある。それと、逆鱗に触れぬよう気を付けなければならない。

 

「まとめるとだ。彼は“奴隷”を、もしくは“仲間”を大切にしていて、ある程度の義侠心がある。戦いを好まず、されど躊躇わず、無暗な殺生もまた好まない。依頼に対しては真摯に取り組み、格下の同業者にも紳士的。ヴィンスの街並みには好感を持っていた様子で、乞食を哀れんでいた。あと、止まり木協会に興味を示したと。それから、ファリンにもエレークトラにも無関心だった」

「は、はい」

「むむ、無欲な善人、ではない、でしょうか……?」

「無欲で強ぇ奴なんざいる訳ねぇだろ。忘れちゃあいねぇか? こいつぁ九日連続で迷宮に潜る“迷宮狂い”なんだぜ?」

「ただの異種族奴隷フェチなんじゃねぇの? 夜じゃなくて、迷宮優先のよぉ」

「そもそも、何故子供の様な奴隷なのだ? 三人目もそうなのだろう? 不可解だ。子供を保護……いや、本当の子供はいないか……」

「だとしたらお前んトコに預けるだろ」

「不能なんじゃねぇの?」

「れれ、レアモノが好き、とか? さ、三人目も……魔族でしたよね?」

「それなんだけどね」

 

 言って、王子は爆乳侍女に目配せした。

 合図を受け取った侍女は、胸の空間魔法から一枚の書類を出してみせた。

 

「知っているだろうが、彼がこれまで購入してきたのは、全てストゥア商会から買った異種族奴隷だ。前にそこの支部長と話したけど、彼はイシグロさんについての情報をあまり教えてはくれなかった。まあ、強引にいくのは最終手段だね、逆鱗も怖い」

 

 それくらいは簡単に調べがつく。調査書にもある。

 侍女が全ての書類を出し終えると、それを一枚一枚金細工持ちに配った。配られた順に、各々目を丸くした。最新の情報だ。

 

「一人目は淫魔。二人目は竜族。三人目は混合魔族(キメラ)だ。合ってるね? エレークトラさん」

 

 四人の冒険者が瞠目する。皆、三人目の種族については初耳だった。魔族とは聞いていたが、まさか絶滅種だとは思っていなかった。

 混合魔族など、第二大災厄の際に絶滅したはずである。生き残りか、あるいは突然変異か、いずれにせよ希少種の中の希少種である。同じ古代魔族のラジアードは毒牙を剥いて笑っていた。

 王子の確認に、エレークトラは過去の失敗と悔恨に顔をしかめつつ、しっかりと記憶をたどってから答えた。

 

「間違いございません。恐らく、轟雷狼(らいじゅう)と、何かしらの獣系魔族の混合魔族かと」

 

 肯定である。ギルドの聴取でも、当人もそのように答えたらしい。

 それから、王子は書類にある二人目を指差した、

 

「二人目の竜族、これは傲魔竜アヴァリの娘だ。そうだろうと、竜族の仲間が言っていたよ」

 

 ぴくりと、デアンヌ以外の長寿三名が反応した。

 実際、竜族であるというのは聞いているが、その血統は疑わしいものである。髪などいくらでも染められるし、奴隷商人はどんな嘘でも吐くものだ。

 三対の視線を向けられたエレークトラは、鋭敏な魔力感覚を持つ者として応えた。

 

「恐らく、そうでしょう。戦っているところを見てはいませんが、彼女はとても美しい銀竜でした。例えそうでなくとも、あの魔法……あの魔力量は尋常ではありません」

 

 戦いの後、彼女は事も無げにエレークトラの欠損を治癒してのけたのだ。かつて受けた極大治癒は、腕一本が限界だったのだ。全くもって格が違う。

 エリーゼが行ったのは、一流の治癒術師が日に一度行使できるかどうかという程の大魔法であった。それを連発するなど、書類の方を疑うべきである。

 身を震わせるエレークトラの様子を見て、ここにいる金細工は思い思いに口を開いた。

 

「そりゃ……そいつぁ、随分と高くついたんじゃねぇの?」

「ふむ、アヴァリの娘は情報がなかったからな……」

「アイツが保管してたのは、そういう理由だってのか? クソが、馬鹿馬鹿しいッ……!」

「そそそ、その竜族さんが使った魔法って、全部武器に装填されてた奴なんですよね? すごい……じゃなくて、それって普通の奴隷を買うより高価だと思うんですけど」

「はい。彼女らの武装はどれも一級品でした。それに、淫魔の奴隷は深域武装を持っていました」

「持たせてた、じゃなくてか? オイオイ、合ってたのかよ……」

「やっぱ、迷宮用の奴隷が欲しかったんだろ。見目まで求めたらいくら銀細工でも手が届かねぇ」

「どうだろう、僕はそれだけじゃない気がしてならないんだよね……」

 

 あれこれ話すが、結局今の状況では何をエサにすれば釣れるか分からなかった。こうなると振り出しに戻った感じである。

 その時になったら声をかけるのは確定として、それでも事前に用意はしておきたいものである。

 

「とりま、前例と似た奴隷ぶら下げときゃいいんじゃねぇの? チビで、強くて、異種族で、レアな奴隷……」

「……それは、止めておこう」

 

 魔人の的を射た提案に、王子はNOを言った。

 怪訝そうな視線が向けられる中、純白の王子は自身の顎に手を添えて言った。

 

「考えてもみてほしい。貴方はこんな奴隷が欲しいんですよね? これあげるから戦って、はいどうぞ……って言われて、もしそういう奴隷の尊厳を大事にする人だったら、彼は交渉人の手足を斬るかもしれないよ。それに奴隷は商品だが、武器や宝石と違って人だ。彼からしたら報酬じゃなく、人質に見えるかもしれない」

「それは……確かに、やりかねないところはありますね……」

 

 王子の言葉とエレークトラの呟きに、皆は納得するしかなかった。

 依頼とはいえ、相手は見ず知らずの暴走魔族を助ける為に同じ銀細工と斬り合う覚悟のある奴だ。ぶら下げたニンジンで激昂されては堪らない。

 なんとなく、イシグロは根本的に価値観の違う相手な気がしてきた一同であった。

 

「それしかないか。まあ、一応用意はしておこう。あくまで王家でなく、ストゥア商会に協力する形にするのが穏当かな。けれど、こちらからチラつかせるのは絶対にやってはいけない。勘ぐられるべきではないね、権力を嫌う気質の可能性は高いんだろう? 調査はうちが継続しよう。気取られない事を第一にね」

 

 金細工冒険者は人に寄り添う事を失念する。それは誠実な人柄で知られるアリエルとてそうなのだ。

 その点、王子は相手の立場になって考える事のできる強者であった。強くてカッコよくて優しいのである。爆乳侍女は恍惚とした目で王子を見ていた。

 

「ふむ……」

 

 とりあえず、当座の方針は決めたが、王子はまだ少し考えてみる事にした。

 何か、噛み合っていない気がするのだ。紙面の情報だけでは分からない。他人の口からもまだ分からない。イシグロという英雄の卵は、本当に皆が思っている様な狂人なのか……。

 誠実さが、いるのではないか。

 

「……僕が話すか」

 

 ふと漏れた言葉だったが、王子はそれがいいと直感した。

 結局、会って話す事以上に相手をよく知れる方法はない。権力を嫌う……いや恐れているなら、王子とは知られないようにしないといけない。

 変装して、会うのだ。なら商人とか役人とかに化けようかな。おぉこれはなかなか面白いぞと、王子の年相応な悪戯心が鎌首をもたげ始めた。

 

「お前がか? 正確性というなら、キルスティンでも構わんだろう」

「確かにね、けど僕自身興味があるんだ。それに、手放したくない人材だ。兄上や姉上がちょっかいをかける前に、少しでも信頼を得ておきたい」

 

 師の言葉に、王子はそれでもと否を返した。

 一国の王子が、英雄候補とはいえ一介の冒険者と会う。最強の王子だ、何があっても殺される事はないだろうが、聊か常識破りである。

 それに、そういうのは他メンバーの役割であるはずだ。

 

「オイオイ、そういうのは俺様の仕事なんじゃねぇの? おーじ様に粗暴な冒険者の相手なんかできんのかよ?」

「お前こそ粗暴な冒険者だろう。それで言うなら、この中だと私かキルスティンが妥当だと思うが……」

「あたしが出てもいいぜ? なんなら、ウチから活きがいいのを宛がってやってもいい。あわよくば子種ゲットだ!」

「わわ、わたしも、その竜族の奴隷に、興味あります! あ、あ、会ってみたいなって……!」

 

 イシグロ氏、ここにきて偉い人たちからモテモテであった。

 しかし、この中にロリはいなかった。エルフ美女もケモミミ女傑もメカクレ魔女も、ロリコン視点だと全く魅力的に見えないものである。まして、毒蛇魔人など。

 会ったところで、「早く帰りたいな」と思われるのがオチではないかと、エレークトラは直感した。お姉ちゃんは美人で有名なのである。皆、見向きもされないはずだ。

 

「いいや、僕が話す。これは絶対だ」

 

 すると、王子は声変わり前の高音で言い切った。そこには絶対的な王気はなく、子供の言う“絶対”があった。

 二度目の宣言だ。これには各々「そこまで言うなら……」と納得せざるを得なかった。

 

 まあ、王子の我儘なんて珍しいし、彼の師もまさか「やりたい事」だとは思っていなかったのだ。

 やりたいなら、やればいい。年長者はそう思うのであった。

 

「ごほん……さて、イシグロさんについてはこれでいいだろう。じゃあ、これを元に詰めていこうか。もちろん第二、第三案もね。キルスティン、何かつまめるものはあるかい? 一度休憩しよう」

 

 それからも、世界の守護者の会議は続くのであった。

 途中、エレークトラいる? みたいな議題になっても、彼女は生来の真面目さを発揮して会議に集中し続けた。そうしていると、いつしかエレークトラは金細工の先輩たちに気に入られる事となった。

 気に入られたせいで、その後めちゃくちゃ稽古をつけられたりしたが、長い目で見れば良い事だ。

 

 こうして、エレークトラの最も長い日は過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方、その日の夜、件のロリコンはというと……。

 

「ご主人様、この部分、少し間違えています。正確には、右下は突き出しません。これだと別の文字になってしまいます」

「あ、そっか。えーっと、これで合ってるかな?」

「そうです、そうです。それと……はい、これ何て読みますか?」

「イ……ライ、ジャ……?」

「正解です、イライジャですっ」

「ふふ……楽しそうね、グーラ」

「気にしてなかったッスけど、ご主人って異世界から来てたんスよね~」

 

 奴隷の皆に文字を教わっていた。

 イシグロという男、実は読み書きや会話はチート無しだと全くできないのである。

 今後も異世界で生きるんなら今のままじゃあいけないと、手始めに異世界の文字を学ぶ事にしたのだ。

 

「はい、ご主人これ読んでみるッスよ♡」

「えーっと、る……るく、ルクスリリア? す、き?」

「もう一回!」

「ルクスリリアスキ」

「情感籠めるッス!」

「ルクスリリア好き」

「何やってるのよ……」

「あの、ルクスリリア? 間違ってます、字が……」

「えっ、嘘ぉん!?」

「ルクスリリアも勉強し直した方がいいわね……」

 

 災厄とか、尖兵とか、人類存亡の危機とか……。

 どれも、ロリコンには興味のない話題なのであった。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラやボスを募集しています。
 興味のある方はお気軽にどうぞ。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551

 こっちも投げてくれると喜びます。



◆ゲーム風な要約◆

・災厄
 だいたい1000年周期で発生する周年イベント。
 イベント内容は毎回違う。ゴジラみたいなのが来る時もあれば、進撃の地ならしみたいなんだったり新種の病気が蔓延したり一匹の虫のせいでゾンビパニックが起こったりする。
 人類皆で協力してこのイベントを乗り切りましょう! 負けると人類が絶滅するから頑張ろうね! みたいなクソイベ。

・災厄の尖兵
 災厄前に起こるタワーディフェンスレイドイベント。
 圏外から強いモンスターがうじゃうじゃ攻めて来る。
 これを如何に消耗せず凌ぐかで、後の災厄イベントの難易度が変わる。

・特異個体
 レイドボス。迷宮外で生まれ、同族食いをして強くなったボス。
 迷宮内の6人縛りがないから、何人でも参加可能。一党が徒党を組んで戦う。ただ、連携が上手くいかないなら一党だけで戦った方が良い。
 勝利時の獲得経験値は美味いが、ドロップはない。




 ガバガバな部分は仕様です。雰囲気さえ伝わればいいかなってノリです。
 気にするような人もおらんやろ。

 次話からまたいつものノリに戻ります。


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ロリが為の炎

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっています。
 誤字報告も感謝です。助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 ボスはもう少し待ってください。

 今回、何故か長くなったので無理やり切りました。

 あと、ステの数値は「だいたいそんなもん」程度に見て下さい。
 あくまで参考です。


 異世界に来て、約半年。

 

 分かっていたつもりだったが、改めて思い知った。この世界は、割と物騒だ。

 がっつり武装した犯罪組織が活発だし、お出かけすると確定で喧嘩見かけるし、現場を見た事はないが都内での銀細工同士の殺し合いなんかも頻繁に起こるらしい。王都民も王都民で、殴り合いとか見て楽しんでるんだよな。神室町かよ。

 意識していなかったが、王都民の多くは武装している。冒険者は言うまでもないが、ドワルフさんもセオドロスさんも外に出る時はいつも武器を装備していた。あれは最低限自分の身を守る為の備えだったのだ。

 

 エレークトラさんに曰く、それでも王都の治安はかなり良い方らしい。

 ヴィンスという、王国でも屈指の都会を見て、なんとなく思った。これ、王都から離れれば離れるほど世紀末なんじゃないのと。

 

 異世界は何が起こるか分からない。

 すれ違った銀細工にいきなり攻撃されるかもしれない。突如出現した主級モンスターに襲われるかもしれない。いつ何時、犯罪組織から狙われるかわかったもんじゃあない。

 異世界、かもしれない運転でいこう。

 

 だから、強くなろうと思った。リリィ達にも、強くなってもらおうと思った。いや、なるべきだ。

 銀細工冒険者と戦ってみて分かったが、アレは怖い。なんとか勝つ事はできたが、おそらくあの鬼人はリリィやエリーゼよりも強いだろう。

 あんな奴がうようよ居て、みんな武装してるんだ。今更だが、海外旅行の気分じゃいられない。

 

 これまで俺は、レベルアップが楽しい金策ゲームの気分で迷宮に潜っていた。

 それ自体はそんなに悪い事じゃないと思う。ゲーム感覚でやるからこそ、捗るものもあるだろう。怖れが過ぎれば行動できぬ。知恵捨て(チェスト)せねば強くなれない。

 そこに一個明確な、強くなる動機をつけようというのだ。楽しく生きる為、強くなる事自体を楽しむのだ。

 

 方針は変えない。埋まっていないツリーを埋めて、スキルを獲得し、隠しジョブの発掘なんかに期待して過ごす。この方針は変わらないし、変える必要もない。何故なら、こっちのがしっかり強くなれるからだ。

 ステだけ伸ばすなら、強いジョブだけを育てればいい。だが、行き過ぎるとソレしかできない特化型になってしまう。実戦で分かったが、剣士スキルと格闘家スキルの組み合わせは対人戦においてはとても有用だったのだ。

 長い目で見ると、これは十分アリだと思う。一生こっちで過ごすなら、尚の事。

 

 異世界で楽しく生きる為、強くなる。

 強くなる為に、迷宮に潜る。

 迷宮に潜って金策し、ロリに投資する。

 

 うん、良いと思う。

 他にもやるべき事はあるけど、それはおいおいだな。

 杞憂しても仕方ない。気楽にいこう。

 

 来年の事を言うと鬼が笑うのだ。

 

 

 

 引っ越しから二日後、昨日は必要な日用品やら何やらを買って、本日はグーラを連れて転移神殿にやってきた。

 なんだか久しぶりな感のある神殿内は、いつもと同じで人がたくさんいた。朝っぱらからバーで呑んでる人とか、マッサージ受けて気持ちよさそうにしてる人もいる。弁当屋さんも出来立てを並べていた。

 人混みに不慣れなグーラとはぐれないよう気を付けながら受付に行き、鍛錬場の使用許可を得る。

 

「えーっと、イシグロ……リキタ、カ……よし」

「あ? イシグロお前、字ぃ書けるようになったのか?」

「まだ名前くらいしか書けないですけどね。合ってますか?」

「ああ、問題ないぜ」

 

 今現在、俺はこっちで生きる為にとグーラに異世界文字を教わっている。

 お陰でこれからは代筆してもらわなくても自分で自分の名前が書けるのだ。小さいけど大きな一歩だと思う。

 なにより、天帝ロロナ……ロリ先生って良いよな。ロリ師匠もすごく良いと思う。グーラ先生のお陰で、俺のお勉強はとても捗っている。モチベがダンチだ。

 

 申請を終え、鍛錬場行きの転移石碑へ向かう。途中、お弁当を買いに行かせたルクスリリア&エリーゼと合流し、石板を弄る。

 鍛錬場に転移するには、専用の石碑前にある石板をスワスワしてステージを選択する必要があるのだ。迷宮なら適当に全員分の手を乗せるだけでいいのだが、ここはそうじゃない。

 

「て、転移って、どんな感じなんでしょうか?」

「ファッとなってフワッとなってスタッと終わるッスよ」

「まぁ慣れれば怖くないから」

「石板が光ったら手を置くのよ」

「こ、こうですか……? わっ……!?」

 

 そんな感じで、いつものコロッセオ風鍛錬場に転移である。

 景色が変わった事に耳と鼻と目を忙しくしてるグーラに、先輩風を吹かせた二人は色々と解説していた。

 

 その横で、俺はコンソールを開き、操作する。 仲間→グーラとタップして、彼女のステータスを表示した。

 

 

 

◆グーラ◆

 

 

 

 混合魔族:レベル6

 獣戦士:レベル12

 

 

 

 能動スキル1:心炎

 能動スキル2:昇雷

 補助スキル1:獄炎

 補助スキル2:轟雷

 

 

 

 生命:45

 魔力:68

 膂力:157

 技量:19

 敏捷:134

 頑強:31

 知力:13

 魔攻:34

 魔防:25

 

 

 

「ふむ……」

 

 見てみると、グーラのステはこれまた興味深いものだった。

 一番気になるのは、四つの謎スキルだ。なんとなくは分かるが、検証が必要である。

 ていうか、ボス倒したとはいえほぼほぼ初期値でこれとか、如何に転移直後の俺が弱かったかが分かるな。

 

「グーラは足の速いパワーキャラなんだな……」

「ぱわぁ……?」

 

 スキルは後で確認するとして、まずはステータスだろう。

 ジョブの名前や知力の低さからして、グーラの元の能力値は技量の低い前衛型なんだろう。魔力が高いのは魔族の特性か。

 そんで、抜きん出てるのが“膂力”と“敏捷”だ。それぞれシンプルにパワー&スピードであり、“技量”がないグーラは精密動作性の欠けたスタープラチナみたいな能力をしているという訳だ。

 

「まあ、とりあえず……グーラ、これ持ってみて」

「はい」

 

 まずは共有チートの確認である。アイテムボックスから安物の鉄剣を取り出し、グーラに手渡した。タップして見てみたが、獣戦士は剣を使えるのだ。

 グーラは手渡されたそれを何故か恭しく受け取ると、その柄を両手で持った。

 何てこともない刃を潰しただけのロンソだが、身長150以下のグーラが持つとどうにも不釣り合いである。しかし。彼女は剣の重さに負けている感じはなかった。膂力ステのお陰だ。

 

「あの、これをどうすれば良いですか?」

「適当に振り回してみて。それだけである程度分かるからさ」

「は、はい……!」

 

 少し下がって、三人で見学である。

 根の真面目さ故か、グーラはよく分かってないなりに集中していた。一度目を瞑って、何かを思い出している様である。

 眼を開ける。それからロンソを片手持ちにして、剣を持った右手を後ろに、左手を前に出した構えを取った。外連味のある映えポーズだが、それは存外堂に入った構えに見えた。

 

「はあッ!」

 

 そして、それこそテニスのサーブでも打つように剣を振った。対人じゃない、対怪物の軌道であった。

 かと思えば姿勢を低くして横薙ぎをし、足と手で加速して剣を振った。身軽に、荒々しく、それでいて流麗。それはまるでダンス……いや、ダンスの様な武術の動きに見えた。

 グーラの剣捌きはまるで、剣でやるカポエイラだった。あるいは、ダクソ3の狼の剣技。そんな印象を受けた。

 

「はぁーッ!」

 

 最後に、大ジャンプしてから片手大上段攻撃をして、彼女の剣舞は終了した。

 パチパチと、自然に拍手してしまった。ルクスリリアとエリーゼも釣られて拍手をした。

 当のグーラはというと、技後硬直の姿勢を維持しつつ、視線を手と剣で往復させていた。俺には分かる。次にお前は、「ボク、剣の天才なのかもしれません」と言う。

 

「……ボク、剣の天才なのかもしれません」

 

 知ってた。グーラは姿勢を戻して、剣身に映る自分の瞳を見ていた。うっすらドヤっている。

 その感想が出るって事は、彼女にもモーションアシストが共有されてるって事だな。こっちとしてはひとまず安心である。

 

「いやでも実際凄かったッスよ、今の動き! いくらご主人の恩恵があるとはいえ、ただの村人には無理ッスよ!」

「いや! あ、えと、あの動きは父さんので……。教えてもらった訳じゃないんですけど、見様見真似というか……」

「なら、尚の事すごいじゃない。私にはできない事よ……」

「グーラは運動神経が良いんだろうな」

「そ、そうでしょうか? えへへ……」

 

 褒めちぎられ、指で頬を掻いて照れるグーラ。褐色の肌に赤みが差す。かわいい。

 実際、チートの持ち主の俺だからこそ分かるが、イメージできるからってそう簡単に他人の技をラーニングできる訳ではないのだ。最適な動きを、完璧にこなさないといけないのだから。

 グーラ、恐ろしい子である。

 

「じゃあ、次はスキルの確認がしたいんだけど」

「すきる、ですか?」

 

 一通り褒め殺しをしたところで、次にいく。

 チートの次は、地球舐めんなファンタジーである。

 

 それから、小首をかしげるグーラに、俺から見えるゲーム的仕様についての話をした。

 能動スキルとは、補助スキルとは。途中、先輩たちからの証言も加える。グーラはその一つ一つを熱心に聞いてくれた。ロリ先生も良いが、ロリ生徒もやっぱ良い。

 

「多分、獄炎犬(ヘルハウンド)轟雷狼(らいじゅう)の種族特性なんだろうけど、俺には四つの能力が見えるんだ」

「四つですか?」

 

 グーラには、四つの謎スキルがある。

 それぞれタップして説明を見ると、相変わらず簡素な説明だけが表示されたのだ。

 

 一つは“心炎”。魔力を消費して炎を生み出し、操るスキル。あと、膂力にバフがかかる。

 一つは、“昇雷”。魔力を消費して雷を生み出し、操るスキル。あと、敏捷にバフがかかる。

 

 補助スキルの二つは“獄炎”と“轟雷”で、それぞれ体内で生成される魔力の全てが炎か雷に自動変換されるよという奴だった。また、体外に出す魔法とかにも、両属性がのるらしい。

 なのはシリーズのアレみたいな感じだろうか。これらにはもう少し詳細な説明があり、曰く一部属性の魔法は覚える事も使う事もできなくなるとか。もしグーラを魔術師にした場合、使う魔法は炎と雷で固定される訳だ。

 

「で、今からその“心炎”……ヘルハウンドの火を出してみてほしいんだ」

「かしこまりました。これでよろしいでしょうか」

 

 ポッと、それは存外呆気なくお出しされた。

 剣を持ってない手のひらに、人魂の様な炎が生成された。それは以前に見た赤黒い炎でなく、火って感じの赤色だった。

 詠唱のない発火能力。これが、恐らく“心炎”という奴なんだろう。

 

「上手に制御されているわね」

「ありがとうございます。子供の頃は何でも燃やしちゃって……」

「どれくらい自由に使えるんスか?」

「えーっと、いいですか?」

 

 頷くと、グーラは丸めたティッシュを放るようにして火の玉をポイした。

 すると、火は砂の地面に着弾して小さな爆発を起こした。だが、爆ぜた炎は地面を舐める事なく消退した。まるでソウルシリーズの呪術の様に。

 

「他にもブワーッと出したり、こうやって全身を燃やす事ができます」

 

 そのまま、グーラは全身を燃やした。だが、これまた不思議と着ている服に引火はしてない様である。

 この服は何の補助効果もないただの服だ。にも関わらず引火も燃焼もしていない。

 

「ちょっと失礼……アツゥイ!」

「え!?」

 

 ならば熱くないのかと思って触れてみると、俺の手袋に引火した。

 一応、それなりに火耐性のある魔物の骨やら革やらで出来た手袋である。なのにめっちゃ熱いし、継続ダメージもある。

 

「それは熱いでしょう……」

「もー、何やってんスかご主人~」

「だだだ大丈夫ですかご主人様!?」

 

 慌てて手袋を外すも、その火は手袋をすり抜けて俺の手に燃え移り、そのまま皮膚を焼き続けた。カルシファーでもそれは無理だぞ。

 あーもうこれ理科の先生が見たら発狂しちゃうよ。

 

「あっ! すみませんご主人様! 今消します!」

 

 火のついた手をパンパンしていると、グーラの炎化解除と同時に俺の皮膚を燃やす火は掻き消えた。同時、手にあった熱も痛みもなくなった。

 手を見る、火傷はない。HPを見る、少し減っていた。不思議ファイヤーである。

 

「すみません。あの、大丈夫ですかご主人様……?」

「ああ、大丈夫。にしても凄い火だな。実に興味深い」

「とりあえず回復しておくわね」

 

 その後、俺は彼女にいくつか質問し、“心炎”についての情報を集めた。

 曰く、前はなんでもかんでも燃やしていたが、制御できるようになってからは物を燃やすかどうかを自分で決められるようになった。

 曰く、手から離れた火でも鎮火可能。そのままにする事もできる。

 曰く、炎は身体のどこからでも出せるが、手が一番出しやすい。

 曰く、火の熱さ……というか多分威力は自由自在。最小は冬に暖を取れる程度で、最大は不明。

 曰く、これでお肉を焼くのが得意。父さんに焼き加減を褒められた事もあるらしい。

 

「いいねぇ……!」

「い、いいんでしょうか?」

「こういう人ッスよ」

 

 グーラの話を聞いて、俺は“心炎”なるスキルへの興味が抑えられなくなっていた。まるでサブカル作品の炎使いみたいである。魔法というより、異能である。浪漫だ。

 俺はキュアサニーとか烈火とかマスタング大佐とかマジシャンズレッドとかエンデヴァーとか森羅とかクー子とかアルフェンとか唯一王とかゴーストライダーとかシャナとかが結構好きなのだ。

 闇属性とか氷属性とかに人気で負けてる気はするが、いいだろう炎。カッコいいだろう。シャナほんと好き。

 

「ん?」

 

 ふと、シャナで思い出したが、心炎で武器エンチャはできないのだろうか。発火ヤスリとか、そんな感じで。

 こうも不思議な異世界ファイヤーである。武器に纏わせて攻撃とかできてもおかしくはないと思う。実際、魔法剣士の魔法に“炎の武器”という炎属性付与の魔法があるのだし、スキルでもできるんじゃないか?

 

「グーラ、それを物に纏わせたりっていうのはできる?」

「物ですか?」

「そう、その剣とか。一回やってみてよ」

「剣、でしょうか……。や、やってみます」

 

 むむむと集中するグーラ。例として“魔力の武器”を見せるべきかと思ったが、それは後でもいいか。

 やがてグーラが力むと、ボッと勢いよく剣身が燃え上がった。

 

「「おぉ……!」」

 

 お見事である。俺とルクスリリアは大口開けて感嘆した。エリーゼも興味深げに見ていて、グーラはポカンとしている。

 燃える炎の剣、なんてカッコいいのでしょう。それはさながらダクソのグウィン王、ダクソ2の溶鉄デーモン、ダクソ3の王たちの化身。何の変哲もない剣は、グーラの手によりフロムボスが持ってもおかしくない様な風格を得たのである。

 

「どどどどうしましょう! 剣が燃えてしまいました!」

 

 興奮する俺とリリィだったが、当のグーラは燃える剣を持っておどおどしていた。鎮火は任意なのだからいつでも消せるはずだが、使用者は気が動転して電源をオフにできないようだった。

 

「落ち着いて、グーラ。手から流れてる魔力を断ち切ればいいだけよ」

「あっ、そうでした。えーっと……!」

 

 そうこうしていると……。

 

 バギン!

 

「「「あっ……」」」

 

 重なったのは、俺とグーラとルクスリリアの「あ」だった。

 そして、今のバギンは聞き慣れた剣の破壊SEだ。今も続けているエリーゼの権能練習、それでよく聞く音だ。失敗するとアイテムが破損し、剣の場合は状況に関わらず真っ二つになり別個のカスアイテムへと姿を変えるのである。

 なるほど、グーラの炎エンチャには武器耐久度を下げるデメリットがあったようだ。耐久度が0になった剣は、真っ二つになって地面に落ちた。これも異世界の不思議である。

 

「あ、あぁ……そんな……!」

 

 折れた剣をつつく、熱はない。へぇそうなるんだと思って折れた剣を見分していると、グーラが微振動しているのが見えた。彼女は全身をわなわなと震わせ、目に涙をためていた。

 おっとフォローが先だった。俺は慌てて口を開いた。

 

「大丈夫だよ。安物だし、有益な結果だ。僕のデータも喜んでいるよ」

「で、ですが、このような上等な物を……!」

 

 なおも震えが止まらないグーラを、三人で寄ってたかってフォローする。

 

「そこの竜族なんて何十本という剣に何百本という矢を壊してきたんスよ。剣の一本くらい何スか」

「言い方……。けれど、そうね。気にする事はないわ。貴女の主人はそれほど狭量ではないもの。ねえ?」

「もちろん。そんなんじゃ怒らないし、飯抜きなんて言わないよ、むしろご褒美モノだ」

「すみません! 本当にすみません!」

 

 それから、俺たちはグーラの気が立ち直るまで大丈夫と言い続けた。

 なんか、小学生の時に似たような事があった気がする。

 

「うぅ、すみません。以後気を付けます……」

「いいって。そういうものなんだから、どんどんやってこう」

 

 小休止を挟んでしばらく、もう一度炎エンチャの検証を再開する。

 実験したい事はまだあるのだ、炎エンチャして威力は上がるの? とか、エンチャした炎は操れるの? とか。こういう検証は大好物である。

 

「はい、次はこれにやってみて」

「はい。これは、鉄? いえ、何でしょう……?」

 

 渡したのは、つい先日の事件で回収したモブノ氏が持っていた深域武装の槍だ。

 長さは大体2メートルくらいで、当然グーラよりも大きい。先っちょには肉厚な刃があり、石突きから先端まで真っ白。色や雰囲気は違うが、何となくうしおととらの“獣の槍”に似ている気がする。

 

「これにさっきのやってみてくれる? ああ、別に壊してもいいよ」

「は、はい……」

 

 先のエンチャ時と同じように、グーラは気合を入れて集中した。すると、柄は燃えずに刃の部分だけが炎に包まれた。

 うん、燃える剣もかっこいいけど燃える槍もかっこいいな。

 

「あ、あの……本当に付けっぱなしで良いんでしょうか……?」

「いいのいいの、できるだけやってみて」

 

 実際、壊れても惜しくはない。

 レア武器とはいえ所詮拾い物、何の思い入れもないのだ。壊れても失くしても特にショックは受けない。せいぜい、換金アイテムがなくなったよ程度だ。取り返しのつく要素である。

 

「結構経ったな。一回消してもらっていい?」

「はい」

 

 しばらくして、件の槍を回収する。槍の状態を見てみると、その耐久度は全く減っていなかった。

 気になったのでもう一度普通の剣を燃やしてもらい、すぐに回収。案の定、剣の耐久度は大きく減じていた。

 

 モブノの槍には、リリィの鎌と同じく耐久度リジェネがついている。深域武装の特性で、耐久度も並みの店売り武器よりずっと高い。なんなら俺の無銘よりも頑丈まである。

 鑑みるに、成程どうやら炎エンチャの耐久度減少より“自動修復”の回復量のが多かった様である。

 

「いいねぇ……!」

 

 なんか夢が広がる感じである。駆け出し時代だったらクソスキルだったろうが、今なら普通に使えるスキルだ。そんな気する。

 それからも、グーラの心炎の検証を続けた。

 

 結果、グーラの炎エンチャはなかなか強力である事が判明した。

 

 第一に、単純な攻撃力の上昇。エンチャすると武器に炎属性が乗り、かつその威力は使用魔力次第で増減するのだ。

 固定値ではないが、爆発力がある。持ってきた鉄板が何枚もオシャカになった。

 

 第二に、意識して炎エンチャ武器で攻撃した物には、先ほど俺の手に付いた火みたいな継続ダメージを負わせる事ができた。

 また、燃え移った火は魔力を吹き付けたら消火できた。消火器ならぬ消火魔力だ。エリーゼが魔力浴びせ続けてた薪には引火させる事はできなかった。

 

 第三に、エンチャによる耐久度減少は発動時間のみであり、攻撃時や出力アップ時などに追加で減少とかは起こらなかった。

 最小の火力を付与した剣も、最大の火力を付与した剣も、威力は違っても減少した耐久度は同じくらいだったのだ。

 

 第四に、武器付与の炎は操れない様だった。

 槍先から炎を操作して釣り竿、とかはできない訳だ。

 

 第五に、炎エンチャは自分の武器以外には出来なかった。

 試しに俺が持ってる状態で無銘に炎エンチャしてもらったが、それはグーラが離れると自然に消えてしまったのだ。

 

 第六に、意識すれば割とスムーズにオンオフができる様だった。炎を消すと耐久度減少は止まるし、発火時に多く減少する事もなかった。

 ガンダムのビームサーベルみたいな、あるいは白べたみたいな時限強化でなく、アーマード・コアのレーザーブレードみたいな運用ができるという事だ。これには練習がいるな。

 

「いいねぇ……! いいねぇ……!」

「あ、ありがとうございます……?」

「よし、次は“昇雷”の検証だ」

「はっ、はい……!」

「ご主人、そろそろお昼にするッスよ~」

「グーラも疲れてるでしょう? 無理させちゃダメよ」

「あ、ごめんごめん。今机出すね」

 

 そんな感じで、鍛錬場での午前は過ぎていくのであった。




 感想投げてくれると喜びます。



 はい、ジノヴィオス王子のパーティメンバーを募集します。
 王子以外の王族の一党も募集します。
 レギュレーションは活動報告にて。
 こいついつも募集してんなって思うのは作者も同じです。よければどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297777&uid=59551

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炎天下の運動には栄養補給が必須ですのよ

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。お陰で助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。やる気に繋がっていますし、参考にもなります。
 王の一党の応募もありがとうございます。来るべき時に出てきます。

 今回も検証回。エンチャについでは前回とほぼ同じになるのであえて雑にしました。
 分かりにくかったら、何か適当に質問してやってください。


 迷宮探索は時間がかかる……らしい。

 俺は自動マッピングチートや目的地表示チートがあるので一日あれば大概踏破できるのだが、本来そんなんじゃ無理なんだと。

 受付おじさん曰く、ひとつの迷宮潜るのに短くても三日は使うらしい。それも下位の狭い屋内型ダンジョンでそうだという。

 

 一日目、侵入して周囲を探索し、マッピングする。それから“楔”という構造固定のアイテムを使い、帰還。

 二日目、作成したマップを埋めつつボス部屋を探す。ボス部屋を見つけたら帰還。

 三日目、まっすぐボス部屋に向かい、ボスを倒す。

 

 こんな感じである。あくまでこれが理想であり、そう上手くはいかないのが普通で、中位・上位ともなるともっとかかるとか。

 ちなみに、“楔”の効力は転移回数&人数&時間制で、一人が転移する度に効果時間が減る仕組みだ。同じ迷宮に使用できる楔は一つで、以降の延長は不可能になる。

 また、迷宮内で楔の効果が切れると、迷宮が崩壊を始めるらしい。崩壊前に帰らないと帰れなくなるのだ。

 チートあってよかったと、つくづく思う訳で。

 

 さて、話は変わって。

 

 時間のかかる迷宮探索。楔の事もあり、帰還回数は極力減らしたい。だからこそ、迷宮内で食べる飯は必要不可欠である。

 腹が減っては戦はできぬ。冒険者は健啖家が多いので、戦に必要な飯は相応に多量だ。ちなみに、この“空腹”は補助効果では対策不可である。素直にご飯を食べるしかない。

 そこで頼りになるのが、神殿内の弁当屋だ。

 

 ギルドには実に色んな店舗がある。

 道具屋武器屋防具屋などなど、その中には迷宮内への持ち込みを前提とした弁当屋があるのである。

 命賭けの鉄火場で食う飯である。繊細なものこそ持ってけないが、それでもできれば美味いモンを食べたいというのが人情だろう。

 

 弁当の種類は色々あり、サンドイッチモドキみたいな手軽な感じのとか、おせちみたいな凄いのとか、乾パンとか干し肉みたいなのとかがある。どれも、まぁまぁ美味い。

 また、値段もまちまちで、安いのは大衆食堂くらいだが、高いのだと高級レストランのフルコースくらいする。当然、高い奴は良い弁当だ。

 安い弁当はかなり簡素だが、高い弁当はかなり豪華である。そこに、別料金で保存魔法をかけてもらう事ができるのだ。

 

 この保存魔法という奴は淫魔王国産の淫魔牛乳にもかけられている魔法で、瓶や箱の中身を保存してくれる便利魔法だ。何気に異世界の食事事情を支えている重要な要素である。

 保存付与に別料金が必要なのには理由があり、色々省くが“保存”は食材にも料理にも一回しかかけられないからだというのと、ギルドの専属魔術師が一日に行使できる保存付与に限りがあるからだ。

 ちなみに、保存付与は弁当の購入後に行われ、弁当を買って魔術師のトコに行き、「魔法かけてください」とお願いするのである。先述の関係で、保存を付与できない弁当もあるが、最上位は全部可能だ。

 

 そうやって、冒険者は迷宮内でも美味しい食事で英気を養う事ができるのだ。

 まあ、どれも日本で食べてたお弁当とはちょっと違うのだが……。

 あの安いのり弁、また食べたいものである。

 

 そういえば……。

 それなりに高い金を払えば、好みのメニューを弁当にしてくれるサービスなんかもあるらしい。

 今度試してみようかな。

 

 

 

「わぁ~!」

 

 一通りの検証を終えて、俺たちは鍛錬場内で昼食休憩に入った。普通に外出て外食でもいいのだが、今日は弁当デーである。

 そんな訳で、アイテムボックスから外用のベンチと机を取り出し、設置する。見た目はまんまピクニックテーブルだ。そこに弁当屋で買った最上級弁当を並べていく。一つ二つ三つ四つ、そんで最後にデカいのドン。箱の一つを開けると、グーラは目をキラキラ輝かせた。

 

「はい、飲み物はこれな」

「えーっと、コレがご主人で、これがアタシで……」

「私はこれね。グーラはこの大きいのと、あと全部よ」

「えっ? こんなにですか!? よ、よろしいのですか……!? てっきり、これはご主人様用かと……」

「グーラ用に買ったんだよ。俺はこっち」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 今回、ルクスリリアに買ってきてもらったのは、美味しさ重視携帯性軽視の最上級弁当である。完全に落ち着いて食べる用であり、且つアイテムボックス使える人用の弁当だ。

 俺とルクスリリアはこの前食べたラリスサンドのセットで、エリーゼは野菜とかフルーツとかが入った弁当。グーラは肉と魚と野菜と穀物とその他諸々てんこ盛りの一日一個限定弁当に加え、最高グレードの弁当を各種一つずつ。

 ちなみに、グーラのおせちめいた弁当は本来パーティメンバー全員で食べる奴である。

 

「こ、これも食べてよろしいのですか……?」

「いただきますっと。いいよいいよ、午後も検証が待ってるからさ」

「それにしても、よくこんなに買えたわね」

「文句つけてきた人もいたッスね。けど、アタシの奴隷証(コレ)見た瞬間、そいつビビッて謝ってきたッスよ」

「えっ、マジ?」

「ど、どうしてなのでしょう……?」

「そりゃ、アタシ等がご主人の奴隷だからッスよ! お陰でデカい顔ができるッス!」

「えぇ……そんな事ある?」

「あるッスよ~。屋台の買い物の時も割り込みされないッスもん」

「そんなの普通……いや普通じゃないのか?」

「畏れあってこその強者よ。慣れなさい」

「まあ、あんまり威張らないようにな。俺も気を付けよう」

「分かってるッスよ~」

「ご主人様……す、すごい方なんですね……」

 

 コロッセオの隅、ピクニックテーブルを囲んで弁当を食べる。

 そのうち一人はロリコン日本人で、残る三人はみんなロリ。羊みたいな角と尻尾を生やした金髪美少女と、一対の角を生やした銀髪の美少女と、黒髪褐色ケモミミの美少女。

 どれもこれも地球じゃあり得ない光景である。まさに楽園だ。

 

「アナタ、髪の毛長くなってきたわね……」

「あぁ……切ってもらったのが結構前だから、そろそろ邪魔になってきたなぁ」

「また切ってあげるッスよ。今度はどんな髪型にするッスか?」

「恥ずかしくない感じでお願いするよ」

「髪の毛? あ、そっか、ご主人様は人間の方でしたね」

「ええ、髪が伸びるなんて羨ましいわ……」

「えぇ~、面倒臭いよ?」

「ご主人様の髪はルクスリリアが切ってるんですか?」

「そうッス。アタシ、結構上手いんスよ~。グーラも切ってあげてもいいッスよ」

「あの、ボクも魔族なので、髪は伸びないんです」

「あ、そうッスね。いやー、角がないとつい……」

「魔力でわかるでしょう?」

 

 などと、他愛ない会話をしつつ。

 そんな感じで、お昼休憩は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 さて、食後の休憩が終われば検証の続きである。

 炎の方はあらかた終わったので、午後からは“昇雷”についての検証だ。

 

「雷はそこまで得意ではないんですけど……こんな感じです」

 

 という訳で「雷見せて」と言うと、グーラは指先にバチバチした光を灯してみせた。

 それは雷……というよりも、“でんき”という印象のバチバチで、なんというかピカチュウカラーの雷属性だった。それこそ、ソウルシリーズとかSEKIROの雷の色である。

 炎も雷も、暴走時とは色が違う。あの時はもっと黒っぽかった。何か違いがありそうだが、それもいずれ調べよう。

 

「それ、炎みたいに投げれたりする?」

「できます。投げるというか、こんな風に……」

 

 言って、まるでデスビームでも撃つようにしてピカチュウ雷を発射するグーラ。ビャッと飛んでバチッと着弾。そう、発射と着弾である。

 それは前世の理科で習った電気というより、この世界での“魔法の雷”であった。銀細工ナイズドされた俺にかかれば余裕で目で追える速度で発射され、着弾するとバチッと爆ぜたのだ。

 昇雷の発射。それはダクソの“雷の槍”、それをミニマムサイズにしたような技だった。

 

「それはどれくらい強くできる?」

「えーっと、こんな感じです。えいっ!」

 

 最大出力を! とお願いすると、グーラは「破ァーッ!」みたいなポーズで黄色の雷を放射した。まんまスターウォーズのフォースライトニングだった。素直にカッコいいと思った、まる。

 そういえば、この技……グーラを落ち着かせる時に、暴走グーラが撃ってきたんだよな。なんとか反応できたけど、受け流し難易度は高かった。受け流し続けないといけなかったから、拘束性能が高かったのだ。

 

「他はできる?」

「すみません。あとは、こう、手をバチバチさせるくらいしか……」

「そっか、なるほど……」

 

 雷属性。多分、属性別人気投票をした場合最上位に食い込むだろう人気タイプ。

 禁書目録みたいなリアル寄りだったり、ダクソみたいなファンタジー寄りだったり、その扱いは作品によりけりだが、その使い手の多くは強キャラな位置づけをされていたように思う。

 電気ビリビリ、とにかく画面映えするのである。雷の呼吸とか、ソーとか。そういえば、俺の初恋の子も雷属性だったな……。

 

 そんな雷だが、自然現象以外のソレはこの世界にも存在する。雷属性と、その魔法だ。

 武器についてるのはあくまでモンハンみたいな“そういう属性”であり、これは割愛。

 

 魔法に関していうと、割と明確な特徴がある。

 撃つ系の雷魔法の場合、初速に優れ追尾してきて受け流しが難しいという、厄介な魔法である事が多い。その代わり、威力は控えめでガード時のノックバックは殆どない。

 前、エレークトラさんのパーティで魔術師の爺さんが撃ってきたのがそうである。あれは下手にガードするとビリビリ拘束される奴だったので、ガードせずに受け流したのだ。失敗してたらとんでもない隙を晒して、最悪死んでたと思う。キレてやったとはいえ、かなり危うかった。

 

「えと……炎と違い、雷は足からのが出しやすいです。手だとこの程度で」

「飛べるんだよね。やってみてくれる?」

「は、はい……!」

 

 そんな雷属性。これを扱う種族である轟雷狼(らいじゅう)は、足に雷を纏って空を駆ける事ができるのだ。もう意味不明である。けどできるのだから仕方ない。

 それから、グーラが「ふん!」と力むと、その足関節から下が例の黄色い雷を纏った。そのまま踏み込むと、まるで透明な坂道でも上るように宙を駆け出した。

 

「「おぉ……!」」

 

 例によって、俺とルクスリリアは感嘆の声を上げた。例によって、エリーゼも興味深げに見ていた。

 宙を蹴り、雷が爆ぜる。確かにグーラは雷で空を駆けていた。前に見たのは暴走中の小刻みな奴だったので、これはなかなか壮観である。まるで空中ウマ娘だ。

 4メートルほどの高さで闘技場を一周するグーラ。その軌道は直線的で、曲がる際は少し止まって方向転換をしていた。その曲がり方には覚えがあった。これ、カービィのエアライドのルインズスターだ。

 雷のルインズことグーラは、カクカクした機動でこっちに戻ってきて、途中で雷を切って落ちてきた。慣性に従い、ズサーっと地を滑る。

 

「ふぅ……こ、こんな感じです……!」

「ありがとう、すごいな」

「なかなかやるッスね! こりゃ、エリーゼより上ッスよ」

「競っていないわ。まあ、認めましょう……?」

「どうも、えへへ……」

 

 実際凄かった。空を走れるだけで凄いが、旋回性能とか最高速ならともかく、こと加速力においてはルクスリリアやラザニアよりも上である。

 しかし、走り終わったグーラの顔には少し疲労の色があった。コンソールで彼女の状態を見てみたが、MPはそんなに減っていない。HPも満タンだ。

 なるほど、昇雷ダッシュはスタミナ制か。魔力燃費は良いっぽいが、そう長くは使えないか。

 

「いいねぇ……!」

 

 長所と短所である。なるほどこれは、と心が躍る。

 グーラは一応空を飛べるが、ルクスリリアほど自由じゃないらしい。ルクスリリアがACfAだとしたら、グーラはエクバなのだ。そんで動きはルインズと……。

 

「それ疲れるんスか?」

「あ、はい。なんというか、あまり長くは走れないんです……」

「魔力は減っていない様だけれど」

「はい、ボクもそう感じています、よくは分からないですけど、村じゃあまり練習する機会もなかったので、慣れてもいないんです……」

 

 しばらく息が整うのを待って、次に気になった事を試してもらう。

 

「グーラ、空中でステップはできる?」

「ステップですか?」

「うん。こんな感じで……」

「やってみます」

「あ、それと出来たら空中で止まるのもやってみて」

「はい……! こうですかっ?」

 

 そんな感じで実験してみたところ、グーラの“昇雷”での空中機動は、どうやら足を動かさないと維持できない様だった。

 一応、ナルガクルガめいたステップはできた。けど、空中で立ち止まると落ちてしまうのだ。踏み込む時などに少し止まる事はできるが、ホバリングはできなかった。その場で足踏みをしても、なんか上手くいかなかったのである。

 

「じゃあ、次は反復横跳び試してみよう」

「はんぷくよことび?」

 

 それから、グーラには色々な動きを試してもらった。

 空中でけんけんぱをしてもらったり、ムーンウォークをしてもらったり、できるだけゆっくり歩いてもらったり……。

 面白い事に、その制御は速度が下がれば下がるほど困難になる様で、歩くような速さでは3秒程度しか空中移動を維持できなかった。逆に通常ダッシュなら30秒ほど維持できて、全力ダッシュは10秒の維持ができた。

 

「はぁ……はぁ……! なんでしょう、この汗……! ボク、はじめて汗かきました……!」

「一応水分摂っとこうか。落ち着いたらこれ飲んで」

「はぁ……ふぅ、ありがとうございます……」

「あーほら、汗拭くッスよ」

 

 そんな雷ダッシュを何度かやらせてみると、グーラは疲労困憊といった状態に陥ってしまった。

 汗をかかない魔族なのに、昇雷では汗をかいていた。不思議である。今度図書館で調べよう。

 

「一応、回復しておくわね。はいどうぞ(・・・・・)……」

「ほぅ……ありがとうございます」

「どうッスか? 疲れ取れたッスか?」

「はい。お陰でまた動けるようになった気がします……!」

「とはいえ、少し待とう。集中力は回復しないからね」

 

 ゲーム的法則がまかり通る異世界である。鑑みるに、“昇雷”での空中移動はあくまで戦闘機動用のスキルといった風の仕様であり、ルクスリリアやラザニアの飛行の様に普段使いするのは難しそうだった。

 運動部に所属していた訳ではないが、休憩が大事なのは身体で理解している。他にも試してみたい事があるので、一旦休みである。

 その間、エリーゼはルクスリリアと一緒に飛行訓練を始めた。俺は手元のメモ紙の実験データを見るでもなく眺めていた。

 

「……っと、なに?」

「あっ、すみません……」

 

 そうしていると、横合いからグーラの視線をもらっていた。

 ロリの視線には敏感である。訊いてみると、グーラはおずおずと問うてきた。

 

「あの、ご主人様も飛べたりするのでしょうか……?」

 

 何てことのない疑問だった。確かにこの一党の半分は飛べるからな。ルクスリリアは自前の能力で、エリーゼは装備で。なら俺も飛べるんじゃないのと。だとしたら自分だけ飛べないとか気にしてるのかもしれない。いやこれは考えすぎか?

 表情に陰りはない。これは単にふと思っただけの事なんだろう。そう詮索するもんでもなかったか。

 

「まぁ、一応飛べるよ」

「そ、そうでしたか」

「下手だけどね……っと、“魔力飛行”」

 

 なら、まぁ良い機会である。ジョブを変更して“魔力飛行”を発動する。

 瞬間、俺の身体がふわりと浮き上がった。

 

「す、すごいです……! ご主人様は人間なのに……あっ、これは人間族をこき下ろしてるとかではなく……!」

「わかってるよ。さっきも言ったけど、下手なんだよね。足が下じゃないと平衡感覚が狂ってロクに動けないんだ」

 

 ちょっと浮いて、降りる。実際、ルクスリリアはまるで宇宙空間にでもいるように上下左右自由自在に飛べるし、エリーゼもリリィ程じゃないけど割と器用に飛べる。今現在、空の二人は逃げるリリィをエリーゼが追っかけるという空中鬼ごっこをしていた。

 対し、俺はいざ宙に浮くと頭が上で足が下という状態を維持しないと飛べないのだ。アトムとかウルトラマンとかなのはとかお兄様の様にはいかない。なにより魔力の燃費が悪いので、移動するだけなら走る方が断然速い。

 それに……。

 

「それに、俺もグーラみたいな感じで空中走れるから。そっちのが便利なんだよな」

「そっ、そうなんですか?」

「ああ、ちょっと見てて」

 

 言って、ヒョイッと小ジャンプし、空中で二段ジャンプしてみせた。

 

「えっ!?」

「こんな感じ。当然歩けるし、走れる。こうすれば留まる事もできる」

 

 三段、四段ジャンプをして、いい感じのところで走ったり歩いたりしてみる。グーラが宙を駆けるとして、ルクスリリアが飛ぶんだとしたら、俺のコレは宙を跳んでいるのだ。

 これは防御魔法“浮遊する魔力の盾”と、格闘家系スキル“軽功”の合わせ技である。浮遊する魔力の盾は文字通り魔力で出来た盾を創る魔法で、軽功は身軽に跳躍するスキルだ。

 やり方は単純。まず、足から出した“浮遊する魔力の盾”を“軽功”で蹴ってジャンプする。これを繰り返すのだ。途中、急ブレーキとか急カーブがしたい時は別種の武闘家スキルの“剛掌底”をすればいい。すると大・爆・殺・神ダイナマイトみたいな機動ができるのだ。

 

「どど、どうやってるんですか? ご、ご主人様ってその、魔法剣士様だったと記憶してるのですが……そういう魔法があるんですか?」

「似たようなもん。まあ、これも長距離移動には向かないし、普通に走った方が速いんだけどね」

 

 言いつつ、魔法とスキルを解除して着地する。

 前、エリーゼの飛行訓練中に、ルクスリリアに「これで飛べないのご主人だけッスね♡」という煽りをいただき、わからせ心をカチンとさせて死に物狂いで練習したのである。

 とはいえコレ、あんまり使いどころがない。せいぜい、図体デカい奴の弱点部位に攻撃する時くらいだろうか。空中でも踏ん張れるから、しっかり攻撃できるんだよな。

 

「まだまだ練習の余地あるよなぁ」

 

 それは俺のもそうだし、グーラの空中移動もそうだ。

 しばらくは、その訓練に充てようかな。

 

 

 

 その後、やってみて出来たグーラの雷エンチャを少し試してから、俺たちは宿屋に帰る事にした。

 雷エンチャはほとんど炎エンチャと同じ仕様で、蓄積溜まるとスタン入るみたいなゲーム的ファンタジーサンダーだった。

 雷迸る剣を持ったグーラは、やっぱカッコ可愛かった。それで例の動きをするのだからなお素晴らしい。

 

「なんだか、ボクも戦える様で安心しました……。早く迷宮に行きたいです……!」

 

 帰宅後、グーラは笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 今日も一日がんばったぞい。

 グーラが。

 

 宿屋に帰り、たくさん検証に付き合ってもらったご褒美に大量のウーバーをして、ちょっと異世界文字勉強してからお風呂タイム。

 前世日本の銭湯みたいな湯舟で、俺たち四人はゆったりしていた。

 

 エリーゼは湯舟の縁で足湯をしていて、グーラは隅でちょこんとしている。ルクスリリアは全身脱力してぷかぷか浮いていた。

 ロリとのお風呂である。幸せの中、俺は右手でグーラのステータスを眺めていた。

 

 眺めつつ、考える。グーラの育成方針についてだ。

 以前、いずれ来る解放の時までに、俺は責任もって彼女等を強くする事を決意したのだ。

 俺は俺で、長い目で見たビルドを楽しんでいるからいいとして、残る三人には三人の生があるのだ。彼女等相手に、今後も以前までのゲーム感覚を持ち込むのは不誠実だと思えた。リリィとエリーゼは上手くいったから良いものの、グーラもそうなるとは限らない。

 とはいえ、ゲームめいたこの世界、ゲームめいて思考するのはそれほど間違ってはないと思う。その上で、彼女らの今後に最善の方針を考えようというのだ。二人にも、今度改めて聞いてみよう。

 

 一応、考えた結果として、グーラには三つのルートがあるように思う。

 グーラの能力と、その特性を加味した方針だ。

 

 その1、オーソドックスな戦士タイプ。それもガッツめいた大剣とか、バルバトスめいた大型メイスを持った奴だ。

 鬼人少年と戦ってみて分かったが、膂力特化マンが振り回す重量武器というのはちょっとあり得ないくらい怖い。

 なにせ片手剣みたいなノリでデカい武器をブンブンしてくるのだ。シンプルに強いし、シンプルだからこそ良いと思う。そこにあのパパの剣技と炎雷エンチャが加わり最強に見える。

 街での自衛に関しても、サブに小さめの膂力武器を持てば解決だ。小さい棍棒くらいなら何処へ持ってっても怒られない。

 

 その2、格闘家スタイル。中でも、“剛拳士”というパワー重視の格闘ジョブ。あるいは、獣戦士の派生先に恐らくあるであろう武闘家ジョブ。

 これは大型武器マンほど膂力ステが活かされるジョブではないが、それでも立ち回りにおいて格闘ジョブは中々強いのだ。

 何より、武器がなくても強いという点が大きい。今後、もしもグーラが誘拐なんかされても、武器なしで十分強いので自衛できる。心炎と昇雷との相性も良さそうな。

 もう一つ言うと、彼女は熱心な“獣拳記”ファンガールだ。その主人公であるイライジャ氏と同じジョブというのは、ファン心理的にはそそるのではないだろうか。いや知らんけども。父からも格闘術の手解きはうけていた様だし、悪くないと思う。

 デメリットを言うなら、武闘家系は強くなるのにすごく時間がかかるところだ。何せ武器=肉体なのである。強い武器作って即戦力とはならない。だからこそ、武器持ちが主流な訳で。あと、汚いモンスターに触れるのとか生理的に無理って人もいる。剛拳士は打撃特化で、切断・刺突属性は別の武闘家ジョブじゃないと使えないのも痛い。そうなると膂力が活かせない訳で……。

 

 その3、上記ふたつを並行する。

 これは、確かに強くはなれると思う。一旦武闘家を経由し、“軽功”とかの優秀な立ち回りスキルを習得。それから戦士を目指すみたいな。あるいは、あるかどうか知らないが武器と格闘の複合職みたいなのを目指すとか。風花雪月のウォーマスターみたいなの。

 ただ、これは武闘家ルートよりずっと長い道のりである。大器晩成型とはよく言うが、完成するまでキツいだろう。やっぱ、手っ取り早く強くなるには一つのジョブを極めるのが良い。

 いや、何かを極めてから寄り道というのもあるか。うーむ……。

 

 その他、ナイト系とかも考えてみたのだが、曰く魔族含む獣人系の人は金属防具を付けると鼻が利かなくなるらしいので、せっかくの探知能力を失う事になる。これは最適とは言えないと思うのだ。

 それから、狩人系も可能ではあるがあまり合っていない、この世界は武器ごとに能力補正というのがあり、それに合ったステであれば火力が上がるのだ。それでいうと、基本的に技量補正が乗りがちな狩人系武器は、グーラには合わない気がする。まあ、レベルアップで何とかなる話ではあると思うが。

 

 いずれにせよ、やってみないと分からないか。俺とてツリーの全部を埋めてる訳ではないのだ。

 経験則で大体何がどうなるかは分かるが、それでも必ずそうなるとは限らない。

 現ジョブからしてグーラは獣人系ジョブを使えるようだが、魔族専用ジョブに派生するとかいうのも考えられる。うーむ、うーむ……。

 

 とりあえず、まずは本人の希望を聞いてみてからだな。

 後どうなるかは分からないが、とりあえずの指標は決めておきたい。

 

 

 風呂を上がって、ちょいと話があると三人を集め、ダイニングテーブルを囲む。

 それから、俺はグーラに彼女自身の育成方針について話をする事にした。

 

「今後、皆で迷宮を潜るにあたって、グーラはどんな感じの事がしたい……とかはある? 目指したい目標というか」

「目標、ですか?」

「ああ」

 

 ルクスリリアについてや、エリーゼの特質と克服について、俺の方針についても色々と。ジョブについての説明もしておいた。

 参考として、リリィとエリーゼの解説を交えつつ、知り得る範囲の獣戦士の基本や魔族の戦闘術についても話した。

 

「申し訳ありません。ボクにはよくわかりません……」

 

 というのが、彼女の反応だった。

 ある意味、仕方のない事だとは思う。ずっと村で生きていたのだ。迷宮探索には意欲的な様だが、だからといって急に「ユーはどんな戦士になりたいんだい?」と訊かれて即答はできないだろう。

 

「一応、どんな感じがベストか俺なりに考えたのはあるけど、最終的にはグーラに決めてほしいんだ」

「は、はい……」

 

 続いて、彼女自身の特質についての話をする。

 まず、グーラの能力値は力と速さに特化した前衛型である事。種族特性も相まって、魔術師の選択肢はかなり厳しい事。

 その上で、色んなジョブについての説明と共に、俺が思う彼女に合った方針についてを話した。

 

「う~ん……」

 

 考え込むグーラ。重要な決断である。納得いくまで考えてほしい。

 途中、二人からもアドバイスがあった。

 

「アタシの教官は上から近づいて鎌で強襲! そんで逃げる! みたいな戦い方するって言ってたッスよ。速いんならそういうのもアリじゃないッスか?」

「竜族にも、力のみで戦う戦士がいると聞くわ。多くは、大きな武器を振り回すと聞くけれど」

「武器については用意するから、そこは気にしなくていいよ」

「うぅ~ん……」

 

 そうすると、グーラは余計混乱してしまった様だった。

 これじゃ焦らせている様である。ちょっと反省だ。なに、今決めなくてもいいのだ。

 

「ちょっと触ってみて、何か違ったらすぐ変えるっていうのもできるけど。そうやって、グーラにとって最適なのを探すのもアリだと思う」

 

 とはいえだ。彼女には、出来る限り早めに自衛能力を手に入れてほしい気持ちがある。

 最速で最強を目指すなら、最適なジョブツリーを選ぶのが良いと思うのだ。

 

「う~ん、最適……というのが分かりません」

 

 ここで、俺はふと思い至った。俺にとっての最適が、彼女にとっての最高ではない事に。

 彼女の人生である。別に、最適じゃなくてもいいはずなのだ。グーラにとってどうなりたいかがベストなのであって、俺にとってのベストは最優先じゃない。才能がなくとも、やりたい事をしていいのだ。それを責任持ってサポートすればいい。

 まあ、ホントにやりたい事は解放後にやってもらうとして、その前に生きる為の力を身に着けてもらいたいのだが。異世界、強けりゃ何とかなるし、弱けりゃ何にもなれないのである。

 

「なら、こうなりたいっていうのはある? なりたい自分というか……」

「なりたい自分、ですか?」

 

 訊いてみると、これまた考え込んでしまった。

 なんかドツボにはまったっぽいぞ。こういう言い方はよくなかったか?

 

 思えば、思春期の時分の俺も「将来の夢」という質問には頭を悩ませたものである。有るのではなく、無い方向で。どう答えるべきかを考えていた。

 ある意味、やりたい事とか、なりたい自分がある人はそれだけで幸せなのである。

 少し残酷な質問だったか……。

 

「な、なら……」

 

 と思ったら、ややあって彼女は上目遣いで口を開いた。

 少し躊躇っているのか、彼女は口をもごもごさせた後、呟くように云った。

 

「……み、皆さまの、お役に立てるように、なりたいです」

「そうか」

 

 あー、なるほど。それを聞いて、根っからこういう子なんだなと納得した。元々、彼女にとっての目標は既にあったのだ。

 俺は俺の価値観で、「パパみたいな剣士になりてぇぜ!」とか「英雄みたいな武闘家になりてぇぜ!」みたいなのが自然な発想だと思っていた。けど、それは所詮俺の思い込みだった訳か。ある意味、転移者脳である。

 リリィが強くなる事に意欲的だったから忘れていた。ある意味、エリーゼと近いのだ。どう成りたいかでなく、どう在りたいかである。

 

「これはもう、ご主人が決めるべきなんじゃないッスか?」

「そうね。主人らしく、決めてあげなさい」

「ああ……」

 

 相手の意思を尊重するというのは、全部相手任せにするという事ではない。

 お任せしたいというなら、それも尊重されるべきだろう。自由や選択というのは、時に単なる苦痛でしかない時もあるのだ。

 それに、グーラはまだ子供だ。異世界基準だと大人だが、俺からしたら可愛いロリだ。

 

「なら……」

 

 俺は、しっかり考えた上で、彼女の育成方針を決定した。

 とりあえず、ではある。なに、焦らず急げばいい。

 責任持って、強くしよう。




 感想投げてくれると喜びます。



 王の一党、募集中です。よろしければどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297777&uid=59551

 現在、本作に登場するキャラやボスを募集しています。
 興味のある方はお気軽にどうぞ。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551

 こっちも投げてくれると喜びます。



◆グーラの情報まとめ◆

・基本性能はパワー&スピードタイプ。
・イシグロは気づいていないが、レベルアップにより膂力と敏捷が伸びやすく、技量と耐久と魔防が伸びにくい。
・生まれつき高い戦闘感を持ち、運動神経も良い。また、戦闘に関わる学習能力が高い。
・心炎は手から色々できる炎キャラ異能みたいな感じ。エンチャ可能。
・昇雷はほとんど移動用スキル。瞬間加速みたいなもん。一応、手から撃ったりエンチャしたりもできる。
・魔族なので、MPがあれば怪我や欠損は回復する。
・獣系魔族なので、鼻と耳が敏感。デメリットとして、金属防具を着ると弱体化する。
・武器は金属でも可能。
・空中機動はスタミナ制。長くは飛べないし、止まれない。


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大図書館の淫魔回

 感想・評価など、ありがとうございます。シンプル嬉しいです。
 誤字報告も感謝です。これマジ? ってなる誤字は作者が一番びっくりしています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 然るべき時にヌルッと出てきます。例によってめちゃくちゃアレンジするのでほぼ別キャラと化します。

 アンケのご協力、ありがとうございました。
 結果、グーラは「メイン戦士サブ武闘家」になりました。
 前衛戦士として戦いつつ、武闘家スキルを使い立ち回る感じですね。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=298021&uid=59551

 あと、ご要望があったのでキャラ表作っときました。気が向いた時に加筆します。


 異世界において、本は“それなり”の高級品である。

 活版印刷のない世界である。本の写しは全部手作業。ページ一枚一枚、文字ひとつひとつに至るまで、全部人がやって写すのだ。

 想像するだけでも気の遠くなる作業である。挿絵付きの本など、何をかいわんや。

 

 本はそれなりの高級品だ。そう、あくまでそれなり。凄い高級品って程でもない。

 森人(エルフ)のお陰で紙は大量に作られているので、割と出回っている。実際、ギルドでは毎日湯水の様に使われているのだ。

 それと、異世界の本自体が丈夫というのもある。これは、保存魔法による恩恵だ。虫に食われたりしないし、経年劣化で文字が薄れてく心配もない。防火魔法もかけちゃえば、燃えてカスになるリスクも減る。

 

 コストはそこそこ、写すのに手間はかかるが、作ってしまえば長く使える。

 だから、それなりの高級品。それがこの世界の本である。

 

 さて、古今東西、地球も異世界も本は知識の継承手段としてとても優秀である。

 地球においては口伝に始まり粘土板やら竹札やらまぁ色々あるが、お勉強というとやっぱり本だろう。

 古くはアッシュール・バニパル宮廷図書館に、アレクサンドリア図書館。色んな手段のその先で、学びの置き場として地球では本が主流になったのだ。

 

 それは、このゲーム的異世界においてもそうである。

 詳しい異世界本事情は知らないが、しっかりした情報を知りたいなら本であり、行くのであれば図書館である。

 

 ラリス王国は力を貴び、知を重んじる。

 自然、本を集めた図書館は王都内にいくつもある。

 

 中でも有名なのが、各区に一つある“ゼノン王立図書館”だ。

 古の英雄の名を冠するそこは、まさに知の宝庫。千年以上古いモノからつい最近書かれた新しいモノまで、実に色んな本が置いてある。

 異世界の歴史を記した歴史書に、挿絵付きで種族ごとの特徴が書かれた図鑑。英雄の発言を集めた金言集や、色んな種族メシのレシピ集など……。この図書館、質を問わなきゃ何でもある。

 グーグル先生ならぬ、ゼノン先生である。

 

 ルクスリリア購入前、俺は度々この王立図書館を利用していた。

 良質なロリ奴隷を買う為、この世界の事を知ろうと柄にもなく熱心にお勉強していたものである。

 異世界のお勉強、全然苦じゃなかった。ぶっちゃけゲームの設定資料集みたいなもんである。自分でも驚く程すいすい学習できたよね。

 

 しかしだ。調べたとはいえ、知らない種族はまだまだある。

 デカい図書館である。大仰な名前相応に、蔵書の数は膨大。こと種族に関する本だけでも、未読の書籍はたくさんあるのだ。

 森人(エルフ)などメジャー種族についてはガッツリ調べたが、轟雷狼(らいじゅう)などマイナー種族については流した程度である。まして、混合魔族(キメラ)といった絶滅種は、脳みその隅に引っかかってる程度だ。

 

 じゃあ毎日通って籠ればいいじゃんとなるかもしれないが、当時の俺にゃあ無い発想だった。

 異世界図書館は、前世日本の公共図書館と違い有料なのである。前述の通り、本はそれなりの高級品。ドロボウされちゃあ困るってなもんで、入館にはまぁまぁの金を支払う必要があるのだ。

 初入館の時とか、けっこう入念に審査されたよね。

 

 ところで、凄いどうでもいい事なんだが……。

 図書館って響き、なんか凄い好きなんだよな。

 ていうか、図書館にいるロリが好き。手が届かない本とか取ってあげたい。本読んでるロリ眺めてたい。なんなんだろうねこの気持ち。

 

 ユニちゃんのガチャ演出、あれは良いものだ……。

 

 

 

 宿屋から出て東に進み、橋を渡った西区の隅。

 そこは転移神殿付近とは違う印象の、ちょっとおしゃれで静かな空間だった。

 繁華街が歌舞伎町なら、そこは高級住宅街といった雰囲気である。そんな静かな一角の真ん中に、ひときわ目立つ建物があった。

 

 でっかい塀にでっかい門。門の前には槍を持った警備兵。兵士の間のその向こう、入り口の手前には噴水があった。

 スケールのデカい石造り。カラフルな西区にあって、色合いは落ち着いたモノトーン。全体的に四角い印象の建物で、窓の配置から一見二階建てに見えるが周囲の三階建て住宅よりも遥かに背が高い。

 此処こそ、ゼノン王立第二図書館である。

 

「いいですか?」

「どうぞ」

 

 門番に身分証明書を見せ、先に進む。俺の後には三人のロリの姿。この図書館、奴隷の立ち入りは主人同伴じゃないとダメなのだ。

 ルクスリリアはほえ~っと周囲を眺めていて、エリーゼは相変わらず優雅に歩いていた。村生まれのグーラは口を半開きにして呆けていた。

 それから、大きな入口に入って受付に行き、人数分のお金を払って入館記名をする。前までは代筆だったが、今は自力だ。

 

「承りました。イシグロ・リキタカ様ですね。お帰りの際は受付までお越しください」

「はい」

 

 この受付さんとは俺が初入館の時から顔見知りである。銀細工に怯えられる事もなく、俺たちは図書館に足を踏み入れた。

 

「わぁ~……!」

 

 中に入ると、そこは高くて広い吹き抜け構造になっていた。

 四角い建物らしく、内部の配置も四角であった。真ん中には等間隔に並んだ机と椅子があり、その四方を背の高い本棚の列が囲っている。見上げると二階にも本棚ゾーンがあり、遠く真上には図書館全体を照らす照明魔道具と採光クリスタルが吊るされていた。

 まさに、大図書館といった見てくれである。前世の俺はせいぜい近所の図書館程度しか行った事がなかったので、こういうクソデカ図書館なんてのはそれこそファンタジーだった。実際、こっちはファンタジー世界である。

 

「図書館では静かにな」

「は、はい、すみません……」

 

 地球でも異世界でも、図書館は独特な静寂に満ちていて、お静かにするのがマナーであった。

 時刻は朝であるが、俺たち以外にも利用者がいて、その多くは良い服を着た良い身分そうな人たちであった。その中に転移神殿にいるような粗野な冒険者の姿はない。

 

「まあ、グーラが興奮するのも分かるわ。前に私が居たところも、これほどではなかったもの……」

「で、でも……すごいです。この本……これ、ホントにボクみたいな奴隷が読んでいいんですか?」

「いいんだよ。主人がいれば奴隷も入れるし、奴隷が読書しちゃダメってルールもない。ほら、あそこの人は奴隷に本運ばせてるし、あっちの人は奴隷みたいだけど本持って子供に勉強教えてるよ」

「ふーん、淫魔王国のとは結構違うッスね」

「へえ、例えば何処が違うのかしら?」

「自慰用のスペースが無ぇッス」

「淫魔王国って……」

「アクメ漱石の本とか置いてそう」

「あくめ……?」

 

 一応、TPOに合わせて、俺たちも少し上等な服を着てきた。奴隷商館に着ていった華美な服ではなく、もうちょいスッキリした奴である。

 ルクスリリアにも今日ばかりはメスガキファッションではなく、夏用清楚コーデをしてもらった。エリーゼもシンプルなスタイルで、グーラも文学少女チックな服を着てもらった。控えめに言って最高である。

 

「好きな本取ってきていいよ。読みたいの選んだら、あそこにある読書机に集合な」

「はい……!」

「わかったわ」

 

 主人らしく、というより保護者めいて指示すると、グーラとエリーゼは足取り軽やかに離れていった。

 

「新しい本ばかりね、古典はどこかしら……」

「獣拳記、ここなら原典があるかも……!」

 

 文学少女のグーラは見るからにわくわくしていて、珍しい事にエリーゼもはしゃいでいた。まるでテーマパークに来たみたいなテンションである。

 対し、ルクスリリアは大人しかった。エロ本にしか興味がないと言ってた通り、こういう場所にはわくわくしないんだろう。

 ちょっと申し訳ないなと思いつつ、彼女には重要な任務を命じる事にした。

 

「ルクスリリア、二人が迷子にならないよう見ててくれる?」

「あいッス~。ご主人はどうするんスか?」

「魔族コーナー行ってくる。探すの手間取るかもだから、先に席決めちゃっていいよ」

 

 そう、今日ここには、グーラの種族について調べる為に来たのである。

 グーラの種族は謎が多い。検証では分からなかった炎雷についてや、その他色々を知る必要があると思ったのだ。

 獄炎犬(ヘルハウンド)も轟雷狼も混合魔族も、図鑑1ページぶんくらいしか情報がないのである。流石にもうちょっと知っておきたい。

 

「わかったッス。じゃ、行ってくるッスね」

「頼んだ」

 

 それから、ロリコンとロリ組で分かれて行動である。

 ルクスリリアは二人の下へ向かって行った。三人だと最も身長が低いが、何気に一番しっかりしてるのは彼女である。

 

「さて……」

 

 勝手知ったる王立図書館である。

 俺は種族についてまとめられてる棚へと向かった。

 

 

 

 この広い図書館には、三つの棟がある。入口から入る中央棟。そこから右に行く北棟と、左に行く南棟だ。

 俺が探してるのは魔族について書かれた書籍だ。場所は覚えている。南棟の一階、奥の方。そこに色んな種族についてまとめられた棚があり、中には魔族専門の棚があるのだ。

 

「お、あったあった。さて……?」

 

 探しているのは、グーラの種族に関して書かれた本である。

 魔族は獣人並みに種類が多いので、魔族だけで図鑑が作れてしまう。特定の魔族について調べる場合、普通の図鑑じゃ意味がない。

 それに、マイナー種族ともなると載ってるかどうかさえ怪しい。なので、それっぽいのを虱潰しにするしかないのだ。

 

「とりあえず、絶滅種と、獣系と……」

 

 しかも、古い本の場合は題名がそんな親切じゃない。

 並びも割と適当で、年代別ソートとかもしてくれてないのだ。まあ、それは求め過ぎか。

 なので、それも何となくの勘だったり、ちょっと開いて読むとかして探さないといけない。読みたいの見つけるだけで時間がかかるのだ。

 

 本棚と睨めっこしながら、カニ歩きで目当てのブツを探す。

 時折中身を開いて、無さそうなら戻す。

 そんな事を繰り返していると……。

 

「あ……」

「あ……」

 

 指先に感触。瞬間、俺は本を抱えながら反射的に小さくバックステップした。

 危機察知に引っかからなかったとはいえ、近くに人がいる事に全く気付かなかった。今のが暗殺者の類だったら致命的である。

 見ると、相手はポカンとしていた。女性だった。完全に過剰反応である。なんか恥ずかしい。

 

「すみません。不注意でした」

「い、いえ、こちらこそ……」

 

 先んじて謝罪すると、相手も落ち着いて返してくれた。

 その女性は、パッと見で分かるほど胸のデカい少女だった。上質そうなローブを着ていて、フードを深くかぶっている。そして、何より目についたのはその顔に眼鏡が装着されていたところだ。

 何気に、異世界でメガネを見たのは初めてだった。あるんだ、メガネ……。

 

「あの、すみません。どうぞお取りください」

 

 おっと、メガネの珍しさに目が行ってしまった。

 単に取りたい本がバッティングしただけである。こんな漫画みたいな事ある? と思わんでもないが、起こってしまったのだから仕方ない。

 どうせならロリとバッティングしたかったものだが、残念ながら相手は胸の大きな女性だ。興味がない。ついでに顔もいいので地球でも異世界でもモテそうである。当然興味はない。

 

「いえいえ、自分は既に何冊か取っているので、そちらがどうぞ」

「いえいえいえ、私こそ興味本位で、そう大したものでは……」

「それで言うなら、こちらとしても必ず読みたい本という訳でもないので……」

「いえ、先に本に触れたのはそちらですし、私のは本当にただ目についたからというだけで……。どうか、お取りください」

「そうですか? では、ありがたく」

「どうぞどうぞ」

 

 言葉の応酬の結果、促されるまま手に取ると、彼女は安心したように息を吐いた。

 その時、チャラリと鎖の音が鳴った。豊満な胸に、キラリと光る銀細工があった。マジか、銀細工である。もしかしたら、このメガネ女性もあの鬼人少年並みに強いのかもしれない。

 銀細工は頭がおかしい。俺は彼女の一挙手一投足を見逃さぬよう、警戒を維持して本を取った。

 

「あっ、銀細工……?」

 

 触らぬ神に祟りなし。軽くお礼言って立ち去ろうとしたら、彼女も彼女で俺の銀細工を見て呟いた。

 動きかけた足が止まる。緊張して身構えた俺とは違い、彼女は柔らかく姿勢を正してみせた。

 

「ご同業でしたか。私、東区にて冒険者をしております、“風舞(ふうぶ)”のニーナと申します。現在は単独(ソロ)で活動しています。迷宮探索にて、前衛をお探しの際はぜひお声かけください」

「あっ、これはご丁寧にどうも、自分はイシグロ・リキタカと申します。西区のギルドから銀細工を頂いています。どうぞよろしくお願いします」

 

 銀細工と見て取ってビビッた俺と違い、ニーナさんはとても丁寧に挨拶してくれた。多分、戦意はない。

 釣られて名乗ると、彼女はこれまたポカンとした顔になった。

 

「イシグロ、さん?」

 

 彼女は目をパチパチさせ、俺の顔と銀細工に交互に視線をやっていた。

 疑われているのかもしれない。銀細工の裏側には俺の名前が彫られているのだが、あちらからは見えていないのだ。

 

「あの、め……“黒剣”のイシグロさんですか?」

「はい、そのイシグロです」

 

 二つ名を当てられてしまった。これまた何か恥ずい。

 そのまま、何故かぼーっと見られる。俺としてはパパッと去りたいところなのだが。銀細工の眼力からは逃れられない。敵意や戦意こそ感じられないが、あまり相手の気に障るような行動は取りたくないものだ。

 なんとか穏便にこの場を離れる事はできないかと考え始めたところで、敵味方レーダーに味方が近づいてくる反応があった

 

「あっ、いたいた。ご主人~、二人もう読書タイム入っちゃったッスよ~っ……と?」

 

 背後から声、ルクスリリアだ。

 本棚の隙間から現れた彼女は、俺の前にいるニーナさんに目を向けた。ニーナさんもまたルクスリリアを見た。

 

「淫魔の、奴隷……?」

 

 ニーナさんは目を丸くして、ルクスリリアの角と奴隷証を見ていた。

 この世界において、奴隷は合法である。冒険者が奴隷を買うのは普通との事なので、エレークトラさん達やおじさんには堂々とお見せできた。

 けど、何だろう。同じ冒険者とはいえ、こういった場で女性相手に同性の奴隷をお出しするのは何だか気まずい気分になってしまった。

 

「淫魔?」

 

 強引にでも去ろうと思ったら、今度はルクスリリアが呟いた。

 淫魔? とは、ニーナさんの事を言っているのだろうか。そういえば、俺は魔族図鑑とルクスリリアでしか淫魔を見た事がない。俺には分からなくても、同じ淫魔なら一目で分かるものなのかもしれない。

 

「あ、はい。私は淫魔です。王都で生まれまして、もちろん滞在許可は下りています」

 

 ルクスリリアに応じるように、ニーナさんは被っていたフードを取った。

 すると中からルクスリリアとは少し違う形の羊っぽい角が姿を現した。角だけで分かる訳でもないが、そうとお出しされれば淫魔である事に違和感はなかった。

 

「うちのご主人に何か用ッスか?」

 

 対し、ルクスリリアは一段声音を低くして問うた。いつもとは異なる音域である。驚いて振り向くと、彼女の目はやや鋭さを増していた。

 初対面の冒険者相手に、何故か喧嘩腰の態度である。それに相手にその気はないっぽいのに、それは失礼な気がせんでもない。俺とて警戒心バリバリ出してしまったが、流石に今は隠しているのだ。ちょっと控えてほしい。今は剣をしまっているのだ。素手じゃ守れる自信がない。

 

「いえ、ここで同胞に会えるなんて珍しいなと」

 

 言うと、ニーナさんは俺に目を向けてきた。その視線の意味は分かる。

 仕方なく、俺はルクスリリアを紹介した。

 

「ルクスリリア、見ての通り自分の所有奴隷です」

「うッス、ルクスリリアです」

 

 促されて挨拶するルクスリリアだったが、何故か依然として警戒を解かなかった。

 対し、ニーナさんはルクスリリアにも丁寧にお辞儀をした。俺相手の時とは違う、胸の前で手を組んだ謎ポーズだ。

 

「祖たるねじれ角。私、王都に住まいを構えます。名はニーナ、母はシルヴィアナ。同胞に会えてうれしいです」

「あ、ご丁寧にどうも……ん? シルヴィアナ?」

 

 存外しっかりした挨拶に、無礼な態度を取っていたルクスリリアも釣られて腰を折った。

 が、何かに引っかかったようで、お辞儀の最中に動きを止めた。

 

 はて、シルヴィアナ……聞いた名である。いつどこでだったか。

 覚えているような覚えてないような、喉奥まで出ているのに上手く出せないこの感じ。アハれない。

 

「シルヴィアナって、“淫魔剣聖”のッスか?」

「え? は、はい。淫魔剣聖は母の二つ名ですが。ご存じなのですか?」

「勿論ッス! アタシ、故郷でシルヴィアナさんの自伝読んだッス! あ、今アタシ迷宮ではシルヴィアナ様の防具を使わせてもらっていて!」

「えっ!? なんて偶然! 母の防具って、あの作らせるだけ作らせて着なかった奴をですか!?」

「うッス! ご主人に買ってもらったんスよ~!」

 

 さっきの剣呑さはどこへやら、ルクスリリアはキャイキャイと歓声を上げた。ニーナさんもニーナさんで、ルクスリリアには早速胸襟を開いた様である。

 そのまま、二人はシルヴィアナトークに花を咲かせ始めた。そうか、シルヴィアナさんとはルクスリリアのあのスク水めいた防具を作らせた人だったか。

 ていうか、一応異世界でも図書館は静かにするもんなんだけど……。

 

「あの、そろそろ、静かに……」

 

 徐々に声のボリュームが大きくなりはじめた。放っとくと際限なく盛り上がりそうな雰囲気だった。

 それから、二人は二言三言話をすると、別れの挨拶をした。

 

「よろしければ、実家のお店までいらしてください。母も喜ぶと思います」

「うッス!」

 

 そんなこんな、俺たちはその場を後にした。

 銀細工は頭がおかしいが、彼女は例外だった様だ。

 そう警戒するものでもなかったか。

 

「いや~、申し訳ねぇッス。つい、故郷から来た奴なのかと……」

「ん? よく分からん」

「分からんなら良いッスよ~」

 

 ちょっとモヤっとしたりもしたが、まぁ良い。

 チートがあるからと少し無防備過ぎたかもしれない。学びを得たとしておこう。

 

 

 

 中央棟。集合場所の読書スペースに戻ると、エリーゼとグーラの二人は隣り合って黙々と本を読んでいた。

 エリーゼは静謐な様子でページをめくっていて、グーラは瞬きを忘れたように夢中で文字を追っていた。どちらも凄く集中しているのか、俺たちが近づいても無反応だった。

 

 持ってきた本を机に置き、向かいの席に座る。するとエリーゼが顔を上げた。

 目が合った少女にそのままどうぞと視線を送ると、エリーゼは読書に戻っていった。

 

「よいしょっと……」

 

 俺が持ってきたのは、けっこう分厚い本の山である。

 速読スキルのない俺である。しっかり読んでたら一日使ってしまいそうな量だ。

 なので、俺は暇そうにしているルクスリリアに、またまた主人らしく命令をする事にした。

 

「ルクスリリア君、この本の中からグーラの種族について書かれた部分を見つけてくれたまえ」

「かしこまッス」

 

 自分の種族の事なのでホントはグーラにも手伝ってほしかったが、それこそ当の本人はご本に夢中である。読んでるのは、あれは“獣拳記”か。それも装丁からしてかなり古いの……。

 まぁいい。主人の務めを果たそう。ルクスリリアに手伝ってもらいつつ、俺は分厚い本の山を崩しにかかるのであった。

 

「ご主人、ここからここまで、轟雷狼の記述ッスよ」

「ありがとう。そこ置いといて」

「もう探す本がないんスけど」

「あ、なら何か適当に読んでてもいいよ」

「ここエロ本置いてねぇッスからねー。じゃ、読み終わったの返してくるッス」

「大丈夫? 後でもいいよ?」

「問題ねーッスよ。アタシの事何だと思ってんスか」

「そう? まあ助かるけど」

 

 そんな感じで、俺はグーラの種族について色々と知る事ができた。

 多くは既知の情報だったが、中には知らない情報もあったりした。

 

 例えば、獄炎犬(ヘルハウンド)は水属性の攻撃や魔法に極めて脆弱であるとか。

 例えば、轟雷狼(らいじゅう)の“昇雷”は使い過ぎるとガス欠になるが、何故かトウモロコシを食べると回復するらしいとか。

 例えば、混合魔族(キメラ)は二つ以上の種族の特性を有する代償に、魔力の燃費が悪く長期戦に不向きであるとか。

 

 その他、大発見とまでは言わずとも、調べておいてよかったと思う情報がいくつか。

 特に水弱点とトウモロコシのくだりは知っててよかったと思う。ていうか、こっちにもあったのねトウモロコシ……。

 トウモロコシをやろうモルジアナ……あれ? これの元ネタ何だっけ……? こういう時、異世界だとググれないのでモヤモヤしっ放しである。

 

 モヤモヤは置いといて、調べ物の続きである。

 異世界ナイズドされた俺の身体は、肩も腰も痛くならないのだ。休まずいける。

 

 

 

 ……と、最後の本を読み終えると、窓の向こうに変化があった。空の感じ的に、もうお昼だ。

 腹時計もそう言っている。それこそ燃費が悪いらしいグーラはお腹ペコペコなんじゃなかろうか。

 

「はぁ~……」

 

 パタンと、本の閉じる音がした方を見ると、グーラが獣拳記を抱えて凄く満足そうな表情をしていた。一目で分かる、全身で読後感を味わっているのだ。

 わかる、わかるよグーラ。良い作品読んだら、なんか脳から胸からぽわぁ~って感じがするんだよな。幼少の時、初めて読んだラノベのキノの旅で俺もそうなったよ。

 

「あ、ご主人様……! 申し訳ありません、読むのに夢中になってしまい……」

「いいよ、喜んでくれて何より」

「この子には暇させちゃったわね……」

 

 同じく本を閉じたエリーゼは机に突っ伏して寝ているルクスリリアを見て云った。

 ルクスリリアの前には淫魔王国の歴史書が置かれていた。多分、読んでる最中に飽きて寝ちゃったんだろう。

 

「昼ご飯はリリィの要望を聞こうか」

「そうね。もう良い時間だし、そろそろお昼にしましょうか。何を食べたがるかしら」

「あっ、じゃあこれ返してきますね……!」

 

 言うと、グーラは俺の前に置かれた本の束を抱えて北棟へ向かっていった。

 残念、そっちじゃない。俺は立ち上がってグーラの後を追う事にした。

 

「よかったわね、分かりやすい好みが知れて?」

 

 留守番を任せようと振り返ると、エリーゼはからかうような声音で言ってきた。

 彼女との付き合いは、長くはないが密である。俺はご令嬢の欲しい言葉を返す事にした。

 

「午後は古書店でも行ってみようか」

「あら……」

 

 ことさらゆっくり嫣然と、エリーゼは頬杖ついて微笑んだ。

 ハーレムってのもバランスが難しい。さて、お昼以降のルクスリリアのご機嫌はどう取ろうか。

 そうやって悩まされるのは、全然イヤじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 イシグロが去った後、図書館南棟には一人の淫魔の姿があった。ニーナである。

 彼女は分厚い古書を開きながらも、どこか上の空の様子で虚空を眺めていた。

 

「淫魔の奴隷、かぁ……。あの噂、本当だったんだ……」

 

 思い出すのは、先ほど会った人間族の男性。迷宮狂いとあだ名される、英雄候補筆頭。

 少し話して分かったが、彼は噂の様な狂人ではなかった。

 なかったのだが……。

 

「……すごい、濃い精だったなぁ」

 

 連れていた奴隷。子供の様な見てくれの異端の淫魔。彼女からは、とてつもなく濃厚な精の香りがしたのである。

 基本、昨今の淫魔など誰もが慢性的な精不足であり、まともな食事にありつけるのはごく少数の勝ち組だけである。にも関わらず、奴隷身分である彼女からは母シルヴィアナよりも濃く男の匂いが漂ってきたのである。間違いなく、イシグロの精だ。

 子供の様な淫魔が、である。感覚からして、それもほぼ毎日。極上の精を食べさせてもらっているに違いない。何よりも……。

 

「イシグロさん、凄い欲情してた……」

 

 狂人ではないが、変わった人なのは確かであった。彼は、ルクスリリアと名乗った奴隷に、ものすごく強い感情を向けていたのである。

 淫魔であるニーナにはまるで珍品でも見たかの様な視線を送り、ちんちくりんである彼女にはまるで最愛の人にでも向けるような視線を送っていた。男好きのする身体を自認しているニーナである。こんな経験、初めてであった。

 あの視線は、単なる欲情のソレではない。それこそ、父が母に向けるような……。

 

「いいなぁ……」

 

 ため息のように、願望が漏れ出た。

 性癖を自覚し幾星霜、理想の相手は見つからず。これまで絞ってきた男は「いやーきついっす」とたった一度で去って行く。

 

「いいなぁ、私も素敵なご主人様の性奴隷になりたいなぁ……」

 

 銀細工冒険者は、頭がおかしい。それは、淫魔の彼女も同じである。

 風舞(ふうぶ)のニーナは、常軌を逸したドMであった。身も心も、魔族特性ゴリ押しで(へき)に浸かる程度にはマゾだった。

 だからこそ、ニーナは強い。風を纏い舞う彼女は、死の境界線でタップダンスして生と性を実感するのである。

 

「イシグロさん、イシグロさん、いいなぁ……いいなぁ……♡」

 

 それはそれとして、淫魔故にやっぱ精が欲しい。

 あの、全くもってこちらに欲情しない黒い眼。敵かもしれないと警戒している剣呑な目。欲情の対象でなく、剣を交えるかもしれない相手として見てきた冷たい瞳……。

 

「んっ……はぁ~……♡」

 

 儚い願いである。十中八九、自分では無理だろう。

 彼は、あの小さな淫魔に夢中だった。どれだけ誘惑しても、あの人は自分の誘いには絶対に応じない。ニーナとて淫魔の端くれ、それくらいは分かる。

 だが、それでいい。手に入らないからこそイイという感覚を、この時ニーナは知ったのだ。

 

「奴隷、かぁ……♡」

 

 銀の淫魔は妄想に耽る。

 叶わぬと知りながら、もしもの世界を広げていく。

 いつか、もしも、そうしたら……と。

 

 図書館ではお静かに。

 迷惑をかけちゃいけません。

 

 なので、ここでニーナは静かに二度達した。

 

 当然、誰かに見られるなどという愚は犯さない。

 銀細工持ちの面目躍如であった。




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 今回出てきたキャラはヒロインではありません。
 今後、主人公が見てないところでちょこちょこ活動します。

 アンケの武器は全部膂力補正のある武器です。
 仕様はぶっちゃけエルデンとかその辺と同じです。



◆本作世界における武器とジョブについて◆

・武器にはそれぞれ個別に能力補正があります。補正値により、攻撃力が上がります。膂力補正Aみたいな感じです。
・ジョブにより、マッチする武器しない武器があります。また、適性値にもジョブによって差があります。例えば、侍は刀のみにボーナスが乗る分、適性値が高いです。刀Aみたいな感じです。対して、剣士は刀含む多くの刀剣類にボーナスが乗る分、ボーナス値は低いです。刀C直剣Cみたいな感じです。これにより、同じレベルの侍と剣士がタイマン張った場合、武器適性の高い侍が有利です。要するに、多くの武器が使えるジョブの人は、その分弱くなってしまう訳です。スペシャリストには勝てません。


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ロリを好きにならずにいられない

 感想・評価など、ありがとうございます。感想とか特に嬉しいです。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。作者になかったアイデアでいっぱいです。
 出る時はほぼ別キャラ化するので、それはくれぐれもご了承ください。

 前投稿したエピソードにあるグーラのステータスを少し変更しました。
 パワーとスピードを盛りました。数値とか、そんな厳密に管理してる訳ではありませんが、イシグロ以上というのを強調する為です。

 アンケのご協力、ありがとうございました。
 今回はアンケで戦士が選ばれ、武器が決まった事で追加されたエピソードとなっています。
 買い物回ですね。



 検討した結果、グーラにはシンプルな戦士系ジョブに就いてもらう事にした。

 理由は単純で、これまたシンプルに強いからだ。派生先にもよるが、成長するステータスも前衛向きなグーラに合っている。

 それに、強くなるのに時間のかかる武闘家と違い、強い武器さえ持てば即強化されるし、武器を変えれば色んなエネミーに対応できる。実際、冒険者の多くは戦士系である。

 

 とはいえ、単に戦士と言っても色々ある。

 剣特化のソドマスとか、ガチタンの重騎士とか、蝶のように舞い蜂のように刺す軽戦士とか。

 その中で、グーラにどんなジョブに就いてもらうか。それは本人が使いやすい武器を見つけてからのお話で、おいおいである。

 

 俺の為、彼女自身の今後の為、グーラには凄い強い戦士になってもらおう。

 強い武器を持ち、強い装備を身に着け、適性に合ったジョブと武器でステータスを上げるのだ。

 

 けれど、それでは足りないと思った。

 短期的にはそれでいいとして、長期的な強化にはもうひと捻りいると思うのだ。

 一芸は道に通ずるというが、特化し過ぎると往々にして弱点が生まれるものだ。そこで俺は、グーラには戦士とは違うサブジョブを仕込む方針に決めた。

 隙を生じぬ二段構え。サブ武闘家スタイルだ。

 

 武闘家スキルは、とにかく使い勝手がいい。

 跳躍力を高める“軽功”、片手が空いてたら使える攻撃の“剛掌底”、武器振る時にも応用できる踏み込み技の“震脚”……どれもグーラの種族スキルと相性がいい気がする。

 格闘攻撃は武闘家じゃないとモーションアシストこそ入らないが、習得したスキルは他ジョブでも使えるのだ。実際、俺は片手に剣持ってても武闘家スキルの“軽功”でピョンピョン移動できるのである。

 

 メイン戦士で、サブ武闘家。

 戦士として立ち回り、武闘家スキルで隙を消す。

 時間はかかるが、良いと思う。

 

 ただ、これに関しては懸念がある。

 この別のジョブの時に他ジョブのスキルを使えるという仕様、これは俺限定仕様の可能性があるってところだ。一部チートが共有できてないのを鑑みるに、あり得なくはないだろう。

 これについてはまだ検証できていない。もし上手くいかなかったら、その時はさっさと戦士一本に切り替えるしかないか。

 

 まあ、ともかくだ。

 当座の方針は決まった。今はメインの事についてである。

 

 見習い戦士グーラ、今の彼女に武器はない。

 買ってあげようじゃあないの。それもめちゃくちゃ強いのを。俺は棒一本持たせて魔王倒せなんてシャバい事は言わない。駆け出し勇者におうじゃのつるぎ持たせていいじゃんである。

 だって、此処はゲームみたいな世界だけど、現実なのだ。強武器担ぐのが、最も手っ取り早い強化法なのである。アーティラートでファンゴを狩ろうぜ。

 

 てなわけで、グーラ育成計画、開始である。

 

 

 

 図書館デートの翌日、俺たちはお馴染みドワルフのお店にやってきた。

 武器工匠のアダムス。目的は、グーラの武器のオーダーメイドだ。

 あと、とても大事なモノの注文。異世界で生きる為の、である。

 

「すみませーん」

 

 異世界にアポの概念はほとんどない。俺は慣れた足取りで分厚い木の扉を潜った。ロリ三人組も後に続く。

 年季の入った木の匂い、相変わらず狭い受付スペースである。店の奥から「あいよ~」と爽やかなイケボが聞こえてきた。

 

「へっへっへっ、どうも旦那ぁ。なんとなく、そろそろ来るんじゃないかと思ってやしたぜ。どうぞお掛けくだせぇ」

「失礼します」

 

 そうやって姿を現したのは、イケメンイケボイケエルフのアダムスさん。

 白い肌に線の細い身体付き。けれど何か雰囲気がテンプレドワーフみたいなエルフ。略してドワルフ。

 そして、これでも優秀な武器工匠さんである。武器工匠とは、武器の設計やら作成工程やらを管理してくれる人の事だ。

 

「今日はこの子の武器を見繕ってもらいに来ました」

「へぇ?」

 

 受付机を挟んで向かい合う。一通りの挨拶もそこそこに、俺は本日の用件を伝えた。

 すると、ドワルフさんは俺の背後で直立していたグーラを眺め見た。挨拶を促すと、グーラは姿勢を正して言った。

 

「えと、第三奴隷のグーラです。獣系混合魔族(キメラ)です。宜しくお願いしますっ」

「ははーん、こりゃあ……」

 

 品定めをするように、ドワルフはグーラの身体を上から下まで観察した。

 彼は魔力感覚に優れた森人(エルフ)である。そんな彼からすると、グーラが発している魔力は何か変に見えるのかもしれない。

 

「彼女は獄炎犬(ヘルハウンド)轟雷狼(らいじゅう)の混合魔族で、両者の種族特性を有しています。それから、迷宮未踏破の身で自分以上の膂力を有しています」

 

 それから俺は、武器工匠のアダムスさんにグーラの能力や種族特性について話をした。グーラの武器を作る上で、職人の理解は必要不可欠だ。

 博識な彼でも混合魔族や獄炎犬については詳しくなかったようで、色々と興味深そうに聞いていた。

 中でも“心炎”と“昇雷”については興味がそそられた様で、アレはどうだコレはどんなだと根掘り葉掘り質問された。エンチャできる武器に制限はないのかとか、素材によって壊れやすい武器壊れにくい武器はあるのかとか。

 

「……という訳で、自分としては“自動修復”と“武器防御”の補助効果のついた武器を注文したいと考えています」

 

 一通り説明したところで、今のところのこちらの要望を伝える。とはいえこれは素人考えなので、プロの意見があれば素直に従うつもりだ。

 自動修復とは武器の耐久度を回復してくれる補助効果である。これはブレワイのマスソみたいな仕様でなく、どっちかというと常時リジェネ的な感じだ。

 武器防御は武器によるガードの時に耐久度の減少を抑えてくれる奴だ。俺の様に頻繁に武器ガードするなら是非とも付けたいものだし、盾なしジョブには必須だろう。耐久の低いグーラに盾は合わないのだ。

 

「なるほどねぇ……」

 

 解説と要望、それを聞いて、ドワルフは椅子の背もたれに身を預けつつ、その美麗な顎を摩った。

 完全におじさんな仕草だが、彼がやるとおしゃれ映画のワンシーンみたいになるのだから凄い。

 

「なら、“剛性強化”とかもいいかもしれませんね。攻撃当てた時の消耗を抑えつつ、威力を少し上げる奴でさぁ」

「なるほど。じゃあ、とりあえずその三つはマストですね」

 

 打てば響くように、ドワルフのアドバイスはこちらの要望にすんなりマッチした。

 自動修復、武器防御、剛性強化……。この三つはどれも武器の破損を抑える為の補助効果だ。グーラのステ的に重量武器を振り回す事になるだろうし、火力は武器の素殴り性能とエンチャで何とかなると思う。まぁ、こんなもんか。

 それに、今回のは汎用武器なので、他に必要な補助効果は特にはない気がする。炎属性も雷属性も自前で出せるのだ。

 

「他、何か良い補助効果とかはありますか?」

「んー?」

 

 とはいえだ、プロ目線からはまだ何かあるかもしれない。

 アドバイスを求めると、彼は腕組み姿勢で思案するように天井を見た。

 やがて俺と目を合わせると、腕組み姿勢を解きゲンドウポーズになってから口を開いた。

 

「ご要望に沿った武器を作るんなら、何のマゼモンもない金剛鉄(アダマンタイト)を使うのが一等良い。金剛鉄ってのは、知っての通り武器の素材としちゃ最上だが、付与できる補助効果の幅が狭ぇ。それこそ、さっき言った三つが限界でしょうな」

「そうですか。ならそれでお願いします」

「おっと、そいつァ早計ですぜ」

 

 ならばと即決した俺に対し、ドワルフさんはにやりと笑んで云った。

 それはまるで、初心者ガンプラビルダーに対し、プロモデラーが自慢の技術を披露する時の様な笑顔だった。

 

「へへっ、旦那ぁ決断が早いのはいいが、ちとせっかちでいらっしゃる。話はまだ終わっちゃいませんぜ?」

 

 それから、やおら立ち上がったドワルフは「ちょっと待っててくだせぇ」と言い残し、店の奥に引っ込んでいった。

 残された四人である。さっきから立ちっぱなしの三人には悪いが、ここには客用の椅子は一つしかない。代わりに座ってもらってもいいが、それだとメインで話す俺が立つ事になる。疲れたら浮遊して空気椅子でもしてもらおう。

 

「ふ、不思議な方ですね……」

「なんかご主人と仲いいんスよね~」

「人間も竜族も、男は武器が好きなのよ……」

 

 しばらく待っていると、奥から布でグルグル巻きにされている棒状の物を持ったドワルフが現れた。

 あと、何故かその手にはさっきまで付けていなかったゴツい手袋が装着されていた。うっすら魔力を感じる。何かしらの補助効果のついた代物か。

 

「いやはやお待たせしましたね、倉庫の奥にあった奴でして。どうぞ、これを見てくだせぇ」

 

 言って、例の棒を受付机に置き、グルグルの布を解くドワルフ。

 ミイラみたいなそれを解ききると、中からは真っ黒な棍棒が出てきた。サイズは少し小さい野球バット程だろうか。

 

「どうぞ持ってみてくだせぇ。おっと、立ってからお願いしますよ」

「はい」

 

 促されるまま、椅子から立ち上がってバットを手に取った。

 持ち上げようとしたところで、それは想定とは全然違う重量をしている事に気づいた。

 

「お、重い……!」

 

 そのバットは、見た目よりずっと重かった。小さめの金属バットほどの大きさだ、金属バットくらいかそれより少し重いくらいの棒を想像していたが、実際は全然違ったのである。

 ギュッと握ってフンと踏ん張る。なんとか片手で持ちあげる事はできたが、これはかなり重い。形状的には片手で振り回す通常サイズの棍棒なのだろうが、重さ的には特大武器である。

 前衛型とはいえ、バランス成長の俺だ。持つのは片手でできるが、振るのは両手じゃないと無理。それに、そんなノロノロ動いてたら迷宮じゃ即死である。これを使いこなすにはガチなパワーが必要だろう。

 

「へっへっへっ、でしょう? そりゃあ、最近生まれたとある技術で作られた棍棒でさぁ。素材の質や補助効果に頼らず、威力と頑丈さを引き上げる事に成功したんです。まあ、代わりにめちゃんこ重くなりますがね。どうぞ、そちらのお嬢さんも持ってみてください」

「は、はい」

「けっこう重いよ」

「はい。うわっと……?」

 

 呼び寄せたグーラに手渡すと、彼女は一瞬よろけながらもしっかり保持してのけた。

 まるで卒業証書を抱く小学生みたいな姿勢である。それから剣を握るように端を握ると、今度は片手で持ち上げてみせた。

 

「どう? 大丈夫?」

「はい。少し驚きましたが、慣れてしまえば問題ありません。この程度の重さなら、父の動きも可能かと思います」

「マジか……」

「はぁ~、これで迷宮未経験ってなァ驚きだ」

 

 ちょっと振ってみて、というドワルフに応じ、グーラは棍棒を上下に振ってみせた。ネギを振るミクさんの動きである。

 彼女のステを知ってはいるが、それでも棒の重さを経験した俺からしたら戦慄モノである。異世界ナイズドされたとはいえ、俺がアレやったら肩が脱臼するだろう。

 にも関わらず、グーラの顔に苦悶の色はない。体幹もブレてないし、腕もプルプルしていない。クソ重棍棒をネギ扱いしてやがる。流石の異世界物理法則であり、流石の膂力ステだ。

 

「マジのガチじゃないですかい……」

 

 これまた戦慄しているドワルフに棍棒を返す。受け取る際、彼が装備してる手袋が魔力を帯びた。あれ多分、膂力ステを引き上げてるんだな。

 棒を受け取ったドワルフは、元の様に布をグルグルし直しながら続けた。

 

「これは“鉱深鍛冶”という新しい技術で作られたモンでしてね。普通の鍛錬……あー、鉄とかぶっ叩く時に特殊な槌とか色々なモンを使ってやるんです。その間にどんどん溶かした素材をぶち込みまくって叩きまくって、したら重くて硬くて強い武器が出来ちまったぜって感じです。乱暴に聞こえるかもしれませんが、これが中々繊細でしてね……」

 

 要するに、素材をぶち込みまくって質量的なモノを圧縮するみたいな感じだろうか。

 何となくは分かるが、まるでキン肉マン世界のゆで理論を聞いている気分である。まあ、出来るんならばそうなんだろう。

 

「長所は、さっき言った通り硬くて強い武器ができる事。短所は重くなっちまうのと、必要以上に金がかかっちまう事。あー、あと出来る鍛冶師が少ねぇですね」

「なるほど」

 

 原理は分かった。いや分かってはないが、そうなるんだなってのは把握した。

 その上で、ちょっとシンキングタイム。

 

 こっちには金剛鉄があるのだ。普通に作っても、要望通りのモノはできるだろう。

 加えて、それを鉱深鍛冶で作れば重さを引き換えにもっと高性能な武器が作れると……

 

「ふーむ……」

 

 グーラの膂力ステは、俺を大きく超えている。なにせ俺が持つのに苦労したクソ重棍棒を片手ブンブンできるのだ。通常の特大武器程度、余裕でブンブンできるだろう。

 それに、グーラはまだ迷宮未踏破だ。今後、レベルアップで膂力ステが上がるのは必至。それだと、ただの武器ではすぐ不足するのではないだろうか。重さ=威力に繋がり難い異世界だが、重い武器を振り回すのは強いのだ。中途半端な特化より、突き詰めた特化のが良い気もする。

 装備重量の事もある。膂力の高いグーラは重い防具を身に着ける事ができるが、種族的に重い金属系防具はマッチしない。普通の装備、普通の武器だと、せっかくの装備可能重量が空くのだ。なら、その分武器を重くするのはアリな気はする。あとあとってのもできるが……。

 まるで子供の服を買うような感覚である。すぐ大きくなるんだから少しブカブカなの買いましょうみたいな。

 

「グーラはどうしたい?」

「えっ? わ、分かりませんが、これくらいなら全然いけるかな……と」

 

 持ち主予定に訊いてみると、かなりマッスルな返答がきた。

 マジか、あの特大武器並みに重い棍棒より上、余裕でいける感じなのか……。

 なら……。

 

「では、今のグーラにちょうどいい重さの武器でお願いします。その上で、最適な作り方を検討したく思います」

「もちろんでさぁ。へへっ、んなら早速ちょっと試したい事があるんで……」

 

 方針が決まったところで、フィッティング開始である。

 

 それから、グーラには試しにいくつもの武器を持ってもらった。

 これくらいの重さはどうかとか、振りやすいのはどの形状かとか、それこそ洋服の試着の様である。

 

「お嬢ちゃん、これくらいの重さはどうだい?」

「はい、問題ありません。大きさも、もう少し大きい方が安心できます」

「ホントに言ってんスかー? ちょっと持ってみよアギャ!?」

「ぎ、ギックリ腰!? やべーぞギックリ腰だ!」

「ご主人様! ルクスリリアが!」

「腰がピキッて鳴ったわね……。アナタ、回復させたいから杖を貸して頂戴」

「へえ、魔族でも魔女の一撃(ぎっくり)食らうんですねぇ」

「あだだだだ! ひぎぃいいいい! すぐ治るッスよ! 治るッスけど痛いモンは痛いんスゥゥゥゥ!」

 

 そんなこんな。

 柄の長い斧に、大型メイスに、如何にも蛮族なクソデカ棍棒。ステに合うよう、彼女の感性に合うよう、色んな武器を持たせてみる。

 途中、ドワルフさんに促されて両エンチャを試してみたり、グーラ自身がどれだけ重い物を持てるか、その上でどれくらい動けるかを調べてみたり……。

 

「はい、これくらい大きい方が、ボクとしては上手く動けると思います。その、勘ですが……」

 

 ああでもないこうでもないと検討し、そんな訳でドワルフにはグーラの身長よりも大きい剣を作ってもらう事になった。

 且つ、ただの特大剣だとまだ軽いらしいので、件の鉱深鍛冶を併用して重量プラスと……。

 まさに特盛大剣鉄硬め重量マシマシ耐久度トッピングである。間違いなく、俺じゃ両手使ってもまともに振れない。

 

「はい、どうも。工程は少ないんで、旦那の剣よりは早く出来ると思いますよ」

「よろしくお願いします」

 

 で、契約完了と共に前金と大量の金剛鉄(アダマンタイト)をお出しする。曰く、例の鍛冶には通常の倍は使うらしい。

 希少鉱石の中でも、金剛鉄は余ってるんだよな。以前、ひたすら巨像迷宮周回してた時にガッポガッポ集めたのである。

 ちなみに、俺が入手した希少鉱石についてはまだ扱いが決まってない様だった。とりあえず、ギルド主導で件の迷宮に調査しに行くらしい。

 

「へっへっへっ、ぜーんぶ金剛鉄(アダマンタイト)でやれるなんて聞いたら、鍛冶師の奴ぁ嬉し過ぎて気絶しちまうかもですね」

 

 と、そういうドワルフの顔もにやけていた。多分、例の鍛錬の場に立ち会う気なんだろう。

 楽しそうで何よりである。俺もそういうの嫌いじゃない。

 

 さて、グーラのメイン武器も決まった事だし、当座の目標も決まった。

 大剣に適したジョブ、あるいは剣全般に適したジョブ。とりま、剣士系である。

 ロリと大剣、良いと思う。炎と雷も添えて栄養バランスも良い。おまけに持ち主はケモミミだ。

 ……盛り過ぎでは?

 

 

 

 

 

 

 エリーゼの王笏の時と違い、グーラの武器注文はお昼前に終了した。

 

 さて、完成には時間がかかるとの事なので、グーラのメイン武器についてはこれでおしまい。

 もうお帰りという雰囲気になってるが、まだである。

 今日は。もう一つとても重要な用があるのだ。

 

「あの、次の注文もよろしいですか?」

 

 唐突だが、この世界は治安が悪い。マシな王都とて、刃傷沙汰は日常茶飯事だ。

 だからこそ、王都民の多くは何かしら武器を携帯している。非戦闘員の人も腰に短い剣を下げてるのは珍しくない。

 だが、道行く奴隷は皆、武器を持っていないのだ。

 

 当然ではあると思う。いくら主人が死ぬと連鎖で奴隷が死ぬ世界観とはいえ、武器を持たせてはいつでも反逆できてしまう。

 故に、普通奴隷には武器を持たせないものなのだ。迷宮探索で持たせるにしても、それは迷宮だからだ。外では主人が管理するのである。

 

 俺もそうしてきた。

 けど、これからはそうしない。

 

 今現在、彼女達にはいつか来る解放の時までに自衛能力を身に着けてもらおうとしているのだ。その前に、不用意で死んでしまうなどあっていい事ではない。

 先日、俺は主人の死と奴隷の死が連鎖するという契約を破棄した。もっと言うと、俺が死ぬとルクスリリアに俺の遺産が入ってくる状態にしてある。

 奴隷の反逆、それは前にも覚悟した事である。寝ている時、風呂に入ってる時、無防備な時なんていくらでもある。それでも俺は、奴隷に武器を持たせようと思うのだ。

 

「ええ、構いませんぜ。迷宮用の特化武器をご所望ですかい?」

「いえ、全員分の副武装を見繕ってほしいんです」

「全員分、ですかい……?」

「はい、動きの邪魔にならないような」

 

 普段から装備できて、行動の邪魔にならなくて、ある程度迷宮で通用する小さな武器。

 要するに、サブ武器だ。

 

 この世界には、ゲーム的法則がまかり通っている。

 右手に剣、左手に斧を持ったとして、両方に適したジョブじゃないと片方の攻撃力が下がるのだ。また、二刀流ができるジョブじゃないとボーナスが乗らず意味がない。

 だが、武器のマウントには制限がないのだ。やろうと思えば、どこぞの武蔵坊弁慶みたいに身体中に武器を装備する事もできる。腰に剣、足に短剣、背中に斧みたいに、その気になればいくらでも。

 

 しかし、武器というものは凄く嵩張るのだ。現実問題、そんなに持てない。

 剣一つ腰に帯びるだけでも、それはもう邪魔である。帯剣して歩けば椅子にゴチン。座れば干渉し、狭いところじゃ引っかかる。剣を携帯する場合、何につけ腰の剣を確かめながら動かないといけないのだ。全身武装など、何をかいわんや。

 だからこそ、メイン武器と同時に身に着けるサブ武器は、邪魔にならない小さいモノに限る訳で。

 

「するってーと、街中でも持っていい奴って事ですかい?」

「はい。街でも迷宮でも、自衛できる程度の武器が欲しいんです」

「そりゃ、できますが」

 

 俺は普段、街でも無銘を装備している。最近だと腰に剣の重みがないと落ち着かないくらいだ。

 けれど、ルクスリリアは無手だ。エリーゼもである。それは彼女らのメイン武装が街や転移神殿内での持ち運びに不便なサイズだからだ。

 彼女らのステは高い。素手でも一般ピーポー相手にゃ負けないだろう。だが、銀細工相手ならどうか。武闘家でもないのに、素手で応戦できるものだろうか。

 異世界は何があってもおかしくない。誘拐犯か、狂った冒険者か、かもしれない思考で可能な限り備えるべきだろう。むしろ、今までが無防備過ぎた。此処は日本じゃないのである。

 

「既に、どんなのが良いかは決めてあります」

 

 求めるのは、携帯性と自衛性能だ。

 想定しているのはメイン武器が使えない状態且つ、俺が近くにいない時。迷宮の内外で、孤立無援の状況だ。

 敵を倒す必要はない。俺と合流する時間を稼げるような性能があればいい。俺には味方の位置が分かるチートがあるのだ。故に、求めるものは生存力の向上。

 

 この世界、使える武器はジョブ次第である。

 モーションアシストの仕様もあるが、実際問題合わない武器だと火力が下がる。

 故に、メインだけじゃなくサブ武器もしっかりジョブにマッチした奴じゃないといけない。

 

「彼女用の、短い細剣と……」

 

 ルクスリリアのジョブは、“淫魔姫騎士”だ。

 これは大鎌や楽器以外にも、鞭や杖が装備できる。その中で最も携帯性に優れた武器は“細剣”だった。

 細剣、たしかに姫っぽい。ルクスリリアにはサブ武器に短い細剣を持ってもらう事にした。

 

「彼女用の、短杖と……」

 

 エリーゼのジョブは“竜戦士長”である。

 これは魔法ではなく、スキルで味方にバフをかけるジョブであり、魔術師よりは前に出られる性能をしている。今は王笏型の杖を持ってもらっているが、携帯用の魔法装填特化武器として、彼女には“短杖”を携帯してもらおう。

 それこそ、吹奏楽の指揮者が持ってるような奴だ。これなら動きの邪魔にはならない。

 

「で、彼女用には出来るだけ頑丈な短剣をお願いします」

 

 グーラには、今日買った武器の小さいのを持たせようと思う。

 メイン武器が大剣なので、サブも剣カテゴリがいいだろう。これまた丈夫さ極振りの奴がいいか。自衛できればそれでいいのだ。

 将来的に短剣が装備できなくなったとしても、その時はまた別なのを作ればいい。余った短剣は俺が使おう。

 

 あと、ついでに俺の予備武器も。

 俺の場合、緊急時は素手でやれるのでサブ武器という訳でもないが、無銘でどうしようもない敵相手用に、打撃武器を買おうと思ったのだ。

 補助効果に炎エンチャと聖属性を付与したメイス。アンデッド絶対殺すメイスだ。アンデッド対策というより、俺自身の汎用性の向上という意味合いが強い。

 

「なるほど……あいわかった。ちょっと図面描かせてもらいますよっと」

 

 これは、既に三人とは話し合って決めた事だ。

 内容もある程度固まっている。エリーゼの短杖に関しては少し長くなったが、前ほど時間はかからなかった。

 解放の時も、彼女等にはメイン武装共々渡そうと思う。そうじゃないと意味がない。

 

 とはいえ、何だかんだ殺されるとは思っていない。

 覚悟をしているだけだ。

 

 

 

 それから、俺たちはドワルフの店を出て、宿屋に向かい歩いていた。

 

 帰り道、いつものように他愛のない会話をしながら歩く。

 前世ではあり得なかったロリと一緒の帰り道だ。異世界来て、俺の歩幅は狭くなって久しい。

 

「ゆーて、予備の武器ならその辺の店売り品で良くないッスか?」

「ぼ、ボクもそう思います。その、なんだか凄い剣まで買っていただいて……」

「できれば良いの持ってほしいじゃん」

「過保護ね、アナタも……」

 

 あっちとこっちでは、価値観が違う。前正しいとされてた感覚が、此処ではクソの役にも立たないなんてザラである。

 日本で培われた倫理観など、そんなものだ。元々、絶対視なんかしていない。崇高とも、上等だとも思ってない。

 持ってた方が便利だったから、守っていただけだ。

 

「慣れるかなぁ……」

 

 だが、それでも俺はまだ前の感覚を引きずっている。

 食前にはいただきますをするし、目上の人に敬語を使うし、善悪の基準が現代的だ。だから無意識に自罰的にもなる。

 振り払ったつもりでも、こびりついている。一歩進んで二歩下がってるのだ。

 こんなのからは、さっさと解放されたいものである。

 

 ままならんね、まったく。

 

「ご主人、明日はどうするんスか?」

「いくつか行ってみたいトコがあるから、そこに行こう」

「へえ、どこかしら?」

「とりあえず呪術店に行く」

「じゅじゅつ……ですか? それは、何の為でしょう……?」

 

 まあ、そのうち何とかなるだろう。

 それに、やる事はいっぱいなのだ。忙しくしてりゃ気もまぎれるさ。

 

 まだまだやりたい事も、やるべき事もある。

 一つ一つやってこう。

 

「二人にかかった呪いを解く」

 

 ギュッと。

 

 その時、繋いだ手に力が籠められた。

 その手は俺の手よりもひんやりしていた。

 

 

 

「あ、ご主人ご主人」

「なに?」

「気持ちは嬉しいんスけどぉ、アタシの呪いは解かなくていいッス」

「えっ? 何で?」

「いや、普通に便利ッスし?」

「便利?」

「アタシの呪い、枯渇状態になったら寿命削って無理やり魔力作る奴じゃないッスか。あと、誘惑魔法とかの封印」

「あぁ」

「でも、枯渇ってご主人と過ごしてりゃまず起こらないんスよ。それに、魔族は魔力があれば死なないんで、女王の呪いがある限り死ぬに死ねないんス」

「そうだな」

「で、仮に枯渇して寿命削ったとしても、また吸精すれば寿命戻るんスよ。つまり、実質不都合なしで利点しかないんス!」

「そうかな、そうかも……?」

「そうッスよ。だから、呪いはあったままの方がアタシ的には嬉しいッス!」

「そうか? まあ、リリィがそう言うなら……」

「それに、そこまで長生きする気も無いッスからね~」

「いや、できれば長生きしてほしいんだけども」

「淫魔基準ッスよ~」

「私は……」

「ん?」

「私は、解いてほしいわ……」

「ああ」

「……孕みたいもの、アナタの子を」

「……あぁ」




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https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551

 こっちも投げてくれると喜びます。



◆ステータスについて雑な解説◆

 生命=HP、スタミナなど
 魔力=MP,MP回復量など
 膂力=パワー、装備可能重量など
 技量=テクニック、精密動作性。コンボの速さなど
 敏捷=スピード、ジャンプ力など
 頑強=耐久、体幹、防御力、各種状態異常耐性。ガード時の受け値など
 知力=魔法等の記憶数。精密操作、連射性能など
 魔攻=魔法の威力。範囲。効果時間など
・魔防=魔法、属性攻撃への防御力。一部状態異常耐性など


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王都はおっさんの夢を見る 前篇

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がっています。
 誤字報告も感謝です。マジで助かってます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 有難く使わせて頂きます。

 何回も書きますが、ご応募いただいたキャラを登場させる際は、みんな例外なく作者がメタクソに弄り倒してから登場させます。
 善人が悪人に、二枚目が三枚目になったりします。ご了承ください。

 今回は三人称、一般通過銀細工がメインの話。
 長くなりそうだったので前後編に分けました。

 以前登場したキャラが再登場します。
 ウィードです。イシグロと一緒に森に行った犬人斥候です。

 主人公たちの動向についてはおいおい。


 終末が近い。

 

 静かに、けれど確かに迫りくる圏外からの脅威。

 王家が正式に発表した訳でもないが、その気配を王都民の多くは薄々感じ取っていた。

 ほんの少しの兆候があり、なんとなくそんな空気が流れていたのである。

 

 まず、王家の招集により、街から高名な斥候が外に出て行った。

 次に、これまで外か内に籠っていた金細工持ち冒険者が、街に姿を現すようになった。

 それから、西区を代表する銀細工持ち冒険者達が各々の拠点に戻ってきた。

 

 何かが始まる。何かが変わる。

 

 嵐の前の静けさというべきか。ともかく、逃れえぬ伽噺の戦いを前に、王都の人々は得体の知れない畏れを覚えていた。

 それは、魂の奥底にまで根付いた感覚であった。何かが来る、そういう予感がする。

 けれども、王都の民は絶望だけはしない。

 

 諦観と楽観、恐怖に耐える勇気。

 根本的に、異世界人は地球人とは魂の強度が違う。

 破滅を前に笑うのが異世界人だ。だからこそ、王都の民は今日も今日とて希望を抱いて生きられる。

 

 王が人類を守護し、英雄が民を守る世界。

 そんな世界で、民はただ生きる。

 生きる事こそ、人類の至上命題なのだから。

 

 

 

 王都西区、転移神殿。

 

 本日も冒険者たちで賑わっているこの場所は、例年よりも活気があった。少し人が増えたのだ。

 新人冒険者が増えたのもあるが、今年は洗礼の生き残りが多いのだ。それから、これまで違う神殿を拠点としていた冒険者がやってきたり、ここしばらく西区から離れていた冒険者が戻ってきたというのもある。

 

 そんな転移神殿の一角に、三人の冒険者の姿があった。

 活気ある神殿内にあって、彼らの周りの空気は煤けていた。

 

「は~、おっさんがいなくなってる間に、此処も変わっちまったな~」

「元々そんなもんでしょう。忘れちゃいませんか? 大抵の冒険者は一ヵ月生き残れないんですよ。まあ、今年は豊作な様ですが」

「オレからしちゃあ、人間なんてちょっと見ないうちに墓ン中だけどな」

 

 入口最寄りのバーのテーブル席。そこでは、三種三人の男が朝っぱらから酒を呑んでいた。

 彼らは一様に使い込まれた装備を身に着け、如何にも迷宮探索用の武器を携帯していた。そして、何より目立つのが彼らの首にある三つの銀細工であった。

 

「知らねぇ顔ばっかだよ。なんだ、顔見知りはみ~んな死んじまったのかね?」

 

 その中の一人、犬人族の中年男性が気怠そうに杯を煽った。くすんだ金髪といい、小汚い無精髭といい、疲れているはずもないのに怠そうにしているおっさんだ。

 リカルトの座る椅子には二挺一対の手斧が立てかけられていた。疲れた風のこの男は、三人の中で最も腕の立つ冒険者であった。さながら強いおっさんだ。

 

「みたいですねぇ。あたしとしましては、頼れる前衛がいなくなるのは心苦しいです。あたしぁ貧弱ですから」

 

 そう言ってため息をついたのは、狐人のソルトだ。濃い茶色の髪に、種族特性由来の若々しい容貌。吊り上がった眼は糸の様に細かった。

 ソルトの傍らには大きな弓と矢筒が立てかけられていた。この男は状態異常付与に特化した弓使いである。また、冒険者業以外にも毒薬の作成や販売もやっていて、この中だと一番儲けている。いわば賢いおっさんだ。

 

「すぐ取り戻せるってんで金ぁ殆どヴィンスで使っちまったからなァ。娼館行く金もねぇよ……。はぁ~、このままだと股間が爆発しちまうぜ」

 

 言って、度数の高い酒を呑む夜森人(ダークエルフ)の男。名をアルバートという。煌めくような銀髪に、褐色の肌。その顔立ちは美形の多い森人の中でも一等精悍であった。

 アルバートの腰には二振の曲刀が下げてあった。この男は卓抜の双剣士である。剣速に限れば銀細工でも上位に匹敵する。まさに速いおっさんだ。

 

 元々三人は西区を拠点としていた銀細工の一党であり、つい先日まで外で活動していたのだ。

 犬人と狐人と夜森人。性格も性癖もまるで違う三人組。“猟斧”のリカルト、“苛み茨”のソルト、“銀色風”のアルバート。その知名度は良くも悪くもまぁまぁ高い、ある意味西区の名物冒険者である。

 通称、西区の三悪。またの名を、まるでダメなおっさん達。略してマダオだ。

 

 このおっさん達、揃いも揃ってクズである。

 

 強いおっさんことリカルトは、ギリギリ犯罪じゃない範囲の新人いびりをするのが大好きな迷惑なおっさんであり。アルハラパワハラセクハラ完備のトリプル役満パーフェクトクソ先輩だ。

 普段はあえて大衆酒場に入り浸って木札持ちの新人冒険者に足を引っかけてインネンをつけ、初心者を“歓迎”するのを趣味としている。

 

 賢いおっさんことソルトは、信じられない程の守銭奴で金になるなら犯罪スレスレの事も平気でやらかす。

 彼の金銭目的の悪行は数知れず、殺人・強盗・恐喝・窃盗・詐欺・婦女暴行・密輸・誘拐・放火以外は大抵やっている。儲けた金は、毒の実験用奴隷の購入に使っている。なお、購入するのは決まって美女だ。趣味と実益を兼ねているのである。

 

 速いおっさんことアルバートは、森人にしては珍しく大の女好きであり、かつ他人の女を寝取るのが趣味のゲス野郎だ。実際、これまでいくつもの一党の人間関係を潰しており、故に今も各地のギルドを転々としている。

 ちなみに、アルバートは異世界基準で最高にイケてるメンズである為、彼の性根を知らない女からはめちゃくちゃにモテる。本人もそれを自覚しており、好みの女をこました後は自身に依存させ、依存度が最高潮になった瞬間に捨てるのを最高のオカズとしている。

 

 三種三人。三者三悪。頭がおかしい冒険者の中で、割と社会的に害のある類である。

 ギリギリ犯罪者ではない、捕まってないだけのクズトリオ。

 けれど、腕は本物。グレーゾーンで裁くに裁けない、何とも世渡り上手なおっさん達だった。

 彼らこそ、銀細工持ちの淀みである。

 

「あー、どっかに好きなだけいびって良い活きのいい新人いないかなー」

「いませんよ。いたとしても、すぐ何処かの同盟か一党が誘うでしょう。我々の様な者から守る為にね」

「それもあるけどよ、なんか最近はギルドが囲ってるらしいぜ。才能ある奴ァ」

「なんじゃそれ? お前知ってる?」

「ええ、今朝知りました。なんでも、元銀細工持ちの冒険者を雇って、鍛錬場で迷宮探索の基礎を教え込むんだそうで」

「はーん? そんなんで身に付くもんかね?」

「どうでしょう。前のギルド長の時も似たような事やってコケてたような気もしますが……。こういうの、お上がやって成功した試しないんですよねー」

「へへっ、何ならおっさんが無料でシゴいてやってもいいんだけどな。で、運よく生き残れたらお師匠様よ。いいよな、おっさんも可愛い弟子とか欲しいわ~」

「お師匠! お師匠! ってか。あー、そんな話してたら久しぶりに若い人間の女抱きたくなってきた。何か良いのいねー?」

「ふむ、噂によると北区にいる双子の冒険者が相当な淫売と聞きましたが……」

「んー、今はそういう気分じゃねェなぁ。もっとこう、擦れてない感じがいい」

「そう言われてもですね。なら、安い娼館にでも行けばいいんじゃないですか? それくらいはあるでしょう?」

「安いのは嫌! 前、若エルフ専門店ってんで行ってみたら、どいつもこいつも年上だったっつの! 行くなら高級店一択だろ! まぁそんな金ねーから困ってンだよなぁ……」

「なら、稼ぐしかありませんね。言っておきますが、銅貨一枚貸しませんからね」

「しかねーよなぁ。けどよぉ……」

「あぁ、それもこれも、斥候いないのが悪いよ」

 

 酒を呑みながら、うだうだと駄弁る邪悪なおっさん達。

 腕のいい冒険者だ。金欠ならば、迷宮に行けばいい。が、安全な迷宮探索に欠かせない優秀な斥候役は、今は王家の依頼で出払っているのだ。残ってるのは頼りにならない斥候か、足手まといのザコ斥候のみ。まともな奴はごく僅か。

 そうなると、どこもかしこも良い斥候の取り合い合戦。勧誘が上手くいかなかった場合、斥候なしでの探索になる。無論、つい先日王都に帰ってきて争奪戦に出遅れたおっさん達にまともな冒険仲間が確保できるはずもなく。

 それなら斥候がいなくても何とかなる系の迷宮に潜ればいいのだが、なーんかやる気になれないのだ。斥候さえ、斥候さえ居さえすればという感じである。

 

「いなくなって初めて気づきますねぇ、彼らの有難さに」

「ほんとほんと、おっさん次からは斥候の新人だけはいびらないって決めたよ」

「オレも斥候の女の子には優しくするわ」

 

 それからも、まるでダメなおっさん達は酒盛りを続けた。

 酒場に行けというバーテンの視線に臆することなく、三人は杯を干し続けた。

 しかし、彼らとて何の目的もなく朝から神殿に居座ってる訳じゃない。飲みながら、探しているのだ。とある冒険者を。

 

「ん? おい、アイツ……」

 

 朝から吞み始めてそろそろお昼という頃、この中で最も感知力の高いリカルトが片耳を震わせた。

 視線に釣られて見ると、その先で見知った緑髪の犬人男を発見した。彼こそ、目当ての人物であった。

 けれど、その容貌は以前とは違っていた。欠損して久しいと言っていた耳が左右共に生えそろっているのである。これも変化の一つか。

 

「おーいウィード! ちょっとこっち来いよー!」

 

 酔いが回っているおっさん達から、犬人斥候に熱い視線が突き刺さる。喧騒の中、耳の良いウィードにはしっかり聞こえてしまった。運悪くまるでダメなおっさん達に引っかかってしまったのだ。

 ウィードはほんの一瞬だけ「うげっ!」みたいな顔をした後、一転人好きのする笑顔を作ってから歩み寄ってきた。

 

「どうも、お久しぶりです。リカルトさん、アルバートさん、ソルトさん」

 

 それから、ウィードは腰を低くしてラリス王国式の挨拶――戦闘力の高い順に名前を呼ぶ――をした。

 何気に腕が立つ三人は、ウィードの背に彼の主武装が無い事に気づいた。なるほど、今日は潜る為に来た訳ではないらしい。

 ならば、好都合であった。

 

「おう、まぁ座れよ」

「うっす」

 

 ウィードは内心「ちょっと会いたくない人と会っちまったなー」と思いつつ、仕方なく席に座った。

 それから、リカルトは先輩らしく後輩に酒を奢って――金欠らしく安酒を――やった。

 

「てっきりお前さんも王家の依頼で出てるかと思ったよ。ほら、駆けつけ一杯」

「あざす。まぁその気がない訳でもなかったんすけど、いやむしろ残った方が稼げるかなぁと思って」

「流石ウィードさん、よくお分かりで」

「へへっ、どうも……」

 

 普段、誰に対しても飄々とした態度を崩さないウィードにしては珍しく、三人のおっさんには妙に腰が低かった。

 駆け出し時代、この邪悪な先輩方にはとてもお世話になったのだ。良くも悪くも、である。一度ついた癖はなかなか抜けないものだ。

 それに、普段はアレだが迷宮内では頼れる人達なのである。ストレスは溜まるが、仲良くしといて損はない。

 

「ん? お前、娼館行ってきたか?」

「えっ、匂い残ってます?」

「匂いっつーか、雰囲気? スッキリしてきただろ、さっき」

「ええ、まあ」

 

 対し、チャラ男のアルバートとは迷宮外でも普通に仲が良かった。

 彼とウィードは絶倫仲間である。広い意味で兄弟でもある。駆け出し時代、初めて娼館に連れて行ってくれたのがアルバートであった。

 

「にしてもよ、お前さん耳治ったんだな、おめっとさん」

「はい、つい先日、ちょっとした縁で……」

 

 それから、ウィードと同じ犬人であるリカルトは、鋭く獣の勘を働かせて“何か”を嗅ぎ取った。

 何か、耳に入れとくべき情報があるんじゃないかと。それはリカルト以外もそうだった様で、ウィードは意地汚いおっさん共から詮索される事となった。

 

「金払ったって感じでもなさそうだけど? よう、お前さん何処で何やった? 美味い話ならおっさんにも教えてよ」

「あー、いや、これは実はギルドから他言無用って言われてて……守秘義務なんす、すいません」

「ギルドぉ?」

 

 ギルドからの口止め。おっさん程ではないにしろ、割と不真面目なトコのあるウィードからは出なさそうな発言であった。

 となると、俄然興味も湧くというもの。三人は何か良い情報に繋がると踏んで詰問を続けた。

 

「なあそれ、魔術的契約はしてねぇんだろ? おい、教えろよウィード……散々あっちの世話してやったの忘れたのかァ?」

「そ、そういう訳には、いかねぇっす。報酬の事もありますし……」

 

 なおも聞き出そうとするリカルトとアルバート。が、これはマジっぽいなと別方向に鼻の利く狐人は見切りをつけた。

 

「まぁまぁ、多分これ、どれだけ叩いても言わない奴ですよ。すみませんね、ウィードさん」

「うっす、すんません。今回ばかりはちょっと……」

 

 ソルトの助けもあり、ウィードはようやくおっさんのパワハラから抜け出す事ができた。

 まあ、これは本題ではないのだ。三人の当座の目標は金であり、次なる冒険なのである。

 

「まあ、声をかけたって事はある程度用件は分かっていると思いますが……。我々はつい先日戻ってきたばかりで、斥候役がいないんです。あたしはともかく、お二人が金欠でしてね」

「そう、軽いのでいいからさ。手伝ってくれるよな、ウィード」

 

 要するに、こうして斥候をゲットして美味しい迷宮を潜ろうというのだ。

 ウィードは不真面目で素行も良くないが、腕は良い。少なくとも今西区に残ってる中では一番だろう。おっさん達はウィード一点狙いで朝から張っていたのだ。もし先約があったら、軽く脅すつもりであった。

 ウィード視点、ソルトの言う通りお誘いされる事は分かってはいたが、それに関してはウィードの返答はこうであった。

 

「あの、誘ってくれるのはありがたいんすけど……自分今新しい武器作ってもらってる最中なんで、しばらくは潜れねぇっす。前の奴も質に入れちまったんで……」

「武器?」

 

 新しい武器、そのワードに喰いつかない冒険者はいない。

 これまで、どんだけ金が貯まっても最低限残して即娼館全ツッパだった男が、とうとう武器を新調するというのだ。

 あと、今度ばかりはまともな武器にするのかなという期待もある。

 

「新しい武器というと、ようやくウィードさんもちゃんとした武器を使う気になった訳ですか」

「え? いえ、普通に(いしゆみ)っすけど」

「え、なんで?」

 

 ところで、異世界において、いくつか弱い武器というのがある。

 何かと使い勝手の悪い鎖鎌。何をするにも中途半端な多節棍。マジで使い手がいないブーメラン。

 その中でも、名実ともに弩は弱武器の代表格として知られている。

 

 第一に、弩での射撃には何の能力補正も乗らないので初心者でも玄人でも威力が変わらないという点。弱点にヒットしたところで、一発で倒せるほど異世界の魔物は柔らかくないのだ。

 第二に、継戦能力の低さ。機構の複雑さから壊れやすいという点。上手く作動しないと何もできない上、ちゃんと使うには頻繁なメンテが必要で、それを怠ると何もできなくなるのだ。

 第三に、飛距離がさほどでもないという点。これは一個目と似たような欠点だ。能力補正が乗らない分、矢の飛距離は完全武器依存なのだ。

 加えていうと、弩は需要の無さ故にロクな研究がなされておらず、今現在そもそも強い弩自体が存在しないのである。

 

「デカい稼ぎがあったんで、使い切っちまう前に工匠に注文しときました。楽しみっす、へへっ……」

「マジか……」

 

 弩のダメなところは、まだまだある。

 単に弱いだけじゃなく、異世界においての弩はその他利点もさほど無いのである。

 

 作るコストが高い。矢も専用のじゃないと撃てないから金がかかる。装填に時間がかかる。弾速も遅く、目のいい魔物ならボルト見てから回避余裕でしたが発生するのだ。

 発射音が小さいというのはあるが、鉄火場でそんな性能は役に立たない。弓よりも精密射撃に向きそうな形状だが、熟達した弓使いは1km離れた先にいる動く魔物の目を射抜けたりするのでコレも微妙。

 弓に比べて習熟が早いというのは、地球人の話だ。異世界人は一週間もあれば弓を十全に扱えるようになるし、弩も同じだ。設置型のクソデカ弩に関しても異世界では弱兵器判定であり、そんなのより適当な弓兵か魔術師を一人配置する方が火力が高いのだ。

 エトセトラエトセトラ……。

 

 弩は弱武器だが、それはそれとして何故だか根強い愛好家のいる武器である。

 噂によると、弩使いのみが入会を許される秘密の倶楽部があるとか無いとか。

 

 まあ、それは置いといて……。

 

「ふむ、デカい稼ぎ……ですか」

 

 ウィードの発言に、ソルトは線と線が繋がった感覚がした。あー、そういう事ねという奴だ。

 色々と、ウィードはギルドから口止めされている。わざわざそんなお達しがくる仕事をしたのなら、見返りもデカいんだろう。それで稼いだ金か。それで出来た縁で耳を治したんだな。

 確かにウィードは優秀な斥候だが、彼にしかできない仕事というのは考え難い。斥候不足だからこそ起きた、突発的な高額依頼とかだろうか?

 

 いずれにせよ突っつく事でもないなと、ソルトは結論付けた。

 ウィードは良いビジネスパートナーだ。彼の片耳が治り、武器を新調――ソルト的には武器カテゴリ自体を変えてほしかったが――できて彼の戦闘力が強化されたのであれば、こっちとしては得しかない。

 

「そうですか、わかりました。なら仕方ないですね」

「そいつは分かったが、まぁもう少し呑んできなよ。さっきも言ったが、帰ったばっかなんだ。おっさん等がいなかった間の話、聞かせてくれない?」

「それは勿論」

 

 迷宮に潜れないというなら、仕方ない。

 切り替えた三人はウィードから最近の西区についての情報を集める事にした。

 ウィードを探していた第二の理由がコレである。

 

 少しずつ、西区のやべーやつらが帰ってきた。




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 本作世界でクロスボウが弱いのはソウルシリーズとかと同じような原理です。
 ガチで使うなら覚悟と愛が必要不可欠です。


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王都はおっさんの夢を見る 後篇

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で書けています。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 ある程度集まったので、そろそろその2の方は閉鎖する予定です。

 今回は後編。王都西区の日常回です。
 前話を少し修正しました。ソロの集まりとしていたおっさん達を一党にしました。

 ハクスラしてませんね、最近。
 タイトル変えるべきかしら。


(これまでのあらすじ)

 

 娼館を出て転移神殿に入る犬人斥候・ウィード。

 疲れからか、不幸にも黒塗りのおっさん達と衝突してしまう。

 後輩をかばい全ての責任を負ったウィードに対し、車の主・暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは……。

 

 

 

「マジ? あの人死んだの?」

「それはそれは。言っちゃアレですが、やっぱ憎まれっ子が生き残るんですねぇ」

「だな。結局オレ等みたいなクズが生き残るってか」

 

 それから、ウィードはおっさん達がいなかった間の西区についての話をした。

 おっさんが西区を出たのは今から約半年前であり、ちょうど西区のとある名物冒険者が死ぬ寸前の事――第二話参照――であった。

 たった半年、されど半年。少し居ない間に、西区の情勢は様変わりしていた。それもこれも驚きの連続であった。

 

「で、ちょうどそのあたりですかね。イシグロという男が冒険者登録をしたんです」

 

 中でも最もおっさん達の関心を引いたのは、イシグロ・リキタカという新進気鋭の銀細工持ち冒険者の話だった。

 ウィードの口から語られたイシグロは、正直胡散臭い経歴の数々だった。

 

 曰く、登録から二か月で銀細工を授与されたとか。

 曰く、登録から三ヵ月はずっと単独(ソロ)で迷宮に挑んでいただとか。

 曰く、毎日の様に迷宮に通い、ほぼ確実に踏破するのだとか。

 曰く、巨像迷宮から多くの希少金属を持ち帰っただとか。

 曰く、全くエロくない異種族の女奴隷を連れているだとか。

 曰く、曰く、曰く……。

 

「うわ~、胡散臭ぇ~。なに? そんな奴、人類じゃないでしょ普通に」

「ふむ、嘘か真か、ギルドに訊けばわかる事ですが……。もしも本当の事だったとして、あっち側かこっち側か……イマイチ判断つきませんねぇ」

「エロくない女奴隷って、何だそれ? 何の為に買った訳? 囮フェチ?」

 

 ぶっちゃけ、眉唾モノの情報だ。

 けれども、イシグロについて話すウィードからは、彼が嘘を言っている雰囲気は感じ取れなかった。

 いや、ていうか、妙に詳しいような?

 

「で、そのイシグロっての、どんくらい強い(やる)の?」

 

 まあ、まず気になるのはそこだろう。

 銀細工とは、実力と実績と運がある一握りの怪物だけが授与される代物である。英雄不足で悩んでるギルドとて、そうやすやすと渡すものじゃない。

 性格と性癖と性根はアレだが、腕は確かな三人である。件の迷宮狂いが、真の怪物か否かを知るべきだと思ったのだ。

 

「……リカルトさんより強いっす、確実に」

「ほぉ?」

 

 ウィードはただ、イシグロを強いと言った。大丈夫だ、これは守秘義務には反しない。それに、必要な事だ。問われたウィードは、一度唾を飲みこんでから答えた。

 ウィードの返答を聞き、強いおっさんことリカルトは口の端を歪めた。他二人も、各々違った反応だ。ソルトは眉間にシワを寄せ、アルバートは口を半開きにした。

 こういう時、おべっかを使うのはよろしくない。誰であろうと、こと強さに関してはシビアであるべきなのだ。

 

「なあ、そいつの事さ、もう少し詳しく教えてよ」

 

 自分より上だという新入りに興味が湧いたのか、リカルトは続けて情報を欲した。

 その表情は好戦的なものではなく、脅威を認識すべく立ち回る強者の笑みであった。

 

「詳しくっすか……。そうっすね……」

 

 しかし、ウィードからは当たり障りのない事しか言えない。

 それこそ、周りが知っているような事くらいだ。あまり突っ込んだ事を言うのは守秘義務に反する。イシグロの強さを知ってると言うだけでも、結構危なかったのだ。

 

「えーっと、まぁ……知ってる事だけですけど」

 

 なので、言ってもいい範囲の事を伝えた。

 主な武器や、鍛錬場に通っている事や、所有奴隷の構成などについてである。

 例の竜族奴隷が使った回復魔法については、厳に慎むようお達しがきたのである。こればっかりは絶対に言えない。それに、イシグロにも黙っているよう“お願い”をされたのだ。言える訳がない。

 

「“黒剣”ねぇ? なんか、今のギルド長って微妙にネーミングセンス無いよな」

「なるほど、新人研修は彼に触発されての事ですか……」

「ふーん、奴隷に深域武装を……」

 

 語り手のウィードは、極力分かりやすく話をした。

 それもこれも、イシグロの危険性を把握してもらい、この邪悪なおっさん達に手を出させない為である。

 それから、巡り巡って自分に被害が来ないようにする為だ。貧者の見識。自分の様な半端者が生き残るには、常に最悪の状況を想定しておくべきなのだ。

 

「そんな感じで、イシグロはその奴隷を大事にしてるんです。それは此処の関係者みんなが知ってる事で……」

 

 ウィードとイシグロは、それほど親密な関係ではない。直近、一度迷宮外で仕事を共にしただけの関係である。

 それだけで、確信した。イシグロは危険な男だ。

 

 暴走した魔族相手に、無手で相対する精神性。

 ロクな準備もせず、手っ取り早いからと銀細工冒険者と剣を交える向こうみず加減。

 何より、たかだか奴隷の命を、自分の命よりも上に扱う理解不能な執着。

 

 イシグロは穏やかな男だ。何もしなければ、何の害もない。

 これまで問題らしい問題は起こしていないし、話しかけた事のある奴も丁寧な応対をされたと聞いた。仕事中も誠実だった。いくら迷宮狂いでも、半年経てば過度な警戒はされなくなった。

 だが、異常な精神性の持ち主なのは確かである。命の比重、金銭感覚、時たま食い違う謎の価値観。その異常さと攻撃性が、いつどういった場面で発露するかが分からないから、危険なのだ。

 

 知っていれば、対処できる。対処できれば、無害で有益だ。

 熊人のグレイソンは、目の前で食べ物を粗末にしなければ大丈夫だ。

 鬼人のラフィは、背丈の低さを馬鹿にしなければ安全だ。

 淫魔のニーナは、読書中にちょっかいかけない限り温厚だ。

 

 なら、イシグロはどうだ?

 何に気を付ければいい? 何があれば喜ぶ?

 何をしたら、“剛剣鬼”を下した剣が振るわれるというのだ?

 

 イシグロは問題を起こした事がない。だからこそ、人柄が見えてこない。

 銀の人格とは、“実績”と“歪み”である。まだ誰も、彼の歪みを正確に把握してはいないのだ。

 分かっているのは、所有奴隷を大事にしているという事くらいだ。奴隷を傷つけない。侮辱しない。愚弄しない。現状、これくらいしか、気を付けようがないのだ。

 

「……とまぁ、こんな感じっす。くれぐれも、お気をつけください」

 

 話し終えると、三人のおっさんは各々違う表情をしていた。

 リカルトは無精髭をさすり、思案している。大丈夫だ、この人はイシグロを「いびっていい奴」判定していない。

 ソルトは腕組みしながら唸っている。興味はないが、考えている。残念だが、あの狂人で金儲けはできないぞ。

 

「へぇ……」

 

 アルバートは、頬杖ついてニヤニヤ笑いをしていた。その目には、燃え盛る“欲情”の炎が揺れていた。

 その時、ウィードは嫌な予感がした。

 

「久しぶりに燃えてきたぜ……」

 

 速いおじさんことアルバートは、他人の女を寝取る事が大好きなゲス野郎だ。

 その情動の度合いは、狙いの女の美醜に関係なく、ターゲットAとターゲットBの間に如何に純な愛が築かれているかによる。

 要するに、この男は純愛潰せるなら大抵の女はイケちゃう性質なのである。

 

 新たなる英雄候補、その奴隷。

 とても大事にされていて、買い与えられた装備も上等。中には深域武装を持たされている奴隷もいる。

 相手は銀細工。狙いは淫魔、竜族、獣系魔族……子供みたいなナリらしいが、種族としては悪くない。

 

 危険な相手だ。バレたら殺し合いになるかもしれない。

 なら、バレずに遂行するしかない。

 それはそれで……燃える。

 

「そろそろ狩るか……」

 

 ウィードは直感した。

 あ、ダメだこれ。

 

 

 

 

 

 

 アルバートは勃起した。

 必ず、彼の所有奴隷を寝取らねばならぬと決意した。

 

 アルバートには色恋が分からぬ。アルバートは性欲オバケである。ホラを吹き、女をこまして遊んできた。

 それでいて、他人の女には人一倍欲情する性癖であった。

 

 

 

 寝取り魂を勃起させたアルバートは、当日のうちに獲物の調査に移った。

 まずは聞き取りである。ウィードだけの情報じゃ物足りない。相手をよく知っていた方が、上の指揮官も下の指揮棒も色々捗るのだ。

 

 こういうのには慣れているし、イシグロは地味だが目立つ。奴の情報源はすぐに見つかった。

 前に奴が泊まっていたという宿屋。木札時代のイシグロと話した事のある冒険者。イシグロを勧誘して断られた牛人族の女冒険者。

 だが、ウィードの話以上の情報は集まらなかった。あまつさえ、どいつもこいつもアルバートを警戒してさっさと逃げて行った。

 どれだけ話術が達者でも、アルバートの悪名を打ち消す事は出来なかったのである。

 

 そうならばと、アルバートは方針を変更した。

 ある意味銀細工らしいストロングスタイル。まだるっこしい事はしない。冒険者らしく、足を使おうというのだ。

 斥候は本職ではないが、こういった行為には経験がある。こと、股間の捕食対象を追う能力だけはモノホンだった。

 

 幸い、ターゲットはすぐに見つかった。

 黒ずくめの地味な男と、ちんちくりんの珍奴隷たち。どういう訳だか仲良くお手々繋いで転移神殿の近くを歩いていたのである。

 

「おいおい、思ったよりマジじゃん……」

 

 それにしてもと、遠ざかる背中を見てアルバートは思う。

 あの奴隷共、マジでエロくないなと。

 

 ちんちくりんの淫魔。金髪で、赤い眼をしている。かわいらしい顔をしているが、淫魔にあるまじき貧相な身体だ。勃起ポイント-21。

 ちんちくりんの竜族。地の銀髪だ。マジでそうなら、ヴィーカの血族という事か。凄いレアだけど、凄い貧相だ。勃起ポイント-21。

 ちんちくりんの獣系魔族。犬人の耳、黒髪、褐色の肌。二股に分かれている尻尾からして、レア魔族の轟雷狼(らいじゅう)か? 三人の中だと一番背が高いが、一番細い身体をしている。勃起ポイント-21。

 

「ありゃ性奴隷じゃねぇな、うん」

 

 普通、男が女の奴隷を買うのは、性欲の捌け口に使う為だ。

 狐人のソルトも、実験と称して好みの美女奴隷に毒を飲ませて愉しんでいるのである。そうでなくとも、ストレートに即情交というのが王道だろう。

 にも関わらず、奴が連れているのはまんま子供の奴隷。成長できなかった異種族女だ。どれだけ飢えててもアレに手を出そうとは思うまい。

 実際、割と雑食な気のあるアルバートも全く勃起しない見てくれだった。

 

 だが、イシグロの嗜好は何となく分かった。

 貧相な淫魔。銀髪の竜族。轟雷狼と思しき魔族。三人に共通する、一つの特徴……。

 要するに、イシグロはレア種族を収集するのが好きなのだ。

 

 それなら、まぁ分からんでもない。確かに、レア種族の女は特別感があって勃起力がアップする。勃起ポイント+19だ。

 アルバートも、以前抱いた天使族の女は強く記憶に残っている。如何にも清楚でおしとやかだった極上の天使女は、ベッドの上でも最高だった。

 

 ならば尚の事、寝取り甲斐があるというもの。

 抱くのは無理だが、目を瞑って楽しむ事くらいはできる。

 

 その後も、アルバートはいっそう気合を入れて尾行を続けた。

 

 

 

 翌日、イシグロ達は連れ立って西区の呪術店に入っていった。

 呪術とは契約魔術の一種であり、より攻撃的で有害な契約を強制的に結ばせたりする魔術体系の事だ。呪術店はそれに関わるアイテムや、対抗する為のアイテムを販売している店舗である。

 そんな店に何用だろうか。迷宮で使うのだろうか、対抗用アイテムでも買うのだろうか。分からないが、イシグロは呪術に興味があるらしい。

 

 しばらくして、イシグロ達は呪術店を出た。

 一団に常の和やかな雰囲気はない。どうやら、良い買い物はできなかった様である。

 

 その日以降も、イシグロ一行はちょくちょく色んな呪術店に顔を出している様だった。

 西区にある呪術店を回り、かと思えば南区の方まで足を運んだりもしていた。

 何か探し物でもしているのか。あるいは、罪人淫魔の呪いでも解くつもりなのか?

 

「あいつら、ずっと一緒かよ……」

 

 我慢強く、アルバートはじっとチャンスを伺っていた。

 イシグロと奴隷が離れる瞬間、接触のチャンスをである。

 

 狙いは誰でも良かった。

 ていうか、誰が相手でも全く股間に来なかったので、そういう意味でも誰でも良かった。

 誰でもいい、一人になった所に声をかける事ができれば何とかなると思っていた。

 

 その中で、強いて狙い目だと思うのは、いつも主人にくっついているちんちくりん淫魔だ。

 淫魔といえば、種族柄生来の淫乱である。あのナリなら、吸精もまともに行われてるとは考え難い。そも、もし吸精がなされているなら、あんなにイシグロにベタベタしないだろう。淫魔の性質上、一度吸精をした男には興味を無くして然るべきなのだから。

 ならば、軽く粉をかけてやりさえすれば目的達成である。本気になれば一分かからない。出会って五秒で即吸精である。

 

 アルバートは、イシグロの行動ルーティンを探り続けた。

 

 

 

 尾行開始から、幾日が過ぎた頃……。

 

 それは、アルバートが尾行を続けて二週間と少しの事であった。

 この頃になると、アルバートの意欲は若干薄れてきており、「いや別に取り立ててあの奴隷等とヤリたい訳でもないよな」と冷静になり始めていた。

 なので、最近の尾行なんかは結構おざなりで、朝に鍛錬場に向かう一行を道の端から見守るくらいに収まっていた。前に一度チャンスもあったが、すぐ合流して結局話しかける事はできなかったのである。

 

 まあ、今日もずっと一緒なんだろうなーと思っていた。

 その時である。

 

 何と、神殿前の噴水広場でイシグロと奴隷が別行動をし始めたのである。主人と竜族と獣系魔族は、広場から逸れて道具屋のある方向に歩いて行った。

 残されたのは淫魔の奴隷だった。淫魔らしい露出度の高い装備に、布でグルグル巻きにしてある大鎌を背負っている。いつもの鍛錬場行きの装備だ。

 

 今だ、今しかない……!

 

 ついに、チャンスが来た。

 アルバートの脳が回転する。以前、話しかけようとした時は、イシグロは数分で帰ってきた。その間に目的を達成する必要がある。あるいは、長期的目標として軽く話すだけでもヨシとしておこうか。

 待ちに待った機会である。アルバートは装備の具合を確かめつつ、淫魔へと歩み寄って行った。

 相手は他者の色欲を感知する淫魔である。嘘にならぬよう、全力で脳内でエロい妄想を展開しつつ、最高のイケメンスマイルを作ってみせた。

 

「よう、ちょっといいか?」

「ん? 何ッスか?」

 

 ところで、この世界においての“モテる男”とは、どういったものだろうか。

 それは一言で言うと、“強い男だ”。

 

 日本では「色の白いは七難隠す」ということわざがあるが、異世界でのソレは「戦の強いは七難隠す」となる。

 要するに、戦闘力の高い男。ひいては、強そうな男がモテるのだ。

 もちろん、顔や性格というのもある。が、第一は強さなのである。お国柄、お世界柄だ。

 

 異世界モテ男、具体的にはどんなのだろうか。

 

 まず、筋肉。

 これは大前提。顔はイマイチなグレイソン氏も、山の様な筋肉が最高にセクシーなのだと一部女子に大ウケなのである。量や質の好みこそあれ、強そうな筋肉はエロい判定なのだ。

 

 それから、装備。

 これはある程度冒険者慣れした女子にしかウケないが、それでも強い武器を持つ事自体が強さの証明になる。華奢な鬼人少年のラフィも、大剣を担いでるだけである程度モテるのだ。

 

 それから、オーラだ。

 地球のオカルトでなく、ファンタジー異世界に存在する不可視のエネルギーの事である。実際、銀細工や金細工の冒険者というのはただそこにいるだけで強者特有の存在感を放っているのだ。

 

 その他諸々を加味した上で、速いおっさんことアルバート君はどうだろうか。

 筋肉……細身な奴が多い夜森人(ダークエルフ)の割には、なかなかにキレている。ゴリマッチョフェチには刺さらないが、モテ体型とはずばりコレといった肉体だ。

 装備……二刀一対の深域武装だ。これはもう最高にモテる武器である。見栄えを気にして、鞘も最高にカッコいいのをオーダーメイドしてもらったのだ。

 オーラ……これも及第点を余裕で超えている。技に秀でた剣士の武威には、これまで数多くの女を虜にしてきた実績があるのだ。

 あまつさえ、アルバートは異世界でも最高クラスのイケメンである。女慣れしているので、童貞臭さもない。何より、アルバートには銀の輝きがあるのだ。

 

 総じて、“銀色風”のアルバートは異世界モテ男界の最上級エルフなのである。

 性根はアレだが、とにもかくにもひたすらカッコいいのだ。

 堕ちない女など、いようものか。

 

 対し、イシグロ・リキタカはどうか。

 お世辞にも、強そうではない。全身黒の革鎧はどうにも地味で、パッと見強そうには見えない。上等っぽい剣もシンプル過ぎて、女ウケするビジュアルではない。

 顔も童顔気味で、全く強そうじゃない。背もアルバートより低いし、体格も微妙だ。

 銀細工授与の最速記録。経歴こそ立派だが、立派過ぎて逆に嘘臭い。天才というより変態で、もっと言うと狂人であり、憧憬よりも畏怖が勝つ。分からないものは怖いのだ。

 

 結論、イシグロは強いんだろうが、強そうじゃない。

 戦えば負けるかもしれないが、モテるのはアルバートだ。

 よほどの物好きでもない限り、王都女子はアルバートを選ぶだろう。

 

 そも、今回のターゲットはちんちくりんの淫魔である。どう考えても男慣れしている訳がない。

 吸精もまともに行った事があるかどうか怪しいものである。どうやら淫魔から主人への好感度は高そうだったが、その逆はどうか。ただの珍品くらいにしか思われてないのではないだろうか。少なくとも、アルバートが主人ならそうなる。

 

「えぇ~、どうッスかねぇ~。アタシぃ、今ご主人を待ってるんでぇ~」

 

 細かいテクは必要ない。相手が淫魔ならば、速攻あるのみである。

 挨拶もそこそこに、アルバートは「吸精させてあげるよ」とぶっ込んだ。流石のアルバートとて、一般王都女子にこんな事は言えないが、淫魔相手ならこれでいいのだ。

 

 例えるならこれは、スクールカースト最下層の陰キャ童貞オタクくんに対し、スクールカースト上位層のオタクに優しい美少女ギャルJKが「童貞卒業させてあげるよ♡」とお誘いするシチュエーションに近い。

 堕ちない訳がないのである。

 

「でもぉ~、ご主人すぐ戻ってくるかもッスしぃ~」

 

 が、意外にもこの淫魔は耐えていた。

 おかしい。どいつもこいつも男日照でお馴染みの淫魔である。吸精OKと言えば即乗っかるものと相場が決まっているものだ。

 

 普段なら、普通なら、形勢不利と見てここで一旦引くだろう。

 だが、アルバートは逆に燃えた。ボートレベルの小さい黒船を前に相変わらず彼の暴れん棒は鎖国状態だが、それでも心は侍だった。

 待ちに待った時が来たのだ。せっかくのチャンスである。引くにしても、もう少しくらい爪痕を残したい。せめて、記憶に残してもらわねば……。

 

「なあ、すぐ終わるからさ。悪い話じゃないだろ? ほら、ちょうどあそこなら周りから見えな――」

「動かないでください」

 

 多少強引な方がいいかと、淫魔の手を取ろうとした、その時だった。

 左肩の上、左耳の下、ちょうど首の真横に、鈍い光を湛えた刃が添えられていた。

 

 若かりし日、かつて何度も経験した事である。

 寝取られた男に、復讐された経験は何度もある。寸前で邪魔された事もある。だからこそ、この刃の持ち主も分かっていた。

 

「最近、我々をつけていましたね。何かご用でしょうか?」

 

 声色は平静。キレていない。話し合いの余地がある。ひとまず、安心である。

 見ると、目の前の淫魔も大鎌に巻いてあった布を解いて構えていた。なるほど、そういう事ね。

 背後に僅かな魔力感覚。三人だ。なるほど、隠形系の魔法で後ろを取られてしまったらしい。

 やれやれオレも焼きが回ったなと、アルバートは内心嘆息した。

 

「別に危害を加えたい訳じゃねぇ。ただ、そこの女の子に興味があったんだ。可愛いからさ、好きになっちゃったんだよね」

 

 刃の位置は変わらず、ブレていない。噂通り手練れの剣士だ。少しずらすだけで、アルバートの首はちょんぱである。

 だが、アルバートには余裕があった。こんな経験、何度もしてきた。もっとヤバい状況にだって遭遇してきたのだ。

 なんなら、首を斬られたとしてもすぐに“極大治癒”を発動すれば死にはしない。その為の装飾品であり、魔法装填だ。

 

 アルバートは余裕である。だからこそ気づいた。

 何か、周囲の雰囲気が変だ。得体の知れない感覚が、ぞわりと夜森人の背筋をはい回った気がした。

 

「それだけですか?」

「そうだ。そりゃ、あんたの奴隷ってのは分かってたが、恋愛は自由だろ? 声かけるくらいいいじゃねぇか、な?」

 

 一瞬、隙とも言えない間、剣が震えた。どういう感情だ?

 

「貴方もこっち側なんですか?」

「そうだ、気持ちはわかるつもりだ」

 

 嘘を吐く時は、僅かな真実を混ぜるものだ。

 実際、アルバートはレア種族女が大好きである。これは嘘じゃない。

 その点では小さい淫魔というのも嫌いじゃない。それはそれとして抱けそうにはないが……。

 

「……いえ、それはどうでもいい事です」

 

 平素な声音。黒っぽい剣身が鈍く光る。プラン1は失敗だ。

 刃が離れる。動けるようになったが、いつでも斬られる位置関係だ。狙いは首から……斜めか。まさか、仕掛けに気づいたのか?

 

 さてどうするかと思案していると、ここにきてアルバートは明確な周囲の変化に気が付いた。

 見物している王都民の表情が変わった。何故だかにやつきはじめたのだ。その奥から、ゾロゾロと衛兵と冒険者たちが集まってきた。

 仲裁するのか、傍観するのか。しかし彼らは武器を手にした状態で近づいてきた。にやついてる王都民と同じく、彼らの顔もにやついていた。

 これは、おかしい。これではまるで……。

 

「“銀色風”のアルバート。キャロの里出身の夜森人。趣味は寝取り。過去、異性関係を原因とした問題で、ギルドからの警告が五十を超えている。被害者の数は、もっと多い」

「お前、どこでそれを……!?」

「ギルドと、ウィードさんと、貴方のご友人から」

「あいつら……!」

 

 これだから金欠冒険者は信用できない! アルバートは自分の財布事情を棚上げして友達甲斐のない友達にキレた。なお、前に当人にも似たような経験がある。

 見ると、ゾロゾロ寄ってきた冒険者たちの中には見覚えのある顔がちらほらあった。衛兵も衛兵で、アルバートを中心として一般人を守るポジションをキープしている。

 冒険者、衛兵、一般王都民、名前を思い出せない奴等は、笑っていた。

 

「ギルドにストーカー被害を訴えたところ、あれよあれよと協力者が集まり……。先日、ギルドから正式に依頼を頂きました」

「お、おい、マジか……?」

 

 動くなと言われていたが、思わず振り返ってしまった。

 横目で見ると、何とも微妙そうな表情をしたイシグロと目が合った。その後ろには武器を構えた竜族と、ギルドからの正式依頼を示す書類を持った魔族の奴隷がいた。

 奴隷の持つ書類には、リカルトのサインがあった。マジふざけんな。

 

「この場所を使った演習らしいですよ。此処から逃げきれたら貴方の勝ちです」

「理不尽過ぎる!」

 

 ハメられた。そう覚悟した瞬間、アルバートは姿勢を低くし腰の剣を――。

 一閃。縦一文字に、アルバートの片腕は肩からばっさりと切断された。

 

「自分もそう思います」

 

 墜ちていく腕。噴き出る血しぶき。遅れてきた、尋常でない痛み。

 

「ぐぉおおおおおおおお!?」

 

 問題ない、まだ戦える。欠損など慣れている。気合ひとつで痛みに耐え、残る手で剣を引き抜き、イシグロに攻撃した。

 剣身が振れる。軽い感触、不自然なほど柔らかく受け流された。この男、自分より上だ。

 

吹き荒れろ(・・・・・)……ッ!」

 

 体勢が崩れる寸前、アルバートは深域武装の“権能”で風を生成し、突風を伴い全力で逃走した。

 勝てない、だから逃げる。アルバートは無理のある体勢のまま、誰もいない方向に駆け出し……。

 

「オラァ!」

「ゴボォーッ!?」

 

 顔面に衝撃。アルバートの顔に、フルスイングされた槌がめり込んだ。

 異世界物理法則に従い、ゴルフボールの様に打ち上げられたアルバートは、やがて噴水に着水した。池ポチャである。

 意識はある。回復のチャンスだ、装飾品に魔力を注ぎ、片腕を再生させる。回復の痛み、食いしばって耐える。魔力がごっそり持ってかれたが、これで二刀が使える。とにかく逃げる、逃げるのだ。

 それから、濡れ森人と化したアルバートは、顔面に一撃くれた下手人を確認した。

 

「おま、君は……ビアンカ!?」

 

 そこには、憤怒の形相で槌を担いだ天使族の美女がいた。

 見覚えがあった。というか、前に捨てた女だ。あの時の絶望顔は最高だった。いい思い出の、最高の美女だった。

 

「正解! 久しぶりですねぇ! アルバート!」

 

 彼女だけじゃない。噴水を取り囲むように、男女混合の冒険者たちがアルバートを睨んでいた。

 比率としては、女が多い。赤毛の牛人女、紫髪の翼人女、金髪の羊人女……。中には、冒険者ではない一般人も混じっていた。

 皆、笑いながらキレていた。

 

「ジェシカ!? スザンヌ!? アマーリエ!?」

「メリンよ」

「カロリーネだ」

「デボラですけど!?」

「あ、あれぇ~?」

 

 全問不正解。気が付けば、噴水広場はアルバートへの復讐会場と化していた。

 いくら異世界でも、こんな事があっていい筈がない。ギルドという組織主導で個人をリンチするなど、法治国家にあるまじき行いだ。

 だが、異世界は異世界でも、此処はラリス王国。強者から弱者への攻撃は許されずとも、弱者から強者への攻撃は割とゆるゆる。極論、負ける奴が悪い。

 

 単に、やり過ぎたのである。

 恨みを買い過ぎ、ちょうどたまたま良い用心棒が現れて、泣き寝入りしていた弱者たちが集まったのだ。

 

「お久しぶりですね、アルバートさん」

 

 そして、ルールを決める側の恨みまで買ったのが、一番拙かった。

 

「え? えーっと……バイラ?」

「マトリョーナです。三十年前は、南区で受付嬢をしていました」

「あー、あー、久しぶり! 綺麗になったねー」

「今は西区で役員をしています」

「へ、へぇ……」

 

 要するに、そういう事であった。

 横暴が過ぎる強者は王家が殺しにくるが、弱者を舐め過ぎた強者はこういう形で逆襲される。そして、それが許されるのだ。

 これがラリス流である。

 

「安心して、アルバート」

 

 三十年前、二十八又をかけられていた淑女は、優し気に云った。

 窮鼠猫を噛む。捨てられた女と、女を寝取られた男が、怨敵を噛みにきたのである。

 

「回復役は沢山いるわ」

 

 相手は複数人、ほとんど冒険者。

 弱い奴ばかりだが、中にはイシグロがいる。

 殺されはしないだろうが、死にたくなる程の目には遭うのだろう。

 

「畜生ふざけんなよオラァアアッ!」

 

 そんな状況で、アルバートは戦う覚悟を決めた。

 男アルバート、一世一代の大勝負であった。

 

 

 

 

 

 

「「ぎゃはははははっ!」」

 

 夜、とある大衆酒場にて。

 粗野で下品で汚い笑いが店いっぱいに響き渡った。

 

 このクッソ汚いゲス笑いの主は、犬人と狐人のおっさん二人であった。

 二人はテーブルをバンバン叩きながら、惨い事になっているアルバートの顔面を指差して嗤っていた。

 

「よう、裏切り者。そんなに面白いか?」

 

 指差されたアルバートの顔面は、肉を通り越して骨レベルでペパロニ入りのナンみたいになっていた。

 かつての美貌はどこへやら。頬やら顎やら鼻やらの骨はバキバキにへし折れ、顔を構成するあらゆる部位が歪に癒合していた。その他、腫れやアザや「チンカス野郎」と書かれた切り傷まである。おまけに上下の前歯は全折りされ、喋りもつたない事になっていた。

 例の演習の最後、ボコボコになった顔にあえてクソ弱い回復魔法をかけられたのだ。何とかするには最上級の回復魔法を使ってもらうしかない。

 

「ま、まあ!? 四対一だろ? 仕方ないと思うよ?」

「いいえ、あの場の冒険者は鋼鉄札だけでも30人を超えていたので、実質処刑でした。しかもうち一人は銀細工で、元冒険者の方も善意で加勢していましたね。流石に無理でしょう」

 

 事の顛末は、こうである。

 まず、イシグロがアルバートの尾行に感付き、とはいえ証拠も何もないのでどうしようかとなっていた。そこにウィードが現れ、ギルドに相談する事を提案した。

 その旨を受付おじさんに相談すると、それを聞いたギルド役員が計画立案。ウィード経由で三悪おっさんのリカルトとソルトに話が行き、おっさん等が得する交換条件を持ち出して計画に巻き込み、アルバートに無断で頭目のリカルトが演習を許可。

 それから、役員のツテでこれまで泣き寝入りしていたアルバート被害者たちに秘密裏に接触。計画の参加を要請。計画の要は、唯一の銀細工持ち冒険者のイシグロだった。

 で、計画実行の初日。まずはとルクスリリアを一人残して姿を消すと、何と一発で釣れてしまったという訳だ。 

 

「ひでぇ差だよなぁ? あっちは復讐を手伝ってくれた英雄様で、こっちは見事にしてやられた間抜け冒険者! しかも全く同情されてねーでやんの!」

「あの一件で、イシグロさんのファンが増えたかもしれませんねぇ。ククク……」

 

 結局、演習とは名ばかりの集団リンチを受け、アルバートの顔は無残な事になってしまったのである。

 実際、イシグロさえいなければどうにでも出来た。だが、ウィードの話の通り、奴は強かった。どう斬り込んでも上手くいなされ、そうこうしてると他の木端冒険者から攻撃される。

 かなり詰んでいたのである。

 

「やり返そうにも契約書書かされたんじゃあ、もうどうしようもないわな」

「まあ、殺されなかっただけ有難く思うしかないですね。股間も無事なんですから、挽回できますよ」

 

 終いにゃボコボコに蹴られ殴られ好き放題され、関係者全員への復讐禁止を契約書で縛られてしまったのである。

 異世界において、明確な意思を持って交わされた契約は絶対だ。今後、関係者への復讐意思を抱いた瞬間、アルバートのゴールデンボールは圧搾されるようになってしまったのだ。

 あまつさえ、王家からの「あんま調子乗り過ぎんなよ」お手紙まで渡されたのだ。これには、流石のアルバートも股間が縮んだ。オレそんな悪い事した? という気持ちである。

 

「けっ……」

 

 アルバートとて銀細工持ちだ、この程度の痛みには慣れている。痴情の縺れで刃傷沙汰になったのも一度や二度ではない。

 だが、こうもしてやられたのは生まれて初めてだった。死なない程度にボコボコにされ、その都度回復され、またボコボコにされ、もう散々だった。「大丈夫、まだ生きてますよ」というイシグロの平坦な声はしばらく夢に出るだろう。

 しかも、金欠の身でせっかくの顔がこうだ。治すには相当な金を積む必要がある。それこそ、がっつり迷宮に潜らないといけなくなった。

 

「ていうか、何でお前らオレ売ったんだよ」

「売っていません。ただ、ギルドからの依頼に真摯に協力しただけです」

「そうそう、人斬る訓練だーって、新人の練習台にもなってたみたいだぜ? 気づかなかったか?」

「クソが! 気づくかそんなもん!」

 

 ヤケになったアルバートは、卓上の火酒を一気飲みした後、席を立った。

 

「おう、今日は早いな」

「うるせぇ! オレは明日迷宮行く! で、ひと稼ぎして顔治して、さっさと此処から出て行く! じゃあなクズ共! 最高の親友だよクソッタレ!」

 

 言って、アルバートは自分の分の代金を払って店から出て行った。

 そんな背中を見てから、おっさん達は顔を見合わせた。

 

「だってよ」

「みたいですねぇ」

 

 それから、杯に残った酒を飲み干すと、二人もおあいそした。

 おっさん等はクズだが、腕利きの銀細工持ちだ。事前準備の大切さをよく理解しているのである。

 

「最後に見た顔がアレじゃ、可哀想だもんな」

「ええ。それに、優秀な前衛が死ぬのは悲しいです。あたしぁ、貧弱ですから」

 

 店を出て、遠い背中を追いかけた。

 明日は三人で迷宮に潜る。斥候はいないが、自分達なら何とかなるだろう。

 

 おっさん達はクズでゲスでロクでなしだが、まぁまぁ長い付き合いなのだ。

 クズにはクズなりの友情があるものだ。

 

 

 

 後日、アルバートは無事、元の美貌を取り戻した。

 それから、心に留め置いた。

 二度と小さい女には近づかない、と。

 

 無論、女遊びは続ける所存である。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、西区のとある地下室では……。

 

「はぁ~、これで少しは懲りてくれるとありがたいんだがねぇ~」

 

 今回の件の報告書を弄びながら、灰髪の魔人が足を組み替えた。

 金細工持ち冒険者、ラジアードである。この男、アルバートの一件には何気にガッツリ絡んでいた。

 

 ギルド上層部への根回し。各区の被害者への情報伝達。王家暗部との折衝。

 最悪、これを放置していたら、今までの金細工達の頑張りがパーになるところだったのだ。バレない程度に、大きくなり過ぎない程度に、この男は柄にもなく奔走していたのである。

 

「が、まぁ良いモンは見れたなァ……」

 

 しかし、苦労に見合うモノは見れた。

 イシグロとアルバートの剣戟。ほんの僅かな攻防だったが、歴戦の戦士の眼にはよく見えた。

 万金に値する、彼奴の技の冴え。その深奥。

 

 あの男は、まだ弱い。

 あの戦士は、まだヒヨッコだ。

 故に、アレはまだまだ化ける。

 

 金細工の中で、しっかり見たのは自分だけ。

 他は人づてだ。現場にいないと、あの異常さは感じ取れない。

 

「長生きしてくれよなァ、イシグロよぉ……」

 

 灰髪の魔人は嗤う。

 楽しみが一個増えたのだ。

 

 彼は、王や王子よりも、もっと先を見ているのだ。

 災厄の後、その混沌を、思いっきり楽しむつもりなのである。

 

 人類とは、愚かなのだ。

 同じ愚者なら、踊らなければ損である。

 

「さあ、次の舞台で踊るのは誰だぁ?」

 

 たった100年、すぐである。

 鍍金の毒蛇は、やがて来る混沌の時を待つのであった。

 

 

 

 ネタバレだが……。

 

 ラジアードの予想は、盛大に外れる事となる。

 イシグロには、全くもって“そのつもり”がないのだから。

 英雄願望なんて、全く以て持ち合わせていない。舞台になんか、上がりたくない性分なのである。

 

 ロリは傍にいまし、全て世は事もなし。

 

 現在も未来も、ロリコンはロリに夢中であったとさ。




 感想投げてくれると喜びます。



 諸事情で、ちょっと今後忙しくなりそうな感じがあります。
 全くとはならないでしょうが、執筆時間が減るのはほぼ確定です。
 一話あたりの文字数も減らすかもしれません。ていうか今のあんまり適当じゃないような……。

 なので、今後は感想返信を控えようと思います。絶対返信しないというのではなく。
 前までもそんな気の利いた事は返せてなかったんですが、なんだかんだ時間を使うので、その時間を執筆やら何やらに使った方がいいかなぁと。

 前書き、後書きにもあるように、感想を頂けるのは本当にマジで有難いです。マジでやる気に繋がっています。なので、投げてやってくれると嬉しいです。けど、返信はできないかもって感じです。

 そんな感じですが、今後も応援してやってくれると嬉しいです。



https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551

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 こっちも投げてくれると喜びます。


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戦慄の幼闘気(ロリコニックオーラ)

 感想・評価など、ありがとうございます。やっぱ感想が一番効きます。
 誤字報告も感謝です。お陰で助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。これ、多分読者さんが思っている以上に作者のやる気に繋がっています。
 王の一党はそろそろまとめるので、多分次話投稿時に締め切ります。まだ募集中なので、よろしければどうぞ。

 今回はクッソ久しぶりのダンジョン回。一人称と三人称のごっちゃです。
 とはいえ、少しです。戦闘描写ですね。詳しい剣の形状や性能の描写は次回。
 前話の事後処理や、剣注文後の生活についても次話でやると思います、多分。


 俺が転移したこの異世界は、ゲーム的仕様に満ちている。

 全部が全部そうという訳ではないが、ことバトル関連は特にゲームチックだ。

 

 攻撃力10の斧の一撃より、攻撃力100のダガーのひと刺しのが強い異世界。前の感覚を引きずっていると、痛い目を見る。見た。

 いやぁ、頭殴ったら怯むと思うじゃん。全然怯まないからね、ダンジョンエネミー。目ん玉に剣突うずるっ込んでやっても、あいつら余裕で生きてるからね。

 怯ませたいなら怯み値を、殺したいんならHPを削り切るしかないのである。HPがゼロになるまで、奴さん等は元気に動くのだ。

 

 雑魚も、ボスも、いくら頭なり首なり心臓なりを攻撃したところで、それが効かなきゃ死んだりしない。

 郷に入りては郷に従え……とは違うが、異世界の怪物を退治するなら、異世界の法則に順応する外ないのである。

 やるならやるで、ちゃんと相手に合った攻撃をしましょうって話だ。

 

 この世界は、攻撃ひとつひとつにゲーム的な属性付けがされていて、戦闘においてそれはとても重要な要素である。

 物理、魔法、火とか水とか。特定属性への呪いに、各種状態異常。効く奴には効くが、効かない奴にはとことん効かない。

 物理だけでも、斬撃・刺突・打撃に加え、全物理攻撃共通属性である“標準”の四種類。

 それら属性値は武器ごとモーションごとに割合で設定されていて、攻撃力とは別である。ダクソのレイピアは刺突オンリーだが、この世界のレイピアは刺突90標準10といった具合。

 覚える事は多いが、覚えやすい。ゲームっぽいからね。

 

 しかしながら、ゲームっぽいけどリアルっぽい要素もあるのが、まぁ何とも言えない。

 例えば、攻撃モーションによる威力の差。属性値の違い。

 

 先述の通り、攻撃力10のハンマーの一撃より、攻撃力100のダガーのひと刺しのが強い。分かりやすい、基礎攻撃力がダンチだからだ。

 ただ、攻撃力10ハンマーを、両手持ち大上段全力振り下ろしした攻撃の場合、単にハンマーを片手振りするよりも威力が出るのだ。そりゃ、武器は片手で振るより両手で振った方が強いだろう。まぁ分かる。それでも攻撃力100ダガーの片手斬りのが威力高い訳だが……。

 同じように、攻撃力100ダガーでも、サッと振って先端で薄皮一枚切るより、思い切り振りかぶった上で深々と突き刺した方が威力が出る。

 強い武器でも、ちゃんと使わなきゃあいけないんだな。

 

 これは、俺のチート能力でも分からなかった事である。数値に載らない、所謂マスクデータだ。

 俺やルクスリリア達が活用しているアシストもそれ前提で最適化されてるようである。モーションアシスト様様だ。お陰で上手にダメを稼げる。

 

 さて、モーションの他にも色々と複雑な条件で与ダメが変わる異世界。どのように武器を振り、武器のどこを、どの敵にどう当てるかによっても威力が変動する。攻撃属性もまた同様に。

 

 剣の場合、剣先とその周辺が最も威力が出る。スマブラのマルスの様である。物理属性の割合は、たぶん斬撃60標準40。この標準属性のお陰で、斬撃耐性持ってる敵にもまぁまぁ効く訳だ。

 次に、剣の腹で殴った場合、これは打撃属性になり、モーション値が低いようであまり威力が出ない。同じ攻撃力の武器でも、ハンマーの方が強い。剣腹攻撃は打撃30標準70って感じかな。打撃弱点の敵に効くといえば効くが、普通に斬った方が威力は出る。

 で、片手で突きをすれば刺突60標準40となる。刺突弱点の敵の場合、これは同攻撃力のレイピアのが強い。片手袈裟切り、これは先述と同じ斬撃60標準40。斬撃弱点の敵の場合、斬撃値の高い同攻撃力の曲剣のが威力出るよね。両手でフルスイングしてみると、あらまぁ斧のが威力が出るじゃない。

 

 あれ? なんか剣弱くね?

 いいや、弱くはない。

 

 俺が剣を使うのには、理由がある。

 バランスが良いからだ。

 

 先述の通り、剣はモーション値や物理属性の特化具合が他武器よりも控えめだ。

 攻撃力が同じなら、刺突はレイピアに負け、斬撃は曲剣に負け、当然打撃も槌以下だ。両手攻撃も、斧のが強い。

 だが、全部できる。だから気に入った。標準属性が多めに入る=どんな敵にもある程度効くのである。

 

 刺突弱点の敵には突き攻撃。斬撃弱点の敵は普通に斬る。打撃弱点の奴ならば、普通に斬って突けばいい。

 打撃こそロクにカバーできないが、それでも一つで二種の物理属性攻撃ができるのは便利だろう。

 あと、使いやすい。初期武器というのもあるだろうが、何となく手に馴染むのである。

 

 さて、その上で、我が一党の攻撃面のバランスを見てみよう。

 

 俺、主に剣を使う。斬撃、刺突が可能。武闘家パンチや戦士メイスで打撃もできる。一応魔法もできるし、突けない弱点属性は多分ない。

 ルクスリリア、主に大鎌を使う。大鎌攻撃は斬撃と刺突の複合属性で、標準属性は控えめ。魔法も撃てる。使う機会はそんなに無いが、一応デバフもできる。守護獣のラザニアも風属性特化だが魔法も物理も可能である。

 エリーゼ、完全魔法特化。しかし、魔法+打撃属性の“破城槌”や、魔法+刺突属性の“魔力の騎士槍”で対応力はそれなり。魔力耐性が高い敵の場合、バフに専念すれば一党全体のDPSを上げる事ができる。

 

 そして、グーラ。

 先日注文した彼女の主武装は大剣である。完成予想図を見るに、長さはグーラの身長を超えるサイズ。ダクソで言うとこの特大剣である。

 そんな剣を、グーラは片手で振り回せる。まるで傘でも振るように、片手でブンブンできるのである。

 

 大剣の場合、直剣よりも標準属性が多めに乗る。もっとデカくて太い剣の場合、申し訳程度に打撃属性が乗ったりもする。

 斬撃、刺突、標準、それから少しの打撃属性。特化武器には劣るが、大抵の敵には攻撃が通る。

 

 つまり、何が言いたいのかと言うと……。

 

 大剣ブンブン、相手は死ぬ。

 

 

 

 氷柱迷宮。

 

 一面、氷の世界。濃紺の空、不自然なほど過剰な星明りの下、芯まで凍った冷たい大河の中心地。

 そこに、戦いがあった。

 

 否、蹂躙だ。

 

 ひと振り。氷の牙持つ熊の頭が、いとも容易くぶっ壊された。

 ひと突き。氷の盾持つ大蟹が、甲殻諸ともぶっ潰された。

 ひと薙ぎ。獲物を囲んだ氷の鼬が。五匹纏めてぶっ飛んだ。

 

 肉を切らせる意味はない。殺られる前に殺ればいい。

 先に仕掛けた氷の魔物が、後から応じた黒の暴威に蹂躙される。

 猛る事なく、淡々と、ぞっとするほど怜悧な金瞳が、邪魔な奴等を睥睨した。

 

 炎が爆ぜ、雷が奔る。漆黒の獣剣士が、鉄塊の如き剣を振るう。

 その動きはあくまで俊敏。踏み込み難い氷河の上を、雷纏う脚で駆け回る。

 駆ける、振るう、殺す。大牙を与えられた矮躯の獣は、あまりにも野性的に、かつ理性的に殺戮をこなしていた。

 

 鉄剣が炎を纏う。剣の間合いに、獲物は三匹。右から左、剣の軌道が眩い烈火の弧を描く。

 絶死の円、氷の毛を持つ狼群。一匹目は雑に両断されて死んだ。二匹目は頭蓋を粉砕されて死んだ。三匹目、野生の勘で炎を避けた。魔狼の鼻先を死が過る。

 火がかき消える。剣の暴威が収まった。先に体勢を整えたのは、狼だった。

 

 狼が走る。爪を立て、牙を剥き、同胞を殺した怨敵に襲い掛かった。

 その目に、小さな細剣が突き刺さった。狼が転倒する。投剣だ。鎌片手に空を飛ぶ淫魔が嗤っていた。すぐさま、時間を巻き戻すように剣が抜け、持ち主の下へと帰っていった。

 呼気。余裕はあったが、お陰で深く踏み込めた。殺せる確率が上がった事に、黒の戦士は我知らず犬歯を剥いた。

 

 眼窩から血を流す氷狼。だが、この程度で死にはしない。氷柱迷宮の守り手は、残る瞳で獲物を殺すべく再度駆け出した。それが本能だからだ。

 そして、次の瞬間、哀れ狼は脳漿をぶちまけて殴殺された。今わの際に見たのは、迫りくる炎の柱だった。剣の刺さった逆側から、燃え盛る剣の腹が叩きつけられたのである。

 肉を焼き、骨を砕き、氷の鼓動を終わらせた。炎を消した剣に、焦げ臭い命の残滓がこびりついていた。

 

 この程度なら、訓練の方が過酷だ。漆黒の獣剣士は超重量の剣を握り直し、主のいる最前線へと向かって行った。

 与えられた指示は、湧いて出た雑魚の掃討。随伴ありの、安全で楽な命令だった。

 

 急ぎ走って三秒半、頭目が相対する敵を捕捉した。

 迷宮の支配者は見上げる程大きな狼だった。身にまとう毛は全て氷柱であり、手足と牙に冷気を纏っていた。

 氷柱牙狼。この迷宮の主である。

 

 相対するのは、三人と一頭。正面に一人の男。その後ろに竜族の少女。空には巨大な四足獣と、ついさっき助けてくれた淫魔の姿。

 狼が吠える。爪を振るい、身体全体を叩きつける。一党の仲間達は、危なげなく立ち回っていた。

 

 猛る狼を前に、頭目の男は左手の剣で防御を続けていた。常の動きではない。その右手には真新しい槌があった。

 突進を避ける。その瞬間、まるで時が止まったように躍動。槌に浄化の火が灯る。それを、氷柱が生えそろった腹に、叩きつけた。

 苦悶の声を上げ、大きく後退する狼。その眼前に迫った魔法の槍を避け、続けて迫る魔弾の雨を甘んじて受ける。その隙に、頭目の男はあえて狼の眼前に陣取った。

 

 幸運にも、矮躯の獣は気付かれていない。勘に従い死角に潜り、獲物を見据えて思いつく。

 今、後ろからやれば、一撃では?

 訓練の日々を思い出す。何となく、殺れそうだ。習っていない、古獣剣術の奥義のひとつ。

 

 姿勢を低くし、腰をねじる。地を踏みしめ、ただ速く駆けるべく構えを取る。身の丈以上ある剣を、逆手に持った。

 ひと呼吸、剣に炎が宿る。両脚に雷が迸る。戦っている仲間の邪魔にならぬよう、壊して良い軌道を見つけ出す。

 

 ぶわりと、獣の全身から炎雷(ほのいかずち)が吹き上がった。

 

 死闘の中、魔力を感知した氷狼が振り返る。目が合う、もう遅い。一直線、雷が轟き、氷河が亀裂を生んではじけ飛ぶ。瞬きの間、逆手に持った炎の剣が、氷狼の胴に叩きつけられた。

 激突、轟音。氷柱が溶ける。鉄が食い込む。だが、命に届かない。経験が少ない。まだ足りない。ならば加減は必要ない。裂帛の気合と共に、炎雷を全解放。瞬間、確かな感触が返ってきた。氷柱が溶け、肉がえぐれ、筋と骨がはじけ飛ぶ。

 安心した、これなら殺せる。

 

 最後の一撃は、せつない。

 

 水袋を割った様な快音。骨が断たれ。魂が砕かれ、氷柱牙狼の目から光が消えた。

 切り抜ける勢いそのまま、雷電の尾を引き氷の地を滑る獣。炎を消した剣を突き立て、勢いを止める。

 訓練を思い出す。心を残す。剣を構え、敵を見据えた。

 

 剣先の向こう、断末魔の悲鳴もなく、氷の狼は粒子となって消えていった。

 それから、獣の主人たる頭目の男は、呆然と呟いた。

 

「アバンストラッシュじゃん……」

 

 あばん……? グーラは首をかしげた。

 その手には、めちゃくちゃ物騒な剣が握られていた。

 幸い、彼女に付いた返り血は“心炎”のお陰で綺麗さっぱり消えていた。血塗れじゃなくてよかったね。

 

 

 

 

 

 

 結論を言うと、グーラは強かった。

 予想を超えて、強かった。

 

 ステータス云々でなく、何というか“戦い”が上手かったのである。

 何だろう、心技体の“心”が戦闘行動にジャストフィットしてるというか……。

 戦い方に、素人特有の危なっかしさがなかったのである。

 

「凄いなグーラ! めっちゃ強いじゃん!」

「ええ、初めての迷宮とは思えないわ……」

「迷宮処女卒業、おめでとッス!」

 

 色々あって、剣が完成し、慣らし訓練も終えた後……。

 それから、満を持しての初迷宮。グーラは見事ラストアタックを決めて。ボスを倒してみせたのである。

 ハイエナではない、アレは立派な不意打ちだ。どうやったんだ、センスがあるとしか思えない。

 

 氷柱迷宮、一面氷の屋外型中位ダンジョン。出て来る敵は氷柱を纏ったエネミー限定。御多分に漏れず炎が弱点。

 グーラの初迷宮。レベル的には下位の迷宮のが良いかと思ったのだが、対策してればここは下手な下位迷宮よりも簡単なので、俺たちはこの氷ダンジョンに決めたのだ。

 何たって、此処は寒いだけで面倒なギミックがない。シンプルに敵倒せばいいだけの迷宮なのである。寒さ無効のグーラにはぴったりだし、炎特性で弱点入りまくり。敵は多くて硬いけど、火力は低いからそこもグーラ向きだ。

 

「えへへ……ボク、上手くできましたか……?」

 

 照れたように、頬を掻くグーラ。とても可愛い。

 その手には大剣。とてもかっこいい。

 

 要望通り、注文して出来上がった剣は極めて頑丈で、かつ火力が高かった。

 なにせ、ちょっと振るだけでザコ敵一撃死だもんね。だからといって、誰もが使える強武器ではないのが男心をくすぐる。

 実際、同じ前衛の俺でも持ち上げる事しかできないのである。それこそ、デッドリフトの様に。振り回すなんてとんでもない。

 

「よし、じゃあ今日は約束通り、グーラの好きなものを食べに行こう」

 

 グーラ。炎と雷を宿し、超重量の大剣を振り回す近距離パワー型ロリ。

 それでいて足が速く、攻撃の出も速く、父のを見て覚えたアクロバティック剣術のお陰で隙がない。

 近づいて斬る。斬ったら逃げる。チャンスがあれば死角からバッサリだ。

 

「えと、あの……じゃ、じゃあ、トウモロコシのスープが、飲みたいです。えへへ……」

 

 そんな彼女は、最近知った大好物に胸を躍らせていた。

 野生を理性で乗りこなす、戦に秀でた天才少女。

 けれども、その素顔はとても純朴だった。

 

 ……ホントにマジで強い。

 だって、俺のチートが言ってるもん。

 グーラの通常攻撃、あれ全部ガー不だゾって。

 

 

 

「あ、グーラ、さっきので戦士10になったから剣士に替えとくな」

「強くなれたという事でしょうか? はい、よろしくお願いします」

「なんスかね、一応アタシのが上のはずなんスけど……ぜってぇ戦いたくねぇッス」

「そうね、障壁張っても、壊されそうだし……」

 

 なお、まだまだ強くなる模様。




 王の一党、募集中です。よろしければどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297777&uid=59551

 現在、本作に登場するキャラやボスを募集しています。
 興味のある方はお気軽にどうぞ。
 詳しくは活動報告にて。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551

 こっちも投げてくれると喜びます。



 グーラには王の一党に入れるくらいの才能があります。


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暴食のフロンティア~隠し味に天上の玉蜀黍を添えて~

 感想・評価など、ありがとうございます。頂けるとマジでモチベに繋がります。
 誤字報告も感謝です。非常に助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 彼とか彼女とか早く出したいですね。

 王の一党のご応募もありがとうございました。
 十分数集まったので、募集はここで終了とさせて頂きます。

 今回は剣注文から現在までの話。
 時系列が行ったり来たりします。


 今現在、俺たちが住んでいるところは、お高めの飲食店の上にあるお高めの宿屋である。

 自然、食事には下階の飲食店を利用する事が多く、最近はほとんど店から出来立てを直接部屋に運んできてもらっている。

 お高め異世界メシ、けっこう美味い。技術・文化の割に、食に関しては存外進んでるのは幸いだった。

 

 とはいえだ。お高めの飯屋であっても、当然として頼めないメニューというのは存在する。

 カレー食べたいならカレー屋。パスタ食べたいならイタリア料理店。焼き鳥食べたいなら焼き鳥屋に行くべきなのである。

 異世界でもそうだった。国ごと、種族ごとに特有の食文化があり、メニューの数は膨大。いくらお高い料理店でも、それら全部を網羅できる訳ないのである。 

 

「改めて、初踏破おめでとうグーラ。よく頑張ってくれた」

「ッス! よく動けてたと思うッス!」

「ええ、立派な戦いぶりだったわ」

「ありがとうございます……!」

 

 そんな訳で、俺たちはグーラの迷宮初踏破を祝して外食をしていた。

 本日の主役たるグーラはトウモロコシのスープが食べたいとの事で、ならばと農業ガチ勢種族たる夜森人(ダークエルフ)の店主が経営する夜森人料理専門店に行く事にしたのだ。

 

「あら、この小さいのは何かしら……?」

「アタシも見た事ないッス。蜜柑の親戚ッスかね?」

「とっても美味しいです! 味は蜜柑に似ていますね……!」

 

 席は二階、所謂VIP席だ。一階には森人の客が多い印象。居酒屋ほどではないが、下からは静かな活気とでも言うべき喧騒が聞こえてくる。

 荒っぽさのないお店である。喧嘩なり何なりをしている客なんていない、良い店だ。

 そんなお店で、俺たちは迷宮用防具を装着し、護身用の武器を身に着けていた。

 

 ルクスリリアは短い細剣。刃渡りといい何といい、パッと見ちょっと豪華になったダクソ鎧貫きだ。別に奇襲用という訳ではないので、ある程度目立つよう邪魔にならない範囲の装飾も付けてもらった。

 エリーゼは短杖。ハリポタ風の木の杖だ。細く軽く短い指揮棒めいた奴で、中身は魔法装填特化。王笏との併用は考えていないので、防御・回復をメインとした完全時間稼ぎ構成である。

 グーラの腰にも石器めいたゴン太ダガーが装備されている。動きの邪魔にならないよう、刃渡りは短めで肉厚。ちなみに、これに全力で雷エンチャすると疑似ライトセーバーができる。

 で、俺は腰に無銘を装備している。これくらいのサイズなら帯剣が許されているのだ。

 

「にしても、なんか最近は色々あったッスねー」

 

 でっかいトマトみたいなのを食べながらしみじみ言うルクスリリア。

 彼女の言う通り、迷宮探索こそしていなかったが、確かにグーラが来てからの一ヵ月はそれなりにイベントのあった日々だった。

 

 ロリたちの会話を聞きつつ、俺はここ一ヵ月の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 剣の注文から完成まで、約一ヵ月。

 それまで、やる事はいっぱいだった。

 巻き込まれたのもあったが……。

 

 

 

 まず、エリーゼにかけられた呪いの解呪。

 結論からいうと、これは上手くいかなかった。

 

 呪術店に行き、専門家に診てもらったところ、どうやらエリーゼにかけられた呪いは極めて強固であり、解呪は難しいと診断されたのだ。

 少なくとも、並みの呪術師では呪いを弱める事さえ不可能であり、解き方も分からないと。

 

「仮にもお父様を殺した竜族の呪いよ。そう容易ではないでしょうね……」

 

 残念がる俺に対しエリーゼは思いの外落ち着いている様だった。

 可能なら解呪してほしいと言っていたエリーゼである。彼女のその振る舞いは、慣れ切った諦観の様に見えた。

 だが、この程度じゃ諦めきれない。俺は他の優秀な呪術師を探す事にした。並みの呪術師でダメなら、並みじゃない呪術師に頼めばいいだけの話である。

 

 その後も色んな店に行ってはみたが、どこもうちじゃ扱えないとの一点張り。

 むしろ、下手に弄るとエリーゼに反動が来て余計酷い事になるかもしれないとか。

 

 こういう時、呪いをかけた張本人を殺せば治るのがお約束ではなかろうか。

 そう思って訊いてみると……。

 

「そんな訳ないでしょう? 普通、呪いはかけ捨てよ。わざわざ復讐される理由を作る訳ないじゃない」

 

 との事。

 

 乗り込んでぶっ倒してハッピーエンド! とはいかない様だ。

 あっちもこっちも、ままならない事ばかりである。

 

 それからいくつかの呪術店に行き、南区一だという呪術師さんに紹介状を書いてもらい、王都一の呪術師さんに診てもらえる事になった。

 で、予約した日に行ってみると、並みじゃないらしい呪術師さんは色んな魔法や魔道具を使ってエリーゼの呪いを診てくれた。

 検診の結果、触媒さえあれば何とかなるという診断だった。

 

「本当ですか!?」

「はい。ですが……」

 

 詳しく訊くと、件の触媒はとても希少で、お金で買えるものではないらしい。生産地はラリス王国の外であり、入手ルートも確立してないんだと。

 そもそも、呪術はマイナージャンルの魔術体系。使用者が少ない分、対処法も普及してないというのだ。そんな中、極めて強力な術者がかけた呪いを解く方法は限られてくるのだとか。

 

「望みは薄いですが、ツテを頼って探してみましょう」

 

 王都一の呪術師さんは、そう言ってくれた。

 これ以上俺が行動してもどうしようもない。俺は後の事を呪術師さんに任せ、その時を待つ事にした。

 とりあえずは、一歩前進としておこう。解呪法が存在する事を知れただけヨシとするしかない。

 

「私の為に、アナタが動いてくれただけで、私はとても嬉しいわ……」

 

 実際に解呪できるかどうかは、まだわからない。

 それでもエリーゼはそう言って微笑んだ。

 今は希望を持って待つしかない。

 

 呪いについては、そんな感じ。

 

 

 

 あと、ストーカー被害にあった。

 

 時は王都一位の呪術師さん検診前。

 事の発端は呪術店巡りをしている最中だった。

 

 ストーカーの発見は、あまりにも容易かった。というか、意識せずに見つけられたのだ。

 まず俺のチートレーダーに引っかかり、ルクスリリアの性欲センサーに引っかかり、エリーゼの魔力センサーに引っかかり、グーラの「視線を感じます」という格闘漫画センサーに引っかかったのだ。

 

 とはいえだ。前世、詳しくはないがストーカーというのは被害が出てから対処されるものであると聞いた。あっちとこっちじゃ事情は違うだろうが、それでもいつ何処にどうやって相談すればいいか、俺にもルクスリリア達にも分からなかった。

 とっ捕まえて止めろなんて言っても仕方がないだろう。如くのサブシナリオじゃあないのだ。仕方なく、俺たちは極力離れないよう行動する事にした。

 例のパース商会からの刺客という線も無いでは無い。警戒し過ぎて損はないはずである。その間、外に出る時はずっと武装していた。

 

「あのぉ……イシグロさん、お久しぶりっす」

 

 そうやって悩んでいると、宿屋に犬人斥候・ウィード氏が訪ねてきて、ヤバい奴がルクスリリアたちを狙っているかもと教えてくれた。

 ウィードさん曰く、そういうのはギルドに相談すればいいらしいので、とりあえずとウィードさんの勧めでギルドに相談すると……。

 

「お初にお目にかかります、イシグロ様。私は西区迷宮ギルドの役員のマトリョーナでございます」

 

 あれよあれよと、ギルドの偉い人が出張ってきて、なんか盛大な計画に巻き込まれてしまったのだ。

 それから色んな人と話をして、何やかやあって決行日……。

 

「死ねよやァーッ!」

「グワーッ!」

「待て! 殺すな! 俺はまだ殴ってねぇ!」

「アバーッ!?」

「お前のせいでなぁ! 娘の婚約がオジャンになったんだよなぁ! この腐れゴミカス野郎がぁ!」

「オボボーッ!」

「貴方の子よ! 認知して!」

「いやどうみても耳がエルフじゃな――」

「イヤーッ!」

「グワーッ急所!」

 

 詳細は省くが、例の演習はなかなか悲惨だった。

 目だ! 鼻だ! 耳! とばかりに、俺も最初はやる気満々だった。が、次第に「もういいか」と怒りが萎えてきたのである。去勢したところですぐ治せる世界である。これ以上やっても仕方ないかと思ったのだ。

 そうして冷静になると、むしろ周囲の雰囲気に軽くビビッてしまった。

 

 ストーカー男に恨みがあるという男女複数名によるリアルリンチ会場。

 報復と悪罵、頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここはラリス王国の王都。西区の広場。

 暴行アンド回復アンド暴行。同情とか共感とかはないが、さんざん斬ったし俺はもういいかなって……。

 痴情の縺れって怖い。俺は心底そう思った。

 

 その日、俺はみんなに良い子良い子してもらって心を癒やした。

 平たい胸に抱かれる安らぎよ。

 

 

 

 で、それから。

 剣が出来るまで鍛錬場でグーラのトレーニングなどしつつ、一ヵ月と少し。

 

 ついにグーラの装備が完成したのである。

 

 

 

 

 

 

 宴は楽しい。

 

 前世、酒のアテというとコンビニのレンチンおつまみというイメージだったが、酒と一緒に食べるお野菜というのも悪くないと思った。

 こうやってご飯と一緒に酒を飲む文化が異世界にもあってよかった。何よりルクスリリアたちと一緒だ。気分は上々である。

 

 酒が入ると何話しても楽しくなるもので、店の雰囲気もあって俺たちはゆったり盛り上がっていた。

 

「ところで、どうして皆さんの装備は黒なのでしょう?」

「無難だから?」

「素材の味?」

「私のは趣味よ」

 

 話題は二転三転し、そのうち各々の装備についての話になった。

 グーラの言う通り、俺たちの武装はみんな黒い。俺は剣含めて全部黒いし、ルクスリリアも肌面積以外は黒だ。エリーゼは黒基調で青や銀を混ぜてオシャレに着こなしている。

 FF15かペルソナ5か。ともかく俺たちゃ黒いのだ。

 

「その色合いは、エリーゼが考えたんですか?」

「ええ、洒落ているでしょう?」

「センスの良い中二病って感じだよね。俺は好きだよ」

「ちゅーに? 何スかそれ?」

「グーラの剣みたいなのとか」

 

 武器の後、例によってグーラの防具もオーダーメイドした。

 そうして出来上がったグーラの装備は、かなり軽装である。

 

 武器は重量級だが、頑強ステの低いグーラに重装させるメリットは薄い。

 それと、グーラは獣系特性で鉱物の鎧を装備できない。勇次郎ではないが「持ち味を活かせ」という話で、専門家との相談の結果、動きを邪魔しないよう布と革の装備になったのだ。

 

「剣も、鎧も……こんなに上等な装備を着せていただき、ありがとうございます」

 

 そう言って、革製の胸当てをぺたぺた触るグーラ。その胸は平坦だった。

 今のグーラは迷宮探索用の防具を身に着けている。とはいえ、無骨さはない。お腹もおみ足も丸見えだ。

 要するに、エロかっこ可愛い防具なのである。

 

 

 

◆グーラの軽革鎧◆

 

・物理防御力:600

・魔法防御力:600

 

・補助効果1:自動最適化

・補助効果2:自動修復

・補助効果3:魔力回復(大)

・補助効果4:簡易伸縮

・補助効果5:水属性耐性(大)

・補助効果6:銀耐性(大)

・補助効果7:対獣耐性(大)

・補助効果8:魔法防護(大)

 

 

 

 胴は心臓を守る為の最低限の革鎧のみで、遠目に見るとノースリーブのレディース用トレーニングウェアに見える。

 下はベルト付きのホットパンツに、靴は運動できそうな革のブーツ。

 ヘソも肩も膝も丸出しで、ついでに手袋も五指が露出しているタイプである。これだけだと、淫魔のルクスリリアよりも肌面積が多い恰好だ。

 

「凄く着やすくて、動きやすいです。魔力を使ってもすぐ回復できるので、戦っている最中はどんどん火とか使っちゃいました」

 

 とはいえ、淫魔ファッションって訳ではない。

 その上にもう一つ装飾品を重ねて、グーラの武装は完成するのだ。

 さながら、ソシャゲの露出規制対策の様に。

 

 

 

◆混沌魔糸のマント◆

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:水属性耐性(中)

・補助効果3・銀属性耐性(中)

・補助効果4:対獣耐性(中)

・補助効果5:魔法防護(小)

・補助効果6:雨避け(大)

 

 

 

 ヘソ出しスポーティスタイルの革鎧。それらを覆う形で、グーラにはフード付きのマントを羽織ってもらったのだ。

 このマントはダンジョンボスの白蜘蛛羊の毛をメイン素材にし、迷宮産の絹とか糸とかをフルに使って作ってもらった奴だ。丈は適正サイズのポンチョくらい。

 黒マントの縁には金色の糸で刺繍がされており、グーラの希望でちょこちょこ拳聖イライジャ氏の意匠もある。

 

「一緒にデザインを考えるのは楽しかったわね」

「ええ、エリーゼはとても博識で……」

 

 全体的に、グーラの装備の色は例によって黒基調。金と赤の差し色が入って何だかオシャレだ。黒銀青のエリーゼとは好対照である。

 色や中身はともかく、シルエットだけ見るとどことなくプリコネのムイミちゃんの様である。

 

「特にフードがいいよね、フードが。うん、フードは良いよやっぱ」

「にしても、そのフードって何の為にあるんスかね?」

「デザインよ」

「一応、被ると“雨避け”という補助効果が発動する様です。雨に濡れなくなるらしいですね」

 

 ちなみに、マントについているフードは、被るとしっかりとグーラの犬耳をカバーしてくれるデザインだ。

 ケモミミフードである。とてもかわいい、

 

 補助効果は魔力回復系と、各種属性耐性を少々。

 獄炎犬は水に弱いらしいし、轟雷狼は銀属性に弱いのでそこもカバー。

 あと、両弱点の獣特攻にも一応耐性をつけた。それでも、四倍弱点が等倍になるくらいだったが、そこは仕方がない。

 

「あまり詳しくないのですが。とても良い剣でした。ありがとうございます、ご主人様」

 

 そう、そんな装備で大剣を振るうのだ。すごい良い。

 ガッツといいムイミちゃんといいゲール翁といい、マント+大剣はとにかく映えるのだ。

 ザ・ボーイズやインクレディブルではマントはディスられてた気もしたが、ここは異世界である。こっちのは某神経外科医のマント君並みに空気を読んだ動きをしてくれるのだ。

 勝手に動く事はないが、装着者の邪魔をしないムーブをしてくれるのである。流石の異世界物理法則だ。

 

「グーラには強くなってほしいからね。金剛鉄くらいいくらでも出すよ」

 

 マントも凄いが、グーラの武器にはもっと凄いインパクトがある。

 俺は件の剣の初お披露目の日の出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「へっへっへっ! お久しぶりでさぁ!」

 

 ストーカー騒動の後、剣が完成したという報告を受け、俺たちは西区のとある鍛冶屋まで来ていた。

 曰く、運ぶの大変過ぎるからゴメンだけど取りに来てという話だった。

 

「どうも、お久しぶりです」

「へへっ、こっちでさぁ! 打った奴も挨拶したいってんで、是非会ってやってくだせぇ!」

 

 やけにテンションの高いドワルフに案内され、注文した剣が置かれているという倉庫に向かう。

 鍛冶屋の裏手の倉庫に入ると、広々とした空間の中心に、まるで棺桶の様な箱が置いてあった。

 また、その棺桶の前には如何にもなドワーフ男がいて、俺と目を合わせると彼はビシッと姿勢を正した。軍人というより、サラリーマンといった佇まいだ。

 

「どうも、私がこの剣を打った鍛冶師です。名をインヴァと申します」

 

 インヴァと名乗ったドワーフは、さながらパブリックイメージとしてのジャパニーズサラリーマンの如き折り目正しいお辞儀をしてきた。

 髭といい身長といい筋肉といい、如何にもなドワーフなインヴァさんは、とても几帳面そうな人だった。シムズの特質でいうと、「完璧主義」「工作好き」「生真面目」といったところか。

 

「このような場所までご足労頂き、誠に申し訳ありません。打った手前情けない話ですが、ここまで運ぶのがやっとでして……」

 

 という挨拶もそこそこに、俺たちは棺桶の前に集まった。

 どうぞ開けてくれという職人二人に促され、俺は吸血鬼が眠ってそうな棺桶の蓋に手をかけた。

 

 背中に視線。前でも異世界でも、こういうのは初めてである。見られながらだが、ゼルダの宝箱を開ける時みたいだった。

 脳内にあのBGMが流れる。ドキドキしながら棺桶めいた箱を開けると、中にはザ・大剣と言わんばかりの代物が収まっていた。

 

「グーラ、持ってみて」

「え? ボクですか? あ、はい……!」

 

 見るからに重そうである。本能的にギックリ警戒をした俺は、人生初ごまだれをグーラに譲る事にした。

 ちょこちょこと寄ってきたグーラは、何の感慨もなくザ・大剣の柄を握り、無造作に持ち上げてみせた。後ろから、男二人の「おぉ……!」という野太い歓声が聞こえた。

 

「流石に、ちょっと重いですね」

 

 ちょっとじゃないだろう。

 と思いつつ、俺はグーラにそのまま持ってるよう指示して、柄に触れて性能を確認してみた。

 

 

 

◆無銘の特大剣◆

 

・物理攻撃力:1200

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:武器防御

・補助効果3:剛性強化(大)

 

 

 

 俺の剣と比べ、デカさ重さの割に攻撃力が控えめなのはこの世界の仕様である。

 表記上の攻撃力はこうだが、実際殴ってみると俺の無銘よりもずっと高い威力が出るはずだ。モンハンの片手剣と大剣、一発が重いのは後者だろう。

 

「いいよ、ちょっと振ってみて」

「はい」

 

 性能は見た、要望通りだ。

 それから少し離れて、振ってもらう。上げて、降ろす。上げて、降ろす。ちょっと重いですねという申告通り、小枝を振るというような感じではなかったが、それでも重さにそぐわぬ軽やかさだ。

 ひと振りする度、グオンブオンと如何にもな重低音が聞こえてくる。何度振ってもグーラの表情は変わっておらず、重たそうにしている感じはない。

 

「おいおい、マジですかい……」

「もしかして、あの方は王の血族でいらっしゃるとか……?」

 

 OKもういいよと言うと。グーラは某勇者の様に剣を掲げてみせた。

 ハートもがんばりゲージも消費せず、グーラはお強い剣を手に入れたのである。

 

 だが、それはマスターソードと言うには、あまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、聖剣というか魔剣っぽかった。

 グーラの剣の色は使用した素材の関係で鈍い黒色であり、神々しさよりも質実剛健さが勝っているように見えるのだ。

 

 出来上がったグーラの剣は、まさに特大の剣であった。

 ロリじゃないので正確な大きさは分からないが、刃渡りだけでもグーラの身長――145㎝だ――を超えているように見える。背中に斜め掛けしても、多分マウントできないくらい大きい。

 形状はドラゴンごろしよりむしろファランの大剣に近く、厳つさとスタイリッシュさが矛盾なく同居しているイケメンブレードだ。

 

「悪くないデザインね……」

「なんか肖像画で見た古代魔王みたいッス」

 

 色といい、デザインといい、大きさといい、なんか主人公サイドにはいないタイプの剣だと思った。

 なんか、ちょっとオシャレめな魔王が振り回してそう。火も雷もエンチャできるし、魔王適性高いと思うな。

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

 虎眼流“流れ”のポーズで、上目遣いして見てくるグーラ。

 全員間合いである。そのまま振られたら凄惨な事件に発展しそうだ。

 

「かわいい」

「あ、ありがとうございます。えへへ……」

 

 素直な返答をすると、グーラは照れ照れと頬を掻いた。

 スイカに塩とは違うが、無骨&ロリの組み合わせは大変よろしい。とかく、デカい武器と女の子は相性がいいのだ。

 前世でそういうのに馴染んだ俺からすると、今のグーラは最高に可愛かった。ソシャゲならリセマラ必須級である。

 

「うん、すごい良い……」

 

 なにより、素敵性能が高い。もしくは寝室性能が最高だ。

 そう思うのだが……、

 

「やっぱご主人ってズレてるッスよねー」

「可愛い、とは少し違う気はするのだけど……」

「あっしぁそういうのには疎いんですが、ありゃ可愛いんですかい?」

「ど、どうでしょう? 私も剣に可憐さを見出した事はなく……」

 

 異世界人にはピンと来なかったらしい。

 

 

 

 

 

 

「そういやぁ、その剣にはまだ名前つけてないんスか?」

 

 宴もたけなわ、馬乳酒片手に顔を赤くしたルクスリリアが云った。

 今現在、ご飯を食べているのはグーラだけである。俺はビールを呑んでるし、エリーゼも白ワインを吞んでいる。

 問われたグーラは、野菜スティックをポリポリ食べてから答えた。

 

「はい。その、ボクが名付けるとのお話でしたが、どうにもよく分からなくって……」

 

 グーラの剣は、まだ銘を刻んでいない。俺のロンソと同様、無銘のままだ。

 ドワルフ曰く、「命預ける武器は使い手が名付けるもんですぜ」らしい。せっかくだからとグーラに任せてみたが、どうやらこういうのは初めてだったらしく、なかなか決められていない様だった。

 頭目としては適当で良かったのだが、真面目なグーラは未だに悩んでいた。

 

「好きなのでいいのよ。有名な剣に肖ってもいいし……。アレクシオスの剣は、なんて名だったかしら?」

「聖剣テイラウスですね。でも、それだと丸パクリになっちゃって、それは何か嫌だなーって思います」

「難しいよねー、名付けって」

 

 ある意味、だからお任せしたというのもある。

 このままだとグーラの剣は無銘のままになってしまう。それは俺のと被るので、出来れば違うのでお願いしたいところ。

 俺は俺のネーミングセンスを信用していないのだ。ガンダムブレイカーの愛機に「ガンダムメロンソーダ」と名付ける男だ。そんなんならグーラ自身で付けた方がナンボか良いだろう。

 ラザニアの時とは違う、ありゃ向こうからお願いされたのだ。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 食器を置き、何やら声を上ずらせたグーラが云った。

 

「よ、よろしければ、皆様のご意見を伺って、それから決めたい……です」

 

 控えめな彼女にしては珍しく、能動的な提案だった。

 促されないと意見を言えなかったグーラが、何気に一歩目を踏み出してくれたのである。

 良い兆候だと思う。俺的には可能な限り尊重したいところだ。

 

「うん、じゃあそうしよっか」

「まあ、アタシもアタシでそんな得意じゃないんスけどねー」

「ふふっ、この時の為に考えていたのよ……」

 

 最近、グーラは笑う事が増えた気がする。

 少しは心を開いてくれたと、そう思っていいのかもしれない。

 

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします……!」

 

 そんな感じで、俺たちは剣の名付け……なんていう中学生みたいな話題で、まったりと盛り上がるのだった。




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 あと、キャラ募集に関して、レギュレーションを少し追記しました。


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挑むロリたち

 感想・評価など、ありがとうございます。返信は控えめですが、全て拝見させて頂いております。シンプル嬉しいです。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 これもシンプル嬉しいです。

 アンケのご協力もありがとうございました。
 結果、グーラの剣は“ぶちぬき丸”になりました。

 今回はダンジョン回。
 当初から宣言している通り、本作はまったりやっていきます。


 異世界転移直後、冒険者イシグロ・リキタカはソロ専だった。

 初の迷宮踏破後、一党や同盟からちょくちょく勧誘されたりもしていたが、俺はそれら全てを断っていた。

 理由は前の通り、儲けが減るからだ。当時の俺はロリ奴隷購入RTAをしていたので、うま味のない誘いやガバに繋がる要素は避けていたのである。

 

 儲け云々は置いておくにしても、各種チートの存在もあり何だかんだ一人で何とかなっていたというのもある。

 レーダーのお陰で奇襲は受けないし、ボスの位置は分かるし、マッピングも自動でやってくれるのだ。ロリじゃない仲間など必要だろうか。

 が、今になって思う、やっぱパーティっていいなと。

 

 出現エネミーへの対応力。回復役による安定感。なによりも火力が段違いだ。

 ソロの時は逃げ回って振り返って殴って逃げるを繰り返していたので、ザコもボスも討伐にはとにかく時間がかかっていた。

 武器の性能もショボかったので余計にである。

 

 さて、ここで一度、我が一党の構成を見てみよう。

 

 ルクスリリア。高機動力の遊撃役。物理・魔法ともにこなし、近中遠全ての間合いで存在感を発揮できる。火力は高くないが、無視できるほど低くもない。ベッドでも戦闘面でも非常にいやらしいメスガキだ。

 エリーゼ。無限に近い魔力を持つチートドラゴン。魔法・回復・バフデバフの伝説の超賢者。近距離は苦手だが、中~遠距離の火力は一党一位。あまつさえ竜族なので普通にしぶとい。

 グーラ。大剣使いの高機動近接物理アタッカー。炎と雷のスキルにより、一応中距離戦もできる。通常攻撃がガード不能とかいう初心者向けレバガチャパワーキャラみたいな性能。

 

 この通り、物理近距離グーラ、物魔中距離ルクスリリア、魔法遠距離エリーゼの三人で、俺の一党は一応バランスが整っているのだ。

 そこに俺が加わると、無銘の受け流しゴリ押しSEKIROスタイルで盾兼カウンター役をやる事が多い。

 うん、すごくまとまってる気がする。

 

 ただ、これはあくまでコマンドバトルRPG目線だ。

 どっちかというと、この世界はアクション寄りである。足の速いボスは普通に盾役飛び越えてくるし、いくらパワーや耐久力があっても足の遅い冒険者は普通に死ねる。どっすんローリングはお話にならないのである。

 連携は大事だが、それありきの立ち回りは綻びやすい。バランスの整ったパーティ戦であっても、結局のところ個人の戦闘力が必要になってくるのだ。近づかれただけで死ぬ魔法使いは、迷宮の中じゃこの先キノコれないぜである。

 

 三ヵ月ほぼ毎日ソロやってた俺からして、それはもう身に染みて理解している事である。

 ディアブロスの突進は止められないし、クシャルダオラの竜巻も止められない。バルファルクの彗星は、各々が対処するしかない。

 だからこそ、冒険者たるものどんなジョブであれ個人戦闘力は高くないといけないのだ。

 

 故、そこらへんもしっかり鍛えるべきだろう。

 実践と経験である。ドクストおじさんもそう言ってるんだから間違いない。

 

 まず、エリーゼ。ゲーム的に言うなら、彼女は固定砲台という奴だろう。純魔よりはマシだが、バフ職というのもあり身体能力はそんなに高くない。飛行能力もルクスリリアには遠く及ばないし、クソ堅バリアもマッチョなボス相手だと心許ない。

 故に、彼女には対近距離エネミー相手の自衛力を鍛えてもらっている。足の遅い後衛など、ボス目線だとカモなのだ。初手身体強化魔法から、近づかれた場合のバリアと近距離魔法、いざという時のガン逃げ飛行に、回復ブッパのゾンビ戦法。優雅じゃないが、死ぬよりマシだろう。

 

 次にグーラ。足の速いアタッカーというだけじゃ、この先厳しい場面もあるだろう。技量も耐久も現状そんなでもないのだ。武器カテゴリーも相まって、盾役は向いていない。が、向いてないから出来ませんとはしてはいけない。普段はアタッカーでも、いざとなったら自分と後方を守れるようになってもらわないと困るのだ。

 なので、グーラには積極的に防御の練習をさせている。剣士になったとはいえ、別に“受け流し”をマスターしてもらおうとは思っていない。最低限、“ぶちぬき丸”の頑丈さにものを言わせた常識破りの大剣ガードマン戦法を出来るようになってもらおうというのだ。実際、ぶちぬき丸は並みの中盾よりもガード性能が高いのである。

 

 ルクスリリアは、まぁ省略。

 元々、特化はしてないけどバランスの良い成長をしているのである。前も後ろも攻めも受けもできるのが彼女だ。普通にこのままステを上げれば何とかなる。

 強いて言うなら、やっぱ専用防具はいる気がするが……。

 

 閑話休題。

 

 三人時点で、それなりにまとまったパーティ構成。

 そこに俺を挟む場合、最適解は前衛の追加になるだろう。慣れてるし、実際上手くいく。

 だが、今後を考えての俺自身の強化も必須である。勝てずとも、負けないように。

 

 色んなジョブスキルの解放。ハズレも多いが、アタリのスキルさえ習得すれば、俺の対応力はどんどん伸びていくのだ。

 剣士の“受け流し”は防御力を上げてくれた。武闘家の歩法スキルは機動力を上げてくれた。攻撃魔法に回復魔法、色んなスキルがあるのだ。寄り道しなければ、発見できなかったものばかりである。

 大抵できる俺である。ならば、何でもできるようになろうじゃん。この世界、そっちのが強くなるのだ、多分。

 

 実際、新しく覚えたアーチャースキルの“遠視”と“照準”はすごく便利である。

 投剣と併用すれば、剣で狙撃ができるのだ。

 あと、純粋に遠くが見えるようになる。スコープいらずである。

 

 いや、凄いね。異世界のスキルは。

 

 

 

 軍霊迷宮。

 

 中位の屋内型ダンジョンで、ボロい地下霊廟を思わせるホラーチックな迷宮だ。

 出現エネミーはアンデッド限定。不死系お馴染みスケさんや、ゾンビ犬にデス様みたいな死神的なモンスターなど。おどろおどろしいダンジョンの雰囲気も相まって、無理な人にはとことん無理だと思う。

 

 幸い、俺にそういうのは無効だった。

 幽霊っつっても、殴れば殺せるのだ。こういうのは殺せる時点で怖くないだろう。

 腐敗系アンデッドは、まぁキモいが勝つし……。

 

 それは異世界女子たる我が一党員もそうだったようで、当初想定していたような恐慌状態には陥っていなかった。

 入ってみて、誰かが「怖いよー!」となればすぐ帰るつもりではあったのだ。お化け屋敷は好きではないが、お化け屋敷でキャーキャー言うロリは好きなのだ。踏破せずとも儲けが勝つ。

 

「さっ、行きましょう……!」

 

 特大ゴーストを焼却して、ファサッと優雅に髪をかき上げるエリーゼ。その手は王笏を強く握りしめ、若干声が上ずっていた。

 訂正、エリーゼは怖がっていた。

 

「どうしたんでしょう、エリーゼ。何か毒の様なものを浴びてしまったのでしょうか……?」

「そっとしておいてやりな」

「きひひ……後で弄ってやるッス♡」

 

 そんなこんなで、恐怖系ダンジョンをドンドン進んでいく。

 屋内迷宮の通路を移動する時は隊列が重要だ。先頭はグーラで、後ろにルクスリリア。その後ろから俺とエリーゼ。

 そう、今の俺は後衛でアーチャーをやっていた。

 

「魔力過剰充填……“聖射”!」

 

 モンハンのハンターの様に、動きながら弦を引き、ジャンプしてから浄化の矢を連射する。

 完全に弓道警察に中指立てるムーブだが、これが異世界キュードーなのである。

 空飛ぶアンデッドコウモリを3点バーストで射抜く。哀れ、雑魚蝙蝠くんは胴体に矢を生やして墜落。落ちた蝙蝠はルクスリリアがトドメを刺して回っていた。

 

「リリィ、グーラ! 一旦退避! エリーゼ、魔導極砲準備!」

「了解よ」

 

 転移からしばらく、ずっとソロだった俺からして、魔法以外の後衛は新鮮だった。

 周りを俯瞰し、指示を出しながらパヒュンパヒュン矢を放つ。

 やだ、何か凄い良い。

 

「っしゃあナイショォ!」

 

 何より、射撃が楽しい。

 チートのお陰でヘッショ連発できるのだ。これがエイムアシストくんですか。最高じゃないかエイムアシスト。エイムアシストの補正気持ち良すぎだろ!

 矢に関しても問題ない。矢が尽きたら予めセットしておいた満タン矢筒をアイテムボックスから取り出し、装備。これで更に戦い続ける事ができる。

 ちなみに、この矢にはエリーゼの権能が付与されている。霊系には祝福矢が、実体系には呪詛矢がよく通る。練習の成果で、最近は決まった効果を付与できるようになったのだ。

 

「クソデカゾンビ出た! グーラ、まだ炎出せるか!?」

「問題ありません! 突っ込みます!」

 

 まさにパーティプレイ。まさに連携。

 頼り切るのでなく、個々が自立して自然に支え合う。多少ズレても問題ない。

 野良のオンで上手い人と組んだ時の様な、ビタッとハマる感じがするのである。

 

 圧倒的じゃないか、我が軍は。

 

 で、ガンガンいこうぜでボス部屋前に到着。各々、ボス戦に備えて調子を整えていた。

 俺は半分減った矢筒に矢を補充し、ルクスリリアは守護獣を召喚し、エリーゼは全員に回復とバフをかけ、グーラは水筒に入れたコーンスープ――ギルドの弁当屋さんに作ってもらった奴だ――を飲んで雷ゲージを回復していた。

 

「よし、行くぞ」

 

 グーラのヤクザキックで扉をぶち壊し、ボス部屋にエントリー。

 ここのボスは知っている。珍しく、固定ボスなのだ。

 

 亡骸軍霊(デッドレギオン)

 大きさは二階建ての一軒家ほど。遠目に見ると、蠢く黒い球体。しかし、よくよく観察すると、それは無数の手足の集合体である事が分かる。

 そいつは手に手に種々様々な武器を持ち、ショッピングモールほどに広いボス部屋の真ん中で鎮座していた。

 

 寄り集まった手足の根本。

 影の奥から、無数の目玉がこっちを見た。

 

 ……普通にキモいと思う。

 

「作戦はそのまま! このまま行く!」

「あいッス!」

「わかったわ」

「はい……!」

 

 此処のダンジョンボスは、亡骸軍霊限定である。

 しかし、対策ひとつすればいいという訳ではない。

 こいつには、複数のタイプがあるのだ。それによって攻略法が変わる。だから嫌われている。

 

 タイプの違い。それはデッドレギオンが持ってる武器を見ればわかる。

 剣とか斧とかの近接武器が多いならAタイプの物理軍霊。杖とか本が多いならBタイプの魔法軍霊。その他CとかDとかはあるが、今回はAの物理レギオンだ。

 

 対Aの戦法はこうだ。グーラとルクスリリアに前に出てもらい、俺とエリーゼで削る。王道である。

 最適解じゃないが、グーラと俺のレベリングも兼ねているのだ。今回はこれでいい。グーラには防御の実戦経験を、俺はアーチャーのレベルを上げたいのだ。

 

「エリーゼ、前衛に当てないようにな」

「当然でしょう?」

 

 突っ込んだグーラが斬りかかり、そのまま右へ左へ動きながら軍霊の攻撃を躱していなす。危なくなったら一旦下がって、ヘイトが逸れたら一発入れる。普通に立ち回り上手くて草である。

 ルクスリリアはラザニアに跨って戦闘機の様にヒットアンドアウェイで軍霊の腕を斬り落としている。投擲の弾幕が来ると、ラザニアと離れて狙いを外す。流石のメスガキぶりで、相手の嫌がる事を的確にやっていた。

 後衛組である俺は、移動しつつ軍霊の腕の隙間にある目を射抜きまくった。俺についてくるように、エリーゼは走りながらバフと魔法を飛ばしていた。軍霊からの飛来物はエリーゼの使い魔魔導書くんが撃ち落としてくれていた。かしこい。

 

 後衛を狙って動こうとする亡骸軍霊だが、前から横から邪魔をされて移動速度が鈍っている。

 的がデカいと当てやすい。蠢く大きな球体に、矢と魔法が殺到し、鎧兼攻撃手段の手足や目玉を破壊していった。

 

 今のところ、実に順調である。当初防御に難ありと思っていたグーラも、チートありきとはいえしっかりと剣の腹でガードできてるし、反撃の切り返しも欲張っている感はない。軍霊相手でも他ボスと同様上手くやれている。

 目立ってこそいないがルクスリリアも最高の最低限をこなしてくれているし、エリーゼもしっかり動いてくれている。何気に、この二人ももう迷宮慣れしてるプロなのだ。

 

「手ぇ落ちてる! 第二形態だ! エリーゼに集合!」

 

 順調に攻撃していくと、亡骸軍霊は手足を自切していって第二形態に入った。

 前衛二人はバリアを張ったエリーゼに集まり、敵の動向に注目。

 

 視線の先、一時停止した亡骸軍霊は全ての手足を切り落とすと、黒い卵の様な殻を纏った。

 次いで、べきべきと殻が割れて、中から大剣を持ったヒトガタモンスターが出現した。

 

 身長は2mほどで、剣の刃渡りはもっと大きい。頭も身体も真っ黒のつんつるてん。

 ぶっちゃけ、コナンの犯人である。ちょっと笑いそうになった。

 

「どうやら、グーラを学習した様ね……」

「えっ、あれボクなんですか……?」

「似ても似つかないッス!」

 

 軍霊の第二形態、それは冒険者の中の一人を学習し、そいつを模倣した分身を生み出す別ゲー形態だ。

 これの厄介なところは、対象者がレギオンの前で行った動きのほぼ全てが完璧に模倣されるところだ。どういう原理か、グーラの場合は炎も雷も、ついでに武器のぶちぬき丸も真似されるのである。

 

「確かに可愛くないな。よし、作戦通りだ。ルクスリリア、エリーゼ」

「あいッス! 魔力過剰充填、範囲拡大、強度向上……むむっ、“妖姫淫魔緊縛”!」

「ええ。這いつくばれ(・・・・・・)……!」

 

 が、俺の一党からすると、こいつの第二形態はただのカモだ。

 パワーも技術も特質も模倣されるが、知性やセンスは模倣できない。

 真似っこエネミーなど、弱点アリと相場が決まっているのである。

 

 殺到する網縄と鎖。ルクスリリアの放った蜘蛛の巣めいた束縛魔法と、エリーゼの放った三本の魔力鎖が偽グーラに絡みつき、もがく亡骸人をガッチガチに束縛した。

 とはいえ相手は仮にもダンジョンボス。拘束時間は長くない。

 だが、問題ない。これで終わりだ。

 

「ほいっと。ゆけ、グーラ! アバンストラッシュだ!」

「行きます!」

 

 アンデッド特効の油を塗った矢を放ち、グーラに指示を出す。

 グーラはぶちぬき丸を逆手に握り、例のポーズを取った。根本から剣先にかけて炎が宿る。足から全身にかけて、バチバチと雷が迸る。

 そして、剣と身体に炎雷(ほのいかずち)が宿ったところで、落雷めいて一気に加速。

 

「オォォォォォッ!」

 

 勇ましく吠えるグーラ。拘束され、もがく偽グーラの胴体に、超火力の必殺技が直撃した。

 通り過ぎるグーラ。剣を持ち直し、「一欠」みたいなポーズで残心。

 次いで、HPがゼロになった亡骸軍霊が爆発四散した。ゴウランガ!

 

 青白い粒子が俺たちに吸収されていく。それから、ボス部屋の真ん中に帰還水晶が現れ、ボスの死亡地点にアイテムがドロップした。

 初めて見るドロップアイテムだ。近づいて手に取ってみると、それはテニスボールサイズの髑髏だった。普通にキモい。売却確定である。

 しかし、こんなアイテム、何の使い道があるのかね。

 

 まあ、それはともかく、今日も頑張った。

 

「よし、帰ろう」

 

 広いボス部屋である。帰還水晶に向かう途中、コンソールを確認した。

 

 うん、俺もグーラも、あと少しで新しいジョブが生えてくるな。

 ジョブチェンジが楽しみである。

 

 俺はスキル集め。グーラはレベルアップ。

 ルクスリリアもエリーゼも、まだまだ強くなれる余地がある。

 

 ルクスリリアは中淫魔だ。次の位階に成れれば、今より強くなれるだろう。

 エリーゼも、仮説の通りならあと一段階進化できるはずだ。未進化ドラゴンなのだから。

 

 焦りはしない、着実にいこう。

 俺にはその責任があるのだ。

 

 この調子である。




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 アンケは第二回の調査です。前にやったんですけど、もう一回。
 例によって、世界観に合わせてケモ度は低めでイメージしてください。
 和っぽい感じです。

 別に分岐とかじゃないです。あくまで参考です。
 これでヒロイン確定とかじゃないです。あくまで参考です。

 多分三回目もやります。


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被虐淫魔の暴走パニック!

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がってます。
 誤字報告もありがとうございます。分かりにくいのあって申し訳ない。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 登場の際はほとんど別人になります。悪しからず。
 少し変更部分があるので、ご応募の際はレギュレーションの確認をお願いします。

 アンケートのご協力、ありがとうございます。
 驚きました、天狗人気ないんですね。確認して良かったと思います。
 参考にさせて頂きます。

 今回、以前のエピソードで登場したキャラクターが登場します。
 ニーナです。巨乳メガネマゾサキュバスです。

 よろしくお願いします。


 ガッツリという程でもない気もするが、前世の俺はまぁまぁオタクだった。

 アニメ・漫画・ゲーム等々、実写アイドルを除く大抵のオタクコンテンツをたしなみ、生きがいの一つとして摂取していたのだ。

 

 守備範囲は広い方だと思う。古今東西、新旧ロリ非ロリに拘りはない。

 今見ても未来少年コナンはワクワクする。りゅうおうの新刊も良かった。ブラック・ジャックは誰が読んでも面白いのだ。

 サブカルに関して、偏食という訳ではなかったように思う。

 

 そんな俺だが、アニメや漫画等において、凄く嫌いなストーリー展開というのがある。

 ヒロインが攫われる展開だ。

 

 ヒロインじゃなくてもいい。庇護の対象が攫われたり、奪われたりする展開が純粋に嫌いなのだ。

 物語の導入なら気にならないが、主人公やそっちサイドの人等が「守る!」と決めた対象を攫われる展開に、幼少の頃からずっとモヤモヤとした感覚を覚えていたのである。

 

 いや、守る言うてた主人公くん、守れてないやないかーいってな感じで。

 いやいや、そうならんように対策しとけよーってな感じで。

 構成の都合とか、色んな事情はあるのだろう。理由はどうあれ、結果だけ見るとなんか間抜けに感じちゃうのである。

 

 無論、嫌いな展開があったからといって、その作品自体が嫌いになるなんて事はない。

 が、それはそれとして、モヤ~っとした気持ちになるのである。

 

 ヒーローアカデミアでも言っていたが、ヒーローは守らなきゃいけないモノが多くて大変なのである。庇護の対象が多いと、どうしても全てを守るのは難しい。明確な敵や悪党がいる世界観なら、尚の事。 

 そんな中で、誰も勝てない程に守護者が強いパターンならば、敵対者はより狙いやすい箇所を狙うのが道理だろう。

 

 誰だってそうする。

 俺だってそうする。

 

 教訓、という程でもないが……。

 異世界にて、明確に俺という個人に庇護の対象が存在している現在、俺は決意した。

 ルクスリリアを、エリーゼを、グーラを、その生殺与奪権を絶対に誰にも奪わせない。

 

 俺が守る、とカッコよく決めたいところだが、俺にその自信はない。

 だからこそ、俺は庇護者を作らない。彼女らを俺の弱点にしない。最低限、自衛能力を身に付けてもらう。

 故に武装、故に修行、故にダンジョンアタックなのである。

 

 これはルクスリリア購入後からずっと考えていた事である。

 当時は「女の子と迷宮探索したいなぁ」という欲望が七割だったが、今はその比率が逆転したのだ。

 長男じゃないが、今なら紅蓮華の歌詞に共感できる。いや、それは立場に酔い過ぎか。

 

 とにかく、である。

 

 物騒なこの世界。迷宮・野生のモンスター以外にも、とても怖いものがあるだろう。人だ。

 街角の酔っ払い。犯罪組織。頭のおかしい銀細工冒険者。

 治安が良いらしい王都とて、いつ誰にどのようにして狙われるか等、分かったものではない。

 実際、直近でストーカー被害を受けたのだ。憂いが無くなるよう、憂いを忘れないよう、緊急事態には十分以上に備えるべきだ。

 

 対怪物でなく、対人戦闘力の向上。

 レベルアップとは別に、クリアし続けるべき課題だろう。

 

 対人戦の練習。それは、俺たちがいつも鍛錬場でやっている事である。

 が、いつも同じ相手じゃあ、手慣れこそすれ経験の幅は広がらない。

 紅蓮華ばっか練習しても、歌が上手くなる訳じゃない。紅蓮華が上手くなるだけだ。しっかりと基礎を固めて、他の曲も歌わなくっちゃあいけないな。

 

 身内以外との実戦経験。

 必要だと思うのだ。

 

 が、そんなの、何処で得れば良いのだろう。

 西区にも異世界ファンタジーらしくオープンな闘技場こそあるが、練習には向くまい。

 どうすっかなって感じである。

 

 で、なんやかんやあって……。

 

「あの、イシグロさん、お久しぶりです」

「依頼掲示板、拝見させて頂きました」

「私でよろしければ、お相手務めさせて頂きます」

 

 いたわ。

 

 

 

 

 

 

 足を止めると死ぬ。

 

 これは、俺が異世界迷宮で文字通り身体で学んだ事だ。

 痛くなければ覚えませんという通り、痛かったので心底思い知った訳である。

 

 それ以外にもいくつか教訓はあるが、それらはあくまで怪物退治が前提だ。

 駆け引きのある対人戦の場合、我流の戦闘術がどれだけ通用するか分かったものではない。

 

 前にやった実戦では、かなりカッとなっていたから、ぶっちゃけよく分かっていないのだ。

 チート任せに暴走していただけだ。これをまともな経験とすべきではないだろう。

 

 練習は実戦の様に、実戦は練習の様に。

 相手が魔族だと、思いっきり斬っていいから気が楽である。

 

「あ、ありがとうございました……!」

 

 血だまりに沈むニーナさん。その身体には無数の傷があり、左右共に腕がない。顔面も全身も、原型が分からなくなる程ボコボコになっていた。おまけに角はへし折れ、眼鏡も割れている。

 やり過ぎな感もないではないが、これは実戦を想定した練習である。本人の希望もあり、こうなった。

 

「こちらこそ、ありがとうございました。お陰で良い経験になりました」

 

 やっぱ、異世界と地球じゃ戦いの根っこが違う。

 間合いも、タイミングも、物理法則も、地球基準の感覚じゃあ痛い目見る。

 今更だが、再確認する事ができてよかった。ニーナさんにも感謝だが、ウィードさんにも感謝である。

 

 俺は水を飲みながら、少し前の出来事を思い出していた。

 

 

 

 対人練習。今後の事を考え、俺はこれの実施を検討していた。

 とはいえ、何処で誰とどうやって戦えばいいか分からなかった。まさか、ストリートファイトなんかある訳ないし。

 こういう時、異世界初心者の俺が考えてもどうにもならない。なので、思い切ってウィードさんに相談してみたのである。

 

「なら、依頼でも出してみるってのはどうっすか?」

 

 なるほど、その手があったか。

 思い立ったが吉日。俺は受付おじさんの所に行って、「練習相手募集」の依頼を出した。

 

 依頼内容はこうだ。俺の一党とタイマンで模擬戦しませんか? 武器は実戦用でお願いします。怪我をしてもこちらで回復させます。よろしく! みたいな感じ。

 書類に必要事項を書き、いざ俺からの依頼が掲示板に張り出された時など、なかなかにドキドキした。

 

 が、悲しい哉、誰も来なかった。

 

 転移神殿に来て依頼掲示板を眺める冒険者は多いのに、彼らは俺の依頼を見た途端、逃げるようにしてその場を離れるのである。

 報酬が悪いのかとも思ったが、おじさん曰く「破格だぞ」らしいのでそこじゃあるまい。危険性に関しても回復はこっちで持つのだからいいだろうに。なんなら双方殺しが起きないよう契約書の準備もしているのに。

 うーん、怪しい依頼判定を食らっているのか……。

 

「ウィードさんが受けて頂けませんか?」

「あ、すいません! 俺斥候系の仕事が今からあるから、これで!」

 

 誰も来ないので試しにウィードさんを誘ってみたが、彼はそそくさと去って行った。

 まあ、斥候だしバトルは苦手なのだろう。

 

 そうして誰もこないまま転移神殿でゴロゴロしていると、そこに見知った顔が現れたのである。

 

「依頼掲示板、拝見させて頂きました。私でよろしければ、お相手務めさせて頂きます」

 

 それは、前に図書館で会った淫魔のニーナさんだった。

 彼女は以前会った時と同じく眼鏡を装備し、フード付きのローブを身にまとっていた。

 ニーナさんの位階は銀細工で、腕前の心配はいらない。それに、ニーナさんは頭のおかしい奴が多いらしい銀細工にしては大人しい気性だ。ルクスリリアと同じ女性なので、変な気を起こす事もないだろう。

 

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ってな感じで、俺達とニーナさんは鍛錬場へと入っていくのであった。

 

 そんなこんな。

 

 依頼のメインはルクスリリア達との訓練だが、ひとまずはとニーナさんからの提案で俺との対戦と相成った。

 まあ、俺も俺で対人の練習は必要だと思っていたので、彼女の提案は渡りに船であった。

 結果、剣士スキルだけでなく武闘家スキルや魔法やサブ武器等をフルに使い、何とか勝つ事ができた。

 

「はぁ、はぁ……! さ、流石の腕ですね、イシグロさん……! 正直予想以上です……!」

「お褒め頂き光栄です」

 

 風舞(ふうぶ)のニーナ。二つ名の通り、彼女は風の様に舞う剣技の使い手だった。

 迷宮探索の役割で言うと、彼女は技量・敏捷特化の回避盾になるのだろう。流れるような剣捌きは一朝一夕で習得できる技術とは思えない。熟練者特有の安定感があったのだ。おまけにルクスリリア同様に空を飛べるので、上下の機動力もある。

 というか、俺との相性が悪かった。

 

 俺はカウンター重視のSEKIROスタイル。ニーナさんは技量型の回避盾。そうなると、どうなるか? 泥試合である。

 これじゃお互い埒が明かないと攻め合ってみるも、ニーナさんは慎重に立ち回ってきて上手くカウンターを入れられず。俺の攻撃は悉く防がれてしまったのだ。逆もまた然り。

 

 俺は人間、相手は淫魔。このままだとジリ貧だった。仕方なく、その場は武闘家スキルとか魔法とかでゴリ押しし、最終的には逃げられないよう無銘を突き刺してパンチキック強襲。

 反撃されないよう魔法で拘束してメイス殴打でKOだった。ニーナさんもニーナさんで、なかなか「参った」を言わないので止め時が難しかった。

 洗練されていない、泥臭い戦いだった。華麗に決めたい訳でもないが、これでヨシとはしてはいけない。言っちゃアレだが、銀細工に足止めされる程度じゃダメなのである。

 

 何とか勝つ事はできたが、お陰で俺は俺の弱点に気づく事ができた、

 どうやら、俺は攻め手に欠けるらしい。相手が防御型の場合、カウンターを封じられた俺は途端に火力を失うのだ。

 何とかしなきゃいけない課題である。

 

「よ、よろしくお願いします……!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 まあ、そんな感じで。

 俺との模擬戦の後は、ニーナさんには契約通り皆と戦ってもらった。

 

 現在はグーラと模擬戦中。グーラもニーナさんも、戦ってる様はとても絵になる。が、素人目線で見てもグーラが劣勢なのが分かる。

 素早く力強いグーラの剣を、ニーナさんは薄皮一枚で回避していた。余裕そうだし、その表情は笑顔だ。

 ちなみに、ニーナさんとの訓練は、今のところ俺以外誰も勝てていない。

 

 ルクスリリア対ニーナ。

 翼を生やした二人の戦いは、まるでロボットアニメの空中戦闘シーンの様だった。

 斬り合って離れる。離れて魔法を撃ち合い、それから近づいて斬る。意外にも? ルクスリリアもニーナさんも結構楽しそうに戦っていた。あの二人、何故か仲がいいのだ。

 結果、ルクスリリアがざっくり斬られて負けた。血が飛び散り、脱力した彼女が墜落してきたのだ。覚悟していた事だったが、それでも中々にショッキングだった。すぐ回復したよね。

 

「いやー! さすがシルヴィアナ様の娘さんッス! さすニナッス!」

 

 と、当の本人はケロっとしていた。

 喉元過ぎればって奴だろうか。

 流石の淫魔メンタルである。

 

 次、エリーゼ対ニーナ。

 高位竜族と上位魔族――ニーナさんは生まれつき大淫魔であるらしい――の戦いは、ルクスリリア戦とは打って変わってゲームバランスがガバガバのクソゲーPVPみたいになっていた。

 初手牽制に撃ったエリーゼの魔法に対し、ニーナさんは文字通り肉を斬らせて接近してきたのだ、そして相手に迎撃の隙を与えぬまま一発キツいのを入れたのである。これまたかなり動揺した俺と違い、当のエリーゼは顔色ひとつ変えず全身バリアを張ってから冷静に回復を使った。

 そこからは、もう完全にぐだぐだだった。エリーゼは引きこもった状態で相手に呪詛付き指揮官デバフを与え続け、攻撃は魔導書くんにお任せ――νガンダムみたいにバリア内から魔法を撃つ事はできないのだ――していた、対するニーナさんもエリーゼのバリアを突破する事叶わず、最終的に引き分けとなった。

 

「初手を拘束魔法にすべきだったわね……」

 

 試合後、珍しくエリーゼの戦闘種族らしい一面を見る事ができた。

 ニーナさんは何故か不満げだった。なんか申し訳ない。

 

「はぁああああッ!」

「あははははっ! 殺す気でやらないと掠りもしませんよ!」

 

 そして、現在。グーラ対ニーナ。

 二人の戦いは佳境に入っていた。最初らへんは舞うように剣を振っていたグーラも、どんどん動きが荒々しくなって、且つ洗練されていっている様に見えた。

 また、戦闘中グーラの炎雷には変質があった。時折、炎が金色に、雷が青色になる瞬間があるのだ。どういう理屈かは知らないが、色が変わった時のグーラは動きが鋭くなっていた。暴走状態は赤黒かったが、今はスーパーサイヤ人2みたいになっていたのである。

 

「ぬゥンッ!」

「おっと!?」

 

 ガギン! とぶちぬき丸が円盾状の防御魔法を破壊し、すんでのところでニーナさんは大きく身を引いた。

 距離が遠のき、間隙が生まれた。グーラは例のアバンストラッシュの構えを取った。黄金の炎と、青白い雷が彼女の全身を覆う。

 対し、ニーナさんは外連味のあるポーズで迎え撃つ構えを見せた。その顔は満面の笑みである。

 

「オォォォォォォォッ!」

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 次の瞬間、稲妻の様に加速したグーラのアバンストラッシュがニーナさんの腹に直撃し、その胴体を真っ二つにした。赤い水風船が弾けるかの様、かなりグロい。

 が、上半身だけになったニーナさんはすれ違い際にグーラのマントを掴むと、至近距離で魔法を発動した。

 肉も骨も切らせて、相手に王手をかけたのだ。

 

「瞬時発動、“魔力強奪”……!」

 

 ぶわりと、赤紫の光の腕がグーラの身体を撫でる。

 しがみついてきたニーナさんを振り解こうとしたグーラだったが、その魔法を食らった瞬間、全身から力が抜けて倒れてしまった。

 

「試合終了! グーラ!」

 

 俺は真っ二つになったニーナさんを無視して、うつ伏せになっているグーラを抱き起した。

 目を覗き込むと、なんか凄い怠そうな表情になっていた。

 

「グーラ、大丈夫か?」

「は……はい。負けちゃいましたぁ……」

 

 それはいいのだ。俺は展開しっぱなしだったコンソールを見た。グーラのMPはごっそり減っていて、何やら“魔力衰弱”という状態異常を食らっている様だった。

 ルクスリリアとエリーゼは俺の様に動揺する事はなく、ゆったり近づいてきた。

 

「大丈夫ッスよご主人、それただの一時的な魔力欠乏症ッス。一気になくなっちゃったんで、気分が悪くなってるだけッスね。すぐ治るッスよ」

「ふぅん、魔力を奪ったのね。貴女の中にグーラの魔力が在るのが見えるわ……」

「ええ、はい。とはいえ至近距離じゃないと使えないので、それほど使い勝手の良い魔法ではないのですが……」

 

 見ると、下半身を失ったはずのニーナさんは既に脚を生やしていた。ヘソから下が丸見えである。ついでに割れてた眼鏡も修復されていた。

 普段、ローブを着こんでいるから分かり難いが、ニーナさんの脚はライザリン・シュタウトの様な凄い肉付きをしていた。太ももフェチの江藤くんが見たら即勃起しそうな足である。

 

「そうでしたか。失礼しました。エリーゼ、ニーナさんに回復魔法を……」

「いえ、ご心配なく。それより、グーラさんにコーンスープを飲ませてあげて下さい。多少はよくなると思いますので」

 

 言われた通り、椅子に座らせたグーラに水筒のスープを飲ませると、少しずつ顔色を戻していった。

 

「いや~、にしても強いッスねニーナ先輩は。全然相手にならないッスわ」

「いえ、私は幼少の頃からずっと母から指導されていましたので。皆様こそ、その戦闘術はどちらで身に付けたものなのでしょうか? イシグロ様から教導を受けたのですか?」

「アタシはちょっとだけ軍にいたんで。鎌は……我流ッスかね?」

「私も、我流になるのかしら? 少なくともお父様に教わった事は実践していないから。銀竜剣術も、少ししかやっていないし……」

「ボクは習ってはいないんですけど、父の剣術を真似して……」

「そ、そうでしたか……」

 

 引いているニーナさん。しっかりと剣術を習った身からすると、俺達のモーションアシスト戦法は異様に映るのかもしれない。

 それはそれとして、いつまで下半身を露出しているのだろうか。見ると何か言われそうなので、早く防具を付け直してほしい。

 

 そんな感じで、ニーナさんとの戦闘訓練は過ぎていった。

 銀細工でも、ニーナさんはまともな人でよかった。

 

 

 

 

 

 

「本日はありがとうございました。それでは、次の機会があれば気軽にお声かけください」

 

 結局、あの後ニーナさんとはもう一周戦ってもらった。

 魔族特性なのか、ニーナさんが特別なのか、どういう訳だか消耗していくにつれ、彼女の動きはパワフルになっていったのだ。一度も回復を受ける事もなく、というか促しても断っていた。

 

「痛みがあると忘れませんから」

 

 とはニーナさんの談。虎眼流門下生の如き精神性である。俺とは違い、心底お美事メンタルだ。

 しかも、戦ってる最中、彼女は終始常時スマイルだった。所謂バトルジャンキーという奴だろうか。清楚巨乳戦闘狂とは、人気が出そうな属性である。

 

「今日~。アタシ結局一発も当てらんなかったッスわ~」

「私もよ。学びの多い戦いだったわね」

「け、怪我をしても平然としてるの、ルクスリリアもニーナさんも何か怖かったです……」

「グーラも同じ魔族ッスし、そのうち慣れるッスよ~」

 

 帰り道、各々が訓練の感想を述べていた。

 俺にとっても、良い経験だった。決め手の弱さ、絡め手の少なさ。チートでカバーできないところを沢山知れた。

 やっぱ、身内以外との対人戦はやって良かったと思う。今後も続けよう。

 

「あー、そういやー、ご主人?」

「なに?」

 

 などと考えていると、ルクスリリアが声をかけてきた。

 が、彼女は何やら言いづらそうにしていた。割と言いたい事をズバッと言うルクスリリアにしては珍しい。

 

「ニーナ先輩の事なんスけど……」

「うん」

 

 言うと、グーラたちの方を見た。

 それから、肩をすくめた。

 

「やっぱ止めとくッス。言うと混乱させちゃいそうッスし」

「そう? まあ、いいけど」

 

 ルクスリリアはメスガキだが、他人の心の機微には敏い。彼女が言わない方がいいと言うのなら、そうなのだろう。

 それから、他愛のない事を話しつつ、俺たちはスポーティな倦怠感と共に家路につくのであった。

 

 なんか、プール行った後みたいで気分が良い。

 夏だし、市民プールが恋しくなるね。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、西区のとある宿屋。

 荷ほどきの済んでいない荷物が置かれた部屋にて……。

 

「はぁ~! 満足したぁ~!」

 

 息苦しい装備を投げ捨て、豊満な肢体を晒した淫魔がふかふかのベッドにダイブした。ぼふん、と柔らかな寝具の上で柔らかな身体が跳ねた。

 身体的にも精神的にも満たされた一日だった。やっぱ、痛いのは人相手のが上質であると、ニーナは痛感した。

 

「気持ち良かったなぁ~」

 

 思い出すのは、午後の出来事。

 図書館の帰り道、潜る気はなかったが一応掲示板を覗いてみると、そこに見慣れない依頼があったのだ。

 それは件の迷宮狂い氏からの訓練依頼だった。

 

 共同訓練、まったくない訳ではない類の依頼である。

 だが、そういうのは敵対関係にない同盟や一党がお互い信頼できる相手と行うもので、こうして初対面の相手同士でやろうとなる訳がないのである。

 何というか、迷宮狂いさんの狂いっぷりがよく出た依頼だと思った。

 

 が、それはそれ。前々から興味のあったイシグロからの依頼である。ニーナは一も二もなく依頼を受諾すると、さっそく鍛錬場へと向かった。

 結果、想像以上に楽しいお仕事だった。

 

「んっ……♡」

 

 思い出すと、ニーナの身体に甘い痺れが迸った。

 向けられる切っ先。無機質な魔法に、淡々とした暴力。

 イシグロ・リキタカは、異世界基準かなりの美少女であるニーナに、全くもって容赦なく暴力を振るってくれた。

 

 戦場だとそうでもないが、平時でニーナを相手にすると大抵の男は日和った攻撃しかしてこない。模擬戦において、人間の感覚と魔族の感覚は違うのだ。

 例え生粋のSを自称する者であっても、そこには無意識に手加減や遠慮というものが発生するのだ。盛り上がるとしっかりしてくれるが、意識しないとフルスロットルになってくれないのである。

 だが、イシグロは違った。

 

「私は魔族なので、どこを斬られても大丈夫です。全力で来てください」

「はい、わかりました」

 

 ホントにその通りだった。

 迫る剣は常時急所狙い。パンチキックも加減なし。半ば無理やり腹を突き刺された時など、一瞬意識が飛びかけるほど気持ち良かった。

 

「はぁ……はぁ……♡ うっ……♡」

 

 なにより良かったのは、最後にされたメイスでの連続殴打だった。

 動けないよう剣で固定された上、ダメ押しに魔法で拘束され、清浄の炎が灯るメイスで何度も何度も殴られたのだ。彼の奴隷が止めなければ、本当に死んでしまっていたかもしれない。気持ち良すぎて「参った」が言えなかった。

 そして、血だまりに沈むニーナに、イシグロは言ったのだ。

 

 ――ありがとうございました。お陰で良い経験になりました。

 

 爽やかな笑顔だった。自分の成長を知れて喜ぶ、若いエネルギーに満ちた健やかな表情だった。

 ぐちゃぐちゃになった自分を見下ろす視線に、ニーナという個人は映っていなかったのである。

 

「ふぅ……♡ あぁ、良いなぁルクスリリアちゃん達……」

 

 その後も、淫魔の自分に目もくれず、イシグロは所有奴隷に夢中だった。思い切って下半身を露出してみても、イシグロの黒剣は鞘に入ったままだった。

 ちんちくりんの淫魔。ちんまい竜族。細っこい獣系魔族。言っちゃアレだが、誰も相手にしないような女たちである。

 そんな彼女達に、淫魔剣聖の娘が、銀細工の剣士が、むちむちデカケツ激マブ淫魔の“風舞”のニーナが、女として完全敗北したのである。

 

「くぅ~♡ 悔しい♡ 悔しい♡ でも気持ちいい♡」

 

 びくんびくん。

 

 だが、それでいい。むしろそれが良い。

 ニーナは戦士として敗れ、女としても敗れた。故に、身体的にも精神的にも大満足だった。

 寝た訳でもないのに、寝取られた気分である。ニーナ視点、新しい快感だった。

 

「……も、もう一回♡」

 

 その夜、ニーナは一睡もできなかった。

 敗北無様自慰は、最高に気持ち良かったのである。

 しばらくの間、おかずに困る事はなさそうだ。

 

 めでたしめでたし。




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ロリと緑の砦

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続ける事ができます。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 これも頂けるとシンプル嬉しいです。特にキャラが嬉しいですね。アイデアに繋がります。


 199X年、迷宮は竜の炎に包まれた!

 あらゆるダンジョンエネミーは絶滅したかに見えた!

 しかし、魔物は死に絶えてはいなかった!

 

「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁーッ!」

「きひっひっひっ! 水魔法ッスー!」

「はい! どこからでもどうぞ! はぁッ!」

 

 燃え上がる大樹。炎に撒かれて出てきた魔物に、三人の冒険者が襲い掛かる。

 その上空には、四方八方に炎版内閣総辞職ビームを撃ちまくる銀髪ロリ。

 木々が爆ぜ、熱風が吹き荒び、黒い煙が迷宮を覆う。まるで森が悲鳴を上げている様だ。事実、そうである。

 

「くっ、一体取り逃したわ……!」

「グーラ!」

「はい! オォォォォッ!」

 

 見渡す限り、木木木……。

 この迷宮は、森自体がダンジョンボスなのだ。

 なら、燃やすよねって話。

 

 

 

 戒森迷宮。

 その名の通り。屋外型の森林ダンジョンだ。迷宮ランクは上位で、ボスが強いというより道中がキツい系である。天気は常時晴れの昼。気温は体感30度以上。鬱蒼とした緑からは、生臭い自然の匂いが漂っていた。

 特徴は何といってもダンジョンである森自体がボスであるという点。森というかジャングルといった風のこの迷宮は、生えている木の一本一本、草花の一つ一つ、岩や川に至るまでフィールドを形成するほぼ全てがボスの身体なのだ。実際、俺の視界には現在進行形で微減し続けているHPバーが見えている。

 

 森がボスという事は、動いて迫って攻撃してくるという事だ。根っこはしなって襲ってくるし、葉っぱはカッターになって降ってくる。岩は触ると爆発するし、綺麗な川は全部毒。爆発花粉に毒の蜜、綺麗な薔薇にはトゲがある。

 そこに追加でボスとは無関係のザコエネミーがどっさり。木系草系を中心に、獣型鳥型いろんな見た目の魔物がいっぱい。中には下位迷宮の主なんかもいたりする。

 根や葉は厄介なだけで弱いのだが、ここのザコは強いザコだ。しかも連携してくる。そういうトコが普通のギミックと違う。

 

 踏破するには、森中心にある核を壊すしかない。ボスの弱点兼本体はジャングル奥地にある何か気になる木であり、名前は知ってる“過殖成樹”。

 そいつは近づくと急速成長して襲い掛かってきて、まぁまぁ強いらしい。デカくて重くて頑丈なのだ。シンプルめんどい。

 

 さて、俺たちはそんなダンジョンを……。

 

「よし、焼き払え!」

「了解。燃えろ(・・・)……!」

 

 エリーゼの魔法で焼いた。

 ボスもザコも、皆そろって炎弱点なのが悪い。炎上の影響など、装備とポーションで如何様にもできる。千空が見たら卒倒しそうだ。

 凄い炎だ、気分は織田信長である。

 

 空中に飛んだエリーゼによる、高度からのゴジラ砲&クソデカファイヤーボール&大佐指パッチン&分裂炎ミサイル&ムジュラ月めいて落ちて来る太陽&ほのおのうず。魔力無限の銀竜は、それらを状況に合わせてポンポン連発していた。

 遠くで大爆発。クソデカ火の玉が落ちたのだ。熱風に煽られ、銀の髪が舞い上がる。まさに邪竜。まさに自然の破壊者。完全にヴィランの所業である。環境破壊は気持ちいいゾイとでも言いたげに、その口の端は歪んでいた。竜族ってそういうトコあるよね。

 

「魔力過剰充填……“雷射”」

「よいッス!」

 

 当然、森の破壊者を森さんが許す訳もなく、空を飛べるエネミーは主犯であるエリーゼに殺到してきた。

 そういう奴は対策済みだ。エリーゼ目掛け飛んでくる飛行エネミーを、俺は下から弓で射落とし、ルクスリリアはラザニアと一緒に迎撃していた。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 燃え盛る森の中、地上では炎無効のグーラが好き放題暴れていた。時折、そこに俺も加勢する。

 それから、今回は特別ゲストがいるのだ。エリーゼとゲスト、どっちも守らないといけないのが頭目の辛いところである。

 

「へっへっへっ! いやぁ~! たまんねぇなぁオイ! 長生きはするもんだ!」

「ええ、実に見ごたえがあります」

 

 全身耐火装備の武器工匠・ドワルフと、同じくフルアーマーの鍛冶屋・インヴァさんだ。

 二人は自前の全身鎧を身に着け、大きな盾と小さなハンマーで武装していた。

 完全にお荷物だが、契約の都合だ。戦闘には参加させず、防衛対象にはじっと引きこもってもらっていた。「迷宮への恐怖は忘れちゃいませんぜ」とはドワルフの言葉。それはそれとして、見たいものは見たいらしい。

 

 

 

◆烈火の宝杖◆

 

・補助効果1=自動修復

・補助効果2=魔法装填(業火熱線)

・補助効果3=魔法装填(追尾する炎の三連球)

・補助効果4=魔法装填(砕け得ぬ爆焔大球)

・補助効果5=魔法装填(爆発する炎の飛沫)

・補助効果6=魔法装填(偽太陽)

・補助効果7=魔法装填(火炎竜巻)

・補助効果8=魔法装填(火煽扇)

・補助効果9=魔法装填(聖光の極大治癒)

 

 

 

 今回、エリーゼが持っている武器は、前の銀王笏とは別の杖である。

 先端に真っ赤な宝石がある、如何にもな杖だ。例によって装填特化。中には炎属性の魔法が装填されており、現在進行形で森を焼き払っていた。

 これをお得に買うにあたって、ドワルフ達を同行させているのである。

 

「お二人とも、大丈夫ですか?」

「へへっ、大丈夫も何も、あっしぁ何もしてませんぜ」

「ご安心ください、これでも鉄札を持っております。邪魔だけは致しません」

 

 あの宝杖は、ドワルフとインヴァさんが悪ノリで作った炎特化杖だ。出来上がった後、一回迷宮連れてってくれたら金貨一枚で売ってくれるよというので、契約したのである。

 ドワルフ曰く、冒険者の武器というものの多くは、潜ると決めた迷宮にアジャストした特化武器であるらしい。汎用性重視の俺だが、炎なり何なりの属性特化武器が欲しくなかった訳ではない。

 いい杖ではある、と思うが……ちと火力に寄り過ぎてないか? あの、小回りが……。

 

「それより、オヤブンが来ましたぜ旦那ぁ!」

「アレが成樹ですか。大きいですねぇ……」

「ですね。下がってて下さい」

 

 燃え盛る森の奥、見上げる程の大樹が、もはや火の海と化した台地を行進してきた。のっしのっしと黒煙の奥から歩いてくる様は、さながら巨大特撮怪獣の様。

 そんな木に、エリーゼの炎魔法が殺到する。モンスターらしく、野太い悲鳴を上げる大樹くん。反撃に葉が変化したザコエネミーを飛ばしてくるも、俺とルクスリリアが処理していき、大規模技は攻撃を止めたエリーゼが飛行とバリアで凌ぎ切る。その隙間に、再びの炎。

 完全にワンサイドゲームであった。

 

 それから、どれくらい戦っただろうか。

 何の良いトコもなく、大きな木はどっしんと倒れて粒子に還った。

 なんかごめん。

 

「こんなものよ……」

「さ、流石竜族ですね……」

「ほとんどエリーゼが倒しちゃったッス!」

 

 この迷宮は、破壊した自然に応じてボスの強さが変わる。

 当然、可能な限りの環境破壊をしてきたので、今回のボス本体はかなり弱っていた。

 

 ヌルゲーザコダンジョンな感じはあるが、森は普通ここまで燃えない。ボスが回復するのと同様に、森は燃えても回復するのだ。火炎放射程度なら、余裕でレジストされる。

 だが、エリーゼほどの火力ならどうだろうか。高位魔術師が一日に一回しか撃てないような大技を、運動会の玉入れ感覚で連発できるのが彼女だ。ドッカンドッカンやってたら、再生が追い付かないくらい燃やせるのである。

 出て来る雑魚も魔法の余波で弱ってるし、そいつらは炎無効のグーラが蹴散らす。空のエリーゼはルクスリリアが護衛。俺は弓なり魔法なりで陸空の援護。

 開発者の意図しない攻略法でクリアした気分である。なんか複雑、複雑だが……。

 

「ふぅ、楽しかったわね……」

「ッスね! こうも燃えると派手で良いッス!」

「そ、そうでしょうか……? でも、エリーゼはホントに凄いと思います……!」

「ええ、お見事です。職人冥利に尽きます」

「へっへっへっ、良いモン見せてもらえましたぜ」

 

 まあ、スッキリはした。

 不謹慎というか罰当たりというか背徳感みたいなのはあるが、こうも破壊された跡を見ると逆にスッキリする。

 現代日本で違法な事でも、異世界迷宮だと合法なのである。

 

「おっ……」

 

 ドロップアイテムをしまい、コンソールを見る。

 するとそこには、エリーゼがジョブチェンジ可能な状態であるとの情報。

 

 どうやら、中位職の竜戦士長から、上位職の“竜将”と“ドラゴンロード”になれるようだ。

 竜将はこのままの進化。ドラゴンロードは戦士長よりバフデバフに偏るって感じか。どっちもステはバランス成長。

 まあ、どっちに行くかは後で決めるとして……。

 

 ルクスリリア、淫魔姫騎士。上位職。

 エリーゼ、そろそろ上位職。

 グーラ、ソードマスター。中位職。

 

 なかなか強くなったと思う。

 そろそろ、考えていた事を実行してもいいかもしれない。

 

 対策はしたのだ。

 いつまでも、今のままじゃいられない。

 

 

 

 

 

 

「武器持った?」

「持ったッスよ」

「警笛魔道具は?」

「あるわ」

「集合場所は?」

「転移神殿、ですよね?」

「もういいかしら……?」

「あ、財布! 財布持った?」

「も~。あるッスよ、ほら」

 

 宿屋前、俺は三人と相対して最終確認をしていた。

 現在、俺たちは防具を装備しており、各々護身用の武器を携帯していた。ルクスリリアは細剣。エリーゼは木杖。グーラは短剣だ。武器の他にも、財布やハンカチや防犯グッズも持たせている。

 それというのも、今から別行動をする為である。

 

「いい? 銀細工には近づかない。ヤバそうな人は避ける。知らない人にはついてっちゃダメ。いざとなったら攻撃していい、覚えてるか?」

「これ、いつまでやるつもり……?」

 

 が、ここにきて俺はロリ限定の心配性を発動してしまった。

 心配のし過ぎだ。分かってはいる、分かってはいるが、それはそれとして、心配なのだ。

 避けては通れない、必要な事なのだ。何度決意したつもりでも、いざ前にすると腹が決まらない。

 

「あの……でしたら、ボクは宿屋に残った方が……」

「それよりは皆といてほしいかな」

「はあ」

 

 確かに、別行動中の安全だけを考えるなら、彼女等には宿屋でじっとしてもらった方がいいのだろう。

 だが、エリーゼの過去を聞かされた身としては、そういった事は避けるべきだと思うし、そうでなくてもしたくない。エリーゼの言う通り宝であっても、物ではないのだ。

 前までは普通に屋台で買い物とかしてもらっていたのだが、グーラの件やストーカー被害を受けた事で、俺の過保護スイッチは入りやすくなってしまったのである。

 

 王都は治安の良い街……らしい。

 個人規模の喧嘩こそあれ、よほどの事でもない限りエグめの犯罪に巻き込まれる事はない。それは、三ヵ月一人で過ごしていたから分かる。

 

 例の対人訓練の実施から約一ヵ月、ルクスリリア達は既にニーナさんから「皆さん、既に並の銀細工を超えていますよ」とのお墨付きをもらっている。三人がかりなら、余裕をもって“剛剣鬼”のラフィにも勝てるだろう。それも分かっている。

 迷宮鍛錬鍛錬迷宮鍛錬……。こっちの就労感覚は分からないが、いい加減で自由な休息は必要だろう。それを、今こそ提供できる。強くなったから、できるのだ。

 

 俺視点、異世界生活は毎日が休日の様なものである。

 命賭けのダンジョンアタックも、鍛錬場でのトレーニングも、西区の散策も、どれも疲れるが楽しいのだ。ほとんど遊びの延長である。

 が、現地人からしたらどうだろう。俺の感覚で仕事をさせるのは、かなりの苦行なのではないだろうか。そも、夜の運動会は無休なのだ。普通におかしい。

 

「はいはいはい、じゃあもう行くッスよ。適当なトコで神殿前にいるッスから。ご主人もごゆっくり~」

「あ、ああ……」

 

 過保護になる俺に対し、サバサバしたルクスリリアは二人を連れて去って行った。

 

「ええ。心配いらないわ、この杖があるもの」

「い、いざとなったらボクが前に出るので……」

 

 三人が遠ざかる。俺はどんどん意気消沈していった。とても寂しい。

 寂しいが、我慢だ。慣れねばならない。そもそも、前はソロだったし、日本では一人暮らしをしていただろう。

 

 休息日を設けると宣言した時、喜んだのはルクスリリアだけで、エリーゼとグーラはピンと来ていなかった。

 曰く、エリーゼはずっと父に従っていたので休みと労働の感覚が理解できず、グーラは休みの日という感覚が理解できなかったという。

 そんな彼女たちに、ルクスリリアは休息日の何たるかを叩き込むのだと言って張り切っていた。とても頼もしい。

 

 やれるだけの事はやった。ステータスも、装備も、準備も、俺にはこれ以上どうしようもない。

 しっかり満喫できるよう小遣いも渡したし、身分上行けない場所以外は自由に行動できるはずだ。

 前にルクスリリアが言っていた。奴隷証は役に立つと。自信はないが、あとは銀の威光に頼るしかないか……。

 

「行くか……」

 

 

 ルクスリリアとは反対方向に歩く。俺も俺で、用事を済ませよう。

 騒がしい人の話し声が、風と一緒に通り過ぎていくような気がした。

 

 夢にまで見た異世界を歩く。

 

 王都の街並みは、なかなかにカラフルだ。

 屋根は勿論、コンクリっぽい建物の壁には赤や青といった塗料が塗られていて美しい。広い通りには、建物と建物の間のロープに店舗の宣伝旗みたいなのがヒラヒラしている。

 少し外れたところに行くと、歩道の邪魔にならない程度に街路樹が植えられていた。橋の下、水路に流れる水も綺麗だ。こういう水路は凄い汚いイメージがあるのだが、流石の異世界ファンタジーぶりだと思う。

 広場には過去の英雄を象ったと思しき大きな銅像があり、その周りでは待ち合わせをしていたらしいカップルが「お待たせ、待った?」みたいな事をやっていた。前にあの銅像を見た時、グーラが興奮していた。拳聖イライジャ像である。

 

 右を見ても左を見てもファンタジー。異世界と言わずとも、異国情緒のある綺麗な街である。

 食べ物、建築物、多種多様な人の往来。どれひとつとっても観光資源になりそうだ。

 

 転移直後は、結構感動していたように思う。

 街往く異世界人に、店で売られてる魔道具に、王都の美しさに。

 だが、今の俺はそれらに感動する事はできなかった。

 

 理由は分かる。見慣れたとか、飽きたとかじゃない。

 単に、隣にルクスリリア達がいないから、楽しくないのだ。

 

 旅行は何処に行くかより、誰と行くか。そんな感じだろうか。

 ある意味、依存してしまっているのかもしれない。俺はもう、彼女達だけが生きがいになってるのだ。

 

 けど、いつか。

 解放すべきだろう。

 その為に、色々とやっているのだから。

 

「はあ……」

 

 ため息が出た。

 それから、努めて気分を切り替えた。

 

 深い事は考えない。悪い妄想はしない。

 もし、そうなったらそうなったで、その時は思いっきり泣こう。抜け殻みたいになるかもしれないが、その時はその時だ。

 

 とにかく、俺は俺の課題をクリアしていこう。

 今日のところは、前からやろうと思ってた事だ。

 義務でも課題でも何でもないが、まぁ少しくらいならと思える行い。

 

「あそこが止まり木協会か」

 

 孤児院への寄付だ。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ルクスリリア達は……。

 

「はあ~、ご主人、大丈夫ッスかねぇ~」

 

 クソデカ淫魔氷菓(サキュバスアイス)を食べながら、ルクスリリアは空を仰いで呟いた。

 好物を食べている最中だというのにも関わらず、その表情は物憂げだった。

 

 最近、王都では空前の淫魔氷菓ブームが起きており、資金のある店は競うようにフレーバーを増やしてガンガン業績を上げているのだ。彼女達が今食べているのは、屋台ではなく専門店で買った淫魔氷菓である。

 来店時、ルクスリリアの奴隷証を見た店員はめちゃくちゃ態度が悪かった。が、証に書かれている主人の名前を見た瞬間に揉み手をして接客してきた。そういうのを、ルクスリリアは割と楽しんでいた。

 

 無論の事、いくらファンタジーとはいえ色々な事情で甘味は高級品だ。ピンからキリまであるが、今彼女たちが食べているのは異世界基準でアホほど甘い最上級グレードの淫魔氷菓である。奴隷が、というか並の王都民が気軽に食べられる菓子ではない。イシグロ氏、小遣いと言いつつ普通に豪遊できるくらい渡していた。

 ちなみに、ルクスリリアが頼んだのはシンプルイズベストの淫魔ミルク味である。

 

「なによ、ルクスリリアまで過保護?」

「ご主人様なら、何も問題ないと思いますが……」

 

 珍しいルクスリリアの様子に、二人はそれぞれ違う言葉を返した。

 ちなみに、エリーゼは青白い見た目の森人薬草(エルフハーブ)味――ミントアイスに近似――で、グーラは各種果実を混ぜに混ぜたフルーツミックス味だ。

 

「いや、そっちの心配はしてねぇッスよ。ただ……」

「ただ……?」

 

 エリーゼが促すと、ルクスリリアは匙ですくった氷菓を一口食べて、ため息混じりに云った。

 

「ご主人、アタシ等いないと元気無くしちゃう気がするんスよね~」

 

 当たりである。

 今現在、“剛剣鬼”と“風舞”を下した異世界基準相当な強者であるはずのイシグロは、ハイライトのない瞳で歩いていた。それを見た西区民は「やべ! 迷宮狂いが狂ってる!」とビビッていた。

 そんなルクスリリアの予想に、二人はこれまたきょとんと首をかしげた。

 

「そうかしら? 彼は銀細工を持っているのよ? それに、貴女を買う前は単独だったのだし、独りには慣れているんじゃない?」

「はい、ボクもそう思います。ボクの父さんよりもご主人様の方が強いでしょうし」

「そうじゃないんスよねぇ、そうじゃあ……」

 

 ある意味、感覚の違いであった。

 強い種族として生まれ、けれども弱い存在として生きてきた二人にとって、イシグロという男は完全無欠の超強者に見えているのだ。そんなイシグロが、一人でやっていけないとは思えないのである。事実、やっていけない訳でもない。

 だが、それはそれなのだ。何気に、童貞卒業の際にイシグロが涙を流していたのを見ているので、ルクスリリアはイシグロがそんなに強靭な精神をしていない事を理解している。

 なお、狂人な事は皆が把握していた。

 

「まっ、寂しがってるだろうし、今日は甘やかしてあげるッスかね♡」

「そういえば、あの時は随分喜んでいたわよね……」

「はい、とても安らかなお顔をされていました」

 

 エリーゼとグーラが言っているのは、例のストーカーリンチ事件の夜の事である。

 痴情の縺れにビビッたイシグロが皆に良い子良い子してもらった時の事であった。

 イシグロは随分と喜んでいた……と微笑ましげに回想するエリーゼだったが、この中で最もノリノリでプレイを楽しんでいたのはエリーゼであった。

 当時、ルクスリリアは喜んでママをやってたエリーゼを見て「こいつ将来子煩悩になりそうッスね……」と考えていた。

 

「多分、今晩はそうなるッスよ~」

 

 まあ、そういうのも嫌いじゃないのだ。予行演習にもなる、多分。皆、その気なのだ。

 実際、ルクスリリアは何時でも可能な状態をキープしている。何気にこの淫魔も将来の事を考えているのであった。

 

「じゃ、次は前行った古書店ッスね。できれば早めに終わらせてほしいッスけど」

「せっかくだし、貴女も読んでみるといいわ」

「ほ、本当に買ってもよろしいのでしょうか……? いくら何でも、勝手過ぎじゃあ……?」

 

 そんなこんな。

 

 淫魔氷菓を食べ終えると、三人の奴隷は意気揚々と街の散策に戻るのであった。

 キラリと、それぞれの奴隷証が光を反射した。手入れは欠かしていないのである。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
 作者のやる気に繋がります。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551



 こっちも投げてくれると喜びます。



 アンケ三回目。一回目と二回目を混ぜました。
 あくまで参考です。これでヒロイン確定とかじゃないです。一位が報われるとかそんなん全然ないです。
 あくまでも参考ですのでご了承ください。


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いこうぜ、ろりこんストリート

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 アイデアに繋がってますし、やる気にもつながっています。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 選択肢が増えても狐は人気なんですね。把握しました。
 とはいえ、何をどうするかは作者が決定します。あくまでも調査なので悪しからず。

 今回、以前登場したキャラクターが出てきます。
 アリエルです。金細工で、王子たちと会議してたエルフです。
 よろしくお願いします。


 止まり木協会とは、王都に存在する孤児院的な組織だ。

 主な活動は、孤児や捨て子の保護。保護した子供の労働訓練と援助。それから貧困層の子供への食料提供などなど。

 俺のイメージと違い、宗教的なアレやコレやは関係ないらしい。何とは言わんが、教えを広めたりはしていないようだ。

 

 協会の本部は王都中央区にあり、支部が各区にひとつずつ。その他大中小の関連施設がいくつもある。

 それらは密に連携し、高度に組織化された体制を維持している様だ。

 

 協会の創設者は、金細工持ち冒険者である上森人のアリエルという女性だ。今なお存命であり、生ける抑止力となっている様だ。実際、アリエル女史の弱みを握る為、協会に手を出した人は王家公認で苛烈な報復を受けるとの噂。

 協会の運営費は彼女のポケットマネーの他、王家からの援助に加え、彼女が盟主を務める同盟や、善意の寄付により賄われている。

 

 そう、寄付だ。

 

 止まり木協会の理念は、子供の救済。

 ちょっとノイズは入ってくるが、長い目で見るとロリ美少女の救済といえるかもしれない。

 なら、まぁ寄付していいかと思える。

 

 俺はロリコンだが、何もこの世全ての子供を救おうなんざ考えていない。

 俺はショタには全く興味がない。TSしてから出直してほしい。ロリであっても美少女じゃないなら、ガチで何とかしようとは思わない。

 性癖を拡大解釈し、ロリ美少女のいるこの世界の為に頑張ろうとか、全財産を寄付に使おうとか、人生賭けて奉仕活動するとか、全く全然これっぽっちも考えない。普通に嫌である。

 

 けど、寄付くらいならしてもいい。

 そこまで多額のつもりはないけど……。

 そんな感じである。

 

 

 

 王都西区、繁華街から離れたエリア。

 大通りから外れた住宅街の真ん中に、なんかソレっぽい建物があった。

 高い塀に大きな門。建物はグレーの石造りで、美しさより頑丈さを感じるデザインだ。屋根の上には、歪んだT字の止まり木マークの彫刻看板があった。

 

 入口に向かって歩く。塀の向こうから沢山の人の話し声が聞こえてきた。門の方に行くと、何やら子供を連れた大人が往来しているのが見えた。

 門を通る彼らの身なりは、何というか普通だった。転移神殿近くで見る高級感もないし、繁華街で見かけるような派手さもない。地味な色合いの服を着た、普通の人たちだった。

 何かのイベントだろうかと覗いてみると、どうやら協会の庭で炊き出しをしている様だった。

 

 競馬場の様な芝が敷かれた庭では、簡易な天幕の下で複数人の子供が料理をしていて、出来上がったものを列に並んだ子供たちに手渡ししていた。

 彼らが作っているのは、何か大きな団子の様なものだった。葉で挟んだ団子を受け取った子供とその親らしき大人はお礼を言うと、少し離れたところで食べはじめた。

 他にも同じようにしているグループがあり、子供たちは子供同士で集まって団子を食べ、その間大人たちは同じく集まって話をしていた。また、大人たちに混じって協会マークの服を着た男性もいる。彼の腰にはメイスがあった。

 

 うん、如何にもな善行である。

 だいたい分かる。天幕にいる子供は保護されてる協会の子で、止まり木マークの彼は協会を守ってる人なんだろう。

 武装は王都の治安を考えて妥当だ。怪しいのがいたら、あの人が対処するのだろう。

 

 皆、朗らかに笑っている。実に平和な光景だ。賑々しい王都西区にあって、こんな柔らかな笑顔が溢れる場所があるなんて驚きである。

 寄付が目的とはいえ、あんな所に全身革鎧の俺が入っていいものだろうか。門を潜った瞬間、カチコミと判断されてしまいそうだ。

 逡巡した結果、俺は一旦退避する事にした。流石に防具はいかんか。

 

 少し戻って公衆トイレ――少し金を払う――に行き、奥の方にある大用個室に入った。

 靴を履き替えてから、コンソールを操作し装備を外す。裸ネクタイならぬ裸銀細工だ。着替えの邪魔なので、銀細工も一旦外そう。

 アイテムボックスに手を突っ込み、異世界におけるスーツポジションの服を取り出し着衣する。これは奴隷商館に着ていく奴ではなく、もう少しカジュアルな奴だ。

 

 それから、今度は努めて堂々と門を潜った。これなら即攻撃なんてされまい。

 話を通す為、関係者を探す。けど、さっきまでいたはずのメイスの彼は見当たらない。天幕では今も子供たちが団子を作っていて、列に並んだ子供がお礼を言って受け取っている。俺はどうすればいいのだ。

 と、思っていると……。

 

「なぁ頼むよ! オレぁ昨日から何も食ってねぇんだ! 恵んでくれよ!」

 

 奥の天幕の方で、何やら料理係の子供に詰め寄る男性がいた。

 男は身なりこそ薄汚れていたが、背が高くガタイが良かった。対する子供はケモミミのショタだった。その耳は垂れ、尻尾がしなびている。自分よりも大きい男に怯えているのだ。

 

「え、えっと……これは、協会のモノなので……知らない人にはあげちゃダメって……」

「まだまだあるじゃねぇか! それに全部よこせなんて言ってないだろ? な? 頼むぜ!」

 

 最初は弱々しい声音を出していた男だったが、ビビるショタに気を大きくしたか徐々に態度をデカくしていった。

 それから男はチラチラと周囲を見ると、作りかけの団子を強引に奪って行った。

 

「あ……!」

 

 という間に、男は駆け出した。割と元気である。

 炊き出し泥棒? どう言えばいいのか分からないが、子供用の炊き出しを奪った男が、門の近くにいる俺に近づいてくる。

 視線が合う。男は目を丸くし、すると猛然と突進してきた。何でだよ。

 

「退けぇ!」

「おう……?」

 

 見た感じ、相手は一般人だ。走ってくる速さも地球人と大差がない。脅威ではない。例えこのまま悪質タックルを食らっても、頑強ステータスの関係で俺ではなく相手がひっくり返る事となる。

 一応、今の俺は非武装だが、武闘家中位職の“ストライカー”にしてある。この程度なら、迎撃は容易だ。回し蹴りをしてもいいし、サッと避けて足を引っかけてもいい。

 できる、できるが……どうなんだろう。

 

 此処は止まり木協会の私有地、そんな場所で何の関係も無い銀細工冒険者が、悪漢とはいえ暴力を行使していいものだろうか。

 しかし、ここは異世界だ。関係はなくとも、可能であるにも関わらず悪漢を見逃すのは非常識のクズ野郎と見なされるかもしれない。勇を失ったなと追い出されるとか、そういう可能性はないか?

 

 そうこうしている間にも、炊き出し泥棒が近づいてくる。異世界基準で俺をヒョロ男と見てか、避ける素振りが一切ない。

 事態に気づいた大人や、子供たちが見ている。子供の中にロリ美少女はいない。

 さて、どうするのが丸いか。

 

 そこで問題だ。このような状況、どう対処するのが正解か?

 三択一、ひとつだけ選びなさい。

 

 答え1、ロリコンのイシグロは突如激昂して悪漢をぶちのめす。悪人に人権はない。

 答え2、足をひっかけて速やかに制圧。クール・クーラー・クーレスト。

 答え3、無関係なので見逃す。普通に回避。現実は非情である。

 

 とか脳内でポルナレフしちゃうあたり、割と余裕であった。動体視力も異世界ナイズドされてる身としては、炊き出し泥棒の動きはあまりにもスローリーだ。どうにでもできる。

 改めて、周囲の反応を見た。ビックリして尻もちをついた料理役のショタ。呆気に取られてるファミリー。おっとり刀で駆け付けた協会の人。それと、屋根の上に金髪の女性。

 

 ……ん? 屋根の上に、金髪の女性?

 

 瞬間、チート由来ではない危機察知が働き、俺の生存本能をプッシュした。

 視覚アシストも、危機察知も、軌道予測も問題ないと言っている。が、半年に及ぶ冒険者としての勘が今すぐ退けと緊急事態を知らせてきた。

 

 反射的に、集中力が最大化した。時間感覚が延長され、周囲の景色が鈍化して見える。

 そんな世界の中で、なおも高速の動きをする者がいた。金髪の女性……エルフだ。

 彼女はアイテムボックスに手を突っ込み、取り出した矢を手首のスナップだけで投擲した。狙いは、炊き出し泥棒だ。

 寸前に、俺は僅かに動いて射線を外れた。それくらいしか動けなかった。

 

 すとん、と。

 

 時間感覚が戻る。男の膝裏に投げ矢が刺さると、泥棒は俺の目の前で派手に転倒した。

 そして、遠い屋根上の森人が絶死の魔法を詠唱した。

 

「範囲制限……“浄花散華”」

「待っ――」

 

 刹那、炊き出し泥棒は花と成って散った。

 文字通り、散ったのだ。

 その一部始終を、俺はしっかりと見ていた。

 

 ほんの一瞬だった。

 膝裏に刺さった矢が緑色に光り、魔力が男の身体全体に浸食。すると身体の中心から徐々に植物の茎が生えて全身を覆い、次の瞬間には身体の至るところに蕾が出てきて開花した。

 そして、全ての花が開ききった時、男は花弁を残して消滅したのである。

 

 流血はなかった。グロテスクな感じもなかった。それから、悪漢に対する慈悲も容赦も感じなかった。

 何気に、異世界で初めて人が死ぬのを見た。グーラが殺った死体は見たが、あれは跡だ。グロかったが、それだけだ。

 死というより消滅。炊き出し泥棒は、死体さえ残さず存在を抹消された。

 

 控えめな桜吹雪の様に、花びらが舞い上がる。甘い花の匂いが俺の鼻孔を擽った。

 すると、俺の動揺が沈静化したのが分かった。状態異常を回復されたのだと、俺の中の冒険者部分が冷静に分析した。

 一部始終を見ていなければ、メルヘンで綺麗な魔法だと感心したかもしれない。それくらい鮮やかな妙技だった。

 

 そう、妙技だったのだ。

 俺は消えた男よりも、それを放った森人女性の方に意識をやった。

 冷静になれた現状、見知らぬ男の死など、どうでもいい。動揺はしたが継続するショックはない。それよりも、強者の存在のが重要だ。

 

「此処は止まり木協会だ。王家の法が在るとでも思ったか……」

 

 澄んだ声だった。屋根から飛び降りたエルフは、音もなく着地して云った。ヒラリと、ドレスの様なローブが翻った。

 森人女性は尻もちついたショタを助け起こすと、何事か言って作業に戻らせた。協会の人が女性に頭を下げ、女性は鷹揚に応えていた。周囲の人たちも流石の王都メンタルで、すぐに話し声が再開した。その声音には、隠し切れていない森人女性への尊敬が感じられた。

 

「流石アリエル様だ……」

 

 陶然とした声で、誰かがそう言った。

 アリエル、アリエル? とは、止まり木協会の創設者の名前ではなかったか。金細工持ちで、2000歳超えで、現冒険者で遠隔最強という、上森人の……。

 と思っていると、件のアリエル様が近づいてきた。

 

「君もすまないね。目の前で惨いものを見せてしまった。謝罪しよう」

「いえ、滅相も無いです」

 

 やがて目の前まで来た彼女は、初対面の俺に保護者の様な眼を向けてきた。

 その瞳は翡翠色で、髪は透明感のある金。白雪の様な肌には、慈悲深そうな笑みが浮かんでいた。

 その胸元には、煌めく金細工が下げられていた。

 

「見たところ、炊き出しを貰いに来た訳ではあるまい? 用件があるなら、中で話を聞こう」

 

 多分だが、好みは置いておいて、アリエルさんは今まで俺が見てきた女性の中で一番の美人なんだと思う。

 なんというか、綺麗過ぎて現実感がない。よく言うと神秘的で、悪く言うと作り物めいている。小さい頃は、さぞ可愛かっただろう顔立ちだ。

 

「おっと、名乗り忘れたな。私はアリエルだ。この国からは“翡翠魔弓”という二つ名を授かっている。ここの創設者だよ」

 

 おっと、その前に挨拶である。

 俺はエリーゼ先生のマナー教室で教えてもらった、対エルフ用挨拶の構えを取った。

 

「丁寧なご挨拶、痛み入ります。お初にお目にかかります」

 

 腰を引き、右手を前に、左手を後ろに。矢も短剣も抜けない無防備な姿勢を取る。

 相手の目を見ながら、けれど睨みつけないよう意識する。

 少し違うが、まるで任侠映画の極道の挨拶みたいなポーズである。

 

「アリエル様におかれましては聞きしに勝る技の冴え、誠に鮮やかでございました」

「ん……?」

 

 パターンBだ。目上の人に先に挨拶された場合は、名乗る前に相手を褒める。

 それから、自分の氏素性を伝えるのだ。

 

「縁持ちましてラリス王国は、王都アレクシスト、西区にて迷宮探索を生業としています。同じく西区に住まいを構えます。私、姓はイシグロ、名はリキタカでございます。身も心も粗忽者故、以後ざっくばらんにお頼み申します」

 

 最後に、膝を追って頭を下げる。これは格下が格上にやる動作だ。今回はこれでいい……はずだ。

 多分成功である。俺はエリーゼ先生の熱血指導の成果を発揮できたと思う。

 

「なっ、イシグロ……?」

 

 視線は下げたままなので、今相手がどんな反応をしてるのか分からない。

 

「……とりあえず、頭を上げてくれ」

 

 許しが出たので、目線を戻す。けど姿勢は変えない。これも許しが出ないと解除してはいけないのだ。

 

「姿勢も戻してくれ」

 

 許しが出たので、直立した。

 目の前には、柳眉を下げた美女エルフさんがいた。

 

「イシグロ・リキタカ殿か。すまないが、冒険者証を確認させてもらっても構わないか?」

「……あれ?」

 

 してると思っていたが、俺の首には銀細工がなかった。そういえば、トイレで外したっきり付けるのを忘れていたようだ。

 俺は慌ててアイテムボックスから銀細工を取り出すと、急いで首に通した。

 

「これは失礼しました」

「いや、まぁ構わないが……」

 

 それから、アリエルさんは関心半分呆れ半分といった声音で云った。

 

「イシグロ殿は、その……ずいぶんと森人文化に詳しいのだな」

 

 なんか、間違えた気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

「そういやー、ご主人は止まり木協会ってのに行くんスよね? なんか失礼な事してなきゃいいッスけど」

「大丈夫よ。各種族の礼儀作法はみっちり教えたもの」

「はあ、でも古式なんスよね? 今でも使えるんスか?」

「むしろ、知らない方が無教養なのよ。貴女たちも覚えておきなさい……」

「つ、伝わらなければ意味がないような……」

 

 

 

 

 

 

「はい、こちらでございます」

 

 なんやかんやありつつ。

 

 あの後、創設者自ら客間に通され、俺はアリエルさんと面談する事になった。

 改めて挨拶し、ギルドのおじさんに書いてもらった紹介状を渡し、それから用件を言うと、アリエルさんは感謝を述べつつ寄付の理由を問うてきた。

 俺はそれに、「理念に共感したから、微力ながら援助したく思った」という類の事だけ答えた。実際、嘘は言っていない。マジだがガチではないだけだ。

 

「聖樹の陰の者として、貴殿に最上の感謝を」

 

 で、さっさとお金を寄付した。

 すると、一度立ち上がったアリエルさんが腰と膝を折って一礼をしてきた。ダクソの開戦礼みたいである。とても優雅だ。

 なんか、中にはこれされたいが為に寄付しまくる人とかいそうだな……。

 

「それでは、自分はこれで……」

「む、少し待ってほしい。今、協会の子供達が茶菓子を作ってくれているのだ」

 

 帰ろうとしたら、アリエルさんから引き止められてしまった。

 わざわざ作ってくれているというのであれば、待つしかない。俺はしばらくの間、美女エルフと対面でお話する羽目になった。

 

「なるほど、ヴィンスではそのような事が……」

「ええ、ほうれんそうの大切さが身に染みました」

「ほうれんそう? とは、何だろうか」

「あ、すみません。報告・連絡・相談の事で……」

 

 茶菓子が運ばれた後も、クッキーもどきを食べながらアレコレ話す。ちなみに、お菓子を持ってきたのは例のケモミミショタであった。ロリが良かった。

 

 それにしても……。

 椅子に座って、美女と話してる現状。

 これ、なんか……。

 

「なるほど、イシグロ殿は博識なのだな」

 

 なんか、キャバクラみたいである。

 リアルでキャバクラに行った事はないが、如くシリーズで知識はある。プレイしている最中思っていたが、アレの何が面白いのか俺にはさっぱり分からなかった。

 ……いや、キャバ嬢が全員ルクスリリアやグーラみたいなロリだったらハマッてたな、うん。今度そういう遊びをやってみよう。

 

「いえ、この国の事は目下勉強中でして、知らない事や驚かされる事ばかりです。極力失礼のないよう気を付けてはいるのですが……」

 

 キャバ嬢姿の三人を思い浮かべていると、一度振り払った心配性がぶり返してきた。

 今、三人はどうしているだろうか。絡まれてはいないか。危ない目には遭っていないか。誘拐などされてはいないか。

 格上の強者の前だというのに、俺は上の空になってしまっていた。危ない危ない……。

 

「む、そろそろ鐘が鳴る頃か。この後、イシグロ殿は如何に」

「お時間もお時間ですし、そろそろお暇しようかと存じます」

 

 上の空のまま会話をしていると、時刻はお昼になっていた。こっちにきて高精度になった腹時計も昼飯時だと言っている。

 雰囲気で昼食に誘われている気はしたが、俺は帰る事にした。

 

「先も言ったが、我が同盟はいつでも君を歓迎するぞ」

「考えておきます」

 

 お見送り際、そんな事を言われた。

 面談中、アリエルさんは自身が盟主を務める同盟に俺を勧誘してきたのだ。無論、断った。

 いざという時の協定的なものを意識しないではないが、王家と繋がりがあるっぽい止まり木同盟とは距離を置きたいんだよな。

 

 

 

 それから、やる事もないので俺は転移神殿の方へ歩いて行った。

 暇なので、途中適当なアクセサリーショップに行き、三人に似合いそうな角飾りと耳飾りを購入した。

 何の補助効果もない、本当にただの飾りだ。一応、売価の高い奴にしておいた。

 

 合流場所に着くも、三人はいなかった。当然だ、まだまだその時間じゃない。

 仕方ないので転移神殿に行き、バーで軽食を食べた。

 

「おっ、イシグロじゃねぇか」

 

 そこで、前のストーカー事件の時に少しだけ話した“猟斧”のリカルトさんに会った。

 彼は俺が許可を出す前に相席してくると、構わず酒を注文した。

 

「一党の方々はどうされたんですか?」

「ん? あぁ、一旦解散だな。ソルトは北区で新しい商売やってる。アルバートの奴はほとぼりが冷めるまで別んトコにいるってよ」

 

 そんな感じで話していると、リカルトさんは見かけた冒険者に片っ端からウザ絡みを始め、どんどんバーに人が集まってきた。

 

「あ、イシグロさん、どうもっす」

「どうも、ウィードさんもお変わりなく」

「こんにちは、イシグロさん。この時間にいるのは珍しいですね」

「どうもニーナさん、この前はお世話になりました」

 

 最中、顔見知りの冒険者とも会った。

 正直なところ一人でいたかった身としては、結構困る状況である。困るが、まぁ嫌ではない。

 騒がしいのは嫌いだが、賑やかなのは嫌いじゃない。

 

「リカルトさん、自分そろそろ」

「お? そうか。また呑もうぜ」

「はい」

 

 けど、ルクスリリア達がいない。

 どれだけ人がいても、寂しさはまぎれなかった。

 

 集合時間にはまだ早いが、俺は転移神殿前の広場に向かった。

 道中も、無意識に小さな影を目で追ってしまった。

 

「いやだから~、造りは現代ラリス式が一番いいッスよ~」

「いいえ、古代竜族式が一番よ。堅牢だし、それでいて豪奢なのよ。グーラもそっちのが良いわよね?」

「よ、よく分かりませんが、皆が納得するのが一番だと思います……」

 

 するとそこには、いつもの様に黒い装備をつけた三人娘の姿があった。

 彼女らは噴水の縁に並んで座り、あれこれと話していた。

 無事に再会できた。怪我もしていない。汚れてもいない。元気そうだ。

 

 三人を見た瞬間、さっきまで感じていた空虚な感覚がすっと消えていった。

 俺という奴は、もう本当にどうしようもない。

 

 足取り軽く、俺は彼女達の方へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 満月の夜。

 王都中央区、止まり木協会本部。

 併設された屋敷の一室で、一人の上森人が一冊の本を黙読していた。

 

 月明かりの下、開け放しの窓から、静かな夜風が過る。金糸の様な髪がサラリとなびく。翡翠の瞳が瞬くと、驚く程長いまつ毛が上下に揺れた。誰あろう、翡翠魔弓のアリエルである。

 瀟洒な木の椅子に座し、優雅に足を組んで文字の世界に没頭する様は、それだけで一枚の絵画の様だった。

 だが、その本の題名が全てを台無しにしていた。

 

 ――子供でも分かる森人のマナー。

 

 この女、自分の種族のマナー本を読んでいた。

 今日、20年生きてるかどうかという人間族にされた森人流の古式挨拶に上手く返せなかった事を、結構気にしているのである。

 

「ふぅ……」

 

 ぱたんと、本を閉じる。

 それから、持っていた本を元の位置に戻した。サイドテーブルには新旧の同ジャンルの書籍が積まれていた。

 当然だが、子供用の教養書にそんなものが載っている訳はなかった。古いものにはそれらしい記述があったが、イシグロがやっていたのは災厄前後で使われていたらしい最古式であった。

 

 そも、ラリス王国が台頭して以後、こういった礼儀礼節というのは大半がラリス式か、そこから派生したものに統一されているのである。王国の傲慢、というよりは合理性であった。

 今どき、種族ごとのアレコレで揉めるのなんてナンセンスだ。なら一つにまとめちゃったらお互い楽でいいよねという話である。

 

「イシグロ・リキタカ、か……」

 

 にも関わらず、彼は自分に対してあえて上森人の、且つ古式の挨拶をしてきた。何処で身に付けたというのか、知っていないとできない事だ。強者に対し、腕でなく礼を尽くすあたり、冒険者にしては血の気が少ない。

 迷宮狂い。黒剣、西区で一番やべーやつ。会って分かった事も多かったが、それと同じくらい謎が増えてしまった。

 

「話せない奴、という訳でもなかったな」

 

 それが分かっただけでも、まぁヨシとしよう。

 調査通りの情報もあれば、事前の情報と食い違うところもあった。いずれにせよ、確度は上がった。

 意図せず王子よりも先に接触してしまったが、結果だけ見ると僥倖である。

 

 まあ、いい。

 それは、それとしてだ……。

 

 あの男、自分に全く興味持ってなかったなと。

 アリエルは、ちょっとモニョってしまった。

 

 鏡を見る。ゾッとするほどの美人がそこに居た。

 アリエルは自他ともに認める超級の美女である。キルスティンの様な男好きする見てくれというよりも、芸術品とかそういう類の美しさがあるのだ。

 男でも女でも、アリエルを見ると大なり小なり注目してしまうものだ。そこに種族や身分は関係なかった。それが普通で、2000年間変わらぬ事実だった。

 

 だが、イシグロは違った。

 全く高揚していなかったし、全く意識していなかった。アリエルという“美女”に一切の関心がなかった。

 何より、アリエルを見るあの底なし沼の様な双眸は、何なのか。

 

 善意の寄付、これは事実なのだろう。当然として見返りを要求してくる事はなかったし、協会やアリエルと繋がりを持とうともしてこなかった。いやらしさも、卑しさも感じられなかった。下心もまた同様に。

 善意はあるが、好意はない。意思も希薄で、“その気”もない。とても近いような感じもしたが、根本的にズレている。

 

 まるで、俗人の器に英雄の力を注いだような、歪な男。

 そんな風に見えた。

 

「もう少し、近づいてみるか……」

 

 これまでは極力接近せずに調査を行ってきた。

 だが、向こうから接近してきたのだ。協会を通せば、違和感なく探る事ができるだろう。

 できれば、自分が行きたいところだが……。

 

「はあ……」

 

 明日以降の予定を思い出し、アリエルは重たいため息を吐いた。

 どこぞの直情的な獣人や、どこぞの享楽主義な魔人と違い、上森人は真面目な性格な者が多いのだ。それはアリエルも例外ではなかった。

 とても、責任感の強い女性なのだ。

 

 上森人のアリエル。約2000歳。

 その美しさは間違いなく森人一位。男女共に憧れる、美の権化であり美の基準。

 真面目でストイックで、強くて気高くて、厳しいけど優しくて、頭が良くて人望があって、料理が出来て裁縫も得意。上森人王の血を引いていて、おまけに凄い良い匂いがする。

 なのに、処女であった。

 

 1000歳を過ぎたあたりから、誰も言い寄ってこなくなったのである。ゲスい欲望をぶつけられたい訳でもないが、いざそういう目で見られないのは、それはそれでショックだった。

 少し自信を失いそうである。

 

「寝よう……」

 

 たまの休みに、協会に行って子供達と過ごす。

 それが唯一の癒やしであった。

 

 弱い生き物は、可愛い。

 

 この女、ロリコンでもショタコンでもないが、子供を庇護する事で自己実現をするタイプであった。

 なお、愚かな大人は平気で殺す模様。慈悲はない。




 感想投げてくれると喜びます。



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 こっちも投げてくれると喜びます。



 前と似たような終わり方したのは仕様です。
 便利ですね。


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日本からきたあいつ!ちょっとヘン!!(上)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で頑張れています。
 誤字報告もマジ感謝です。本当に助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 アイデアに繋がっています。

 今回は三人称、色んな奴視点。
 前に出てきたキャラが多数出てきます。


 冒険者はすぐ死ぬ。

 

 古今東西、種族や国家を問わず、この世界においてそれは子供でも知っている様な常識である。

 単独か一党かに関わらず、最初の迷宮探索で半数の新米が命を落とす。先達が同行しても、応じて強化される迷宮はまず弱者を狙うのだ。いずれにせよ、素人は死にやすい。

 運よく生き残れたとしても、そのまた半数は一ヵ月以内に姿を消す。

 選別、洗礼、呼び方は色々あるが、はじめの位階が安価な木製の札であるのには相応の理由があるのだ。

 

 一ヵ月、それが冒険者にとっての区切りだ。

 素質・才能の指標であり、継続の是非を決める分水嶺であり、常人と狂人を分ける境界線である。

 

 冒険者業は儲かる。

 最下級の迷宮ひとつ踏破するだけで、ギルド職員の給与一ヵ月分の金が手に入るのだ。

 一党で分けても、食い詰め冒険者にとっては十分だろう。

 しかし、命賭けだ。文字通り命がいくつあっても足りない。

 だからこそ、まともな奴は貯めた金や力を使い、迷宮に背を向けて生きるのだ。

 

 ここは日本じゃない。

 異世界の王都民に、自殺者はほぼ皆無だ。

 皆、迷宮に往くのである。

 

 生きる為、死ぬ為。

 栄誉の為、財宝の為、性癖の為……。

 

 どんな善人でも、どのような悪人でも。

 異界の迷宮は全てを受け入れる。

 新たなる生命、その来訪を。

 

 

 

「多いな……」

 

 夏の盛りの真昼間。

 王都西区、転移神殿。

 

 ギルドお馴染み受付おじさんは、お得意の机仕事の最中に我知らず口が開いた。歳を取ると、独り言が増える。

 多い、というのは、今月登録し、且つ一ヵ月以上生存している新米冒険者の事である。比例して、ギルドが運営している各種店舗の売り上げも。

 

 感覚で、経験で、ベテランの受付おじさんは思う。

 最近、西区の冒険者の雰囲気が変わったと。

 

 例によって冒険者になろうという奴は血の気が多く、向こう見ずな奴が多いが、最近の新米は例年より勤勉な姿勢が見受けられるのだ。

 その理由が分からないほど、おじさん含めギルド職員は鈍感ではなかった。

 

「すみません。手続き良いですか?」

「おう、今日も鍛錬場か」

「ええ。しばらくはそのつもりです」

 

 恐らく、いや確実に、こいつの影響だ。

 ずっと担当している受付おじさんは鼻が高かった。

 

 イシグロ・リキタカ。新進気鋭……とはもう言えなくなってきた、名実ともに西区の看板冒険者である。

 この男、三人目の奴隷を購入してからというもの、以前にもまして鍛錬場の利用頻度が上がっているのだ。

 それを見た新米冒険者が、「まぁ銀細工のイシグロがやるなら……」と便乗して鍛錬場を利用するのである。

 

 機を見るに敏というべきか。そういった現状を鑑み、ギルド長は新たな試みを始めた。ギルド主導による、新人冒険者の訓練だ。

 引退した元冒険者に依頼して新人の稽古をつけてもらう。少額の参加料は必要だが、経費はギルド持ちである。

 前も似たような事をしたが、その時は参加者も集まらず効果も出ずで全く無意味な試みだった。が、今回はその目論見が上手くいっている感じがあるのだ。

 それは偏に、研修を受ける冒険者の意欲の高さによるものであると思われた。

 

 あの“黒剣”のリキタカがやっているのだ。真似をすれば、きっと上手くいく。

 そう思って、自ら進んで鍛錬場に通う新米は、他区の新米とは意識が違う。

 社会の外れ者が多い冒険者にあって珍しく、実に健全である。

 

 新米冒険者の自主的な健全化。

 

 この現象は西区のギルドのみで起こっている事だ。

 まだまだ検証の余地はあるだろうが、上手くやれば他区でも応用できるかもしれない。もしかしたら、界隈に良い風を吹かせる事ができるかもしれない。そんな予感がする。

 まあ、いずれにせよ死者が少ないのは良い事だ。おじさんはドライだが、冷血ではないのだ。

 

「へっ、流石だぜ……」

 

 先導するでなく、説教するでなく、ただ結果だけで成果を残した。これを英雄的と言わず何という。

 人知れず、受付おじさんは彼の英雄の功績を誇った。

 

「あの、すみません」

 

 そんなある日の事、イシグロは珍しく迷宮にも鍛錬場にも行かず、受付に顔を出した。

 そして、こう言ってきた。

 

「あの~、対人戦の練習がしたいんですけど、依頼で相手募るとかってできますか?」

「は……?」

 

 鍛錬場、銀細工、対人訓練……。

 何も起きないはずがなく……。

 

「それ、殺しはしねぇんだよな……?」

「しませんよ」

 

 ちょっと怖くなったおじさんであった。

 英雄だ何だと言われても、こいつは銀細工。倫理観ゆるキャラであり、死生観ガバスカの迷宮狂いなのだ。

 大丈夫かよ、である。

 

 で、だ。

 

「やっぱ、報酬が渋いんでしょうか」

「破格だぞ」

 

 案の定、迷宮狂い氏からの訓練依頼に人は集まらなかった。

 おじさん視点、理由は明白なのだが、当の本人はイマイチ理解できていない様である。

 

 人柄も良く、功績があり、信頼もされてるはずなのに、いやだからこそその狂人っぷりも確かなのだ。

 触らぬ銀に祟りなしである。報酬が良くても、流石にちょっと遠慮したいというのが冒険者たちの本音だろう。

 

「ん? あいつぁ……」

 

 そんな事を思いつつぼんやりしていると、おじさんの視界の端に見慣れない冒険者の姿があった。

 野暮ったいローブに身を包み、それでもなお隠し切れぬ強烈な色香。珍しい形の深域武装――眼鏡のこと――を身に着けた銀細工冒険者。

 彼女こそ、“風舞”のニーナであった。

 

 ニーナといえば、彼の淫魔剣聖シルヴィアナの娘であり、東区を拠点とする銀細工持ち冒険者だ。

 その腕前は確かなもので、単独で様々な一党に臨時的に加わっては成果を上げている。能力も人柄も、それほど悪い噂を聞いた事がない。

 読書中にちょっかいかけない限りは温厚な、銀細工にしては控えめで邪悪ではない、ラリス王国的にはかなり善良な冒険者だ。

 

 そんなニーナが、何の用だか西区にやってきた。

 何事か見ていると、ニーナは依頼掲示板の方まで行き、ひとつひとつ張り出された依頼書を眺めていた。

 それから、例のイシグロの依頼書を見つけ……。

 

「すみません、これ受けてもいいですか?」

「お、おう……イシグロはあそこな」

「ありがとうございます……!」

 

 凄い勢いで依頼を受注した。

 銀細工同士は惹かれ合うとでもいうのだろうか。見ていると、軽く挨拶した後にイシグロの一党とニーナは連れ立って鍛錬場へと入って行った。

 

 ざわ、ざわざわ……。

 

 転移神殿がざわつく。

 その姿を、多くの職員と冒険者たちが見ていた。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬわ、アイツ」

 

 イシグロのヤバさを知っている西区民としては、ニーナは完全に被害者扱いであった。

 ニーナを知らない人も、ニーナと顔見知りの人も、皆が思った。

 あー、こりゃ酷い事になるぞ、と。

 

「本日はありがとうございました……♡」

 

 と思ったら、夜になったら皆五体満足で普通に出てきた。

 しかも、当のニーナはやけに満足そうである。イシグロもいつもと変わらない。二人の様子から、中でどんな事が行われていたのかイマイチ分からなかった。

 とても意義のある訓練だったのか、それとも別の理由か……。

 

「ほう、依頼成功ですか。大したものですね……」

「なんでもいいけどよぉ、相手はあのイシグロだぜ?」

「気遣った……のかもな」

 

 多くの関係者が見守る中、依頼の完遂を報告したイシグロの一党と、にっこにこのニーナは別れていった。イシグロは帰路へ、ニーナは神殿へ。

 それから、神殿内の所用を済ませて帰ろうとするニーナに、彼女の顔見知りの冒険者が話しかけた。

 

「ど、どうだった……?」

 

 動揺して、主語のない言葉になってしまった。

 そんな問いに、ニーナは聖母の様な笑みを浮かべ……。

 

「たいへん素晴らしい戦いでした♡」

 

 と、答え、ニーナは上機嫌そうに去って行った。

 その肌はツヤツヤしていた。

 

 何がどう素晴らしいのか、さっぱり分からないが……。

 イシグロの態度や、ニーナの表情を見て――彼女と仲が良い冒険者は彼女の性癖を鑑みて――察する事はできた。

 

 つまり、ニーナはイシグロにボロ負けしたのだ、と。

 

 強さに敏感な王都民、中でも上下に五月蠅い冒険者界隈である。イシグロ>ニーナ、その情報は瞬く間に拡散していった。

 後日ニーナに問うてみても、肯定されたのだからただの噂話ではなく確かな事実となった。

 

「本日もよろしくお願いします。イシグロさん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 それから、イシグロは定期的にニーナと鍛錬場に入るようになった。

 都度、ニーナはしっかりと生きて戻ってきた。調査の為にギルド職員が同行した際も、極めて実践的ではあれど回復などのケアも万全だったというお墨付き。

 ならば、血気盛んな冒険者が立ち上がらない理由がなかった。

 

「たのもー! 銀細工冒険者と戦えると聞いてやってきた者だ!」

 

 事実は人の口を通して噂となり、噂は広まるにつれ尾ヒレが付く。

 最初はただの対人訓練だったものが、日を追うごとにイシグロとのタイマンもしくはイシグロの奴隷との戦いへとシフトしていった。

 終いにゃあ、イシグロへの挑戦権をかけて、彼の奴隷を倒す道場破り的なイベントにまで発展してしまった。

 

「ようイシグロ! おひさー! なんか金もらえてお前と戦えるって聞いたからさ、来てやったぜー!」

 

 まず、“剛剣鬼”のラフィといった一応イシグロと面識のある冒険者が現れ……。

 

「うっす! イシグロさん! 一手御指南、よろしくお願いするっす!」

 

 血気盛んな新人冒険者が胸を借りにきて……。

 

「ゲゲゲッ! オデ、オマエ、ブッコロス!」

 

 挙げ句、噂を聞きつけた他区の銀細工冒険者が迷宮狂い何するものぞとカチコミをかけてきた。

 

「はい。お受けいただき、ありがとうございます。こちら、依頼にあった契約書です」

 

 それら全てを、イシグロは糧にしていった。

 同位階相手にはガチで当たり、奴隷たちにも経験を積ませ、善く戦った初対面の者とは強敵と書いて友という関係を築く事ができた。

 新人相手の場合、あえて慣れない武器やジョブで相手をし、奴隷たちにサブ武器を使わせ、皆で上手く手加減する練習をした。

 

「次は俺たちの番だァ!」

「俺たちは六人で挑ませてもらう!」

「卑怯とは言うまいな!」

 

 痛い目は見るが、死にはしない美味しい依頼。

 こんなボロい商売はないぜである。

 

「はい。大丈夫です、その前に契約書にサインをお願いします」

 

 ――イシグロ道場。

 

 いつしか、彼の訓練依頼はこのようにあだ名されていた。

 当の本人は、全く知らない呼び名である。

 

「ククッ……! 今宵の爪は血に飢えている……」

 

 そこに、一人の挑戦者がやってきた。

 とても、香ばしい匂いを添えて……。

 

 

 

 

 

 

 みなさんは“銀細工病”という言葉をご存じだろうか?

 思春期を迎えた年の頃に患ってしまうと言われる、恐ろしくも愛すべき病である。

 

 形成されていく自意識と、夢見がちな幼稚性、それから肉体的に成長し続ける時期に得られる全能感。

 それらによって可笑しな行動を取ってしまうという、アレだ。

 

 昨日まで“獣拳記”オンリーだった奴が、いきなり古典の“銀竜録”を読み始めてみたり……。

 珈琲(コーヒー)の苦みも何も分からないのに、夜森人流(ミルクなし)に拘ってみたり……。

 自分には特別な力があると信じて、嘘八百のマイナー剣術に思いっきりのめり込んでみたり……。

 

「ここが“黒剣”のいる転移神殿か。ククク……我が爪が反応している……!」

 

 西区ギルドの扉前に、一人の少年がやってきた。

 丸い耳、丸い瞳、獣人らしくしなやかな身体つき。それから、お手製の吸血鬼風ファッション。

 鼬人族のトリクシィである。

 

 さて、この少年も現在進行形で見事なまでの銀細工病。

 銀細工を持ってもいないのに、自らを“流星刃のトリクシィ”と名乗り、決め台詞は……。

 

「影の血の、真の力を見せてやる……!」

 

 神殿前で見栄を切る彼を、西区民は何ともいえない目で見ていた。

 銀細工病とはこのように、見ているだけで恥ずかし~い気持ちになる病なのである。

 

「クックックックッ、黒剣……」

 

 そんな西区民を無視して、今日も絶好調なトリクシィは名門貴族めいた美しい歩法――陰ながら練習していたのだ――で神殿に入って行った。

 これまた、今日も今日とて大繁盛の転移神殿。人口密度相応に異世界テンプレの新人注目イベントは起こる事はなく――トリクシィは期待していたが――、吸血鬼風ファッションの鼬人は受付へと向かった。

 それから、一番空いていたおじさんの受付に――綺麗なお姉さんと対面すると顔が赤くなってしまうので――向かい、開口一番言い放った。

 

「冒険者登録をしたい」

 

 と、

 

「おう、ちょっと待ってな」

「うむ」

 

 この少年、銀細工はおろか冒険者登録も初めてであった。

 しばらくして、登録用の紙を渡されたトリクシィは、流麗な字で――農家三男坊のトリクシィは蔵書の多い村長宅に潜入し、隠れて読み書きの勉強をしていたのだ――自分の名前を書いた。

 代筆の準備をしていたおじさんからして、「おっ、こいつ意外と字ぃ上手ぇじゃねぇか」と感心されるくらいにはトリクシィは字が上手かった。

 

「一応、規則の説明をさせてもらうぞ」

「あいわかった」

 

 こいつ態度でけぇなと思いつつ、おじさんは新人冒険者に対し丁寧に冒険者マナーを教えていった。

 終始尊大な態度を続けるトリクシィだったが、根の性格が出ているのか存外真面目に聞き入っていた。多くの場合、新人の冒険者は途中で飽きて苛つきはじめるものである。それに比べると、態度こそデカいが大人しいトリクシィはかなり優等生であった。

 

「うむ、礼を言うぞ」

 

 しっかり規則の指導を聞き終えると、トリクシィは颯爽と――反転した時に服の裾がファサっとなるよう意識して――歩き去って行った。

 おじさんは「ずいぶん変なのが来たな」と思って彼の動向を見るでもなく眺めた。すると、件のトリクシィくんは依頼掲示板の方に向かって行った。

 迷宮に直行でも、一党探しに向かうでもなく、まず掲示板の確認。内心、おじさんはトリクシィの評価を上げた。どうあれ、情報収集から入る姿勢はいくらかクールである。

 

「失礼、この依頼を受けたいのだが、先方は何処に?」

 

 それから、彼は一枚の依頼書を手におじさんの受付に戻ってきた。

 それは、イシグロとの共同訓練の依頼であった。

 

「あー」

 

 それを見て、おじさんは内心で同僚を罵倒した。この依頼書は昨日の時点で一旦取り消すよう当のイシグロから言われてたのだ。

 おじさんはしっかり伝達したはずである。にも関わらず残ったまま。まぁ、依頼人にその気がないのだから取り消せばいいだけなのだが。あとでもっかい言っとこう。

 

「あーっと、その依頼な、期限は昨日までなんだ。すまねぇこっちのミスだ。また今度にしてくれ」

「む、そうか……」

 

 ゴネてくるかと思ったが、トリクシィは素直に引いてくれた。

 それから、トリクシィは入口近くのバーに行き、テーブル席にどっかと座って一番安いジュースを――これで財布の中身が空だ――注文した。

 注文したジュースが届く。一口呑むと、頬杖をつき、足を組み、ただただ入口を眺めはじめた。

 

「おい、まさかあいつ……イシグロ待ってんのか……?」

 

 迷宮にも行かず、鍛錬場にも行かず、あるいは一党に入る事もせず、トリクシィは冒険者の往来がよく見えるところに陣取った。

 それはまるで、特定の人物が来るのを待っている様な位置取りであった。

 いや、まさか、いくらなんでも……。

 

 数時間後……。

 

「あいつまだいんのか……」

 

 昼を過ぎても、トリクシィは微動だにせず座っていた。

 その表情はあくまでクール。しかし、組んだままの足はプルプルして、頬杖ついた腕も痛そうだ。

 何か、鬼気迫った謎の雰囲気さえある……ような気がする。木札のド新人といえ、何か近づいちゃいけない凄みがある……ような気がした。

 

 またまた、しばらくして……。

 

「すみません、紹介状を書いて欲しいんですけど……」

 

 夕方、おじさんも帰りが近くなった頃、珍しい事にイシグロとその一党がやってきた。

 曰く、止まり木協会に行く為に紹介状を書いてほしいのだと。

 

「へっ、そういう事かよ……」

 

 止まり木協会、イシグロの奴隷、なるほど繋がった。

 流石イシグロだと、おじさんは鼻が高くなってスラスラと筆を走らせた。

 

「ほらよ」

「ありがとうございます」

 

 紹介状を受け取り、すぐ帰ろうとしたイシグロ。

 気分がよくなって浮足立っていたのか、おじさんは常にないお節介心で彼の背中に声をかけてしまった。

 

「あー、イシグロ、多分お前さんに用がある奴がきてるぞ」

「え? どこですか?」

 

 トリクシィの方を指し示してやると、そこには頬杖ついて眠りこけている少年の姿があった。

 朝の尊大な態度は何だったのか、その寝顔はとてもあどけなかった。ついでに鼻提灯ができていた。

 

「寝ているみたいですけど」

「あ、あぁそうだな……」

 

 そんな彼に声をかけていいものか。イシグロとおじさんが逡巡していると、何かに反応したらしく鼻提灯が割れてトリクシィの瞳が開いた。

 次いで、おじさんの近くにいるイシグロの方を見て、バッと立ち上がり……。

 

「ぐえ!」

 

 足がもつれて転倒してしまった。

 思いっきり顔面から行った。ステが高けりゃ何てことないが、普通の人類なら最悪死んでいた。それくらい見事に転んだのである。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 イシグロはそんな彼に近づくと、うつ伏せのトリクシィに手を差し伸べた。

 トリクシィは小声で「ありがとうございます」と言うと、素直にイシグロの手を取って立ち上がった。

 

「なっ! 黒剣!?」

 

 瞬間、イシグロの存在を認識した彼は獣人らしい身のこなしでバックステップした。

 かと思えば、イシグロの見ている目の前で、妙に外連味のあるポーズを取って人差し指を突き付けたではないか。

 

「突然の申し出だが、貴殿に決闘を申し込む!」

 

 瞬間、西区にいた関係者がざわついた。「け、決闘だ……!」と西部劇のモブみたいな台詞も添えて栄養バランスも良い。

 あと、頭に「突然だが」と付けるあたり人柄が出ている。

 

「決闘ですか?」

 

 いきなりの事に首をかしげるイシグロに、銀細工病の木札は自信満々に言い放った。

 

「そう……決闘だ!」

 

 何が「そう」なのかは分からないが、とにかく決闘がしたいらしい。トリクシィは満足そうな顔をしていた。

 イシグロもイシグロで、何事か思案するような表情になった後……。

 

「分かりました。依頼という形であればお受けします」

 

 するんだ。という静かな驚愕が転移神殿に広がった。

 それからイシグロは、イシグロ・リキタカという冒険者らしくしっかりとギルドを通して、トリクシィを連れて鍛錬場に入って行った。

 自称、流星刃のトリクシィ……彼の勇姿? を、沢山の冒険者が見届けていた。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬのか、あいつ……?」

「勝負ありッッッ……!」

「決闘と云うよりは挑戦、“蛮勇”だな。しかし何故承諾を……?」

 

 これまで、イシグロは初心者相手でもしっかりと訓練を受諾してきた。格下相手でも、しっかり糧にするのが彼だ。

 ギルドからの提言を聞き入れ、報酬は位階相応の額にしてはいるがそれでも中々だ。それでも、物言いの悪い新人からは、イシグロの依頼はイシグロ銀行と呼ばれてたりもする。とても優良な人気のお仕事である。

 とはいえ、マジで死にかけるまでボコボコにされるので、二度と行きたくなくなるのも事実であった。

 

 で、約一時間後……。

 

「ごめんなさい調子乗りましたすみませんでした……」

 

 鍛錬場から出てきたトリクシィは、顔色が真っ青になっていた。

 まあ、大方の予想通りであった。これに懲りて冒険者を諦めるもヨシ、奮起して頑張るもヨシ、死ななかっただけ安いと考えるべきだろう。

 臨時のイシグロ道場は、このようにして門を閉じたのであった。

 

 

 

 ちなみに、翌日の西区……。

 

「フーッハッハッハッ! 我、単独にて迷宮踏破! 探索完遂せり!」

 

 全身傷だらけになったトリクシィは、見事迷宮を踏破してのけた様である。

 どうやら、才能はあったらしい。

 

「ねえ、うちの一党に入らない?」

「君、前衛だろ? こっち来いよ」

「うちは獣人で集まってるんだが、どうだ?」

 

 洗礼を受け切ったトリクシィに、色んな一党が誘いをかける。

 対し、流星刃予定のトリクシィ氏は……。

 

「フッ、星は集えど、群れる事はない……。縁があれば、共に戦おう……」

 

 と、ドヤ顔で去っていった。

 どうやら、彼の病は治ってはいない様だった。

 

「あ、イシグロさん、どうもです」

「ああ、トリクシィさん、どうも」

 

 なお、イシグロには腰が低い模様。

 それでいいのか。

 

 

 

 

 

 

 黒剣、迷宮狂い、止まり木協会寄付者……。

 

 名が知れるという事は、目を付けられるという事だ。

 何となく始めた対人訓練だが、これが予想を超えて様々な陣営に伝わっていた。

 

「ほう、道場か……。おう、ちょうどいいじゃねぇか」

 

 そんな状況を、見逃さない陣営がひとつ。

 

「なるほど! 西区にはそのような催しがあるのでござるか!」

 

 縁もゆかりも無い陣営がひとつ。

 

「はぁあああああ!? ルクスリリアですってぇえええええええ!? あぁンのちんちくりんが! 若いヒトオスちゃんの奴隷ぃいいいいい!?」

 

 しょうもな~い因縁がひとつ。

 

 イシグロという地味な男は、とかく注目されているのであった。

 ロリ以外から。




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日本からきたあいつ!ちょっとヘン!!(中)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で頑張れています。
 誤字報告もマジ感謝です。本当に助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 何度も書きますが、出て来る時はヌルッと、且つ原型留めてないです。ほぼ別キャラになる事をご了承ください。

 今回も三人称、別の国の冒険者視点。
 お約束です。


 名実ともに、世界の中心はラリス王国である。

 最も人口が多く、最も戦いが強く、最も歴史の長い国。

 それが、ラリス王国。人類生存圏の半分を守護する、人類の要である。

 

 しかし、ラリスはあくまで中心点。真ん中であっても全てではない。

 当然として、この世界にもラリス王国以外の国が存在するのである。

 

 獣人のみが住まう国、グウィネス部族連合。

 天使族の単一国家、聖輪郷。

 数多の魔族を束ねる国、ディング魔族国。

 

 その他、亜人で集まった国や、ディングから独立した淫魔王国など、大小様々沢山ある。

 多くは生殖可能な種族同士で集まるか、同一種族で固まって共同体を築くのだが、中には近似した種族でも馴染めないはぐれ者がいるものだ。

 

 リンジュ共和国。

 

 豊かな水源と、清廉な自然。上質な鋼と良質な木材が採れる多種族国家。

 種族の外れ者たちが集まって興した、辺境にして精強な国。

 ラリス王国に次ぐ、世界人口二位の国家である。

 

 所謂、東の国だ。

 

 

 

 ラリス王国北方。王都に続く街道の、とある森の中。 

 領地を繋ぐ森の街道、逞しい牛が豪奢な車を引いていた。

 

 移動の際、ラリス王国で広く用いられるのは馬車である。しかし、森往く車を引いているのは牛だった。車体自体もラリス式ではなく、より無骨で質実剛健といった雰囲気があった。

 加えて言うと、その牛車はビッグサイズが基本の異世界基準でもとても大きかった。中に何が入っているのか想像できないほどに。

 

「うぅ、なんか怖いなぁ~」

 

 そんな特大牛車を操っているのは、一人の森人御者であった。

 彼は御者歴100年になるベテランだ。けれども、その顔にはベテランらしからぬ不安の色があった。否、ベテランだからこそ怯えているのだ。

 

 右に木々、左に木々、しばらく行っても森森森……。

 こういう、見晴らしが悪く人気のない街道というのは盗賊や山賊が根城にしている事が多いのだと、彼は経験則で知っていた。

 ホントに、異世界の森は荒くれ者の襲撃率が高いのである。

 

「安心せい、誰が来ようとも拙者等が守るでござる」

 

 ぱかりと、牛車の木窓が開いて、乗っている者の顔の上半分が出てきた。

 目元でわかる、森人娘だ。その左目は血の様に赤く、右目には厳つい眼帯が付けられていた。

 故郷を同じくし、種族を同じくしている御者だ。戦人でもないが、彼女の強さは分かっている。が、そう軽い声色で言われると余計不安が増す心地であった。

 

「ほんと、頼んますよぉ。こういう時、まず牛か御者が狙われるんですから。前も膝に矢を受けてしまって……」

「そんなに不安なら拙者が代わってもよいでござるよ。なに、拙者はお馬の達者にござる。牛も馬も変わるまい」

「牛車ごと強化できるんなら任せますがね。それより、外出てくれませんか? 上乗ってもらっていいんで」

「安心せい、視えてるでござるよ」

 

 言うと、くすりと笑った眼帯森人は引っ込んでいった。

 ずいぶんな自信である。力が強いとああなれるのかね。

 とにかく、さっさとこの森を抜けちまおうと、森人御者は強化魔法に集中した。

 

 一方、牛車の中では……。

 

「確かに、今にも襲撃されそうな道でござるな」

 

 フルサイズバンよりも広い車内で、ござる口調の眼帯森人はそう言って席に座り直した。

 森人の例に漏れず、この娘も怜悧な印象の美人であった。濡れ鴉の様な黒髪に、真紅の左目。白く透き通った肌に、笹の葉の様な尖った耳。

 そして、彼女の首からは大樹が彫刻された金細工が下げられていた。

 

 金細工持ち冒険者、“幽眼”のシュロメ。

 本名をシュロメ・イワヌマ。リンジュの都に住まいを構える森人一族のご令嬢である。

 

「来るなら来てもいい。このままだと肩だけでなく尻まで凝りそうだ」

 

 そこに、凛とした女性の声が響いた。

 シュロメの隣、そこには褐色肌の牛鬼人の女性が腕組みして座席の上に胡坐をかいていた。その胸は豊満であった。

 また、彼女の豊満な胸の前には、二振りの刀が彫刻されたリンジュ式銀細工が下げられていた。

 

 銀細工持ち冒険者、“黒鉄”のイスラ。

 リンジュ共和国は首都を拠点とする冒険者であり、歩けば即武道のガチ武人であった。

 

「イスラちゃんは旅は初めてでござったな」

「うむ、生まれてこの方リンジュから出た事がない。荷物もお主に任せっきりであるし……いっそのこと徒歩か馬で走った方が速かったのではないか?」

 

 イスラと呼ばれた牛鬼女は、武人然とした顔に退屈そうな表情を浮かべていた。

 道中、街に着けば休養は取るが、かれこれ何日も牛車の旅をしているのである。最初の方は見るもの全てに心を躍らせていたが、異国であっても流石に景色オンリーは飽きてきた。

 

「ただの冒険者であれば、何の問題もなかったでござるな。しかし、拙者等の旅は一応国交も兼ねているでござる。馬一頭と気楽な旅とはいかぬでござる」

「そんなものか」

「そんなものでござる」

 

 生粋の武人であるイスラでも、彼女の言う事は分かる。要するに、面子の話だ。

 急いでいたら瀕していると思われる。要するに、舐められるのだ。確かに、それはよくない。リンジュ内だったら腕っぷしで黙らせればいいが、他国だとそうはいかないのだ。

 が、それはそれとして、退屈は退屈であった。そろそろ何か斬らないと全身が石になってしまいそうである。

 

「それに、ボッチちゃんを置いてけぼりにするのは惨いでござろう」

「まぁな」

 

 二人の視線は、対面の席にいる少女に注がれた。

 ボッチちゃんと呼ばれた彼女は、身体を丸くしてスヤスヤと眠っていた。いざ戦いとなれば頼もしいのに、寝顔はあどけない。

 事情があって、この娘は馬に乗れないのだ。それを言われたら黙るしかない。

 

「はぁ……シュロメ、たばこ出してくれ」

「窓開けて吸うでござるよ」

 

 分かったし、納得したし、承知した。けど暇だ。

 イスラは眼帯の森人にタバコを要求した。しょうがないにゃあといった表情になったシュロメは、アイテムボックスから出した煙管と煙草を手渡した。

 受け取ったイスラは慣れた手つきで煙草を丸め、魔法で着火して火皿に入れた。チューっと吸い口に吸い付く牛鬼美女を見て、シュロメは呆れ半分の声を出した。

 

「皆、よくそんなの吸えるでござるな」

「子供には分からぬさ」

「拙者、年上にござる」

 

 ふぅと、煙いひと息。ぷかぷかと煙が浮かび、開けた窓の外に消えていく。

 しばらくの間、平和な時間が流れた。聞いた事のない鳥の鳴き声。煙草に混じる緑の匂い。実に長閑な風景である。

 

 浮かぶ白煙をぼーっと眺めていると、首筋にヒヤリと嫌な汗。

 イスラは、慣れない森に違和感と、慣れた予感を覚えた。

 

「シュロメ」

「お主もか」

 

 同じ感覚を、シュロメも感じ取ったらしい。

 二人は立てかけてあった武器に手を伸ばした。

 

 シュロメは二振りの小太刀を。

 イスラは大振りな刀を。

 そして、二人は同時に扉を開け、飛び出した。

 

「おわ!? 何です!?」

「曲者が来るぞ。1、2、3……ほら来た!」

 

 イスラの勘通り、腕程もある太矢が御者目掛けて飛んできた。

 ギイン! 抜刀からの飛ぶ斬撃で迎撃。太矢は二分割されて明後日の方向に飛んでいった。

 

「ひ、ひぃ!? どうしましょう突っ込みますか!?」

「いや、止まるでござる。走ったら牛さんが射られてしまうでござるよ」

「はい!」

 

 シュロメの命令に従い、御者は牛車を止めた。ぶもーという牛の不満げな鳴き声が森に響く。

 すると、隠れる意味なしと見てか、前の茂みから複数の襲撃者が姿を現した。

 

「へっへっへっ! 金目のモン出しなー!」

「げっげっげっ! 男は殺せ! 女は犯せ!」

「かっかっかっ! 牛鬼女たまんねー!」

 

 ぞろぞろと、同じ顔同じ声同じ体躯、それから皆違う武器を持った男たちが牛車を囲んできた。

 彼らは各々の欲望を垂れ流しつつゲス笑いをしていた。

 

「俺の名はマジス!」

「ベーワ!」

「メンナ!」

「パーネ!」

「スゾー!」

「ヤノカ!」

 

 彼らの首には半壊した鋼鉄札。強者ならば目で見て分かる、並々ならぬ強者ばかり。要するに、位階詐欺だ。

 六人一党六兄弟、名乗りを上げて武器を構えた。

 

「我ら六人、個々の力は鋼鉄なれど、併せて当たれば金をも砕く!」

「さぁさぁさぁ! 命が惜しけりゃオベベを脱いで土下座しな!」

「田舎育ちの金銀など、怖くも何ともないんだよ!」

 

 バーンと外連味たっぷり決めポーズ。

 妙にキャラの濃い盗賊だった。

 

 どうやら、シュロメたちが乗っていた牛車が特大サイズだったので、中に多くの荷物が載っていると思って襲ってきたらしい。

 金細工に怯まない辺り、ホンモノなのか実績があるのか。あるいはガチの馬鹿なのか。

 

「ふん、退屈していたところだ。相手になってやろう!」

 

 イスラはやる気だ。シュロメとて、さっさと片付けようとは思う。が、牛さんの前だと思うと凄惨な殺戮は躊躇われた。

 相手はアホっぽいが実力は相当に見える。自分は守りに専念すべきか。イスラはどうせ飛び出るだろうし、鬼も囲めば棒で殺せる。できれば彼女の援護がほしいところだが……。

 

 そう、シュロメが思った。

 その時だ。

 

「えっ、な、なんですかなんですかぁ……?」

 

 牛車の中から、丸く間延びした声が聞こえてきた。寝ていた子が起きたのだ。

 注目の中、件の少女が牛車の外に出てきた。

 

「わっ、わっ……お、襲われてるんですか?」

 

 ニヤついていた盗賊団の表情が強張る。視線は上に、目と目を合わせてこんにちwar。

 少女らしい柔らかな声。少女らしいあどけない顔立ち。少女らしい健康的な身体つき。

 それから、お山の如き高い背丈。

 

「あ、ありゃ、何だぁ……?」

 

 グングンと、少女はさらに身長を伸ばしていった。さっきまでは背の高い男程度だったのが、今では大きく規格の外れた身長へ。

 この女、さっきまで魔力で背丈を小さくしていたのだ。適正身長、八尺ちょい! その気になればまだ伸びる!

 

「あ、あれは……まさか……!?」

「知っているのか兄ちゃん!」

 

 状況に気づいてか、少女も牛車の中から己の武器を取り出した。それはまるで、玩具箱からおもちゃを取り出す幼女の様。ただし出したのは鉄塊の如き大槌である。

 図体のせいで目立たないが、彼女の首には鋼鉄の札がかけられていた。

 

「だ、大羅山人(ダイダラボッチ)……!?」

 

 鋼鉄札冒険者、アシュリカ。

 通称、大羅山人(ダイダラボッチ)のボッチちゃんだ。

 生業は冒険者。夢は刀鍛冶。趣味はぬいぐるみの作成。

 ピッチピチの16歳である。

 

「巨人族か? 絶滅したはずじゃ!?」

「いや、位階は鋼鉄だ。大した事ねぇよ!」

 

 ボッチちゃんの威容に慄く盗賊たちだったが、すぐに息を吹き返した。

 なにせ、自分たちは六人、あっちは三人。一人につき二人で当たって、弱い順から殺れば問題ない。

 

「いた……!?」

 

 その時、ボッチちゃんの頭に太矢がヒット。が、矢の方が粉々になって砕け散った。

 不意打ちで射てみたヤノカは、「あれ?」みたいな顔になっていた。

 ヘッドショット、ノーダメージである。

 

「はっはぁ! 開戦って事でいいなぁ!?」

「ぬおっと!?」

 

 同時、正面から斬りかかってきた牛鬼の刀を、パーネの大剣が防いだ。

 すぐに他がフォローにあたり、そこにボッチも参戦した。場は一気に大乱戦になった。

 牛車サイド、戦っているのはイスラとボッチだ。シュロメは車の上で戦場を睥睨している。御者はシュロメの後ろで震えていた。

 

「ていうか、こいつがいたって事ぁ……荷物入ってねぇんじゃ?」

 

 そんな中、兄弟で最も勘のいい長男が気づいてしまった。

 牛車のデカさ的に、中には貴人か高級品が入ってると思っていた。だが、そう予想していたスペースにデカ女が入ってたという事は……。

 

 あの三人の中にアイテムボックス持ちがいるのでは?

 だとしたら、全くうまみが無いぞ?

 

「おいお前ら! 逃げろ!」

 

 だったら早い。儲からないなら逃げるが勝ちだ。頭目の号令に、兄弟は一斉に背を向けた。

 

「ヒィハァーッ!」

 

 追撃戦と見たか。逃げる男の背中に、イスラの刀が襲い掛かる。

 

「ぐえ!?」

「安心しろ! 峰打ちだ!」

 

 ぶっとい刀で首をトン。普通に死ねるが峰打ちじゃ死なないのが異世界だ。

 思うところがあり、イスラは盗賊を殺さない事に決めた。

 

「えーっと、どうしましょう?」

「イスラちゃんに任せるでござるよ。退屈しておった故な」

「はあ」

 

 やる気のない二人に、イスラは振り向いて言い放った。

 

「盗賊狩りは誉れだぞ! ラリスの覚えもめでたいかもな!」

「むむっ、確かにそれもそうでござるなぁ」

「え? 戦うんですか?」

「左様。ボッチちゃんは牛さんを守ってやってほしいでござる。では、参る」

 

 スタッと、眼帯の森人は瞬きの間に風になった。

 残されたのは、牛車よりも大きいボッチちゃんと、牛車の屋根に乗った御者と牛。

 

「あの、牛だけじゃなくて俺も守ってくれると嬉しいんですが……」

 

 残された御者の言葉は、牛しか聞いていなかった。牛はぶもーと退屈そうに鳴いた。

 

 

 

「はぁ、はぁ……! くそ! 貴族か商人かと思ったが、とんだハズレだったぜ!」

 

 事前に決めて置いた逃走ルートを走りながら、盗賊の頭領は毒づいた。

 恐らく、一人二人は死んでるだろう。集まれば強いが個々は弱いのが自分たちだ。戦って分かったが、一人殺る前に眼帯が入ってきただろう。銀なら殺れるが、堅い大女は無理だった。

 

「はぁ、ふぅ……俺が最初か」

 

 そうして集合場所に辿りつくと、一息ついた。

 周囲に兄弟の気配はない。争った形跡も、つけられている感覚もしない。

 しばらく待って、生き残った奴だけでまた逃走だ。次はどこに行こうかと、長男は長男らしく皆の未来を考えた。

 

「いや、お主が最後でござる」

 

 背後に声。振り返ると、目の前に森人の女がいた。

 さっきまであった眼帯がない。隠れていた右目は、星空を切り取ったかの様な光を湛えていた。魔眼だ。しかも、かなり高位の。

 

「いくらバラけて動いても、拙者には視えているでござるよ。幼少の時分、この目にはたいそう悩まされたが、お陰で拙者は――」

「死ねぇ!」

「おっと」

 

 言葉の途中で斬りかかると、森人は左右の小太刀でガードした。

 じりじりと、力と技の鍔競り合い。受け流しができないよう、緻密な体重移動で釘付けにする。本来ならば、必勝パターンだ。

 長男のマジスは、これだけがめちゃくちゃ上手いのだ。だからこそ銀も金も狩れたのである。

 

「むむっ、お主意外と強いのでござるな」

「言ったろ! 集まれば金細工も殺せる!」

「左様か。では、拙者も本気を出すでござるよ」

 

 手も足も塞いだ。今の状態で出来る事などないはずだ。

 頭領のマジスは更に力を籠めた。

 

「忍法……!」

 

 シュロメの頬が膨らむ。何か嫌な予感がして、頭領は集中して刮目した。

 火吹きか、矢吐きか、はたまたブラフか。戦士ではなく曲芸師なら、絡め手の一つや二つ持ってるはずだ。

 

森人豆油霧(エルフまめ・スプラッシュ)!」

「グワーッ!」

 

 ブーッ! と、シュロメの口から黒々とした液体が噴射された。

 避けるに避けれなかったマジスの目に、僅かに飛沫が入ってしまった。片目は守れたが、入った右目が超痛い。痛みは気合で何とかなるが、こういう痛みは慣れていない。

 

「隙あり!」

「ぎゃっ!」

 

 そこにシュロメの攻撃。首の後ろに小太刀の峰をトンとやって、長男マジスを気絶させた。

 ちなみに、今のは忍法ではない。ポーション早飲みスキルを応用した、ただの毒霧攻撃だ。もっと言うと、噴射したのは毒ではない。

 

「ふむ、やってみたはいいものの、普通に他の道具でやった方がいいでござるな。実に勿体ない……」

 

 言いつつ、先んじて倒しておいた盗賊の残りを引きずり、牛車の下へと戻っていく。

 謎液体濡れのマジス。事前に倒されてたベーワの顔には茶色いペースト状のものがこびりついていた。

 

 もし、この場にイシグロがいれば、それら付着物の正体に気づいたかもしれない。

 嗅ぎ慣れた、けれども当たり前過ぎて意識できない匂いのソレ。

 それは、醤油と味噌であった。

 

「さて、先に進むでござるよ」

「しかしな、こいつらをどう運ぶ?」

「わ、私が引きずります……」

 

 そうして、三人は北区へ向かって行った。

 各々の目的の為に。

 

 ボッチちゃんは刀鍛冶になって、ラリス王家に刀ブームを起こす為。

 イスラは止まり木協会に入り、いつか故郷に支部を築く為。

 シュロメは、自身が開発した醤油と味噌を布教する為。

 

 いざ、王都へ。

 

 

 

 

 

 

 王都北区。

 西区が新宿だとしたら、世田谷区といった感じのところ。

 人で賑わう門周辺の商業エリアに、リンジュの三人の姿があった。

 

「う~ん、王都って感じでござるなぁ~」

「これはまた、うちの都とはまた違う雰囲気だ」

「なな、なんか怖いです……」

 

 例の襲撃の後、最寄りの街で盗賊を引き渡し、軽く休憩などして丸二日。やってきましたラリス王家のお膝元。

 一応大国の都育ちの三人娘ではあったが、世界の中心の都には圧倒されてしまった。

 人の多さもそうだが、雰囲気が違う。勢いがあり、活気があり、不可視のエネルギーが四方八方に飛び散っているかの様である。

 

「ふむふむ、実に華やかでござるな~。前と全然変わってないでござる」

 

 煌びやかな建物の造りやお洒落で派手な人の往来。店で売られてる商品。通りを歩く馬車やら鳥車やら、あっちこっちで動く商人と奴隷。

 故郷の都こそ至高だと今でも思うが、それでもこっちにはこっちの良さがある。シュロメは初めてではないが、残る二人は初王都だ。

 

「さて、まずは迷宮ギルドに挨拶でござるな。呆けてないで行くでござるよ、二人とも」

「うむ」

「あ、はい……」

 

 そんな感じで、三人は揃って北区の転移神殿に向かった。

 勝手知ったるラリスの都といった風に、シュロメはすいすい歩いていく。その後ろを歩くイスラは気になったものがあると立ち止まってしまい、ボッチはどちらにつけばいいか分からなくなり、遠くなるとシュロメが戻って連れて行く。

 そんな事を何度も繰り返していると、歩いてるだけで日が暮れそうだった。

 

「お主等、童でもあるまいにキョロキョロするんじゃあないでござるよ」

「ははっ、すまぬすまぬ。ほら、旅の間は暇だったろう? その反動だ」

「わ、私ってばそんなに目立ってないですね……。さ、さすが王都……」

「まぁ、ボッチちゃんくらい大きい人も、たまにいるでござるからなぁ」

 

 西区もそうだが、北区も少し歩けば雰囲気が変わる。

 外壁付近は商業エリアで職人や商人や奴隷や客やで騒がしく、真ん中に行くとキラキラした繁華街になり、神殿の近くは高級嗜好のエリアになる。

 ころころ変わる王都の表情を眺めつつ、身長2メートル半あるボッチちゃんでも悠々通れる門を潜って、三人は王都の転移神殿に入っていった。

 

「ほう……!」

「天井が遠いですね……」

 

 そこもまた、故郷のソレとは趣が違った。

 リンジュの神殿は木材メインの構造なのに対し、王都の神殿は床以外基本石造りだ。ギルド主導の店舗も雰囲気が違い、あっちにあってこっちにない店や、こっちにあってあっちにない店など色々と違っていた。

 

「はあ、やっぱり刀は売っていないのだな」

 

 何より違うのが、ギルド併設の武器屋で売られてる武器種だ。

 チラと見た武器屋では剣やハンマーといった武器がメインであり、そこに刀は一振りもなかったのである。

 

「不思議でござるよなぁ、我らからすると」

「であるな」

「み、み、認めてもらえるよう頑張りましょう……!」

 

 お上りさん全開で歩きつつ、ギルド受付へ向かう。

 それから一番空いているところに行き、故郷のギルドから出された紹介状を提出。それからカード型の冒険者証を提示した。

 

「リンジュから参った一党にござる。よろしく頼むでござる」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 番号札を渡され、言われた通り待っていると、周囲の話し声がエルフ耳に入ってきた。

 やれどこそこの商会が潰れかけてるとか、どこそこの犯罪者が捕まったとか、ついさっきめっちゃエロい淫魔見かけたとか。

 例によってお下品な話題が多かったが、そこは故郷と変わりがなくてシュロメはつい笑ってしまった。

 

「よう、どうだった?」

「いや~、テンで駄目だったぜ。もうボッコボコのズッタズタ。一人も倒せなかったわ」

「マジかよ。で、報酬は?」

「もらえたよ。こんくらい」

「ひえ~、今度俺も行ってみっかな~。イシグロ道場」

 

 なんと無しに耳を傾けていると、気になるワードが聞こえてきた。

 道場、道場とな?

 

「失礼、イシグロ道場とは何でござるか? どんな流派でござるか? どこにあるでござるか?」

「あー、それはですね。冒険者たちの造語です。実際はそんな施設はありませんよ」

「ん?」

 

 照会が終わったところで受付に訊いてみると、よくわからない返答がきた。

 道場というと、剣術なり槍術なりの戦闘術を教えてくれるところではないのか。少なくともリンジュではそうだ。

 シュロメの顔を見て、受付はしっかり教えてあげる事にした。

 

「何か、西区の銀細工持ち冒険者が訓練相手を募集してるらしくて、それの報酬がかなりのものなんですよ。それで、力試しに挑む冒険者が増えてるみたいです」

「なるほど! 西区にはそのような催しがあるのでござるか!」

「いえ、催しという訳では……」

 

 話しつつ、トントンと書類をまとめ、職員はそれをシュロメに手渡した。

 

「どうぞ。王都を出る際は最寄りのギルドにお声かけください」

「うむ」

 

 シュロメは書類をアイテムボックスにしまうと、皆を呼び寄せた。

 

「ところで、皆さんは何処に向かわれるのですか?」

「ふむ、そうでござるな」

 

 職員の問いに、しばらく思案して、シュロメは口を開いた。

 

「ちょうどいい、西区で宿を探すでござる。あそこにはアダムス殿のお店もあるでござるからな」

 

 森人(エルフ)と牛鬼と大羅山人(ダイダラボッチ)

 異国の冒険者は西区へと向かう事になった。

 

 味噌と醤油と、刀を持って。




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日本からきたあいつ!ちょっとヘン!!(下)

 感想・評価など、ありがとうございます。マジで助かってます。シンプル嬉しい以外ない。
 誤字報告もマジ感謝です。本当の本当に感謝しています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 シンプル嬉しいです。原型はなくなります。

 今回も三人称、リンジュ冒険者視点。
 よろしくお願いします。

 後書き読んでくれると嬉しいです。


 鋭い刃は、鍛冶師だけでは作れない。

 それは刀鍛冶の本場であるリンジュ共和国でもそうだし、世界の中心であるラリス王国でもそうだ。

 

 迷宮でも通用するような強い武器は、それぞれの専門家たちが集まって作る。

 剣一つ作るにも、鉄を打つ鍛冶師に、補助効果を付与する魔工師、魔法を装填したいなら専門の魔術師の助けもいる。研ぎ専門の研師に、品質に見合った鞘が欲しいなら鞘職人。その他にも本当に沢山の人が関わるのだ。

 自然、多くの人が関わる武器作成には、プロジェクト全体をマネージメントしてくれる人が必要不可欠である。

 

 それが、工匠だ。

 

 注文を聞き、交渉して、設計をして、人材を集め、作業を管理し、完成したものを客に渡す。

 これが大まかな工匠の仕事である。

 

 武器の設計には膨大な知識と経験が必要である。

 使用する素材を選定する為の知識。籠める魔法体系の知識。現場での経験も必要だし、目利きの良さも大切だ。

 その上で、何度も経験して、実績を残し。王から授かる国家資格が工匠なのである。

 

 ただし、工匠といっても一人一人に得手不得手があり、ピンからキリまで存在するものだ。

 武具の技術は日進月歩。努力して工匠になれたからといって、怠けてるような奴はすぐに時代に置いて行かれる。

 本当に優秀な工匠には、常に前のめりな姿勢と、勉強を継続する情熱が必要なのだ。

 

 工匠は皆、天才なのである。

 馬鹿と天才は紙一重。ある意味、冒険者と似た感じで、工匠にも一癖二癖あるものだ。

 腕がいい分、拘りが強いというべきか。

 

 そんな中、ラリス王国には一等腕の良い武器工匠がいた。

 その者に認められたら超一流を名乗っていいというレベルの、界隈では伝説の男。

 名を、武器工匠のアダムス。ドワーフみたいな性格の、歴としたエルフである。

 

 武器工匠のアダムス。古今東西の知識と、膨大な経験を持つ、本物の中の本物。

 しかし、彼はこと仕事となると物凄く頑固な性質でお馴染みであり、気に入った相手じゃないと一緒に仕事をしてくれないし、果ては客まで選ぶのだ。

 金持っただけの奴が「武器作ってくださーい」と言っても、「帰れ」と言われるのがオチという、もはや古典レベルの職人気質ドワーフみたいなエルフなのである。

 

 武器工匠は、良い武器には必要不可欠。鍛冶師と工匠は切っても切れない縁がある。

 アダムス氏に認められるという事は、職人としては最高の誉れなのである。

 

 例え、ボロカスに言われようと、職人たるもの一度はモノ持って挨拶に行くべき相手。

 つまり、そういう事である。

 

 

 

「ふぅ~む」

 

 王都西区、転移神殿エリア。

 閑静な区画の端っこにある小さくて狭い店の中、武器工匠のアダムスは抜き身の刀を見分していた。

 

 切先の出来、身幅に刃文。角度を変え、重さを確認し、時折唸りながら隅から隅まで検める。

 刀を矯めつ眇めつするアダムスの眼差しに常の軽薄さはなく、それこそ抜き身の刃の様だった。

 今のアダムスにちょっかいかけでもしたら、間違いなく持ってる刀で斬られると確信できる程、真剣(マジ)である。

 

 受付机で見分を続けるアダムスの前には、大きな身体を小さくして座す少女の姿があった。大羅山人(ダイダラボッチ)のボッチちゃんだ。

 一緒に王都入りした二人は、現在別行動中である。単独行動中のボッチちゃんは、戦々恐々と見分が終わるのを待っていた。

 

 ドワルフの鑑定が終わるまで、少し昔の話をしよう。

 

 ボッチちゃんことアシュリカは、リンジュにある田舎生まれの大羅山人だった。

 生後一年で平均身長2メートルになるという大羅山人だ。成人も早いし、種族柄物理にはとことん強い。皆、戦士向きな種族だが、戦いを好まない温厚な性格の種族である。肉体は強いが、戦いが下手なのだ。

 穏やかな人に囲まれ、静かな村で過ごし、ボッチちゃんは健やかに育った。いつか、強くて優しい人のお嫁さんになりたいなぁとぼんやり考えてたりもした。

 

 そんなある日、ボッチちゃんの村が自然発生した魔物に襲われてしまった。

 大抵の魔物ならワンパンできる大羅山人だが、不幸にも相手は物理無効の闇霊塗壁(やみぬりかべ)だった。殴れないんじゃ倒せない。アシュリカ含め、皆揃って逃げ出したが、魔物は徐々に彼らを追い詰めていった。戦下手の大羅山人は、逃げるのも下手だった。

 そして、あわや全滅かというところに、通りすがりの旅人が現れた。義を見てせざるは勇なきなり、リンジュの国是に忠実な旅人は単騎、魔物に向かって行った。

 

 その時、ボッチちゃんは運命と出会った。

 

 旅人の振るう刀は、あまりにも美しかった。

 青白い魔の燐光を纏い、弧を描く線は流麗にして苛烈。ひと振りで強大な魔物を切り倒す様。疾風迅雷の体裁き。

 トゥンクときた。旅人でなく、刀に。以降、アシュリカは刀の魅力に惹かれていった。

 

 それから、紆余曲折あって都に行ったボッチちゃんは、刀鍛冶になるべく奔走した。

 冒険者になったのも、弟子入りに必要な支度金を集める為だった。そこで大成しちゃったあたり、何とも言えないが。

 

 迷宮探索で手に入れた金で素材を買い、師匠の指導の下で鍛冶の練習をする日々。

 迷宮でも鍛刀場でも一心不乱に槌を振るった。赤熱した鉄を打つ度、ボッチちゃんの心は強く跳ねた。要するに、熱中した。鍛冶の師匠から「流石にちょっと休めば?」と言われるくらいに。

 指導は厳しく、辛い事も沢山あったが、濃密な経験の果て、アシュリカは弟子入りから僅か十年で免許皆伝を受けた。

 

 リンジュにおいて、刀は重要な代物である。

 折れず、曲がらず、よく斬れる。単なる斬撃武器に留まらない、神聖な武器。刀は国家の象徴になり、リンジュの戦人の魂であった。

 そんな代物だからこそ、刀鍛冶は数多ある業種の中でも特別な立ち位置にある。

 

 当然、その基準は厳格だ。他所で良品とされる刀でも、本場リンジュでは鉄クズ扱いされたりもする。

 だからこそ、出来上がった刀は美しいのだ。少なくとも、ボッチちゃんはそう思う。

 

「……お嬢ちゃん、これ作れるようになったの、どんくらいかかった?」

「あ、はい……! えっと、10年です」

「するってーと、六つの頃に弟子入りか……」

「はい」

 

 閑話休題。白鞘の小刀を眺めながら、アダムスは声色低く口を開いた。

 いきなりの事に動揺してしまったが、ボッチちゃんはしっかり返事ができた。えらい。

 

「師匠はなんて?」

「はい。どこに出しても恥ずかしくないと言って頂きました」

「ふぅ~ん」

 

 アシュリカが持ってきた刀は、一振りだけではない。見てもらったのはアシュリカ作の中でも上等品ばかりだ。

 刀とセットで運用される事の多い脇差や、騎馬に適した太刀。柄の長い長巻に、反りのない忍者刀。それから、免許皆伝の際に打った、陽緋色金(ヒヒイロカネ)青生魂寶(アポイタカラ)を併せた一刀。

 それら全てを吟味したアダムスは、見分した刀を丁寧に鞘に戻した後、何も言わず瞑目してしまった。

 

「あの……」

 

 そのまま三分ほど黙ってしまったアダムスに、ボッチちゃんは恐る恐る声をかけた。

 すると、アダムスは今さっき朝起きたみたいにハッとなって元の「映画の中盤で死にそうな商人キャラ」みたいな表情になった。

 

「へへっ、すまねぇな。年取った森人は考え事が長くなっていけねぇ。ああはなりたくねぇと思ってたが、いざ自分がなっちまうと、まぁ……」

 

 言いながら、ドワルフモードのアダムスはにっこり笑って刀を返してきた。

 

「良いぜ。インヴァんトコに紹介状書いてやるよ」

「ほっ……」

 

 その言葉を聞くと、我知らずボッチちゃんは安堵の息を漏らした。

 一流の工匠に認められた充足感と、自分の決断が一歩進んだ成功体験を感じたのだ。

 

「ついでにストゥアの石商人にも書いてやるよ。玉鋼も陽緋色金もこっちじゃ採れねぇからな。言っとくが、ラリスで買うとめっちゃ高ぇぞ。鉄の持ち合わせはあんのかい?」

「あ、ありがとうございます! えと、旅の前に全財産叩いて買っちゃって、今は同行してきた人の収納魔法に入ってます。た、たくさん……!」

「そいつぁ重畳」

 

 緊張の時間はおしまい。それから、二人は和やかな会話を始めた。仕事をするなら、仲が良いに越したことはない。

 上と下、ベテランと駆け出し。立場はあれど同じ武器好きだ。話が合うというものである。

 

「ええ。現代の鍛冶でも、どういう訳だか、特定の素材を使わないとただの劣化曲剣になってしまって……」

「だよな。前に来た奴は代用になる素材探してたぜ。そっちの研究は進んでねぇのかい?」

「は、はい……。上の人も色々試してはみている様ですけれど、比率が下がるとその分実用性が落ちていく始末で……」

 

 やっぱりというか何というか、二人の会話は刀が中心だった。

 アダムスは超一流の工匠だが、それでも得意不得意はある。刀の造詣は深いが、それでもリンジュの専門家には劣る。けれど負けるつもりはないので、真新しい情報には貪欲になるというものだ。

 

「森人製法はどうだい? 上手くいきそうな感じはあったけどよ」

「はい。それはリンジュでも実用化されています。ですが、製作費の方に問題があるんです。なにせ素材が……」

 

 森人と大羅山人、年齢も何も違うが、同じ話題で盛り上がる。

 それはさながら、世代も好みも違うのにガンダムシリーズの会話で盛り上がるオタクの様だった。

 両者、好きな事になるとねっとり暑苦しくなっていた。

 

「あっしも前に陽緋色金で色々やってみたんだがよ、どうにも上手くいかなかったんだよな。やっぱリンジュ式じゃないとダメなのかねぇって」

「そこはリンジュでも諦めてしまっている状態です。これはもう、そういうものなのだろうと。今は合金の方に注力していて……」

 

 突然だが、この世界の刀事情についてお話しよう。

 

 結論から言うと、この世界の「刀」は強い。けど、マイナーだ。

 何故か? 色々あるが、一言でいうと素人向けじゃないからだ。

 地球も異世界も、新規に厳しい業界は廃れていくものである。

 

 先述の通り、刀は強い。

 曲剣よりも切れ味が良く、刺剣よりも貫通力がある。基礎攻撃力も高く、技量補正もピカイチだ。達人が使えば、斬れぬものなどあんまり無い。

 今日日、脆さに関しては補助効果で何とでもできるし、使いにくさも練習すれば何とかなる。

 

 けど、マイナーだ。とかく、刀は作り難いし使い難い。そうなると財布も腕もすっからかんな初心者は他武器を買い、使い、慣れる。メイン武器が決まると特化しがちなのが異世界人だ。長じた後にわざわざ刀は使わない。

 使用者が少ないと発展しないのは道理である。いくら良い刀を打ったところで、使い手がいないんじゃあ始まらない。

 

 本場であるリンジュなら、安価で良質な刀が買えるから使用者が多いものの、遠いラリスじゃそうはいかない。

 高級指向で上位冒険者に売るといっても、ベテランほど慣れない武器に命は預けないものだ。

 せいぜい、好事家に売れる程度で、飾り扱いだ。それじゃ刀が可哀想だ。少なくとも武器馬鹿二人はそう思う。刀は魔物を斬ってこそだろう。

 

 結果、ラリスで刀は流行らない。

 不遇な強武器、それがこの世界での刀である。

 

 閑話休題。

 

「そういやぁ、奴さんが欲しがってたな……」

 

 話の途中、アダムスは顎を撫でて呟いた。

 気に入っている客の事だ。世間話で、店に無かったと嘆いていたなと。何故欲しがってたかは知らないが……。

 

「奴さん、ですか?」

「ん? あぁ、うちのお得意さんがね。前に刀欲しいって言ってたんだよなぁ」

 

 ドワルフが言っているのは、皆さんご存じ迷宮狂い氏の事である。

 イシグロが初めてのオダメ剣を購入した後の事だった。鬼滅ブレードを夢見て来店してきた迷宮狂いに対し、注文を聞いたドワルフは「うちじゃ扱えない」と突っぱねたのである。

 イシグロはしょんぼりしていた。そんなに欲しかったのかと、ドワルフはちょっと悪い気持ちになった。だが、心情は曲げられない。扱えないんだから扱えない。

 

 ドワルフの「扱えない」という言葉。実際そうだが、これは半分嘘だ。

 かなり高額の注文になるが、刀鍛冶自体はラリスにもいる。頼めば作ってもらえるし、向こうも喜ぶ事だろう。

 しかし、このアダムスのお眼鏡に適う刀鍛冶はいないのだ。だからお得意さんに無理と言った訳で。モノホンにはモノホンの刀を持たせるべきなのだ。

 

「そ、そうなんですか……!」

「ああ。流石に客の情報流すなんざできねぇが、今度来た時に教えてやるよ」

 

 言って、一拍置いたドワルフは、ティーンの女子を狙い撃ちするようなイケメンスマイルを浮かべてみせた。

 

「優秀な刀鍛冶が来たってな」

 

 キラーン! と星が飛びそうな笑顔。

 ボッチちゃんはトゥンクと……来なかった。

 

「よ、よ、よろしくお願いします……!」

 

 テンパっていたので。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、同じく西区の止まり木協会に行った、牛鬼女侍のイスラは……。

 

「お控え下すって、誠に有難う御座います。手前、鈴の樹の陰の者、名はイスラと発します。この度は、“翡翠魔弓”のアリエル様にご挨拶叶います事、光栄に存じます。礼儀にも作法にも欠けた手前に御座いますが、どうかお見知りおき下さい」

「よろしい。異邦の枝、招き入れる。以後、万事よろしく頼む」

「有難う御座います。どうか、お手を上げてください」

「いや、其方から上げられよ」

「滅相もございません」

「ならば共に」

「痛み入ります」

 

 止まり木協会、西区支部の一室で、牛鬼美女と上森人の美女が中腰になって掌を上にした構えを取り合っていた。

 古式の森人流挨拶が終わると、二人は同時に謎ポーズを解いた。

 

「うむ、座るといい」

「失礼します」

 

 それから、二人は向かい合ってソファに座った。

 ラリス式の正装をしたイスラの前には、森色のドレスを身に纏ったアリエルの姿があった。

 リンジュの武人らしくビシッと座すイスラに対し、アリエルはエレガント且つ隙のない座り方をしていた。

 

「改めまして、本日は急な訪問に応えて頂き、ありがとうございます」

「構わぬさ。こういう時はさっさと動くようにしている」

 

 本日、イスラは西区にとった宿最寄りの協会支部に行き、寄付がてらアリエル女史のアポを取りに来たのだ。

 が、ちょうどその時アリエルがいたので早速ご対面となった訳である。流石金細工、フットワークが軽いと感心したものだ。

 

 そこで、イスラは上森人流の古式挨拶――シュロメに教えてもらったのだ――をしたのである。

 対するアリエルも流石の上森人ぶりで、恐ろしいほど美しい返礼をしてくれた。まるで毎日練習してるみたいに完璧だった。

 

「して、用向きは何かな?」

「はい」

 

 そう問うてくる森人に、イスラは武人らしく実直に答えた。

 旅の理由。自分も協会に寄付をしたい事。また、自分を同盟に加えてほしい事。

 そして……。

 

「リンジュにも支部を、か」

「はい。リンジュは国の規模の割に治安は良い方ですが、それでも親無しの子は依然として多く……」

 

 イスラの故郷、リンジュ共和国への止まり木協会支部の設置であった。

 イスラはアリエルと似た性癖の持ち主である。可哀想な子を見ると救いたくなって仕方がないのだ。

 現状をどうにかしたい。しかしイスラは根っから武人。刀を振るしか能がない。そこで、結局最も多くの子供を救える手段は止まり木協会の設置であると確信したのである。

 

「ふむ……」

 

 彼女の話を聞いて、アリエルは顎に手を添えて思案した。

 止まり木協会も歴史の長い組織だ。当然、王都以外にも支部を持っていた時期がある。

 しかし、それらは全て失敗したのだ。

 

 第一に、アリエルの手が届く範囲外で、孤児が犯罪に巻き込まれた。

 第二に、職員が腐敗し、犯罪組織と繋がってしまった。

 第三に、土地の所有者の面子の問題もある。支部の設置は、責任者や似たような事をやってる人にも喧嘩を売る行為なのだ。ゴタゴタして仕方がなかった。

 

 故に、アリエルは王都でのみ止まり木協会を運営している。

 他所で半端にやるより、王都で万全にやる方が良いと思い至っての事だ。

 

「独断ではあるまいね?」

「はい、こちらに……」

 

 言って、イスラは懐からリンジュ式の巻物を取り出した。

 イスラが手渡した巻物――リンジュで作られる紙はラリスのものより品質が高い――には、リンジュの有力者たちの署名や、近似組織との兼ね合いについてや運営の詳細が書かれていた。リンジュのトップの名も。

 読んでいくと、それらは中々よく出来ていると思えた。

 

「後日、同じものを持った使者が王都に入る予定です」

「ふむ」

 

 悪い話じゃない。体制がしっかりしているというならば、いいと思える。本当にこの通りなら、同じ轍を踏むのは考え難い。

 要するに、リンジュ側はアリエル印が欲しいのだ。アリエルの名は大きい。例え異邦の森人でも、彼女の名を出せば無碍には出来ない。

 

「それで、君は同盟に入って何が欲しいのかな?」

 

 まあ、それは分かった。自分の判断だけではどうにもできない。しっかり確認し、多くの同胞と話し合ってから決めるべきだろう。

 とりあえず、もう一つの希望について尋ねる事にした。同盟の参加についてだ。

 ただ支部を設置するだけなら、彼女が同盟に参加する必要はないはずだ。奉公というのなら、それは別の話になってくる。

 

「経験です」

「ほう」

 

 淀みの無い即答に、アリエルは感心した声を出した。

 下手に口数が多いより、そうハッキリ言われた方が分かりやすくて良い。

 

「協会での経験を、故郷で活かそうと考えています。無論、道程を疎かにするつもりはございません」

 

 実直で、分かりやすい返しだった。

 そこにはアリエル個人の信頼を得るという目的もあるのだろうが、そうでなくても後に繋げるのだという強い意思が感じられた。

 アリエル的に、そういう姿勢は大いにアリだ。

 

「よろしい。実力を見せてもらった後、同盟への参加を認めよう。当然、やれるのだろう?」

「ありがとうございます。先達に恥じぬ技を披露させて頂きます」

「ふふっ、頼もしい」

 

 アリエルはこの牛鬼族の女を気に入った。

 彼女は良くも悪くも裏表がない。やると言ったらやるし、やらないと言ったらやらない。そういう女だ。

 ならば、名を預けてもいいかと思える。

 

 それから、二人は他愛もない話をした。

 実力だけでなく、会話からも彼女を見る必要があるのだ。

 気づいてはいるのだろうが、イスラは武人らしく真っすぐとモノを言った。

 

「ところで、初めての王都はどう思う? ああ、気遣わなくていい」

「そうですね……」

 

 イスラの故郷であるリンジュ共和国と、アリエルが住んでいるラリス王国では本当に違うところが多い。

 衣食住に水に火に木に色々だ。異世界らしくリンジュも人の血の気は多いのだが、ラリスはそれに輪をかけて多い。戦士がそうなのは同じだが、こっちは一般人までそうなのだ。

 故郷を一番だと思うのは自然な流れだ。その上で、イスラは王都に対して思った事や驚いた事、気づいた事などを隠さずに話した。

 

「あと気になったのは、イシグロ道場でしょうか」

「ぶっ……」

 

 アリエルさん、飲んでるお茶を僅かに吹いてしまった。口元は隠していたし、表情も変えてない。大丈夫、気づかれていない。

 

「その、イシグロ道場とは?」

 

 何事もなかったように、澄まし顔のアリエルは先を促した。

 

「何やら、西区のイシグロ某という冒険者が対人訓練の相手を募集しているとの事で。勝ち負けに関わらず、戦えば報酬が手に入るとか。王都の銀細工が如何程か、一度この目で見て見たいと思いました」

「ふむ、なるほど……」

 

 お茶を置き、アリエルは暫し思案した。

 イシグロが対人訓練をしているというのは知っていた。それが道場と呼ばれているのには驚いたが、まぁそれはいい。

 ……上手くやれば、測れるかもしれない。

 

「よし、さっそく君の力を見せてもらおう」

「それはっ、何と光栄な!」

 

 アリエルは、森人らしからぬ果断さで彼女の試験を執り行う事にした。

 応じるイスラも、茶菓子を食べて元気いっぱいに笑んでいた。

 

「せっかくだ。今回は特別に、私が相手をしようか」

 

 森人の気は長いが、他はそうでない。決めたならば、すぐやるべきだ。

 アリエルの宣言に、イスラの笑みが深くなった。

 

 そうでなくては。

 

 

 

 

 

 

 それからまたまた別の場所。

 王都西区の噴水広場。屋台が集まる一角に、見慣れない黒髪森人の姿があった。

 

「よし、よし、よし……!」

 

 濡れ鴉の如き黒髪。白磁めいて白い肌。彼女はアイテムボックスから取り出した屋台を組み上げて、外に出した道具をひとつひとつ指差し確認をしていた。

 タレよし、魔道具よし、のれんよし。許可証よし、場所よし、問題なし。

 あとは、上手く焼くだけだ。

 

「さて、はじめるでござるよ……!」

 

 それから、“幽眼”のシュロメは、ねじり鉢巻きを装備し、気合を入れた。

 屋台の暖簾には、「焼き団子」と書かれていた。ついでに屋台にかけられた旗には「本場」「実際美味い」「新感覚の味!」と流麗な森人書体(エルフフォント)で書かれていた。

 

 まず、故郷で普及している串焼き用魔道具を起動し、炭に着火して風を送る。

 網が温まったら、用意していた串団子を乗せる。それから、並んだ団子に刷毛でシュロメの開発した黒い液体をぬ~りぬり。焦げかけの香ばしい匂いが広場に漂いはじめた。

 

 嗅ぎ慣れない香り。けど、嫌いじゃない。ていうか美味しそう。食欲をそそる。

 匂いに釣られて、王都の民が見慣れない屋台を見た。

 

「さぁさ! 本日開店リンジュ式焼き団子! お昼にお菓子にもってこい! 新開発のタレは森人絶賛の美味しさでござるよ!」

 

 注目の中、黒髪の森人は愛嬌たっぷりのスマイルを放射した。

 その手には、醤油タレの付いた焼き団子。修行の成果を見せる時だ。

 

 金細工持ち冒険者、“幽眼”のシュロメ。

 故郷にて、最強の忍者の名を欲しいままにする彼女は、今。

 

「はい三本お買い上げ! ありがとうでござる!」

 

 屋台で団子を売っていた。

 味噌と醤油を布教する為に。

 

 基本、金細工は怖がられないのである。




 感想投げてくれると喜びます。



 はい、新しい企画やります。
 とはいっても、前と同じようなもんです。

 今回応募するのは、「リンジュ共和国」の冒険者です。
 なんか和っぽい感じです。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=299548&uid=59551

 よろしくお願いします。



Q.結局、今回の話は何だったんですか?

A.追加DLCのトレーラーみたいなもんです。


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炉柱 石黒力隆

 感想・評価など、ありがとうございます。貰えると素直に嬉しいです。
 誤字報告もありがとうございます。本当に感謝しています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 いい感じのタイミングで出てきます。

 まだまだ募集してるので、よろしければどうぞ。


 この世界の飯は、それなりに美味い。

 

 転移直後に食べていたような安価なモノだと、なんかボソボソしてたりちょっとエグかったりでそんな美味しい訳でもないが、それでも想定していた異世界メシよりは断然いけた。

 対し、がっつり金払って食べる飯は現代日本基準でも普通に美味しいと思える。最近はずっとこれ。コスパで考えると微妙なんだろうが、それでも美食の魅力には抗いがたい。

 ここは異世界、日本じゃない。安い美味いはあり得ない。

 

 なにゆえ家電も無しにこうも美味いのか。料理技術が進んでる……というより、たぶん素材が良いのだろう。後、料理人の腕。これが料理漫画並みに絡んでるように思える。

 戦闘でも建築でも掃除でも鍛冶でも、こっちはあっちよりマンパワーが強い。異世界人は手先も器用だし、色んな技術の習熟が早い気がする。

 多分、スキルとかが関係してるんだと思う。数値化され、習熟度がある世界だ。全く0の状態から1になるだけで、ある程度できるようになるのだ。知らんけど。

 

 実際、スキルとか習熟度だけなら迷宮行かなくても伸びるのだ。素振り一回、スキル空撃ち一回でミリ程度伸びる。

 鍛錬場でやってる個人トレーニングはもっぱらこれだ。スキルが習熟すると消費MPも減るし威力や効果も高まるで最高である。努力が数字に表れると俺でもやる気になれるのだから素晴らしい。

 

 話が逸れた、異世界メシ事情だ。

 

 異世界の食材は質が高い。野菜ひとつ取っても、現代日本で品種改良されたような美味い野菜がポンとお出しされるのだ。魔法か何かでアレコレやった結果なのだろうが、それでも凄い。

 保存魔法のお陰で一部食材は保存性を無視した味重視の商品も作れる。淫魔ソーセージとか、あれめちゃくちゃ美味い。

 それを高スキルレベル、高習熟度の料理人が調理するのだ。人の力で飯が美味い。同じ素材、同じ工程でも、異世界最強料理人と近未来お料理アンドロイドじゃ前者が圧勝するだろう。そんな世界観だ。

 

 異世界に来てから、概ね俺は衣食住には困っていない。

 着るものは、まぁジャージがないのは悲しいが、それだけだ。ていうか、“清潔”のお陰で洗濯が楽である。

 食べ物も前述の通り、まぁまぁ美味いし満足だ。昨日食べた森人豆麺(エルフパスタ)も美味しかった。

 住む所も悪くない。一応水洗トイレもあるし、シャワーは無いけど風呂はある。お湯も簡単に出てくるから、魔法を使わずとも俺も俺以外の王都民も割と身綺麗である。

 

 けど、どうしようもない事、というのはございまして。

 

 大なり小なり、これは日本から別の国にステイする時にも起こる事なのだろうが、やっぱ日本にあって外にないものというのがあるのだ。

 それこそ俺の大好きなジャージとか、愛飲していた第三のビールとか、温水洗浄便座とか……。

 あと、和食だな。

 

 別に和食がねぇと死ぬぜ! というほど執着はしてないので、異世界来てまで再現しようとは思わない。できる気もしない。

 お米もお味噌もお醤油も、探せばあるのかもしれないが、それより他を優先したい。

 その程度の話だ。

 

 いや、うん……。

 そりゃ、あれば嬉しいけどさ。

 

 肉じゃが、豚汁、炊き込みご飯。

 おでん、納豆、いなり寿司……。

 

 この半年の間、俺は和食を食べていない。

 慣れたといえば慣れたのだが、それはそれ。

 また食べたいなと思うのは、仕方のない事だろう。

 

 

 

 休みを導入して以後、俺たちの生活には大きな変化があった。

 週休二日制、それが我が一党の労働環境である。

 行き当たりばったり、気分次第だったところを、やりやすいように調整したのだ。

 

 過ぎたるは及ばざるが如し。何事も中庸が肝要である。生きていくのにレベリングもトレーニングも必須だが、傾倒しては足りないのと同じである。

 好きなアニメ映画でも言っていた。「そんなに力むと続かないよ」と、その通りだ。長い目で見て、続けないといけない。継続するのに力はいるが、継続は力なりだ。

 

 故に、週休二日。

 

 幸い、異世界には七日で一週間という区切りがあった。

 休日平日という感覚は薄そうだが、それでも区切りがないと不便なのだろう。

 という訳で、冒険者のお休み事情は知らないが、ひとまず週休二日にしておいた。

 

 で、一週間のスケジュールはこんな感じ。

 

 月曜、トレーニング。午後は対人訓練。

 火曜、ダンジョンアタック。

 水曜、情報収集と準備。

 木曜、トレーニングと対人訓練。

 金曜、ダンジョンアタック。 

 土曜、休み。

 日曜、休み。 

 

 そのうち、月木の対人訓練は予約制にする事にした。

 どういう訳か、ニーナさんから始まったこの対人訓練依頼に、いつの間にか凄い人数が集まるようになったのだ。最近は一日に何人も相手してる。

 また、ギルドからは報酬は相手をする冒険者の位階相応にしてほしいと言われたので、銀細工未満への報酬はかなり安い。

 それでもいっぱい集まるので、おじさんに頼んで予約制にしてもらった。対戦相手も整理してもらっている。同じ人とばっかやっても仕方ないからね。

 

 先述の通り、我が一党は土日休みだ。

 これは俺の休みというより、鍛錬に迷宮に大運動会にとハードに肉体酷使をさせてしまっている一党員の休養が目的である。

 しかし、どういう訳か皆さんあんまりお休みしてもらってる気がしない。

 

「なら、一日まったり吸精してたいッス♡」

 

 とはルクスリリアの談。

 要望通り、休日は朝から晩まで事あるごとに吸精である。爛れた学生カップルの様だ。

 

「外に出るより、私はアナタと居られる方がいいわ」

 

 とはエリーゼの談。

 要望通り、休日もずっと一緒だ。膝枕したり、してもらったり。彼女は後ろ抱きがお気に入りみたいだ。

 

「ぼ、ボクは本が読みたいです。はい」

 

 とはグーラの談。

 要望通り、休日は図書館行ったり買った本読んだり。ソファに隣り合って読んでる事が多い。

 

 外出はOKだし、小遣い渡してるから好きに使ってもらっていいのだが、皆基本的に部屋に籠るのだ。たまに図書館とか行く程度で、けっこうずっと部屋にいる。すると、ルクスリリアの吸精に二人が混じるというパターンが多く……。

 いや、俺はいいのだ。元気100倍ロリコンマンである。けど、彼女等にとって本当に休養になってるのか、それが心配だ。

 

 下手に自主性に任せるより、こっちから言った方がいいのかな、とか思ったり。

 うーん、どうなんでしょう。

 

 まあ、俺たちの一週間はそんな感じだ。

 月朝から金夜までダンジョンとトレーニングの繰り返し。土日はそれぞれの要望を聞きつつ、基本は家か図書館でゆっくり。

 色んな異世界生活はあれど、俺的には最高の異世界生活である。ロリさえいればいい。

 

 さて、そんな生活を続けていくと、俺たちはとんとん拍子で強くなっていった。

 

 俺は弓を使い続けた関係で、下位の“弓兵”から上位の“ボウマスター”になる事ができた。

 途中、弓系中位職の“魔導弓兵”とか“重装弓兵”とかに浮気したりもしたが、ひとまず遠隔でも上位入りだ。

 弓ルートを通った事により、俺は“遠視”や“照準”といったロックオン系スキルを覚え、戦いの幅を広げる事ができた。また、魔導弓兵スキルの“矢生成”でいつでもどこでも魔法の矢を生み出す事ができるようにもなった。無手状態から手に矢を出せるって、結構不意打ちになる気がする。殴った方が早いと思うけど。

 

 ルクスリリアは淫魔姫騎士をレベリング中であり、最近は一個魔法を習得した。

 上位職の常か、レベルアップの速度はすごく遅い。一回上がった時のステータス上昇幅は相当なものだが、ポンポン上がる俺に比べると成長し難い気もする。DPSもそんなでもないし、獲得経験値も少ない気がする。

 けれど、対人訓練で最も勝率が高いのはルクスリリアだ。空中からの蛇腹鎌チクチク戦法はマジで強い。刺剣のチクチク戦法もマジで強い。あと逃げ足が驚くほど速い。逃げに徹したルクスリリアはそう簡単に捕まらない。

 

 エリーゼは、相談の結果上位職の“ドラゴンロード”になった。

 ドラゴンロードは竜戦士長からの派生選択肢にあった“竜将”よりも支援に偏ったジョブであり、使用可能武器種が減る代わりに習得スキルが多くバフ・デバフの効果も高い。名実ともに後方支援職だ。

 対人戦法に変わりはないが、上達はしてるはずだ。最近は訓練の成果が出てるのか魔法を当てるのが上手くなっている。まあ、エリーゼは一発当てられれば大抵ワンパンというクソゲー仕様な訳だが。なんかキャラランクの枠外にいるんだよなぁ。

 

 グーラはつい先日、剣士系上位職の“ソードエスカトス”になる事ができた。俺とオソロである。

 彼女の場合、DPSの高さもあって経験値の入りがエグいのだ。ザコを殲滅するのはエリーゼのが得意だが、ボスをぶっ殺すのはグーラの十八番である。やっぱ前衛物理アタッカーは華があるよ。近づいて斬る、相手は死ぬ。RTAで重宝されそう。

 対人戦の方も上達……というか、才能開花してる感じである。戦う度、負ける度に何かよく分からんモノを学習してるんだよな。ステとは無関係にグーラは戦闘が上手い。実際、彼女に同じ技は二度通用しないのだ。サイヤ人と聖闘士が超融合したようなロリである。

 

 個々の成長に比例して、パーティ戦の方も日に日に上手くなっている。グーラが攻め、ルクスリリアが牽制し、エリーゼがぶっ放す。俺は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応。けっこう様になってるんじゃないかな。

 俺がいない時の連携もトレーニング中である。司令塔はエリーゼで、ルクスリリアがナンバー2。グーラは「暴れろ」一択である。一回三人だけでダンジョンボス倒してもらった時も、ちょっと連携はぎこちなかったけどちゃんと倒せた。

 

「よし! お疲れー!」

 

 そんなこんなでハクスラ生活。

 緩急バランス塩梅よろしゅう、俺たちは上手い事やっていた。

 

 本日はキン〇マキラキラ金曜日。ちん〇んブラブラフライデーである。つまり、ダンジョンボスの命日だ。

 ステータスもPS(プレイヤースキル)も強くなった俺たちだ。たまにピンチになったりもするが、訓練の成果もありその都度リカバリーできるくらいには連携ができている。もはや中位ボスに負けるほどヤワではない。

 

「うえぇ~! 思いっきり泥かぶっちゃったッス~! ご主人~、綺麗にして~!」

「はいはい、“清潔”」

「汚くて臭い魔物だったわね……。グーラは平気?」

「はい、臭いの方は大丈夫です」

 

 そんな感じでいつものようにダンジョンを踏破し、いつものように帰還した。

 転移神殿に戻ると、俺はさっそく受付おじさんの下へ歩いた。

 

「あ、イシグロさん、うっす、今日もお疲れ様っす」

「ゲゲゲッ! イシグロ、ブジ、ヨカッタナ!」

「マジで今日も潜ってたんすか! マジパネェっす! あっ、グーラ先輩ちぃーっす!」

 

 受付に向かう間、俺に気づいた冒険者たちから声をかけられる。

 対人訓練で相手をした人たちは、あの後何だかんだ挨拶してくれるようになったのだ。

 

「どうも、お疲れ様です」

 

 嫌われるよりは全然いい。俺は関係を維持できる程度に挨拶を返していった。

 

「クックックッ……これが我が伝説の幕開けか」

 

 中には妙にキャラの濃い人もいる。鼬人少年のトリクシィくんだ。

 鉄札を眺めている彼は、真新しい装備を着て満足そうに笑っていた。

 

「あっ、イシグロさん、本日もお疲れ様でございました」

「トリクシィさんこそ、昇格したんですね。おめでとうございます」

「はい、日々精進して参ります」

 

 トリクシィくんは冒険者登録初日に決闘を申し込んできた駆け出しさんである。

 あの時は依頼の予約も打ち切ってたので断ろうと思ったのだが、一度木札級の腕前を見るべきだと思って結局彼のいう“決闘”を受ける事にした。

 結果はまぁお察しだが、それでもお互い良い経験になったと思う。何度倒しても起き上がってくるガッツは先輩方超えてるんじゃないかな。少なくとも俺には真似できない。

 

「換金お願いします」

「おう、緑の1番な」

 

 そんな感じで必要分を除いたドロップアイテムを換金し、金貨銀貨をアイテムボックスに入れる。

 今回潜ったのは中位迷宮であり、且つ最も売価の高いボスドロップは除いてるから稼ぎは少ない。今日のは後に使いでがあるからいいのだ。

 

「今日は何食べよっか」

「辛くはないんスけどぉ、暑いんでなんか冷やっこいの食べたいッスね~」

「なら、上森滝魚(ハイフォレスト・サーモン)の冷燻などどうかしら? 白葡萄酒にも合うのよ」

「く、燻製……!」

 

 この、休日前の充足感よ。

 オンとオフ。無敵な気持ちは凄い。やっぱメリハリつけてよかったと思える。

 

「ん?」

 

 と、噴水広場に足を踏み入れた、その時だった。

 ルクスリリアたちとの会話に夢中で今さっき気づいたが、何か唐突に物凄い懐かしさを感じ取った。

 これは、匂い? なんだろう、凄く知ってるはずなのに出てこないこの感じ。これ、どっかで……。

 

「何スかね、あの屋台」

 

 ルクスリリアの指差す方、そこには一つの屋台があった。匂いの発生源はそこだ。お客も何人かいる。割と繁盛してるっぽい。

 屋台の構造は前世のお祭りでよく見るタイプで、「焼き団子」とかかれた暖簾がかけられていた。屋台の横には旗があり、力強く流麗な書体で「実際美味い」とか何とか書いてある。

 店主は眼帯の森人女性で、首から金細工が下げられていた。金は銀よりまともだから安心である。ていうか、なんで金が屋台を?

 

「不思議な香りね」

「ええ、とても香ばしいです。よく分かりませんが、良い匂いです……!」

「焼いてるのは森人豆の団子ッスかね?」

 

 店主は網の上の串団子をクルクル回し、時折刷毛で黒っぽい液体を塗っている。それはまるで、前世のお祭りで見た焼き鳥屋のおっちゃんの様な……。

 

「……醤油?」

「しょーゆ?」

 

 ハッとなった。それから、ビックリし過ぎて固まってしまった。歩みを止めた俺を、ルクスリリアが見上げている。

 匂いも、熱した時のアレだ。ちょっと甘い感じもする。それと、少し違う匂いも。こっちも嗅いだことある。

 嗅げば嗅ぐ程そうだと思える。煙に混じったこの香り、お醤油のソレだ。

 

「皆、アレ食べてみよう」

 

 もしかしたら、という期待。俺は皆の肯定の返事を聞いてから、列に並んだ。

 

「すみません。二つの味を四つずつください」

「承ったでござる! 少々お待ちを!」

 

 ござる口調のエルフさんの技前を眺めること暫し、「へいお待ち」と出された紙皿を受け取った。

 串は一本につき三つの団子が刺さっており、その表面には濃い茶色の焦げ目がついていた。

 それから、それぞれに配って、いざ実食。

 

「……醤油だ」

 

 厳密に言うと、ちょっと違う。少しねっとりしてるし、ちょっぴり甘い。多分、醤油っぽい液体に砂糖なり何なりを混ぜているのだ。

 けれども、口に入れた時のしょっぱさや鼻から抜ける煙っぽさ、これは俺の知っている醤油に……みたらし団子によく似ていた。

 いや、団子部分は似てない。もちもちしていないのだ。米粉じゃない、普段から食べてる森人豆団子だ。

 

「こっちは味噌ダレ……」

 

 もう一方の団子を食べる。それは味噌だった。こっちは甘さはなく、味噌特有の辛さがある。醤油とは別ベクトルに、俺の思い出をプッシュしてきた。

 前世のお祭りの記憶が蘇る。遠い太鼓の音、焼きそばの匂い、雪洞に照らされたりんご飴の赤。

 

「美味い……」

 

 しみじみと、食べ終わった後の串を眺めてしまった。

 なにも、感動するほど美味かった訳じゃない。ただただ、思い出補正で美味しいと感じてるだけである。

 

「こっちのは美味しいッスね」

「そうね、私も同じ」

「ボクはどっちも好きです……!」

 

 そんな俺に対し、ルクスリリアとエリーゼはそれほどでもないっぽい反応。

 いやでもこれは、大発見だ。みたらし団子モドキはともかく、醤油(仮)と味噌(仮)の存在は大きい。焼き魚に、醤油をかけたくなって仕方がないな。

 

「すみません。このタレはどちらで売っていたか教えて頂けませんか?」

「おや? お客人は……?」

 

 思わず、声をかけてしまった。

 店主の森人女性は店を畳んでる最中だった。邪魔してごめんである。

 

「急に申し訳ありません。自分、西区で冒険者をしています。イシグロと申します」

「む、イシグロ? あぁいや失礼、拙者は“幽眼”のシュロメ。リンジュの冒険者でござる」

 

 シュロメと名乗った森人は、それこそ日本人の様にお辞儀をしてきた。

 俺もお辞儀をすると、それこそ日本人同士の様である。

 

「リンジュ共和国……このタレはリンジュの調味料ですか?」

「まあ、そうでござるな。これは最近、拙者が学者連中と協力して作った奴でな。まだそこまで出回っておらんのでござる。昨日許可証を貰って、今日はじめて売ったのでござるよ」

 

 シュロメさんの話を聞くに、どうやらこれはリンジュで新開発された調味料であるらしい。

 味噌っぽい奴も同じく彼女製であり、なんと醤油も味噌も百年かけて作ったのだとか。

 原材料は森人豆で、それをアレコレして出来上がった……という話を、シュロメ女史は嬉々として教えてくれた。

 

「へえ。ところで、それらの名前は何ていうんですか?」

鈴樹醤油(りんじゅしょうゆ)と名付けたでござる。こっちのは鈴樹味噌(りんじゅみそ)

「しょうゆ……」

 

 醤油と、味噌。

 異世界語翻訳でも、そうきた。

 そうか、そうか、あったのか、醤油……。

 

 リンジュ共和国。名前は知っている。

 ラリス王国に次ぐ人口第二位の国で、色んな種族が住んでいる。ラリスとは親分と子分の関係で、質の高い鉱物資源と木材が採れるらしい。

 そうか、リンジュが“東の国”だったのか……。

 

「醤油が気に入ったのなら、ぜひ買ってほしいでござる! 絶賛増産中でな! コケると赤字でござる!」

 

 はははと笑うシュロメさんだが、なかなかの豪胆さだ。まぁ、金細工だから金銭感覚が狂ってるのかもしれない。

 俺も人の事言えないし。

 

「わかりました。お売りになる際は店舗等の情報をギルドまでお伝え下さればと思います」

「了解でござる!」

 

 そうして、俺たちは広場を去った。

 久しぶりの買い食いだが、とても心が満たされる味だった。

 懐かしさと、この世界の広がりを感じたのだ。

 

「ご主人ご主人」

「ん?」

 

 そうして歩いてると、ルクスリリアが袖を引っ張ってきた。

 

「ご主人、あの串焼き食べてからなんか変だったッスけど、何かあったんスか?」

「あぁ……」

 

 まあ、正気は保ってるつもりだったが、端から見るとそうだったかもしれない。

 実際、テンションは上がっていた。ドキドキ、ワクワク、それからほんの少しの不安も。

 

「あれな、俺の故郷の調味料とよく似てるんだよ。名前も同じだった」

 

 俺の言葉に、最も強く反応したのはエリーゼだった。

 

「日本、だったかしら……」

「まあね、それで懐かしくなっちゃって」

 

 久しぶりに思い出してしまった。

 和食が一番美味いとは思ってない。味覚なんて九割個人差だろうと思ってる。

 けど、やっぱ食べ慣れたものは特別だ。離れると食べたくなる。

 

「アナタは……日本に帰りたいと思うのかしら?」

「いや全然」

 

 エリーゼの問いに、俺は即答した。

 これは全く嘘じゃない。色々悔いもあるし、やり残した事もある。寂しい思いがないではないが、それはそれ。

 色々あるが、今現在の俺はあっちよりこっちのが良いと思ってる。異世界ハクスラ生活最高である。

 

「そう……」

「まあ、リンジュには行ってみたいかなぁ」

 

 リンジュ共和国、まさかそこがファンタジーお馴染みの“東の国”ポジションだったとは……。

 

 東の国。もしくは、和の国とか何とか色々。

 ファンタジーな世界では、なんか日本っぽい国が何故かあるのである。

 

 なるほど、東の国があるなら刀や侍が存在してるのも納得だ。

 鉄とか木が名産ってのはそういう意味でもあったのか。

 

「リンジュ、それは何処なのでしょうか?」

「知らねッス。淫魔王国とはコッコーしてなかったと思うッス」

「ラリス王国に次ぐ多種族国家よ。そこには私とは別種の竜族がいるわ。変わり者連中よ」

「へぇ~。色々あるんスね~」

 

 東の国、俄然興味アリである。

 どんな所だろうか。和風ファンタジーの舞台みたいな感じだろうか、アジアをごっちゃにしたような洋ゲー風ジャパンだろうか。

 お米はあるのだろうか。畳は? お城の構造は? フグとか食べるのかな。毒入りフグは死ぬほど美味かったりするのかな?

 うーん、夢が広がる。

 

「いいなぁ」

 

 リンジュ旅行、行ってみたいな。

 旅行と言えば温泉だろう。伊香保、登別、道後、白骨、和倉、薬研、有馬、湯野浜、別府、草津……。

 

 温泉、混浴、ロリ三人娘……。

 布団の上のルクスリリア。温泉でおちょこを傾けるエリーゼ。旅館のご飯をお腹いっぱい食べるグーラ。

 

 めっちゃええやん。

 めっちゃええやん。

 

 あっ、忘れてた。ラリスの銭湯も気になってたんだった。

 ローマ風のお風呂、テルマエモドキである。混浴らしいし、皆と公然と入れるな。

 

 あと、刀だ。東の国といえばKATANAだろう。

 アニメ版の刀鍛冶編を見れなかった俺は今、刀に飢えている。せっかくの侍ジョブだ。刀があるなら使ってみたい。

 前にドワルフさんに注文したら色々あって拒否られたが、本場に行けば作ってもらえるかもしれないじゃん。

 

 うん、いいな。

 

 いつか行こうぜ、リンジュ共和国。

 

 

 

 翌日……。

 

「おや、こんな所で奇遇ですね。イシグロの旦那ぁ」

「へっへっへっ、ぶちぬき丸はどうですかい? そいつぁ結構。存分に使ってやってくだせぇ」

「あっ、そうだ。旦那、ちょっと良い情報がありましてね、へへっ」

「腕の良い刀鍛冶が来たんでさ。刀、作れる用意ができましたぜぇ」

 

 まあ、うん……。

 

 王都滞在、もうちょっとだけ続くんじゃ、である。




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 諸事情あり、次話はちょっと遅くなるかもしれません。


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ロリ娘ちゃんと共同浴場(上)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続いていると言っても過言ではありません。
 誤字報告も感謝です。マジで助かってます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 キャラ案もらえると驚く程やる気に繋がります。嘘に聞こえるかもしれませんが、本当です。

 アンケのご協力、ありがとうございました。
 結果、イシグロが注文した刀は「打刀&脇差」になりました。登場は少し後です。
 無銘と差別化できるよう、何か適当に考えときます。



 夏が過ぎ、季節はすっかり秋である。

 

 秋と言えば何だ。食欲か、読書か、運動か……ていうかこれ全部満たしてるな俺の一党。あと性欲もプラスしとこう。

 まぁそれは置いておいて、なんか知らんが夏の盛りが終わると妙な虚しさが心を通り過ぎるような気がしないだろうか。

 色んな秋がありますが、俺はそこに“物欲”も入れていいと思うんですよ。その虚しさを埋めるような感じで。

 うん、適当言った。別にそんな事ないわ。ただ、言い訳したかっただけだ。

 

「へっへっへっ! ご来店ありがとうごぜぇやした!」

 

 似非江戸っ子口調のイケボを背に、俺はドワーフみたいなエルフが経営するオーダーメイド武器専門店を出た。

 とても、大きな出費だった。消費でも投資でもない、気分的には浪費である。深夜テンションと若気の至りとその他諸々をミックスした衝動で、結構な額を使ってしまったのである。

 

「買っちゃった……!」

 

 本日、俺は皆と別れて一人でドワルフの店にやってきた。

 そこで、バカほど高い刀を購入してしまったのである。

 

 皆に何を買うか言ってない訳でもないのだが、なんか後ろめたい気持ちがある。この胸を掻きむしりたくなるような感覚、何なんだろうね。

 まあ、買っちまったもんは仕方ない。

 

 この世界において、刀という武器カテゴリーはピーキーになった直剣といった立ち位置である。

 基礎攻撃力が高く、斬撃・刺突の属性値に優れ、クリティカル威力が物凄い。代わりに扱いが難しく、盾との併用ができず、耐久性に難がある。決して。初心者向きの武器種ではない。

 今の俺には“無銘”がある。直剣は斬撃も刺突もできるし、特化武器でもない限り無銘一本で事足りるのだ。

 その点、今後のダンジョンアタックで刀が必要かどうかで言えば、要らないだろう。

 

 けど、買っちゃった。

 いくつになっても男子は刀を振り回すのが好きだろう?

 そういう事だ。言い訳にもならんね。

 

 ドワルフのセールストークに乗せられたってのも無いではない。が、決めたのは俺だ。

 今は要らんのに、前は欲しかったのだ。揺さぶられりゃあ堕ちやすい。

 

 以前俺が刀を注文しようとしたのは、エリーゼを購入する前の事だった。その時は何やかや言われて断られたが、今になって用意ができたと言われたのだ。

 しかも、打ってくれるのは本場リンジュの鍛冶師であるという。こうも条件が揃っていては、俺の財布の紐も緩まってしまうという話で……。

 

 模擬刀じゃない、真剣。どうせならと、ガッツリ実用的なモンを作ってもらう事にした。

 サンプル刀を振ってみてベストな長さを測ってみたり、使う敵を想定してみたり、合う補助効果を色々話したり。

 めっちゃ楽しかった。俺とドワルフ、夢中になって話しちゃったよね。

 

 で、提示された金額を見て、俺氏愕然。

 お値段、凡そ3億ルァレ。

 

 一応、この値段には理由がある。というのも、俺が注文した“無銘”や“ぶちぬき丸”は素材持ち込み作成であり、且つ馴染みのあるメンバーでバーッと作れたから安かったのであって、本来オダメ武器はもっと高いらしいのだ。

 加えていうと、今回使用される素材の“陽緋色金(ヒヒイロカネ)”と“青生魂寶(アポイタカラ)”なる石の希少性。プラス使い慣れない素材を使う事による試行錯誤代とか何とかで、とにかく高くなるらしいのだ。

 

 ロリでもないのに、億超えの出費。

 当然だが、ルクスリリア達のお金には手を出していない。けど、なんだか凄い喪失感だ。

 お陰で、残高が寂しい事になってしまった。次行くダンジョンは金策重視にしよう。  

 

「さて……!」

 

 ふぅと強めの呼気ひとつ。努めて意識を切り替える。

 完成は当分先らしいので、何となく計画していたリンジュ旅行は後回しだ。

 

 遠ざかってしまった温泉旅行。

 今日は、その代用をしようというのだ。

 

 

 

 少し歩いて、待ち合わせ場所の噴水広場に辿り着いた。

 見渡すと、広場の隅でベンチに座る三人の美少女の姿があった。三人はお喋りしながら串に刺さったお団子を食べていた。ふわっと醤油の匂いが鼻をくすぐる。どうやら本日もシュロメさんが団子を焼いてるらしい。

 

 気持ち早歩きで近づいていくと向こうも気づいてくれたようで、立ち上がったルクスリリアが先行して飛んで来た。

 その手には手つかずの団子。俺用も買ってくれたのか。

 

「はい、ご主人♡ あ~ん♡」

 

 言われた通りあーんされる。うん、OC! リリィのあ~んで倍率ドンだ。

 

「ありがとう。皆は何してたの?」

 

 浮いてるふわふわ頭を撫でながら問うと、近づいてきたエリーゼが応えた。

 

「通りの花屋を見ていたわ」

「はい。綺麗な花が沢山ありました……!」

「そうなんだ。あれ、買わなかったの?」

「あ、はい。観葉植物? は、あんまり……」

「グーラは地面からバーッと生えてるのが好きらしいんスよ」

「へえ。じゃあ、今度植物園的なトコ行ってみようか」

「しょくぶつえん……! い、行ってみたいです……!」

「植物の園? 何かしら、それは……?」

「さぁ? 淫魔王国にはなかったッスね」

「えっ、無いの? 植物園」

 

 そんな話をしつつ、俺たちは目的地へと歩き始めた。

 初めて行く所だが、迷いはしない。すっげぇ目立ってるし、その上部分を見た事があるから。

 目指すは西区で一番デカい風呂。

 

 テルマエ・ロリマエである。

 

 

 

 

 

 

 幸いな事に、異世界は風呂文化が盛んである。

 

 お安い宿屋でもお金を払えばお湯を用意してくれるし、中級宿屋には客共同の風呂がある。上級宿には部屋ごとに風呂が付いてたり。流石に追い炊き機能とかはないが、魔力があれば湯沸かしは簡単だ。

 何か給湯器的な魔道具があるらしく、使える人がフンと気張ればお湯を沸かせるのだ。薪燃やして沸かさないあたりエコである。

 

 で、そういう個人用風呂より盛んなのが、大衆浴場だ。

 これも大体三つのランクがあり、少額払って入れる小さな銭湯や、もう少し払って入れるそれなり銭湯。それから結構がっつり払って入れる如何にもなスーパー銭湯なんかがある。

 夕方になると、お風呂セットを持った家族が風呂屋から出て来る光景が見えたりするくらい、王都民と風呂は近しい関係にある。

 

 個人風呂と、大衆浴場。これらのお陰で、異世界は割と衛生的だ。

 一般王都民が毎日お風呂入る勢かどうかは知らないが、それでも皆さん身体を清潔にしていらっしゃる。

 魔術師とかは魔法で代用してるかもしれないが、それはそれ。最初俺も似たようなもんだったし、ともかくクリーンで何よりだ。

 

 話は変わるが、俺は温泉が好きだ。

 湯に指を突っ込んで泉地を当てられるほど大好きだったという訳ではないが、足を伸ばせる露天風呂に入るととても気分が良くなるのだ。

 

 温泉だけでなく、スーパー銭湯も好きだった。ジャグジーとか炭酸風呂とかサウナとかいっぱいある奴。

 脱衣場から入った時の、あの籠った音と解放感。身体動かした後のサウナに、その後の飯。最高である。

 

 リンジュ共和国に温泉があるかは知らないが、王都に無いのは知っている。

 代わりの異世界スーパー銭湯。伝染病とか諸々が怖くないではないが、一度は行ってみたいよね。

 

 ロリと混浴なら、尚の事。

 

 

 

「でっけぇ~」

「ッスね~」

 

 繁華街から外側に逸れた場所に、ひときわ目立つ建造物がある。どこまでも続くような白い塀に囲まれ、煙突めいた六つの塔が空を突くようにそびえ立っている。

 城か砦か、はたまた牢か。しかしてその正体は異世界屈指のスーパー銭湯。西区ニカノル大浴場である。

 

 件の目立つ建物に近づくと、その大きさは想像以上だった事が分かる。建物もデカいが、土地も広いのだ。ところで、東京ドーム一個分ってどれくらい広いんだろう?

 白い外塀の周り、学校の門扉めいた入り口からは人々が列をなしていて、門の前には槍を持った衛兵が立っていた。

 

「あれに並ぶのかしら……?」

「あんなに沢山の人が入るんですね」

 

 ニカノル大浴場の営業時間は昼過ぎから夜までである。それまで門扉は閉じている。なので、ちょうど今開門した。

 門の内側には屋根付きの受付があり、衛兵の適当チェックを通った人は受付にお金を払ってそのまま奥に入っていった。受付窓口は何個かあり、長蛇の列はスイスイと捌かれていった。

 

 四人揃って列の最後尾に着く。俺たちの前には如何にも金持ちそうなおじさんがいた。

 おじさんは妻と思しき女性と子供を連れて入る様で、その後ろに男女の奴隷を連れていた。これぞ裕福な家庭って感じ。奴隷は家族のお世話をするんだろう。

 おじさんだけでなく、ここに来る客はそれなりに身なりが整っている人が多い。けれども、止まり木協会で炊き出しに来ていた様な家族連れとかもいるあたり、庶民が行けないような場所でもないのか。裕福そうなとこもそうでないとこも、子供はみんな楽しみにしてるようだった。

 

 ゲートといい、雰囲気といい、広さといい。

 遊園地、そういう印象を受けた。

 

「ニカノル大浴場の利用は初めてでしょうか?」

 

 やがて俺の番になって人数分の料金を払うと、受付さんはそんな事を聞いてきた。

 素直に是と答えると、受付さんは大浴場の事を丁寧に教えてくれた。

 

 曰く、まず更衣室で男女に分かれてお着換えをする。

 その際、脱いだ服は更衣室にいる従業員に預ける。それにも料金がかかるので、お金は持っておく事。

 あと、中に入ってからも色々とお金は必要であると。

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

 説明の後、俺たちは早速ゲートをくぐった。

 更衣室に続く道は石造りの外廊下になっており、左右には綺麗に整備された庭が見える。突き当りはT字路になっていて、そこで男女で分かれるのだ。

 

「えーっと、とりあえずルクスリリアに渡しとくな」

「あいッス」

 

 小銭入りの巾着袋をリリィに渡し、ここで一旦お別れだ。

 俺は男子更衣室に、ルクスリリア達は女子更衣室に。

 なんか市民プール思い出すな。

 

 男子更衣室に入ると、当然ながらそこにはお着換え中の男たちがいた。

 屈強な異世界人らしく、皆さんなかなか良い身体をしている。そういえば、異世界来てからというもの、男女共に太った人見た事ないな。太い人はいたけど、あれはプロレスラー体型というか。いやそれはいい。

 

 システムを確認する。従業員さんの横に木籠があり、皆そこにお着換えをインしていた。それから服の入った籠を従業員に渡すと、小さな札のついたブレスレットみたいなのを渡されていた。

 預けた籠は、奥まった部屋から出てきた奴隷が回収していった。多くの人は貰ったブレスレットを腕に巻いていたが、金持ちそうなおじさんは奴隷に持たせていた。なるほど、大体わかった。

 

 例に倣って、俺も装備ではない普段着を脱いだ。今から入るのは混浴だ。なので裸ではなく局部を隠す海パンみたいなのを履く。

 入浴に海パンとは妙な気分だが、これがラリス式なら従おう。俺は万一にもずり落ちないよう、腰紐をキュッと縛った。

 ちなみに、銀細工は風呂の中では外していいらしいので、銀の貴重品はアイテムボックスにポイだ。

 

「よろしくお願いします」

「はい。お戻りの際はこちらを提示してください」

 

 脱いだ服を入れた籠を預かり係さんに渡す。お金を払ったが、高くはなかった。

 渡されたブレスレットには番号付きの木札が付いていた。これを見せて返してもらうんだろう。

 ふと、着替えも何も収納魔法(アイテムボックス)でしまっちゃうのはどうなんだと思ったが、やめといた。郷に入りては郷に従えだ。

 

 さて、準備OK。いざ出陣。

 更衣室を出ると、そこは廊下になっていて、二度ほど曲がると広いエリアに辿り着いた。

 

「おぉ……」

 

 異世界スーパー銭湯。どんなものかと思っていたら、それは予想以上のクオリティだった。

 更衣室を出てはじめに来たエリア、そこは屋根付きのアーケード街とホテルのロビーを悪魔合体させたような場所だった。

 内と外を繋げる通路にして、行き帰りの安らぎ空間。此処はそういうトコなのだ。

 

 天井は体育館ほどに高く、人の話し声が反響して聞こえる。床はじんわり温い石製で、真ん中には緩やかに流れる水路があった。水路の中心には控えめな噴水があり、そこに足を突っ込んで涼んでいる男女がいる。

 アーケード街と感じたように、壁沿いには何かしらの店舗がズラリと並んでいる。結構本格的なレストランから、マッサージ店、石鹸や香油を売っている店もある。

 今ここにいる人の多くは水着姿だ。服を着てるのは従業員か。従業員には首に奴隷証を付けてる人もいたが、外で働いてる人より表情が柔らかい。

 

 騒がしいというより賑やか。混雑しているというより、繁盛している。ここに居る人たちは、皆楽しそうにしていた。

 どこぞの流儀じゃあないが、ホントにテーマパークに来たみたいだ。テンション上がるなぁ。

 

「あっ、ごしゅじ~ん!」

 

 異世界銭湯の賑やかさに圧倒されていると、視界外から聞き慣れた声が聞こえた。振り向くと、そこには三人の天使がいた。

 いや、天使というとこの世界では適切ではない。とにかく、どちゃくそに可愛いロリがいたのだ。各々、胸元の奴隷証がキラリと光る。

 

「お待たせ」

「今きたとこ」

「ここでもやるのね、それ……」

「あっ、ちょっと待ってくださいぃ……!」

 

 いつもの待ち合わせの常套句を返しつつ、俺はまじまじと三人の艶姿を網膜に焼き付けた。

 此処は共同浴場であり、男女混浴だ。一部形骸化しているところもあるらしいが、原則局部を隠す規則である。

 俺はシンプルな謎革製の海パンスタイルだが、彼女たちは各々オシャレな水着を着ていたのだ。

 

「ふふ~ん♡ どうッスか? エロいッスか?」

 

 ルクスリリアは極めて露出部位の多いマイクロビキニ風の水着を着ていた。隠してるのは本当に局部のみで、他は惜しげもなく晒されている。

 普段から露出度の多いルクスリリアである。今回はそれに輪をかけてエッチだった。健康的な身体には肌荒れしている箇所が全くなく、シミ一つとして存在しない。メスガキのドヤ顔はわからせ検定一級である。

 無意識にお腹を注視してしまう。普通にしてるけど、今あの中には……いや、止めておこう。勃起しそうになる。

 

「それにしても凄い建造物ね……。竜族式とは全然違うわ」

 

 エリーゼはパッと見スク水に見える水着を着ていた。平坦な胸の上で綺麗な鎖骨が輝いている。

 スク水とは言ったが、構造は上と下が独立しているタイプだった。所謂、旧々スクである。

 旧々スク、もちろん大好物だ。胸の名札はないが、彼女には綺麗な字で「エリーゼ」と書いてほしい気持ちがある。いや、丸文字で「えりーぜ」とかでも……いやそれは狙い過ぎか、いやむしろそれがいい。想像すると勃起しそうで危険である。

 

「うぅ……ぼ、ボクなんかがこのような派手な服を着て……」

 

 もじもじと恥ずかしそうにしてるグーラの水着は、可愛らしいリボンやレースの付いた乙女チック全開水着だった。

 彼女が気にしているのは露出云々ではなく、如何にも少女趣味なデザインの水着を着てる事だろう。俺的にはオールオッケーだ。スポーティな雰囲気の女の子が、キュート極振りの服を着て羞恥に悶えている姿は健康に良いのだ。

 本当に、グーラの褐色肌は表情豊かである。日に当てられるとスポーティで、水に濡れるとエロの化身なのだ。背中からお尻にかけて、水滴の流れる様といったら筆舌に尽くしがたいほど、エロい。猟師の魂も勃起しそうだ。

 

「皆すごい似合ってるよ」

 

 そんな彼女等の神々しい御姿に、俺の語彙は消失してしまった。

 と言うか、股間のカイオーガがゲンシカイキしないように気を付けていて、脳リソースが持ってかれてるのである。

 このままじゃ“かたくなる”からの“メガホーン”で“からをやぶる”してしまった後に“ハイドロポンプ”が暴発しそうだ。幸い、俺の(ヘキ)に露出癖はない。

 

「きひひ♡ できればもう少し気の利いたセリフ言って欲しかったッスね~♡」

「まあ、アナタにそういうのは期待していないわ。けれど、精進なさい……」

「に、似合っている、のでしょうか……?」

 

 メスガキスマイルを浮かべるリリィに、パサッと髪をかき上げるエリーゼ。さらに顔を赤らめるグーラ。

 控えめに言ってクッソかわいい。デビルマンじゃなくてもわかるマンだ。ワイトもそう思うよな?

 やっぱ、可愛いロリに水着が合わさり最強よ。水着ピックアップがよく回る理由が分かるね。

 

 前に見せてもらったのは、もっと地味でシンプルな水着だったが、今回のは彼女たちが休日に購入した奴だ。

 その日に「何買ったの?」って訊いたら「見た時のお楽しみッスよ~」とはぐらかされたのである。なんというサプライズ力。そして何というエロ可愛さ。

 気を抜くと人の鼻の下と下の象の鼻が伸びてしまう。息抜きなのに気を抜けないとはこれ如何に。

 

「いやホントに似合ってる。えーっと、リリィはこう……セクシーだし、エリーゼは可愛くて綺麗だ。グーラもフリフリしてるの凄く可愛いと思う、変じゃないよ」

「え、えへへ……。変じゃないなら、いいんですけど……」

「うわ♡ ドーテー臭っ♡ ご主人~、もう少し落ち着いて見れないんスか~♡ 銀細工持ちとは思えないッスね~♡」

「嗤ってはいけないわ、ルクスリリア。人の子は成長するのよ、見守りましょう?」 

 

 そんな感じで、俺たちは異世界スーパー銭湯に初入りしたのである。

 まだ入浴してないのに、俺の心はポッカポカだった。




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 前話に遅れるかもと書いたな、あれは嘘になった。
 予定は未定ですからね、どうなるかなんてわかりません。
 けど、次も予防線張っときます。次話遅れるかもしれません。


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ロリ娘ちゃんと共同浴場(中)

 感想・評価など、ありがとうございます。全て読ませて頂いた上、続きを書く気力を補充しております。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 何度も書きますが、出て来る時はヌルッと別人化して出てきます。基本原型留めません。
 出すかどうかも作者次第です。リンジュキャラはもう少し後ですね。

 後書き読んでくれると嬉しいです。


 エントランスを抜けた先、そこは開放的な野外エリアになっていた。

 感覚的には野球場よりも広い。中心にはウエディングケーキのお化けみたいなクソデカ噴水があり、そこから流れる水が葉脈の様に水路を通って区画全体に広がっていた。

 大きな水路の間には美しい曲線を描く橋があり、流れるプールの様な水路を横断する細い足場なんかもあった。

 さっきのエントランスも賑やかだったが、こっちはそれに輪をかけて賑やかで華やかだ。当然、従業員以外はみんな水着姿である。

 

 ニカノル大浴場は、上から見ると六角形の真ん中に穴が開いてるような構造になっている。

 エントランスを出たここは、ニカノル大浴場の中央広場。スーパー銭湯というより、屋外のアミューズメントプールといった印象だ。

 

 浴場内の野外広場、楽しみ方は人それぞれ。リクライニングチェアで日向ぼっこしてるお姉さんもいれば、噴水周辺のプールで泳いでる子供もいる。芝生エリアでは筋肉質な男たちが格闘技の練習をやっていた。

 かと思えば、フードコートっぽい場所に並んでる屋台では淫魔氷菓が売られているし、ステージみたいなとこで芸人たちがパフォーマンスをやっていた。足湯カフェみたいな場所で議論してる知識層っぽいエルフたちもいる。

 なんというか情報量が多い。捌ききれない。とにかくいっぱい人がいて、色々やっていた。

 

「ほわぁ……す、すごい人です……!」

「開いたばかりだし、まだ増えるのよね……」

「むむっ、みんな水着なのにエロい事考えてる人が少ないッスね……なんでッスかね?」

「気を付けてるんじゃないかな」

 

 話しつつ、ひとまず近くにあった立て看板を見る。

 看板にはニカノル大浴場の簡単な地図が描いてあり、どこに何かがあるか載っていた。

 

「おっ、露天風呂あんじゃん」

 

 ちょうど野外広場の端っこの方に露天風呂があるとの事で、さっそく行ってみる。

 ちょっと歩いて橋を渡って緩い階段上った先、広場を俯瞰できるポイントにそれはあった。

 

「えぇ? 何ですかこれ?」

 

 困惑の声を上げるグーラ。俺も困惑した。

 露天風呂と聞いてイメージするものとは大分違う。一つのデカい浴槽があるんじゃなく、そこには複数のバスタブが並んでいたのだ。

 いや、それより気になるのが、そのバスタブがまんま巨大な貝だった事だ。そう、その貝だ。

 

 貝の形は様々で、まんまアサリからホタテ等、一番デカいあの貝はカキか。質感といい何といい、今にも動き出しそうである。

 ていうか、なにげに異世界で初めて貝見たな、人を食いそうな化け物貝だけど。

 

「これ本物だったりするのか……?」

「偽岩巨貝ね。鉱山の近くにいるそうよ」

「ほえ~、初めて見たッス」

「鉱山? えっ、魔物?」

「魔物じゃないわ、野生動物よ」

「マジか」

 

 どうやら、異世界の野生動物は随分とパワフルな進化をしてるらしい。

 確かに、前に森で倒した魔物は死体残らなかったもんな。どんだけ魔物じみていても、死体が残れば動物判定な訳だ。

 

 件の化け物貝に触ってみる。外はザラッと、中はツルッとバスタブ触感。浴槽には流しそうめんの竹みたいな奴からお湯が流れてきており、いい感じの水量を保っている。

 ええいままよと勇気を出して入ってみると、意外と座りの良い風呂だった。

 湯量は胡坐をかいた半身浴ほどだが、いやはやどうにも不思議な気持ちである。

 

「意外と悪くないな」

「んじゃ、失礼するッスよ~」

「不思議な感じね……」

「じゃ、邪魔だったら言ってくださいね……?」

 

 俺の後に三人も続く。化け物貝バスタブとはいえ、四人入るとちょっと狭い。

 が、この狭さが良い。右にルクスリリア、左にグーラ、真ん中にエリーゼというロリハーレムバスである。小さい身体、柔らかい肉体、ツルツルスベスベの肌が当たって気持ちがいい。

 実に、良い。湯舟は貝だが露天の風呂だ。実に気分がよろしいな。

 

「あぁ~、いいなぁ~」

 

 もうこれだけで来てよかったと思える。宿屋の風呂も悪くはないが、こういう味変もたまには良いものだ。

 

 ふと周囲を眺めてみると、この貝露天風呂の利用者には共通点があった。

 彼らは家族連れだったり、カップルだったり、あるいは女の子同士で入ってたり。皆さん、複数人でこの狭さを堪能してキャッキャと楽しんでいた。どうやら、お一人様には好まれないらしい。

 

 その点、俺は最高に勝ち組である。なんたってタイプの違うロリ美少女を侍らせて露天風呂に入ってるんだからな。

 メスガキ淫魔のルクスリリア。ダウナーお嬢様のエリーゼ。褐色ケモミミ少女のグーラ。ロリ御三家勢ぞろいじゃないか。なんて豪華な旅パなんだ。

 この世全てを手に入れた気分である。露天風呂、女、あえてそこに何かをプラスするなら……。

 

「酒飲みたくなってきた」

「へえ、いいわね」

「エリーゼは本当にお酒が好きですね」

「風呂でお酒? それも日本式ッスか?」

「身体には悪いけどな」

 

 まあ、流石にやらないけどさ。

 やるとしたら夜の露店温泉でおちょこを傾けたいところ。

 

 そんな感じでハーレムバスを堪能中、ゆったりと広場を眺めていると、これまたファンタジーな光景が目に入った。

 

「え、なにあれ?」

 

 屋台エリアの奥、壁沿いの水路に半透明のヤシの木が生えていたのだ。スライム的な半透明でなく、ツルッとカクッとしてる感じの、クリスタル半透明だ。

 仮称クリスタルヤシの先端には、これまた単水晶形の半透明の実が成っていた。風に揺れる葉がキラキラと太陽光を反射していた。

 

「あれ、あの水晶の木なに?」

「清浄樹の一種よ。知らないの?」

「初めて聞いた……」

「魔道賢者ゼノンが残したという遺産の一つよ。不浄な水を綺麗にしてくれるの。アレのお陰で王都は綺麗な水が流れてるのよ。ちなみに、あの実の中身も飲めるらしいわ。飲んだ事はないけれど」

「へぇ……」

 

 王都には複数の川が流れており、それは俺が見た事あるヨーロッパ川より遥かに綺麗だった。

 しかし、なるほど一応理由はあったのか。流石のナーロッパ川である。ファンタジー舐めんな地球だ。

 

 感心しながら見ていると、翼の生えた従業員がクリスタルヤシの実をもぎ取ると、屋台に置いてあったコップに実の中身を注ぎ、何かシロップ的なものを混ぜて客に手渡していた。受け取った客はその場で一気飲みしていた。

 

「わっ、ホントに飲んでいますね……」

「ッスね~」

 

 なんか立て続けにファンタジーに遭遇したな……。

 いやまあ、俺も異世界生活一年過ぎてないもんな。知らない事ばっかよ。

 

 で、だ。

 

 しばらく暖まったところで、巨大貝風呂を出る。

 身も心もポカポカしている。スーパー銭湯の醍醐味は色んなお湯を楽しめるところだ。次のお風呂行ってみよう。

 

「おぉ、懐かしいなこういうの」

「よっと、こんくらい余裕ッスね~」

「翼出しながらじゃあ誇れないわよ」

「足場を壊さないよう跳ばないといけませんね……」

 

 落ちたら着水という細い飛び石足場を小ジャンプを使って渡る。子供の頃に行った遠足でこういうアスレチックあったな。

 それから芝生エリアを道沿いに進み、俺たちは屋内浴場スペースに入って行った。

 

「お風呂が沢山ありますね。何が違うんでしょう?」

 

 屋内浴場の一角。そこには、今度は一転前世スーパー銭湯で見た事あるような光景が広がっていた。

 寝そべって浸かる浅い風呂に、深く丸いお風呂。一番大きな浴槽には柱があって、柱の上からちょろちょろとお湯が流れ落ちていた。

 

「あら、蒸し風呂じゃない」

 

 エリーゼの視線の先、開けっ放しの大きな扉。その上には異世界文字で「温浴室」と書いてあった。

 すると、温浴室から一人のマッチョが出てきた。彼は汗に濡れた身体をタオルで拭っていた。その顔には疲労と満足感が浮かんでいた。屈強な異世界人でも、サウナ後は貧弱地球人おじさんと同じだった。

 

「蒸し風呂……エリーゼが前に行っていた竜族式のお風呂ですよね」

「ええ、そうよ。竜族式は一つの建物がそうなのだけれど」

「エリーゼは汗あんまりかかないもんな。何でなんだろう」

「知らないわ」

「アタシ等に効くんスかね? 基本、魔族汗かかないッスよ」

「ぼ、ボクも暑くて汗をかく事はできませんね……」

 

 話しながら温浴室に入ると、モワッとした蒸気に包まれた。石床が夏の砂浜の様に熱く、さっきの場所よりも音が反響して聞こえる。

 広さは更衣室すぐのエントランスほどで、まるで前世で見た礼拝堂の様にベンチが並んでいた。ベンチにはポツポツと人がいて、手うちわでパタパタやっていた。

 

「できれば人のいないとこがいいんだけど……」

 

 何でもいいが、俺は銭湯は好きな癖にサウナは他者と離れたい人だった。

 サウナ入って自分一人だと得した気分になる。やっぱ風呂は一人が……いや、ロリと一緒の方が素晴らしいな。

 

「あら、あそこ入っていいんじゃないかしら……?」

 

 いい感じの場所はないかと歩いていくと、左右の壁沿いに木製の小屋の様なものがあるのに気づいた。

 小屋の形はマイクラで作った様な豆腐ハウスで、それがみっちりと並んでいる。扉の上には「発汗室」と書いてあった。

 まるでカラオケ店の様である。空いてる小屋はドア開けっ放しで、使用中の小屋は閉まっている。イメージとしてはこっちのがサウナっぽい。

 

「こっち入ろう」

 

 空いてる個室に入り、ドアを閉めた。閉める時の圧力からして、マジサウナだ。

 小屋の中は案の定狭く、L型の一段長椅子がある程度だった。入ってみて分かったが、屋根は一部ガラス製で温浴室の灯りを取り入れる仕様だった。

 

「おぉ、密室……! ご主人、ここなら吸精できるかもッスね♡」

「流石にしないよ」

「ふ、不思議な感じですね……湯気を浴びるのでしょうか?」

「いいえ、この熱を感じるのよ」

 

 言うと、エリーゼは真っ先に座ると、リラックス姿勢に移行した。そうされると鼠径部が強調されて凄くエロい。

 俺もいつものサウナスタイルで座ると、ルクスリリアとグーラは俺を挟むように座った。リリィの長い足と、グーラの蒸気に濡れた褐色の肌が艶めかしい。

 おっと、血が下に行ってしまう。サウナでそれはシャレにならない。

 

「で、此処で何すんスか?」

「言ったでしょう? この熱を楽しむのよ。心を落ち着けて、徐々に上がっていく体温を感じるの」

「やっぱり、暑いと汗かくんですね。ご主人様の匂いがします」

「あぁ、うん……。グーラは平気そうだな」

「ええ、はい。熱と言っても、ダメージはありませんから」

「アタシも全然ッスねー。淫魔の汗はそういう目的のじゃないんスよ」

「確かに、ルクスリリアは夜伽の際は汗かきますよね」

「舐めたら欲情するッスよ。今舐めてみるッスか?」

「ホントに凄いな淫魔って……」

 

 異世界ナイズドされた俺でも、暑いものは暑い。汗か蒸気か肌が濡れ濡れだ。

 同じく、エリーゼも汗をかいている。首から玉の汗が滲み出て、それが一筋落ちていく。やがて鎖骨のポケットに辿りつくと、それは艶消しのスク水に滲んでいった。

 我知らず喉がなる。ほうと満足そうなエリーゼの吐息が妙に煽情的に感じる。このドラゴン、スケベ過ぎる……!

 

「あらあら、どうしたのかしら? アナタ……」

「可愛いなって」

「素直なんだか、そうじゃないんだか……ふふっ」

 

 魔力で感情が分かるのだ。エリーゼに嘘は通じない。

 嘘ではないが全てではない俺の言葉に、エリーゼは薄く笑んでみせた。

 

「も~! ご主人もエリーゼも何かズルいッス~! ちょっとは魔族サイドを気遣え~!」

「ごめんごめん。暇だったらさっきの清浄樹ジュース飲んできてもいいよ。お金余ってるよね?」

「それは何か違うッス~!」

 

 そんな感じでサウナを満喫していると、退屈したルクスリリアは狭いサウナ室を物色し始めた。

 同じ暑さ無効でもグーラは大人しくしている。というか、俺の身体にぴったり張り付いてリラックスしていた。止めてくれグーラ、その身じろぎは俺に効く。

 

「見て見て! なんスかこの葉っぱ!」

「あら、熱波団扇じゃない。いいわ、それで私たちを仰ぎなさい」

「えぇ~、エリーゼの奴隷じゃないんスけどねアタシ~」

 

 と言いつつ、ルクスリリアはコログの葉みたいなのでぱたぱた仰いでくれた。

 もわっとした風が全身に当たる。湿った巨大ドライヤーの風でも受けている様だ。

 

「気分が良いわ……」

「ちょっと竜族の感覚が分かんなくなってきたッス」

 

 エリーゼはご機嫌だ。対し、ルクスリリアはすぐに飽きちゃったらしく葉っぱ団扇を元の場所に戻した。

 

「ん? この葉っぱは……」

 

 ルクスリリアが手に取ったのは、さっきの葉っぱとは形の違う葉っぱだった。

 さっきのが団扇だとしたら、こっちのは葉っぱの長いネギだ。茎が太く、長い葉が沢山ついている。

 

「それはドワーフ式蒸し風呂で使われる道具ね。仰いで風を送るのではなく、身体を叩くのに使うの」

「た、叩く……?」

「ほう、ほうほうほうっ、叩くんスか!」

 

 ちょっと怯えるグーラに対し、ルクスリリアはにんまりと満面のメスガキスマイルを浮かべた。

 

「つまり、お風呂でプレイする為のムチって事ッスか?」

「違うわ。この葉っぱで身体を打って、血の巡りを良くするとか聞いたけれど……」

「きひひ♡ じゃあ、アタシがやってあげるッスよ♡ エリーゼ様、さぁ何なりとご命令を♡」

「遠慮しておくわ……」

 

 エリーゼの説明を聞いて、ピンと来た。

 フィリピン式だか何だかで、身体を葉っぱでペシペシやるってのを聞いた事がある。あれ? どこ知識だこれ? まぁいいや。

 とにかく、前世で体験できなかった事だ。ちょっと興味がある。

 

「じゃあ俺にやってもらおうかな」

「かしこま~ッス♡」

「ご主人様、大丈夫ですか……?」

「だいじょぶだいじょぶ」

 

 心配するグーラに答えつつ、ちょっと退いてもらってL字段にうつ伏せに寝そべった。

 いつでも来いの姿勢である。

 

「叩くといっても、どうするのでしょうか? まさか、迷宮で武器を振るうのと同じではないでしょうし……」

「さぁ? そこまでは知らないわ……」

「ふふ~ん、竜族式だかドワーフ式だか知らないッスけどね、淫魔にムチ使わせりゃ右に出るモンいねぇんスよ! ほぉら、行くッスよご主人♡」

 

 言って、ルクスリリアはムチ葉っぱを大きく振りかぶった。

 

「このマゾ豚野郎!」

「ぬおっ!?」

 

 バシィーッ! と、俺の背中に鋭い痛み。いや、痛みというほどのものでもないが、しかししっかり感じられるくらいにはピシッと来た。

 

「ご主人様、痛くないのですか……?」

「あ、あぁ……まぁ痛くはないけど」

「何か間違っている気がするわ……」

 

 派手な音は鳴ったが、それほど痛くはない。俺はルクスリリアに続けるよう言った。

 

「どんどん行くッスよ♡ ほら、ご主人の大好きな鞭ッスよ! ありがたく頂戴しなッス!」

 

 バシィーッ! バシィーッ! バシーッ! 一発一発、肩甲骨から足先まで丹念に叩かれる。

 ムチめいた葉っぱで叩かれる度、俺の身体に甘い痺れの様なものが広がっていくのを感じた。痛いけど気持ちいいというか、痛気持ちいいのだ。

 これってM的な快感なのかな……?

 

「そんなに気持ちいんスか! この変態め! これじゃどっちが奴隷か分かったもんじゃないッスね!」

「んぅ~っ!」

「あら、意外と楽しそうね」

「なら、ボクがエリーゼを叩きましょうか?」

「え、遠慮するわ……」

 

 バシンバシンバシン! 淫魔お得意のムチ捌きで俺の身体は隅々まで叩かれていった。

 

「はぁ~♡ なんか快感♡ ほら、皆もやってみるッスよ♡」

「いいわね、貸して頂戴」

「そっちはやるんですね、エリーゼ……」

「お手柔らかに」

「思いっきりいくわよ。えーっと……この、変態!」

 

 ぴしっと勢いの割に弱い一撃。やっぱテクニックが必要らしい。

 ていうか、罵倒はセットじゃなくていいから……。

 

「上手くいかないわね……」

「そんなんじゃ足りねぇッス! もっと魂籠めるッスよ!」

「魂……そうだわ」

 

 何か思いついたらしいエリーゼ。それから、今度は僅かに魔力を籠めて葉っぱを振りかぶった。

 

「この……朴念仁(・・・)! 唐変木(・・・)! ヘタレ(・・・)!」

 

 ピシッ、ピシッ、ピシッ……相変わらず音は控えめで、全く痛くない。

 いや、痛みはないが癒やしがある。この感覚には覚えがあった。エリーゼは葉っぱに権能で祝福を付与したのだ。

 精神異常回復を受けた時の、あの多幸感が広がっていく。叩かれる度、罵倒される度にふんわり幸せな気持ちになる。

 

「ふぅ……これくらいかしら」

「ほう……鞭テクの方はまだまだッスけど、それを種族特性でカバーするッスか……。エリーゼ、恐ろしい子……!」

「じゃ、じゃあ次はボクが……」

 

 楽しそうに葉っぱを受け取ったグーラ。ロリに打たれて幸せになってる俺。

 色々と気を付けていたが、何かもうどうでもよくなってきた。このまま隠れて愉しんじゃってもいいんじゃないか……。

 

 それから、グーラはムチ葉っぱを両手で振りかぶった。

 さあ、思い切り来い!

 

「この……」

 

 瞬間、俺の危機察知チートが警鐘を鳴らした。

 ガー不じゃない。受け流し可能。食らってもダメージは低い。けど、当たると痛い系の攻撃……回避は、間に合わない!

 えっ、葉っぱって攻撃判定なんですか?

 

「万年発情期……!」

「いってぇッ!?」

 

 バッシィーッ! と、それはもう盛大な打擲音が響き渡った。

 僅かながら俺のHPが減少した。異世界ナイズドされた俺の肉体に葉っぱでダメージを与えるとは、やるなグーラ。

 

「あっ! すすす、すみませんご主人様!」

「あぁいや……大丈夫、今の良い気付けになったから……。うん、サウナは程々にしておこう……」

「いい音鳴ったわね……。回復は……あら、武器がないわ」

「グーラ、叩く時はもっと真心籠めるッスよ」

「真心? 叩く時に、ですか……?」

 

 まあ、今ので分かった事がある。

 幸か不幸か、俺はマゾではなかったようだ。

 

 まぁけど、次来た時はもう一回やってもらおうと思った。

 どうせなら、次は全員同時に来てほしい。

 

「う~ん、もっと手首の曲げ具合が……」

「今度アタシが教えてあげるッスよ」

「は、はい……!」

 

 ……手加減はしてほしいけど。




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ロリ娘ちゃんと共同浴場(下)

 感想・評価など、ありがとうございます。ひとつひとつ拝見させて頂いております。
 誤字報告もマジ感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 例によって、出てくる時はほぼ別キャラと化しているのでご了承ください。

 一連のエピソード、分かりやすいようにサブタイを統一しました。
 あと、後々の展開を考えて以前のとある部分を修正しました。すり替えておいたのさ!
 こういう事平気でやります。


「ふぃ~」 

 

 蒸し暑い温浴室から出ると、肌に当たる空気がやけに心地よく感じられた。

 焼けるようだった石床が冷やっこく、歩く度に足底と床がピタピタ張り付く感じが堪らない。

 実にサウナ後って感じだ。

 

「竜族式なら、この後全身に“清潔”をかけるのだけれど……」

「いなそうだね」

 

 まぁ全身を綺麗にする為に入る風呂屋で全身を綺麗にする魔術師の出番はないよな。

 何なら俺がやってあげてもいいんだが、流石に専門家ほど上手くやれる自信はない。

 

 さて、サウナの後は水風呂に入ってから外気浴というのが定番だが、どうしたもんか。

 暑さ無効の二人にサウナルーティンにつき合わせるのもなぁって気持ちがないではないが、俺の視線は無意識に冷たい水風呂を探していた。

 

「お?」

 

 などと思いつつ屋内スペースを歩いていると、なんだか見覚えのあるモノを発見した。

 ぽつんと、それは屋内スペースの端っこにあった。シルエットだけ見ると四角い東屋って感じ。四つの柱の四角い屋根があり、その下からザーザーと雨の様に水が落ちてくる仕組みで……。

 

「じ、地獄のシャワー……!」

 

 そう、地獄のシャワーみたいなのがあったのだ。

 大きさや構造は大分異世界ナイズドされているが、アレは紛う事なき地獄のシャワーだ。あるいはレベル99のオーバーヘッドシャワーか。

 近くに行ってみると、冷たい飛沫が身体に当たった。何気に異世界でシャワーを初めて見た。説明看板には「雨露水浴」と書いてあった。

 幸運な事に、今現在雨露水浴を使ってる人はいない。特大シャワー独占とはなんと贅沢な。

 

「変なものを考えるのね、人間は」

「これは、雨を再現したものなんですね」

「だな。じゃ、これちょっくら行ってくるよ。無理そうだったら待ってて」

「あっ、アタシも入るッスよ~」

 

 結局、皆で浴びる事になった。

 学生時代を思い出しつつエントリーすると、火照った全身に上から下から冷たい水の洗礼。じわ~っと身体の芯に熱を感じる。おぉ、これはいい。

 

「あぁ~。いいッスね~」

「せっかく暖まったのに、不思議な文化ね……」

 

 シャワーを浴びているというより、雨を浴びている感じに近い。見ると、ルクスリリアはショーシャンクなポーズでシャワーを浴びていた。

 屋根全体がシャワーノズルの様なものだ。身体の一部でなく全身に水を浴びる事ができる。水の勢いはさほどでもないが、久しぶりのシャワーは実に心地よかった。

 

「ん?」

 

 ぺたっと左腕に感触。見ると、グーラが俺の前腕にしがみついていた。彼女の耳は折りたたまれ、目はギュッと閉じられていた。

 そういえば今まで意識してなかったが、グーラは種族特性で水属性が弱点なのである。冷水はダメージ判定なのかもしれない。

 

「グーラ大丈夫か?」

「えっ? あ、はい大丈夫です。なんか、びっくりしてしまって……すみません。えと……目が開けられなくって、このままでもよろしいでしょうか……?」

「ああ」

 

 どうやらダメージはないようだ。なんかシャワー嫌がるワンちゃんみたいである。俺の腕でいいならいくらでも。

 

「ふふっ、アナタは暖かいわね……」

「お? なんスかなんスか? ご主人で遊ぶならアタシも混ぜろッス~!」

 

 キャイキャイと地獄のシャワーに花が咲く。左腕はグーラに抱っこされ、右半身はエリーゼにさすさすされる。ルクスリリアは前から両乳首を攻撃してきた。

 そんな事をされると、サウナとは別の熱が身体を駆け巡ってしまう。地獄のシャワーかと思ったら天国のシャワーだった。

 

「あら、こんなところで……なんて節操のない」

「あはー♡ ご主人乳首立ってるッスよ~♡」

「お、お舐めした方がよろしいでしょうか……?」

「大丈夫だ、問題ない。男は皆、己を静めるビジョンを持っているのだ」

「え? なんッスか? もっぺん言ってみるッス♡」

「おぅふ……!」

 

 いや、流石に吸精はしない。メスガキに負けかけただけで、完全敗北は免れた。

 整うというか、余計均衡が崩れるシャワー体験でした、まる。

 

 そんなこんな。

 

 天国のシャワーを抜け、俺たちは一旦外に出て屋台のあるエリアに向かう事にした。

 魔族は平気かもしれないが、人間は水分補給をしないといけないのだ。

 

「四つください。味は……」

 

 せっかくなので、古代の賢者様が作ったという件のクリスタルヤシのジュースを飲む事に。

 注文すると、翼人族の店員さんは空を飛んでヤシの実をもぎ取ってきてくれた。そうしてグラスに注がれたヤシ水はシュワシュワと泡立っていた。これ飲んで大丈夫か?

 それから泡立つヤシ水にシロップを入れて混ぜ混ぜ。最後にデカい氷を一個入れて渡してくれた。コップはキンキンに冷えてやがった。ありがてぇ。

 

「んっ! これ美味いな!」

 

 いざ飲んでみたクリスタルヤシジュースは、まさに炭酸ジュースといった感じだった。

 なんと、あのクリスタルヤシは炭酸水の実だったのだ。染みこんできやがる、身体に。

 

「ん~、こりゃ頑張ればコーラが作れるかもしれないな……。えーっと、ドクターストーンではどうやって作ってたっけ……」

「ん~! これ良いッスね~! ハーモニーっつーんスかぁ? 味の調和っつーんスかぁ? とにかくこのシュワシュワ感がたまんねぇッス!」

「はい! とっても美味しいです! こんなに美味しい飲み物があったんですね!」

「ええ、美味しいわね。これで火酒を割ってもいいかもしれないわ……」

 

 クリスタルヤシジュース、皆も気に入ってくれた様だ。

 ちなみに、ルクスリリアは淫魔ヨーグルト味。エリーゼは葡萄味。グーラは林檎味だ。

 

「コーラ、ラムネ、ジンジャーエール……」

 

 時折吹く風を感じながら、ジュース片手に光を浴びる。エネルギーが湧いてくるし、何か知識チート欲が湧いてきた。

 試行錯誤すれば、俺でも何かしら地球の料理や飲料の再現ができるかもしれない。幸い、異世界には代用品があるのだ。全くの無からやろうというんじゃあない。ならできるかもじゃん。

 おぉ、俺の心の奥底の創作意欲が唸りを上げている。血を吐き続けるマラソンじゃない、もっと健全で楽しい希望が見えてきたな。

 

 サウナ、冷水、日光に炭酸ジュース。それと異種族美少女。

 本日何度目になるか分からないが、ホントに異世界来てよかったと思うね。

 

 

 

 それからも、俺たちは色んなお風呂を満喫した。

 シンプルに広いお風呂に、打たせ湯みたいなの、地獄の様に熱い風呂などなど……。

 

 せっかくなので、追加料金を払って入る特別なお風呂にも挑戦してみた。

 異世界スーパー銭湯にあるスペシャルバス、こっちもこっちでなかなか凄かった。

 

 最初に入ったのは、天使が生み出す聖水を沸かした“聖水風呂”。

 聖水と聞いて良からぬ事を妄想しそうになった俺だが、いざ入ってみると普通にいいお湯だった。お湯もうっすら発光して綺麗だった。

 天使族の種族スキルで生成された聖水には、HPリジェネと精神異常回復の効果があった様で、入ってると癒やし効果がハンパない。リラックスとはこういう事だと教えられた気分である。

 

「ふんぇぇぇ……もう出たくないですぅ……」

 

 中でも、グーラは聖水風呂をたいそう気に入った様だった。耳といい尻尾といいふにゃふにゃである。

 他の客も皆そんな感じだった。入浴前は今にも倒れそうな顔してた人も、聖水風呂に入った途端にヘブン状態になっていたものである。服用しない、浸かる抗うつ剤だ。

 

 続いて入ったのは、浴槽に何か良い感じの花々をぶち込みまくった“魔菜風呂”。

 これは前世テレビで見た事ある薔薇を敷き詰めたお風呂って感じで、湯はかなりねっとりしていた。美肌効果凄そう。

 実際、浸かってみたら徐々にMPが回復していくのが分かった。もしかして、これに入りながら魔法の練習したら効率的に熟練度上げられるのでは……?

 

「「んあぁ~」」

 

 とか考えてたら、魔族二人は肩までしっかり浸かって溶けていた。すっげぇ幸せそうな顔してやがる。

 見ると、この風呂の利用者は魔族多めだった。マジ悪魔って感じのチョイ悪お兄さんもふやけた顔で入っている。どうやらここは魔族特攻らしい。

 

 次に入ったのは、上森人の職人が作ったという“澄森風呂”。

 これは浴室全体が箱庭というかビオトープというか、とにかく風呂場が一つの森を切り取ってきたかの様な浴室だった。

 そこの奥にある小さな滝からは温水が流れており、下流部分にある浅瀬に寝そべって入るのだ。聖水風呂とはまた違う癒やし効果がある。

 

「悪くないわ……」

 

 これには誇り高き竜族のエリーゼさんもご満悦。

 上森人が作っただけあり、この人工森林風呂の客層は森人が多めだった。都会住みエルフの憩いの場って感じである。

 

 他にも色々あったが、それはまた今度。

 

「おぉ、広いな!」

「ほぇ~、水がこんなに……! 声も響きますね……!」

「あの者共は何をしてるのかしら……?」

「水ん中であんなに速く動けるなんて凄いッスね~」

 

 風呂の後は、これまた有料の屋内プールに行ってみた。

 いざ入ってみたそこは、用途別の様々なプールが沢山あった。足の届かないプールに、競走馬の調教で使いそうな遠泳プール。あと時速20km以上出てそうな流れるプールなんかもあった。

 外のプールがエンジョイ勢向けなら、内の此処はガチ勢向けって印象だ。種族柄水泳が好きって種族もいるんだろう。そういう人たちが伸び伸び泳げるように作られてるのだ。

 

 実際、ここを利用してる人は皆さん泳ぎが達者でいらっしゃる。明らかにオリンピック超えてる人とかザラであり、何とびっくり勇次郎プールでバタフライしてた獣人なんかもいた。

 さすが異世界人、オリンピック選手でも不可能な芸当である。マグロ……いや、シャチみたいな泳ぎっぷりだ。

 

「ほら、力抜いて~」

「む、難しいわ……」

 

 そんなプールで、俺は三人に水泳を教えていた。

 なんと、三人は泳げなかったのだ。

 

 最初は驚いたが、いや考えてみればそうだろうなと思った。俺は学校で習ったが、彼女等は初プールだ。ならば泳げる訳もなし。

 曰く、淫魔にも竜族にも泳ぎの文化はなく、グーラは川に入った事はあるが泳いだ事はないのだという。

 

「こんな感じでしょうか?」

「おぉ、すごいなグーラ! 泳げてる泳げてる!」

「魔力飛行みたいな感覚でいけばいいんスね」

 

 が、そこは異世界人クオリティ。グーラはすぐにスイスイ泳げるようになったし、ルクスリリアも少しずつ泳げるようになっていった。

 対し、エリーゼだけは全然だった。無駄に力んでるし、教えたフォームもすぐに崩れる。水しぶきはバシャバシャと凄まじいのだが、本人はほんの少ししか進んでいない。なかなかシュールなバタ足だ。

 

「ビート板とかがあればいいんだけどな」

 

 まあ、そんなものはないので、地道に練習である。

 エリーゼはそんな感じだが、気づいた時にはグーラはスーパー犬かきで50メートルプールを高速往復しはじめ、案の定ルクスリリアはエリーゼを煽りだした。

 

「ヘイヘーイ♪ 高位種族のくせに水の中じゃあ人間以下なんスね~♪」

「ゴボボ……かとうしゅぞく……! ゴボゴボ……」

「見て下さいご主人様! 水の上歩けるようになりました!」

「凄いなグーラ! いや凄いなマジで! えっ、それどういう原理……!?」

 

 で、だ。

 

 水泳もそこそこに、小腹が空いてきたのでフードコートに引き返す。

 入浴と水泳で消費したカロリーを補充だ。

 

「皆は何食べる?」

「ラリスサンドあるッスね! アタシそれにするッス!」

「な、ならボクも同じので……」

「私は……あら、果実の清浄果汁漬けなんてのもあるのね」

 

 野外エリアに戻り、フードコートで軽食を食べる。

 サウナに入浴に水泳と、お腹が空いたらしい三人は割としっかり食べていた。これならエントランスにあったレストランで食べてもよかったかもな。

 談笑しながら軽食。やっぱ運動した後の間食は一段と美味いな。

 

「おっ、イシグロじゃねえか」

 

 そうこうしていると、後ろから聞き覚えのある声。

 振り向くと、そこには三人の同業者がいた。

 

「うっすイシグロさん、こんなトコで会うなんて珍しいっすね」

「よぉイシグロ! 前模擬戦やったぶりだな!」

 

 そこにいたのは、犬人戦士のリカルトさんと犬人斥候のウィードさんと鬼人剣士のラフィさんだった。

 リカルトさんとは例のストーカー事件から、ウィードさんはグーラの一件から、ラフィさんとは前やった訓練以降ちょくちょく話をするようになったのだ。

 

「どうも。皆さんも風呂に?」

「ん? まあそうっすわ」

「集まってきた訳じゃないんだけどさ、さっき会っちゃって」

「それよりさ、ちょっとこっち来いよ。良いトコあるぜ」

 

 どうやら、連れ立ってきた訳ではないらしい。

 まあ、ここでそうなのはいじゃあバイバイというのは心情的に良くないか。少し話そう。

 

「ちょっと待ってて」

「あい~ッス」

 

 俺はロリ三人にしばらく知り合いと話す事を伝え、飲み物持って野郎三人について行った。

 ロリとの交流も大事だが、同業とのコミュニケートも大切だろう。俺も俺なりに成長しているのだ。

 

「いい眺めだろ」

「そうですね」

 

 男四人、銀細工三つ、何も起きないはずはなく……と内心ビビりつつ、連れてこられたのは広場を一望できる歩道橋の様なところだった。

 そこの真ん中あたりで、男四人が並んで下界を眺望していた。確かに、こういう高いトコはテンションが上がる。人がゴミの様だ。

 

「ホントに良い景色だよなぁ。おっさんの目の保養になるわ」

 

 言いながら、犬人戦士のリカルトさんは鼻の下を伸ばしていた。あ、そういう事ね。

 俺はこの先の展開を読み切り、王都の秋の空を見上げた。良い青だ。ジュースも美味い。

 

「なぁウィード、お前はどんな女が好みなん?」

「そうっすね……」

 

 ウィードさんとラフィさんは中学生男子の様なテンションで盛り上がっていた。

 異世界人は美男美女ばかりだ。ぶっちゃけタイプの違う美形しかいない。ある程度いくとほとんど好みの話になってくると思うのだが。

 

「俺はやっぱ、胸がデカいのが一番っすね。ほら、見てくれよあそこの牛人族! 笑う度に胸揺れてるぜ!」

「うおっ! すんげぇ胸! 乳牛系かな? 正体見たりって感じだな」

「おぉいいねぇ~、しかしその肉体誉れ高い!」

 

 どうやら、ウィードさんはおっぱい星人らしい。

 前世の友人でもおっぱい教徒は最も大きな勢力を誇っていた。俺には分からないが。

 

「ん~、でも髪が好みじゃねぇかなぁ~」

「おっさんはいいと思うけどな。んじゃあお前はどうなんだよ」

 

 問われ、ラフィさんは手すりから身を乗り出して右斜め下を指差した。

 そこでは複数の女性たちがお上品に談笑していた。比率的にはエルフ多めって感じか。

 

「やっぱ髪だよ髪! 長くてサラッとしてる髪が一番! その点、あそこにいる娘は皆最高だな!」

 

 彼は髪フェチらしい。まぁ全く分からないではない。黒髪ぱっつんロングのロリとか最高よね。

 

「まぁ確かに悪くねぇが、ちと肉付き足りなくねぇか? 全体的に細いっつーかよ」

「まず髪の毛だろ、身体は二の次!」

「毛並みの良い女の子は俺も好きっすわ。リカルトさんはどうですか?」

「あぁ? おっさんはなぁ……」

 

 問われたリカルトさんは耳をぴこぴこさせながら顎をしゃくってみせた。

 そこには屋外プールでボール遊びをしている女子集団の姿。バレー? いやドッジボール? 分からんが、運動中の彼女等は楽しそうにしていた。

 

「胸も良い、毛艶も分かる……が、一番は健康的な肉体だろとおっさんは思うワケ。見ろよあのケツ筋! たまんねー!」

 

 筋肉フェチとは違うか、彼は健康的な感じが好きらしい。

 分からなくはない。元気な女の子が素晴らしいのは万国共通だろう。俺もデレマスの晴ちんとか好きだよ。ロウきゅーぶは俺のバイブルだ。

 

「意外っすね。リカルトさんはもっとイジメ甲斐のある女の子が好きなんだと思ってました」

「それはそれ、同業以外はいびらないって決めてんの」

「ん~、悪くはねぇけど、やっぱ髪の毛が短いのはなぁ」

 

 わいわいがやがやと、地球でも異世界でも男は女の話題で盛り上がるらしい。

 性癖語りは蜜の味。学生時代、俺も休み時間はそうやって過ごしていたものである。皆、どうしてるかね……。

 

「イシグロはどうなんだよ?」

「え?」

 

 昔の事に思いを馳せていると、こっちにパスがきた。

 話を聞いていなかった。今何の話?

 

「ほら、あん中なら誰がいい?」

 

 リカルトさんが指し示す方、そこでは煽情的な衣裳を着た踊り子たちがステージでパフォーマンスをしていた。

 踊り子たちの種族はバラバラで、人間もいれば鬼人もいた。彼女らはアイドル的な人気があるのか、ステージ前には男女のファンらしき人たちが黄色い悲鳴を上げていた。

 

 ステージで踊ってるのは美形の女性ばかり。肉感的な人から、スレンダーな人まで。より取り見取りという奴だ。

 けど、そこにロリはいなかった。

 

「あの中にはいないですね」

「マジかよ。お前どんだけ変わり者なんだ……」

 

 確かに皆さんたいそう美人でいらっしゃるが、ロリではない。

 見た目だけでなく、その内面にロリ性が感じられないのだ。

 あれはロリではない。私がそう判断した。

 

「あら、こんにちは」

 

 その後もアレコレ話していると、これまた背後から声をかけられた。

 バッと、異世界生まれの三人組は同時に振り返った。なんか拙いものでも目撃された様な反応である。

 一拍遅れて振り向くと、そこには見知った女性がいた。

 

「皆さんお揃いで、珍しいですね」

 

 淫魔のニーナさんだった。彼女は普段かけている眼鏡を外していて、水着も露出度控えめの奴だった。物腰といい何といい、実に清楚である。

 

「お、おう、まぁな……」

 

 応じたリカルトさんがもじもじしている。その目は若干泳いでおり、ニーナさんの胸と足をチラチラ行ったり来たりしていた。

 どっしり構えてたリカルトさんらしくない。童貞でもあるまいに、凄く童貞っぽいムーブである。ナンデ?

 

「イシグロさん、一党の皆さんの様子はどうですか?」

「ええ、ニーナさんの指導のお陰で前より腕を上げています。また今度手合わせお願いできますか?」

「ええ、よろこんで。報酬は無料で構いませんよ」

「そうはいきませんよ」

 

 一通り挨拶を交わした後、俺とニーナさんは訓練の進捗について話をした。

 最近は彼女と対人訓練をやっていないので、またやろうねという話だ。ウィンウィンな関係を維持できていて結構。

 

「それでは。また転移神殿でお会いしましょう」

「はい、お気をつけて」

 

 それから二言三言話すと、ニーナさんは去って行った。

 ふと見ると、お三方は前かがみになって硬直していた。

 

「どうしたんですか?」

「いやよぉ? 不意打ちであの身体はやべーっすわ」

「髪も綺麗だったしなぁ……」

「良いケツしてやがったぜ、ホントに……」

 

 しかしね、君たち……男子中学生じゃあないのだから。

 理由は察するが、話してる女性の前で前かがみになるとかどうかと思うよ。多分バレてるし、俺まで同類だと思われたくないんだよな。

 

「いやいや、例え相手が淫魔でも公衆浴場でおっ始めるのはマジでダメなんっすよ。ふぅ~、事前に娼館行ってなかったら即死だったっすわ……」

 

 そりゃそうだ。なら尚の事、俺も気を付けなくてはいけないか。シャワーでは危うく敗北するところだったし……。

 

「じゃあ、自分は戻りますんで」

 

 そろそろ戻らないと幼素欠乏症になりそうだ。

 俺は前かがみ三人組に別れを告げ、その場を離れた。

 

「お帰りーッス」

「随分話し込んでいたわね……」

「つ、追加で注文させて頂きました……! とっても美味しいです!」

 

 フードコートに戻ると、ロリ美少女三人組はデザートを食べていた。ロリとスイーツ、最高に尊い。

 美味しそうに匙を動かしているグーラの口元には、淫魔氷菓の白いミルクが付いていた。

 

「グーラ、ここ付いてるよ」

「あっ、すみません……!」

 

 指摘すると、彼女は反射的に舌でペロリと白くべたつく何かを拭った。それから、恥ずかしそうに口元を手で隠した。顔が赤い、かわいい。

 うん、シンプルにエロい。勃起しそう。俺どうかと思うね。

 

「じゃあ俺も軽く食べようかな。すみません」

 

 俺は未完成の封印されしエクゾディアを隠す為、席に座った。

 生理現象だもの、仕方ないよ。誰にも責められないさ。

 

「いや~、あの魔菜風呂もっかい行きてぇッス! マジで気持ち良かったッス! こう、魔力が回復してくんスよ、最高ッス!」

「私は発汗室に通いたいわ……」

「プール楽しかったです……! また泳ぎたいです!」

 

 そろそろ良い時間である。軽食を食べながら、本日の思い出話をした。

 心地よい倦怠感と共に、俺は楽しそうな三人の様子を眺めるのであった。

 

 また来たいものである。

 

 

 

 

 

 

 イシグロが去った、しばらく後。

 ニカノル大浴場、魔菜風呂にて……。

 

 色とりどりの花が浮かぶ、ねっとりと白濁した湯の浴槽。

 魔力回復に適したその片隅で、二人の魔族が並んで入浴していた。

 

「はい、先ほどイシグロさんにお会いしました」

 

 一人は眼鏡をはずした眼鏡っ子淫魔のニーナ。

 白く濁った湯が彼女の谷間に小さな池を作っていた。その胸は豊満であった。

 

「“黒剣”のイシグロ様……わたくしもお会いしてみたいですわ~」

 

 もう一人は、金髪縦ロールの豊満美女。

 その頭には羊めいた角があった。ニーナと同じ淫魔である。

 

「以前、訓練を一緒する機会があって……」

 

 二人は友人同士である。こうして魔力回復の時に近況を話すのは初めてではなかった。

 今回の話題はとある冒険者についてだ。淫魔的に、優秀なオスについての情報なんてナンボあってもええのである。

 

 強いオスの話題。これが淫魔のガールズトーク。

 ターゲットにしろオカズにしろ、強い男は良いネタになるのだ。

 

 イシグロ・リキタカ。優秀な剣士であるニーナを容赦なくボコボコにしたという、おもしれー男。

 直に会って戦ったのだというニーナの話に、金髪縦ロール美女は聞き入っていた。

 

「え? 貴女、今なんて……?」

 

 が、会話の途中、ニーナの言葉を縦ロール淫魔が遮った。

 楽しい話題の中に、聞き捨てならないワードが飛び出てきたのである。

 

「淫魔の奴隷……?」

「そう! その奴隷の名前は何と言いましたの……!?」

 

 訳も分からず、ニーナは口を開いた。

 イシグロ・リキタカ。“黒剣”の二つ名を持ち、超絶優秀な若いヒトオスの奴隷になった淫魔の名を……。

 

 

 

「はぁあああああ!? ルクスリリアですってぇえええええええ!? あぁンのちんちくりんが! 若いヒトオスちゃんの奴隷ぃいいいいい!?」

 

 

 

 他の客もいる魔菜風呂に、淫魔の驚声が響き渡った。

 しょうもない過去の因縁が、ルクスリリアに狙いを定めた。

 

「うっ……」

「う?」

 

 ムギュッと、自身の乳房を鷲掴みにした爆乳淫魔は、魂の叫びを上げた。

 

「羨まけしからんですわよッ……!」 

 

 淫魔王国生まれの彼女は、女王の許可を得てラリス王国への入国を許された理性的淫魔である。

 王都在住の銀細工持ち冒険者にして、生まれながらの中淫魔。エリート中のエリート戦士。

 人呼んで、“夢胡蝶”のグレモリア。

 

 ルクスリリアの幼馴染である。




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だからロリコンは、かけがえのないロリを選ぶ

 感想・評価など、ありがとうございます。感想なんてナンボもらっても嬉しいですからね。励みになってます。
 誤字報告もありがとうございます。マジで助かってます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 これも感想同様意欲につながっています。

 今回、書いてるうちにエピソードの枕が長くなってしまったので一旦切ります。
 そのせいでらしくない終わり方になってしまいましたが、本作はタイトル通りの作品なのでごあんしんください。
 あくまで、楽しい異世界ハクスラ生活です。スイカに塩かけるようなもんです。

 あと、例によってお叱りを受けたら素直に従うつもりです。
 直接表現してないからセーフと思いたいところ。



 追記
 本作にNTRとかNTSとか、その辺の要素は一切ございません。ごあんしんください。


 エメラルドスプラッシュ。

 サテライトキャノン。

 真空波動拳。

 

 言い方は何でもいいが、それらの頭に“男の”とか“股間の”とかをつけると、途端に意味が変わってくる。要するに、そういう意味だ。

 以下、お下劣な表現が続きます。

 

 どこで知ったか忘れたが、前世地球人男性のエメラルドスプラッシュは平均1~5の破壊力があるらしい。多い人で7程度。

 対し、異世界ナイズドされた俺のサテライトキャノンは全盛期の威力を持っている。ついでにいつでも月が出ているので、連射性能もレオパルドだ。

 俺の真空波動拳は、ざっくり威力7で連射可能としておこう。

 

 ルクスリリアを購入してから約半年、大体180日。

 言うまでもないが、ルクスリリアを購入してから、俺は毎日彼女をハックしてスラッシュしている。

 時にハックされてスラッシュされてもいるが、結果は同じでセクエンス・モルガンだ。オーバーチャージで効果アップ。

 

 7×180=1260

 

 雑計算で、これが俺のウルトのスコアである。

 感覚的にはもっと撃ってる気がするので、実際はこれより上だと思う。

 

 それはさておき……。

 

 淫魔の話をするとしよう。

 淫魔……サキュバスとは魔族の一種である。普段からエリーゼが言うように、魔族的ランキングでは低位だ。特定の局面で強い代わりに、種族全体の戦闘力は微妙だからだ。

 種族特性としては基本の魔族的体質に加え、他種族の雄の精を吸って力を高めたり繁殖する事ができる。それと、特性を補助する系の魔法に秀でる。誘惑魔術とか、そのへん。

 

 また、淫魔はある程度他種族の精を蓄えると、デジかポケのモンスターの様に進化する事ができる。

 最も弱い“小淫魔”。空が飛べるようになる“中淫魔”。色々できるぞ“大淫魔”。

 淫魔女王とか一部高位貴族にもなると、大淫魔よりワンランク上の奴なのだとか。

 なお、進化してもタッパもケツもランクアップしない。やったぜ。

 

 そんな淫魔さんだが、リリィ曰く今日日淫魔はなかなか進化する事ができないらしい。

 というのも、淫魔王国が他種族と平和条約を結んだからだ。これまでは魔術なり何なりで強引に絞り尽くしていたのだが、それができなくなってさぁ変態。吸精は同意がないとダメとなったのである。

 そのせいで条約以後生まれの淫魔は皆さん精不足で困ってると……。

 

 淫魔にとって、性交とは繁殖行為以上の意味がある。

 美味しい食事であり、レベルアップの為の経験値であり、寿命を延ばす妙薬なのだ。

 それを、今の淫魔は満足にできない。需要と供給が噛み合ってないのだ。

 

 え? ヤリたい盛りの男なんて腐るほどいるだろうって?

 それはそうだが、世知辛い事に並みの人間じゃ淫魔の相手は務まらない。吸精は相手のHPを奪う。命を吸われるのだ。勢い余って絞り過ぎればパンピー男は即ミイラ。

 強い雄じゃないと死んじゃうが、強い雄はレア度が高い。分け合うパイがないのである。いや分かち合うべきはチンなのだが、それはいい。

 

 故、仮に機会があったとしても、貴重な雄は複数の淫魔でシェアしてするのだ。

 どれだけ頑張っても在庫には限界がある。性欲ガチ強種族であるところの獅子人や馬人でさえ、サキュバスがサティスファクションできるデュエルはなかなかできないのだ。

 集いし淫魔が新たな淫魔を作り出すには、そんなんじゃ満足できねぇぜである。光差す道は条約によって閉ざされた。腹八分目で不満族だ。

 

 また、少ない精で運よく子供を作れたとしても、多くの場合親以上の位階で生まれる事はない。

 小淫魔の子は小淫魔。中淫魔の子も場合によっては小淫魔。条約前は中淫魔のが多かったサキュバス人口も、今では小淫魔が殆どになってるとか。

 稀に、小淫魔から中淫魔が生まれる事もあるらしいが、それは特例だ。

 

 緩やかに衰退してるように見える淫魔王国だが、実はそうでもない。

 種族全体の中淫魔比率は減ってるが、人口は増えてるので国自体は繁栄している。

 それも、三代目淫魔女王が打ち出した「精がなければ牛乳を飲めばいいじゃない」政策によるものだという。

 

 他種族の雄に依存していた食糧事情を、自国の生産品だけで賄おうというのだ。

 高位淫魔は燃費が悪くてそれだとかなりキツいらしいが、低位淫魔は低燃費なので代用牛乳ゴクゴクで生きるだけなら何とかなる。

 で、余ったモンは他国に売ってお金稼ごうぜ計画も上手くいってると。これにより、淫魔王国は名実ともに牧畜最強国となったのだ。

 

 で、だ。

 

 20年前、淫魔王国に新たな淫魔が生まれてきた。彼女こそ、ルクスリリアその人だ。

 ルクスリリアの親は小淫魔で、その子である彼女もまた同様に小淫魔だ。前述の通り、普通なら一生小淫魔のままである。

 100年を過ぎてから、徐々に魔力の循環効率が落ちていき、最後はしおれて死ぬか暴走して殺される。それが低位淫魔の一生だ。

 おまけに彼女は元のロリ体型も相まって男をゲットできなかった。処女のままでは、淫魔の平均寿命を下回ってしまう運命だ。

 

 けれど、そうはならなかった。

 小淫魔から中淫魔へ。紆余曲折あり、彼女は見事にランクアップする事ができたのだ。

 寿命が延びて、空が飛べるようになり、身体スペックが上がったのだ。現代淫魔的には、ワンランク上がるだけでも勲章モノである。

 しかもこのランクアップは処女卒業すぐの事だった。彼女曰く、ありえねー事らしい。

 

 覚えてる限り、俺は最低でも21回のギガドリルブレイクをした。総スコアは最低でも147。例によって実際はもっと多いはずだ。

 小から中への進化が約147だとして、中から大への進化は1260過ぎてもまだである。倍以上にも関わらず、彼女はなかなか進化しない。

 

 この謎を探る為、俺は王都奥地の図書館に足を踏み入れた。

 すると、何となくこうなんじゃないのと思える記述を発見した。

 

 古い淫魔本に曰く、淫魔は色んなタイプの精を吸収する事で、自身を強化し、子孫に洗練された血を残すのだという。

 要するに、量より質で、質より数という事か。淫魔的には経験人数=力って話だな。

 

 つまりだ。ルクスリリアが強くなるには、俺以外の精を吸う必要がある訳だな。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 悪ぃ、やっぱ辛ぇわ……(脳破壊)

 

 申し訳ないがNTR・NTSはNG。

 俺の頭が月光蝶である。神の国へのインド王だ。

 

 一党の強化は急務だが、脳の健康は何よりも優先される。俺は懲りずにルクスリリアに精を吸わせ続けた。なに、緩やかだが種族レベルは上がってるのだ。理論値じゃないが問題ない。

 最近は三等分の花婿状態だが、そんな状態であっても俺は1試合1ハットトリックをノルマとしている。

 

 夢にまで見たロリハーレム。

 そう、今宵もまた……。

 

 

 

 銭湯で綺麗になった肌は、その日のうちに味わうのが俺というロリコンの流儀だ。

 試合開始の合図は決まっていない。食後の休憩中にチャージインする事もあれば、いつものエリーゼのキス要求の流れに乗るパターンもある。

 今回は眼前で行われたルクスリリアの挑発攻撃で俺がバーサクしたという、王道パターンだった。

 

「ご主人様? どうなさいました? あっ……」

「きひひ♡ どしたんスかぁ? 目が怖いッスよ~♡」

「今日はたくさん我慢させてしまったものね……ふふっ」

 

 ステージは終点。3on1のタイム制。

 アイテムなし、チャージ切り札ありの大乱闘だ。

 

 俺のファイター特性は、状況に合わせた形態変化が特徴である。

 時に受け、時に攻め、三人の猛攻を掻い潜り、渾身の一撃を加え……咥えさせるのだ。 

 

 対する三人も最早初心者ではない。

 各々の特性を活かし、イベントボスと化した俺と戦うのである。

 

「あはー♡ これもう、ちょっと触っただけでイッちゃいそうッスね~♡ ねぇご主人? どうしてほしいッスかぁ?」

 

 ルクスリリアは上下の口をバランスよく使ってくる立ち回り重視のファイターだ。

 最後の切り札はオバキューム。あの吸引力は最初からずっと変わらない。吸い込まれたら最後、バーストするまで出られない。

 

「ほら、先にこっち向きなさい。はむっ、ん、ちゅ、ぢゅるるる……ん、んんっ♡」

 

 エリーゼは超近距離特化のダメージ蓄積担当だ。上の口による吸引と長い舌による引き寄せ攻撃が強い。

 最後の切り札はハイパーダーククラッシャー改。密着状態に持ち込む誘いの技巧はホンモノである。逃れられるロリコンなどいようものか。

 

「では、ボクも。ご主人様、右から失礼しますね……はむっ、んちゅぷ♡ れろ、ちゅ……♡」

 

 グーラは適格に間合いを制するゲームメイカーだ。それでいて彼女の舌は全部位クリティカルの出し得技である。スウィートポイントにヒットすると即ホカホカだ。

 最後の切り札は大魔獣召喚。発動中のグーラは普段とは打って変わって近距離特化のコンボキャラになる。

 

「ほらほら♡ ご主人♡ いっちにっ♡ いっちに♡ いっちに♡ いっちに♡ んんぅ~っ♡」

 

 そんな三人の必勝パターンは、エリーゼが口、グーラが乳首、ルクスリリアが下を担当する総攻撃だ。

 こうなると全身の力が抜けてコントローラーを落としてしまい、ほどなくバーストするのが定めである。

 

「はぁ、はぁ……ご主人様♡ ご主人様からもお願いします♡ んひゃぁ♡」

「ちゅぅぅぅぅぅ……♡ ん、ちゅぱ♡ んはぁ♡ あらあら、なによその物欲しそうな顔は♡ 情けないわね♡」

 

 なお、撃墜後のアピールで復活するまでがセットである。

 馬鹿野郎俺は勝つぞお前。

 余の辞書に不能という言葉はないのだ。

 

 ルクスリリアとの初対戦以降、俺は再起不能になった覚えがない。

 前世、同じ女と寝ると二度目は飽きると言う人がいた。

 俺にはその気持ちは分からない。むしろ、俺は日に日に彼女たちに心奪われていった。

 

「すぅ……すぅ……」

「グーラったら、もう寝ちゃったのね……」

 

 大乱闘の後、俺は満足感と倦怠感の狭間で微睡んでいた。

 右にグーラ。腕枕で眠っている。

 左にエリーゼ。髪を撫でると、くすぐったそうに眼を細めた。もうすぐ眠る兆候だ。

 そして、上にルクスリリア。今も繋がっている。

 

「んっ……じゃあ、ラストドロップいただくッスよ……♡」

 

 寝ているグーラを起こさないように、ゆっくりゆっくり。

 それはさながら、メタルギアソリッドで前後にホフク移動する動きの様。

 我慢が利かなくなっている俺は、すぐに「!」してしまった。

 

「んぁぁぁ……♡ この一発の為に生きてるッスぅ……♡」

 

 戦いが終わると、ルクスリリアはコントローラーの接続を外してもたれかかってきた。

 

「ん……ちゅ、ん……ちゅ……ちゅぅ……♡」

 

 薄目を開けながら、唇を重ねる。

 高め合う為でなく、余韻を楽しむ為の優しいキス。

 

 しばらくキスをした後、彼女は俺の胸にうつ伏せになって眠った。

 左右と上にロリの体温。重さは感じるが、苦痛は全くない。

 

 あまりにも充実した、あまりにも幸せな時間だ。

 いっそ恐怖を感じるほどに。

 

 月明かりが照らす部屋の中、聞こえるのは安らかな寝息と、小さな鼓動。

 夢の様な光景。夢にまでみた絶景。

 

 そこにいる俺だけが異質で、醜かった。

 

「はぁ……」

 

 皆の寝顔を見ながら、思う。

 あと何度、こんな幸せな夜が許されるだろうかと。

 

 彼女たちは俺が購入した“奴隷”だ。

 俺が主人で、奴隷は主人の所有物という扱いだ。

 

 この国の奴隷には財産を持つ権利はないし、冒険者登録もできないし、一人で図書館や公衆浴場に入る事もできない。

 人にして、物、それが奴隷身分だ。

 

 グーラを購入する前、俺はこの事についてそんなに気にしてはいなかった。

 俺ならば大丈夫。幸せならOKじゃんとか。そんな感覚で人の自由を買ったのだ。

 

 もう、そう遠くはないのだろう。

 

 ルクスリリアもエリーゼもグーラも、既に銀細工程度には強くなった。

 俺の庇護がなくとも、十分この世界で生きられるようになったのだ。

 

 当初の目的は既に達成されている気がする。退職金的なものはまだ少し心許ないが、装備は全て譲るつもりだ。

 解放の時を、それを伝える時を、俺は引き延ばしにしている。

 

 俺は鈍感系主人公じゃない。彼女たちから向けられている感情は分かっている。

 だが、それはそれだ。ケジメはつけなくてはならない。

 今後も異世界で生きるなら、いつまでも今のままじゃいられない。

 

 本当に取り返しがつかなくなる前に、伝えるべきだ。

 その上で、彼女たちが答えを出すのを待とうと思う。

 責任は持つ。放逐もしない。どうあっても、尊重しよう。

 

 もうすぐ一年。

 

 そろそろ、潮時かもしれない。




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 前書きにもありますが、本作はあくまで楽しい異世界ハクスラ生活がメインです。ごあんしんください。


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サキュバスの戯れ

 感想・評価など、ありがとうございます。貰えたら貰えるだけ力になります。
 誤字報告も感謝です。感謝の極みです。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 出る時はほぼ別キャラと化すのでご注意を。

 今回は三人称、グレモリア視点です。
 前回の続きなんですが、これまた長くなったので投稿。
 よろしくお願いします。


 どんな種族とまぐわおうが、淫魔は淫魔の子を授かるものである。

 母も子も、父が誰かなど分からない。淫魔の性質上、これまで吸精してきた雄の全てが父と言えるからだ。

 そして、多くの場合、淫魔の子は母と同等かそれよりも下の位階で生まれてくる。

 

 例外を除いて。

 

 数少ない精を集積して生まれてきた奇跡の子。

 小淫魔の母から生まれてきた中淫魔。

 名を、グレモリアと言った。

 

 生まれながらの中淫魔。条約以後の新生淫魔において、グレモリアは将来を約束された存在である。

 だからこそ、小淫魔のコミュニティにてグレモリアは蝶よ花よと愛されて育った。

 今日に至るグレモリアの人格を形成したのは、この頃である。

 

 食事、訓練、勉学。

 グレモリアは何においても優先された。

 彼女もまた、寄せられる期待に応え続けられるだけの度量があった。

 

「これくらい簡単ですわ~!」

「凄ぇ! もうあんな高いトコまで飛べるんだ!」

「ヒューッ! ついこの間まではよちよち歩きだったけど、今じゃ”未来の撃墜王”だよ、アッチの方も撃墜王か?」 

 

 文武共に、グレモリアには高い素養があった。

 同時に、下の心技体にも優れていた。

 実に理想的な淫魔であったのだ。

 

「卒業おめでとう、グレモリア! これで貴女は立派な淫魔よ!」

「ふふん、当然ですわ!」

 

 淫魔は一年で成長限界を迎える。また、淫魔の子はその間に処女を卒業するのが古い習わしであった。

 淫魔王国にやってくる商人、その護衛。あるいは観光客を、グレモリアは先達に教わった技巧で以て難なくゲットできたのだ。

 その成功率は極めて高く、まさに百発百中。当時のグレモリアのあだ名は「流し目のグッちゃん」であった。獲物に対し視線のレイザービームを撃つ時など、近くのモブが「で、出た! グッちゃんの流し目コンボだ!」と騒ぐくらいにはブイブイ言わせていた。

 

「さぁ、参りますわよ。わたくしについてきなさいな!」

「「「ウッス! 一生ついていきやす、グッちゃん!」」」

 

 そして、グレモリアは自身の戦利品を気前よく子分に分け与えていた。

 恵まれた自分が、恵まれない小淫魔たちに施しを与えるのは当然の事。そう思っていた。

 

「今日も失敗しましたのね、ルクスリリア。どうかしら? 昨日捕まえた男がいるのですけれど、貴女もご一緒しませんこと?」

 

 だからこそ、彼女は落ちこぼれの小淫魔にも声をかけた。

 ルクスリリアという、微塵も色気のないちんちくりんの小淫魔。同じ年に生まれ、誕生日の近い、同じく小淫魔の母から生まれた哀れな子。

 恵んでやらねばならないと思ったのだ。

 

「結構ッス! アタシだって淫魔ッス! 処女くらい、自力で卒業してやるッス!」

 

 そんな申し出を、当のルクスリリアは跳ねのけた。

 その様に、グレモリアは呆気に取られた。

 

 精を分けてやると言えば、喜んで受け取るのが弱い淫魔ではないのか。

 誰も彼もが男日照で喘げず喘いでいる中で、吸精の誘いを断る者がいようとは、全く以て想定していなかった。

 

 この時覚えた感情を、当時のグレモリアは正確に把握できなかった。

 今にして思うと、それは彼女が生まれて初めて覚えた“敗北感”だった。

 

 恵まれない弱者に、淫魔かくあるべしと見せつけられたような。

 彼女の小さな背中が、誇り高い淫魔に見えたのだ。

 

 ちなみに、グレモリアの知らぬ事だが、その後ルクスリリアは激しい後悔に苛まれていた。

 いけすかないエリートからの施しにカチンときて、つい言っちゃったのである。プライドを捨てて同行すれば、処女を卒業できたかもしれなかったのに。

 

 閑話休題。

 

 周囲の期待に押される形で、グレモリアはみるみるうちに強くなっていった。

 軍に入り、訓練をして、とんとん拍子で淫魔騎士にまで上り詰めたのだ。

 

 淫魔騎士とは女王の近衛。そうなると周囲も強者ぞろい。生まれながらの中淫魔とて、グレモリア程度などゴロゴロしていた。

 そんな中で、グレモリアは腐る事なくよりいっそう訓練に励んだ。期待を背負うグレモリアには、期待に応えるガッツがあったのだ。

 

 努力して、勝利して、成果を弱者に還元する。

 グレモリアは傲慢だが、利他的で善なる性質の持ち主だった。

 

「皆さん、見ていてくださいまし……!」

 

 そうしてグレモリアが騎士になり、数年の月日が流れた。

 

 訓練を熟し、仕事にも慣れてきた。

 この頃になると、彼女は淫魔王国の状況に思いを馳せるようになっていた。

 

 グレモリアは思う。

 上も下も、男が足りない。

 

 母に曰く、淫魔貴族はたびたび他種族の雄を招いて、下の淫魔の事を考えず贅沢な酒池肉林の宴を開いているのだと聞いていた。

 それは半分正解で、半分間違いだった。

 

 高位淫魔は燃費が悪い。一人の男を五等分して十分な精を得られる小淫魔と違い、貴族レベルの淫魔ともなるとその程度では全く足りない。

 なんだかんだ代用食で生きられる小淫魔と違い、高位淫魔たちにとって雄の精とは生命線なのだ。

 決して、贅沢な宴など開いてはいない。むしろ、限界まで節制しているとさえ言える。騎士にならねば、知らない事実であった。

 

 当代女王の示した方針により、淫魔王国は繁栄した。

 人口は増え、公共財も充実し、どんな生まれの淫魔でも他国民より豊かな生活ができている。

 繁栄している。治安も良い。とても平和な国だ。

 

 けれど、みんな男に飢えている。

 

 決して満たされない心を、他の何かで埋めようとしているかの様。

 本当に欲しいのはそれではないだろうに、貴族も庶民も皆がひもじい思いをしているのだ。

 

「ままならないものですわね……」

 

 そんな現状に、グレモリアは忸怩たる思いを抱えていた。

 何とかしたいのに、何ともできない。

 言葉にならない敗北感が、徐々に彼女の心根を削っていた。

 

 ある日、グレモリアは外交官の護衛でラリスの王都に向かう事になった。

 ラリス王国とは、世界で最も強大な国であり、人間族が治める他種族国家だ。

 近衛の教養として、紙面でなら知っている。けれど、これまで現地に行った事はなかった。

 

 そこで目にしたもの、それはまさに楽園だった。

 

「なん、ですの……? ここがラリス王国……?」

 

 右見ても左見ても雄雄雄……。

 常時発情中の人間男に、人の良さそうな天使男。如何にも絶倫そうな虎人男や、全身から生命力を漲らせている熊人男など。

 目に映るもの嗅ぐ匂い、ラリスの都はより取り見取りの楽園だった。

 

 グレモリアにとって、男とは淫魔王国にやってくる商人やその護衛などが大半で、時折賓客としてやってくる者が全てであった。

 そんな彼女の目には、王都の光景はあまりにも眩しく映ったのである。

 

 常々、淫魔の数に対して雄が少なすぎると思っていた。

 だが、淫魔王国以外には雄は沢山存在したのだ。

 

 こんなにいるのなら、淫魔全員が飢えずに過ごせるのではないか。

 そう思った。何とかなるとも、思った。

 

 無論、そう簡単に全ての課題が解決するなんてあり得ない。

 座学の時間に口すっぱく言われたのだ。吸精の危険性や、暴走した淫魔の扱いに、過去の戦争での淫魔族のやらかしについて。

 だが、それを知って尚、グレモリアは夢を見てしまった。

 

「此処なら……」

 

 努力して、勝利して、その成果を弱者に還元する。

 グレモリアの傲慢で善良な思考が、ここにきて暴走した。

 

 夢の一歩目を、まず自分が歩むのだ。

 続く者の為、茨の道を往こうというのである。

 

「多くの淫魔を救えるのではなくって……?」

 

 どんな形になるか分からない。どれだけの淫魔が救えるか分からない。

 それでも、挑戦せずにはいられなかった。

 

 帰国してすぐ、グレモリアは鋼の理性を証明し、見事他国への移住を認められた。

 上司は頭を抱えていた。どうせすぐ帰ってくるぞと。やらかす前に引き止めるべきだと。

 対し、淫魔女王は、

 

「まっ、あの子なら大丈夫でしょ。やりたい事させてあげればいいわ」

 

 という軽い返答をした。

 三代目淫魔女王、割と軽い御仁であった。

 

 グレモリアの夢。それは、王都アレクシストにいる雄の精を故郷の淫魔に分け与える事であった。

 明確なビジョンはまだないが、何をするにも準備がいる。

 

 必要なのは地位と名誉と金と、同志。

 その為に、グレモリアは冒険者になった。武具を揃え、仲間を集め、貯めた資金で夢に挑む。

 

 さあ、これからどんどん迷宮に潜り、冒険者として大成するぞ。

 そしてゆくゆくは、小淫魔と王都男性との懸け橋になる。

 

 グレモリアは上りはじめたばかりなのだ。

 この果てしなきドスケベ坂をよ……!

 

 

 

「あぁ~、ムラムラしてきましたわぁ~」

 

 結論から言うと、グレモリアの挑戦は失敗した。

 それどころか、当のグレモリアが男不足でカピカピに乾いていた。

 

「はあ~……おかしいですわ、こんなはずじゃなかったですわ……」

 

 最初は上手くいっていたのだ。

 冒険者になり、良い武器を買って迷宮に挑み、踏破した。運だけでなく、実力を示す事ができた。

 この後はもう仲間も金もジャンジャン集まってきて、時々男を食いながら夢に向かって勇往邁進……するはずだったのだ。

 躓いたのは、それからだ。

 

 まず、グレモリアは一党を組む事ができなかった。

 ごめんあそばせと既存の一党に声をかけたら「一党クラッシャーになる」という理由で断られ、ならばと自分が頭目の一党員を募集しても誰一人として集まらなかったのである。

 

「ていうか、一党クラッシャーって何ですの?」

 

 どうやら、他種族女は一人の男をシェアしたり、仲間の男が淫魔と性交する事に抵抗があるようだった。それが原因で喧嘩になったり面倒事になったり、最悪刃傷沙汰に発展する事なんかもあるらしい。

 なにそれ? 淫魔的にかなりのカルチャーショックであった。

 

「あっ、淫魔? あぁ、淫魔かぁ……う~ん、ごめんやっぱ無理」

「なんですと!?」

 

 第二に、グレモリアの精不足。

 故郷ではブイブイ言わせてたグレモリアだったが、いざ王都で狩りをしてみると悉く失敗してしまったのである。 

 運よく男をゲットできたとしても、二度目はなかった。何故と訊いてもイマイチ理由が分からない。なんか、妻がどうだの生命の危険だの色々言われた。

 

 まさに、ホームとアウェーの差。

 淫魔王国に来るような男というのは、最初からその気なのだ。そりゃ、成功率も高いだろう。

 対し、王都民からしたらわざわざ淫魔に精を吸わせる危険な性交を選ぶ理由がない。一度味わった男も、生命力を奪われる恐怖で二度目はNGなのが大半だった。

 

「うむ、同意のない性交ではないのだな?」

「当然でしてよ」

 

 そんでもって、王都の衛兵が淫魔に対して常に視線ビンビンだったのがキツかった。

 彼らの視線には警戒こそあれ欲情の気配がなかった。意味不明である。一度誘ったらそれは犯罪だと言われてしまって愕然となった。

 分かってはいる、分かってはいるのだ。誰も淫魔をいじめている訳でもなく、問題を起こさないよう気を配っているのは分かる。だが、とかく王都は生きにくかった。

 

「魔力が、魔力が足りませんわ……」

 

 ソロ探索、慢性的な精不足、漠然とした生き辛さ……。

 そうなると悪循環で、グレモリアは日に日にやつれていった。

 

 淫魔は男娼を買う事ができない。法で定められているからだ。

 グレモリアは性奴隷を買う事ができない。誇りがそれを拒否するからだ。

 結果、彼女は故郷の小淫魔よりひもじい思いをして過ごしていた。

 

「淫魔料理……」

 

 そんなある日、グレモリアは王都東区で故郷の飯を食べさせる料理屋を見つけた。

 そこで出会ったのが、同じく淫魔のニーナであった。

 

「王都の淫魔はこうやって魔力を回復してるんですよ」

「うぅ、ありがてぇ……ありがてぇですわ……!」

 

 ニーナの勧めで王都にある淫魔組合に加入し、細々と精を分け与えられ、飢えない程度に腹を満たす。

 そんな自分に、かつての輝きはなかった。

 

 それから、それなりの時が流れ……。

 

「ありがとうございます、グレモリアさん! 私達、幸せになります!」

「グレモリアさん、僕からもお礼を言わせてくれ。貴女がいなければ、僕は妻とすれ違っていたままだっただろう。本当にありがとう」

 

 幾多の死線を超え、銀細工持ち冒険者となったグレモリアは……。

 

「おーっほっほっほっ! なぁに構いませんわ! 困った事があれば何でも相談してくださいまし!」

 

 喪女を拗らせていた。

 拗らせに拗らせ、どういう訳だか他所の男女をくっつける恋の取り持ち役になっていた。

 

 生まれも育ちも勝者サイドのグレモリア。

 元の傲慢さと善良さが迷宮の狂気と化学反応を起こし、得意分野で他人に施す事で自己実現する気質になっていたのである。

 

「くそぅ! くそぅ! あの雄はわたくしが先に目をつけていたのにぃ! 一発くらいくれても良いでしょうにぃ!」

 

 それはそれとして、仲良さげな男女カップリングなんかを見ていると上の口も下の口も正直に悔しさを漏らしてしまうのはご愛敬。

 敗北感を心の奥に押し隠し、負けてないもんね施してやったんだもんねという言い訳で虚無感の穴を埋めているのだ。

 なお、本人の知らぬ事だが、これのお陰で淫魔全体の好感度アップができているのは幸いであった。

 

「あぁ~、こんなクッソ寒い日は筋肉質な雄が食いたくなりますわぁ~」

「そうですね~。私としては、思いっきり顔を殴ってくれる男性が良いのですが……」

 

 と、こんな風にもなっていた。

 ニーナと二人、楽しくも虚しい淫魔トーク。

 

 幾数年もの都在住、「主」にも成れず何も得ず、終いにゃ終いにゃ哀れ喪女。己と言う名の哀れ喪女。

 実に空虚じゃありゃせんか? 淫生空虚じゃありゃせんか?

 

「はぁ~、若いヒトオスの奴隷になって毎晩めちゃくちゃにされてぇですわぁ~」

「あれ? グレモリアさん、そういうの無理って言ってませんでしたか?」

「はっ!? い、今のは違いますわ! 気の迷いです、ええ! この誇り高き“夢胡蝶”のグレモリアが、そんな処女丸出しの発想する訳ありませんわ!」

「はあ」

 

 王都に夢を見て故郷を発ち、こうして腐る淫魔の何と多い事か。

 グレモリアもその一人。誇りを胸に大望を抱き、夢破れた挙げ句プライド故に今さら弱者の様に振る舞えない。

 

 地位も名誉も金も得た。けれど同志が集まらなかった。

 というか、発起人であるグレモリアがやる気をなくしていた。

 人助けというのは余裕があって初めてできる事なのだ。

 

 ある時、ふと思い立って、王都を出てみた事もある。

 それでも、淫魔の扱いなんて何処も似たようなものだった。

 

 リンジュ共和国は法こそ緩かったが淫魔式ボーイハントが通じず、獣人の国では他者の発情期を眺める事しかできなかった。天使族の住まう聖輪郷など、淫魔さんお断りで入国禁止であった。

 結局、ラリス王国が一番マシという有り様。いや、むしろ故郷のが色々と生きやすかったように思える。

 

 しかし、グレモリアに故郷に帰るという選択肢はなかった。

 大見得切って出て行って、何もできませんでしたと戻るのは彼女のプライドが許さなかったのだ。

 

「精が欲しいだけなら、適当な奴隷を買えばいいじゃないですか」

「それは嫌ですわ! そんな味気ない精、吸いたくありませんの!」

「でも組合から貰うのはいいんですね……」

「たまにしか使ってませんしー!」

 

 自分は恵まれている。

 恵まれているのだから、勝って敗者に施すのが道理だ。

 だというのに、自分は卑しく組合のお世話になって、会員費と引き換えにチマチマと僅かな精を啜って生きる始末。

 

 身体は敗北していた。

 だが、心は頑なに負けを認めていなかった。

 

 

 

 そんな中、ニーナの口から覚えのある淫魔の近況を聞かされた。

 なんと、幼馴染の淫魔が若くて強い人間族の男の奴隷になったという話だ。

 

「ぐぎ……!」

 

 ルクスリリア。ちんちくりんで、力がなくて、いじめられっ子だったあの小淫魔が。

 あの、誇りだけは高かった淫魔が。

 

「ぐぎぎぎ……!」

 

 若くて強い人間族の男に、心底溺愛されてて、深域武装を託されて、あまつさえ位階を上げられるくらいの吸精をさせて貰っているなんて……。

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかか……!」

「どどど、どうしましたグレモリアさん!?」

 

 激情が溢れる。脳が振動している。全身がヒリヒリして、胸が疼いて爆発しそうだった。

 

 おかしい、道理が合わない。

 こちとら日々の魔力回復にさえ苦心してるというのに、昔から文武両道で頑張ってきたというのに。

 何でどうして淫魔がヒトオスの個人所有奴隷になんてなれているのだ。

 

 そんなのご褒美じゃ……そんなの淫魔の沽券にかかわるではないか。

 誇りはどうしたんだ、誇りは。

 

 それに、だ。

 

 これじゃあ、エリートの自分が、かつて施しを与えてやろうとした淫魔に、敗北したかの様ではないか。

 悔しいし、憎いし、妬ましい。逆恨みなのは分かっているが、逆恨みの何が悪いというのだ。

 

「ルクスリリアは! 今何処にいますの!?」

 

 こんなの、あっていいはずがない。

 現実に負け、他種族に負け、誘惑に負けた。

 ここにきて、過去に見下していた小淫魔にまで負けるなど、グレモリアに残った一欠片のサキュバス・プライドが許さない。

 

「えっ? 何を、そんなどうする気ですか……?」

「決まっていますわ……!」

 

 淫魔とて魔族の端くれ。古の魔族の流儀に則り、誇りのぶつけ合いは戦で決める。

 何か一つでも勝てないと、グレモリアの脳と誇りが破壊されてしまう。

 

「決闘ですわッ……!」

「うわマジですかこの人……!?」

 

 ちなみに、奴隷に向かって決闘を申し込むのは、最高にダサい行為である事を、ここに明記しておく。

 既に淫魔の誇りはボドボドだ。

 

 そうと決まれば即行動。

 グレモリアは戦意とか羨望とかその他諸々を飲みこんで、いざいざ件の一党の拠点へと殴り込んだ。

 

「なんで貴女までついてくるんですの?」

「いやだって、イシグロさんにご迷惑をかける訳にはいきませんし……」

 

 一応、双方の知り合いであるニーナも同行しつつ、確実に会う為に西区の転移神殿へ。

 目的はひとつ、イシグロ道場である。

 

「この依頼、わたくしが予約させて頂きますわ!」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 連休明け、イシグロとその一行はいつものように転移神殿へとやってきた。

 ニーナと共に朝一番にやってきて、入り口近くのバーで張り込んでいたグレモリアは、見た。

 

 一人の男の傍を歩くちんちくりん三人娘。そのうちの金髪女。

 ひと目で一級品と見て取れる防具を身に付け、首に奴隷証――グレモリアには輝いて見えた――を下げた同族の姿。

 

 背丈も、目つきも、顔立ちも何一つとして変わっていない。

 唯一つ、その身に充実する溢れんばかりの男の精気だけが、以前の彼女と異なっていた。

 

「どうも、自分がイシグロ・リキタカです」

 

 その主人。地味な防具に地味な剣を佩いた地味な男。

 あのちんちくりんに精を注ぎ込める変人の中の変人。

 それでいて、自身の色気に一切反応しない理解不能な雄。

 

「ええ、ニーナから話を伺っています。同じく淫魔のグレモリアですわ」

 

 一通りの挨拶の後、見知った顔を睨みつける。

 殺意がある訳ではない。敵意がある訳でもない。

 ただ、戦意だけがあった。

 

「久しぶりですわね、ルクスリリア。話には聞いていたけれど、本当に奴隷になっているとは……」

 

 目が合う。真っ赤な瞳がグレモリアの双眸を映した。

 だが、その眼差しは訝しげだ。まさか、忘れているのだろうか。

 だとしたら、尚の事戦意が増してしまう。

 

「覚えていませんか? 同じ年に生まれた、中淫魔のグレモリアですわ」

「グレモ……あっ、もしかして……!?」

 

 マジで忘れていたらしい。グレモリアはイラッときた。ついでにイシグロが自分の胸に目を向けないのには股間がイラッときた。イライラマックスで闘志マシマシの逆恨みフルコースである。

 それからルクスリリアは、ポンと手を叩いて言った。

 

「クソザコアナルのグレモリア!」

「弱くありませんけど!?」

 

 こうして、淫魔の幼馴染は再会したのである。




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 ちなみに、吸精目的で淫魔が奴隷を購入する際は、奴隷本人の同意が必要です。魔術的契約で以て、厳格に縛られています。
 それ以外にも色々と順守すべき事項があります。破ると本国へ強制送還されます。


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サキュバスアプローチ

 感想・評価など、ありがとうございます。感想もらえると執筆意欲に繋がります。
 誤字報告も感謝です。驚くほど誤字多い作者で申し訳ナス。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 例によって出る時はヌルッと別人化して出てきます。基本、原型は木っ端微塵です。
 レギュにもありますが、その辺ご留意ください。作者が喜ぶのでじゃんじゃん送ってやってください。


「だから! わたくしのアナルは弱くないって言ってるでしょう!? 仮にそうだとしても、何で貴女が知っていますの!?」

「公園で堂々とおっ始めてたくせによく言うッス! 取り巻き連中もちょっと引いてたの気づいてなかったんスかぁ!?」

「引かれてませんしー! 記憶にございませんしー!」

「気ぃ遣ってただけッスよ! 昼間っからギャンギャンギャンギャン喘ぎやがって! ちょっとは近所迷惑考えろッス!」

「だったら混ざればよかったでしょう!」

 

 転移神殿の片隅で、二人の淫魔が罵り合っていた。

 罵倒の応酬は徐々にヒートアップしていき、やがて話は故郷での出来事にまで遡っていった。

 幸い、罵り合いが殺し合いに発展する雰囲気はない。しかしまぁ中々に目立っていた。喧騒こそ維持されているが、皆チラチラと二人の口喧嘩を眺めている。他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにとは思うものの、何か間に挟まると余計拗れそうで入れない雰囲気である。

 

「エリーゼ、“あなる”とは何の事でしょうか?」

「知らなくていいわ。私もまだ知らないもの……」

 

 残されたエリーゼとグーラは見物モードだ。

 

「すみません。うちの同胞がご迷惑を……」

「いえ……」

 

 件の淫魔に同行してきたニーナさんは、とても申し訳なさそうな顔をしていた。巨乳メガネ清楚に加えて苦労人属性とは、結構な属性過多ぶりである。

 

 それよりも気がかりなのは、今現在ルクスリリアと言い合っているグレモリアさんの感情の向け先だ。俺にヘイトが行く事自体は別にいいのだが、それによって発生するかもしれない諸問題が恐ろしい。

 後々、淫魔救済組合的な組織がロリコンの魔の手から同胞を救うぞと殴り込んでくるとか、そういう展開ないよね? 解放するにしても、まだちょっと覚悟が決まりきっていないというか……。

 

「えーっと、実は……」

 

 などと考えていると、眉根を下げたニーナさんがこれまでの経緯を話してくれた。

 先日、入浴中の世間話で俺の話題が出て、その時ポロッと出た奴隷の名前にグレモリアさんが食いついたらしい事。

 ルクスリリアはグレモリアさんの幼馴染であり、彼女はそんな幼馴染の境遇に羨望の念を感じているらしい事。

 羨ましいので、せめて戦いで憂さ晴らししたいらしい事……。

 

「……という事なんです」

「はあ」

 

 なんというか、どこからツッコめばいいのか分からなくなる経緯だった。

 淫魔視点、個人所有の奴隷身分が羨ましいのだというのは、まぁ置いておこう。

 それで何で決闘という話になるのかが分からない。勝っても得られるものなんて何も無いというのに。

 

「黙りなさいこのちんちくりん淫魔!」

「んだと自分の事をビッチだと思い込んでる精神異常淫魔!」

 

 見ると、二人の言い合いは最高潮。今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。

 経緯は分かった。どうするかはともかく、流石にそろそろ場を収めようと二人の間に割って入ろうとした。

 

「はぁー! もうキレちまいましたわ! 鍛錬場に行きましょう、ここじゃモノが壊れますわ!」

「上等ッス! 王都じゃあ過去の栄光なんて通じねぇ事教えてやるッス!」

 

 と思ったら、二人はずかずかと鍛錬場の方まで歩いて行った。

 並んで先を往く姿、パッと見姉妹っぽく映るよ。

 

「あの、グレモリアさんはアレでも善良な淫魔として有名でして……」

「ええ、はい。それはまぁ……」

 

 何となくは分かる。彼女が本当にヤバい奴なら、ルクスリリアがあんな態度を取るとは思えない。

 かつてルクスリリアが言っていた、故郷のいじめっ子淫魔とは違うのだろう。ルクスリリアからのディスには、少なからず親しさの様なものが感じられた。

 

「んじゃま、行こっか」

「ええ。楽しそうね、ルクスリリア」

「そ、そうなんでしょうか? かなり怒ってそうでしたが……」

「私もついていきます。いざとなったら制圧しますので」

 

 そんな感じで、俺たちはいつもの鍛錬場へと転移するのであった。

 

 

 

「先ほどはとんだ失礼をしましたわ。謝罪します。契約通り、まずは貴方と手合わせをすれば良いのでしたわね」

 

 鍛錬場に着き、各々準備を終えたところで、冷静さを取り戻したグレモリアさんが話しかけてきた。

 その目には先ほどルクスリリアと煽りあっていた不安定さはなく、一流アスリートを思わせる凄みがあった。

 

「いえ、お気になさらず。訓練については依頼書にある通りでお願いします」

 

 ニーナさんから始まった対人訓練。色々あってギルドと協議した結果、対戦相手とは俺が最初に戦う事になっている。

 一度強く当たってみて、その後は両者にとってベストな組み合わせを試そうというのだ。

 ステータスは低いけど対人戦が上手い人というのは存外いたりするもので、俺が先に出て相手の腕を見極める必要があるんだな。

 

「ご主人、まずアタシからやらせて欲しいッス」

 

 なので、いつも通り進行させようとしたら、珍しくルクスリリアが先鋒を申し出てきた。

 その目はグレモリアさん同様、真剣だった。

 

「あら、奴隷が主人に向かって意見とは」

「うちはそういうのじゃないんス」

 

 続けて、ルクスリリアは獰猛な笑みを浮かべてみせた。

 

「それに、消耗してたから負けたなんて言い訳されたくないッスもんね」

「……言ってくれますわね」

 

 ピキリとグレモリアさんのこめかみに青筋が立った。

 普段から他人を煽る事の多いルクスリリアだが、今のはタイプが違う。楽しむ為の煽りじゃなく、相手の戦意を掻き立てる為の煽りだ。

 

「わかった。じゃあ、最初はルクスリリアで」

「うッス」

「わたくしは構いませんが」

 

 どうあれ、何気に無欲な性質のルクスリリアが自分から意思を示すのは悪い事じゃないと思う。

 俺はルクスリリアの意思を尊重する事にした。

 

「だ、大丈夫でしょうか……。あの方、かなり強い人な気がするんですけど……」

「っぽいよね。実際どうなんですか?」

「ええ、状況次第では私も負ける可能性がある相手です。ルクスリリアさんとは五分五分といったところでしょうか」

「武装の質も同じくらいかしら。あっちも深域武装を持っているわ」

 

 古代ローマの闘技場を思わせるフィールド、その真ん中。

 皆の見守る前で、二人は武器を持って向かい合った。

 

 二人の間に、戦う前の緊張感が充実していく。殺し合いというほど剣呑ではないが、試合というほどスポーティじゃない。

 俺が思っていたより、これはマジな決闘だった。

 

「グレモリア、昔やってた遊びの事、覚えてるッスか?」

「ええ、まぁ」

 

 ルクスリリアは大鎌を撫でながら、対戦相手に問いかけた。その声音は平坦で、いつものお気楽な印象は感じ取れない。

 対するグレモリアさんも、右手の大型刺突剣(エストック)と派手な円盾を提げて応じていた。

 

「あの時期、グレモリアはいつも勝ってたッスよね。かくれんぼでも淫魔相撲でも、投網でも縄遊びでも、何でもグレモリアが一位だったッス」

「そうでしたわね」

「処女もすぐに卒業して、軍からスカウトが来て、騎士にもなって……はっきり言って羨ましかったッス」

「でしょうね」

「けど、今は違うッス」

 

 瞬間、二人の視線が交錯した。腰を落とし、各々武器を構えた。

 始めの合図を出すのも憚られる緊張感。身体を流れる魔力が、各々の武装に通っていくのが知覚できた。

 

「むしろ、故郷で卒業しなくてよかったと思ってるッスよ」

 

 臨戦態勢のまま、ルクスリリアは犬歯を出して嗤った。

 ニチャア……というSEが聞こえてくるほどのドヤメスガキスマイルで。彼女はエリートを下から見下ろした。

 

「愛は精を兼ねるッス……。お前は処女ではないのかもしれないッスが、心は未だオボコのまま。いわば素人処女……本当の快楽を知らない小娘に過ぎぬッス」

「なにを……?」

「分からないッスか? なら、ちんちくりんのアタシが教えてあげるッスよ」

 

 ブワッとルクスリリアの背に蝙蝠の様な翼が生成された。応じてグレモリアさんも翼を出した。

 それから、煽り全一の表情で、ルクスリリアは挑発した。

 

「愛される快楽♡」

「ルクスリリア!」

 

 瞬きの後、両者は激突した。耳を劈くような鉄の衝突音が決闘の合図となった。

 遠慮のない攻撃と共に、接近と擦過が繰り返される。止まる事なく翼を広げて斬り合う様は、さながら空飛ぶ馬上槍試合の様だった。

 

「はぁああああッ!」

「やぁあああああああッ!」

 

 裂帛の気合と共に、二人の決闘は激しさを増していった。

 やがて隙を見てルクスリリアは大鎌の権能を使い、守護獣のラザニアを召喚した。

 対するグレモリアさんもエストックを振って蝶々の群れを召喚。吹雪の如き蝶の大群は、敵対者目掛け殺到した。

 

「あの蝶、殆ど幻ね」

「え? そうなんですか? 匂いもあるのに……?」

「私は視えてるもの」

 

 鍛錬場の空では、群れを指揮するグレモリアさんと、追いすがる蝶を回避しながら魔法で迎撃しているルクスリリアの姿があった。

 地球ではアニメの話、異世界では見慣れた光景。異世界のバトルは、いつ見ても絵になる。

 

 そんな状況で、俺は決闘前のルクスリリアの言葉が気になって集中できていなかった。

 異世界の価値観と、こびりついている倫理観が脳と心の間で軋轢を生じさせていた。欲望と憶測がご都合主義な答えを提示してきて、根っこにあるネガティブさが安易な逃げを妨げていた。

 前に比べ、贅沢な悩みだ。単に覚悟が足りないだけだというのに。

 

「ご主人様、どうしました?」

「あ、いや。何でもないよ」

 

 戦いはドンドンと規模を大きくして、今やお互いの大魔法が飛び交う様相を呈していた。

 空中戦はルクスリリアの十八番だが、生まれながらの翼持ちである相手も負けていない。ルクスリリアはアクセル全開でブンブン飛び回るのに対し、グレモリアさんは最低限の動きで追随していた。

 

「おかしいですね、あんなに動いていたらルクスリリアさんの魔力が持たないはず……」

「あら、確かにおかしいわ。さっきから減った魔力が凄い勢いで……」

「はい。普段とは全然動きが違います。本気、というか……アレは?」

 

 三人の言う通り、ルクスリリアの動きは派手だった。必要以上に大きく避け、過剰なほど高い威力の魔法を放っている。雑さはないが、豪快だった。

 何というか、普段とは排気量が違う。いつもの250㏄的な小回りがなく、今の動きはスーパーチャージャー付きのリッタースポーツバイクの様。

 あるいは、初めて触った武器を手に馴染ませているようにも見えた。

 

「なっ? あの馬鹿……!」

 

 何かに気づいたらしいエリーゼが渋い顔をした。次の瞬間である。

 ルクスリリアの痩身から、俺でも感知できるくらいの魔力が溢れでた。

 

「なるほど、こういう感じなんスね……」

 

 ぶわっと、まるで余剰エネルギーを放出するように、ルクスリリアの全身に淡い紫の魔力が立ち上る。

 透明なはずの魔力が、文字通り目に見えて圧縮されている。そして、それこそリミッターを外したようにルクスリリアの速度が上昇した。

 

「そぉ~れ! いやっほぉぉぉう!」

「くっ!? めちゃくちゃな飛び方を!」

 

 バンと空気が弾ける音。速度に追いつけなかった蝶をラザニアに押し付けたルクスリリアは、一気に指揮官を狙いにいった。

 飛行だけじゃなく身体全ての速度が増して。鎌の攻め手が増えている。例えるならば二回行動。迎撃するグレモリアさんは、徐々に防戦一方になっていた。

 

「雑な飛行! そんなんじゃすぐ魔力切れに……はっ!?」

「気づいたッスか。グレモリア」

 

 武器をぶつけ合う。大鎌にも目に見える魔力が通っている。剣を弾き、盾を弾き、大きな鎌が大胆な一手を連発する。

 

「お察しの通り、今のアタシは魔力消費を気にしてないッス! その理由が分かるッスか?」

 

 大振り、大魔法、大推力の加速に旋回。ルクスリリアの猛攻を、グレモリアさんは巧みな防御術で凌いでいた。

 しかし狙いは消耗戦。上手い立ち回りじゃないのに、リソース押し付けで圧されているのだ。

 

「おいおい……」

 

 ここにきて、俺はルクスリリアの急激なパワーアップに見当をつけた。

 出来るのかという疑問があったが、出来ているのだから仕方ない。

 

「まさか貴女、女王陛下の呪いを!?」

「きひひ! 正解!」

 

 笑みを深くしたルクスリリア。

 女王の呪い。それは王国の淫魔が罪を犯した際に施されるという、魔力枯渇を強制的に回復させる呪いだ。

 曰く、寿命を魔力に変換し、枯渇しても無理やり生かして働かせる。また、淫魔は吸精によって寿命を延ばす事ができる種族であるという。呪いで縮んだ寿命もまた、精を吸えば回復可能。

 

「貴女、死にますわよ!?」

 

 つまり、ルクスリリアは今現在、女王の呪いを逆手にとって魔力をガンガン使って戦っているのだ。

 効率が悪くとも、あらゆる行動に過剰な魔力をぶっ込み動く。どこまでも贅沢に大雑把に、本来節制すべきリソースを湯水の如く消費する。

 まさに米帝プレイの極致。ゴリ押し・オブ・ゴリ押し。覚悟ガンギマリの補助輪付きカミカゼアタック。

 

「死なないッスよ。何故なら……!」

 

 ガギィン! ひときわ大きな金属音。切り上げられた大鎌、宙を舞うエストック。

 そして、ルクスリリアは、薪を割るようにして深域武装を振り上げた。

 

子宮(ここ)に“愛”が在るからさ!」

「ぎぃっ……!?」

 

 大上段の全力振り下ろし。即座に魔力盾を張ったグレモリアさんだったが、バリアごと攻撃されて地面に叩きつけられた。

 砂煙が舞い上がる。ルクスリリアは着弾地点へ突貫し、やがて重なった影が動きを止めた。

 

「ざっと5回分……これくらい、うちのご主人なら一晩で終わらせてくれるッス」

「そんな、馬鹿な……!?」

 

 砂煙が晴れる。そこにあったのは、仰向けに倒れるグレモリアさんと、その首のすぐ横に鎌を突き刺したルクスリリアという光景。

 勝敗は明白だった。首を斬られても死なない魔族だが、再生中に滅ぼされて終わりである。決着がついたのだ。

 

 ルクスリリアは地面に突き刺さっていた鎌を引き抜き、コマンドーのシュワちゃんのように見得を切った。

 その顔には満面のドヤ顔。敗者を見下ろす視線には、嘲弄や侮蔑といった負の感情は見受けられなかった。

 

「……負けましたのね、わたくし」

「ッス。生まれて初めて、グレモリアに勝ったッス!」

 

 それから、ルクスリリアは敗者に背を向け、しっかりとした足取りで戻って来た。

 途中ラザニアを鎌に戻し、荒ぶっていた魔力もゆっくりと沈静化させながら。

 

 恐らく、ニーナさんの言う通り、普通にやったら五分五分の戦いになっていたのだろう。

 意図的な魔力暴走。ストックしていた精と、女王の呪いに任せた強引に過ぎる能力の引き上げ。

 例えるならそれは、元気玉を吸収した上で界王拳を発動するようなもの。

 

 効果は絶大で、言うほど危険な技術ではないのだろう。だが、俺視点ぶっちゃけ肝の冷える技である。

 いくら削れた寿命は回復できるとはいえ、途中で切れたらどうするんだという気持ちになってしまう。

 いや、戦いで負けたらそこで終わりなのだから、ある意味合理的ではあるのか?

 

「凄いわね、あんな奥の手を隠していたなんて。恐ろしいとは思うけれど……」

「で、でも一気にあれだけ消費してて、ちょっと怖かったです……」

「そうですね、普段から使う事はできないでしょう。訓練も必要かと」

「うッス! ここぞという時だけ使うッス!」

 

 凱旋したルクスリリアに、皆から賛辞が贈られる。彼女はこれでもかというほど得意げな顔になっていた。

 俺は俺で、コメントに困っていた。魔力暴走について言いたい事があったし、その源泉について部外者の前で言うのも抵抗があった。

 

「ご主人、アタシ勝ったッスよ!」

 

 が、まぁそれはそれ。

 故郷で最下層にいたルクスリリアがエリートを倒した。本人にとって、それはとても大きな事なんだろう。

 なら、言って欲しいであろう事を言ってあげるべきだ。

 

「ああ、よくやった」

 

 俺はルクスリリアの頭を撫でた。

 手のひらにふわふわした感触。戦士のソレとは思えない、最高に触り心地の良い頭だ。

 

「きひひ♡」

 

 頭を撫でられて、ルクスリリアは嬉しそうに笑った。

 メスガキ性のない、ピュアな笑みだ。

 

 しばらくすると、立ち直ったグレモリアさんがやってきた。

 その身の傷は完治していたが、汚れはどうしようもない。けれどその表情は晴れやかだった。

 

「完膚なきまでに敗北しましたわ。まさか、あのルクスリリアがここまで強くなってるとは」

「うッス! アタシ等、愛されてるんで」

「言ってくれますわね」

 

 ドヤりつつ、腕を絡ませてきた。子供が甘えるというより、完全にノロけのムーブである。

 そんな様を、淫魔二人が見ていた。淫魔相手じゃバレているのは分かっているが、恥ずかしいのと無意識マッポ警戒で身体に震えが走った。

 

「そうね……」

 

 グレモリアさんは重いため息を吐き、どこか遠くを見つめてしみじみと云った。

 

「淫魔にとって本当に足りないものは、愛なのかもしれませんわ……」

「かもしれませんね~。母を見ていると、そう思う事があります」

 

 愛。そのワードに、俺は引っかかりを感じていた。

 ルクスリリアの言う通り、俺はルクスリリアを愛している。 

 が、彼女と俺は奴隷と主人。そこに健全な愛があるとは、俺の感覚では納得し難い。

 けれど、屈託なく笑うルクスリリアには、一辺の曇りもないように思われた。

 最も自分を疑っているのは、誰でもない自分だった。

 

「わたくしも、貴女達やシルヴィアナ様のように、愛すべき雄……いえ、愛する殿方がいれば、負ける事はなかったかもしれませんわね」

 

 過去を振り切るように零した言葉で、一件落着といった雰囲気。

 今回の一件は、コレでおしまい。

 

 そういう流れだ。

 

「ほぉ~ん? なんなら試してみるッスか?」

「ん?」

 

 が、そこを混ぜっ返すのがルクスリリアだ。

 リリィはグレモリアさんに近づくと、何事かひそひそ話をした。

 

「いいッスか? まず……」

「えっ? そんな事は、流石に……」

 

 なんだろうと見ていると、ルクスリリアと目が合った。

 いつものメスガキスマイル。分かるぞ、あれは悪い事考えてる顔だ。

 

「えーっとぉ、じゃあ今からご主人に魔法かけるんで。抵抗しないで欲しいッス」

「ん、まぁ」

 

 特に考えず首肯すると、ルクスリリアは集中して魔力を練りはじめた。

 

「行くッスよ。対象指定、魔力過剰充填……オラッ“堕落”!」

 

 魔法触媒でもある大鎌から、吸うとヤバそうな謎スモークがポワッと解き放たれる。言われた通り、俺はそれを無抵抗に受け入れた。

 かけられたのは精神異常耐性を弱体化させる魔法だった。これをして何になるのだ。

 

「で、では行きますわよ。皆さん、これを使った事は内緒にしておいて下さいましね……?」

 

 続いて、グレモリアさんが魔法を編み上げた。

 

「対象指定、魔力過剰充填……ゆ、“誘淫”ッ!」

 

 まるでダンボール空気砲でも飛んできたかの様。当たるとヤバそうな紫色の煙にも、俺は無抵抗に当たってみせた。

 

「おっ!?」

 

 効果は劇的だった。

 着弾と同時、俺の理性はガタガタになり、とにもかくにも即情交という気持ちで一杯になった。

 股間もギンギンで感情がパーフェクト中二男子。イカした下半身装備に見事なテントを建てていた。

 これが話に聞く淫奔魔法か。なるほど、これはキツい。

 

「ご主人、こっち見るッス♡」

 

 見ると、ルクスリリアは口元でOKサインを作り、舌を出して流し目を送ってきた。

 瞬間、俺の仙椎から脳にかけて、鋭くも甘い電流が迸ったのが分かった。なんだあのロリ、可愛いしエロいしめっちゃエロいし可愛い。

 光に寄ってく虫の様に、俺はどちゃシコ淫魔に引き寄せられていった。その横では金髪女がくねくねしていたが、どうでもいい。

 

「リリィ……!」

 

 欠片ほどの理性が人前だぞと叫んでいる。だが、股間のフォースで感じるオナ禁・誓イウォーカーは秒でダークサイドに堕ちたのだった。

 俺はルクスリリアに接近して、半ば強引にキスをした。

 

「んぶっ♡ ぢゅずずっ、ちゅ、ちゅっ♡ ぢゅるる、ぢゅぅぅ、れろ♡ レロレロぉ、ぢゅるる♡」

「なっ? なななっ……!?」

 

 角を掴んで、半ば無理矢理ディープキスを敢行した。

 風情もクソもない。洋画の様な激しいベロチュー。相手の事なんて一切考えてない、自分が気持ちよくなる為だけの舌の動き。

 装備を外すのももどかしい。俺は情けなくヘコヘコと股間を擦りつけていた。

 

「はいはい、そこまで。お静かに(・・・・)……」

 

 全身に回復魔法を受けた感覚。これは状態異常を治す奴だ。さっきまで靄のかかっていた思考がクリアになった。

 慌てて唇を離すと、ルクスリリアとの間に唾液の橋が架かっていた。トロンとした瞳と、ベトベトになった口元が最高にエロい。再起動しそう。

 

「あ~ん♡ もうちょっとだけいいじゃないッスか~♡」

「時と場を弁えなさい」

 

 肩を引っ張られて、ルクスリリアと距離を離される。

 エリーゼは呆れたお顔だ。グーラも口元を押さえて顔を赤らめていた。ニーナさんは謎のアルカイックスマイルを浮かべていた。

 あと、グレモリアさんは金魚みたいに口をパクパクしていた。

 

「あっ……」

 

 ていうか、ヤバい。見られた。

 いや、相手は淫魔だ。俺と彼女らの関係はバレているだろう。が、それでもロリとの濃厚接触を見られたのは肝が冷える。

 ルクスリリアが地球基準でロリかどうかで言うと議論の余地があるだろうが、俺内会議ではロリ判定である。そうなるともしポリ案件だ。

 ツーッと、俺の背筋に冷たい汗が流れた。右手がグーで左手もグーで現行犯か。

 

「ウッ……!」

 

 断末魔めいた声。すぐ隣で、グレモリアさんの顔面がグシャっと作画崩壊していた。

 ルクスリリアは、勝ち誇るように口元の涎を拭った。

 

「よく見たッスか? これがアタシとご主人の愛ッス!」

「うっ、うぅ……!」

 

 かと思えば、グレモリアさんはポロポロと涙を流し始めた。

 ドヤ顔のリリィだったが、相手が泣き始めた事でちょっと狼狽してしまっていた。俺たちもいきなりの涙にびっくりである。

 

「あんまりですわ……」

「え?」

「あんまりですわぁ……」

 

 脱力したグレモリアさん。膝が折れ、ばたんとそのまま大の字になって倒れていった。

 そして、空を仰いだグレモリアさんの目から、噴水の様な涙が噴出した。

 

「あァァァんまりだァァアァ! AHYYY AHYYYY! AHY! WHOOOOOOOOHHHHHHHH!」

 

 天まで届けとばかりに、ジタバタしながら赤子めいて大泣きする豊満女性。

 これには何事かと全員の目が点になった。困惑。困惑である。ビックリの次は、引くより先に困惑が勝った。

 

「えと、あの……グレモリア? なにもそこまで……」

「あぁぁぁぁぁぁ! もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁ! おうち帰るぅぁあああああ!」

 

 幼児退行したように、グレモリアさんは身体を丸めて泣き続けた。せっかくの美貌が涙と鼻汁と唾液でぐちゃぐちゃである。

 流石にこれは見てられない。俺はニーナさんに視線を向けた。

 

「あの、グレモリアさん? 大丈夫、大丈夫ですからね。話は聞くから、酒場かどこか行きましょう?」

「ほっどいでぐれぇえええええええ! ひぃぃぃぃぃぁああああああ!」

「いえそういう訳にも……」

 

 慰めようとするニーナさんに、それを突っぱねて大量の涙を放射するグレモリアさん。ニーナさんはどうしたもんかと困り顔。

 すると、グレモリアさんは右手を胸に左手を股間にやり、激しい手つきで大事なトコを弄り始めた。

 ていうか、オナ……セルフプレジャーを開始した。いや何で!?

 

「えぇ……?」

 

 これにはニーナさんも引いた。

 俺は反射的にルクスリリアを抱えてエリーゼたちを庇う位置についた。

 得体の知れない怪物を見た気分である。抱っこしていたルクスリリアを後ろに下ろし、身に染みこんだ警戒態勢を取った。

 

「ご主人様、グレモリアさんは何故泣いている時に股間を触っているのでしょう?」

「見ちゃいけません!」

「わっ?」

 

 それからグーラの目を塞いだ。ナチュラルスケベであるルクスリリアや100歳超えのエリーゼならともかく、あの光景はグーラの今後に良くない影響を与える。

 いや良くない影響でいうならロリコンの俺のがよっぽどなんだが、今はいい。

 それから無意識に件の淫魔の方を見ると……。

 

 ロックンロール女と目が合った。

 

 慟哭中の金髪淫魔は、パッキパキにキマッた眼で俺を見ていた。

 深淵を覗く時、深淵もまた己を覗いているのだ。

 

「うわ……」

 

 恐らく過去一のドン引きに、我知らず無感情な低声が漏れた。

 そして、深淵のモンスターであるところの当人は……。

 

「うっ、くぅぅぅッ……! あっ……♡」

 

 ラルク♡ アン♡ シエル♡

 

 世界一ピュアな水。

 鍛錬場の空に、色鮮やかな虹が架かりました。

 この虹を思い出して、いつかきっと泣いてしまう。そんな気がした。

 

「ひっ? なによこの女……!?」

「あぁそういうのは一人で……」

「えっ? えっ? 今の音は何ですか……?」

 

 びくんびくん。

 

 お通夜みたいな雰囲気の中。グレモリアさんだけが恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「……ごめん、やり過ぎたッス」

 

 ルクスリリアの謝罪が、広い鍛錬場に虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

「これで勝ったと思わないことですわぁあああああ!」

 

 そう言って、グレモリアさんは転移神殿を出て行った。

 泣き止んだ後も、羞恥に悶えてどうしようもなくなり色々と限界を迎えてしまったらしい。

 

「この度は大変なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした……!」

 

 彼女を追って、ニーナさんも神殿を出た。

 この後、二人で呑みにでも行くのかな。もう百合の花咲かせちゃえばいいと思う。

 

「戦ってもいないのに、なんだか疲れたわ……」

「だな。ちょっと早いけど、お昼にしよう。グーラは何食べたい?」

「え? えっと、じゃあ……」

 

 あの後、なんかもうそういう雰囲気じゃなくなってしまったので、午後からの訓練予約は全てキャンセルさせてもらった。

 一応こっちの都合でキャンセルしたので、ヘイトを買わない為に待ってた人には酒一杯ほど奢っておいた。

 

「いやー、グレモリアの奴、まさかあそこまで拗らせてたとは思ってなかったッス」

 

 グダグダになってしまった午前。グーラの希望で、俺たちは屋台巡りをする事にした。

 その気になれば王都は一日中食べ歩きができる。噴水広場だけじゃなく、普段行かない通りにも足を伸ばした。

 

竜族果物(ドラゴンフルーツ)……これはエリーゼが食べても大丈夫なモノなんでしょうか? 共食いとか……」

「あぁ、竜族権能で作ったっていう奴ね……。名前だけよ、問題ないわ。というか、牛人だって牛肉食べるでしょう?」

「あ、確かに……!」

 

 お祭りでもないのにお祭りみたいな通りで、銀と黒の二人はアレコレ物色していた。

 その後ろを、俺とルクスリリアはついて歩いていた

 

 最初からある程度仲の良かった三人だが、最近は姉妹の様な関係を築いている。

 あそこに混ざるのは、何となく無粋な気がした。

 

「ねえ、ご主人」

「ん? おっと……」

 

 声に反応すると、突然背中に重み。細い腕が俺の首に回されている。ルクスリリアをおんぶしている格好だ。

 唇の動きを耳朶で感じられる程の距離。耳元に息がかかる。童貞でもあるまいに、俺の胸は思春期男子の様に高鳴った。

 

「ご主人、最近悩んでるッスよね」

 

 俺だけにしか聞こえない囁き声。

 表情には出なかったと思うが、少しドキリとしてしまった。

 絶対に隠し通したかった訳でもないが、指摘されて喜ばしい気持ちにはならなかった。

 

「ご主人、前はそんな事なかったのに、今は一緒にいても寂しそうな顔してる時あるッスよ」

「……ああ」

 

 思い当たる節はあった。

 幸せ過ぎる今を、それを手放す時を、俺は恐れているのだ。

 

 解放、離別、そして孤独。

 前までなら余裕だった独りが、今は想像するだけで苦しい。

 

 俺の死後について、彼女達には話してある。

 財産の分配や、死後の処遇について。俺は俺が消えた後の事を、思ったよりドライに受け止める事ができた。

 

 けれど、解放については今になっても彼女達に話せていなかった。

 怒るか、喜ぶか、悩むか、憂うか、驚くか。どうなるかなんて俺でもある程度わかっているというのに、それでも言いだす事を怖がっていた。

 

 この懊悩は努めて表には出さないようにしていたが、ルクスリリアにはバレていたらしい。

 あるいはエリーゼやグーラも気づいているのかもしれないが。

 

「まっ、アタシに言わせりゃ、ご主人もエリーゼもグーラも考え過ぎの悩み過ぎなんスけどね~」

 

 首に巻かれた腕が動き、頭を撫でられる。

 ロリだというのに、落ち込んでる子供を慰めるような優しい手つきだった。

 

「……安心していいッス。何があっても、アタシはご主人から離れたりしないッスよ」

 

 するりと、常の彼女らしくない声音が俺の耳に染み込んできた。

 都合の良すぎる言葉だ。無意識な防衛本能が発揮されても、俺は彼女の甘い囁きに抵抗できなかった。

 安心する。勇気が出る。俺というロリコンは、まんまと彼女に操縦されていた。それでいいと思うのは、心の弱さ故なんだろうか。

 

「皆、ご主人が好きだから傍にいるんス。例え、ご主人がご主人じゃなくなっても、今と何も変わらないッスよ」

「そうか……」

 

 言いたい事は言い終えたとばかりに、背中の重みが消失した。

 チート特典持ちの俺だが、嘘を見抜けるスキルやチートの持ち合わせはない。

 騙されてもいいのは、その通りなのだ。ここにきて、俺はようやっと覚悟を決める事ができた。

 

 更に一歩進む勇気だ。

 

 屋台の方では、エリーゼとグーラが見慣れない果実について話していた。続いてルクスリリアもそれに混ざっていった。

 その首には、奴隷の証が掛けられていた。人を物として扱うという証。

 いつか俺は、これを自分の手で外すのだ。

 

「あっ、ご主人様、見て下さいコレ! そのまま食べられるそうですよ!」

「詳しくはないけれど、身体に良いらしいわ。アナタは貧弱な人間なのだから、たまにはこういうのを食べるべきではないかしら?」

 

 とてとて寄ってきて、買ったフルーツを見せてくる。前世で見た事のない形だ。形はリンゴに似ているが、色は金色である。

 異世界の不思議フルーツだ。地球じゃあり得ないソレを手に取り、促されるままかじってみた。

 

「んくっ!?」

 

 色はゴールド形はリンゴ、食感イチゴで味レモン。

 口いっぱいに広がった想定と違う味わいに、思わず目をキュッと瞑ってしまった。

 

「ふふふっ……なによ、その顔は」

 

 どうやら、酸っぱさに耐える俺の顔芸が面白かったらしい。

 皆が笑っていた。ルクスリリアはにまにまと、エリーゼはおしとやかに、グーラは顔の下半分を隠して肩を震わせていた。ていうか、果実店の店主まで笑っている。

 

「あぁ……そうだな」

 

 なんてことの無い日常。

 何よりも守りたいのは、コレなのだ。

 

 よし、くよくよタイムは終わりだ。

 

 これ以上、引き延ばしても仕方ない。言うだけ言って、後は流れだ。

 覚悟は決まった。決めたなら、行動だ。

 

 考えている事、全部。

 今日、俺は彼女等に伝える事にした。

 現在と未来と、それから俺の過去について。

 

 これからも、異世界で楽しく生きる為に。




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 ラルカンシェルって読む方が正しい発音に近いらしいですね。
 あと、タイトル見てみてください。そういう事です、ごあんしんください。


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何故、ロリコンが異世界に来たのか誰も知らない。

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続いてます。
 誤字報告もありがとうございます。お陰で続いています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 レギュにある通り、いつ出るとか出る出ないとかは作者の独断と偏見で決めます。

 今回は主人公クソボケ回。
 41話で「深く考えるべきじゃない」と保留してたやつですね。
 なお、深く考えた結果……。


 ルクスリリアたちの解放。

 いつかはと思い、後の事は話したものの、その旨を伝える覚悟ができずズルズルと先延ばしにしてきた。

 そして、今日この日、当の奴隷の激励により、俺はようやっと覚悟を決める事ができた。

 

 彼女たちを、俺が愛してしまった人を、この関係を。

 退くにしろ、進めるにしろ。このままにしてはいけない。

 奴隷と主人のままなど、あっていい訳がない。

 

 

 

 その夜、三人と机を挟んで向かい合い、俺は彼女等に多くの事を話した。

 解放についてや、その時期や理由について。

 解放後の援助についても話した。

 

 衣食住の提供に、金銭面の支援。解放したからと、ハイサヨナラという事はしないとはっきり伝えた。

 望むならば、正式に冒険者として一党に加わるとか、お手伝いさんなり何なりで就労の援助をするつもりだ。

 しっかりと自立できるまで、責任を持って支えるつもりである。

 

 途中、話題が脱線する事もあった。

 そう思うまでの経緯を話す中、俺は俺の過去……前の生活についても話した。

 

 これまで彼女等には、日本は異世界にある俺の故郷だとしか言っていなかった。

 なので、日本における基本的な価値観や、俺の境遇なども、彼女たちに伝わるよう噛み砕いて説明した。

 

 日本の話をする上で、俺は若干捨て鉢な気持ちで自身の性癖についての話もした。

 俺は昔から幼い女の子が好きで、子供っぽい体型が好きで、背丈が小さい女にしか興味関心が持てない。いつの間にかロリかロリ以外かで線引きするようになり、今となってはもうどうしようもなく性根が歪んでしまっている事。

 そして、それが異端で異常な世界であった事も話した。その価値観が、未だに無意識にこびりついている自覚がある事も。

 

 俺はルクスリリア達が好きだ。

 本音を言うと、ずっと一緒に居たいと思う。

 だからといって、好きな子を奴隷のままにしたくなかった。

 そのくせハーレム願望は残ってるあたり、何とも言えないが……。

 

「だから、準備が整い次第……俺は君たちを解放しようと思ってる」

 

 考えつく範囲の事を話し終え、俺はこのように締めくくった。

 途中から彼女たちの目を見れなくなり、俯いてしまっていた。

 

 どんな目を向けられているか、知る事が恐ろしい。

 だが、甘んじて受け入れるべきだとも思う。

 

 俺は努めて意思を強く持ち、顔を上げた。

 すると、目の前の三人は何とも言えない凄く微妙そうな表情をしていた。

 

「そッスか」

「ふぅん」

「はあ」

 

 ルクスリリアは「何言ってんだコイツ?」みたいな表情。

 エリーゼは、しらーっとジト目の呆れ顔。

 グーラは、きょとんとしていた。

 

 喜怒哀楽のどれかが来ると思っていただけに、これは予想外であった。

 

「えーっと……」

 

 ルクスリリアは二人の表情を見た後、角をポリポリしながら言葉に迷っていた。

 ごく短いアイコンタクトの後、不承不承先陣を切る様にしてこう言った。

 

「あの~、ご主人、アタシ等の自由とか意思とかそのへん尊重してくれてるってのは、まぁ分かるんスけど……。とりま一言いいスか……?」

 

 角から手を離し、真っすぐ俺の目を見て、云った。

 

「ご主人、ちょ~っと独りよがりだと思うッス……」

「え……?」

 

 我知らず漏れた俺の間抜けな声を流して、ルクスリリアは続けた。

 

「というか、こっちの気持ちを考慮してくれてないというか……。これも、感覚の違いなんスかねぇ?」

「かもしれないわね。加えて言うなら純粋に考え足らずよ」

「あの、すみません……。ボク、その……ご主人様の言ってる事、よく分からないです……」

 

 ルクスリリアの発言に、残る二人も乗っかってきた。

 表情は変わらず、三人とも微妙そうな顔で俺を見ている。

 責められてるというか……馬鹿を見る目に近い気がする。

 

 反応に困っていると、ルクスリリアが前髪をクルクルしながら口を開いた。

 

「え~っとぉ……。まず、ご主人の奴隷って身分……アタシ等は、ご主人が思ってるほど悪い暮らししてないッス」

 

 考えながら、言い聞かせるように言葉を落としていく。

 歯切れが悪く手探りで、それでも俺に伝わるように、彼女は真剣に考えてくれていた。

 

「淫魔のアタシからしたら、毎日愛されながら吸精ができる生活なんて、マジ勝ち組なんス。それはもう知ってるッスよね?」

「まぁ」

「それに、奴隷身分っつっても、割と得してる事多いんスよ。淫魔の場合、普通なら故郷で試験受けて合格した奴だけがラリスに行けるんス。もし今のまま解放されたら、アタシ母国に強制送還されちゃうッスよ。したらまた元のひもじい生活に逆戻りッス」

「それは、そうなのか……」

「そうッス。日本じゃどうだか知らないッスけどね、こっちじゃ下手に自立して自由に生きるより、強者の庇護下で生きる方が楽だし得なんスよ」

 

 そう言われてみると、そうなのかもしれない。

 頭では分かっていたつもりだったが、無意識に自由を最優先した思考があったのか。

 自由に生きるという以前に、生きる自由が担保されていないとどうしようもないのか。最近、この物騒な世界で生きる事の不安定さを忘れがちな気がする。

 けれども、それは力があれば何とかなるはずだ。試験にしたって、今のルクスリリアなら大丈夫なのではないだろうか。その為にダンジョンに潜ってレベリングをしているのだから。

 

「私からもいいかしら?」

 

 そう思っていると、続いてエリーゼが口を開いた。 

 

「奴隷のが得……というのとは別に、解放すべきではない理由があるわ」

「それは?」

 

 訊くと、エリーゼは詰まる事なく、ごく当然の道理を説くように答えた。

 

「身柄を狙われるもの。特に私とグーラは」

「ぼ、ボクもですか……?」

「ええ」

 

 怯えるグーラに首肯し、エリーゼは言葉を継いだ。

 

「よほどの馬鹿でもない限り、私が銀竜剣豪の血族である事は一目で分かるわ。そうしたら、必ず誰かが捕らえにくる。グーラもそう、混合魔族(キメラ)なんて有用な希少種、欲しがる下衆は多いのだから……」

 

 それにと続けて、小さな唇を動かした。

 

「これまで、私は銀色の装飾品としての価値しかなかったけれど、今では魔力貯蔵庫としての価値が生まれているの。軍からすれば、私は喉から手が出る程欲しい存在でしょうね」

「確かに、前線砦にエリーゼが一人いれば不死身の軍の出来上がりッスね」

「言っておくけれど、私はそんなの御免よ。竜の力は私の意思でのみ使われるべきなのだから……」

 

 これまた言われてみれば、である。

 魔力無限のチートドラゴン。その力はダンジョンよりも、むしろ衛生兵とか拠点防衛でこそ真価が発揮される。

 そうなると、欲しがるのは人攫いだけじゃない。武闘派の貴族や、あるいは王家が欲しがる可能性もあるのか。そうでなくても客将かその辺で雇われるとか。

 

「一応、解放した後もそういう人たちに手を出させない為にダンジョンに潜ってもらっているんだけど……」

「そうね。けれど、私は嫌よ。いつ襲われるか分からない生活も、気に入らない誰かの下に就くのも、義務として権能を振るうのも……」

 

 エリーゼは、どこまでも自分と世間を切り離しているようだった。

 貴族の義務とは言うが、それ自体を嫌っている。ある意味、彼女の心は既に自由なのか。

 

「その点、アナタの奴隷なら、簡単には手出しできないでしょう? 何処かの愚王や低脳竜族ならともかく、ただの拐かしからすれば銀細工を敵に回す事ほど怖いものはないのだから……」

 

 言いたい事は言い終えたとばかりに、エリーゼはお茶を一口。

 知らない訳でもなかったろうに、俺は彼女に言われるまでちゃんと考慮できていなかったらしい。軽く見ていたというか、一年未満の浅い経験を基に異世界の暴力性を測っていた。

 何より、普段見せないエリーゼのスタンスにも配慮できていなかった。彼女の言う通り、考え足らずだ。

 

「じゃ、じゃあ、ボクからもよろしいでしょうか……?」

 

 おずおずと、グーラが手を挙げた。

 律儀なグーラに視線で促すと、彼女はなおも言葉を選びながら口を開いた。

 

「その、ご主人様がロリコン? だから、ボクたちとの関係が不純というのが、よく分かりません……」

「いや、え? どういう……」

 

 彼女が分からないと言っている事が、それこそ俺には分からなかった。

 だが、ルクスリリア達の話を聞いた現在、それは前の俺が当然として持っていた価値観によるものだと気が付いた。

 

 ロリコンは犯罪者予備軍。

 ロリとの接触は事案。

 ロリコンのロリへの感情は異常。

 

 そういう風な環境で、ルールに従って生きてきた。俺も俺で自身をそれに近しい存在だと認知していた。

 だからごく自然に、今の環境を作った俺は加害者なのだと思っていた。著しく抵抗が困難な状況では、あると思うし。

 

「ご主人様がロリコンだと、何か拙い事があるのでしょうか?」

「そりゃあ……」

 

 転移してしばらく後、俺はその辺についても調べていた。それでいうと、ラリス王国に性交同意年齢なるものはない。そも、俺がロリと判断してるだけで、彼女等は既に成人年齢である。

 異世界じゃ奴隷も性交も合法だ。にも関わらず、僅かに心に引っかかる。法だけでなく情緒の根底までも、俺は前のままであった。

 

「転移神殿では、様々な男性のお話が聞けます。胸が大きい女性が好きだとか、背が高い女性が好きだとか。しかし、そういう情動があって初めて、人は愛を育めるのではないでしょうか。父も、母を選んだ一番の理由は美しさだと言ってましたし……」

 

 グーラはぽつぽつと、けれどしっかりと言葉を紡いだ。惑いながら、自分なりに考えて自分の意見を言うようになっていた。

 以前は何をどうする時も此方の顔色を窺っていたグーラだ。そんな彼女は今、本心で話してくれていた。

 

「なら、胸が小さくて、背が低い女性を好きな事の何が問題なのでしょうか。仮にその情動が不純であっても、それによって築かれる関係は不純なままなのでしょうか?」

 

 それにと、褐色の文学少女は続けて云った。

 

「ご主人様が仰る通り、ご主人様が重度のロリコンだったから、ボクは今もこうして生きていられます……」

 

 言って、まつ毛を伏せたグーラは、あの夜の事を思い出している様だった。

 犯罪者集団に襲われ、偽の依頼で貴族に討伐されかけた夜。

 あの時は俺も大分ハイになっていた。それも、完全に我欲で……。

 

「助けて頂いた後も、美味しいご飯を恵んで頂き、生きられるようにと鍛えて下さっています。父以外の誰にも愛されない、こんなボクを愛して下さいます……」

 

 上目遣いの黄金の瞳と視線が合った。丸く、幼い目だ。小動物的な可愛らしい瞳には、地に足着いた意思が感じられた。

 

「そんなご主人様を、ボクがお慕いするのは、いけない事なんでしょうか? この気持ちは不純なのでしょうか?」

 

 ある意味、俺が知る範囲で最も奴隷らしい振る舞いをしていた彼女が、こんな事を言ってくるとは思っていなかった。

 好き好きオーラ全開のルクスリリアやエリーゼと違い、グーラはそういうのを表に出さないのだ。

 てっきり、グーラこそ現状から抜け出たいものだとばかり思っていたが……。

 

「そ、それとも……」

 

 かと思えば、今度はもぞもぞしながら顔を赤くした。

 

「ぼ、ボクの発情期がまだだから、ダメなのでしょうか?」

「発情期? な、なんで……?」

 

 発情期とは、多くの獣人や獣系魔族がなるという繁殖可能状態の事で、まぁその通りである。

 確かに、混合魔族ではあれど獣系であるグーラは発情期じゃないと妊娠できないらしいが……。

 いきなりそんなワードが出てきて、俺の脳に追加の衝撃が走った。

 

「ご、ご主人様は、夜伽の際によく、妊娠を希望される言葉を仰るので……」

「……あぁ~、いや、それは」

 

 ここにきて、俺はやっと彼女の言わんとしている事の意味が分かった。

 夜の俺が口走る文言だ。それは盛り上がった時に出ちゃう発言であって、本心ではあれど本気じゃないというか。

 

「違うのですか?」

「うん、まぁ……希望してない訳じゃないけど。でなきゃダメとか、そういう気持ちは全くない、というか……」

「そう、でしたか……安心しました」

 

 そう言って、ふんわり笑うグーラ。

 妊娠を希望……というか、前々からグーラは母になる事に執着している様だった。

 いや、それはルクスリリアとエリーゼもそうと言っていて……。

 

「あぁ~……そっかぁ……」

 

 重い息を吐いて、俺は背もたれに体重を預けた。

 三人の話を聞き、俺はようやっと自分が独りよがりで悩んでいた事を心底感得した。

 

 解放も何も、俺は俺の感覚で勝手にそれが幸せだと決めつけていただけだ。

 相手の意思を尊重し、感情にも配慮しているつもりだった。

 が、ルクスリリアの言う通り、それはただの独りよがりで、いざ話してみたら前提が崩れてしまった。

 

 結局のところ、俺は彼女等を型にはめようとしていたのだ。

 俺の罪悪感を拭う為の型だ。それこそ、相手を個人として見ていない、極めて傲慢な思考だ。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐き、思い知る。

 俺は、やり直したかったのだ。

 

 奴隷と主人じゃない。彼女達と改めて関係を作り、本当の意味で彼女等の主人になりたかった。

 叶わなかった恋。後ろめたい青春。普通じゃない自分。前世で出来なかった事を、せめて今より社会的にまともとされる愛を築きたかった。

 俺の幼稚な潔癖さが、尤もらしい理由で相手を慮ってる気になって、挙げ句当の彼女等の言葉によって浅ましく安堵を感じてしまっている。

 

 ロリコンとか何とか関係なく、マジで情けない。

 チートがあって、ステータスがあって、夢を叶えられる様になって。

 ここまで恵まれた環境で、クソボケな勘違いをやらかして……。

 

「ごめん、配慮が足りてなかった……。どうかしてた……」

「はぁ~、前々から思ってたッスけど、ご主人って面倒臭い性格してるッスよね。日本人って皆そうなんスか?」

「どうだろう、繊細さんは多いかな。ていうか、俺はナイーブじゃない……と思ってた」

「話に聞くと、とても豊かな国の様に思えるのですが……」

「分かったでしょう? 私達の気持ちが。努々、忘れないように」

「はい」

 

 俺は聖帝じゃない。退くし媚びるし顧みる。エリーゼの忠告に、深々と頷き反省した。

 

「まぁそれでも、アナタの言う事が全く分からない訳ではないわ。だから、この私が迷えるアナタを導いてあげる……」

 

 言うと、立ち上がったエリーゼは、俺の所まで近づいてきた。

 それから、左右の手で俺の頬を包み込むと、至近距離で目を合わせた。

 

「エリーゼ?」

「黙って聞きなさい」

 

 座ったままの俺と、立って見下ろすエリーゼ。

 そして、柔らかな笑みと共に、厳かな声が授けられた。

 

「私達の為に、強くなりなさい」

 

 まるで、信託を授ける女神の様。

 空を切り取ってきたような紺碧の瞳に、哀れな男が映っていた。

 根っからの上位者が、俺という矮小な人間を見下ろしている。しかし、そこに竜の怜悧さはなく、どこまでも甘い信頼が感じられた。

 

「私達をまとめて守れるくらい、圧倒的に強くなりなさい」

 

 異世界らしいパワー系の発言。

 力が物を言う世界で、女を守る為に強くなれと言ってきた。

 それは、現代地球の社会正義的には各方面で物議を醸しそうな、原始的でシンプルな物言いだった。

 

「銀細工程度、鎧袖一触できるくらい。貴族も王家も、誰も手を出せなくなるくらい……」

 

 例え、この世界に溢れる危険が相手でも。

 例え、異世界にある法が相手でも。

 例え、彼女等の身を狙う超級の強者が相手であっても……。

 

「強くなってから、解放なさい」

 

 女を守る。ただそれだけの為に。

 強くなり、我を通せと言ってきた。

 原始的な理由だからこそ、こんな俺でも理解も納得も容易な指針だった。

 

「そして、私と結婚しましょう?」

 

 言って、幼い美貌に妖艶な笑みを浮かべるエリーゼ。

 脳が、震える。超ド級ロリ美少女からの求婚に、俺は完全に固まってしまった。

 

 結婚……。

 

 希望してなかったかというと嘘になる。それは彼女たちを解放した後、改めて関係を構築し、何かこう上手くいったら申し込むつもりだったのだ。

 彫像となった俺を無視して、エリーゼは俺の耳元に唇を近づけ、ベッドの上しか聞けない媚び全開の声音で囁いた。

 

「ねぇ、私達の“王”になってくださる?」

 

 脳は動いている、意味も理解できる。けれど言葉による返答ができない。

 俺は壊れた人形のように、首をカクカクして頷く事しかできなかった。否はない。むしろ、それが良いという気持ちが湧いてきた。

 これ、マジでどっちが主人か分からないな。

 

「あーッ! 独り勝ちしようとしてる竜族発見伝! 第一婦人はアタシのモンじゃい!」

「あら、淫魔の癖に順番に拘るのね。私はどちらでも良いのだけれど……?」

「ぐぬぬ……なんか譲られたみたいで釈然としねぇッス……!」

 

 テーブルに身を乗り出し、ルクスリリアが騒ぎ出した。感情に呼応して翼が展開している。

 俺の顔を離したエリーゼは身も心も舞うようにしてヒラリヒラリとルクスリリアの口撃をいなしていた。

 静かだった部屋が、一気にぎゃーぎゃーと賑やかになった。

 

「ん?」

 

 見ていると、くいくいと服を引っ張られる感覚。

 いつの間に移動したのか、グーラが袖をつまんでいた。

 

「あの、ご主人様……?」

「なに?」

「えーっと、その……恥ずかしいので、お耳を貸してくださいませんか……?」

 

 言われるがまま頭を寄せると、グーラは二人に聞こえないよう、ぽそぽそと囁いてきた。

 

「母になる前に、ボクもお嫁さんにしてくれませんか?」

 

 ぞわりと、耳から全身に電流が走った。

 それはエリーゼとはまた別のアプローチで、全く以て免疫のない言葉だった。

 ド真ん中ストレート。俺はバットを振る事さえできずにいた。

 

「愛しています、ボクとも結婚してください」

「こ、こちらこそ……喜んで」

「えへへ……♡」

 

 これまたロボットの様にぎこちない返事をすると、パッと離れたグーラは恥ずかしそうに口元を隠し、顔を真っ赤にして笑った。

 感情に連動し、耳と尻尾がピコピコと揺れている。可愛すぎて草、くらいのスタンスじゃないと尊死しそうなくらい可愛すぎて草である。

 

 えっ、ていうか何これ?

 ハーレムじゃん。

 ハーレムだったわ……。

 

 肉体でなく、心が満たされるのが分かった。

 今、本当の意味で夢が叶った気分である。

 

「じゃ、流れでアタシとも婚約成立って事でいいッスね!」

「ブッ!?」

 

 しみじみ思いつつお茶を飲もうとしたら、ルクスリリアの発した婚約という言葉に過剰反応して軽く吹いてしまった。

 

「えー!? ここにきてアタシだけ拒否ッスか!? そりゃねぇぜご主人~!」

「えっ、あぁ今のはビックリしたからであって……結婚は、はい……。俺も望むところというか、結婚を前提に付き合ってくださいというか……」

「じゃ婚約成立ッスね!」

「そ、そうなるか……」

「なによ、結婚の約束をしたのだから、アナタと私達は婚約者でしょう?」

「あっ、ていうか重婚になる……!?」

「あー、もうそういうのいいんで」

 

 心底面倒臭そうに、ルクスリリアはパタパタと手団扇を振った。

 

「アタシ等はご主人が好きッス!」

「はい」

「ご主人はアタシ等が好き!」

「はい」

「じゃ、皆で結婚するッスよ!」

「はい……。あの、いいの?」

「今更っ!? あー、だからもうそういうのはいいんス! ご主人の望みでもあるでしょーに!」

「そもそも、いつも私達を抱いているのは何処の誰かしら……?」

「大丈夫です。村長は三人のお嫁さんがいましたし」

「そうか……」

 

 わいわいがやがや。

 

 諸々の覚悟を決めてはじまったコレも、いつの間にか普段と同じような雰囲気になっていた。

 抱え込んでいたもやもやを吐き出し切って、俺は強張っていた身体の力を抜いた。

 

 あのままにしてはいけなかった。それは確かで、間違いはないと思う。

 けど、俺だけが悩む問題などでは断じてなかった。それもまた、確かだった。

 ホウ・レン・ソウ。俺が教えた事なのに、当の俺が怠ってどうするという話である。

 

「あ、そうだご主人! 今日、決闘で5回分の精使っちゃったんで! 6回分補充してほしいッス♡」

「それは構わないのだけど、私を蔑ろにしてはいけないわよ……」

「まだ発情期は来てないですけど、今宵も可愛がってくれますか?」

 

 こうして、俺の一世一代の告白は、カウンターのロリプロポーズで撃沈し、熱い夜として過ぎていくのであった。

 

 

 

 ちなみに、その夜俺はルクスリリアにフルラウンドの試合を申し込み、KO勝利した。

 

「やっぱり、不純かもしれませんね……」

「強くならないとね、私達も……」

 

 

 

 

 

 

 翌日、転移神殿に行くと、バーの周りに何やら人だかりができていた。

 何事かと見てみると、その真ん中では見知った顔が騒いでいた。

 鬼人剣士のラフィさんだ。先のスーパー銭湯ぶりである。彼はテーブルの上に立って、手に酒瓶らしき物を掲げていた。

 

「いいかよく聞けぇ! これは俺の故郷で作られた最上級の鬼酔酒だ! 鬼人にとっちゃ命の霊薬! お前らにとっちゃ至高の美酒! どうだ! 飲みてぇか!」

 

 うぉおおお! と応じる歓声。男も女も関係なく、荒くれ冒険者たちが騒いでいる。

 鬼酔酒……ああもテンション上がるくらい有名な酒なのか。

 

「エリーゼ、鬼酔酒って?」

「鬼人族が作るとても強い酒の事よ。飲んだ事はないけれど、とても美味しいらしいわね。鬼人にとっては強力な回復ポーションでもあるわ」

「へえ」

 

 酒飲み竜族の話を聞くに、どうやらウォッカかスピリタス的なやつらしい。

 騒ぎの中心では、ラフィさんがDJめいて場を盛り上げていた。ていうか顔が赤い、彼は酒に強い鬼人なはずだが、既に酔っているようだ。

 

「誤発注でな! 俺はこれを二本持っている! だが独り占めはよくねぇよなぁ!?」

「「「然り!」」」

「皆にも! 俺の故郷の味ってもんを知ってもらいてぇ! だからよぉ! 皆にも飲んでほしい訳よ!」

「「「然り!」」」

「しかし! 酒の味も分からねぇ奴にゃもったいねぇ! だもんで、こん中で一番の酒飲みに譲る事にしたァ!」

「「「然り! 然り! 然り!」」」

 

 会場は大盛り上がりだ。酔っても無いのに顔を真っ赤にした酔っ払い候補たちが酒を求めてグルグルしている。

 フロアの熱狂は最高潮。いつも人は多いが纏まりのないギルドでは珍しい光景だ。

 

「西区で一番強ぇ奴! 出て来いやぁ!」

 

 ラフィさんの煽りに、我こそはという冒険者たちが一際大きな歓声を上げた。

 どうやらサバイバル方式であるらしく、クソデカ樽に入ったノーマル鬼酔酒を一杯ずつ飲んで、生き残った奴が勝者になるようだ。

 が、挑戦者たちは一口飲むや否やバタバタと倒れていった。どいつもこいつも酒飲んだだけで死屍累々の様相である。毒では?

 

「クククッ……鬼酔酒か、祝い酒にはちょうどよ……ゴブァ!?」

「トリクシィが倒れた!」

「この人でなし!」

「ゲゲゲ! オデ! オサケ! ダイスキ!」

「へぇ、凄い匂いですねぇ……。さてさて、お味の方は……」

「じゃ、おっさんもちょっくら試してみよっかなっと。ほら、一杯おくんな」

「おいウィード! お前も飲むんだよ!」

「えっ、俺も付き合うのか? しゃあねぇなぁ」

 

 挑戦者は次々と挑み、呆気なく散っていった。その顔は一様に幸せそうである。美味しかったらしい。

 アホな冒険者たちを見て、ギルド職員は呆れていた。止めたいけど酔っぱらってるラフィさんの相手はしたくないって顔だ。

 

「おっ! イシグロじゃねぇか、お前も試してみろよ!」

 

 挑戦者がはけてきたところで、ラフィさんに呼ばれた。

 まぁ試しにと行ってみると、渡された新品のグラスに柄杓で樽の中身を注がれた。

 

「おぉ、アルコールの匂い……」

「クイッといきな!」

「クイッと……よし」

 

 言われた通り、ええいままよと飲んでみた。 

 すると、喉に流れる熱の波。瞬間的に身体が火照るのがわかった。

 おぉ凄い、“酩酊”のデバフはついてないのに、俺の感覚では酩酊している。これもまた異世界七不思議のひとつだ。良質な酒と毒は違うんだな。

 

「おう、次いけるかイシグロ?」

「あぁ~、無理だこれ。美味いけど降参……」

「ご主人ご主人、アタシも飲みたいッス!」

 

 まったり後味を楽しんでいると、ルクスリリアも酒を要求してきた。

 了解を得てから俺が持ってたグラスを渡すと、そこに鬼酔酒が注がれた。

 

「きひひ! これが貴族も愛飲するっていう酒ッスか! じゃ、ちょっと一口……んぎゃ!?」

 

 俺に倣って一気飲みしたルクスリリアは、白目を剥いて倒れた。涎もダラダラでせっかくの美少女フェイスが台無しである。

 ていうか、魔族にも効くのね……。

 

「えっと、ボクもいいですか……?」

 

 グーラも挑戦。すると、ボウと口から火を噴いてからグルグル目になって倒れた。

 淫魔に続き、混合魔族もKOだ。俺は二人を空いてる椅子に座らせた。

 

「あら、美味しいじゃない」

 

 と思ったら、エリーゼは全部飲んでも余裕そうだった。

 

「ほう? もう一杯いってみるか?」

「ええ」

 

 注がれ、呑んで。注がれ、呑んで。

 エリーゼが酒に強い事は知っていたが、こうも蟒蛇だとは思ってなかった。エリーゼは多くの冒険者をワンパンした酒をわんこそばの様に呑んでいた。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬわ、あいつ……」

 

 エリーゼが杯を干す度、見ていた冒険者から歓声が上がる。

 気が付けば、皆さんエリーゼの呑みっぷりを肴にして酒を飲んでいた。アレに比べりゃビールなんて水である。

 

「イシグロんとこの! お前鬼人でもねぇのに凄ぇな! おう、持ってけ!」

 

 やがて樽が底を尽きると、満場一致でエリーゼが勝者になった。

 その手には優勝賞品の鬼酔酒。エリーゼの顔はほんのり赤くなっていた。

 

「ごめんなさいね。今日はもう迷宮に行く気になれないわ……」

「そうだな。じゃあ今日は休みにしよう」

 

 俺は少し休めば行けそうだが、それでも皆がベストコンディションじゃないならば行くべきではないだろう。

 見ると、鬼酔酒の影響か転移神殿のあっちこっちで宴会が始まっていた。

 

「飲み足りないわ。頼んでもいいかしら?」

「ん? あぁいいよ」

 

 という訳で、俺らもノリで酒盛り開始。

 恐ろしく健康に悪いが、まぁ今日くらい構わないだろう。

 

「るくすりぃやぁー! 飲み比べで勝負でふわぁ!」

「うわ出た! つか、もう負けてんじゃねぇッスか! アナルに酒瓶突っ込んだりでもしたのかこの変態女!」

 

 開始早々、しれっとチャレンジして敗北していたグレモリアさんが絡んできたり。

 

「えーっと、コレとコレとコレとコレとコレと……」

 

 グーラの食いっぷりに他所の冒険者が驚愕したり。

 

「この鬼酔酒に合うものを適当に持ってきて頂戴……」

 

 エリーゼは最上位鬼酔酒を飲んでいた。銀色の竜に、まだ飲むのかよという熱い視線が突き刺さる。

 せっかくなのでちょっと分けてもらったら、これまた強かった。が、上位モデルは前世込みで一番美味かった。

 

「へえ、鬼酔酒って痛くて熱いんですねぇ……。あ、イシグロさん、どうも。この淫魔は回収しますので……」

「ん、あぁ、おはようございます。ニーナさん」

「やや、イシグロ殿! 今日は道場はやってないのでござるか?」

「どうもシュロメさん。今日は迷宮の日だったけど、お休みかなぁ。ほら……」

「おうイシグロ、今日は迷宮潜らねぇのかい?」

「あ、おじ……受付さん。今日はいいかなって」

「そうか、まぁこういう日も必要だわな」

 

 何時にもまして、今日の転移神殿はお祭り騒ぎだ。

 俺も俺で、異世界ではキツめにセーブしてた酒を朝からしこたま飲みまくった。

 

「牛人女、牛鬼女……。淫魔、魔牛族、鳩人女……。結局のところただの巨乳フェチでは?」

「なんだァ? てめェ……」

 

 例によって神殿内で喧嘩が始まり、それを笑いながらはやし立てて、賭けに参加し盛大に負けた。

 なんか俺のファンを自称する女性にサインを求められたので、日本語でサインしたら気絶された。

 名前も知らない新人冒険者と乾杯し、彼に追加で一杯奢ってやった。

 

「すいませ~ん! 麦酒ひとつ! あぁ瓶ごとオナシャ~ス!」

 

 絵に描いたような荒くれ冒険者ムーブ。

 馬鹿丸出しだが、気分は最高だ。

 

 とにかく、今が楽しい。未来も明るい。

 なんたって、俺は激マブのロリ美少女と婚約しちゃったのだ。

 結婚を諦めてたロリコンが、である。

 

 その為に、俺は強くなる。

 ほどほどに強くなるとかじゃない。マジで誰もちょっかいかけれないような、そういうの。

 

 男として生まれたのだ。これまでは無かったが、一生に一度くらい目指してもいいだろう。

 最強の男……いや、“最強のロリコン”に。

 

「わぁ~、ご主人が酔っぱらってるトコ初めて見たッス~」

「アナタ、酔うとこうなるのね……」

「楽しそうで何よりだと思います。あ、これ食べちゃいますね」

 

 いつか鎖を外すまで、そして証を失くしても、俺たちはこの世界で生きていく。

 けど、エリーゼの言うラインまでは先が長い。

 俺と奴隷の物語は、まだまだ続きそうだ。

 

 改めて、やりたい事は沢山ある。

 とりあえずは、刀と醤油と味噌と……。

 あ、何だかんだ弓も使い勝手良いから、ドワルフさんトコで新しいの買おう。防御用に盾も買おうかな。

 あとあと、何よりリンジュ旅行! 楽しみだ、今からルートとか諸々確認しよう。混浴温泉が俺を待ってるぜ……!

 

「勝った! 第二部、完!」

 

 そんな感じで、今日も酒が美味い。

 ルクスリリアもエリーゼもグーラも可愛い。

 

 うん、明日の彼女達も楽しみだ。




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 主人公、最強目指すってよ。
 次回からリンジュ編です。


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橘と湊

 感想・評価など、ありがとうございます。これのお陰で書けていると言っても過言ではありません。
 誤字報告も感謝です。ホンマ助かっとります。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 そろそろリンジュのキャラ募集は打ち切ろうと思います。

 アンケのご協力、ありがとうございました。
 結果、イシグロの弓はクソデカボウになりました。
 そのうち出てきます。

 今回はダンジョン回。
 情報量の関係で、一旦切って投稿します。
 よろしくお願いします。

 リンジュ編といいつつ、行くのはもうちょい先です。


 最強議論。最強装備。史上最強の弟子……。

 

 古今東西、最も強いと書いて二文字のこのワードは、世の少年達――もちろん、それ以外の人たちも――の心を捉えて離さない。

 スポーツ然り、ゲーム然り、当然として競争あるところには優劣がある。そうなると、その分野で一番強い奴を決めたくなるのが人情だ。あるいは、本能なのかもしれない。

 

 が、まぁある程度の年齢になると、遊びにおいては単なる勝ち負けとか、そういうのどうでもよくなるもんで。

 興味関心が無くなる訳ではないのだが、熱くならなくなるのは仕方ない。

 

 男と生まれたからには、一生のうち一度は夢見る「地上最強の男」――。

 とは言うが、俺みたいな一般ピーポーがそんなん考えるなんて一生のうち一度もないと思うんですよ。

 少なくとも、俺はそうだった。

 

 紆余曲折あり、力こそパワーな異世界に来ても、その気質に変化はなかった。

 転移以後、俺が積極的にレベリングをしてるのはハクスラが楽しいからであって、何も俺自身が最強になりたいからではない。

 そういったモノは自分の身を守る為……ひいてはロリを守る為にあるのであって、過ぎたるは及ばざるが如しだろう。

 第一、強くなってやりたい事などないのである。

 

 ジョブレベルも、武装整えるのも、ハック&スラッシュも。

 一定のラインを超えたら、あとは安穏無事に暮らしたいよね。

 そう思っていた。

 

「強くなってから、解放しなさい」

 

 が、どうだ。

 

「そして、私と結婚しましょう?」

 

 極まった強さの先に、真のロリハーレムがあるならば。

 叶わぬと知り、諦めていた“幸せ”を掴む事ができるというならば……。

 

「ねぇ、私達の“王”になってくださる?」

 

 股間(このへん)に、シコエッチパワーが溜まってきただろう?

 

 求めるものは、「最強」という名の称号。

 ロリコンの意思が、すべてを変える。

 この戦いの果てに、答えはあるのか? あるんです。

 

 性癖を自覚してから、結婚なんてのは完全に諦めていた事である。

 それも、向こうが乗り気で求めてきたんだから堪らない。

 ロリに求婚されたのに、最強になンの日和ってるロリコンとかいる? いねぇよなぁ?

 

 ならば、全力で。

 大真面目に、地に足着いて、なってやる。

 

 最強のロリコンに。

 

 

 

 鎧虫迷宮。

 

 ダンジョンのタイプは屋内型で、エリア全体がボロい石壁に囲まれた迷路で構成されている。迷路といっても道幅は広く、感覚的には二車線道路くらい。ランクは中位。

 屋内型故、四方は石で囲まれていて空が見えない。代わりに天井はめちゃくちゃ高く、等間隔に光が差している。下は公園の砂場みたいになっていて、足を取られないよう注意が必要だ。

 行った事も入った事もないが、何かピラミッドの中って印象を受けた。エジプト味を感じる。

 

 ダンジョン名の通り、出てくるエネミーは鎧を纏った虫系オンリーであるが、以前行った浮蟲迷宮とは雰囲気がかなり違う。

 あっちが不快度極振りのキモ虫なら、こっちは巨大メタリックテントウムシやフルアーマー甲虫王者、鉄玉コロガシくんなどなど比較的見てくれの良いデフォルメ虫が出てきてくれるのだ。

 

 鎧虫……まんまだが、鎧みたいな甲殻を纏った虫の事だ。例によって、こういうアーマー系のエネミーは各種耐性が高い。

 物理耐性が全体的に高く、斬撃属性に関してはほぼ無効。同じく土系や水系、氷系の魔法も無効である。状態異常に関しても、精神デバフは無効で、毒とか酸とかも高耐性。

 代わりに効くのが打撃系であり、エネミー次第では刺突も効く。あと、魔法も通りやすい。特に炎と雷属性が効果抜群だ。

 

 攻略で対策すべきなのは、まず虫の体液にあるらしい毒や病等の状態異常系。各種解毒ポーションは多めに持って行きたいし、酸的なアレを吐いてくるエネミーもいるので、一応武器破壊対策もしておきたい。

 前述の通り、特効属性は打撃と炎と雷。それで言うなら、俺の場合は以前購入した炎&打撃の“アンデッド絶対殺すメイス”を使えば良い感じだ。

 他、グーラは生状態で炎と雷を出せるし、エリーゼは前に買った炎の杖でOK。ルクスリリアは……まぁ鎌にも刺突属性あるし、基本は魔法で援護してもらおう。

 

 まとめると、鎧虫迷宮とは硬くて強いメタル虫が出てきて、打・炎・雷が刺さり、斬撃や精神デバフがほぼ無効な迷路ダンジョンなのである。

 そんなダンジョンを、俺は刀を持った“侍”ジョブで挑んでいた。

 

 何故か? 簡単だ。練習である。

 最強になり、俺はロリと結婚するのだ。

 不利な状況でも、勝てるよう訓練せねば。

 

「ふんッ!」

 

 伸びあがった影を縫う。殴りかかってきた二足歩行カブトムシの攻撃をジャスト回避し、返す刀で肘関節に攻撃。のけ反るエネミー、噴出する体液を縫うように前へ。続く角攻撃の“後の先”を取って十八番の“切り抜け”で甲殻の隙間に刃を迸らせた。

 斬撃無効の鎧虫だが、脆弱部位にヒットさせりゃあダメは入る。倒すだけならメイス殴打のが手っ取り早いが、俺はあえて刀を使って戦っていた。

 

「オラァ!」

 

 脇を抜け、背後に回る。背中越し、俺には視えている。振り向く挙動を制するように、“先の先”を取りヒトガタカブトの肩を断つ。

 振り向き様、舞い上がる片腕。間隙を逃さない。俺は武器の握りを確かめ、肩の断面に刀を突き刺した。流れるように刀を引き抜くと同時、人型カブトムシは粒子に還っていった。

 心を残して。足を止めない。血を払いつつ、俺は仲間の方へ駆け出した。

 

「ご主人様!」

「任せろ!」

 

 最低限の合図。敵を倒した勢いに乗って、俺はグーラが相手をしていた二足歩行クワガタに後ろから全力チェストをぶちかました。忍殺(シノビエクスキューション)! 卑怯とは言うまいな!

 背後からの強襲に怯むクワガタ。まだ死んでない。だが、怯む時点で試合終了である。

 

「はぁーっ!」

 

 文字通りの火の玉ストレート。炎を纏ったグーラの拳が、人型クワガタの腹に炸裂した。哀れ、鎧虫鍬形は爆発四散。

 カブトとクワガタ、ヤバい二体は始末した。あとはザコ散らしだ。

 

「リリィ! 落としてくれ!」

「了解ッス! 範囲拡大、魔力過剰充填……“妖姫淫魔緊縛”!」

 

 空中の敵を引き付けてくれていたルクスリリアに合図を出し、空飛ぶ虫を拘束魔法で落としてもらう。

 魔法のネットが射出され、デカい羽虫が落ちて来る。さながら網漁である。俺とグーラは、哀れな羽虫を一匹一匹殺していった。

 

「こうなると楽でいいですね。やあッ!」

 

 今現在、グーラは剣士ではなく武闘家ジョブで戦ってもらっている。

 これも強くなる為だ。覚えたスキルは他ジョブでも使える事は確認済み。武闘家は立ち回りを強くしてくれるスキルの宝庫だ。色々応用が利くので、慣れないだろうが今は頑張ってもらおう。

 ……いや、まぁ普通に戦えてる訳だが。やはり天才か。

 

「エリーゼ、リフレッシュお願い」

「ええ、ありがたく受け取りなさい(・・・・・・・)……」

 

 待機してくれていたエリーゼに祝福付きの状態異常回復をもらい、蓄積していた毒を治療する。グーラとルクスリリアも念のためにリフレッシュだ。

 それから、俺は復帰しかけている虫の装甲の隙間を斬って回った。網にかかった虫はもぞもぞ藻掻いて鬱陶しい。ジタバタするな、神経が苛立つ。

 

「これ、私が焼いた方が手っ取り早いんじゃないかしら……?」

「だな。まぁこれも経験値の為、ちょっと待ってて」

「アタシはこういうの嫌いじゃないッスけどね! ヒャッハー!」

 

 俺とグーラとルクスリリア、三人揃って羽虫駆除。完全に流れ作業だ。

 警戒はするが、思考が滑る。俺はその間、自身のジョブと武器に思いを馳せていた。

 

 ドワルフに注文した刀が届いてから、俺は本格的に剣士系中位職である“侍”のレベリングに手を出した。

 刀と剣の違いに戸惑いつつ、ちょっと使ってみて習得したのが“先の先”と“後の先”である。両方、パッシブのスキルだ。

 

 先の先は、予備動作中の敵に攻撃を入れると威力が上がるスキル。後の先は、攻撃動作中の敵に攻撃を与えると威力が上がるスキルだ。

 攻撃は最大の防御といった感じの二つのスキルは、新しく造ってもらった刀と最高にマッチしていた。ドワルフにアドバイス聞いて良かったと、心底思うね。

 

 

 

◆橘◆

 

・物理攻撃力:1000

 

・補助効果1:弱点特効(大)

・補助効果2:会心特効(大)

・補助効果3:先制特効(大)

・補助効果4:反攻特効(大)

・補助効果5:自動修復

 

 

 

 先制特効とは、スキルである“先の先”と殆ど同様の効果だ。反攻特効も“後の先”とほぼ同じ。重複しているが、デメリットはない。普通に上乗せできる。

 元々、刀というカテゴリー自体の性能がクリ重視の技量アタッカー武器だ。基礎攻撃力、クリ威力、モーション値や物理属性値も高い。それに先述の補助スキルを組み合わせると、それはもう凄まじい火力が出せる。

 

 パッと見だと俺の愛剣である“無銘”よりも強そうだが、橘はあくまで攻撃用。刀の特性であり、投げたり受けたり雑に使うと一瞬でポキンだ。下手な扱いはできないし、汎用性は無銘のが優れている。

 刀は強いが繊細だ。使う時はそれこそロリの様に丁寧丁寧丁寧に扱う必要がある。故に、銘を“橘”とした。橘とお呼び下さい。

 

「ご主人! 大群が来たッス!」

 

 虐殺終了後。しばらくU149に思考を回していると偵察淫魔から報告がきた。俺とグーラはエリーゼの元に向かった。

 エリーゼに近づき、ドラゴンロードのスキルでバフをかけてもらう。レーダーでも確認した。必要なのは、ザコを殺す火力だ。

 

「来るッスよ! 1,2,3……会敵!」

 

 警告通り、L字の曲がり角から大量のアイアンバッタがエントリーしてきた。中には空飛ぶゴールデンテントウムシもいる。

 訓練に従い、隊列を整える。俺が先頭。間を空けてグーラ。その後ろにエリーゼで、上の遊撃可能位置にルクスリリアだ。

 

「迎撃戦! 練習通りいくぞ!」

「うッス!」

「畏まりました!」

「やっと出番ね……」

 

 号令をかけつつ、俺は腰に佩いていたもう一振りの刀――脇差を引き抜き、二刀流の構えを取った。

 迫りくる虫の群れ。迎え撃つは防御に優れぬ大小の刀。盾も持たないロリコン侍が、後ろのロリを守れるのか?

 できる、できるのだ!

 

焼け死ね(・・・・)……!」

 

 閃光、爆発、轟音。射程に入った瞬間、宝杖から放たれたエリーゼの広範囲炎魔法が炸裂した。爆風が俺の髪型をオールバックに変える。炎の隙間に青白い粒子が垣間見えた。

 だが、数が多い。炎の中から、生き残ったバッタが先頭にいる俺へと跳躍してきた。

 メタリックバッタ。大きさは野良猫ほど。凄まじい脚力で突撃してきたそれを、俺は左手の脇差で“受け流し”た。

 

「はッ!」

 

 受け流されたバッタは、まるで虫取り網に絡まったように動きが止まる。隙だらけだ、弱点部位が見えている。無防備となったバッタの隙間を、右手の橘で切り裂く。

 間髪入れずバッタが迫る。焦る事なく“受け流し”をして、今度は後方にいる仲間にパスした。

 

「やぁ!」

 

 あえて逃がしたバッタは、控えのグーラがサッカーボールめいて蹴り飛ばした。曰くボールは友達らしいが、バッタ型の友達はシュートと同時に砕け散ってしまった。

 

「範囲拡大、“妖姫淫魔緊縛”!!」

墜ちよ(・・・)……!」

 

 飛んでる奴はルクスリリアが落とし、エリーゼは広範囲魔法のクールタイム終了までフレンドリーファイアしない魔法でザコを撃ち落としていた。

 やはり、鍛錬場の日々は嘘をつかない。連携が上手くいくと、自然と心がヒートする。さぁ、本番はここからだ。

 

「おぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 流し、斬る。流し、突く。後ろにパスして、次のバッタをカウンターでぶった斬る。

 今の俺を俯瞰すると、さながらモンハン双剣の乱舞でもしているように見える事だろう。

 

 刀は繊細だ。“受け流し”は武器耐久度を減らす。そう何度も使えるものじゃないし、セオリーからは外れている。

 普通ならできない、やってはいけない。だが、この脇差ならできる。そういう風に出来ているのだ。

 

 

 

◆湊◆

 

・物理攻撃力:500

 

・補助効果1:武器防御

・補助効果2:自動修復

・補助効果3:剛性強化(大)

・補助効果4:魔法装填(武器の呼び出し)

・補助効果5:鈍化柔性(大)

・補助効果6:魔法装填(抗魔の武器)

 

 

 

 武器防御は“受け流し”含む武器ガード時の耐久度減少を抑えてくれるやつで、剛性強化は攻撃ヒット時の耐久度減少を抑えてくれる。これらは無銘とぶちぬき丸にセットしてある補助効果だ。どちらも武器が壊れないようにする工夫である。

 それに加え、この脇差には“鈍化柔性”という補助効果も付けてもらった。効果は単純で、攻撃力を下げる代わりに武器耐久度を高くするというもの。

 

 刀は繊細な武器だ。剣の様に雑に使うとすぐ壊れてしまう。

 だが、この脇差は違う。これは完全防御仕様。盾を使えぬ侍の盾、フロムの狩人が持つパリィ銃。ザコでもボスでも捌いてみせよう、受け流し特化の守り刀である。

 故に、銘を“湊”とした。故にと言いつつ特に意味はない。A山先生、異世界でも俺は元気です。

 

「エリーゼ、魔法まだー!?」

「もう少しよ。持ちこたえて頂戴」

 

 脇差で捌き、打刀で斬る。

 まるで、無銘の性能を二振りに分けて特化させたような大小の刀。

 これが俺の二刀流。我が愛刀、橘と湊だ。

 

「行くわよ、避けて頂戴ね……!」

 

 第二波が来る。俺は跳んで来たバッタに蹴りを入れ、即座に背を向け退避した。

 

灰になれ(・・・・)……!」

 

 太陽が落ちる。エリーゼの広範囲殲滅魔法が、今度こそバッタの群れを焼き払った。

 生き残りはいない。結局、大艦巨砲主義が最強ってワケ。

 

「ふっ、汚ぇ花火だ……」

「花火……とは何でしょうか?」

「えっ? この世界、花火ないの?」

火吹き怪花(フレイム・マンドラゴラ)の事かしら?」

「なにそれ怖い」

「ちなみに、淫魔王国には潮吹き淫花(スプラッシュ・マンドラゴラ)っての咲いてるッスよ」

「なにそれ怖い……」

 

 話しつつ、勝って兜の何とやら。目とレーダーで警戒し、安全を確認する。

 よし、生き残りは居ないな。流石エリーゼだ。

 俺は肩の力を抜き、二刀を下げた。他メンバーも各々警戒を解いた。

 

 状況終了。さて、ドロップアイテムはどうだと見てみたが、残念ながら全部黒焦げになっていた。

 ダンジョンエネミーの良いトコは死体が残らない事だが、エリーゼの大魔法だとドロップアイテムまで燃やしちゃうんだよな。

 

「ボスは目の前だ。ちょっと行って、そこで休憩しよう」

 

 チート持ちの俺にとって、迷路なんてあってないようなもんである。被害はないので、ドンドン進んでボス部屋に到着。

 堅く閉ざされた石扉の前で、一党は小休止となった。

 

「はいどうぞ」

「ありがとうございます!」

「今日は、そうね……、リンゴの蜂蜜漬けがいいわ」

「あ、じゃあアタシもそれで!」

 

 小休止、我が一党はお菓子やジュースを食べて英気を養うようにしている

 ボス前の休憩。冒険者歴はまだ一年未満だが、そんな俺でもこれは結構有用な習慣だと思っている。

 美味いモン食うと気分が良くなる。気分が良いと上手くいく。そんな気しないだろうか。データなんてないが。

 

「ふぅむ……」

 

 皆が休憩してる横で、俺は腰にある大小の刀を確かめた。

 どちらも、見た目は実にシンプルだ。グーグル先生で画像検索したらすぐヒットしそうなシンプルカタナである。

 けれど、中身は実にファンタジーなサムライソードだ。折れず曲がらずよく斬れるとはその通りで、侍ジョブのDPSは体感ソドマスより高い気がする。

 

 これまで、剣にしろメイスにしろ俺は片手をフリーにできる武器を愛用してきた。

 理由は簡単で、両手が塞がっているとポーションを飲むのに手こずってしまうからだ。

 

 ダクソなどでお馴染みの盾と剣の騎士スタイル。アレは強いが不便である。状態異常を治したい時とか、一回盾置いてからポーション飲まないといけないのだ。

 ちなみに、この世界ではゴブスレさんめいて盾を腕にくくりつけるスタイルができない、盾スキル等々が使えなくなるのだ。実際、そうすると盾が装備欄から消えるし。

 

 その点、今は毒ったりしてもエリーゼがいるから安心して二刀流ができる。ヒーラーは大事。仲間がいるよ、である。

 言うなれば運命共同体。互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。一人が四人のために、四人が一人のために、だからこそ迷宮で生きられるのだ。

 嘘は言ってない。これだけはハッキリと真実を伝えたかった。

 

「よし、行こうか」

 

 各々準備が整ったところで、俺は刀を抜き、宣言した。

 ボス戦である。さっさと倒して、レベリングして、皆との結婚に一歩進もう。

 

 帰ったらウコチャヌㇷ゚コㇿだ。




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◆主人公たちの武器◆

・無銘=ロングソード。見た目は黒っぽいシンプルロンソ。基礎性能が高く、カウンター向き。
・アンデッド絶対殺すメイス=メイス。炎エンチャ+聖属性の打撃武器。
・橘=打刀。見た目はシンプルカタナ。性能は攻撃特化。
・湊=脇差。見た目はシンプル脇差。性能は受け流し特化の刀型の盾。

・ラザファムの大鎌=大鎌。MMORPGで一番レアっぽい大鎌。深域武装
・ルクスリリアの細剣=刺突剣。短くて細い。ちょっと装飾がある。

・月明かりの銀杖=王笏。エリーゼの杖。魔法装填に特化してる為、能力補正がない。
・烈火の宝杖=赤い宝石が埋め込まれた大杖。炎に特化。文字通り火力偏重なので、取り扱い注意。
・エリーゼの短杖=指揮棒。護身用の杖。小さくて短くて軽い。

・ぶちぬき丸=太く長く分厚い特大剣。クッソ重く、単純火力と頑丈さが特徴。
・グーラの短剣=石器めいたナイフ。サイズの割に重い。


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ロリ奴隷たちのいる迷宮

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられています。
 誤字報告もありがとうございます。感謝!

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 出て来る時はヌルッと別人化します。キャラ同士をフュージョンさせたりとかもします。

 今回もダンジョン回。続きです。
 ある意味、現状報告的な話ですかね。


 ボス部屋に入ると、そこはハムナプトラチックなドーム球場っぽい場所で、中央には高さ3メートルほどの楕円形の鉄塊が鎮座していた。

 いや、鉄塊というより、鉄の卵だ。ボス部屋に入ったのに、HPバーはまだ表示されていない。

 

 例によって、ここの迷宮のボスも数種類あるうちからランダムで生成される仕様だ。鎧を纏った虫なのは確定で、どんなのが出るかは入ってみてのお楽しみ。

 多くのダンジョンは部屋に入ると即座にボスとご対面な訳だが、どういう訳か鎧虫迷宮の場合はこうしてまず卵として出て来るのである。それから中身がこんにちはだ。

 なお、カブトもクワガタも卵からエントリーする模様。幼虫じゃないの?

 

 ピシリと、卵の殻にヒビが入る。

 さて、どんなのが生まれるか分からないが、ちょっとその前に試したい事がある。

 ノックしてもしもしだ。

 

「エリーゼ」

「ええ。燃えろ(・・・)……!」

 

 銀の令嬢が杖を掲げる。すると、術者の頭上高くに炎の元気玉が生成され、それは卵に向かいゆっくりと落ちていった。威力と範囲に特化した炎系最上位魔法“偽太陽”である。

 光の後、轟音と爆風。戦いのはじめ、動かぬ奴には一発入れるのが礼儀ってモンである。ここ魔法入るんで。

 

「行くぞ! 突撃ィーッ!」

「はい!」

「うッス! 出ろォー! ラザニアーッ!」

 

 着弾と同時、前衛三人が走り出す。正面が俺、迂回してグーラ。上からルクスリリアだ。

 原則、魔法の炎は燃え移らない。炎が消えたその跡に、卵は未だ形を保っていた。

 

くたばれ(・・・・)……!」

 

 駆ける前衛を追い越すように、エリーゼは続いてバーニングかめはめ波をぶっ放した。動いてないので当て放題だ。

 直撃した熱線が卵の表面で激しい爆発を起こす。爆心地から目を焼くような熱風が襲ってくる。もうもうと、焼けた砂が舞い上がった。

 

「やったか!?」

 

 勿論やれていない。しかし、直後に表示されたHPバーは既に七割ほどになっていた。

 うん、開幕三割削りとかヤベーな。上手くいくかは分からなかったが、通じてよかった。言うて、一流魔術師が一日に一回使える特大魔法を二回当てたのだ。殻越しでも痛いだろう。

 

「最初に強く当たって、あとは流れだ! 警戒!」

 

 土煙の中から、巨大なシルエットが浮かび上がる。

 生成されるボスはランダム。なのだが、この迷宮のボスは当たりハズレがデカい。

 一番来てほしくないのがサソリ型で、来てくれると楽なのがダンゴムシ型だ。最終的に殺せばいい話だが、中でもサソリは最悪なので遠慮したい。

 さて、今回のガチャはどうだ。サソリは嫌だサソリは嫌だサソリは嫌だサソリは嫌だ……。

 

「ハズレね、じゃあ、私は回復に専念するから、後はよろしく」

 

 アズカ〇ンである。おファックですわ。

 これまた事前の話し合い通り、エリーゼは完全支援役にジョブチェンジだ。個人的に、デカブツ系だったら色々と捗ったので、ちょい悲しい。

 

 鎧毒蛇蝎。

 サソリの尻尾部分に蛇の頭が生えているという、一言でいうとクソボスだ。

 見た目は全体的にメタリックで、デススティンガーめいたスタイリッシュさがある。リアルサソリのようなグロさはない、デフォルメイケメンサソリだ。

 

 奴の攻撃方法は分かっている。前後の蛇蝎は独立していて、それぞれ好き勝手に動くのだ。前のサソリはハサミや体当たりによる物理攻撃メインで、後ろのヘビは色んな魔法を撃ってくる。必殺技は蛇の眼から出る石化光線だ。

 また、名前に毒とあるように奴の体液は蓄積値ガンギマリの猛毒であり、サソリ&ヘビの口から毒霧を噴射してくる。あまつさえ、その毒は種類がランダムで、HP削る系やらMP削る系やら色々あって一種類の解毒ポーションだけじゃ対処できない。

 うちはエリーゼがいるから何とかなるが、エリーゼ無しの一党だとぶっちゃけ死ねるだろうと思う。

 無論、鎧毒蛇蝎は殆どの冒険者から嫌われている。ドロップも取り立てて美味い訳じゃあないし。

 

 攻略法は王道で、とにかく殴って蹴って殺すしかない。弱点は打撃と炎と雷だ。

 例によって、アーマー部分は斬撃無効。というか鎧虫迷宮エネミーが持つ全ての耐性を持っている。

 あまつさえ、高耐性持ちのくせにサソリらしくシャカシャカと素早いのでウンチ度MAXである。前述の通り、見た目が良いのが救いだ。

 

 見ると、サソリは両手のハサミを掲げ、ヘビも舌をシュルシュルして威嚇していた。激おこである。

 狙ってるのは、当然エリーゼだ。寝てたところに元気玉&かめはめ波を食らわしてきたのだ。そりゃブッダも怒るよ。

 

「サソリが出た時の連携は覚えてるな? 油断せずに行こう!」

「了解です! 練習通りに!」

「あいッス! 後ろから失礼~っと!」

 

 クソがファックがと悪態ついたが、いやいやこういう時こそジョースター卿思考だ。逆に考えるんだ。クソボスこそ、良い経験になるさと考えるんだ。

 思い返せ、俺は今より強くなるんだろう。むしろラッキーだ。切り替えていく。行くぞオラァ!

 

「こっちを見ろォ!」

 

 逃げるエリーゼに突進しはじめたサソリに接近し、シャカシャカ動く脚の関節に斬撃を見舞う。

 俺に意識が向くのが分かるが、巨大サソリは止まらない。ボスはなおも逃げるエリーゼを追っている。

 構わず切りつけ続けると、鬱陶しくなったのか反転してハサミパンチをしてきた。俺はそれを左手の湊で受け流しつつ、体勢を崩さぬようバックステップ。そして透かさず再アタックだ。

 

「うぉ危ねっ! このヘビけっこう手強いッスよご主人!」

 

 サソリの後方ではルクスリリアとラザニアが尻尾ヘビの意識を取っていた。

 お互い攻撃は入れられてないようだが、相変わらず最高の最低限をしてくれる。俺は俺でハサミや脚の対処で手一杯である。

 だが、これでいい。

 

「やぁ!」

 

 サソリが俺に、ヘビがルクスリリアにヘイトを傾けた瞬間、サソリの後ろ脚にグーラのイナズマキックが突き刺さる。

 これは相当痛かったらしく、今度はグーラにヘイトが向いた。俺はさせじと攻撃し、奴の敵意をこっちに誘導する。

 

「対象指定、魔力過剰充填、“竜心”」

 

 後方にいるエリーゼからバフが飛んでくる。ドラゴンロードで習得したスキルだ。受けた瞬間、じわじわと勇気が湧いてくる。

 サソリ戦において、エリーゼは攻撃役ではない。状態異常や一撃石化を警戒して支援・回復役を全うしてもらうのだ。まぁ開幕三割なので、普通に十分なのだが。

 

「俺とグーラに毒が来てる! 発症する前によろしく!」

「わかったわ。癒されよ(・・・・)

「ありがとうございます! はぁーっ!」

 

 俺が邪魔をして、グーラが攻撃し、ルクスリリアがヘビを抑え、エリーゼが陰から皆を守る。

 この繰り返しだ。アーマー系相手の場合、刀は本来のDPSを発揮できないが、刀型の盾である湊のお陰で俺は回避タンクができている。現状、最も火力が高いのは武闘家グーラだ。

 

「やぁーッ!」

 

 雷を纏うグーラのキックが、再生しかけていた脚を圧し折る。サソリはハサミを振り回してグーラを追い払うと、俺が間に入って邪魔をした。

 ダンジョンボスは手足が取れてもすぐ生える。俺がクリを入れて斬り飛ばした前脚も、ほっとくとすぐ完治である。突進されると厄介だ。機動力は削りたい。万全な本数を維持できないよう、ひたすら脚を狙う地味な戦いが続く。

 

「何か来るわよ! 対象指定、“竜の冷血”!」

 

 指揮官の声。熱くなっていた意識が冷静さを取り戻す。見ると、敵の行動に変化が生まれている事に気づいた。

 ヘビの挙動が何か変だ。これまでルクスリリアとラザニアに注意を向けていたヘビが、グーラを睨みつけていたのだ。

 ヘビの目が光る。情報通り、石化光線だ。これを食らうと動けなくなり、仲間が助けないとハサミか何かで砕かれてしまう。所謂、即死技だ。

 

「グーラ!」

 

 名を呼ぶより先に、グーラは四つ足姿勢で回避の構えを取っていた。

 さながら退避する山犬の様。敵を睨みつつ、回復役であるエリーゼに接近していった。

 

「おっ、今コレいけんじゃね? アタックチャーンス!」

 

 石化光線が放たれる直前、ルクスリリアの蛇腹鎌がヘビの頭に巻き付いた。そのままグイと引っ張ると、放たれたビームは明後日の方向に飛んでいった。

 まるで大物と対峙する釣り人のようだ。邪魔されたヘビはジタバタと暴れるが、ラザニアに乗ったルクスリリアは巧みな鎌捌きで迷宮の主を捉えて離さない。

 が、これは妙手でありつつ悪手である。後の展開は分かる。今はヘビだけが暴れてるから何とかなってるが、すぐにサソリが走り出してルクスリリアを西部劇の犯罪者みたく引きずってしまう事だろう。

 

「グーラ戻れ! 畳みかけるぞ! エリーゼは熱線準備!」

「はい!」

「わかったわ」

 

 ならば仲間が何とかする。一転攻勢。三人に勝てる訳ないだろ。迎撃のハサミを倒れ込むように回避。ルクスリリアのがんばりゲージが無くなる前に、俺はサソリの脚を断ち切った。

 サソリの脚は計八本。うち三本は破壊済み。左右に二本ずつ残ってたら、サソリは無理やりダッシュを敢行する。俺とグーラは右側の脚を集中攻撃した。

 

「オラァ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 グーラが殴り、生じた亀裂を俺が断つ。鬱陶しそうにハサミを振るうサソリだが、前衛二人は巧みな位置取りで避けていく。

 

「んぎぎぎぎぎ~! あ、もう限界! ウボァーッ!」

 

 右側の脚を全損させたところで、とうとうルクスリリアは振り飛ばされてしまった。

 しかし、これでいい。十分だ。俺とグーラは機動力を失ったサソリから離れた。次の瞬間である。

 

丸焼きよ(・・・・)……!」

 

 業火熱線。エリーゼの炎魔法が解き放たれる。

 脚をなくし、避けるに避けられなかったサソリは炎かめはめ波をモロに受け。相撲で押し出されるようにノックバック。やがて壁に激突した。

 

「さぁ、第二形態来るぞ」

 

 大技系は当て辛い。しかし当たれば大ダメージだ。熱線を受け、蛇蝎のHPは残り二割。

 例によって、ボスギミックだ。けれどまぁ、こういうボスのギミックなんてアレと相場が決まっているモンで……。

 

 砂に紛れる二つの影。

 ソロ専ぼっちを殺すスタイル。

 分離ボスギミックだ。

 

 身構えると同時、砂煙の中からサソリとヘビが飛び出てきた。

 二匹とも一直線にエリーゼの下へ。習性として、こいつらは火力の高い後方を狙うのだ。

 

近づくな(・・・・)……!」

 

 が、来ると分かっているなら対策できる。エリーゼは事前に決めていた通り、炎の扇を振って機先を制した。熱風を受け、サソリは勢いを削がれ、ヘビはダメージを嫌って射線を逃れた。

 体勢を崩したサソリに、グーラとルクスリリアが殺到する。残されたヘビは地を滑るように旋回し、大口を開けて俺に突撃してきた。

 ヘビの口内に光が見える。魔弾の発射準備だ。突進の軌道も、魔法の軌道も見るまでもなく予想できる。なら、余裕だ。

 

「スゥーッ……」

 

 ひと呼吸。俺は脇差を鞘に納め、右足を引いて橘を脇に構えた。金の構えだ。

 蛇の軌道は分かっている。野球の右打席に立つように、ヘビがストライクゾーンに来るのを待った。巨体が迫る。恐ろしい歯がよく見える。そして、俺のチートが言っている。攻撃中は“無防備”だ。

 

「ハァーッ……」

 

 突然だが、この世界のスキルについて、おさらいしよう。

 剣士の“切り抜け”や、武闘家の“軽功”など、こういったジョブスキルは条件が揃っていれば他ジョブの状態でも使用できる。前者は剣や武器を両手で持ってる時、後者は足がフリーな時だな。

 また、同じく条件を満たしていれば複数のスキルを同時に使う事ができ、且つ効果を上乗せさせられる。“切り抜け”と“軽功”の同時使用で、凄まじい速さの突進横薙ぎができるといった具合に。

 これがまた、強いのだ。

 

 俺はずっと色んなジョブをレベリングし、色んなスキルを習得してきた。一つ一つのカードは弱くとも、上手く揃えばフルハウス。

 習得スキルの同時使用。立ち回りだけじゃない。対人訓練で実感した、俺に足りない色んな部分はこれで補い何とかしよう。

 

 凄い雑に言うと、コンセントレーションと先手必勝と良バ場と根幹距離と右回りと一匹狼で地固めスーパーラッキーセブンである。

 ちょっと違うか? まぁ何となくそんな感じだ。

 

「イィィィ……」

 

 ヘビの突進に先行し、魔法弾が飛んでくる。一歩、俺はそれを直線軌道で前に避けた。すぐ真横で新幹線が通り過ぎるかの様。

 二歩、極端に強い踏み込み。続く牙も前に避ける。三歩、交錯の瞬間、全身を投げ出すように前へ跳躍。

 水平にした刃に、金色の光が宿る。何の呼吸も使っちゃいないし、技名とかも特にない。しかし、言うなりゃこれは必殺技。

 必ず、殺す、技である。俺はありったけの殺意を籠めて、金の刃を迸らせた。

 

「ヤァァァーッ!」

 

 使用直後の攻撃力を引き上げる踏み込み移動技。武闘家スキル“震脚”。

 攻撃動作中の敵への与ダメを増加させるパッシブ。侍スキル“後の先”。

 刃に魔力を籠め、次の斬撃の威力を上げる攻撃技。ソードマスタースキル“剛剣一閃”。

 弱点特効、会心特効、反攻特効。武器に仕込まれた補助効果が倍々ゲームで与ダメを増やす。攻撃特化の橘の、真骨頂の一撃だ。

 

 ズバァン! と、音は後からやってきた。

 切っ先が食い込み、肌肉も骨も切り裂いた。良い包丁で魚を捌くような感触。

 間違いなく、完璧に入った。

 

 前に跳んだ身体を、無理やり地面を滑って自制する。

 刃を向けると、ヘビは粒子に還っていった。残り二割だったボスのHPは、残り一割になっていた。ヘビは今の一撃で死んだのだ。

 

 残心もそこそこに、俺はルクスリリア達が戦っている方に行こうとした。

 しかし、既に決着はついていた。

 

「対象指定、魔力過剰充填、“竜吠”」

 

 エリーゼのバフで支援して、

 

「やぁ!」

 

 グーラのキックが炸裂し、

 

「そぉーいッ!」

 

 ヘラジカに乗ったルクスリリアが、すれ違い様サソリの尻に鎌を突き入れ勢いそのままトドメを刺した。

 さながら騎士の馬上試合のように、鮮やかな芸当だった。

 

 カクカクと、少し動いてサソリは青白い粒子に還って行った。俺の身体に心地よい経験値取得の感覚。

 そうしてHPバーが消え、帰還水晶が現れた。見事、ボス撃破である。

 

「うぉぉぉぉ! アタシ強ぇええええ! 見てたッスか!? 最後のアタシ上手過ぎなかったッスか?」

「確かに、よく見えていたわね」

「はい、ルクスリリアは頼りになります!」

「でっしょ~!」

 

 戦功を上げたのがよほど嬉しいらしく、ルクスリリアは逆転サヨナラ満塁ホームランを決めた野球選手みたいになっていた。

 実際、今回のMVPはルクスリリアだと思う。彼女がヘビを完璧に抑えてくれたから上手くいったのだ。そんなヒーローにインタビューすべく、俺も刀を納めて近づいた。

 

「お疲れルクスリリア。最初から最後まで最強だったな」

「きひひ! 超気持ちいいッス!」

 

 さて、超気持ちよくなってるルクスリリアのステータスはどうなってるか。

 俺はコンソールを表示して、各々のステータスを流し見た。

 

「どうッスか?」

「あぁ、うん。もう少しで次レベルだな」

 

 上位職のルクスリリアだが、なんか最近はレベル上げが伸び悩んでいる。いくら与ダメが低いとはいえ、明らかに獲得経験値が少ない。

 そんな契約者に対して、守護獣ラザニアはどう見ても前よりデカくなっていた。前までは地球ヘラジカよりちょっと大きいくらいだったのが、今では確実に頭一つ二つデカい。何より筋肉がヤバい。足太過ぎてパン捏ねれるよ。

 ラザニアが経験値吸ってる疑惑出て来たな。つぶらな瞳は俺に何も言ってはくれない。

 

「まだ違和感はありますけど、剣が無い分素早く動けますね。やりやすいです」

 

 グーラは順調に武闘家レベルが伸びている。ぶちぬき丸を持ってないのでDPSは低くなってるが、立ち回りはこっちが上だ。

 このままやって、軽功とか色々習得していこう。

 

「支援もいいけれど、私はもっと魔法を撃ちたいわ……」

 

 などと物騒な事を言うエリーゼは、指揮職のドラゴンロードらしくバランス成長だ。

 どうやら今回はあんまりブッパできなかったのがお気に召さないようである。いや、貴女いつもカーニバルじゃないですか……。

 しかし、フレンドリーファイアを恐れて攻撃チャンスが少ないのは問題だとは思う。炎杖とかドワルフの趣味のせいで周辺被害考えられてないし。もっと使い勝手のいい杖作るかぁ。

 

「さて、俺は……」

 

 俺の方は、まぁ中位ジョブらしく普通にレベルアップしている。次ダンジョンで侍派生のジョブが生えてくる感じかな。

 レベルアップの結果、技量と敏捷が上がっている。現状、俺も俺でバランス型だ。魔法関係がちょいショボいか。

 

「で、これ何スかね?」

 

 そうこうしていると、ルクスリリアがドロップアイテムを持ってきてくれた。

 謎の石である。石炭かな? 何に使うのか分からんし、サソリからドロップしたとは思えんね。

 

「前々から思ってたけど、こういうの何に使うんだろうな」

「王家が買い取ってくれてるのよね」

「王様は石がお好きなのでしょうか?」

「革とか牙より高いッスもんね、石系」

「ま、これも売っちゃおう」

 

 うん、どうでもいいな。やんごとなき方々や、ギルド上層部の考えはロリコンには分からん。分からん方がいい。

 さっさと金に換えて、武器を買おう。なんせ、今の俺は年甲斐もなく最強とか目指しちゃってるからな。

 十代じゃあるまいが、メンタルにとっては良い傾向だと思う。実に健やかだ。

 

「なんか砂っぽいな~。今日も帰りに銭湯行くか」

「あ、じゃあ魔葉風呂行きたいッス!」

「さ、賛成です!」

「あぁ、あの個人経営の? 人が少なくて良いわよね」

 

 なんて話しつつ、俺たちは帰還水晶に触れた。

 家に帰るまでがハクスラである。




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シンクロリシティ

 感想・評価など、ありがとうございます。感想のお陰で頑張る事ができています。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 基本、作者がボコボコに壊してから使うので、プレス機に投げる感じで気軽にご応募ください。

 今回、前に出たキャラが登場します。
 イスラです。リンジュの侍で、止まり木協会に入った牛鬼です。

 あと、それとは別に前に出たキャラと似たのが出てきますが、別人です。血縁関係ですね。
 ナターリア・ファーリです。王子様との会議にいたハイエナ女戦士です。その血縁者ですね。


 一万時間の法則、というものがある。

 ざっくり言うと、人は何らかの分野で一流になるには一万時間の練習が必要であるという説だ。

 

 大体、1日1時間で28年。1日3時間なら9年。1日8時間なら3年半。

 休日やその他諸々を考慮すると更に時間がかかるだろう。何にせよ、膨大な時間がいる訳だ。

 

 ところで、この世界において俺は銀細工持ち冒険者という、所謂“一流”と呼ばれる立場にある。

 しかしながら、俺という銀細工はチートありきで成り上がった元貧弱一般人だ。

 転移直前、運動なんて殆どやってなかったし、習っていた空手も中学校入学時にやめた。おまけに中高は帰宅部だった。

 そんな俺である。今でこそ鬼殺隊士じみた運動能力を持っているが、チートをオフにした瞬間に俺はフィジカルお化けなだけのゴリラになってしまう。

 チートありきのクソザコナメクジ。ヴェーダに依存しっぱなしで、システムの助けがなきゃその程度のイノベイターもどき。

 今のままでは、例え一万時間を費やしたとしても、俺は“一流”にはなれまい。

 

 私には夢がある。ルクスリリア達と結婚するという異世界ドリームだ。

 皆を守れるよう、結婚する為に最強になる。最強になる前に、一流にならなくてはいけないな。

 地に足着いて強くなるには、各種チートに依存すべきではないだろう。

 卒業するとかじゃない。ただ、ありきの強さじゃ満足できねぇという話だ。

 

 その為に何をするか?

 練習だ。練習あるのみ。地道な反復練習である。

 ぶっちゃけ、それしか思いつかない。

 

「すぅー、ふぅー……。すぅー、ふぅー……」

 

 素振り用の剣を振るう。意識してゆっくりと、足先から手指まで、一つ一つの微細な動きを確かめるように。言うなればスローモーション素振りだ。

 名残こそあれ、普段の素振りと比べるとお世辞にも洗練されているとは言えない剣だ。いつものがプロボクサーの試合前練習だとしたら、今のはボクシング部の朝練である。

 それもそのはず、俺は今、各種チートアシストをオフにして練習しているのだ。

 

 一流になる為だ。チート無しでも動けるように、最低でも溢れ出るゴリラパワーを制御できるようにならなくてはならない。

 だからこそ、基礎を固める。基礎といえば素振りだろうという安直な思考である。

 

 そも、この素振りに意味があるのかは分からない。部活と違い、ここには教導してくれる先生はいないのだ。剣術つよつよロリ師匠とか欲しいと切に思う。

 しかし、幸いな事に、俺には明確な指標があった。モーションアシストくんだ。

 オフ素振りで違和感あれば、オン素振りで確認できる。お陰で誤差を修正できるし、不思議な事に基礎の動きは身体に馴染んでいるので一歩目で躓く事はない。文字通り、身体で教えてくれてるのだ。

 俺はこれを利用し、身体制御を学ぼうというのである。感謝の素振りだ。

 

「うひゃー!? 鎌ってコレ、すんげぇ使いにくい武器なんスね! これなら細剣のがよっぽど使いやすいッス!」

「ダメね……恩恵がないと魔法が当たらないわ。装填のだと、“対象指定”も付与できないし……」

 

 アシストオフトレーニングには、皆にも参加してもらっている。理由は……まぁいいか。

 ルクスリリアは鎌の制御に苦戦していて、エリーゼはエイムアシスト抜きの射撃で的を外しまくっていた。駄目だドク当たらん状態である。

 ずっとモーションアシストありきで武器を振っていたのだ。違和感が凄いのだろう。

 

「ふっ! はっ! セイヤーッ!」

 

 なお、グーラはアシスト関係なしに動けてる模様。

 大剣を振り抜き、流れるようにバックステップ。その圧倒的運動神経は、まさに野生的才能の小宇宙。矮躯のグーラは身の丈以上ある剣をチート無しで手足のように扱っていた。もうチートや、チーターやろそんなん!

 

「すぅー……っ!」

 

 ともかく、アシストを抜いてもステータスは据え置きだ。異世界ナイズドされた俺には“技量”がある。精密操作性が高いのだ。振り下ろし一つとっても、少なくとも転移前より素で上手い気がする。

 それでも、俺はステータスの高さだけで地に足着いているとは思わない。

 

 強くなるだけなら、ステータスを上げればいい。それはそれで最適解だろう。圧倒的なパワーは魔法と区別がつかない。排気量をデカくして、あとはそれを動かすドラテクを身に付ければいい。

 しかし、それで自分以外が守れるかというと、違うだろう。体も技も心も必要だ。ハクスラを続けるだけじゃ、もっと言うと素振りを続けるだけじゃ、すぐに頭打ちがくる。

 

 今の俺は、実戦経験だけがやたらと富んだ歪な冒険者だ。努力と成長のバックボーンとなるものが不足している。

 前世やってた空手の動きなんてアテにならない。授業で習った剣道も全く役に立たない。

 意外なことに、柔道も無意味だ。投げ技や関節技も、ステータス次第で無効化されてしまう。タックル一つとっても、仮にも成人男性である俺よりロリのグーラのが強いの超不思議。

 力も、技も、心も足りない。故、もっとこの世界に適合した武術を習う必要がある。そんな気がする。

 

「はぁー……ッ!」

 

 どっかに、道場的なものとかあればいいのだが。

 それこそ、無職転生世界の奴とか。

 もしあったら、北神流習いたいよな。

 やっぱ立ち回り重視よ。火力は魔術師にお任せって感じで。

 あ、それだと魔術師守れる水神流のがいいのか? うぅ~ん。

 

「スゥーッ! ハァーッ!」

 

 いずれにせよ、彼女等の為だと思えば、地道な練習も苦じゃなかったり。

 ゆっくり、地道に、堅実にやってこう。

 

 

 

 

 

 

 秋と冬の境目、一通りの訓練を終えて転移神殿に戻ると、季節相応の寒さが頬を撫ぜた。

 異世界における正確な日付は分からないが、何となく11月の末って感じがする。だとしたら、もう少しで俺の誕生日だ。

 頑張ってる自分へのご褒美……という訳でもないが、それまでにはお楽しみ要素を解放したいところ。

 

 昨日は火曜の迷宮デーで、今日は水曜の準備・練習デーだ。

 が、色々あって俺は明日で仕事納めのつもりである。そう、待ちに待ったリンジュ旅行だ。明後日以降、準備ができ次第出発の予定。

 楽しみである。俺は足取り軽く歩き出した。

 

「お疲れ、冒険者らしからぬ勤勉さだな」

「おう次はどんな迷宮潜るんだい?」

「てかまた武器変えたんか」

「どうも、皆さんお疲れ様です」

 

 何となく刀の柄尻を弄りつつ、時折声をかけてくる冒険者達に挨拶。

 対人訓練を始めてからちょいちょい知り合いは増えたのだが、酒盛り以後は前にもまして声かけられるようになったんだよな。

 まあ、友達同士でも平気で殺し合えるのが冒険者メンタルだ。いざとなったら、という覚悟だけはしておこう。

 

「すみません。今お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ん? あぁイシグロか。なんだ?」

 

 受付机まで行って、馴染みのおじさんにちょっと質問。図書館でググッても分からないトコを聞きたいのだ。

 迷宮には一家言あるが、俺は異世界の常識には未だに疎い。もしかしたら、冒険者は他国に行けないとかも考えられる。

 なので、俺は受付おじさんにリンジュに行きたい旨を話してみた。注意事項とかあるかなっていう。

 

「あー、まぁ冒険者が他国に行くのは自由だぜ。ギルドがそれを制限する事もできねぇ」

「そうでしたか」

「だが、その国がお前さんを入れてくれるかどうかは別の話だな」

 

 なるほどと思いつつ、おじさんの話を聞く。

 曰く、銀細工持ち冒険者は個人で圧倒的な武力を持っている分、そこらの商人や観光客と同じ扱いはされないらしい。

 国やギルドとしては厳重に管理したいところだが、我の強い銀細工がいちいちそんな言う事聞く訳ねぇと。自由人が多い銀細工を止められる者などいないのだ。

 

「けどま、こっちで書類作れば余裕よ」

 

 なので、強制はしないが自由意志で通行手形的なものをギルドが発行してくれるらしいのだ。低額で書いてくれるが、行き先で問題起こしたらペナルティ大きいよって感じ。

 要は、向こうさん視点アンタ何処から何しに此処に来たんだいってのが分かれば良いという話で、強者自体は何処の国も歓迎するとの事。

 ギルドのお墨付きと、その他細々とした証拠さえあれば基本どこでも入れる便利アイテムだ。

 

「つまり、こっちがイシグロの安全性を保障して、できれば使ったルートとかの証明ができて、且つお前が問題起こさなけりゃいい訳だ。簡単だろ?」

「なるほど。では、今から書いて頂く事はできますか?」

「おう。まぁ細かいトコ書くからな、今回は俺が代筆させてもらうぜ」

 

 言うと、おじさんは机の下から一枚の紙を出して、書き物用の羽ペンを手繰り寄せた。そのままスラスラと筆を走らせていく。俺の名前、冒険者としての位階、奴隷の人数などなど。惑いのない熟練の筆捌き、実に一流って感じ。凄いなー、憧れちゃうなー。

 

「えーっと、お前は何使って移動するんだ? 徒歩とか、馬車とか。まぁ時々で変わるもんだが、一応な」

「以前登録させて頂いた召喚獣に乗る予定です」

「あー、あのデカ鹿か」

 

 それから、いくつかの質問に答えた。移動手段は空飛ぶ守護獣ラザニアで、ルートは事前に調べて決めてある。

 俺は質問に答えていき、最後に下手くそな字で署名をした。

 

「よし、じゃあ今から追加の書類作るから。ちょっと待ってな」

「ありがとうございます。料金はこちらに」

「しっかしまぁ、お前さんも律儀だな。普通、銀細工はこんなモン作らずその辺適当にフラフラするもんだぜ。ベテランの俺でも、この書類作るの年に一回あるかどうかだよ。ちなみに今年一回目」

「関所でゴタゴタしたくないですから。ほら、俺って怪しいでしょう?」

「まぁ銀細工っぽくはねぇな」

 

 はははと笑いつつ、おじさんは書類を持って引っ込んでいった。

 

「自由に旅ができないなんて、不便なものね」

「禁止されてる訳じゃないから。俺的には自由より快適さかなー」

「またラザニアさんに乗れるんですね。楽しみです」

「言うてビャッと飛んで一瞬ッスよ」

 

 さて、書類が出来るまで適当に過ごすかと思っていると、見知った顔が目に入った。

 俺は皆に自由にするよう言って、彼に近づいていった。

 

「あ、イシグロさん」

 

 目が合う。彼は小さくお辞儀した後、話しかけてきた。

 鉄札を下げたトリクシィさんだ。

 

 鼬人の彼は秋頃に登録した冒険者で、最初から今までずっとソロを貫いている才気あふれる男の子だ。

 当初はハンドメイド感漂う服を着ていたが、今では華美な装飾の付いた防具を身に着けていて、腰にはこれまたキラキラのサーベルが下げてあった。

 どんどん装備が充実してくる時期だな。そんな前という訳でもないのに、なんだか懐かしい。

 

「明日はよろしくお願いします。イシグロさんに、自分が成長した様を見て頂きたく思います」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 そんな彼には、明日俺との対人訓練の予約が入っている。

 一時期は一日に何人も相手していたものだが、一人当たりの密度を上げて練習した方がいいというニーナさんの教えを受け、最近は一日につき一人という事にしているのだ。で、仕事納めの訓練相手はトリクシィさんという訳だ。

 

「ところで……イシグロさん、その武器は?」

「あぁ、これですか?」

 

 軽く世間話をしていると、トリクシィさんの視線は俺の腰にある大小の刀に向けられた。

 気になったらしいので、鞘ごと渡す。治安の悪い異世界で普通こんな事はしないが、トリクシィさんはそういう人じゃないだろう。

 抜いてみてもいいと言うと、彼は目を輝かせた。

 

「う、美しい……!」

「分かりますか」

 

 半分ほど抜いた刀を眺め、トリクシィさんは陶然と呟いた。刀身に映る彼の顔はだらしなく緩んでいる。

 殺してでも奪い取るって風じゃあないが、彼は刀の魅力に心を奪われていた。

 

「こ、こちらの武器は何処で買えますか?」

「武器工匠のアダムスというお店で作ってもらいました。最近、リンジュから良い刀鍛冶がやって来たとの事で」

「おぉ……!」

 

 目がキラキラしている。分かるよ、刀とか欲しいよね。男の子だもんね。

 しかしね、トリクシィくん……ドワルフの店で買う武器は軒並み高いのだから。マジで買うなら中々に遠い道のりだと思う。

 その事を言うと、彼は決然とした眼差しで、

 

「頑張ります!」

 

 と言った。買う気らしい。

 何だろう、俺にはないキラキラした情熱を感じる。

 

「失礼。お主がイシグロか?」

「はい。そうですが」

 

 その後もトリクシィさんと刀談義などしていると、突然後ろから張りのある女性の声がかけられた。

 振り向くと、そこには褐色肌の女性がいた。お山のような胸には初めて見るタイプの銀細工。それから頭に立派な角をお持ちだった。牛人? 鬼人? ちょっと分からない。

 装備は全体的に和っぽいというか、女武者って感じの印象。そして何より目立つのが、彼女の腰にある一振りの刀である。パッと見で分かるくらい、彼女の刀は橘より長くて太くて反っていた。

 

「むっ、その刀は……」

 

 で、そんな女武者さんが何用でと見ていると、彼女も彼女でトリクシィさんが持っている俺の刀に目を向けていた。

 

「あの?」

「あ、いや失礼。見覚えのある拵えでな。恐らくだが、それを打った奴はコレと同じだろう。なるほど、あの子がはしゃいでいた理由が分かった」

 

 言うと、自身の腰にある刀の柄尻をトントンする牛鬼さん。

 刀身見て誰の作とか分かるモンなのか。それこそ俺にはさっぱりだが、これもまた“一流”の証左なのだろうか。

 

「名乗りが遅れたな。お初にお目にかかる。私はリンジュの冒険者で、“黒鉄”のイスラという。この度は噂に聞く“黒剣”のリキタカ殿と手合わせしたく参った次第」

 

 褐色の女性は柔らかな物腰で、且つドッシリ武人然と名乗った。

 その目には銀細工持ち特有の狂気が見受けられず、前世の野球部員めいたスポーティな熱に燃えていた。

 

「対人訓練のご依頼でしょうか」

「うむ、どうすればいいか分からんかったのでな。お主に直接申し出てみたのだ」

 

 いや、掲示板にある紙を持って受付に行けばいいだけなのだが……。

 あぁリンジュの人か。同じ異世界でも、地方が違えばルールが違う。分からないものは仕方ない。

 が、それはそれ。郷に入りては郷に従うのは、異世界人でもそうだと思っている。お役所仕事っぽい気もするが、ルールには従ってもらおう。

 

「お受け頂きありがとうございます。しかし、明日の予約は既に埋まっていまして……」

「む」

 

 実際、締め切り後に予約しようとした人は一律断らせてもらっているのだ。ここでイスラさんだけ特別というと、各方面に失礼である。

 俺の返事に、イスラさんは僅かに不服そうな表情になった。

 

「そうか。次回はいつになりそうだ?」

「それが未定で。自分達、しばらくリンジュに行く予定なんです」

「リンジュか。むむっ、それは誠か……」

 

 イスラさんは腕組みして唸った。

 まぁ別に新幹線の予約とかしてる訳じゃないから一日二日程度ズラしてもいいのだが、そうするとズルズル先延ばしにしちゃいそうなんだよな。

 

「ククク……異邦の武者よ。黒剣の魂は深淵に沈む事はない……我が審判を務めても良いのなら、この度の決闘は譲っても良いぞ」

「むっ、どういう事だ?」

 

 会話に混ざったトリクシィさんは外連味マシマシなポーズで云い放った。相変わらず、俺とそれ以外との態度が違う。

 トリクシィ語、イスラさんは分からなかったようだが、俺は何となく分かった。要するに、「見学させてくれるなら順番を譲ってもいいですよ」と言っているのだ。

 

「えーっと、ですね」

 

 その旨を伝えると、イスラさんはパーッと笑顔になった。

 

「そうか、そうか。あいやすまぬ。無理を言ったようで。であればお言葉に甘えるとしよう。この恩、我が名にかけて忘れぬと誓う」

「クックックッ、礼には及ばぬ」

「自分も構いませんよ。見て分かる事も多いですからね」

「あ、先に了承も得ずにすみません」

 

 という訳で、明日の対人訓練はトリクシィさんからイスラさんに交代だ。まぁ本人がOKなら良いだろう。何気に俺も乗り気だ。

 これまで何人もの銀細工持ち冒険者と戦ってきたが、推定サムライガールと戦うのは初めてである。本場リンジュの刀捌きは、きっと良い勉強になるだろう。

 そんな感じで、ほなまた明日となった……その時である。

 

「待ちな!」

 

 怒られた訳でもないのに、そう錯覚してしまうような声量。

 声の方を見ると、見知らぬ獣人女性が如何にも苛立たしげな足取りで近づいてきた。

 

「何処の誰かは知らないけどね! イシグロの予約は埋まってたんだ! そこに割り込むたぁどういう了見だ? えぇ!?」

 

 声の大きい彼女は女戦士味を感じる露出度の多い恰好をしていて、全身に入れ墨があった。その首には銀細工。

 また、頭部に犬耳が生えていた。いや、何か犬っぽくねぇな?

 

「むむっ、しかしな、私はこの御仁……トリクシィ殿から譲って頂いたのだ。それに、依頼主も了承してくれている。ならば何も問題はないのではないか?」

「問題はないな! だがこっちの気が収まらない! 締め切りだってんでアタシは仕方なく下がったんだ! それに、順番ってンならアタシに譲るべきだろう!」

「いやそれはおかしくないか? 先約があったとしても、彼の意思が優先されるべきだ。この場合、私に権利がいくのは道理ではないか?」

「序列の話をしている! 鉄と銀! リンジュの銀とラリスの銀、優先されるべきは明白だろう!」

「聞き捨てならんぞ、今のは……!」

 

 最初からキレてた女戦士に引きずられるように、イスラさんまでキレかかっている。

 残された俺とトリクシィさんはポカーンである。ちなみに、ルクスリリア達はこっちを見ながらバーでお菓子を食べていた。

 

「あのー、すみません。貴女は?」

 

 順番で言うなら、とりま挨拶だろう。古事記にも書かれているのだ。俺は一触即発の間に割って入ると、女戦士は今度は俺に鋭い眼を向けた。

 

「貴様が黒剣か……」

 

 まるでファッションチェックでもするように、彼女は俺を上から下まで流し見た。

 それから、彼女はフンと鼻息を吹いた。

 

「アタシは“破砕”のエフィーエナ・ファーリ。銀細工だ。個人的興味で、あくまでも個人的興味で貴様を見定めに来た。が……」

 

 キッと睨みつけられる。まるで理不尽暴力体育教師のような眼差しだ。いきなり殴ってきそうな凄みがある。

 

「貴様、弱そうだな」

「はあ」

 

 まあ、筋肉ムキムキの異世界人に比べりゃ、俺はヒョロい部類だとは思う。こっち来てかなり筋肉は付いたが、それでも型月ヘラクレスやイスカンダル大王レベルがゴロゴロいる世界じゃあそんなでもないか。

 しかし、相手の強さというのはパッと見で分かるものなのだろうか。地球だとタッパやウェイトである程度分かるだろうが、異世界だと肉体が強さの指標にはならないと思うのだが。

 実際、グーラは俺より力強いし。

 

「むしろ、貴様よりも後ろの奴隷の方が強そうだ」

 

 かと思えば、エフィーエナさんは当のグーラを見て犬歯を剥いて笑った。

 視線を向けられたグーラは、ビクリと怯えて持ってたコップを落としかけた。前言撤回、ひと目で強さ分かるらしいわ。

 それはそれとして、何だこの女。グーラを驚かすとか喧嘩売ってンのか。とりあえずカウント1だ、残り2。

 

「ククク……鬣犬の女傑よ。貴公の言い分は分かるが、その激情を他者にぶつけるのは関心しないな。それに……」

「うるさい黙れ」

「はい……」

 

 鋭い一喝に、トリクシィさんの丸い耳がしおれてしまった。

 

「おい待てエフィー某よ。何もトリクシィ殿に当たる事はないだろう。イシグロ殿にも失礼だ」

「何を言う、鉄が銀に盾突く事自体が罪だろうに。拳が出ぬだけ有難く思え」

「ほう、それがラリスのやり方か? それとも、君はそうやって躾られたのかな? だから、他人にやってもいいと?」

「貴様、侮辱のつもりか……!」

 

 事態を見守っていると、二人は再度バチバチやりはじめた。

 もう俺もトリクシィさんも完全に蚊帳の外だ。ていうか、依頼主的には受ける人を選ぶ権利とかあると思うんですよ。

 

「何でああも順番に厳しいんですかね?」

 

 ふと気になって、書類を持って戻って来たおじさんに訊いてみた。

 

「あー、獣人の一部はそういうトコあるな。あと、頻繁に迷宮潜ってる奴ぁ次会える保証なんて無ぇからさ」

「あぁ~、なるほど」

 

 そういえば、迷宮って死亡率の高い場所だったわ。

 そうなると、おじさんの言う通り俺はいつ死んでもおかしくないレアキャラに見えるのか。

 いや、死ぬ気は全然ないし、安全マージン取ってるけどね。

 

「そんなにも私が気に入らないのなら、貴様のやり方で排除してみてはどうだ?」

「上等だ! 勝った方がイシグロと戦うって事でいいな?」

「望むところ。では、鍛錬場に参るぞ」

 

 しばらく放置していると、二人は鍛錬場の方へ消えた。いや、俺別に了承してないけどね。

 ルクスリリアとグレモリアさんもそうだったが、異世界人は事あるごとに決闘で物事決めたがるよな。デュエリストかよ。

 

「似た者同士ね」

「ちょっと怖かったです……」

「どーぞくけんおって奴ッスよ」

 

 嵐の様な二人だった。

 一見冷静そうなイスラさんだったが、スイッチが入るといつでも刀に手をかけそうな感じがした。相手はもう、見た目も中身もそういう人じゃんね。

 やっぱ王都はこえーよ。

 

「すみません、トリクシィさん、変な事に巻き込んでしまって」

「いえ、自分の浅慮が招いた事なので……」

 

 声をかけると、トリクシィさんは鍛錬場に繋がる転移石碑の方を見ていた。

 当の二人はメンチビームを撃ち合いながら転移の準備をしていた。

 

「イスラさんは存じ上げませんが、“破砕”のエフィーエナと言えば獣人界隈では有名ですよ……」

 

 警告するように、トリクシィさんが呟く。

 

「彼女は“荒野の牙”という同盟の幹部で、そこは才能ある冒険者をスカウトするんです。割と強引に……」

 

 お気をつけください。そう言って、トリクシィさんは去って行った。

 

「スカウトねぇ」

 

 まあ、例えスカウトされたとして、俺は行かないけどね。ルクスリリア達も移籍させないよ。

 それは“荒野の牙”でも“止まり木同盟”でも同じだ。

 俺はフリーがいいのだ。面倒臭い組織のイザコザは御免である。

 

 それに、もうすぐリンジュ旅行だ。長期休暇の無い組織など入りとうない。

 俺ってば、その気になればいつでも休日にできるからな。冒険者最高である。

 

「さて、アダムスさんのトコ行こうか」

「あの大きな弓、本当に使えるのでしょうか?」

「ご主人、ほんと武器好きッスよねー」

「男だものね……」

 

 ま、俺としては相手は誰でもいい。願わくば侍のが嬉しいが、選り好みはなしだ。全てを糧にする気概でいく。

 侍も喰らう 鬣犬も喰らう。両方を共に美味いと感じ血肉に変える度量こそが“一流”には肝要だ。

 知らんけど。




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 次話投稿時にリンジュ募集打ち切ります。
 通常キャラ募集の方は常設するので、気が向いたら投げてやってください。


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激突!ロリコンVS女戦士ズ

 感想・評価など、ありがとうございます。執筆する燃料になっております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 例によって過去渡河人格とか諸々ぶっ壊してから使うので、そこんところよろしくお願いします。

 今回は三人称、エフィーエナ視点。
 よろしくお願いします。


 ――人類生存圏。

 

 人類生存圏とは、その名の通り人類の生存が恒久的に確認し得る領域の名称である。

 圏内はラリス王国を中心に種々様々な種族が共同体を成している。空に天使の住まう国家あり、地下に吸血鬼の住まう国家あり。当然、国ごとにその文化や生活様式は大きく異なる。

 しかし、敵は同じだ。第二大災厄以後、人類は争いを止め、協力して生存領域を広げていったのである。

 

 圏外は魔物の発生頻度が極めて高く、並みの人類が安穏な暮らしができる場所では断じてない。

 また、圏外よりも更に外側からは内に向かって強力な魔物が不定期に侵攻してくるのである。

 魔物群からの防衛戦。人類が勝つ事もあれば、負ける事もある。そうなると、生存圏は狭まってしまう。

 

 生存圏を死守し、領域を拡大し、時に退いては奪い返す。

 決して終わらぬ縄張り争い。人類と魔物の攻防は、命を賭けた綱引きのようである。

 

 故に、人類には結束が必要不可欠だ。

 そうでなくば、今度こそ絶滅してしまうのだから。

 

 

 

 グウィネス部族連合。

 獣人族の代表が治める連合国家であり、種族ごとの群れが集まって興された国である。

 また、代々獣王と称されるグウィネスの王は、ラリス王と共に災厄を祓う責務を負っている。

 

 国と名の付く共同体は、人類生存圏を守護する義務を負う。中でもラリス王国はその武力で以て生存圏の約半分を守護していた。

 うち、グウィネス部族連合が守護するのは南方の一部のみである。それでも、他国より奮闘していると言える。

 

 エフィーエナ・ファーリは、そんな連合国の防衛拠点のひとつ、鬣犬族の群れの中で生まれた女だ。

 母はラリス王国にて最上位の戦士を意味する証を持つ女傑、ナターリア・ファーリ。エフィーエナは、部族の長たる英雄の娘であった。

 しかし、エフィーエナは部族長の娘であっても、甘やかされる事はなかった。それは獣人の価値観的には当然であった。例え長の娘とて、強くなければ尊敬されないのだ。

 

「いいかエフィーエナ! アタシ等戦士が全滅したら、後ろにいる奴等が死んじまうんだ! この事、忘れんじゃねぇぞ!」

「はい!」

 

 エフィーエナの母は、自他ともに認める女傑だった。でありつつ、娘には常に自身を超える程の力と気概を求めていた。

 強者に厳しく、弱者に寛容。向上心がある者を好み、愚かな者に冷酷。ナターリアは、まさにラリス的な思想の持ち主だった。

 エフィーエナもまた、彼女の気性を濃く受け継いでいた。

 

「貴様! 何故訓練中に休んでいる! それでも鬣犬の戦士か!」

「エフィーエナ様! し、新入が倒れてしまいました!」

「死んでないだろう! すぐに立たせろ!」

 

 部族連合の領域守護は年によりサイクルされる。中でも、ナターリア率いる鬣犬族は高い頻度で守護に駆り出されていた。

 それは単に鬣犬の強さ故であり、エフィーエナにとっては紛れもない誇りであった。 

 

「ふん……迷宮といえど、こんなものか」

 

 守護の任がない間、鍛練にと潜ってみた迷宮は圏外戦に比べ、ぬるま湯のようなものだった。

 確かに、迷宮の魔物は強力だ。斬っても殴っても回復するし、死にかけになっても存分に暴れてくる。

 しかし、悪意がない。憎悪がない。突っ込んでくるだけの迷宮の魔物と違い、圏外から襲ってくる魔物はあらゆる手段で以て人類を破滅させようとしてくるのだ。

 

 強いだけの魔物になど、それを倒して悦に入ってる者など、エフィーエナには弱者に見えた。

 ラリスで手に入れた銀細工など、強弱を見分けやすくする指標に過ぎない。銀細工の力は認めるが、そこにリスペクトは抱けなかった。

 

「全く、今年の新入は軟弱者ばかりだな。これじゃ“荒野の牙”に新しい血を入れられない……!」

 

 英雄は民を救い、民は英雄を創り、王は全ての人類を守る。力を貴び、愚を許さない。

 抑強扶弱、これがラリスの思想だ。

 

 弱い者が強い者の犠牲になり、より強い群れを作る。そして、強者だけが生きて残る。

 弱肉強食、これがエフィーエナの思想である。

 

 エフィーエナは思う。

 弱者に価値はない。

 強者だけが価値があるのだ。

 

「ケッ、どいつもこいつも……!」

 

 魔物を殺す度、エフィーエナの思想は徐々に先鋭化していった。

 そのうち、他人を自分の物差しだけで計るようになり、それを絶対視するようにもなっていた。

 

「どうだ? こっちには良い男いたか?」

 

 ある日、ラリスの王都に滞在中、母からこのような事を訊かれた。

 エフィーエナも良い年齢だ。獣人の価値観的にそろそろ番を作っても良い頃合いである。

 それはそれとして、不愉快な問いではあった。

 

「いませんね」

 

 鬣犬族は女系種族である。強い雌が弱い雄を保護し、命の灯を繋ぐのだ。

 それで言うと、エフィーエナ的に同じ種族の雄は絶対NGのよわよわチンポコに見えていた。

 番などクソ食らえである。ふにゃチン野郎の同族に抱かれるのも、種を絞って弱い子を産んでやるのも御免だった。

 命令ならば従うが、それは強者である母の命令だからだ。それ以上でも以下でもない。

 

「どいつもこいつも、アタシに見合わぬ腑抜けばかりです」

「そうか、まぁいつか見つかるさ」

 

 同族も、他種族も、銀細工冒険者も、雄なんてのは弱い奴しか居やしない。

 仮に能力の高い奴がいたとして、そいつが自分を抱く事を許容できない。利用する事はあっても、番を作って愛し合うなど真平御免だ。

 エフィーエナ・ファーリは、そういう女だった。

 

「ほう、道場か……。おう、ちょうどいいじゃねぇか。エフィーエナ、お前西区行ってこい」

「アタシが、ですか?」

 

 またある時、何かしらの報告書を目にしたナターリアはこのような事を命じてきた。

 曰く、イシグロ・リキタカという冒険者の正確な強さを測りたいというのだ。

 しかも、出来るだけ穏便に。

 

「いいか? あくまでお前の興味で行くんだ。体裁って奴だ。さっきのは忘れろ。お前の意思で行く、そういう事にしておけ」

「……はい、承りました」

「ンな顔すんな。楽しめよ、どうせなら」

 

 了承したはいいものの、正直全く乗り気じゃなかった。

 第一、母が他国の政治に配慮してるのも気に喰わないし、鬣犬族の長がいち冒険者相手にコソコソするのも気に喰わない。

 すぐに行けばいいものを、行きたくねぇなぁという気持ちが先行して、武器買ったり防具買ったりしてるうちに故郷への帰還日時が迫っていた。

 それはさながら、夏休みの宿題を放置する小学生のよう。当然、しわ寄せがくる。

 

「なに? 受付は終わっているだと?」

 

 そうしていざいざ覚悟を決めて西区の転移神殿に行ってみると、なんとイシグロ道場は閉まっているというのだ。

 母の言いつけを守れないかもという焦燥感と、まぁ気に入らない奴に会わなくて済んだという安堵感で、エフィーエナの内心は半々だった。

 せっかく覚悟を決めたのに、無理ですと言われれば気分が冷めるし焦りも増す。少し考える時間ができると、半々だった心は焦りの方に傾いていった。

 いっそ、訓練でなく直で決闘かましちゃってもいいんじゃないかとさえ思いはじめた、その時だ。

 

「ん?」

 

 ふと目に入った光景。その中にいる、目的の人物の姿。

 地味な防具に、腰にある二振りの刀。聞かされた装備と違ったところもあるが、黒髪黒目は情報通り。

 そんな男が、エフィーエナにとって看過し難い状況を良しとしていた。

 

「待ちな!」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 

 

 

「どういう事なんですか?」

 

 翌日、西区転移神殿には件の騒ぎに関わった七人の姿があった。

 エフィーエナとイスラと、見物客のトリクシィ。それとイシグロ御一行である。 

 

「うむ、一度やり合ってみたら友情が芽生えてな。仕合の後は酒を酌み交わし、無二の友になったのだ」

「ああ。正直、最初は圏内育ちと思って甘く見ていたが、いや味わい深くて感動した。情熱を秘めた剛剣」

「はあ」

 

 結局、例の騒ぎの後、エフィーエナとイスラは色々あってズッ友になったのである。

 リンジュの侍を甘くみていた。やるやん、である。

 

「うむ、イシグロ殿は一党単位の訓練も承諾してくれると聞いたのでな。ならばと臨時で一党を組んで二人一緒に参った次第。構わぬだろうか」

「いやまぁ、いいですけど」

 

 イシグロは不服そう……というより、不可解って感じの顔で了承した。

 エフィーエナ視点、やはりイシグロという冒険者は昨日見た通りに腑抜けの雄に見えて仕方がなかった。これが本当に彼の迷宮狂い氏なのか、甚だ疑問である。

 それはそれとして、母からの命令には従わなければならない。エフィーエナは改めて気合を入れた。

 

 さて、イシグロ道場には、いくつかルールがある。それは依頼書に記載のある事だ。

 前提として、通称イシグロ道場は迷宮や圏外戦で使うような武器を使用する。また、寸止めなどはなくガッツリ殺す気でやってほしいというのだ。その他、細々としたルールがいくつか。

 そして、受注側はまずイシグロと戦って、その後に彼の奴隷と手合わせをするのだ。

 

「では、まずどちらが相手をする?」

「イスラでいい。楽しみにしてただろ?」

「いやいや、お主こそ」

「いやいやいや……」

「いやいやいや……」

 

 で、こうなると順番をどうするかである。

 エフィーエナ的には自分がラリスにいるうちに任務を全うできればいいだけなので、今日終われるならどっちでも良かった。なら、兼ねてから楽しみにしていたらしいマブに譲っていいと思う。しかし、イスラもイスラでエフィーエナに忖度していた。実にリンジュ的思考だ。

 譲り合いの精神は美しいが、端から見ると面倒臭いものである。いやいや合戦の途中、イシグロは何かを思いついたように声を上げた。

 

「では、二人同時というのはどうでしょう?」

「同時?」

 

 首をかしげるイスラ。エフィーエナもルールとは違う提案に訝しげな表情になった。

 それは団体戦という事だろうか。しかし、まずイシグロが相手をするという話だったはずだが。

 

「はい。イスラさんとエフィーエナさん対俺で戦いましょう」

「あん?」

 

 一瞬、ムカッときた。

 ふざけるなと言いかけたところ、イシグロの眼をみて言葉を引っ込めた。

 

 初めて会った時はなよなよして弱そうだったイシグロの瞳が、何故だか今は眩しい情熱に燃えていた。

 故郷の雄にはない輝き。ラリスの勇士にもない熱さ。勝つとか負けるとかじゃない。強くなろうとする者の眼だった。

 そういうの、鬣犬的にポイント高い。

 

「ほう。いいじゃないか」

 

 トゥンク……エフィーエナの胸にある謎の回路が反応した。

 

 

 

 鍛錬場にはいくつか種類がある。

 基本となる闘技場タイプや、風の強い草原タイプ。中には古代の王都アレクシストを再現した古都タイプなんかもある。

 今回使用するのは廃城タイプだ。障害物と高低差のある所で、内部は入り組んだ地形になっている。

 エフィーエナとしても戦場に文句はなかった。そも、真の戦士は時と場を問わないものである。

 ちなみに、ステージ選択は見学者のトリクシィが決定した。どれにしようか楽しそうにしていた。

 

「では、よろしくお願いします」

「うむ、こちらこそよろしく頼む」

「ああ」

 

 崩壊した玉座の間で、三人は向かい合った。

 二対一、少し離れて俯瞰できるところではイシグロの奴隷たちとトリクシィ――鍛錬場は沢山入れる――が見守っていた。

 

 イシグロは大小の刀を引き抜き、二刀流の構え。イスラは太い刀を手に取り、自然体に佇んだ。

 エフィーエナは背中に負った岩塊の如き棍棒を手に取った。この棍棒は以前迷宮で手に入れた深域武装である。壊れづらいので、気に入っている。

 

「では……」

 

 少し遠くで、トリクシィが手を挙げた。

 やがて、鍛錬場に試合開始の合図が木霊する。

 

「はじめ!」

「ガァアアアアアアッ!」

 

 瞬間、石床が爆ぜ、鬣犬の女傑は大きく前へ踏み込んだ。

 初手咆哮は獣人戦士の挨拶みたいなもんである。エフィーエナは己の役割を把握し、イシグロ目掛け真っすぐ突進した。

 岩棍棒の上段振り下ろしを、イシグロは左手の刀で受け流した。不自然なほど柔らかい感触。

 

「くっ……!」

 

 空いた白刃が閃く。知っている。そう来ると思った。ならば、対処できる。

 エフィーエナは勢いそのまま前に跳び、刀の間合いを外れてみせた。

 

「オラァ!」

 

 通り過ぎたところで反転。エフィーエナは棍棒のリーチを活かし、再度突貫した。

 挟み撃ちになるまいと位置を変えたイシグロは鬣犬の攻撃を難なく受け流すと、視界の隅でイスラの方を見た。今はこれでいい。

 時間を稼いだ。ならば、完了しているはずだ。

 

「ぶーっ!」

 

 イシグロの視線の先。イスラは口に含んだ酒を愛刀に噴霧していた。すると、酒を浴びた刀身は魔力の炎を帯びた。

 酒気帯刃。リンジュに伝わる時限強化技である。

 

「ヒィヤッハァー!」

「おっと」

 

 強化完了後、イスラは燃える刀を振り上げイシグロに飛び掛かった。その唇は裂けんばかりに弧を描いていた。

 鋭い踏み込み、力強い一刀。流石のイシグロとて、脇差で防ぐので手一杯の様相だ。

 

「グォオオオオオ!」

 

 そこに透かさずエフィーエナの一撃。前方の牛鬼、後方の鬣犬。漆黒の双眸は侍のみを映している。

 刹那、まるで背中に目が付いているように、イシグロはそれをヌルリと回避した。

 仕切り直されたが、まぁいい。意図せず一拍手に入った。優勢を盤石にすべく、エフィーエナは深域武装の権能を使用した。

 

纏わりつけ(・・・・・)!」

 

 棍棒を掲げる。すると岩塊が砕け、その破片がエフィーエナの全身に纏われた。岩が剥げた棍棒は金属的な光沢を放っていた。

 深域武装“ダロズの棍棒”。性能はシンプル頑丈武器。権能は岩操作。脳筋でも使える優良棒である。

 

「イスラ!」

「応!」

 

 岩鎧を纏ったエフィーエナは、機動力そのまま再度突貫。イシグロの正面に張り付くように武器を振るう。イスラは相手の死角を探るべく側面を狙う構えだ。

 ギン! ギン! ギン! 不快な金属音が連続する。イシグロが受け流し特化剣士なのは知っている。なので、踏み込み過ぎず慎重かつ大胆に攻めて押す。

 エフィーエナが盾で、イスラが矛だ。挟み撃ちで勝てる。数の暴力の恐ろしさを、圏外育ちの獣人は熟知していた。

 

「くっ……はぁッ!」

 

 イシグロは完璧なタイミングで棍棒を受け流すと、動く針孔に糸を通すが如き妙技で鎧の隙間に刃を迸らせた。

 しかし、その斬撃の軌道は不自然な位置で遮られてしまった。まるで木の根に足を突っ込んでしまったように、鋭い刃が岩の鎧に挟み込まれていたのである。

 

「オラァ!」

「ぐおっ!?」

 

 流れるように棍棒で打擲。身体が「く」の字に曲がり、イシグロは横っ飛びに退避した。

 苦悶の表情を押し隠し横一回転して立て直す。すると目の前には、大嵐的オーラを放つ牛鬼侍の姿があった。

 

「キィエエエエエエエ!」

「イッ……!?」

 

 猪突猛進! 近づいて一発! 左の脇差でガードするも、受け切れずに肩から腕にかけてザックリぶった斬られた。

 血が噴出する。幸い腕は切断されていないが、イシグロは腱を斬られて脇差を落としてしまった。

 

「ッてぇなァアアア!」

 

 吠えたイシグロは右の刀でイスラを牽制すると、追撃せんとするエフィーエナに背を向け全力で逃走した。

 その鮮やかな逃げっぷりは存外堂に入っていた。いや見とれている場合じゃない。この鍛錬場は廃城タイプ、逃げ隠れには適した地形だ。

 

「奴は手負いだ。魔物と同じだと思え!」

「承知!」

 

 イスラもエフィーエナも、逃げる様を情けないとは思わない。戦士の逃走とは仕切り直しの常套手段なのだから。

 そして、手負いの戦士にも油断しない。銀とか金の人間というのは、例え首を落としても暫く動いて殺しにくるような怪物なのであるからして。

 

「こっち……いや、匂いが消えたぞ!?」

「足場も壊されている。音も聞こえん。むむ、何と器用な……」

 

 焦らず急いで追いかけたところで、二人はイシグロの気配を見失ってしまった。

 最初に匂いが消え、音が消え、魔力の流れが消えた。血痕も道中派手にぶちまけられててそれきりだ。回復されたと見るべきだろう。

 魔道具か、はたまた自前の魔法によるものか。いずれにせよ、剣士なはずのイシグロは隠形にも長けているようだった。

 

「へっ、おもしれー男……」

 

 歴戦の戦士を自負するエフィーエナだが、ここまで器用な奴と戦った事はなかった。

 業腹だが、イシグロは凄まじい剣技の使い手であった。その上、変な意地を張らずに逃走を選べる狡猾さと、仕切り直せる度胸と実戦経験がある。

 ドキドキと。エフィーエナの心が跳ねていた。やはり強者は良い。闘争は楽しい。イシグロ・リキタカ、覚えたぞ。

 エフィーエナが気合を入れ直した、次の瞬間である!

 

「「おぉ!?」」

 

 ズガァン! 空気の揺れを感知し、二人はその場を退避した。

 寸前までは音もなく、エフィーエナの胴を狙って矢が飛んで来た。しかも槍のようなデカ矢だ。おいおい、イシグロが弓を使うなど情報にないぞ。

 

「見えたか!?」

「知らん! とにかくここは拙いぞ!」

 

 隠れた相手から一方的に捕捉されている。これはホントにマジでヤバい。二人は遮蔽物を突っ切る様に疾走した。

 ズガァン! 第二射は走る二人の間。厚い壁を貫通して通り過ぎていった。一射目とは角度が違う。動きながら狙撃してるのか。

 遮蔽物のない所に出ると、遠くにイシグロを発見した。身の丈ほどもある大弓に小さな矢を三本同時に番えていた。

 

「突っ込むぞ!」

「イスラは後ろに!」

 

 狩る側が狩られる側になっている。二人は一列になり、イシグロ目掛け最短距離を疾走した。

 雷めいた軌道で三本の矢が迫る。エフィーエナは岩の鎧を分離し、盾を作って矢をガードした。

 ガンガンガンと重い衝撃。速度は落とさない。岩の隙間で観察する。イシグロが次の矢を番え、さっきと同じく三つの矢を解き放った。

 一発は正面、ガード。二発目も正面、ガード。三発目も真っ正面、ガード!

 

「ぐぅぅぅあああああ!?」

 

 した瞬間、エフィーエナの眼に謎の粉末が入り込んできた。

 眼球が焼かれた。いや、何かが染みているのだ。まるでスープが目に入った時のように。

 突進を続けるエフィーエナの盾に、次なる矢が突き刺さる。するとこれまた謎の粉末が散布された。

 

「吸うなイスラァ!」

 

 すぐに分かった、感覚封じの煙幕だ。イスラは即座に懐から取り出した丸薬を口に入れ、惑わず真っすぐ走り続けた。

 エフィーエナとて銀細工、状態異常対策はしているが、全てに耐性を持っている訳ではない。聴覚と嗅覚はともかく、喉と平衡感覚が馬鹿になった。

 

「おぉぉぉぉ!」

 

 眼が痛い。喉も痛い。身体が痺れて動きづらい。それでも盾役を全うした。侍が駆ける、万全のイスラがイシグロに肉迫!

 刀の間合いだ。イシグロは弓を捨て、腰の刀に手をかけた。居合である。

 

「キィィィェアアアアアッ!」

 

 瞬間、激しい擦過音。

 牛鬼と人間の侍が、丁々発止の斬り合いを開始した。

 

 エフィーエナは懐からポーションを取り出し、一気に飲み下した。同時、全ての感覚が回復する。

 そのまま援護に向かおうとしたが、既に決着がついていた。

 

「ぐぁああああ!? 無念!」

「くッ、エリーゼ回復!」

 

 ごく僅かな攻防。どうやらイスラは敗北したらしい。

 イシグロは右耳を失い、イスラは腹をバッサリ斬られたところで、何処からか飛んで来た回復魔法で全快した。横一文字に斬られた腹には傷跡ひとつ残っていない。

 

 イシグロと目が合う。彼は片手の刀を収納魔法に入れ、取り出した直剣を構えた。油断なく構えられた切っ先が鬣犬の眉間を狙っていた。

 

「やられたー! 退避する!」

 

 死亡判定のイスラは、そう言ってその場を離れていった。

 エフィーエナは思う。それにしても、マジの訓練だなコレ。強くなるのに、イシグロは痛みも苦しみも厭っていない。

 

「はははっ、いいなぁお前ェ……!」

 

 ともかく、訓練に本気なのは嫌いじゃない。

 エフィーエナは岩盾を分離し、再度岩の鎧を纏った。

 

「そうですか」

 

 言って、イシグロは無造作に虚空を蹴った。

 すると、何故だか謎の球が迫って来た。

 一瞬呆気に取られたエフィーエナだが、原理は分かる。こいつ、収納魔法のモノを足で蹴って出したのだ。そんな使い方初めて見た。

 

「効かねぇ!」

 

 ともかく、催涙ガスか何かは分からないが、エフィーエナはボールを回避してイシグロに接近した。

 背後で水袋が弾ける音。油? ともかく避けたのだ、気にするな。

 

「オラァ!」

 

 防御を岩鎧に任せ、棍棒を振るって攻めるエフィーエナ。

 イシグロは嵐のような暴力を余裕を持って受け流した。互いの間に激しい火花が咲き乱れる。

 間髪入れず鉄と鉄の衝突音が鳴り響く。地味な攻防はエフィーエナ優勢に見えるがそうでもない。二つ名通りの黒い剣は、鬣犬の猛攻を捌ききっているのである。ならば、更に押し込むのみ!

 エフィーエナは鎧の重さをぶつけるように一歩深く踏み込んだ。するとそこに、見計らっていたように岩の鎧をタッチしてきた。パンチでもキックでもない、掌。一体何を?

 

「ぐはっ!」

 

 鎧越しに、全身に走る衝撃。これは素手の連中が使う、あの技だ。

 一瞬の怯みを見逃すことなく、イシグロはエフィーエナを前蹴りで押し出した。馬車に跳ね飛ばされるように吹っ飛ばされる鬣犬。

 拙い。如何なる戦場でも転倒は最悪だ。すぐに是正しようとしたところ、脚が滑って姿勢が崩れた。

 

「おぉぉぉぉぉ!?」

 

 コケる寸前。とにかく追撃を阻止すべく全力で転がる。ネトネトする液体が鎧に付着する。潤滑油だ。

 しかしこの程度、沼地に比べれば何てこともない。姿勢を直す。油エリアの外で、イシグロは油塗れの鬣犬に掌を向けていた。

 

「範囲拡大、魔力過剰充填、“極大発火”!」

「ぐぅぅぅぅぅぅ!」

 

 そうしてイシグロから放たれたのは、広範囲の炎魔法だった。避けきれない。エフィーエナに炎魔法が直撃した。

 原則、燃え移る事のない火が油に引火している。魔力油だ。エフィーエナはゴロゴロ転がった後、ふんと気張って魔力を放出し鎮火。

 

 ダメージがデカい。息が苦しい。エフィーエナは地面に棍棒を叩きつけ、気合一発立ち上がって構えた。

 

 その先に、光を湛える剣を構えたイシグロがいた。

 

 アレは、イスラが見せてくれた刀の構えだ。曰く、一撃必殺の単純な技で、故郷じゃそれを毎日練習するとか何とか。

 鋭い踏み込み、一瞬遅れた。権能の岩鎧でもアレは耐えきれない。棍棒が間に合うかどうか、兎に角やるしかない!

 

「ヤァアアアアアッ!」

 

 全身に衝撃。鎧が砕けた。エフィーエナは、鎧ごと叩き斬られてしまった。

 跳ね飛ばされ、棍棒を取り落とした。こうなれば、もう勝ち目はない。

 僅かな滞空時間、エフィーエナは負けを悟った。

 

 その時、エフィーエナの脳裏に過去の情景が蘇った。

 

 過酷な戦の後だった。

 夜、周辺の警戒が終わって、その事を母に報告しようとした時だ。

 天幕の中で、母は父に組み伏せられていた。

 押し殺しつつ、媚び媚びの甘い声で喘いでいた。父と母、普段とは完全に上下が逆だった。

 

 それを見た時のエフィーエナの感情は、どんなだったろうか。

 凡そ、良いものではなかった。

 しかし、今になってみると……。

 

「へっ、いい男じゃねぇか……」

 

 背に石壁。気を失う寸前。エフィーエナは獣人の雌が番を作る理由を知った。

 良い戦いだった。素晴らしい敗北だった。そして、多分これは初恋だ。

 勝者を湛えるべく、恋する鬣犬は強き男の方を見た。

 瞬間である!

 

「ごべぇ!?」

 

 目の前に拳! 鼻面に! 思いっきり突き刺さる! 

 エフィーエナは顔面にマジのグーパンをもらっていた。あまりの衝撃に背後の壁が崩落。

 気絶する寸前の相手に本気の一撃。情け容赦のない、冷徹で鋭いソリッドパンチ。

 

 え? これ、もう訓練終了の流れじゃないの?

 

 しかし、イシグロ視点ではまだ試合は終了していなかった。

 当時、イシグロは痛みと激戦で完全にプッツンきていて、相手を気遣う余裕がなかった。だから、気を失いかけているという認識がなかったのである。HPもまだまだあるし、どうせすぐ立ち上がって反撃してくるぞ。その前にやる! やらねば!

 効率的に相手を撲殺する手段、それ故のマジパンチ。イシグロは最速で最適な攻撃をしていたにすぎない。少なくとも、当人の主観では。

 

「ゴボーッ!?」

 

 さらにもう一発! 今度はヤクザキック! 瓦礫を散らし蹴り飛ばされる!

 そして、哀れなエフィーエナは都合よくあった岩盤に背をぶつけた。気を失いかけていたのに、衝撃で目が覚めてしまった。

 眼が開いている。気絶していない。やはりまだかと、イシグロは再度蜻蛉の構えを取った。今度こそチェストして試合終了である。

 

「まッ……!」

 

 エフィーエナの前に、黄金の剣を構えた怪物がいた。

 目が合った。虚無の双眸が鬣犬を見下ろしている。間違いない、あれは人じゃない。

 

「参った……!」

 

 肩口に冷たい感覚。薄皮一枚の間を空けて、殺意満点の切っ先が停止した。

 試合終了である。即座にエフィーエナに回復魔法が飛んできた。凄い効果、全快だ。

 回復魔法の効果に驚いていると、イシグロは倒れるエフィーエナに近づき、手を差し伸べ、云った。

 

「ありがとうございました」

 

 剣を下ろしたイシグロは、笑顔だった。

 今の彼の瞳に、強くなろうとする健やかさはなく、ただ使い終わった道具を見下ろす冷酷さだけが在った。

 

「お、おう……」

 

 いい男じゃねぇかと思ったが、とんでもない。

 心の奥底で、エフィーエナは自分を屈服させられるような強い男を求めていた。それは分かった。自覚できた。

 が、こいつはダメだ。

 

 男は強さじゃない。

 大事なのは、中身だ。

 

 心底そう思うエフィーエナだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、鬣犬と牛鬼の二人は転移神殿近くの居酒屋で吞んでいた。

 イスラは酒が入ると笑い上戸になるので、終始楽しそうにしていた。

 対するエフィーエナは彼女の話に相づちを打ちながらも、時折心ここにあらずといった様子。

 イスラがその事について訊いてみると、エフィーエナはぽつぽつと話しはじめた。

 

「はあ、強い男なぁ」

「そらそうよ」

 

 話したのは、エフィーエナの恋愛観……というより、男性観関連についてだった。

 これまで、エフィーエナは色恋沙汰には全く関心がなかった。交尾も出産も、自分には無縁だと思っていた。

 身だしなみを整えるといっても、それはあくまで他種族に舐められない為にするのであって、猫人のように雄に媚びる為ではないのだ。

 それが、今日イシグロとの対人訓練でボコボコにされ、エフィーエナの中にあった遠い記憶が呼び覚まされた。屈強な母が、貧弱な父に組み伏せられて屈服している様を。

 その時の感情を、何と例えようか。忌避か、嫌悪か、はたまた憧憬が大きいか。ともかく、雄に組み敷かれる女傑の何と美しい事かと、そう感じてしまったのである。

 

「なら、それこそイシグロとかどうだ?」

「ありゃダメだ」

 

 確かに、イシグロは強い。二対一でやって負けたのだ。タイマンで勝てるビジョンが全く見えない。間違いなく、エフィーエナよりも強いのだろう。

 向上心もある。条件にある通り、強い雄ではある。しかし、あの冷たい瞳ときたらどうだ。まるでエフィーエナを道具として見ているかのような冷えた眼差し。仮にイシグロに押し倒されたところで、自分が母のようになれるとは思えなかった。

 

「ていうか、あいつに性欲とかあるのか? 連れてる奴隷も何の色気もないちんちくりんだったし、若いくせに枯れてるんじゃないか?」

「誠実な御仁に見えたがな。ま、いずれ良い殿方と巡り合えるだろう。何なら、知り合いの男でも紹介しようか?」

「紹介……」

 

 ふと、エフィーエナは静かに杯を傾けるイスラを見た。

 イスラは凛とした武人って感じの女性だ。それでいて、男のようなむさ苦しさがない。所作のひとつひとつが洗練されていて、食器の扱いなど楚々として流麗である。

 肌も髪も綺麗で、よく手入れされているのが分かる。牛鬼女らしい豊満な胸に、むっちりと肉のついた尻は女のエフィーエナから見ても煽情的だと思える。

 

「むぅ……」

 

 対して、己の身体を顧みる。

 髪の手入れは適当で、目つきも悪い。筋肉もゴツゴツしている。尻や脚は豊満と言えるかもしれないが、エフィーエナのは何かこう……ムチムチというよりムキムキだ。

 思えば、母は母でしっかり身だしなみ整えてたな、と……。

 

「はぁ~」

 

 エフィーエナは柄にもなく重いため息を吐いた。

 

「毛づくろい、もうちょい真面目にやるか」

 

 以降、エフィーエナは婚活を始める事にした。

 

 初めて恋が芽生えかけ、一秒もせずに失恋した。

 もう恋なんてしないとは、言うつもりはない。

 何たって、鬣犬の女は不屈の戦士なのだから。




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 次回からリンジュに行きます。
 異世界モノお約束、東の国ですね。




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ロリと新たな旅立ち

 感想・評価など、ありがとうございます。続きを書く原動力になってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝感謝!

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回から本格的にリンジュ編がはじまりますね。
 よろしくお願いします。


 両手にロリの朝である。

 

 旅立ちの日、俺は首から上の寒さで目を覚ました。

 季節はすっかり冬である。いくら異世界ナイズドされたこの身でも、冬の朝はやっぱり寒い。

 ルクスリリアを購入してからというもの、俺はすっかりパジャマなるものの概念を忘れてしまったので、尚のこと肌に冷気が突き刺さる。

 しかし、俺はこの寒さをヨシとしていた。何故なら、この腕にある温もりを直に感じられるからだ。

 

「すぅ……すぅ……、ん……」

 

 右にエリーゼ。彼女の身体は冷やっこく、それでも触れ続けると温かくなるもので、俺と彼女の接触面はほんのり熱を持っていた。

 雪のように白い肌は、薄暗い寝室でもなお淡く輝いて見えるほど美しい。髪といい肌といい瞳の色といい、こんな神秘的な雰囲気の彼女が、毎晩淫靡に甘えてくるのである。それでいて年上の包容力もあるのだから堪らない。

 

「んぅ~……」

 

 左にはグーラ。規則正しい呼吸とは別に、耳が時折ピコピコと震えるのが愛らしい。彼女は種族特性で体温が高く、全身が湯たんぽのようである。

 彼女の褐色肌は、静の美と動の美が矛盾なく同居している。購入当初は病的にガリガリだったのだが、今は華奢なスポーツ少女と言った感じだ。浮き出た肋骨と、腹周りの腹筋のコントラストは最早芸術である。

 

「ん? あっ……」

 

 あれ? ルクスリリアはどこだ……?

 と思って探してみたが、それは掛布団の中に感じる熱で理解できた。

 どうやら、ルクスリリアは一足先に朝食を食べ始めたようである。

 

「んっ……♡ ん、ほひゅひん♡ ふぉふぁおっふ♡ んぷっ♡」

 

 掛け布団をめくると、そこには食事中のルクスリリアがいた。

 目が合うと、彼女はメスガキらしい眼を三日月にして笑んだ。

 

 そういえば、昨夜は三人同時に舐めてもらったんだよな。

 当時、俺は完全敗北して、メスガキーズのテクで無様な(ワン)ちゃんと化していた。

 完璧な連携だった。操縦技術ではルクスリリアが、射程距離ではエリーゼが、瞬間火力ではグーラが一番だった。

 それが三位一体で襲ってくるのだ。俺のカーパルスは一瞬で占拠され、衛星軌道掃射砲がブッパでズガンしたのは言うまでもない。フォーアンサーである。

 

「あらあら……♡ 朝からそんな情けない顔を晒して♡ 寒いのかしら♡」

「じゃあ身体で温めて差し上げますね♡ ぎゅぅ~♡」

 

 見ると、眠っていた二人は目を覚ましていた。

 これは、もうそういうコースだろう。

 

「くっ、この程度で俺が負ける訳な――」

 

 雨のサントロペ! 恋のサントロぺ!

 

「んん~っ♡ やっぱ朝はご主人の生絞りが一番ッスわ~♡」

 

 結局、昨日一生懸命掃除した部屋をもう一度掃除する羽目になった。

 是非もないよね。

 

 

 

 お掃除の後、俺たちは住み慣れた宿屋を出た。

 

 冬の王都。がっつり四季があるらしい異世界のラリス王国は、今日も今日とて人の熱気に満ちていた。

 時間は朝と昼の中間。気温は10度以下か。日本だと防寒着がマストになるくらいだが、異世界人は全体的に露出度が高いように見える。勿論、種族により個性が出る感じ。

 防寒着を着て歩いてるのは人間族や森人族といった気温耐性のない種族で、魔族など一部の人達は夏と同じファッションしてるので脳がバグる。

 面白いのが、同じ獣人でも夏と冬で活発さに差が出てるところだ。馬人は薄着で走り回ってるのに対し、猫人はモコモコのコートを着て背を丸めていた。

 

「もう、ルクスリリアのせいで出発が遅れてしまったじゃない」

「ノリノリだったくせに何言ってんスか」

「で、でも、ルクスリリアは一人で御情けを頂戴していました。ズルいです」

 

 その点、俺の一党は皆さん寒さ耐性を持っている。

 ルクスリリアは冬でもサマーメスガキファッションだし、エリーゼも清楚お嬢様だ。グーラなど、その気になれば燃え移らない火の玉カイロを出せてしまう。

 対し、俺は人間なので寒暖対策必須だが、普段の迷宮用装備には装着者の体温を保護してくれる補助効果を付与してるので余裕である。冒険者なら鎧着ててもおかしくないしな。冒険者にとって、防具はビジネススーツみたいなもんなのである。

 

「出発する前に何か食べてこうか」

 

 さて、ルクスリリア以外は朝食を食べ損ねてしまったので、何か腹に入れたいところ。

 困った時は転移神殿である。ちょっと割高になるが、あそこのバーで食べよう。元々、寄る必要もあったしね。

 

「あら、イシグロさん」

 

 歩いていると、ニーナさん&グレモリアさんの淫魔コンビとエンカウントした。

 二人とも魔族らしくいつもと同じ格好だ。

 

「うッス~! 今日も乾いてるッスね。ちゃんとご飯食べてんスか?」

「う、うるさいですわ……! 貴女こそ、そのうち子宮(おなか)壊しますわよ……!」

 

 会って早々、元気に煽り合う二人。

 仲良し幼馴染を無視して、俺はニーナさんに挨拶した。

 

「おは……こんにちは、ニーナさん」

「はい、こんにちは。イシグロさんはこれからリンジュに向かうんですよね」

「はい、ずっと働いてましたからね」

「ははは……」

 

 何故か苦笑された。

 そんな感じでしばらく話していると、ニーナさんの視線は刀に向かっていた。

 

「どうかされました?」

「いえ、リンジュの刀は凄く切れ味が良いと聞いた事があるので。機会があれば一度試して(・・・)みたいなと」

 

 ほう、ニーナさんもこの武器の魅力が分かるか。トリクシィさんといい、刀大人気だな。

 それからちょっと話した後、それじゃあバイバイとなった。

 

「大丈夫かとは存じますが、道中くれぐれもお気をつけください。旅の安全を祈っています」

「ま、貴女に負けたお陰で色々と吹っ切れたのは事実です。例の件、実現できそうなら報告しますわ」

 

 何やら意味深な事を言い残して、グレモリアさんは髪をファサッとやって去っていった。ニーナさんも続く。

 

「グレモリアさん、何か企んでる系?」

「ん? まぁ、アタシ等にゃ関係ない事ッスね」

 

 少し歩いて転移神殿に通じる階段前。

 噴水エリアに来ると、そこでも顔見知りに声をかけられた。

 

「おや、イシグロ殿ではござらぬか」

 

 眼帯森人のシュロメさんだ。

 声に反応して、彼女の背後にいた二人とも目が合った。

 

「い、イシグロ!?」

「おや、イシグロ殿か、昨日は世話になったな」

 

 こっちを見てビックリしてるのはエフィーエナさん。その隣にはイスラさん。

 昨日は二人とも冒険者らしい防具を付けていたが、本日は各々王都っぽいファッションをしていた。

 

「イシグロお前、何でこんなトコにいんだよ……!?」

 

 何故だか、エフィーエナさんは顔を真っ赤にして動揺していた。

 

「何でと言われましても」

 

 そりゃ、俺は西区に住んでるんだし鉢合わせしても可笑しくないでしょうよ。

 すると、隣にいたイスラさんがニヤニヤした表情で口を挟んできた。

 

「いやぁ、色々あってエフィーエナがお洒落に目覚めたらしいのでな。ちょっと買い物に付き合っていたのだ」

「ばっ!? 言うんじゃねぇよ!」

「恥ずかしがる事ではなかろう。耳飾り、似合ってるでござるよ」

「くぅ~」

 

 シュロメさんにからかわれて、鬣犬の耳と尻尾が荒ぶっていた。その耳にはウマ娘が付けてそうな耳飾りがあった。

 次いで、マッチョの女性が顔赤くしてチラチラと見てくる。これ、何かの作品で見た。適当に褒めときゃいいんだ。

 

「ええ、お似合いですよ」

 

 脳内にグーラの耳を思い浮かべながら答えると、心からの賞賛が出てきた。

 

「ほ、本当か……?」

「はい」

「そ、そうか……。ん、そうなのか……」

 

 嘘か本当か訊かれたら「知らねーよ、そんなの」になってしまうが、それこそ知った事ではない。俺は適当に返事をしておいた。

 

「ところで、イシグロ殿はリンジュに行くのでござったな」

 

 などと話していると、シュロメさんがニッコニコの満点スマイルで話題を変えた。

 そういえば、この人もリンジュ出身だったな。醤油と味噌を作ったのもシュロメさんらしいし。

 

「はい、ちょっとした観光旅行に」

「うむうむ、リンジュは良い所でござるよ~」

 

 どうやら彼女は故郷がお好きなようである。

 そのうち、訊いてもいないのにリンジュの名物料理やら観光名所やらを羅列し始めた。

 とはいえジモミン情報は貴重である。拝聴せざるを得ない。

 

「宿なら“上玉館”という所がオススメでござるよ。ちょっと高いでござるが、温泉もあるし、ご飯には醤油と味噌を使ってくれてるでござる。特に豆腐のお揚げが絶品で……」

「おぉ……!」

 

 和っぽい国で、温泉! しかもお料理には醤油と味噌を使っているとの事。

 そいつぁ俄然興味ありますね。図書館にない情報は積極的に仕入れたい。

 

「せっかくリンジュにいくんだったら、武術道場に行ってみるのはどうだろうか」

 

 俺がジモミン情報に興味湧いたのに気づいてか、イスラさんが口をはさんできた。

 

「道場ですか?」

「うむ、イシグロ殿は強くなりたいご様子。通わずとも、見学するだけでも得る物はあるはずさ」

 

 まぁ、そういうのも興味がないではない。

 欲望の興味が温泉や飯であるなら、そういったものは今後に必要な興味だ。地に足着いて強くなる為、一度覗いてみるのもいいだろう。

 

「お勧めは剣鬼道場……と言いたいところだが、これは贔屓だな。ともかく、リンジュには色んな道場があるから、軽い気持ちで巡ってみるといい」

「なるほど、ありがとうございます」

 

 そんな事を話した後、俺たちはバイバイした。

 

「今日はお団子休みなんスね」

「リンジュに行く前にもう一度食べたかったです……」

「向こうにもあるさ。リンジュの屋台を制覇しようぜ」

「ほ、ほんとですか……!」

「私はリンジュのお酒が気になるわ」

「酒屋も制覇しようぜ」

 

 話しつつ、相変わらずクソ長い階段を上って転移神殿に到着した。

 ここに来た理由は朝飯もあるが、王都を出る前に書いてもらう書類があるのである。おじさんに書いてもらった通行手形的な書類に何時何分何曜日に西区出ましたという証明をしてもらうのだ。

 いわばスタンプラリーのようなものである。リンジュに向かうのに、これを都市ごとに書いてもらえばいい訳だ。

 

「は、はい! 承りました! 少々お待ちを……!」

 

 さて、いつものように受付おじさんに書いてもらおうと思ったら、おじさんは休みだった。仕方ないので新人っぽいお兄さんに書いてもらう事にした。

 彼はめちゃくちゃ緊張していた。大丈夫、俺は店員さんに怒鳴るようなクソ客じゃあないよ。ていうか、そんなクソ客はこっちじゃ合法で殴れる。ラリスは弱者には優しいが、愚者には容赦がないのである。

 

「おう、イシグロ! こっちこっち!」

 

 手続き完了後、バーで飯を食おうとしたら野太い声をかけられた。

 見てみると、そこにはテーブルを囲む四人の男たちがいた。

 

「どうも」

 

 俺はルクスリリア達に好きに食べるように言ってから、彼らと同じ席につき適当な軽食メニューを頼んだ。これもビジネスである。

 テーブルには犬人戦士のリカルトさんと、犬人斥候のウィードさん。それから鬼人剣士のラフィさんに、なんと鼬人剣士のトリクシィさんも座っていた。声をかけてきたのはリカルトさんだ。

 

「いやぁ、トリクシィから聞いたぜ。イシグロお前、あの“荒野の牙”の幹部をボコしてやったんだってな!」

「いえ、訓練ですから」

「よくやったって褒めてんだよ!」

 

 話を聞くに、リカルトさんはエフィーエナさんが所属する同盟の“荒野の牙”が嫌いであるらしい。

 なんか新人の頃にしつこい勧誘にあったとかで、一時期ノイローゼになってたとか。そんな彼の趣味が新人いびりなのは何とも言えない。

 

「あー、最近は特に強引なやり方してるって聞くっすわ。俺は声かけられてねーっすけど」

「そうなの? 俺もあるけど、一回断ったらそのあと別に何もなかったぜ」

「お前は銀になってからこっち来た類だろ。銀細工相手は慎重になるんだ。その点、トリクシィは狙われちまってたんだよな」

「トリクシィさんも勧誘を?」

「ククク……流星は常にひとり……」

「ま、どのみちお前さんは向こうとは合わなかったろうぜ!」

 

 ハードボイルドに麦茶を飲むトリクシィさんの背を、リカルトさんはバシバシ叩いていた。お茶が鼻に入ってもむせないの地味に凄い。

 

「てかさ、イシグロさんリンジュ行くんすよね」

 

 注文した飯に口を付けていると、ウィードさんが鼻息荒く問うてきた。

 

「はい、そうですが」

「ちょっと良さげなお店探してきてくださいよ。俺も行ってみたいんす」

「良いお店?」

「娼館っすよ」

「はあ、娼館」

 

 残念ながら、この異世界に俺好みの娼館はないので協力できそうにない。レビュアーズ世界だったら協力できたのだが。

 手のひらサイズのフェアリー族とか、いてもいいじゃん。何でモンスターしかいないんだよ。しかも迷宮にいたのはキモめのフェアリーだったし……。

 この世界、街や人はライトなのに迷宮周りは妙にダークなんだよな。スライムも可愛くないし、ゴーレムにも愛嬌がない。

 

「あー、行ってほしいとかじゃないんす。単に雰囲気とか噂とか、そういうの知りたいんす。リンジュの色町は凄いって話っすから」

「凄い?」

 

 話によると、リンジュには派手な歓楽街があるっぽい。シュロメさんが教えてくれた観光名所には無かったな。

 で、その凄い色町なるものは店単体でサービスするというより、区画全体で楽しませる的な雰囲気であるとか何とか。

 

「よろしく頼むっす」

「まあ見るだけなら」

「土産も頼むぜ。おっさんは何でも喜んじゃうよ」

「じゃあ俺は酒で」

「はい。トリクシィさんは何がいいですか?」

「あ、自分はお気になさらず……」

「木刀とか?」

「ボクトウ……!」

 

 それから、朝食を食べ終えたところで席を立ち、俺は三人を連れて転移神殿を出た。

 転移直後はオンもオフもソロだったが、今ではすっかり知り合いが増えた。

 

 転移神殿を出て、人混みをするりするり。西区を出るべく、俺たちは進撃めいたクソデカゲートへ向かった。

 あまり行かない門の近くは、商人と労働奴隷のスクランブル交差点のようだった。冬にも関わらず活気と熱気と男気が凄い。

 

「おや、イシグロの旦那じゃねぇですかい」

 

 これまた声をかけられた。聞き覚えというか、もはや聞き慣れた超絶イケボだ。

 今日は妙に知り合いに会うと思いつつ見てみると、そこにはドワルフと受付おじさんがいた。

 

「おうイシグロ、今から出るとこか」

「はい。本日はお休みなんですね」

「それより旦那ぁ、あっしが設計した弓は使ってもらえやしたかい?」

 

 安定の初手武器トーク。ドワルフとの会話はいつも武器についてである。

 

「取り回しは悪いですが、アレで結構色んな事ができて面白いです。少し重いですが、使いこなせるよう精進していく所存です」

「へへへっ、そいつぁ重畳」

「お前今度は何作りやがったんだ?」

「そんな言い方するんじゃあねぇや。あっしぁただ客の要望に沿ったモンをお出ししただけでい」

 

 気安く話す二人。ドワルフとおじさん、知り合いだったのね。

 その距離感は親友のソレであり、見る人が見ればとても喜びそうな構図である。

 

「しっかし、しばらくイシグロとはお別れか」

 

 と、しみじみ言うおじさん。

 確かに、俺も俺で転移直後からおじさんにはお世話になっている。こうやって離れるのは初めてか。

 それから、いやに真剣そうな眼をして、言った。

 

「お前、向こうで死ぬんじゃねぇぞ」

「ええ、もちろん」

 

 この世界は危険である。

 カジュアルファンタジーかと思えば割とバイオレンスな世界観だし、ライトなモン娘がいたかと思えば当の魔物はダーク寄りだし。

 いつ死んでもおかしくない世界だ。けど、当然俺は死ぬ気はない。なんたって、俺は真のロリハーレム作るんだからな。

 

「それじゃ、これで」

「おう」

「また今度~」

 

 そんな感じで、お世話になった二人と別れる。

 で、少し歩いて「本日も異常なし」と言う門番に例の書類を見せると、俺たちはあっさり西区を抜ける事ができた。

 

「来ぉ~い! ラザニアー!」

 

 外の広場でラザニアを召喚。

 地面に浮かび上がった魔法陣から、いつものマッスルヘラジカのエントリーだ。

 

「「「おぉ……!?」」」

 

 周囲の人達が感嘆の声を上げる。

 まさに、鹿の王。以前は地球ヘラジカと同じくらいだったのが、今では成長して骨も肉もすんごく逞しくなった。どうしてそんなに大きくなっちゃったんですか? 真面目にやってきたからか。

 

「ちょっと手伝って」

「かしこまりました」

「何をどうすればいいのかしら?」

「かぁ~! これだから家畜の世話したことねぇお嬢様は……ゴブェ!?」

「主が守護獣に蹴られてどうするの……」

「家畜扱いされてキレたんだろうな」

 

 苦戦しつつ、俺たちは協力してラザニアの身体に騎乗アイテムを取り付けた。

 この乗馬……いや乗鹿セットは専門店で作ってもらった代物で、安全に空の旅をする為の補助具だ。

 言うて鞍なんかなくても乗れるのだが、念のため付けといた方がいいよねって話。

 

「なんか、最終再臨したヤックルって感じだな……」

「ヤックル?」

「何でもない。さ、乗ろうか」

 

 よっこらセックスと乗鹿し、俺は颯爽と鞍に跨った。

 

「グーラ」

「はい。わわっ……」

 

 それから、地上にいるロリ達を引っ張り上げる。

 まず、ジャンプしたグーラを釣り上げて俺の前に。

 

「よいしょ!」

「もっと優雅にできないものかしら」

 

 次いでエリーゼをグーラの前に。

 

「よいしょ!」

「いてて……本気で蹴りやがったッスよこの鹿……!」

 

 で、最後にルクスリリアを一番前に。

 

「回復かけようか?」

「だいじょぶッス。腹に穴ぁ空いた訳でもないッスし、かすり傷ッス」

「そう? じゃ、行くぞ」

 

 俺は全員を安全紐で結び、ラザニアを空飛ぶ種族用滑走路の列に並ばせた。

 

「前方に障害物なし。テイクオーフ!」

 

 順番が来たところで、ラザニアにOKを出して発進させる。

 駆け出す巨躯。躍動する筋肉。勢いに乗ったところで、翼を広げてブワッと離陸。

 

「わぁ、綺麗です……」

「流石の速さね」

「前より速くなってるよな。ボアアップでもしたのか」

「お先に失礼~ッス!」

 

 勢いそのまま、先行していた翼人さんたちを追い越す。

 まるで空飛ぶオープンカーだ。窓もないのに、冷たい走行風が当たらない。ラザニアがペーネロペーみたいに風の障壁を張ってくれてるのだ。乗り心地は最高である。

 

 こうして、俺たちはリンジュ共和国に向かうのであった。




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幼刀・鈩

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で更新が続けられております。
 誤字報告も感謝です。感謝の極みです。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 出て来る時はヌルッと、ほぼ別人になって登場します。悪しからず。

 リンジュ到着です。



 住み慣れた王都を発ち、翼ある鹿の背に乗って大空を往く冬の旅。

 下を見れば森や畑や街道。上を向けば白い雲。青の濃い冬空には、柔らかな陽光が差していた。

 

 道中、ヘラジカドライブは実に快適だった。

 何たって走るのは地面ではなく空なのだ。坂道もトンネルも草原も走らなくていいし、信号止めや道路工事や渋滞だって存在しない。

 走行? いや飛行風はラザニアが何とかしてくれる訳で、俺やルクスリリア達の髪型に変化はなかった。

 

 それに、空の移動は道程じゃなく距離である。山や森や湖を迂回しなくていいのだ。地上でゴトゴト移動してる馬車にちょっと申し訳なくなるくらいのショートカットは、優越感というか特別感というかが凄かった。

 旅の風情は無いかもしれないが、これはこれで面白い。ラザニアも機嫌良さそうに走ってくれている。

 

「ステンバーイ、ステンバーイ……ゴゥッ!」

墜ちよ(・・・)……!」

「ビューティフォー……」

 

 たまに襲ってくる空の魔物もラザニアが殺してくし、デカい奴はエリーゼが流鏑馬めいて撃ち落とす。

 中には空飛ぶ巨大オクトパスがいたりもしたが、もう完全に的だった。エリーゼ砲とタコ墨ブレスの拮抗は一秒も持たず竜の勝利で幕を下ろしたものである。

 なお、迷宮外の魔物は倒しても何もドロップしないし、経験値も渋い模様。控えめに言ってクソだが、道中見かけたら殺しといてってギルドに言われたんだよな。義務とか命令じゃあないが。

 

「せめてあのタコが食える奴だったらなー。殺し切る前に味見なんかしたかったが」

「魔物は食べられないわよ」

「そうなの?」

「はい。魔物は狩猟しても死骸が消えてしまうので、肉を穫れないんです。生きてる魔物を食した記録はありますが、どんな魔物の肉でも食べた人は例外なく発狂して死んでしまうらしいです」

「ひえっ……怖いなー、とづまりすとこ」

「淫魔王国じゃタコはペットって感じッスね。食用のは見た事ないッス。吐く液も白いんで、初めてラリスのタコ見た時はビックリしたッス」

「ボクの村ではたまに滝壺蛸を食べていました。春になると滝を登りに来るので、それを狩るんです」

「タコねぇ、食べたいとは思えないわ……」

「日本には“たこ焼き”っていう酒に合う料理があるんだよな」

「あら、気になるわね……」

 

 なんて話してたら、あっと言う間にスタンプポイント都市に到着。

 オーライオーライの指示に従い滑走路に着陸し、さっさと街入ってギルドにスタンプ押してもらう。

 スタンプ確認は最短でも一時間以上はかかるので、その間に諸々を済ませておくのも忘れない。

 で、全て終わったら再出発。仲間は集まってないが次の街である。RTAみたいだ。

 

「あの雲、絶対中にラピュタあるな……」

聖輪郷(せいりんきょう)じゃない、初めてみたわ」

「せいりんきょう?」

「天使族の住処よ。雲の中にある砦に引きこもってて、他種族を見下ろしているの。怖いのね、ラリス王家や竜族達が」

「へー」

「穿った見方ッスねー」

「あれがジュスティーヌ様の……」

「あまり近づかない事ね。厄介事に巻き込まれるわ」

「あー、空域的な? うっかり入らないように気を付けないとな。少し離れよう」

「賢明ね。あと、天使族に話が通じるとは思わない事ね。竜族より弱いくせに、竜族よりも高慢で、自分の情緒を尊重されるべき正しい世界のルールだと思い込んでいる。自称、“世界の監視者”の集まりよ」

「なんかあったんスか?」

「客観的事実よ。歴史が証明しているわ」

「はい、まぁ……そうですね。ボクもジュスティーヌ様は素晴らしい方だと思いますが、他の天使族は……あまり良い描き方をされている書籍を見た事がありません」

「でも王都にいる天使族は普通の人って感じだけど。むしろ良い人寄り?」

「ああいうの、聖輪郷では“堕天使”って言うらしいわ。空の鳥籠にいる者は、地に憧れる同族を堕落した異端者と見なして排斥するのよ。とても、愚かしいわ……」

「それはまた……」

「うぅ、ちょっと怖いです……」

「まぁお陰で聖水風呂に入れるから良いじゃないッスか」

「そうね。天使族が作る果実酒は美味しいし」

「嫌ってる訳じゃないのか」

「嫌いになるほど興味が無いもの」

 

 という会話などしつつ、とんでもない速度――感覚的に時速100kmは間違いなく超えている――で次々スタンプラリーを埋めていく。

 とはいえ、夜の飛行は怖いので夕方前に街に入ってご宿泊。体力面では大丈夫なのだが、まぁそんな急ぐもんでもないし。

 

「あの人、リンジュの人かな?」

「商人の護衛ね」

 

 面白いもんで、リンジュに近づいていくと街には刀の使い手が増えていった。

 刀はいいねぇ、文化の極みだよ。何たってエルフが持っても獣人が持っても様になるんだもの。刀は誰が持っても格好良いのだ。

 さて、軽い観光などしつつ、リンジュに向かい再出発。

 

「ヴィンスでも思ったけど、いざ他の街行くと王都が如何に凄いか分かるよな」

「そりゃそうッスよ。アレクシストは世界一の国の首都なんスから。同じ国でも王都とそれ以外は別物ッス。もはや異世界ッス!」

「ボクもそうだと思います。王都には世界各地から色んな食べ物が集まってきますし、色々なものを組み合わせて新しい料理が生まれたりして、本当に凄いです」

「他の街の飯もまぁまぁイケるけど、やっぱ王都のが美味いよなぁ」

「野菜や果実は王都より地方の方が上だと思うのだけれど」

「はい。今朝食べた金の林檎、とても美味しかったです!」

「アレな、美味かったよなぁ」

「一個30万ルァレの黄金林檎をパクパク食べられるなんて、昔じゃ考えらんねぇッスわ」

「帰りは買い占めましょう」

 

 で、あっと言う間にリンジュの関所に到着。

 ラザニアから降りて、如何にも武士って感じの門番さんにスタンプラリーの紙を渡す。続いて冒険者証を提示して、しばらく後に通行OKが出た。

 通るのは俺と奴隷三人と守護獣なので、まぁまぁ高い通行料金を払う事になった。

 

「あの兵士、ご主人の事ジロジロ見てたッスね」

「リンジュでも黒髪黒目は珍しいのかな」

「それは知らないけれど、銀細工は警戒されるものよ。仕方のない事だわ」

「ボク達も警戒されていました……」

「そりゃ、奴隷がこんな装備着てりゃそうなるッスよ」

 

 関所を通り、リンジュに入っても空の旅は続く。

 平地や森の多いラリスに比べ、リンジュは小さい山が多い印象だ。高低差のある街道は馬車ではさぞキツい事だろう。

 

 下を見ると、山の間に小さな村や街が見える。山の上には砦なんかもあった。

 物見やぐらの兵士が旗を振っている。俺はラザニアにスピードダウンを命じ、さっきの手形を掲げて応じた。問題無しの旗が振られる。

 ゆるい気もするが、これでいい。異世界人は視力も高いのだ。

 

「次は何処行くんスか?」

「このまま首都に直行でいいってさ」

 

 スタンプラリーはおしまい。関所で貰った通行手形があるので、ラザニアは急行から特急にランクアップだ。

 とはいえだ。こうも山が多いとどっち行けばいいか分からなくなる。東に行くと目印が見つかるらしいが。

 

「あれじゃないッスか?」

「あ、ホントだ」

「ほえ~、アレが雲貫山……」

「リンジュの竜族はあそこの頂上に住んでいるのよ」

 

 ちょっと高めの山を越えると、遠くにクソデカマウンテンが見えた。

 パッと見、富士山に見える。テッペン周辺は白くなっていて、綺麗なおにぎり形だ。

 あれが首都行きの目印だ。俺達は富士山モドキに全速前進した。

 やがて、地上にこれまで見てきたリンジュの街とは規模の違う都を発見する事ができた。

 

「あれがリンジュの……」

 

 リンジュ共和国、首都カムイバラ。

 上から見ると、リンジュの首都は将棋盤のように整理された造りをしていた。

 それでいて、都の真ん中の山にはとても大きなお城がひとつ。高層ビルめいた五つの塔が、城を中心に五つ聳え立っている。

 まるで、カムイバラそのものが呪術儀式の場という印象を受けた。攻撃というより、守護系統の。

 

「お疲れー」

 

 門前の滑走路で降りて、積みロリを降ろしつつ改めて入口を見る。

 首都の周りには川が流れていて、門と都の間にはデッカい橋が架けられている。橋は単品で観光名所になりそうなくらい立派だった。

 門も橋も木製だが、そこに脆さや頼りなさは感じられず、むしろ下手な石材より頑丈そうだった。

 

「ラリス王国のイシグロ・リキタカさんですね。はい、手形も問題ありません。どうぞ、お通りください」

 

 十文字槍を持った門番に通行手形等を見せ、何事もなく通される。

 ラザニアを戻して橋を渡る。何となく河川を見下ろしながら渡っていいので橋の端を歩く。橋の真ん中ではクソデカ馬車やクソデカ牛車が往来していて、それだけで活気があるのが分かる。

 木製の進撃めいたクソデカ壁。その門を通れば、カムイバラ入りだ。

 

「おぉ……」

 

 リンジュの首都、カムイバラ。

 ファンタジー作品にありがちな“東の国”。

 そこは、万人がイメージするであろう「和」であった。

 

 几帳面に舗装された石畳に、瓦屋根の木造建築。

 大きな道の端には等間隔に桜っぽい木が植えられていて、冬なのに満開だ。しかもちょっと光っている。

 住民も古今東西の和のエレクトリカルパレードって感じで、着流しを着てる魔族や着物とコートとブーツというお正月JDファッションの人もいる。

 例によって種族も様々で、ラリスで見た事ない種族の人が沢山いた。アレは狸人? 熊人? 鼬人かな? 同じ種族に見えても、細かいトコ違ってたりする。レア種族の集まりって印象だ。

 髪型は、そんなに和っぽくないか。ちょんまげはいない。結ってる女性もいないな。もはや見慣れたものだが、例によってリンジュの人等も髪色がカラフルだ。

 そして、びっくりするくらい皆さん刀を佩いていらっしゃる。ラリスの剣ポジがそのまま刀になった感じだ。

 

「すごいな……」

 

 まるで、おかげ横丁と京都の観光名所と映画村を合体させて洋ゲーナイズドした後に日本人のオタクが監修してライトノベルテイストに仕上げたみたいな街である。

 和風ファンタジー異世界に来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ。

 

「エリーゼ、あれなに? あの桜っぽい奴」

「ええ、鈴桜ね。リンジュの清浄樹よ。夜はもっと光るらしいわ、リンジュ国旗にも描かれている木よ」

「あれは何スか?」

「鈴カステラね。リンジュの名菓よ」

「あれは何でしょう?」

「まんじゅうね。中身は……色々あるみたいだけれど」

「「「エリーゼ、あれは?」」」

「あのねぇ……私は知っているだけで見た事はないのよ。何でもは知らないわ」

 

 リンジュにはラリスとは一味違う活気があった。

 王都アレクシストがカオスだとしたら、首都カムイバラはロウって印象だ。けれども法や規律でガチガチになってるという雰囲気はなく、人の流れが穏やかだ。

 飲食店の前には長椅子があり、そこでは銀細工の女子二人がお団子をあ~んさせ合って食べていた。かと思えば鋼鉄札の猫人忍者が屋根の上を疾走していて、鉄札の鴉人が空中で絵を描いていた。

 うん、王都よりは秩序があるな。

 

「おう! 銀細工の兄ちゃん! ちょっと寄ってきなよ!」

 

 あと、人の距離が近い。

 声をかけられた屋台に近づくと、河童っぽいおっちゃんがいた。

 

「アンタぁラリス人だろ? ならカムイバラ名物の焼き芋食ってかねぇと損だぜ! な? 金あんだろ? 買ってけ買ってけ!」

「焼き芋……じゃあ、四人分貰えますか」

「あいよ! 奴隷の分も買ってやるなんて良い主人だね! しょうがねぇなぁ五人分くれてやるよコラ!」

 

 そう言って紙にくるんだホクホクの焼き芋を渡してきた。お値段は妥当か。ぼったくられてる感はない。

 焼き芋は前世日本で見た焼き芋そのものだった。ハフハフする三人が可愛かった、まる。

 

「ザッケンナコラー!」

「スッゾオラー!」

 

 芋片手に歩いていると、広場の方で喧嘩勃発。まぁ王都じゃチャメシ・インシデントだったが、リンジュでもそうなのか。

 しかし、喧嘩といっても王都のソレとは雰囲気が違う。喧嘩前に罵り合ってる冒険者二人は武器を置いて、お行儀よくメンチビームなど撃ち合っていた。住民も住民で二人を囲って即席のリングを形成していた。

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 

 それから、よーいドンで殴り合い。刃物を取り出す事もなく、二人は実に爽やかに殴り蹴りの暴行を加え合っていた。

 喧嘩というより、試合である。王都だったら今頃剣持ち出してる。

 

「ザッケンナコラグワーッ!」

 

 やがて冒険者の一人が倒れると、周囲の住民が勝者を称え、敗者に回復魔法をかけてやっていた。

 なんかスポーティである。血が出ない喧嘩とか久しぶりに見た。

 

「おうそこの! お前よそ者か! 何見てんだコラァ!」

 

 観戦していると、リングにいた勝者が俺を指差して喧嘩を売ってきた。周囲の住民も俺を見てくる。あ、これ知ってる。「舐められたら終わり」の奴だ。

 

「喧嘩売られてます?」

「分かんねぇか? ラリスもんに舐められんのは御免なんでな! もちろん買ってくれるよなぁ!?」

 

 相手は銀細工か。種族は人間。武器は槍だったな。鎧は着たままで、さっきの見るに格闘技の経験はなさそう。

 まあ、やれるっちゃあ、やれるでしょうね。

 

「承りました」

 

 俺は腰の無銘を外し、エリーゼに預けた。

 それからモーセのように割れた道を通り、即席リングで腕組み仁王立ち。

 

「へっ、根性はあるみてぇだな。ラリスの銀の力、この“赤涙”のヨタロウに見せてみろや……!」

「ええ。ただし、その頃にはアンタは八つ裂きになっているだろうけどな」

 

 思い切って啖呵を切ると、会場のバイブスは最高潮になった。

 チンピラ丸出しで指をポキポキするヨタロウ氏に対し、俺はジョブチェンジして昔習ったフルコン空手を構えた。

 

「やっちゃえご主人!」

「男を見せて頂戴」

「お、お怪我はしないでくださいね……!」

 

 それから、よーいドンで試合が始まった。

 で……。

 

「勝負有りッッッ……!」

 

 勝った。特に語るべき事はない。

 俺は大の字で倒れるヨタロウ氏に手を差し延べた。

 

「やるじゃねぇか、ラリスもん……」

「ええ、そちらこそ」

 

 そのまま、手と手を握って引き起こす。パンパンマンになった彼は汗臭い笑みを浮かべていた。

 俺の方はノーダメージなのは試合的にどうなんだと思ったが、それはともかく。

 闇に飲まれよ(おつかれさまでした)




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ロリ、のち、晴れ

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で執筆活動ができております。マジです。
 誤字報告もありがとうございます。感謝!

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 そのうち出てきます。

 今回は旅館回。
 よろしくお願いします。


 異世界大都市の例に漏れず、迷宮を擁するカムイバラには三つの転移神殿が存在する。

 南西の第一転移神殿。北北西の第二転移神殿。それから東の第三転移神殿。俺は西にある門からカムイバラ入りしたので、南西にある第一転移神殿が最寄りのギルドとなる。

 が、本日宿泊を予定している宿屋は東にあるので、西口からだとちょっと遠い。でもまぁ、どうせ登録するなら滞在宿と近い方がいいよねって事で。

 

「東区の転移神殿まで、よろしくお願いします」

「ウッス! 全力でいくぜぇ! ヒヒィーン!」

 

 軽いバトルの後、俺達は東の転移神殿に向かった。移動手段は徒歩でなく、マッチョ馬人が引く馬人力車だ。

 大通りは牛車とかが往来しているので、長距離移動ならこっちのが速い。歩いて行ったらいつ着けるか分からんし。

 

「おぉ速い速い」

「でもラザニアのが速くないッスか?」

「コラ、そういうの言わないの」

「聞こえてますぜー!」

 

 マッチョ馬人さんは流石の健脚ぶりで、俺たちは景色を楽しみながら高速移動した。

 壁や門は王都アレクシスト並みに大きいカムイバラだが、他の建物は全体的に背が低い印象だ。

 木製で瓦屋根、階数は二階か三階が殆どで、四階建てや五階建てのビルディングめいた建物が多い王都とは全然違う。

 また、低い屋根の上では忍者っぽい人が走っているのをよく見かける。街中にエツィオが何人もいるとこんな感じなんだろうなって。

 

「あの忍者っぽい人はなんで屋根の上を走ってるんですか?」

「ありゃ飛脚だな。腕の良い軽業師はああやって手紙とか荷物とか届けるんだよ。ちなみに、空飛んでる翼人飛脚は宮仕えだな!」

「なるほど」

 

 で、だ。

 道中インネンなど付けられる事もなく、東区で降ろされた俺達は無事転移神殿に到着した。

 

「これがリンジュの転移神殿か」

 

 そうして辿り着いた先。目の前には、見上げる程に巨大な木造建築物があった。

 王都アレクシストの転移神殿がノートルダム大聖堂と大英博物館がポタラ合体したような感じだとしたら、首都カムイバラの転移神殿は伏見稲荷大社の社殿と東大寺の大仏殿をフュージョンさせたかのようである。

 小学生時代の修学旅行を思い出す。引率の先生がキッチリし過ぎてて何も楽しくなかったな。うん、あんま良い思い出ないわ。

 

「行こう。一応離れないように」

「あいッス~」

 

 転移神殿の中もまた、ラリスとは随分と異なっていた。

 第一印象は立体的な四角って感じ。野球場っぽいラリス神殿と比較すると、リンジュのはカッチリ几帳面で質実剛健な造りをしてる気がする。柱も通路も真っすぐで、曲線が見当たらない。

 神殿の中心には淡く光る巨大桜があり、それを囲むように転移石碑が設置されている。ここら辺に違いはないらしく、刀や槍を持った冒険者は石板にタッチして転移しているようだった。

  入口付近には例によって受付スペースがあって、今もアレコレと手続きをしていた。まさに、和風ファンタジー世界のギルドである。

 

「ラリスから来ました。手続きお願いします」

 

 観察もそこそこに、空いてたムキムキじいさんの受付に並ぶ。

 各種必要書類を渡すと、じいさんは面倒臭そうに書類を流し見た。

 

「あー、ラリスもんか。ここまで来たって事ぁ大丈夫なんだろ。ほら、さっさと行きな」

 

 ペラペラめくって、最後にハンコをポン。やけにアッサリ承認されちゃった。

 まぁいいんだけどさと帰ろうとすると、我が一党が同業者からの視線を集めている事に気が付いた。

 敵味方反応レーダーに感はない。敵意や害意はないようだが、何やらこっちを見定めているような視線であった。

 

「なんスかね、めっちゃ注目されてるッスね」

「俺ら目立つからな」

 

 が、この展開、俺は俺でちょっと感動していた。

 これが異世界名物「よそ者に厳しいギルドくん」である。足引っかけられるとかあるかもしれない。オラ、ワクワクしてきたぞ。

 なんて感動しつつ、かといって絡まれる事もなく、俺たちはギルドを抜けた。

 

「そろそろチェックインしないと」

 

 時刻は昼過ぎ、もう少しで夕方である。

 シュロメさんがオススメしてくれた旅館は東区にある。だからこっちの神殿で手続きする必要があったんですね。

 曰く、上玉館なる宿屋には温泉があり、しかもご飯には味噌と醤油が使われていて、どれも美味しいというのだ。そんなの行かない理由がない。

 

「お団子以外にも醤油が使われているなんて、どんな料理なんでしょう。楽しみです!」

「リンジュのお酒も楽しみだわ。確か、米を使って作るのでしょう?」

 

 上玉館は東区の更に東にあるとの事で、俺達は歩いて向かう事にした。

 カムイバラの温泉旅館は近くの山から直で泉水を引いているらしく、少し奥にある一角は温泉街といった雰囲気だった。

 

「道行く人から不思議な匂いがします」

「温泉の匂いだな。皆は初めて?」

「私はないわ。竜族は蒸し風呂だもの」

「アタシも無いッス。けど淫魔王国にはあるッスね」

「あ、嫌な予感がする」

「どんなのなんですか?」

「子宝温泉って言って、入るとしばらく精が大量生産されるようになるんス」

「意外と有用ね……」

「保存魔法かけて輸出してるッスよ。高いんスけど、けっこうジュヨーあるみたいッス」

 

 二階建て、三階建て住宅が多かったカムイバラ西区に比べると、温泉旅館や高級嗜好の飲食店等が並ぶ東区温泉街は立派な建物ばかりだ。

 中でも、上玉館は格別だった。

 

「おぉ~!」

 

 上玉館。そこはまるで、紅ちゃん経営の閻魔亭と神隠し的な油屋を足して二で割ったような外観だった。

 目が眩むほど煌びやかで、過剰なくらい雅やか。ゴツくて、精巧。歴史ある温泉宿というよりは、出来立てほやほやの新築ホテルって感じであった。

 性根が俗悪極まる俺としては、こういう分かりやすい高級宿はテンション上がっちゃう。ぶっちゃけ、前世で泊まったどのホテルよりも豪華だ。

 

「これも木で建てられているんですね。すごい……」

「なんだか品が無いわ……」

「アタシは嫌いじゃないッスけど」

 

 各々感想を述べつつ、高級ホテルに入る。

 外がそうなら中も木製で、ツルツルの木床が天井の灯りを反射していた。靴箱が無かったので土足のままエントリーすると、フロントの受付さんが頭を下げてきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 受付に行き、宿泊手続きをする。ここ最近飽きるほどやった身分証明の後、宿泊プランを選択する。どうやら、部屋のランクで利用できるサービスが違うようだ。

 

「鈴桜でお願いします」

「畏まりました」

 

 勿論、選んだのは最上級。

 やがて寄ってきた従業員に案内され、館の最上階に向かう。ラリスだと上に行くほど安くなったものだが、リンジュでは上に行くほど高くなるようだ。

 道中、上玉館のサービスを紹介される。共同の温泉や、飯処について。中には娯楽ルームなんてのもあるらしい。流石に卓球台やゲーセンなんかはないだろうが、それでもかなり充実していた。

 

「こちらにございます」

 

 そうして連れてこられたのは、最上階にあるペントハウスであった。

 曰く、階全体が宿泊部屋という事で、専用の露天風呂やら何やらの最高のサービスが沢山あり、且つ喧騒から離れた静謐な空間云々で、とにかく凄いらしい。

 

「何でここ段差あるんスかね」

「リリィ、ここで靴を脱ぐんだよ」

 

 そして、ペントハウスの入り口には土間と靴箱があり、そこで履物を脱ぐのがリンジュ流であった。

 俺はあっさり受け入れられる文化だが、三人は困惑しているようだった。

 

「床が綺麗ね。靴を脱いでも汚れないわ」

「はい、とても新鮮で、なんだか落ち着きます」

 

 従業員に先導され、これまた懐かしい襖を開けてもらうと、これこれまたまたなっつかしい藺草の匂いが鼻孔を擽った。畳、タタミである。流石、東の国は期待を裏切らない。

 で、真っ先に思い出したのが岸部露伴だったあたり重症である。俺は縁を踏まないよう気を付けて入った。

 案内人が窓を開け、外を見てみるよう促してくる。言われるがまま窓に近づくと、視界いっぱいにリンジュの光景が広がった。

 

「ほう……」

 

 夕暮れに染まるカムイバラ。

 眼下の街には、色々な人がいた。お土産を選んでるカップルや、足湯に浸かって談笑している森人達。茶屋で休んでる翼人侍なんかもいた。

 また、歩いている人の多くは色鮮やかな浴衣っぽい服を着ていた。西区とはまた違う装いで、温泉街という雰囲気によくマッチしている。

 雰囲気は日本の観光地そのままだった。けれど、道行く人や細かいところが異世界だった。懐かしさと違和感。異世界情緒はそんなに無いが、まぁこれはこれでアリかな。

 

「楽しそうッスね、ご主人」

「そりゃ旅行だもんよ」

 

 その後、一通りの説明を終えると。案内人は去っていった。

 宿部屋まで来て、何時までも冒険者装備を付けている訳にもいかない。俺達は各々防具を外し、いつもの部屋着になった。

 

「これを着るのかしら」

 

 ふぅと落ち着いたところで、エリーゼが浴衣っぽい服――もう浴衣でいいか――を広げて言った。

 これは上玉館オリジナルの衣装らしく、ペントハウス宿泊客へのプレゼント品である。確かに、温泉旅館といえば浴衣だろう。余は一刻も早くロリの浴衣姿が見たい。

 

「風呂入ってから着ようか」

 

 という訳で、早速露天風呂にGOである。

 脱衣場で服を脱ぎ、生まれたままの姿になる。当然として皆も肌を晒した。直視するとスキルが自動発動して、俺の一部が石化してしまうので、努めてチラ見に抑えて抑えて……やめろルクスリリア、流し目でこっちを見るな。

 

 風呂場の戸を開けると、もわっと湯気が広がる。屋内風呂は全面ヒノキ的な造りで、片側の壁沿いに大きな湯舟があった。湯舟にはちょろちょろと湯が注がれていた。

 風呂場の奥には大きなガラス扉があり、湯に浸かりながら外を眺める事ができる仕様だ。そこは最上階に設えられた中庭の露天風呂エリアに繋がっているのだ。

 

「これが温泉なのかしら?」

「いやこれは普通の湯だな。温泉は外だ」

 

 逸る気持ちを抑えて旅の汚れを落とした後、俺達は中庭に出た。

 扉を開けた瞬間、全身を冷風が撫でた。中庭エリアの中心には岩で囲まれたザ・露天風呂があった。

 湯の色は乳白色で、沈みゆく太陽を反射してうっすら光って見えた。冬の空気も相まって地上波アニメのスケベな温泉シーンくらい湯気が立っている。

 中庭の周りは竹っぽい柵で仕切られていて、外から見られる心配はない。空を飛ぶ種族なら覗けそうだが、覗き魔は射ればいいだろう。慈悲はない。

 

「おぉおおお! 人がいねぇええッス! おしぇーい!」

 

 ルクスリリアの一人きららジャンプ。ザッブーンとやけに大きな湯柱が立ち上り、白い水しぶきが皆にかかった。

 

「おっと、大丈夫ですかご主人様」

「タンク役ありがとうグーラ。顔にはかかったけどね」

「できれば後衛も守ってほしかったわ……」

 

 一番槍を務めたルクスリリアに続き、俺達も入浴。

 右足、左足、それからゆっくり身体を湯に沈める。

 

「あぁ~」

 

 肩までお湯に浸かると、実におっさん臭い声が漏れた。

 エリーゼはゆったり、グーラはちょこんと湯に浸かった。ルクスリリアは絶対に笑ってはいけない新機動戦記2話ラストの主人公みたいにプカプカ浮いていた。つづく。

 

「貴女何やってるの?」

「せめて逆にしませんか?」

「ぷはっ! いや、窒息状態になるといつ魔力が消費されるようになるかなって実験してたんスよ」

「此処でやる事じゃないわね……」

 

 それにしても、素晴らしい光景である。

 露天風呂は湯気がモワモワのモワだ。そのせいで、あるいはそのお陰で、三人の大事なところは絶妙なラインで隠されていた。

 故に、エロい。乳首権を発行されてる漫画より、そのギリギリを攻めるスタイルのが股間にこないものだろうか。それと同じ原理で、俺のスケベ心は掟破りの淫コースを爆走していた。

 

「肌がスベスベしてる気がします、これが温泉?」

「芯から温まるわね。魔力の流れが活性化しているわ……」

「ッスね。流石に精の量は増えそうにないッスけど」

 

 視界いっぱい、本当に綺麗だ。絶景かな、実に美しい。これ以上の芸術は存在し得ないでしょう。

 ルクスリリアの肌は血色が良く艶めかしい。濡れたエリーゼの肌には神秘性すら感じてしまう。何よりグーラの褐色肌とミルキーホワイトの相性が最強である。ヒューッ! 見ろよあの胸と湯の境界線!

 

「うーん、グッドアップ」

 

 中庭は竹っぽい仕切りで閉ざされている為、誰にも見られる心配はない。心配は、そんなにない。

 なので、やろうと思えばお風呂でやりたい放題できる訳だが、流石にこの白濁を更に濁らせるのはNGだろう。

 慎重な司令官である俺は潜望鏡偵察を控え、股間のろーちゃんを温泉深くに隠れさせた。魚雷ターンはもう少し後だ。

 

「わぁ~! すごく美味しそうです……!」

 

 さて、お風呂の後は飯である。

 浴衣に着替えた――着方が分からないらしいので、全員俺が帯を締めてあげた――俺達は、これでもかと運ばれてくる料理の数々を眺めていた。

 ある意味当然かもしれないが、上玉館さんは当初は一人分の料理を持ってくる予定だったそう。けど俺は四人分を大盛でよろしくと言ったので、長机の上はさながらビュッフェである。

 メニューも多種多様で、肉に魚に野菜に色々。寿司に天ぷらお鍋に網焼き。お酒やジュースもドンドン運ばれ、聞いてた通りに味噌も醤油もハイドーゾである。

 

「では、ごゆるりと……」

 

 追加する時は言ってねと、メニューの紹介をしてくれた女将さんは去っていった。

 冒険者は健啖家が多い。実際、俺も転移前より明らかに食事量が増えている。前世ならお残ししていたであろう旅館飯も、今なら余裕を持って完食できる確信があった。

 色とりどりのリンジュ料理。皆に箸の使い方を教えた後、手と手を合わせていただきます。

 

「うまぁ!」

 

 一発目に口にしたのは、見るからに寿司って感じの料理だ。生っぽいネタの下に冷えた酢飯があり、もう完全に寿司である。そこに醤油をつけて、頂く。

 異世界に寿司があるのはもうそういうもんだと思っておこう。細けぇこたぁいいんだよ、それより味だ、味である。久しぶりに食べた酢飯は最高だった。米の栄養素が染み込んできやがる、身体に。

 特に、このいなり寿司が美味い。シュロメさんの言ってた通りだ。形は関西風で、中身は色んな具材が入った五目飯である。いなりが入ってるやん!

 

「美味すぎる! 最高だ! もっと食わせろ!」

 

 天ぷらも上手い! 鍋も美味い! 炭火焼のナスに醤油かけるともう最高!

 そして酒が進む進む。ラリスから来た俺に配慮したのか、中にはビールとかワインとかがある。気分良いからビールと焼酎ちゃんぽんしちゃうもんね!

 

「くっ、非合理的な食器だわ……」

 

 ふと見てみると、エリーゼは箸の扱いに苦戦していた。東の国ではこっちが主流らしい。

 食前にレクチャーしたのだが、それでも慣れない食器ではいつもの流麗な食事はできないようである。

 

「フォーク使えばいいじゃないッスか」

「それは負けた気がするわ……」

「こうですよ、こう」

 

 ルクスリリアは最初からラリス食器を使ってて、グーラは危なげなく箸を使っていた。

 というか、グーラはエリーゼのレクチャー中に箸の持ち方をラーニングしてあっと言う間にマスターしたんだよな。

 

「手で押さえるんじゃなくて、柔らかく支えてあげるんだ」

 

 さっきと同じように、エリーゼの手を取り教えてあげる。

 エリーゼは色々と知っているが、そんなに器用な方ではないのだ。実は努力の人なのである。

 

「こうかしら」

「そうそう。挟む時もそんなに力まなくていいから」

 

 そんな感じで時間が経ち、机上の料理が半分ほど無くなった――ほとんどグーラが食べた――頃。

 さて、そろそろかなと思って、真ん中にある小さなお釜の蓋を開けた。

 

「おぉ……!」

 

 この日、何度目かの感嘆。

 ぶわり。蓋を外すと、炊き立ての釜めしが湯気を立てた。中身は茸とか肉とか色々入った五目飯だ。

 皆の分をよそってあげると、早速口を付けた。

 

「美味い! 美味い! 美味い!」

 

 思わず煉獄さん化してしまうくらい、ここの釜めしは美味かった。

 半分ほど食べたところで、だし汁かけてアジヘンカンフージェネレーション。これも美味い! 美味すぎて馬になる! もうだし汁単品でイケるじゃんね!

 皆も釜めしには満足しているようだった。グーラなんか頬袋をパンパンにしている。ハムスターかな?

 

「何スかこれ! 超美味ェ!? 身体中に精が溜まってくッスよ!」

 

 どうやら、ルクスリリアはイクラっぽい寿司がお気に召したようである。

 そういえば、淫魔は乳製品とか卵料理で精を摂取できるらしいんだよな。他にも卵焼きにおろしと醤油をセットして食べるスタイルも好きらしかった。

 分かるよ、美味いよね。サイモンに対するガーファンクルみたいなもんだよな。

 

「ふぅ……醤油によく合うのね、この料理は」

 

 エリーゼは謎魚の刺身が好きらしかった。

 何となく、生魚に抵抗ありそうなイメージがあったのだが、そうでもないらしい。実に美味しそうに魚を肴に酒を吞んでいた。

 やはり、刺身&米酒のコンビは最強。ウッチャンに対するナンチャンみたいなもんだよな。

 

「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!」

 

 グーラは……うん、何でも美味しそうに食べていた。

 白米を中心に色んなおかずを順序よく往復。こういうの慣れないと難しいらしいが、彼女はごく自然にやっていた。

 ナイスですね。高森朝雄の原作に対するちばてつやの「あしたのジョー」くらい素晴らしいと思う。

 

「ふぅ~、食った食った……」

 

 もう限界……。

 とでも思ったか!

 追加注文だ!

 

「どうぞ、お鍋の具材盛り合わせでございます」

「どうぞ、炭火焼の食材盛り合わせでございます」

「どうぞ、リンジュ酒の飲み比べ一式でございます」

 

 いちいち注文とか面倒臭いので、単品単品じゃなく、鍋やら米やら一気に大量に持ってきてもらった。

 煮える湯に各種野菜を守備表示で投入。お肉を網にセットしターンエンド。醤油や味噌ダレを付けてダイレクトアタック。まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ。

 

「ご主人様ぁ♡ はい、あ~ん♡」

「ぐふふ、あ~ん♡」

 

 何故かそういうプレイをしているルクスリリアにあ~んされ、おちょこに酌してもらってクイッと一気。

 気分は完全にバブルである。頭にネクタイ巻いて歌って踊りたいところだ。何という成金ムーブ。実際、俺は迷宮ドリームを叶えた成金冒険者である。なお金の殆どは武装に消える模様。

 

「こっちのお酒も悪くないわ……」

 

 食事モードから呑兵衛モードになったエリーゼは、リンジュの酒を飲み比べていた。おう、にごり酒を独占するんじゃあないよ。

 

「これ焼けましたけど誰か食べます? あ、いいんですか? じゃあボクが……ん~っ、美味しい~!」

 

 グーラは煮るなり焼くなり好きにしている。いっぱい食べる君が好き。

 

 やはり、皆で宴会すると最高やで。

 俺もグーラもまだいけそうなので、無くなり次第ドンドン注文する。

 

「申し訳ありません。本日の魚がなくなってしまいました……」

 

 それから、何品目か在庫切れを起こしたところで、宴会は終了した。

 しかし、宴の本番はこれからだ。

 

「よし! 俺は風呂に行く! 入浴の意思がある者は我に続け!」

「おぉー!」

 

 食後休憩の後、もう一度風呂に入った。

 

「あ~れぇ~♡」

「よいではないか、よいではないか!」

 

 風呂上り、帯をクルクルして遊んだ。

 野球拳もした。

 もう完全に酔っぱらいだった。

 

 めっちゃ楽しかった、まる。

 

 

 

 

 

 

 夜、俺は目を覚ました。

 上体を起こす。周囲を見渡すと、俺含め皆裸で寝ていた。

 清潔魔法のお陰で布団も浴衣も綺麗なままだ。

 

「うぅ、トイレトイレ……」

 

 旅館の夜は静寂に満ちていた。皆を起こさないよう部屋を出ると、俺はトイレを求めて廊下に出た。

 

「ん?」

 

 瞬間、違和感があった。

 違和感? いや、少し違う。俺のロリコン的第六感がビンビンに反応しているのだ。

 人の気配はない。視線も感じない。敵味方反応レーダーも問題ない。

 目を凝らす。耳を澄ます。スンスンと、嗅覚に意識を集中させる。

 

「……ロリの匂いがする」

 

 間違いない、これだ。

 ルクスリリア達の匂いは覚えている、それとは別の、甘酸っぱいロリスメルが残留しているのだ。

 腰を屈め。匂いの根源を探った。俺の審判の瞳(ジャッジアイズ)が光り、この場にロリがいたという証拠をあぶり出す。

 

「これは……髪の毛?」

 

 僅かな幼気を辿った先、靴箱の隅に一本の毛を発見した。

 色は桜色で、けっこう長い。艶はないが、荒れてもいない。トリートメントはしてないか。

 匂いを嗅ぐ、股間に来て確信した。ルクスリリアでもエリーゼでもグーラでもない幼気を感じる。間違いない、これはロリの髪だ。

 

「味は……」

 

 桜色の髪を口に含み、じっくりとテイスティングした。

 瞬間、俺の脳裏に膨大な量の情報が流れ込んできた。

 

 魔力残滓はごく微小だ。ルクスリリアやグーラの髪には魔力が沢山含まれているので、この髪の主は魔族ではない事が分かる。だが、少しだけグーラに近い味を感じ取れた。

 香油や石鹸の味はない。そういった手入れはされていないようだが、しっかり清潔に保っているようだった。だからこそ、ピュアなロリの味がする。

 しかし、透き通った幼気の中にある、この芳醇な香りは何だろうか。まるで年季の入った木の家を思わせる、この香しさは……。

 

「はっ……!?」

 

 髪を嚥下すると同時、俺の脳裏に強烈なイメージ映像が再生された。

 

 夏の田舎、夕暮れ、ひぐらしの鳴き声。

 遊びに行った帰り道、少年イシグロは古い家の庭に足を踏み入れた。

 縁側に、人ならざる人影。座した彼女が小さく手を振っていた。

 俺は彼女に走り寄った。小さな手で頭を撫でられる。安心感が心を満たした。

 風鈴の音、蚊取り線香の匂い。それから、見上げた彼女の頭には……。

 

「ケモミミロリババアだ……」

 

 それも和系の獣人だ。狐か。狸か、はたまた鹿か。狼とかその辺も候補に入るか。

 この中に、いやこの街に、クッソ可愛いケモミミロリババア(ファンタスティック・ビースト)がいる。

 そう、俺は確信した。




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 イシグロはこういう事する。


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そのロリに詰めるもの

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっております。マジです。
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 今回も観光回。
 ちょっと短めです。分割しました。


 翌朝、俺達は食休みに露天風呂に浸かっていた。

 澄んだ青空に、柔らかい太陽。時折吹く風が白い湯気を散らし、ロリの大事なところが見え……そうなところで再度湯気が邪魔をする。

 ご機嫌な朝風呂だ。

 

「う~ん」

 

 そんな中、俺は昨夜発見したケモミミロリババアの痕跡に思いを馳せていた。

 幼気の残穢からして、ケモロリちゃんはペントハウスの廊下には上がっていない。恐らく、俺が注文した料理を部屋に運んできて、靴箱らへんで他スタッフにパスしたのだろう。

 ならばケモロリちゃんは上玉館の従業員なのかと思い、今朝から調査をしてみたのだが、館内にそれらしい人や気配を見つける事はできなかった。

 流石に従業員用のエリアまで行くのはダメだろうと捜索を打ち切ったのだが、どうにも俺の頭には件の芳醇な香りが離れなかった。

 

「温泉って良いですねぇ……入ってるだけで魔力の流れが良くなっていきます」

「ええ、とても気分がいいわ……」

「いちいち湯を入れなくていいのが便利ッスね。サッと入ってサッと出れるッスよ」

 

 目の保養に、一緒に入浴してる三人を見る。

 昨日の夕暮れとは違う、朝日の煌めきが彼女等の裸をよりいっそう輝かせていた。

 皆を見ていると、俺の脳裏にあるケモロリちゃんへの興味が徐々に薄れていくのが分かった。

 

 冷静になって、思う。

 そも、ケモロリちゃんと会ってどうするという話である。

 俺が度し難いロリコンだからといって、何も目に付くロリ全てに発情するやべーやつではないのだ。実際、王都で見かけた子供達を目で追う事はあっても足で追う事はなかったのだから。

 

「ご主人、今日はどうするんスか?」

 

 それより、今近くにある幸せを大事にする方が建設的である。

 ケモロリちゃんとは、まぁ会えたらラッキーぐらいに考えておこう。

 

「今日は東区を見て回ろう」

 

 そう、目的はあくまでも旅行。

 ロリを求めてリンジュに来た訳じゃあないのである。

 観光をしようじゃあないか。

 

 

 

 

 

 

 風呂上り、俺達はいつもの冒険者装備で街に出た。

 上玉館周辺はまさに温泉街って感じで、賑やか且つ落ち着いた雰囲気に満ちていた。ただ歩いてるだけで楽しい、そんな街だ。

 

「やっぱ目立ってるッスね」

 

 道行く人は浴衣に半纏スタイルが多く、鎧を着てる人はごく少数。中には同心や岡引っぽい人もいるのだが如何にもよそ者でございな俺達はパンピー以外からの視線も頂戴していた。

 歩きながら、我が一党を見る。スク水みたいな装備のルクスリリア(合法ロリ)に、ダーク姫騎士って感じのエリーゼ(合法ロリ)。ケモミミフードが可愛いグーラ(ギリ合法ロリ)。そして、俺は革装備の全身レザー男(ロリコン)。

 三人のロリはともかく、これらの装備はリンジュでは悪目立ちしているようだった。同業っぽい人も、俺やエリーゼのような鎧は着てないんだよな。

 

「お、そうだ」

 

 ここで、俺は転移前の記憶を思い出した。

 前世、旅行には旅行先に相応しい服を着るべしと主張する友人がいた。

 彼は沖縄ではかりゆしシャツを。ハワイではアロハを着ていたものである。ファッションでも旅行を楽しんでいたのだ。

 こういうのも郷に入りては理論に入るのだろうか。ともかく、これは良い案だと思った。

 

「皆、服を買いに行こう」

 

 という訳で、装備屋にGOである。

 温泉街を抜け、転移神殿周辺。目指すは冒険者向けの防具屋だ。

 普通の服屋に行く事も考えたが、それだといざという時に問題がある。どうせ買うなら性能の高い奴がいいよねって事で。

 

「好きなの買っていいよ」

「あざーッス!」

「どんなのがあるかしら」

「楽しそうですね、エリーゼ」

 

 買い物開始を宣言すると、エリーゼを筆頭に三人姦しく服を見に行った。

 服と言っても防具なので、ハンガーに掛けて並べてある訳ではない。マネキンに装備させて陳列してあるのだ。

 

「あら、良い色……。深みのある黒で、角度によって色が変わるのね……。グーラ、ちょっと横に立ってみて頂戴」

「はい、こうですか?」

「この防具は……魔族用ッスね。じゃアタシはこれでいいッス」

「待ちなさい、ちゃんと他を見てからじゃないと」

 

 まぁテンション上がってるのはエリーゼだけなのだが……。

 

「別に何着でもいいよ」

「流石にそれは……」

 

 今俺がいるのは冒険者向けの中古防具専門店である。

 中古品といっても、多くは引退した高位冒険者が使っていた高級品ばかりである。ルクスリリアの防具ほどではないにしろ、どれもそれなりの性能でそれなりの値段だ。

 何より嬉しいのが、こういった防具にはサイズ調整の魔法がマストで付いているところだ。ロリ用としてはとても便利である。自衛性能については微妙だが、もしヤバくなったら俺がコンソールで強制装着させればいい。一応、武器は携帯させる方針で。

 

「まぁこれでいいか」

 

 俺は適当に無難な防具を選んだ。

 見た目はまんま剣道着+羽織のセットである。性能は可もなく不可もない。恐らく技量系剣士用の防具なんだと思う。うん、尻尾孔も翼孔もない人間用だな。

 購入した後、試着室で着替えさせてもらった。ついでに武器も無銘から橘&湊にしておこう。いいね、完全にサムライだ。

 

「にしても、お客様は奴隷にまでウチの商品を着させるんですか?」

「何か問題が?」

「あーいえ、何も問題はございません。ただ、お客様はお人好しだなぁと」

 

 残念ながら、刀を買ってから俺の財布の紐は完全にバグってしまっているのだ。服の一着や二着、ナンボでも買ったるけぇの。

 見ると、エリーゼは未だにアレでもないコレでもないと店内を動き回って商品を見分していた。

 

「これは、色は良いけれどデザインが好みじゃないわ、これは……悪くはないけれど、翼人用の孔が開いてるじゃない」

「アタシもうこれでいいんで、ご主人とこ行ってくるッス!」

「えと、あの……これ以上ご主人様をお待たせするのは……」

 

 そんなやり取りを後方主人面で見ていると、ようやく何を買うか決まったようである。

 購入後、促されるまま試着室の前に行き、皆のお着換えを待った。

 

「ふふ~ん、どうッスか?」

 

 シャッとカーテンが取り払われると、はだけた着物を着たルクスリリアが現れた。

 遊女? 花魁? というより、ソシャゲの期間限定オイラン衣装って感じの服だ。

 巨乳用であろう胸元は盛大に露出しており、サイズ調整の補助効果でペタンコが丸見えである。谷間? そんなもの、うちにはないよ。

 可愛いと思う。俺は満面のガイアスマイルでイイネをした。

 

「どうかしら、なかなか似合うとは思わない?」

 

 続いて、エリーゼは上品なザ・和服って感じの着物で登場。

 道行というのだったか、カッチリとした着物姿のエリーゼは上品オーラが満点だ。

 一体どんなジョブ用なんだと思いたくなる服だが、これも立派な防具である。意外と動き難くはないようで、エリーゼは初着物に戸惑ってる感じはなかった。

 最高にクールだ。俺は満面のプロデューサースマイルでイイネをした。

 

「失礼しま~す……」

 

 カーテンを引いてエントリーしたグーラは、忍者装束を着ていた。

 いや、忍者というか、くノ一のコスプレだ。二の腕も大腿も大胆に露出しており、褐色肌が映えるバエルでアグニカポイント+4545点である。

 ニンジャのパッションを感じる。俺は満面のマクギリススマイルでイイネをした。

 

 満足感と共に店を出る。

 先頭からロリコン侍、淫魔遊女、銀髪着物お嬢様、ケモミミくノ一。

 周囲を見る。ヨシ、悪目立ちはしてないな。

 

「良い匂いッスね。これ何の匂いッスか?」

「油の匂いね。グーラ、分かるかしら?」

「はい。昨夜食べた天ぷらだと思います」

「んー、天ぷらの話されたら腹減ってきたな」

 

 さて、そうこうしていると。店では意外と時間が経っていたようで、時刻はもうお昼である。

 ほなお昼ご飯食うかと、イシグロ一行は良い感じの飯屋を求めて散策を開始した。

 

「ん? あれは、蕎麦?」

「そばとは何でしょう?」

「食べた事ないわね」

「いいから入ってみようぜッス!」

 

 歩いていると、異世界語で「蕎麦切り」と書かれた店が目に入った。

 気になったので入ってみると、俺が前世で知ってる蕎麦屋さんのまんまだった。案内されて席に着くと、メニューは壁に掛けられているスタイルだった。

 メニューの種類は少ない。冬だというのに、どうやらかけそば君はいないらしく、盛りそばとトッピングだけの硬派さんである。

 

「皆はどうする?」

「わかんねぇんで、ご主人に任せるッス」

「ええ、アナタと同じのでいいわ」

「ボクも同じのでお願いします。トッピングもよく分からないので」

 

 まぁ初蕎麦だもんなと思いつつ、店員さんに注文する。

 

「えーっと、盛り蕎麦を四人分お願いします。あ、一つは大盛で」

 

 注文待ちの間、ふと他のお客さんを見る。彼等は蕎麦を汁に付け、勢いよくズルズル啜っていた。日本ではよく見る光景である。

 が、エリーゼはズルズル音に僅かに顔をしかめていた。これも郷に入りては云々というやつで、何卒ご容赦願います。

 

「おまたせしました」

 

 で、出されたのは丸い皿に盛られたお蕎麦。お盆の上にはつけ汁と山葵も添えて栄養バランスも良い。

 皆に食べ方をレクチャーし、いただきますして早速食べてみるとこれがなかなか美味かった。

 江戸時代のつけ汁は生臭いとか聞いた事あるが、リンジュのは全然そんな事なかった。ていうか、気にしてなかったけどこの汁普通に醤油ベースじゃん。近年生まれたらしい醤油くん、あっという間に普及してんだな。

 

「これは何かしら?」

「多分ワサビだと思う。けっこう刺激強めだから気を付けてな」

「刺激? 刺激ッスか。まぁこんな少量じゃあ、大したもんじゃンギャ!?」

 

 そのままワサビを食べたルクスリリアが悶絶した。

 

「ん~~~~~っ!? 尋常じゃない辛さ! いや辛さかコレ? なんか鼻がつ~んってするッス!」

「ほらお茶飲みなお茶」

「あざッス……!」

 

 ルクスリリアにお茶を渡す。メスガキはワサビに分からされたようである。ふん、雑魚か。

 俺は皆にワサビの取り扱いを教える為、蕎麦にちょい付けして食べた後、次いでお汁に混ぜ混ぜして食べてみせた。

 

「なるほど、そう使うのね」

 

 エリーゼもすっかり上達した箸捌きでワサビを蕎麦にトッピングし、つけ汁を付けて啜った。

 

「~~~っ!?」

 

 瞬間、お嬢様らしからぬ顔芸を披露するエリーゼ。

 目尻に涙が浮かび、身体がプルプル震えている。まさかドラゴンまで分からせてしまうとは、ワサビ……恐ろしい子。

 

「はいお茶」

 

 震える手に湯呑を持たせてあげると、エリーゼはパーフェクトな真顔のままお茶を飲んだ。

 

「……凄まじい刺激ね」

「実際そうでもないよ」

 

 ふと見ると、グーラは何食わぬ顔で蕎麦を啜っていた。

 ズルズル啜る様はまさに蕎麦専用掃除機。グーラの吸引力に衰えはみられない。 

 

「んっ、ふぅ……」

「どうだった?」

「はい! とっても美味しかったです!」

 

 グーラの分のワサビは綺麗さっぱり無くなっていた。

 どうやら、彼女はワサビまで無効化してしまうらしい。

 無事、ワサビの三タテは回避されたようである。




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新たなるロリ奴隷、イリハ!(やっと出てきましたか)

 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになっております。
 誤字報告もありがとうございます。嬉しいレしい……。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 これで何度目になるか分かりませんが、出て来る時は作者がぐっちゃぐちゃのメッタメタに叩いて砕いて固めてから出すので、ほぼ別キャラになる事をご了承ください。
 また、レギュレーション違反のキャラは確定で採用しません、悪しからず。とはいえ、採用如何に関わらず案を貰えると作者は問答無用で喜ぶので、今後も遠慮せず送ってやって下さい。

 今回、アンケあります。
 よろしくお願いします。


 昼食中のワサビパニックなどありつつ、エネルギーをチャージした――余裕で腹八分目ですらないが満足感はあるのだ――ところで、蕎麦屋を出た俺達はカムイバラの簡易地図を広げて次どこに行くかを話し合った。

 シュロメさんに教えてもらった観光スポットはまだ一つも回れていない。今日どれか行ってみようとも思ってたが、如何せん彼女のジモミントークは豊富に過ぎて結局どこ行くか決められないのよな。

 

「まぁグルッと回って、夕方頃に上玉館戻れるようにしようか」

「そうッスね」

 

 結果、まぁ名所めぐりはまた今度って事になった。

 別に急ぐ旅という訳でもないし、俺的にはぶっちゃけラリスもリンジュも街をブラブラするだけで楽しくて満足できるのだ。何たって異世界ですから。

 

「なんだか長閑ですね」

「ああ、冒険者の戦力は軒並み迷宮に回してるのかもな」

「まっ、喧嘩に巻き込まれる心配しないで済むのは気が楽ッス」

「気を付けなさい、ルクスリリア。リンジュでは黒剣の威光は通用しないわよ。長閑なのは確かだけれど、痴れ者なんて何処にでもいるのだから」

「その時は反撃していいからな。遠慮せず思いっきりやるんだぞ」

「はい! エリーゼはボクが守ります!」

「私だって戦えるのだけれど……」

「エリーゼが本気出すと街が焼け野原になっちゃうッスよ。大人しくしてろッス」

 

 王都同様、リンジュの首都も少し歩けば街の表情がガラリと変わる。

 上玉館周辺が温泉街だとしたら、転移神殿近くは京都の祇園って感じだ。自然、浴衣スタイルで歩いてる人はおらず、冒険者証を下げている人は皆さんソレっぽい防具を付けていた。

 鎌倉武士みたいな重装鬼人や、着流しに草履スタイルの浪人風エルフ。弓道女子っぽい馬人に、空手家、山伏、公家っぽい装備の人もいた。そして忍者とニンジャとNINJAたち。ちなみに、忍者ズは集まってベイゴマしてた。楽しそうでなにより。

 うん、リンジュの服買って良かったと心底思うね。さっきまでは如何にもカジュアルファンタジーのパーティって感じだったけど、今は侍と花魁と和服幼女とくノ一だもんね。擬態でござる。

 

「お? ここ本屋か」

 

 買い食いなどしつつ歩いていると、リンジュで初めて本屋を発見した。

 旅先の本屋巡りは旅の醍醐味のひとつである。中に入ると、そこはラリスより本が整理整頓されていた。木と紙の匂いが香しい。

 

「わぁ~、すごい……」

「いいわね。古典も色々あるじゃないの」

「欲しいのあったら買っていいよ」

 

 入店するや否や、テンションを上げた本好き二人は早速店を物色し始めた。エリーゼもグーラも古典コーナーに夢中だ。

 

「リリィも欲しいのあったら言ってな」

「ん~、まぁあったら言うッス」

 

 異世界ではあっても、ここはラリスとは違う国だ。が、幸い使われている文字は同じだし、異世界語翻訳もしっかり起動してるので、此処にどんな本が置いてあるかは普通に分かる。

 何となく陳列棚を眺めていると、ちょっと気になるタイトルを発見した。

 

「ん? リンジュ建国記?」

 

 手に取ってみると、それはリンジュの歴史を解説してくれる系のやつだった。 

 他の客を見る。立ち読みは一応OKか。少し読んでみると、学者向けの歴史書というより、大衆向けの物語であるらしかった。

 

「へぇ」

 

 本によると、どうやらリンジュという国は世界各地にいる外れ者が集まって興された国であるらしい。

 牛人でも鬼人でもない牛鬼人。魔族っぽい獣人である化狸や猫又。戦いが嫌いな巨人系魔族の大羅山人(ダイダラボッチ)や、山奥で暮らす天狗族。

 マイノリティ種族だった彼等がそれぞれの群れを離れ、ラリス王国の支援を受けて築かれたのがリンジュ共和国だ。最初は小さな共同体だったのが、今では世界有数の大国になったと。

 で、ここのトップは各種族で一番つえー奴が交代制で務めるらしい。初代の長は狐人だったそうな。彼が残した特殊な魔術体系はリンジュを中心に独自の発展を遂げているとか何とかで、実に面白い……。

 

「おっと……」

 

 つい読みふけってしまった。見れば、店主の眼光が鋭くなっている。

 流石にこのまま戻すのは気が引ける。俺はリンジュ建国記を購入する事にした。

 

「ヴィーカ様のお話が沢山置いてありました! 早く読みたいです!」

「不思議ね、リンジュで銀竜剣豪が人気なんて」

「今のうちにサインの練習でもする?」

銀竜一族(ミラヴィーカ)じゃない私を欲しがるのはアナタだけよ」

「アタシも一冊買ってもらっちゃったッス!」

 

 結局、グーラとエリーゼは大量の本を持ってきて、俺はそれを全部買った。これには目つきの鋭かった店主もニッコリで、退店時には「ありがとうございました」というお言葉を頂いた。

 で、珍しくルクスリリアも本を所望してきた。

 

「これなに?」

「なにって、チンイラ・ゴンザレス先生の画集ッスよ!」

 

 開けてみる。うん、エロ本だ。

 それも全ページがフルカラーのイラスト。写実的な絵というより、割とアニメチックなやつだった。

 

「え? これ、一人の女性に沢山の……!?」

「この絵、何処かで見た事……」

 

 何だろう。90年代のエロゲ? そんな印象の絵である。知らんけど。

 

「いや~、まさかリンジュでチンイラ先生の絵がお目にかかれるとは思ってなかったッス! 感動ッス!」

「思い出した……。道理で見た事ある絵だと思ったわ……」

「知っているのかエリーゼ。いや知ってるのかよ、エリーゼ」

「えぇ、宝物庫にあったわ……。確か、性風俗画専門の淫魔の画家だったと思うけれど……」

「流石エリーゼ、やっぱ好きなんスねぇ! しかもこれ! 中でもレアな乱交オンリー本ッスよ! チンイラ先生の精緻もといエッチな筆さばきは世界一ッス! ヒューッ! 見ろよこのカリの影! 尊敬しかねぇッス!」

「そんなにレアなの?」

「直筆ッスよ直筆! 淫魔王国に流したら確実に1億ルァレはするッスよ!」

「へ、へぇ……」

 

 しばらく、ルクスリリアは件のエロ本に夢中だった。さながら、夏コミで買ったエロ同人で即トリップするオタクの如く。

 

「芸術って奥が深いんですね」

「実際、そういうのもあるのよ。ラリス王国では、家に裸婦画を飾るのなんて普通だし」

 

 春画はともかく、ルクスリリア達のエッチなイラストなら欲しい気がせんでもない。

 けど、彼女等の裸を画家にスケッチさせるのは、ちょっと抵抗が……。

 

「デッサンプレイか……」

「なに?」

 

 けど、俺がやる分には悪くないなと思った。

 ドヤ顔でモデルになるルクスリリア。モナリザポーズのエリーゼ。もじもじして顔を赤くするグーラ。

 なるほど、完璧なプレイっすね。俺の美術の成績が2だという点に目をつぶればよぉ。

 

「ほら、興奮してないで行くよ」

「あぁん、もうちょっと~!」

 

 それはさておき、観光の続きだ。

 風景を見ながら歩く。転移神殿から離れて歓楽街に入った途端、これまた雰囲気が変化した。

 

「此処は、何だか王都っぽい雰囲気ね」

「不思議な匂いです。お香でしょうか? でも食べ物の匂いも濃いですね……」

「ご主人ご主人! あちこちでスケベな魔力が渦巻いてるッス! とんだドスケベ通りッスよ此処ぁ!」

「いやスケベっつーか、カオス?」

 

 カムイバラ東区歓楽街。にわか知識で例えるなら、歌舞伎町と吉原をミックスさせた感じだろうか。パッと見でも賭場に飲み屋に如何にもエッチなお茶屋さん。それらがごちゃごちゃと配置され、混沌とした空間を形成していた。

 行き交う人も実にカオスで、ギャンブルやってそうなアゴの尖ったやけ酒おじさんやキラキラ系の陽キャ獣人グループ。銀細工を下げた百合カップルに、踊り狂う陰陽師ダンサーズなんかもいた。

 

「おっ、あそこは?」

 

 そんな混沌の中に、一際目立つ建物を発見した。

 建物自体はそんなに大きくないのだが、敷地はかなり広そうである。なかなか繁盛しているらしく、立派な入口には人混みの流れが出来ていた。

 門の横には、力強いフォントで「活鬼闘技場」と書かれた立て看板があった。

 

「あー、ここが闘技場か。どう? そのドスケベ通りで最も賑わってそうだけど」

「いや、普通にスケベな事考えながら入ってく人いるッスよ。ほらあの人……」

「闘技場に?」

 

 ここはシュロメさんのおすすめスポットのひとつだ。曰く、ここの支配人とは友達とか何とかで。

 一応、ラリスにも闘技場なるものは存在する。あれはまんまコロッセオだったが、どうやらリンジュの闘技場は屋内にあるらしい。

 

「せっかく闘技場に来たんだから、闘技場に行こうぜ」

 

 入ってみると、中は大きめの銭湯のフロントといった雰囲気で、受付の前に行列が出来ていた。そこでチケットを買うようだ。

 あと、フロントの壁には各大会の優勝者らしき絵が飾られていた。なかなか迫力のある絵で、エリーゼが感心していた。これ見てるだけでも時間潰せるな。

 

「一番いい席を頼みます」

「畏まりました。お連れの奴隷は如何致しましょう」

「隣、四人分で」

 

 せっかくなので一番いい席のチケットを購入する。結構なお値段だが、まぁいい。

 会場は地下にあるらしく、人の流れに従って階段を降りる。観客席に入ると、そこはまさに地下闘技場って印象の場所だった。煌々と焚かれた魔導照明が中央のバトルエリアを照らしている。

 いや、地下闘技場といってもバキっぽくはない。強いていうなら、ちょっとミニマムになった幽遊白書とか烈火の炎的なアレだ。バトルエリアは相撲の土俵程の広さで、その四方を観客が囲んでいる構造だ。

 

「ここがVIP席か。お、メニューまで置いてある。何か頼む?」

 

 札に書かれた席に着く。椅子の前にはテーブルもある。場所は土俵の一番近くではなく、中段らへんの位置だった。

 食べ物飲み物の注文もできるらしいので、適当に人数分の飲み物とパーティメニューを購入した。

 

「皆さん! お待たせいたしましたァ!」

 

 注文したものが届いたところでちょうど始まったらしく、北側の入場口から一人の大男が姿を現した。

 ワァアアアアア! 男の登場に、割れんばかりの大歓声が木霊する。「ラ! イ! ドウ! ラ! イ! ドウ!」という、恐らく男の名前だろうコール。凄まじい音量に、グーラは耳をぺたんとしていた。

 

「お集まり頂き、誠にありがとうございます! これより、本日の闘技大会を開催いたします!」

 

 コールを受ける男は大柄な鬼人だった。首にはリンジュ式の金細工が下げられていて、肉体といい歩き方といいその体には如何にもな強者感が充実していた。

 高位の武家を思わせる衣装を身に纏い、ライドウ氏はプロレスラーのようにリングの中央にやってきた。

 

「本日の演目は、鋼鉄札の冒険者達による徒手格闘大会でございます! 武器なし、防具なし、力と技の真っ向勝負です! おっと、申し遅れました! 私、当施設の支配人、“剛傑”のライドウでございます! 初めての方はどうぞ、この角だけでも覚えて帰ってください!」

 

 てっきり選手かと思ったが、どうやら彼は闘技場の支配人であるらしい。シュロメさんが言っていた友人だ。

 彼は会場全体に届く声量で演目の説明を続けた。今日は素手専門のトーナメントをやるようで、北側にある掲示板に出場選手の名前とトーナメント表が描かれていた。

 

「では早速はじめましょう! 第一回戦、闘士入場ですッ!」

 

 選手入場である。謎の楽器が演奏され、ライトアップされた選手がスモークと共にエントリーした。

 片方は牛人スモウレスラーで、片方はボクサー風のイケメンエルフだった。どっちも上半身裸で、それぞれ廻しとパンツだけのスタイルだ。観客の声援を聞くに、力士風は男性人気が、ボクサーは女性人気があるっぽい。

 双方入場口で見得を切った後、威風堂々とドヒョウリングで相対した。

 

「お賭けになられますか?」

 

 さて試合かなと思ったら、従業員に賭博を誘われた。あ、そんなん説明にもあったね。割とクリーンな賭博ではあるっぽい。

 分からないが、俺は適当にイケメンボクサーくんに賭けておいた。何となくだが、スモトリが勝てるビジョンが見えないのだ。すっくん&けっくんを知ってると、尚の事。

 

「どっちが勝つッスかね?」

「どっちも弱そうよ」

「そういう事言わないの」

「はい。ご主人様なら二人同時に相手をしても勝てるかと」

「そういう話じゃないの、……えっ!?」

 

 そろそろかなと見ていると、突然バトルエリア全体に謎の魔法陣が展開され、半透明の床を形成。それから、選手二人をリフトアップしていった。

 観客は騒ぐばかりで、驚いてはいない。え、驚いてるの俺だけ?

 

「あ、アレなに?」

「リンジュの結界術よ。ああやって応用する事もできるのね……」

「結界? へぇ……」

 

 半透明の床は観客全員に見えやすい高度まで到達すると、そこで停止した。浮上の過程で結界範囲を広げていたらしく、はじめは土俵サイズだったのが今では土俵の八倍程になっていた。エリアの拡大に応じて、選手同士の間合いも遠くなっている。

 まるで、リアルでスマブラの終点を再現したみたいである。道理で一番いい席=最前席じゃない訳だ。VIP席からだと、かなりダイナミックに見える。

 

「それでは皆さん、ご一緒に! よぉぉぉぉい……! はじめェ!」

 

 ぐぉ~ん! 銅鑼っぽい例の音。試合が始まると、二人は同時に駆け出し、両者の掌底と拳が激突した。衝突の余波が結界を揺らす。

 流石は異世界格闘というべきか、双方三次元な高速機動で戦っている。ステップ踏みながらのローやジャブはなく、近づいて離れて突っ込んで翻弄しての連続だ。総合格闘技の試合というより、忍殺世界のニンジャのイクサを見ているようだった。

 

「あ、勝った」

 

 ボクサーの右フックが直撃し、スモトリは水平方向に吹っ飛んだ。

 落ちるんじゃねと思ったが、即座に発動した半透明の結界がスモトリをカバー。彼は半透明の壁に大の字になって気絶した。

 

「勝負あり!」

 

 カンカンカンと鐘が鳴り、第一試合が終了した。すると、終点結界はリフトダウンしていき、その過程で両者の距離は初期位置に戻されていった。

 

「う~ん」

 

 今の試合を見て、改めて思う。やっぱり、こっちであっちの格闘技は殆ど通用しない。

 地球ではウェイトと速さはそのまま強さになった。だが、異世界ではウェイトは要素の一つに過ぎず、真に重要なのはステータスとそれを使いこなす技術なのである。

 加えて、この世界だと強攻撃っぽい技を食らうなりガードするなりすると盛大にノックバックするので、前世道場で習った空手のセオリーの多くが使えなくなる。

 立ち回りでも決め技でも、能動スキルが対人格闘の要点になってきそうだ。武闘家ジョブでの戦闘力はちょこちょこ上げているつもりだが、やはり基礎的な格闘技術も身に付けるべきか。イスラさん曰くカムイバラにはそういう道場は沢山あるらしいので、落ち着いたら探してみるのもいいだろう。

 

「白虎女の方が魔力が高いわ。あっちが勝つわよ」

「はい、ボクもそう思います。相手の男性は動きが悪いです」

「ですってご主人、あっちに賭けるッスよ!」

 

 次の選手が入場すると、グーラとエリーゼが勝敗予想を始めていた。

 俺は二人が予想した方に賭けてみた。踊り子風の白虎族の女性だ。彼女が手を振ると、観客席から野太い声援。人気者らしい。

 

「おっ、勝った」

 

 ボクサーくんに続き、またも賭けに勝った。少額しかやってないが、これが意外と嬉しい。

 そうやって試合はどんどん進んでいき、周囲の観客同様俺もテンションを上げていった。大声で応援すると喉が渇くもので、飲み物を追加注文した。

 

「ナイスゥ! よく避けた! 油断するなよー!」

「攻めろ攻めろッス! 拳だけ注意してりゃ勝てる相手ッスよ!」

「白虎の方、よく動けていますね。無駄に動いてるように見えて、攻撃は必要最低限で終わらせています」

「けれど魔力の消耗が激しいわ。息を入れるタイミングがあればいいのだけれど」

 

 盛り上がりが最高潮になったところで、いよいよ決勝戦である。

 その間、俺は魔力担当とフィジカル担当の二人に乗っかってセコく儲けていた。

 

「さぁやって参りました決勝戦! 白虎族の闘士ミアカ対! 森人族の闘士ホンゴウの試合でございます!」

 

 決勝戦は最初のイケメンエルフボクサーくんと踊り子風の白虎女性の戦いだった。

 俺は常にどちらかに賭けていたので、この二人が戦うとどっちに賭けていいか分からない。

 

「これは男が勝つでしょう。女は魔力を殆ど使ってしまっているわ。循環も下手そうだし、これは無理ね」

「魔力は消耗していますが、白虎の方が勝つと思います。足も元気そうです」

 

 で、ここにきて解説役の意見が割れてしまった。

 

「どっちが勝つと思う?」

「ん? あぁ、白虎女じゃないッスか?」

「その心は?」

「特にねぇッス」

 

 とはいえ、絶対勝ちたいとかの気持ちはないので、俺はルクスリリアの勘に賭ける事にした。

 しばらくして、終点リフトアップからの試合開始、拳主体で立ち回るボクサーエルフくんと、舞うように動く踊り子白虎。どちらもスピードタイプなようで、お互いクリーンヒットこそないが中々見ごたえのある試合だった。

 

「あぁっ! 何でそんなのに当たるのよ!」

 

 結局、一瞬の隙を突かれ、踊り子の回し蹴りがボクサーの顔面に直撃。エルフは派手に吹っ飛んで結界に激突した。

 試合終了、白虎女性の勝ちだ。

 

「何故負けるのよ……! あのままじっくり攻めていたら勝てたでしょう……!?」

「試合の長さによるものではないでしょうか。これまでの戦い、白虎の方の試合は短かったですが、森人の方は長く戦っていたので」

 

 大会が終了し、ヒーローインタビューみたいなのが始まる。

 従業員にこれまでの札を渡し、俺は配当を貰った。全部の試合で賭けに勝ったが、まぁ飲み代くらいの儲けだな。

 見ると、リングの上では白虎族の踊り子がウイニングライブをやっていた。中身の変わった男達の熱い視線がセクシーな優勝者に注がれる。

 

「みんなー! ウチに会いたかったら!“萌虎のしっぽ”に来てな! たぁ~っぷりご奉仕したるからなー! 場所は……」

 

 ライブの後、なにやらお店の宣伝を始めた踊り子白虎。どうやら、彼女は遊女だったらしい。

 店の宣伝の為に冒険者やりつつ格闘大会で出場するのか、凄いな……。

 

 うん、何気に楽しかった。機会が在ったらまた来よう。

 

 

 

 外に出ると、カムイバラの空はすっかり暗くなっていた。

 けれど、歓楽街は夜でも明るかった。あちこちで色鮮やかな灯りが焚かれ、キラキラと輝いている。昼と夜でも雰囲気が変わるんだな。

 

「どけどけ! 道開けろ! 遊女様の御出ましだ!」

「おい、始まるぜ! 前行かねぇと!」

「待っていたぜェ! この瞬間(とき)をよォ!」

 

 で、何か騒がしいなと思っていると、歓楽街を歩いていた人たちが通りの端に移動して、真ん中に新たな道を作った。

 何が始まるんです? と見ていると、別の通りから女性の集団が歩いてきた。

 

 現れたのは、派手な着物を着た女性達だった。

 彼女等は一様に胸や足を強調した派手な衣装を着て、周囲の男達に煽情的な流し目やウィンク攻撃を放射していた。

 あれは、花魁道中? いや、どっちかというと遊園地のパレードが近いか。

 

 どうやらグループごとに分かれているらしく、一列になって歩いてる訳ではないっぽい。

 集団の先頭、一等派手な遊女の後ろでは、様々な楽器を持った音楽隊が演奏しながら歩いている。集団の真ん中には店名が書かれた幟を持った女性もいた。

 

「あ、これか」

 

 そこで、俺の脳裏にヒットする情報があった。

 ラリスを発つ前にウィードさんから聞いた、リンジュ娼館のスゲェとこだ。店単体じゃなく、街全体で楽しませようっていう。

 

「うぉおおお! メイメイちゃーん! こっち見てー!」

「ブヒィイイイイイ! 今日も可愛いよサクノちゃぁああああん!」

「アーティちゃん! 甜瓜(メロン)みてぇなおっぱいだな! 中に夢いっぱい詰まってんのかい!」

 

 確かに、基本クローズドな王都の娼館界隈とは雰囲気が全然違う。

 リンジュの遊女? 娼婦? はアイドル的な扱いを受けているようで、パレードを眺める男達は推しの遊女に熱い声援を贈っていた。

 

 一団ごとの先頭で歩いてるのが、そのお店のナンバーワンだろうか。しゃなりしゃなりと歩く様は堂に入ってるように見えた。店舗ごとに演奏される曲が違うのも面白い。

 娼館とか遊郭とかには興味はないが、確かにこれはテンションが上がる。

 

「どうッスかご主人? 行きたくなっちゃったッスか?」

「いや全然」

 

 うん、まぁ、ピクりともこないかな。

 パレードとしての見ごたえはあるが、俺にコマーシャル効果はないようである。

 実際、リンジュでもラリスと同じくムチムチボインの遊女が人気であるらしく、センターは常に巨乳の女性だった。しゃなりしゃなり、たぷんたぷんである。

 綺麗だけど、もういいかな。そう思い目を逸らした……次の瞬間である。

 

「んッ……!?」

 

 脳に、電流が走る。

 心臓が跳ね、血沸き肉踊り、俺の右手が震えていた。

 いったい、何だ? チート由来の危険信号じゃない。くっ、右腕が疼く……!

 

 これは昨夜と同じ……ロリセンサー!?

 

 まるで、魂が見逃すなと警告しているかのように、俺の感覚器官の全てが遊女パレードに集中していた。

 喧騒の奥、キラキラの隅、影の中に、何かがある。そこに、何か大切なものがあるのだ。

 見逃すな、聞き逃すな。五感で探し、股間で感じろ。何処だ、何処にいる……!

 

 その瞬間、俺は運命に出会った。

 

 パレードの中、演奏隊の一人。歩きながら、三味線に似た楽器を演奏する背の高い(・・・・)女性。

 桜色の長髪。煌びやかな着物を身に纏って、豊満(・・)な胸が深い谷間を作っている。

 そして、頭にはキツネのような大きな耳があった。歩く度、獣の尾が揺れていた。

 

 俺は、彼女に目を奪われていた。否、目だけでなく、心まで、魂まで、その女性に首ったけであった。

 しかし、おかしいぞ。

 

「ご主人?」

 

 俺はロリコンだ。ロリコンのはずだ。

 なのに、おかしい、こんな事ってあり得るのか?

 

 あの女性はムッチムチの巨乳美女だ。

 見た目年齢は20代後半ほどで、胸にも尻にも余計な贅肉が付いている。淫靡、妖艶、ボンッキュッボン。何もかも、ロリ性とは真逆の要素で構成されているのだ。

 にも関わらず、俺の目は、俺の股間は、ギンッギンのビンッビンに反応していた。

 

 一団の隅、旋律を奏でる彼女の手つき。薄く笑んだ唇。歩く度、フリフリと揺れる巨大な乳と尻。

 ロリコンの俺が、大人のお姉さんに夢中になっていた。

 

「あっ……」

 

 その時、彼女と目が合った。

 吸い込まれそうな千歳緑の瞳。表情は変わらず、固まったような微笑を浮かべている。

 目が離せなかった。彼女の瞳が、あまりに美しくて、あまりにも綺麗で……。

 故に、直感した。

 

 あの娘は、ロリだ。

 

 彼女の目を通して、俺の体内にある幼狐因子が反応した。

 あの髪、この香り、そしてこの幼気。間違いない。全てが符号する。五感と魂で確信した。

 

「ケモミミロリババア……」

 

 視線の交錯は、一瞬だった。

 だが、それだけで分かった事がある。

 彼女はロリだ。間違いない。私がそう判断した。

 そしてもう一つ、確信した事がある。

 

「あの娘、迷子なんだ……」

 

 何が、どうして、さっぱり事情は分からないが……、

 彼女は、誰かに、助けを求めている目をしていた。

 寂しそうな、哀しい瞳。

 

 千歳緑の奥底で、あの娘は独り、泣いているのだ。

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時、歓楽街のとある店舗の裏口から、みすぼらしい童女が出てきた。

 狐人の童女だった。冬だというのに布一枚の着物だけを着て、露出している手足は折れてしまいそうな程に細かった。

 

 狐童女は寒そうに身体を丸め、闇夜の裏道を歩いた。その足取りは不安定で、今にも倒れそうだった。

 跛行の理由は明白だ。心身ともに。疲労困憊なのだ。

 

 やがて大きな屋敷に辿り着くと、狐童女は裏口の戸に手を当てて魔力を捻り出した。

 鍵が開く。屋敷に入った狐童女は音を立てないよう細心の注意を払い、冷たい廊下を歩いた。

 

 目的地に着くと、ゆっくりと戸を開け、閉める。

 そこは物置部屋であった。乱雑に置かれた棚の隙間に、古い座布団が一枚敷かれていた。そこが狐童女に許された寝床だった。

 

 狐童女は倒れ込むようにして座布団に座り込むと、俯いたまま動かなくなった。

 暫しの後、童女はよろよろと立ち上がって、物置の隅にある姿見の前に立った。

 

 鏡には、目の下に隈のある疲れ切った狐人が映っていた。

 まるで死人か、病人か。そう自嘲する気力さえ、今の狐童女には存在しなかった。

 明日も早い。気を失う前に、終わらせなければならない。

 

 狐童女は現実から目を背けるように瞑目すると、なけなしの魔力を振り絞った。

 乾いた唇が震える。蚊の鳴くような魔法詠唱。魔力を捻り出し、それは発動する。ボンっと、狐童女の身体を真っ白な煙が覆った。

 

 煙が晴れると、そこには一人の狐人美女がいた。

 輝かんばかりの桜色の髪に、男好きする豊満な身体。豪奢で美しい着物に、派手で目を引く金の簪。まさに、世の男が妄想する狐人美女そのものだった。

 

 美女は鏡に手を伸ばした。焦がれるように、あるいは縋るように。

 しかし、鏡に触れる途中で、限界が訪れた。

 

 虚構が解ける。現実に戻る。弱々しい煙が、美女の姿を覆い隠した。

 煙が晴れた後、鏡に映ったのは、今にも死んでしまいそうな狐童女の姿。

 今宵の再会は、これでおしまい。

 

「母上……」

 

 小さな唇が言葉を紡ぐ。

 その声は、静まり返った夜でさえ耳を凝らさねば聞き取れない程に小さかった。

 しかし、それが狐童女の精一杯の叫びであった。

 

「一体、いつになったら巡り合えるというのじゃ……」

 

 諦観に沈んだ瞳からは、涙一つとして流れてこない。

 彼女は、何もかも乾いていた。

 

 リンジュの月は、彼女を照らす事はない。




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 だから、旅館で髪の毛を食べる必要があったんですね。

 アンケは明日の朝に終了します。


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黒いロリコンは桜色の幼狐を見つける(前)

 感想・評価など、ありがとうございます。意欲に繋がっております。
 誤字報告も感謝です。いつもありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、イリハの尻尾は9本(出し入れ可能)となりました。
 普段は1本で、出そうと思えばって感じですね。

 迷いましたが、長くなったので分割する事にしました。
 よろしくお願いします。


 ケモロリちゃんは迷子だった。

 第六感による確信。その衝撃から立ち直ったのは、全ての花魁パレードが通り過ぎた後の事だった。

 

「さっきの狐人、見た……?」

 

 パレードが終わり、歓楽街に人の流れが戻る。

 早速、俺は皆に先ほど見たケモミミロリババアについて訊いてみた。

 伝わるかどうか分からなかったが、どうやら皆も彼女に注目していたようで、俺の問いには「あー、あの人ね」みたいな顔になっていた。

 

「とても綺麗な魔力循環だったから、よく覚えているわ。演奏の方も素敵だったわね」

 

 魔力が視えるエリーゼからすると、仮称ロリっ狐の魔力循環は芸術的な程に流麗だったという。

 魔力感覚よわよわ勢の俺視点、何がどう綺麗なのかは分からないが、エリーゼが言うなら間違いないだろう。

 

「でも確かに……言われて見ると、不自然なほど完璧に調律されていたわね。お父様でも、アレは真似できないでしょう……」

 

 不自然な程に整った魔力。

 エリーゼは、そこに違和感があるらしかった。

 

「あの方はとても綺麗な歩き方をしていましたね。楽器を弾きながら凄いなぁって見とれていました」

 

 グーラからすると、ロリっ狐の歩き方は極めて洗練されていたように見えたらしい。

 確かによく訓練されてるなとは思ったが、俺には周りと変わらないように見えた。しかし、グーラからするとロリっ狐の歩法は頭一つ抜けていたという。

 

「どんな人でも、歩き方にはブレやズレがあります。ですが、彼女にはそれがありませんでした。とても綺麗で、完璧過ぎたように思います。まるで、自分の身体を糸か何かで操っているかのように……」

 

 完璧すぎる身体動作。

 グーラは、そこに違和感があるらしかった。

 

「なるほどなぁ」

 

 まぁ、ここまでくると大体の見当はつく。

 俺の勘を前提に、二人の所見をまとめると、恐らくロリっ狐は変化の術とか変身術とかで大人の姿になっているのだろうと思う。

 その変化の術的な奴の応用で、完璧な魔力循環と完璧な歩き方ができてるんじゃないかなって。これも勘だけど。

 変化……狐とか狸ってそういうイメージあるじゃん。平成の合戦的な感じで。狐だって頑張ってるんだよ、多分。

 

「なるほどぉ……アタシもおかしいと思ったんスよね!」

「ルクスリリアも違和感を?」

「ッス! あの狐人、処女だったッスもん! あのクッソでけぇ胸で処女とか考えらんねぇッス! アレなら男食いまくれるッスよ! むむむ、恐るべし変化の術……!」

「あ、うん……」

 

 それとこれとは関係ない気が……しないでもないような。どうなんだろうね、ノーコメントで。

 ともかく、俺の第六感と三人の違和感を統合し、俺は件のロリっ狐(仮)をロリっ狐(確)として見なし、後日捜索する事に決めた。

 

 ロリっ狐は、迷子だと思う。これは俺の勘であり、実際の彼女の事情は分からない。

 だが、もし彼女が助けを求めているのなら、助けたいと思う。

 飢えてない俺は健全だ。決してやましい気持ちはない。正真正銘、性ではない正のロリコン魂が燃えていた。

 本当だ。

 

 なに、手がかりは近くにある。

 なんたって、彼女が上玉館にいるの知ってるからね。

 女将に訊けば一発よ。

 

 

 

 

 

 

 できませんでした。

 

 結果から言うと、宿屋ではロリっ狐の情報を得る事はできなかった。

 昨夜、ロリっ狐の事を宿屋の女将に訊いてみたら、怯えた顔で「従業員の情報については答えられない」と返された。そりゃそうだ。

 いや別に特にやましい事はないんでハハハと誤魔化したが、手がかりがパーになった。

 

 そんな訳で、俺は王道の遠回りをする事に決めたのである。

 

 

 

 時は過ぎ、翌朝。

 皆を宿屋に残し、俺は一人で昨夜通った歓楽街にやって来た。

 

 夜のギラギラ感はどこへやら、灯りを消した朝の歓楽街には祭りの後を思わせる雰囲気があった。

 また、それこそ祭りの残骸のような酔っ払い爆睡おじさんや朝帰りパリピみたいなのがいたりして、各々誰も何も気にしていない。

 良い意味で他者に無関心な空間は、前も今も社会の外れ者を自認する俺としては居心地が良かった。

 

 さて、グーグル先生もいない異世界。名前も顔も知らない人をどう探すか。

 ここはゲームっぽくはあってもゲームではない。住民の頭上にイベントマークなんか付いてないし、俺の各種チートにサブクエをサーチしてくれる機能もない。

 つまり、足だ。俺は道行く人の中で、声をかけてもよさそうな人を探していた。

 

「おっ、お前……イシグロか!」

 

 そんなこんな適当に歩いていると、急に後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには一昨日カムイバラの西区でストリートファイトをしたヨタロウさんがいた。

 さっきまで吞んでいたのか彼の顔は赤く、足元が覚束ない様子だった。

 

「どうも、ヨタロウさん」

「なんだイシグロ、お前もこういうトコ来るんだな! なっ、どこで遊んでたんだよ? 行った店の話聞かせろって!」

 

 軽く挨拶すると、彼は馴れ馴れしく肩を組んできた。

 なんだろう、リンジュだと一度戦った相手とは強敵と書いて友と呼ぶ関係になるのだろうか。心の距離の詰め方がエグい。

 

「違いますよ。ちょっと人探しを」

 

 酒臭い息を逃れるように組み技を外す。ヨタロウさんはたたらを踏んで姿勢を戻した。

 

「っと……人探し? なんだ、気になる遊女でもいたのか?」

「ん? まぁ、そうなんですかね」

「おう! んなら、この夜遊び大好きヨタロウ様に任せな! 特徴言ってくれりゃ、その遊女が何処にいるか教えてやるよ!」

「遊女? なんでしょうかね。昨日、ここ歩いてた人なんですけど……」

 

 仮称ロリっ狐が遊女かどうかは知らないが、俺は遊女情報に自信ニキらしいヨタロウさんに昨夜出会った狐人美女についての話をした。

 すると彼は後ろ髪をボリボリ掻いて唸った。

 

「あー、その遊女な。いや見た事ぁあるぜ? が、遊んだ事もないし名前も知らんのよな」

「そうなんですか?」

「ああ、界隈じゃあ幻の遊女とか何とかって噂もある。大方、遊郭所属じゃない三弦弾きってトコだと思うが」

 

 どうやら、夜遊び大好きヨタロウペディアには載っていなかったようである。いや載ってたらそれはそれで複雑だが。

 

「その人を探してるんです。遊びたいとか、そういうのじゃなくて」

「ふぅ~ん? なら、やっぱ遊女に訊くのが一番だと思うぜ」

「遊女ですか?」

「おう」

 

 言うと、彼は歓楽街の裏道を顎でしゃくってみせた。

 

「ちょうど今くらいになるとな、仕事上がりの遊女が裏道歩いてたりするんだ。ちっとばかし行儀の悪い行いだが、道端の人に声かけるのと変わらねぇ。お話代取られるかもしれねぇが、お前さんなら大丈夫だろ」

「なるほど」

 

 つまり、件のロリっ狐について訊くなら、オフの遊女に訊けばいいと。

 店に行って訊くのはダメなのかと思ったが、幻の遊女とか言われてるあたり成功はしなさそうである。

 

「ありがとうございました。勉強になります」

「いいって事よ! 俺とお前の仲じゃねぇか!」

 

 言って、彼は去っていった。

 一度殴り合っただけの仲だが、随分と距離の近い人だ。銀細工だが、悪い人って感じはない。

 いや、もしかしたらとんでもない悪癖を持ってるのかもしれないけど、俺に害がないなら別にいいや。

 

「さて」

 

 ともかく、幸先は良い。

 俺は彼の助言に従い、次なる手がかりを求めて歓楽街の裏道に入っていった。

 

 裏道は建物の影で覆われていて、空は明るいのに薄暗かった。

 けれどもダークでアングラな雰囲気はなく、喧騒の裏の心地よい静けさに満ちていた。また、歓楽街の裏道に浮浪者の姿はなく、清掃も行き届いているようで治安も良さそうだった。

 

 しばらく歩いていると、ちょっと空けたところで見覚えのある後ろ姿を発見した。

 丸い獣耳。白黒の髪色。そして、踊り子風の衣装。一瞬惑ったが、ええいままよと声をかける事にした。

 

「すみません。昨日闘技場にいたミアカさんでしょうか?」

「お?」

 

 昨日の闘技大会優勝者、白虎族のミアカさんだ。

 彼女は朝稽古の最中だったのか武術の演武っぽい事をしていて、今ちょうど終わったところだった。

 

「なんや、ウチのファンか? すまんなぁ、オフん時はサービスでけへんねや。次の出勤は明後日やで、そん時店来てくれたらええでな!」

「いえ、ちょっとそれとは違くて」

「ひょ?」

 

 闘技場大会のヒーローインタビューで、彼女は“萌虎のしっぽ”という店の遊女であると言っていた。ヨタロウさんの言う通り、遊女なら変化ロリっ狐について何か知っているかもしれない。

 稽古の邪魔をしちゃいけないとは思いつつ、俺は彼女に件の演奏者について訊いてみた。

 

「はいはい三つの緒(みつのお)の! 知っとるっちゅーか、普通に顔見知りやで!」

「ホントですか? 何処にいるとか、お教え頂けませんか?」

「え? あーすまんな。あの娘、遊女ちゃうでどこ行っても遊べへんよ」

 

 ダメ元だったが、ミアカさんは彼女を知っているようだった。

 曰く、ロリっ狐ちゃんは色んな店の色んな仕事を手伝っているらしく、どこのお店に所属しているとかではないとの事。

 時にパレードの演奏役、時に宴会の配膳役、時にお店の清掃とその仕事内容は多岐にわたるようだった。

 ちなみに、ミアカさんのいる“萌虎のしっぽ”では、ロリっ狐は遊女達に按摩的な事をしていたとか。

 

「ウチも押してもらった事あるけど、ありゃ凄いで! 肩も腰もすんごい良ぉなったわ! できるんなら通いたいくらいや!」

「それは遊女以外も受けられるものですか?」

「ん? あー、それは知らん。ていうか……」

 

 ミアカさんはポリポリと頬を掻いて周囲を伺った後、人気が無い事を確認してから大阪のおばちゃんめいた仕草でひそひそ話をしてきた。

 

「あんな、イシグロさん何したいんか知らんけどな……。あの娘、表出る時は魔法で変身しよるねん。それにあの娘は借金奴隷や。()うたところでお互いええ事ない思うよ」

「そうですか」

 

 むしろ、それが聞きたかった。

 ロリっ狐ぽんぽこ説が当たっていた訳である。俺のロリセンサーも伊達じゃないな。

 それはそれとして、借金奴隷か。旅館に加えて歓楽街と、手広く働いてるのは返済の為か。

 

「なんや自分、あの娘気に入ったんか」

「ええ」

「会った事もないのに?」

「はい」

「ほーん、そか。まぁよう分からんけど……ふぅ~ん?」

 

 言うなり、ミアカさんは縮地めいた歩法で急接近してくると、胸が当たるか当たらないかの距離で俺の目をじぃ~っと見つめてきた。

 迎撃しようかとも思ったが、攻撃ではなかったので立ったままでいた。それからスンスンと匂いを嗅ぐと、ミアカさんは一歩離れた。

 

「悪い事考えとるって感じちゃうな」

「そのつもりです」

「そんなイシグロさんになら……ええわ、教えたる」

 

 するりと。首に抱き着かれ、胸板に胸が当たる。耳元に唇が寄せられ、太ももを太ももで挟まれた。

 極至近距離である。俺はいつでも反撃できるように、掌底を入れられる構えを取った。

 

「あの娘の名前はイリハちゃん。狐人なんやけど、ちょっと変わったお狐さんや。まだ探す気やったら、ウチの名前使(つこ)てもええよ」

 

 耳元で囁かれる。それは俺視点、万金に値する情報だった。

 名前はイリハで、少し特殊な狐人。借金奴隷で、色んなところで働いている。

 なるほど分かった。素人調査にしては素晴らしい結果である。 

 

「ま、頑張りや~」

 

 そう言って、パッと離れたミアカさんは裏口に入っていった。懐には、ミアカさんのサイン入り名刺が入っていた。

 

「あっ、遊びたいんやったら指名してや~! 今度こそその気(・・・)にさせたるでな!」

 

 と思ったら、彼女は扉から顔だけ出して笑いかけてきた。

 なるほど、ミアカさんが人気遊女な理由が分かった気分である。それはそれとして通う気にはなれないが。

 

「イリハか……」

 

 その後、俺は東区を練り歩いてイリハという狐人の情報を探して回った。

 ロリっ狐ことイリハちゃんについては、驚くほど簡単に集める事ができた。

 というのも、一部の獣人にはミアカさんの名刺がよく効いたのである。理由は分からないが。

 

 集めた情報によると、ミアカさんの言ってた通りに彼女は東区を中心に色んなところで色んな仕事を請け負ってるらしかった。

 花魁パレードの時のように、表に出る時は大人モードで、裏方仕事の時は子供モードで。

 

「あの娘、休んでるところ見たことないのよねぇ。ほら、歳は知らないけど、見てくれが幼狐だからさ……ちょっとねぇ」

 

 探しているうち、何となく彼女の状況も把握する事ができた。

 朝から晩まで、イリハは毎日どこかで働いてるというのだ。いつも疲れた顔をしていて、飯もまともに食べていないのかガリガリに痩せているという。

 この世界の奴隷は皆そんなものといえばそうなのだが、それでも見るからに子供っていう本来の姿を知ってる人からすると、イリハの境遇には思うところがあるらしかった。

 

「ふぅん……」

 

 朝から調査をして、今は夜。

 時間はかかったが、彼女の居場所は特定できた。

 俺は地図を持って、ルクスリリア達のいる宿屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

「……と、そんな訳なんだ」

 

 宿屋に戻って、俺は皆に今日あった事を話した。

 部屋には注文したと思しき茶菓子が沢山置いてあって、昨日買った本が積み上がっていた。

 留守番中、彼女等は温泉やボードゲーム等も楽しんでたらしく、机には将棋に似た盤なんかもあった。

 

「俺は、イリハを身請けしたいと思っている」

 

 そんな部屋で、俺は意思を表明した。借金奴隷だというイリハの借金を肩代わりし、彼女を迎え入れたいという意思だ。

 俺と彼女等は主人と奴隷だが、それだけの関係ではない。なくなった。こういう時は、ちゃんとお互いの気持ちを言うべきだと思っている。

 

「顔見た訳でもないのにッスか?」

「ああ」

「借金奴隷……よく分からないんですけど、身請けってできるものなのでしょうか?」

「俺が借金を返済しないといけないから少し割高になるけど、リンジュでもその辺は大丈夫」

「アナタの好きにすればいい……という返答を求めている訳ではなさそうね」

「そう、皆の気持ちを聞きたいんだ」

 

 会って一年も経っていないが、流石に毎日一緒にいるだけあって、俺の言いたい事は伝わっているようである。

 これは命令とか決定事項の通達とかじゃない。もし、彼女等がNOと言うのであれば、俺は皆の意見を尊重するつもりだ。

 多数決ではなく、一人でも嫌ならそうすべきじゃないだろう。イリハを救う意思は貫かせてもらうが、手元に置くのは諦める。そういう話だ。

 

「アタシは賛成ッス! これ結構前に言ったッスけど、戦力拡充は急務ッス。ご主人が野良の一党を作らない限り、アタシ等ずっと四人で迷宮探索するんスから。ここらで新入りが加わるのはアリだと思うッス!」

 

 意外とリアリストなルクスリリアは、一党の戦力面を鑑みて賛成の意を示した。

 とはいえ、現状イリハを冒険者にするかどうかは決まっていないので、まだ何とも言えない。

 ルクスリリア達の意見を優先するのは当然として、身請けできた場合はイリハの意見も優先すべきだと思っている。もし彼女が荒事を拒否した場合、彼女を迷宮に連れて行くつもりはない。

 そもそも、今回俺がしたいのはイリハの救済だ。あくまでロリ魂の紳士に従うのであって、股間の紳士の暴走によるものではないのである。本当だ、嘘じゃない。

 

「私も賛成よ。こうなった時のアナタは、とても勇敢で素敵だもの」

「はい、ボクも賛成です。その……もし、その方が苦しんでいるのなら、ご主人様に助けて貰いたいです」

 

 エリーゼとグーラも、それぞれの気持ちを言った上で賛成してくれた。

 なら、もう迷う事はないな。

 

「そうか。じゃあ、明日、皆で行こう」

 

 やはり、ホウレンソウは大事だ。これからも何か大きな事を決める時は報告して連絡して相談をしよう。

 意見の一致をみたところで、俺達は明日に備えて早めに寝る事にした。

 

 イリハの居場所と、彼女の主人については分かっている。

 場所は東区南部、店の名前は“豊狸屋”。金貸し、貿易、奴隷売買。金になるなら何でもやる。例え道に外れた商いでも、法の下なら迷わず行う。

 極めて黒に近い灰色の店。そういうところに、イリハはいる。まともではない、皆が口を揃えてそう言った。

 

 身請(まも)らねばならぬ。

 例え、どんな奴が相手でも、守護(まも)らねば。

 

 場合によっては、手段を択ぶつもりはない。




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黒いロリコンは桜色の幼狐を見つける(後)

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がっております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 ようやっと邂逅です。
 よろしくお願いします。


 翌朝、俺達は東区南部にある高級住宅街にやってきた。

 周辺には塀の高い武家屋敷風の家々が立ち並び、道行く人も良さげな服を着た富裕層とその奴隷が殆どだった。

 これは分かっていた事なので、俺はいつもの冒険者装備ではなく、ルクスリリアを購入する時に買った偉い人と会う時用の服を着ていた。

 ちなみに、いざという時の為に皆には迷宮用のガチ装備を着てもらっている。

 

「ここか……」

 

 少し歩いて、目的地に到着。手書きの地図と見比べて、場所を確認する。

 ここに、イリハの主人がいるというのだ。

 

 昨日、調査の過程で、とある遊女にイリハのいる場所とその地図を描いてもらったのである。

 曰く、前に腰を痛めた時に治してもらった恩があるとの事。ミアカさんの名前を出してみたら、俺を信用してくれたのだ。

 

「品の無い店ね……」

 

 目の前には、三階建ての無骨な店があった。ラリス風の大きな扉の上には、リンジュ風の書体で“豊狸屋”と書かれた看板が掛けてあった。

 造りはラリス王国でよく見る様式に近く、建材には頑丈そうな石材が使われていた。周りに木製のリンジュ式建築が多い中、石造りのラリス式は悪目立ちしていた。

 建物は立派だが、周辺の雰囲気とマッチしていない。そのくせ完璧なラリス式って風でもない。何というか、ストゥア商会の建物をガワだけ真似したみたいである。

 

「失礼します」

 

 やけに大きな扉を開けると、綺麗な鈴の音が鳴った。

 中は派手な絨毯が敷かれていて、「コ」の字型になっている階段の間に受付机が設置されていた。しかし、そこに人はいなかった。

 営業時間内のはずだがと思って待っていると、しばらく後に二階から一人の狸人の男性が現れた。彼は胡乱気な眼で俺達を見た後、俺の胸にある銀細工を認めるや否や相好を崩してドタドタと階段を降りてきた。

 

「これはこれはラリスの冒険者様! 本日はようこそ参られました! 私、店主のゴロキチと申します!」

「イシグロです。ラリス王国、王都アレクシストで冒険者を生業にしています」

「それはそれは! 二つ名など伺っても宜しいでしょうか?」

「えぇ、“黒剣”ですが……」

「おぉ! これまた勇ましい!」

 

 何というか、分かりやすい奴だなと思った。

 ゴロキチと名乗った店主は異世界人らしく大柄な男で、体格の割に器の小さそうな雰囲気があった。スリスリという揉み手が実に似合っている。

 

 まぁ、こいつとコミュをする価値は無いかな。

 

 挨拶の後、本日は何用でと訊いてきた店主に、俺は商品の取引がしたい旨を話した。すると、俺達は受付ではなく応接室的な部屋に案内された。

 応接室も偽ラリス風といった印象で、ソファやローテーブルはそれっぽいのを揃えているのだが、調度品や壁掛けがリンジュ風であった。

 二国の文化のハイブリッドと言えば聞こえはいいが、絶妙にダサい。センスに関しては俺も人の事を言えないが、クリシュトーさんの奴隷商館を知ってる身からすると存外そういうのは分かってしまうもので。

 

「さて、何を御所望でしょう? 当店ならどんなものでも揃えられますよ! リンジュの骨董品に、聖輪郷の剣。グウィネスの奴隷だって仕入れる事ができますとも!」

 

 ソファに座ると、ゴロキチはお茶等を用意する事なく早速商談を進めてきた。お茶を出してくれる従業員もいないのか、店には人気がない。

 まぁ、話が早いのはこちらとしても望むところだ。俺は意を決して本題に移った。

 

「この店に、イリハという借金奴隷がいると聞いて来ました」

「はあ、イリハですか。確かにイリハはうちの奴隷ですが」

 

 少しつまらなさそうな顔になる狸人。

 恐らく、遊郭や旅館でしていたように彼女を雇うとかの話だと思ったのだろう。

 

「はい、彼女を身請けしたく思っています」

「身請けですか? イシグロ様が……?」

 

 豊狸屋。

 調査によると、此処は金になりそうな事を手広く行う謎の店と聞いている。

 主に扱っているものはラリス王国からの輸入品なのだが、中には違法スレスレの品まで扱っているという噂だ。それ以外にも、深域武装の貸借から奴隷の販売まで。とにかく金になりそうな物なら何でもある店なのだという。

 

「狐人のイリハ……で、お間違いありませんか?」

「はい」

 

 借金奴隷とは、その名の通り借金を返済する為に労働をする奴隷の事だ。ルクスリリアのような犯罪奴隷とは違い、奴隷が借金を返済し終えると晴れて自由の身となる仕組みだ。

 ラリスでもリンジュでも、借金奴隷を身請けする事は可能で合法だ。取引には奴隷が負っている借金を肩代わりする必要があるので、通常の奴隷よりも割高になる。また、身請けには持ち主の了承が必要不可欠である。

 

「それはそれは……」

 

 言いつつ、ゴロキチは俺の背後で整列しているルクスリリア達を見た。

 仕立ての良い服を着ている奴隷を眺め、何か考えているような顔である。とはいえエッチな事を妄想してる雰囲気はない。

 

「失礼ですが、理由を伺っても?」

「自分が彼女を気に入ったからです」

「そうですか。なるほど、なるほど……」

 

 値踏みするような視線が飛んでくる。

 今俺が着ているこの服は一応高級品にあたるが、普段使いの防具と比べるとその価格は雲泥の差である。もしかしたら、アセンをミスったかもしれない。こいつの場合は素敵性能より近接武器適性を高めておいた方が良かったか。

 

「おや?」

 

 などと考えていると、突然店主の狸耳が震えた。

 次いで、彼はにっちゃりとした笑みを浮べてみせた。

 

「ちょうどイリハが戻ってきたところですね。一度話してみては如何でしょう」

「はい、よろしくお願いします」

 

 店主がローテーブルにあった鈴を鳴らす。

 それから数秒後、弱々しいノックの音が聞こえた。

 

「入れ」

「失礼します……」

 

 許しを得、扉を開けて現れたのは、俺の予想通り狐人のロリだった。

 身長は140ちょうどか。大きな狐の耳が彼女の種族を明確にしていた。これも予想通りだ。

 しかし、彼女の状態は俺の予想から少し外れていた。

 

 寂しがっているとか、疲れているとか、そういう段階ではない。彼女は身も心もボロボロだった。

 今は冬だというのに、布一枚のみすぼらしい着物を着ている。露出している肌には、種類の違う小さな傷跡が沢山ついていた。

 

「イリハ、こちらはラリスの王都を拠点とする冒険者様だ。挨拶しろ」

 

 高圧的な低声に反応し、イリハはその場で土下座の姿勢になった。

 彼女の桜色の髪はくすんでいて、尻尾の毛もボサボサしている。最低限の身だしなみは整えているようだったが、身体にこびり付いた疲労と薄幸さは隠せていなかった。

 

「イリハと申します……」

 

 頭を下げた後、顔を上げる。視線は合わない。彼女は俺を見ているようで、何も見ていなかった。

 何より、これだ。半開きになっている千歳緑の瞳は、ひどく濁って見えた。虚無がたゆたうその瞳は、目の前の何も映していなかった。

 

 俺は不意に、前世の踏切前で見た光景を思い出した。

 日曜の夕方、けたたましく鳴らされる警報。電車が迫ってきて、それで……。

 

「回復を……」

 

 これは拙い。彼女の自由意思とか決定権とか、最早そういう事を議論すべき状況じゃない気がする。

 俺はエゴを押し通す覚悟を決めた。心を閉ざしている人相手に、ある意味でとても残酷な事をするのだ。

 

「彼女に、回復魔法をかけさせて貰っても構いませんか?」

「よろしいので? 料金は支払いませんが」

「では……。エリーゼ」

「ええ。まずはこっちね(・・・・)

 

 エリーゼに王笏を渡し、回復をかけてもらう。

 緑色の粒子がイリハの身体に纏わりつくと、身体にある全ての傷を瞬時に回復させた。顔にあった火傷跡も、乾いて切れた唇も、水仕事で荒れた掌も、全て綺麗な状態へ戻っていった。

 イリハは呆然と魔法の光を眺めていた。やはり、傷ついてるのは身体の方ではないのだ。

 

「もう一つお願い」

「分かってるわ。ほら、立ち上がりなさい(・・・・・・・・)……」

 

 再度、別種の回復魔法がかけられる。聖光の極大快癒、あらゆる状態異常を回復させる魔法だ。

 これは精神系の状態異常――鬱や希死念慮さえも改善する効果があるのだ。あの時のグーラにも効果テキメンだった。

 

「あ……? えっ、えぇっ!? こ、これはなんじゃ!?」

 

 パッと、ついさっき目を覚ましたように、イリハは立ち上がって自身の状態に驚愕していた。

 ゴロキチも驚いているが、視線で釘を刺しておいた。今はこいつより、彼女を優先すべきだろう。

 

「はじめまして、俺はイシグロ・リキタカ。イシグロが苗字で、リキタカが名前。ラリス王国で冒険者をやっています」

「え、あっ冒険者様!? ぎ、銀色……?」

 

 ともかく、これでやっと俺を見てくれるようになった。

 俺は膝をついて目線を合わせると、できるだけ丁寧に自己紹介をした。まるで大人が子供にするみたいになってしまったが、まぁいいだろう。

 イリハは目を丸くしている。俺の身体のあちこちを見て、ポカンと口を開けて唖然となっていた。

 

「いきなりだけど、俺はイリハさんを身請けしたいと考えています。勿論、イリハさんが望むならの話ですが」

 

 輝きを取り戻した双眸が、じっと俺の顔を見返していた。

 その表情は驚愕半分困惑半分といった感じで、正確なところは分からないが彼女の心には色んな感情が渦巻いているだろう事が把握できた。

 

「身請け? わし……あっ、いえ! 私めを……で、ございましょうか……?」

「はい。イリハさんをです」

 

 俺の言葉を聞くと、今度はゴロキチの方を見た。彼はこちらを観察するような目をしていた。

 それから、揺れるイリハの視線は俺の背後にいるルクスリリア達に向かった。

 

「え……?」

 

 驚き半分だった顔が驚愕一色に変わり、暫し硬直した。

 彼女の立ち直りを待ってから、俺は言葉を継ぐ。

 

「身請けの後は、イリハさんの意思を尊重しようと思っています。自分は冒険者として生計を立てていますが、イリハさんを無理やり迷宮に連れて行くつもりはありません。自由の身になるのも良いですし、一党の身の回りの世話をするという選択肢もあります。イリハさんが望むなら、一人立ちできるよう鍛える事も可能です。後ろにいる彼女達は、本人の意思で共に迷宮探索をしています。いずれにせよ、身請けの後はイリハさんの人生をサポートさせて頂く予定です」

 

 身請けの後の事を話すと、イリハの表情はコロコロと変化した。

 驚愕、困惑、懐疑、憂慮、不安……。当たり前だが、いきなり登場していきなり身請けしたいと言う男を信用している訳はなかった。

 しかし、瞬きの度、彼女の中にごくごく小さな希望の火が灯っていくのが分かった。

 

「あ、う……」

 

 沈黙の時間が続く。声を上げようとしたゴロキチを手で制し、俺は黙ってイリハの返答を待った。

 彼女は俯いて思案した後、またもルクスリリア達の方を見た。一人一人、確かめるように眺めて、最後に俺と目を合わせた。

 

「お、お願いします……。私めを、貴方の下に置いてくださいませ……」

「わかった」

 

 優しく、力強く断言する。同意は取れた。あとは店主と交渉するのみだ。

 立ち上がってゴロキチを見ると、彼は顎を撫でながらニヤついていた。

 こういう時、こういう奴がやる対応というのはアレと相場が決まっている。俺はこの一件がどう収まるかを薄々読んでいた。

 

「どうでしょうか。自分としては、今日にでも身請けしたいと考えているのですが」

「左様にございますか。しかしですなぁ、実のところ、イリハには他の方からも身請けの話が来ていまして」

 

 ゴロキチの言葉に、イリハはまたも驚愕していた。

 だが、俺は驚かなかった。どうせ、アレコレと理由をつけてふっかけてくると思っていたのだ。まさか、そっちのパターンとは思ってなかったが。

 

「まだ正式に契約した訳ではありませんから、優先されるべきはイシグロ様です。ですが、此方としては先方に不義理を働きたくはないのですよ。商売は信用第一ですから……」

 

 そう言って笑う狸は、俺の態度を見て勝利を確信しているようだった。

 なるほど、俺相手ならイリハ自身が人質になると踏んだ訳か。最初からそのつもり(・・・・・)はなかったが、計算高い男である。

 

「どうでしょうか。イシグロ様が先方へのお詫び金をお支払い頂けるのでしたら、イリハの身請けを許しましょう」

 

 借金奴隷の身請けには、いくつか決まり事がある。

 第三者が借金奴隷を身請けする場合、元の主人に対し奴隷の抱えた謝金にプラスして奴隷の身代金を支払う必要がある。そして、身代金には国が定めた限度額が存在する。

 しかし、身代金とは違い、謝罪金に限度額はない。やろうと思えば、どれだけでもふっかける事ができるのだ。勿論、金の流れを明らかにする必要はあるが。

 

「確認させて貰っても構いませんか?」

「ええ、どうぞこちらに」

 

 どうせ対策してるんだろうなと思いつつ一応確認すると、店主は二枚の紙を手に取り、そのうちの一枚を差し出してきた。

 そこには確かに、イリハの身請けについての話が書かれていた。どうやら、マジでイリハを欲しがってる人がいるらしい。

 書類は昨日今日書かれたものではないっぽいし、魔法で作った偽物という感じもない。差出人は……別の紙か。

 

「先方の名を明かす事はできませんが、これは先月届いたものでございます。先ほども言った通り、まだ正式に契約した訳ではありませんが、相手様とは懇意にしておりまして……」

 

 少し、きな臭くなってきた。

 そもそも、件の先方など実在さえ怪しいものである。言っちゃアレだが、クリシュトーさんの話を聞くにこの世界におけるロリ奴隷の価値は低い。需要が無いのだ。

 にも関わらず、イリハの身柄を欲しがる人が現れたという。仮に実在したとして、そいつがゴロキチと組んでいる可能性だってあり得る話だ。残念ながら、俺に真実を暴く力はないし、イリハの状態を見るに時間の余裕もなさそうだ。

 これまた白だったとして、相手がまともなところならば俺も考えただろう。だが、この狸野郎と懇意にしてるってだけで俺はこの先方さんを信用できない。印象、思い込みによる決めつけが良くないのは分かっちゃいるが、そんな奴にイリハの身を預ける気にはなれなかった。

 

「いくらになりますか」

 

 まあ、白でも黒でもどうでもいい話だ。

 イリハはうちで預かる。これは決定事項だ。金に糸目はつけない、今はとにかく彼女の身柄が最優先である。

 彼女の心身はボロボロである。うちには精神異常を回復させられる魔法があるのだ。ケアにしても何にしても、彼女の社会復帰にエリーゼの支援は必要なはずだ。

 それに、イリハの意思は聞いた。なら俺は彼女の手を離さない。

 俺の問いに、狸人はにやりと笑んで答えた。

 

「えー、イリハの借金残高が1億ルァレ。身代金が2000万ルァレ。そこに先方への謝罪金を加えまして……締めて3億ルァレになります」

 

 最近、金銭感覚が狂っている自覚はあるが、それでもロリ奴隷の値段でこれはかなり高い。

 ルクスリリア何人分だろうか。1リリィでも高級奴隷扱いだというのに、この値段は普通に法外である。

 

「わかりました。今すぐお支払いする事はできませんが、それでお願いします」

 

 とはいえ、怖気るような価格でもない。

 残念ながら、リンジュで今すぐ用意できる額ではないが、金策の手段ならあるのだ。

 

「左様にございますか。では、初春までにはご用意してくださいな。こちらにあるように、先方は春に身請けする事を考えておいでですので」

「では、こちらからもよろしいですか?」

 

 笑みを深くする狸人を制するように、俺は毅然とした態度で口を開いた。

 

「自分が身請けをするまで、イリハさんの休暇と身の安全を要求します」

 

 当然の要求である。

 イリハの服は見るからに冬用ではない上、与えられている食事も十分とは思えない。

 回復こそ使用したが、これは急場しのぎである。心の傷はそう簡単に癒えないものだ。

 

「ふむ……しかし、うちは奴隷相手にしては上等な寝床を用意しているのですがね」

「別途、前金を払いましょう」

 

 これ以上の問答は結構である。俺はアイテムボックスから王国金貨の詰まった袋を取り出し、ドンと机に置いた。

 確認するよう促すと、ゴロキチは中身を見て目を見開いた。袋には1000万ルァレが入っているのだ。

 

「これでいいですか?」

「は、はい。承りました。イリハには暇を与えましょう……!」

 

 かなり乱暴なやり方だが、金で解決できるならそうすべきだろう。

 異世界は血生臭いトコがある。同じように暴力で解決すべき問題もあるとは思うが、そうではない事を願うばかりである。

 

「少しの間、待っていてください。必ず迎えに来ます」

「えっ、あ、はい……」

 

 呆然としているイリハに近づき、再度目線を合わせて話す。

 祝福付き回復魔法のお陰で髪も肌もツヤツヤしている。輝きを取り戻した瞳は、それでも不安に揺れていた。

 

「どうか、自分に貴女を自由にする手助けをさせて下さい」

「は……はい、待っておるの……おりますっ」

 

 契約後、店を出た俺は、背中に視線を感じて振り返った。

 フロントでは、イリハとゴロキチが俺を見送っていた。

 俺はイリハに対し、小さく手を振ってさよならをした。イリハは深々と頭を下げていた。

 

「ごめん、旅行どころじゃなくなっちゃった」

「結局こうなるんスね~」

「いいじゃない。戦いのない生活なんてつまらないわ」

「頑張りましょう。ボクもイリハさんを助けたいです」

 

 一応、俺の残高に余裕はあるが、リンジュの銀行で下ろせる額には限界がある。すぐ使える手持ちがないのだ。

 ならば、行き先は決まっている。

 

 向かうは、カムイバラ第三転移神殿。

 ハック&スラッシュの時間である。




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炉利魂は嵐を伴って

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっております。
 誤字報告も感謝です。感謝感激でございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 あと、イシグロが転移した時期は2023年の春前くらいだったんですけど。
 その設定は死んだ、もういない。伏線とかじゃなくて、都合が悪くなったからです。
 そんなもんです。

 今回は三人称、カムイバラの冒険者視点。
 よろしくお願いします。


 イシグロが元いた世界には、国民性とか県民性とかいう言葉があった。

 意味はその土地に特有の精神的な特性というものだが、これはイシグロが転移してきた異世界にも当然として存在するものであった。

 現代地球ほど人の流れが活発ではない異世界では、土地に根差した精神性というのは日本よりもむしろ顕著なのである。異世界の場合、そこに種族とかその他色々が加わって少し複雑になる訳だが、それはそれ。

 

 さて、ここで異世界二大国家における国民性というものを見ていこう。

 

 ラリス王国民=野心家が多く、競争心が強い。あらゆる種族に寛容で、けれども王家ないし絶対的な強者には従順。人格よりも武勇を貴ぶ傾向がある。

 リンジュ共和国民=上昇志向よりも安定志向であり、ラリスよりは温厚。トップに絶対の権力はないが、国民全体が緩く繋がっている。また、身内に甘い傾向にあり、よそ者には若干排他的である。

 

 と、まぁこんな感じ。

 そこにプラスして、街や村単位でも個性が出る。アレクシスト民は一般ラリス民より気性が荒いし、カムイバラ民は王国の影響を受けて若干ラリス寄りだ。

 当然、所属する冒険者の性格にも違いが出る。リンジュの場合、ラリスよりも冒険者と一般人の距離が近い傾向にあったりもする。

 

 そんなリンジュの転移神殿に、とあるラリスの冒険者一党が現れた。

 皆さんご存じ、ロリコンとロリである。

 

 頭目と思しき男は、黒髪黒目の弱そうな剣士だった。

 実用性一辺倒の革鎧に、一見数打ち品に見える両刃の直剣。

 ラリス王国程でなくとも派手好きで傾奇者の多いリンジュ冒険者的な感覚で言うと、ちょっと地味で格好悪い。もっと腕にシルバー巻くとかさ。

 けれども、その胸にはラリス王国風の意匠の銀細工が下げられており、見た目はともかく強さの程は保証されていた。

 

 そいつの後ろにいる奴隷三人も、ちょっとどころでないほど目立っている。

 如何にもドスケベサキュバスでございな恰好をしてるくせに全くエロくないチビ淫魔。高貴な血筋を思わせるが何の威厳もない大きさの白銀幼竜。ちょこちょこと主人について歩いてるように見えて一切隙のない子犬みたいな獣系魔族。

 

 ラリスほど寛容でなく、よそ者に排他的なカムイバラ転移神殿では、如何にもラリス風で珍妙な彼等は悪目立ちしていた。

 街にいる時はリンジュ風の服を着ていたので、観光客かな? みたいに見られていたのだが、今のイシグロ達は完全ガチ武装。リンジュ冒険者視点、ラリスの銀が何用じゃいという感じである。

 

「すみません、迷宮の情報を確認させてもらってもいいですか?」

「ん? おめぇは……あん時のラリスもんか。迷宮目録は二階の奥にある。読むのは好きにすりゃいいが、盗むんじゃねぇぞ」

「はい、かしこまりました。ありがとうございます」

 

 そんな目立つラリスもんは、そのまま各種迷宮の情報がまとめられた図書ブースに向かい、そこで筆記用具を広げてアレコレ奴隷と話しながらお勉強をし始めた。

 その光景を見て、冒険者連中の反応は二分された。なんだあいつラリスもんの癖に小賢しいなという侮蔑と、情報の大切さを理解してるあたり流石は迷宮本場の冒険者だねという感心だ。

 

 結局、勉強熱心なラリスもん達は夜まで情報収集に努め、何事もなく帰って行った。

 まるで図書館に勉強しに来たとばかりの行儀の良さ。何か余計な事したらケンカをふっかけるつもりだった若干ワル寄りの冒険者もインネンひとつ付けられなかった。

 

「えーっと、どこだっけ? あっちか」

 

 翌朝、件のラリスもんが転移神殿にやってきた。

 かと思えば、すたすた歩いて転移石碑の前に立ち、何の気負いもなく迷宮に潜っていった。

 まるで、馴染みの茶屋で注文でもするように、やけにあっさりと。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬわ、あいつ」

 

 その様子を、どこにでもいるモブ冒険者ABが薄笑いを浮かべて見ていた。

 眼猿迷宮。上位迷宮の一つで、主が吐き出す利益は莫大だが、その分クソ強エネミーとクソ強ボスがクソウザギミックを駆使してくるとんでもないクソダンジョンである。

 一攫千金を夢見て散った半端な強者の何と多い事か。イシグロが潜ったのは、そんな一か八かの大博打ダンジョンだったのだ。

 

「ふぅ~、けっこう強かったな」

「ッスね」

「私は全然活躍できなかったわ……」

「でも、エリーゼのお陰で安心して戦えましたよ」

 

 が、件の一党は何事もなく五体満足で帰ってきた。

 どさりと、受付机に戦利品が置かれる。逃げ帰ったのではなく、凱旋してきた証左であった。

 

「換金お願いします」

「お、おう……ほら、緑の一番な。あ、うちに秤はねぇから、ちょっと時間かかるぞ」

「はい、よろしくお願いします。こっちでも緑か……」

 

 来た、潜った、狩ってきた。

 イシグロ達の態度は、迷宮踏破者のそれではなかった。

 それこそ、迷宮踏破など日常の一つ(・・・・・)とでもいうような振る舞いである。

 

「一日で踏破かよ……」

「たまたまだろ、たまたま」

「いやしかし、あそこの主は運じゃ倒せねぇよ」

 

 しばらく後、大金を手に入れたイシグロは何をするでもなくそのまま去っていった。

 他冒険者視点、凄いのは凄いが仮にも銀細工だし、ある程度はやってくれないとねという気持ちもある。僻み半分、畏怖半分の心情だ。

 まあ、リンジュで遊ぶ金が欲しかったんだろう。だからもう会う事はないな……と、そう思っていた。

 

「今日も一日がんばるぞい」

「ぞいッス!」

「ぞいです」

「……言わないわよ」

 

 翌朝、またもイシグロは転移神殿にやってきた。

 そして、何食わぬ顔で迷宮に潜っていった。

 

「あれ? あいつ、あのラリスもんさ。昨日も潜ってなかった?」

「俺は見てねーよ。そうなのか?」

「そのはずだ。しかもあの荒魂迷宮を……」

 

 で、イシグロは戻ってきた。

 これまた五体満足で。

 

「換金お願いします」

「えっ、今日もか? あぁいや、別にいいけどよ……。ほら、緑の二番」

 

 しかも戦利品を持ってきて、全て換金した。

 で、お金を受け取って、帰って行った。

 迷宮こそ昨日のより楽なやつではあるが、それでも中位のボスが強い系ダンジョンだ。普通におかしい。

 

「二日連続? よほどに金欠だったと見える」

「博打で負けたとかか?」

「だとしてもこれで帳消しだろ。もう来ねぇよ」

 

 来たぜ、ぬるりと。

 翌朝、イシグロはまたまた転移神殿に現れた。

 その時にいた冒険者は、「いやいやまさか今日も潜るなんて事……」と静かにザワザワしていた。

 

「皆、油断せずに行こう」

「うッス!」

「今日のは楽しめるといいのだけれど」

「最近、支援役が多かったですもんね」

 

 しれっと。

 例によって例の如く、特に感慨もない様子で、彼らは致死の迷宮に転移していった。

 

「やりやがった! マジかよあの野郎!」

「どうかしてるぜ!」

「もしかして、今のラリスってあんなんばっかなのか……?」

 

 この頃になると、冒険者界隈ではイシグロというよそ者は“ラリスのやべーやつ”として認知されていた。

 で、国民性とか色々あるものの、所詮冒険者なんて荒くれ者の集団である。不謹慎など知った事かと、彼等はイシグロが死ぬか生きるかで賭けを始めた。

 

「せっかくだから! 俺は奴が死ぬ事に賭けるぜ!」

「当然! 戦死ぃぃぃ!」

「奴が死ぬ確率……99パーセント。死一択でしょう」

 

 転移神殿で突発的な賭博がはじまると、冒険者達の多くがイシグロの未帰還にベットした。

 なお、神殿内の賭け事は原則禁止なのだが、まぁ少額だしいいかと見逃されていた。

 

「お? なんだなんだ? 何の賭博やってんだお前ら!」

 

 そこに、若く威勢のいい声が響く。

 あんまり銀細工っぽくないモブ顔槍使い、“赤涙”のヨタロウ――イシグロとストリートファイトして負けた男――のエントリーだ。

 

「おうヨタロウか。今日も景気悪そうだな!」

「それがよ~、昨日も負けちまってよ~。けど働きたくもなくてよ~。なんか美味い儲け話とかねぇかと思ってよ~」

「ならお前も賭けてきな!」

 

 そうして、掛けの内容を聞き終えたヨタロウは、にやりと笑んでから、こう応えた。

 

「なら、俺はイシグロ生存に賭けるぜ」

「おぉ、大穴狙いか。流石“赤涙”のヨタロウ。で、金額は?」

「全ツッパだ……!」

 

 ダンと叩きつけられた賭け金は、なんと最大限度額だった。

 少額賭博の範疇といえど、オッズ的にもしも勝ったらそれなりの金になる計算だ。

 

「本気かお前?」

「まぁ待ってろよ……。奴はこんなトコで終わるタマじゃねぇよ」

 

 そうニヒルに笑ったヨタロウは、適当な椅子に座って酒を注文した。

 一番安い酒と、安くて量の多いつまみである。

 

 そんなこんな、時間が過ぎて夕方らへん。

 妙にピリついた神殿内、転移石碑の前に帰還の光が溢れ出た。

 ごくりと、ギャンブル好きのアゴ尖り冒険者たちが見守る中、奴が現れた。

 

「換金お願いします」

 

 ドサリと、一昨日と昨日に続いて、この日もイシグロは戦利品を持って帰還した。

 その様を見て、転移神殿の冒険者は多数の敗者と少数の勝者に分かれていたが、当の本人は知らずに帰って行った。

 

「ヨタロウ、お前イシグロの事知ってんのか?」

「まぁな……知らねぇのか? 俺とアイツは、一度拳を交わしたマブなんだぜ?」

 

 ヨタロウは勝ったお金で良いお値段の酒を注文してから、凄まじいドヤ顔になって語り出した。

 

「奴の名前はイシグロ・リキタカ。イシグロが苗字で、リキタカが名前。仕事は真面目でそつなくこなすが、イマイチ情熱のない男さ。なんかボーッとした表情で女ウケは悪いが、腕っぷしは相当だ。ラリスでは“黒剣”の二つ名で呼ばれているが、同業からはもっぱら別の二つ名で知られているんだぜ」

 

 ごくりと周囲のモブが息を呑んだ。

 ヨタロウは運ばれてきた酒をグイッとやってから、彼なりの決め顔で、このように締めくくった。

 

「“迷宮狂い”……。過去、九日連続で迷宮に潜り踏破した……正真正銘の怪物さ」

 

 おぉ、というモブの歓声で、ヨタロウはめちゃくちゃ気持ち良くなっていた。

 ちなみに、彼がイシグロの情報に詳しい理由は、ストリートファイトに負けた後に再戦すべく調べていたからであり、今ではリベンジの気が失せて事情通を気取っているという構図だ。

 

「ふぅん……?」

 

 そんな与太話を、偶然近くにいた忍者ズが聞き耳を立てていた。

 人数は三人。内訳は犬人男の忍者と、猫人男のニンジャと、白兎男のNINJAだった。

 カムイバラの名物冒険者、仲良し忍者銀細工の三人組である。

 

「えー、本当でござるかぁ……?」

 

 犬人忍者が口を開く。彼は最近話題のイシグロ氏に懐疑的であった。

 確かに、三日連続で迷宮を踏破するのは凄い。腕前はかなりのものなんだろう。第一、ラリスの銀細工ってだけで相当だ。

 だが、九日連続迷宮踏破なんてのはちょっと胡散臭い。尾ひれのついた噂としか思えないのだ。

 

「九日連続なんて嘘っぱちなのだ。自分を強く見せようっていうやつなのだ」

 

 同じく聞き耳を立てていた猫人のニンジャが同意する。

 ゆらゆらと揺れる尻尾は機嫌の悪さを表現していた。

 

「でも、興味あるじゃんね。噂の真偽はともかく強いのは確かなんだし、今後の為に人柄も気にしておくべきじゃんよ」

 

 と、白兎のNINJAが締めくくった。

 往々にして、ラリスの銀細工はカムイバラのそれより粗暴なケースが多いのだ。早め早めに彼の起爆ポイントを探っておくのが賢明に思える。

 

「ござるな」

「なのだ」

「そういう事じゃんね」

 

 アイコンタクトで意思を確認。彼等は立ち上がった。

 その視線はイシグロが消えた出入り口に向けられていた。

 

 という訳で、追跡開始である。

 

 彼等は忍者らしくシュシュッと移動し、シュワッと風切ってあっと言う間にイシグロ御一行に追いついた。

 夕暮れ、良さげな雰囲気のイシグロとその一党は、時折カムイバラの景色を眺めては帰路を歩いていた。

 どこぞのヨタロウ氏と違い、気に入らない奴相手に喧嘩を売る等をする事なく、彼等は真っすぐお宿に帰るつもりらしい。

 とはいえだ、影に紛れて尾行する忍者ズとてそう簡単に奴の人となりを測れるとは思っていない。

 結局、その日は何事もなく帰って行った。どうやら、奴らは最高級宿の上玉館に宿泊しているようだった。実に羨ましい。

 

「続けるでござるか?」

「当然。始まったばっかじゃん?」

「ちょっとそこらでご飯買ってくるのだ」

 

 こういうのは時間をかけてこそ、味が出るというもの。三人共、そういう趣味の持ち主であった。実益も兼ねているので実質無料である。

 という訳で尾行続行。三人は忍者らしく餡饅と淫魔牛乳持参で張り込みをした。

 

 翌朝、例の三人が宿から出てきた。

 かと思えば、本日は転移神殿には行かず、南の方に向かうようだった。

 ストーキング癖持ち忍者ズは、付かず離れずの距離で後を追う。

 

「ん?」

 

 道中、イシグロの一党員のちんちくりん獣系魔族が忍者ズの方を振り向いた。咄嗟に身を隠す忍者たち。

 

「どうしたグーラ」

「いえ、何か後ろから見られてるような気がして……」

「そう? レーダーには無いけど……」

「魔力も感じないわね」

「スケベ感覚も反応してないッス」

「ん~、気のせいでしょうか」

 

 あっぶねー。三人はバクバクの心臓を押さえて冷や汗をかいていた。

 仮にも歴戦の斥候である忍者ズの隠形を看破しかけるとは、なかなかどうして大した奴隷である。三人は少し距離を離して追跡する事にした。

 

 やがて辿り着いた場所は、東区南部にある豊狸屋という店だった。

 あまり評判の良くないところだ。暴利な金貸しや、どこから仕入れたのか分からない品物を扱ったりしているらしい。法のギリギリを往く、裁くに裁けないカムイバラの汚点である。

 イシグロは店の扉を開け、中に入っていった。外からではどんな事をやっているか分からない。

 

「どうするでござる?」

「バレなきゃ犯罪じゃないのだ」

「外じゃ満足できないじゃん。中が良いじゃん」

「では、参ろうか」

 

 特に迷う事なく、忍者ズは豊狸屋に侵入した。お宿はともかく、悪徳商家なら入っていいよねというガバガバ倫理。こいつらもこいつらである。

 流石は銀細工というだけあり、忍者ズは各種防犯装置を掻い潜って侵入成功。

 気配を探ってイシグロを発見。三人は屋根裏の隙間から彼等の様子を伺った。

 

 その部屋は寝台や暖房魔道具などが置かれた寝室で、中にはイシグロの一党と狸人店主。それから刀を履いた侍と、上等な服を着たちんちくりん狐人奴隷がいた。

 イシグロ達は少し話をすると、何をするでもなく帰っていった。部屋に残されたのは狐人奴隷だけであり、扉の向こうでは護衛の侍が陣取っていた。どうやら、侍は狐人奴隷を警護しているようである。

 

「聞こえたでござるか?」

「結界のせいで聞こえなかったのだ」

「雰囲気的に、あの奴隷についてって感じじゃん?」

 

 豊狸屋を出たイシグロは、その足で転移神殿の方に向かった。オイオイ今日も迷宮に潜るのかと思いつつ、忍者ズも続く。

 何となく彼等が金を欲しかった理由には察しがついた。とはいえ、あんな狐人奴隷程度イシグロからすると余裕で買えるはずなのだが、もしかしたらあの狸店主にぼったくられてるのかもしれない。イシグロの奴隷もちんちくりんだし、もしかして幼い奴隷を集める趣味でもあるのか? いや、ナリはアレでも強さという意味で素質があるのかもしれない。う~ん、である。

 そんな事を話しながら尾行を続ける忍者ズ。

 

 イシグロ達は観光でもするように転移神殿に向かい、道中に観光名所でもある大橋を眺めた。

 そして、彼等が橋を渡ろうとした、次の瞬間である。

 

 突然、甲高い悲鳴が上がった。見ると、橋の下で子供が溺れていた。状況的に、橋から落ちてしまったようである。

 河川には大小の船が行き来しており、運悪く溺れる子供に大きな船が迫っていた。このままだと子供と船が接触してしまう。

 

「行くでござる」

「縄を用意するのだ」

「火の準備しとくじゃん」

 

 尾行中だが、溺れる子供は放っておけない。割と善良な忍者ズ――それはそれとして不法侵入はする――は、阿吽の呼吸で即座に救出の算段を立て、実行。

 その寸前であった。

 

 突然、イシグロが河川に向かい水平跳躍し、かと思えば水面を疾走したではないか。

 そのまま溺れる子供を掴み上げて抱きかかえると、魚が跳ぶようにして垂直跳躍。すたっと、橋に着地した。

 イシグロは抱っこしていた子供――鬼族の幼女だった――を降ろすと、収納魔法から手拭を出して拭いてやっていた。そこに子供の親がやってきて、イシグロにペコペコ頭を下げて礼を言っている。周囲からも拍手が飛ぶ。

 

「ふぅん」

「出る幕も無かったのだ」

「鮮やかな手並みじゃん」

 

 それを見て、忍者ズは尾行の完了を確信した。

 イシグロという胡散臭い冒険者。彼が幼子を救う勇を見る事ができた。人柄を測るのに、十分である。

 忍者トリオはクールに去るぜ。

 

 迷宮狂い、噂ほどのものではなかった。

 良い意味で。

 

 

 

 幼女を助けたその足で、イシグロ一行は転移神殿に入っていった。

 すると、神殿内は昨日一昨日とは雰囲気の違う喧騒に満ちていた。

 何だろうと見てみると、掲示板に人が屯っているようだった。何の騒ぎか気になったイシグロは、顔見知りの冒険者に声をかけた。

 

「おはようございます、ヨタロウさん。先日は助かりました」

「ん? あぁイシグロか。こっちこそ昨日は助かったぜ」

「何の事でしょう」

「こっちの話だ」

「そうですか。それより、これは何の騒ぎでしょうか?」

「ああ、つい昨日よ。迷宮が枯れちまったんだよ。で、枯れたとこに新しいのが生えてきて、今はそれの調査中って訳」

「なるほど、掲示板にはその情報が」

「そう、ちょっと潜って軽く見て、分かった事あったらここに書き込むって寸法よ」

 

 迷宮の枯渇と再生。知識としては知っているが、初めて見る現象だった。

 迷宮は生き物のようだと言われる事がある。同じ転移石碑で行ける迷宮が、ふとしたタイミングで行けなくなるのだ。これを迷宮の枯渇という。

 そして、枯れた迷宮に使用されていた転移石碑は、新たに別の迷宮への入り口を繋げるようになる。これを迷宮の再生という。

 イシグロの感覚では、原因はともかくある程度の納得がいく仕様であった。多分、経年劣化とか魔物が狩られ過ぎたとかそういうのだろう。

 

「踏破した方はいらっしゃらないんですか?」

「いねぇなぁ。やってやる~っつって息巻いてた奴等もいたがよ、帰ってきてねぇな」

 

 何と無しに、掲示板に書かれた内容を見てみる。

 どうやら迷宮内は薄暗い墓場のようなところらしく、魔物の傾向は人型が殆どで集団で襲ってくるとか。既存の魔物の発見例はなく、どれも新種であると。現状、刀の効き目は普通で、槍や槌、矢の効きが悪い。魔法の弱点は……と、色々書かれていた。

 

「まだ踏破した奴はいねぇからよ、主の情報持ってきた奴には報奨金があるんだってさ。それに目が眩んだ馬鹿が先走っちゃうワケ」

「報奨金ですか」

 

 確かに、掲示板の真ん中にはそのような内容が書かれていた。

 それを見て、イシグロは提示された額に目を丸くした。

 

「まぁこういうのは粗方情報が出回ってから潜るモンなんだぜ。それこそ真の冒険者ってやつで……」

「リリィ、エリーゼ、グーラ、今日はあの迷宮に行こう。ヨタロウさん、ありがとうございました」

「って、ちょおまっ……!?」

 

 言うが早いか、イシグロは件の転移石碑に向かっていった。

 それから、これまた例によって何の感慨もなく転移した。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬ気か? あいつ……」

 

 これには性格の悪い見物冒険者も冷や汗をかいた。今回ばかりはアゴの尖った賭博愛好冒険者も賭け事をする気にはなれないようである。

 ヨタロウもヨタロウで、ちょっとバツの悪そうな顔になっていた。

 

 それから、数時間後……。

 

 転移石碑から帰還を意味する粒子が溢れ、中からイシグロ一行が現れた。

 瞬間、突き刺さる視線視線視線……。イシグロは一瞬嫌そうな顔になった後、それらを無視するように受付机に向かう。

 

「換金お願いします」

 

 どさりと、受付の爺さんも冒険者達も見た事のないドロップアイテムが置かれる事となった。

 つまり、イシグロは、未踏破迷宮の主を討伐したという事だ。

 

「お、おう……。あー、すまねぇが、ちょっと時間かかるのと、後で聞き取りがあるから、それだけは頼むな?」

「はい、承知しています」

 

 それから、イシグロはギルド職員に連れられ、転移神殿の応接室に通されていった。

 

「アレは、刀?」

 

 その道中、目ざとい冒険者はイシグロの腰に普段と違う武器がある事に気づいた。

 いつもの直剣ではない。豪奢な拵えの鞘から、美しい柄が伸びており。鍔もまた煌びやかで、地味な革鎧のイシグロとは最悪の不協和音を奏でていた。

 しかし、それこそ目ざとい冒険者には、その刀が並みの逸品どころか、人の手で作られた代物ではない事に気が付いた。

 

「深域武装……」

 

 どうやら、イシグロは刀も使うらしい。

 その事に、よそ者に厳しいリンジュ冒険者は何ともいえないほっこり感を覚えてしまった。

 なんやラリスもんもやるやんけ。刀使うとか分かっとるやんけという気持ちと、前人未到の迷宮踏破者への畏怖を籠め、何処かの誰かがこのように呟いた。

 

「ラリスの剣豪、か……」

 

 ラリスの剣豪。“迷宮狂い”や“黒剣”より、リンジュ民的にはしっくりくる。

 その二つ名を聞き、ヨタロウと忍者ズは腕組みドヤ顔でうんうんと頷いていた。

 イシグロ・リキタカというよそ者が受け入れられた瞬間である。

 

 なお、その時ラリスの剣豪呼びが耳に入ったイシグロ本人は、何とも微妙そうな顔で。

 

「梅田の逆脚じゃないんだから……」

 

 一言、こう呟いた。

 本人的には、新たな二つ名はちょっと恥ずかしかったのである。




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 迷宮狂い
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炉神 が 目覚める 日

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で書けているといっても過言ではありません。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 ロリコン解放戦線の一員となり搾精封鎖機構と戦っていましたが、つい先日燃えがらに火を点ける事ができました。別の可能性も楽しみです。今作の逆脚は全部カッコよくて素敵ですね、ご友人。
 企業マスコット二次創作もっと流行れ。大豊娘娘もっと増えろ。要件はそれだけだ、じゃあな。



 真紅の月が浮かぶ空。数多の武具が棄てられた戦場跡に、重なり響く蹄鉄音。

 土煙を上げて、手に手に武器を持った騎馬隊が地平線から駆けてきた。それはまさに、敵陣に突貫せんとする騎馬隊の如く。

 

 騎馬隊とは言ったが、そいつらは馬に乗った武者ではない。馬の首のあたりから人の胴体が出ている、所謂ケンタウロスだ。

 また、馬の部分にも人の部分にも生物らしさはなかった。眼球は黄色く、肌は腐敗し、筋骨隆々の馬体にはグロテスクな傷がむき出しになっていた。

 例えるなら、アンデッド・ケンタウロス。加えていうとそれの和風鎧武者スタイル。その集団が、交戦圏内に入った俺達を捕捉して突撃してきたのだ。

 

「じゃ、よろしくエリーゼ」

「任せなさいな。ほら、消し飛べ(・・・・)……!」

 

 魔力を籠め、解き放つ。魔法陣から発射された純粋魔力光線は、七日間で世界を滅ぼしそうな軌道で着弾し、爆発。轟音と爆風が荒地を震撼させ、騎馬隊の多くを焼き払ってのけた。

 集まってる奴にはドカンと一発。エリーゼの魔導極砲がよく刺さるのである。エリーゼは凄く気持ちよさそうな顔になっていた。竜族ってそういうトコあるよね。

 

「えーっと? 武器は太刀だけで弓はなし、と。今回は斬れそうなタイプか。ならこっちでいくか」

 

 アーチャースキルの“遠視”でボスの姿を確認し、アイテムボックスから一振りの刀を取り出して、装備した。

 俺の愛刀である橘&湊とは全然違う拵えのコレは、どう見ても実戦用の刀ではなかった。儀礼用というか、見栄え重視というかそんな感じ。平安貴族が持ってそう。

 だが、貧弱そうなこいつはボスドロップの深域武装である。此処を初踏破した時に手に入れたもので、ルクスリリアの鎌とモブノの槍で、三つ目の深域武装という事になる。

 

「皆、練習通りに!」

「はいッス! 駆けよラザニア!」

「かしこまりました!」

「ええ」

 

 まず機動力のあるルクスリリアがボスケンタのケツを追いかけ回し、ちょっかいをかけ続ける。逃げるケンタをヘラジカに乗ったメスガキが追い回すというシュールな構図である。

 その間に、エリーゼと俺で残るザコを殲滅。グーラは俺達の護衛兼トドメ役だ。取り巻きが消えたら後はどうにでもなる。突撃と退避を繰り返すだけのボスなんて大して怖くない。

 

「ヘイヘーイ! 主ちゃんビビッてるー!」

「あんま深追いはするなよっと。対象指定、魔力過剰充填……“炎の礫”!」

 

 ルクスリリアがボスの気を引いてくれてるうちに、深域武装を触媒に魔法を放つ。

 エイムアシストされた火の玉ストレートは見事にヒットし、弱点属性のザコケンタは文字通りケツに火がついて転倒した。

 

「はい!」

 

 倒れたザコはグーラが断頭してトドメ。地面もろともぶった斬ったぶちぬき丸が、血と土を撒き上げる。

 なんつー乱暴な使い方……フロムのボスでももう少し武器に気ぃ遣うよ。でも大丈夫。そう、ぶちぬき丸ならね。

 

「ほぉら、死になさい(・・・・・)

 

 破城槌、飛ぶ斬撃、直線的な魔力槍。エリーゼの魔法がザコを次々と蹴散らしていく。

 やっぱ、ザコを殲滅してる時が一番楽しそうなんだよなエリーゼ。まぁ気持ちは分からんでもない。なんだかんだ弾垂れ流すの気持ちいいからな。

 

「ご主人! そっち行ったッス!」

「りょ!」

 

 そんな事をしてると、怒ったボスケンタが大きく迂回して突っ込んできた。

 地響き鳴らして迫る重装ケンタウロス。こいつの攻撃はガー不だ。当たるとヤバい。なので受け流すしかないんだが……。

 

「オラァッ!」

 

 ギィン! 通り過ぎ際の斬撃をジャストで受け流し、返す刀でカウンターを入れる。鎧の隙間にモロヒット!

 が、ダメージはそんな入ってない。クリティカルが出てないのだ。ボスは何の痛痒も感じてない様子で、俺の後ろにいたロリ二人に追加攻撃した。

 

「ぐぅ!」

 

 エリーゼへの攻撃はグーラがぶちぬき丸で無理やり受け流す。大剣の構造上、反撃はできないが、壁役は全うできた。

 突撃失敗と見るや通り過ぎて逃げるケンタウロス。そのケツを追っかけ回すヘラジカとロリ。ルクスリリアの小さい魔法がケツに入ってるのだが、気にしてないようだ。

 でもまあ、これで終わりだ。

 

「リリィ! 飛べ!」

「行くわよ。外しはしないわ(・・・・・・・)

 

 はい魔法ドーン! 脚部破壊でボス転倒! そこを皆でタコ殴り! っと。

 さながらP5の総攻撃である。寄ってたかってボッコボコ。手足をバタつかせて抵抗するケンタくんだが、修復される前に部位破壊して逃がさない。

 

「ふん!」

 

 最後に俺の斬撃でトドメ。ケンタウロスは粒子となって消えていった。経験値が多いのは、やっぱエリーゼか。

 ケンタウロスからドロップしたのは、例によって謎の蹄鉄だった。相変わらず使い道が分からんアイテムだ。

 

「ふぅ~。はい、皆お疲れー」

 

 言いつつ、俺は派手な刀に“清潔”をかけ、しっかり鞘に納めてアイテムボックスに仕舞った。この深域武装は鞘とセットなのである。

 

「権能は使わなかったわね」

「一手使う程のリターン無いと思うんだよな。弱い武器じゃないけど、俺には合わんわ」

 

 性能を確認し、実戦でも使ってみた。結果、この刀はコレクション行きである。

 深域武装はピンキリだが、それと同じく合う合わない問題だったりもある。その点、俺とはご縁がなかったという事で。

 

「さて、帰ろうか」

 

 ともかく蹄鉄拾ってダンジョンクリアである。

 俺達は帰還クリスタルで転移神殿に戻った。

 

 

 

 神殿に戻ると、迷う事なく受付へ。

 最初に会ったムキムキ爺さん職員に全てのドロップアイテムを渡し、換金してもらう。

 

「緑の一番な。ほら、あそこで待ってるぞ」

 

 で、換金の待ち時間は他の職員に連れられ、俺がさっきまで潜っていた迷宮についての情報を根掘り葉掘りされる事に。

 というのも、件の新規迷宮を踏破した後、俺達は連日同じ迷宮に潜っているのだ。さっきのケンタくんのダンジョンである。

 

 墓馬迷宮。そう名付けられた新ダンジョンは、未だに情報が金に換わる。

 殆どのダンジョンで共通なのだが、傾向こそ同じでも出現ボスは毎回違う。墓馬迷宮のボスは全てがアンデッド・ケンタウロスなのだが、細かいトコで違いが出るのだ。

 実際、初踏破の時はホネホネ・ケンタウロス隊だったし、二回目はゴースト・ケンタウロス軍団だったし、三回目なんかキョンシー・ケンタウロスだった。

 で、さっき俺達が倒したのはミイラ・ケンタウロス。ミイラと見て試しに撃ってみた炎魔法が通る通る。こういうボスやザコエネミーの情報一つでお金が貰えるし、ドロップ品も新規アイテムなので高価買取キャンペーン実施中なのだ。墓馬迷宮は中位ダンジョン程度の難易度だが、今限定で下手な上位ダンジョンよりもうま味がある。

 ちなみに、例の深域武装はホネホネくんが落としたものだ。帰還クリスタルの前で性能確かめてたから帰りが遅くなったんだよな。

 

「ありがとうございました」

 

 情報代を貰い、受付に行ってみると、まだ換金中だった。未だ見慣れないアイテムは鑑定に時間がかかる模様。

 仕方ないので、俺達はその辺に座って換金が終わるのを待つ事にした。

 

「やっほーイシグロさん! ここで会うんは初めてやな!」

 

 するとそこに、見覚えのある女性が声をかけてきた。

 白と黒の髪に、丸い虎耳。踊り子衣装のミアカさんだ。

 

「どうも、ミアカさん。先日はお世話になりました」

「ええよええよ。それより、なんや景気良さそうやん? ウチの店で使ってかん?」

「入用ですので」

「そか。なるほどな~?」

 

 言って、ミアカさんは俺の後ろにいる三人に目を向けた。

 それから謎のにんまりスマイルになると、急接近して耳元に口を寄せてきた。

 

「で、ナンボふっかけられたん?」

 

 何の事かくらいは分かる。イリハの事だろう。情報は抜けてないと思うのだが、まぁ状況証拠的にか。

 

「ぼちぼちですね」

「なはは! イシグロさん的にはって話かいな! ほんじゃウチは馬に蹴られる前に退散するわー!」

 

 快活に笑ったミアカさんは、別れ際に「ほなバイナラ」と手を振って去っていった。

 

「ご主人ご主人」

「なに?」

「あの人、ご主人に気があるっぽいッスよ」

「分かりませんが、不思議な匂いがしました」

「そうなの?」

「あら、嫉妬してあげるべきかしら?」

「皆でご飯食べに行くとかはダメなのかな」

「流石ご主人ッス! ある意味で男の中の男ッスよ!」

 

 なんて話していると、すれ違う冒険者から挨拶を受ける。

 

「ようイシグロ。今日の主はどんな感じだったんだ?」

「どうも、ヨタロウさん。変わらず半人半馬の死霊系でしたよ。腐敗してたんで、前と違って炎がよく通りました。アレなら槍も効くと思います」

「ほ~ん、あんがとよ。いい感じに情報が集まってきたな。俺もそろそろ潜るかな~っと」

「ドーモでござるよ、イシグロ殿」

「ベイゴマ大会やるのだ。イシグロも参加するのだ」

「オレのオレンジ・オーレオールが火を噴くじゃん」

「ベイゴマは初めてなんですが、では試しに」

 

 で、気が付けばルクスリリア達も一緒に皆でベイゴマで遊んだ。

 意外にもグーラは力が強すぎて失敗しまくって、ルクスリリアが結構上手かった。なおエリーゼは大暴投を連発した。

 

「おい、緑の一番! こっちだ!」

「はい。ありがとうございました。では、自分はこれで」

 

 呼ばれたのでベイゴマ大会を離れる。お金を貰い、俺達は神殿を出た。

 日本でも異世界でも、冬は夜になるのが早い。辺りはすでに薄暗かった。電灯のない異世界でも、等間隔に植えられた街路の桜がぼんやり光って道を照らしてくれていた。もう少しすれば、他のお店が雪洞魔道具を点けてくれるだろう。

 

「じゃあ、イリハのところ行こうか」

 

 そのまま真っすぐ帰る事はせず、俺達はイリハのいる東区の南部に向かった。

 豊狸屋に着くと、営業時間内である事を確認してから扉を開ける。

 相変わらず受付は無人だったが、チリンチリンと鈴が鳴ると二階から重い足音が聞こえてきた。

 

「どうもどうも、イシグロ様!」

 

 そうして現れたのは、最近見慣れてしまった狸人店主のゴロキチだ。

 彼は俺の金策が上手くいきそうなのが分かると、初対面の時よりも露骨に媚びてくるようになったのだ。

 

「イリハの様子を見たいのですが」

「ええ、こちらに」

 

 今日ここに来たのは、イリハの状態確認の為だ。

 俺は俺で、店主を信用していなかった。前金を渡したのだ。ちゃんと安全に暮らせているかを定期的にチェックしているのである。

 一応、衣食住は改善してるようだった。服もしっかり寒さカットしてる奴だし、食事も良い物を食べさせていると。安全の為に部屋に留まってもらってるが、それは辛抱してもらっていた。

 

「様子はどうですか?」

「ええ、ええ! 毎日滋養強壮に良い食事を摂らせておりますので、何卒ご安心を!」

 

 イリハの部屋は豊狸屋の二階にあり、その前には如何にもお侍って感じの鬼人男がいた。

 彼はイリハを警護している用心棒だ。冒険者位階は銀細工。けっこう恨み買ってそうなゴロキチの事である、彼と店主は馴染みの間柄に見えた。

 正直、俺としては店主の馴染みの護衛は信用できない気もするのだが、そこを突っつく事は流石にできない。そも、護衛自体がむしろ過剰とも思えるのだが、ゴロキチ的には付けとかないと不安らしい。

 

「イシグロです。入っても構いませんか?」

 

 ノックし、了解を得る。

 ドアを開けると、豪華な絨毯の真ん中でイリハが三つ指をついていた。

 

「お待ちしておりました。イシグロ様」

 

 そうして上げられた顔には、以前と違って生気が在った。

 肌艶も良く、痩せぎすだった身体にはうっすら肉が戻っている。桜色の髪は灯りを反射して輝いていた。

 けれど、千歳緑の瞳は未だ不安に揺れていた。当然だろうと思う。現状を抜け出せるかもという希望と、希望の後の絶望を杞憂しない訳もなし。

 

「頭を上げてください。イリハさん」

「はい。それでは、お茶を用意させて頂きます」

 

 何度か会ってるので、ある程度お互いの性格は分かっている。俺達は部屋にあるテーブルセットに腰を下ろした。

 

「イリハ。お土産買ってきたッスよ~」

「それと、アナタの知り合いから文を預かっているわ」

「あ、獣拳記もう読まれたんですね!」

「ありがとうございます、皆様……」

 

 それからイリハは三人と話をはじめた。

 今後イリハがどうなるかはともかく、自立の目途が付くまで彼女は俺が預かる事になる。ならばルクスリリア達と親交を深めておくべきだろう。

 俺は姦しいロリ達の会話をオカズにお茶を楽しんだ。

 

「イリハさん」

 

 ある程度お話をしたところで、俺はお茶を置いて真剣な声色を作った。

 イリハと目を合わせる。千歳緑の大きな瞳は、じっと俺を見つめていた。

 

「身請けの準備が整いました。明日の朝、お迎えに上がる予定です」

 

 彼女の不安を和らげるように、できるだけ落ち着いた声音で伝えた。

 此処に来た理由は彼女の状態の確認なのだが、今日の一番の理由はこれだ。金策完了を伝える為である。

 すると、イリハは一瞬だけ表情を緩め、次いで口元を手で隠し僅かに目を伏せた。 

 

「た、大変光栄にございます。申し訳ありません、その……言葉が見つからなくって……」

 

 そうして、イリハは数度瞬きをしてから、目尻に溜った涙を拭った。

 うれし涙、とは少し違うのだろう。大きくて沢山の複雑な感情が溢れている事くらい、人の機微に鈍い俺にだって分かった。

 

「す、すみません……。エリーゼ様の御情けを、頂いてもよろしいでしょうか……?」

「もちろん、エリーゼ」

「ええ。ほら、泣き止みなさい(・・・・・・・)……」

 

 それから、日課の状態異常回復魔法をかけると、イリハはスッと気持ちを落ち着けた後、またも目を伏せた。

 

「本当に、本当に何とお礼を言えば良いか……。私めのような下賤の者を身請けして頂けるなど、感謝の極みにございます……」

「いえ、むしろ自分の方こそ、イリハさんを身請けする事が出来て大変嬉しく思っています」

「イシグロ様は、本当に……」

 

 それから、また少し話した後、俺達はイリハの部屋を出た。

 彼女は扉が閉まり切るまで、ずっと首を垂れていた。

 

「まこと、お人好しで危ういのう。お主も」

 

 扉が閉まると、外で待機していた鬼人に声をかけられた。

 彼は腕組姿勢で壁に背を預けながら、くつくつと笑っていた。

 

「そのつもりはありませんが」

「騙されてもいい、というクチであろうな……。まったく、あの仔狐程度に小生を付けるなど、勿体ないとは思わんか。まぁお陰で楽ができる訳だが」

「くれぐれもお願いしますね」

「わかっておる、わかっておる。例えお主相手であっても、半刻は凌いでみせようさ」

 

 彼の言う通り戦ったら俺が勝つとは思うが、確かにこの廊下でやるなら骨が折れそうな相手である。

 何となくどこぞの農民剣豪みたいな雰囲気あるし、その辺は安心できるかな。

 

「では、最後にこちらに署名をお願いします。はい、確かに……」

 

 それから狸人と最終調整をして、契約はほぼ完了である。今は奴隷証の作成待ちで、それは明日の朝に届くとの事だ。

 加えて、市役所的なとこに手続きをしなければならないのだとも。俺としては今すぐお迎えしたいところだが、国の制度なら仕方ない。

 というか、如何にも悪徳商人って感じで実際悪い奴なんだろうが、そういう公的な手続きはしっかりやるタイプなんだな。意外と言えば意外だが、不思議と納得はできる。

 

「ぐふふ、お待ちしておりますよ。イシグロ様」

「はい。明日の朝に」

 

 狸人のニコニコスマイルを背に、俺達は上玉館に向かった。

 さて、帰ったら女将さんに言って宴の準備をしなくっちゃあな。

 歓迎しよう、盛大にな。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺達は正装をして豊狸屋に向かった。イリハを迎えに行く為だ。

 上玉館の女将さんには話を通してある。今日の夕飯は聞き取り調査で判明したイリハの好物をしこたま用意してもらっているのだ。

 

「よし……!」

 

 何度経験しても、いざ購入となると緊張する。

 俺は覚悟を決め、豊狸屋の豪華なドアノブに手を掛けた。

 

「アレ?」

 

 ガチャガチャと、押しても引いても扉が開く事はなかった。鍵がかかっているのだ。

 太陽を確認する。正確な時間は分からないが、営業時間内のはずである。

 

「すみませ~ん」

 

 ドアノッカーを使っても、反応がなかった。

 いっそ不自然なほど、静かだった。

 

 閑静な街に、冷たい風が吹く。

 嫌な予感がした。

 

「……グーラ、音は?」

「分かりません。結界で覆われているので」

「魔力も見えないわ。結界があるもの」

「ご主人、武装するッスよ」

「あぁ……」

 

 状況の変化に気づいてか、三人も迷宮探索の時と同じ表情に切り替わった。

 俺はコンソールを弄り、皆の服を迷宮用に切り替えた。それからアイテムボックスから武器を取り出し、配る。俺は無銘、ルクスリリアは細剣。グーラが短剣で、エリーゼはいつもの王笏だ。

 もし勘違いだったら、あとで弁償すればいい。完全武装を整えた俺は扉に掌を当てがい、能動スキルを使った。

 

「すぅ……ハッ!」

 

 武闘家スキル、“剛掌底”である。ズガン! という快音の割に、ドアには傷ひとつない。結界だ。

 

「任せて頂戴」

 

 位置を交代すると、エリーゼの王笏に漆黒の雷が生成され、それは刃の形と成った。“斬滅の魔導剣”、魔力消費と攻撃範囲を犠牲にした超火力魔法である。

 

砕けろ(・・・)……!」

 

 まるで鍵穴に鍵を差し込むように、エリーゼは王笏を突き刺した。

 瞬間、激しい発光と共に、ガラスが割れるような音が響く。結界が割れ、鍵穴に大きな穴が開いた。

 

「面倒事が起きる前に済ませよう。今はイリハが優先だ。陣形は屋内用、行くぞ!」

 

 各々武器を構え、文字通りドアをけ破って侵入。

大きな音を立てたというのに、誰も出てこない。相変わらず無人の受付に不気味な静寂が下りている。

 慎重に、且つ迅速に歩みを進める。真っ先に向かったのはイリハの部屋だ。

 

「イリハ……!」

 

 罠を警戒しつつ開けてみると、そこには誰もいなかった。素人目だが、争った痕跡はないように見える。掃除したてって感じの綺麗な部屋だ。

 机の上には小さな風呂敷が一つ。広げてみると、中には小さな鏡と櫛。これはイリハの荷物か、手がかりではない。

 

「クソがよ……!」

 

 焦りが募る。怒りが沈殿する。冷静さを維持すべく食いしばった歯がギリッと音を立てた。

 そのまま捜索を続け、手当たり次第にドアを蹴破って回った。そして、一番奥の部屋に着く。ゴロキチの書斎というか、社長室みたいなところだ。

 俺は怒りのあまりドアを蹴り壊してしまった。もしかしたらという疑念のせいか、思ったより強い力が出た。

 

「ゴロキチ……!」

 

 すると、中には床で倒れている狸人店主の姿があった。

 逃げてない? こいつが犯人じゃないって事か? 脈を測る。死んでは、いないな。

 身体を叩いても起きない。気絶というか、寝ている感じか。顔色はかなり悪い。毒に冒されているのか……?

 

「エリーゼ、回復頼む」

 

 エリーゼの魔法で回復させると、ゴロキチはうんうん唸ってから目を覚ました。

 それから上体を起こし、俺と目が合った。ゴロキチは驚愕に目を丸くしていた。

 

「こっ、これはこれはイシグロ様、よくぞおいでくださいまし……」

「そういうのは後で。イリハが見当たりません。どこに行ったんですか?」

 

 みしりと、無銘を握る手が強くなる。

 脅しの意図がなかった訳ではないが、俺の問いを聞くとゴロキチは顔を真っ青にして立ち上がった。

 

「なんっ、ですって……!?」

 

 図体の割に俊敏な動きで机の上を確認し、かと思えば引き出しや本棚を漁り、這いつくばって床を確認していた。

 

「無い! 無い! 無い! 無いィッ!?」

 

 紙が散乱する。焦りのあまり余計に部屋を荒していた。

 彼の身体から、ドッと汗が噴き出るのが分かった。

 

「ま、まさか……!」

 

 そのまま走って部屋を出ると、イリハの部屋の中に入っていった。

 俺達も続くと、そこではゴロキチは全身を震わせていた。感情が爆発する兆候である。

 そして、顔を真っ赤にして、叫んだ。

 

「あんの野郎! 裏切りやがったなぁああああああ!」

 

 イリハをお迎えする朝は、一転波乱の幕開けとなった。

 

 戦いの予感がする。




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貴方のいた季節(前)

 感想・評価など、ありがとうございます。特に感想を貰えると凄く嬉しいです。
 誤字報告感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 作中の陰陽とかその辺は、あくまで本作世界における魔術体系のひとつです。
 本作では、そのへんのアレコレをあえてごっちゃにして使っています。
 つまり、地球の陰陽師とか仙人とは全く無関係という事。よろしくお願いします。

 あと、凄いどうでもいい事なんですけど、陰陽を「おんみょう」って読むのあんま好きじゃないんですよね自分。なんか「おんみょ~ん」って感じで。
 なので、本作世界ではインヨウで統一します。まぁ深い意味はありませんが。

 今回は三人称、イリハ視点です。
 よろしくお願いします。


 イリハは、自分の眼が嫌いだ。

 見たくないものまで、見えてしまうから。

 

 イリハは、自分の瞳が好きだ。

 忘れたくない事を、思い出させてくれるから。

 

 

 

 狐人イリハは、いわゆる没落令嬢である。

 それも、リンジュの初代国家元首の血を引く由緒正しき九尾一族の末裔だ。

 しかし、よほどの事がない限り、名家とは長く続かないものである。跡目問題、遺産の奪い合い。家臣内派閥の対立に分裂。

 不老長寿の狐人一族とて、やってる事は人間と大して変わらない。むしろ、絶対強者が全てを牛耳っているラリス王国の方がその辺はクリーンという始末だ。

 結果、今となっては尊き血も薄れに薄れ、先代達のやらかしで地位も名誉も財産も失い借金一家となってしまったのだ。家臣など一人も残ってないし、ついには名家の証である苗字まで剥奪されてしまった。

 

 そもそも、今現在リンジュに住んでいる狐人の多くは、血統を辿れば件の九尾に行き着くのである。血統書付きであったとして、特にレアという訳でもない。

 だが、その末裔たるイリハは、九尾の血を覚醒させて生まれてきた。

 

 イリハは魔眼持ちだ。

 魔眼とは、あらゆる種族に低確率で発現する先天的な特殊な眼の総称である。

 その種類は個体によりけりで数多く、普通の人には見えない小さくて細かい世界が見える“顕微眼”や、呪いの術式が見える“呪視眼”。観測対象が前に何を食べたかが分かるという魔眼なんかも存在する。

 

 イリハが発現したのは、九尾の子孫にしか発現しない一等特別で有用な魔眼である。

 基本、全ての種族に与えられる魔眼ガチャに、リンジュの狐人にだけ特別にSSR魔眼が混じっていると言えばわかりやすいか。

 没落した一族の末裔であるイリハは、魔眼ガチャの種族限定SSRを引き当てて生まれてきた訳である。

 

 ――仙氣眼(せんきがん)

 

 イリハは、普通の人には見えないものが見える。

 魔力とも生命力とも違う、色とりどりの光――“()”が見えるのだ。

 氣は、生きとし生けるもの全てに宿っている不可視のエネルギーである。人や動物、魔物にもある。見える光は赤や黄、白や黒といった色があり、暗かったり明るかったりで種類がある。それらは一つの生命の中で絶えず循環しているのだ。

 イリハにとって、光り輝く氣の世界は当たり前のものだった。

 

「お母さんは白黒で綺麗ね!」

「ほう、そうかそうか」

 

 九尾一族の末裔で、先祖返りの魔眼持ち。そんなイリハは、生まれた時から母のキィナと二人で田舎暮らしをしていた。

 リンジュの外れにある山奥の村。そこで慎ましやかに、地に足着いた借金返済生活を送っていたのである。

 全ての家宝を売ればすぐに返済できたのだが、それは最終手段である。不老長寿の種族らしく、ゆっくり着実にゆる~くやっていた。

 

「お母さん、村長さんお腹がキラキラしてないの」

「それは、どういう事じゃ?」

「んーっとね、赤いのが大きくて白いのが小さいの」

 

 普通の人には見えない氣の世界。時々変な言い回しをするイリハを、子供ならではの感情表現だと思っていた母だったが、とある一件を機にイリハの魔眼の存在が明らかになった。

 始祖の魔眼、その発現である。喜びこそすれ、恐れるモノではなかった。

 

「イリハよ。それは仙氣眼といってな、とっても尊い眼なんじゃよ」

「とーとい? お母さんと色同じだよ?」

「そうじゃな。けど、母には無いのじゃ。」

「お母さんとは違うの……?」

「いやいや、良い事なんじゃよ。イリハは凄いのじゃ。ほ~れ、よしよし」

「そう? えへへー」

 

 実際、仙氣眼は魔眼の中でも最上の位階にある。

 何たって、これまで実在を疑われていた“氣”の存在を証明し、これにより氣を用いたリンジュ式魔術体系――陰陽術(いんようじゅつ)が生み出された経緯があるのだ。実績においても、実利においても、素晴らしい魔眼なのである。

 今となっては素質がある者が修行さえ積めば使えるようになる陰陽術なのだが、これを修めるにあたって仙氣眼は最高にアドである。

 例えるなら、周りが「あいうえお」から日本語を勉強して作文を書いてるのに対し、仙氣眼持ちは日本生まれ日本育ちの日本語ユーザーがハイエンドPCで作文を書くようなものなのだ。

 

「お母さんお母さん! 見て見て! なにこれー!」

「ほう、驚いた、尻尾が増えておるではないか」

 

 加えて、イリハは幼少の時分に尻尾の数が増えたのである。

 通常、長い鍛錬の末に尻尾の数を増やすリンジュ狐人の中で、特に修行もしてないのに尻尾が増えるなど、これは圧倒的な素質と言わざるを得ない。

 例外こそあれ、尻尾の数は氣の順応力に比例すると言われている。つまり、イリハは天性の氣使いという証左に外ならないのだ。

 ちなみに、その代償とでもいうように、尻尾が増えた日以降イリハの身体は成長が止まってしまった。その理由は同じく氣の使い手である母をして、「全く意味が分からん」と匙を投げるような謎現象だった。

 

「えへへー、もう少しでお母さんとお揃い!」

「凄いのぅ凄いのぅ。けど、出しっぱなしじゃと不便じゃろ。しまう練習もしようなー」

「はーい」

 

 狐人は、同じ獣人族の中でも少し特殊な存在である。

 通常、獣人は人間族よりも早く成長する。しかし、狐人の成長は人間族とそう変わらない。だいたい、二十過ぎあたりで不老となる種族なのだ。

 そして、当人の素質と修行次第でバフが得意な“天狐”か、デバフが得意な“妖狐”に種族変更ができ、それを機に狐人は不老長寿の獣人になるのである。

 

「少し早いが……。イリハ、陰陽術の修行を受けてみる気はないか?」

「やる! お母さんと同じ事やりたい!」

「やる気十分じゃのぅ。じゃ、早速明日から修行開始じゃ」

 

 英雄の子孫。魔眼持ち。あからさまな氣の才。

 没落して一般人になった手前、無理して強くなる必要は無いのだが、卓越した陰陽術師である天狐としては、娘の才を活かさない選択肢はなかった。

 加えて、場合によっては他の狐人一族から魔眼目当てで狙われる可能性がある。イリハの将来を思えば魔眼の隠蔽とコントロール技術の習得は必須だろう。

 こうして、イリハは母手ずから魔術の手解きを受ける事となったのである。

 

「ほう、もう氣を掴む事が出来たか。イリハは凄いの~」

「ふふ~ん! もっと褒めるのじゃ!」

「やー、でもその口調は百年早いかのぅ」

「のじゃのじゃ」

 

 母による英才教育。

 魔眼という下駄の存在も相まって、イリハの陰陽術はメキメキと上達していき、やがて仙氣眼のオンオフも可能になった。

 また、イリハは褒められると伸びるタイプであったのも大きい。頭を撫でられる度、イリハはよりいっそう鍛錬に励む事ができたのだ。

 キィナの見立て通り、娘には母以上の才があったのである。

 

「没落チビだ! 没落チビがいるぞ!」

「やべこっち見た! 呪われるぞ逃げろ逃げろ!」

「うわぁ、あの子、もう尻尾三つあるじゃない……。怒らせると怖いし、あっち行こ……」

 

 しかし、人間関係の方は上手くいかなかった。

 当時、母子は村外れの山奥にある屋敷で暮らしていた。凄腕の陰陽術師であるキィナが付近の水脈を管理・調整する為である。

 水脈の管理など、村にとって、ひいては周辺地域にとっては物凄く大切な仕事なのだが、非陰陽術師には何をどうしてるのかが分からないのである。一応の感謝こそすれ、普通の村人には怪しまれているのが現実であった。

 

 ド田舎の山奥住まいである。当然として、イリハは同年代の子供と遊ぶ機会はなかったし、村に下りても彼女は歓迎されなかった。

 山に籠ってる変人。畑仕事もしないのに金をもらっているズルい家。昔は偉かったらしい元名家の老狐と幼狐。

 そういう、大人がキィナに対して表立って言えない悪感情を子供は敏感に嗅ぎ取って、娘であるイリハに対してぶつけられていたのである。

 もしキィナがガチで怒った時の事を想像できないあたり、思慮の浅い子供のやる事であった。親達が言い聞かせたとしても、どうにもならないのが現実である。

 

「よしよし、イリハは何も悪くないのじゃ。あの子等も大人になれば分かってくれるもんじゃよ」

「うぅ! お母さん怪しくないもん……! 良い天狐だもん……!」

「勿論じゃ。わしは九尾の血を引く天狐じゃ。悪い事なんてする訳なかろう。イリハも、とっても良い狐人なんじゃぞ」

「んぐ、うん……!」

 

 幼いイリハにとって、山の下は悪意に塗れた汚い場所に見えていた。

 所謂、高飛車お嬢様気質とでも言おうか。最初は意図して、後に無意識に、気づけばイリハは自身が高貴な血を引く狐人である事に強い自己肯定感を得て自尊心を保つようになっていた。

 

「うん、わ……わしも良い天狐になれるよう頑張るのじゃ……!」

「ん~、仔狐の頃からのじゃのじゃ言うのは……まぁよいか」

 

 それから、イリハはのめり込むようにして陰陽術の鍛錬に励んだ。

 チビだと見下してくる奴も、自分を除け者にする村人も大嫌いだ。

 母さえいればいい。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。キィナ様」

「構わぬとも。それに“様”もいらぬ。わしはもう、ただの陰陽術師ゆえな」

 

 イリハの母、キィナは国家資格を持つフリーの陰陽術師である。

 水脈を測り、大地の力を呼び起こし、山の循環を整える。自然の恵みを得て生きる農村としては、非常に有難い存在である。

 そんでもって、キィナはべらぼうに美人だった。

 

「キィナ様、ボクと結婚してください!」

「おいおい、わしみたいな年増に何を言うとるんじゃ。それに、わしは夫に操を立てておるでのぅ」

 

 キィナは狐人的にもかなりの高齢なのだが、見てくれが見てくれである。輝かんばかりの桜色の髪に、吸い込まれそうな緑の瞳。色鮮やかで美しく、胸も尻もむっちりとしていてクッソエロい。

 何より、血筋が血筋である。性格悪めの村人女からはともかくとして、性欲強めの村人男からすると“没落した名家の未亡人”など最高のエロスパイスであった。

 当然、めちゃくちゃモテた。モテてはいたが、母は亡き父に操を立てていたので、再婚する事はなかった。

 

「母上はモテモテじゃのぅ」

 

 だが、イリハは全くモテなかった。

 イリハも良い歳になった。村の若者がどんどん結婚していっても、彼女は独身のままだった。

 その理由は単純で、イリハがずっとロリだったからだ。

 年月を経て陰陽術師への偏見やイリハへの迫害こそなくなったものの、彼女の中にある村への不信感は取り除けなかった。どれだけ言い寄られようと、下界の男など真っ平御免であった。

 まぁそんな男なんて一人もいなかった訳だが。

 

「にょほほ、わしは若い頃からモテモテじゃったからのぉ~。まぁ、イリハもいつか良い男と巡り合えるさ。そうじゃ、どうせならイリハにも花嫁修業をつけてやろう」

「花嫁? なれるかのぉ……?」

 

 とはいえ、イリハとて全く枯れている訳ではなかった。年相応に、色恋に興味がない訳でもない。

 という事で、イリハはずっと続けてる氣の修行に加えて、花嫁修業も受ける事となった。

 料理や裁縫などは子供の頃から練習していたが、加えて楽器の演奏や礼儀作法なんかも習う事になったのだ。

 楽器の練習には、蔵で埃をかぶっていた物を引っ張り出して使った。古い家だと、そういうのは数多く残っているのである。

 金こそ無いが、家と時間はあるのだ。それに楽器の演奏は結構楽しい。やがてイリハは、何処に出しても恥ずかしくないリンジュ撫子へと成長した。

 

「母上、陰陽術の方はもうよいのかの?」

「うむ、技は十分じゃろ。あとは魔物を倒せばって話なんじゃが、アレだいぶ危なくてのぅ。それに、うちは返済し切るまで迷宮とか行っちゃいかんのじゃ。こんなもんでよかろ」

「おっ、じゃあ免許皆伝かの?」

「皆伝じゃのぅ」

 

 氣の修行を続けて数十年。長い修行の末、イリハは陰陽術の基礎をマスターした。

 しかし、陰陽術師イリハの魔力量はそんなでもなかった。これ以上は鍛錬で何とかできる段階ではないのだ。色々な事情で迷宮に潜れないイリハは、これ以上強くはなれなかった。

 とはいえ、田舎で暮らす分には過ぎた力は災いになる。イリハもキィナも、これ以上はいいかという雰囲気だった。

 

「なら、わしも山の管理とかしといた方がいいんじゃないかのぅ」

「や~、イリハには魔力が足らんからなぁ。せめて銀細工程度には強くないと。それより、イリハにはイリハに出来る事をやってくれる方が嬉しいのぅ」

「わかったのじゃ」

 

 技量はあっても魔力がない。晴れて一人前の陰陽術師となったイリハだったが、それからは街や村に下ろす薬の調合や薬草の栽培を行って家計を助けていた。

 魔術に料理に裁縫に音楽。ついでに薬術まで習得してるあたり、イリハはかなり器用である。無論、各エキスパートには及ぶまいが、辺境の村で生きるには十分な能力である。

 

「ただいまじゃ~」

「おかえりなのじゃ」

「もうイリハののじゃ口調にも慣れちゃったんじゃよなぁ」

「貫禄出てきたのじゃ」

「それはないのじゃ」

 

 田舎に住む、没落した元名家。天狐の母と、幼狐姿の娘。

 大きな喜びもなく、深い絶望もない。植物のような静かな生活。

 借金こそあれ、慎ましやかに生きていれば無理せず返済できる。

 そんな生活を、イリハは気に入っていた。

 

 元来、イリハはそういう娘なのだ。

 好きな人と一緒にいられるだけでいい。

 とても素朴で、それでいて愛が深い性質なのである。

 

 

 

「母上や、父上はどのような男だったのじゃ?」

 

 それから、幾何の時間が流れ。

 イリハの尻尾が九つになり、修行の成果で見事“天狐”に進化した夜の事。

 

 ふとした拍子に、イリハはこれまで訊けなかった事を問うてみた。

 物心つく頃には、イリハは母と二人で暮らしていた。顔を見た事はないが、イリハの父は間違いなく存在しているはずなのである。

 カメラや写真のない異世界。人の容姿は絵や像で残すものだが、家に父らしき男の絵は見当たらなかった。

 

「父上、そうか……。そういえば、今の今まで話しとらんかったのぅ。いや、まぁ何も壮大な話とかではないんじゃが」

 

 これまで、イリハは子供なりに気を遣って、父の事を訊かないようにしていた。

 操を立てているというように、母は父を深く愛していたのだ。そんな母を傷つけまいとして、努めて気にしないようにしていたのである。

 それを今になって訊こうと思い口を開いたのは何故だったか。イリハ自身、よく分かっていない。ただ、何となしに母の心に変化があるように思えたのだ。

 今なら大丈夫だろうと、そういう確信があった。

 

「奴は冒険者でのう。名うての狐人剣士じゃった。何というか、確か……アレじゃ。わしが訳分からん金持ちに嫁がされそうになった時にな、助けてもらったんじゃよ」

 

 イリハが生まれる前の記憶だ。キィナとて、思い返して落ち込むような年齢でもない。

 善き思い出を振り返って、薄く微笑んでいた。父の事を語る母は、これまでイリハが見た事がないような静かな笑みを浮かべていた。それでいて、楽しそうでもあった。

 

「前から好き合ってたんじゃがの。でもまぁ、知っての通りうちは没落一家じゃ。しこたま借金あるっちゅーに、わしと結婚すると言って聞かんかったのじゃ。そしたら奴は迷宮に潜ってっての、借金の殆どを肩代わりしてくれたのじゃよ。で、時間かければ返せる算段がついて、それからイリハを授かったという訳じゃ」

 

 愉快げに語るキィナだったが、その瞳の奥底には深い悲しみが潜んでいるように感じられた。

 これまでずっと一緒だったイリハにしか分からないような、それくらい奥にある感情であった。飲み下した後、当人とて意識出来ない程の。

 

「イリハが生まれて、少しくらいかのぅ。山に魔物が出て、戦って、死んでしもうたんじゃ。わしも歳じゃったが、奴も奴で相当老いておったからのぅ……どのみち、すぐ寿命だったろうの」

 

 聞くに、父は天狐でも妖狐でもない、通常の狐人だったのだろう。

 そうなると、父が先に死んでしまうのは道理である。イリハからして、それはとても残酷な事のように思えた。

 

「それは、母上が不憫なのじゃ……」

「不憫? いやいや、そんな事はないぞ、イリハ」

 

 言うと、キィナは表情を和らげて、それでいて真剣な眼を向けてきた。

 イリハと同じ色の眼が、イリハにはまだ無い優しい光を湛えていた。

 

「良いか、イリハ。わしら狐人は……いや、天狐は他の種族より長生きする。当然、沢山の別れを経験するものじゃ。わしとて、多くの友を看取ってきた」

 

 けどな、と老いた天狐は続ける。

 

「いつか別れるからといって、わしは愛する事を恐れてはおらんよ。できれば、イリハにもそうあって欲しいと思う」

「分かっては、おるが……」

 

 彼女の言わんとしている事、その意味が分からないイリハではなかった。

 イリハより娘を知っている母は、娘の愛情深さをよく知っていた。だからこそ、この事はしっかりと伝えるべきだと思ったのだ。

 

「いつか、イリハに大切な者が出来た時、そうしたらな……思いっきり愛してやるのじゃ。甘えてもいいし、甘えさせてやってもいい。どんな形であれ、愛し合うというのは素晴らしい事なのじゃ」

「……でも、わしこんなじゃし。母上には悪いと思うが、有り得んと思うよ」

 

 とはいえ、当のイリハは自分の心身が幼狐なままである事をそれほど気にしていなかったし、それが男受けしない事もまた理解していた。

 むしろ、母曰く「わしの小さい頃とそっくりじゃ」という自分の容姿を誇らしく思っていた。心根もまた、冷静に俯瞰できる程度にはよろしくないと自認していた。これでは想い人はおろか、友達一人できないだろうと。

 だが、それはそれとして母に孫の顔を見せてやれないという事は、申し訳なく思っていた。

 覚悟もまた、なかった。

 

「巡り合えるさ。昔のわしも、似たような事を考えていたんじゃ」

「でも置いてかれちゃったのじゃ……」

「イリハがいるじゃろ。それだけで、わしは最高に幸せじゃ」

 

 そう言って、キィナは我が子を思い切り抱きしめた。

 仔狐でなくなった娘は、キィナにとってはいつまでも愛する我が子のままであった。

 

「……イリハよ。本当に、生まれてきてくれて、ありがとうなぁ」

 

 返事の代わりに、イリハもまた母を抱きしめ返した。

 流石に恥ずかしくて、言葉までは返せなかったが。

 それでも、母娘の間に言葉はいらなかった。

 

 

 

 そして、それは当然として訪れた。

 

 

 

 特に事件が起こった訳ではない。

 誰か悪者がいた訳でもない。

 老狐のキィナは、年を経る度にほんの少しずつ衰えていった。

 

「母上、大丈夫かの?」

「すまん、少し疲れた。いやはや、予想より早かったのぅ……」

 

 見た目こそ若いままだが、イリハを産んだ時点でキィナは既に高齢だったのだ。

 娘より早く“その時”が来るのは、自然な流れだった。

 

「料理……本当に上手くなったなぁ、イリハ」

「まだまだ母上には追い付いてないのじゃ」

「教えるといってものぅ……。もう何もないんよなぁ」

「そんな事ないのじゃ。母上の糠漬け、また食べさせてほしいのじゃ……」

 

 布団の中、寝たきりになったキィナはイリハに介護されていた。

 老衰していくキィナは、弱る身体に引っ張られるようにして心まで小さくなっていた。

 元のポジティブさが鳴りを潜め、一人残される事になるイリハの未来を杞憂し、自身の矮小さを卑下するようになっていたのだ。

 

「母上、氣を整えるぞ」

「すまんのぅ、イリハ」

 

 老いは病ではない。いくら休んでも、どれだけ滋養のあるモノを食べても、刻々と迫る死を止める事はできない。

 イリハとて、それは分かっている。伝えられたことだ。死んでほしくない。ずっと元気で生きていてほしい。

 そう思ってはいても、先祖返りした眼を持つイリハには、観えているのだ。母の身体から、“氣”が失われている事が。いくら氣を調整しても、彼女の命は残り僅かである事が。

 あの日の村長と同じだ。氣の光が薄くなり、流れが滞っている。そうなるともう、どうしようもない。

 

 せめて安らかに、幸せでいてほしい。

 キィナの身体が痩せていく度、イリハの心まで擦り減っていくようだった。

 

「イリハ……金については、心配するな。蔵の宝を売れば何とでもできるはずじゃ。それを売って、イリハは自由に生きるのじゃ。なに、余裕で返せる計算じゃ……」

「けど、それは大事な家宝と言っていたではないか。安心せい、全部残しておくのじゃ」

「娘より家を優先する母がいるものか」

 

 献身的な娘の助けもあり、寝たきりのキィナが苦しみに苛まれる事はなかった。

 だが、死から逃れる事はできなかった。

 

 朝起きて、娘の顔を見て、老狐キィナは確信した。

 今日が最後になる。

 

「本当に、愛い娘じゃ……。お前を産んでよかったのぅ……」

 

 見たくない、だが見えている。抑え込んだ感情により制御を外れた魔眼が、イリハに現実を突きつけてくる。

 別れの日だ。畳の上で死ねるなど、この世界としては最上の終わり方だ。

 だが、それがイリハにとって何の慰めになるというのだろう。

 

「はは……大人になっても泣き虫なままじゃのぅ、イリハは」

「は、母上……!」

 

 母と目を合わせ、イリハは母の言葉を思い出していた。

 別れが来ると知っていても、愛する事を恐れてはいけない。その意味を、イリハは努めて心に留め置いた。

 最後の最後まで、イリハは母を愛する事を止めなかった。哀しみから逃げず、目を逸らさず、愛する母を看取る覚悟を決めたのだ。

 

「なぁ、イリハ……」

「なんじゃ……?」

 

 もうすぐ、命の灯が消える。

 母は精一杯の力で、娘の手を握った。それは、握るというより、触れる程度の力しかなかった。

 イリハは母が痛みを感じないよう、優しく握り返した。

 

「泣き虫なままでよい。寂しがりなままでよい……。イリハが生きてるというだけで、わしは満足じゃ。本当に、生きててよかった。全部イリハのお陰じゃ……」

 

 喉の奥が熱い。涙が溢れる。

 母の言葉を聞く為、イリハは漏れそうになる声を押し殺した。

 

「あぁ、でも、やはり……」

 

 ぼやけた視界の中、母は心底幸せそうに微笑んでいた。

 

「ずっと一緒にいたかったのぅ……」

 

 母の身体から、光がなくなる。

 蝋燭の火が消えるように、母の氣が見えなくなった。

 イリハの眼には、その全てが視えていた。

 

「うぅ、うぅっ……! 母上、母上……くっ、あぁ……!」

 

 母は、永遠の眠りについた。

 彼女の安らかな顔は、死人とは思えない程、美しかった。

 桜色の髪も、緑の瞳も、自分と同じ。

 その時、イリハは半身を失ったのだ。

 

「なんで……! なんで先に死んじゃうの……!」

 

 イリハは、自分の眼が嫌いだ。

 見たくないものまで、見えてしまうから。

 

 イリハは、自分の瞳が好きだ。

 忘れたくない事を、思い出させてくれるから。

 

「寂しいよ……! 一人なんてイヤだよぉ……! お母さん……! うぅぁぁぁ……!」

 

 よくある悲劇と、他者は言う。

 ありふれた絶望だと、強い人は言うだろう。

 

 愛する人との、永遠の別れ。

 イリハには乗り越えられなかった。

 

 こうして、イリハは迷子になったのだ。




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 なんからしくない話になってしまいましたが、ごあんしんください。
 本作のタイトルを見てから、サブタイをご覧ください。そういう事です。


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貴方のいた季節(後)

 感想・評価など、ありがとうございます。とても助かっています。
 誤字報告も感謝です。あざすの極み。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称、イリハ視点です。
 よろしくお願いします。


 母が身罷ってから、イリハの人生は転落の一途をたどる事となった。

 

 陰陽術師キィナの訃報が知れ渡るや、呼んでもいない商人連中がイリハの家に訪れるようになり、半ば無理矢理家宝を売るよう迫ってきたのである。

 元々、母の遺言通り家宝を売るつもりでいたイリハだったが、あろうことか彼等は持ち主のイリハがキィナ程の陰陽術師でないと知るなり、とんでもない低額で買い叩こうとしてきたのである。

 

「ふ、ふざけるな! これは我が家に代々伝わる古の遺産なのじゃぞ! それがッ、この程度の額な訳がなかろう! 母上の目利きを信じられぬと申すか!」

 

 執着はないが、蔵にある宝の全ては母が大切にしていた物なのだ。中には母との思い出が詰まった宝だってある。

 そんな家宝を、信用できない商人に安く買われる事をイリハは許容できなかった。

 

「帰るのじゃ! 二度とその面見せるな!」

 

 来る日も来る日も怪しい奴等の対応。中には恫喝紛いの方法で家宝を買い叩こうとしてくる商人もいた。その都度、イリハは何とかして母の宝を守っていた。

 せめて、まともな値段で買ってくれるだけでいい。しかしここは異世界、元気だった頃のキィナが交渉をしていればそうなっていただろうが、弱いイリハではそれが出来なかった。強くなければ、家財一つ守れないのである。

 最愛の母を失ったイリハには、哀しみに暮れる時間さえ与えられなかった。

 

「な、なんじゃこれはぁ!?」

 

 そして、事態は最悪の状況に至る。

 イリハが村に薬草を下ろしに行った日の事。屋敷に戻ったイリハは、蔵の中が空になっている事に気が付いた。

 家主がいないうちに、盗まれてしまったのである。

 

「嘘じゃろう! け、結界が壊されておる! そんな……母上ぇ!」

 

 蔵にはキィナ謹製の結界魔術が施されており、宝にも盗難防止の魔術がかけられている。それを突破されたという事は、間違いなく素人の犯行ではない。

 異世界とはいえ、法はある。官憲に通報するも、結局誰が盗みに入ったのかは分からずじまいだった。

 

「駄目だなこりゃ、痕跡が消されている。カムイバラの奴でも手に余るだろう」

「きっとあの商人共がやったのじゃ!」

「怪しいだろうが、証拠がねぇよ……」

 

 結局、犯人が誰か分からないまま、イリハの元から全ての家宝が無くなってしまった。

 残ったのは、誰も欲しがらない山奥の家と、ほんの僅かな母の形見のみ。これでは借金を返す事ができない。

 また、いくら才能があるとはいえ、国家資格のない者に水脈の管理などできる訳もなく、イリハには陰陽術師としての稼業を継ぐ事もできなかった。

 家宝が無くなった今、キィナより稼げないイリハの借金返済を待つ理由は、金貸しには存在しなかった。

 

「はぁ……キィナの娘と聞いて来てみれば、ただの仔狐じゃないか。これじゃ安い娼館で働かせるのも難しそうだ」

 

 やがて、イリハはとある金貸しの下、奴隷の身へ落ちる事となった。

 借金を返済し切るまで自由を得る事のできぬ身分。

 不老長寿族にとっては、地獄の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 意外にも、借金の返済は合法的な手段に限られた。

 というのも、当初はキィナの娘であるイリハを違法遊郭に売り飛ばすつもりだった金貸しだが、イリハがロリ過ぎてどこの遊郭も買い取ってくれなかったのである。合法の遊郭もまた同様に。

 

「あ~、適当に仕事くれてやるから。ちょっとずつ返せ」

「わかったのじゃ」

「なんだその口調は、仕事の前に直しておけ」

「わ、わかりました……」

 

 イリハで金儲けができないと知るや、金貸しのゴロキチは彼女への興味の一切が失せたようであった。

 最初は奴隷にしてはマシ程度の生活環境だったのが、やがて寝床も物置の隅となり、衣服や食事も最低限のものだけが与えられる事となった。

 エサ? 一番安いのでいいだろ。寝床? 物置に座布団一枚でいいだろ。そんな具合である。まるで飼い犬の世話を面倒がる飼い主のようだった。

 

「ん? イリハ、お前なんで倒れてるんだ、返済前に死なれるのは困るんだよ。飯は与えてるはずだろうが、おい起きろ」

「う、ぁ……はい」

 

 ゴロキチは感情的な虐待をする事はなかったが、利益の出ない物を大事にしない性分の持ち主でもあった。

 徹頭徹尾、イリハは小遣い稼ぎの自動人形という扱いであり、彼女の感情に配慮する事は一切しなかった。

 残念ながら、これが異世界における奴隷身分のスタンダードであった。

 

「豊狸屋のイリハです。よろしくお願いします」

「ん? 随分と小さいな。大丈夫か? まぁいい、何ができる?」

 

 借金を返済する為、イリハは自分が出来る範囲の仕事を時間いっぱいまでこなす事となった。

 もともと要領の良いイリハは仕事に困る事はなかった。それには、母から受けた教育が活かされていた。

 けれども、月に一度の休みもない労働生活は、ただでさえ強靭とはいえない彼女の心身を少しずつ削っていった。

 

「なんで、このわしがこいつらの下で働かねばならんのじゃ……」

 

 一年なら、耐えられただろう。

 三年なら、慣れて余裕が生まれたかもしれない。

 十年が過ぎた頃から、身体か心のどちらかがどうにかなり始めた。

 

「わしは、いと尊き九尾の末裔なるぞ……!」

 

 奴隷は、人ではなく、物だ。

 街を歩いても物扱い。良く働いたとしても、褒めてもらえない。

 そんな生活が続くと、後天的に得た彼女のお嬢様的傲慢さはますます先鋭化していった。

 そうでなくば、心を保つ事ができなかったのだ。

 

「あ……」

 

 ある日の夜。

 いつものように寝床に着くと、そこには見覚えのない鏡が置かれている事に気が付いた。

 布を払うと、鏡の奥にはみすぼらしい狐人の姿が映っていた。

 母にそっくりな、高貴な血を引いているらしい、惨めな狐人だ。

 

「母上、わしはもう限界じゃ……」

 

 誤魔化し続けて幾年が経った今、イリハの心は限界だった。

 元来の愛情深い性質と、後に形成された過度な自尊心が、物扱いされる日々の中で彼女の精神を削り取っていたのだ。

 

 母に、もう一度会いたい。

 会って話がしたい。

 褒めてほしい。撫でてほしい。愛してほしい。

 

 そう願っても、鏡は何も返してくれない。

 ただただ、そこには薄汚れた狐人がいるのみ。

 奴隷になったイリハに、気高き天狐キィナの面影はなかった。

 

 それどころか、厳しい労働の中、イリハは徐々に過去の記憶が曖昧になっていった。

 忘れたい過去と、忘れたくない思い出が、混濁した心からこぼれ落ちていくのである。

 もし、全てを思い出せなくなった時、そこに母はいるのだろうか。

 

「は、母上はもっと背が高くて、綺麗な髪をしていて……」

 

 このまま、何もかも忘れて物として生きるのが、どうしようもなく怖かった。

 そして、いつか母親まで忘れてしまうのではないか。それが何より恐ろしい。

 

「そ、そうじゃ……!」

 

 その時、陰陽術師のイリハには思いつくものがあった。

 変化術(へんげじゅつ)。陰陽術の奥義のひとつで、実体のある幻を生成する事ができる。それがあれば、鏡の前で母と再会できるのでは、と。

 思い出の母と寸分違わぬ幻があれば、娘は永遠に母を覚えていられる。例え、どんなに苦しくても、母さえ居れば耐えられる。

 

「母上、母上、待っていておくれ、母上……」

 

 それからイリハは、疲れた身体に鞭打って毎夜変化術の訓練をした。

 来る日も来る日も。寒い夜も、蒸し暑い夜も。母との再会を願うイリハは、自分の身体を母へと似せていった。

 

「できた……」

 

 それから、一年が過ぎた頃。

 鏡には、イリハを最も愛してくれる母の姿が映っていた。

 何もかも記憶の通り。優しい顔で、イリハを見つめていた。

 

 この時のイリハの心情は、如何ほどものだったろう。

 単に感動したとか、達成感があったとかでは断じてない。

 凡そ多くの者とは無縁であろう複雑な感情。その奔流が彼女の心の奥底から溢れかえったのである。

 

「母上……お母さん……!」

 

 鏡にいる母に、イリハは手を伸ばした。手のひらが重なる。とても冷たい感触が返ってきた。母の手ではない。

 鏡の中で、キィナは微笑んでいた。

 幻の中で、イリハは涙を流していた。

 

「あぁ……」

 

 変化が解ける。魔力切れだ。鏡には、呆然と涙を零す小さな狐人だけが残った。

 変化術とは儚いもの。本物ではない。言葉を返してはくれないし、褒めてなんてくれない。

 けれど、思い出に帰る事はできる。

 イリハは、そうやって心を癒していた。

 

「イリハ、お前なにやっとるんだ?」

 

 ある日、物置に来たゴロキチに、イリハが母に変化した姿を見られてしまった。

 何か悪い事をした訳でもないのに、イリハは恐怖で震えあがった。主人の機嫌を損ねて、鏡を没収されると思ったのだ。

 

「……いや、金になるかもしれないな。よし、お前それを練習しろ」

 

 ゴロキチの命令。それはイリハにとって、奴隷に来てから初めてやりがいを感じられるものだった。

 イリハは縋りつくようにして変化術を鍛錬し、やがて変化したまま楽器を演奏できるまでに至った。すると、これまで出来なかった類いの仕事もできるようになった。

 母の姿での、演奏者としての仕事である。

 

「おい見ろよ、すげぇ美人!」

「なんて鮮やかな髪なのだ……」

「う、美しい……!」

 

 演奏の仕事は、イリハにとっては存外楽しさを感じられるものであった。

 遊女が街を練り歩く際、イリハもまた楽器を演奏しながら同行し、場を盛り上げる。その時、男達の視線の一部は変化したイリハに向けられる事があった。

 ともかくとして、母の美貌が褒められるのは気分が良かった。

 

「なぁあの遊女、どこで遊べるんだ?」

 

 だが、誰一人として、イリハを褒めてくれる人は、いなかった。

 一生懸命練習した演奏技術も、母に習った良家の歩法も、イリハの努力の結晶だというのに。

 母の似姿の奥、イリハを見てくれる者は、誰もいなかった。

 

「よ~しよし、順調に返済できているな」

 

 集まっていく金に、ゴロキチはご満悦だった。

 主人もまた、イリハには興味が無かった。

 

「お疲れ様でした……」

 

 朝から晩まで働いて、変化で心を騙し、鏡の前で寂しさを埋める。この繰り返し。

 時々楽しい仕事もあるが、どうであれ心身を削る。

 故郷でも、豊狸屋でも、鏡の前であったとしても、イリハには居場所がなかった。

 

「母上……」

 

 暗い物置で、思う。

 

「一体、いつになったら巡り合えるというのじゃ……」

 

 いつまで、この現実が続くのだろう。

 母以外の大切な存在など、本当に存在するのか。

 母が言う、父のような者と、巡り合えるのだろうか。

 

 まして、愛する者などと……。

 

 

 

 

 

 

 何の変哲もない日の事だった。

 

 凍える程に寒い朝。かじかんだ手をさすりながら、彼女は朝陽が昇る前から働きに出た。

 屋敷を掃除し、別の店を手伝い、次の仕事の為に道具を取りに狸屋に戻った時だ。

 

 チリンチリン、と。

 

 応接室から、鈴の音が聞こえた。

 主人がイリハを呼ぶ音だ。イリハは無心で参上し、虚無の瞳のまま首を垂れた。

 

 疲れているのだ。今日はまだ仕事がある。早く行かないと遅刻だ。

 一刻も早く終わればいいと、何か面倒事に巻き込まれなければいいと、心を無にして沙汰を待った。

 そして、唐突に、靄が晴れた。

 

「あ……? えっ、えぇっ!?」

 

 箒で埃を払うように、何らかの魔法によって、イリハの心身の疲労が取り除かれたのである。

 

 白黒の世界に、色が戻った。

 鮮やかになった世界の中心に、一人の男がいた。

 

「はじめまして、俺はイシグロ・リキタカ。イシグロが苗字で、リキタカが名前。ラリス王国で冒険者をやっています」

 

 男はイシグロと名乗る冒険者で、どういう訳かイリハの身請けを申し出てきた。

 全く以て理解不能だった。自尊心こそ高いイリハだったが、自己肯定感は極端に低いのである。こんなちんちくりんを欲しがるなど、意味不明だった。

 

 回復魔法のせいだろうか。やけに鮮明になった思考は、落ち込んでいた心が元に戻っている事に気が付けた。

 その反動と困惑により、イリハはオフにしていた魔眼を無意識に起動してしまった。

 

 光に満ち溢れた、色鮮やかな氣。

 イシグロの身体は、驚くほど強い氣に満ちていた。

 

 青、赤、黄、白、黒……若干黒色が強すぎる気もするが、ここまで輝いて見える人は母くらいだった気がする。

 母の言っていた銀細工持ち冒険者とは、これほどまでに強壮な戦士なのか。確かに、これほどの戦士ならば大金を稼ぐ事も可能ではあるのだろう。

 

「え……?」

 

 ふと、イリハはイシグロの後ろにいた奴隷を見て、さらに驚愕した。

 小さい淫魔。小さい獣人。それから銀髪の小竜族。どれもこれも、イリハと同じくらいの背丈で、全員ちんちくりんの女奴隷だった。

 彼女等は一様に上等な装備を着ていて、イリハとは比べ物にならない程に多くの氣を内包していた。

 

 その時、イリハは少し前の出来事を思い出した。

 遊郭での仕事中、ふいに覗いてしまった情事の光景を。

 

 疲れていて魔眼の制御ができなくて、彼等の氣の流れを見てしまったのだ。

 男の氣が、女の氣に注がれ、混ざり合って高まり合う様。母と二人、田舎暮らしだったイリハに、ソレはかなり刺激的な光景だった。

 

(もしかして、この奴隷達とイシグロって、そういう関係なんじゃ……?)

 

 正解である。

 イシグロの氣を見る。奴隷の氣を見る。間違いない、二人とも氣の色と形が似通っている。混ぜて、高めているのだ。

 

 これまた、久々に回転し始めたイリハの脳裏に過去の記憶が再生される。

 それは、母から教わった氣の運用法の一つだった。

 

 房中術(ぼうちゅうじゅつ)

 性交で以て男女の氣を混ぜ合わせ、互いに氣の量と質を底上げする修行法。

 あと、やるとめちゃくちゃ気持ちいいらしい。

 

(まさかコイツら、房中術の使い手か……!?)

 

 不正解である。

 当然だが、実際はそうではない。イシグロとロリ奴隷達は単に日常的にハッスルして互いの欲望をぶつけ合っていただけで、氣とかその辺は全く運用していない。

 しかし、繰り返しと積み重ねとその他諸々により、本家房中術にも劣らぬ程、イシグロ達は色んな意味で混ざり合って高まっていたのである。特に淫魔。

 そのように勘違いしたイリハは、混乱の中でこのような考えに至った。

 

(そうか! この男、わしを房中術の練習台として使って、更に強くなるつもりなのじゃな!)

 

 不正解である。

 しかし、長年不遇のロリ生活を送っていたイリハにとって、ロリコンという存在は想像の範囲外だった。

 いや、それはイリハだけではなく、この異世界の全ての人類がそうなのだが。

 

 さて、このような勘違いをしたイリハは、勘違いしたまま葛藤していた。

 身請けの理由は分かった。その意思が強い事も。母曰く、銀細工持ちはどいつもこいつもちょっと変らしいし、そういう奴もいるんだろう。

 だが、仮に身請けされたとして、その後はどうだ。房中術用の道具として使われるのだ。それは、性奴隷以下の扱いではないのか。

 

(そもそも、わしは由緒正しき九尾の末裔なるぞ! それを房中術の道具に使うなど、不遜にも程があるのじゃ! 何様のつもりじゃ!)

 

 イリハは過去の経験から、自分の高貴な生まれによって自尊心を保ってきた。そんな彼女からすると、性奴隷以下の道具として使われるなど甚だ遺憾である。

 

 だが、しかし、である。

 

 身請けをされなかったとしたら、今の惨めな生活が続くだけではないのか。

 今は回復魔法のお陰で心身ともに快調だが、すぐに元の状態に戻るだろう。

 

 毎日毎日、辛く苦しい労働の繰り返し。朝早くから夜遅くまで働いて、誰にも褒められる事もなく、認められる事もない。唯一の慰めは、自身が変化した母の似姿のみ……。

 ならば、いっそ新しい主人の下で、新しい道具に成る方がマシなのではないか?

 

 幸い、向こうには心身を回復できる手段がある。

 奴隷の扱いも悪くはなさそうに見える。少なくとも、彼女等の表情に影はない。むしろ幸せそうだ。イシグロめ、相当な使い手か。ていうか、ちんちくりん相手に勃つものか? いくら自己鍛錬の為とはいえ、男の巨塔は我儘と聞くし……いや、それはいい。

 

 今のまま、借金を返し切るまで労働を続けるか。

 覚悟を決めて、房中術の道具に成り果てるか。

 そもそも、身請けの可否を決めるのはイリハではないのだが、それは置いといて……。

 

 葛藤の末、イリハは……。

 

「お、お願いします……。私めを、貴方の下に置いてくださいませ……」

 

 こうなった。

 

 打算が為にこそ、僅かな勇気が出せた。

 イリハとは、そういう性格の天狐なのである。

 少なくとも、本人的には。

 

 

 

 

 

 

 それから、イリハの生活は一変した。

 まず、寒さを凌げる服を用意され、やけに上等な部屋をあてがわれ、かと思えば普段食べているものとは比較にならないほど美味しい飯を食べる事となった。

 久しぶりに食べた白米には、しっかりと味があった。湯舟に浸かると、身体の毒素が抜けていく心地がした。そして、実家にも無かったふかふかの布団に入ると、イリハは未来を杞憂する間もなく眠る事ができた。

 まるで、前々(・・)からこうするつもりだったかのように、イリハの安全確保はスムーズに済んだのである。

 

「いいかイリハ。イシグロ様が迎えに来るまで、絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

「は、はい……!」

 

 翌日以降も、ゴロキチは過剰な程にイリハを厚遇した。

 壊れ物を扱うように、毎日医師を呼んでイリハの健康を診断させていた。あまつさえ屋敷内にいるイリハに護衛までつける過保護ぶり。物扱いは変わらないが、かつてのソレとは雲泥の差である。

 広い部屋に一人で過ごしていると、何だかフワフワと現実感が薄れていくようだった。本当に迎えに来るのか。いやいや、必ず来る。憂慮を奮起で抑え込み、イリハは徐々に本来の人格を取り戻していった。

 

「イリハさん、身体の調子はどうですか?」

 

 イシグロもイシグロで、イリハの様子を頻繁に見に来ていた。

 イリハ視点、それは購入予定の道具をチェックしているようだったが、後にして思うとそれだけではないような気がしてならなかった。

 

「おいッス~、今日もお土産持ってきたッスよ~」

「ずっと此処にいると暇でしょう? 文字は読めると聞いたから、色々と持ってきたわよ」

「はい、どうぞ。この“獣拳記”がボクのオススメです。ぜひ感想を聞かせてください!」

「皆様、ありがとうございます……」

 

 見舞いの間、主人候補は自身が所有する奴隷とも親交を取るように仕向けてきた。

 少し戸惑ってしまったが、道具同士不和は無い方がいいだろうと思い、イリハは本性を隠して対応した。

 

 そう、あくまで表の人格は隠し通すつもりなのである。それは偏に、イリハは自分の事を身も心も醜い存在と自認していたからだ。

 イリハの自己認識は複雑だ。彼女は自分の事を尊き血を引く高貴な天狐と思い込んでいるが、それはそれとして自身の見目や内面は酷く醜く、母以外の他者からは疎ましく映るものであると思っているのだ。

 故に、隠すのだ。嫌われぬよう、捨てられぬよう。隠して、騙すのである。

 

「って感じッスね! そっから、ご主人は“ラリスの剣豪”って呼ばれるようになったんス!」

「割と恥ずかしいよね。自称はできないかなー」

「ふふっ、イシグロ様は謙虚な方なのですね……」

 

 この時、イリハはある計画を企てていた。

 その名も、“房中術でイシグロをメロメロにしてわしが頂点に立つ作戦”である。

 既に覚悟は決めている。イシグロと交わうのは承知の上。しかし、主導権を握るのはあくまでイリハ。そういう作戦である。

 

 イリハは天狐である。仙氣眼持ちの天才で、卓越した陰陽術の使い手だ。

 房中術も、まぁやった事はないが人間より上手く使えるはずだ。それを用いてイシグロの氣を利用して己を高め、あわよくばイシグロを快楽の虜にし、篭絡してやろうと思ったのだ。

 そうすれば、ただの道具にはならない。奴隷の中でも頂点に立ち、ゆくゆくはイシグロを顎で使える存在に成り上がるつもりなのである。

 

(クックックッ……待っておるがよい人間め。すぐに手玉に取ってやるのじゃ)

 

 イリハは狐だが、狸の皮算用をしていた。

 まぁ頑張れ、と言っておこう。

 

 それから、数日後……。

 

「身請けの準備が整いました。明日の朝、お迎えに上がる予定です」

 

 その報告を聞いて、ちょっと早すぎない? と思いつつ、ついに来たかと心の帯を締め直した。

 イリハはどこぞの新世界の神のようなゲス笑いを隠し、ここで嘘泣きをしてみせた。

 するとイシグロは目に見えて動揺して、竜族奴隷に命じて回復魔法をかけてくれた。これを受けると気分が良い。

 

「本当に、本当に何とお礼を言えば良いか……。私めのような下賤の者を身請けして頂けるなど、感謝の極みにございます……」

 

 最後に恭しく首を垂れてやれば、アホなイシグロ達は帰って行った。

 計画の一歩目は成功と見ていいだろう。何をするにしても、身請けされないと始まらないのだから。

 

「さて……」

 

 とはいえ、だ。

 明日になれば、この悪趣味で気色悪い忌まわしき屋敷ともおさらばである。

 イリハは唯一の手荷物である母の鏡を風呂敷に包み、明日に備えて早く寝る事にした。

 

 不安半分、高揚半分と言ったところ。

 布団の中、イリハはそわそわしながら眠りについた。

 

 

 

 ガチャリ。

 

 扉の鍵が開く音。物音に気が付き、イリハは寝ぼけ眼のまま目を覚ました。

 部屋は薄暗く、時間はまだ未明。遊女達の仕事が終わり、多くの住民が眠っている頃。

 眠らない都、カムイバラが眠る時である。

 

「なんじゃ……?」

 

 そんな時間に、何処の誰が何用だろう。ゴロキチが最後の仕事を命じるとか、そういうのだろうか。

 ゆっくりと上体を起こそうとした、その時だ。

 

「んぐッ……!?」

 

 首に、ほんの一瞬の痛みを感じた。

 イリハは訳も分からぬまま首を絞められ、気を失った。

 

「浪人というのは、より稼げる仕事をするものなのだ。愚かな主人に仕える、哀れな仔狐よ……」

 

 意識が途切れる寸前、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 瞼の裏、少し離れたところで人の話し声が聞こえる。

 男と女。騒いでいる訳でもないが、音だけはやけに鮮明だった。

 

 ハッと、イリハは目を覚ました。

 天井が遠い。薄暗くて、広い部屋だ。視界の隅に火の光。仰向けのまま首を動かすと、沢山の蝋燭に囲まれている事が分かった

 蝋燭の外側に、複数の人影があった。光の関係でしっかりとは見えないが、彼等の声だろう。男が二人、女が一人。あと、さらに奥の方に大きな影。

 

「な……?」

 

 じゃらりと鎖の音。手首に圧迫感、ひとまず上体を起こそうとしたイリハだったが、手足には錠がかけられていて台に固定されていた。

 大の字のまま、身動きが取れない。冷静さを失ったイリハはなおも身をよじり、じゃらじゃらと音を鳴らしてしまった。

 

「どうやら目覚めたようだな」

 

 イリハの覚醒に気づいて、三対の瞳がイリハを見た。まるで野山の獣に睨まれたように、イリハは動けなくなってしまった。

 言いながら、影の奥から一人の大男が歩み寄ってきた。男は狼人だった。上半身裸で、身体の至る所に入れ墨が彫ってあった。

 無意識に魔眼が発動する。男の氣を見て、イリハは愕然とした。イシグロよりも氣が多く、目を焼く程に眩い光を放っている。

 

「ねえ、お薬ちゃんと使ったの?」

 

 もう一人、今度は妙齢の美女が現れた。

 紫の髪と朱色の眼。蝋燭に照らされた肌は死体のように青白く、人間らしい生気が感じられない。いやらしく笑う唇の隙間に、鋭く尖った犬歯が見える。吸血鬼だ。

 彼女の氣は歪で、色んな色が混ざって複雑な形になっていた。

 

「血の巡りの問題だと思うがな。まぁ、声を出しても何処にも届かぬよ」

 

 そして最後、鬼人の男がくつくつと笑う。

 その顔には見覚えがあり、その声には聞き覚えがある。鬼人の彼は、イリハの護衛だった。

 話した事はなかったが、いつも部屋の前にいて……イリハの首を絞めた張本人である。

 

「ひぃ……!」

 

 イリハは身を引こうとして、できなかった。冷たい鎖の音がやけに響く。目を逸らすように、魔眼を引っ込めた。

 彼等全員を見て、怖気が走ったのだ。仙氣眼なしでも分かる。こいつらは、まともではない。

 証拠がある訳でもない、理由も特にない。強いていうなら、その眼だ。極端に濁っているかと思えば、異常な程に澄んでいる。

 狼人も、吸血鬼も、鬼人も、イリハを見ているようで見ていない。何か別のどこかを見ていて、今ここに居た。

 会話はできても話は通じない。人生経験の乏しいイリハにさえ、そう確信できる異様さが感じ取れる者達だった。

 

「ふふふっ……この子、怯えているわ。可愛いわ、可愛いわ、食べちゃいたいくらい……。ねえ、少しくらい先に貰ってもいいかしら?」

「駄目に決まってるだろう。商品に傷をつけるな。契約を守れ」

「ちぇ~、こんなの生殺しじゃないの~」

「それに、契約に反した場合は強制的に呪いをかけられる。貴様にはその覚悟があるのか?」

「分かってるけどぉ、こんな顔されたら我慢できなくなっちゃうわ。早く終わらせてほしいわね……」

 

 言って、吸血鬼女は死人のような白い手でイリハの頬を撫でた。

 ぞわりと、悪寒が走り、鳥肌が立った。顔を背けて身をよじるも、女はそんなイリハの反応を愉しんでいるようだった。

 

「とはいえ、此奴は陰陽術の使い手だ。大丈夫だとは思うが、何をしでかすか分からぬ。時が来るまで今一度眠らせるのはどうだ?」

「それもダメだ。施術は起きていないとできない。用意もない。このまま起こしておく方が手早く済むだろう」

「じゃあ、それまで遊んでもいいわよね。ふふっ、血色が良いわねぇ……」

 

 声も出せず震えるイリハを囲んで、三人は存外親密そうに話していた。

 しかし、彼らの間からは剣呑な雰囲気が抜けなかった。イリハにというより、この場の全員が全員に対して、敵意や害意というものが明け透けだった。

 

「随分と賑やかだニャ~。ここは宴会会場か何かなのかニャ?」

 

 そこに、艶めかしい女の美声が響き渡る。三人は会話を止め、声の方を見た。

 カラン、コロンという下駄の音。暗い影の中から、更なる漆黒が這い出てきた。

 

「あら、もう起きてたのかニャ」

 

 ヒトガタの闇の如き、黒髪の女だった。

 陰陽術師の衣装を着崩し、胸元を大胆にはだけている。彼女の頭には猫人の耳があり、背後に三本の尻尾が見えた。

 

「ね、猫又……?」

 

 いや、違う。猫又は二股に分かれた尻尾が特徴のはず。この女の尻尾は三つだ。

 恐怖心がそうさせたのか。イリハは無意識に魔眼を再度発動した。

 次の瞬間である。

 

「んぐっ……!?」

 

 強烈な吐き気に見舞われ、イリハはすんでのところで嘔吐を耐えた。

 イリハに見えた氣の世界。猫又の女の身体は、支離滅裂な構造をしていた。

 凡そ生物にはありえない、多種多様に過ぎる氣の光。女の内側は、まるで絵画の顔料を適当にぶちまけたような混沌極まる色をしていた。

 この女は人類ではない。そのように感じ取った。

 

「ニャフフ~♪ さっそく視てくれたのかニャ? どうかニャ? 妾の身体、綺麗でしょう?」

「は、ひっ……?」

 

 カラン、コロン。

 下駄を鳴らして、黒い女が歩み寄ってくる。そうして、女はイリハの眼を覗き込んできた。

 彼女の瞳には、ゆらゆらと揺れる青い火が燃えていた。否、そう錯覚させる程、この女には得体の知れない情念が渦巻いているように見えたのだ。

 

「うんうん♪ 情報通り、正真正銘の仙氣眼♪ これなら大丈夫ニャ♪」

 

 かと思えば、一転笑顔になって離れた。

 その笑みは純朴な町娘のように無邪気で、何の屈託も無かった。

 

「確認が済んだなら早く済ませろ」

「分かってるニャン♪ さぁて、気合入れていくニャよ~♪」

 

 言うと、収納魔法に手を突っ込んだ女は、いくつかの木箱を取り出した。

 開閉し、台の上に道具を並べていく。その動きは手慣れていて、熟練を感じさせた。

 

「約束通り、終わったらこの娘は貰っていいのよね?」

「構わないニャ。抜け殻なんて興味ないのニャ」

「まぁ! 早くして頂戴! そろそろ我慢の限界なのよ!」

「小生からも、迅速に終わらせる事をお勧めする」

「そう焦るニャ。急ぎはするけど、施術に焦りは禁物ニャ。ほら、集中できないから遠く行ってろニャ」

 

 清潔な手拭。筆のような小刀。純度の高い酒。

 何事か書かれた紙札の束。透明な容器に、ドス黒い水。そして、銀色の匙。

 かたん、と。全ての道具を並べ終えると、漆黒の女は再びイリハを見下ろした。その顔は、にんまりと笑っていた。

 女の手に、一本の針があった。

 

「お待たせ。イリハちゃん♪」

 

 声をかけられた。それだけで、イリハの身体は恐怖のあまり硬直した。カチカチと歯が鳴って、我知らず目から涙が溢れた。

 喉が凍えて言葉を発せないイリハに、女は楽しげに続けた。

 

「まぁこれから死ぬ子に説明する意味とか無いんだけどニャ。一応の礼としてニャ」

 

 プスリ、と。無造作な手つきで、イリハの左腕に針が突き刺された。

 激痛。しかし、不可思議にも声は出なかった。身体が跳ねて、涙が溢れる。

 

「この針はイリハちゃんの動きを封じる為の呪具ニャ。何でこんなのを使うかっていうとね。陰陽術とか呪術とか術式の関係で、貴女には施術中は起きてて貰わないといけないのニャ」

 

 プスリ、プスリ……。作業のように、右腕に五本の針が突き刺される。

 激痛が迸り、イリハは刺される都度に気を失いそうになった。

 

「ホントはこういう事するの趣味じゃないんだけどニャ~。今ちょっと急いでて、イリハちゃんが泣き叫ぶトコ見てあげられないの。ごめんニャ?」

 

 台の反対側に移動した女は、今度は左腕に針を打っていった。

 

「あ、そうそう。今から何の施術をするかっていうとニャ……」

 

 全ての針を打ち終えると、女は再度イリハの顔を覗き込む。

 それから、嗜虐心に満ちた笑みを浮かべてみせ、云った。

 

「その眼、抉り取るんだニャ♪」

 

 一瞬、言っている意味が理解できなかった。

 眼を抉り取る? 何の為に? 意味が分からない。全く理解できない。本当に、この眼を? 生きたまま?

 それの、何が楽しいというのだ? 何故、そんな笑顔を浮かべられる?

 

 言葉を咀嚼し終えると、イリハの心胆は凍り付いた。それは、殺されるよりも遥かに残酷な事のように思えた。

 藻掻こうと思っても、身体は全く動かない。手も足も、声も口も瞼でさえ、突き刺された針によって封じられていた。

 

「ニャフフフ♪ 良い顔ぉ♪ あー、時間さえあればもっとじっくりできるんだけどニャー」

「おい」

「おっと、そうだったニャ」

 

 言うと、女はごく小さな小刀を手に取った。鋭利な刃が蝋燭の火を反射する。

 

「では、これより……。仙氣眼の摘出手術を始めるニャ♪」

 

 切っ先が迫る。まずは瞼を切り取るつもりなのだ。

 心だけが震え、身体は弛緩している。生理的な震えでさえ、針で以て封じられていた。目を閉じたいのに、それすらできない。

 イリハは心を閉ざそうとして、それさえも出来なかった。諦観も、絶望も、今は隣人ではなくなっていたのだ。

 蝋燭に照らされた銀色の刃が、ゆっくりゆっくりと迫りくる。

 

 その時、イリハは過去を思い出していた。

 故郷での母との暮らし。

 奴隷となってからの日々。

 身請けをすると言ってきた男の笑顔。

 

 ――いつか、イリハに大切な者が出来た時、そうしたらな……思いっきり愛してやるのじゃ。

 

 母の声が、聞こえた気がした。

 結局、母以外にイリハを愛してくれる者など、現れる事はなかった。

 いつか。いつかはと、そう思っていた時期もある。だが、最後の最後まで巡り合う事はなかった。

 好きになった人も、愛したいと思った者もいない。誰もイリハを愛さない。

 

 死にたくない。愛されたい。

 褒めてほしい。認めて欲しい。

 せめて一度だけでも、愛し合ってみたかった。

 

(このまま死ぬなんて嫌じゃ! まだ何もしてない! 死にたくない! お母さん! 誰か助けて……!)

 

 今際の際、イリハはこれまでに一度として、誰にも届いた事のない本心を叫んだ。

 

 

 

 その時である!

 

 

 

 ドガァアアアアアン!

 一条の光が落ち、天井に穴が開く。破砕、轟音、空間が揺れる。

 その場の全員が身構え、漆黒の女もまた手術を止めて音の方を見た。

 舞い落ちる埃の中、穴の真下に一人の男がいた。

 

「くぉ!?」

「ぎゃ!?」

 

 瞬間である。姿勢を低くした影は、間にいた鬼人と吸血鬼を跳ねのけイリハ目掛け突撃!

 

「最悪ニャーッ!」

 

 イリハの前にいた猫人が掌で結界を張ると、男は力任せの横薙ぎで弾き飛ばした! 猫女は結界ごと壁に激突!

 刹那のうちに四閃。瞬く間に拘束を解き、イリハを抱え退避。逃げようとしたところに、狼人が立ちふさがり方向転換。

 壁を背にする所で、まるでお姫様にそうするように下ろされるイリハ。いつの間にか針が抜けていて、空いた穴に回復魔法がかけられていた。

 そして、イリハを背にして、謎の男はこの場の敵全員と相対した。

 

「い、イシグロ様……?」

 

 イリハ視点では、男の背中しか見えない。

 地味な革鎧に、黒い髪。それから、鈍く光る黒の剣を握っている。

 見慣れた訳でもない。けれど、彼の背格好には覚えがあった。

 ほんの一瞬、イシグロが振り返る。黒い瞳と目が合った。

 

「……安心してくれ」

 

 再度、敵を見据え、イリハのご主人様候補は剣を構えた。

 

「君を助けにきたんだ」




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炉利転変

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称、色んな人視点です。
 よろしくお願いします。


 地に潜む者達を、リンジュの月が見下ろしている。

 

 天井に空いた大穴から、冬の月光が降り注ぐ。舞い上がる埃が光を反射して、やけに神秘的にその場の清濁を照らし出した。

 剣を構える男と、その後ろの狐人。

 距離を離して相対するは、猫又の女。狼人の男。鬼人の男。吸血鬼の女。

 イリハを除き、この場に銀より下の者はいなかった。常人であれば窒息する程の緊張の糸が張り詰める。

 

 諸悪の一人、猫又の女は歯噛みした。考え得る限り、最も最悪に近い状況である。

 猫又女はイリハの先約の顧客である。当初は正規の手段で購入しようとしていたのだが、ロリコンのせいでそれができなくなってしまったのだ。仙氣眼が本物かどうかも確かめたかったし、施術に好都合な時期を見計らっていたらこのザマだ。

 もし、イリハが彼奴の下に行ってしまえば、おいそれと手出しできなくなってしまう。故に、柄にもなくこんな強硬策を講じてしまったのである。

 

 計画は単純。イリハを誘拐し、見つかる前に彼女の眼を摘出する。拙速にも程があるが、それしかなかった。

 急場しのぎで集められたのが雇われ三人。鬼人のヤスケ。吸血鬼のヴァスラ。そして、狼人のジャルカタール。全員、銀細工相当の実力者であり、そのうちジャルカタールは銀上位の力がある。

 恐ろしい程の出費になったが、猫又女はそれくらいイリハが欲しかったのである。否、仙氣眼が欲しかったのだ。

 偏に、後の世の為に。

 

「一度ならず二度までも。イシグロ、お前邪魔だニャ……!」

「初対面だと思うんですけど」

 

 迷宮狂い、イシグロ・リキタカ。

 本来、今頃イリハの所有者となっていた男。イシグロの介入は予想こそしていたが、まさか当の本人に見つかるとは思っていなかった。そもそも、どうしてこの場所が分かったのか。やはり誘拐方法がザルだったからか。いや、それはいい。

 仕切り直しだ。故にこそ護衛を雇ったのだ。再びイリハを奪還し、逃走する。仕方ないが、それしかない。

 

「連絡は届いています。もうすぐ此処に応援が来る予定です。皆さん逃げた方がよろしいかと」

 

 冷たく固まったイシグロの顔には、人間らしい表情が伺えなかった。構えられた剣は真っすぐ敵に向いている。

 しかし、瞳の熱だけは隠せない。彼の剣先は、怒りで震えていた。ならばと、猫又女は思考する。

 当然として、地下室には結界が張ってあった。それを突破できるのはあの竜族くらいだろう。つまり、あの獣系魔族が来ている。直近の増援で、銀細工級ちんちくりんが三人。

 奴の言う事は嘘ではないだろう。つまり、尚のこと今しかないのである。ただでさえとんでもない出費だが、この際多少の出血は覚悟すべきだ。

 

「お前ら! 今すぐイリハを奪還するのニャ!」

「プランB!」

 

 二人の頭目の命令は、殆ど同時に発せられた。

 状況が動く。各々が武器を手に、イシグロに向かい攻撃せんとした。猫又は収納魔法から錫杖を取り出し、狼人は幅広の曲刀を手に踊り出る。

 その行く先を防ぐように魔法が着弾した。空から三つの小さな影。銀の竜族が杖を向けていた。

 

「やぁあああああッ!」

「おっと……!」

 

 ずがん! 場を俯瞰していた鬼人にグーラが襲い掛かる。轟音を伴い、頑丈なはずの木床に亀裂が生まれる。

 裏切りの鬼人は、心底楽しそうな笑みを浮かべ刀を振るう。グーラは剣の間合いを維持しつつ、上下左右と動き回って必殺の牽制を続けた。

 

「渡さないわグギャ!?」

「こっちを見ろッス!」

 

 イリハに向かい駆け出していた吸血鬼にルクスリリアの魔法が直撃。半身を焼かれた吸血鬼だが、瞬きの後には回復していた。

 そのまま、血吸い蝙蝠と化した鬼は宙を飛び、小さな淫魔と空中でぶつかり合った。血の槍と深域の鎌が火花を散らす。

 

「はぁ!」

「おう!」

 

 襲い来る狼人を迎撃するように、イシグロは前に出て剣を合わせた。

 両手持ちの無銘と、片手持ちの曲刀が拮抗する。狼人ジャルカタールは、イシグロを膂力で圧倒していた。

 

「今のうちニャ……っと!?」

 

 イリハが無防備になった。隙と見た猫又が動いた瞬間、上空に冗談みたいな魔力反応。咄嗟に結界を生成すると、猫又の結界に鎖が巻き付いてきた。 

 

「逃がす訳ないでしょう」

 

 拘束魔法だ。だが、抜ける事はできる。猫又は巧みな魔力操作で結界に穴を開け、輪っか潜りの要領で脱出した。背後でガチンと鎖が締まる音。

 

「エリーゼ、アヴァリの娘かニャ。今はちょっと相手してあげられないニャ」

「……貴女名前は?」

「言う訳ないニャね! ほい、【水行・滝登り】!」

 

 片手間に編まれた水の陰陽術がエリーゼに飛来。空の銀竜は障壁を張らず魔力飛行に集中し、速度を上げた。背後で盛大な破砕音。陰陽術による滝が天に落ち、第二の大穴を作り上げた。

 一足早くイリハの下に辿り着いたエリーゼは、自分とイリハを覆う魔力障壁を生成。お得意の引きこもり戦法だ。

 

「大人しくしてなさい」

「は、はい……!」

 

 魔力大砦。術者を中心とする全方位の魔力障壁を張る魔法。代わりに、使用中は他魔法の発動ができない。

 装填された砦は、魔力消費を度外視して物理・魔法ともに最高水準である。これに引きこもられると、主人のイシグロにさえ突破できない要塞と化すのだ。対人戦において、エリーゼが勝てずとも負けない理由がコレであった。並みの魔術師でこの砦は突破できない。

 しかし、黒の猫又は、並みの魔術師などではなかった。

 

「術式構築が甘いのニャ!」

 

 にやりと笑む猫又女。錫杖から氣混じりの魔力が放たれ、それは障壁の表面に浸食。装填された魔術式に干渉し、中の式をズタズタにしていく。

 如何な堅牢な城壁でも、内から入れば開けられる。精緻極まる魔力操作により、エリーゼの魔力障壁にノイズが走った。

 このままだと、砦が壊されてしまう。それは魔力が視えるエリーゼにも、氣が視えるイリハにも明白であった。

 

「エリーゼ様!」

「問題ないわ」

 

 しかし、当のエリーゼに焦りはなかった。

 彼女の視線の先、狼人と切り結ぶ主人が収納魔法に手を突っ込む。引き抜かれたその手には、呪詛の籠った投げ矢。

 

「オラァ!」

「おっ!?」

 

 飛来する投げ矢を、猫又はすんでのところで回避した。術式干渉が途切れる。エリーゼは一度障壁を切った後、今度は権能付きで魔力大砦を張り直した。中身がバレたとはいえ、多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 

「お前一人でやろうってのかニャ?」

「俺が前に出る。お前は後ろだ。隙あらば障壁を解け」

「分かってるニャよ」

 

 狼人を掻い潜り、イシグロは猫又女に襲い掛かった。当然、逃げられる。

 あえて二人に囲まれる構図を作り、迷宮狂いは自身に注目を集めさせた。その狙いは明瞭に過ぎた。

 

「これ以上やっても損しますよ……!」

 

 だが、その行動は、当人の感情とは乖離していた。

 イリハを護る。その為に時間を稼がなくてはならない。けれど、イシグロの内心は怒りに満ち満ちていた。

 何故か? 目の前でロリが傷つけられそうになっていたからだ。

 端的に言って、イシグロはキレて冷静さを失っていた。

 

「続行ニャ……!」

 

 故にこそ勝機がある。猫又は更なる陰陽術を編み上げた。

 放たれる氷槍。イシグロが受け流すと、透かさず狼人が斬りかかる。荒々しい連撃に防戦一方のイシグロは、しかし狼の爪牙のみに集中できてはいなかった。

 隙あらば、猫又はエリーゼの障壁を壊そうとする。都度けん制して阻止するイシグロだが、それこそ隙になる。如何にチートがあったとしても、腕の数は二本で剣は一振りなのだ。

 イシグロが押されている。それは戦闘の素人であるイリハにさえ明白だった。無論、彼の劣勢には理由がある。

 

「どうした黒剣。貴様の腕はその程度か」

「ちっ、クソがよ……!」

 

 元来、イシグロは迷宮の魔物を殺し、自分が生き残る事に特化した戦法の使い手だ。

 転移直後、単独時代から今に至るまで、イシグロの本領は単騎での遊撃だ。常に足を動かして、狩るべき獲物を少しずつ削る死にゲースタイル。かつてエレークトラの一党を壊滅させられたのも、あの時イシグロが本領を発揮できていたからこそだ。

 畢竟、イシグロは護衛対象がいると全力が出せないのだ。これまで上手くいっていたのは、仲間と連携が出来ていたからだ。だが、現状それはできない。

 

「ハッハァ! この仕事受けてよかったと心底思うぞ!」

「くっ!」

 

 加えて、目の前の狼人が純粋に強かった。

 これまでイシグロが戦ってきた冒険者の中では、間違いなく最強だ。“剛剣鬼”ラフィ並みの膂力に、“風舞”ニーナ並みの敏捷。あまつさえ背後からはいやらしい援護が飛んでくる。

 

「ぐぅ、邪魔なんだよお前ぇ!」

 

 防戦一方。追い詰められる。追い詰められていく。致死の攻撃を凌ぐ度、イシグロから余裕が失われる。

 怒りが燃えていた。守りの剣が攻めに転じていく。黒剣の攻勢を、狼人は悠々と受け止めていた。

 猫又がほくそ笑む。術中であった。

 

「所詮は獣よな! 根本が迷宮剣術のソレよ!」

「この人、巧い……!」

 

 また、苦戦しているのはイシグロだけではなかった。

 闇の中、嵐の如き暴力が地下の壁床を傷つける。右へ、左へ、上へ下へ。炎雷の剣撃を、鬼人の柔剣がいなしていた。

 返す刀を振るえば、グーラの身体に浅くはない傷が生まれる。血が舞うソレを炎で塞ぐと、大牙の獣は再度突貫。

 

「くっ、四号ちゃんさえ使えれば! アンタなんか瞬殺なのよ!」

「なら使えばいいじゃないッスか」

 

 高い天井の近くでは、淫魔と吸血鬼が飛び回って切り結んでいた。

 此方は双方やる気に欠けるのか、イリハに向かおうとする吸血鬼をルクスリリアが邪魔をするという構図が連続していた。

 乱れ舞う血の槍が射出され、回転する大鎌が全てを撃ち落とす。怒る吸血鬼に対し、淫魔は冷淡な眼を向けていた。

 

「そこニャ!」

「グぁッ!」

 

 そして、ついにイシグロがまともに攻撃を食らった。

 大部分を鎧が防いだものの、イシグロは痛みに体勢を崩してしまった。そこに狼人の連撃が襲い掛かる。

 倒れそうになる身体に活を入れ、イシグロは剣で以て応じてみせた。だが、受け流せていない。剣の丈夫さにモノを言わせて、死の軌道を逸らしているだけだ。元の流麗な剣技は見る影もない。完全に、激情に駆られていた。

 

 イシグロの強みは、チート剣術のみにあらず。手札の数、状況適応力が高いからこそ、模擬戦にて無敗を誇っていたのだ。

 だからこそ、自分より強い冒険者にも勝てていたのである。

 

「まだまだァ!」

 

 気合、根性、あるいは憤怒。

 イシグロは砕けんばかりに柄を握りしめ、決して膝を屈する事はなかった。

 

 

 

 彼等の戦いを、イリハは魔力大砦の内側から眺めていた。

 イシグロだけではない。自分を助けにきたという一党が、命を懸けて戦っている。

 見舞いに来てくれた奴隷達、彼女等とは面識がある。知らぬ仲ではないのだ。

 

 土産を持ってきてくれたルクスリリアは、吸血鬼と壮絶な空中戦を繰り広げていた。

 心優しい獣系魔族のグーラは、明らかに相性の悪い鬼人と斬り合っていた。

 そして、自分を身請けすると言っていたイシグロは、血を流しながらも猫人達と戦っていた。

 

「イシグロ様……」

 

 障壁の中、エリーゼは魔法を撃てない。回復魔法も同様である。自動で戦う魔導書も、この乱戦では邪魔になる。

 ただひたすら、魔力障壁の維持にのみ集中していた。少しでも気を緩めると、猫又が干渉してくるのだ。仲間に回復をかけ、支援をしたいところを、自分も援護をしたい心を押し殺し、銀竜の令嬢は耐えていた。

 

「うぅ……!」

 

 ギュッと、胸が痛くなる。

 膨らんだまま、満たされていない自尊心に穴が開く。空虚な眼には、彼等の勇ましい奮闘は直視に堪えなかった、

 もう止めてほしい。こんな自分なんて、守らなくていいのだ。

 

「え、エリーゼ様、私など放っておいてください……。それより、イシグロ様の援護を……」

「……貴女、いい加減その気色悪い演技をやめなさい」

「えっ……?」

 

 苛立ち混じりの言葉。

 驚くイリハに目もくれず、エリーゼは努めて冷静に戦場を俯瞰していた。

 

「バレているわ、最初から。貴女が本性を隠してる事くらい。私だけじゃなくて、皆にね」

 

 そう、イリハの演技は、彼等が初めて見舞いに訪れた時には既にバレていた。

 魔力で感情が分かるエリーゼ。匂いで判別できるグーラ。下心に敏感なルクスリリア。彼女達にはイリハの大根芝居など透け透けであり、それを主人に伝えてもいた。

 しかし、ロリに対してだけはりんご飴よりも甘いイシグロは、あえてイリハの企みを良しとしていた。

 皆、ペルソナ無しでは生きていけない。ロリコンは、そこまで傲慢ではなかったのだ。

 

「なら、どうして……?」

「わかるでしょう。貴女を助ける為よ」

 

 助けにきた。イシグロはそう言っていた。

 今、必死になって戦っているのは、つい最近会ったばかりの異種族女を助ける為だと。

 けれど、イリハは彼に嘘を吐いていた。騙すつもりでいたのだ。利用するつもりだったのだ。

 そんな醜い自分と知って、何故に今なお戦っているのだろう?

 

「そういう男なのよ」

 

 障壁の外、イシグロが被弾。左腕が動かなくなる。片手で剣を振り回し、傷つきながら戦っている。

 王笏を握る手が震えている。エリーゼは今にも飛び出したいだろうに、主の命令に従ってイリハを守り続けていた。

 

「こんの! そろそろ死ねドブカスがァ!」

「ははは! それが貴様の本性か! どれ、もっとさらけ出してみろ!」

 

 イシグロだけではない。この場の皆、必死に戦っている。誰のかも分からぬ血潮が飛び、床に血だまりが広がっていく。

 イシグロ達が傷つくと、イリハの心には強い自責の念と罪悪感が芽生えてきた。

 

「そんな、わしなんかの為に……」

「そう、貴女なんかを助ける為に、イシグロ・リキタカは命を賭けられるの」

 

 迷う事なくねと、エリーゼは付け足して、小さく呟いた。

 

「……惚れた弱みね」

 

 エリーゼは複雑そうな顔を是正し、イリハに振り返った。

 

「でも、貴女にはやれる事があるわ」

「やれる事……?」

 

 首をかしげるイリハに、エリーゼはにやりと笑んだ。

 竜族だから気づけた。彼女なら出来るという確信。この戦、天狐を制した者が勝利する。

 

 

 

 二対一。自分より強い剣士と、得体の知れない魔術師。

 彼女等と相対するイシグロは、かつてない程に劣勢だった。

 左腕は上腕が折れて使い物にならない。魔術を食らったせいで体力も減少している。集中力もギリギリで、最初は受け流せていた狼人の攻撃も今では打ちつけ合うのがやっとだ。

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 

 常になく、イシグロは思いっきり吠えて威嚇した。

 思えば、こうやってボロボロで戦うのは久しぶりだった。

 

 単独時代、イシグロは毎日のように死にかけていた。

 チートがあるとはいえ、元は喧嘩一つした事のない一般オタク。群れを成して襲ってくる野犬に、トラックよりも大きい猪。何度も挑み、何度も逃げて、最後に勝ってきたからこそ、イシグロは銀細工を授与されたのだ。

 そんな生活で心が折れなかったのは、細かい理由こそあれ偏に彼が度し難いロリコンだったからだ。夢のロリハーレムの為だと思えば、自分の痛みには鈍感になれる。イシグロはそういう男だ。

 

 故にこそ、イシグロは如何に傷つこうとも屈しない。

 迷宮狂いという冒険者は、手負いになるにつれ意地汚くなり、往生際が悪くなり、奥底に隠された狂気が表に出る。生命力が消えるまで、この男は止まらない。冷静さを失おうと、戦意だけは増していくのである。

 だが、それはイコールで強くなるという訳ではない。

 

「ほらよッ!」

「くっ! がぁあああああ!」

 

 刃が重なる。姿勢が崩れ、押し込まれる。片手で受け流しができる程、イシグロの精神力は強くなかった。

 ジリジリと迫る刃。イシグロは凄絶な怒りの形相を、狼人は凄絶な笑みを浮かべていた。

 

「そのままよろしくニャ……!」

 

 目にも留まらぬ指捌き。印を結ぶ、術式を編む。闇夜の影の陰陽術が構築される。

 しゃらん、杖を突く。猫又は自身の周囲に五つの魔法陣を形成した。否、それはただの陣ではなく、リンジュ式古代魔術――陰陽陣だ。

 魔力がうねり、氣が舞い上がる。精緻極まる術式構成が、絶死の魔法を生成する。

 

「陰陽互根、五行相生……」

 

 やがて五つの陰陽陣は重なり合い、一つの陣へと姿を変えた。

 複雑で、緻密で、長年かけて作り上げた芸術作品の如き陰陽陣。この場に陰陽術師がいれば、腰を抜かす程の完璧な術式構築。

 狙った相手を、必ず殺す技である。

 

「これで終わりニャ……! 死ね、【天意流転領域】!」

 

 瞬間、猫又を中心として世界の法則が書き換わった。

 生と死の境界が曖昧に、真っすぐな物が歪み。清が濁に。天が地に。全て、生かすも殺すも思うがまま。

 これぞ陰陽術の究極奥義、“天意流転領域”。発動したが最後、戦の趨勢は猫の掌の上である。

 

「まずはお前ニャア!」

 

 カッ! と猫眼が見開かれる。憎き敵の、生命活動を終わらせるのだ。

 魔力を捻り、邪魔者を消す。イシグロの氣に干渉し、浸食し、操作し……で、できない!

 どれだけ命じても、肝腎の氣がいう事を聞かない!

 

「ま、まさか……!?」

 

 冗談だろう。嘘だろう。天の意を借る猫又は、誰にも愛されない狐人を見た。

 視線の先、竜の張った砦の奥で、哀れな仔狐が此方に掌を向けていた。

 陰陽祖の眼を見開いて、母譲りの髪を浮かせ、九本の尾(・・・・)をなびかせている。

 天狐イリハが、流転の領域を掌握していた。

 

「わわ、我が名はっ……」

 

 イリハは臆病な狐だ。

 昔、同年代の子供に除け者にされて、以降心が傷つく事を極度に恐れるようになった。

 癒えない傷を抱え、母に縋り、親離れできない仔狐だ。

 

「我が名は、イリハ! イリハ・カムイモリ・リンジュカナエ!」

 

 そんな彼女を支えていたのは、何か。

 母性への執着か。愛への渇望か。膨れ上がった自尊心か。それもあるだろう、だがそれだけではない。

 それは、ほんのちっぽけな、誰に言っても信じてもらえないであろう、誰にも認めてもらえない。彼女が思う貴き生まれの義務(ノブリス・オブリージュ)である。

 

「天狐キィナの娘! 九尾の末裔! 鈴の樹の守り人!」

 

 グッと、掌を握り込む。次の瞬間、展開していた領域が霧散する。

 もし、この場に陰陽術師がいれば、イリハのしでかした理不尽に失禁する事だろう。猫又の女さえ、呆然としてしまった。

 最小限の魔力で、最大限の氣を操り、最高強度の術を破却する。精緻の極みと称える事さえ憚られる、神がかり的な陰陽術。

 

「夜の街での乱暴狼藉、まこと許し難し! 例え月が許しても、祖たる眼は如何に視よう! このわしが! 成敗してくれるのじゃーッ!」

 

 ババーン!

 調子に乗ったイリハは、勢いよく見得を切ってみせた!

 一同、呆然。術を壊された猫又はおろか、空中で鍔競り合っていたルクスリリアと吸血鬼さえ停止してしまった。否、エリーゼだけは満足そうな表情になっていた。

 見得を切ったまま、徐々に顔を赤くしていくイリハ。しかし、今更取り消すなんて出来ない。

 

 天井に空いた穴から、冷たい風が入ってきた。

 次の瞬間である!

 

「ぐぉ!?」

 

 狼人が痛みに呻く。

 イシグロが狼人を蹴り飛ばしたのだ。

 

「そうか……そうだったのか……」

 

 誰にともなく、イシグロは呟いた。

 剣を払い、周囲を見渡す。

 その眼から、一筋の涙が流れていた。

 

「世界の心は君だったんだな、イリハ」

 

 は? イシグロの奴隷以外の全てが首を傾げた。

 

 少し時を遡る。

 それは、イリハが盛大に名乗りを上げた直後の事である。

 狼人の膂力に押し込まれていたイシグロは、聞いたのだ。

 

 このわしが! 成敗してやるのじゃーッ!

 成敗してやるのじゃ!

 してやるのじゃ♡

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 のじゃ?

 

「はっ!」

 

 瞬間、イシグロの脳裏に存在しない記憶が蘇る!

 

 

 

 夏の田舎、夕暮れ、ひぐらしの鳴き声。

 遊びに行った帰り道、少年イシグロは古い家の庭に足を踏み入れた。

 縁側に、人ならざる人影。座した彼女が小さく手を振っていた。

 彼女に走り寄った。小さな手で頭を撫でられる。安心感が心を満たした。

 風鈴の音、蚊取り線香の匂い。それから、見上げた彼女の頭には……。

 

「そうかそうか、偉いのうリキタカ」 

「ほら、わしが膝枕をしてやろう。なに、遠慮するでない」

「そうじゃのぅ……。リキタカが大きくなっても覚えていたら、結婚してやっても良いのじゃ♡」

 

 エンディングテーマが流れ、スタッフロールが始まる。

 秘密基地、田んぼ道、誰もいない神社……。

 そして、十年後、二人は再会する。

 

「大きくなったのぅ。リキタカ……いいや、旦那様♡」

 

 で、なんやかんや全米が泣いた。

 

 

 

「うぉおおおおおお!」

「くっ! こいつ急に!」

 

 瞬間、イシグロは駆け出し、婚儀を阻む邪魔狼に斬りかかった!

 ガギンガギン! その太刀筋は先ほどとは別格! スパークしたロリコンブレインに蓄積された戦闘ログから、最適な戦闘技能を汲み上げているのだ!

 

「ご主人、その剣は……ニーナ先輩の!?」

 

 淫魔剣聖シルヴィアナ、その後継。風の如く舞う剣が、狼人を圧倒していた!

 この男、土壇場でこれまでの戦闘経験を直に技術へ変換したのである!

 

「チェンジ! フォーメーション・アルファ!」

 

 同時に、イシグロは頭目としての冷静さを取り戻していた。情報は集まった。(けん)に回るのはもうおしまい。ここから、逆転する。

 命令を聞くや、彼の一党員は弾かれたように行動を開始した。ルクスリリアは急降下。グーラは地下室狭しと走り出し、

 

「行くわよ、イリハ」

「のわ!?」

 

 エリーゼはイリハをおんぶし疾走! ロリの上にロリを載せる、これぞまさしくロリタンク! 名付けてイリハリーゼ! これより戦場に参る!

 フォーメーション・アルファ。これは迷宮狂い一党が迷宮狂い一党の所以たる経験により編み出された連携技能である。

 迷宮の脅威は、はちゃめちゃに流動的だ。固まって動いていては死んでしまう。故に肝要なのが個人の自衛力であり、一党としての連携力だ。しかし、ただ上手に動けるだけでは、迷宮で生き残る事はできない。時には、型のない連携こそが肝要なのだ。

 ワンフォーオール、オールフォーワン。要するに、皆好き勝手動いて好き勝手フォローしようぜ。まさしく高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しているのだ。ぶっちゃけ、ただの自衛力の押し付けである!

 

「ぎゃー! 何よこの炎!」

「クソ! 逃げるな!」

「待て! イシグロォ!」

 

 フリーになったエリーゼから回復魔法が飛んでくる。全快になった頭目もまた同様、皆と一緒に好き勝手動き始めた。

 それはさながら、四人で一つの生命体。グーラが斬り込み、ルクスリリアがフォローして、イシグロが本命をぶち込み、エリーゼが薙ぎ払う。その逆も然り。

 イシグロの本領は単独だ。けれど、彼の一党の本領は乱戦である。ロリコンとロリ、陰と陽。これぞまさに、ロリコン的天人合一思想の体現である!

 

「ヒャッハー! どけどけぇ! 黒剣一党のお通りッスー!」

「なによこいついきなンアーッ!?」

 

 敵は防戦一方だった。個々の実力で勝っていても、一党としての連携では劣っている。

 枷から解き放たれたように、イシグロもルクスリリアもグーラも、そして好戦的な笑みを浮かべるエリーゼも絶好調になっていた。

 彼等は犯罪者を制圧しているのではない。迷宮の主と戦っているのだ。ならば、相手がどんなに強くても勝てる。迷宮の主とは、概して人より恐ろしいのだから。

 

()ッ!」

「くっ、猫又の! 回復をよこせ!」

「自分で何とかしろニャ!」

 

 依然として、イシグロはキレている。だが、キレながらもクールだった。

 肉体に剛力を、精神に冷徹を。そして我が運命をロリに委ねよう。イシグロは、戦士として一歩先に成長したのだ。戦いの中で強くなるあたり主人公の鑑である。

 

「舐めるニャよ!」

 

 そんな主人公様を、猫又の冷たい瞳が睨みつけていた。超攻撃的陰陽術、まずは竜族の足を破壊する。

 しかし、これはもう攻略済みだ。イシグロは、チームメイトを信じているのだから。

 

「ぶっ壊れろニャ、【水行・黒氷刃】!」

 

 禍々しい氷の刃が飛来する。そのままではエリーゼに当たる軌道だ。

 だが、誰もフォローしない。エリーゼは構わず攻撃魔法の準備に入った。する必要がないのだ。

 何故ならば……!

 

「取り消しじゃ!」

 

 バギン! 迫る氷刃は、軌道の最中で弾けて消えた。

 ほんの指先程のイリハの氣が、完璧に見えた陰陽術の脆弱部位を突いて破壊せしめたのである。

 

「さっきから見てれば雑な術式ばっか組みおって! 魔力の無駄遣いをするでないと母に教わらなかったのか貴様ぁ! 母上はもっと上手じゃったぞ! この下手くそォ!」

「ニャン……だとォ……!?」

「耳元で叫ばないでくれる……?」

「あ、ごめんなのじゃ」

 

 イリハの能力はさっき見た。発動前、発動後に拘わらず、彼女は陰陽術式に干渉する事ができるのだ。

 それはさながら、他人が書き上げた作文に無慈悲な赤ペンを入れるかの如く。あるいは大鍋のスープに泥水を一滴入れるかの如く。もしくは習字で書いた「誠」の前に「伊藤」と書き加えるかの如く。

 ともかく、イリハの前では、全ての陰陽術師はデクの坊になってしまうのだ。

 

「イリハナイスゥ!」

「流石イリハ!」

「やりますねぇ!」

「やればできるじゃない」

「ま、まあ! こんくらい余裕なのじゃ!」

 

 のど元過ぎれば熱さ忘れる。褒められたイリハは、さっきまでの震えを解消し凄まじきドヤ顔を披露していた。

 優勢が劣勢に、戦況は完全に逆転していた。陰陽術は完封される。イリハはエリーゼにおんぶされ、ところ狭しと走り回っていた。

 これは、詰みではないのか。

 

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

 再度、猫又は歯噛みした。イリハの仙氣眼は欲しい。チャンスは今しかない。

 だが、少々時間をかけ過ぎた。流石にもう応援が来るはずだ。ここで捕まってはどうしようもない。

 切り札を使うか? いや、それでは本末転倒だ。仙氣眼は欲しい物リストの最上位にあるが、必須ではない。

 なにより、ここで死ぬ訳にはいかない。

 

「撤退ニャ! 皆、生きてたらまた会おうニャ! 金はそん時にニャー!」

 

 決心は一瞬。猫又女は懐から一枚の札を取り出すと、それを地面に叩きつけた。

 瞬間、ボワッっと煙幕が地下室を満たした。

 

「逃がすか!」

 

 万全のイシグロが駆ける。敵味方反応レーダーに従い、何の容赦もなく剣を振るう。

 手応えが、ない! 煙の中で斬ったのは、軟体系の魔物を殺した感触。青白い粒子が見える。変わり身か!

 

「イシグロ、おもしれー男ニャ。けど、もう二度と会いたくないニャ」

 

 どこからともなく聞こえた声は、煙と共に消えていった。

 

逃がすか(・・・・)……!」

「ぎゃああああ! いったぁあああい!」

 

 煙は地下室を満たしたが、逃走に成功したのは猫又だけであった。

 狼人はグーラが、鬼人はルクスリリアが、吸血鬼はエリーゼの魔法で下半身が蒸発していた。呪詛の権能により、再生が阻害されている。再起不能だ。

 

「うぉおおおおお!」

 

 これ以上、手がかりを逃すつもりはない。イシグロは鬼人に向かい、武士道に反する背後からの奇襲を敢行した。

 

「ぐは! 貴様、誉れはないのか!」

「外道には背中の傷が似合いだろ!」

 

 何とか逃れた鬼人はイシグロと相対する。ルクスリリアはグーラの援護に向かい、エリーゼも狼人に照準していた。狼人は銀一人では手に余る。

 乱戦にお見合いはない。イシグロは初手に無銘を投擲。躱される。次いでメイスを投げ、脇差を投げた。メイスは避けられ、脇差は叩き落とされた。

 イシグロは打刀を引き抜き、蜻蛉の構えで突貫! 対する鬼人は刀を鞘に納めた、居合である!

 

「「はあ!」」

 

 交錯の瞬間、血しぶきは舞った。

 鬼人の背中には、無銘と脇差が突き刺さり、胴は腕ごと斬られていた。

 無銘と脇差に装填された、呼び出し魔法によるものだ。卑怯とは言うまいな。

 

「剣の達者かと思えば、邪剣使いであったか……」

「黙れ、犯罪者がカッコつけてんじゃねぇ……!」

 

 一閃、横一文字に眼窩切断! 鬼人剣士は、利き腕と両目を失い、最後に両足を切断されて倒れた。

 もう逃げられまい。猫又の情報を吐くまで、楽しい拷問が待ってるぞ。

 

「はっはぁ! チビのくせによくやる!」

 

 残るは狼人である。

 曲刀を振るう彼は、危なげなく三人を圧倒して笑っていた。

 

「皆! トリカゴ作戦だ!」

 

 各々了承して、狼人を包囲。

 そして、一斉に遠距離魔法をぶっ放した。

 間髪入れず、絶え間なく、ドッカンドッカン景気よく撃ちまくる。ルクスリリアは淫魔流の拘束魔法を、エリーゼは拘束魔法を本命にした命中重視の魔法を、グーラは雷を照射して牽制し、イシグロはつかず離れずの距離で矢を射ていた。

 

「この! ふざけるなよ!」

 

 一瞬の隙を突き、狼人が疾走! 狙うはルクスリリア。鎌の防御ごと、断ち切ってやる!

 

「死ねぇ!」

 

 ガギィン! 押し込む曲刀! 力を籠めればその首を落とせる!

 押し込む、押し込む、押し込め……ない!

 

「氣が強いと操作が楽で良いのぅ!」

 

 狼人には分からなかったが、彼の中にある氣の流れがイリハによって阻害されていたのである。故に、思ったよりも力が出せなかったのだ。

 それはほんの僅かな差でしかなかったが、それこそがロリコンにとっての好機となった。

 

這いつくばれ(・・・・・・)……!」

 

 鎖が飛ぶ。エリーゼが拘束し、転倒する!

 

「はあ!」

 

 フォースライトニング。グーラが雷を発射し、武器が手放される!

 

 

「終わりだ!」

 

 三つ同時に番えられた呪いの矢が、狼人に突き刺さった!

 

「ぐっ、おぉおおおお!」

 

 なおも藻掻く狼人に、メスガキスマイルを浮かべたルクスリリアが立ちはだかる。

 

「じゃあ、これはどうッスか!」

「ギュ!」

 

 キィィィィィン!

 深域武装の大鎌、その石突きが、狼人のゴールデンボールに直撃した。

 狼人は、あまりの痛みに気を失った。これはしゃーない。誰だってそうなる。イシグロだってそうなる。

 

「こっちもやっとこう」

 

 地下室の出口付近、下半身を失った吸血鬼が、這いずって移動していた。翼の付け根には酷い火傷。

 本来、すぐに再生するはずの吸血鬼だが、エリーゼの呪詛の権能で再生能力が阻害されているのだ。

 

「くそ! こうなったら一か八か……!」

 

 覚悟を決めた吸血鬼の腹に、矢が突き刺さる。

 だが、それは悪手。彼女を封殺するには口を狙うべきだった。

 

「起きて! 四号ちゃん!」

 

 吸血鬼の叫び。その声に、地下室の影にいた巨影が反応した。

 どしん、影が立ち上がる。ずしん、影が歩み出る。

 それは、身長三メートルを超える巨人――鎧武者の大羅山人(ダイダラボッチ)だった。

 

「四号ちゃん! 巨大化よ!」

 

 次の瞬間、グーラのサッカーボールキックが炸裂し、吸血鬼の顎が砕かれた。

 

「ウォオオオオオオオオオム!」

 

 だが、一足遅かった。

 主の命に従い、大羅山人が雄たけびを上げる。

 

 影が伸びる、膨らむ、大きくなる!

 見る見るうちに、それは見上げる程の大きさとなり、地下室をぶち破って屹立した。

 

「ウォオオオオオオオオオオム!」

 

 全高、十七メートル。最大まで巨大化した大羅山人。フルアーマー四号ちゃんが吠える。

 カムイバラの夜に、鎧の巨人が聳え立った。

 

 

 

 見上げる程の巨人の登場に、地上は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 逃げる群衆。泣き出す子供。呆然とする冒険者達。

 その中に、ガチ武装を整えていた集団がいた。

 

「くっ、出遅れたか! マブの奴、上手くはいかなかったようだが……!」

「ほう、大羅山人さんはやろうと思えばああもデカくなるのでござるか」

「いやアレは別格なのだ!」

「そんな事言ってる場合じゃないじゃん?」

 

 ヨタロウと忍者ズである。

 しかし、さしもの銀細工でも規格外の巨人相手には物怖じしていた。

 方や堅実な槍使い。方や斥候特化の忍者である。ジャイアントキリングはちょっと苦手かな、と。

 

「揃いも揃ってなぁに情けない事ゆーとんねん! 大丈夫や! 言われた通り、ちゃーんと連れてきたでな!」

 

 そこに、踊り子風の武闘家が推参。

 次いで、彼女の背後からとてつもない重量物が下りてきた。

 

「おやおやおやッ! カムイバラの楽しい夜を邪魔するとは! これは生かしてはおけませんねぇッ!」

「あ、アンタは……!」

 

 金色に輝く二本角。太く逞しい筋肉。そして、自信に満ち満ちた大音声。

 その胸には、キラキラ輝く金細工。

 

「アレの相手は私がしましょうか!」

 

 リンジュ共和国の切り札。金細工持ち冒険者。

“剛傑”のライドウである。

 

「……誰でござる?」

「あー、えーっと……知らないのだ」

「バカ! 闘技場の支配人じゃん!」

 

 残念、金細工持ちは影が薄かった。




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ロリコンの掟

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がっています。
 誤字報告も感謝です。いつもありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 オーガポンとかいう期待の超新星。イイネイヌもかわいい。
 ルビコン旅行の途中だが、キタカミにも行きたい……!

 今回は一人称、イシグロ視点に戻ります。
 よろしくお願いします。


 イリハが誘拐されたその日は、これまでの異世界生活で最悪の朝となった。

 

 店主のゴロキチが叫んだ直後、俺はすぐさま店主を問い詰めた。

 安全を確保すると言ったはずだ。なのに、これはどういう事だ。犯人と組んで更なる身代金を得るつもりかと。

 すると、店主は腰を抜かしながらこう答えた。

 

「護衛の奴が裏切ったんだ! 昨晩、奴がいきなり部屋に来て、刀でオレをぶん殴ってきたんだ!」

 

 曰く、護衛の鬼人侍はリンジュ正規の傭兵ではなく、冒険者資格をはく奪された裏傭兵であるらしい。それも金さえ積めば何でもしてくれる類いの。

 事実かどうかは分からないが、主犯は護衛鬼人に豊狸屋より多くの金を渡してイリハを誘拐させたのだろうと。

 誘拐とくれば取引交渉だが、今現在そういう申し出は無い。つまり、イリハは金ではない理由で誘拐されたのだ。

 

「てか、なんで店主殺さなかったんスかね? そのくせ毒は盛ってた訳ッスし」

「ど、毒!?」

 

 それについては、何となく心当たりがあった。

 この世界、主人と奴隷には契約魔術による死の連鎖がある。主人が死ぬと、その所有奴隷が死ぬというやつだ。以前、ルクスリリア達にもかけてあったものだ。

 だからこそ、イリハと初めて会った時に、この男はイリハの価格をぼったくってきたのである。俺が激昂しないと踏んで。

 で、気絶させたゴロキチに追加で毒を盛ったのは、恐らく口封じの為なんだろうと思う。すぐ死なれるのは困るが、そのうち始末しておきたい。事が終わった後なら、イリハが死んでも構わない。

 要するに、使い捨てるつもりなのだ、イリハを。

 

 また、イリハを欲しがってる奴というのは、俺以外にそうそう居ないはずである。しかも今になって、だ。

 だが、もし狸店主の言っていた“先方”が実在するのであれば……。

 

「答えろ、先約の名前は?」

「しぇ、シェンリー商会と名乗っていた! オレは手紙でしかやり取りしてない! 本当だ!」

「手紙を見せろ」

「それが無いんだよぉ!」

 

 これは、どうなのだ。

 いずれにせよ、店主の言う事は信じるしかない。なにより時間がないのだ。下階から幾人かの声が聞こえる。恐らく、カムイバラの同心とか岡引だろう。

 非常時とはいえ、扉を破壊したのは俺だ。誘拐の件は無実だが、今捕まるのは問題である。

 現状は一刻を争う。俺は狸人の胸ぐらをつかんで、語気強く命令した。

 

「死にたくないなら俺を雇え」

 

 

 

 

 

 

 店を出た俺は、ゴロキチの依頼で合法的にイリハの捜索をする事となった。

 とはいえ、俺に人探しのノウハウはない。監視カメラのない異世界、誘拐されたイリハが何処に行ったのか全く見当がつかない。

 なので、餅は餅屋だ。焦る気持ちを抑え、俺達は最初に冒険者ギルドに向かった。仲間を募るのである。

 

「おう、任せるでござるよ!」

「よっしゃ! ほんならウチは色んなトコに口利いたるわ!」

「おいおい! 俺を忘れるなよ!」

 

 それから顔見知りの忍者ズに捜索を依頼して、同時に占い師に頼んで居場所を探らせた。

 そうこうしていると、ちょうどその場にいたミアカさんとヨタロウさんも協力を申し出てくれた。

 

「深夜に誘拐されたにしても、カムイバラから出てるってのは考え難いのだ」

「そうそう、此処って出入りとか割と厳しいじゃん」

 

 そもそも、カムイバラは人の出入りの管理が厳重な街であるという。

 例え裏ルート的なものを利用したとしても、往来するにはいずれかの門を潜らなければならないのだ。故、昨日の今日で外に居るというのは考え難いと。

 

「出ました! 対象はまだ東区内にいます!」

「よし、東区なんて庭みたいなモンでござる!」

 

 占いの結果、イリハはまだ東区内にいる事が分かった。

 人が多く広大な東区だが、目星は付いた。俺達は手分けして東区を捜索する流れになった。

 

「ほな、ウチは遊郭らへんの人等に声掛けてみるわ! 自慢やけどウチの人脈ハンパないで、任せとき!」

「へへっ! 終わったら呑もうぜ、マブ!」

 

 人類はアイテムボックスに入らない。故、小柄とはいえ人攫いはイリハを担ぐなり包むなりして運ばなければならないのだ。深夜とはいえ、何かしらどこかしらで人目にはついている可能性は高いだろう。

 なのでミアカさんには歓楽街を中心に聞き取り調査をしてもらい、ヨタロウさんには同業者からの情報を集めてもらった。

 

「来いッス! ラザニア!」

 

 人脈のない俺達は、ギルドの許可を得てラザニアに乗って空からイリハを捜索した。

 もし、イリハが何処かの建物にいるというなら、そこは厳重に守られているのではと考えての事だ。これは当てずっぽうだが、怪しい所は虱潰しにしていくつもりだった。

 

「あの屋敷、結界が濃すぎるわ」

「あぁ……匂うな。行くぞ」

「うッス。ラザニア、一旦下りるッスよ」

「時間が惜しい、エリーゼ」

「分かったわ」

「え? でも間違ってたら……」

「そん時はごめんなさいだ。行ってくる!」

 

 ラザニアから飛び降り、イリハの気配に急降下。

 エリーゼの魔法で結界を壊して、俺は地下室に侵入した。

 

 そこに、イリハがいた。

 彼女は手術台のような所で寝かされていた。

 手枷足枷をつけられ、拘束されていたのである。

 

「……クソがよ」

 

 ところで、俺は可哀想なのは抜けないタイプの男だ。

 中でも痛そうなのは特にダメだ。

 それもロリが相手のやつだと、尚の事。

 

 だからこそ、イリハの状況と、その周辺にある道具を見て、その使用用途が理解できて……。

 頭がカッとなった。

 

 以降、暫くの間、記憶が曖昧だ。

 

 

 

 そして、何とかイリハを奪還した後……。

 

 

 

「ウォオオオオオオオム!」

 

 俺達は、再びカムイバラの夜空を飛んでいた。

 ラザニアの背には俺とイリハとグーラ。ルクスリリアとエリーゼには自前の魔力飛行で追従してもらっている。

 

「ひ、ひぃ~! 怖いのじゃ~!」

「大丈夫です、しっかり掴まっていて下さい」

 

 十七メートル級巨人の周りを飛ぶ。その光景はさながら、映画村に等身大ガンダムが建造されたかのようだった。

 巨人は戦国武将を思わせる全身甲冑を着ていて、如何にも防御力が高そうだ。というか、BASARAの本多忠勝そっくりだった。

 

「クソッ! ここは撮影セットじゃねぇんだぞ! エリーゼ!」

「わかってるわ、沈め(・・)!」

 

 一条、魔力の奔流が解き放たれる。結界さえ破壊せしめたエリーゼ最強の魔法だ。

 しかし、その一撃は不可視の力場によって阻まれてしまった。Iフィールド持ちはチートだろ。

 

「ノーダメージだ。そもそも当たってないぞ」

「なるほど、弱点対策の鎧って訳ね……」

「どうすんスか? エリーゼ無しじゃ火力不足ッスよ!」

「ぶちぬき丸も効くかどうか怪しいですね……」

「チッ、このままじゃ……」

 

 失態だった。吸血鬼を制圧するのが一歩遅れてしまい、こうなったのだ。

 心境的には、あんな面倒なのとは戦いたくない。とかく時間がないのだ。俺としては今すぐあの猫又を追跡して、後顧の憂いを断ちたいのである。

 だが、自分の尻は自分で拭かねばならない。街に被害が出るのは、それこそ俺の責任になる。客観的に見て、今俺がやらかしてる事は住民からすると大迷惑行為なのだ。

 

「どっせぇえええええいッ!」

 

 と思っていると、バチンという稲光の後に、凄まじい轟音が響き渡った。

 巨人に視線をやると、そいつはまるで盛大な右フックを受けたかのように首を傾けていた。その傍には、宙に浮く巨漢の姿。

 雷の巨漢はそのままジグザグの軌道で巨人の顎に移動すると、打ち上げるような掌底を放った。

 

「今です皆さん!」

 

 雷の音にも劣らぬ大音声。いつの間にか、巨人の足元に何人かの兵士が屯って弓なり槍なりで牽制していた。

 あの巨漢、見覚えがあるような無いような。やがて雷の化身は俺の前まで来ると、ビタリと空中で静止した。

 

「夜分遅くに失礼! 貴方がイシグロ殿か! 状況を知りたい! 説明をお願いできますか!」

「あ、はい」

 

 巨木の如き手足。金色の角。空中で腕組み仁王立ち。

 金細工持ちの鬼人だ。思い出した。この人、闘技場の支配人だ。

 

 ともかく増援と見ていいだろう、お叱りは後で。俺は極力簡潔に、彼に戦況を説明した。

 話の途中、彼は顎を撫でて難しい顔になった。

 

「その猫又には逃げられたのですか?」

「はい」

「うぅむ……!」

 

 凄く個人的な話だが、ぶっちゃけ俺は今みたいに危険な敵役が逃げる展開が好きではない。どうにも作者の都合というか、そういう物語的なアレコレを感じてしまうのだ。

 それは創作物の話だが、リアルになった異世界では尚の事、そういうヴィランはチャッチャと排除して後顧の憂いを断ちたいと思う。

 吉良吉影ではないが、ああいうのが居ると思うと熟睡できない。暗殺者の影に怯えて生きる事になってしまう。それでは、俺の想う楽しい異世界生活から離れてしまうではないか。

 俺はただ、ロリとイチャイチャしたいだけなのだ。異世界のゴタゴタなど、真っ平御免である。

 

「援護します。手早く殺りましょう」

 

 だが、それは俺個人の感情だ。

 第一目標であるイリハの奪還は成った。これ以上俺達が戦う理由はないが、義務と責任が発生した。

 何をするにしても、まずは巨人を何とかしなければならない。やれるなら、今すぐ終わらせるべきだ。

 

「いえ! それには及びません! それよりもです! 不躾な申し出ですが、貴方には私からの依頼を受けて頂きたい!」

 

 予想外の対応に、俺は目を丸くした。

 

「あの巨人は私がやりますので、貴方は猫又を追ってください! 捕縛は結構、可能なら討伐を! 金銭は後で!」

「しかし、それでは……」

「その猫又、特徴からして恐らく我々も手を焼いている極悪人です! それに貴方、怒っているでしょう!」

 

 突然の指摘に、これまた俺は口を閉じてしまった。彼の提案に否は無いのだ。できるのならそうしたいが……。

 すると、彼は時間が惜しいとばかりに雷電を迸らせ、巨人に対しぶちかましの姿勢を取った。

 

「その怒りは首魁を捕らえねばスッキリしない! それは気持ち良くない! そも、これはこの地に潜む悪党を見過ごしてしまった私共の責任です! その上で!」

「わ、わかりました……!」

「よろしい! くれぐれもお気を付けを! どぉっせぇえええええええい!」

 

 そして、金細工の鬼は再度突貫し、巨人の顔面に張り手を見舞った。

 偉い人の了承は得た。これで大手を振って猫又を殺せる。如何にも小者的な思考だが、任せろというなら任せたい。

 

 が、奴がそもそも何処にいるのか分からない。事前情報からして、門の近くにいるかもしれないが、それこそ向こうも読んでいるのではないだろうか。

 実際、動員可能な戦力に見つかるかどうかも分からない相手を追跡させるなど、リソースの無駄である。けれど彼は行けと言ったのだ。ならば俺は俺のエゴを押し通す。

 とりあえず、忍者ズと合流したいのだが……。

 

「あの、イシグロ様……!」

 

 と思っていると、イリハが遠くに指を向けていた。

 震える小さな指は、東区の外門に向いていた。

 

「あそこに、恐ろしい氣が視えます……!」

 

 イリハは怯えていた。

 戦いの熱が過ぎて、今度は直前の恐怖が戻ってきたのである。

 その上で、イリハは精一杯の勇気を出して、自身が恐怖する存在の居場所を教えてくれた。

 

「イリハ、君って奴は……」

 

 これで勇を見せねば、男が廃るというものである。

 俺はラザニアに命じ、件の猫又を殺す手段を講じる事にした。

 

「最高だ! 行くぞ、皆! もうひと踏ん張りだ!」

「あいッス!」

「はい!」

「ええ」

「へひ!? ひへへへ……」

 

 勇ましく応じてくれた一党の中、イリハはふやけた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 カムイバラ東区、門前広場。

 そこには大勢の住民が屯っていた。巨人の登場に怯え、避難してきたのだ。

 

 時刻は夜、当然外と繋がる門は閉じている。住民達も外に出たいと騒いでいる訳ではなく、門番に守ってもらおうとしている雰囲気だ。実際、リンジュの門番さん達は避難誘導をしていた。

 その人混みの中に、ソレは居た。見た目はごく普通の人間女。だが、イリハが言うのだ、間違いない。

 

「死ね……!」

 

 俺は、一切の容赦なく、急降下するヘラジカの上から矢を放った。

 だが、マジの殺意に反応してか、そいつはクルリと反転すると掌で結界を張ってみせた。

 バチン! 矢と結界が衝突し、稲光にも似た激しい光と衝突音が響く。近くにいた住民達は唖然となっていた。

 

「逃がさねぇぞクソアマ……!」

「しつこい男ニャ……!」

 

 勢いそのまま四足巨獣が着地すると、俺達は即座に地上に降りて駆け出した。

 ざわめく群衆を無視して、女に突貫する。女は変化を解くと、虚空に手を突っ込んで錫杖を取り出した。

 

「普通もう少し躊躇うもんニャよ!」

 

 それから、猫又は近くにいた住民に錫杖を向け、何らかの魔法を使おうとした。

 だが、そういうやり口は前世サブカルで見飽きている。切羽詰まった悪党は、概して人質を取るものだ。

 故に、先手を取る。

 

「ぅおおおおお! 範囲拡大、【淫魔妖姫誘眠】!」

 

 淫魔の鎌から、眠りを誘う靄が放たれる。猫又を中心として、無差別睡眠魔法をブッパ。即座にレジストした猫又だったが、人質が倒れた事で魔法の向け先を見失ってしまったようである。

 コナンの映画で見た。さしもの悪党もこれには驚くだろう。それに稼ぐのは一手分でいいのだ。

 

「死ねぇやぁああああ!」

「お前そんな奴だったかニャっとぉ!?」

 

 一閃、二閃、俺の攻撃は結界によって阻まれた。カウンターで放たれた魔法は、あえて上空へと受け流す。

 これまた時間稼ぎ行動だが、すぐに完了する。地下室と違い、今はコイツを殺す算段をつけているのだ。

 

「ほい! 一本釣りでござる!」

 

 眠る住民達を、忍者ズの一人が投網で回収していく。

 かなり乱暴なやり方だが、命には代えられない。怪我しても治療費は払うし、何なら慰謝料も払う。とにかく今は勘弁してくれ。

 

「ここは戦場になるのだ! 避難誘導するのだ!」

「ら、ライドウ様の? わかった!」

 

 猫ニンジャは兵士長に伝言。上司の命令に従った兵士は、俺と猫又の戦いから混乱する住民を離しにかかる。

 エリーゼとグーラは万一にも余波が飛ばないように群衆を守ってもらっていた。

 

「この! 英雄気取りかニャ!? ただの迷宮潜りが偉そうに!」

「うっせぇニャ! その口閉じろバカ女ァ!」

 

 剣と結界が火花を散らす。氷の刃を砕き、土の槍をいなし、炎の蛇を巻き取り潰す。至近距離で、俺は猫又の陰陽術を封殺していた。

 まるで初めてリンジュに来た時のように、あっと言う間に戦いの場が形成される。一党の三人はまだ群衆を守っていて、犬人忍者と猫人ニンジャは避難誘導中だ。

 近くに俺しか来ないと見るや、猫又は逃走ルートを探るように辺りを見渡した。

 

「逃がさないじゃん!」

「うげーっ! 何ニャこれぇー!」

 

 だが、忍者ズは三人いる。物陰から飛び出た兎NINJAは、一瞬の隙を突いて猫又に謎の球を投擲。

 パァンと水袋が割れ、謎液がまき散らされる。結果、猫又の足に変な液体が付着した。普通に臭い。獣人にこれはキツいようで、猫又女は顔をしかめていた。

 計画通り。これで、猫又はリンジュの斥候から逃げられなくなった。

 

「しつ! こい! ニャーッ! 仙氣眼はくれてやったんだからもういいだろニャ!」

「盗人猛々しいな! 神妙にお縄に付けや野良猫!」

「ああ言えばこう言う! 若僧のくせに生意気ニャ!」

 

 ターゲットを囲んで一対一。近接の距離だが、俺は攻めを継続しつつも決め手に欠いた立ち回りをしていた。

 一瞬の隙を見てか、奴の錫杖に魔力が籠る。狙いは俺じゃない。守護の穴、住民だ。

 けれど、それも対策済みである。

 

「なっ! 氣が集まらな――」

「はぁ!」

「いぎっ!」

 

 隙あり、俺は一歩踏み込んで猫又の腕を斬り飛ばした。

 やったのはイリハだ。彼女は今、得意の変化術で群衆に紛れ、そこから猫又の妨害をしてもらっているのだ。

 胴体を狙ったが、腕だけだ。しかし猫又には竜族とか吸血鬼族ほどの再生力はない。部位破壊による恩恵はかなりデカいはず。

 

「お待たせ! 連れてきたでぇーッ!」

 

 優勢を維持していると、ついに待ち望んだ援軍がきた。

 ミアカさんが連れてきたのは、かつて歓楽街で踊り狂っていた陰陽師ダンサーズだ。

 彼らは一糸乱れぬ動きで俺達を包囲すると、一斉に魔法を詠唱した。

 

「「「「「「術式連結、【闘技結界】!」」」」」」

「しまっ……!」

 

 俺と猫又を覆うように、四方に半透明の壁が生成される。

 これは闘技場で用いられている結界術の原型であり、使いようによってはこうして悪党を捕らえる事も出来るのだ。

 効果は単純で、内外からの干渉を遮断するのである。イリハの援護はなくなるが、これでやっと本気で戦える。

 

「ご主人様!」

「上から失礼!」

 

 結界の上から、スーパーヒーロー着地する影あり。槍使いのヨタロウさんと、グーラである。

 続いて、ルクスリリアとエリーゼが上空で武器を向けた。

 猫又視点、正面に俺で、右にヨタロウさんで左にグーラ。上にはルクスリリアとエリーゼがいるという構図だ。全員、銀細工相応の戦闘力がある。

 

「ちょっと、これは拙い事になったニャ……」

 

 冷や汗をかく猫又だが、まだ余裕そうである。

 最後まで油断しない。俺は連携を考慮して、打刀の橘を構え突進。槍を持ったヨタロウさんと、大剣を持ったグーラも続く。

 

「詰んだかニャ。だが……!」

 

 言いながら、猫又は切れた腕の断面を向けて来た。

 瞬間、腕の断面から真っ赤な肉が飛び出てきた。

 反射で斬ってしまった。これは軟体系の魔物……否、タコを切った時の感触に近い。

 え、これって、そういう事か?

 

「最悪ニャ! 最悪ニャ! 最悪ニャア!」

 

 キンキン声で喚く猫又は、まるでプラモのパーツを外すように自身の下半身を切り離した。

 ぼたりと落ちる足。しかし、奴は不可思議な原理で浮遊している。

 

「大赤字ニャーッ!」

 

 かと思えば、胴の断面から、光沢ある大蛇が生えてきた。

 いや、ヘビが生えたというより、ヘビになったのだ。それこそ、ファンタジー作品でいうラミアのように。

 ヘビが大きくなるにつれ、猫又本体も巨大化していく。ぐねぐねと、むくむくと、まるで順次リミッターを外していくようにして。

 

「おいおい、ありゃ何だ……?」

 

 決死の時、ヒトから魔物に変ずるという展開は、オタクからしたらそう驚くものでもないが、異世界人からしたらマジで意味不明なんだろう。

 ヨタロウさんもグーラも、結界外にいる住民達も、みんなSAN値をチェックされているような顔になっていた。

 

「グーラ!」

「わ、分かってます……!」

 

 俺は突撃を止め、三人で魔物を包囲する位置についた。

 猫又? いや何だろう、元猫又は左手にタコの触手を生やし、下半身がヘビになって、しかも巨大化までしている。

 完全に変身魔物である。これが切り札というなら、そっちのが気が楽だが。

 

「マブ、こいつホントに人類なのか……?」

「さぁ、知りませんが」

 

 猫又怪女から、ダンジョンボスに似た雰囲気を感じる。

 奴がヒトから魔物へ変じる過程で、俺の戦意はより増していった。

 正直、こっちのがやりやすいじゃん。

 

「ふんッ!」

 

 最初に動いたのは、猫又だった。タコの触手を結界にぶつけたのである。当然、小揺るぎもしなかったが、結界を維持する陰陽師達の眉が歪んだ。

 大丈夫だろうが、あまりぶつけられていいものではないだろう。さっさと殺すべきだ。

 

「リリィとエリーゼは待機! グーラ、いつもので! ヨタロウさんは!」

「お、おう! 援護なら任せろィ!」

「恐らく陰陽術を使ってくる。イリハの詠唱阻害はない。よし、じゃあ行くぞ!」

 

 暴れる怪物に、俺達は再度突貫した。

 

「こうなりゃ倉庫すっからかんになるまでやってやるニャ!」

 

 前に出る。伸び来る触手を切り裂き、避け、接近する。刀の攻撃が直撃するも、防御される。

 背後に影、回り込んだグーラの大剣が唸る。猫又の腹に直撃するも、鱗を剥す程度のダメージしか与えられていない。

 

「グーラ! お前もニャ!」

 

 振るわれる尻尾を避けると、上から援護魔法。拘束魔法が猫又の首を絞め、ルクスリリアの攻撃魔法が頭に直撃している。

 しかし、猫又は鬱陶しそうにしただけで難なく鎖を引き千切ってみせた。

 

「あぁぁぁぁあぁ! ほんとイライラさせてくれるニャア!」

 

 俺とグーラは一旦離れ、再び前後から突撃。その間を挟むように、ヨタロウさんが巨大猫又をチクチクしていた。

 状況は変わらない、俺かグーラが攻撃を当て、ヨタロウさんが陰陽術の詠唱を阻害。上から二人の邪魔が入り、その隙に俺とグーラが体勢を整える。

 

「ちょこまかと! 面倒臭いニャ!」

 

 ヒトの知能を持った怪物。字面だけ見ると、物凄く強そうだ。

 だが、元がヒトなら話は別だ。猫又は自分の身体に慣れていないようで、触手攻撃はともかくヘビ部分をあまり活かせていなかった。

 これなら最初からどっちかの形態に絞った方が強かっただろう。実際、陰陽術以外の体術も大したものだったのだ。

 

「ヤアアアアアア!」

「あッッッついニャア! 何なら今ここで取り込んでェ……!」

 

 バギン! グーラのアバンストラッシュが、猫又の持っていた錫杖を破壊!

 すると猫又は、即座に手首から先をカニっぽい甲殻で覆ってみせた。タコの触手とカニの腕、ヘビの足である。余計やりやすくなった。

 

「行ける行ける! このまま行くぞ!」

「はは! こいつは良い! イシグロ、今度一緒に迷宮行こうぜ!」

 

 怪物が怪物然としていくにつれ、前衛三人の連携はより密になっていった。

 ぎこちなかったヨタロウさんとも、この段になると阿吽の呼吸で動けていた。

 

「上からだと楽でいいッスねー」

「油断しないの」

 

 上からの援護魔法も激しさを増していく。

 完全に怪物退治であった。見世物のつもりじゃないが、気づけば結界の外はオーディエンスと化していた。

 

「頑張れー!」

「負けるなー!」

「やれ! やっちまえー!」

 

 結界の外から声援が届く。

 闘技結界で戦う俺たちは、さながらヴィランを倒すヒーローだった。

 先ほど削れた正気を回復させるように、人々は怪物退治に熱狂しているのだ。

 

「こんっのぉおおおお!」

 

 ダメージ甚大。ムキになった猫又は下半身のヘビを撓ませ、バネ仕掛けのように思い切り跳んだ。

 当然、エリーゼは魔力の盾を生成する。凄まじい衝突音。飛び掛かりを防いだエリーゼだが、小さな身体は上に押し出されてしまった。今狙われると拙い。ルクスリリアがフォローに入る。

 しかし、怪物の狙いは彼女ではなかった。猫又は盾で得た反発力を使い、凄まじい速度で急降下してきたのだ。

 

「フシャアアアアアア!」

 

 デカい怪物が落ちて来る。避けられる。避けられるが、勢いのまま地面を抉って逃げられるかもしれない。

 穴を掘られて逃げられる可能性は予想していたが、力任せに潜られるのは対策していない。

 仕方ない、賭けだ。俺は落下の瞬間に首を斬るべく、横薙ぎの構えを取った。

 

「この瞬間を!」

「待ってた!」

「じゃぁああん!」

 

 ドゴン! 地面から三つの影が飛び出た。それは各々網の端っこを握った忍者ズだった。

 忍者ズはまるで救助ネットを張るように網を展開すると、その中心に猫又をダストインしてみせた。

 

「「「忍法! 網漁の術!」」」

 

 網に猫又を入れた忍者ズは、怪物女で大漁になった網を持ち前の技量で地面に軟着陸させてみせた。

 それ多分忍法じゃないが、ともかくナイスだ。

 

「ぐぇええええ! クソ、邪魔するニャア!」

 

 ずしんと重たい衝突音。土煙の中、巨大な陰が蠢いている。

 

「一気に行く」

「はい!」

「おう!」

 

 つるべ打ちである。俺は弓を取り出し、威力重視の矢を放ちまくった。グーラも火の玉を投擲。続いて、上空から遠慮のない魔法が降り注ぐ。

 忍者ズとヨタロウさんも、各々飛び道具を投げまくっていた。

 

「ぐわあああああ!」

 

 その時、上空にとんでもない魔力反応。

 見上げると、白銀の髪をなびかせたエリーゼがEWラストのウイングゼロのように王笏を構えていた。

 

「結界の維持、踏ん張りなさい。さぁ、息絶えよ(・・・・)……!」

「退避ィ!」

 

 瞬間、一条の光が落ち、捕らわれの怪物を焼いた。

 

「ギャアアアアア!」

 

 その狙いは逸れる事なく、常にのたうつ怪物の中心を抉っていた。地面に穴を開けないよう、最大限の注意を払っていたのである。

 なお、爆風で押し出される俺達への配慮はない模様。

 

「ご主人様!? アレを……!」

 

 次の瞬間、極光に焼かれ続ける怪物から何かが射出された。

 それは、ヒトガタの女……全裸の猫又だった。

 狙いは明白。脱出装置まであるのかよ。

 

「逃がさないって……!」

 

 俺は鎖付の矢を番え、放つ。

 奴の腹にぶっ刺さったところで、思い切り引っ張った。

 

「言ったよなァ!」

「ひぃ!」

 

 飛び上がり、交錯の瞬間に居合斬り。

 思い切り胴体を斬ったが、すぐに例のモンスターの肉が盛り上がって来た。まだ再生能力持ってるのか。なら、何度でもやってやる。

 俺は武闘家スキルの応用で地面に向けドルフィンキックを敢行し、落下の勢いをつけて猫又の頭を叩きつけた。

 

「ぐぅうううううっ……!」

「なぁ! 鬼滅ごっこしようぜ!」

 

 そしてすぐさま立ち上がり、軽く上に投げてから刀を振りかぶった。

 

「お前玉壺(ぎょっこ)な!」

 

 コンマ以下秒、白刃が迸る。斬る、腰から下を両断する。斬る、脇から肩を切断する。斬る、首から下を別離させる。だが、再生される。断面から断面に向かい、太い血管が伸びて身体各部を接合しようとしているのだ。

 当然、それも斬る。斬る、斬る、斬る斬る斬る。再生される都度、それを上回る速度で切り刻む。無闇矢鱈な高速斬撃。殺意と生の追いかけっこ。 

 猫又みじん切りである。

 

「アガァアィアァヤアアアアッ!?」

 

 一閃、眼玉を斬る。

 二閃、鼻を削ぐ。

 三閃四閃五閃。ところ構わず斬りまくる!

 鬼滅ごっこと言ってはみたが、気分的にはMGRの雷電だ。こちとら連戦で疲れとるんじゃ、さっさと死んでいなくなれ!

 

「うぉぉぉぉぉァアァアアアアアア!」

「ギエエエエエァアアアアアアア!」

 

 常人には目にも留まらぬ斬撃の嵐。血が飛び散り、腕が飛び、新たな肉が細かく斬られて霧散する。

 俺の咆哮と猫又の悲鳴が重なり合う。構図としては吊るされた肉塊を斬りまくってる感じだろうか。エクストリーム異世界ケバブだ。

 斬りまくる、斬りまくる、斬りまくる。ここにきて、肉の再生速度が遅延した。

 猫の悲鳴が小さくなっていく。生命力のストック切れだ。

 

「ぐえ……!」

 

 ガッ! と。

 俺はダルマになった女の首根っこを掴み上げ、その心臓に切っ先を向けた。

 別に、今さらになって躊躇ったとか、そんなんじゃない。

 一つ、聞いておかないといけない事があったのだ。

 

「お前、エリーゼの呪い解けるか?」

 

 それは、単なる勘だった。

 訳の分からぬ術を持っているコイツの事だ。正体不明だというエリーゼの呪いについて、何か知ってるかもしれないと思ったのだ。もし、できるというのであれば、殺すつもりはなかった。

 それに、何か俺達の事知ってそうだったし。

 

「のろ、い……?」

「解けるなら、殺しはしない」

 

 聞くと、女は半壊した口元を歪め。心底見下した目で嘲笑ってきた。

 

「ちゃんと勉強しろ。出来る訳ないニャ。ば~か……♡」

「そうか。じゃあ死ね」

 

 刀を押し込む。切っ先が心臓を貫く感触がした。

 最後っ屁があるかもしれない。俺は刀を捻ってから引き抜くと、返す刀で首を落とした。

 

 どさりと、首と胴が地に落ちる。

 すると、奴の生首の断面から、小さな尺取虫のようなものが這い出てきた。

 こういうのもお約束だよなと。俺は呆れ半分でその虫を突いた。

 

 ぷつりと、何かの糸を絶った感触。

 虫は何度か痙攣すると、動かなくなった。

 死体が残っている。つまり、こいつは魔物じゃなかったんだな。

 

「ふぅ……」

 

 血塗れの防具を見て、改めて思う。

 初めての殺人だが……。

 まぁ、こんなもんかと。

 

「「「ワァアアアアアアア!」」」

 

 静寂の後、結界が解けて歓声が轟く。

 流石の異世界人メンタルとでも言おうか、リンジュの住民は怪物の討伐にめちゃくちゃテンションを上げていた。

 猫又の死骸に近づく住民はいなかったが、皆さんこの場の戦士達を盛大に喝采していた。

 

「おう、見ててくれたか! 俺の勇姿!」

「ニンニン! これも忍者の務めにござる!」

「ふふん、銀は銀でもいぶし銀の活躍だったのだ!」

「まぁ大した事してないじゃん? 当然の事じゃんよ!」

 

 ヨタロウさんと忍者ズは素直に声援を受け取って、各々ファンサなどしていた。

 離れた俺にも住民が寄って来たが、軽く挨拶してスルスル抜ける。

 俺はそういう気持ちにもなれず、杖を取り出して自身に【清潔】をかけてから皆と合流した。

 

「お疲れ~ッス」

「凄い人気ね、アナタ」

「なんだか英雄みたいです!」

「どうだろ。ん?」

 

 ふと見上げると、遠くで野太い叫びが聞こえてきた。

 同じタイミングで、巨人が討伐されたようである。

 かと思えば、青白い雷がこっちに向かって飛来。ずしんと、青白く帯電した巨漢が大地に降り立った。

 

「お待たせしましたねぇえええ!」

 

 落雷の如く現れたソレは、案の定金細工の巨漢鬼人だった。

 全身から戦いの熱を放射しつつ、彼は腕組みして周りを睥睨した。

 猫又の死体を見て、俺を見て、最後に住民達に向け笑いかけた。

 

「おや! これはこれは! 私の出番は無かったようですね! いやぁ出遅れちゃいました!」

 

 どうやら彼は人気があるようで、住民達のテンションは更に爆上がりした。

 鬼人は一通りのファンサをしてから俺の近くに来ると、右手を出して握手を求めてきた。

 

「名乗りが遅れました! 私はこの国で金細工を授かった者で、名をライドウと言います! おっと、吸血鬼達は捕らえてありますのでご安心を! この度はカムイバラの危機を救って頂き、誠にありがとうございます!」

「いえ、とんでもございません。元はと言えば自分が招いてしまった惨事なので……」

「何を仰る! ヴァスラもジャルカタールも! 貴方のお陰で捕らえる事ができたのですよ!」

「うおっと!?」

 

 大声に次いで、まるでボクシングの世界チャンピオンのように手を挙げさせられた。

 身長差の関係で、俺はつま先立ちである。

 

「皆さん! この方はラリス王国の銀細工持ち冒険者、“黒剣”のリキタカ殿でございます! どうか、勇敢なる異邦の戦士に盛大な拍手を!」

 

 瞬間、割れんばかりの拍手が鳴り響く。カメラのフラッシュこそないが、何処からか指笛の音が聞こえてきた。

 が、当の俺は胸中のストレスを隠すように仏頂面を維持していた。愛想笑いも今はちょっと難しい。こんな経験した事ないし、ぶっちゃけあんまり好きじゃない。

 そもそも、ああは言ってくれたが実際俺の失態でこんな騒ぎが起こったのだ。クウガが好きな俺としては、街の被害なんかも気になってしまう訳で……。

 

「い、イシグロ、様……」

 

 散々もみくちゃになった後に騒ぎの外に出ると、喧騒の隅から一人の狐人美女が歩み寄ってきた。

 彼女は俺の目前で立ち止まると、一度息を呑んでから変化の術を解いてみせた。

 そこにいたのは、先ほどの美女にそっくりな、けれど幼い容姿をした少女。

 桜色の髪をした、天狐のイリハだ。

 

「こ、この度は、わ、私めを……」

 

 その先の言葉は分かっているが、それは順番が逆だ。

 俺は彼女に跪くと、しっかり目を合わせてから口を開いた。

 

「イリハが無事で良かった」

 

 漏れ出たような言葉は間違いなく本心だった。

 少なくとも、彼女の身体は守られた。それが何よりも喜ばしかった。

 

「は、はい……!」

 

 再度、あの時の恐怖がぶり返してきたのか、あるいは違うのか。ともかく、イリハは泣きそうな顔になっていた。

 やがて、彼女は一筋の涙を流し、けれども拭う事なく表情を緩め……。

 

「本当に、貴方に出逢えて良かったのじゃ……!」

 

 満開の桜のような笑顔を浮かべた。

 

 その言葉を聞いて、俺はようやっと一息つくことが出来た。

 こっちこそ、救われた気持ちである。

 

「よっしゃぁああああ! このまま歓楽街行って宴会じゃあ!」

 

 かと思えば、そこにヨタロウさんがエントリーしてきて、俺を連行し始めた。

 

「いや、しかし、これから戦後処理が……」

「ええねんええねん! そんなん兵隊さんに任せとけば! それに、いざとなったら此処におる皆で証言したるでな!」

 

 あれよあれよと、俺はその場の皆にワッショイワッショイと運ばれていった。

 ルクスリリア達はちゃっかり胴上げの外にいた。なんてこった、胴上げされる俺を見て笑ってやがる。

 

「ほら、イリハちゃんも」

「ミアカさん!? きゃ!?」

 

 ふと見ると、イリハはミアカさんに肩車されていた。

 彼女の周りには、イリハと顔見知りの遊女たちが集まっていた。

 遊女達は口々にイリハの無事を寿いでいた。

 

「ははは! ならばその宴! 全て私が持ちましょうか! 我が家秘伝の酒も用意します!」

「うぉおおおお! 鬼酔酒! いっぺん呑んでみたかったんでござる!」

「さすが金細工なのだ! 太っ腹なのだ!」

「そろそろ名前覚えてやれじゃん」

 

 それから、俺達は歓楽街にある“萌虎のしっぽ”で宴をするのであった。

 

 まぁ、後の事は後でいいだろう。

 今はとりあえず、戦いの熱を忘れるフェーズである。

 零した涙も浴びた血も、ぜんぶ酒で洗い流すのだ。




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冬の桜、そして旅立ち

 感想・評価など、ありがとうございます。続きを書くモチベになっています。
 誤字報告も感謝です。マジでありがたいっす。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、アンケあります。
 すぐ閉じますので、気軽に選んでくだされば。


 戦の後の宴会は、それはもう盛大に行われた。

 

 まず場所。金の屏風やキンキラの謎オブジェが置いてある広い御座敷。加えて奥の方には何かの芸事を披露する用のステージがあった。

 俺はそこの上座? お誕生日席みたいなトコに座らされた。その場の皆で「コ」の字になるように座ると、これまた豪勢な料理が運ばれてきた。

 豪奢な座椅子とちっちゃくてゴツいミニテーブル。卓上にはおつまみが置いてある。凄く美味しそうだが、ちょっと気に入らない点が……。

 

「すみません、うちの子達の席がないようですが」

「へ? あっ、ただいまご用意いたします!」

 

 こういう時、奴隷身分はハブられがちだ。俺は従業員さんに言ってルクスリリア達の席も用意してもらった。

 俺の隣にルクスリリア達とイリハを座らせ、いざ宴の始まりである。今この場にいるのは俺の一党と忍者ズとヨタロウさんミアカさんと、あと陰陽師ダンサーズもいたわ。

 

「っしゃああああ! 今日はライドウさんの奢りじゃああああ! 呑むぜ呑むぜ呑むぜぇえええええ!」

「待てヨタロウ! 鬼酔酒が来るまでは程々にしとくのだ! せっかくの味が分からなくなるのだ!」

「ライドウさんじゃん。名前で呼んでやれじゃん」

「細けぇ事ぁいいでござる! 今宵拙者は胃袋の限界に挑むでござる!」

 

 それからはもう、いつものノリである。

 呑んで騒いで飯食ってバカ笑い。ステージの隅で演奏隊が音楽を奏で、踊り子が謎ダンスを披露する。一人につき何人もの遊女がついて接待し、今宵の戦士達は美女に酌をしてもらっていた。

 

「へぇ~、イシグロさん王都の人なんですかぁ~。あーしぃ、アレクシスト憧れてて~」

「そうですか」

「リンジュの服よりぃ、ラリスのが何かオシャレじゃないですかぁ~?」

「なるほど」

「けど王都って遠いしぃ~。道中も怖いかなぁ~って。一度でいいから旅行してみたぁ~い」

「悪いのは貴女ではありません」

 

 俺の周りにも何人か遊女がくっついてきて、正直あんまり楽しくなかった。お酌というならルクスリリアにしてほしい気持ちがある。

 ふとルクスリリア達を見ると、各々は存外楽しそうにしていた。イリハに絡んでるルクスリリアに、ヤクザが持ってそうなデッカい盃で酒を呑むエリーゼ。グーラは……うん、料理に夢中だった。

 

「わ、わしも働かなくていいのかのぅ……」

「ええってええって! ほらイリハちゃんも食べてーな!」

「むぐっ!? こ、こんなクソ美味ぇモン初めて食ったのじゃ!」

 

 お誕生日列の端に座るイリハは、なんか身を縮こまらせていた。が、それこそ当の遊女達からお客様扱いされていた。

 そういえば、イリハの身請けの話は伝わってるんだったか。遊女にもてなされてるイリハは困惑してる感じだったが、嫌ではなさそう。

 

「ん~! やっぱリンジュの卵焼きはマジ美味ぇッスね!」

「わかる。だしが効いてていい感じ」

「ご主人様、これも美味しいですよ!」

「う、うまく出てこないわ。この豆……」

「枝豆はな、こう端っこをつまむんじゃよ」

 

 そのうち、俺に付いていた遊女は他の客席に向かっていった。俺はこれ幸いとお隣の天使様達に甘えまくった。

 思えば、朝からずっとイリハを探し回っててロクなモノを食べてないのだ。俺もそうだが、皆もお腹が空いてるだろう。

 

「はっはっはっ! 盛り上がっているようですねぇ!」

 

 そこに、両手にクソデカ酒樽を持ったライドウさんがエントリー。会場の酒呑み達から歓声が響く。

 彼の持ってきた酒のお陰で、場は更に混沌の坩堝へと叩き落された。

 

「かぁ~! なんスかこれ! 前のとは全然違ぇッス!」

「ほう……なかなか美味しいわ」

「は、はい! お米なんですよね? これ。けどなんだか果物みたいに爽やかで……!」

 

 確かに、呑ませてもらったライドウ氏の鬼酔酒はめちゃくちゃ美味かった。

 以前ラフィさんに呑ませてもらったものとは全然違う。好みもあるだろうが、あっちがガチ鬼用だとしたらこっちは他種族にも優しい味って感じ。

 辛いのに甘くて、甘いのに爽やかで、爽やかなのにズシンと来る。ホントに絶妙なバランス感である。

 

「ん? イリハは呑まないの?」

「うん? うむ、その……実はな、お酒は呑んだ事ないのじゃ。機会もなかったし、それに酔うってのがちょっと怖くてのぅ……」

「えっ!? イリハって自称由緒正しき血統の癖に、お酒処女なんスか!? うぅ、可哀想ッス! 酒の味も知らずに処女やってたなんて処女処女しくって涙が出るッス……!」

「の、呑めらぁ!」

 

 で、案の定煽って来たルクスリリアに唆され、とりま一杯とおちょこに口をつけるイリハ。

 すると、彼女は目を見開いて……。

 

「……なんじゃこれ、“呑む幸せ”か?」

「ふふっ……その通りよ」

 

 陶然とした呟き。どうやら気に入ったようである。

 かと思えば、さっきまで遠慮がちにしていたイリハはグビグビ酒を呑み始めた。

 

「じゃあ、これも呑んでみる?」

「ほほぉ~! これがラリスの酒かの!」

 

 と、若干酔いが回ってた俺はアイテムボックスからポンポンと酒を出していった。

 エリーゼ用に色々あるのだ。夜森人葡萄酒(ダークエルフ・ワイン)とか、ドワーフ・ウイスキーとか、天使族製の果実酒とか。あと、俺用のラリス・ビール。

 こっちだけで消費するのも勿体ないので。それらは皆で呑めるようにしておいた。中でもヨタロウさんはラリス・ビールを気に入ったようで、疲れたリーマンの如くグビグビやっていた。

 

「あぁ~! くぅ、たまんねぇ! やっぱビールの本場はラリスだよなぁ!」

「ありがとうございます! いやぁ、最近はこっちの酒ばかりで、ラリス・ビールも良いものですね!」

「なな? ウチもこれ呑ませてもろてええ? やった! ありがとなイシグロさん!」

 

 協力してくれた皆さんにも好評だ。曰く、リンジュのビールとラリスのビールは微妙に違うらしく、輸送の手間とか需要とかも相まってそこまで出回らないらしい。

 まぁそんなのはどうでもいい。次々出される酒を、イリハは一口ずつ呑んでいった。もう隠すつもりもないのか、収めていた九つの尾も全開である。モフりたい。

 

「くふぅ~! 美味しいのじゃ!」

「貴女もいけるクチなのね」

「どんどん持ってくるのじゃ! わしは高貴な血の末裔なるぞ!」

「あ、でも獣人の方ってお酒そんなに強くないんじゃあ……?」

 

 ワインに米酒にビールにブランデー。今気づいたが、なかなかのチャンポンである。

 そうやってクピクピ呑んでいくと……。

 

「きゅぅ~……」

 

 ふとした瞬間に、九尾イリハはバタンキューした。

 口から涎が垂れて、目がぐるぐるしている。まぁ初酒なんてそんなもんよ。

 

「あら、早いわね」

「イリハは魔族でも竜族でもないんですよね。気配りができてませんでした」

「ま~、獣人は酒に弱いって聞くッスもんね」

 

 で、ダウンしたイリハはルクスリリアに膝枕してもらっていた。

 正直、どっちも羨ましい。したいしされたいのだ。

 

「勿論、資格さえあれば誰でも出場できますよ。イシグロ殿ならば、剣術部門になるでしょうか」

「へぇ、そうなんですか」

「お? なんだマブ、お前も出るつもりなのか?」

「どうでしょう。ヨタロウさんは出るんですか?」

「おう! 今度の銀細工部門でな!」

 

 ルクスリリア達にイリハを任せ、俺は冒険者達にお礼を言って回った。その中で、ライドウさんとは闘技場についての話をした。

 どうやら、例のトーナメントは冒険者資格があれば出場可能らしい。とはいえ、銀細工自体数が少ないので、俺が出られる大会は少ないらしいが。

 

「ほな! ここらでいっちょ踊ったるかぁ!」

 

 宴会がヒートしてきたところで、これまで給仕をしていたミアカさんがステージに上って踊り出した。

 これまでの舞踊と違い、ミアカさんの踊りは異世界人の身体能力をフルに活かした激しいダンスだった。なんだろう、エクストリームマーシャルアーツみたいな。凄いキビキビしてる。

 ミアカさんに続き、陰陽師ダンサーズも息を合わせた踊りを披露し始めた。烏帽子被った陰陽師の似非ロボットダンスは普通に面白かった。

 

「ぎゃはははは! 気分良いのだ!」

「言うてオレら裏方しかしてないじゃん? 今になって思うとオレら此処にいて良い訳? って思うじゃん」

「否! 裏方こそ忍びの本懐でござる! 誇るでござるよ!」

 

 酒が進み、謎の笑いが木霊して、音と踊りが場を盛り上げる。

 何というか、凄いバブリー味を感じる。まさに「酒! タバコ! 女!」って感じ。俺はタバコはやらないが、ヨタロウさんは窓際で粋に煙管をくゆらせていた。

 

 そんなこんな。

 

 しばらく後、ふと見ると忍者ズとダンサーズと遊女達がいなくなっていた。あとライドウさんとかその他数名。

 ミアカさんに聞くと、ライドウさんは仕事の続きで、他の冒険者達は仲良くなった遊女と休憩(・・)しに行ったらしい。そいえば此処そういう店だったわ。

 

「なぁなぁ、ウチらもこっそりひと休み(・・・・)せぇへん?」

「いえ、明日も早いので」

「なはは~! フラれてもうたわ!」

 

 宴もたけなわ。

 酔いつぶれたヨタロウさんと我が一党以外いなくなった席で、ミアカさんからお誘いを受けたが、丁重に断った。

 すると、ミアカさんはけたけた笑った後に、これまたイリハと並んで寝ているルクスリリアとグーラ。それと三人を介抱しているエリーゼの方を見て、言った。

 

「ほな、イリハちゃん頼むでな」

 

 その後、ミアカさんは足取り軽く去っていった。

 外を見ると、うっすら空が白んでいる。

 

 今日の天気は晴れらしい。

 

 

 

 

 

 

 さて、宴が終われば、戦の後の話である。

 

 ほんと、色んな事があった。

 豊狸屋での出来事の取り調べとか、イリハ誘拐事件の後処理とか、猫又討伐に関する諸々とか……朝から晩まで、可能な限り俺は国家権力様に協力したと思う。

 で、何から整理したものかという話だが。

 

 まず、俺が殺した化け物猫について。

 ライドウさんの話によると、件の猫又はリンジュでもラリスでも追っかけていた札付きの悪党であったらしい。

 盗みに殺しは序の口で、奴の持ち込んだ病で街が機能不全になった事もあったとか。ここ数百年の間、世界中の惨事の影には黒猫の足跡があったという。

 これまで奴はロクな証拠を残さず、なかなか尻尾を掴む事ができなかった。例え対峙できたとしても、殺すまでは至らなかったと。隠れるのが上手く、何より逃げ足が早かったのだ。

 

「いやぁ! 本当に助かりました! 正直、毛の一本血の一滴でも手に入れば御の字と思っていたもので、まさか討伐までして下さるとは! イシグロ殿には感謝しかありませんな!」

 

 とは、ライドウさんの談。

 そんな猫又の遺体はカムイバラのテロ対策チームが回収し、研究に使われる事になった。確かに、あの謎の回復力は異常だった。データはラリス王国とも共有し、以後の対策に役立てるという。

 ちなみに、猫又の名前は誰も分からず終いだった。追跡班には「三本尻尾」と呼ばれてたとか。

 

「と言う訳で! こちら、三本尻尾討伐の報奨金になります! で、こっちが私からの依頼の報酬です!」

「え!? いやいや、これは受け取れません! 第一、先に街で暴れたのは自分な訳ですし、頂けませんよ!」

「むっ! イシグロ殿、私が言うのもアレですが、リンジュにも面子というものがございましてな! それに、区長からもぜひお礼をしたいと……!」

「そ、それだけは勘弁して頂けませんか……?」

「まあ、イシグロ殿が仰るのであれば! しかし、金は受け取って頂きますよ! そうじゃないと私が困っちゃいますので!」

 

 結局、金は受け取る流れになった。

 が、偉い人とのコミュは全力で回避。これは存外ササッと通った。曰く、そういうのを嫌う冒険者は少なくないとか。

 

 次、イリハ誘拐事件について。

 これまた、猫又に協力していた者共は誰も彼も札付きの悪で有名であったらしい。

 

 鬼人のヤスケは名うての剣術家だったが、問題を起こして冒険者資格を剥奪されて以後、リンジュのあちこちで辻斬り三昧。放浪者故、なかなか居場所を特定できなかった。

 吸血鬼のヴァスラ・カラミスティはリンジュの辺境を拠点とする凶悪殺人者で、高貴な血を啜る事を好むやべーやつだった。主な活動時間が夜というのもあり、追跡は難航していたのだ。

 狼人のジャルカタールは、とある犯罪組織の首領であり、特級の指名手配犯だ。何気に、こいつはリンジュだけでなくラリスでもやんちゃしてたとか。

 

 突発的な事とはいえ、そいつらの身柄を捕らえる事が出来てラッキーという話だった。そうライドウさんは豪放磊落に笑っていた。

 結果、せっかく生け捕りに出来たので、この三人にはラリスとはまた違う、リンジュ式の拷問術で根掘り葉掘りされる予定だ。

 

「こちらがヤスケの分! こちらがヴァスラの分! そして、こちらがジャルカタールの報奨金でございます! さぁお受け取りください!」

「いえ、しかし……」

「ははは! 受け取って貰わないと普通に困りますな!」

 

 で、こっちも受け取る流れになった。

 これについては迷宮ギルドから感謝状が届いた。呼び出してこないあたり、ギルド長は冒険者の生態をよく分かっている。

 

 それから、狸人のゴロキチ。

 元々カムイバラ・マッポにロックオンされていた彼は、この一件をきっかけに半ば強引に家宅捜索されたようで、当人が止める間もなく隠してきた悪事の多くが晒される事となった。

 そもそも、ゴロキチは鬼人ヤスケと繋がってたのである。その他にも山ほどの悪事が露呈したのだ。だが、そのどれもが黒か灰色か判別し難いもので、全てが軽い罪であった。

 しかし、塵も積もればという話で、結局、彼は持っていた殆どの資産を失う事と相成った訳である。牢に入らなかっただけマシだと思うが。

 

「彼は恨みを買い過ぎましたな! 落ちぶれていく中、誰も手を差し伸べてこなかった! 義理と人情を軽んじるからこうなるのです!」

「はあ。それより、彼の商売はどうなるのでしょう?」

「続けるつもりのようですよ。今ある全ての取引を終えたら、屋敷を売って行商を始めるとか! いやぁ、商魂たくましいですな!」

 

 で、最後に俺。

 夜の街、最初から最後まで暴れまくった俺へは、当然として公的なお咎めがあった。しかし、前述の功績によってプラマイゼロどころかプラスで終わってしまった。

 無論、非常時とはいえ扉や屋敷の結界を破壊し、犯罪者相手に街で大立ち回りをしたのはよろしくない。

 幸い人的被害はゼロだったが、住民に迷惑をかけたのはその通りだし、問答無用で睡眠魔法を使ったのはこっちだ。これまた非常時だったとはいえ、申し訳なさが勝つ。

 

「ほ、本当によろしいのですか? イシグロ殿!」

「ええ、それでお願いします」

 

 なので、俺は猫又討伐と指名手配犯の報奨金を、街の復旧と被害者への慰謝料に使う事にした。あと協力者への報酬。それでも大いに余ってしまった訳だが、これも何か別の事に使おうと思う。

 誠意に欠ける行いだが、俺にはこれくらいしか思いつかなかった。何となく、この金で欲しい物を買う気にはなれなかった。この金は惜しくない。不思議な気持ちである。

 

 最後に、イリハについて。

 俺達はカムイバラの役人の監視の下、物寂しくなった豊狸屋で以て彼女を真っ当な価格で身請けする事となった。

 

「……はい。これにて契約完了となります」

 

 価格は合計一億五百万ルァレ。イリハの借金の一億と、身代金の五百万ルァレだ。前に比べると雲泥の差である。

 勿論、契約の際に死の連鎖は外しておいた。これにはイリハもゴロキチも目を丸くしていた。

 

「最初からこうしてりゃ良かったなぁ……」

 

 家財の殆どを失ったゴロキチは、ゼロからの再スタートである。少なくとも手元に五百万はあるんだから、何か上手い事やってくれ。

 まぁ頑張れ。俺は知らん。

 

「よろしくお願いするのじゃ!」

「ああ。今後ともよろしく」

 

 こうして、色々あったが無事にイリハを身請けする事ができた。

 長かったような、短かったような。

 

 それから、その日のうちに更なるビッグニュースがやってきた。

 

 帰り道、いきなりマッポがやってきて「ちょっと来てくれ」である。普通に怖い。

 何だ何だと行ってみると、連れてこられた先に見覚えのないミニ銅像があった。

 いや、モデルの狐人は見覚えがある。誰だ、どこで見たんだっけ……?

 

「こ、これは……! 九尾尊の像ではないか……!」

「はい。今回の一件で押し入った倉庫の中から、失われたとされていた九尾の遺宝が見つかったのです」

 

 あ、思い出した。この銅像の人、建国記の挿絵にあったリンジュの初代元首じゃん。

 どうやら、ゴロキチと繋がってた商人を追い詰める過程で、盗まれたイリハの家宝の一部が回収され、元の持ち主に返却という流れらしかった。

 そういや、イリハって何か長い名前言ってたもんな。わしはノーブルブラッドなんじゃと。まぁウチには既に貴き銀竜がいるので、今更驚かないが。

 

「こ、これをわしに、か……?」

「はい」

 

 突然舞い込んできたお宝に、イリハは唖然としていた。もらう、というか戻された感じだな。

 ちなみに、エリーゼは珍しくお宝を前に目を輝かせていた。

 

「勿論、今後の調査によって他の遺宝も見つかる事でしょう。これ一つだけでも、ご自身を買い戻せる価値がございます。それどころか……」

「いや……要らぬ」

 

 とても高価な宝だ。彼女の表情からして、宝に思い入れもあるのだろう。

 そんな家宝の受け取りを、イリハは拒否した。

 驚いたのは俺だけではない。これには持ってきた役人も目を丸くしていた。

 

「今回の一件で思い知ったのじゃ。今のわしは、この宝を持つに相応しくない。力なき栄光など、儚いものじゃ……。故に、九尾の宝は全て、リンジュの長に譲ろうと思う」

 

 そう、胸を張って言ってのけた。その瞳に迷いはなく、堂々としたものだった。

 のじゃ口調とか力の強さではない。その毅然とした態度こそ、イリハの血の高貴さを感じさせるものであった。

 

 そんな彼女の決断に対し、ルクスリリアは「もったいね~」みたいな顔になってるし、エリーゼも「え? 本気で言ってるの?」みたいな顔になってる。グーラは「ほえ~」って顔。

 俺も俺で、借金を返済する機会をみすみす失うイリハの選択に驚いていた。役人の言う通り、家宝を売れば自分を買い戻す事だって出来るのだ。

 借金がある限り、イリハは奴隷身分のままなのである。売れば自由になれるのだ。俺はその自由を妨げるつもりはなかった。

 

「なに、すぐにでも我が血に相応しい力をつけてみせるのじゃ!」

 

 言って、イリハはルクスリリア達を眺め見る。

 それぞれ、困惑と驚愕の表情を浮かべる一同。グーラだけまだ「ほえ~」ってなってた。

 それから、今度は流し目で俺を見てきた。

 

「わしの事、立派な天狐にしてくれるのじゃろう?」

「あ、あぁ……。イリハがその気なら」

「なら何の問題もないのじゃ!」

 

 例の騒動から、しばらく。

 戦の熱も過ぎ去った日の事。

 こうして、イリハは俺の奴隷になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、イリハがイシグロと契約した日の事である。

 

 人気のない豊狸屋。物置の戸が開き、一人の天狐が入ってきた。

 真新しい奴隷証を身に着けたイリハである。

 

 帰り際、彼女は忘れ物をしたと言って、ひとり物置にやってきたのだ。

 当然、借金返済の為に毎日労働していたイリハには、風呂敷に包める以上の荷物はない。

 

「……あった」

 

 多くを売却し、すっかり寂しくなった物置の奥。そこに、布が掛けられた鏡が鎮座していた。

 掛けられた布を払い、傷のついた鏡面を露にした。売り物にならない、ボロ鏡である。

 そして、イリハはおもむろに、鏡の前で変化術を行使した。

 

 変化の煙が舞い上がり、中から狐人の美女が現れた。

 薄い微笑を張り付けた、イリハの母の似姿である。

 くすんだ鏡に、愛しい母が映っていた。

 

「母上……」

 

 暫し、幻と鏡が見つめ合う。

 それから、イリハは自分の意思で変化を解いた。

 

 ぼふん。煙が晴れる。

 鏡には、母とそっくりな天狐の姿が映っていた。

 

 朝日を反射し、薄紅色に輝く桜の髪。

 先祖から受け継いだ、尊き者の瞳。

 新たな主人に買ってもらった、冬でも温かい綺麗な着物。

 

「なぁ、母上……」

 

 そんな彼女は、希望に満ち満ちた面持ちで、かつて母しか映さなかった鏡に語り掛けた。

 まるで、墓前に向かうように、その声音は穏やかだった。

 

「わしもな、やっと巡り逢えたんじゃ。母上の言うとった者にのぅ」

 

 その声にも、言葉にも、何ら悲壮感はない。

 無機質な鏡は、これまで娘を支えてきた幻想は、じっと彼女の言葉を聞いていた。

 

「ちょっと、思っとったんと(ちご)うたが……まぁ構わん、実際のところ、まだそうと決まった訳でもないし、が……」

 

 ほんの僅かな、寂寥を思わせる笑み。

 数度、瞬く。哀しみの涙が散る事はなかった。

 

「わしは……あの人に、ついてこうと思うのじゃ」

 

 言って、イリハは鏡に掛けられていた布を被せ直した。

 まるで、疲れた母に布団を掛けてやるような、優しい手つきで。

 

 それから、一歩二歩と下がり、背を向けた。

 

「……行ってくるのじゃ。母上」

 

 そうして、イリハは長年過ごしてきた物置を去った。

 足取り軽やかに、何の惑いも後悔もなく。

“行ってきます”を言ったのだ。

 

 開け放しの窓から、桜の花弁が舞い落ちる。

 澄んだ冬の朝、暖かな日の光が静かになった蔵を照らしていた。




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ロリ待ち焦がれ

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、イリハはイシグロを「主様(ぬしさま)」と呼ぶ事になりました。

 今回からいつものノリに戻ります。
 本作は読んでる間ほんのり楽しい小説を目指しています。
 よろしくお願いします。



 朝にイリハをお迎えし、今の時刻はお昼過ぎ。

 

 何やかやありつつ、無事にイリハを一党に加える事ができた俺たちは、一旦落ち着く為に現在宿泊中の上玉館へとやってきた。

 イリハを身請けする事は女将さんにも伝わっているので、元バイトのイリハはすんなりお客様にフォルムチェンジできた。

 とはいえ、勤務してた旅館で宿泊するのは気まずいかもしれない。今日明日はともかく、イリハの反応次第では宿を変える事を検討しようかな。

 

「ひぇえ~、この部屋、玄関までしか入った事なかったが、こうなっとったんじゃのぅ」

 

 ペントハウスに入ると、イリハはおずおずと周囲を見渡していた。

 イリハは長い間ここでバイトしていたらしいが、ペントハウスに上がった事はなかったという。曰く、従業員の中でもベテランしか入れない特別な部屋だったとか。せいぜい靴箱エリアまでなんだと。

 

「さて、いい時間だし飯にしよう。皆は何食べる?」

「んっと、じゃあ……」

 

 朝は食べたが昼はまだである。という訳で、部屋からルームサービスを注文する事に。

 皆、こういうのには慣れたもので、各々すぐに決まった。

 

「え、えっと、わしも選んで良いんかの?」

「何でもいいよ」

「う、うむ……」

 

 これまで労働奴隷だったイリハである。食べたい物を自分で選ぶというのは、あまり経験がないのかもしれない。

 うんうん悩むイリハに、食べ物好きなグーラがアレコレとお勧めを紹介していた。当初はグーラもかなり遠慮していたものだ。

 

「では、これを……」

 

 で、結局イリハは質素ないなり寿司セットを注文。

 少し待って運ばれてきた料理は、これまた豪勢だった。例えるなら満漢全席。大きな机に所狭しと綺麗な料理が並んでいる。

 そんな中、イリハのおいなりさんはちょっと見劣りするか。他のも食べていいとは言ったが、イリハは凄く美味しそうにいなりを食べていた。

 

「イリハはそれだけで大丈夫なんですか?」

「うむ! 凄く美味しくて大満足なのじゃ! というか、お主等は食べすぎじゃと思うぞ」

「そ、そうでしょうか?」

 

 確かに、言われてみればそうかもしれない。

 某笠松の英雄の如き胃袋を持つグーラは言うに及ばず、俺も俺で前より明らかに食べる量が増えている。

 ルクスリリアとエリーゼはそんなでもないが、体格の割には食べる方なんだと思う。

 

「お、美味しかったのじゃ~……」

 

 俺達がアホ程食べてる中、イリハはいなり寿司数個でお腹いっぱいになったようだった。

 そうだよな、女の子の食事量なんて普通こんなもんなんだよな。やはり、冒険者はレベルアップに応じてよく食うようになるのだ。

 

「ハムッ、ハフハフ、 ハフッ!」

 

 グーラは最初から大食いだったけどさ。

 いっぱい食べる君が好き。あと好き嫌いないの偉い。

 

「ふぅ~、食った食った」

「あ、お茶淹れてくるのじゃ」

 

 食後、イリハは部屋にあるミニ台所に行ってお茶を用意してくれた。

 急須を傾ける手つき、湯呑に茶を注ぐ動作は、なんか知らんがとても流麗に見えた。

 

「どうぞなのじゃ」

「ありがとう」

 

 そして、そっとお出しされた湯呑からは、香しい緑茶の香り。

 いざ飲んでみると、口の中に芳醇な甘みが広がった。僅かな苦さと渋さがアクセントになっていて、何というか超まろやか。

 てか、前に俺が「これ日本にもあったお茶なんだぜー」と言って皆に振る舞ったお茶より百倍美味いじゃん。茶葉は同じ筈なのに、ナンデ? 慢心、環境の違い。

 

「あら、上手じゃない。イリハ」

「そうなんスか? よく分かんねぇッス」

「はい。なんだか良い匂いがします!」

「ま、まぁ? わしはこれでも貴き生まれじゃし? 一通りのお作法は修めておるでのぅ。むふー!」

 

 皆に褒められたイリハは、口を「ω」の形にしてドヤ顔になった。

 無い胸を張ってるのもポイント高いですね。狐耳がふにゃ~ってなってるのはそういう感情の現れなのか。興味深い。

 

「凄いなイリハ、今まで飲んだお茶の中で一番美味いよ」

「へひ!? さ、左様か、うむ……」

 

 素直に賞賛すると、彼女のドヤ顔は崩れて「ω」だった口元はもにょもにょと変形していき、目元といい口元といい凄く変な顔になっていた。

 

「くふっ、くへへへへ……」

 

 そして、ついに笑いを耐えられなくなったイリハは、視線を逸らして顔を真っ赤にしていた。

 美少女に対して使う表現ではない気はするが、クレヨンしんちゃんの笑い方にそっくりである。

 

 そんなイリハを、ルクスリリア達は各々違う表情で見ていた。案の定、ルクスリリアはメスガキスマイルだった。

 というか、すげぇチョロいぞ。先刻の高貴さは何処へ行ったのか、どうやらイリハはお褒めの言葉に弱いらしい。

 

 いいじゃん、である。

 

 

 

 

 

 

 さて、美味しいお茶も二杯目になった頃、俺達は今一度今後の方針について会議をする事にした。

 ホウレンソウの相談タイムである。

 

 というのも、当初リンジュには慰安旅行のつもりでやって来たのである。

 それがアレよアレよと騒動に巻き込まれ、気づけば新たなロリを迎える流れになったのだ。

 こうなると、このままリンジュでひと休みって訳にも行かない訳で。

 

「契約前にも言ったけど、俺は無理にイリハを迷宮に連れて行こうとは思ってないんだ」

 

 どうなるにせよ、ひとまずイリハの意思の確認からである。

 どこまで行ってもイリハは俺同様に一般人。戦士ではない。対し、ルクスリリアは元軍人で、エリーゼは戦闘種族の竜族。グーラは父の薫陶を受けた獣戦士だったのだ。

 そんな中、いきなりはいじゃあダンジョン行こうぜーとは言えない。彼女の言う、鍛える鍛えない以前のお話だ。

 

「けど、イリハが望むなら、君を一党に迎えようと思う。武装も整えるし、最大限の支援はするつもりだ。知ってるかどうかわからないけど、迷宮ってば凄い危ないんだよね。だから、改めてイリハの意見を聞きたいんだ」

 

 皆の視線が集中する。

 すると、イリハは真剣な顔になり、姿勢を正して答えた。

 

「先刻の通り、わしは今回の一件で思い知ったのじゃ。如何に己が弱く、吹けば飛ぶような存在であるかを。我が血を狙う輩を前に、九尾の威光など通じん……。故に、わしはこの身に流れる血に相応しい力を持ちたく思ったのじゃ」

 

 宝を前にした宣言と同じ。その思考は、俺にも理解できるものだった。

 イリハはお茶で舌を湿らせた後、今度は少し表情を和らげて続けた。

 

「実はな、母上の話によると、わしの父上は冒険者だったらしいのじゃ。昔、亡き父の話をしてた母上は、それはもう自慢げでのぅ」

「そうなんだ」

「故に、と言って良いのかのぅ……。力ある冒険者に憧れを抱く事は、変なんじゃろうか」

 

 もじもじと、少し恥ずかしそうにするイリハ。俺はそれを前向きな決意だと感じた。

 

「わしはお主等と共に迷宮に往きたい……。ちと他力本願な気もするが……その辺、万事よろしく頼むぞ、主様(ぬしさま)

「そうか。わかった」

 

 了解した。そうと決まれば話は早い。

 ならば、こちらも伝えねば不作法というもの。

 

 俺はルクスリリアにした時のように、俺の出自からチート能力についてをイリハにも話す事にした。

 突拍子もない話に、イリハは始めポカンとしていたが、俺が異世界人である事を伝えると何故か合点がいったような顔になった。

 

「なるほど、道理で主様の“氣”は変だったのじゃな」

「ん、氣が変?」

「のじゃ」

 

 どういう事? ていうか氣って?

 なんか初めてのワードが出て来たぞ。

 

「わしは魔眼持ちでな。この“仙氣眼”で氣が視えるのじゃ。よう分からんが、これは九尾の血統にしか発現しない魔眼らしくてのぅ」

 

 これについては、少しだけ聞いた。恐らく、猫又の狙いはイリハの魔眼だったのだろうと。摘出される寸前だったっぽいし。

 で、だ。それはそれとして、俺が異世界人ってのに納得してた風だった理由は何なのだろう。

 

「なんじゃろうな? 主様、他とちょっと違うんじゃよなぁ。いや殆ど同じなんじゃが、こう……雰囲気が」

「ふんいき……」

 

 どうやら、それは仙氣眼持ち特有の感覚らしい。

 それから、イリハは件の仙氣眼を俺達一党に順繰りに向けた。その眼はうっすら発光している。

 

「ヒトの氣には個性があるんじゃ。ルクスリリアは黒が強くて黄色もそこそこ、流れが速い。エリーゼは胸の赤が大きくて、流れが綺麗じゃ。グーラはお腹の中心の黄色がグルグルしておる」

「黒ッスか」

「赤ねぇ」

「黄色ですか」

 

 言われた身としては何じゃソレって感じだろう。皆何とも言えない顔をしていた。

 

「主様は黒が強くて、全体的に流れが穏やかじゃ。それだけじゃなくて、ホントにちょっと他とは違う感じするんじゃよ。同じ水でも、井戸水と川の水って感じかのぅ……」

「病気とか?」

「いやぁ、悪い感じはないんじゃ。ただ、そんな印象ってだけの話でのぅ」

 

 まぁイリハが言うならそうなんだろう。

 実際、異質なのはそうだろうし。悪いものじゃないなら放置でいい。

 ていうか、それより気になるワードがあってですね。

 

「イリハ、その“氣”っていうのは?」

「ん? 主様知らんかったか? ん~、なんて言えばいいんかのぅ?」

 

 腕組みしてうんうん唸るイリハ。視えるし使えるし親しんでいるが、人に説明する事は苦手っぽい。

 俺が目を向けると、銀のエリーゼペディアは口を開いた。

 

「詳しくは知らないけれど、リンジュ発祥の魔術体系……“陰陽術”で基礎となる要素の事よ。魔力とは別と聞いたけれど」

 

 視線がパスされると、イリハは髪をクルクルやりながら言った。

 

「ぶっちゃけ、わしもよく分かっとらんのじゃよな。母上が言うには、命の力的な? 心の力的な? 陰陽術はこの氣を魔力で制御して、色々と術を使うんじゃよ」

「MPとは違うって事かな」

「えむぴー? まぁ知らんが……」

 

 そんでもって、と続ける。

 

「さっきも言ったが、陰陽術は魔力を使って式を編み、氣を操って術と成すのじゃ。一般的な魔術程強くはないが、色々と応用が利くんじゃよ。こんな風に……」

 

 イリハは机の上に手を置いて、両の掌を上にしてみせた。

 その時、イリハの掌にクッソ微細な違和感を覚えた。

 

「分かるかのぅ。今、右に木行の氣を出して、左に火行の氣を出しておるんじゃが……」

「ええ。ほんの僅かだけど、魔力が渦巻いているのが視えるわ」

「ん~、アタシはいまいちッスね。グーラは?」

「ぼ、ボクにもあんまり……」

「それにしても見事な魔力操作ね……」

「そ、そうかのぅ?」

 

 魔力に敏感な魔族二人はイマイチで、エリーゼにさえ少し視えるくらいの魔力。

 俺とて、言われて初めて気づくようなモノだった。それこそ気のせいかと思ったくらいである。

 

「ごほん……。で、これらに術式を組み込むとじゃな」

 

 ポンッと、イリハの両手にそれぞれ風と火の玉が生成された。

 両方ともピンポン玉サイズだ。

 

「詠唱も無しに……凄まじいわね」

「無詠唱。なるほど……」

「詠唱? まぁそれはどうでもいい事なんじゃが」

 

 今のイリハの魔法を見て、俺でもやろうと思えばできると思った。

 しかし、それには凄く膨大な熟練度と集中力が必要なのが分かった。

 大小に拘わらず、規格から外れた魔法には相応の魔力を消費するのである。野球ボールサイズがデフォルトなら、バスケットボールサイズにするのもピンポン玉サイズにするのも同じくらい魔力を使う。むしろ、小さくする方が難しいまである。

 

 俺が転移したこのファンタジー異世界。魔法を制御するには、大きく以下の三つの要素が重要になる。

 まず、“知力”のステータス。知力とはいうが賢さという訳ではなく、単純に魔力操作能力の事だ。これが高いと発射後の魔法とかも操作できるんだな。ヤムチャのように。

 もう一つ、“熟練度”だ。これはスキルと同じで、同じ魔法を使いまくる事で消費と制御能力を良くできる。普段からお世話になってる【清潔】だが、最初は雑に綺麗にさせる事しかできなかったのだが。今となってはかいた汗を残して土汚れだけ除去する事ができるようになった。冒険者引退したら掃除屋さんでも始めようかしら。

 最後に触媒。魔法の杖だな。知力とか魔力とかの能力補正もあるが、これがあるのと無いのとでは魔力の制御のし易さが全然違う。杖ありがオートマなら、杖無しはマニュアルって具合に。実際、魔術師でも好みで触媒違うらしいし。

 

 で、イリハの言う陰陽術の場合、普段俺等が使ってる魔法より細かく操作できる……という認識で合ってるのだろうか。

 イリハ個人の能力ってのもあるんだろうが。どうなんだろう。まだ理解しきれてないな。

 

「単純な撃ち合いの場合、ラリス魔術のが強力じゃ。しかし、陰陽術は少しの魔力で使える。式さえ決まれば制御も楽じゃ」

「なるほど」

「無論、これだけじゃないぞ」

 

 やはり、ジェネリック魔術って事なのか。

 勝手にそう納得していると、イリハはこれまたドヤ顔になって続けた。

 

「陰陽術は千変万化。使い手次第で如何様にも姿を変える……。例えば、このように」

 

 言って、イリハは風と火の手を合掌すると、俺等に見えやすいように開いてみせた。

 すると、掌の間では野球ボールサイズになった火炎玉が燃えていた。

 

「木の氣で火の氣を強化したのじゃ。この炎を作るには、ラリス魔術では今の倍以上の魔力消費が必要じゃな」

「えぇ……陰陽術、侮れないわね」

 

 よく分かってないなりに驚く三人を放っておいて、エリーゼは半ば感動している面持ちで賞賛した。

 イリハは凄く気持ちよさそうな顔になっていた。

 

「そして、術者の業前次第じゃが……こういう事もできるのじゃ」

 

 右手に火炎玉を維持しつつ、離した左手に冷気の玉を生成。再度合掌し、開く。すると、火炎玉が更に大きくなった。

 次いで、同じように左手に白い結晶を生成すると、また合掌。また火炎玉がデカくなる。

 これまた左手に金色のキラキラ石を作り、融合。すると、最初はピンボールだった火の玉はバスケットボールサイズへと成長した。

 

「と、とんでもないわね……」

「じゃろじゃろ。で、母上くらいになるとここから凄まじい陰陽術が使えるんじゃが……まぁわしには無理じゃな、魔力が足らん」

 

 パンッと再度合掌すると、大きくなった火の玉は消失した。

 ふぅ、とイリハは少し疲れたような息を吐く。ごく少ない魔力消費であっても、イリハにとってはキツかったらしい。

 

「他にもそこに陰の氣とか陽の氣とか、虚とか実とか色々混じってややこしくなるんじゃが、陰陽術はこんな感じじゃな」

「私にもできるかしら……」

「素質と練習次第じゃな。まず氣を認識するところから始まるんじゃが……。すまん、エリーゼには多分無理じゃと思う」

「それはどうして?」

「いや、お主さっきから体内魔力だけで近くの氣押しのけとるんじゃもの」

 

 ふむふむ……。

 なるほど、だいたい分かった。

 要するに、陰陽術はシナジー重視の魔法って事だな。

 

 凄くザックリした認識だが、RPG的に言うと陰陽術師はターンが経てば経つだけ強くなるんだと思う。単純火力の魔術師と、応用力の陰陽術といったところか。

 恐らくだが、陰陽術師と魔術師が戦った場合、タイマンだと魔術師が圧倒するんだろう。二体二でも同様。けど三対三なら、四対四ならどうか。役割分担と連携で、式ソリティアした陰陽術師はとんでもないシナジー術を行使できるんじゃないだろうか。

 

「実に面白い……」

 

 いいねぇ、である。

 なんだろう、この感じ。

 ワクワクしてきたぞ。

 

「な、なんじゃいきなり?」

「ああいう人なんスよ」

 

 ともかく、氣と陰陽術については何となく分かった。次はイリハ個人のステータスを見てみよう。

 俺はコンソールを開き、仲間タブから新規生成されたイリハの欄をタップした。

 

 

 

◆イリハ◆

 

 天狐:レベル3

 陰陽術師:レベル4

 

 補助スキル:仙氣眼

 

 能動スキル1:呼氣法

 能動スキル2:吸氣法

 

 生命:14

 魔力:16

 膂力:11

 技量:29

 敏捷:13

 頑強:12

 知力:85

 魔攻:15

 魔防:19

 

 

 

 ふむ、エリーゼ曰く凄まじい制御力らしいが、エリーゼほどステがバグってる訳ではないのか。

 それより、氣の操作能力に関しては仙氣眼による恩恵と考えた方が自然か。能動スキルも気になる……。

 

 知力以外は、軒並み低いな。

 技量は多少マシ程度で……いや、でも転移直後の俺よりは全然強い。

 うん、余裕で行けるな。

 

「あっ」

 

 ふと、イリハは変化術が得意であるという事を思い出した。

 なら、変化の応用で多重影分身的な事も可能なのでは……と。

 やはり天才か……。

 

「いや、できんよ。なんじゃそれ、怖っ……」

「てか殴ってくる幻とか最強じゃないッスか」

「グレモリアさんの深域武装でも実体はなかったですもんね」

「そこまでいくと竜族権能ね」

 

 できないらしい。

 曰く、アレは母を真似てるから上手いのであって、離れた瞬間解けてしまうと。

 そも、それなら普通に通常魔術の幻術を使えばいいという話。変化術ェ……。

 

「あと、結界も少々。けどコレ脆いんじゃよなぁ」

 

 という訳で、一度テストしてみる。

 お盆サイズの結界に、グーラが対峙。

 

「えい」

「わっと……!」

 

 哀れ、イリハの結界はグーラのデコピン一発で壊れてしまった。

 どれだけ上手に作れても、壁が薄いんじゃ仕方ない。

 

 う~ん、やはり魔力か。

 排気量が足らんのだな。どれだけ運転が上手くても、カブじゃハヤブサに勝てないのだ。

 とりま、ボアアップと行きたいところだが……。

 

「ふむ」

 

 一旦、我が一党の構成を整理しよう。

 俺は前衛後衛できるとしてだ。ルクスリリアが物魔遊撃。グーラが物理前衛。エリーゼが魔法後衛。

 そこに陰陽術師のイリハを入れるとしたら、それはエリーゼと同様魔法後衛になる訳だ。

 

 しかしだ。ぶっちゃけ、魔法アタッカーはエリーゼで事足りてるし、後衛サポーターもエリーゼで良くねってなってるんだよな。

 俺個人の気持ちとしては、できればルクスリリアのように安定した中衛が欲しいというか。真ん中でリリィとグーラとエリーゼを支えてほしいんだよなぁ。したら俺ももっと動きやすくなるし……。

 

 イリハのステを見る。

 知力の次は技量が高い。

 ふむ、技量か……。

 

 技量とは精密動作性の事で、武器種によっては火力に直結する事もある。主にレイピアとかナイフとかその辺だな。

 膂力特化のマッチョが振り回すナイフより、技量特化のヒョロガリが振るナイフのが火力が高いのだ。

 あと、刀も技量武器だったか。

 

「ん?」

 

 ピコンと、俺の脳裏で思いつくジョブがあった。

 自衛力が高く、支援ができて、イリハの特性が活かせるジョブ……。

 陰陽術を使う魔法戦士的なものは、無いのだろうか。

 

「イリハ、陰陽術師って杖以外の武器は持たないの?」

「ん? あぁ、山に入る陰陽術師には刀とか持ってる人もおったかのぅ。こう、陰陽術を使って刀に氣を纏わせたりとか……」

「それだ!」

「なんじゃぁ……!?」

 

 魔法剣士か、陰陽術剣士か知らないが、そういうのがあるなら話は早い。

 イリハの器用貧乏を、器用万能にしようじゃないか。

 だが、それより先に諸々の確認だな。

 

「よし、食後休憩も終わった事だし、鍛錬場に行こう!」

 

 俺は美味しいお茶を一気飲みし、勢いよく立ち上がった。

 知ってたとばかりに、ルクスリリア達も続く。

 

「え? 今からかの?」

「それは、ご主人様ですからね」

「きひひっ、黒剣一党の洗礼ッスよ」

「ええ、きっと驚くわよ」

「こ、怖いのじゃ……」

 

 と、いう訳で……。

 俺達は迷宮用装備に身を包み、転移神殿へと向かうのであった。

 イリハ強化計画、開始である。




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非ロリじゃないから

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がってます。
 誤字報告も感謝です。ああられです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 ……なんでこんな内容で一話使ってるんですか?
 私にも分からん。


 鍛錬場とは、古代の英傑・魔道賢者ゼノン氏の手になる空間魔法により生成された異空間的なアレやコレやのであり、要するに精神と時の部屋みたいなモノである。

 しかし、長い歴史を紡いできた異世界といえどゼノン氏以外に鍛錬場を作れるようなヤバイ級魔術師は存在しなかったようで、現在は氏が残した転移石碑を利用させてもらってるという状況だ。

 

 天才にしか作れぬ傑作。

 だが、模倣ならできたようである。

 誰あろう、天才によって。

 

 リンジュ共和国初代元首、九尾天狐シュリ。

 彼は自らが編み出した陰陽術によって、古の鍛錬場を一部再現せしめたのである。

 機能はオリジナルよりも劣っているが、間違いなく偉業である。彼以外には、ほんの僅かの模倣さえできなかったのだから。

 

 そして、本日。

 彼の英傑の子孫が、鍛錬の場に足を踏み入れた。

 

「わし、天才かもしれん……!」

 

 清廉なる森の奥、滝壺のほとり。

 武の鍛錬に丁度良さそうな場で、刀を持った天狐がバガボンドの「物干し竿と名付けよう」のポーズでドヤ顔を披露していた。

 ドヤァ~、と。そのドヤ顔のドヤ感たるや凄まじく、もはやドヤ学の教材に使えそうなレベルのドヤであった。

 

 あー、うん。そうなるよ、わかるわかる……。

 三者三幼。何とも言えない六つの瞳が、桜色のドヤ顔狐を眺めていた。

 

「わしは! 剣の天才じゃあ! はぁ~っはっはっはっ!」

 

 それから、件の狐は刀を振り回しながら鍛錬場狭しと駆け出した。さながら木刀ではしゃぐ小学生の如く。

 しかしその太刀筋は達人のソレであり、疾風めいて駆け斬る動作は飛天御剣流もかくやと言わんばかりのクオリティだ。

 言うまでもなく、モーションアシストの恩恵である。

 

「アレ、あのままでいいのかしら……?」

「いいんじゃないッスか? 今くらい」

「調整に時間がかかりそうですね。“あしすと”が無くなった時が心配です」

 

 はしゃぐロリと眺めるロリ。

 そんな空間で、ロリコンはコンソールを眺めて首を捻っていた。

 

「ふぅ~ん?」

 

 というのも、改めてイリハのステを確認してみたら、そこにちょっと変わった情報がある事に気づいたのだ。

 身請け当時、イリハのジョブは“陰陽術師”であった。が、タップして詳しく見てみたら、陰陽術師というジョブは侍やソドマス同様に中位職だったのである。

 それだけなら別に何て事ないのだが、イリハは恐らく陰陽術師の前提になるだろう基本・下位職であろうジョブのレベルが軒並み十未満だったのである。

 

 俺が知ってる限り、新ジョブは十の倍数で増えるものだ。そんな中、イリハはその前提無しで中位職である陰陽術師のレベルを有していたのである。

 一応、仮説は立てられる。イリハ母の教導により、前提ジョブをすっ飛ばしてるんじゃないかというものだ。曰く、けっこう長い間修行してたらしいし、そういう要素があっても不思議じゃない。

 そう考えると、イリハが知力以外の魔法関連ステが低い事に納得はいく。ジョブは魔法系中位でも、レベルが無いんじゃステも上がらんという話だ。

 

「イリハー、ちょっと寸止めで試合ってみるッスよー」

「ほう、このわしとか……。よかろう、圧倒的才の前には、全ての鍛錬が無意味である事を教えてやろう……」

「やべー、手加減したくなくなってきたッス……」

 

 また、驚くべき事に、イリハは陰陽術師や魔術師の他にデフォルトで剣士や戦士といった前衛ジョブレベルを持っていたのである。

 しかもこっちは双方レベルカンストであり、一応だが侍等の剣士派生ジョブが生えている。が、これまた不思議な事に前提レベルは満たしているのにも拘わらず、侍の欄をタップしても反応がない。ジョブチェンジさせられないのである。

 ここにきて、ジョブシステムで分からないトコが出てきたな……。あと、剣士レベルはあっても“受け流し”等のスキルは生えてないようだ。

 

「エリーゼ、イリハってマジで天才剣士だったりする?」

「なによいきなり? まぁ、どうでしょう。イリハの言う事が確かなら、あの子の父は素晴らしい剣士だったようだし、力を受け継いでいてもおかしくないわね……」

「力を受け継ぐ……遺伝か」

 

 遺伝、遺伝か。もしかして、イリハはステータスだけでなく、親のジョブレベルも受け継いでいるとかあるのかもしれない。

 なるほど、そういうのもあるのかという気持ちだった。だとしたら、今現在に至るまで刀を持った事がないらしいイリハが剣士ジョブを持っている事に納得できる。

 もしかしたら、異世界には血を繋ぐ事で高ステ高レベルを維持してる家や血統とかもあるのかもしれない。それこそ貴族とか。

 

「受けてみよ! 秘剣・天狐逆流れ!」

「ほい」

「おわっと!?」

「斬り上げ見て反撃余裕ッスわ」

 

 しかし、だとしてもイリハのちぐはぐさは説明し切れない気がする。

 剣士レベルが高いのは遺伝にしても、その分のステータスは何処へ消えたのだろうか。加算された上でのステなのか。何故、前提レベルを持ってても侍ジョブに就けないのか。ステは完全母遺伝とかだろうか。

 わからん。異世界の攻略ウィキが欲しい。ジョブ一覧とか隠しジョブは見たくないが、ジョブシステムのページだけ読みたい……。

 

「くっ! わしの才に身体が追いついとらん……!」

「じゃあ、次はボクが」

「今はちゃんと寸止めするッスよ~」

「任せてください。イリハの動きは分かった(・・・・)ので」

 

 これも、何となくの仮説だが……。

 こういう遺伝によるレベルの継承では、ジョブ解放の条件が満たされない仕様とか? なくはない気がする。

 

 まとめると、イリハは先天的に剣士ジョブがカンストしてて、後天的な修行で陰陽術師が解放された。

 また、剣士がカンストしていたとしても、侍といったジョブに就くには後天的な鍛錬・経験が必要である。

 そして、修行によるジョブ解放の場合、前提となるジョブレベルは不要である代わりに、その分のステータス加算はない……と。

 

 うん、理屈はないが、納得感はある気がする。

 逆に、現地勢的にはむしろそっちのが王道なのかもしれない。俺みたいに、レベル上げだけで派生ジョブに至るのは邪道なのかな。

 

「ククク……! 視えておるぞ、その体捌き……剣の心がな!」

「では、こういうのは如何でしょう?」

「なっ、なにぃ!?」

 

 実際問題、命賭けのレベリングでジョブを生やすか、修行によるジョブ解放かで選べるなら、後者がスタンダードになると思うんだよな。

 それ以前に、レベリングの為にダンジョン潜るにしても何かしらトレーニングしてからのが良いと思うし。

 

「はい、ボクの勝ちですね」

「くっ、バカな……! 氣の流れが読めぬ!」

「イリハは動こうとしてる所に意識を向けていたようなので、心と体を切り離して動けば上手くいくかなぁと」

「そ、そんな事、あり得るのか……!?」

「イリハ、天才ってこういう奴の事言うんスよ」

 

 ふむ、修行かぁ……。

 仮にそれがガチだったとしても、此処にはイリハに武の何たるかを教えられる奴はいないぞ。

 俺が教えられるモノなんて、せいぜい小学生時代にやってたフルコン空手くらいだ。

 冬の朝にやった寒稽古、あれキツかったなぁ……。

 

 ……いや待てよ。その為の道場か。

 仮説の通りなら、前にイスラさんが言ってた事の裏付けになるんじゃないか? リンジュには道場が多いっていう。 

 道場で武器の扱いを覚え、強いジョブを解放し、それから迷宮に挑んでレベリングをするのが異世界流とか。

 

 なるほど、つまり道場=ジョブ解放スポットだと思えばわかりやすい。

 前提レベルを上げずにジョブ解放。RTAで使えそうな要素である。

 

 ん? いや、でもラリスでは道場って無かったような? 俺が知らないだけか? 文化の違いで片づけていいのだろうか、コレは。

 もしかしたら、仮称リンジュ式鍛錬法にはデメリットが存在するとか。あるいはその辺リンジュのが進んでて、ラリスが遅れてるとか……?

 

 う~ん、やっぱり分からん。

 切実に異世界攻略ウィキが欲しい。仕様周りとか、取り返しのつかない要素とかの情報が見たい……!

 

「次は私ね」

「おっと、流石にこの距離で戦うのはよろしくないじゃろう」

「いいえ、結構よ」

「剣? 魔術師のエリーゼがかの?」

 

 まぁ、それもこれもただの妄想な訳だが、試してみる価値はありそうだ。

 いずれにせよ、現状のままイリハを迷宮に連れて行くつもりはない。とりま今は準備&修行パートだな。武装を整え、武技を磨き、連携を鍛えるのである。

 

「そぉ~れ!」

「ふんぬ! 甘いわ!」

「いいえ、私の勝ちね」

「ん? いやいや、お主力つよ……えっ? 待て待て待て、なんじゃその力!」

「勘違いしているようだけれど……私、魔術師じゃないわよ」

「ぐぇ!」

 

 それにイリハを和風魔法剣士にしたい理由は、彼女の適性の他にもあるのだ。

 その検証の為にも鍛錬場に来た訳で……。

 

「よし、次は別の武器で……あれ?」

「きゅぅ~」

 

 見ると、イリハは目をグルグルにして倒れていた。

 三人を見る。スッと、リリィとグーラはエリーゼを指差した。

 

「エリーゼがやったッス」

「ボクは寸止めしました」

「受け流せると思ったのよ……」

 

 うん、まぁ喧嘩とかいじめじゃないなら別にいいんだ。

 とりあえず、先に。

 

「回復してやってくれ」

 

 俺はエリーゼに王笏を渡した。

 これがあるから無茶ができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、イリハが全快し、ちょっと休憩したところで検証再開。

 俺はアイテムボックスから、一振りの刀を取り出した。

 

「じゃあ次これ使ってみて」

「なんじゃこれ? ずいぶんと派手な刀じゃのぅ」

 

 イリハから湊――脇差の方――を回収し、代わりに豪奢な拵えの刀を手渡す。

 受け取ったイリハはちょこっと抜刀してぽけーっと刃を眺めていた。

 

「前に迷宮で拾った深域武装」

「ふぅん? しんい……き? ぎょえー!?」

 

 バッと一瞬刀を手放しかけたイリハだが、わたわたやった後に慌てて再キャッチした。

 冒険者でもないのに、イリハは深域武装のレア度を知ってるらしい。まるで壊れ物でも扱うように、渡した刀を持ち直した。

 

「し、深域武装って、アレじゃろ……? めちゃくちゃ高いっていう……」

「らしいね。けど、さっきの脇差も一億ルァレするよ」

「いちお!? ひえーっ!」

「ちなみに、アタシが使ってる鎌も深域武装ッスよ」

「ふぁーっ!? なんなんじゃそれ! ルクスリリアお主奴隷じゃろ!?」

「ふふ~ん、おうとも第一奴隷ッス!」

 

 物の価値を知ってエネル顔一歩手前を連発するイリハに対し、ルクスリリアはふんすと胸を張ってみせた。

 思えば、イリハが抱えてた借金が一億くらいだったな。それを思うと、冒険者業というのはホントに金食い虫だし、ホントに金銭感覚が狂う。

 それはそれとしてだ。身を守る武装に金をかけるのは間違っているだろうか。

 

「まぁいいから使ってみてよ」

「う、うむ……」

 

 言われて、何とか気を落ち着けたイリハは慎重な手つきで刀を抜いてみせた。

 スラリと晒された深域の刃が、再現された陽光を反射し煌めいた。

 

 鞘といい、刃といい、キラキラと美しい刀である。

 橘&湊がガチ実戦用だとしたら、深域武装の方は儀礼用って印象。

 実際、刃物として見た場合は橘の方が高性能である。しかし総合力を鑑みると、こちらの方が優れている。

 この刀は、刃物であると同時に魔法触媒。ルクスリリアの大鎌と同じポジなのである。

 

 

 

綾景之太刀(あやかげのたち)

 

・物理攻撃力:500

・属性攻撃力:300(魔)

 

・異層権能:憑依(守護霊)

 

・補助効果1=自動修復

・補助効果2=魔力収奪(大)

・補助効果3=魔力蓄積(大)

・補助効果4=魔力回復(中)

・補助効果5=魔力消費軽減(中)

・補助効果6=魔法会心促進(大)

・補助効果7=物理会心抑制(大)

・補助効果8=会心補正無効(物理)

 

 

 

 うん、みるからに強い。

 前述の通り、この刀――綾景(あやかげ)は、ルクスリリアの大鎌と同じく魔法触媒である。加えて刀カテゴリの近接武器であり、魔法の使用を前提とした補助効果のセットが組まれているのである。

 

 ラザファムの大鎌にもあった“魔力収奪”は、与ダメ時に魔力を回復できるし、同じく“魔力回復”も読んで字の如くMPリジェネの促進効果がある。“魔力蓄積”は魔力の予備バッテリーのようなもので、予め使用者の魔力を武器――綾景の場合、鞘である――に溜めておく事ができ、任意のタイミングでこれを使用できるのだ。

 当然のように“自動修復”はついてるし、“魔法会心促進”のお陰で魔法クリ率が上がっている。おまけに技量・魔攻・知力の補正値も鎌より高い。

 深域武装全体で見てどうかは知らないが、少なくともラザファムの大鎌より強い気がするのは俺だけだろうか。

 

「美しい刀じゃ……。というか、深域武装なら主様が使うべきなんじゃないかの?」

「う~ん、それがなぁ……」

 

 魔法が使える頑丈な刀。取得当時、そんなん俺用武器じゃんねとか思ってテンションを上げていたのだが、これにはトンデモない罠があったのだ。

“物理会心抑制”と“会心補正無効(物理)”、これ……マイナス補助効果だったのである。効果はまんま、物理クリ率の低下とクリ補正の削除だ。

 つまりこの刀、敵に攻撃当てても会心の一撃が出にくい上、仮に出たとしてもその補正が乗らないというクソ仕様なのである。

 刀といえばクリ威力。弱点部位に会心入れて、すんごい火力を出すのが気持ちいい武器なのだ。それが出来ぬとはどういう事だ。クリアタッカーワイ、無事死亡。

 

 要するに、この“綾景之太刀”という深域武装は、魔法が使える刀というより、刀としても使える杖なのだ。

 当然のように武器カテゴリーは刀なので、魔術師にはロクに扱えない。マジで魔法剣士専用武器。ガチでジョブをアジャストさせるなら、魔法が使える侍用の武器なのだ。 

 

「……って感じで、今のところ誰も使いこなせないんだよね」

「うッス。アタシは刀ぁ使えないッスもん」

「私は魔法がさっぱりね……」

「ボクは魔法も刀もさっぱりで……」

「ふぅむ、難儀な話じゃのぅ」

「しかも、それだけじゃなくてだな……」

 

 お蔵入りの理由はまだある。

 深域武装といえば“異層権能”。鎌のヘラジカや、エフィーエナさんの岩石ドローン。あとストーカー・ダークエルフの風操作。当然として、この綾景にも権能があった。

 が、それが何とも使い勝手が悪く、その時間あったら別の事した方がいいじゃんってな性能で。わざわざ刀型の杖を持つ理由がなかったのである。

 

「てなわけで、ちょっと試しに権能使ってみて」

「ふむ? 権能、権能とな……」

「柄から魔力探知をしてみるといいわ」

「探知と……むむむっ」

 

 異層権能は武器自体に宿ったユニークスキルであり、その起動は魔力消費のない魔法装填に似ている。

 アドバイスを受けたイリハは刀に魔力を巡らせ、権能スイッチを探った。

 

「おっ、これか! えーっと、えーっと……これを、こうじゃな!」

 

 瞬間、ピカッと光った刀身から真っ赤に燃える鳥が現れた。

 大きさは地球の鷹ほど。この鳥にはラザニアのような生物感はなく、どっちかというと半透明のエネルギー的な鳥だった。

 

「それから……こうかのぅ? おぉ!?」

 

 現れた火の鳥はイリハの周囲を旋回すると、やがて吸い込まれるようにして彼女の身体に入っていった。

 瞬間、イリハの背中から二対の炎の翼が生成された。オーセンティック・フェニックス・ウィングだ。

 これぞ、綾景の異層権能“憑依”である。何度でも蘇りそうなヴィジュアルだが、残念ながらそんな能力はない。多分。

 

「なるほど、イリハは鳥なのね」

「何か法則があるのかもしれない」

「わっわっ! なんじゃこれ! わしの背ぇどうなっとるんじゃあ!?」

 

 いきなり燃え上がった背中に、当のイリハは混乱していた。

 そして、身体を捻って片足立ちをした拍子に……。

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 けんけんぱジャンプの勢いで、イリハは垂直方向に飛び上がってしまった。さながらロケットのように。

 こういう時、慌ててはいけない。俺は努めて冷静に頼れる相棒へと目を向けた。

 

「リリィ」

「あいッス」

 

 ぷすっと、頭上高くにいたイリハから炎が消えた。その手に刀はない。どうやら手放してしまったようである。

 

「ひょえぇえええ!?」

 

 そんでそのまま自由落下。陰陽術師イリハは空を飛ぶ手段がないのである。

 

「よっと、我ながらナイスキャッチ」

「はっ! た、助かったのじゃ……!」

 

 落ちてくるイリハは飛び上がったルクスリリアが優しくキャッチして、俺は彼女が手放した刀を回収した。

 

「び、ビックリした……。けど、飛べたのじゃ!」

「嬉しそうですね、イリハ」

「そりゃ嬉しいじゃろ!」

 

 地上に下ろされたイリハは暫し放心した後、空を飛んだ事にテンションを上げていた。トラウマになってないようで安心である。

 どうやら、イリハが使うと火の鳥が出て来るらしい。検証による発見だ。

 

 綾景の権能は、一言で言うと時限強化である。

 それも、権能の使用者によって出てくる動物が違い、強化内容も異なってくる類いの。

 俺とルクスリリアは黒いサメみたいなのが出て、憑依させると魔法防御力が上がった。グーラは黄色い大蛇が出て、状態異常を無効化できた。エリーゼはイリハと同じで火の鳥が出てきて背中に翼を生やす事ができたのだ。

 

「とりま、もっかい試してみて」

「わかったのじゃ!」

 

 飛行能力の付与。飛べないイリハにはおあつらえ向きの権能かもしれない。

 もう一度使うよう促すと、イリハは再度権能を使い、刀から火の鳥を出してみせた。

 

「ふむふむ……なるほど、こういうのもできるんじゃな」

「ん? おぉ!?」

 

 舞い上がった火の鳥はイリハの周りを旋回……したかと思えば、何故か俺に急接近して憑依してきた。

 ぶわっと、俺の背中にフェニックスの翼が生えてくる。え? 憑依って自分以外にもできるんですか?

 

「へぇ? そんな使い方があったのね」

「あと、鳥以外も出せるみたいじゃぞ。ほれ」

 

 言うと、俺の背から翼が消え、イリハの刀から新たに青い馬が出現した。

 半透明の青いゴーストホースは空中を疾走し、術者の周囲を旋回している。

 何? 召喚される動物は一人につき一体ではないのか!?

 

「イリハ、それどうやったの?」

「え? いや普通に……」

 

 曰く、なんかこう上手い事やれば色々と選べたらしい。

 なんじゃそれ? こちとら色々検証しとんのや、騙されんぞ!

 

「ほれ」

「おぉぉぉ!」

 

 そう思っていると、初見の青馬は俺に憑依した。

 すると、俺の身体から凄まじい力が湧いてきた。筋肉、マッスルである。調べずとも分かる、青い馬の効果はフィジカルアップだ。

 ぶわっと青いオーラを纏うロリコン男。気分はスパーキングなサイヤ人だ。力が高まる、溢れる……! 今ならぶちぬき丸だって振り回せちまいそうだ……!

 

「グーラ! 腕相撲しようぜ腕相撲!」

「え? は、はい……!」

 

 普通に負けた。

 

「いててて……。いやでも凄いな。三秒は持ちこたえたぞ!」

「わしはどこに驚けばいいんじゃ?」

「慣れるわよ」

 

 と、いう訳で、楽しい検証の始まりだ。

 結果、綾景の権能は以下のようなものである事が分かった。五色五体の五種権能である。

 まだまだ分からない仕様がありそうだが、時間も時間なので今日はここまで。

 

 青い馬=純粋なフィジカルアップ。あと、憑依中はグーラみたいに空中を走る能力が身に付いた。

 火の鳥=純粋な魔法関連のステータスアップ。魔力飛行はおまけな印象。

 黄色いヘビ=状態異常無効化。毒・麻痺・睡眠など、精神系も軒並み弾く。憑依時に状態異常を治す効果もあるっぽい。

 白い牛=物理防御力が上がる。おまけに体幹というか重さというか、衝撃への耐性もアップ。

 黒いサメ=魔法防御アップ。何だろう、全身にビームバリアを張ってる感じだ。

 

「いいねぇ……!」

「主様、楽しそうじゃな」

 

 どうやら守護霊は一体ずつしか出せないようで、チェンジしたい時は一度召喚中の霊を回収しないといけないらしい。

 また、他人に憑依している守護霊はイリハの魔力で動いているらしく、術者の魔力供給が途切れると同時に憑依は解除されるようだった。

 

 あと、ついでにと俺達も守護霊の操作を試してみたが、どうしても同じ奴しか出てこなかった。

 恐らく、イリハにしか感知できない“氣”が関係してると思われる。あるいは知力ステによるものか。

 

「ワッ! ホッホーゥ! ワッハァーッ!」

「意外と慣れるの早いッスね、イリハ。エリーゼも初心者に追いつかれないようショージンするッスよ! もうグーラに負けちゃってんスから」

「難しいのよ、装填された魔力飛行は……」

「ぼ、ボクは“軽功”を併用してるので……」

 

 色々試してみたが、どうやらイリハは火の鳥の飛行がお気に入りらしく、今はルクスリリア達と空中で鬼ごっこをやっていた。

 空飛ぶロリを眺めていると、それぞれ飛び方に個性があるのが分かる。ルクスリリアは自由自在のラムちゃん飛行で、グーラはルインズスター。エリーゼは空飛ぶ車デロリアンだ。

 そんな中、イリハはアーマード・コアって感じ。上昇、旋回、クイックブースト。速く遠くに飛ぶ時は、炎翼を吹かして巡行機動といった具合に。

 

 うん、全守護霊使える訳だし、本人も気に入ってるっぽいし、もう綾景はイリハ専用武器って事でいいかな。

 ならば尚の事、イリハ魔法侍化計画を推進せねば……。

 

 それから、俺達は宿で試せなかった陰陽術や、イリハの他のスキルを確認したりして過ごした。

 夢が広がるな。




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※五神には全く似ていません。モチーフをパクッただけの謎アニマルです。
 本作世界に青龍とか玄武とかはいませんね。
 代わりに朱雀族とか白虎族とか麒麟族がいます。ぜんぶリンジュ住まいのレア種族です。

 次回、ようやく狐狩りです。
 長かったですね。


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目一杯の祝福をロリに(前)

 感想・評価など、ありがとうございます。続きを書く原動力になってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝の極みです。
 キャラ・ボスのご応募尾もありがとうございます。貰えると無条件で嬉しくなっちゃいますね。

 長くなりそうなので分割しました。
 よろしくお願いします。


 空は暗く、街は明るいリンジュの夜。

 鍛錬が終わった後、俺達は上玉館に戻ってきた。

 で、女将さんに頼んだイリハの歓迎パーティもつつがなく終了し、これにてイリハは正式に我が一党に加わる事と相成ったのである。

 

 今現在、ルクスリリア達ロリ勢は皆で温泉に入っている。

 そんな中、俺は先んじて風呂を済ませ、行燈の照らす寝室で一人とある本を読んでいた。

 

「ふむ」

 

 何を読んでいるかというと、カムイバラの道場案内パンフだ。

 イスラさんの言ってた通り、これまた俺が思ってた以上に、カムイバラには多くの道場が存在したのである。

 

 剣に槍に弓に棒。剣でも二刀流専門とか小太刀専門とか細かく分かれている。しかも凄いカジュアルにオススメポイントとかも載ってたのだからビックリだ。

 何となく、時代劇で見る道場というより、現代日本のジムとかスポーツクラブの宣伝のようである。指導者の解説なんかもあったりして、この道場ではこういう技能が身に付きますとか書いてあった。

 

 近くの道場で一番有名なのは“剣鬼道場”という所だった。

 ここはイスラさんがお勧めしていた道場で、彼女が通ってた所だな。てか普通にイスラさんの名前載ってるし、あの有名人が通ってました~みたいな感じ。経営が上手そうである。

 

 次にデカいのは、“澄刃道場”という所で、同じく剣を教えてくれる。

 嘘か真か、挿絵で描かれた指導者はイケメンエルフだった。何というか強くなるというより、心と技を鍛えて良いヒトになりましょう的な説明が書いてある。

 

 どうやら、この二つがカムイバラの二大剣術道場であるらしく、他は軒並み個人経営の小さな道場だ。弱小道場にもなると名前と住所が書いてあるだけで何がどういう流派なのか全く分からない。

 なんだかショッピングモールに押しつぶされてる小料理屋みたいだ。道場経営も楽じゃなさそうである。二大道場にしたって、門下生集めには苦心してるっぽいし。 

 

 で、俺はここから良い感じの道場を探している訳だが……。

 何処がいいかサッパリ分からん。

 

 残念ながら異世界にレビューサイトはないのである。「稽古ブラック過ぎてクソ」とか「この内容で会員費十四万ルァレとかぼったくりやろ」とか「見栄えはいいが実戦じゃ使えないザコ剣術です。通う価値なし」とかのクチコミが聞ければいいんだけど、まぁ無いもんは仕方ない。

 

 道場に行く一番の目的は、イリハのジョブ解放の為である。歪なジョブレベルのせいか、あるいはそうじゃないのか、魔法戦士系が生えてない現状を何とかすべくひとまず“侍”を解放しようと思うのだ。

 上手くいくかは分からないが、一度試してみよう。少なくとも「ほな魔術師レベルを上げればいいじゃん」と現状のイリハを迷宮に放り込む気にはなれない。

 あと、兼ねてから考えていた俺の基礎力アップの為でもある。実際、ニーナさんや鬼人ヤスケのようなテクニックキャラ相手の場合、からめ手無しじゃ勝てないのである。

 皆を守る為ならば、辛い修行も耐えてみせよう。一に修行、二に修行、三四がロリで五に修行だ。

 

 が、まぁ先述の通りで何処の道場もフワッとした情報しか載っていない。

 どっちみち、一度行ってみなければ分からぬ。幸い見学は無料らしいので、行くだけ行ってみようかなっと。

 

「ふぅ~」

 

 パンフを閉じ、一息つく。

 集中が途切れると、入浴中の皆の事が気になってきた。

 

 今、ルクスリリア達は露天風呂で身を清めている。いつもの三人に加え、イリハも一緒だ。いつもなら俺も混ざるのだが、今宵は休みである。

 そう、風呂にはイリハがいるのだ。流石に、昨日の今日で「俺も仲間に入れてくれよー」とは言えない。

 

 これはマジでホントの意思なのだが、俺はイリハに手を出すつもりはなかった。

 何度も言うが、俺は可哀想なのは苦手だ。ゆえ、文字通り借金のカタにイリハを手籠めにしようとは思わない。普通にラインオーバーである。

 というのも、俺は既に満ち足りているのだ。衣食住足りて礼節を知るというように、ロリ足りたロリコンは節操を知った訳である。

 

 いやまぁ、あわよくばと思わない気持ちが全くないと言えばウソになる。

 もしイリハが自分の意思で身体を許してくれるなら、勢いよくルパンダイブするだろう確信があった。

 それはそれとして、俺は何もイリハと叡智をしたいから彼女の借金を肩代わりした訳じゃないのである。可哀想なロリを救いたかった。これは間違いなく正のロリコン魂によるものだ。

 身請け先で酷い目に遭わせてるようでは、それこそ鬱の発生源になってしまう。左のサイコガンで撃たれても文句は言えまい。

 

「よし……もうちょい読むか」

 

 なに、問題はない。俺は俺の下半身が信用できない事を知っている。

 なので今宵もルクスリリア達と遊びまくるのだ。それもイリハが眠った後、彼女にバレないようコッソリするのである。

 何か子供に隠れて営む夫婦みたいだ。これはこれで燃えるな。とても楽しみである。

 

 俺は期待と股間を膨らませ、パンフの続きを読むのであった。

 

 

 

 

 

 

 かぽーん、と。上玉館の露天風呂に謎の音が反響した。

 魔導照明で照らされた乳白色の露天風呂。湯けむりの中に、四種四名の少女の姿があった。

 

「いや~、それはもう凄いッスよご主人は! なんたって淫魔であるアタシが完敗するくらいッスから!」

 

 両の腕を広げ、ルクスリリアは温泉の縁に背を預けていた。一対の角の間に、畳まれた手拭が乗っている。

 その胸は平坦であった。

 

「ええ。最近は随分と繊細になったようだけれど……」

 

 言いながら、エリーゼは湯の中で脚を組み替えた。結い上げた銀髪のうなじに、うっすら汗が浮いている。

 その胸は平坦であった。

 

「そうですね。以前よりも遠慮がちになったといいますか……。何でしょう、自制しているようですね」

 

 グーラはちょこんと女の子座りをして、過去を振り返っていた。無意識に尻尾が揺れている。湯に濡れた褐色肌が魔導照明を反射していた。

 その胸は平坦であった。

 

「ほぉ~ぅ、なるほどのぅ」

 

 そんな中、イリハはお上品に正座をして彼女等の話に狐耳を傾けていた。しっとり濡れた桜の髪に、千歳緑の瞳。艶を取り戻した肌が僅かに赤らんでいる。

 その胸もまた、平坦であった。

 

 日本では女子三人集まれば姦しいと言うが、淫魔と竜族と混合魔族と天狐が集まればどうなるか。

 彼女等の表情は明るく、楽しそうである。一体何の話をしているのだろうか。

 

「なんで、こっちから行かないとイリハを抱くつもりは無いんスよ、ご主人は」

「むぅ、そうじゃったか」

 

 ナニの話をしていた。

 姦しい女子の中には三度の飯よりスケベが好きな淫魔がいるのである。むべなるかなといったところ。

 というより淫魔的にはスケベとは飯なのであるからして、淫魔の感覚では猥談とはつまり美味しいスイーツの話に相当する。紛れもなく夢かわ女子トークだ。

 

「逆に此方側が攻めの姿勢を見せれば、彼方側はすぐに開門するわ。無血開城ね」

 

 ここにいるのが女子だけというのもあってか、エリーゼも普段より明け透けな言い回しをしていた。竜族流の下ネタだ。

 

「安心してください。ご主人様ならきっと優しくして……? えーっと、優しくはしてくれると思うので、大丈夫です」

 

 グーラは初夜の事を思い出しつつ、以後の淫れっぷりを鑑みて言葉を選んだ。嘘は言っていない、優しいのは確かなのだ、優しいのは。

 

「ふむふむ……ちと複雑じゃが、勉強になるのぅ」

 

 ロリの心、主知らず。先住の三人はイシグロの変化に気づき、主人がイリハを抱くつもりがない事に気づいていたのである。なので、後の先で手を打ったのだ。

 根っからスケベ種族のルクスリリアからして、イリハサイドがその気(・・・)な事は分かっている。もし、このまま進む場合、そのつもりで入ったイリハは一党の中で浮いてしまう。イシグロは気を遣ってるつもりだが、それこそ無駄な気遣いというものなのである。

 要するにクソボケ案件であった。

 

 無論、ルクスリリア達とて同調圧力で向かわせる気は無かった。故に、一旦ここで本人の真意を問うた訳である。

 すると案の定、淫魔の眼に狂いはなく、イリハ当人はバッチコイのスタンスだった。

 イリハ視点、寧ろどうやれば寝床に潜り込めるかと考えていたくらいである。

 

「それにしても……いやぁ、一晩で三人とのぅ」

「きひひ♡ ご主人は並みの男じゃねぇんスよ♡」

「私はアレくらいが普通だと思っていたけれど、違うのね」

「ボクもです。男の人ってずっと元気なんだなぁって」

「んな訳なかろう。どう考えても主様は絶倫の中の絶倫、まさに性豪じゃ。なんじゃ抜かずの六連射って。遊郭の常連にもおらんかったぞ、そんな奴」

 

 ドキッ! 湯けむり女だらけの異世界猥トークの中、話をしててイリハが最も驚いたのは、彼の黒剣氏の絶倫ぶりであった。

 見てくれがロリのイリハとて、年齢的には立派なロリババア。長い間、遊郭で裏方仕事をやっていた経験もある。今更、男女のアレコレであたふたする事もない。

 そんなイリハからして、毎夜毎夜三人同時に未来へと繋げるハッスルなマッスルドッキングをしているというイシグロは「あー銀細工がヤバいってそういう……」となっていたのだ。

 また、イシグロと相思相愛であるという三人娘にも畏怖の念を覚えていた。銀細工相応の力があるっぽいし、なるほど道理でって気持ちだ。彼女等の身体には流れているのである、彼の愛さえも友情さえも。

 

「まぁそういう事なんスけど。別に今日じゃなくてもいいと思うッスよ」

「いいや、わしは今夜決着をつけるつもりじゃ! 故、今日ばかりは主様を貸してもらうぞ!」

「ひ、一人で大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫じゃ、問題ない!」

「随分と乗り気ね」

「のじゃ!」

 

 さて、イリハがこうも乗り気なのには理由がある。

 実際色々あるのだが、一言でいうと未来の為だ。それは子作りとかでなく、直近の実利である。

 要するにこのロリババア、例の計画を諦めていなかったのである。

 

 身請け前、イリハが皮算用し、ルクスリリア達に看破された企み。

 その名も、“房中術でイシグロをメロメロにしてわしが頂点に立つ作戦”。

 そのマイナーチェンジ版を実行しようというのである。

 

 元よりイリハは決意していた。所望していた。ガンガンいく気だった。

 それは好意のみによるものではなかったが、打算だけという訳でもない。

 畢竟、イリハは身も心も愛されたいのである。

 

 ルクスリリア達と話してみて、イシグロ達は氣に精通していない事が分かった。加えて、なんとイシグロは好き好んでルクスリリア達と肌を重ねているというのである。曰く、主人はイリハに対しても興味津々であるとも。

 

 ならば、是非もなし。

 陰陽術、氣、そして房中術。

 天狐イリハは、全身全霊を以て主人を篭絡する気構えであった。

 

(ふんっ! 如何な性豪とて、如何な銀細工とて、氣の扱いに関してはズブの素人! であるならば、寝床に入れさえすればこっちのモンじゃ!)

 

(母が言うには房中術ってめっちゃ気持ちいいらしいし? 母が言うには男なんて竿さえ握れば手玉らしいし? じっくり調整して身も心もわしの虜にしてやろう! そして、わしに永遠の愛を捧げさせてやるのじゃ!)

 

(往くぞ黒剣! 氣の貯蔵は十分か!)

 

 ふんすと、イリハは湯に浸かりながら気合を入れていた。

 その耳はピンと立ち、緑の眼も爛々と煌めいていた。

 顔が赤いのは、湯によるものだろうか。

 

 そんなイリハを、三人娘はこれまた何とも言えない目で見ていた。

 まぁ頑張れ、と。

 

 ところで、イシグロの一党には、かつて似たような事を考えてた奴隷が存在する。

 ルクスリリアである。彼女は当初、イシグロの精を吸収して自分が天に立つと妄想していたのだ。二番煎じである。

 イリハは自身が持つ特性に慢心して、暴走状態のイシグロの火力を見誤っていた。

 だからこそ、皆に「今夜はイシグロと二人きりにしてくれ」というアホなお願いをしたのである。それを聞かされた三人の表情は推して知るべし。

 

 イシグロはソロで戦っていい相手ではない。

 完封など夢のまた夢。あれは一党を組んだ上で敗北と復活を繰り返して挑むタイプのボスなのだ。

 まして、耳年増なだけの処女ロリババアが太刀打ちできる相手などではないのである。

 

 

 

 

 

 

 風呂に入り、身体を温め、バッチリ身だしなみを整えた後。

 

「では、行ってくるのじゃ……!」

 

 イリハは、意気揚々と女子部屋を出た。

 対し、結果が分かってる三人は適当な返事をした。

 

 月明かりを頼りに、夜の廊下を歩く。

 静まり返った冬の上玉館の雰囲気は、かつて寝泊りしていた物置の静寂とは大違いだった。

 ピカピカに磨き上げられた廊下を、楚々とした動作で歩く。主人の部屋が近づくにつれ、イリハの心音はドキドキと五月蠅くなっていた。

 これは武者震いじゃと、天狐は己に言い聞かせた。

 

 そして、主人の部屋の前に到着する。

 襖を開ければ、イシグロがいる。イリハは薄く氣を整え、改めて決意を固めた。

 

 間違いなく、イリハはその気である。

 初心ではないが、擦れてもいない。ただ、経験がないだけだ。

 母以外の者に、愛されるという経験がだ。そして、その自信もまた。

 

 今から、男に抱かれる。

 そう思うと、ただただ純粋に緊張してきた。

 

「ふぅ……」

 

 息を吸って、吐く。体内の氣を循環し、心を落ち着ける。

 大丈夫だ、何とかなる。拒まれない。ちゃんと抱いてもらえると、イリハは自分に言い聞かせた。

 すると、イリハの脳裏にあの日の情景が映し出された。

 

 思い返すのは、力強い彼の背中だ。絶体絶命の夜、颯爽と駆けつけてイリハを救ってくれたのである。

 優しい手、頼もしい腕。そして、イリハを守る為に振るわれた猛き雄の勇。

 

 こういったシチュに、何も思わない異世界女子はいない。

 それはロリババアであるイリハも同様であった。初心ではないが、処女なのだ。多少乙女チックな事に憧れちゃっても仕方ないというものである。

 

「よし……」

 

 イリハは意を決し、襖の前で起坐をした。

 母との記憶、花嫁修業を思い返す。たおやかに、流麗に、お上品に……。

 

「失礼するのじゃ。主様、イリハじゃ……」

 

 そして、ゆるりと。

 声をかけ、襖を開け、一礼をするのであった。

 

「よ、夜伽に来たのじゃよ……!」

 

 言葉選びには失敗したが。

 結果オーライである。




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目一杯の祝福をロリに(後)

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。脳みそが良い感じに刺激されます。

 例によって、運営様からお叱りがきたら素直にごめんなさいするつもりです。
 淫語とか放送禁止用語とかは多分書いてませんし、直接的な表現も多分書いてないので大丈夫だとは思いますが、ダメだったら本エピソードだけ十八禁に移します。
 一応、局部も液体も直接表現してないので大丈夫なはず……。

 ちな主人公パワーアップイベントでもあります。


 房中術とは、異性間で行う陰陽術の鍛錬法の事である。

 男は陽の氣、女は陰の氣を持っていて、その二種類の氣を何かこう混ぜ混ぜすると良い事があるっぽい。心身を強壮にするとか、体内に在る氣が増えるとか。

 ただ、これ現代だとあんまりしない鍛錬法らしく、手間暇と難易度の割に凄く効率が悪いのだと。同じ時間の間、瞑想してる方が修行になるとかで。

 今はもっぱら、陰陽術師が夜の味変として楽しむ遊びになってるらしい。

 

「……という事なんじゃ」

「なるほど」

 

 と、襖開けて第一声、「夜伽に来たのじゃよ」と言ったイリハが説明してくれた訳である。

 それはいいのだが、俺は俺でこの夜這い行為は当人の意思によるものであるかという点が気になっていた。仲間内での同調圧力とか、なんかそういう雰囲気だったからという理由であれば俺は断腸の思いでチェンジを申し出るつもりだった。

 するとイリハは、入浴中に皆にお願いして二人きりにしてもらったのだと言った。間違いなく、自分の意思であると強調して。

 

「や、やはり、わしじゃと無理なんじゃろうか……?」

 

 などとションボリ耳を垂れて問うてくるイリハは、俺の急所に効果抜群だった。

 彼女の意思を確認するなり、俺はもじもじするイリハに激しく興奮していた。童貞でもあるまいに、とにかくビーストモードにならないよう心と股間を抑えていたのである。

 据え膳食わぬは男の恥。結局、俺はイリハに了承を伝え、上下の紳士にOKサインを出した訳である。

 

「うむ。ま、まずは……裸になるのじゃ」

 

 そう言って、イリハは俺の脱衣をサポートした。

 今回、俺は彼女の申し出に従い諸々をお任せしていた。房中術が如何なものか気になるし、何にせよイリハの自主性は尊重すべきと思ったからだ。

 あと、緊張しながら頑張るイリハが超級に可愛かったというのもある。

 

「ほぅ……!」

 

 やがて全裸になると、イリハは俺の身体を見て感嘆の息を吐いた。

 股間で自己主張するご立派様ではなく、我が鍛え上げられし大胸筋や三角筋に見惚れているようであった。

 

 これはリカルトさんから聞いた話なのだが、異世界女子は男性の筋肉が大好きであり、マッスルとはつまり異世界にて最強のセックスアピールらしいのだ。ていうか、筋肉がないと異性として見られないまであるっぽい。

 当然として、プロレスラー体型が好きな女子やフィジーク体型が好きな女子等で色々と好みが分かれるようだ。

 感覚的に、男性目線のおっぱいに近いという印象だ。細マッチョ好き=貧乳好きであり、ゴリマッチョ好き=巨乳好きにあたるのかな。

 

 それで言うと、俺はインナーマッスルが発達したバランス体型にあたる。バキバキではないが、しっかり動ける筋肉である。

 が、そんな俺でも異世界じゃヒョロめ判定だ。前世地球で見たムキムキ男性程度ならその辺にゴロゴロいるし、そもそも異世界人は全体的に大柄で骨太の傾向があるのだ。特に王都民。

 けれども身体に搭載された筋肉の質は確かである。俺はぽーっとしているイリハに対し、フンと胸を張ってみせた。

 

「触ってみる?」

「よ、よいのか……?」

 

 ヨシと答えると、イリハは恐る恐る手を伸ばしてきた。

 

「凄いのじゃ~……」

「遠慮しないでいいよ」

「じゃ、じゃあもうちょっと……」

 

 ぺたぺた、さすさす……。

 イリハは興味津々に、あるいはちょっと好色そうな顔をして男の胸を触っていた。

 

「これが主様の身体かぁ……。柔らかくて、硬くて……スケベなのじゃ……」

「イリハ?」

「あっ、いやすまぬ!」

 

 そうこうしていると緊張が解れていったようで、思う様筋肉を弄った後はイリハは俺が介助する暇もなく浴衣を脱いでみせた。

 

「あ、あんま見るもんじゃないのじゃ……」

 

 そう言う彼女だが、イリハの素肌こそ俺にとっては最高にドスケベ重点であった。

 初対面の時は痩せぎすだったイリハだが、今では元の肉と肌艶を取り戻し、女の子らしく全身が柔らかそうだった。

 また、恥ずかしそうに隠された胸は存外に大きく、我が一党の中では一位である。ロリ巨乳とは言えまいが、パッと見で分かる程度の僅かな膨らみがあったのだ。

 

「あ……」

 

 逆の立場になったイリハは、ようやく俺の斬魄刀に目が行ったようである。

 無論、現状は始解であり、卍解になったらもっと伸びる。日々鍛錬を欠かさぬ愛刀は、凝視された事で霊圧を増していた。

 

「よっ! よろしくお願いしますなのじゃ……!」

 

 アイサツは大事。シュバッと動いたイリハは布団の上で正座になり、聳え立つ御立派様に首を垂れた。

 これもうそういう構図じゃんね。そそるぜ、これは。

 

 

 

 

 

 

 行燈の淡い灯り、敷かれた布団、裸の男女。

 当然、何も起きないはずがなく……。

 

「主様、仰向けになって欲しいのじゃ」

 

 房中術の開始である。

 俺は言われるがまま仰向けになり、続きを待った。如何な異世界マッスルを手に入れた肉体とはいえ、寒いものは寒い。早く温かくなりたい。

 続いて、イリハはゆっくりと俺に覆いかぶさってきた。体重こそかけられていないが、肌と肌が触れあって気持ちがいい。

 

「主様は黒の氣が強すぎるのじゃ。なので、これを整えるのじゃ」

 

 今か今かと待ちわびる俺に対し、イリハは未だ緊張が勝っているようで、房中術の解説をしながらおずおずと施術を始めた。

 小さな手が耳を触り、側頭部を撫で、頬から首にかけて滑り、胸に下りて下腹部へ。所謂フェザータッチというやつで、マッサージとは雰囲気が違った。

 

「分かるかのぅ? 今、肌から氣を送って主様の氣の流れを整えておるのじゃ」

 

 知識を披露していると恥ずかしさが紛れるようで、イリハは徐々に饒舌になっていった。

 しまいにゃ聞いてもいないのに陰陽術の解説を始める始末。その間にも、彼女は俺の黒の氣とやらにアプローチを続けていた。

 

「んぅ……」

「ほら、どんどん主様の身体が温かくなってきたのじゃ。気付いておるか? 寒くないじゃろぅ?」

 

 施術の中、我知らず呻き声が漏れた。確かに、云われた通り寒くなくなってる。これは興奮というより、身体の奥底で起こっている事のように思えた。

 ヘソの下らへんをナデナデされる。今度はフェザータッチではなく、しっかりと掌の熱を感じる手技だ。

 気のせいだろうか、イリハの手から何か未知のエネルギー的なものが流れ込んでいるような。これが氣か? それともプラシーボ? ともかく、いつの間にか俺は彼女から齎される心地よさに夢中になっていた。

 

「身体の氣はな、強すぎても弱すぎてもいけないのじゃ。中庸こそが肝要……。主様は頑張り過ぎじゃ、今くらい休んでゆけ。目を瞑って自分の身体の中に意識を向けるのじゃ」

 

 言われた通り、瞼を閉じる。

 すると、先ほどよりイリハの手のひらの感触が鮮明になった気がする。

 同じように謎のエネルギーも鮮明になった。魔力感覚とは違う、不思議な感じ。まるで俺とイリハの境界線がなくなっていくような、沈み込んでいくような……。

 快楽と言っていいのだろうか。この心地良さは何なのだろう。

 

「ほう、もう感じる事が出来たのか。主様には陰陽術の才があるのかもしれんのぅ」

 

 じんわり温かくて、気持ちいい。まるで人肌の温泉に沈んでいくかの様。

 眠くもないのにボーッとして、けれども五感は敏感になっていく。

 イリハの声、イリハの匂い、イリハの手の感触。デバフを食らってる訳でもなかろうが、俺は彼女に溶かされている気分になっていた。

 

「では、次の段階にいこうかの」

 

 手のひらの感触が離れる。腹に僅かな重み。

 薄目を開けると、すぐ眼前にイリハの顔があった。

 

「く、口を吸うぞ、主様……」

 

 そんな体勢のまま、イリハは目を閉じて唇を寄せてきた。

 俺は無意識に口を僅かに開け、彼女からの接吻を待った。

 

「んっ……」

 

 唇が重なる。瞬間、イリハの身体がビクンと跳ねたのが分かった。

 さっきまでの流麗な所作は何だったのか。イリハは軽いキスでフリーズしているようだった。

 

 一秒、二秒、小さな唇が固まっている。

 ここは少しリードするべきか。俺は優しくイリハを抱きしめ、あやすように背中を撫でた。

 

「んぅ……ちゅ、ちゅぅ……」

 

 すると、イリハは文字通り気を取り直し、閉じられた口を少し開けてキスを再開した。

 それから、ゆっくりゆっくりと人工呼吸でもするように、俺の口内に例の謎エネルギーを吹き込んできた。

 肌の接触よりも克明に、俺の体内に流れてくるのが分かる。

 

「ちゅぷ、んぁ……主様、舌を出すのじゃ。そう……んむっ、ちゅぅ……んちゅ、れろ……」

 

 イリハは俺の両耳を塞ぐと、文字通りに二人の呼吸を合わせた。

 目と目、舌と舌、口と口が合わさって、二つの鼻が同じだけの息を吸う。

 決して激しくもない交わりだが、俺の口内では二人の氣が複雑に絡まっていた。

 

「んぅ……ちゅうぅ、れろ、れろぉ……。ん、ちゅ……じゅる……」

 

 イリハの舌は、まるで猫のソレであった。表面にはきめ細やかなザラつきがあり、チロチロ動く先端は俺の中の唾液をこそぎ取るようであった。

 そんな舌が俺の舌先から根っこまでを流れるように往来する。粘膜の接触によって、二人の氣を混ぜているのだ。

 普段、皆としているような激しいベロチューとは質が違う。次に進まず、ずっとこうしていたくなるような安らぎを感じる。

 

「れろれろ……んちゅぅ、ぷはぁ……」

 

 口を離すと、俺達の間に透明な橋が架かった。

 俺の口内で撹拌された氣が、喉から胃を通して身体に馴染んでいくのが分かる。

 キスを終える頃には、俺は氣というモノを明確に感知できるようになっていた。

 

「どうじゃ? これが房中術の舌技じゃ。気持ちよかろ? もう主様は準備万端のようじゃな……よしっ」

 

 トロンとした目のイリハは、上ずった声で勝ち誇ったような言葉を紡いだ。

 確かに、イリハの房中術は凄かった。未だ俺の意識はボーッとして、ただただ心地よい状態を維持している。

 なにより、体内に感じるイリハの氣が得も言われぬ一体感を覚えさせてくるのである。

 

 しかし、イリハの中はどうか。彼女が流し込んできた氣は、殆ど俺の中にある。つまり、この溶けるような心地よさをイリハはまだ知らないのである。

 房中術が氣を交わらせる術であるならば、俺とイリハはもっと同調すべきなのではないか。

 お任せするとは言ったが、このままだと流石に痛いだろう。

 

 ぼんやりしたまま、己の中にある氣を意識する。

 うん、やれそうだ。

 

「イリハ」

 

 俺は早速とばかりにプラグインしようとしているイリハの手を取った。

 それから、えいやと集中して氣を流し込む。

 

「ぬ、主様……!?」

 

 どうやら上手くいったようである。

 そのまま上体を起こして、イリハの小さな身体を包み込んだ。

 手のひらと言わず、肌が触れる箇所の全てで氣を放射する。出来てるかどうか分からないが、とにかく思いと熱を伝えるイメージだ。

 

「んっ♡ はぁあ~♡」

 

 すると、イリハは仕事終わりにひとっ風呂浴びたような声を漏らした。まだまだ未熟な氣の運用だが、そこは量でカバーだ。技術もへったくれもない力押しは、イリハの氣に届いたようである。

 攻守逆転……否、選手交代である。俺はそのままイリハを後ろ抱きにして、モフッとした狐耳に囁いた。

 

「今度は俺の番。房中術、やってみていい?」

「主様? あっ、ん……んぅ……♡」

 

 そして、見様見真似の房中術を試みる。弱点を攻めるのでなく、互いの身体を沈め合うようにゆっくりと触れていく。

 氣の扱いはまだまだだが、要するにスローなやつの亜種だと思えばやりやすい。ソレに関して、俺は一家言あるのだ。エリーゼはそういうのが好きなので。

 

「おっきぃ♡ あぁ……主様の氣が、わしの丹田に入ってくるのが分かるのじゃ……。んぅ♡ 上手じゃのぅ、主様♡」

 

 なでなで、なでなで……。

 モフモフの耳。艶やかな髪。柔らかい頬っぺたに、華奢な首と肩。あえて弱点を攻めず、焦らしに焦らして高め合う。

 

「んぁ♡ はっ、はむ……ちゅぅ~♡ じゅる、ちゅ……あむ、ぢゅる、れろぉ♡」

 

 イリハの口が自然に開いたところで、今度は俺からキスをする。

 さっきしてもらったように、二人の口内で氣を循環させる。激しい舌遣いはいらない。大げさなリップ音も立てない。ただひたすら、お互いの氣を分かち合うのだ。

 

「んっ♡ はぁ……♡ こ、こんなに沢山の氣♡ すご……♡ お腹の中が温かいのじゃ♡ はぁ♡ んむ♡」

 

 じっくりと。焦る事なく少しずつイリハの氣と同調していく。

 ここまで来ると、俺は自分のモノだけでなくイリハの氣の状態をある程度感知できるようになっていた。

 お腹を触る。ヘソを中心に、輪になっている。口を中継して、氣の質が近づいていく。呼吸のタイミング、氣の流れ、魔力の揺らぎさえ、俺達は互いの全てを熟知していった。

 

「ぬ、主様ぁ……♡」

 

 二人の境界線がなくなる寸前。イリハが俺を呼んだ。何をしてほしいか、何をすべきかなど言われずとも分かる。

 どちらともなく、俺達はより深い繋がりを求めた。

 

「んっ♡ くふぅぅぅぅぅ……♡」

 

 瞬間、俺は房中術の深奥を垣間見た。

 甘く、深く、痺れるような、一切の激しさもない心身の結合。

 これはまさに、大自然の体現だった。

 

 深い山の奥、水が湧いて、低きに流れていく。

 雲が出来て、雨が降り、草木が芽吹き、花が咲く。そして、新たな生命が生まれる。

 そうか。陰陽とは、氣とは……。

 

 ――やっと気づいた。イリハは、俺の鞘だったんだな。

 

「主様♡ ぬしさ……はぁ♡ んっ、フゥゥゥゥ♡」

 

 かつて、夜のダンジョンアタックにおいて俺は火力と立ち回りを重視したバトルスタイルを好んで用いていた。

 攻守のバランスを取り、上手に立ち回り、隙と見れば畳みかける瞬間火力型。

 けれど、イリハとの間に火力は必要なかった。立ち回りさえ、不必要だったのだ。

 

 激しい操作を要求するハイスピードアクションじゃあない。

 弱点を突き合うターン制バトルでもない。

 房中術とは、ポイントを溜めに溜め、お互いを強化し合い、シンクロ率を無限大にするたった二人の人類補完計画(バトルオーケストラ)だったのだ。

 

 己にカジャカジャし、相手にンダンダをかける。

 ヒートライザと、チャージあるいはコンセントレーション。それからホールドアップからの……交渉だ。

 普段の俺なら即総攻撃フィニッシュだっただろう。だが、あえてしない。まだお互いの氣が混ざり切っていないからだ。

 

 まだ同じ氣じゃない。まだまだ馴染ませる必要がある。

 肌だけでは足りない。俺はイリハの耳や尻尾にも氣を流し込んだ。彼女なら上手く合成できると信じて。

 

「ん~♡ あっ、拙いのじゃ♡ このままじゃと……尻尾出ちゃうのじゃ♡ あっ……♡」

 

 お互い達しかけた瞬間、ボンッとイリハの尻尾の数が増えた。

 そういえば、イリハの尻尾は全部で九本あるんだったな。ちょうどいいので、俺は彼女のモフモフ尻尾を一本一本撫で回した。

 

「ひぐ!? はっ♡ 主様♡ 尻尾はダメ♡ 尻尾はダメじゃ♡ 主様の氣が直に♡ 入ってきちゃうのじゃ~♡」

 

 驚愕のモフモフ度。イリハの尻尾は不思議な触感だった。

 というのも、元からある一本以外の尻尾には芯がなく、まるで綿アメを触っているような感触がしたのである。

 曰く、天狐の尻尾は氣の循環を補助する役割があり、触れる事のできる剥きだしの氣であるという。生活に邪魔だからと普段はしまっているが、本気で陰陽術を使う時は全て出すんだと。

 故に、俺は尻尾を重点的に整えた。尻尾の付け根、尾骨周辺を撫で、尻尾をシコシコし、耳を食みながら更に深く繋がった。

 

「あっ♡ あっ♡ はげしっ♡ 尻尾の付け根は♡ 反則じゃあ♡ んぅ~♡」

 

 それからも、俺はロクに動く事もなくイリハと同期し続けた。

 下から氣を流し込み、上から氣をもらい受ける。これぞ世界の循環である。

 今、本当の意味で、二人が一つになったのだ。

 

「主様♡ 主様♡ ギュッてして♡ んくぅぅぅ♡ 主様の氣♡ 濃すぎなのじゃ~♡」

 

 合体(がったい)

 

 全てが終わった後、イリハはくったりとトロけていて、全身に力が入らない状態になっていた。

 

「主様ぁ♡ ちゅー♡ ちゅーちゅーしたいのじゃ♡ あむっ、ちゅぅ~♡」

 

 そう言って、イリハは俺の首筋に吸い付いてきた。チューチューする様は乳飲み子のようで、まさに愛しさ百億倍である。

 俺はイリハの頭を撫で、彼女の存在の全てを褒めちぎり、父性というより母性で以て甘やかした。するとイリハはキャッキャと喜んだ後、猫がそうするようにゴロゴロと頬を擦り付けてきた。

 

「んぅ~……♡ ん、んにゃぁ~♡」

 

 やがて眠くなったらしいイリハに胸を貸してやると、イリハは俺の乳首に吸い付いてきた。どうやら、口にモノを入れると安心するようだった。

 そして、イリハは安らかな顔で眠りについた。

 

「さて……」

 

 ところで、俺はまだ一回しかファイナルフラッシュをしていない。心は最高に満ち足りたが、身体の方は未だに熱を保っていた。

 流石に、これ以上イリハとサンダーストームフォーメーションをする気は無いが、それはそれとしてこの火照りを治めずに眠るのは難しそうだ。

 それに、せっかく覚えた氣の扱いだ。忘れないうちに反復練習をしたい……。

 

「そこにいるのは分かっている。姿を現せ」

 

 あえて低声を出すと、部屋の戸がすすーっと開いて、愛しの三人が入ってきた。

 

「きひひ♡ いやぁ、今晩のご主人も凄かったッスねぇ♡」

「その術、もちろん私にも試してくれるのよね……♡」

「うぅ……ぼ、ボクもご主人様にナデナデして欲しいです♡」

 

 見れば、三人は既に出来上がっていた。

 覗きなど、いけない子である。おしおきが必要だ。

 

 その晩、俺は思う存分三人を氣の実験台にした。

 

 

 

 

 

 

 未明、イリハは微睡みと共に目を覚ました。

 これまでの労働奴隷生活の影響で、疲労が残留してなお心身が反応して起床してしまったのである。

 そして、例によって反射的に起き上がろうとしたのだが……。

 

「んぅ……?」

 

 違和感があった。敷布団も掛布団も、ふかふかで温かい。おかしい、自分は物置の古い座布団で眠ったはずだ。

 それに、イリハの頭を預けている枕が熱く、不思議な匂いがした。

 

「え……えぇ?」

 

 ハッとなった。イリハは主人の二の腕を枕にしていたのである。しかも、イリハのすぐ隣には昨夜この場にいなかったはずのグーラが眠っていた。

 少し上体を上げて奥を見てみると、ルクスリリアとエリーゼが同じように眠っていた。

 

 つまり、そういう事であった。

 

 イリハはこの段になって、昨晩彼女等に何とも言えない表情で送り出された理由に思い至ったのである。

 黒剣の強さを甘く見ていたのは、確かだ。性豪とは分かっていたが、ああも氣を用いた上で三連戦をする余力があったとは……。

 それに、まさかあの一夜で房中術の基礎を身に付けるとは思いもよらなかった。

 

 昨夜の事を思い出す。房中術を施していたら、いつのまにか施されていたのだ。

 徐々に彼色に染まる氣は燃えるように熱く、それでいて甘露だった。最後らへんなどもはや記憶が曖昧であり、ただただ全身が溶け合うような一体感だけがあった。イシグロという男、氣の扱いは未熟だったが、房中術だけは滅茶苦茶に上手かったのである。

 性豪に房中術。こういうの、リンジュでは何と言うのだったか。鬼人に棍棒? 虎人に翼? なんかそんな感じの……。

 

「ん?」

 

 ふと、思いつく事があった。もしかして、である。

 イリハは仙氣眼を開き、改めて布団の中の皆を眺め見た。

 

「うおっまぶしっ……!」

 

 視界いっぱい、氣氣氣……。

 皆、ビッカビカであった。ルクスリリアもエリーゼもグーラも、そして主人のイシグロも体内体外氣まみれ。しかも驚く程に調律されているではないか。

 鬼人に金棒どころではない、銀竜に剣である。どうやら、イリハはとんでもない怪物を覚醒させてしまったようだ。

 

「んぅ~? まぁいいんじゃけど……」

 

 まぁ、嫌ではないし、それはいい。

 それはそれとして、眠るイリハのすぐ隣で他の女を抱くとはどういう事か。負の感情こそないが、ちょっとモニョッてしまう。

 起こしてくれてもよかったのでは?

 

「主様め。あむっ、ちゅぅ~……!」

 

 イリハは嫉妬の理由に思い至る事なく、幸せそうに眠る主人の胸に吸い付くのであった。

 軽く痛みを与えるくらい、強く。




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◆黒剣一党の胸ランキング◆

・一位:グーラ
 永遠のゼロ

・二位:エリーゼ
 パッと見では分からない

・三位:ルクスリリア
 服越しに僅かな感触

・四位:イリハ
 ギリAランク帯

・五位:イシグロ
 迷宮で鍛えられた胸


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ルクスリリア先輩の淫靡なお茶会チュートリアル

 感想・評価など、ありがとうございます。貰えれば貰えるだけエネルギーに変換される仕様です。
 誤字報告もありがとうございます。感謝の極みでございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は日常回。イシグロ一党の普段の生活です。


 翌朝、俺の心身は絶好調だった。

 起きて初手淫魔に四十八の秘奥義を食らわし、繋がったまま露天風呂ザブーン。風呂上りにキンキンに冷えた麦茶を一気飲みし、上玉館の最高級モーニングをおかわり連呼でパクパクですわ。

 食後休憩のあとは再度露天風呂に行き、お天道様目掛け負けじとご立派様を突き付けてやった。

 

 冷たい風が愚息を揺らし、けれども我が身の熱を取り払う事叶わず。

 房中術を習得した俺は無病息災の権化であった。心なしか筋肉が光り輝いてるまである。

 

「今朝のご主人様はいつもより活発でいらっしゃいますね」

「あんまり寝ていないと思うのだけれど、人間種なのに丈夫ね」

「うんうん! 房中術ってのも悪くないッスわ! 礼を言うッスよイリハ!」

「ま、まぁお主等が良いのなら……んっ」

 

 朝日に向かいにマイ棒を光らせていると、立ち上がろうとしたイリハの様子がおかしい事に気が付いた。

 全身ヘロヘロって感じでもないし、デバフ食らってそうな感じもない。が、なんか変だ。

 

「大丈夫か? イリハ」

「ん、何でもないのじゃ。仕事に差し障るものではない」

 

 そう返すイリハだが、違和感がある。

 身体を動かす度、何か動きづらそうにしているのである。

 まるで、チンポジがエラーしてる時みたいな……。

 

「あっ」

 

 その時、ルクスリリアは何か勘付いたような声を上げた。

 目を向けると、彼女は淫魔の尻尾をゆらゆらしながら口を開いた。

 

「そういやぁ、人間とか獣人って、処女卒業した後は動きが変になるって聞いた事あるッスね」

「え? ……あぁっ」

 

 ハッとなった。そういえば、そうだった。

 ルクスリリアとグーラは魔族であり、エリーゼは竜族。三人とも、怪我なんてすぐ完治しちゃう系の異世界チート種族だ。

 けれどイリハは長寿族とはいえ狐系の獣人。怪我の治りは人間とさほど変わらない。実際、昨夜は血が出たのだ。今は凄く辛そうって訳でもなさそうだが、うん……。

 つまり、そういう事である。

 

「悪いイリハ、配慮が欠けてた。今、【手当て】するからな」

「ん? 癒やせるのかの? なら、お願いするのじゃ」

「任せろ。ふんぬぅぅぅぅ! 魔力過剰充填……【手当て】!」

「んふぅ~♪ あ、これ存外気分良いのぅ」

 

 俺は足湯で温まるイリハの肩に触れ、【手当て】を使った。

 これはモンクの能動スキルの一つで、簡単に言うとHPリジェネだ。燃費こそ良いのだが、発動中は触れ続けなければいけないという仕様上、あまり実戦向きではないスキルである。

 何とは言わんが、古傷さえ回復しちゃうエリーゼの治癒で例のアレが再生しない事は確認済みである。故にイリハへの【手当て】は全力だ。

 

「……昨夜のアナタのせいで、私はとても疲れているわ。何とかして頂戴」

「りょ。ちょい待ち」

「もー、素直に言えばいいじゃないッスか」

 

 ちなみに、この【手当て】はエリーゼのお気に入りスキルの一つである。魔力に混じった感情が分かるエリーゼにとって、俺からの治癒魔法はご褒美になるのだ。

 そのお陰で俺はすっかり【手当て】マスターだ。生半可な治癒魔法より精密に行使できる自信がある。

 

「これで良し。イリハ大丈夫?」

「うむ、快調じゃ! 礼を言うぞ主様」

 

 立ちヨシ座りヨシ歩きヨシ。そうしてバッチリ回復したイリハだが、俺は俺で反省の必要性を感じていた。

 イリハは迷宮未踏破。俺等と違って肉体強度は貧弱なのである。昨日の今日で、俺はすっかりいつもの調子で動く気でいた。

 回復したとはいえ、大事を取って今日の予定は止めといた方がいいか。

 

「ほら、早くなさい……」

「あいよ、【手当て】」

「……もっと強く」

「はいはい。魔力過剰充填、【手当て】!」

「そうそう、それくらいよ……」

 

 丁寧丁寧丁寧にエリーゼに【手当て】していると、入浴中のグーラがコンパクト犬かきで寄ってきた。

 

「ご主人様、今日は何をなさるのですか?」

「んー、やっぱ休みにしようと思う。ゆっくりしよう」

「あれ? ドージョー探すとか言ってなかったッスか?」

「道場見学は明日以降だな。急いでもないし」

「ん? いやいや、わしに気ぃ遣ってくれてるとかなら全然ええからの?」

「別にいいじゃないッスかご主人がこう言ってんスから」

「最近、ご主人様もお忙しそうでしたしね」

「ええ、戦士に休息は必要よ。んっ、ふぅ……♡」

「いいのかのぅ? わし何もしとらんぞ?」

 

 ちょっと申し訳なさそうな顔のイリハだが、これでいいのだ。

 思えば、リンジュに来てストリートファイトして、迷宮探索して金貯まった直後にチンピラ達と殺し合い。慰安旅行とは? お休みとは?

 うん、俺達はもっとダラダラすべきだ。人生は戦いだけじゃやってられない。強くなろうとは思っているが、修羅になりてぇ訳じゃねぇのである。

 

 そういう事になった。

 

 

 

 

 

 

 そういう事になったので、再朝風呂の後は上玉館のペントハウスで各々まったりしていた。

 各々まったりと言いつつ、全員同じ部屋でぐでっとしている訳だが。

 まぁ、場所こそ違うが、いつもの休日である。

 

「はぁ~……」

 

 パタンと本を閉じ、読後感に浸るグーラ。今彼女は以前購入した積み本を堪能中だ。

 見てくれこそスポーツ少女然としたグーラだが、その実態はお淑やか文学少女属性なのだ。分厚い本を胸に思いを馳せる姿など、実に清楚じゃありゃせんか。

 茶菓子の量はフードファイターレベルだが、それはそれである。大食い属性もついてお得。

 

「ここで竜族権能を発動するわ。これにより、場に在る戦士駒一つを排除する事ができる。騎士団を潰すけれど、何かあるかしら?」

 

 机の上、エリーゼは俺とボドゲをプレイ中。地頭の差だろうか、普通に劣勢だ。

 このチェスのような将棋のような遊戯王のような謎ボドゲは、異世界で最もメジャーな知的遊戯である。以前、金に飽かして最上級グレードのセットを購入し、時々こうやって遊んでいるのだ。

 ちなみに、異世界にはこういう遊びは結構ある。まんま将棋なやつとか、まんまオセロなやつとか。技術の問題かカードゲームは見た事ないけど、当初俺が思っていたより異世界は遊戯に満ちていたようである。

 

「あむ♡ じゅる♡ ぢゅる、じゅるるるる♡ ちゅっ♡ ちゅぱ♡ れろ♡ ぢゅ~♡ れろれろぉ♡」

 

 そんな中、ルクスリリアは机の下でドロリ濃厚の無料ドリンクバーを飲んでいた。

 お陰でさっきから盤面に集中できない。エリーゼもエリーゼで、堪える俺の顔を見て嗤っている。

 頭ん中が戦略と快楽でせめぎ合っている。あ、ダメだ淫魔優勢、淫魔優勢! 白のキングが取られてしまう!

 

「うっ、くぅ……! と、とりま聖騎士で防御。じゃあ、俺は……」

「あら、まだ私の手番は終了してないわよ?」

「ひょ?」

「あのぉ、お主等さぁ……」

 

 と、このように好き勝手休息をしていたのだが、そんな俺達をイリハは何とも言えない目で見ていた。

 イライラとは違う、ソワソワだ。大きな耳と尻尾がピクピク動いている。

 

「イリハ、どうし……うっ!」

「これで、私の勝ち」

「んぅ~っ♡ んぐ、んぐ……ぷはぁ♡ アタシの勝ちッス♡」

 

 イリハに声をかけようとしたが、次の瞬間に俺は二連で敗北した。

 エリーゼは祝い酒とばかりに最近お気に入りのリンジュ酒を呑み、ルクスリリアは満足そうに冷めた緑茶を一気飲みした。

 割といつもの休日である。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……んぎゃーっ!」

 

 すると、突如立ち上がったイリハが頭を抱えて大声を出した。

 注目が集まる中、イリハはまずエリーゼを指差した。

 

「朝から酒は!」

 

 次にグーラを指差し……。

 

「自堕落じゃし!」

 

 最後に俺とルクスリリアを指差した。

 

「爛れておるのじゃ!」

 

 言われて、四人は顔を見合わせた。

 

「そうかな?」

「知らねッス」

「冒険者なら普通じゃない?」

「イリハの分のお菓子は残してありますよ」

 

 という訳で、各々休暇再開。

 勝者のエリーゼが俺の隣に座り、酒を口移しで呑ませるよう催促してきた。グーラは山盛りのお菓子を平らげた後にジュースを飲み、再度読書。ルクスリリアはもう一度ドリンクバーで遊びはじめた。

 

「や、ヤバい。やっぱ銀細工っておかしいのじゃ……!」

 

 イリハは目に見えて戦慄していた。

 どうやら、イリハは暇を持て余しているらしい。さっきから座布団の上で立ったり座ったりを繰り返している。

 

「休日だし、何かやりたい事とかないの? 一人じゃ難しい事なら付き合うけど」

 

 問うと、イリハは暫し腕組み姿勢で考えた後、難しい顔で頭を振った。

 

「わ、分からぬ……こうしていざ休みと言われても、何をすればよいのか……」

「ナニすればいいじゃないッスか」

「わしは淫魔じゃないのじゃ。日が高いうちからなど、恥ずかしいのじゃ……」

 

 そんなイリハを見て、エリーゼは顎に手を添え、何食わぬ顔で云った。

 

「なら、新しいお茶を淹れてきて頂戴」

「分かったのじゃ!」

 

 言われ、ササッと新しいお茶を用意してくるイリハ。

 

「茶菓子が無くなりそうよ。下から何か適当に持ってきて頂戴」

「わかったのじゃ!」

 

 ササッとおつまみセットを持ってくるイリハ。

 

「楽器を弾いて私を楽しませなさい」

「も、モノがないのじゃ……」

「そう……じゃあ適当に舞踊でもしてなさい」

「うむ、わかったの……じゃあないわ!」

 

 ドン! イリハの怒りが頂天に達した。

 ズドン! 俺の怒張も有頂天に達した。全て口で受け止められた。

 

「要するに、イリハは働きたかったのでしょう? なら、借金を返す為の労働も、私からの命令も、同じなのではないかしら?」

「違うのじゃ! なんじゃろうな、何かこう絶妙に違うのじゃ!」

 

 それから、イリハはああでもないこうでもないと自身の心の内を言葉にしようとしていた。

 酒器を置いて真面目に話を聞いてるエリーゼ。我関せずと読書を続けるグーラ。俺はルクスリリアに【清潔】をかけてやっていた。

 で、スッキリして賢者になった俺は、ようやっと今のイリハの気持ちを察する事ができた。

 

「イリハ、君は疲れてるんだ」

 

 これ、アレなんじゃないか? 働き過ぎた人が陥るという、休めないぜ病。

 前世、苦しい労働環境にいた友人がイリハと似た状態になっていた時期があった。何をするにもやりたくもない仕事の事が頭にあって、休暇に集中できないのだ。加えて、怠けてる人を見ると過剰に攻撃的になる傾向も見受けられたのである。

 というのを説明すると、イリハは腕組みして唸った。

 

「そうなんじゃろうかのぅ……そうなのかもしれんな……」

「ご主人♡ 次はコッチに欲しいッス♡」

「ホイきた」

「あざーッス♡ おんっ♡ んほぉ~♡ 硬度の変わらないご主人のご主人~♡」

「いや、それはそれとして、お主等がおかしいのは間違いないと思うがの……」

「淫魔と竜族と混合魔族(キメラ)の奴隷がいるのよ。特殊なのは今更ね……」

「そりゃあ仲間に入れて貰えるのは嬉しいんじゃが……何なんじゃろうな、この気持ち」

 

 そう言って、イリハは改めて思考に耽り、俺とルクスリリアが融合解除してから口を開いた。

 

「そうか……。わし、趣味がないんじゃな」

 

 あっけらかんと、哀しくなる言葉が漏れ出た。

 何気に好きな事がハッキリしてる三人と違い、イリハには休日にやりたい事が思いつかない状態なのだ。よくある話で、異世界の奴隷にはありふれた状態ではあるのだと思う。

 しかし、そういった状況こそ、俺というロリコンは何とかしたく思っているのである。

 

「イリハ、欲しいものあったら遠慮なく言ってくれ。迷宮に行ったらイリハ用の銀行口座も作るからさ。小遣いも渡すし、好きに買い物していいんだよ」

「あー、うん……いやぁ、それもちょっとなぁ」

 

 俺からの直接的な申し出に、イリハはなおも難しそうなお顔。

 元気がないとか、そういうんじゃない。むしろ、元気になったからこそエネルギーの向け先に戸惑っているのだと思う。

 

「わし、このままじゃとダメになる気がするのじゃ……」

「……あぁ~」

 

 これまた、全く分からない話ではなかった。ある意味で吹っ切れてる俺と違い、イリハは必要性がなくなる事による心身の堕落が恐ろしいのだろう。

 冷凍食品の影響で料理ができなくなる。もしくは、これまで何気なくやってきた自炊が苦痛になる。それに近い感覚なんじゃないだろうか。

 得体の知れない焦燥感。元気だからこそ、動いていないと未来が怖いんだな。実際、主な精神異常はエリーゼの魔法で取り払われてるはずだし、これはイリハの本質からくる状態なのかもしれない。

 もしくは、共同体への貢献度を気にしているとか……そういうのだろうか。いずれにせよ、配慮が必要である。

 

「安心するッス。ご主人はイリハを見捨てないッスよ」

「ああ」

「う、うむ……。それは在り難いのじゃが」

「イリハは実家に居た頃は何やってたの?」

「うん? そりゃあ、朝から晩まで色々やっとったぞ。陰陽術の練習とか、薬の調合とか、畑の世話とか……」

「他は?」

「他? んー、料理とか?」

 

 言うと、イリハは幸せな過去を思い出すようにしみじみ頷いた。

 

「思えば、母上に飯炊きを教えられてから、ずっとわしが料理番をしていたものじゃ。いつの間にか、わしのが上手くなっていてのぅ。他にも、畑で穫れた野菜を漬物にしたりもしていたのじゃ」

「へえ、イリハは料理ができるんですね!」

「うむ! リンジュ料理なら一通りできるのじゃ! うむうむ、料理は割と好きじゃったな!」

 

 なるほど、イリハには料理上手属性があるらしい。

 ちなみに、うちの一党は全然である。

 

 俺、コンロもレンジも無しに料理なんざできるか。

 エリーゼ、生まれてこの方したことない。

 グーラ、火起こしと火の調節のプロ。なお……。

 ルクスリリア、できるっちゃあできるけど……。

 

「料理だけでないぞ? 裁縫、洗濯、掃除。薬術、按摩術、陰陽術。楽器の演奏に至るまで。憚りながらこのイリハ、全て修めておるのじゃよ!」

「凄いです! イリハは何でもできるんですね!」

「むふふ、何でもはできんがの? まぁ、それなりには?」

「へぇ。なら、戦が弱いのは何故かしら?」

「え? あー、まぁ、狩りには連れてってもらえんかったからとしか……。修行だけじゃあ限界があるのじゃ」

 

 ふと、イリハの手を見る。奴隷時代は荒れていたが、今はエリーゼの回復魔法の影響でツルスベの綺麗なお手々だ。

 あの手で、料理をするのか……。

 

「イリハの料理、食べてみたいな」

「のじゃ?」

 

 イリハの手料理、ロリズキッチン。おぉ、俄然興味ありますねぇ!

 イリハの握ったおにぎり。イリハの打ったおそば。イリハの踏んだおうどん……。

 よかね。

 

「うむ! 主様に所望されたのであればいくらでも!」

「いいの?」

「天狐に二言は無いのじゃ! むふー!」

 

 言うと、イリハは嬉しそうに胸を張った。

 料理がイリハの心に良い影響を与えるのであれば、甘えちゃってもいいんじゃないだろうか。

 

「ですが、この部屋に調理場はありませんよ」

「あ、確かにそうッスね」

 

 本を閉じたグーラの言う通り、このペントハウスに台所はない。せいぜいお茶を淹れる用の小さな給湯スペース程度だ。

 おにぎりはともかく、お米を炊く所さえないのである。これでは一汁三菜など夢のまた夢である。

 

「では、家を買えばいいのではないかしら?」

「い、家!?」

 

 唐突な提案である。お家の購入と聞いて、根が庶民の俺の心臓は大きく跳ねてしまった。

 マイホーム、マイホームですよプロデューサーさん。夢のお家、そりゃいつかはと思わないではないが……。

 

「家? 建てるんかの? 主様が? ひょえ~」

「どうせ建てるのなら古代竜族式がいいわ。蒸し風呂も造りましょう」

「いやいや、近代ラリス式がいいッスよ。そっちのがオシャレじゃないッスか」

「よく分かりませんが、ご主人様が気に入るかどうかが大事だと思います」

「こ、これが銀細工の財力なのかのぅ……?」

 

 唐突な物件購入プランに戸惑っていると、ロリ勢は主人そっちのけで盛り上がっていた。

 なんというか、流石エリーゼって感じ。発想のスケールが実にドラゴンである。マイホームを夢見る事はあるが、新築なんて発想は全くなかった。

 それに、どこに住むとか全く決まってないし。あとカムイバラもアレクシストも地価がバグッてそうな雰囲気が……。

 

「とりま借家でいいんじゃないッスか? 要するに、イリハが家事できりゃいいんスから」

 

 おぉ、旅行先で賃貸か。それは俺でもイメージしやすい。

 上玉館の暮らしほど快適ではなさそうだが、従業員さえ居ないロリオンリーの生活はそれはそれで充実してそうだ。

 

 ん? いや、しかしどうなんだ。

 今でこそ暇を持て余しているイリハだが、ハクスラが再開すれば家事とか言ってられなくなる可能性とか出てきそうである。

 実際、ホテル暮らしって超楽なんだよな。飯も即ウーバーできるし、食器洗わなくていいし、掃除もやってくれるし……。

 まぁ異世界じゃ魔法で何とでもできるが、それでも上級宿屋のサービスは凄いのだ。迷宮探索の後、さらに労働させるのは……いやいや、こういう風になるのを恐れてるのだイリハは。

 うん、それこそ後で考えればいい事か。やってみて、無理だったらまた戻ればいいだけの話である。

 

「言っておくけれど、私は家事はできないわよ」

「なに! わしに任せるのじゃよ!」

 

 そう言うエリーゼに対し、イリハは胸を張って答えた。

 家事が好きってのを否定するつもりはないが、やっぱりちょっと気が引ける。

 

「俺もやるよ。下手だけど」

「む? 主様がか?」

 

 うん、言われて見ると悪くない気がする。面倒な家事も皆と一緒なら楽しい遊びになるかもしれない。

 便利さと幸福は必ずしも相関する者ではない。あえて不便を受け入れて楽しむ度量こそ、心の豊かさに必要な感覚といえる……のかな。

 

「じゃあ、明日から家探しも始めようか」

「あ、今日は休みなんじゃな」

 

 という訳で、明日以降のタスクに貸し家探しを含めるのであった。

 

 良い感じの道場を探す。新たな一党員を鍛え、武装を整える。それから、借家探し。

 何にせよ、やる事とやりたい事が一致してるってのは幸せな事で。

 

 うん、いいじゃないかリンジュ生活。

 ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ。




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発気幼々

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベを維持できております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝に堪えません。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。何度も書きますが、出て来る時はヌルッとほぼ別キャラ化して現れます。

 今回は三人称、カムイバラの偉い人視点。
 以前登場したキャラが登場します。ライドウです。闘技場の支配人で、金細工持ち冒険者の鬼人です。
 よろしくお願いします。


 リンジュ共和国とは、世界中の外れ者が群れを成し、ラリス王国の支援を受けて興された多種族国家である。

 その政治形態は親分筋にあたるラリス王国とは異なり、所属する種族の代表からなる議会制を取っている。元首もまた、種族間の均衡を保つ為に議員の中から選出される仕組みだ。

 

 力を貴ぶ異世界人の常として、元首にしろ議員にしろ例外なく強くなければ務まらない。

 民から認められるカリスマ性に、他国他種族との外交力。一定以上の知識と良識。種族を代表するには、力だけではない総合的な強さが必須なのである。

 

 リンジュ共和国は、ラリス王国に次ぐ異世界二大国家である。当然として、元首や議員が強いだけでは国は動かせない。

 貴族のいないリンジュ共和国だが、議員とは別にそれに準じる者達がいるのである。区や町を治める長を集めた治安維持機構の“守長組合(もりおさくみあい)”に、リンジュにおける法執行機関である“武行法院(ぶぎょうほういん)”がそれだ。

 

 国を運営する議会。

 土地を治める組合。

 法を司る武行。

 

 リンジュ共和国とは、これら三つの勢力により維持されているのである。

 無論、三勢力の重鎮達は、皆例外なく強者揃いだ。

 

 普段は書類仕事しかしてないような人でさえ、戦とあらば最前線で暴れ回り、一騎当千の働きをしてのける。

 そうでなくば、回らぬ世界であるからして。

 

 

 

 夜も深まるカムイバラ。東区中央にある巨大建築物。

 五階建てのそこは守長組合の本拠地であり、カムイバラの東区を治める区長の居城でもあった。

 五階の中心に区長室があり、夜の帳が下りた現在にあって、その部屋からは未だ灯りが漏れていた。

 

 橙の行燈が照らす畳部屋、その最奥。大量の書物が置かれた棚を背に、大きな文机に向かい黙々と筆を走らせる人影があった。

 影の正体は豪奢な装いの女だった。夜色の長い髪に、金色の簪を刺している。書き物をする所作といい、身に着けている品といい、女が一流の家の出である事は明白であった。

 だが、彼女の特徴で最も目立っているのは、その背から生えた左右一対の漆黒の翼であった。それは鴉人の羽のような光沢を持ちながら、天使族の羽のような神秘的な魔力を内包していた。

 

 彼女の名は、バンキコウ。

 元金細工持ち冒険者で、守長組合における最高位階。天狗族の副族長にして、カムイバラ東区の長を兼務している。

 御年五百歳の黒髪長髪巨乳人妻天狗だ。

 

 ふいに、ピクリと彼女の翼が僅かに震える。呼んでいた客が来たのだ。

 バンキコウは硯で筆を整えながら、姿勢を変える事なく口を開いた。

 

「……入ってよいぞ」

 

 蜜のように甘やかな、それでいて凛とした声音であった。

 さほど大きな声でもなかったが、来客には届いていたようである。襖の奥で、僅かに見知った魔力が散った。

 

「おや! バレてしまいましたか!」

 

 すたーん! 精妙な絵が描かれた襖が開き、羽織に袴スタイルの鬼人巨漢が現れた。

 デカすぎる図体、デカすぎる筋肉、そしてあまりにデカすぎる声。

 来客は、誰あろう“剛傑”のライドウその人であった。

 

「いいから、そのパチパチした魔力を抑えよ。羽の艶が落ちる」

「これは失敬! 私としたことが、つい気が昂ったままで!」

 

 言って、彼は努めて体内魔力を制御し、全身に迸る雷を収めた。

 ズカズカ歩み寄り、いい感じの距離で相対すると、収納魔法から特注の座布団を取り出し、存外お淑やかに正座した。目上の者を相手に勝手に腰を下ろすなど普通に礼を失した行為なのだが、バンキコウは気にする事なく筆を走らせていた。

 

「呼び出した手前すまないが、まだ今日の分が終わっていないのだ。このままでよいな?」

「あいわかった! それでは、私の口から改めて報告させていただきます!」

「ああ……。あと、声を抑えろ。耳が痛い」

「む!? あー、あー、ごほん! 了解しました、バンキコウ殿」

 

 それから、ライドウはつい先日起きた例の事件について報告した。

 彼が呼び出された理由、それは猫又討伐騒動の一部始終の報告と確認の為である。

 例の事件、ライドウは終わり際にしか関わっていないのだが、後始末には一から十まで首を突っ込んでいたのである。この件については、ライドウが最も熟知していると言っても過言ではない。

 

 豊狸屋から始まり、東区大門で終わった一連の猫又討伐劇。

 それらの中心には常に一人の異邦者がいて、それらの元凶をリンジュとラリスの諜報機関は長年追い回していたのである。

 到底、書面だけで片づけて良いものではなかった。信用足りえる戦力とは、情報を共有しておかねばならない。

 

「……と、このようになっております」

「うむ、相違ないな」

 

 ここで一旦筆を置き、バンキコウは文机の端にあった紙束を手に取った。

 その中の一枚、事前に送られていた報告書とライドウの口頭報告を比べ、食い違いがない事を確認する。

 それから二枚目の紙を出し、流し見しつつ口を開いた。

 

「鬼人のヤスケからは?」

「後に詳細な報告が上がるかと思いますが、概ね此方で知り得た情報と変わりありません。豊狸屋から聞き取った仲介人についてですが、一足遅く逃げられておりました」

「今はどうしている? あー、ヤスケの方だ」

「拷問の末、心を失っております。苛烈過ぎましたな、何の役にも立たぬかと」

「そうか、ならば貴様が殺せ。奴の処刑権は貴様のものだ。武行には妾からも伝えておこう。あー、首から上は残すように。派手にやれ」

「承りました」

 

 言いながら筆を取り、あっと言う間にヤスケの処刑についての書類が完成した。

 次いで、バンキコウは三枚目の紙を取り出し、内容を流し見た。

 

「吸血鬼のヴァスラからは?」

「いえ、まだ何も。現在は獄で拘束しております。吸血鬼の拷問には準備が必要なので、専門の同心を待っている状態です」

「ふむ、そうか」

「ですが、世間話には応じました」

 

 報告書と相違なしとしようとしたところで、バンキコウは紙を戻す手を止めてライドウの方を見た。

 

「奴が四号ちゃんと称していた大羅山人(ダイダラボッチ)ですが、元は三本尻尾から買い取った者であるらしく、その出自は不明です。この情報は私しか知りません」

「興味深いな、この件はイワヌマ家に任せるか。過去の大羅山人(ダイダラボッチ)族の行方不明事件についても調べねば……。というか、そんな事よく喋ったな」

「血をくれてやったら喋りましたよ」

「ああ……吸血鬼はそういう種族だったな」

 

 ちなみに、吸血鬼の名誉のために明記しておくと、彼ら彼女らの皆が皆、美味しそうな血欲しさに大事な情報を垂れ流すようなアホ種族などではない。

 いやまぁ、吸血鬼にとっての血は淫魔にとっての精みたいなものなので、全く間違いという訳でもないのだが。

 

「四号ちゃんですが、現在は武行法院の施設で治療中です。今朝、朧気ながら意識が戻っている事を確認しました。調査の為、治療は続ける予定ですが、その後の身柄は私に一任して頂きたく願います」

「暴れたらどうする?」

「私が責任を。彼は被害者です。幸い、呪術や罠の痕跡はありませんし、目覚めてすぐ処分など……それはあまりにも惨いでしょう」

「ならば良い。手配しておく。他は?」

「私の血の味についてなど……」

「食欲が失せるから止めろ」

 

 次、新しく取り出した紙には狼人のジャルカタールについての報告が書かれていた。

 視線で促され、ライドウは罪人の状態を語った。これもまた、概ね相違なかった。

 

「……と、こんな感じです」

「頭領がいなくなった今、“熱砂の牙”は弱まっているはずだ。すぐにでも狩りが始まるぞ。他区や武行とも協力する手筈だ。所詮は烏合の衆だが、妾からはクロードを行かせる。貴様からも適当な奴を出しておけ」

「承りました。活きのいい弟子を数人行かせましょう。そろそろ戦を経験してもいい歳です」

「今日、ジャルカタールは?」

「奴は拷問を耐え抜き、今朝も元気にしておりました。情報を出し惜しみしている風ではなかったので、早々に()を見据えている様子でした」

「そうか。まぁそれはそれで構わぬ。元気に越した事はないからな」

 

 くつくつと、二人はあえて悪ぶった笑みを零した。

 理由は異なるが、両者ともに元気なジャルカタールが手元にあるのは喜ばしいのである。

 こと、強い罪人は使いでがあるのだ。

 

「権利は貴様にある、好きに使え」

「承りました」

 

 ジャルカタールの報告書を置き、最後の紙を手に取った。その紙には魔術的な仕掛けがあり、今は何も書かれていない。

 紙の端に魔力を流すと、隠された文字列が浮かび上がった。リンジュにて“三本尻尾”の悪名で知られる、猫又の陰陽術師についての報告書であった。

 

「……三本尻尾についてはどうなっている?」

 

 ここにきて、年齢相応に凪いでいたバンキコウの瞳に怒りの感情が染み出た。これまで、公私ともに何度となく煮え湯を飲まされてきた憤りが、彼女の心をかき乱しているのである。

 対するライドウも先ほどまでの余裕ある表情を潜め、重々しい声音で言葉を紡いだ。

 

「現在、調査を進めるべく準備を整えております。躯は地獄洞の最奥に」

「守りは?」

「後から集う予定ですが、現在は我が同盟が。議会からはまだですが、武行からは“花冠竜”オイゲン殿がいらしております」

「オイゲン殿か。まぁ裏はないと見ていいか……。他は何かあるか?」

「はい。先ほど、ラリス大使が天馬族を飛ばしました」

「本国からも来るのか……。まず何処に繋がるか分からんな。んぅ~……!」

 

 バンキコウは紙を置き、呻きながら伸びをした。全身がごきごき鳴っている。

 姿勢を戻した頃には、先ほどまで滾っていた激情は消え失せていた。

 

「はぁ……第一王子か、あるいは第三王子に届いてくれればよいが。それか、ラリス王に直で」

「王に届くのは遅くなるでしょうな。今の時期ですと、まだ遠征中かと」

「で、あろうなぁ……」

 

 いずれにせよ、最初に動くのが第二王子でなければそれでいい。王女様はアホなので何とでもできる。

 そう思ったバンキコウは、今一度第一と第三の王子宛に私的な手紙を送る事にした。ササッと書いてハンコをポン、慣れたものである。

 慣れたものではあるのだが、それはそれとしてちょっぴり疲れた。バンキコウは卓上の書類を整理した後、硯で墨をグリグリやりながら溜息を吐いた。

 

「まったく、積んでいた仕事が終わったと思えば年一番の厄介事……。たまには故郷の温泉でゆっくりしたいものだ」

「心中お察しします」

 

 新しい書類を取り出し、硯で筆を整え、ドカッと胡坐をかいた。

 公私を切り替えた。そういう合図である。

 

「して……このような厄介事を持ってきてくれた英雄様は、今は何処で何をしているのだ?」

 

 幾分くだけた態度のバンキコウに対し、ライドウも正座を崩して答えた。

 

「例の天狐と契約し、昼には鍛錬場に向かったようですよ。案の定、鍛えるのでしょうな。他の者と同様に」

「鍛錬場か」

 

 まぁそれはいい。イシグロが奴隷を鍛える事は、既にわかっていた事である。

 しかし、対象が建国英雄の子孫というのであれば注目せざるを得ない。後に知った話だが、件の狐には氣が視えているというのである。

 仙氣眼。長じれば、九尾伝説の再現が成るかもしれないのだ。

 

「九尾の末裔、か……。いずれにせよ、遺宝を手放したのは英断だったな。でなくば更に面倒な事になっていた」

「ですな。遺宝の存在を知られれば、枝の家がやかましくなりそうで」

 

 いつものように笑顔で言うライドウだが、その言葉には彼らしからぬ皮肉が籠められていた。

 枝の家とは、イリハの祖先である九尾の血を継ぐ狐人一族の事である。血統としてはイリハの方が始祖に近いのだが、今現在家名を継承しているのが枝であった。

 

 しかしながら、ライドウから見て枝の家への心証は全く以てよろしくなかった。彼等は婚姻外交によって地盤を固め、他者の威を借りて義務も果たさず名家面をしているのである。

 そのくせ議会では狐人を代表して偉そうに議席を温めている。もしも此処がラリス王国なら即レッドカードで一発退場コースであった。残念ながら、現体制を変える英傑は枝の家に生まれてこなかったのだ。

 

 そんな家である。二人とも、今後の枝の動きは手に取るように分かっていた。

 

「遺宝は東区で管理させてもらう。彼女には申し訳ないが、交渉道具にさせてもらおう」

「それが良いでしょう。此方が御さねば、彼奴等は直接イリハ殿を狙ってくる事も考えられます」

「で、今度は枝の連中が黒剣の錆になる訳か……」

「そうなってくれればいい、という顔をしていますよ」

「災厄が近いのだ。これ以上の面倒事は勘弁願う」

 

 そう、枝の家にとって、仙氣眼の存在は喉から手が出るほど欲しい宝なのだ。

 今の今まで、イリハの眼の情報が出回らなかったのは幸運としか言えなかった。仮に騒動の前に仙氣眼の存在が漏れていたら、間違いなくイリハは今よりも酷い環境に置かれていた事だろう。十中八九、五体満足ではいられなかったであろうから。

 

「その点、イシグロ殿が民の前で暴れてくれたのは良かったな」

 

 だが、今はイシグロの手元にいる。そうなると枝も議会も軽々しく手出しできない。区長として、私人として、バンキコウは黒剣の存在に感謝していた。

 まぁ仕事増やしてきたのはマジでクソだと思っているが。

 

「イシグロ殿はすっかり人気者ですからなぁ」

 

 ライドウの言う通り、今現在カムイバラでは東区を中心に空前のイシグロブームが到来していた。

 普段、ケンカや闘技場でしか見られない銀細工の戦いぶりが、ヒロイックな怪物退治で以て民衆に見せつけられたのである。当時、生でイシグロの戦いを見た民の口から、当人の知らぬところでドンドン噂が広がっているのだ。

 おまけに獲得した報奨金を街の復興費と被害者への慰謝料に使った事も好感度アップに一役買っていて、本人を知らないパンピーからはイシグロ=強くてカッコよくて優しい伝説の超聖人だと思われていたりもする。かつて、橋から落ちたところを助けてもらった鬼人幼女など、イシグロから貰った手拭を友達に自慢しまくってる程だ。

 

「それにしても、バンキコウ殿がそこまで彼の御仁を気に掛けておいでとは」

「ん? あぁ」

 

 訝しむようなライドウに対し、バンキコウは真新しい手紙を取り出してみせた。

 その手紙の装丁は、差出人がラリス王家である事を表していた。

 

「それは……!」

「第三王子様からのお達しだ。懐柔するのは構わんが、くれぐれも怒らせるな……と」

 

 ポイッと、無造作に投げられた紙が不自然な風を伴ってライドウの下へ届く。

 手紙を手に取ったライドウは、その中身を読んで訝しげな表情を深くした。

 

「これは、本当の事なのですかな……?」

「疑わしいから、こうして貴様と話している」

 

 手紙には、ラリス王国でのイシグロの経歴が書かれていた。

 冒険者登録の時期、銀細工授与の経緯、迷宮踏破の記録。そのどれもがデタラメで、これ以上なく胡散臭い。まるで、銀細工病患者の少年が書いた「ぼくのかんがえたさいきょうのぼうけんしゃ」のようであった。

 けれども、手紙の送り主の名が、この嘘みたいな情報を根拠のある事実だと示していた。

 

「で、どうだった? 貴様から見て、イシグロは?」

 

 バンキコウの問いに、丁寧に手紙を返したライドウは暫く思案した後に答えた。

 

「……ゆっくりと地を歩く。巨大な鳥の如き御仁でした」

「というと?」

 

 腕組みを解き、ライドウは言葉を探しながら口を開いた。

 

「彼にとっては、地位も名誉も、まして国の平和さえ、全てどうでもいい事なのでしょう。ただ気に入った者達と、居心地が良い方へ歩いていく。道中、ちょうどいい餌を分け合いながら……」

 

 どこまでも自由に飛ぶ翼を持ちつつ、地に足着いて生きる事を選んだ男と、その従者たち。

 やがて大きくなった鳥の群れは、その羽ばたきだけで地を這う者を吹き飛ばすだろう。無慈悲に、無遠慮に、自分と従者以外はどうなっても構わない。

 ライドウからは、イシグロという男はそのような存在に見えたのだ。

 

「まだ雛なのだろう? 飼いならすなり、飛ばせてやるなり、如何様にもできるのではないか?」

「ええ……。籠に入れてやれば、良い狩りをするでしょう。足を手折ってやれば、空を飛ばせる事もできましょう。ですが、そうなると狩りの最中に何処かへ行ってしまうかもしれません。あるいは、怒り狂って暴れだすか……。気質としては、人間よりも寧ろ竜族に近いかと」

「逆鱗、故に怒らせるな……か。王子様は戦力として見てるってだけでもなさそうだ。もしや、貴様と同じモノを見たのかもしれんぞ」

「滅相もありません。私はただ、勘を言葉にしたに過ぎません」

「だからアテにしているのだ。残念ながら、妾はフラれてしまったのでな……」

 

 言いながら、バンキコウは新しい紙を取り出し、トンと文机に載せた。

 今度のは分厚い紙である。手紙用、という訳ではなさそうである。気合を入れ直し、バンキコウは筆を取った。

 

「英雄豪傑、その人となりは知っておくに越したことはない。奴の嗜好は?」

「我が国の悉くを。衣服もカムイバラ風にしておりました」

「友は?」

「一線を引いているようでしたな」

「女は?」

「ミアカ殿が人生初の失恋を」

「……ん?」

「翌朝、いつもとは化粧が異なっておりました」

「マジ……?」

「マジですな」

 

 一瞬、筆が止まって……また動いた。

 それからも、ライドウから見たイシグロの情報が集まっていく。

 やがて一通りの話を聞いたところで、バンキコウの筆が止まった。

 

「ふむ……こんな感じか?」

 

 たん、と。例の分厚い紙を裏返し、その内容を見せてくる。

 そこには、屈強な美丈夫の絵が描かれていた。

 

 キリッとした眉、薄く笑んだ唇、鷹の如く鋭い双眸。

 筋骨隆々、質実剛健。とにもかくにも強そうで、それでいて優しそうで、如何にも勇敢且つ誠実な人柄が感じ取れる絶妙なバランス。

 カムイバラ女子が見れば一発で恋に落ちるような異世界的超絶イケメンが、そこにいた。

 

「全く似てませんな」

「なんと……」

 

 どうやら、これはイシグロのイメージイラストだったらしい。

 が、その出来栄えは控えめに言ってクソであった。

 確かに、街で広がってるイマジナリ・イシグロはそんな感じで合ってるのだが、実際のイシグロはもっと地味でボーッとした表情をしている。だからこそ、街に出てもなかなか本人と気づかれないのである。

 

「ごほん……いずれにせよ、だ。枝に対しても、この国の為にも、彼にはもっと箔をつけて貰いたいところだな」

「箔ですか」

 

 咳払いひとつ。バンキコウは渾身の墨絵をポイすると、再び真面目な顔で話しはじめた。

 鬼と天狗の視線が交錯する。先に口を開いたのは、美貌の天狗であった。

 

「貴様のやり方で、奴に名を上げさせてみよ」

「よろしいので?」

「貴様とて、そうしたいのだろう」

 

 言われ、ライドウは男臭い笑みを浮かべてみせた。

 

「あいわかった! この私が、イシグロ殿を見事口説き落としてみせましょう!」

 

 その日、ライドウが経営する“活鬼闘技場”に、新たな闘士候補の名が追加された。

“黒剣”のリキタカ。今一番アツい銀細工。ラリスの剣豪、噂の彼その人である。

 

 色々言っているが。

 要するに、この人達はイシグロにカムイバラを好きになって欲しいだけなのである。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、件のイシグロ御一行は……。

 

「ふぃ~」

 

 とある屋敷の片隅で、イシグロは久々の重労働を終えて一息ついた。

 その手には濡れ雑巾。つい先ほど、広い武道場の掃除が完了したのである。

 

「ご主人~、こっちも終わったッス~」

「掃除って、大変なのね……」

「部屋が多いですからね」

 

 そこに三人がやってきた。彼女等は各々掃除道具を持っていた。

 

「あれ? イリハは?」

「なんか置いてかれちゃいました」

「テキパキし過ぎなんスよね~」

 

 少し歩いて風呂を見る。ピカピカだが、イリハはいない。

 続いて便所を見る。ピカピカだが、イリハはいない。

 台所に行ってみると、イリハはピッカピカになった調理スペースを見て満足そうな表情を浮かべて「むふ~」と鼻息を吹いていた。

 

「いやぁ~、こんな立派な台所を使えるなんてのぅ。今から夕飯が楽しみなのじゃ」

「お疲れイリハ。ちょっと休んだら買い物行こうか」

「のじゃ!」

 

 しっかりした台所に、調度品のない部屋。そして外は地上一階。イシグロ達がいまいる此処は、上玉館のスウィートルームではなかった。

 宣言通り、イシグロは東区で借家を契約したのである。

 

 風呂付き、台所付き、あと武術修練場とかその他諸々付きで、立地は東区の高級住宅街。

 家賃は月一の前払いで、パッと契約してパッと解約できる冒険者用プラン。無駄に広くて部屋が多いのは、同盟単位で泊まる事を想定しての事だ。

 で、本日は大掃除をしていた訳である。

 

「それにしても……」

 

 居間でお茶を待つイシグロは、改めて契約した借家を見渡した。

 畳張りの広い居間があって、中庭に土蔵があって、離れには如何にもそれっぽい板張りの武道場があるこの屋敷。

 掃除中も気になっていたのだが、改めて思う。

 

「衛宮邸にそっくりだ……」

 

 細かいところは違うものの、某運命の主人公ハウスに造りが似ていたのである。

 ここで召喚術使ったらロリ鯖引けないかなぁ、とか思うイシグロだった。

 

「えみや? 人の名よね。エミヤ……とは誰かしら?」

「筋力が村娘以下の英雄」

「うわ、その英雄非力過ぎないッスか?」

「おっと心はガラスだぞ」

「尚の事、英雄とは思えませんね……」

「変わった英雄もおったもんじゃのぅ。ほい、お茶じゃ」

「めっちゃ強いんだけどね。ありがとう、イリハ」

 

 まぁそんなのはどうでもいい。運命とはもう出会っているのだ。

 イシグロは、その夜も魔力供給を楽しむのであった。

 

 人生初の5P。

 来るとこまで来たなって感じである。




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 自慰せよ、ランサー(次話もよろしくお願いします)



◆リンジュ共和国について◆

・リンジュ議会
 リンジュ共和国に住む種族の代表が集まり、国の運営を取り仕切っている。
 元首は交代制で、今は牛鬼人がトップ。

・守長組合
 地域を治める長の集まり。区長、町長、村長などがトップ。
 土地に根付いた治安維持機構であり、イシグロが街で見かけた岡引っぽい人等が所属している。

・武行法院
 リンジュ共和国の法執行機関。
 国全体の治安維持機構でもあり、イシグロが街で見かけた同心っぽい人が所属している。


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暗夜行炉 其之壱

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告も感謝です。謝謝茄子!
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。案頂けるとやる気に繋がります。

 今回からまた一人称。まったり道場回です。長くなったので分割。
 よろしくお願いします。

 あ、最後にちょっとしたアンケがあります。
 分岐というか調査ですね。今後の話に関わってきたり関わらなかったりします。
 お気軽にどうぞ。


 環境が変わると習慣も変わるようで、異世界に来てからというもの俺はすっかり早起きになっていた。

 それでも現地人はもっと早起きなのだが、前は朝ギリギリまで寝ていた身からすると大いなる進歩である。

 

 僅かな光を感じて意識を浮上させると、大きな布団――昨日買った高級品だ――の中で一党の皆が眠っていた。

 異世界で鍛えられた筋肉は一晩中の腕枕を苦にしない。ルクスリリアもエリーゼもグーラも、俺にピッタリくっついて寝息をたてていた。当然、裸である。

 布団の外は肌寒く、布団の中はロリで温かい。なんと心地よいのだろうか。これ以上の極楽は存在し得ないでしょう。

 

「ん……あれ?」

 

 ふと気づいた。イリハがいない。

 一応布団をめくってみても、そこに桜色の狐はいなかった。

 何処行ったんだ? と思っていると、すたーんと勢いよく部屋の襖が開いた。

 

「皆の者! 朝なのじゃー!」

 

 そこには、着物に前掛けを身に着けたイリハが両手を広げて立っていた。

 耳も尻尾もピンと立ち、相当早起きだというのにイリハは元気いっぱいだった。

 

「おはようイリハ」

「おはようなのじゃ主様。ほらお主等も早く起きるのじゃ!」

「「「ふぁ~い」」」

 

 朝の挨拶を交わすと、エプロン装備のイリハはテキパキと一党員のお世話をこなしていった。

 眠そうなルクスリリアを風呂にぶちこみ、エリーゼの髪に櫛を入れ、グーラの口に歯ブラシを突っ込む。

 イリハの手際は完全にママのソレであり、俺視点相当なバブみ指数を検知できた。

 

「おぉ……!」

 

 朝の諸々を終えたら飯である。なんという事でしょう。大きな机の上には、色とりどりの料理が用意されているではありませんか。

 焦げ目のついた燻製肉と、形の整った卵焼き。旬の魚の塩焼きに、湯気を立てる味噌汁。炊き立てのご飯。山盛りの葉菜。その他色々。

 ご機嫌な朝飯だ……。

 

「いただきます」

 

 食前の礼をして、食べる。その頃には皆も元気になっており、各々ジブリ映画みたいな雰囲気で朝食を食べていた。

 

「あら、味噌のスープってこんな味になるのね。悪くないじゃない」

「こっちのは甘いッス! こっちのは甘くないッス! す、すげぇ! 無限の卵焼きッスよ!」

「ふぁい! ほいひぃれふ! んぐ! すみません、おかわり頂けませんか?」

「ほいほい、碗を出すのじゃ」

 

 ルクスリリアは卵に夢中で、エリーゼもすっかり箸を使いこなしている。グーラはさっそくおかわりを求め、イリハはお櫃からご飯をよそってあげていた。

 

「美味ぇ~……!」

 

 白米を頬張り、味噌汁を飲む。謎野菜の漬物を食べ、白米を食べる。そして味噌汁を啜る。このミソスープ、美味すぎる……!

 異世界味噌は最近出来た調味料と聞いたが、イリハは既に味噌を使いこなしているようだった。ダシが効いてていい感じである。何のダシかは知らないが、美味けりゃいいのだ。

 

「むふふ、じゃろ~? 味噌汁のおかわりもあるからの~」

 

 当人が言っていた通り、イリハは料理が上手かった。

 昨晩食べたイリハ謹製のきつねうどん――異世界では別の名前だった――はマジで絶品だった。食った瞬間、服がはじけ飛ぶかと思ったくらいだ。

 また、例によって美味い美味いと褒められたイリハは物凄いドヤなドヤ顔をかましていた。

 

「めっちゃ美味しいよイリハ。ありがとう」

「こっちこそ、こんな上等な食材を使わせてもらって嬉しいのじゃ!」

 

 イリハの言う通り、昨晩うどんに使った食材も今食べてる朝食も全て一番良いのを頼んで勧められたやつなのだが、それでも上玉館で注文するより安上がりである。

 値段もそうだが、俺視点では上玉飯よりイリハ飯のが断然美味しく感じる。イリハの手料理は細胞一つ一つが元気になるからな。ロリ飯ってだけでプレ値がついて効果アップである。

 

「卵焼きは……。ちょっと、私の分がないじゃない」

「あ、わりぃッス。全部食っちまったッス」

「おかわりいいですか?」

「すまん俺もおかわり!」

 

 房中術を覚えてからというもの、以前にもまして俺の食欲が増している気がする。何となく大食いしているのではなく、食ったモノをしっかり栄養に変換しているような。

 もうね、腹から全身にエネルギーが行き渡ってる感じ。次なる酷使に耐えられるよう、俺の細胞が超回復しているのだ。

 

 ロリごはん、最高である。

 

 

 

「で、今日は何するんスか?」

「買い物の続きと、あと道場見学かなー」

 

 食後、俺達はこれまたイリハに淹れてもらったお茶を飲んでゆっくりしていた。

 エリーゼはすっかりグリーンティーがお気に入りのようで、楚々とした所作で湯呑を傾けていた。

 

「道場ですか。てっきり、先にイリハの武装を整えるものと思っていました」

「まだイリハの方針は確定してないから、買うなら決まってからかな」

 

 道場通いでジョブが生えるというのも、侍ジョブと陰陽術師ジョブで和風魔法剣士ジョブが生えるというのも所詮は仮説なのである。試してみてダメだったら、普通に陰陽術師として戦ってもらうかもしれない。

 そんな状態で武装を整えても仕方ないだろう。それに、刀が扱えないと綾景は使えない訳だし、まだイリハの特性を把握しきれているとも言えないのだ。

 とにかく色々チャレンジしてみて、最終的にイリハにぴったりなジョブ且つ彼女が気に入るジョブが決まってから、イリハの武装を作るべきだろう。

 

「道場にも色々あるようだけれど、何処に行くかは決まっているのかしら?」

「とりま大手の剣術系。まずはイリハに刀の扱いを覚えてもらいたいからな。俺もちゃんとした技覚えたいし」

「はて? 主様は“ちーと”で何とでもなるんじゃあないかの?」

「それでも、ちゃんと手に技つけないとなぁと思うんよ」

 

 剣に限らず、対人戦におけるセオリーみたいなのは覚えておきたい。今の俺はいわば常時アドリブ。特定の型を覚えるのは有用だと思うのだ。

 その点でいうと、イリハ以外の皆にも体系化された戦闘術を覚えてもらいたいので、剣だけじゃない戦闘技能を教えてくれるとなお嬉しい。

 

「一番いいのは、肉体とか精神面じゃない技重視の道場だな。あと変に仲間扱いされるのとか嫌だし、人間関係がドライな道場がいい」

「ご主人って友達作らないッスよねー」

「しがらみが嫌なんだ」

 

 実際、前世で変な空手道場の噂を聞いた事がある。

 幸い俺が通ってたのは普通の空手道場だったのだが、友人の中には師範に謎の空手思想を吹き込まれてる奴とかいたし、そういうノリは勘弁願う。

 

「免許皆伝には時間がかかりそうじゃが、それ目的かの?」

「それはいいかな。こう、技だけ盗ませてもらえれば……」

「アナタねぇ。それ、思っていても言わない方がいいわよ……」

「マジ? 気をつけよう」

「もう道場破りしまくる方が効率良くないッスか?」

「いやぁ、俺はあくまで我流剣法を卒業したいだけで……」

 

 あれ? 俺の希望道場、けっこう厳しそう? いやいや、探せばあるはずさ。うん。

 とにかく、道場選びは慎重にって話だな。合わないトコに入っても苦痛なだけだし。

 

「ボクも獣人剣術以外にも色々と学んでみたいです! 強い人の動きって、見てるだけでも参考になりますよね!」

「かぁ~、貪欲じゃのぅ。わしからすると主様たち最強に見えるんじゃが」

「それがそうでもないんだなぁ」

「ボクはあの鬼人剣士に勝てませんでした。まだまだ精進が足りません」

「アタシは余裕っしたけど、まぁ時間稼ぎでおちょくってただけなんで、勝ってはいないんスよね。超淫魔(スーパーサキュバス)化すれば勝てたと思うんスけど」

「私ももう少し戦いの幅を広げたいわ」

「ひゃー、すんごいのぅお主等」

 

 と、いう訳で、道場探しの始まりである。

 いいトコ見つかるといいけど。

 

 

 

 

 

 

 パンフを読んだ感じ、カムイバラにおける武術道場は前世で言うフィットネスジムとかお習い事に近いポジションのようだった。

 入門動機も様々で、宮仕え志望で剣術を習う人や、冒険者になる為に通う人。中には余暇の趣味や健康維持の為に武術をやる人なんかもいるらしい。

 ガチ勢向け道場にエンジョイ勢向け道場。武器種だけでなく目標や動機も色々で、人によって合う道場は異なってくる訳だ。

 

 それで言うと、俺の目標は地に足ついて強くなる事であり、動機は体系化された戦闘技能を学びたいからだ。

 イリハの侍ジョブを解放したいというのもある。また、どうせ通うのならルクスリリア達にも得のある道場にしたい。剣専門になると、俺とイリハしか強くなれないし。戦闘技能全般を向上できたらなぁと思う。

 願わくば、あまり熱苦しくない所がいいな。あとできれば立ち回り重視で。まぁ注文が多い自覚はした。できるだけ理想に近い道場があればいいのだが、無ければ近いとこで妥協しよう。最低限、イリハ側の課題が確認できたら良いのだ。とにかくトラエラである。

 

「「「イェアアアアアアオオオアアアアアッ!」」」

 

 百聞は一見に如かず。いずれにせよ、実際行って見てみない事には分からない。目標や理想は一旦置いて、まずは大手を見学だ。

 

「「「ゴォォォォウウラァアアアアアアッ!」」」

 

 そんな訳で、俺達はカムイバラで一番の剣術道場である“剣鬼道場”の支部にやってきた。イスラさんの出身道場だな。

 

「「「キェエエアアアアアアアアアアア!」」」

 

 が、道場から凄まじき気迫が響いてきて、門を前にして足がすくんでいた。

 

「控えめに言ってクッソうるせぇッスね」

「す、すごい声です……」

「この声、剣を習っているのよね……?」

「のぅ主様、ヤバそうな気配がするんじゃが……。わ、わしこれ習うんかの……?」

 

 デデンと立派な門構え。高い塀、広い敷地に縦看板。

 開けっ放しの門前に近づくと、奥の道場からは多種多様な叫び声が聞こえてくる。そのどれもが鬼気迫る雄たけびであり、メンとかドーとかのレベルでは全くない。

 何というか、それぞれジャンプナイズされた野球部とサッカー部とラグビー部とアメフト部と剣道部と空手部と吹奏楽部と応援団が一緒の体育館で一斉に声出し練習でもしているかのような声量だ。

 

「「「ヒィハァァアアアアッ!」」」

 

 外だというのに、気合の乗った声が響いてくる。

 中に入ったらどうなっちまうんだ……?

 

「剣鬼道場、で合ってるんだよな……?」

 

 一応、カムイバラで最もアツい道場なはずである。

 ちょっと心配になってきた。看板を見る。うん、合ってる。

 パンフによるとアポ無しで直行していいらしいので、いつでもウェルカムのはずなのだが、これホントに入っていいのか? のこのこ入ってったら「連絡もなしに無礼でごわす!」とか言って斬りかかってこない?

 

「ホントに行くんスか? 多分、いや間違いなくご主人の要望とはかけ離れてると思うんスけど……」

「まぁ、うん。ここが今一番流行ってるらしいし……」

 

 理想は静かでドライでビジネスライクな道場なのだが、ここは大分違うような……。

 いやいや、偏見はよくない。中に入ってみると雰囲気の良い道場かもしれないじゃあないか。なにも今日入門する訳じゃないし、これはあくまで見学である。ダメならダメでそれじゃあバイバイすればいい。

 俺は改めて覚悟を決めて、道場に歩みを進めた。

 

「あら? お客さん?」

 

 と、その時である。突然、背後から声をかけられた。

 振り向くと、丸っこいケモミミを生やした少女がこっちに向かって歩いてきた。表情はニコニコして人当たりがよさそうだ。服装は羽織に袴スタイルで、腰に刀を佩いている。当然、初対面である。けど、この人の顔どっかで見覚えがあるような……。

 と、その前に挨拶だな。アイサツは大事。

 

「門前にて失礼します。私、王都アレクシストで迷宮探索を生業にしております、イシグロ・リキタカと申します。この度は……」

「あら! あらあらまぁまぁ! 貴方がイシグロさん!? 噂はかねがね! 娘からも話は聞いとります! ささっ、どうぞ上がってってください!」

「え、娘? あ、はい」

「ほらほら皆さんも上がっちゃってくださいね!」

 

 エリーゼに教えてもらった一礼の途中、急に異世界おばちゃん力を増した少女に圧倒されてしまった。

 そのまま押されるように道場の奥の方に案内され、あれよあれよと畳の部屋へと通された。

 

「粗茶ですが」

「ありがとうございます」

 

 案内された部屋で待っていると少女手ずからお茶を持ってきて、俺達全員に配ってくれた。

 こういう時、奴隷身分はハブられがちなのだが、そんな事はなくルクスリリアにもイリハにもお茶が供された。

 

「やー、あのイシグロさんがうちの道場来てくれるなんて光栄ですー! うちへは娘からの紹介で?」

「えーっと……」

 

 目の前の少女、見てくれは若いが中身は大阪のおばちゃんのようである。押しというか圧が凄い。あと、どうやら子持ちのようだ。

 スピーディな展開についていけず戸惑っていると、件の子持ち少女は俺の対面ですとんと正座した。

 改めて見て、やっぱり見覚えがある気がする。顔見知りの誰かに似てるんだよな。頭にある丸い獣の耳とか……。

 

「あ! 名乗り遅れました。ウチ、この剣鬼道場で師範代やらせてもらってます、ウラナキいいます。どうぞよろしくお願いしますー」

「痛み入ります。改めまして、イシグロ・リキタカと申します」

 

 言って、お互い頭を下げ合う。俺の隣に座るルクスリリア達も同じタイミングで頭を下げた。これはイリハ先生に教えてもらったリンジュの礼儀作法だ。

 視線を戻すと、さっきまで気づかなかったところに目が行った。尻尾だ。ウラナキさんの背後で、ヘビのような光沢のある尻尾が揺れていた。

 獣の耳にヘビの尻尾? なんだっけ、どっかで聞いた事あるんだよな。

 

(ぬえ)人……?」

「んー?」

「あ、すみません……!」

 

 僅かな逡巡の間、ふいに出たグーラの呟きに、ウラナキさんは反応した。

 まずったと思ったのか目を伏せるグーラに、ウラナキさんは手をパタパタやって明るい声を返した。

 

「よう知っとるなぁお嬢ちゃん! せやせや、ウチ鵺人やで! 分かりづらいけど、ウチ獣人でも蛇人でもなくて鵺人いう魔族なんや! あー、娘と種族が違うんは夫が虎系の人やからやで!」

「は、はい……」

 

 鵺人? あぁ、異世界種族本にあったマイナー種族か。

 いやそれはいい。そろそろ状況をまとめたいところ。

 

「えーっと、すみません。その娘というのは……?」

「あら? あらあら、もしかしてウチ勘違いしとった感じやったり? てっきり娘から案内されてきてくれたんやとばっか(おも)て!」

「いえ。“カムイバラ道場めぐり”というものを読みまして」

「やだもう! ウチったら恥ずかしいとこ見られちゃいましたわー! この事、娘には内緒でお願いしますー!」

「あの、その娘というのは……」

 

 手のパタパタを加速させてお道化る仕草は、まさしく大阪のおばちゃんそのものだった。見た目年齢は女子高生くらいなので、さっきから言っている娘というワードが引っかかる。

 まぁ魔族は基本不老だから異世界じゃ普通なのだが、それでもビックリしちゃうよねって。

 

「あー、娘いいますのは……ん?」

 

 その時、廊下の方から「おか~ん!?」という大きな声が聞こえてきた。その声音はやや剣呑で、若干キレかかっているのが分かる。

 ドタタタタ! そのまま足音が近づいて来て、声の主は勢いよく戸を開けた。

 

「おーかーんー!? またウチの衣裳勝手に使ったんかー! 前も止めて言うたやんなァーッ!?」

 

 襖の先、そこには見知った女性が肩を怒らせ立っていた。ぺしぺしと床を叩く尻尾が機嫌の悪さを示している。白黒の髪の毛に虎の耳。ミアカさんである。

 いつもは踊り子っぽい服を着ている彼女だが、今日は随分とラフな格好をしているようだった。

 

「えー、ちゃんと洗ったでー?」

「洗う洗わんやのうて勝手に使うなゆーとんねん! そもそもなぁ……!」

「それとお客さんの前やで。アンタの言うとったイシグロさん」

「イシグロさん!? んな訳ある……か?」

 

 目が合うと、ミアカさんはフリーズした。

 そうか。鵺のウラナキさんと白虎のミアカさんは親子だったのか。

 で、ミアカさんから母のウラナキさんに俺の話が伝わったと。

 

「なっ、な、ななな……!?」

 

 硬直するミアカさんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 ていうか、いつもバッチリ化粧をしているミアカさんのすっぴん初めて見たな。

 俺視点、ノーメイクの方が美人に見えるのだが、そういうの本人的には違うんだろうな。ぶっちゃけよう分からんわ。

 

「おはようございます、ミアカさん。存じ上げなかった事とはいえ、突然の訪問となり申し訳ありません」

「あ、おはようさん……やのうて! なーっ! ちょちょちょ! ちょー待って! 今のコレはちゃうんですー!」

 

 ミアカさんは一通りあたふたやってから両手で顔を隠した。

 

「い、いきなりバタバタしてもうてごめんなー? ここ、一応ウチの実家やけど、別に気ぃ遣わんでええから! ほな!」

 

 そして、一言。ミアカさんは脱兎の如く走り去っていった。

 その逃げ足は流石の獣人ぶりで、鋼鉄札だというのに銀細工に迫るスピードだった。

 そういえば、俺まだミアカさんと戦った事ないんだよな。今度無手で仕合ってみたいところ。足技使いとの戦いは良い経験になりそうだ。

 

「あの娘、せっかくイシグロさんが来てくれたんに挨拶もせんで。あ、ごめんなさいねー。てっきりあの娘が紹介して来てくれたんやと思ったんですー」

「はあ」

「そんでね? あの娘ったら帰ってくる度にイシグロさんの話ばっかしてたんですよー」

「そうですか」

 

 まぁそれはいい。通うかもしれない道場が知り合いの家ってちょっと気まずいかもだけど、ここが真に優良ならば無問題。

 

「ご主人ご主人」

「ん?」

 

 ふと、ウラナキさんが娘トークに夢中になってる間、ルクスリリアが控えめに裾を引っ張ってきた。

 

「ミアカさん、まだご主人の事狙ってるっぽいッスよ」

「へー」

 

 前に一回断ったんだけど、そうなのか。

 ミアカさんの事は人として好きだけど、お友達で。

 

「あのー」

「あら、ごめんなさいね。あーっと、道場めぐり読んで来てくれたんですよね。本日は見学という事で?」

 

 割と話が好きだったウラナキさん、道場探しの旅は少し長くなりそうだ。




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暗夜行炉 其之弐

 感想・評価など、ありがとうございます。感想もらえるとやる気に繋がります。
 誤字報告もありがとうございます。本当に助かっています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 参考にさせて頂きます。


「なるほど、牛鬼王様が師範をしてらっしゃるんですね」

「はい。ですが、師は多忙の身ゆえ、最近はあまり道場にも顔を出せず……。まぁあの方の威光で儲けさせてもろとるんですけど」

 

 あれから話を修正して道場見学したい旨を話すと、一行は武道場の方へ向かう事となった。

 その間、ウラナキさんから剣鬼道場についての話を聞く事ができた。

 

 曰く、剣鬼流は牛鬼族に伝わる兵法を元にした流派らしく、源流から色々とスポイルして今に至っているらしい。

 で、これを現リンジュ議会総代の牛鬼王様がカムイバラで広めたらしく、お陰で現在は門弟の数も増えまくってとても好景気であると。空前の剣鬼ブームな訳だ。

 とても興味深い話なのだが、 件の道場に足を進める度。厚き門弟達の雄叫びが近づいてくるのが何とも言えない。

 

「ミアカさんも剣鬼流を?」

「いいえ。小っちゃい頃はやっとりましたけど、いつやったかコロっと辞めてもうて。今はなんや舞踊や遊女や冒険者やゆーて好き勝手やっとります」

「そうでしたか。てっきりミアカさんの技もこちらで学んだのかと」

 

 歴史の話の後は、少し気になっていた事を訊いてみる。

 一度しか見ていないが、ミアカさんはカポエラっぽい格闘技を使っていたのだ。ああいう格闘技はこの道場でも教えられてるのかと思ったが、そうでもないらしい。

 

「一応、当身の練習とかもするんですよ。剣術が主ですけど、他に才がある子は傘下のトコに行かせたりもするんで」

「なるほど」

 

 メジャー道場だけあり、新しく入ってくる門弟の中には剣以外の才能を持つ奴が入ってくる事もあるのか。そういう人の為にも剣以外の練習も行ってて、他の才ありとなったら専門の道場に送るんだな。よく出来ている。

 

「具体的に、剣術の他には何を教わる事ができますか?」

「んー、槍とか薙刀とか。鉞に、棍棒に……。弓は門外漢やけど、まぁ一通りは。さっきも言いましたけど、主にやっとるんは剣術なんです。あー、剣ゆうても盾持ちの方はやっとらんのですけど」

 

 そうこうしていると道場に到着。掛け声がうるさくて、若干ウラナキさんの声が聞き取りづらい。

 靴のまま開けっ放しの入り口に入ると、そこはシグルイ的な屋内道場というより、なんだか弓道場っぽい雰囲気の場所だった。

 一段上がった床張りスペースの外、広い砂場では沢山の門弟達が練習をしていた。統率されている感じはないが、皆元気いっぱいだ。

 ていうか、元気いっぱい過ぎて普通に喧しい。アンプもスピーカーもないのに、ライブ会場めいた爆音が鳴り響いている。

 

「師範代! おはようございます!」 

「「「おはようございます!」」」

「おはようさん! 続けて続けてー!」

 

 ライブの最中じゃあ話し声も大きくなる。大きな声で挨拶してきた門弟に手を振って返すと、ウラナキさんは庭の方へ掌を向けた。

 

「今は基礎練習の最中です! 段位によってやる練習が違うんですー!」

 

 庭では侍っぽい服を着た男女が各々武器を振っていた。多くは木刀で素振りをしていて、木刀の型を確認しているグループや、足運びの練習をしているグループなんかもあった。

 まぁ、それはいいのだ。それは……。

 

「きぃええええええええ!」

「ぬぉぉぉおおああああああ!」

「死ね! 死ね! 死ねぇ!」

 

 バギィッ! ドゴォ! ドガガガガガガ!

 庭の壁沿いでは、木刀や木剣や木槍を持った門弟達が石灯籠めいたゴーレムに向かい滅多やたらと武器を打ち付けまくっていた。

 猿叫とは少し違うが、凄まじい気迫と声量を伴い攻撃しまくる様は圧巻である。彼等くらい鎧袖一触できる確信こそあるが、何故か気圧されてしまった。

 

「あの、奥の方でやっているのは!?」

「アレは岩像打ちゆうて、うちの流派の業を身に付ける為の練習です! 一に気合、二に気合、三四も五も六も気合で得物を振って! 剣鬼の技を学ぶ土台を作るんです!!」

「な、なるほど……」

 

 うん、剣鬼流の門弟さんはチェストが得意なフレンズなんだねってのは分かった。

 実際、剣鬼流の使い手であるイスラさんの一撃は重くて速くて痛かった。技単体で見たら優秀なんだろう、多分。

 

「アレやって強くなれるんスかね?」

「さぁ? 私が習った剣術ではやらなかったわ」

「繰り返す事で武器を振るう動きを身に染みこませているのだと思います。それに、魔物相手に気合で負けていては勝てる戦いも勝てなくなるので、咆哮の練習も有用かと」

「うぅ! 耳が痛いのじゃ~!」

 

 見ると、うちの子等は各々感想を漏らしていた。

 ルクスリリアの気持ちには共感できるし、グーラの言ってる事も理解できる。俺の希望とはズレている気もするが、これはこれで実戦的ではあるのだろう。知らんけど。

 

「よろしければ、イシグロさんも体験してみてください!」

「はい! 是非!」

 

 男は度胸、何でもやってみるもんさ。

 という訳で、木刀を貸してもらってチャレンジ開始。俺は木刀を正眼に構え、岩ゴーレムに相対した。

 

「イシグロさん、振り方なんてどうでもよろしい! 気合、気合ですよ!」

「う、うっす!」

 

 見様見真似だが、郷に入りては精神で頑張ろう。

 俺は思い切り息を吸って、迷宮の主に相対するよう腹に力を入れた。

 

「い、行くぞオラァアアアアアア!」

 

 思い切り振りかぶって、袈裟に打ち込む。ビリッと全身に反動が来た。逆袈裟に打ち込む。反動が来て、全身が跳ね返されそうになる。

 これ、多分ゴーレムに物理反射属性ついてるぞ。ダメージは反射されていないようだが、衝撃の何割かが跳ね返っている。さっきから攻撃ヒットの感触が変だ。だが構わず攻撃。ひたすらに続ける。気分は薩摩ホグ〇ーツ生だ。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

「いいですよイシグロさん! 剣に気合を!」

「イィィヤァアアアアアッ!」

「斬れてます! 斬れてますよ! 背中に剣鬼が宿ってます!」

「死ねオラァアアアアアッ!」

 

 大声上げて武器を振りまくる。バシィーッ! バシィーッ! 木刀から伝わる反動。崩れそうになる体幹を抑えつけ、手から滑り落ちないよう柄を握る力が強くなる。

 過去、これほどまでに硬い魔物がいただろうか。いやいない。巨像ゴーレムでも攻撃当てたらダメージは入っていたのだ。耐性でも吸収でもなく反射。そんな石灯篭ゴーレム相手に、何と不毛な作業だろうか。どれだけやっても、倒せる訳がないというのに。倒しても何のドロップもないというのに。

 だが、これでいい。何故なら、今俺はチェストしているからだ。

 

「チィィイエストォオオオオオオッ!」

 

 渾身の袈裟斬りを見舞う。バギィーッ! という謎の快音が響き、衝撃波が生じて砂が舞い上がる。

 やがて、岩ゴーレムの眼から光が消えた。見ていた門弟達が「おぉ」と野太い声を漏らした。

 何か終わったっぽいので木刀を下ろすと、全身からモクモクと蒸気が漏れていた。忍空かよ。

 にしても疲れた。芝三千メートル全力疾走しても疲れないであろう俺の銀細工ボディでもかなりキツい。確かにキツいが、これは中々……。

 

「いいなコレ……」

 

 やってみて分かったが、気分爽快である。

 大声を出したせいか爆音環境に居続けた影響か、さっきから耳の奥がグワングワンしているが、このやり遂げた感は中々に爽快である。

 このゴーレム、売ってくれないかな。言い値で買うゾ。

 

「凄いですイシグロさん! 初めてで鍛錬岩像を沈黙させるとは!」

「はは……どうも」

 

 木刀を返すと、ウラナキさんからお褒めの言葉を頂いた。チートがあるとはいえ、全力出すのは気分がええ。

 ウラナキさん以外の門弟達からも「お美事でございまする!」的な賛辞を頂く。その声色はフレンドリーだが、眼が笑ってない。元地球人でもわかる、こいつら戦意に満ちてやがるのだ。カカロットかな?

 

「さぁ皆さんもどうぞ! やってみてください!」

「いいんですか!?」

「ええ! イシグロさんはその為に来たんでしょう!?」

「それでは有難く!」

 

 了承を得たので、ルクスリリア達もチャレンジ。各々木の武器を持って、岩ゴーレムに向かい合う。

 ちなみに、グーラだけは虎眼流かじきサイズの木剣を貸してもらった。

 

「はじめ!」

 

 ウラナキさんの合図。ルクスリリア達は一斉に武器を振った。

 

「やーっ!」

 

 ルクスリリアは流石の元軍人ぶりで、上手に木剣を振っている。

 武器は木剣だが使い方は副武装の細剣と同じで、凄まじい速度の連撃だ。反動も上手くいなしているが、多分そういうのを練習する奴じゃないと思う。

 

「ふっ! はぁっ!」

 

 エリーゼはキビキビと綺麗な太刀筋で木剣を振っていた。

 何か特定の型をなぞっている感じだ。これは幼少期に習っていたというヴィーカ流剣術というやつだろうか。

 

「やぁあああああ! ……あれ?」

 

 バギィ! グーラは思い切り剣を振るって、一撃でゴーレムを沈黙させてしまった

 これには見ていた人たちも唖然。こんなんじゃ練習にならないよ。

 

「やー! やー! やぁー!」

 

 ぺち、ぽこっ、ぱふん。

 木刀を握ったイリハは顔を真っ赤にして打ち込んでいた。

 が、ヒットの度に体勢を崩してしまっている。反射に負けているのだ。

 

「やー! あ、ぐぇ!?」

 

 やがて反射された木刀が手からすっぽ抜け、宙を舞って落ちて頭にヒット。結果、イリハは目をグルグルにして倒れてしまった。

 

「きゅぅ~」

「大丈夫かイリハ!」

 

 すぐさま患部に治癒魔法をかける。大した傷ではないが、当たり所が悪かったようでグロッキーになっていた。

 

「何というか、ちぐはぐですね! 何の剣術も習っていないという割には握りも型もしっかりしているのに、心と体が全くなっていません! 不思議です!」

 

 実際、グーラ以外は俺も皆もチートありきだからな。達人からはそう見えるのか。

 いやにしても、剣鬼流はともかく岩像打ちはイリハには合ってない気がする。やるならもう少しレベルアップしてからでは……?

 

「もし、入門した場合は何から始めるんでしょうか?」

「そうですね! 素振りの後は、とにかく徹底的に岩ゴーレムを打ちまくります! 剣鬼流の修行はその後です!」

 

 まぁそれはそうか。どんな武術も一朝一夕で修められる訳もない。基礎を習いに来たのだ。基礎を疎かにする事はできない。

 けど、やっぱ何というかこう絶妙にズレてるんだよな。俺が習いたいものとも、イリハに習わせたいものとも。

 

「いぃええええええ!」

「やああああああ!」

「ぐああああああああ!」

 

 あと、この音量だ。相変わらず大声を出しまくる門下生たち。

 元気もノリもいい彼等だが、グーラとイリハが辛そうで、エリーゼも若干ゃ不機嫌になっている。

 

 というか、習ったとして、これで侍ジョブとか生えてくるのだろうか。

 もし生えてくるとしたら、“ぼっけもん”とか“薩摩隼人”とかその辺になりそうな……。

 

「きぇええええええ!」

「チィイイイエエエエアアアアア!」

「ンナラァアアアアアアア!」

 

 悪ぃ、やっぱ五月蠅ぇわ……。

 

 

 

 

 

 

 あの後、俺達はウラナキさんの厚意で剣鬼流の試合風景を見せてもらった。

 練習試合とはいえ門弟同士の打ち合いには鬼気迫るものがあり、実際迫力満点であった。

 

 試合を見た感じ、どうやら剣鬼流は攻撃重視の剣術であるらしく、明確にアタッカー向けの技を教えているっぽい。

 とにかく通常技を鍛えまくって全技を必殺技に昇華しようとしてるっていうか、そんな感じ。教えやすく、覚えやすく、極め難いような印象を受けた。

 

 分かりやすいのはいい事だ。が、イリハには向いてないっぽいので、やっぱり一旦保留。

 ならばと傘下道場の案内をされたのだが、そこにもいい感じの道場はなかった。武器種は変わっても、戦闘哲学は同じらしいので。

 それじゃあバイバイ、である。ありがとうございました。

 

「イリハには合わなかったかもしれませんね」

「耳の中がず~んってしてるのじゃ……」

 

 そんな訳で、次である。

 大手の次も大手を見に行こう。

 

 剣鬼道場と双璧を成す、カムイバラの二大道場といえば、パンフに曰くイケメンエルフが頭を張ってるという“澄刃道場”である。

 ちょうど本部が東区にあるというので、道中景色など楽しみつつ件の道場に向かう事に。

 

「ここか」

 

 それなりに歩いて到着。さすが二大道場の片割れだけあって、敷地が広く門も立派だ。

 門前に来ても五月蠅くないのに驚いてしまった。随分と静かである。いや、これは比較対象が悪いな。

 

 門を潜ってすぐの屋敷、来客用の魔導インターホンを押す。

 しばらくすると、屋敷の中から人が近づいてくる気配がした。

 

「ようこそおいでくださいました。当方、澄刃流道場の本屋敷でございます。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 出迎えてくれたのはドワーフの女性だった。異世界人の中では身長が低めで、全体的に肉付きがいい体型をしている。

 彼女の腰には大小二振りの刀があった。雰囲気からして、銀細工下位程度には強そうである。

 

「ご丁寧にどうも。私、イシグロ・リキタカと申します。“カムイバラ道場めぐり”を読んで来たんですけど、今日って道場見学は可能ですか?」

「イシ……? あ、いえ、何でもございません。見学でしたら可能です。こちらへ……」

 

 ドワーフさんに案内され、道場に向かい外廊下を歩く。

 道中、目に入る庭は綺麗に整えられていて、和というか禅というかでとても美しかった。

 

「こちらになります。履き物を脱いでお上がりください」

 

 やがて大きな縁側のある道場に着くと、靴を脱いでから入った。

 道場内では等間隔に並んだ門弟達が揃って素振りをしているところだった。

 振りかぶって、振り下ろす。振りかぶって、振り下ろす。軍の行進のような、一糸乱れぬ動きだった。皆、声ひとつ上げておらず、辺りは静謐な空気が流れている。

 規則正しい動き。中でも目についたのは、素振りをしている門弟たちが木刀ではなく竹刀を使っているところだった。

 

「当方、段位制となっており、現在は初段の練習中です。前で見本を披露しているのが高弟で、最前列は初段の門弟となっています。奥で座っているのが師範代です」

 

 静謐な空気を崩さぬよう大人しくしている俺達に、ドワーフさんは小声で説明してくれた。

 やがて正座をしている師範代のところに着くと、ドワーフ女性は俺に掌を向けて云った。

 

「こちら、見学にいらしたイシグロ様です。“道場めぐり”を読んだとの事で」

「ご紹介に預かりました。イシグロ・リキタカです」

「うむ、イシグロ殿か。見学は結構だが、あまり場を乱さぬように」

 

 師範代は如何にも頑固一徹といった雰囲気の獅子人女性だった。彼女もドワーフさんと同じく腰に大小の刀を佩いている。

 獅子人女性は俺を一瞥した後、座ったまま門弟たちに目を向け直した。一瞬、ドワーフさんの眉根が寄ったのが見えた。

 

「イシグロ様はこちらに」

「はい」

 

 道場の端に案内され、皆してちょこんと正座。グーラとイリハは平気そうだが、ルクスリリアとエリーゼはちょっと辛そうな顔をしていた。

 ドワーフさんは師範代席に移動すると、獅子人女性とは距離を離して正座した。

 

「あの二人、仲悪そうッスね……」

「しっ、静かに……」

 

 まぁそんな気がしないでもないが、そういうのはスルー安定である。

 

 暫く後、素振りが終わった門弟達は各々ペアを組んで竹刀をぶつけ始めた。

 あくまでもリズミカルに、あくまでも静謐に。迷宮探索歴半年の俺の眼には分かる。これは交互に攻撃と防御を繰り返し、攻めやすいところを攻め、守りやすいところを守る訓練をしているのだ。

 沢山いる門弟達は各々違う動きをしているのに、そこには澄刃流という一つの秩序があり、真剣に鍛錬に打ち込んでいるようだった。

 

 おぉ、なんんかいいぞ。剣鬼流と違い、この流派を学んだら、オーセンティック・サムライになれちまいそうな雰囲気がある。

 練習も体系化されているっぽいし、教育カリキュラムも充実してそうだ。なにより静かである。

 

「いいねぇ……」

「はい」

「そうかしら?」

「氣が乱れておるのじゃが……」

「んー、なんか違和感あるッスねぇ……」

 

 ルクスリリアの呟きに、俺は驚いて彼女の方を見た。

 え? マジ? こういう時のルクスリリアの勘は良く当たる印象なんだけど……。

 主に性関連で。

 

「前のトコに比べて、なんか男少なくないスか?」

「あ、確かに……」

「それに……」

 

 と、ルクスリリアが何かを言いかけた、次の瞬間である。

 

「やぁ皆。やってるかな?」

 

 春風のような柔らかな声。陽光に煌めく若草色の髪。

 ほわぁ~っと、稽古をしていた門弟達が呆けたように竹刀を下ろす。誰かが「師範……」と呟いた。

 そうして現れたのは、白鞘の刀を佩いたイケメンエルフだった。

 

「久しぶり。長い間留守にしてゴメンね」

 

 凄まじきイケメンだった。現代日本に参上したならば、間違いなく大量の夢女子を量産するだろう顔面偏差値の高さを感じる。

 しかしここは力を貴ぶヴァイオレンス寄りファンタジー異世界。彼の着流しから見える胸板は城壁のように分厚く、広い肩は小さな馬車を載せているかの如く盛り上がっている。おまけにタッパもデカく、長い手足は丸太のように太い。

 如何にもエルフエルフした武器工匠のアダムスに対し、澄刃流師範は細身なエルフイメージからはかけ離れたゴリマッチョエルフだった。

 

「「「はい♡ 師範♡」」」

 

 ん? 流れ変わったな。

 さっきまで静謐な剣術道場だったのが、一気にキラキラ系の大学サークルな雰囲気になったぞ。

 若い門弟達はトロけた顔でマッチョエルフを見つめていた。

 

「段位昇格おめでとう。よく頑張ったね」

「はいぃ~♡」

 

 黄色い声に熱い視線。イケメンマッチョエルフ師範は、道場に上がると門弟達に気さくなボディタッチをしていった。

 頭なでなで。褒められた人間族の女性は腰砕けになっていた。なんだ? 新手の撫でポ使いか?

 

「二人とも、よくやっているね」

「当然だ♡」

「当然です♡」

 

 ひとしきり門弟達とコミュったエルフは、いつの間にか起立していたドワーフ&獅子人の師範代にお褒めの言葉を贈っていた。

 淫魔じゃなくても分かる。声をかけられた二人は完全にメスの顔になっていた。いやだって、目にハート幻視できるもんアレ。

 

「おや? 貴方は……」

 

 ふと目が合うと、マッチョエルフが近づいてきた。俺も立ち上がる。彼の背後では二人の師範代が据わった眼でこっちを見てきた。

 俺は過去の失敗を鑑みて、ある程度の距離間になった瞬間に先制して森人礼の構えを取った。

 

「お初にお目にかかります。縁持ちましてラリス王国は一の都、西方にて切った張ったの迷宮探索を生業としています。同じく西区に住まいを構えます。私、姓はイシグロ、名はリキタカでございます。身も心も粗忽者故、以後ざっくばらんにお頼み申します」

 

 言い切った後、更に深く腰を落とす。これは以前エリーゼに教えてもらった対森人流の挨拶の口上だ。

 このアイサツ・ジツにはいくつかバリエーションがあるのだが、今回は目上の人に行う省略パターンを選択した。勿論、俺の後ろにいるルクスリリア達も似たようなポーズを取っている。昨日、皆で練習したのだ。

 

「え……」

 

 やったぜ上手く言えた……と思っていたが、返答がこない。場もしんとしている。

 聞き耳を立てていると、何やら門弟達から声にならないざわざわが聞こえてくるような。しかも、あんま好意的ではない感じの。

 

「え、あっ……ごほん。どうぞ、お顔を上げてください」

 

 顔を上げると、マッチョエルフも同じような構えを取ってみせた。俺、その構えは習ってないぞ。

 

「私、生まれも育ちも鈴の影、しがない森の者にございます。名をデイビットと申します。どうぞ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 デイビット氏の口上が終わると、道場内に俺の時とは別種のざわつきが広がった。色にするとピンクとか黄色とか赤とかの、凄く好意的なやつ。

 許しを得て姿勢を戻すと、今度はラリス風の握手を求めてきた。

 

「お噂はかねがね、イシグロさんに来てもらえるとは光栄です。見学との事ですが、我が流派に興味を持って頂けたようで嬉しいです」

「こちらこそ、師範にお会いできた事、光栄に思います」

 

 がっしりと握手。彼は満面のニコニコスマイルを向けてきた。俺にニコポは通じないぜ。

 すると、デイビットさんは握った手をニギニギしてきた。彼の親指がねっとり絡みついてくる。たまに変な握手してくる人いるけど、彼もその類いだろうか。

 

「どうぞ。思う存分見ていってください。フィーラン、イシグロさん達にも座布団を」

「あ、はい……!」

 

 促されるまま、見やすいところに案内される。

 座布団を取りに行ったドワーフ女性と、それを冷たい目で見送る獅子人女性。デイビットさんはいっそう眩しい笑顔になって門弟達の指導に戻っていった。

 

 それから、俺達は柔らかい座布団の上で澄刃流のトレーニング風景を見学する事となった。

 見学して分かったのだが、澄刃流は攻守のバランスに優れたテクニック重視の流派なんだと思う。

 剣鬼流のような荒々しい力強さはなく、かといってヒョロヒョロと情けない印象もない。対人でも魔物相手でも、冴えた剣筋は鎧も鱗も構わず切り裂かんという圧を感じる。

 

 練習方法もしっかり体系化されているようで、見せてもらった型稽古は前世剣道で見たモノとは大分違っていた。

 全ての型が魔物の肉を削ぐために。全ての技が間合いの者を断つために。それは気合を前提とする剣鬼とは別種の実戦主義の剣技に見えた。

 

 悪くないんじゃないか? 俺視点、けっこう習いたい意欲が湧いてきますね。

 デイビットさんの話によると、剣術以外にも歩法や呼吸法も習うみたいだし、俺とイリハ以外にも学びがあると思う。

 

「どうでしょう、イシグロさん。軽く一手、僕とやってみませんか?」

 

 ある程度見学させてもらったところで、デイビットさんから練習試合のお誘いがきた。戦士の目というやつだろうか、彼の瞳はやけに熱かった。

 俺としても否はなかった。門弟達の前ってのは緊張するが、殺し合いじゃない対人戦はナンボ経験してもええですからね。

 俺が了承すべく立ち上がろうとした、その時である。

 

「師範、止めた方がよろしいかと」

 

 話を遮ったのは獅子人女性だった。彼女は不機嫌そうに尻尾を揺らしていた。

 

「それは、どうして?」

 

 デイビットさんは困惑していた。俺だって困惑している。

 獅子人女は俺に冷たい一瞥をくれると、再度デイビットさんの方を見た。

 

「目を見てわかりました。こいつは師範の技を盗みにきただけで、澄刃流を習いにきた訳ではありません。今は大事な時期です。よそ者に技を見せるなど……」

 

 言いつつ、獅子人は何故かドワーフ師範代を睨みつけた。

 後ろでは門弟の半分くらいが同意を示すように頷いている。

 

「いや、イシグロさんは……」

「動機を問わないのが澄刃流であったと記憶しています。そもそも、師自らお誘いしているのに、それに異を唱えるのは如何なものかと。師にもイシグロ様にも失礼でしょう。それに、イシグロ様はラリスの方です。後の不利益になるとは考えられません」

 

 口を開きかけたデイビット氏が意識に入っていないのか、ドワーフ女はゾッとするほど冷たい声音で言い返した。

 これにも、後ろの門弟の半分くらいが同意を示すように頷いている。

 

「ちょっと二人とも……」

 

 仲裁しようとするデイビットさんだが、そのうち二人は昔気質のヤンキーのようにメンチビームを撃ち合っていた。

 こうなると俺達はポカーンである、俺なんか半ば立ち上がった状態で止まってるからね。前世の身体のままだったら腰いわしてたよ。

 

「時期が悪いというのだ。今や師範の身体は師範だけのものではない。道場の看板を背負っているのだぞ。下品な牛鬼共の事だ、どんな謀を巡らせるか分かったものではない」

「そうやって師の自由を妨げるのですか。そもそも、澄刃流は師の求道の為の流派です。門下の貴女が師に逆らうなど、恥を知りなさい」

「二人ともイシグロさんが見ているから……」

「そうやって首を垂れるだけが師範代の仕事か。往く道の露払いさえできぬような代行など、存在する必要はないと思うがな」

「貴女こそ、自身の振る舞いが我が道場に相応しいのか鑑みてごらんなさい。一門の品位を下げる者こそ、代行として不適格ではないでしょうか」

「いや、あのね? 今はそういうのいいからさ……」

 

 おいおい、なんかヒートアップしてきたぞ。

 雰囲気がいいと思っていた道場だが、実際はデイビットさん個人のカリスマありきで纏まっていただけなのか。しかも男女のドロドロときた。いや怖いね。

 

「ひょえ~、女同士の喧嘩は怖いのじゃ~」

「だな。どうする? 帰る?」

「帰りましょう。このままでは、いつご主人様に危害が加えられるか分かりません」

「そうね。はっきり言って不愉快よ、あの女……」

「アタシは好きッスよ、見てて面白いし。ま、帰るのは賛成ッスけど」

 

 小声で伺ったところ、俺達はもう帰る事にした。

 この様子だと、通うのも難しそうだなー。

 

「あのー、お忙しいようなので、そろそろお暇させて頂きますね」

「え? あ、はい。またいらしてください」

 

 盛り上がってる道場内。シュシュと伝え、シュワッと退避。俺はそそくさと道場を後にした。

 

 澄刃流、惜しい所を失くした。

 習う流派としては好みなのだが、道場の人間関係がかなりアウトだ。

 

「ご主人ご主人」

「なに?」

 

 門を出てしばらく後、ルクスリリアに袖を引っ張られた。

 

「師範とドワーフと獅子人。あいつら、最近ヤッたばっかッスよ」

「え、マジ?」

 

 つまり、三角関係か。あるいはハーレムか。いやハーレムって雰囲気はなかったな。浮気か?

 だとしたら尚の事ドロドロ度アップだ。そのうち、デイビットさんは生首になって船に乗せられるかもしれない。

 

「そういうのまで分かるんじゃな、淫魔というのは」

「ッス。あと、あそこにいた奴、全員師範の事狙ってるッスよ。もう半分くらい兄弟姉妹ッスね」

「姉妹? えっ、兄弟もか?」

「ッス。間違いねーッス」

「あっ、ふ~ん……」

「兄弟? 姉妹? どういう事ですか? 森人以外の方も沢山いらっしゃいましたが……」

「別に珍しい話ではないけれど、森人だと希少ね……。まぁグーラは知らなくていい事よ」

「ついでにあの師範、ご主人の事も狙ってたッスよ」

「申し訳ないがロリ以外の森人はNG」

 

 淫魔の目、凄く便利である。

 知りたくなかった事も聞かされたけど。

 

 デイビットさん、爽やかそうな師範だが、下半身の方はかなりふしだらなようで。

 いや、下関係は俺のがヤバいか。うん、これ以上深く考えないようにしよう。

 

「……昼飯いこっか」

 

 いい時間になったところで、何処かで軽く済ませる事にした。

 道場選び、なかなか難しい。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、見つからないなぁ……」

 

 昼食後、三か所ほど道場を巡ってみたが、どれもあんまりよろしくなかった。

 一カ所目は師範がクソザコで却下。二ヵ所目は壺買わされそうになったから却下。三カ所目はルクスリリア達を馬鹿にしてきたから殴りかけてしまって却下。冷静になるのがあと数コンマ秒遅かったら当たってた。

 

「これ、前々から食べたかったんじゃよな~。んむ~! 美味しいのじゃ!」

「はい! とても美味しいです!」

「うぇ~、でもこのお茶苦くないッスか?」

「団子と一緒に頂くのよ」

 

 で、現在は団子屋の長椅子でおやつタイム。

 俺はパンフを眺めて次どこ行くか考え中である。

 

 二大道場はどっちも合わなさそうだったので、残るは中小の道場である。

 そうなると、パンフにはどんな道場なのか概要さえ載ってないんだよなぁ。ホントに小さいのだと名前と住所くらいしか……。

 

「あら?」

「ん? どしたエリーゼ」

 

 パンフを覗きこんできたエリーゼが声を上げた。

 スッと、エリーゼはパンフの中のとある文字列を指差した。そこには「銀竜道場」と書いてあった。

 銀竜? 銀竜って、ヴィーカさんとその一族の事だよな。エリーゼのおじいちゃんで、伝説の英雄。

 

「銀竜道場? 聞いた事ないのぅ」

「もしかしてヴィーカ様がやってるんスかね?」

「いいえ、お祖父様は弟子を取らないわ……」

「しかし、銀竜と書いてあります。これはエリーゼが修めているというヴィーカ流剣術の事ではないでしょうか?」

「修めている訳ではないわ。けど、そうでしょうね……」

「う~ん」

 

 いずれにせよ、厄ネタな気がする。

 有名人のヴィーカさんご本人がやってるとは考え難い。そうでなくとも、銀竜剣豪に縁のある者が居る可能性が高い気がする。

 そんな所に元とはいえ銀竜一族のエリーゼをお出しする訳にはいかない。確実に面倒な事になる。

 

「気になるわ。行ってみましょう」

「えっ? いやいや、絶対面倒な事になるぞ……?」

「竜族の武術はヴィーカ流だけよ。他は大体これの偽物……。もし、銀竜の名を掲げて適当な武術を伝えているのなら、決して許されるべき事ではないわ」

 

 珍しく、エリーゼの瞳は誇りに燃えていた。

 竜族や一族に対しては俯瞰した態度を取っているエリーゼだが、祖父に対しては並々ならぬ感情を抱えているようである。

 

「そうか。なら行こう」

「いいんスか?」

「いざとなったらすぐリンジュを出よう」

 

 ならば、俺は彼女の意思を尊重する。

 危ないのは確かだが、それこそ彼女達を守る為に鍛えているのである。

 守るとは大事な人を籠に入れる事ではなく、その心をこそ安らかに保つ事なのだ。

 

「そう、ありがとう。アナタ……」

 

 そうしてパンフにある住所に向かうと、そこには倉庫のような道場があった。

 一応、小さいけど看板がある。場所に間違いはないが、狭いし古いし結構ボロい。

 別の意味で大丈夫か? ってなる道場だ。

 

「一応、警戒しといてくれ」

「お任せください。イリハはボクの後ろに」

「わ、わかったのじゃ……!」

 

 魔導インターホンは……ない。しゃらんしゃらんと朽ちかけてる鈴を鳴らすと、扉の向こうから足音が近づいてくるのが分かった。

 

「はーい。どちら様?」

 

 建てつけの悪い戸が開く。すると、中から左右一対の角のある少女が出てきた。

 髪色は燃えるような赤毛で、前髪の一部が銀色である。角の形は鬼でも淫魔でもない、竜の角だ。

 

「あの、“道場めぐり”を読んで来ました。銀竜道場はここで合っていますか?」

「えっ! お客さん、入門希望の方ですか!?」

「え、いや……」

 

 入門希望ではない。俺は慌てて訂正しようとしたが、少女は聞く耳を持たずに半身を屋内に向けて口を開いた。

 

「おかーさーん! 入門したいって人来たよぉー!」

 

 ガタ! ドタタタタ! ガッシャーン!

 道場の中から、謎の足音と破砕音。そして、何とも威圧的な魔力がゆっくり近づいてきた。

 

「お母さんお母さん! この人! 冊子見たんだってさ!」

「うむ……」

 

 そうして現れたのは、鋭い眼をした女性だった。

 キリッとした顔つきに、左右一対の角。長く美しい赤髪をしていて、前髪の一部が銀色だ。

 なんというか、女騎士っぽい女性だと思った。

 

「人間族、貴様か……」

 

 タッパのデカい仮称女騎士は、自分より身長の低い俺を見下ろした。

 その声音は重く、ごく自然に威圧されているような気さえする。

 

「ん……んぅ!?」

 

 そんな彼女は、エリーゼを見た瞬間に目を見開いた。

 パカッと口が開き、一歩後退。言っちゃアレだが、かなりのアホ面である。

 

「あ、貴女様は……!」

 

 二歩、三歩後退し、身体を震わせている。

 

「えーっと……?」

「え……」

 

 警戒感が高まる。やはり厄ネタか。

 いつでも迎撃できるように、俺は手ぶりでグーラに指示をした。

 

「エッ……!」

 

 女騎士はクラウチングスタートの姿勢になった。

 突進がくる、備えろ。

 

「エリーゼ様ぁーッ!」

 

 ズサァー。

 と思ったら、彼女は勢いよくスライディング膝立ち姿勢になり、俺の背後にいるエリーゼに傅いた。

 これには一同唖然である。エリーゼも目を丸くして、グーラとルクスリリアも中途半端な構えで武器を握っていた。

 

「エリーゼ様! お久しぶりでございます! よくぞご無事で! 幻魔竜共の襲撃を受けたと聞き、居てもたってもいられずフラム城へと向かったのですがそこに貴女様の影はなく! 嗚呼、しかし無事で良かった!」

 

 叫びつつ、女騎士はギャグ漫画のような量の涙を流していた。

 その後も何事か言っているのだが、涙と鼻水が詰まって全く以て聞き取れない。

 

「知り合い?」

「少し待って頂戴……」

 

 エリーゼは角をトントンしながら唸る。

 やがて、元のモデル立ちになって、云った。

 

「誰よ貴女」

「はっ……!?」

 

 女騎士は石像になった。




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 この異世界、ホモもバイも珍しくありませんが、同性がいけるエルフは珍しいです。
 その点、デイビットは細身で性に淡泊なエルフの中で性欲激強ゴリマッチョバイエルフというクッソ希少な特質を持っています。
 みんな大好きエロフですね。前、感想欄に「エロフ出して♡」ってあったから出しました。


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暗夜行炉 其之参

 感想・評価など、ありがとうございます。感想読んでエネルギーチャージしております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝感激でございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。これも読んでエネルギーチャージしております。


「えええええ、エリィーゼ様ぁ! ゲルトラウデ! ゲルトラウデにございます! 貴女の母君にあらせられます、テレーゼ様の筆頭近衛騎士の! 貴女様が幼竜の時分、いつも陰ながら貴女の成長を見守っておりました!」

「あぁ、お母様の……。確かに、近衛の中に同族の騎士がいたような……」

「思い出してくださいましたか……!」

「いいえ、知らないわね。見た事はあるかもしれないけれど、話した事はなかったもの」

「あぐぁ……!」

「あ、また石になっちゃったッス」

「ごめんねー。お母さん、気持ち悪いくらいのヴィーカ様支持者なんです」

「エリーゼ、この人の言ってる事ってマジなの?」

「ええ、恐らくは。名前は知らないけれど、銀竜一族の血が混じっているのは確かね」

 

 女騎士さんは本当に女騎士さんだった。

 なお、主には覚えてもらえていなかった模様。

 

 

 

 銀竜一族とは、古の時代から存在する竜族コミュニティで、大災厄後に銀竜剣豪ヴィーカを輩出した一族の事である。

 元々、ヴィーカ氏のいたコミュニティは絶滅一歩手前の弱小一族だったようだが、全世界で勇者様御一行が活躍する度に力を増していき、今では竜族最大コミュニティの一つと言えるまでに大きくなったらしい。

 

 古今東西、竜族のコミュニティ構造は変わらない。少数の支配者層である竜族と、多数の被支配者層である飛竜(ワイバーン)族から成る。

 両者の間には明確な主従こそあるが、どっちかというと共生関係に近いように思う。竜族は飛竜を庇護し、飛竜は竜族を主と仰ぐ。事実かどうかは知らないが、古代から今に至るまでに飛竜族のクーデターが起きた事がないらしいのが良い証拠だ。

 

 飛竜族にとって、竜族への奉仕は務めであり、誉れなのだ。

 また、竜族の気まぐれで見目の良い飛竜族が主の夜伽を務める事もあるらしい。ちなみにこれは、飛竜サイド的には強い竜の種がもらえてラッキーとなるんだとか。

 そんな事をしていると、これまた自然な流れでドラゴンとワイバーンの子供が出来ちゃったりする事だってある。

 

 通常、人間以外との異種間に生まれて来る子は、双方どちらかの特質のみを受け継いで生まれてくる。

 狼人と犬人の間には、狼人か犬人のどちらかが生まれる。狼犬人は存在しないという訳だな。グーラは特別枠なのでノーカン。

 竜族と飛竜族の混血児。珍しくもないが、そうして生まれて来る子の多くは飛竜族として生を受ける。しかし、ごくごく稀に混血の竜族として生まれる子がいるのである。

 

「なるほど、そういう事だったのか」

 

 目の前にいる赤毛の女性。彼女もまた、そのようにして生まれた混血竜族の一人である。

 真っ赤な髪は飛竜の母から、メッシュのような銀の前髪は銀竜一族の父から受け継いだ。

 元宝銀近衛筆頭騎士、ゲルトラウデ・ヴォアールは、竜に隷属する竜なのである。

 

「はい。リンジュには慰安旅行の為に」

 

 薄暗い道場内、灯りは小さな蝋燭ひとつ。板張りの床は常にどこかがギシギシ鳴って、雨漏り対策の桶が置かれている。おまけに壁際には謎の木箱が山積していた。

 そんな道場の真ん中で、俺達一党と竜族母娘は座して向かい合っていた。悲しい哉、座布団に座っているのはエリーゼだけである。客も家主も床に正座だ。

 

「そうか、そうか……」

 

 ゲルトラウデさんは腕組みを解き、真剣な面持ちでエリーゼの方を向いた。

 今でこそ冷静に話し合えているが、ここに至るまでには一悶着あったのだ。色々あって落ち着いてくれた現在でも、俺を見るゲルトラウデさんの瞳は真冬の井戸水よりも冷たい。

 忌々しげな顔をしたゲルトラウデさんは、エリーゼの胸元にある奴隷証を睨みつけていた。

 

「エリーゼ様」

「お断りよ」

 

 視線に込められた意思を、魔力に混じった感情を、エリーゼは違わず読み取ったようである。その上で、彼女はきっぱり否と答えた。

 言葉にせずとも、ゲルトラウデさんの言いたい事は分かる。敬愛する主が奴隷の証を身に着けているのだ。従者としては見過ごせないのだろう。

 エリーゼは首に下げられた奴隷証に手を触れ、ゆっくりと口を開いた。

 

「今の私は銀竜一族(ミラヴィーカ)でもなければ、傲魔竜の娘(アヴァリツィア)でもないわ。誰でもない、エリーゼ。イシグロ・リキタカの第二奴隷よ」

「む……」

 

 決然としたエリーゼの返答に口をつぐむゲルトラウデさん。

 薄く笑んだエリーゼは、奴隷証の鎖を弄びつつ続けた。

 

「それに、この鎖はいずれ外れる事になっているわ」

「解放の予定があるという事ですか?」

「ふふっ、ええ……。私が、彼の妻になるのよ……」

「なん……!?」

「わぉ!」

 

 うっすら頬を染めたエリーゼの発言に、竜族母娘は各々違う反応をした。

 俺も俺で、カッと身体が熱くなった。エリーゼがそれを人前で言っちゃう事に驚いて、彼女の真っすぐな言葉にトゥンクときたのだ。

 エリーゼと結婚。かつて誓い合った事だ。考えるだけでドキドキする。

 

「え、ええっ? そういう事だよね? ホント? きゃー! 主人と元奴隷の恋! イイネっ! え、もしかして皆もそうなの?」

「んっ、アタシはそのつもりッスね」

「ボクもです。ご主人様とずっと一緒にいたいです」

「まぁ考えといてくれって言われたのぅ。今のところそのつもりじゃが」

「きゃーっ! やばっ、ちょっ! すごっ! こんな事、ホントにあるんだー!」

 

 キャイキャイはしゃぐ娘に対し、母の方は超高速百面相をした後に苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。

 

「え、エリーゼ様が、お選びになった相手であれば……!」

「ふぅん……貴女、何様のつもりかしら……?」

「いえ! 異を唱えるつもりなどでは断じてございません! ございませんとも! ございません、がッ……!」

 

 ギリッ! 思い切り歯を食いしばったゲルトラウデさんは、限界まで眉根を寄せて俺の方を睨んできた。

 

「しかし、この男に貴女を守る力があるとは思えません」

 

 そう、きっぱりと言われてしまった。しかしこれは俺も思っている事なので、反発よりも納得が勝つ。

 まるでスキャンでもするように、ゲルトラウデさんは俺の足先から頭までを睨みつけながら続ける。

 

「一丁前に銀細工を下げているようですが、身のこなしはそこらの無頼漢に毛が生えたようなもの。もしや武の極致に至っているのかとよくよく観察してみましたが、そんな事はありません。このような非力な男に、エリーゼ様をお守りする事ができましょうか」

 

 彼女の発言に、俺は内心感動していた。すごいな、見ただけで分かったのかと。

 ゲルトラウデさんの見立ては正しい。所詮俺はチートに頼りきってゴリ押ししてるだけのハリボテ野郎であり、真の強者などでは断じてない。

 故に、彼女の言葉には俺自身が答えるべきだと思った。反論でなく、次に繋がる言葉を。

 

「ええ。だからこそ、強くなる術を探しているのです」

「なに?」

 

 俺は怜悧な竜の瞳を正面から見返した。目と目が合う。押しつぶされるような圧を、逃げる事なく受け入れる。

 ここで目を逸らしてはいけないと思った。それにこの圧は所詮錯覚だ。物理的威力を伴わない眼光など、実際に目からビームを撃ってきたダンジョンボスに比べれば怖くも何ともない。

 十秒か、一分か。時間間隔が狂う程にそうしていると、ゲルトラウデさんはゆっくり瞑目し、小さく息を吐いた、圧が消えると、さっきまで激していた彼女は改めて姿勢を正した。

 

「魔力を感じられぬ身ゆえ、その真意は分からん。しかし、貴殿がエリーゼ様を想う気持ちは伝わった……」

 

 伝わったらしい。怖くはなかったとはいえ、緊張はした。

 内心ホッと胸をなでおろしていると、我知らず握っていた拳にエリーゼの手が乗せられる。体温の低い銀竜の手は冷たく、じんわり温かかった。

 

「当然よ。私が認めた男なのだから……」

 

 そうして、この場の全員に見せつけるように、エリーゼは俺の腕に体重を預けてきた。

 誰がどう見てもラブラブカップルの構図である。「ねぇ?」と見上げてくる瞳がやけに熱っぽい。

 

「ちょいちょいちょい! なぁに勝手に二人だけでイチャついてんスか! アタシ等いる事忘れんなッス!」

「こういう時、エリーゼはズルいです」

「わしだって、主様に救われた身じゃし……」

「おわっと……」

 

 前後左右に重み。ギュッと、俺はロリ達に抱き着かれた。

 

「ふふっ、そうね。私達が認めた男ね……」

 

 ロリ纏いし俺を見て、母子はまたも異なる表情になっていた。

 俺は俺で、鼻の下が伸びないよう気を張っていた。今は紳士な表情を継続するべきだ。

 

「ごほん。では、改めて挨拶をさせてもらおう」

 

 咳払いひとつ。弛緩した空気を戻すと、ゲルトラウデさんはピシッと姿勢を正した。

 

「我が名はゲルトラウデ・ヴォアール。嵐の夜に生まれし竜。元宝銀近衛筆頭騎士。現在はカムイバラで銀竜の戦闘術を教えている。先ほどは無礼な振る舞いをした、許されよ」

「同じく、アンゼルマ・ヴォアールです。えーっと、竜族と人間族の子で、半竜です。よろしくお願いします!」

 

 竜族風の口上に、リンジュ風の一礼。その動きは貴人のソレというより、武人のソレに見えた。

 ちなみに、リンジュにおいて頭を下げた際に視線を外すのは「貴方を信用して隙を晒しましたよ」という意思表示だ。お辞儀しながら相手の目を見続ける場合、「お前不意打ちしてきそうだな? 信用できねぇわ」という意思を示す事になってしまうらしい。

 現代地球のマナーは異世界だとアンチマナーに当たる。努々、気を付けるべき事だな。

 

「イシグロ・リキタカと申します。イシグロが姓で、リキタカが名前です。迷宮探索では一党の頭目をさせていただいております」

 

 なので、こっちも深々とお辞儀。これには俺に張り付いていた皆も一旦離れて頭を下げる。

 視線を切って、戻す。すると、ゲルトラウデさんは頑固親父めいた厳めしさを解き、元の女騎士フェイスに戻っていた。

 

「それで、少し気になる事があるのだけど……」

 

 頭を下げ合って話題のリセット。最初に口を開いたのはエリーゼだった。

 

 それから、エリーゼを中心としてゲルトラウデさんから色んな話を聞く事となった。

 これまで彼女がどうしてきたか。現在の銀竜一族について。そもそも、この道場は何なのか等……。

 そんな中、エリーゼは自身の母が今どうしているか等を訊く事はなかった。恐らくだが、強がりでも何でもなく、興味がないのだ。

 

「……という訳で、私は銀竜道場を開く事を許されたのです」

 

 お茶が冷めた頃、ゲルトラウデさんの話は終了した。

 これまた。家主が手に持っている湯呑は欠けていた。ちゃんとした湯呑を使っているのはエリーゼだけである。

 

「して、貴殿が更なる力を求めているというのは真か。その為の道場巡りであると?」

「はい、間違いありません。エリーゼを守る為、皆を守る為、自分には確固たる力と、それを十全に活かせる技術が必要なのです」

「うむ、左様か。しかし、仮にも銀細工は頂いているだろうに、これ以上何を望む?」

 

 一通りの話が終わると、次なる話題は俺へと移った。

 何を望むとな。これを説明するには俺が持つ諸々を話さないといけないし、真意を話すのは相手の心象を悪くするだろう。が、何となくこの人なら問題ないだろうと思える。

 意を決し、俺はゲルトラウデさんにチートについての諸々を掻い摘んで話した。皆が俺の恩恵を受けている事も含めて。

 

「エリーゼ様もですか?」

「ええ。初めて鎌を持った時も、手足のように扱えたわ」

「ふむ……魔眼か権能に近いモノと思えば分かり易いか。なら尚の事、既存の術を混ぜ込む必要などないとは思わなかったのか? 貴殿に力がないと言ったのはあくまで竜族の基準であって、人間族としては十二分だろう」

「憚りながら、これに頼りきってばかりでは真に強くはなれないと思っています」

「然るべきであるな。事実、権能をアテにし過ぎた竜族は足元をすくわれるものだ。研鑽を疎かにする者もまた同様に」

 

 満足そうに頷くと、元近衛筆頭は続けて問うた。

 

「具体的には、どのような形を目指しているのだ?」

 

 その問いに、俺は失礼を承知で正直に答えた。ぶっちゃけ、流派の信念とか精神性とかは全く興味がなく、ただ強さの糧にしたいだけなのだと。

 エリーゼに指摘されて気づく事ができた。俺の言ってる事は、真剣に技を修めている人に対しとても失礼なのである。言わばこれは、「お前の技を踏み台にしてやるぜ」と言っているようなものなのだ。

 

「浅はかな考えと存じています。それでも、自分はあくまでも糧を欲しているのです。特定の思想や戦法に傾倒しては、しがらみが増えて判断を誤ってしまうかもしれないと考えているからです」

「いや、それでよろしい。貴殿の剣は既にある程度形になっているように見える。今さら別の術理を取り入れたとしても、むしろ弱くなってしまうだろう。しがらみに関しても、いざという時に邪魔になる。うむ、うちに来たのは正解であったな」

 

 ぱしんと、ゲルトラウデさんは膝を打った。

 その顔は晴れ晴れとして、ちょっと楽しそうだった。

 

「よろしい。元宝銀近衛筆頭の私が、貴殿の一党に銀竜の教えを授けよう。なに、安心するといい。うちは剣だけでなく、戦全般に通じているからな。我が道場の名の下、貴殿の剣を補強してやろう」

「ありがとうございます」

 

 そういう返事をこそ、俺は希望していた。

 伺ってみると、皆も了承してるっぽい。五月蠅くないし、人間関係もまともだし、まだどんな技術を学べるかは分からないが、ひとまずここで決定でいいだろう。

 

「して、その……」

 

 かと思ったら、先ほどまで威厳たっぷりだったゲルトラウデさんがもじもじし始めた。

 その視線はチラチラとエリーゼに向いていて、何事か言いづらそうにしている。

 

「なによ」

「あっ、いえ……本当に申し訳ないのですが……」

「それはなに?」

「ひ、費用なのですが……」

 

 カムイバラにおいて、道場入門と訓練に際しては金銭を支払う必要がある。当然だ、ビジネスだからな。

 それは当然として承知しているのだが、何故か彼女はもじもじしていた。

 

「それがどうかしたのかしら?」

「ひっ! あ、やっぱり……無料で構いません!」

「なに日和ってるの!」

 

 急に弱々しくなった母に向かい、娘が勢いよく立ち上がった。

 ゲルトラウデさんはアタフタと弁明するように答えた。

 

「し、しかしだな! 私がエリーゼ様に剣を教えるなど、むしろ此方が金を払う必要があるのではないか!? それが物の道理だろう! 貢ぎたいのだが!」

「道理じゃないし! それはそれ、コレはコレでしょ! 私、最近お粥しか食べてないよ! お粥に梅干し入れたいよ! 誇りや誉れや満足感じゃあ満腹にはなれないの! 私半竜なんだから、ご飯食べないと死んじゃうの!」

「うぅ、しかしな……」

 

 どうやら、この銀竜道場は見てくれ通りに貧乏らしい。

 雨漏りの影響だろうか。板張りの床も一部変色してる所あるし、出されたお茶も凄く薄い。

 しかし、リンジュにおけるヴィーカ様人気は確かなはずなのに、どうしてこの道場に人気がないんだろうか。

 ……もしかして、早まったか?

 

「金ないなら迷宮行けばいいじゃないッスか」

「うむ……」

 

 ルクスリリアの率直な意見。そうじゃん、それでいいじゃん。

 勘だが、少なく見積もってもゲルトラウデさんは銀細工程度には強い気がする。翼や権能を使われたらタイマンじゃあ絶対に勝てない。月一で潜るだけで問題は解決しそうなもんだが。

 そんな疑問に対しては、娘のアンゼルマさんが答えた。

 

「これでもお母さんは元銀細工持ち冒険者なんだけどね。銀細工返して道場開く時に何か色々と大見得切っちゃったみたいで、今さら冒険者に戻るの恥ずかしいんだって! お母さんなまじ竜族ぶってるから、そういうの気にしちゃうの!」

「いやだって、一応私も竜族だから……」

 

 よく分からんが、彼女等には彼女等なりの事情があるらしい。

 

「普段は何をしているのかしら?」

「その、物書きの方を少々……」

 

 エリーゼの問いに、ゲルトラウデさんは一冊の本を差し出してきた。

 本の表紙には達筆な字で“月下銀道伝・闇暁篇”と書いてあった。

 

「わぁ! これ、ヴィーカ様のリンジュ放浪記ですよ! すごい!」

 

 すると突然グーラがテンションを上げ、シュバッとゲルトラウデさんに寄って行った。完全にアクティブ・オタクの動きである。

 

「全巻読みました! 素晴らしかったです! 握手してください!」

「おぉ、読んでくれたのだな」

「はい! 特にヴィーカ様が山に登る時の描写が秀逸で!」

「うむうむ」

 

 握手をする二人。ゲルトラウデさんは随分と嬉しそうだった。

 

「ほえー、わしも読ませてもらったんじゃが、これの作者じゃったのか……」

「売れてないんだよねー、これが。ヴィーカ様は人気ジャンルなんだけど、それだけにお母さんの本は埋もれちゃってて……」

「いいえ! 先生の作品は素晴らしいですよ! 文中、当時の時世や文化を事細かに解説して下さるのです! すると、あたかもボクがその時代に生きているかのようで……!」

「うむ、うむ……」

「そこが不人気の理由なのよね。お話のテンポが悪いの」

「うむぅ……しかし、そうしないと読み手が変な勘違いをしてしまうだろう。それに、私はあくまで当時起こった事を正確に残したくてだな……」

「あと字が下手! 分かる? 私が写本してるの! 大変なの! そのままだったら売り物にならないし、お母さんよく誤字するから紙代もバカにならないの!」

「う、うむぅ……」

 

 ここぞとばかりに突いてくる娘に、母は肩身を狭くしていた。

 なんか話が道場から離れてる気がする。まぁいいけど。俺は隙あらば股間を触ってくるルクスリリアの手を払って暇を潰していた。

 

「少し見せてみなさいな」

「エリーゼ様!?」

 

 ふと見ると、エリーゼが件の本を読み始めた。

 敬愛している元主人に著書を読まれるなど、元騎士的にはドッキドキの時間だろう。

 しばらく読んで、エリーゼは本を閉じた。

 

「……読みづらいわ」

「ぐは!」

「あと、文章が味気無さすぎね」

「ぐへ!」

「そのくせお祖父様だけは執拗に描写しているのは何故? 剣を抜くだけの場面に何ページ使ってるのよ」

「ゴボーッ!」

 

 エリーゼの感想。ゲルトラウデさんの作者心に大ダメージ!

 ゲルトラウデさんは倒れた。

 

「先生! しっかりしてください! エリーゼは古典ばかり読む偏読家なだけです! それに例え大衆が認めなくても、先生の文章ボクは大好きです!」

「エリーゼもそうじゃが、グーラも容赦ないのぅ」

「イリハも読んだんスよね? どうだったんスか?」

「眠る前に読むのにお勧めじゃぞ」

「だから売れてないんです。そんな訳で、うち貧乏なんです。なのでイシグロさん、我が道場を助けると思って、母の教えを学んでみては頂けませんか? どっちも得する形で」

「はい、よろしくお願いします」

 

 そう言ってアンゼルマさんが締めると、俺は頷いてみせた。

 まだ見学も体験もしてないが、ちゃんと話せる人は貴重である。何より、俺の我儘に付き合ってくれるのだ。今じゃここ以外考えられない。

 ここで習ってイリハに侍ジョブが解放されなかったら、その時は大人しく陰陽術師ビルドに集中しよう。

 

 こうして、俺は銀竜道場に通う事になった。

 

 

 

 

 

 

 その日のうちに契約書を書き、前金を渡し、しっかり正式に入門。

 そして早速、師範自ら技を見せてくれる運びとなった。

 のだが……。

 

「うわ、この木刀汚い! しかもクッサ! お母さん! なにこれどういう事!?」

「あー、前に魚醤を零してしまったのだ。洗うの忘れてたな」

「あれ? 刀ってリンジュの魂なんじゃ……?」

「確かに臭いです……。洗う必要がありますね……」

「いやよく見るのじゃ。もう壊れかけじゃよこの木刀」

「それ以前に道場が物置みたいになってるじゃないッスか」

「そもそも、いつまでこんな汚い道場にしておくつもり? まさか、私にここで鍛錬をしろとでも言うのかしら?」

「へ? あ、はいっ! ただいま清掃を!」

「お母さんは引っ込んでて! 私がやるから!」

 

 ……と、まだ準備が整っていないようなので、本格的な稽古は明日からと言う事に。

 それじゃあバイバイ、また明日である。

 

 

 

 で、今は稽古の為に俺達は必要な物を買いに出かけた。

 

「なんか楽しいな」

「ッスかね。ご主人が楽しそうで何よりッス」

 

 夜が近い夕暮れ空。必要なものリストを眺め、皆を連れて繁華街を歩く。

 通りは家族連れが多く、神殿付近や色町とはまた違う活気に満ちていた。

 ここで授業もとい修行で必要な道具を揃えるのだ。なんかテンション上がるぜ。

 俺、ホ〇ワーツの入学前に横丁で買い物するシーンめっちゃ好きなんだよな。なんかあんな感じである。

 

「まずは武器ッスね。木のやつ揃えろって事ッスけど、アタシの大鎌あるんスかね」

「リンジュは練習用の木製武器が豊富ですし、探せばあるのではないでしょうか」

「リンジュにも魔族とか翼人族は多いからのぅ」

 

 道場通いの準備、まずは木刀屋である。

 このカムイバラでは木製武器専門店があるのだ。お目当ての店を見つけ、暖簾をくぐる。

 店の中は木製武器でいっぱいだった。適当に籠に入ってる木刀から、壁にかかった高級品らしい木刀まで沢山ある。

 

「うげ! 木の刀でこの値段!? いなり寿司何個分なのじゃ!?」

「ははは! 嬢ちゃん、うちは良い木使ってるからね!」

 

 うちの一党はそれぞれ使う武器種が違うので、皆に合ったやつが必要である。

 展示してあるやつの殆どは木刀だが、これを使うのは俺とイリハだけだ。あと、今回のは迷宮用でなく練習用なので適当でいい。

 

「一番いいのを頼む」

「練習用かい? なら一等いいのがあるよ。ちょっと待ってな」

 

 エリーゼは指揮官系上位職の“ドラゴンロード”でも使える剣カテゴリの木剣を購入。イリハは侍ジョブを生やす為に木刀だ。グーラは通常サイズの木剣と片手用の短いのを購入。ルクスリリアも片手用の木剣を。俺は木剣と木刀どっちも購入しよう。

 やがて並べられた木製武器を調べてみると、何とびっくり補助効果がついているではありませんか。なるほど高い訳だ。

 

「自動修復……」

「おっ、お前さん良い目利きだね!」

 

 見てくれこそ同じだが、土産物コーナーで見かけた木刀とは大違いだ。何というか質感が凄い。いいねぇ、洞爺湖とか書いてもらえないかな。

 と、俺等のはもういいのだ。

 

「すみません。練習用で木の大鎌ってありますか?」

「鎌ですかい? ちょっと待ってな」

 

 とりま出された物を全部購入。木刀と聞いてイメージされる値段じゃないし、普通の鉄製武器よりよっぽど高い。

 それはそれとして、あるかどうか分からないがルクスリリア用の大鎌も注文。普段は刃引きした奴で練習しているのだが、木のやつもあるならそっちのが良い。

 

「あいよ。こんなんでよかったら」

「おぉ、ありがとうございます」

「あるトコにはあるもんッスね」

 

 木の大鎌。見る前はイメージできなかったが、ちゃんとそれっぽいのが出て来たな。勿論、これも購入。

 あとは、グーラの木剣がもう一つ欲しいな。剣鬼道場で貸してもらったデカいやつ。

 

「大きい木剣は置いてありますか?」

「一応、あるけどよ。あんた剣鬼流なのかい?」

「いえ、そういう訳ではありませんが」

 

 倉庫に引っ込む店主。やがて戻ってきた店主の手には木製のドラゴン殺しがあった。まさに木塊だ。

 やっぱ、グーラにはデカブツのがいいだろう。使い分けて訓練しような。

 

「ありがとうございました」

 

 皆の分の木刀を買ったら、次は練習中に着る服である。

 今のままでいいじゃんと思ったが、まぁそういうもんだろう。ジャージで野球するかユニフォームで野球するかの差だ。

 

「いらっしゃい。お客さん、ここは初めてかい?」

「ええ、道場に通う事になりまして」

 

 木刀屋に続いて、俺達は道着屋にやってきた。これも専門店があるのだ。

 店の中には色とりどりの道着があり、どれも剣道の授業や空手の道場で着たやつによく似ている。

 

「う~ん、これは柄はいいけれど、尻尾孔がないわね……」

「エリーゼよ、色は指定されておったじゃろう」

「それとは別にあってもいいでしょう? 使い道はあるわ」

「使い道? 道場以外でかの?」

「すぐ分かるッスよ♡」

「これも色を揃えましょう。恐らく、其方の方がご主人様はお喜びになると思います」

「んむ? そうなんかのぅ?」

 

 購入予定のユニフォームは剣道着っぽい半着と袴なのだが、選べる色は白と紺だけじゃなく、柄付きとかピンクとか種類が豊富だ。

 既に侍コスができる俺も一応購入。皆の分もサイズ調整の補助効果がついたやつを購入。尻尾孔はマストやで。

 

「よし、これで全部だな」

「はい、問題ないかと。明日が楽しみです!」

 

 その他諸々を購入し、借家の方へ向かった。

 道中、夕食用の食材などを買う為、繁華街を抜け、肉や野菜を売ってる商店街エリアへ。

 

「おっ、デカい肉だな。アレは何の肉だろう」

「紅蓮大猪と書いてありますね。その肝は大そう精のつく食材と聞いた事があります」

「ふ~ん♡ 精ッスか♡」

「俺イノシシ食った事ないんだよな」

「なら今晩は猪肉の鍋にするかの?」

「いいじゃない。酒屋で鍋に合う酒を買いましょう」

「猪ってどんな味するんスかね? アタシも食べた事ないッス」

「むっふっふ~。任せておれ。わしが母上直伝のイノ鍋を振る舞ってやるからの!」

 

 こうして、俺達は帰路につくのであった。

 寒い冬にロリとつつくお鍋。これもまた素晴らしいものだった。

 

 その晩、俺は剣道部プレイを楽しんだ。

 マジで【清潔】は便利だ。どれだけ衣装汚してもいいからな。

 次は借家の武道場でシよう。楽しみである。




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ロリコン来る!

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がっています。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 84話の内容をほんの少し修正しました。
 細かいトコですが。

 今回は三人称、二大道場視点。
 少し時間が経っています。よろしくお願いします。

 最後にちょっとしたアンケがあります。
 これも分岐ではなく、調査ですね。お気軽にどうぞ。


 リンジュの道場には、“格”というものがある。

 歴史、実績、なにより強さ。それらを総合し、誰が決めずとも謳われる。見えない力、その源泉こそが“格”である。

 エンジョイ勢はともかくとして、ガチ勢ならば重んじざるを得ない価値観の一つだ。

 

 道場の信頼性は歴史が証明し、流派の有用性は実績が証明する。では、強さとは何か。

 この場合の強さとは、単に道場の主たる師範の強さが該当する。戦闘力を貴ぶヴァイオレンス異世界。どれだけ長い間研磨された流派であっても、師匠が弱けりゃ見向きもされない。

 要するに、どれだけ凄い積み重ねがあったとしても、強くなければ認められないのである。

 

 さて、ならば師の強さはどのようにして決めるのか。

 どのようにして、“格”を得られる強さを証明するか。

 答えは単純、戦って決める。実に分かり易い。

 

 カムイバラには“活鬼闘技場”をはじめ複数の闘技場が存在し、リンジュには“闘技大会”という催しがある。

 格を上げる為、己の強さを証明する為、リンジュの武術家は観衆の前で尋常な勝負をするのである。

 

 門の威信を賭けた、道場同士の熱き決闘。

 これはリンジュにおける一大興行であり、道場ごとにファンやオタクやスポンサーがお祭り騒ぎをする大人気コンテンツである。

 地球の感覚で例えるならば、野球とかサッカーといったスポーツの感覚に近い。チームは優勝を目指し、ファンは推しのチームを応援する。

 

 闘技大会とは、弱小道場にとってはスポンサーを獲得するチャンスであるし、強豪道場にとっては格を誇示する機会なのだ。

 強豪も弱小も、闘技大会にはガチだった。

 

 中でも、四年に一度開催される“リンジュ桜花総合闘技会”は、数ある闘技大会にあって一等特別な催しである。

 なにせ、個人・道場を問わずリンジュ中の強ぇ奴等が集まってくるのだ。審査さえ合格すれば、外国からの参加も可能である。

 まさに、異世界版の天下一武闘会。技術の関係でTV中継こそ無いが、だからこそ会場には多くのファンがやってくる。濃いファンにとって、優良席のチケットは争奪戦と同義であった。

 

 個人剣術部門や銀細工限定部門など、桜闘会は様々な部に分かれている。

 個人にしろ現役冒険者にしろ道場にしろ、出場できるのは選りすぐりの強者ばかり。リンジュの戦士は、優勝目指して日々鍛錬するのである。

 

 二大道場の師範代もまた、当然として。

 

 

 

 

 

 

 ある日の剣鬼道場、お昼時。

 

 師範代行のウラナキが離れの屋敷に戻ると、見慣れない時間に見慣れた女の姿があった。

 娘のミアカが厨房に向かって何事かやっていたのだ。鼻歌など歌って、ずいぶんと上機嫌そうである。

 この時間、普段なら寝てるか舞踊の鍛錬をしている娘が、珍しく料理をしているようだった。

 

「ミアカ? なにしとん?」

「あ、おかん。ちょっと味見して?」

「はあ、ほな一個よばれよ」

 

 見れば、ミアカが作っているのは餡子――森人小豆を甘く煮たもの――を餅で包んだお菓子であった。すでに殆ど完成しているのか、重箱の中には形の良い成功作が入っている。

 ウラナキは重箱外の形の悪い餅を手に取り、口に入れた。

 

「どう?」

「うん、普通に美味しいよ」

「よしっ……」

 

 母のお墨付きをもらうと、ミアカはパッパと仕上げて箱詰めし、重箱を綺麗な風呂敷で包んだ。

 お菓子の梱包を終えると、続いてミアカは居間に置いてあった服に着替えはじめた。それは清楚な拵えの真新しい着物で、着替えた後は鏡の前でポージングなどをしていた。その顔は真剣そのもの。

 そんな娘の行動に、母は盛大に困惑していた。大きくなっても子供みたいにアクティブな娘が、今になって古式ゆかしいリンジュ乙女のような振る舞いをしているのだ。

 そんな服、あんたの趣味ちゃうやろ。頭でも打ったんか? という気持ちである。

 

「なんや、どうしたん?」

「ん? あぁ、いや? 何でもないで……?」

 

 これまた珍しく歯切れの悪い返答。娘は耳の裏をポリポリ掻いて何かを誤魔化していた。

 この段階になって、母はようやっと事の真相に辿り着いた。

 

「イシグロさんならおらへんよ」

「……え?」

 

 鏡の前、変なポーズのミアカは硬直した。

 要するに、そういう事だった。

 

「えっ……えぇ!? イシグロさん、道場(うち)通っとらんの!?」

「せやで」

 

 母の返しに、みるみる顔を赤くするミアカ。

 やがて羞恥が限界に達したと見え、師範代に対し娘は猛然と問い詰め始めた。

 

「な、なんで!? 見学来とったんちゃうん!? まさかイシグロさん追い払ったとかないよな!?」

「ちゃうちゃう。ご縁が無かったっちゅーだけや」

「ひ、引き止めてぇやー!」

「そないな事言われてもやな。というか、ちゃんと確認しぃや」

 

 べちゃっと、力の抜けたミアカはちゃぶ台に突っ伏した。

 耳も尻尾もへにゃへにゃで、心なしかさっきまで真新しく見えた着物が煤けている。

 

「これ持ってくの?」

「ここ以外で手渡すの悪手やろ……」

「ほな食べよか」

「せやな……」

 

 お茶を淹れ、娘と二人で餅を食う。

 せっかくのミアカ手作りお菓子である。道場の門弟に上げればいいじゃないかと思うかもしれないが、残念これを門弟達に渡すと道場の人間関係がクラッシュしかねない。

 

「はぁ……ウチこんなん初めてや。なんでかなぁ、諦めれへんわ……」

 

 餅を食べながら、母は娘の相談を受けていた。

 狙った獲物を逃した事のない娘だ。こういう状況は初めてである。なまじサバサバした娘だけに、懊悩する事への耐性がないのだ。

 

「どうすりゃええ思う?」

「どうすりゃて、う~ん……」

 

 娘の問いに、母は件の男についての情報を思い返してみた。

 井戸端会議で訊いた事がある、イシグロという銀細工持ち冒険者。実際会ってみると一見ただの町人にしか見えなかったのだが、彼は剣を握った瞬間に変貌したのだ。ぬぼーっとしていた青年から、数多の怪物を屠ってきた強者へと。

 ラリスもんらしい、荒々しい我流剣法だった。それでいて、不自然(・・・)な程に美し過ぎる(・・・)太刀筋だった。彼の奴隷もまた、主人同様に規格外だった。

 

 今現在、イシグロはカムイバラの有名人だ。噂程の美男ではなかったが、噂通りの強さではあるように思われた。もし、仮に彼が剣鬼道場に入門してくれたら、それはもう箔が付くだろう。

 しかし、そうはならなかった。楽しそうに岩像を打っていた主人だが、彼の奴隷は道場の雰囲気に気圧されていた。結局、彼の一党は剣鬼の門を去ったのだ。

 

「そうやなぁ……」

 

 今一度、ウラナキが知る彼の人物像を思い浮かべる。

 話好きのご近所さんによると、彼は狐人の子供を救うべく大立ち回りをしたらしい。その狐人は道場に来ていた奴隷の事だろう。他の奴隷も似たような見てくれで大事にされていたあたり、相当に慈悲深い性質である事が分かる。

 少なくとも、美女奴隷を侍らせて毎日酒池肉林の限りを尽くしているようなタイプのエロ主人には見えなかった。実際、道場に来た奴隷以外の奴隷は所有していないようであるし。

 おまけに礼儀正しく、道場を見学する様も真面目で、現役の銀細工持ちにしてはマトモな瞳をしていた。ちゃんと話が通じるというか。様子がおかしくなかったのだ。

 

 百聞と一見、併せて表するなら、“誠実な強者”がしっくりくる。

 俗物が極まって、一周回ってサッパリしている娘とは大違いだ。

 

「だいぶ禁欲的な人やったでなぁ。直接ガンガンってのは通じんとちゃうかな。実際そうやったんやろ?」

「ん、まぁ……。はぁ、せやんな~」

 

 だからこそ、手作りお菓子を作って食べてもらおうなんて迂遠な手段を講じているのだ、この娘は。

 とはいえ、娘のらしくないところを見れて、母的にはほっこり嬉しい気持ちであった。

 

「まぁでも、本気ならちょい急いだ方がええで。イシグロさん、ラリスの人やもん」

「あーそっか! それもあったなー! んー、こうなったらイリハちゃん経由で訊き出すか……」

 

 うんうん唸るミアカ。

 お茶を啜り、ウラナキは次なる餅に手を伸ばした。

 

 それにしても、と思う。

 イシグロ一党が使う、違和感のある剣。地に足がついていない、不安定で精強な我流の技。

 もし、あのイシグロがちゃんとした武術を身に付けたなら、如何ほどの剣士になるのだろうか。

 師範代としてのウラナキも、私人としてのウラナキも、娘同様イシグロに強い興味を持つのであった。

 

「戦ってみたいなぁ」

 

 元銀細工持ち冒険者、“穿つ月”のウラナキ。対人戦嗜好の光寄り戦闘狂。

 格も何も関係なく、仕合ってみたくなるのが本能だった。

 

 

 

 

 

 

 虎耳母娘がお餅を食べている同時刻。

 澄刃道場はこの日も静謐な剣気に包まれていた。

 

 高級木材で出来た木床に響く、ほんの僅かな擦過音。重なった風切り音に、淀みの無い呼吸。

 澄刃流に掛け声はない。敵を倒すのに、己と向き合う事に、気勢ある発声は邪魔になるからだ。

 黙々と、淡々と、刃に沈み込むようにして刀を振るう。そんな規律正しい門弟の練習風景を、師範代であるドワーフ女のフィーランは見るでもなく眺めていた。

 

 練習ではこうも息を併せられるのに、どうして意思は合わないのか。

 フィーランは胸中で嘆息した。

 

 元々、この道場は創始者であるデイビットが求道の傍らエンジョイ勢向けにはじめた剣術道場だった。

 机仕事で身体を鈍らせている人や、ちょっと生活に余裕のあるご隠居。もしくは理想の体型を目指す女性など、ゆったり静かに、心が豊かになるように。デイビットはそう思って、寄り道をしたのだ。

 しかし、蓋を開けてみれば誰も彼もデイビットの美貌に惹かれて門戸を叩いた。門弟が多いのは良い事だが、時が進むにつれ当初の方針から大いに逸脱していったのである。

 

 エンジョイ勢向けからガチ勢向けへ。始めの方にいた門弟達は変質していく雰囲気に慣れず門を去り、残ったのはデイビットのファンボーイ・ファンガールのみ。彼ら彼女らは褒められたいが為に過酷な鍛錬を続け、ひたすらに剣に打ち込んでいる。

 創始者も創始者で、今ではすっかり弟子育成――と、そのつまみ食い――が楽しくて仕方ないらしく、剣の求道よりも指導を優先するようになっていた。

 師範と師範代。昔は全く敵わなかったデイビットも、今では十回中一回は勝ててしまう。これはフィーランが強くなった成果か、彼が弱くなったせいなのか……。

 

「はぁ……」

 

 胸中の溜息が漏れた。

 昔は良かった。道場を構える前からデイビットの恋人だったフィーランは、在りし日の過去を懐かしむばかりである。

 カムイバラに来る前、デイビットとフィーランは同じ一党に所属する冒険者だった。で、なんやかんやで恋人になり、剣を極めたいという彼に付いて行って今に至るのだ。

 

 危ういほど剣が好きだったデイビット。共に鍛錬した日々。深く契りあった夜、初々しかった彼……。

 それが今ではこの始末。

 

「シズ、剣先がブレている。力を入れすぎるな」

「はい……!」

「ゴウマ、肩を上げ過ぎだ。集中しろ」

「はい……!」

 

 それもこれも、達人ぶって指導ごっこをしているあの獅子人師範代が悪い。

 獅子人ジャグディ。この女が発情期を理由にデイビットに迫ってから、何もかもがおかしくなり始めたのだ。

 

 恋人に内緒で獣人流背徳浮気生交尾。さぞ気持ち良かったのだろう。不貞を知って怒るフィーランと、斜に構えて理解者面するジャグディ。怒ったフィーランが彼から離れている間も、ジャグディは彼とずっこんばっこんヤッてたらしい。

 ついに訪れてしまった殺し合いも、師範にかかれば即制圧。何を言っても、あの獅子人女は裏を掻いてくる。デイビットもデイビットで、一度情を交わした女を手放せないようだった。

 

 森人だけあり、元々デイビットは性に淡泊な性質だった。フィーランともそれほど多く身体を重ねた訳でもない。プラトニックで、ストイックで、二人は心で繋がった関係だったのだ。

 しかし、革命は成った。貞淑だった彼の股間に、獅子人の暴力的淫乱力がぶちかまされたのである。ある意味で快楽堕ちと言えるのか。

 

 思えば、何やかやあった後、最終的にフィーランが許してしまったのが拙かったのかもしれない。

 一度目以降、彼の森人棒は暴走し、男女関係なく食いまくるようになったのだ。二度目三度目の浮気にキレまくったフィーランも、男と寝たと知った時は意識が月までぶっ飛んだ。

 そんな彼でも未だ深く愛してしまっているあたり、もうどうしようもない。

 

 幸い、彼は今でも剣術への求道を忘れていないようだった。

 フィーランへと向けられる愛もまた同様に。例え浮気をされたとしても、寝所で囁かれると結局は許してしまうのだ。そんな自分にも、この関係にも嫌気が差す。

 なにより、元凶こそが最も憎らしい。

 

「ジャン、ボーッとするな。桜闘会が控えているんだぞ。選抜落ちしたいのか」

「い、いえ!」

 

 そうだ、何もかもこの女が悪い。

 横入りしてきた分際で、発情期を言い訳にデイビットと姦通し、半ば強引に今の立ち位置を獲得した。その上、最近ではデイビットの股間をエサに門弟を自派閥に取り込んでいる。獅子人らしい、強い雄のハーレムを作ろうとしているのだ。無論、恋人であるフィーランは了承していない。

 普段の態度も、武人然と振る舞っているのは門弟かデイビットの前だけで、プライベートは超自堕落なのである。銀細工忍者に調べてもらったが、奴の部屋はゴミ屋敷だったのだ。

 

「やあ、みんな。遅れてごめん。色々と話さないといけない事があってさ」

「「「お疲れ様です♡ 師範♡」」」

 

 今でも、デイビットの事は愛している。

 それはそれとして、以前の彼に戻ってほしい。

 そう思うのは、恋人として傲慢な望みなのだろうか。

 

「あぁ、イシグロさんは今日も来ていないのか」

「ええ、はい。あれから姿を現していませんね」

「そうか。できれば一度剣を合わせてみたかったんだけど……」

 

 直近の記憶を思い出す。つい先日、イシグロという男が道場見学にやってきた。

 イシグロといえば、カムイバラでは時の人である。実際の彼と噂の彼ではかなり容姿に違いがあったが、噂通りに誠実そうな人柄だった。何より、デイビット目当てじゃなさそうなところがポイント高い。

 噂によると、イシグロは“熱砂狼”のジャルカタールを倒したらしい。それが本当なら、彼は相当な使い手である。

 

 あの日、あの時、ふと思った。

 彼と接触すれば、デイビットにとっていい刺激になるのでは、と。根拠も理屈もないが、何となくそういう勘が働いたのだ。

 

 案の定、デイビットはイシグロに興味を持ったようだった。

 多少? の雑念こそあれ、イシグロに向けられる興味の過半は剣の技にあるようだった。彼が楽しそうにしているのを見ると、フィーランとしてはとても嬉しかった。

 

 そして、見学の最中、デイビットはイシグロに試合を申し込んだ。

 その瞳は往年の情熱を取り戻しているように見えた。浮気常習犯とは思えないくらい、幼子めいて純粋に活き活きしていた。

 

 かと思えば、ジャグディが反発してきた。それらしい理屈を並べていたが、要は師範の気を引いたイシグロをフィーランが連れてきたというところが気に入らないのである。

 それからは両派閥による喧々諤々の大喧嘩が始まった。さっきまで息ぴったりに訓練していた門弟達も、師範そっちのけで罵り合い。こういう時、デイビットは元のなよっとした性格が表に出て、剣術以外頼りにならない男になるのだ。

 

 気づくと、道場にイシグロの姿はなかった。

 実に惜しい。彼ならばデイビットにとって良い刺激になると思ったのだが。それに、彼には純粋に剣を学ぶ意欲があったというのに。

 

「今日はここまでにしようか。皆、気を付けて帰るんだよ」

「「「は~い♡」」」

 

 本日の鍛錬が終了すると、門弟達は三々五々に帰っていった。

 今日は一日陰鬱とした気分が続く。昨晩、デイビットが寝所に来なかったからだ。フィーランは努めて無表情を維持し、帰宅の準備に取り掛かった。

 

「師範代、少々よろしいですか?」

「はい、何でしょう?」

 

 そんな中、フィーランに声をかけてくる門弟がいた。

 その門弟はフィーラン派閥の一人であり、真に澄刃道場の未来を憂う者だ。当然、デイビットとの間に肉体関係はない。そのはずである。

 

「イシグロ殿ですが、どうやら銀竜道場に入門したようです」

「銀竜道場ですか」

 

 これまた、何とも言えないところに入ったものである。

 銀竜道場といえば、竜族の女性が師範をやっている弱小道場だ。

 門を構えた当初はそれなりの数の門弟がいたようだが、いつの間にかガラガラになっていた。むしろ、まだやってたんだという感覚である。

 

「そういえば、彼の奴隷に竜族の子がいましたね」

 

 確か、銀髪の竜族だった。脳まで筋肉で出来ているジャグディと違い、フィーランは魔力感覚に鋭敏な方だ。そんな彼女からして、銀の幼竜が纏う魔力量は一瞬寒気を感じる程に膨大だったのを覚えている。

 銀髪の竜族。銀竜道場。もしや、と引っかかる。しかし、竜族の奴隷というところが気にかかる。魔力は本物だが、血統は本物なのだろうか。いや、どうでもいい事だ。

 

「銀竜道場といえば、ゲルトラウデ殿が師範を務めておいでとか……」

「ええ、その通りですよ」

 

 銀竜道場。道場としては弱小も弱小だが、そのトップは二大道場の主をも凌駕するほど強大である。

 事実、かつてデイビットは彼女に敗れたのだ。竜族権能や鱗鎧を使われる事なく、純粋な剣術で完敗したのである。

 敗北後、しばらくは熱心に鍛錬していたデイビットだったが、そんな彼をこれまたジャグディが邪魔をした。今にして思うと、心の隙間に付け込まれたのだ。

 

「出てきますかね?」

「何がです?」

「桜闘会です」

「あぁ……一応、娘を含めれば二人になるのでしたね」

 

 桜闘会の道場部門。これに出場するには、最低でも二人の門弟が必要だ。ゲルトラウデには娘の門弟がいるので、イシグロを含めると二人になって、銀竜道場は参加可能要項を満たす。

 この門弟は、ゲルトラウデの桜闘会参戦を危惧しているのだ。けれど、フィーランは彼女等の参戦はあり得ぬ事と知っていた。

 

「いいえ、彼女は道場部門には出られませんよ。イシグロさんは現役の銀細工持ち冒険者、門弟としての出場は禁止されています。もし、御三方が出るとすれば……」

 

 その時、フィーランに電流走る。

 叶わなかったイシグロとの立ち合い。かつて敗北したゲルトラウデへの再戦。もし、二人が参加可能な部門――無制限部門に参戦するのであれば……。

 

「少し、調べてみましょうか……」

 

 どうなるかは分からない。もしかしたら、イシグロにもゲルトラウデにもその気はないのかもしれない。

 けれど、もし、そのつもりであるならば、フィーランは銀竜一門の背を押すつもりであった。

 

 願わくば、彼に善き戦を。

 澄みきった刃は、立ち合いでこそ冴えわたるのだから。

 

 

 

 

 

 

 これまた同時刻、件の銀竜道場では……。

 

「うぅ……! 美味しい! 美味しいよぉ! 甘いものなんて何年ぶりかなぁー!」

「ああ、美味いな! 餡子が染みる! 染み込んでくる……!」

 

 道場でお菓子を食べていた。

 これはイシグロ一党で作ったリンジュ菓子であり、形が整っているのがイリハ作で、その他の歪なやつがイリハ以外の作だ。

 

 今現在、竜族母娘の食料事情は弟子の厚意で以て改善傾向にあった。

 毎日毎日、イシグロさん家のイリハちゃんがおすそ分けしてくれるのである。お菓子だけではない、あえて作り過ぎた芋の煮つけに、余ってしまったという事になっている炊き込みご飯等々沢山。

 あまつさえイリハは相当な料理上手であった。貧乏舌のアンゼルマは、美味の衝撃で涙を流していた。

 

「竜族の姿かしら……? これが……」

「同じ台詞、今夜言ってやるッスよエリーゼ」

「そういうの言いっこなしですよ」

「むぅ、もっと甘みを抑えて良かったかもしれんのぅ……」

 

 ピカピカになった道場兼ゲルトラウデ宅で、師弟みんなでお菓子を食べる。

 言葉通りに、笑顔の絶えないアットホームな道場であった。

 

「ふぅ……さて、休憩も終わった事だし、続きをやるぞ。弟子よ」

「はい、師匠」

 

 おやつが終わると、修行再開である。

 銀竜道場に入門してからというもの、イシグロとその一党は朝から晩まで修行修行修行の修行三昧だった。

 

「よし、イシグロは朝教えた型を再開しろ」

「はい」

「ルクスリリアは……」

 

 ちなみに、イシグロは家に帰っても武道場で復習をし、朝起きてすぐ自主練をしていたりする。

 どこぞの師範代が言っていたように、イシグロは間違いなくストイックに己を鍛えていた。

 どこぞの師範代が思っている通り。イシグロは間違いなく真面目に剣術を学んでいた。

 すべては、愛すべきロリの為。

 

 動機こそアレだが、紛れもなく真摯で紳士であったのだ。




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炉力の成果

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がります。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケのご協力、ありがとうございました。
 以降の参考にさせて頂きます。


 ゲルトラウデ師匠は、竜族として生まれ、翼竜(ワイバーン)族として生きる事を強いられた。希少な混血竜族である。

 竜族の場合、混血は純血より弱い傾向にある。事実、ゲルトラウデさんは生まれつき魔力に鈍感であり、魔術師としての才に恵まれなかった。

 かといって戦士として素晴らしい才を持っていたかというとそういう訳でもなく、あまつさえ鱗も翼も竜族基準で貧弱であったという。

 

 そんな彼女ではあるが、曲がりなりにも竜族である。翼竜族の母の期待を受け、幼少の頃から戦士としての教育を受けていた。

 しかし、銀竜一族に伝わる武術とは魔力感知を前提とした戦闘技能であり、魔力に鈍感なゲルトラウデさんには習得困難な代物だったのである。

 

 鱗も翼も貧弱で、魔法は使えず剣もへなちょこ。申し訳程度の権能も、大して有用ではなかった。

 要するに、ゲルトラウデさんは落ちこぼれだったのだ。

 

 幼竜の時分、ゲルトラウデさんには憧れがあった。誰あろう、大英雄ヴィーカさんである。

 だが、いくら努力しても彼の影さえ踏めはしない。一端の戦士にさえ、なれはしなかった。

 足掻くように剣を振るう様を、周囲の者は呆れて見ていたという。

 

 諦めが心を覆っていく。

 このまま、何にも成れず長い竜生を送るのか。

 日を追う度に、ゲルトラウデさんの心根は削れていった。

 

 幸い、銀竜の血を引く彼女は見目麗しかった為、内の血で同族を増やす要員としての価値は認められていた。

 ゲルトラウデとしては、それでも良かった。元より銀竜一族の生まれである。何にも成れぬのであれば、せめて実家に貢献する気構えだったのだ。

 幼い夢に折り合いをつける。努めてそう言い聞かせた。そうなるならば、剣への執着もなくなるのではないか。

 

 そんなある日、彼女は運命的な出会いをした。

 たまたま屋敷に逗留していた、銀竜剣豪ヴィーカその人である。何の気まぐれか、彼は剣の鍛錬を行っていたゲルトラウデさんの前に現れ、すぐ隣で剣を振ってみせたのだ。

 何て事のない、ただ一刀。その絶技は、これまで追いかけていたものではなかった。魔力も鱗も翼もない、弱者が振るう無の剣だった。

 

「分かったか? なら、惑わず往け」

 

 そう言って、銀竜剣豪は去っていった。

 あまりにも大きな影だけを残して。

 

 何故、目の前で剣を振って見せたのか。

 その言葉に如何な思惑があったか。本当に、ただの気まぐれであったのか。何も分からない。

 けれど、ゲルトラウデさんにとって、彼が残した光景は天啓に他ならなかったのだ。

 

 伝承に曰く、銀竜剣豪は鱗を纏えない竜族であったという。

 そんな彼が見出した剣術こそ、一族に伝わるヴィーカ流剣術であり、それをアレンジした銀竜剣術なのだ。

 鱗を纏わぬ竜の牙が、混血とはいえ鱗有る竜に合う訳がなかったのである。

 

 以降、ゲルトラウデさんは寝食を忘れて武術の鍛錬にのめり込み、己の往くべき道を探るようになった。

 銀竜剣術を見つめ直し、時に他種族の戦闘術を学習する。剣だけではない、時に槍や槌といった武器にも手を出した。

 そうして練り上げられ、長い時をかけて研磨されたそれは、あの日見た英雄の剣を再現していた。

 

 ついに完成したそれは、気高き竜の爪ではなかった。まして、憧れた銀竜の牙などではなかった。

 魔力に頼らず、鱗も翼も要する事なく、ただ戦場にて敵を屠るに肝要な戦闘論理。その道筋。

 

 名を“唯心無月流(ゆいしんむげつりゅう)”。

 然る後、銀竜剣豪の許しを得、遠き地にて門戸を開く流派であった。

 

 なお、人気はない模様。

 

 

 

 

 

 

 前世地球において、結局のところ喧嘩の強さとは重さと速さの合計値である。あとリーチも入れておこうか。

 ボクシングひとつ取っても、身長体重が勝る相手にはそうそう勝てはしない。どれだけ強かったとしても、フェザー級のリカルド・マルチネスじゃあ鷹村さんには敵わないのである。

 

 素手同士でそうなのだ。いわゆる実戦においては何をか言わんや。

 身長体重才能努力全てが同じ人同士の場合、素手じゃ剣に勝てないし、剣じゃ槍には敵わない。身も蓋もない事を言うと槍じゃ拳銃には勝てないし、拳銃じゃ戦車に勝てないのである。

 

 畢竟、地球人は物理法則に縛られる。故にこれを効率よく運用する為の技術が生まれたのである。

 だが、それは地球人のお話だ。

 

 リーチの重要さは地球と同様だが、そこまで重要視されていない。重さや速さに関しても同じく。

 何故なら、異世界人にはそれら要素を容易に凌駕し得る“ステータス”の存在があるからだ。

 俺は手押し相撲でグーラに負けるし、ルクスリリアはイリハに膝カックンされてもカックンしない。これらはそれぞれの“膂力”と“頑強”のステータスが参照されて起こる事象である。

 

 リーチに関しても魔法なりスキルなりで補えるし、間合いにしたって武道の感覚は役に立たない。そもそも、ルクスリリアなんか空を飛んじゃうのである。自然、地球における所謂“実戦的な格闘技”は軒並み無用の長物と化すのである。

 残念ながら、空手にもボクシングにも空飛ぶ相手への対抗技などない。覇王翔吼拳が使えるなら話が変わってくるだろうが、それこそ異世界の話になってくる。

 

 そうなると、当然として両者の武術は同名の別物となる。

 語弊を恐れずに言うと、地球における打撃技とはつまり、相手方向への運動エネルギーを如何に効率よく伝達するかという技術であったが、異世界の打撃技は如何にステータス通りの威力を発揮させられるかという技術である。

 物理法則の運用技術というより、ステータスの運用技術。異世界の道場とは、ステータスを活かす技を教える場なのである。

 

 剣鬼流など最たるもので、あれは通常攻撃の熟練度を上げ、膂力・技量で以て押しつぶそうという思想……なんだと思う。

 澄刃流の場合、技量ステータスによる通常攻撃と通常防御の運用法を習う感じだろうか。攻撃部位やモーション値も重要視していそうな。

 他の道場も似たようなもので、見学時には皆さんアレコレと持論を語っていたが、要するに何かしらのステータスを運用する前提で物を言っているように思われた。恐らく、それこそが異世界での最適解なのだ。

 

 さて、話は銀竜道場である。ゲルトラウデさんが開発した唯心無月流とは、どんな流派か。

 無いものは無いと認め、有るものを積極的に伸ばす。力にも技にも頼らない、竜も人も同じ地平を往く流派。

 凄くざっくりした言い方をすると、無月流はヒロアカ武術だ。

 

 ひと目で分かるのだが、異世界人は皆さん個性的である。

 翼があって飛べる人がいれば、不死身に近い再生能力を持つ人もいる。キックは強いのにパンチは弱い馬人がいれば、そもそも物理攻撃に耐性のある種族だって居るのである。

 そうなると翼人には翼人に合った戦い方があるし、馬人には馬人に合った戦い方があるだろう。事実、グーラが使う獣人剣術は敏捷に優れた獣人戦士にアジャストされた武術である。

 

 地球人視点、総人口の殆どが超人の異世界。これはある意味で個性社会と言えるのではないだろうか。

 同じ飛行能力持ちでも、エンデヴァーとホークスでは飛び方が違い、戦い方も異なる。だからこそ彼らは個性訓練で独自の戦闘技術を身に付けている訳だ。

 無月流は、そんな彼等にも使える武術なのである。

 

 個性を伸ばす流派。故に、無月流はその前段階からスタートする。

 個性を活かす前に、戦いに適合できる下地を作るのだ。

 浅く広く、どんな種族でもどんな戦場でも戦えるように、徹底的に基礎を叩き込む。それから無月流で習った技術を発展させ、各々に適合させる。これを実戦にて行うのだ。

 

「そもそも、ヴィーカ様は天稟をお持ちの方だ。ぶっちゃけ、天才の剣は凡人には扱えない。まして、多くの種族にとって竜族の真似事など意味がない。逆もまた然りで、無月流は竜族には不向きだ。弱くなってしまうからな」

 

 故に、俺達が習うのは基礎の補強であり、ステゴロの矯正ではなく強化であった。

 基礎を固め、個性を活かす。その為に、始めに行うのは個性の確認だ。

 

「では、弟子よ。まず貴殿の技を見せてもらおうか」

「はい。よろしくお願いします」

 

 そんな訳で、入門初日。

 すっかり綺麗になった道場で、師匠に対し俺は迷宮で鍛えた喧嘩殺法をぶつけまくった。

 やってみせ、言って聞かせて練習試合。危機察知にモーションアシストにジョブチェンジを利用した戦法の切り替え。沢山ある手札をくるくる回して攻めまくった。

 対し、師匠の防御は堅牢で、あと一歩押し切れなかった。翼も権能もない人相手に、である。

 

「はぁ、はぁ……全然通じないな」

「いや通じている。練度と出力の違いだ。方針も方法も間違っていないが、活かし切れているとも言えないな。長じれば、いずれ私を超える事も出来るだろう」

 

 俺だけでなく、ルクスリリア達の戦い方も見てもらった。

 ルクスリリアはモーションがないと鎌を振れない。エリーゼはエイムアシストがないと魔法を当てられない。当然だが、イリハはアシスト無しじゃ刀を使えないのだ。まともに武器を振れるのはグーラだけである。

 当然、俺以外の皆もゲルトラウデさんの防御を崩す事はできなかった。

 

「疑似的な未来予知、戦法の多彩さ、武技の模倣……。ふむ、だいたいわかった」

 

 一通り見せたところで、俺達の指導方針は決定した。

 無月流は個性を活かす武術。淫魔には淫魔の、人間には人間に合った鍛錬法を教えてくれるのである。

 

「まずルクスリリア。貴殿には無月流長柄術、その参ノ型を教える。貴殿は並外れて飛行が上手いからな。これを活かさない手はない」

「うッス!」

 

 ルクスリリアの鍛錬。それは長柄術――要するに、ポールウエポン用の技の鍛錬だった。

 中でも参ノ型は翼人向けの型であり、大鎌使いのルクスリリアにも応用が利く。その型は三次元的な動きが特徴で、自由自在に動ける彼女とは好相性だ。

 

「次にグーラ。貴殿には無月流剣術・肆ノ型を教える。貴殿は既に獣人剣術を修めているようだが、獣人剣術では大剣は想定されていない。故に、貴殿には肆ノ型を通して大剣という武器そのものの理解に努めてもらう。上手く合わせろ。貴殿にはそれが出来る」

「はい!」

 

 グーラは無月流剣術のパワー重視の型を教えてもらえる事になった。

 これは両手剣用の型であり、片手持ちを基本とする獣人剣術とは根底が異なる。師曰く、グーラの武器と獣人剣術は噛み合っていないようなので、これの融合を目標にすべきだという。

 

「イリハ、貴殿は無月流剣術の弐ノ型だ。貴殿は陰陽術を使うようなのでな、魔法を使う剣士としての戦い方を伝授しよう。氣の流れとやらを応用すれば、未来予知と剣術で三重の防御になるはずだ」

「のじゃ!」

 

 イリハは刀を使った技量重視の型を教えてもらう事に。

 どうやら、その型は技量重視の中でも防御に寄っているようだった。無月流剣術は剣にも刀にも対応しているようなのでご安心。見た感じ、スターウォーズのオビ=ワンの動きに似てる気がしないでもない事もない気がする。

 

「エリーゼ様、貴女には源流であるヴィーカ流剣術の一部を伝授したく思います。これは魔力を感知できるエリーゼ様にこそ相応しい」

「ええ。けれど、私は剣術の才もないと言われていたのよ」

「ええ、確かに力任せの銀竜剣術は合わぬでしょう。しかし源流ならば……。私も決して得意という訳ではありませんが、エリーゼ様ならば十全に扱えるかと」

 

 エリーゼは祖父が使っていたというヴィーカ流剣術の一部を教えてもらえる事に。

 ヴィーカさんの剣は魔力感知を前提とした型が多く、中には飛行ありきの型や二刀限定の型もある。エリーゼはコレの翼なし一刀流の型をマスターするのが目標だ。指揮系ジョブのお陰でステはバランスよく成長してるし、今なら剣術もいけるはずだ。

 

「イシグロ、貴殿には無月流の多くを教えようと思う。どうやら、チートとやらのお陰で覚えが良いらしいのでな。エリーゼ様の主人であるなら、全てを己の糧としてみせよ」

「はい!」

 

 そして、俺は無月流の色んな型を教えてくれる事になった。

 まず、無月流剣術壱ノ型。これは無月流剣術の最もベーシックな型で、鱗も翼も再生能力もない人向けのバランスプレーンスタイルだ。

 あとは槌と槍と徒手格闘も教えてもらった。

 

 中でも面白かったのは無月流格闘術で、これもまたプレーンの型だ。

 教えられた格闘技は貫手や手刀や掌底など、凡そ前世フルコン空手では習わなかったものばかりだった。

 空手をやっていた影響か、無意識に突きや蹴りに傾倒していた俺にとって、異世界格闘技はとても興味深かった。これは違う型も習いたいな。

 

「そういや、淫魔の軍隊格闘術には投げとかその辺あるんだよな」

「ッスね。厳密に言うと、淫魔の群れで強い雄を性圧(・・)する為の技術ッスけど」

「ひえっ……!」

「恐ろしいですね、淫魔王国軍……。淫魔にとって、捕虜はそのまま戦力拡充に繋がる訳ですから」

「いや、精を絞ると言うても、そうポンポン子供を作れる訳なかろう」

「作れるッスよ。それに淫魔は一年で大人になるんで」

「えぇ……? もしかして、淫魔って強い種族なのかのぅ?」

「てか、軍が強いって感じッスね」

「実際、全盛期の淫魔王国軍はとても強かったそうよ」

「まぁ女しかいない鬣犬人兵に一方的に狩られちゃった訳ッスけど。淫魔戦史で習ったッス」

「うむ、良くも悪くも男特効の種族で、吸精を目的とした格闘術だった訳だな。このように、特化し過ぎた戦闘技術は脆いのだ」

 

 などという話を挟みつつ、来る日も来る日もひたすら基礎練習を続けた。

 剣にメイスに素手に槍。槍はあんまり使わないのだが、一応だ。最近忘れかけていたが、深域武装の槍持ってるし、俺。

 

「ただいま~。あ、イシグロさんこんにちは~。お疲れ様で~す」

「どうも。アンゼルマさんこそお疲れ様です」

「アンゼルマもどうだ?」

「そだね~。最近はイシグロさんのお陰で余裕あるし、久しぶりに練習しよっかな」

 

 たまに娘の門弟も混じって、健やかな汗をかく。

 部活とかジムとかじゃない。俺達はガチで武術を習っていた。

 

 

 

 さて、ここで入門後の我が一党の一日を見ていこう。

 

「着剣!」

「んぅ~♡ 採れたて新鮮~♡」

「朝から元気じゃの~」

 

 朝、猛った剣の手入れを終えたら、借家の武道場で予習復習。基礎的な素振りと、教えてもらった型の反復練習だ。

 諸々の準備が終わったら道場へ移動。無月流のトレーニングは瞑想から始まる。

 

「むむむ……!」

「ルクスリリア、集中を乱すな。乱れたと思ったらそれを自覚し、是正せよ」

「う、うッス……!」

 

 目をつぶって胡坐かいて、ゆっくり呼吸する瞑想。この瞑想だが、前世スポーツ関連だとよく聞くトレーニング法である。しかし、異世界じゃこれは全然浸透していないらしい。

 熟練度が上がる訳でも、攻撃力が上がる訳でもないこの退屈な修行は、元が強壮な異世界人には苦痛で仕方がないようで、新しく入ってきた門弟の殆どはこの瞑想で脱落するようだ。

 ちなみにコレ、グーラとイリハはすぐ順応できたのだが、ルクスリリアとエリーゼにとっては苦行であるらしかった。イリハの場合、陰陽術の基礎練習でやったとか何とかで。エリーゼが苦手なのは意外だった。

 まぁ俺も得意じゃないのだが。ロリの呼吸音で陰茎が苛立つ。

 

「はぁ……はぁ……腕が重いのじゃ~……!」

「うむ、イリハはそれくらいでいいだろう。力の割にはよくやれている。小休止だ」

「おっ、じゃあアタシもそろそろ……」

「ルクスリリアは続行だ」

「ひえー!」

 

 閑話休題。瞑想が終わると各々武器の素振りをする。

 剣道とか空手と違い。大きな掛け声はなかった。さりとて無言という訳ではなく、呼吸や発声のタイミングはある程度決まっていた。

 

「はじめ!」

 

 素振りが終わると、師範の前で教えてもらった型稽古。

 これには俺のモーションアシストが大いに役に立った。アシストのお陰で師範の動きはトレスできるし、身体に馴染ませるのも早い。

 定期的に見本を見せてもらえるので、その都度新たな発見があるのだから凄いものである。

 

「イリハ、力を籠め過ぎるな。握りはもっと緩くていい」

「わかったのじゃ……!」

「ルクスリリア、目の向きがおかしい。どこを見るかは教えただろう」

「うッス!」

「エリーゼ様、もう少し魔力を抑えてください。戦いにおいて、それは隙になります」

「ええ、分かってはいるのだけれど……」

「グーラ」

「はい!」

「……言う事はない。そのまま続けろ」

「はい!」

 

 モーションアシストの有無を切り替えて、無月流の基礎を固めに固めていく。

 無論、型稽古だけじゃ強くなれないが、型稽古なしじゃ弱いままなのである。素振りに続き地味な修行だが、俺達は黙々と鍛錬を続けていた。

 

「イリハ、習った技を応用して私の攻撃を受け流してみろ」

「や、やってみるのじゃ!」

「では、往くぞ」

 

 また、無月流には門弟同士の練習試合なるものはなかった。

 代わりに在るのが師範との個人訓練であり、模擬戦だ。戦う度、毎回武器を変える師範との模擬戦は結構ガチであり、痛くなければ覚えませんの体現であった。

 これまた、模擬戦にはエリーゼの回復魔法が大いに役立った。なにせこれまでは高額な薬を使うか治療院に行くのが常だったらしいのだ。当然、治療費は全て門弟持ち。

 

 ちなみに、なんで門弟同士でやらないのか聞いてみると。

 

「変な癖がつくだろう。刀同士の斬り合いに慣れていては、突進してくる魔物に対処できまい?」

 

 というお返事。ごもっともである。

 まぁ個人でやる分には構わないらしいので、道場が休みの日は皆で鍛錬場行って連携訓練と模擬戦をする訳だが。

 

 他にも細々とした練習法こそあるが、それらは対人でも対魔物でも応用できるものに限られていた。

 分かり易い必殺技こそ習わなかったが、具体的な立ち回り法を学べていると思う。他には戦う際の心構えと戦闘思考の方法論など、凡そマッスルな異世界人が好まなさそうな教えを受けていた。

 

 千変万化の戦技に、個々人に合わせた手厚い指導。

 唯心無月流、習って良かったと思う。

 

 で、一日の流れに戻ろう。

 とにもかくにも地味な練習を繰り返し、夕方になると師匠にバイバイして借家に戻る。

 帰宅後、皆は休憩タイムだ。イリハは夕食の準備をしてくれて、他三人は各々暇を潰す。そんな中、俺は武道場でその日の復習をする。

 素振りにしろ、型稽古にしろ、適当にやるのではなく集中して行う。足先から指にかけて、モーションひとつひとつの構造を解析するのだ。

 

「着剣! 着剣!」

「んほぉー♡ この為に生きてるッス~♡」

「夜も元気じゃの~」

「はぁ♡ 素敵ですご主人様♡」

「ええ、美しい戦士の指ね♡ もっとかき回して頂戴♡」

 

 夕食の後はお風呂からのパーティタイムである。

 ルクスリリアに燃料補給したり、エリーゼに吸引されたり、グーラによしよししたり、イリハと氣を交換したり。

 まぁまぁハードな一日だが、房中術によって一晩眠れば快調である。

 

「おやすみ、皆」

「こら、眠る前にもしなさい……ちゅ♡」

「わしもしてほしいのじゃ♡ んっ……♡」

「ボクもお願いします♡ ん、ちゅぅ……♡」

「アタシも♡ あむっ、じゅるるるぅ♡ ちゅぱ、れろ♡ んじゅるるるる~♡」

「あぁ、今そんなキスをしては……」

「遅かったようね」

「早すぎる、溜まってたのじゃ……!」

 

 そんな感じで、俺達は道場通いの生活を送っていた。

 イリハのジョブはまだ生えていないが、仮に思った通り行かずとも無月流は無駄にならないと思う。

 

 

 

 ところで、こんなに優良な銀竜道場だが、俺達以外に門弟がいないようである。

 道場のボロ具合からしても、長い間閑古鳥が鳴いているように見える。

 その理由の大半は、偏に無月流のつまらなさにあったようだ。

 

 いつも元気で活き活き修行してる剣鬼道場。師範のカリスマで成り立ってる澄刃道場。

 他の道場にしたって、木刀での打ち合いや練習試合などで門弟達のモチベを保ってくれるようトレーニングメニューを組んでくれるのだ。

 

 しかし、無月流は一貫して単調な基礎練習とその応用に終始している。

 バスケで例えるならドリブルオンリー。サッカーで言うならリフティングオンリー。ボクシングで例えるならシャドウオンリー。これで強くなれるのかよ、ミット打ちとかスパーリングとかさせてくれよという気持ちである。

 不人気な訳だ。

 

 が、そんな道場は俺にとっては丁度良かった。

 俺の場合、戦いの順序が逆なのだ。基礎練をせず何度も実戦を繰り返してきたからこそ、こういった地味練が実戦にてどのように発揮されるかを理解できる。

 壱ノ型だけでも、この足運びは砂場でも氷の上でも使えるぞとか。この攻撃はリスク無しで牽制できるぞとか。この踏み込みは攻めにも守りにも使えるなとか。先が見えているから、理解できる。喧嘩慣れしてるヤンキーが格闘技習ってるようなモンである。

 ある意味、無月流の弱点だな。なまじゲルトラウデさんが強いから、押し付けがましい流派になってしまっているのだ。スラダン序盤のゴリと花道が近いか。実際、俺なんかチートがあるからやれてるみたいなトコあるし、迷宮前だったら百パー途中で飽きてたと思う。

 

 

 

〇 

 

 

 

 そんなこんな、入門から約一ヵ月の時が過ぎた。

 

「ふむ、これがチートというやつか」

 

 と、師匠が感心するように、俺達はみるみるうちに無月流を習得していった。

 今やアシストオフにしてもそれらしい動きができるようになったのである。

 ひとつひとつの動作に惑いがなく、足先から指一本の微細な挙動に至るまでしっかり把握できる。武道経験者と未経験者の身のこなしが違うように、今の俺は自然に無月流を体現できているように思う。

 

「あとはこれを続け、貴殿が実戦を重ねていけばいい。その果てに、貴殿の道が見えるだろう」

「はい、ありがとうございます!」

 

 一ヵ月、あまりにも短い鍛錬時間だ。

 本来ならば長い時間をかけて体得すべき技術を、チートで以て短縮学習。これに関し、後ろめたい気持ちが全くない訳ではなかった。

 加えて、俺はまだ自分を一流だとは思っていない。出来たのはガワだけで、未だ中身を積み重ねてはいないのだ。目指すべき一万時間など、遥か遠き理想郷なのである。

 

「免許皆伝はできんが、これで一段落だな。皆もよく頑張った。もう教える事は……」

「それなんですが……」

「ん?」

「道場ですが、もう少し通わせて頂く事はできませんか? まだイリハの目標が達成されていませんし」

「それは、うちとしてはありがたいが。貴殿こそ良いのか? うちの鍛錬はつまらんだろう」

 

 そんな訳で、俺達は引き続き無月流のトレーニングを継続する運びとなった。

 俺やルクスリリアはチートのお陰で目標を達成しているが、イリハの方はまだなのだ。

 もう少し、まだやろうと思う。

 

 そんなある日の事である。

 

「あ、生えてる……」

 

 道場での休憩時、ふと眺めてみたイリハのステータスに、“侍”ジョブが解放されていた。

 以前から表記自体はあったのだ。しかし、文字の色が薄くてタップしてもジョブチェンジできなかったのである。

 何が理由なのかは分からないが、イリハは道場通いによって侍を解放できていた。

 

「侍? わしがかの?」

「イリハ、ちょっとジョブ変えるぞ」

「ん? ん~、なんか刀が手に馴染むような、そうでないような……」

「ふむ……。イリハ、少し振ってみるとよい」

「わかったのじゃ。ふん!」

「「おぉ……!」」

 

 実験は成功だ。侍ジョブに就いた事により、イリハは剣士時代より刀を上手く扱えるようになった。

 しかし、このジョブ解放は結局どういう理屈なんだろうか。免許皆伝とかそういう条件ではなさそうだし、レベルやステータスが上がった様子はない。

 刀を振っていた時間とか、その辺が関係してるんだろうか。俺の場合はレベルアップによる解放だったから、これとは別だと思うしなぁ……。

 

「それで、イリハは魔法剣士にはなれるのかしら?」

「おっと、そうだったそうだった。んー、新しく“退魔士”ってのが生えてるな。これか?」

「たいましッスか? 何スかそれ」

 

 見てみると、イリハのジョブ一覧には侍の他にも新たに“退魔士”なる謎の中位ジョブが追加されていた。

 件の退魔士をタップしてみると、予想通りこれは刀を使う魔法剣士だったようだ。使用可能武器は刀と杖だけか。なんかこういうジョブってお札とか弓とか使うイメージなんだけどな。

 それにしても、陰陽術を使う侍が退魔士という名前なのは何故だろう。なら、陰陽術を使う忍者は退魔忍になるんだろうか。陰茎属性が三千倍弱点になるのかもしれない。

 

「イリハ、次は退魔士ってのに変えてみるぞ」

「うむ!」

 

 という訳で、試しに刀兼魔法触媒である綾景之太刀を渡す。

 豪華な刀を引き抜き、退魔士にジョブチェンジしたイリハは師匠に習った型を披露してみせた。退魔士でもちゃんと刀を使えるな。

 

「おぉ!?」

 

 それから、型の合間に綾景を触媒として陰陽術を行使できたようである。

 刀として綾景を使うには剣士でなくてはならないが、触媒として綾景を使うには魔術師でなくてはならない。その両方が出来たという事は、上手くいったという事である。

 

「おぉ! わし、なんか達人っぽいのじゃ!」

 

 実際、色鮮やかな陰陽術を使って剣舞をする様は如何にも達人チックであった。

 あとは実戦を重ねてステータスを上げればいい。第一目標、達成である。

 

「やったッスね! イリハ!」

「おめでとうございます! これで迷宮に潜れますね!」

「やるじゃないイリハ」

「むふ~! わしは褒められて伸びるのじゃ!」

「おめでとう。とはいえ本格的なハクスラは装備揃えた後だけど」

「嬉しそうッスねご主人」

「そりゃあね」

 

 そりゃもう嬉しいさという気持ちである。

 これまでイマイチ実感はなかったが、こうしてイリハの努力が報われたのだ。それが我が事のように嬉しい。

 

 あとは防具を整え、連携を訓練し、迷宮に潜ってレベリングすればいい。

 ハクスラが再開できるのだ。ルクスリリアが言ってた通り、戦力拡充ができる訳である。しかも最初から中位職なのは嬉しい。初期レベルからステータスがドンドン上げられるな。

 なにより、イリハが自分の身を守れるようになったのが素晴らしい。皆を守ると誓った俺も、腕は二本で頭は一つなのである。

 

「ただいま~っと。ん? なになにどしたの? イリハちゃん強くなった感じ?」

「うむ! 師匠もありがとうなのじゃ!」

「ああ。だが、ある意味ここからが大事だぞ。素振りも型も一生続けるのだからな」

「そ、そうじゃった……!」

 

 わいわいがやがやと、道場が盛り上がっている。イリハを囲んでジョブチェンジおめでとうの雰囲気だ。

 思えば、イリハにはお世話になりっぱなしである。本人の申し出とはいえ、毎日朝夕のご飯を作ってもらってる訳だしな。俺視点、ブラック化してないか不安である。

 

「今日はお祝いにパーッと食いに行こう。イリハ、なに食べたい?」

「ん? 外食かぁ……。特にこれといったものは……」

「何でもいいよ。師匠たちもどうですか?」

「いいんですか!? ぜひぜひ! お腹いっぱい食べたいです!」

「よ、よいのか? では……」

 

 その後、道場の皆でご飯を食べに行った。

 実にアットホームな道場である。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、しこたま食った帰り道。

 俺は満腹の腹を摩って夜のカムイバラを歩いていた。

 

「ふぅ~、食った食った」

 

 最近はトレーニング三昧でストイックな生活をしていた分、久々の酒が身体に染みる心地だった。

 酔っぱらってこそいないが、足取りは常よりもふわふわしている。念の為という名目で、お手々繋いで幸せウォークである。

 

「ふふっ……迷宮に行くのが待ち遠しいわ」

「防具が先ですよ。ところで、魔法剣士用の防具はどういった物になるのでしょう?」

「防具のぅ。わし、鎧とか着れるかのぅ」

「鎧ッスか? 確か、鎧って魔力の通りが悪いとかで魔術師向きじゃないって聞いたんスけど」

「では革でしょうか。いえ、カムイバラは頑強な糸がありますし、そちらの方がいいかもしれませんね」

「肝腎なのはデザインよ」

「でざいん?」

「防具工匠に希望を伝えるの。一緒に考えましょう?」

「その分値段も凄いんスけどね。イリハぶっ飛ぶッスよ」

「ど、どれくらいじゃ……?」

 

 などと話しつつ、借家の近くまで来ると、家の前に謎の人影を発見した。

 こんな時間に何用だろうか。面倒事の予感がする。俺は握っていたグーラの手を解くと、腰の橘を意識しながら歩みを進めた。

 無言のうちに、一党はイリハを守る陣形を取った。王都よりはマシな治安とはいえ、辻斬り御免の可能性を否定できないのが異世界だ。

 

「む!?」

 

 すると俺達の接近に気がついたようで、人影は身体をこっちに向けてきた。その顔は謎の風呂敷で隠れていた。

 暗いから分かりづらかったが、影はべらぼうにデカいタッパの持ち主だった。加えて腕も足も丸太のように太く、高位武家めいた服は威厳たっぷりで……。

 

「どうも! お久しぶりです、イシグロ殿! 今晩は月がよく見えますな!」

「あ、こんばんは」

 

 頭隠して声忍ばず。“剛傑”のライドウさんが、夜分遅くに現れた。




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 今回の話、書いてるうちになんだかもうよく分からなくなってました。
 ありがとうございました。



◆異世界人のジョブ・武器あれこれ◆

・異世界人が現ジョブの使用可能武器以外の武器を持った場合、自動的にその武器を扱えるジョブに切り替わる。
・刀を使う侍が剣を持った場合、剣を持った瞬間に剣士になる感じ。こうなると剣の適性値は剣士相応になるので、侍時代よりも弱くなってしまう。刀に持ちかえると侍に戻る。
・多数の武器を扱うゲルトラウデの場合、最も能力が発揮できるのは剣であり、剣を持つと剣士系最上位職になる。槍を持つと戦士までランクダウンするので、当然弱くなる。


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俺はイシグロ!ハーレム王になる男だ!

 感想・評価など、ありがとうございます。執筆を続ける力になります。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 前回の続きから、飲み会を終えて家路へ向かうイシグロ達。疲れからか、不幸にも金細工の冒険者に追突してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、車の主・暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは……。


 異世界ファンタジーのご多分に漏れず、この世界の冒険者にもランク付けというシステムが存在する。

 これを一般に冒険者位階と言って、位階が上がると高難度の迷宮に潜れたりとか良い感じの個人依頼とかが来たりする。

 冒険者の位階は下から木札、鉄札、鋼鉄札、銀細工、金細工、白金冠の順で上昇していく仕組みだ。

 

 木札は正真正銘の駆け出し冒険者だ。腕っぷしは村の力自慢程度だが、地球人でいうプロスポーツ選手くらいの身体能力がある。異世界の村人は頑強なのだ。

 鉄札は駆け出しからすぐ上がる事のできる位階だ。位階こそ一個上だが強さは木札に毛が生えた程度でしかないが、最低でもプロスポーツのスター選手くらいの身体能力を持っている印象。

 鋼鉄札になってようやく職業冒険者として扱われる。現役冒険者の多くがこの位階であり、強さはピンキリで銀細工相応から鉄札レベルまでと振れ幅が大きい。身体能力も個人差が激しく、下はスポーツ選手から上はスペースコブラくらいまでといった感じ。

 

 銀細工持ち冒険者は鋼鉄札の中から選ばれた者だけが成れる位階だ。後述するが、銀細工が実質的な最高位階である。

 鋼鉄札同様、銀の強さはマチマチだ。後衛支援職の人はオリンピック代表くらい、純前衛組は忍殺ニンジャか鬼滅の柱くらいの動きができる。

 ちなみに、俺の身体能力は中の下らへんだと思う。王都で模擬戦で見た感じ、俺より速く動ける人は沢山いたのだ。

 

 前述の通り、冒険者における実質的な最高位階は銀細工である。これまた前述の通り、公的な最上位は白金冠であり、その下に金細工という並びだ。

 では、上位二つの位階とは何か。一言でいうと、白金冠は初代国王――厳密に言うと違うらしいが――である勇者アレクシオス専用の位階であり、金細工は国に従順な銀細工持ち冒険者といった立ち位置。

 要するに、白金は故人の名誉位階で、金細工は客将みたいなもんである。故に、銀細工持ち冒険者が実質的な最高位階であるという訳だ。

 

 実際、ラリス王国における金細工持ち冒険者は軍部や王家とズブズブの関係であるらしく、冒険者のように飲んで騒いで危険を冒してはいないっぽい品行方正な存在なのだ。

 原則として、冒険者には上役こそあれ直属の上司にあたる者は存在しない。対し、金細工はラリス王家の部下なのである。

 まあ、騎士や兵士とは違ってある程度の自由はあるようだが、いずれにせよ荒くれ冒険者と同業とは思えんわな。

 

 そんな金細工だが、国が変われば仕組みが変わる。

 ラリスでは王家に絶対服従の金細工は、リンジュでは三勢力のいずれかの傘下になったりならなかったりするのである。

 

 国を運営する議会。土地を守護する組合。法を司る武行。本屋で買った歴史書に曰く、リンジュ共和国はこれら三つの勢力で以て維持されているようだ。

 リンジュの金細工持ち冒険者は、この三つの中から好きな勢力を選んでねとなるのである。で、もし気に入らなかったら鞍替えしてもいいし、フラフラしててもいいよとなる。安定した戦力の筈なのに、随分と不安定な戦力だ。

 その分、各勢力は躍起になって金細工を囲い込むらしい。偏見だが、えげつない接待とか袖の下とかありそうな……。

 

 で、そんなリンジュの金細工持ち冒険者様が今、夜も深い時分に訪問してきた訳である。

 ラリス王国の銀細工持ち冒険者の借家に、だ。

 

「どうぞ、お飲みになって下さい」

「ありがとうございます! うむ! とても良い香りですな!」

 

 コトンと、アツアツのお茶が置かれると、ライドウさんは警戒する素振りもなく飲んでみせた。

 夜分遅くに云々のくだりを終え、ひとまず訪問者を客間に通してはみたが、はて何用だろう。

 例の事件後、ライドウさんと会ったのは戦後処理のゴタゴタの時だけだ。その時も確認と承認の繰り返しをしただけで、それはすでに完了しているはずである。

 

「皆、こっちに」

「え? いいんスか?」

「ああ」

 

 大きな机を挟んで、俺の一党とライドウさんで向かい合う。

 基本、貴人との会談中は奴隷身分の者は部屋から出すか、後ろに控えさせるものだ。しかし、相手は貴人でもここは借家だ。この場合、家主の権限が勝つ。要するに今はある程度の俺ルールが適用される。

 

「それにしても良い屋敷を借りられましたな! イシグロ殿にカムイバラを気に入って頂けているようで嬉しい限りです!」

「はい。カムイバラは治安が良いですし、ご飯も美味しいですから」

 

 主人の隣に座る奴隷を見せて、相手の表情を伺ってみる。ライドウさんの顔に変化はない。奴隷の相席も気にしないか。

 もし人払いをお願いされた時は問答無用で叩きだすつもりだったが、まぁ揉めなくてよかった。

 

「失礼。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 とはいえ、ライドウさんには早く帰ってもらいたいところである。俺は世間話を続けようとするライドウさんの間を突いて、話を進めるよう促した。

 今現在、俺は若干気が立っていた。今日はこのまま四人に全身を身体で洗ってもらった後にそのままお風呂屋さんプレイを開始するつもりだったのだ。上の口が鋭くなってしまうのを制御できない。

 俺の失礼な催促を聞き、ライドウさんはお茶を飲む手を止めて真剣な表情を作ってみせた。

 

「結論から申しますと、イシグロ殿を招待しに参りました」

 

 彼の返答に、俺には思い当たるものがあった。

 以前打診してきた東区長とのお話。一度断ったはずだが、またそういう類いの話だろうか。もしくは武行法院関係か。何にしても楽しくなさそうだ。

 

「招待ですか?」

「ええ。イシグロ殿は活鬼闘技場にはおいでになった事があるとか」

「はい」

 

 どうやら、偉い人関連のアレコレではないらしいが、闘技場とな?

 確かに、ライドウさんの闘技場には行った事がある。闘技場の招待? とは、何だ。A席S席のチケットでもくれるのだろうか。

 

 招待の意味を探っていると、彼は収納魔法に手を突っ込み、中から上質そうな封筒を取り出した。

 どうぞと差し出されたその封筒の表面には、「桜闘会・出場招待状」と書いてあった。

 あー、そっちかぁ……。

 

「以前お話しておりました闘技大会に、イシグロ殿を招待したく思い参った次第です」

「はあ、大会ですか」

 

 記憶を掘り起こす。そんな話、したようなしなかったような……。

 あぁ、ヨタロウさんが出るって言ってたやつの事か。

 で、この紙がその招待状と。スマブラ参戦のお手紙なら嬉しかったんだけどね。

 

「本大会は“桜闘会”と申しまして、四年に一度カムイバラで行われる大規模な闘技大会でございます。桜闘会ではリンジュ中の猛者が集まり、中にはこの日の為にラリス王国や他国からの参加者もいらっしゃいます」

「オリンピック……?」

「おりん?」

「いえ、何でもございません。その大会に私を招待する、という事ですか?」

「はい!」

 

 大会、大会ねぇ? 例の闘技大会を思い返す。幽遊白書か烈火の炎みたいな闘技場で、闘士たちがスマブラみたいな戦いをしていた。

 あの時は鋼鉄札冒険者且つ徒手空拳限定のトーナメントだったな。優勝したのはミアカさんで、俺は皆のお陰で小金を稼ぐ事ができたのだ。

 

「中を確認しても構いませんか?」

「どうぞどうぞ!」

 

 了承を得て、封筒の中にあった案内書を読んでみる。視線で促し、皆も読めるよう紙の位置を低くした。

 どうやら、桜闘会とやらには色んな部門の大会があるらしく、一党対抗戦や素手タイマン限定。剣限定に道場対抗大会なんかもあるらしい。

 で、俺が出れるのは現役銀細工限定のやつになるのか。鉄札や鋼鉄札用の大会と違い、銀細工戦の日程はイベント後半に集中していた。

 

「どうでしょうか?」

 

 どうでしょうかと言われても、ぶっちゃけ全く興味がない。

 俺が対人戦を重視しているのは皆を守る為であって、こういった大会に出てトロフィーを得る為ではないのである。

 

 第一、目立ちたくない。空手の大会で緊張していた俺だ。普段の闘技大会であの盛り上がりだったのである。四年に一度の大会ともなれば更に熱のある会場となるだろう。そんな場所で注目を浴びるなど、想像するだけで不快である。

 俺の感情面は置いておくとして、そもそも出るメリットがない気がするのだ。地位も名誉もどうでもいいし、金なら迷宮で手に入る。

 

 それに、人目につくという事はそれだけで不利益な事のように思う。

 仮にである。俺が参加して活躍したりしなかったりするとして、場合によっては何処からか皆の存在が漏れちゃいけないトコに漏れちゃう可能性を否定できないのだ。

 エリーゼの存在、グーラの希少性、イリハの魔眼。また、猫又みたいな奴が襲ってくるかもしれない。当方には迎撃の用意があるが、それ以前に狙われたくはない。

 所詮、俺は一般ロリコン。金の冠など欲するべきではないのである。

 

「招待して下さったのは大変光栄に思います。ですが、謹んでお断りさせて頂こうと思います」

 

 紙を封筒に戻し、丁寧にお返しする。

 わざわざ来てくれて申し訳ないが、この招待は断らせてもらおう。

 出たくないし、意味がないし、出る事自体にリスクがある。良い事なんて一つもないじゃあないか。

 

「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 欠片として不快げな表情を見せる事なく、ライドウさんは真摯な声音で訊いてきた。

 対し、俺はできるだけ丁寧に答えた。感情的に目立ちたくないし、安全の為にも目立つべきではないと思っている事など。異世界価値観で軟弱だの何だの思われようと、彼にどう思われようがどうでもいい。

 

「……失礼。イシグロ殿、差し出がましいようですが、であるならば参加された方が利益があるかと」

「と、言いますと?」

 

 そんな俺の返答に、ライドウさんは落ち着いた声音で言った。

 ライドウさんは一度イリハの方を見てから、声のボリュームを下げて言葉を継いだ。

 

「先日、九尾の枝が遺宝の返還要求を申し出てきました」

「え、枝じゃと……?」

 

 ん? 枝? 枝って何?

 意味が分からず内心首をかしげていると、当のイリハが説明してくれた。

 曰く、枝とは九尾英雄の血を引く分家の蔑称であり、今では本家の座を完全に乗っ取っているらしいとか。

 要するに、イリハの親戚である。親戚とは言っても、あまりに遠すぎて普通に他人レベルの距離感であり、イリハは一度も会った事がないとか。

 

「あれ? でも遺宝ってイリハの物なんスよね? 返すも何もなくないッスか?」

「左様にございます。ゆえ、返還には応じませんでした。欲しいのならば、正規の手段を使うように、と」

 

 ライドウさんはルクスリリア相手にも丁寧な応対をした。1アグニカポイントを進呈しよう。

 

「イリハ殿からすると不本意でしょうが、彼奴等は何としても遺宝を手に入れるつもりのようです。法に則った上であれば、お預かりした宝はいずれ枝の家に行くものかと……」

「まぁそれは別によいのじゃが」

 

 苦々しそうに眉根を寄せたライドウさんに対し、イリハの方はあっさりしたものだった。

 実際、イリハは件の宝には執着していないようだった。むしろエリーゼのが欲しがってたまである。

 

「枝さんは何で古いお宝を欲しがってるんでしょうか?」

「さぁ? か弱い細枝の考える事なんて、竜族の私に分かる訳がないでしょう……?」

「エリーゼも欲しがってたじゃないですか」

「竜は宝を愛でるのよ。宝に縋っている訳ではないわ……」

「んぅ? どういう事ですか?」

 

 蚊帳の外のグーラとエリーゼが小声で話している。

 どうやら、エリーゼ的には枝の家はお気に召さないようであった。

 

「その枝がどうしたんですか?」

 

 が、それがどうしたのだろう。俺の出場とイリハの親戚に何の関係があるというのだ。

 話の続きを促すと、ライドウさんは一度お茶で舌を湿らせてから口を開いた。

 

「今の状況ですと、遅かれ早かれイリハ殿の存在が枝に漏れるものと思われます」

「それは、イリハの認知自体はしてるんじゃないでしょうか? 仮にも直系の子孫な訳ですし」

「……仙氣眼が、でございます。彼奴等の事、遺宝かそれ以上に始祖の瞳は狙われるものかと」

「わ、わしを……!?」

 

 瞬間、イリハがビクッとなった。彼女は猫又女に目を抉られかけたのだ。一ヵ月前の記憶は未だ新しく、彼女の中に深い恐怖として残留しているはずだ。

 しかし、ナルト世界でもあるまいに特別な眼など一般狐人が欲しがるものだろうか。いや猫又女も何の為にイリハの目を欲しがってたのか知らんけど。

 こういう時、俺は物知りなエリーゼを見てしまう。彼女は小さな顎に指を添え、僅かに唇を動かした。

 

「あり得ない話ではないと思うわ。魔眼の継承は未知数だけれど、イリハは始祖の才を濃く受け継いでいるもの。今のイリハであれば、孕み袋としての価値はあるでしょうね」

「え? はら……何て?」

「……なにも、最初からイリハを使う必要はないでしょう? 要するに、子種さえ注げばいいだけなのだから。前例がない訳ではないもの」

「それって……!」

 

 ビキッと、手の中にある湯呑を割ってしまった。

 視線が集まる。お陰で俺は冷静になる事ができた。収納魔法から布巾を取り出し、急いで零れたお茶を拭く。続いてイリハも手伝ってくれた。

 

「ライドウさんは、どう見ますか?」

「あくまでも仮の話ですが、エリーゼ殿の言う事に間違いはないかと。脅すようで申し訳ないのですが、九尾の枝は黒い噂に塗れております故……」

 

 ライドウさんはこう言っているが、真に受けないようにしよう。昔の映画で見た。憎悪は判断を鈍らせるのだ。冷静に、クールになれ。

 今となってはお風呂プレイは二の次だ。これはもっとシリアスに聞いて、落ち着いて考えるべき内容だ。

 

「イリハ殿は借金奴隷。遠くないうち、イシグロ殿にイリハ殿の身請け交渉が来るでしょう」

「身請け……」

 

 身請けは主人の合意がなければ成立しない。法律上、断ればいいだけだ。

 なのだが、こういった時に悪の金持ちがやる手段というのは相場が決まっているものだ。

 俺への脅迫。俺に近い人への嫌がらせ。交渉に応じるまで、ギリギリ灰色の面倒事を持ち込んでくるのである。

 

 しかしだ、俺はラリス王国の冒険者。その気になれば王都に逃げる事ができる。師匠には申し訳ないが、明日にはリンジュ共和国を発つ事だってできるのだ。ホントにヤバくなったらそうすべきだし、逃走は常に想定している。

 ホームグラウンドならともかく、枝とやらにラリス王国で好き勝手できる程の権力はないだろう。多分だけど。

 

「そこでです! イシグロ殿には桜闘会に出て、力を誇示していただきたいのです!」

「おれ……私がですか?」

 

 裏で夜逃げの算段を立てていると、ライドウさんは音量を戻して続けた。

 そういえばそういう話だった。俺は新しい湯呑にお茶が注がれるのを眺めつつ、傾聴する構えを取った。

 

「戦いは先手必勝! 攻められる前に力を示し、彼奴等に対し決して手出ししてはいけない存在だと思わせるのです!」

「なるほど」

「幸い、イシグロ殿には人気があります! 如何な議会の一員とて、民の英雄に無体は働けません。力があると見せてやれば尚の事」

「そうなんですか?」

「それに、もしイシグロ殿が活躍なされば、議員や組合員に貴方の後ろ盾になってもらえます。イシグロ殿の味方が増えれば、枝の謀を事前に抑え込む事ができます!」

「そう、なるんですかね……?」

 

 言ってる事は理解できるような、できないような。

 要するに、俺が大会で活躍すれば、物理的・民意的・政治的にもイリハに手出しし辛くなるという事か?

 

 いやしかし、何かちょっとモニョる。貴族か議員か知らないが、そういう政治のゴタゴタには極力巻き込まれたくはないものだ。

 下手に偉いさんとの繋がりを持つと、気楽な冒険者生活ができなくなってしまうのではないか? そんなの楽しい異世界生活から遠ざかっちゃうじゃん。

 俺はただ、皆と仲良く暮らしたいだけなのだ。立身出世成り上がりなど、全く以てお呼びじゃない。いやそうなると決まってる訳ではないんだけども。

 

「ご安心めされい。イシグロ殿につくのはあくまでも後ろ盾。イシグロ殿をどうこうするつもりなどありませんし、議会にも組合にもラリスの銀細工に強制できる権限はありませんので」

「はあ」

 

 そうは言うが、実際は疑わしいものだ。

 所詮俺などまるでダメなオタクなのである。口も達者じゃないし、政治なんてさっぱりだ。何やかんや言いくるめられる未来が見える見える……。

 

 ふ~む、どうすべきか。

 ここで、一度まとめてみよう。

 

 意を決して大会に出るルート。

 上手い事いけば偉い人の後ろ盾を得られて、イリハを狙う輩から守ってもらえる……かも。代わりに、違う面倒事に巻き込まれる可能性がある……気がする。

 

 面倒事とかマジ勘弁。夜逃げしてラリスに逃げるルート。

 この場合、目立つ事と面倒事から物理的に離れる事ができる。ラリスまで追っかけて来る可能性は否定できないが、嫌がらせされる可能性は低いと思われる。諦めてくれるかもという可能性も無いではない。しかし、根本的な問題解決にはなっていない。

 

「逃げれば一つ、進めば二つ……」

 

 と、言いますがね。俺は一つで十分だと思うんですよ。

 例えライドウさんが真の紳士だったとしても、ライドウさん以外はどうか。偉い人の後ろ盾とやらを本当に得られるか分からない上、枝以外の面倒な人からちょっかいかけられるかもしれないじゃあないか。

 

 かもしれない。気がする。可能性……。後ろ盾とは一体……うごごご!

 ……やっぱ、今のうちに逃げちゃった方がいい気がする。俺たちが逃げれば当面の問題を回避できるでしょうけど、根本的な解決にはなりませんよね? ってのは確かだが、こっちのがリスクが低いように思えるのだ。

 

「一応、優勝者には相応の賞金が出ますが、イシグロ殿はあまり興味がありませんかな」

「ええ、まぁ」

 

 あと、ライドウさんが信用できない。悪人ではなさそうだが、何というか良い人っぽ過ぎるのだ。

 こうも招待に熱心な理由は分かる。前に知ったが、上の人からすると大人しい銀細工には街に留まってもらいたいらしいのだ。もしくは、俺を引き込んでライドウさんが所属する勢力を強化したいのか。

 裏があるからおもてなし。彼の申し出は俺にとって都合が良すぎる。そうなると疑いたくなるのが人情だろう。

 

「参加なさる部門にもよりますが、賞金以外にも得られるものがございます。しかも、今回は一等特別な景品がありましてな……!」

「特別な景品ですか」

 

 既にお断りしたはずだが、ライドウさんは更なるセールストークを開始した。

 とはいえ、ちょっと気になる。トロフィーはいらないが、特別な景品とは何だろう。

 ルーレットにダーツ投げる形式なら、ガチで狙った獲物当てちゃうぜ俺。異世界にはないだろうが、皆で乗れる車とかあったら嬉しいんだけどね。ハイエースとかハイエースとかハイエースとか……。

 

「なんと! 優勝者にはジャルカタールの処刑権が譲渡されるのです!」

 

 ん? ジャルカタールって、何だ? 人の名前?

 ていうか処刑権? なにそれ? 処刑の権利が景品……ってコト?

 

「どうでしょう? いざとなれば、イシグロ様が参加される部門の景品にする事だって可能ですよ!」

「ジャルカタールとは、何ですか?」

「む? 以前イシグロ様が捕らえてくださった狼人の罪人ですが。現在、彼の処刑権は私にありますので」

「あぁ……いましたねぇ、そんな奴」

「何なら奴との尋常な戦いも可能ですよ。うむうむ! 実際そっちの方が有益な使い道ですね! いやぁ羨ましいですな!」

「いや、要りませんけど」

「うむうむ……え?」

「え?」

 

 しーんと、謎の間が空いた。

 

「……殺したくありませんか? あのジャルカタールですよ?」

「ええ、はい……」

「なんと……!」

 

 いや、なんとじゃないが。俺視点、驚くライドウさんにこそ驚きである。

 いやいや、普通に考えて犯罪者を殺す権利を欲しがる訳ないだろうに、この人は何を言っているんだ?

 いやいやいや、これはアレか。異世界人との価値観の違いが出たのか。

 俺は安心と信頼のエリーゼペディアを開く事にした。

 

「一般的に、大衆の前で悪漢を屠る事は戦士の誉れとされているわ。実利的にも処刑者の力が増すのだから、罪人の命にはそれなりの価値があるわ。事実、貴族などは犯罪者を殺して力を蓄えるのよ。あの狼人であれば、相当な価値があるでしょうね」

「そ、そうなんだ……」

 

 え? つまりアレかい? 魔物だけじゃなく、犯罪者を殺しても経験値が入るって事かい?

 俺は猫又女を殺したから、奴からの経験値とか入ってるんだろうか。

 そうか、処刑だけで経験値入るのか。う~ん、ヴァイオレンス。王都で処刑台を見かけた事がないのはそういう理由もあるのかな。

 

「まぁ、それでも欲しくないですね……」

 

 猫又女を殺した事に罪悪感はないが、それはそれとして死刑執行人にジョブチェンジする気にはなれなかった。

 答えると、ライドウさんは若干狼狽したような表情になった。

 

「ほ、他にも、優勝者には記念の肖像画を描かせる権利が与えられますな」

「いらないですね」

「拒否は可能ですが」

「そうですか」

 

 絵って、アレか。闘技場のフロントにあったやつか。尚の事イヤである。

 う~ん、やっぱり俺が大会に出るメリットは少ない気がする。それより、さっさとこの国を出たい気持ちが湧いてきたゾ。

 

「う~む、そうですなぁ……」

 

 ライドウさんはなおもセールストークを続けるつもりらしい。

 どうやら彼は処刑権とやらが最強商材だと思っていたようで、それが通じないと見るやちょっと焦ってる模様だ。

 ライドウさんは丸太のような腕を組み、難しそうな顔で唸るように云った。

 

「賞金や処刑権以外ですと、深域武装の授与というのもありますが……」

「……ん?」

 

 深域武装? もらえるの? えっ、それ景品にしちゃっていいやつなんですか?

 それは、ちょっと気になりますね。俺は武器オタクという訳ではないが、レア武器には興味がある。

 一党の強化に繋がるならば尚の事。強力な深域武装は、手っ取り早く仲間を強化できるのだ。

 

 原則、深域武装は一人につき一つである。二つ持つと何故か両方の権能が発動しなくなるのだ。

 現状はルクスリリアとイリハに専用の深域武装があり、エリーゼとグーラは持っていない。装備枠はまだ余っているのだ。

 いやいや、釣られないよ。深域武装には当たりハズレがあるのだ。その中にグーラやエリーゼ向きの物があるとは限らない。仮に優勝できたとして、渡されるのがカスレアだったらどうしようもないじゃあないか。それこそリスクとリターンが噛み合わない。

 

「ところで、その深域武装ってどんなのがあるんでしょうか?」

 

 とはいえ、やはり気にはなる。

 モノが合えば、狙ってみてもいいかも……いやいや、あくまで参考として聞くだけだ。

 

「ふむ、色々ありますよ。銀の水を出す剣に、毒の花を咲かせる杖。私個人の物に加え、組合所有の物を含めると……少なく見積もっても九つはありますな。景品はそのうちの一つとなりますが」

「おぉ……」

 

 それだけあれば、中には誰かに合う物があるのでは?

 例えば、グーラ用の水属性無効アクセサリとか。エリーゼ用の何か超凄い剣とか。もしくは俺用の新武装とか……。

 

「気になるのでしたら、特別にお見せする事もできますよ。場合によっては、イシグロ様がお気に入りになった深域武装が景品になるかもしれませんね」

「それは……」

「見せるだけです。それにあくまで優勝者への景品ですから、不正にはなりません」

 

 ちょっとズルい気するが、良いって言うなら良いんだろう。

 欲しいか欲しくないかで言えば……欲しい。

 

 考えてみれば、偉い人との繋がりってのも存外悪くない気がする。

 俺が求めるのはルクスリリア達の安全だ。異世界で皆と長生きするなら、一時の逃走よりもこういう事は早めに手を打っておくのを優先すべきではないか?

 それに、ラリスへの逃げは見方によっては枝からの逃亡生活という事にはならないだろうか。それを彼女達に強いて良いものだろうか?

 しがらみとは言っても、悪い事ばかりでもないはずだ。ズブズブでなくともビジネスライク。つかず離れずの味方であれば、敵になるよりはマシだろう。なにもリンジュの金細工になれと言われてる訳でもないのだ。

 あと、俺が無月流を使って上手い事やれればゲルトラウデさんへの恩返しにもなるんじゃないか? 宣伝が成功すれば、アンゼルマさんもお粥に梅干しを入れられるようになるかも……。

 

 いや! 待て! 落ち着け!

 ホウ・レン・ソウ。これ大事。今、俺と彼女達は奴隷と主人だが、後に夫と妻になるのである。大事な事を決めるにあたっては、家族会議をしなければならない。

 

「少し考えさせてください」

「うむ! 良いお返事を期待しておりますぞ!」

 

 そう言って、彼は胸を張って帰っていった。

 彼の湯呑の中は空になっていた。律儀な人である。

 

 存外、ライドウさんは俺に地元アピールをしたかっただけなのかもしれない。枝とか面倒な奴はいるけど、カムイバラは良いトコだよ嫌わないでねって感じで……。

 いずれにせよ、今後の為にこういうお話には慣れておくべきなんだろうか。

 

「なんか面倒な事になったッスね~」

「はい、よく分かりませんでした」

「ままならないものね。アナタもイリハも……」

「ま、またしてもわしのせいで迷惑を……。申し訳ないのじゃ……」

「イリハが謝るべき事じゃないよ。それに、迷惑なんて思ってない」

 

 もうすっかりお風呂プレイという雰囲気ではなくなってしまった。

 この件は重要な選択になる。イリハが来て初めてになるが、このまま家族会議をはじめようか。

 

「今回の事、皆はどう思う?」

 

 という訳で、俺は皆の意見を聞く事にした。

 俺だけじゃあ決められないし、決めるべきではないのである。

 

 

 

 

 

 

 夜も深まった住宅街。謎の風呂敷で顔を隠した巨漢が、イシグロの借家から出て行った。

 ライドウは努めて鷹揚に、大きな肩で冬風切って歩みを進めた。

 

 金細工持ち冒険者として、本日の成果は上々だった。そうでなくとも最低限の目的は果たせたと言える。

 何故なら、自身とイシグロが接触した事を内外に示す事ができたのだから。流石に中身は知られていないが、それでいい。

 機嫌よさげに意気揚々と歩くライドウ。演技ではない、実際に小躍りしたい程度にはご機嫌なのだ。

 

 その背中を、深い影の中から多くの目が見ていた。

 味方の目。中立の目。そして内なる敵の目。リンジュ共和国は一枚岩ではない。同じく、組合内でも派閥があるのだ。

 やがて、影は各々の主の下へ向かって行った。ただ事実を報告する為に。

 

「ん……?」

 

 ふいに、ライドウの身体に小さな雷が迸る。影の者にしてはらしくない、随分と雑な気配を感じ取ったのだ。

 しかし、あえて無視した。見られているのは分かっている。大方、その中の一人が下手をこいたのだろうと。

 が、彼のこの見立ては外れていた。多忙な身、上機嫌だったライドウは失念していた。リンジュの影が、そんなにお粗末な訳がないのである。

 

 遠くから、ライドウの姿を見つめる視線がひとつ、

 影に潜んでいない、素人丸出しの身のこなし。それは羽織に袴という、道場通いを示す服装の女であった。

 

「じゃ、ジャグディ様にお伝えしなくちゃ……!」

 

 そして、何処か誰かの門弟は、この事を主に伝えに走って行った。

 女は走る、懸命に。悪意でも敵意でもなく、愚直なまでの善意によって。

 

 しがらみを作りたくない。面倒事に巻き込まれたくない。イシグロは常々そう思っている。

 だが、残念ながら、既に面倒な事に巻き込まれているのであった。

 

 それ以前に、イリハを救ったあの日から、黒剣一党はリンジュのあらゆる組織から注目されているのである。

 今現在、カムイバラでイシグロを知らない者はいない。ぶっちゃけ、既に目立っているのだ。今更なにを、という話である。




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 こっちも投げてくれると喜びます。

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 タイトルに偽り無しな内容を継続する予定なので、諸々ごあんしんください。

 文中にある位階別の強さ云々ですが、これはあくまで主人公の主観なので決して正確ではありません。
 イシグロはフルアーマー・ゲルトラウデを見た事がありませんし、アリエルの弓の威力を知りません。ライドウの戦いぶりは少しだけ見ましたが、周辺被害を考えない状態のライドウを見た訳ではありません。
 まだまだ強くなれる余地があるという事でもあります。


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打・幼・極

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で頑張れてると言っても過言ではありません。
 誤字報告ありがとうございます。今の今までず~っと勘違いしてたところを修正しました。本当にありがとうございます。作者はこういう奴です。笑ってゆるして。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。やる気に繋がります。

 今回も例によってちょっとしたアンケがあります。
 分岐ではなく、あくまで調査ですね。


 清廉なる森の奥。

 滝の音。川のせせらぎ。木々の匂いに春の風。されどこの場に生命はなく、鳥も魚も存在しない。

 まやかしの森。古の天才が作りたもうたこの空間は、カムイバラが擁する武技の鍛錬場である。

 

 静寂に満ちた森の中で、この日もまた二人の剣士が互いの技を高め合っていた。

 桜髪の狐人幼女と、一対の角を生やした半竜少女だ。二人とも、両の手に刀を握っていた。

 

 瞬間、両者の間隔が消し飛んだ。風を纏って退く狐に、大地を蹴って追いすがる竜。背中の火翼が翻り、氣を纏った刃が振るわれる。始祖の瞳が瞬く間に、深域の刃が虚空を凪いだ。

 一閃、二閃、両者の間で火花が散る。剣の型をなぞる合間に、狐は陰陽術式を編み上げた。三閃、爆風を伴った斬撃に、半竜の娘は堪らず体勢を崩しかけた。

 

 狐と竜が距離を取る。陰陽の剣士は刃を介して術を唱えた。唇が動き、道の小石を蹴る動作。そうして放たれたのは、楔形の鉄塊だった。

 余裕綽々、迫る楔を竜が見た。当たると痛いが死にはしない。実戦ならば直線で駆け寄り、最短軌道で刃を振るう。けれどもこれは鍛錬試合。技で魅せるが道理である。

 無駄のない足運び。身体を傾ける。楔に刃を向け、鎬で以て楔を逸らす。力に頼らぬ絶対防御。無月流剣術・弍ノ型。初歩にして奥義であった。

 

「えっ!? 今の当たったじゃろ!」

「慣れたらどんな姿勢からでも出来るんだよねコレ! 便利だからイリハちゃんも修めてねっと!」

「ひょえー! 近づくでないわ!【金行・鉄簾】!」

 

 そんな感じで、イリハとアンゼルマさんは鍛錬場でバトル漫画もかくやという模擬戦をしていた。

 無月流の基礎鍛練に門弟同士の模擬戦はない。けれど今日は特別で、イリハが実戦で陰陽術を使う為の訓練をしているのだ。監督としてゲルトラウデ師匠もついている。

 ちなみに、竜母娘の鍛錬場使用料は俺が払った。その金額にアンゼルマさんはエネル顔になって驚いていた。

 

「イリハー! いちいち頭切り替えてちゃこんがらがるッスよー!」

「魔力の練りが甘いわ。しっかり固めてから放ちなさい」

「どんどん遅れていってますよ! 迷ってはいけません!」

 

 現在はイリハを中心として訓練中。色んなシチュで剣術と陰陽術の共存を模索しているのだ。

 教えてもらった無月流剣術・弍ノ型と陰陽術の組み合わせは相性がいい。元々魔法剣士でも扱える型なので当然だが、陰陽術の使用は考慮されていないのだ。応用こそできるが、実戦には適宜修正が必要なのである。

 

「決まったのじゃ!【木行・茨牢】!」

「あらよっと! タイミングはいいけど、にまにま笑ってたらバレちゃうよ!」

 

 火力こそ低いが、全距離で使い道のある陰陽術。仙氣眼&危機察知チート&無月流による刀の自衛力。それらを補助する深域武装の綾景之太刀。

 実戦はまだだが、イリハは大分強くなった。これならある程度安心して迷宮に潜れると思う。

 

 イリハだけじゃない。もともとステータスの高かった皆も無月流によってしっかり強化されたのだ。

 

「じゃあアタシ等もやるッスか。来い、ラザニア!」

 

 無月流を習った事により、ルクスリリアは初期から上手かった空中機動に磨きをかける事ができた。

 師匠曰く、ルクスリリアは空間を把握する能力が秀でているらしいので、長柄術の鍛錬によってそれを活かせるようにしたという。

 具体的に言うと、これまで適当やってた慣性制御を型に組み込んで、よりコンパクトかつスピーディに動けるようになったのだ。まるで獣が尻尾で姿勢を制御するように、今のルクスリリアは大鎌を身体の一部として扱える。

 

「本気で来なさいな。全て弾いてあげるわ」

 

 基本後衛のエリーゼも、ヴィーカ流剣術を教わった事で近接での立ち回りが上手になった。

 師匠曰く、魔力が視えるエリーゼには相手の能動スキルの前兆を見抜く事ができるらしいのだ。これまでは何となくやっていたソレを、型を習った事で前後の立ち回りをスムーズにこなせるようになった。危機察知と合わせて近接自衛力アップである。

 

「二人とも、がんばってください」

 

 グーラに関しては、もう純粋に強くなったとしか言えない。

 これまでは獣人剣術の理に則ってアクロバティックに動いて隙を消していたのだが、無月流剣術を習ってからはダイナミックさはそのままにアクションの繋ぎがスムーズになって更に捉えづらくなったのである。緩急つけて動けるようにもなったので、間合いもタイミングも読みづらくなっている。明確に対人戦闘力が向上したと言えるか。

 その上、なんか勝手に炎雷の制御まで上手くなってて、無月流と獣人剣術の歩法に雷エンチャを絡めた謎移動技なんかまで編み出しちゃっている。瞑想の成果だろうか。安定してスーパーサイヤロリにもなれるし、最近は炎雷かめはめ波まで出せるようになった。グーラの進化が止まらない……。

 

「ふむ、そうか。あのライドウが直々に……」

「はい」

 

 皆が訓練している中、俺とゲルトラウデ師匠は腕組み見守り姿勢でお話していた。

 話題は先日俺に来た大会お誘いの事であり、それへの返答を師匠に報告しているのだ。

 

「貴殿はどの部門に出るつもりなのだ?」

「全種総合部門に出ようと思っています」

 

 結論から言うと、俺はライドウさんのお誘いを受ける事にした。

 家族会議をして、そうする事に決めたのである。

 

 当時の事を思い出す。俺達は居間で話し合いを開始したのだ。

 まず最初、ルクスリリアの意見はこのようなものだった。

 

「ご主人は目立ちたくないとか言ってるッスけど、ぶっちゃけもう目立ってるからカンケー無くないッスか? このまま中途半端な噂作られるより、いっそ目立ちまくってファン増やした方が得だと思うッス」

 

 言われてみると、そうかもしれない。実際民衆の前で猫又女を殺している訳だし、中途半端な態度でいてはあらぬ疑いをかけられるかもしれない。

 次、グーラの意見。

 

「皆の言ってる事はよく分かりませんが、桜闘会には強い人が沢山いらっしゃるんですよね? なら、今後の為にも一度戦っておいた方がいいと思います。良い経験になると思うので」

 

 グーラは政治云々というより、純粋に俺の対人経験値の為に大会参加に票を入れた。これまた、そういう見方もあるかという気持ちだ。

 次、イリハの意見。

 

「枝の現状は分からぬが、議会や組合の支援は受けておいた方がいいと思うのじゃ。少なくとも、わしらだけで枝の対処をするのは難しいし、ライドウ殿個人の心証を良くするだけでも十分じゃと思う」

 

 リンジュ民のイリハが言うには、ライドウは東区歓楽街の顔みたいな存在であり、彼の友達になるだけでも一定の庇護を受けられるという。

 そして、エリーゼの意見はこうだ。

 

「銀竜の私を従える時点で、どのみち相応の注目は受けるものと思いなさい。それに、強者には強者の責任が伴うものよ」

 

 確かに、銀竜と知って彼女を購入したのは俺だ。同じように、何の覚悟もなくイリハを迎えた訳ではない。

 立ち向かう事が責任というなら、俺の感情は二の次にするのが道理だろう。

 

「そもそも、私は細枝の狐から逃げる生活なんて御免被るわ。王国に逃げて、ギルドに助けてもらうと言っても、それじゃあ上がラリスになるだけでリンジュの状況と変わらないじゃない。真に自由になりたいなら、強者として君臨し、飼い慣らされない姿勢を見せるべきよ。こと、力ある愚者に対してはね」

 

 短期的に考えがちな俺と違い、エリーゼは長い目で見て意見してくれた。

 そして、エリーゼは最後に一言こう付け足した。

 

「なにより、私はアナタが戦って勝利する姿が見たいわ」

 

 いや、こんな事言われたらプロレスラーの如く堂々エントリーしちゃいますわ。見ていますか、愛する人よ。

 という訳で、異世界オリンピックには家族全員一致でエントリーする流れになったのである。

 

「全種総合か。確かに、貴殿にはお誂え向きと言えよう」

「そう思います。せっかくなら、剣以外も使いたいですし」

 

 で、俺が参加を予定している全種総合部門だが、これは武器種と強さを制限してないカオス部門だ。

 格闘技で言うバーリトゥード。端的に言うとスマッシュブラザーズ。弓でも槍でも素手でもOK。素人銀細工なんでも良いよ来いよな部門であり、タイマンだったりタッグマッチだったりバトロワだったりするお祭りルールである。過去には雪合戦なんかもあったとか。

 ちなみにこの部門、人気こそ高いが毎回グダグダになるらしい。というのも、特定武器種に特化しがちな異世界人の性で、達人は得意分野部門に行くのである。そうすると総合に行くのは運否天賦のお祭り野郎ってなる訳だ。それでも決勝らへんは銀細工持ちばかりになるらしいが。

 あと、変わり者が集まる事でも有名だとか。話によると、各部門に参加できなかった人が総合に思い出参加してくるんだと。

 

「俺が活躍できれば、無月流の宣伝にもなると思います。師匠への恩返しの為にも、精一杯頑張るつもりです」

「そうか。しかし、私も一度出た事はあるが、特に門弟が増えた訳でもなかったな……」

「そうなんですか?」

 

 優勝経験があるらしいゲルトラウデさんだが、それでも門弟数アップには繋がらなかったようだ。

 優勝年に発行されたパンフのインタビューも澄刃流が独占し、以降も銀竜道場の記事が書かれる事はなかったとか。

 

「えー! イシグロさん桜闘会出るのー!?」

「きゅぅ~」

 

 そうこうしていると、対戦を終了したアンゼルマさんが戻ってきた。彼女はダウンしているイリハを小脇に抱えていた。

 俺は杖を取り出して、運ばれてきたイリハを治療した。エリーゼのようなチートヒールはできないが、それでもこの程度なら完治させられる。

 

「あ! てか、うち門弟二人になったから私無月流代表で出られるじゃん! お母さんお母さん! 私も出ていいかな!」

「それは構わんが、お前最近サボり気味だろう? 優勝しろとは言わんが、選抜通るか?」

「今から頑張るってー!」

 

 どうやら、アンゼルマさんは無月流代表で剣術大会に出たいらしい。招待組の俺に資格云々は分からないが、彼女はふんすとやる気アピールをしていた。

 ちなみに、アンゼルマさんの剣術の腕は俺以上だ。が、ステータスがそんなでもないので、勝負すれば普通に勝てる。だいたい鋼鉄札上位くらいには強いかな?

 

「今回、師匠は出られないんですか?」

「私はいい。ああいうのは合わん」

 

 フンと腕組みする様は怖気ている訳ではなさそうだった。俺と同じで、目立つ事自体が嫌な人なんだろう。

 

「イリハー、戻ってくるッスよー!」

「い、今行くのじゃ! 主様、回復ありがとなのじゃ!」

「ああ」

 

 回復を終えたイリハが皆と合流し、次なる訓練を開始。グーラVSリリィ&エリーゼ&イリハだ。グーラはイリハに攻撃当てたら勝ちで、三人チームは制限時間内までイリハを守護れたら勝ち。守り守られの訓練だ。

 彼女達には一定以上の自衛力こそあるが、それでも三人集まった上で件のジャルカタール氏一人に苦戦していたのだ。俺が大会に出ている間、彼女達は自分で自分の身を守る必要がある。ちょっぴり心配だ。

 

「失礼、師匠。いきなりで申し訳ないんですけど、大会中の彼女達の護衛をお願いできませんか? 依頼料はお支払いしますので」

 

 師匠が大会に出ないなら、丁度いいかもしれない。俺は師匠に皆のボディガードをお願いする事にした。

 事実として、師匠は俺より強いのだ。例え以前戦った悪党が来ても彼女達を守り切ってくれるだろう。

 

「うむ。構わんぞ。あと弟子から依頼料は取ら……」

「えーホントー! イシグロさんありがとねー!」

「むぅ……」

 

 依頼料を断ろうとした師匠だったが、しっかり者のアンゼルマさんにインターセプトされてしまった。

 俺もこういうのはちゃんとしておきたい。現役冒険者という訳でもない分、支払い義務こそないが相応の報酬はあって然るべきだと思うのだ。

 

「とはいえ、エリーゼ様もお強くなられた。皆もそうそう遅れは取るまいよ」

「それでもです」

 

 師匠の見立てに間違いはないと思うが、それはそれ。

 心配性を発動したままでは、俺は試合に挑めない。俺のメンタルの為にも護衛はいてほしいのである。

 

「と、いう訳で、当日は師匠に護衛頼んどいたから。小遣いも渡すし、自由にしてていいよ」

 

 その事を皆に説明すると、当のイリハは不服げに唇を尖らせていた。

 

「むむっ、有難い事なのは確かじゃが。主様よ、わしは無月流剣術を習っているのじゃぞ。主様のチートで不意打ちにも対処できるし、護衛というのは大袈裟なんじゃないかのぅ」

 

 などと自信過剰な供述をしていますが、イリハには誘拐された前歴があるのだ。たとえ今の彼女であっても、あの鬼人には敵わないだろう。

 なので、肉体でお話だ。

 

「グーラ」

「はい」

「のじゃ?」

 

 同じ事を考えていたらしく、グーラは俺の意図をくみ取ってイリハの手首を掴み上げてみせた。

 それほど力を籠めていないにも拘わらず、イリハは褐色幼女の片腕に完全に制圧されていた。しかも掴んでんのは左手だ、利き腕じゃないんだぜ。

 

「え? なんじゃいきなり? う、動けん……!」

「振りほどけませんよね?」

「むぅううう……!?」

「貴女はまだ迷宮に潜った事がないでしょう? こういう事なのよ」

「イキッた発言は一発でもアタシに当てられるようになってからにしてほしいッス」

 

 頑張って拘束を抜けようとするイリハだったが、グーラの身体はピクリともしていない。

 イリハは武術を習った事で強さの下地を作れたが、如何せんステータスがショボい。文字通り、小手先の技術では銀細工相当の戦士には全く歯が立たないのである。

 

「準備が整ったら迷宮行こうな」

「迷宮に潜っても鍛錬は続けるのだぞ」

「み、道程は遠いのじゃー!」

 

 イリハの防具については既に発注済みだ。完成はもう少し先なので、それが出来たら一回は迷宮潜っときたい。

 それまではひたすらにトレーニングだな。

 

「あれ? 締め切りっていつだったっけ?」

「前と同じなら、そろそろ終わるはずだ」

「わ! 急がないと……!」

 

 案内書に曰く、件の桜闘会は春に開催されるらしい。

 大会は約二週間くらい行われるが、俺が出場しようと思っている総合戦は大会の後半に始まる予定だ。

 今現在は冬の真ん中過ぎあたりなので、あと一ヵ月と少しで開催だ。

 俺もアンゼルマさんも、相当ギリギリである。ギリギリ間に合うあたり、だいぶ大らかだな。

 

 ていうか、あと少しで俺は異世界一周年か。

 長かったような、あっと言う間だったような。

 一年経って、心底思う。

 

 異世界来て良かった。

 

 

 

 

 

 

 桜闘会に参加したい旨の手紙をライドウさんに送りつけた後、大会に向けて鍛錬に励んでいると、ギルドを通してお返事が届いた。

 手紙には参加ありがとうの言葉と、約束していた深域武装のお披露目についてが書かれていた。

 日時は三日後、場所は東区ギルドの鍛錬場。恐らく、これはうち来いよそっち行くわで揉めないようにする為の配慮でもあるのだと思う。

 

「はははっ! では、共に鍛錬と参りましょうか!」

 

 そんな訳で、俺達は完全武装のライドウさんと一緒に鍛錬場に入って行った。

 普段着でも目立つというのに、戦闘服の彼は常より目立っていた。まるで他冒険者達に見せつけているようである。いつもとは別種の注目を浴びている感じ。

 

「ここなら盗難の心配はありませんな! では早速!」

 

 いつもの鍛錬場に転移すると、ライドウさんは自身のアイテムボックスから野外で使う用と思しき大きな机を取り出した。

 出した机は一つじゃない。俺達は手分けして出てくる机を並べていった。まるでキャンプ飯の準備でもしているようだ。

 それから、ライドウさんは大小の上等そうな箱を出し、一つ一つ机に載せていった。これが深域武装なのだろう。

 

「にー、しー、ろー、はー……あれ? 多くないですか?」

「うむ! 友人達に呼びかけたら思いの外集まりましてな!」

 

 机の上には大小様々な綺麗な木箱。景品候補は九つと聞いていたが、実際には二十以上の深域武装が置かれていた。

 深域武装はレアアイテムなはずだが、随分と気前の良い友人である。

 

「どうぞ開けてみてください!」

「はい。では失礼して……」

 

 とはいえだ、レア武器なんてナンボあってもええ精神である。大きな机に美しい木箱。中身がレアならこうも並ぶと壮観至極。

 俺は内心ワクワクしながら、その中の一つを開封した。パカッとな。

 

「おぉ……!」

 

 長方形の箱の中には、紫水晶でできているかのような美しい剣が入っていた。

 一見して、実用品とは思えぬ剣であった。剣幅は狭く、そして細長い。かといって刺突剣という雰囲気はない。武器種としては通常の剣扱いになるだろうか。

 とてもではないが、職人の手になる代物とは思えない異様な雰囲気を放っていた。もっと俗っぽい言い方をすると、ファンタジー世界の悪役令嬢が持ってそうな魔剣って印象。

 

「見るだけでは分からないでしょう! どうぞ使ってみてください!」

「いいんですか?」

「ええ!」

 

 お許しを得たので、手に取って性能を確認してみる。

 見てみると、深域武装だけあり全体的に基礎性能が高く、例によって“自動修復”の補助効果が付いていた。攻撃属性は物理に加えて氷と炎の切り替えが可能とな。

 他にも有用そうな補助効果のオンパレード。儀礼剣っぽい見た目の割に随分と堅実な構成だ。

 で、気になる深域権能は……確定会心!?

 

「それは“ワクネンの十字剣”という代物でしてな! 炎と氷の二つの属性を兼ね備えております! 権能を発動すれば、次の一撃でより強大な攻撃を放つ事ができますぞ!」

 

 剣の性能に見惚れていると、ライドウさんからの解説が入った。

 軽く振ってみる。使い慣れている無銘とは重心の位置が違うが、これはこれで悪くない。魔力を流してみると、剣身が青く染まってキラキラした冷気を放散しはじめた。

 件の権能を発動してみると、剣全体がうっすら光りだした。この状態で攻撃当てると会心出ちゃうんですか? なんやそれ、チートやろそんなん。いや待て、これに特化した装備構成にしたら、一体どんくらいの火力になっちまうんだ?

 

「見事な剣捌きですな!」

 

 夢中になって遊んでいると、ライドウさんからお褒めの言葉。

 なんか恥ずかしくなって、俺は無月流の型を終了した。

 

「師匠に教わりまして」

「ふむ、イシグロ殿の師匠ですか。名を伺っても?」

「銀竜道場の、無月流のゲルトラウデ師匠です」

「おぉ! ゲルトラウデ殿ですか!」

 

 紫水晶の剣、素晴らしい武器だ。一応【清潔】をかけてから木箱に戻した。見た目も性能も素敵な武器である。これが景品ならガチで狙ってみる価値ありますね。

 

「彼女とは一度お手合わせしたいものです! 以前に出場なさってからはお会いする機会がなく!」

「師匠は今回も控えるそうですが、代わりに娘さんが出場されます。審査には合格したそうですよ」

「それは楽しみですな!」

 

 世間話などしつつ、その後もウッキウキで武器を試していく。

 暇させるのもアレなので、了承を得てからルクスリリア達にも試させてみる。

 みたのだが……。

 

「えっと、これは……何ですか?」

「“カメハの皿”ですな。頭に被ると水の中で呼吸ができるようになります」

「“水中呼吸”のアイテムを使えばよくないですか……?」

「仰る通りですな!」

 

 最初の剣以外、なんか微妙なやつばっかだった。

 なんかフリーレンの微妙魔法シリーズでも見てる気分である。景品としての深域武装は人気がないらしいが、確かに頑張って優勝してこんなカスレア出されたらキレるわな。選ぶにしたって、本当に優秀なやつは保管するだろうし。

 あと、ライドウさんの知り合いが気前よく出してきた理由も分かった。ぶっちゃけこれ在庫処分だろ。

 

「おぉ、草特効の鎌……! ひと振りで周囲の雑草を刈り取る性能してるのか。実に面白い……」

 

 まあ、これはこれでフリーマーケット漁ってるみたいで楽しいのだが。

 皆も最初にあったレア武器へのワクワク感を無くし、もうヘンテコ玩具の試遊会の雰囲気である。

 

「これは、何かしら……? 泡が出てきたのだけれど……」

「“ミスティリアの杵”と言って、魔力を消費して泡を生み出す権能を有しています! 泡一つ一つに【清潔】の効果があるようで、当たると綺麗になるんですよ!」

「素直に【清潔】で良いんじゃないかしら……?」

 

 エリーゼは木製のハンマーを振って泡を出していた。バブルこうせんである。

 見た目はファンシーで可愛らしいのだが、迷宮探索での使い道はなさそうだ。

 

「ご主人ご主人! これ凄ぇッスよ! うぉおおおおお!」

 

 ふと見ると、何故かテンションを上げていたルクスリリアは俺の目の前で棍棒をシコシコしだした。

 しばらく扱いていると、棍棒の先端からドビュルルルル~♡ と謎の白い液体が発射された。

 

「“ジエユアンの棍棒”です。先端から粘性のある液体を放出するという権能を有しています! 白の液には魔物を引き付ける効果があるようですな!」

「へえ。あれ? 魔物集め用の道具って他にもあったような……」

「白以外にも色んな液体が出るそうですよ! これはイワヌマという家からの寄贈品で、半ば無理矢理押し付けてきたのです。お陰で私の倉庫が圧迫されてしまいましたな! ははは!」

 

 こんなの武器じゃないわ。ただのジョークグッズよ。

 使い道がないというか、普通に使いたくない武器まで出る始末。

 

「う、美しい簪なのじゃ……」

「後ろ向いて。付けてあげよう」

「こうかの……?」

 

 綺麗な簪に見惚れていたイリハに、それをセットしてやる。とても似合っていた。

 ところで、このアクセサリにはどんな効果があるのだろうか? どうせクソアイテムだろうと思って、調べる前に付けちゃった。

 

「うむ、それは“ジブチの簪”と言いまして……」

「お、権能ってこう使うんかの……ぶほ!」

「グワーッ! くっさ! なんじゃこれくっさ!」

 

 瞬間、イリハの簪から得も言われぬ悪臭が放射された。

 なんだこれ、牛乳塗れの犬を拭いた雑巾みたいな臭いがする……!

 

「……権能により、魔物避けの臭いを発します。うむうむ、とても臭いですね! これまたイワヌマ家からの寄贈品で、押し付けられました!」

「くっさ! ご主人くっさ! 早く何とかするッスよ!」

 

 これは最早カスレアでもジョークグッズでもない、地雷アイテムだ。

 俺はイリハの頭から簪を取り上げると、得意の【清潔】を連発してお互いに付着した悪臭を消し去った。

 狐人らしく嗅覚に優れたイリハは、例によって目をグルグルにしてダウンしてしまった。しばらく休ませよう。

 

「深域武装って色んなものがあるんですね……」

「ええ。古い家ですと、存外持つだけ持っている場合が多いようです! 扱いに困っているとかで!」

 

 ダンジョンドロップのレア武装とは言うが、何でも有難がられる訳でもないんだな。

 それで言うと、俺が引いたのは三つとも良品だったのかもしれない。モブノの槍は何故かあんま使ってないけど。如何せん性能高くて売るに売れないんだよな。

 

「これは……」

 

 カスレアにも負けず、ジョークグッズにも負けず、俺達は引き続き深域武装を試遊していった。

 そんな中、グーラは気になる深域武装を発見したようだった。

 

「むっ、それは私が昔引き当てた深域武装でしてな! 名を“レダの短剣”と言います!」

 

 取り出したそれは、とても小さい短剣の柄頭に輪っかがくっついているようなデザインで、あるいは鎖のない手枷に短剣のキーホルダーが付いているようにも見える変わった形の深域武装だった。

 持ち主曰く、これは腕に輪っかを嵌めて使うらしいので、せっかくだからとグーラに装備させてみた。

 

「見て分かる通り、こいつは難物でしてな! 色々と使い方を模索してみたのですが、なかなか使い手が見つからず倉庫の肥やしになっていたものになります! 使用には独特な魔力操作が必要で、大雑把な私などには到底扱える訳もなく!」

「なるほど」

「魔力、魔力……こうでしょうか」

 

 今のグーラは左手首に手枷を嵌めている状態だ。言われた通り魔力を流したようで、短剣と手枷の間からシュルーッと鎖が伸びてきた。なんかヨーヨーみたいである。

 パッと見、手錠の片側が短剣になってるみたいである。あるいは手錠ヨーヨーか。グーラは使い勝手を確かめるように、魔力を操作して鎖を伸び縮みさせていた。

 

「随分と小さいですね」

「これでも短剣なんだな」

 

 伸ばして、戻して、回して、上に投げて。一通り鎖ヨーヨーをした後、空中で短剣をキャッチしたグーラは「ふむ」と頷いた。

 確かに、この短剣は同カテゴリ内でも最小クラスに小さい。柄ひとつ取ってもグーラの手でギリギリ持てるくらいで、刃の方も彫刻刀めいてミニマムだ。

 ライドウさんは駄目武器認定してるっぽいが、当のグーラは未だ真剣そうな眼で短剣を見ていた。

 

「ちょっと失礼」

 

 俺も俺で可能性を感じる。何故か? ゲーマーの勘だ。

 性能を確認する為、短剣に触れてみた。

 

 

 

◆レダの短剣◆

 

 

・物理攻撃力:500

 

・異層権能:次元連結

 

・補助効果1:魔力収奪(大)

・補助効果2:魔力回復(小)

・補助効果3:形状変化(伸縮)

・補助効果4:形状変化(廓大)

・補助効果5:刺突補正無効

・補助効果6:斬撃補正無効

・補助効果7:物理攻撃力無効

・補助効果8:自動修復

 

 

 

 ん? 形状変化が二つもついているぞ。それと、無効と名の付く補助効果が三つもある。

 深層権能である“次元連結”というのも気になる。他のカスレアとは少し毛色が違うな。

 

「先ほどグーラ殿がしてみせたように、魔力を流すと鎖を伸び縮みさせたり、ある程度操ったりできます! 権能を使うと、刃の先端を何かに接着させる事ができますな!」

 

 鎖を伸ばしたり、先端をくっ付ける?

 おまけに魔力操作ができるって事は、もしや?

 

「ん~、こうでしょうか?」

 

 グーラは手を動かすことなく、魔力を流して鎖を操作してみせた。

 うねうねと、まるで蛇のように動く鎖付短剣。俺程度の魔力感覚でも、手首のあたりからグーラの魔力が流れているのが分かる。

 

「機能も権能も、何となく使えそうな気がするでしょう? ですが、この刃はどれだけ切りつけても何も傷つける事ができないのです! それどころか魚一つ捌けません! はははっ!」

 

 遠慮せずどうぞと言われ、グーラは遠くの木に短剣を射出した。

 弾丸めいて発射された短剣は、ダーツのように幹に突き刺さった。が、よくよく見ると刃は先端にくっついているだけで、一ミリも刺さっていない。これが権能の“次元連結”で、各種無効系の効果か。

 権能を解除すると、短剣は何事もなかったように地面に落ちた。そのままシュルシュルと戻ってきた短剣は、掃除機のコンセントめいて元の位置に収まった。

 

「性質上、忍者が使う鈎縄の代用として使えると思っていたのですが、難儀な事に十全に扱うには投擲技術と魔力操作の併用が必要でしてな! そこまでして使う意義があるかというと全く以てそんな事はなく! これもまた、鈎縄でいいではないかという意見に落ち着いてしまいました!」

 

 持ち主はこう言っているが、見た感じグーラは普通に使っている。

 これは俺のチートが反映されているお陰で魔力操作に集中できるからなのか。

 ともかく、ちょっと思いついた事があった。

 

「グーラ、もっかい同じ事やってみて。そんで繋げたまま引き寄せてみて」

「はい。こうでしょうか」

 

 さっきと同じように鎖を伸ばし短剣を射出。ストンと木に接着したところで、付けたまま引っ張ってもらう。

 すると、ベギベギベギ! と木が引っこ抜かれ、そのままこっちに迫ってきた。

 え? グーラが移動するんじゃないの? と思ったが、そうだったここ異世界だったわ。

 

「おっと」

 

 ドン! グーラは迫る木を手のひらでストップさせた。片手ダンプならぬ片手大木だ。

 うん、だいたい分かった。やっぱ、これアレだ。蜘蛛男的なやつだ。

 グーラと鎖付き短剣。可能性の獣である。

 

「おぉ、大力の方が使うとそんな事ができるのですな!」

「色々と調べたい事がありますね」

「楽しそうッスね、ご主人」

「さっきから視て(・・)いるけれど、あの鎖を使うには独特な魔力操作が必要なようね。私は言うまでもなく、イリハにも難しいんじゃないかしら」

「氣も流れ込んでおるのぅ。うむ、わしじゃと一回飛ばすだけで頭痛くなりそうじゃ」

 

 俺とライドウさんが感心していると、皆もグーラに注目していた。

 

「ん~?」

 

 当のグーラはというと、ヨーヨーを弄りながら何か考え事をしているような表情。

 

「どうした? グーラ」

「あ、すみませんご主人様。試してみたい事があるので、ぶちぬき丸をお出しして頂けませんか?」

「いいけど。はい」

「ありがとうございます」

 

 お願いされたのでアイテムボックスから出したぶちぬき丸を手渡すと、グーラはおもむろに短剣の先端をぶちぬき丸の柄頭に連結した。

 鎖付き短剣が鎖付き大剣になった訳だ。そして、チェインぶちぬき丸を持ったグーラは、鉄塊の如き剣を大きく振りかぶって……。

 

「ふん!」

 

 思いっきりぶん投げた。

 見ると、グーラの左手首にある鎖が伸びまくって。おまけに太くなっている。やがて、ズドンと轟音を立てて鎖付き大剣が大樹に深々と突き刺さった。かと思ったら、哀れ大樹君はゆっくりと倒れていったではないか。

 ジャラジャラと音を立て、太くなった鎖を回収する。凄まじい勢いで戻ってくるぶちぬき丸を、グーラは危なげなくキャッチした。

 

「「おぉ!」」

 

 男二人、野太い歓声が上がる。女子二人は「うわぁ……」みたいな顔になっていて、エリーゼは「へぇ?」みたいな顔で竜族微笑。

 凄いなやるじゃん! と思って近づこうとしたら……。

 

「えーっと、こう?」

 

 ブン、ブン、ブンブンブンブン……!

 まるで鎖分銅でも扱うように、グーラは鎖付きぶちぬき丸を回転させ始めた。

 するとどうだろう。異世界物理法則の作用か、生み出される回転エネルギーによってとんでもない強風が発生。ち、近づけねぇ……!

 

「ちょちょちょ! グーラ待っ……!」

「あ、これもできますね」

 

 瞬間、回転する大剣の刃に真っ赤な炎が宿り、グーラの手により火炎の竜巻が生まれた。

 新手のファイヤーパフォーマンスかな? なんてモンじゃあ断じてない。もっと恐ろしいモノの片鱗を感じざるを得ないぜ。

 

「できる? できるかも……よし!」

「グーラ?」

 

 何かを試したいらしいグーラは、炎嵐を持ったまま雷を纏って駆け出した。狙いは鍛錬場の森。

 回転する炎剣。疾駆する迅雷。燃え盛る竜巻を手に、炎雷の獣が緑の木々を蹂躙する。グーラが通った後には、無残に斬られて焼け焦げた大自然の残骸だけが残った。それはさながら走る災害であった。

 

「なんと凄まじい! 尖兵戦であればどれほど活躍するでしょうか!」

 

 そんな災害を見て、なにやらライドウさんは感動していた。

 無暗に暴れているように見えるグーラだが、彼女は至って冷静に検証しているようだった。大虐殺ヘリコプターだけでなく、投げて戻すスタイルや鞭のように使うスタイル等の動きを実験していたのだ。教えてもいないのに進撃めいた立体機動とかしてるし……。

 

「っと、グーラ! ステイステイ!」

 

 流石にそろそろだ、試遊の時間は終わりである。俺は荒ぶる火神に鎮まるよう声を上げた。

 すると、燃え盛る森の中からグーラが戻ってきた。右手で剣を持ち、左手から鎖を垂らし、顔には満面の笑みを浮かべて。

 

「ご主人様、これとっても楽しいです!」

「そうか、それはよかった」

 

 手枷を外し、短剣を返してくれたグーラだが、よっぽどこの武器が気に入ったのか随分と名残惜しそうな顔をしていた。

 

「鬼人に金棒なのじゃ……」

「虎人に翼ッスよ……」

「お祖父様に名剣を渡すようなものね。素晴らしい力だわ……」

 

 皆は畏怖している。グーラは気に入っていた。俺も俺で、一連の彼女の動きには浪漫を感じていた。

 これはもう、決まりだろう。俺はレダの短剣に【清潔】をかけてから返却した。

 

「どうやら、我が家の深域武装はお気に召されたようですな!」

「ええ、たいへん気に入りました。ぜひとも手に入れたい逸品ですね」

「おや。奇遇ですな! あれは今度の桜闘会、それも全種総合部門の優勝賞品になるかもしれない代物でして……」

 

 という白々しい会話を聞いて、グーラは目をキラキラさせていた。

 何気に、グーラのこういう一面を見るのは初めてだった。存外、彼女は武器が好きなのかもしれない。ならば尚の事、ガチでいく気になれるというものだ。

 

「優勝目指し、頑張ります」

「うむ。本番を楽しみにしておりますぞ!」

 

 そんな訳で、俺は意欲たっぷりに大会へと挑むのであった。

 今後の為とかより、グーラの為の方がしっくりくる。お陰で俺のやる気はマックスだった。

 

 よーし、パパ張り切っちゃうぞ!




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 イシグロが最初に確認した紫水晶の剣ですが、これは東区長バンキコウの私物です。
 だから、カスレアではなかったんですね。

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 何するにしてもしないにしても、現状の把握は大事だと思ってます。よろしくお願いします。


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ろりこんの巻

 感想・評価など、ありがとうございます。感想のお陰でモチベーションが維持できております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。例によって、出て来る時はしれっと限定を留めずに登場します。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 以降の執筆の参考にさせて頂きます。

 今回は三人称、街の様子です。
 よろしくお願いします。


 冬の終わりが見える頃。

 積もった雪が残る中、暖かな陽光が春の訪れを感じさせる。

 枯れない桜の枝先から、小さな雪が落っこちた。

 

 眠らない街、カムイバラ。

 今現在、リンジュの首都には国中の人の熱が集結していた。

 道往く人の表情には常以上の元気があり、外から来た観光客は物珍しげに街を眺め、あちらこちらで観光客向けの商いが盛んになっていた。

 

 カムイバラ入りした観光客は、大きく二種類に分けられる。戦いを見にきた多くの人と、戦いに向かう少数の闘士達だ。

 カムイバラ民も、観光客も、闘士達も、目的は同じ。

 四年に一度の春祭り。桜闘会である。

 

 通りの先の広場や、転移神殿の掲示板。あるいは各地の集会場のお立ち台で、文字や声等により一つの知らせが報じられた。

 桜闘会に出場する闘士の一覧である。各部門の下にズラリと並ぶ人名は、日本人が見れば学校の合格発表を思い出すだろう光景だった。

 

 無論、これを見逃すカムイバラ民はモグリである。

 応援している道場が出場する事に狂喜乱舞する闘技場オタクに、推し闘士が出てない事に落胆するファンガール。通ぶってアレコレ優勝予想をする博打おじさんに、かっこいい闘士に憧れるキッズ達。

 その日のカムイバラは、一日中闘士の話題で持ち切りだった。

 

 闘士の情報公開は順次行われる。

 一般個人部門。銀細工個人部門、冒険者一党部門。

 そして、最後に報じられた部の闘士一覧に、とある冒険者の名前がある事に対しては様々な反応があった。

 驚愕、期待、胸躍るワクワク感。おいおい、来てくれたのかよ奴がよぉ。噂話に敏感な層は、この件に関してさも有識者ぶって推論を語っていた。“剛傑”のライドウが口説き落としたのだ、と。

 

 中でも、彼の英雄と面識のある者達の反応は顕著だった。

 ともすれば、一般人以上にワクワクしていた奴等までいたくらいに。

 

「「「師範代! 総合部門に出たいですッ!」」」

 

 常に五月蠅い剣鬼道場に、更に喧しい大音声が響き渡った。

 威勢の良い彼等彼女等の瞳には、極めて純粋な戦の熱が燃え盛っていた。冬だというのに、暑苦しい。

 声を上げる門弟の中に剣術部門代表の面子までいたのだから、その熱意の程は推して知るべし。

 

「いやぁ、今からは難しいんとちゃうかなーと、ウチは思いますよー?」

 

 師範代と呼ばれた女――剣鬼道場のウラナキは、引きつり笑いで猛き門弟達を抑えていた。

 本音を言うと、彼女とてイシグロと戦いたい気持ちはある。しかし、ウラナキは既に剣術道場代表部門にエントリーしているのだ。今更「やっぱ出る部変えるわ!」なんて言っても仕方ない。

 門弟達の気持ちが分かるからこそ、あまり強く突っぱねられないのだ。一応、向上心の表れでもあるのだし。

 それでもなお声を上げる門弟達。暴動じみたこれをどう収めようかと迷っていた。その時である。

 

「静まれぃッ!」

 

 瞬間、爆発じみた一喝。熱狂するフロアに、花火が炸裂したかのような爆音が響き渡る。

 声の方を見ると、そこには巌の如き巨漢が腕組み仁王立ちで立っていた。

 その頭にはねじれ上がった極太角があり、彼の腰には使い込まれた刀が下げられていた。巌の如き筋肉は、戦場を住処とする雄の証明だ。

 門弟達が敬愛する男の登場であった。

 

「「「お帰りなさいませ! 師範ッ!!」」」

「おう! 今戻ったぞ!」

 

 一斉に首を垂れる門弟達。鷹揚に応えた巨漢は、ずかずかと道場へと足を踏み入れた。

 彼こそ、剣鬼道場師範にして、現リンジュ議会総代。牛鬼人の族長。牛鬼剣豪・イスラの叔父さん。

 何を隠そう、牛鬼王その人である。

 

「お帰りなさいませ、師範。無事の帰還、何よりでございます。お迎えに上がる事もせず、申し訳ありません」

「急な帰還だ、構わぬさ。そも五日後には発つ。聖王子殿のお陰で少し余暇ができたのだ、遊ばせろよ」

 

 重く渋い低声を発しながら、戦場帰りの牛鬼王は道場の状況を見渡した。

 事情は分かっている。どいつもこいつも、子供みたいにワクワクしているのだろう。強い奴と戦いたいという気持ちは、牛鬼王にはよく分かる。

 故に、こういう時に権力を使うのだ。

 

「ウラナキ!」

「はい」

「お前は総合部門に移れ!」

「は、はい……!?」

 

 有無を言わせない命令に唖然とするウラナキ。

 そんな彼女を置いて、牛鬼の王は壁掛けの木刀を手に取り、門弟達に振り返って満面の牛鬼スマイルを送った。

 

「これより! 乱れ剣稽古を行う! 最後まで立っていられた五人を! 我の力で総合部門にねじ込んでやろう! さぁ! 最初にかかってくるのは誰だ!」

 

 突然の帰還。突然の試練。

 突然のチャンスに、門弟達は呆気に取られた。次の瞬間……。

 

「「「ヒャッハァアアアアーッ!」」」

 

 武器を握って、牛鬼王に殺到した。

 雪崩のように斬りかかってくる門弟を、牛鬼王は「はははっ!」と笑って捌いていく。これはリンチでも訓練でもなく、牛鬼族的お遊戯大会であった。

 多忙な王様はストレス解消に飢えているのである。

 

「まぁ一応、ウチもやっとこかな」

 

 総合行きが内定したウラナキも、一応の礼儀で稽古に参加した。

 困惑、決断。その次には、その目に爛々とした光が宿っていた。つまり、そういう事だ。同じ穴の何とかである。

 

「「「うぉおおおおお!」」」

 

 まさに熱狂。暴動のような大騒ぎ。帰還したばかりの牛鬼王は、少年めいて無邪気に笑っていた。

 やはり、戦士たるものこうでなくては。

 

「そっか。イシグロさん、出るんやな……」

 

 そんな中、道場の離れでは一人の白虎女性が静かに決意を固めていた。その手には針と糸と、完成間近の羽織。

 元より白虎女性――ミアカは、桜闘会の参加の予定はない。純粋に祭りを楽しむつもりだったのだ。彼はああいうのには興味なさそうだったし、気合入れてお誘いして、成功したらば一緒に祭りを回ろうと思っていたのである。

 だが、彼が件の大会に出場するというのなら。

 

「よし……!」

 

 完成した羽織を広げ、ミアカは満足そうな笑みを浮かべた。

 それは、とある闘士を応援する為に繕った羽織であった。

 

「特技は活かさなな……!」

 

 それから、ミアカは早速広い人脈を使ってイシグロ応援団を立ち上げに行った。

 戦う様を応援されて喜ばない男はいない。リーダーは勿論、ミアカ。得意の舞踊で、盛り上げてみせる。

 

 ミアカは奮起した。必ず、かの迷宮狂いの冒険者を惚れさせねばならぬと決意した。

 ミアカは生粋の陽キャである。友と遊び、いつも明るく笑っていた。

 だからこそ、懊悩や葛藤などといった精神のトラブルにはまるで耐性がなかった。

 

「応援団名は、黒剣イシグローズや……!」

 

 そんな彼女が悩んだ結果、こうなった。

 ちょっとばかし、様子がおかしくなっちゃったのである。

 

 

 

 一方その頃、性欲爆発ゴリマッチョバイエルフが師を務める澄刃道場では……。

 

「ふむ、そうか……」

 

 離れの屋敷。剣鬼道場とは打って変わって静寂に満ちた密室で、獅子人師範代ジャグディは自派閥の門弟からイシグロ参戦の報告を受けていた。

 ジャグディ視点、奴の桜闘会参加自体は前々から知っていた。翌日には銀竜道場に通っているという情報も得ていたのだ。

 故に、諸々の工作は実行済みであった。

 

「よろしいのでしょうか。師範、きっと出たがりますよ」

「構わん。夜に立ち直らせればいいだけだろう」

 

 言って、ジャグディはフンと鼻息一つ吹き、その豊満な胸を揺らした。

 獅子人女ジャグディの目的は、剣聖デイビットの権威向上および絶対的ハーレムの形成である。

 元より、獅子人の女はハーレムを推奨している。より強い雄の下、多くの雌で囲って権勢を誇る事を貴しとなすのである。

 

 その点、デイビットは最高の雄だった。というか、ジャグディは彼の雄っぱいに一目惚れした。ゆえ、あらゆる手段で以て森人の性質と性癖を開拓してきたのである。同じく澄刃流の内側も。

 ジャグディの手は澄刃道場内に収まらず、外にも及ぶ事となった。つまり、グレーな手口を使った裏工作である。そうせざるを得なかったのは、銀竜道場を中心に一部他道場の存在が邪魔だったからだ。

 過去、桜闘会にて、デイビットは無残な敗北を経験した事がある。他ならぬ、銀竜道場の師範によって。あの時はあちこちに手を回し、時に自派閥の女を使ってまでして無月流の拡大を抑え込んだのだ。

 

「娘の方はどうしましょう」

「個人の部だろう。どうでもいい。イシグロも同様だ」

 

 ジャグディにとって、ゲルトラウデは主人の権威を揺るがした憎き存在である。今回の件、真に恐れていたのは当人の参戦であった。

 しかし、そうはならなかった。桜闘会に出るのは門弟だけで、ゲルトラウデにその気はなかったのだから。そっちにも手を回していたが、無駄なリスクを冒さずに済んだと言える。

 

「色々と講じてはみたが、幸い最低限の損失で済んだ。あとは我が主の力を信じるのみだ」

「はい!」

 

 ゲルトラウデは出ない。娘は個人の部。イシグロは総合。仮に主が総合に出たいと駄々をこねても、もう遅い。表と裏に手を回し、どうにもできなくしてやった。

 ジャグディが求めているのは、あくまでもハーレムの権威向上。主の威光に興味はあっても、主の意向に興味はない。負けるかもしれない戦いなど、あっていい訳がないのである。

 そして、主のハーレムに芋臭いドワーフ女は相応しくない。これを機に、フィーランには出て行ってもらうつもりだった。

 

「勝ったな、ククク……!」

 

 ジャグディが如何にも悪女な笑みを漏らした。門弟達も空気を読んで「ククク……!」と笑った。

 ハーレム派閥が勝ちを確信した。その時である。

 

「大変ですジャグディ師範代! 先ほど、デイビット師範の部門変更が受理されました!」

「ククク……え?」

 

 勢いよく駆けこんできた門弟からの報告に、悪女な笑みを維持していたジャグディが固まった。

 

「ど、どこの部だ!?」

「師範は全種総合部門に出場なさります!」

「……何故だ!?」

 

 おかしい、こんな事はあり得ない。

 裏工作は成功したはず。役員の半分には話をつけてある。中には議員や組合の重鎮だって含まれているのだ。

 第一、闘士が発表されて間もないのに、当人が先走ったにしても早すぎる。

 まるで、あらかじめ決まっていた展開のような……?

 

「まさか……!」

 

 その時、ジャグディに電流走る。

 もしや、自分が動く前に、あの女が手を打っていたのではないか?

 如何に政治音痴なフィーランとて、コネもあれば時間もある。先に動かれたのであれば、やりようがあったか。

 

「フィーラン……!」

 

 そう、この件に関して、ジャグディは完全に出遅れていた。

 日本の競馬で例えると、某120億円事件の白い奴並みに出遅れていた。

 

 見落としていた、彼女の心境の変化を。完全に舐めていたのだ。フィーランの行動力を。見誤っていた、デイビットの元の性格を。

 僕より強い奴に会いに行く。元来、デイビットはそういう男で。フィーランはそういう男に尽くす女だったのだ。

 

「同じく、フィーラン師範代の部門変更も受理されたようです!」

「あぁー! どの部だ!?」

「こ、個人剣術です!」

 

 デイビットだけではなく師範代の座にあるはずのフィーランまで出場部門の変更が受理されたのか。

 フィーランもジャグディも、道場代表のチーム戦で出る予定だったのだ。幸か不幸か、澄刃道場の層は浅くない。フィーラン一人抜けたところで、そうそう落ちぶれる事もない。奴の事だ、内部への根回しは完了しているだろう。

 しかし、これは単なる部門変更ではない。フィーランからジャグディへの、悪意マシマシのガチ挑発なのである。奴は、ジャグディに対し「かかってこいやボケ」と言ってきたのである。

 

「あんの、女ァ……!」

 

 ジャグディとて、獅子人戦士の一人である。拳聖イライジャの流儀に則り、売られた喧嘩は高値で買う。同門の剣で、本気でやろうというのだ。

 元々、ジャグディはあの女が気に入らなかった。ハーレムに誘っても拒んでくるし、デイビットの権威向上にも理解を示さない。その上、デイビットが奴以外と褥を共にする事を許さないのだ。あろうことか、彼の雌であるジャグディを本気で殺そうとしてきた事もある。

 全く以て、理解ができなかった。お互い、根っこから分かり合えない存在だったのだ。

 

 この期に及んで、みみっちい裏工作は無意味である。

 ならば、やる事はひとつ。

 

「よかろう……! そっちがそのつもりなら、此方もそのようにしてやる……! 待っていろよフィーラン、大衆の前で見るも無残な姿にしてやろう……!」

 

 気に入らない女を潰す。

 それだけだった。

 

 

 

 一方その頃、件のデイビット氏は……。

 

「あ~、楽しみだなぁ」

 

 誰も知らない秘密基地。

 静寂の中、集中できる場所で一人、ひたすらに剣の練習をしていた。

 

 総合部門なら、魔法を使う事もできる。道場では禁止されている技も思う存分振るう事ができる。

 それは相手も同じで、イシグロも剣以外の武器を使ってくるだろう。噂では弓や魔法も使うらしいし、練習試合ではない本気の彼と戦えるのだ。

 

「はぁ、はぁ……ふふっ、ぐふふふっ……!」

 

 考えるだけで、肉体が火照ってきた。

 ゴリマッチョバイエルフ・デイビット。

 またの名を、“水仙剣”のデイビット。

 凄く久しぶりに、戦闘者として昂っていた。

 

 それはそれとして、素振り中も勃起していた。

 ビッキビキである。

 

 

 

 

 

 

 桜闘会が近づくと、外から来る者が増えていく。

 この日もまた、カムイバラの門前には多くの人が集まっていた。

 商売チャンスと見てやってくる商人。思い出の為にやってくる小金持ち。己の腕を試すべく集う闘士達。

 そんな中、東区の門に一人の男が現れた。

 

「久しぶりだなぁ、カムイバラ……」

 

 使い込まれた編み笠に、粋な模様の道中合羽。そして腰には大小二振りの打刀。その首からは、古くなった銀細工が下げられていた。

 彼の名前はジンエモン。人間族、おっさん。どこからどう見ても旅人であり、誰がどう見ても侍だった。実際そうである。

 荒っぽそうな風体のジンエモンだが、彼は大人しく列に並び、行儀よく門番の検問を待っていた。

 

「通行手形よし。冒険者証も本物。招待状も確認した。通っていいぞ」

「あいよ。にしても、随分と用心深いな」

「ん、まぁちょっとな。ほら行ってくれ」

「へ~い」

 

 ジンエモンにとって、カムイバラは生まれ故郷である。そんな彼からすると、久しぶりに来たカムイバラの検問は以前にもまして厳しくなっているように思えた。

 差し詰め、最近大きな事件でも起きたんだろうと思い至り、気にすることなく歩き出した。

 

「おぅおぅおぅ、どいつもこいつも良い顔してやがるぜ……」

 

 右を見ても闘士。左を見ても闘士。広場に行けば食い物の屋台があって、嗅ぎ慣れないが美味そうな……この匂いは何だこれ?

 まさに祭りの様相だ。本番は先だというのに、流石カムイバラはリンジュの中心だけあり賑やかだ。

 ジンエモンはご機嫌になって昔懐かしい故郷を歩いた。

 

「さて……」

 

 宿はいつものところに泊まるとして、何はなくとも飯である。

 思ったよりも、街に入るのに時間がかかったのだ。どこか適当な飯屋はないかと見渡して、前には無かった店を発見。ジンエモンは足取り軽く店に入った。

 

「らっしゃい」

 

 暖簾をくぐると、真新しそうなその店は存外繁盛しているようだった。

 客層も種々様々で、カムイバラらしく色んな奴がいた。ジンエモンは店の隅――店内を観察でき、かつ逃走しやすい席だ――に腰を下ろした。

 

「店主、此処のお勧めを適当に頼む」

「では、味噌焼き豆腐など如何ですか?」

「ふむ、ミソとな? 聞いた事ぁねぇが、それで頼む」

「あい」

 

 料理ができる間、ジンエモンは怪しまれないよう自然な素振りで店内を観察した。

 店は繁盛している。ゆっくり飯を食べている森人夫婦に、お喋りしている狸人と魔族。冒険者の姿もある。遠くの席では二人の銀細工持ちがいた。

 

 奥の席を見ると、ちょっと変わった一団がいた。人間族の男一人に、魔族と有角族と獣人二人の童女達? しかも見える範囲の女には奴隷証が掛けられていた。

 つまり、あの男は主人で、奴隷と同じ席で飯を食っているというのか。後ろからでは、主人の冒険者証が確認できない。恐らく、鋼鉄札か銀細工だろう。

 

 ジンエモンを含め、銀細工三人に推定鋼鉄札以上一人と来た。桜闘会が近いとはいえ、随分と賑やかである。

 いざとなったら金だけ置いて逃げよう。ジンエモンは決意した。

 

「あい、お待ち」

「うむ」

 

 そんな事より飯だ。運ばれてきた謎料理を見て、ジンエモンは意識を切り替えた。

 焼いた豆腐に、ベトベトした謎糊がかかっている。初めて食う料理だが、なかなか美味かった。見た目はちょっとグロい気もしたが、何というか程よく辛くて良い感じである。

 

「店主、何か適当に酒を」

「あい。牛鬼米酒でいいですか?」

「おっ、いいねぇ」

 

 ともかく、美味い飯を食うと美味い酒が欲しくなるものだ。機嫌も良いし、今日くらいはいいだろう。

 その後も、ジンエモンは最近出来たらしい味噌料理と米酒に舌鼓を打った。

 

「へえ、今年は銀竜道場から二人も出るのかい」

「らしいですよ。片方は娘さんで、もう片方は最近入った門弟だとか」

 

 そのうち、舌が滑らかになったジンエモンは暇ができた店主と桜闘会トークをはじめた。

 ジンエモンは所謂招待組である。武者修行の最中、ふと立ち寄った街でスカウトされたのだ。彼が出場を予定しているのは、現役銀細工の剣術部門。桜闘会における花形であった。

 そんなジンエモンからして、最近のカムイバラ事情には相応の価値があり、聞いてるだけで楽しくなっちゃう話題であった。

 

「しかも、噂によるとですね。その門弟ってのぁ、あのイシグロなんですって」

「イシグロ?」

 

 銀竜道場は知っているが、その門弟の名は訊いた事がない。イシグロ? 新進気鋭の冒険者だろうか。

 なんか奥の席にいた男の肩が震えたような気がしたが、まぁどうでもいい。

 

「イシグロってなぁ、どんな奴なんだい?」

「何でも、街に現れた魔物を倒したとか。橋から落ちた子供を助けたとか。鬼人ヤスケをとっ捕まえたとか……」

「なに!? ヤスケをか……!」

「ええ。他にも……」

 

 店主のイシグロトークは続く。彼の話すイシグロ像は出来過ぎと言える程に聖人君子のソレであり、ある意味でまともな冒険者とは思えなかった。

 何というか、ぶっちゃけ胡散臭い。ベテラン冒険者のジンエモンからして、その噂には極めて懐疑的であった。

 

 そもそも、何故街中で魔物が暴れたというのだ? そんでもって何故都合よくイシグロが現れたのだ? そいつが外から魔物を持ち込んだとか、そういった類いの線は考えられないか?

 ヤスケを倒したというのも正直信じ難い。一度刃を交えた事はあるが、アレはそう易々と捕まるような男ではない。事実として、議会も組合も武行も奴を捕らえられなかったのだから。

 するとこれまた事実として、先日処刑されたヤスケの首が晒されたという。そうなると信じざるを得ないが、それでもジンエモン的にはイシグロという男に対し疑念を抱いちゃうのであった。

 

「で、そのイシグロは全種総合に出るんですってよ」

「総合か。俺とは当たらねぇな……」

 

 剣士の性質など、一度刃を交わせば分かるもの。良くも悪くも興味を引かれたジンエモンだったが、当のイシグロが剣術部門に出ないのではどうしようもない。

 イシグロトークはそのへんにして、旅人剣士は情報の礼に次なる酒を注文した。味噌と酒、口の中が幸せでいっぱいだ。

 

「あぁ!? お前今なんつったコラァ!? 誰の羽織がダセェって!? もっぺん言ってみろやボケが!」

 

 静かに飯を食べていると、突然店内に荒々しい声が木霊した。

 声の主は獣人の冒険者だった。しかも銀細工持ち。そいつは何か気に入らない事があったらしく、近くにいた銀細工持ちの翼人冒険者にガンを飛ばしていた。

 

「何って、ずいぶんと古風な格好だなぁと。ダサいなんて言ってませんよ」

「んだとバカにしてんのか!」

「してませんよ。古いとは言いましたが」

 

 キレる獣人に対し、慇懃無礼に返す翼人。インネンつけられた側も苛つきはじめたようである。

 どうやら、例によって銀細工らしい理由で喧嘩になっているようだ。普通の人ならスルーしちゃうような事も、箍の緩んだ銀細工にとっては殺しに値する罵倒だったりするものだ。

 見たところ、件の二人は共に前衛の戦士だった。獣人の腰には太めの刀があり、翼人の近くには薙刀が掛けられている。今にも武器を取ってやり合いそうな雰囲気である。

 

「田舎者が……」

 

 ジンエモンは小さく吐き捨てた。雰囲気的に、二人ともカムイバラは初めてと見える。

 ラリスと違い、こっちの喧嘩は外に出て正々堂々やるのがマナーだ。武器を使うのもご法度である。

 酒を呑みながら、二人の言い合いを眺める。ジンエモンの天秤は逃走に傾いていた。割って入って仲裁するなど割に合わない。

 

「このクソガキ! これは俺の手作りなんだぞ! バカにすんじゃねぇ!」

「おっと!? 危ないですねぇ!」

 

 その時、獣人が卓上の湯呑を投げつけた。翼人はそれを回避。

 投げられた湯呑は店の奥で飯を食べていた主人と奴隷の席に向かい、壁に当たる軌道の途中で主人の男がキャッチしてみせた。もし壁に当たっていれば、湯呑は盛大に割れて悲惨な事になっていたであろう。

 主人は手に取った湯呑をゆっくり机に置いて、獣人を見た。瞬間、ジンエモンの背筋に謎の冷気が迸った。

 

「獣人のくせに最初にやるのが湯呑投げですか。随分と威勢のいいことで。お得意の吠え声でも上げてみては如何です? えぇ?」

「テメェ……!」

 

 なおも言い合いを続ける二人は、とうとう向かい合って武器に手を掛けた。黒髪の男の視線には気づいていない。

 一触即発、ついさっきまであった和やかな雰囲気がなくなってしまった。客の押し殺した悲鳴がやけに響く。

 あーもう駄目だな。懐から財布を取り出したジンエモンが逃走を決意したと同時、奥の席の男がゆらりと立ち上がった。

 

「……ギャーギャーギャーギャー喧しいんだよ、発情期ですかコノヤロー」

 

 一言、奥の席にいた主人の男の声が店に響く。視線を集めたその首には、ラリス式の銀細工。

 一見して、男は地味な容姿をしていた。黒髪黒目で、目にも面構えにも覇気がない。それどころか、威勢の良い台詞の割にぬぼーっとした表情をしている。

 黒の双眸が、猛る銀細工二人を捉える。同じ銀細工であっても、黒髪の男はただの迷惑な酔っ払いを見る目をしていた。

 

「その銀細工、ラリスもんか! 余所モンァ引っ込んでろや! これは俺の誇りをかけた喧嘩だ!」

「手出し無用に願いますよ。でないと、貴方まで斬ってしまうかも」

 

 鋭い視線に、男は沈黙を返した。怖気づいているというより、処理すべき獲物を頭からつま先まで観察しているような眼差しだった。

 言われた男は、なおも一歩一歩無造作に近づいていく。腰の刀に手を掛ける様子もない。

 

「はっ! おい、なんだぁその服? 趣味の悪い奴隷買う奴ぁ、服のセンスまで無ぇってのかァ!?」

「……店内での暴力行為に対しては店主に自衛権があり、場合によっては殺人も容認されます。この権利は店主の許可があれば一時的に第三者に移譲する事が可能です」

「あん?」

「代わりますよ。どうしますか?」

 

 男は立ち止まり、店主を見た。

 店主は息を呑んで、小さく頷いた。

 

「頼む、懲らしめてくれ」

「承りました」

「んだとテメ……」

 

 一瞬だった。ジンエモンの目でギリギリ捉えられる程の速さで、黒髪の男は獣人の懐に接近し相手の刀の柄を押さえ込んでいた。

 

「んげ!?」

 

 同時、空いた片手による裏拳が獣人の喉に突き刺さる。

 柄を押さえる手が捻じれ、獣人の刀を取り上げる。奪った刀の刃を返し、大上段に構えてみせた。

 接近、制圧、攻撃。その三つが、殆ど同時に達成されていた。ジンエモンでなければ見逃しちゃう程、鮮やかな動きであった。

 

「んがっ……!?」

 

 そして、一発。

 喉と脳天に一撃ずつ食らった獣人は、白目を剥いて倒れた。

 魔物と違い、人類は脆い。こと、防具ではなく服を着ているのであれば尚の事。ヒト一人黙らせるのに、過剰な力は要らぬのだ。

 

「で、貴方は?」

「え? あ、いや自分は……」

 

 獣人の刀を放り捨て、男が翼人に問う。翼人は視線を彷徨わせ、狼狽していた。

 一瞬の戦いだった。元より獣人との喧嘩にやる気がなかった翼人は、大人しく薙刀を置いた。

 

「じ、自分はまだ何もしてませんので……」

「分かりました」

 

 空気が戻る。従業員が武行を呼びに走り、店主は黒髪の男に礼を言っていた。

 やがて武行の者がやってくると、店主の説明を受けた役人は軽く聞き取りをしてから気絶中の獣人を拘束して連れて行った。

 

「ありがとうございました! どうかお礼をさせてください!」

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

 

 黒髪の男はというと、何事もなかったかのようにぬぼーっとした表情で返していた。店主からの礼も若干面倒そうにあしらっている。

 手振りで奴隷達を呼び、財布を出して立ち去ろうとする。騒がしい客に怒ってたあたり、そういう奴なんだろう。

 

「待たれよ」

 

 奴隷を連れ、颯爽と去る男。そんな彼に、ジンエモンは声をかけた。

 あの時、僅かに見えた歩法から、この男がただ強いだけの剣士ではない事に気づいたのだ。

 大小の刀からして、剣士。なら、桜闘会にて見える相手なのでは、と。

 

「俺の名はジンエモン。御仁、名を何という?」

 

 問うと、男は一度遠くを見てから、こう答えた。

 

「オロチ・ドッポです……」

「左様か。桜闘会で合おう、ドッポ殿」

「ええ」

 

 そうして、オロチ・ドッポと名乗った剣士は今度こそ去っていった。

 特徴的な奴隷を引き連れ、肩で風切って街を往く。

 奴隷の見てくれはともかく、なかなか粋な男であった。

 

「覚えたぞ、オロチ・ドッポ……!」

 

 まさか、大会の前に好敵手に出会えるとは、僥倖である。

 来る熱戦に胸躍らせ、ジンエモンは戦意を高めていた。

 

 

 

「ご主人ご主人、なんで偽名使ったんスか?」

「名前書かれた奴が死ぬ本とか持ってたら怖いじゃん」

「恐ろしい呪具ね。日本にはそんなモノがあるのかしら……?」

「あるよ。そういうお話が」

「あら、物語なのね」

「面白そうです! 読んでみたいです!」

「今度話してあげよう」

「で、今からどっち行くんスか?」

「先に防具屋かな。服屋は時間かかりそうだし」

「うぅ、緊張してきたのじゃ……」

 

 お昼ご飯を食べた後、オロチことイシグロは皆と買い物デートをしていた。

 本日は注文していたイリハの防具の受取日であり、エリーゼの希望で服をオーダーメイドしに行く予定もあるのだ。

 主人も奴隷も、とても楽しそうに歩いていた。

 

 ちなみに、イシグロは既にさっきの浪人の名前を忘れていた。

 哀れジンエモン。もう思い出す事もないだろう。




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 獣人冒険者に対し、イシグロは喉に裏拳入れた直後に頭頂部に峰打ちしました。
 受けたダメージで気絶したというより、スタンとかスタッガーしたと言った感じですね。
 後に目覚めた獣人は怪我一つ残ってません。強い異世界人はそういう身体をしています。


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ロリの未来に、ご奉仕するにゃん!

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がっております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。貰えると無条件で作者が喜びます。

 今回もよろしくお願いします。


 朝起きて修練して朝飯食って牛乳飲んで道場行って昼飯食って牛乳飲んで稽古して夜飯食って牛乳飲んで復習して風呂入って出撃して……。

 そんな毎日を送っていたら、いつの間にか約一ヵ月の時が経っていた。

 

 冬の終わり、春の訪れ。

 異世界転移一周年である。

 

 この間には色々あった訳でもないが、この頃になると色々あったりした。

 桜闘会に関する諸々を終え、イリハの装備が整って、それから迷宮探索を再開したとかである。

 

 まず、桜闘会について。

 期限ギリギリだったが、俺の大会参加は何の問題もなく認められた。ライドウさん曰く、運営側の重役にはそれぞれ推薦枠があるらしく、俺がその推薦招待組に選ばれたという訳だ。

 大会の段取りについては事前に説明を受けた。どうやらオリンピックみたいな開会式の選手入場とかはないらしいので、あとは俺が出る日を待つばかりである。

 

 同じく期限ギリギリのアンゼルマさんだったが、審査で実力を示して個人剣術部門にエントリーできたようだった。

 好きにすればいいとドライな対応をしていたゲルトラウデさんも、嬉しそうに報告してきた娘の顔を見て何だかんだ喜んでるように見えた。

 師匠は参加しないので、無月流門弟の参加は二人になる。そのうち、看板を背負ってるのはアンゼルマさんだけだな。

 

 そんなこんなで闘士の発表。

 広場とか集会場とか転移神殿の掲示板などに、学校の合格者発表みたいなノリで紙が張り出された。文字が読めない人の為に、役人が読み上げたりもしたようだ。

 

 師匠曰く、俺が出る予定の全種総合部門はイロモノの部。対戦ガチ勢はそんなにいないらしい。

 勝ったなガハハと結構呑気してた俺だが、翌日ライドウさんから直々に一部闘士の出場部門変更が伝えられた。

 なんと、二大道場のつえーやつらが部門変更を打診してきて、しかも当日のうちに受理されたというのだ。

 

 エンジョイな雰囲気なはずの全種総合部門には、剣鬼道場師範代のウラナキさんと澄刃道場のデイビットさんがエントリーしてきたらしい。

 アンゼルマさんが出る予定の個人剣術部門には、澄刃道場の師範代二人がやってくると。

 Vやねん! あかんイシグロ優勝してまう! などと慢心してた俺も、この急報にはビビッた。こいつぁ一筋縄では行かなくなったぜ。

 

「ていうか、そういうのアリなんですか? 悪い前例になってしまうんじゃあ……?」

「何とか今回だけの特別措置という事に収めました! ですが今回の結果を変える事はできず! 騙すような形になってしまい、本当に申し訳ありません!」

 

 と、訊いてみると、ライドウさんからリンジュ流DOGEZAで謝罪された。

 まぁ彼に俺をハメるメリットはないだろうから、それは別にいい。二大道場の人等についても、最初はムッとしたがコレも別にいいかとなった。

 ピンチはチャンス。勝ったらルクスリリアの言ってたメリットが増え、負けても両名相手なら損失は少ない。単にグーラの言ってたメリットが加算されるだけと考えよう。

 優勝の確率は下がってしまったが、それはそれ。ガチ度が上がったとプラスに考えよう。アンゼルマさんは、まぁ参加が目的みたいな印象だったし。

 

 それにしても、デイビットさんとウラナキさんか。

 もし、俺が二人とタイマンしたら、ルール次第で負ける相手だと思う。

 前提として、剣一本持ってよーいドンじゃあ俺に勝ち目はない気がする。乱戦なら不意打ち闇討ちで何とかなると思うのだが、小細工なしの真っ向勝負にゃ自信がない。

 幸い総合部門は剣以外の武器も使えるが、無銘や橘&湊を持ち込める訳ではない。アイテムも同様で、煙幕とか各種ポーションも使えないのだ。総合は毎回種目が違うらしいし、タイマン以外の競技をお祈りするしかない。

 

 ちょっと、このままだと拙いか。グーラには玩具あげると約束したのである。どうせ出るなら勝ちたいんだよな。

 というのも、俺のチートにも無月流にも決め手がないのだ。負けなくとも勝てなくちゃ意味がない。前にやったフルバフカウンターも橘ありきの必殺技だから、何か対人用の技が欲しいところ。

 燕返しとか三段突きとか流れ星とか円月殺法とか天翔龍閃とか鬼ノ爪とか秘剣・虎落笛とか、そういうの。

 必殺魔剣、編み出しちゃいたい気分である。

 

 まぁそれはいい。何とかなるだろう。

 何とかならなくても、どうにでもなるはずさ。

 ロリコンの事より、ロリの方が大事だ。

 

 そんなこんなありつつ、以前から注文していたイリハの防具が完成した。

 侍と陰陽術師の中間、和風魔法剣士である退魔士。そんなイリハの為に造られたのは、黄金の鉄の塊である金属鎧でも地味な革装備でもない。

 イリハ専用装備、それは絹をベースにした肌ざわり最高のアレンジ着物だった。ぶっちゃけ紙装甲である。ともすれば、エリーゼの軽鎧よりも脆い。まぁ俺の初期装備よりは大分マシだが。

 

 

 

◆九尾の天衣◆

 

・物理防御力:350

・魔法防御力:450

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:環境適応

・補助効果3:全状態異常耐性(大)

・補助効果4:魔力回復(大)

・補助効果5:魔法防護(大)

・補助効果6:体温保護(中)

・補助効果7:精神異常耐性(中)

・補助効果8:対獣耐性(中)

 

 

 

 見た目は、何かこう和風ファンタジーの巫女と侍と陰陽師を足して二で割ったような印象。

 なんだっけ、艦これの何やら型戦艦の服に近い気がする。質感の高い絹に、細かい装飾がごちゃごちゃ付いてるのだ。艦これは駆逐艦しか覚えてない。

 

 で、なんでこんな貧弱布装備になったかというと、イリハ曰く刀を使う陰陽術師は伝統的に鎧を装備しないらしいのだ。

 これは氣との相性が関係しているようで、エリーゼや他魔術師なんかは魔力を通しやすい希少金属を使っているが、氣の場合はそうはいかないんだとか。ジョブごとの武器制限はあっても防具制限のない異世界だが、そういう現地勢の合理性があるのだ。

 その分、金属鎧や革装備より沢山の補助効果を付ける事ができた。ダメージには弱いが、デバフと状況適応力は高いという、俺の鎧の尖った版と言えなくないか。

 装飾品の髪飾りには、状況適応力を上げる補助効果や魔法装填を付けておいた。和っぽい衣と合わせて実に可愛らしい。

 

「こ、こんな上等な着物が防具なんかのぅ……? しかもわし用……」

「ちなこれ、いくらしたんスか?」

「聞かない方がいいよ」

 

 言うとショック受けそうだったので言わなかったが、この絹防具の値段はイリハの身請け金よりも高かったのである。

 素材の持ち込みをしなかったのだ。こうもなろうという話で。

 

 そんな感じで、防具を買った後はエリーゼの希望でオーダーメイドファッションの専門店に行き、皆の服を注文した。

 何やら、今後の為に必要とか何とかで。

 

 さて、防具が揃った以上、やる事はひとつ。

 迷宮探索である。

 

 桜闘会の開催はもうすぐだが、俺が出る部門は最後の方なのでまだまだ時間に余裕がある。

 その間、修行だけじゃ味気ないし、イリハのレベリングもしておきたい。

 勘が鈍るのも嫌だしな。

 

 これまたちなみに、桜闘会のルールに闘士は迷宮に行ってはいけませんという禁止事項は無かった。

 だから、闘士の俺が迷宮入りするのは違法ではないのだ。

 そもそも冒険者だしな、俺。

 

「よし、行こうイリハ」

「ホントに今行くんかの? 大会が控えてると思うのじゃが」

「だから行くんスよ。このスピード感には慣れろッス」

「久しぶりの迷宮ですね。楽しみです」

「最近はずっと鍛錬だったもの。早く魔法を撃ちたくて仕方がないわ」

「お主等やっぱおかしいのじゃー!」

 

 無論、一回だけじゃ足りない。

 ヘビロテである。

 

 

 

 

 

 

 棋械迷宮。

 

 見上げてなお見えぬほど高い天井に、一切高低差のない平らな木床。

 否、これはただの木床ではない。何処を見渡しても在って然るべき床の継ぎ目がなく、その代わりとばかりに一定間隔で格子状の黒い線が引かれている。

 もし、日本人がこの床を見下ろしたならば、こう思うだろう。将棋盤みたいだ、と。そして、改めて床に立てば思うだろう。自分が駒になったみたいだ、と。

 そう、この迷宮は盤面遊戯を模していた。

 

 事実、差し手のいない盤上には、二つの勢力が存在していた。

 方や五種族五人の一党に、片や絡繰仕掛けの盤上兵団。迷宮探索者と、迷宮の主である。

 

 主の名を、盤上械駒。異界の炉で稼働する、全身木組みの絡繰人形である。

 兵団は群れで一つの存在だった。計十一体構成で、頭である将軍を守るように金の騎士や銀の侍などが主の指令を待っていた。その他、槍を持った兵士に加え、飛竜や巨象や暴れ馬の絡繰などもいた。

 

 主の初期位置はランダムである。歩兵を最前列に、迷宮の主はサッカーチームのような陣形を取っていた。ゴールキーパーの位置にはバリアで守られた将軍様。

 対し、冒険者一党は予め決めておいた陣形を取った。遊びはいるが常にガチ。されど気負う事もない。新入りの慣らしには、都合の良すぎる敵なのだ。

 

 開戦の合図はない。竜の将と機械の将が自軍の兵を鼓舞し合い、そうして戦が始まった。

 初手、爆発。突っ込んでくる歩兵隊に、炎雷の波動が直撃する。グーラの片手かめはめ波だ。

 兵士が吹き飛び、同じく突っ込んできた味方馬にも跳ねられた。再度サッカーボールのように吹っ飛んできた歩兵を、空の淫魔が切り裂いた。

 ルクスリリアは守護獣の背に立つと、大鎌から魔法を放った。迫りくる飛竜はそれを掻い潜り、返しの火炎が吹き散らされる。無論、両者無傷。盤上の空で飛竜と淫魔のドッグファイトが始まった。

 

 二人の剣士が躍り出る。イシグロとグーラだ。イシグロは通り過ぎ様に二体の機械兵を斬り捨て、最も面倒な銀の侍と交戦を開始した。

 対する銀駒は、絡繰とは思えぬ動物的な動きで一党の頭目と刃を交わした。銀を放置すると被害がデカい、真っ先に潰すか、釘付けにしなければならないのだ。

 

 後衛に向かい疾駆する暴れ馬、しかし、どういう理屈か絡繰馬は唐突に転倒した。半透明の破片が舞い上がる。足元に板状の結界が引っかかったのだ。そこに竜の魔法が殺到し、これをグーラはひと突きして屠った。ナイスサポートと言いたいところに、巨大な影が割って入る。

 遅れて迫る巨象を、グーラは真正面から押し留めた。象と獣、一見して勝者が見えるこの相撲はしかし、小さな獣が圧し勝った。ジリジリと、やがて明確に象が後退していく。流石のグーラとて、常ならばこうはならない。つまり、今は常ではないという事だ。

 いつの間にか、グーラの身体に青のオーラが宿っていた。これは獄炎犬の特性か? それもあるが、それだけではない。天狐が持つ深域の守護霊が、彼女の膂力を引き上げているのである。

 相撲に負け、機械巨象が転倒する。象への追い打ちを邪魔するように残る歩兵が襲ってくるも、グーラは惑わず退避した。瞬間、青白い光線が巨象の横腹に突き刺さった。余波で吹っ飛ぶ歩兵。立ち上がろうとしたその足には、不自然な木の根が絡まっていた。動けぬ兵の脳天を、獣の牙が粉砕した。

 

 獣の爪牙。竜の息吹。致死の暴威から生き残った一体の機械兵が、邪魔な後衛に襲い掛かる。駆け出そうとするグーラを制し、天狐は刀を構え、銀の竜族は「一応ね」と恩寵を与えた。

 集中するまでもない、散々やった型である。突き出された槍を、刀の鎬で受け流す。無月流剣術・弍ノ型。文字通り、返す刀で相手の手首を切り落とす。

 なおも動く機械兵。隙だらけの敵を前に、天狐はあっけらかんと退避した。瞬きの後、兵の身体は砕けていた。銀竜が吹き飛ばしたのだ。

 

 どしん! 翼を失くした絡繰飛竜がさっきまでイリハが居た場所に落下した。驚愕しつつ反射的に刀を振るい、ダメ押しとばかりに尻尾を切断。ビビッて放った斬撃は、イリハ史上最高の一太刀であった。残念ながら、誰も注目してはいなかったが。

 後衛組が藻掻く飛竜から離れると、翼鹿に乗った淫魔が機械竜に突っ込んだ。隕石めいて飛来し、魔法と鎌と鹿角突撃によって偽の飛竜を粉砕する。同時、最大脅威の銀侍が倒れた。この瞬間もまた誰にも見られてはいなかった。

 

 将軍が唸り、最強の駒に命を下す。満を持して金騎士が駆け、この場で最も強い戦士に剣を振り上げた。黄金の騎士と革鎧の剣士。交錯する視線には、お互い何の感情もない。

 瞬間、イシグロの背から炎の翼が発生し、迫る刃を避けてみせた。火の弧を描いて回り込もうとする獲物に剣を振るうと、今度は騎士の背中に魔法が当たった。上に淫魔、背に獣、前に頭目戦士がいて、遠くにいるのは竜と狐。

 将軍の命を受け、金の騎士はギシギシと機械仕掛けの咆哮を上げた。技も力も勝っている。魔法も弓矢も通さぬ鎧に、呪いの類いも効きはしない。黄金騎士の目に炎が灯った。

 十秒後、金の騎士は砕け散った。強い奴はさっさと倒すに限るのである。

 

 残る機械は将軍のみ。バリアが解かれ、巨躯の絡繰人形が躍動し、一党の前に降り立った。

 将軍の目が光る。戦闘形態だ。各種装甲の継ぎ目が開き、身体中に稲妻が迸る。すると、盤上に散らばった絡繰人形の破片が将軍に向かい集結していった。やがて、破片は凝集し、五つのパーツを形作った。

 

 ガシン! 具足装着! ガシン! 胴鎧装着! ガシン! 籠手装着! ガシン! 機械大槍装備!

 そして、電の尾を引いて将軍の兜が装着! 失敗! エラーが起きたので再装着! が、これもできない! まるで、頭部と兜の間に透明な板が挟まっているかのような……。

 

 ふと、将軍の目に原因と思しき存在が見えた。一党の中、将軍駒の頭部に掌を向けている狐人がいた。何故か、そいつは驚いた顔をしていた。

 ガガガガガ! 何度やっても装着できない兜は、ついにエラーを吐いて落っこちた。フルアーマー予定の将軍は、兜だけが無い情けない姿になっていた。

 お互い、想定外の出来事だ。両者の間に気まずい空気が過る。

 

「グーラ」

「はい」

 

 あまりの事態に、将軍は立ち尽くしてしまった。迷宮の主は、こうなった時の対処法を知らないのだ。

 だが、相手にとって、それは殺すに十分だった。将軍が絡繰内部を解析し終えた時、目の前には大剣を振りかざす獣の姿が映った。

 

 鉄塊の如き大剣に、雷迸る炎が宿る。重ねるように青の守護霊が加勢して、竜の鼓舞が後押しする。さながらそれは、バフてんこもりダメージレースの様相だった。

 避けようとする将軍だが、もう遅い。兜のない頭部装甲に、魔獣の牙が突き立てられる。

 

「はああああああああッ!」

 

 バッギィィイイイイン!

 

 この日、強敵で知られる棋械将軍はクッソ情けない倒され方をした。

 合体バンクを邪魔され、兜のない頭にキツい一撃。よろけたところをフルボッコにされ、ロクな反撃もできず最後はド派手に大爆発。

 心なしか、粒子に還る寸前の将軍は、天狐に向けて忌々しげな眼を向けていた気がする。

 

 

 

「つ、疲れたのじゃ……!」

 

 ボスが死に、帰還水晶が現れ、皆に経験値が行き渡る。

 すると同時、イリハはその場にべちゃりとへたり込んだ。

 これが初迷宮という訳ではないが、元々戦いとは無縁の生活を送っていた彼女である。鉄火場にあってはガリガリ精神が削れるのだろう。初迷宮の時は結構ビビッていたが、今ではしっかり動けてるあたり流石である。

 

「最後の結界、アレ凄かったな。あそこまで届くのか」

「むほ!? え? えー、まぁ……のぅ? やってみたら出来たのじゃ」

「ッス! お陰で厄介なショーグン瞬殺できたッス!」

「はい、凄かったです! 次は対策されるでしょうか」

「かもしれないわ。けれど、今はとにかく勝利を祝いましょう。よく頑張ったわね」

「むふふ~! それほどでも有るのじゃ!」

 

 べちゃっと萎んでいたイリハだが、皆に褒められてすぐに膨らみを取り戻した。

 自己肯定感こそ低いが、お調子者なイリハはこうして褒められると幸せのムードレットを獲得するのである。

 

 実際、退魔士・イリハは優秀だった。

 まずバッファーとしての優秀さ。これは深域武装の権能だが、所持者以外に守護霊を憑依させられるのはイリハの能力あっての事なのだ。

 特に青霊のフィジカルアップが壊れ性能で、ただでさえ壊れてるグーラに憑けるとトンデモ火力が出せるのだ。いざとなったら自分に赤霊憑けて飛べるし、囲まれてる人に防御霊憑けて遠隔盾だってできる。一党に一人イリハが欲しいね。いたわ。

 

 低火力の陰陽術はダメージソースになり難いが、絡め手としては有用だ。魔力と魔攻ステが上がればもっと規模のデカい式も編めるらしい。

 刀のお陰で自衛もできるし、使える技は防御重視だ。仙氣眼のアシストもあるので、危機察知と合わせて守りも堅い。

 

 なにより、イリハは結界の使い方が上手かった。

 結界は陰陽術版の防御魔法だ。強度は劣るが、魔力の盾よりも色々と応用が利く。その特性を活かし、イリハは敵の足に引っかけて転倒させたり、キューブ結界作って足場にしたりできるのである。結界師かよ。

 これは偏に、イリハの精妙な氣捌きがあってこそ成せる技であるらしい。俺には出来ないし、ルクスリリアも真似できない。低レベルの今はちょっかい程度の結界しか使えないが、強度が上がればやれる事も増えるだろう。その点でも今後の成長が楽しみだな。

 

「でへへへへ……!」

「褒め過ぎちゃったッスかね」

「その時はイリハヤバいになるだけだしヘーキヘーキ」

 

 最大まで膨らみきったイリハは、中身の詰まった饅頭みたいになっていた。

 何にしても、イリハが自信を手に入れてくれてるようでよかった。

 ロリは笑顔が一番だからな。

 

「今回は角兜か」

 

 一通り労い合ったところで、ドロップアイテムを回収する。一応レアドロだが、どっちみち買取価格はショボい。

 儲けは渋いが、獲得経験値は美味いのでヨシ。お陰で低レベのイリハはどんどんレベリングできていた。

 どうやら、守護霊憑きがエネミーを倒すと、イリハにも経験値がいく仕様っぽいのである。DPSの高いグーラやエリーゼに憑けると経験値効率が良くて非常にグッド。

 

 現在、イリハのジョブは退魔士だ。これは近中遠物魔全てに対応できる中位職であり、ステ成長もバランス型だ。 

 時間はかかるだろうが、このまま行けば安定した戦力になってくれるだろう。急ぐ気はないが、なるはやで自衛力を身に付けたいところ。

 

「じゃ、帰ろうか」

 

 アイテム取ったら用はない。俺達は帰還水晶に触れ、転移神殿に戻っていった。

 ギルドを歩いていると、顔見知りの冒険者がたまに挨拶してくる。最初の頃に冒険者達から向けられていた剣呑な視線は既になく、地味鎧をつけてても嫌な顔されなくなった。

 

「換金お願いします」

「はいよ。緑の三番な」

 

 受付机に向かい、すっかり慣れた動作で戦利品を渡す。

 換金には時間がかかるので、近くの椅子に座って待つ。休憩タイムだ。

 

「おうイシグロ! お前また迷宮行ってたのか」

 

 軽くお茶など飲んでいると、背後から声をかけられた。

 銀細工のヨタロウさんである。そういえば、彼も桜闘会に出るんだったか。

 

「どうも。闘士は迷宮禁止って書いてなかったですから」

「いや普通考えねぇよ」

 

 世間話などしつつ、換金が終わればギルドにバイバイ。

 帰り道、商店街で買い物をして、衛宮邸そっくりの借家に無事帰還。

 

「じゃあ、エリーゼはこれを細かく切るのじゃ。ルクスリリアは皮を頼むのじゃ」

「ええ。猫の手、猫の手……」

「皮剥きなら任せろッス! 皮剥き超得意ッス! むきむきするッス!」

「グーラは強火でよろしくなのじゃ」

「はい!」

 

 モノにもよるが、最近はイリハ監督の下、皆で料理をしているようだった。背が145無い彼女等は、謎の木箱を足場に台所に並んでいる。野崎くんを思い出す光景だ。

 その間、俺は武道場で無月流の型稽古。なんか悪い気もしたが、待っとれと言われたなら仕方ない。

 こんな生活を送っている俺だが、そろそろ大会が近いのだ。グーラのおもちゃの為、無月流躍進の為、できるだけ頑張る所存である。

 

「ご主人~、ご飯できたッスよ~」

「は~い」

 

 そんなこんな、ご飯食べて風呂入って布団敷いて。

 諸々の後、広い寝室で、俺はイリハに気持ち良くしてもらっていた。

 

「んぉ~……!」

 

 巨大種族用クソデカ布団の上、俺はうつ伏せになって指圧っぽい施術を受けていた。

 按摩によく似たこれは陰陽術を応用した疲労回復技術であり、氣を使って表面化していない疲れを取る効果があるのだ。あと純粋に気持ち良いので、良いトコ押されると変な声出ちゃう。

 

 これを受ける前、ルクスリリアなんかは「はぁ? そんなんで気持ち良くなる訳ないじゃないッスか~」と言っていたが、今現在彼女はうつ伏せのままアヘ顔で眠っている。

 リリィだけじゃなく、エリーゼやグーラも彼女の手技の虜だ。皆、あへあへになってトロけている。

 

「主様の筋肉は柔らかいのぅ。女みたいなのに、奥には戦士の肉が眠っておるのじゃ」

「ん~、そこそこ……」

 

 思えば、迷宮外でも、イリハには多くの仕事をしてもらっている。

 ブラックから解放したはずなのに、今ブラックになっては仕方ない。なんか心配になってきたぞ。

 

「ほい、これで終わりじゃ」

「ありがとうイリハ。あのさ、前にも訊いたけど、ほんとに大丈夫? 疲れてない?」

 

 なので、実際に訊いてみた。

 ホウ・レン・ソウだ。言いづらい事があったら相談してほしいものである。

 

「ん? いや別に忙しいとは思っとらんぞ。実際前より働いとらんし、迷宮潜ったお陰で体力もついたしのぅ」

「そうか。そうかぁ……ん~、じゃあ何かしてほしい事とかない?」

「してほしい事のぅ。わし、もう恵まれとるからのぅ……」

 

 重ねて問うと、イリハは腕組みして唸った。

 俺もうつ伏せ状態を解除し、胡坐をかいて向かい合う。

 しばらく後、イリハは少し顔を赤くして、ぽそぽそと返事をした。

 

「じゃ、じゃあ……頭を撫でて欲しいのじゃ」

「それでいいの?」

「うむ……」

 

 おいおい、そんなの俺へのご褒美じゃないか。まぁイリハがそういうならと、俺は即座に了承した。

 ちょこんと膝の上に乗ってもらって、頭を撫でる。桜色の髪から甘い匂いが香ってきた。

 

「むふ~、耳とか触ってもよいぞ♡」

「こう?」

「うむうむ♡」

 

 ナデナデしつつ、イリハの耳をモミモミする。

 彼女の狐耳は肉厚で、強めに触るとモフモフ毛の奥から独特の弾力が返ってくる。

 

「ん~♡ 尻尾出すから、こっちも撫でて欲しいのじゃ♡」

 

 言うと、イリハは八本の尾を現出させた。

 実態のある尻尾に加え、氣の塊である八本の尾。俺は綿飴のような感触の八尾に手を突っ込み、モフモフ度MAXの一本を撫で回した。

 イリハは目を細めて喜んでいる。俺もモフモフに触れて喜んでいる。ヤバい、何これ。天国か? 手離したくない、僕の魂ごと離してしまう気がするから。

 

「む~」

 

 が、ふと見ると、さっきまで按摩の余韻に浸っていたグーラからジト目が向けられていた。

 口を「へ」の字にし、黄金の瞳は半開き。これ以上ない不満顔である。

 見ていると、グーラは四つん這い移動で寄ってきて、そのままクイクイと頭を押し付けてきた。

 

「な、なに?」

「ご主人様、ボクにも尻尾がありますよ」

 

 ありますよありますよと、黒髪のロリ戦車が何度も追突してくる。あまりにも可愛い。

 内心身悶えしながら、俺はグーラの要請に応える事にした。右にイリハ、左にグーラで二人のモフモフを堪能した。

 

「えへへ♡ ご主人様♡」

「主様♡ そこ♡ 上手なのじゃ~♡」

 

 まさにモフモフパラダイス。九本の尻尾に、二股の尻尾。タイプの違うケモミミが俺を狂わせる。

 

「ちょっと、まだ私へのご褒美がないのだけれど。まさか忘れたなんて言わないわよね……?」

「はっ! スケベセンサーに感あり! おいコラァ! 淫魔にも飯を譲れー!」

 

 そうこうしていると、左右だけじゃなく全方位からロリに抱き着かれた。

 二人を撫でつつ、エリーゼとキスをしながらルクスリリアの下半身特攻を享受する。

 うんうん、みんな違ってみんな良い。

 

 このあと滅茶苦茶フォックスした。

 

 

 

 その夜、ふと閃いた!

 このアイディアは、無月流のトレーニングに活かせるかもしれない!

 

 必殺魔剣のヒントレベルが上がった!




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
 作者のやる気に繋がります。

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 作中、イシグロが言ってる艦これのキャラは金剛型の事ですね。


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スピニングロリコン(1)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベが維持できてます。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は序盤一人称、途中から三人称です。
 よろしくお願いします。


 異世界の時は左に進み、桜闘会がはじまった。

 ただでさえ賑わっているのに、今のカムイバラは連日スーパーお祭りモード。増えたのはパンピーのみにあらず、浮かれる民を引き締めるようにあちらこちらで衛兵・同心・岡引が隠れ無法者に目を光らせていた。

 人が増えて何がアレって、道を歩くのもひと苦労になるところだ。皆で歩く時なんかは結構気合が必要である。

 

 俺を含め、皆も闘技大会には興味なかったので、我が一党は街が浮かれてる間も迷宮探索をしていた。空いてる転移神殿は実に快適で、換金も手早く済んだものである。

 しかし、そんな俺達にも見るべき大会があった。姉弟子にあたるアンゼルマさんの試合である。ライドウさんからVIP席の使用権を貰ってるので、その日だけは皆で応援に行ったのだ。

 

 唯心無月流を代表し、アンゼルマさんは現役冒険者お断りの個人剣術部門に出場した。

 個人剣術部門は出場者が多いので、大会は日を跨いだ前後の部で分けて行う。そんな中、アンゼルマさんは見事前半戦を勝ち残り、後半トーナメントに出場する事ができた。

 後半は桜闘会の最終日に行われるので、今しばらくの余裕がある。俺が出る予定の全種総合の後だな。

 

「うぇーい! 賞金貰っちゃったー! これで一週間は食うに困らないね!」

「貰ったのは賞金じゃなくて銀証だろう。売るな売るな」

 

 大会はどうでもいいが、お祭りは嫌いじゃない。迷宮も修行も無い休暇日は、皆と祭りを見て回った。

 エリーゼの要望で音楽会に行ったり、グーラの要望で屋台の食べ歩きをしたり、イリハの要望で九尾英雄の演劇を見たり。あと、ルクスリリアの要望でエロ浮世絵の展示会に行ったりもした。

 

 そうこうしていると、ついに俺の出場日がやってきた。

 全種総合部門、開催である。

 

 

 

「ふむ、悪くない技だ。戦場剣としては有用だろう」

 

 早朝、闘技場に向かう前に、師匠に俺開発の必殺魔剣を見てもらった。

 師匠からはお墨付きをもらったが、所詮は奇襲戦法だ。極めるつもりはない。直近の大会で使えればそれでいいのだ。

 

「だが、頼り過ぎるなよ。戦闘の基本は鍛錬の基礎の集約だ。そういった技術は状況作りの取っ掛かりに過ぎない事を肝に命じておけ」

「はい」

 

 最終調整を終えたところで、道場の皆で歓楽街の活鬼闘技場に向かう。ライドウさんが支配人をやってる闘技場だな。

 桜闘会のスケジュールはカツカツなので、同日にも別の闘技場が使われたりしている。アンゼルマさんの後半戦はもっとデカい闘技場で行われる予定だ。

 

「ご主人、頑張るッスよ」

「勇姿を見せて頂戴」

「ご武運を」

「ちゃんと見とるからの」

「ああ。では、任せました」

「うむ」

「うちの宣伝よろしくお願いしますねー」

 

 闘技場に着き、関係者入口で皆と別れる。

 彼女等はVIP席で応援してくれるらしいので、一党と道場に恥じない戦いをしようと思う。

 

「イシグロ様、こちらです」

 

 案内人についていくと、試合で使う用の武器庫に連れてこられた。

 服は桜闘会認定の道着で固定なのだが、事前に聞いてた通り武器はこの中から選ぶようだ。

 適当な刀を調べてみると、案の定刃引きされていた。刀だけではなく、槍や矢も非殺傷用の加工が施されていた。地球基準だとこれでも十分死ねるが、異世界人は平気なのである。

 一つ一つ見ていくと、性能に大きな違いはないものの耐久度が減ってる武器もあった。俺は武器を大切にできない悪い冒険者なので、出来るだけ状態の良い武器が欲しいところ。

 

「じゃあ、これにしよう。あと、これとこれとこれと……」

 

 総合に武器制限はない。同じく、持ち込み数に制限もない。

 俺は数ある武器の中から極力丈夫なやつを選別し、闘士待合室に向かった。

 

 にしても、大勢の前で試合か。

 慣れないよなぁ、こういうの。

 

 

 

 

 

 

 満員御礼の活鬼闘技場。

 東区地下に造られた広大な会場には、朝っぱらから並々ならぬ熱気が籠っていた。

 この日、これから、この場所で、新たな物語が生まれ出る。観客達にはそういう確信があった。

 

 全種総合部門。いつもは他部門の席を確保できなかった奴が仕方なく見に来るイロモノ大会なのだが、本日は訳が違う。誰も彼も、躍起になって席を確保する必要に迫られていたのである。

 また、盛り上がっているのは観客だけではなかった。VIP席には支配人のライドウや、東区長のバンキコウといったリンジュを代表する重役達が席に座し、中には他国の重鎮の姿もあった。

 その他、例年であればあり得ぬ事に、全種総合部門の席に応援団の姿まであったのだ。彼等彼女等は推し闘士を象徴する羽織を身に纏い、その時が来るのを今か今かと待っていた。

 

「皆さん! おぉぉぉ待たせしましたねぇ! 司会進行&実況は私! 活鬼道場のダンガンが務めさせて頂きます! え? 早く進めろって? いやいや待って! せめて偉い人の紹介だけさせて! ほらあそこ! ライドウ師匠が手を振ってるよ! はい次ィ!」

 

 大きな声の猿人男が場を盛り上げる。そういうキャラなのか、実況の猿は客から温かい野次を飛ばされていた。

 人気はあれど花形ではない総合部門。では、何故これほどまでに注目されているのか?

 その理由が、もうすぐやってくる。

 

「これ以上やると暴動が起きそうですね! それでは、そろそろ来てもらいましょうか! 桜闘会、全種総合部門! 一回戦第一試合! 闘士達の入場です!」

 

 司会に促され、各所に配された魔道具から色とりどりの火炎が解き放たれた。音楽隊が大音量で楽器を鳴らし、この場の主役を招き入れる。

 そうして、東西南北の入場口から、闘士達が姿を現した。

 

 ワァアアアアアア!

 

 歓声が轟く。溜め込まれていた熱狂が喉から腹から解放された。

 会場の声に負けじと、実況役の猿人男が闘士の名を謳いあげる。

 

「闘士番号一番! 澄刃道場師範、“水仙剣”のデイビット! 剣術部門から急遽参戦です!」

 

 参加闘士の先頭を往くのは、澄刃流の美剣士デイビットだった。

 彼は爽やかイケメンスマイルを浮かべながら、異世界女子視点最高にエロい肉体を誇示するように歩いていた。客席に向け、時折手を振るファンサも忘れない。

 応援団を中心に、多数の女子と少数の男子からピンク色の声援が木霊する。そのせいで、続く闘士紹介が聞こえない程の人気ぶりだ。

 

「闘士番号二十番! 剣鬼道場のロベリア! 彼女もまた、剣術道場部門からの参戦だぁ!」

 

 拍手と歓声に誘われ、闘士が次々やってくる。

 中には剣鬼道場の門弟も混じっていた。この場にウラナキがいないのは、同じく一回戦の第二試合に出る為だ。それくらい参加人数が多いのである。

 

「皆さんお待ちかねぇ! 闘士番号四十五番! 流派は唯心無月流! ラリス王国からやってきた! 現役銀細工持ち冒険者ぁ!」

 

 そしてついに、観客が待つ男の番が回ってきた。

 例年、人気こそあれ熱狂のなかった全種総合を参戦一つでここまで盛り立てた男。カムイバラ最新の英雄。“黒剣”の二つ名を持つ、ラリスの剣豪。

 

「ご唱和下さい、彼の名を! イシグロロォォォォォ! リィキィイタカァアアアアア!」

 

 入場口から、名を呼ばれた者が現れる。黒い羽織の謎集団、会場の一部が爆発的な盛り上がりを見せた。

 一歩一歩、決まった歩幅でやってきた。噂通りの髪と瞳。紛れもなくイシグロである。が、彼を見たことない者はちょっと思ってた顔と違って困惑した。パネマジのない異世界、「君写真と違うね?」ならぬ、「君噂と違うね?」が発生したのである。けれど、次の瞬間には細かい事はいいさと熱狂に身を任せようとした。

 

「おおっとぉ! 闘士イシグロ! 随分と重装備! これはどういう作戦だぁ!?」

 

 が、実況の声に、盛り上がっていた観客も気が付いた。確かに、彼は妙に重装備だ。二つ名にはない武器まで持って驚きだ。

 基本、異世界人の多くは自分の使用武器を一つに絞る。ここにいる闘士達もそうだ。せいぜい、刀を使うにしても大小二振り程度だ。そんな中、イシグロは装備枠の限界まで持ち込んでいたのである。

 

 道場通いを示すオーソドックスな道着スタイルは別に普通だ。けれども装備が普通じゃない。

 左腰の大小の刀に加え、タスキ掛けした背には槌が装備され、右腰には両刃の直剣。あまつさえ右手に大きな十文字槍を持っていたのである。

 事実、イシグロはガチャガチャ鳴る武器のせいで歩きづらそうにしていた。周囲から「バカでは?」という視線が突き刺さる。が、本人的には至って真面目な装備構成であった。いやだって、今からどんな試合が始まるか分からないじゃんという主張である。

 

「イシグロさーん! こっち見てー!」

 

 次の闘士紹介を聞き流し、位置について待機中。VIP席の一党員を見ていたイシグロは、歓声の中から名を呼ばれて観客席の方を見た。

 そこには同じ羽織を着た集団がいて、先頭には顔見知りの白虎族女性がいた。

 最前席の一角で、変な羽織を着たミアカが手を振っていた。彼女の隣には、前に橋から落っこちたところを助けた鬼人幼女がいた。イシグロは幼女に手を振り返した。ミアカはそんな事実もないのに「手ぇ振ってくれた! よしよし好感度アップー!」とキャッキャしていた。

 

「続きまして! 闘士番号七十八番! 銀細工持ち冒険者のファイゲ!」

 

 闘士の数は六十を超え、七十を過ぎてなお増える。土俵リングを取り払っているとはいえ、こうも集まるとギュウギュウだ。

 その間、イシグロは周囲の闘士達を観察していた。

 

 道着を着てるのは少数で、自分とデイビットと剣鬼道場の門弟のみ。他は奇抜なファッションをした連中が多い印象。

 ふと、デイビットと目が合った。爽やかにウィンクされた。イシグロは軽いデバフを食らった。

 

「さてさてさてさて! 闘士全員揃いまして! これ以上待たせるのは酷と言うもの! では、早速はじめましょうか!」

 

 足元の巨大陰陽陣が発光する。半透明の結界床が生成され、この場に集った闘士達がリフトアップされていった。

 上昇するにつれ、闘士同士の間隔も広がっていく。一定高度に到達すると結界は停止して、各所の宙に板状の浮遊足場が形成された。

 前見たステージと違う。まるで、スマブラの大戦場のようだった。

 

「ご存じの通り、全種総合部門は今日一日しかございません! まずは選りすぐりましょうか! 第一種目は大乱戦! 闘士選抜生き残り戦だぁーッ!」

 

 参加人数、ステージ構成、実況の説明を聞くまでもなく、イシグロは理解した。今から始まるのは、要するにバトロワだ。

 続くルールを聞き流す。それにしてもガバいルールである。時間制限あり、ポイント制でもない各ペナルティ無しのサバイバルなら、こんなん逃げ一択だろ。ゲーマー・イシグロは、観客席のロリを探しながら思った。アーチャースキル“遠視”の応用である。

 これまた、イシグロはVIP席の皆を見た。ルクスリリアがお菓子を頬張ってて、その他の皆は熱い瞳でこっちを見ている。そんな目で見つめられちゃあ、逃げるなんてシャバい真似できそうにない。

 

「よろしいですね!? よろしいですね!? では! 十秒後に開始しますよ! 皆様! 私と一緒に、声をお出しくださいな!」

 

 実況に促され、会場全体がカウントダウンを唱和する。

 スタートが近づくにつれ、イシグロの周りに人が集まっていく。チートを使わずとも、イシグロは自身が狙われている事に気が付いた。

 逃げるのはナシだが、囲まれるのは勘弁である。イシグロは周囲を伺いつつ、初手でどう動くかをシュミレートした。

 

「「「さん! にー! いちッ!」」」

 

 試合が始まる寸前、ほんの一瞬会場全体が静まった。

 静寂の中、剣鬼門弟はデイビットを見た。デイビットはイシグロを見た。イシグロはロリを見ていた。

 

「「「はじめ!」」」

 

 バァアアアアアン! 試合開始の銅鑼が鳴り、全種総合戦が始まった。

 わぁあああああ! 闘士の咆哮と観客の声援が混じった音が鳴り響く。あまりの大声に、イシグロは一瞬顔をしかめた。

 

 次の瞬間である。イシグロの危機察知チートが発動した。前後左右から敵意と害意と戦意が届く。どいつもこいつも、目立つ男を倒すつもりであった。

 本来、総合に来るのはエンジョイ勢。やる気はあっても勝つ気が無いのが普通である。要するに、今囲んでるのは一般ピーポーである。

 

「「「(タマ)取ったらぁあああああ!」」」

 

 タマと言えばウマのタマちゃんを想像してしまう。園児コスは良いものだ。迫りくる総攻撃に、イシグロはそんな事を考えつつ余裕を持って活路を見出した。

 一つの動作で多くの事象。槍を構えたイシグロは、包囲網の脆弱層を狙って跳んで突破した。寸前まで居たところに攻撃が殺到し、イシグロアンチの同士討ちが発生する。

 群れから抜けたイシグロは、最小限の動きで闘士に攻撃していった。地味で堅実で迅速なこの立ち回りは、唯心無月流を習った成果であった。

 

「死ね! イシグロ! 死ねェ!」

 

 チート発動。九割の害意と一割の殺意。ガチで殺る気のハリキリボーイが肉迫する。

 派手な法被の男が襲い掛かって来た。見ると、男の法被にはデフォルメされたミアカらしき萌えキャラが刺繍されていた。おまけにハチマキにもデフォルメ・ミアカが描いてある。

 言うてへなちょこ攻撃だ。難なく捌いたイシグロだったが、同じ法被の違う男が他にも沢山いて、全員揃って襲ってきた。どいつもこいつも、イシグロに殺意むんむんである。

 こいつら、ただのイシグロアンチではない。アンチガチ勢だ。

 

「「「イシグロ発見! 突撃ぃーッ!」」」

「何の何の何……!?」

 

 異様な光景に狼狽するイシグロ。獲物の動揺に構わず、謎の男達は手に手に武器を持って突撃してきた。

 法被の刺繍にある通り、彼等は踊り子・ミアカの親衛隊である。何故ただのミアカ推し連中が此処にいるのかというと、一言で言えばミアカへの推し活だ。だが、当の偶像がイシグロ応援団の長をやっているのを見て、彼等の脳が半壊して一時的にバーサーカーと化しているのである。

 あと、最近ミアカが“萌虎のしっぽ”を辞めた事で暴走しているというのもある。日本でも異世界でも、厄介オタクの行動力は常軌を逸していた。

 

「食らえ! ミアカちゃんキーック!」

「トンファー使え」

「グワーッ!」

 

 トンファー使いのキックを打ち払い、イシグロは冷静にミアカ親衛隊を潰していった。

 一人倒してもまだ増える。しかも攻撃受けても立ち上がる。推し活ガッツと数の暴力、何気にイシグロは追い詰められていた。

 イシグロを狙っているのは親衛隊だけではない。最初にイシグロを攻撃してきた連中も、親衛隊ではないお祭り勢も、謎に連携して真イシグロ包囲網を形成した。

 

「俺の名はハルト!」

「アサヒ!」

「ソウレン!」

「リュウセイ!」

「「「「剣界震攻撃!」」」」

 

 包囲網の中から、なんかヤバそうな奴等も襲ってきたのだから堪らない。

 謎の連携攻撃に、親衛隊の謎連携力。ひとつひとつ対処していく中、イシグロはさてどうするかと頭を回した。

 

 相手は雑兵だ。グーラ並みのパワーがあれば槍のひと薙ぎで倒せただろうが、イシグロの膂力ステでそんな無双プレイはできない。

 重装備のせいで動きづらい。用心して持ってきたものの使いどころは無さそうだ。普通に捨てちゃっていいかな。

 まぁそれは後、とにかく現状を打破せねば。

 

 メンターのインストラクションを思い起こす。無月流の基本戦術、環境利用だ。全方位からの攻撃を捌きつつ、イシグロは周囲を見渡した。

 遠くでは剣鬼道場の門弟がデイビットにケンカを売っていて、彼は涼しそうに剣を振っていた。あ、目が合った。またウィンクされた。余裕そうである。

 その他、鉄札程度の闘士が多い中、銀細工っぽい動きをする猛者もいる。彼等も華麗に立ち回っていたが、なんか服装がダサ……前衛的だ。なるほど本来イロモノ部門だもんな。

 

 現状、彼等は利用できそうにない。ならばステージはどうだ。結界床は大きな平面になっており、ところどころに浮遊している板状の足場がある。これは使えそうだ。

 思いついたら即行動。イシグロは邪魔な親衛隊を倒した後、浮遊足場へ向けて駆け出した。追いかけて来るモブ。まるでゾンビ映画のワンシーンみたいである。

 シュバッとジャンプし地の利を得たぞ。イシグロは浮遊足場でゾンビ集団を迎撃する構えを取った。

 

「待てやヒデブ!?」

「追いついたぞウギャ!?」

「てめぇミアカちゃんとはどういう関係だエヒャ!?」

 

 それから、登ってくるモブたちをワニワニパニックの要領で一体ずつ突いていった。これでは戦いというより作業である。

 足場の外、HP切れでダウンした親衛隊員は結界床をすり抜けて落下していき、ネットで回収されていた。

 

「ほい、ほい、ほいっと!」

「畜生舐めやがアプパ!?」

 

 余裕が出てきたイシグロは、何となしに皆のいるVIP席の方を見てみた。すると、銀竜のご令嬢は「そうじゃないでしょ……?」みたいな不満顔をしていた。

 どうやら、この戦い方は姫様のお気に召さなかったようである。ならばと、イシグロは結界足場をつま先でコツコツした後、次なる策を案じた。

 どうせなら、派手にやろう。作戦名は、“イナバへの挑戦状”だ。

 

「こんな感じかなっと」

 

 イシグロは足場の中央まで退いて、遠くにいた親衛隊長に槍を投擲して沈黙させた。パージとアタックが両立できてお得。

 それから槌と直剣を手に歪な二刀流になってみせ、足場に上がってきた闘士達を華麗に捌いて倒していった。

 その動きはあくまで流麗。剣でいなし、槌で打つ。戦い方こそ無駄の極みだが、洗練された足捌きは無月流の教えあってこそだ。これは所謂魅せプレイである。

 イシグロの魅せプに、観客席は大いに湧いた。応援団もいっそう声を上げた。鬼人幼女の「がんばえー!」がイシグロの力になる。

 

「きゃー! イシグロさんがんばれー!」

 

 応援団長のミアカも舞踊そっちのけで声援を送った。

 喧騒の中、推しの声を聞き逃すようなオタクはいない。

 

「「「アバババババ……!」」」

 

 白虎美女ミアカからの黄色い悲鳴。送り先はラリスもんの銀細工。それが気に入らないのが親衛隊含むイシグロアンチである。

 愛と怒りと悲しみで、彼等の目つきは豹変した。

 

「「「ブッコロォ!」」」

 

 

 彼らはノロノロゾンビからダッシュゾンビにクラスチェンジし、全く無警戒で浮遊足場に雪崩れ込んできた。なおも魅せプをするイシグロは冷静に数を数えていた。

 定員オーバーだ。ある程度数が揃ったところでイシグロは垂直跳躍。見上げる標的は、ポカンと口を開けていた。

 

「百人乗っても……!」

 

 槌を振り上げ、勢い乗せてグルグル回す。全身に魔力を通し、数少ない槌系能動スキルを発動した。

 残り耐久度と引き換えに、一発キツいのぶち込むスキル。輝く螺旋は破壊の権化。叩き壊すは浮遊結界。名もなき槌が悲鳴を上げる。

 そして足場に、輝く槌を振り下ろした。

 

「大丈夫ッ……!」

 

 ドゴォ! 浮遊結界が揺れ、半透明の足場に亀裂が生まれる。

 イシグロが振り下ろした槌にも亀裂が走り、やがてどちらも砕け散った。

 通常味わう事のない地面の消失。覚悟など、できるものかという話。

 

「え?」

「は?」

「ほわ!?」

 

 ガラスが割れるような音、結界で出来た足場が消失した。パラパラ舞う破片と共に、闘士の群れが落ちていく。

 一瞬の浮遊感。突然足場が崩れたのだ。呆けてしまうのもむべなるかな。だが、イシグロを討つには鈍過ぎる。迷宮狂いにとって、足場の消失など何度も経験してきた事象に過ぎぬのだ。

 

「すぅ……」

 

 ひと呼吸。無防備な敵をロックする。イシグロの飛翔に滑走路は必要ない。足元に盾を生み、踏みしめ、駆け出す。

 壊れた槌を捨て、両の手で以て剣を構えた。最も使い慣れた能動スキル、無月流エディション。黄金の光が刃に満ちた。

 

「はッ!」

 

 次の瞬間、落下中の闘士達がはじけ飛んだ。さながらそれは、人混みの中心で大爆発が起きたかの様。

 しかし、この場の実力者には見えていた。落下の最中、イシグロは足元に生成した魔力の板を蹴って四方八方に跳び跳ね武器を振りまくったのだ。

 爆発ではない。爆発と見紛う前後左右の往復軌道。翼もないのに虚空を走り、蹴って斬り捨て跳ね飛ばす。刹那の間に巻き起こされた、凝縮された剣嵐。

 

 ダン! 倒れる闘士の真ん中で、スーパーヒーロー着地する影あり。誰あろう、イシグロ・リキタカである。

 一拍遅れて、ノックアウトされた闘士達は結界の下に没シュートされた。その場に残ったのは、黒髪黒目の剣聖ひとり。

 立ち上がったイシグロは、常と変わらぬ表情をしていた。イキりもせず、ドヤりもせず、泰然自若と佇んだ。

 まさに、強者の貫禄であった。

 

「「「きゃあああああ!」」」

 

 歓声が増す。あまりに圧倒的な勝ちっぷりに、客席から黄色い悲鳴が木霊する。異世界において、強さの誇示はセックスアピールの見せつけ行為に外ならない。

 イシグロ視点、ぶっちゃけこういう魅せプは恥ずい。が、ルクスリリア達にカッコつけられるなら是非もなかった。

 勝って兜の何とやら。イシグロは冷静に周辺を確認した。

 

 見ると、闘士の数は随分と減っていた。

 残っているのはパッと見鋼鉄札以上の強者ばかりで、親衛隊のような素人集団は軒並み退場していったらしい。

 遠くでは、未だにデイビットと剣鬼道場の門弟が戦っていた。剣鬼流の一人と目が合うと、凶笑を向けられた。普通に怖い。イシグロは近づかないようにした。

 

 これなら、もういいかな。

 十分戦ったし、あとは適当に流せば大丈夫だろう。

 イシグロはそのように思い、小さく息を吐いた。

 

 次の瞬間である!

 

「私ファイゲさん、今貴方の後ろに居るよ」

 

 危機を察知したイシグロは、反射的に背後に剣を振るった。ギィン! 激しい火花が散り、声の主は剣圧に負けて後退。

 剣を構えて見据えた先には、顔も背格好も全く同じ二人の男が立っていた。何故か、向かい合って恋人繋ぎをしながら。

 

「イシグロ殿、乱戦にて失礼仕る。我等、天狗族の双子兄弟。私は兄のファイゲ」

「弟のフィーゴ。貴公と同じく、銀細工持ち冒険者」

「人呼んで、秘孔天狗」

「袖触れ合うも他生の縁」

「もはや運命感じちゃう」

 

 シィバッと、指鉄砲を向けられる。

 その指は、イシグロの股間を照準していた。

 

「「その肛門、貫いてしんぜよう」」

 

 ゾワリと、イシグロの背筋に悪寒が走った。

 相手は素手。此方は剣。リーチで勝ってても、肝が潰れる思いだった。

 

「ちょ待っ……!」

「「ゆくぞ」」

「待てって!」

 

 イシグロの制止に構う事なく、秘孔兄弟は猛禽の如く躍りかかって来た。

 機動力に秀でた天狗族というだけあり、その格闘術は変幻自在。時に上から、時に下から、兄が前を担当し弟が後ろを担当して、かと思えばリバースしてきて厄介だった。

 

「くっ! 隙がない!」

「隙を見せるのはそっちだイシグロ殿」

「早く隙を見せろイシグロ殿」

 

 闇雲に振るった剣は手刀によって防がれる。異世界人の武闘家は拳や指を武器とする都合上、その肉体はそうあれかしと鍛錬すれば鋼鉄よりも硬くなるのである。

 二対一、イシグロは劣勢を自覚しつつも逃走を選べなかった。本能的に、逃げたら拙いと思ったのだ。

 

「押し切れない……! このままじゃ……!」

「ふむ? 貴公は一つ勘違いをしているぞ」

「左様。我等は男色家ではない」

「貴公とまぐわいたい訳ではないぞ」

「ただ……」

 

 戦いの最中、兄弟は上の口を閉じなかった。

 

「ただ?」

 

 剣を振るいながら、イシグロも応じる。

 バッと飛び上がった双子兄弟は、両手指を構えて突撃してきた。

 

「「他人の尻に指を突っ込んでビックリさせたいだけだ」」

 

 要するに、重度の浣腸フェチであった。あるいは感性が男子小学生のソレ。

 ここにきて銀細工らしい奴きたなと、イシグロは苦虫を噛み潰したような顔になった。ヨタロウも忍者ズもまともだったから忘れていたが、元来銀細工はこんな奴ばっかなのだ。

 

「我等が奥義を受けてみよ!」

「主に後ろで受けてみよ!」

「「奥義! 百花繚乱・旋風貫!」」

 

 それはまさに、常時発動サイコクラッシャー。ガードしても通り過ぎてく鬼仕様。

 だが、見切った。突っ込んでくる兄を受け流し、転倒した兄の肩に全力の一撃をぶち込んだ。

 

「ぐぅうううう! まだまだぁ……!」

「こいつ……!?」

 

 しかし、その一撃はイシグロの想定より遥かに軽かった。なんと、クリティカルが入ったはずの兄はイシグロの剣撃を耐えきり、剣を握る両手をつかみ取ってきたのである。

 焦ったせいで失念していた。今の剣は刃が潰されている非殺傷武器だ。実戦のつもりで剣を振ったイシグロだったが、常のガチ意識が仇になったのだ。

 

「今だ弟者!」

「合点承知!」

 

 兄の男気に応えるように、背後に回り込んだ弟が牙突のポーズを取った。

 極至近距離。手が塞がっているイシグロ。蹴りを入れるも、魔法剣士ジョブでは本来の威力が出ない。ジョブチェンジしようにも手指を塞がれた状態では格闘技が使えない。自爆覚悟の魔法攻撃! 兄はこれさえ耐え抜いた!

 拙い拙い拙い! イシグロは冷や汗をかいた。観客が目を覆った。一部観客は刮目した。

 

「遊惰に咲かせ、奥義・紅花賢覧!」

 

 刺突属性の指が迫る! このままでは、背後の掘っとこケツ太郎がもぐちゅ(・・・・)してはむはー(・・・・)な事になってしまう。穴掘り大将くん……ってコト!?

 時間感覚が拡張される。スローモーションの世界、鬼人幼女の応援が聞こえる。諦めるな! 肉を斬らせて骨を絶つか? いや、それはダメだ。イシグロは処女なのだ。大切に守ってきたケツ処女を今日あったばかりの、しかもロリではない奴に取られるなど真っ平御免だ。脳裏に危機察知。チートが危険と断じる程にはあの浣腸はヤバいという事。

 ならば移動スキルで逃げる! ダメだ、身じろぎ程度にしか機能しない! ケツに【魔力の盾】を使うか? できるか? 練習してない部位に無詠唱で?

 否、やらねばヤられる! 頭をクールに、体をホットに! 魔力を練る、尻周りを意識して、そこを守るように盾を作る! い、イメージが足りない! 椅子はどうだ? ああ、間に合わない!

 

 この時、イシグロの心は得体の知れない恐怖に覆われていた。

 振り返ると、死神がいる。奴は鋭利な指を煌めかせ、イシグロの出口を入口にするつもりだ。迷宮の主よりも、過去戦った犯罪者集団よりも恐ろしい。

 

 その時、イシグロの頭に走馬灯が走った。

 中型免許を取って、初めてのソロツーリング。何となく入ってみた銭湯。足首に鍵を巻いた男たち。そして見てしまった。ああ! 窓に! 窓に!

 

 せめてもの抵抗に、イシグロは外肛門括約筋を引き締めた。

 受けはしない、攻めるのだ! 覚悟を決める。リスクを冒して、魔法カウンターを入れてやる! この際、多少のダメージは度外視する!

 持ってくれよ! 俺のシリアナ! イシグロは勇気を出し、運命の時を待った。

 

「澄刃流・裏奥義、【冷泉憤怒】……!」

 

 その時、イシグロの肌一枚手前に、澄み切った刃が迸った。

 

「「むっ!?」」

 

 横合いからの奇襲に。双子兄弟は慌てて退避した。致命の指が触れる寸前、両者を隔てるように一筋の線が引かれたのだ。

 上から下へ。それはさながら、流水で出来た巨大な刀が振り下ろされたかの様。観客の魔術師は瞠目した、アレは何だ? 澄刃流の門弟も驚愕した、アレは何だ?

 例えるなら、意のまま動く間欠泉。異世界人にはよく分からなかったその技は、イシグロには目で見てすぐに理解できた。

 その技はまさしく、異世界式ウォーターカッターだった。

 

「やあ。苦戦しているようだね、イシグロさん」

 

 すたっと、イシグロと背中合わせになるように、澄刃道場師範のデイビットが現れた。

 彼の右手は刀を握っており、その切っ先からポタポタと水滴が落ちていた。左手には同じく水滴を落とす短杖。

 

「あ、ありがとうございます! 助かりました!」

「礼には及びませんよ。万全の貴方と仕合う為ですから」

 

 常になく、イシグロは上ずった声で礼を言った。

 本当に助かった。心の底からの感謝に、デイビットは気にするなとばかりのウィンクを返した。イシグロのデバフが解消された。

 

「澄刃流デイビット。良き戦士だが、現状では荷が勝つか」

「兄者、ここは逃げるぞ。もうすぐ試合も終わる。二回戦でヤろう」

 

 弟の言う通り、残る闘士の数は少ない。このまま逃げ回っていれば、何処かの誰かが数を減らしてくれるだろう。

 そうすれば、二回戦に出られるのだ。出て来るのだ、変態浣腸野郎が。

 

「イシグロさん!」

「はい!」

 

 そうはさせじと、二人の剣士が猛攻を仕掛ける。

 イシグロは耐久度の減った直剣を投げ捨て、腰の二刀を引き抜いた。デイビットは弟目掛け牽制の水魔法を放った。

 

「二刀使いか! だが此方は二穴使いだ! 舐めるなよ!」

「やかましい……!」

 

 逃げようとする兄弟を、今度は二人で追いかけ回す。

 流石の天狗族といったところか、兄弟は機動力が高くなかなか捉えられずにいた。

 

「仕方ない。僕が止めるよ。その間に」

「わかりました」

 

 即席の連携。デイビットが捕らえ、イシグロが討つ。お互い底を見せてはいないが、迷宮の勘が共鳴した。戦いの中、戦士と戦士は助け合うのだ。

 デイビットは短杖を構え、隠してきた切り札を唱えた。

 

「魔力過剰充填、【水蛇氾濫】!」

 

 デイビットの杖先から、水で出来た蛇が解き放たれる。その数は一匹に留まらず、後から後から濁流のように解放される。

 狙いは明白だった。身体に嚙みついてこようとする水蛇を、弟は二本指で切断した。だが、切り離された雫は空中で小さな水蛇へと変じ、弟の腕に噛みついた。

 

「なにィ!?」

「弟者!」

 

 一匹に捕まれば最後、次々に絡まってくる水蛇に巻き付かれ、弟は拘束状態になった。

 そこに、二刀を構えたイシグロが肉迫!

 

「天誅!」

「ゴバァ!?」

 

 勢いに乗った進撃風回転斬り。弟のうなじに、容赦のない刀が打ち込まれた。

 

「流石! じゃあもう一人もやるよ! 魔力過剰充填、【水蛇氾濫】!」

「うぉおおおお! 当たるかぁああああ!」

 

 迫りくる水蛇を、兄はアクロバティックな機動で回避していた。それはさながら、優等生と天才と目立ちたがりの三種多弾頭ミサイルを避けまくるサーカス団員のようだった。

 しかし、マッスル特化の兄に回避機動はキツかったようで、とうとう足首に蛇が嚙みついた。身体がつんのめる。回避力が落ちる。そこに、魔力盾階段を駆け上がるイシグロが迫る!

 

「待てイシグロ殿! 話せば分かる!」

「分かり合えねぇよ! じゃあな!」

「たぶりゃぁ!」

 

 空中ドルフィンキックからのクロス斬撃! 浣腸兄はしめやかに意識を爆発四散させた。

 空中で姿勢を整え、着地するイシグロ。その隣に、異世界的美剣士デイビットが並び立つ。

 

「試合終了!」

 

 ジャアアアアン! 終わりを告げる鐘が鳴り、波乱の一回戦第一試合は終了した。

 イシグロとデイビット、それと少数の生き残りの二回戦進出が決定したのである。

 

「危ないところを助けて頂き、重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました」

「いえいえ、構いませんよ。貴方とは尋常な試合をしたいですからね。決勝で会いましょう」

 

 観客が沸く中、二人は堅く握手をした。戦士同士の熱い友情に、一部女性陣が顔を赤くした。

 イシグロは気づいていなかったが、その時のデイビットは勃起しかけていた。

 

 イシグロ・リキタカ、二回戦進出決定。

 桜闘会は続く。

 

 

 

 その後、イシグロは闘士控え室で皆にヨシヨシしてもらって心を癒やした。

 

「ご主人ご主人、あの男、握手してた時軽く勃ってたッスよ」

「え……?」

「そういう事は言わなくていいのよ」

 

 もっと強くなろうと思った。

 愛する者だけでなく、自分の貞操も守れるように。

 何処から魔の手が迫ってくるか、分ったものではないのだから。

 

 男イシグロ、勝って尻の穴を締めた。




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 100話に到達しましたね。
 これも皆様の応援のお陰です。ありがとうございます。
 これからも本作をよろしくお願いします。


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スピニングロリコン(2)

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がってます。
 誤字報告も感謝です。いつもお世話になってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、以前登場したキャラクターが出てきます。
 アリエルとイスラです。ラリスの金細工と、リンジュの銀細工です。

 今回は三人称の後に一人称です。
 よろしくお願いします。


「試合終了ーッ! 一回戦第三試合を生き残ったのはァ! この闘士達だぁーッ!」

 

 波乱の第一試合が終わり、大会は進み一回戦の全試合が終了した。

 第一試合ほど大規模ではなかったが、第二第三試合ともに闘士達は生き残りを賭けた大乱戦を繰り広げていた。

 一回戦は第三試合でおしまいである。以降は一回戦を生き残った闘士で二回戦を行う予定である。二回戦もまた、最終戦に出る為の選抜戦だ。

 

 一回戦終了後のインターバル、観客は先ほどまでの熱狂を振り返っていた。この間、売り子から酒やお菓子を買ったりして感想を言い合うのだ。

 一回戦全体を通し、全種総合とは思えない熾烈な戦いだった。中でも多く話題に上がった闘士は三人。澄刃流デイビットと、剣鬼流ウラナキ。それから唯心無月流のイシグロである。

 やれウラナキのあの戦いぶりはヤバいだとか、やれデイビットの胸筋がエロいだとか。噂の英雄様は細っこいくせによくやるだとか。ファン同士、こういう会話が楽しいのだ。

 

 そんな客席の中、一等豪華なVIP席では仕立ての良い服を着た者達も同じような話題で盛り上がっていた。

 彼等彼女等は皆、ライドウが呼んだ国の重鎮である。議会に組合に武行の上役。他国の来賓もまた、この日の召喚に応じた者達だ。

 リンジュ共和国の政界において、彼等は穏健派と呼ばれる勢力である。近年、災厄を機に躍進しようとする勢力を抑え、生存圏の保護を重視するという志を同じくする者達だ。

 

「それにしても、あれが去年の今頃に冒険者になった男ですか」

「やはり人間種は成長が早くて面白いですね」

「ですが“黒剣”という二つ名は、なんかこうイマイチな気がしますね……」

 

 観客と違い、穏健派の注目はイシグロに集中していた。というのも、当の男は現在どこの勢力にも所属しておらず、不安定な状況にあるからだ。

 生存圏保護の一環として、彼等は一騎当千の英雄を国の内輪揉めに巻き込まないよう計らっているのだ。故にこそ、ライドウやバンキコウの召喚に応じたのだ。

 若い英雄を政治屋の道具にしてはならない。古代から現代に至るまで、何度も失敗して学んだはずだ。少なくとも、穏健派はそのつもりであった。

 

「失礼。来賓の方をお連れしました」

 

 和やかな会談の最中、扉の向こうから声が聞こえた。声の主はライドウの弟子であった。

 東区長の天狗が目配せすると、ライドウは弟子に入るよう促した。すると、ガチャリと扉が開かれた。

 

「久しいな、ライドウ、バンキコウ」

 

 ふわりと、まるで森の涼風が吹いたかのような錯覚。開いた扉から入ってきた女性は、まさしく美の権化であった。

 金糸の如き髪に翡翠色の双眸。その身に纏うドレスはラリス風。尖った耳は森人の証、首に下げるは強者の証。

 彼女こそ世界に名だたる大英雄。金細工持ち冒険者、“翡翠魔弓”のアリエルであった。

 

 彼女は単なる金細工冒険者ではない。ラリス王国の最高戦力の一人であり、止まり木協会の創設者。同じく止まり木同盟の盟主でもある。また、その身は上森人(ハイエルフ)王の血を引いているのだ。

 紛れもなく、世界の守護者であった。

 

「アリエル殿、お久しゅうございます。お忙しい中、よくぞいらして下さいました。どうぞ、こちらへ」

「ああ。おっと、君等も畏まらなくて結構。楽にしてくれ」

 

 支配人のライドウが挨拶すると、他国の森人重鎮も彼に続くように首を垂れた。

 アリエルはラリス王国の金細工持ち冒険者だが、森人族にとってはそれ以前に尊き血を継ぐ上森人王の娘なのだ。国や肩書は違えども、彼女に敬意を払うのはごく自然な流れだった。

 

「つい先ほど到着したところでな。遅れてしまった。ああ、彼女も座ってもらってよいか?」

「とんでもございません。どうぞ、アリエル様の隣が空いております故」

「いえ、護衛中ですので」

 

 アリエルの隣には褐色肌の牛鬼人がいた。剣鬼流師範代のイスラである。

 一度ラリスに渡った彼女は正式に止まり木協会に所属し、今現在は支部設置の現地視察に来た会長の護衛をしているのだ。

 

「そう言うな。ここに危険はないよ。盟主命令だ、座れ」

「はい」

 

 支配人から直接案内され、一通りの挨拶をした後にアリエルとイスラは来賓席に座った。

 方や優雅に、方や武人然と座す彼女等に、リンジュ風の緑茶が運ばれてきた。

 

「良い香りだ。今度取り寄せよう」

 

 運ばれてきた茶の香りを楽しみつつ、アリエルは周りに悟られぬほど小さく嘆息した。

 多忙な身ゆえ、間を縫ってリンジュに来たのである。イスラ共々、召喚獣に乗っての強行軍だったので、少々疲れたのだ。今しばらくは政治的な話をしたくはなかった。

 ある意味、こういったフットワークの軽さもアリエルの強みだった。ラリス王国の金細工で、上森人王家の血族。そんな彼女だからこそ、わざわざ権威を示す理由がないのである。

 

「それにしても、全種総合が此処まで盛り上がっているとは……」

「どういう事だ? イスラ」

「はい。総合はあくまで遊戯の延長といった催しでして……あっ、いえ今のは失言でした!」

「ははは! 構いませんよ! 事実、そういう目的で設けた部門ですからね!」

 

 政治トークは置いといて、三人は暫く当たり障りのない会話を楽しんだ。

 そうこうしていると第二回戦が始まり、一回戦を勝ち残った闘士達が入場してきた。

 アリエルは「お茶美味しいな~」と闘士達を眺めていた。すると、その中に見覚えのある黒髪黒目の男を発見した。

 

「んっ……イシグロ?」

 

 危うく茶を吹くところだった。けど頑張って耐えた。アリエルは努めてゆったり茶を嚥下すると、ことさらゆっくり呟いた。まるで深窓の令嬢のように。

 そんな彼女の洗練された所作に、その場にいた森人達は「凄いなー憧れちゃうなー」と尊敬の眼差しを送っていた。

 

「おや、イシグロ殿をご存じで?」

「まぁ、そうだな……」

 

 ご存じも何もない。奴は第三王子肝入りの英雄候補であり、モブノ捕縛の立役者であり、止まり木協会に多額の寄付をした超優良支援者なのだ。

 リラックスしかけたところにビッグニュースである。緩みかかった上森人の心が引き締まった。

 

「流石イシグロ殿です。戦とあれば勇んで赴くと……」

「イスラさんもご存じで?」

「はい、一度戦った事があるのです。恥ずかしながら、二対一で惨敗してしまいました」

「ほう、それほどとは……」

 

 朗らかに会話する武人二人を置いて、世界の守り人たる翡翠魔弓は思考の深みに潜り込んだ。

 アリエルはラリス王家とも深い繋がりを持つベテラン金細工だ。王家の諜報網に加え、独自の情報源をも有している。当然、イシグロがリンジュに行った事は承知していた。

 だが、ここはネットも電話もない異世界である。どう頑張っても情報伝達にはラグがあるのだ。アリエルが知り得た最新情報など、せいぜいイシグロが三本尻尾の猫又を討伐したという程度だった。ちなみに、これを知った時のアリエルはビックリしてお茶を吹いていた。

 

 彼の気質を鑑みるに、目立ちたがりという訳でもないだろう。そんなイシグロが、まさか大会に出ているとは思わなかった。

 しかも何やら道場に通っているっぽいし。つくづく自己鍛錬に余念のない男だ。何がそこまで彼を駆り立てるのか……。

 

 ふと、アリエルは隣で武人トークをしているライドウを見た。

 彼女からして、この金細工は信用できる。良くも悪くも裏表はないが、裏も表も器用にこなせる柔軟さがあり、気質も極めて善性だ。

 そんなライドウからの、桜闘会観覧のお誘い。何かあるとは思っていたが、その理由の一つがコレだったという訳か。向こうも向こうで、アリエルとイシグロに繋がりがあるとは思ってなかったようだが。

 

 事実、ライドウは件の迷宮狂いと翡翠魔弓に繋がりがあるなど寝耳に水の情報だった。

 以前にバンキコウから見せられた第三王子からの手紙にはギルド由来の胡散臭いイシグ録しか書かれておらず、止まり木協会との関係については書かれてなかったのだ。

 ここで、ちょっとした食い違いが発生していた訳である。

 

「ところで、アリエル殿はどのようにしてイシグロ殿と知り合ったのですかな?」

「協会絡みでな。前に、世話になったのだ」

「世話に……。そうでしたか」

「ああ」

 

 であっても、どのみち話は早い。

 アリエルは詳細を伏せつつ、その上で分かるよう一言添えた。ライドウは彼女の言葉の意味を違える事なく汲み取った。

 

 同じタイミングで、森人と鬼人は一般客用VIP席にいるイシグロの奴隷達を見た。

 皆、幼子の容姿をしている。淫魔に竜族に混合魔族に、新しく加わったリンジュの天狐。生まれからして、彼女等が一人で生きるのは極めて厳しいと言わざるを得ない。幸福な生など、何をかいわんや。

 その上で、イシグロは止まり木協会に寄付をしたのだ。迷宮狂いと呼ばれる程、尋常ではない数の死地を駆け抜けて。

 

「「なるほど、そういう……」」

 

 これまた同じタイミングで、森人と鬼人は納得した風な声を漏らした。

 小さく驚いて見つめ合うと、認識を同じくしたという確信を持って、二人は得たりと頷き合った。

 残念、両者不正解だ。イシグロはただのロリコンである。

 

「試合開始ぃ!」

 

 勘違いが正される事なく、第二回戦が始まった。

 一回戦はサバイバル戦だったが、今回は制限時間終了時に玉を保持した闘士が勝つというルールだった。玉の数は八つで、三回戦に出られるのも八人という仕組みである。

 

 視線の先、戦いが始まるなりイシグロは玉そっちのけで闘士に襲い掛かり、武器を奪ってからボコボコにしていた。

 一人終わったら次、そいつ終わったら次。イシグロは翼人や獣人など高機動力の闘士を集中して狙っているようだった。

 

「ほぅ、あの動きは……」

 

 黙って試合を見ていた牛鬼剣豪は、会場で戦うイシグロの動きに感嘆の息を吐いた。

 二対一の模擬戦とはいえ、イスラには彼と交戦経験がある。以前の彼はラリス剣士らしい荒々しい喧嘩殺法の使い手で、且つラリス剣士らしからぬ美麗剣法の持ち主だった。

 そんな彼だが、今はどうだ。足運びや立ち回りに喧嘩師めいた惑いが消え、不自然に美し過ぎた太刀筋に磨きがかかっている。

 道着を着ているあたり、リンジュでは何処かの道場に通っていたようだ。立ち回りからして剣鬼流でも澄刃流でもない。この短期間でこの成長、凄まじい吸収力だ。

 

「アリエル様、イシグロの奴は前よりも強くなっていますよ。力も技もです」

「ふむ、そうか……」

 

 イシグロの成長に感心するイスラの隣で、アリエルは紙面の迷宮狂いと実際の黒剣を比較し思考していた。

 王家と協力関係にあるアリエルは、イシグロの迷宮踏破記録を網羅している。初めて迷宮に潜ったのが去年の今頃で、一年経った現在がコレ。迷宮の踏破頻度を鑑みて、おかしな成長をしている訳ではないが、力といい技といい色々とチグハグだった。

 

 イシグロ程の経歴があれば、本来もっと強くなって然るべきなのだ。だが、アリエルの見立てでは彼の身体には銀細工中位の力しかない。一党を組んだとはいえ、それでも常軌を逸した踏破頻度を維持しているのにも関わらずだ。

 一応、この現象には心当たりがあった。恐らくだが、これはイシグロが多くの武器を使用している弊害なのだろう。通常、冒険者は一種の武器を使い続け、戦いの中で常人離れした力を身に付ける。

 だが、アレコレと多くの武器を使おうとする冒険者は前者と比べて力が付き難いのだ。だからこそ、王家も貴族も得意武器を極めるよう教育するし、平民冒険者も考えるまでもなくそうしている。

 

 アリエルが知っているだけでも、イシグロは剣に刀に弓に無手、槍や槌まで使いこなし、あまつさえ魔法まで行使するという。王家の知識と照らし合わせると、これは異常である。こんな事をしていては、器用なだけの弱卒になって然るべきなのだ。

 加えて言うと、過去の踏破記録からしてイシグロという冒険者は既に頭打ちになってもおかしくない。それくらい、彼は多くの迷宮に潜ってきたのだ。しかし、隣で目を輝かせている牛鬼剣豪に曰く、イシグロは以前よりずっと強くなっているという。

 

「ジノの言ってた通りか……」

 

 もしかしたら、彼の器には限界がないのかもしれない。

 それこそ、伝説の勇者・アレクシオスのように。

 小さな呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。

 

「試合終了! 残ったのはこの八名です!」

 

 そうやって思索にふけっている間に、第二回戦は終了した。

 案の定、イシグロ含む有力闘士は勝ち残ったようである。

 

 自身の一党に見せつけるように玉を掲げるイシグロを見て、アリエルは努めて冷酷な戦闘思考を試みた。

 さて、彼は英雄になるか。怪物へと堕ちるか。

 

 先のイシグロを見るに、アリエルであれば十分余裕を持って倒せる。遠隔であれば尚の事、一方的な殺戮になるだろう。例え一党を相手にしても、苦戦はすれど目標を達成できる確信があった。

 しかし、今のまま強くなるのであれば、どうか。数多の武器を使いこなし、近接から遠隔まであらゆる状況に適応し、あまつさえ慢心せず仲間と協力する男が、長じた後であるならば。

 森人視点、そう遠くない未来において、アリエルは暴れ狂う彼を止められるだろうか。

 

「ん?」

 

 ふと、アリエルは件の男と目が合った。表情の薄い彼にしては珍しく、純粋に驚いているようだった。

 アリエルは思索を止め、小さく手を振った。対し、イシグロは丁寧に一礼してから去っていった。それは古代森人流のお辞儀だった。

 

 まぁ、あの様子なら問題ないだろう。

 少なくとも、外からちょっかいかけなければ大丈夫だ。根っこの彼は温厚なのである。あるいは、彼は既に迷宮の狂気を調伏しているのかもしれない。

 

「おや? あそこにいるのはミアカじゃないか……」

 

 口調が崩れたイスラの呟き。彼女の視線の先には、変な羽織の集団の先頭でキャッキャしてる白虎族の美女がいた。

 というか、イシグロ応援団の団長であった。

 

「知り合いか?」

「え? あ、はい。幼馴染です」

 

 イスラが肯定する通り、鬼人剣豪とミアカは子供の頃からの友人だった。

 歩けば即武術といった感じで無骨な気質のイスラに、根明のミアカはオシャレ等々を教えてくれたのだ。その知識が今は鬣犬の女戦士に教授されているのだから、人の縁というのは面白い。

 リンジュを発つ前、イスラはミアカに見送ってもらったのだ。ミアカについては誰より知っている自覚がある。いつも明るくて、根が強かで、意外とドライな性格の親友なのだ。

 

「きゃー! ヤバい辛い! 辛いんやけど! こっち見た今こっち見た!」

 

 が、久々に会った幼馴染は、なんかちょっと様子がおかしくなっていた。え? あのミアカが、あのイシグロに?

 当のイシグロはというと、キャイキャイ騒ぐ応援団に向かって爽やかスマイルを浮かべつつ手を振っていた。おっ、そういう関係か?

 

「ふっ、幸せ者め……」

 

 何にせよ、親友の恋は応援したいと思う。

 相手がイシグロなら、認めてやらんでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 二回戦が終わると、時刻は正午を回っていた。

 一日で終わる都合上、全種総合は午前と午後の二部構成だ。次はラストの第三回戦で、これはタイマントーナメントで固定である。

 

 時間も時間なので、暫くはお昼休憩だ。その間にリングの調整とか色々するらしい。

 お昼休憩は約二時間。次の試合が始まるまで、闘士達は各々自由時間が与えられる。

 これも異世界の大らかさといえるだろうか。お昼の自由時間中は出場闘士も何処へ行ってもいいらしい。

 

「どうぞなのじゃ♡」

「あざっす」

 

 という訳で、俺達は歓楽街の外れにある広場でお弁当を食べていた。

 空は晴天、満開の桜の近く、東屋っぽいトコでルクスリリア達とご飯。前世、花見の良さなんてサッパリ分からなかったが、皆と一緒ならこういうのも悪くないと思える。

 ちなみに、ドラゴン母娘は屋台の食べ歩きをするらしい。なので、今は黒剣一党水入らずである。

 

「沢山食べるのじゃぞ♡」

「ええ、次も頑張ってもらわないとね♡」

 

 机の上に置いた重箱を開けると、中には色とりどりの料理が詰まっていた。

 しかも、中身はこれまで俺が美味いと公言したメニューで統一されていた。銀シャリは俵型に握られて海苔が巻かれており、淫魔ソーセージや淫魔チーズなんかもあった。

 なんか運動会を思い出すな。控えめに言って超嬉しい。テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ。

 

「これお手拭きッス♡ 手ぇ出してくださいッス♡」

「あ、お茶ご用意しますね♡」

 

 ルクスリリアに手を拭き拭きしてもらい、グーラにお茶を注いでもらう。エリーゼは残る重箱を開封していき、イリハは取り皿をセットしていた。

 まさに気分はキングである。まるで何かしらの接待みたいだが、そんなドライなもんじゃあ断じてない。というのも、皆の身体からは極めて分かり易いラブ・オーラが放散されていたのである。

 

「うん、美味い! 美味い!」

「それはよかったのじゃ♡」

 

 二回戦終わって合流後、最初は何かしら催眠攻撃でも受けたのかと思ったが、話は簡単だった。要するに、リングで戦ってた俺を見て、みんな惚れ直してくれたというのである。

 曰く、自分の男もしくは主人が強いのを見ると、異世界女子的にはトゥンクと来ちゃうらしいのだ。それを周りが賞賛してると、尚の事キュンキュンくるんだとか。

 後方彼女面ならぬ、後方奴隷面だろうか。とにかく、「あれウチ等の主人なんすよ♡」と内心ドヤれて気持ちいいらしい。分かるような分からんような感覚だが、皆が喜んでるなら何よりである。

 

「カッコ良かったッスよご主人♡ 帰ったら即吸精するッス♡」

「ルクスリリアじゃないけれど、私も身体が火照って仕方がないわ♡」

「二回戦の立ち回りも見事でした♡ まさか片っ端から相手の武器を取り上げていくなんて♡」

「流石主様じゃ♡ さすぬしじゃ♡」

「いやぁ、それほどでも……」

 

 嬉しい事言ってくれるじゃないの。もうこれだけで大会出た甲斐あるアルヨ。

 まぁ一回戦じゃあちょっとやらかしちゃったけど、二回戦の俺は我ながら無双状態だったもんな。もうね、向かってくる敵を千切っては投げ千切っては投げ。

 こんなに喜んでくれるのだ。パパ、三回戦も張り切っちゃうぞ。

 

「すみません。少々お時間よろしいですか?」

 

 と、気分よくしてるところに、突然横から声をかけられた。

 視線をやると、そこには見知らぬ獣人女性がいた。

 

「誰ですか?」

 

 浮かれてるところに水を差された気持ちである。我知らず、俺の声音は一段低くなってしまった。

 女性は周囲を憚るようにしてから、僅かに声を漏らした。

 

「澄刃道場の者です」

「澄刃道場?」

「はい」

 

 澄刃道場というと、デイビットさんのトコじゃないか。何だろう、彼からの伝言だろうか。

 それにしては随分とビクついてるというか。てか師範を応援してたんだろうに、澄刃流を表す道着を着ていないのは何故だろう。観客席の門弟は皆そうだったが。

 腰に刀がないあたり、ここで俺を殺ろうって訳でもなさそうだ。はて……?

 

「あの……」

 

 そのようにして訝っていると、獣人女性はなおもキョロキョロと周りを伺っていた。

 公園にいる人を、というよりルクスリリア達をチラチラ見ていたのだ。いや、何で?

 

「お人払いをお願いしても宜しいでしょうか?」

「お断りします。ご用件があるならそのままで」

「え……?」

 

 かと思えば、あろうことか彼女はルクスリリア達を退かせるよう言ってきた。

 確かにルクスリリア達は奴隷身分だ。社会的には人型の動く物である。だからといって、俺にとっての皆が他者が思う奴隷身分と同じだと思ってもらっては困る。

 座りたいんなら地べたで良いだろう。俺は失礼極まる獣人女を座りながら見下ろした。

 なおも要請してくるようなら強制的に排除するつもりだった。ここで警笛魔道具を使えば、桜闘会の運営が飛んでくる手筈なのである。

 

「ひっ!? えっと、あの……!」

 

 こうなる事を想定していなかったのか、獣人女はオロオロしていた。

 用があるなら話せばいい。話さないなら帰れ。俺はそういった意思を視線に籠めた。

 

「あっ、あの、実は午後の部についてなんですけど……」

「おや、サマンサではありませんか」

「ひゃぁ!?」

 

 ようやっと口を開いたところで、これまた遠くから声。獣人女は更にビクついていた。

 獣人女の後方から、道着を着た女性が歩いてくる。声の主は澄刃道場見学を案内してくれたドワーフ師範代だった。

 ニコニコ笑っているドワーフ女性に対し、獣人女は全身をバイブレーションさせていた。

 

「いけませんね。お休み中の闘士に声をかけるなど、礼儀知らずの誹りを免れませんよ」

「い、いえ! 私は個人的な用事で……」

「それでも貴女は澄刃道場の門弟です。立場を弁えた行動を心がけなさい。個人的な用なら桜闘会の後でいいでしょう?」

「ですが私は……」

「いいですね?」

「はい……」

 

 小さく「失礼しました」と言って、獣人女は去っていった。

 なんかこっちがいじめたみたいな構図である。が、彼女は普通に迷惑だったので、特にこれといって罪悪感とかは無かった。

 

「門弟がご迷惑をおかけしました。それでは」

 

 とだけ言って、ドワーフ師範代もあっさり去って行った。

 何だか知らんが、女のアレコレだろうか。もしかして、今俺モテ期なのかもしれない。

 

「モテる男はつらいね」

「ご主人、多分アレそういうのじゃないと思うッス」

「ええ、違うわね」

「あらそう」

 

 二人がそう言うならそうなんだろう。いずれにせよ、面倒事は勘弁である。

 まぁモテ期などと恍けてみたが、実際ある程度どんな話が来るか予想はできた。

 

「聞かなくても良かったのでしょうか?」

「いいんじゃないかの。ロクなもんじゃないと思うのじゃ」

 

 突然、全種総合に参加してきたデイビットさん。師範代同士仲が悪い澄刃道場。桜闘会の現状と、門弟達の心情。

 そのへん鑑みて、どうせ八百長のお誘いとかそういう類いの話だろう。大会とかランカー戦に八百長キャラはお約束だしな。

 

「にしても、澄刃流のデイビットじゃったか。一回戦も二回戦も彼奴の剣捌きは凄かったのぅ」

「はい、まさか剣術だけでなく魔法の方も達者だったとは。特にあの流水剣はどう攻略したものでしょう」

「魔力は程々だったけれど、練りの方は凄まじい速さだったわね。水魔法に特化しているのかしら……」

「森人だけじゃないッス。午後には剣鬼流の魔族も出てくるッスよ。あの人もヤバかったッス。ぜってぇ隠してる技あるッスよ」

「ウラナキさんでしたっけ。確か(ぬえ)族の……」

「ミアカの母親じゃな。確かにとても大きな氣を持っておったのじゃ。大きさだけで言うと、主様と同等じゃと思う」

 

 二人が去った後、話題は午後のバトルに移っていた。

 それはいいのだが、獣人女のせいで彼女達のデレデレモードが解除されたのがとても悲しい。

 さっきまで目にハートを浮かべてたグーラも、今やキリッとした戦士の瞳をしている。まぁそんなグーラも好きなのだが。

 

「こんな事訊いていいか分かんないッスけど、ご主人勝てそうッスか?」

「ん、多分」

「多分って、アナタねぇ……。アナタは強いのだから、もっと堂々となさい」

「そらもう楽勝よ」

「うわ、ご主人っぽさ無くなっちゃったッス!」

「らしくないですね」

「これも余裕の表れかの」

 

 まぁ、せっかくここまで来たのだ。負ける気はなかった。

 例え良い条件で八百長を持ちかけられてたとしても、受ける事はなかっただろう。

 なにより、皆に良いカッコして更に惚れ直して欲しいしな。

 

「人事は尽くした。あとは勇気で何とかなるさ」

 

 言って、お茶を啜った。

 今から気張っても仕方ない。戦ってみてからのお楽しみだ。実際勝つ気満々だし、その為に編み出した必殺魔剣なのである。

 

 それでもダメだった時は、笑ってごまかすさ。




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 文中にあるイシグロの予想は当たっています。
 実際、ジャグディ派からの八百長のお誘いでした。


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スピニングロリコン(3)

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
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 今回、途中少しだけ一人称。ほとんど三人称で進みます。
 よろしくお願いします。


 午前に行われた第一・第二回戦は終了し、後は第三回戦を残すのみとなった。

 

 直前までどんなルールになるか分からない午前と違い、三回戦はオーソドックスなタイマン形式で固定である。

 特殊ルールもステージギミックもない。力と技のぶつかり合い。例年ならイロモノ闘士がわちゃわちゃするエンタメ寄りの試合だったのだが、今年は違う。

 

 生き残りは計八人。そこから更に選抜し、トーナメントで勝者一人が栄光を手にするのだ。

 午後の部が始まると、まずは対戦表を決める。公平を期し、闘士自らくじを引く仕組みである。

 結果、三回戦は最初からクライマックスの様相を呈していた。

 

 桜闘会、全種総合部門。

 第三回戦、第一試合。

 

 唯心無月流、イシグロ・リキタカ。

 対

 剣鬼流、鵺族のウラナキ。

 

 いざ、尋常に勝負。

 

 

 

 現在、活鬼闘技場の客席には、爆発寸前の熱気が満ちていた。なにせ、三回戦の初手に今年最大の注目闘士が戦うというのだ。

 休憩を挟んだ後の火付け役としては、まさに最上の試合であった。

 

 剣鬼道場のウラナキといえば、例年剣術道場部門に出場する人気闘士である。

 温和な人柄に反し、その戦いぶりは冷酷にして苛烈。ある意味、闘士らしい闘士なのである。

 加えて、人気遊女のミアカの母であるというところもポイントが高い。異世界にも人妻フェチは多いのだ。

 

 古参のウラナキに対するは、新進気鋭闘士のイシグロである。

 迷宮探索の本場であるラリス王国出身で、ギルドからは“黒剣”の二つ名を授かった銀細工持ち冒険者。これだけでも人気要素として十分なのに、最近には突然街に出没した大型魔物を屠り、あまつさえ名うての犯罪者を複数討ち取ったというではないか。

 また、先の第二回戦では並みいる闘士達を鎧袖一触で狩って回っていたのである。今や、噂に懐疑的だったリンジュ民も、彼の実力を疑う者はいない。

 

「お久しぶりです、イシグロさん。見学来てくださった時以来ですねー。無月流の動き見せてもらいました。素晴らしい剣捌きで」

「はい、その節はお世話になりました」

「いーえー、そういうんちゃうんです。イシグロさんが桜闘会出るん聞いた時は驚きましたけど」

 

 向かい合う二人の間には、穏やかな空気が流れている。

 何気ない会話が続く中、床に描かれた陰陽陣が発光する。結界床が生成され、二人を乗せて浮上と共に拡張されていく。ステージはシンプルな平面タイプだった。

 二人の間隔は、野球でいうと捕手と投手程度。異世界の剣士にとっては、一足一刀の間合いであった。

 

「白状すると、うちはイシグロさんと戦う為に出させてもろたんです」

 

 笑みの種類が変化する。母性を伺わせる微笑みから、狂戦士を彷彿とさせる凶笑へと。唇の隙間にある牙は対戦相手への戦意を剥きだしにしていた。

 

「それは……えぇ、光栄です」

「なはは……まぁそう返すやろなって。けどウチにとっては、やっぱ強い奴と()りたいんですわ。イシグロさんには分からんかもしれませんけど」

「ん、そうですね」

「それでええです。細かい事考えず、気負わず楽しく斬り合いましょ」

 

 残念ながら、イシグロに某野菜人的感性は存在しない。

 それを知ってなお、ウラナキは戦意に満ちた笑みを抑えられなかった。

 

「さぁさぁさぁ! 第一試合のはじまりです! 皆さん! 声高らかに! 行きますよ!」

 

 カウントダウンが始まる中、二人はゆっくり得物を引き抜いた。

 イシグロは武器庫で新調した直剣を。鞘を置き、だらりと切っ先を下げる。一回戦と違い、その身に他の武装はない。

 ウラナキは身の丈ほどの長さの大太刀を。鞘を投げ捨て、片手で構える様は彼女の膂力の程を示している。

 

「「「さん! にー! いちっ!」」」

 

 試合開始が迫る。一瞬の静寂の間、イシグロは剣鬼流の情報を思い返していた。

 師から聞いたその仕組み。成り立ち。極みに至った強さ。そして、納得したのだ。

 道理で剣鬼流が流行る訳だ、と。

 

「「「はじめ!」」」

 

 銅鑼の音とほぼ同時、イシグロの魂魄に警鐘が木霊する。

 危険度はマックス一歩手前。確定二発で死ねる攻撃だ。情報はある。覚悟していた。故に惑わず横ステで避けた。

 次の瞬間、さっきまでイシグロが立っていた場所に半透明のカマイタチが過った。背後の壁結界がけたたましい音を立てる。

 

 弾速はハンドガン程度。威力は確二。所謂これが“飛ぶ斬撃”というやつで、つまるところ剣鬼流の通常攻撃だ。

 要するに、連発できるという事。

 

「ヒィヤァアアアーッ!」

 

 さっきまでの穏やかさはどこへやら、ウラナキは作画崩壊したような凶笑を浮かべて太刀を振りかぶった。三閃三刃、銃弾の速さで斬撃が迫る。

 イシグロはそれを、焦らず冷静に視てから(・・・・)回避した。半透明な刃の形状、性質、特性を観察するように。

 

「キィエエエァアアアアア!」

 

 ズガガガガガガ! 嵐のような連続斬撃! 避けるイシグロの背後で、客席を守る壁結界が悲鳴を上げる。普通なら恐怖体験だろうに、観客は絶叫マシンでも楽しむような叫びを上げて喜んでいた。

 ギィン! 観察を終え、試しに飛ぶ斬撃を【受け流し】てみる。すると、剣の耐久度がゴッソリ減ってしまった。いくらクソザコソードでもこんなに脆い訳がない。どうやらアレにはガー不か削りかガードブレイク効果が付いているようだ。

 

「ハァーッ!」

 

 別種の危機が迫る。数瞬遅れて放たれたのは色付きの飛ぶ斬撃。これは確一である。弾速は遅いが形がデカい。加えて恐らくガードもNG。

 とりま、(けん)に回るのはここまでだ。イシグロは姿勢を屈め、上から見て時計回りに跳んで距離を詰めた。

 イシグロの疾走を追うように、飛ぶ斬撃が軌跡をなぞる。イシグロの脳裏に古いルパンアニメのOP映像が過った。あの銃弾が全部カマイタチだと思えばいい、普通にヤバいが焦りはしない。この程度、迷宮で何度も経験済みだ。

 

「ふん!」

 

 再度、色付きの斬撃。偏差撃ちめいて放たれた横薙ぎを、イシグロは小ジャンプで回避した。跳んだイシグロの足元で飛ぶ斬撃が通り過ぎる。

 好機である。これを狩るべく、ウラナキは逆袈裟の構えを取った。このままではイシグロは続く袈裟斬撃を避けられず、ガードか受け流しかのダメな二択が発生してしまう。

 そして、大太刀というには速すぎる自然な動作で逆袈裟刃が放たれた。対し、宙のイシグロはフリーの左手を斜め後ろに向け、武闘家スキルの【剛掌底】を発動した。

 

「なん……!」

 

 バン! 空気を震わす破裂音と共に、イシグロの身体は不自然な軌道で前進した。

 それはさながら、アイアンマンの姿勢制御。あるいはヒロアカの爆破個性。オタク視点見慣れたロマン移動法に、さしものウラナキも虚を突かれた。奴の空中移動法は魔力階段だけではなかったのか?

 

「やとぉッ!?」

「オラァアアアア!」

「グッ!」

 

 異世界バトルにおいて、必殺の間合いはあまりに広い。互いの間合いの侵し合いに、イシグロは先手を奪って飛び込んだ。

 ギィィィンン! 太刀と剣が拮抗する。鍔をぶつけ合うような至近距離は、大太刀という武器にとっては不利である。

 イシグロは膂力ステを全力稼働させ、上から押し潰す構えを見せた。ウラナキは足腰に力を入れ、負けじと強く踏ん張った。

 

「あぁああああ! やっぱ! 戦いはこうでないといけませんなぁ!」

「そうですかねぇ!」

 

 ウラナキはよりいっそう楽しそうな笑みを浮かべた。元より武器のぶつけ合いを嗜好する彼女だ。飛ぶ斬撃はあくまで必殺なだけの牽制攻撃。本命本領は得物を用いた剣戟なのである。

 拮抗が崩れる。押さえ込まれていた大太刀がイシグロの剣を押し返す。互いの武器が火花を散らす中、イシグロは次なる攻勢を思考した。

 

「力はこっちが上ですなぁああああ!」

 

 情報を思い出す。脳筋じみた剣鬼流はしかし、最初の一撃に全てを賭けている訳では断じてない。むしろその逆、一撃ではなく無限撃。「どんな相手だろうが何度も斬ってりゃ勝てるだろう」を地で行く流派なのだ。

 故に、剣鬼の極限は全て必殺。弱中強オール十割を臨界とし、その過程として飛ぶ斬撃が生まれたのである。

 スキルでも魔法でもない通常攻撃の副産物。目標とは違うが、この飛ぶ斬撃は対人戦には極めて有用であった。いわばこれは、ボタン一つでソニックブームを撃つに等しい。連打してりゃ勝てるじゃんである。

 

 使い手視点、ならばどうするか。そう、待ちガイルだ。

 ソニブを振って迎撃を入れる。それを一撃通常技でやるのである。少なくとも、人類を殺すには事足りる。

 

 では、相手視点ならばどうすべきか。魔法もスキルも撃ち合うと負ける。そんな相手に、どう対抗するか。

 結局のところ、近づいて殴る。それしかない。

 

「はぁっ!」

 

 ズガァン! ついに押し切られたイシグロは、既のところで大袈裟にサイドステップして避けた。

 通常攻撃を飛ばせるなら、鍔迫り合い勝利=発生保証なのである。予想通り、ウラナキの攻撃は壁まで届いていた。

 

()ッ!」

 

 流れるようなイシグロの片手突きを、ウラナキは後退しつつ打ち返した。その軌道上に、半透明の斬撃はなかった。

 警戒していたが、見えた。ステップ攻撃に飛ぶ斬撃は出せないのではないか? あるいは、出さないのか。ウラナキはまだ飛ぶ斬撃をマスターしてはいないという事か。

 とにかく、太刀の適性距離にいるのは拙い。イシグロは掌ブーストをして距離を詰めた。

 

「なら! こんなんどないでしょ!」

 

 ウラナキは両手で太刀を握り、大上段の構えを取った。強攻撃より深い踏み込み。さらに接近しようとしたイシグロの脳裏に、けたたましい警鐘が鳴り響く。

 イシグロは武闘家スキルの【軽功】を用いて横方向へとダイブした。視界に捉えたのは、半透明の斬撃でなく、刃から出た突風だった。

 これぞまさしく範囲攻撃。チートの通りなら、威力は確二。今までのが飛ぶ斬撃だとしたら、さっきのは殺人団扇である。

 ウラナキの特殊攻撃は三種。飛ぶ斬撃と、色付き斬撃と、殺人団扇。さながら弱中強の非コマンド技。格ゲーなら間違いなくナーフを食らうべき鬼仕様だった。

 

「どうですイシグロさん! これが剣鬼流剣術です! イシグロさんも練習すればすぐコレくらい出来るようになりますよ!」

「それは普通に興味ありますね」

 

 距離が空いた。振り出しに戻った。またあの斬撃を避けて近づいて、その上で斬り合いに勝たねばならない。

 仮に手持ちが愛剣なら正面からSEKIROできたが、今のザコソードじゃかなり厳しい。実質縛りプレイでもどかしい。それを言うなら、向こうもそうなのだろうが。

 

「まぁ、でも……」

 

 やるべき事は変わらない。

 近づいてぶっ倒す。プランBはない。

 それに……。

 

「攻略法は分かった……」

 

 小さな呟きが聞こえたのか、そうではなかったか。ギアを上げたウラナキは二連十文字斬りを放った。新技だが、対処できる。

 迫る斬撃を前に、イシグロは倒れ込むようにして極端な前傾姿勢を取った。そして、結界が軋むほど思い切り踏み込んだ。

 瞬間、イシグロは空気の破裂音を伴い前方へ吹っ飛んだ。これは武闘家系能動スキル【震脚】と【軽功】の併用による超加速である。十文字の隙間を掻い潜り、地を這うように接近。

 

「キェエエエアッ!」

 

 これも読んでいたのか、ウラナキは結界床を削り取るような地走斬撃を放った。色といい軌道といい完全に烈風拳である。

 前傾加速は回避が難しい。無理に避けたら姿勢を崩して隙を晒してしまうだろう。それを見逃す相手ではない。

 ならば、こうだ。イシグロは掌で地面を叩き、軽やかに舞い上がった。武闘家スキル【剛掌底】の応用である。手足の踏ん張りも必要ない。ただ手を添える。それだけで、イシグロは空中高く跳躍せしめたのである。

 

 見上げるウラナキ。見下ろすイシグロ。

 二つの視線が交錯した時、奇しくも両者は同じ行動を取った。両の手で己が得物を握り、大きく振りかぶったのである。

 

「うぉおおおおおお!」

「きぇえええええええ!」

 

 イシグロの剣に黄金の粒子が宿る。ウラナキの太刀に青白い雷が宿る。ここにきて、お互い隠しておいた札を解禁した。

 上から突っ込んでくるイシグロは完全に攻撃体勢である。両手で剣を握っているので、例の謎機動はできないはずだ。ウラナキは左打ちバッターのように太刀を構えた。

 

 ウラナキは(ぬえ)族だ。鵺族とは、混合魔族(キメラ)に近い性質を持つ希少魔族である。虎人の耳や蛇人の尻尾。人によっては狸人の尻尾を持ち、猿人っぽい毛を生やしたりしている。珍しい例では、翼無しで魔力飛行ができる個体もいる。

 そんな中で、ウラナキは雷の力を持って生まれた。さながらそれは、同じ魔族である轟雷狼(らいじゅう)のように。オリジナルには遠く及ぶまいが、簡単な放電程度なら可能である。

 ウラナキが今やろうとしているのは、剣鬼流と種族特性の併せ技である。防御不能の飛ぶ斬撃に、雷の力を混ぜ込んで放つ。万一避けられぬように、太刀の切っ先で迎撃するのだ。

 

 リーチの差、太刀の間合いに入った。必殺雷鳴剣、今解き放つ!

 雷の太刀が振るわれる。黄金の剣が振り下ろされた。刃が触れる、紛う事なく真芯で捉えた!

 

「ふんぬぅぅぅぅ!」

 

 鵺雷、最大放出。バカげた規模の稲妻が解き放たれ、黄金の粒子を消し飛ばす。刃越しに、相手の剣を弾き飛ばした感触。剣術試合なら、これで勝ちだ。

 しかし、ウラナキは油断しなかった。イシグロの事だ。無策で突っ込んできたとは思えない。例えば剣を手放してキックしてくるとか。稲光に紛れて回り込んでくるとか。そういう事をするのが奴なのだ。

 なのでウラナキは、二の太刀惑わず踏み込んだ。隙を生じぬ二撃目だ。返す刀で、来る敵を斬るのである。

 

 雷が晴れた時、イシグロは地上にいた。予想通り、剣を手放し下に加速し地に足着いて迫ってきたのである。

 勢いそのまま、イシグロは倒れ込むような前傾姿勢を取った。さっき使った突進歩法の構えである。間合いが近い。ウラナキは太刀を水平に構えた。横薙ぎによる迎撃を選んだのである。このまま突進してきても、鍛えた刀の速さが勝る。

 今度こそ完全に取った。ウラナキは勝利を確信した。対し、イシグロは、ネコ科動物がそうするように、床に両手の爪を立てていた。

 

 爆発。イシグロの両掌から【剛掌底】が放たれ、三種の移動スキルと共に前方向へ吹き飛んだ。

 太刀が迫る。屈みこむイシグロの真上に刃が通る。ウラナキは強く踏み込んでいて、防御も回避もできはしない。敵の予想を超越する。これを、誘ったのだ。

 

「ごぶぉ!?」

 

 三種移動スキルによる、全力タックル。人型砲弾と化したイシグロは、何の躊躇もなくウラナキの下腹に組み付いた。続いて両手を膝裏に回し、掬い上げるようにして押し倒した。

 異世界格闘術において、寝技や投げ技は軽視されている。重量に拘わらず、ステータス次第で無効化されてしまう場合があるし、なにより魔物相手じゃ役に立たないからだ。

 しかし今なら使える技だ。ウラナキは膂力・技量特化の純アタッカー。タンクほどの耐久がないのであれば、イシグロの膂力で押し倒せる。

 

「ふん!」

「うぐぅぅぅぅ!?」

 

 仰向けに倒れたウラナキに、イシグロは強かな腹パンを見舞った。抉り込むような一撃が突き刺さる。目を剥いたウラナキは歯を食いしばって痛みに耐えた。然る後、反撃するのだ。

 地球でも異世界でも、ルールのある試合以外でマウントポジションを取る事は推奨されない。何故なら、ルール無用の喧嘩においては噛みつきや金的など試合で禁止されている致命反撃が予想されるからだ。似たような理由で、現代地球の軍隊格闘術では敵とは長く組み合ってはならないとされている。

 当然、対人嗜好のウラナキがこういった状況を想定していない訳がない。彼女には押し倒された時用のカウンター技が存在するのだ。単なる力み、全力放電である。

 

「ぐぁああああああ!」

 

 ウラナキの十万ボルト! 仰向けになった人妻の全身から拒絶の稲妻が放射された。予兆を捉えていたイシグロは、余裕を持って退避していた。

 これでいい。ウラナキは体勢を立て直すべく立ち上がり、未だ間合いの中にいるイシグロに反射的(・・・)に横薙ぎを放った。切り裂いてやるという、強い意思を籠めて……。

 

 故に、ウラナキの敗北は確定した。

 

 時に、コンマ以下秒を争う近接戦においては、野生的な反射行動というものが推奨されている。鍛錬の上の動作であれば、尚の事。

 惑いがあれば遅きに失する。状況確認、敵影捕捉、それから攻撃開始では、こと近距離戦ではあまりに鈍い。

 しかしだからといって、起き上がり際にお願いブッパするような技は、予想されて然るべきである。格ゲーで言う“暴れ”など、ゲーマーにとっては想定内。

 最速の太刀筋、最適な確度、最高の間合い。ウラナキは弛まぬ努力の剣聖だ。だからこそ、誘導は容易かった。

 

「なっ……!?」

 

 ガッ! と。瞬時に接近したイシグロは、ウラナキの太刀を両手で挟み込んでいた。否、指を切らない武器ゆえに、力いっぱい握り込んだ。

 もしこれが、本物の刃なら危なっかしくて試みない。しかしこれは桜闘会。それを利用されてしくじったのは一回戦のイシグロで、彼は同じ轍を踏みはしない。むしろ、利用する。楽しい喧嘩に熱くなったウラナキが失念していただけである。

 引かれる力と握る力。しかし、力が強い事は利があるばかりじゃ断じてない。愛刀ならば、彼女の期待に応えてくれたであろうが、今は違う。刃引きされた大太刀は、度重なる酷使に悲鳴を上げていたのである。

 

「ふんぬッ!」

 

 次の瞬間、ウラナキの太刀がぶち折れた。単なる握撃ではない。物体破壊を目的とした、武闘家系能動スキルによってである。

 折れた刃が舞い上がる。ウラナキは表情を変えた。諦観ではなく、満足感。武器がなければ、流石に勝てない。

 

 集中が途切れる。視界の中、ウラナキは愛する娘の方を見た。

 そいつはイシグロの超絶技巧に惚れ惚れと顔を赤らめていた。完全にメスの顔である。

 

(今くらい母親の応援してくれてええんちゃうん……?)

 

 ウラナキは呆れ返った。ある意味らしいと言えばらしいので、納得もした。

 それからイシグロを見た。そして気づいた。トドメが来る。あ、するのね。迫っているのは拳? 蹴り? いや、違う、これは……。

 

「ほげ!?」

 

 ドンッ! 強烈な踏み込み音と同時、ウラナキは水平方向にぶっ飛ばされ、壁結界に「大」の字で叩きつけられた。

 あの至近距離で、凄まじい威力。何だこれは? 初めて食らう技だった。戦闘狂的思考回路が、意識を失う寸前に高速回転する。

 一瞬の加速、潜り込むように、背中越しに突撃された。それだけだというのに、まるで迷宮の巨大魔物に跳ね飛ばされたかのような衝撃。

 全く分からないが、ここまできてなお隠し札。イシグロ・リキタカ、技の宝庫であった。

 

「また、やりたいなぁ……」

 

 そう呟いて、ウラナキは倒れた。

 最後の一撃、その名は鉄山靠。無論、イシグロに八極拳の心得はない。だが出来る、出来た。そう、モーションアシストならね。

 

「試合終了! 勝者! イシグロ・リキタカァ!」

 

 勝利の鐘が鳴ると、イシグロは対戦相手へ一礼した。

 この試合を通して、イシグロは思った。

 全種総合って、武闘家のが有利なんじゃないだろうかと。

 

 いやだって、武闘家は普段から武器持ってないからザコ武器に縛られる事ないし、そのくせ攻撃の威力は据え置きだ。

 だったら、武闘家じゃない相手を武闘家の土俵に立たせてやれば、こっちが一方的な有利が取れるじゃあないか。そうでなくとも、一個縛りがないだけで相当うま味である。

 まぁ今回は運よく武器破壊が出来たから上手くいったのであって、普通ならこうはならんだろう。

 

 ふぅと一息、イシグロはVIP席を見た。

 一党の皆は興奮に顔を赤くしていた。各々、喜んでくれているようだ。

 どうやら、主人らしいトコを魅せられたようである。

 

 

 

 

 

 

 ウラナキさんとの戦いの後、トーナメントは順調に進んでいった。

 

 準決勝戦、俺の相手は槍使いだった。潜り込んで槍をブチ折って勝った。

 俺は無事、決勝戦に駒を進めた訳である。

 

 一応、今回の好敵手枠であるデイビットさんも無事に決勝まで上ったようだった。

 次の戦いが最後の試合だ。俺VSデイビットさんで、これに勝てば優勝だな。

 

 個人用の闘士控室。

 もうすぐ決勝という中で、俺は英気を養っていた。

 

「ご主人様♡ んっ♡ ふぅ♡ 素敵ですご主人様♡」

「見ておったぞ♡ 主様♡ わしも鼻が高いのじゃ♡ んふー♡」

 

 俺にとっての英気とは、要するにロリエネルギーである。

 主人らしいトコを見せられたお陰で。皆にはもう一度デレ期がやってきたのである。今はそれを享受しているという訳だ。

 愛らしいケモロリを抱っこして、頭を撫で撫でする。どうやらグーラとイリハが特にキテるらしく、いつもより甘えん坊モードが強めに出ているらしかった。

 

「貴女たち、ゲルトラウデが見ているわ……」

 

 などと言うエリーゼこそ甘えたそうにしている。今現在、彼女が何をしてほしいかなど、手に取るようにわかる。

 だが、今キスをすると股間が邪魔で試合どころではなくなるので、流石に我慢である。もじもじそわそわしているエリーゼは、顔を赤らめて物欲しそうに俺の唇を見ていた。

 

「ん~?」

 

 そんな中、ルクスリリアは浮遊しつつ胡坐をかいて難しそうな顔をしていた。

 腕を組み、首を捻り、グーラとイリハの様子を訝しんでいるようだった。

 

「ほう、デイビットの小僧がか。そういう奴ではなかったように思うが……」

「実際けっこうバチバチやってるっぽいよね~。友達が言ってたよ、支部はマシだけど本部は雰囲気ピリついてるって」

 

 控室は関係者なら入ってOKである。此処には無月流の二人もいる。なので、一応師匠にも昼休みに起きた事を話しておいた。澄刃流の門弟が話しかけてきたよと。

 万が一、億が一の為、澄刃流を警戒しておいてほしいのだ。理屈のない感情的な暴走なんて、世の中ありふれているのだから。

 

「はぁ♡ くんくんくん♡ 良い匂いです♡」

「ふがふが♡ んぅ、戦士の匂いなのじゃ♡」

 

 師匠と話している最中も、獣系二人はしきりに俺の匂いを嗅いでいた。グーラは首周りを、イリハは耳元をくんかくんかしてくる。くすぐったいし恥ずかしい。

 それにしても、何時にもまして甘えてくるな。息も荒いし、エッチな事一つもしてないのに軽くサカりがついてるのナンデ? まぁ悪い気なんて全くしないが。

 

「イシグロ様、そろそろお時間です」

 

 コンコンコン。扉をノックされ、案内の声が聞こえてきた。

 そろそろ、闘士入場の時間である。

 

「少し待ってください。二人とも、ちょっと離れててね~」

「あ~んもうちょっと~♡」

「のじゃ~♡」

「ほら離れなさい、もう……」

 

 同門ならともかく、流石に他の人には見られたくない。俺はなおも引っ付こうとする二人を剥がし、道着を整えた。

 

「じゃ、行ってきます。師匠」

「うむ。気負うでないぞ」

 

 言うと、俺は勇ましく歩き出した。

 皆にはもっと好きになって欲しいからな。カッコいいとこ見せましょ。

 

「ん~、まぁいいや」

 

 するとルクスリリアが飛んで来て、俺の首に抱き着いてきた。それから、耳元に唇が寄せられる。

 メスガキASMRだ。こそこそ話の合図である。俺は彼女の声に耳を傾けた。

 

「なに?」

「ご主人、これはプラスになると思って言うんスけど……」

 

 それから、彼女は、ごく真剣な声音で、一言こう囁いた。

 俺にとって、いや世界にとって、極めて衝撃的な事実を。

 

「グーラとイリハ、発情期入りかけてるッスよ♡」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 !?

 

 

 

 

 

 

 全種総合部門、決勝戦。

 最後の試合を前に、客席は最高の盛り上がりを見せていた。

 応援団が声を出し、推し闘士の旗が振られ、バトルマニアのおじさん達が巻いた予想紙を握りしめる。重鎮がいるVIP席とて、似たような状況になっていた。

 

「やあ、やっと戦えるね。イシグロさん」

 

 観衆の前、注目を浴びているのは二人の闘士。

 向かい合う両者の間には、純粋に過ぎる戦意が満ち満ちていた。

 

 澄刃流師範、“水仙剣”のデイビット。

 待ちきれないのか、彼はそわそわと刀の柄尻を撫でていた。

 

「ええ……」

 

 唯心無月流、“黒剣”のイシグロ。

 高揚しているデイビットに対し、彼は据わった瞳のまま泰然自若と佇んでいた。

 

「良い眼だぁ、さっきの貴方とはまるで別人……。僕相手に、本気の本気を出してくれるんだね……?」

 

 イシグロは無言である。

 無表情で、無感情に、倒すべき敵を見据えていた。

 しかし、その瞳にはゾッとするほど怜悧な戦闘思考が表れていた。

 

「光栄だぁ、ゾクゾクするよ……」

 

 デイビットの愚息が縮む。戦闘を前に、これは邪魔になるからだ。

 ゆっくりと、森人の意識が研ぎ澄まされていく。心が静まり、ただ相手の打倒のみに集中する。

 張り詰めた緊張の中、デイビットはなおも笑っていた。

 

「楽しもうね、イシグロさん……」

「そうですか」

 

 結界床が形成される。試合開始、秒読み段階。

 武器を抜く両者。それからイシグロは、自身に言い聞かせるように、一言だけ呟いた。

 

「はーい、よーいスタート……」

 

 銅鑼が鳴って、試合が始まる。

 観衆が今日一番の歓声を上げた。

 

 刹那、必殺魔剣が開帳された。




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スピニングロリコン(4)

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 今回も三人称です。よろしくお願いします。


 決勝戦を前に、客席全体は言葉にならないざわめきに満ちていた。

 そんな観客席の端に、一人の獅子人女性がいた。澄刃道場師範代・ジャグディである。

 ジャグディがいるのは道場関係者のみに許された立ち見スペースであり、そこは熱狂からはやや離れた雰囲気の場所だった。

 

「クソッ……!」

 

 組んだ腕に力が籠る。現在、ジャグディは苛立ちを抑えきれずに側近を遠ざけていた。沈殿する怒りの理由は、これから決勝を戦おうというイシグロという男の存在そのものであった。

 結局、奴はまんまと決勝まで駒を進めてきたのである。部下の報告によると、奴とは交渉の席にさえ立てなかったという。八百長を持ちかけようとしたところで、あろうことか同門であるはずのフィーランに邪魔をされたのだ。

 

 イシグロ・リキタカ、あの男は危険だ。

 第一回戦ではジャグディに雇われた銀細工闘士を打倒し、そのまま負傷一つなく勝ち上がり、ついにはウラナキを倒してのけた。そして今、デイビットの前に立ちはだかってきたのである。

 奴の戦いぶりは見させてもらった。その上で思う。あの剣は、主に届き得るものであると。

 

 獅子人族の女は、愛する男を主と仰ぎ、主を長としたハーレムを形成するという性質を持つ。これは種族由来の本能であり、強い雄なら尚のこと決して抑えられるものではない。

 また、ハーレムの主は強くあらねばならない。とりわけ、ジャグディにとっては外側への誇示こそ重視すべきであると思われた。でなくば、自身の格が落ちてしまうからだ。

 故に、ジャグディは主の敗北を許さない。その可能性があるのなら、事前に潰しておくべきだと考え、迷いなく実行できるのだ。

 

「チッ……」

 

 視線の先、ついにイシグロが現れた。奴の姿を見ると、ジャグディは忌々しげな舌打ちを抑えられなかった。

 直接の接点など欠片程しか存在しないが、今やジャグディにとってイシグロという男は憎しみの対象である。それと同じくらい、嫉妬の向け先でもあった。

 

 第一試合にて、デイビットが見せたあの剣技。流水を纏った一閃。ジャグディの知らない奥義であった。

 そんな奥義を、あろうことか主はイシグロを助ける為に使ったのだ。意味不明であり、理解不能である。妬みと憎しみで頭がどうにかなりそうだった。

 何故あの時、主はイシグロを攻撃しなかったのか。どうして、あの技を教えてくれなかったのか。なんで、自身の勝利に無頓着なのか。ジャグディには、デイビットの思考が全く以て理解できなかった。

 

「随分と怯えているようですね、ジャグディ」

 

 ふいに声をかけられた。聞くだけで腹の立つお澄まし声である。ジャグディは一瞬たりとも視線をやる事なく、無視を決め込んだ。

 対し、フィーランはそんな彼女の隣へとやってきた。視線は同じ、入場してきたデイビットと、その対戦相手である。

 

「貴女の妨害行為は全て防がせて頂きました」

 

 フィーランの言葉に、ジャグディの眉が震えた。八百長は最後の手段だったのである。

 最初はイシグロの奴隷を誘拐しようとしたが、近くにゲルトラウデがいて出来なかった。控室のお茶に薬を混ぜようとも考えたが、警備が厳しい上に関係者への賄賂が通じそうになかった。ならばと銀細工の忍者に依頼しようとしたら、「嫌でござる」「嫌なのだ」「嫌じゃん」と断られたのだ。

 それら全ての裏にフィーランの影があったというなら、あまりにも偏執的である。少なくとも、ジャグディにはそう感じられた。そこまでして、デイビットの邪魔をしたいのかと。

 

「そんなにも、彼の勝利が必要ですか?」

「当然だろう」

 

 苛立ちのまま、吐き捨てるように答える。

 こいつの言う通りなら、もうどうしようもない。相手が誰であれ、屁泥のように溜まった怨念は言葉に変えて吐き出したかった。

 

「貴女の言う勝利は……それは貧しい勝利ですよ。彼の心を救いはしません」

「どうあれ負けたら終わりだろう。内外に示しがつかないし、群れの格が落ちてしまう」

「終わりではありません。少なくとも、何度も敗北してきたからこそ、デイビットは強くなったのです」

「分かった風な事を……!」

「知ってますから、彼の事は」

 

 何かあると、すぐこれだ。昔馴染みだからと、この女はジャグディの知らない主の過去を持ち出して優位に立とうとしてくるのだ。それが何より気に喰わない。

 スタンスといい、思想といい、目指している未来といい、ジャグディとフィーランは根本的に噛み合わなかった。話せば分かるなんて嘘っぱちだ。どれだけ言葉を尽くそうと、分かり合えない事だけは分かっているのである。

 

「私は信じていますよ。彼が勝ってくれるのを」

「お前の言う信頼ほど実を伴わないものはないな」

「ああ言えばこう言う、ホントに貴女は……」

「黙れ、それは此方の台詞だ」

 

 憎み合う二人の目の先で、向かい合う二人の足元に結界床が形成された。戦場が整うと、会場全体で試合開始のカウントダウンが唱和される。

 盛り上がる闘技場の隅っこで、ジャグディは誰に聞かせるでもなく、こう呟いた。

 

「お前が気に入らない」

「私もです」

 

 二人の言葉は、観衆の熱にかき消された。

 

 愛する男に勝ってほしい。

 それだけは同じなのに、それ以外の全てが違う。

 

 二人の女は、一人の男の勇姿に刮目した。

 

 

 

 

 

 

 前世、イシグロに喧嘩の経験はない。人を殴った経験こそあるが、それは空手の話である。

 当然として、道場で習った事以外をやった事はない。戦って勝つ為の試行錯誤など、何をかいわんや。

 

 異世界転移後、そんなイシグロが戦いを生業にするにあたって、迷宮内外で扱う戦法には一度大きな変革があった。

 当初、イシグロは逃走を前提とした各種チート任せの死にゲー風幕末志士スタイルで戦っていた。

 その後紆余曲折あり、“無銘”という丈夫な剣を手に入れてからは【受け流し】という剣士系防御スキルを多用したSEKIRO風カウンタースタイルに転向する事となったのである。

 

 転向後のカウンタースタイルは、異世界バトルにおいて凄まじい戦果を上げてみせた。

 迷宮内外の一党戦でも、タンクとアタッカーを高次元で両立できていたのだからその有用性は推して知るべし。

 対人戦も同様、これは極めて強力であった。短期決戦あるいは初見殺しの手段としては、という注釈はつくが。

 

 過去、イシグロはこの剣法を対策され、危うく敗れかかった事がある。相手はエフィーエナという名の鬣犬戦士だった。

 間合いの際から用心深く攻撃されては、いくら上手に【受け流し】ても相手の体勢を崩す事はできず。また、仮に完璧に受け流そうと、逃げを前提とされては反撃が届かない。加えて、相手側に攻めっ気がなければ火力が出せないという弱点も存在していた。

 畢竟、イシグロ第二形態はアタッカーに強くタンクに弱いという性質を持っていたのである。

 

 ところで、前世地球における“必殺魔剣”とは何だろうか。

 グラムとかフラガラッハとかの中二ソードではなく、凡庸な武器でも行使可能な技術としての魔剣の方だ。実在の有無はともかくとして、ひとまず在るものとしておこう。

 

 やがて来る戦で勝つ為に、イシグロは異世界の地にてコレを開発した。

 バカとチートは使いよう。どれだけ内心自嘲しようが、ロリの為なら自重などせず利用する。

 本来あるべき形ではない、奥義と呼ぶにはあまりに乱暴。初見殺しの必殺魔剣。

 

 名を、朱鷺流(ときなが)れ。

 

 無月流から派生した、イシグロ・リキタカ専用技である。

 

「はーい、よーいスタート……」

 

 銅鑼の音が響く時、イシグロは必殺魔剣を開帳した。

 初手、姿勢を整える。視線は遠く、構えは正眼。それから間合いを詰めるべく、踏み込み深く駆け出した。

 

 逃れる術を与えない、剣の嵐を伴って。

 

 

 

 澄刃流剣士・デイビットは、元冒険者の魔法剣士である。

 彼が教える澄刃流は、あくまでも剣を用いた鍛錬法の一種である。敵を倒すのは二の次で、己の心身を鍛え上げる事を本懐とするのである。

 右手に刀、左手に短杖。剣と魔法の二刀流、これが師範のマジ装備だ。つまるところ、敵を倒す為の装いである。

 

 試合が始まると同時、デイビットは即座に魔力を練り上げた。

 対人戦には定石がある。間合いの離れている今は、牽制合戦がセオリーだ。それは純粋剣士でも同じ事、故に初手は牽制用の水魔法で様子見すべく杖を構えたのである。

 無論、先のイシグロの戦いぶりは見ていたので、彼が突っ込んでくる事も想定済みだ。その上での魔法選択。最適であり、最速の魔法行使。この時点で、デイビットにミスらしいミスはなかった。

 

「範囲拡大……」

 

 だが、見積もりが甘いのも事実だった。

 牽制で迎え撃つ選択はいい。しかし、殺す気のない牽制程度じゃ意味がない。フレーム単位の剣士の世界、イシグロは形成されていく魔法を目で見て(・・・・)、問題無しと突っ込んできた。

 突っ込んでくるイシグロ。想定の甘さに気づいたデイビット。彼が剣鬼流の“飛ぶ斬撃”をお上品に回避していたのは、アレが確定二発のクソ技だったからであって、身体で受けて耐えられるなら全く以て怖くはない。

 とはいえ、初見なはずの水魔法である。普通ならもっと警戒するだろう。だが、イシグロは違う。チートのお陰で、迫る脅威が如何程なのかが分かるのだ。

 

「魔力過剰充填、【連鎖水礫】!」

 

 加えて言うと、現在の彼の精神性はRTA走者のソレであり、常の慎重さがブラックフライデーの如く削減されているのである。

 まさに知恵捨て(チェスト)とばかりの特攻精神に、生半可な牽制魔法はタイム短縮のうま味に過ぎぬ。故に、迫りくる水礫に対しては、このようにして打破してみせた。

 

「ユクゾ……」

 

 姿勢を低く、左手を前に、機を見計らって瞬時発動。鎖のように繋がった水礫を、斜めに作った【魔力の盾】でジャスト防御。

 パァン! 水の礫が弾け舞う。正面から防ぐとノックバックでタイムロス。剣の防御は勿体ない。ならばジャストで防いで流し、速度を落とさず傘を差して駆けるのだ。

 

 水の魔法が解れていく。雨に変じるより先に、両者の視線が交錯した。

 イシグロは冷徹な目をしていた。デイビットは驚愕しつつも、剣士の癖で最善手を打っていた。

 思考に先んじ、刀の峰に杖が沿う。居合にも似た構えから、流水の刃が生成された。やがて魔法の水は勢いを増し、刀の延長として振るわれた。

 

「澄刃流裏奥義、【冷泉憤怒】!」

 

 一足一刀の間合いとはいえ、未だこの場は澄刃有利の殺戮領域。異常に伸びた水の剣が、異様な速さで対手に迫る。まさに奥義、まさに魔法の超高圧水。圧縮された自在の滝は、鉄の剣など容易く切り裂く。

 確定一発。模擬戦というには過剰火力。間合いの外、イシグロはこれを……。

 

「ふん!」

 

 いとも容易く【受け流し】た。

 このイシグロに、受け流せない攻撃はそんなに無い。桜闘会でやらなかったのは、偏に武器が脆かったからだ。しかし今のイシグロに、武器にかける情けはなかった。壊れたらば殴ればいい。桜闘会は拳士が強いのだ。

 試合に勝つまで持てばいい。この時、イシグロに長期戦の選択肢は存在しなかった。

 

「ユクゾ……!」

 

 死の滝を受け流し、さらに一歩惑わず前へ。完全にイシグロの距離である。黒剣の二つ名を持つ男は、僅かに揺らいだ剣先を戻し元の構えを取り戻した。

 常軌を逸した覚悟と技巧。黒剣の狂気に驚きを隠せないデイビットはしかし、卓越した剣士だからこそ気づいた。今のイシグロが変わった構えをしている事に。

 右手は普通に柄を握っている。しかし左手は緩く開かれ、握るでもなく柄に添えられていた。また、足捌きについてはそれに輪をかけて異様だった。駆け足、摺り足、踏み込む深さが不規則で、武人らしい律動を見出せない。

 奇妙な構え、精妙な足捌き。ここにきて気づく。既に、術中だったのだ。

 

「くっ……!」

 

 互いの間合いで、動ける剣士は唯一人。流水剣を振り切り隙を晒すデイビットに、イシグロはなおも突撃した。狙うは、左足。

 イシグロから見て右方向に、全身からなる剣が閃く。振りかぶりのない、通り過ぎ様の浅い攻撃。デイビットはこれを【魔力の盾】で防いでみせた。

 魔法の盾を刃引きの速剣が擦過し離れる。野性的な反射、殆ど奇跡に近い防御だった。

 

 ヒットアンドアウェイか。至近距離からの、向かい風のような突進攻撃。速度からして、今奴は遠く背後にいるはずだ。考えるより先に、最速の動きで振り返るデイビット。

 しかし、奴はすぐ眼前にいた。不規則な足捌き。剣は既に構えられている。攻撃体勢、そうであっても突きの速さで負けはしない。

 

「ガッ……!?」

 

 デイビットは刀による刺突を放とうとして、反射的に後ろに下がった。次の瞬間、防御に構えた刀を打ち上げられ、得物の腹が顎に直撃した。

 視界の上に影。イシグロは跳躍と同時に斬撃を見舞ったのである。今のが当たっていたら、刃引きの剣とはいえ酷い負傷をしていただろう。

 

 上を取ったイシグロは猫のように身体を捻り、自ら生成した空中足場へ天地逆さに着地した。完全に姿勢が崩れたデイビットに対し、イシグロは落下の勢いを乗せて斬撃。

 これを、デイビットはなおも凌いでみせた。しかし完璧ではなかった。我武者羅に張った【魔力の盾】が割れ、勢いを減じた剣が森人の肩に直撃する。

 

「ぐぅううううう!」

 

 再度、背中を取られた。振り返ると同じ目に遭う。デイビットは不格好な前転で距離を取るも、イシグロは動じることなく追従してきた。

 振りかぶられる剣が見える。盾の連続行使は厳しい。刀で受けるしかない。重さのない一撃が森人の体幹を揺るがせる。

 気が付けば、デイビットは不利な防戦を継続されていた。

 

 まるで、遥か格上の相手と盤上遊戯でもしているようだった。最善なはずの一手を打つ度、何故か盤面が不利になる。

 少しずつ、少しずつ、駒が墜とされる。しかし攻勢に出る事を、戦士の勘が否だと叫ぶ。

 戦闘思考の袋小路。デイビットは、迫る剣を前に。

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 限界を超え、凌ぎ続けるしかなかった。

 上下左右。鳴り止まない鉄の音に、振り続ける剣の雨。視界の隅に過る影を目で追う事さえ困難で、何処からくるか分からぬ技をデイビットは反射を超えた狂気で以て何とか倒れず凌いでいた。

 擦過する度、傷が増す。剣が舞う度、劣勢になる。倒れる寸前で踏ん張る森人剣士だが、その美貌に常の余裕はない。それどころか、剣鬼道場の門弟を思わせる凶笑が浮かんでいた。

 

「ユクゾ、ユクゾ……」

「うぉあああああああ!」

 

 客席から見ると、一方的なこの攻勢はイシグロという小人がデイビットという巨人に纏わりついているように見える。

 素人目線で隙が見えても、致命的な一撃を浴びせる事なく動きを止めずに軽く打つ。それは肉食獣が獲物を痛ぶっているようでもあり、忍耐強く機を待ち続ける狩人のようでもあった。

 

 初手から今に至るまで、デイビットの対応は都度最適解と言えた。ならば何故、デイビットは反撃に移れないのか。彼視点、反撃をする事に強い危機感を覚えているのは何故か。理由は一つ、デイビットが歴戦の剣士だからだ。

 仮にこれが実戦であれば、既にデイビットの身体はズタズタになっていた。やろうと思えば、今すぐにでも終わらせられる。では、何故さっさとトドメを刺さないのか。理由は一つ、これが殺し合いではないからだ。

 桜闘会という縛りの中で、二人は互いの最善手を選び続けているのである。

 

 

 

 ここで、朱鷺流れの解説をしよう。

 はじめに、イシグロは危機察知チートを上手く使いたいなと思った。けど、待ちの姿勢は対策されて上手く決まらない。そうでなくともカウンタースタイルは相手に主導権を渡してしまう。

 ならば、どうするか。答えは簡単。勇気を出して、一歩前に踏み込めばいい。そうすれば対策の一つを封じる事ができる。

 

 言うに易しだが、実践するのは難しい。何故なら、戦いにおいてリスクとリターンは表裏一体。これ以上前に出ると、逃げの択が消えてイシグロの生存率がガクッと下がってしまうからだ。

 ロリが絡まない限り、石橋を叩いて渡る性質のイシグロにとって、リスクの高い戦法など御免だった。それを言うならSEKIRO戦法自体オワタ式と同義のハイリスク技だゾって話だが、それはそれ。イシグロの尺度ではローリスクなのである。

 

 では、リスクを減らす手段を見つけたらば、どうか。

 唯心無月流である。その足捌きは小さく細かく、その剣捌きは即応性に長けている。そこにチートを一つまみすれば、幻惑歩法と安定剣技で必殺魔剣の誕生だ。

 

 各種歩法と無月流。片手を緩く構える事で、魔法とスキルを備えておける。これにより、イシグロは三層の近接防御手段を得たという事だ。

 三層防御を踏まえての、薩摩的突撃戦法。いざとなったら自分は逃げるが、逃げる相手は追っかけ回す。自分に有利な択を押し付け、最悪アイコのグーで殴って仕切り直す。パーを出されりゃゲームを降りる、超攻撃的後出しジャンケン。

 そして決め手はどうするべきか。相手が崩れたならば、そのまま斬って墜とせばよい。焦って攻撃してくるならば、此方の奥義を食らわせる。迷宮深層で練り上げられた、イシグロ・リキタカ必殺剣。隻狼忍殺にて引導を渡す。

 

 故に、時に誘ってみせるのだ。心に負ければ絡め取る。心に勝つなら一手を詰める。

 真正面、イシグロはあえて剣を振りかぶってみせた。達者でないと気づけない程、ほんの僅かな隙を見せて。

 

 刹那の静寂、両者ともに好機を見た。

 デイビットはやっと回ってきた反撃チャンスに。イシグロはやっと回ってきた逆撃チャンスに。

 

「ウォォァアアアアアアッ!」

 

 澄刃流剣士、デイビット。彼は溜め込んできた衝動を解放するように、右手の刃に瀑布の如き水流を纏わせた。

 どのみち、これを逃せば勝ち目はない。ならば最後の一撃に、全ての魔力を注ぎこむ。デイビットは、眩く光る勝利の線へと剣を振り下ろした。

 迫る激流剣を見て、イシグロは思う。結晶カマキリのが速いよな、と。なので、特に動じる事なくその機を待った。

 

「【冷泉憤怒】ゥァアアアアッ!」

 

 ギィイイイイイン! 瀑布と化した水流剣を、イシグロは完璧に【受け流し】た。

 遠く背後の壁結界に、剣閃をなぞって亀裂が走る。人の意になる氾濫は、一人の剣士に制された。

 視線が交錯する。森人の美剣士は、突然消えた勝利に理解が追い付いていなかった。

 

 剣士系能動スキル、【受け流し】。これは武器耐久度と引き換えにした防御スキルであり、剣身に触れた脅威を受けて流す技術だ。流された攻撃は完全に無力化され、受けられた相手は世界の理により隙を晒してしまうのだ。

 無防備状態、会心確定。慣れた感覚だった。反射を上回る安心感で以て、イシグロは剣に黄金の粒子を纏わせ、異世界転移からずっと愛用してきた技を構えた。それに加え、二種の歩法スキルも忘れない。

 

「はっ……!?」

 

 という驚愕は、イシグロが床を蹴る音にかき消された。

 ソードマスター能動スキル【剛剣一閃】。剣士系能動スキル【切り抜け】。武闘家系能動スキル【軽功】と、【震脚】。無防備を晒した胴体に、会心の一撃が叩き込まれる。

 

「オラァアアアアアア!」

 

 ズバァン! 通り過ぎた剣閃は、大地をなぞる稲妻の如し。

 イシグロは火が出る程の摩擦を制し、遠く間合いの外側で残心した。

 一拍遅れ、デイビットは倒れた。HPを1だけ残し、彼は痛みのあまり気絶したのだ。異世界物理法則的に、斬れはしないが骨も肉もぐちゃぐちゃである。

 

「し、試合終了ォーッ!」

 

 勝利の鐘が鳴る。ざわめき、どよめきの後に、徐々に拍手がやってきて、やがて万来の喝采が響き渡った。

 試合時間は極めて短かった。イシグロが魔剣を開帳してから、一分未満の瞬殺劇。観客的には短い試合も、イシグロ視点では長く厳しい戦いだった。実際、余裕はなかったのだから。

 正直、デイビットがああも粘るとは思っていなかった。なにせ、完璧に入った朱鷺流れにはゲルトラウデさえ四十秒しか耐えられず、良いのを一撃入れられたのだ。

 

 無敵に近い必殺魔剣。無論、この技にも弱点がある。

 第一に使い手の消耗が激しく、長くは続けられないという点だ。現状、制限時間一分ちょい。何気にギリギリの戦いだった。

 第二にイシグロの集中力の問題。高速軌道は一度ミスれば隙を晒す。心身ともに万全でなければ、発動するだけでリスクになる。

 第三に使用用途が限定的である事。朱鷺流れはあくまでタイマン用であり、加えて言うなら開けた場所でしか発動できない技なのだ。

 

「さて……」

 

 拍手の中、結界床が下り、救護班が駆けて来る。

 このまま優勝者を祝う式が始まり、景品の授与が行われるのだ。

 試合より、こっちのが長くなりそうである。

 

 ふと、VIP席を見た。心の回復にはロリである。

 視線の先では、目をハートにしたケモロリ二人が遠くイシグロに熱狂していた。そんな二人を、ルクスリリアとエリーゼが抑えていた。

 ゲルトラウデさんは紛う事なき後方師匠面をして、姉弟子のアンゼルマさんはパチパチ拍手してくれていた。

 

「ん? あ、ヤベ……」

 

 今気づいた。激しく動いたせいで道着が崩れ、半脱ぎ状態になっていた。迷宮で鍛え上げられた肉体が惜しげもなく晒されているではないか。

 イシグロは、慌てて道着を整えた。視界の隅、観客席の鬼人幼女が両手で顔を隠していた。どうやら、イシグロの裸体を見られるのが口惜しいらしい。

 気を良くしたイシグロは、鬼人幼女にファンサした。キャプテン・ファルコンのアレである。隣で顔見知りの女性が気絶してたが、文字通り眼中になかった。

 

 これにて、イシグロは桜闘会を優勝したのである。

 だが、ホントの本番はここからだ。

 

 皆が待ってる。

 

 

 

 ところで、何故に魔剣の名前が“朱鷺流れ”なのか。その経緯を説明しよう。

 残念ながら、イシグロはネーミングセンスに自信がない。バトル漫画のような外連味たっぷりの技名など。思いつくはずもなかった。しかし、名付けの為の知識だけなら揃っていた。

 

 朱鷺流れとは、ユクゾユクゾで距離を詰め、流れに身を任せては命を投げ捨てるように攻めたてるガン攻め継続技術なのだ。

 つまり、トキ流れであった。ジョインジョイントキィ……。

 

 なお、某世紀末バスケとは一切似てない模様。




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◆追記◆
 次エピソードはR18の方に移動させました。


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炉利しぐれ

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気に繋がってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今のところお達しはないですね。
 ギリギリセーフと思いたいですが、別にチキンレースがしたい訳ではないんですよね。
 なので、次回更新時にアプデ適用前の前話だけR18に移動させようと思ってます。かといってR18版を書く訳ではありません。ほんへ最優先です。

 また、スピニングロリコン(1)の本文を修正し、桜闘会の日程を変更しました。
 お教え頂きありがとうございます。忘れていたのさ!

 今回は三人称からの一人称、ラストちょっと三人称です。
 よろしくお願いします。

・これまでのあらすじ
 あの後めちゃくちゃフォックスした。



◆追記◆
 前話を削除し、R18の方に移動させました。


 四年に一度のお祭りも、そろそろ終わりの時がきた。

 

 桜闘会最終日、前日。

 今日も今日とて、街のあちらこちらで火花を散らす闘技大会が開かれていた。

 毎年、最終日は花形部門で締めくくられる。各種銀細工限定大会に、プロアマごっちゃの個人部門。人気部門はやっぱり剣で、個人も銀も剣術締めで大盛況間違いなしだった。

 終幕の前の高揚。今のカムイバラには独特な雰囲気があった。

 

 が、今年は例年と異なり、ちょっとピーク過ぎた感が蔓延していた。

 もうベストバウト決まったじゃん、みたいな。

 花形試合の前なのに、消化試合の雰囲気が流れていたのである。

 

「一番強かったのってさぁ」

 

 そんな中、とある飯屋の一角で、派手な着物の男達が朝から酒を呑んでいた。

 その席に座しているのは如何にも遊び人風な面々で、事実その通りだった。この異世界に“遊び人”なるジョブはないが、誰でも転職できる職業ではあったのだ。

 

「やっぱイシグロだろーな。ラリスの冒険者で、現役銀細工。おまけに化け物退治の功績だってある。しかも王都の銀だって話だぜ?」

 

 遊び人達は実際に遊び人で、加えて言うと遊び人道ガチ勢だった。彼等は相当な桜闘会フリークであり、大会中は連日休みを取ってお互いファンネルを飛ばしながら全ての試合を網羅していた。

 今は次の大会に備える為に英気を養っているのだ。遊び人らしく、酒という燃料で。

 

「奴さんの試合、生で見たがよ。あの跳躍は並みじゃあなかったぜ。剣だけじゃねぇ。槍の方も相当だ。しかも無月流っつったら、昔一度てっぺん取ったとこじゃあねぇかってな」

 

 で、そんな男達は異世界的に老若男女が楽しむ話題――最強談義で盛り上がっていた。

 遊び人男とて、例年なら全種総合など見向きもしなかっただろう。どうせ見るならガチな方、真剣試合のが面白いってなもんで、全種総合など仲間内のファンネルジャンケンに負けたハズレ枠だったのだ。

 しかし、今回は違った。ハズレが当たりにメガシンカして、当たった男は意気揚々と観に行ったのである。

 

「でも、全種総合だろ? 優勝したところで大した武勲にゃあならんだろ。前もゲテモノしか出てなかったじゃん」

「バカおめー、今年は澄刃流師範まで居たんだぜ? なんだ、知らなかったのか?」

「マジ? あ、確かに道場戦にはいなかったな……。あー、なら俺もそっち行きたかったなー」

 

 その時、声の大きい彼等の会話に、店の端にいた獣人女性が反応して肩を震わせた。同じテーブルの女性客は冷や汗をかいていた。

 そんな小さい変化に気づくはずもなく、遊び人達は会話に花を咲かせた。

 

「デイビットだけじゃねぇよ。剣鬼流のウラナキまで出てたが、いやぁ強かったぜ。何たってイシグロ相手に善戦してたんだ。間違いねぇよ、あの試合が今回一番の名試合だったぜ」

「一番~? ウラナキっつったら、剣鬼流の師範代だろ? そりゃ吹かし過ぎじゃねぇか? それこそデイビットがいるって言ってたじゃねぇの」

「そりゃあ、澄刃流のトップがイシグロ相手に手も足も出てなかったからよ。俺が見るに、イシグロは完全に遊んでたね。へへ、あっと言う間だったが、気分良かったぜぇ」

「なるほど、歴史の差が出た訳か。そりゃ剣鬼流っつったら牛鬼族の戦場剣だもんな」

 

 酔っ払い達は大きな声で話していた。が、誰も咎めはしない。それどころか、別の席の客も積極的に話を聞いていた。

 

「なぁなぁ、オイラぁその日は仕事で見に行けなかったんだよ。詳しく教えてくれや」

「おぅいいぜ!」

 

 それから、遊び人の口から当時の状況が振り返られた。

 一回戦の様子、二回戦の激闘。そして決勝戦のデイビットの惨敗。

 遊び人の語りは存外堂に入ったもので、いつしか店主まで聞き入っていた。ビデオもラジオもない異世界、こういう娯楽は大歓迎なのだ。

 

「二番目は剣鬼流のウラナキだろ? じゃあ三番目は誰だよ」

「そりゃ秘孔天狗の兄弟じゃねぇかな。二対一とはいえ、イシグロを墜としかけたんだ。結果だけ見りゃ一回戦落ちだが、あいつ等が勝ち残ってたら結果も変わってたかもしれねぇぜ」

「じゃあ、デイビットはあの兄弟以下?」

「甘く見積もって互角ってトコじゃねぇかなー。奴等倒せたのもイシグロの協力ありきだったしよ」

「デイビットねぇ……。まぁ昔は強かったが、最近の澄刃道場はなぁ……。なんつーか、浮ついてる? みたいな。嫌なんだよな、ああいうのが流行る時代っての。あー、武鳴流の頃が懐かしいぜ」

「出たよ武鳴厨! まぁあん時が一番面白かったのは分かるけどさ。今何やってんだっけか」

「圏外で死んだよ。はー、あっちじゃなくて澄刃道場の方が潰れりゃ良かったんだけどなぁ……」

 

 その時、これまで怒りを蓄えていた獣人女がゆらりと立ち上がった。

 それから、獣人女――ジャグディは剣術家らしい歩法で遊び人の席に近づいて行った。

 

「澄刃流ってさ、ぶっちゃけ元々軟弱剣法じゃん。聞いたぜ? 前々から八百長とか、門弟食いまくってるとか、そういう汚い噂あったって。で、今回ラリスもんが化けの皮を剥がしたってワケ。師範がアレじゃ、明日の剣術部門もおしまいだな。剣鬼流と比べると、ありゃただの華剣。実戦じゃあ役に立たない(なまくら)よ」

(なまくら)と言ったか……?」

「へ?」

 

 ゾッとするほど冷たい声。男の後ろに、獅子人の女が立っていた。道着こそ着ていないが、腰に刀を佩いている。

 声をかけられた遊び人男は、自身が桜闘会フリークだからこそ気づけた。目の前の女は、澄刃道場師範代・ジャグディだ。

 澄刃流の剣士の目は据わっていた。異世界において、侮辱に対しては相手を害するに立派な動機になり得る。無論、罪には問われるが、辻斬りなどより遥かに軽い裁きで済まされる。

 この段になって、遊び人の酔いは覚めた。呑んだ酒が冷や汗に代わり、赤かった顔が青くなる。泳いだ双眸には、殺意を漲らせた剣客の姿が映っていた。

 

「澄刃流は、(なまくら)と言ったか。そう訊いている」

「師範代! 今問題を起こされては……!」

 

 静まり返った店の中、ジャグディは刀に手をかけていた。同門の門弟がジャグディを取り押さえようとするが、獅子人の怒りはなおも増すばかりであった。

 ラリスならともかく、カムイバラで刃傷沙汰は非日常だ。店主を含め、この場の一般人は震えあがった。

 そして、ジャグディが半ば刀を抜きかけた、その時である。

 

「喧しいなぁ、ギャーギャーと。発情期か、お主は」

 

 隅の席から、立ち上がった男が一人。

 粋な模様の道中合羽を翻し、男は腰の刀に手を置いた。余裕げに笑む顔の下に、鈍く輝く銀細工。名をジンエモンという。

 この男、相手が格下と見るやドヤ顔でしゃしゃり出てきたのである。しかも前に聞いた台詞をパクッている。彼は内心最高に気持ち良くなっていた。

 

「これは澄刃道場の話だ。余所者が口を挟むな」

「言うねぇ、仔猫ちゃん。だが、ここは飯処でね、逢引茶屋ではないんだぜ。盛りてぇなら他所を当たりな。それとも、今すぐ俺とやりてぇってかい? さてさて何秒持つかな……?」

「くっ、迷宮の棒振りが……!」

 

 針のような鋭い殺気。剣の達者だからこそ、この時ジャグディは自身の分が悪い事に気づく事ができた。

 首の飾りは伊達ではない。同じ剣術使いとはいえ、相手の方が速さに勝るのは自明だろう。

 迷宮剣術など薄汚い邪剣である。力が互角なら勝てるはずなのだ。ジャグディは冒険者に強いコンプレックスを持っていた。

 

「あんた、デイビットの女かい。なら、相応の振る舞いをするんだな。そうじゃねぇと、男の格を下げちまうぜ。ま、銀の俺が言うのも何だがね」

「チッ……!」

 

 忌々しげに舌打ちしたジャグディは、刀から手を離して客を押しのけるように去って行った。

 

「払っておけ」

 

 そう門弟に言い残し、店を出る。慌てて、銭を置いた門弟が後を追った。

 怒る獅子人が消えた後、客から安堵の息が漏れた。事の発端たる遊び人は、気まずくなって店主に謝罪し、その後ジンエモンに奢ってあげていた。

 

「にしても、あんた明日出るんだな。名前教えてくれよ。応援させてもらうぜ」

「“風来”のジンエモンだ。あと、銀細工剣術には俺より使える剣士が出るぜ」

「ん? そいつは誰だい?」

「オロチ・ドッポと言う、黒髪の男でな。最上の試合になるだろうよ」

 

 オロチ? 桜闘会フリークの男は首を傾げた。そんなのいたっけ。

 まぁマイナー闘士だろう。遊び人達は明日の楽しみが増えた事で機嫌を持ち直した。

 

 のど元過ぎればというやつで、こういうところで異世界人のメンタルは精強だった。

 

 

 

 店から出たジャグディは、怒りを放散しながらズンズンと歩いていた。

 

「クソ……!」

 

 道行く町人達は、ひそひそ話をしながら獅子人女とその取り巻きを避けていた。

 そんな師範代の後ろを、門弟はオロオロとついていく。ジャグディは心の靄を振り払うように足を早めた。

 苛立ちの理由は明白だ。思い出すだけで腹が煮える。それは、先の全種総合部門決勝戦の事であった。

 

 例の試合の後、澄刃道場の評価はガタ落ちした。

 二大道場のひとつ、その師範であるデイビットが、訳も分からないポッと出の迷宮潜りに敗れてしまった。しかもただの敗北した訳ではなく、手も足も出ぬまま――素人にはそう見えた――倒されるという、悲惨な負け方をしたのである。

 あまつさえ、つい先日の道場対抗戦でも澄刃流は優勝できなかった。本部の師範代二人が抜けていたとはいえ、あろうことか無名の弱小道場に負けたのである。

 

 そうなると、声の大きい厄介者は「澄刃流弱し」などと喧伝する訳で。

 元々アンチの多かった道場である。悪い噂はあっと言う間に広がって、今では澄刃流ファンが反転アンチになる始末。火消しの為に裏工作を試みたものの、何故か事前に握りつぶされた。

 こういう時こそ推しを推せよとジャグディ個人は思うのだが、そうならないのが現実であった。

 

 ならばと内側だけでも立て直そうとしたが、当のデイビットは何処かへ失踪して行方が知れない。慌てるジャグディに対し、何故かフィーランは気にしていなかった。

 かくなる上は明日の個人剣術部門でジャグディが優勝し、威信を保つ外はない。あるいは、同門のフィーランが優勝すれば……。

 

「ふざけるな……!」

 

 奴が優勝するという事は、自分が負けるという事ではないか。そんなの、あってはならない。同門であっても敵なのだ。

 自分が勝つ。全ての闘士を鎧袖一触し、その報で以て信頼を取り戻すのだ。それしかない。そうでなくば、澄刃道場は、自身が帰属する群れは……。

 

「貴様ら、剣を持て」

「え? いえ、ですが明日の大会に響くのでは……」

「口答えするな」

 

 道場に戻り、ジャグディは剣を振るった。

 只管に、我武者羅に、ただ怨敵を打倒する為に。

 

 その様は、澄刃流の理念から大きく外れていた。

 

 

 

 

 

 

 なんて厳しい戦いだったのかしら……。

 

 朝な夕な続く過酷な発情期ックスにより、俺は無事荒ぶる魂を静める事ができた。

 そうして余韻を楽しんでいると、いつの間にか姉弟子の試合当日になっていたのである。

 それから慌てて身だしなみを整え、南区のクソデカ闘技場へと向かった。人混みのせいで遅れたというのは、遅刻の言い訳にはならないか。

 

「すみません遅れました」

「む、来たか」

 

 関係者入口からVIP席に通されると、当然そこにはゲルトラウデ師匠がいた。既に試合は始まっていたが、アンゼルマさんの出番にはギリギリ間に合ったようである。

 ライドウさんに貰ったVIP席は半分部屋みたいなプライベート空間なので、個人的にはこっちのが好きだ。俺はソファに座って一息吐いた。

 

「あの闘士、待ちの姿勢に入ってるわね。良い選択とは思えないけれど」

「どうでしょう。相手からすると、守りを固められる方が嫌なのかもしれません。事実、攻めあぐねています」

「わしなら陰陽術でちょっかいかけられるが、刀だけじゃとキツそうじゃな……」

「あ、ラリスサンドあるじゃないッスか。久しぶりに食べたくなったッス! ご主人、頼んじゃっていいッスか?」

 

 リンジュに来た当初は野暮な事言ってた皆も今ではすっかりハマッたようで、グーラとエリーゼは闘技大会に夢中だった。

 ルクスリリアはそこまでといった感じ。一方、イリハは闘士の戦いを見て勉強しているようだった。

 

「ご主人♡ はい、あ~ん♡」

「ん、ありがとう」

 

 時に、スポーツ観戦しながらの食事はどうしてこうも美味しいのだろうか。

 前世では特にこれといってスポーツに感心はなかったが、友人と観に行ったセパ交流戦は結構楽しかったのを覚えている。

 異世界じゃあ愛する恋人とVIP席で観戦である。身体的接触もいいが、人前で控えめなイチャつきを楽しむのも心の健康に良い。

 

「えーっと、次がアンゼルマさんの試合ですね」

「初戦から厳しい戦いになる。気合次第ではあっさり負けてしまうだろうな」

 

 個人剣術部門は、現役冒険者を除く全ての刀剣使いが出る部門だ。

 冒険者ではないとはいえ、異世界人の身体スペックは大したものである。異世界パンピーの試合は剣道のソレというより、アクション映画の剣戟シーンって感じで存外見応えがあった。

 

「おや、あっさり勝ちましたね」

「相手は緊張していた。勝ってもらわねば困る」

 

 この後半戦は選抜を生き残った闘士だけで行われる大会だ。当然、出場闘士は優秀な剣術家であり、生き残っているのはガチ勢だけだ。

 そんな大会を、アンゼルマさんは危なげなく勝ち進んでいった。このままなら優勝しちゃうんじゃないか? それくらい順調だったのだ。

 

「あ! あの獅子人、澄刃道場にいた女ッスよ! シツレーな奴だったの覚えてるッス!」

「ん? あー、居たなそんなの」

 

 勝ちに勝って準決勝。ダークホース・アンゼルマさんの相手は、澄刃道場の師範代だった。

 誰だっけ、獅子人族女性の師範代だ。名前は知らないが、試合を見るに相手はかなりの使い手だった。

 

「氣がブレておる。あれなら刀一本でやれそうじゃな」

「剣筋が真っすぐ過ぎます。相手はアンゼルマさんを見ていません」

「私でも勝てそうだけれど……。アンゼルマには厳しい相手ね」

 

 試合開始、獅子人の力強い剣に徐々に押されていくアンゼルマさん。獅子人師範代は荒々しいガン攻めを継続していた。アンゼルマさんはギリギリで踏ん張って耐えているといった感じ。

 そして、とうとうアンゼルマさんは膝をついた。そこに大きく踏み込んだ獅子人。瞬間、無月流の突きが相手の鳩尾にヒットした。習ったから分かる、無月流・壱ノ型だ。

 吹き飛ばされた獅子人師範代は、鳩尾を押さえながら悶絶していた。試合終了の鐘が鳴り、アンゼルマさんは一発逆転で勝利した。

 

「おぉ……! 勝ちましたね、師匠」

「いや、アンゼルマの勝利ではないな。相手が敗北しただけだ」

「運も実力のうちじゃないですか?」

「実力こそが運なのは戦場や迷宮の話だ。アレは無月流ではない。誇るなど以ての外だ」

「厳しいですね。今くらい褒めてあげてもいいんじゃないですか? 喜ぶと思いますよ」

「む、そうか。そうだな……」

 

 試合に勝ったアンゼルマさんは満面のスマイルでぴょんぴょん跳ねていた。

 厳しい事を言ってるゲルトラウデ師匠だが、彼女も何だかんだ嬉しそうである。

 

「決勝も澄刃流ッスか。なんで道場部門に出てないんスかね」

「さぁ? 色々とあるのでしょう、ロクでもない事が」

「えーっと、師範の取り合いでしょうか?」

「うちの一党は平和で良かったのじゃ……」

 

 続く決勝戦、アンゼルマさんの相手はこれまた澄刃流の師範代だった。道場見学を案内してくれたドワーフ女性である。

 試合が始まると、アンゼルマさんは順当に押されていった。さっきのは獅子人女が焦って自滅した感じだが、今回はモロに実力が出てる印象。身体スペックも向こうのが上っぽいし、こりゃ勝てませんわ。

 案の定、アンゼルマさんは敗北した。最後まで粘っていた分、ガッツがあるとして何だかんだ観客は敗者にも拍手贈ってたし、良い試合だったと言えるだろう。

 

 とはいえ準優勝は素晴らしい成果だ。唯心無月流の名声も上がっただろうし、今度こそ流行ってくれるといいな。

 ていうか、いつの間にか潰れてましたとか、そういうオチは止めてほしいのである。融資断られちゃったんだよなぁ。

 

「やった、やったよ! このお金があれば道場建て直せるね! 雨漏りも隙間風も無い道場にしよう!」

「いや、それはお前の好きに使うといい」

「うん! じゃあ建て直すね!」

 

 大会終了後、準優勝できて嬉しいといった表情のアンゼルマさんと合流。

 賞金の使い道で言い争う二人だが、仲のいい親子の会話にほっこりである。

 

「おめでとうございます。お祝いに何処か食べに行きましょうか。奢りますよ」

「やったー! イシグロさん大好きー! は、言わない方が良かったかな? えへへ」

 

 頑張った姉弟子には、弟弟子からの労いである。

 当然、師匠や俺の一党も一緒だ。アンゼルマさんは日本基準十分に巨なる乳の持ち主なので、自動的に皆から浮気を疑われないのは有難いね。

 前世、友人の多くはおっぱい星人だったけど、デカいおっぱいの良さってぶっちゃけ全く分からんのよな俺。小さな乳を“貧しい乳”と表すのも遺憾の極みだ。薄い胸こそ真の美乳であろうがよ。

 

「それでは、桜闘会お疲れ様でした」

「ごちになりまーす!」

 

 なんて思いつつ、やって来たのは個室の料亭だ。畳の部屋から見える中庭が淡い月光に照らされて実に美しい。

 机に並んだ料理はというと、ワンランク上のリンジュ料理って雰囲気だ。冷奴っぽい豆腐は何か綺麗に盛り付けられてるし、小さな椀のミニ蕎麦も芸術品のようである。綺麗過ぎて食べるの躊躇うというか。

 まぁ食べるんですけどね。うん、OC!

 

「美しい料理ね。どう食べるのが正解なのかしら……?」

「上から順というのが正しいんじゃが、最近は気にせんでいいらしいのぅ」

「なんスかこの草? 食っていいんスかね? あむ、ん!? クッソ苦ぇッス!」

「それは他のと一緒に食べるやつなのじゃ」

 

 エリーゼはすっかり箸に慣れたようで、その所作は実に様になっていた。

 ルクスリリアも箸の扱いは上手になってたが、相変わらず忙しい食器捌きだ。気になったモンをパクパクやっている。

 

「はむ、ん~! とっても美味しいれふ! んく……何でしょう、味に奥行きがあるというか。とにかく美味しいですね!」

「むむむ……これは何のダシを使ってるのかのぅ? 匂いは……魚っぽいが……」

 

 グーラは相変わらず勢いよく食べているが、彼女の食べっぷりに見苦しい所がない。お迎えしてからこっち、いつも嬉しそうにご飯を食べてくれている。

 イリハは料亭の味を盗もうと一生懸命だった。実に勉強熱心なフォックスである。今現在、彼女の料理レパートリーは広がり続けていた。義務というより、趣味の延長として。

 

「久しぶりに呑むが、やはりリンジュ酒はいいな」

「んっ、ファーッ! 甘い甘い! お酒って、革命(レボリューション)なんだ!」

 

 エリーゼ然り、竜族はお酒大好き種族である。ドラゴン母娘は美味しそうにリンジュ酒を呑んでいた。

 アンゼルマさんは初の酒らしいが、種族柄かとても美味しく感じているようだ。

 

「そういやぁ、イシグロさんって明日の宴に出るんだよね?」

「はい、ライドウさんからお誘い頂きまして」

 

 アンゼルマさんの言う宴とは、ライドウさんに誘われた関係者限定パーティで、偉い人とお話をするタイプのアレだ。

 正直、ナーロッパーティなど行きたくないが、仕方ない。後ろ盾になってくれるらしい人には挨拶しておくのが礼儀だろう。その為に服屋で買い物した訳だし。

 そいえば、俺が出た大会のVIP席にはアリエルさんとイスラさんもいたんだよな。協会関係の仕事だろうか。パーティにいたら挨拶しとこう。

 

「上らへんの宴って雰囲気堅そうだよね。イシグロさんテーブルマナーとか大丈夫? あ、今のは皮肉とかじゃなくってね?」

「古式なら、ある程度は。けど自信はありませんね」

「安心なさい。アナタは十分できているわ」

 

 各種異世界マナーに関しては、エリーゼ先生にみっちり教育されている。とはいえ現役冒険者にはそこまで求められないようだが、出来て損はないだろう。

 それに、パーティの仕様は事前に聞かされている。舞踏会ではない、ラリス式のシンプル立食パーティだ。そこならエリーゼの知ってるマナーで大丈夫なはずだ。

 ふと、送られてきた書類の中身を思い出した。俺の一党への招待状に加え、もう一つ同伴者用の招待状もあったのだ。

 

「そういえば、同伴者として誰か一人呼べるみたいですよ。師匠はどうですか?」

「私はいい。ああいうのは好かん。アンゼルマはどうだ?」

「いやー、ちょっとなぁ。うん、やめとくね!」

 

 あっさり断られた。そういうの好きそうじゃないもんな。俺も好きじゃないが、これも主人の務めである。

 一党への招待状というように、パーティにはルクスリリア達もついていく予定だ。奴隷身分だからダメとは書いてなかったし、向こうもそのつもりだろう。

 

「面倒なん嫌なんで、アタシぁずっと黙ってるッスわ」

「それがいいわ。何を言われても主人の方を見ているのが最善よ」

「ちょっと怖いですけど、ご主人様の奴隷に恥じぬ振る舞いを心がけたいです」

「まぁ後ろにおるだけじゃし、気は楽じゃな。主様は頑張る事になりそうじゃが」

「俺に変身してイリハがやってくれないかな」

「できるんスか?」

「う~ん、無理じゃな。出来ても動きが女っぽくなるぞ」

「そのうち多重影分身を……」

「まだ言っているわ」

「分身って、忍術っぽくはないですよね」

「そうかなぁ。故郷じゃあメジャー忍法なんだけども」

 

 他愛のない会話などしつつ、賑やかな食事が続く。師匠達もクイクイ酒を呑んでいた。

 戦いの後に相応しい、楽しい宴であった。

 

 思えば、リンジュに来てから結構長い。冬の始めに来て、今は春だ。

 道場にも通ったし、温泉にも浸かった。まだまだ残ってるが一通りの名所も巡ったし、何故か大会に出て優勝した。

 何より、イリハに出会えた事が素晴らしいな。もしカムイバラに来てなかったとしたら、考えるだけで恐ろしい。イリハを助けられてよかった。

 

 そろそろ帰るか。

 

 ふと、そう思った。

 どうやら、俺は王都を帰る場所だと思ってるらしい。

 そんで、また来よう。リンジュは良い所だ。

 

 

 

 夜も深まった頃、俺達は料亭を出た。

 大食漢の一党と違い、竜族母娘は割と早めにご馳走様したのだ。

 まぁその後はずっと酒呑んでた訳だが。

 

「ぐぇ~、気持ち悪いぃ……」

「むぅ、頭がクラクラする……」

「師匠呑み過ぎですよ」

 

 酒好きドラゴンさんは久しぶりの酒で呑み過ぎてしまったようだ。この世界、飲酒は毒としてレジストできないのだ。

 アンゼルマさんはというと、呻きながら半分眠っている。彼女はイリハの結界担架で運搬されていた。

 

「道中危ないですし、お送りしますよ」

「大丈夫だ、問題ない。うぷっ……」

「問題起こらないようにです」

 

 酔っ払いを連れ、唯心無月流の道場へ向かう。

 相変わらず道行く人は多いのだが、なんだかしんみりしてる雰囲気。祭りの後の寂しさというか、なんかこういうの久しぶりである。

 

 出会いでいうと、師匠と姉弟子もそうだ。最初こそギスッてたが、今となっては良い関係を築けていると思う。

 異世界にて、俺はしがらみというものを嫌がっていたが、こういう良い縁は大事にしたいね。

 

 そういえばと、その時ラリス西区の人等の事を思い出した。

 受付おじさんに、武器工匠のドワルフ。稽古つけてくれたニーナさん、醤油開発者のシュロメさん。新人冒険者のトリクシィさんに、娼館大好きウィードさん。他にも沢山……。

 皆のおみやげとか、何にしようかな。

 

「店探さなきゃな」

 

 地球でも異世界でも、おみやげ選ぶ時ってのは楽しいもんで。

 帰る準備を進めようか。

 

 

 

 

 

 

 人気(ひとけ)のない唯心無月流道場。

 喧騒から外れた道場は、壁と言わず床や天井などところどころ穴が開いて倒壊寸前の様相を呈していた。

 

 その場には、三つの人影があった。

 肩を喘がせ刀を構えるドワーフ女と、刀を杖に立ち上がろうとする獅子人女。それから、刀を手に立ち尽くす森人男性。

 皆、ガチバトル用のマジ装備。森人は杖を、ドワーフは大太刀を、獅子人女は分厚い革鎧を纏っていた。

 

「フィイイイーラァァァァアン……!」

 

 半壊した鎧を纏う獅子人女――ジャグディは、憎悪に満ちた目でドワーフ女を見ていた。

 

「ジャァグディイイイイ……!」

 

 大太刀を下げ、肩で息をしているのは同じく師範代のフィーランである。

 

「二人とも……」

 

 デイビットは、憂いに沈んだ目で二人の戦いを見ていた。

 仲裁しようとして、二人に止められてしまったのだ。

 

 斬り合い、殺し合い、罵り合い。

 散々感情をぶつけあった後には、見るも無残な戦の痕跡があった。

 道場は崩壊一歩手前で、建物外の周辺には攻撃魔法の痕跡さえあった。汚れひとつないデイビットはともかく、女二人はどちらとも知れぬ血と土汚れに塗れていた。

 

 桜闘会の直後である。現在、街を守る同心は出払っているだろう。

 ぶつかり合って尚、直接止められて尚、二人の戦意に陰りはなかった。

 緊張に満ちた空間。リンジュの月が辺りを照らした。

 

「……あの~」

 

 月光の外、影から声がかけられる。

 闇から姿を現したのは、イシグロ一党と家主の無月流母娘であった。

 竜族母娘以外、迷宮用のガチ装備をしていた。

 

「どういう状況……?」

 

 言って。首をかしげるイシグロ。

 奴隷達は「さぁ?」みたいな表情で見返していた。淫魔だけは「ははぁん?」みたいな顔で面白がっていた。

 

「あ……」

 

 アンゼルマの視線の先、自宅の道場が半壊していた。元々ボロだったとはいえ、最近DIYして補修したばかりだったのだ。

 原型こそ保っているが、今や雨も風も防げそうにない。マジで今突っついたら全部崩れちゃうんじゃないかってくらい、ズタズタにされていた。

 

「ふむ……」

 

 我が家の惨状に唖然とする娘に対し、母は冷静に顎に手をやって思案していた。

 それからポンと手を打ち、云った。

 

「今なら安く建て直せるか……!?」

「お母さん!?」

 

 ちょっとズレた母親だった。

 決して、酔ってたが故の発言ではない。




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 竜族は比較的酒耐性が高いですが、鬼人ほどではありません。
 エリーゼがお酒に強いのは本人の特質によるところが大きいです。
 もうお気づきかもしれませんが、作者はロリキャラが飲酒してるのが好きという性癖があり……。


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がんばれ!ロリコンジャー!

 感想・評価など、ありがとうございます。続きを書く力になっています。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かっています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 という訳で、今日中に前々話をR18に移動させます。移動に伴い、修正前を載せておきます。
 ここすき、感想など頂きありがとうございました。しおりについてもお気を付けください。

 今回は最初三人称、後に一人称。
 よろしくお願いします。


 桜闘会、個人剣術部門。

 準決勝戦にて。

 澄刃道場師範代・ジャグディ、敗北。

 

 知らない天井を見上げ、自派閥の門弟に自身の敗北を聞かされた時、ジャグディはそれを理解できなかった。

 激しい剣戟の末、体勢を崩した相手にトドメの一撃を与え、勝利したのではなかったか。

 実際にはその逆で、ジャグディはたった一発の突きで以て気絶してしまったという。

 

「そんな、嘘だろう……!」

 

 慌てて闘技場に戻ると、決勝に上がったフィーランが半竜の娘を打倒したところだった。花形大会にて、有終の美を飾ったのは自分ではなく、忌々しいドワーフ女だった。

 優勝は澄刃道場師範代のフィーラン。準優勝が無月流の半竜。そして、その半竜に負けたのが同門の師範代であるジャグディ。

 戦いの結果だけが、当人の理解と納得を置いて過ぎていった。

 

「バカな……! この私があの程度の相手に負ける訳がない!」

 

 無月流の半竜、アンゼルマ。竜族の娘とはいえ、力も技も自身の方が勝っているはずだ。事実、奴はジャグディの剣に圧倒されていたのである。

 それをジャグディが気づけぬ方法で、あまつさえ一撃で倒すなど、到底あり得る事ではないように思えた。

 剣に細工がされていたとか、こっそりと能力を向上させる装飾品やポーションを持ち込んでいたとか。あるいは、検査をすり抜けるようなやり方を使ったのでは……。

 

「そうだ、奴は竜族の娘! 何か、話に聞く権能とやらを使ったに違いない……!」

 

 そう思い関係者に申し立てるも、ロクな調査をされる事もなく「不正はなかった」の一点張りだった。

 ならばせめて再戦をと言っても、にべもなく断られた。これ以上言うようなら、会を侮辱したとして失格処分にするとまで言われてしまった。

 どう考えても怪しい。無月流が桜闘会の運営を丸め込んでいるとしか思えなかった。

 

「私は澄刃流の師範代だぞ!? なぜ耳を傾けない? 運営の体制はどうなっている!」

 

 これ以上はどうしようもない。ジャグディは運営に見切りをつけ、先の事を考えた。

 だが、直近の未来においてプラスになる要素など見当もつかなかった。

 

 先の師範の敗北に加え、強豪道場の師範代の一人が弱小道場の小娘に負けたのだ。ネームバリューがいくらあっても、弱い道場に人は来ない。澄刃流に纏わりつく噂を鑑みるに、門弟の流出は多くなると予想できた。

 それどころか、在籍する門弟にも道場を抜ける者が出てくるだろう。本部も掌握しきれていないのだ。支部ともなれば、ジャグディがコントロールできる範疇を超えている。

 とにかく状況を把握し、手を打たねば。ジャグディは急いで道場に戻った。

 

「ジャグディ師範代、お話がございます」

 

 澄刃流の本部に戻ると、そこでは同門の支部を任された師範代達が待っていた。

 そんな支部長達からの話を無視して対策会議を開こうとした矢先、彼等彼女等から一枚の紙を渡された。

 

「我等は新しい道場を立てる事にしました。場所は支部を使うようにと、師範から。代表は自分が」

「なに……?」

 

 それは、澄刃流の分派許可証だった。

 支部長たちは澄刃流を抜け、新しい流派を立ち上げると宣言してきたのだ。それに伴い、支部の多くの門弟が現澄刃道場から移動するという。

 ふざけた話である。だが、その紙にはジャグディを除く全師範代の名に加え、師範デイビットの名前まで書かれていた。

 あまつさえ丸め込んだはずの師範代もまた、新道場への移籍者として記名されていた。ジャグディ視点、それは裏切りに他ならなかった。

 

「新しい道場では、澄刃流本来の理念に基づいた経営をするつもりです。デイビット師範も、賛同してくださいました」

 

 そう言って、支部長達は澄刃道場を去って行った。僅かな手切れ金だけを残して。どういう事だ、あまりにも展開が早すぎる。

 残ったのは、ジャグディ派とフィーラン派の本部門弟。それから元の三分の一以下になった初段門弟だけだ。しかし、遠からず残った者も件の新流派に移るか、他の道場に通うだろう。そうなれば、元祖澄刃流の門弟数は如何ほど残る? 残った数で、今の規模に戻るにはどれほどの金と時間がかかる? 全ての支部を使えなくなった現在、本部だけで回さなくてはならないのである。金こそあるが、それで何とかなる訳もない。必要なのは力なのだ。

 

「どうする! どうすればいい!?」

 

 人数が減ったという事は、格が落ちるという事だ。

 格が落ちるという事は、これまで使えた裏の力押しが使えなくなる。特権を失うという事なのだ。

 

 一からのやり直し。否、マイナスからの再スタートだ。

 それどころか、これまで隠蔽してきた事が公になる可能性さえある。それを使われ、今度は澄刃道場が操られるかもしれない。

 此方が握っている弱みも、格が低けりゃ効力を発揮しない。いくら人数を残そうと、まとめる役が不足している。

 結束にしたって、今デイビットが何処にいるか分からないのだ。フィーランは敵対派閥であり、奴の性格的に後ろから刺してくる可能性さえあるではないか。

 

「詰み、か……?」

 

 全身から力が抜けた。

 これまでの努力が水の泡だ。

 ジャグディは失意のまま自宅に戻った。

 

「デイビットもフィーランも、どうなっている! 道場が潰れて良いとでも思っているのか!?」

 

 自宅で一人、酒を呑む。

 高級酒のはずが、不味くて仕方が無かった。

 酔いが回っていくにつれ、ジャグディの脳内には以前から燻っていた怨嗟が満ち満ちていった。

 

 おかしい、こんな事は許されない。

 どいつもこいつも、どうかしている。何故、組織の成長を邪魔してくるのだ。人の足を引っ張る事に罪悪感はないのか。

 これまで上手く回っていたのだ。それでよかったはずだ。自分のやってきた事は正しい。にも拘わらず、内から外から邪魔ばかりされる。

 声が大きいだけの弱者共。努力もせず才能も無いバカの外野が、賢しいフリをして見下してくる。そんな状況、耐えられない。

 

「気に入らない、気に入らない……!」

 

 英雄などともてはやされ、残酷なやり方で澄刃流に汚泥を塗りつけたイシグロ。

 訳の分からない卑怯な手を使い、大衆の面前で恥をかかせてきた無月流の小娘。

 流派の分裂。支部の売却。完了済みの手続き。恐らく裏で糸を引いていたであろう、同門にして怨敵のフィーラン。

 自身を取り巻く現状、その全てが憎かった。この状況を良しとし、あまつさえ姿を見せないデイビットさえ同様に。

 

「この恨み、晴らさでおくべきか!」

 

 悪を野放しにしてはならない。正しい者が虐げられるなど、あってはならないのだ。

 お礼参りである。逆襲だ。応報せねばならない。

 ジャグディは故郷から持ってきた鎧を身に着け、真新しい刀を佩いた。

 

 まずは、無月流という弱小道場をぶっ壊す。今だからこそ可能だ。幸い目的地に人気はない。誰にも見つからず、事を成せるだろう。

 その後は易い順に一人ずつ始末する。元銀細工の仕掛け人を雇って敵対派閥を潰し、イシグロを殺し、裏切り者を誅殺する。

 最後にフィーランを浮浪者に犯させる。さぞ可愛がってくれるだろう。そしてボロボロになったドワーフ女を消し、道場を再建するのだ。奴さえいなければ、何とでもなる。そのはずだ。

 

「待っていましたよ、ジャグディ」

 

 だが、向かった先で、件のドワーフ女が待っていた。

 彼女は冒険者時代の装備を着込み、使い込まれた太刀を提げて佇んでいた。

 隠れた月の下、その双眸を戦意で以て爛々と光らせて。

 

「決着をつけましょうか」

 

 怒りに呑まれたジャグディは、順序を変更した。

 最初にこの女を殺す。他はその後だ。

 

「死ね、お前が気に入らない……!」

「私もですよ、クソ女……!」

 

 こうして、因縁の殺し合いが始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 忘れていたつもりは無かったが、異世界の治安ってのはやっぱり日本より悪いらしい。

 いやだって、スポーツ大会最終日に、帰ってきたら家壊されてましたって事件に遭遇しちゃったからね。

 あろうことか、恐らくやったのは相手チームの選手である。スポーツマンシップはどうなってんだ、スポーツマンシップは。

 

「……あの~」

 

 酔い状態の母娘を送ってる最中、目的地付近でエリーゼが殺意の混じった魔力を感じ取った。穏やかじゃないですね。

 用心の為に全員に迷宮用防具を着せ、最大限警戒しながら向かった。お祭り中は御上り銀細工も多いらしいし、飯屋みたいにまた喧嘩してるんじゃあないのかと。

 すると、そこには……。

 

「どういう状況……?」

 

 澄刃道場師範代の二人がガチ喧嘩してて、それを師範のデイビットさんが見守っていたのである。

 なにこれ? エクストリーム痴話喧嘩? にしたって、何故に無月流道場で? しかも門といい壁といいデッカい穴が空いちゃってるじゃあないか。

 崩壊寸前の自宅を見て、師匠は解体の手間が省けたと喜んでたが、娘は我が家の崩壊にショックを受けてるようだった。

 

「ゲルトラウデさん、イシグロさんも、ご迷惑をおかけしています。状況を説明させてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 沈痛そうなデイビットさんの話を聞くに、こういう事らしい。

 まず、デイビットさんは俺に負けた後に一人で修行してたところ、フィーランさん――ドワーフ女性――がやってきて、これまでジャグディさん――獅子人師範代――がやらかしてきた裏工作的なアレコレを告発してきたと。

 信じられないと言うデイビットさんに無月流道場に来るよう言って、その通りにした彼の前でジャグディさんは無月流道場を物理的に破壊しようとしたらしい。玄関に空いてる大穴が一発目で、いや止めなよ……。

 

「え!? なにそれ酷い! 負けた腹いせって事!? バカじゃないの!? まともな神経してる人がやる事じゃないよ!」

 

 と、素直な反応をするアンゼルマさん。わかるマンである。

 

「なんつーか、雑にださいッスね」

「戦士の風上にも置けないわね……」

「イライジャ様の子孫の姿ですか……? これが……」

「わしぁ同じ獣人種として恥ずかしいのじゃ……」

 

 皆もジャグディさんの所業には呆れていた。ワイトもそう思います。

 

「しょーもない……」

 

 つまり、アレだ。お礼参りである。

 やり返したい、ムカつく奴を懲らしめたい、そういう感情自体は理解できるが、それを実行しちゃうあたりマジモンだ。そもそも負けた相手の家を壊したところで何も良い事なんて無いと思うのだが……。

 それ以前に、ジャグディさんが前から裏で色々やってたってのも驚きである。まさか、無月流のネガキャンなんかまでしてたとはね。道理でパンフの記載に偏りがあった訳だ。

 

「ふむ、何も盗んではいないのだな?」

「は、はい。ずっと戦っていたので……」

 

 憤慨するアンゼルマさんと違い、母親のゲルトラウデ師匠は冷静だった。

 冷静に、自宅にコレクションしていたヴィーカさんグッズやエリーゼのサインなどを気にしていた。あと書きかけの原稿とか。

 問いに答えているのはフィーランさんだ。未だ疲労困憊といった雰囲気だが、頭の方は冷えているようである。対し、ジャグディさんは俯いていて表情を伺えない。

 

「勿論、損害賠償はさせていただきます。慰謝料に関しても……」

「いや、これは僕の責任だ。全ての賠償は僕が持つ」

 

 フィーランさんの言葉をデイビットさんが引き継いだ。これにはジャグディさんも顔を上げ、信じられないという表情を浮かべていた。

 デイビットさん曰く、裏の事情を知らなかったとはいえ、事の発端は彼の浮気が原因だったらしいのだ。全てとは言うまいが、責任の一端はあるだろう。

 嘘か真か、デイビットさんは事の多くを把握していなかったそうな。恋人であるフィーランさんの嘆願を軽視し、一度情を交わしたジャグディさんとの関係も切れなかった。本人的には、「そのうち何とかなるだろう」という森人精神でハーレムをやってくつもりだったという。

 

「ジャグディ、勝敗は決まった。僕と一緒に武行に行こう」

 

 そんな彼だが、この段になって腹をくくったようである。

 法的な贖罪、男としての責任を果たす為、彼はジャグディさんに手を差し伸べていた。

 伸ばされた手を見て、ジャグディさんは小さくなった目を震わせていた。

 

「だ、だが! そんな事をしては、今まで積み上げてきたものが……!」

「そんなのは些事さ。それより、罪を償う方が先だよ」

「……はぁ?」

 

 惚れた男の言葉に、ジャグディさんは心底理解できないといった表情を浮かべていた。

 

「お、おおぉぉぉ……!」

 

 それから、みるみるうちに顔を強張らせ、怒りの感情を溢れさせた。

 

「お前なぁぁぁ! 誰のお陰でここまで成り上がれたと思っている! 私がやったのだ! 営業も! 議会への根回しも! お前のシモの世話だって! 全て私がやってやったのだ! 道場はお前だけのものではない! 私がいなけりゃあ弱小お遊戯道場のままだったろうが! それを今更! さんざん利用しておいて! 何様のつもりだ! 恩知らずがぁ!」

「頼んでないじゃないか」

「なに! なにを……!」

 

 答えるデイビットさんは、とても悲しそうな顔をしていた。

 アニメ版伊藤誠が、原作版伊藤誠の表情になっていた。

 

「確かに君の誘いに乗ったのは僕だ。一時の欲望に流されたのも事実で、君の努力のお陰で道場を大きくできたのもその通りだ。何も考えず、僕はその恩恵を享受していた。僕の道場を大きくできたのは、全て君の尽力あってこそだ」

「あぁそうだ! お前は黙って私の言う事を聞いていればいいのだ!」

「けど、そんなの頼んでないよ。僕は元々、道場を大きくするつもりなんて無かった。ただ純粋に、剣の道を楽しんでもらいたかったんだ。まして、卑劣なやり方で他の道場を貶めるなんて、認めた覚えはないよ」

「んぅ……!? ぐぅううううう……!」

 

 言葉も出ないようで、ジャグディさんは歯を食いしばって俯いてしまった。

 静寂の中、獅子人の低い唸りが響く。そんな彼女の様を、澄刃流の二人は各々複雑そうな顔で見下ろしていた。

 

「いつまで続くんスかね?」

「しっ、今シリアスだから……」

 

 ルクスリリアの呟きに、内心同意しつつ窘める。

 完全に蚊帳の外だし、俺等そろそろ帰っていいですか? って気分である。ただ、今帰ったら空気読めない奴みたいになっちゃうじゃん。それは、ねぇ?

 

「そろそろかのぅ……?」

「そのようね……」

 

 ボーッとしていると、ふいにイリハとエリーゼが呟いた。

 え? 何が? と訊こうとしたら、ぐらりとジャグディさんは立ち上がった。

 倒れる寸前だというのに、異常な熱を湛えながら。

 

「グルゥウウウウ……! グゥウウウウウ!」

 

 暴走グーラを想起させる、獣のような唸り。籠められた力に刀を握る手が震えていて、その双眸は異常な程の憤怒に満ちていた。

 完全に臨戦態勢である。彼女と相対するデイビットさんは、なおも悲しげな顔になっていた。

 

「ガァアアアアアアッ!」

「ジャグディ……!」

 

 大きく振りかぶって、身体全体をぶつけるように突進するジャグディさん。力強く弧を描いた一撃を、デイビットさんは難なく受け流した。

 だが、彼は返す刀を躊躇ってしまった。瞬間、獅子人女はすり抜けるようにして此方に突撃してきた。

 

「死ねぇええええ!」

 

 凄まじい気迫。あまりにも濃い殺意。女の恩讐とはこうも恐ろしいものか。肝を潰して怖がるアンゼルマさんの前に、刀に手を添えた師匠が立ちはだかる。

 とはいえ、想定の範囲内。対策済みだ。

 

「ぐお!?」

 

 疾走の最中、ジャグディさんは仰向けに転倒した。イリハの足枷結界に引っかかったのだ。

 続いて、エリーゼの拘束魔法が四肢を縛り、ルクスリリアの魔力網が追い打ちをかける。残念ながら、両方ともレジストには魔力消費と魔防ステが必要なので、どんだけ筋肉あっても抜けられないぜ。

 

「シュート!」

 

 倒れるジャグディに対し、グーラの手首に装備されたブレスレット型深域武装から某蜘蛛男のように鎖が射出された。

 鎖付き短剣がジャグディの武器に突き刺さると、そのままシュルシュルと巻き取って刀を奪っていった。武器ガード=武器没収とか、ゲームならナーフ不可避である。

 で、仕上げはイシグロさんだ。このロリコン、容赦せん。

 

「そぉい!」

「んがッ!」

 

 物理的詠唱妨害である。俺はうつ伏せに倒れるジャグディの顎にサッカーボールキックを食らわせ、顎の骨を砕いた。

 この世界、武装解除は顎で〆るのが鉄則である。彼女が魔法を使えるかどうかは知らないが、無いと踏んで下手をこくのは死ぬほどダサい。多少荒っぽいやり方になったが、手足を斬らないだけ有情だと思って欲しいものである。

 

「今のは自分の一党への敵対行為って事でいいんでしょうか」

「ま、待ってくださいイシグロさん!」

 

 倒れ伏すジャグディの首に無銘を突きつけると、デイビットさんが制止してきた。フィーランさんは無言だ。

 

「いや、狙いはアンゼルマだったぞ。お前が勝手に間に入ってきたのだ」

「お母さん! その言い方は情緒がないよ!」

「む、そうか。そうだな」

 

 こんな時もほっこり会話をしている。俺とてマジでそう思ってる訳ではないので、警戒したままゆっくりと切っ先を離した。

 すると、澄刃流の二人は慌てて近づいてきた。フィーランさんは戦闘の影響で動きが鈍いようだ。

 

「判断が遅れました。重ね重ね申し訳ありません」

「あががが……!」

 

 刀をしまい、デイビットさんが頭を下げて来る。フィーランさんもそれに続いた。

 なおも怨嗟を吐き出そうとするジャグディだが、顎が砕けてモノを言えないようだ。

 そんな獅子人を見ながら、師匠は「ふむ」と興味深げな顔になっていた。

 

「差し詰め、堕ちる道連れにアンゼルマを斬るつもりだったのだろうが……安心しろ、貴様は娘よりも強いぞ。実際、貴様が負けたのは貴様自身の精神であって、娘が勝った訳ではないのだからな」

 

 黙ったジャグディに、師匠は表情を変えずに続けた。

 

「ただ、仮にここで娘に勝利を収めたとして、貴様が桜闘会で敗れた事実は変えられんぞ。どちらにせよ無駄な行いだったな」

「それも情緒がないよ、お母さん……」

「うむ、だから諦めず修行しろと続けるつもりだったのだが」

「やっぱ竜族って酷薄だよねー」

「あぉああああ! ぐがっがががが……!」

 

 一拍置いて、ジャグディは再度怒りを爆発させた。

 残念ながら、現状の彼女は芋虫状態なので、どれだけ威勢よく吠えてもギャグ漫画みたいにしか見えない。

 

「まぁ解体の手間を省いてくれたのは感謝している。無論、これも賠償の範囲内だろう?」

「は、はい」

 

 家を壊され、娘を害されそうになったというのに、師匠は相変わらずだった。いや、普段よりポ……酔ってるんだろう、多分。

 もし俺が同じ立場だったら、間違いなくキレて暴れていただろう。クールなのは痺れるし憧れるけど、今の冷静さは見習うべきものではないなと思った。天然だと思うし。

 

「こっちですこっち!」

 

 そんな風に呆れていると、なんか聞き覚えのある声と共に複数人の足音が聞こえてきた。

 見ると、ミアカさんが同心を引き連れて走ってきた。てか、何故ミアカさんが此処に?

 

「すみません、何方か状況を説明して頂けませんか?」

「では僕が」

 

 顔に濃い疲労を湛えた同心には、デイビットさんが応答した。できるだけ客観的に、かつ時系列に沿った説明をしていた。

 この世界に科学捜査なんてないだろうが、優秀なウソ発見器はあるのだ。状況証拠と併せればそれなりに確度の高い調査が行われるはずだ。少なくとも、聞き取りだけで「こいつが魔女だ!」するようなマッポではない、多分。

 

「それでは、一度武行法院の方へご同行願えますか?」

「はい。行こう、二人とも」

 

 一通りの聞き取りを終えると、澄刃流の三人は同心に連れて行かれた。

 ジャグディさんは魔力付きの首枷をつけられ、デイビットさんとフィーランさんは同心に刀を預けていた。

 

「イシグロさん……」

 

 途中、デイビットさんは俺の前で立ち止まった。疲れた顔をした同心の「あくしろよ」という視線が突き刺さる。

 森人は何か言おうとした後、沈黙した。もう一度言葉を選んでから、薄幸イケメンスマイルを浮かべつつ、言った。

 

「イシグロさんとの試合、楽しかったよ」

 

 そう言い残し、今度こそ澄刃流のトップ達は去って行った。

 楽しい宴会で終わるはずだった一日が、彼等のせいであーもう滅茶苦茶だよである。

 ていうか、それより気になるのが……。

 

「ところで、どうしてミアカさんが?」

「え!? あ、いやー? 偶然ここ通って、そんでイシグロさん見っけたんですけど、何かヤバそうやったから通報した感じ?」

「そうですか。助かりました」

「ひゃー! めめめ滅相もないです! ほな!」

 

 随分とタイミングのいい話だが、まぁリアルご都合主義は大歓迎だ。

 いや、流石にね。俺もそこまで自意識過剰じゃないよ、うん。もしそうだったら困るしな。

 

「失礼、詳しく現場を確認したいのですが、構いませんか?」

「ああ」

 

 その後、応援の同心と一緒に詳しい被害状況を確認した。道場は内も外もボロボロで、出来立ての廃墟という有様だ。住居スペースの被害は少ないが、家具の一部は倒れてしまっている。

 師弟の誼みでお手伝いをする。被害状況の説明は済んでいるので、今はお掃除と確認だな。瓦礫撤去にはグーラが大活躍だった。

 

「ふむ、原稿に問題はない。蔵書も無事だな」

「うち物がないからねー」

「何を言う、私にとっての宝なら沢山あるぞ」

「全部銀竜絡みなの、竜族的にどうなのソレ?」

 

 最初はショック受けてたアンゼルマさんも、今では再建が早まったと結構呑気していた。

 各種再建費用は全部デイビットさんが払ってくれるらしいので、良い機会だと思い直したようだ。

 

「イィィィシグロ殿ォーッ!」

 

 同心含め皆で道場を片付けていると、今度はデカい猿人男が駆けこんできた。

 見覚え有るなと思ったが、アレだ。闘技場で司会をやってた人だ。

 

「この度はイシグロ殿にとんでもないご迷惑を! 師もすっごい頭抱えてました! めっちゃ申し訳ないと! 今度直接謝るとも仰ってました!」

「いえ……」

「今回の件ですが、既にライドウ師匠は把握しております! 責任をもって責任を取らせると約束します! そう仰っておりました! 責任感!」

「そ、そうですか……」

 

 で、めちゃくちゃ謝られた。

 どうやら、この事は桜闘会関係者もバックアップしてくれるとの事なので、俺達は帰る事になった。

 

「それでは、師匠」

「うむ」

 

 家を壊された母娘は、近くの宿屋に泊まるらしい。

 俺達にとっても愛着のある道場を後にし、夜も深まった帰路を歩いた。

 流石に借家近くの住宅街は静かなもので、歩いているのは俺達だけだった。

 

「澄刃道場、この後どうなるんスかねー」

「桜闘会の禁止事項に抵触していますし、かなり重い罰則が課せられるのではないでしょうか」

「師の方は知らんが、獅子人の方は厳罰になると思うのじゃ。良くて追放、最悪処刑。まぁ順当に武行の戦奴になって、圏外遠征に駆り出されるんじゃないかのぅ。いずれにせよカムイバラにはおられまい」

「処刑? そりゃ厳しいな」

「罪は今回のだけではないのでしょう? 妥当じゃないかしら……」

「元はと言えば師範が悪いんですよね。早くキッパリ言っておけば、ここまで拗れる事はなかったでしょうから」

「そ、そうだな」

 

 今回の件、俺にとっては他人事ではない気がしてきた。

 もし、俺の一党にロリジャグディみたいなのが来たとしたら、ホイホイ乗せられてハーレムをクラッシュされてしまうかもしれない。俺は俺の知性と股間を信用していないのだ。

 そうならないよう、今後の振る舞いには気を付けるべきだと思った。イリハの件もあるし、以後どうなるかなど誰にも分からないのだから。

 

 痴情の縺れって怖い。

 俺は、今日の事を忘れないよう心に留め置いた。

 

「ただいまー」

 

 迷宮も行ってないのに、すごく疲れた。借家に戻ると、俺達はすぐ風呂に入った。

 それから盛り上がる事もなく、皆で布団にもぐった。

 

「今夜は、しないのかしら……?」

「うん、今日はもう寝ようぜ」

 

 思うところがあり、俺は暫く欲望に従うのを控えようと考えた。

 それに、直近で物凄く激しい発情期ックスをしたばかりだ。俺はともかく、皆は疲れているだろう。

 たまには休息も必要だ。溜まっているのは確かだが、発散すべきではないだろう。

 

「ふぅん? じゃ、おやすみッス♡」

 

 皆とおやすみのキスをして、眠りにつく。

 

 温かい布団の中、思う。

 初めて出会ったのがルクスリリアで良かった。それから、皆が優しい娘たちでよかったとも。

 皆に無限の感謝を捧げながら、俺は瞼を閉じた。

 

 

 

 夜、緑の男が出る古い映画のワンシーンに似た夢を見ていると、全身に感じる快楽に目を覚ました。

 すると、下にルクスリリア、上にエリーゼとグーラ、胸にイリハというジェットストリームアタックを受けていた。

 どうやら、あのシーンは夢ではなかったらしい。

 

「おはようッスご主人♡ 夜ッスけど目覚めの吸精ッスよ♡ じゃ、起き抜け一発♡ んぉ~っ♡ 実家のような安心感ッス~♡」

「そういうお誘いだと思ったのだけれど、違ったかしら♡ 口を開けなさい♡ あ~ん♡ むちゅう~♡」

「実はまだ発情期の名残りがあって♡ 今日はボク等の方から頂いちゃいますね♡」

「ちゅぷ♡ ちゅぅ~♡ んっ♡ わしも夜になるとまだ滾っちゃうのじゃ♡ ちゃんと鎮めてくれないのは残酷なのじゃ♡」

 

 上下左右、淫らな恋人たち。絶景かな絶景かな。

 しかしその情動誉れ高い。

 

 皆との間に強い絆を感じる。

 我は汝、汝は我。

 何度もホールドアップさせられ、交渉に次ぐ交渉の末、俺のマーラ様がワンショットキルされた。

 

 その夜、俺は皆に()された。

 めっちゃよかった。

 

 めっっっちゃ! よかった! まる!




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 めでたしめでたし、という事で。

 活動報告に新しいキャラ表と世界観設定雑記を作っときました。
 キャラ表の方には本編で描写してない裏設定的なものも書かれています。ほんへのネタバレもあります。

 本作って存外キャラクター数の多い作品なんですね。
 まだまだ増える予定ですが、そのうち作者のニューロンから離れる奴もいそうですね。


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ロリとロリコンの決意表明

 感想・評価など、ありがとうございます。頂けるとモチベが上がります。
 誤字報告もありがとうございます。非常に嬉しいです、感謝。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は一人称からの三人称。
 よろしくお願いします。


 今朝の目覚めは極めて爽快であった。

 理由は勿論、昨夜のプレイによる効能だ。

 

 それはもう、休む暇なく代わる代わる使われた(・・・・)のである。俺は精一杯抵抗する演技をしながら、嬉々として過酷な奉仕を続けた。

 まさか、主人たるこの俺が性処理玩具として扱われるなんて、控えめに言って最の高である。文字通り。搾取されたのだ。皆に身体を求められる事の何と誇らしい心地か。

 おまけにメスガキサキュバスにくすくす笑いされるというオプション付き。敗北エロの神髄を垣間見た気分だぜ……。

 

「今夜はパーティですよね」

「ああ。その前に道場の様子を見に行こう」

「あいッス」

 

 精巣の清掃は終了したが、道場の掃除はまだ残っている。昨晩あらかた片付けたが、まだ全部終わった訳ではないだろう。

 今夜はライドウさんからお誘いされたパーティがあるので、それまではお手伝いをしようと思った。

 動きやすい服を着て、出発である。

 

「あ! イシグロさん! おはようございまーす!」

「む、イシグロか」

 

 

 そんな訳で道場に行って見ると、そこには何やら人がいっぱい居た。

 パッと見るだけでも衛兵と同心と岡引がいて、各々がテキパキ動いて瓦礫撤去の準備をしていた。現場監督っぽい人が指揮してるあたり、如何にも工事現場な雰囲気。

 

「おぉイシグロ殿! 昨夜ぶりです!」

「どうも、これは?」

 

 声をかけてきた現場監督は、昨晩会った猿人の司会だった。ライドウさんの弟子であるとか。

 随分と手が早いが、これも賠償の一環なのだろうか。いずれにせよ、再建が早まるのは良い事だ。

 

「手伝いますよ、師匠」

 

 手は足りてるようだが、最初からそのつもりで来たのである。俺達は工事現場のおっちゃんの指示に従い、元無月道場を解体していった。

 修繕するより、古い建物を壊して新しく造る方が手っ取り早い。俺達は細心の注意を払いつつ、重機いらずの異世界人クオリティで道場に破壊の限りを尽くした。ストリートファイターのミニゲームでもやってる気分である。結構楽しいぞこれ。

 

「おぉ~、なんか気持ちいいッス~」

 

 空を飛べるルクスリリアが屋根を削っていき……。

 

「じゃあ、ここからここまで壊すわよ」

 

 エリーゼが魔法で切断したり破壊したりして……。

 

「よっと。結界術ってこんな使い方もできるんじゃな~」

 

 イリハが籠状結界で運搬し……。

 

「では、燃やしちゃいますよ。はいッ!」

 

 再利用が難しい廃材は全てグーラが灰にした。

 

「銀のアンタもこういう事するんだな」

「なかなか便利でしょう?」

 

 その他、細々としたところを俺と助っ人達でこなしていき、道場廃墟を道場跡地にしていった。

 途中、アンゼルマさんが買ってきてくれたご飯を食べて休憩していると、現場組には謎の連帯感が生まれていた。

 

「おぉ!? もうこんななってんのかい!」

「ご注文通り、オトン連れてきたでー」

 

 さて後は撤去だなと思っていると、そこに大きな声が木霊した。

 見ると、如何にも大工って感じの白虎人おじさんと、隣で歩くミアカさんが歩いてきた。彼等の後ろには如何にもな職人達の姿もある。

 

「どうも、話は伺ってるんで。俺等が担当させて頂く事になりました」

「ああ、よろしく頼む」

 

 師匠に挨拶する大工さん。どうやら道場の再建計画についてお話をしにきたようだ。

 

「……で、あんたがイシグロさんかい」

 

 顧客への挨拶を終えると、何故か俺の方を見てきた。

 いや、見てきたというか見定められてるって感じ。別に喧嘩腰という訳ではないが、その眼は真剣だった。

 

「はい」

「娘とは、仲良くやっとりますかな?」

「ちょっとオトン!」

 

 耳が同じなので分かっていたが、大工さんとミアカさんは親子らしい。実際のパパだったようだ。

 俺にその気は全くないので、その辺は安心してほしい。

 

「オトン! あんま失礼な事言うたらアカンでな!」

「わーってるよ。俺ぁただ……」

「オートーンー! ごめんなーイシグロさん」

「いえ」

 

 そんな事もありつつ、大工さんは現場監督と打ち合わせた後、部下を使って測量や地質調査的な事をし始めた。

 ミアカさんは何故かアンゼルマさんと話していた。

 

「あれ? 此処で合ってるよな?」

「そのはずだけど……」

「えー! 壊されちゃってるー!?」

 

 灰袋を荷車に載せる作業をしていると、現場に謎の若者三人組が現れた。

 人数は三人。男二人女一人だ。

 

「すみません、ここって銀竜道場で合ってますか?」

「む、そうだが」

「自分達、無月流に入門したくて来たんですけど……」

「むっ!?」

 

 おぉ、入門希望者か。だが、今道場は色々あって見ての通りなのである。

 師匠の説明に、暫定門弟達は「ピカピカじゃん!」と喜んでいた。もしかしたら、前のボロ道場だったら即抜けされてたかもしれない辺り、例の襲撃はラッキーだったのかもしれない。

 

「い、イシグロさん!?」

 

 はしゃいでいる彼等を微笑ましく見ていると、そのうちの一人が走ってきた。

 人間族の女の子だ。異世界人らしく整った顔立ちをしている。見た目年齢はJC第三形態くらいに見えるが、その胸は豊満だった。

 

「ファンです! 握手してください!」

「お、おぅ」

 

 言われた通り握手すると、女の子はキャーキャー言っていた。耳が痛い。

 うん、早くラリス帰ろう。やっぱこういうの苦手だわ俺。

 

「えーっと、修行は厳しいですが、良い道場ですよ。頑張ってください」

「はい! 頑張ります!」

 

 とりま、新しい門弟をゲットできたようである。

 二大道場とは言わずとも、それなりに大きくなってくれたら嬉しい。

 

「主様、そろそろ準備した方がいいと思うのじゃ」

「そうだな。では師匠、自分はこれで」

「ああ」

 

 気がつけば、そろそろお時間である。

 俺は師匠と現場の皆さんにお別れの挨拶をしてから、新無月道場予定地を去った。

 

 まず、服屋に行って頼んでおいたブツを入手し、借家に帰って入浴して身を清める。それから、俺含め皆の身だしなみを整えた。

 ナーロッパーティとはいえ、そんなに複雑な事はしなくていい。人に会って挨拶して終わりだ。それでも、やっぱこういうの苦手である。

 

「はぁ、憂鬱」

「何度も言うけれど、アナタは十分にできているわ。安心なさい」

「段取りも分かっとるんじゃし、主様なら大丈夫じゃろ」

「宴ですか……どんなお料理が出るんでしょう」

「てか、アタシ等って食べていいんスかね?」

 

 それから、迎えが来るまでエリーゼのマナー教室で復習した。

 こんな事せず、気楽に迷宮潜ってたいね。

 

 

 

 

 

 

 四年に一度の闘技大会。多くのドラマを生み出しつつ、今年の桜闘会も無事に終わりを迎えた。

 街にはコミケ四日目のような雰囲気が流れていて、祭りだ祭りだと仕事を休んでいた道楽者連中も各々仕事に戻って行った。

 

 だが、関係者の多くにはまだ仕事が残っている。桜闘会の運営スタッフは各所の撤去作業を進め、三勢力の治安維持部隊は揉め事の後処理を捌いていった。

 とりわけ、上役の者達に関しては、むしろここからが本番と言えた。

 

 夜の帳が下りた頃、カムイバラ東区にある大きな屋敷。リンジュ風の敷地にある、ラリス風の大広間にて。

 この広間は“剛傑”ライドウの自宅の一角であり、要人を招くに十分な格と威厳を備えていた。

 

 会場はリンジュだが、宴の様式はラリス風。

 高い天井、細やかな意匠の照明魔道具。床に敷かれた絨毯には、リンジュを表す模様が描かれていた。点在する机の上には見栄えのする料理の数々が並べられ、中には料理人が目の前で作ってくれる粋なサービスもあった。

 

 リンジュ共和国人を中心に、部族連合の族長や森人王国の要人まで。会場の人達は多種多様で、その誰もが何かしらの役職を持っている。

 また、会場に流れる雰囲気は町人が噂しているようなギスギス感はなく、むしろ結構緩かった。それもそのはずで、今回会場には明確な政敵は来ないのだ。そうなるとピリつく気にもなれぬという話で、多少の探り合いこそあれ皆さん割と自由に飲み食いしていた。

 異世界人同士、気を付けねばならない事というのはあるが。食事会が武闘会に変わった例など、枚挙に暇がないのである。

 

「おぉ、あの方が……」

「ひぃ! 美し過ぎる……!」

「綺麗過ぎて眩しい……」

 

 そんな宴会場の中に、新たな人影が来場した。

 美の権化の如き上森人の女性と、御付きの牛鬼女剣士。アリエルとイスラである。

 

「予定通り、イスラは待機していてくれ」

「承知しております」

 

 アリエルを初めて見た者は、いや既知の者でさえ、突出した彼女の美貌は男女問わずに目を引いた。

 翡翠の眼をした麗人は上森人風のドレスを身に纏い、首からはラリスの金細工が下げられている。指には止まり木協会の指輪がはめられていた。

 

 誰も彼も、アリエルの一挙一動に夢中だった。特に森人からの熱視線は凄まじく。もはや尊敬を超えて崇拝しているようでさえあった。

 彼女の護衛であるイスラは、壁際に移動して周囲に警戒の視線を送った。やはりというか何というか、アリエルに見ほれている人は多くとも、彼女にガチ恋してる人はいないっぽかった。要するに、アリエルはモテてはいなかった。美人過ぎるってのも得ばっかじゃないんだなぁと、イスラはぼんやり思った。

 

「ようこそおいでくださいました、アリエル様」

「ああ。こちらこそ、突然の来訪となり申し訳ない」

 

 それから、この世界の礼儀としてアリエルはまず主催者であるライドウに挨拶をした。

 今回の宴は桜闘会の責任者の一人であるバンキコウが計画していたのだが、訳あってライドウの名で宴を開く事になったのである。

 

「であれば、私共が助けになれるかと」

「そうか、それは有難い」

 

 ライドウとお話した後、上森人の美女はその場の者達に一通りの挨拶をしていった。

 アリエルと相対した者は、良い歳した重鎮であっても胸がときめいちゃうようだった。そんな反応に、アリエル的には慣れた感覚を覚えていた。うんうん、大なり小なり普通こうなるんだよなぁと。

 

 今宵この場に集められた面々は、俗に穏健派や中立派と呼ばれる者達である。

 穏健派を呼んだのは言うまでもないが、中立派を呼んだのは勧誘や情報収集の他に、別の理由があった。

 時間通りなら、もうすぐ姿を現すはずだ。

 

「おや。来たようだな……」

「そのようですね」

 

 そうこうしていると、大きな扉からアリエルとは別種の目立ち方をした一団が入って来た。

 黒髪黒目の冴えない男と、幼子の容姿をした多種多様な奴隷達。ある意味この宴の主役、黒剣一党である。

 彼等が目立っているのは事前の情報や肩書故というだけではなく、今日に限ってはその見てくれこそが注目されていた。

 

 まず、頭目であるイシグロは、迷宮用の装備である地味な革鎧の上から、リンジュ製の高級絹で繕ったラリス風のマントを纏っていたのである。

 首にはラリス意匠の銀細工。腰には実用一辺倒の剣が下げられていた。鎧にマントに剣、どこからどう見ても戦士の装いであり、あまりにも分かり易いコーディネートだった。

 

 他の奴隷達もまた、幼さとは別の方向で注目を浴びていた。

 皆、主人同様に最高品質の迷宮用装備に身を包んでいたのである。武器もまた同様の最上品で、中には深域武装を持っている奴隷もいた。

 無価値に見える奴隷達が、彼女等一人一人の為に誂えられた最高の武器と防具を身につけているのだ。獣系魔族の少女など、身の丈以上ある大剣を小脇にして平然と歩いていた。

 何より、彼女達は主人のマントと同じデザインの装飾品を身につけていたのである。つまりこれは、我が一党の者は社会的身分差こそあれ家族と同じ立場であるという表明に他ならない。

 

 主従にして家族。予め彼の情報を知っている者はすぐに納得できたものの、そうでない者は困惑した。少なくとも、異世界人にはイマイチ理解し難い感覚だった。

 要するに、これは冷蔵庫や電子レンジに名前をつけて家族扱いしていますよという事にあたるのだ。まして、自身と同格の服を着せてやるなど、全く以て意味が分からなかった。

 

「なるほど」

 

 衣装一つで立場と矜持を示す。王道のやり方だが、イシグロ達の作戦にアリエルは感心した。

 当たり前だが、誰も銀細工の狂気になど触れたくはないし、イシグロに関しては各勢力から逆鱗を探られていたところだ。それを、このように穏便な方法で示してくれたのは、此方としては有難かった。

 それに、これなら奴隷身分の入場に誰も文句を言えはしない。もしその事に文句をつけようものなら、主催者のライドウやそれを支持しているバンキコウ、そして当人から直接的な怒りを買ってしまう上、その場合責められるのは文句をつけた側になるのである。

 要するに、見えてる地雷なのだ。しかも起爆するだけならまだマシで、最悪穏健派との戦争が勃発してしまうレベルの特大危険物。誰が好き好んで着火できようかという話である。

 

「イシグロ様、武器を」

「はい」

 

 緊張しながら声をかけたスタッフに、イシグロはあっさりと剣を預けていた。

 彼の場合、剣以外にも収納魔法内に武器はあるだろうし、素手でも十分に強いのだから武装一つ取り上げたところで戦闘力を削げた事にはならない。だが、これは宴の主催者への信頼の証として武器を預けたポーズになる。

 このように、ライドウの武装解除にイシグロが応えた事で、主催者と迷宮狂いに一定以上の信頼関係が結ばれている事を内外に示せたのだ。ある意味、ライドウ的にはこれだけでも誘って良かったと思える。

 

「皆も」

 

 イシグロを経由して、奴隷達の武器も預けられる。

 深域武装の鎌と刀に、輝銀魔石の杖。フルアダマンタイトであろう大剣は、ラリスの才人技術である鉱深鍛冶によるものか。とてつもない重さなのだろう、大剣を受け取ったスタッフは三人がかりで何とか運んでいた。

 この世界、強い武器を使っているという事は、持ち主が強いという事と見做される。イシグロだけではない、それに仕える少女達もまた、並みの戦士ではなかった。

 

「桜闘会ではお世話になりました、ライドウ様。このような宴にお招きいただき、誠にありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、例の件については我が不徳の致すところ。遅ればせながら、イシグロ殿にこの場を借りて謝罪を……」

「とんでもございません。どうか頭をお下げにならないでください」

 

 何気ない風に装われた注目の中、件の黒剣は礼に則って主催者であるライドウに挨拶していた。

 来賓視点、情報だけ見るにイシグロ・リキタカという男は常軌を逸した迷宮潜りだと思っていたが、彼の礼は存外堂に入ったものだった。到底、粗野な冒険者とは思えぬ程に。

 もしや、イシグロ・リキタカという男は高貴な家の出なのでは? などと推測する人もいたが、それに関しては完全に節穴アイズである。観察力のある人からしたら、イシグロが緊張している事は丸わかりだった。だとしても、それはマイナスな印象を与える事はなく、むしろプラスに働いていた。緊張しているという事は、宴の参加者を尊重しているという事なのだから。

 

「お久しぶりで御座います、アリエル様。改めましてご挨拶申し上げたく思います」

 

 ライドウの次、隣にいたアリエルに向き直ると、イシグロは不思議な構えを取った。

 彼の構えを見て、その場にいた長命種族の記憶に過るものがあった。アレは、古代森人流の挨拶作法ではないか?

 ちなみに、ライドウの後は正規の順序では東区長のバンキコウに挨拶しに行くのが礼儀なのだが、主催者の隣の貴人を無視するのはマナー違反にあたる。

 

「うむ、ご厚情痛み入る。一度交わした友誼の契り、今宵ばかりは其方が先に上げられよ」

「逆意とは心得ますが、どうか其方から」

「いいや、其方が上げられよ」

「再三のお言葉、有難う御座います。ですが、それでは困ります」

「では一緒に」

「「有難う御座いました」」

 

 対し、アリエルもまた完璧な返礼をしてみせた。その所作たるやあまりにも流麗で、めちゃくちゃビシッと決まっていた。

 そんな二人を見て、会場の隅にいた老森人――見た目年齢二十代――は顎を撫でながら感心していた。ふぅん、おもしれー男……。

 

「ここには何用で?」

「支部を作る事になったのだ」

「なるほど、支部を」

 

 そのまま、二人はスムーズに世間話に移行していた。

 そう親しげではないものの、先の掛け合いからして以前からの顔見知りである事が分かる。ライドウに続き、イシグロはラリス金細工のアリエルとも知己であったという訳だ。

 交友関係とは即ち、個人を要人たらしめる要素の一つだ。こうなると、イシグロを単なる異邦の冒険者とは言えない。本人の知らぬところで、イシグロの株は上がりっぱなしであった。

 

「あの男、アリエル様を相手に顔色一つ変えぬとは、どういう精神力だってばよ」

「大した男だ……」

「やはり英雄か……」

 

 しばらくして、アリエルとイシグロの話はつつがなく終了した。通常なら、イシグロはこのままライドウの次に偉い東区長バンキコウに挨拶に行くのが礼儀である。

 

 さて、どうなるか。この場の重鎮は会場全体まで視野を広げ、状況を見定めた。

 衣装、交友、礼節、イシグロという要人を知るに必要な情報は十分集まった。その上で、彼をどう扱うべきかはこれから決まる。

 今、初めに動いた者が流れを作る事になるのだ。

 

 イシグロが動く。振り返り、慣例に則りバンキコウに挨拶するつもりだ。

 この英雄は、会場に集まってくれた後ろ盾になってくれるらしい人達に、誠意をもって自分から挨拶回りをするつもりであった。

 そうなると、イシグロが下で支援者が上という構図になる。本来なら、それが正しい在り方だ。

 

 しかし、今回ばかりはそうはいかない。

 過去、件の大立ち回りでイシグロが打倒してのけた三本尻尾の猫又は、百年単位でリンジュを化かし続けてきた大悪党なのである。加えて、捕縛困難だった犯罪者共を捕らえた功績もある。他国の重鎮の手前、そんな彼から頭を下げさせてはリンジュ共和国が礼を知らぬ国だと思われてしまう。

 故に、書面や金銭のやり取りだけではなく、実際に相応の誠意を見せる必要がある。そもそもこの場はイシグロへの褒美という裏の名目があるのだ。

 故に、彼の挨拶回りは阻止させてもらう。何故か? 互いの面子を保ちつつ、この場の流れを支配する為だ。

 

「お初にお目にかかる、イシグロ殿。妾の名はバンキコウ。カムイバラにて東区の長を務めている者だ」

 

 動き出したイシグロに、東区長のバンキコウが先んじて声をかけた。

 今の構図は、件の二人を後ろ盾にしたイシグロに挨拶するという形になる。本来ならイシグロから声をかけるのが正しいので、彼も驚いた……フリをした。

 バンキコウとしてはこの状況をこそ作りたかったのだ。故に事前に手紙で伝えておいた訳である。アリエルの参加は急遽決まった事なので、これは迎えの馬車内で伝達済みであった。

 主催者の手前であれば、客人として遇しているという風になるのだ。そうなると、穏健派の重鎮がバンキコウの後に続きやすくなる。中立派もまた同様だ。

 

「名乗り遅れました。私、王都アレクシストにて迷宮探索を生業としております、イシグロ・リキタカと申します。お会いできて光栄でございます、バンキコウ様」

「うむ。それより、先の大立ち回りについて、この場を借りて改めて礼を言わせてほしい。構わぬだろうか?」

「滅相もありません。私はただ、無責任に剣を振ったに過ぎず。街を守る皆様には多大なご迷惑を……」

 

 初対面であるバンキコウとの会話も、イシグロはそつなくこなしていた。

 しかし、違和感があった。英雄の言葉にしては、覇気が欠けているのだ。功績の割に謙虚過ぎるのである。いっそ卑屈にさえ見える程に。それは自信の無さの表れというよりは、イシグロの中で実績が矮小化されているように思われた。

 つまり、猫又討伐も、犯罪者の捕縛も、桜闘会の優勝も、この男にとっては道程の一部に過ぎず、誇るような大事ではないという認識なのではないか。文字通り、器が違うのだろう。彼の経歴を知るものであれば、尚の事そう思えた。

 

 少し話すだけで、情報が漏れていく。宴の参加者は、彼のパーソナリティを次々と把握していった。

 が、残念ながら、彼にとって最も本質的な精神性に気づく者はいなかった。器が違うというのも、少し違う。正確には器がズレてるとか欠けてるだけだ。イシグロの器など、ペットボトルの蓋レベルである。

 

「お初にお目にかかります。私は議会にて馬鬼族の長をしております……」

 

 その後、イシグロはバンキコウに続いて声をかけてくる重鎮に上手く応対していった。

 一度できた流れは止められない。それもこれも、バンキコウの計算通りであった。

 

 その間、ライドウとアリエルはイシグロの後方支援者面をしていた。そうしていると彼も心身の堅さが抜けていったようで、ある程度の余裕を持って応対できていた。

 会話の最中、イシグロは控える奴隷達の様子を気にしているようだった。その中の一人、獣系魔族の少女は来賓にサービスしている料理長の方を見ていた。彼女は三人運びの大剣を小脇に抱えていた奴隷である。

 

「失礼します。あの料理をうちの子たちに食べさせる事は可能ですか?」

「料理を? ええ、構いませんよ」

「そうですか。皆、食べてきていいよ」

 

 そんな彼女の望みを叶えるように、イシグロは主催者の了解を得た後、奴隷達に主人から離れて先に食事を摂る事を許した。

 これにはアリエルを含む多くの参加者が表情を変えずに驚愕した。通常なら、あり得ぬ事だ。これでは主人が奴隷の機嫌を伺っているように見えるし、そもそも奴隷身分の者が各国の重鎮と共に食事を摂るなど考えられない。場が場なら嘲笑されて然るべき振る舞いだ。しかし、彼の在り方を見て取れば容易に納得のいくものではあった。

 要するに、イシグロはこの場の者達に、奴隷達を自身と同じ立場の者として扱うように要求しているのだ。ある意味、彼らしからぬ行いだが、それを当然としているのであれば理解できる。探っているのだ、自身とリンジュの距離感を。試しているのだ、ライドウ達の度量と信頼を。

 

 実のところ、これは単なるイシグロの思いつきであった。グーラが飯食いたそうにしてたから、偉い人に「食べさせても構いませんか?」と訊いてみて、OKもらえたから行かせただけである。

 事前の打ち合わせにもなかった事なので、バンキコウ達は素でビックリしていた。ここにきて、向こうから牽制してきたのだ。「お前らの後ろ盾は、彼女等にも適用されるのだろうな?」ってな具合で。真実は別として、ライドウとバンキコウはそのように受け取ったのである。

 この状況を、エリーゼだけが正確に把握していた。他ロリは「え? マジ? やったね!」くらいにしか考えていない。比較的こういう事に敏いイリハだが、上流階級の集まる宴で緊張して軽く思考がバグッていた。

 

「わかったわ……」

 

 竜族の少女が口を開くと、奴隷達は料理長のいるテーブルへと歩いて行った。注目が二分される。イシグロへの視線と、奴隷達への視線だ。

 そんな中、料理長は料理長でめちゃくちゃ緊張していた。イシグロの背後にいるライドウとアリエルから、「くれぐれも粗相をするな」という視線を受けているのである。金細工二人の眼光は焼けるように熱く、凍える程に冷たい。

 やがて奴隷がテーブルの前まで来ると、料理長は腹をくくった。なに、いつもの対応で問題ないはずだ。偉いさんの思惑なんて知らないが、相手が誰でも美味い飯を食わせるのが料理人の矜持である。

 

「どうぞ、お好きなものを仰って下さい」

「ええ。では、今宵のお勧めをお願い。皆もそれでいいわね?」

「承りました」

 

 空気を読んだ対応に、竜族奴隷も貴人めいて返した。それはいいのだが、料理長はこの返答にちょっぴり困ってしまった。

 料理長はリンジュの一流板前である。今日のお勧めと訊かれたら「滝鮪(たきまぐろ)の刺身」で一択なのだが、見るからにリンジュ慣れしてない彼女達に好き嫌いの激しいお刺身など出していいものかと思ったのだ。

 無論、お刺身が苦手な人用の料理も用意している。しかし、それは一番でないものをお勧めとして供するという、イシグロ視点で嘘を吐いたと見做されるかもしれない行為なのである。

 彼女等への対応からして、イシグロは誠意ある態度を要求しているはずだ。そんな相手から「お勧め」を頼まれた場合、どうすればいい。

 

 逡巡の後、料理長は覚悟を決めた。部下に命じて滝鮪を取り寄せると、それを解体。リンジュ板前らしい、力強く鮮やかな手並みであった。

 それから滝鮪の一番美味いところを切り分けると、得意の火魔法で切り身の表面をサッと炙ってみせたのだ。これなら、八方丸く収まるはずだ。

 

「こちら、滝鮪の炙りでございます」

「ありがとう。あと、リンジュ酒も頂けるかしら? 一番強いのを私に。この娘達には適当にお願い。主人には……そうね、緑茶を出してあげて。気に入っているのよ、此処のお茶」

「は、はい……!」

 

 出された皿を、竜族少女は当然として受け取った。彼女は生来の支配者オーラで場を掌握していた。

 奴隷とは思えぬ、如何にも上位者然とした振る舞いであるが、イシグロはそれを良しとしていた。そもそも、気位の高い竜族が一介の冒険者の奴隷になり、且つそれを享受しているなど異常事態である。

 それに、髪色からして彼女が銀竜の血族である事は明白だ。そういえば、イシグロが所属している道場の主は、銀竜一族の出だったような。頭の回る者は、更なる思考の沼にハマッていた。

 言うまでもないが、イシグロ達が無月流に通い始めたのは成り行きであるし、エリーゼがイシグロに従っているのは単にお互いにゾッコンだからだ。支配者オーラは生来のもので、振る舞いこそ計算されているが、行動の根っこは大して複雑ではなかった。

 

「美味いッス!」

「美味しいです!」

「美味しいのじゃ~!」

 

 なお、エリーゼ以外は何も考えずモグモグご飯を食べていた。

 何気に、この会場で一番美味しい思いをしていた。

 

「なるほど、そのような事が……」

「ええ。その後にライドウさんからお誘い頂いて……」

 

 しばらくして、イシグロは一通りの挨拶を終えた。

 最後の一人を捌き終えると、イシグロはごく小さい溜息を吐いていた。どうやら、貴人とのお話に疲れてしまったらしい。英雄なんて、概してこんなもんである。

 

「イシグロ殿は……」

「はい」

 

 そんな彼に、アリエルは声をかけた。

 彼女らしくなく、考えるより先に労いと賞賛を贈ろうと思ったのだ。

 

「彼女達を守っているのだな」

 

 絶世の美女からの柔らかな言葉に対し、イシグロは薄く微笑んだ。

 

「普段から支えてもらってますから」

「そうか」

 

 なるほど、そういう言い方をするのか。ならば、ますます気を付けなければならないな。アリエルは心のメモにそう書き加えた。

 イシグロの内面は安定している。もし彼が暴れるとしたら、やはり外部刺激によるものだ。最悪なのは、彼が世界に失望する事だ。

 愛無き英雄など、弱卒と同じ。彼には自分の意思で世界を愛し、彼自身の意思で世界を守って欲しいと思う。迂遠なやり方かもしれないが、これが最大の効果を発揮する事をラリスの歴史は知っているのである。

 

「エリーゼ、わしにも一口欲しいのじゃ~」

「駄目よ、貴女すぐ酔うじゃない。場を弁えなさい」

 

 ふと、アリエルは美味しそうに鮪を食べている天狐を見た。元はと言うと、彼女を守る為にイシグロを誘ったという。

 この宴には、九尾の枝を呼んでいないと聞いている。だからこそ、敵にも味方にもなる中立派を招いたのだ。その中から、枝に繋がる縁もあるだろう。

 情報は広がらなければ意味がない。何をしでかすか分からない相手には、仕掛けたくなるよう誘導するのが一等良い。

 

 今宵の宴を発端として、リンジュ議会は大きく動く。

 鈍間な邪狐は、太平の惰眠を貪り過ぎた。害が勝れば誅されるのが異世界流だ。忘れるべきではなかったのだ。リンジュはラリスの子分であり、どれだけ政治が上手くとも、世界の王の下知は絶対である事を。

 狐狩りだ。夏を前に、九尾の家には鎖が繋がれる。()は、そのように判断したのである。

 

「ところで、また止まり木協会に寄付をしたいのですが……。少々お時間を頂く事は可能でしょうか」

「ん? あぁ、少しなら……」

 

 突然、イシグロからそんな申し出がきた。

 アリエル視点、ただでさえ彼は多額の寄付をしてくれているというのに、まだするの? という気分である。

 

「そうだな、宴の終わり頃はどうだろうか。個室を使わせてもらえるだろうか?」

「どうぞどうぞ」

「よろしくお願いします」

 

 驚きはしたが、まぁ否はなかった。寄付なんていくらあってもいいのである。

 まあ、少しくらいのお礼はすべきだと考えるが……。

 

「寄付は有難いが……イシグロ殿に欲はないように見える。無理はしていないか?」

 

 アリエルから見て、イシグロは心の向きが変な男のように思えた。

 誰と話しても、表情にロクな変化がないのだ。コントロールしているというより、一貫して興味がない風であった。

 

「そんな事ありませんよ」

 

 それはライドウにたいしても、アリエルに対しても同じであった。

 ただ、奴隷達を見つめる彼の横顔は、凪いだ湖のように穏やかだった。

 アリエルは、少しもにょった。

 

「そうか……」

 

 ウェイターから葡萄酒をもらい、一口呑む。

 ちょっと、酸っぱい気がした。




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 なんか我ながら分かりにくい書き方かな、と。どうあれ少しでも面白がってもらえたなら幸いです。
 やっぱ気楽な異世界ハクスラ生活が書きたいっすわ。


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ロリから…

 感想・評価など、ありがとうございます。感想が一番の励みです。
 誤字報告もありがとうございます。本当にマジで感謝してます。感謝の極み。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 コーラル焼いて、ぽにおと遊んで、まだ名を消しきれてません。気付けばショタ夏油と戦う寸前です。ブルベ編は何パで縛ろうかしら。
 勿論、執筆の方も楽しんでやらせて頂いております。やりたい事が多いですね。幸福な事だと思います。


「ぬわぁああああん疲れたもぉぉぉおおおん!」

 

 帰宅後、俺は張り詰めていた緊張の糸を緩め、感情のまま声を発した。

 鎧にマントというファンタジースタイルのまま、偽和風建築物の床に倒れ伏す。狙った訳ではなかったが、そのポーズは止まらねぇ系の団長とくりそつだった。

 

「ご主人様、ボクがお運びしますね」

「これくらいなんて事ぁねぇ……」

「よいしょっと」

 

 そのままグーラに担がれ、洗面所で手洗いうがいをした後に居間に運搬されていった。流れるように防具を外されお茶を出され、ひと心地ついたところでイリハに肩を揉んでもらった。

 肩揉みの最中、浮遊したルクスリリアに正面から頭を抱かれよしよしされる。さながら、女神に信託を授けられている聖職者って構図。

 

「よしよ~し♡ 頑張ったッスねご主人~♡」

「マママーマ・マーママ……」

「めっちゃ混乱してるのじゃ」

「む……なら、私はお茶を口移しで……」

「元気にはなるでしょうけれど、今は止めておきましょう」

 

 そんな風に極楽を味わいつつ、俺は先のパーティの出来事を思い出していた。

 来場からこっち、俺等は偉い人からめちゃくちゃ注目されていた。黙ってジーッと見られてた訳ではないが、各々お話をしながら常に視界の端に収められてた感じ。

 敵味方識別レーダーに反応はなかったが、それでも見られ続けるってのは苦痛で仕方が無かった。結果、体力の方は余裕だが、気力の方がごっそり削られてしまったのである。

 

 ライドウさんとのやり取りは台本があったし、アリエルさんへの挨拶は前の焼き直しだったから楽だった。だが、やっぱ初対面の人相手は気疲れする。

 加えて言うなら、俺は他人の顔を覚えるのが超苦手なのだ。記憶のセーブ&ロードのし過ぎで、頭から湯気が出るかと思ったくらいである。幸い、異世界人には覚えやすい特徴があったから何とかなった。

 ライドウさんに曰く、彼等はいざとなった時に俺を守ってくれる人達らしいので、せめて顔と名前くらい覚えないと失礼だろう。それはそれとして、二度とやりたくはないが。

 

「腹減ったンゴねぇ……」

「ンゴ?」

 

 途中、ライドウさんから許可をもらい、皆には先に飯を食ってもらった。

 俺も後から皆と同じのを貰ったのだが、滝鮪(たきまぐろ)なる謎魚くんってばべらぼうに美味くって、素で「美味い!」って言っちゃったよね。シェフは満足そうな顔になってたが、俺的にはやらかしちゃった感である。

 

「そいやぁ、止まり木の人にお金渡しちゃってよかったんスか? いや別にいいんスけど」

「ん~、あぁ……ごめん、考えてただけで言うの忘れてた」

「いいんスって」

 

 ルクスリリアが言っているのは、止まり木協会への寄付の事だろう。宴の終わり頃、俺はアリエルさんに更なる寄付の約束をしたのである。

 何やら、彼女はカムイバラに止まり木協会の支部を作るとかで、こいつは重畳と持て余してた指名手配犯の懸賞金を件の支部の為に全ツッパする事にしたのだ。

 所詮、あれは好き勝手暴れた結果たまたま手に入ってしまった金なのだ。遊びに使う気にはなれなかったので、どうせなら世界の何処かにいるロリの為に使ってもらおうと思ったのである。

 

「代わりに良い物を貰えたわね。今、私達に一番欲しい物よ」

「後ろ盾になってくれた……ってコト?」

 

 寄付に関する契約書にサインすると、アリエルさんから直々に謎の指輪を頂いた。

 どうやら、このアイテムを見せれば止まり木協会属性の人から無条件で信用されるようになるらしい。

 これについては、お守り程度に考えておこうと思った。リンジュともラリスとも、一定の距離を保っていきたいものである。

 

「ほいっと、氣は整え終わったのじゃ。後はご飯食べたら心も戻るのじゃ」

「あざす」

 

 ぺしんと背中を叩かれ、イリハの肩揉みタイムは終了した。

 さて、遅い夜ご飯の始まりである。結局、会場ではちょっとしか食べてないからな。銀細工ボディの俺等はお腹がペコちゃんなのである。

 そんな訳で、俺はアイテムボックスから五つの重箱を取り出し、机の上に並べた。

 

「じゃ~ん」

 

 そして、その中の一つを開封する。したらボワッと湯気が立ちのぼり、出来立て料理の香りが居間中に広がった。

 これはパーティの帰り際に貰ったもので、余りではないガチ弁当である。重箱には最強クラスの保存魔法がかかっており、中の料理は一切劣化していなかった。

 

「ほわぁ、良い匂いです……!」

「滝鮪が沢山入ってるのじゃ~」

 

 重箱の中身は、お酒によく合うおつまみセットだった。晩飯というより、晩酌用だな。宴では一滴も飲んでないし、俺としてはすっごく嬉しい。

 同じく帰り際に貰ったリンジュ酒も取り出して、皆でいただきますをした。

 

「ん~! 滝鮪って煮ても焼いても美味しいんじゃな!」

「ご主人様は食べた経験があるのですか?」

「まぁ日本で。けど滝鮪って名前じゃなかったな。何なん、滝鮪って……」

「その名の通り、滝を泳ぐ魚の事よ。小さい時は滝壺に棲んでて、大きくなると滝を登るの」

「デカい滝にしかいないんで、ガチで新鮮なのは王都とか淫魔王国とかじゃ食べられない魚ッスね」

「へえ。前に上玉館で食べた赤身もコレなんかな」

「いやぁ、獲るの難し過ぎて到底庶民が食べられるもんじゃないのじゃ。上玉館で食べたのは別の魚じゃな」

「私も初めて食べたわ。リンジュ酒がよく合うわね……」

「こんなに美味しいものを食べられるなんて、ご主人様には感謝してもしきれません!」

 

 美味しい料理を囲み、お話しながら食べる。最高に尊い。

 ファンタジー舐めんな地球と言うべきか、重箱で放置されてたはずのお刺身はとても新鮮で、焼き物煮物も出来立ての味をキープしていた。それを大吟醸っぽいリンジュ酒でキュッとやる。ああ~、たまらねぇぜ。

 何より同じ机にはパーティで挨拶を交わしてた偉いさん方ではなく、四人それぞれタイプの違うロリがいるのだ。酒! 女! 美味い飯! なんやこれ、パラダイスか? さながら俺はパラダイスキングか。今ならカンフーファイティング踊れちゃうね。

 

「にしても、今日の宴は凄かったッスね。強くて偉い人が沢山いたッスよ。淫魔のパーティとは大違いッス」

「偉い人ってのは、毎日あんな事してるのかのぅ」

「毎日ではないわ。少なくとも、竜族はたまにやる程度ね」

「疲れないのでしょうか。偉い人も大変ですね」

 

 俺同様、気が緩んだ彼女等も重鎮集まるパーティには辟易しているようである。

 エリーゼはしっかりしていたように見えたが、好んでやってた訳でもないっぽい。出来る事と嫌いな事は矛盾しないし、そんなもんなんだろう。

 

「もしご主人様が貴族になったとしたら、ボク達も出席する事になるんでしょうか」

「え……?」

 

 突然放たれたグーラの言葉に、俺はビックリしておつまみを落としてしまった。

 いや、何がどうしていきなり俺が貴族化するなんて話になってるんだ? 気付いてないうちにキングクリムゾンでも使われたか?

 

「家に招く場合はそうでしょうね。けれど、呼ばれるとしたら出席するのは主人だけよ」

「となると、主様が大変という訳か。それは申し訳がないのぅ」

「ご主人の事ッスし、一生慣れなそうッスよね。向いてないと思うッス」

 

 グーラの話題に、皆も自然に乗っかっていた。

 いやいや、なんか盛り上がってるけど……。

 

「なるなれない以前に、俺そういうの絶対嫌だよ」

 

 この世界の貴族システム的に、それは全くあり得ないルートじゃないあたり何とも言えない。

 一見のんびりファンタジーに見えるこの異世界だが、実のところ力こそパワーな世界観なのである。ラリス王家に認められれば、俺もお貴族のお仲間になれちゃったりするのだ。

 世間的には成り上がりだが、俺視点だと成り下がりである。誰が好き好んで見ず知らずの民の為に働かにゃあならんのだ。

 

「改めて言うけど、俺は王家からスカウトされても貴族になるつもりはないよ。拒否は認められてるはずだし」

 

 実際、俺は立身出世なんかしたくない。何故か? 色々あるが、一言で言うと俺の魂が「嫌だ!」と叫びたがっているからだ。

 理由はいくつかあるが、まずこの世界の貴族――ラリス貴族には、夢がない。尚武の気風が強すぎる影響で、前世ヨーロッパ貴族程の権力もなければカジュアル系ナーロッパ貴族程の自由もない。もっと言うと、貴族の通う学校なんかもこの世界には存在しないのである。何て夢のない世界なんだろうか。魔法学校とか騎士学校とかあっていいじゃんかよ。

 仕事内容もかなりエグい。ラリスの貴人は全員武闘派、貴族というより極道なのだ。貴族に成り上がった冒険者は、ラリス組傘下なんとか組の長となり、生きてる兵器として領地の治安を保ちながら人類生存圏なるエリアを守るべく戦わないといけないのだ。それもこれも国と名誉と人民の為に、である。

 そんなの御免だ。俺はただ、皆とまったり生きたいだけで、貴族様になどなりたくない。曰く、お貴族は民に慕われるらしいが、それこそマイナス要素である。分不相応な英雄扱いさえ気分が悪いのに、その上公爵だの男爵だの、考えただけで鬱陶しい事この上ない。

 

 結論、魂が「嫌だ!」と叫びましたとさ。

 俺は絶対に貴族堕ちしない。フラグでも何でもなく、これは不退転の決意である。

 

「ええ、存じています」

「まぁそんな気はしてたのじゃ」

「アタシ等も別に貴族夫人になりたい訳じゃないッスから」

「そうね。アナタには私達の王になってもらう訳だし」

「そっちは……うん、任せてほしい」

 

 分かってくれてるなら何よりだ。グーラも適当に言ってみただけっぽいし、いつの間にか拒めない状況になってましたーなんて事にはならないだろう。

 こういうのは最初に宣言しとかないとな。貴族堕ちはマジで絶対NGだ、これだけはハッキリと真実を伝えたかった。

 なまじ昨日ジャグディとかいうやべーやつを見たばかりなので、つい過敏になってしまった。彼女達の事、ああはならないだろうと信じてはいるが、それでも釘は刺しておくべきだろう。

 

「安心なさい、アナタを無理やり担ぎ上げようとは思っていないわ。皆もそうよね?」

「うむ。皆の為にと主様が傷つくようでは、どうしようもないのじゃ」

「ご主人様には幸せになって欲しいですから」

「きひひ♡ それで言うと、ご主人はアタシ等と一緒にいるだけで幸せッスもんねー♡」

「肯定っす」

「あら、アナタったら照れているの? ふふ……」

「ルクスリリアも顔が赤いですよ」

「ッス、我ながらさっきのはちょっと恥ずかったッス……」

「布団の上じゃとあんなに言うとるくせにのぅ」

 

 だが、しかし、だ。

 貴族堕ちはともかくとして、それとは別に安定した立ち位置は考えておくべきだろうとは思う。

 俺とて、いつまでも迷宮探索を出来るとは思っていない。冒険者業は死ぬほど儲かるが、少しのミスで死んじゃう超絶危険な職業なのだ。

 とはいえ、未だ道半ば。目標を達成する前にアレコレ考え過ぎては、道中の楽しみを見出せなくなる。深刻にならないよう気を付けるべきでもあるだろう。

 

「貴族云々は置いといて、今はイリハを強くする事を第一に考えよう」

「のじゃ?」

 

 俺の目標は変わらない。如何な強者も触れ得ざる最強のロリコンへと至り、誰憚る事なく皆と安心して結婚する。

 今はそれに集中しよう。何事も準備が必要なのだ。幸せ家族は計画的に、である。

 

「そうね、イリハはまだまだ弱いのだから、もっと頑張ってもらわないと……」

「最低でも銀細工程度にはなってもらわないと困るッスねー」

「一緒に頑張りましょう、イリハ」

「のじゃ~」

 

 こうして、その日の夜は過ぎていった。

 めちゃくちゃ疲れた。もう宴なんてこりごりだよぉ。

 

 

 

 

 

 

 桜闘会の名残も過ぎて、ようやっとカムイバラの日常が戻ってきた。

 それまでには、まぁまぁ色んな事があった。

 

「聖樹の陰の者として、貴殿に最上の感謝を」

 

 約束通り、止まり木協会カムイバラ支部に懸賞金を寄付したり。

 

「これとか、トリクシィさん喜びそうだな」

「知り合い用もいいけれど、私達のも買いましょう?」

「とか言って酒が欲しいだけッスよね」

「あちらだと手に入りづらいですから」

「わ、わしも呑みたいのじゃ」

 

 ラリスの顔見知りに渡す分と、自分達用のリンジュ土産を選んで回ったり。

 

「あぁ~、生き返るわぁ~」

「ご主人、それいつも言ってるッスね」

「生き返る、とは何でしょうか? 死んだら終わりだと思うのですが」

「そういうんじゃなくてさ。まぁ確かに変な言い回しだけども」

「ここは綺麗に氣が循環しておって良いのぅ」

「私もこういう温泉の方が好きね……」

 

 郊外にある自然温泉に入ったりもした。

 上玉館みたいな温泉旅館もいいが、人気のない大自然の中で入る温泉ってのはまた格別だった。

 

「どうも、お久しぶりです。イシグロさん」

 

 あと、澄刃流のデイビットさんとお話した。

 彼の話によると、結局澄刃道場はデイビットさんの鶴の一声で解散する運びとなり、残ってた門弟達の多くは澄刃流から派生した新道場に移動させたらしい。

 また、ジャグディに指示されて裏で悪事を働いてた一部門下生も、武行法院の同心に捕まって現在取り調べ中だという。すると隠してた余罪が出るわ出るわ。脅迫恐喝など序の口で、中にはガチで手が出ちゃってたタイプの罪もあったとか。

 

「武行の方によると、ジャグディ達はかなり重い罰を受けるとの見立てだそうです」

 

 こうなると、首謀者のジャグディは重罰確定である。恐らく、イリハの言ってた通り武行の戦奴として圏外遠征に使われる事になるだろうという話だ。そして、遠征に行った罪人の多くは一年以内に命を落とすらしい。

 加えて、事は彼女一人の問題には収まらなかった。これまでのジャグディ一派は関与している勢力が多すぎて、良くも悪くも今現在カムイバラが揺れているというのだ。これにはバンキコウさんやライドウさんといった桜闘会運営組からも力を貸してもらい、これから慎重かつ大規模な調査が行われる予定であるらしい。

 

「デイビットさんはどうされるのですか?」

「そうですねー」

 

 浮気相手とはいえ、愛した女性が裏で犯罪をやらかしてて、その上長年かけて築いてきた道場を失った彼だが、存外あっけらかんとしていた。

 気楽そうというか、何というか。むしろ身軽になれて気分爽快って雰囲気である。

 

「もっと剣を極めたくなったので、遠くにいる魔物を斬ってこようかと」

「そうですか」

 

 罪人が向かわされるのは、生存圏外の危険地帯。武行所属ではないデイビットさんは、彼女に同行できる訳ではない。

 だが、それでもデイビットさんは外の魔物を斬りに行くつもりのようだ。それが彼なりの贖罪なのだろう。

 そんなデイビットさんの旅に、恋人であるフィーランさんはついていくのだろうか。いずれにせよ、俺の知った事ではないな。

 

「また会いましょう、イシグロさん。それまでに強くなっておきます」

「お気をつけて」

 

 そうして、デイビットさんは去って行った。

 別に情とかはないけど、生きててほしいとは思った。

 

 無月道場の再建計画の方も進んでいる。

 完成はいつかなーとのんびり考えてたのだが、それは俺の想定よりもずっと進んでいるようだった。あれからさほど時間も経っていないというのに、既に新築工事が始まっていたのである。広さや立地こそ変わらないが、中々立派な道場ができる予定であるという。

 それもこれも、「どうせお金出してくれるなら、めっちゃ良い家建てちゃおうよ!」というアンゼルマさんの意見があったからだという。アレで結構ちゃっかりしているのだ。勿論、デイビットさんは全部支払い済みらしい。

 

 とはいえ、当然だが新道場の完成にはまだ時間がかかる。

 場所もないのに、入門希望の門下生も日々集まってきているし、師匠は頭を抱えていた。

 なので……。

 

「入って、どうぞ」

「「「「「お邪魔しまーす!」」」」

 

 無月流には、現在俺の借家にある武道場を使ってもらっていた。

 衛宮邸にそっくりなこの借家には、なかなか立派な武道場があるのだ。今までは俺の素振りか剣道部プレイ程度にしか使ってなかったので、こっちとしても通う手間が省けてお得である。

 

「師範、本日もよろしくお願いします」

「うむ」

 

 桜闘会後、無月流門弟の数はバッと増えてからバッと減っていった。

 入るのも勢いで、辞めるのも勢い。合わんわと思ったらササッと抜けてくあたり、鱗滝さんもニッコリの判断の早さだ。少なくとも俺的にそういう姿勢はアリだと思う。

 そんな中でも続ける人はそれなりに居て、あの日に来た門弟三人以外にも何人か将来有望そうな若い門下生が残ってくれていた。

 彼等が次回の桜闘会で結果を残してくれる事を願うばかりである。

 

「先輩、ご指導お願いします!」

「はい。最初からやるから、良く見ててね」

「「「押忍!」」」

 

 俺はというと、妹弟子&弟弟子達に色々と教えてあげていた。

 教えるといっても、俺に大した積み重ねも指導免許もないので、せいぜい型稽古の見本を見せる程度である。チートの平和利用、こうやって役に立てるなら誇らしいね。

 英雄様だのチャンピオンだのと称えられるのは気色悪いが、先輩と言われるのは意外と悪い気はしなかった。

 いいよね、先輩先輩って慕ってくれる後輩キャラって。今夜のプレイは決まりだな。

 

「イリハ~♡、いつまで守ってんスかぁ? 体幹よわよわ♡ 太刀筋ぶれぶれ♡ なっさけな~♡」

「むむむ……! わしは無理に攻めなくていいのじゃ! そういう型なんじゃもの! おっ、隙あンギャ!?」

「ほい一本~! イリハは乗せやすくて楽ッスわ~」

「ああいうのってアリなんでしょうか……」

「模擬戦でも引っかかる方が悪いわ。イリハ、回復してあげるからこっち来なさい」

 

 あと、無月流自体にも少なくない変化があった。鍛錬の内容が以前とちょっと変わったのである。

 瞑想や型稽古といった基礎練重視の指導はそのままに、これまで取り入れなかった弟子同士の模擬戦や別の型同士による攻守の確認などを取り入れるようになったのである。他にも、色々とやりがいのあるトレーニングを追加する予定であるとも。

 

「うむ、デイビットの奴を見習おうと思ってな。やはり、あいつは指導者に向いているよ」

 

 どうやら、師匠はこれを機に無月流の方針を変えようと思ったらしい。

 デイビットさんの弟子育成能力は実際大したものだったらしく、今度は澄刃流のやり方を参考にしていくそうだ。

 

「すみませ~ん、ゲルトラウデさんがいるって聞いてきたんですけど~」

「む、記者か。此処への取材はダメだと言っておいたはずだがな……」

「行ってきてください。それまで見てますから」

 

 それから、今後は宣伝活動の方も積極的に行うつもりらしい。

 これまではジャグディからの嫌がらせでパンフへの掲載が邪魔されていたのだが、新刊には無月流の紹介ページがデカく載せられる予定なのだと。

 

「ヤァァアアァハァ!!」

「伍ノ型か、完全にハイになってやがる……! いま楽にしてやるからな……!」

 

 門弟同士の戦いを見守りながら、桜闘会の事を思い出す。

 あの戦いは、グーラの言う通り間違いなく良い経験になった。自身の改善点も見つかったし、参考になる部分は積極的に取り入れていきたい。

 何もボクサーが合気道を習って強くなろうっていう類いの話じゃない。ウラナキさんの飛ぶ斬撃に、デイビットさんの完成形魔法剣士スタイル。アレ等なら俺の強化に繋がると思うし、純粋な少年心で以て是非ともやってみたいと思ったのだ。

 飛ぶ斬撃、やりたいじゃん。何とかしてできんもんかね。

 

「ふぅ~、無駄に長かった。どうだ、模擬戦の様子は」

「今終わったところです」

「では師匠、自分今から家の手伝いがあるので、これで! 先輩もありがとうございました」

「うむ」

「帰り道気を付けてね」

 

 そんな感じで、安穏な日々が流れていく。

 お土産も買ったし、ゴタゴタも処理したし、イリハを守る為の枝対策も済んだ。

 もうリンジュにやり残した事はないと思う。あったとしても、また来ればいいだけだしな。てか、此処に来たの慰安旅行目的だし、そんな畏まるもんでもない。

 

「という訳で、明日出発しようと思います。次の月までは俺の借家という扱いなので、それまではご自由にお使いください。そう向こうにも伝えておきました」

「そうか」

 

 ラリスへの帰還を告げると、師匠は「ふむ」と顎に手を添えて考えを巡らせていた。

 逡巡の後、ゲルトラウデさんは口を開いた。

 

「そうだな。なら、明日少し時間を貰えないだろうか?」

「それは構いませんが」

 

 明日は道場も休みである。それを見越して伝えたのだが、師匠からの用とは何だろう。

 一応、お世話になった人には挨拶していくつもりではあるが。

 

「少し早いが、小目録を与えようと思ってな」

「小目録……」

 

 無月流における小目録とは、何かしらの型をマスターした弟子に贈られる証書みたいな物だ。

 どうやら、お別れの挨拶に卒業試験的な事をしてくれるらしい。

 

「ああ、ちょっとした模擬戦をだな。最近の子はこういうのが好きだと聞いて、うちも流れに乗っておこうと思ってな。お前の本気を見せてみろ、というやつだ」

「そうですか」

 

 小目録、卒業試験、本気の模擬戦。

 という事は、戦う場所はギルドの鍛錬場になるだろう。

 模擬戦をしてくれるのは有難い。有難いのだが……。

 

「師匠、鍛錬場代払えます?」

「……すまないが、奢ってほしい。娘が稼いだ金を使いたくはない」

「わかりました」

 

 鍛錬場には入場料がある。それも現役銀細工と銀細工相当の人の場合、けっこうな金額になるのだ。あそこはカラオケ感覚で入れる場所ではないのである。

 女騎士のようにしっかりした師匠なのだが、女騎士のように抜けている師匠なのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺達は先輩後輩プレイを楽しんだ後、布団の中でまったりしていた。

 皆、既にくぅくぅと寝息をたてている。寝間着? そんなのしばらく使ってないよ。

 

「明日、ラリスに向かうんじゃな……」

 

 静寂の中、そう小さく呟くイリハ。

 そういえば、彼女は生まれてこの方リンジュから出た事がないらしい。

 初の外国、それも移住である。少し不安なのかもしれない。

 

「大丈夫だよ」

 

 言って、俺はイリハを抱きしめ……ようとしたのだが、片方の腕が枕になってて出来なかった。

 

「むふふ、不安って訳じゃあないのじゃ」

 

 イリハはもぞもぞと動いて、ピタリとくっついてきた。

 ルクスリリアともエリーゼともグーラとも違う小さな身体は、初めて会った時より柔らかくなっていた。

 

「今、わしの居場所は此処じゃ。主様が居るところが、わしの帰る場所……これからも、そう在って下さるのじゃろぅ?」

「ああ」

 

 そうして、俺達は目を瞑った。

 不安からではなく、喜ばしい明日へ向かう為に。

 

 何度も誓う。俺は、もっと強くなろう。

 ラリスの迷宮では身体を鍛え上げた。リンジュの道場では技術を鍛え上げた。

 まだまだ、目指すべき強さにはほど遠い。少なくとも、アリエルさんや師匠相手の場合、今の俺じゃあ全く歯が立たないだろう。

 

 ゆっくり、着実に、強くなってこう。

 この世界で、皆と楽しく生きる為に。

 

 何をするにも、まずはそこからだな。




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 今一度、本作のタイトルをご覧ください。
 ごあんしんください。



◆本作におけるムチムチTier表◆

・Tier1
 淫魔女王、キルスティン

・Tier2
 ニーナ、グレモリア

・Tier3
 ミアカ、イスラ、バンキコウ

・Tier4
 アリエル、ゲルトラウデ、ウラナキ、アンゼルマ、フィーラン

・Tier5
 エレークトラ、デアンヌ、ナターリア

・Tier6
 シュロメ、ファリン、エフィーエナ、ジャグディ



・Tier21
 イリハ、ルクスリリア、エリーゼ、グーラ


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炉り道して帰りませんか?

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになってます。
 誤字報告もありがとうございます。誠に感謝。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 リンジュ編はこれにて終了。
 よろしくお願いします。


「ウボァー!」

 

 マイナスイオンたっぷりに見える森の奥。カムイバラの鍛錬場にて、思い切り吹き飛ばされた俺は受け身も取れずに倒れ伏してしまった。

 俺の残りHPはあと僅かで、MPもすっからかんだ。利き腕も折れているし、持ってた武器も落としてしまった。

 流石に万策尽きた。完全無欠の敗北である。

 

「こんなところだろう」

 

 竜族特性である鱗鎧を解除しながら、ゲルトラウデ師匠は模擬戦の終了を宣言した。

 すると即座に回復魔法が飛んできて、俺のHPは満タンになった。骨折も治ったし、痛みも消えた。MPこそ戻っていないが、相変わらずのインチキヒールである。とても有難い。

 

「随分とやられたわね。大丈夫? アナタ……」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 体力全快、何事もなく立ち上がる。徹夜後のようなこの怠さは魔力欠乏の影響だろう。

 小目録の授与試験の後、せっかくだからと本気で手合わせしてもらった結果がコレである。剣も弓矢も魔法も道具も使った上で、俺は完膚なきまでに敗北した訳だ。

 

「ありがとうございました。全く太刀打ちできませんでした。流石です、師匠」

「いや、私が竜族でなければ其方の勝利だっただろう。つくづく、竜族というのは武術に不向きだな……」

 

 確かに師匠が竜族特性を持っていなければ、俺にもワンチャンあっただろう。

 竜族は強い。第一に心臓を潰されない限り瞬時に傷を再生できる耐久力。第二に即座に修復可能な鱗鎧による防御力。第三に自由自在な飛行能力。そして何より、幽波紋じみた竜族権能。師匠の場合、ただでさえ俺よりステも技量も上なのに、どうやって勝てという話だとは思う。

 だが、所詮はワンチャンで、たらればだ。ゲームみたいな異世界だが、異世界はゲームじゃないのだ。言い訳などできないし、する気も無い。

 

「なに、イシグロなら私程度すぐ追い越すさ。そのまま鍛錬を続ければな。エリーゼ様も、以前よりお強くなられました」

「そう……」

 

 エリーゼ達にも俺のチートが反映されているので、無月流の習得は爆速だった。本来あるべき幾千幾万の反復練習を飛び越えられるこの能力は、本当に不正行為じみている。

 真に重要なのは、この力を如何に使うかという話である。どんなモンスターマシンもビビッて乗ってちゃ速くないし、大いなる力には大いなる云々なのだ。くれぐれも増長しないように、今後も努めて心がけておくべきだろう。

 

「それに、イシグロの強みは個人の力じゃない。もし一党で戦っていたら、私も厳しかっただろう」

「かもしれませんね」

 

 師匠との模擬戦は、あくまでも俺とのタイマンだった。確かに、皆と一緒に戦えたのなら高確率で勝てただろう。

 作戦は単純。俺が前で張り付き、ルクスリリアにちょっかいかけてもらって、エリーゼは支援と回復に専念。グーラには心臓への一撃を狙ってもらう。イリハには俺かグーラに守護霊を憑け続けてもらう感じか。

 それでも絶対勝てるというビジョンが見えないあたり、何とも言えないな。

 

「ともかく、これにて小目録の授与は終了だ。短い期間ではあったが、イシグロ達の努力は確かだった。以後も鍛錬に励むように」

「はい」

 

 師匠が締め括って、俺達は鍛錬場を出た。

 一旦ギルドを抜け、帰る師匠のお見送りをする。荷物は既にまとめてあるので、もう借家に寄る必要はない。

 

「エリーゼ様は、本当にお強くなられた」

 

 転移神殿前、師匠は昔を懐かしむような声音で言った。

 敬愛する主を仰ぐようで、娘の成長を慈しむような瞳。再会した当初、彼女をただの庇護対象としか見ていなかった従者は、そこにはいなかった。

 

「今のエリーゼ様を見ると、真の意味で貴女をお守りできるのは、私ではないという確信が持てます。本当に、良い主人に出会えましたね」

「ええ。無頼の自由などより、ずっと素晴らしい鎖だわ」

 

 それから、師匠は俺と視線を合わせ、少し逡巡した後に口を開いた。

 

「……後は任せた。お元気で」

「はい」

 

 そう言って、銀竜の師匠は名残惜しさを払うように背を向けて去って行った。

 他にも色々と言いたい事はあっただろうに、かけられた言葉はごく短かった。

 

「未練たらたらって感じだったッスね。エリーゼ、そのへんどうなんスか?」

「心とは複雑なものなのよ。嘘は言ってないわ」

「珍しく、師匠の氣が乱れておったのぅ」

「ご主人様、この後はどうするんですか?」

「通行手形をもらって、それから活鬼闘技場に行こう」

 

 雑踏に消えた師匠を見送り、踵を返してギルドに戻る。

 今現在、ギルドにはラリスに帰る為の例のスタンプラリーを作ってもらってるのだ。作成には時間がかかるとのお話だったので先に鍛錬場に入ってたが、そろそろ出来てると思う。

 

「あー、まだちょっと待っててくれ。何か上が忙しいらしくてな」

「そうですか」

 

 が、受付のムキムキじいさんからのお返事がこれ。

 規模の差だろうか、それとも王都のギルドが特別優秀だったのか、書類一つ作るだけだというのに随分と時間がかかっている。

 仕方ないので、ギルド内で適当に過ごす事にした。知り合いがいたら別れの挨拶もしたいしな。

 

「よっしゃあ! 三人抜きぃ!」

「まだ試合は始まったばっかじゃん! ここからじゃん!」

 

 と思って周囲を見渡すと、空きスペースで遊んでいるヨタロウさんと忍者ズを発見した。

 そいえば、ヨタロウさんとは一緒に迷宮行くって約束してたようなしてなかったような。

 ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、俺は彼等に声をかけ、今日ラリスに帰る旨を話した。

 

「あー、そういえばお前ラリスもんだったよな」

「お陰で喧嘩を売られてしまいました」

「へっ、いい思い出だろ!」

「帰る前に拙者と勝負するでござる!」

「ベイゴマで一党戦するのだ!」

「今度こそオレのオレンジ・オーレオールが勝利するじゃん!」

「ええ、では……」

 

 そんな流れで、皆でベイゴマ対決をした。

 白熱した試合に、転移神殿にいた冒険者達も集まってきた。

 結局、ベイゴマ歴の浅い俺は敗北し、健闘を称えながら再戦を誓うのであった。

 

「イシグロさん、ご用意できました」

「はい。それじゃこれで」

 

 試合が終わると、ギルド職員から受付に来るよう声をかけられた。

 言われた通り受付の前に行くと、必要書類とは別に謎の小判みたいな物を渡された。

 

「これは?」

「リンジュの通行手形だ。これを見せればどこにでも行ける。まあ、お偉い誰かさんからの贈り物だな」

「なるほど」

 

 どうやら、この小判はリンジュ内を自由に移動できるパスポート的なアイテムであるらしい。恐らく、区長のバンキコウさんかその辺からのプレゼントだろう。

 ゲーム的に言えば、リンジュ内でファストトラベルが解放されたとか、あるいは制限エリアが解禁された感じかな。

 思うところがないではないが、有難く受け取っておこう。次来る時とかに便利そうだし。

 

「お世話になりました」

 

 書類と小判をアイテムボックスに入れ、もう一度ギルドを出る。

 ミアカさんにも挨拶しようと思ってたが、まぁ居なかったし仕方がない。アンゼルマさんあたりがよろしくしといてくれるだろう。

 

「次は闘技場でしたっけ」

「ああ。まぁ手紙渡すだけだけど」

 

 散々お世話になったのだ。一応、ライドウさんには義理を通しておくべきだろう。

 …神殿エリアを抜け、歓楽街に辿り着く。道端で寝ている酔っ払いに、謎のダンスを披露する陰陽師達。相変わらず混沌とした場所だが、この雰囲気にもすっかり慣れた。

 

「なんか混んでないッスか?」

「入れそうにないわね……」

 

 闘技場に着くと、門前には沢山の人が屯ッていた。

 桜闘会は終わったはずだが、そんなにすぐ大規模な演目が開かれるものなんだろうか。

 

「どうやら、今日は罪人の処刑があるようですね」

「えっ? マジ?」

 

 と思ったら。リアル公開処刑だったでござる。

 

「処刑と言っても、ただ首を落とす訳じゃないわ。闘士と罪人が戦って、それを興行にしているのよ」

「勿体ないッスよねー。要らないオスってんなら、淫魔王国に送ってくれりゃお互いハッピーだと思うんスけど」

「色々と事情があるのでしょう……」

 

 なんか中世の何処だったかでは処刑がショーだったみたいなの聞いた事あるし、それの凄い版って感じだろうか。

 いずれにせよ、俺にそういう趣味は無い。否定するつもりはないが、わざわざ金払ってまで見たくないのが本音だ。

 

「ジャルカタール……」

 

 ふと、看板の罪人リストを眺めてたイリハが呟いた。聞き覚えのある名前だが、誰だっけ? これ前も忘れてたような気がする。

 

「誰それ?」

「えっと、以前戦った狼人の剣士です」

「あー、あの凄い強かった奴か……」

 

 思い出した。イリハ誘拐犯の一人で、その中で一番厄介だった奴だ。確か、そいつの処刑権が俺へのご褒美候補だったんだよな。で、今日その権利を誰かが行使していると……。

 イリハ的にはどうなんだろう。怯えているって訳でもなさそうだが、観に行きたいんだろうか。彼女の精神衛生上、どっちの選択が正解だ?

 

「おやおや、イシグロ殿ではありませんか。本日はジャルカタールの処刑を観にいらしたのですか?」

「あ、いえ……」

 

 ふいに声をかけられた。見ると、声の主は猿人司会のダンガンさんだった。

 と、反射的に拒否ってしまったが、肝腎のイリハの意見を聞いていない。目を向けても彼女は平然としていた。是非とも観たいって訳ではなさそうか。

 

「ダンガンさん、これを」

「ん?」

 

 なので、ダンガンさんにライドウさん宛の手紙を渡して、さっさとこの場を去る事にした。

 渡した手紙には「こんにちは」「ありがとう」「今後ともよろしく」といった内容の文言を、迂遠かつ冗長な言い回しで書いてある。エリーゼ先生の指導の下、一時間以上かけて俺手ずから書いた作品だ。

 

「では、自分はこれで」

「はい! しかとお届けします!」

 

 人の視線が集まってきたところで、俺達は闘技場を後にした。

 

「聞くの遅れたけど、皆は観に行きたかったりした? 何なら今から席取るけど、イリハはどう?」

「わし? ん~、全然興味はないかのぅ」

「アタシも興味ないッスね」

「同じく」

「ボクも大丈夫です。彼の剣捌きはもう視たので」

「そう、ならよかった」

「ぶっちゃけ、あんま覚えとらんしのぅ。猫又の方が印象深いのじゃ」

 

 そんな風に話しながら、人力車ならぬ馬人車の停留所に着いた。

 ここから西区の門までひとっ走りだ。

 

「西区の入り口までお願いします」

「あいよ! おや? あんたぁ前にのせたお客さんじゃあないですかい!」

「あー、はい。多分」

 

 適当に選んだ馬人車は、偶然にも一度乗った事あるやつだった。

 そんなこんな、健脚の馬人が引く車がカムイバラの大通りを疾走する。スピード的には原付より少し上って印象。他の車の流れに乗っているので、割とスムーズに移動できている。

 

「この景色とも暫くお別れッスね」

「ずっと咲いてる桜にも慣れたなー」

「アナタのいたところだと、春が終われば散るのよね」

「わしからすると、鈴桜のない都なんてどんなのか想像もつかんのじゃ」

「桜は咲いていませんが、王都には美味しい食べ物が沢山ありますよ」

 

 流れる景色を眺めながら、カムイバラの思い出を話す。

 綺麗に舗装された石畳。街路樹の桜と雅な茶屋。瓦屋根の上では、相変わらず飛脚の忍者が走っていた。

 

「ザッケンナコラー!」

「スッゾオラー!」

 

 王都と比べ、品のあるストリートファイト。カムイバラ初日、ラリスの冒険者ってだけの理由で喧嘩売られたんだよなぁ。

 いい思い出、まぁそういう事にしておこう。

 

「どうも! またいらしてくださいね!」

 

 門前で馬人車を降りる。

 あの門を抜けたら、今度こそ旅立ちである。

 

「よろしくお願いします」

「はい」

 

 通行手形&謎小判を見せ、門番に通してもらう。

 門前に架けられた大きな橋の下では、大小様々な船が行き来していた。異世界随一の都市とは思えない、綺麗な河だ。おっ、屋形船とかあるじゃん。次来たら乗ってみよう。

 

「さて……」

 

 橋を渡りきって、振り返る。

 石造りが基本の王都と異なり、カムイバラは木製の建築物が多い。門や橋も木製で、進撃めいた壁も木で出来ている。しかし、それらには古い大樹を思わせるゆるぎない堅牢さが感じられた。独特な存在感があるのだ。

 リンジュ共和国、首都カムイバラ。実にザ・和風ファンタジーって街だった。最初は似非ジパング文化に戸惑ったりもしたけど、すぐ馴染めたように思う。

 良い縁もあったし、良くない縁もあった。スポーティな戦いもあれば、ガチの殺し合いを演じる羽目にもなった。はた迷惑な痴話喧嘩にも巻き込まれたし、柄にもなく陰謀対策を講じたりもした。

 

「また来よう」

「のじゃ」

 

 色々あったけど、満足いく慰安旅行だった。

 殺し合いが挟まる慰安旅行とは……? まぁいい。

 ともかく、カムイバラは良い街だ。次の楽しみも出来たし、今回はこれにておしまいとしておこう。

 

「じゃあルクスリリア、ラザニアを召喚……」

「お待ちくだされぇえええええ!」

 

 突然、空から大音声。

 次の瞬間、稲妻を纏ったライドウさんがマイティ・ソーのように落下してきた。

 それはいいのだが、周りの人がビックリしている。商人の馬も怯えちゃってるじゃん……。

 

「ら、ライドウさん……?」

「どうもどうも! イシグロ殿! 少々お待ちを! ギルド経由でお渡ししようと思った物があるのですが、今なら間に合うと思って馳せ参じた次第です! こちらを!」

「はい……?」

 

 言いながら、謎の巻物を渡してきた。

 手に取ると、彼は辺りを憚る声で囁いた。

 

「枝についての報告書でございます」

「なるほど……」

 

 彼の言う枝とは、建国の英雄である九尾天狐の跡継ぎを自称する一族で、イリハの遠い親戚だ。元はというと、そいつら対策の為に桜闘会に出たのである。

 イリハの言葉を疑っていた訳ではないが、最近は若干その存在を忘れかけていた。ホントにちょっかいなんかかけてくるのかって。

 

「ふぅん……」

 

 皆にも読めるように巻物を広げると、いち早く読了したエリーゼは納得したような声をあげた。

 ルクスリリアとグーラは興味がないっぽいが、イリハは熱心に読んでいた。

 

「詳細は言えませんが……彼奴等は既に脅威ではなくなりました。なので、もしイシグロ殿に接触してきても、力ずくで排除して構わないという事です」

 

 何か知らんが、色々あって枝なるお家は弱体化が確定したようだ。

 そうなると内外の影響力を失う事になるので、そもそもイリハに手を出される可能性自体が低くなり、仮に突いてきてもやり返してOKという訳か。

 う~ん、いやこれ……俺が桜闘会に出た意味はあったのだろうか。徒労感ではないが、なんだかなー感が無いではない。いや、あったという事にしておこう。少なくとも、深域武装は手に入った訳だし、良い戦闘経験も得られた。

 

「では私はこれで! イシグロ殿、ご壮健で!」

「はい」

 

 声が大きく話が早い。ライドウさんは紅蓮聖天八極式のような軌道で去って行った。嵐のような、いや雷のような人だった。

 ていうか、あの人の力も大概おかしい。大羅山人(ダイダラボッチ)戦で見た通り、彼は凄まじいパワーをお持ちだった。その上であの速さはズルいとしか言いようがない。

 師匠もライドウさんも一蹴できるくらい強くなるには、まだまだ時間がかかりそうだ。プラスに考えて、頑張り甲斐があろうというものである。

 

「今度こそ行こうか。ルクスリリア」

「あいッス! 久々に、出ろー! ラザニアー!」

 

 アイテムボックスから出した鎌をルクスリリアに手渡し、鎌の権能を使ってもらう。すると、地面に眩い召喚陣が浮かび上がり、そこから大きなヘラジカが姿を現した。

 この召喚獣、最初の頃より明らかにデカくなっている。そんな筋肉鹿に鞍を装備させ、俺はよっこいしょと跨った。

 

「そのうちサンタのソリみたいなんで飛びたいなっと。イリハ」

「おぉっとと……! た、高いのじゃ~……」

 

 それから、まずイリハを俺の前に乗せた。

 彼女は初めてのヘラジカ騎乗にビビッていた。普通に飛べるあたり高所恐怖症って訳ではないんだろうが、それはそれなんだろう。

 

「グーラ」

「はい」

 

 次にグーラを乗せる。

 俺の前にイリハとグーラの順で並ぶ構図だ。

 

「エリーゼ」

「ええ」

 

 続いてエリーゼを乗せる。

 彼女はふわっと跨り、優雅に腰を落ち着けた。

 

「ルクスリリア」

「ちょっと狭いッスね」

 

 最後に、ルクスリリアを一番前に誘導した。

 前から淫魔竜族獣系魔族狐人、全員ロリ! とんでもない楽園汽車ポッポだ。落下防止の為、シートベルトも忘れない。

 

「じゃ、出発進行ッス!」

 

 合図を聞いたラザニアが、飛行種族用の滑走路を駆ける。

 そして、俺達を乗せたヘラジカは、翼を広げて空高く舞い上がった。

 

「ギャアアアアアア! 怖いのじゃああああああ!」

「アナタ飛べるじゃない……」

「慣れますよ」

「安心するッス。安全運転を心がけるッス。こう、気流を読んでッスね……」

「言う事聞いてないっぽいけど」

 

 イリハの絶叫と共にグングン高度を上げていき、カムイバラから遠ざかる。

 あっと言う間に、街の住民は豆粒へと変じていった。

 

「アイルビーバック」

 

 去り行く街へ、俺は後ろ手にサムズアップした。

 あばよ和風ファンタジー。また会う日まで、ごきげんよう。

 

 こうして、俺達はラリス王国へ帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 イシグロが去った後のカムイバラ東区。閑静な住宅街の一角に、女は羨み男は見惚れる事請け合いな獣人美女の姿があった。

 白黒の髪に、丸っこい虎耳。白虎族のミアカである。

 

「よし、よし、よし……今日こそ行くで! んーっ、行くで行くで行くで……!」

 

 彼女は真新しい道着を纏い、物陰から衛宮邸そっくりな借家を見つめていた。

 誰が何処からどう見ても、今の彼女はストーカーそのものだった。事実、その通りである。

 

「今日こそ入るんや……! 自然な流れで案内してもろて、そんで……ぐふふっ!」

 

 トリップしたようにボソボソと妄想を垂れ流す今のミアカは、どれだけ美人でもお近づきになりたくない危険なオーラを発していた。

 それというのも、イシグロに振られて以降、ミアカの精神には著しい変質があったが故である。

 

 元々、ミアカは真のサバサバ系女子であったのだが、初の失恋で脳が破壊と再生を繰り返し、いつの間にか恋する白虎はせつなくてイシグロを想うとすぐトリップしちゃうオマセなぷにぷにへとメタモルフォーゼしてしまったのである。

 それはさながら、カップに注がれた紅茶にスプーン一杯のミルク(意味深)を加えてしまったかの様。今の彼女は色んな物が混ざって溶けて元に戻れない状態なのだ。

 

「あ、あんまん……!」

 

 そして、食べたいお菓子の名を言って、ミアカは一歩踏み出す勇気を奮い立たせた。

 借家の玄関に立ち、魔導チャイムを押す。魔力が伝わる感覚。もう逃げられないゾ。

 

「んぅ~……!」

 

 心臓が五月蠅い、身体がソワソワしてじっとしていられない。髪を整え、道着を整え、尻尾を振り振りして、あまりにも長く感じる時を待った。

 だが、何時まで経っても誰も出ない。声も聞こえないし、生活音も無いような……?

 

「留守? いやそんな用事ないはず……」

 

 ミアカの脳内イシグロスケジュールによると、この時間はまだ家にいるはずだ。買い出しは夕方にやるはずだし、急用だろうか?

 もう一度押しても、出ない。それとも何か緊急事態が起きたのだろうか、ミアカの胸に焦燥感と使命感が湧き上がる。ウチが何とかせなアカン、と。

 

「む、入門希望か」

「ひゃー!?」

 

 びくぅ! と全身の毛が逆立った。慌てて声の方を見ると、そこには無月流師範のゲルトラウデがいた。

 見つかってしまったが、ピンチはチャンスで好都合だ。ええいままよと、ミアカは覚悟を決めた。

 

「はい! イシグロさんのお家で稽古やっとると聞きまして……」

「む、というかお前は大工の娘の……」

「は、はい! オトンがお世話になっとります! そ、そのイシグロさんは……」

 

 どうやら、顔を覚えてもらっていたらしい。

 アンゼルマの情報によると、彼女はなかなか人の名前を憶えないらしいが……いやいや、これは純粋にアドだろう。より自然な流れになるはずだ。

 

「入門希望は嬉しいが、お前は……」

「はい!」

 

 何事か言い淀んだゲルトラウデは、逡巡の後ため息を吐くようにして云った。

 

「イシグロはさっき帰ったぞ」

「……んんっ!?」

 

 沈黙の後、ミアカは素っ頓狂な声をあげて固まった。

 イシグロが帰る? え、此処にではなく、ラリスにって事? でもそんな情報、聞いてない。旅の支度をしてる様子もなかったし、いや彼には収納魔法があるのだったか。いやいや、そうじゃない。

 ミアカは愕然とした。これまでの努力――彼女の認識では、ストーキング行為は努力なのである――が水の泡だ。この日の為にアンゼルマに話を聞き、自身の足で彼の情報を集め、好感度を高め――彼女の認識では、イシグロはそろそろミアカに惚れる予定である――た。それから時は満ちたぜと、何度も尋ねようと四苦八苦してようやっと勇気を出したのに……。

 判断が遅い! まさにそれ。この場に天狗のお面をつけた剣士がいれば、ミアカを叱責しただろう失態だ。まぁこの世界の天狗族はあの顔をしている訳ではないが。

 

「うむ……。まぁそんな事だろうとは思っていた。実際そういう奴も多かったし、恥じるような事ではないぞ」

「かはッ……!?」

 

 この時、ミアカの思考は過去最高に超回転した。

 思考力の復旧。感情の乱高下。運命の選択。

 イシグロが去った今、自分は何をどう判断し、行動すべきだろうか?

 

 時が止まる。ミアカの頭上で、二人のリトルミアカが論戦を開始した。

これまでのサバサバ系の光ミアカは言う。もうイシグロの事なんか忘れちゃって、新しい恋見つけちゃいなよ。第一、一度振られちゃったんだし、もう脈なんか無いよ、と。

 ストーカー化した闇ミアカが言う。今の自分を見ろ、かつてここまで入れ込んだ男がいたか? こんな恋、二度あるか分からない。運命の相手かもしれないんだぞ。それをここで諦めていいのか? と。

 

「か、かか……」

「ん?」

 

 刹那の超高速脳内会議、左右に揺れるミアカの脳内で二体の大怪獣が激突し、そこに潜伏していた迷宮の狂気が「よっ、大将やってるかい?」とエントリーして、彼女のニューロンはズッタズタのふにゃふにゃになってしまった。

 そして、高次元の存在から天啓を受ける。え? ここから巻き返せる方法があるんですか? ミアカは怪し過ぎる超越的示唆をワンクリックした。啓示を受けたな? これでお前との縁ができた! 当然、全部ミアカの妄想である。

 

「か、通わせてください……!」

 

 こうして、ミアカは“覚悟”した。

 無月流格闘術を習い、迷宮を攻略する。貯めたお金でラリスに行き、今度こそイシグロと恋仲になる。迷宮如きがナンボのもんじゃい!

 大丈夫だ、あの時は関係性が構築できてなかったから振られただけで、ある程度の付き合いができた後なら成功するはずだ! 顔にも身体にも絶対の自信があるのだ。このミアカに、やってやれない訳がない!

 

「そ、そうか……」

 

 完全にキマッちゃったミアカの双眸を見て、さしものゲルトラウデも目を逸らした。

 せめて、自分にできる手伝いをしよう。恋愛ではなく、武術の方で。

 

「よろしくお願いします! 師匠ッ!」

 

 人生を賭けた大博打。白虎族のミアカは、愛に生きる道を選んだ。

 なお、派手に迷子になってる模様。




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変態王子と領域の外

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がってます。
 誤字報告もありがとうございます。いつも感謝しています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 例によって、世界観を広げるお話です。
 主人公視点だと分からない部分の。

 今回は三人称。
 新規キャラのエピソードです。
 よろしくお願いします。


 勇者アレクシオスの死から、凡そ六千年の時が過ぎた。

 六千年、あまりに長い間、人類は繁栄と衰退を繰り返してきた。

 

 時に、死霊魔術で蘇らせた死者の軍勢で以て、災厄の尖兵を撃退してのけた。

 その後。自我を持った死者が現れ、生者と死者の間で人類の座を賭けた大戦争が起こった。

 

 時に、強力無比な魔導兵器を造り、災厄を払って生存圏を広げてみせた。

 後に件の兵器は人類同士の戦争に使用され、結果として生存圏の半分を焦土に変えた。

 

 時に、研究用に生み出された人造粘体(ホムンスライム)が知性を獲得し、既存魔術の発展に貢献した。

 後に暴走した人造粘体は街一つを飲みこみ、友であった王によって葬られた。

 

 内と外、人類は常に何かと戦っている。

 一歩進んで二歩下がるような、失敗と敗北の歴史。

 登っていた階段が崩壊し、築いてきた文明の過半を失った事さえある。

 

 だが、何があろうと人類が歩みを止めた事はない。

 勇者の影を追う者達を筆頭に、どんな困難も力を合わせて乗り越えてきたのが人類だ。

 

 例え、絶望的な戦いであっても。

 人類の魂に刻まれた勇気は、絶えた歴史がないのである。

 

 

 

 人類生存圏外、最西端。

 灰色の空の下、赤茶けた荒野の一角に、統一された装備を身に纏う騎士たちの姿があった。

 

 戦士団、魔導士団、治癒師団。それらを纏めて王国騎士で括る。即ち、ラリス最精鋭の者達だ。

 整然と並んだ騎士の姿には、揺るぎない覚悟と戦意が感じられた。

 

 彼等の視線の先、小高い丘の上に漆黒の馬に騎乗した男の姿があった。

 それは、滾る血潮の如き赤髪の偉丈夫だった。上背があり、筋骨も隆々としている。地平線の向こう側を睨みつける双眸は、まさに歴戦の戦士そのものだった。

 彼の纏う装備もまた、並みの代物ではなかった。使い込まれた真紅の鎧に、人の手にならぬ深域由来の豪奢な槍。その背では、王家の紋章が刺繍されたマントが翻っている。

 彼の名は、ディミトリス・アレクシスト・モノラリス。何を隠そう、ラリス王国の第一王子である。

 

 戦いを前に、王国騎士はディミトリス王子の背を眺め見ていた。

 絶対強者は心の支えになる。流石ラリス王家の長男様は、頼もしさの化身であった。

 

「あー、行きたくないなぁ……」

 

 が、頼もしいのは見た目だけであった。

 幸い誰にも聞かれなかった呟きに、彼の愛馬はブルルといなないて気弱な主人を叱咤していた。

 王子の騎乗するこの馬はただの軍馬ではなく、王子の手にある深域武装から召喚された守護獣である。その眼には野生動物に不相応な理知と、肉食獣めいた獰猛さが矛盾なく同居していた。

 

「はぁ……もう二カ月も会ってないよ。帰りたいなぁ、皆は元気かなぁ」

 

 戦いを前にぼやくのは、王子にとって大事なルーティンの一つだった。心の靄は吐き出せる時に吐き出さないと、生死の際では判断の妨げになる。

 ぼやきつつ思うのは、愛すべき妻達の事だった。三十路を超えた今となっては、彼も立派なおじさんだ。第一王子という立場もあり、彼は既に数人の妻を娶っていた。

 皆が皆、政略で結ばれた関係なのだが、彼は妻達全員を愛していた。可能なら、ずっと家にいたい。贅沢を言えば田舎で馬を育て、笛を吹き、仔馬と遊んで暮らしたかった。

 そんな生活を夢見るくらいには、この王子様は素朴な気質の持ち主であった。

 

「顔が崩れてるぞ、直せ」

 

 そこに、声をかけてくる者がいた。いつの間にいたのか、彼の隣には長身の女戦士が立っていた。

 黒い髪を短く切りそろえた、妙齢の美女である。装飾のない革鎧を纏い、長外套を羽織っている。彼女もまた、ディミトリスと同等の戦闘経験を持つラリス女傑であり、昔馴染みの友だった。

 無二の戦友である彼女は、いと尊き身分であるはずの王子に厳しい視線を送っていた。一見恐ろしげな眼光も、ディミトリスからすると安心材料の一つだった。

 

「将がだらしない顔をしてるのは士気に関わる。お前が何を考えようが勝手だが、顔くらい引き締めとけ」

「そうだね。ん~、こうかな?」

 

 言われ、ディミトリスは少々の変顔の後、如何にも頼りがいのある巌のような顔面を作った。

 その面貌は誰がどう見ても威厳に満ちた理想の将だった。自然に姿勢が持ち上がり、ただでさえ高い身長も手伝って見た目の頼もしさは倍増である。

 

「ムルズはさぁ」

「ん?」

 

 威厳のある顔のまま、王子はのっぺりと口を開いた。

 これもいつもの事である。初陣からこれまで、ずっと繰り返してきた戦の前の儀式だ。今となっては、彼の初陣を知る者は彼女しかいないが。

 

「一党抜けて、隠遁したいとは思わないの?」

「いや全く」

 

 ムルズと呼ばれた女傑は、あっけらかんと答えた。これに王子は、表情を変えずに「だよねー」と返した。

 ムルズ・ガル・ディフィート。ラリス王国辺境伯の娘であり、僅か八歳で迷宮を単独踏破した生粋の戦闘狂。然る後、より規模の大きな戦いを求めて王の一党に加わり、以後はディミトリスの右腕として戦場を住処に生きてきた。

 そんなムルズからして、馬上で怯える王子の心境は理解こそすれ共感のできない感情であった。

 

「アタシは好きで此処にいる。死ぬなら戦場でって決めてンだ。幸い、跡継ぎは育ってるしな。ようやっといつ死んでもいい歳になれた。お陰で心置きなく戦えるってもンよ」

「勇ましいこと。僕はいやだけどねー。こんな戦いなんてさ」

 

 王子の瞳の奥底には、郷愁と諦観を主とした様々な感情が入り混じって沈殿していた。

 この戦いに、勝者はいない。何度も何度も戦って、王子と彼女だけが生き残った。失った友人とは二度と会う事はできないのだ。

 度重なる戦場を駆け、ディミトリスの精神は疲れきっていた。けれども身体は頑丈極まりなくて、それに引っ張られて心もギリギリで耐えている。

 八割の義務感と、一割の愛と、もう一割のその他の感情によって。まだ戦えるから、戦っているに過ぎない。

 

「僕はね、家族と平和に生きたいだけなんだ。母馬のお産を助けて、仔馬の世話をして、時々妻と草原を駆けたいんだ。ああ、今すぐ会って、あのしなやかな身体にハグをしたい……。普通に生きたいんだよ、普通に」

「馬人にしか欲情しないのは普通ではないぞ」

「失礼な。天馬人も大好きさ」

 

 夢心地に語る王子に、昔馴染みの戦友はぴしゃりと言った。この男、大の馬好きが影響してか、娶った妻は人間族の第一夫人を除いて馬人系で固めているのである。

 付け耳や付け尻尾などをしてみても、馬人以外は全く股間にこなかった。人として愛しているのは確かだが、こればっかりはどうしようもない。繊細な性の事情故、現王である実父さえ何も言えなかった程である。

 それでも王族の務めとして、他の妻に手伝ってもらって人間妻との営みもしてるあたり、戦い同様に仕事はしっかりこなす男だった。

 

「どうしてこう、強ぇ男ってなぁ難儀なもンかねぇ。人間とくりゃあ、誰かれ構わずおっ勃てるもんだろうに」

「どうしようもないよ。うん、どうしようもないのさ」

 

 どうしようもない。それが、戦嫌いの第一王子の口癖だった。

 ディミトリスは、ラリスの王の器ではない。少なくとも本人はそう自認している。なまじ能力と立場があるせいで、背負った責務を放棄できないでいるのだ。これまた、人並みに持った責任感によってである。

 王家に生まれたから、どうしようもない。自分にしかできないから、どうしようもない。お勤めとあらば、最低限全力で。ある意味、不器用な真面目くんで、有能な怠け者なのだ。

 

「強敵からも政治からも逃げないあたり、戦士としての好感は持てるがな」

「苦手な野菜を食べる程度のお話さ。本音を言えば逃げたいよ、そりゃあね」

 

 逃げ出した経験こそないが、常々逃げたいとは思っている。幼少の頃など、武術の鍛錬が嫌で仕方なかった。馬術の方は楽しかったので、バランスが取れて続けられただけだ。

 ラリス王家は単なる世襲君主制ではない。最も力の強い王族が頂点に立ち、次代を残す。そうして築かれた血の成果が、ディミトリスなのである。

 ただ、王の精神まで受け継がれる訳ではないあたりが厄介なのだ。それを想うと、現状では自分が国を治めるのが最も丸い。野心ではなく、諦観によってである。

 

「王位を継ぐってのも、どうしようもないからか?」

「ん、まぁね……。上の弟はアレだし、妹はおバカさんが過ぎる。で、下の子は……」

「お前以上の器だろう」

「でも本人は嫌そうだった。あんまりに可哀想じゃあないか。僕にとっての妻や馬が、今のあの子には無いんだから……」

 

 人並みに責任感のある兄は、人並みに家族を大切に思っている。それは妻や愛馬だけではなく、血を分けた兄弟に対してもだ。

 そんな兄からして、適性があるからという理由だけで玉座に縛りつけられるだろう弟を放ってはおけないのである。

 これまた、ディミトリスには人並みの善性があるのだ。

 

「僕が十の頃なんて、戦に出る度に漏らしてたよ。それを、あの子は表情一つ変えずにやっちゃうんだもん。いやぁ格が違うよねー」

「では、在野から募るか? ちょうど、何人か英雄候補がいる。長じればお前を超えるかもしれない逸材もな」

「そしたら国が荒れちゃうじゃあないか。歴史の勉強は得意だったんだよ、僕は」

 

 王子は英雄に期待しない。適材適所、国の危機を救うのは英雄ではなく王であると考えているからだ。

 ただ強いだけの民を英雄なんぞに祭り上げるなど、どうかしている。世界の都合で動かされるのは、王という駒だけで十分だ。英雄なんてのは庶民の守護者が最適で、それ以上を求めるべきではないのである。

 

「どうしようもない。僕が頑張れば何とかなるんだから、何とかしようとしているんだ」

 

 結局、そこに行きつく。

 所詮、自分は馬が好きなだけのおじさんだ。前途ある若者へはせめて今より良い時代を届けてあげるのが善き馬おじというものだろう。王位も栄誉も戦いも、そういう負債は適者が務める。

 ディミトリスにとって、世界平和の維持は単なるお仕事の一環であった。槍を振るのも鍬を振るのも変わらない。むしろ、真に世界を回しているのは農のできる民なのだから、統治者なんてそれほど偉くないとさえ思っている。

 

「けど、槍働きに相応の見返りは欲しいよね。砦には何がある?」

「淫魔王国産の馬乳酒がある。お前の我儘で作らせた、お前しか飲まん酒がな」

「お、いいね。帰ったら一杯やろうか」

 

 言いつつ王子が振り返ると、そこには今代の戦友達が揃っていた。

 眼帯を付けた寡黙な男に、笛を抱えた魔族の女。大弓を持った森人男に、杖をついた翼人女。

 戦いを前に、彼等には余裕があった。頭目であるディミトリスへの信頼故である。

 

「皆もどうだい?」

 

 王子からの呑みのお誘いに、一党員は各々返答した。残念ながら、馬乳酒は不人気だった。

 弛緩と緊張。もうそろそろ、腹を括らないといけない。見れば、騎士団も陣形を整え終えていた。

 

「さてと……」

 

 そうして弱みを吐き切った王子は、深い呼吸と共に瞑目した。

 瞼の裏で思い返すのは、かつての仲間達の姿だ。魔物と相打ちになって散った勇士。退路を作る為に死んだ初恋の女性。王子を助ける為に、孤軍奮闘した忠義の騎士……。

 

 ぶわり、可視化される程の魔力が湧き上がり、彼のマントを舞い上げた。

 覚悟を決め、目を開けたディミトリスは、紛れもない王の瞳をしていた。

 

「じゃ、行こうか」

 

 圧倒的な王気が放たれる。絶対的な強者の圧が、軍勢の士気を上げていく。

 王の一党に加え、総勢百の精鋭騎士団。後詰の兵は砦につき、ディミトリスの勇姿を見届けている。

 

 視線の先、地平線で途方もない数の影が揺らめく。

 迷宮の主が両手の指では足りないほど。二つ名付きの姿もある。最も危険なのが、群れの中心にいる山の如き巨獣。

 誰か何かに率いられるように、奴等は真っすぐ砦を目指していた。一匹でも逃せば、背後の街が焼け野原だ。

 

「作戦は伝えた通りだ! この変態王子をあのデカブツへお届けする! あとはこいつが何とかしてくれる! 気合入れろォ!」

 

 女傑ムルズが群れに吠えると、此度の戦友は威勢の良い返事をした。

 第一王子ディミトリス。人徳においては兄弟随一の逸材であった。

 

「変態とは不敬な。ここが王都だったら打ち首だよ、打ち首」

 

 冗談めかして返す王子に、馴染みの仲間の顔に笑みが浮かぶ。

 今日で死ぬかもしれないが、今日死ぬつもりは毛頭ない。当然、皆を死なせる訳もなし。死んでたまるか、死なせてやるか。あいつを殺して、生き残る。

 勝って帰って、妻と一緒に過ごすのだ。

 

「目標、人類の脅威……」

 

 高らかに、王子が槍を掲げた。騎士団の中心にいた指揮官が身構える。

 それから、迫りくる影の列へ切っ先を向けた。

 

「出撃!」

 

 駿馬が駆ける。一番槍、それこそラリス王家の本懐だ。

 追随する一党の精神は、王子の背中を見て燃え盛っていた。

 

 研ぎ澄まされる意識の中、ディミトリスは思う。

 戦いは嫌いだ。何が楽しくて、死ぬかもしれない行為をしなきゃいけないのだ。痛いのも嫌だし、痛い思いをさせるのも御免だ。

 けれど、血の運命か。百戦錬磨の王子は、戦の高揚を否定できなかった。

 

 今はただ、魂の猛りに身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 人類生存圏外、最北西。

 名残雪が残る地に、夕陽の赤が沈んでいく。そこに、長い影を重ねた集団の姿があった。

 

 王国騎士の旗が揺れる。張られた陣幕内にはローブ姿の魔術師が多く、彼等はキビキビと規律正しく行動していた。

 騎士団は陣幕の出入り口を往来し、地平線を望める場所で土木作業をしていた。戦士は黒い棺桶を運搬し、魔術師は等間隔に並べられた棺桶の中心で祭壇らしき台座を造っていた。

 熟練した魔術師であれば、その祭壇が大規模魔術の発動媒体である事が分かるだろう。これからこの場所で、広域殲滅魔法が使用されるという証左だった。

 

 そんな慌ただしい陣幕の中に、一際大きな天幕があった。

 豪奢な天幕の入り口には、屈強な護衛の姿があった。それだけで、この中にいる者の身分が分かるというもの。

 魔道具知識の粋を集めて作らせた天幕は、内側の音を漏らさない。例え、如何なる冒涜がなされようとしていても。

 

 夜を待たずして、その天幕の内にはどす黒い闇が満ちていた。

 薄暗い魔導照明の下、二つの影が重なっていた。人間の男と、天使族の女である。

 肉を打つ音。水気を伴う擦過音。断続的な打撃音。凡そ、男女の営みとしては無機質に過ぎる光景であった。

 

 影の一方、虚ろな表情をした男は、黙々と女天使の顔面を殴り続けていた。 

 その拳には粘着質な血液がこびりついており、振るわれる度に女の顔の中身が露出していた。

 

 元よりそうであったように、無抵抗に殴られ続ける女天使の美貌には不自然な程に生気が無かった。

 どれだけ傷つけられようと、種族的特性によって天使族は瞬時に回復する。顎が外れ、歯が折れ飛び、眼球が破裂してもなお、拳が離れた瞬間には元通りなのだ。

 痛みはあるはずだが、それを感じている風はない。間違いなく死に向かっているはずだが、怯える様子もない。対し、男もまた淡々と女の生命力を削り取っていた。

 

 幾度目かの打擲、ようやっと天使の再生が遅延する。この女はそろそろ死ぬ。死の境界線が見えて来ると、萎えかけていた男の矜持が硬くなった。

 暴力のペースが速くなる。使い心地が良くなった。手加減ができなくなり、とうとう頭蓋骨にまで穴を開けてしまった。飛び散った脳漿が男の頬に付着する。

 

 女の魔力が消えかける。男は女の細首に手をかけ、ゆっくりと力を籠めた。

 やがてコキりと音が鳴り、人形めいた天使は呆気なく息絶えた。

 同時、男は上り詰めた。ほどほどの快楽と、飽きはじめてきた満足感。結局のところ、暇つぶし以上の行為にはなり得なかった。

 

 事を終えると、男は天使だった物の姿勢を整えてやり、躯に対して【保存】の魔法をかけた。

 それから、硬くなった躯の腹に腰を下ろすと、男は一息吐いた。まだ、外の準備が整わないらしい。

 そして、不愉快な魔力を感じ取り、忌々しげに口を開いた。

 

「……覗き見とは、随分と高尚な趣味だな」

「申し訳ありません、盛り上がっていたようですので……」

 

 虚空に向けて吐き捨てると、物陰から滲み出るように一匹の黒猫が姿を現した。

 それは人語を操る猫であった。闇の中、黄金の瞳が浮かび上がる。

 

「国民のお金だというのに、随分と雑に扱いますのね」

「民草の戯言など、知った事か。それにいくらでも作れるだろう、この程度の粗製天使……」

 

 死骸となった天使の翼を引き千切り、男は女の残り香を嗅いだ。

 死んだ匂いがする。男は何にも代え難い安心感を得た。

 

「何故ここに来た?」

 

 羽根を捨て、男は葉巻を取り出し、指先に灯した魔法で火を付けた。

 無詠唱に加え、卓越した制御技術の賜物だった。男が並みの魔術師ではない証左である。

 天使の躯に座し、裸の魔術師は黒猫と向き合った。

 

「話せ」

 

 絶対的な王の下知。圧するでもなく、構えるでもなく、男の声は上から降りてきた。

 闇よりもなお暗い、妖しい美貌の男だった。紫紺の髪に、夜色の瞳。怜悧な眼光はごく当然とした酷薄さを湛え、無防備な佇まいには強者としての自負が満ちていた。

 白磁のような肌は返り血による斑模様で彩られ、しかしそれは汚れというより色気を増させる為の化粧のようであった。

 

「ええ、ヴァシリゲス様……」

 

 彼の名は、ヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリス。

 ラリス王国の第二王子にして、ディミトリスの弟。当代において、最も多くの魔物を屠った個人。

 人類最強の魔術師である。

 

「まず、地下の件についてですが……」

 

 それから、人語を介する黒猫は、淀みなく現状を報告していった。

 対し、王子は聞いているのかいないのか、虚空を眺めながら煙の味を楽しんでいた。

 

「最後に、リンジュで末妹が殺されました。在野の銀細工に」

「ふぅん……?」

 

 黒猫の言葉に、ヴァシリゲス王子はここで初めて反応した。

 僅かに混じった苛立ちが魔力に乗って放散される。それにより、黒猫の輪郭が飴細工のように歪んだ。

 

「ブツは手に入れたんだろうな?」

「九割は。ですが、本人の予備複製を更新していなかったので、蓄積された式は五十年前のものになります。今から復活させたとしても、尋常な手段では間に合わないでしょう」

「それはどうでもいい。できるか、できないかだ」

「代案はございます」

「ならいい……」

 

 男は躯の上で脚を組み替え、改めて黒猫と視線を合わせた。一見、見下ろす強者と見上げる弱者に見える。それは半分正解で、半分不正解であった。

 男の右眼が黒猫の目を射抜く。淡く発光する瞳には、猛獣のような凶暴性が潜んでいた。

 

「そんなつまらねぇ事を言う為だけに、此処に来たって訳か」

 

 男の右眼の光が増すと、黒猫の身体はドロドロと溶けだした。やがてヒトガタを取ったそれは、崩れる泥人形を巻き戻すようにして黒髪の猫又美女の形を取った。

 

「もう、それなりに気に入ってましたのにニャ~……」

 

 言いつつ、猫又美女は影を掴む動作をすると、まるで闇を纏うように同色のドレスを身に着けた。

 ドレスの背後には、通常の猫又族にあるはずのない三本(・・)の尾が揺れていた。

 

「疾く去れ、次はお前の魂を()る」

「まぁ怖い……」

 

 お道化てみせた猫又は収納魔法に手を沈めると、中から長方形の木箱を取り出した。

 封印紐を巻かれているにも拘わらず、木箱からは棘々しい負の魔力が漏れていた。葉巻を捨てた王子は手渡されたソレを手に取ると、木箱の中を検めた。

 そこにはリンジュ様式の巻物が入っていた。王子は触れるまでもなく気づく事ができた。巻物の素材は、人間の顔の皮だった。恐らく、成人前の少年の。

 

魔封巻物(マギスクロール)というものです。魔力を流し込めば巻物内に刻まれた術式が発動します。呪具と魔道具の間の子で、且つ強力な術を発動できます」

「効果は……ふむ、なるほど」

 

 左眼が光り、巻物を見分し終えた王子は納得の声をあげた。

 既存の魔法でも呪術でもない、有用な武器に成り得る代物だった。同時に、王子はこの巻物の弱点をも見抜いていた。

 もし、これが量産できれば、ヴァシリゲスの目標に一歩近づく事ができるだろう。

 

「量産は?」

「末妹が死んだとお伝えしたはずです。ご入用ですか?」

「蘇らせろ。材料は追って寄越す」

「ありがとうございます。では、私はこれで」

 

 言って、満足げな笑みを浮かべる王子に背を向け、猫又美女は階段を降りるように影の中へと沈み込んでいった。

 猫又の気配が消えた頃、王子は魔封巻物を自身の空間に収納すると、獲物を見つけた餓狼のように歯を剥いた。

 

「待ってろよ、腐れ外道共……!」

 

 ラリス王国第二王子、ヴァシリゲスは思う。

 この世界は、どいつもこいつもクソばかりだと。

 

 気弱で軟弱な兄、愚昧で愚鈍な妹。思考停止した父親に、日和りきった貴族共。

 そして、唐突に現れた忌々しい弟。聖王子などという、過去の遺物の紛い物。

 

「早く来てくれねぇかなぁ」

 

 来るべき大災厄。王子はそれが、待ち遠しくて仕方が無かった。

 

 ヴァシリゲスは、自身を綺麗好きな気質だと思っている。

 気分的には、大掃除の前日といった感じ。

 一刻も早く、自分の部屋を掃除したくて堪らないのである。

 

 あの日、禁書庫で見せられた歴史書の挿絵。

 禁忌魔術の発動、その顛末。

 素晴らしいものを見て、幼少の第二王子は……。

 

 生まれて初めて、勃起したのである。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 空飛ぶヘラジカの上で、イシグロは違和感を覚えた。

 誰かに名前を呼ばれたような、そうじゃないような。これが誰かが俺の噂をしてる、とかそういうのだろうか。

 皆を見てもそんな感じじゃないし、気のせいだろう。分からない事を気にしてもしょうがない。次の瞬間には、イシグロの興味は別のところに移っていた。

 

「おっ、ラピュタ発見。あれ? でも前はもっと北側になかったっけ?」

「聖輪郷は常に動いているのよ。強い種族に狙われないようにね」

「相変わらずエリーゼは天使族に辛辣ですね」

「天使族のぅ。リンジュでは見た事ないのじゃ」

「天狗と天使って似てるッスよね。どっちも翼あるし」

「お互いの種族の前では言わない事ね。こんなのと同じにするなって……ふふっ」

「異世界ブラックジョークか。気を付けよう」

 

 空の上での、和やかな会話、

 こうして、イシグロ達は次の街へと飛んでいくのであった。

 

 世界の外側の裏事情など、この男にとっては心底どうでもいい話であったとさ。




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 ラリス王国は他にも大量のしくじりをやらかしています。
 魔物と友達になろうとした奴とその支援者のせいで何個か街を失ったり(以降、魔物融和路線を唱える人は問答無用の極刑扱いです)、宗教組織を自由にさせてたら暴動が起きて危うく滅びかかったり(全ての宗教組織を根絶やしにしました)、レベルアップポーション作った結果廃人を量産したり(禁忌指定しました)。
 結果として、今のラリス王国があります。イシグロが転移してきた現代が一番安定しています。


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ろりをしのびてさくらさく

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになります。
 誤字報告もありがとうございます。感謝してます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、前に出たキャラが沢山出てきます。
 よろしくお願いします。

 今回アンケあります。お気軽にどうぞ。


 前世、俺は乗り物全般が好きだった。

 特にこれといった理由はない。ペダルを漕いで加速する感覚や、景色を見ながらのツーリングが何となく好きで、自動車の長距離運転なんかも全然苦にならなかった。

 隣席のクラスメイトはめっちゃビビッてたが、修学旅行の時に乗った飛行機も怖くなかった。離陸する時など結構ワクワクしたまである。いつかセスナとか乗ってみたいなとか思っていた。

 

 そんな俺にとって、ジブリの「紅の豚」は人生で五指に入るほど好きな映画だった。

 軽妙な台詞回し。描きこまれた背景美術。素晴らしいドッグファイト。同作の魅力など界隈じゃ話し尽くされてるが、中でも俺は作中冒頭でフォルゴーレ号が波に乗って空に飛び発つシーンが大好きだった。

 太陽の下、海風を浴び、鳥と共に空を飛ぶ姿には、子供心に憧れたものである。カッコいいって、ああいうものさ。

 

「ひぃ!? 主様! 魔物! 魔物が追ってきとるのじゃぁあああ!」

「ん? 随分としつこいな。エリーゼ、お願い」

「ええ。墜ちよ(・・・)

 

 地球でセスナに乗る夢は叶わなかったが、異世界では空飛ぶヘラジカに乗れている。男心を擽る隠れ家はないが、ロリコン心を擽る恋人達がいる。

 俺は、この空の旅が結構好きだった。青い空、流れる景色、それから追ってくる魔物共……。

 残念ながら、魔物くんには野生動物やゲームのエネミーにあるようなリミットオブエリアの概念はないようだが、そいつらをプチプチ潰してくのは気持ちがいい。

 

「大丈夫ですか? イリハ」

「へ、平然としとるお主等が怖いのじゃ……」

「次はイリハがやってみるといいわ。楽しいものよ」

「慣れてるッスからねー。ちょっと狭いッスけど」

 

 楽しい慣れっこ空中移動だが、ルクスリリアの言う通りちょっと狭いのはその通り。ぎゅうぎゅうに押し込まれてるのは良いとして、ずっと同じ姿勢なのは精神的にキツいのである。

 というのも、いくらデカいラザニアといえど限度があるのだ。今使っているこの鞍は四人用で、五人乗りの長距離移動には不向きである。今後の事を見据えて、何か考えておくべきか。

 

「サンタのソリみたいなの欲しいな……」

 

 つまり、ずっと跨っているから狭いのであって、座席に座れるなら無問題だと思うのだ。前にも思ったが、それこそサンタクロースのアレみたいな。

 う~ん、サンタか。赤い服に白いモコモコ、サンタコス……これ以上はグッドアップしそうだから止めておこう。エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア・オルタ・サンタ……。

 

「サンタとは何ですか? ソリというのも何なのでしょうか?」

「サンタは夜の冬空を舞う爺さんの事で、ソリは彼の相棒のトナカイが引く荷車みたいなもん」

「随分と元気な爺様じゃのぅ。人間とは思えんのじゃ」

「で、ソリには子供達への贈り物が満載されてるんだ。馬車ごと空を飛んでるーみたいな。もしそれがあればもっと快適なんだと思うってぼやき。俺は今でも好きだけど」

「浮遊する馬車ねぇ。できなくはないんじゃない?」

「え? できるの?」

 

 そんな俺のぼやきには、顎に手を添えたエリーゼが応えた。

 

「過去の戦争で空戦車が使われた記録があるわ。アレと同じなら、できなくないんじゃない?」

「ほう!」

 

 空飛ぶ戦車。エリーゼが言ってるのは、タンクじゃなくてチャリオットの方だろう。なるほど第四次ライダーか!

 飛行の理屈は分からないが、興味ありますねぇ! この逞しいラザニアが引いてくれるなら、万里の彼方まで駆け抜けてくれそうだ。

 

「えーっと、空戦車が使われたのは第一次魔王戦争の時だったと思います。ラリス勢力が対有翼種用に造ったとか……。けど、これといって活躍したという記述はなかったような……?」

「便利そうッスけど、見た事ないッスよね。空飛んでんの大体翼人ッスし」

「空は魔物に追っかけられるからのぅ。結局、街道行く方が安全なんじゃろうな」

「ラリスの事だし、製造技術が失われたとは考え難いわね。何か使われなくなった理由があるのかしら……」

「真っ先に思い浮かぶのは、やっぱコストの問題かなぁ」

 

 素材に希少金属が要るとか、専用の召喚獣が必須とか、運搬用だと非効率とか……?

 仮に今でも造れるんだとしたら、俺としては多少高くついても欲しい代物ではある。俺はライダーとセイバーが追いかけっこしてたシーンが好きなのだ。

 今度、ドワルフあたりに相談してみよう。戦車職人のツテとかないかしら。

 

「イリハ、あそこッス! そろそろ着くッスよ!」

「おぉ~! 大きいのじゃ~!」

 

 そうこうしていると、遠くの方に目的地が見えてきた。

 眼下には広大な畑が広がっており、太く長い街道の先は全て街に繋がっている。石造りの大都市、王都アレクシストだ。

 俺は悠々と空を行き、グルッと回って西区門前広場の滑走路に着陸した。

 

「お疲れー」

「ひゃー! これが噂に聞く王都か! 死ぬ前に来られるなんて感激なのじゃ! すっごいの~!」

 

 ラザニアを降りると、初王都のイリハはさっきまでの緊張を忘れてクソデカ進撃石壁に見入っていた。

 行きと帰りで色んな街を見てきたからこそ分かるのだが、やはり王都の城壁は桁違いの規模である。冗談抜きで中に巨人とか詰まってそうな威厳あるよ。

 

「よろしくお願いします」

「うむ、いしぐ……イシグロォ!?」

「何か?」

「い、いえ! どうぞお通りください」

 

 そんなこんな、列に並んで検問を受け、何事もなく西区に入る。

 皆と手を繋ぎ、トンネルのような門を潜って進んでいくと、やがて視界いっぱいに賑々しい商業エリアが広がった。

 怒鳴り合ってる職人連中に、金持ちそうな商人とその護衛。肉体労働をしてる若者に交じって、同じく荷物を運んでいる奴隷達。カムイバラと比べると、お客さんを出迎える雰囲気がないというか。世界よ、これが王都だ! って全力で主張している印象だ。

 

「あー。こんな感じだったッスね王都って」

「なんだか懐かしいです」

「イリハ、間違っても仙氣眼を開いちゃダメよ」

「おぇ~! ぎぼぢわるいのぢゃ~!」

「何故、開いたんだ……」

 

 氣酔いしてるイリハに回復魔法をかけてから、商業エリアを進んでいく。

 二階・三階建て住宅の多かったカムイバラと比べると、王都の建築物は全体的に背が高い。四階五階は当たり前で、それでいてカラフルな建物が多い。

 カムイバラが祇園とおかげ横丁の合の子なら、王都はローマ市とフィレンツェがフュージョンしたような街並みである。

 俺としては、どっちも好きである。如何にも異世界ファンタジーって王都も、なんだか落ち着くカムイバラも、両方に良いトコがあって甲乙つけがたい。

 

「なんじゃ、いきなり雰囲気が変わったのぅ」

「少し歩くとすぐ雰囲気が変わるのよ。カムイバラもそうだったでしょう?」

「転移神殿の近くはもう少し静かですよ」

「あっちッス!」

 

 とりま、最初はギルドに帰還報告をしないといけない。

 俺は商業エリアを抜け、転移神殿方向へ向かって行った。

 

「ひゃあ!? あやつ等、街中で斬り合っとるのじゃ!」

「おっ、今日もやってるッスね」

「あんま近づかないようになー」

「大丈夫ですよ、彼等はそんなに強くありませんから」

「猫同士がじゃれ合ってるようにしか見えないわ」

「よ、余裕じゃのぅ……」

 

 そうして歩いていると、見慣れたばかりの景色が広がる。

 転移神殿へ向かうにつれ、視界を過るモブに冒険者風の輩が増えていき、例の如く冒険者同士の喧嘩が勃発していた。

 そしてすぐに衛兵が駆け付けて来て、喧嘩両成敗とばかりに二人共シールドバッシュで吹っ飛ばされていた。見るに、衛兵は鋼鉄札中位で、喧嘩してた冒険者は鉄札相当といったところか。

 

「お? おぉ!? お前、イシグロか!」

 

 なんとなく喧嘩を見ていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 声の方を見ると、案の定そこには見知った人物の姿があった。

 

「イシグロ、イシグロじゃねぇか! 生きてやがったかお前! いや死ぬとは思ってなかったけどな!」

「どうも、お久しぶりです」

 

 西区ギルドの受付おじさんである。

 彼は完全休日スタイルで、ラリスサンド片手に寄ってきた。随分と屈託のない笑顔でいらっしゃる。俺も俺で、おじさんと久々に会えて安心した心地だ。

 

「結構長かったな! カムイバラぁ、そんなに良かったのか?」

「ええ。色々ありましたし」

「そうか。まぁそれは報告書読ませてもらうとして……」

 

 言って、おじさんは新入りのイリハを見ていた。

 いつもの流れだ。お世話になってる職員さんには、一党のメンバーを紹介しておくべきだろう。

 

「イリハ、この人は俺がお世話になってるギルドの受付さん。挨拶して」

「わかったのじゃ」

 

 促すと、イリハはおじさんに対しぺこりと頭を下げた。

 

「イシグロ・リキタカの第四奴隷、イリハと申します。微力非才の身ではありますが、一党の者として精進していく所存です」

「おう。リンジュの狐人って事ぁ、この感じからして天狐か。それに、その恰好は……陰陽術師? いや退魔士か……」

 

 イリハを眺め見たおじさんは、何事か呟いた後にニヤリと笑んでみせた。

 

「へっ、そういう事かよ……」

 

 何に納得したのか知らないが、おじさんは訳知り顔になっていた。

 まぁ、淫魔に竜族に混合魔族に、その次に地域固有種の天狐だもんな。レア種族オンパレードである。すごいわね、だろう。

 

「まぁ頑張れよ。俺は特等席で見させてもらうからよ。お前等の冒険を……」

 

 そう言って、おじさんは後ろ手を振って去っていった。

 おじさんは異世界人らしく相当なイケおじなので、そういう仕草もなかなか様になっていた。

 いたのだが、せっかく買ったリンジュ土産を渡し損ねてしまった。まぁ他の受付さんに渡しとけばいいか。

 

「なんか面白い人じゃな」

「アレでなかなかデキる職員さんなんだよ」

 

 そのまま歩いていき、転移神殿近くの噴水広場に着くと、グーラが鼻をすんすんさせた後にパーッと表情を明るくした。匂いの発生源は屋台である。

 ちょうど小腹も空いてきたところだ。ギルドに行く前に軽く食べていこう。俺達は広場にある屋台エリアに向かった。

 

「いらっしゃい! おぉ、イシグロ殿ではござらぬか!!」

「お久しぶりです、シュロメさん」

 

 焦げる醤油と味噌の香り。日本人好みの匂いを拡散させていたのは、リンジュ金細工のシュロメさんだった。

 彼女は森人耳をピコピコさせながら、眩いばかりのスマイルを浮かべていた。ねじり鉢巻きがよくお似合いで。

 

「久しいでござるなぁ! あっ、そうそう! 少し前にイスラちゃんがリンジュに行ったんでござるが、会ったでござるか?」

「挨拶はできませんでしたが、お見かけしましたよ。ところで、醤油の方はどうなりましたか?」

「よくぞ聞いてくれたでござる! そろそろ規模の大きい工場を造れそうなのでござるよ! 味噌はともかく、醤油はもう受け入れられてる感じがあるでござる! 味噌はともかく!」

「それは有難いですね。自分としては、味噌も流行って欲しいですけど」

 

 シュロメさんは異世界における醤油と味噌の開発者であり、それらを布教する為にラリスへとやってきた人なのである。

 俺としてもリンジュ調味料は王都に根付いてほしいと思ってるので、こっちで完成したらば是非とも買い支えたく思っている。

 

「とりあえず、醤油味を七本と、味噌味を三本ください。料金はこちらに」

「あいよ! おや、新入りさんもいるのでござるか!」

 

 という訳で、さっそく買い支える事にした。

 買ったのは異世界焼き団子である。これにはルクスリリア達もご満悦だ。残念ながら、リリィとエリーゼは完全醤油派で、味噌がイケるのは俺とイリハとグーラだけ……いや、割合で言えばこっちが多数派か。ヒンナヒンナ。

 

「ん~! やっぱこの屋台の団子が一番美味ぇッスね!」

「んむんむ、美味しいのじゃ~」

「喉乾いた、喉乾かない? 何か飲み物買ってこようか」

 

 ベンチに座って団子を食べる。途中、喉が渇いたので別の屋台で飲み物も買った。贅沢を言えば渋~いお茶々が良かったが、残念ながらラリスには緑茶文化がないのである。

 緑茶、白米、その他リンジュ文化……専門店とかないのかな。今度探してみるか。幸い現地で買った物はあるが、恒常的に手に入るならそっちのが良いだろう。

 

「おや? イシグロさん?」

「ニーナ先輩! お久しぶりッス!」

 

 二本目の団子を食べていると、またしても顔見知りと遭遇。淫魔銀細工のニーナさんであった。

 向こうでもそうだったが、やはり異世界で眼鏡をしてる人は冒険者だけだった。迷宮用の装飾品なんだろうな、異世界メガネは。

 

「お久しぶりです。今日はグレモリアさんと一緒じゃないんですね」

「ええ。今彼女は忙しそうにしてるので、その、例の件で……」

「あー、あいつマジでやってんスね」

 

 どうやら、前に一緒してたグレモリアさんは御多忙らしい。

 そういえば、あの人別れる前にルクスリリアに何かしら計画してるって話してたような。気にしなくていいって言われたから気にしてなかった。

 まぁそれはいい、俺はアイテムボックスに手を突っ込んで。中から如何にもギフトって感じの箱をニーナさんに手渡した。

 

「こちら、リンジュ土産になります。お納めください」

「まぁ! ありがとうございます!」

 

 これはルクスリリアが選んだ物なので、俺は中に何が入ってるかを知らない。曰く、知らん方がええらしい。

 受け取った箱を見て、ニーナさんはウットリしていた。どうあれ喜んでくれたのなら幸いである。

 

「それでは、また鍛錬のご予定があればお気軽にお呼びください。いつでもお待ちしておりますので……くひひ♡」

 

 しばらく話して、ニーナさんと別れる。

 転移神殿に向かっていたはずの彼女は、何故だかさっき来た道へ引き返していった。

 

「あの女子とはどういう関係なのじゃ?」

「こっちで対人戦を教えてもらってるんだ」

「実戦形式で戦って下さるんですよ。次の対戦が楽しみです!」

「そうね。今の私なら、良い線いくんじゃないかしら……」

「そのうちイリハもやるんスよ! 覚悟してるッス!」

「はえ~」

 

 などと話しつつ、食べ終えた団子の串を捨てて長い大階段を上る。

 テッペンに着くと、眼前にノートルダム大聖堂亜種のようなクソデカ転移神殿の威容が広がった。

 流石は迷宮探索の本場と言うべきか、こう見るとカムイバラのやつよりもデカい転移神殿なのが分かる。イリハなど、これまた口を半開きにして呆けていた。

 

 そのまま歩いて入っていくと、これまた懐かしい景色。入口付近の受付スペースに、壁沿いの売店コーナー。弁当屋の前で商品を吟味する冒険者の姿に、武器屋の剣を見て話し合う新米冒険者達。ああ、とても懐かしい。

 なんとなく、整理整頓されたカムイバラと比べ、こっちのギルドは雑多な雰囲気を感じた。

 

「おい、見ろよアレ……」

「変な一党だな。ありゃ奴隷か……?」

「バカやめとけ……! 銀細工だぞ……!」

 

 が、そうやって懐かしむ俺達は悪い意味で目立っていた。見覚えのない駆け出し冒険者達がチラチラ見てくる。

 こういうのは気にするだけ無駄である。俺は皆を引き連れて空いてる受付に行き、必要書類と冒険者証を提出した。

 

「はい、確認させていただきます。少々お待ちを」

 

 確認にはちょっと時間がかかるらしいので、冒険者証が返ってくるまでバーで時間を潰す事にした。

 幸い、カウンター席には誰もいなかったので全員座る事ができた。

 

「淫魔牛乳、ダブルでよろしくッス」

「じゃあ俺も、ミルクでも貰おうか」

「それではボクも」

「わしも」

「私も」

「は、はあ、それは構いませんが……」

 

 牛乳のアテに苦いチョコなど食べていると、視界の隅で見覚えのある姿を発見した。

 向こうも気づいたようで、小走りでこっちに向かってきた。

 

「よくぞご無事で!お久しぶりです、イシグロさん!」

「お久しぶりです、トリクシィさん。昇格されたんですね」

 

 丸い獣耳にイキりコート。鼬人のトリクシィさんだ。

 彼は初心者時代につっかかってきたハリキリボーイで、何だかんだそこから付き合いのある向上心溢れる男の子である。

 前は鉄札持ちだったが、ちょっと旅行してた間に彼は鋼鉄札にランクアップしていた。すぐ銀細工に上がった俺が言うのも変な話だが、これで彼も一流の冒険者として認められた訳だ。

 ふと見ると、彼の腰にある得物も変わっていた。トリクシィさんは得物の柄尻を撫でると、凄まじきドヤ顔になって口を開いた。

 

「先日、ついに買う事ができたんです。この刀……!」

 

 それは一振りの刀だった。俺の持ってる橘や、イリハの綾景と異なり、トリクシィさんのは大きなサーベルに似た軍刀って感じ。柄や鞘に華美な装飾が付いている。

 シンプルサムライソードもいいが、こういうのもロマンあるよね。俺としても刀フレンズが出来て嬉しい気持ちである。

 

「おぉ、手に入れたんですね」

「はい、打って下さったのはイシグロさんの刀と同じ鍛冶師さんで。最近はこれを十全に扱えるよう訓練中です。なかなか難しいですが、意外と手に馴染むというか……」

 

 そう言うトリクシィさんは全身がキラキラしていた。

 殺伐とした異世界でこうもピュアな少年は珍しい気がする。

 そんな彼にはピッタリのお土産を用意してある。喜んでくれるといいが。

 

「どうぞ、こちらリンジュ土産になります」

「あ、ありがとうございます!」

 

 俺はアイテムボックスから布ぐるぐる巻きの棒を取り出し、侍歴の浅い彼に手渡した。

 俺が渡した土産はリンジュ産のガチ木刀で、ガチ訓練用のものである。武器としての性能は低いが、自動修復の補助効果が付いてるので、どんな過酷な鍛錬にも耐えてくれる優れものだ。

 

「本場の侍はこれで鍛錬していました。今後も頑張ってください」

「はい! 頑張ります!」

 

 キターン! 某バンドのバックレギターのような眩しい笑顔だ。彼にはずっとこのままで居てほしい。

 

「おっ、イシグロじゃねぇか! ひっさしぶりだなオイ!」

「死んだかと思ったぜ!」

「うぃーっす、お久ぶりっす。イシグロさん」

 

 これまた、転移神殿の奥から見覚えのある面々が現れた。

 犬人斥候のウィードさんに、厄介おじさんのリカルトさん。それから一度ガチでやり合った鬼人剣士のラフィさんである。

 死亡率の高い冒険者業、誰も死んでなくてよかったと思う。彼等の無事に安堵したあたり、それなりの思い入れがあるのかもしれない。

 

「お久しぶりです。こちら、お土産になります」

「へへへっ、悪いねぇ」

 

 そんな訳で、彼等にもお土産を渡していった。

 リカルトさんにはリンジュのお煎餅を、ラフィさんにはリンジュ酒を、ウィードさんには遊郭のパンフを。

 遊郭パンフを手に取ったウィードさんは早速読み始めていた。鼻息を荒くして、目を血走らせている。

 

「うひょー! このミアカって遊女、めっちゃ良さそうじゃん! 実物見てみてぇーっ!」

「あ、でもミアカさんもう辞めちゃったみたいですよ。それ更新前のやつなんで」

「えぇーっ!? なんだよもぉ~! ん? あれ、もしかして知り合いだったりするんすか?」

「ええ、色々ありまして」

「遊郭はいいけどよ。おじさんにリンジュの事とか教えてよ。代わりにこっちの情報渡すからさ」

 

 そんな感じで、お互いが持ってる情報を交換する。

 リカルトさんが言うところによると、他区の方では一人新しい銀細工が生まれたらしい。これまた他区の銀細工の一部が此処に拠点を変えたとも。あと、出払ってた斥候が戻ってきたようだ。そういえば、そんなのあったな。

 

「主様ってこっちじゃとそれなりに話せる人おるんじゃな」

「前はもっと遠ざけてたんスけどね~」

「私達を第一にしてくれているし、悪い影響は受けていないわ。安心なさい」

「皆様、一度剣を合わせた仲です。通じ合うものがあったのでしょう」

 

 皆はカウンター席、俺達はテーブル席でお話していた。

 俺達のいるバーには、自然と誰も近寄ってはこなかった。

 

「イシグロさん、確認が終了しました。受付の方までお願いします」

「はい。それでは、自分はこれで」

「ん、じゃあな~」

 

 職員に呼ばれたので受付に向かうと、冒険者証を返された。

 受付の兄ちゃん曰く、リンジュでのやらかしはプラマイゼロで不問にしてくれるらしい。

 まぁどっちみちそんなにデカいペナルティも無かったらしいが。

 

「あ、これリンジュ土産です。さっき受付さんに渡しそびれちゃって、ギルドの皆さんで召し上がってください」

「え? あ! どうもありがとうございます……!」

 

 おじさんに渡しそびれたお土産は、受付の兄ちゃんに手渡しておいた。中身はオーソドックスなリンジュ菓子のセットである。

 受付の兄ちゃんは顔を引きつらせて受け取っていた。この人、銀相手だからって流石にビビり過ぎじゃないか?

 

「さて……」

 

 スタンプラリーも終わったし、冒険者証も手元にある、もう転移神殿に用はない。

 正面扉に向かい、転移神殿を出ると、俺は大階段の上から街を見下ろした。

 転移直後、毎日見ていた風景である。

 

 俺が初めて冒険者登録をして、ルクスリリアやエリーゼと出会った異世界最大の都市。

 如何にもナーロッパな街は、今日も今日とて賑やかな活気に満ちていた。

 うん、帰ってきた感がある。

 

「ひとまず宿屋ッスかね」

「前のところだと、ちょっと手狭かもしれませんね。ベッドも特注のモノが必要になるかと」

「それに、あそこには台所がないから料理ができないわね……」

「させてくれるんなら、わしは料理のできるトコがいいのぅ」

「なら、台所のある宿だな。あと寝室の広い所」

 

 異世界二年目。まだまだ、やりたい事は沢山ある。

 ヘラジカチャリオットの作成に、注文してた武器の受け取り。またスーパー銭湯に行きたいし、他区にも足を運んでみたい。

 鈍らないうちに迷宮にも潜りたいし、ニーナさんの実家のお店にも行ってみたいかな。ラリス料理も久々に食べたいし、どうせなら皆でパン作りとかどうだろうか。

 が、その前に、今夜の寝床をゲットしないといけないな。

 

「よし、行こう!」

 

 異世界ハクスラ生活、再開である。




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スイート・メロリーズ

 8歳と9歳と10歳の時と!

 12歳と13歳の時も、僕はずっと!

 待ってたッ!


 王都に帰って二度目の朝、俺達は以前と同じ高級レストラン上階の宿部屋で朝食を摂っていた。

 この部屋にはしっかりした台所はないので、今食べているのは下階食堂の宅配ご飯だ。恐らく、料理としてのクオリティは食堂のが高いのだろうが、俺としてはイリハ飯の方が美味しいと思える。

 

「なんじゃ、この緑のベトベトしたやつは?」

「刻んだ薬草を混ぜ込んだチーズよ」

「パンに付けて食べると美味しいですよ」

「こうかの? ん~、鼻がツンとするのじゃ~」

「チーズはこれ……ん、淫魔王国産じゃあないッスね。なんつーか淡泊な味ッス」

 

 今現在、俺達は前と同じ場所に宿泊中だ。

 イリハの要望もあり自炊用の台所がある宿を探してみたのだが、そういったお宿はカタギの方が住まう中級宿が多いらしく、銀細工相応の高級宿では中々見つからなかったのである。

 あったとしても、そういうトコは同盟単位で貸し切っているパターンが多く、そうなるとワイ等のような一党は間に挟まる事ができなかった。例え出来たとしても、お隣に銀細工がいる生活は精神的にキツそうだが。

 

「新しい家も楽しみッスね」

「落ち着いたら漬物とかも作りたいのじゃ」

「リンジュのお漬物、また食べたいです」

「いい加減で買った本を並べましょう。書斎が欲しいわ」

 

 で、皆と話し合った結果、カムイバラの時と同様に借家を借りる事にしたのだ。

 不動産屋に行って良い感じの借家を探してもらい、紹介された屋敷に予約を入れておいた。借家予定の屋敷には質の高い台所に加え、自宅用の風呂もあった。周辺の治安も良く、まさに理想通りのお家だったのである。

 

 ただ、俺達が住むには特注のベッドが必須なので、必須なので、当日中に家具屋に行って特大ベッドをオーダーメイド注文しておいた。

 今はベッド待ちという状況。せっかくなので、素材から何から一番良いのを作ってもらう事にした。とても楽しみである。

 

「せっかくじゃし、こっちの料理も勉強したいのじゃよ。献立の種類は多い方がよかろぅ?」

「確か、王立図書館にレシピ集があったと思います。今度行きましょう」

「勉強熱心なのはいいけれど、ほどほどにね」

「ッス、詰めまくってちゃ続かねぇッス」

 

 ひとまず、そういう事になった。

 一昨日は帰還、昨日は借家探し、そして今日は武器の受け取りと、願わくば別の買い物をしようと思う。

 

「皆、今日はドワルフの店に行こうか」

「どわるふ?」

 

 ドワルフの店。武器工匠のアダムス。要するに、オーダーメイド武器の専門店だ。

 懇意にしてる店主への帰還報告もそうだが、リンジュ出発前に注文してた武器を受け取る為でもある。

 

「ここも久しぶりッスねー」

 

 そんな訳で、朝食を食べ終えた俺達は例の店がある転移神殿エリアへと足を進めた。

 少し歩いた現着。転移神殿エリアの隅、建物と建物の間にひっそり門を構えるそこは、やっぱりちょっと怪しい雰囲気が漂っていた。

 

「お邪魔しまーす」

 

 ドアを開けると、奥の方から「あいよー」という店主の声が聞こえてきた。

 相変わらず雑多な印象の店である。店内は古い木の匂いに満ちていて、紙やら本やらでごちゃごちゃしていた。

 

「おっ! 旦那じゃないですかい! ここはお帰りと言っておきやしょうかねぇ!」

「どうも、お久しぶりです」

 

 武器工匠のアダムスさん。武器全般の専門家で、俺の手持ち武器の多くを設計してくれた人だ。

 イケメンイケボイケエルフ。けれども仕草はパブリックイメージドワーフ職人という、ドワーフみたいな森人。俺はこの人を内心ドワルフと呼んでいる。

 

「へへへ、カムイバラはどうでした?」

「大変良かったです。向こうでは縁あって道場に通う事になって、色んな武器の扱い方を教えて頂きました」

「そいつぁ結構。あ、そちらのお嬢さん方も、どうぞお座りくだせぇ」

 

 見ると、店の端には真新しい小さな椅子があった。サイズ的にロリショタ用だ。

 これまで立ちっぱだった彼女達へのドワルフなりの気遣いだろう。とても有難い。ルクスリリア達はちょこんと件の椅子に座った。

 

「どうぞ、こちらリンジュ土産になります」

「ん? ほうっ! こいつぁ……!」

 

 挨拶もそこそこに、俺はまずリンジュ土産を渡す事にした。渡したのは飾り気のない木刀だが、これは鍛錬用ではない迷宮用武器である。

 この木刀はリンジュの特殊な木工技術で作られた物らしく、刀という武器種にして攻撃属性が打撃であるという変わりものだ。

 つまり、これを使えば刀モーションで打撃攻撃ができるという事。強そうだが、この木刀はまだ技術試験的な意味合いが強く、どれだけ頑張っても中位以上の迷宮には持っていけない程度の代物である。今後に期待のリンジュ最先端技術だ。

 

「へへへ、こいつは有難ぇ! 見てみてぇとは思ってたが、なるほど実物ぁこうなってんのかい!」

 

 同じ武器好きとして土産に選んでみたのだが、喜んでくれて何よりである。

 しばらく木刀を眺めた後、仕事モードに移ったドワルフは我が一党の新顔であるイリハを見た。いや、イリハというよりその腰にある派手な刀を見ていた。

 

「新入りさんは深域武装持ちか。ってなると、武器の注文って訳でもねぇのかい?」

「それは後で。今日は注文していた物を受け取りに来ました」

「あぁそうだったそうだった! ちょっと待ってな!」

 

 合点がいったとばかりに頷いたドワルフは、店の奥に引っ込んでいった。

 暫し後、特大ピザが入ってそうな箱と布グルグル巻きの棒の二つを持ってきた。

 

「へへっ、ご注文のブツでさぁ!」

「ありがとうございます」

 

 卓上に置かれた二つのうち、まず最初にピザ箱を開けた。中には、くすんだ鏡のような表面をした盾が入っていた。

 これは以前から注文していた中盾であり、SEKIRO戦法が厳しい状況でタンクをする為の騎士用カイトシールドである。

 この盾は物理受けより魔法・属性受けを重視していて、味方の守護という設計思想で作られている。また、例によって希少金属を使っているので、純粋にクオリティが高い。中盾にして平均大盾並みの防御力があると言えば分かり易いか。

 さっそく手に取ってみる。重すぎず軽すぎず、いい感じだ。これで騎士系のジョブを上げていけるな。タンク人口の少ない異世界だが、ナイトがいない一党に未来はにいのだ。知らんけど。

 

「エリーゼ、これ持ってみて」

「ええ、悪くないわ。早く使いたいわね……」

 

 もう一つはエリーゼ用の新しい杖である。

 ぐるぐる巻きの布を解いたエリーゼは、うっとりと杖を撫でていた。なんだよ嬉しそうじゃねぇかよ。エリーゼの杖代、プライスレス。

 

「あと、整備の方もお願いします」

「あいよー」

 

 言いつつ。俺は橘と湊とデッカい弓。あとエリーゼの王笏とぶちぬき丸を提出した。

 これらは全部この店で注文したオダメ武器である。そのどれにも自動修復の補助効果が付いているので必須ではないのだが、迷宮での使用に際しては定期的なメンテが望ましいのだという。曰く、術式の綻びとかをチェックして、解れてたら直してくれるらしい。無銘預けるのは橘が戻ってからだな。

 

「これぁ随分と使いこまれましたなぁ。向こうでも迷宮探索を?」

「はい」

 

 しばし、ドワルフとカムイバラトーク。そのうち話題は今俺が一番欲している空飛ぶチャリオットに移行していった。

 彼に依頼をする訳ではないが、ツテがあれば繋げてほしいと思っての事だ。空戦車なるものは現在は廃れているらしいし、いるかどうかも分からない。一から探すよりは近道だろう。

 

「ほう、空戦車をですかい」

 

 ツテはないかと訊いてみると、ドワルフは頭をガリガリして唸った。

 彼は武器専門なので門外漢なのは承知の上だが、やはり戦車職人へのツテは無かったか。

 

「いや無ぇワケじゃねぇよ? けど、アイツぁ生きてっかな~ってな具合でよ……」

「というと?」

 

 どうやら、知り合いはいるらしいが、その人とは長い間会ってなくて生きてるかどうか分からないというのだ。

 

「旦那ぁ、空戦車については?」

「第一次魔王戦争の時に使用されたと伺っております」

「そう、造られてたのぁ今から二千年前なんでぇ。そっから一気に廃れちまって、今じゃ王家か貴族しか持ってねぇや。しかも戦場じゃあ……」

 

 いつもの知識確認に答えると、ドワルフはこの世界の空中戦車について説明してくれた。

 ドワルフ曰く、空飛ぶチャリオットは軍主導で大々的に造られたはいいものの、大した戦果を挙げられなかったようである。

 戦車で飛ぶくらいなら、飛行可能な召喚獣に乗ればいいじゃんという話で、そうでなくとも空を飛べる魔術師を育成する方が安上がり。御者と射手あるいは魔術師のツーマンセルより、二人組の魔術師のが強いらしいのだ。

 

「で、空戦車自体が廃れちまって、今生きてる当時の戦車工匠は今は馬車とか作ってますわ。そもそも、造るにはガチ専門の知識が必要だってんで、んな役立たずの金食い虫ぁ上も下も造りたくねぇんだよ。移動に使ってるお貴族だって、戦場だと普通に馬乗ってるしな」

「なるほど……」

 

 で、ドワルフの知り合いである戦車工匠さんも、今は馬車職人をやってるらしい。

 件の彼は同じ森人系だそうで、第一次魔王戦争の時はバリバリに戦車製造にハマッていたと……。

 

「あっしが知ってる戦車工匠はソイツだけですわ。一応、居場所とか書いときますんで、訪ねてみては如何でしょう?」

「ありがとうございます」

 

 ドワルフに紹介状を書いてもらい、諸々の用件を終えた俺達は店を出た。

 

「やっぱ廃れてたんスねー」

「普通に考えて、有翼魔族より遅い空戦車が空中戦で勝てる道理がないものね。硬いのはそうでしょうけれど、それなら地上の射手に墜とされるでしょうし……」

「一応、対地奇襲には強かったらしいですね。それ以外にマトモな戦果は無かったようですが」

「強い戦士を御者にするのも勿体ないからのぅ」

「だな。えーと、何処かな~っと……」

 

 話しつつ、教えてもらった住所を確認する。場所は前に言った鍛冶区の外れだった。

 今日はまだ時間あるな。生存確認だけでもしに行こう。

 

「じゃ、行ってみよう」

「あいッス」

 

 しばらく歩き、いくつか通りを越えていくと、周囲の建物から鉄と硝煙の匂いが香ってきた。カンカンと鉄を打つ音に混じり、職人が弟子を叱責する声も聞こえてくる。

 人混みをかき分けかき分け、目的地に向かって歩く。冒険者の姿もチラホラあり、そんなに治安の良い印象は感じられない。

 

「おうてめぇ、ジャンプしてみろやジャンプ!」

「はいぃぃ!」

「なんだ、あんじゃねぇかよ。最初から出せや」

「そ、それだけは勘弁してくださいよ! オレぁもう二日もマトモな飯食ってねぇんだ! やってられっか!」

「返済が優先だろうが! このクズエルフ!」

「んぎゃああああ! 耳引っ張らないでぇええええ!」

 

 一歩往く度どんどん治安が悪くなり、少し遠くでは借金取りと思しきスキンヘッドが痩せた夜森人(ダークエルフ)を恫喝していた。

 あの夜森人(ダークエルフ)がロリだったら助けたが、野郎だったので無視した。あんなのラリスの日常茶飯事である。いちいち気にしてたら王都じゃ生きてけない。先行こ先。

 

「よ、読めねぇ……」

「一応、工匠の印はあるけれど……」

「がっつりハゲてるッス! 塗装すかすか! 情けない看板ッス!」

 

 教えてもらった住所に着くと、そこには年季の入った小屋が建っていた。

 扉の上にある看板は塗装が剥げていて、ここが何かの工匠店である事しか分からなかった。

 住所を再確認しても間違いはなかった。恐る恐るドアノッカーを使ってみるが、反応がない。生きてるかどうか分からんって言ってたし、死んでるとか? いや、留守だと思っとこう。

 

「不在でしょうか?」

「死んだんじゃないの……?」

「滅多なことを言うでないわ」

「はえ? あんた等、お客さん?」

 

 横方向からの声。見ると、声の主は痩せぎすの森人男性だった。

 細身でスラッとしてる森人系にしたって、ちょっと心配になるくらい痩せている。ドワルフが細マッチョなのに対し、目の前の夜森人は純粋なガリガリだった。否、ただのガリじゃねぇ、ド級のガリガリ。ドガリガリだ。

 また、彼の頭には真新しいタンコブが付いていた。これではせっかくのイケメンが台無しである。

 

「ええ。はい。武器工匠のアダムスさんからの紹介で」

「アダ……!?」

 

 返答すると、ガリガリダークエルフ氏は目を見開いて顔いっぱいに驚愕の表情を浮かび上がらせた。

 やがて彼はピシッと表情筋を引き締めて、営業用と思しき笑顔になった。

 

「ようこそお客さん! ささ、入って入って! ちょっと変な匂いするけど入って入ってー!」

 

 すると、ガリガリダークエルフ略して仮称ガリダフ氏は俺達を目の前のボロ小屋へと誘った。

 いざいざ入った店の中は実に殺風景で、これまたドワルフの店とは対照的だ。机に椅子に道具箱ひとつ。まるでマインクラフトのトーフハウスである。

 

「いやぁこのご時世に個人依頼なんて嬉しいねぇ! へへっ、このオレに設計頼むたぁお目が高い! 欲しいのは馬車かい? 鳥車かい? うちはどんな車でも大丈夫だぜ! あ、その前にちょっと紹介状見せてもらっていい?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 ドワルフからの紹介状を渡すと、彼は真剣な面持ちになって読み始めた。

 

「なんか怪しくないッスか……?」

「危険そうではありませんが……」

 

 手紙を読むにつれ、ガリダフは徐々に顔色を悪くしていった。

 やがてうなだれるように俯くと、絞り出すようにして声を発した。

 

「すまねぇ……! 今ぁ、空戦車は造れねぇんだ……!」

 

 その言葉には単なる拒絶の意ではなく、悔恨の念をはじめとした複雑な感情が混じっているように感じられた。

 造りたいけど、造れないのだというニュアンス。血を吐くような彼の声音は尋常ではなかった。

 

「それは、何故ですか?」

「素材が手に入らねぇ……! 輝銀魔石(シルウィタイト)って言ってな、アレは石商連に相当なコネがねぇと寄越しちゃあくれねぇんだ……! チクショーチクショー! 輝銀魔石さえ、輝銀魔石さえ手元に在れば……!」

「あ、持ってます」

「……はぇ?」

 

 件の輝銀魔石を出す。見てくれはデカいパチンコ玉である。出したのは一個だが、銀行にはまだまだ在庫がある。

 どうやら空飛ぶ戦車にはコレが必要らしいが、仮に足りなかったとしてもまた迷宮に取りに行けばいいだけの話である。

 

「ほ、本物……?」

 

 机に置かれたパチ玉を、ガリダフは恐る恐る突っついた。

 

「うわごべっ!?」

 

 次の瞬間、驚愕した拍子に後方バックステップした彼は壁に後頭部を打っていた。

 

「ま、マジかこれ! すっげー! 最高品質じゃねぇの! こんな上物、魔王戦争ん時以来だぜぇ!」

 

 痛みを気にしてないのか、ガリダフは第二のたんこぶを気にする事なく詰め寄って来た。

 

「一応、ギルドからの証明書はありますが……」

「おいおい、アンタぁ並みの銀細工じゃねぇな? 何者だい?」

「あ、申し遅れました」

 

 そういえば、まだ名乗っていなかった。古事記にも書かれている大事な儀式を忘れては、スゴイ・シツレイの烙印を押されてしまう。

 俺はカード型冒険者証を手に取り、名刺のようにして差し出した。

 

「私、イシグロ・リキタカと申します」

「イシグロ? イシグロ、イシグロ……!?」

 

 ガリダフは冒険者証と俺の銀細工を交互に見た。

 それから手紙を見た。そこにはドワルフらしい簡素な文字列しか並んでいなかった。

 次に俺の後ろにいるルクスリリア達を見た。奴隷証を見て、装備を見て、最後にイリハが佩いている深域武装に目をやった。

 

「つぁッ……!?」

「はい」

「つゥ! 造らせてくれーッ!」

 

 次の瞬間、ガリダフはその場で垂直跳躍すると、リンジュ式土下座を敢行した。

 どがん! 冷たい石床に夜森人の額がぶち当たる。たんこぶ三つ目だ。

 

「頼む、お願いだ! 空戦車なんて何年も造ってねぇが、造るんに要る知識は全部頭に入ってる! やる気はある! 嘘じゃねぇ! 戦車なんて、これから一生一度だって造れるか分からねぇ! 死ぬ前にもう一回! オレに戦車ぁ造らせてくれ! 頼むッ!」

「えっ、ちょ……!?」

 

 そのへん鈍い俺でも、彼が本気な事くらいは分かる。戦車製造に関して、彼には並々ならぬ情熱があるに違いない。

 仮にも工匠という国家資格を持つ男だ。やりたい事はハッキリしてて、やれる腕もある。けれど時代と需要が合わなかったのだ。俺が軽い気持ちで依頼しようとした戦車の製造依頼は、彼にとっては千載一遇のチャンスだったのだろう。

 慌てて立ち上がるも、俺としてはどうすればいいか分からない。とりあえず頭を上げさせようとしても、彼はグリグリと床に額を擦り付け続けていた。

 

「頼む! オレに借金を返させてくれ!」

「ん?」

 

 なんか、流れ変わったな。

 情熱があるのは確かなんだろうが、そこに別の事情も混じってきたぞ。それも切実な……。

 

「この前カジノでやらかしちまって! とにかく金が無ぇんだ! つい先月工場長と喧嘩して仕事もクビになっちまってよ! このままじゃあ、何時まで経っても返済しきれねぇ! 酒呑みてぇ煙草吸いてぇ中級……いや激安店でいいから娼館でイキてぇ! ちまちました荷車の組み立てじゃなくて、ドカンとでっけぇ空戦車を造りてぇんだ!」

「えぇ……?」

 

 いや、あの、うん……。

 大丈夫だろうか?

 

「オレぁ工匠業がやりてぇんだよぉーッ!」

 

 ……大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 

 戦車工匠とは、その名の通り空戦車及び車全般の工匠の事だ。

 で、ドワルフみたいな工匠というのは、注文された物品を設計したり作成工程を監督したりする管理職である。

 当然、仕事にまつわる知識は膨大で、才能あるひと握りの傑物だけが工匠の称号を授かるのだ。

 

「で、オレがその数少ない戦車工匠の生き残りってワケよ」

 

 自慢げにそう言って、ガリダフこと戦車工匠・ケイン氏は胃に優しい異世界七草粥をかっ込んだ。

 筋肉質な人が多い異世界人の中で、ガリダフはガチで心配になるくらい痩せている。なので、仕事云々の前に栄養を付けてもらおうとお粥屋さんからテイクアウトして食べてもらっているのだ。

 ついでに俺達もお粥を食べた。転移直後、この粥にはお世話になったものである。俺とエリーゼは同じ七草粥っぽいやつで、他の皆は肉入りの麦粥を食べていた。

 

「んあぁ~! 食った食った! マジでクソ久々に満腹になったぜぇ! ありがとよイシグロさん!」

「いえ、それはいいんですが……」

「あぁ、仕事だけじゃなく食いモンまで恵んでくだすったんだ! 最高の仕事をしようじゃないの! そんじゃ工匠らしく、まずどんな車が欲しいか訊こうかねぇ! 確か、空戦車が欲しいって話だったよな?」

「ええ」

 

 促されるまま、俺は空戦車というファンタジック・チャリオットの要望を話した。

 まず戦闘は意識していない事。空を飛ぶ召喚獣に牽引してもらおうと思ってる事。できれば乗り心地の良いやつが良い事などなど……。

 そも、空戦車なるものがどういう物でどういう風に空を飛ぶのか分からないのだ。本職からのお話を伺いたいところである。

 

「……という感じです」

「なるほどなぁ。じゃあ、とりあえずその召喚獣ってのを見せてくれねぇか? そうじゃねぇと始まらねぇ」

 

 と言うので、ガリダフについていき、開けた場所でラザニアを召喚する。ギルドからの許可は貰ってるので、問題はないはずだ。

 そうして呼び出された翼有るヘラジカを見て、ガリダフは感嘆の声を上げた。

 

「ひゃー、こいつぁ立派な召喚獣様だ。如何にも空戦車向きでいらっしゃる……」

 

 陶然とぼやくガリダフの言葉を理解したのかしてないのか、ラザニアは気持ち誇らしそうに鼻息を吹いていた。

 

「車に乗るのは五人か?」

「今のところ。ですが、ある程度の余裕は欲しいですね」

「あいあい。んじゃあ、御者含めて七人乗りでいいだろう。そうなると二輪はキツいな。やっぱ四輪か……」

 

 顎に手を添え、ぶつぶつと呟くガリダフ。そういう仕草はドワルフにそっくりである。

 

「おっと、その前にこいつの力ぁ見せてもらっていいか? それで結構変わってくるんだ」

「力ですか?」

「ああ。こういう召喚獣は自分だけじゃなくて廻りのモンも魔力で浮かせちまえるんだよ。翼で飛んでる訳じゃねぇんだな」

「なるほど」

 

 それからしばらく、ラザニアの馬力チェックをした。

 ルクスリリアの指示で近くの石を浮かせたり、俺等全員を浮遊させたり、壊れた馬車を動かしたり。存外ラザニアはパワフル且つ繊細な制御ができるようで、自分の周りにある物を自在に浮かせる事ができていた。

 また、浮かせた物は周囲に風バリア的なやつを纏うようで、ラザニアパワーで浮いたガリダフは風使いみたいになっていた。

 

「なるほど、なるほど。はっはぁ! こいつぁ逸材だぜ……!」

 

 測り終えたらばラザニアは鎌に戻ってもらって、俺達はガリダフのボロ工房に帰還した。

 工房に帰るなり、ガリダフはボロ紙に筆を走らせ、ほとんど一筆書きの勢いで戦車のラフを描いてみせた。

 

「こんな感じ?」

「いいですね」

 

 描かれていたのは、ホイールの付いたジェットコースターの車体といった感じの戦車だった。

 先端に御者用の座席があり、その後ろに前部後部で分かれた六人乗りの席がある。座席の大きさはロリサイズなので、俺が座ると二人用席を三分の二ほど使ってしまいそうだ。詰めたらいけるか? って感じ。

 

「へえ、いいじゃないッスか」

「これならゆったりできそうですね」

「悪くはないと思うけれど、恰好良くはないわね……」

「それ要るかのぅ?」

「要るわ」

「まぁその辺は外付けで何とか。これでお願いします、ガリ……ケインさん」

「じゃ! これを元に明後日までに計画詰めとくんで! また来てくれよな!」

「早いですね」

「そりゃもう! 今すぐ欲しいからな! 金ェ!」

 

 彼個人の信用の問題で、通常全額前払いのところ料金は分割という事になっている。

 プロジェクトメンバーが集まり次第、再度設計し直すらしい。そういうのいいね、情熱を感じる。

 何にせよ、完成が楽しみである。

 

 

 

 翌々日……。

 

「もうダメだぁ、おしまいだぁ……!」

 

 工房に行ってみると、ガリダフは絶望した顔でうなだれていた。

 気持ち一昨日よりやつれているまである。目元には深い隈が刻まれており、その双眸に生気がない。

 

「何があったんですか?」

「部品職人が誰も手伝ってくれなかったんだ……!」

「えぇ……?」

 

 曰く、知り合いの職人に空戦車製造の仕事を振ったところ、誰一人としてガリダフを信用せず、チーム入りしてくれなかったという。

 それというのも、最近――長寿種族基準――の彼はかなり落ちぶれていて、馬車製造の職場でもやらかしまくって界隈での信用を失っているのだとか。自業自得なのは確かだが、同情できなくもなくはない。

 その点、如何にも映画の中盤で死にそうな商人キャラみたいなドワルフは職人達から信頼されてたんだなぁと。

 

「鍛冶師が居ねぇと輝銀魔石を加工できねぇ! 車輪職人が居ねぇと道を走れねぇ! 木工職人が居ねぇと車体を作れねぇ……! あー、もうオレの戦車道はおしまいだ! 不甲斐ない男と笑いなさい……!」

「素材はあるんです。そう言わないで下さい。あと止めるなら輝銀魔石返してください」

「ご勘弁をぉぉぉぉ!」

 

 そうは言うが、この現状をどうしようというのだろうか。

 

「もうラザニアの鞍を大きくする感じでいいんじゃないでしょうか」

「えー、でもやっぱ狭くないッスか?」

「私は空戦車に乗りたいわ」

「わしも、できればもっとゆったり乗りたいのぅ」

「つってもなぁ……」

 

 設計図通りの車なら、そりゃ俺も乗りたいさ。

 が、当の設計チームがコレではどうしようもないだろう。彼以外に民間の戦車工匠は居ないらしいし、う~ん。

 

「嗚呼! 救いはないのかよぉ……!」

 

 ガリダフの慟哭に、工房を諦めムードが覆った。

 その時である。

 

「へっへっへっ! どうせこうなるだろうと思ってたぜぇ!」

 

 バァン! ボロい扉を押し開け、輝くばかりのイケメンが現れた。

 逆光を背に立つ姿はあまりにも神々しい。何を隠そう、界隈にその人ありと謳われているらしい武器工匠・アダムス氏の参上である。

 

「お、オメェは、アダムス……!」

 

 呆気に取られる俺達を置いて、彼はキラリと眩しいイケメンスマイルを浮かべてみせた。

 

「へっ、生憎(あいにく)あっしぁ武器が専門。戦車の事ぁな~んも知らねぇ。が、旦那の車とありゃあモノホンじゃねぇといけねぇや。だからよォ……!」

 

 ドワルフがサッと横に退くと、見覚えのある一人とプラス新顔二人がエントリーしてきた。

 

「ドワーフ三銃士を連れてきたぜ!」

「「ドワーフ三銃士?」」

 

 驚くルクスリリアとイリハを置いて、武器工匠のアダムスは連れてきた男達を紹介し始めた。

 

「車輪の専門家、ネイス」

「うっす、よろしく」

「鍛冶の専門家、インヴァ」

「がんばります、よろしく」

「木工・馬具などの専門家、コトー」

「よっす、どうも」

 

 連れて来られたドワーフは、皆似たような顔と体格をしていた。そのうちインヴァさんは顔見知りである。グーラのぶちぬき丸を作ってくれた人だ。

 アダムスさんの招集に応じたという事は、三銃士は空戦車の製造を手伝ってくれるという事だろうか。これなら、何とかなるんじゃないか?

 

「とりあえず集まったのはこれくらいだが、俺がひと声かけりゃあ他部門のトップが来てくれるはずだぜ」

「おぉ! おぉ……! ありがてぇ! 流石アダムスだ!」

「礼なら旦那に言いな。あっしぁただ、現代に蘇る古の空戦車を見てぇだけなんだからよ……」

「ああ! ありがとうイシグロさん!」

「はあ」

「早速ですが、設計図をお見せ頂けませんか?」

「ああ、これだ」

 

 挨拶もそこそこに、職人たちは客そっちのけで狭いテーブルを囲み設計会議を開始した。

 ああでもないこうでもないと、設計図を眺める技術者は各々の見地から意見を交わしていた。

 皆、目がキラキラしている。武器専門のアダムスさんも混じって楽しそうである。

 

「どうせなら最高の空戦車にしましょう! 現代の技術で、過去の汚名を雪ぐんです! 戦車革命ですよ!」

 

 という三銃士のうちの誰かが言った台詞に、チーム全体は異様な盛り上がりを見せた。

 

「車体のフレームには金剛鉄(アダマンタイト)を主とした合金を使用しましょう。うちの技術なら、軽さと丈夫さを両立させる事が可能です」

「お? なら車輪にも使わせてもらっていいですか? 金剛鉄車輪、そそるぜこれは……!」

「手綱にも魔力伝導率の高い素材を使いましょう。各部をリンジュ産の木材で補強して……」

 

 会議が進むにつれ、職人達のキラキラお目々は妖しく淀んだ変態技術者の目に変貌していった。

 なんか、前とは別の意味で大丈夫か? ってなった。

 

「あの、すみません。帰ってもいいですか?」

「へへへ! 明日までにゃあ詰めとくんで! また来てくだせぇ!」

 

 ドワルフまで興奮している。その目には深い情念が宿っていた。

 こんな所に皆をいさせられない。俺達は帰らせてもらった。

 

「てか、別に戦う訳じゃねぇんスから、空戦車じゃなくて空荷車ッスよね」

「空飛ぶ荷車……」

「移動用でも、勇壮さは必要よ」

「それ要りますか?」

「要るわ」

「わしは乗り心地が良ければ何でもいいがのぅ」

 

 そんな感じで、去ったのだが……。

 

「なぁにこれぇ……?」

「いやぁ、年甲斐もなくはしゃいじゃってよぉ」

 

 翌日、見せられた設計図には、それはもうゴージャスな戦車が描かれていた。

 それはチャリオットと言うにはあまりに大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして厳つ過ぎた。それはまさに、タンクの方の戦車だった。

 

「なんスか、この装甲? これじゃ重すぎて魔物から逃げられないッスよ」

「しかし、戦いを想定しないにしても強度は大切です。不意打ち対策の多層装甲も……」

「四角いわね。これは勇壮ではあっても優美ではないわ……」

「その分、装飾には凝ってまして……」

「車輪が八輪になっていますね」

「大きな四輪ではなく、小さな八輪の方が良いかと思い……」

「これ、御者はどうやって前を見るんじゃ?」

「覗き窓を用意してますので。ここから見てもらえれば……。死角に関しては、後部座席の方が上から首を出してですね……」

「てか、搭乗口が上って……」

「強度を考えるとこうなったんです」

 

 流石にこれは失敗だと思ったのか、徹夜明けっぽい職人達はバツの悪そうな表情になっていた。

 

「なんというか、まとまりがないですね」

 

 という、的を射たグーラの素人発言により、この場の技術者はノックアウトされた。

 一番張り切っていたガリダフも、連日の徹夜で半分アンデッド化している。

 

「まぁ確かに、あっし等も好き勝手言い過ぎた感ありますわな。あっしなんか門外漢なのに、アレ付けろコレ付けろってよ……へへっ、申し訳ねぇ」

「やっぱ、リーダーのガリダフさんが決めちゃった方がいいんじゃないですか?」

 

 ドワルフに続いた俺の発言に、一同の視線は唯一の戦車専門家であるガリダフへと注がれた。

 冷静になった三銃士も。言外に「そうだそうだ」と言っている。

 

「お、オレが一人で設計しちゃっていいのか……?」

「そりゃ、オメェさんは戦車工匠だからな。最初からそうすりゃよかったんだ……」

「そ、そうか。なら……」

 

 呟き、ガリダフは完全にハイになった目のまま立ち上がった。

 それから机の上に置かれた残骸を退かし、新しい紙に新しい設計図を描いていく。

 

「過剰な装甲は要らねぇ。重要なのは前後だ。車体強度は金剛鉄合金で固めて、外部への守りはリンジュ式結界術を施して何とかしよう。無けりゃラリス式でもいい。アダムス」

「アテはあるぜ。どっちもな」

「なら結界でいこう。全体は別の合金にして、リンジュの木材で挟むんだ。外側は錬金術師に頼んで魔防塗料を塗ろう。どうせ消耗するんだ、車検の都度塗り直せばいい」

「車輪はどうする?」

「初期設計通り、四輪だ。戦場で走る訳じゃねぇんだから、小回りに拘る必要はねぇ。あの召喚獣なら速度で何とかなると思うしな。それから……」

 

 そのまま、ガリダフを中心とした設計会議は進んでいった。

 一度方針が決まると速いもので、戦車工匠主導の設計には皆が納得しているようだった。

 

「できた! こんな感じでどうだ?」

「いいですね。エリーゼさん、チェックを」

「いいんじゃないかしら」

「では、これでお願いします」

 

 そうして出来上がったのは、戦車と荷車の合の子のような、それでいて兵器としての造形美を併せ持つナイスデザイン・チャリオットだった。

 何というか、レベルカンストしたサンタが乗ってそうな感じ。ソリじゃあないが。

 

「よっしゃ! 細かい仕様は追って伝える! 一旦解散して、寝よう!」

 

 リーダーの解散宣言に、三銃士は半分ゾンビみたいになりつつ、笑顔を浮かべながら去って行った。

 

「すいやせんねぇ。下らねぇモン見せちまって。じゃ、あっしもこれで。ふわぁ~、徹夜なんていつぶりだか……」

 

 言って、ドワルフも帰って行った。彼も彼で、専門分野じゃないモノにあそこまで熱中できるあたり、それはそれで凄いと思う。

 

「イシグロさん、オレぁアンタの為に、アンタに相応しい最高の空戦車ぁ仕上げてみせるぜ! それまで待っててくれ! 後悔はさせねぇ!」

「はい」

 

 という感じで、俺達もガリガリダークエルフの店を後にした。

 本来もっと時間かけるだろう設計をスラスラやっちゃうあたり、やっぱり彼は凄腕の戦車工匠だったんだろう。

 これまでの迷走を虚無期間とは言うまい。良いもん見させてもらったと思っておこう。

 それは、それとして……。

 

「空戦車って、高いんだな……」

「素材持ち込みで六億ッスもんねー」

「私よりは安いのね」

「プライスレス」

「しかも王家専用車はもっと高いって仰ってましたよね……」

「上の人と比べたらキリがないのじゃ」

 

 そう、空飛ぶチャリオットは値段がバカほど高かった。

 俺用口座に加えて、一党用口座からもかなりの金がぶっ飛んだよね。

 それでもすっからかんになってないあたり、やっぱこの世界の冒険者家業はアホほど儲かるって話だが……。

 

「迷宮行くかぁ」

「ッスね~」

 

 特注ベッドは未完成だし、引っ越しもまだ遠そうだ。

 エリーゼ用の新しい杖も欲しいし、それとは別に俺用武器も欲しい。

 

 ちょっくら、迷宮潜るか。

 エリーゼの新杖と、俺の新盾も使いたいしな。

 

「よし、今から鍛錬場だ」

 

 勿論、トレーニングしてからだ。

 準備運動は大事。多分、古事記にも書かれている。




 クリスマスプレゼントだろ!


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龍の血 ロリの心

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で継続できております。
 誤字報告もマジ感謝です。ありがと茄子!
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、エリーゼの新杖は氷属性特化になりました。
 ていうか、風とか聖とかそういうの忘れてましたね。

 てなわけでダンジョン回です。
 よろしくお願いします。


 俺が性癖を自覚したのは、小学校高学年くらいの頃だったと思う。

 当然だが、ロリコン化する前の俺は至って普通の男子小学生だった。

 人並みにケイドロが好きで、人並みに夏休みをダラけて過ごし、人並みに宿題が嫌い。畢竟、男子児童が好きな物は大体好きだったのである。

 

 前世、友人から一番好きなドラえもんの映画は? と訊かれた時、俺は少し迷ってから「のび太の恐竜」と答えた。

 ロボット兵団も好きだったが、やっぱりあの恐竜全盛期の雰囲気が子供心にグッときたのである。

 ブロントサウルスのサイズ感に圧倒され、ティラノの活躍に胸を熱くし、ピー助とお別れするシーンでは感動して涙を流したものである。

 

 ともかく、俺はロリコン的感性とは別腹で、オタクでもマニアでもない程度には恐竜というものが好きだった。

 子供の頃好きだったものは、何だかんだ大人になってからも好きなもんで。

 特に詳しい訳でもないが、恐竜には思い入れがあるのだ。

 

 まぁ、それはそれとしてドラゴンがカーニバルしてる系の狩猟ゲーも好きなんだが。

 アンジャナフ、いいよね。初見の時は感動したよ。リオレウスとかマジでナイスデザインだと思う。てかモンハンのモンスターは全般的に好き。

 ただしウケツケ・ジョー、テメーはダメだ。

 

 

 

 猛龍迷宮。

 そこは、オープンワールド風の屋外エリアと、森林ダンジョン的な屋内エリアの二つに分かれている複合型の中位迷宮だ。

 

 スタート地点は屋外固定。見渡す限り草原という景観は、禍々しいのが多い異世界迷宮の中では抜群に目に優しい。

 しかし、長閑な印象の草原にはパッと見恐竜にしか見えない大きな魔物が群れを成してそこら中をウロウロしており、彼等は本来あるべき縄張り争いなどせず血眼になって侵入者を捜索していた。

 美しい自然に、不自然な程の人類への殺意。ボヤボヤしてると、後ろからパックリだ。

 

 恐竜の群れ。そう、この迷宮のエネミーはボス含めて恐竜系で固定されている。

 俺からするとステゴとかトリケラとかに見えるこいつらだが、異世界魔物学的には“魔龍”というポジションに当たるらしい。

 魔龍系の弱点は種類により様々で、魔法に弱いやつとか雷に弱いやつとかもいれば、物理への絶対耐性とか刺突への反射を持ってるやつなんかもいる。

 ただ、共通して龍特攻的な補助効果には弱いらしく。龍殺しの魔剣を持ってイセカイサウルスを狩る専門冒険者なんかもいるんだとか。

 あと、全体的に氷属性に弱い傾向がある。しかしあくまで傾向であって、皆が皆コチコチになる訳ではない。

 

 ちなみに、エリーゼ曰く魔龍系は“ドラゴン”ではなく“大きなトカゲ”らしい。

 竜と龍。同族意識はないようで、むしろ竜族と魔龍をゴッチャにされるのは嫌であるようだ。

 そのくせ、異世界恐竜にワクワクする俺を見たエリーゼは、軽く嫉妬してカマチョなどしてくるのだが。

 

 で、そんな異世界恐竜こと魔龍はというと……。

 

凍えろ(・・・)……」

「「「ピイィィィィ!」」」

 

 白銀の竜が杖を突く。すると、まるで霜の長絨毯を広げるように極寒の冷気が大地を舐め、軌道上の悉くを氷漬けにしていった。

 氷の絨毯を踏んだフタバスズキリュウモドキ達は、断末魔の悲鳴を残して氷像へと変じた。もう助からないゾ。

 

 これは氷属性に付属する“凍結”というもので、凍結ゲージが最大まで蓄積すると耐性次第で全身氷漬けになっちゃうヤベー状態異常だ。

 残念ながら、この首の長い謎恐竜は氷属性が弱点だったので、凍結デバフをモロに食らって札幌雪祭り状態になってしまった訳である。

 

「グーラはデカブツを!」

「はい!」

 

 バリィン! 恐竜氷像の頭に武闘家グーラのライダーキックが突き刺さる。氷漬け恐竜の頭は尾崎豊を前にしたガラス窓のように砕け散った。

 凍結中は強制的に打撃属性と火属性が弱点になる。つまり、炎纏うグーラの打撃は跳満でダメージが入るのだ。あと、陰陽術限定で土属性でも特攻が入るっぽい。

 

「ふふふっ……ほぉら、凍りなさい(・・・・・)

 

 冷血竜族は止まらない。冷笑を浮かべつつ、次なる獲物へ冷酷な瞳を向けていた。

 突進してくるトリケラトプスに大玉転がしサイズの雪玉をぶつけ、瞬間冷凍。空飛ぶモササウルスに追尾氷礫を当て、凍結撃墜。スピノみたいなやつに槍状の巨大氷柱をシュートして串刺し&冷凍保存。

 そんな事をしていると、あっと言う間に草原は凍土へと変貌し。エリーゼの視界に入るや否やイセカイサウルス達はカチコチに凍らされていた。

 

「こいつは楽でいいのじゃ。ほいっと、【土行・石苦無】」

「それでも油断しないようにしましょう。早く砕かないとまた暴れ出すので」

「ヒャッハー! 汚物ぁ消毒ッスー!」

 

 恐竜氷象の博覧会みたいになってる中、前衛組は積極的に氷砕き大会に参加していた。

 グーラは大きい氷象の頭をパンチキックで砕きまくり、イリハは土属性の陰陽術でシューティングゲー。ヘラジカライダー・リリィは相棒と一緒に遠くにいる凍結エネミーを伐採していた。

 

「ガアアアア!」

「ご主人様!」

「無問題!」

 

 それでも流石は魔龍というべきか、一旦氷漬けになったとしてもデバフが解ければ元気いっぱいで襲ってくる。

 惨状の元凶を理解してか、クソデカ尻尾のアンキロサウルスモドキがエリーゼ目掛け突進してきた。エリーゼは迫りくる魔龍を一瞥し、特に気にせず次なる装填魔法に魔力を籠めていた。このままでは、よくて相打ち悪くて激突だ。

 だが、この為に俺がいる。今のロリコンは聖なる騎士。ロリータ・ナイトと呼んでもらおうか。

 

「ふん!」

 

 俺は武闘家の歩法スキルを使用してサッと龍とロリの間に割り込むと、超重量の突進攻撃を左手の盾で【弾き返し(パリィ)】た。

 ガギィィィンン! 重く、それでいて甲高い金属音が木霊する。衝撃により一歩後退する俺に対し、異世界物理法則により突進の勢いを失くしたアンキロサウルスは驚いたようにバックステップした。

 ガードした俺はノーダメージ。突進の威力の一部はアンキロが受けている。【弾き返し(パリィ)】、これは剣を使った【受け流し】とは別物で、盾専用の能動スキルだ。効果としてはより防御に振った【受け流し】といったところで、使用感としては使いやすくなったジャスガといった印象。

 

「援護するわ」

「次よろしく」

「了解」

 

 ロリを守るロリコンという構図。氷竜を殺すにはロリータ・ナイトを退かす必要がある。アンキロサウルスはその場で半回転し、ハンマーめいたご自慢の尻尾を振り回してきた。

 俺はその攻撃を、再度余裕を持って【弾き返し】た。体勢を崩しかけた魔物の頭に三連氷礫がヒットし、恐竜の顔に霜が降りる。凍結デバフ第一段階だ。

 全身が凍っている訳ではないが、これは攻撃チャンスである。俺は右手の“アンデッド絶対殺すメイス”に魔力を注ぎ、聖炎属性を起動させて奴の頭へ駆け出した。

 

「オラァ!」

 

 ドゴォ! 聖属性と炎属性に加え、槌系攻撃スキル込みの特攻打撃。頭蓋を割った感触こそあるが、こいつはまだ死んでいない。勢いそのまま身体を捻り、掬い上げるようなシールドバッシュを顎にぶち当て、追撃のメイスを叩き入れた。

 HP切れ、完全に死んだ。大きな音を立てて倒れた異世界アンキロサウルスは、やがて青白い粒子に変換されていった。

 

「よし次!」

 

 今回、俺の役割はタンクである。お呼びとあらば即参上し、皆を守るのがお仕事だ。

 その為の聖騎士。あとその為の盾。この飾り気のないカイトシールドは、大きさこそ中くらいだがその防御性能は平均大盾並みなのだ。

 

「あんなのの前に出るとか度胸あるのぅ。こっちは問題ないのじゃ」

「盾が優秀なんだよね。エリーゼ、空からお客さん!」

「任せなさい。墜ちよ(・・・)……!」

 

 草原はエネミーでいっぱいだ。ただでさえ見つかりやすい地形である上、エリーゼのチート魔力はあまりにも目立つ。そうなるとフィールド内の恐竜は我等に殺到してくる訳で。

 魚群めいた陣形で突貫してくるミニプテラノドン達に対し、エリーゼは氷の壁を生成した。壁に激突したエネミーは次々と墜落し、凍結デバフの影響で地上で蠢く事しかできなくなった。

 

「大漁ね……」

「グーラはデカブツ優先! 小さいのはリリィとイリハで!」

「はい!」

「わかったのじゃ!」

「おいコイツから殺していいんスかぁ!? イヤッフゥー!」

 

 落ちた飛行エネミーは完全にカモである。タンクの俺と大物狙いのグーラを除き、淫魔と天狐の砕氷班はミニプテラを刈り取るべく殺到した。

 前衛組がトドメを刺して回ってる通り、今回エリーゼはあまりエネミーを倒していない。あくまで敵にデバフを食らわせているだけで、それほど経験値を獲得してはいないのだ。

 

「大きいのが来たわね。雪玉いくわよ」

「グーラ!」

「はい! いつでもどうぞ!」

 

 ボン! 巨大プテラノドンに大雪玉が直撃し、片翼が凍った魔龍はガリガリと草原を削って不時着した。

 そこにグーラが躍り掛かり、目だ耳だ鼻だと龍の顔面にオラオララッシュをぶちかます。

 氷竜エリーゼ、その役割はデバッファーであった。

 

 

 

◆雪月の魔杖◆

 

・補助効果1=自動修復

・補助効果2=魔法装填(追尾する氷の三連球)

・補助効果3=魔法装填(貫く大氷柱)

・補助効果4=魔法装填(凍てつく轍)

・補助効果5=魔法装填(氷結冷線)

・補助効果6=魔法装填(断絶する氷壁)

・補助効果7=魔法装填(大雪玉)

・補助効果8=魔法装填(魔導吹雪)

・補助効果9=魔法装填(聖光の極大治癒)

 

 

 

 先日、ドワルフの店で受け取ったこの新杖は、氷属性満載の凍結デバフ特化の魔法構成をしている。

 敵を倒すというより、敵を止めるのが目的。いつものエリーゼカスタムを少し弄って、装填された魔法はどれも威力より凍結デバフの効率を優先してもらった。

 

 杖から漏れた氷の魔力は、まるでダイヤモンドダストのようだった。キラキラした粒を纏うエリーゼには氷の妖精という形容が相応しい。

 ドカンドカンと景気よく魔法を撃つ勇姿はどうだ。竜族らしくクールに見える顔をしているが、あれはエリーゼ流のドヤ顔である。単騎無双とは少し違う裏方ロールだが、デバフ杖もお気に召したようで安心した。

 

「アナタ、あそこ……」

「ん?」

 

 エリーゼが杖を向けた方向。そちらに目をやると、砂埃を巻き上げて一頭の巨大恐竜が走ってくるのが見えた。

 長い首に太い胴体。どう見てもブラキオサウルスである。巨体からは信じられない速度で迫る姿は、魔物ながらガチ怒り状態な事が分かる。

 加えて、奴さんのHPは他とは一線を画して多かった。主のいる場所を守ってるはずの番人が、侵入者を積極的に潰しに来たという訳だ。

 

「皆、集合! エリーゼの後ろに!」

 

 彼我の距離はまだ遠い。今のうちに一発大技を当てたいところ。

 皆がエリーゼの背後に集まると、俺は魔法の余波を防ぐようにスキル付きで盾を構えた。

 

「エリーゼ!」

凍てつけ(・・・・)……!」

 

 トン、と。杖の石突が地に着くと、エリーゼを中心として大小様々な多重魔法陣が生成された。

 やがて煌めく円は収束し、術者の頭上に青黒い渦が発生。まるで城門を開くように、渦の中心から極寒の冷気を伴う防風が解き放たれた。

 

「寒いのじゃあッ!」

「俺も寒い。グーラ」

「はい、温めます」

「大変ッスねー」

 

 魔導吹雪。氷竜エリーゼの必殺技にして、古の英雄である魔導賢者・ゼノンのお気に入り魔法の一つだ。

 指向性のある吹雪を浴びたブラキオは、耐性任せに構わず突貫してきた。小さな氷柱が眼球に突き刺さるも、愚直に突撃を続けている。

 しかし、耐性にも限界がある。走りくる恐竜の表皮には霜が降り、その足は徐々に鈍っていく。怒りに燃えた眼には凍えて竦んだ様子は一切ない。

 

「エリーゼストップ! 行くぞ!」

「あいッス!」

 

 いい感じのところで吹雪を止めてもらい、前衛組は凍りかけのブラキオ目掛け接近戦を敢行した。

 瞬間、待ってましたとばかりに熱線を吐いてくる異世界恐竜。エリーゼに迫るブレスを、聖騎士である俺の盾が防いだ。地面を削り、じりじりと後退していく。押されているが、これでいい。

 

「うお!? こいつ硬ぇッスよ! 魔法が弾かれたッス!」

「ボクは足を狙います!」

「轢かれんようにの!【水行・霜泡】!」

 

 恐竜めいた巨体故、ブラキオサウルスの勢いは止められない。どかどかと皆で殴ってみても、あくまで目標はエリーゼに固定されているようだ。

 走りながら火の玉を吐いてくるブラキオ。火炎を纏う死球を、タンクである俺は【弾き返し】てファウルさせ続けた。

 

「右前脚を狙うわ! 這いつくばれ(・・・・・・)……!」

 

 お返しの冷凍ビームがヒットすると、ブラキオサウルスの前脚が凍り付いた。間髪入れず凍結部位にグーラのキックが突き刺さり、氷と化した前脚を粉砕。ブラキオサウルスはバランスを崩して転倒した。局所的な地震が発生するも、今更その程度の振動でビビる精神はしていない。

 頭が殴れる。指令を出すと同時、我が一党はここぞとばかりに総攻撃をしかけた。デカブツエネミーは起き上がるのに時間がかかるのだ。

 

「シャアア! 首置いてけッスー!」」

 

 ラストアタックはルクスリリアの大鎌大切断によるものだった。首を切断された異世界ブラキオサウルスは粒子に還っていった。

 草原エリアに静寂が戻る。空を見ても地平を見てもそこにエネミーの姿はなかった。草原の魔龍は絶滅したのだ。

 

「皆、無事だな」

 

 各々の無事を確認して、念の為に回復魔法を施す。

 複合型迷宮は屋外スタートの前半戦と、屋内エリアに潜る後半戦の二部構成だ。俺のチートでダンジョン内ダンジョンの場所は分かってるので、小休止の後はラザニアに乗って目的地へ移動した。

 やがて辿り着いたダンジョン入り口は、限界まで密集した森が大口を開けているかのようだった。あるいは木型エネミーの腹の中か。

 

「お疲れッス、戻れラザニア」

「迷宮で使える足があるのはホントに便利じゃのぅ」

 

 ラザニアを鎌に戻し、警戒しながらダンジョンに入っていく。

 ダンジョンの中は木の根で覆われた洞穴といった雰囲気で、ところどころデコボコと根が隆起した地面は気を抜くと転倒してしまいそうである。

 

「こっちだ」

「なんか臭いッスね。グーラ大丈夫ッスか?」

「問題ありません」

 

 根の穴は三次元迷路になっていて、実にややこしい構造をしていた。しかし、これまた俺にはマッピングチートがあるので、特に迷う事なくボスエリアに近づいていく事ができた。

 屋外と違い、屋内ダンジョンでは固まって動くものだ。盾持ちの俺を先頭に、エリーゼとイリハを守るような陣形。こういう時の為に盾を買ったのである。この世界の盾はさほど優秀じゃあないが、小型エネミー相手なら十分使える。

 

「レーダーに感あり。皆、準備して」

「臭いがします。走ってきてますね」

「突っ込んでくるのじゃ!」

 

 当然、迷路中でもエネミーは容赦なく襲ってくる。曲がり角から異世界ヴェロキラプトル群のエントリーだ。

 

「行くわよ。あら、避けられたわ」

「足が速いな。捕まえて一網打尽だ」

「あいッス!」

 

 とりま最初は強く当たる。俺は武闘家スキルを併用し、エリーゼの魔法を避けたエネミーにシールドバッシュをぶちかました。停止した先頭につっかえて後ろのヴェロキラの体勢を崩し、群れの勢いを削ぐ。

 しかしここまでだ。どこまで行ってもヒトは魔物にパワーで勝てぬ。突出して押し負けないよう後ろに下がり、続くヴェロキラの攻撃を盾でガードした。小さいくせに攻撃が重い。さすが恐竜である。

 

「はぁ!」

 

 青いオーラを纏ったグーラが突撃する。回り込もうとした恐竜にキックをぶち入れ、遠く壁に蹴り飛ばした。イリハの深域武装によるフィジカルアップの恩恵である。

 

「リリィ!」

「オラッ、【妖姫淫魔緊縛】!」

 

 タンクを跳び越えようとしてきたヴェロキラは、ルクスリリアの捕縛魔法でとっ捕まえた。横に避けた恐竜はイリハの足枷陰陽術に引っかかり、そいつは戻ってきたグーラのパンチで顎を粉砕されていた。

 

「グーラ、退きなさい!」

 

 そこにエリーゼの霜踏みが炸裂し、ヴェロキラ群は氷像になった。

 で、打撃持ちが凍りついたエネミーを砕いて遭遇戦終了である。

 

「よし、この調子で行こう」

 

 そんな小規模戦闘もありつつ、俺達は薄暗い迷宮をずんずん進んでいった。

 しばらく歩いていると、俺のマップチートに変化があった。ボスの居場所が移動している。否、俺達の方へ近づいてきているのだ。

 

「見つかった。戦いやすいところに行こう」

「さっきの広いとこッスね」

「何が出るか分からん。イリハ」

「うむ、初手は探りじゃな!」

「オーイエス」

 

 複合型迷宮のボスは、屋内型と違ってボスが移動する事がある。部屋に籠ってはいない、徘徊タイプのボスだ。

 どうやら先に見つかったっぽいので、予め戦いやすい場所に移動する事にした。

 

「ギャオオオオオオッ!」

 

 昔、映画で聞いた凄まじい咆哮。緊張が走る中、俺は別のドキドキを感じていた。

 根の壁をぶちやぶり、太古の暴君が姿を現した。ほんの一瞬、心を奪われた。なんてイカしたフォルムなんだろう。

 

「グオオオオオオ!」

 

 広場の真ん中でボスエネミーが吠える。大きく発達した顎。逞しい脚。そしてかわいらしい小さな手。

 ティラノサウルス。いや、これはジュラシックなやつでも、動画で見たやつでもない。幼少の頃、古い恐竜図鑑で見た最古の復元図……!

 

「すげぇ! ゴジラティラノじゃん! マジかっけぇ!」

「言ってる場合? さっさと殺すわよ」

 

 駆けつけ必殺。最高にカッコよかった頃のティラノは、開けた口に魔力を溜め始めた。ブレスの予備動作である。

 俺は聖騎士スキルの【陽動】を使って、奴の意識を此方へ誘導した。同じく聖騎士スキルの【抗魔壁】を発動し、盾に黄金の光を纏わせる。

 次の瞬間、構えた盾越しに凄まじい衝撃。腰を落とし、思い切り踏ん張る。ジャスガは成功したはずなのにこの威力、なるほど火力型か。

 

「氷の効きが悪いわ」

「うわ! 風跳ね返してきおったぞ!」

 

 俺がブレスを防いでいる間に、皆も動いてくれていた。

 事前の研究により、このダンジョンのボスの種類は膨大である事が分かってる。見た目が似てても別の属性を持ってる可能性さえあるというのだ。完璧な対策は不可能という事。

 なので、初手は弱点探しだ。後衛組が撃った氷と風はどちらも弱点ではないらしく、そのうち風は反射される模様。となると、ここで風属性のラザニアを出すべきではないな。

 

「とりまエリーゼは回復と支援! イリハは他属性でお試し! グーラは炎と雷を試してくれ! ルクスリリア、風は跳ね返される! 通常魔法だ! 顎に注意!」

「承りました! はァッ!」

「あいッス! ほな通常魔法を一発!」

 

 各員、威勢の良いお返事。俺は動き回るティラノの視界内に陣取って、ヘイト管理に集中する。その間、皆には各属性の効き具合を試してもらった。

 相手側もただでやられる訳ではない。映画ティラノより素早い動きで俺に噛みつこうとしてくるし、尻尾を振り回して前衛を払おうとする。

 こいつ、攻撃に雷属性が混じってるな。魔法防御の低い盾だったらデバフ食らいそうだ。

 

「お! 弱点見えたか!」

 

 隙間を縫うように放たれたイリハの土属性攻撃がティラノの頭に直撃。すると、明らかにHPとスタン値に大きな変化が見受けられた。

 つまり、こいつの弱点は土属性。下調べには無かった情報だが、これで作戦は決まった。

 

「チェンジ! フォーメーション・ガンマ!」

 

 フォーメーション・ガンマとは、イリハが適切な陰陽術を練る時間を稼ぐ為の連携である。

 俺がヘイトを取り、皆にはスタン値を溜めてもらう。相手がひるんだら、溜め込んだ土属性陰陽術をドカンだ。

 

「ご主人! こいつ刺突も効くッスよ!」

「ナイス! イリハ大丈夫か!?」

「問題ないのじゃ。尖った土行を突き入れてやればよいのじゃろぅ!」

 

 イリハに仕様変更を要請すると、余裕そうな返事がきた。

 陰陽術はターンを与えれば与えるほど術式を強固かつ精密にすることが出来る。それは主とする属性に他属性を混ぜるとか何とかで、とにかく五属性の氣を魔力でコネコネして形成するらしい。

 加入当初は一巡陰陽術は無理と言っていたイリハだが、魔力量の増大により可能になったのである。

 

「五行相生……! いつでも行けるのじゃ!」

「ひるんだら自己判断で撃て! エリーゼも攻撃に移ってくれ!」

「待ってたわ。貫け(・・)……!」

 

 総攻撃。炎のメイスが歯を砕き、蛇腹鎌が鱗を削り、氷の槍が突き刺さり、獣の蹴りが足を打つ。

 やがてティラノはたたらを踏んだ。無防備状態、弱点が露出した。好機である。

 

「そこじゃ、【土行・螺旋隆矛】!」

 

 刀の切っ先を地面に突き刺し、イリハは陰陽術を発動した。

 瞬間、ティラノの足元から柱のような土塊が隆起して、それはドリルのように螺旋回転しながら無防備な腹に突き刺さった。

 高速回転する土ドリルが強固な鱗を削り取る。火花はやがて真っ赤な鮮血と化し、肉と言わず骨さえ無残に掘削していく。

 

「グギャアアアアア!」

 

 勇ましさのない、痛みを訴える吠え声。かなりのダメージが入ったようだが、異世界ティラノはまだ死んでいない。

 けれどあと少しだ。二種の弱点属性に加え、クリティカルが入ったのだ。お陰でティラノは再度怯んだ。今ハメずしていつハメる。ハメ技は立派な戦法だ。

 

「チェンジ! フォーメーション・シータ!」

 

 ここで仕留めるという強い意思。シータのシーは死刑のシー。技後硬直で固まってるイリハを除き、各々最大火力をティラノに叩きこむ。

 槌に鎌に拳に氷。種類の違う四つの痛苦が膨大なはずの生命力を削いでいく。反撃の尻尾には力が入らず、腹に突き刺さった土槍のせいで思うように身動きできていない。

 

「どっせぇぇい!」

 

 最後の一撃。それはルクスリリアによる蛇腹鎌攻撃だった。

 分裂した刃が戻ると同時、ティラノは轟音を立てて倒れ伏した。

 躯が解け、青白い粒子に還っていく。次いで、ティラノのいた場所に帰還水晶が出現した。

 

「敵影なし。みんなお疲れー!」

 

 ボスは死んだ。敵味方反応レーダーに感はない。完全勝利でいいだろう。

 俺はティラノからドロップしたアイテムを確認した。残念ながら、奴が落っことしたのは売価の低い汎用の魔龍牙だった。

 

「ハズレだな。これあんま高く買い取ってくれないんよなぁ」

「武器にも使えないらしいッスね。王家はなんでこんなもん買い取ってくれるんスかねー」

「武器にはならないけれど、これは立派なコップになるのよ」

「えぇ? 牙でお茶飲むんかの?」

「一部の獣人族は大型動物の牙でお酒を呑むらしいです」

「おぉ、いいね。ロマンあるよ」

「陶磁器の方がいいわ」

 

 ドロップアイテムを収納し、俺はコンソールを開いてステータスを確認した。

 今回、俺は中位職の“聖騎士”を使っていた。不足している頑強ステを引き上げる為である。

 最前線で攻撃を受ける役割の貢献度が考慮されてか、聖騎士レベルが十に達して新しい派生ジョブが生えていた。

 えーっと、聖騎士の派生ジョブは……?

 

「えー、聖守護者(セイントガーディアン)? 闇滅騎士(ダークスレイナイト)?」

 

 なんか、字面的に中学生の頃の俺が好きそうなジョブ来たな。

 タップして調べてみると、どうやら聖守護者は盾特化の聖騎士で、闇滅騎士は対闇特化の聖騎士にあたるようだ。

 やはり、この世界のジョブは派生すればするほど何かしらに特化していくようである。これは後回しかなぁ。

 

「んぅ~、れべるあっぷは気分がよいのぅ~」

 

 他メンバーのステも見る。イリハも退魔士レベルが十になった事で、新しく“退魔侍”と“陰陽侍”というジョブが生えていた。

 それぞれ、前者は陰陽術師寄りの侍で、後者は侍寄りの陰陽術師といった印象。陰陽術と剣術、イリハはバランスよく育成する方針なので、あとで報告だけしてとりあえずは今のままでいいかな。

 

「力が高まるッス……! 溢れるッス……!」

「私は特に変わってないわね」

 

 ブロリーみたいな事を言ってるルクスリリアは、言葉通りレベルアップしてステータスが爆上がりしていた。

 それは大変素晴らしい事なのだが、上級ジョブになってからというもの皆さんレベルアップの頻度が低くなっているようだった。

 ルクスリリアの場合、ラザニアに経験値吸われてる疑惑あるし、その上DPSが低く平均して獲得経験値が少ない。もう少ししたらDPSの高いエリーゼに追いつかれそうである。

 

「淫魔姫騎士の後は何になるのかしら」

「さぁ?」

 

 現在のルクスリリアのジョブレベルは十七だ。

 十の倍数は超えてるので既に派生ジョブが生えているはずなのだが、何故かその部分は黒く塗りつぶされてて表示されていないのだ。

 何か、種族ジョブ特有の条件があるのかもしれない。これも異世界攻略ウィキを見ないと分からない仕様だ。

 

「お、グーラは【剛掌底】覚えたっぽいな」

「うぅ~ん……はッ! こうでしょうか?」

「もう使いこなしとるのじゃ……」

 

 レベルアップした武闘家グーラは、重拳士スキルの【剛掌底】を習得した。これは通常掌底のヘビィ版であると同時に、反動を利用すれば移動スキルとしても使える優れものだ。

 二種の移動スキルは習得済みだし、今日【剛掌底】を覚える事ができた。とりあえず、一旦武闘家育成は終了でいいだろう。帰ったら元のソードエスカトスに戻して、次から鍛錬場でスキルレベルアップの為に反復練習だな。

 

「じゃ、帰るか!」

「あいッス!」

「楽しかったわね」

「戦いって感じではありませんでしたが」

「早う風呂入りたいのじゃ~」

 

 個人的に、この迷宮は好きだ。また来ようと思う。

 次は、映画で見たティラノに会えると嬉しいな。




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 よいお年を。



◆黒剣一党の武器◆

・無銘=イシグロの直剣。とても頑丈。
・アンデッド絶対殺すメイス=イシグロの打撃武器。聖属性と火属性。
・橘=イシグロの打刀。クリ特化のピーキー武器。
・湊=イシグロの脇差。受け流し特化の変態武器。
・デカい弓(仮)=イシグロの弓。重くてデカい。威力は高いが、小回りは利かない。
・地味なカイトシールド(仮)=イシグロの盾。魔法防御に秀でる。
・モブノの槍(仮)=モブノが持っていた真っ白な深域武装。

・ラザファムの大鎌=ルクスリリアの深域武装。ヘラジカを召喚できる。
・華美な細剣(仮)=ルクスリリアの護身武器。

・月明かりの銀杖=エリーゼのメイン武装。魔力系汎用杖。王笏。
・烈火の宝杖=エリーゼのサブ武装。炎特化。
・雪月の魔杖=エリーゼのサブ武装。氷特化。
・護身用の短杖(仮)=エリーゼの護身武器。ハリポタの杖。

・ぶちぬき丸=グーラのメイン武装。クッソ重い大剣。
・レダの短剣=グーラの深域武装。腕輪に鎖付きの短剣がぶら下がっている。スパイダーウェブ、立体機動装置。
・分厚いナイフ(仮)=グーラの護身武器。

・綾景之太刀=イリハの深域武装。魔法の発動媒体。守護霊を操る。派手な刀。


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この若々しい一党に青春を!

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 かなり前から言ってるように、本作は読んでる間ほんのり楽しい小説を目指しています。できてるかどうかは分かりませんが。
 そんな本作ですが、今後も引き続きお読み頂ければ幸いです。

 あと、今回は三人称です。


 転移神殿は、人の入れ替わりが激しい。

 何故なら、冒険者業は死亡率の高い業種だからである。

 

 初めて迷宮に挑む冒険者は、その半数が未帰還のまま姿を消す。

 魔物を舐めてかかっていたとか、準備を怠っていたとか、そういう次元の話ではない。

 近所の力自慢程度では、意味が無い。少々魔法の才能がある程度では、どうにもならない。

 才能、幸運、そして迷宮に適応できる異常性があってこそ、狂気の坩堝を生きて帰る事ができるのだ。

 

 あまりにも分が悪い賭け。しかし、迷宮により齎される利益は莫大である。

 一攫千金を夢見て、多くの若者が深淵に潜り、帰ってこない。

 

 生き残れるのは一握りの天才だけ。仮に上手く行ったとしても、そのまた半数は一年以内に神殿を去る。

 理由は様々だ。貯蓄が目標金額に達した。迷宮の恐怖に耐えられなかった。仲の良かった仲間が死んだ。

 それから、まともな冒険者は迷宮潜りの証を返し、王国騎士をはじめとしたカタギの稼業に就くのである。

 

 だからこそ、転移神殿は人の入れ替わりが激しいのだ。

 逆説的に、変わらずそこに在る者は、どこか箍が緩んでいるのである。

 

 ならば、仮に……。

 大それた目標もなく、地位も名誉も欲する事なく、只管に強さを求めて迷宮に潜り続ける者がいたとして。

 血の継承もなく、狂気を飲み干し、何度も何度も死地へ飛び込み、必ず生還する者がいたとすれば。

 

 その者は、英雄と謳われるべき逸材か。

 それとも、世界を壊しかねない化け物か。

 

 いずれにせよ、凡そ常識の枠に囚われた存在ではあるまい。

 

 

 

 ラリス王国は王都アレクシスト。

 一年前とは顔ぶれの変わった西区転移神殿。今日も今日とて大繁盛の一角で、とある冒険者達が卓を囲んで酒を呑んでいた。

 一人の巨漢冒険者と三人の若年冒険者という組み合わせ。その身に纏う装備からして、巨漢の方はベテラン冒険者で、若者の三人は新米冒険者といったところ。

 

「なるほど。昔そんな人がいたんですね」

 

 巨漢の語りに相づちを打ったのは、新米三人組の中の少年魔術師だった。この新米達は、先輩に一杯奢って転移神殿のアレコレや冒険者としてのイロハ等を教えてもらっているのである。

 新米三人組は男二人女一人の鉄札一党だった。彼等は同じ村の出身であり、冬の始めに王都に来てから諸々の洗礼を受けつつ死の一ヵ月を生き残ったラッキーボーイ&ラッキーガールだ。

 けれども彼等は未だ鉄札という十把一絡げの木端冒険者。登録してすぐ鋼鉄札に上がったトリクシィのような才能もなく、かといって同盟に勧誘される程の実績もない。鉄札をウロウロしている程度の腕前しかない青二才である。

 それでも、こうして真面目に先輩からの教えを乞うているあたり、努力家なのは間違いなかった。その頑張りが実を結ぶかどうかはまだ分からないが。

 

「そういえば、イシグロが登録したのも去年の今頃だったかぁ……」

「イシグロ?」

 

 巨漢先輩の呟きに、聞き上手な後輩は分かり易く反応してみせた。

 イシグロ・リキタカ。つい一年前に登録して、銀細工の最速授与記録を塗り替えたやべーやつ。

 王都っ子なら子供でも知ってる有名人だが、つい最近まで農村で生きていた若者達には誰の事だか分からなかった。

 

「ああ。ちょうどお前等が登録する前まで此処の看板やってた奴だよ。二つ名は黒……あーいや、“迷宮狂い”って言えば分かるか?」

「迷宮狂い! 知ってます! なんでも凄まじい剣技の使い手なんだとか!」

 

 聞いた事のある異名に、一党の少年剣士が反応した。村に来た吟遊詩人曰く、流れるような剣技で以て暴走した魔族を傷一つつけずに宥めてのけたとか何とか……。

 生憎、件の冒険者は“迷宮狂い”の異名が先行して本名の方はさほど知られてはいなかった。また、その実績から個人ではなく同名の一党として扱っている詩人もいるくらいだ。それだけ彼の打ち立てたとされる伝説は非現実的で、常軌を逸しているという証左であった。

 

「迷宮狂い……イシグロさんって、どんな人なんですか?」

 

 これまで控えめに相づちを打っていた羊人少女の問いに、巨漢の先輩は僅かに逡巡してから口を開いた。

 

「んぁ~、そうだな。知っておいた方がいいか。それなら……」

 

 言って、先輩は受付の方を見た。

 目をやると、彼の視線の先には如何にも一生懸命仕事をしてそうな――実際にはサボッている――イシグロ担当の受付おじさんの姿があった。

 

「あそこにいる受付に訊くといいぜ。奴とまともに話せる職員は、あの人だけだからな」

「なるほど、ありがとうございます!」

 

 酒一杯の助言はここまで。新米三人は礼儀正しくお礼を言うと、先輩の言う通り件の受付へと向かった。

 

「あん? 何か用か?」

「えっと、イシグロさんの担当受付さんと伺ったのですが」

「んー、まぁな……」

 

 問うと、受付おじさんは何故だかドヤ顔になって応えた。

 

「め……イシグロ・リキタカさんについて、聞きたい事があって……」

「ほう……いいぜ、何が聞きてえ?」

 

 おじさんは鼻息を吹き、顎をさすりながら――何故だか心底気持ちよさそうな表情で――深々と椅子にもたれかかった。

 

「ええ、では……」

 

 興味津々に訊く少年二人に対して、紅一点の少女はイシグロという銀細工にはあんまり興味を持てなかった。

 なのだが、おじさんが語るイシグロ像を聞くにつれ、羊人少女――武闘家のカリッセはイシグロという男に強く惹かれていった。

 

「でよ、イシグロは……」

 

 カリッセはフワフワ頭が特徴的な羊人女子である。酪農一家の三女として生まれ、長閑な村で育った一般ピーポーだ。話によると、祖母は元鋼鉄札の冒険者だったらしく、強い血を目覚めさせたカリッセは普通よりちょっとだけ頑丈な身体で生まれてきた。

 だが、たったそれだけで結果を残せるほど迷宮は甘くなかった。そんな彼女からして、鉄札程度で伸び悩んでいる自分達と異なり僅かたった一年でいくつもの伝説を残したという同業者には、素直な憧憬の念を抱く事ができた。

 

「しかもな、奴が持ってる武器はアダムスの作なんだぜ……」

「え!? アダムスって、あの?」

「おう、そのアダムスさ」

「すっげー! っていうと、自分専用の武器……ってコト!?」

「それをアイツぁ何個も持ってるぜ」

「ひゃー!」

 

 彼の話によると、イシグロは不遇な境遇の女奴隷を購入し、手厚く保護しているんだとか。

 また、購入した奴隷には自身に追随できるほど熱心に訓練を施し、最上級の武器を買い与えているらしい。

 あまつさえ、イシグロは止まり木協会に寄付をしたというのである。

 

「すごい……」

 

 カリッセの口から、陶然とした溜息が漏れた。

 武勇に優れ、幼子を守護し、それでいて人畜無害。そんなの、まんま御伽噺の英雄そのものではないか。

 

「へっ、まぁな……」

「なんで受付さんが嬉しそうなんですか?」

 

 ちょっと妄想癖のあるカリッセの中で、むくむくと想像が膨らんでいく。彼女の脳内イシグロはやがて、完全無欠のハイパー・グレート・デラックス・イケメンと化していった。

 四六時中娼館娼館言ってるとある先輩犬人冒険者や、綺麗な人を見るとすぐ鼻の下を伸ばす幼馴染二人と違って、イシグロという銀細工持ち冒険者は誠実で清廉な人なんだろうなぁ……と、カリッセは無根拠に思い込んでいた。

 なお、実際のイシグロは四六時中ロリの事ばかり考えており、一党員の艶姿を見るとすぐ鼻の下を伸ばしている。まぁ誠実ではある、ロリ限定だが。

 

「イシグロさんはなんでリンジュに行ったんでしょう?」

「さぁな。だが、あいつの事だ。言葉通りの旅行って訳じゃあないと思うぜ」

 

 件の男だが、今は王国の外にいるらしい。

 受付おじさん曰く、奴はそのうち王都に帰ってくるとの事なので、カリッセはそのいつかをワクワクしながら待つ事にした。

 まぁそれまで生き残っていればの話だが、そこは前向きに考えるのが異世界人である。

 異世界人が未来を杞憂するのは、よっぽどメンタルがやられた時だけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 王都に積もった雪が溶け、暖かな春の陽光が顔を出した頃。

 あの“迷宮狂い”が帰ってきた。

 その報は、あっと言う間に冒険者界隈へと知れ渡る事となった。

 

「イシグロさん……♡」

「最近これなんだよな」

「やれやれだよ」

 

 そんな感じで、もうすぐ例のイケメン英雄様に会えると聞いて、カリッセの乙女回路は絶好調になっていた。

 彼女の頭の中では、今やイシグロ・リキタカという冒険者は史上最高レベルの超絶イケメンへと昇華されていた。眉は男臭い太さで、瞳の奥は優しさに溢れてて、如何にも武人然とした屈強な肉体をしているのだ。あと、羊人特有のこのフワフワ頭を「素敵だね」と褒めてくれるに違いない。

 昔から、カリッセは妄想逞しい娘であった。まだ異常性とは言えない程ではあるが、今の彼女は軽くトリップしていた。幼馴染男子からすると、「うわでた」という感覚である。

 

「いつも通りならそろそろ来るはずだぜ」

「うぅ~、緊張してきたぁ……♡」

 

 同じテーブルの巨漢先輩が言うと、カリッセの顔はほんのり赤く染まっていった。

 ドキドキと胸を躍らせるカリッセに真実を伝えない優しさが、同席する先輩冒険者にも存在した。

 

 するとその時、大きな入口に、大小の人影が見えた。ほんの一瞬、転移神殿を静かな騒めきが覆う。

 カリッセは目を見開き、歩いてくる一党を凝視した。

 

「オイこの感覚はよぉ……?」

「いや待て、あの抑えたバイオレンスは……!」

「奴……?」

 

 滲み出る強者の気配。一党全体が纏う、圧倒的な魔力。銀の位階に相応しい、人を超えた英雄のオーラ。

 それは紛れもなく、迷宮狂いの一党であった。

 

「イシグロじゃねーか!」

「久しぶり! 帰ってきてたのか!」

「ゲゲゲッ! オカエリ、イシグロ!」

 

 ワッと、転移神殿の一部が異様な盛り上がりをみせた。看板銀細工の帰還に、彼と顔見知りの冒険者は気さくに声をかけていく。対し、地味で冴えない男が淡々と挨拶を返していた。

 凄い人が来たらしい。けれどもそこに、イケメンの姿はなかった。カリッセは更に目を凝らし、噂のイケメン英雄を探した。いつまで経っても、カリッセの思う理想のイケメンは見つからなかった。

 

「どうも、お久しぶりです」

 

 再度、入ってきた銀細工持ち冒険者の方を見る。視線の先には、ぬぼーっとした表情の冴えない男がいた。黒髪黒目の男は、周囲の冒険者からイシグロと呼ばれていた。

 つまり、イシグロという銀細工持ち冒険者は、カリッサの思い描くイケメンなどでは断じてなかったというオチである。

 あれぇ~? カリッセの脳はしめやかに爆発四散した。

 

「すげぇ! 竜族の奴隷じゃん! どんだけ儲けてんだよあの人!」

「ナリはアレだけど、とんでもない魔力だ。それにあの装備、おじさんが言ってた通り並みの代物じゃない……」

「え? うそ……ホントにあれがイシグロさんなの……?」

 

 興奮する幼馴染とは反対に、カリッセは深く深く落胆していた。

 イシグロと呼ばれている、銀細工を下げた地味地味アンド地味冒険者。なんだ、なんなのだあの頼りない男は。全体的に線が細く、背も低い。表情・言動ともに覇気がなく、ラリス男子とは思えない活力の乏しさは何事だ。アレなら村にいた男の方がよっぽど強そうだし魅力的である。

 

「あの~、イシグロさんって、本当に強いんですか……?」

「ん、まぁ今の転移神殿じゃ一番強いんじゃねぇかな。俺もボコボコにされた事あるし。ほら、あそこに“剛剣”のラフィいるだろ」

「はい」

「あいつより強いぞ」

「えぇ~……?」

 

 ラフィといえば、銀細工の中でも正面戦闘に限れば上位に食い込む程の強者として有名である。背丈こそ低いが、その膂力たるやカリッセの何倍にあたるか分からない程だ。そんな鬼人よりも強いなど、実に疑わしい。

 内面は知らないがビジュアルはアレだし、なんだか夢が壊れた気分だった。理不尽なのは承知の上で、わくわくと積み上げてきた乙女心を返せと言いたい。

 そうして項垂れるカリッセを見て、先輩冒険者は面白そうに口の端を歪めた。

 

「なら、試してみればいいだろ」

「へ?」

「まぁ待ってな。あいつの事だ。今日か明日には……」

 

 しばらくして、転移神殿の依頼掲示板に、とある依頼書が張り出された。

 それはイシグロからの対人戦闘訓練の依頼だった。鉄札一党視点、内容・報酬ともに破格の優良依頼である。

 

「ど、どうする? 受けるか……?」

「いや僕等が受けても仕方ないんじゃないか? だって銀細工との模擬戦だよ? 僕等はともかく、イシグロさんにメリットがない……」

「でも位階の制限は無いんだよね?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 マゴマゴしていると、待ってましたとばかりに一人の冒険者が件の依頼を受注した。

 誰あろう、“風舞”の二つ名を持つ銀細工持ち冒険者。むちむちデカケツ眼鏡っ娘淫魔のニーナである。その胸は豊満であった。

 

「よろしくお願いします♡」

「はい、よろしくお願いします」

 

 見ていると、イシグロの一党とニーナは慣れたように鍛錬場へと転移していった。

 

「に、ニーナさんと鍛錬……! 男と淫魔、何も起きないはずがなく……!」

「あー、黒剣ってそういう意味……?」

「不純!」

「「ふんぎゃ!」」

 

 美人に鼻の下を伸ばす幼馴染の足を、カリッセは容赦なく踏みつけた。これだから田舎の男はダメなのだ。

 しばらく後、ニーナは日が暮れる前に鍛錬場から出てきた。何故か彼女の顔はツヤツヤしていた。あまりにもエロい美女の姿を見て、幼馴染男子は息を呑んだ。あの淫魔、スケベ過ぎる……!

 

「な、なぁ、オレ等もあの依頼受けてみようぜ?」

「だね。ニーナさんとお近づ……いい訓練になると思うしさ!」

「ん~、でも受けてくれるかなぁ」

 

 話し合いの結果、他の冒険者が誰も受けないっぽかったので一党は例の依頼を受注する事にした。

 時間は明日の午前中、金を貰ってボコボコにされるお仕事だ。胸を借りるつもりで挑む所存。

 

「おう、頑張りな」

 

 手続きしてくれた受付おじさんに激励され、カリッセの一党は明日の対人訓練を待つのであった。

 

 結果……。

 

「イヤーッ!」

「ぎゃああああああああ!」

「イヤーッ!」

「ぐぁあああ! 腕がぁああ! 僕の腕がぁああああ!」

「イィィヤァアアアーッ!」

「ごぶ! ゴボォ! ヴォエェエエエエ……!」

 

 思ってたよりボコボコにされた。

 しかも、ただフルボッコにされただけではなく、素手のイシグロに三対一でボッコボコにされてしまったのである。

 

 本来、イシグロは剣を使う戦士のはずである。しかし彼は徒手空拳で相手をしてきた。武闘家のカリッセだからこそ気づけたが、イシグロは単なる膂力だけでなく体捌きまでカリッセ以上の技術を持っていた。

 前情報で知ってはいたが、完全に想定の範囲外である。無手でも戦えるのではなくて、徒手格闘も銀相応に強いのだ。なら、この男が剣を使えばどうなってしまうのだという話。何人カリッセが居れば一発入れられるだろうか。

 

「立ち上がってください。まだ戦えるはずですよ」

「む、無理です……」

「大丈夫、できますよ。為せば成ります」

 

 ボロ雑巾のようになっても回復魔法で叩き起こされ、ガチで気張って再戦するも半ばサンドバッグ状態。

 手心を加えた上で、彼は本気も本気だった。銀細工の膂力や敏捷性に頼る事なく、鉄札相応の力で相手をされて尚、三人は手も足も出ずに負けたのである。

 また、いくら回復されるにしたって痛いものは痛い。思い切り目潰しをされ、蹴りで首の骨を折られ、貫手で腹を貫通されたのだ。幸か不幸か、カリッセ達は今日まで一度も死にかけた経験がなかった。

 

「ご主人、こいつら完全にノビちまってるッスよ」

「おかしい、HPには余裕があるのに……。少なくともトリクシィさんなら普通に立ち上がってくる筈だけど……」

 

 当のイシグロはというと、痛みに悶えるカリッセ達を見下ろしながら首をかしげていた。

 朦朧とした意識の中で聞こえてきた、一方的に知っている男の名前。トリクシィと言えば、登録してすぐに鋼鉄札を授与された天才剣士ではないか。奴はあくまで例外的存在であって、並みの鉄札である自分とは比べるべきではないはずだ。

 

「じゃあ、次は皆と戦ってもらえますか?」

「え……?」

 

 地獄が終わり、暫しの休憩。イシグロと戦った次は、依頼書に従って彼の奴隷達と戦う事になった。

 その中の誰もが自分達より遥かに強く、先ほどと同様に三対一で負けてしまった。いくら強いとはいえ、奴隷身分の者に敗れるなど屈辱以外の何物でもない。

 

「では、本日はありがとうございました」

 

 そうして、イシグロとの戦闘訓練は終了し、一行は鍛錬場を出た。

 たんまり貰った金を置いて、一党は転移神殿のテーブルに突っ伏した。三人とも、その瞳は虚ろだった。

 地獄とはまさにコレ。なるほど、美味しいだけの依頼ではなかった。

 

「なあ、オレ等って、才能ねぇのかな……」

「そりゃあ……」

 

 少年剣士の弱音に、二人とも答えられなかった。否定なり肯定なりすればよかったのだろうが、そのどちらもできなかった。

 曲がりなりにも、自分達には迷宮踏破の記録があるのだ。多くの冒険者が登録後一ヵ月で命を落とすところ、なんだかんだ今も続けられている。そのあたり、才能が皆無である訳ではないのだろう。

 だが、トリクシィほどの将来性があるかというと話は別である。加えて言うなら彼は未だに単独で、時たま一党に混じって迷宮に潜る時もリカルトやラフィといった先輩銀細工に同行しているのだ。

 これを羨望する事はできない。むしろ、銀細工のお荷物にならず追随出来ている事実こそが凄まじいのだ。少なくとも、臨時の一党で連携が取れるほどカリッセ達は上手くも強くもない。だからこそ、未だに三人ぽっちで潜っているのである。

 

「はぁ……」

 

 机に置かれた多額の報酬を見て、カリッセは重たい溜息を吐いた。

 イシグロに負けた。素手で負けた。あまつさえ奴隷達にも手加減されて、多勢に無勢で完敗した。そうして何度も死にかけたのだ。数秒後に死ぬと確信を持った時、カリッセは純粋な死の恐怖を感じた。魔法により回復させられた後も、戦意を維持する事ができなかったのである。

 今日の出来事は、引退には良い機会ではないか? ふと、そう思ってしまうカリッセであった。

 

 元々、カリッセ達は村での生活が嫌で、半ば家出のようにして王都へとやってきた血気盛んな若者である。

 家業を継ぐ気になれず、農作業にやりがいを感じられず、村の為に婚姻する事が苦痛で仕方なくて、それらを当然と押し付けてくる村人達に反発して逃げたのだ。

 それから、冒険者デビューするなら本場だろうと王都に来て、今はこうして何とか生きている。しかし、これは所詮運が良かっただけで、以降もこの幸運が続くとは限らない。

 

 強い冒険者は、徐々に狂気を纏うものである。

 異常なほど旺盛な性欲を持ったり、刀剣類に異様な関心を示したり、自他の死に鈍感になっていったり。そういった“本物”を見ると、自分達とは根本的に違う存在なのだと感じてしまう。どういう狂気かは知らないが、イシグロなどその最たるものであると思われた。

 

 狂気に落ちる覚悟というか。本物の迷宮潜りに成りきる踏ん切りがつかないでいる。世はそれを才能の差と言うのだろうか。

 畢竟、カリッセは箍の外れた冒険者に対し、無意識に「ああはなるまい」と見下しているのである。端から見れば、彼女とて鉄火場を住処とする存在だというのにも拘わらず。

 

 ――そろそろ、まともな生き方をすべきじゃないか?

 

 幸い、これまで貯蓄していた金銭は、一党で等分してもそれなりの額になる。

 迷宮を踏破した経験で、肉体的にも強靭になった。今のカリッセなら、地方の衛兵くらいには成れるはずだ。幼馴染だって同じだろう。魔術師の方なら、勤め先に困る事もあるまい。

 

「あたし、何の為に村出たんだっけ……」

 

 しかし、そんな生き方は、出て行った村の暮らしと何が違うのだろうと思う。

 活気ある王都に来れば、楽しい将来が保証されると思っていた。迷宮を踏破すれば、こんな自分でも変われると思っていた。

 なんて、浅はかな考えなのだろうか……。

 

「ダメ! これ以上は考えない! 皆、今日はお酒呑もう!」

 

 カリッセは気を紛らわせるように、村には無かった強い酒を注文した。痛い程の熱が喉を駆け抜けると、胸中のモヤは洗い流されていった。

 けれど、酒が抜けるにつれて沸々と不安や焦燥といった負の感情が湧いてきた。このままでいいのか。早く決断すべきではないのか。迷宮へ挑む、迷宮から逃げる。村からも迷宮からも逃げた先に、何があるというのだろう?

 カリッセは、己の内の声から逃げるように杯の中身を飲み干した。酔いから覚めると、非情な現実が襲ってくる。

 

「なぁ、あれ……」

「んぅ?」

 

 同じく酔いが回ってる幼馴染の視線を辿った先には、つい先刻自分達を何度も瀕死に追いやったイシグロの姿があった。

 彼は常のボーッとした表情のまま、けれども何者かと親しげに話していた。イシグロの前にいたのは、古風な吸血鬼ファッションをした鼬人剣士のトリクシィだった。

 

「すげぇ刀だよな……。あれ、リンジュの鍛冶師に打ってもらったんだってよ。オレにもあんな武器があればなぁ……」

「やっぱ、才能ある人は違うのかなぁ……」

 

 迷宮狂いと話すトリクシィは、今日も今日とて銀細工病丸出しの恰好で活き活きしていた。

 そんな彼は、イシグロに対しては常の大仰な振る舞いをせず屈託のない笑顔を向けていた。どうやら、自分達が羨む剣士にとって、イシグロは尊敬の対象であるらしい。

 

「イシグロさん、また鍛錬場行くのか」

 

 見ていると、トリクシィとイシグロの一党は再度鍛錬場へと転移していった。

 いくらトリクシィでも位階が違う相手には敵うまい。イシグロは、またあの地獄を再現する気なのだろう。トリクシィもトリクシィで、何故にわざわざ瀕死になりに向かうのか。そういった異常性にも、劣等感を刺激されてしまうカリッセであった。

 

「凄いなぁ……」

 

 酒を煽って貧しい気持ちを抑えていると、あっと言う間に時間が過ぎていった。

 どれだけ呑んでも楽しくなれない。カリッセ達は地に沈むような酩酊に身を任せていた。

 机に置かれた報酬が、自分達の決断を催促しているかのようであった。

 

「本日はありがとうございました。たいへん勉強になりました」

「いいえ。その調子で頑張ってください」

「はい!」

 

 元気な声がした方を見ると、鍛錬場から出たトリクシィがイシグロに別れの挨拶をしているところだった。その顔はイシグロと訓練した後とは思えない程に晴れやかだった。

 挨拶の後、二人は別方向へと去って行った。イシグロ達は転移神殿の扉へ、トリクシィは受付の方向へ。颯爽とあるく鼬人は、肩で風切って歩いていた。

 まるで、輝かしい明日を確信しているかのように、彼の全身には若者らしい希望が満ち満ちていた。

 

「あの! すみません……!」

「む?」

 

 酒のせいだろうか。カリッセは通り過ぎるトリクシィに咄嗟に声をかけた。彼と視線が合うと、カリッセは自分自身の行動に驚愕した。

 怪訝そうな顔。初対面なのだ。マジマジと見たトリクシィの顔立ちは、端から見るよりずっと幼かった。

 

「こ、怖くないんですか……?」

「怖い、とは?」

 

 呆然と口から出た言葉には、主語が抜けていた。これでは何も伝わらないだろう。

 酒で淀んだ頭で言葉を探り、カリッセは何とか声を絞り出した。

 

「トリクシィ……さんは、イシグロさんが怖くないんですか? 戦ったんですよね? あの人と……」

「ふむ」

 

 唐突なカリッセの問いに、トリクシィは眉間に指を添えて瞑目――ちょっとジョジョ立ちっぽい姿勢で――し、暫し思案した後に答えた。

 

「ククク……我は流星刃、暗黒の空を切り裂く者……。ならば月に挑むが道理であろう。故に、我は闇夜を畏れぬ……」

 

 そう言い残し、トリクシィはその場でファサッと半回転して颯爽と歩き去った。

 言葉の意味は分からないが、言いたい事は何となく伝わる。カリッセの中に、何か小さな熱が灯った気がした。

 

「や、やっぱヤベーな、あいつ……」

「そうだね……」

 

 極まった銀細工病に戦慄する幼馴染達に対し、カリッセはトリクシィの心意気に深く感心していた。

 自称“流星刃”のトリクシィ。凄いダサいと思うし、イタいと思う。けれど、トリクシィもイシグロも自分の中の心意気を貫いているように見えて、それはカリッセにはとても尊くて素晴らしいもののように思えた。

 生き様。その言葉が、カリッセの心にストンと嵌りこむ。呼応するように、彼女の荒んだ精神に健やかな風が吹いた気がした。

 

「あたしって、何で冒険者やってるんだっけ……?」

 

 再度、考える。

 村を出たのは、閉塞した村社会が嫌だったからだ。

 何故、村社会が嫌だったのか? 役割を定められ、生き方を強制されていたからだ。

 なら、今はどうだ。才覚も無く、度胸も無い。だから迷宮で得た金銭で庶民の生活に戻ろうと考えている。それは、村が街に変わっただけで、自分が嫌で仕方が無かったはずの“定められた生き方”なのではないか?

 そこに、カリッセが理想とする“生き様”は存在するのだろうか?

 

「ねぇ、皆って何になりたくて冒険者になったんだっけ?」

「なんだよ」

「いいから」

 

 問うと、幼馴染達は少しの逡巡の後に口を開いた。

 

「オレは銀竜剣豪だな。祭りの時、村に来た吟遊詩人が歌ってただろ、ヴィーカ様の冒険譚。あんな風に、どんな悪党もバッサバッサ切り捨てる英雄になりたかったんだ。まぁ、二刀流は難し過ぎて真似できねぇんだが……」

「僕は凄い魔術師に……いや、強力な治癒魔術の使い手になりたかったんだ。昔、弟が死にかけた時、たまたま村にいた冒険者がパパッと治してくれたんだよ。あれを見て、凄いな~って思ったんだ。まぁ僕に治癒の才能はこれっぽっちも無かったんだけどさ……」

「カリッセは何なんだよ」

「あたしは……」

 

 組んだ手を見つめ、カリッセは自身の原体験を探りはじめた。

 母曰く、カリッセの祖母は冒険者だったらしい。それもベテランの鋼鉄札。カリッセは祖母と会った記憶はないが、長い間拳一つで村を守ってきたのだという。

 祖母がいたから、多くの村人が死なずに済んだのだと。そう言っていた長生き村長はカリッセに優しくしてくれた。そんな村長は、今際の際までずっと祖母に感謝を捧げていた。

 

「お祖母ちゃんみたいになりたかったんだと、思う……」

「ああ」

「それで、皆にいっぱい感謝されたいんだ……」

「うん」

「あとイケメンと結婚したい……」

「「おぅ……?」」

 

 忘れていた。今、思い出した。

 カリッセは、決して故郷が嫌いだった訳ではない。幼い頃のカリッセは、祖母に憧れた自分を否定された事が嫌で仕方なかったのである。

 

「あたし、祖母ちゃんみたいな獣拳士になって、皆に感謝されて生きたかったんだ……!」

 

 誰に憚る事なく、なりたい自分を宣言し、実践して生きていく。

 トリクシィもそうだった。誰に何と思われようと、彼はあの銀細工ファッションを止めていない。カッコいいと惚れこんだ武器を大枚叩いて購入し、一心不乱に鍛錬をしている。

 そういうの、いいと思う。少なくとも自分は否定したくない。彼に対して抱いていた劣等感とは、即ち現在の自身への嫌悪によるものだったのだ。

 

「あのさ……!」

 

 なりたい自分はハッキリした。やり方も、そう複雑ではないだろう。

 であれば、行くところまで行かないと、納得できずに死んでしまう。

 それはカリッセにとって、何よりも忌避すべき生き様のように思えた。

 

「貯めてたお金で、新しい装備揃えようよ! 次の迷宮探索の為にさ!」

 

 先ほどとは一変、カリッセのキラキラした瞳を前に、幼馴染達は顔を見合わせた。

 それから、頼れる一党員は同意するように頷いた。

 

「ああ。ちょうど、もう少しデカい剣が欲しいと思ってたんだ」

「二刀流はいいの?」

「今はこっちのが気に入ってる。お前は?」

「一回り攻撃的な杖が欲しいね。幸い、僕の魔法は火力があるから、これを活かさない手はないよ」

「治癒はいいのか?」

「今日日、魔法装填で何とかなるのさ。僕はそっちに希望を見出したんだ」

「じゃ、明日もここで集合ね! どこ潜りたいかとか、明日までに考えといて!」

 

 冒険者は、すぐに死ぬ。

 生き残れるのは一握り。才能と幸運を持ち合わせ、且つ狂気に順応した者だけが迷宮踏破で成り上がる。

 迷宮とは、紛れもなく狂気の坩堝なのである。

 

 こうして、村育ちの新米一党は立ち上がった。

 この厳しくも夢のある冒険者業に、もう一度。

 彼等は、王都に夢を叶えに来たのだから。

 

「へっ、若いねぇ……」

 

 そんな若者達を、受付おじさんは眩しそうに眺めていた。

 ヒヨッコ共に幸運あれ。おじさんも、去年より少し前向きになっていた。

 憤りの酒など、もう何か月も呑んでいない。




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可愛いロリの家

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。あと、できればレギュレーション読んでくれると嬉しいぜ。

 今回は一人称、ロリ回です。
 よろしくお願いします。


 すごく今更な話だが、異世界に来てから俺はアイテムボックスというものが使えるようになった。

 異世界モノにありがちな、謎空間に手を突っ込んでアイテムを出し入れしたりするアレだ。

 各種アクセシビリティと同様、とても便利なのでいつも便利に使わせてもらっている。

 

 そんなアイテムボックスくんだが、俺が持つ他チートとは異なり、こちらは現地人でも使える人がいるようだった。感覚的には左利きの人と同じくらいの割合で。

 物知りエリーゼに曰く、収納魔法(アイテムボックス)は魔眼や権能のような先天的な異能扱いになるようだ。ただ、現地勢のアイテムボックスはその性能に個人差が大きいらしかった。カバンサイズしか入れられなかったりとか、小さい物しか入らなかったりとか。

 だとしても、凄まじく有用な能力である事に違いはない。この世界、収納魔法持ちの人は色んな職で重宝されるのだ。配達然り迷宮探索然り、何をするにしても将来が約束される異能といっていいだろう。

 

 その点、俺が使っているアイテムボックスには、現地人のような制限が無い気がする。実際にはあるのかもしれないが、検証した限りではそれらしいものは見つけられなかった。

 容量、所持数、もしくは重量制限には今のところ底が見えない。流石にアイテム以外は収納できなかったが、サイズや形状も割と自由。イメージで言うと、家は持ち込めないけど、家くらい大きなテントなら持ち込めるといった感じ。

 あと、生き物は入れられなかった。生きてる魚は入らないが、死んだ魚なら大丈夫。微生物とかどうなんだろうと思ったが、その辺はよく分からん。

 収納魔法内の時間経過はというと、恐らく止まってるんだと思う。少なくとも一ヵ月放置した生肉は普通に喰えたし、コンソールで調べても品質に変化はなかった。だが、イリハ曰くアイテムボックス内で発酵食品を作る事はできないらしい。

 

 さて、とっても便利なアイテムボックスだが、これまた今更な事に俺はかなり依存してしまっている。

 というのも、コレ本当に便利なのである。取り出すのも楽だし、保管も安全なのだ。

 けれどもそれはそれとして、家に置いておきたい物というのはございまして……。

 

 

 

「よし、これで完成」

「ひゃー、立派なもんッスねー」

 

 綺麗に掃除された寝室で、俺とルクスリリアは寝具一式を配置していた。最後にオーダーメイドの特大ベッドを置いて、これにて完了である。

 このベッドの大きさはキングサイズより上になるだろうか。形状はシンプルで、ただデカいだけのベッドフレームといった感じ。これにリンジュで購入した高級布団を敷いて完成である。

 

 今日、俺達は予約していた借家に引っ越してきた。

 既に掃除はされているので家は綺麗なものだ。が、一部家具は持ち込みである為、今現在我が一党は手分けして引っ越し作業をしているのである。

 

「きひひ♡ ご主人~♡ さっそくベッドの使い心地確かめるッスよ♡」

「四十秒で支度しな」

「じゃ、最初っからラストスパートでいくッス♡ ご開帳~♡」

 

 促されるまま仰向けになり、ルクスリリアに身を任せる。

 シミのない天井を眺めていると、外気に触れていた先端に温かなザラつきが接触してきた。最早、熟練の筆捌きである。

 悔しい事に俺の弱点は把握されているので、双方が一切の縛りを解けば一分もかからない。昨晩もたっぷりプレイしたのにも拘わらず、濃さにも量にも衰えがなかった。我ながら、エロゲ主人公もかくやという絶倫ぶりである。

 

「ふぃ~、美味しかったッス♡」

「皆はどうしてるかな~っと」

 

 そうしてサクッと休憩(・・)した後、俺達は皆の様子を見に行く事にした。

 寝室のドアを開けると、視界いっぱいに昼間の陽光が広がった。

 そう、視界いっぱいだ。寝室から出た通路は陽の光に満ちた中庭に接しており、広々とした吹き抜け構造になっているのである。

 

 今、俺達がいるこの借家は、上から見るとマイクラトーフハウスの奥に、二階建ての「ロ」の字建築がくっついたようなデザインになっている。

 玄関から入ってトーフハウスを抜けると、太陽光を取り入れた四角い中庭に繋がっており、庭の中心にはラリス王国お得意の噴水がある。その噴水を囲うように各部屋が配置されているのだ。

 さっきまでお楽しみしてた寝室は二階にあり、この家で最も広い部屋となっている。ベランダのような通路には柵があり、お目覚め一番で綺麗な中庭を眺められるのだ。

 

「家ん中に噴水あるのって新鮮ッスね! なんか金持ちになった気分ッス!」

「成金ではあるよなー」

 

 何というか、この借家は昔に本で読んだ古代ローマのドムスというタイプの建物に似ている気がする。

 まぁ似ているだけでまんまソレという訳じゃなく、割と異世界ナイズドされているのだが。主にサイズ感とか。

 ちなみに、建築様式に自信竜のエリーゼによると、この建物は中世ラリス式にあたるようだ。今の技術を使って、あえて古風な造りにしているというのである。

 

「なにより風がないのが良いな。お陰で廊下が汚れない」

「なんつーか無駄に凄い技術ッスよねー」

 

 空飛ぶ翼人のいる世界、中庭丸見えとか大丈夫かよって話だが、それに関してはご安心だ。異世界の住宅セキュリティは万全である。

 まず、建物全体には各種防犯魔術やリンジュ式結界術が施されているので、銀細工持ちの斥候でも侵入不可である。

 中庭に関しても屋根の結界が雨を弾いてくれるし、風も通さない。通すのは光だけで、中庭といいつつ実際は屋内なのである。勿論、覗き見対策の幻術もセットされている。

 屋外の解放感がありつつ、屋内の清潔感を保っている。そんなファンタジー・ハウスがこの家なのだ。

 

「ここか。グーラ、作業進んでるー?」

「あ、すみません。まだ済んでなくて……」

 

 それはともかく、ロリ巡りだ。グーラのいる部屋にノックして入室すると、そこには地べたに座って本を読むグーラの姿があった。

 その部屋にはソファーや執務机といった家具に、中途半端に埋まっている本棚だけが置かれていた。

 ここはエリーゼ&グーラの本読み勢ご所望の書斎……の予定地である。

 

「全然進んでないじゃないッスか」

「それが、本を整理している時に、ちょっと読み耽ってしまって……」

 

 残念ながら、書斎予定地は未だ構築途中であった。グーラの周りや机には未整理の本がうず高く積もっていた。

 各種家具の配置はスムーズに済んだのだろうが、本を並べている間に軽く読んでからドツボにハマッてしまったようである。

 気持ちは分かる。俺も実家出る時、物理本の整理中に漫画読んじゃってたもんな。

 

「手伝うよ。俺は上の方に置くから。グーラはカテゴリー分けしといてくれ」

「は、はい。ありがとうございます、ご主人様」

「うへぇ~、こんな小難しい本よく読めるッスね……」

 

 という訳で、俺達は手分けして書斎を仕上げる事にした。

 グーラが本を分けて、ルクスリリアが本棚の下段に本を入れていき、俺が上の段を担当する。

 せっかくだからと図書館レベルの本棚を購入したので、全ての蔵書を入れ終えても棚にはまだまだ空きがあった。

 読み物の殆どを電子書籍にして以降、物理本の多くを処分してしまった俺だが、こうして本が並ぶ棚など見ると何故だか妙に感慨深い気分になる。

 

「いずれ、この棚をいっぱいにしたいな」

「ほわぁ! そ、それは凄いですね……!」

 

 ところで、本棚を見ると無性に埋めたくはならないだろうか。

 

「なんで椅子あるのにソファーまであるんスか?」

「気分で座るとこ変える為じゃない? ほら、このソファーなら俺でもゴロ寝読書できる」

「ご、ゴロ寝読書……!」

 

 寝ながら読書をするという概念に、グーラは深い衝撃を受けたようだった。

 そういえば、この娘って本読む時はいつも姿勢正しく座ってたもんな。前世、俺が漫画読んでた時みたいに、グーラがダラダラと読んでる姿を見たことがない。

 それはさておき、これで書斎は完成である。俺も異世界文字勉強の時とかに使おうかな。

 

「さて、イリハは……地下室か」

 

 チートの恩恵により、俺は仲間が何処にいるか分かる。どうやら、イリハは今この家の地下室にいるようだ。

 仲間を増やしてロリの場所へ。俺達は階段を下りて一階トーフハウスにある地下へ潜っていった。

 

「地面の中に部屋があるなんて、不思議です」

「ッス。うちにも貴族の屋敷にならあったッスけど、流石に庶民の家には無かったッスね」

 

 薄暗い地下の扉を開けると、そこは広い倉庫のような場所になっていた。

 事実、涼しくて暗いこの地下室は食料などを保管する為のスペースである。

 

「おや主様、どうかしたかの?」

 

 そんな地下室で、割烹着姿のイリハは真新しい漬物樽を運んでいた。言いながら、手に持っていた樽を頑丈そうな棚に置いた。

 棚には程よいサイズの壺が等間隔に並んでおり、壺はそれぞれ色が異なっていた。

 

「様子見にきたんだけど、手伝える事はなさそうだな」

「うむ、今ちょうど終わったところなのじゃ。いやぁ、こんな良い所を使わせてもらえるなんて嬉しいのぅ」

 

 むふーと鼻息を吹くイリハ。棚にある壺や樽の中身は全部漬物であり、地下の殆どはイリハ用の保存食部屋と化していた。

 これらの多くはリンジュ旅行で買っておいた物であり、漬物作りは兼ねてからイリハがやりたいと言っていた趣味である。

 日本人の俺としては、お手製の漬物など縁遠くも有難い代物である。それもイリハ謹製とあればポイント倍増だろう。自家製漬物はロリババアの面目躍如と言えるのではないだろうか。

 完成にはまだ時間がかかるとの事なので、食べるのがとても楽しみである。

 

「イリハ、この樽の中身は何ですか?」

「む? それは桜大根の塩漬けじゃな。米によく合うのじゃ」

「この壺は何スか?」

「それは米糠を使った野菜の漬物じゃよ」

「おぉ、糠漬け……」

「お漬物にも色々あるんですね……! 楽しみです!」

「うむうむ。今あるのもいいが、前にリンジュで聞いた味噌漬けとか醤油漬けとかもやってみたいのじゃ。主様、作ってみてもいいかのぅ?」

「もちろんさ」

 

 単に食料を保管するだけなら、俺のアイテムボックスで事足りる。だが、ボックス内では塩漬けや糠漬けは造れないのだ。

 なので、その辺は地下室にインである。あと、この地下室には酒も置いておいた。エリーゼ曰く、寝かせると味が増すとか何とかで、詳しくは知らん。

 

「わしはもう終わったが、他にも何か置く物があるんかの?」

「いや、さっきも言った通り様子見にきただけだから」

 

 何も手伝う事はなかったので、これまた仲間を増やして地下室を出た。

 

「エリーゼは何処にいるんでしょう?」

「さぁ? どっかで酒でも呑んでるんじゃないッスか?」

「昼間じゃ……昼間でも呑んどった事あったのぅ」

 

 エリーゼの居場所だが、チート持ちの俺は当然把握している。

 なので一階に戻り、中庭を突っ切って目的地に向かった。

 するとその時、向かいの扉がガチャリと開いた。

 

「あら、終わったのかしら?」

 

 扉の先から、ほかほかと湯気を立てるエリーゼが出てきた。

 その身には例のスク水もどきが纏われていた。体温の低いエリーゼも、今抱きしめたらとても温かい事だろう。

 

「風呂入っとったんかの」

「蒸し風呂よ」

 

 言って、エリーゼは中庭に置いてあるデッキチェアに寝転がった。サウナ後の日光浴である。

 そう、この借家にはサウナがあるのだ。借家探しで最も苦戦したポイントであるが、エリーゼの望みとあらば叶えてやるのが主人の務めだろう。自宅にサウナ。俺としてもあったら素敵だと思うしな。

 竜族にとっての風呂とは蒸し風呂&清潔魔法であり、エリーゼには元々お湯に浸かる習慣はなかったらしい。本人的には湯舟より蒸気の方が性に合うのだろう。蒸しロリ竜はご満悦の表情で陽の光を浴びていた。白銀の髪が実に眩しい。

 

「かーっ! アタシ等が作業してる間に蒸し風呂ッスか! さすが竜族、優雅でいらっしゃるッス!」

「魔力は籠め終わってるのだから、先に休んでいても構わないでしょう?」

 

 エリーゼには家にある魔道具に魔力を注いでもらっていたのだが、それが済んでいるなら別にいいと思う。あと、それを言うなら俺もルクスリリアと休憩してたしな。

 

「ボクがやっちゃうと燃えちゃいますもんね」

「難儀なもんじゃのぅ。まぁわしにもキツいんじゃが」

「噴水が動いてるのも私のお陰なのよ。褒め称えなさい」

 

 この家にある魔道具は、宿屋で使ってたような使用者がスイッチ兼電源になるタイプではなく、魔力を籠めると蓄積してくれるバッテリー仕様なのである。

 ただ、こういった蓄魔式魔道具はクッソ燃費がよろしくないようで、魔力の少ない庶民や戦闘用に魔力を溜めときたい冒険者にはウケが悪い。これを十全に扱うには、魔力タンク用の使用人なり奴隷なりを揃える必要がある。それも並みより魔力量のある奴をだ。

 その点、うちはできる。そう、エリーゼならね。使っても使っても尽きない彼女の魔力にかかれば、家の魔道具程度余裕で満タンにできちゃうのだ。

 残念ながら、この魔道具は何もしなくても一日しか持たないのだが、それは仕方ない。いずれにせよ、都度魔力を注ぐよりはずっとか楽である。

 

「じゃ、せっかくだし俺もサウナ入ろうかな。皆はどうする?」

「ボクも入りたいです」

「魔族には意味ないんスけどねー」

「蒸し風呂は初めてじゃが、わしも入ってみたいのじゃ」

「入るのね。なら私ももう一度……」

 

 中庭から脱衣所に入ると、俺達はエリーゼに倣って水着に着替えた。ルクスリリアがマイクロビキニ風。グーラはフリフリの可愛いやつ。イリハはシンプルな三角ビキニ風である。

 自宅なんだし全員裸でいいじゃんねと思ったものだが、いや味わい深くて感動した。あえての水着はなかなか滾る。脱がせ甲斐があろうというもので。

 皆が着替え終えると、念のため水分補給をしてから自宅サウナに入っていった。

 

「クソ狭いッスね!」

「この人数、入るんかの?」

「詰めれば何とか……」

「アナタは、詰めた方が嬉しいのよね? ふふっ……」

 

 住宅用というのもあり、分かっちゃいたがサウナはめちゃくちゃ狭かった。それこそニカノル大浴場の発汗室よりも窮屈である。本来、大人一人か二人で入る事を想定しているっぽい。

 俺が真ん中に座ると、左右にエリーゼとイリハが腰を下ろした。それから魔族コンビは逡巡の後に俺の脚に跨ってきた。

 

「失礼します」

「こうするしかないッスよね~♡」

「おっと……」

 

 腕といい脚といい、肌と肌が触れあっている。想定外の人口密度により、サウナ内はロリの香りに満たされていた。

 

「おんやぁ~? 整うとか何とか言って、ご主人のご主人は乱れちゃってるッスよ~♡」

「仕方ないじゃん」

「落ちないように支えてくださいね」

 

 なにせ、狭いのだ。サウナでおしくらまんじゅうである。股座がいきり立つのもむべなるかな。エリーゼさんもくすくす笑って楽しそうである。

 で、初サウナらしいイリハの様子は……。

 

「な、なんじゃこれ……? さっきから汗が止まらんのじゃが……」

 

 なんか絶望顔を晒していた。

 次から次へと汗が噴き出る身体を見て、イリハは呆然としていた。そういえば、イリハは長寿種族ではあっても獣人族なのだ。汗をかかない魔族サイドや、体温が低く汗をかきづらいエリーゼと違って、イリハは人間族と同じくらい発汗するのである。

 しばらく入っていると、イリハの顎先からぽたぽたと汗が落ちてきた。表情もぼーっとしている。

 

「そろそろ出るか」

「あら早いのね」

 

 サウナを抜けて中庭に出ると、サウナ後特有の解放感が全身を覆った。

 

「イリハ大丈夫?」

「う、うむ……。さっきまでとてつもなく苦しかったが、今はなんだかスッキリしとるのじゃ。これが蒸し風呂……?」

 

 脱水症状を危惧してたのだが、レベルアップしただけあってアフター・サウナのイリハは全然余裕そうだった。

 

「よし、俺はいつもの行くぞい」

「私はしないわ。ここ使わせてもらうわよ」

 

 サウナルーティンである。俺はゆっくりと噴水にインしていった。冷やっこい水に浸かると、じんわりと身体の奥から熱を感じた。

 エリーゼは日光浴の体勢である。ルクスリリアとグーラ、それとイリハも俺に続いて噴水に入ってきた。

 この噴水は例によって魔道具であり、蓄積した魔力が続く限り清潔な水を出し続けてくれるファンタジック・アイテムだ。なので水風呂代わりに使っても大丈夫なのである。

 

「んぉ~……」

「どしたんスかイリハ?」

「これが、整ってる状態なんでしょうか?」

 

 イリハも水風呂じんわり感を味わったらしく、何ともいえない表情をしていた。

 噴水で汗を流した後、俺もデッキチェアで日光浴をしよう……と思ったのだが、残念ながらチェアは残り一つだけだった。

 片方はエリーゼが占有してるし、このままだとルーティンを完遂できない。まぁ俺は噴水の縁に座ればいいだろう。ここは初サウナのイリハに譲るべきだ。

 

「イリハはこっち使ってくれ。俺は……」

「じゃ! アタシ等はご主人と一緒に日向ぼっこするッスね!」

「え? いや俺は……」

 

 メスガキスマイルを浮かべたルクスリリアに引っ張られ、俺は半ば強制的にデッキチェアに仰向けにされた。

 そして、右にグーラ、左にルクスリリアの陣形で滑り込んでくる。このデッキチェアが異世界人サイズだからこそできる荒業だ。

 

「ほら、イリハも早く寝るッスよ♡」

「う、うむ。こうかの……?」

 

 最後にイリハが俺のお腹に寝そべると、日光浴ならぬ淫行浴が完成した。

 外気の涼とロリの熱のコントラスト。すべすべぷにぷにした肌が温かい。この時、俺は真のサウナルーティンを知った。蒸気、水風呂、ロリである。

 

「ちょっと、私の場所がないじゃない……!」

「エリーゼはそこで寝てりゃいいんじゃないッスか~? いや~、こっちは狭くて大変ッスわ~」

「むぅ……」

 

 そうルクスリリアが煽ると、デッキチェアから立ち上がったエリーゼがのしのしと近づいてきた。

 視界に影が差す。濡れた銀髪が頬に垂れ、逆光の中にあって紺碧の双眸はなお輝いて見えた。マジでキスする五秒前の距離である。

 

「んっ……♡」

 

 見とれていると、マジでエリーゼにキスされた。

 そのまま頭を掴まれ、舌をねじ込まれ、まるで水分補給をするように唾液を啜られる。

 反射的に応戦するも、銀の暴君はなおも俺の口を蹂躙していった。いつもは冷えている彼女の口が、今はとっても熱かった。

 

「ちゅぅぅぅ……♡ ん、はぁ♡ アナタの舌、とても熱いわ♡ もう一度、ん……♡」

「あー! 二度づけはルール違反ッスよ!」

「エリーゼは昨晩も沢山して頂いてたじゃないですか。ボクだって……ん、ちゅ♡」

「硬くなってきたのじゃ!」

 

 真のサウナルーティンは一転、いつものベッドルーティンに変じていった。

 そうなると、俺の下半身の準備も整うという話で……。

 

「す、水分補給をしよう……!」

 

 結局、ベッドに続き、デッキチェアの使い心地も試す事となった。

 中庭風屋内での、屋外流淫行浴。誰にも見られない青空の下、俺達はお互いの熱を分け合った。

 

 そうして、思った。

 もっと大きなデッキチェアを買おう、と。

 

 

 

 

 

 

「今じゃグーラ!」

「はい! やぁーっ!」

 

 夜、広い台所ではイリハとグーラが一緒に料理をしていた。

 共同作業でメインディッシュを調理中なのだ。さっきから肉の焼ける良い匂いがして最高である。

 

「お米があってよかったわね」

「ご主人これ好きッスもんね」

 

 肉を焼いている二人の傍ら、俺達は他の料理を机に並べていった。

 現在、卓上に並んでいるのは白米や味噌汁を中心としたリンジュ飯である。これらはリンジュで買い溜めておいた食材で作られたものだ。

 

「お待たせなのじゃ~」

「上手に焼けました!」

 

 言いながら、グーラは大皿に乗った肉の塊を持ってきた。ドンと置かれた主菜は、凄まじい存在感を放っていた。

 ジュージューと熱を発しているこれは、淫魔王国産の高級クソデカ牛肉だ。調理法はシンプルかつワイルドで、イリハがタレを塗りつつグーラが自前の炎で焼きまくったのである。

 

「ご主人、お願いするッス!」

「うっす」

 

 促されるまま、俺はチョッパーナイフを手に取って巨大な肉を切り分けていった。

 グーラ曰く、古の獣人族には群れの長が皆に肉を切り分けるという風習があるらしい。最初に俺の分を取り、それから契約した順に分けていく。五等分の肉にしても、一人分の肉はかなり大きかった。完全にモンハンサイズの肉である。

 

「いただきます」

 

 それから、全ての準備を終えたところで食事開始。

 白米に味噌汁に漬物にサラダ。そしてメインの巨大肉と、その他色々……。これら殆ど、ロリの手作りである。最高じゃないか。

 

「ん~! 淫魔王国のお肉、美味し過ぎるのじゃ! これが最高級の実力!」

「ふふ~ん! 我が国は畜産最強なんスよ~!」

「はい! とても美味しいです!」

「ええ、赤によく合うわ……」

 

 分厚い肉は中心までしっかり火が通っていて、ぎっしり詰まった赤身は食べ応え満点だ。流石のグーラであり、流石の火加減である。

 イリハが作った醤油ベースのタレも最高だった。甘辛い味付けは白米にベストマッチである。味噌汁を啜れば再度百パーの味覚で肉を味わえるし、ラリス王国産の漬物もお肉に合っていた。

 

「まあ、ラリス式も悪くないわね」

「エリーゼは蒸し風呂があれば何でもいいんじゃないッスか?」

「あ、そうだエリーゼ。書斎ができたので、食べ終わったら見に行きませんか?」

「中庭も綺麗だよな。手入れも楽でいい」

「家に噴水あるのもオシャレじゃの~」

 

 ご飯を食べながら、各々借家の感想を述べる。

 この借家は西区の住宅街にあり、周りには金持ちパンピーしか住んでいない。此処は冒険者が同盟で住む事を前提にしてるというより、金持ちが大量の使用人を連れて泊まる場所という印象の借家である。

 敷地自体はリンジュの衛宮邸よりは狭いのだが、サウナもあるし台所もあるし俺視点相当な豪邸である。なによりセキュリティがしっかりしてるのがグッドだ。

 

「それもいいけれど、いつか私達の家が欲しいわね」

「贅沢ッスねぇ、竜族ぁ」

「いいじゃない。その気になれば出来るのよ?」

「イリハはリンジュ式のお家の方が落ち着きますか?」

「そりゃそうじゃけど、でも王都にああいう家は合わんじゃろ」

 

 ここは素晴らしい借家だが、完璧で究極の住処かというと別にそういう訳ではない。

 図書室レベルの書斎に、もっと広いサウナとお風呂。地下室も大きくして、薬草畑なんかあればイリハが喜ぶかもしれない。炭酸水を作ってくれる清浄樹があれば毎日炭酸飲み放題だ。あと、剣術の練習場所も欲しい。

 俺と皆のマイホーム。理想の注文住宅。欲望に際限はないが、確かに夢のある話である。これまでは宿屋や借家に住んでいたが、マジでそのうち家を購入してもいいかもしれない。

 

「まぁ、その前にどこに建てるかも決めないとな」

「それもそうッスね」

 

 王都にするか、リンジュにするか。はたまた別の場所にするか。

 食う寝る所を作るにしたって、それより前に住む所を探さなければならないだろう。

 何にせよ、皆と夢のある話をするのは幸せなもんで。いつか落ち着くにしたって、まだ先の事である。

 

 こうして、借家での夜は過ぎていった。

 

 

 

 ちなみに、皆で使ったベッドも具合が良かった。

 星五つ。最高の寝心地である。




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 現地人視点、イシグロが持つチートの中ではアイテムボックスが一番ヤバいです。
 その気になれば迷宮外でも荒稼ぎする事ができますが、イシグロは各方面に配慮して自重しています。


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炉利魂のカンパネラ

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は前半一人称、後半三人称です。
 よろしくお願いします。


 焔岩迷宮。

 炎の川が流れるこの迷宮は、ハイファンタジー世界観のゲームにありがちな所謂火山エリアというやつで、ダンジョンの区分としては屋内型の中位迷宮にあたる。

 出現エネミーは火山エリアにマッチした炎+岩系で統一されており、マグマトカゲとか溶岩人形とかメラメラ燃えるスライム(可愛くない)とか如何にもソレっぽいのがワラワラ出てくる。

 ダンジョンギミック自体はシンプルで、地上移動を邪魔するような溶岩溜まりやファイヤー間欠泉やらが大半だ。特に注意すべきは、マグマ溜まりに潜む魔物の奇襲である。まぁそれは俺の敵味方反応レーダーでお見通しなのだが。

 

「あっつぅーっ! 熱中症になる前に水はこまめに飲んどこうな、イリハ」

「ねっちゅうしょう?」

「もっかい言って」

「水はいいけれど、その前に群れが来たわ。一度、全部冷やすわよ」

 

 火山エリアの例に漏れず、迷宮内には凄まじい熱気が漂っているのでガッツリ命を削ってくるのだが、我が一党で地形ダメージを食らってるのは俺とイリハだけだった。

 ルクスリリアはMPで受けてるし、熱ダメージも溜め込んだ精による自然回復量が上回ってて余裕そうだ。エリーゼも再生力が勝っていて、グーラなど完全無効である。

 そんな中、俺とイリハは装備の補助効果で何とか緩和していた。クーラードリンク的なポーションも飲んだし、溶岩に足突っ込まない限り大丈夫だ。まぁダメージは受けないだけで暑いものは暑いのだが、それは仕方ない。各種熱対策のお陰で、日本の夏よりマシくらいの感覚である。

 

「やぁーっ!」

 

 炎エリアで炎のエネミー。例によって例の如く、炎無効のグーラは無双していた。

 炎無効をいい事に、近づくだけでダメージ受けるエネミー相手に高速接近からの単純物理アタック。ぶちぬき丸を受けた溶岩人形は力任せに粉砕された。勢いそのままメラメラ燃える炎スライムに手を突っ込み、核を引きずり出して踏み潰すというバーバリアンムーブ。

 溶岩に足突っ込んでも顔色一つ変えないし、マグマ溜まりから出てくる火炎バードには得意のフォースライトニングで対応している。このダンジョン、マジでグーラが有利過ぎる。

 

「ひんやりするわよ。ルクスリリア」

「まっかせろ~いッス!」

 

 冷たい魔力が解き放たれる。巨大雪玉が直撃した巨大マグマエビは、ジュッという音を立てて単なる岩エビになってしまった。そうなると楽なもんで、固まった溶岩系エネミーは全ての物理属性が弱点になるのだ。哀れ、岩海老君はルクスリリアの大鎌で真っ二つにされた。

 エリーゼは最近マイブームの氷杖で溶岩エネミーを冷やしてくれていた。炎に氷は今一つだが、冷気で熱気を抑えられる。凍結状態にならずとも、戦いやすくなるのである。

 

「ふん!」

「後よろしくなのじゃ、【水行・逆さ時雨】!」

「爆発するッスよ! ほいっとな!」

 

 グーラに負けじと、俺達も頑張った。

 俺は盾と無銘でタンクを全うし、ルクスリリアは冷えた魔物や小さい魔物を狩っている。何気にイリハも大活躍で、水属性の陰陽術で上手く怯みを取っていた。

 

 鍛えてきた地力と、積み重ねてきた連携により、本日のダンジョンアタックも順調そのものだった。

 だが、油断はしない。ザコを倒してギミック避けて、ボス前来たなら一旦休憩。体力・気力を回復させて、いざいざもうひと踏ん張りだ。

 

「はい休憩終わり! これからボスと戦う訳だが、ここのボスは覚えてるか? レンジャー・ルクスリリア!」

「さーッス! 溶岩系のデカブツでありますッス!」

「正解だ! よく覚えていたな! では事前に説明した作戦を答えろ! レンジャー・イリハ!」

「れ? えっと、わしとエリーゼで脚を冷やしてグーラに壊してもらうのじゃ! ご主人は護衛で、ルクスリリアは取り巻き殲滅なのじゃ!」

「正解! よし、楽しいボス戦の始まりだ! 行くぞ貴様ら!」

「うおーっ!」

「おー?」

「ご主人様ってたまに変な情緒になりますよね」

「楽しそうだからいいじゃない」

 

 今日も今日とてお仕事お仕事。

 俺たちゃ自由気ままな冒険者。ダンジョンアタックが生業だ。命賭けだが利益は最高。強くもなれるし一石二鳥。

 好きな事で、好きな子と、好きな事シてイキていく。これぞ、異世界迷宮ハッピースパイラルである。

 

「炎のデカ猿! パターンA! 油断せずに行こう!」

 

 そんなこんな……。

 

「はい、今日もお疲れー」

「ん~、はぁ……。なんだか強くなった気がします」

「この一党におると何も怖くないのじゃ」

「イリハ、迷宮への恐怖を忘れてはいけないわ」

「なんか達人みたいな事言ってるッス!」

 

 無事、誰一人怪我なくボスを倒し、粒子に還った巨大火猿を見送った。広いボス部屋の真ん中に帰還水晶が出現する。

 ドロップアイテムを拾いつつ、周辺状況を確認してからコンソールを開いてみた。

 すると、グーラのジョブである“ソードエスカトス”がレベル十になってる事に気が付いた。

 

「グーラ、新しいジョブ生えてるぞ」

「はい。それは何でしょうか」

 

 ソードエスカトスとは、剣士系の上位職である。剣士やソドマス同様、刀剣類全般にボーナスが付き、筋力と技量が上がりやすいジョブだ。

 そんなソドエスの派生ジョブは、“特大剣士”と“双剣舞士”の二つだった。それぞれ、中位職の“大剣士”と“ソードダンサー”の上位版にあたるっぽい。

 前者は大剣に特化したジョブで、後者は二刀流に特化したジョブだ。後者はあり得ないとして、前者の大剣特化は悪くないと思える。ソドエスより、大剣を使った時のボーナスが上なのだ。

 

「……って感じだけど、どうする?」

 

 これまで、グーラは汎用性重視で通常剣士路線を主に育成してきたが、前線では予備武装の短剣を使わないし、今現在は徒手格闘の技術を身に着けている。ボーナスこそ低くなるが、一応短剣も使えはするのだ。

 俺視点、ジョブチェンジする価値は十分あるように思える。

 

「そうですね。一度、試させてもらっても構いませんか?」

「分かった。一回変えてみるから、違いがあったら言ってほしい」

「はい」

 

 コンソールを操作し、グーラのジョブを変更する。当然、ジョブを変えても見た目の変化はない。

 変更の完了を伝えると、グーラはぶちぬき丸を振り回し始めた。無月流の型、獣人剣術の型。相変わらず荒々しく、それでいて流麗だ。そこに無月流の教えが加わって、静と動の緩急が見事に融合している。

 一通りの型を終えると、グーラは首をかしげていた。言うて違いはないのかもしれない。

 

「どう?」

「う~ん……」

 

 声をかけると、グーラは目尻を下げた困り顔をしていた。

 最近はそうでもないが、その顔はお迎え初期によくしていた表情である。言いたい事はあるけど、言っていいのか分からなくなってる顔だ。

 色々あったが、俺とグーラの仲である。遠慮しないでいいと伝えると、グーラは申し訳なさそうに答えた。

 

「その……ちょっと軽くて、振りにくいです……」

「何が?」

「ぶちぬき丸が……」

 

 どうやら、大剣にアジャストされたジョブに変えた事で、これまで普通に使っていた武器を軽く感じるようになったらしい。

 そういえば、グーラは剣士系ジョブにしたって武闘家ジョブにしたって一貫して膂力ステが伸びやすかったんだよな。

 上位職でレベルが上がり、大剣アジャスト職に就き、あまつさえ両手剣の剣技を覚えたならば、そうもなろうという話か。

 

 娘の成長って早いなぁ。

 

 

 

 

 

 

「……って事があって、もっと重くできませんか?」

「バカなんですかい?」

 

 その事を相談すると、武器の専門家であるドワルフから鋭い返答がきた。

 当然だが、ぶちぬき丸自体の重量は変わっていない。相も変わらずクソ重く、俺は両手振り一発が限界で、試しに持ってみたイリハはビキッと腰をいわしていた。

 元々、ぶちぬき丸はグーラのチート筋力に合わせて重く作った剣である。最初は少し重く感じてて、次第に適正重量になっていき、今では軽くなっちゃったという話。最初ぶかぶかだった服がパツパツになっちゃったのである。こうなったら繕うなり買い替えるなりしてあげるのが主人の務めだろう。

 

「重く……というより、武器強化をしたいんです」

「強化ったって、ちょっとお勧めぁできやせんね。言っちゃアレですが、ウチで組んだ武器ぁ全部マジのガチでモノホンなんですぜ? 今で十分だと思いやすがね。これ以上の代物はラリス王家しか作れねぇや」

「王家なら作れるんですね」

「ああ。もっともっと金かけて、旦那の剣よりちょっぴり強ぇ剣を作れるぜ。そんなもんよ。それに、王家は古の技術を持ってるからな」

「古の技術……」

 

 ふと出てきたワードに、俺はキュンとときめいてしまった。

 古代技術、なんて良い響きなのかしら。

 

「色々ありますぜ? ルーン彫刻とか、魔石錬金とか……。だが、廃れた技には廃れたなりの理由があるんでさぁ。ルーンは血統に依存し過ぎてるし、魔石錬金は一定確率で失敗しちまう。どだい安定してねぇんだな。そんなヤクい技術にゃ戦士も職人も命賭けられっかよってな話でさぁ」

「なるほど」

「で、結局は誰でも使える伝統鍛冶技術が発展してって、今じゃ古代技術の殆どを追い抜いた。まぁ諸々の欠陥を度外視するンならもうちょい良いの作れるンだが、全く以て割に合わねぇよ」

「割に合いませんか」

「その点、鉱深鍛冶は良い技術だぜ。確かに採算度外視の技術なのはその通りだが、血統にも頼らねぇし、腕が確かならそうそう失敗もしねぇ。要るのぁ職人の腕と素材だけってな。コイツぁまだまだ発展すると思いやすぜ」

「へえ」

 

 武器トークは楽しい。聞いてるだけで心がぽかぽかする。

 が、女の子受けは悪いようで、グーラ以外の皆はつまらなさそうな顔をしていた。

 

「おっと、剣の話だったな」

「はい。もっと重く、できれば強くできませんか? 無理とは仰ってなかったように思いますが」

 

 話を戻すと、ドワルフは腕組みして背もたれに体重を預けた。

 

「あー、まぁできなくぁないですぜ? もっと重くして、もっと威力を上げる事ぁ、できる……。がよ、効率が悪ぃんでぇ」

「効率ですか」

「費用対効果が合わねぇんだ。ざっくり言うと、これまで金剛鉄(アダマンタイト)一つで少しの強化が出来てたところ、これからは金剛鉄二つ三つで前の一つ分の強化しか強くできねぇと。そのくせ重量は上がる威力と釣り合わない。お嬢ちゃんからするとそれでいいんだろうが、普通そんな勿体ない使い方ぁしねぇや。さっきの話と同じさ。旦那がゴロゴロ持ってる金剛鉄も、そりゃもうレアな石ころなんですぜ? それをちょっと重くする為に使うんじゃあ、石商連の奴等ぁ白目剥いて失神しちまうぜ」

 

 なるほど、分かり易い説明だった。

 ただでさえ素材をふんだんに使う鍛冶技術に、さらに素材を費やしてほんのちょっぴり威力を上げるというのだ。できるできないではなくて、やらない方が世の為だという話である。需要ありまくりの希少金属、そんなの素材が勿体ないと……。

 

「つまり、できるんですね?」

「はあ、まぁ……」

「あのご主人様、僕はやっぱりこのままでいいので……」

 

 そんな話をしていると、グーラが遠慮がちに口を開いた。

 だが、それこそ遠慮しないでいい。重くしたいと言ったのはグーラなのだ。素材の希少性など知った事か。俺は俺達の満足の為に生きてるのだ。費用も素材も度外視で結構。

 第一、手持ちの金剛鉄は俺達が頑張って集めたものである。その使い道を俺達が決めて何が悪いというのだろう。倉庫の肥やしにするよりは、よっぽど為になると思うがね。

 

「皆はどう思う?」

「いいんじゃないかしら? 私の杖なんて、もっと希少な石を使ってる訳だし」

「あたしは賛成ッス! 戦力の強化は急務ッス!」

「わしもいいと思うのじゃ」

「じゃ決定って事で」

「マジのガチですかい? へへっ……」

 

 決を取ると、ドワルフはニヤリと笑ってみせた。

 これまで効率だ何だと言いつつ、お互いそういうのはあんまり興味がない性質なのは分かっている。

 先の空戦車同様、異世界生活にロマンを求めるのは間違っているだろうか。否、間違ってなどいない。イシグロ・ファミリアの方針は、一にも二にもロリ優先である。

 

「へっへっへっ、承りました。また前みたいに良い感じの重さぁ計りますんで、倉庫の方まで来てくだせぇ」

 

 そうして、今のグーラにピッタリな重さを調べる事になった。

 フィッティング後は、前金と素材を渡して契約成立。ぶちぬき丸強化計画、開始である。

 俺はドワルフとウィンウィンの握手を交わし、武器工匠の店を出た。

 

「申し訳ありません、ご主人様。我儘を言ってしまって……」

「いいや、早めに言ってくれてよかったよ」

 

 ロリへの増資はプライスレスだ。倍プッシュに何の躊躇いがあろうか。

 実際、今の俺に以前刀を買った時のようなソワソワ感はない。後悔のない、実に清々しい買い物ができた確信がある。

 

「でも、これで金剛鉄は無くなっちゃったッスね」

輝銀魔石(シルウィタイト)も残り少ないわ」

「ど~りで、主様はそんなに武器持っとったんじゃのぅ」

 

 素材持ち込みしてる分、持ってる素材は使えば無くなる。

 まぁ、今後の事も考えて、無くなったもんは取り返せばいいだけだ。

 

「じゃ、しばらくはゴーレム狩りにしよう」

「久しぶりッスね!」

「ごーれむ?」

 

 ボスもザコも無視して、レアドロ吐き出す金ゴーレムだけを刈り取る期間。

 楽しい巨像迷宮イベントの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 太陽が昇り、鳥が歌う。そんな麗らかな春の朝。

 迷宮狂いの奇行が始まった。

 

 いつものように転移神殿に来たイシグロは、いつものように迷宮へと潜っていった。

 それだけならいつものイシグロじゃんとなるのだが、転移した先が巨像迷宮だったので、ギルド職員はこれは一体何事だとなった訳である。

 

 巨像迷宮といえば、イシグロとは縁の深い迷宮である。

 約一年前、イシグロは謎のチビ淫魔を連れて件の迷宮に挑み、大量の希少金属を持ち帰ってきた事があった。

 これまでは特定の鉱山でしか採れなかった金剛鉄や真銀(ミスリル)が、潜る価値なしとされてきた迷宮で発見されたのだ。この報により、鉱石を扱う商人達は大混乱し、各区ギルド長や王家の使いを交えて喧々諤々の会議が行われたものである。

 

 結局、イシグロは迷宮産の希少金属を外に流さなかった為、界隈に大きな波は立たなかったものの、迷宮から希少金属が出るという情報は一気に各方面へ拡散された。

 異世界ゴールドラッシュの始まり……と思われていたのだが、いざいざ巨像迷宮を潜ってみても例の金ゴーレムを見つけられないケースが多発したのである。よしんば例のゴーレムを見つけられたとしても倒せたり倒せなかったりで、並みの冒険者からすると巨像狩り周回は割に合わない仕事だったのだ。

 腐っても中位迷宮というべきか。なにせ、成功するかどうかは運次第な上、普通に他の迷宮潜った方が儲かるのである。あまつさえそこのゴーレムは武器や装備を壊してくるのだから堪らない。魔法も属性も大して効かないし、どうすりゃいいんだという話である。

 かといって腕のある凄腕冒険者に頼んでみても、色んな理由で断る者ばかりだった。移動が面倒とか、魔法効きづらいのは嫌だとか。中でも一番多かった理由が、「あそこは楽しくないから」であった。

 

 最終的に、巨像迷宮への採掘遠征は商人的にも冒険者的にも博打過ぎて手を出し難い金策と判断される事となった。

 そのうちラリス王家が本腰上げて調査するかもしれないが、未だ金細工が潜ったという記録はない。

 

 閑話休題。

 

 そんな曰く付きの巨像迷宮に潜ったイシグロはというと、何と数刻ほどで帰還してきたのである。

 これには関係者に「すわ迷宮狂いが探索失敗か?」と思われたものだが、神殿に戻って来た彼の表情に陰りはなかった。

 それから、帰還したイシグロは戦利品を換金する事もせず、その日のうちに再び迷宮に潜っていったのである。そしてこれまた普通に帰還して、翌日も同じ事を繰り返していた。

 

 一日二回、午前と午後の一回ずつ。ボスも倒してないようだし、聖遺物の換金もしていない。

 習慣で動くイシグロが、常のルーティンを崩してまでコレを繰り返すのは不可解を超えて完全に奇行である。

 とうとうマジでおかしくなったのかと、彼と仲の良い受付おじさんさえちょっと心配になっていた。

 

「何も無けりゃいいが……」

 

 例の事件を覚えている受付おじさん視点、最近のイシグロは不穏で仕方なかった。

 なんだ、春になるとゴーレムを狩りたくなる習性でもあるのかという話である。

 いやそれは流石に無いだろ……とは言い切れないあたり、ギルドにおけるイシグロの評価が分かるところであった。

 

「えぇ……? 俺が訊くんですか……?」

「お前しかいないだろ。頼んだぞ」

「へーい」

 

 そんな経緯もあり、受付おじさんは上司であるギルド長からイシグロ本人に最近の動向を尋ねてくるよう命じられた。

 いくらベテラン職員とはいえ、どこぞの銀細工のように武力を背景に上司の命令を拒否できる訳もない。おじさんは不承不承従う事になった。

 

「なぁイシグロ、ちょっといいか?」

「はい、何でしょうか」

 

 そうして、受付おじさんが本人に尋ねたところによると、やはりというか何というかイシグロの狙いは迷宮産の希少金属にあるようだった。雑談風に詳細を訊いてみると、このようなものだった。

 まず、迷宮に入るなり召喚獣で空を移動。広い迷宮内を爆走しながら金ゴーレムを捜索し、見つかり次第撃滅。見つからなかったら戻って再突入。以降、最近はこれを繰り返しているらしい。

 

「素材周回ですね。普通のゴーレムは殆ど無視してるんで、効率良く回れてます」

「お前正気か……?」

 

 イシグロの感覚では、巨像迷宮は道中が楽なので先の周回は大して難しくはないのである。しかし、現地勢からすると、いくら召喚獣に乗るったって捜索中に迷宮の主に見つかったらどうするんだという話だった。

 ただ、これまたイシグロはチートによってボスの居場所が分かっているので、そういったリスクは無きに等しいのである。仮に通常巨像に見つかったとしても逃げれば済む話で、追いかけてきてもエリーゼ砲やグーラパンチでボコボコにすればいいだけなのだ。

 それに、寝ているタイプのゴーレムは奇襲すれば倒しやすいので、ドロップはともかく経験値的には美味しいのである。今のイシグロからすると、攻撃モーションの分かり易い巨像はスキルレベル上げにちょうどいい動く木人君に見えていた。お陰で効率よく【弾き返し(パリィ)】の熟練度を上げられている。

 

「えーっと、集まったのか? その、お目当ての石は……」

「えぇ、まあ」

 

 どうやら、元より彼は獲得した希少金属を換金するつもりはなかったようで、だから迷宮から帰還してもいつもの換金をしなかったのだという。

 だが、今回ばかりはちょっと困る。一年前、例の会議で決まった新ルールがあるのだ。

 

「すまねぇが、迷宮で見つけた希少金属は一旦ギルドで鑑定するって決まりになったんだ。あー、悪いが、見せてもらっても構わねぇか? 当たり前だが、絶対返すからよ……」

「はあ。別にいいですけど、手持ちだけじゃなくて銀行に預けたやつもありますよ。それはどうすればいいですか?」

「あ、明日頼むぜ……」

「わかりました。これが今日の分です」

 

 そうして、ギルドでは春の希少金属鑑定祭りが始まった。

 申告通り、イシグロは大量の希少金属を持っていた。金剛鉄(アダマンタイト)聖銅(オリハルコン)真銀(ミスリル)輝銀魔石(シルウィタイト)等、その他多数……。それらがドバドバ運ばれてきて、本物かどうか入念に丁寧に執拗なほど過剰に調べる羽目になったのである。

 

「あ、ついでにこれも処分してもらっていいですか?」

「へ……?」

 

 かと思えば、道中に何となく倒したという通常ゴーレムの聖遺物(レリック)――普通の鉄や鉛や金や銀まで渡されてしまった。その数、大袋十個以上……。

 ゴミ置き場みたいになった鑑定台を見て、ギルド職員達は死んだ魚のような目になっていた。

 

「あーっとな、石商連が金剛鉄とか売ってくれって、言ってきてるんだが……」

「すみません。これらはすぐ使う予定があるので、売却のつもりはありません。それはギルドからの命令じゃないんですよね?」

「まぁそうだが」

 

 どうやら、イシグロは今回も希少金属を外に流す事はしないようだが、鉱物商人的には歯がゆいことだろう。何も無料で寄越せなんて言ってないのだから、少しくらい売ってくれてもいいじゃないかとなるのが人情である。

 それを、イシグロは全て武器に変えるという。正しい使い方なのは間違いないが、もっとこう上手いこと捌いてくれんもんかねといったところ。

 

 しかし、それこそ銀細工には通用しない話だった。最終的に暴力が物を言う世界、権力はそれほど万能ではないのである。

 イシグロの場合、所有奴隷が逆鱗であるとは何となしに把握されている。まともな商人としては、その手のもめ事を起こすつもりはなかった。もどかしいのはその通りだが、銀の怒りを買ってまで売ってほしい品でもない。実際、鉱山からの供給が止まった訳ではないのだから。

 幸い、イシグロは希少金属を銀行に預けてくれているので、今はほっとくのがいいだろう。

 

「とはいえ、アホな奴は文句言うかもしれねぇな。誰もちょっかいかけねぇといいんだが……」

 

 そうぼやきつつ、受付おじさんは今日も今日とて残業である。

 ただでさえ忙しいというのに、希少金属絡みで仕事が山積みなのだ。

 また、面倒臭い会議とかして、イシグロの関係者として呼ばれるのかなぁと思った。

 まぁそれは嫌な仕事ではないのだが。英雄候補の担当受付、悪くない響きである。

 

「あぁ~、腰痛ぇ……! そろそろ帰って寝るか……」

 

 そして、今日はこのくらいにしようとおじさんが席を立った。

 その時である。

 

「おじさん!」

「な、なんだぁ……!?」

 

 切羽詰まったような新米職員がやってきて、真っ青な顔で口を開いた。

 

「そ、外でイシグロが暴れています!」

 

 それから、少しの沈黙の後……。

 

「何人死んだ……?」

 

 おじさんの口から、ゾンビのような呻き声が漏れた。




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 一般の冒険者は、希少金属を使った武器よりも迷宮のドロップ品を加工して作る武器の方を好む傾向にあります。
 ドロップ品で作る武器は、応用が利かない代わりに頑丈で火力が高いです。希少金属製の武器より、材料費も加工費も安価な事が多いです。
 あれこれと補助効果を付けるより、単純火力を重視してるんですね。信頼性というやつで。
 逆に、上位層は希少金属をガンガン使った自分専用の補助効果マシマシ特化武装を好む傾向にあります。

 モンハン風に言うと、やり込み勢は鉄武器を好み、エンジョイ勢は骨武器を好む感じです。
 勿論、やり込み勢の中にも骨武器を愛用する人はいます。その逆もまた然り。


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ロリフォックス&キックバック

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。ありがてぇ。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、文字数的に分割しようかと思いましたが、分けるような内容でもないと思い1エピソードに収めました。
 ほとんど三人称、一部一人称となっています。
 よろしくお願いします。


 地元じゃ負け知らず。

 そういった類いの言葉は、異世界にも存在している。

 彼の商会は、成り立ちから今に至るまで、まさにその言葉通りの経緯を辿っていたのである。

 

 コーリ商会とは、リンジュ共和国の地方都市にて興された小規模行商隊である。

 創業メンバーは元冒険者の経歴を持つ一党六人組で、組織のトップはそのまま一党の頭目が務めていた。

 一党結成後、初迷宮から勝ちまくりモテまくりの成功者人生。銀細工に昇格してすぐに冒険者証を返却し、迷宮で得た金を使って起業したのだ。まさに、誰もが羨む勝ち組冒険者であった。

 

「はん! 迷宮探索に比べりゃボロいよなぁ、行商ってのぁ!」

「儲けはショボいが、楽なのはその通りだな。命の危険もないし」

「歩くだけだもんな。どうしてこう皆して隊商護衛なんぞをやるのか分からん。行商も何も全部自分等でやりゃいいのにさ」

 

 この世界、大なり小なり荷物を運ぶには相応の腕っぷしが必要である。だからこそ、大規模隊商以外の小さな行商は需要こそあれど供給が少ない。優秀な収納魔法持ちは大手が囲い込むし、個人の収納魔法持ちもせいぜい小さな荷物の配達程度が限界だ。

 その点、元銀細工の六人にかかれば、どんな危険な道も荷車を引いて踏破する事ができた。多額の護衛料も必要ないし、隊商では通れない近道を使う事もできる。

 街と街を行き来して、需要の隙間を利口に突いていたのである。交渉事も頭目の話術と商会の武力があれば何とでもできたし、特にフットワークの軽さなど他の追随を許さなかった。

 

「儲けは出てるけどよぉ、なんか少なくねぇか?」

「安全はそうだが、やっぱつまんねぇな。迷宮だったら今頃……」

「迷宮はリスクが高い。此方の方が堅実で社会的立場も保証される。成り上がれれば結婚相手も選び放題だ」

「いつになっかなー」

「だが、リスクを恐れてばかりでは、成り上がれないのも事実だな……」

 

 しかし、そんな小さな行商だけでは、いつまで経ってもビッグになれる気がしない。

 大商会が幅を利かせる界隈において、コーリ商会は弱小も弱小。一応成功しているとはいえ、冒険者の感覚では成り上がるには気が遠くなる思いだった。

 故に……。

 

「俺にいい考えがある」

 

 彼等一党、どこまでいっても銀細工。元より遵法意識の低い六人。成り上がる為だというのであれば、犯罪に手を染める事に躊躇いはなかった。

 金と力、この二つがあれば大概の事ができた。バカな若者をそそのかし、仲介人を使って犯罪集団を組織する。時に自ら脅しにかかり、ヤバくなったら尻尾を切る。先住の同業には礼儀正しく挨拶し、互いに得する契約を結んだ。主な収入源は女衒ビジネスと売春斡旋。これも、どこにも波風立てずに行っていた。

 腐っても迷宮で生き残った猛者達である。その直感力は確かなもので、彼等の罪がお上にバレる事はなかった。仮に捕まったとしても、どれも軽い罰で済む程度に抑えるだけの利口さも持ち合わせていた。

 

「どうも、これ今月分です」

「おう、通っていいぞ」

 

「ありがとござまーす」

 

 表向き、コーリ商会は真っ当な行商団である。証拠もなしに捕まる訳がない。

 賄賂に脅迫に飴に鞭。魔物を騙すより、人を騙す方が容易だった。地方の不良役人ならば、尚の事。

 

 こうして、コーリ商会は表裏の力をつけていったのである。

 今回も上手くいった。次も上手くいくに違いない。昔から、彼等は一度も挫折した経験がなかった。

 

「おい、なんだアレ?」

 

 そんな折、コーリ商会は一人の銀細工持ち冒険者と出会った。

 魔牛族のバルバロイだ。過剰な程に筋骨隆々で、如何にも強そうな立派な角を持つ雄臭い雄である。

 

「なぁお前、俺と()ろう! 殺しぁしないよ、仲良くしよう! オラァッ!」

 

 バルバロイは典型的な銀細工持ち冒険者であり、路上での喧嘩に魅入られた喧嘩中毒者だった。

 気に入った冒険者を見るや取り敢えず殴りかかり、満足してから大人しく捕まる。冒険者同士の喧嘩など日常茶飯事なので、殺しが絡まなければ大したペナルティもない。同心視点、勝手にやってろという気分なのである。

 当然、冒険者界におけるバルバロイの評判は最悪であり、同業の仲間や友人は一人もいなかった。これまた、バルバロイ自身は喧嘩した相手を友人判定する思考回路の持ち主だった為、自身が嫌われているという現状に心を痛めていた。

 

「俺にいい考えがある……」

 

 そこに、コーリ商会は目を付けた。

 どうせなら、その喧嘩を金儲けに変えてみないか。俺達(ダチ)の頼みを聞いてくれ、と。

 

「頼んだぜバルバロイ! お前は最高だ!」

「おう、任せときな!」

 

 その日以降、コーリ商会に新しいビジネスが増えた。

 狙うのは逆鱗持ちの冒険者。それも何かしら庇護しているタイプの奴限定だ。手口は単純である。バルバロイがターゲットと喧嘩してる間に弱みを握るのだ。物なら盗めばいいし、人なら攫えばいい。どのみち、バルバロイにボコされた奴は暫く動けないのだから。

 財産を盗むのではなく、譲ってもらうのだ。成功したら契約魔術で縛って退散。契約魔術は絶対である。少なくとも、被害者の口からバレる事はない。どのみち、木端冒険者の言う事なんて誰も信じないし、仮に言ってきたとしても揉み消す用意は万全だった。

 ちなみに、公的な許可もなく契約魔術を使うのは重罪である。

 

「今回もよくやった! ほら、分け前だ」

「ああ。けど、今回も仲良くなれなかった。また失敗した……」

 

 幸い、普段のバルバロイは大人しい奴だったので、扱いに困る事はなかった。

 表のビジネスは順調そのもの。裏の新ビジネスもリスクはあるが当たりもデカい。今のところミスもないし、両方上手くいっている。やはり、自分達は優秀なのだ。

 コーリ商会は、銀細工らしく少しずつ増長していった。

 

「少し、リンジュから離れた方がいいかもしれないな……」

 

 しかしだ。やり過ぎは身を亡ぼす。最近になって、武行からの視線が険しくなってきた。このままでは、拙いかもしれない。

 だからこそ、コーリ商会は新天地へ向かう事にした。

 表の商売も大きくできた。なら、そろそろ世界の中心で稼ぐべきなのではないかと。

 

「ここがラリスか。カムイバラより栄えてるな」

 

 これまた運よく、新天地でのビジネスは幸先よく始められた。大成功とは言うまいが、大手の隙間を突く商売が上手くいったのである。

 とはいえ、それなり程度の成功に過ぎないのも事実だった。彼等はビッグになりに王都に来たのであって、こんなみみっちい商売をしに来た訳ではないのだ。

 増長していた彼等は、少しずつ不満を溜めていった。

 

「貴方がコーリ商会の長ですね。お噂はかねがね……。私、とある商会からの使いでございます」

 

 そんな中、謎の仲介人から声をかけられた。

 流石は王都の裏社会。新天地では大人しくしていたコーリ商会の噂を聞きつけられ、裏のビジネスを依頼してきたのである。

 利益は莫大。コネも作れる。これが成功すれば、自分達はもっとビッグになれる確信があった。

 

「よし、まず情報を集めるぞ」

 

 ターゲットは、イシグロとかいう胡散臭い冒険者だった。

 所詮は噂。実物を見てみたが、イシグロという男は大して強そうではなかった。だが、箍が外れたように迷宮に潜っている事は確かである。元冒険者だからこそ分かったのだが、奴は異名通りの性質をしているようだった。

 曰く、イシグロは冒険者らしからぬ事に、銀行に大量の資産を蓄えているというのだ。今回は貯め込んだ資産の一部を頂く予定である。必要なのは鉱石だけという約束で、それ以上は要求しない。

 

「作戦は決まった。どうだ、バルバロイ」

「ああ! 今すぐ彼と友達になりたい!」

「すまんが少し待っててくれ。俺からの頼みだ」

 

 調査によると、イシグロという冒険者はガキにご執心らしかった。自身の一党を幼い容姿の奴隷で固め、同じ邸に住まわせているのだ。

 見たところ、イシグロの奴隷は皆かなりの強さを有しているようだった。そのくせ主人は相当な過保護ぶりで、調査の為と屋敷に尋ねに行ってみても家主が対応する始末。

 コーリ商会からして、逆鱗とはつまり弱点に他ならない。上手くやれば強請に使えるスウィートポイント。対策しているつもりのようだが、いつもの手段で事足りる。

 

「よし行けバルバロイ。終わったら宴会だ」

 

 人は、成功体験から学ぶものだ。

 銀細工程度、これまで何度も陥れてきた。リンジュで上手くいったのだから、王都でも上手くいく。始まりから現在まで、自分達はそうしてきた。

 最悪、失敗しても王都から逃げればいい。所詮は冒険者同士の揉め事だ。お上が出張ってくる訳もない。

 

 コーリ商会は、これまでチャンスを逃した事がない。

 とにかく動いて努力して、結果を出して成功してきた。

 故に、今回もいつも通りにしたのだ。

 

 要するに、世の中を舐めているのである。

 

 

 

 

 

 

 真っ赤な夕陽が燃える頃、転移神殿前。大階段を下った噴水広場には、その日も多くの人々がいた。

 屋台で飯を食べる冒険者。仕事帰りに一杯やる肉体労働者。カップル受けする装飾品を売る商人。

 そして、今日もまたイシグロとその一党が姿を現した。はぐれないようお手々を繋ぎ、歩行者の邪魔にならないよう携帯用の予備武器を身に着けている。

 

「やあ、君がイシグロか?」

 

 そんな彼に、気さくに話しかける男がいた。

 側頭部から生えた立派な双角に、某運命世界のヘラクレス並みに盛り上がった筋肉。タッパのデカさは日本人平均身長のイシグロが見上げる程で、角を含めずとも明らかに二メートルを超えていた。

 そして、その首からはイシグロとは異なる意匠の銀細工が下げられていた。

 

「はい、そうですが」

 

 ロリの手を離し、一歩前に出て一応警戒してみるイシグロだが、目の前の巨漢からは敵意や戦意というものを感じられなかった。

 それどころか、彼は無邪気な子供のような澄んだ瞳をしていた。故に、戦士としての広い視野ではなく、染みついた礼儀に則って相手の目を見て答えたのである。あんまり警戒し過ぎるのも失礼かと思ったのだ。

 

「おう、合ってたな! じゃ、仲良くしようぜ!」

「ぐっ!?」

 

 バギィ! 敵意も戦意も一切ない、あまりに無邪気な拳がイシグロの横っ面に突き刺さった。

 イシグロの危機察知チートは、警鐘を鳴らしこそすれ時間を遅くする効果はない。迷宮の外で、尚且つ友好的な相手だったが故に、反応が遅れてクリーンヒットしてしまったのである。

 だが、イシグロとてバランス成長型の銀細工。全く無抵抗で敵の攻撃を受けた訳ではなかった。最近はタンク職で頑強ステを上げているのだ。パンチ一発で怯む事なく、心と体で反撃の構えを構築できた。

 

 拳が突き刺さる瞬間、ロリ漫画以外も嗜んでいたイシグロの脳裏に過るものがあった。ボクシング漫画の金字塔、「はじめの一歩」である。

 顔にパンチを受けた上で、衝撃を逃がす技術。意味があるかは知らないが、戦闘勘は是と言っている。作中屈指の胸熱試合が、ロリコンの戦闘本能をプッシュしたのだ。

 

「ふん!」

「おっと!? ははっ、流石だなイシグロくん!」

 

 イシグロは顔を殴られたと同時、自分から首を捩じって衝撃を逃がし、あえて姿勢を落としてからカポエラのメイアルーアジコンパッソを放った。鎌のような回転蹴りが巨漢の横腹に迫る。

 流麗極まる蹴撃を、巨漢魔牛は存外身軽な動きで回避した。その身からは先程と何も変わらぬ無邪気な生気が漏れている。今に至って、何の害意も発していなかった。

 

「警戒態勢!」

 

 這うような姿勢で剣を抜くイシグロ。頭目の指示より先に、敵側は次なる手を仕掛けていた。

 イシグロの背後。人混みの中に放たれた矢。これを察知したエリーゼが【魔力の盾】を張って防ぐ。着弾、爆発。矢に仕込まれた袋から、どす黒い煙が放散された。

 

「ぎゃあああ! 前が見えねぇッス!」

「固まって逃げろ! ぐぉお!?」

「こっち見ろよ!」

 

 これは魔感封じの煙幕であった。イシグロの一党は魔族と竜族と獣人。その中で、魔族と竜族は魔力感覚に秀でる。その感覚を奪ってやれば、どうしようもなく一瞬の隙が生まれるのだ。

 

「おわ!?」

「イリハ!」

 

 エリーゼを中心に固まろうとする一党だったが、狙いすましたようにイリハの足首に縄が絡まった。そして、あっと言う間に上空へ舞い上がっていった。まるで猛禽の狩りのように、空飛ぶ翼人が狐を釣り上げたのである。

 この間、僅か三秒以内。民衆は理解が追い付かず混乱し、助けに駆けようとしたイシグロは巨漢魔牛に邪魔され、魔力感覚に秀でた三人は感覚器官を麻痺させてイリハの救出に迎えない。このままではイリハが連れ去られてしまう。

 

 鮮やかな手並み。大胆な手口。人に紛れる隠密技術。イシグロの知らぬ事だが、これは件のコーリ商会による犯行だった。

 矢を放ったのは、潜んでいた一党の射手斥候。イリハを釣り上げたのは同じく一党の翼人。バックアップに陰陽術師。リーダー含め逃げ足の遅い他メンバーは合流地点で待機中。無論、現場組は素性を隠していた。翼人は羽を塗料で染めていたりもする。

 翼人視点、既にこの作戦は成功だった。幼子を攫い、イシグロを脅迫する。銀行の石を持ってこさせ、契約魔術で雁字搦めにする。やはり、自分達は切れ者だ。後の事は頭目が上手くやってくれるだろう。

 

「ぐげ!?」

 

 と思った途端、このような情けない悲鳴を上げたのは何処の誰だろうか。

 バルバロイの攻撃を凌いだイシグロだろうか。魔力麻痺から復活し、仲間を救うべく翼を広げたルクスリリアだろうか。それとも、今現在縄で引っ張られているイリハだろうか。

 否、勢いよく飛んで、何故か空中でつんのめってしまった縄の持ち主――商会所属の翼人である。

 

「ふんぬぅううううう!」

 

 連れ去られそうになったイリハは、咄嗟に権能の炎翼を発動させてエンジン全開で地面方向にブースターを吹かしたのである。まるで、天地に拮抗する空中綱引きの様相だった。

 小回りはともかく、推力はイリハが上だった。夕焼けの空に炎の翼はよく目立つ。一目散に逃げる民衆が、空で踏ん張るイリハを見た。

 

「うぉおおおお!?」

「やぁあああああ!」

 

 その時、当の翼人も混乱していた。まさか、自身の独壇場で獣人との引き合いが発生するとは思っていなかったのだ。彼もまた、成功を確信したせいで反応が遅れてしまったのである。

 もう無理だ、明らかに失敗だ。けどまだイケるんじゃないかと、謎の前向きさを発揮した。潔く縄を手放して逃げればいいものを、ムキになって引っ張っていたのだ。

 

「逃がすなッ!」

「アタシが行くッス!」

 

 頭目の指示より早く、垂直に飛び上がったルクスリリアは予備武装の細剣を構えて綱引き中の翼人に突撃した。

 

「範囲拡大、【妖姫淫魔緊縛】!」

「うお!」

 

 流石に拙いと縄を手放した翼人だったが、それと同時に束縛魔法が絡まってしまった。それにより姿勢を崩したところに、淫魔の細剣がガードに上げた腕を貫いた。

 久しぶりの痛み、だが耐えられる。このまま逃げれば追いかけられるか。ともかく淫魔を撒かなければ。そう思考した直後、靴に何かが突き刺さった。それは細い鎖に繋がっていて、その先を辿ると屋根に登った獣系魔族と目が合った。投げキャラグーラの鎖技に捕まったのである。

 

「はぁ!」

 

 ずどん! 膂力の差により綱引きは成立せず、翼人は広場の地面に叩きつけられた。

 その際、靴が脱げて鎖が外れ、地面に落ちた翼人は勢いよくゴロゴロ転がった。

 

「邪魔だぁ!」

「ごぼぉー!」

 

 かと思ったら、転がった先にいたバルバロイがイシグロとの逢瀬を邪魔されたと勘違いし、仲間なはずの翼人を蹴り飛ばした。結果、吹っ飛された翼人は店主のいなくなった屋台へと突っ込んだ。当然、屋台は崩壊した。

 

「邪魔が入ったな! 続きをやろう、イシグロ!」

「エリーゼ、回復を」

「わかったわ」

 

 イシグロ対バルバロイのタイマン試合。知った事か、イシグロはアイテムボックスから各々の主武装を取り出し、装備させた。

 ルクスリリアは大鎌に持ち替え、エリーゼも王笏を手にした。復帰したイリハは綾景を抜刀し、グーラは予備武器のナイフを逆手持ちにした。警戒ではなく、戦闘態勢である。

 

「五対一!? 俺はお前と仲良くしたいんだよ! なんでそんな事をするんだ!?」

「うるせぇ黙れ死ね」

 

 イシグロは無銘を構え、周囲に鋭い視線を巡らせた。

 危機察知、崩壊した屋台の方から二つの物体が飛んでくる。着弾地点はバルバロイとイシグロだ。

 二人は飛来する皿を叩き落とし、瓦礫の中から現れた影を見た。

 

「貴様等ぁ……!」

 

 のっそり歩いてくる巨影。先ほどの翼人ではない。過剰に積載された筋肉に、丸く可愛らしい獣の耳。そして、分厚い胸板にはラリスの銀細工があった。

 銀細工持ち冒険者、“猛る要塞”のグレイソンである。

 

「全ての食材に謝れぇ!」

 

 グレイソンは、王都東区を拠点とする名物銀細工である。

 その性根は極めて温厚で、王都で銀細工人気投票を実施すれば確実に上位入選するだろう人格者だ。

 だが、彼は食べ物を粗末にされると烈火の如くブチキレる事で有名だ。それはもう、完全に暴走するのである。

 

「チッ……」

 

 イシグロ視点、いきなり攻撃してきたグレイソンは、イリハ誘拐犯の味方に見える。つまりは敵だ。

 バルバロイ視点、いきなり乱入してきたグレイソンは、逢瀬を邪魔する無粋な輩に見える。でも気に入ったので友達だ。

 グレイソン視点、この場で暴れている奴は全員食べ物を粗末にした奴と認識している。つまり、全員殺していい奴だ。

 こうなると、戦いは避けられなかった。

 

「俺とエリーゼでやる。リリィは上。他は任せた。生け捕りがいいけど、一人生きてりゃ殺していい」

 

 イシグロの目が据わる。覚悟を決めたのだ。

 リンジュの時と同じだ。敵は逃がさない。追い詰めて尋問し、報復する。後顧の憂いを絶たなければ、今夜熟睡できない。目標は、関係者全員。

 故に、先手必勝。イシグロはおもむろに収納魔法へ手を突っ込み、呪詛の籠った投げ矢の束を投擲した。

 

「「ぐぁ!?」」

 

 被弾したのは、翼人を回収しようとした射手斥候と透明化していた陰陽術師である。最初に煙幕を張った奴と、支援要員の商会陰陽術師だ。

 牛に熊に鳥に斥候、それからステルス陰陽術師。そのうち牛と熊は銀細工上位で、他はギリ銀細工のザコ野郎。イシグロから見て、現状は五対五のイーブンだった。

 

「後顧の憂いを絶つ! いくぞ!」

「「「「了解!」」」」

 

 こうして、イシグロ・リキタカが暴れ出したのである。

 

 

 

 

 

 

 受付おじさんが神殿の外に出ると、階段下の広場は既にズタボロになっていた。

 慌てた職員からはイシグロが暴れていると聞かされていたが、実際は冒険者同士が乱闘しているといった状況だった。おじさんの素人目には、稀によくある一党同士の抗争に見える。

 幸い、駆け付けた衛兵により人的被害はなさそうだが、周辺の建造物や屋台は良くて半壊悪くて全壊といった様子だった。

 

「避難完了しました!」

「よし! 各員、位置につけ! 指示があるまで待機! 連絡はどうなってる!」

「信号確認できず! いえ、今確認できました! 近いです!」

 

 王都の衛兵にとって、こういう騒ぎは慣れっこである。よく訓練された彼等は、一糸乱れぬ陣形で戦場を囲んでいた。

 残念ながら、衛兵が飛び込んでも被害が増すだけである。だからこそ、今は待機してイシグロ達を止められる強者を呼びに行っているのだ。

 

「イシグロは、暴れてねぇな……?」

 

 おじさんから見て、巨漢二人と戦火を交えるイシグロは、我を忘れて戦っているようには見えなかった。

 消すべき者を消す。怒りに支配されてはいない、冷酷な瞳。大丈夫、話は通じる状態だ。ある意味、長くイシグロと接してきた受付おじさんだからこその気づきだった。

 冷徹に剣を振るうイシグロに対し、巨漢二人は派手に暴れていた。魔牛の方は徒手格闘の合間に高火力魔法をぶっ放し、熊人の方は拳を振り回して瓦礫を吹き飛ばしていた。

 

「てか、あれグレイソンじゃねぇか!?」

 

 よくよく見ていると、受付おじさんは暴れている熊人が東区名物冒険者のグレイソンである事に気づいた。他は知らないが、魔牛の方も銀細工だった。おいおい、銀細工のお祭りでもやってるのかよ。

 見た事のない魔牛男はハイになってて、熊人は暴走中。イシグロは殺意の塊と化している。周辺被害こそ半端ないが、現状はおじさんが想定していた最悪の状況ではなかった。

 

「どうする、何かできるのか? もし止めるなら、まずグレイソンからか……」

「そそ、その話、詳しく聞かせてもらってもかま、構いませんか……?」

「あん? 今忙し……」

 

 声がした方を向くと、おじさんの眼前には黒髪の女性が立っていた。

 手に持つ杖は長大で、恰好は如何にもな魔術師風。長い黒髪は片目が隠れるようになっており、自信なさげなその背は猫のように丸まっていた。

 そして、その首には金細工が下げられていた。

 

「じょ、状況はさっき兵隊さんから聞きました。わた、私はデアンヌ。ランベール家の娘です……」

 

 彼女の名は、デアンヌ・フォレ・ランベール。その名が示す通り、ラリス貴族であるランベール侯爵家の娘だった。

 金細工のお貴族様。ギルド職員でもそうそうお目にかかれない相手に、おじさんは平民なりに跪こうとした。だが、それは当の本人によって遮られた。

 

「れ、礼は大丈夫です。貴方は、イシグロさんについて、お、お詳しいようですが、合ってますか?」

「へ、へぇ。担当みたいな事をやっています」

「そう、ですか。あ、貴方から見て、今のイシグロさんは怒ってないように、見えると?」

「確証はありませんが、今のイシグロは相手が憎いから戦っている訳ではなく、相手を排除すべきだと判断したから致し方なく戦っているものと思われます」

 

 地位も力も上の相手からの唐突な問い。こんな状況にも拘わらず、おじさんは平民基準のパーフェクト・コミュニケーションを成功させた。これまた普段からイシグロと接している分、強者が放つ圧に慣れているのである。

 尤も、問いへの返答はおじさんの勘に過ぎなかったが。大人しい奴ほどキレるとヤバいのは異世界でも同じだ。その点、キレたイシグロを見たことないおじさんからして、今のイシグロがキレてヤバくなっているようには見えなかったのである。

 

「な、なるほど、わかりました。なな、ならまずは、あの大きな二人を止めないといけませんね。かた、片方は私がやるとして、もう一人は……」

 

 そう言ってデアンヌが目をやった先、そこには適任者がいた。彼女は何か覚悟を決めた表情で、物怖じせずデアンヌの方に歩み寄ってきた。

 作戦は決まった。あとはイシグロがラリスの金細工を信用してくれるかどうかだが……。

 

「こ、交渉は苦手なんですが……」

 

 デアンヌの隠れた右眼には、竜族少女のトンデモ魔力が()えていた。

 凄い量。なんて綺麗な魔力。もう少し近くで見たい。できればお話したい。あと武器も気になる。

 だから、さっさと終わらせようと思った。

 

 ふんすとやる気を振り絞ったデアンヌは、前髪の奥で魔眼を輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 本格的に戦いが始まると、さっきまで人で賑わっていた広場から住民達がいなくなっていた。悲しい事に、王都民も銀細工同士の喧嘩には慣れているのである。ここまで規模の大きいやつは珍しいが。

 そんな広場の中で、怪獣大決戦めいた乱戦が続いていた。

 

「食材に! 謝れぇえええええッ!」

「逃がさねぇッスよ!」

「この! クソチビがぁあああああ!」

「今じゃエリーゼ!」

這いつくばれ(・・・・・・)!」

「はぁあああああッ!」

 

 唐突に始まったこの戦いは、イシグロ一党と魔牛一党、それから熊人単騎という三つ巴の様相を呈していた。

 この段になって、イシグロは熊人が部外者である事には気づいていた。が、見境なく暴れる熊人は純粋に強くあまりにも厄介で、否応なく迎撃せざるを得なかった。言葉も通じないし、どうしようもない。

 また、イシグロが相手をしている牛と熊は、どちらも対人慣れしている冒険者だった。加えて乱戦という都合上カウンター戦法が通じず、かといって大技を当てられる余裕もなかった。

 すぐに潰したいところ、そうもできない。劣勢と言わずとも、イシグロは苛烈な防戦を強いられていたのである。

 

「はぁ!」

「いッたいなぁ! もっと来いオラァ!」

 

 あまつさえ、魔牛族の種族特性により、剣による攻撃はすぐに再生されてしまうのだ。これだから魔族はと毒づきたくなるところだが、奴の防御性能はそれだけでは収まらなかった。

 斬撃を浴びせた際の不可解な感触。まるでワンクッション挟まれているかのような柔らかさ。それは何かしらの補助効果による耐性能力であると思われた。恐らく。大幅な斬撃耐性か物理耐性。

 つまり、剣士イシグロは巨漢魔牛にメタられていたのである。

 

「うぉおおおおおお!」

「ちっ、エリーゼでも拘束し切れないのか」

「もう全部壊していいかしら……?」

「流石にそれはっとぉ!」

 

 ならば打撃はどうだと試してみたいところだが、暴走熊人は武器変更の隙を与えてはくれなかった。

 現在、二人を相手しているのは前衛のイシグロと後衛のエリーゼだ。近づくと亀のように引きこもるエリーゼは、相対する二人にとって対イシグロのお邪魔ギミックのようなものだった。

 エリーゼが支援に徹しているのは、偏に彼女の火力が激ヤバだからだ。王笏での最弱魔法さえ、そこらの建物をぐちゃぐちゃにさせる事ができるのである。せめてもっと小回りの利く武器があればといったところだが、無い物ねだりをしても仕方ない。

 

這いつくばれ(・・・・・・)……!」

「またか! いい加減鬱陶しいんだよこれ!」

 

 とはいえ、無理にイシグロが攻めずとも全体の戦況は優勢であった。

 逃げようとする翼人はルクスリリアが追っかけ回し、射手斥候はハイスピードモードのグーラが追い詰めている。急に現れた陰陽術師は、終始イリハが圧倒していた。

 じきに誰かが決着をつける。そうすれば此方に合流して巨漢二人をフクロにすればいい。イシグロは冷徹に状況を俯瞰していた。

 その時である。

 

「魔力過剰充填、【落雷】……」

「ぐぁああああああ!」

 

 バァン! 突如、巨漢魔牛の頭上から雷が落ちてきた。脳天から魔法が直撃した魔牛は、白目を剥いて痙攣している。

 

「いっ、イシグロさん! 魔牛は此方が!」

 

 誰かは知らないが、階段を駆け下りてきた女魔術師が魔牛を止めてくれたようだった。

 好都合だ。イシグロはエリーゼから物理バフをもらい、ガン攻めの姿勢を取った。

 

「オラァアアアアア!」

「ぐううぅぅぅ! まだまだぁ!」

 

 攻撃重視の暴走戦士は、カウンターがよく極まる。愚直に突っ込んでくるイシグロに全力ストレートを放った熊人は、ぬるりと【受け流し】をされて会心の一撃を受ける事となった。

 右の横腹から左の肩にかけ、斜め斬り上げでバッサリだ。しかし、分厚い筋肉と高い頑強ステが骨や内臓を守りぬいた。地球人ならあり得ぬ事に、熊人は斬られてすぐ反撃の拳を振りかぶった。

 再度、イシグロはカウンターの構えを取った。背後ではエリーゼが追撃の用意をしている。これで決まったと確信を得たところで、イシグロの前に人影が割って入った。

 

「待ってください!」

 

 音もなく現れた影は、大の字になってイシグロを庇った。

 その顔を見た途端、目の前の熊人は目を丸くして拳を停止させた。

 

「に、ニーナ君か……!」

 

 割って入ったのは、両者と顔見知りである銀細工のニーナだった。イシグロの知らない事だが、グレイソンはニーナの母が経営する食堂で何度か食事をしているのだ。店主の娘の顔も当然知っていたのである。

 角度的にイシグロには見えていないが、ニーナ本人は止められた拳を見てちょっと不満そうな顔になっていた。

 

「あぁなんて事だ……! 危うく無関係な婦女子に手を挙げるところだった……!」

 

 顔見知りの娘が身を挺してイシグロを庇った姿を見て、紳士なグレイソンはようやっと冷静さを取り戻した。

 警戒を維持しつつ、イシグロは戦況を確認した。その時だ。ずどん! イシグロの近くにボロボロになった翼人が落下してきた。ルクスリリアに叩き落とされたのである。

 反射だった。熊人が落ち着いたのはいいが、この場の戦いは終わっていない。イシグロは起き上がろうとする翼人の頭を地面に叩きつけ、逆手に握った無銘で敵の両翼を削ぎ落とした。

 

「ギャアアアア!?」

「ひとつ」

 

 ニーナが熊を宥めている今なら、イシグロは他へ向かえる。エリーゼの魔法で拘束した翼人を置いて、ルクスリリアとイシグロは隙あらば逃げようとしている射手斥候に突撃した。

 射手斥候視点、獣系魔族の攻撃を凌いでいたら、気が付けば背後からイシグロと淫魔が襲ってきたという構図。僅かに視線を逸らした瞬間、腹に鎖付き短剣が突き刺さる。痛みはないが、これは拙い。

 咄嗟の判断で装備を外そうとした斥候だが、その前に上空から魔力の網が降ってきた。淫魔の拘束魔法である。実質、二種の束縛だ。

 

「ごぶ! なんだよこれ……!」

「ふたつ」

 

 斥候の腹から剣が生えた。イシグロによるバクスタ攻撃である。足蹴にされて剣を引き抜かれると、空いた穴から多量の血液が溢れ出た。

 膝を折る斥候の頭に、バコンと鉄を打つ快音。イシグロが無銘の腹でぶっ叩いたのだ。気絶する斥候の腹に【小治癒】をかけつつ、流れるように眼球と膝靭帯を切除したイシグロは次なる獲物へ襲い掛かった。

 

「クソ! クソ! クソ! どうなってんだよこれはぁ!」

「こっちの台詞じゃたわけ! ほれ取り消しじゃ!」

「どうしてだよぉおおお!?」

 

 陰陽術師はイリハに圧倒されていた。陰陽術は後出しジャンケンでキャンセルされ、致し方なく予備の小刀を振り回している。奴の身には小さな傷が数多い。

 イリハに集中している陰陽術師だが、既に包囲は完成している。合図はないが機は揃う。ルクスリリアが光線を撃ち、エリーゼが拘束魔法を構え、グーラが逃げ場に回り込む。イシグロは、槍投げのフォームで無銘を投擲した。

 

「ぐぅ! がっ!? クソがぁああああ!」

 

 案の定、策に嵌った。淫魔ビームが足首を貫通し、豪速剣が右肩を粉砕し、魔力の鎖が絡まり転倒。破れかぶれの陰陽術は、イリハが無慈悲に取り消した。

 

「ぐぶッ!」

「三つです!」

 

 すれ違いざま、グーラの神速走塁スライディングキックが顔面に直撃。陰陽術師は沈黙した。

 呼び出し魔法で無銘を取り寄せたイシグロは、一党に集合令を出しつつ再度戦況を確認した。

 

「がぁああああ! ビリビリ魔法など! 卑怯だぞ貴様ぁああああ!」

「ず、ずいぶんとタフですね。では……【氷結冷線】」

「なん!? なんて事だ! まだ少ししか遊んでないのに! 酷いだろこんなのぉ!」

 

 雷デバフで痺れる魔牛に、乱入魔術師が細い冷気の線を撃った。これに直撃した魔牛は、徐々に全身が凍結していった。

 次いで、無詠唱で放たれた三種の束縛魔法が氷像と化した巨漢を縛りつける。魔牛を沈黙させると、黒髪の女魔術師は熊人に向けて口を開いた。

 

「ぎん、銀細工のグレイソンさん! まだ、たたっ戦うつもりは! ありますか!?」

「いえ、ありません……」

 

 女魔術師の発言に、さっきまで猛っていた熊人はシュンとして答えた。一応とばかりに、ニーナはグレイソンの近くで警戒を続けている。

 

「ふぅ……」

 

 今度こそ、イシグロは戦意を収めた。しかし、戦いはこれからが本番だ。

 部外者からの横槍は、有難さ半分迷惑半分というところだった。イシグロはこれからこいつらを拷問し、首魁の有無を聞きださなければならないのだ。もし教唆犯がいるなら潰すつもりなのである。できれば、一秒も早く状況を進めたかった。

 

「援護して頂きありがとうございます」

 

 言いつつ、黙らせた三人をグーラの鎖で回収させる。それから一党の代表として魔術師に礼を言った。

 

「あ、はい。でで、ですがその前に挨拶を。私はデアンヌ・フォレ・ランベール。ラリスのき、金細工です。衛兵から応援要請を受け、この場を収めるよう依頼されました。ぜん、全権を持ってます、はい……」

 

 吃音混じりの名乗りに、イシグロは一応の冷静さを取り戻した。金細工と聞き、その意匠から本物であると確信できる。

 国こそ違うが、ライドウと同格であるならば、ある程度の信頼がおける気がする。イシグロは意識して呼吸を整え、皆を背にして答えた。

 

「名乗り遅れました。お初にお目にかかります。同じく、銀細工のイシグロです。此方にこれ以上この場で戦闘する意思はありません」

「は、はい。イシグロ・リキタカさん、ですね。状況は把握しているつもりです」

 

 イシグロとしても、この場でこれ以上戦うつもりはなかった。

 それはそれとして、生け捕りにした者から情報を集め、場合によっては自ら報復する所存である。

 イシグロは努めて復讐心を燃やし、盾突きたくない相手を睨みつけた。

 

「緊急時ですので、失礼承知でお願いさせて頂きます。これからこの者等の仲間に報復する予定なので、尋問の為にその魔牛を此方に譲っては頂けませんか?」

 

 常のイシグロであれば絶対に言わないような事であるが、矛を収めたとはいえ方針を変更した訳ではないのだ。

 イシグロの要請に、デアンヌはもごもごと口を開いた。

 

「ご、ご懸念は承知しています。ですが、この場は、私が収める事になっていますので……」

「では、どのように落とし前をつければよろしいんですかね」

「こ、このようにです……」

 

 苛立ち気味に放たれたイシグロの発言に、デアンヌは行動で返してみせた。

 貴族令嬢の唇が開き、長い詠唱の後に魔法が発動した。青白い光球が三つ、デアンヌの杖先に浮かび上がる。

 

「何を……?」

 

 その魔法は、初歩的な攻撃魔法である【魔力の礫】に似ていた。

 警戒心を強くするイシグロを無視して、デアンヌは光球を操作して気絶から復帰した現行犯三人の頭上に浮遊させた。

 

「こ、この件を指示したのは、誰ですか……?」

 

 金細工からの問いに黙りこくる三人。だが、そんな彼等とは対照的に、光球は青白い尾を引いて上空に舞い上がり、三つとも同じ方向に飛んでいった。

 何事かと困惑している一党の中で、サブカル慣れしているイシグロは勘付く事ができた。これはもしや、思考を読み取った上での追跡魔法なのではと。

 

「追尾魔法の応用で、追いかける対象をこの人達に変更させました。三人には契約魔術の痕跡がありますので、拷問するにしても吐かせるには時間がかかるかなぁ、と……」

「つまり、アレを追っかければ黒幕の居場所が分かるという事ですか?」

「あ、はい。じょ、じょ、状況証拠的に、イシグロさんは被害者側だと、思われますので、報復の権利が、はっ発生します。この件については、私に一任されてるので、調査に協力……して頂けませんか?」

「はい。その依頼、お受けします」

 

 頭が良い人は話が早い。デアンヌはイシグロの意図を汲み取りつつ、ラリスに利益のある提案をしてみせた。そういうのに鈍いイシグロとて、これがデアンヌからの気遣いもしくは忖度である事くらいは分かる。

 この件、イシグロに否はなかった。何か既視感のある状況だが、今回ばかりはガッツリ被害者である。あえて面の皮を厚くして、恥を知らない風に返答した。

 

「イシグロ君か。すまなかった。俺の勘違いだった。この通りだ……」

 

 では早速と掃討に出ようとした時、大人しくしていたグレイソン氏はイシグロ達に頭を下げてきた。

 凄く迷惑だったのはその通りだが、今はそれどころではない。暴走した彼の言動を鑑みるに、彼についてはイシグロ達にも全く非が無い訳ではないのだ。さほど周辺被害を気にしなかったのはその通りであるのだし。

 ここで、イシグロは改めて思考を回した。デアンヌと名乗った金細工を見る。多分、この人は柔軟に立ち回れる人なのだと思う。なら言うだけ言ってみようかと。

 

「ランベールさん、彼にも依頼を出しては如何ですか? それに、今すぐ拘束するより、ランベールさんの近くにいさせる方が安全だと思います」

 

 残念ながら、イシグロのこの提案は完全にガバ論理である。

 当然として、発言者本人も自分がアホな事を言っている自覚はあるし、今現在も治安維持機構の人達に忖度されて行動の自由を得ている事も理解している。

 ぶっちゃけ、イシグロにとって現状は居心地が悪かった。なら、同じように暴れた熊人も巻き込んでしまおうと思ったのだ。自分だけ特別扱いを受ける状況は、すごく気持ち悪いのである。

 

「無関係ですが、ご依頼いただければ私も同行します」

「に、ニーナさん。なるほど、そうですね。ぐ、グレイソンさん、お願いできますか?」

「……そうか、ありがとう。ならば全力で」

 

 暫しの逡巡の後、緊急時の特別措置として、この場全員の同行が許可された。

 さっきまで乱戦していたイシグロ達は、皆揃ってこの事件の真相を追う事となったのである。

 

「一応聞いとくが、誰も殺してねぇよな?」

「あいつ等以外斬ってはいませんね」

 

 と、何故かその場にいた受付おじさんと言葉を交わし、イシグロ達は太陽の落ちた都を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、今回の事件はコーリ商会とかいう元冒険者集団がやらかした事だったらしい。

 リンジュ生まれのそいつらは表向き普通の商売をしつつ、巨漢魔牛と組んで色んな悪事をしでかしてたそうだ。

 で、これまで上手くいってたから、今回も出来ると思ったんだと。

 

「ら、ラリス王国を舐め過ぎ、ですね……」

 

 とは、金細工持ち冒険者であるランベールさんの談。

 曰く、ラリス王国の治安維持機構はリンジュ共和国ほど優しくはないという。

 害が勝ると判断すれば、王の名の下誰であろうと断罪する。王家とズブズブの金細工は、めちゃくちゃ強引な捜査が可能なのだ。

 

「死ねオラァアアアアアア!」

「げぇっ、イシグロ!?」

「グレイソンさん! 今です!」

「うぉおおおおお!」

「何だこのおっさゴベァ!?」

 

 あの後、乱闘組は光球を追っかけて、逃走中の商人風の人達を捕縛した。全員銀細工下位程度には強かったが、金細工に加え俺の一党とニーナさん、それからグレイソン氏の前にはカ〇キラーを前にしたカビの如しだった。

 捕縛後、黒幕の存在を確信したランベールさんは、一網打尽にすべく強権を発動し、コーリ商会と関連する建物を捜索。片っ端から関係者に追跡魔法をぶち込んで、今回の黒幕をあぶり出した。

 

「デトロ! 開けろイト市警だ!」

「い、いきなり何だってイシグロォ!?」

「こ、これより、この屋敷を捜索します。協力して頂けない場合、問答無用で逮捕しますよ……!」

 

 光球追ってカチコミ。光球追ってカチコミ。邪魔する奴はぶちのめし、次また光球追ってカチコミまくり。

 当初は報復に燃えていた俺だったが、三回目のカチコミからは若干戦意が萎えはじめ、戦いだというのに深夜テンションで何とか突っ切っていた。

 そんな俺とは対照的に、こういう事に慣れているのか金細工のランベールさんはケロッとしていた。同じくついて来てた衛兵達もマル暴もかくやという気迫を維持して関係者を捕らえまくっていた。

 

「こうなったら! 先生、お願いします!」

「あ、自分降伏しますんで」

「クソ傭兵がぁああああ!」

 

 中にはヤケになって用心棒をけしかけてこようとした商人もいたが、雇われサイドは此方の戦力を見るや即降参してきた。

 むべなるかな。金一人に加え、銀細工級が六人、鋼鉄札級のイリハがいるのだ。おまけに血の気の多い衛兵まで揃っているのである。完全に詰みだろう。

 

「あ、あ、有体に言って、確たる証拠なんてのは、後で見つければいいんですから、その気になればどどっ、どうとでもできるんですよね。まっ、間違ってたら、謝ればいいだけ、ですし……」

 

 方々探し回ってそうしてついに捕らえた黒幕はというと、鉱石を扱っているとある商人とパース商会の二組という事だった。

 パース商会といえば、前にグーラの荷車を襲ってモブノをけしかけてきた元大手商会である。今現在、規模が小さくなったとはいえ、未だそれなりの力は残っているようだった。

 なんか知らんが、パース商会の幹部は俺に対して恨み骨髄に入っていたらしい。俺、直接は何もしてないと思うけど。

 

「も、申し訳ありませんが、この後は取り調べが、ござっ御座います。ご協力頂けますと、幸いです……」

「わかりました」

 

 掃討作戦は夜通し続き、全ての関係者を捕まえる頃には朝になっていた。

 その後、俺達はギルドから取り調べを受けた。当然、グレイソン氏もである。

 幸い、さんざん暴れた俺達は被害者扱いとなり、全ての責任はコーリ商会とその依頼主に集約される運びとなった。今度こそ、パース商会は全滅するだろうという話だ。

 

「き、気が晴れないというのであれば、バルバロイとの決闘を、行っても構いませんよ」

「いえ、結構です」

 

 俺を殴った魔牛は捕まって、冒険者資格を剥奪された上で罰を受ける事になるそうだ。元々、リンジュから目を付けられていたという事もあり、向こうの法執行機関と連携して処罰の内容を決める予定らしい。

 受付おじさんが言うには、どのみち極刑は免れないだろうという見立てだった。ジャグディと同じ圏外送りか、ジャルカタールと同じ闘技場送りか。いずれにせよ、遠回しな死刑になるのは確実だろう。

 

「それにしても凄い杖ですね……! 角も綺麗です! わぁ、素敵です、かわいい……!」

「え、えぇ……」

 

 全ての聴取を終えると、何故かランベールさんがエリーゼに絡んでいた。

 どうやら、彼女は魔法に関わるアレコレが大好きらしく、チート魔力のエリーゼには興味津々なようだった。

 エリーゼは普通に困っていた。嫌がってはいないようだが、グイグイこられるのは慣れてないのだ。

 

「ありがとうございます、ニーナさん。あのまま戦っていたら、グレイソンさんを殺してしまっていたかもしれません」

「いえいえ、私は銀細工同士の戦いに強引に割り込んだだけであって、責められこそすれお礼を言われるような事は……」

「いやいやいや……」

「いえいえいえいえ……」

 

 今回、無関係なはずのニーナさんには乱闘時も後処理でも本当にお世話になった。

 何かお返しをしたいところだが、何をすれば彼女が喜ぶか分からない。淫魔らしく「精が欲しい」と言われたら困ってしまうが、まぁ今の今まで無かったし、それは無いだろう。

 

「イシグロ君、昨日の件については本当に申し訳なかった! 私とした事が、つい我を忘れてしまった!」

 

 乱入してきた巨漢熊人ことグレイソンさんだが、聴取の後にもう一度謝罪された。それから彼は復旧中の広場に行って謝罪行脚をしていた。広場の人は皆さん笑顔で許していた。

 俺もその行脚に乗っかる形で、迷惑をかけた店の人達に謝り倒した。が、俺の場合、何故か引き吊った笑みで以て許された。解せぬ。人気、人格、人徳の差……?

 

「俺、そこまで恨み買ってたかな……」

「気にするものでもないでしょう……」

 

 全てが終わって帰宅して、皆でお風呂に入りながら、俺はそう一言呟いた。

 元はというと、俺が希少鉱石を売らなかったから起こった事件らしいんだよな。そりゃ悪いのは向こうなのは分かっちゃいるが、それでルクスリリア達に迷惑をかけてしまった事には責任を感じてしまう。

 

「しゃーないッスよご主人。この渡世、金持ちは狙われるもんッス」

「うぅ、わしがもっと強かったら手出しされんかったのかのぅ……」

「それで言うと、ボク達は皆弱そうに見えますよ」

「第一、俺がヒョロいからなぁ……」

「アナタはそれでいいのよ」

 

 普通、王都で銀細工に喧嘩を売るような奴はいないという。にも拘わらず、お上りさんとはいえ今回直接ちょっかいをかけてきたのである。

 これがカムイバラだったら、ライドウさんやバンキコウさんとのコネがあるから手を出されなかっただろうが、ラリスでは俺は単なる冒険者。個人単位の報復を無視できるなら、襲う方のメリットが勝つのかな。あるいは、何も考えてないアホなら……。

 

「後ろ盾か……」

 

 ランベールさん個人の知己は得たが、何もコネを作れた訳ではない。

 リンジュでやったように、ライドウさんみたいな支持者を得るべく立ち回った方がいいのだろうか。一応、止まり木同盟への加入は勧められてるんだよなぁ……。

 

「どうすっかなぁ……」

「今回ばかりは運が悪かったと思うしかないですね」

「ッスね、切り替えてくッス!」

「そうかな。うん、そうだな」

 

 うじうじ悩んでも仕方ない。切り替えてこう。

 とりま、ゴーレム狩りはもういいかなって。これ以上、こんなしょうもない事で恨み買うなんて嫌だからね。もう十分手に入れたし。

 

「腹減ったなー」

 

 そういえば、昨夜から何も食べてなかった。

 何にせよ、空腹の時に悩むもんでもないなと思った。

 

 

 

 

 

 

 陽の光が一切差さぬ、不気味な雰囲気の地下の奥。

 牢獄のようなこの場には、六人一組の罪人が椅子に拘束されていた。

 蝋燭の灯りに照らされた者達は、誰あろうコーリ商会の創業メンバーであった。イケイケだった彼等は、訳も分からぬうちにしょっ引かれたのである。

 

「なぁオイ! 何の証拠があってこんな仕打ちをするんだ! 違法だろこんなの!」

 

 誘拐作戦は失敗だった。それもただしくじっただけではなく、実行犯のうち三人が捕まってしまったのである。

 そんな事を知らずに吉報を待っていたところ、謎の魔力玉に追いかけられ、かと思えば証拠もなしに逮捕されたのだ。

 現行犯はともかく、何故自分達が拘束されているのだという話。それも、まだそうと決まった訳でもないはずなのに罪人として扱われている。いくらラリスでもこれは違法なはずだ。

 

「俺は一般市民だぞ! こんな横暴許されるか!」

「ゆ、許されてるんですよねぇ、これが……」

「なに……!?」

 

 監視中の兵士に抗議していると、地下室のドアを開けて一人の女が現れた。

 長い黒髪に、ひん曲がった背筋。凡そ強者とは思えぬ佇まいに比して、その身に宿す魔力は膨大。髪に隠れた右眼から、魔力感覚に訴えかける圧が放たれていた。

 この女は、コーリ商会を追跡してきた金細工持ち冒険者である。リーダーからすると、たかが一介の冒険者が何様だという気分である。

 

「これは冤罪だぞ! 俺とそこの三人は無関係だ! 同じ商会に所属こそしているが、事件とは無関係だ! 訴えてやる!」

「えーっと、ラリス王国の権力構造は、とてもシンプルなんです。お、王家が上で、それ以外は全部下。民も貴族も、英雄も……りえ、利益があれば優遇し、無害ならば庇護をする。ですが、もし害が勝ると判断されれば……」

 

 頭目の抗議を無視し、女は持っていた鞄を机に置いた。

 それから、見せつけるように開かれた鞄の中には、得体の知れない薬品が詰まっていた。

 

「くへへっ……まだ殺しません。利用価値が無くなるまで、洗いざらい吐いて頂きます」

「そんなバカな! それは拷問だろう! 裁判もまだなのに!?」

「拷問になるかどうかは、あなた方次第です。それと、自分の知らない価値観を否定するのは、賢い人の思考法ではありませんよ。リンジュの常識は、ラリスの非常識です。逆もまた然り……」

 

 饒舌になったデアンヌは、机の上に人数分の薬品を並べていった。

 白い粉末。ガラス瓶に入った液体。きつく封をされた小箱……。

 何がどういう薬なのかは分からないが、まともな代物でないのは丸わかりだった。

 

「もし、自分から飲むと仰るのであれば、その人以外はこの場から出してあげても構いませんよ」

 

 にちゃ~、と。嗜虐的な笑みを浮かべて言うデアンヌに対し、さっきまで威勢良く吠えていた頭目は黙って現行犯三人を睨みつけていた。

 現場組は絶望した顔で黙りこんでいた。つまり、そういう事である。

 

「じゃあ、皆さんが飲むという方向で。安心してください、味はどれも美味しいですから……」

 

 デアンヌ・フォレ・ランベールは、卓越した魔術師であると同時に優秀なポーション職人である。

 ひと目視た時から魔法の虜になり、一度試してからは魔法薬にドハマリした。魔法大好きガールにして、作って楽しむポーションオタク。デアンヌの作る魔法薬は、変な物こそあれどれも素晴らしいクオリティなのだ。

 ギラギラと輝く瞳には、この世界の強者が持って然るべき狂気が滲んでいた。

 

「じゃあ、最初は貴方ですね。そーれ、貴方のいいトコ見ってみったい♡ 見ってみったい♡ はぁい、あ~ん♡」

「クソがふざけんなよマジでゴボ!? がぼぼぼぼっ!?」

 

 メカクレ陰キャ猫背魔女の「あ~ん♡」により、頭目は迷宮以上の恐怖を味わう事となった。

 ちなみに、彼女の言っていた通り、ポーションはどれも死ぬほど美味かった。

 

 なお、実際に死んだのは闘技場だった模様。

 一党で仲良く養分になったのだ。元とはいえ、銀細工持ち冒険者は捨てる所がないのである。

 

「はははっ、いい見物でしたな」

「えぇ、そうですね……」

 

 闘技場での公開処刑は、王家の命令で石商連に加盟していた商人全員が強制参加する事となった。

 要するに、これは王家からの警告であったのだ。

 

 余計な事はするな、という。




 本エピソードをもちまして、本作の総文字数が100万文字を突破しました。してますよね?
 いや文字数が多けりゃ偉いのかというと全くそんな訳はないのですが、記念すべき節目ではあると思っています。長編らしい長さになってきましたね。
 これも皆さんの応援あってこそです。ありがとうございます。

 今後とも、引き続き本作を読んでってくれると嬉しいです。


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ロリ当番

 感想・評価など、ありがとうございます。とても励みになっています。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回もいつものノリです。
 よろしくお願いします。


 微動だにせぬ太陽の下、四方を石壁で覆われたコロッセオ型鍛錬場。

 浅い砂地を踏みしめて、二人の剣士が丁々発止の剣戟を繰り広げていた。

 方や桜色の髪をした狐人少女。方や豊満な肢体をローブで隠した淫魔。誰あろう、イリハとニーナさんである。

 

「疲れた時こそ集中してください! 技の冴えが落ちてきていますよ!」

「フゥーッ! やぁッ!」

「ははっ! 今のはいいですよ! もう一度!」

 

 幾度となく刃を交わし、激しく火花を散らせる二人の間には、明確な業前の差があった。故にこれは模擬戦ではなく、指導である。

 基本イリハの好きに攻めてもらい、ニーナさんがそれを防いでいるという構図。けれども単に守り手側がガードをしているのではなく、巧くない攻撃は機を押さえ、良い感じの攻撃はわざとライフで受けているのだ。曰く、実際に斬るのにも慣れるべきであるという。

 

「いいですよ! 斬れてる! 斬れてますよイリハさん!」

「フシャァーッ!」

 

 元々、銀竜道場でイリハが習ったのは守りの技だ。メイン火力は陰陽術で、式を編むまで時間を稼ぐ型である。必ずしも攻めの技術を鍛える必要性はないが、出来ないからやらないのと出来るけどやらないのは別である。無論、後者の方が望ましい。

 事実、先の陰陽術師戦において、イリハは相手の魔法を完封しつつも攻勢が下手で押し切れなかったのである。銀細工とはいえ、魔法を縛った魔術師相手は瞬殺してほしいところだった。

 

「はぁ、はぁ……! うぐっ、はぁッ……!」

 

 当然として、先の戦闘結果をイリハの怠慢からくる失態だとは思っていないし、事実そうでは断じてない。今だって、イリハは顎先から落ちる汗に気づかないほど訓練に集中しているのだ。

 思えば、道場通いの時もイリハは特に一生懸命鍛錬していたように思う。何につけても彼女は勤勉なのである。こういう子を、人は応援したくなるものだ。俺は彼女が迷走しないよう、後方主人面で見守る事にしていた。

 

「いいですよ! その調子です! 最初より洗練されていますよ!」

 

 檄を飛ばしてイリハを指導するニーナさんだが、俺の勘違いでなければ随分と楽しそうに見える。

 若干戦闘狂なきらいこそあれ、穏やかな気質の彼女の事だ。他人が成長するのが好きという、教師向きな性質を持っているのかもしれない。指導を続けるにつれ鋭さを増すイリハの攻撃を受け、ニーナさんは輝くばかりの笑顔を浮かべていた。

 

「ニーナさんにはお世話になりっぱなしだ。本当にこれで良かったのかな」

「いいんスよ。ニーナ先輩はそういう(・・・・)淫魔ッス」

「ならいいけど」

 

 元はと言うと、この指導はニーナさんの申し出から始まったのだ。

 先の襲撃事件にて、俺は彼女に大変お世話になった。身を挺してグレイソン氏を止めてもらったし、その後も夜通し続いた掃討作戦まで付き合ってもらったのである。

 当人からはお礼なんて要らないよと言われたが、それじゃこっちの気が収まらない。暫しのいえいえ合戦の後、再度の共同訓練と相成ったのである。

 そんな訳で、彼女の要望通り【朱鷺流れ】を使った俺とのマジ試合の後、皆とも戦ってもらったのだ。現在はイリハの指導中。

 

「訓練もいいですけれど、そろそろ迷宮に行きたいですねぇ」

「そうね。次は炎の魔法をぶっ放したいわ……」

「一応言っとくッスけど、これはそっちがおかしいんスからね」

 

 現在、グーラの愛剣であるぶちぬき丸は強化合宿の最中だ。巨像イベも終了したので、最近はもっぱら鍛錬場のヘビロテである。

 借家の中庭でも型稽古くらいはできるのだが、やはり魔法・スキル込みで激しく動ける鍛錬場はやり易い。目標の百万時間はまだまだ先なのだし、実戦だけでなく基礎や応用もみっちり鍛えておかないとな。

 

「ふぅ……♡ では、そろそろ終わりにしましょうか。お疲れ様でした、イリハさん。最後らへんの太刀筋を忘れないように、意識しながら練習を続けて下さい」

「あ、ありがとう、ございました。の、じゃ~……」

 

 指導終了。イリハはパーフェクトなバタンキューをしてみせた。

 半分溶けてるイリハを椅子に座らせ、体力が戻るのを待つ。回復効率は悪いが、ニーナさん曰く訓練の後は痛みに慣れておく方がいいらしい。なのでリジェネだ。痛くなければ覚えませんの精神で。

 

「汗拭きますね」

「水飲みなさい」

「仰いでやるッスよ」

「きゅぅ~」

 

 ロリに介抱されるロリを眺めていると、ニーナさんが歩み寄ってきた。

 

「本日はありがとうございました。イリハさんは素直なので、こちらも指導に熱が入ってしまいました」

「いえ、こちらこそご指導感謝します」

「あの、実はイシグロさん宛の手紙を預かってまして」

「はい」

 

 すると、ニーナさんは荷物の中からオシャレな封筒を手渡してきた。

 手紙の差出人は、ニーナさんと同じ淫魔のグレモリアさんだった。ルクスリリアの幼馴染で、庶民淫魔から生まれた中淫魔だ。さして交流のある相手ではないが、以前目の前でセルフプレジャーを見せつけてきた印象深い淫魔である。

 

「改めまして、本日はありがとうございました。それでは、私はこれで」

 

 言って、ニーナさんは上機嫌そうに帰還水晶に触れて転移していった。

 

「グレモリアがご主人にッスか? 怪しいッスね」

「なんなんだろうな」

 

 眺めてても仕方ないので、今ここで中身を見てみる事にした。

 手紙は二枚組になっていて、一枚目は俺に向けての丁寧な挨拶なんかが書かれていた。どうやら、俺宛というよりルクスリリア宛の手紙っぽい。

 二枚目、ルクスリリアへの手紙である。主人とはいえ、これ俺が読んでもいいのだろうか。逡巡した後、二枚目はそのままルクスリリアに渡す事にした。

 

「ルクスリリア」

「はあ」

 

 幼馴染からの手紙に、ルクスリリアは心底面倒臭そうに応えてから読み始めた。

 読み進めていくうち、彼女は露骨に「うへぇ」って感じの表情に変化していった。

 

「なんて書いてあったの?」

「いやまぁ、大した事は書いてないッスね。なんか今あいつ淫魔王国にいるらしくて、そろそろラリスに戻るって言ってるッス」

「そうなんだ」

 

 何で俺に手紙をと思ったが、やはり俺とは無関係だったようだ。主人を通したのはそういう文化があるとかなんだろう。

 ともかく、午前の訓練も終わったし、イリハも頑張ったし、そろそろ昼ご飯を食べに行こう。

 イリハが回復してから、俺達も転移神殿へと帰還した。

 

「あ、おいイシグロ。ちょっといいか?」

「はい」

 

 転移してすぐ、何処で何食べようと話していたところ、馴染みの受付おじさんに呼び止められた。

 手招きをされたので彼のいる受付に向かうと、これまたお手紙を渡された。

 

「アダムスからの手紙だ。お前に渡しといてくれってよ」

「ありがとうございます」

 

 そういえば、ドワルフには俺が引っ越した事を伝えてなかったか。冒険者の連絡先が分からない時は、こうして転移神殿を通して伝言なり手紙なりを渡されるシステムなのだ。

 さっそく中身を確認してみると、そこには新型ぶちぬき丸完成という嬉しいお知らせが書いてあった。

 

「新しいぶちぬき丸、できたって。お昼の後に行こうか」

「わぁ! 早いですね!」

「午後の訓練はいいんかの?」

「最近そればっかだったからな。少しくらいいいだろう」

 

 実際、ゴーレム狩り以後は本職軍人並みに訓練漬けの日々を送っているのである。そんな中、今日午後休むから何だという話。

 何より、新しくなったぶちぬき丸が気になる。完熟訓練にも時間使いたいし、早めにゲットしとくのがいいだろう。

 

「とても楽しみです、ご主人様!」

 

 グーラもよう笑っとる。

 という感じで、お昼ご飯を食べ終えた俺達は、皆してドワルフの店に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「おっ、早かったですねぇ旦那」

 

 ドワルフの店に着くと、挨拶もそこそこに俺達は例のブツを取りに行った。

 ぶちぬき丸は重すぎるので、前と同じくインヴァさんの倉庫に保管してあるのだ。手紙には工匠も同行すると書いてあったので、こうしてドワルフを連れ立って歩いているのである。

 西区でも一等賑々しい鍛冶区に、ぶちぬき丸を打ってくれた鍛冶屋さんがあるのだ。今は俺の空戦車の作成にも協力してくれてるので、かなりお世話になっている。

 

「ようこそおいで下さいました。ご注文の剣は此方に保管しております」

 

 ドワーフ三銃士の一人、鍛冶の専門家ことインヴァさんは相変わらず真面目な応対で出迎えてくれた。

 これまた一通りの挨拶を終え、ぶちぬき丸が置いてあるという倉庫に入る。すると、例によって倉庫の目立つところに棺桶めいた箱が鎮座していた。

 

「グーラ」

「はい……!」

 

 旧ぶちぬき丸でギックリ注意報が発令されたのだ。更に素材を投入した新ぶちぬき丸など何をかいわんや。

 なので、最初からグーラに開けるように言った。皆が見守る中、褐色肌のロリは大きな箱に歩み寄った。

 

「よいしょっと」

 

 それから、使い手がすっぽり収まりそうな棺桶の蓋を開け、グーラは半ば身を乗り出すように新型ぶちぬき丸を取り出してみせた。

 軍旗のように掲げられたそれは、以前のぶちぬき丸と比べ分かりやすい見た目の変化はなかった。しかしその中身は別物らしく、レベルアップしたグーラでもそれなりに力む必要性があったようだ。

 俺が両手持ち一発振りで限界な旧ぶちぬき丸を、ライトセーバーのように振り回せるグーラである。新型ぶちぬき丸の重さは推して知るべしといったところだろう。

 

「はぁ~ん、見てくれは変わってないんスね」

「わし、アレで腰いわしたんじゃけど……」

「安心なさい、竜族の戦士でもアレは扱えないわ」

「ちょっと見せて」

「はい」

 

 とはいえ、新しい武器である。各々感想を述べる皆に混じって、興味むんむんな俺は性能を調べるべく新型ぶちぬき丸に触れた。

 

 

 

◆ぶちぬき丸◆

 

・物理攻撃力:1400

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:武器防御

・補助効果3:剛性強化(大)

 

 

 

 ドワルフの言ってた通り、かなりの量の金剛鉄(アダマンタイト)を投入した割に、新型ぶちぬき丸の性能には大きな変化がなかった。

 そのくせ重量は素材相応に増しているので、普通に考えたら強化のメリットより重量増のデメリットの方が大きいのだろう。

 だが、グーラに限ってはそうならない。今の彼女にはこれくらいの重さが丁度良いというのだ。それに、前世地球ほど重量と威力が繋がらない異世界でも、同じ威力の武器なら重い方が与ダメやノックバック値が高くなるのである。

 確かにコスパは最悪だが、これはこれで最適解だと思える。表示攻撃力以上に、今のぶちぬき丸は火力が上がっているはずなのだ。

 

「重さはどう?」

「はい! とても扱いやすくて、いい感じです! ありがとうございます、ご主人様!」

 

 重さの増した大剣を、グーラは笑顔で振ってみせた。周囲に配慮した軽い素振りだというのに、倉庫内には特大うちわで仰がれたような暴風が吹き荒れている。

 鉄塊を振るう褐色ケモミミロリ美少女は、嵐の中で輝く笑顔を浮かべていた。満足いったようで何よりである。

 

「よかったわね、グーラ」

「くれぐれも味方に当てないよう気を付けてほしいッス」

「それは勿論。当てた事ありましたっけ?」

「当てとったら生きとらんと思うのぅ……」

「まぁグーラはその辺も上手いから」

「それにしても、本当に良かったのでしょうか。アレでは引退時の売価が……」

「そういう事ぁ考えねェのが冒険者ってもんでしょうがよ」

 

 なんて会話をしつつ、俺達は新たな武器を受領したのであった。

 何度見ても思うのだが、やはりロリと大剣は良いものだ。

 

 

 

 

 

 

「いやごめんね、長くなっちゃって」

「いいのよ。私達の為だものね」

 

 気が付けば王都はすっかり夕方である。

 というのも、アレから俺達はもう一度ドワルフの店に行き、またしても新しい武器を注文していたのである。

 で、例によってエリーゼ用の新杖にどんな魔法を装填するかで俺とドワルフが大盛り上がり。結果、こんな時間になっちゃったという訳だ。

 

「主様は金遣いが荒いのぅ」

「冒険者なんてこんなもんッスよ。無暗に貯めてもしょうがないッスからね」

「貯蓄自体はしてるんだけどなぁ」

 

 金遣いが荒くなってる自覚はあるが、ちゃんと使っていいお金の範囲で買い物をしているのだ。橘&湊は完全に無計画だが、新武器購入は計画的だ。

 使っていいお金とは別に、俺名義でちゃんと皆用の口座にもお金を貯めている。前は奴隷解放後の退職金として用意していたが、今は結婚資金みたいな感じで貯蓄中だ。

 所謂、マイホーム貯金というやつである。買うかどうかはまだ決まっていないが、いずれにせよ相当なお金がいる事でしょうと。この世界、この冒険者業、ローンが組めるとは思えないし、支払いは一括に限るのだ。

 

「はぁ、いい匂いがします……。これは何でしょうか?」

「う~ん、ラリス料理はまだ詳しくないからのぅ」

「なんかこの帰り道、懐かしいッスね」

「そうね……」

「ああ」

 

 長い影を並べ、夕焼けの街を歩く。

 言われてみれば、ドワルフの店から出る時はだいたい夕方だった気がする。

 懐かしいな。一年前、ルクスリリアをおんぶしてエリーゼと歩いたんだっけ。あの時はグーラもイリハもいなくて、中級とはいえ狭い宿屋に住んでたんだよな。それが今では屋敷暮らしのハーレム生活。しかもご飯は狐耳ロリ美少女の手料理ときた。

 危ない目にも遭ってきたけど、異世界に転移してからの俺は幸せを感じ続けている。

 

「もう貯まったんじゃないかしら?」

「他所は知らないけど、王都に住むなら全然だよ。新築なんてとんでもない」

「もしお家を持つとしたら、どれくらいの広さが丁度良いのでしょうか。あまり広すぎると、お掃除が大変そうですが」

「使用人を雇うというのも、なんかのぅ? そういうのわしがやるし」

「貴族って柄じゃないッスもんねー、ご主人もアタシも。エリーゼは気にし無さそうッスけど」

「どうかしら。変な魔力を垂れ流す使用人なら、居ない方がいいわね……」

「逆に気疲れしてしまうかもしれませんね」

「いずれにせよ、ある程度の余裕は要るんじゃないかしら。この人の事だから、ねぇ……?」

「どうだろうなー」

 

 エリーゼのわざとらしいジト目に、俺はわざとらしく恍けてみせた。冗談めかした対応だが、実際のところ今の俺にその気はなかった。

 何故ならば、借家自体が完璧で究極の住居かというとそうでもないのは確かだが、我が一党が最強で無敵のハーレムかというと間違いなくイエスになるからである。

 サキュバスドラゴンケモミミコンビ。夜になればバトル開始。上下左右、何とは言わんが乾く暇がないのである。率直に述べると、俺は十分満足しているのだ。これ以上、何が要るって話である。

 

「まぁ何人増えてもご主人はご主人ッスよ。ねーご主人♡」

「よく分からんけど、多分そう」

 

 原則、冒険者の一党は六人一組だ。

 所によっては六人以上で挑める迷宮もあるらしいが、それは同盟単位で挑むのがセオリーだと聞く。無所属の俺には関係のない話だ。

 仮に増やすとしても、あぶれるメンバーを作るべきではないだろう。

 

 先の事件を思い起こす。イリハが誘拐されかけ、俺が足止めされ、皆が疑似タイマンを張る羽目になった大乱戦。

 どれだけ対策を立てようと、どうしたって成金君は狙われる。今回、事前にイリハが鍛えてて、且つ深域武装の権能で飛べたから良かったものの、前述の片方だけでも欠けていれば相当ヤバかっただろう。

 その点、やはり一定以上の戦闘力は欲しいところだ。初期能力云々というより、迷宮に潜れる素質がいるのだ。それで言うと、最初から皆ノリ気だった。戦闘種族のエリーゼは言うに及ばず、ルクスリリアも強くなる事には積極的だったのである。

 

 悲しい哉、俺が転移したこの異世界は綺麗な面して中々にバイオレンスだ。そんな世界でいくら強くなったとしても、俺は俺の手の届く範囲しか守れない。

 可哀想なロリ奴隷を救いたいのは事実だが、手元に置くのは強者に限る。そうじゃないと逆に無責任だ。仮に要項を満たさないロリ奴隷を迎えたなら、その時は止まり木協会に預けようと思っている。その方が、俺の近くにいるより安全なはずだ。

 

「あっ、あの二人淫魔氷菓(サキュバスアイス)食べてるッス!」

淫魔氷菓(サキュバスアイス)?」

「牛乳等を冷やして固めた、甘くて美味しいお菓子ですよ。夏はまだですが、もう売り出してるんですね」

「変わった形ね。去年食べたものとは違うのかしら」

 

 そんな事を考えつつ、ふと視線をやった先で、人間族の若いカップルが仲良く淫魔氷菓を食べていた。

 エリーゼの言う通り、その形というか食べ方には今まで見た事のない特徴があった。通常、一人に一つの入れ物で供される淫魔氷菓であるところ、例の淫魔氷菓は大きな入れ物を二つの匙で食べていたのである。

 あれは、カップル用の淫魔氷菓になるのだろうか。ラブラブエフェクトを放射しながらお互い食べさせ合ってる二人は実に幸せそうだった。

 

「イイな、あれ」

「ん? ご主人って甘いの嫌いなんスよね」

「苦手なだけで嫌いじゃないよ。そうじゃなくてさ」

 

 何がイイと思ったかというと、ああいう如何にもなバカップルムーブこそをイイねと思ったのだ。

 例えるなら、古い漫画とかでたまに見るハート型ストローのカップルジュースとか。ラブコメによくある観覧車イベントとか。ああいうの、イイよねって。

 

「そういえば、俺等って恋人らしい事あんましてないよな」

「らしい、ですか?」

 

 この世界、ラリスもリンジュもハーレム文化は普通に許容されている。勿論、種族や個人にもよるのだが。

 淫魔からすると結婚については概念自体がどうにも曖昧で。竜族文化は正妻にプラスして妾がいるのが普通らしい。グーラとイリハに異母兄弟はいないようだが、種族的にはハーレム容認側である。

 

 転移直前、俺は「異世界でロリハーレム作りてぇ」という欲望に塗れていた。

 ロリのハーレムだ。最高だ。ロリコンの夢だろう。今は叶った。異世界ドリームである。これ以上の幸福は存在し得ないでしょう。今ある温もりを大事にしてこうと思う。

 それはそれとして、純愛モノも大好きなのだ。個別ルート、アフターストーリー、ファンディスク……。これまで攻略してきたヒロイン達は、善き思い出となって心の支えになっている。

 

「デートか」

 

 そういえば、それらしい事をルクスリリア以外とした事がなかった気がする。

 エリーゼが来てからは、戦力の分散を気にして出来るだけ固まっていたのである。けれど今ならイケると思う。実際、俺と三人で別行動した実績はあるのだし、一党から二人抜けてもそれなりの戦力になるはずだ。メイン武装を渡しておけば、いざという時も安心だろう。

 

 うん、恋人っぽい事、ぜひやりたい。

 遊園地とか、映画館とか、カラオケとか。それらはなくとも、俺は皆とデートがしたいと思う。

 

「という訳で、お出かけしない?」

 

 提案してみたところ、満員一致で採択された。

 ロリサキュバスやノーブルブラッドロリドラゴンや黒髪褐色ケモミミロリや桜髪のじゃロリ狐っ娘とのデート。

 オラ、わくわくすっぞ。

 

「きひひ♡ じゃあ、その前に何したいか考えとかないとッスね♡」

「できれば一緒に決めたいかな。俺だけだと難しそうだ」

「そうね。アナタの事だから、私達の願望を叶える日とでも捉えておきなさい」

「むぅ、主様にのぅ?」

「叶えてもらってますよね」

「アタシはもう決まってるッスけどね!」

「分かり切っているけれど、それは何かしら……?」

「一日吸精権♡」

「知ってたのじゃ」

「いつもしてるじゃないですか」

「きひひ♡ 容量増えたんで、ちょっくら己の限界を試してみようかと♡ ついでにご主人の限界も♡」

「まあ、好きにするといいわ……」

 

 そんな訳で、皆とデートをする事になったのだった。

 とても楽しみである。




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 この世界、武器種によって攻撃の倍率が違います。
 同じ攻撃力でも、短剣より大剣の方が威力が出ます。加えて重量による補正なんかもあったりします。
 なので、ぶちぬき丸一発より無銘二発のがDPS高いじゃんという訳ではないんですね。


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天狐の情愛

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベが続いております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、序盤だけ三人称です。
 よろしくお願いします。


 王都アレクシストには、実に多くのモニュメントが存在する。

 南区に存在するジュスティーヌ大噴水。北区のゼノン魔道石碑。東区にある聖剣テイラウスの複製石像。

 後世において、そういった目立つ建造物は住民の待ち合わせスポットとして使われるようになるものだ。

 そして、数ある王都モニュメントの中には、特に獣人族に好まれる定番の待ち合わせ場所があった。

 

 王都西区、拳聖イライジャ像。

 建国英雄の一人を模して作られた像の前には、その日も多くの人が集っていた。

 現代日本で例えると、さながらハチ公前といった雰囲気。像のモデルが獅子人の英雄というだけあり、他スポットよりも獣人の比率が高いように見受けられた。

 

「おい、あの人……」

「すごい綺麗……」

「あの服リンジュのだろ? どう見ても庶民じゃないよな?」

 

 そんな中、件の銅像前に一人の狐人美女の姿があった。

 桜色の髪に、憂いを帯びた瞳。きめ細やかな肌は透き通っているかのように美しく、それでいて女としての色気に満ちている。また、着物に隠れたその胸は極めて豊満であった。

 艶やかな美に、楚々とした佇まい。これに、グッとこない王都男児はいなかった。

 

「へへへっ、お姉さん待ち合わせ中?」

「へへへっ、今暇? どこ住み? てか今暇?」

「へへへっ、どしたん? 話聞こか?」

 

 王都男児は攻めっ気が強い。一切物怖じせず、注目を浴びる狐人美女に声をかける者達がいた。

 犬人、猿人、鳥人の異世界チャラ男三人衆である。彼等の鞄には強制同意フ〇ック用の催淫団子が入っている。

 気安く話しかけてきた男達に対して、狐の麗人は薄い笑みを浮かべるばかりで何の返答もしなかった。

 

「へへへっ、何か言ってくれよ姉ちゃん」

「へへへっ、俺等そんなに口達者じゃねぇんだぜ姉ちゃん」

「へへへっ、身振り手振りでもいいから反応ほしいぜ姉ちゃん」

 

 美女は黙して語らない。深みのある双眸に見つめられると、性欲に塗れた三人もどうするべきか分からなくなった。

 だが、そこは王都に住まうチャラ男である。最も性欲の強い猿人が、欲望に負けて狐人美女の肩を抱こうとした。

 次の瞬間である。

 

「失礼、うちの連れに何か用ですか?」

「痛ぇ!?」

 

 猿人の伸ばした腕を、横合いから鷲掴みする手があった。

 その握力は凄まじく、今にも上腕の骨が折れてしまいそうなほど。如何な思惑があったとしても、これは明確に攻撃の意思ありと見做される。血の気の多い異世界チャラ男は反射的にいきり立った。

 

「なんだお前! 離せコラ!」

 

 振り払おうとする猿人だが、繋がった彼我の手は蝋で固められたように動かなかった。すわ冒険者かと、知性の高い――三人組の中では――鳥人が推察した。

 冷静になり、改めて声の主を見る。黒髪黒目の冴えないチビ男。王都では見ないリンジュ風の服を着ていて、その身の筋肉はあまりに薄い。如何にも弱そうだ。

 弱そうなのだ、が……。

 

「ぎ、銀……!?」

 

 燃え上がりかけた怒りは、男の首にある冒険者証を見るや一瞬で萎えてしまった。この弱そうな男は、ラリスの銀細工持ち冒険者であったのだ。

 銀細工とは、強さや身分の照明であると同時に、箍の外れっぷりを注意喚起する防犯グッズでもあるのだ。まして、善性を保証する飾りなどでは断じてない。

 漆黒の瞳が、狐人美女に手を出そうとした三人組を見ていた。

 

「「「す、すみませんでしたー!」」」

 

 王都男児は攻めっ気が強く、それでいて危機管理能力に優れている。銀の冒険者が手を離すと、犬猿鳥の三人はすたこらさっさと逃げて行った。

 

「行こうか」

 

 黒髪黒目の銀細工――イシグロは、狐人美女の手を取ってその場を去った。

 静々と手を引かれる美女の輪郭が、ほんの少しブレた。異世界女子的にキュンときて、魔力の操作が緩んじゃったのである。

 

 それから、二人は路地裏に入っていき……。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、気分爽快なのじゃ~!」

 

 ぼふんと煙を立て、狐人豊満美女はケモミミロリへと姿を変えた。

 さっきまでの美女スタイルはイリハが陰陽術によって変化した母親の似姿であり、何故か彼女はその姿で待ち合わせしたいと言ってきたのである。

 

「そんなもん?」

「うむ。わしが、というか母上の美貌がこっちでも通用するのを見るとな。なんかこう誇らしいのじゃ。むふー!」

 

 どうやら、モテ気分を味わって悦に入っているというより、母親の美しさが評価されるのが嬉しいらしい。

 後方彼氏面ならぬ、前方娘面? なんだろう、何となく分かるけど完全には理解できない心理である。

 

「それに、図らずも夢じゃった“逢引中に軟派な男に絡まれてたところを好きな男に助けられる”という願望も叶ったでのぅ。実に幸先が良いのじゃ!」

「それならいいけど」

 

 なんにせよ、イリハが喜んでくれるなら幸いだ。それに、俺を好きな男と捉えてくれるあたりが非常に嬉しい。

 それはともかく、俺は言うべき言葉を忘れてはいなかった。

 

「その着物、似合ってるね。特にブーツがいい感じ」

「むふふ、じゃろ~? まぁこれエリーゼが選んでくれたやつなんじゃが」

 

 今回、俺達はお互いにデート用の衣服を着ていた。

 俺はシンプルかつ質の高い侍スタイル。イリハは大正時代の女学生を思わせるハイカラさんスタイル。一応、二人とも腰に刀を佩いているのが異世界流だ。

 

「じゃ行こうか」

「うむ!」

 

 そうして、俺達は手を繋いで通りに出た。

 

 この日、俺とイリハは二人だけで出かけていた。先日決まったデートの為である。

 ホウレンソウ一党会議の結果、デートは一人につき一日という事となり、安全の為に門限が設けられた。

 

 デートプランはというと、主に皆の要望に沿う形となった。

 イリハの場合、まずイライジャ像で待ち合わせをするところから始まるのだ。

 

「アレクシストは毎日桜闘会が開かれとるみたいじゃのぅ」

「そだねー」

 

 で、以降のイリハの要望は「父と母の逢引を再現したいのじゃ」というものであった。

 話によると、彼女の両親には相当な身分差があったらしく、あまり外で会う機会がなかったのだという。こっそり行った逢引の時も、変装等を使いつつ少し街を歩いただけなんだとか。異世界基準でもそれは逢引というには質素だったようだが、当のイリハ母はそれはもう嬉しそうに当時の事を語っていたらしい。

 よって、イリハとのデートの前半は街ブラ企画と相成ったのである。

 

「王都はどこも綺麗なのじゃ。壁も屋根も色鮮やかで、キラキラしておる」

「リンジュとは別の綺麗さがあるよね。街全体が観光名所って感じ。俺はカムイバラも好きだけど」

 

 何処に行くでもなく、何をするでもなく、二人きりでただ歩く。

 俺にとっては見慣れた王都も、引っ越してきたばかりの彼女の目には新鮮に映るのだろう。彼女は王都の活気に圧倒されつつ、興味深げに辺りを見渡していた。

 

「わっ、あそこまた喧嘩しとるのじゃ!」

「大丈夫、あれくらいなら余裕だ。もし襲いかかってきても必ず守ってみせる」

「た、頼もしいのじゃ♡ 主様♡」

 

 転移して一年も経てば、自然と異世界女子が喜ぶ言葉を吐けるようになる。

 この世界、分かり易い強さアッピールこそが男のモテムーブなのだ。日本でモテそうな細身の優男より、マッチョなタフガイがモテるのである。その点、俺は全然タフガイではないのだが、位階相応の戦闘力は有しているので多少強気な発言も許される。

 堂々と胸を張ってイリハの方を見ると、彼女は僅かに赤らめたニンマリ顔で身体を寄せてくれた。好感度アップの音が聞こえた気がする。

 

「あそこ、さっき魚跳ねたな」

「美しい魚じゃ。水も綺麗じゃし、よく見えるのぅ」

 

 ちょっとした気づきに心を向け、お互い飾らぬ感情を共有する。

 強い刺激こそないが、二人の間には暖かな心地良さがあった。

 

「ん? アレは何の店じゃ? えーっと、ちょっと読みづらい字じゃのぅ……」

 

 ふとイリハが見上げた先には、あまり見ない類いの看板があった。

 描いてあるロゴの意味は分からないが、異世界文字は分かる。俺は言語チートに頼る事なく、頭の中の辞書を引いて答えた。

 

「楽器屋だな」

「ほう」

 

 言うと、イリハはその大きな瞳を輝かせた。

 こういう時、俺は脳内選択肢を間違えない。常に上を選べば好感度がアップする訳ではないのだ。そして、リアル選択肢には時間制限が存在するのである。

 

「入ってみようか」

「うむ」

 

 俺は気持ち強引めに入店した。

 彼女の性格上、自分から言い出す事はなさそうだからだ。キングが動かないとクイーンは動けないのである。知らんけど。

 

「らっしゃい」

 

 店に入ると、そこは前世日本の楽器屋とは雰囲気が大分異なっていた。

 淡い魔導照明により照らされた店内は、一面落ち着いた色の木材で囲まれていた。年季の入った台や壁に、沢山の楽器が陳列されている。

 見たところ、ここは弦楽器の専門店であるらしく、並んでいる楽器にはどれも弦が張られていた。また、店内に俺達以外の客は居なかった。

 

「おぉこれ知ってる。リュートだよ。こっちじゃ何ていうのか知らんけど」

「リュート?」

 

 中でも数が多かったのは、ファンタジーモノでよく見かけるリュートという弦楽器だった。ギターのお兄さんみたいなやつである。

 よくよく観察してみると、単にリュートと言っても色んな種類のリュートがあるらしく、大まかな形こそ似ているが弦の数が違ったり先端部分の形が異なったりしていた。

 

「三弦とは違うんかのぅ?」

「詳しくはないけど、素材とかその辺も違う気がする」

 

 元々、イリハは三味線によく似た弦楽器を演奏できるのだ。その点、こういった音楽関連には惹かれるものがあるのかもしれない。

 思い返すと、イリハは歓楽街の遊女パレードで変化しつつ演奏しながら歩いていた。アレって地味に高等テクニックなのではなかろうか。

 イリハの演奏していた楽器は弦の数が三本で、弾くのもお好み焼きのヘラみたいなのを使っていたが、リュートにそれは無いようだった。

 

「すみません。試奏ってできますか?」

「あ、はい。どうぞ……」

 

 入店時には愛想の悪かった店員さんだが、声をかけてみると一転遠慮がちに了承してくれた。

 なんか脅迫したみたいだが、これはもう慣れるしかない。努めて気にしないよう意識しつつ、イリハにリュートを持たせて試奏用と思しき椅子に座ってもらった。

 

「ん~? こうかのぅ?」

 

 ボロ~ンと、軽く爪弾くイリハ。しかし違和感があるのか、色々と試行錯誤して音を出していた。

 店員さんも恐る恐る覗いている。何か言いたそうにしているが、何も言ってはくれないようだ。

 

「あぁ~、これ指の腹で撫でるんじゃな」

 

 ポロロ~ン。暫くすると文字通り勘所を掴んだようで、イリハはリュートらしい音色を奏でてみせた。

 三味線とリュート。似ているようで全く違う楽器のはずだが、イリハはあっと言う間に弾き方を理解したようだ。

 

「いいね。きつね・ざ・ろっくが聞こえてくるよ」

「どういう意味じゃ?」

 

 流石にコードなり曲なりを奏でる事はできないようだが、ポロロンと弦を弾くイリハは上機嫌だ。

 恐々見ていた店員も、彼女の演奏を聴いて安心したように引っ込んでいった。ああ、壊すんじゃないかと思ってたのね。

 

「すまぬ。熱中してしまったのじゃ」

「構わんよ」

 

 良い音を探るように集中していたイリハは、途中ハッと気づいたように止めてしまった。

 俺としては楽器の練習をしてる女の子からしか得られない栄養素を享受できていたので、このまま続けてもらってよかったのだが。

 丁寧にリュートを戻すと、イリハは興味津々に別の楽器を見始めた。

 

「これは、お琴かの?」

「おっ、これガルパンで見たな。なんだっけ、スナフキンみたいな女の子が弾いてたやつ……」

「これも指で弾くやつっぽいのじゃ」

 

 そんな感じで、俺達はしばらく楽器屋で過ごした。こういうのも街ブラの醍醐味といえるだろう。

 これまであまり気にしていなかったが、異世界にも音楽文化はあるんだよな。使い手こそ少ないが、楽器を武器にしてる冒険者とかいるらしいし、戦術でも芸術でも異世界人と音楽は近い関係にあるのかもしれない。

 

「むふふ、ありがとうなのじゃ主様! こんな上等な物を……」

「武器に比べりゃ安い安い」

 

 結局、この店で俺は二つ楽器を購入した。イリハ用のハープと、俺用のリュートである。

 何気にリンジュではイリハ用の最新式最高級三味線を買ってあげたので、これで彼女は楽器二つ持ちとなる。そのうち、イリハは我が一党の音楽担当になるのかもしれない。一味には音楽家が欲しいところだしな。いいと思う。

 

「主様も一緒に始めてくれるのは、何だか嬉しいのじゃ。頑張って練習しようの、主様」

「お手柔らかに。俺、音楽の成績微妙だったから」

 

 今回、イリハ用だけでなく俺用の楽器も購入したのは、何となく趣味を増やそうと思ったからだ。

 長い異世界生活、趣味は多いに越した事はないだろう。それに、イリハと一緒なら楽しく続けられそうだしな。

 

「今度、皆とも楽器屋巡りに行きたいのじゃ。こういう事、言うていいって聞いたんじゃが……」

「そりゃもう、どんどん言ってほしい」

 

 自分からそう言ってくれるあたり、イリハもすっかり一党に打ち解けているのだろう。

 彼女の言う通り、皆とも楽器を見てみたいな。可能なら、皆とも一緒に練習したい。ロリコン&ロリバンド、始めるか。

 まぁ続くかどうかは分からんのだけども、こういうのは挑戦するのが大事だろう。男は度胸、何でもやってみるもんさ。

 

 

 

 

 

 

 楽器屋で過ごした後、俺達はイリハの作ってくれたお弁当を食べた。

 イリハは本当に料理上手である。基本的にはリンジュ発祥の和食によく似た料理を作ってくれるのだが、最近はラリス料理もお手の物だ。今日のお弁当は和洋折衷的な運動会スタイルで、俺の男の子ハートを真正面から貫いた。

 

 さて、午前は街をブラブラして過ごしたが、午後の部には明確な目的地があった。

 もう一つのイリハの要望、それは「王都の温泉に浸かってみたいのじゃ」というやつだった。

 なので、以前皆と言った異世界スーパー銭湯こと、西区ニカノル大浴場へとやって来たのである。

 

「お待たせなのじゃ~」

 

 脱衣場を出てすぐの場所。アーケード街を思わせる屋内空間で、武装を外した俺達は合流した。

 当然、お互い水着姿である。イリハは新しく購入していたパレオ付きの水着を着ていた。ヒラヒラ揺れる布がオシャレである。

 

「おぉ、いいね。凄い可愛い。色もよく似合ってる」

「どうも~。主様が喜んでくれるんなら幸いじゃ」

 

 合流後に即褒めると、イリハは小さな胸を張って応えた。

 出会った頃のイリハの身体は骨と皮みたいだったが、今ではすっかり健康的な丸みを取り戻していた。運動も頻繁に行っているので、その身には程よい筋肉がついている。

 何より素晴らしいのが、水着のお尻部分から出ているモフモフの尻尾である。ぜひ後ろから見たいと思わせてくれるナイスデザインだ。構造的に、ヒラヒラしてる所にも尻尾孔があるのだろう。

 

「にしても、王都の風呂屋はすっごいのぅ。規模がダンチじゃ」

「そういえば、俺カムイバラの大衆浴場には行った事ないな」

「向こうのはもっと狭いのじゃ。それに混浴じゃないんじゃよ。男湯と女湯で分かれててな……」

「イリハは入った事あるの?」

「客として入った事はないんじゃが、店主が良い人でのぅ。掃除の前に入らせてくれたんじゃよなぁ」

「良い人じゃんね」

 

 などと話しつつ、入り口近くの通路を歩き、屋外エリアに出た。

 

「はえ~」

 

 中央の屋外エリアに着くと、イリハは感嘆の声を上げた。

 真ん中にはラリスお得意のウエディングケーキ型噴水が聳え立ち、そこから大小の水路が放射状に広がっている。芝生の生えた箇所では日光浴をしてる人がいて、屋台の近くでは軽食を食べている人がいる。他にもプールや露天風呂や運動場なんんかもあった。

 リンジュの風呂屋しか知らないイリハにとって、この場はまさに新感覚のレジャー施設に見えるのだろう。入った事のある俺からしても、此処の規模には圧倒される。

 

「よ、予想以上なのじゃ……」

「色々あるよ。最初どこ入る?」

「うむ。蒸し風呂は家にあるからいいとして、まずは……」

 

 遊園地にあるような地図看板の前に行き、最初に入る風呂を決めてもらう。

 浴場を選ぶという経験もなかったのだろう。イリハは熱心にあれこれ書かれた地図を見ていた。

 

「とりあえず身体の汚れを落とすべきじゃろうな。かけ湯的な場所はあるかの?」

「それなら滝湯があるな」

「じゃあ、そこに行くのじゃ!」

 

 そうして、俺達の湯めぐりが始まった。

 滝湯を浴びて汚れを落とし、イリハ何人分になるか分からない広々とした湯舟に浸かる。暖まったら屋外の露天風呂に入り、全ての浴場を制覇する勢いでスーパー銭湯を満喫した。

 他にも色々あるよと、俺達は有料エリアにも向かっていった。

 

「あ、なにこれすご……と、溶けるのじゃ~」

 

 精神疲労を洗い流す聖水風呂に入ったり……。

 

「落ち着く匂いなのじゃ~。それに、湯の温度も丁度良い……。しばらく出たくないのぅ……」

 

 変な匂いのする薬湯に入ったり……。

 

「ん~、川とは勝手が違うのじゃ」

「泳げてる泳げてる」

 

 ガッツリ泳げる屋内プールで水泳の練習をしたりもした。

 中でも、イリハは薬湯が一等気に入ったようで、実にロリババアらしいリアクションをしていた。

 同じ薬湯に入っていたのは、森人や魔族など長寿種族が多かったように思う。なんかそういう、長寿種族を誘引する匂いとか効能とかがあるのかもしれない。ファンタジーだし。

 

「よっ、ほいっと」

「いけるいける。はい」

 

 一通り湯やプールを楽しんだ後、俺達は屋外エリアの運動場で蹴鞠っぽい球遊びをしていた。

 蹴鞠、そうその蹴鞠である。厳密にいうと違うのだが、ほとんどソレである。イリハ曰く、身分や老若男女を問わずリンジュ人はこれをして遊ぶらしい。

 

「おおっと。難しいな」

「意外じゃの~。主様なら余裕と思っとったのじゃ」

「力加減がね。あ、ごめんミスった!」

 

 エンジョイ勢のキャッチボールのように、柔らかい球を取りやすいように蹴り返す。これが存外難しく、戦いとは別種の精妙な足捌きを要求してくるのだ。苦戦する俺に対し、イリハは見事な球捌きをしていた。

 これまた、幼少期のイリハは友達がおらず、ずっと一人でリフティングをしていたらしい。いつか友達とやるのが夢だったとか。

 

「帰ったら皆でやろうか」

「そうじゃなっと」

 

 そんな遊びをしつつ、お腹がすいたら屋台の軽食を摂り、美味しい炭酸ジュースを飲み、身体が冷えてきたら再度風呂に浸かった。

 

「むふふ、独り占めじゃ」

 

 今浸かっているのは、同じく屋外エリアにある例の貝殻浴槽である。デカいが狭い殻の湯舟で、俺とイリハは密着していた。

 他の客も家族連れや恋人同士が多かったので、ここならイチャついてても目立たない。

 温かいお湯の中、彼女の肌はなおも熱かった。時折吹く風が大きな狐耳を揺らしている。

 

「のぅ、主様?」

「ん?」

 

 見ると、千歳緑の双眸がすぐ近くで俺を見上げていた。

 前に見た迷子の目ではない。希望に満ちた瞳である。

 

「主様に身請けしてもらってから、わしはずっと幸せじゃ。前と変わらぬ奴隷身分なのに、日に日にわしの心が自由になっていくのが分かる。寝る前がな、怖くないんじゃよ……」

 

 後ろ抱きの姿勢で、イリハはそう囁いてきた。

 遠い喧騒が聞こえる中、彼女の声は明瞭で、心底満足げであった。

 

「ありがとうのぅ、ほんに」

 

 そう言って見上げる彼女の顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。

 初めて会った時のような、今にも自殺してしまいそうな悲しい表情ではない。一切の籠りもない、世界一ピュアな笑みであった。

 

「改めて思う。わしも、ずっと主様と一緒がいいのじゃ♡」

「ああ。俺も」

 

 俺は彼女の小さな身体を、優しく抱きしめた。

 湯舟の中、柔らかな尻尾がお腹を撫でた。

 

 

 

 

 

 

「おい~っす」

「ただいまなのじゃ~」

 

 異世界銭湯を満喫した後、俺達は帰路の道中で食材を買いこんでから帰宅した。

 玄関扉を開けると、リビングにいたらしい皆が駆け寄ってきた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様、イリハ」

「随分と早かったのね」

「まぁの。じゃ、わしは飯の準備をしてくるからの~」

「ん? な~んか変ッスね……」

 

 我が一党の取り決め通り、イリハは手洗いうがいをしてから台所へと引っ込んでいった。

 デート後というか、完全に平日と同じ行動である。恋人らしく手伝おうとしたら、ええからええからと台所を追い出されてしまった。

 

「あっ、わかったッス! ご主人からもイリハからも、全く全然これっぽっちもスケベな匂いがしねぇんス!」

「そりゃ、まぁ」

「あら勿体ない……」

「今日、ご主人様達は何をされていたのですか?」

 

 リビングのソファーに腰を下ろしつつ、皆に今日あった事を話した。

 街ブラして、楽器屋行って、風呂入って買い物して帰った事。各々デートプランは知ってるはずだが、詳細は知らないのである。

 

「かーっ! 連れ込み宿行かなかったんスか!」

「満喫されたのですね。それは何よりです」

「いやいやいや! 逢引の最後は連れ込み宿で休憩って相場が決まってるんスよ! 何やってんスか! もとい何でヤッてねぇんスかこのヘタレ!」

「いやー、ほんまもんのヘタレはハーレムなんぞ作らんと思うよ」

 

 まぁ確かに、俺にしては珍しく、随分と健全なデートではあったと思う。

 でも、たまにはそういう日もあっていいだろう。俺は絶倫マンである以前に、純粋に皆が大好きなロリコン野郎なのである。

 

「鍋が煮えたら食べれるからの……っと、何話しとるんじゃ?」

 

 と、ここでイリハが戻ってきた。

 どうやら、夕食はもうちょい先らしいので、早速スーパー銭湯で言ってた事を実行しようと思う。

 うちの中庭は広いのだ。

 

「わっ! すみません上がり過ぎました!」

「はぁああああ! 食らえエリーゼ! 淫魔雷電蹴撃(サキュバス・イナズマ・シュート)ォ!」

「甘いわね、その程度の攻撃では竜族の肉体には傷一つ付けられないわ……!」

「そういう遊びじゃないんじゃがのぅ。ほい、主様」

「おっとと、やっぱムズイなこれ」

 

 そんな訳で、飯が出来るまで皆で蹴鞠をして遊んだ。

 この球技に勝ち負けはないはずだが、存外白熱した戦いになった。

 異世界ハーレムで蹴鞠。なんて健全な遊びなんでしょう。

 

 こうして、イリハとのデート日は過ぎていくのであった。

 

 

 

 勿論、その晩はイリハの房中術で愛し合った。

 ナイトゲームの方では、皆は俺の球を使い回していた。ボールは友達、怖くないよ。

 結果、俺は何度もイーグルショットを放つ事となった。

 

「はぁ♡ はぁ♡ んぅ~♡ 主様、凄すぎなのじゃ~♡」

 

 向こうもその気らしかったので、イリハには抜かずのハットトリックをお見舞いした。

 そんな夜の延長戦は、遅くまで続いたのであったとさ。




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黒獣の信愛

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベを維持できております。
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 今回はグーラ回です。
 よろしくお願いします。


「いてきまー」

「行ってきます」

 

 イリハとのデートから一日空けて、この日はグーラとのデートとなった。

 先のデートでは外で待ち合わせなどしていたが、本日は二人揃って家を出た。

 理由を問うと、「長くご主人様と居たいです」との事。可愛すぎて幽体離脱しそうになった。

 

「二人だけで歩くのは、なんだか不思議な気持ちです。ちょっとルクスリリア達に申し訳ないような……えへへっ」

 

 初デートなので、俺もグーラもいつもと違う服を着ている。

 俺は獣人族に人気の運動着みたいな服。グーラは褐色肌の栄える白ワンピだ。童貞じゃないが俺特効のこれは、エリーゼによるコーデであるらしい。当然、俺は二人を褒めちぎった。

 ちなみに、異世界人にはデート時にわざわざ新しい服を着るという感覚はあんまり無いらしい。そういうのをやるのは富裕層だけなんだとか。

 

「どうも。予約してたイシグロです」

「ご乗車ありがとうございます。どちらへ向かわれますか?」

 

 さて、デートプランについてだが、今回は予め目的地を決めてある。東区にある王都の定番観光スポットだ。

 俺の借家があるのは西区である。ここから東区まで徒歩で行くとなると、疲れはしないが時間がかかる。なので、俺達は前日に予約しておいた馬車に乗って向かった。異世界タクシーである。

 

「ふかふかですね。それに、外の音が遠いです」

「酔いそうになったら言うんだぞ」

 

 現在、車内は俺とグーラの二人きりである。御者は外で手綱を握っている。向かい合って座る席の中、俺達はあえて隣り合っていた。

 乗っているのが高級馬車という事もあり、車内の座席は存外座り心地がよかった。サスか道路か、どっちも良いのか、異世界馬車で覚悟していたケツ痛現象は起こらなさそうだ。

 

「どんどん景色が変わっていきます。まだ西区なんでしょうか」

「多分まだ南区じゃないかな。ルート的には大通りをグルッと回るはずだから」

 

 さすが異世界最大の都市というべきか。王都はしっかりと道が整備されており、大きな通りは車道と歩道に分かれていた。これまた流石の異世界ホースぶりで、車道を走る馬車はなかなかの速度を出している。自然、徒歩よりずっと速い。

 グーラを膝に乗せて流れる景色など眺めていると、気がつけば目的地の近くに到着していた。

 

「あっ、あそこです! ご主人様!」

 

 馬車を降りると、グーラは少し早足になって歩いた。手を繋いでいるので、俺が引っ張られている状態だ。

 ワクワクしながら先導する彼女は無邪気にはしゃぐ幼児のようでもあり、早足で歩くオタクちゃんのようでもあった。

 いずれにせよ、グーラが楽しそうで何よりである。

 

「わぁ、すごい……!」

 

 そうして辿り着いたのは、賑々しい王都には珍しい緑の静謐に満ちた公園であった。

 名を、聖剣公園という。

 

 聖剣公園は、王都民の憩いの場として親しまれてもいる観光名所の一つだ。

 白亜の石畳で舗装された歩道の周りには、よく手入れされた芝生が広がっていて、街と公園を切り離すように沢山の木が植えられていた。

 少額ながら入場料を取っているので、公園内に荒くれ者の姿はない。利用者は裕福な家族連れや、喧騒を好まない森人等が多い印象である。

 

「ほわぁ~……!」

 

 そして、ここの公園の目玉となるのが、今グーラが見とれている勇者アレクシオスの剣のレプリカ石像である。

 まるでマスソか選定の剣のように、如何にも聖剣といった風体の石剣が台座に突き刺さっている。陽を反射する台の表面には、その武器の名が彫られていた。

 

「聖剣テイラウス……」

「はい! アレクシオス様の愛剣として知られている武器で、これにより多くの魔物を倒したと伝わっています! テイラウスは迷宮の奥底から見出した深域武装と言われていて、書籍によりマチマチですがその権能は強力無比であったと……!」

 

 何気ない呟きに、グーラは早口になって答えた。

 スポーツ少女然とした身体つきのグーラだが、中身は大人しい気性の文学少女なのである。中でも“獣拳記”という前世地球で言うところの少年漫画ポジの英雄譚を好んでおり、それに関連する形で勇者アレクシオス一行の物語を愛好しているのだ。

 

「権能分かってないの?」

「はい! 一説には純白の雷を迸らせたとか、万物を切り裂く事ができたと伝わっています! 正確なところは分かりませんが、共通して何色かに光っていたようです!」

 

 前世、一方的に自分の好きな話をするオタクというのは、基本的に忌避されるものだったと思う。良く言えば情熱的で、悪く言えばキモ語りだからだ。

 だが、こういう話、俺は昔から好きだった。ミリオタにしろ鉄オタにしろ、楽しそうにしてる人の話ってのは中身があって面白いと思うからだ。

 なので、俺的にはオタク語りするグーラも素敵だと思う。例えるなら、ネズミーファンの女子とネズミーランドにやって来たみたいな感覚だろうか。彼女が楽しそうにしてるから、彼氏も嬉しくなっちゃうのである。ハハッ!

 

「実は、アレクシオス様は聖剣テイラウスで災厄の残滓を屠っていた訳ではないんですよね。それまではずっと、普通の剣で戦っていました。学者様のお話によると、そのどれもが現代と比べれば遥かに脆い武器であったと……」

 

 ドワルフ曰く、昔は深域武装と通常鍛冶の武器には、その性能に雲泥の差があったらしい。

 しかし、最近では技術の進歩によって並みの深域武装より強い武器を作れるようになったという。俺の腰にある無銘など、SSR深域武装を除けば最上級の品であるそうだ。勿論、グーラのぶちぬき丸も。

 そんな現代においても、嘘か真か聖剣テイラウスは古今東西最強の剣であるらしい。本当に伝説の通りの剣なら、だが。

 

「さっき言った通り、テイラウスって勇者伝説の後半にしか出てこない武器なんですよ。なのに何故か霧龍退治の絵画でテイラウスらしき剣が描かれたりしている事があったりするそうです。ボクはその絵を見てはいませんが」

「へぇ。それはどこで見れるの?」

「恐らく、西区の王立美術館にあると思います。勇者様関連はだいたいそこなので」

「近いじゃん。今度観に行こうか」

「ほ、本当ですかっ? ありがとうございます!」

 

 そんな話をしつつ、聖剣石像を離れて彼の勇者一行の冒険が記された作品を巡っていく。

 清浄樹を植える天使ジュスティーヌの銅像や、鍛錬場を作った賢者ゼノンの銅像。グーラの推し英雄である拳聖イライジャの銅像もあった。てか、西区にあったイライジャ像とお顔が違うような……?

 公園のスタッフにお金を払えば作品の解説をしてくれるサービスもあったのだが、グーラだけで十分事足りた。マニュアルに沿った説明より、情感たっぷりなオタク語りの方が面白い。

 

「旅立ちの時、勇者アレクシオスの仲間は魔道賢者ゼノンだけでした。また、当時の二人に二つ名はなかったと言います。どちらも、ただのアレクシオスとゼノンだったんです」

 

 長い屏風のような石壁には、道を歩く二人の人物の絵が描かれていた。みすぼらしい剣士と、ローブを纏った男魔術師である。

 描かれているのは勇者様と賢者様なのだろうが、どうにも俺はそこに違和感を覚えてしまった。

 

「ん? ゼノンって男だったの?」

「あ、ご主人様それは……」

 

 ふと疑問に思った事を訊いてみると、グーラは気まずそうな顔で固まってしまった。

 さっきの銅像によると、ゼノン氏は平たい胸族の長身美女に見えたのだが……。

 

「えーっと、実際のところゼノン様の性別は分かっていないのです。男性だよ派の学者様と、女性だよ派の学者様がいて……。一応、現代では女性説が主流となっていますが、多くの古書で男性っぽい記述があるんです。獣拳記では女性説を採用していますが、こういった作品ではどちらとも取れる造形にされる事が多いですね」

「あー」

 

 どうやら、ゼノン氏の性別関連はデリケートゾーンであったらしい。クラピカ性別問題的な? そういうの、異世界でもあるんだな。

 なにも派閥同士で戦争が起こるような話題でもないらしいが、不文律としてゼノン氏は性別不明とするのが丸いのだろう。

 

「あっ、これです! わぁすごい! 感動です! この石像は“荒野の邂逅”といって、勇者一党に始めてイライジャ様が出会う場面を再現しているんです! この時、イライジャ様は群れを追い出されていた頃で……」

 

 ゼノン氏の性別は置いといて、次の作品を見るやグーラは急にテンションをブチ上げた。推しの話をするグーラは、一段と早口になっていた。

 早口な上、続くグーラの解説はさっきよりも明らかに情報量が多かった。さすが獣拳記ファンガール、熱量がある。

 話によると、イライジャ氏は紆余曲折あって故郷を追い出されていた時期があるらしい。そんな彼が仲間と共に冒険を繰り広げる物語に、幼少時のグーラは勇気を貰っていたというのだ。

 

「こうして力を認め合った三人は、再び旅に出るんです。イライジャ様が加わった事で一党の戦力が増し、道中多くの魔物を屠って人々を救っていきました。この頃のお話は古式の獣拳記にも載っていて、中には貴重な日常会話の場面なんかも……」

 

 グーラの語る勇者のお話は、まさに英雄神話そのものだった。

 勇気だけがあった男と、彼を信じてついていった仲間達。困難な旅路も、知恵と力を合わせて解決していくのだ。時に意見の相違で争う事もあったりしたが、人類の危機には必ず背中を預けて戦い抜いたと。

 そうして救われた人々が生き残って、今こうして彼等の偉業を語り継いでいるのである。たった二人から始まった旅は、やがて人類を守り抜いた英雄譚へと昇華されていったのだ。

 

「こうして六人となった一党は、どんどん世界を広げていきます。酸の雨を降らせる獣を倒し、死を司る蛇を倒し、霧を生み出す龍を討伐しました。霧が晴れた世界で、ようやく人類は国を作る事ができたのです。この、ラリス王国の前身となった国を。ん~、はぁ~……」

 

 公園中の作品を巡っていると、最後にスタート地点の聖剣レプリカに戻ってきた。

 熱を帯びていたグーラは、満足そうな息を吐いて恍惚の表情を浮かべていた。夢だった名所巡りができて、その感動を消化し終えたところなのだろう。

 

「あ、あっ! すみません! ご主人様の前で、こんな事を……!」

 

 と、ここにきてグーラはハッと手で口元を覆った。隠せていない頬がほんの少し赤い。

 彼女は何かしらの感情が閾値を超えると唇を隠す癖があるのだ。恐らく、テンション上げてオタク語りをしてしまったのが恥ずかしいのだろう。

 

「すすっ、すみません! ボクだけ好き勝手に話してしまって……!」

「いやいや、普通に興味深かったよ。本で読むより、グーラのお話の方が好きだな俺は」

「そ、そう、ですか……」

 

 目を伏せ、耳を伏せ、ふにゃんと尻尾も垂れさせて、グーラはなおも恥ずかしそうにしていた。

 事実、俺からするとゲーム内の世界観解説イベントみたいで楽しかった。味気の無い用語解説より、NPCの会話とか調べるコマンドのテキストの方が雰囲気あるよねって。

 むしろ、こうしてグーラに解説してほしかったから少ししか調べてなかったまである。前に図書館で読んだのも、出来事と結果が淡々と書かれたやつだったしな。何となくしか知らんのだ。

 

「そっ、その……! そろそろお昼にしましょうか……!」

「ああ」

 

 羞恥を誤魔化すように出された提案に、俺は乗っかる事にした。

 今回も、俺達は弁当を持ち込んでいるのだ。公園の隅にある東屋みたいなトコに腰を下ろし、アイテムボックスからクソデカ重箱を取り出す。

 

「その、こんなものですが……。あ、いえ! 食材に対してという訳ではなく……!」

「分かってる分かってる」

 

 そうして開かれたお弁当箱には、厳ついサイズのまん丸おにぎりが入っていた。

 ふと思い出す。これ、クレヨンしんちゃんの映画で見たな。合戦中にお股のおじさんが食べてたやつ。

 

「イリハに教えてもらいながら握ってみたのですが、なかなか上手にできず……。申し訳ありません」

「いやいや、凄い嬉しいよ」

 

 手を洗って、いただきますして食べ始める。

 確かに慣れ親しんだ三角形ではないが、味はシンプルおにぎりだ。塩味が利いてて実に美味しい。グーラが握ったのだから、俺限定でバフが付くまである。

 

「うん、美味しい!」

「ありがとうございます。こう、イリハのようにはいかなくて……」

 

 デカいおにぎりを食べ、同じく持ってきたスープも飲む。重箱にはおかずも入っているので、おにぎりをメインにおかずも食べた。まさに、男ってこういうのが好きなんでしょってやつの極致である。

 黒髪褐色ケモミミロリ美少女の手作り弁当より上手い飯が現代日本にありますかという話だ。無論、百億パー無いと断言できる。

 

「この肉も美味いな。凄い柔らかいのに、しっかり火が通ってる。甘辛い味付けもよく合うね」

「あ、味付けはイリハにやってもらって。でも、お肉はボクが焼きました。昔から、焼くのだけは得意で、えへへ……」

 

 種族特性により、グーラは自前の炎で食材を上手に焼く事ができるのだ。

 どういう理屈か、獄炎獣の火で焼くと普通より美味しくなるんだよな。やはり、料理に大切なのは愛情と火加減なのだろう。

 

「ふぅ。やっぱ俺はこっちのが好きかな」

「いっぱい買ってましたもんね」

 

 水筒の中身は、リンジュで買ったグリーンティーである。

 塩にぎりには渋い緑茶がマッチする。俺達二人は、あっと言う間に重箱を空にした。

 お茶を飲みつつ、グーラと一緒に公園の景色を楽しむ。風に揺れる芝生が美しい。遠い人々の話し声は、眠りを誘う音色のようだった。

 

「その、この後なんですが……」

 

 食後休憩中、グーラがもじもじしながら口を開いた。

 予定だと、この後は東区を巡って帰るのみとなっているのだが、今になって他にやりたい事が思い浮かんだのだろうか。

 

「ん?」

 

 促すと、グーラは再度口元を隠し、俺の方をチラチラ見ながら言った。

 

「お、お宿で、休憩(・・)をしません、か……?」

 

 これまた断言するが、黒髪褐色ケモミミロリ美少女からの、こんな誘いを断れるロリコンは百億パー居ないと思う。

 ぴこぴこと、羞恥に揺れる尻尾があまりにも可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 この異世界にも、ラブホテル的な施設がある。所謂、連れ込み宿というやつだ。

 安い所だと狭い部屋に硬いベッドだけらしいが、実際に行った訳ではないので真相は定かではない。

 そして、今俺とグーラが休憩しているのは、西区にある高級連れ込み宿である。

 

 高級宿ともなると、まず建物の造りが違う。貴人が使う事も考慮されているので、チェックイン時に人と鉢合わせにならないよう配慮された構造をしているのだ。セキュリティも万全で、宿側は利用者の情報を漏らさないような契約魔術がかけられている。

 何故にそこまで詳しいのかというと、一時期ルクスリリアと利用しまくっていたからだ。

 

 そんなお高い連れ込み宿に行き、入室して、グーラと一緒に風呂に入る。

 全て準備が整ったら、大きなベッドの真ん中で、俺はグーラの小さな身体を横抱きにしながら……。

 

「その時、イライジャが言いました。俺は俺より強い戦士を知っている。俺は、一度として自分を強いと思った事はない。イライジャの言葉に、バーナードはビックリしました。バーナードにとって、イライジャよりも強い人がいるとは思っていなかったからです」

 

 本を音読していた。

 何かの比喩や隠語とかではない。そのままの意味だ。

 二人で横向きに寝っ転がり、グーラを後ろから抱いて朗読する。読み聞かせ、というやつである。

 

「それから、バーナードはよりいっそう修行に励みました。拳を握り、爪を磨き、困った人を助けてあげました。修行だと思えば、今まで面倒だと感じていた事が楽しくなっていたのです」

 

 今俺が読んでいるのは、グーラが大好きな“獣拳記”のスピンオフ作品だ。

 これは子供でも読みやすい文章で書かれた一冊で、内容は児童文学といった感じ。これなら、未だ異世界語に堪能でない俺でも何とか詰まらずに読む事ができた。

 

「んぅ……♡」

 

 目線の角度的に顔は見えないが、グーラはうつらうつらとしているようだった。退屈を感じてるというより、夢心地といった風である。

 当初、グーラはこのお願いを子供っぽいものとして恥ずかしがっていた。こんなの断られると思い、勇気を出して言ってみたというのである。勿論、これを俺は快諾した。

 分かっていた事だが、彼女はその境遇もあって若干ファザコン気味だ。昔してもらったように、子供にそうするように、優しくしてほしいという願望があるのだろう。バブみでオギャるの亜種、父性によって甘やかされたいのだ。

 

「ある日、バーナードのところに旅人が訪ねてきました。旅人はとても痩せていて、今にも倒れてしまいそうでした。バーナードはいつものように追い返そうとしましたが、ふとイライジャの言葉を思い出しました」

 

 彼女が抱いている安心感を邪魔しないよう、落ち着いた声を意識して朗読を続ける。

 保育士でもあるまいに、俺に読み聞かせの経験はない。それでも、彼女が安らげるよう出来る限りの努力をした。その甲斐あって、グーラの呼吸は徐々に深く長いものになっていった。

 

「バーナードは、自分の分の食べ物を、旅人にあげました。すると、旅人は涙を流してお礼を言いました。その時、バーナードは不思議な気持ちになりました。胸の奥が温かくなって、何故だか嬉しくなったのです」

 

 グーラは、とても良い子である。

 聞かされた話によると、彼女は故郷に出現した魔物から村人を守った後、守られた側であるはずの村長によって奴隷商人に売られたという。普通に考えたら、少なからず村の人達に負の感情を抱いて然るべきである。

 にも拘わらず、彼女は当の村人達を恨んではいないらしい。むしろ、心配であるとさえ言っていた。

 

「バーナードにとって、それは初めての経験でした。バーナードはお腹が空いたままなのに、これまで空っぽだった心が満たされていったのです」

 

 それは、単に彼女が優しい娘であるからというだけでなく、彼女の自尊心の低さが大きな要因の一つであると思われた。

 今でこそ若干鳴りを潜めているが、元々彼女はあまり自分の主張をしないタイプの娘なのである。何をするにも奥手で一歩引いているのだ。それは今程に近い関係になっても変わらない。生来大人しいのはその通りだろうが、希望や願望を表に出すのに並みより多くのエネルギーを必要とする気質なのである。そして、願いを叶えてもらっても、同量の嬉しい気持ちと申し訳なさを感じ、後者の感情を溜め込んでしまうのだ。

 そんなグーラが、今こうして俺に甘えてくれている。それこそ、父にそうしていたように、俺を信じてくれているのだ。彼女にとって、これは大きな一歩なのだと思う。勇気を振り絞って、甘えてくれたのである。

 

「それから、バーナードは沢山の冒険をしました。お腹が空いた子供には、野山で狩った肉を分けてあげました。魔物に怯える村を、自慢の爪で守ってあげました。そうする度、助けてもらった人達はバーナードにお礼を言ってくれました」

「すぅ……。んっ、んう……」

 

 俺はこの甘えを、大いに肯定しようと思う。

 現在、デート中という時間だからこそ、グーラはこうして俺に甘えているのだ。親しき仲にも礼儀ありというが、彼女の場合は遠慮のし過ぎだ。

 引っ込み思案のグーラがもっと自然に罪悪感なく甘えられるようになる為、俺も努力しなければならないのだろう。単に言って聞かせる訳にはいかない、根気よく長い時間をかけて、彼女の心に刺さった棘が抜け落ちるまで見守ってあげるべきなのだ。

 

「……と、寝ちゃったか」

 

 横抱きにしたグーラから、安らかな寝息が聞こえる。

 時々ピクピクする耳は、獣系魔族の生理的な動きである。温かさを求めるように、グリグリと小さな背中を押し付けてきた。

 

「ん、すぅ……。ご主人、さま……♡」

 

 もう起きたのかと思ったが、それは寝言だった。

 理由は忘れたが、他人の寝言に返事をしてはいけないらしい。

 代わりに俺は、彼女の頭を優しく撫でた。

 起こさないように、ゆっくり、ゆっくりと……。

 

 そのうち、俺も眠くなってきて、睡眠欲のままに瞼を閉じた。

 未来でも、こうして過ごしたいなと思いつつ。

 

「ありがとうございます。ご主人様……♡」

 

 眠りにつく寸前、そんな寝言が聞こえた気がした。

 

 

 

 結局、俺達が家に戻ってきたのは、今にも太陽が落ちる門限ギリギリの時刻だった。

 時間にルーズな異世界、少し遅れたぐらい何て事もないのだが、それでもラブホで寝過ぎた俺達は慌てて急いでドタバタと帰ったのである。

 

「あ、あの……!」

「ん?」

 

 ただいまをする寸前、申し訳なさそうな顔のグーラは、一度逡巡した後に口を開いた。

 

「本日は、本当にありがとうございました。こ、これからも、どうぞよろしくお願いします……!」

 

 少し顔を赤くして、努めて作ったのだろう柔らかな微笑みを浮かべている。

 笑顔の意味と、言葉の真意。そんな彼女の気持ちを汲みとれない程、俺も鈍くはなかった。

 

「ああ」

 

 それから、俺達は二人で玄関扉を開けた。

 思い出を持って、皆の所に帰ってきたのである。




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 ゼノンは男装女子エルフです。男装と貧乳と男性っぽい嗜好のせいで、後世一部の人から男性扱いされてしまいました。
 また、聖剣テイラウスという名前は後世の創作です。実際の名前は違います。
 性能が激ヤバの糞チートなのはその通りで、現在はラリスで最も安全な所にしまっています。聖剣の在処は現王とごく一部の人しか知りません。


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銀竜の友愛

 感想・評価など、ありがとうございます。やる気が湧いてきます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回はエリーゼ回です。
 よろしくお願いします。


 異世界に転移してから、俺は自然と早起きするようになった。

 時計がないので正確な起床時間こそ分からないが、空が明るくなったらパッと目が覚めるようになったのである。

 できた時間を何に使うか。そう、朝活だ。

 

 広い中庭、一心不乱に素振りや型稽古をする。身体の調子を確かめるように、じっくりと。気分としてはラジオ体操に近い。これが普段の朝活だ。

 だが、今日は違う。何たって、この日はエリーゼとのデートがあるのだ。一日の始まりから、ブルーアイズシルバードラゴンと一緒である。

 

「すぐ蒸気を作れるなんて、便利なものね……」

「エリーゼのお陰だよ。ありがとう」

「そうね、感謝なさい」

 

 お目覚め一発、朝飯前にサウナに籠って温まる。

 スーパー銭湯にあったやつと違って、自宅用のサウナは狭い。自然、俺とエリーゼは濡れた肌が触れあう距離で蒸気を浴びていた。

 

「ふぅ……」

 

 それなりの時間蒸し風呂に籠って、ようやっとエリーゼは俺と同じくらいの汗をかいた。

 エリーゼは竜族だ。竜族は基礎体温が低く、発汗しづらい生態をしている。だからこそ、竜族はこういった入浴を好むのだろう。

 

「そろそろ出ましょうか」

 

 いい感じに温まったら、中庭の特大デッキチェアで一休み。普段の俺なら水風呂代わりの噴水にダイブするのだが、今日はエリーゼに合わせて冷却無しの日光浴だ。

 イチャイチャと。芯から温まった身体を寄り添わせ、湯気と汗で蒸れた肌を擦り合わせる。熱を逃がしているはずなのに、まるで二人分の熱を交換しているかのようであった。

 

「あら、竜族果物(ドラゴンフルーツ)じゃない」

「むほほ、風呂上りに酸味の強いフルーツとは最高ですな」

「なぁに、その喋り方……」

 

 それから、人肌温度のお湯で汗を流し、朝食を食べた。

 メニューはエリーゼの好物で統一されている。これはイリハシェフの計らいによるもので、全体的にフルーツと野菜多めの爽やかモーニングだった。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 そうして、俺とエリーゼは家を出た。

 これから二人きりでデートをするのだ。

 

「ああ」

 

 差し出された手を、努めて紳士然と包み込む。

 エリーゼの手はとても硬く、金属質で、頑丈そうな感触だった。対する俺も、丈夫さとしなやかさを合わせた革の感触がするだろう。これまた、お互いに外出用ではないメインウエポンを装備していた。

 そう、俺達はデートの為に迷宮用装備を身に着けているのだ。

 

「楽しみだわ」

 

 無論、迷宮に行く為である。

 

 

 

 

 

 

 害畜迷宮。

 ランクは下位の屋内型で、かつ三人までしか入れないという制限のある洞窟風迷宮だ。

 その分、難易度自体は低い。迷宮内にはギミックらしいギミックは特になく、出てくる魔物もただ突っ込んでくる獣型エネミーで固定されている。

 そういった事情もあり、初めての迷宮に此処を選ぶ冒険者も多いと聞く。要するに、初心者御用達迷宮なのである。

 

 初心者用の下位迷宮。獲得経験値自体はそれなりだが、踏破したとて儲けの渋い残念ダンジョンだ。

 中位迷宮をヘビロテできる俺からすると、普通に考えれば行く価値のない迷宮である。

 では、何故に俺達がこのダンジョンに潜っているのかというと……。

 

消し飛べ(・・・・)……!」

 

 閃光一条。魔力の熱線が飢狼の群れを薙ぎ払う。射線にいた狼は跡形もなく消滅し、余波によって抉れた地形がその威力の程を物語る。

 だが、死の光線を逃れ、生き残った狼も存在した。咄嗟に避けた俊敏な個体と、運よく射線を外れていた個体だ。

 凄まじき暴威に、野生の狼ならば怯えて竦んで然るべきだ。しかし奴等は魔物であり、尋常の生物ではなかった。熱線が途切れるや否や、狼は小さな銀竜目掛け飛び掛かっていった。

 

「シャアアッ! 次ィ!」

 

 突っ込んできた先鋒の狼を、同じく駆け出した俺が真正面から切り裂いた。

 上下の顎から頸椎にかけ、皮・肉・骨と一刀両断。いつものように受け流さず、愚直に近付き斬っては次へ。返り血を浴びるより先に、第二第三の狼を屠っていく。

 初心者時代、雑魚一匹相手に何度も武器を振っていた俺が今はコレ。無銘は受け流し特化の変態剣だが、基礎性能が並みではないのだ。こういう雑魚が相手なら、こういう通常殴りが手っ取り早い。何より、俺の身体スペックは転移直後とはダンチなのである。

 

「エリーゼ!」

「問題ないわ」

 

 剣の間合いを離れた狼が、ジグザグ移動で後衛に飛び掛かる。相手が心の弱い魔術師ならば、肝を潰して噛みつかれていたかもしれない。だが、エリーゼの竜心(ドラゴンハート)は戦場仕様だ。

 冷静に、冷酷に、冷ややかな戦闘思考が愉悦と共に回転する。迫りくる牙、機を伺う。そして、呪詛の籠った【魔力の盾】が狼の身体を弾き返し(パリィ)た。

 弾かれた狼は、着地して姿勢を整えようとした。が、既に術中。王笏の先に、禍々しい魔力が収束する。それは万物破壊の剣にして、文字通りの必殺技だ。名を【斬滅の魔導剣】と言う。

 

「はぁあああッ!」

 

 令嬢らしからぬ裂帛の気合。牙突のように突き出された破壊の権化は、魔物の命を瞬時に抉り取った。盾パリイからの致命攻撃。流れるような一連の攻防はヴィーカ流剣術の基本動作であり、反復練習の成果だった。

 実際、エリーゼは後衛職だが、前衛ができない訳ではない。元より、指揮官ジョブのバランス成長のお陰でステは並みの鋼鉄札戦士よりも強いのだ。あまつさえ戦闘前には【血沸肉躍】という最上級身体強化魔法を発動している。つまり、エリーゼは近づいてドスッで倒せる後衛ではないのである。

 仮にジョブ当てクイズをしてみても、高確率で外れる結果になるだろう。魔術師かな? 違います。支援職かな? 違います。ならヒーラー? 違います。正解はそれら全部が可能な上に前衛もこなせるガチタン変態ビルドです。なんじゃそりゃ、である。

 

「ふん!」

 

 エリーゼは紛れもなくチートキャラだが、無敵キャラじゃあ断じてない。後衛を守るべく普段ならすぐ合流するところ、俺も俺で忙しくて出来なかった。苦手な飛行エネミー群が襲ってきたのである。

 俺はハイウィザードにジョブチェンジし、バックステップしつつ空いた左手を魔物へ向けた。魔力を操作し、イメージを固める。左の掌に帯電する魔力塊が生成された。

 相手はコウモリ。デカさは小で、数は多。脆いがウザいの嫌われエネミー。ならばやる事ぁ一つに限る。

 

「範囲拡大、【雷網】!」

 

 威力の弱い範囲魔法。ビリビリ光る電気の網が、群れて飛び来るコウモリ共を一網打尽に墜としてみせた。

 こうなると俺の出番は終わりだ。サイドステップで射線を開け、そこに銀竜が飛び掛かる。王笏には、既に魔力が籠っていた。

 

砕けろ(・・・)……!」

 

 地に落ち身動きの取れない魔物の群れに、巨人の拳のような【破城槌】が突き刺さる。

 上から下へ。チート魔力で放たれたそれは、コウモリはおろか迷宮の床をも粉砕し、着弾地点に深い大穴を開けた。

 

「終わったわね……」

 

 魔物を狩り尽くし、静寂が戻る。敵味方反応レーダーに敵影はない。

 安全を確認して、俺とエリーゼは武器を下ろした。

 

「ああ。もう少しでボスだな。油断せずに行こう」

「ええ」

 

 本日は晴天なり、絶好のデート日和。なので、迷宮に来たのである。

 前後の言葉が繋がっていない気もするが、これは紛れもなく事実だった。

 

 デートプランについて事前に話し合いをしたところ、エリーゼは俺とのツーマンセルで迷宮に潜りたいと言ってきたのである。

 この要望に、さしもの俺も困惑した。そりゃ、俺からするとダンジョンアタックは半分趣味の仕事みたいなところはあるが、それがエリーゼのリフレッシュになると思っていなかったのだ。だからこそ、休養日を設けている訳で。

 

「え! デートで迷宮探索を!?」

「なぁに? 怖いのかしら……?」

「できらぁっ!」

 

 という訳で、前代未聞のダンジョンデートと相成ったのである。

 いや、全然嫌じゃあないんだよ俺は。けど、女子的にはどうなのと思っちゃった訳である。まぁ杞憂だったんだけどもね。ビックリするよねって話だ。

 ちなみに、迷宮デートについて、皆からは「いいんじゃないッスか?」「大丈夫だと思います」「くれぐれも気を付けるんじゃぞ~」とのお言葉。信頼してくれてると思っておこう。

 

「ここがボス部屋だな。よし、いつもみたいに休憩しよう」

「私は余裕なのだけれど」

「集中力がさ。ほい、おやつ」

「お酒が欲しくなるわね……」

 

 屋内型の迷宮にはボス部屋があり、その前で小休止をするのが黒剣一党の流儀だ。

 お菓子を食べ、ジュースを飲み、諸々済ませて心身を整える。

 相手が下位迷宮の主とはいえ、油断禁物である。

 

「行くぞ」

 

 それから、万全の体調を整えてボス部屋へと入って行った。

 体育館ほどの広さのボス部屋の中心に、青白い魔力が凝集していく。やがて魔力は形を成し、一体の獣が姿を現した。俺は奴の名を知っている。少し小さめの鉄拳大熊(ナックルベア)である。

 ナックルベアくん、ナックルベアくんじゃないか。とても懐かしい。拳の大きなこの熊は、下位・中位・上位どの迷宮にも出現する汎用ボスだ。

 異世界転移してすぐの頃、こいつには何度も殺されかけたものである。俺にとって思い出深いボスだな。良い思い出とは言っていない。

 

「相手は熊、作戦通りに!」

「分かったわ」

 

 戦闘開始。俺達は同時に駆け出した。昔は苦戦したが、今なら圧倒できるはず。

 作戦は単純。前衛後衛に分かれるのではなく、相手の前後を挟むように立ち回るのだ。

 エリーゼが狙われてる間は俺がお尻を攻撃し、俺が狙われたらSEKIRO戦法で対処。当然、ボスも派手に動き回るので高度な柔軟性と臨機応変な対応力が必須である。

 

「そこッ……!」

「いいぞ、その調子!」

 

 ナックルベアくんの脅威は、その大きな拳である。なので多くの攻撃モーションは肩を見ていれば分かりやすい。時折ボディプレスや暴れ乱舞などをやってくる事もあるが、その時は欲張らずガードや回避に専念すればいいだけだ。

 俺が狙われている間は、エリーゼには奴の背中に魔法を撃ってもらう。俺を倒せないと見るや相手はエリーゼを狙おうとするので、これまた自衛に専念してもらえばいい。エリーゼほどじゃないが、出そうと思えば俺も火力を出せるのだ。

 

「そろそろキレるぞ! キレた! 少し下がれ!」

「了解」

 

 怒り状態になった熊は、振り向き様に俺へと大振りフックを放ってきた。視えている、分かっている。慌てずジャストで【受け流し】てやると、ナックルベアは目論見通り姿勢を崩した。無防備状態、会心チャンスだ。

 こうなった時の連携は訓練済みだ。互いの位置は把握している。俺は一歩踏み込んで斬撃。エリーゼは【残滅の魔導剣】を発動し、背中から胴体を切り裂いた。

 

「ガアアアアアアッ!」

 

 二撃決殺のエックス斬り。眩く光る斬撃跡から、間欠泉めいて青白い粒子が噴出する。やがて鉄拳大熊は爆発し、その残骸が倒れて消失していった。

 図らずして、ソード・アート・オンラインのOPのラストみたいな構図になっていた。シリカすき。

 

「フゥーッ! はい、お疲れー」

「なかなか戦い甲斐のある魔物だったわね……」

「だな。タイミングばっちりだったし、ナイスな連携だった」

「当然よ。どれだけ戦ってきたと思っているの」

 

 ボスから溢れた粒子を取り込むと、冬場の入浴時のような快感が身体中を駆け巡った。レベルアップの感覚である。

 帰還水晶の出現を確認しつつ、ドロップを拾う。それから、俺はコンソールを開いた。

 

 ステータスを見てみると、他ジョブの育成でしばらく放置していたが、俺のガチジョブである“ソードエスカトス”のレベルが十になっている事に気が付いた。

 十の倍数になった事で、グーラと同じ派生ジョブも生えてきた。けど、二刀流はともかく大剣は使わんから、これは放置でいいだろう。

 

 エリーゼの方はどうだと見てみると、レベルアップこそしていなかったが、もう少しで指揮官職である“ドラゴンロード”のレベルが二十になる状態になっていた。

 ドラゴンロードが十になった時は両方とも武器が絞られる前衛職が生えてきたのだが、二十になったらばどうなるのだろうか。楽しみである。

 

「じゃ、帰ろうか」

「ええ」

 

 確認を終えたところで、コンソールを閉じる。これ以上やる事もないので、さっさと戻る事にした。

 帰還水晶に触れ、拠点へと転移する。一瞬の浮遊感の後、俺達は見慣れた神殿へ転移した。

 

 

 

 神殿の出入り口を見てみると、外はまだ赤い夕陽の色をしていなかった。

 何となくの時間感覚ではサクサク終わってた気もしたが、外はそれなりに時間が過ぎていたようだ。それというのも、図書館の本に曰く迷宮の内外は時間の流れが異なるらしいのだ。それも一定の法則があるのではなく、その時々でマチマチであるのだと。

 まぁそんなのはどうでもいい。腹時計的には、午後のおやつタイムといった頃だな、今は。

 

「換金よろしくお願いします」

「うぃ、早かったな。緑の一番な」

 

 下位迷宮なので、儲けは少ない。受付おじさんにドロップ品を渡してすぐ、スピード重視の天秤換金をしてもらって外に出た。

 

「どこか寄ろうか」

 

 命懸けの迷宮帰りだが、このままいつもみたいに帰るのもアレなのでデートの続きを誘ってみた。

 こういう時、俺がリードすべきなのだろう。近くにオシャレなカフェとかあったっけと脳内マップを探っていると、エリーゼは俺の言葉より先に一つの店を視線で以て指し示した。

 

「あの店に行きましょう」

 

 彼女の双眸の先、そこは冒険者御用達の大衆酒場だった。

 前に一度入った事はあるが、中は如何にも異世界の冒険者が屯してる酒場って感じの店だった。それは実際にその通りで、酒頼んだら樽ジョッキで出てきた時はちょっと感動したものである。

 俺的には嫌いじゃないんだが、お世辞にも上品な場所じゃあない。同業者の話し声は神殿内よりずっと野卑だし、食べさせる料理も質より量といった風なのだ。これまた、デートとしてはどうなのだろうと思ってしまう。

 

「あそこでいいの?」

「ええ。前々から一度入ってみたかったのよ」

 

 君主(ロード)の休日。まるで街を散策するお嬢様のような足取りで、高貴なドラゴン令嬢は荒くれ者の集うお店に入っていった。デート中の恋人というより、今の俺はわんぱくプリンセスに振り回される従者といった風である。

 ワイワイガヤガヤした店に入ると、周囲にいた冒険者達がギロリと睨みつけてきた。彼等は一様に如何にも荒くれ者でございといった容貌で、中には筋肉スキンヘッドとか肩パットモヒカンとかインテリヤクザ風魔術師なんかもいた。

 

「「「うげ!?」」」

 

 が、彼等は俺を見るなりサッと目を逸らした。顔色が青い。

 そりゃ、俺は弱そうに見えるだろうが銀細工だもんよ。この業界、なんかあったら即喧嘩が日常茶飯事なのだ。いくら血気盛んな冒険者でも、勝てない相手に挑むのは勘弁なのだろう。

 

「上行こうか」

 

 この店は喫茶リコリコのような二階席があるので、そこに行く事にした。一階よりは静かだからというのもある。

 空いている席に向かい、紳士めいて淑女の椅子を引いてあげる。

 

「ふふっ、ありがとう……」

 

 不慣れなエスコートに、エリーゼは満足そうに言って優雅に席に座った。

 

「……と、何にする?」

「そうね……。あら、森人紅茶があるじゃない」

 

 おやつを食べすぎるのもよくないので、お互いお茶と茶菓子を注文した。やがて運ばれてきたメニューは、案の定そんなに上質なものではなかった。

 エリーゼはいつも通りに見えるが、俺としてはこれでいいのかという気持ちになっていた。先述の通り、これでは数が二人になっただけで、普段の皆との日常と変わらない。彼女から言いだしたプランとはいえ、相手が満足しているか不安である。

 

「ん? あぁ……」

 

 そんな俺の憂慮を察してか、エリーゼは慈愛を感じる表情を浮かべてみせた。

 それから、ゆったりと頬杖ついて、小さな唇を震わせた。

 

「竜族はね、戦で以て貴しと成すの。社会がというより、もはや魂に刻まれているのよ。それは知っているわよね?」

「そう本には書いてあったな」

 

 竜族とは、戦闘に特化した種族である。

 事実、竜族は敵を蹂躙する事はできても、新しい物を創造する事が苦手なのだという。生活面は隷属種である飛竜族がお世話をしているらしいし、建築や鍛冶に関しても基本飛竜任せである。

 彼女の言う通り、そんな特性を持つ竜族が力や戦いを求めるのは、存在意義に近い本能なのかもしれない。それは知っているが、何故に今その話をしたのだろうか。

 

「まぁ安心して聞きなさい。ふふっ……」

 

 魔力に混じる感情を読んだのか、エリーゼはなおも余裕げな微笑みを浮かべている。

 

「アナタは、弱くて身動きがとれなかった私を、一端の戦士にしてくれたのよ。あの日、アナタに出会わなければ、私はずっと囚われていたでしょうね……」

 

 生まれついての貴人であり、絶対なる支配者。その根底には力があって、エリーゼはそれを見出されずに生きていた。

 しかし、彼女は今、一党の中で最も重要な戦力と言っても過言ではない存在になった。勘違いでなければ、エリーゼはその事を誇りに思ってくれているはずだ。

 

「感謝しているのよ、知ってるでしょう……?」

 

 微笑んだままのエリーゼは、真っすぐと俺の目を見つめながら云った。

 これまた、その事は把握している。把握はしている、が……。

 

「おぅ……」

「あら、照れてるのね……」

 

 ちょっと、思考回路にカワイイデバフがかかった。俺は火の玉ストレートのハッピースマイルに弱いのだ。

 羞恥に目を逸らしてしまった俺に、エリーゼはくすくすと喉を鳴らして笑った。

 

「ちょっとね、考えた事があるのよ……」

 

 一階席の光景を眺めながら、銀竜の少女は言葉を継いだ。

 下階の冒険者達は、相変わらずどんちゃん騒ぎをしていた。潔癖な人なら眉を潜めて然るべき粗野な光景であるはずだが、高貴な出のエリーゼは、まるで尊いものでも見るように目を細めていた。

 

「もし、アナタと最初に出会ったのが、ルクスリリアではなく私だったなら……。ずっと、二人だったんじゃないかしら……」

「それは……」

 

 言われ、ほんの僅かな間、想像する。

 もし、奴隷商館で出会ったのが、ルクスリリアではなくエリーゼであったなら。

 恐らく、俺は彼女の為だけに生きるようになっていたのではないだろうか。

 

 元々、ルクスリリア一人の時点で、俺のハーレム欲は大分薄れていたのだ。変な言い方だが、童貞を卒業した事で落ち着いたのである。加えて、ルクスリリアがハーレム推進派だったのも大きい。

 もし、初めての相手がエリーゼであったなら、どうか。俺は彼女から妾を取るよう言われるまで、どんな美少女を見ても無視するなり我慢するなりしていたのではないだろうか。

 これはルクスリリアよりもエリーゼの方が魅力的であるとか、そういった類いの話ではない。二人のスタンスの違いがそうというだけだ。そして、優柔不断な俺は相手のスタンスに合わせる性質なのだ。

 

 俺とエリーゼ。二人組の冒険者。

 きっと、力を貴ぶ彼女に感化され、俺は今より迷宮探索に傾倒し、更なる強さを求めていただろう。

 それから、彼女にかけられた呪いを解く為に世界中を奔走していたのではないだろうか。旅に出るとか、していたかもしれない。いや、それは何時かこの世界線でもやるべきかもしれない。アレクシストでもカムイバラでも、彼女の呪いを解く事はできなかったのだから。

 

「どうなんだろうな」

 

 二人きりで、二人だけの、竜の呪いを解く為の旅路。

 解呪が成ったら、何処かに小さな家を建て、家族を作って暮らしていたかもしれない。

 甘く、幸せな生活なのは間違いないと思う。

 けれど……。

 

「少し、寂しい世界だったでしょうね……」

 

 エリーゼの呟きに、俺は深く共感した。

 そこに、ルクスリリア達はいないのだ。

 そう思うのは俺が現状のハーレムを享受しているからで、件のイフ世界線の俺からすると知った事かという話だろう。あるいは、欲望のままハーレムを作った俺をクズ野郎と罵るかもしれない。

 それでも、俺はそのもしも(・・・)を寂しいと感じる。賑やかなルクスリリアも、頑張り屋なグーラも、世話焼きのくせに世話焼かれたがりのイリハもいない生活は、今の俺には考えられなかった。

 

「そうなっていたら、あの娘達は孤独なままだったでしょうし、私も友を得る事はできなかったでしょう。私だけが愛を知ったとて、それでは貧しいというものね……」

 

 支配と隷属によって成す社会に生まれ、同族から蔑まれてきたエリーゼは、半分以上の名を失って初めて友人ができた。

 彼女にとっても、ルクスリリア達のいない生活には耐えがたいものがあるのだろう。例えそれが、現実ではない想像の世界であっても。

 

「今日、改めて思ったわ。やっぱり、迷宮は皆で潜るものね……」

「そうだな。良い一党だと思う」

「ええ。お祖父様達に勝るとも劣らない。自慢の一党よ」

 

 竜族は戦闘種族だ。彼女にとって、迷宮探索は趣味であり生きがいの一つであるのだろう。ある意味、俺と同じで。二人で行くなら、デートであると言える程には。

 物差しの短い、ともすれば心の弦が張り詰めやすい俺に対して、銀の少女は優しく教えてくれたのである。遠回しだった分、俺は心底納得できた。ほんと、つくづく良い女である。

 

「まぁでも、前衛で戦うのは悪くない気分だったわ……」

「活き活きしてた」

「鍛錬の成果を発揮できるのは、誰でも楽しいものでしょう?」

 

 ふんと鼻息ひとつ、エリーゼはわざとらしく好戦的な笑みを浮かべてみせた。

 そんな彼女も最高に素敵だと思えるあたり、ハーレム作ってなおゾッコンなのだろう、俺は。

 

「これを飲み終えたら、帰りましょうか」

「そう? 早くない?」

「あら、連れ込み宿にでも行きたいのかしら……?」

「黙秘します」

「バレてるわよ。けど、今は家で過ごしたいの。それを分かって……?」

「ん、あぁ。そうだな」

 

 それから、俺達は軽く買い物などしつつ、我が家への帰路を歩くのであった。

 道中、皆へのお土産を吟味しながら。




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 カタログスペックだけ見ると、黒剣一党ではエリーゼがぶっちぎりの最強です。
 ただ、実際にグーラと戦った場合は普通に負けてしまいます。そんなもんです。


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淫魔の純愛

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベを維持できております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回はルクスリリア回。
 よろしくお願いします。


「おぉぉぉぉッ♡ あぁう♡ まらいっれりゅ♡ とまらなっ♡ あひぃぃいい♡ らめェっ♡ おっ♡ おっ♡ んぉぁあああああッ♡」

 

 太陽が真ん中に昇る頃、妖しい光が照らす宿部屋で、俺とルクスリリアは同時に上り詰めた。

 俺も彼女も己の限界を試すように溜め込んだ上での大決壊だ。その勢いたるや双方ともにナイアガラかビクトリアの滝かといった様相である。絶頂尻穴(イグアス)の方は今日はまだだが、そのうちしようと思っている。楽しみは無限大だ。

 

「おぅ♡ おぅ♡ 美味しい♡ クッソ美味ぇッスよご主人~♡」

 

 淫魔の身体は神秘に満ちている。

 比喩ではなく一滴残らず絞ってくるし、収めたモノは文字通りに飲み込んで、時間をかけて栄養に変換するというのである。

 ちょっと想像しづらいが、あまつさえ下の口にも味覚があるらしいのだ。

 

「ご主人♡ 終わったらちゅーッスよ♡ ん、ちゅぅ……♡」

 

 一滴残らず納品し終えると、俺は両腕を広げる彼女に応じて上から覆いかぶさるように抱きしめた。

 互いの健闘を称えるように、チュッチュッとわざとらしい音を立てて唇を合わせる。ルクスリリアの小さく窄められた唇が触れる度、俺の心には充足感が満ちていった。

 

「ちゅう~……ん、はぁ♡ はぁ、はぁ……♡ カッコよかったッスよ、ご主人♡ でもちょっと休憩させてほしいッス♡」

 

 姿勢を整え、仰向けのルクスリリアに腕枕をして横になる。

 肘の部分に金髪美少女の頭がある。メスガキめいて釣り上がった赤い双眸は、今は悦楽の余韻を味わうように細められていた。

 

「ルクスリリアも良かったぞ」

「きひひ♡ もっと褒めていいんスよ♡ エロいとかシコいとか、可愛いとか♡」

「うん、凄い可愛い。この金の髪も綺麗だ」

「んぅ~♡ んふっ、きひひ♡ ご主人も最高ッスよ♡」

 

 お互いふざけながら単調な褒め言葉を言い合う。

 理由もなく額にキスしてきたり、耳を甘噛みしてきたり。じゃれついてくるルクスリリアは、まるで甘えモードの猫のようであった。

 俺はルクスリリアの腹に手を置き、パンパンに膨らんだそれを優しく摩った。

 

「体調どう?」

「全然♡ 少し休めば大丈夫ッス♡ 前のアタシとは違うんスよ、前とは♡」

 

 そう言って、淫靡な淫魔は淫蕩の色をした瞳を無邪気な笑みの形に歪めていた。

 願望が叶って嬉しいという、実にハッピーな笑顔である。

 

 ルクスリリアとのデートは、案の定朝から吸精三昧とのご要望だった。

 今朝は二人して瞑想や型稽古をして心身の調子を整え、軽くひとっ風呂浴びた後はイリハシェフの手料理を食べた。

 朝食の献立は淫魔王国産の食材で統一されていて、どの料理もあからさまに精が付きそうだった。これを見て、俺は戦いの覚悟を決めたのである。

 淫魔牛のフィレステーキを噛みちぎり、淫魔ウナギ丼をかっ込み、淫魔果実の盛り合わせを頬張る。するとどうだ。みるみるうちに身体にエネルギーが溜っていくではないか。

 その後、馴染みの連れ込み宿に向かい、限界までチャージしてからのフルオープンアタックを敢行したのである。

 なんて厳しい戦いだったのかしら……。

 

「んんっ♡ ご主人、お腹撫でても早まらないッスよ~♡」

「嫌だった?」

「きひひ♡ そんな訳ないじゃないッスか♡」

 

 腕枕をしながら、二人でまったりする。静かな宿部屋では、俺と彼女の息遣いがやけに大きく聞こえる。

 腕に温かい感触。至近距離に、角の生えた美少女の顔がある。初めて会った日から思っていたが、ルクスリリアは本当に可愛い。

 ルビーのような瞳は驚く程に大きく、それでいて鼻筋はスッと通っている。プルンとした唇は、口紅を塗っている訳でもないのに煌めいている。

 血色の良い肌には少女らしいハリツヤがあり、どこを探してもシミ一つとして見当たらない。悪魔のような尻尾も、羊のような角も、彼女の美貌を際立たせるアクセントになっていた。

 

「なんスか?」

「いや」

 

 なんとなしに角に触れていると、淫魔の細い尻尾が俺の太ももに巻き付いてきた。

 淫魔にとって、尻尾は敏感な部位らしい。その事を鑑みると、今の彼女の行動はあまりにも分かり易かった。

 ルクスリリアもまた、もっとシたいのだ。

 

「めっちゃ溜まったッスけど、アタシ今どんな感じッスか?」

「ん? ああ」

 

 彼女が言っているのは、種族レベルの事だろう。元々、ルクスリリアは小淫魔という下級魔族の生まれなのだ。そんな彼女には、俺との交わりによって中淫魔へと進化した経緯がある。

 吸精する度に次の位階へ近づいているのだ。それは気になるところだろう。俺は空いた手を虚空に向け、タップしてコンソールを開いた。

 それからルクスリリアのステータスを表示し、ジョブレベルの近くにある種族レベルの欄を確認した。

 

「中淫魔の二十九だ。もう少しで三十」

「よく分かんないッスけど、あとちょっとでキリ良くなるッスね」

「ああ。けどそのちょっとが長いんだよなぁ」

 

 実際、俺と彼女は殆ど毎日肌を重ねている。だというのに、二十の大台を超えてからというもの一向に伸びなかったのである。中淫魔になって、もう一年も経過したにも拘わらずだ。

 種族レベルがジョブレベルと同じ仕様であるなら、三十になったルクスリリアは中淫魔から大淫魔にランクアップする事ができるはずだ。

 大淫魔になれば単純に能力値にブーストがかかり、曰くもっと上手に空を飛んだりできるらしい。なれるなら、なっていい種族だろう。

 本人も本人で、たびたび「戦力の拡充は急務ッス」と言っているのだから。

 

「大淫魔ッスかぁ」

 

 どんな国や種族に生まれても、尚武の気風が強いのが異世界人だ。

 そんな中、ルクスリリアは自身のランクアップを前に、半ば他人事のように呟いた。なんか意外だ。

 

「進化したくない?」

「いんや? 嬉しいッスよ。アタシも前は憧れてたもんッス」

「前?」

 

 姿勢を変え、俺の胸板を摩りながら口を開いた。

 

「今日日、小淫魔の子は一生小淫魔なのが普通ッス。寿命にしたって、せいぜい百年と少し。人間と比べりゃ長いッスけど、大淫魔の貴族連中はもっと生きるんス。そんなのズルいッスよね~って、前は思ってたッス」

 

 現在、淫魔王国は少数の大淫魔と多数の小淫魔によって成り立つ畜産最強国家であるという。

 戦える大淫魔や中淫魔は国防や外交を務め、戦っても弱い小淫魔は牧場で家畜を育てたり食材を加工したりして生きるらしい。これまた、お互いの仕事の関係で前者は雄のミルクを、後者は牛や山羊のミルクを飲んでいるのだ。

 いくら低燃費で実際に牛乳やらで代用できる小淫魔とて、男の精を吸いたいのが本能的な本音である。先述の通り、淫魔は吸精によって位階を上げる都合上、小淫魔は一生小淫魔のまま生きて死ぬのが普通なのだ。

 

「こういう事、魔族はあんま考えないんスけどね。文字通り心を削る死活問題ッスから。けど、思うんスよ……」

 

 目を伏せたルクスリリアは、常にない乾いた声音を発していた。

 それから、俺の腕をギュッと掴み、言葉を継ぐ。

 

「アタシが大淫魔になったとしても、ご主人とずっと一緒にいられる訳じゃないんスよねぇ……」

 

 如何ともしがたい寿命の差を、ルクスリリアは諦観の念を吐き出すように口にした。

 ルクスリリア曰く、小淫魔の寿命は百年とちょっと。中淫魔になるともう少し生きて、大淫魔になれば森人と同じくらいの寿命になるという。無論、これは生存可能な量の精を摂取していた場合である。

 例え精を吸わなかったとしても、中淫魔になった時点で人間より長生きするのは確実だ。そういった事情もあって、ルクスリリアは先の言葉を漏らしたのだろう。

 

「ゼツボーして自殺するとか、そういうつもりないんで安心してほしいッス。あいつらだけじゃなくて、その子供とかもいるんで寂しくはないはずッスから」

「ああ……」

 

 歴史書に曰く、歴代ラリス王の死因はその殆どが戦死であるらしい。

 中には百歳を超えてなお戦場に立ち、今際の際まで戦い抜いた王もいたようだ。そう、百歳で戦場にいたのだ。

 恐らくだが、この世界の人はレベルか体力ステの高さか、とにかく強い人は普通の人よりも長生きするんだと思う。その仮説でいえば、しこたまレベルを上げた俺も長生きするのだろう。

 しかし、それでも俺はルクスリリアより早く死ぬ。寿命が百歳から二百歳になったからといって、中淫魔時点で二百歳はオーバーする確率が高いのだ。どうしようもない。

 

「ルクスリリア……」

 

 らしくなく不安がる小さな彼女を、俺は優しく抱きしめた。

 自分の力でどうにもならない事は、考えないのが一番だ。

 せいぜい不老長寿になる手段なり何なりを探そうとは思っている。あるのかどうか知らないが……。

 

「それと、もういっちょ心配なのが……」

 

 腕の中、声音を戻したルクスリリアははぐらかすように口を開いた。

 

「一緒にいるうち、ご主人がアタシに飽きちゃわないかって、思う時あるッス、たまに……、いや、ないとは思ってんスけどね……?」

 

 続く言葉に、俺は一瞬キョトンとしてしまった。

 これは、つくづくらしくない。随分と的外れな心配事である。

 そんな俺のアホ面に気づいてか、ルクスリリアは目を逸らして言った。

 

「ほ、ほら、アタシってエッチな事ばっか考えてるじゃないッスか? エリーゼみたいにゲージュツを愛する教養とか、グーラみたいな才能とか、イリハみたいな役立つ趣味がねーんスよ。言っちゃあれッスけど、アタシは……うぅん」

 

 一拍、腕の中の少女は震えた声で感情を吐露した。

 

「ご主人が好きなだけの淫魔って、どうなんッスかね……」

 

 悩み少なそうな、事実そうなのだろうルクスリリアには珍しい声音だった。

 本心なのは間違いないのだろう。俺も俺で、彼女の言わんとしている事にようやっと共感ができた。そんなバカなと、明るく笑って流すべきではない。

 今、弱っている彼女にどうすべきかは分かっている。だが、この件に関しては感情のまま宣言できるほど浅慮にはなれなかった。誓い合った愛が不滅であるならば、世に離婚なんて概念は存在しないはずなのだ。

 俺は彼女を愛している。そこは自信を持って言えるし、誓える。だが、根本的に俺は俺を信じられない。それは恐らく、ルクスリリアも同様なのだろうと思う。

 

「こっち見て」

「ご主人?」

 

 頬に手を添え、至近距離で視線を交わらせる。

 自信のない俺に、自信のない彼女へ、何か気の利いた事を言えるとは思っていない。

 けれど、経験から言える本心は存在する。

 

「それでも、ずっと一緒にいる事はできる」

 

 要するに、例え自分の心に自信がなくても、共に積み重ねる事はできるという話だ。

 時に、幼馴染の友人に飽きる事があるだろうか? 飽きないだろう。生まれた時から一緒の家族に飽きるだろうか? 飽きないだろう。真に人間関係に肝要なのは、積み重ね続けられる関係性なのである。

 然るべき努力と慈しみがあれば、それは一過性の感情や欲望よりもよっぽど強固な絆になる。それを、人は“愛”と呼ぶのだ。

 これを一から十まで実体験で言えれば良かったのだが、残念ながら本の受け売りだ。幼い頃、俺は“星の王子さま”が大好きだった。

 

「……そうッスね」

 

 結局のところ、俺もルクスリリアも、エリーゼやグーラやイリハにしたって、ひたすらに孤独を恐れるぼっちちゃんなのだ。

 伴侶として、仲間として、主従として、家族として。何でもいいから繋がりを欲している。社会の外側にいた存在だからこそ、根本的に自信がないのだ。愛される自信が、である。

 

「俺はルクスリリアが好きだ」

 

 薄っぺらい俺の言葉など、何の重みも積み重ねもない。

 だけど、言葉にしなくちゃ伝わらない。

 だから俺は、彼女達へのアイ・ラブ・ユーを躊躇うつもりはなかった。

 

「最初は不純だった。顔が可愛い。目も可愛い。お腹周りがエロくて、角や尻尾があまりに素敵っていう」

 

 ルクスリリアの髪を撫でる。

 光を反射する金の髪は、俺にとって何にも代えがたい価値と魅力があった。

 触れる度、そんな確信を得る。

 

「次に、心を好きになった。俺には難しい。その心意気。尊敬できると思った」

 

 子供の頃は持っていた気持ち。今だけを楽しむ心。

 削れ、色あせ、やがて失うこれが、如何に尊いものであるか。人は気づかないまま忘れていく。そして、多くの大人が思い出せないままでいる。

 魔族の、ではない。誰でもない彼女の心意気だからこそ、尊敬しているのだ。

 

「ルクスリリアがいい。もう人生の一部なんだ。リリィ抜きじゃあ、苦しいよ」

 

 俺の人生は、既にルクスリリアがいないと回らない。

 幸せになるには、ルクスリリアに幸せになってもらわないといけない。

 俺にとって、ルクスリリアは既にそういう存在なのだ。

 

「ずっと一緒にいてほしいと思う。リリィが許してくれるなら」

 

 言い切ると、ルクスリリアは目を丸くし、一瞬身体を震わせた。

 やがて、脱力するように微笑むと、ちょっと上ずった声を発した。

 

「もう♡ しょうがないッスね、ご主人は♡ アタシがいないと泣き虫になるんスもんねー♡」

 

 細い腕が俺の首に絡みつく。自然と顔が近づき、慣れた動作でキスをした。

 唇を重ねるだけのキス。数秒後、ルクスリリアは名残惜しそうに口を離し、息のかかる距離でニッコリと笑った。

 

「なら、ご主人だけの(あい)で、アタシを大淫魔にしてほしいッス♡ 連れてくッスよ、ご主人の全部♡」

「ああ」

 

 もう一度キスをした。

 今度はがっつり舌を絡めたディープなやつだ。

 休憩は十分だったようで、淫魔のお腹は元のスレンダーさを取り戻していた。

 

 そうして、俺とルクスリリアは再び愛し合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 結局、この日は朝から晩までルクスリリアと連れ込み宿に籠っていた。

 午前は我慢の限界を試すように、午後からは盛りのついた獣のように、互いの欲望をぶつけまくった。質の前半戦、数の後半戦である。

 

 時間感覚も曖昧で、ふと窓を見ると暗くなっていた事に気づき、急いで帰宅したのだ。

 ギリギリ門限までに帰ると、留守番の三人から呆れたような顔をされた。イリハの仙氣眼には、俺とルクスリリアの身体がどうなってるか見え見えなのである。

 

 ところで、午前午後と淫らで爛れた一日を送っていた俺には、ぶっちゃけまだまだ余裕があった。体力面も精力面もである。

 量も数も持続時間も、前世なら間違いなくギネスに載っているだろう性パワー。相手がロリであるならば、今の俺なら玉切れ無しのマシンガンである。

 なので、今宵も皆でワッショイした。

 

「ふああああ♡ すごいいい♡ しゅごいのぉおおお♡ ああっ♡ いっぱい♡ いっぱいきて♡ いっ……ぐぅううううううう♡」

 

 夜も深まった寝室で、俺とルクスリリアは同時に上り詰めた。

 本日何度目になるだろう。数えていないが、最低でも十回は超えている気がする。けれども俺のバーストショットは勢いを維持し続けていた。

 

「今夜は随分と激しいですね」

「朝からと聞いていたのだけれど……?」

「発情期の獅子人を超えとる気がするのじゃ。いや見た事はないんじゃが」

 

 実況解説のお三方は、広い布団で女の子座りして俺とルクスリリアの最終決戦を眺めていた。

 勿論、彼女達にも完了済みだ。一人一人、今日ルクスリリアにしたように激しくねっとりじっくりと愛しまくった。

 

「ひっ♡ ひっ♡ ふぅーっ♡ ひっ♡ ひっ♡ ふぅーっ♡」

「おや?」

 

 事後、ヌプッと身体を離すと、ルクスリリアの様子が変になってる事に気が付いた。

 なんだろう、脂汗をかいてるとか過呼吸になってるとかはないが、常とは違う状態に陥っているようには見える。

 

「どうした、ルクスリリア?」

「な、なんか来るッス♡ アタシの身体で♡ なんか凄い事が起きてるッス♡ うおォン♡ 今のアタシはまるで淫魔型魔力製造機ッスぅ♡ き、気持ちいい~♡」

「えぇ……? だ、大丈夫?」

 

 特に危険はないようだが、それでも心配である。俺は特殊な感覚を持つ二人に目をやった。

 

「ルクスリリアの身体にいつも以上の魔力が駆け巡っているわ。まるで精を消費している時のような……いえ、少し違うわね。迷宮の主を倒した時に似ている気がするわ」

「ヘソの下あたりから陰陽の氣が錬成されておるのじゃ。特に害はなさそうじゃが、今下手に整えようとするとかえって危険かもしれんのぅ」

 

 おろおろする俺とグーラとは対照的に、二人は落ち着いていた。

 ひとまず、危険はないという二人の見立てを信じよう。

 

「んほぉおおおおおっ♡」

「うおっまぶしっ!」

 

 ルクスリリアが嬌声を上げた瞬間、彼女の全身に人修羅めいた文様が浮かび上がり、それはやがて眩い光を放った。魔力感覚でも、彼女の全身から大量の魔力が溢れ出たのを感知できた。

 光が収まると、そこにはいつもと変わらないルクスリリアが横たわっていた。さっきの文様も見つからないし、何だったんだ今の。

 

「な、なにがあったんですか……?」

「もしかして……」

 

 エリーゼとイリハの見立て。それからタイミング。思い当たる節があり、俺はコンソールを開いた。

 お昼に確認したルクスリリアの種族レベルは二十九。しばらく前から、この数値に変化はない。

 もし種族レベルもジョブ同様に三十で打ち止めなのだとすれば、そして先の吸精でレベルアップしたのであれば、ルクスリリアは大淫魔に進化したのではないか?

 そう思った、のだが……。

 

「あれ?」

 

 別にそんな事はなかった。

 そうはならなかったものの、それとは別にちょっとよく分からない事態になっていた。

 種族レベルの欄を見ると、中淫魔のレベルが三十になっている。それはいい。

 だが、数字の部分がピカピカと点滅しているのだ。これは一体どういう意味だ?

 

「ルクスリリア、何か変わったトコってない? 痛いとか苦しいとかは?」

「ん~?」

 

 呆然としていた当人に問うと、ルクスリリアは何事もなかったように起き上がり、自身の身体をぺたぺたと触りだした。

 角、胸、尻尾。そして、最後に首をかしげる。

 

「ん~? おっかしいッスね~。大淫魔になったら角が大きくなるとか聞いたんスけど。他にも色気が増すとか乳がデカくなるとか……」

「伸びてませんね」

「胸も変わっとらんのぅ」

「魔力量も少し増えただけで、劇的に増えている訳ではないわね」

 

 実際、ルクスリリアは大淫魔に進化していない。表記上は中淫魔のままである。

 パッと思いつくものとしては、単純に種族レベルの上限が三十ではなかったとか。しかし、ならば何故あのような反応があったのかが気になる。あからさまに今から進化しまっせという演出だったのだ。

 もしくは、イリハの退魔士ジョブみたいに何かしらの条件を満たしていないから大淫魔に進化できなかったとか。レベルは大丈夫だけど、何か足んねぇよなぁと……。

 

「まっ、どうでもいいッスけどね!」

 

 あれこれ考えていると、当のルクスリリアはペチンと角を叩いてペロッと舌を出した。

 不思議現象である。俺としてはめっさ気になる案件なのだが、当人としてはそんなに気になる事ではないらしい。

 

「ふぅん? 是が非でも大淫魔になりたい、という風ではないのかしら……? 今よりずっと強くなれると思うのだけれど」

「ん~、そうッスね~。けど大淫魔になると、すっげー燃費悪くなるらしいんスよ。そのコト考えたら、まぁ今のままがベストなんかなーって思うッス。なんであんま気にしてねぇッスね!」

「そんなもん?」

「そんなもんッス! あぁ、ご主人が気になるなら調査とかお勉強とか付き合うッスよー」

 

 まぁルクスリリアが言うなら、それでいいんだろう。

 とはいえ、本人が気にしていなくとも、気になるものを放置するのは俺としちゃちょっと嫌だ。

 とりあえず、今度また図書館に行こうと思う。俺が読んだ事のない淫魔専門書には何か手がかりがあるかもしれない。何も害が無ければいいんだが、調べずにはいられない。

 

「さっ! 明日からまた鍛錬ッスよ! 早く寝るッス!」

「そうですね」

 

 気になるには気になるけど、そう気にする程のものではない。然るべき備えをすればいいだけだ。

 そんなこんなありつつ、俺達は眠りにつくのであった。

 

 

 

 翌日、ルクスリリアは病を患った。

 実に共感し難い、当人としては一大事。

 それは……。

 

「せっ、精の味がしねぇッスゥ!?」

 

 味覚の消失であった。

 下の口の。




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ロリっちゃえよ

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続いております。
 誤字報告も感謝。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 ネタバレじゃない範囲で宣言させて頂きますと、本作にロリ巨乳のヒロインが登場する予定はありません。巨乳化する展開もありません。ごあんしんください。
 NTR展開もありません。ごあんしんください。


 ルクスリリアが病を患った。

 なんと、下の口の味覚が消えたというのである。

 その兆候を見つけたのは、デート日の翌朝の事だった。

 

「おん♡ おん♡ おぁああああ♡ いっ、ぐぅ……♡ ん、んぅ? あれ……?」

 

 昨日さんざん盛りあったというのに、ルクスリリアは朝から元気いっぱいだった。

 そんな彼女に乞われるがまま、ドロリ濃厚アサイチ搾りをお見舞いした際である。なんかルクスリリアが訝しげな表情を浮かべたのだ。

 俺も怪訝に思いこそしたが、その時は気にしていなかった。すわ俺サイドにミスが? と思ったが、取り立てて何事もなく過ぎていった。

 

「よし、今日も頑張ろう」

「はい!」

「のじゃ!」

 

 デート期間はおしまいという事で、俺達は鈍ったかもしれない勘を磨きあげるよう鍛錬に励んだ。

 継続は力なりとよく言うが、継続するには力と余裕が必須である。その点、うちには相応以上の余裕があるので、満足いくまで鍛錬できる。とにかく感謝、感謝の素振りだ。どだい自己修練とは贅沢な行いなのである。

 予習復習休憩瞑想……。時間いっぱいみっちりと、俺達は銀竜道場で習ったトレーニング法を実践していった。

 

「今日はここまでにしよう。飯の後に図書館だ」

「そうね。調べるだけ調べてみましょう」

「んー、そうッスねぇ~」

 

 午前はがっつり練習したので、その日の午後は図書館に行く事にした。例のルクスリリアが大淫魔になれない問題を調べる為である。

 図書館に入ると、館の規模と圧倒的な蔵書量を見たイリハは目を回していた。そんな中、俺達は学生のノリで和気藹々と調べ物を進めた。

 代表的な淫魔生態本や、進化する魔族に関する書籍。その他淫魔関連の文献を手分けして読みまくった。

 けれどもロクな情報は集まらず、解決の手がかりは何一つ得られなかった。

 

「ちょっと不安になってきたな……」

「お医者様に診てもらうべきではないでしょうか?」

「いやぁ、そんなん大げさッスよ~」

「何も無かったら無かったでいいじゃろ」

「ええ……私とイリハには正常に見えるけれど、医師からは別の見解があるかもしれないわ。魔族医は何処かしら?」

 

 ともかく、その日は御開きという事で、俺達は借家に帰っていった。

 帰宅後はいつも通りだ。掃除をして、ご飯を食べ、風呂に入って、お楽しみ。

 いつも通り、ベッドの上の大運動会は最高だった。

 

「はぉおおおおおん♡ ん? あ、あれ……? おかしいッスね……」

 

 今朝に続いて、ルクスリリアはフィニッシュムーブの際に違和感を覚えたようだ。

 なにも不感症になってる訳じゃない。いつも通りミルキーウェイでスキップする事もできる。にも拘らず、ルクスリリアは最後の最後にハシゴを外されたような表情をするのである。

 

「ご、ご主人! もう一回お願いするッス!」

 

 乞われたならば是非も無し。俺は再びルクスリリアの奥底へと生命の化身を注ぎ込んだ。

 

「うぐっ♡ おぉ~♡ あっ……♡ えっ、そんな、え……?」

 

 今になって、俺もようやっと気がついた。

 いつものような吸精で、いつもよりルクスリリアの反応が鈍くなっている。今朝もそうだったが、もしやテク不足か準備不足かと思ったものだが、つい寸前まで幸せいっぱいの表情をしていたのだ。下の口で言ってくれないと分からない。

 そして、その理由は上の口から放たれた。

 

「せっ、精の味がしねぇッスゥ!?」

 

 当然、一同ぽかんである。

 どうにも把握し難い訴えに、兎にも角にも事情を訊いてみる事にした。

 

「それは、どういう意味?」

「そのままの意味ッスよ! キレもコクも何もない! 味がしないんス! むみむしゅー! あるのはただ、それを飲んだという生感覚だけ!」

「う~ん……?」

 

 これまた、一同は困惑顔のまま各々視線を交わらせた。

 そんな中、ルクスリリアは世界滅亡の一時間前みたいな表情になっていた。

 

「え、えーっと、それは……下の口の味覚がって事?」

「ッス! ちょっと失礼するッス! あむっ♡」

「おわ!? おぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

 ジュボボボボボボボッ!

 パクッと食いつかれ、まるで吸引力の変わらない某掃除機のような勢いで絞り取られる。

 何の遠慮もない圧精搾取に俺はビクビクと身体を跳ねさせ。あっという間に果ててしまった。

 

「うっ! はぁ、はぁ……」

「早いわね……」

「仕方ないじゃん……。ど、どう? ルクスリリア」

 

 情けないとこ見られたが、それは今はどうでもいい。俺はルクスリリアの方を見た。

 ごっくんした彼女は、なおも絶望しきった瞳をしていた。

 

「……味が、無ぇッス」

 

 暗く淀んだ瞳に、光はなかった。

 それから、まるで真冬の夜に放り出されたように、彼女は自身の身体を抱いて震えはじめた。

 

「そんな、まさかそんな……! え、嘘ッスよね? つまり、えっと、どういう……? うぁああ……!」

 

 かと思えば、真っ赤な双眸の奥から大量の涙が染み出てきた。

 涙の粒はやがて滝となり、急にドバッと噴出した。

 

「うっ、うぅ! うわぁああああああん!」

「ルクスリリア!?」

 

 ルクスリリア、ガチ泣き。

 これには困惑しきりだった一同も大慌て。どうすればいいか分からぬまま、泣きじゃくる彼女を慰める事しかできなかった。

 

「わぁあああああ! このままなんてやだぁあああああ! ふざけるな! ふざけるな! バカヤロぉおおおおおお! うわぁああああああッ!」

「どどどどうしましょうご主人様! ルクスリリアが!」

「おぉよしよし、よく分からんが大変じゃのぉ~。ほれ主様、抱きしめてやるのじゃ」

「あぁ。ルクスリリア」

「お、落ち着きなさいルクスリリア。正直なにがどうなっているのか分からないけれど、ほら……」

 

 理解も共感もしづらいが、これは大変な事になったっぽいぞ。

 ああも明るいルクスリリアが、こうも感情のまま泣きじゃくるなど今の今までなかった事態である。それほどまでに、上下の口で精の味を感じ取れないらしい現状は淫魔にとって致命傷なのだろう。

 とにかく、翌日から俺達は問題解決に奔走する運びとなった。

 

 

 

 

 

 

「……という事があったんです」

「なるほど……」

 

 それから、暫しの時が流れた。

 結論からいうと、ルクスリリアの味覚障害は治らなかった。

 料理や飲み物は大丈夫なのだ。けれど、上下ともに精の味だけが感知できないのである。

 

 とりあえずはとエリーゼの回復魔法を使ってみたが、何の成果も得られなかった。イリハの按摩術で氣を調整しても、俺の【手当て】も効果なし。

 魔族専門の医者にも診てもらったが、何も分からずじまいだった。それどころか、「極めて健康ですよ」と診断された。

 セカンドオピニオンで他の医師に診てもらっても変わらない。誰も彼も極めて健康と診断するのである。

 

 医師がダメなら他はどうだと、呪術師や魔法薬師に訊いてみても解決に至る事はなかった。

 ならばと魔族の病に絞って調べてみても、精の味だけがしなくなるなんて情報は全く見当たらなかった。

 

「うぅ、やっぱ辛ぇッス……!」

「それは、お辛いでしょう……」

「分かってくれるのはニーナ先輩だけッスよぉ……!」

 

 で、図書館を出たところ、同じ淫魔であるニーナさんと遭遇し、話を聞いてもらったのである。

 状況を聞かされたニーナさんは、まるで不治の病を患った同士のようにルクスリリアに同情していた。

 

「ニーナさんは何か思い当たる病気ってありませんか?」

「いえ、私も初耳の症状です。ルクスリリアさんに限って、精欠乏症という訳でもなさそうですから。例え精でいっぱいになったとしても、益こそあれ病に罹るなどあり得ないと思います……」

「うわぁああああ! このまま一生味のしない精飲むなんて嫌過ぎるッスゥゥッゥゥゥ!」

 

 オープンテラスの席で、ルクスリリアは誰憚る事なく号泣していた。

 幸いここはラリスの王都。喧騒に紛れて彼女の慟哭が雑踏に響く事はなかった。

 一人の淫魔の涙など、都会の中ではあまりに些事。良くも悪くも知らんぷりだ。

 

「う~ん、古の淫魔……。淫魔女王なら、何か知っているかもしれませんが……」

「淫魔女王ですか」

「はい」

 

 淫魔女王とは、その名の通り淫魔王国の女王様だ。

 ニーナさん曰く、博識な彼女なら、あるいは淫魔王国の書庫ならばラリスにはない情報があるかもしれないという。

 確かに、もう王都でやれる事は無い気がする。なら、そっちにシフトすべきか。

 

「ご主人……助けて欲しいッスぅ……!」

「安心しろ。必ず何とかする」

 

 こうも弱ってるルクスリリアを、放っておけるはずもない。

 藁にも縋る思いで、俺達は淫魔女王に謁見するべく会議を始める事となった。

 

「何とか、女王様にお話を伺う方法はありませんか?」

「てか女王に謁見って、そう簡単にできるもんなのかのぅ? 存外腰の軽いお人じゃったり?」

「それに同族とはいえルクスリリアは奴隷身分よ。王城に入れるとは思えないわ」

「えぇ、はい……。私もお会いした事はありませんが、陛下はお忙しい方のはずです。奴隷身分の立ち入りも、此方からの申し出では厳しそうですね……」

「ルクスリリアは会った事あるんだよね?」

「呪術かけられる時ッスけどね……。まぁ話しやすい方ではあったッス」

「頼めばいけたりしないかな? 貴女が呪いをかけた淫魔が大変なんですって。どこに届け出ればいいんだろう?」

「それは、どうなんでしょう……。私も王国側に大した繋がりがある訳ではないですから、分かりません」

「対価を払えば会ってくれるんじゃないかの? ほれ、主様がちょちょいと精とやらを分けてやれば……」

「精を対価に言う事を聞かせようとするなんて、王を舐められたとして首が飛ぶでしょうね」

「男に舐められるなら陛下はむしろ喜びそうッスけどね……!」

「凄いこと言いますね。ルクスリリア……」

「ん~、内内になら意外といけそうな気がするあたり何ともいえませんが……」

「……リリィ、女王ってどんな人?」

「とんでもねぇ爆乳の持ち主ッスよ。並みの淫魔よりデカいッス」

「悪い、力になれそうにない」

「ダメみたいね……」

「ははは……」

 

 淫魔王国は他国からの観光客を歓迎してくれるらしいが、だからと言ってパンピーが気軽に女王に会える訳はないらしい。むべなるかな、そりゃそうだ。

 手段も手腕も手立てもない。せめて書庫の閲覧許可を取りたいところだが、それこそどうやってという話である。

 

「せめて王国の中枢に繋がりのある人がいらっしゃれば……」

「王城に出入りできる淫魔騎士とか居ないッスかね……」

「そんな都合の良い存在、いるのかしら……」

 

 溜息が重なる。重い空気が辺りを覆った。

 俺視点、とにかく今はやれる事をやるべきだと思う。ひとまず観光客として淫魔王国に行って、一か八か謁見なり書庫の閲覧なりをさせてもらえないか頼んでみる。あるいは、女王の書庫と言わずとも公共図書館に入れてもらえないものだろうか。

 今すぐ動くべきなのは分かっちゃいるが、いつも明るいルクスリリアが落ち込んでるので、一行のテンションはアガるにアガれなかった。俺とて、先行きの不安で目を伏せた。

 その時である。

 

「見つけましたわ! ルクスリリア!」

 

 ふいに聞こえた、歌劇めいた甲高い声。

 声の方向に目を向けると、そこには金髪ドリルのモデル立ち淫魔がいた。

 

「おーっほっほっほっ! お久しぶりぶり鰤大根ですわ! 皆様! リンジュから帰ってきたと聞きましたけれど、カリ首揃えてなぁにをそんなシケた(つら)ぁしておりますの? 空はこんなに良い天気だというのに! まさに最高の青姦日和ですわ!」

 

 派手な髪色、派手な髪型。ドデカい胸は天然モノで、長い手足はムチッと豊満。

 かくして、その淫魔の名は……。

 

「お前は……クソザコアナルのグレモリア!」

「弱くねぇっつってんでしょうが! このスットコどっこいチビ淫魔!」

「んだとぉ!?」

 

 そこにいたのは、銀細工淫魔のグレモリアさんだった。

 確か、ルクスリリアの幼馴染で、小淫魔から生まれた中淫魔らしい。そんで色々あって王都のギルドで銀細工を授与されるまで強くなったと。

 手紙では今は淫魔王国に居るとの事だったが……。

 

「ケッ! 今ぁお前の相手してる暇はねぇんスよ! 尻穴雑魚助の(シリ)アスブレイカーはケツに挿れてる張形引っ込めてお宿でアナニーでもしてろッス!」

「まっ! モノを知らない淫魔ですこと! 二人用の連れ込み宿であえて一人で致す快感を知らない青二才がナニを言ってケツかるのかしら!」

「うっせぇんスよ尻穴不死者(アナル・アンデッド)! こちとら大事な話してんスから、用があるならさっさと済ませろッス!」

 

 喧騒の中、二人はリズムばっちりで罵り合っていた。

 俺が言うのもなんだが、実に聞くに堪えないディスり合いである。グーラなんか罵倒の意味が分からず首をかしげてるじゃないか。

 そんな中、ニーナさんはなおもキンキン声を上げる金髪ドリル淫魔を見て、呆然とした表情を浮かべていた。

 

「ニーナさん? どうなさいました?」

「え? あ、いえ、その……」

 

 訊いてみると、ニーナさんは少し目を泳がせた後、やや言いづらそうにしてから口を開いた。

 

「そういえば、グレモリアさんは元淫魔騎士だったなぁと……」

「ん? えっと……淫魔騎士って、王城務めのエリートなんですよね?」

「えぇ、はい。類稀なる才能と、強靭な理性が求められる……はずです」

 

 今一度、罵り合ってる二人に目を向けた。

 

「貴女達がリンジュで遊んでた間、わたくしは全世界の益となる功を立ててきましたのよ! これもわたくしが諸国漫遊して広めた知見の賜物ですわ! どこぞの知見もお尻も狭いチビ淫魔には不可能ですわね! おーっほっほっほっ!」

「なぁにが知見を広めた賜物ッスか! グレモリアの事ッス! どぉ~せ国内オナニー潮吹き大会で十六位だったとかそんなんッス!」

「それは昔の話ですわ! 今なら余裕で一位を狙えましてよ!」

「出たのね……」

「出たんじゃな」

「おなにー?」

 

 ……アレが?

 

「そうなんですね……」

「ええ、はい。それに彼女はアレで交渉ごとがお上手で、今回も国家間の新事業を纏めてきたとか何とかで……」

「事業?」

 

 なんか異世界らしからぬ文言。なんじゃそりゃという気持ちである。

 

「じゃあ見せてみろッス、その功とやら!」

「ふふ~ん! とぉくと御覧じろですわー!」

 

 言い放って、グレモリアさんは胸の谷間からスクロールを取り出してみせた。

 次いでバサッと紐を解くと、そこには……。

 

「両王国合同、異種間交流会ですわ!」

「交流会?」

 

 その巻物には、ラリス人と淫魔を顔合わせさせて交流を図るとか何とか書いてあった。

 つまるところ、お見合いパーティじゃんね。

 加えて、これはあくまで試金石のようなものであるとも書いてあり、交流会の結果次第で今後も継続するつもりであるらしい。

 

 てか、何気にラリス王家の紋章まであるじゃないか。

 えっ? つまりこれ、グレモリアさんが考えた企画をラリス王国と淫魔王国に認めさせたって事? 普通に凄くないかそれ?

 

「淫魔側の参加者はこちらで厳選した志願者を集めましたわ! あくまで小淫魔限定ですが、これで庶民の精不足問題の一部を解決できますのよ! まぁ男日照を解消できるかは当人次第ですが!」

「えぇ~? よくこんなん許したッスね、特にラリス……」

「おーっほっほォ! わたくしにかかりゃあこの程度余裕のよっちゃんでしたわ! なにせ元淫魔騎士の銀細工持ち冒険者ですもの! ギルドは勿論、女王陛下の覚えもクッソめでてーのですことよ!」

「だぁからコイツいつにもましてイキッてるんスか……」

「どうかしらん? 羨ましい? 羨ましいですわよねぇ~!? なんたって歴史の転換点になるかもしれない試みを興してみせたのですわ! 淫魔の歴史にまた一ページですわぁ!」

 

 どうやら、グレモリアさんはマジで交渉が上手いらしい。

 胸を張り、口元に手を添え、あからさまなお嬢様笑いをかます彼女からは考えられないくらい優秀なのだろう。多分……。

 

「ですが、淫魔側はともかくラリス側の志願者が集まるとは考え難いような……。あっ、いえすみません……」

「ナイス着眼点! それに関してはこれからですわね! ちなみに、ラリス側は冒険者限定という事になってますの! 庶民連れてっても即干し物になっちゃうのがオチですものね!」

「あー、倒れそうッスね。この企画……」

「んな訳ありませんわ! 交渉上手のグレモリアさんとはわたくしの事でしてよ! 現役男性冒険者のお知り合いは少ないですが、このわたくしがちょちょっと声をかけりゃあ余裕ですわー!」

「ずいぶんと自信があるのね」

「もっちろんですわ! 憚りながらこのグッちゃん、恋の仲介人として界隈じゃあ有名ですのよ!」

「あぁグレモリアさん、自分がモテないからって仲人の立場に慣れきってしまって……」

「良い人なんですね」

「良い人止まりなんじゃな」

 

 交流会はどうでもいいが、彼女は元淫魔騎士で女王への繋がりがあるのは確かであるようだ。当人の申告が正しいなら、上層部の覚えはめでたいとも。ならば、彼女に口利きしてもらえないか、言うだけ言ってみる価値はあると思う。

 元より藁に縋る気満々だった俺だ。掴めるチャンスは、掴むべきではないだろうか。

 

「グレモリアさん」

「は、はい!?」

 

 声をかけると、グレモリアさんはおほほ笑いのポーズのままピシッと固まった。

 

「その話、お手伝いさせて頂けませんか?」

「……えっ!? よろしいんですの!?」

 

 何も善意でこんな事を言ってるんじゃない。とにかく動かなければ、何も始まらないと思ったから提案したのだ。

 淫魔女王に会う為、ルクスリリアの病を治す為。

 俺は、ナンボでもひと肌脱ぐ所存であった。

 

「よろしければ、メンバー集めに協力させて頂けませんか?」

 

 こうして俺達は、ルクスリリアの味覚障害を治療する為、合コンのメンバーを集める事となったのだ。




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 淫魔王国編、開始。


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ラリス貴族はお願いしたい

 感想・評価など、ありがとうございます。特に感想もらえると嬉しいです。
 誤字報告もありがとうございます。感謝しております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、一般ラリス貴族視点です。
 よろしくお願いします。


 ラリス王国の貴族とは、尚武の気風の強い異世界にあって特に武断的な責務を持つ者の集まりである。あるいは、管理された暴力装置だ。

 君臨すれど統治せず。民の暮らしに干渉せず、ただ有事にのみ力を振るう。悪を罰し、善を守るのが本懐と言っていい。

 全て、力によってである。

 

 ラリス貴族には、力に応じたランクが存在する。爵位がそれだ。

 侯爵は伯爵より強い力を持ち、伯爵は男爵よりも強い力を持っている。これは財力や権力の話ではなく、単なる武力がそうなのだ。

 

 ラリスの貴族は、凡そ多くの民がイメージするような、優雅な貴人などでは断じてない。むしろ、舞踏会ではなく武闘会で血を沸かせ肉を躍らせる類の人種である。だからこそ、民はこの世界で平穏を享受できるのだ。

 畢竟、貴族は偉いから偉いのではなく、強いから偉いのだ。命を賭けて戦うからこそ、敬われるのである。

 

 強者を尊崇しつつ、自らを厳格に保ち、弱者には寛大である。しかれど愚者への慈悲はない。

 そして、貴族が守るのは自領の民のみにあらず、全世界の民をも含まれる。

 人類への脅威を退けてこそ、真のラリス貴族と言えるのだ。

 

 

 

 ミラクム・リント・フライシュは、生まれながらのラリス貴族である。

 フライシュ侯爵家の三男として生まれた彼は、幼少の頃からその才覚を発揮していた。

 惜しくも王の一党に加わる事はできなかったが、その能力は侯爵子息として申し分ないものであった。

 

「ほう! どうやらミラクムにはソレが向いているようだな! 私の父上と同じだ!」

「はい! とてもしっくりきます!」

 

 齢五つにして大人用の長柄薙剣(グレイブ)を振り回せる程度には膂力があり、父の教えを綿のように吸収する武才を持っていたのだ。

 生まれながらにして、貴族の子は強いのである。

 

 ここで、彼の半生を振り返るとしよう。

 フライシュ家は名門貴族である。先祖代々、血筋に起因するとある気質を除けば、フライシュ侯爵家は善良で模範的なラリス貴族だ。ミラクムはそんなフライシュ家の三男として生を得た。

 歩けば即武道。概して、貴族子息は物心つく頃には武器を玩具に育まれる。それはミラクムも例外ではなく、幼少の頃から武器を振り、愛馬を駆って暮らしてきた。

 そして、五歳の誕生日。よくある風習として、ミラクムは童貞を卒業する事となった。

 

「これの首を跳ねればいいんですか?」

「うむ! 思い切りやるといい!」

「はい!」

「やめろー! 死にたくない! 死にたくなぁい!」

 

 殺人童貞である。

 父手ずから捕縛した罪人を、息子手ずから斬首する。

 ラリス貴族の古い習わしであった。

 

「うむ! 初めてにしては上手くやれたな!」

「ありがとうございます! ですが、僕としてはまだまだだと思ってます! もっと上手に斬れるよう頑張ります!」

「はははっ! ミラクムは良い戦士になるな!」

 

 昔から、ミラクムは罪人の処刑が好きだった。

 罪人を一人消す度に自領が平和になり、民の暮らしを守る事ができるのだ。尊き生まれの者として、とても誇らしい気持ちになる。

 罪人など居ないに越した事はないのだが、気づけば虫のように湧いてくるのだ。ならせめてもと、ミラクムは罪人へ感謝を捧げながら処刑をしていた。刈り取った命は、もっとより善い力に換える。これこそ、健全な循環であると思っていた。

 

「ほう、これをミラクムがか!」

「とても上手ね。塩加減も素晴らしいわ」

「ありがとうございます」

 

 処刑と同じくらい、ミラクムは料理をするのが好きだった。何かの比喩ではなく、文字通りの意味である。

 特に肉料理には一家言あり、食材の選別から切り方、焼き加減に至るまで強い拘りがあった。

 また、これは代々続く血筋の性のようなもので、フライシュ家は自他ともに認める美食貴族なのである。

 美食家なのは良いのだが、食への拘りが強すぎるのが玉に瑕だった。利他的で善良な性格の中に、某ラーメンハゲのような一面が混じっていると言えば分かり易いか。

 

「ミラクム、明日はシュバイン山の遠征だ。武器を磨いておけよ」

「はい」

 

 ミラクム・リント・フライシュは、模範的なラリス貴族である。

 弱者を守り、身分を問わず強者に対して礼儀正しい。武芸に秀で、学問に通じ、十の頃には山賊退治で屍山血河を作ってのけた。

 

「おぉミラクム! 活きのいい奴を捕まえてきたぞ! よし、これをあげよう! 今日はよく頑張ったからな!」

「ありがとうございます! 父上!」

 

 捕まえた罪人を裁き、己が血肉とする。

 捕まえた獣を捌き、己が血肉とする。

 ミラクムはそのどちらにも適性があり、才能があり、嗜好と家業が一致していた。

 極めてラリス貴族向きの性格をしていたのである。

 

 時は流れ、ミラクムが十四歳になった時の事。

 フライシュ家の長男、ミラクムの兄が死んだ。

 戦死である。領域外で戦い、奇襲を受け、味方を逃がす為に孤軍奮闘した結果であった。

 ラリス貴族は戦死者のみが墓標に名を刻む事ができる。貴族にとって、戦死は最も名誉ある死因と言えた。

 

「兄上……」

 

 墓に刻まれた勇士の名を見て、ミラクムは兄への深い尊崇の念を抱いた。

 ミラクムは三兄弟の末弟である。現状、生き残っているのは次男とミラクム。それから妾の間にいる姉や妹のみ。

 もし、次男がいなくなってしまえば、フライシュ侯爵家はミラクムが継ぐ事になるだろう。

 

 一刻も早く、自分も兄のような立派な貴族にならなくては。

 そう、ミラクムは強く決心した。

 

「父上、お話があります。よろしいでしょうか」

 

 災厄も近い。立派な貴族になるには、このままだと遅きに失する。

 まだまだ、自分には力が足りない。

 故に、彼は迷宮へ挑む覚悟を決めたのだ。

 

「はぁ、はぁ……迷宮とは、これほどまでに過酷なのか……。けど、僕はやったぞ……! まずは一歩だ……!」

 

 古今東西、初迷宮は単独で挑むのが習わしだ。ミラクムはこれを完遂し、侯爵子息として不足ない実力を示してみせた。

 これ以降の探索は、一党を組む必要がある。一党の結成には、家の力を借りてはいけない。民の上に立つ者には、徳で以て仲間を作る器量もまた必要だからだ。

 

「ミラクム様、我が一党を率いてみるつもりはありませんか?」

「ミラクム様の下に置いてくだされば、フライシュ領にとって更に善い一党になる事と存じます」

「ご安心ください、うちの者は皆、読み書き計算が可能でございます」

 

 貴族の一党員といえば、冒険者にとっての成り上がりコースの一つである。

 当然、これに入りたがる冒険者は多いので、一党員集め自体はそう難しい話ではない。しかし、後の事を考えると、一党の仲間は慎重に選ぶべきであった。

 それは冒険者サイドも承知の上で、品と力を兼ね備えた者しか貴族に取り入ろうとは思わない。その上で申し出をするという事は、自信と野心の証左であった。

 

「申し出は有難く。ですが、少し待ってはくださいませんか?」

 

 だが、ミラクムは既に誰を仲間にするかを決めていた。

 自分には立派な貴族として、民を守る責務があるのだ。可能性は低くとも、考え得る範囲で最高の冒険者を仲間にしたい。

 であれば、チャンスがあるなら狙ってみるのが道理である。

 

「明日から、王都に行く予定がありまして……」

 

 その男、地味な鎧を纏った無頼の剣士。

 過去、同じラリス貴族を負かしたという剛の者。

 黒剣の二つ名を持ち、迷宮狂いと綽名された英雄候補。

 

 イシグロ・リキタカと、その一党。

 彼を、彼女達を仲間にする。

 ヘッドハンティングだ。

 

 

 

 

 

 

 黒剣のイシグロと言えば、ラリス貴族の間では仲間にしたいランキング上位の冒険者である。なにせその能力たるや伝説の英雄に例えられる程なのだ。

 最も有名な功といえば、やはり彼の迷宮踏破録だろう。曰く、単独で九つの迷宮を連日踏破したらしい。その他、最近だとリンジュの武術大会で優勝したという情報もある。

 

 強さに関しては申し分ない。伝え聞く話によれば人格も問題ない。狂気に呑まれている兆候もない。

 これを、欲しがらない貴族はいない。恐らく王家もそう考えているだろう。

 しかし、実際に彼を勧誘した貴族はいなかった。何故なら、ぶっちゃけ手に余ると考えたからだ。

 

 力はある。人格も問題ない。王家からの圧力こそあれ、勧誘自体は禁止されていない。

 だが、それはそれとして、意味不明な価値観の相手には慎重にならざるを得ないのだ。

 貴族視点、イシグロは物凄く強い駒なのは分かるが、そいつが何時どこでどの方向に動くか分からない駒なのである。

 奴隷への執着。リンジュでの大立ち回り。いとも容易く誉れを捨てる、理解し難い精神性。そのどれもが、イシグロを「気になるけど声をかけづらい冒険者」という立ち位置に留めていた。

 

 そんな中、フライシュ侯爵家のミラクムは一番乗りで勧誘すべく動き出した。勿論、父の許可は得ている。

 なにもミラクムはレアモノをゲットして自慢したいとか、そういった理由でイシグロを引き入れようとしている訳ではない。歳相応、もしくは立場相応に英雄への尊敬がある為だ。

 仮に彼を仲間にしたとして、その後に王家が召し抱えようとも、ミラクムとしては大いに祝福する所存であった。

 ただ、自身は英雄の足つぎになればいい。利他的なミラクムは、英雄を私物化しようとは思っていなかった。独善的なのは、年齢故仕方ないと言えよう。

 

 それはそれとして、イシグロに限らず台頭してきた英雄にちょっかいをかけるべきではないというのは、歴史を学んだ貴族からすると当然の教訓であった。

 けれども、先述の通り英雄候補への接触や勧誘を禁止されている訳ではないのだ。穏便に交渉し、穏当に傘下に加わってくれるのなら、王家は何も止めはしない。

 普通に会って、普通に勧誘する。貴族としてではなく、いち冒険者として、一党にお誘いするのである。その点、ミラクムはよく弁えていた。

 

「行こうか、リントノホマレ」

 

 そうしてミラクムは、単騎愛馬を駆って王都へ向かった。

 王都への道中、ミラクムは他の貴族の住む街に着くと、それら全ての貴族に挨拶回りをしていった。

 ミラクムの生まれたフライシュ領と王都にはそれなりの距離がある。如何に異世界馬の脚がカワサキ・ニンジャ程に速くとも、中継領の貴族には顔を出すのが礼儀であった。

 そんな折、王都の隣領であるカトリア家に挨拶しに行った際の事である。

 

「うん! わかった! お姉ちゃんが確かめてあげるね! どこからでもかかってきてッ!」

 

 カトリア伯爵の末妹、エレークトラ・ヴィンス・カトリアと会う機会があったのだ。

 エレークトラと言えば、かつて依頼遂行中のイシグロにボロ負けした事で有名な貴族だ。あまつさえ、征伐すべきパース商会にしてやられたというクッソ情けない伯爵令嬢である。

 そんな彼女に対し、ミラクムは貴族の礼に則って喧嘩を売った。これまた、ここで言い返せないと貴族じゃないでしょという挨拶のようなものだ。そして、ミラクムは見事に敗北した。

 が、これでいい。いくら歳の差があったとはいえ、相手はいくつもの修羅場を潜ってきた猛者なのだ。ミラクムが勝てる相手ではない。

 そも、当時は鋼鉄札と聞いていたエレークトラは、今では銀細工を下げている。あの後、色々あったのだろう。であるなら、彼女もまた尊敬すべき貴族である。

 

「ん~、イシグロくんのこと? お姉ちゃん、あの後は一度も会ってないからなぁ~」

「くん……?」

 

 ラリス式「こんにちは」の後、ミラクムは貴族式のお茶会に招かれた。そこで、エレークトラ自身の口から彼の英雄の話を伺う事ができた。

 そこには特に真新しい情報はなかったが、どうにも彼女の語り口は妙に馴れ馴れしいのが不思議だった。まるで、件の迷宮狂いを()のように見ているかのようだった。

 

「ミラクムくんは十四歳なんだよね? 凄いなー、その歳でそんなに強いなんて!」

「くん……?」

 

 そして、これまた何故かミラクムの事も()扱いしてきた。

 言外にミラクムの姉を自称するエレークトラの瞳には、深い螺旋が渦巻いて見えた。きっと、銀細工を授与されるまでにも色々あったのだろう。

 

「イシグロくんによろしくねー」

「はい」

 

 触らぬ銀に祟りなし。早朝、ミラクムはそそくさとヴィンス城を出た。

 

 そうして辿り着いた数年ぶりの王都は、当然としてフライシュ領の何処よりも栄えていた。

 道行く冒険者の数も多く、鋼鉄札持ちの猛者がゴロゴロしている。あまつさえ銀細工の冒険者とも何度か通り過ぎた。

 

「ん~、良い匂いだ」

 

 なにより、少し歩いただけで美味しそうな匂いがするのが素晴らしい。やはり王都は食文化が進んでいる。

 ミラクムは努めて食べ歩きの欲望を抑え、イシグロが拠点としている西区転移神殿へ足を向けた。

 

 侯爵子息のミラクムが大扉を潜るも、周囲の冒険者に特にこれといった反応はなかった。それもそのはず、ここは王都の転移神殿であり、フライシュ領の迷宮都市リントではないのだ。誰も自分の顔を知らなくて当然なのである。

 新鮮な気持ちでずんずん歩き、空いている受付の前に立った。とりあえず、ギルドへの挨拶だ。

 

「失礼。僕はこういう者です。ある人を訪ねに来たのですが……」

「おう? あ、はい」

 

 ミラクムが声をかけたのは、誰あろうイシグロの担当受付のおじさんだった。最近は変人トリクシィの担当扱いをされていたりもする苦労人だ。

 何かそういうフェロモンでも出しているのか。つくづく変な冒険者に好かれるおじさんだった。なお、本人的にはそういう扱いをこそ望んでいた。将来なにかの役に立つかと思って、日記なんか付けちゃうくらいには。

 

「ええ、イシグロ・リキタカさんという方なのですが……」

「なるほど。念のため確認させて頂きますが、それは銀細工のイシグロで間違いございませんか?」

「ええ、そのイシグロさんです。彼のもとへは此方が向かいますので、居場所を教えてくだされば幸いです」

 

 ミラクムの首には、冒険者の証である鉄札が下げられている。貴族子息に限ってまさか位階相応の強さしか持っていない訳もなかろうが、おじさんの見立てではこの坊ちゃんは冒険者に成りたてだろう事が分かる。差し詰め、迷宮狂いの噂を聞きつけた貴族子息からの勧誘といったところか。

 貴族が在野の冒険者を勧誘する。こういったイベントは珍しくはない。受付おじさんも何度か応対した経験がある。往々にして、態度のデカいお貴族は勧誘に失敗し、ミラクムのように紳士な態度の貴族は勧誘に成功するパターンが多い。

 おじさんの知る限り、これまでイシグロは同業以外から勧誘された経験はないはずだ。さてどうなるか。好奇心は湧きつつも、今はどうにもならないのが現実であった。

 

「あー、ついさっき出ていきましたね。次いつ来るか分かりません。ギルド経由で呼び出しましょうか?」

 

 ちなみに、ここでギルド経由で冒険者を呼び出した場合、かなりの確率で勧誘は失敗するのがパターンだ。ある種のトラップのようなものだ。

 そんな罠に気づいてか否か、ミラクムは訓練された薄い笑みのまま答えた。

 

「そうでしたか。ありがとうございます。しかし、呼出しは結構。後日また来ますので、伝言だけ預かって頂いてもよろしいでしょうか?」

「承りました」

 

 おじさんは胸中で感心しながら、ミラクムの伝言を預かるのであった。

 これは、どうなるか分からないな、と。

 

「さて」

 

 幸先はよろしくなかったが、別に急いでいる訳ではない。ミラクムは気を取り直して、第二の目的である王都観光に向かった。

 流石王都は異世界一の都市だけあり、少し歩けば美味しそうな食べ物屋が軒を連ねている。中にはミラクムが食べた事のない料理なんかもあったりして、街中の屋台などを巡るだけでも楽しかった。また、そのどれもがミラクムの舌を満足させるに足るクオリティであった。

 

「はい! 温かいうちにドーゾでござる!」

「ありがとうございます」

 

 特に、リンジュの金細工が売っていた鶏肉の串焼きは最高に美味しかった。

 炭火で焼かれた鶏肉の焦げ目に、ミラクムの知らないタレが絡んで実に美味しい。濃いめの味付けの肉をラリスビールで流し込むのは、まさに極上の体験であった。是非とも実家で再現したい。

 タレについて店主に訊いてみると、それは醤油と味噌という調味料をベースに作ったものであるらしく、最近リンジュで開発されたのだという。

 

「量産はされていないのですか?」

「絶賛稼働中でござる! たくさん作れるようになったらお手紙出すでござるよ!」

 

 商談成立。美食の為なら厄介貴族ムーブも辞さないミラクムであった。

 醤油と味噌には無限の可能性がある。例えイシグロの勧誘に失敗しても、この出会いだけで満足できそうだった。

 

 それからも、ミラクムは宿屋に向かう道中で王都を散策した。

 貴族子息とて年頃の男の子。イライジャ像など眺めては、ミラクムの胸は熱くなっていた。

 

「へいボーイ! ちょ~っとよろしくて?」

「はい?」

 

 そうこうしていると、ミラクムは背後から声をかけられた。

 声の主は派手な髪型の淫魔だった。何気に、淫魔を王国内で見たのは初めてだった。

 

「可愛らしい坊や、ちょいとそこらでお茶ぁシバきませんこと?」

「えっと……」

 

 ところで、フライシュ家は美食一家であり、自然と良い食材には目がない性質を持っている。

 故に、上質な肉を輸出している淫魔王国とはいち貴族家として懇意にしているのだ。ミラクム自身、過去一度だけ淫魔王国にお邪魔した事がある。淫魔という種族に対し、市井で噂されているような偏見はない。

 偏見はないが、それはそれ。相手は淫魔、ミラクムは男、今の状況はあからさまに吸精目当ての逆ナンだった。そうなると、取るべき対応は決まっている。

 

「失礼、急いでいるので」

「あ……!」

 

 侯爵子息は戦略的撤退をした。

 ミラクムとて思春期の少年である。そういう(・・・・)のに興味がない訳ではない。けれど、王都に到着してすぐに花を散らす覚悟は持てなかった。貞操観念がどうのというより、歳頃の初心さが為であった。

 

 逃げ去る少年を見て、金髪ドリルの淫魔は唖然となった。

 今回に限っては。吸精目当てではなかったのである。

 が、すぐに気を取り直してプラス思考を働かせた。なに、自分が美人過ぎて照れちゃったのだろう。最近、彼女のメンタルは絶好調だった。

 

 

 

 翌日、ミラクムは転移神殿に入っていった。

 服装は昨日と同じ戦士スタイル。こういう時、変に貴族然とした恰好をすべきではないのだ。

 

「イシグロなら、あそこにいますね」

「ありがとうございます」

 

 昨日と同じ受付に行くと、職員おじさんはイシグロの居場所を教えてくれた。ミラクムは人混みをかき分け、彼のいるバーへと向かった。

 そして、見つけた。同業者と卓を囲む黒髪黒目の男、イシグロである。噂にあった奴隷達は、別のテーブルで飯を食べていた。

 ミラクムは喉の調子を整え、少々緊張しながら声をかけた。

 

「失礼、イシグロ・リキタカさんですか?」

 

 

 

 

 

 

「なるほど、交流会ですか」

 

 当然のように、イシグロはミラクムからのお誘いを断った。

 貴族の命令を断るなど! といった小者ムーブなどする訳もなく、ミラクムは振られた事実を真摯に受け止めた。

 そんなミラクムの態度に申し訳なさを感じたか、イシグロは勧誘を断った理由の一つを教えてくれた。勿論、本人にとっては他の理由が最も大きい訳だが、それを察せないほどミラクムも鈍くはなかった。

 

「淫魔王国ですか。僕も一度行った事がございます。女王陛下にお会いした事もありますね」

「凄いですね」

「うちは淫魔王国からの輸出品を直に下ろしているんです。高級品扱いにはなりますが、淫魔王国産の乳製品などはフライシュ領ではそれなりに出回っております」

 

 どうやら、イシグロは小淫魔とラリス冒険者の交流会なるものの手伝いをしているらしい。

 それは特に隠している訳ではないらしく、実際に依頼掲示板には交流会の参加者募集の紙が張り出されていた。それを見た冒険者の殆どは訝しげな顔をしていた。

 

「皆様も参加されるのですか?」

「ああ、俺はそのつもりだぜ。淫魔はまだ抱いた事ねぇからな。一回くらい試してみようと思ってよ」

「同じく。お前等もそうだよな?」

「いやぁ、オレは怖いもの見たさというか……チャレンジ? みたいな」

「ククク……こ、これも真の英雄へ至る道……」

 

 ミラクムの問いに、イシグロと話していた冒険者達は頷いた。

 見るに、この場にいるのは上澄みの冒険者であるようだった。銀細工が二人に、鋼鉄札が二人。あまつさえ交流会の運営側には銀細工の淫魔が二人もいるらしい。

 

「ふぅむ……」

 

 淫魔と冒険者のお見合い。今後の事を考えると、ミラクムがこれに参加する意義はあると思った。

 何故なら、イシグロには断られてしまったが、この場にいる彼等を勧誘するのもアリだと思えるからだ。特に鼬人のトリクシィには早いうちに声をかけておくべきだろう。

 どのみち、今はダメだ。ならば、交流会の調査を兼ねて、彼等と親交を深める事には価値があるはずだ。

 

「その催し、僕も参加させて頂けませんか?」

「え? そう、ですね……」

 

 訊いてみると、イシグロでは判断できないというので、交流会の企画者に直接会いに行く事になった。

 企画者の淫魔はすぐに見つかった。“夢胡蝶”のグレモリア。派手な髪型の淫魔は、ナウなヤングに人気の公園で待ち合わせ――を装ったナンパ待ち――をしているところだった。

 

「失礼、貴女がグレモリアさんですか?」

「あら~? わたくしに何か用かしらん? ボクぅ~?」

 

 声をかけると、グレモリアは全身から歓喜の感情を噴出させた後、わざとらしいセクシーお姉さんムーブを実行した。

 けれども、目を合わせた瞬間に両者は固まってしまった。昨日会ったばっかだったからだ。逆ナン淫魔と、即逃げ貴族。ピューッと、気まずい空気が流れた。

 

「……お初にお目にかかります。僕の名はミラクム・リント・フライシュ。本日はいち冒険者としてお声かけをさせて頂きました」

「こここっ、こちらこそ初めましてですわッ!」

 

 昨日の一件に関して何も言わない優しさが、二人ともに存在した。

 

「交流会の参加条件は冒険者のみであるとあったはずです。なら、僕も参加できるのではないですか?」

「それはそうですが、わたくし一人で判断できる事ではございません。フライシュ卿が何と仰るか……」

「では、許可があれば良いんですね?」

 

 結論からいうと、ミラクムの淫魔王国行きは認められた。しかも父とはミラクム自ら交渉なんかしていた。愛馬を全力稼働させれば、手紙のやり取りより早いのである。

 ちなみに、許可を出したミラクム父的には、可愛い子には旅をさせろ的な気持ちが半分で、我が子を谷に突き落とす的な気持ちが半分だった。ここらで一度、息子は痛い目を見る必要があると考えた為だ。

 

「よろしくお願いします、グレモリアさん」

「は、はい……!」

 

 ミラクムの若さ溢れる行動力に、最近めっきり男耐性の下がったグレモリアは圧倒されていた。

 もしや、この坊やわたくしの事好きなんじゃないの? なんて考えていた。

 全く以てそんな事実はないのだが、男日照の淫魔は概してこんなもんなのである。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく後、淫魔王国行きの馬車隊が王都を出発した。交流会参加者様ご一行である。

 参加者の多くはその日暮らしの食い詰め冒険者だったが、中には力ある二つ名持ちの姿もあった。淫魔的に言うと、大本命だ。

 大本命の顔ぶれは、以下のようなものである。

 

「へっ、楽しみだなぁ淫魔王国! エロい姉ちゃんばっかなんだろ? さてさて、どんなもんかねぇ……!」

 

 くすんだ金髪。野性味に満ちたワイルド系肉食おじさん。

 銀細工持ち冒険者、犬人族。“猟斧”のリカルト。

 性闘力、五千。好きなタイプは健康美女。ナリは冴えないおじさんだが、ソッチの方もベテランだ。

 

「そっちも楽しみだけど、酒の方も気になるな。なんか馬の乳で酒作るらしいじゃん? 他にも淫魔王国の地酒は多いらしいし」

 

 低い背丈に立派な鬼角。童顔に似合わぬ背の大剣。

 銀細工持ち冒険者、鬼人族。“剛剣”のラフィ。

 性闘力、一万六千。好きなタイプは髪の綺麗な人。それなりに経験はあるが、性欲より飲酒欲が勝る若僧。けれども股間はパワーに満ちている。

 

「ちょっと怖ぇが、これもオスを上げる修行ってね。まぁ乳がデカけりゃどうとでもできるんすわ。たぶん」

 

 森色の髪に、左右に揃った犬の耳。にやけた顔はスケベの権化。

 鋼鉄札冒険者、犬人。銀細工昇格間近のウィード。

 性闘力、五十三万。好きなタイプはおっきいおっぱい。巨乳崇拝者にして、巨乳じゃないと勃たなくなった巨乳偏愛者。股間に宿すドスケベパワーは圧巻の一言。

 

「ククク、賽は投げられた……」

 

 イキりコートに派手な刀。鼬の耳はちょっぴりしおれている。

 鋼鉄札冒険者、鼬人族。新進気鋭の天才剣士、トリクシィ。

 性闘力、計測不能。何故なら、使った事がないからだ。綺麗な女の人を前にすると、気を抜くと顔が赤くなっちゃうのである。

 ではなぜ断らなかったのか? イシグロが困ってそうだったから、普段のお礼に手伝いを申し出た為だ。まさか淫魔関連だとは思っていなかったトリクシィは、今さら逃げるに逃げられなかったのである。

 

「道中の魔物は僕が退けますので、ご安心くださいね!」

 

 馬上の少年は参加者ご一行の馬車隊に声をかけた。藍色の髪に、幼さの残る精悍な顔立ち。若さに満ちた身体つき。

 フライシュ侯爵家、三男。模範的ラリス貴族のミラクム。

 性闘力、計測不能。好きなタイプは美味しそうにご飯を食べる女性。肉を食べる喜びは知っていても、肉を打ちつけ合う悦びは知らぬ童貞である。

 

 その他、有象無象の冒険者達。

 彼等は青い空の下、淫魔が住まう国へと向かって行った。

 

「あん? イシグロの奴はどうしたよ?」

「イシグロさんは後から追いつくとのお話です。何やら新しい馬車を購入したとかで」

「あ~、召喚獣に引かせるんだな」

「おや、イシグロさんは召喚獣をお持ちなのですね」

 

 ところで、この一団にはトリクシィとミラクム以外にも少数ながら童貞の冒険者がいる。

 偏に弱くて稼げなかったから、娼館に行く金もなかったのである。当然、淫魔の怖さは聞いていても、淫魔に精を吸われた経験はない。

 そんな彼等は、果たして純潔を守りきる事ができるのか。あるいは吸精を耐えられるのか。今の性癖のまま帰る事ができるのか。

 または、交流会で待ち構えている淫魔の中で、いったい誰が童貞にありつけるのか。そもそも、彼女等は狩りに成功する事はできるのか。

 

 恋と戦争においては全てが公正である。

 これは、彼方英国のことわざだ。

 

 童貞と夜戦を前にしては、全ての淫魔が公平である。

 これは、此方淫魔王国のことわざだ。

 

 彼等の貞操、彼女等の戦争。

 この戦いの結果は、誰であろうとも分からない。




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 グレイブの漢字表記がググッても出てこなかったので、仕方なく長柄薙剣としました。特に深い意図はありません。
 本作世界観の武器種としては、グレイブは槍のカテゴリーに入るでしょうか。物理属性の割合としては、標準高めの斬撃と刺突といったところ。石突部分での攻撃にのみ打撃攻撃判定になり、且つ属性値と攻撃力に下方修正される感じでしょうか。
 本作世界には、強い武器はあっても強い武器種はありません。けど弱い武器種はあります。クロスボウとか、ブーメランとか。
 余談ですが、ラリス貴族は馬に乗る事が多い都合上、馬上で扱える武器を花形と捉える傾向にあります。他を軽んじる訳ではありませんが。生まれてきた貴族子息がポールウエポンの才能を持っているとテンションが上がっちゃうようです。


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淫魔のメスガキは一途じゃないと思った?

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベが続いております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 淫魔王国編ですね。
 よろしくお願いします。

 あ、今回アンケあります。
 すぐ閉じますので、お早めにどうぞ。


 子供の頃、誰しも一度は空を飛びたいと思った経験があるだろう。

 某光の巨人のように、あるいは某野菜人のように。それで言うと、今の子は何に憧れるのかな。

 俺の場合、赤くて飛べる系豚さんみたいに飛んでみてぇと思ったものである。

 

 そんな俺は、異世界に来て空飛ぶヘラジカに騎乗するという経験をした訳だが、これは最高に気分が良かった。

 走行風は無色バリアで防いでくれるし、地上走る時もラザニアは上下に揺れないよう気遣ってくれるのである。なんて紳士な鹿さんなんでしょう。

 しかしながら当然に、バイクと同じで長い間またがっていると凄く疲れる。時速百キロオーバーで空を飛んでるのだ。落ちないよう、誰も落とさないよう気を付けないといけない。

 リンジュの道中、ラザニアは平気そうだったが、乗り手側の疲労を考慮して長期の移動ではちょこちょこ休む必要があったのである。

 

 時に、かつてこの世界には、空を飛ぶチャリオット――空戦車なる乗り物があったらしい。

 飛行可能な召喚獣に牽引してもらって、後ろの車に乗って戦う兵器。全盛期には粋に暴れ回ってたっていうぜ。残念ながら、戦争でその有用性を示す事はできず、そのまま廃れて今では博物館送りか倉庫の肥やしになってるようだが。

 でも、俺達一党のニーズには合ってる気がする。戦車に乗って戦うつもりはないが、前述の問題を解決する為、俺達は例の空戦車なるものを造ってもらったのである。

 のだが、それは思ってた以上に……。

 

「ヒャッホォゥ! 最高だぜぇーッ!」

 

 最の高だった。控えめに言って、超快適である。

 今、俺達は座席に座って空を走っていた。

 まさに空飛ぶオープンカー。可能なら大音量でアニソンを流したいところだ。

 

「ふふっ、素晴らしい速さね……」

「はい! 馬車よりずっと速いです!」

 

 車体を引いているのはラザニアだ。御者席ではルクスリリアが手綱を握っている。戦車部分の座席は前後二列の六人乗りになっていて、他メンバーは各々座席に座っていた。

 遠目に見たら、俺達は季節外れのサンタクロースに見える事だろう。荷車を引くヘラジカに、サンタポジのルクスリリア。荷物は俺とロリという構図だ。

 

「速いし、気持ちいいのじゃ! こりゃもう地上の車じゃ満足できんのぅ!」

 

 ガリガリダークエルフことケイン氏作の空戦車は、これまでとは比較にならないくらい快適な移動を提供してくれる代物だった。

 走行風は例によってラザニアがバリアしてくれるし、何より足を揃えて座れるのが素晴らしい。安全面を考慮して、座席には落下防止用の手すりやシートベルトまで完備されているのだ。

 おまけに、現在の最高速度は以前のバイクスタイルよりも速いのである。重い戦車を引いているのに何故? と思ったのだが、どうやら以前のラザニアは俺達を振り落とさないよう慎重に走っていた分、全力を出せなかったっぽい。戦車を装備したラザニアは、ノビノビと空を飛んでいた。

 

「あっ、また来ましたね」

「追いかけてくるのじゃ!」

「エリーゼ、よろしく」

「任せなさいな」

 

 まぁ走ってる間は快適でも、いつものように空の魔物は襲ってくるのだが。

 王笏を手に身を乗り出したエリーゼは、まるで機銃でも撃つように追跡魔物を撃墜していった。

 跨っている状態よりも射角が広いので、魔物の迎撃が容易になったのも有難いな。遊園地のアトラクションみたいだぜ。

 

「ルクスリリア、疲れてない?」

「へーきッスよ。ラザニアも余裕そうッス」

 

 疲労の具合を訊いてみると、御者のルクスリリアはいつもの調子で答えた。

 現在、彼女は精の味覚障害を患っている。発症当初は嘆いていた彼女も、今では以前までの元気を取り戻しているように見えた。無理しているという風ではない。一縷の希望を見いだせた事で、彼女は少し元気になってくれたのだ。

 そう、俺達は彼女の病を治す為、空戦車に乗って淫魔王国に向かっている最中なのである。

 

 ニーナさん曰く、淫魔女王ならこういった症状について何か知識があるかもしれないらしい。何の手がかりもない現状、藁にも縋る思いで彼女の故郷に向かっているのだ。

 元淫魔騎士のグレモリアさんにお願いして何とか女王に謁見できないかとも考えたが、それは現実的ではない。奴隷身分は王城に入れないようなので、ルクスリリアを診てもらうには向こうから招いてもらう必要があるのだ。

 無論、一介の冒険者が王城へ招かれるには相応の功を立てる必要がある。そこで、俺はグレモリアさんが計画していたお見合いパーティに協力する事にしたのだ。これだけで何とかなると思ってはいないが、やれる事はやっておきたい。少なくとも、何もしないよりは健全だろう。

 もちろん謁見の前に調べられる範囲で調べようとは思っている。それで解決したならそれでいいのだ。

 

「にしても、交流会のメンバー意外と集まったッスよね」

「あの紙だけでは何ともならなかったでしょう」

「なんだかんだ、銀細工のカリスマありきじゃったしのぅ」

「皆様の協力あっての事だと思います。あっ、ご主人様がダメだったとかではなく……!」

「やっぱ人脈って大事なんだなって思ったよ」

 

 お見合いパーティこと異種間交流会。案の定、グレモリアさんは冒険者を集められなかったので、参加者は全員俺経由である。

 気合を入れて挑んだメンバー集めだが、特に俺はこれといって何かをした訳ではない。まずリカルトさん達に話し、本人等の参加を取り付けた。それから彼等の冒険者ネットワークを使って食い詰め冒険者を募ってみたら、思いの外集まってくれたのである。

 しかし、ただ参加者を集めただけでは謁見に相応の功績とは言えまい。チリツモ精神を持ちつつ、今はとにかく何としても交流会を成功に導かねばならない。

 それに、謁見したい理由は、今回の件の他にもう一つあるのだ。

 

「淫魔王国には桃のお酒もあるのでしょう? 興味があるわ」

 

 あわよくば、淫魔女王にエリーゼの呪いも診てもらえないかと考えている。

 今回、最大の目標はルクスリリアの治療だ。だが、性関連最強だという淫魔女王なら、エリーゼの不妊の呪いも解除できるのではないかと思ったのだ。

 話によると、ルクスリリアは女王手ずから呪いをかけられたらしいし、並みの呪術師よりは呪いに詳しいはずだ。その事を話してみると、エリーゼからは「ルクスリリアを優先なさい」と言われたものである。

 捕らぬ狸の何とやら。それでもいつの日かはと心に留め置くべきだろう。やりたい事も大切だが、やるべき事も大事である。辛いところとは思わないし、俺は覚悟もできている。今後もずっと、俺は異世界で生きていくのだから。

 

「あそこッスね」

 

 街道を見下ろしながら飛んでいると、遠くの町に件の馬車隊が停まっているのが見えた。交流会の参加者たちである。皆には数日前から先に行ってもらっていたのだ。

 あちらも俺を見つけたのか、知り合いが手を振っていた。俺達は滑走路に降りていき、減速しながら着陸した。ラザニアの制動力とサスの優秀さ故か、地面に降りた感触はふんわりしていた。

 

「うぉ!? すげぇ迫力だな、おい!」

「アレなら飛んでても怖くなさそうっすね……」

「おう! なんだお前すげぇなコレ! 空飛べる上にすっげぇ速ぇじゃねぇか! おじさんも欲しいな~、こういうの!」

「リカルトさん、これは空戦車といって古代の戦争で使われていた兵器ですよ! 我が家にも一両保管されていますが、整備不十分で動かせないのです! まさか、現代で新造できる職人がいたとは……!」

「クククッ! 古の箱舟……! ククク……!」

 

 衛兵の指示に従って滑走路の外で停車すると、戦車の周りに人が寄って来た。皆、戦車に興味津々の様子である。

 

「イシグロさん、ちょうどいいところに来ましたわね! タイミング計ってましたの?」

 

 集まって来た冒険者達に挨拶していると、そこに運営側のグレモリアさんが現れた。

 どうやら、ついさっきこの町からの通行許可を取っていたようである。俺待ちだったところ、ちょうど到着した感じか。

 

「今からなら、夜の前に淫魔王国の宿場に入れると思いますわ。早速ですが、出発しても構いませんか?」

「はい、よろしくお願いします」

 

 到着早々、再出発。俺達は馬車隊の最後尾から付いて行く事となった。

 これまでは優雅な空の旅だったが、これからは穏やかな地上の旅である。

 それというのも、ラリス王国内ならともかく、空戦車で他国に入るのは侵略行為と取られかねないらしいのだ。

 

「それにしても立派な空戦車ですね。どなたがお作りになられたのですか?」

「これは西区のケインという戦車工匠に造って頂いた代物になります」

「おぉ、戦車工匠……!」

 

 道中、馬上で並走してきたミラクムさんともお話する。

 この男の子はラリスのお貴族様であるらしく、貴人や武人というより爽やかなスポーツ男子といった雰囲気を持っている。身長は俺とそう変わらないのだが、彼の齢は十四である。やはり、異世界人は背が高い。

 おまけに乗ってる馬もなかなかにゴツく、それでいてサラブレッドのようにスラッとしているのだから素敵である。

 

「ミラクムさんの馬こそ立派な体格をしておりますね。お名前は何というのですか?」

「リントノホマレと言います。こいつとは十歳の頃からの相棒で……」

 

 そう言って爽やかに笑う彼は、邂逅時に俺を一党員として勧誘なんかをしてきた人である。ルクスリリア達の面倒も見るという申し出付きで。

 無論、当然、一も二もなく断った。一応の理由を話すと、なんと彼はこのお見合いパーティに参加してきたのである。

 どうやら、俺の勧誘に失敗した彼は、今はリカルトさん達を勧誘しようと画策してるっぽい。本命はトリクシィさんで、大穴に俺といったところか。鬱陶しくない範囲で声をかけてくるあたり、彼の人となりが伺える。

 

「淫魔王国は久しぶりですね。以前は母と一緒でした」

「ニーナ先輩、王都生まれッスもんねー」

 

 交流会にはニーナさんも参加している。淫魔側というより、俺と同じ運営側でだ。彼女は馬に乗って馬車隊を護衛していた。

 それで言うと、俺も運営側という事になるので、こうして殿(しんがり)を務めている訳である。魔物が来ても遠距離持ちがブッパすればいいだけだからな。

 

「イシグロさん、関所に到着しました。こちらへ」

「はい」

 

 パッカパッカと長い間揺られていると、やっと関所に到着した。

 一応、貴族のミラクムさんと銀細工持ちの冒険者は軽い入国検査を受ける必要があるのだ。

 まぁそれはいいのだが……。

 

「見て見てあの男の子! ドーテーよドーテー! あぁ~、たまらねぇわ♡」

「ドーテーの上に強いのね……嫌いじゃないわ!」

「んん~ッ♡ 馬車の中からも香しいドーテースメルがしますぞ~♡ 夜の役割が持てますな♡ 即ハメ以外あり得ない♡」

 

 さっきから、関所の淫魔衛兵さんからの視線が鋭い。いや鋭いというか、熱いっつーかネットリしてるっつーか。ミラクムさん、童貞なのバラされちゃってるじゃないか。

 そんな変な視線を浴びつつも通行の手続きはスムーズに進んでいった。

 

「最近は国境付近で謎の失踪事件が発生していますので、くれぐれもお気をつけください。グレモリアさんがいらっしゃれば問題はないと思いますが……」

「失踪事件ですの?」

 

 手続きが終わるのを待っていると、淫魔衛兵から物騒な話を聞かされた。

 穏やかじゃないですね。俺は真面目じゃない淫魔からのチラ見を無視し、真面目な淫魔の声に耳を傾けた。

 

「はい。最初はラリスの女性が行方不明になり、それから淫魔王国の民も突如消えてしまったのです。しかし、現場付近に争った痕跡はなく、ただ行方知れずになったという事しか分からない状況で」

「魔物の仕業ですの?」

「分かりません。両王国ともに兵を派遣して下さっているのですが、未だ原因は不明なままです。その他、野生動物が活性化しているという情報もございます。先ほども申しました通り、くれぐれもお気をつけください」

 

 行方不明事件に、野生動物の活性化。実にタイミングが悪い。

 ちょっときな臭いが、まぁ馬車隊に被害が出るとは考え難いだろう。皆に言って、俺達は緊張し過ぎない程度に警戒を維持する事にした。

 忠告を受けた俺達は、淫魔衛兵の視線を頂戴しつつ関所を通って行った。

 

「この森を抜けた先に宿場がございますわ。気合入れていきますわよ!」

 

 関所を抜けてしばらく進んでいくと、馬車隊は鬱蒼とした森に差し掛かった。

 淫魔王国の街道はラリスほど舗装されておらず、基本的に土がむき出しになっている。加えて森の木々は背が高く、なんか進撃の巨人の森みたいだった。立体機動が有利そうなフィールドである。

 

「王都より空気が綺麗だ。こういうのも悪くないな」

「懐かしいッスね。ここも前に通った道ッスよ。ご主人と一緒に戻ってきたッスし、気分的には凱旋ッス!」

「それ、イリハもだいぶ上達したわね」

「こんなの、まだまだじゃよ」

「それでも凄いと思います」

 

 イリハの奏でるリュートを聴きながら、自然豊かな道を往く。

 これまでは目的地までの効率的な移動って感じだったが、今はなんか旅してるって気分。

 馬車隊の速度は遅いが、前世フィクションで見た馬車程にはトロトロしてないしな。これも異世界馬の実力か。

 

「なんだか長閑ですねぇ」

「そうじゃな。淫魔王国の戦力は国境に回しとるんじゃろ」

 

 ポロローンと、弦を弾くイリハの発言がフラグだったのだろうか。

 次の瞬間、俺の敵味方反応レーダーに感があった。

 

「襲撃! 敵は左右から!」

 

 声を上げた俺は、アイテムボックスから弓を取り出した

 護衛の面々も気づいたのか、馬車隊に速度を上げるよう指示した。鞭を入れられた馬が力強く土を蹴る。

 

「イシグロさん!」

「後ろから来ます!」

 

 レーダーによると、敵は左右の森から挟み込むように突っ込んできている。この速度なら、殿の俺達が対処すればいい状況になるか。

 それから徐々に、ドドドドと何者かの群れが走る足音が聞こえてきた。

 

「「「ピギャアアアアア!」」」

 

 先手必勝、矢を放とうとした俺。杖や刀や掌を構えた皆、ルクスリリア以外の我が一党は、襲撃してきた敵を見て固まってしまった。

 土煙を巻き上げ、地鳴りのような足音を伴い、馬車隊を追いかけてきたのは二足歩行のキノコ人間だった。

 否、キノコ人間と言うだけでは正確には伝わらないだろう。アレは、むしろ……!

 

「あれは……摩羅茸(マチンゴ)ッス!」

「マチッ……!?」

 

 それは、頭部と思しき箇所に光沢のある笠を被っていて、血管の浮かび上がった胴体をしていた。

 加えて奴等は個体差が激しいようで、大きくて太い奴から、小さくて細い奴。中にはビキビキと硬そうな奴や柔らかそうな奴なんかもいた。

 そんなモロチンモンスターの大群が、走る系ゾンビのように追いかけてきたのである。

 

「ひぃ!? 目ぇ合った途端足速くなったぞアイツら!」

「いいから焼き払いましょう。私が一掃するわ……!」

「いえ! エリーゼさんでは森への被害が大きすぎます!」

「ですね。皆、ニーナさんの援護だ!」

 

 言い終わるより前に、馬上のニーナさんは翼を広げ、腰の剣を抜き放った。

 俺は援護すべく、改めて矢を番えた。皆も各々遠距離攻撃の構えを取る。

 これまた、次の瞬間である。

 

「行くぞ、リントノホマレ!」

 

 タン! と、俺達の頭上を軽やかに跳んだ影があった。

 それは貴族子息のミラクムさんだった。収納魔法からグレイブを取り出し、追いかけて来るキノコ集団に真正面から突っ込んでいったのである。

 突撃、粉砕。舞うようなUターンからの再突撃。摩羅茸群の後ろについたミラクムさんは、巧みな槍捌きで以て群れの数を削っていた。

 

「うぉおおおおおおっ!」

 

 グレイブを振るう度、笠が切り飛ばされる。攻撃してきた敵を馬の脚が踏みつぶす。優雅にして苛烈。まさに人馬一体。摩羅茸軍団は全く相手になっていなかった。

 貴族に負けじと皆も戦い始める。邪魔しないよう弓矢で援護しながら、俺は彼の馬の動きに目を奪われていた。

 

「あの馬……!」

 

 銀竜道場で習ったスキルの感知。これに間違いがなければ、さっきあの馬は能動スキルを使っていたように見えた。

 Uターンしてからの再加速も、尋常な動きではなかった。もしかして動物が能動スキルを? いや、しかしミラクムさんからも魔力が流れてたような……?

 

「近くのはボクがやりますので」

「ほい。特に焦る必要はないのぅ」

「杖の選択を間違えたかしら……」

「変ッスねー、あいつら人なんか襲わないはずなんスけど……」

 

 地上を走るミラクムさんと、空中から攻撃するニーナさん。それに加えて戦車乗り勢の援護。

 如何な大群とて、その数はどんどん減っていく。そして、一際デカい一匹がスピードを上げて迫ってきた。

 鳴き声あげて走る摩羅茸。照準している。阿吽の呼吸でグーラと意思疎通。俺が矢を放とうとしたが、すんでのところでミラクムさんが反応した。

 

「対象指定、【疾走令】!」

 

 瞬間、リントノホマレが強く踏み込むと、爆発的な加速と共にその馬体が舞い上がった。

 それはまるで、遠投球の軌道を騎馬で再現するようで、やがて着地と同時に鋭い蹄が摩羅茸を踏みつぶした。

 ああ、なるほど。それは乗り手の指揮スキルだったのね。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ、貴族の務めですから」

 

 キラリと歯を光らせるミラクムさんは、きっと立派な貴族さんなんだと思う。まぁ対処できましたけどね? とは言い出しづらい雰囲気だ。これがあるから即席の一党は難しい。

 それはそれとして、俺は馬の能力に驚いていた。バフ込みとはいえ素晴らしい加速である。凄い凄いと思っていた異世界馬だが、まさかここまで凄いとは……。

 

「全体、減速! 減速してくださいなー!」

 

 摩羅茸を殲滅すると、一生懸命逃げていた馬車隊は徐々に速度を落として停止した。どうやら、馬車馬の方はお疲れらしい。

 通り過ぎた街道には、走る猥褻物チン列罪の死体が散乱している。こいつら魔物かと思ってたのだが、死体が残っているという事は魔物じゃあないらしい。こいつら原生生物だったのかよ……。

 

「このまま放置するのもよろしくありませんので、規定通り処分しましょう。宿場に着いたら報告ですわね」

「あ、処分なら俺がやっときますよ。後で追いつきますので……」

「いえ、イシグロさんはそのままお進みください。代わりに馬の方をお願いします。後処理は私が……」

 

 休憩の後、馬車隊はゆっくりと歩きだした。

 ニーナさんは摩羅茸の死体を処理しに行った。焼くのか埋めるのか、それとも退けるだけなのか。そこらへんは分からんが。

 

「ひどい目にあったわ……」

「変な形でしたね。何なのでしょうか、アレは」

「だから摩羅茸って言ってるじゃないッスか。言っとくっすけどグーラ、あれは食べれないキノコッスからね。毒があるんス」

「ボクのこと何だと思ってるんですか……?」

「よく分からん生き物じゃの~。まっ、ここ街道じゃし、流石にもう大丈夫じゃろ」

「なんか嫌な予感がする……」

 

 が、悪い予感は当たるもので……。

 

貴性蔦(ハイエロファント・クレイン)ッスよ! 捕まったら痺れるッス!」

「火は拙いか。エリーゼ、凍らせてくれ!」

「ええ。最初からこっち使えば良かったわ……」

 

 エロ触手モンスターに襲われたり……。

 

潮吹き淫花(スプラッシュ・マンドラゴラ)ッスよ! 吐き出してくる体液に触れると強制的に発情するッス!」

「あれではリントノホマレが近づけませんね。イシグロさん、よろしいでしょうか」

「はい。エリーゼ、頼む」

「便利ねぇ、これ……」

 

 媚薬体液を吹きつけてくる花に襲われたり……。

 

溶酸粘体(アシッド・スライム)の群れッス! 物理攻撃無効ッスよ!」

「おっ、ちゃんとファンタジーなの来たな!」

「気を付けるッス! あいつは服だけを溶かすスライムッスよ!」

「いつからここはエロRPGの世界になったんだ!」

「とりあえず凍らせるわね」

 

 その他にも、淫魔王国産の色々なモンスターに襲われた。

 しかもそのどれもがどっかで見たエロ系であり、しかもしかもそいつらは魔物ではなく淫魔王国原産の野生動物だというのである。なんじゃそれ。

 

「お疲れイシグロ、なんか凄い事になってたな」

「ええ、まぁ……」

「はぁ~、いいなぁ馬術も練習しようかな……」

「おや、トリクシィさんは馬に興味が?」

 

 結局、それらの後処理などをしていると、宿場に着く頃にはすっかり夜になっていた。

 宿はオーセンティックファンタジースタイルの木のお家で、灯りは蝋燭一つという趣のある宿部屋だった。

 俺が泊っているこの部屋は一党で占拠している。隣は運営の淫魔が使っていて、参加者達は別の宿屋に泊まっていた。

 

「淫魔王国って怖いところなんですね……」

「のじゃ。街道でコレとかどうかしとるのじゃ」

「淫魔王国兵が巡回していると聞いたのだけれど……?」

「おかしいッスね~。アタシが通った時は一度も襲われなかったのに」

 

 関所で衛兵が言っていた通り、マジで野生動物に異変が起こっているのかもしれない。

 民の行方不明事件に、野生動物の活性化。ルクスリリアの話じゃ摩羅茸は人を襲わないらしいし……。

 せめて、交流会の終了までは何も起きないでほしいと願うばかりだ。

 

「寝ようか」

 

 とりあえず、陸と空の移動のせいで疲労が溜まっている。

 場所が場所なのでいつものおせっせなどする事なく、持ってきた簡易ベッドに身を預けた。

 またまた、次の瞬間だった。

 

「襲撃ーッ! 襲撃ーッ!」

 

 カンカンカン! 夜も深まった宿場に、文字通りの警鐘が木霊した。

 バタンと、隣部屋の淫魔達が窓を開けて飛び発った音。有事ならば俺達も出るべきだろう。

 俺達はコンソールを使って即座に装備を整え、急いで外に出た。

 

「何事ですの!? 数と方向は!」

 

 淫魔が集合してる場所に着くと、グレモリアさんが兵士に声をかけているところだった。

 対し、一般淫魔兵は軍属らしいハキハキした発声で答えた。

 

「はっ! 被虐猛豚(マゾブタ)です!」

 

 兵士の報告を聞くと、集まっていた淫魔兵が音もなく震えたのが分かった。

 ん? いや、なに? マゾブタって言った今?

 

「なん……!?」

「被虐猛豚の群れです! 方角は南方! 統率個体は確認できず!」

「なんですってぇ!?」

 

 言って、上空に飛び上がって南方を睨むグレモリアさん。

 俺も見張り台に登り、射手スキルの【遠視】を発動する。

 するとそこには、報告通りの光景があった。

 

「ブヒ! ブヒッ! ブモモモモモ!」

「ブヒィイイイイイ!」

「ブゴゴゴゴ! ブガガガガガッ!」

 

 というか、それはただの豚ではなかった。

 四足歩行で走ってて、丸々と太っているのは別にいい。しかしその頭部はツルツルに禿げ上がっていて、口周りにギャグボール状の鱗があり、鞭のような尻尾を振り回して自身の身体を叩いていた。

 例えるなら、SMクラブに通う四つん這いM豚課長といった印象の豚だった。それが群れを成し、こっちに向かって突撃してきているのだ。

 イチモツを勃起させながら、である。

 

「「「ブヒィイイイイイ!」」」

 

 地獄かな?




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・直剣
・メイス(聖・炎)
・刀&脇差
・弓
・盾
・槍(深域武装)


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みだら荘と淫魔さんと

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベが湧いてきます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケートのご協力、ありがとうございます。
 結果、イシグロの新武装は棍になりました。
 孫悟空が振り回してる如意棒みたいなイメージですよね。世界観の諸々を考慮すると、対人戦に向いた武器って感じになりそうです。
 その他もそれっぽく詰めるので、よろしくお願いします。


 淫魔王国とは、異世界における畜産最強国家である。

 それは質・量ともに最強なようで、衣服爆散級に美味い高級肉やラリス庶民でもおやつ感覚で食べられるヨーグルトなど、その品揃えに抜かりはない。

 肉に乳に嗜好品。輸出用だけでなく自国の民が食べる分も作っているので、国内には数多くの牧場があるという。自然、その規模たるや推して知るべし。

 

「おぉ~」

 

 青い空、緑の地平。見渡す限りの大牧場。

 ブモーという低い鳴き声。爽やかな風に混じって、昔牧場見学で嗅いだ牛の匂いが香ってくる。柵の中では白黒ブチの乳牛が呑気そうに草を食んでいた。

 なんだか、北海道旅行を思い出す光景である。

 

「こうも広いと壮観ね……」

「ボクのいた村とは比較になりませんね。飼ってたのも羊か鶏くらいでしたし」

「リンジュじゃあこんな大きいの作れんのぅ」

「そりゃ淫魔王国ッスからね!」

 

 ゆっくり進む車の上で、皆が各々感想を述べている。宿場を出てしばらく、淫魔王国行きの馬車隊は大きな牧場の間を通っていた。

 実に牧歌的である。ラリスと此処じゃあ時間の流れが違っているかのようだ。

 

「ふわぁ~、ねむ……」

「お疲れ様です、イシグロさん。昨晩は任せきりで申し訳ありませんでした」

「いえ、ああいう時くらいは働かないとですからね」

「おや、結局戦っていたのですね。どうせなら僕を呼んでくださればよかったのに」

 

 まさに、誰もが夢見る異世界スローライフ。

 二足歩行おチンチンや、媚薬体液フラワーがいる国とは思えない。

 牧歌的であり、勃起的でもあったとさ。

 

 結局、あのあと俺達は一晩中武器を振るっていた。

 被虐猛豚とかいう謎生物相手に、である。

 

 不幸中の幸いか、奴さん等は迷宮の魔物とは比較にならんくらい弱かった。

 魔物の群れなら圧殺されていたかもしれないが、一応一般アニマルであるらしい野生豚程度いくら群れようと銀細工の脅威にはなり得なかったのである。

 まぁ弱かったのはいいのだが、ちょっとばかり面倒な相手なのは確かだった。

 

 まず、何故か被虐猛豚は謎の不死性を持っていて、どれだけキツい一撃を入れてもミリで生き残る特質があったのだ。

 なら問答無用の斬首戦術でいいじゃんとも思ったのだが、ルクスリリアによると被虐猛豚の血液は魔法無効の土壌汚染を引き起こすらしく、できるだけ打撃で殺すのが望ましいというのだ。そのせいで一匹あたり二回殴る必要に駆られた訳である。思い切り殴ったら爆散する手前、本気で攻撃する事もできなかった。

 あまつさえ豚の群れは一気に来てくれず、まるでタワーディフェンスゲーのようにウェーブ制で襲ってきたのである。しかも襲撃イベントは朝まで続き、最前線にいた俺達は湧く傍から蹴散らしていく羽目に。そのせいで超眠い。

 

「不眠ポーション飲んどきゃよかった……」

「ご主人様、到着までお眠りしますか? 後ろなら何とか……」

「徹夜したくらいで疲れるなんて、人間って脆いのね……」

「言うてわしも眠いのじゃ~」

「アタシ等魔族は平気ッスけどね。おっ、そろそろ見えてくるッスよ」

 

 変わり映えのしない風景を見て心を癒していると、地元民のルクスリリアは現着が近い事を教えてくれた。

 やがて地平線の先が見えてきたようで、馬車に乗っている人達は歓声を上げている。気になった俺達は空戦車を降り、皆で目的地を見た。

 

「アレこそ淫魔王国唯一の都、常夢の“ケフィアム”ッス!」

 

 遠く視線の先にあったのは、太陽を反射する白亜の城壁だった。

 ラリス王国の進撃壁や、リンジュ共和国の似非ジパング城壁とは違う。精緻なレリーフの刻まれた城門は、まるで旅人を誘う理想郷の様。

 

「おぉ……」

「門構えも立派じゃし、壁だというのに傷ひとつないのじゃ。綺麗じゃの~」

「ええ、美しい造りね。建材は何かしら?」

「防衛はそこまで考慮してなさそうですね」

 

 あえてRPG風に例えると、ゲーム終盤に行ける魔導都市的な雰囲気。絶対良い感じのマジックアイテム置いてあるじゃん、みたいな。

 ここにきてやっと正統派異世界ファンタジーの街である。中身もそうだったらいいんだけどなぁ。

 

「おい見ろよ。淫魔達が歓迎してるぜ!」

「見えねーよ!」

「豆粒程度にしか……アレか!」

 

 馬車の方では、弓を背負った冒険者達がはしゃいでいた。と思ったら、俺とは別のところを見ているようだった。

 

「ん?」

 

 歓迎とな? と射手スキルの【遠視】を使って見てみると、何やら門の前に人だかりができているっぽかった。

 開けっ放しの門の前、如何にもアナルが弱そうな淫魔騎士が少数に、あんまり強くなさそうな淫魔市民が沢山いる。そんな淫魔達が、「おいでませ冒険者様♡」という横断幕を掲げている。

 

「あぁ、本当にされてるんですね……」

「知っているのかニーナさん」

「ええ。恐らく、交流会の審査に落ちた小淫魔達だと思います。合格者への反発を避ける為、落選者には初見童貞を与えるのだと……」

「な、なるほど?」

 

 そんな話をしつつ馬車隊が近づいていくと、徐々に淫魔達のキャーキャー声が聞こえてきた。

 彼女達はアイドルを出待ちするファンのようだった。厳めしい顔の門番はドルオタ淫魔を抑えつつ、冒険者の詰まった馬車をチラチラと見ていた。

 

「グレモリアだな、ご苦労。さぁ、こちらへ……間に合わなくなっても知らんぞ」

「ええ。挨拶は後ほど……。では皆さん、おいでになって!」

 

 グレモリアさんが生真面目そうな淫魔と短い会話をすると、冒険者達に降車を要請した。

 てっきりこのまま馬車で移動するのかと思っていたが、そうはしないらしい。言われるがまま冒険者が一人一人降りていくと、パンピー淫魔の視線は参加者の身体をスキャンし始めた。

 

「ぶほっ!? エチチ注意報! エチチ注意報発令! あ~んダメダメダメ! 流石ラリスの冒険者は格が違ったわ!」

「性闘力五千、六千……まだ伸びる! すごいわあの子! 私の性闘力計測器(スカウパー)に狂いが無ければ一晩で七回はイケる子よ!」

「くそぅ! くそぅ! ワッチも参加したかったでありんす! あんな試験受かるワケないでありんす! こんなの生殺しでありんす~!」

 

 ドルオタ淫魔の間を冒険者達が歩いていく。それはまるで、レッドカーペットを往く銀幕スターの様。

 こういう時、人それぞれ性格が出るものらしい。お調子者の射手は淫魔達に手を振り、気の弱そうな魔術師くんはおっかなびっくり歩いていた。どんな対応であれ、淫魔は大興奮で迎えていた。

 

「へへへっ、こいつぁ気分がいいな! おじさん淫魔王国に移住したくなってきたぜ!」

「あぁ~、みんな髪整えてて良いなぁ~。匂い嗅ぎてぇなぁ~」

「んほー! こりゃすげぇっすわ! こうまで歓迎されちゃあ何か勘違いしちまいそうだぜぇ!」

「ククク……」

「トリクシィさん、どうされました?」

 

 当然、銀細工や鋼鉄札の冒険者にも熱い視線が突き刺さる。

 何度も修羅場を潜っているだけあり、彼等の歩き姿は堂々としたものだった。が、それはそれとしてトリクシィさんとミラクムさん以外は鼻の下を伸ばしっぱなしだった。

 

「あれ? あそこにいるの淫魔じゃない?」

 

 ラザニアを戻し、戦車をアイテムボックスにぶち込んで、俺達はニーナさんの後についていく。

 そんな中、ルクスリリアは一部の淫魔から注目されていた。前に出て不躾な視線を遮断すべきかと思ったが、訝しげな注視を受けたルクスリリアはちっぱいを誇示するような堂々たるモデル歩きを披露した。

 

「ふふ~ん、こん中で誰より経験豊富なの考えたら、どう見られようがアタシの完全勝利ッスね!」

 

 大丈夫そうである。

 あんまり良い思い出がないっぽい故郷でも、そのへん特に気にしていないようだった。

 

「す、すごいですね……ボクちょっと怖いです」

「同じく、あんま居心地よくないのぅ」

「気にするだけ無意味よ。その気になれば一瞬で殺せる相手に怯える必要などないわ」

「物騒だけど、まぁ真理だよなー」

「それはそうでしょうが、あまり淫魔と目を合わせない方がよろしいかと……」

 

 淫魔をかき分け、門をくぐり、街を見渡した俺は再度目を見開く事となった。

 陳腐な表現だが、ケフィアムはとても綺麗な街だったのである。

 

「ようこそ皆さん! ここが淫魔の住まう街ですわ! 今住民は少し家に籠って頂いてますけれど、普段はもっと賑やかですのよ!」

 

 先導しながらグレモリアさんが両手を広げる。彼女の示す先には、異世界で見た中で最も美しい街並みが広がっていた。

 白を基調とした石造りの建物に、道端に飾られている色鮮やかな花々。綺麗に石畳の敷かれた道路は、歩く度に小気味よい靴音を返してくれる。

 また、道路には等間隔に魔導照明の街灯が設置されていた。夜になれば異世界の夜景が見れるのかもしれない。

 

「皆様、一党単位になって馬車にお乗りください。これから宿に向かいますので」

 

 ある程度歩いた後、広場に着いた俺達は再度馬車に乗せられていった。しかし、今度のは貴族が乗るような馬車で、車体には外を見る為のガラス窓がはめ込まれていた。

 車窓から街を眺めると、美しい街の陰から興味津々といった淫魔達を発見した。これ騒動防止の為に籠ってもらってたのね。

 

「さぁご覧ください! こちらが皆様に宿泊して頂く、“ホテル・乳鮑(ニューアワビ)”ですわ!」

 

 しばらく後に降車すると、眼前には五階建ての大きな宿が聳え立っていた。

 建築様式としてはラリス式によく似ている気もするが、何というかホテルの前に「ラブ」って付きそうな見てくれの宿である。

 これまた入口の前では、参加者を歓迎するように従業員……というかメイド服姿の淫魔達が整列していた。しかも、メイドのスカートは超が付く程のミニである。

 

「「「いらっしゃいませ♡ 冒険者様♡」」」

 

 淫魔達が深々とお辞儀すると、その大きな胸がブルンと揺れた。

 一部の童貞を除き、それを見た男達はデレデレである。巨乳好きのウィードさんなど、完全に目が血走っちゃっている。

 

「ニーナさん、アレもですか?」

「ええ、はい。あそこにいるのも落選者ですね。中でも理性の強い淫魔が従業員として選別されている……はずです」

「そうですか」

「一応、交流会が終わるまで吸精は禁止されていますが……」

 

 メイド淫魔達を見る。狩人の眼光で冒険者を値踏みしていた。

 冒険者達を見る。浮かれ切った顔でメイド淫魔に見惚れていた。

 

「お荷物お持ちしますね♡」

「おっふ! よ、よろしくお願いします……!」

 

 それから、一人の冒険者につき一人の侍従が急接近。こんなサービスを受けるのは初めてなのだろう。見るからに童貞の魔術師くんは顔を真っ赤にしている。

 童貞魔術師の童貞ムーブを見て、彼の荷物を持ったメイド淫魔は舌舐めずりしていた。

 彼、交流会が始まる前に卒業しちゃうんじゃないか?

 

「お荷物を……あら?」

 

 俺のところにも淫魔が来たが、目が合った彼女は怪訝そうな表情になった。そもそも俺は運営側で、武器以外の手荷物は持っていないのだが。

 怪訝そうな顔の淫魔は俺を見て、股間を見て、目を見開いて慄いた。

 

「こちらの方はラリス王国側の協力者で、“黒剣”のイシグロ・リキタカ様でございます。従業員の方には、規則に則った対応をお願いしますね」

「は、はいぃ……!」

 

 ニーナさんの笑顔を見るや、メイド淫魔はそそくさと退散していった。あー、そっちね。

 ぶっちゃけ、俺としちゃ巨乳メイドよりこのホテルの建築様式のが興味深いんだよな。ラリスとは似て非なる意匠の数々、ぜひとも見学してみたいところ。

 

「じゃ、俺達も行こうか」

「うッス!」

 

 まぁそれはいいとして、俺達も皆に続いてホテルに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 交流会参加者及び関係者が宿泊する事になるホテル・乳鮑は、一言で言うと三ツ星ホテルの様相だった。

 エントランス全体は華美じゃない程度に小洒落ていて、シャンデリア型の魔導照明が屋内を明るく照らしている。

 また、広い床にはフワフワの絨毯が敷かれており、それは土足で上がる事に引け目を感じてしまうほど上質な踏み心地だった。

 例え王都であっても最上級の中の最上級の宿に当たるだろうクオリティ。タコ部屋暮らしの食い詰め冒険者など、乳鮑の内装を見てはあんぐり開口して呆けていた。

 

「イシグロ様はこちらのお部屋になります。案内は必要ですか?」

「いえ、大丈夫です」

 

 あまつさえ宿泊者一人一人に部屋が用意されていて、トイレや風呂なんかも個人用に設置されているらしい。

 渡された鍵には、淫魔王国を象徴するハートマークが彫刻されていた。俺の部屋は二階の中央らへんか。

 

「当方には様々な娯楽施設を取り揃えてございます。冒険者様におかれましては、どうぞご自由にお使いくださいませ」

 

 凄いのは部屋だけではなく、ここは娯楽施設も充実しているようだった。

 支配人曰く、バーにレストランにカジノスペース。中にはプールなんかもあるらしく、それらにも専属の淫魔従業員がいてサービスしてくれるとか。

 観光に力を入れているらしい淫魔王国だが、これはちょっと凄すぎな気がする。ニーナさんにその事を訊いてみると……。

 

「元々、この宿は貴人を迎える為の屋敷だったのですが、交流会に際して大規模な改装を行ったようです。以前までプール等は無かったはずですし」

 

 どうやら、この事業には淫魔王国に加え、グレモリアさんを始め多くの淫魔が出資していたようだ。

 一応、公平性を期す為に出資額が高い淫魔だからといって必ず参加できる仕様にはなっていない。らしいが、ホントかなぁという気持ちである。

 

「はい皆さんご注目! 異種間交流会は後日となりますので、それまで皆様にはこのホテルにて滞在していただく事となりますわ。お外に出る際は専属の案内人が付きますので、その時は最寄りの淫魔にお声かけくださいな」

 

 一通りの説明が終わると、参加者は自由時間となった。

 すると、冒険者達は遠足で遊びタイムを伝えられた子供のようにテンションを上げていた。ホテル内の施設は好きに使えるのだ。そりゃもうワクワクなのだろう。

 

「酒! 酒! 移動中はずっと呑んでなかったからな! とりまバー行ってくるわ!」

「へへー、おじさんはおじさんらしく賭け事とか大好きだからな。ちょっくらカジノ行ってくるけど、お前等どう?」

「もちろんお供するっすわ! カジノ淫魔、すんげぇエロい恰好してくれるらしいじゃないっすか! くぅ~! 勃起が止まらん!」

「僕はこれからグレモリアさん達と王城に向かう予定なので。トリクシィさんはどうなさいますか?」

「あ、自分は部屋で休もうと思います……」

 

 リカルトさん達はホテル内施設を満喫するつもりのようだ。

 他方、運営側であるグレモリアさんとミラクムさんは王城へと向かう予定である。これは予め知っていた事なので、一応ルクスリリアの事を書いた手紙を渡しておいた。届くかどうかは分からないが。

 そして、運営側である俺達とニーナさんはここで一旦お休みとなる。以降はホテルの淫魔が参加者達を警護するのだ。

 

「さて、どうしようか」

 

 交流会は後日。今日はもう遅いし、外に出て公共図書館に行くのは時間的に厳しいだろう。第一、図書の閲覧許可も貰ってないしな。

 で。今から何すると訊いてみたら、パッとルクスリリアが手を挙げた。

 

「ッス! 最初はホテルの冒険ッスよ! 色々見てみてーッス!」

「そうね。バーも気になるし」

「わしは劇場を見てみたいのじゃ。淫魔王国の芸事ってどんなんなのかのぅ」

「本場の淫魔料理、楽しみです!」

「よし、じゃあ一つ一つ見に行こうか」

 

 決まりである。調べ物はまた明日で、俺達はこの広いホテルを見て回る事にした。

 気になるエリアには後々行くとして、最初は一階を散策。すると、異世界情緒のない施設内売店を発見した。

 

「へー、おみやげコーナーとかあるんだ」

「どんな土産があるのかしら」

 

 懐かしい雰囲気に吸い込まれるように、俺は売店に向かった。

 受付には駄菓子屋のお姉さんめいた優しい笑みを湛えた淫魔が座っていた。何故か机に肘を乗せたお胸強調スタイルである。

 

「いらっしゃいませ♡ こちら、我が国で人気のお土産を揃えております♡」

 

 とりあえず品揃えを見てみると、俺の中に渦巻いていた懐かしい気持ちは一瞬にして消え去ってしまった。

 

「えっ、なにこれは……?」

「媚薬です♡」

 

 それこそ駄菓子のように陳列された商品の中には、如何にも怪しい小瓶に入った怪しい色の怪しい液体が入っていたのである。

 

「淫国土産の定番アイテムでございますね♡ 男性ならば一晩中勃ちっぱなしイキっぱなし♡ 女性なら森人処女でも伝説の超ビッチに変身できる程の効果がありますよ♡ もちろん健康被害はありません♡」

「げ、劇薬なのじゃ……」

「なんか他国の偉いさんが買ってくらしいッスよ」

「こちらは芒果(マンゴー)味で、こちらは大甜瓜(デカメロン)味♡ そしてこれが淫魔ミルク味となっております♡」

「らしいわよ、グーラ」

「なんでボクに振るんですか……?」

 

 そうだった、ここ淫魔王国だったわ。

 その他の商品もまた、最高に頭サキュバスだった。

 

「これは何かしら……? 見たところ、ただのスライムのようだけれど」

「そちらの商品は、淫魔族のおっぱいの感触を忠実に再現した人工粘体(スライム)となっております♡ こちら、巨・爆・超の三種がございますよ♡ 肘置きとして使われる方が多いそうで♡」

「おっぱいマウスパッド……」

「えっと、これは何ですか? 手袋、ですよねこれ……」

「ケツ闘手袋ですね♡ これを淫魔に投げつける事で、ケツ闘を挑む事ができるアイテムとなっております♡ ケツ闘というのは、制限時間以内に……」

「いえ説明は結構です」

「グレモリアが好きそうな手袋ッス……」

「これは、何かしら? 水筒?」

「あー、そちらは哺乳瓶と言って、乳の飲みが悪い仔馬等に使う新開発の畜産用品です。これ、何故か他の国の人が買ってくんですよねー。そういえば、なんかラリスで工場作るとか聞きましたね」

「五つください」

「あら? 家畜を育てる予定でもあるのかしら……?」

 

 酷い商品ばかりだったが、その中から役に立ちそうなアイテムを購入する事にした。普通にエログッズが置いてある土産屋さんである。

 てか、この世界にもあったのね、哺乳瓶。発明されたばっかなようだし、これから普及するのかもしれない。

 

「えーっと、いくらになりますか?」

「合計で一万二千ルァレになります♡ あ、お会計はパイパイ(・・・・)でのお支払いが大変お得でございますよ♡」

「パイパイ?」

「はい♡」

 

 聞き覚えの無いワードに首を傾げていると、店員さんは腕組みしながら大きな胸を持ち上げてみせた。

 

「お会計は一万二千ルァレなので、三十六回のパイ揉みで決済可能です♡ さぁどうぞ♡ ヘイカモカモ♡」

「ルァレで」

 

 故意にしろそうじゃないにしろ、恋人以外の手を繋いだら浮気判定される事もある世間様。如何に金銭的にお得でも、俺は他人の胸を揉む気にはなれなかった。

 そもそも、俺はどんなおっぱいかより誰のおっぱいかが大事だと思っている派の人間だ。初対面淫魔のデカ乳など、何をかいわんや。

 

「吸精禁止のはずじゃがのぅ?」

「いや相手から手を出してもらうつもりなんスよ。したら罰も緩くなるんス、多分」

「さすが淫魔だな」

 

 売店はこんなんだったが、その他の施設も当たり前に淫魔クオリティだった。

 例えば、マッサージ室なんかは……。

 

「お客さん、ここすっごく硬くなってますよ~♡ 解して差し上げますね~♡」

「んほぉおおおおお♡」

「アレは何ですか……?」

「淫魔族に伝わる淫波(インパ)マッサージでございます♡ 身体に淫波を流し込み、股間の勃ち上がりを促進します♡」

「一応、氣は整っておるのぅ。股間周りだけじゃが……」

 

 大きな湯舟があるという共同浴場では……。

 

「男湯と女湯と、それと淫魔湯? なんで三つもあるのかしら……?」

「淫魔湯は混浴となっております♡ 中は個室となってまして、専属の淫魔がお背中を流すサービスがございます♡ それから、浴室にいる淫魔は大変惚れっぽい性質でして♡ 素敵なお客様には一目惚れしちゃうかもしれません♡」

「王道を往くソープ系じゃん」

 

 一番人気のカジノでは……。

 

「よござんすね!? よござんすね!? それでは! おっぱいルーレット! スタァーット!」

「うぉおおおおおお! すっげぇえええええ!」

「右! 右! 右! 右! よっしゃああああ!」

 

 バニーガール淫魔が左右のおっぱいを震わせて賭博を仕切っていた。

 

「ヤラセじゃないッスか」

「中山さんのルーレットがヤラセな訳ないだろ」

「中山さん……?」

 

 他にも色んな施設があったが、どれもこんな感じだった。

 まぁそれを除けば、ここは凄く良いホテルなんだとは思う。悔しいが、ここまで綺麗な宿に泊まった事ないもん俺。

 

「少しあからさま過ぎないかしら?」

「どれにも動じない主様は流石なのじゃ」

「興味ないね……」

 

 そうこうしていると良い時間になったので、俺達はホテル内のレストランに向かう事に。

 これまた悔しいがレストランも最上級の内装で、如何にもな高級机に如何にもなテーブルクロスが掛けられていた。あまつさえステージではドレスを着た淫魔がムーディな音楽を奏でてくれるサービスぶり。

 

「飯はコース選ぶ系らしいな。どれにする?」

「コース、ですか?」

「一つ一つ料理を出されるのよ。竜族風ね」

 

 どうやら俺も参加者と同じように食べていいらしいので、適当なコース料理を注文。

 そうして、お出しされたのが……。

 

「淫亀のスープでございます♡」

 

 すっぽんっぽい亀のスープ。

 すごく美味しい。

 

「淫魔ウナギのキッシュでございます♡」

 

 淫魔王国産のウナギ料理。

 めっちゃ美味しい。

 

「淫魔牛の絶倫ステーキでございます♡」

 

 食べ応えのある肉料理。

 どれもこれも、ビックリするくらい美味しいんだけど……。

 

「精のつくもんしかねぇッス!」

「自国の食材を使うなら自然とそうなるんじゃないかしら……?」

「ん~、実に繊細な味わいじゃ。これには何のタレを使っておるのかのぅ?」

「はい! 凄く美味しいです!」

「食べ終わったらバー行くか」

 

 流石は淫魔料理というべきか、他の席で食事をしていた冒険者は退席時には前屈みになっていた。

 まさか媚薬が入っているとは思えないが、テント敷設中の冒険者を見るウェイトレスの目は野獣の眼光になっている。

 いや、まさかね?

 

 

 

 

 

 

「んぅ……?」

 

 夜、布団の寒さに目が覚めた。

 部屋には五つのベッドがあり、俺達は各々異なる床に着いていた。

 起き上がり、膨らみのあるベッドを見る。皆、規則正しい呼吸をしていた。

 

 ルクスリリアを見ると、彼女は呑気そうな顔で爆睡しているようだった。

 呼吸に応じて膨らむ胸。小さな唇に目を奪われる。硬くなりかける愚息を、俺は強いて沈静化した。

 

 ルクスリリアが味覚障害を患ってから、俺は自主的に禁欲している。彼女が苦しんでいるのに、主人の俺だけ安楽な欲望に呑まれる訳にはいかないと思ったからだ。

 これは皆も承知してくれた。その代わり、最近皆とはいつもより情熱的なキスを交わしている。性欲が高まってか、キス魔のエリーゼ以外も日に日により深いキスをせがむようになる姿は堪らなかった。

 

「ん?」

 

 ふと、俺の敵味方識別レーダーに妙な感覚があった。

 敵……という訳ではない。不自然に敵と味方を意味する信号を発する反応が、そろりそろりとホテル内を移動しているのだ。

 例えるなら、赤青黄色が不規則に替わる感じだろうか。敵か味方かパンピーか、これじゃさっぱり分からない。こんなのは初めてである。

 

「何もなけりゃいいが……」

 

 一応の確認の為、俺は無銘を持って廊下に出る事にした。

 何事もなければそれでいい。厄介事なら先んじて済ませておくべきだろう。

 

「おや、イシグロ様」

 

 反応に向かって歩いていると、道中で顔見知りの運営側淫魔兵と遭遇した。

 彼女は如何にも堅物っぽい顔立ちをしていて、実際に真面目な淫魔さんである。鋭い眼差しといい、筋肉質な肉体といい、女騎士というより女軍人といった方がしっくりくる容貌だ。

 そんな彼女だが、今は夜間の警備を担当してくれている。曰く、夜這い防止の措置らしい。

 

「お疲れ様です。先ほど、よく分からない気配を感知したもので、確認の為に部屋を出てきました」

「気配ですか。ふむ……」

 

 軍人淫魔は顎に手を添えて考え事をする素振りをみせた。

 

「いえ、敵って感じはしなかったのですが……」

「そうですか。その、申し訳ありませんが、その気配がする方まで案内して頂けませんか? 私が巡回警邏している分には問題はなかったのですが、イシグロ様には何か見えているのかもしれません」

「はい。こちらです」

 

 そういう事ならと、俺は彼女を連れて件の謎反応に向かって移動していった。

 現在、このホテルは運営側の淫魔によってシャドーモセス島並みの警備体制が敷かれている。そう易々と潜入できるとは思えないが……。

 

「交流会に参加して下さる冒険者様は、今後の淫魔王国にとって重要人物でございます。単なる吸精とはいえ、他種族にとっては立派な傷害に当たります。万が一にも参加者様の心身を傷つける訳にはいきません。警戒はし過ぎて然るべきと考える次第です」

「そうですね。っと、この辺りだと思うんですが……」

 

 小声で話しながら進んでいき、例の反応の近くに到着。ここは談話スペースになっており、周辺には椅子やテーブルが並んでいる。

 謎の反応はこの辺をウロウロしているようだ。味方のようでもあるし、そうじゃないようでもある。本当に謎だ。レーダーでは近くに隠れているはずだが、パッと見だと影も形も無い。敵と味方とパンピーがカチカチ入れ替わっているので、気を抜くと反応自体を見失ってしまいそうだ。

 

「そこかッ!」

「ぐえっ!?」

 

 何処かなと探していると、椅子の背後に躍り掛かった淫魔兵さんが何者かを取り押さえたようである。

 慌てて回り込むと、そこでは売店で受付をやっていた淫魔さんが組み伏せられていた。

 

「いやぁーっ! 許してぇええええ! これには深い訳があるんですぅ!」

「この! 大人しくしろ! イシグロさん、至急応援を!」

「は、はい!」

 

 軍人淫魔さんが暴れる淫魔を制圧している間、俺は警備中の淫魔兵を呼びに走った。

 

「どうしました!? 何か声が聞こえましたが!」

「ステルス淫魔です!」

 

 結局、売店淫魔さんは夜這い未遂の容疑で逮捕される運びとなった。

 どうやら、例の童貞魔術師くんの筆下ろしに向かっていたところ、あえなく捕まってしまったようである。

 

「夜這いは禁止されているはずだ。何故こんな事をした?」

「うぅ、だって、だって……!」

 

 淫魔兵の詰問に、ポロポロと涙を流しながら売店淫魔は声を絞り出した。

 

「十秒目が合ったから同意だと思ってぇ……! もう辛抱たまらなくってぇ……!」

 

 淫魔からすると、見つめ合えば即ハメ実行となるらしい。あー、だからニーナさんはあまり淫魔と目を合わせるなって言ってたのか。

 努々、気を付けようと思った。あなたの常識は私の非常識。逆もまた然りである。

 

「そうか……」

「ゆるして」

「ダメだ、連れていけ」

「あぁんまりだぁ……!」

 

 滂沱の涙を流しつつ、売店淫魔は連行された。

 彼女を連行している淫魔兵も、少し同情的になってるように見えた。何故だか神妙な空気が流れている。

 

「イシグロ様、ご協力感謝します。とんだ恥を晒してしまいました」

「いえ……」

 

 まぁそれはいいのだ、それは。

 ていうか、今こうしてる間に、また一つ新しい謎反応を感知したんだが……。

 

 彼等の貞操、交流会まで持つのかな……。




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 敵反応時=泣き叫んでも搾り尽くしてやるという強い意思の発露。
 味方反応時=はっきり和姦だねという純愛思考。
 パンピー反応時=ステルスに集中。イシグロはこれを感知できない。たまにムラッときて解除されていた。


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未来はロリにもわからない!

 感想・評価など、ありがとうございます。貰えるとやる気がアップします。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、とっっても重要なアンケがあります。
 お気軽にどうぞ。


「ん~、やっぱ現地の卵料理は格別ッスね~! 他の食材も産直ッスよコレ!」

「外はしっかり焼けているのに中身はトロトロしているのね……」

「美味しいですね! トロトロの卵と中の具が絡まって最高です!」

「ひき肉にこんな使い方があったとは……これ一回家でもやってみたいのぅ」

 

 翌朝、俺達はレストランで朝ご飯を食べていた。

 お出しされたのは昨晩食べたコース料理ではなく、大皿に色んな物が載ったタイプだった。メインっぽいオムレツがふわトロで凄く美味しい。

 

「ウィード様、こちらのお席へどうぞ」

「ぬふふ、よろしくっすわ~」

 

 ふと見やると、にやけ顔のウィードさんを初見の淫魔が案内していた。冒険者達は気づいていないようだが、ウェイトレス淫魔の多くはその顔ぶれを変えている。

 昨晩、元のウェイトレス淫魔達は不運(ハードラック)(ダンス)っちまったのだ。まぁその殆どは俺がサーチしてデストロイしたんだけども。

 

「ご主人様、あまり眠れていないようですけれど、大丈夫でしょうか?」

「少し寝たからそんなには……」

 

 結局、あのあと俺は一晩中リアル鬼ごっこをやっていた。斥候適性のある淫魔は俺のレーダーじゃないと発見できなかったのである。

 流石に現状の警備体制では拙いと思ってか、淫魔騎士さんは何やら索敵特化の深域武装の持ち込み許可を取ると言っていた。もう俺の出る幕はないだろう、多分。

 

「眠そうじゃし、今日は休むかの?」

 

 言って、イリハは淫魔ラッシーを飲んだ。ドロッとした白い液体が細い喉を通る。エロいと思ってすぐ、慌てて自制。

 禁欲何日目になるだろうか。最近の俺は彼女達の何気ない動作一つ一つにムラッとくるようになってしまっていた。

 

「むむっ!? 何かさっきドエロいオーラ嗅ぎ取ったんだけど、どこの誰?」

「さぁ? あっちらへんだと思うけど……」

 

 そう、感知されちゃうからね。別にバレてもいいのだが、恥ずいもんは恥ずい。

 

「いや、今日は図書館に行こう」

 

 実際、少し眠いだけで凄く眠い訳ではない。この程度、徹夜しまくりだった日本時代からすると余裕である。

 交流会がいつ始まるかはまだ分からないが、それまでにルクスリリアの症状について調べておきたいからな。

 そのように伝えると、皆は了承してくれた。

 

「あの、すみません。少々よろしいですか?」

「イシグロ様。はい、何でしょうか」

 

 朝食後、俺達は公共図書館の利用について、淫魔騎士さんにお伺いを立ててみた。

 なんか他国の人が入っちゃいけないとか、奴隷身分はダメとかそういったルールは無いもんかと思ったのだ。

 

「ええ、構いませんよ」

 

 あっさり了承された。

 しかも淫魔王国の図書館は自国民以外も無料で使えるらしく、受付に言えば本を貸してくれるサービスまであるというのだ。

 なんか、ラリスよりサービスが良いぞ。

 

「警戒の為、お出かけの際は淫魔兵がつく事になっていますが……」

「アタシがいるから大丈夫ッス!」

「そのようですね。それに、イシグロ様であれば暴淫魔も対処できるでしょうし」

 

 暴淫魔とは、要するに暴漢の淫魔版である。つまるところ昨夜捕まったステルス淫魔達の亜種だ。

 そんな彼女達への対処の為、参加者が外出する時は運営側の淫魔兵が同行するのが規則になっているのだ。

 が、俺の場合は一党の皆がいるから大丈夫だ。道案内もルクスリリアならできるしな。そもそも俺は運営側である。

 

「それでは行ってきます」

「はい。くれぐれもお気をつけて」

 

 淫魔騎士さんと別れ、俺達はホテル・乳鮑を出た。

 ロータリーでは俺と同じく外出する冒険者達がいて、彼等は真面目そうな淫魔兵と一緒だった。

 淫魔兵は従業員淫魔ほど男にベタベタしておらず、あくまでボディガードに徹しているようだった。彼女等の視線は屋根や物陰といった死角に向けられていた。

 

「図書館はこっちッス。広場突っ切ってくッスよー」

「淫魔王国の図書館、楽しみです。どんな本が置かれているでしょうか」

「エロ本ばっかじゃったりして」

「そうッスよ。あーでも隅っこに真面目なのもあったッス」

「期待できそうにないわね……」

 

 ホテルの敷地を抜け、通りを出て、ルクスリリアの案内で街に出る。するとすぐに昨日馬車で通り過ぎた広場に到着した。

 ラリスでよく見る広場には聳え立つ男根を模した噴水があり、その周辺にはいくつかの屋台や商店などが並んでいた。住民用というより、観光客用といった印象。当然、商人は淫魔オンリーだった。

 

「一般人はいないんだな」

「行商人とかはたまに来るんスけどね。いつも居る訳じゃねぇッス。今日はゼロっぽいスね」

 

 男根広場には何人か冒険者の姿があって、物珍しげに店を見ていた。

 対する淫魔達は観光客への対応に慣れているようで、商人らしい元気な声を上げていた。ラリスとはまた違う、どことなく縁日っぽい雰囲気だ。

 

「さぁさぁ見てってくださいな! これを舐めなきゃ帰れない! こちら淫国名物、淫敬飴(いんけいあめ)でございます! 甘くて美味しい淫敬飴ですよ!」

「えぇ? これどう見てもチン……」

「淫敬飴です! これを舐める時は作法があってね! まず先っちょをペロペロした後に裏っ側を舐め上げてから口に含むんです!」

「はあ」

「実演させて頂きますね! んちゅ♡ れろぉ~♡ じゅぼぼぼぼぼぼ♡」

 

 まるでお祭りのチョコバナナのように並ぶ陰茎型キャンディ。俺もうアレくらいじゃ動じらんねぇよ。

 

「けったいな飴じゃの~」

「子供の頃はよく舐めてたッスね。アレ。色ごとに味が違うんスよ」

「食べる?」

「はい! いただきます!」

「私はやめておくわ……」

 

 図書館に向かう傍ら、他の売店も見て回る。

 色や形はともかくとして、食べ物系はどれも美味しそうな匂いしてるんだよな。色や形はともかく……。

 

「ん? あれはバナナか?」

双形甘蕉(フタナリバナナ)ッスね。先っちょの皮を剥いて中の実をしゃぶるんス。美味しいんスけど、採ったらその日のうちに食べないとすぐ萎れちゃうんスよね」

「食べてみようかな。皆は?」

「ぜひ! 食べてみたいです!」

「アレは淫魔ソーセージかしら? ずいぶんと大きいわね……」

「そりゃ屋台用ッスからね。真っ白のマスターベードをかけると最高ッス!」

「美味しそう。食べる?」

「はい! ありがとうございます!」

「あの果物っぽいものは何じゃ? 瑞々しいのぅ」

「冷やしパイン。甘酸っぱくて美味しいッスよ」

「そこは普通なんだ……グーラ食べる?」

「いただきます!」

「ほんに大食いじゃのぅ」

 

 ホテル内と違い、観光客を相手にする淫魔はそこまでがっついてはないっぽい。あくまで気のいい屋台のお姉さんって感じ。

 美形ばかりの異世界人にあって、中でも淫魔は巨乳美女のバーゲンセールである。商品はアレでも、綺麗な売り子に声をかけられてる冒険者達は嬉しそうにしていた。

 デカい乳に興味はないが、お祭り自体は好きである。俺達はラリスとはまた違う賑やかさを満喫しつつ、時折買い食いなどしながら図書館に向かった。

 

「っと、ちょっと失礼……」

 

 近道だという公園に差し掛かった頃、公衆トイレを見た瞬間にちょうど俺の膀胱ゲージがイエローになったのを感知した。

 図書館に便所があるかどうか分からないし、出せる時に出しといた方がいいだろう。俺は皆に言って公衆トイレへ向かった。

 

「あ、ご主人そっちは……」

 

 この異世界、ラリスにもリンジュにも公衆トイレは存在する。勿論、男女に分かれている。俺は迷う事なく男子トイレに入って行った。

 トイレの造りはラリス王国と殆ど同じだった。現代日本で言うと映画館のトイレくらいの広さ。異世界公衆トイレは自然水洗式なので、壁側から川のせせらぎのような水音が聞こえてくる。ただ、男子用も個室があるのが意外だった。

 大ではなく小なのだがと思いつつ、俺は個室のドアを開けた。その時である。

 

「やらないか♡」

 

 ばたん。反射的にドアを閉めた。

 どうやら先客がいたらしく、個室の中には青い服を着た淫魔がいた。ここ男子トイレだけど、間違えて入ってきたのかな?

 気を取り直して、隣の個室をノック。返事がないので開けてみる。

 

「レザーをつけるとすぐ濡れやがる♡」

 

 ばたん。レザーを着た淫魔が入っていた。

 一応、隣の個室もノックして失礼。

 

「私が一番セクシー♡」

 

 ばたん。全裸の淫魔がいた。

 あー、これはダメみたいですね。ていうか、ここに居るの危険ですね。

 俺は尿意を忘れ、脱兎の如く逃げ出した。

 

「ルクスリリア! 男子トイレに女子がいる!」

「そりゃ、そこ淫魔用の男子便所ッスもん」

「はぁ?」

 

 ルクスリリアの話によると、こうだ。

 女子用は淫魔が用を足すトイレで、男子用は淫魔が精を飲む為のトイレであるという。

 要するに、便器の前に肉が付くかどうかという話で……。

 

「観光客用はこっちッス」

 

 見ると、公衆トイレの隣に小さい建物があった。こっちが男子トイレね、なるほど。

 分かるかこんなもん。

 

「いやぁごめんごめん」

 

 用を足し終えると、皆さん微妙な顔をしていた。

 

「男性は住みづらそうですね、淫魔王国」

「事実上の淫魔単一国家だものね」

「ちな、お上的には移住は大歓迎らしいッスよ。男なら各種サービスてんこ盛りッス」

「じゃあ此処に家建てるかの?」

「それは止めといた方がいいッス!」

「リリィが言うのか……」

 

 なんて話をしながら公園を歩いていると、ベンチに座っている二人の淫魔が何か大きな紙を持っている様が見えた。

 咥え煙草の淫魔と、朝から酒を呑んでいるおじさん臭い淫魔である。ラリスじゃ見た事はないけど、こっちには新聞があるのかな? と思って見ていると、二人は真剣そうな声音で話しだした。

 

「おう、今日のレースどうするよ? お前の本命ちゃん出走取消じゃねぇか」

「へっ、こうなりゃヤケの一点買いよ! あたしぁこの日の為に金貯めといたんだからな! パーッと使わねぇとやってられねぇや!」

「プレちゃん全ツッパか?」

「んな堅い馬券握ってなにが楽しいんでい!」

 

 レース? 馬券? あー、この世界にも競馬あるのね。んであの紙は差し詰め競馬の出走表ってところか。

 ここにきて競馬ときた。そういえば、前世地球でも競馬の歴史自体はそれなりに古いんだったか。なら興行として成り立つのも自然な流れなのかもしれない。

 と、興味を失った俺とは逆に、二人の会話を聞いたルクスリリアはハッとなって固まっていた。

 

「ご、ご主人! 今日何日ッスか?」

「え?」

 

 この世界、時間にゃルーズだが年月日自体は厳密に管理されている。

 困惑しつつ今朝確認した日にちを伝えると、ルクスリリアは頭を抱えた。

 

「なんてこった! いやなんて幸運! 今日は一大レースの日ッスよ! 淫魔女王杯ッス!」

「淫魔女王杯、ですか?」

 

 首を傾げるグーラ。俺を含めルクスリリア以外の面々も怪訝そうに顔を見合わせた。

 そんな中、いきり立った金髪ロリはなおも燃え盛っていた。

 

「競馬ッス! 馬を走らせて競うんスよ! レース自体は毎週やってんスが、中でも今日は大一番のグランプリなんス!」

「あー、G1的な」

 

 どうやら、今日この日は異世界競馬のG1レースがあるらしく、ルクスリリアはいつになく興奮していた。

 

「図書館なんてどうでもいいッス! 今見逃すと来年まで見れないッスよ! 競馬場行くッスよホラホラ!」

「お、おぅ分かった分かった……」

「図書館には貴女の病を治す手がかりを探しに行くのだけれど……?」

「まぁ焦ってないのは良い事だと思います」

「そういえば、競馬はリンジュにもあった気がするのぅ」

 

 こうして、ルクスリリアに押されるようにして、俺達は図書館とは真逆にある競馬場へ向かう事になったのだった。

 まぁ遊びに行く余裕は否定しないが、それでいいのか淫魔さん。

 

 

 

 

 

 

 ルクスリリアに案内された競馬場は、少し背の低いコロッセオのようだった。

 門を潜ってすぐ、簡素な観客席は沢山の淫魔で埋め尽くされていた。中には交流会の冒険者の姿もあったが、馬に夢中な淫魔は男の存在を気にしていないようである。

 

「ほえ~、こっちの馬は立派じゃの~」

「なんで回っているんでしょうか?」

「ああやって馬の状態を見せてるんスよ。それでどの馬に賭けるか決めてもらうんス」

「詳しいわね……」

 

 パドックというやつだろうか。淫魔に誘導されている馬が敷地内をぐるぐると歩き回っていた。

 それにしても、やはり異世界の馬は全体的に背が高いように見える。ミラクムさんのリントノホマレに似て、がっしりしつつもスラリと脚が長い。

 

「ご主人ご主人! 馬券買うッスよ!」

「馬券? まぁいいけど」

 

 馬券の購入など、前世含めて初めての経験である。

 そもそも歩いてる馬を見たところで調子なんて分からない。どの馬に賭ければいいという話だ。

 

「お? イシグロもこっち来てたか!」

 

 その時、覚えのある声が聞こえた。見ると、そこにはリカルトさんとトリクシィさん、それから二人の護衛の淫魔兵の姿があった。

 

「どうも。トリクシィさんも来てたんですね」

「天駆ける駿馬の嘶きに誘われたのだ。ククク……」

「イシグロ、まさかお前も馬やるとは思ってなかったぜ」

「いえ、これが初めてで。何をどうすればいいか分からない状態です」

「ほぉ! ならおじさんが教えてやるよ! 淫魔競馬ぁ初めてだが、俺ぁ世界中の競馬場回ってきたんだぜ!」

 

 言って、笑みを深くしたリカルトさんは小脇に抱えていた紙を広げてみせた。

 皆してそれを見る。紙にはコースの情報に加え、馬の出走表が書いてあった。これまた馬の名前には赤い印が描いてある。

 リカルトさんは出走表をとんとん叩きながら、パドックで歩いている馬を見て口を開いた。

 

「見ろ、今あそこで歩いてる白いのが前のラリスカップで優勝したドウテイプレデターだ。ドウテイプレデターは直線番長でな、尋常じゃないくらい末脚が鋭い。で、奥で歩いてる黒いのがダークリング。こいつは直線こそプレちゃんに劣るが多少の馬場荒れも苦にしねぇパワーがある。騎手との相性も悪くなさそうだ。マッスルスティックは目立った戦績こそねぇが、女王杯の性質上全然あり得ると俺は思うぜ。なんてったって鞍上が淫魔騎士上がりのレジーナだからな。戦場馬術はお手の物ってね。サキバシリは大逃げ中毒の駄馬だが、二度ほど奇跡の勝利を収めている。実際、前のレースじゃドウテイプレデターとはハナ差だったんだからな。鞍上も逃げの名人に代わってやがる。こいつぁどうなるか分からねぇぜ。一番小さいのはソチンスプラッシュで、血統の割にパッとしねぇな。あそこで五月蠅くしてるシャブラサレータは追込馬で……」

「あ、はい」

 

 よく分からんが、リカルトさんが競馬好きのおじさんってのはよく分かった。

 俺は出走表から目を離し、前の闘技場と同じで皆に任せる事にした。ていうか、仙氣眼ならパワフルな馬とか分かるんじゃね。

 

「イリハ、どれが強いか分かる?」

「ん~? 視るんかの?」

「おっと、賭けるなら魔眼はご法度ッスよ」

「そうじゃったか」

「闘技場では気にしなかったでしょう?」

「それはそれッス!」

「リカルトさんはどうしますか?」

「そりゃもうドウテイプレデター一択だろ。おじさんこう見えて堅い馬券しか買わねぇの」

 

 なんか知らんが、ルクスリリアには彼女なりのプライドがあるのだろう。

 リカルトさん含め他の参加者を見る感じ、件の白馬が人気なようだ。

 

「トリクシィ君はどの子にするんですか?」

「え、えーっと、じゃああの真っ黒な馬を……」

 

 見ると、トリクシィさんは護衛の淫魔兵さんに顔を赤くしていた。

 彼付きの護衛淫魔はおっとりお姉さんタイプとでも言おうか。トリクシィさんより背が高く、優しそうな顔立ちの淫魔だった。

 

「好きなの賭けていいよ」

「じゃあ、アタシは……」

 

 とりま参加するだけ参加しよう。単勝馬券しかないようなので、各々好きなのを購入。誰が勝っても儲けはない状況だ。応援馬券である。

 情報によると、このレースは芝とダートを交互に走らせるようだ。他にも色々とギミックがあるらしいが、さてどんな感じかな。

 

「本日は晴天なり、絶好の競馬日和でございます。各馬並びまして、淫魔女王杯……今、スタートしました!」

 

 ファンファーレはないのかなと見ていると、馬が並んだ途端にリンジュ式結界が解け一斉に駆け出した。

 瞬間、観客席の淫魔が歓声を上げる。ルクスリリアも興奮しているようで、手すりを持ってピョンピョン跳ねていた。

 

「さぁはじまりました淫魔女王杯。素晴らしいスタートを切ったのは六番サキバシリ、今日も今日とて逃げの一手。三番フィンガーバンが続きます。一番人気のドウテイプレデターは中団やや後ろ。冷静に機を伺っております」

 

 実況席の淫魔の声が聞こえてくる。恐らく指揮系スキルの応用で声を大きくしているのだろう。

 スタートしてすぐ、各馬はぐんぐんと速度を上げていく。観客席からは遠いのに、ドドドという蹄の音がけたたましく響いている。

 いや、ていうか……。

 

「脚速くない?」

「あれくらい普通ッスよ」

 

 リントノホマレを見た時も思ったのだが、この世界の馬は明らかに地球産サラブレッドよりも脚が速い。スピード感が完全にオートレースのソレである。

 コーナーに差し掛かると、馬も騎手も一気に姿勢を傾けて旋回していた。ドリフトである。減速するどころか、姿勢を直した馬はよりいっそうスピードアップした。レースゲームの仕様じゃんよ。

 

「淫魔女王杯は第一コーナーを抜けると魔法の使用が解禁される。単なるスピードレースじゃねぇぞ。位置取りだけじゃねぇ、攻守の掛け引きも大事になってくる。サキバシリの鞍上は防御魔法の達人だ。奴に生半可な妨害は通じねぇが、邪魔しねぇと先を行かれる。さぁどうする、ドウテイプレデター」

「どうした急に」

 

 腕組み仁王立ちで渋い顔をしたリカルトさんが言う。件の魔法解禁エリアに入った途端、ジョッキー達は一斉に魔法を詠唱した。

 後ろから先頭集団へ、驟雨のような魔法が飛来する。先を走っていた騎手が振り返ると、右手のステッキを掲げて防御魔法を詠唱した。それ魔法の杖だったのかよ。

 爆発、轟音。けれども全人馬に傷はない。馬群の中でも至近距離から魔法を撃ち合っていて、さながら騎馬合戦の様相を呈していた。

 

「うひょー! これこれ! これが見たかったんスよねぇ!」

「ええ。存外悪くないわね」

「普通に速さを競うだけじゃダメなんでしょうか……?」

「リンジュ競馬じゃと弓と刀だけって聞いた事あるのぅ。こっちのは派手じゃ」

「女王杯はここからが本番。ダートコースは土魔法による障害物があります」

 

 実況の言う通り、先頭の馬がスタンド前のダートエリアに入ると、行く手を阻むようにいくつもの障害物がコース上に隆起してきた。

 まさにサスケかフォールガイズか。人馬一体を成す彼女等は巧みな馬術で目の前の障害を避けていき、最後のそり立つ壁を勢いよく踏破してのけた。

 

「す、すげぇ!」

「そりゃ軍馬を育ててる訳ッスからね。あれくらい乗り越えてくれないと戦場じゃ役に立たねぇッス」

「そうなの?」

 

 ルクスリリア曰く、異世界の競馬は輸出用軍馬を選抜する為にやる興行らしい。

 実戦を経験した馬は人類同様に強さを遺伝させる事ができるようで、戦場を駆けた個体は種馬としての馬生を過ごす事になるのだ。そしてその仔が実戦もかくやというレースに出るという世代交代強化ループ。

 また、異世界馬は異世界人同様に寿命の寸前まで能力の衰えがないらしいので、若駒よりむしろ高齢馬のが速かったりするらしい。

 

「さぁレースは間もなく最終直線! ここからは魔法も障害物も一切ありません! 最後のコーナーを曲がり、最初にやって来たのは六番サキバシリ! スタミナには余裕がありそうだ!」

 

 やがて来た最終直線。馬場は荒れ放題のダート。障害物は無い。各々のタイミングで鞭が入ると、異世界競走馬は一気にギアを上げた。

 これまで後ろに控えていた馬がスピードを上げてくる。逃げ馬も負けじと走っているが、如何せん最高速度に差があり厳しい状況。いつの間にか、俺は先頭の逃げ馬を応援していた。

 

「行け! 行け! そのまま! サキバシリ!」

「やぁあああ! 負けるなプレデタァアアア!」

「ダークリング! ダークリング来い! 給料全額賭けてんだ!」

 

 淫魔達が興奮している。熱狂が観客席を覆う。応援を力へ変えるように、中団の二頭が殆ど同時に抜け出した。

 白い馬と黒い馬。先の逃げ馬を追い抜いて、レースは瞬時に一騎討ちへ。

 

「ドウテイプレデター! ダークリング! ここでやって来た人気馬! 競り合っている競り合っている! おおっと後ろからもう一頭! 凄まじい勢い! 十番ソチンスプラッシュ! なんとここでソチンスプラッシュが躍り出た!」

 

 二頭が競り合ってる間に、栗毛の小さい馬が滑り込む。ゴール板はすぐそこだ。

 追い抜かれんとした二頭も並ぶ。一歩進む度先頭が入れ替わる。最後の最後で三つ巴のレースになっていた。

 

「頑張れ! 頑張れ! プレデター!」

「イけ! イけ! ダークリング!」

「がんばえー! ソチンスプラッシュ!」

 

 ゴール版の目前、小さな馬が爆発的な末脚を見せた。

 ほんの一瞬、それは人気の二頭を置き去りに、単騎空を駆けたかの様。

 クビ差とかハナ差とかじゃない。レースの勝者は、誰の目にも明らかだった。

 

「イッたぁー! ゴォオオオオオル! 勝ったのはソチン! ソチンスプラッシュです! 二着はドウテイプレデター! 三着はダークリング! まさかまさか! ここにきて血統を証明しましたソチンスプラッシュ! 素晴らしい末脚! 会場からも暖かな拍手!」

 

 勝った馬はそのまま徐々にスピードを落としていく。鞍上の淫魔は呆然とした面持ち。そんな彼女に二着の騎手が声をかけると、彼女はようやっと勝利に気づいたようであった。

 よく分からんが、小さい馬の勝利は感動的なものであったらしく、負けたはずの観客達は勝者に惜しみない拍手を贈っていた。

 

「あぁチックショウ! 負けちまったかー! あーでも、初の淫魔競馬でこのレースなら、まぁ全然アリだな!」

「やった! やったッスよご主人! ソチンが勝ったッス! これは歴史的な勝利ッスよ! やっぱりタネツケキングの血統は最強なんス!」

「お、おう」

 

 儲けはゼロだが、確かに良いモン見させてもらった感はある。

 見れば、ルクスリリア以外の皆も各々熱くなっていたようだった。

 

「すご、かっこいい……!」

「あらあら♡」

 

 中でも、トリクシィさんは初レースに目をキラキラさせていた。

 空戦車とかリントノホマレに興味あったっぽいし、実際の競馬を見て何か感じ入るものがあったのかもしれない。

 そんな彼を、護衛の淫魔兵が微笑ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 結局、今日は図書館には行かなかった。

 競馬場の近くにあった競馬史博物館的なところに行ったり、カフェで一休みしたり、公園で交尾していた猫を眺めたり。

 レースが終わった後も、色々見て回ってるうちに時間が過ぎていたのである。

 

「おや、お出かけしてましたのね」

 

 ホテルに戻ると、エントランスにはグレモリアさんとミラクムさんの姿があった。

 ミラクムさんは現地の淫魔騎士と話していた。何かしらの打ち合わせっぽい雰囲気だ。

 

「皆様には先にお伝えしましたけれど、交流会は五日後という事になりました。場所は王城近くの屋敷になります。前日には到着しますので、四日後の昼過ぎには出発しますわ。当日の警護もよろしくお願いします」

「わかりました」

 

 彼女が企画した異種間交流会は、ざっくり言うと淫魔と冒険者によるお見合いパーティみたいなもんである。

 そこまで堅苦しいものにはならないらしいが、会場はそれなりの場所を用意する必要があるのだろう。

 

「お手紙についてですが、今回淫魔女王にお会いする事はできませんでしたので、騎士団の団長に報告書と一緒に渡しておきましたわ」

「ありがとうございます」

 

 ルクスリリアの状態を書いた手紙を持って行ってもらったのだが、どうやら直接渡すのは無理だったらしい。

 まぁそんなもんだろう。ダメ元だったのだ。交流会だけじゃなく、今後も長い目で見て行動していく所存である。

 

「どうもイシグロさん。参加者の皆さんも淫魔王国に慣れてきたみたいですね」

「そのようです」

 

 ミラクムさんと挨拶すると、彼は談話スペースの冒険者を見渡して言った。

 今エントランスにいるのはお出かけしていた冒険者達である。彼等は護衛してくれていた淫魔兵相手に和気藹々とお話していた。

 

「だったら、牧場見学なんかはどうですか? うちのお母さんは牧場主だから、トリィ君がいいならわたしが案内する事もできますよ♡」

「ええ、ぜひ!」

「あらあら、うふふ……♡」

 

 女性耐性のないトリクシィさんも、今では護衛のお姉さん淫魔と普通に話していた。

 他の冒険者もそんな感じである。甘くネットリした雰囲気こそないが、どうにもナチュラルに距離が近い。

 

「「「ぐぬぬ……!」」」

 

 そんな彼等を見て、従業員淫魔はハンカチを噛んでいた。

 がっつかない淫魔兵の方が冒険者のハートを射止めているようである。

 淫魔兵は狩人の瞳こそしていないが、ワンチャン狙っているのは他所からすると見え見えなのだが。

 

 いや、ていうかこれ、ちょっと拙くないか?

 一応は交流会の名目で来ているのだ。お見合いの前にその護衛と……っていうのは、どうなんだろう。

 

 こっちの意味でも、交流会まで大丈夫かと思ってしまった。

 何も起きなきゃいいんだが……。




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婚約者はロリ淫魔、メスガキな、問題児。

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 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、童貞組の貞操は淫魔王国で散らされる運命と相成りました。


 この世界には、同名の戦争が二度あった。

 その名は、魔王戦争。

 

 魔王戦争とは、かつて魔族の王を自称した者が文字通り世界征服の目標を掲げて起こした戦争である。

 災厄後、復興中の世界で勃発した第一次魔王戦争。魔王軍残党が決起し、全人類を恐怖させた第二次魔王戦争。

 ラリス率いる連合軍はそれらの戦争に勝利したが、人類全体で見た場合の損害は極めて甚大であった。魔族を中心に、少なくない数の種が絶滅したのである。

 

 戦火の中、淫魔という種族は不安定な立場にあったようだ。

 一度目の魔王戦争では淫魔は魔族側で参戦し、当時の淫魔女王が戦死した事で全面降伏。この時、夫を寝取られてキレた鬣犬族にボコボコにされたらしい。

 二度目の魔王戦争では、ラリスのスパイとして魔族側で参戦。魔王討伐に多大な貢献を果たす。戦後、淫魔族は正式に親ラリス種族として認められ、今の淫魔王国が形作られる事となった。

 

 淫魔戦史だと、これくらいの情報しか読み取れなかった。

 魔王戦争以前、さらに時代を遡ると、淫魔に関して興味深い記述があった。

 

 歴史書に曰く、古代の淫魔はとある種族に隷属して生きていたらしい。

 その種族とは、夢魔(インキュバス)という男版淫魔であった。

 

 無限の精を持つ夢魔(インキュバス)と、精がないと生きられない淫魔(サキュバス)

 割れ鍋に綴じ蓋と言える関係のような気がするが、実際はそうはならなかった。

 二種の関係は竜族と翼竜族のようなウィンウィンの共生関係ではなく、理不尽で絶対的な上下関係であったという。

 

 また、件の夢魔族は催眠種付けおじさんのような権能を持っていたようで、これにはあらゆる種族の女が抵抗できなかったらしい。全員女性種族の淫魔など、完全なる特効対象であった。

 一言で言うと、古代淫魔は夢魔に虐げられていたのである。

 

 そんな折、夢魔の支配から逃れた一人の淫魔は、とある英雄によって救済された。

 彼女を救ったのは、勇者アレクシオス。彼に救われたのは、後の初代淫魔女王である。

 

 アレクシオスは飢餓状態の淫魔に精を与え、自身との間に子を作らせた。一見ヒドい行いのようであるが、こっちの価値観だと行き倒れてるところに食料と武器を与えてくれた感じである。

 勇者の死後、かつて痩せぎすだった淫魔は王に相応しい力を身につけ、はぐれ淫魔を救う旅に出た。

 そうして淫魔族は次第に数を増し、長い時間をかけて小さな国を興す事となる。

 

 で、その後の淫魔史は、前述の戦史へと繋がるのだ。

 現代はハト派の三代目が女王を務め、淫魔王国は畜産最強国として確固たる地位を手に入れている。

 

 さて、先に述べた歴史の中には、時折変な特質を持つ淫魔が登場する。

 中でも代表的なのは、やはり初代女王その人だろう。

 

 淫魔女王を名乗るより以前、彼女は元々貧弱極まる処女淫魔であったそうで、アレクシオスに水揚げしてもらってからすぐに二人の子供を産んだという。

 生まれた子供は二人で、どちらも当時の淫魔女王を遥かに凌ぐ力を持っていた。一人は大淫魔で、もう一人は半魔人(はんまじん)の男の子であった。

 これの何が特殊なのかというと、淫魔が淫魔以外の種族を産んだところである。

 

 原則、淫魔の子は淫魔になる。にも拘わらず、彼女は魔族と人間のハーフである半魔人を出産したのだ。それも男子を、である。

 後に何度か出産を経験する初代女王だが、後にも先にも産んだ半魔人はアレクシオスの子供一人だけだった。

 しかしこれは英雄故の特殊性か、神話にありがちな謎設定といった風に解釈されているようで、図書館にはこの事を掘り下げる書籍は存在しなかった。

 

 淫魔女王に並び、もう一人特殊な淫魔がいる。第二次魔王戦争時に活躍した、対魔王一党の淫魔英雄だ。

 彼女は淫魔の天敵である夢魔相手に一歩も退かず、命を持って夢魔の血を根絶やしにした。これにより、魔王討伐が成ったのだ。

 夢魔の催眠権能は女性に対しては絶対的だ。そのはずが、件の淫魔英雄はそれを跳ねのけてみせたのである。淫魔の常識に当てはめれば、全く以てあり得ぬ事象であった。

 

 その他にも、長い歴史の中には何名か特殊な淫魔が確認されている。

 回顧録に曰く、彼女たち特殊淫魔の中には、ひとつの共通点が存在したようである。

 特殊な力を持つ淫魔は、概して吸精に対する意欲が乏しかったというのだ。

 これまた、淫魔の常識ではあり得ぬはずの共通点である。

 

 仮に、である。

 彼女たち特殊な淫魔が、ルクスリリアと同じ味覚障害を患っていたのだとしたら、吸精に対して無関心であったという記述に合点がいく感じはしないだろうか。

 もしそうなのだとしたら、より深く彼女たちの足跡をたどる事ができるなら、ルクスリリアの病を治す手がかりが見つかるんじゃないか。

 未だ、望みは薄いが……。

 

 残念ながら、この数日図書館を漁った限りでは、この程度の仮説しか立てられなかった。

 当然のように、ルクスリリアの症状が記された本は発見できなかったのである。

 

 

 

 昼にも夜にも問題は起きず起こさせず、時は流れて交流会前日。

 交流会の会場に向けて出発するのは昼食後。その間、俺達は図書館に向かっていた。借りていた本を返す為である。

 

「ニーナさんにはお世話になりっぱなしだ」

「ッスねー」

 

 ニーナさんにも手伝ってもらい、ここ最近の俺達はホテルと図書館を行ったり来たりしていた。

 しかし、直接解決に繋がるような新発見を得る事はできなかった。

 

 それというのも、ルクスリリアの言ってた通り淫魔王国の図書館はエロ本で埋め尽くされていて、数少ない学術書も戦史や畜産資料ばっかりだったのである。

 元より淫魔は病に罹りづらい種族なのだ。一応、淫魔特有の病も存在するようだが、ほとんどが精欠乏症による諸症状だった。それくらいは既に知っている。

 ともかくミリでも手がかりを見つけようと、あまり関係の無さそうな歴史書やらまで読み込んで気になるポイントをメモしたりした。

 

「しばらく活字ぁ読みたくねぇッス」

「ほとんど寝ていたじゃない、貴女」

「お主の事なんじゃがの~」

「淫魔の歴史は興味深かったですね」

 

 その結果が、先述の仮説である。

 お陰で歴史に詳しくなったが、一歩進んで二歩下がってる感が無くもない。

 

 公共図書館はこの有様なので、更に詳しく調べるなら王城にあるという書庫に行くしかない。

 それについても、一定の功が必要だろう。監視付きだったら大丈夫とか、できないもんだろうか。

 何にせよ、今は交流会を成功させねばならない。

 

 ちなみに、例の仮説をぶち上げた際の当人は……。

 

「つ、つまりアタシの背が低いのは特別な証……って事ッスか!?」

 

 このようなものだった。

 そして、今となっては……。

 

「まっ! うちのオカンもチビだったッスから、んな訳ないッスけどね!」

 

 というものに変化していた。

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 元気よく両手を振って歩く様は、如何にも能天気そうだ。

 味覚障害を患い、満足に吸精もできない状況だというのに、当のルクスリリアは随分と上機嫌である。苦しくはないのだろうか……。

 と、そのように思い返していると、俺はある重要な事項に気が付いた。

 

「交流会が終わったら、リリィのお義母さんにも挨拶に行かないとな」

 

 そう、ルクスリリアママへの挨拶だ。

 異世界にそういった風習があるかは知らないが、俺としては義理と使命で行くべきだと思う。

 

「ん? なんでッスか? はっ! まさかご主人、オカンの事狙って……? 言っとくッスけど、チビっつってもアタシより全然タッパあるし、胸もデカいッスよ!?」

「そうじゃなくてさ」

 

 やはり無かったらしい。

 なので、俺は皆に現代日本における結婚観と結婚に関する風習についてお話する事にした。

 

「へー、変わった文化ね。竜族の場合、そういうのは契約書と宴で済ませるものだけれど」

「ボクの村では結婚には村長の許可が必要でした。そんな感じでしょうか」

「ラリスというよりリンジュっぽいのぅ」

 

 と、ルクスリリア以外からはある程度の理解を得られたが……。

 

「あー、なるほど! オカン相手に自慢させてくれるんスね! おめーと違ってアタシぁ立派なご主人に捕まえてもらったぜいって!」

「ちょっと何言ってるか分からないですね」

 

 これぞ異世界カルチャーショック。こういう淫魔の感覚は、分かり易いようで把握が難しい。

 郷に入りては云々とも言うが、時にはこちらの習わしをやらせてもらっていいだろう。俺は此処を去る前に、彼女の母に会いに行く決意をした。

 

 ルクスリリアママ、どんな人なんだろう。

 願わくば、健康になった娘を見せてあげたいところだ。

 

 

 

 

 

 

「気を付けてね、トリィ君♡ 戻ったらまた牧場に行きましょう♡」

「う、うん」

 

 出発前、ホテル・乳鮑のロータリーにて。

 前にホテルにやって来た時のように、交流会に参加する冒険者達は会場行きの豪華な馬車に乗せられていった。

 中には、護衛淫魔兵と名残惜しそうに別れている冒険者の姿もあった。さながら戦地へ向かう恋人と再会を誓っているかの様。

 

「「「ぐぬぬぬぬ……!」」」

 

 例によって、そんなラブシーンもどきを見せられた従業員淫魔達は千切れんばかりにハンカチを噛んでいた。

 幸い、初日から今日にかけて参加者が襲われたとか、その逆の事件も起こってはいない。その辺は交流会の運営に厳しく取り締まられていたからである。

 だが、こうも参加者と護衛淫魔兵との距離が近くなるとは考えていなかったようで、運営責任者のグレモリアさんや淫魔騎士さんは現状に頭を抱えていた。

 吸精は取り締まれるが、他人様の恋愛事情に首を突っ込む事はできないのである。誰も法を侵している訳ではないのだから。

 

「まったく、最近の淫魔は弛んでいます」

 

 と言って憤っているのは、いつぞやの軍人淫魔さんだ。

 ニンジャスレイヤーのような腕組み仁王立ち。彼女は護衛対象にデレデレしている淫魔兵を厳しい双眸で睨みつけていた。

 

「そうなんですか?」

 

 参加者達の乗車を見守りつつ訊いてみると、彼女はなおも眉間のシワを深くした。

 

「ええ。どだい淫魔は不真面目な奴が多いのです。何事も適当で軽薄でちゃらんぽらん。特に異性が絡むと職務さえも忘れてしまう。私とて淫魔の端くれ、男性に惹かれこそすれ公私はしっかり分けているつもりです。軍人たるもの、むしろそうあって然るべきだというのに、あの者等ときたら……!」

「適当で、ちゃらんぽらん……」

 

 ルクスリリアを見る。彼女は俺の右腕にぶら下がりつつ船を漕いでいた。

 グーラを見る。彼女は今にも暴動を起こしそうな従業員淫魔を警戒していた。

 

「なるほど」

「その点、グレモリア様やニーナ様は実にご立派でいらっしゃいます。イシグロ様も、よくぞ淫魔の誘惑に耐えられました。お見事です」

「いえ……」

 

 そりゃ、俺はボイン属性無効だもの。ロリコンだからさ。

 この性癖、ニーナさんにはひと目でバレたっぽいのだが、ここにいる小淫魔達にはまだバレていないように思う。スケベセンサーの感知力には個人差があるのかもしれない。

 

「皆様、お乗りになりましたわね? それでは! 出発おしんこですわー!」

 

 ミラクムさん含め、参加者は馬車に乗って移動を開始した。俺達はその後を戦車でついて行く。

 まるで今生の別れのように、一部参加者と淫魔兵が手を振り合っていた。

 

「会場の警備についてですが、イシグロさん達には参加者様の近くでの警護をお願いします。場合によっては、発情した淫魔が襲ってくるかもしれないので」

「わかりました」

 

 道中、馬に乗ったニーナさん達と当日の警備体制についてお話する。

 これらは事前に訊かされていた事ではあるのだが、忘れないよう繰り返しているのだ。いくら銀相当の強さはあっても、俺は護衛のプロフェッショナルではないのだ。

 

「見えてきたわ。あれは……新しい竜族建築に近いわね」

「おっきい屋敷じゃの~」

「とても綺麗です。まるで貴族様のお屋敷みたいで……」

「実際貴族の屋敷ッスよ。はえ~、掃除が面倒そうな造りッス」

 

 馬車に乗ってしばらく後、陽が落ちる前に一行は大きな屋敷に到着した。

 背の高い壁と鉄門で守られたそこは、どことなく英国貴族の大邸宅のようだった。事実、この屋敷はとある淫魔貴族から借り受けたものであるらしい。

 

「いらっしゃいませ。私は当家にて侍従長を務めさせて頂いております、ネムトハーにございます」

 

 乗車したまま門を潜り、大扉の前で降車。参加者全員が降りると、真面目そうなメイド長淫魔の案内で屋敷の中に通される。

 銀細工や貴族さんは慣れっこなようだが、一般冒険者達は規模のデカい貴族邸クオリティに唖然としていた。

 俺とて仕事中という意識があるから惚けていないだけで、これがもしプライベートだったら百パーお上り観光客ムーブやらかしてたと思う。それくらい、この屋敷はセレブでリッチでゴージャスだったのだ。

 

「余が当屋敷の主、グラマ・ラース公爵である。楽にしてくれて結構。余は其方達との気兼ねない会話を所望する」

 

 到着後、参加者と俺達は屋敷の持ち主と一緒に夜ご飯を食べた。

 パンピーと貴族が一緒にご飯とかいいんですかねと思ったが、ルクスリリア曰く「あの貴族、今最高にムラついてるッスよ」と言われた。

 上も下も淫魔は淫魔である。童貞魔術師のおどおどトークを訊いている公爵は実に満足そうな顔をしていた。

 

「夜間の警備は我々が行いますので、イシグロ様はお部屋で英気を養っておいて下さい。明日が本番です」

「はい」

 

 夕食後は各々に用意されたお部屋で大人しく就寝。

 それは警護要員の俺も同様で、例によってこの日もおせっせは我慢。

 

「ちゅぱ♡ もっと舌伸ばしなさい♡ んっ、じゅる♡ んはむっ♡ んうっ………♡ ちゅっ♡ じゅる♡ むぢゅうううう♡」

 

 夜宴代わりのおやすみベロチュー。日に日に激しくなる攻勢に、今宵の俺は危うくノーハンドで暴発するところだった。

 が、ルクスリリアが苦しんでいる今、主人の俺が音を上げる訳にはいかない。俺はひたすらに竜族の舌攻撃を耐えた。

 

「ご主人♡ ガチガチじゃないッスか♡」

「とても苦しそうです。大丈夫でしょうか」

「てかコレ意味あるんかの?」

 

 ルクスリリア、あんま苦しんでなくない? とは思いつつ。

 俺が禁を破るのは、彼女が味覚を取り戻してからと決めている。

 俺は性欲なんかに絶対負けない。

 

 

 

 翌朝、交流会本番に向けて鼻息を荒くしていた冒険者達は、朝食後すぐに身を清める事となった。

 お風呂に入り、身だしなみを整え、武装を外して交流会に相応な恰好へとメタモルフォーゼするのである。

 

「さぁ、お好きなお召し物をどうぞ♡」

「「「おぉ……!」」」

 

 そうしてお着換え用に連れて来られた大部屋の中には、紳士服専門店のように並んだ服の数々があった。

 文字通り多種多様な冒険者に合わせ、そのバリエーションは実に豊富だった。貴族然とした華美な服に、獣人用の礼服。中にはリンジュの着物なんかもあったりした。

 これには普段ボロの服しか着ないような食い詰め冒険者もテンションを上げたようで、あれこれと試着してはメイド淫魔と楽しそうにしていた。

 

「ぐふふ♡ な、なら、これなんかは如何ですか?」

「どうだろ。に、似合うかな?」

「はい♡ とっても美味しゲフンゲフン! お似合いですよ♡」

 

 沢山の服を前にはしゃぐ冒険者達。

 そんな冒険者を着せ替えして笑顔を浮かべているメイド達。

 ていうか、これ……。

 

「遊ばれてるな」

「そのようね……」

 

 キャーキャーされてる冒険者は嬉しそうだし、彼等を着飾らせている侍従達も楽しそうだ。

 ある意味、ウィンウィンなのかもしれない。試着室の前で待ってるメイドさん、太もも擦り合わせてるじゃないか。

 

「俺こんなの着るの初めてだよ」

「とてもお似合いですよ♡ 脱がしやすそうで素晴らしいと思います♡」

 

 馬子にも衣裳というやつで、綺麗な服にお着換えした食い詰め冒険者達は立派な紳士になっていた。

 本人の趣味かメイドの趣味か、着てる服には一人一人個性が出ているようでもあった。

 

「どう? ラリスの礼服なんか着ちゃったけど、おじさんも結構イケるでしょ」

「俺なんかリンジュファッションだよ。あっちの鬼人ぁこんな動きづれぇ恰好してんのかってな!」

「まぁ俺は無難な獣人風っすわ。動きにくいのはちょっと……」

「クククッ、宴がはじまる……!」

「皆さん、とてもお似合いですよ」

 

 顔見知りの皆も、今日ばかりはバッチリ決まっていた。一応、参加者であるミラクムさんは他冒険者と違って服に着られてる感はなかった。

 異世界人らしく皆さんタイプの異なる美形でいらっしゃるので、ここが現代日本だったらさぞモテにモテた事だろう。

 

「イシグロさんはそのままなんですね」

「護衛ですから」

 

 ちな、俺と一党の皆はいつもと同じ迷宮用装備である。

 帯剣も認められているので、皆も同じように武器を持っている。グーラだけは素手だが、想定される状況ならぶちぬき丸より相応しいはずだ。

 同じように、他の運営淫魔達もしっかりと武装している。あまつさえピリついた剣呑オーラなんかを放っていた。

 

「皆様、おトイレなどは大丈夫ですわね?」

 

 現在時刻はちょうどお昼前といったところ。一同は連れ立って広場前の大扉の前に並んだ。

 扉の先にはすでに淫魔がスタンバっていて、これを開けたらばいよいよ交流会の始まりである。

 

「へへへっ、楽しみだなぁ」

「まぁな。オレ、淫魔さん達がこんなに良い人達だなんて知らなかったよ」

「やっぱ偏見ってよくないよな。全然怖くないじゃん」

「てか、冒険者なんか辞めてこっち移住したくなってきたぜ……!」

「「「わかる~!」」」

 

 ここまでの淫国生活、いい思いをしてきたらしい若い参加者達は余裕げに談笑していた。

 まるで、十把一絡げの冒険者である自分が、ベリー・インポータント・パーソンにでもなったような気分なのだろう。アレだけ歓待されたのだ。浮かれるな、と言うのは酷である。

 

「皆、準備はいいか」

 

 だが、この時、俺は既に勘付いていた。

 この戦い、気を抜いて挑めるものではないという事に。

 

「は、はい……!」

「わかったのじゃ……」

「大丈夫だとは思うけれど……」

「五分五分ってとこッスね」

 

 敵味方反応レーダーが、さっきからパカパカと例の激ヤバ淫魔の反応を示している。それが魚群レーダーめいて、大量に。

 これから、彼等を暴淫魔予備軍に差し出すのだ。油断できようはずもない。

 

「では、行きますわよ!」

 

 バーン! 先陣切ったグレモリアさんは、広場に通じる大きな扉を開けた。

 刹那、一斉に。

 

「「「ひっ……!?」」」

 

 きゃは♡ という、狂気の笑みは一瞬で、その面貌はみるみるうちに性欲塗れになっていく。

 獣ではない。狩人でもない。狡猾な淫魔兵ともまた違う。

 交流会の淫魔達は、捕食者の顔になっていた。

 

 大丈夫じゃない、問題だ。




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◆ざっくり淫魔史◆

・神話時代=後の初代女王、アレクシオスに助けられる。勇者の子供を産み、放浪。

・3000年前=第二大災厄にて初代淫魔女王死亡。タカ派の二代目女王が即位。

・2000年前=第一次魔王戦争。魔王軍側で参戦。二代目女王戦死。ハト派の三代目淫魔女王が即位。

・2000~1500年前=第二次魔王戦争。ラリスのスパイとして魔王側で参戦。土壇場で寝返り魔王討伐。土地をもらい、今の淫魔王国を作る。この頃は色んな種族から嫌われている。

・現代=親ラリス派で融和路線。小淫魔の数は増えたけど中~大淫魔が減少傾向。


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脅威!男日照のサキュバスあらわる!

 感想・評価など、ありがとうございます。感謝です。
 誤字報告もありがとうございます。感謝の極み。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 ハクスラ要素はどこ……? ここ……?


人類最大の国家、ラリス王国。人類最高の畜産物輸出国、淫魔王国。

 グレモリアさんが企画し、両王国が主催する異種間交流会には、自力で男を捕まえる事のできない淫魔への救済措置という側面が含まれていた。

 

 今回、淫魔側の参加者に誰一人として処女は存在しない。にも拘わらず、彼女達は一様に男性への免疫がなく、乾いて飢えてて男を前にすると上の口の交渉より下の口での性交渉を所望してしまうらしい。

 男性経験の乏しさ故に、彼女達には慣れと余裕が全くないのだ。街の淫魔や淫魔兵はがっついてなかったのに、ホテル内の淫魔が軽挙妄動な振る舞いをしていたのにはそういった理由がある。

 

 有体に言って、彼女等は性癖拗らせて距離感バグったコミュ症恋愛クソザコ素人処女なのだ。

 俗に、これを乳食系淫魔と称す。

 

 国政的にも、福祉的にも、どげんかせんといかん。そうして始まったのが、この交流会であった。

 だが、単に男を用意して「はいどーぞ」としたらば単なる乱パが開催されるだけだ。条約に反してしまうし、それって根本的な解決にはなりませんよね? となる。

 故にこそ。国がサポートするのである。

 

 曰く、交流会参加に当選した淫魔は、今日まで講習を受けていたそうである。

 男性に接する時はこうしろとか。声かけられたからと言って、それは吸精歓迎の合図じゃないよとか。幼い頃の経験で身につけるはずの常識から他国でも通じる淫魔マナーまで、それはもうみっちりと教育される。

 それ以外にも、柔らかい表情の練習をしたり、心身を鍛える為に軍人ばりの訓練をしたり、事前に発散(・・)させたりもしたらしい。

 

 準備は万全。気合も十分。全身全霊で淑女道を全うする。

 そんな心構えをしていたはずの彼女達。その第一声は、このようなものであった。

 

「「「ヒャッハー! オスだぁあああああ!」」」

 

 まさに猿叫。あるいは淫叫。長机に並んで座ってた淫魔は一斉に立ち上がり、どこぞの水鳥拳の使い手のように跳び掛かってきた。

 身構える冒険者。前に出る護衛兵。俺の一党も武器を構えた。

 そして、美しく舞い上がった彼女達は……。

 

「「「ビガガガガガッ!?」」」

 

 ケツに仕込まれた魔道具で、蚊取り線香を前にした蚊のように墜落した。

 死屍累々。諸行無常。(つわもの)どもが何とやら。さっきまで「淫魔王国に移住してぇぜ!」とか言って盛り上がっていた冒険者は、唖然となって固まっていた。

 そんな中、ピクピク跳ねる淫魔の一人がニチャア~と口の端を歪め、冒険者を見上げて言葉を発した。

 

「ごきげんよう♡ 冒険者様ぁ♡」

 

 訓練された、完璧な淑女スマイルだった。

 電気ビリビリで痺れていなければ、の話だったが。

 

 

 

 そんなこんなありつつ、異種間交流会は開催された。

 予め参加者の失態を覚悟していたのか、淫魔兵含む彼女等の立て直しは迅速だった。何事もなかったかのように、皆さん元の位置に戻っていったのである。

 淫魔側と冒険者側に分かれ。長机に並んで座る。また、両者ともに胸には番号の書かれたバッジを付けていた。一見、普通のお見合いパーティに見える。

 だが、交流会はキンクリされたように再開されただけで、先の出来事がキンクリめいて消し飛んだ訳ではない。対面で座す冒険者達は困惑しきりでさっきまでの威勢は鳴りを潜めていた。

 

 それだけだったら、まぁ何とでもなっただろう。他人の失態を見て見ぬふりする優しさくらい、荒くれ冒険者にも存在している。訓練通り、教習で習った通りの振る舞いをしてくれさえすれば、時の流れと共に地に落ちた淫魔の名誉を挽回できるはずだ。

 けれど、そうはならなかった。そうはならなかったのだ。偏に、彼女達の心の繊細さが為に。

 

 そう、例えば童貞魔術師くんの前にいる、あの如何にも陰キャっぽいメカクレ淫魔さんなどは……。

 

「ぶふっ、へへへ……ご、ごごごごご趣味は?」

 

 この始末である。

 見つめ合うと、訓練通りのお喋りができないようだった。

 

 吸精となればアレだけハッスルできるのに、いざ男性を前にすると借りてきた猫のようになってしまう。それが乳食系淫魔という存在なのだ。

 これに似た光景を、俺は前世で見た事がある。要するに、男女が逆なのだ。女性経験の乏しい男性は、女性を前にするとついやらかしちゃうのである。

 これまた、人それぞれタイプの違うやらかしをしちゃうもので。

 

「趣味ですか? えっと、その……読書の方を少々。あまり冒険者らしくはないのですが……」

「読書!? わた、私も本読みます! はい! 気が合いますね! 運命感じちゃいますぅ!」

「そう、ですか。ちなみに、どんな本を……?」

「そりゃあもうアナルキッソス先生ですね!」

「あ、アナ……? えぇ……?」

「アナルキッソス先生をご存じでない? あ、あ、アナルキッソス先生は素晴らしいですよ! 彼女の作品はどれもお尻の描写が最高で……ふひっ、いつも持ち歩いてるんです! ほ、ほら……」

 

 一方的に趣味の話をしてしまうとか。

 

「今朝は何食べたの? へー、そーなんだー。好きな食べ物は? へーそうなんだー。淫魔王国には慣れた? それはよかったねー」

 

 聞き上手であれという教訓を意識し過ぎて、質問オンリーで会話デッキを回してしまうとか。

 

「ぐふっ♡ そうですな♡ 私も競馬については一家言ありますぞ♡ むふふふふ……♡」

 

 挙句、会話中に相手の胸やら何やらをガン見してしまうとか。

 この通り、淫魔側からのコミュニケートは惨憺たる有様だったのである。

 

 微笑ましいような、ちょっと胸が苦しくなるような。俺はなんだか無性に顔を覆いたくなっていた。

 どこぞのブロッコリーゴールキーパー先輩じゃあないが、見てられねぇぜとなる。今すぐ万里の長城をビバりたいところだ。

 

「処女の頃のアタシって、端から見るとあんな感じだったんスかね……」

「あはは……どうなんでしょう」

「深刻な問題ですわ。今後の淫魔族にとっては目下解決すべき課題ですの」

 

 いや、まぁアレ等はいいのだ。彼女等はそんなに危険な淫魔じゃない。

 真に俺達が見ておくべきは、ああいった大人しい奴等じゃあないのだ。

 もっと直接的で、情熱的で、性欲に支配されたモンスターが他にいるのである。

 

「はぁ♡ はぁ♡ あーもう辛抱たまらなズゴォ!?」

「ど、どうしました?」

「ななな何でもないです! えぇなんでも……」

 

 時折、全身を痙攣させて一瞬白目を剥く淫魔がいる。

 彼女の身体からは、ほんの僅かな魔力反応を感知できた。こう……ビリッと。詳細は知らんが予想はつく。凡そ発情ゲージが閾値を超えると雷魔法が発動するとかそんなんだろう。例のアレだ。

 開始早々受けていたはずなのに、今だって何度も受けているはずなのに、どうにも精神の制御ができないようだった。

 

「……私、目を瞑っていてもいいかしら」

「別の淫魔見てて」

 

 不幸にも、魔力感知に優れたエリーゼには、淫魔の中で迸る魔力が視えているようだった。詳しくは聞かないでおこう。

 幸い、イリハとグーラはよく分かってないっぽい。そのままの君でいて。

 

「ええ♡ 私の家は酪農を営んでおりまして♡ 毎日新鮮なミルクを飲んでます♡ お、お、お陰で、こんなに♡ デュフフ♡ 大きくなりました♡ はぁはぁ♡ うっ……!」

 

 発情ラインギリギリを攻める淫魔。彼女達の目は正気と狂気を行ったり来たりしており、何をしでかすか分からない魔物めいた剣呑さを放っていた。

 童貞ムーブの乳食系淫魔。電撃ビリビリ超肉食淫魔。

 彼女達に対し、冒険者の多くはこのような反応を示した。

 

「お、おう、そうか……」

「なるほど……?」

「はい……」

 

 困っていた。ていうか、警戒していた。

 あくまで情欲を煽ってくるだけだった従業員淫魔や、気のいい淫魔商人達。下心はありつつ甲斐甲斐しく面倒を見てくれた淫魔兵と比べると、交流会の淫魔は誰もかれもが異様で、陰も陽も例外なく今にも襲い掛かってきそうな凄みがある。

 食い詰め冒険者とて、カタギの奴よりは勘がいい。恋愛感情や性欲より先に、脅威に対する戦闘勘が働くのだろう、度々腰や背中にあるはずの武器を手に取ろうとしていた。まぁ今は武装解除されてて何もできないのだが。

 

「がはは! まぁ俺は普段から足腰鍛えてるからな! そりゃもう迷宮の後なんか娼館に住んでるくらいっすわ!」

「まあ♡」

 

 そんな中、淫魔の発情状態をそよ風の如く受け流す者達もいた。

 銀細工二人とお貴族のミラクムさん。それから性欲に自信ニキな少数の鋼鉄札冒険者である。

 恐らく、彼等には仮に襲われたとしても返り討ちにできる確信があるのだろう。そういった余裕の現れか、淫魔に恐怖してないようなのだ。

 

「うぅ、まぁ、はい……」

 

 一応、トリクシィさんも力を持ってるはずなのだが、女性経験の無さが災いして前者の反応をしてしまっていた。

 あのお姉さん淫魔兵とのコミュで慣れたものと思ってたが、そういう訳でもなさそうだった。

 

 定期的に席替えなどしつつ、そんな妙な時間は暫く続く事となった。

 一部は楽しそうにしていたが、淫魔も冒険者もどうにも噛み合っていなかった。

 

「一旦休憩ですわー!」

 

 という号令の下、冒険者達は席を立って休憩の為に会場を出る事となった。

 その際、彼等を見送る淫魔は皆さん据わった目をしていた。何気にこの時が一番危険信号を放っていた。

 すわ二度目の南斗聖拳かと思うくらいの気迫。チートが無くても感じ取れちゃうね。

 

 休憩用の待機室に集まると、冒険者達は一斉に緊張の糸を緩めていた。

 椅子でぐったりしたり、机に突っ伏す人。近くの冒険者と楽しそうに話す人。前者は童貞を中心とした食い詰め冒険者達で、後者は昼夜の戦いに秀でた猛者達だった。

 休憩室でも、疲弊してる冒険者と楽しんでいた冒険者に分かれていたのである。

 

「やっぱ、淫魔ってのは髪が綺麗だよな~。なんだろ、すげぇ良い匂いするし」

「おじさんがモテてるみたいだぜ。皆かわいかったよな~」

「俺なんかいつ襲っちまうかヒヤヒヤだったっすわ。あー、もうおチンタマ爆発しちまう!」

 

 とは、性欲自信勢。

 

「俺、淫魔さんが優しいのかと思ってたんだけどよ、ありゃ違うぜ。普通の淫魔はあんな感じなんだよな……」

「殺されねぇとは分かっちゃいるが、それでもつい反応しちまうよな。故郷の村外れで狼の群れ見た時と同じだもんよ」

「所詮、わしゃ鉄札の敗北者じゃけぇ。ここに住むとか言ってた奴ぁどこの誰じゃ。わしじゃ……」

 

 とは、淫魔こわいよ勢。

 そんな中、数少ない童貞冒険者は一度ガチで襲われかかったのがトラウマになってるっぽかった。

 こうも疲れてるのは少数だが、大多数は大なり小なり淫魔の肉食っぷりに驚いたりビビッてたりしていた。

 

「お疲れですね♡ 薬草茶(ハーブティー)をお持ちしました♡ どうぞお飲みください♡」

「優しいメイドさん……!」

 

 と、このように、グイグイ来ない男性慣れした淫魔の好感度だけが上がっていく。

 地球も異世界も、やっぱモテる奴がモテるってのが真理だったとさ。世知辛いね、まったく。

 

「皆さんは何故怯えていらっしゃるのでしょうか? 例え襲われたとしても数的には有利ですし、ご主人様も加勢されるというのに……?」

「そういう話じゃあないんだよ」

「最近の淫魔って皆あんな感じなのかしら?」

「やー、流石にあれは特殊ッスよ。アタシもちょっと引くッスもん。他人の事ぁ言えねぇッスが」

「あの者達、他の淫魔と比べても氣が少なかったのぅ。きっとお腹が空いとるのじゃろう」

 

 なんて話をしていると、時は進んで交流会は再開された。

 やる気満々の強い冒険者は意気揚々と、腰の引けた弱い冒険者は意気消沈して、俺達は再度交流会という名の戦地へと向かって行った。

 

「こちら、淫国産の美尻桃(びじりもも)で作ったお酒でございます♡」

「んぁ~! こういう甘いのもたまには良いな!」

「ええ、とても飲みやすいです」

 

 後半は立食パーティ風になっていて、皆さんお酒片手に紳士淑女めいて和やかな談笑……といきたいところだったが、例によって両参加者は二極化してしまっていた。

 童貞は童貞同士で、乳食系は乳食系同士で穴熊を決め込み睨み合い。しっかり交流してるのは、猛者冒険者と発情して理性がふやけている少数淫魔だけという始末。まるで陰キャグループと陽キャグループのようであった。

 こういう時、強い陽キャが女の子の視線を釘付けにするもんだと思っていたが、淫魔に関してはそうではなかったらしい。

 

「ぐふっ♡ お、お、お酒好きなんですか? デュフフ♡」

「は、はい。たしなむ程度には……」

 

 陰キャ淫魔は執念深いのか。深い混沌を湛えた瞳は、皆さん一人の冒険者にロックオンしているようだった。

 中でも童貞が人気なようで、童乳の二者はお互いがハリネズミになったかのような距離感を維持していた。

 

 が、それは再開してすぐの事で、彼等は徐々に近づいて行った。腰の引けた童貞と言ったところで、そりゃ興味あるから交流会来たのである。

 美味しいお酒など呑んでいると、彼等彼女等の間にはたどたどしくも徐々に会話が交わされていった。

 

「てな訳で! フィーリングタイムですわー!」

 

 と、良い時間になったところで、交流会は最後の儀式に移行した。

 フィーリングタイム。これは意中の相手を指名して、両想いとなったら仮カップル成立となり、交流会期間中に更なる親密な交流を図るという仕組みである。各々が身に着けていたバッジはコレに使う為にあったのだ。

 要するに、どこぞの恋愛企画モノみたいなノリである。

 

「お前どうする?」

「いやぁ……」

 

 ちなみに、交流会はこの一日だけで終わる訳ではないので、そう焦る事もない。双方、別に誰も指名しなくてもいいのだ。

 打ち解けつつあるとはいえ、多くの冒険者は尻込みしているようだが、淫魔の方はバリバリに狙っていた。今にもペルソナを出しそうな目元が実にホラーめいている。

 

「ミュージック・スタート! 行きますわよ行きますわよ! 記念すべき一組目のカップルは……じゃん! ラフィさんとヴァレフォリエさんですわー!」

 

 ドキドキの結果発表。すると、早速一つの仮カップルが成立した。鬼人銀細工のラフィさんである。

 彼は銀細工らしい強者然とした笑みを浮かべつつ、同じく名を呼ばれた淫魔に近づいていく。相手は黒髪ロングの大和撫子風淫魔さんだった。

 

「いやぁ悪いなお前ら! 俺はお先に失礼させてもらうぜ! じゃあな!」

 

 そうして、二人は仲良さげにお庭の方へ向かって行った。

 カップル成立と言っても、別に今から早速野外吸精をするという話ではない。軽く中庭デートなどしてから、一緒にご飯を食べるだけである。あくまで交流が目的なので、カップル成立=即ハメボンバーという訳ではないのだ。

 悠々と去り行く二人に対しては、おぉという冒険者からの賞賛と、ぐぬぬという淫魔からの嫉妬の視線が贈られていた。

 

「さぁて二組目は……あれ? 誰もいませんわ!」

 

 次は誰だと思ったら、なんと仮カップルの組み合わせはさっきの一つだけだったようだ。

 大多数の冒険者が保留を選んだのは知っていたが、ちゃんと指名した冒険者も上手く噛み合わなかったらしい。

 残された淫魔は、乾ききった暗黒の目をしていた。

 

「み、皆さん落ち着いて! て、撤収ですわー!」

 

 とりあえず、交流会の初日はこれにて終了である。

 

 

 

 

 

 

「お、おかしいですわ……! あれだけの人数がいて、なんでカップルが一つしかできなかったんですの……!?」

 

 異種間交流会の最終目的は、小淫魔と冒険者間でのカップル成立である。

 単に弱い淫魔に吸精をさせる事が目的なのではなく、お互い末永く寄り添える恋人を作ろうとしているのだ。

 

 何故、カップルを作ろうとしているのか。詳しい理由は知らないが、そのへんラリスにも得があるようなシステムにしてあるのだろう。

 だが、運営側が思っていたよりは上手くいかなかったようである。講習を受けさせ、信じて送り出した淫魔は一瞬で性欲に負けてしまったのだ。むべなるかな、アレじゃあ尻込みしちゃうでしょう。

 

「怯えてたッスね、童貞」

「そうですね。小淫魔達の性欲を甘くみていました」

「どれだけ鍛えたとしても、やはり男を知らないと理性的淫魔になれないんですのね……」

「お? なんスかザコアナル。今のが皮肉のつもりなら決闘申し込ませてもらうッスよ」

「い、いえ、そういう訳では……」

 

 普段着に着替えた冒険者が集まる談話室で、淫魔組は交流会についてアレコレ話している。グレモリアさんの見立てでは、一日目でバンバン成立すると思っていたようだ。

 が、俺視点では今日の交流会は全部が全部失敗だとは思えない。どだい初めての試みなのだ、多少の想定外はあって然るべきである。最善で最高ではなかったかもしれないが、初めてでこれなら悪いやり方じゃあなかったと思うのだ。

 会場はしっかりと他国の男性に配慮した造りをしていたし、会場にはこれまで見てきた淫魔王国節など無かったのである。

 

「なんか可哀想なのじゃ」

「淫魔の性欲は本能に根差しているものね」

「ルクスリリアが禁欲できてるのは、ご主人様がいるからですし……」

 

 一党の皆は、交流会の淫魔に同情的になっているようだった。

 元より、我が一党は社会の外れ者の集まりなのだ。各々、弱者の苦しみには人一倍共感しやすい性質を持っているのである。

 

「にしてもよー。ラフィの奴に一抜けされちまったのは、ちょ~っとおじさん的にゃあショックかな~。まさかアイツが選ばれるなんてよ~」

「羨ましいっすわ。俺の本命ちゃんは俺以外をご指名っすわ。モテねぇ男は嫌だねぇ。トリィ、お前どうよ」

「自分は特に……。その、ミラクムさんは何方を指名されたんですか?」

「指名については保留させて頂きました」

「そりゃあ何でだい?」

「皆さん、一党の仲間としては、少し浮ついているように思えたもので。それに、彼女達がどれほどの力を持っているか、現状では何とも言えませんから」

「真面目だねぇ」

 

 リカルトさんやその他性欲自信ニキ達はしっかりと投票してたらしいが、本命にはマッチングしなかったようである。

 同じ猛者サイドでも、トリクシィさんとミラクムさんは何にもしなかったと。後者に関しては理由が独特な気はするが。

 

「ともかく、交流会はまだ続きますわ! イシグロ様、明日からもよろしくお願いしますわね!」

「ええ、もちろん」

 

 と締めくくったところで、時間はすっかり夕食時である。

 緊張から解放されてか、元来健啖家の多い冒険者達は腹の虫を制御できないでいるようだった。ぐぅ~、という腹の音でちょっぴり和む。

 夕食もこの屋敷で食べるというのでメイドさんを待っていると、ふいにガチャりとドアノブが回された。

 

「あん?」

 

 が、不可解にも扉はやけに緩慢な動きで開かれていった。

 メイドさんなら事前にノックをするだろうし、そうでなくても速やかに開けるはずだ。にも拘わらず、待機所のドアは何故かギギギと軋みを上げていたのである。

 

「アア、アァ……」

 

 やがて現れた存在に、一同の注目が集まった。それは夕食を知らせに来たメイドではなかった。

 くすんだ金髪。艶が無くなった鬼角。身長の割にがっしりしていた全身の筋肉は、どういう訳だか萎みに萎んでミイラみたいになっている。

 また、その瞳には本来あるはずの生気が一切無く、ただただ虚無に覆われていた。肌も唇もカサカサで、声も徹夜カラオケ後めいて枯れていた。

 

「「「ラッ……ラフィッ!?」」」

 

 その男は、紛れもなくラフィさん本人だった。

 幽鬼のように数歩ほど歩いた彼は、倒れそうになったところをリカルトさんに支えられていた。

 

「なっ……なんで……!?」

「たたた、大変ですわ! ラフィさんの精がゼロになってますわ!」

「し、至急応援を! メディーック!」

 

 状況証拠的に、彼がこうなったのは淫魔の吸精によるものだろう。

 しかし、ラフィさんは前衛の銀細工だ。そう易々と絞り尽くされるとは思えない。

 

「とりあえず回復しますね。構いませんか?」

「ええ、よろしくお願いしますわ……!」

「魔力過剰充填、【手当て】」

 

 とりまリジェネでじっくり癒やす。やがてHPが全快し肌艶は取り戻したものの、ラフィさんの瞳は未だ暗く淀んでいた。

 魔力も吸われているのだろう。彼は魔力欠乏症を発症していた。こうなると、しばらく休ませるしかない。

 

「嘘だろオイ……お前ほどの男が、なんで……?」

 

 ウィードさんの疑問に応えるように、ラフィさんは緩慢な動作で冒険者達を見た。

 イケイケのリカルトさん。性欲お化けのウィードさん。夜戦に自信ニキの冒険者達。

 そして、未だ純潔を保っている童貞達と目を合わせ、彼は口を開いた。

 

「お、お前等、よく聞け……」

 

 そして、一言。

 

「淫魔に、主導権を握らせるな……!」

 

 ガクッ。

 言い残し、ラフィさんは意識を失った。いや、眠ったのだ。

 淫魔によって絞り尽くされた彼は、とても安らかな寝顔をしていた。間違いなく、天にも昇る経験をしたのだろう。

 その上での、あの言葉という訳だ。

 

「おいおい、嘘だろう……?」

「銀細工のラフィが……」

「“剛剣”のラフィが……」

 

 広い待機所に、冒険者達の戦慄が浸透する。

 やがて、畏怖と敬意と僅かな羨望を飲み込んで、男達は確信した。

 

「「「()られたッ……!」」」

 

 ここが、狩場である事を。

 

 

 

 残念ながら、あるいは幸いなのか。

 交流会期間中、仮カップル間での吸精は推奨されずとも許容されている。その事は両者合意の上で参加してきたはずだ。

 つまるところ、誰も悪くはない。悪くはないが、やり過ぎではあった。

 

 時に、淫魔という種族は、位階によって持ち得る力に格差がある。

 大淫魔は中淫魔より強く、小淫魔は中淫魔よりも弱い。

 同じく、精神力や忍耐力に関しても、小より大のが長けている。

 

 小淫魔といえど、雄の精を吸うのが本能であり、淫魔という種の本懐だ。

 ともすれば、小淫魔は大淫魔よりも容赦なく精を吸う。経験が乏しいなら、尚の事。加減が分からず自制もできず、欲望のまま思い切り力いっぱい吸っちゃうのである。

 

 後に、件の淫魔は運営側の淫魔騎士から事情聴取を受けた。

 絞り過ぎてはならないと、講習で習ったはずである。なのに、何故にすっからかんになるまで吸精をしたのか。

 その問いに、当の淫魔は……。

 

「ヤバいと思いましたが、性欲を抑えられませんでした」

 

 と、答えた。

 

 淫魔の吸精? 言うて相手は下級魔族っしょ? 生命力くらい、多少吸われても何ともねぇわ。

 そう、高をくくっていた銀細工は、弱いはずの小淫魔によって絞り尽くされてしまったという話だった。

 

 つまり、こうだ。

 

 精が出るなら、搾れるはずだ。

 例え、相手がマグロになったとしても。

 乳食系淫魔は止まらない。

 

 そこに、怒張陰茎(やま)があるならば。




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覇道幼女

 感想・評価など、ありがとうございます。いつも励みになっています。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は最後だけ三人称。
 よろしくお願いします。


 異世界人の朝は早い。

 それは交流会中の貴族屋敷でも変わらないようで、空が白み始めた頃には皆さん起床していた。むしろ俺が一番遅かったまである。

 

 ところで、交流会に使わせてもらっているラース邸の敷地は広大である。感覚的には、俺が通っていた高校くらいの面積があるように思う。

 普段からこの屋敷で他国の貴人を招く事もあるらしく、滞在中の生活には全く不便がなかった。

 

「ふん! ふん!」

 

 早朝、そんな屋敷の中心にある広い中庭にて。

 俺を含めた冒険者達は、各々半裸になって武技の鍛錬をしていた。

 

 並んで素振りをする剣士。魔法の制御訓練をする魔術師。武器を使わず、軽く組手をする男達もいた。

 弾ける筋肉。飛び散る汗。彼等こそザ・肉体派の職業冒険者のトレーニング風景だ。

 

「「「ほわぁ~♡」」」

 

 そんな男共を、屋敷付きのメイド淫魔が眺めていた。その瞳は性欲に塗れている。

 この程度、もう慣れっこである。襲ってこないのは分かっているので、気にするだけ無駄だ。他冒険者も同じなようで、彼等は男子校のノリで鍛錬に励んでいた。

 朝日と共に汗を流す冒険者達は、とても爽やかだった。元気いっぱいである。

 

「おいっす~! 俺も練習しに来たぜ~!」

 

 そこに、動きやすいよう半裸になったラフィさんのエントリーだ。

 例の吸精後、限界まで痩せていたラフィさんだが、今はすっかり元気を取り戻していた。流石銀細工というべきか、半日も休んだら元の筋肉量まで復元したのである。

 

「おぅ来たか! お前こっち来いよ! 今ぁ拳闘やってんだ!」

「おっ、なんだなんだ? 拳なら俺に勝てる気かお前? やってやろうじゃねぇかよこの野郎!」

 

 今現在、彼は例の黒髪淫魔との仮カップルを解消し、交流会に再出撃していた。

 振られた淫魔はショックで引きこもっているとか聞いたが、ちょっと可哀想だが自業自得である。

 

 ラフィミイラ化事件から、約一週間。

 あの一件で吸精のヤバさが判明した事により、良くも悪くも浮ついていた冒険者は帯を締め直す事を余儀なくされた。

 てっきり吸精後の惨状を見て怯えるものと思っていたが、多くの冒険者はむしろ燃えているようだった。訳も分からずもてなされていた気分が抜け、一人の戦士として相対する心構えにシフトしたのである。

 

「なぁ、お前んトコはどうなんだよ。こっそりヤッてんじゃねぇだろうな?」

「してませんよ」

「へっへっへっ、ならお前の卒業はしばらくお預けか。終わったら酒奢ってやるよ」

「いいですって、そういうの……」

 

 その甲斐あり、試験以降は多くの仮カップルが成立した。

 リカルトさんもウィードさんもお相手をゲットし、ここ数日は各々デートや食事を重ねて極めて健全な交流をしているようだった。

 一罰百戒ならぬ、一抜百快か。いや違うか。ともかく、吸精ミスでカップルを解消された淫魔を見て、他淫魔も慎重になっているようだった。ラフィさん以外、交流会中に吸精が行われたという報告も上がっていない。

 

「いやぁ、ラフィん時はちとビビッたがよ。やっぱ淫魔ってなぁ良いもんだぜ。お前も早く相手見つけとけよな!」

「いえ、自分は、その……」

 

 ちなみに、未だカップルを組んでいない童貞はトリクシィさんとミラクムさんだけである。非童貞を含めても、残ってる男はごく少数だ。

そう、彼等以外の童貞は卒業間近であった。陰キャ淫魔にロックオンされてた童貞魔術師君も、今では彼女とラブラブ読書デートなんかをしちゃっている。ありゃお互い惚れてるね。吸精云々じゃなく、気の合う相手ってのが一等良い。

 

「ミラクムはどうだ。別に怖がってる訳じゃねぇんだろ?」

「そうですね。一党に加わってもらうかは置いておいて、お誘いしてみてもいいかもしれませんね。どうなるにせよ、安全に吸精されるのは良い経験になると思うので」

「ほう。思ってたよりゃあ積極的なんだな」

「ご存じありませんか? ラリス軍の一部は新兵に度胸をつけさせる為に淫魔の吸精を受けさせるんですよ」

「お、おう」

 

 なんて話をしつつ、冒険者達はスポーティな汗を流していた。

 災い転じて何とやら。ガチになった冒険者達にとって、あの事件は良い結果をもたらしたようである。

 

「ふっ! はっ! やぁーっ!」

 

 そんな中、俺は中庭の芝生スペースで長くて硬い棒を振り回していた。刺突ではなく打撃武器の方である。

 これは以前ドワルフに注文した鉄棍という武器で、見てくれは闇堕ちした如意棒って感じ。使い方は銀竜道場で習った槍術を応用できる。

 ガゥンガゥンと風を薙ぎ、円弧を描いて技と成す。持ち手付近で受け流し、半回転から打突と蹴撃。先端を持って叩きつけ。引き戻してから構えに移る。

 

「ふぅーっ……!」

 

 深く長い呼気ひとつ。いざ握ってみての感想だが、この棍という武器種はべらぼうに扱いやすかった。

 攻撃属性こそ打撃で固定されてしまうものの、ガードも突きも薙ぎ払いも、おまけに蹴りや掌系スキルまで使えちゃうのは素直に感心である。武器種補正で火力こそ高くないが、対応力の高さには目を見張るものがあった。

 もし、俺が最初に持った武器が剣じゃなくて棍だったら、ずっとこれ使ってた気がする。気分はまさにメテオかキリクかテュオハリム。くるくる回せばアクションスターだ。今にも魔法猿な曲が聞こえてきそうである。

 

 

 

◆対人棍・雷式◆

 

・物理攻撃力:550

・属性攻撃力:250(雷)

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:武器防御

・補助効果3:魔法装填(雷の鞭)

・補助効果4:魔法装填(極大治癒)

・補助効果5:魔力伝導阻害(小)

・補助効果6:打撃強化(大)

 

 

 

 性能としてはシンプルに雷属性の打撃武器といった感じ。特徴的なのは、この武器を使った時の仮想敵が魔物ではなく人類ひいては再生能力持ちの種族であるところだ。

 基本的に、魔族や竜族には打撃属性が通りやすい。別に両者の弱点属性が打撃であるという訳ではなく、再生能力のある魔族からすると下手に斬ったり貫いたりされるより打撃属性で骨や肉を潰された方が再生コストがかかるからだ。

 何となくだが、綺麗な骨折より複雑骨折のが完治までに時間がかかるのと似た原理だと思う。同じく、雷属性も再生対策だ。エリーゼの呪詛ほどではないが、電気ビリビリは相手の再生能力を阻害するのである。

 要するに、首切って死なない奴を斃すには、殴って蹴ってMPを消費させるのが肝要なのである。その為の打撃。あとその為の雷?

 

「はぁっ!」

 

 棍という武器を扱うには、戦士と武闘家の複合ジョブである“棒術士”に就く必要があった。現状、棒術士のレベルは未だ低いが、そのうち専用スキルも覚える事だろう。

 無月流とモーションアシスト。それに加えて各種武闘家スキルにより、今の俺はかなりの悟空ポイントを誇っている。

 いくつになっても長い棒を振り回すのは楽しいもんで、よりいっそうトレーニングに熱が入るというものだ。

 

「主様は勤勉じゃの~、ほんに」

「当然でしょう? 私達の王なのだから」

「ボク達も見習わないといけませんね」

「え~、もう全部ご主人ひとりでいいんじゃないッスかぁ?」

「冗談言ってないで続きするわよ」

 

 まぁ、訓練を頑張る一番の理由は、溜った性欲を紛らわせる為なんだが。

 鉄の棒で己の棒を慰めているのである。

 

「ふっ! はぁ! ハイーッ!」

 

 とにかく、気合は十分だ。

 今日はお見合い最終日。多くの仮カップルこそ成立したが、双方余った人もいる訳で。

 胸張って大成功と言えるように、今日も警護を頑張る所存である。

 

 紅組も白組も、頑張って欲しいところ。

 

 

 

 

 

 

 時は流れてその日の夕方。

 最後の交流会が終了し、俺達はラース邸を離れる準備を整えていた。

 ここで、交流会参加者は二手に分かれる事となる。仮カップル成立組と、それ以外の参加者。要するに、今馬車に乗ってる人等は誰とも組まなかった参加者達である。

 

 本日の交流会が最後の最後というのもあってか、これまでカップリングを渋っていた冒険者達もようやっと組を作る気になったようだった。

 童貞貴族であるミラクムさんは、最も戦闘に意欲のある淫魔を指名していた。選ばれた淫魔はハッピーハッピー米津みたいに喜んでいた。

 

 他方、淫魔視点だと垂涎童貞であるトリクシィさんは、最後まで誰も指名しなかった。

 残り少なくなった会場で、彼は頑なに貞操を守っていた。終わり際、恐らく終始トリクシィ一点狙いだったっぽい淫魔さんはこの世の終わりのような顔をしていた。強制できるものではないので、仕方ないと思ってもらうしかない。

 

 ともかく、開始当初はヒヤヒヤしたものだが、結果的には多くの仮カップルが成立した。

 後は両者の努力次第である。ひとまずは成功とみていいだろう。

 

「では、よろしくお願いします」

 

 トリクシィさんを筆頭に、誰とも結ばれなかった冒険者全員が馬車に乗り込んだ。

 行きは何台か並んでいた馬車も、帰りは壱台だけである。護衛に就くのは俺の一党と御者淫魔兵だけだ。

 俺達も空戦車に乗り込み、これにて出発準備は整った。

 

「ところで、イシグロさん、ヴァレフォリエさんを見かけませんでしたか?」

「ヴァレフォリエさん、ですか?」

 

 すると、お見送りのニーナさんが話しかけてきた。

 ヴァレフォリエって誰やと思ったが、どうやら以前ラフィさんを搾り尽くした黒髪淫魔の事らしい。

 初日以降、彼女は振られたショックで引きこもってしまい、後の交流会にも参加しなかったそうである。話によると、撤収すべく部屋を見てみると彼女の姿が無かったというのだ。

 

「誰も見てないんですか?」

「ええ。淫魔兵達は会場周辺を警戒していましたし、侍従達も部屋には入っていないようで……」

 

 その話を聞いて、俺の頭は某名探偵漫画の全身黒タイツと化した彼女を想像してしまった。

 動機は男女間の怨恨あたりか。やらかしたのは確かとはいえ他の女になびくとは何事かと、そんな感じでラフィさんの新しい相手を襲うつもりなんじゃあないか。

 

「それは……十分に考えられますね。暴走して交流会を壊そうとするかもしれませんし、捜索側の増員を要請した方がいいですね。イシグロさんもお気をつけて」

「はい」

 

 という憶測を話すと、ひとまず捜索しつつ警戒を厳にするという方針に落ち着いたようだ。

 キレると後先考えずに行動しちゃいがちな異世界人、何も起きなきゃいいけど……。俺は杞憂を振り払い、冒険者達の護衛に集中した。

 

「次の交流会、あるッスかね~」

「どうでしょう。二回目があるとすれば、もう少し良くなるとは思うわ。見直すべき点はあったもの」

「例えば、どんなところでしょうか?」

「まず、淫魔兵との距離感でしょうね。あれでは交流会の前に参加者との間に関係を作ってしまうかもしれないでしょう?」

「あり得る……というか、それもう起こってそうじゃな。そのへんどうなんじゃ、ルクスリリア」

「ッスね~。アタシは沈黙しとくッス。淫魔に蹴られたくないんで」

「あら、心当たりがあるのね……」

 

 夕暮れの道を、馬車と戦車が走っていく。

 ラース邸とホテル・乳鮑は近いので、夜までには余裕で到着する見込みだ。

 沈みゆく夕陽を眺めながら、俺は交流会期間中の出来事を思い出していた。

 

「一応、進展はあったな……」

 

 思い返すのは、グラマ・ラース公爵から聞いたお話の内容。

 護衛の仕事をしつつ、俺達はラース邸でもルクスリリアの病について調べていた。

 これこれこういう事があって、何か知っている事はないかとラース公爵に訊いてみたら、思いがけず新情報を得る事ができたのである。

 

 曰く、グラマ・ラース公爵は、とある淫魔英雄の娘であったらしい。

 そしてグラマさんの母君もまた、吸精に対してはさほど関心を持っていなかったというのだ。

 

 グラマさんの語るところによると、若い頃の先代ラース公爵は他の淫魔同様に男のケツもといチンチンを追っかけ回していたようだ。

 しかし、第二次魔王戦争が終わると、以前とは打って変わって吸精を好まなくなったというのである。

 

 吸精への興味が失せた代わりとでもいうように、彼女は何かの魔術の研究に没頭するようになった。

 その熱意たるや鬼気迫るものがあったらしく、生存に最低限必要な吸精以外を受け付けない程であったとか。

 また、研究内容についても、娘であるグラマさんにさえ明かさなかったらしい。

 

「恐らくだが、契約魔術について研究していたのだろう。それ以外はてんで分からなかった」

 

 と言って目を伏せたグラマさんは、郷愁に浸って……いた訳ではなく、俺の股間をガン見していた。無反応でごめん。

 それはともかく、可能なら件の研究資料を見せてくれないかと頼んでみたが、それはできないと言われてしまった。

 

 というのも、ある日グラマ母は研究資料の全てを女王に献上し、娘に別れを告げて何処かへ旅立っていったというのだ。

 その日以降、グラマさんはグラマ・ラース公爵となった訳である。

 

 お話のお礼を申し出ると、礼には及ばぬと返された。

 ラース公爵程にもなると、俺のような普通のヒトオスとお話できるだけで嬉しいらしい。何というか、若い見てくれで老成したお人だった。

 

「ええ、一歩前進といったところね」

「公爵様が良い人でよかったのじゃ」

「いやぁ、なんか悪いッス」

「焦ってませんね、ルクスリリア」

「ん、そッスね」

 

 一旦、これまでの情報をまとめよう。

 歴史上、吸精に興味のない淫魔が存在する。彼女達はルクスリリア同様に味覚障害を患っていたのではないかという仮説。

 先代ラース公爵も吸精に無関心な淫魔で、また彼女は生まれつきではなく後天的に吸精への興味を失った。特殊淫魔になったのは戦後らしいので、それに至るまでに何か原因があったものと思われる。

 特殊淫魔とルクスリリア。味覚の消失は置いておいて、確定している共通点としては彼女等は後天的に変質したという点だ。

 

 突然の変化。まるで淫魔が変わったように、エロではなく学問に没頭した先代ラース公爵。

 王城には彼女が残した研究資料が残されているらしい。解決に繋がるかどうかは分からないが、これが手がかりになる可能性はそれなりに高い気がする。

 何にせよ、エリーゼの言う通り一歩前進である。焦るな、焦るな。少しずつ解決していこう。

 

「ふぅ~、到着~ッス! やっぱ空飛びてぇッスわ! 多分、ラザニアもそう思ってるッス!」

「護衛だからね、しょうがないね」

 

 そうこうしていると、俺達は陽が沈みきる前にホテルに帰還した。

 行きと同様、入口前には淫魔従業員達が整列していた。お見合い交流会こそ終わってしまったが、家に帰るまでが遠足だ。従業員淫魔にとっては最後のチャンスになるかもしれないのか。

 

「「「おかえりなさいませ♡」」」

 

 元気いっぱいな淫魔とは対照的に、戻ってきた冒険者達は若干疲れているようだった。今や美女のお出迎えに反応できるほど浮かれてはいないっぽい。

 中には例のラフィさんお絞り事件がトラウマになってる冒険者もいるのだ。こればっかりは仕方ないだろう。

 

「おかえり、トリィ君♡ 大丈夫でしたか? 怖い思いしてませんか?」

「うん……大丈夫」

「じゃあ♡ 約束通り、一人で馬に乗る方法を教えてあげますね♡ 牧場で一緒に走りましょう♡」

「た、楽しみです……えへへっ」

 

 そんな中、トリクシィさんは例のお姉さん淫魔兵と再会して屈託ない笑みを浮かべていた。

 あー、はいはい。そういう事ね。だから頑なに誰も指名しなかったのか。運営的には何とも言えないが、私人としてはアリだと思うよ、うん。

 

「お疲れ様です、イシグロさん。よくぞご無事で」

「はい。お疲れ様です」

 

 アイテムボックスに戦車を収納していると、生真面目な軍人淫魔さんが話しかけてきた。

 再会の挨拶もそこそこに、そのまま互いの状況を説明する。一通り話し終えたところで、俺はさっきから気になっていた事を訊いてみる事にした。

 

「あの、前より淫魔兵の数が少なくないですか?」

 

 実際、以前宿泊していた頃と比べると、入口にいる淫魔兵の数が減っているように思う。中にいるのかもしれないが、淫魔に限ってそれは考え難い。

 その事を問うてみると、彼女は僅かに声を潜めて云った

 

「現在、淫魔兵の多くは郊外に出払っております。最近は民の行方不明事件や野生動物の暴走などがありましたから、国境付近を中心に国内の警備を更に厳重にしているんです」

「なるほど」

 

 どうやら、行きの時に勃起豚に襲われた事を鑑みて警備を増員してくれたそうだ。判断が早い。

 ホテルに戻った冒険者も少ないし、彼等の警護自体には問題ないだろう。

 

 交流会参加者は一旦ホテル組とラース邸組で分かれたが、帰りは一緒という事になっている。

 なので、彼等にはしばらくここで待ってもらう予定だ。俺の護衛もホテルの淫魔兵にお任せなので、しばらくはお休みである。

 

 この間にルクスリリアママに挨拶しようと思ったのだが、娘曰く彼女の母はケフィアムから少し距離のある牧場に住んでいるようで、挨拶は交流会が終了してから参加者をラリス王国に送り届けた後という話になった。

 出来ればそれまでにルクスリリアの病を何とかしたいところだが、ちょっと難しそうか。

 

「しゃあ! ようやく休みッスね! 遊ぶッスよ~! せっかくッスし、アタシがケフィアムを案内するッス!」

「それは有難いですけれど、いいんでしょうか?」

「のじゃ。わしとしては一刻も早く治療を……」

「今考えても仕方ねー事ぁ今考えるべきじゃねーんス! とりま、名所巡りッスね! 競馬場は行ったから、後は……」

「能天気ねぇ、貴女……」

「元気なのが一番だ」

 

 そんなこんな、俺達は皆が戻ってくるまで英気を養う事にした。

 人いないし、ホテルのプールとか貸し切りなんじゃないか。ちょっくらひと泳ぎするか。

 

 もうすぐ交流会も終わるし、競馬場からこっち警戒続きだったのだ。

 少しくらい、遊んじゃってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 広く、暗く、無機質な静寂に満ちた部屋だった。

 

 光も届かぬ部屋の中心に、得体の知れない円筒状の物体があった。

 凡そ、大きさは平均的な男性を覆えるほどで、筒の継ぎ目からは胎動するような光が明滅していた。

 

 静寂と暗闇の中心で、ソレはただ存在していた。

 その様はさながら、羽化を待つ蛹のようで。罪人を閉じ込める檻のようで。

 あるいは、災いを閉じ込めた禁忌の箱のようでもあった。

 

 一条、静かな暗黒に光が差す。

 かつん、かつん。開かれた扉から、硬質な靴音が近づいてくる。

 光から闇へ。長い影が伸びていた。

 

 影の正体は女だった。黒い髪に、獣の耳。逆光に隠れるはずの双眸は、異様な程に爛々と輝いている。医療従事者を思わせる外套は、彼女の心根とは真逆の色をしていた。

 その背では、三つの尾が揺れていた。

 

 やがて、女は明滅する円筒の傍まで来ると、その外殻に手のひらを触れさせた。

 瞬間、ほんの僅かに光の律動が変化した。それは心臓が早鐘を打つようであり、警戒する猫が毛を逆立てているようでもあった。

 その反応に気を良くしたのか、猫又の女は唇を歪め、喉の奥から声を発した。

 

「起きろ、十三番」

 

 命令と同時、円筒の外殻から圧縮された魔力が噴出した。

 それから徐々に、殻の継ぎ目が離れていく。眩い光が解放され、暗黒の空間が照らされた。

 身を焼く程の光の奔流。女の外套が翻る。膨大な力を感じ取り、猫又の笑みは更なる喜悦に歪んでいた。

 

「おはよう、十三番♡ 今日も素晴らしい日になるニャ♡」

 

 それは、醜き獣。継ぎ剥ぎの怪物。最強の忌み子。

 最後の名を、十三番。

 かつて捨てられし、新世界の扉。

 

 ()の成り損ないである。




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 前に感想欄とか設定資料で書きましたが、本作世界には地球で信仰されてるような神様はいません。一神教も多神教もありません。
 神という言葉は、「なんかすげぇの」とか「ヤバいの」くらいのニュアンスで使われています。転移神殿は、「転移装置があるすげぇ場所」です。
 別に設定を忘れていた訳ではないので、ごあんしんください。


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淫魔さんとの約束

 感想・評価など、ありがとうございます。いつも励みになってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


「う、美味ぇ! この氷菓(アイス)、キンッキンに冷えてやがる……! ありがてぇッス!」

「んむんむ、やはり乳の濃さが違うのぅ」

「はい! 味の種類も多いですし、こればかりは王都より明確に上かと!」

双形甘蕉(フタナリバナナ)味、美尻桃(びじりもも)味、芒果(マンゴー)味……どれも美味しいのだけれど、なんなのかしらねこの気持ちは……」

 

 ラース邸からホテルに戻り、数日の時が経つ。

 淫魔兵に警護の任を引き継いだ俺達は、淫魔王国唯一の都であるケフィアムを観光していた。

 美しく舗装された歩道に、色鮮やかな建物。常夢のケフィアムには、王都アレクシストとは違うどこか遊園地めいた魅力があった。

 上下左右、どの方向を見渡してもケフィアムはとても綺麗な街なのである。

 

「ご主人ご主人! あそこにあるのが観光名所の“真実の壁尻”ッス! あの穴にチンチン挿れて嘘吐きかどうか判断するんス!」

「嘘吐きならどーなんの?」

「すごい締め付けてくるらしいッス!」

 

 時折見かける妙ちくりんオブジェ以外は、マジで美しい街なのだ。これだけはハッキリと真実を伝えたかった。

 先ほど見た真実の壁尻を筆頭に、この街には謎のエロアートが沢山ある。そのどれもが無駄に高度で無駄に洗練されているのだから凄いというか何というか。

 

「あの銅像は初代淫魔女王ですか」

「見事な像ね、素晴らしい技術よ……」

「胸は立派じゃが、存外小さい御方じゃったんかの」

「んー、なんか古代の淫魔は今ほどデカくなかったらしいッスよ」

 

 一応、スケベ系以外の健全モニュメントも存在する。

 エロ方面にばかりに目が行くが、淫魔という種族は意外にも手先が器用でモノづくりが上手なのである。何故だかクリエイティブな国民が多いのだ。

 芸術以外もその通りで、畜産用に哺乳瓶を作っていたし、今俺達が食べている異世界アイスクリームも淫魔王国発祥だ。その他、ラリスの衛兵が使っているらしい魔封じの鎖や頑丈な手錠なんかも淫魔王国民が開発したそうである。

 

「へえ、生姜と牛乳でこんなにも美味しいお茶になるなんて……」

「お気に召して頂いたようで、いち淫国民として誇らしい気持ちです」

 

 ふと見ると、街角のお洒落なカフェで交流会を撤退した冒険者と護衛の淫魔兵が親しげにお茶をしていた。

 なんというか、淫魔兵は抜け目ないなと思った。押してダメだったから引いているのだ。性欲に流される乳職系淫魔と違い、彼女等は性欲を乗りこなしている。同じ小淫魔なのに、どうしてこうも差が出るのか。経験、性癖の違い?

 

 ちなみに、同じく交流会離脱組であるトリクシィさんは、今日も今日とて牧場で乗馬の練習をしているらしい。例によって、護衛のお姉さん淫魔兵と一緒である。

 ここ最近、彼は談話スペースで楽しそうに日刊馬トークを話してくるのだ。冒険者にしては珍しく貯金の多いトリクシィさんは、いずれ淫魔王国産の馬を購入するつもりであるらしい。

 イキりコートに刀に馬。彼の方向性が固まってきたような、ブレているような。何にせよ、彼が楽しそうで何よりである。

 

「乗馬かぁ。今度俺も体験してみようかな」

「ご主人様は馬がお好きなんですか?」

「なんかいいじゃん、馬」

「アタシも馬は好きッスよ」

「貴女は賭け事が好きなだけでしょう?」

「でも、アレは賭博目的じゃなくてももう一度観てみたいのじゃ」

 

 なんて話をしつつ、淫魔王国の都を散策する。

 ケフィアムはそこまで広くはない。貴族の住む区画を含めても、その面積は王都の半分も無かったりする。

 多くの淫魔はこの街で暮らしているらしいが、淫魔王国全体で見るとその領土の殆どは畜産関係で埋め尽くされている。ケフィアム近郊の牧場の場合、そこから通勤している淫魔も少なくないとか。

 

「あの公園の真ん中でグレモリアが派手にケツイキしてたッス!」

「そんなの教えてくれなくていいから……」

「けついき……?」

 

 楽しそうに思い出を語ってくれているルクスリリアも、ケフィアム生まれケフィアム育ちの都会っ子である。

 現在は牧場に住んでいるというルクスリリアママは、彼女が自立したと同時に引っ越してったそうである。以降は一度も会ってないという。

 

 ルクスリリア母への挨拶。覚悟こそしているが、それでもちょっと怖い。

 淫魔の思考回路的に、娘さんを性奴隷にしてますってのは全然悪い扱いじゃないのは分かっている。分かっちゃいるが、それでも彼女の母を前にどんな顔をすればいいというんだ。

 いずれ奴隷証を返すつもりであるとは、伝えるつもりだが……。

 

 現実逃避をするように、空を眺める。

 男根型の雲があった。

 なんでだよ。

 

 

 

 そうこうしていると、太陽の近くの空が赤みを帯びている事に気が付いた。

 さほど広くはない街でも、何かある度に立ち止まっていては時間などあっと言う間に過ぎていく。まんま観光旅行と同じ時間感覚だ。

 そろそろ戻ろうかと、俺達はホテル・乳鮑の方向へ歩いて行った。

 

「ん? あそこにいるの、ニーナ先輩じゃないッスか?」

「あらほんと」

 

 と、その道中で眼鏡淫魔のニーナさんと軍人淫魔さんの二人を発見。

 現在、ニーナさんはラース邸の警備をしているはずだが、何故かケフィアムの入り口近くで淫魔兵と何事か話していた。

 何かあったのかと思って見ていると、振り返った彼女と目が合った。話の続きを軍人淫魔さんに引き継いだようで、彼女はこちらに歩み寄って来た。

 

「どうも、イシグロさん。ケフィアム観光はどうでしたか?」

「ええ、大変素晴らしかったです。ところで、ニーナさんは何故こちらに?」

 

 ホテルの淫魔兵に仕事を引き継いでから、俺達は遊び呆けていたのである。勤務中の仕事仲間達と会うのはちょっと気まずい。

 話題を逸らすように問うと、彼女は常と変わらぬ柔らかな表情で返答した。

 

「本日が交流会の最終日となりますので、衛兵の方にそれを伝えに来たところです。ホテルの淫魔兵には伝達済みですが、イシグロさんにも共有を」

「そうでしたか」

「はい。今宵は最終決戦(・・・・)ですので、イシグロさんの側でも注意して下さればと」

「かしこまりました」

 

 彼女の言う通り、本日は異種間交流会の最終日である。

 この夜に何が行われるかというと、仮カップルから仮が消えるかどうかの一大イベントが発生するのである。

 真カップル成立の仕組みは単純で、どこぞのリアリティショーのように淫魔が冒険者に告白し、オッケーなら別室で吸精フィーバーとなるのだ。

 ちなみに、今宵の吸精は淫魔兵の監視付きだ。なので、ニーナさん達は万一の為に夜通し監視するらしい。

 

「ところで、ヴァレフォリエさんは見つかりましたか?」

「それが、まだ見つかってないんですよね……。ラース公爵の魔力探知にも引っかからないようで……」

「何か他に見つける手段はないんですか? 魔法とか」

「女王陛下なら淫魔王国民の居場所を把握する事もできるそうですが、迷子の為に謁見を申し出るのはどうなのかとグレモリアさん達は悩んでいましたね……」

 

 どうやら、以前言っていた行方不明淫魔の足取りはまだ掴めていないようだった。

 漫画脳の俺からすると、内側の監視も大事だろうがカップル不成立の淫魔の暴走をこそ警戒したいところである。

 これまた、会議段階で俺は吸精監視の任からは外されていた。ホテル・乳鮑を守らなくてはならないからだ。最後の夜だからと、過ちを犯そうとする淫魔がいるかもしれないのである。なので、今日の俺は夜勤だ。不眠ポーションを使う予定である。

 

「それは……ん?」

 

 別れの挨拶をしようとしたところで、何か門の方が騒がしくなっている事に気が付いた。

 門の方を見ると、淫魔兵が外の方に止まれ止まれと叫んでいた。“遠視”を使って見てみれば、遠くから馬が駆けて来るのが見えた。

 

「暴れ馬? いや違うな」

 

 よくよく見てみると、駆けてきている馬の背には人が乗せられているのが見えた。手綱を持っているのではなく、荷物のように人が運ばれているのだ。

 走ってる馬はむしろ背中の人を落とさないようにしている。角度的に顔は見えないが、その人の服には見覚えがあった。

 

「と、トリクシィさん!?」

 

 イキりコートのトリクシィさんである。彼は完全に意識を失っているようで、今にも落馬しそうになっていた。

 門に近づくにつれ、馬は徐々に速度を落としていった。大人しく止まってくれるらしい。俺は皆を連れて馬へと駆け寄った。

 

「すみません。彼は交流会の参加者です。こちらには回復手段があります。失礼」

 

 対処に惑っている門番を押しのけ、俺はぐったりしているトリクシィさんを馬の背から下ろした。ニーナさんと軍人淫魔さんが兵士達に事情を説明してくれて、門番さんは馬の方を対処していた。

 トリクシィさんに回復体位を取らせ、容体を確認する。目を瞑っている。意識がない。脈と呼吸に問題はない。ところどころ小さな擦り傷や打撲跡はあるが、そう大きな怪我はなさそうである。HPも余裕だが……。

 

「イシグロさん、回復魔法を」

 

 門番に説明してくれていた軍人淫魔さんが、エリーゼのチート治癒を要請してきた。

 何が何だか分からんが、ここで出し惜しみはしない。俺はアイテムボックスから王笏を取り出し、エリーゼに手渡した。

 

「エリーゼ」

「ええ。治りなさい(・・・・・)

 

 権能付きの完全回復魔法。ほんの一瞬、淡い緑色の光が彼の身体を覆う。

 ひとまず微弱に減っていたHPは全回復した。呻き声は聞こえるが、未だ彼の意識は戻っていない。

 続いて状態異常回復魔法。淡い光に包まれた後、彼は風邪でも引いているような緩慢さで瞼を開けた。

 

「トリクシィさん。聞こえますか? えーっと、頷けますか? 意識があったら頷いてください。難しそうなら瞬きを」

 

 声をかけるが、返事がない。ボーッとしていて、目の焦点が合っていなかった。

 まさか、精神疾患さえ瞬時に癒やせるエリーゼの状態異常回復に効き目がないのか?

 

「ニーナ先輩、これ……」

「失礼します」

 

 何か勘付いたらしいルクスリリア。続いて、ニーナさんが彼の眼を覗き込んだ。

 何事か呟きながら暫く彼を視診した彼女は、やがて目を丸くした。

 

「催眠魔法……! それも、淫魔の……!」

 

 その言葉に、俺を含め周囲にいた淫魔兵達は身体を震わせた。

 

「現在、彼は催眠にかかっています。それも、相当に強力な……危険な状態です!」

「え、それって……」

 

 淫魔による催眠。まさかあのお姉さん淫魔が? いやいや、今は犯人はどうでもいい。

 とにかく、エリーゼが回復させられないくらいにはヤバい状態な訳で、これを何とかするのが最優先だろう。

 

「ご主人、淫魔のガチ催眠はマジでヤベーんス! 回復魔法じゃどうしようもねぇッスよ!」

「ひとまず安全なところへ。催眠解除法は心得ています」

 

 淫魔兵が担架を持ってこようとしたが、それではあまりに遅い。俺はニーナさんの指示の下、トリクシィさんをおんぶして運んだ。

 抵抗しない身体は、思ってたより背負いにくかった。

 

「あれ?」

 

 トリクシィさんを背負っている間、何か違和感があった。

 そうだ、普段からトリクシィさんの腰にある刀がない。鞘がベルトに引っかかっているだけで、肝腎の刀が抜けていたのだ。

 つまり、あの怪我は戦ってできた傷なのか。抵抗していた? 何に? そもそも二人はとても親密だったのだ。催眠なんか必要かという話で。

 いやいや、これも今はいい。冷静になれ。エリーゼを見る。可愛い。よし戻った。

 

「ここにお願いします」

 

 門番の詰所に入り、言われるがままトリクシィさんを椅子に座らせる。

 彼は今なお正常な意識を取り戻しておらず、ぐったりと脱力していた。左右に崩れそうになるトリクシィさんの身体を、軍人淫魔さんが後ろから支える。

 

「支えておいて下さい。まさか、これを使う機会があろうとは……いきますよ」

 

 ニーナさんは至近距離でトリクシィさんと目を合わせた。彼女の双眸は紫色に発光している

 すると、徐々に彼の目に光が戻っていき、やがてキョロキョロと辺りを見渡した。

 

「あれ? ここって……」

 

 かなり怠そうだが、トリクシィさんは意識を取り戻したようである。

 安堵したところで、詰所に新たな淫魔兵が入ってきた。淫魔兵の隊長である。

 

「ここはケフィアムにある淫魔兵の詰所です。こちらのニーナさんが貴方の意識を回復させました。トリクシィさん、先程まで貴方は催眠状態にありました。何があったか、思い出せますか?」

 

 呆然とするトリクシィさんに、淫魔隊長が問う。

 その言葉を聞くと、状況を理解するなり彼は勢いよく立ち上がろうとした。

 

「ぐっ! 手を退けてください……!」

「落ち着いてください。まだ完全に解除されている訳ではありません」

「その通りです。思うように動けないのではありませんか?」

 

 立ち上がろうとしたトリクシィさんは、自分より力が弱いだろう軍人淫魔さんに取り押さえられていた。

 弱っているというより、身体が言う事を訊かないといった風である。とてもではないが、走るなんてできそうになかった。

 

「先ほども言った通り、貴方は深い催眠状態にありました。十全に動けるようになるには、もう少し治療が必要です」

「ですが……!」

「失礼。対象指定、【鎮静】」

 

 焦燥感に満ちているトリクシィさんに、淫魔隊長が指揮系スキルを使って冷静にさせた。

 やがて落ち着きを取り戻したトリクシィさんは、半ば強引に呼吸を整えはじめた。流石、ギルドが認める天才剣士である。

 

「問題解決の為、我々に説明して頂けませんか?」

「はい……」

 

 呻くような返事の後、彼は今に至るまでの記憶を思い出すように言葉を紡いでいった。

 

「……夕方になる前だったと思います。自分とヴィーネさんは、彼女の実家である馬産牧場に行っていました。そこで乗馬の手解きを受けていたところ、自分とヴィーネさんは襲われたんです」

「何に襲われたんですか?」

 

 淫魔隊長の問いに、トリクシィさんは頭痛を耐えるような表情で答えた。

 

「淫魔です。小淫魔の群れ……」

「群れ……!?」

 

 その答えに、詰所にいた全ての淫魔の身体が硬直していた。最悪の状況を想像したのだろう。

 それで刀を抜いたのか。お姉さん淫魔に貪られるとか、そういう同人エロゲみたいな展開という訳ではなさそうだが。

 

「彼女達には言葉が通じず、抵抗の為にヴィーネさんと共に交戦しました。ですが相手の数が多く、彼女は自分を逃がす為に……!」

「治療にはもう少し時間が必要です。放置しておくと、重篤な後遺症が残る可能性があります」

 

 話をしていきり立ったか、再び動き出そうとするトリクシィさんをニーナさんが宥めた。

 

「彼女達はまともじゃなかったんです! 同族であるヴィーネさんにも攻撃を! は、早くしないと死んでしまうかも……!」

 

 淫魔の群れに襲われて、ヴィーネさんという護衛のお姉さん淫魔に逃がしてもらった。この状況、彼の視点だと今すぐ救援に行きたいところだろう。

 しかし、いくら戦闘力が上であっても、トリクシィさんは淫魔の催眠魔法を耐える事ができなかった。催眠魔法は精神耐性の補助効果や耐性ポーションで無効化ないし軽減できるのだが、彼はその手の対策アイテムを持っていなかったようである。

 

「隊長、どうなさいますか」

「偵察に行きたいところだが、この場の淫魔兵だけでは心許ない。そも、どのみち淫魔じゃ気付かれる。行くなら少数精鋭が望ましいが、ニーナさんは……」

「私が行きたいところですが、彼の治療は大淫魔の私しか不可能かと」

「騎士様を呼ぶには時間がかかるか……」

 

 まとめると、隊長もトリクシィさんも残された淫魔兵を救いたい。だが戦力が無い。ニーナさんは無理。騎士を呼ぶには時間がかかる。

 と、そういう状況な訳だ。

 

「ルクスリリア」

「ご主人なら大丈夫ッス」

 

 ここは、俺が名乗り出るべきではないだろうか。

 冷たいと言われるかもしれないが、こういう時に俺は他人の危機感や焦燥感に共感できない。天の助ではないが、「大変だねアンタら」とか思ってしまう。

 トリクシィさんがロリなら形振り構わず助けただろうが、そうでないならリスクを負う気になれはしない。俺と彼は友人だが、逆に言うとそれだけでしかないのである。

 だが、交流会運営側にいる俺としては、これは結構な問題な気がする。今すぐ解決すべき課題だと思う。なら、俺は部外者じゃないだろう。

 

 実際のところ、今すぐ偵察に向かう事が正しいのかどうかなど、俺には全く分からない。

 けど、そうなるならば、乗ろうと思った。

 

「すみません、よろしいですか?」

 

 淫魔隊長に、俺は声をかけた。彼女も俺の戦闘力を知らない訳ではないだろうに、立場上言い出せなかったのだと思う。

 幸い、俺はガチガチに精神耐性を固めているし、ルクスリリアからの太鼓判もある。万が一の為に、各種ポーションも揃えてあるのだ。

 運営としての義務。それから、薄情ながら彼への友情もほんの僅か。

 

「斥候の護衛なら、私にお任せいただけませんか?」

 

 あくまで、俺は斥候の護衛という役割。淫魔兵の指示には従う所存である。

 そう申し出ると、淫魔隊長は暫く思案した後に決断した。

 

 これより、二人が襲われた現場を偵察しに向かう。

 可能なら、お姉さん淫魔ことヴィーネさんを救出する。

 

「イシグロさん、ヴィーネさんのこと、よろしくお願いします……!」

 

 薄情だからこそ、冷静に遂行できる確信があった。

 

 

 

 

 

 

 鮮やかだった夕焼けが、暗い夜に変わる頃。

 俺達はトリクシィさんの襲撃現場を探る為,、全速力で淫魔王国の空を移動していた。

 

「皆、大丈夫か?」

「大丈夫ッス」

「なんだか不思議な気分だけど」

「むしろ楽じゃな、これ」

 

 ケフィアムから牧場まで、空中移動ならそう何分もかからない。なので、俺とグーラはラザニアに乗り、他の飛べる組をラザニアの角に括りつけた縄で牽引していた。

 時速百キロオーバーで飛ぶヘラジカに、縄で引っ張られてるロリ三人と淫魔兵。何となく、ウェイクボードみたいだなと思った。

 

「ヴィーネの牧場はそろそろです。何か見えますか?」

「誰もいないように見えますが」

 

 メンバーは俺の一党と斥候役の淫魔兵。斥候役に選ばれたのは、同じく交流会運営の軍人淫魔さんだ。

 曰く、彼女とヴィーネさんは同い年の同期であるらしい。

 

「ここからは徒歩で移動します。一旦降りましょう」

「はい」

 

 軍人淫魔さんの指示に従い、牧場から死角になるところで着地。ウェイクボード組も自身の浮遊能力を駆使して軟着陸した。

 一度遠くから牧場を観察した後、俺はこの場の全員に各種隠形系魔法をかけ、現場に足を踏み入れた。

 

 風通しの良い牧場内は、不気味な静寂に満ちていた。

 コソコソと隠れながら牧場の周りを探してみたが、罠や伏兵は見つからなかった。到着からこっちレーダーに感はない。目視でも淫魔はいないように思える。グーラとイリハの鼻にも反応はないようだ。

 

「変な魔力が滞留しているわ。不自然なくらい純粋な……」

「芝生が踏み荒らされています。この足跡は、剣士の踏み込み? 片手剣の足捌きのように思えますが……」

「家畜の匂いは……まだ居るようじゃの。何でじゃ? 普通、馬なり何なり盗んでくもんじゃろ」

 

 牧場の中、恐らく馬の放牧地であったところには、強く踏み込んだ人の足跡や魔法の痕跡などの争った形跡があった。

 ここにウィードさんがいればコールドリーディングができただろうが、軍人淫魔さんにそれは出来ないようだ。これまではステアップの為に純戦闘系ジョブを伸ばしていたが、今後の為に斥候系ジョブも伸ばした方がいいかもしれない。

 そんな事を考えつつ、俺は慎重に辺りを捜索した。

 

「これは……?」

 

 ふと、暗視ポーションで鋭敏になった視界に、見覚えのある物を発見した。

 手に取ってみると、それはトリクシィさんの愛刀だった。周囲の芝生にはところどころ焦げている箇所があり、ここでは特に激しい魔法合戦があった事が分かる。

 

「イシグロさん、これを見て下さい」

 

 見ると、軍人淫魔さんの手には半分に折れた短杖が握られていた。

 その杖の先端には、妙にファンシーなリボンが巻き付けてある。

 

「それは?」

「淫魔王国兵に支給される短杖です。このリボンは、ヴィーネがトリクシィさんから頂いたのだと自慢してきたモノで……奴の杖です」

 

 表情を変えずに言う軍人淫魔さんは、最後の方だけ声が震えていた。

 トリクシィさんを逃がして戦ったのだろうヴィーネさん。これを形見とは思いたくないが。

 

「探しましょう。皆、固まって」

 

 冷静な軍人淫魔さんに倣い、俺達は捜索を続行した。

 家畜小屋を除いてみると、そこには牧場で飼育されていたと思しき馬達がいた。皆、何かに怯えるように大人しくしていた。自主的に寝床へ戻っていたようだ。

 ヴィーネさんの実家にも入ってみる。牧歌的な家にそぐわない最新式の魔導コンロの上には、作りかけの夕食があった。半分だけ斬られた根菜の横に、包丁が無造作に置かれている。

 

 牧場には戦いの跡。馬は無事。家も荒されていない。

 この牧場には、淫魔だけがいなかった。

 

「目的は不明ですが、戦闘があったのは間違いありません。証拠も発見しました。一度、ケフィアムに戻りましょう」

 

 外に出ると、軍人淫魔さんは冷静に言葉を発した。

 こんな時でも、彼女は生真面目だった。目つきは鋭く、唇を硬く引き結んでいる。ただ、その瞳は友を害された怒りに満ちていた。

 

「ええ……」

 

 目的は偵察。可能なら現場の確認。最高の成果はウィーネさんの救出。だが、この牧場に人は居なかった。

 最低限の役目は果たした。いつトリクシィさんを襲った群れが現れるか分からない。もう戻るべきだろう。

 そう思った、その時である。

 

 レーダーに、敵反応。

 

 敵と味方で切り替わっていた暴淫魔の反応ではない。これは真っ赤な敵の印。魔物か、人類か分からないが、俺に害意のある存在が感知範囲のギリギリに出現したのだ。

 俺は敵からは見えない角度でルクスリリア達に手振りをした。敵反応。先制攻撃。目標は捕獲。

 ホント、備えあれば憂いなしだ。

 

「そうです……ねェ!」

 

 振り向き様、俺は居合モーションで無銘を投擲した。

 即座に反応した敵は、慌てて茂みから逃れた。翻る長い金髪、羊のような角。姿を現したのは、見知らぬ顔の淫魔だった。

 

「敵襲! 俺達でやります! 警戒を!」

「はい!」

 

 言うより早く、俺とグーラは駆け出していた。背中を向けて逃げようとする淫魔に、グーラの左手から鎖が射出される。相手は背中に目がついているように回避してのけた。だが勢いは減じた。追いつける。

 イリハに軍人淫魔さんを守ってもらい、俺とグーラで追い詰める。それでルクスリリアとエリーゼで捕獲する作戦だ。

 

「オラァ!」

 

 俺はアイテムボックスから対人棍を取り出し、水平に跳躍して馬上槍のように突き出した。

 振り向いた淫魔と目が合う。その虹彩は白く発光していた。戦う事を決めたのか、彼女は腰の小剣を抜いた。

 ギィン! 激しい火花、小剣で打突を受けられる。勢いそのまま流れるような連撃を見舞うも、淫魔は獣めいた体捌きで避けてくる。

 強い……というか、あまりにも速過ぎる。スピード云々ではなく、反応速度が異常だった。何となく、超反応するゲームのエネミーみたいな印象を受けた。

 

「はぁーっ!」

 

 死角からのグーラキックを、白目淫魔は文字通り倒れ込んで回避した。直前の体勢からして普通はできない動きである。次いで陸の魚のように跳び上がった白目淫魔は、片手と両足で着地した。

 

「相手が淫魔なら思いっきりいくッスよ! しゃあッ!」

動くな(・・・)!」

 

 追いついてきたルクスリリア達の魔法も、白目淫魔は異様なアクロバティックで避け続けた。無論、俺とグーラも攻撃しているが、その全てが回避される。

 危機察知チートでも持っているのか? ステータスは圧倒してるはずなのに、何故か相手を捉えられない。事実、白目淫魔のスピードは目でも脚でも余裕で追随できるのだ。なのに、これは何だ? 有体に言って気色悪い。知性ある戦士と戦ってる感じがしないのだ。

 

「ぐぅぅぅ……かぁッ!」

 

 大きくバックステップした淫魔は、ここで初めて攻撃姿勢をみせた。

 唸り、そして目を見開く。双眸の発光を強くして、イリハの後方にいた軍人淫魔さんを視線で以て射貫いた。

 

「くっ……! こ、これは催眠!? なぜ淫魔の私に……?」

 

 ビームのような眼光はイリハの結界を貫通し、モロに受けた軍人淫魔さんは金縛りにあったように硬直した。

 耐性ポーションのお陰で耐えているようだが、催眠されるのは時間の問題に見える。

 こういう時、対処法は教えられていた。

 

「イリハ!」

「失礼するのじゃ!」

「ぐぁ!」

 

 瞬間、イリハのヤクザキックが軍人淫魔さんを吹き飛ばした。交わっていた視線が強制的に剥がれる。これで大丈夫なはずだ。

 その間にも俺とグーラが殴りかかる。ムカデのように這って退避した淫魔は、再度目の光を強くした。次の狙いはルクスリリア。

 

「させないのじゃ!」

 

 ルクスリリアの身体に黄色いオーラが纏われる。イリハの深域武装から、状態異常耐性の守護霊を憑依させたのだ。

 これで無駄撃ちになった。すかさずエリーゼの拘束魔法が殺到し、回避しようとした白目淫魔の脚に絡みつく。

 

「仕留めたわ!」

 

 と思ったが、白目淫魔は自身の脚を切断して拘束を逃れてのけた。

 徐々に脚が生えてくる。いくら修復するとはいえ、痛いもんは痛いはずである。にも拘わらず、奴の表情に変化はない。それこそゲームのNPCのように、瞬き一つしない無表情のままだ。

 そういうトコも気持ち悪いが、(けん)に回って把握した。こいつ、そんなに賢くない。

 

「うぉおおおおおお!」

 

 俺は棍に装填された魔法の【雷の鞭】を発動し、両先端から雷属性の魔力紐を生じさせた。それから西遊記の悟空のように、棍を回転しながら白目淫魔との距離を詰めた。

 のたうち回る蛇のような挙動で、荒ぶる雷が地と空を焼く。淫魔はアクロバットを止めて距離を離そうとしている。

 

「はっ!」

 

 瞬間、回転の勢いを乗せて大きく棍を振り上げた。上から下へ、制御された雷の嵐が構える淫魔に迫り来る。その軌道は、僅かに左に寄っていた。

 予想通り、淫魔は回避しやすい方向へ身体を翻した。体捌きの起こりを見て、雷魔法を解除する。要するに、これは単なるフェイントだ。こいつは駆け引きができないのである。

 

「やぁ!」

 

 大袈裟に避けた淫魔の横腹に、グーラの炎雷ライダーキックが炸裂する。吹き飛ばされた淫魔はイリハの籠状結界にダストシュートされた。

 白目淫魔を捕らえると、イリハは籠の出口を塞いだ。半透明の結界に、長髪の淫魔を閉じ込めた状態である。

 

「魔力過剰充填、【淫魔妖姫誘眠】!」

 

 身動きの取れない相手に、ルクスリリアの睡眠魔法をぶち込む。最後、俺に向けて眼光を放とうとした淫魔は、睡眠デバフに負けてガクリと意識を失った。

 

「イシグロさん、大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。お怪我は?」

「少し痛いですが、これくらい何て事はありません。それより……」

 

 軍人淫魔さんは無事そうだ。

 牧場に静寂が戻る。馬小屋から悲壮な馬の嘶きが聞こえた。

 

「それにしても、こいつ何者なんスかね?」

「淫魔兵ではないようだけれど……」

「なんだか気持ち悪い動きでした。まるで魔物と戦っているような」

「着てる服は平民に見えるのぅ。とりあえず、一旦解除するのじゃ」

 

 各々感想を言いつつ、俺達はテキパキと白目淫魔を拘束していった。

 縄に目隠しに口枷足枷。なんかハードめのSMプレイみたいになってるが、再生能力持ちはこうでもしないと動きを止められないのである。

 

「今回もイシグロさんに助けられました。兵士として不甲斐ないばかりですが、礼を言わせてください」

 

 ともかく、怪しい淫魔を捕らえて一歩前進と考えたいところである。

 念の為に他の敵反応を探した後、俺達はケフィアムに戻る事にした。

 

 お姉さん淫魔、助けてあげられなかったな。

 

 

 

 

 

 

 詰所に戻り、証拠付で状況を説明すると、どういう訳か事態は急変した。

 急いでやって来た淫魔騎士に白目淫魔を見せる。すると、彼女は驚愕の表情を浮かべた後に、

 

「王城まで来てください」

 

 と言ってきて、俺達と軍人淫魔さんは王城へ向かう事になったのである。

 

 証拠として、更に魔術的拘束を強めた白目淫魔も運んでいく。あれこれと指示を出す淫魔騎士さんは硬く強張った表情をしていた。

 眠っているトリクシィさんをニーナさんに任せ、それから俺達は淫魔騎士と共に王城に飛んだのだ。

 

「緊急だ。報告した襲撃の件である。陛下にお目通りを」

 

 王城に着くと、門番に止められる事もなく、俺達はアレよアレよと城の中に通された。

 俺は部外者で一党員は奴隷身分だが、今はそれどころではないらしい。先導する淫魔騎士はがっつり廊下を走っていた。

 すると、あっと言う間に目的地へ到着。謁見の間ではなく、淫魔女王の執務室である。

 

「失礼します」

 

 最低限のノックと声かけ。淫魔騎士がガチャリと扉を開けると、俺達も中に入った。

 その部屋は、何となくかぐや様の生徒会室に似ていた。豪華な執務机に、死ぬほど胸のデカい淫魔がいる。彼女が淫魔女王だろう。その他、側近っぽい淫魔騎士が一名。

 

「礼は結構。報告して」

 

 跪こうとする俺達を制し、淫魔女王は端的に命じた。

 未だ眠り続ける白目淫魔を床に置き、軍人淫魔さんが女王の命令に応えた。

 偵察実行に至る経緯から、牧場の現状。拘束されてる白目淫魔について。彼女は軍人らしい声量で報告した。

 時々、俺にも質問がきた。その都度、俺はエリーゼに教えてもらった礼儀作法を思い出しながら答えた。

 

「緊急事態だから、細かい挨拶とかは後ね。早速だけど、その子の容態を見せてもらえる? 皆はちょっと離れてて」

 

 命じられるまま、俺達は部屋の隅に移動した。

 拘束されている淫魔に、女王は無造作に歩み寄っていく。仰向けの白目淫魔の目隠しを外し、瞼を開けた。その時、淫魔女王の顔つきはいっそう険しくなった。

 

 登城の前、見るからに怪しい白目淫魔なんて持ってっていいのかと思ったが、淫魔騎士は何も言わない事で返答としていた。その時、俺は強いて追及の言葉を避けた。思ってたより、ヤバいのかもしれなかったからだ。

 どうやら、マジでヤバかったらしい。

 

「……皆、念のために武器を構えなさい」

 

 冷たい声。考えるより先に武器を握ると、彼女は魔力を操作しながら小声で詠唱した。

 女王の指先に魔法の光が灯った。それを白目淫魔の額に当てる。柔らかな光。パチッと、白目淫魔が目を覚ます。

 

「まさか……!」

 

 同時、淫魔女王は目覚めかけた白目淫魔の首を鷲掴みにし、勢いよく立ち上がって宙吊りにしてみせた。

 何事かと思って身構える。よくよく見れば、あの無表情から一転、覚醒した白目淫魔は他人を小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 

「あ~ぁ、見つかっちゃったか」

 

 それから、不気味な淫魔はこんな言葉を発した。

 拘束されている。身動き一つ取れない。追い詰められているはずなのだ。しかし、件の白目淫魔は軽薄そうな笑みを維持していた。

 

 ギリッと、女王は握力を強めた。長く綺麗な指が細首に食い込む。それでもなお、白目淫魔は余裕を失くさなかった。

 そして、淫魔女王は心底忌々しげな表情になり、吐き捨てるように低声を漏らした。

 

夢魔(インキュバス)……!」

 

 笑みを深める白目淫魔と、射殺すような眼光の淫魔女王。

 視線に圧力があるならば、両者の間には激しい火花が散っていた事だろう。

 緊張の糸が張り詰める。そんな中、白目淫魔だけが楽しそうに笑っていた。

 

復活(・・)したよん。今後ともヨロシク」




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・ルクスリリア
 イシグロの第一奴隷。現在、味覚障害を発症中。割と元気。

・ニーナ
 眼鏡っ娘ドM淫魔。大淫魔。現在、トリクシィを治療中。

・グレモリア
 小淫魔から生まれた中淫魔。元エリートのですわ庶民。現在、ラース邸にいる。

・ヴァレフォリエ
 ラフィを絞った黒髪大和撫子淫魔。現在、行方不明。

・ヴィーネ
 トリクシィの護衛であるお姉さん淫魔。トリクシィと実家の牧場で過ごしていたところ、淫魔の群れに襲われる。トリクシィを逃がす為に護衛対象を全力催眠。現在、行方不明。

・淫魔女王
 三代目。一番強い淫魔。魔術、とりわけ呪術や契約魔術に詳しい。催眠解除もお手の物。現在、怪しい淫魔を首絞め中。

・軍人淫魔
 真面目な淫魔。ヴィーネと同期の友人。

・白目淫魔
 虹彩が白く発光していた淫魔。イシグロ達を偵察しようとしたところ、交戦の末に拘束された。淫魔女王と首絞めプレイ中。



 今更ながら、軍人淫魔には最初から固有ネーム付けときゃよかったなって。


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淫国の女王

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称。
 淫魔女王視点、よろしくお願いします。



 淫魔に生まれ、齢十を過ぎた頃、彼女には自身の生まれた種族の絶滅が見えていた。

 故に、彼女は誉れと名を捨てて、沈みゆく国の女王になったのだ。

 

 当代の女王を謀殺し、有害な同族を抹殺し、人間族の王に首を垂れた。

 そして、禊として夢魔の血を根絶やしにしてみせた。

 

 ここまでして、やっと始める事ができたのだ。

 国家千年の計。

 淫魔を救う計画を。

 

 

 

 太古の昔、淫魔は被支配者層であった。

 無限の精を持つ夢魔(インキュバス)と、精を取り込んで生きる淫魔(サキュバス)。支配者層の夢魔が食料である精を供給し、被支配者層の淫魔が夢魔の代わりに労働する。

 一見、健全な共生関係のようだが、実際にそうはならなかった。偏に、両者の種族特性故に。

 

 淫魔にとって精は生きるに必要不可欠だが、夢魔にとって淫魔は必要不可欠な種族ではなかったのである。

 夢魔は他種族の女を孕ませて数を増やす。しかし淫魔を孕ませても、生まれてくるのは淫魔のみ。そうなれば、自然と下女の扱いなどぞんざいになる。

 要するに、生かさず殺さず管理される事となったのだ。

 

 権能により、夢魔はあらゆる種族の女を隷属させる事ができる。種族柄、女しか存在しない淫魔族は如何なる夢魔の命令にも逆らえない。

 凄惨なる略奪戦争。矢面に立つのは淫魔族。益を得るのは夢魔だけで、淫魔は雄を貪れない。反逆されないように、力の源である精の接種量を制限されていたのだ。

 常に飢えていて、ろくに腹を満たせない。戦争の駒として利用され、得られるモノはほんの僅かな食料のみ。

 当時、淫魔は文字通り汚れた床を舐めて生き延びていた。夢魔にとって、その光景は愉悦そのものであった。

 

 そこからの歴史は、この世界の多くの人が知っている。

 勇者アレクシオスにより、一人のはぐれ淫魔が救われ、やがて勇者率いる連合軍は夢魔の王を打倒してみせたのだ。

 

 こうして、淫魔は自由を得たのである。

 かつて勇者に救われた淫魔は、仲間を助け、数を増やし、やがて王となって国を興した。

 淫魔女王の統治によって、かつて蔑まれていた種族は見事に繁栄したのである。

 

 初代女王の死後、しかして淫魔は暴走した。

 これまで夢魔により制限されていた略奪戦争を、今度は自分達の為に起こしまくったのである。

 二代目淫魔女王は、同族達の願いを叶えてやったのだ。

 

 時に既婚者の男を誘拐し、嫁の目の前で輪姦(まわ)して搾った。

 時に傭兵として戦に参じ、軍旗をシーツにして敵将を搾り取った。

 時に、拘束吸精によって竜殺しを成した。

 

 有体に言って、当時の淫魔は世界中の種族から嫌われていた。

 在りし日の夢魔と同様に、いずれ滅ぼされるべき害悪魔族として見做されていたのである。

 

 そして、ついに始まった魔王戦争。

 後に三代目淫魔女王となる女は、信頼できる同志と結託し、タカ派の二代目淫魔女王を謀殺した。

 続く第二次魔王戦争では、ラリス王国への帰順を証明する為、スパイとして魔王側で参戦。魔王軍幹部・夢魔大公の首級を以て、正式に人類の仲間入りが許された。

 

 戦後、三代目淫魔女王の治世は、以前とは真逆の方向を向いていた。

 同意のない吸精の禁止。一方的な淫魔特性の行使の禁止。他国での誘惑行動全般の禁止。自ら進んで淫魔を縛る条約を結んでいったのだ。

 まず、性欲に狂う淫魔を大人しくさせる必要があった。偏に、淫魔という種族をこの世界に受け入れてもらえるように。

 

 淫魔女王の政治方針は、魔人種基準でも遠大なものであった。

 一言で言うと、淫魔という種の変革を成そうとしているのである。

 男を見るや即ハメ即実行という思考回路を破壊し、新たな価値観を芽生えさせる。教育と、代替わりによってだ。

 

 当座の課題として、世界中のお方々に淫魔を無害で有益な種であると認識してもらう必要があった。

 この方法として最も手っ取り早いのが、人類生存圏の守護を請け負う事である。ざっくばらんな言い方をすれば、人を守って良い子アピールをするという事だ。

 ラリスなんかはその筆頭であるし、リンジュ共和国やグウィネス部族連合もそのようにしている。

 

 しかし、淫魔にとって守護の任を全うする事は困難に思われた。

 そもそも、あくまで淫魔は他種族の雄に強いだけであって、魔物相手だと並みの魔族より脆弱なのである。悲しい哉、魔物は誘惑できないのだ。

 第一、淫魔王国が強くなる事に他国が良い顔をしない。「また戦争がしたいのか、あんた達は?」と思われてしまうからだ。場合によっては、内憂として今度こそ滅ぼされてしまうかもしれない。淫魔の天敵である鬣犬族はラリス王国とズブズブの関係なのである。

 結論、淫国が軍事力を売る事は不可能であった。

 

 なので、淫魔王国は食料輸出国としての道を歩む事となった。夜森人と同じ方針である。

 幸い、畜産なら得意だった。配合の相性は完璧に把握できるし、繁殖も自由自在。少量ながら、動物の乳からは精を摂る事もできるので一石二鳥だ。

 試行錯誤の末、淫魔王国は最高の畜産物輸出国の地位を確保できた。

 

 今の淫魔は大人しい。そうであれと教育される。

 時たまやってくる観光客や行商人、あるいは国が招いた人たちを食べて生きる。もちろん、両者同意の下で、決して絞り殺さないよう加減をする。

 出会って二秒で即吸精なんて思考回路の古淫魔は、見事に撲滅されたのである。

 

 女王が施策した淫魔の変革は、彼女の目論見通り順調に進んでいった。

 今の小淫魔は、動物の乳があれば生きられる。一度吸精さえできれば、子供を産む事だってできる。

 以前に比べると、淫魔全体の性欲も弱くなった。代を重ねるごとに理性の高い淫魔が増え、他国で生活できる程に大人しい淫魔も生まれてきた。

 間違いなく、淫魔は変わる事ができたのだ。そして、これからも変わり続けられる。

 

 だが、不満は溜っているようだった。

 本能だろう、淫魔は乳のみに生きるにあらず。やっぱり男の生精が欲しい。貴族ばかりズルい。庶民にも精を分けろ。

 そういった不満は、言葉にされずとも女王の耳に届いていた。

 

 言いたい事は分かるが、女王にだって言い分はある。

 貴族が吸精をするのは、小淫魔と違って乳だけでは飢え死にしてしまうからだ。貴族が死ぬと最低限の軍事力を維持する事ができず、早晩どこかのアホが攻めて来るかもしれないんだぞ。その時、ラリスが守ってくれると思っているのか。

 

 いくら福祉を充実させても、いくら娯楽を提供しても、いくら芸術に没頭させたとしても。

 結局、淫魔は男を求めてしまうのだ。

 

 制御しなければ夢魔の二の舞である。この哀れな種族が、世界の敵になってはならない。

 乳だけで生きられるとはいえ、暴走しない程度に雄は必須であった。かといって、国策としての大規模な吸精は許されない。それこそ軍事力が高まってしまうからだ。

 

 これには、淫魔女王含め国営に携わる全ての淫魔が頭を抱えた。

 条約により、淫魔が他種族の雄を購入する事は禁じられている。それは奴隷でも、死刑囚でも同様だ。

 他国に“吸精刑”という過去に実在していた刑の実施を提案してみてはどうかという案もでたが、却下された。それこそ他国にメリットがないからだ。罪人には色々と使いでがあるのだ。それをむざむざ淫魔に渡す理由がない。どだい、それでは淫国が流刑地扱いされてしまう。将来的に負の遺産になる可能性さえあった。

 

 個人の範囲で、条約に準じて上手に生きている淫魔は存在する。

 けれどもそれは知性と理性に優れた上澄み淫魔の話であって、多くの国民はそんな難しい事はできないのだ。

 

 何か、打開策はないか。

 だましだまし続けるのも、限界がある。

 もっと根本的な解決法が必要だ。

 

 そんな中、淫魔女王は天啓を得た。

 先の戦の大英雄、ラース公爵が残した研究資料によって。

 これで全てが解決するとは思えない。けれど、これなら理性の乏しい小淫魔にも希望はある。

 

 仮説、検証。

 結果、実験は成功した。

 淫魔剣聖シルヴィアナが、公爵の仮説を体現してみせた。

 

 あとは、これを誰にでも分かる形で証明すればいい。

 その為には、とにかく多くのサンプルが必要だった。

 

 他の種族にあって、これまでの淫魔にはなかったもの。

 今の淫魔に本当に必要なもの。

 

 即ち、()である。

 

 愛を知った淫魔こそ、この閉塞した種族を真に変革する事ができる。

 小淫魔だけではない。全ての淫魔にとっての希望が見えた。

 

 そんな矢先だった。

 

「復活したよん。今後ともヨロシク」

 

 悪夢の残滓が、追いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 拘束なり、封印なり、そういった手を使って夢魔を利用すれば、半永久的に精を供給できるのではないか。

 そう思っていた時期が女王にもあった。だが、不可能である。

 

 何故なら、ラリス王国が夢魔の存在を許さないからだ。

 否、ラリスだけではない。この世界のあらゆる種族が、夢魔が生きる事を許容しない。

 その憎悪に巻き込まれぬように、淫魔が奴等を根絶やしにしたのである。

 

 見敵必殺。仮に生き残りがいたとして、夢魔は見つけ次第滅ぼさなくてはならない。

 そう、人類平和条約で定められているのだ。

 

 ただでさえ、淫魔は不安定な立ち位置にある。

 ほんの僅かであっても、夢魔と通じていると見做されてしまえば、夢魔もろとも滅ぼされてしまうかもしれない。

 

 そんな種族が、今。

 よりにもよって異種間交流会の最中に。

 むしろ交流会だからこそ、なのか。

 

 いや、そんな事はどうでもいい。

 かくなる上は、夢魔の首級で以て、淫魔の潔白を証明する他ない。

 三代目淫魔女王は、事ここに至って覚悟を決めた。

 

「ふぅん? 君が三代目か。随分とまぁ肥えた身体だ。良い子を産みそうじゃないか、ええ?」

 

 首根っこを掴まれた白い虹彩の淫魔――夢魔は、窮地にあって軽薄な声を発していた。

 言葉の主は夢魔だが、この声と身体は紛れもなく小淫魔である。直接精を与えて催眠し、遠隔から操っているのだ。

 誰あろう、淫魔王国の民をである。

 

「で、そこにいるのがイシグロ・リキタカか。噂通り妙な奴隷連れてんな。が、噂ほど聖人君子って訳じゃあねゲッ!?」

 

 夢魔の発言を止めるべく、首を絞める力を強めた。

 淫魔女王は怒りを押し殺した双眸で、半ば無理矢理夢魔の視線を自身へと向けさせた。

 

「おいおい乱暴してやんなよ。壊れちまうぜ? オレにとってもお前にとっても、愛しい愛しい民草だろう?」

「淫魔の国で、私の民よ。断じて貴方の所有物ではないわ」

「いずれそうなる」

 

 言って、虹彩の白い夢魔は言葉を継いだ。

 さも、大劇場で歌う千両役者めいて、大仰に。

 

「契約をしよう。淫魔女王」

 

 広い執務室に、空虚な美声が響き渡る。

 女王は何の感情も浮かんでいない相貌で、じっと夢魔の発言の続きを待っていた。

 

「淫魔王国、凄いじゃないか。感心したよ。よくぞここまで栄えさせた。数はもう十分揃っている。次はオレとお前の力でもっと繁栄させていこうぜ」

「……続けて頂戴」

 

 女王の口から出た予想外の返答に、淫魔騎士はおろかその場にいた部外者のイシグロさえも瞠目した。

 得たりと、夢魔は口角を上げて歯を剥きだしにした。

 

「兵を増やした後は魔族国と合流して新しい国を作る。オレが王で、お前が王妃だ。なに、オレは古臭い夢魔とは違って、お前ら淫魔を冷遇するつもりなんてないぜ。むしろ淫魔族を上級国民にしてやるよ。大も小もねぇ、誰でも吸精し放題だ」

「気前がいいのね。けれど、それをラリス王家が許してくれると思うの? 上森人王なんて、夢魔と聞いただけで戦争をしかけてくるでしょう」

「だろうな、分かってるさ。勿論、その辺は考えてある。さっきのは全部、次の災厄を超えた後の話だ。向こうには聖王子がいる。十中八九勝つだろう。そうなったら広がった世界を誰が治めるってんだ? 天使共は言うに及ばず、地下の連中も黙っちゃいねぇ。そうさ、手つかずな土地の奪い合いだ。新天地には何がある? 見渡す限りの草原? どこまでも続く砂漠? ずっと溶けない雪の大地があるかもしれない。いずれにせよ、災厄ばりの大戦争が始まるぜ。いいや、始めさせんだよ。予想してんじゃねぇ、そうなるように動いてんだ」

「気に喰わないわね。仮にそうなったとしても、古代と同じ轍を踏まない保証がないわ」

「契約魔術で縛ればいいのさ。種族単位での大規模契約。お前ならできるだろう? 夢魔と淫魔は対等になるんだ。お互い、持ちつ持たれつでいこうぜ。過去は水に流してさ」

「それだけでは不十分ね。夢魔は近くにいるだけで危険なのよ」

「人類牧場を作ればいい。何も夢魔が直接精を与えずとも、他種族同士を配合させて色んな家畜を育てるんだ。そうして完成した作品を分け合うんだよ。夢魔は上質なメスを、淫魔は上質なオスを。それに淫魔は得意だろ、畜産」

「……そうね。努力してきたもの、皆」

 

 満足したような顔をする夢魔は、表情そのままこの場に居る淫魔達を見渡した。

 今にも武器を抜こうとしている淫魔騎士二人。むっつりと唇を引き結んでる生真面目そうな小淫魔。それから、奴隷身分の醜い淫魔を。

 

「お前等だって腹ぁ減ってんだろ。そこのチビ淫魔も人間だけの精より、色んな種族の味とか知りてぇよな? 随分と染まってるみてぇだが、ぶっちゃけもう飽きてんだろ。オレだってそうだ。二度抱ける女なんざそうそう居ねぇ。お互いこんな風に生まれたからにゃあ、色んな種族とヤラねぇと損ってモンだ。毎日いつでも誰とでもヤレるんなら、他の淫魔もオレに賛同してくれると思わないか? 女王様よ」

「どうでしょうね、訊いてみないと分からないわ」

「お前は違うのかよ? 腹ン中すっからかんじゃねぇか。辛ぇよな? ラリスのクソ共のせいで、そんなひもじい思いしてんだもんよ」

「で? 話はおしまい?」

「ああ。後はお前の判断次第だ。んぁー、とりま此処に居る奴等を殺してくれりゃいいぜ」

「そう。なら、私の返答はこうよ」

 

 瞬間、ひっそりと溜め込まれていた魔力が、淫魔女王の身体を駆け巡り……。

 

「痛ぇッ!?」

 

 悲鳴。それは、女王に宙吊りにされている夢魔から出たものだった。

 エリーゼ視点、女王から放たれた憎悪の籠った魔力の一部が突然消失したように見えた。

 

「えっ、何だ今の? 何故届いた?」

「貴方が無防備過ぎるだけじゃない? それと、ベラベラ喋ってくれてありがとう。お陰で準備が整ったわ」

「準備?」

 

 困惑する夢魔とは対照的に、今度は淫魔女王の方が笑みを浮かべた。

 超絶美形種族・淫魔の長、その名にふさわしい淫靡な微笑み。その瞳には、激しい怒りと憎悪が渦巻いていた。

 

「お前を殺す準備♡」

 

 瞬間、淫魔女王を中心に、地鳴りを思わせる膨大な魔力が広がった。

 放射された魔力は淫魔王国の各所に装填された魔術式を起動し、やがて国土全体を包み込む魔力障壁を形成した。

 窓から覗く夜に、青白い魔力の壁が見える。現在、淫魔王国はドーム状の障壁に覆われていた。

 

「バカな!? このような術式、どこにも無かったはずだ! あのクソババア、適当な情報よこしやがったな!」

「古代ラリス式障壁魔術、森人式守護魔術、リンジュ式結界術……。自慢じゃないけれど、私はこの世界でも有数の魔工師でもあるのよ。例え上森人王であっても、事前の情報なしにコレを見破るなんて出来ないわ」

「ざけんな……!」

 

 両者の表情は、ここにきて完全に逆転した。

 柔らかな笑みを浮かべ、余裕を見せつける女王。余裕を失くし、怒りの沸点に達して顔を赤くする夢魔。

 女王が如何な判断を下し、どちらが優勢になったかは一目瞭然であった。

 

「この障壁の効果は単純。来る者を拒まず、去る者を逃がさない。要するに、いざという時に性欲に狂った淫魔を外に出さない為の措置ね」

「何やってんだお前!? 阿呆か貴様! これもラリスの指示か!? そこまで落ちぶれたか、魔族の恥さらしめ!」

「私の方が提案したのよ。これで、いつでも淫魔を滅ぼせますよってね」

「お前それでも女王かよ!」

 

 再度、淫魔女王の身に憎悪の籠った魔力が駆け巡る。

 次なる魔法を行使せんとしているのだ。

 

「改めて言うわ。貴方のお誘いは断固拒否。男を磨いて出直しなさい、おつむの弱いクソガキくん♡」

「が、ガキだと!?」

「あらぁ~、子供扱いされて怒るあたり、やっぱり貴方って生まれたばかりのバブちゃんなのね。どーりでバカだと思ったわ~」

「老害め! 魔王戦争で脳が焼けたか! 災厄が近いんだぞ!」

「あーっと、さっきの言葉、ひとつ撤回するわ。出直さなくて結構、朝になる前に殺してあげるから」

 

 トンと、軽やかな足踏みひとつ。淫魔女王の身体から魔力の波が放射される。

 それは彼女を中心として、国土の隅から隅までに迸った。

 

「ぐっ!? な、なんだ今のは……!」

「教えてあげな~い。でも、代わりに別の事を教えてあげるわね」

 

 そして、淫魔女王は一度見たら忘れられないような、確定一発で初心な少年の初恋を奪ってしまうだろう至高の笑顔を作ってみせた。

 

「私、この城の中なら、ラリス王より強いのよ♡」

「じょうだ……!」

 

 夢魔の返事を待たず、女王は手中にある細首にゼロ距離魔法をぶっ放した。

 その魔法は催眠されている淫魔の身を傷つける事なく、魔力を通して遠い地にいる夢魔の胸骨にヒビを入れてのけた。

 淫魔騎士からすると、神業過ぎてコメントできないレベルの超絶技巧だった。

 

「へ、陛下、今のは……」

「少し待ってなさい」

 

 一転、元の優しげな表情に戻った女王は宙吊りにしていた淫魔を姫抱きにし、優しく目を合わせて催眠を解除した。

 

「ん、え……? あれ、ここは? って、うぇえええ!? へへへ、陛下ぁ!」

「どもー、女王陛下でーす。ごめんだけど、後で全部説明するから、貴女はしばらく王城で休んでなさいな」

「王城!? ここ王城なの!? あたし何も悪い事してないです! ホントです! せいぜい昨日お酒飲み過ぎた程度で……!」

「貴女は懸賞に当たって今夜だけ倉庫のお酒飲み放題権を得たのよ」

「え!? タダ酒! マジすか! やったー! 女王陛下万歳!」

 

 上手く? だまくらかした淫魔を騎士に任せ、女王は側近騎士に目を向けた。

 

「玉座へ向かうわ。騎士を集めなさい」

 

 騎士を見る。淫魔兵を見る。そして、イシグロの隣にいるルクスリリアを見つめた。

 その瞳は、現ラリス王にも劣らぬ、紛れもない王の覇気を宿していた。

 

「王の役目を果たすわ。皆、手伝って頂戴」

 

 もしかしたら、夢魔との共存を望む淫魔は女王の想定よりも沢山いるのかもしれない。

 精に困らない生活。上級魔族に成り代わって、色んな種族を吸精しまくり、淫蕩に耽る日々を送る。

 そんな生涯に憧れる淫魔もいるのだろう。

 

 だが、そんな淫魔は切り捨てる。

 切り捨てざるを得ない。

 

 慈愛なくして王は務まらぬ。

 けれども、慈愛のみしか持ち得ぬ王に、国を守る事はできぬのだ。

 王の両手は民の為にある。時に拳を握り、時に民を慰撫する手のひらに。

 今は、拳を握る時であった。

 

「残党狩りよ」

 

 三代目淫魔女王の政策は一貫して穏健で、彼女自身争いを好まぬ性格である。

 事実として、淫魔女王は他国の王と比してさほど強い訳ではない。

 しかし、戦を知らぬ王ではなかった。

 

 第二次魔王戦争にて、挙げた首級の数は如何ほどか。

 真実は、ラリス王国のみが知るところである。

 

 

 

 

 

 

 女王が玉座へと向かった頃、交流会中のラース邸では……。

 

「これは、どういう事ですの!?」

 

 かつて、交流会の参加者達が汗を流していた広い中庭に、虚無の瞳をした冒険者達が集っていた。彼等の意識は朦朧として、手に手に武器をぶら下げている。

 曖昧になっている彼等の中には、銀細工のリカルトやラフィの姿もあった。あまつさえ、その後ろには先ほどまで吸精をしていたであろう淫魔達もいる。彼女達もまた、他と同様目に生気が無い。

 

「グレモリアさん、この人たち正気じゃありませんよ!」

「見れば分かりますが、どうすればよろしいの! 淫魔騎士はどちらに?」

「あそこに!」

「あっち側じゃありませんの!」

 

 その時、狼狽する淫魔兵に、曖昧になった冒険者が襲い掛かった。

 性的な襲撃だったら受容しただろうが、実際は武器を振り上げてのガチ襲撃だ。

 

「ぐっ! ひとまずこの場の指揮はわたくしが取りますわ! 皆さん、よろしくって!?」

 

 突然の障壁、突然の襲撃。

 彼女達は、訳も分からず交戦を開始した。

 誰が敵かも分からぬまま。

 

 

 

「まったく、あのババア……王のくせして聞き分けのない」

 

 そんな騒ぎを、ラース邸の屋根から見下ろす影があった。

 

「所詮、お前等なんざ都合のいい肉奴隷でしかねェんだよ」

 

 夜空を覆う障壁に、長い髪をなびかせる淫魔。

 黒髪の小淫魔、ヴァレフォリエ。

 

「さて、見つかっちまったし、最低限の土産くらい持って帰らなくっちゃな」

 

 その双眸は、真っ白な光を放っていた。




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・初代淫魔女王
 夢魔国から亡命したはぐれ淫魔。アレクシオスに助けられ、共に夢魔の圧政から同族を救う。
 後に淫魔王国を作る。当時は今の場所とは違うところに淫魔王国があった。
 勇者との間に大淫魔と魔人の姉弟を授かる。
 トランジスターグラマー。

・二代目淫魔女王
 第二大災厄で崩御した初代に代わり、淫魔王国を統べた。
 淫魔版チンギス・ハンのような存在。彼女の統治でアップしていた淫魔のイメージがガタ落ちした。
 魔王戦争にて、同族達の裏切りによって死亡。公的には当時のラリス王が殺した事になっている。

・三代目淫魔女王
 現在、淫魔王国を統治している淫魔。二代目淫魔女王を謀殺し、第二次魔王戦争ではラリスのスパイになった。情報戦などで魔王討伐に貢献。同志と共に夢魔を掃討した。
 政治家としては完全な穏健派で、長い時間をかけて淫魔の性質を変革しようとしている。


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ネオケフィアム・イン・フレイム(上)

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告ありがとうございます。感謝しております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称です。
 よろしくお願いします。


 ケフィアム城。

 淫魔女王の住処たる王城は、第二次魔王戦争後に流行した近代ラリス式の建築様式によって築かれている。

 その外観は優美かつ重厚。近代ラリス式建築は、イシグロの世界で言うところのバロック建築に近い印象を受ける建物だった。

 そして、ある程度目利きのある者からすると、ケフィアム城の造りの意図は明白であった。要するに、淫魔族は以前までの文化を捨ててラリス王家に首を垂れているという構図なのだ。

 

 そんな王城の最奥。魔導照明の灯された謁見の間には、現在王城に待機している全ての淫魔騎士が集められていた。玉座の傍には三人の騎士団長と、一人の書記官の姿もある。

 さすが淫魔騎士達は精鋭というだけあり、この中に浮ついている騎士はいなかった。先に解放された女王の魔力からして、のっぴきならない状況である事は分かっているのだ。さながら訓練された猟犬のように、彼女等は規律正しく整列していた。

 

 書記官の淫魔が全淫魔騎士の名前を確認し終えた、その時である。

 常ならばあって然るべき合図より先に、玉座に通じる大扉が開かれていった。瞬間、その場にいた淫魔騎士達が一斉に跪く。

 側近の騎士を連れ、女王は鏡面のような大理石の床を一歩ずつ歩いていく。跪いている騎士達は。女王の靴音に違和感を覚えた。いつもと履物が違う。

 

 やがて女王は玉座への階段を上り切り、振り返っては跪く騎士達を眺め見た。

 僅かな衣擦れ。淫魔女王はあえて優雅さをかなぐり捨て、どっかりと玉座へ腰を下ろした。

 

「全体、休みなさい」

 

 側近を介さず、女王自ら命を発した。これは女王の下知ではなく、軍を率いる者としての命令であった。

 命に従い、淫魔騎士は肩幅まで足を広げて立ち上がった。その視線は淫魔の頂点たる女王に注がれていた。

 見上げた騎士の目に移った女王は、これまで倉庫の肥やしになっていた戦装束を身に纏っていた。それだけで、彼女の意思は十分に伝わった。

 

「先に言うわ、緊急事態よ。だから全て略式で行うわね。玉座を使う(・・・・・)わ。書記官」

「はい」

 

 一瞬、呼ばれた書記官の眉が動いた。命じられるまま、手に持った書類に筆を走らせる。

 

「さっきも言ったけれど、玉座を使って話すわ。貴女達への説明も兼ねるから、よく聞きなさい」

 

 言うが早いか、女王の腰掛ける玉座に施された全ての魔術刻印が発光を始めた。

 それはさながら、古くなった機械の電源を入れたかのようであった。女王の身体を動力源に、決戦兵器(・・・・)たる玉座が起動したのだ。

 

「すぅ……」

 

 深く、長い呼吸。一つの種族を統べる女王は瞑目し、やがて瞼を開いた。

 その瞳は目下の騎士を映しておらず、文字通りに淫魔王国全土を()ていた。

 

 先程、淫魔女王は夢魔に対し、自身は城の中という状況に限ればラリス王にも勝ると発言した。

 しかしこれは半分は本当で、もう半分は嘘だった。

 

 実際、例え城内であっても淫魔女王個人はラリス王の戦闘力に遠く及ばない。

 彼女の本懐は、いち戦士としての戦働きではないのである。

 

 ところで、この世界にはそこかしこにゲームチックな仕様が存在している。

 異世界人にジョブやステータスの概念はないが、数値にされずとも彼等はこれを経験則で知っている。剣の使い手は剣士であり、強い剣士はソードマスター。刀を扱うソドマスは、リンジュによく居る侍といった風に。

 ジョブツリー。各種ステータス。補助と能動の二種のスキル。それぞれ名称こそ異なるが、専門の学者が存在する程度には体系化された学問として認知されているのだ。

 

 さて、この世界には剣士や魔術師以外にも様々なジョブが存在する。

 種族固有ジョブや、複雑な経路を辿って成れる特殊ジョブ。中には過去一人しか就いた者のいないジョブなど。

 その中には、大勢の味方を支援する指揮官系ジョブというものがある。

 

 指揮官ジョブの役割は、主に味方の強化と敵方の弱化である。

 同じく支援系魔術師との違いとして、それらは魔力こそ消費すれど魔法によるものではないという点にある。要するに、指揮官のバフ・デバフはスキルで、魔術師のバフ・デバフは魔法なのだ。

 また、流石にそれらは専門の支援系ジョブに比べるといずれの効果も低値であるが、指揮官系ジョブはレベルの上昇に応じてバフできる人数が増加したり、バフの範囲が広くなったりといった特徴がある。

 

 畢竟、指揮官ジョブは戦場の要なのである。

 迷宮よりも迷宮外。それも多対多の戦場でこそ真価を発揮するジョブなのだ。

 

 先述の通り、異世界人は指揮官ジョブの存在を経験則で認知している。

 自然、その臨界に至った者が如何なる存在であるかを、長い戦争の歴史が物語っていた。

 

 最上級職。これまでのレベル上限を超越し、理論上際限なく強くなり続ける怪物の中の怪物。

 この世界において、例外なく全ての王がこの位階に到達している。

 

 弱き王で知られる淫魔女王もまた、当然に。

 淫魔族固有、指揮系最上級職。

 名を“淫魔女王”。

 

 女王となった者が、即位と共に生まれ得た名を捨てるのは、この為である。

 

「術式起動、【淫魔経路(サキュバス・チャネル)】」

 

 怨敵を殺すべく、これより淫魔女王が指揮を執る。

 

 

 

 

 

 

 一方、交流会参加者が催眠されたラース邸の中庭では……。

 

「ぐぅ! なんて力なの!? ここがベッドだったら一発でテクニカルノックアウトなのに!」

「もしくはトイレの個室だったらケツアナ確定一着優勝からのウイニングランだったのに!」

「どうして振り回す棒が鉄なのよぉー!」

 

何ともグダグダな争いが勃発していた。

 グダグダなのは確かだが、淫魔兵が押されているのも確かである。動きこそ覚束ないとはいえ、向こうには銀細工持ちのリカルトとラフィがいるのである。彼等銀細工が相手では、淫魔数人がかりで何とか抑え込めるといったところだった。

 前衛はそんな感じなのに対し、あちら側の後衛の動きは不気味な程に統制が執れていた。号令らしい号令もなく、淫魔騎士を中心にした攻撃魔法が飛んできている。

 

「前衛は捕縛に集中なさい! 決して男性を傷つけてはなりませんわ! その間に後衛の淫魔をやりなさい! 騎士はわたくしが抑えますわ!」

 

 もはや乱戦一歩手前といった様相。

 元淫魔騎士のグレモリアの指揮によって、何とか戦線を維持できていた。

 

 グレモリアの作戦は単純で、襲ってくる冒険者を制圧している間に後方で魔法を撃ってくる淫魔達を排除するというものだった。が、それが中々難しい。

 誘惑や淫奔、もしくは催眠を使えば即座に男性を沈黙させる事はできる。しかし、グレモリアの倫理観がそれを許さなかった。そうも言ってられない状況なのは分かっているが、彼等を傷つける事で交流会が流れるといった事態を避けたかったのだ。

 この時、グレモリアはかなりテンパっていた。戦闘しつつ指揮を執っていては、健常な思考も覚束ない。度重なる疲労と責任感により、常の冴えた頭があっぱらぱーになっているのである。

 

「こうまで派手にやってんですわ! すぐに援軍が来ますわよ! それまで気張るしかないですわー!」

「だってよグレモリア! 手が!」

「足りねぇ分は淫魔魂で何とかするんですの! うぉりゃぁああああ!」

 

 可能なら、今すぐ王城に飛んで騎士の援軍を要請したいところだった。

 しかし、この場にいる飛行可能な淫魔はグレモリアと淫魔騎士のみ。前者は戦線維持の要であり、後者は何故か敵側だ。ニーナがここに居れば話は変わっただろうが、今彼女はここには居ない。

 あまつさえ技はともかく力は向こうのが上だった。相手の淫魔は精を吸ったばかりと見え、此方側の魔法よりパワフルである。やはり、種族特性で男性を大人しくさせるか。いやそれくらい向こうも読めているはず。だがやらざるを得ないか。

 どうすればいい、そうしたらどうなる。いつやればいいのだ。グレモリアは決断を迫られていた。

 

「ぜ、全体! 淫奔を……」

 

 事ここに至って、グレモリアはようやっと腹を決めた。条約で禁止されている淫奔魔法で、冒険者を行動不能に陥らせる。そも、このゾンビ化など誰が予測できたという話だ。やれ、やってしまえ。

 グレモリアが大声を上げるべく息を吸った。それと同時に、この屋敷の淫魔――否、国内にいる全淫魔は突然謎の耳鳴りを聞き取った。

 まるで砂を擦り合わせるような、ザリザリとした雑音。やがてそれは鳴りを潜め、元のクリアな音を取り戻し……。

 

『あー、テステス。聞こえてるかな? 今、私は皆さんの頭に直接話しかけています。この声を聴き間違える民はいないわよね? どもー、淫魔女王でーす』

 

 淫魔女王の声が聞こえた。

 それは敵方にいる淫魔騎士も同じだったようで、ゾンビ冒険者を援護する淫魔達は動きを止めていた。

 

『聞こえるわね。じゃあ、単刀直入に言うわよ』

 

 すぅーと、息を吸う音。

 不気味な戦場にあって、僅かな沈黙はやけに染み入るようであった。

 

『先ほど、我が国の領土内に夢魔族の存在を確認しました。人類平和条約に基づき、これより我が国は夢魔の排除に動きます。これに伴い、現時刻を以て緊急事態を宣言します』

 

 決断的な言葉だった。

 元淫魔騎士であり、短い間とはいえ王城務めをしていたグレモリアでも、このような女王の声は初めて聞いた。

 

『現在、国内には夢魔に洗脳された同族が潜伏しています。その者を通して催眠を受けると、淫魔は間接的に傀儡にされてしまいます。また、洗脳状態にある淫魔は虹彩が白く発光していますので、発見した場合は絶対に一人で近づかないでください』

 

 グレモリアは反射的にこの場にいる同族達を見た。敵側の後衛にいる淫魔の目は虚ろだが、白い眼の淫魔はいなかった。

 

『淫魔兵は緊急事態発令時の手引きに則って行動してください。この放送が終了次第、各地に動員可能な全ての淫魔騎士を派遣しますので、現在戦闘している兵士は防御に専念してください。国民の皆さんにおかれましては、慌てる事なく淫魔兵の指示に従ってください。学校で習った通り。淑女的行動を心がけてください。放送は以上です。慌てず騒がず、お静かに。それでは、淫魔女王でした』

 

 ブツンと、糸が切れるようにして女王の声が途絶えた。

 とにかく困惑する淫魔兵を統率すべく、グレモリアが口を開こうとした寸前、これまた頭の中が何かと繋がった感覚。

 

『淫魔兵の皆さん、先程の放送は聞こえましたね。今、ケフィアム城から淫魔騎士達が出動しました。戦闘区域は把握しているので、何とかそれまで持ちこたえて下さい。必ず援護に向かいます』

 

 気がつけば、傀儡淫魔の催眠が強まったか冒険者達の力が増しているようだった。

 女王の声を聴きつつ、今度こそ声を上げてグレモリアも前衛の防御に加勢した。今はとにかく、防御だ。

 

『ラース邸にいる淫魔兵。あーグレモリアさん、大丈夫そうですね。ちょっと左目を借りますよ』

「え!?」

 

 次の瞬間、グレモリアの左の視界が見えなくなった。

 きっかり一秒後、左眼が正常に戻った。今のは何だと困惑する彼女を置いて、頭の中に女王の落ち着いた声が響く。

 

『状況は把握しました。では、男性の皆様に誘惑魔法を使ってください。私が全責任を負います。任せましたよグレモリアさん。最後に、貴女達に我が恩寵を』

「えっ、ちょっと今の何ですの!?」

 

 ブツンと、また途切れる。応答する暇もなかった。次いでグレモリアの身体を通し、味方淫魔に強力な支援効果が授けられていった。暖かな。最近忘れていた満腹感に似た感覚。

 無理やり冷静さを取り戻す。了解した。誘惑魔法、女王の命令なら仕方ない。もうどうにでもなーれ精神だ。

 指揮系スキルによってハイになったグレモリアは、思い切り大きな声を出した。

 

「皆さん聞こえましたわね! 各員、ここにいるドエロい男共を思う存分誘惑なさい!」

 

 号令、沈黙。

 そして……。

 

「「「やったぜ!」」」

 

 指示を聞くや否や、鍔迫り合い中のモブ淫魔兵Aは目の前のヒトオスに見えるように上半身の服をはだけてみせた。

 

「今すぐ私のモノになれ♡」

 

 巧みな視線誘導。逃れられぬエロの権化。ゾンビ化冒険者の目に移ったのは、そびえ立つケフィアム城の如き特大おっぱい。それを視界に収めたが最後、ぽわ~んと放たれた誘惑魔法が冒険者に直撃した。

 会心の一撃(クリティカル)。男は武器を取り落とし、どうぞ技を極めて下さいとなったプロレスラーのように魅惑の谷間に顔を埋めた。この時、男日照の淫魔兵は戦場で二度達した。

 

「とんでもねぇ! 待ってたんだ!」

「ただのカカシですな!」

「来いよヒトオス! 武器なんか捨てて襲ってこい!」

 

 奴に続けと、他の淫魔兵もゾンビ男を誘惑し始めた。巨乳好きにはバストアタックをぶちかまし、尻好きにはヒップアタックで物理攻撃。銀細工相手には三人がかりでトリプル当ててんのよを敢行した。

 

「はっ! お、俺は今まで何を!?」

 

 そんな中、誘惑によって催眠状態を脱した犬人斥候・ウィードは正気を取り戻した。

 催眠よりもおっぱい優先。実ったリンゴが万有引力に逆らえないように、巨乳好きは爆乳淫力に逆らえないのだ。

 敵側の淫魔の魔法は誘惑の片手間に障壁魔法を張って防いでいた。さっきより壁が厚い気がするのは目の錯覚か。

 

「ちっ、面倒だな……」

 

 おかしくなった戦況を、屋根の上にいた白い虹彩のヴァレフォリエが見ていた。

 舌打ちひとつ。こめかみを叩き、淫魔騎士に新たな命令を出す。正気に戻った冒険者を再度催眠しろ、と。

 

「お、おっぱいがたくさンギャー!?」

 

 オラッ! 催眠! といった風に放たれた催眠攻撃は、正気を取り戻したウィードに直撃。彼はまたゾンビ化してしまった。

 こうなると、性欲に染まった淫魔兵と夢魔に操られた傀儡淫魔による男共の奪い合いである。凄まじく滑稽な構図だが、彼女達は極めて真剣だった。

 

「あー、これじゃ埒が開かねぇな」

 

 滑稽なのは結構だが、見事に時間稼ぎをされている。そうそうに見切りをつけたヴァレフォリエは、軽やかに跳躍して中庭へと降り立った。

 ずだん! 外連味たっぷりのスーパーヒーロー着地。淫魔兵の注目がヴァレフォリエに集まる。

 

「ヴァレフォリエさん……いえ、虹彩が白い! 貴方が夢魔ですのね!」

「その通りだ。それより、少し話をしないか?」

 

 そう言ったヴァレフォリエの背後から、ゾロゾロと新たな傀儡淫魔が歩いてきた。

 増援である。多くは小淫魔のようだが、中には屋敷の主たるラース公爵の姿もあった。あまつさえ人質のように拘束されたラリス貴族のミラクムもいる。

 

「話? 脅迫じゃあなくって?」

「同じだろ。オレはさっき、淫魔女王とお話してきたんだぜ。女王にはゴブ!?」

 

 大仰な振る舞いで言葉を発している最中、突然ヴァレフォリアの顔面に拳大の瓦礫が直撃した。

 一同、振り返る。瓦礫を投げたのは、怒りによって顔を真っ赤にしたモブ淫魔兵だった。

 

「おんどれヴァレ助てんめぇええ! 今の今までどぉこほっつき歩いとったんじゃボケェ! こちとらテメェ探すんに人手割かれてクソ忙しかったんやぞ!」

「嘘だろ直撃!? いや、ていうかオレはヴァレフォリエじゃッとぉ!? 危ねぇ! 今のオレじゃなかったら当たってたぞ! 同族なんだろお前等!」

「「「うるせぇえええええ! 知らねぇええええ!」」」

 

 一人目に続き、二人目三人目も同じように操られてるだけのヴァレフォリエの顔面に瓦礫を投げつけていた。

 それはさながら、下手な演奏を聴かされたノースティリス民の如き有様だった。

 

「どいつもこいつも! いつから淫魔は蛮族になったんだ!」

 

 悪態を吐く夢魔。この間、グレモリアには思考する時間が与えられていた。

 そして、決断した。

 

「お話は結構! 皆さん、そろそろ淫魔騎士が来るはずですわ! 殴るのはその後ですわー!」

 

 参加者は守る。夢魔の端末も倒す。どちらもやるのが発起人の務めである。

 グレモリアという淫魔は、利他的で善なる性質の持ち主なのである。精神的動揺を克服すれば、有能エリート脳がようやっと回転を開始する。

 

「あぁもう面倒臭い! やれ、グラマ・ラース!」

 

 夢魔の指示の後、催眠状態にあるラース公爵は緩慢な動作で魔法の詠唱を開始した。その狙いは貴族のミラクム。

 しかし、その様はあまりに拙かった。グレモリアは迷宮仕込みの戦闘勘で、彼女の内心を見切った。ラース公爵、催眠されてなお夢魔に抵抗している。ミラクムもまた同様に、ギョロリと目を動かしてヴァレフォリエを睨みつけていた。

 

「上ッ等! ですわ!」

 

 それが貴族の矜持というなら、こっちは庶民の雑草魂を燃やしてやる。

 グレモリアは獰猛な笑みを浮かべ、愛剣の刃をなぞった。

 

 この程度、窮地でも何でもないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 蒼の障壁が覆う空の下、ラース邸以外の場所でも傀儡淫魔達の暴動が発生していた。

 燃え盛る炎。舞い上がる硝煙。逃げ惑う群衆を誘導する兵士。美しかったケフィアムを、虚ろな目の淫魔が徘徊していた。

 

 中でも、大通りには多くの傀儡淫魔が列を成して行進し、夕方以前の美麗な街に道すがら破壊の限りを尽くしていた。

 目的地に着く。群衆の後方、白い虹彩の淫魔騎士が指揮系スキルを発動。すると、傀儡達はブリキ人形のように一糸乱れぬ動きで魔法を詠唱した。魔術式を連結し、一つの魔法を皆で紡ぐ。やがて生じた巨大火炎球が、彼女等の頭上高くに生成された。

 狙いは、ラリス大使館。その前には複数の淫魔兵が防御陣を組んでいる。だが、小さな太陽を思わせる魔法を前にして、彼女等の防御障壁はあまりに脆弱に思われた。

 

「うぉおおおおおお!」

 

 ゆっくりと落ちる大火球に、翼を広げた大淫魔が突撃する。

 肌を焼く熱を受け入れ、火に飛び込んだ彼女は巨大火炎魔法の中心核を切り裂いた。

 

「はぁっ! はぁっ! 皆さん! 無事ですか!?」

 

 核を斬られた大火球が消失する。その中心から、焼け焦げた肌のニーナが現れた。

 彼女はその眼を爛々と輝かせ、大使館を守る淫魔兵達に振り返った。

 

「ニーナさん自らが!?」

「流石だぁ!」

 

 淫魔兵からの尊敬の眼差し。実際ニーナは頼もしいが、彼女一人ではこれ以上凌ぎ切れるとは思えない。

 敵方、指揮官たる白目淫魔は傀儡の後ろに陣取っている。下手に突撃すれば如何に銀細工のニーナとてただでは済まないだろう。

 あと一人、それこそイシグロやグーラといった強い個がいれば話は変わっただろうが、今はニーナと淫魔兵で大使館を守るしかなかった。

 援軍の淫魔騎士が来るまでの防衛。その短いはずの時間稼ぎが、今はどうにも難しい。

 

「また来ます! 障壁を!」

 

 再度、魔法が放たれる。今度は合体魔法ではなく、個々の詠唱による絨毯爆撃だった。花火のように打ち上げられた火炎魔法が、焼死を誘う驟雨となって降り注ぐ。

 大きな魔法はニーナが請け負う。ならばと対処し切れない小さな魔法で障壁を削るつもりなのだ。空中のニーナが何個かの火炎を切り裂くも、残りは淫魔兵の張った障壁で守るしかない。何とか持ち堪えているが、幾度も繰り返された衝撃に淫魔兵達は苦しげに呻いていた。

 

「も、もう持ちません!」

「いいから耐えて下さい! 気合です!」

 

 空を覆い尽くすような火炎の雨。ニーナがあそこに突っ込んだとしても、数個壊して終わりだろう。ニーナは魔力を振り絞り、出来る範囲で障壁魔法を張った。

 こんな事になるなら、普段からもっと練習しておけば良かった。ニーナは下手くそな障壁魔法に忸怩たる思いを抱いた。

 

 迫る火球。降り注ぐ爆撃。今度こそおしまいだ。

 死を覚悟しても、大使館を守る。ニーナも兵士も、その覚悟を決めた。

 それが誇りであると自覚せぬまま、最後の時を待ったのだ。

 

 その、刹那の事だった。

 

「え……?」

 

 一閃。

 

 青く光る空に、目に見えない何かが通り過ぎたような気がして、次の瞬間には迫っていた全ての火炎魔法が消失していた。

 積もった埃を払うように、綺麗さっぱりと。致死の爆撃は、斬られたのだ。

 

「なるほど……」

 

 ぶわり、黒衣が翻る。

 高い建物の屋根の上、刀を振り抜いた姿勢の獣人が、小さく呟いた。

 

「ようやく……」

 

 再び、火炎の雨が降り注ぐ。

 再び、獣人が刀を構えた。

 

コレ(・・)の使い方が分かった……!」

 

 術者と剣士。彼我の距離はあまりに遠い。それを承知の上で、刃が虚空を薙ぎ払う。

 常人からは、無意味な素振りに見えただろう。ただ一度、刀を振っただけに見えた事だろう。違う、違うのだ。

 ただ一閃の結果として、刃の軌道にあった全ての魔法は切り刻まれたのである。

 

「嘘でしょう……!?」

 

 凄まじき剣技。これを、銀細工のニーナはしかと認識していた。ただの一刀に見えた斬撃はしかし、その実何度も振るわれていたのである。且つ、見えない波紋を広げるように、刃の先にあった悉くを切り裂いてのけたのだ。

 要するに、飛ぶ斬撃で斬ったのである。驟雨の如き爆撃を、全て。

 

「刀はこう使うんですね、イシグロさん」

 

 刀とは、斬撃を飛ばす遠距離武器である。目で見て盗んだ無月流の型から、天才剣士・トリクシィは何故かこのような極致に至っていた。

 違う、そうじゃない。もしこの場にイシグロがいたらこう言っただろう。けれどもそれは、無月流の理念には即していた。極論、何処から何を学ぶも自由な流派なのである。

 結果的に、遠い地にいるゲルトラウデの教えは、若き剣聖の才能を開花せしめたのである。

 

「小さいのは自分が斬りますので! ニーナさんは大きいのをお願いします!」

「は、はい! 皆さん! もう少しの辛抱です!」

 

 形勢は変わらない。守る淫魔と、攻める傀儡。防戦一方のままではあるが、そこにあった絶望は払われた。

 援軍が来るまで、守り切る。

 

 天才剣士・トリクシィ。

 この段になって、何故にトリクシィがこのような極致に至る事ができたのか。

 

 彼が天才だからか?

 地道に努力を続けたからか?

 どちらもあるだろう。しかし、今に限っては相応しくない。

 

「ヴィーネさん、どうかご無事で……!」

 

 偏に、初恋が為。

 好きな女の子を想えば、男の子はどこまでも強くなれる。

 ただ、それだけの話であった。

 

 

 

 

 

 

 淫魔王国の端にある、何重にも隠蔽魔術を施された洞窟の奥。

 不自然に広大な空間の中心に、魔導照明に照らされた玉座がある。不規則に明滅する玉座には、真っ白な肌の青年が座していた。

 陶器めいて白い肌に、血のように赤い瞳。灰色の髪はザンバラで、その顔立ちは人形のように整っていた。

 しかし、現在その面貌には、上品な顔にそぐわぬ幼児じみた苛立ちが浮かんでいた。

 

「あー、クソ! どいつもこいつも足が遅い! なんで飛べねぇんだよ小淫魔ってのは! チンタラしてんじゃねぇよクソが!」

 

 青年――夢魔は頬杖をつきつつ、苛立たしげに片足を貧乏揺すりしていた。現在、彼は玉座の補助を借りて催眠した淫魔を遠隔操作しているのだ。なかなかどうして思うようにいかなくて、次第にイライラし始めたのである。

 それは複数モニターで多数の異なるゲームをプレイしている様に似ていた。一つはTPS、一つはRTS、そしてもう一つはリソース管理を主軸にした経営戦略シュミレーション。

 

「ファック! ダメだ捕らえられた! 離脱離脱……! っと、これでよし。あー、思ってたより疲れるなコレ」

 

 ゲームオーバーした傀儡から意識を離した分、彼は別のモニターに集中できる。イライラしつつも、彼はこのゲームを楽しんでいた。

 この夢魔の本来の目的は、母体となる女の回収だった。最初はステルスゲームのようにこっそりと。手札が増えたら遠隔操作。レアリティの高い母体は倉庫に保管してある。帰ってから使うつもりだからだ。

 実際、彼は上手くやっていた。リスクとリターンの駆け引きを掻い潜り、順調に数を増やしていったのだ。何事も、上手くいってる間は面白くって楽しいものだ。

 

 だが、彼は欲をかき過ぎた。

 第一の目的は母体の回収のみだったのだが、異種間交流会の情報を知るやついでとばかりにソレを阻止しようとしたのである。

 彼の気分としては、余裕があるからサブクエストも達成しとこうといった感じだった。

 

 交流会関係者の淫魔を攫い、精を与えて洗脳し、直接操って騒ぎを起こさせる。できれば派手にやりたかったので、可能なら何体か欲しかった。これもまた、上手くいっていた。

 しかし、彼は油断してしまった。牧場にいた淫魔を確保する際、交流会に参加していた冒険者を逃がしてしまったのだ。

 

 流石に拙いと思い、現場の調査にやって来た一団を監視しようとしたら斥候役の端末を捕縛されてしまった。

 しかも離脱する前に捕まったので、まさかの淫魔女王との対面イベントに発展したのである。

 

 そこからは、もう開き直ってのアドリブだ。

 嘘と事実を混ぜつつ、本音を隠して交渉する。

 で、失敗してしまった結果が、現状であった。

 

「まぁまぁ楽しいけど、なんか飽きてきたな」

 

 淫魔女王が放った魔法。魔力を通した攻撃には度肝を抜かれたが、痛いだけで命に別状はなかった。問題はその後に放たれた二種の魔法である。一度目は国を覆う壁で、二度目は謎の魔力波。

 二度目の魔法は恐らく探知魔法の一種だろう。大体の位置はバレただろうが、すぐに居場所が割れるとは思っていない。そもそも拠点には結界魔術が二十四層あり、隠蔽刻印が三カ所、番犬代わりの淫国産野生動物が数十体。無数のトラップに加え、通路の途中は一部迷路化させている。仮に見つけたとて、そうそう容易に突破できようはずもない。

 厄介なのは一度目の魔法だ。淫魔女王の言い分が正しいなら、内側から障壁のそとに出るのは困難なのだろう。恐らく、この夢魔が持ち得る手段で破壊するのは難しい。

 

 とはいえ、別に詰んではいない。

 業腹だが、交渉を断られた時点で敗北したのは確かなのだ。もう少し場を荒した後、土産を持って帰ればいい。帰還の布石は敷いてあるし、その気になればいつでも出られる。

 今はただの嫌がらせタイム。暇潰しのゲームなのだ。

 

「どうせなら、イシグロあたり殺っときてぇが」

 

 腹が立つといえば、あの冒険者である。

 元はと言えば、奴が斥候淫魔を見破ってきたのが発端だった。あの時、自分にミスがあったとは思えない。異能か魔眼か、何かしらが原因で見つかってしまったのである。

 アレさえなければ、両ミッションはパーフェクトでクリアできたのに。

 

 まあ、どっちみち現状で奴の排除は無理だろう。

 恐らく、現在イシグロは王城にいるだろう。淫魔女王に守られているのなら、手出しのしようがない。

 殺るとしたら、奴が淫魔王国を離れ、王都の外に出た時である。あいつの首さえもぎ取れば、この失敗も帳消しになる。それまでは準備パートだ。

 

「どうせならここに来てくれりゃいいのに。くびり殺してやれんだけどな」

 

 この夢魔には、生まれ持った能力に絶対の自信があった。

 この力があれば、修行も鍛錬も必要ない。タイマンならば、ラリス王さえ殺せると思っている。

 また一つモニターが消えた。熱くなっていた夢魔は、徐々に冷めてきた。そろそろ自動操作に切り替えて帰り支度をしよう。

 

「ふわぁ~……はっ!?」

 

 欠伸の途中、突如彼の脳裏にけたたましい警鐘が鳴らされた。

 危機察知。視界の隅から、三本の矢が飛んで来た。狙いは心臓、腹、股間。殺意が高いと分かり易い。夢魔は操作中の全淫魔に「暴れろ」と指令を送り、玉座の肘起きに力を籠め……。

 

「おっとォー!」

 

 腕の力だけでジャンプした。

 次の瞬間、さっきまで座っていた玉座に三本の矢が突き刺さった。と思った途端、矢に括りつけられていた球から、謎の煙が舞い上がった。

 これは魔力感知阻害の煙だ。吸うと魔力の感知ができなくなる。夢魔は空中で翼を羽ばたかせ、反射的に煙の範囲を逃れた。

 

 着地。次いで再度の直感。背後から伸びくる棒の打突を、上半身を捻って回避。すんでのところで躱した棒には、帯電する魔力に混じって遅効毒に似た呪詛が籠められていた。

 視界の端に映る影、それは地味な鎧の男だった。男は勢い任せに棍を薙ぎ、身を隠すようにして煙の中へと飛び込んでいった。

 

「イシグロか……!」

 

 何故バレた? 何故ここが分かった? 何故、侵入できたんだ? 混乱する夢魔を置いて、煙の中から一本の太矢が飛んできた。

 夢魔は反射的に収納魔法から二本の(サイ)を取り出し、飛来する危険信号に従って矢を弾いた。

 

「甘ぇ!」

 

 矢の軌道を追うように、極端な前傾姿勢で接近してきたイシグロが棍を突き出してくる。

 見えづらいが、分かっている。夢魔は完璧な反応で鋭い打突を捌き、翼を広げてバックステップした。

 

「はっはァ! なんで此処にいるかは知らねぇが、失策だぜソレぁ! オレを狙えば勝てると思ったか! ええ!?」

 

 優雅に着地した夢魔は左右の(サイ)を回転させ、三又の根を握り込むようにして構えた。

 威嚇するように広がる翼。武闘家めいた軽やかな身のこなし。禍々しい造形の(サイ)がギラリと光る。

 

「残念、言っとくがオレは強いぜ! 前に出ねぇのは王の余裕さ!」

 

 この夢魔は、生み出された段階で特殊な調整を受けている。

 疑似的な未来予知。野性的な危機察知。ヒトも魔物も災厄も、彼に怖いものは存在しなかった。

 自信満々、ゲームの最後はこうでなきゃ。真っ白な夢魔は無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「ふぅん……」

 

 対し、イシグロは感情を伺えない据わった目で、珍しい武器を持つ夢魔の構えを眺めていた。

 足捌き、重心の位置、視線の動きに筋肉の震え。師匠から習った、無月流の教え通りに。

 イシグロは棍を一回転させ、しかと握りを確かめた。

 

「だいたい分かった」

 

 その意味を、夢魔は理解できなかった。

 一体何が分かったというのか。

 まさか、今の交錯だけでこの夢魔の異能が気付かれたとか……?

 

 ネタバレだが、当たりである。

 

 イシグロは一度目の交錯で、相手が自身と同じような能力を持っている事を思考の隅に置いていた。

 そして、さっきの体捌きで確信した。こいつは自分と同じチート持ちである。

 

 それと同時に、思う。

 普通に勝てる敵だ。

 

「ハッキリ言うぜ」

 

 余裕はあるが、油断はしない。

 勝率を高める為、イシグロはあえて挑発してみせた。

 

「お前、弱いだろ」

 

 効果は抜群だ。




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ネオケフィアム・イン・フレイム(下)

 感想・評価など、ありがとうございます。書き続ける燃料になっています。
 誤字報告ありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。まぁ言うてかれこれ二カ月弱来てないんですけど、貰えると無条件で嬉しいので遊び感覚で是非。

 今回も三人称になります。
 よろしくお願いします。


「ハッキリ言うぜ。お前、弱いだろ」

 

 イシグロの挑発に、当初夢魔はこの言葉の意味が全く分からなかった。

 誰が? 弱い? 誰に? 内容を咀嚼するにつれ、戦を前に機嫌を良くしていた夢魔の美貌は徐々に赤く変じていった。

 煽られた事による怒りによって、である。

 

「人間風情が!」

 

 前傾、跳躍。優雅だった姿勢が瞬時にブレる。激情に身を任せ、夢魔はイシグロ目掛け突貫した。

 対するイシグロは、「よく煽るくせに煽り返されると逆ギレするキッズゲーマーみたいだな」と思いつつ、対夢魔戦における口撃の有用性を認めた。

 

「死ねぇやぁあああああッ!」

 

 (サイ)を順手に構え直し、翼を畳んだ低空高速片手突き。その速度は実際大したもので、銀細工の動体視力でもギリギリ追えるという程だった。少なくとも、敏捷ステータスはイシグロより上なようである。

 イシグロはこれを、棍の真ん中あたりで受け流すようにジャストガードした。ぬるりと、体幹をズラして擦過させた夢魔の横腹がイシグロの前に晒される。

 一瞬の交錯。この時、イシグロは脳内のノートにまた一行書き加えた。モーションアシストチートは無し、と。

 

 銀の戦闘思考で情報をまとめる。

 恐らく、こいつはイシグロのものとよく似たチートを持っている。現状判明しているのは、危機察知か未来予知か。軌道予測も持ってそう。さっきの動きからして動作の最適化はない。レーダー機能も無さそうだ。

 

 危機察知、未来予知、軌道予測。

 精度や仕様は不明だが、いずれにせよ強力極まるチート能力である。何を見ずとも相手の攻撃がどこに当たるか分かるし、考えずとも反射に従えばガードなり回避なりは容易である。全く以て攻防一体のクソチートだ。

 だが……。

 

「ふん!」

「うげーっ!?」

 

 無敵などでは断じてない。

 イシグロは隙だらけの横腹に、強か膝蹴りを見舞った。コンパクトなモーションに比して、その威力は頑丈な魔族の腰椎を粉砕して余りあった。

 会心の膝蹴りを受けた夢魔は上から見て「く」の字の軌道を描くように吹っ飛び、やがて地面に釵を突き立て是正してみせた。

 

「は? なっ、なんだ今の? 何が起こった……!?」

 

 目が合う。追撃がない。困惑する夢魔に、イシグロは片手を向け、クイクイと自身の方へ手首を屈曲させた。

 これは攻撃の予備動作でもなければ、魔法でも能動スキルでもなく、誰が見ても明確な「かかってこい」の挑発モーションだった。

 らしくもない幼稚な挑発。無論、イシグロはイキってやった訳ではなかった。ただ、これが最善手だと考えたから挑発してみせたのである。事実、夢魔は先の失敗を忘れて再度突撃してきた。

 

「ぐがッ!?」

 

 結果は、先程の焼き直しである。

 ジャスガからの確反。軽く押すような蹴撃が、夢魔の肋骨をへし折った。

 

 肉体再生の最中、夢魔の思考は乱れに乱れていた。

 今のは何だ。いくら奴が銀細工とはいえ、どうしてこうも上手く捌ける? 見えていた、反応できた。速度では此方が圧倒的に上なはず。にも拘わらず、ガードも回避もほんの僅かに先を行かれる。

 実際、夢魔の能力はイシグロを優越している。敏捷性は言うに及ばず、魔力ステなど三倍以上。もしこの異世界が完全にRPG風のバトル方式なら、イシグロに勝ち目などなかっただろう。だが、現実は異なる。

 

 ならば何故、イシグロがこの戦いにおけるイニシアチブを握っているのか。

 結論から言うと、自身が持ち得るチートとの向き合い方が違うからだ。

 

 イシグロからして、目の前の夢魔はあまりにも容易い相手だった。それが例え、自分よりステータスの高いチート持ちの魔族であってもだ。

 転移後、ルクスリリアを仲間に加えてからこっち、イシグロは異世界物理法則に順応すべくひたすらに訓練してきた。危機察知持ち同士の打ち合いなど、これまで何百回とこなしてきたのである。身内同士の模擬戦だけでなく、対策された場合の対策もまた同様に想定している。

 無敵に見える危機察知だが、踏み込み過ぎると狩られてしまう。如何に素早い動きであっても、突っ込んでくる夢魔など驚く程にただのカモであった。

 そして、突ける隙はそれだけではなかった。

 

「はっ!」

 

 イシグロの鋭い打突を、夢魔は踏み込み深く回避した。予想通りである。

 まず、これがダメ。

 

「ぐぶ!」

 

 突き出した棍を薙ぎ、回避中の夢魔にぶち当てる。態勢を立て直す時以外で大袈裟に動くとこうなるのだ。

 それはさながら、鷹村守にマトリックス回避を狩られたブライアン・ホークの様。

 

「はぁ!」

「ぎゃ!」

 

 次いで、片手の棍で【雷の鞭】を起動しながら、もう片手で炎魔法の【発火】を使う。予想通り、奴は中途半端に身体を捻じっただけで炎の方が直撃した。

 同時攻撃。どう来るかは分かってるのに、どう避ければいいか分からない。要するに、チートで反応できるにしてもバリエーションが無さ過ぎるのだ。惑うと死ぬのが迷宮で、これでは絶対生き残れない。

 

「がッ!? クソが!」

 

 特にヤバいのが、すぐフェイントに引っかかるところだ。反射任せの危機察知に頼り過ぎて、軌道予測を計算に入れていない。騙し合いの駆け引きができないのだ。頭が茹だってる今なら猶更。

 この程度、姉弟子のアンゼルマさんなら引っかかる訳もない。はっきり言って致命的な対人戦不足であり、想像力不足だ。

 

「はぁー!」

「ゴボーッ!」

 

 破れかぶれの再突撃を、イシグロは機をズラした体当たりで吹き飛ばした。

 水平方向に飛ばされた夢魔は地面をゴロゴロ転がり、やがて犬のように四つん這いになった。

 

「はぁ? なんだ、お前、竜族権能でも持ってるってのか? いや、まさかお前も改造を……!」

「てめー頭脳がまぬけか? 他人のチート(ずる)を疑う前に自分のバカさ加減を自覚しろよ」

「お前! 人間の癖に」

「いきなり差別かよ? 夢魔らしいな。そもそも実戦で卑怯もへったくれもあるか」

「ぶっ殺す!」

「できてないじゃんね」

「今からぶっ殺してやんだよぉ!」

 

 何よりもイシグロがツッコみたいところとしては、奴の使用する武器についてである。

 奴が使っている武器は(サイ)である。この釵という武器は、前世日本における琉球空手で用いられていた物だ。見てくれは十手と音叉が悪魔合体したような感じで、刃を肘側にして根本を握り込んで扱う。

 見た目こそゲテモノめいているが、トンファー同様意外と優秀な武器と聞いた事がある。前世、イシグロは某亀忍者のアニメを観た後に軽く調べた事があるのだ。そして思った。ニンジャの武器じゃねーのかよ、と。

 

 閑話休題。釵という武器を異世界ナイズドして捉えた場合、どうか。

 攻撃の物理属性値としては、柄を用いた拳打による打撃。刃による刺突。奴の武闘家っぽい動きから蹴りにも補正が入ってそうだ。リーチは短く、手数と立ち回りを重視した武器といったところか。

 左右の釵で攻防一体。使いこなせば強いのだろう。魔力飛行と併せれば、実に厄介な戦闘技術の出来上がりだ。

 が、先述の通り、それは使いこなせばの話である。

 

「ハッ!」

「ぐっ! ちくしょグバァ!?」

 

 畢竟、功夫(クンフー)が足りない。

 チートにしても釵にしても、もっと熟練が必須なはずだ。それを、こいつはチートにかまけて鍛錬も実戦も蔑ろにしている。どうせトレーニングしないなら、もっとシンプルな武器を使えばいいものを、よりにもよって何故にテクい武器を使うのか。

 同じチート持ちだからこそ、その脆弱性は確定濃厚バレバレだった。端的に換言すると、もっとよく馴染む武器を使えと言いたい。

 

「いってぇなぁ! 剣士だろお前! またガセ情報か!」

「剣士じゃない侍だ。浪人だがな」

「侍? ならリンジュ出身って噂は……!」

「そうとも言えるしそうでもないとも言える」

「お前の本領が剣じゃねぇ事が分かったぜ……!」

「良かったな。で、それが何の役に立つ」

「さっきから何なんだお前ぇ!?」

「顔真っ赤にして怒る姿、俺にとっては一番夢魔らしく見えるよ」

「うるせぇえええええ!」

 

 激しい攻防を続けつつ、イシグロはらしくもなく口を開き続けていた。こいつを冷静にすべきではないと考えたからだ。

 攻防を続ける中、徐々に奴の動きが洗練されてきた。怒りに支配された頭で、学習しているのだ。

 

「ぐはッ!?」

 

 なら、尚の事ここで決着をつけるべきだ。

 攻撃をジャスガし、あえて棍を大きく振りかぶった。ガード不能の強攻撃。反射的にバックステップした夢魔は背後の壁に背中をぶつけていた。混乱する夢魔。やはり地形の把握ができていない。

 後ろに壁、前には打突を構えるイシグロ。現状はさながらロープ際に追い詰められたボクサーの様相。この場には反則を咎めるレフェリーも、試合を止めてくれるゴングもない。

 一瞬の静寂、即座に逃れようとした夢魔の顔面に真っすぐ伸びた棍が突き刺さった!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」

「ぐぁあああああああッ!?」

 

 打突、打突、打突打突打突! 左右上下に逃げんと動く夢魔を押さえつけるように、間髪入れず棍の先端を当て続ける。

 徐々に、徐々に、夢魔の背が壁にめり込んでいく。肉が潰れ、関節が砕け、骨に入ったヒビが広がる。棍に仕込まれた雷属性と、付与されたエリーゼの呪詛権能が凄まじい勢いで蓄積していく。やはり魔族が相手なら、斬るより打撃がよく通る。

 

「ぐおおおお!」

 

 圧倒的な劣勢を自覚してか、ガードを固める夢魔は憤怒を堪えるような表情になっていた。持久戦は反撃までの猶予期間。分かっている、分かり易い。

 なので、連撃の最中、イシグロは棍をあえて深めに引いてみた。

 

「がああ!」

 

 至近距離からの反撃魔法。

 これをジャスガで潰し、

 

「ぶごぇ!」

 

 鳩尾を抉るように会心の一撃(クリティカル)を入れた。

 心臓と肺を潰し、胸骨と肋骨に歪なヒビが入る。傷に呪いの雷が浸透し、肉体再生を遅らせた。

 

 白目を剥きかけた夢魔はやがて、苦虫を噛み潰すような顔で再度ガードを上げた。顔をかばっていた。空いた腹を狙いまくる。

 呼吸もままならぬ状態で、肺を再生した夢魔はえずくように声を発した。

 

「十三番ッ! 助けろ……!」

 

 その、瞬間である。

 ぞわりと、イシグロの背筋に嫌な感覚が迸った。

 

 何かミスをしただろうか。否、戦闘開始から今に至るまで最善手を打ち続けていたはずだ。

 調子に乗ってはいなかったか。否定はしないが、戦闘の流れに影響はなかっただろう。

 迷宮探索者としての勘。今から、流れが変わってしまう。

 

 ――ひっくり返される!

 

 遅れて、イシグロの危機察知チートが過去最大級の警鐘を鳴らした。

 イシグロは半ば飛び込むようにしてその場を退避した。すると、さっきまでイシグロが居た場所に回転する光の輪が突き刺さっていた。

 さながら光輪回転ノコギリ。アレは何だ。どこから出た。チートが言う。ガード不可。確一。即死技だ。

 

 レーダーに反応。見上げた先に、それ(・・)が在った。

 突如として、何の予兆もなく、洞窟の中心座標に鋼鉄の巨人が浮かんでいた。

 否、それは巨大な人というには生気が感じられず、まるで伽藍洞の鎧が糸で宙吊りにされているかのようであった。

 全高は三メートル程。鎧の色は白銀で、装甲の継ぎ目から淡い緑の光が漏れている。その造形は騎士が纏う全身鎧というより、SF作品におけるパワードスーツといった印象を受けるものであった。

 

「げぼ! げぼ! あぁ痛ぇ……! マジで呼ばれるまで来る気なかったのかよ! まぁいい……!」

 

 宙に浮く鎧の背後に、仏像のような黄金の光輪が生成される。それは凄まじい速度で時計回りに回転を始めた。

 光の輪から、エリーゼに勝るとも劣らぬ莫大な魔力……いや、魔力とは根本的に異なるモノ。とにかく凄まじいエネルギーが渦巻いているのが感じられる。

 例えるなら、上位迷宮のダンジョンボス。何をせずとも存在するだけで周囲の圧力を倍増させる、格の違う超存在。

 

「やれ、十三番! あいつを殺せ!」

 

 イシグロの知識にはない、古の歴史。

 これは、第二大災厄以前に造られし、救世の発明。護国の象徴にして、災厄を祓う切り札だったもの。

 人類生存圏の半分を焦土に変えた魔導兵器。その一機。王の封印を逃れた古の遺物である。

 

 対災厄決戦兵器。

 特級魔導人機・広域殲滅型。

 識別名、極天(きょくてん)

 

「これは……!?」

 

 甲高い唸りを上げ、極天の背後の光輪が高速回転する。

 眩い逆光の影から、不気味に光る二つ目(ツインアイ)が排除対象を捕捉した。

 

 目が、合う。

 

 イシグロは直感した。

 こいつとは、戦ってはならない。

 

 

 

 

 

 

 夢魔の予想した通り、先の邂逅時に淫魔女王が放った魔力波は王国全土を網羅する規模の探知魔法だった。

 しかし、これは敵対者の居場所を割り出す為の探知ではなく、王国内にいる淫魔の座標を確認する為のものであった。

 何故、淫魔だけを探していたのか。理由は単純で、その時には既に夢魔の居場所など割れていたからだ。

 

 交渉決裂時に放った、催眠操作時の繋がりを利用した間接攻撃。

 あれはダメージを与える事が目的の魔法ではなく、魔力残滓による探知を可能とする為の布石。要するに、マーキングだったのである。

 

 捕らわれた淫魔の居場所はわかった。

 元凶たる夢魔の居場所もわかった。

 後の流れは、想像に容易いだろう。

 

 女王にルクスリリアを診てもらうべく功を立てたいイシグロは、男性故に夢魔の催眠が通じない。夢魔討伐。申し出たのはイシグロだが、女王的には勿怪の幸いだった。

 それから、女王の全力バフを受けたイシグロが先行して夢魔にちょっかいをかけたのだ。

 最大目標は時間稼ぎだが、倒してしまっても構わない。そういうお話。

 

 で、だ。

 

 イシグロの予想に反して、実際相対してみた夢魔はさほど強くはなかった。

 少なくとも一対一であるならば、イシグロの敗北はあり得なかっただろう。

 しかし、今となっては、イシグロの中から夢魔討伐の選択肢は消えていた。

 何故なら、突如として姿を現した白銀鎧が、戦ってはならない存在だったからだ。

 

 

 

 まるで、金色の嵐のようだった。

 

 光矢が飛ぶ。壁面を穿つ。光輪が迸って大地を抉る。

 先程と一転、戦いは一方的だった。十三番と呼ばれた鎧の背後、光の輪が唸りを上げて回転する。輪から漏れた光矢の群れが標的を排除せんと殺到し、定期的に生成される光る回転ノコギリがギャリギャリ地走り獲物を追う。

 チートに曰く、双方ともに即死級の威力。矢は棍で弾けるが、ノコギリはガード不能の追尾技だ。イシグロはこれを、走って弾いてぶん殴っては死に物狂いで凌いでいた。

 

「はははっ! さっきまでの軽口はどうした!? 手も足も出ねぇかイシグロよォ!」

 

 その光景を、玉座にもたれかかった夢魔が嗤っていた。玉座の機能により、逃走できるだけの魔力の回復を試みているのだ。

 実際、夢魔の言う通り防戦一方である。ただでさえ苛烈な弾幕に加え、当の十三番はイシグロの手の届かない空中に浮遊しているのである。仮にジャンプして攻撃しても、対空技で狩られる未来が容易に予想できる。何より、イシグロの直感がこの鎧とは戦ってはならないと言っているのだ。

 よって、今のイシグロの目標は時間稼ぎにシフトしていた。焦らず、慌てず、冷静に、黒い双眸は夢魔の嘲笑を受け流していた。

 

「じゃ、良い感じにそいつ殺しとけや。オレは此処から出てくわっとォ!?」

 

 瞬間、夢魔の足元に呪詛の籠った短剣が突き刺さった。弾幕を避け続けるイシグロが投げた物だ。

 その刃の輝きが「逃がすつもりはない」と物語っている。

 

「チッ! お前ほんとウゼェな! 十三番! さっさと殺せ! 役目だろ!」

 

 命令を受け、十三番の光背がいっそう輝きを増した。

 機械じみた二つ目(ツインアイ)が光り、誰も聞こえぬ鎧の奥に小さな詠唱が木霊した。

 

『出力最大、【念力(サイコキネシス)】』

 

 ふと、弾幕が止む。何事かと身構えるイシグロ。宙に佇む白銀鎧は、ゆっくりと右手を掲げた。

 やがてその手が虚空を掴む動作をすると、洞窟内に散乱していた全ての瓦礫が舞い上がった。次いで、無造作な手団扇。そうして念じて動かされた大小の礫は一つの渦を成し、意思を持った大蛇のようにイシグロ目掛け牙を剥いた。

 圧倒的物量による面制圧。万物一切を微塵に砕く横殴りの竜巻を、イシグロは全速力で走って逃げた。

 一目散に駆けるイシグロの先には、玉座で休む夢魔がいた。

 

「左から失礼」

「ふざけっ! お、オレを巻き込むんじゃねぇ!」

 

 一瞬の状況判断で夢魔の近くが安全地帯と踏んだイシグロは、この範囲攻撃に夢魔を巻き込んでやろうと思い実行したのである。

 慌てて発せられた夢魔の悲鳴に、十三番はすんでのところで瓦礫竜巻を解除した。急に動力を失った石片が落下し、洞窟内に土埃を舞い上げる。

 

「助かった。じゃあ死ね!」

「ごべ!?」

 

 油断大敵。共に竜巻の脅威を逃げ切ったところで、イシグロは夢魔の顔面に不意打ちの強振フルスイングをお見舞いした。

 頭部に棍が直撃した夢魔は、空中逆上がりのようにその場で一回転した。顔面着地。玉座で回復した魔力が大きく削れてしまった。

 その間、十三番は呆然と佇んでいた。指示待ち人間ならぬ指示待ち白銀鎧である。ちょっと困ってそうな雰囲気だ。

 

「なにサボってる! 近づいて殺せよ!」

 

 慌てたような命令からきっかり三秒後、これまた何の予備動作もなく十三番の姿が消え、瞬きの後にはイシグロの背後に出現していた。

 無造作に振りかぶられた右腕。邪魔な荷物を退かすような動作で、それは炎を伴って振るわれた。

 

『出力制限、【念火(パイロキネシス)】』

 

 炎の拳。背中越しに脅威を感知したイシグロは、これを棍と体捌きで以てぬるりと受け流した。

 ジャスガ成功、鎧に隙。常ならば即座に反撃を入れるところだ。実際、イシグロは脊髄反射で棍を振ろうとした。

 が、手癖で打撃を放つ寸前、イシグロは地を滑るように退避した。我知らず、その顔には冷や汗が垂れていた。

 

「ビビッてるぞ! 攻めろ攻めろ!」

 

 十三番はその場で三秒間立ち尽くした後、再度イシグロの後ろに転移して攻撃を見舞った。すると、イシグロは同様の動きで凌いでみせた。その攻防は何度も連続する事となった。

 今のイシグロに戦意は全くない。とにかくこの鎧とは戦ってはならないのだ。ガードこそすれ、攻撃をすると災いが起こる。そう直感しているのである。

 隙あらば逃げようとする夢魔を牽制し、イシグロは時間稼ぎを続けた。大まかだが一党員の位置は分かる。そろそろ来るはずだが……。

 

 そして、来た。

 

 慣れた感覚。洞窟の外で膨れ上がる膨大な魔力反応。角度はイシグロから見て斜め上。破壊の奔流が今、放たれた。

 遅れて響く轟音に、地震のように激しく揺れる洞窟内。やがて、壁面から青白い光が漏れ……。

 

 ドガァアアアアアン!

 

 一条。岩肌を裂いて迫る光線。見上げる夢魔の視界いっぱいに、青白い死が見える。

 次の瞬間、夢魔の前に転移した十三番が障壁を張って迫る魔法を防御した。痛みに喘ぐように、背中の光輪が甲高い唸りを上げる。掘削される魔力障壁。やがて魔力の盾は破れ、咄嗟にクロスした腕の装甲で銀竜の必殺技を凌ぎ切った。

 

「な、なんだ今の……?」

 

 呆然とする夢魔の前で、半ば焼け焦げた十三番の巨体が膝をつく。継ぎ目の発光が明滅し、鎧の各所から間欠泉めいて光エネルギーが噴出した。さながらエラーでも訴えるように、鎧の表面に青白い電流が迸っている。

 そんな二人を見下ろすように、洞窟に空いた穴から複数の人影が振ってきた。

 

「ご主人! おまたせッス!」

 

 最初に来たのはルクスリリア。無傷なイシグロと並び、禍々しい大鎌を構える。次いで剣呑な眼の淫魔騎士が陣形を組んで着地する。イシグロの他一党員は洞窟の外で待機中だ。

 そして、それはゆっくりと舞い降りた。

 

「捕らえられてた淫魔は救出済みよ。分かり易く言うと、貴方の負け。お分かりかしらん?」

 

 足を組み、頬杖をつき、空飛ぶ玉座で淫魔が微笑む。誰あろう、淫魔女王である。

 その身を守るように、目つきの鋭い騎士団長の一人が玉座の後ろで翼を広げていた。

 

「淫魔女王……!」

「貴方は包囲されているわ。大人しく投降なさい」

 

 この状況で、淫魔女王からの降伏勧告。

 夢魔の身体に残る魔力は残り僅か。切り札たる十三番は急激な魔力消費で停止中。逃げようにも、イシグロが邪魔してくるだろう。どう考えても勝てる訳がない。

 けれども、文字通りの上から目線を享受できる程、夢魔は大人の人格を形成できていなかった。勝てないだろうが、荒らしてやろうと思ったのだ。

 

「なら! 全員催眠してやるよぉー!」

 

 反射だった。一番ムカつく女王に、夢魔は視線を通して催眠権能を行使した。

 発動と同時、周囲の淫魔騎士が阻止に動くが遅すぎる。こいつらバカか。夢魔を前にこれを予測してなかったとでも言うのだろうか。

 この時、夢魔は勝利を確信していた。淫魔女王は何の回避動作も取らず、無防備に目を合わせていた。完璧に、催眠(はい)った。

 

「残念♡ 対策済みよ♡」

 

 しかし、うまく決まらなかった。

 目と目を合わせた淫魔女王は、これ見よがしに左手にある指輪を見せつけてきた。指輪にはめ込まれた宝石が妖しげな光を放っている。

 

「え、は? ぐぁ!」

 

 呆けた夢魔の身体に淫魔騎士の拘束魔法がヒットした。

 複数の魔力網に絡め取られ、ミノムシみたいになった夢魔は空中の女王を睨みつけた。

 

「第二次魔王戦争の後も、夢魔を殺す方法は研究されてたのよ。ラリスとの共同研究。これ、やろうと思えば量産できるわ。私()が捕食者だった時代は、もう終わってるのよ」

 

 言って、女王は玉座の肘置きをトンと叩き、自身の目の前に半透明の青白い板を出してみせた。

 イシグロ視点、それは空中投影されたピアノの鍵盤に見えた。なるほど、それが前にルクスリリアが言ってた女王の楽器か。

 

「は、はぁ? あっ! あぁああああッ! クソクソクソクソッ! ふっざけんなよもぉおおおお! 聞いてねぇ! 聞いてねぇって!」

 

 ここにきて、夢魔の顔色は青と赤を往復する事となった。

 聞き苦しい声をシャットアウトするように、夢魔の頭部にバケツのような拘束具を取り付けられていった。そのまま手錠足錠と、最後に魔封じの鎖で固めていく。

 

「まだ終わってないわよ! 恩寵を与えるわ、あの鎧も拘束なさい!」

「「「御意!」」」

 

 女王が半透明のピアノを奏でると、その場に居る味方全員に強力なバフがかけられていった。

 対する十三番は、依然として片膝をついて身動き一つしなかった。無機質な二つ目(ツインアイ)が拘束された夢魔をじっと見ている。

 精鋭の淫魔騎士は見事な連携で白銀鎧を包囲し、号令と共に魔法を放った。白銀鎧は自身を覆う障壁魔法を展開し、激しい風雨を耐えるように静止していた。

 

「ご主人? どうしたッスか?」

「い、いや……」

 

 その様に、イシグロは何かを言おうとしたが、口を噤んだ。白銀鎧と戦ってはならないという自身の勘、今ここでコレを言うべきではないと思ったからだ。

 当初、この直感は彼我の戦力差を感じ取ったが為のものだと思っていた。けれども今は、淫魔騎士と戦ってほしくないという由来不明の思いに塗り替わっていたのである。感情と理性のせめぎ合いの結果、イシグロはその場で成り行きを見守る事を選んだ。

 

「ぐぅううううう……!」

 

 拘束された夢魔には、監視役の淫魔騎士二人が各種状態異常をかけ続けている。バケツ拘束具の中、夢魔は獣のように唸っていた。淫魔騎士による各種魔法を耐えているのだ。麻痺に睡眠に沈黙に魔力収奪。何もできない、何も起きようはずもない。

 そんな中、イシグロはこの状態の夢魔に嫌な予感を覚えていた。何があってもいいように、唸る夢魔に警戒を続ける。ルクスリリアはイシグロを守護する位置。白銀鎧はじっと夢魔を見ている。淫魔女王は最大の脅威と思しき白銀鎧に注目している。

 十三番は指示を待っていた。何も言えない夢魔から、今にも再起不能になりそうな夢魔から、次の指示を。奴の目も口も塞いでいる。意識も朦朧としているはずだ。そんな状況で、鎧に指示が届くはずもない。

 

 当然として。

 鎧への指示は言葉じゃなくても届く事を、この中の誰も予想できる訳がなかった。

 ほんの僅かな、悲痛な思念。

 オレを助けろ、と。

 

 指示を受けた十三番は、鎧の中で呟いた。

 魔力ではなく、自らの身を代償に。

 

『資源消費、【瞬間転送(アポート)】』

 

 瞬きの瞬間、夢魔の頭部を覆っていた拘束具が無くなって(・・・・・)いた。

 この現象に最初に気づいたのは、イシグロだった。駆け出したイシグロがトイレ詰まりを直すような動作で夢魔の頭部に棍を突き出す。直撃の寸前、夢魔は己の首を自力で以て切り飛ばした。

 

「はっはぁ! よくやったぜ十三番! こっから一発逆転、決めちゃいますか!」

 

 ポンッと空高く舞い上がった夢魔生首。その双眸は白く染まっている。

 女なら誰でもいい。催眠して、そいつを起点に催眠連鎖を繋げて逃げてやる。感覚で分かる、あの対策アイテムは無効化している訳じゃない。ならば力()くで理解(わか)らせてやる。

 任務などどうでもいい。十三番もどうでもいい。今はとにかく、ここにいる全ての嫌な奴に恥をかかせてやる。夢魔は身勝手な怨嗟を燃料に、過去最高の催眠権能を解き放った。

 

「カァ……ッ!」

 

 集中力が高まる。スローモーション。催眠権能。超過出力!

 結果、背の低い淫魔にヒットした。外れだが、成功だ。奴の指にある催眠対策アイテムが光る。押し込む、押し込む。指輪にはめられた宝石が発光し、やがて砕け散った!

 勝った! 催眠権能の勝利だ! このまま、チビ淫魔を催眠し切ってやる! 目が合う、催眠(はい)った! 心を奪ってやったぞ!

 

 催眠完了。チビ淫魔が微笑む。頬を赤らめ、夢魔を見ている。制御をミスって惚れさせてしまったか? まぁ思う通りに動くならそれでいい。

 さぁ、そいつらに催眠をかけろ! オレを逃がせ! そう、命令を出そうと夢魔の口が開いた。

 瞬間、メスガキが嗤った。

 

「ザ~コ♡」

 

 それは、嘲笑であった。

 夢魔史上最高の催眠権能が、淫魔史上最小のチビ淫魔に、まったく全然これっぽっちも効いていない。

 

 は? なんで? お前に? オレが?

 落下し始めた生首夢魔は意味不明な状況に呆然となった。

 

 

 

 女王は確信していた。イシグロは説明されていた。ルクスリリアが夢魔の催眠を無効化した、その理由。

 それは、新たな淫魔の可能性。初代淫魔女王。夢魔殺しの英雄。先代ラース公爵。彼女達と同じ条件を、ルクスリリアは満たしていた。

 

 即ち、愛である。

 

 恋をして、情を知り、心の奥に愛の楔が打たれた時、淫魔族は覚醒する。

 仮の名を、純淫魔(ピュアリィ・サキュバス)。先代ラース公爵が生涯かけて研究し、淫魔剣聖シルヴィアナが証明した。未来を繋ぐ新世代淫魔。

 ルクスリリアは、史上二人目となる純淫魔。その候補なのである。

 

 

 

 時間感覚が戻る。大鎌を構えたメスガキは、釣り糸を放るようにして鎌を振り、伸長した刃で夢魔の生首を巻き取った。

 そのままグイッと引っ張られ、ゆっくり夢魔は硬い岩肌に激突した。

 

「は? え……?」

 

 一瞬、感じたはずの痛みも衝撃も、動揺によって忘れていた。ズタズタになった顔に構わず、夢魔は目をキョロキョロさせて周囲を見た。

 全く催眠されていないチビ淫魔。淫魔騎士に取り囲まれて障壁に籠っている十三番。楽器を奏で、味方一体(イシグロ)を超強化した淫魔女王。

 そして、迫り来る男の手……。

 

「オラァ!」

「ぐぎゃ!」

 

 髪の毛を掴まれ、地面に叩きつけられる。

 何度も、何度も、いっそ狂気的な程に幾度となく。最高ランクの女王の恩寵は今、恋人に粉をかけてきた間男への暴力に使われていた。

 ここにきて、夢魔は絶望した。修復に使える魔力も残りすくない。助けを呼ぼうにも、口も頭も痛みと衝撃で動かせなかった。

 

「イシグロさん、私が確保します」

「なん、だよこれぇ……?」

 

 女王が鍵盤に触れる。禍々しい音色が響くと、やがて夢魔は抗えぬ眠りについた。安らかな眠りとはいかない。ありったけのデバフを受けての強制睡眠である。

 こうして、今度こそ夢魔は動かなくなった。いっそ死んだ方がマシという、後の状況を約束されて。

 

 一方、十三番はというと、ドーム状の障壁越しに捕らわれた夢魔を見ていた。浴びせられる攻撃の一切を受け付けていない。

 きっかり三秒後、十三番は僅かに身じろぎした。

 

『【瞬間転移(テレポート)】』

 

 障壁が消え、魔法が着弾する。舞い上がる土煙の奥に、あの大きな影は見えなかった。

 淫魔女王が洞窟に開いた穴を見上げる。イシグロ達も続いて、それを見た。

 

 抉り取られた遠い空、障壁に触れられる距離で、十三番が浮遊している。

 やがてその手にクロスボウに似た大型筒を握り、その砲口を真上に向けていた。

 

「此処からじゃ無理ね」

 

 女王の言葉を聞き、騎士達は武器を下ろした。イシグロも棍を下ろす。

 十三番が構えた砲に、黄金の光が凝集していく。それはあまりにも分かり易いチャージエフェクトだった。

 イシグロが「なるほどアレで障壁を壊すのか」と思った。ちょうど、その時である。

 

「うぐ!?」

「ご主人!?」

 

 イシグロの頭の中に、強烈な耳鳴りが木霊した。

 次いでガンガンと激しい頭痛を覚え、徐々に方向感覚がうやむやになっていった。

 立っていられず、その場に倒れそうになったところをルクスリリアに支えられる。

 

 得体の知れない、強烈に過ぎる違和感。

 何処からか大声で名を呼ばれたような。遠くで赤ちゃんが泣き叫んでいるような。誰かに助けを求められたような……?

 

 こんなにも強烈ではなかったが……。

 これに似た感覚を、イシグロは以前にも感じた事がある。

 

 リンジュからの帰り道。

 聖輪郷を眺めていた時、何処かの誰かに名前を呼ばれたような気がしたのだ。

 

 イシグロは頭痛を耐えながら、再び空に通じる大穴を見た。

 十三番と、目が合った。

 

 

 

 

 

 

 帰還命令を受けた十三番は、淫魔王国を覆う結界の近くへと転移した。

 入る時は一度で行けたのだが、出る時はこの障壁が邪魔して直接外に転移できないのだ。

 なので、これを壊す必要があった。

 

 十三番は収納魔法から武器を取り出し、臀部から伸びた紐を接続した。弾の充填が開始されると、十三番の肉体からあらゆるエネルギーが吸い取られていった。ただでさえ消耗しているのだ。これ以上は命に関わる。

 声、声、声……。生命の危機を感知して、頭の中が五月蠅くなった。大丈夫だ、何ともない。

 

 充填中、十三番は先の戦いを思い返していた。

 何故、あの男は自分に攻撃をしなかったのか。

 防御こそすれ、どうして反撃を躊躇っていたのか。

 

 勝てない相手なのはその通りだろう。極天とは、そういう兵器だからだ。

 しかし、彼の能力ならもっと上手く捌けたはずである。あの時も、あの時も、あの時だって、反撃した方が自身の生存に繋がっただろうに。

 

 女の声が響く。

 頭の中に、優しい声が……。

 

 言われるがまま、十三番は雑念を振り払うように、ルーティンをこなした。

 一方的な通信。誰にも届かぬ信号。

 

 ふと、何か(・・)と繋がった気がした。

 下を見る。洞窟の穴から、件の男がこちらを見ていた。

 

 何か、胸の奥が、ざわつく。

 

 目が合った。充填が完了した。無造作に光を放ち、結界を破壊する。

 時間が来る。声がうるさい。反射的に、十三番は無差別に権能を使った。

 

『【念話(テレパシー)】』

 

 音の無い、念の伝播。

 それは、たった一秒の救難信号(・・・・)だった。

 

 

 

 何処かへ転移した鎧を見送ったその男は、呆然と空を眺めていた。

 

 その男は、度し難い性癖の持ち主であった。

 故にこそ、届いたのだ。

 

 凍った表情で、

 精一杯の、

 彼女(・・)の、声なき声を受け取った。

 

 名を、石黒力隆(イシグロ・リキタカ)

 この世界に迷い込んだ、ロリコンと言う名の紳士である。




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 ぶっちゃけ、本作って「あそこでああすりゃよかったニャ」のオンパレードなんですよね。まぁそれで反省会終わりなんですが。
 こうも長いと後悔なり何なりなんて無限に湧いてくるもんで。

 そんな本作ですが、今後も引き続きぼんやり面白がってってくれると嬉しいです。



◆一応の補足◆

・魔導人機
 109話、「変態王子と領域の外」冒頭にある魔導兵器のこと。

・極天
 封印された魔導人機のうちの一機。広域殲滅型。
 全高3メートルのパワードスーツ。色は白銀。背中に光の輪が浮遊している。

・十三番
 極天の中の人。


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ロリの流れのように

 感想・評価など、ありがとうございます。いっぱい貰えてうれしい限り。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は一人称です。
 よろしくお願いさしすせそ。


 俺と夢魔が戦った、あの夜……。

 

 突然現れた白銀の機動戦士。

 ひと目見て、戦っちゃいけないと思った。最初はそれが何故なのか分からなかった。

 けど、今は確信している。

 

 あの鎧の中には、ロリがいた。

 

 帰り際、あの子は心から「助けて」と言っていた。

 言葉として聞いた訳ではない。まるでラジオの電波が噛み合った時のように、ほんの一秒だけ心みたいなのが繋がって、確信したのである。

 俺にしか聞こえなかったらしいが……。

 

 顔も声も知らない。会った事も話した事もない。

 あの子の事情も何も分からない。

 けれど、もし本当にそうなら、助けたいと思う。

 

 とはいえだ。

 相手は奇襲してきた謎の鎧。お呼びに応えて夢魔の援護に来たようで、恐らくヴィランサイドのロリなのだろう。

 どこに居るかも、いつ会えるかも分からない。それでも、願わくば助けたいと思う。

 

 しかしだ。今の俺には、守るべきものがある。

 ルクスリリア達を蔑ろにして、あの子を救うと猪突猛進する訳にはいかない。

 仮にどちらか片方を選べとなった時、俺は迷う事なく皆を選ぶ。そういう覚悟はしておくべきだ。

 

 あー、うん。でもやっぱ……。

 あの子は助けを求めていたのだ。

 応えたいとは、思う。

 

 可哀想なのは抜けない。

 

 

 

 

 

 

 例の事件から、幾日の時が過ぎた。

 淫魔王国は今やすっかり日常を取り戻し、本日は冒険者達をラリスに送り届ける日。

 

 晴天の朝である。現在、冒険者達は交流会で知り合った淫魔達とお別れをしていた。

 その光景はまるで戦争映画で恋人と別れるシーンのようである。中には抱き合って激しいディープキスを交わしているカップルなんかもいた。

 というのも、旅券を持たない淫魔はこの国を出られないのである。また会う日まで、というやつで。

 

「今日で終わりかぁ」

「名物料理なんかは粗方食べてしまったわね」

「わしとしては主様の我慢が続いとるのが意外じゃったの」

「短かったですけど、色んな事がありましたね」

「まぁすぐ戻るんスけど」

 

 グーラの言う通り、淫魔王国に来てから色んな出来事があった。

 観光に、交流会に、夢魔騒動。

 空を見上げ、俺はあれから今までの事を思い返した。

 

 

 

 まず、元凶たる夢魔についてだが……。

 

「ふご! ふごごごご! んがぁあああ!」

「へえ! これが夢魔ですか! ホントに生きてたんですねぇ! 実物初めてみました! じゃ、さっそくスケッチさせて頂きますね!」

「いや、その前にこの書類に記入を……」

「ふんがぁあああああ!」

 

 例の一件以後、奴はガチガチに捕縛され、生首状態で封印される事となった。

 それから、ラリス王国の大使に夢魔の生首をお見せして、淫魔王国の潔白を証明。今回の騒動は交流会とは無関係であると認めてもらった。

 

 現在、ゆっくりと化した夢魔はラリス側のエージェントが来るまで四六時中監視されている。

 死ぬに死ねない生首状態のまま、裏で糸を引く黒幕について教えてもらうのだ。異世界の拷問技術はエグいと聞く。せいぜい苦しめと言っておこう。

 また、万一にも逃げられないよう、頭の中には呪いと印と爆弾を仕込まれているらしい。ボルガ博士は可哀想だが、こいつは全然可哀想じゃない。

 

 次、夢魔に捕らわれた淫魔達は、全員無事に救出された。

 俺が夢魔と戦っている間に、グーラ達がやってくれたのだ。図らずも同じ場所にいた国境周辺のラリス国民も救出し、皆は被害者女性達からお礼を言われていた。

 幸い、彼女達は丁寧に保管されていて、凌辱や拷問の跡は無かったという。

 

「ヴィーネさん……! あぁ良かった……! 目が覚めたんですね……!」

「と、トリィ君……? よかった……。無事だったん、ですね……」

 

 助けられた淫魔の中には、お姉さん淫魔ことヴィーネさんとその母の姿もあった。療養中、母娘のお世話はトリクシィさんがしていたそうである。

 ちなみに、そんな光景を見せられていた他淫魔は嫉妬の念で炎柱になりかけていたそうな。

 

「は~い♡ 治療の時間ですよ~♡ 脱ぎ脱ぎしましょうね~♡」

「先生! 自分、先生を見てると股間がムズムズします! これは何かの病気でしょうか!」

「そうなのね~♡ じゃあ先生が診てあげますね~♡」

「オッスお願いしまーす!」

 

 騒動の後、傀儡淫魔による催眠を受けた交流会参加者達は、宿泊していたラース邸で治療を受ける事になった。

 楽しい交流会でゾンビ化被害。これには参加者も怒り心頭かと思われていたのだが、療養中の彼等は白衣を着た治癒師の淫魔に鼻の下を伸ばしていて、むしろ喜んでるまであった。

 異世界ナイチンゲール症候群とでも言うべきか。中には淫魔女医と交際を始めた冒険者なんかもいたらしい。交流会とは……?

 

「オラ! 催眠解除!」

「「「はっ! ここは何処!? 私は誰!? 交流会はどうなった!?」」」

 

 傀儡にされていた淫魔達はというと、女王手ずから催眠解除されて即元気を取り戻していた。

 幸か不幸か、白目淫魔も夢魔に操作されてた間の記憶はないらしい。多くは事後の記憶で止まっているようで、夢魔云々より交流会についてを気にしていた。

 

「此方ネトリ小隊、異常なし。オーバー」

「了解、引き続き警戒を続けろ。オーバー」

「便利ですね、女王の通信」

「習ったろ、緊急時以外は使えねーの」

「こんなに便利だと、いつか通信魔道具とか作られたりして」

「まっさか~」

「んなもん作れる訳ねぇだろ! ありえねー!」

「もしそんなんが発明されたら、アタシぁ王城の前で淫魔女王に反省を促すダンス踊ってやるよ! ぎゃははは!」

 

 あと、夢魔事件の直後、淫魔兵達は各地で暴れだした野生動物の対処に駆り出されていた。

 かねてより問題視されていた野生動物の件だが、これは夢魔の調教によるものであったらしい。統率していた夢魔の命令がなくなった事で、混乱した動物達は縄張り外の各地に散っていったのである。

 

「エリーゼ! ふぶき!」

「分かったわ」

「それにしても不思議な生き物ですよね。アレも食べられないんでしょうか」

「えーっと、確か食えなかったと思うッス。土に混ぜて肥料にするとか習ったような」

「それはそれでなんか嫌じゃのぅ。ホイッとな」

 

 その間、俺達も野生動物掃討作戦に参加していた。

 他にやる事がなかったからだ。淫魔女王は忙しそうだし、観光って状況でもないし。

 

「北北西! 来ます! 数は四!」

「了解しました! はぁあああ!」

 

 ちなみに、ラリス貴族のミラクムさんも掃討作戦に協力していた。

 騒動当時、彼はラース邸で人質になっていたそうだ。治療後、「おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」となってたところ、合理主義者な軍人淫魔さんに「暇ならこっち手伝ってください」と言われたらしく、彼はあの夜の鬱憤を晴らすように粋に暴れ回っていた。

 軍人淫魔さんと一緒に王国内を駆け回るミラクムさん。結局、交流会での仮カップルは不成立だったそうだが、共に戦う二人はいい感じに見えた。

 

「いやー、一日で終わってよかったわねー」

「私なんてアナニー中だったのよー。びっくりしてワイン抜けなくなっちゃったの」

「あらやだ大変ねー」

 

 また、例の事件で畜産への影響はなかったようである。

 ヴィーネさん家の牧場は直接被害に遭ってたのだが、飼ってた馬は全て無事だったらしい。あれから半日ほど放置されていたもののお馬さんってのは賢いもんで、淫魔兵が確認した時なんか勝手に放牧地に移動して草を食んでいたそうである。

 確認してもらったところ、ルクスリリアママとその牧場も被害なし。聞き込みに行った淫魔兵曰く、当時ママは寝てて淫魔女王の放送も寝落ちしちゃってたようだ。娘は呆れていた。

 

 

 

 で、だ。

 

 交流会は終了。参加者も完治。野生動物の掃討作戦も成功。

 今度こそ、異種間交流会は終了となり、今に至るという訳だ。

 

 俺たち運営が見守る中、帰りの馬車を前にカップル達はまだ別れの挨拶を交わしていた。いい加減キスを止めようとタップする冒険者に対し、恋人淫魔は未練がましく吸い付いていた。

 異種間交流会は、異種族と淫魔の間に継続的な恋人関係を作る事を目的とした催しである。

 夜這い未遂とか夢魔騒動とか色々あったものの、この度はいくつかのカップルが結成された。

 

「トリィ君♡ 私、頑張って旅券もらってくるからね♡ それまで、待っててくれるかな?」

「ええ、待っていますよ。次会う時までに、しっかりと乗馬の鍛錬を頑張ろうと思います」

 

 トリクシィさんとヴィーネさん。片方は護衛の淫魔兵だったとはいえ、今や交流会を代表する熱愛カップルになっていた。

 最初はトリクシィさんからの矢印が大きかったように思ってたのだが、お別れの際にはヴィーネさんからクソデカ矢印が向いているようだった。抱き合って見つめ合う二人は完全に閉鎖空間を構築していた。

 あと、トリクシィさんはいつの間にか一皮(・・)剥けているようだった。心なしか、表情がキリッとしている。

 

「旅券を手に入れた際は、ぜひうちの屋敷にいらして下さい。腕に縒りをかけておもてなしさせて頂きますよ」

「ええ、楽しみにさせて頂きますね」

 

 あと、ミラクムさんと軍人淫魔さんも正式にお付き合いを開始したそうである。

 先の二人ほど甘い雰囲気はないが、野生動物掃討作戦を通して強い絆を結んだようだった。こっちはミラクムさんからの矢印が強く、軍人淫魔さんは「しょうがないにゃあ」みたいな表情。とはいえ。まんざらでもないのは明白である。

 後に聞いた話によると、フィーリング成功時にハッピーハッピー米津みたいになってたお相手淫魔さんは、今は次回交流会に向けて滝行なんかしてるらしい。切り替えが早いのは淫魔の良いところだ。

 

「帰ったらお手紙出しますね。僕の方も頑張ろうと思います」

「は、はいぃ♡ ぐふふ♡ も、もう一回……♡」

 

 全体で見ると少ないが、運営が想定した手順で恋人関係を継続できたカップルも一応存在した。

 結局、土産屋淫魔さんにロックオンされてた童貞魔術師くんの貞操は、交流会で知り合ったメカクレ陰キャ文学少女淫魔さんが食べちゃったようである。さっきまで人目も憚らずディープキスしてたのがこの二人だ。

 

 残念ながら、リカルトさんやラフィさん、それからウィードさん達といった強者組は軒並みカップル不成立であった。

 皆、吸精までは行ったのだが、問題はその後。夜のレッツパーリィにて、彼等は思い知ったというのである。

 

「悪ぃ、やっぱ辛ぇわ……」

「そりゃ辛ぇでしょ……」

「ちゃんと言えたじゃねぇか……」

 

 とは各々三人の感想。聞けてよかった。

 曰く、淫魔との本番叡智は「命の危機を感じて楽しめない」らしい。吸精後にカップルを解消した人が多いのは、こういう理由があったようである。

 これはもう強さ云々ではなく、個人の感覚次第なんだよな。実際、強いラフィさんはギブアップしてるのに、HPがクソ低い魔術師くんは平気そうである。

 

 けど、そんな彼等も淫魔の境遇には思うところがあったようで、今後は王都にある淫魔共済組合に精の提供をするつもりであるという。

 グレモリアさん曰く、勇気を出して国を出たはいいものの精不足で乾く淫魔は多いらしい。これはベストではないだろうが、ベターな結果ではなかろうか。

 何にせよ、交流会を通して淫魔族全体の好感度は上がったようである。

 

「では、グレモリアさん、ニーナさん。後はよろしくお願いします」

「ええ。イシグロさん、この度は本当に感謝いたしますわ」

「お疲れ様です、イシグロさん。いつか、うちの食堂にもいらしてください。母も喜ぶと思うので」

 

 さて、長いお別れターンを見守り、国境まで冒険者を送り届けたら、俺のミッションは終わりである。

 俺達は馬車隊から離れ、そのままケフィアムへとトンボ返りした。

 

「楽しみッスね! ご主人!」

「ああ。けど緊張してる」

「大丈夫よ。アナタ、何だかんだ上手くやるじゃない」

「誇っていい事だと思います。ドンと構えるべきかと」

「のじゃ。言うてリンジュん時の宴よりはマシじゃろ」

 

 目指すは、淫魔女王のいるお城。

 ご褒美をもらいに行くのだ。

 

 

 

 

 

 

 ケフィアムに戻って戦車を降り、送迎の専用馬車に揺られる事しばし。俺達は淫国の王城に到着した。

 お出迎えしてくれた騎士団長に案内され、先日とは一転ゆっくり移動。前はあんまり見られなかったのだが、ケフィアム城は内部もバロックチックでお洒落だった。

 ちなみに、案内役の騎士団長は奴隷堕ちしたルクスリリアの事を覚えていたようで、アナルの弱そうな顔に何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「あ、お菓子発見! これ食ってもいいッスか?」

「いいんじゃないかしら」

「ぼ、ボクも頂きます!」

「ほえー。綺麗なもんじゃのー」

 

 待機室で少々休憩した後、またも騎士団長に呼ばれて移動。案内されたのは、以前の執務室とは別の場所だった。

 扉を開け、会議室のような場所に入る。オシャレな長机では、淫魔女王がゲンドウポーズをしていた。爆乳の彼女がやると、机に乗った胸を抱え込んでいるかのようである。

 今日この日、俺は正式に女王と謁見するのだ。が、その前に頂くご褒美の中身を相談する。俺はそういう約束で単身夢魔に挑んだのである。

 

「どうぞ、座って頂戴」

 

 挨拶もそこそこに、促されるまま対面の椅子に座る。

 この時、更に促されて一党の皆にも座ってもらった。それを見た女王は微笑ましそうな表情を浮かべていた。

 

「夢魔の件についてだけど、あの時は本当にありがとうね。イシグロさんがいてくれたお陰で、我が軍に一切の被害なく終わらせる事ができたわ」

「光栄に存じます」

 

 全員が席に着くと、女王直々にお礼を言われた。

 夢魔討伐については俺の方から言い出した事なので、日本人お得意の「いえいえ」と返したいところだが、ここでそれを言うと異世界価値観的にシツレイになるらしい。だから、ここでは謙遜せずに応えるのが正解だ。エリーゼ先生の授業は一言一句覚えている。

 

「今日は……というか、今日も少し用件が立て込んでいるの。早速だけど、本題に入るわ。その前に、ルクスリリアさんの事について改めて説明させてもらうわね」

 

 そうして、淫魔女王は交流会の始まりから、ルクスリリアの現状についてをお話してくれた。

 というのも、当のリリィの現状をこそ、女王的には異種間交流会の最大目標であったが為である。

 

 夢魔の討伐に向かう直前、俺達はルクスリリアの現状について教えてもらったのだ。

 俺の仮説通り、現在ルクスリリアは初代淫魔女王や先代ラース公爵と同じ状態になっているらしい。

 味覚の消失。催眠権能への抵抗力。それから、淫魔以外を産む事が可能になっている。

 これを、派生進化の条件を満たした状態――純淫魔候補と言う。

 

 その原因は、俺である。

 曰く、人に恋をして愛が芽生えた淫魔。もしくは、一人の男性の精によって個体の成長限界を迎えた淫魔は、純淫魔という特殊位階になる事ができるらしい。

 淫魔女王は、この純淫魔候補を増やしたかったから、ラリスと交渉して異種間交流会を開いたらしい。

 

「……で、これからなのだけれど、イシグロさんとルクスリリアさんには純淫魔に進化する為の契約儀式を受けてもらう事になるわ」

 

 戦後、純淫魔候補となった先代ラース公爵が生涯をかけて研究した契約魔術。これを行う事で、純淫魔候補は正式に純淫魔へとランクアップし、消失した味覚を回復できるのだ。

 そして、この契約儀式は、ルクスリリア一人で行うものではなく、俺と協力して行うもの。契約儀式というより、試練といった趣である。

 

「それで、なのだけれど……。イシグロさん、貴方は本当に構わないのね?」

「ええ」

 

 女王の問いに、俺は迷わずきっぱりと答えた。

 俺の返答を聞いた淫魔女王は、安堵したように微笑んでいた。

 

 純淫魔に進化する為に行う、契約儀式。

 それは、一言で言うと淫魔との一生の付き合いを約束するものである。

 要するに、前世で聞いた事のあるフレーズをガチで誓うのだ。健やかなる時も病める時もってやつ。純淫魔契約では、これを魔法で契約するのである。

 

「俺はルクスリリアと一生生きていきます」

 

 ただ約束するだけではない。異世界ファンタジーらしく、この契約は魔法チックな効果を発揮する。

 最も大きなポイントとしては、俺とルクスリリアの寿命が共有されるところである。

 

 基本、この世界の人間族は七十から九十弱くらいが寿命である。高レベルの人は二百年くらい生きるらしいが、まぁそれくらい。

 対し、淫魔族は精さえあれば殆ど不老不死。異性の精がなくても、普通に暮らしてたら百歳過ぎから魔力変換能力が衰えていき、小淫魔の多くは百五十未満で亡くなる。ルクスリリアやグレモリアさんといった中淫魔も、二百年以上五百年以下は生きるようである。

 これを、契約によって割るのだ。長寿が約束された俺と中淫魔・ルクスリリアの場合、だいたい二百から四百の間くらいになるだろうか。まぁ細かい数字は分からんわな。

 

 俗っぽい言い方をすると、この契約は人間視点では他にもメリットが沢山ある。

 寿命の延長と共に、人間族の俺は一部の魔族特性を獲得する。即ち、不老特性と肉体再生能力である。

 不老についてはそのままの意味。再生能力の方は流石に魔族ほど高くはないらしいが、しばらく放置すれば骨も生えてくるようになるんだとか。

 

 淫魔側のメリットとしては、先述の催眠抵抗力の向上と消失した味覚の回復。あと、これまでゆるゆるだった理性が強化されるようだ。契約者以外の雄への興味もなくなるらしい。

 それから、位階の上昇に伴うステータスアップに加え、純淫魔は才能の限界を突破できる。分かり易く言うと、レベル上限の解放。才能開花である。

 

 ただ、これにはお互いにデメリットも存在する。

 寿命の共有と共に、死の連鎖も発動するようになるのだ。要するに、俺が死ぬとルクスリリアも死ぬし、ルクスリリアが死ぬと俺も死ぬのである。

 それから、淫魔が契約者以外から吸精をすると、内部術式が発動して即死するらしい。ある意味、究極の浮気対策になるのだろうか。当然、連鎖で俺も死ぬ。俺が他の女性と叡智した場合は起こらないらしいが。

 

 なんでこんな契約にしたんだと思ったものだが、物知りエリーゼ曰く「契約魔術とはそういうものよ」とな。

 重いデメリットが無いと、大きなメリットは得られないようだ。分かり易いっちゃあ分かり易い設定である。

 

 ちなみに、この純淫魔儀式には、成功例となる淫魔がいる。

 誰あろう、淫魔剣聖シルヴィアナとその夫の森人さんである。

 彼女はニーナさんの母親で、今ルクスリリアが着ている防具を発注した人だ。

 上手くいけば、ルクスリリアは史上二人目の純淫魔となる訳だ。

 

 まとめると、こうだ。

 契約した二人は命を共有する。寿命は平均化され、俺は長寿にリリィは短命になる。

 俺は不老長寿になり、再生能力を得る。あっ、それと副作用として少し性欲が強くなるらしい。

 ルクスリリアは催眠抵抗力を得て、味覚が回復する。また、純淫魔に進化した事でレベル上限を解放できる。

 

 そんな感じだ。てか、あったのね成長限界。

 ともかく、俺にはメリットしかないのだが、ルクスリリアはどうなんだろう。

 そう思って直接訊いてみると、「やらない理由なくないッスか?」とあっさり返された。

 他の皆からも背中を押された。中でもエリーゼは大いに喜んでくれた。この先どうなるか分からんが、俺もずっと皆と居たいのはその通りである。

 

「前にも言ったけれど、これではご褒美にならないわ。私はこうなる事を計画して、交流会を開かせたのよ」

 

 が、それはそれ。淫魔女王的に、この契約儀式はご褒美にはならないらしかった。

 元より純淫魔候補を増やす為に企画された交流会なのだ。淫魔女王としては、シルヴィアナさんのような他種族と共に歩める淫魔が増える未来を目指しているので、むしろ俺達には何事も無ければ交流会後に女王からお願いするつもりであったと。

 

 という訳で、他に欲しいものはないかと訊いてきた訳だが。

 これは予め考えてあった。

 

「では、此方の者の解呪をお願いできませんか?」

 

 褒美として、俺はエリーゼの解呪をお願いした。

 エリーゼにかけられている不妊の呪い。当のエリーゼの意向もあり、今回はルクスリリアを優先していたが、願わくばこれも解除してもらえないかと思って行動していたのである。

 過去、この呪いは王都にいた呪術師には特殊なアイテムさえあれば解呪可能かもしれないと言われたものである。

 契約魔術や呪術に詳しい淫魔女王なら、解呪できるかもしれない。少しでも可能性があるなら、試すべきだろうと思う。

 

「分かったわ。じゃ、解呪の前に診せてもらうわね」

「よろしくお願いします」

 

 それから、有言即実行とばかりに解呪用であるという部屋に案内され、そこでエリーゼの状態を診てもらった。

 女王曰く、これまで何度か偉い人の解呪依頼を受けた事もあるようだった。彼女の腕は最上級呪術師を超えているという。

 

「ごめんなさい。今の私には難しいわ」

 

 だが、そんな彼女であっても、エリーゼの解呪は困難なようであった。

 この診断結果に、グーラとイリハは心配そうにしていたが、当のエリーゼは平然としていた。その顔は、出逢った当初のように固く凍っていた。

 

「そうでしたか」

 

 表面上、エリーゼは動じていない。

 ならばと、俺も強いて表情を制御した。診てくれた女王にも、エリーゼにも失礼にならないように。

 

「それでも、時間があればイケる気はするのよね。それまで鍛えておくから、解呪はまた今度ね」

「ええ……」

 

 女王の言葉は、淫魔王国の言葉と同義である。

 なら、今の発言もまた、そのように受け取っていいのかもしれない。

 

 今は解呪できないようだが、いつかの未来には。

 一縷であっても希望が見えた。そう思っておこう。

 

 廊下を歩きながら、俺はエリーゼの手を握った。

 

 

 

 時は進んでお昼時。

 俺とその一党は、謁見の間で跪いていた。

 

「よろしい。イシグロ・リキタカ、それからその一党の者。頭をお上げなさい」

 

 騎士達やラリス大使が見守る中、俺達は正式に女王に謁見した。

 玉座に座った女王にお褒めの言葉をもらい、“準淫魔騎士勲章”なるアイテムを授与された。

 事前に説明されたのだが、この勲章があれば淫魔王国の空を自由に飛んでいいし、王城にある書庫にも入ってヨシとなるのだ。ゲーム風に捉えると、ファストトラベルの解放と侵入禁止エリアの解放といったところ。

 また、女王に謁見したという記録から、俺は間接的に淫魔王国の後ろ盾を得た形になる。

 

 緊張の時間が終わると、お次は例の儀式である。

 俺とルクスリリアの共同作業だ。

 

 思えば。俺はこの為に淫魔王国に来たのである。

 変な話、禁欲を続けていた手前、これを解禁できるのも純粋に嬉しかった。

 儀式が終わったら、その日のうちにレッツパーリィだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、ちょっくら行ってくるッス!」

「頑張ってくださいね」

「よう分からんが、ガンバじゃ」

「アナタも、あまり気負わないようにね」

「うぃ」

 

 王城の地下。大きな扉の前で、俺達は皆と一時のお別れをした。

 これから、俺とルクスリリアは純淫魔契約の儀式に挑むのだ。

 儀式に武器は要らないとの事なので、お互いにラフな格好だ。

 

「イシグロさん、ルクスリリアさん。どうか、ご無事で」

 

 見送りに来てくれた淫魔女王からもお言葉を賜る。

 過去、人類初の純淫魔であるシルヴィアナさんは、この儀式に複数回挑んだらしい。で、四度目で成功したという。

 つまり、これは儀式というよりも試練といった趣が強いのだ。否応にも緊張するし、気合が入るというものである。

 

「はい。行こうか、ルクスリリア」

「あいッス!」

 

 そして、俺達は皆に背を向け、手を繋いで扉を開けた。

 そのまま、二人並んで歩き出す。背後で扉の締まる音。

 静寂の中、二人分の靴音がやけに響いた。

 

 扉の先は長い廊下になっていた。

 等間隔に灯された魔導照明は薄暗く、何とも不気味な雰囲気である。

 ラスダンというか隠しダンジョンというか、普通じゃ行けないエリアに入ってる感じ。

 

 しばらく歩くと、水自体が淡く発光している水路に差し掛かった。

 これは事前に聞かされていたので、俺達は惑わず段差を下って水路を歩いて行く。

 水路の深さは俺の腰程あったので、泳ぎ状態になったルクスリリアは半ば俺に牽引されていた。

 

「契約儀式って何なんだろうな。しかも術師もなしで」

「入れば分かるって言ってたッスけど、まだ分かんねぇッスね。てか、この匂いは……」

「何か分かるの?」

「んー、まぁ多分……いやでも、う~ん?」

 

 ジャブジャブと水路を歩き続ける。

 幸いこの水は温水プールくらいの温度があった為、冷たくて凍える事はなかった。

 

「あそこか」

 

 しばらく歩き、水路を抜けた先に如何にもな扉を発見した。

 段差を上り、収納魔法から取り出したタオルで水気を拭う。ルクスリリアを拭ってる最中、ふいに勃起した。危ない危ない、今はそんな場合じゃないだろう。鎮まれぃ! 鎮まった。

 

「開けるぞ。リリィ、警戒を」

「迷宮じゃないんスから」

 

 十中八九、この先で儀式を行うのだろう。

 二人だけの儀式。謎の水路。ニーナママが三度も失敗した試練。いったい、俺達は何に挑むというのだろうか。

 息を吸い、吐く。覚悟を決めた俺は、ゆっくりと扉を開けていった。

 

「ん?」

 

 そうして見えた扉の向こうは、何ともシンプルな部屋になっていた。

 部屋の真ん中には大きなベッドがあり、ムーディな間接照明が実にオシャレである。おまけに、怪しいお香なんかが焚かれていた。

 端にある机の上には謎のポーション類があり、他にも干し果実などの保存食が置かれていた。散策してみると、別室には風呂やトイレなんかもあった。

 いや、ていうかこれ……。

 

「ご主人ご主人! こっち来てほしいッス!」

「どした?」

 

 散策中、入口周辺を見ていたルクスリリアに呼ばれる。

 声の方に向かうと、ルクスリリアは扉の上を指差していた。そこには電光掲示板のような板があった。

 そして、その板にはこのように書かれていた。

 

「百回吸精しないと出られない部屋……」

 

 つまり、アレか。

 淫魔剣聖のご夫婦が何度かトライしたっていうチャレンジってのは……。

 

 例のアレ。皆が大好きな空間。謎設定ながらも王道のシチュエーション。

 

 あー、うん。そうか、そうか。

 ここ淫魔王国だったわ。




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◆純淫魔契約による変化まとめ◆

・二人
 寿命の共有。
 死の連鎖。

・淫魔
 味覚回復。
 催眠への抵抗力。
 淫魔以外を妊娠可能。
 種族とジョブのレベル上限解放。
 ステータスアップ。
 契約者以外から吸精すると死。
 理性アップ。
 契約者以外への興味消失。

・契約者
 不老化。
 肉体再生能力を獲得。
 性欲と精力が強くなる。


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アタシの、最高のご主人

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになってます。
 誤字報告もありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 例によって、怒られたら避難所行きです。
 まぁかなり削ったから問題はないと思いますが、一応。
 以前にも書いた通り、チキンレースがしたい訳でも運営様に迷惑をかけたい訳でもありませんので。


 古代ローマ皇帝、マルクス・アウレリウス著「自省録」には、このような一文がある。

 

『あらゆる行動に際して一歩ごとに立ち止まり、自ら問うてみよ。死ねばこれができなくなるという理由で死が恐るべきものとなるだろうか、と』

 

 異世界で童貞を卒業した日、俺は生まれて初めて“生きがい”というものを見出す事ができた。

 ルクスリリア。人生で二度目に恋をした少女。異世界の淫魔。

 彼女のいない世界など、考えられない。

 

 今にして思うと、当時抱いていた激情は独占欲の延長線上にあったような気がする。

 本気だったのは間違ってないが、まず快楽ありきというか。可愛い、エロい、好き! みたいな。純粋故に、浅はかである。

 考える事を止め、あのまま突っ走っていたら、俺は遠からず破綻していたように思う。

 

 しかし、今は違うと断言できる。

 変化した。成長した。それだけじゃないと、今なら胸を張って言える。

 

 俺の命は彼女の命。

 彼女の命は俺の命。

 

 純淫魔契約を交わすと、彼女は淫魔の特性である疑似的な不死性を失う。

 俺が寿命を迎えると、彼女も同時に身罷るのだ。中淫魔としての一生より、俺と一緒の短い生涯を選んでくれたのである。

 

 今更、彼女の想いを疑問に思う事はない。

 事情や実利もあったとはいえ、不死を返上した事に変わりはないのだ。

 

 これを思い知った時、まず最初に抱いた感情は、“感謝”だった。

 そういう風になれた事をこそ、俺は嬉しく思うのであった。

 

 死が二人を分かつまで。

 俺は、俺達であり続ける。

 

 

 

 純淫魔契約の儀式の間。

 扉の上にある電光掲示板には「百回吸精しないと出られない部屋」と書いてあったが、実際には百回吸精しなくても出られるようだった。

 というのも、中央のベッドにあった説明書にそう書いてあったのである。

 

 説明書に曰く、ドアを閉めた段階で契約儀式が開始され、この空間内でルクスリリアが百回吸精をこなしたら自動的に術式が発動し、契約完了になるようだ。

 ちなみに、未達成で部屋を出たらその時点で儀式中止。ガチで危ない時はリタイアしてねとも注意書きされていた。

 

「ふぅむ……」

 

 さて、ここで俺くん思った。百回の吸精って何だよ、と。

 これは何を以て回数を計っているのだろう。俺が百回月の光(意味深)をドビュッシー(意味深)すればいいのか。もしくはルクスリリアが百回相当の精を吸えばいいのだろうか。行為後、魔力変換が完了し次第カウントとなるのだろうか。

 

「ヘイヘイかまちょかまちょ!」

「おっと」

 

 なんて逡巡していると、ルクスリリアにタックルされてそのままベッドに押し倒される。

 淫魔は寝技にて最強。タックル直後に巧みにポジションチェンジし、俺の腹に馬乗りしたルクスリリアはメスガキらしい嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「あれこれ考える前に、とりあえずヤッてみるのが淫魔道ッスよ♡ はい、とりま一発♡ んちゅ~♡」

 

 見上げる視界いっぱいで、ルクスリリアが笑っている。そのまま、目を閉じた美少女の顔が近づいてきた。軽く突き出された唇が俺の唇に触れると、さっきまでの思考は何処かに消え失せてしまった。

 ちゅっちゅっと可愛らしい吸引音を立てつつ、決して深くは踏み込まない。これくらい、いつもしているキスと比べたら挨拶みたいなもんである。

 

「んっ、ちゅ♡ ちゅぅ♡ んふふ♡ ちゅっ、ちゅう♡ ん……♡」

 

 ところで、彼女が純淫魔候補になってからというもの、俺は股間の矜持に抜かずの宝刀を強いてきた。

 味覚障害を患った彼女を差し置いて、俺だけ解放される事に罪悪感があった為だ。ルクスリリアを含め、最近は皆とはベロキスしかしていない。

 その分、かなり敏感になっていた。もうギンギンのギンである。我が愛すべき息子は、ズボン越しに激しく自己主張していた。

 

「あはー♡ すっげーガチガチ♡ でもまだッスよ♡ どうせなら、最初は……んっ♡ じっくりするッスよ♡」

 

 たかがキス。されどキス。小さく柔らかい唇が重なると、それだけで全身に幸福感が広がっていく。

 どうしてこう、唇を合わせるだけの行為がこうも気持ち良いのだろうか。何というか、心の性感帯に触れられてる心地である。

 

 翼の付け根を撫で、尻尾の周辺をまさぐる。フェザータッチで良いところに触れると、なおもキスを続ける彼女は可愛い声を上げてくれた。お互い舌を使いたいところ、未だついばむようなキスを続けている。

 童貞の頃は全く以てダメダメだった俺も、今となっては相手のしてほしい事は正確に把握している。それはお互いそうなのだが。

 

「んはぁ♡ ご主人♡ そろそろ舌♡ 舌出してほしいッス♡ はぁむ♡ ちゅぷ♡ ちゅ、れる♡ むぢゅう~♡ ちゅぷ♡」

 

 百回吸精の儀。この試練は淫魔側にとっても相当に辛いはずである。

 なにせ、純淫魔候補はこれまで普通に存在した味覚を失っているのだ。味のしない好物を百回も食べないといけないと考えると、地味に苦行ではないだろうか。

 

「んちゅ♡ はぁ♡ あっ、ご主人♡ そこ気持ちいいッス♡ はぁ♡ はぁ♡ んっ♡」

 

 それはそれとして、肉の快楽はあるようだった。

 長い時間をかけて互いを解し合い、そうして潤んだ瞳は口よりも雄弁だった。

 そろそろいいだろう。

 

 最初は勿論、卒業証書授与式の構えである。

 あの時は気持ちばかりが先行し、空回りしまくってロクに動けやしなかった。

 あまつさえルクスリリアにフォローされる始末。ホントに情けない気持ちでいっぱいで、異世界で初めて涙を流したものである。

 

 だが、今は違う。己が肉体を使いこなし、内なる氣を練り上げた現在、俺は男としての確固たる自信を獲得していた。

 久々のプラグイン。後は私がやる。迷う事はない。

 

「くっ、あっ♡ おぉぉぉぉぉ……♡」

 

 のだが、先端が触れただけで、俺のヒートゲージは限界に達した。

 もう一歩も動けない。それはルクスリリアも同じだったようで、彼女も迸るパトスを必死に抑え込んでいた。

 これ、このままだと吸精扱いになるんだろうか。至近距離で見つめ合い、決断する。俺はままよと気合を入れた。気分は某ドスケベ島のモブBだ。

 

「んほぉおおおおおお♡」

 

 そして、俺とルクスリリアは同時に最高到達点へと至った。一瞬、意識が月まで吹っ飛んだ。てか、いくらなんでも早すぎない?

 まさに暴発。まさに決壊。これまでのがデザートイーグルだとしたら、今のはアハト・アハトだった。

 射手の俺がこうなのだ。直撃したルクスリリアなど、ワンショットで最深部に叩き落とされていた。

 

 快楽による脱力感。気を失う予兆を感知した際、俺は彼女を潰さないようにして倒れ込んだ。

 瞼を閉じる寸前、ふと見えた電光掲示板には、「九十九回吸精しないと出られない部屋」と書かれていた。

 

 あ、カウントしてくれるのね。

 そう思い、俺はルクスリリアと一緒に眠った。

 

 

 

 意識を取り戻すと同時、俺とルクスリリアは達していた。快楽による覚醒である。

 どうやら無意識に盛り合っていたようで、電光掲示板の吸精回数は残り九十六になっていた。

 よく分からんが、分からんまま再開した。残り九十五。

 

「うぅ、やっぱ味が無ぇッス……。気持ちいいには気持ちいいッスけど、凄い違和感あるッスよ~」

「儀式が終われば治ってるはずだから」

 

 残り、八十六。

 ようやっと理性を取り戻した頃には、ベッドの上はぐちゃぐちゃのドロドロになっていた。

 図らずも収刀抜精の記録更新である。俺達は一旦ベッドを離れ、ダイニングチェアに腰を落ち着けた。久々に快調された我が聖剣は蒸気のような魔力残滓を放っていた。

 

「じゃあ、次はこっちで綺麗にしてあげるッスね♡ まずは先っちょを♡ れろぉ~♡」

 

 結果、俺はあっと言う間に搾り取られた。

 電光掲示板に変化あり。上の口でもカウントされたようである。

 残念ながら、このポジションだと俺は一切の反撃ができないので、そのまま何度も絞られる事と相成った。

 

 残り、七十八。

 上下の口がパンパンだというので、今度は後ろを使う事に。

 淫魔というか、魔族の殆どは排泄機能を持たない。よって、淫魔のお尻はいつも清潔そのものであり、完全に吸精目的の孔なのだ。

 

「あぉおおおおおおおん♡」

 

 承認され、歓迎され、俺とルクスリリアはガガガとフュージョンした。

 上下も後ろもハイオク満タンである。事後、二人は再度泥のように眠った。

 

 起床後、部屋を掃除してから儀式部屋内のお風呂に入った。

 湯舟の中、白濁色の湯が疲労を取り除いてくれる。大人二人がギリギリ入れるお風呂は、俺達二人には余裕があった。

 

「あ、そうだ。言い忘れてたッスけど、このお湯たぶん子宝温泉だと思うッス」

「子宝温泉? あれ? それ前に聞いた事あるような……」

「ッス。部屋の前の水路に流れてたのもこれッスよ。子宝温泉の主な効能は精力の向上ッス」

「あー、うん、なるほどなー」

 

 なんて話をしつつ、互いの身体を洗いっこする。

 お風呂にあった石鹸も淫魔王国産だったようで、色といい形といいスケベアトモスフィアを感じ取ってしまうのは俺がこの国に順応した証拠なんだろうか。

 

「じゃ、ぬるぬるタイム行くッスよ~♡ シャチョサン・ゲンキネ♡ オッキシタオ♡」

 

 案の定、風呂場には妙に質感の高いエアマットがあったので、ソレを使ってしこたまご奉仕してもらった。

 これまた案の定、使用したぬるぬる液は淫魔王国産だった。あまつさえ催淫効果付き。俺も気持ち良かったが、ルクスリリアこそ盛っていた。

 風呂を出ると、しっかりカウントされていた。

 

 

 

 この部屋に入って、どれくらいの時が経っただろう。

 体感それほど長い気はしないが、いずれにせよお腹が空くくらいには籠っていたようだ。

 そんな訳で、俺はお洒落なテーブルでご飯を食べた。これまた精の付きそうな干し果実である。甘くて美味しい。

 

「ん? 何か?」

「きひひ♡ なにも~♡」

 

 腹の中がパンパンだと言うルクスリリアは、対面で飯を食う俺を何故だか微笑ましそうに眺めていた。

 俺だけ食うのもなんだかなって感じだが、溜めた精を魔力に変換するのには時間がかかるらしいので致し方ない。

 

 食後、俺達はソファーでくつろいでいた。

 隣り合って密着するも、そこにスケベな雰囲気はなかった。指を絡めたりお話したりして、実に健全である。

 

「んっとね、ご主人」

 

 そんな中、やや声のボリュームを落としたルクスリリアが言葉を紡いだ。

 こういう声音の時は、ルクスリリアが真面目なお話をする兆候である。俺は彼女の声に耳を傾けた。

 

「ここ来る前、アタシ言ってたじゃないッスか。スケベなだけで、ご主人が好きってだけの淫魔って、どうなのーって話……」

 

 隣のルクスリリアは、俺と目を合わせないまま話を続ける。

 それは彼女が純淫魔候補になった日の出来事、連れ込み宿にて吐露された、彼女の懊悩だった。

 

「で、まぁなんか今みたいになっちゃったじゃないッスか。味分かんなくなって、大淫魔にもなれなくて、なんかこっち来るってなって……そんで、思ったんスよね」

 

 そっぽを見ながら、ギュッと腕を抱きしめられる。

 その頬は少し赤くなっていた。

 

「……アタシ、吸精とか関係なく、何があってもご主人と一緒ならそれでいいんだなーって。淫魔のアタシでも、ちゃんと愛せてたんスよね、うん」

 

 そして、彼女はおずおずと見上げてきた。

 その顔はほんのり赤く、羞恥に耐えるようなぎこちない笑みを浮かべていた。

 この娘は、茶化さずに本心を明かすのを恥ずかしがるのである。

 

「だから、今のままでもアタシ全然幸せだったんスよね~。なんちて、きひひ♡」

「そっか」

 

 こんなの言われたら、愛しさ百倍どころか百億倍である。

 俺はそのまま、ルクスリリアの頬を撫でた。すると、彼女は俺の手のひらに頬を擦り付けてきた。

 

 何にせよ、彼女の中で消化された懊悩があったのを知れてよかったと思う。

 

 残り、五十七。

 動いたり休んだりを繰り返し、儀式完遂まで約半分となった。

 それにしても、俺の腰の炎はいくら燃やしても尽きる気配がない。

 普段は一党人数分プラス一回くらいだというのに、今や二桁回を超えて久しい。

 どう考えても地球の常識じゃあり得ないだろう。あまつさえ一度目以降は量も質も変わっていない。

 

「きひひ♡ なにジロジロ見てんスかぁ? ご主人、ほんとにアタシの背中好きなんスねぇ♡」

 

 何度も、何度も、彼女の美しい肢体を満喫する。

 飽きるどころか、回を増すごとに俺はよりいっそう彼女を好きになっていた。

 これは若気の至りではない。感情が暴走してる訳でもない。浮ついた心地はあっても、俺はしっかり地に足ついた好意を抱いていた。

 なんて、快い重さなんだろう。

 

 残り、四十九。

 半分を切ったところで、ここらで一度趣向を変えてみる事にした。

 儀式部屋には吸精を捗らせる為に色んなアイテムが置かれている。そして、英国味を感じる洒落たドレッサーの中には、入れ物にそぐわぬハードめのスケベグッズが置いてあった。鞭に目隠しに拘束具。その他色々……

 一応、【清潔】をかけてから、一通り使ってみる事にした。

 

「君、この壺にどんだけの価値があると思ってるのか分かってるのかね? 君の給金じゃあ全く届かないよ?」

「ひぃ~! お許しくださいご主人さマォオオオオオ!?」

 

 案の定、ルクスリリアはSモード時よりMモードの方が活き活きしていた。

 可哀想ないじめ系漫画とかは苦手な俺だが、プレイとしての辱めなら大好きである。

 そうしてしばらく、俺は傍若無人な貴族に、ルクスリリアは弱みを握られたメイドになって楽しんだ。

 今度、皆ともやろう。

 

 残り、三十八。

 疲れて眠った後、歯磨きして掃除して入浴して飯食って再開。

 今度はさっきとは一転、甘々いちゃラブコースだった。

 

「アタシを抱いてくれるトコ♡ ん~、ちゅっ♡」

 

 お互いの好きなところを言ってからキスをするという、バカップル全開な事なんかもしてみた。

 これがなかなか心の愛撫力が強く。誰の目もないのでメスガキルクスリリアさんはお休みになっていた。

 何だかんだ言いつつ、やっぱ純愛モノがナンバーワンよ。

 

 残り、二十一。

 この頃は、お互いを好きに使っていたように記憶している。

 ルクスリリアが疲れたら俺が上に、俺が疲れたら彼女が上に。

 あまりにも退廃的で、完全に溺れていた。怠惰と色欲が共存していて、二人以外の何もかもがどうでもよくなっていた。

 

 残り、十四。

 これくらいから、ルクスリリアは吸精を受ける度に苦しげに呻くようになった。

 曰く、限界を超えて精を溜められてるみたいだという。これも試練の一環なのだろう。俺達はラストスパートへ向けて速度を上げた。

 味覚回復まで、もう少しの辛抱だ。

 

 残り、九か八。

 もう、言葉なんか無かった。

 俺は俺でルクスリリアという存在を慈しみ、ルクスリリアも同じように俺という存在を離すまいとしていた。

 声は発せど、言葉にあらず。いつどのタイミングでカウントされたかも分からない。

 それでも、二人はひたすらに愛し続けていた。

 

 そして、残りあと少し。

 この段になって、俺達は互いの身体に異変が起こっている事に気が付いていた。

 ルクスリリアの全身には以前進化キャンセルされた時にあったような文様が浮かび上がり、それはうっすらと光を放っていた。

 それは契約者たる俺も同様で、身体中に人修羅のような線が走っていた。試しに照明消してみたらぼんやり光ってて幻想的だった。

 

「ルクスリリア……」

「ご主人……♡」

 

 すると、どうだ。

 俺達は文様の刻まれた姿に恋をして、再び一度目の時のように愛し合い始めた。

 ねっとり、ゆっくり。互いを手懐けるように、慎重に。

 

 俺達を動かしていたのは、単なる欲望や激情ではなかった。

 儀式を成功させる為の使命感や、義務感といったものも剥がれていた。

 そうして残ったのは、純粋なる施しの分かち合いであった。

 

 ただ静かに、営む。

 粛々と、神聖な儀式を行うように、二人は静謐を保っていた。

 

 魔力感覚に鈍感な俺でも、俺と彼女の間に強い魔力の結びつきを感じる。

 最後の最後、その線はやがて、がっちりと繋がった。

 

「あは~♡ 来る来る来る! なんか来るッス! ひっ♡ ひっ♡ ふぅ~♡」

 

 瞬間、二人の身体に刻まれた魔術文様が眩いほどの強い光を放った。

 確認しなくても、分かる。

 これが百回目だ。

 

「んぅ~っ♡ はぁあああ……♡」

 

 光が収まる。それと同時、身体にあった文様は末端から薄れていき、やがて彼女の下腹部で消失した。見ると、俺の身体にあった文様も消えていた。

 これで中淫魔で止まっていた彼女は純淫魔へと進化し、俺は契約者として不老長寿を得たという訳か。

 

「リリィ?」

 

 ルクスリリアを見る。彼女は、涙を流していた。

 大きな瞳を潤ませ、その端から透明な雫が溢れている。泣きながら、笑っていたのだ。

 心底、満ち足りたように。

 

「い、今、ご主人の味がしたッス♡ こんな美味いモン初めて食ったッスよ♡ あぁ~、やっぱり最高ッス♡ 生きててよかった~♡」

 

 ともかく、ルクスリリアが幸せなら、俺も幸せである。

 俺達はこの部屋で何度目になるだろう抱擁を交わした。

 完治した悦びと、乗り越えた達成感。色んな感情が溢れかえって、その結果として抱き合っていた。

 

「きひひ♡ ご主人♡ 気づいてるッスか?」

 

 耳元に、涙混じりの声。

 

「勃ってるッスよ♡」

 

 その後、俺達は儀式の続きをした。

 覚えてないけど、最低でも三回は。

 

「ぞのォ……!?」

 

 あれ、五回だったっけ?

 

「らごォーッ!」

 

 七回以上だった気もする。

 

「ズゴッ!? クゥゥゥゥ……♡」

 

 とにかく、沢山。

 

 そういえば……。

 純淫魔の契約者は、淫魔の性質が混じって精力が強くなるらしいんだよな。

 あー、なるほど、はいはい。

 

 是非もないよね。

 

 

 

 

 

 

 王城地下。儀式の間に繋がる扉の前には、並んで椅子に座すエリーゼ達の姿があった。

 彼女達は主人とその相棒の無事を祈りつつ、各々気を紛らわせるように暇を潰していた。

 その面持ちは信頼半分、不安半分といったところ。

 

 そんな彼女達を、護衛の淫魔騎士が見ていた。

 この三日間、彼女達はずっとここで過ごしていたのだ。儀式を完遂して戻ってきた主人をいつでも出迎えられるように。

 本当に、イシグロの一党は愛し合ってるんだなと。ぶっちゃけ凄い羨ましいなと。淫魔騎士は真面目っぽい表情を維持しつつ、内心嫉妬の炎を燃やしていた。自分もヒトオスチンポコ欲しい。

 

「おや?」

 

 その時、淫魔騎士の持っていた魔道具に反応があった。

 どうやら、イシグロ達は儀式の間を出たらしい。反応的に儀式は無事に成功したようだ。

 まさか一度で突破するとは……。淫魔騎士は誰にも悟られぬよう息を呑んだ。あのヒトオス、どんなチンポコしてんだろう。一回くらい舐めさせてくれないかな、無理だろうなー。

 

「皆さん、イシグロさんは儀式を完遂したようですよ」

 

 それはともかく、イシグロの事を伝えると、彼の一党員達は安堵したようだった。

 

「ずいぶんと待たせてくれたわね……」

 

 余裕げな鼻息ひとつ。銀竜の少女はパタンと本を閉じた。

 

「はぁ~。なんだか、緊張しました……」

 

 耳をピコピコしながら、獣の少女は本を抱きしめていた。

 

「まぁ成功するとは思っとったんじゃが痛ぁッ!?」

 

 編み物をしていた狐人の少女は、安堵した拍子に手元が狂って指に針を刺していた。

 

 やがてゆっくりと扉が開き、 中から、一人の男が姿を現した。

 その腕に、矮躯の淫魔を抱いて。

 

「皆、久しぶり」

 

 安らかに眠るルクスリリアをお姫様抱っこし、イシグロは一党の皆に爽やかナイスガイな笑顔を見せた。

 そんな頭目を見て、並みならぬ異能を持つ少女たちは瞠目した。

 

「アナタ、その魔力は……!?」

 

 銀竜のエリーゼは、イシグロの体内に巡る魔力の質に驚愕した。

 

「クンクンクン♡ くぅ~ん♡ あぁ、素敵な匂いですご主人様♡」

 

 獣系魔族のグーラは、イシグロの放つ匂いに強い雄の色香を嗅ぎ取った。

 

「うおっまぶし!」

 

 九尾天狐のイリハは、イシグロの中の氣の輝きに目を焼かれていた。

 

 純淫魔契約、完了。

 これにより、ルクスリリアは純淫魔に進化し、イシグロはワンランク上の漢に成ったのだ。

 

「……すごい漢だ」

 

 そして、淫魔を姫抱きするイシグロの肉体を見て、淫魔騎士は呆然と呟いた。

 すごい、凄すぎる。こんなの生まれて初めて見た。面構えに覇気はなく、背も低く、身体の線も細い男。それでも、イシグロはすごい漢だった。

 例えるなら、勇者アレクシオスの如き雄々しさ。

 

 色とか形とかサイズとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。

 まさに、勇ある者の象徴。真なる聖剣テイラウス。伝説級の珍宝。

 その股間は、光り輝いて見えた。

 

「アナタ……」

「なに?」

 

 それはそれとして、エリーゼは言っておく事にした。

 

「……服を着なさいな」

 

 勇者は、少し赤面した。




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心のかたち ロリのかたち

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベに繋がっております。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かっています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。
 よろしくお願いします。


 広く、暗く、静寂の落ちた空間に、淡く発光する円筒状の物体があった。

 硝子製と思しき筒は治癒効果のある液体で満たされており、その中に胎児のようにうずくまったヒトガタのシルエットが見える。

 下から上へ、不規則なタイミングで気泡が浮上した。浮き上がる泡が柔らかい頬を通り過ぎる。冷たい人工羊水の中、十三番は瞼を震わせ、やがて何事もなかったように微睡みへと戻って行った。

 

 十三番にとって、眠りとは一時の安らぎであった。

 起きている間に、苦しくない記憶などなかったからだ。

 

「あー、派手にやっちまったニャー」

 

 そんな中、筒の光に照らされた白衣の猫又女が諦観混じりの声を漏らした。

 十三番が保管された筒の横には、中破相当の損傷を受けた鎧が鎮座していた。白銀の魔導人機・極天である。

 

 極天は災厄戦の露払いを目的として開発された古代兵器である。運用思想上、防御性能こそ他魔導人機より低いものの、並みの魔法を通さない程度には堅牢な装甲をしている。

 にも拘らず、この機体は魔法の一撃で中破してしまった。それというのも、護衛対象である夢魔を庇うべく盾になったが為である。

 それで夢魔を回収できれば良かったのだが、そうはならなかった。今頃、件の夢魔はあらゆる手段で以て情報を抜かれている事だろう。

 はぁ~、と。白衣の猫又はがっつり嘆息した。仕事が増えて、ちょっと憂鬱である。

 

「ん?」

 

 その時、猫又の耳が揺れた。この部屋に近づいてくる者がいるのだ。

 やがて、猫又の予感通りに暗闇の空間に光が差した。眩い外の光に、人ならざる長い影が伸びている。

 

「おかえり姉さん」

「ただいま」

 

 影は人語を介する黒猫であった。しなやかな四足で歩く姿には、どこか貴族令嬢然とした流麗さが感じられる。

 その毛色は影に潜むような漆黒で、背後には尋常の猫にはない三本の尻尾が揺れていた。

 

「あら、随分と派手にやられたわね。まさか極天を壊す人がいるだなんて」

「庇ったんだニャ、あの青二才を。せっかくこのあたしが丁寧に調整してやったのに、ロクに使えもしなかったのニャ。言っとくけど、極天の性能は完璧だったニャ」

「捕らわれたというのは本当だったのね」

 

 白銀の巨影を見上げ、黒猫は事実を嚥下するように言った。

 ヒトガタと四足獣。共に三つの尾を持つ両者の間には、家族間にあるような気安い雰囲気があった。

 

「少し、面倒な事になったわ……」

 

 嘆息するようにごちる黒猫。白衣の三本尻尾は心底忌々しげな表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。

 

「そうだよ。だからあたしは最初から反対してたのニャ。調整しただけで投入するのは早計だってね。真に最高の駒を作るなら、長い目で見るとしっかりとした教育が必須なんだニャ。それを、どいつもこいつも即戦力即戦力と……!」

「母様は放任主義だからね」

「もはや育児放棄ニャ! いくら忌み子だからって、産んでハイサヨナラは阿呆の所業ニャ! そもそも、アレ一匹作るのにどれくらいのリソースが必要か理解してないのニャ!」

「まぁまぁ、お陰で十三番が手に入ったんじゃない」

「結果がコレじゃ割に合わないニャ! 骨董品もこのザマじゃあ……!」

「そうねぇ。妹は仕上げをしくじって死んじゃったし、夢魔の坊やは功を焦って捕まっちゃったわ。少し慢心が過ぎるわよねぇ」

「バカに限って自分の間違いを認めないのニャ……!」

 

 意識せぬよう強いてきた感情を噴出させ、怒りに毛を逆立てる猫又。黒猫はそれを宥めるように話題を逸らした。

 そうして別の話題を挙げてみると、二つの失敗の中心に一人の男の名が浮かび上がってきた。

 

「イシグロ・リキタカ? だったかしら。ラリスの冒険者で、どこ出身かよく分からない子」

「そっ。二回も割り込んできて、二回も邪魔してきたのニャ」

「偶然なはずなのだけれどね」

 

 迷宮狂いと綽名されるラリスの冒険者。思えば、彼女達の末妹を殺害したのも奴の仕業だった。そして、何故か夢魔の捕縛にも貢献したという。

 現状、主要な計画にこそ関わっていないものの、先の二つのせいで大小の諸問題が発生しているのだ。後々の事を考慮し、願わくば排除したいところである。しかし、極天の有様を見れば、そう軽々しく手を出すべきではない気もする。

 第一、そのうち迷宮に喰われるだろう。冒険者なんてのは、その程度の存在でしかないのである。

 

「幸い、奴が私達を狙ってくる訳はないわ。あの子の動向には注意を払うべきね。直接手を出さないように」

 

 末妹は奴直々に引導を渡されたのだ。まさか、夢魔や魔導人機が此方と繋がっているとは夢にも思うまい。

 そうだとしても、まさかあの件(・・・)で我々に恨みを抱いているとは考え難いだろう。つくづく、あの娘のやる事は度し難い……。

 

「それ、バカ姉共にも言っといてニャ」

「はいはい、わかったわ」

 

 言って、黒猫は円筒の中で眠る十三番を見上げた。

 そういえば、イシグロの奴隷達も皆こんな(・・・)身体だった気がする。

 いや、まさかね……と。黒猫は十三番から視線を外した。

 

「いずれにせよ、夢魔の子が捕まった今、ここを探られるのは時間の問題ね。調整が済み次第、場所を移すわよ」

「うぃ~」

 

 そうして、一人と一匹は部屋を出た。

 再度、広い空間に静寂が戻った。

 

 淡い光に包まれた十三番は、僅かに瞼を開いた。

 微睡みの狭間で、思い起こす。あの日、生まれて初めて十三番の救難信号が伝わった気がする。

 そして、得体のしれない感情が、冷えた心を撫でたのだ。

 

「いし、ぐろ……」

 

 こぽりと、小さな唇から泡が漏れる。

 

 祝福あれ、祝福あれ、祝福あれ……。

 優しい声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 太陽が真上で輝く頃、ラリス王国は王都アレクシスト中央区にそびえるラリス王城。古から今に至って不朽不滅の長廊下に、歩み進む二つの人影があった。

 一人は少年だった。藍色の髪に、幼さが残る精悍な顔立ち。誰あろう、淫魔王国より帰還したミラクム・リント・フライシュである。二人目は、第三王子専属メイドのキルスティンだ。

 先導する魔牛族の後ろ姿は、最近童貞を卒業したばかりの思春期少年にはあまりに刺激的過ぎた。清楚なロングスカート越しだというのに、彼女のお尻からは「ムチィ♡ ムチィ♡」という擬音が聞こえる気がしてならない。つまるところ、それ程までに豊満なのだ。

 誉れ高い貴族であるミラクムは、膨れ上がりそうになる欲望を務めて制御した。相手は元金細工の侍女であり、尊敬できる戦士なのだ。強者への尊崇こそ、彼女に抱くべき健全な感情であった。

 

「こちらに。殿下がお待ちでございます」

 

 目的地に到着すると、緑髪爆乳デカ尻むちむち未亡人メイドは通路の隅に控えた。ここからはミラクムが先を歩くのだ。

 そこは王城にある庭園であった。夜森人庭師によって管理された花園は、基本的に食える草しか植えていないフライシュ城の庭と違って“美”を前面に出した造りをしていた。

 そして、美しい花々の中心にあるラリス建築の東屋に、白百合のような髪の美少年が供も連れずに座していた。彼の名を、貴族子息たるミラクムが知らない訳がない。

 ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。現ラリス王の実子にして、当代最強の王族と目されている存在。齢十一になった第三王子その人であった。

 

 ミラクムは息を呑み、今度こそ貴族としての矜持を胸に庭園へ足を踏み入れた。

 やがて王子の近くまで歩み寄ると、礼服が汚れる事も構わずその場で跪いた。この時、市井の者のように目を合わせ続けてはならない。これは強者と弱者を分ける礼儀であり、明確な上下関係を示す習わしであった。

 

「お初にお目にかかります。私、フライシュ領を預からせて頂いておりますヴィンセントの子。名をミラクムと申します」

 

 左手を胸に、右手を腰に、それからミラクムは名も力も格上である王族へと首を垂れた。

 これはラリス文化における一般的な礼儀作法である。対し、純白の王子は頷いてみせた。あえてこの場でラリス式最敬礼をしなかったのは、彼がジノヴィオスの意図を理解している証左だった。

 

「よろしい。キルスティン、彼にもお茶を」

「かしこまりました」

 

 そうして、ミラクムは王子に促されて対面の席に座した。

 メイドがお茶を淹れ終わるまで、二人は口を開かなかった。作法に則って座すミラクムとは対照的に、第三王子は足を組んで対面の貴族を眺めていた。まるで、彼の心根を見分するように。

 やがてミラクムの前に湯気を立てるティーカップが置かれると、彼はその匂いに虚を突かれた。嗅ぎ慣れた香り、見慣れた色。これは、フライシュ領で栽培している茶葉である。

 

「淫魔王国では色々あったようだね」

 

 困惑しつつ、ミラクムが茶を飲もうとした瞬間、目の前の王子は口を開いた。

 普通、こういう時は本題の前に少々の雑談を挟むものである。しかし、王子は自身の戦闘力を背景にそういった柵を一顧だにしなかった。ある意味、絶対的な強者として尊敬される振る舞いであった。

 実際には王子当人の性格からくる無遠慮さが為であったが、それを知っているのは件の聖王子の背後に控えたメイドだけであった。誰にも見えない角度で、キルスティンは「やれやれです」みたいなお澄まし顔をしていた。

 

「え、ええ。恥ずかしながら、貴族の本懐を果たす事はできませんでしたが……」

「ああ、その事を責めたい訳ではないんだ。報告書は読ませてもらったから、ミラクムさんからのお話を聞かせてほしいと思ったんだよね」

 

 召喚状には書かれていなかったが、ミラクムは淫魔王国での出来事を直接報告する為に登城したのである。

 何の変哲もない茶の誘い、これに応じた事で、私人としてのミラクムは第三王子派に就いた事になった。元より、フライシュ家はジノヴィオス推しだったので何の問題もないが。

 

「それでは、まず事の起こりから……」

 

 どのみち、ラリス王家は件の騒動について一から十まで知る事になる。ただ遅いか早いか、最初に知る者が変わるだけだ。その中で、第三王子は速度をこそ重要視しているのだ。

 息を呑んで覚悟を決め、ミラクムは当時の事を時系列順に話していった。交流会の始まりから、その最終日。後に聞き知った戦いに、その痕跡と証拠を含め、自身が調べられた範囲の全てを。問われた場合のみ所感を述べつつ、努めて第三者の視点を意識して。

 真面目な貴族子息の話を、第三王子は変化のない笑みのまま聞いていた。

 

「で、イシグロさんは王城でその儀式を行ったんだね」

「そのようです。詳しくは把握しておりませんが」

「いや、それについては此方で把握しているよ」

 

 夢魔の存在。謎の白銀鎧。純淫魔儀式……。

 事の顛末を聞き終え、王子は顎に手を置いて目を瞑った。ミラクムは乾いた喉を潤すべく、温くなった茶を飲んだ。やはり、このお茶は冷ました方が美味い。王子付きのメイドは茶の知識一つとっても金細工級であった。

 

「ふぅん……」

 

 第三王子は沈思黙考した。

 情報を掛け合わせ、状況を整理する。恐らく、ミラクムは女王からの無自覚なメッセンジャーだ。交流会を急いだ理由は、念の為にとこれを想定しての事か。あの女王はそういう人である。

 であるならば、王子の取るべき行動は決まっている。生まれてこの方、この少年は悩んだり迷ったりした事がなかった。

 

「僕が一番乗りか……」

 

 という王子の呟きを、ミラクムは貴族子息らしい思考のもと聞かなかったフリをした。

 この段になって、ミラクムは第三王子の人格の一端を理解しつつあった。

 

 聖王子。その本質は、良くも悪くも王の器である。

 望んでこそ、いないようだが。

 

 

 

 少々の雑談の後、ミラクムは王城の庭園を辞した。

 これにて、やるべきことリストの二つが完了したのだ。

 

「本当に向かわれるんですか?」

「もちろん」

 

 それから、主従二人は王城の廊下を歩いていた。

 所作こそ上品ではあるものの、この王子は歩く速度が異様に速い。慣れたように追従するメイドだが、もしこの状況を第二王子あたりにでも見られでもしたら面倒な事になるので、侍従的にはもうちょっと落ち着いて欲しいところだった。

 

「最近は戦い通しだったろう、僕もそろそろ英気を養うべきだと思わないかい?」

「それはそうですが。であれば、お部屋でゆっくりされては如何です?」

「残念、僕はじっとしてたら石像になっちゃう病なのさ。一党の皆も帰省しちゃって、ちょうどいいじゃあないか」

「早計では?」

「遅すぎるくらいだよ」

 

 目的地の前に着くと、自らドアを開けようとした王子に先んじてメイドがドアを開けた。

 その中には、第三王子付きの侍女達が控えていた。全員、銀細工級の斥候である。

 即ち、王子手ずからスカウトした諜報部隊であった。

 

「翌朝に出る。準備をしようか」

 

 言って、王子は先程までの超然的な笑みを消し、年相応の笑顔を浮かべてみせた。

 眩い程の笑みを見たメイドは、ちょっぴり母性を刺激されつつ「仕方ないにゃあ」みたいな顔になった。

 

 何にせよ、戦士の心が休まるならそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、当のイシグロ・リキタカは……。

 

「んくぅうううう♡ あっ♡ あっ♡ はぁ~♡ あ、温かいですぅ……♡」

 

 ホテル・乳鮑のスイートルームにて、酒池肉林の限りを尽くしていた。

 特大ベッドの上には快楽によって気を失った一党員が死屍累々の様相で転がっていて、最後の相手であるグーラも先の一撃で以て撃沈された。

 

「クゥーン♡ ご主人様ぁ♡ 抱っこしてください♡」

 

 対戦終了後、イシグロは甘えん坊モードになったグーラを抱きしめて横になった。

 束の間の休息である。本日の戦いはまだまだ続くのだ。

 

「よく頑張ったな、グーラ」

「えへへ♡ 大好きです、ご主人様♡」

 

 純淫魔契約から、数日の時が経った。

 イシグロは契約者となってからこっち退廃的な性生活を送っていた。

 というのも、契約者となったイシグロの色香に中てられたケモロリ二人が発情期に入ってしまった為だ。そうなれば、此方も抜かねば不作法というものである。

 

 また、黒剣一行が淫魔王国に泊まっているのには他にも理由があった。

 しばらく後、女王にエリーゼの呪いを調べてもらう予定があるのだ。それまで乳鮑のスイートを提供してもらっているのである。

 曰く、解呪には力云々より知識がモノを言うとの事。イシグロからすると、女王の申し出は嬉しい限りであった。

 

 グーラとイリハの発情期と、エリーゼの診察。それが終わったら、ルクスリリアママに会いに行く予定である。

 騒動も交流会も終わったが、イシグロ達はもう少し淫魔王国に滞在する事になりそうだった。

 

「あぁ~、幸せだなぁ~」

 

 皆を抱く度、イシグロは心底実感するのだ。

 異世界生活、最高である。




 淫魔王国編、完。
 もう少し居ますけどね。



 はい、数日前に連載一周年になりました。
 第一話から約百三十話まで、だいたい百二十万文字。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
 こうも長く続けられたのは、偏に読者様の応援あっての事と存じます。感想・評価だけでなく、アンケとかその辺もです。

 アンケせずに進んでいたら、ルクスリリアは楽器を演奏していたでしょうし、エリーゼは魔法剣士になっていたと思います。
 実は初期プロット段階で存在してたのはルクスリリアとエリーゼだけだったんですよね。グーラの種族は直前まで迷ってました。

 本作、どう進んでもいいように最初にヒロイン倉庫的なのを用意していたんですよね。その仕様上、ボツになったヒロインが沢山いたりします。
 イリハポジのキャラは当初酒飲みの鬼でした。黒髪ロング呑兵衛鬼ロリでした。ぼざろのきくりさんみたいな性格の。

 ちな、本作を書くにあたって、事前にプロトタイプ的な作品を書いてたりもしました。
 その中で、初期ヒロインはルクスリリアではなく鍛冶系ドワーフ少女でした。第二ヒロインが今のルクスリリアポジのメスガキサキュバスです。
 実は今もその名残があって、115話でドワルフが口にした「ルーン彫刻」と「魔石錬金」がプロトタイプ版における大きな要素の一つでした。
 プロト版では、ルーン彫刻という廃れた技術を持つロリドワーフに主人公が出資して盛り立ててくって話でしたね。ハクスラしまくる主人公の武器をロリドワーフがエンチャントしまくるような。
 で、まぁ色々考えてこの方針は止めようってなり、今の形になりましたとさ。

 閑話休題。

 先述の通り、本作はまぁまぁの長編小説になりました。
 お話の都合で、まだまだ投げっぱなしジャーマンになってる設定とかあの伏線どうなってんだとか、それなりに残っています。ごあんしんください。忘れてません。多分、恐らく、メイビー。

 それでは、次のエピソードで。


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炉利乙女

 感想・評価など、ありがとうございます。直でやる気に繋がっております。
 誤字報告もありがとうございます。助かってます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回からまた一人称です。
 よろしくお願いします。


 魔導人機とは、異世界における古代兵器の一種である。仕組みとしては現代で用いられている防具の超スゴイ版といったところ。

 その性能は凄まじく、魔導人機を纏った適合者は単騎で各種族の王と比肩するレベルであるという。ちなみに、歴代ラリス王は銀細工が束になっても勝てないらしい。

 

 開発時期は魔王戦争の前で、第二大災厄時に投入されたそうだ。残念ながら、その多くは災厄戦で失われ、残った機体も後のゴタゴタで永久封印されたりぶっ壊れたり。また、魔導人機の製造法は表向き失伝しているようだ。そも、分かってる限りでも一機あたりの生産コストはとんでもないんだとか。

 

 仕様上、魔導人機にはそれを身に纏う適合者が必須である。また、その稼働に際しては適合者に高い負荷をかけ、時に命を落とす事さえあったそうだ。

 畢竟、魔導人機は人工的なラリス王であり、重いデメリットのある古代の超兵器……らしい。

 

 らしいというのは、これを淫魔女王自ら教えてくれた為だ。

 発情期が収まった後、エリーゼを診察してもらって、そのまま軽くお茶をしてる最中に教えてもらったのだ。要するに、夢魔騒動に関わった俺への口止めだった。

 ちなみに、魔導人機については調べようと思えば普通に出てくる情報なんだとか。かなり頑張る必要はあるそうだが。

 

「予め言っておくけれど、これは淫魔王国だけの問題じゃないわ。それは分かってくれてるのよね?」

「はい」

 

 そんな中、俺は魔導人機について詳しく聞いた後、先に現れた白銀魔導人機の追跡の協力を申し出た。

 勿論、これは偏に白銀鎧の中にいたであろうロリの身を案じた為だ。あの時、彼女は助けを求めていたのだ。これに応えねばロリコンが廃る。件の兵器が危険であるなら、尚の事。

 今回の騒動、間違いなく淫魔王国だけでは収まらない。異世界警察たるラリスが出張るのは確実だ。黒幕の捜査、内憂の警戒に外患への対処。そうなると、推定ヴィランサイドであろうあの子は高い確率で巻き込まれる。乗るだけで危険な欠陥兵器に乗って、である。

 

「自分は、あの鎧を……その中の子を放ってはおけないのです。捜して倒すのではなく、助けたいと考えています。理由は先ほど申し上げた通りで、その根拠は勘としか言えないのですが……」

 

 こういう時、後から巻き込まれるばかりではいけないと思う。例えどうなろうと、先んじて行動すべきだ。

 無論、この事は皆に相談済みである。ホウ・レン・ソウを怠ってはいない。その上で、俺は淫魔女王にお伺いを立てたのである。

 

「そう、わかったわ……。一応言っておくけれど、確約はできないわよ。向こうがどう動き、貴方をどう扱うかも分からない。駒か、騎士か、猟犬か……ラリスに近づくというのはそんな風になるかもしれないって事、忘れないでね」

「承知しております」

 

 迷いはない。女王の忠告を、俺は当然として想定し、これもまた相談済みである。

 元より、俺は国のゴタゴタに関わらない事を重視して異世界を生きてきた。自由気ままな冒険者スタイル。成り上がるなんてとんでもない。今もその気持ちに変化はない。何もなければ、何もないのが一番だ。

 だが、ロリを救う為ならば、相応のリスクは覚悟できる。どうしようもない性であった。

 

「そう。まぁ実際どうなるか分からないし、案外良く計らってくれるかもね。とりまラリスに貴方を推しとく、それでいいのよね?」

「はい。陛下のご厚情を賜り、感謝の極みにございます」

「あー、いいのいいの。こっちからすりゃイシグロさんは恩人で英雄なんだもの。こんくらい安いわ~」

「陛下、少々はっちゃけ過ぎかと……」

 

 要するに、俺は鎧ロリとの接触を図るべく、対ヴィランに協力するつもりなのだ。

 この一件、ラリス王国主導で調査される事になるだろう。その時に外部戦力の俺を混ぜてほしいのである。

 信用できない冒険者身分ではあるが、夢魔とそいつが話していた事に関しては既に知ってしまっている。そうなると、良くも悪くも俺は現状単なる冒険者ではなくなっているのだ。

 女王の言う通り、どうなるか分からない。考えが甘い自覚はあるが、今俺にできるのはこれくらいだ。

 

 ラリスにも、黒幕にも、あの鎧の子を殺させる訳にはいかない。

 秩序や善悪、世論や政治も関係ない。

 ロリへの祝福もなく、世界が在ってはならんのだ。

 

 

 

 

 

 

 王城でのお話を終え、ケフィアムに戻る頃。カラッと晴れた空模様はちょうど昼食時になっていた。

 最近はホテルに引きこもっていたので、外出自体が新鮮な心地である。

 

「ちょっと見てくか。お昼も外にしよう」

「うッス! せっかくッスし、乳鮑で食えねぇモンがいいッス!」

「いつも思いますけど、お昼にご飯を食べられるなんて本当にありがたいです」

「うむうむ、一日三食ってのはいいもんじゃのぅ」

「ええ、そうね」

 

 そんな訳で、俺達は買い物がてら街を散策する事に。青い空の下、ホテルを離れ活気のある方へ歩き出す。

 夢魔騒動で大きな被害が出たと聞いたケフィアムだが、既に元の美しい街並みを取り戻しているようだった。

 ルクスリリア曰く、ケフィアムの建物の殆どは魔法で造ってるらしい。だからこそ、淫魔はスクラップ&ビルドには慣れているのだ。家壊れたし、次はもっと良い家にしようのノリでこんな煌びやかな街になってるようだった。

 

 広場に着くと、そこは予想通り賑わっていた。

 淫国菓子を売る屋台に、楽器の演奏に没頭するアーティスト淫魔。そして、美人淫魔を観てニヤニヤする男達。

 ていうか、前より賑わっているような……。

 

「なんか人増えてない?」

 

 よくよく見てみると、賑やかな広場は交流会時よりも男性人口が多くなってるように見受けられた。

 参加者全員が冒険者だった以前と違い、今は身なりの良い人達とガタイの良い人達の二種類がいる印象だ。

 

「あそこにいるのは商人とその護衛ッス。多分、野生動物の一件が解決したからまた商いに来たんスよ」

「あー、なるほど」

 

 相も変わらず屋台ではチンポコキャンディー等のトンチキアイテムを売ってるのだが、当の男連中はというと一切狼狽せずに「そうそうこれこれ」みたいに楽しんでいるように見えた。

 何というか、戦闘力云々じゃなく皆さん男としてワンランク上って印象だ。どいつもこいつもアッチの方が鋼鉄の威厳を発している。

 

「ん?」

 

 ふと視線を感じて目をやると、一般立ち話淫魔達が俺を……というか俺の股間をガン見していた。

 

「見て見て、あの抑えたヴァイオレンス……! ヒューッ! 間違いないわ、あの男がイシグロよ! 女王から力を授かったという噂は本当だったのね!」

「オッオオオーッ♡ なんて淫力なのかしら! よし、今すぐあの男でオナニーよ!」

「あいや待たれぃ。私は泣く男でオナニーできるが、オナニーで男を泣かせる淫魔は許せんのだ。どうしても致したいのなら、私の屍を超えてゆけぃ」

 

 こういう時、淫魔王国に来る前の俺だったら、それはもう盛大に困惑した事だろう。

 が、今の俺に精神的動揺による判断ミスは決してないと思って頂こう。

 

「ちょっと見てこっか」

 

 という訳で、広場を適当に見て回る事にした。モブの視線なんて気にせんでよろしい。

 商人や護衛達も銀細工に注目こそすれ俺につっかかってくる感じはなさそうだしな。第一、大なり小なり王都でもチラチラ見られてた訳で。他人様の目なんてもう慣れちゃったよね。

 

「え? なにこれ?」

 

 と思って売店を冷やかしていると、昼間の露店だというのに堂々とディルドが陳列されていた。そう、そのディルドである。

 しかも、これかなりリアルめである。飴とかチョコバナナとかそんなんじゃない、マジのやつ。あまつさえ大中小と色んなサイズが……。

 

「えーと、何でしょう? 黒剣味、剛剣味、鼬人味? 舐めたら味がするのでしょうか?」

「グーラ、これは食べ物じゃないわ。匂いもしないでしょう?」

「なっつかしぃの~。これ、遊郭にもあったのじゃ」

「実際、これ味とかすんの?」

「いやー、アタシおもちゃ系は全然で……」

 

 まあ、うん、何となくは分かるんだよ。こういう商品さ。

 詳細こそお口チャックされてるが、俺やトリクシィさんが夢魔騒動で活躍したのはその通りだし。淫魔流のファングッズみたいなもんなのかもしれない。

 

「あ、お客さんってンギャアアア!? ご本人登場!? すすすスンマセンっしたぁあああ!」

 

 と、ここで店主登場と同時に謝罪ムーブ。

 いや、まぁ怒ってはないよ。黒剣なんて恥ずかしい二つ名、ギルドが勝手に付けただけだし、商標登録してないし、私困っちゃうし。

 

「いえ、自分は何も……」

「だ、第二弾はもう少し大きくしますんで! 何卒ご容赦を!」

「えぇ……?」

 

 違う、そうじゃない。別にサイズとかはいいんだよ、気にしてないよ、そんなん。

 ふと、改めて黒剣味を見てみる。残念、モノホンより小さいじゃんね。

 

「オイコラァ! ご主人のご主人はもっとモゴゴゴゴ!」

「失礼しますねー」

 

 俺は何事か文句をつけようとしたルクスリリアの口を塞ぎ、そそくさとその場を去るのであった。

 じゃあな、黒剣レプリカ。皆に愛と夢を与えてやってくれ。

 

「ぷはぁ! なんスかご主人~、ああいう時は盛大にいちゃもん付けてやるのが楽しいんじゃないッスか~」

「貴女、将来痛い目見るわよ……」

「ところで、あの棒は何に使うんでしょうか? お掃除用具?」

「グーラは純粋じゃのぅ、ほんに」

「ああいうのいる?」

「要らないわ。私は……いえ、なんでもないわ」

「お? なんスかなんスか? 続き言ってみ?」

「うるさいわね……」

 

 今人気のあるところに行くとああいうのに遭遇しちゃうかもしれないし、お昼は人気のない隠れ家的お店を探そうか。

 

「ん?」

 

 なんて思いつつ先を行こうとしたら、初代女王像の前で見知った顔を発見した。

 最早シルエットだけで分かる。丸い獣耳、裾の長いイキりコート。そしてお腰のサムライブレード。彼こそ、今この国で一番アツい男の子じゃあないか。

 

「こんにちは、トリクシィさん」

「あ、イシグロさん、どうもこんにちは」

 

 声をかけると、こちらに気づいた彼は礼儀正しく挨拶を返してきた。

 交流会が終わって数日後、彼は馬車に乗って王都に帰ったはずだが、何故また此処にいるのだろうか。

 

「王都に戻った後、銀行でお金を下ろしてから来たんです。現地で馬を買う為に」

「ああ、言ってましたね。買う馬を見に来たんですか?」

「いえ、それは決めてあるんです。一歳の馬で、もう名前も決めてあったり」

 

 どうやら、騒動の日に彼を死地から救ってくれたあの馬を購入するつもりらしい。

 わざわざ王都にまで戻ったのは交流会の終了手続きの為だろう。スケジュール的に、そこからトンボ返りしてきた感じか。

 

「それで、ここで待ち合わせを……おや?」

「トリィくぅ~ん♡」

 

 と、ここで背後から甘ったるい声が聞こえた。声の主はお姉さん淫魔ことヴィーネさんだった。

 異世界人らしい脚力で走ってきた彼女は、以前と違って私服姿である。私服、というかザ・淫魔って感じの半露出狂ファッションなんだが。

 

「久しぶり、トリィくん♡ んちゅぅ~♡ ぢゅぷ♡ ぢゅるるるる♡ れろれろ♡ ちゅぅううううう……ぷはぁ♡ 会いたかったよぉ~♡」

「はい、自分もです」

 

 かと思えば、俺達の目の前で会って早々二人は激しいディープキスを敢行した。

 周囲の淫魔が嫉妬の炎を燃やす中、ヴィーネさんは愛しい彼の身体をまさぐっていた。対するトリクシィさんは余裕げにいなしている。

 

 ん? ていうか、あれ? お別れの時、次に会う時までに馬に乗れるようにとか、待っててくれ的なこと言ってたような?

 なおもスケベしようとするヴィーネさんを見る。まるで三年以上恋人と会ってなかったかのようなイチャつきぶりである。

 まぁ俺からしちゃあどうでもいいんだけれども。

 

「ほえ~、淫魔の方って大胆ですよね~」

「むっ、負けてらんねぇッス! ご主人、アタシ等もするッスよ!」

「やめなさい。はしたないわ……」

「ん~? 顔が赤いのはどっちの意味かのぉ? うりうり」

「言うようになったじゃない」

 

 散々乳繰り合った後、トリクシィさんはようやっと俺達の存在を思い出したようだった。

 

「あはは、すみません。今からヴィーネさんと一緒に牧場に行く予定なんです。それでは、自分達はこれで……」

 

 言って、片腕にお姉さん淫魔を巻きつけたトリクシィさんは門に向かって歩いて行った。

 女慣れしたトリクシィさんは、例のイキりコートを完璧に着こなしているように見えた。卒業した彼は、あっと言う間に男を上げたようである。

 

「若いねぇ」

「ッスねぇ」

「わしからすりゃ皆年下なのじゃ」

 

 まぁ二人が仲良しなのは置いておいて、俺達は俺達で今度こそ歩き出した。とりまお昼食べて、そのあと買い物だ。

 明日、俺はルクスリリア母のいる所へ向かうのだ。その為に、色々と手土産を買う予定なのである。

 

「つっても、淫魔にゃそんな文化ないんスけどね~」

 

 とはルクスリリアの談。

 曰く、淫魔族の子は生まれてすぐ幼淫魔学校で過ごすらしいので、他種族より親子の感覚が薄いらしい。

 

「それでも、ピシッとしとかないとな」

 

 とはいえ、である。

 常々郷に入りてはの精神で異世界生活を送っている俺だが、迷惑じゃない限りこういう時は故郷流の筋を通したいところである。

 

「手紙は出したよな。土産はいい感じの買うとして、取り敢えずしっかりした服買わないと……」

「竜族の場合、相手の一族に合わせた礼服を着るのだけれど」

「やー、そんなん着てったらオカンびっくりしちゃうッスよ~」

「普通にラリス風で良いと思うのじゃ。グーラんとこはどうじゃった?」

「ボクのいた村だと、そもそもそういう風習がなかったような……?」

 

 なんて話しつつ、俺達は訪問の準備を進めるのであった。

 ルクスリリアのママさん、どんな人なんだろう。

 緊張は当然として、不安や楽しみも半々といった気持ちだった。

 

 こんな俺が、まともな事をやろうとしてる。

 諦めてたのだ、色々と。

 

 

 

 

 

 

 身長差バカップル――トリクシィさんの方が頭一つ分小さいのだ――と別れた俺達は、昼飯もそこそこに明日に備えて準備を開始した。

 

 まず、手土産についてだが、当然として異世界に日本で売ってるような菓子折りなどあるはずもなく、色々と探し回る事となった。

 検討の結果、ナウなサキュバスにバカ受けの大人気チーズケーキを購入した。

 

 次、当日に俺が着ていく服。

 皆の服は沢山持ってるが、俺にカチッとビシッとそれでいてカジュアルな服の持ち合わせなどなかったので、新しく買う必要があったのだ。

 これには相当苦戦した。というのも、ファッションリーダー・エリーゼさんがああでもないこうでもないと俺を着せ替え人形にした為である。そのうち皆もノッてきて、柄にもなく俺はアレコレ試着する羽目になった。

 ちなみに、ケフィアム唯一の紳士服専門店には、実に様々な服が陳列されていた。何でなんでしょうね(すっとぼけ)

 

 結局、俺は第一再臨のロムルス=クィリヌスみたいな服を着てく事になった。

 これは古き良きラリス人の恰好で、日本でいうとこのカジュアルスーツに相当するようだ。

 そういえば、異世界でサラリーマンが着るようなスーツって見た事ないな。どこかで皆用のスーツをオーダーメイドできないものだろうか。秘書プレイ……。

 

 それはそれとして、買う服は決まったにも拘わらず、テンションを上げた皆はなおも俺で着せ替え遊びをしまくってきた。

 森人風だの獣人風だの、見るのはいいが興味はあんまり……。元年中ジャージマンワイ、無事死亡。銀細工ボディでも気疲れってのはするもんで。

 

 この時、俺はモヤモヤして仕方なかった。

 どうしてこうカワイイ女子が四人もいて、アレコレ選ぶ服が俺用なのか。皆が楽しいならそれでいいのは間違いないが、やはりフラストレーションは溜まってしまう。

 

「すっげへぇ~! アタシ、ここ一回入ってみたかったんスよ~! リリィ感激~!」

「こ、これも服なのね。うん……?」

「防具でもないのに、なかなかの値段ですね……」

「す、すごい光景じゃ……」

 

  そんな訳で、俺は皆の分の服を買うべく高級淫魔服専門店へやって来た。

 店内には種々様々な淫魔族の伝統衣装があり、中には子供用の服もあった。

 率直に言って、淫魔服はエロい。ルクスリリア以外もこういう服着てほしいなって思う。

 のだが……。

 

「お腹丸出しじゃない……」

 

 エリーゼさんが露出度の高さを気にしていらっしゃる。

 異世界には国ごと種族ごとのファッションというものがあり、淫魔には淫魔が好むファッションがあるのだ。

 ルクスリリア曰く、寒暖差に影響されない淫魔族は動きやすい恰好で、且つエッチな服を好むらしい。

 

「おっ、これホワイトショットの新作ッスよ! ひゃー、かっけぇーって、えぇ!? なにこれたっか!」

「胸だけじゃなく全てのサイズがガバガバですね……」

「ガバガバどころかスカスカじゃ。ほれ、わし等でも着れる子供用買うのじゃ」

 

 つまり、淫魔は皆さんパブリックイメージのザ・淫魔って恰好をしているのである。

 肩出しヘソ出しは当たり前で、モノによっては出会って二秒で即吸精できるように股間が観音開きになってるパンツなんかもある。子供用の淫魔服など、どれもメスガキが着てそうな感じだ。

 また、多くの生地は自国産のレザー製であり、そのどれも流石の淫国クオリティで無駄に洗練されていた。いやホントに良いレザーだな。ジャージにしか興味ない俺だけど、こうも質感の高いレザーなど見るとイカした革ジャンなんかに興味湧いちゃうね。そういえば、異世界革ジャンも見た事ないな。

 

「ご主人~、アタシこのブランド品が欲しいんスけど~」

「ええんやで」

「やったぜッス!」

「嬉しそうじゃの~。主様も」

 

 そりゃもうニッコニコである。

 何はともあれ女の子の服なんてナンボあってもええのである。

 

「う~ん、エリーゼはどれにしますか?」

「わ、私にはよく分からないわ……」

 

 そんな中、さっきの店じゃニコニコ笑顔で服を選んでたエリーゼさんは、ドエロい衣装を見ては何事か想像して顔を赤らめていた。

 どうやら、ノーブルブラッド・ドラゴンの彼女には淫魔ファッションはキツかったようである。まぁ無理強いはすまい。似合うと思うけどな~、黒レザーとか。

 

「きひひ! じゃあ、エリーゼの分はアタシが選んでやるッスよ!」

「ちょ、ちょっと……!」

「あ、ボクもお願いします」

「わしも。コレとコレ、どっちがいいと思うかのぅ?」

 

 普段とは一転、今回はルクスリリアが皆の服を身繕う事となった。

 ルクスリリアとてファッションにはさほど興味がない性質をしているのだが、今日この時に限ってはやる気十分である。

 俺の見守る中、淫魔の彼女はそれぞれ皆に合うものを選んでいった。

 そうしてお出しされたのが……。

 

「ふっふ~ん♡ ガキんちょ用なのは癪ッスけど、ご主人こういうの好きっしょ?」

「革ですけれど、着てみるとけっこう柔らかくて動きやすいですね。ギチギチしてないというか」

「いやぁ~、こういうのなんか新鮮なのじゃ。ちょっと恥ずいのは否めんがの」

 

 皆、ロリにして立派な淫魔ファッションである。

 ルクスリリアは言わずもがな、淫魔族の服がよく似合っている。いつもがメスガキだとしたら、今は完全にそういう店の女王様だ。

 グーラも褐色肌が際立つ露出度高めの恰好で実にグッドである。煌めく肌艶が眩しい。

 普段リンジュ服を着ているイリハもいつもと雰囲気を変えて新鮮だ。ファッションを楽しみつつ、ほんのり顔が赤いのもポイント高いですね。

 

「あ、あまり見ないで頂戴……」

 

 そして、エリーゼはというと、着慣れない恰好を隠すようにモジモジしていた。

 艶のある黒いレザーと、陶磁器のような白い肌のコントラストが最高に美しい。

 裸になるのは恥ずかしくないくせに、こういうファッションをするのは恥ずかしいようだ。そういうトコもまたイエスだね。

 

「いいねぇ~」

 

 その後、俺は皆を褒め殺しにした。

 やっぱ、ゲームもリアルもファッション愉しむなら美少女だよな。

 つくづくそう思うね、まったく。




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 淫魔王国は畜産最強国という都合上、革製品にも強いです。安い革でもめちゃくちゃ質が高いです。防具というより、衣服としてですが。
 あと、異世界には現代地球で一般にスーツと言われている服は存在しません。単なる革のジャケットならありますが、某神室町探偵めいた革ジャンは存在しません。技術云々ではなく、発想と需要がないんですね。作ろうと思えば普通に作れます。


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出た!ロリコンの訪問者

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベが湧いてきます。ぬっしゃ!
 誤字報告もありがとうございます。いつも感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


 本日は晴天なり。

 

 淫魔王国の空は雲一つない群青で、広い大地には風に波打つ緑が広がっている。

 その狭間を、俺達は空戦車に乗って飛んでいた。勿論、許可は取っている。以前頂いた勲章がそれだ。

 

「ご主人、着いたッスよ! あの緑の屋根の家ッス!」

 

 淫魔王国の国土面積はさほど広くない。信号も踏切も渋滞もない空の道を往くと、目的地にはあっと言う間に到着した。

 速度を落とし、街道を滑走路代わりにゆっくり着陸する。次いで空戦車を降車し、ラザニアと車体を収納する。そうして覚悟を持って見やった先には、二階建ての大きなログハウスが鎮座していた。

 家の前にはレンガで区切られた畑があって、どことなく欧州の田舎アトモスフィアを感じさせる。初めて来た場所なのに、何故か懐かしい気持ちになった。

 

「大きなお家ですね……」

「淫国の農家なんてこんなもんッスよ」

「へぇ、これはこれで趣があるわ。木の家も悪くないわね……」

「植えとるのは、これは何かの香草かの? 見た事ない種類じゃが」

 

 各々感想を述べつつ、庭を通って玄関に向かう。

 ここが、ルクスリリアの実家。扉に近づくにつれ、俺の緊張はいやに増していった。

 今から、ルクスリリアの母に会うのだ。そして、願わくば義母になってもらう許可を得るのである。

 奴隷証の返却とか、そう至るまでの経緯とか、そこら辺は隠さず話そうと思う。肉親からの叱責の全てを、俺は甘んじて受ける所存であった。

 ルクスリリアの話によると、怒られるなんてあり得ないらしいが、それでもだ。俺が勝手にシリアスになってるってのも分かってはいる。

 

「よし……!」

 

 頬を張り、ロムルス=クィリヌスみたいな服を整える。

 この日に備え、皆にも外行きの服を着てもらっている。ルクスリリアも高級ブランドの淫魔服だ。

 不用心なことに鍵のかかっていない扉の前に立ち、魔導式チャイムを押す。僅かに魔力を吸われた感覚がした。これで、扉が開いたらご対面だ。

 

「気配がないですね」

 

 が、開く感じがしない。そもそも家の中に人気がない。

 一応、失礼にならないように再度押してみても……同じだった。

 手紙でアポは取ってるはずだが、出かけているのだろうか。まぁ時間にルーズな異世界じゃこんなの日常茶飯事らしいが。

 

「仕事中かしら?」

「今はちょうど休みッスよ」

 

 ルクスリリア母は酪農チームの一員である。昼過ぎはちょうど休憩中と聞いたし、手紙ではこの日に休みを取ってくれているはずだ。

 心配し過ぎなのは分かっているが、ちょっとソワソワする。つい最近、夢魔騒動があったのだ。神経が張り詰める感覚を抑えられない。

 

「あー、やっぱりー! ごめんごめん! すぐ戻るつもりだったんだけど、ちょいコーちゃんおしっこしたそうだったからさ!」

 

 その時、少し遠くから声が聞こえた。見ると、角の生えた金髪の女性が駆けてきた。

 髪色は金で、目の色は赤。ルクスリリアと同じ配色だ。ケフィアムで見た淫魔の中では背が低い方で、だいたい百五十後半といった感じ。走る度、不相応に大きな胸がばるんばるんと揺れていた。

 彼女は片手に犬の散歩で使われるようなリードを握っており、半ばそれに引っ張られるようにして走っていた。

 

「た、タコなのじゃ! あの者、タコの散歩しとるのじゃ……!」

「前に言ったじゃないッスか。こっちじゃタコはペットなんス」

「え? あれタコなんですか?」

 

 推定ルクスリリア母は、ぴょんぴょん走るタコの散歩中だったらしい。

 そのタコはあっちでもこっちでも見たタコというより、何というか原罪背負ってそうなデフォルメタコだった。目は丸っこくつぶらで、墨吐き用の器官は口呼吸をするようにパクパク開閉していた。なんというファンシー・オクトパスだろうか。異世界カルチャーショックである。

 いやいや、それはいい。俺は脳内マニュアルを参照し、金髪の女性に先制アイサツの構えを取った。

 

「お初にお目にかかります。私、イシグロ・リキタカと申します。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」

「えっ? あ、どもども~。あーし、ルクスリリアの母で、ラグニアでーす。てかマジで銀細工じゃん。すっご~! てかリリィも皆も魔力ヤバ! ウケる!」

 

 リンジュマナー式のお辞儀をすると、ルクスリリアの母ことラグニアさんは大阪のおばちゃんめいて手をパタパタやった。

 それから皆の奴隷証を眺め見て感嘆の息を吐いた。

 

「はぁ~、これが本物の奴隷証かー! いいなぁ、あーしも銀細工の性奴隷になって毎日吸精したいな~。娘に倣ってあーしもちょっくら要人誘惑してこよっかな~。なんちて、きひひ!」

 

 返答に困っていると、彼女はパーソナルエリアなんか知るかとばかりに間合いを詰めてきた。

 相手はルクスリリアの母だ。振り払う事もできずにいると、彼女は俺の三角筋をぺたぺた触りだした。

 

「んほぉ! 銀細工の体マジやべぇじゃん! 魔力もいっぱいだし、あーしでも強いの分かるもん! ねね、リリィだけじゃなくて皆の相手とかもしてるの?」

「あ、えっと……」

「オカン、ご主人困ってるッス!」

「あっ、リリィ久しぶり~。そうだったそうだった。はいどーぞ、皆さん上がってってねー」

 

 けらけら笑うラグニアさんに困惑する俺と訝しむ皆。そんな中、ルクスリリアは促される前に勝手知ったる我が家へと入って行った。

 靴を履いたまま扉を潜ると、そこはナーロッパファンタジーというより二十三区生まれ二十三区育ちの人がイメージする田舎生活って感じの空間が広がっていた。縦横に大きな部屋の壁には透明度の高い窓があり、そこから柔らかな太陽光が入ってきている。

 家具の配置は大人数が使用する事を考慮されているようで、どことなく寮の談話スペースみたいである。事実、ラグニアさんは仕事仲間と集団生活をしていると聞いた。

 

「こちらケフィアムで人気のあるチーズケーキです。甘物がお好きと伺っておりますので、どうぞお召し上がりください」

「え? あざ~す! いやマジでいいのにな~。とりま座って座って~。お茶淹れるからさ」

 

 勧められたダイニングテーブルは十人用だったので、俺達全員が座る事ができた。

 お茶とケーキを持ってきたラグニアさんは、俺と対面の席に着いた。五対一だが、此方の四人はロリなので圧迫感はないはずだ。

 それから、俺は唾を飲み、姿勢を整えて彼女の目を見た。ラグニアさんはチーズケーキを食べようとして、慌てて俺と目を合わせていた。

 

「改めまして、本日はお時間頂きましてありがとうございます。私はイシグロ・リキタカと申します。王都アレクシストで迷宮探索を生業にしております」

「へ? あ、うっす?」

 

 今一度挨拶をした後、俺の氏素性を開示した。

 どこで何をしているのか、どういった経緯でここに来たのか。極力真摯な声音と言葉を心がける。

 当然、ルクスリリアについても話す。この奴隷証はいずれ返却するつもりである旨や、女王の呪いについては本人の希望で残してある事など。純淫魔契約については淫魔女王のお願いで若干ぼかして説明した。

 

「まぁその辺は手紙で知ってる、けど……? うん?」

 

 一通り話し終えると、ラグニアさんは困ったような顔になっていた。俺も俺で、緊張のあまり一方的に話し過ぎてしまったか。

 

「それは分かったけど、何か用があったんだよね? 一応、昨日のうちにルクスリリアの荷物は出しといたよ。要る物あったら持ってってね」

 

 そう言ってチーズケーキを頬張るラグニアさんは、俺のイメージする母親像とは食い違っていた。話が噛み合っていないのだ。

 だが、これはある程度織り込み済みだった。この世界、人間族や一般魔族には婚姻の風習はあるものの、淫魔には結婚という概念がないのだ。確認されてるのは淫魔剣聖シルヴィアナさんくらいである。

 そんな淫魔族からすると、俺が知ってるような婚前の挨拶はさっぱり意味が分からないのだ。

 

「私の故郷では結婚を認めて頂く為、婚約者の親族に挨拶をする文化があるのです」

「え、マ?」

 

 なので、ラグニアさんには現代日本における結婚観についてもお話した。

 エゴなのは分かっている。当のルクスリリアも必要性を感じていない。けれどその上で、俺は彼女の母に娘の結婚を認めてほしかったのだ。

 ついでに、俺の出身はラリスでもリンジュでもなく、日本という遠い異世界の国であるとも伝えておいた。

 

「え!? イシグロさん、挨拶の為だけに来たの!? はえ~、リリィあんたのご主人ってば変人じゃんね」

「ん、そッスね」

 

 旅の安全が確保されていないバイオレンス異世界。挨拶する為だけに国を跨いでやって来るのは、よほどの強者でないと危険なのである。そうじゃなくても遠出のコストが高い世界なのだ。

 そんな世界の価値観からすると、わざわざ義理を通す為だけに他国へ渡ってきた俺達は、淫魔視点だととてつもない変人に思えるのかもしれない。

 ラグニアさんは「淫魔が結婚ねぇ?」と訝しげな表情を浮かべていた。言葉からは否定的なニュアンスは感じられない。

 

「雰囲気的に、他の子もリリィと同じなん? あ、結婚の話ね」

「はい」

 

 問われ、ルクスリリア以外の皆についてもお話した。皆、ルクスリリア同様に奴隷身分なのである。

 元銀竜一族のエリーゼの話をすると、ラグニアさんは「マジ? すっごーい!」と言って銀竜剣豪ヴィーカの本を持ってきてくれた。表紙に描かれた銀髪美青年を見たエリーゼは「誰これ……?」と呆然とした面持ちで呟いた。

 

「はえ~、イシグロくんマジでヤバいじゃんね」

 

 そう言って頬杖をつく彼女の中に、俺達の関係性への忌避感は無さそうだった。

 この段になって、俺は張り詰めていた緊張の糸を緩める事ができた。感触は悪くない、と思う。

 

「で、いきなりこの子は軍隊入る! 兵士なる! つって出てっちゃったのよ~。まぁ一年くらいで帰ってくるかなーとか思ってたら案の定で。それからは、どこに行ったんだっけ?」

「ボンキュー様のとこッスよ。基本的に家畜の世話してたッス」

 

 それからは、お互いの親交を深めるべく色んな話をした。

 主な話題は二人の共通項であるルクスリリアについてだった。その他、ルクスリリアが奴隷になってからのラグニアさんの生活や、最近の出来事。俺の事について問われた時は、できるだけ真摯に返答した。

 初対面で話してみて確信したが、ラグニアさんはノリが軽いというか一般淫魔って感じの人だった。交流会にいた乳食系淫魔ほどがっついてないが、ラース公爵ほど超然としていない。言い方は悪くなってしまうが、軍人淫魔さんの言ってた通りのノーマル淫魔なのだ。

 

「あ、リリィ、あんたが大事にしてたチンイラ先生の本ちゃんと残しといたから。後で持って帰りなよー」

「マジか! よかった~取られなくって~」

「っしょ? あーしの私物って言ってごまかしたんだからね」

 

 そのまま、幼少のルクスリリアの話題で盛り上がる。いつの間にか、ラグニアさんは手土産のチーズケーキをつまみに酒を呑んでいた。

 この頃には真面目なコミュニケーションはおしまいで、グーラやイリハなんかは途中かまちょしてきたタコのコーちゃんを撫でて遊んでいた。当のルクスリリアはソファに寝そべって例のエロ本を読み耽っている。

 結局、ラグニアさんと話してるのは俺とエリーゼだけだった。これじゃエリーゼの母と対面してるみたいである。

 

「あー、うん」

 

 ふと会話が止まったところで、ラグニアさんはグラスの酒をかき交ぜながら口ごもった。

 やがて、へにゃりと締まりのない笑みを浮かべ、云った。

 

「いきなり変な話だけどさ、なんかごめんね? あーし、こんなんで」

 

 かと思ったら、唐突に謝罪された。

 どう返答すればいいか分からなくなってる俺に対し、ラグニアさんは酒を混ぜる手を止めて言葉を継いだ。

 

「イシグロくんの生まれたトコって、多分マジメな人多かったんだろうね。ラリスっつーか、リンジュみたいな? そういう人からすると、あーしみたいな淫魔ってケーハクに見えるんじゃん? 実際そうなんだけどさ」

 

 ラグニアさんは、リビングでカウチポテトやってる娘を眺めた。

 

「向こうでリリィがやらかして奴隷になっちゃったって時も、まぁしゃーないかーって思ったの。悲しかったんはそうなんだけど、それだけなんよね。もっかい会えて嬉しいのも確かで、結婚するってのもびっくり&ラッキーじゃん? みたいな。これ、あーしだけじゃなくて、大体の淫魔族こんなんなんよ。親子の情っての、無くはないけど他の種族と全然違うんだよね」

 

 その声に悲壮さは無い。後悔とか自責の念とかも無さそうで、ただ頭の中の言葉を捻り出そうとしている感じがした。

 

「んー、まぁでも……」

 

 そして、ラグニアさんはヘラッと笑った。

 

「ありがとね、イシグロくん。ルクスリリアのご主人様になってくれて。これからもよろしくね。これで安心かな? 何様だって思うかもだけどさ?」

「……ありがとうございます」

 

 淫魔族とは、精を吸って百年以上若さを保ち、幼い心を失うと急激に死が近くなる種族である。

 些細な人間関係の変化に一喜一憂し、百より前に老成する人間族とは、根本的に価値観や時間感覚が違うのだ。

 故に、人間族の感覚で他種族をああだこうだと断じるのはナンセンスである。恐らく、隅から隅まで人間と魔族が分かり合うのは極めて難しいのだろう。

 それでも共に生きる事はできる。やはり、アニメは人生に必要な多くを教えてくれるのだ。

 

「てか、リリィいつの間にか中淫魔になってるし? かと思えば最近その上になったって? いいなぁ~、あーしも空飛びた~い」

 

 一転、子供みたいに大きな声を上げ、ラグニアさんはずいと身を乗り出してきた。

 

「母娘丼、ヤッてみない?」

「大変光栄なお誘いですが、お断りさせて頂きます」

「マジか~」

 

 フラれた~と笑うラグニアさんだが、これが単なる冗談ではない事くらい今までの淫国生活で理解している。

 この世界には、こういう人やそういう種族がいるのだ。共感はできずとも、理解はできた。

 

 

 

 それから、俺達はラグニアさんに促されてルクスリリアの私物を断捨離していった。

 価値のあるモノは奴隷堕ち時点で没収されているらしいので、物の数はそんなでもなかったが。

 

「うわぁ恥っず! そういやアタシ、ガキん頃こういうのにハマッてたんスよね~」

「リリィ昔は強制吸精モノばっか読んでたもんね~」

「これは何かしら? ヘビの絵……?」

「ちんこッスよ。我ながらひでぇクオリティ……」

「なんでなのじゃ……?」

「学校の授業でゲージュツやらされる事があったんス。結局、アタシにはさっぱりだったッスけど」

「へぇ~。学校では、他に何を習うんですか?」

「色々ッスよ。読み書き計算、芸術に工作。保健体育に、種族別の男の堕とし方とか」

「これが淫魔王国なんだよなぁ」

 

 なんて思い出話を交えつつ仕分けをしていると、窓の外はすっかり暗くなっていた。そろそろホテルに戻らないといけない時間である。

 

「あ、もうこんな時間じゃん! やば! イシグロくん急いで逃げて!」

「逃げる、ですか?」

 

 かと思えば、急にラグニアさんが騒ぎだした。

 その慌てようは相当なもので、使ってたコップや皿をガシャガシャと片付けていた。タコのコーちゃんもビックリしてリビングを駆け回っている。

 

「ここに住んでる淫魔が戻ってくんの! 仕事終わりの疲れた淫魔に君は毒なんだから! 見つからないうちに! 早く! 間に合わなくなっても知らんぞー!」

「は、はい!」

 

 ドタバタと、俺達は急いで空戦車の用意をした。

 シェアハウスしてるのは知ってたが、鉢合わせする事自体が拙いとは想定外だ。多分、この時のラグニアさんが一番真剣だった。まさか毒とまで言われるとは。

 

「また来ます。それでは」

「うぃ~」

 

 そうして、俺達は空戦車に乗って飛び発った。

 遠ざかるログハウス。ラグニアさんとコーちゃんが手を振っていた。

 これでいいのか、そう思わなくない去り際である。

 

「ね? 来る意味なかったっしょ?」

「そうでもないだろ」

「意味とかではないわ。両親がいるうちは会っておくべきよ」

「ボクもそう思います」

「嫌な訳じゃねぇッスよ。ただご主人気負い過ぎてたもんで」

「異世界来て一番緊張してたと思う」

「主様、意外と脆いとこあるんじゃのぅ」

「一応言っておくけれど、私の母に会う必要はないからね。厄介事に巻き込まれるのは目に見えてるのだから……」

「あい~」

 

 なんて話をしつつ、俺達はケフィアムに戻るのであった。

 挨拶とか関係なしに、また来ようと思う。例え種族の感覚が違っても、親子にとって互いが特別な存在なのは変わりないのだから。

 

 

 

 

 

 

 文字通り門限ギリギリでケフィアムに到着し、俺達は色とりどりの魔導街灯が照らす帰路を歩いていた。

 土産通りを抜け、広場を抜け、連れ込み宿が並ぶ通りを抜け、とくに寄り道などせずホテル・乳鮑まで戻ってくる。

 すると、入口の近くで二人の淫魔が口論してる光景が目に入った。

 

「だから、ぼくは吸精が目的で入ろうってんじゃあないんだ。ただ少し話をさせてもらえればいいんだよ」

「であれば宿泊なさってはいかがでしょう?」

「今はちょうど金がないのさ。宵越しの銭は持たない主義でね」

「はあ。とにかく、お帰りください。その場にいられると……」

 

 方やホテルの従業員、方やベレー帽をかぶった淫魔。

 クレーム対応とか口喧嘩って感じはしない。詳細は分からんが、従業員さんが困ってるのは分かった。

 

「喧嘩でしょうか?」

「剣呑な雰囲気はないのじゃ」

「気にせず入ろう」

 

 ともかく、ああいうのには関わらないのが吉である。

 俺達は彼女達の死角に紛れるように通り過ぎようとした。

 

「イシグロが帰ってくるまでだ。許してくれよ」

「と言われましても……」

 

 ふと、従業員と目が合った。次いでベレー帽の淫魔にも発見されてしまった。

 てか、今俺の名前言ってたよな。何か俺に用があるのかもしれないが、そもそも俺はこの人に見覚えがない。第一、現在は夜である。会いに来るにしたって翌日が妥当じゃないか?

 なんて思っていると、ベレー帽の淫魔がススッと接近してきた。爛々と光りつつも濁ったような暗い双眸が俺達を睥睨する。

 

「ふむ……黒い髪に黒い瞳。ヴィーカ意匠の銀細工。間違いない、君がイシグロ・リキタカ君だね?」

「は、はい」

 

 捕捉されてしまった。こうも接近されてしまうと、無理やり突破するのも気が引ける。

 目の前の淫魔は、一見すると中性的な男性に見えた。それは筋骨が骨ばっているからという訳ではなく、何というか全身からヅカっぽい雰囲気を放っているのだ。

 身長は俺よりも高く、手足もスラリと長い。髪は爽やかなショートカットで、角の間に特徴的なベレー帽が乗っている。そして、胸の前には鋼鉄札が下げられていた。

 

「なるほど、煌めく魔力の銀竜に、矮躯大力の黒獣。桜色の天狐も揃っている。そして噂の小さな淫魔。いやはや、ゴネて待ってた甲斐があったというもの……」

「あの、貴女はどちら様で?」

 

 警戒を募らせていると、目の前の彼女はキョトンとした顔の後に合点がいったとばかりの笑みを浮かべた。

 前世でも異世界でもあまり遭遇した事のないタイプの人だ。独特な雰囲気を持っている。どことなく、ハイになった時のドワルフに近い印象があるような無いような……?

 

「おぉ、すまないね。とはいえ、ぼくには七十二通りの名前があるから、何て名乗ればいいのやら……おや?」

 

 すると、彼女はルクスリリアが抱いている本に目をやった。

 アレはラグニアさんが保管してくれてたルクスリリアお気に入りのエロ本で、中身は挿絵付きの官能小説だ。

 曰く、初任給全額使って買った逸品らしい。本が高価な異世界だ。挿絵付きの本など何をかいわんや。

 

「ふむ。どうやらぼくのファンがいるようだし、君達にはあえてこう名乗ろうかな……」

 

 そして、ヅカっぽい彼女はベレー帽を抑え、何かジョジョ立ちっぽい決めポーズを取り、舞台役者めいて口を開いた。

 

「時に旅する天才画家。時に淫魔文学の麒麟児。そして現在は、後世に語り継がれる天才発明家……。何を隠そう、チンイラ・ゴンザレスとはぼくの事さ」

 

 バーン! 彼女は大仰に見得を切った、

 

「ちん?」

「いら?」

「ごんざれす?」

 

 その時、何故だか思い出した光景があった。

 以前リンジュに行った際、本屋に寄った時のこと。

 そこで、ルクスリリアが掘り出し物みっけとはしゃいでいた記憶……。

 

 エリーゼ曰く、かなり名のある性風俗の専門画家。

 異世界にて、アニメ絵を描くエロイラストレーター。

 

「ちっ、チンイラ……先生ッ……!」

「いかにも。サイン書こうか?」

 

 そんな彼女が、何用で?

 

「よろしくお願いしますッ!」

「うむうむ。ほら、紛れもなく世界最高の宝だよ。大事にしたまえ」

「うッス! あざッス!」

 

 こうして、俺とチンイラ先生は邂逅したのである。




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 チンイラ・ゴンザレス
 75話、「新たなるロリ奴隷、イリハ!(やっと出てきましたか)」に名前だけ登場。


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ロリごっこコラージュ(上)

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになってます。
 誤字報告も感謝です。ありがてぇっす。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、チンイラ・ゴンザレス視点です。
 よろしくお願いします。


 一部の例外こそあれ、総じて魔族はちゃらんぽらんである。

 何故ならば、魔族は心が老いると死んでしまうからだ。

 

 心が老いれば、魔力を生み出せない。

 魔力が無ければ、身体が朽ちる。

 故に、魔族は気の向くままに生きるのだ。

 

 

 

 イシグロが転移したこの異世界は、ところどころゲームチックな要素によって構成されている。

 物品の耐久性。各種権能。ステータスによる地球物理法則の超越。中でも、スキルの存在は相当にゲームめいている。

 

 MPやHP等を消費し、特定の技を繰り出す能動スキル。常時発動型の補助スキル。それら二種は、主に戦闘の場面で用いられる特殊技能である。

 そして、イシグロ視点マスクデータ扱いになっているが、この世界にはもう一種のスキルが存在する。

 即ち、生活スキルである。

 

 生活スキルとは、文字通り生きる活動に用いるスキルの総称である。ゲーム風にいうと、戦闘に関わらない生産系のスキルといったところか。鍛冶、裁縫、錬金術等がソレに当たる。

 分かり易いところでいうと、食材を用いて食用アイテムを生産する料理スキルだ。過去、イシグロが軽く考察していたように、この世界の料理は料理人の腕前によって出来上がった料理の味が大きく変動するのだ。

 同じ材料、同じ機材、同じ工程で作ったとしてもそうなるのだ。だから、スキルの低いイシグロの淹れたお茶より、スキルの高いイリハの淹れたお茶の方が美味しかったのである。

 

 また、これら生活スキルは、ステータスやジョブレベルとは異なり親から子へ初期値が遺伝しない。

 どれだけ技を極めた職人の子であっても、生まれてすぐはレベルゼロなのである。ただ、上限値と成長率は遺伝によって継承しやすい。要するに、イシグロのいた世界の才能と同じような感覚である。

 

 そして、こんな異世界であっても、天才は生まれてくる。

 継承によらず高い上限値を有し、凄まじき成長率を持つバグじみた存在。異世界にて、これを天才と呼ぶ。

 後にチンイラ・ゴンザレスと名乗る事となる淫魔は、そのような才を持って生まれてきた。

 

「もう読めるようになったの? パイモちゃんは凄いねぇ」

「えぇ、まぁ。そんなに難しい言葉はなかったので……」

 

 中淫魔・パイモは、自他ともに認める天才である。

 生まれてすぐ、何をやらせても他の子より早く習熟できるのだ。

 読み書き計算は言うに及ばず、良識や法律に至るまで。通常の三分の一程度の期間で淫魔学校の教育課程を修了した程に。

 

「パイモ、シルヴィアナ流剣術をお前に教える」

「よろしくお願いします、母上……」

 

 彼女の母は淫魔騎士だった。当然として、天才たる娘の将来には大いに期待していた。

 剣術、馬術、飛行術。母は天才児の娘に、あらゆる騎士教育を施し、娘はそれらを苦も無く習得していった。

 けれども、イマイチ情熱のない子供だった。

 

「パーイーモちゃん! あーそーぼっ!」

「あ、待って、今行くよ……」

 

 当時、パイモは周囲から才能ある不思議ちゃん扱いをされていた。

 それというのも、彼女は淫魔だというのに吸精に対して興味を示さなかったのである。

 否、エッチなこと自体は大好きだったのだが、ヤるより見るのが好きな見抜き勢だったのだ。

 

「お腹空いてるの? なら、ぼくの分も吸ってきなよ」

「いいの!?」

「うん、ぼくはいいからさ」

 

 自分がするのは興味ないけど、他人が吸精をしてるのを見るのは大好き。

 その理由を、当時の彼女は上手く説明できないでいた。

 

「んほぉ~♡ ど、どう? 可愛く描けてる?」

「うんうん、いい感じいい感じ……」

 

 ある日、パイモは情事の様子を記録しようと乱交パーティをスケッチしてみた。特に理由らしい理由もない、ただの気まぐれである。

 そうしていざ筆を走らせてみると、どうだ。煽情的に踊る淫魔に、生命を吸われて目のハイライトを失くしていく男達。暗い一室に籠った熱気と淫気。これは夢なのか、現実なのか……。

 暑い真夏の夜、加熱したパイモの欲望は、ついに危険な領域へと突入する……!

 

「で、でけた……!」

 

 パイモは、傑作を描きあげた。

 御年、三歳。天才画家が産声を上げた。

 乾いた砂漠に、雨が降った瞬間である。

 

「あー、パイモ、そろそろ槍術の方を……」

「知るかバカ! そんな事より芸術だ!」

「うーん、この……。母的に娘が元気になったのは嬉しいんだけど……」

「だぁあああああ! こんな駄作を描いたのは何処の誰だ! ぼくだ! 死ね! くたばれ! ここから居なくなれ! あばばばばばっ!?」

「大丈夫か? この娘……」

 

 その日以降、パイモは創作活動に没頭する事となった。

 絵画に執筆。音楽に彫刻。生きる情熱に欠けていると言われていた彼女は、まるで魂を燃やしているかのように色んな芸術にドハマリした。

 魔族は意識して幼い心を保つ。それは、“好き”の感情に素直になるという事でもある。創作活動を通じて、パイモの心は生まれて初めて潤っていた。

 

 パイモにとって、創作活動は性欲の発散といった表現がしっくりくるものであった。

 してない間は徐々に溜まっていき、溜め込み過ぎると苦しくて仕方ない。そして、上手くいくとスッキリする。

 パイモはこの世のあらゆる芸術を高尚だとは思っていない。何かを生み出す事は、パイモにとって生存に必要不可欠なものであり、それ以上でも以下でもないのだ。

 

「貴女がパイモちゃんね。貴女の作品は見させてもらったわ。その才、我が国の為に使ってくれると嬉しいわね」

「うッス、がんばるッス」

「パイモォ……!」

「いいのいいの、誰も見てないしね~」

 

 あらゆる方面に凄まじい才能を持つパイモだ。いつしか彼女は淫魔女王にスカウトされ、国をパトロンとした芸術家へと成り上がっていた。

 いくら天才とはいえ、修行時代は存在する。当時、パイモは国の援助を受けて様々な技術を習得していった。それはさながら飢えた獣に大量のエサを与えるかのようであった。

 ラリス王国も淫魔王国も、強者や天才の扱いは熟知している。極論、暇を与えれば成果を上げるのだ。淫魔女王はパイモに自由を与えて好きにさせていた。なお、パイモ母は娘の奇人ぶりに頭を抱えていた。

 

「これで十個目だぞ。頭こんがらがらないか?」

「いいんだよ。こういうのを描く時はチンイラ。エロ小説の時はアナルキッソス。で、建築家としてのぼくはエロッセウムなんだ」

 

 パイモは生み出す作品の全てに自身の魂を籠めている。であるなら、絵画を描く自分と小説を執筆する自分は別人で然るべき。そんな意識があった為、彼女のペンネームは作品ジャンルごとに異なっている。

 天才エロ画家として有名なチンイラ・ゴンザレスは、性風俗を描く時のみに使う雅号の一つに過ぎなかった。

 

「あー、次はなに作ろうかなー」

 

 そう、チンイラ・ゴンザレスは性風俗専門画家だが、生来パイモは絵画専門の芸術家ではなかったのである。

 そうして、何でもかんでも学べる環境に置かれたパイモの欲望は、日に日に膨れ上がっていった。デカいケツ持ちのいる芸術家生活は快適だったが、徐々に不満を抱くようになっていたのである。

 

 つまり、外への好奇心が湧いてきたのだ。

 ラリス建築。リンジュ文化。ドワーフ陶芸に、森人木工。この世界には、まだまだパイモを熱中させてくれる物があるに違いない。

 

「そうだ、ラリス行こう」

 

 そうなった。それを、女王は許した。

 パイモ母は愕然とした。え? お前、一人で生きていけるのか?

 

 幸い、パイモには他の淫魔にあるような性欲は極めて薄かった為、国外に出る為の旅券自体は容易に習得できた。

 試験を受け、合格し、アトリエを片して旅に出る。これまで七日間の出来事だった。

 

「おぉ、これが最古にして最高の都市か。やはり尋常な代物じゃあないね。王の覇気が隅々まで染み渡っているのを感じるよ……そそるね、これは」

 

 最初に訪れたのは、ラリス王国は王都アレクシストだった。

 王都での生活は刺激的だった。見渡す限り人人人……。酒にギャンブルに場末の喧嘩。どこへ行っても何をしてても毎日が楽しくって仕方なかった。

 が、王都の物価はバカ高い。女王からそれなりのお金を渡されていたパイモだったが、あっと言う間に路銀を失ってしまった。パイモの金銭感覚はお祭りではしゃぐ幼児並みなのである。

 

「ふぅん……? 分かっちゃいたけど、ぼくはこっちも天才だったんだね」

 

 なので、迷宮に潜って日銭を稼ぐ事にした。

 この時、もしパイモがクズ芸術家だったなら淫魔王国に泣きついただろうが、彼女は真面目な母に育てられた影響で変なトコでしっかりしていた。

 なお、淫魔王国的には危ない事はしてほしくなかった模様。金なら出すから大人しくしててくれってのが本音だった。

 

「いいねぇ、迷宮ってのは儲かるねぇ。よし、今日は獣人娼館に行って噂の発情期ックスを見せてもらおうかな」

 

 本人が認める通り、パイモは戦闘面でも天才だった。

 元々、淫魔騎士の母から高い素質を受け継いでいたのである。木札から鉄札へ昇格し、鋼鉄札を得るまではあっと言う間だった。

 ちなみに、稼いだ金の殆どは娼館での見抜き代に消えていた。娼館的に、見る専のパイモは最高の上客だった。

 

「よし、取り掛かるぞ。でもどれから始めるか迷うなぁ。まぁまずは絵かな。高いイーゼル買っちゃったし、使ってあげないとねー」

 

 生活環境が整うと、パイモはようやく創作活動を再開した。

 迷宮の狂気と休養期間で増幅していた創作意欲は、彼女の天才性に強い刺激を与えていた。

 これまた、何か作って世に出すなり、ラリスにおける彼女の名声はあっと言う間に広まっていった。

 

 芸術大好き貴族さんから「パトロンになってあげるよ」というお誘いを受けた事もあったが、「未だ修行中の身ゆえ……」とそれっぽく断ったりもした。

 その態度が気に入られ、貴族からは金だけをもらう事ができた。パイモはホクホク顔で全額ギャンブルに使った。彼女は大金を持つと身体が重くなる感じがして嫌なのである。

 

「ここの景色にも飽きたし、そろそろ場所変えようかな。どこか風光明媚なトコがいいなぁ」

 

 そんな中、パイモは事あるごとに住居を変えていた。

 風の吹くまま、気の向くまま。パイモは行きたい方に歩いて行った。

 

 旅の中、パイモは様々な経験をした。

 リンジュに行っては浮世絵というものを学び、ここでも素晴らしい傑作を残した。

 グウィネス部族連合の領土に入り、鬣犬族の夫婦の営みで見抜きをした。

 その他、こっそり人類生存圏外まで行き、凍土や砂漠といった不毛の大地を見て回った。圏外の奥に行くと、彼女は何度も死にかけた。

 

「はははっ! どんどん意欲が湧いてくるぞ! こんなところじゃ、死ねないなぁ! あはははは!」

 

 パイモは、旅に夢中になっていた。

 美しい風景。荒々しい大自然。敵意に満ちた外の世界。

 善悪美醜に拘わらず、その全てがパイモの心を潤していた。

 

 道中、パイモは色んな人と交流する機会があった。

 目立ちたがりに、頭でっかち。理解できない論理を振りかざす暴れん坊や、気高い人に野卑な悪人。

 色んな人がいて、皆色んな悩みを持っていた。

 

「あー、これか。少し見せてみたまえ」

「お、おい下手に弄るんじゃねぇよ。長老でも分からなかったんだぜ」

「ほら直った。簡単だろう?」

「マジか……!?」

 

 そんな中、パイモは水車が止まったせいで困っている人を助けた事があった。

 実物を弄るのは初めてだったが、パイモからすると水車の原理は簡単だった。ひと目見て、どこが故障してたか丸わかりだったのだ。

 なんて事はない。ただの気まぐれである。

 

「いやぁ助かったぜ! あんたは村の英雄だ! 礼をさせてくれよ!」

「ん? ぼくは淫魔だけれど、いいのかい?」

「種族なんか関係ねぇよ! ちょうど猪捌いてるところだ! パーッとやろうぜ!」

 

 それにしてもと、思う。

 自分なら、もっと良い水車が作れると思うんだよな、と。

 水車だけじゃない。今より高い火力を出せる炉に、効率的に魔力を流せる魔道具。純度の高い錬金用水。もっと美味い酒、もっと鋭い刀、もっともっと便利な農具……。

 

「ふぅん、実に面白い……」

 

 思い立ったが吉日。以降、パイモは発明にドハマリした。

 これが存外面白いもので、発明というものは頭で考えていた通りにならない事が多かったのだ。手強くて、やりがいがある。

 毎日毎日、試行錯誤の繰り返し。完成した物もあれば、未だ放置している物もある。作りたいもの、今の技術じゃ不可能なものが多すぎるのだ。

 発明家としてのパイモもまた、天才だった。

 

「ありがとうございます! 賢者パイモ様! これで我が家も畑仕事を続けられます!」

「やめてくれよ。ぼくは賢者なんかじゃあないさ」

 

 人に感謝されるという経験は、パイモからしてなかなかに気分の良いものだった。

 発明家としての名声が高まると、各方面からアレ作ってコレ作ってと頼まれ、パイモはその全てに完璧に応えてみせた。

 自分の成果で皆が豊かになるのは、悪くない気分だったのだ。

 

「えー、次は新型農具? 随分とざっくりした依頼じゃあないか。何をしたいかくらい書いてほしいもんだがねぇ? ま、できるんだけども」

 

 そのうち、色んな国の色んな偉い人からも依頼が来るようになった。

 貴族が喜ぶ絵を描き、庶民が楽しむ小説を執筆する。時に便利な日用品を開発し、錬金術組合に論文を提出する。

 兎にも角にも、時間が無かった。休養も旅も、もう何年もしていない。

 

「はぁ……。さて、今日も始めるか」

 

 いつの間にか、パイモは何か作業を始める前に覚悟を必要とするようになっていた。

 決して、絵を描くのが嫌になった訳じゃない。けど、筆を握ってもワクワクしないし、描き終えた後も満足感より先に疲労感が来てしまう。

 けど、皆が喜ぶ事を想えば、今の仕事を投げる訳にはいかなかった。

 

「前はこんな感じじゃなかった気がするなぁ……」

 

 かつて、パイモにとって創作活動は、欲望の発散法であると同時に生きがいそのものだった。

 心の潤いこそ、魔族にとっての栄養なのだ。

 パイモは――七十二に分裂した彼女は、生きる事が辛くなっていた。

 

「ラリスの剣豪? なんだい、冒険者の二つ名かな?」

「へい、イシグロっちゅーもんで。何やらうちの酒を気に入ってくれたとか伺いました。いやぁ、ラリスの剣豪が呑む酒とくれば、悪い気しませんなぁ」

 

 そんな中、パイモは気になる噂を聞いた。

 新進気鋭のラリスの冒険者で、常軌を逸した戦績を残した男。橋から落ちた童女を助けたとか、桜闘会で優勝したとか……。

 その辺はどうでもいい。パイモが気になったのは、彼が所有しているらしい奴隷についてだった。

 

 曰く、淫魔のくせに全くエロくない深域武装持ちのメスガキ。

 曰く、嵐の如き魔力を放つ銀髪の幼竜。

 曰く、矮躯にして大力を有する黒獣の少女。

 曰く、イシグロに救われた桜色の仔狐。

 どいつもこいつも、男が所有するには不自然な存在。とても性奴隷とは思えない幼子めいた奇妙な奴隷たち。

 

 何故、彼はそのような奴隷を購入したのだろうか。

 銀細工が聖人君子などあり得るものか。もっと強く、生々しい欲望があったに違いない。

 もしかして、だけど……。

 

「彼は、小さい女の子が好きなんじゃないか……?」

 

 バカな、あり得ない。どだい小さい女じゃあチンチン勃たないだろう。

 でも、それがもし本当だったなら、それはパイモの知らない未知の世界なんじゃあないか?

 エッチな絵を描きたい。そんな欲望が、久しくパイモの胸に去来した。

 

「そうだ、淫魔王国行こう」

 

 思い立ったが吉日。今ある全ての依頼を爆速で終わらせ、アトリエにある全ての発明を持って旅に出た。

 そして、彼女は故郷に帰り、彼と出会って……。

 

「そんな訳で、スケベしてるとこ見せてくれないか?」

「嫌です……」

 

 断られたのである。




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 パイモ
 チンイラ・ゴンザレスの本名。中淫魔。鋼鉄札。シルヴィアナ流短剣術を使う剣士兼斥候。
 絵画や建築など、さまざまな分野で名をはせる芸術家。最近は発明に傾倒中。生活スキルの上限値・成長率がバグった天才。


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ロリごっこコラージュ(下)

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベが維持できています。
 誤字報告も感謝です。ありがと茄子!
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回はイシグロの一人称。最後らへん三人称です。
 よろしくお願いします。


 淫魔王国郊外、パイモさんのアトリエにて。

 

 革のソファーに座ったルクスリリアは、床に届かない足をプラプラさせて来るべき言葉を待っていた。

 そんな彼女の前に、スケッチ画板を構えるベレー帽淫魔の姿があった。彼女の瞳には研究者然とした未知への欲求が渦巻いている。

 

「じゃあまず年齢を教えてくれるかな?」

「二十一歳ッス!」

 

 ベレー帽の淫魔――パイモさんの問いに、ルクスリリアは明るく元気に返答した。

 ちなみに、淫魔族の成人年齢は一歳である。今更言うまでもないが、我が一党の皆は全員合法ロリだ。

 

「二十一歳? もう働いてるの? じゃあ?」

「奴隷ッス!」

「奴隷? あっ、ふ~ん……」

 

 何かを察したように此方へ流し目を向けて来るパイモさん。

 撮影現場のADのような立ち位置で、俺を含め一党の皆は何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「えー、身長体重はどれくらいあるの?」

「身長は百四十弱で、体重はよくわかんないッス」

 

 これまたちなむと、この世界の平均身長は男性百八十で女性百七十くらいである。勿論例外はあるが、全体的にデカいのが異世界人の特徴だ。

 それでいうと、俺含め黒剣一党はチビの集まりという事になる。ロリに厳しい世界であり、ロリコンに優しくない世界なのだ。生まれだけでなく、タッパでも異端の一党であったとさ。

 

「今なんかやってるの、武術? 凄い魔力量だけど」

「武術はリンジュの方で少々。トレーニングは、やってるッス。いつの日か、世界を救うと信じて」

 

 それからいくつかの問いを重ねた後、パイモさんはここからが本番なんだよとばかりに野獣めいた眼をギラつかせた。

 

「じゃあ、吸精とかっていうのは……?」

「やるッスねぇ!」

「やるんだ」

「やるッスやるッス!」

「ふぅん……」

 

 再度、興味深げなパイモさんの流し目が突き刺さる。

 ロリコンの概念がない世界で、奴隷が合法の世界だ。糾弾されてる訳もないのに、俺はどうにも気まずくなっていた。

 

「週、何回くらいとか、そういうのはある?」

「シュー……う~ん、何回って感じじゃないッス。でも頻繁に、やってるッスね」

「じゃあ、最近いつ吸精したの?」

「今朝ッスね!」

「今朝ぁ!?」

 

 言って、俺とルクスリリアへ交互に驚愕フェイスを向けてくるパイモさん。

 何故かドヤ顔になってるルクスリリアが可愛かった。

 

「えーじゃあ、今からご主人との吸精の光景を……」

「申し訳ないがこれ以上はNG」

 

 流れで俺を巻き込もうとしたところで、マネージャー・イシグロは撮影もといスケッチを中止させた。対するパイモさんはというと、「ちぇ~」みたいな不満顔をしていた。

 残念でもないし当然な事に、俺には人にお見せする趣味はない。なんか流れでこうなって、リリィがノリ良く乗っただけである。

 

 撮影許可が無いのにも拘わらず、俺達がこんな所にいるのには理由があった。

 それは、二日前の夜まで遡る。

 

 

 

 ルクスリリアの実家へ挨拶に行った帰り道、宿泊していたホテルの入り口で、俺と彼女は邂逅したのだ。

 曰く、彼女はチンイラ・ゴンザレスという名でエロイラストを描いており、リリィは彼女の大ファンだという。また、エロ絵以外にも色んな創作活動をしているらしい。

 で、そんな貴女が何故ここへ? と伺ったところ、推理によってロリコン疑惑のかかった俺とその一党に興味を持ったとか何とか。こいつぁ新境地だぜと、今抱えている心のモヤモヤを晴らすべく尋ねてきたという訳だが……。

 

「そんな訳で、スケベしてるとこ見せてくれないか?」

 

 なんて言われてしまった。

 当然、断った。

 

 凄い人なのは分かったが、ヤバい人なのもよく分かった。リリィ以外戦慄した俺達は、逃げるようにホテルへ入っていった。

 流石に文無しで入れるほどホテル・乳鮑は甘くない。パイモさんが追ってくる事はなかった。

 のだが、諸々を終えてさて今夜も宴の始まりだとなった時、敵味方反応レーダーに感あり。赤青をパカパカさせる暴淫魔の反応である。

 嫌な予感がして部屋のカーテンを開けると……。

 

「あ、お構いなく」

 

 窓に張り付くパイモさんと目が合った。

 俺は無言でカーテンを閉め、従業員に通報した。

 

「また来るよ、マスター」

「やめてくれよ……」

 

 普通ならこれでおしまいなんだろうが、自称天才芸術家の執念は並みじゃなかった。

 ホテルのプールで優雅に泳いでる時に感あり。外出中に感あり。公衆トイレで放出中に感あり。

 何度も何度もパイモさんは懲りずにストーキングしてきたのである。彼女を追跡してた淫魔兵も疲れた顔をしていた。

 

「でも、君はこんな事で怒らないだろう? そういう眼をしている。銀細工らしくはないけれど、ぼくとしては好ましいな」

 

 もうマジで勘弁と言ったところ、こんな返事をされてしまった。

 確かに、俺から彼女に対し怒りの感情こそ無いが、迷惑なのはその通り。

 

「是非ぼくのアトリエに招待させてくれ。まだ荷解きは終わっていないけれど、ファンなら嬉しくなれるモノが沢山あるよ。見応えの程は保証する」

「やった! ご主人ご主人! 行ってみたいッス!」

 

 結局、半ば執念に折れるようにして、彼女のお誘いに乗る事となったのだ。

 そして、アトリエに行き、彼女の半生を聞かされ、いつの間にかルクスリリアはそういうビデオのインタビューみたいなのを受けていたのである。

 

「いいじゃないか一回くらい。減るものじゃないだろう? 大丈夫だ、絶対参加したりしないよ」

「無理なもんは無理なんじゃい」

 

 執着の理由というのが、この世界においての未知なるエリアの探索……要するに、ロリ性癖の見学だというのだから何とも言えない。

 この世界、ロリコンは概念自体が存在しない。男はムキムキの屈強マッチョがモテて、女はムチムチの安産ヒップがモテるのだ。そんな中、ロリコンの俺は超レア性癖どころかツチノコ的幻の存在と言っても過言ではない……のかもしれない。

 畢竟、パイモさんは自身のスランプを打破する為に、人のドスケベ見て笑うつもりなのだ。これで「よろしい、ならば吸精だ!」となる奴はそうそう居ないだろう。少なくとも俺は違うし、ルクスリリア以外の皆もそうだった。

 すまないが、ロリ以外は帰ってくれないかというのが本音である。

 

「まー、アタシは良いんスけどね。ご主人が嫌なら止めとくッス」

「ん~! んごごご! 先っちょだけでいいからして見せてくれないかい!? とにかくぼくは新しい刺激が欲しいんだ! 未知! 君達はそう未知なる存在なんだ! 人助けと思って!」

「そう言われても……」

 

 第一、俺とルクスリリアがスケベしてるシーンを見たところで、この人の欲求や興味は本当に満たされるのだろうかってお話。新しい刺激ねぇ……?

 生みの苦しみというやつなんだろうか。クリエイティビティの欠片もない俺としては、彼女の言う懊悩なんざさっぱり分からん。やる気やネタなんて机に向かってりゃ湧いてくるのがクリエイターなんじゃねぇの? とか思っちゃう。理解も共感もできない悩みの為に、文字通り一肌脱ぐのは勘弁だ。

 が、相手は魔族である。心の状態が生死に関わるというのであれば、人助け精神が全く湧かない訳ではない。見捨てて去るのも目覚めが悪いし、一応こんなでもこの人はルクスリリアの敬愛する作家先生な訳だし。

 ていうか、ここで逃げても付きまとってきそうな……。

 

「芸術家さんってああいう人が普通なんでしょうか?」

「知らないわ。私、作者と作品は切り離しているもの、どうでもいい事ね」

「いやいや、作品に籠められた心をこそ汲み取るのが受け手側の楽しみ方じゃろう。ひいては作者への礼儀と言える」

「それこそ受け取り手の勝手でしょう? あと、私が言っているのは人となりという意味で……」

「む、難しい話ですね……」

「抜けりゃいいんスよ」

 

 ふと、思う。未知の開拓というのであれば、ロリとロリコンに拘わる必要なんかないのでは?

 要は鬱屈してるパイモさんの頭に新しい刺激を与えればいいのであって、その方法は何でもオッケーなんじゃなかろうか。何もこの人はロリ趣味があるから皆の情事を覗きたい訳じゃないのだ。

 この人の知らない事か、何だろう。未知、刺激、新しい発想……現代日本知識? いやいや、そんな安直な……。

 

「どうしてもダメかい……?」

「まあ……」

 

 今一度、パイモさんのアトリエを見渡してみる。

 広い敷地に対して、倉庫めいたアトリエ内は狭い感じがする。それは偏に荷解きの済んでいない荷物が散乱している為であった。大きな木箱から小さな木箱まで。その数はそのまま彼女が創作にかけている情熱の程を示していた。

 荷物の中には木箱から出されている物もあり、それらは棚や机といった場所に無造作に置かれていた。おっ、如何にも魔女がかき混ぜてそうな鍋あるじゃん。これでカレー作ったら何食分になるかな。

 

「あー、ぼくは創作活動の補助として錬金術も修めているんだよ。淫魔女王に乞われて哺乳瓶の飲み口部分を作ったりもしたね、アレは手強かったなぁ」

「へぇ」

 

 見ていると、パイモさんは自慢げに解説してくれた。

 それから、皆に自慢の逸品や仕事道具を見せてアレコレ話し始めた。これには元より彼女のファンであったルクスリリアや芸術大好き勢のエリーゼも喜んでいた。

 好きな事になると饒舌になるのか、パイモさんは随分と楽しそうだった。まるで、暫く誰とも話してなかった人のようだった。

 

「これは……?」

 

 描きかけの絵などがある中、俺は妙にメカっぽい物体に視線を吸い寄せられた。

 それは四角い箱の形をしていた。側面にはいくつかのボタンがあって、上部にアンテナらしき棒が屹立している。

 

「こいつは未完成品でね。一応、魔線装置と名付けてはいる。特定の魔力源だけに反応する魔力波を届ける装置さ。女王陛下の【淫魔経路(サキュバス・チャネル)】を再現してみたくてね」

「ま、マジですか。凄いですね……」

「さっきも言ったが未完成なんだ。まぁちょっとそこに触れて魔力を流してごらん?」

「ここですか?」

 

 言われた通り、側面にある孔に魔力を流してみる。説明によるとコレをする事で俺だけに届く魔力波を出せるようになるらしいが……。

 次いでパイモさんが魔線装置のボタンを押すと同時、俺の頭の中に凄まじい耳鳴りが木霊した。魔物の咆哮もかくやという魔力波だ。

 

「ぎゃああああ! 頭が割れるッスゥウウウウ!」

「い、今すぐ止めて頂戴……!」

「きゅぅ~」

「イリハが倒れました!」

「この人でなし!」

「はははっ! これぼくもキツいんだよね! 吐きそうだ!」

 

 例えるなら、生で聴くジャイアンの歌といった感じ。どうやら郷田氏リサイタルを聞いたのは俺だけではなかったようで、パイモさん含め魔力感覚を持つ全員が頭を抱えて苦しんでいた。

 

「この通り、コレ使うと気持ち悪くなるんだよね。指定した対象だけじゃなく、その周りの人も体調を悪くしちゃうんだ。多分、受けた人の身体を通して変質した魔力がめちゃくちゃに放散してしまうせいだと思う。上手くいけば魔力波でお話ができると思って作ってみたんだけど、以降どうすればいいか分からなくって……」

「なら受信機作ればいいじゃないですか……」

「ん? 受信機? なんだい、それは?」

 

 耳鳴りの残滓に悶えながら呻くと、パイモさんはめざとく反応してきた。

 要するに、パイモさんは無線装置を作りたかったのだろう。けど個人の波長に合わせて魔力波を飛ばすと、混雑しておかしくなった魔力が通話者とその周辺に届いてしまう。なら、最初から発信機と受信機の間だけで魔力波とやらを送受信すればいいじゃないかと思ったのだ。

 というのを適当に説明すると、パイモさんは呆然と口を開いていた。

 

「そうか、その手があったか……。なら、個人の魔力なんて曖昧なものに反応させる必要ないもんな! 専用の装置を作れば魔力変質も最小限で済む! 解決したかコレ!? あー、なんでこんな簡単な事に気づかなかったんだ、ぼくは!」

 

 すると、彼女は頭をガシガシやり出した。適当こいただけの事に激しい反応されて、こっちこそ驚いてしまう。

 やがてパイモさんは近くにあった木箱の中から謎の物体を取り出し、ドンと机の上に置いた。

 

「これ! これどう思う!?」

 

 それはテンキーの無い簡易なキーボードの上に画板をくっつけたような物体だった。

 皆が首を傾げる中、それを見た俺には、一つ思い当たるモノがあった。

 

「チンイラ先生、これは何なんスか?」

「印字機と名付けたものでね! ここに紙をセットして、このボタンを押すと中のハンコが動いて字が捺印されるんだ! 紙は……ほら、こんな感じだ!」

「す、すごい! 手で書くより速いです……!」

 

 ガタガタガタガタ……パイモさんがキーボードを叩くと、それに応じて小さなハンコが突き出して、そのままペタンと紙に文字が刻まれていく。これ、アレだ。タイプライターだ。何のだったか忘れたが、仮面ライダーで見たぞ。

 ていうかパイモさん、活版印刷が無い筈の異世界でタイプライターなんか作っちゃったのか。今更だが、この人マジで天才なんじゃ……?

 

「が、一文字打つごとに魔力を消費してしまうんだ。一枚書くと並みの淫魔じゃカスカスになる。イシグロさん、何かいい方法はないか?」

「いや、インクリボン使うんじゃダメなんですか?」

「インクリボン!」

 

 タイプライターの衝撃と、パイモさんの天才性に慄いた影響で、何も考えず返答してしまった。

 書くのではなく、印字するという新概念。この世界の本は人の手で写本されて量産される。異世界仕様で地球ブックより頑丈な異世界ブックだが、それでもこれを基に活版印刷が生まれたならば、こっちの印刷スピードは劇的に速くなるんじゃないか?

 が、ここで思考が逸れる。印刷機、写本家、失業者……。俺の脳裏に知識チートの弊害が浮かんでは消えていく。技術の進歩には犠牲がつきものとはいえ、そこに余所者の俺が介入していいものだろうか。

 

「い、今のは聞かなかった事に……」

「インクリボンって! なに!?」

「いや、あの……」

「教えて……!」

「えぇ……?」

「教えてくれないと今ここでオナニーぶっこくぞッ!」

「はいぃ!?」

 

 パイモさんの圧に負け、俺はインクリボンについて説明した。

 タイプライターの仕組みなど知る由もないが、大体分かる。要はインクを沁み込ませた帯越しにペッタンコすればいいんじゃんという話で……。

 

「た、確かに、わざわざ複雑な魔術式刻んで魔力混じりの字ぃ押し込む必要なんかないからねぇ! 普通にインクでいいんだ……! イシグロさん!」

「あ、はい」

 

 次いで、ビャッと移動したパイモさんは、倉庫の奥から新たなブツを持ってきた。

 今度のは机に乗らないくらい大きくて、床に直接置いていた。さっきのと違い、これには実物の見覚えがあった。使った事もある。

 

「これ、こいつを見てくれ!」

 

 それは三つの車輪で構成され、その中心に小さな椅子が付いている代物だった。前に一輪、後ろに二輪。前輪の中央には、足で漕ぐ為のペダルがあった。

 これ、三輪車だ。フレームは木製でサイズも大人用だが、紛れもなく三輪車である。

 

「新型荷車の骨組みでしょうか? 馬に引っ張ってもらう用……?」

「それなら普通に馬に乗った方がいいんじゃないかしら?」

「ここに足引っかけるんスかね? アタシ等じゃ足りなそうッスけど」

「使われてるのはリンジュの木じゃの。特に上質な木材という訳ではないのじゃ」

 

 どうやら、皆には自分の足で車輪を動かすという発想がないようだった。

 いやぁにしても凄いな。詳しい自転車の歴史は知らないが、地球でも割と新しい発明だった気がする。それを汽車や自動車のない異世界で作ってしまうなんて、めちゃんこ凄くないか?

 パイモ、やはり天才か。

 

「自転車と名付けたものでね。馬より安価で徒歩より速い乗り物を作りたかったんだ。ラリス街道は綺麗だから走れるんだけど、悪路になると途端にキツくなってね。まだまだ改良の余地があると思うんだよ。どうかな?」「う~ん?」

 

 よくよく観察してみる。やはり、構造は幼児用三輪車と同じだった。ペダルを漕ぐと前輪が回転して、後輪が追従する仕様だ。俺の乗ってた自転車は後輪とチェーンが繋がってたんだが。

 悪路走破性が悪いのは、木製車輪が剥き出しだからだろう。この世界の馬車と同じで、エア入りのゴムタイヤではないのだ。加えてサスペンションもついていないっぽい。これじゃ砂利道のデコボコが全部おケツに伝わってしまう。

 

「ふふふ……やはり、驚いてはいないね? イシグロさん。コレジャナイという顔をしているよ?」

「え、あぁ……はい」

 

 先ほどより強い眼差しを送ってくるパイモさん。俺が何かしらコメントできる事を確信している表情だ。

 異世界チャリンコ。でもこれ、作ったところで意味なんかあるのだろうか。そもそも、この世界の馬は凄まじい性能をしているのだ。淫魔競馬の競走馬など、直線で時速二百キロは出ていたのだ。ミラクムさんの馬を見るに、あまつさえスタミナも凄い。作ったところで、馬でよくない? ってオチになりそうな。

 それに、今更ながらあやふやな知識を披露したくないって気持ちが無いではない。そのせいで事故なんかあったら気ぃ悪いじゃないか。言ったら再現してくれそうな技術はあるが、ちゃんと説明できないのもなぁ。

 

「これどう使うんスか?」

「ああ、この椅子に座って、ここに足を引っかける。それから足を動かすと……」

「おぉ、車輪が動くんじゃな!」

「存外優雅じゃない」

「あまり動くと危ないのでは……」

 

 広くて狭いアトリエで三輪車を漕ぐ淫魔。皆は初めて見る三輪車に感嘆していた。

 ふと、思い浮かぶ光景があった。大人の帝国、父の回想、あの名曲が蘇る。青空の下、田舎道、家族で自転車の旅……。

 皆と、自転車デート……。

 

「まず、車輪に鎖を繋げては如何でしょうか」

「ほう!」

「で、鎖を引っかける部分には……」

「ほうほう!」

 

 決めた。知識チートの弊害とかどうでもええわ。俺は皆と自転車デートしたいんじゃ。

 細かい構造は知らないが、俺は知ってる範囲の自転車の構造をパイモさんに教授した。チェーンにギアにサスペンション。その他、エアタイヤやブレーキについて。

 

「なるほど! 二輪! 二輪か! それはいい! クール! クールだよ、それは! いいねぇ、乗ってみたいねぇ! ははっ、ワクワクするじゃあないか!」

 

 現代地球自転車の話を聞いたパイモさんの目は、それはもうキラキラしていた。

 それから、もう一つ。別の事だが……。

 

「知り合いにケインさんという戦車工匠がいまして、自転車関連はその方と相談しながら開発すればよいかと存じます」

「ん? 相談? 何故だい?」

 

 さっきから話を聞いてて思ったのだが、この人万能過ぎて他の人と協力して何かを作った経験とか無いんじゃないだろうか。

 思い出したのは、空戦車を造ってくれた職人チームの事だ。各々のスペシャリストが集い、情熱のまま楽しそうに意見を交わしていた光景。パイモさんほど賢い人でも、一人の頭じゃ限界がある。受信機やインクリボンなんて、ふとした拍子に思いつきそうなもんである。

 この人は、ずっと一人で創作してきたのだ。合う合わないはあるにせよ、クリエイター同士でお話するのは刺激になると思う。

 これで魔族の心が潤えばいいが。てか、それで勘弁してほしい。じゃないと付きまとってきそうだし。俺の手に負えないよ。

 

「ほうほう! 確かに! いやぁ、全く以てその通りだね! お話、お話か! そういえばした事なかったね! ぼく、天才だから!」

 

 それから、俺はパイモさんに戦車工匠の連絡先を教え、ついでに空戦車の実物を見せてあげた。

 パイモさんは初めて乗る空戦車に興奮しきりだった。

 

「それと、発明品は最初に淫魔女王にお見せした方がよろしいかと」

「まぁそのつもりだったが、何故?」

 

 そりゃ、新しい技術を段階的に広める為である。ドバッと無作為に広めちゃダメな発明品ってのもあるはずだ。

 あの人なら、市井を混乱させずに上手く捌いてくれると思うのだ。新技術の犠牲はつきものでも、発明の被害者は少ない方がいいだろう。

 

 こうして、俺は異世界一年過ぎにして、ちょっとした知識チートをするのであった。

 

 

 

 

 

 

「うぉ~、ケツが痛ぇッス」

 

 帰路、俺はプレゼントされた異世界三輪車の荷台にルクスリリアを乗せ、ケフィアム目指しギコギコとペダルを漕いでいた。

 土剥きだしの道は安定感を欠き、さほどスピードも出せない。これなら歩く方がお尻が楽である。リリィ以外の皆は優雅にラザニア牽引車に乗っていた。

 何にせよ、久しぶりに自分で動かす乗り物は楽しいもんで。ラザニアもいいが、バイクや車での移動が懐かしいぜ。俺は乗り物の運転が好きなのだ。

 

「ご主人様って博識だったんですね。あ、今のは皮肉ではなく……!」

「博識じゃないよ。知ってる事だけ」

「日本は魔法がないと聞くから、こういうカラクリ技術が発達しているのね」

「その車、リンジュじゃと流行りそうじゃな」

 

 なんて話をしつつ、思う。

 俺、あんま知識チート合わんわ。

 

 あやふや知識で技術の進歩を促すのは、なんだか無責任な気がしてしまうのだ。それも、天才相手に軽くご意見言って後は丸投げしちゃうあたり何とも申し訳ない気持ちになる。

 第一、田舎はともかく王都は魔道具が発展してて、異世界の日常生活に不便はないのだ。俺は困ってないし、今のままでいいじゃんとか思ってしまう。

 俺はやっぱ、ダンジョン潜って飯食って寝る生活のが向いている。

 

「ん~♡ ご主人の匂いがするッスよ~♡」

 

 まぁでも……。

 後ろに女子を乗せて走るのは、思ってたより気分が良かった。

 いつか、自転車デートに行きたいね。

 

 

 

 

 

 

 一方、イシグロから様々な刺激を受け、久々に創作意欲を爆発させたパイモは……。

 

「ふふふ、ふふふ……!」

 

 不気味な笑みを零しながら、魔女の大鍋(ヘクセンケッセル)めいた錬金釜をかき混ぜていた。

 釜の中は黒くドロドロした液体で満たされており、端から見ても強い粘りがあるのが分かる。

 

「……でけた」

 

 テーレッテレー! 黒く粘つく何かをネルネルしまくった末、ついに目的のブツが完成した。

 パイモがかき混ぜていたもの、それはゴムだった。否、ゴムではない。ゴムによく似た異世界ゴムモドキだ。

 ちなみにこれは新発明という訳ではなく、淫魔王国で生産されている哺乳瓶に使われた軟質素材のアップグレード品である。

 

「あとはこれを車輪にはめ込んで空気を入れれば……。ん、いや待てよ? 自転車じゃなくても、馬車の車輪をこれにするだけで乗り心地よくなるんじゃないか? まぁとにかく、一回試してみないとねぇ!」

 

 ナーロッパ世界にエアタイヤが生まれた瞬間である。

 まさに、異世界の技術ツリーを数段飛ばしにした革命的発明だった。

 

「ひと通り終わったら王都のケイン氏に会いに行こう! ふふっ、楽しみだなぁ! まさか、人の意見を聞くのがこんなに面白いなんて! 専門家とのお話は良い刺激になるよね! きっと! ふふっ、ふははははッ!」

 

 後日、パイモの新発明を提出された淫魔女王は、驚愕のあまり引き笑いを起こす事となる。

 空気入りゴム車輪。魔力を使わない印字機。足で漕ぐ自転車。魔力波の発信機&受信機。

 どう考えても、技術革命。下手にバラ撒くと普通に拙い。品も技術も開発者も、取り扱いには細心の注意が必須である。

 

 これらを完成たらしめた知識の出どころを、パイモは女王に話さなかった。誰にも言わんでくれとイシグロからお願いされた為だ。

 だが、国内におけるイシグロの動向を知っている女王からすると、ピンとくるものがあった。恐らく、パイモはイシグロから何かしらの影響を受けたのではないだろうか。

 

 イシグロ・リキタカ。純淫魔契約を果たした、史上二人目の男性。

 冒険者になるまでの経歴は一切不明で、彼がどこから来たのか誰も知らない。

 妙な嗜好と倫理観。謎の価値観・思考回路。基礎となる発想の異様さからして、尋常の者ではない事は分かっていたが……。

 

「はぁ……」

 

 いずれにせよ、今後も彼の動向は注視しておくべきだろう。

 考える事が多い。淫魔女王の頭は、タイヤより先にパンクしそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、時は巻き戻ってイシグロがパイモと邂逅した翌日の事。

 

 ケフィアムにあるラリス王国の大使館の前に、一台の豪奢な馬車が停まっていた。

 その馬車は、ラリス王国の外交官を意味する拵えをしていた。

 

 客室の扉が開く、すると、車の中から美しい少女が姿を現した。

 風になびく髪は金糸の如き黄金で、大きな瞳は夏の青空のように澄んでいる。

 薄い化粧を施された顔には、理知と純真さが矛盾なく同居していた。その身長は、凡そ百五十強といったところ。

 

「さて、さっそくイシグロさんに一筆書こうかな」

 

 桜色の唇から漏れた声は、鈴のように美しい音色であった。

 イシグロ目当ての客人が、また一人。そっとしておいてくれというのが当人の本音だろうが、一年ちょいでこうも目立っては仕方ない。

 

 ちな、ネタバレだが……。

 

「お久しぶりにございます、ジノヴィオス殿下」

「おっと、今のワタシはヴィヴィだよ。間違えないでほしいな」

「は、はい……! 以後気を付けます……!」

「いいんだよ。外交官相手にそんなに畏まらなくって」

 

 この美少女、男である。




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 結局、今回のエピソードって何だったの?


 DLCで新しいショップ「パイモのアトリエ」が追加されましたって感じのお話です。
 アイデアポイントを消費し、且つパイモのやる気をマックスにすると何かしらアイテムを作ってくれるショップです。
 特定の条件を満たさないと解放されないショップでもあります。攻略ウィキで「パイモのアトリエの解放条件」ってページが作られる感じ。


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ロリ、見果てたり

 感想・評価など、ありがとうございます。ウッスウッス!
 誤字報告も感謝の極みです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回、最後だけ三人称。
 よろしくお願いします。

 タイトル通りの作風が続きますので、ごあんしんください。


 淫魔王国に滞在してから、それなりの時が流れた。

 エロモンスとの戦いに始まり、警備や競馬や交流会。純淫魔契約の後にはルクスリリア母ことラグニアさんと会ったり、つい先日は万能天才のパイモさんとも知り合いになった。

 夢魔との戦闘では、白銀の魔導人機と邂逅し、俺は新たな指針を持つ事となった。必ずや、救いを求めるロリを邪知暴虐の魔の手から救わねばならぬと決意したのだ。

 

 さて、そんな感じで淫国生活を送っていた俺は、今現在豪奢な馬車の中でお行儀よく座っていた。

 向かう先は、ケフィアム内にあるラリス王国大使館だ。夢魔と直接戦闘した者としてお話を伺いたいとの召喚である。呼び出しとはいえ、なにも叱られにいくんじゃないから気は楽だ。

 

「ラリスの偉いさんと話すんじゃよな。緊張してきたのじゃ~」

「私達が話す訳ではないのよ」

「ボク等は何もする必要ないんですよね?」

「知らねッス。まぁあったとしても黙って立っとくぐらいじゃないッスか」

 

 馬車の中には、一党の皆の姿もあった。

 頭目たる俺を含め、ここにいる全員は迷宮用の装備を身に着けている。こういう時、王家に仕えていない俺のような輩は身分相応の恰好をするのがマナーである。冒険者の場合、防具こそが正装なのだ。

 この時、あえて武器を持ち込んで、それを相手側の人に預ける事で信用をアピールするのだ。以前の桜闘会のパーティと同じだな。

 

「イシグロ様、大使館に到着いたしました。ご降車をお願いします」

 

 面積だけで言えばケフィアムはさほど広くない。やがて馬車は大使館の門前で停止し、御者がドアを開けてくれた。

 各々降車して、眼前の建物を見る。連れてこられたラリス大使館は、高い塀と広い芝に囲まれた二階建て住宅だった。門の向こうは淫魔王国ではなくラリス王国の法律が適用される仕様である。

 いうまでもなく、要所である。先の夢魔騒動では真っ先に狙われたと聞いたが、淫魔兵とニーナさん達が奮闘して守り抜いたらしい。

 

 淫魔の門番に先導され、敷地内に入る。大きな入口の扉が開かれると、待ち構えていた二人の人間族侍女がお出迎えしてくれた。片方の侍女に無銘を渡し、もう片方の先導で歩き始める。

 最近は角の生えた露出度の高い女性ばかり見ていたので、普通の服を着ている人を見るのは逆に新鮮だった。丈の長いスカートにエプロンというスタイルは、前世でよく見るメイド服に酷似している。今度、服屋さんに皆用のメイド服をオーダーメイドしてもらおうかな。

 

 なんて考えつつ、メイドさんについていく。視線を巡らせ、屋敷の間取りを確認した。逃走ルートの確認の為である。これも無月流の教えだ。

 並行して、思う。ただの勘だが、このメイドさんは結構強い気がする。魔力量はさほどでもないが、歩き姿がゲルトラウデ師匠に似ているのだ。流石ラリス王国はメイドさんまで強いのかと感心するばかりである。

 

「こちらで、外交官がお待ちです」

 

 そんな事を考えていると、応接室っぽい部屋の前に到着。

 ノックして失礼。俺はメイドさんが開けてくれた扉を潜り、中を伺った。

 

 部屋に入ると、外交官と思しき人間族の少女がソファーに座って此方を見ていた。

 歳の頃は十代前半に見える。前の感覚だと随分若いと思っちゃうが、そこは実力至上主義のラリス王国。能力があるからこその若さなんだろう。

 あまつさえ、その外交官は金髪碧眼の美少女だった。身長も百四十九ラインをギリ超えてるくらい。見た目だけなら、俺的価値観で外角高めのストライクといったところ。

 うん、まぁストライクなのだが……。

 

「お初にお目にかかります、黒剣のイシグロ様。ワタシ、ラリス王国外交官を兼ねております、ヴィヴィと申します」

 

 ソファーから立ち上がり、お辞儀をしてくるヴィヴィさん。

 鈴のような声。ナチュラルなお化粧から、高い女子力を感じる。感じるのだが……。

 俺には分かる。この子、男だ。

 

 何というか、困ったぞ。俺は咄嗟に思考速度を引き上げ、如何に応じるか思案した。

 俺とてエリーゼ先生のマナー教室の生徒である。古式だけでなく、現代ラリスのマナーはしっかりと覚えている。だが、相手は女装男子である。彼に対し、俺はどういった挨拶を返せばいいというのだろう?

 挨拶一つとっても、現代ラリス式には時と場所に合わせた色んなやり方がある。女性から男性へ。貴族から庶民へ等々。けれども、女装男子相手の挨拶は習っていない。

 相手は外交官で、呼び出された俺は冒険者。向こうの方が立場は上だが、呼び出された側の俺は身分相応に多少ミスっても問題ない。エリーゼ先生、どうすればいいんですか。

 

 あまつさえ、さっきから俺はこの女装男子に謎の違和感を覚えていた。

 体幹、足捌き、立ち振る舞いはご令嬢のソレで、魔力の程もパンピーレベル。全く以て強そうじゃないのは別にいいが、それにしたって強そうじゃなさ過ぎるというか……。

 能ある鷹は何とやら。頭の中は「こいつザコだぜ」と言っているが、奥底の勘は「こいつクソ強いぜ」と叫んでいる。もし、この人が俺より戦闘力が高いのなら、それはそれで相応の挨拶法ってのがありましてですね。

 相手の立場。自身の立ち位置。一瞬の逡巡の後、俺は努めて優雅に傅いてみせた。

 

「お初にお目にかかります。私、イシグロ・リキタカでございます。イシグロが姓で、リキタカが名。ラリス王国は王都アレクシストにて、銀細工を授かっております」

 

 色々考えて、俺は外交官女装男子に上位者への礼を取った。

 男女や強弱で迷うくらいなら、確定している格の上下で立場を示すやり方が丸いと判断した為だ。元より迷宮潜りの身からすると、落ちる格もないので実質ノーダメージである。

 皆も俺に倣い、女装男子に傅いた。雰囲気で分かるが、全員がヴィヴィさんに違和感覚えてるっぽい。

 

「どうぞ、お座りください」

 

 どうぞと言う直前、男の娘は一瞬だけ硬直したような気がした。

 その美しい顔には、人形のような薄い笑みが浮かんでいる。

 

「失礼します」

 

 促されるまま、対面のソファーに腰を下ろす。

 皆は俺の後ろで待機である。普段なら座ってもらうのだが、今は仕方ない。

 そのまま、流れるようにお茶を出され、少々の雑談の後にヴィヴィさんはカップを置いてから口を開いた。

 

「イシグロ様をお招きしたのは、以前淫魔王国を襲った夢魔についてお話を伺う為でございます」

 

 本題に移った事で、俺は意識を切り替えた。

 夢魔や魔導人機について、俺と外交官で情報を共有する。これら夢魔騒動の全容は、現状俺と淫魔王国の人しか知らない、夢魔の存在とその顛末は大々的に公表されているのだが、魔導人機の情報は伏せられているのが現状だ。

 

「災厄の近い中、ラリス王国は現状を憂慮しており……」

 

 ヴィヴィさん曰く、夢魔の裏にいる存在の調査と並行し、ラリス王国は件の魔導人機についても調査を開始したという。

 これを説明してくれるのは、偏に淫魔女王から俺の意思が伝わっているからであるとも付け加えられた。事実、魔導人機について俺はどこまでも協力する所存である。

 

「現在、夢魔の尋問には王家直属の拷問官が準備を整えている最中でございます。そう遠くないうちに、新たな情報が入るかと思われます」

 

 流暢に話す女装男子を見ながら、思考の片隅で思う。にしても、この男の娘ずいぶんとクオリティが高いな、と。

 男の娘、女装男子、メスショタ。オタク趣味故に色々なモノを見てきたが、中でもヴィヴィさんは頭一つ以上抜けていた。素材がいいのもあるんだろうが、服装だけでなく化粧や仕草や声まで完璧なアメイジング男の娘なのである。

 あ、違和感の一つが分かった。この子、女性的過ぎるんだ。明確な理想と、それを完璧に模倣できる能力があったから、こうも完璧な女装ができているのだ。イリハの変化術が完璧過ぎて、何か変だなって勘ぐられたのと似たような現象である。

 

「……という認識でよろしいでしょうか?」

「はい」

 

 なんて考えつつ、話はちゃんと聞いていた。

 要するに、イシグロさんの気持ちは分かったよ。だから情報が集まり次第、王家から協力依頼を出すね。あと、魔導人機関連の秘密は守ってねといった内容だった。

 こんな下々のロリコンにご配慮頂いた上、本来無視して然るべき我儘を聞いてもらっているのだ。俺視点、感謝の念しかない。

 

「魔道人機という兵器については、どの程度ご存じでしょうか?」

「淫魔王国の書庫にあった情報と、女王陛下から概要を伺った程度です」

「なるほど。では、実際に戦った所感をお聞かせ願えますか? 戦闘者として、ざっくばらんにお話し頂いて構いません」

「承りました。まず……」

 

 魔導人機と戦った感想を述べよとの事なので、失礼にならぬよう気を付けながら率直にお話する。

 すっごくつよかったです。俺一人じゃ絶対勝てないなって思いました。けど、囲んだら大丈夫だと思います、まる。

 そんな内容を、俺の頭がこんがらがらない程度の丁寧な言葉に変換し、口に出す。

 

「なるほど……」

 

 その間、ヴィヴィさんはじっと俺の目を見ていた。値踏みされているというより、観察されているような感覚。

 熱の無い青の瞳は、どこか奴隷商人クリシュトーさんを彷彿とさせた。

 

「件の白銀の魔導人機ですが、情報が正しければ恐らく“極天”という名の機体だと思われます。魔王戦争より以前に紛失したと文献には書かれています。その裏にいる存在についてですが、未だ尻尾を掴めている訳ではありません。二代目魔王と一代目の残党のように、分かり易く集まっている組織ではないようです。現状、判明している範囲では……」

 

 話し終えると、ヴィヴィさんは現在ラリスが持っている敵対勢力の情報について教えてくれた。

 魔王残党、犯罪組織、謎の商人集団。話しぶりからして、夢魔は秘密結社的ヴィラン組織の一員のようだった。一つの組織を壊滅させても、別の場所で似たような組織が復活しているのだという。

 これ、結構ぶっちゃけているようだが、あくまで外部戦力である俺にそこまで話しちゃっていいんだろうか。関わると決めたからには、俺もそのつもりではあるのだが……。

 

「とはいえ、彼奴等のやり口は知っています。イシグロ様の仰る魔導人機の適合者を救えたとて、まともに生きているか分かりません。いずれにせよ、現状では益の無い博打になっています。民の安寧の為なら、例え哀れな被害者であれラリスは容赦なく抹殺を選択するでしょう」

 

 それから、魔導人機の適合者の処遇について、ヴィヴィさんはラリスの方針を伝えてきた。

 予想通り、それは俺にとって望ましくない方針だった。分かり易い外患なのだ。殺すってのが手っ取り早い。俺がロリコンじゃなかったら、迷わずそう選択した事だろう。

 だが、否と言いたい。根拠は勘でメリットも不明だが、俺はロリコン道を外れる行為を黙って見過ごせはしなかった。

 要するに、今俺は覚悟を問われているのである。来る協力作戦にて、俺にどれだけの事ができ、どれほどの覚悟があるのか。ここで、示さねばならないのだ。

 

「それでも、救える可能性があるならば、私は全身全霊を賭す所存です」

 

 それでも。と言い続ける。何故なら、俺はロリコンだからだ。

 気合を入れて言い切ると、ヴィヴィさんは僅かに目を細めていた。

 普通に考えて、世界最大の国がただ強いだけの個人の我儘を聞く義理はない。だからこそのギブアントテイク。戦力を貸す代わりに、俺に魔導人機の中身を救わせてくれと言っている。ラリスがその気なら、いいように使われる可能性も否定できない。

 その上で、だ。俺は俺の意思を通す。前と違い、今は守るべきものがある。身を投げる覚悟こそ持てないが、本気も本気ではあったのだ。

 

「私とて、平和こそ第一と考えます。分別もついているつもりです。伸ばすべき手と責任は、可能な限り自分が担います。なので、どうか」

 

 こんな台詞が自然に出たのは、自分でも驚きだった。

 外交官は薄い笑みを張り付けて、じっと俺の目を見続けていた。

 

「なるほど……」

 

 声色低く呟いたヴィヴィさんは、背を丸めてゲンドウポーズを取った。

 その姿勢のまま、今度は俺の背後にいる皆を順々に見ていった。

 

「覚悟があるという事ですね」

「はい」

 

 迷わず頷く。すると、ヴィヴィさんはフッと笑んで目尻を下げた。

 

「……よろしい」

 

 そうして金髪男の娘の口から漏れた声音は、先程までの少女のソレではなかった。

 美声なのに変わりはないが、今度のは誰が聞いても少年イケボ。二次性徴前の少年の、声変わり前の声だった。

 

「なら、こちらも覚悟を決めようか」

 

 驚愕する俺達を置いて、彼はマジシャンのように指パッチンをしてみせた。

 同時、彼の全身に清潔魔法に似た魔法効果が表れる。淡い光が身体を包み、髪と目の色が変化する。否、戻っているのだ。

 金は白へ、青は紫へ。雪のように白い髪に、紫水晶を思わせる二つの瞳。薄い化粧が落ちた顔は、まさしく美少年そのものだった。

 

「イシグロさん、貴方は僕の想像を超えていたよ。勿論、良い意味でね。だからこそ、素顔を晒したのだと思ってほしい」

 

 言って、彼は優雅に足を組んでみせた。

 泰然自若と座す姿には、淫魔女王が発していた王の威厳とでも言うべきオーラが感じられた。

 

「僕の名は、ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。ラリス王国の第三王子であり。やがて勇者の名を継ぐ者……」

 

 ゆっくりと、左手の指輪に手をかけた。

 

「イシグロさんを見定めに来たんだ」

 

 純白の王子が指輪を外す。

 瞬間に、俺は()を意識した。

 

 

 

 

 

 

 学生時代、俺は世界史の授業が好きだった。

 古代から現代まで、連綿と続く時の流れは壮大で、偉人が織り成すドラマには別の偉人が関わってくる。そういった時代と人の関係性に、オタク的感性で魅力を感じた為だ。

 

 故に、俺は歴史の勉強は苦ではなかった。異世界の歴史もまた、当然に。

 他人に興味を持てない俺とて、自分が住んでいる国の王家くらいは知っている。文字通り、偉人だからだ。

 

 現ラリス王は御年七十を超える豪傑で、武断な王家らしく城と戦場を行き来しているそうだ。

 肖像画に描かれた彼は筋肉もりもりマッチョマンのイケおじで、七十歳とは思えないくらい若々しい容姿をしていた。若い頃の絵かな? と思ったものだが、どうやら最新作らしかった。

 

 そんな彼には、四人の実子がいた。

 即ち、王子様と王女様である。

 

 第一王子、ディミトリス・アレクシスト・モノラリス。

 第二王子、ヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリス。

 第一王女、ニコレッタ・アレクシスト・ラリストリ。

 第三王子、ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。

 

 言うまでもなく、ラリス王家はラリス貴族の親分だ。武闘派貴族しかいないラリスキングは、当然としてバリバリ最強でナンバーワンの武闘派マンである。

 先述の通り、現王は出張感覚で戦場に出向くし、その子供達も若くして戦働きをするのが習わしだ。文武両道、生きて帰って国を動かす。そうして初めて王の器を証明できる。

 前の感覚で言うと、尊き血を戦場に持って行くんじゃないよと思っちゃうところだが、ここはバイオレンスな異世界なのである。心身ともに戦で鍛えるのが誉れ兼務めであった。

 ちなみに、王子様方は全員異母兄弟であるらしい。

 

 現王の子もまた、王族故にめちゃんこ強い。中でも、聖王子と綽名されるジノヴィオス殿下は歴代最強の王子と噂されている。

 本の記述の通りなら、その年齢は十歳とかそこらへんのはずである。にも拘わらず、当代無双の戦功とか何とかで。現在、彼は兄姉を差し置いて次代ラリス王に最も近い存在であるらしい。

 

 王家=最強。ぶっちゃけこれ、プロパガンダの一種だと思っていた。

 最強がもてはやされる異世界。民や兵の尊崇を得る為、多少誇張して言ってるものとばかり思っていたのである。

 だが、その魔力を、第三王子の武威を見せつけられた瞬間、俺はあまりにも濃厚な死のビジョンが見え、分からされた。

 勝利とか拮抗とか逃走とか、そういう次元の話じゃない。例えるなら、アリと象。俺と彼には、圧倒的な力の差があった。

 

 自慢じゃないが、異世界ナイズドされた俺はまぁまぁ強い。同じ銀細工位階の冒険者をタイマンで倒せるし、闘技大会でも優勝した。ステータスが上の相手でも、立ち回り次第で何とかできる。

 俺にとって、異世界最強の人はゲルトラウデ師匠だった。彼女とガチでやった場合、俺は十割負ける確信がある。力と技と経験と権能、勝っているのは武器の性能。何度やっても勝てる気がしない。

 けど、確信した。仮にゲルトラウデ師匠が束になっても、この王子には絶対敵わない。達人が超人に勝てないように、超人は超サイヤ人に勝てないのだ。

 

「けい……ッ!」

 

 警戒を命じる寸前、俺は左腰で空振る手の感触に強い違和感を覚え、半ば腰を浮かせた体勢で硬直した。

 異世界で鍛えられた危機管理能力。生存本能。とにかくそういう原始的な反射で何よりも先に武器を手に取ろうとしたところ、腰に剣がない事を自覚して暴走する思考に冷や水がかけられたのである。

 

 瀟洒な応接室に、張り詰めた静寂が過る。

 

 隙を見せぬよう、背後を伺う。目の据わったルクスリリア。魔力を吹き出すエリーゼ。唸るグーラ。九尾を展開するイリハ。

 俺はエア抜刀術の姿勢で固まって、対面の王子は僅かに目を見開いて此方を見ていた。

 もう一つ、気が付く。さっき、一瞬だけ敵味方反応レーダーに感があった。王子じゃない。この部屋に一人。隣の部屋に一人。天井に一人。扉の近くに一人。斥候ジョブの人達が、隠れて俺を包囲しているのだ。

 

「素晴らしい……」

 

 そんな中、ジノヴィオス王子は陶然とした面持ちでそんな言葉を呟いた。

 徐々に、徐々に、王子からの威圧感が薄れていく。ある程度まで緊張感が緩まると、俺はようやっと呼吸を再開できた。

 

「恥ずかしながら、僕は未熟でね。兄上達ほど力を隠すのが上手くないんだ。王族の証明をしたかっただけで、イシグロさん達の精神に危害を加えるつもりはなかった。いやまさか、枷を外しただけで王気を察知されるとは思わなかったよ」

 

 静寂の中、イケショタに相応の美声が木霊する。

 冷静になった今、俺はかなり拙い状態にあるのを自覚できた。未遂とはいえ、高い武力を持つ民が王族相手に刃を向けようとしたのだ。それも一方的に、である。

 再度、反射だった。マイナス思考に陥るより先に、俺はソファーから離れて跪いた。

 

「無礼な真似を働き、申し訳ありません! どうかお許し下さい!」

 

 手のひらを下に、思い切り深く跪き、そして首を垂れて謝罪する。これを日本風に捉えるならば、土下座か五体投地に近い動作に当たるだろう。

 遅れて皆も跪こうとした瞬間、それより一手早く純白の王子は腰を浮かせた。

 

「ま、待ってほしい。王族故に謝罪はできないが、僕は最初からイシグロさんを欺いていたんだ。先の貴方達の対応を不敬だとは思っていない。これは命令でなく要請になるが、どうか元の席に戻ってはくれないか?」

 

 早口だった。恐る恐る。俺は視線を戻していった。王子の美貌に浮かぶ笑みは、若干強張っているように見える。

 

「失礼いたしました」

「いいや、むしろ良い反応だった。あー、君達もうバレてるみたいだから、戻っていいよ」

 

 俺は失礼にならぬよう腰を低くし、先程と同じ対面のソファーで小さくなった。

 俺の動きを見て、王子は改めて指輪をはめ直した。途端に異常な力の噴流を感知できなくなった。圧を抑える魔道具か。これで、ようやく安心できる。

 仕切り直すように、目の前の王子は分かり易い柔らかな笑みを作ってみせ、こめかみをトントンしながら口を開いた。

 

「僕は生まれつき始祖(・・)からの授かり物が多くてね。その中の一つに、人の欲求が分かるという力があるんだ。だから直接会おうと思った。そして、確信したんだ。イシグロさんは、素晴らしい戦士だよ」

 

 深い紫色の双眸の中に、能面のように固まった俺の顔が反射している。

 読心? メンタリズム? よく分からないが、王子の言う事が正しいなら、俺の欲望――ロリコン性癖はバレているという事になるが……。

 

「イシグロさんは、本当に皆を大切に思っているんだね。これはひと目で分かった」

 

 言って、微笑ましそうな眼を向けてくる王子。

 彼の口ぶりからして、俺の事は事前に調べてあるのだろう。剣と魔法のファンタジーでも、歴史あるラリス王国ならばプロファイリング技術の一つくらいあるはずだ。乱れた心を強いて整え、俺は彼の続く言葉を待ち構えた。

 

「平穏を望む一方、魔導人機の適合者の身を救うべく、貴方はラリス王家を利用する道を選んだ。平穏から遠ざかる覚悟を決めて。憐憫と、憤りがあるんだね。恐らく傍観者の視点で」

 

 なおも警戒を続ける俺をどう思ったのか、王子は笑みを維持して言葉を紡ぎ続ける。

 

「生来、イシグロさんは分不相応な成り上がりを望まない人だろう。驚くべき事に野心が無いんだね。それどころか、今が一番良い湯加減だと思っているくらいだ。貴方が察している通り、ここまでは調査で推理できる範囲だ。実際、似たような意見をくれた人もいたからね。まぁ、多くの人は気付けなかったようだけれど……つい半刻前の僕とかね」

 

 話題を変えるように、王子は再びゲンドウポーズを取った。

 

「リンジュで聞かされたと思うけれど……イシグロ・リキタカさん、貴方の動向は各方面から注目されている。迷宮ギルドを筆頭に、リンジュの上層部。淫魔女王。実際に貴方のもとへ貴族子息が自身の一党へとスカウトしに来ただろう? 夢魔騒動の顛末を知れば、僕以外の王族だって君を探るだろうね」

 

 彼の発言に、胸がざわつく。さっきから俺の内心を言い当てられまくっている。

 事実を並べられ、徐々に詰められていく。詐欺師の手口というか、昔気質の営業マンからセールストークをされているみたいだった。

 

「結論から言おうか。第三王子の僕がイシグロさんの後ろ盾になるよ。魔導人機の対処も任せる。後々の貴方の自由も保証する。金細工にも推挙しないし、爵位も与えない。始祖の如き英雄を、庶民のままで居させてあげよう」

 

 彼の言葉に、俺は驚愕した。内心で抑えようと思ったが、確実に顔に出ている事だろう。

 これまで、俺達は厄介な人からちょっかいをかけられないよう立ち回ってきた。一党の強化と、後ろ盾の獲得がそれだ。だからこそ道場に通い、ライドウさんの知己を得るべく闘技大会に出たのである。もし、第三王子が後ろ盾になってくれるというなら、これ以上のものはないと言える。

 しかし、彼の提案した契約は、俺にとってあまりに都合が良すぎる。裏があるからおもてなしだ。俺は最大になっていた警戒レベルをさらに引き上げた。

 

「その代わり、イシグロさんには僕の派閥の冒険者として働いてもらう。ひとまずは、災厄の尖兵の対処をしてもらおうか。やってほしい役割と、守ってほしい拠点があるんだ」

 

 この世界の人たちは、人類生存圏の外から現れる魔物と常にバチバチやっている。中でも、災厄というアニバイベントは人類全体で行うレイド戦である。

 彼の言う尖兵とは、災厄イベントの前哨戦として発生する魔物のスタンピードの事である。災厄戦において、貴族や金細工は尖兵を何とかする役目を負っているのだ。

 

「安心してくれ。銀細工とはいえ、民を最前線に放り込むなんてしないよ。尖兵の動きによっては戦わずに終われるかもしれない。前に出て戦うのは僕ら上の役目さ。どだい連携が取れないだろう?」

 

 魔導人機の対処。強力な後ろ盾。尖兵戦の参加。

 尖兵戦の詳細は知らないが、過酷な戦いなのは間違いないだろう。クソ強い王子が猫の手でも借りたいと思うくらいには。

 果たして、俺は目の前の若い王子を信じていいのだろうか。

 

「上と下じゃない。依頼者と冒険者として、僕と契約を結ばないか?」

 

 いや、信じるしかない。

 それくらいの覚悟を持って、俺は魔導人機の子を救うと決めたのである。

 チャンスがあるなら、掴むべきだ。その先に俺の望む平穏があると信じて、今ここで更なる覚悟を決めるしかない。

 

 虎穴に入らないと、ロリを助けられないというのなら。

 内容次第で、前向きに検討すべきと判断した。

 

 

 

 一刻後、契約は成立した。

 

「よろしく頼むよ、イシグロさん」

 

 そう言った純白の王子は、ふんわりした笑みを浮かべていた。

 男石黒、副業で王子専属の傭兵になりました。

 

 

 

 

 

 

 イシグロの一党が去った応接室で、さっきまで隠れていたアサシン侍女達がテキパキと仕事をし始めた。

 お茶係のメイドが透明なガラスコップにお茶を注ぎ、大きな氷を三つ投入。最後にコースターの上に置き、王子の前に差し出した。キンキンに冷えた麦茶である。

 

「みんな、お疲れ」

 

 侍女たちを労って、純白の王子は冷えた麦茶をグビグビ飲んだ。これはジノヴィオスの好物であった。

 現在、王子の恰好は外交官のソレではなく、シンプルなシャツに短パンというラフな服装だった。専属侍女のキルスティンが見ればひと目見ただけで母乳をにじませるだろうショタみである。

 

「よろしかったのですか? イシグロ様に正体を現して」

「ん? あぁ……」

 

 本来、ジノヴィオスはイシグロの人となりを見定める為に淫魔王国くんだりまで来たのである。あまつさえ、わざわざ女装までして。

 結果として、イシグロは事前のプロファイリングに近い性格だという事が知れた訳だ。

 

「早さが要だったからね」

 

 そして、彼がプロファイリング外の提案をしてきたが為、王家の誰よりも早く決断し、王子自ら正体を現してスカウトしたのである。

 ああも強いくせに、イシグロは話が通じる。触れられたくない部分も分かり易く、やりたい事もハッキリしている。放置するだけで勝手に利益を出すのだし、件の迷宮狂いは恐ろしい程に扱いやすく都合の良い駒だった。

 それに、見ただけで王子の力を察知したのは、純粋に素晴らしいと感じた。気分的には掘り出し物発見といったところ。

 

「これで、兄上は大丈夫だ。警戒すべきは姉上だね」

「失礼ながら、問題はないかと存じますが」

「分からないよ。会えば意外とその気になるかも」

 

 なんて雑談をしつつ、王子は氷ごと麦茶を口に含んだ。

 舌の上で溶ける氷の感触を楽しみながら、リラックスした王子は益体もない思考に耽っていた。

 

「それにしても……」

 

 思い返すのは、彼と邂逅した直後の事。

 彼は、ジノヴィオスの女装を一瞬で看破した。武術の要領で、模倣には慣れている。化粧も完璧。キルスティンにも太鼓判を押された女装を、である。

 かなり頑張ったし、自信もあったのだが。

 

「ところで、僕の女装は完璧だったよね?」

「そうですね」

「だよねぇ……」

 

 別に、したいと思ってした訳じゃない。

 男性として会うより、少女の姿を取った方がイシグロの胸襟を開きやすいと考えたから女装しただけである。

 でも、なんだか、妙な気分だった。

 

「もっと上手くできたのかな……?」

 

 武芸においても、勉学においても、生まれてこの方ジノヴィオスは完璧以上にこなしてきた。

 然るべき敗北こそあれ、それは久しい記憶である。今となっては、文武共に並ぶ者が少ない。

 そんな王子は、無意識に年相応の邪気の無い笑みを浮かべていた。

 

 全力女装を見抜かれた事で、生まれて初めて悔しい気持ちになったのである。




 前書きにある通り、ノリが変わるとかはないのでごあんしんください。



 第21回キャラクター人気投票、結果発表!



 一位 イシグロ・リキタカ
「みんなありがとう!」

 二位 迷宮狂い
「フン……」

 三位 黒剣
「神に感謝」

 四位 ラリスの剣豪
「イシグロに負けた……!」

 五位 西区のやべーやつ
「順当な順位ですね」


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王都のビール

 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっています。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 淫魔王国編、今度こそ終わりです。
 よろしくお願いします。

 あと、アンケあります。


 専門の魔術体系が存在するくらいには、ラリス王国は契約文化である。

 契約魔術とは、魔術の施された契約書に署名する事で、世界の理と同義の絶対的効果を成す魔術であるという。

 奴隷契約然り、雇用契約然り。魔術から口約束まで、異世界人は契約をこそ信用する。そういった事情があり、こっちの社会は契約社会なのだ。

 

 先の邂逅にて、俺は異世界最大国家の第三王子と契約を結んだ。

 内容を要約すると、専属傭兵契約というやつになるだろうか。このラインを通して、魔導人機関連の依頼が届く仕組みだ。これ以降、俺は第三王子とその派閥の依頼主からの依頼を優先的に受ける事になったのである。

 優先とあるように、これに強制力はない。王子と何の関係もない人からの依頼も受ける事自体は普通に可能である。

 要は他の王族からの依頼は絶対ダメという契約である。間違って受けないように、イシグロをご指名の冒険者依頼は第三王子が検閲させてもらうねとのお話。

 

 で、契約を結ぶ代わりに、第三王子には俺の後ろ盾になってもらう事となった。

 雑な言い方をすれば、ワシに手ぇ出したら王子が黙っとらんぞとなったのである。これは俺個人だけでなく、俺の身内もその範囲内だ。ワシの女に手ぇ出したら第三王子が黙っとらんぞ。まぁそうなりゃワシ自身も黙っとらんが。

 

 その他、契約に際して様々なメリットを提示された。

 契約とは別に、王子からの依頼には相応の報酬が支払われるとか。エリーゼの解呪の協力とか。奴隷契約解除後の皆の身分の保証とか。

 特に最後の一つが重要だ。なにせ、エリーゼは無限魔力のチートドラゴンであり、イリハは始祖譲りの仙氣眼持ちなのだ。彼女達が俺の奴隷でなくなった瞬間、どこかの誰かに身柄を狙われるかもしれないのである。これを考えずに生きるのは無責任と言えよう。

 

 まとめると、こうだ。

 契約内容は、王子派に入る事。

 契約のメリットは、色々と沢山。

 

 何というか、得られる恩恵の割に契約内容はとてもゆるゆるである。

 要するに、王子と敵対せず何個か依頼をこなすだけで、山のような恩恵を受けられるというのだ。

 

 俺視点、都合が良すぎる。ぶっちゃけ怪しい。

 なんて思う俺だったが、第三王子視点だと俺が他王族の味方をしないってのが一番大きいメリットになるらしい。

 

「長兄上なら大丈夫なんだけど、ヴァシリゲス兄上は拙いんだよね。くれぐれも、あの人には近づかない方がいい。元より、イシグロさんなら警戒するタイプの人だと思うけれど。姉上は……うん、イシグロさんの苦手なタイプなんじゃないかな」

 

 とは、御年十一歳のイケショタ王子のお言葉。

 とにかく、俺が第二王子と第一王女の味方にならないってところが、王子としては最も嬉しいポイントなようで。バイオレンス異世界の王族にも、やっぱ派閥争い的なのあるんだなぁと。

 ちな、第一王子ことディミトリス陛下はとても良い人らしい。王子曰く、「イシグロさんとの相性はいいんじゃないかな?」との事。そこまでぶっちゃけていいのか王子様。

 

 そんなこんな契約完了。

 その夜、俺達はいつものホウ・レン・ソウ会議を行い、互いの考えを共有した。

 

「なんかスゲェ事になったッスね~。元パンピーのアタシも出世したもんッス」

「英雄の門出じゃない。私としては嬉しいのだけれど、アナタはそうでもなさそうね」

「ご主人様が勇者様の子孫に認められたなんて、ボクはとても光栄に思います」

「うむうむ、実にめでたいのぅ。これで始祖様に顔向けができるのじゃ」

 

 なんて言って、皆は喜んでいるようだった。

 改めて思うが、異世界人は高いバイタリティ相応に野心というか向上心が強い印象である。

 それは現状維持を良しとする傾向のある皆も同じだったようで、俺の実力が王子に買われた事が誇らしいんだとか。

 

 にしても、大事になった。

 自由にさせてくれるとは言ってくれたものの、実際はどうなるんだか。今後も変わらず楽しい異世界生活が続くのか、不安である。

 申し訳ないが、イシグロ貴族ルートだけはNG。何の知識もない俺が領地経営なんかできるかよって話。まぁこの世界で現代知識無双はできなさそうだし、内政も王家の文官がやってくれるっぽいが。

 命を賭けて民を守るなんて役目、俺には荷が重いよ。家庭の平穏が精一杯で、それこそ世界平和の縮図だろう。

 

 いや、やめよう。これ以上、深く考えるべきじゃない。

 それよりもプラスな部分をピュアに捉えようじゃあないか。

 

 王子からの依頼には報酬も出るし、エリーゼの解呪に協力してくれるとも言っていた。俺の死後も、皆の身分は保証される。

 何より、救うと決めた魔導人機の適合者ちゃんに一歩近づけたのである。ロリを助ける為ならば、この程度のリスクいくらでも背負っていく所存。

 幸い、嘘か真かジノヴィオス殿下は付き合いやすいお人柄だった。なにも友達になろうってんじゃない。ビジネスライクというか、ああいう人とは良い距離感の関係を維持できると思うのだ。

 

 ひとまず、来るべき決戦に備え、今は俺に出来る事をするべきだ。

 トレーニング。レベリング。皆との時間を大切に。結局いつもと変わらないな。

 災厄の後も、俺は皆と生きていくのだから。過去でも未来でもなく、今を見て生きて行かねば。

 

 それにしても、第三王子さん強かったな。

 実際戦った訳ではないが、軽く自惚れてたところに更なる壁を見せつけられた気分だった。

 

 エリーゼの言う、皆の王。

 目標ができたと、そう思っておこう。

 

 一歩一歩、俺のペースで進むのが、一番大事なはずである。

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、夏が来る。

 ひと月前より強さを増した太陽の下、俺達は空戦車に乗って淫魔王国の上空を飛行していた。

 これから、淫魔王国を発つのである。

 

「ご主人、馬が走ってるッス」

「あー、かわいー」

 

 眼下に見えるヴィーネさんの牧場では、放牧された馬の群れが走り回っていた。

 傀儡淫魔と戦った場所でもある。お馬さんに被害がなくて良かった。

 

「何かしら? あの者達、手を振っているわね」

「通行証の提示だな。えーっと、あったあった。お~い」

 

 以前中継地点にした宿場で、見張り台の淫魔兵がこちらに手を振ってきた。彼女に準淫魔騎士勲章を掲げて応じる。これでオッケーだ。

 そういえば、ここでは夜通しマゾ豚課長モンスと戦ったんだったな。積み上がった死骸は加工され、毒入り油にされたそうな。それで作る虫よけ液が便利らしい。

 

「空を飛ぶとこの森もあっと言う間ですね。戦いが起こらなくて良かったです」

「できればあそこは通りたくないからのぅ」

「もう大丈夫ッスよ」

 

 宿場と関所の間、例のエロモンスの森の上を走る。

 そう、交流会の往路で俺達は謎のエロモンスに襲われたのだ。曰く、アレは夢魔の仕業だったようで、以降エロキノコ達は大人しくなったとか。

 

「ん? あれは……」

 

 森を抜けて関所に着陸すると、そこにはトリクシィさんとヴィーネさんの姿があった。

 どうやら、二人で淫国を出るようだ。各々一頭ずつ馬の手綱を握っている。

 

「お二人は一党を組まれるんですか?」

「はい、ヴィーネさんの登録の為に王都に戻ろうかと。その後、リンジュに向かう予定です」

「へえ、リンジュですか」

「ええ。イシグロさんの仰っていた、銀竜道場の門戸を叩くつもりです。ヴィーネさんと一緒に」

 

 手続き中、俺はトリクシィさんと世間話。皆は幸せオーラむんむんのヴィーネさんと会話していた。

 どうやら、カップル揃って銀竜道場に入門する予定との事で、次会う頃には彼等は弟弟子と妹弟子になってる訳だ。

 こういう時、俺の紹介状とかいるかなとか思っちゃうが、まぁ元々すぐ行くつもりだったっぽいし別にええか。

 

「行こ♡ トリィくん♡」

「それでは、自分達はこれで」

 

 先に手続きを終えた二人は、華麗に馬に跳び乗り去って行った。

 並んで馬に乗る姿、俺にとっては一番恋人らしく見えるよ。

 

「あの子、もう手とか繋いだんやろか……」

「別のとこ繋がってるよ」

「んっん~! 密かに狙っていた少年から童貞スメルが消えておりますな! 唐突な寝取られ展開に夜の役割が持てますぞ!」

「寝てから言いなよ」

 

 そんな彼等を、関所の淫魔兵は寂寥感とかその他諸々を抱いて見送っていた。

 

「っと、もう追い越しちゃったッス!」

「急いでいる訳ではないのだけれど、本当に速いわね。これ」

 

 手続きを終え、俺達も再出発。空から街道をなぞっていくと、気づけば眼下に見えた後輩カップルを追い越していた。

 ここからは街と街を経由して王都に向かう予定である。名産品とかも見て回りたいしな。

 

「来るのじゃ来るのじゃ来とるのじゃ!」

「大丈夫ですよ、イリハ」

「うぉおおおお! 魔力過剰充填、【雷の礫】!」

「強クナッタナ、リリィ」

「何でカタコトなのよ……」

 

 例によって例の如く相変わらず襲ってくる空の魔物は、純淫魔に進化して強くなったルクスリリアが楽々対処した。

 純淫魔への進化。中淫魔からの派生なので基礎寿命は増えてはいないが、今のリリィは魔力や肉体再生といった基礎能力が大淫魔相当になっているのである。

 

 そんなこんな。

 

 翌日。俺達は無事王都へと帰還した。

 滑走路を使って着陸し、王都入りの列に並ぶ。やはり、西区門の前は人の往来が激しい。見慣れたはずの光景なのに、男性の多さにはビックリしてしまった。

 

 門番のチェックを通り、王都西区に入る。テーマパークめいた進撃壁を潜ると、賑々しい王都の景色が広がった。

 相も変わらず人口密度の凄い街である。車道には馬車が通ってて、歩道ではムキムキの奴隷が荷物を運んでいた。商人の護衛と思しき鋼鉄札の冒険者が腕組み仁王立ちして交渉相手を威圧している。

 暴力と野心、繁栄と混沌をコンクリートミキサーにかけてぶちまけた。此処こそ王都の西区である。

 

「おぅ待てやゴラァ!」

「へへっ! 故郷で鍛えた自慢の足、そう簡単に捕まるかよ! ここまで来れば後は余裕で逃げられるぜ!」

「はっ! それはどうかな!?」

「なに!? ぎゃあああ!」

 

 某アニメのネコ&ネズミめいて追いかけっこをする衛兵。追いかけられてた人は罠にかかったようで、屋根からエアアサシンしてきた衛兵に捕まっていた。

 そのまま衛兵二人に殴る蹴るの暴行を加えられ、捕まった人は最後に膝裏を斬られていた。凄まじい暴力シーンだが、これくらい王都じゃ日常茶飯事である。実際、街往く人は何も気にしていない。つくづく思うが。やっぱ日本は平和だったんだなと。

 

「とりまギルド行こうか」

「あいッス!」

 

 当然、俺も皆も気にしない。それどころか、王都に帰ってきたんだなーと趣を感じたところである。イリハも慣れたもので、気にせず耳を揺らしていた。

 なんて王都のマッポー加減にイトオカシズムを感じつつ、俺達は真っすぐ転移神殿のある方へ向かって行った。

 

「あ、この匂いは……!」

 

 ふと、グーラが鼻をヒクヒクして笑顔になった。いつもの噴水広場に着くと、懐かしい味噌の焦げる匂いが香ってきた。

 シュロメさんがまた何か焼いてるのかなと思って見てみると、何と別の森人さんが田楽を焼いていた。暖簾は同じだし、バイトかな?

 

「うぇ~、なんか変な匂いッス~」

「味噌の匂いだよ。良い匂いだと思うけど」

「串に差した豆腐を焼いているんじゃな。味噌もたっぷり塗って贅沢な逸品じゃ」

「豆腐って確か、森人豆のプディングの事よね? 焼いてもいいのかしら?」

「ご主人様、あれ食べてみたいです!」

「帰りに買おうか。俺も食べたい」

 

 醤油に比して王都民に敬遠されていた味噌だが、田楽焼きの方はそれなりに人気なようで、広場のおじさん達が味噌田楽片手に酒を呑んでいた。美味そうだし、後で買おう。

 

「おう、イシグロじゃねぇか! 聞いたぜ、なんか淫国でやべーの倒したんだってな!」

「ええ、まあ」

 

 転移神殿に入る。すると、顔見知りの冒険者からさっそく声をかけられた。

 魔導人機については伏せられているが、夢魔の情報は公表されているのだ。けど、俺の名前は報じられていないはず。

 と思ったが、転移神殿には交流会参加者がいたのだった。人の口に戸は立てられないというやつで、まぁしゃーない。

 

「あ、イシグロさん! お久しぶりです!」

「ん?」

 

 と思ったら、若人冒険者にも声をかけられた。鉄札の若者達で、剣士と武闘家と魔術師の三人組だ。

 はて、誰だったか。記憶を辿り、思い出した。この子達、春頃に模擬戦をした鉄札の一党だ。

 

「武器を新調したんですね」

「え? あっ、はい! 思い切って買っちゃいました! まだまだ練習中ですけど、使いこなせるよう頑張ります!」

 

 見ると、皆さんは真新しい武装を身に着けている事に気が付いた。

 剣士の子はクレイモア背負ってるし、魔術師の子はフリーレンロッドを持っている。羊人の女の子は腰にトンファーを装備していた。

 

「模擬戦の方、またよろしくお願いします!」

「ええ」

 

 何というか、ビルド方針が見えてきて、装備が少しずつ固まってきた頃合いという印象の一党である。

 無性に微笑ましくなったので、模擬戦の約束などしてしまった。原則予約はしていないが、今回だけ特別である。

 

「お久しぶりです。こちら、淫魔王国からの書類になります」

「お、帰ったか、イシグロ。確認するから、ちょっと待ってな」

 

 馴染みの受付おじさんのところへ行き、書類を提出する。

 トラブりたくないので、こういう帰還報告はちゃんと行うようにしているのだ。

 

「あー、そうだったそうだった。忘れるとこだったぜ。これ、アダムスの奴から手紙届いてるぞ」

「ありがとうございます」

 

 確認中、武器工匠・ドワルフからのお手紙を渡された。

 内容は分かっている。武器が完成したから取りに来いってやつだ。一応読んでみるが、正解である。

 

「ちょっと早いけど、今日は何か食べて帰ろうか」

「はい!」

「お酒もいると思わない? アレには何が合うかしら」

「不摂生じゃが、まぁ冒険者ってこんなもんよな」

「分かってきたじゃないッスか」

 

 そんな訳で、入ったばかりの神殿を出る。

 大階段を下り、噴水広場の屋台で適当に散財。空いてるテーブルに腰を下ろし、辛い田楽と甘いリンジュ酒で優勝だ。

 

「ん~! 美味すぎて馬になるわこれ」

 

 そうそうこれこれ、ザ・荒くれ冒険者って感じだな。田楽美味ぇ、米酒美味ぇ。枝豆とか欲しくなってきたゾ。他に良いアテ売ってないかなっと。

 

「とても美味しいです! このちょっと焦げてるのが最高ですね!」

「ええ。最初は抵抗があったけれど、リンジュ酒によく合うわね」

「ッスかね~。アタシはショーユのが好きッスけど、あの焼き鳥、また食いてぇッス~!」

「アレは至高の美味じゃったのぅ、ほんに」

「はい、お腹空いてきましたぁ……」

「食べてる最中じゃない」

 

 なんてプチ飲み会をやりながら、ふと広場の異世界人を見るでもなく眺めてみる。

 異世界人のファッションは全体的にカラフルで、派手な色を好む傾向にある。冒険者にしたって、俺みたいな地味革鎧を装備してるのは初心者くらいで、鋼鉄札になってくるとファッショナブルな人が増える印象だ。

 

「う~ん、服か……」

 

 思い出すのは、俺の適当地球知識を聞いて興奮するパイモさんの姿。

 タイプライターとかその辺はともかく、新しいジャンルの衣服なら知識チートの弊害とかないよな。そもそも、着てくれる人がいるかどうかも分からないけど。

 異世界の服は精巧だ。裁縫職人の腕が良いのだろう。人の手で作れる物ならば、向こうにあってこっちに無い服の再現は容易な気がする。

 スーツとか、革ジャンとか、逆バニーとか……多分いけるよなと。

 

「あ、ラリスサンドの店開いたッスよ! ちょっと買ってきていいッスか?」

「どうぞー」

 

 田楽をかじり、酒を呑む。うん、普通に美味い。転移したのが飯の美味い異世界で良かった。

 それで言うなら、料理とかもアリかもしれない。割と進んでる異世界料理界隈。けれど、味噌や醤油は新種の調味料なのだ。再現できる日本食とか、ありそうじゃないか?

 おぉ、悪くないな。味噌カツ、唐揚げ、すき焼きにおでん。あー、うな丼のタレも醤油ベースだっけ。やっぱ、醤油くんは偉大やで。

 

「明日はどうしましょうか」

「ドワルフんとこで武器もらって、その後ケインさんに戦車のメンテしてもらおう。それから……」

 

 それ以外にも、前と同じく新武器の開発やレベリングもやっときたい。

 迷宮、料理、新発明。観光、旅行、淫行。やりたい事、いっぱいだ。

 

「おっ、これ醤油味じゃん! 照り焼きサンド……!」

「っしょ? ご主人こういうの好きかと思って買ってきたッス!」

「ラリスサンドに醤油ソースか。意外と合うもんじゃな」

 

 迷宮潜る前に、次育成するジョブも考えないとな。ステ重視か、汎用性重視か。

 夢魔は強かった。極天も強かった。そして王子は遥かに強かった。で、俺は今よりもっと強くならないと。

 来るべき決戦に備え、一歩ずつ前進だ。

 

「あ~っ、美味ぇ。そろそろビール開けちゃいますか」

「いいじゃない。私にも頂戴」

「あ、ビールならアタシも!」

「あい。グーラとイリハは?」

「ボクは大丈夫です」

「わしはシュワシュワよりこっちじゃな」

 

 何度だって言おう。

 異世界生活、最高である。




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 異世界で醤油を作ったシュロメさんは、現在色んな所で味噌・醤油を布教して回っています。


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平和の報酬1億ルァレはロリの手に!?

 感想・評価など、ありがとうございます、モチベの維持に繋がっております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝っす。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 結果、エリーゼの新しい杖は聖属性になりました。
 なんかソレっぽくします。


「ふんッ……! ふんッ……!」

 

 太陽が顔を出す直前。未だ薄暗い借家の中庭で、俺は声を押し殺しながら一心不乱に素振りをしていた。

 装備は愛用の迷宮用革鎧で、振り回しているのも迷宮用の愛用ロンソ。やっているのは唯心無月流の鍛錬法である。

 

「はぁッ……!」

 

 雑念が浮かんではコレを斬り、思考がズレたらコレも斬る。常ならそのうち没頭できるのだが、今朝の素振りはどうにも集中できていなかった。

 集中できないから、無銘の柄に不必要な力が籠っている。強張る両手を解し、素振りを再開。途切れ途切れのタイミングで、重い風切り音が連続する。

 

 異世界転移してしばらく、俺は悩みを抱くと剣を振る癖がついていた。

 それというのも、今現在俺は俺自身の強化方針について迷っているのである。

 要約すると、現状維持か現状打破かといった具合に。

 

 この世界、人の能力値は就いているジョブによって上昇しやすい項目が異なる。

 大剣士は膂力が上がりやすく、魔術師は魔力が上がりやすい。これに加えて、種族ごと個人ごとに上がりやすいステータスが異なってくる。

 実際、魔法剣士亜種を鍛えている天狐のイリハのステータスは、若干ゃ技量・知力が尖り気味だ。

 

 また、使用武器種の多い下位職より、武器種を絞った上位職の方がレベルアップ時のステータス上昇率が高い。

 その代わり、下位や中位の時よりレベルアップに必要な経験値は多くなる。これまた事実として、今やルクスリリアのステータスは俺を超えている。

 そういった事情もあって、さっさと強くなりたいなら、さっさと武器決めてさっさと上位ジョブを極めるのが手っ取り早いのだ。

 

 そんな世界にて、異邦人である俺は特定のジョブに専念する事はせず、今に至るまで様々な下位・中位職をフラフラしてきた。

 長い目で見れば、悪くない選択なんだと思う。武闘家を経由したからこそ、俺は各種移動スキルが使える訳で。魔法剣士や聖騎士といった複合ジョブにせずとも、俺はジョブチェンジ機能で専門ジョブに変化できるのだから。

 だが、先述の通りにステータスが伸び難いという欠点がある。下位・中位をつまみ食いしていたせいで、今やイリハの次にステが低いのは頭目たる俺なのだ。

 

 つい先日の事、俺はあまりにも高い壁を見た。

 純白の聖王子、ジノヴィオス。ただ座ってるだけで圧倒的に強いのが分かる、怪物の中の怪物。全く以て勝てる気がしないどころか、俺程度じゃあ太刀打ちさえできないだろう。

 偏に、俺のステータスの低さが為。

 

 直近、俺は魔導人機の子を救うべく、逃れ得ぬ戦いに挑む予定である。救難信号を受け取ったのだ。助けに行かぬ理由がない。

 その戦いで、敵側にも殿下に拮抗し得る戦力が存在する事は想定して然るべきだろう。

 対し、俺個人の戦力はどうだ。銀細工程度なら余裕だ。あの夢魔レベルなら倒せる。例えライドウさんクラスでも、囲んでボーで叩けば何とかなるだろう。

 

 しかし、王族級はどうか。

 ラリス王家。各種族の長に、上澄み竜族や上位天使といった異世界ランカーの常連達。

 そんな奴等を相手にして、俺は生き残る事ができるだろうか。

 

 どうすればいいかは分かっている。

 要は、もっと強くなればいいのだ。

 やり方も単純で、迷宮に潜って魔物を狩ればいいだけである。

 

 さて、その方針を如何せんという話。

 

 初志貫徹し、更に色んなジョブに手を出して汎用性を上げる道を往くか。

 それとも、一つのジョブを極めて、ステータスを重視した道を選ぶか。

 

「ふぅ……」

 

 素振りを終え、ひと息。何気なく、手に持つ無銘の剣身を見る。

 武器工匠アダムスの手になる至高の一振り。俺が最も信頼している黒の剣。ドワルフ曰く、コイツはどんな無茶な使い方にも応えてくれるらしい。

 頼もしい武器だ。最も信頼している剣だ。

 けれど、少し。

 

「こんなに軽かったっけ……?」

 

 そう思う理由を、俺が強くなったからだとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

「へいどうぞ」

「確かに」

 

 朝の諸々を終え、本日は休養日。俺達はお手紙をくれたアダムス氏の店に行き、注文していた新しい武器を受け取った。

 久々に会ったアダムス氏は、相変わらずドワーフみたいな雰囲気のイケメンエルフだった。略してドワルフである。

 

「それと、別件でお話がありまして……」

 

 ブツを確認した後、俺は今朝ふと思いついた無銘の強化案について話してみた。

 カウンター特化剣、無銘。これ、なんだか前より軽い気がしたのである。以前よりも膂力ステの上がった現在、重量補正を乗せるべくもう少し重くすれば強くなるんじゃねと。要するに、グーラのぶちぬき丸みたいにできませんかという話だ。

 

「ん~、そいつぁ難しいですぜ」

 

 最後まで話を聞いたドワルフは、腕組みして椅子に深く腰を下ろして言った。

 

「というと?」

「鉱深鍛冶だろ? ありゃ、元からぶちぬき丸がソレで打ったモンだからできた荒業なんでぇ。んで無銘の方は根本から別の技術で作ってあんだよ。そこに上から合金重ねたところで何にもなりゃしねぇ……それどころか、刻んである補助効果がパーになっちまいやす」

「そうですか……」

 

 よく分からないが、これ以上の強化はできないらしい。

 所詮、思いつきの提案だ。そうショックを受けるものではない。けれども、頼もしかった無銘にこれより先がないと聞いたのは、存外に寂しい気持ちになるものだった。

 

「安心しな。ソイツぁあっしの目利きで旦那に合わせて組んだ逸品だぜ? 一年前の旦那にも、今の旦那にもしっかり応えてくれるさ」

 

 内心しょんぼりしてたのがバレたのか、ドワルフは腕組み姿勢のままニッとイケメンスマイルを浮かべてみせた。

 一流職人の自負に満ちた、力強い断言だった。自分の腕前に絶対的な自信を持っているのだ。その精神性が少し羨ましかった。

 それから、一言二言別れの言葉を交わした後、俺達はドワルフの店を出た。

 

「ご主人様はその剣に不満があるのでしょうか?」

「そういう訳じゃないけど……」

「武器買い過ぎて感覚鈍ってんスよ」

「十分良い造りだと思うけれど……?」

「うむ。素人のわしからしても、深域武装にも劣らぬ業物に見えるのじゃ」

「分かってはいるんだけどな」

 

 なんてお話をしつつ、人混みに飲まれぬよう注意しながら鍛冶区の奥へ歩いて行く。目的地は戦車工匠・ケイン氏のお店で、目的は空戦車のメンテである。

 ケイン氏の店は鍛冶区の隅っこにある。鉄と熱が支配する一帯を抜け、やや治安の悪い一角に到着。ここらへんにマイクラのトーフハウスみたいな店があるはずだが……。

 

「あれ?」

 

 記憶を頼りに辿り着いたのは、以前までのトーフハウスをそのまま廃課金で飾り立てたような珍妙な建物だった。

 騒音を出している訳でもないのに、何とも装飾の五月蠅いお店である。

 

「チカチカしてるッス! 塗装テカテカ! 下品な家ッス!」

「ルクスリリア、あまり他人様の趣向に口を出すのは……」

「ええ。けれど、品が無いのは確かね……」

「これがラリスの最先端なのかのぅ?」

 

 塗装が剥げていた看板には小さな魔導照明が繋げられ、昼間だというのに「ケインの車屋」という文字がビカビカと輝いていた。入った事ないけど、どことなくパチンコ屋みたいな雰囲気というか。

 扉も扉で何故かライオンのレリーフが刻まれているし、壁も謎の派手派手カラーリング。本当にここがあのガリガリダークエルフの店なのか疑いたくなる。

 

「お邪魔しまウォっ!?」

 

 ノックしてもしもーし。恐る恐る入ってみると、扉を開けての初手がドヤ顔ケイン氏のクソデカ肖像画だった。

 戸惑いつつ、一歩入って部屋を見渡す。トーフハウスの間取りは変わらず、床一面に派手な模様の絨毯が敷かれている。虎のマットや革張りのソファー。おまけに某クベ大佐が好きそうな壺。絵に描いたような成金部屋といった印象だった。

 

「おうおうおう、アポも無しにどこの誰が来たんだい? 此処が戦車工匠・ケインの店と知っての狼藉かね? んんっ?」

 

 下品な部屋に声が響く。応接ソファーの向こうに如何にも豪華なエグゼクティブデスク。机の上で脚を組んだ夜森人(ダークエルフ)は、偉そうにゴン太の葉巻を吸っていた。彼の頭上には決断的なフォントで「戦車前進」と書かれたリンジュ掛け軸。

 よっこらしょと姿勢を正し、夜森人店主は俺と視線を合わせた。瞬間、ケイン氏は目を丸くした。

 

「お久しぶりです」

「だ、旦那ッ……!」

 

 言うが早いか、彼は持っていた葉巻の先端をぶった切り、ギャグマンガのような素早さでソファーの方に移動した。

 

「へっ! へへへ! いやぁお久しぶり! まぁオレの感覚じゃそうじゃねぇけど、アンタぁ人間族だったな! まっ、来てくれて嬉しいぜイシグロの旦那! ほら座って座って! ちゃんと人数分あるからよ! あ、茶菓子とかその辺は無いんでよろしくゥ!」

 

 流れるようにソファーに座すよう促される。上座のチェアにケインさん、向かい合うソファーに俺達といった構図だ。

 部屋は豪華になってるのに、ケインさん自身に変化はないように見える。相変わらずガリガリのダークエルフぶりで、食生活の方に金を回してはいないっぽい。この人、食費削って趣味全ツッパなのか。不安になる細さだ。

 

「お陰様で借金を返し終えましてね! 旦那のお陰だ! 改めて礼を言わせてくれ!」

「はあ」

 

 笑顔で話すガリダフを見ながら、今一度部屋を観察する。やっぱり、成金アトモスフィアが全開だ。エリーゼなど、ケイン氏の動向というより内装のアレっぷりにご機嫌斜めになっていた。

 

「アレから色んなトコから依頼が来るようになったんですわ! いい感じの馬車作ってくれってな! 他にも貴族様から動かなくなった空戦車の整備依頼が来てたり! あとね、新しい戦車の設計依頼も! 何処の誰だと思います? それがね、あのフライシュ侯爵家なんですわ!」

「あー、フライシュ家」

「へへっ! そう、その侯爵様よ! あ、これ言っちゃいけねぇんだった! まっ、旦那なら言いふらしたりしねぇよな! ガハハッ!」

 

 フライシュ家といえば、交流会に参加して童貞を卒業したミラクムさんの実家じゃなかったか。

 話を聞くに、現在のガリダフは戦車だけでなく新しい車の設計なんかをして儲けているらしい。戦車工匠の知識を活かし、見た目と頑丈さを両立した高級馬車をメインに造ってるとか。

 

「さっきも言ったが、全部あんたのお陰だ。心底感謝してるぜ!」

「いえ、ただの客ですから」

「で、ここに来たって事は空戦車の整備かい?」

「はい。それなりに乗り回してきたので、どこかにガタが来てないか診て頂ければと」

「あいきた! 任せときなって!」

 

 という訳で、派手な事務所を出て倉庫へ移動。

 地価のバグッた王都で倉庫持つとかスゲェなと思っていたら、どうやら今は鍛冶屋のインヴァさんが使っている倉庫の一つを借りているそうだ。

 

「にしても凄い容量だな。収納魔法持ちはそれなりに見てきたが、旦那ほどいっぱい物持てる奴ぁ見たことねぇよ」

「らしいですね。言われるまで自覚はありませんでしたが」

 

 アイテムボックスから戦車を引っ張り出すと、ガリダフは俺の持つ収納力に感嘆していた。

 確かに、俺のアイテムボックスは大量のアイテムを保管できる。その気になれば行商とか運び屋的な職で食っていけそうだ。

 

「まぁ今回は軽く診るだけだからすぐ終わると思うぜ。見積もりまでやっちまうから、ちょっと待っててくれ」

 

 それから、ガリダフは細い身体を活かして戦車の隅々まで点検していった。

 さすが腕利きの工匠というべきか、さっきまでのちゃらんぽらんオーラは作業開始と共に霧散していた。

 

「オッケー。今の予約分が終わったら取り掛かるから、連絡届いたら取りにきてくれ」

「わかりました」

 

 点検と見積もりが終わり、戦車を預けて終了。

 といきたいところだが、まだ俺には用事があった。

 パイモさんと、その発明品である自転車もとい三輪車についてだ。

 

「ちょっと、これを見てもらっていいですか?」

「ほぅ? なんじゃあ、こりゃあ?」

 

 アイテムボックスから先日パイモさんにプレゼントしていただいた三輪車を出す。ガリダフはソレを興味深そうに見ていた。

 乗ってみるよう促すと、彼はおっかなびっくりサドルに跨った。

 

「えー、ここに座って、この鐙を回すのかい? あーっと、うお!?」

 

 三輪車はバランスを取る必要がない。ペダルが漕がれた瞬間、連動した前輪が後輪を引っ張るように走り出した。

 異世界の代名詞たる夜森人が、屋内倉庫で三輪車を運転している。俺視点、とてもシュールな光景だった。

 

「すげぇ……!」

 

 キコキコと三輪車を漕ぐガリガリダークエルフ。実物を知っている俺からすると質の低さが目につくが、ちゃりんこ初体験の彼は子供のように目を輝かせて夢中でペダルを漕いでいた。

 

「す、すげぇ! これ考えた奴は天才だぜ! マジですげぇよ! これをオレに持ってくるたぁ、イシグロさんアンタぁ何者だい? 呑み過ぎてパーになったオレが見てる幻影か何か!?」

 

 やがて降車したガリダフは、しゃがんで三輪車を矯めつ眇めつし始めた。

 その表情からは先ほどまでのピュアな輝きが失せており、例の妖しい技術者の目に変容していた。

 

「……が、計算が甘ぇ。車輪の事はよく分かってねぇようだな。木の骨組みも微妙だろう。合金がいいかな? できるだけ軽くて、頑丈なやつ。筒状のモンでもいいかもしれねぇ。それに、前輪と鐙が繋がってるせいでロクにハンドルがきれねぇや。車輪も小さいから、ちょっとした道荒れでケツが痛くなっちまう。オレなら真ん中にペダルを持ってきて鎖を後輪に繋げて……内部機構はどんな感じだ? 完全に連結すると色々と問題が……」

 

 かと思ったら、近くの木箱に紙を置き、凄まじい勢いで何かを描きはじめた。

 後ろから覗いてみると、それは三輪車の設計図だった。横からのシルエットだけならママチャリに近い。既にクランクっぽい機構の設計に着手している。凄いな、何の予備知識もなくもうそこまで到達したのか。

 

「アナタまで……。何がそんなに楽しいのかしら……?」

「男ってこういうの好きッスよねー」

「職人っちゅうのはラリスもリンジュも変わらんのぅ」

「そうかもしれませんね……ん?」

 

 ふと、グーラが耳を震わせて鼻をスンスンしていた。遅れて、俺の敵味方反応レーダーに敵の反応があった。

 数は三。歩くような速さで接近してくる。強襲や闇討ちって訳ではなさそうだが……。

 

「おう! ケインさんよぉ! 良い倉庫じゃねぇの、ええ!?」

 

 そうして、倉庫の中に大中小三人組の男が入って来た。

 全員筋肉ムキムキで、真ん中のリーダーらしき男の髪はモヒカンだった。大はスキンヘッド。小は角刈り。そして、三人共お揃いの棘付き肩パッドを付けていた。

 さながら世紀末か荒くれ冒険者といった様相。如何にもカタギじゃない男達は、如何にも剣呑な雰囲気を漂わせていた。で、何故俺に敵意を?

 

「邪魔するぜ」

「邪魔するなら帰ってくれ」

「あいよぉ……っと、いや邪魔はしねぇ。ちょっとお前さんに話が合ってな」

「って、お前等!? 何でここに! 金なら返し終えただろ!」

 

 どうやら、ガラの悪い三人組は借金取りであるらしかった。

 見たところ、三人共あんまり強くなさそうだ。せいぜい鋼鉄札下位くらいだろうか。リーダーは頭一つ抜けているが、言っても鋼鉄札の域を出てはいない。

 いや、それはいい。ガリダフの言う事が正しいなら、もう彼に用はないはずだ。部屋を見るに儲かってるっぽいし、タカりにでも来たのか?

 

「それがなぁ。まだ終わってなかったみてぇだわ」

「は?」

 

 唖然とするガリダフの眼前に一枚の古い羊皮紙が突き出される。

 パッと見で契約書の内容は分からないが、下の方にケイン氏の名前があるのは見えた。

 

「お、オレの字!? けど、そんなの覚えてねぇよ……!」

「実際にあったんだよ。ほら、ここ見てみろ。利子が残ってるじゃねぇか」

「ひぇえええ……!?」

 

 客である俺を差し置いて、借金取りトリオはケイン氏に凄んでいた。

 対する夜森人はというと、どれだけ稼いでも刷り込まれた恐怖には勝てないようだった。尻もちついて後ずさりなどしている。

 

「金がねぇんなら、お前の持ってるモンで勘弁してやるよ。確か、家ん中に色々置いてあるらしいじゃねぇか。随分待たされたからな、今日中に全額揃えて返してもらうぜぇ」

「待てよ! あ、違ぇ待ってくださいよ! 確かに額はトンデモねぇが、ちょっとずつなら返せる! けど今から全額は無理ってもんだぜ!」

「うるせぇ! どんだけ待たされたと思ってんだ! おっ、なんだこれは? 新しい馬車の骨組みか?」

「ソレは……!」

 

 口論の末、モヒカンが三輪車に手をかけようとした。

 と、それはよくない。俺はその手がサドルに触れる前に彼と車体の間に身体を割り込ませた。

 

「失礼、これは自分の所有物です。奪うというなら、自力で抵抗させて頂きます」

「おぉっと!? す、すまねぇ! 別にお前さんと揉めたい訳じゃねぇんだ……!」

「そうですか」

 

 すると、モヒカンは飛び上がるように退避した。暴力に慣れてはいても、武力に慣れてはいないらしい。

 チラリ、戦車工匠のケイン氏を見る。彼は借金時代のトラウマがフラッシュバックしているのか、トリオの視線に怯えていた。

 ガリダフの借金。はっきり言って無関係だが、懇意にしてる工匠がいじめられてる状況は見ていて気分の良いものではない。俺は口を挟む事にした。

 

「失礼ついでに、その契約って時効になりませんか? 古い書類のようですし、ろくに請求もされてなかったそうじゃないですか?」

「そ、そうだ! 出るとこ出てやるぞ!」

 

 ラリスの借金事情は本で読んだ範囲しか知らないが、債務者には返済義務があると同時に、債権者にも請求責任が発生するはずだ。それを怠った身の上で、今更借金返せは通らないだろう。

 味方になって言い切る。別にガリダフの借金を何とかしたいとは思っていないが、彼が無理な返済に追われて過労で倒れるとかは勘弁願いたい。この人、調度品に金使ってるせいで未だにガリガリなのだ。

 

「ここ見てみな」

 

 対し、モヒカンはにやりと笑って用紙の端っこを指差した。そこには、ガリダフの直筆と思しき字で「何があっても何年かかっても返します」という旨の文言があった。おまけに「返す時は一括」という走り書きも。

 あー、これはダメかも分からんね。

 

「そ、そんなぁ……」

「言いてぇ事があっても、契約は絶対だ。今日中に返してもらうぜぇ」

「ひぃ! た、助けてくれぇ!」

 

 返済額は相当だが、今ある調度品の全部を売れば殆ど返せる気がするんだよな。まぁ死ぬ事はないし、大丈夫っしょ。

 

「大人しく、あの壺とか売りましょう」

「やだぁあああああ!」

「じゃあ貯金出せや」

「それもやだぁああああ! オレぁ明日“にゃんにゃんパラダイス”に予約入れてるんだ! 久々の娼館だから奮発したくてよぉ! 食費切り詰めて貯めてたんだ! 今金無くなっちまったら、もう二度と入れてもらえねぇかもしれねぇ! 頼むイシグロの旦那ァ! オレを助けてくれぇ!」

「「えぇ……?」」

 

 一回痛い目見たはずなのに、性根に変わりはないようである。

 一人の人間として、ガリダフの生き様は嫌いじゃないよ。端から見てる分には面白いから。けど、何だろうね。もっとこう中庸の精神というかね?

 見れば、一党の皆もシラーッとしたジト目でガリダフを見ていた。あ、ちょっとゾクッとした。今夜はコレで決まりだな。

 

「イシグロさん、あんたがコイツの肩ぁ持つってのかい? こっちとしちゃ、誰が払ってくれてもいいんだが」

 

 もう一度、返済額を確認する。普通に払えるが、そんな義理はない。

 ケイン氏がロリダークエルフだったらなぁとか思っちゃう。が、実際は絶食系男子の如きガリガリダークエルフである。どだい無計画に借金するのが悪いと思うのは俺だけだろうか。

 

「ともかく、今日無理なく払える分で良いのではないかと……」

 

 ご利用は計画的にだ。返済計画を立てて貰えれば破綻はしないだろう。

 そう提案してみるが、どういう訳か借金取り連中は今日中の返済に拘っていた。何か入用なのかもしれない。

 

「お主等、何をチンタラやっておる」

 

 と、そこに新たな闖入者が現れる。

 リンジュでは普通だが、ラリスにあっては目立つ装いだった。時代劇の旅人のような合羽に、竹で編んだ笠。腰に大小の刀を佩いている。

 そして、彼の胸には銀細工があった。

 

「小遣い稼ぎと受けてみれば、まさかケチな取り立てだったとは」

「先生、良いところに。よろしくお願いします」

「軽い仕置きだけでいいんだろう……ん?」

 

 用心棒か。近づいてきた浪人風の男は、俺を見るなり何故か硬直した。

 

「あれ?」

 

 かくいう俺も、彼を見て硬直してしまった。なんか見覚えがあったのだ。

 誰だっけ、前にどこかで会った事ある気がするんだよな。

 

「お主、オロチ・ドッポか……!」

「え、違いますけど」

「いや、そこな矮躯の従者。間違いない、ドッポ殿ではないか。俺の名はジンエモンだ」

「あー」

 

 誰だよと訝しんでいたが、思い出した。この人、リンジュの食堂で会った人だ。

 確か、あの時は適当に偽名使ったんだよな。まさかこんなところで再会するとは思っていなかったが。

 

「ふむ……?」

 

 ジンエモンは顎に手を置いて状況を観察し始めた。

 借金取りと、俺に泣きつくケイン氏と、俺の一党という構図。何が起こってこうなってるか、一目瞭然だろう。

 やがて、得たりと頷いたジンエモンは口を開いた。

 

「であれば、工匠殿。その借金、俺が肩代わりしよう。無論、返さなくて結構」

「「「え?」」」

 

 驚いたのはケインさんと俺、あと借金取り達だった。

 呆然とする一同を前に、ジンエモンは肉食獣めいた凄絶な笑みを浮かべてみせた。

 

「その代わり、お主との立ち合いを所望する」

「えぇ……?」

 

 ビシッと指差されたのは俺で、驚いたのも俺だけだった。

 ケイン氏の借金を、お互い初対面のジンエモンが肩代わりする。その代わりに、俺が彼と戦う。

 なにそれ? 意味わかんない。

 

「どういう事なんかの?」

「ご主人と戦いたいからお金出すって話ッスよ」

「だ、そうよ。どうするのかしら? アナタ……?」

「ボクが代わりに()りましょうか?」

 

 そんな中、後ろで見ている皆は気楽そうにしていた。もう少し心配とかしてくれませんかね。

 

「さぁどうする? 断るならば、この話はナシだ」

「ひぇえええ!? 助けてくれ旦那! 何でもするからよぉ!」

「と言われても……」

 

 いやいや、普通に考えて俺に決闘受ける義理とか無いけどね。

 自分でこさえた借金なのだ。やっぱ自分で返すべきだと思う訳で。

 

「ん~?」

 

 ふと、俺は鎮座する三輪車を見やった。それから新しい三輪車の設計図を見た。で、後ろで見守る皆を見た。

 あまり気乗りはしないけど、まぁいいか。

 

「分かりました」

「そうこなくては……!」

 

 結局、俺は彼からの決闘を受ける事にした。

 どうせなら、ガリダフにはパイモさんと楽しく自転車開発をしてほしいしな。

 ともかく、俺は戦う事を決意した。良い経験になるだろうとか思いつつ。

 

 

 

 それから、借金取りを含めた俺達は以前ラザニアを召喚した空き地へと移動した。

 近くにいた衛兵にこれから決闘する旨を伝えると、恨みっこなしの正式決闘が執り行われる事と相成った。それでいいのか、衛兵。

 

 そうして決闘の準備が進んでいくと、空き地の周りには沢山の野次馬が集まって来た。

 俺のセコンドには皆とガリダフが、ジンエモンのセコンドには借金取り三人組が腕組み仁王立ちでついている。ルクスリリアは何故か首にタオルをかけていた。

 

「イシグロさん、がんばってくださ~い!」

 

 野次馬の中から、少女の声援が聞こえてきた。

 例の新人冒険者の武闘家羊人少女である。彼女の隣には一党員の剣士くんと魔術師くんの姿もある。

 

「ドッポ……いや、イシグロ殿か。噂は聞いている。なにやら、あのヤスケを斬ったそうじゃあねぇか。なるほど、偽名を名乗った理由に察しはつく……」

「そうですか」

「俺はてっきり桜闘会で会えると思っていたが、まさか総合の方にいたとは。そして、ドッポ殿の正体がラリスの剣豪だったとはな。いやはや、僥倖であるな……」

 

 くつくつと笑うジンエモンは、妖しい手つきで刀の柄尻を撫でていた。

 その目には、銀細工らしい狂気が渦巻いている。この人、戦闘狂タイプか。

 

「決闘開始の宣言をしろ、衛兵」

「は、はい。決闘開始ィ!」

 

 今、銅鑼もゴングもなく、真剣を使った決闘が始まった。

 ざわついていた観客が静まり返る。ジンエモンは腰を落とし、鞘に収まった刀に手をかけ、静止した。居合の構えである。

 経緯はともかく、相手は本気も本気のご様子だ。リンジュでの素手喧嘩と違い、斬れる刀を持っている。対する俺も無理やり戦闘思考のギアを引き上げ、腰の無銘を引き抜いた。

 

 彼我の間隔は野球の投手と捕手程度。銀細工の剣士からすれば、一足一刀の間合いである。

 相手は刀使いの侍で、居合の構えを取っている。堂に入った立ち姿からは、自身の剣速に対する絶対的な自信が見て取れる。

 剣と刀、睨み合いが続く。野次馬の息を呑む音がやけに響いた。

 

 さて、どうしたものか。

 

 無月流の教えに従い、状況と環境を確認する。

 場所は空き地で、周りに観客。派手に動くと一般人を跳ね飛ばしてしまいそうだ。上手く集中できてないので、【朱鷺流れ】は使えそうにない。

 

 相手の構えは居合だ。左から右方向へ、横一文字か斜め上か。ともかくジンエモンは剣速に自信ニキ、と。

 ゲームチックな異世界。抜刀術もゲーム仕様で、鞘から抜き打つ片手斬りが何故だか両手振りより威力が出る。加えて、達人らしい彼の居合からは飛ぶ斬撃のような謎の必殺魔剣が飛び出てくるかもしれない。それも考慮しないとな。

 練り上げられた技なのだろう。いつものような【受け流し】カウンター戦法は、少しリスキーに思えた。

 

「どうした、来ねぇのかい?」

 

 居合姿勢のまま、摺り足でジリジリ近づいてくるジンエモン。

 対し、俺は一歩後ろに下がった。

 

 速くて強い抜刀術。とはいえ、どこまで行っても居合は居合。対処法は思いつく。

 幻惑歩法による間合い騙し。遠隔からの各種魔法に、ナイフや投げ矢といった飛び道具。いっそ騎士ジョブに変えて盾を使うのもアリだろう。

 水の如き無の構え。臨機応変、千変万化。それが俺のバトルスタイルで、これによって多くの敵を倒してきた実績がある。ゲルトラウデ師匠もこの道でオッケーと太鼓判を押してくれた。

 問題は、ないはずだ。

 

「いや……」

 

 我知らず、否定の声が漏れた。無銘の柄を握り込む。

 ジンエモンは銀細工だ。強いのだろう、速いのだろう。剣術なら俺より上で、正面からは分が悪い。絡め手使えば勝てるだろうが、絡め手なしじゃあ苦戦する。これはそういう勝負である。

 けれど、これから俺は銀細工より強い奴等と戦う事になるかもしれないのだ。失礼な言い方になるが、この程度の剣士相手に小細工を使っているようでは、いつまで経っても第三王子に追いつけない。

 

 エリーゼに言われ、皆に誓った王の道。

 であるならば、この程度、戦闘以前の蹂躙で然るべきだ。できる、できるのだ。

 迷いは、晴れた。

 

 俺は左手でコンソールを操作し、“魔法剣士”から剣士系上級職の“ソードエスカトス”にジョブチェンジ。

 それから、無銘の柄を両手で握り、迷宮で使い込んだ攻勢の構え――【切り抜け】る為の予備動作を取ってみせた。

 

「ほう……!」

 

 銀細工らしい狂気から、ジンエモンの口の端が歪む。

 意図は伝わった。要するに、正面からの剣術勝負で決着をつけようというのだ。

 やる事は単純。真っすぐ行って、叩き斬る。

 

 呼吸を整える。一歩、前に出る。対手も一歩前に進んだ。【剛剣一閃】は使わない。発動モーションが察知されたら、すぐに襲ってくるはずだ。

 間隔が狭まる。互いの剣の領域が混ざり、浸食し合う。やがて、前世地球の剣道の間合いになった。

 

 静寂が張り詰める。言葉もなく、二人にはこの一刀で終わる確信があった。

 今一度、決意をする。何も博打をしようってんじゃない。ただ俺は、俺の戦績を信用しただけである。

 

 弓の弦が絞られるような、喉奥を締め付ける時間感覚。

 その中で、俺は平静を保っていた。戦場に順応する。迷宮でそうしていたように。戦いなど、日常の一つに過ぎないのだ。深い集中状態など要らない。お前など、その程度だ。

 瞬間、ジンエモンの目が見開かれた。

 

 ――交錯。

 

 瞬きと同時、二人は互いの武器を振り抜いていた。

 擦過、須臾。その時まで、互いに勝利の確信があった。

 

 すとん。僅かに湾曲した刃が、戦場の隅に突き刺さった。

 風が吹き、遅れて侍の横腹から血が噴出した。

 

 確かに、剣の速度は俺が負けていた。

 だが、無銘がそれを断ち切った。

 正しい剣の軌道の中へ、俺は無銘をぶち込んだのである。

 

「ば、バカな……!?」

 

 そうだ。俺の愛剣は、どんな無茶にも応えてくれる。

 一年前からずっと、俺の素人剣法に付き合ってくれた武器なのだ。

 畢竟、俺に合わせた珠玉の剣が、俺の成長を見越していないはずがないのである。今、彼の言葉の意味が分かった。

 

「回復しますよ」

「くっ、かたじけない……」

 

 わぁああああ! 今更響く歓声の中、俺はジンエモンの傷に手のひらを向けた。

 地球人なら死んでいただろう傷口に治癒魔法を放つ。光を受ける傷は止血され、やがて内部の損傷が回復した。

 

「イシグロ殿、この程度で結構だ」

「まだです。跡が残りますよ」

「だからこそだ。傷を見る度、この戦いを思い出せる……」

 

 言って、渋い顔をして立ち上がったジンエモンは、借金取り達に金を渡していた。

 

「迷惑をかけたな。それでは、御免……」

 

 刀を回収し、笠を被った浪人が去って行く。

 風になびく合羽が、最高に粋だった。

 

「ひゃっほぉーい! 流石旦那だ! アダムスの奴が気に入るだけあるぜ!」

「ええ、まあ」

 

 ふと思い至って、努めて頼もしく応えてみる。一党の皆も満足げに後方彼女面をしていた。

 決闘のお陰で、俺の迷いは晴れたのだ。多少イキッても罰は当たるまい。

 

 俺の強化方針は決まった。

 これから、俺は上位ジョブの育成に入る。

 初志を忘れた訳ではない。汎用性を上げる事は、長い目で見て俺を強くしてくれる。

 だが、それは今じゃない。

 

 下位ジョブ埋めは一旦休み。来る決戦に備え、少しでも多くステータスを上昇させる。

 レベルを上げて、物理で殴りに向かうのだ。

 

「あ、でもケインさん」

「なんだい? いやぁにしても気分いいぜぇ! 見たかよアイツ等の顔! ありゃ旦那の力にビビッてたぜ!」

 

 それはそれとして、彼には言っておきたい事があった。

 

「ケインさん、さっき何でもするって言いましたよね?」

「へ……?」

 

 地球でも異世界でも、その言葉はギアスに匹敵する効力を持つ。

 好き勝手に借金こさえて、挙句俺とジンエモンさんに尻拭いをさせる始末。この者、ただで済ませていい訳がない。

 そんな訳で……。

 

「うぉおおおおおお! 脅威のスケベパワァアアアアア! 早くしねぇと爆発しちまうぜぇえええええ!」

 

 予約分の仕事が終わるまで、彼には娼館禁止を約束させた。

 ちょっと可哀想な気もするが、今回ばかりは少々の罰を受けて頂こう。

 

 あと。自転車の研究費用を融資させてもらった。

 せっかくだから、自転車開発にパトロンとして噛ませてもらおう。完成した暁には、優先的に売ってもらう予定だ。

 

「わしも主様の知ってる自転車に乗ってみたいのじゃ」

「乗れるでしょうか。足が届かない気が……」

「小さいの作ればいいんだよ」

「アタシは後ろがいいッス!」

「なら、交代して二人乗りましょう。作るのは四台でいいわ」

 

 俺は、自転車デートを諦めてはいないのだ。

 

 

 

 

 

 

「やっちまったぁあああああああ……!」

 

 一方その頃、粋な侍を気取って場を離れたジンエモンは、人気のない路地裏で頭を抱えていた。

 多額の金でイシグロと決闘した事自体に悔いはない。けれども、愛刀の喪失には強いショックを受けていた。

 尋常な決闘での事、恨みはないがショックなもんはショックである。

 

「どうしよう、予備なんて脇差しかねぇよ……! リンジュに帰るか? いやそれはちょっとダサくねぇか?」

 

 あまり迷宮に行かないジンエモンだ。銀細工の割に、彼の財布に余裕はない。約束通り借金を肩代わりしたせいで、上等な刀を買える程の金はなかったのだ。

 金策すべく迷宮に行こうにも仕事道具がないとどうしようもない。流石のジンエモンも脇差一つで未知の迷宮を踏破できるとは思っていなかった。

 それに、リンジュならともかく、ラリスにまともな刀があるとは思えない。リンジュからこっちに来た手前、トンボ返りするのも気が引ける。

 

「はぁ、どうすっかなぁ……」

 

 折れた刀を見て、重い溜息を吐いた。

 せめて、この刀身をくっ付けてくれる鍛冶師がいれば、当座を凌ぐ事はできるのだが……。

 

「あ、あの、大丈夫ですか……?」

「おわ!?」

 

 突如、ジンエモンに影が差す。慌てて振り返ると、彼の前には巨人がいた。

 身長二メートルを超える巨女である。その顔立ちは幼い。彼女の大きな手には、裁縫用と思しきカワフルな毛糸玉が入った袋が提げられていた。

 誰あろう、大羅山人(ダイダラボッチ)のボッチちゃんである。ラリスの生活にも慣れて来て、つい先月齢十七を迎えた乙女だ。イシグロの刀を打った鍛冶師でもある。

 

「あ、それ、師匠の打った作ですね」

「へ? 師匠……?」

「はい。わたし、刀鍛冶なんです。その刀を打った人の弟子です、はい」

 

 人間万事塞翁が馬。 沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり。禍福は糾える縄の如し。

 こうして、彼は新たな刀を手にし、後々より強い刀を手にする事となる。

 が、それは少し先のお話。

 

 ともかく、なんやかんやジンエモンはラッキーだったとさ。




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 そろそろ、ハクスラとロリの成分を補充せねば。
 先にハクスラですかね。


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幼怪大戦争

 感想・評価など、ありがとうございます。モチベになってます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝の極み。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回はダンジョン回。
 よろしくお願いします。


 炎・水・草とか、剣・斧・槍とか、騎・術・殺とか、エトセトラエトセトラ……。

 古今東西、バトル要素のあるゲームには攻守の属性が付き物である。

 俺が転移したこのゲームチック異世界にも、それは御多分に漏れず存在していた。

 

 物理だけでも、標準・斬撃・刺突・打撃の四種類。

 魔法属性においては、主に魔・火・水・雷・風・土・聖・闇の八種類だ。

 その他、陰陽虚実や対竜・対獣といったものを含めると、その数は実に膨大である。

 

 これら属性の得手不得手、数が多くて覚えられないような気もするが、実際それほど複雑じゃあない。

 要するに、メガとかテンとかペルのソナであるからして、オタク視点なんとなくイメージしやすいのだ。

 

 物理は言うに及ばず、四大元素の土風火水も何をかいわんや。木や氷に関しても、それぞれ土と水の派生と思えば何て事はない。

 しかし、だ。色々ある属性の中で、聖と闇とは何ぞやとならないものだろうか?

 

 聖と闇。白魔・黒魔? 光文明? 闇文明? イリハに曰く、陰陽のソレとは別物らしい。

 俺の知っているサブカルコンテンツにおいて、これら二属性の扱いは作品によりけりだった。

 光=エネルギーの象徴であったり、闇=時空間の権能であったり。それぞれ生死を司ってて、生を活性化させる聖の回復魔法が闇系アンデッドの弱点だったりとか……。

 

 結論から言うと、この世界における聖・闇の二つは、単なる攻守のいち属性に過ぎないものである。

 聖は闇の弱点であると同時に、闇は聖の弱点属性で、それ以上でも以下でもないのだ。

 

 単なる属性と言ったのは、別に聖属性=生の象徴とか神様的なアレコレじゃあないよという話。事実、通常治癒魔術は独立した魔術体系で、その中には聖属性の治癒があれば水や火属性の治癒だってあるのだ。

 ちなみに、エリーゼのチートヒールも聖属性である。これをスケさんに使ったところで治癒もダメージも発生しない。フレンドリーファイアはあるが、治癒は味方にしか機能しないのだ。

 

 また、他の属性魔法と同様に、先の二属性の魔法にはそれぞれ特徴がある。

 聖魔法は凍結や麻痺といった付帯効果こそ無いが、弾速と単純攻撃力に秀でるのだ。闇を持ちがちな不死・幽体系の魔物に特効で、同じ聖属性を持つ相手には吸収される。

 闇魔法は聖とは対照的に、威力は低めな代わりに色んなデバフが付きがちだ。聖属性を持つ相手に特効で、同じ闇属性には吸収される。

 

 先述の二属性は他属性ほど特効対象は多くないが、逆に言うと大抵の敵に等倍で入る。畢竟、聖と闇は適当ブッパに向いているのだ。

 それが、この世界における聖属性と闇属性の扱いである。

 

 特別でも何でもない、ただの属性。

 子犬を拾う闇魔術師もいれば、奴隷を虐待する聖魔術師もいる。この世界、人格と適性属性に相関性は無いのだ。

 

 さて、ロリの話をするとしよう。

 エリーゼは魔法が使えぬ無限魔力ドラゴンである。故に、俺は彼女の個性を活かすべく、“魔法装填”という補助効果に希望を見出した。

 魔法装填とは、予め武器に魔法の発動キーを籠めておき、スイッチオンで魔法を撃てるようにする補助効果だ。弾丸を込め、引き金を引くだけ。使用魔法に能力補正は乗らないが、消費魔力を度外視すれば超級魔法を撃つ事もできる。

 これにより、今やエリーゼは魔法を使えぬ欠陥竜ではなく、無限魔力でドンパチ賑やかなトリガーハッピードラゴンへと進化する事ができた訳だ。

 

 当然、一つの杖に装填できる魔法には限りがある。

 ならば、杖を増やせばいい話。

 

 今現在、エリーゼの杖は五本である。

 魔力属性に特化した、バランス重視の“月明かりの銀杖”。

 火属性オンリーで、文字通り火力重視の“烈火の宝杖”。

 凍結デバフに特化した、氷偏重の“雪月の魔杖”。

 街ブラ用のハリポタ護身杖。

 そして、新たに購入した聖属性特化の杖。

 

 これらだけで、稼ぎの多くが消えてゆく。だが、後悔はない。

 エリーゼは、杖の数だけ強くなる。であるなら、彼女への課金に躊躇いなどあろうものか。

 若さと愛の意味は、宇宙刑事が教えてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 人魂(ひとだま)迷宮。

 高難度の屋外型上位迷宮で、スタートからゴールまで暗い森を進む事となるプリミティブダークファンタジーダンジョンだ。

 真っ赤な月に黒い森。風に揺れて不気味な音を出す木々は、如何にもホラーな印象を与えてくる。禍々しい迷宮の中でも、ここは一等コワイ系である。

 

 出現エネミーは人魂やゴーストといった幽体系を中心に、その他スケルトンとか呪い人形なんかが占めている。それらは漏れなく闇属性で、例によって聖属性がよく刺さる。

 ほんなら聖パで蹂躙じゃんとなるかもしれないが、そう簡単に突破させてくれないのが上位迷宮の怖いところ。

 道中はいいのだ、道中は。

 

「グガァアアアアア!」

 

 赤の月光が照らす中、不可思議に捻じれた木々を薙ぎ倒しながら、鎌倉武士風の彷徨う鎧が突撃してきた。

 一条。銀竜が放った聖なるビームがそいつの兜を貫通した。兜を失い一瞬よろけた鎧は、すぐに体勢を整えて襲ってくる。振りかぶられる野太刀に先んじ、俺は使い慣れた能動スキルを使用した。

 

「足行くぞ!」

 

 踏み込み深く、剣を構えて瞬間加速。背中に熱、炎の翼が羽ばたいた。イリハの憑依支援を受け、俺は地面を縫うように飛翔した。両手に握った無銘の剣で、巨体を支える具足を【切り抜け】る。

 グシャッと。鍛冶技術の粋を極めた剣が、魔物の足を断ち切れずとも拉げさせた。片足を挫いた鎧がつんのめる。俺は勢いを殺すべく翼を消して地面を滑った。

 

「淫魔に玉握らせりゃ最強なんスよねぇ!」

 

 そこに、翼を広げたルクスリリアが突貫する。バレルロールの最中、手のひらの上に魔力球を生成。次いでバスケのレイアップのように、彷徨う鎧の孔に通り過ぎざま魔力球を投入した。

 ルクスリリアが離れたと同時、彼女を攻撃しようとした鎧の内部で爆発が起きた。一瞬、頑丈なはずの鎧が膨らんで、兜のない首から爆風が吹き上がる。胴鎧に潜んでいた人魂が爆散し、彷徨う鎧は青白い粒子になって消滅した。

 

「イリハ! グーラにパス!」

「了解なのじゃ!」

 

 疾走する俺から赤のオーラが消える。機を見て襲ってきたゴーストの攻撃を避け、聖騎士スキルの【聖斬】を発動。横薙ぎ一閃、淡い光を纏った剣がゴーストの核を切り裂いた。

 視界の隅の奥を見る。おびただしい数の骸骨アニマルの群れの中心で、大剣を握ったグーラが派手に暴れていた。

 三百六十度、敵。一斉に襲ってきた骨獣群を垂直跳躍で避けたグーラは、空中で身体を捻って己の剣に種族特性を纏わせた。即ち、炎雷(ほのいかずち)である。

 

「はぁあああああッ!」

 

 ドッガァアアアンッ! 天から地へ、ぶちぬき丸がぶち込まれる。大剣掘削の衝撃で巨大クレーターが生まれ、群れていた骸骨アニマルは余波によって粉々になった。

 けれども逃れた奴がいる。俺は援護すべく駆け寄ろうとして、危機察知。身を投げるように回避すると、空から悪質人魂隕石が降って来た。認識と同時に斬っていた。一手ロスだが、問題ない。

 

「退きなさい! グーラ!」

「はい!」

 

 突如、グーラ一体目掛けて闇・水属性の大波が襲ってきた。

 直撃の寸前、グーラの周囲に球形の障壁が張られた。光のシェルターに接触した闇の大波は、キラーされたカビのように消失していた。エリーゼによる、遠隔聖属性ガードである。

 障壁の中、爪を研ぐ。グーラは獣の勘で波の発生源を探知し、左手の鎖とぶちぬき丸を連結させた。剣身に炎雷が宿り、彼女の背にフィジカルアップの守護霊が憑依する。

 波が収まる。障壁の中、槍投げ姿勢で剣を構えるグーラ。障壁が消えたと同時、ピッチャー振りかぶって……投げた! ズガン! 影に紛れて闇を吐いていた巨大泥人形が爆死した。

 瞬間である。剣が突き刺さった泥人形が破裂して、大量の小泥人形が形成されていった。呼応するように、地面からも歪な泥人形が姿を現し、生き残りの骨獣が再集結してきた。

 

「き、キモいのじゃあ……!」

「囲まれると面倒ですね……!」

「集合、集合! 初手エリーゼ行けるか!」

「問題ないわ」

「雑魚狩りなら任せろッス!」

 

 パァン! 掲げられたエリーゼの杖から虹色の光が打ち上げられる。空に舞い上がったソレは弾けて分かれ三つになり、同じ現象が間髪入れず連続した。やがて小さな礫となった光は、犇めく泥人形に殺到した。追尾機能付きザコ狩り雨である。

 とうとう動き出した泥人形達だったが、その多くは光る矢を受けて倒れていった。生き残ったタフな泥人形目掛け、俺達は隊列を組んで突撃を敢行。激突、粉砕、轢き撥ね、斬り飛ばす。

 グーラが大きいのを斃し、俺が中くらいのザコを斬り、ルクスリリアが空中の敵を倒す。イリハは追随しながら陰陽式を編み、エリーゼは指揮スキルで前衛組にバフを付与していた。突撃連携を組んだ俺達は、まさに無差別轢殺暴走列車だった。

 

「ご主人! デカい骸骨が来たッスよ!」

「隠れろぉ!」

 

 泥人形軍を殲滅したところで、俺達に休憩が与えられる事はなかった。地響きを立て、木々を踏み越え、月下に影差す死の化身。這いずる巨人骸骨のご登場だ。

 妖しく光る目を逃れ、俺達は大きな木の後ろに隠れた。こいつは餓死髑髏(がしゃどくろ)という名の魔物で、一部の中位迷宮ではボスとして現れる。そんなのがザコエネミーで出現するのが上位迷宮なのだ。

 

 中位ボス相当の餓死髑髏くん、奴の視界に入るとあっと言う間に状態異常をかけられ、強制的に飢餓状態になってしまう。こうなるとロクに動く事ができなくなり、体力・魔力ともに減少し続けるのだ。過去、一度だけグーラが飢餓に罹った事があって、あの時は収納魔法内の保存食が全部無くなったものである。

 対処法は分かっている。視界に映らず立ち回り、不意打ちで目を潰すか。もしくは飢餓への完全耐性を用意しておくか。残念ながら、飢餓の完全耐性は現状では実現不可能らしい。一度飢餓になると、エリーゼの治癒も効かなくなる鬼デバフだ。

 王道は前者だが、俺達には第三の選択肢がある。要するに、ハイブリッドしちゃえばいいのだ。

 

「イリハ、黄色を俺に」

「分かったのじゃ……!」

「リリィとグーラで後ろ。狙いは右」

「うッス」

「了解です」

 

 大樹の後ろで討伐会議。無論、この時相手も待ってはくれない。四つん這いのガイコツが月に向かって遠吠えすると、その口から漆黒のガスが噴出した。

 これはフィールド生成系の闇魔法で、周囲の環境を暗闇状態にする効果がある。で、例によってスケ亜種たる奴さんは暗視持ちとな。なんて性格の悪いシナジーコンボなのかしら。

 

「エリーゼ、灯りよろしく」

「分かっているわ。光を(・・)……!」

 

 勿論、対処できる。杖を掲げたエリーゼは、装填された魔法を行使した。

 瞬きの後、なおも広がる闇より高い上空に、大きな魔法陣が生成される。やがて周囲に光の雨が降り注ぎ、穢れと闇を洗い流した。

 これは聖・水属性の複合魔法で、降ってる光の雨粒は【清潔】や【治癒】といった様々な効果を持っている。範囲型のバフ兼ヒールといえば分かり易いか。

 

「オラァ! こっちを見ろぉおおおおお!」

 

 環境が仕上がったところで、黄色のオーラを纏った俺は髑髏の前に躍り出た。目と目が合う。ガッツリ視界に入っているが、大丈夫だ問題ない。イリハの太刀の権能が、状態異常を無効化してくれるのだ。

 

「グォオオオオオオッ……!」

「おっと! 前より動きいいなコイツ!」

 

 迫る骸骨猫パンチを無銘で捌き、返す刀で反撃を当てる。ヘイトを溜めている最中、味方反応が奴の後ろに回り込んだ。ここで、聖騎士スキルの【陽動】を使い、奴の視線を釘付けにする。

 

「そのままよろしくッス! うぉりゃああああ!」

 

 髑髏の背後、勢いよく飛び上がったルクスリリアが赤黒い鎌鼬魔法を放つ。ケツに迫る魔法を追うように、グーラが空を駆けていた。

 

「行けると思います! やぁああああッ!」

 

 ケツに直撃した魔法を追い越し、グーラは巨大脊髄上を疾走し跳躍。両手に握ったぶちぬき丸に炎が宿る。

 ズッガァン! 髑髏の頭部にぶちぬき丸がめり込んだ。そのまま果実のようにバックリと、頭頂部から右側頭部にかけ両断。痛みがあるのか、髑髏は嘆くようにして叫んでいた。残る脅威は左眼のみ。

 

「出番ね……!」

「やる気満々じゃのぅ!」

 

 俺は左眼方向に、グーラは右眼方向に移動。木から飛び出た後衛二人が魔法を放つ。光礫と苦無が巨大な二の腕に直撃し、餓死髑髏の上腕に亀裂が走る。

 

「狙い撃つッス!」

 

 俺に構わず皆を見ようとした骸骨。が、こういう時に良い仕事をするのがルクスリリアだ。鎌から射出されたビームが上腕のヒビを貫通し、バキッと音立て骨折させた。

 片腕を失ったドクロは支えを失い前のめりに倒れた。振動に遅れ、冗談のような土煙が舞い上がる。ここでビビるのが一般人で、ここで猛るのが冒険者だ。

 

「フォーメーション・シータ! エリーゼ、拘束と必殺!」

「了解!」

 

 即ち抹殺ショータイム。疾走を停止し、固定砲台モードになったエリーゼが杖を突く。装填された魔法が発動すると、彼女の背後に光で形作られた六本の剣が浮かび上がった。

 やがて髑髏目掛けて飛翔した光剣は、オールレンジ攻撃めいて身体各所に突き刺さる。瞬間、餓死髑髏の巨体を覆う魔法陣が生成され、起き上がろうとするその動きを封じてのけた。

 

「前衛! 足だ!」

「了解ッス!」

「はい!」

 

 デカブツボスが止まったところに、DPSコンボを叩き込む。俺は残る左の眼窩を殴りまくり、二人の前衛には骨折側の足を破壊してもらう。

 一本、二本、役目を終えた封印剣が弾けて消える。徐々に髑髏が動き始め、僅かに開けた口の中に闇のブレスが溜まっていく。

 

「五行相生、【水行・破魔清流】!」

 

 そこに、狙いすました高圧水流が炸裂。蓄積していた闇ブレスは、対闇属性魔力特化の陰陽術によって洗浄された。

 

「行くわよ。消し飛べ(・・・・)……!」

 

 全光剣が消失し、右足が壊れたタイミングで、エリーゼが髑髏へ杖を向ける。次いで先端から飛び出た虹色の粒子がキラキラ光ってゆっくり迫る。それはやがて、餓死髑髏の胸骨にヒットし、散った。

 

「退避ィ!」

 

 ヒット確認の後、俺達は全力でその場を逃れた。

 次の瞬間、着弾地点を中心に、聖なる光が生成された。球形の光はみるみるうちに膨張を続け、範囲内の敵性存在を消滅させる。膨張後、徐々に光は縮小を始め、死んだ空間を埋めるように凄まじい勢いで空気が流入していった。

 光方向に吸い込まれそうになる中、俺達は各々対処していた。こういう場合もゲーム的仕様が適応されてるので、しゃがんで地面に剣を刺せば何とかなる。

 

「凄まじい威力ですね……。戦況を仕切り直すのに使えそうです」

「お、おっかない魔法なのじゃ……」

「いい景色ね……」

「竜族ってそういうとこあるッスよね……」

「いっぱいドヤる君が好きっと。本体出てきたぞ、グーラ」

「はい」

 

 全てが無に帰した。半球形に抉れた大地の中心で、青白い火の玉が浮いている。逃げようとするそいつに、グーラの鎖が突き刺さった。物理無効の幽体でも、次元連結は通るのだ。

 

「ふん!」

 

 ギャリギャリと鎖を巻き取ったグーラは、火の玉をキャッチして力任せに握りつぶした。

 今度こそ、餓死髑髏は死んだ。経験値が入る感覚が気持ちいい。

 

「よし、皆お疲れー」

 

 レーダーよし。魔力よし。ケモロリの鼻にも敵影なし。最低限の警戒を維持しながら、俺達は緊張の糸を緩めた。

 この迷宮、中ボスの出現自体は確定しているのだが、今回はハズレ枠を引いたっぽい。餓死髑髏くんは強いザコなのだ。

 

「これ、本当に使い勝手が良いわね……」

 

 破壊の高揚からか、エリーゼはうっとりと真新しい杖を撫でていた。

 気に入って頂けて何よりだ。

 

 

 

◆黎明の聖杖◆

 

・補助効果1:自動修復

・補助効果2:魔法装填(光の礫)

・補助効果3:魔法装填(逃れ得ぬ裁きの矢)

・補助効果4:魔法装填(貫く光の槍)

・補助効果5:魔法装填(闇を祓う聖砦)

・補助効果6:魔法装填(清浄光雨)

・補助効果7:魔法装填(聖光の極大治癒)

・補助効果8:魔法装填(聖なる封印剣)

・補助効果9:魔法装填(掃滅極光)

 

 

 

 純魔に火炎に凍結特化。新たな杖は聖なる杖だ。

 新しい杖は、やや支援に寄った性能をしている。マストの修復と回復に加え、拘束と環境と対闇バリア。攻撃魔法は四種類で、大規模破壊は一つだけ。アンデッド特効はついでだが、ついで程度で十分使える。

 例のアレ……ドワルフおすすめの広範囲殲滅魔法には度肝を抜かれた。実際問題使いにくいが、エリーゼが楽しそうだからオッケーです。

 

「と、そろそろザコが群れてきたな。このままボスのいる方へ向かおう」

 

 そんな感じで、俺達はボスエリア目指してずんずん進撃していった。

 

「此処がダンジョンボスのハウスね!」

「家ではないようだけれど……?」

 

 そんなこんな。

 

 それなりに長い時間ホラーフォレストを歩き、ボスのいるエリアに到着。

 屋外迷宮のお約束通り、霧やドアで区切られていないボスエリアは、湖に囲まれた祭壇らしき場所だった。

 ここのボスは経験済みだ。ゲートを潜ると襲ってくる。各々準備を整えて、俺達は足を踏み入れた。

 

 縄張りに侵入すると、祭壇の上に青白い靄が凝集し始めた。

 靄はやがて形を成し、石製のテナガザル型ゴーレムの姿を取った。

 

「今回は石像のようね」

「前は鎧だったッスけど、今回はなんで石なんスかね?」

「分かりませんが、耐性は以前と同じかと」

「けど決めつけはよくないのじゃ」

 

 このボスの名は、変化人魂(へんげひとだま)

 西区にある迷宮の中で、最も嫌われているボスの一体である。

 それというのも、こいつは一党に合わせて都度姿と性能を変えてくるのだ。剣パなら斬撃耐性。純魔パなら魔法耐性といった具合に。

 

 仮説だが、こいつは迷宮内の魔物が受けたダメージを参照して姿を変えているのだと思われる。実際、弓上位職で挑んだ時は飛び道具耐性持ってたし。

 要するに、このダンジョンは一党にメタを張ったボスをオーダーメイドしてくれるのだ。嫌われるのは残念でもないし当然といったところ。

 

「作戦通り、一旦は見に回る。確定次第やるぞ」

 

 さて、先述の通り、このボスは嫌われている。

 それは偏に、ボス側がメタってきて聖無効とか打撃無効とかやってくるからだ。特化一党の場合、こいつはもうどうしようもない。

 なら、俺達のやる事は決まっている。

 

「水行が効くのじゃ!」

「オッケー! エリーゼ、へいパス!」

凍てつけ(・・・・)……!」

 

 ハクスラの王道。弱点突いて殺すだけである。

 

「ショオヘイヘェイ! ピッチャービビッてる!」

「はぁあああああッ!」

「こいつぁ楽な仕事ッス!」

「エリーゼ、合わせるのじゃ!」

「了解。凍えろ(・・・)……!」

 

 俺がタンクで、グーラは純粋火力で押し通る。ルクスリリアはデバフをかけまくり、イリハが濡らしてエリーゼが凍らせる。

 他一党は知らないが、うちの一党は汎用性が売りなのだ。一つや二つ耐性あっても余裕で突けるし対応できる。

 哀れ、水属性やられを食らった人魂ゴーレムはエリーゼの吹雪を食らって凍り始めた。

 

「パワーをグーラに!」

「「「いいですとも!」」」

 

 やがてカチコチに凍ったボスを、無慈悲に必殺の型へとハメ込んだ。

 竜の指令に守護霊憑依。炎雷を宿したグーラはぶちぬき丸を逆手に構えた。俺は前でタンクを続け、ルクスリリアはボスに防御デバフをかけていた。

 バチンと、グーラの炎の色が変わる。高出力状態、黄金の獣形態だ。

 

「オォオオオオオッ!」

 

 雷の尾を引き、駆け出すグーラ。炎を纏った巨大な剣が、脆くなった石像を叩き斬る。抵抗は、無い。勢いそのままゴーレムは一刀両断された。

 擦過、残心、爆発。大剣を肩に担ぎ直したグーラからは、何とも言えない主人公オーラが漂っていた。

 

「はい、お疲れー」

 

 粒子に還ったボスが消え、転移水晶が現れる。ダンジョンクリアだ。経験値を吸う感覚がずるずるして気持ちがいい。

 ボス戦の戦闘時間は餓死髑髏くんより短かった。ぶっちゃけアイツのが厄介だったよな。

 なんて考えつつ、相変わらずよく分からないドロップアイテムを拾い、俺は手癖でステータス画面を開いていた。

 

「よし」

 

 慣れた感覚で確信していたが、やはり俺はレベルアップしていた。

 上がったのは上位職の“ソードエスカトス”のレベルだ。さすが上位職だけあり、下位や中位のジョブよりステータスがピンピン伸びている。

 若干技量に寄っているものの、剣士系は前衛に必要な全ての能力値がバランス良く伸びるので、ステ重視ならこれでいいだろう。

 

「んぅ~! なんか、純淫魔になってから魔力の扱いが上手くなった気がするッス!」

 

 ルクスリリアも“淫魔姫騎士”のレベルが二十一になった。

 うん、やっぱラザニアに経験値吸われてるよな。いくらDPSが低いとはいえ、明らかに俺の方がレベルアップ速度が高い。いや、俺がというか人間族のレベル上昇率が高いのか?

 

「最近、どんどん強くなっているのが分かるわ。やっぱり、迷宮に行くと調子が良くなるわね」

 

 エリーゼはとうとうルクスリリアを超え、指揮系上位職の“ドラゴンロード”がレベル二十三になった。

 ちなみに、ドラゴンロードが二十になった時に生えてきたジョブは、“竜王”と“竜姫”というものだった。どちらも指揮系ジョブなのだが、今より大軍を指揮する方向に行くっぽかったのでジョブチェンジはナシになった。

 

「やはり、重くなったぶちぬき丸の方が扱いやすいですね。ありがとうございます、ご主人様」

 

 MVPキラーのグーラもレベルアップした。

 剣士系上位職の“特大剣士”に変えてから、もう既に十の大台が見えている。例によって膂力がグングン伸びていた。

 レベルアップの過程で、大剣専用の能動スキルなんかも獲得した。なお、使い勝手が悪く封印安定な模様。能動スキルは死にスキルが多くて困る。

 

「おっ、イリハ上位職になれるぞ」

「よく分からんが、やったのじゃ!」

 

 そして、イリハは“退魔士”のレベルがカンストした。

 新しく生えてきたのは、恐らく現状の上位互換だろう“退魔武士”と、パッと見だと使用武器種が増えただけっぽく見える“退魔導師”の二つ。

 役割の都合上、他のメンバーに経験値を食われがちだった彼女も最近は敵を倒せるようになったからな。ステを伸ばすならこれからである。

 

「とりま、色々検証してから決めようか」

「わかったのじゃ」

 

 イリハの次ジョブは一旦保留。帰還水晶に触れ、俺達は神殿へ転移した。

 

 

 

 

 

 

 転移神殿に帰還すると、同業者達からの視線が突き刺さる。以前ほどあからさまな凝視こそないが、毎度毎度チラチラ見られるのにはもう慣れた。別に敵意とかは感じないから安心だ。

 なんて思いつつ、いつもの受付に到着。アイテムボックスからドロップアイテムの詰まった袋を取り出し、机の上に置いた。

 

「換金よろしくお願いします」

「ああ。じゃあ、緑の一番な」

 

 異世界転移から何度目になるだろうか。馴染みの受付おじさんは、卓上のドロップアイテムを換金用天秤魔道具に移した。

 

「あー、最近また何かやってるみてぇだが、調子はどうだ?」

「周回です。順調ですよ」

「そうか」

 

 何となく宝秤(たからはかり)の動きを眺めていると、珍しくおじさんの方から話しかけてきた。

 おじさんの言う通り、最近俺達は迷宮探索のやり方を変えていた。

 

 これまでは週二の迷宮で週二の鍛錬。それから週休三日制だったところ、週三迷宮に変えたのだ。で、潜る迷宮は全て上位ランクにしている。

 加えて言うと、ここ最近は人魂迷宮を周回していた。今週三回目の変化人魂である。あのボス、儲けは渋いが経験値が美味しいのだ。

 

「すみません。予約表を見せて頂けますか?」

「ほらよ」

 

 で、以前まで週二回やっていた鍛錬を一日にし、そこに模擬戦を集中させていた。

 冒険者との模擬戦依頼。ニーナさんの教えで以前までは質を重視して回数を絞っていたが、今は強化合宿中という事で一つ。落ち着いたら戻す予定である。

 

 分かり易くまとめると、こうだ。

 月水金が迷宮で、火木土が完全休み。そんで日曜が鍛錬デーというスケジュール。

 基礎練は毎日やってるし、今はスキル習熟よりステ重視かなと。そんな感じである。

 

「おっ、銀細工の方が予約されてますね。ラッキー」

「それ喜ぶのお前くらいだぞ……」

「強くなれますから」

 

 それから、査定完了したドロップアイテムを売り、お金を貰ってギルドを出た。

 リンジュに行く前までは頻繁に買い食いをしていたところ、イリハが来てから俺達は商店街に寄るようになっていた。

 

「えーと、豚肉と卵と玉葱と……」

「今日は何を作るのじゃ?」

「カツ丼を試してみようかと」

「カツ? とは、豚肉のフライだったわよね?」

「丼って何スか?」

「あれ? お主等、丼モノ食べた事ないんかの?」

「よく分かりませんが、楽しみです!」

 

 淫魔王国で思いついてから、最近は俺も料理なんかを始めちゃっている。

 現代料理チートで皆をアッと言わせてやるぜ……などと、その気になっていた俺の姿はお笑いだったぜ。

 

「どう作るんかの?」

「前作ったカツを卵で閉じてご飯の上に乗せるんだ。醤油とかを使って味付けしてだな……」

「ふむふむ……」

 

 悲しい哉、俺の料理の腕が悪いせいか、レシピ通りに作っても美味しくならなかったのだ。

 やってみせ、言ってきかせて何とやら。結局、作り方を教えてイリハにやってもらうのが一番美味しくなったとさ。

 こんな事ならもっと自炊しときゃ良かった。

 

「カレーなら自信あるんだけどなぁ……」

「かれー?」

 

 自炊慣れはしていないが、俺はカレーだけは絶品を作れる自信があった。カレーの為だけに圧力鍋買ったし、カレーの時だけ良い食材を使っていた。作り置きカレーは正義だってハッキリわかんだね。

 本格めのスパイスカレーを作った経験もある。が、この世界のスパイスは数が多すぎてどれがターメリックでどれがカルダモンなのか分からない。どだい同じモノとは限らない訳で、再現するには相当な覚悟が要るだろう。

 そのうち、スパイス屋でも見に行こうかな。長く続く異世界生活、カレーの再現を趣味にするのも良いだろう。

 

「カツも美味しかったですね……」

「わしは味噌カツが好きじゃったのぅ」

「大根おろしが一番よ」

「カツカレー食べたい……」

「だからカレーって何なんスか」

 

 ちな、イリハを経由した現代料理チートは基本的に好評である。

 なんにせよ、食生活が豊かになるのは良いことだ。

 

 ふと、王都の夕焼け空を見上げた。

 

 誰の言葉か忘れたが、平和は次の戦いの猶予期間らしい。

 何だか虚しくなる言葉だ。それでも、平和な時が長いに越したことはないだろう。

 

 異世界生活は、戦いだけが全てじゃない。

 何気ない日常をこそ、大事にしていこうと思う。




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・ソードエスカトス=剣士系上位職。刀剣類全般にボーナスが付き、前衛に必要な全ての能力値をまんべんなく育成できる。

・淫魔姫騎士=淫魔固有上位職。単体デバフに秀でた魔法戦士。体力・頑強を除いた各種ステータスがまんべんなく伸びる。

・ドラゴンロード=竜族固有指揮系上位職。一党単位のバフ。ダンジョン単位のデバフに秀で、一定の前衛能力を持つ。魔防を含めた前衛ステータスがまんべんなく上がる。

・特大剣士=剣士系上位職。大剣にアジャストしたジョブで、膂力を中心に前衛ステータスが伸びやすい。

・退魔士=魔法剣士系中位職。陰陽術と刀に絞ったジョブ。成長方針は魔法剣士の例に漏れずバランス型。若干技量と知力に偏っている。


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ロリがために星は流れる

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で継続しております。
 誤字報告も感謝です。ありがてぇ。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 日常回です。よろしくお願いさしすせそ。


 休日は大事。

 

 何で知ったか忘れたが、疲れた心身を効率良く癒やすには、証拠付の方法論が存在するらしい。

 簡単に言うと、普段から身体を動かしてる人はゆっくり過ごし、頭を使う事が多い人は身体を動かす。すると、蓄積していた心身疲労をふっ飛ばせるというのである。

 

 その点、迷宮探索は肉体労働の極みであり、且つ反射神経や思考回路を酷使する場面が多い生業だ。

 俺はハクスラもレベリングも楽しんでやっているが、それはそれとして疲れるのは確かである。

 銀細工ボディになってからというもの眠って取れない疲れはないが、それでも無自覚に溜め込まれたソレは存在するだろう。

 然るに、軽く動いてゆっくり休むが肝要だ。

 

 即ち、ピクニックである。

 

 

 

 そんなこんなでお休みデー。王都は今日も晴天だ。

 四季のある異世界である。季節は夏の始まりくらいで、日本で言うと梅雨ド真ん中といったところ。

 日本に比べ、ラリスの王都は温暖で乾燥した気候である。ラリス城から各区にかけて大きな川が流れているが、何故だか全くジメジメしてない。

 何が言いたいかというと、梅雨のない長夏は快適で、空が晴れならお出かけ日和という事だ。

 

「ここがその公園かしら?」

「でっかいッスね……!」

「ほぇ~、王都にこんなトコがあるなんてのぉ」

「なんだか落ち着く匂いがします」

 

 そうしてやってきた場所は、西区にある大きな自然公園だった。

 以前グーラとデートをした聖剣公園は芸術方向に寄っていたが、こっちの公園は整備された自然を楽しめるレジャースポットだ。

 楽しみ方は人それぞれで、馬人が全力疾走できるダートコースや猫人がゴロゴロできるハンモックなんかがあるらしい。中には宿泊施設や飲食店等もあると言えば、その規模と雰囲気が伝わり易いだろうか。

 

「えー、大人一人、奴隷四人だから、十万二千ルァレね」

 

 諸々込みの入場料を払い、公園に入る。中々に高価だが、まぁ仕方ない。

 そうして足を踏み入れた自然公園は、先程まで歩いていた王都とは別世界の様相を呈していた。

 

「豊かな緑に鳥の声。いいのぅ、風流じゃのぅ」

「ふーりゅー?」

「なんか風がサラサラしてるな」

「ふふっ、なにそれ……」

「まぁ分からなくはないッスけど」

 

 ゲート周辺は背の高い木々で覆われており、一歩進むごとに都会の喧騒が遠ざかって行くのを実感できる。

 同じ木々でも迷宮のソレとは違い、ここの木は清涼感のある風を運んでくれる。

 

「おぉ~。すげぇ」

 

 通りを抜けると、そこは草原だった。

 キャンプ場めいたこの草原は好きに走り回ってもいいらしく、一面の緑の中では陽キャっぽい獣人グループが楽しそうにかけっこをしていた。

 芝生エリアの真ん中には運動会で見たような天幕があり、飲み物や軽食を販売していた。

 客層に関しても、聖剣公園とは異なっているようだ。こっちはファミリーや若者向けって印象。

 

「見て下さいあそこ、兎が走ってますよ」

「あれはラリスシロウサギね。臆病な性格らしいわよ」

「案内板に狩っちゃダメって書いてあったッスよ」

「そういえば、ウサギのエサ売っとったのぅ」

「買っときゃ良かったかな」

 

 そんな中、俺達は舗装されたウォーキングコースを歩いていた。

 その装備は迷宮用のソレではなく、がっつり休日用の普段着である。各々護身用の武器こそ携帯しているが、大鎌もぶちぬき丸も担いでいない。

 

「やっぱり、わしは王都の賑やかさより、こういう自然いっぱいの場所のが落ち着くのじゃ……」

「変な匂いしませんもんね。獣人の方が多いのも頷けます」

「焼き払ったら気持ちよさそう……ってエリーゼが考えてそうッス!」

「考えてないわ。けど、まぁ分からなくないわね……」

「竜族くんさぁ」

 

 地図にあった通り、何となくグルッと回るコースを歩く。

 人の手によって管理された自然は、そのへん鈍い俺が見ても素直に美しいと思えるくらいには完成度が高かった。

 

「へえ、ここには優秀な庭師がいるようね」

 

 花壇エリアに辿り着くと、芸術大好きエリーゼが感嘆の息を吐いていた。

 よく手入れされた庭園に、色とりどりの花が咲いている。こぼれ落ちた花弁が水路に落ち、ゆっくりと流れていく。その光景を、ルクスリリア以外の皆は感動の面持ちで眺めていた。ちな、リリィは遠くで乳繰り合ってるカップルをノスタル爺みたいな顔で観戦していた。

 前世、花は匂いが苦手で好きじゃなかったが、彼女達と一緒なら好きになれそうだった。不死でなくとも不老長寿になったのだ。こういう感性は大事にしようと思う。

 

「おっ、スズレンゲが咲いとるのじゃ。そろそろ散りそうじゃのぅ」

「これは、リンジュの花かしら?」

「うむ。痩せた田んぼにコレを植えるとな、次の年に土が元気を取り戻すんじゃよ。春になると一面に花が咲いてのぅ。それはもう綺麗なのじゃ」

「へぇ~」

「前から思ってたんスけど、花って何がいいんスかね? 故郷でも植えてる人多かったッス、食える訳でもねぇのに」

「花より団子だな。分からんでもないが」

「花も風も月だって、愛でようと思えば愛らしく思えるものよ」

「お腹空いてきました……」

「もうちょっと歩いたら食べような」

 

 一通り花々を見た後は、道沿いに歩いて人気のない森林エリアの奥に行く。

 やがて木々の間を抜けると、一本の大樹が聳え立つ小高い丘に辿り着いた。幸運なことに、そこには誰もいなかった。

 

「ここにしようか。手伝ってくれ」

「うッス!」

 

 大きな木の下、いい感じに影になってるところにレジャーシートを敷く。

 靴を脱いで車座になり、それから収納魔法からお弁当を出した。

 お昼ご飯である。

 

「今日は色々作ったゾ~」

「ご主人様の故郷のご飯、とても楽しみです!」

「まぁ半分以上イリハに作ってもらったんだけども」

「醤油ってば便利でのぅ、ほんに」

 

 言って、重箱弁当の一つを開封する。中には唐揚げや肉じゃがやお浸し等が入っている。あとキンピラゴボウ。

 今回、弁当のおかずには俺とイリハが共同で和食を再現したものを詰めていた。

 

「あら、この豆美味しいわね。箸だと取りづらいけれど」

「これ殆ど醤油使ってんスよね? 全然味違うじゃないッスか。信じらんねぇッス」

「うむ。砂糖を入れて甘くもできるし、ニンニクや酒なんかを入れて色々と工夫できるのじゃ。冗談抜きに世紀の発明じゃぞコレは」

「逆にコレ無しだと俺の知ってる殆どの和食作れないんだよな。グーラはどう? 苦手なのあったら無理しなくていいから」

「んぐっ! いえ、どれも凄く美味しいです!」

 

 大量の重箱を囲み、皆でお昼を食べる。迷宮とは違う、こういう豊かな自然の中で食べる飯はロリと一緒ならなお素晴らしい。水筒に入れた緑茶が染みる心地だった。

 こういう公園も探せば日本にもありそうだが、地球のどこを探しても竜や淫魔やケモミミロリーズが見つかるはずはない。やはり、俺の世界の中心は彼女達なのだ。

 

「あぁ~、うんめぇなぁ~」

 

 弁当の中身はおかずだけじゃない。主食には皆が握ってくれたおにぎりも入っている。

 人並み程度には色んな美食を享受してきたが、俺は皆が握ってくれるおにぎりが前世含めて世界一好きだった。

 

「美味い! 美味い! 美味い! 美味い!」

「お~、凄い勢いで主様の氣が循環しておるのじゃ……」

「めっちゃ幸せそうッス」

「すみません。力が入りすぎてしまって」

「こうなるのは分かっていたのだから、くれぐれも文句を言わないで頂戴ね」

 

 おにぎりの作成には個性が出るものらしく、ルクスリリアのは野球ボール状。エリーゼは三角の成り損ない。グーラは高強度爆弾おにぎり形をしていた。ちなみに、イリハ作は綺麗な三角である。

 

「ふぅ~、食った食った。リリィ、はいおしぼり」

「あざ~ッス」

 

 食べ終えた後、収納魔法から新品のおしぼりを出し、皆に渡して手を拭う。

 グーラとルクスリリアはデザートを食べていた。流石にこの場で酒を呑む気にはならないのか、エリーゼは食後のティータイム中だ。

 サティスファクションである。満腹感に酔った俺は、その場に大の字になって寝転がった。五感全てでロリの息吹を感じる。

 

「主様、ちょっと上げるんじゃよ」

「ん? おぉ、ありがとう」

 

 ぼんやり空を眺めていると、ゆっくり頭を持ち上げられた。次いで後頭部に柔らかい感触、膝枕だ。視線が合う、イリハの目が三日月に歪んでいた。

 見下ろされながら、前髪を撫でられる。ただ柔らかいだけではない、細い大腿のモチモチとした感触が最高だった。

 なんか、眠たくなってきた。

 

「あらあら、心地よさそうな顔しちゃって……」

「ん? おっ、何スか? 何スか? その微妙な表情はぁ?」

「そっちこそ何よ? 別に、なんでもないわ……」

「代わりたいんかの?」

「ご主人~、かまってちゃんのエリーゼが私も膝枕したいって言ってるッス~」

「ん~」

「かまっ……? まぁ、イリハにだけさせるのもね……?」

「ほいほい、ゆっくりじゃぞ~」

「じゃあ、ボクはご主人様の足に」

 

 快い微睡みに揺蕩いながら返事をすると、少しの浮遊感の次に別の柔らかさを感じた。さっきよりも冷たい肌。エリーゼの太ももだ。

 次に、俺の大腿に重み。俺に頭を預けたグーラと目が合う。可愛らしい三角耳を震わせて、嬉しそうにニコニコしている。

 

「どう?」

「めっちゃいい……」

「そう……」

 

 冷たい手で頬を撫でられる。半分降りた瞼で見上げる彼女の瞳は、気のせいか淫靡に歪んでいた。

 そして、一言。

 

「今のうちに、眠っておく方がいいわ……」

 

 そう、耳元でささやかれた。

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べてまったりした後は、軽く散策して小さな池で泳いでる魚なんかを眺めたりダートを走ったり蹴鞠したりした。

 それから公園中央らへんに行き、予約していた宿泊施設のコテージにチェックイン。案内人の説明を聞き、諸々に同意した。

 この夜、俺達は自然公園に泊まるのだ。

 

 契約の内容はシンプルで、要するに公園荒らすなよという話。それ以外は好きにしていいとの事なので、誰もいなくなった夜の公園を走り回ったり、公園に住んでる夜行性の動物を観察したりして過ごした。

 なんか、こういうの妙にテンション上がっちゃうんだよな。皆もソワソワしてて可愛かった。

 

 勿論、夜の楽しみはそれだけじゃあない。

 コテージに戻り、身体を清め、大きなベッドの寝室で腕組み待機。

 そして、扉が開かれた。

 

「へへ~ん♡ どうッスか? って、聞くまでもないッスね♡」

 

 そうして現れたのは、まさに美の化身だった。

 たなびく裾に、純白のエプロン。忘れちゃいけないヘッドドレス。何を隠そう、ロリメイドである。

 今回、皆には各々異なるタイプのメイド服を着てもらった。これらは衣服チートを思い立った後に、オーダーメイド専門の服屋に繕ってもらったものだ。侍女とその制服自体は異世界にも存在するので、注文自体それほど難しくなかった。

 が、まだ届いていない他の注文品はほぼほぼ地球産コスチュームだ。セーラー服とか体操服とかその他色々。完成が楽しみである。

 

「いいねぇ~」

 

 そんな事より、ロリメイドだ。

 我知らず漏れた感嘆の声に、皆は各々異なる反応を返してくれた。

 

「ほらほら♡ ご主人、こういうの好きなんスよね? チラ♡ チラチラ~♡ きひひ♡ 目が怖いッスよ~♡」

 

 メスガキ風に笑むルクスリリアは、水着と見紛うばかりの超ミニメイド服を着ていた。

 尻尾と角は本物なので、まさしくリアルサキュバスメイドである。

 

「銀竜たるこの私に侍女の恰好をさせるなんて。大した度胸ね、アナタ……」

 

 呆れたように呟くエリーゼは、スカート丈の長いメイド服を着ていた。

 フリフリのないクラシカルなエプロンドレスは、彼女が着ると王侯貴族の如き高貴さを醸し出していた。

 

「な、なんだかムズムズします。この刺繍とかも、ちょっと可愛すぎるというか……」

 

 恥ずかしそうに裾を握るグーラは、膝上丈のミニスカメイドさんだ。

 みんな大好きケモミミメイドである。純白のニーソが彼女の褐色肌と合わさり最強に見える。

 

「はぁ~、ラリスとリンジュの融合って感じなんかのぅ?」

 

 腰を捻って着心地を確かめているイリハは、おキツネ属性を活かして和メイドを着てもらった。

 萌え袖になってる部分がヒラヒラしてて最高だ。キツネの尻尾も良いアクセントになっている。

 

「いいねぇ~」

「それしか言わなくなったッス♡」

 

 時に、コスチュームプレイをするにあたって、脱衣は禁忌に値すると思っている。

 やるにしても半脱ぎで、願わくば設定やシチュエーションも大事にしたいところだ。

 

「えー、ごほん。じゃあ、今夜はお前達には夜伽の相手を命ずる」

 

 てなわけで、最初は丁寧に奉仕してもらう。

 俺は努めて尊大に命令し、改めてどっかりとベッドに腰を下ろした。

 

「では、ご主人様、失礼します……」

 

 すると、あっと言う間に服を脱がされ、俺の五体に触れてくる。

 初手ヘソ下クリティカルではなく、あくまでも末端からだ。手足の指から中心にかけて、静脈に作用するような撫で撫で攻撃である。

 このご奉仕、事前の台本には「事務的に攻めてほしい」と書いておいたので、皆には極力無表情を保ってもらっていた。

 丁寧に、淡々と。完全お仕事モードの事務的無表情プレイである。

 

「こっち向きなさい。ん、ちゅ……」

 

 唇が合わさり、すぐに引っ込む。エリーゼからのキスもいつもより素っ気ない。さも「仕方なくしてあげてますよ」みたいな素振りと表情だ。

 

「んむっ? はむ、ちゅる♡ じぢゅ、れろ♡ むちゅ、ちゅぅ♡ はぁ、んむ♡ ちゅ~♡」

 

 そんな彼女も半ば強引に舌をねじ込んでやると、すぐに両目をトロンとさせて応じてきた。

 エリーゼの熱に中てられてか、皆もどんどん熱くなっていく。遠慮がちだった手作業も、次第に積極性を増していった。

 

「さっさとお済ませください、主様」

 

 意外と演技派だったのがイリハだった。人生経験の成せる業か、その手遊びには効率的で遊びがなかった。

 徐々に速く、激しくなる。口と乳首と大事なところが、淫靡な水音を響かせる。

 そして、思った。すげぇいいじゃんコレ。

 

「では、拭いますね」

 

 バースト後、手拭で綺麗にされる。それは水汚れを取る時と同じ手つきだった。

 そんな中、演技大根勢のエリーゼ&グーラは、役そっちのけでくっついてきていた。

 可愛すぎる、こんなん我慢できねぇ。

 

「並んでお尻向けて」

 

 結局、先に制御が利かなくなったのは俺の方だった。

 右から左へ、左から右へ。真ん中からランダムに。俺は心行くまでハック&スラッシュをした。

 

「はぁ♡ はぁ♡ まさか、指だけでこうも翻弄させるだなんて……♡」

 

 純淫魔契約をしてから、俺には明確に精力が増してる実感があった。

 それに加え、パワーアップしたのはそこだけじゃなかった。

 謎の直感でいつどこを攻めればいいか丸分かりになり、心なしか舌と手先も器用になった気がするのだ。

 その結果、俺は上と下と右と左で完璧なる四刀流ができるようになったのである。

 

「ご主人~♡ もういいッスよね? そろそろ上から欲しいッス♡ んっ♡ おぉぉぉぉぉ♡」

 

 そうして、俺達のピクニックは終了した。

 フルシンクロ。メイド服を脱がせず、汚さずに完了できた。体力の方は残っているが、これ以上攻めると皆の体力を削ってしまう。

 

 にしても、複数メイド事務処理は思ってたより素晴らしい経験だった。

 次はお揃いのメイド服を着てもらおうかな。

 

 異世界生活の楽しみが、また一つ増えた。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、王都西区の門前にて。

 時間的にそろそろ門を閉じる頃、衛兵の前に一人の男が現れた。

 

「もし。通っても、よろしいでしょうか?」

「ん?」

 

 編笠を被ったその男は、リンジュ風の旅装をしていた。汚れ具合からして、ここに来るまで長い旅をしていたのは間違いない。

 

「失礼。身分の証明は可能でしょうか?」

「ええ。こういう者にございます」

 

 問うと、男は懐から金細工を取り出してみせた。

 それはリンジュ式の金細工だった。

 

「確認しました。どうぞ、お入りください」

「有難う存じます」

 

 責務に忠実な門番は、他国の英傑といえど冷静に職分を全うする。金細工の男は、一礼して門を潜って行った。

 

 しばらく歩き、男は王都の街並みを眺めみた。

 雑多な建物。無関心な住民。力によって制御された混沌が、王の都の秩序を形作っていた。

 普段の彼ならば、相容れぬとして唾棄するだろう光景だった。

 

「……美しいな」

 

 けれど、今の男にとっては、限りなく尊いモノのように思えた。

 再び、歩き出す。もし、この街で生を得たならばと、約体もない考えを巡らせながら。

 

 その背では、桜色の尻尾(・・・・・)が揺れていた。




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ロリ越の祓

 感想・評価など、ありがとうございます。お陰でモチベを維持できます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


「ありがとうございました」

「うっす……」

 

 夕方頃、いつもの転移神殿で本日最後の訓練相手とお別れする。

 彼は別の街を拠点にしている銀細工持ち冒険者で、俺との手合わせの為にはるばる王都まで来てくれたらしい。

 

「ぶっちゃけ、勝てるとは思ってなかったのじゃ……」

「何を言っているの? 今の貴女は十分強いのよ」

 

 結果、当初イキり散らかしていた彼はイリハ含む全員に分からされる事となった。肩を落として去る背中は、ギャンブルでボロ負けした後のように煤けていた。

 本当に、イリハは強くなった。これは偏に彼女の努力の成果である。

 

「あー、イシグロ、ちょっといいか?」

「はい、何かありましたか?」

 

 依頼についての報告を終え、さて帰ろうとなったところを受付おじさんに呼び止められる。

 

「お前に客だ」

 

 何の用かと思っていると、おじさんは俺の背後を視線で指し示してきた。

 振り向く。視線の先には、陰陽術師風の装備を身に着けた狐人の男がいた。身なりは術師っぽいが、その腰には太刀がある。イリハと同じ退魔士だろうか。

 目が合った狐人退魔士は、一度目礼した後に俺達の方に歩み寄ってきた。

 

「お初にお目にかかります。私はリンジュにて金細工を授かった者で、名をシラヌイと申します」

 

 そう言って会釈した彼の髪は、イリハと同じ桜色だった。同じく、その身からはイリハに似た質の魔力を感じる。この人、たぶん天狐だ。

 目が合う。彼は糸のように細い目をしていた。その口元は柔らかく持ち上がり、温和な印象を与える。姿勢から何から、質の高い教育を受けている事が察せられた。

 

「イシグロと申します。見ての通り、ここ西区で迷宮探索をしています」

「お噂はかねがね。桜闘会でのご活躍は聞き及んでおります。早速ですが、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか? どこか、落ち着ける場所で……」

 

 僅かに、その視線がイリハへと移る。目を向けられた彼女は僅かに身体を震わせていた。

 シラヌイさんの物腰は丁寧で、いち冒険者に過ぎない俺に対しての軽侮は感じられない。キツネ面のように細い目は、俺という個人を真摯に見つめていた。

 だからといって、胸襟を開く気にはなれない。リンジュの金細工で、天狐の客人。極めつけにイリハに用があるときた。トリプル役満である。間違いなく、アレ関係の厄介事だ。ぶっちゃけ面倒だし、関わり合いになりたくない。

 とはいえ、今ここで逃げるのが悪手な事くらい俺にも分かる。

 

「わかりました」

 

 とにかく、話くらい聞くだけ聞くべきである。

 俺達は転移神殿を離れ、冒険者御用達の酒場へと向かった。以前、エリーゼとのデートに使った店である。騒がしい店だが、二階席なら問題ないはずだ。

 

 店の扉を潜ると、冒険者達の視線が突き刺さった。店内にはリカルトさんや元童貞魔術師君といった顔見知りの姿もあれば、休憩中と思しき衛兵達も居てビールなど呑んでリラックスしていた。

 なんで酒場に衛兵が? と、ちょっとビックリしたが、まぁ警察官がコンビニに寄るような感覚だろう。むしろ、今ここに衛兵が居てくれるのは好都合だった。こういう時、他人の視線は武器になるのだ。

 

 二階に行き、二組に分かれて着席する。俺とイリハが隣り合って座り、シラヌイさんと対面だ。彼の後ろのテーブルにルクスリリア達が座し、いざとなったら挟み撃ちできる状況を形成する。

 地の利を得たぞとなったのは確かだが、異世界常識的にこれはスゴイ・シツレイにあたる行いである。言外に「お前信用できねぇわ」と言っているのだ。実際、警戒心はマックス一歩手前である。

 対するシラヌイさんはというと、ごく平然とした面持ちで飲み物を注文していた。俺達も適当に注文する。シラヌイさんはリンジュ茶で、俺達はラリス・ティーを頼んだ。

 

「改めまして、シラヌイと申します。先ほども申し上げた通り、リンジュ共和国にて金細工を授かった者でございます。この度は貴重なお時間を頂き、誠に有難う存じます」

「いえ……」

 

 お茶が届いた後、堅苦しい挨拶を交わす。まだるっこしいので、さっさと終わらせる事にした。

 そうして一通りの挨拶を終えると、彼は朗らかな印象の糸目をイリハに向け、世間話でもするように口を開いた。

 

「それと、末席ながら私はリンジュカナエの姓を継いでおります。イリハ様の遠い親戚にあたりますね」

 

 彼の言葉に、イリハの耳がピクリと震えた。見れば、イリハは無に保っていた表情を崩し、何か苦いものを飲み込んだように眉根を寄せている。

 リンジュカナエとは、イリハの母が捨てさせられた苗字である。要するに、リンジュ共和国を建国した九尾の末裔を意味する名前なのだ。

 つまり、シラヌイさんの正体は、予想通りあの家の使いという事になる。

 

「市井の者たちからは、枝の家と呼ばれたりもしますね」

 

 そう言って。シラヌイさんは僅かに微笑を深くした。

 枝の家とは、この世界流の分家の蔑称である。シラヌイさんの言う枝とはつまり、今現在九尾の末裔を名乗っている家の事だ。

 

「で、その枝の方が何用ですか?」

 

 ぶっちゃけ、いつか来るだろうとは思っていた。なので、もしもの時の対処法は予め決めてある。今の俺にはライドウさんのお墨付きと、第三王子の後ろ盾があるのだ。大きすぎる虎の威である。恐れるモノなどあんまり無い。

 なので、あえて汚い物言いをしてみたのだが、シラヌイさんは変わらず薄い笑みを浮かべ続けていた。

 

「そうですね。単刀直入に申しまして、本日はイリハ様の身請け交渉に参った次第でございます」

 

 これも予想通りだ。驚きはなかったし、怒りや憤りといった負の感情も湧いてこなかった。

 けれども、我知らず俺の思考回路は迷宮用のソレへと切り替わっていた。

 

 イリハの身分は借金奴隷である。所有者の了承があれば、借金奴隷は金銭による譲渡が可能だ。彼の申し出は、ラリスでもリンジュでも全く以て合法である。

 こうなった時の事を、考えていないはずがなかった。ホウ・レン・ソウ。皆と相談し、イリハの意思も確認済み。だからこそ、迷いなく返答できる。

 

「お断りさせて頂きます」

 

 当然、一も二もなく断る。俺は主人らしく毅然とした態度で応えた。

 対し、シラヌイさんはなおも表情を変化させなかった。さも、織り込み済みであると言わんばかりに。

 

「左様にございますか。ですが、これは九尾の血族に関わる事。一度、私の話を聞いては頂けませんか?」

 

 シラヌイさんはなおも真摯な態度を維持している。

 思ってたより、穏便だ。イリハとアイコンタクトを行い、俺はシラヌイさんに話を促すよう頷いてみせた。彼は軽く礼を言った後、真剣味を増した声音で話し始めた。

 

「現在、我が九尾家は苦しい立場に立たされております。表向きは健在であるかのように見せていますが、実情はその真逆なのです」

 

 そうして語られたのは、崩壊を前にした枝の家の惨状だった。

 曰く、本家を乗っ取った枝の家は戦から離れて久しいのだという。血統を背景にした婚姻政策で立場を固め、蓄えた財力で土地を転がし、あの手この手で権力を維持してきた。各勢力に影響力を持つ重鎮。それが九尾の枝である。

 そんな名家が、間もなく滅びるというのである。誰あろう、堪忍袋の緒が切れたラリス王家によって。

 

「凡夫極まる当主。口だけ達者な家老共。城から出た事のない軟弱な姫様方……。過去の栄華を笠に着て、その血の務めを果たしていない。現状を鑑み、とうとうラリス王家は粛清を決意したそうです。その情報を掴んだ頃には、既に遅きに失していました。多少の反発など、災厄を前にしては些事と言えるでしょう……。そもそも、発端は内部からの告発だったのですから、むべなるかなという話でございます」

 

 以前、リンジュを発った時に、ライドウさんはこう言っていた。「詳細は言えないが、既に枝の家は脅威ではなくなった」と。なるほど、そういう事だったのか。

 俺視点、内政干渉どころの騒ぎじゃあない気がするのだが……いや、今はいい。

 

「人類生存圏外、北東最前線の維持。宗家を含めた一族は、ラリスを後ろ盾にした議会からこのような命令を下されました。恐らくですが、無駄な抵抗をさせぬように一人一人別の砦に送られる事でしょう。罪人のように、死ぬまで戦わされるのです」

 

 言葉の内容とは裏腹に、彼の声音は平坦だった。それどころか、僅かに笑みを深くしているようにさえ見える。

 

「私とて、苟も金細工を授かった身。当主の代わりに、圏外で戦った経験がございます。その凄惨さは、今でも明瞭に思い返す事ができます。この世に地獄があるとすれば、きっとあのような景色なのだろうと。そう思える戦でございました」

 

 その時、シラヌイさんの糸目が僅かに開かれた。

 輝きのない、人形のような瞳。薄い微笑が何を隠していたのか、あまりにも明白だった。

 

 つい、先月の事である。

 異種間交流会にて、俺は貴族子息のミラクムさんと知り合いになった。貴族と平民という立場の差こそあったが、あの時俺は彼から色んなお話を聞く事ができた。

 曰く、ラリス貴族は戦死者だけが故郷の墓に名を刻む事ができるらしい。そして、長兄の名が刻まれた墓を見て、ミラクムさんはいつか自分もそうなりたいとキラキラした目で語っていた。

 はっきり言って、少し怖い価値観だと思った。ラリス貴族はガチで誉れ第一主義なのか、それともナチュラルボーンヒーローなのか。俺のような凡人には、全く以て共感できない感覚だった。

 

「御当主様は憤慨しているご様子でした。しかし、圏外戦を経験した私には、穏健派の多くがラリス王家を尊崇する気持ちが理解できるのです。彼等はこの世界の誰よりも多くの戦場を駆け、誰より多くの土地を守っているのです。それに比べて……申し訳ありません、話が逸れました」

 

 そんな国家だからこそ、ラリス王国がこの世界の中心たり得るのだ。

 共感できない価値観なのはその通りだが、それを実践している貴族や王家はリスペクトできる。否、感謝しているのだ。

 どんな理由や思惑があったとて、人類の未来の為に戦った人達は誰であろうと偉大な英霊なのである。

 

「かの国が動いたと同時、銭で繋がっていた他家は我が家から離れていきました。また、先んじて逃亡した家老の家は、全員捕縛され後々に罪人として処刑されるそうです。国内の味方はいなくなり、三勢力も決断済み。既に、八方ふさがりでございます」

 

 先祖代々、積み重ねてきた怠惰の罪を当代の九尾一族が償う。

 その構図は、現代日本を生きてきた俺からするとラリス貴族の価値観と同じく共感し難いものだった。

 けれど、共感はできずとも理解はできる。

 

 リンジュの名家にとって、人とは即ち家の一部であり、積み重ねてきた家の歴史はそのまま人が背負うものなのだ。例えそれが、その人とは無関係の罪であっても。

 とはいえ、これは証拠も分析も不十分な浅い憶測である。今の九尾がどう思っているかなど、分かるはずもない。ただ、今こうしてイリハの身請けを打診してきた事実だけが確かだった。

 

「女子供を含め、少しでも力がある者は全員が死地に向かわされます。残されるのは物心つく前の幼子と、ほんの僅かな下人のみ。戦功あらば帰国できるとのお話でしたが、迷宮に潜った事もない御当主様がどうして生きて帰って来れましょうか。こればかりは、もうどうしようもありますまい」

 

 話し終え、元の表情に戻ったシラヌイさんは、改めてイリハを見つめていた。

 ここからが本題とばかりに、彼はリンジュ茶で唇を湿らせた。

 

「イリハ様、貴女には復興の旗頭になって頂きたい。今一度、始祖の理念に立ち返り、新たなる九尾となられませ」

 

 そうして、彼は深々と頭を下げた。

 破滅した後の家を建て直す為、イリハに当主の座に座ってほしいというのである。

 俺は、湧き出そうになった感情を強いて押さえ込んだ。イリハより先に、俺が冷静さを失う訳にはいかないからだ。

 

「私には、今年で三歳になる息子がいるのです。あの子が生まれた家は穢れていようと、これから生きる家には希望が必要でございます。イリハ様、貴女こそ真の九尾に相応しい。どうか、次代の子等を導いて下さいませ」

 

 頭を下げたまま、彼はこのように言って話を終えた。

 最後に来たのは感情論だった。小さく息を吐く。胸に沈殿する嫌なものを追い出す必要があったからだ。

 何とも、小賢しいとか思ってしまう。

 

 まとめると、こうだ。

 怠け者だった枝の家は、親分の怒りを買って赤ちゃん以外一族郎党圏外送りで実質死刑。助けてくれる友達もいないので、もうどうしようもない。

 で、始祖に近い存在である――と、最近判明した――イリハに新生九尾になってもらい、衰退したお家を再興してほしいのだと。

 

「イリハ」

「うむ」

 

 これに答えるのは、イリハ当人が相応しいだろう。

 俺は……否、俺を含めた我が一党の全員の意思は、今よりずっと前に決まっている。

 

「お主の話は聞かせてもらった。返答の前に、いくつか問いたい事がある」

「何なりと」

 

 言葉を紡ぐイリハの声音は平常で、その面持ちも常と大きな変化はなかった。

 そんな中、淡く輝く始祖の瞳が、眼前の天狐を見定めていた。

 

「仮にわしが当主になったとして、その先はどうすればよいのじゃ」

「婿を取られませ。それについては、此方に用意(・・)がございます」

「そうか」

 

 イリハの問いに、シラヌイさんは淀みなく答えていた。

 そんな彼に、俺は微妙な違和感を覚えた。

 

「もう一つ。見ての通り、わしのナリはこうじゃ。婿を取るにしても、子など成せようものかのぅ?」

「九尾の家には秘伝の房中術がございます。いざとなれば、妾を使()えばよろしいかと」

「そうか」

 

 二回目の違和感。ここで、俺はシラヌイさんに対して覚えた違和感の理由に見当をつける事ができた。

 

「最後に、一つ」

 

 ここにきて、イリハの表情が変容した。

 常のロリフェイスから、かつて遺宝の処遇を決める際に一度だけ見せた上位者然とした面構え。

 尊い血統を表すような、冷酷な双眸が枝の狐を見下ろしていた。

 

天之鏡(アマノカガミ)は、わしが持つ事になるんかのぅ?」

 

 最後の問いに、シラヌイさんは返答をしなかった。

 いや、できなかったのかもしれない。まるで、何も聞こえていなかったかのように、彼は人の良さそうな笑みのまま口を噤んでいた。

 暫く後、彼の薄い唇が僅か開いた。

 

「天之鏡は紛失したと伺いましたが……」

「……お主、嘘が下手じゃのぅ」

 

 上位者の面のまま、イリハは嘆息するように呟いた。

 天之鏡とは、九尾の遺宝で最も価値ある物の一つである。過去、イリハはそれを蔵強盗によって盗まれたのだと思っていたらしい。

 だが、今はそう考えてはいないようだった。

 

「おかしいと思ったんじゃ……。母上の結界術は血統に根差した特殊な術式じゃった。改めて陰陽術を学び直したから分かったんじゃが、アレは九尾の者にしか開けられぬ仕組みだったのじゃ。例え銀細工持ちの忍でも、仮に金細工持ちの陰陽術師であっても、あの蔵から宝を盗むなんて不可能なんじゃよ」

 

 そうして、イリハは汚泥を見下ろすような表情で、どうしようもない推論を吐き捨てた。

 

「遺宝を盗んだのは、お主等……枝の者じゃな」

 

 沈黙するシラヌイの表情は、なおも薄い笑みのままだった。

 まるで、仮面でも付けているような、感情の伺えない顔。否定も肯定もしていない。どうあれ、彼の立場からしたら何も言えないだろう。

 

「万が一にも敵派閥の家に疑われぬように、買取予定だった商人共に手を回して真に価値ある遺宝のみを盗んだ。他の宝はあえて市場にバラまかせ、モノによっては後から回収すればいいと踏んで……。正規の手段で購入すれば、誰も文句は言えんからのぅ?」

 

 それは修行を続ける中、彼女自身が思い至った事だった。

 如何にイリハの母が偉大であったか。母と枝がどんな関係であったのか。それを誰よりも知るイリハだからこその気づきだったのだ。

 所詮、取り返しのつかない過去の話である。それを聞かされた時も、どうしようもないと諦めていた。例えそれが事実でも、彼女は報復は望まないと言っていた。

 ただ、事実を確認したかった。それだけの問いだったのだ。

 

「……前御当主様の真意は、私には測りかねます」

「で、あろうのぅ」

 

 つまり、こうだ。

 母の死後、本命の宝だけを回収し、他は口止め料として商人に譲った。独占しなかったのは枝の家に捜査が向かわないようにする為。

 何故、金持ちなはずの枝の家がイリハの母と正規の取引をしなかったのか。それは分からない。あるいは、できなかったのか。ともかく、母を亡くし失意に落ちたイリハを貶め、彼女を奴隷の身に落とした者に、今こうして改めて確信を深めたのである。

 末裔のイリハを確保するなり殺すなりしなかったのは、事情あっての事なのか無関心故なのか。もしくは、いざという時の為の保険だったのかもしれない。シラヌイの言う事が正しいなら、その真意は先代当主だけが知っているらしい。

 とはいえ、全ては終わってしまった話である。それが事実であれ、間違っていたとして、これはもうどうしようもない過去に過ぎなかった。

 

「さて、お主の申し出に返答をするかの。結論から言うとな……」

 

 フンと鼻息ひとつ。

 イリハは、冷たい始祖の眼を光らせ、吐き捨てるように云った。

 

「断る。どうでもよいのじゃ、そんなのは」

「それはっ……?」

 

 シラヌイは糸目を開き、小さくなった目をイリハに向けていた。

 ここにきて、分かり易い表情をしていた。「こいつは何を言ってるんだ?」って感じの顔である。

 

 そう、これだ。俺が抱いた違和感の理由が、この表情の変化に表れている。

 恩とか情とか恨みとか。例え実家に対してどんな感情を抱いていようと、この人はどこまでいっても旧家の価値観で生きる狐人なのだ。

 だから、イリハ自身の境遇に合理的な配慮こそすれ、真に彼女の心を慮る事ができない。自分がそうであるように、九尾の末裔たるイリハにも同じように判断する事を望んでいる。否、当たり前にそう考えるだろうと思っているのだ。

 

「……イリハ様、貴女が九尾最後の末裔でございます。このままでは、リンジュ始まって以来続いてきた護国の名家が滅びてしまいます。それで、よろしいというのですね?」

「くどい。そもそも血が繋がっとるというだけで、会った事も行った事もない親戚の家の為に動く事などできる訳なかろう。恨みこそあれ恩義などあるかって話じゃ。どだい母上が嫌っとった家をわしが好く訳がなかろうに。なにを、今更」

 

 じっと黙り込むシラヌイを前に、イリハは朗々と言葉を継いだ。

 

「何もかも、お主等は最初から履き違えておるのじゃ。歴史ある家だから尊いのではない。強き血そのものが尊いのではない。真に尊いのは、人の輪を成し国を興して民を育んだ始祖九尾の心じゃよ。美しいから、役に立つからと物に執着するような旧家など、墜ちて然るべき遺物に過ぎぬ……!」

 

 話しているうちに昂ってきたのか、普段完璧に制御されているはずのイリハの魔力が乱れ始めた。

 そして、それは九尾の象徴として、一つ一つ現出していった。

 

「血統も……」

 

 イリハの背で、三本の尾が揺れる。

 

「九尾の家も……」

 

 六本に増え、

 

「空虚な言葉で、貴様の讃する全てが……」

 

 やがて、イリハは九尾の狐へと姿を変えた。

 

「無価値じゃ」

 

 淫魔女王や第三王子といった、真正の上位者だけが放つ特有の圧。

 それを、今のイリハは眼前の狐人に向けていた。

 眼を見開いたシラヌイの額に、一粒の汗が流れた

 

「痴れ者め。二度とその(つら)見せるでない」

 

 眼前の天狐は、真に始祖の力に圧倒されていたのだ。

 やがて、その顔は常のキツネ面めいた表情へと戻っていった。

 

「そう、ですか」

 

 イリハ当人から否を突き付けられたシラヌイは、いやに冷静だった。

 先ほどの進言も演技だったかのように、そこに落胆や失望の念といった感情は見受けられない。

 

「私もそう思いますよ」

 

 彼は、笑っていた。

 イリハの言う「無価値」という評に心底同意して、腑に落ちたと言わんばかりに。

 それから、シラヌイは九尾のイリハを見つめ、喘鳴のように喉を震わせた。

 

「私は……私の意思で武技を修めてきた訳ではございません。全て、命じられたからというだけに過ぎぬのです。上の者の尻拭いをする為に、惨たらしい屍山血河を築いて参った。お家の為と、汚れ仕事も請け負った。汚濁に満ちた悍ましき凌辱をさえ、私は見逃してきたのです……」

 

 血を吐くような独白には、これまで積み重ねてきたのだろう様々な激情が混ざり込んでいた。

 天狐の面を被りながらも、その口から漏れ出ているのはドス黒い怨嗟の煮凝りだった。そこに、先程までの誠実な忠臣の姿はなかった。

 

「武功が認められ、分家の出の私に本家の妻があてがわれました。美しい女でした。初めて抱いた女というのもあり、すぐに虜になってしまいました。しかし、あの女狐はとんだ淫売でした。今、奴の腹にいるのは、私の子などでは断じてない……。なにせ、奴とは一度しか交合しておらんのですから……!」

 

 徐々に、徐々に、彼の身体から得体の知れない狂気が染み出てきた。

 さっきまで騒がしかった酒場に静寂が落ちる。誰も彼も、異邦の金細工が放つ異様な雰囲気を察して沈黙していた。

 

「実の子も本家に取り上げられました。齢三つで尻尾が三つ。あまつさえ低級ながら魔眼持ちときた。末恐ろしい……種馬にでもするんですかねぇ? 先ほどはああ言いましたが、実のところ親子の情など無いのです。もう一年も顔を見ておりません。それ以前に、奴の股から出たモノと思えば汚らわしくって抱く気になれぬ……!」

 

 一度爆発しかけた激情は、やがて位階相応の理性で以て沈静化していった。

 しかしそれは負の感情を上から押さえているだけで、飲み込み切った訳ではない事は明白だった。

 

「ですが、こんな私にも貴ぶべき信条というものがあるのですよ。いいえ、そう刷り込まれているのです。呪われているのです。お分かりでしょう? 才ある旧家の子が、どのように教育(・・)されるか……」

 

 糸目が、開く。刀のように鋭い瞳が、俺の隣にいるイリハを睨みつけていた。

 

「御家は絶対。御恩は、返さねばならぬのです」

 

 瞬間、シラヌイは腰を浮かせ、刀の柄に手をかけた。

 けれども、迷宮帰りの神経には、それはあまりに遅すぎた。

 

「はい、そこまでッスよ~」

「遅いです」

「武器から手を離しなさい。然らざれば消し飛ばすわ」

 

 既に、彼の首筋には二つの刃が沿えられていた。ルクスリリアとグーラである。

 その後ろには、活火山のように魔力を噴出するエリーゼの姿。その手に握る王笏には、人を殺して余りある黒い稲妻が迸っている。

 

「そんな事をしたところで、何の意味も無かったでしょうに……」

 

 抜刀直前の姿勢で固まったシラヌイを前に、俺は思考より先に呟いていた。

 別に、彼に感情移入したとかではないが、それはそれとして可哀想な奴だとは思った。汚泥を啜り、恩の返済に追われ、あらゆる柵に雁字搦めにされた彼に対してそう思うのは、果たして傲慢なのだろうか。

 俺の隣では、冷めた目のイリハが八本の尻尾を納めているところだった。

 

「はは、はははっ……」

 

 シラヌイは笑っていた。横隔膜が震え、喉奥が鳴っただけといった風の、乾いた笑声だった。

 

「今、分かった。イリハ様、私は貴女が憎いのだ。九尾の血を引きながら、始祖の魔眼を持っておきながら、かつて私の欲した全てを何食わぬ顔して手にしておられる。貴女はずっと、惨めであれば良かったものを……! 何故、貴女だけが呪われていない……!? 何故、貴女の心は清いままなのだ……!」

 

 対し、イリハは無感動な眼を向けていた。

 柵越しに吠える犬を見るような、そういう視線だった。

 彼の眼を通して、イリハは自身の過去を見るでもなく眺めているのだ。

 

「哀れな男じゃ、ほんに……」

 

 小さな呟きを聞き、シラヌイは目を見開いた。

 眉間に皺。拡大した瞳孔。戦においては致命的な程に、体内魔力が揺らいだ。

 

「忌み子が……!」

 

 今度こそ、刀を抜こうとした。グーラの短剣が閃き、ルクスリリアの刺剣が突き出され、エリーゼが魔法装填を起動させる。

 その、寸前だった。

 

「そこまでッ!」

 

 店内に響き渡る大喝。その場にいた全員が一瞬ピタリと静止した。その間に、再度膠着状態が生まれた。

 次いで、一階で酒を呑んでいた衛兵達がずんずんと二階に上がってきた。さっきの声は少し豪華な鎧を着た隊長っぽい人か。

 

「はいはいそこまで! なに、衛兵の前でそれ以上やっちゃう訳? 頭からケツまで見させてもらったがよ? いやぁ、拙いなぁ! 拙い拙い! いくら他国の金細工でも、ラリスの法には従ってもらうぜ! おい、お前ら!」

「「「了解!」」」

 

 ルクスリリア達に目線で退くように言う。迅速に動いた衛兵たちは、あっと言う間にシラヌイを拘束した。

 不思議な事に、シラヌイは衛兵達に抵抗しなかった。取り上げられた刀を、他人事のようにボーッと眺めている。

 

「連れてけ」

 

 武器を没収され、鎖で捕縛され、前後左右を衛兵に取り囲まれて連行されていく。

 その最中、シラヌイは感情を吐き出しきった瞳で俺を見ていた。

 

「何故……」

 

 目が、合う。

 彼は、弱い瞳になったシラヌイは、小さく口を開いた。

 

「何故、私()を助けては下さらなかったのですか……?」

 

 返答する前に、彼は衛兵に連れていかれた。

 いやまぁ、する気もなかったけどね。ぶっちゃけ、そんな事を言われても困るってのが本音だった。

 勝手に期待して、勝手に失望する。そして期待外れだと喚いて恨むなど、現代日本でもありふれ過ぎたキッズ思考だ。そんな奴への対処法など、古今東西決まっている。

 スルー安定、この手に限る。

 

「いやぁ失礼しましたね。こっちは一部始終見てましたんで、事情聴取とかは大丈夫です」

「はい。ありがとうございます」

 

 そう思っていると、その場に残っていた隊長らしき人は俺に対して三回(・・)頬を掻きながら言った。

 あー、なるほど。この衛兵、第三王子派閥の人だったのか。

 

「彼はどうなるんでしょう?」

「さぁ? まっ、悪いようにゃあしないでしょう。うちの上司はああいう人がお好きでいらっしゃるので。では、自分はこれにて失礼」

 

 何となく訊いてみると、隊長は気楽そうな声音で言い切り、後ろ向きに手を振り立ち去って行った。

 再度、イリハを見る。彼女は手つかずの紅茶に映る自分を見つめていた。

 赤い水面の天狐は、憂いに満ちた瞳をしていた。

 

 これから、シラヌイという男がどうなるのかは分からない。

 感情移入などしてないし、今ここで俺が殺したところで、特に何も思わなかっただろう。

 けど、隊長の軽口には少しホッとする心地がした。

 

「すまんのぅ。変な因縁に巻き込んでしもうて……」

「いいんだよ」

 

 ただ、彼女の心境だけが心配だった。

 

 

 

 

 

 

 帰路。暗くなり始めた王都を俺達は並んで歩いていた。

 隊長の言った通り、あれから俺に事情聴取なんかがされる事はなかった。

 所詮、刃傷沙汰未満のいざこざである。相も変わらず、王都は賑やかなままだった。

 

「にしても、勿体なかったんじゃないッスか? イリハ、あれ受けてりゃあ奴隷から成り上がって当主様になれたッスよ~。出世も出世、大出世ッス!」

 

 そんな中、頭の後ろで手を組んだルクスリリアが気楽そうに言った。

 からかうような口調や声音とは裏腹に、その言葉は仲間の心境を慮っての問いである事は明白だった。

 

「出世のぅ?」

「ええ。家臣団に傅かれて、アレやコレや好きに命令できたわよ」

「毎日お寿司や天ぷらを食べられたかもしれません」

「それどころか、すんげぇイケメン侍らせて毎夜毎夜淫蕩三昧ってのもできたかもッスね!」

「そんなの、それこそどうでもいいのじゃ」

 

 便乗してきた皆に、イリハはあっけらかんと答えてみせた。

 尻尾が揺れる。誰でもないイリハの瞳が、愛おしげに一党の仲間を眺めていた。

 

「ご飯作って。掃除して。洗濯して……。好いた男子とまったり暮らす……」

 

 最後に、俺と目が合った。

 彼女の眼は少女然とキラキラ輝いて、モフモフの尻尾はご機嫌に揺れていた。

 

「そういう生き方のが、わしには向いとるのじゃ」

 

 そして、満開の桜のような屈託のない笑みを裂かせてみせた。

 一瞬、息が詰まる。可愛い、可愛すぎる。けど、ここでニヤつくのは空気が読めていないクソダサムーブだろう。

 

「俺も似たような感じかな」

 

 俺は、努めて紳士で真摯な顔を作って答えた。

 小さな手を握る。細く、柔らかく、艱難辛苦を乗り越えてきた手。

 俺は、そんな手の彼女だからこそ、こんなにも好きになったのだ。

 

「でも、なんだか今日は外食したい気分じゃの~。グーラじゃないが、寿司とか天ぷらとか食べたいの~」

「いいね、食いに行こう」

「あれ? 王都にリンジュ料理店ってあったッスか?」

「天ぷらは分かりませんが、寿司の匂いなら以前嗅いだ事がありますよ。こっちです」

「あら、そんなに急がなくてもいいでしょう?」

 

 そんなこんな、枝関連に決着をつけ……。

 こうして、俺達の日常は過ぎていくのであった。




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◆この世界の防御事情について◆

・防具は武器とは別カテゴリーで、頑強・魔防の能力補正が入る。
・高い頑強値を持つ戦士が高補正値の鎧を着た場合、ステータスを参照した防御補正を獲得する。気絶耐性やノックバック耐性など。魔防も同じく。
・逆に、頑強の低い戦士が高補正値の鎧を着ても、大して防御力は上がらない。
・防具に付与された補助効果はセット装備時のみ発動する。
・盾は武器カテゴリーだが、防具同様に頑強・魔防のステータス補正がかかる。モノによっては膂力・技量などの補正も加算される。
・盾は手に持って使わないと装備扱いがされない為、腕に括りつけても単なるオブジェクト判定がされて能力補正が入らない。
・高い頑強値の戦士が同じく高い頑強補正のある鎧と盾を装備した場合、かなりガチガチになる。しかし、あくまで人類相手で通用する防御性能である為、魔物や迷宮の主の攻撃を受け切るのは頑強特化ビルドでもかなり厳しい。
・魔物の攻撃は回避かジャスガが最適解なので、そもそも視野を狭める兜や関節可動域を狭める全身鎧は好まれない傾向にある。全身鉄の騎士甲冑より、胸当てや脚甲といった部分鎧がポピュラー。
・上記の理由もあり、この世界のタンク人口は極めて少ない。
・しかし、衛兵や騎士団といった対人・拠点防衛・集団戦・騎馬を重視する人達は冒険者より重装な傾向である。


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