望んでないのに救世主(メシア)!? (カラカラ)
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プロローグ
第01話:こうして魔改造救世主が誕生した。


にじファンより転載です。多少加筆&修正をしながら更新をしていきます。


 ―――まるで突然目の前に太陽が現れたかのような眩しさを感じたあと。

 

『集まったようだな。』

「え?」

 

 ―――突然声をかけられ、周囲を見回してみるが、前後左右上下共に真っ黒な空間で一切の光を感じることができなかった。

 

『どうやら意識は構成できたようだな。それではソナタの初期設定をこれから開始する。まずはソナタの魂魄規模を計測するぞ…』

「おっしゃることの意味がわかりませんが?」

『気にするな。と、言っても戸惑っていては設定できぬな。よろしい、状況を説明しよう。』

 

 ―――本来は世界に存在できる生命体は存在規模応じてはいるが、死亡と誕生の総数はほぼ一定であるらしい、従ってシステムの容量も転生数に見合った規模で製作されているそうだ。どうやら俺?という存在は一つの世界で短期間に多くの生命が失われ、その魂の輪廻転生システムが過負荷で捌ききれなくなりオーバーフローをおこした魂魄たちの融合体らしい。このような事は本来、世界大戦クラスの戦争が勃発しても起こらないはずであったが、とある次元世界で意識体が全て殺害されるという、強引な魂の数量変更事象が発生したため一気にシステムへ押し寄せた魂魄のオーバーフロー分を1つの器に押し込めて数合わせをすることにしたようだ。

 

「寄せ集めってことですか。」

『言い方は悪いがその通りだ。過去の記録によれば、寄せ集めで発生した者は【英雄】【大罪人】【聖人】【魔王】【天子】など規模こそ其々だが何らかの形で必ず歴史に名をのこしている。また、魂魄数が10,000倍以上の者は【海を割った】・【手をかざすと他人の傷が癒えた】・【世界を征服した】等、特殊な行いができた者もいる。』

「どこの厨二ですかそれ…」

 

『…どうやら自我の構成は♂型|(厨二卒業済み)で固定したようだな。で、ソナタの魂魄規模は…』

「規模は?」

『………ヨシ!ソナタの希望はなんだ?』

「規模はどうだったんです?」

『いいから希望の人生を言え。』

「はあ、取りあえず思いつくのは、【衣食住に困らない事】、【俺が愛している者たちと末永く健康に過ごす】ですね。因に連れ合いは自分で見つけますので。」

『フム。判った。【衣食住に困らない事】、【ソナタが愛している者(♀とその子孫)たちと末永く健康に過ごす。但し、♀は自分で現地調達】だな?他にも希望はあるか?追加できるのは今回限りだぞ。』

「表現が……いえ。特には思いつきませんね。」

 

『ところで、経験と成長の関係は?』

「経験を積まない成長ってあるのですか?成長に一番必要なことと思いますが。」

 

『相判った。ソナタの希望を(ソナタの存在規模に合わせて)叶えよう。』

「うん?何か副音声があったような?」

『気にするな。では転生を開始する。ソナタには世界の危機排除を期待する。「え?」では、さらばだ。』

 

 ―――俺は眩しい光に目がくらんだとたんに再び意識を手放した。

 

『逝ったか。全く、とんでもない魂魄規模を持った存在になったものだ。では奴の希望を規模に合わせた形で実現してやろう。フフフ…それにしても【末永く】と【困らない】ときたか、自分の規模を知らないからこそそう表現できたのであろうな…だが、希望を実現するためには奴は一人では手が足らぬな。ならば魂魄規模から少し抜き取って奴を導く従者を付けてやろう。殻は…従者の好みに合わせて奴の外殻を与えよう』

 

 ―――こうして俺は知らない間にとんでもない魔改造と地獄への片道切符をつかまされていた。




主人公の姿はファイブスター物語の彼ですが、中身(心と性格)はちがいます。


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第02話:新生後はライム先生の個人レッスン!?

「……てください。マ…ター。」

 

―――心地よい揺れとぬくもりの中、聞こえて来る声によって目が覚めた。

 

「起きてください。マスター。」

 

「う…おはよう。」

 

「おはようございますマスター。」

 

 声が聞こえた方を向いてみると細身でショートカットの美人がにっこりと微笑んでいた。年のころは17~18頃だろうか。だが、よくわからない事を言っていた。マスターとは一体なんのことなのだろう。

 

「君は?それにマスターって何?」

 

「私はアトロポス・ライム。アトロポスとお呼ください。そして、マスターのファティマです。因にマスターとはファティマの主という意味です。」

 

「主って君とは初対面だよ。」

 

「問題ありません。他の平行世界における私とは異なり、この私はマスターから魂魄をいただいて構成されたマスター専用のファティマとして発生しております。マスターにお仕えする為に存在する者です。」

 

「お仕えね。まあ一人は寂しいから一緒にいてくれるのは嬉しいけど、自分を物のようには言わないで欲しいな。」

 

「ファティマとは一種の生体コンピュータです。」

 

「それでも頼む。例えコンピュータでも君は生きているのだから。」

 

「…わかりました。では、そのように致します。」

 

―――そう言うと、はにかみながら少し嬉しそうな笑顔を向けてくれた。

 

「と、ところでこれからどうすれば良いんだろうか?状況が全く把握できていないんだ。」

 

「そうですね、状況と近々の教育方針等を説明致します。」

 

―――アトロポスの説明では、俺は発生から約10年しか経っていない子供で先ほど自我を目覚めさせたところらしい。また、今現在居る場所はWILLという艦で、宇宙を銀河単位で回遊できるだけの航行能力を持っている事、WILLのエネルギーは基本的にはイレーザーエンジンにより無限に供給されるが、一部不具合が出ていて約40年後にどこかの惑星に寄港が必要とのことだった。今の地点から寄港の条件を求めた結果、太陽系の第3惑星が最も合致することが判明した。(主な条件は現在地からの距離や平均気温・大気・着水できる海等を持っている事)整備その他WILLの管理はアトロポスの設計した整備マシンが全自動で行なっているが、消耗品の生産とエンジンの部品交換には一時的に艦のエンジンを輪番停止せざるをえないからと説明された。

 

「それと、大変申し上げ辛いのですが、私のマスターとしての実力はまだお持ちではありません。この世界において弱者と言えます。」

 

「弱者、そうすると様々な意味で強くなる必要があるのかい?君のマスターとしての実力を持つためにも。」

 

「はい、そこで私がマスターに知識や戦術・戦略技能及びMHの操縦方法をお教え致します。最もマスターは私の見立てでは剣聖級の騎士《ヘッドライナー》になれるお方ですので、戦闘能力はすぐに私を追い抜いて行かれると思います。私にインプットされているジョーカー星団で生まれた剣技を全て習得されるには40年はかかると思いますが、ちょうど良いですね。」

 

―――【戦略?】・【戦術?】・【剣技?】なんだか非常に物騒な単語がズラズラでてきてないか?

 

「…修行ですか?」

 

「ハイ!それとお勉強もです♪」

 

―――後に回想してもこの時だけはアトロポスの元気な返事と心の底からの笑顔は恐怖しか感じられなかった。

 

「ち、ちなみにさっき言っていたMHってなに?」

 

「MHとは正式名称モーターヘッドのことで、騎士とファティマが乗り込む全高約14mの人形戦闘兵器のことです。主な使用目的は、破壊・殺人・攻撃です。基本的にはマスターの動きを14mの巨人が増幅・再現すると考えて頂ければ大筋間違いはないです。つまり、騎士が乗ったMHは騎士の剣技も使用可能です。当然各種ミサイルやレーザー等の兵装も持っています。そして、私のようなファティマの役目は騎士の動きをフルサポートしてMHを動かすインターフェイスとなります。」

 

「へ、兵器ですか。」

 

「この世界にはマスターの他に騎士はいませんし、私以外のファティマも現在は存在していません。当然ですが、MHもマスター専用機として生み出された二騎のみ存在しています。スペックについては知識の授業時に説明いたします。」

 

―――こうしてアトロポス・ライムによる丸40年におよぶ個人レッスンが始まった。だが、比較対象のない個人レッスンがもたらす魔改造をアトロポスすら自覚することはなかった。

 



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交渉編
第03話:大気圏突入100時間前のWILLにて


―――俺がこの世界に新生してからWILLではおよそ50年の月日が流れていた。この間に俺に施された個人レッスン(という名のマスター養成講座)の内容はおそらく語られることはないだろう。目を瞑り思い出すだけでもあの【勝ち残ること】に特化した適切《アメ》と過酷《ムチ》は、俺の疲労とストレスが健康に及ぼさないギリギリを完全に見切り、過労死や精神疾患といった症状が出る境界線上を1mmたりとも外させないあたり、彼女の演算能力の末恐ろしさを示していた。……よそう、俺はアトロポスに対して信頼し、尊敬し、感謝しているのだから。

 

「マスター。あと100時間で惑星降下予定時刻です。」

「わかった、降下予定地点は予定通りかな?」

「はい。先日、月軌道上に配置したグランシーカーの情報から、最もアプローチが容易な宙域からの突入になります。現時点では対光・原粒子バリヤにて本艦の存在は隠蔽しています。尤も着水後はシールすることはできませんので、本艦の存在は降下後に捕捉されます。現地への心象悪化等が無いように、海上へは軟着水し、津波等は一切発生させないことを優先します。」

 

「OK。それで問題無い。後はコミュニケーション方法の確立だな。アトロポス、現地の言語データの収集具合はどうだ?」

「先行降下させたエジェクターの情報から、日常会話レベルの言語データは収集できました。翻訳機用データとしては完成度90%です。現地での直接会話は問題無いレベルと判断します。」

「ということは、警告等の誤解はしなくて済みそうだな。」

 

「次に通信方式は、300万MHz以下の電磁波を用いている事は判明していますが、規格が不明であるため効果的な通信ができない状態です。システムから判断するに、人工衛星を用いた通信等も行なっていると判断できますが、人工衛星にアクセスしてしまうと本艦の位置がバレてしまうので断念しました。」

「規格関係は現地住人に教えてもらうことにしよう。あちらさんもこちらに対してコミュニケーションをする気があるなら手間は惜しまないだろうしな。向こうがこちらを無視するようなら、こちらも相手をする必要もない。」

 

 ま、ほっとかないとは思うが。

 

「現地の状況ですが、異星起源種と思われる非ヒューマノイドタイプの生命体が現地のヒューマノイドを侵略しています。」

「ん?どうして異星起源種と判明したんだ?」

「この惑星に来る前に通り過ぎた惑星や衛星に同様の生命体が生息しているのを確認しております。また、この惑星の分布範囲は惑星全体にまで分布していない事実より、星系外から進出してきていると考えられるからです。」

「そうか。この惑星は生存権をかけた戦争中ということか。」

「戦況は異星起源種が優勢です。詳細などは不明ですが、惑星全体に分布していたと思われる現地人が半分以下の範囲にしか生存できていないところを見ると押し負けているように考えられます。」

 

 押し負けているってことは、戦力差としてはあまり大きくないか、異星起源種の侵略行動が緩やかであるとも考えられるな。

 

「異星起源種の数は少ないのか?」

「衛星画像で確認すると非常に数が多いようにみえます。大陸各地に砲口のような建造物があり、その周りに異星起源種が集っているのですが、その割合が異星起源種7に地面3といった状態です。さながら軍隊アリのようです。画像にするとこのような感じです。」

 

「キモ!何だか嫌悪感を抱く面をしているな。こいつらとのコミュニケーションなど取りたくない。ぶっちゃけ他の星にいかないか?」

 

 こんなキモい奴らに集られそうになるのはヤダ!

 

「この星系において、ヒューマノイドタイプはこの惑星にしかいませんし、マスターの嫁探しが数十年以上伸びますがよろしいのですか?」

「う。」

 

 むう。選択の余地がほとんどないのか。

 

「さらに付け加えるならば、現状のエンジン不調は看過できる状態ではなく、このままでは2~3年以内に宇宙空間でのオーバーホールとなり、数年間は小惑星等の飛来物を避けながらの作業となりますので…」

 

 つまり、この惑星に暫く留まりなさいってことね。

 

「ハア、わかった、わかった。この惑星に暫く厄介になろう。」

「イエス、マスター。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「因に、この惑星に居る美人はどのくらいのレベル?」

「……それは会ってから確認してください。」

「Ja(ヤー)」




ここまで原作要素が薄くてごめんなさい。


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第04話:ファーストコンタクトの準備(前編)

―WILLの船体が相模湾に姿を表してから1時間後には、帝都を含む日本帝国は蜂の巣をつついたような状況になっていた。

 様々な憶測が飛び交うなかで有力なのは新種BETA&新ハイヴ説、某国の新兵器説等など完全に混乱の坩堝と化していた。

 

 このような状況の中、日本帝国内閣総理大臣の榊 是親を筆頭とした政府は帝国本土防衛軍から帝都防衛第一師団の第一戦術機甲連隊を臨時に抽出し、海上砲撃支援として横須賀基地の帝国連合艦隊第一戦隊(戦艦紀伊・尾張・出雲)を緊急配置し、後詰として城内省に斯衛軍の派遣を依頼することも合わせて決定した。

 今回配置する部隊には、突然現れた構造物(WILL)を遠巻きに監視することを任務とし、直接攻撃はBETAが確認できてからと厳命されていた。

 また、相模湾のWILL対して三浦半島を挟んで接している国連軍横浜基地でもデフコン2が発令されており、状況の推移次第では出撃を依頼する準備が進んでいた。

 

 本来の対応としては、カナダのアサバスカへ落着した着陸ユニットに対する米国の対応のように砲撃等で破壊することが望ましかったが、主な経緯の1つには、半年前に行われた【明星作戦】で損耗した戦力が回復しきっておらず、奇しくも西日本のBETA駆逐作戦と佐渡島ハイヴ警戒任務に戦力の大部分が割かれており、即応可能な部隊をほぼ全軍当てている状態であったからである。

 2つめの経緯として、構造物の形状及び落着地点がBETAのそれとはあまりにもかけ離れているためである。形状については、過去にカシュガルとアサバスカに落着した着陸ユニットに対して明らかに巨大(WILLの全長は32.5km)且つ人工物のようなデザインであること、落着地点については海上に突然現れたにも関わらず、津波等の災害が一切発生しなかったため、通常の落着方法とは明らかに異なっていることが対応を慎重にさせた。

 政府の対応検討会議では、BETAとは別起源の異星起源種ではないかとの憶測まで飛び交っていた。(この憶測はある意味で正鵠を射ていたが、この時点では誰もが其れはないと考えていた。)

 

 そんな状態の日本国土をWILLから監視しているアトロポスがおもむろに声をかける。

 

「ところでどのようにして現地人とコンタクトを取りますか?」

「そうだなぁ。権力者に手紙を渡そうにも居場所を知らないし、突然来た手紙を本気にするとは思わんよな~。」

「……まさか、コンタクト方法を考えてなかったのですか?降下前にはコンタクトがどうとか言われていたのですが?」

 

 やべ!

 

「い、いやカンガエテイマスヨ」

「そうですか?では次のご指示をお願いいたします。」

「う~ん。」

 

 さて、どうしたものか。こちらには交戦の意思はないし、この場所を間借りさせてもらえれば、正直この星のパワーバランスがどうなろうと知ったことではないんだが。相手するのもめんどくさいしな~。

 

「マスター。さてはめんどくさいって考えてません?」

 

 ギク。鋭い。

 

「それに、対岸の様子を見るに、こちらにいきなり砲撃してくるような事はなさそうですが、あの人型ロボットみたいなものや水上戦艦がしっかりこっちを監視していますから、あんまり悠長にしていると敵対的な態度で乗り込んでくるかもしれませんよ?」

 

 むぅ。人の船に土足で入り込む輩は鬱陶しいな。さっさと穏便に済ませる方法を検討しないと不味いか。

 

「監視している水上艦の航行状況や兵装から見ると技術はこちらよりも劣っていることはわかりますが、やけくそになってどんな隠し球を使ってくるかは予想しかねますからね。」

 

 やめてぇ!俺のライフはもうゼロよ!

 

「アトロポス、確認だが現地言語の文章化は可能なんだよな?」

「一般用語であれば誤字なく変換できます。」

「よし、看板を立てよう。それも大きな奴。」

「看板ですか?」

「気球にくくりつけて対岸からも見えるくらい大きな奴をさ。話し合いがしたいから準備してくれって感じで。」

「わかりました。それでは地上を調べた段階でこの地方で最も多く使われている文字を使用して大型アドバルーンを作成致します。」

「夜になっても見えるように電飾もよろしく!あと、間違っても色だけの旗は使わないようにな~。」

 

 旗の色に宣戦布告や降伏なんかの意味があったら誤解を招きかねないからな。特にファーストコンタクトでの誤解は致命傷になりかねないから慎重に事を運ばないとまずい。

 

「文面はどのようにしますか?」

「うん?そうだな~。こんな感じでどうだ?」

 

1.貴国との和平交渉を望むの。

2.代表者との会談準備をして欲しい。

3.会談場所へはこちらに案内人を派遣して欲しい。ただし案内人は2名までとする。

4.会談日は2日後を希望する。

5.了承する場合は貴国側が青・黄・赤の信号弾を各1発あげて合図とする。

6.不服がある場合は、白色信号弾の後文字にて返答されたし。

 

「ではこのように手配いたします。」

 

―WILL出現から5時間後、WILLの甲板から①~⑥の数字が描かれたバルーンが上がり、会談を求めるとの内容が対応検討会議に伝えられた。

 




 本文でも説明していますが、ファーストコンタクトでの誤解はイデオン等で有名です。実際白旗が降伏や戦意のないことを示すときなどに用いるの事が現代日本では当たり前です。しかし、源氏の軍旗でもあり、平安時代では軍旗として使われていた事実もありますので、使う相手次第でどちらにもとれてしまいます。
 因にイデオンの話の中では、白旗の意味が「相手を地上から一人残らず殲滅する」という意味で受け取られるシーンがあります。


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第05話:ファーストコンタクトの準備(後編)

遅くなって申し訳ありません。


WILLからアドバルーンが上がった直後、監視をしていた日本帝国軍は瞬間的に臨戦態勢に移行した。しかし、最も接近していた帝国連合艦隊第一戦隊の尾北 十蔵提督が日本帝国へのメッセージと判断し、強襲上陸敢行しようとしていたHQを一喝し中止にできたことが幸いし、戦端が開かれることは無かった。後世の歴史家には、この尾北 十蔵提督の一喝が日本という存在を救うターニングポイントとなったと評価されている。

 

「マスター、どうやら無断で乗船してくるような事はなさそうですね。」

「それは重畳だ。彼我戦力が不明な現状で無駄な戦闘は回避しておきたいからな。」

「先ほどの出撃準備をしていた人型兵器の機動をモーションサンプリングしたところ、あの兵器は腰部側面に取り付けている跳躍ユニットと主脚にて機動制御を行なっていることが確認できました。また、装備形状を見る限りでは、白兵戦よりも砲戦若しくは銃撃戦を主体としていることが確認されました。」

「なるほど、この星の戦闘スタイルは射撃戦がメインになるのかもしれないな。まだ、詳細な性能はわからないが、人型兵器を100機も並べるくらいだからそれなりの軍事力があると見ておこう。」

「グランシーカーの情報では、後方にタイプが違いますが、30機程後詰がいるようです。」

「一気に掛かってくるとめんどくさいな。アトロポス、引き続き監視よろしく。」

「了解しました。相手側に動きがあるまでお休みください。」

 

結果的に対応検討会議からの返答も内容の受諾となり、青・黄・赤の信号弾を上げることになったのは尾北提督の乗艦である戦艦紀伊であった。

 

「マスター近くの水上艦より信号弾が上がりました。内容は受諾です。」

「そうか、相手側もうかつに戦端を開く馬鹿でなかったことは評価できるな。尤もこちらは殆ど示威行動をしていないから自分達がこちらを封じていると思っているかもしれないが。」

「こちらの基本戦略はいかがいたしましょうか。」

「基本戦略としては、自治・自衛権の確立と相手の胃袋を掴む事だな。」

 

戦争は、兵站が重要だからな。戦争中の相手から発言力を得ようと思ったら兵站を握るのが一番手っ取り早い。

 

「最初のコンタクトで要求する内容に医学や生態、文化、科学などの情報を入手しよう。俺たちと同じ食べ物が摂取可能か否かで専用の食料プラントを作る必要があるかわからないからな。WILLには空きスペースが山ほどあるし、整備ロボットも余剰数があるから食料プラントの設置と運用自体はどうにでもなるが、何を生産すれば良いかがわからないと手が打てない。とりあえずこの辺りが落としどころか。ああ、ついでに通信機をもらってホットラインと通常のオープンチャンネル等を確保しよう。」

 

流石にアドバルーン会話は手間がかかりすぎるし。広告としてはそれなりに効果があるが、レスポンスが悪すぎるからな。

 

―こうしてWILLと日本帝国のにらみ合いは会談の日まで続いた。この間に夜陰に乗じて侵入を謀ったスパイ達は侵入寸前に拘束され、簀巻きにして下半身を海に浸けられた。因にこの時拘束に使用したロープはファティマスーツの素材を用いていたため、海中からスパイ達を回収に来た回収班達がロープに傷1つ付けることが出来なかったため回収に失敗した。もちろんこの回収班も拘束され、同様の道を辿ったのは言うまでもない。

 

帝国連合艦隊第一戦隊からも海面に吊るされたスパイ達は確認できたが、政府側から何も聞かされていない上、表立って救助に向かった場合は敵対行為と判断され、戦闘に発展する危険があったため傍観することしかできなかった。ただ、意識の無いスパイ達を拘束し簀巻きにする人物は見当たらず、常に機械(エジェクター:A・T魔改造ver.)が粛々と行っていたため、自動防衛装置の一種と認識した。

 

「それにしても、無断で他人の家に上がり込むなどという無礼な輩共には本格的にお仕置きしないとダメだな!」

 

こいつらどうせ諜報員なんだから、スパイとして目立つのはスパイ生命に関わるはず、大々的にスパイとして宣伝して、業界に復帰できなくさせてやる!

 

「ククク、ITの調査が終了した段階で世界中の晒し者にしてやる。」

「マスター、黒いですよ。」

 

おっと。そろそろ会談の準備にはいるか。

 

「アトロポス、案内人がそろそろ来るんじゃないかな?」

「非武装艦が一隻白い旗を掲げながら近づいてきています。状況から察するに案内人が乗船していると思われます。また、同様の理由から白旗には『交戦の意思無し』の意味があるようにも推測されます。」

「多分そういう意味だよな。でも、一応用心のためMHで出撃するか。」

「了解しました。」

 

もし仮に白旗が『相手を地上から一人残らず殲滅する』なんて意味かもしれないし、来ている船に爆薬が仕込まれていたら、生身では被害が出てしまう。そう言う意味ではMHのコクピットはシェルターとしてももってこいだ。

 

「マスター、メインウエポンを選択してください。」

「見栄えも良いから実剣(スパイド)にしておこう。エンジンはアイドリングレベル(出力99%off)でキープしておいてくれ。」

「その出力では音速の二倍程度しか出ません。また出力をミリタリーレベル(出力MAX)にするためには30秒かかります。」

「乗員がたくさんいるような艦だ。攻撃態勢に入るのには30秒では足りないだろう。」

「了解いたしました。」

 

―WILLの甲板が一部開放され、白地に赤のラインで両肩に白銀のアクティブバインダーを装備した肩高13.9mのMHオージェ・アルス・キュルが実剣を携えて睥睨する様に姿を現した。

 

 さて、一言警告とお出迎えの自己紹介をしますかね。

 

『こちらは航宙艦WILL総司令のダグラス・カイエンだ。接近中の船に告げる。貴艦は現在こちらの射程圏内を航行している。交渉会場への案内人ならば、こちらの誘導に従え。従わない場合は害意有りとみなし、撃沈する。繰り返す――』

 

―突如登場したオージェの有無を言わさない迫力に、対岸で監視していた帝都防衛軍第一戦術機甲連隊及び帝国斯衛軍第16大隊は即座にスクランブルかけることができなかった。また、状況をいち早く認識できた尾北提督が全軍に聞こえる様に通信だけでなく外部スピーカーを用いて返答した。

 

 『了解した。こちらに交戦の意思は無い。誘導を頼む。繰り返す、こちらに交戦の意思は無い。誘導を頼む。』

 『今から其方に誘導装置を飛ばす、装置が到着次第、誘導ビームに沿って乗艦しろ。』

 

―オージェのアクティブバインダーからエジェクターが排出され、尾北が乗艦する連絡船の舳先に止まった。誘導ビームに従いWILLに連絡船を繋留した。案内人として帝国連合艦隊第一戦隊の尾北 十蔵提督と帝都防衛軍第一戦術機甲連隊の駒木 咲代子中尉が乗艦した。




前後編にやたらと白旗について記載していますが、元ネタはアフロな主人公が巨大なジ○に乗るあの作品です。
オルタで紀伊の艦長は名前が明らかになっていなかったので、オリジナルキャラとしてオキタ艦長にご登場いただきました。本当は大和に乗艦していただきたかったのですが、原作では田所君が大和艦長なのと地理的に配備されているのが紀伊であることが理由です。


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第06話:ファーストコンタクト(序)

テンポが遅くて申し訳ありません。


―尾北と駒木はWILLに乗艦後、眼前に着陸したMHオージェを見上げながら機械生命体の類ではないかと思い、名乗りを上げることにした。

 

「カイエン総司令、お初にお目にかかる。私は日本帝国軍の帝国連合艦隊第一戦隊中将の尾北 十蔵、そしてこちらは同じく日本帝国軍の帝都防衛軍第一戦術機甲連隊中尉の駒木 咲代子。お見知りおきを願う。」

「駒木です。よろしくお願いいたします。」

 

―尾北達が名乗りを終えた頃にオージェのコクピットハッチとファティマシェルハッチが開いてカイエンとアトロポスが姿を現し、甲板に降りた。気まずい雰囲気があたりを漂う。

 

 あ、やっちまった。外に出るタイミングを外してしまったなぁ。まあしょうがないか。

しっかし、目つきの鋭いメガネ美人(駒木)と小柄な軍帽をかぶったヒゲおやじ(尾北)が迎えか。実質ヒゲおやじ(尾北)が案内人でメガネ美人(駒木)が補佐ってところか。

 

「……オレが航宙艦WILL総司令のダグラス・カイエンだ。で、こっちがパートナーのアトロポス・ライム。」

「アトロポス・ライムです。よろしくお願いいたします。」

 

―尾北達が固まっていたのは登場のタイミングでなく、現れた人物が地球人と同様の身体的特徴を有しており、長身ながら若々しいカイエンと非常に可愛らしいアトロポスの姿を確認し、異常に若い人物が総司令を名乗っている事が悪戯の類ではないかと疑ったからである。

※注 この時点のカイエンは身長約2m、年齢50歳です。地球人換算だとだいたい14~15歳になります。

 

「カイエン総司令官殿、小官は会談の案内人としてこの場に参上しました。僭越ながら1つ確認させていただきたいのですが、総司令官殿はどこの国出身なのですか?」

 

 うん?どこの国出身って言っても国になど所属していないぞ。生まれも育ちもWILLだからな、敢えて言うならばWILL出身ってとこか?

 

「国に所属しているわけではなかったからな。敢えて言うならばこの航宙艦WILLが出身だな。」

「そういえば航宙艦とおっしゃられていますが、このメガフロートが航宙艦なのですかな?」

「これは宇宙から地球に降下した航宙艦だ。そのへんの浮島と一緒にしないでいただきたい。」

「しかし、ここ数日中大気圏に降下した宇宙船は観測されていません。これが航宙艦である証などないでしょう?」

「自分達の技術を過信しないことだな、観測できなかった=降下できないでは無い。観測できないように降下することができただけだ。それよりも、会談場所まで案内をしてくれ。」

「・・・そうですな、言い争ってもあまり建設的な話になりませんな。駒木中尉、出航の準備にかかるように小鯛艦長に連絡してくれたまえ。」

「はっ!」

 

―尾北中将の一声で駒木中尉は切り替える様に姿勢を正し、教科書的な敬礼の後に連絡船に戻っていった。

 

「では、この航宙艦に比べればかなり手狭ですが、連絡船ゆきかぜにご案内いたします。」

「わかった。アトロポスはオージェと共にWILLで待機だ。会談が終わったら連絡するから迎えに来てくれよ。」

「マスター、単独行動は控えてください。」

「いや、留守の間に侵入者が来る可能性がある。大丈夫だ、いざとなったらスクランブルをかけるから、その時に迎えに来てくれればいいさ。40年に渡る君の教えを受けた俺はそんなに頼りないかい?」

「マスター、私の監視を逃れてナンパしようとしていません?」

「…そんな訳ないだろ。」

「駒木中尉って少々余裕を持てない様子でしたが、頼りになる年上にはデレそうですよね?」

「そうそう、包容力を見せつけるのがポイント高そ……イ、イヤナニヲイッテイルノカネアトロポス君?」

 

 ヤバイ。見抜かれている。だが、WILLの守りの件は一応本当の事だ。これは押し切るしかない。

 

「はぁ、わかりました。くれぐれもやりすぎにご注意ください。彼らと私達が持っている常識の尺度が同一とはとても思えません。些細なことで誤解を招いて戦いにならないようにしてください。それがマスターの基本方針でしたよね?」

 

 その笑顔、ものゴッツウ恐ろしいんですが…。

 

「…嫉妬ですか?」

「もとより私はマスターに多くの配偶者ができることは賛成しております。純粋に優先順位を確認しただけです。それにあの子達もじきに目覚めるはずです。知識面は問題なくとも情緒面でトラウマになるかもしれませんので、あの子達の前では見本となる行動を取るようにお願いします。」

「もちろんわかっているさ。」

 

 そうか、アイツ等がもうじき目覚めるか。将来が楽しみだな。

 

「じゃあ行ってくる。留守を頼むよ。」

「イエスマスター、くれぐれもお気をつけて。」

 

―こうしてカイエンは尾北達と共に会場へ向かった。




補足ですが、本作のアトロポスは十本線です。(私の捏造設定です)
モーターヘッドマイトとしてのレベルは高いですが、天照帝ほどでは無いのでLEDやKOG級のイレーザーエンジンは製作不能です。但し、ファティママイトとしては星団最高級です。

WILLをメガフロート扱いしていることについては次話以降に説明が入る予定です。


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第07話:ファーストコンタクト(1)

城内省のトップって省の長だから大臣ですよね?
またオリジナルキャラを作ってしまいました…。


―会談は帝都にある迎賓館として使用されている濱離城にて行われる事となった。本来迎賓館は外国の元首またはこれに準ずる者で、国賓として招請することを政府が閣議決定し、皇帝若しくは政威大将軍が承認した場合に宿泊及び接遇が行われる。しかし、相手は突然帝都に近い相模湾に出現した謎の集団であり、総戦力は航宙艦WILLと名乗っている巨大なメガフロートのサイズからも連隊相当の規模を有している可能性がある等の経緯により、政府の対応検討会議がもはや常用的となっている横紙破りな手法として、政威大将軍に図ることなく濱離城の使用を決定した。

―この濱離城の使用は城内省だけでなく、国防省内部の現状に憂いている者たちも難色を示したが、結果的に政威大将軍である煌武院 悠陽が正式に追認したことで、反発者は矛を収めることになった。

 

「ようこそ日本帝国へ。ダグラス・カイエン殿。私は日本帝国内閣総理大臣の榊 是親です。こちらは城内省大臣の移住院隼人。我ら二人がこの交渉会議での窓口となります。」

「移住院 隼人だ。この交渉では主に軍事面を担当する。」

 

 榊大臣か、体格は中肉中背だが、眼光が鋭いな雰囲気的には政治屋として確固たる柱を持っているみたいだ。移住院大臣の背は俺より高いし、体格もゴッツイスキンヘッドの軍人だな。初対面の子供なら泣いてしまう顔だな。

 

「航宙艦WILL総司令のダグラス・カイエンだ。異星起源生命体と認識してくれ。」

「その割には、ずいぶん日本語が堪能ですな。」

「優秀な翻訳機のおかげでな、数種類のシチュエーションで音声を学習すれば、おおよそ日常会話レベルの翻訳が可能になる。今のこの会話も翻訳機にとっては学習の場だ。

ああ、それと今後の意思疎通や認識誤差を少なくする為に辞書や百科事典、通信を含めた一般的な規格、単位系の基準と名称、文化等の資料をいただきたい。」

 

 納得していないような顔をしているな。こちらが地球とは別の場所から来た存在とちゃんと認識しているのかね?

 

「辞書はわかるが、単位や通信規格はどういう意味がある?」

「単位っていうのは物理現象等のものさしだ。具体的な話をする時に同じものさしで会話をしないととんでもない勘違いをするだろう?

例えば長さの単位をとってみても1という長さが指1本の長さなのかこの惑星1一周の長さなのかでとんでもない問題が発生するだろ。単位の共通化は誤認を防ぐ為にも重要だ。此方が其方に合わせようと譲歩するから資料を要求するのは当然ではないかな?通信についても同様で、いつまでも看板出しあってでは機密情報などのやり取りができないし、レスポンスが悪いつまりは誤解の温床だ。相互理解の為にもこういったことは可及的速やかに整備しないと後悔することになる。」

 

顔色が変わったな。やっと事の重大さが理解できたようだな。恐らくこの星の住人は異星起源生命体とコミュニケーションをとったことが無いのだろうな。ラッキーだったな、初めて接触したコミュニケーション可能な異星起源生命体が俺たちみたいな少人数且つ、侵略意図の無い相手で。これが侵略を目的として来ていたらいくらでも難癖を付けて搾取されてしまうぞ?

 

「た、たしかにそれらはコミュニケーションをとる上で重要ですな。」

「重要性が理解いただけた所で手配をお願いする。こちらも資料をいただけないと対処できない事もあるはずだから、可能な限り早くお願いする。特に通信系の規格を優先してくれ、そうすればこの場では間に合わなかった情報も収集して対応できる。特に生態データ等関連付けが無いと事故につながる可能性があるからな。」

「わかった。秘書官に準備させる。」

 

「次に確認したいのだが、カイエン殿は本当に異星起源生命体なのですかな?」

「どう言う意味だ?」

「姿形があまりにも我々と酷似している、音声を使ったコミュニケーションをしている。等この星の住人が騙っていると思われても不思議ではあるまい?」

「なるほど。」

 

 流石は軍人のような移住院大臣だ、確かに見た目そっくりでは逆に騙りと思われても否定は難しい。というよりも証明する方法なんてあるのか?

 

「言いたいことは理解できるんだが、それって証明する方法ってあるか?普通に考えて姿形が酷似しているってことはできることも実際大して違わないと思うぞ?生物学的な事を聴かれても其方側の情報と比較しないと証明にならん。ましてや構成元素等を例に挙げたとしてもたまたま似たような環境の惑星で発現した種である場合には似たような生態系になると思うがね?」

 

 裏を取りたいのはわかるが、確認方法がお粗末になっているな。地球外生命体と証明したくとも証明する方法が無いと証明は不可能だろう。百科事典は掲載されていることでは証明ができても掲載されていないからという理由では証明にならない。未確認だっただけで元から地球生まれの可能性は否定できないからな。

 

「宇宙は広い、あらゆる可能性を否定することはほぼ不可能だ。これは完全な証明にはならないが、生物的に此方が可能で其方が不可能な事をやればある程度の証明にはなるかもしれないね。ただ、その場合にも今すぐ証明はできない。何故ならばそちらの生態データを知らない状態では此方との違いを示せないからね。」

 

 顔色が変わったな。データを渡すことの危険性は認識しているっぽいな。

 

「例えばどんなことかね?」

「違いがあるかはデータが無いので憶測として答えるが、測定可能な身体能力だな。これに大きな差があればわかりやすいな。しかも可能な限り客観的な数値に変換可能で大きな差ができる項目が望ましい。最もこれは大きな違いがあった場合の手段だ。何か根本的に此方と異なる項目が見つかればそれは証明となりえると考えられる。ただ、この方法では違いが無い=地球起源種との証明にはならない事も認識が必要だ。」

「確かに、先ほどの例が逆になったと考えられる。どうせ証明する手段など直ぐには思いつかないのだから、1つやってもらえないかね?」

「種目によるし、結果は保証できないぞ。」

「無論こちらもそれは理解している。だが、なんの証明もなくデータを提供等という前例は作りたくないのだよ。」

「それでは結局のところ証明できないことにならないか?」

「簡易的に測定できる握力計を手配する。握り締めれば直ぐに数値が出るので評価はスムーズにできるはずだ。こちらの要請に協力したという建前さえあれば、一般的なデータ提供のハードルは低くなる。最終判断はデータ提供後でも問題はないから地球人であるか否かの判断はデータ提供後に決定しよう。もっとも最終的に地球人と判断された場合は日本帝国の法に則ってもらうがな。」

「最終判断はそちらだけで行わない、判断基準を明確にこちらに提示する等の条件が付けばそれでも構わんよ。」

「了解した。双方が納得できる最終結果がでることに期待しよう。」

 

―移住院大臣がそう言うと部屋の入り口に控えている駒木中尉に命令した。

 

「駒木中尉、近くの病院から体力測定用の測定器具を一式手配しろ。2時間もあれば用意できるな?」

「は!至急手配いたします。」

「ではそろそろ本題である和平会談に入るとしよう。前提としてカイエン殿が地球人でないと確認できた後に有効とすることは明確に議事録に記そう。」

「ま、当然の内容だな。」

 

 さて、これからが本番だな。もっとも地球人の生態データを入手しないと当初の胃袋掌握作戦が展開できないからな~。何が毒になるかわからないものが交渉の役に立つ訳がない。このあたりは次回の交渉に持越しの形で進めないとまずいな。

 

「まず、WILL側のスタンスを説明する。こちらとしては日本帝国に含むところは特に無いので、ある程度友好的にしておくことが望ましいと考えている。態々血を流す所からスタートする必要は無いからな。」

「それについてはこちらも同様だ。だが、カイエン殿は帝国の領海と領海に存在するメガフロートを一方的に占拠している。このことについては日本帝国として看過することは出来ない。」

 

いいかげんWILLがメガフロート呼ばわりされるのは気に食わんな。だいたい勝手に占拠ってのはもともと相手の持ち物を奪い取るってことだろ?WILLは元々俺の艦だぞ。

 

「元々WILLは俺の艦だ。それに地球降下時まではコンシールしてあっただけであり、着水完了と共に海難事故を防ぐ目的で姿を現しただけだ。」

「あのサイズで艦とはいささか空想が過ぎるのではないかね?帝国としてもどうやって隠蔽していたかは気になるが、地球に大気圏突入できるサイズではないし、落着を観測できなかったことも疑わしい。」

「つまり、WILLが艦であることを証明すればアレは俺のものであることの証明になるんだな?」

「どうやって証明するのかね?」

「そうだな、まずはメガフロートでないことを証明してやるよ。流石に大気圏外に出るのは戻ってくるのに面倒だから、海面から浮いて見せれば納得するだろう?」

「浮く?既に海面に浮いているではないか。」

「だから、“海面から”浮くんだよ。それはメガフロートには必要のない機能であり、できないことだろ?」

「確かにそうだが、そんなことが可能なのか?」

「あっちに俺のパートナーを残している。あちらに連絡をすれば操艦するさ。これから連絡するが問題ないか?」

「ああ、それは問題ない。」

「周りの監視しているロボット共に連絡しておけよ。いきなり突入してきたら迎撃するように指示を出しているから一気に戦闘に突入するぞ。」

「ああ、出撃しないように指示を出す。」

 

―そう答えた移住院 隼人大臣は監視作戦を指揮しているHQに連絡を入れ、WILLに動きがあっても静観し、映像記録をこちらにも回せと指示をした。

 

「指示が行き渡ったらこちらも連絡を入れるから、準備が整ったら教えてくれ。」

 

―1時間後、WILLの浮遊が確認され、監視していたHQや戦術機衛士140名及び連合艦隊第一戦隊乗組員たちは度肝をぬかれた。また、会議室でモニターしていた榊・移住院両名も絶句し、カイエンの発言が事実を含んでいる事を実感するのであった。




7話現在のオリジナルキャラクターはカイエンとアトロポスを除くと3人の名前が出ております。元ネタはバレバレと思いますが・・・

異星人である事を証明するって難しいですよね。
因に百科事典の件は某召喚教師のネタです。


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第08話:ファーストコンタクト(2)

交渉事って難しいですね。



―WILL浮上から30分後、鉄原及び佐渡島ハイヴ周辺のBETAが急激に活動を開始し始めたとの緊急連絡が会議室に飛び込んできた。

 

「バカな! 鉄原ハイヴはつい先月間引き作戦を実施したばかりだぞ! 佐渡島に至っては先週だ!」

「移住院君!! 落ち着きたまえ。カイエン殿の前だぞ」

「ああ、気にしないでいい。が、どういう状況か具体的に説明してくれ」

 

いきなり報告が入るなり怒鳴りだしたってことは、相当にイレギュラーな自体が起きたことはわかるんだがね。

 

「ああ、まずBETAというのはBeings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race(人類に敵対的な地球外起源種) の略称でハイヴとは奴らの前線基地と考えられている。」

「あの醜悪な面をしている異星起源種のことで間違いないか?」

「おそらくその認識で問題無いですな」

「このような状況で悠長に会議などしている暇はない! 俺は至急城内省に帰って対策を練らねばならん。カイエン殿、榊、悪いがこれで失礼する」

「つまりは急に攻めてきたからスクランブルがかかった訳か」

「先ほどの報告で鉄原と佐渡島にあるハイヴつまり日本に最も近いハイヴから敵が進行中といった状況です」

「じゃあ日本帝国軍はWILLを眺めている状況ではないってことにもなるな」

「状況はそうなのですが、帝都の近くで浮遊する巨大艦がいるとなると監視しないわけにもいきませんな」

「やれやれ、宮仕えも楽じゃないな。わかった、WILLには着水しておとなしくしておくように連絡する。それらの現場に至急向かうように指示を出しておくといい」

「おねがいします。こちらも戦術機甲連隊を後詰に向かわせなければならないので、戦術機……ロボットを動かさせてもらいますぞ」

「撤退する方向で動く分にはこちらからは何もする気はないし、事情は理解しているから心配しなくていい。それとあのロボットの総称は戦術機と理解した」

 

――そうカイエンに断ると榊は国防省に連絡をいれ、一時的にWILLの監視が緩むこととなった。

また、WILLの浮遊は約60分程度で終了した。結果的に日本帝国にWILLは空飛ぶ船であることを見せつけ、自分たちの持っている技術とは一線を画する技術を持っていることを知らしめた。また、BETAの動きは大規模侵攻の予兆が確認できたものの実際には各ハイヴより其々1個大隊(約1000体)規模程度の侵攻だったため、駐留部隊が数小隊犠牲になったが、本土から撃退することができた。

 だが、鉄原及び佐渡島のようなフェイズ4規模ハイヴの間引き適正周期は3ヶ月とされており、今回はその三分の一以下の期間で侵攻をはじめた。この統計結果を大きく覆す事象はBETA研究者達にとって大きな謎として長期間頭を悩ませる事となった。この謎はとある事が原因であったのだが、この時点では誰も真因にたどり着くことができなかった。

 

 そういえば、この会談はどうするかな、確か身体能力を測る準備をしていたが……

 

「こういう事態になった以上会談は次回に持越しでいいか?」

「そうですな、移住院君も行ってしまったので、これ以上は体裁が整いにくいですな」

「そうか? まあ其方がそういうのであれば、取敢えず今日のところはそれぞれの情報を持ち帰って次回の交渉材料を探っておくとしようか」

「そうですな。ああ、測定器具の準備は出来ているので測定だけはさせていただきますぞ」

「まあ、そのくらいはしておくか」

 

 それとなく手は抜くがね。

 

――こうしてカイエンの身体能力(超手抜きバージョン)を測定する事となった。

 

「まずは握力から測定いたします。これを握りしめてください」

「ああ」

「……左右共一瞬で計測不能ですか……これ、200kgwまで測定可能なのですが」

「因に普通はどのくらい?」

「個人差がありますが、成人男性で50kgw程度ですね」

「なるほど、この記録で地球人でないって証明になりうるかな?」

「むしろサイブリットではないかの疑いがありますね」

「サイブリット?」

「簡単にいうとサイボーグでしょうか」

「俺はサイボーグなどではないぞ」

 

――こうして100m走約2秒、垂直跳び約30mの記録とともに「こいつは絶対地球人ではありえない」と担当した医者から内心で診断され、医学上正式に地球外生命体と認定された。因にサイブリット疑惑はレントゲン撮影で払拭された。この証明をもってカイエンは地球人の生態データ等をもってWILLに帰還することとなった。

 

「さて、これで今日の所は帰ってもいいかね?」

「そうですな、驚くべき数値に対しては言葉もありません。こちらとしては友好的な関係でありたいですな」

「こちらとしては敢えて敵対するメリットは今のところ無いさ。もっともこのデータ次第ではこちらの要求も変わってくるかもしれないが」

「……どういう意味ですかな?」

 

 おっと雰囲気がかわったか。少々うかつな発言だったか。

 

「別にたいした事ではないさ。単に“畑”を借りるかもしれないというだけさ。そう言う意味では友好的な関係はありがたいさ」

「そういう意味ですか。それでは帰りの足を手配しますので少々お待ち願います」

「WILLから呼ぶから遠慮するわ」

「しかし、迎えに来るあいだに帰還できるのではないですかな?」

「いや、アイツなら呼べば直ぐに現れるさ。で、呼んでもいいか?」

「交戦は無いと考えて良いのですよね」

「ああ、其方が仕掛けてこない限りは此方から戦端をひらくことはしないさ」

「であれば、あまりコチラの都合を押し付けるのも良くないですな。いいでしょうそれでは次の会談は後日お渡しした通信機にこちらから連絡を入れます」

「了解した」

 

 さて、許可も降りたことだアトロポスなら格好のパフォーマンスを披露するだろうな。

 

「アトロポス、今日の会談は終了した。迎えをたのむ」

『イエス。マスター』

 

――通信が切れた途端にカイエンの前方にある駐車場でエネルギーフィールドが発生し、甲高いイレイザー音を奏でながらMHオージェ・アルス・キュルがテレポートして現れた。

 

「じゃあ、データはありがたく頂いただいていく。それと、スパイ達はこちらで監禁しておくからな。追加はいらないからくれぐれも注意しておいてくれ」

「……わかった。諜報機関に連絡を取っておく。ところでこのMHはどうやって現れたのかね?」

「それは秘密さ。じゃあな。アトロポス出発だ」

 

――カイエンはそう言い残してWILLへ帰還した。今回カイエン達が得られたデータを確認し、食料等の生活物資等は自分たちとほぼ同じ物が使用可能であることが判明した。尤も薬品関係の耐性や身体能力が自分たちに比べて大きく劣っている事も判明した。また、日本帝国から提供された通信規格を基に改造を施したサーバーでネットワークにアクセスしたところ、会談で会った榊大臣(46)や移住院大臣(48)が年下であることに驚愕した。




※この時のカイエンの年齢は50歳です。地球人換算では14~15歳程度F.S.S.一巻より

ついでに今回のせているカイエンの身体能力は手抜きバージョンとして一般騎士クラスの能力を参考にしております。多少間違っているかもしれませんが……あと、一般ファティマは一般騎士の85%というデータを逆算して使った場所もあります。
・瞬間時速180km/h⇒50m/s=100mを2秒
・ハイジャンプ30m⇒垂直跳び30m
・握力(一般ファティマ200kg≒一般騎士236kg)⇒測定不能だが、この時は240kgw位です。本気で握ると握りつぶせました。

そういえば、榊大臣の年齢って何歳なんでしょう?メカ本にもないし、千鶴の年齢も大人の事情で18歳のはずなので28歳の時の子供として46歳としましたが……


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第09話:ファーストコンタクト(後日)

――カイエンはアトロポスの地球についてまとめた第一次報告を執務室で読みながら以降の対応をアトロポスと共に検討していた。

 

 いやービックリした。此方と地球人とはある意味違う生き物と判ってはいたが、寿命が4~5倍も違うとはな。まあ、昼間に来た駒木中尉達の毛髪と日本帝国のネットワークから得たデータを確認したところ有精生殖が可能であることは確認されたのである意味OKなんだが、俺の外見上ではほぼ同年代の年齢が15~20歳となると、年の差約30歳とかあり得る事になるな。

 アトロポスの話では俺の遺伝子は非常に凶暴で、受精中に卵子を破壊してしまう可能性が非常に高いため生殖可能な卵子を持っている個体は非常に稀な存在らしいのだが、この星の女性の卵子は非常に強いらしくほぼ100%大丈夫らしい。

 

「アトロポス、食料関係の調査結果は白だったな?」

「我々の食料は地球人類に対して一般的な天然食材及び合成食は問題ありません。が、薬物の耐性に関しては弱いようです。大麻や覚せい剤など我々には特に効果が無い物も彼らには深刻な悪影響を及ぼしてしまうことが確認できました。ブレインクラッカー等は即死or即廃人のレベルです」

「それは医療上には影響があるか?」

「現状判明している範囲では無いと思われますが、実際には臨床試験が必要です」

「そらそうだ。誰だっていきなり知らない治療法を試される事になったら嫌がるからな」

「あと1月程すればWILLで回収した細胞が試験可能なレベルに培養が完了します。臨床試験等はその細胞で実施すればどの程度まで治療可能か判断がつきますが、遺伝子を解析した私の私見では問題なく治療が可能と思われます」

「それは良いことを聞いた。じゃあうっかり怪我をさせても大丈夫だな」

「あくまでも、脳が死んでいなければ、ですよマスター。やりすぎは駄目ですからね」

 

 取敢えずは少々やりすぎてもアトロポスと設備があれば大丈夫だな。移住院大臣はスキンヘッド&グラサンの強面オヤジだが、冷静さや状況の変化に対する柔軟性など単なる軍人ではなく一流の政治家でも通用する立派な人物なのだが、この前莫逆の友として紹介された紅蓮大佐という変た……もとい大きいお友……いや、脳筋からの熱烈過ぎるラブコール(挑戦状)の対応に困っていたからな。帝国軍の実力とやらを確認するいい機会だから次回は乗ってみるか。

※因に斯衛軍筆頭衛士として前線に出撃できる最高位が斯衛軍では大佐でこれを理由に紅蓮醍三郎本人が昇進を断っている為である。もちろん指揮官としても最前線に飛び出して戦うという点に目を瞑れば一流である

 

――最初の会談から1ヶ月後の2000年3月に日本帝国とWILLの間で正式に条約が交わされることが決定した。その詳細は一般には公開されず、五摂家や政府、城内省等上層部のみが知るところであり、一般には新型食料合成プラント運用を目的としたメガフロートとして発表された。食料合成プラントは、対人類戦争では戦略目標として狙われる施設であるため、関係者以外の立入りが禁止されることに違和感を持たれにくいからである。また、昨今の食料事情より、食料合成プラントは市民の関心を持つことで、敢えて過剰な詮索を避けることも目的としている。余談だが、多方面からの工作員達に対しては【拘束⇒洗脳⇒逆スパイとして母国へ帰還⇒軽度レベルの情報流出】の四連コンボにより鉄のカーテンをさながらレースのカーテンレベルに低下させている。

 

――締結される条約の主要な内容としては下記のとおりである。

一つ 日本帝国はWILLに対して自治を保証する

一つ WILLは日本帝国に対して領海借用費として年間200万人分(2000年2月末時点の日本帝国在住の難民人口)の食料を無料で供給する

一つ、借用領海範囲は相模湾に停泊しているWILLの周囲から12海里(約22.2km)とし、日本帝国はWILLが領海借用費を支払う限りにおいて領海として認める。但し、排他的経済水域等は有しない

一つ 日本帝国とWILLは政府間を通じて貿易を可能とする。なお、本項の貿易とは軍事的な依頼も含む

一つ 日本帝国はWILLに対して食料プラント警備の名目で帝国軍及び斯衛軍より最大で中隊規模の駐留部隊を派遣できる

一つ WILLは自衛に必要な場合、軍事力を行使できる

一つ WILL内は日本帝国の法律が適用されない。※但し駐留部隊駐屯地を除く

 

――要するに年間200万人分の食料で領海を借用し、駐留部隊という監視付きではあるが、貿易相手となるという内容である。(実際監視できるかは別としてだが)対外的には新型食料合成プラントとして日本帝国の企業所有地扱いであるが、これは諸外国との交渉を封じるための日本帝国の思惑があっての事だった。尤も交渉の途中からめんどくさがりはじめたカイエンから交渉役を引継いだアトロポスが締めるところは締めたので、WILL内の自治は確保することが出来た。(食料供給量や行動の自由権、WILL内における日本帝国の法律排除など)

 

この内容だと、俺らは日本帝国に寄生する形にだな。尤も此方の根拠地であるWILLは移動可能だから日本帝国に地政的な要因で縛られる心配は皆無であるし、別に此方は良いんだが……

 

「アトロポス、貿易って言ってもこちらは売り手にしかならんが、これは商売として成立するのか?日本帝国は貿易赤字一色だぞ? まぁ此方の生産能力は増設次第で数十億人は余裕で維持するだけのキャパがあるから大丈夫だが」

「対価はBETA等の機密情報やこちらの自由行動に伴う根回し等でも双方が了解したならばOKとしました。また、此方の設備で大半の元素は合成可能ですが、製作が大変な天然素材の織物(絹や綿等の織物)を、私はともかくとして、アレルギー体質であるあの子たちの衣類用として購入を予定しております。もちろんスーツの装甲等はこちらで製作します。尤も現状では彼らも此方のカードが食料・生活物資のみと思っていますから難民対策程度の規模で想定した場合、国庫への影響は少ないと判断したのではないでしょうか」

「まあ、200万人分は無料だし、追加注文が来ても割増にはしない予定だからお互い損はないから此方は問題無いか。まあ、後方支援国との国交に影響が出る程にのめり込まれて自滅してもそこは自己責任だよな。」

「交渉を担当した榊大臣は、状況を冷静に判断して目的のために覚悟を決められる政治家の様ですので国を維持する為にもそこまでの事はないと考えます。少なくともしばらくは無料分の食料でうまく運用するでしょう」

 

――アトロポスの予想はWILLから供給した食料が天然食材と同等の美味であり、現在流通している合成食材と一線を画するレベルだったため、配給した国民や一部の上級軍人による過激な陳情という名の無視できない圧力を日本帝国の政府が受け、大きく外れることになってしまう。また、日本政府からのオーダーで衛士用合成食(消化吸収率が99%以上という極めて高い合成食)を新規に開発することにもなった。開発に関して、駐留部隊が日本帝国側の開発担当兼試食係となることで合意した。これは、軍隊における食事が与える士気への影響を考慮した移住院大臣を筆頭とする城内省と斯衛の筆頭衛士である紅蓮大佐が配慮した結果でもある。後にA-T印の衛士用合成食がベストセラーとなり、市場を席巻することとなる。衛士用合成食による収益の取分はWILL7割、日本帝国3割と定められ、後年では日本帝国の収入の2割を占める貴重な収入源となる。

 

閑話休題

 




備考
本作AL世界における2000年時点での総人口は約25億人です。

本編にでは触れませんが、本作におけるオリジナルキャラクター移住院隼人氏がなぜ城内省の大臣をしているかといいますと、隼人氏の美人妻美樹(登場予定なし)の実家が西九条(五摂家の九条家の分家)だからです。娘は母方の姓を名乗り、西九条紗羅といいます。(登場予定なし)


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第10話:条約調印

――西暦2000年3月4日――

――この日非公式ながら、帝都城にて地球人類史上初の異星起源種との調印式典が行われようとしている。この調印式を当初日本帝国政府は内閣総理大臣榊を代表者として秘密裏に執り行うつもりであった。しかし、調印の格と今後の対日関係を考慮したアトロポスの交渉により将軍が主催で帝都城にて実施されることとなった。カイエン達はドーリーで帝都城に到着し、出迎えた城に仕える女官に案内され、控え室で寛いでいた。そこに赤服を着たメガネ美女がやってきた。

 

「ダグラス・カイエン様とアトロポス・ライム様ですか?」

「そうだが、あなたは?」

「お初にお目にかかります。小官は日本帝国政威大将軍、煌武院 悠陽殿下の付人をしております日本帝国斯衛軍所属、月詠 真耶中尉です」

 

 この人は知的な雰囲気の美人さんだな。主な仕事は将軍の身近な相談役だろうが、立ち居振る舞いを見る限りでは武官の方もできるようだ。実務的には秘書兼護衛といったところか。

 

「月詠中尉、マスターにどのようなご用件でしょうか?」

「調印式の準備が整いました、会場までご案内にと参上いたしました」

「了解した。案内をお願いするよ」

 

――こうしてカイエン達は月詠中尉に先導され、会場に向かった。会場には榊大臣や移住院大臣といった初交渉事からのメンバーと上座と思われる席に見知らぬ少女が座っていた。

 

 状況的に上座の少女が将軍か? 見た感じ17~18歳といったか、あんな子に一国の責任を押し付けるとは、個人的には日本帝国の風習は異常とも感じるが、その点を突きつけても価値観の違いとしか言い様がないな。

 

「初めましてお嬢さん、私はダグラス・カイエンという。本日は、お招きいただき光栄です」

 

――カイエンの砕けた挨拶を聞いて月詠中尉は顔を顰めたが、声を掛けられた少女、煌武院 悠陽は穏やかな笑みを浮かべて返答をした。

 

「相模湾に停泊されている航宙艦WILLの総司令殿ですね。私は皇帝陛下より将軍の役職を任ぜられている煌武院 悠陽と申します。今後共よしなにお願いします」

 

 “よしなに”ねぇ。それは誰にあるいは何に対してなのかは、深く追求するべきではないんだろうな。

 

「それにしても私よりもお若そうなのに、お嬢さんはいささか誤用ではありませんか?」

「ん? いやいや私のほうが年齢でいえば年上になるはずですよ。私とアトロポスはこんなナリですが、発生より地球時間で50年程経過しています」

「え?」

 

 他の奴らも目を丸くして驚いているな、まぁ隠す必要もない事実だ。このあたりで驚かすにはもってこいの話題だな。

 

「我々は地球の方々と比較して長寿なのですよ。そう言う意味ではあなたたちとは違う種族と言えるのでしょうね」

「なんと……、地球出身ではないと伺ってはいましたがそのような違いがあるのですね」

「こちらの調査で交配可能であることもわかっていますよ。これは私達がこの惑星に来て最も良かったと思える点ですよ」

「ということはこの地球へ来た真の目的は……」

「隠す必要も無いので明かしてしまいますが、嫁を探しに来た。とでも申しましょう。愛する妻達に囲まれての生活が理想ですね」

 

――煌武院 悠陽はカイエンの旅の理由が宇宙を股にかけた壮大な嫁探しと判り、可笑しくなった。

 

「そういう理由ですか。ですが、我が臣民の身柄はそう易々と拉致するような事叶うと思わないでいただきたいですね。」

「肝に命じておきましょう。騎士の矜持にかけて拉致などという真似は致しません。本人の自由意思に任せますよ。私にとっての騎士とは君主と美しき婦人の為に戦うものですから」

 

――こうしてカイエンと煌武院 悠陽の顔合わせが終わり、無事調印式が終了した。余談であるが、この調印式後の晩餐において出された天然素材製の食事を食べたカイエンがほぼ同等レベルの食料をドーリーに積んでおり、試食会と称して翌日の朝食・昼食として提供し日本帝国の上層部に質の高さを文字通り味あわせた。

 




今回で交渉編は終了です。


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九州奪還編
第11話:任務受諾


新章開始です


――提供する商品の品質を理解させることに成功したカイエン達が煌武院 悠陽達上層部と談話していた頃、西日本ではBETA駆逐部隊が中国・四国地方を奪回し、九州にいるBETA本体と関門海峡で激しい睨み合いをしていた。国連軍と日本帝国の共同作戦であるこの九州奪還作戦における国連軍の役割は鉄原ハイヴからの援軍を遮断することに専念し、日本帝国軍が関門海峡での睨み合いと、奪還したばかりの四国から最新鋭戦術機である武御雷を配備した第10斯衛大隊を中核とした二個連隊の別働隊が豊予海峡を利用して九州へ上陸し、一気に橋頭堡を確保するための電撃作戦の二正面作戦を担当していた。

 

――電撃侵攻部隊指揮官にHQから一報がもたらされる

 

『HQよりハイドラ1へ、作戦準備が整いました』

「ハイドラ1了解。――ハイドラ1より連隊各機へ、パーティーの準備が整った。繰り返す、パーティーの準備が整った。奪われたものを取り返す時だ、各員奮闘せよ」

『『『『了解!』』』』

 

――2週間後の2000年3月中旬、帝国連合艦隊第二戦隊による海上からの制圧支援砲撃を背景に大分・宮崎を奪い返す事に成功する。しかし、その代償は決して小さいものではなく、電撃作戦に参加した部隊の約2割が全損或いは大破となり、組織的な立て直しを必要となった。九州の残存BETAの7割は福岡・佐賀に居り、残り3割に関しては長崎・熊本・鹿児島に広く点在している。これは九州の阿蘇・霧島・雲仙岳・桜島等の火山地帯から距離をとった結果と考えられている。九州奪還には損耗した侵攻部隊だけでは手が足りない現状を鑑みた作戦司令部は、帝国軍司令部へ増援を要請したが、佐渡島ハイヴを抑える絶対防衛線からの戦力の抽出はもはや不可能な状態であり、帝都防衛隊は距離的事情により輸送が間に合わない(WILL駐留部隊は西日本奪還後にWILLへ派遣予定)、余剰戦力が欠いた事により戦線が膠着状態に陥ってしまった。

 

――このような状況下に頭を悩ませた榊・移住院の両大臣に下関で指揮を執っている紅蓮大佐から発想の転換をもたらす意見を得てWILLへとある連絡をいれた。

 

―――西暦2000年3月20日―――

 

「マスター、移住院さんから通信が来ました」

「ん? こっちに回してくれ」

 

 はて? 何の用かな。契約の食料はこの前しっかりと送っておいたから今すぐどうこうするような事はないはずなんだが。それに某国々の諜報機関達からの情報では、日本帝国は九州でBETA共とドンパチしていたはずだからこちらにちょっかいかける戦力的余裕はないのだけれどな。

 

『先日ぶりですな、カイエン殿』

「ええ、先日ぶりです。榊大臣、移住院大臣。ところで本日はいかがな御用でしょうか?」

『カイエン殿は現在帝国軍が九州奪還作戦を実施していることはご存知か?』

「もちろん。予定ではその作戦が終了次第、WILLへ駐留部隊がやってくるのでしたね。此方の受け入れ準備は完了していますので、いつお越しいただいても問題ありませんよ」

『実はWILLと新規の取引を行いたい』

 

 顔つきが変わったな、ここが本題か。新規の取引ね、前後の状況から言えば軍事に関わる依頼と見るべきか。

 

「どのような内容でしょうか?」

『九州南部、主に熊本南部と鹿児島のBETA掃討の戦力(戦術機108機+中隊規模の支援車両)を輸送してほしい』

 

 おや? ずいぶん過激な内容だな。てっきり軍事物資の調達かと思っていたのだが、戦闘になる可能性がある依頼ときたか、何か追い詰められているのか?

 

「報酬は?」

『引き受けてもらえるのかね?』

「条件次第ですね。契約の基本は等価交換、お互いWinWinが望ましいでしょう」

『ウム、現在支払ってもらっている食料支援の減額ではどうかね』

「それは却下です。先日成立させたばかりの条約をそう簡単に変更するのは将来に禍根を残しかねません。そういう前例は作るべきではないでしょう。」

 

 此方の食料生産量は元々過剰に作れてしまうから、此方のメリットが全くないんだよね。

 

『ではどの様な報酬であれば構わないのかね?』

「ふむ。そうですね、この2点ならどうでしょうか。1つ目、BETAと友軍戦力のデータを先払いでいただきましょう。2つ目、絹と綿の反物を各100本。これでどうですか」

『1つ目は戦闘に必要だとわかるが2つ目はそれだけで良いのかね?』

 

其れは価値観の違いだな。こちらではそれらは入手が困難なのでね。あいつらの服を作るのが厄介だったのさ。

 

「初回なのでサービスですよ。ああ、それと移住院大臣、現地でもし戦闘に巻き込まれた場合、応戦は許されるのでしょうね?」

『もちろんだ。自衛においてBETA相手の戦闘は規制する事はない。但し、土地を占領することや土地を重度に汚染することは許されない。もちろんフレンドリーファイアも極力無いようにしてもらいたい』

 

なるほど。正当防衛なら、OKということか。こちらの兵器は基本的に土地を得るための戦争に使っていた物だから、バスター砲等の一部以外は基本的に無害だから大丈夫だな。一番心配なのは友軍がショックバスターの衝撃波に耐えられるかだが、これはデータをアトロポスに解析してもらわないと何とも言えないな。

 

「確認だが、此方が攻撃の時に退避を促して従わなかった場合に発生したフレンドリーファイアは無罪と認められるか? もちろんIFFのデータもいただけると思っているが」

『戦闘に必要な最低限のデータは提供を約束する。そちらこそこちらのIFFデータを反映できるのか?』

 

 心配しているのか、或いは試しているのか。まあ、どちらでも構わないか。

 

「問題無い、こちらにもIFFはあるから入出力内容を変更するだけで対応可能だ」

『そうか、ではこちらのコードとデータを送るので確認してくれ。因に出撃までにどのくらいの時が必要だ?』

「そちらの荷物の量次第で決まるが此方は保有の輸送艦を使うから明日には準備は完了する。現場までの輸送時間も多めにみて1時間もあれば十分だ」

 

――カイエンの返答を聴いた榊・移住院両名は驚愕の表情を隠せなかった。通常この量を輸送する場合は、荷物の量から陸上輸送では1週間程度かかってしまい海路でも3~4日の時間を要する。それを準備に一日という圧倒的に短い時間で成し遂げられるWILLの実力に自身のもつ常識がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じるばかりであった。

 

――通信を終えたカイエンはアトロポスに巡航輸送艦イールの出撃準備と入手したデータ解析を指示したあと、バスクチュアルにイールの操艦と防衛兵器として搭載する戦車(E-75)30台の遠隔制御を担当させることにした。

 

――こうして九州を舞台とした戦いにカイエンは身を投じる事となった。




このハイドラ1はType-00R(青)に載っている崇宰恭子です。

補足
E-75:F.S.S.第7~8巻に登場したバシュチェンコが乗ってた空中戦車です。
原作設定
最高速度はマッハ10とのことですが、滅多にそこまでの速度で飛行はしないそうです。
マッハ5位で地上100m(要塞級の衝角が届かない高度)を飛んだら爆撃機いらないかもしれませんね。衝撃波が爆撃になりますので\(^o^)/


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第12話:WILL内ブリーフィング

――カイエンはアトロポス、バスクチュアル、そして留守中のWILLの防衛システムを管理するヴィッターシャッセと共に日本帝国から提供されたBETAの個体情報と友軍となる戦術機・戦闘車両のデータを確認していた。

 

「マスター、率直に申し上げますが、今回の作戦における実質的対価が反物200本では安すぎます」

 

 ゲ! アトロポスの表情はスッゲー可愛い笑顔なんだけど、目が笑ってないし後ろに修羅がゴゴゴゴゴゴって見える気がする……。

 

「いや、バスクチュアル達の肌着も不足していたから補充にちょうどいいかなと……」

「それについては、既に私が購入の手配を予定していました。調印式典で配給した食料パックにも尾北提督を通じて横須賀海軍基地から注文がありましたし、食材単身での注文も数件受注しているので、当面資金は不自由していません」

「じゃ、じゃあ問題ないんだよな~」

「そう言う問題ではありません!!」

「いやいや。金に困っていないんなら少々下手を打っても大丈夫だろ~。現金取引では無いとは言え120万フェザー(6億円)分は収入になるのだから、120日以上かけなければ、1日あたり1万フェザー(500万円)以上の稼ぎにはなっているハズ」

 

 あ、アトロポスの口元が引きつってきた……

 

「ムァースチャー。反物1本が6千フェザー(300万円)って、WILLでの価値ですよね?」

「そ、そうだけど……」

 

 そのべらんめぇ調ひっじょうに怖いです。ガクブルガクブル

 

「日本の物価では高級な反物1本が400フェザー(20万円)位なんですよ」

「げ、それじゃあ……総額8万フェザー(4千万円)?」

「ええ、その通りです」

 

 な、なんてこった!15分の1じゃねーか。どおりで『それだけで良いのかね?』なんて心配そうな口調だったんだな。ガックリorz

 

「今回の依頼は戦闘の可能性を含んだ初の依頼です。いくら初回でサービス価格と念を押していても価格の基準になってしまいました。榊大臣あたりはその辺を今後しっかり突いてくる政治家です。もう、マスターは価格交渉には出ないでくださいね」

「はい。わかりましたもう、今後の取引関係はアトロポスにお任せします」

 

 流石に今回のポカは尾を引きそうだなぁ。今後の対価交渉についてはアトロポスに頼むとするか……条約交渉の時に榊大臣を真剣泣きさせていたのを脇からこっそり見ていたが、アレは俺には不可能だ……。

 

「コホン、話がそれてしまったな。今回の依頼内容は、要約するとお客さんの輸送と護衛だ」

「本当に要約しましたね……」

 

 アトロポス、そんなに呆れた顔で言わないでくれ。……わかったから、説明するから。

 

「えー、今回の輸送に関して必要条件として①お客さんを目的地に届ける。②護衛対象を九州奪還まで守りきる。③お客さんを現地展開部隊“ハイドラ”合流まで守る。の3点がありまーす」

 

 自分で言っておいてなんだが、守ってばっかだな。

 

「マスター、守ル・際ノ・規約ハ・何ガ・有ルノ・デスカ?」

「おお、バスクチュアルいいところに気がついたね。基本的には2つ有る。①土地を重度に汚染しない。②友軍に物理的ダメージを与えない。の2点だ。他にも占領するな。とかもあるんだが……ま、元々占領する気が更々ないので気にするな」

「私たちの保有している兵器は元々可能な限り土地を汚染しないように開発されていますが、重度の汚染とはどの程度を指すのでしょうね」

 

確かにその辺は曖昧なんだよな。一般的な作戦データを見る限りでは重金属汚染はOKと読み取れるし、銃弾は劣化とはいえ放射性物質(ウラン)だ。これが許容された汚染範囲とすると、残留放射線が異常に高い等を指すのかな。あるいは……

 

「横浜基地の重力異常を引き起こした爆弾(G弾)のような物を指す、のかもしれませんね」

 

 流石、アトロポスだ。その答えが直ぐに出るところをみると、横浜の重力異常は解析済みか。

 

「今回の作戦概要を説明すると、①現在建設中の横浜基地軍港でお客さんをイールのコンテナにご案内。②鹿児島の大隅半島辺にいるBETAを対地砲撃で制圧。③制圧が完了次第、“ハイドラ”部隊に連絡をいれ、上陸部隊との合流を支援。④“ハイドラ”部隊のCPをイールのコンテナに乗艦している後方部隊と合流。⑤補給基地とCPを兼ねた移動基地として九州奪還戦を観戦。といった感じだな」

「では、フェイズ②の大隅半島制圧が肝になりますね」

「そうだな。最初の一手で可能な限り殲滅すると後の護衛期間に楽ができそうだ」

「その方針ですと、制圧射撃の範囲は友軍に影響の無い範囲のBETAを粉砕する。で、よろしいでしょうか」

「ああ、バスクチュアルにイールに搭載した対地砲撃の適時使用を許可する。ビョンドシーカーで友軍との距離やBETAの配置に注意してくれ。くれぐれも衝撃波で彼らが傷がつくような事が無いようにね。直援のE-75は不意に接近してきた奴らの掃討を任せる」

「イエス・マスター」

 

 これで、とりあえずは大丈夫そうだな。

 

「俺とアトロポスはオージェで予備戦力として待機だ。無いとは思うが追加ミッションが来たら対応する」

「はい、既に地形データや照準調整等は完了しています。メインウエポンとして、実剣・光剣を準備しておきました」

「ありがとう」

 

 流石に仕事が速すぎないか?(汗)まあ、困ることはないのだけれど……

 

「ヴィッターシャッセ、君はWILLでお留守番だ。恐らく我々が抜けた事を幸いに如何わしい奴らがまたやってくると思う。こいつらはいつもより若干キツ目にお仕置きしておいてくれ」

「了解いたしましたわ。フフフ、彼らの扉を開いて差し上げます」

 

――カイエンは、ヴィッターシャッセの発言を受けて冷汗を流していた。因に、このWILLでのヴィッターシャッセの主任務が工作員の洗脳(調教)役だったりするのは全く関係のないお話である。

 

「あ、あー、程ほどにな?」

「もちろんです」

 

 本当に恐ろしい……ヴィッターシャッセを真の意味で娶れるのはかなりマニアックな(性癖の)人物だけだろうな。WILLにおける真の最恐は彼女だろう……。

 

「乗艦予定のお客さんは日本帝国軍・日本帝国斯衛軍・国連統合軍の3つの組織から其々いらっしゃるから、イールのコンテナも7つ用意しておいてくれ、内訳は戦術機や戦闘車両を組織毎に積み込むコンテナ3個と各組織の居住区3個とCP用コンテナの計7つだ。此方サイドのオージェやE-75、オプションの重砲あたりは通常格納庫で問題ないだろ?」

「収容量は問題ありません。しかし何故態々バラバラの所属でくるのでしょう」

「国連軍は急遽増えたらしいぞ、依頼された当初は日本帝国軍と斯衛軍で2:1になる予定だったんだ。何か特殊な事情でもあるんだろうな」

 

真相は不明だが、国連軍の派遣には何か事情があることだけは確かだ。しかも日本帝国軍の作戦に割り込めるだけの権力を持った人物の事情か。どんな人物か気になるな、警戒すべきか、放置すべきか、或いはお友達が良いのか。作戦が終わってからアトロポスに調べさせた方がいいな。

 

――こうして巡洋輸送艦イールの出撃準備が整い、西暦2000年3月22日の早朝、横浜基地へカイエン達は向かうのであった。




ヴィッターシャッセはこんなキャラにするつもりはなかったのですが……。因に彼女が言っている“扉”の意味や“洗脳方法”等は読者の方々で各自脳内補完してください。(本筋と全く関係ないので描写シーンは当然今後もありません!)


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第13話:横浜基地ブリーフィング

――カイエン達が横浜基地への出発と時を同じくして、横浜基地某所では基地司令パウル・ラダビノッド准将が副司令香月 夕呼に最後の確認をしていた。

 

「本当にこれで、良かったのかね?」

「お気遣いありがとうございます。しかし、現状において大隊規模のA-01を有機的に運用可能な指揮官は彼女しか居ません。先の明星作戦及び京都奪還戦で第1~第9までの全中隊は全滅しました。なんとか先日任官した者達を加えて部隊を再編成したものの、大隊長や大隊長教育を受けていた衛士は軒並みKIA、第9中隊の伊隅がなんとか生き残りましたが、彼女に大隊規模の指揮が可能な視野はまだ備わっていない」

「そこで、急遽大隊長経験者の彼女がカムバック、かね」

「流石に第三世代機の慣熟をしていないのでCPでの指揮となりますが、彼女の言葉には皆従順に従うでしょう」

「確かに、あの大隊は皆彼女の教え子でもあったな」

「ええ、先日任官した新任少尉達も彼女の教導を受けています。教導の質が良いのか、任務の難易度を考慮した場合、生還率は他の部隊と比較して20%程高い数値を示しています」

「仕方がないこととはいえ、そのような優秀な教導者すら戦場に送り出さなければならないとは……つくづくソ連領北部と鉄原ハイヴのBETA牽制に戦力の大部分を割かれている事が悔やまれる」

 

――ラダビノッド司令の言葉は人材育成の重要性を認識した者だけが言える言葉であった。教導者や教師等教育に携わる者を消耗させる事は、すなわち次代や次々代に社会を支える人材の喪失を意味する。末期的な地球の情勢を悔しい思いで述懐することしかできなかった。

 

――ラダビノッドの述懐を聞きつつ夕呼は作戦に対する断固たる決意を語った。

 

「しかも、我々が今回の作戦に割り込んだ以上、九州奪還はあらゆる犠牲が生じても必須事項です」

「そこまでの事があの九州にあるのかね」

「九州に“ある”のではなく、“赴く”ですわ。1ヶ月前の異常な光景は基地司令もご覧になりましたでしょう?」

「日本政府がWILLと呼称しているメガフロートが突然現れ、いくつかのアドバルーンを上げ、帝国連合艦隊第2戦隊が赴いた」

「そして、数日後にはなんと空に浮かんだ。現実的に考えてあんな物を作る技術は地球上に存在していません。しかしながら、今現在相模湾沖に存在している。少なくともあれはなにか特別なものであることはわかります。そして今回そのWILLから輸送艦が派遣され、戦力を九州まで運搬する。WILLを支配している者が何者かはまだ判明していませんが、その人物や技術と接触するまたとない好機であることは間違いありません」

 

――夕呼はそう言い、悪者の笑みを浮かべるのであった。その笑みが感情を押し殺した結果であることはわかったが、付き合いが半年程度のラダビノッドにはその真意を掴むことはできなかった。

 

「では、辞令の授与は博士が直接行ってくれたまえ」

「……ご配慮ありがとうございます」

 

――ラダビノッドとの打ち合わせを終えた香月 夕呼は居室に神宮寺 まりもを呼び出した。

 

「香月副司令、神宮寺軍曹がいらっしゃいました」

「わかったわ、ピアティフ。まりもが入室したら、あなたは席を外して頂戴」

「了解しました」

 

――そう答えるとピアティフ中尉は神宮寺まりもと入れ替わるように退室した。

 

「神宮寺軍曹入室します。博士、今回はどの様な御用でしょうか」

 

――神宮寺まりもは教本に載せても全く遜色のない敬礼を行ったが、その敬礼を見た香月夕呼はため息をつきながら答えた。

 

「ハアッ あのね~まりも、ココは私と貴方の二人っきりよ」

「しかし……」

「二人っきりよ」

 

――そう夕呼が念をおしていうと、まりももため息をつきながら応対する。

 

「ハアッ 夕呼突然呼び出して何の用? 私これでも新任少尉達の出撃準備を手伝っていたんだけど」

「あなたも出撃よ」

「え? 私、次期候補生の受け入れ準備もあるし、だいたい階級が足りないわよ」

 

――まりもから階級という単語が出てきたことで夕呼は悪巧みが成功した時の笑顔を浮かべながらまりもに答えた。

 

「階級? そんなことなら既に解決済みよ。“少佐”殿」

「は?」

「だから、あんたは今、現時刻をもって少佐に復帰なの」

「えぇぇぇぇぇぇ、夕呼! 階級っていうものはそんな簡単に変更するようなものじゃないわよ!」

「だって、今あんたに少佐の階級が必要だからしょうがないじゃない。だいたい、訓練校の教官になる前は少佐だったんだから、単なる復帰でしょう」

「でも……」

「はい、これ辞令と命令書。基地司令の署名入りよ。普通の軍曹相手じゃありえないわよ~。この部屋を出たらピアティフから階級章を受け取っときなさいね」

「ぐ……はぁ、わかったわよ」

 

――なおも食い下がろうとするまりもに、夕呼は止めのセリフを使い反論を封じた。こうして神宮寺まりも少佐は大隊長として九州奪還作戦に従軍することとなった。

 

「ああ。それと、私からの命令で、作戦の第一優先目的はあんた達を九州まで安全に載せてってくれる船の戦力調査だからね。」

「え?」

「なんでも、その輸送艦のオーナーは『お客と積荷の安全は保証する』と豪語したそうよ。良かったわね」

「ちょっと。どういう事なのよ!」

「詳細はその命令書を読んでね。あと、読み終わったらソコのシュレッダーを使って完全に廃棄してね。ソレ、A級の極秘文書だからこの部屋からの持ち出しも厳禁よ」

 

――そう言い残して夕呼は、困惑したまりもを放置したまま部屋出ていくのであった。

 

 

2000年3月22日 AM09:00

 

 

――巡洋輸送艦イールはWILLから出発した後も潜行したままで横浜基地へ向かっていた。

 

「マスター。ソロソロ・横浜基地ニ・連絡ヲ・入レル・時間・デス」

「ん? そうか、バスクチュアル本艦の前進を一旦止め、飛行状態に移行してホバリングしておいてくれ」

「イエス・マスター」

「アトロポス、浮上したら横浜基地の管制を呼び出してくれ。事前の打ち合わせでは海側の第一滑走路に向かえば良いはずだが、変更もあるかもしれない」

「了解いたしました。マスター、管制の呼び出しを開始いたします。」

 

――横浜基地の管制官は海中から浮上し、空中に浮かぶ巨大なイールの様子を呆気にとられながらもなんとか第一滑走路まで誘導する事に成功した。イールのタラップから地上に降り立ったカイエンとアトロポスを出迎えたのは伊隅みちる大尉と涼宮遙中尉であった。

 

「ようこそ、横浜基地へ。私は伊隅みちる大尉です」

「私は涼宮遙中尉です」

「こちらこそ、出迎えご苦労。俺はWILLのダグラス・カイエンだ。こっちは俺のパートナーのアトロポス」

「初めまして伊隅大尉、涼宮中尉、アトロポス・ライムです。よろしくお願いいたします」

 

――みちる達はカイエンの外見年齢に似合わない尊大な態度とアトロポスの優雅なそぶりが非常に対照的であり、我儘坊ちゃんと振り回される従者を幻視した。

 

「貴艦での輸送と九州上陸部隊合流後の事前ブリーフィングの準備は完了しております。会場までご案内いたします」

「了解した」

「お願いいたします」

 

――そうしてカイエン達を伴ってみちる達は出撃する部隊の士官たちが集まったブリーフィングルームに向かおうと踵を返し、暫く歩いているときカイエンが遙を見ながらアトロポスに声をかけた。

 

「アトロポス、どう診断する?」

「そうですね、私の見立てでは、過去に重症を負ったと推察します」

「なるほど、じゃあ後遺症か?」

「怪我の内容によります。後遺症が残るレベルであれば、一見して怪我をしたことがない外見が気になります。あるいは……」

「あ、あの本人を目の前にして勝手に討論を始めないでください」

「ああ、すまんね。なんとなく中尉の歩調に乱れを感じてしまってつい原因に興味がでたのでね。」

「不快な思いをさせて申し訳ありません」

 

――頭を下げるカイエンたちに驚いた遙だったが、素直な態度に好感を持ち、謝罪を受け入れた。謝罪後は談笑しながら基地内を進み、ブリーフィングルームに到着した。

 

「カイエン司令、こちらがブリーフィング会場になります。それで、大変申し上げにくいのですが、お腰の物はこちらでお預かりしてもよろしいでしょうか。軍規ではブリーフィングルームなど人の集まる施設では武器を持ち込まないようになっておりまして……」

「会場を出たら返してもらえるんだろうな?」

「もちろんです」

 

実剣でなく光剣の方が良かったか? こちらの実剣は、斯衛軍では基本武装らしいから違和感の無い実剣をあえて選んだんだが、ある意味裏目に出たか? アトロポスの光剣について言及されていないところを見ると光剣についての情報は流れていなさそうでだな。

 

「わかった。重いから気をつけてくれ」

「はい……キャ」

 

――そう言うとカイエンは腰に差していた実剣を片手で涼宮中尉に渡したが、受取った瞬間に取り落としそうになった為、カイエンは掴みなおすことで涼宮中尉を支えることになった。

 

「だから重いと言っただろう?」

「すみません。こんなに重い日本刀とは想像していませんでした」

「こちらの文化を調査した時に知ったが、普通の日本刀は太刀でも1~2kg程度のようだからな、ちなみにこれは日本刀ではなく、スパイドという実剣で重量は凡そ25kg程ってところだ。涼宮中尉、大丈夫か?」

「は、はい。想像より重さが違いすぎて取り落としそうになっただけですので」

 

――カイエンから実剣の重さを聞いた涼宮中尉は、実剣を受け取りギュッと抱きしめる形で握り締めた。

 

 む、涼宮中尉の渓谷に実剣が収まって……うん。エロいなぁ……うぉっ。アトロポス、いきなり後頭部にチョップはひッ……ごめんなさい。

 

「マスター? そろそろ入室しましょう」

「あ、ああ、わかった。伊隅大尉おねがいする」

「え? は、はい。了解いたしました」

「?」

 

――カイエンとアトロポスのやり取りを見た伊隅は、呆気にとられていたが声を掛けられた事で正気にもどり、カイエンたちをブリーフィングルームに案内した。ブリーフィングでは、今朝突然少佐に昇進したばかりの神宮寺まりもが、カイエン達の提出していた作戦概要(90%以上アトロポスが立案)の説明を開始しようとしていた。

 

「それでは本作戦を説明する。今回の作戦の第一優先目的は九州の奪還にある。まず、横浜基地ではWILL所属の巡洋輸送艦イールに乗り込み、海中を潜行し現在日本帝国軍で確保している佐賀関港より上陸し、現在別府~阿蘇防衛ラインで交戦中の戦術機甲連隊ハイドラと合流する。次に……」

 

――今回のブリーフィングで語られた内容の要点を挙げると以下のスケジュールになる。

 ①巡洋輸送艦イール(以後イール)にて佐賀関港に拠点を置いている電撃侵攻部隊のCPを回収

 ②イールをCPとして運用しつつ宮崎から鹿児島⇒熊本の順に制圧

 ③福岡との県境で戦線を構築

 ④下関部隊と侵攻部隊の一斉挟撃で敵主力の福岡在留BETAを殲滅

 ⑤福岡奪還後は福岡⇒佐賀と熊本から八代経由で長崎を挟撃して奪還完了

 ⑥奪還完了後、東日本駐留部隊はイールに乗艦し横浜基地まで移動

 

なお、福岡には軍団規模(約3万)、鹿児島・熊本・長崎・佐賀にはそれぞれに旅団規模(約5,000)のBETAが存在していると想定されている。福岡以外の場所にBETAが少ない理由は、阿蘇・霧島・桜島・雲仙等の火山が密集しており展開できるスペースが足りなかったと考えられている。

 

――ブリーフィング後、イールのコンテナに戦術機108機 内訳(帝国斯衛軍:武御雷12機、瑞鶴24機 日本帝国軍:不知火24機、吹雪12機 国連軍:不知火:12機、擊震12機、陽炎12機) 戦車大隊(90式戦車等計76台)を載せ、別コンテナを宿舎、弾薬庫とした。内訳(第二コンテナ:宿舎兼CP 第三コンテナ:戦車大隊 第四コンテナ:斯衛軍 第五コンテナ:帝国軍 第六コンテナ:国連軍 第七:弾薬庫)コンテナのスペースは大きく、戦術機108機程度であれば1コンテナに収まったが、帰りに乗艦する部隊のスペースも確保している。因に第一コンテナは立入り禁止となっている。(オージェ・アルスキュル1機とE-75が30台、重砲ディグ20台が搭載されている)




BETAの数って原作中では非常に多いと表現されていますが、戦術機との戦力比を見ると少なく感じるのは気のせい?

戦術機:BETA
小隊4機:30~60
中隊12機:60~250
大隊36機:300~1000
連隊108機:2000~5000

大型種の足元に居る無数の小型種を数えていないならある程度納得ですが
もともとはBETAと戦うための適切な戦力比を基準にしているはずなのですが……


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第14話:九州上陸戦という名の……

巡洋輸送艦イールの諸元(F.S.S.リブート4巻のP.342設定)
全長:287m~
輸送量:27,000t~
総排水量:185,000t以上
武装:空中砲塔 320mm、ガンランチャー4基
魚雷発射管:前方5門 後方2門
速度:1光年を78時間で加速



――2000年3月23日AM11:00――

 

――荷物積込の対応をバスクチュアルに指示し終わった時、カイエンは非常に不機嫌になっていた。不機嫌の原因は横浜基地に来てから度々遠巻きにチラチラと自身の思考を覗こうとする気配だ。カイエンのダイバーパワーによって感知され、弾かれているので覗き(リーディング)自体は成功していないが、さながらモスキート音を耳元で鳴らされている様な不快感をもたらしていた。

――カイエンの異様な不機嫌さを感じた伊隅大尉と涼宮中尉は戦々恐々となりながら廊下を先導していた。

 

 あーウザイ! なんなんだこの感触は! こう手の届かない場所に虫刺されができたような感触は。

 

「マスター。大丈夫ですか?」

「あー、正直大丈夫ではないな。思わず暴れたくなる」

「ご自重して下さい。それではこの基地が消滅してしまいます」

「わかっているさ。ここは日本帝国の所属ではないとはいえ、国内の基地で騒動を起こすリスクは承知している」

「くれぐれもご自重お願いします。ところで伊隅大尉」

「は、はい。アトロポスさんどうしました?」

「現在この基地に人の心に干渉する超能力者のような者が居ますか?」

「超能力者ですか? 小官ではわかりかねるのですが……」

「そうですか。その人物を消しても良いか聞こうと思ったのですが……難しいですね」

「そのような物騒な事はおっしゃらないでください」

 

 とか言いながらアトロポスのことだから実行犯の予測はついているんだろうな。あえて隠している集音マイクの近くで伊隅大尉に話を振ったということは、伊隅大尉の上司かあるいは基地全体への警告といったところか。ん? どうやら危機を感じて覗見をやめたようだな。

 

「取りあえずは静かになったな」

「お疲れさまです。今後の対応は以下がなさいますか?」

「そうだな……伊隅大尉、とりあえず貴官の上司にそういう能力者が基地内に潜伏し、こちらに干渉を仕掛けていたことと、以後干渉があった場合は独自に対応をさせていただく旨を報告しておいてくれ。ちなみに伊隅大尉の上司は誰だ?」

「は、当横浜基地の副司令です。副司令にはカイエン司令のおっしゃられていた内容を違わず報告いたします」

 

 

――こうして横浜基地で増援部隊を積込んだイールは2000年3月23日PM03:00に九州奪還作戦侵攻部隊本部がある佐賀関港に向けて出発するのであった。

 

 

《閑話》

 

――イールに乗り込んだ増援部隊の面々は宿舎コンテナの室内が個室であり、すべての部屋がビジネスホテルクラスの設備が完備されていた。(少尉以上の士官でなければ6~8名の大部屋になることが一般的)このような厚遇を受け、PXの食事はWILL印と一般兵士達は狂喜乱舞の如く好感を持った。尤もこの対応はWILLにとっては特別対応をするつもりではなく、兵員輸送コンテナを複数持ち込む手間と士官用コンテナを一基用意する場合を天秤にかけた結果だ。食事についてもWILLで生産したものを使用しているだけで特別なことは一切なかったりする。好感度を得たことはあくまでも純粋に嬉しいおまけでしかない。

――一方割を食う結果となってしまったのは衛士達である。出撃12時間前には衛士用の合成食材を用いた食事に変更しなければならない都合上乗船直後の食事はWILL印の食事であったが、九州上陸前の食事から衛士用の物が配給され、あまりの落差に絶望を味わうことになった。絶望を体験した三軍(帝国軍・斯衛軍・国連軍)の衛士からの突き上げが原因でWILL印の衛士用合成食がとてつもない速度で開発されるのであった。

 

《閑話休題》

 

――増援部隊を積み込んで出発した巡洋輸送艦イールは潜行しながら順調に高知県足摺岬沖を通過しようとしていた時、九州の状況を伝える一報がイール艦橋に入った。

 

「マス・ター・ビョンド・シーカー・ヨリ・入電・デス」

「わかった。こっちに回してくれ」

「イエス・マス・ター」

 

――ビョンドシーカーからもたらされた映像は宮崎の海岸を北へ向かって軍団規模のBETAが侵攻している映像であった。

 

 

「ん? この映像は宮崎県の沿岸部だよな、やたらとBETAが犇めいていないか?」

「確かに、事前の情報では九州南部に存在するBETAは大隊規模単位でまばらに配置されているはずなのですが……」

「こういう時はオブザーバーの方々にも意見を求めたほうが賢明かね」

「…………そうですね、約30年の戦訓には似たようなケースがあるかもしれません。では宿舎コンテナに向かいましょうか」

 

 あのコンテナ宿舎までブリッジから向かうのは結構距離があってめんどうなんだよな、それに、あの神宮寺少佐達はどちらかというと戦いに来たというよりもこちらの戦力把握に来た観戦武官っていうのが正しい立場なんだろうしな。そんな相手をする場合はあるこちらにとってレベルの低い情報をあえて持たせたほうが余計な介入を防ぐことにもつながるから今回の話題は丁度よい機会だろう

 

「ブリッジに呼び出したほうが早いんじゃないか?」

「……そうですね、今回持ち込んだ兵器は元々知られても問題ない程度の機密レベルですからいっそのこと見やすい状況を整えた方が情報を操作しやすくなりますね」

「バスクチュアル、斯衛軍の泰阜少佐と国連軍の神宮寺少佐をブリッジまでお通ししろ」

「イエス・マスター」

 

――BETAから約50kmの沖合に浮上した頃、斯衛軍の安岡宗樹少佐(やすおか ひろき)とまりもがブリッジに現れた。

――なお、この約50kmという距離は100m程上空までが重光線級の照射可能水面であり、イールは浮上時の喫水線から上は10m程あるので、水上艦としては約25kmまでは近寄る事が可能。

 

「帝国斯衛軍安岡少佐並びに国連軍神宮寺少佐、お呼により参上しました。」

「態々ご苦労さん。九州のBETAに動きがあったので過去の戦訓や今後の作戦を協議する必要があったので急いで来てもらった」

「!! 九州の部隊は無事なのでしょうか?」

「現状では無事だ。尤も現在集結中のBETAが動き出したら退路を塞がれる形で挟撃されるので壊滅は必至と言ったところか」

「ならばすぐにでも救援をお願いします!」

「安岡少佐少し落ち着いてください。マスターの先ほどの予想はあくまでも救援がなかった場合の結果であり、現在の我々が救援に向かう準備が進行中です」

 

――そう言ってアトロポスが安岡少佐を落ち着けているのを見ながらまりもが発言した。

 

「それでは我々をブリッジに召集した目的はなんでしょうか。見たところ其方に座っているブリッジ要員以外を退室させてまで秘密にする内容があるとは思えないのですが」

 

――まりもの発言を聞きカイエン達3人は顔を見合わせた。ブリッジには全員揃っており、誰ひとりとして退室していない為である。尤もブリッジの座席数は凡そ30席あるので、まりもの発言は的はずれなことではない。30人以上の仕事をひとりでこなせてしまうバスクチュアルとその手足となっているロボット達がこの究極の省力化を実現しているだけである。

 

「あー。この艦は現在バスクチュアルがフルコントロールしているので他に人員は必要ない。別に密談をするつもりはないのでそこまで構えないでくれ」

「こ、このクラスの艦船をそちらの方一人で制御されているのですか……」

 

――まりもと安岡少佐は改めてWILLに対して自身の持つ常識が通用しない相手であると実感したのであった。

 

 ふむ、神宮寺少佐は母性があふれるバディが素晴らしいなぁ。

 

「マスター?」

「ゲフンゲフン! あー気にしないでくれ。それで、現状の状況としては丁度友軍の横っ腹に仕掛けられている所なのだが、このような状況に対する戦訓やBETAの以後予想されうる行動パターン等を戦訓を踏まえて教えていただきたい」

 

――まりもはカイエンの視線に少し困惑しながらも質問に答えた。

 

「戦訓と申しましても、状況から見て南九州のBETA群が集結しながら北上しているだけのようですが……」

「つまり、今までのパターンではこの団体はそのまま佐賀関港に向けて前進すると?」

「ええ、現状人類がもっているBETAの行動パターンは集結しての集団突撃と地下侵攻の2パターンです。状況から見て地下侵攻ではなく集団突撃であると考えられます。さらに同一水平以上にある飛翔体には光線級の攻撃もありますのでこの艦が浮遊状態になった場合は集中砲火を浴びることになります」

 

 侵攻パターンがたった2パターンって事はよっぽど戦力差が大きいのかね? 戦術や兵器なんてものは戦力が拮抗していたり劣っていたりしている場合こそ発達するものだからな。……そういえばこのBETA侵攻がなかったら今の主力兵器である戦術機は開発されていなかったらしいし。

 

「アトロポス、現状を整理すると南九州のBETAが九州奪還部隊の戦力を感知し、集合して進行中ってことでいいな?」

「イエス、マスター。BETAが湧き出したりしない限りはあの戦力は鹿児島と宮崎に居たBETAを集合させないと数が合いません」

「神宮寺少佐、安岡少佐。あの規模のBETAが佐賀関に到達すると貴君らを上陸させることが困難になるのでこちらから攻撃しようと思うが問題ないか?」

「「了解いたしました。至急戦術機の準備を開始します」」

 

――『攻撃』この言葉をカイエンから聞いた両少佐はいよいよ上陸戦が始まると感じ身構えた。しかし……

 

「え? 戦術機は出撃させるつもりはないが?」

「「え?」」

「こちらの兵器で攻撃する予定だが?」

「そのとおりです。現状地球の兵器群との連携を行うためには客観的に見て、我々の地球での戦闘経験値が不足しています。今後の事を考えてもこちらの兵器群の対BETA戦における効力を把握しないことには有効な作戦行動に支障が出ます」

「と、いう訳で貴君らは観戦武官としてこのブリッジで見学だ」

「「は、はぁ」」

 

ずいぶんしょぼくれているなぁ? とはいえこちらの兵器がどの程度BETAに有効かは実際に使ってみないとな。ある程度はシミュレートしているがそれでも実戦経験は必要だ。

 

「バスクチュアル! 第一戦車大隊出撃をさせろ」

「イエス・マスター。第一戦車大隊ヲ・出撃・サセ・マス」

「え? ここは海上です。戦車を展開させる場所はありませんし、砲弾が届くような距離ではないと思いますが?」

 

――まりもがそう発言したとき、イールの脇から空中戦車(・・・・)E-75が次々と浮上し海上約10m付近まで浮かび上がった。その数30台、有機的にフォーメーションを組み始めた。

 

「な、戦闘機ですか? 戦車ではなく? しかしどう考えても砲弾では50km先のBETA郡には届かないのではないですか? しかも水面から顔を出した途端に撃墜されてしまいます。」

「これが我々の戦車なのさ。まあ、見ていると良い。貴君らの仕事は観戦することだ。バスクチュアル!」

「イエス・マスター、ター・ゲットノ・選定ハ・私ガ・トリ・ガーヲ・ソチラニ」

「わかった。アトロポス少佐たちへの解説を頼んだぞ」

「かしこまりました」

 

――そう言うとカイエンは提督席に座り、ヘッドセットを被って座席に誂えられているトリガーグリップを握った。本来はカイエンが態々トリガーを引く必要は全くなかったが、初めての砲撃ということもあり、射撃訓練も兼ねているのであった。

 

――そうしてバスクチュアルがE-75の姿勢を制御しながら順番にターゲットに向けて砲身を合わせ、カイエンが微調整と発射トリガーを引くという分業で瞬く間にBETAが殲滅されて始めていた。

 

――その光景を見ていて違和感を覚えたまりもは思わず声をあげてしまう。

 

「え? 相手は50~60km先にいるのに発射から着弾までのタイムラグが……なさすぎる……」

「我々の戦車E-75の主砲は185mmブラストガンランチャーというエネルギービームを砲弾とした光学兵器ですので当然弾速は光速となり、タイムラグはわずかな時間しか存在しません」

「こ、光学兵器……でも、光学兵器だと水平面より下にある物体には攻撃できないはず!」

「その件に関しましては原理の公開できませんが、弾道曲線を設定しての砲撃が可能です」

「………………」

 

――まりもが絶句している間も次々とBETAが撃破されていく、とうとう重光線級が全滅した。最初の数秒こそ体の様々な部位に当たっていたが、照射粘膜に当てると1擊で撃破可能と判明した途端に弱点部位にピンポイントで砲撃し、殲滅速度が更に加速していった。

 

「マスター・重光線級ノ・殲滅ヲ・確認・シマ・シタ。第二・優先・目標・ノ・光線級・ニ・ター・ゲット・ヲ・変更・イタ・シマス」

「わかった。光線級殲滅後の操作は全てバスクチュアルに委譲。以降は直接照準にて敵を殲滅せよ。但し九州の北部・西部に存在が予想される光線級と同一水平にならない様にしろ」

「イエス・マスター」

 

――『15分』これは2000年3月24日に、空中戦車E-75用いたカイエンとバスクチュアルが軍団規模BETAの重光線級並びに光線級合計約700体を全滅させるまでに要した時間である。なお、この砲戦において重光線級と光線級はただの一発もレーザー照射を行っていない。

 

――結局九州南部に生息していた軍団規模BETA群は2時間程で壊滅した。E-75の砲撃は60km程離れた地点では大気によって減衰され、地球の120mmHESH(粘着榴弾)と同レベルの破壊力であったが、光線級の壊滅と共に1~2km付近で砲撃が開始されはじめると非常に高い耐久力を持つ要塞級といえども2発程度で沈むことになった。また、小型・中型種は副砲の37mmレーザーマシンガンで殲滅された。

 

――後年、神宮寺まりもは当時の心境を述懐する言に「もう全部アイツ等だけでいいんじゃないかなぁ」がある。

 



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第15話:フェイズ1終了、そして終了していたフェイズ2

――2000年3月24日――

 

――戦闘と呼べないような一方的な殲滅戦を目撃した神宮寺、安岡両少佐は呆然自失という状態であったが、自身の精神力を振り絞りなんとか戦闘終了後30分程で我に返ることができた。二人が正気に戻った事に気づいたカイエン達は二人を含めて以後の行動について協議を開始した。

 

「あー、大丈夫か?」

「は、はい。ご迷惑をお掛け致しました」

「醜態をお見せして申し訳ない。しかしあのE-75という空中戦車は凄まじいですね! あの空中戦車が前線に配備されたならBETAなど簡単に粉砕できるでしょうね!!」

 

――安岡少佐の鼻息を荒くした感想を聞いたカイエンは苦笑しながらも、今後、技術提供等を求められてきた時の為に、警告をする必要性を感じた。

 

 どうやらE-75の砲撃はよっぽど印象的だったんだなぁ。説明したりはしないが、あの砲撃は通常秒間1発発射できる砲撃を15倍の時間をかけてチャージしたものだからかなり特殊な打ち方なんだよな。通常出力である砲口径88mm、砲身内圧力71倍だと恐らく10km以内でなければ重光線級に有効なレベルの破壊力は出せないだろう。

 今回の結果は偏にバスクチュアルの並列操作やビョンドシーカーでの精密索敵、30台という数そしてなによりも重要な事は、近寄ることができないアウトレンジであったからだ。

実際有効射程が10kmでは確実に光線級の射程圏内であり、大気で減衰されないレベルのレーザー照射を受けた場合、バリアのある正面は多少持つが、バリアのない後方に当たると確実に撃墜されるだろう。1対1ではないので数的な問題があり、連射性で勝てても数で押されるから、インターバルは無いと考えたほうがいいな。

 そういえば、地球人の対BETA戦におけるセオリーに重金属雲を作る事があるが、あれをやられると主砲の威力が更に減衰される。アトロポスの試算だと有効弾の射程は実質3kmくらいらしい。尤もオーロラビームを使えば戦車兵が乗り込んだ場合の彼我距離3~4kmの初弾命中率は20%を切るレベルだろう。【注:騎士とファティマの組み合わせの場合は強力な妨害フィールドの影響下でもファティマの補正計算と騎士の照準能力で命中率は100%になる】

さて、どうやって鎮火するか……いや、いっそ提供はしないとハッキリ釘を刺しておくか。

 

「変な期待を持たれても困るので先にハッキリ言っておくが、E-75をはじめとした我々の兵器についての技術情報等を公表も販売もするつもりは全くないからな」

「な、あの戦車があと1個連隊分(60台)でも用意できたならば戦場での光線級の脅威を取り除けるではないですか!」

「そう言われても俺は外に流す気にはなれんな。それと今回の戦闘では此方が有効射程距離で上回ったからの結果だが、今回は非常に特殊な砲撃方法を用いているからで、実際の命中が期待できる射程距離は10km程度であるし、AL弾等で減衰されていたとしたら破壊力が大幅に減じてしまい、有効な砲撃距離はせいぜい3kmってところじゃないか? なあアトロポス」

「はい、その通りです。金属雲濃度にもよりますが、実戦濃度で発生された金属雲を有効な威力を保持して貫通することはE-75の先ほどのチャージ出力でも不可能でしょう。地球人がE-75を用いて光線級と砲撃戦を実施するシュチュエーションですと金属雲無しで命中可能な距離である10km付近で事実上の正面からの撃ち合いしかありません。照準能力と数の差から高確率で七面鳥撃ちのように撃ち落とされるでしょう」

「そ、そんな……」

 

 E-75にはバリアがあるから正面は大丈夫だが、側面の薄い部分から後方の無防備部分を狙われたら確実に撃墜されるだろうな。もちろんそんな情報は教えないが……

 

 

「水を差すようで悪いが、今回はこちらに非常に都合の良い条件が重なっただけだ、賞賛してもらえるのは嬉しいが、毎回同じことができるというわけじゃない。状況次第ではこちらの惨敗も十分ありえる」

「そ、そうなのでしょうか?」

「マスター」

「わかっているさ、アトロポス。まあ、そんなわけでE-75の話はここまでとして、次の話題に移行しようか」

 

――そう言うと安岡少佐が遠慮がちに手を上げた

 

「えーっと次の話題とはなんでしょうか?」

「今後の進路と撃破したBETAの残骸処理だ。地球の流儀ではBETAの残骸は可及的速やかに焼却処理ってなっているが間違いないか?」

「その通りですね。土壌の汚染等があり、早期に処理する必要があります。九州奪還作戦が終了後に作戦参加残存部隊が火炎放射器やナパーム弾等を用いて焼却の予定です」

「なるほど、では先程の戦域は勝手にこちらで焼却処理しても差し支えないか?」

「スケジュールに遅延が発生しなければ問題ないと小官は判断します」

 

――まりもはカイエン達の動向を探る意味でも彼らにアクションを起こしてもらった方が良い為、今回の行動を支持することにした。一方、現地部隊との合流を優先したい安岡少佐は非常に渋い表情であった。

 

「確かに、BETAとの戦闘突入を連絡して合流日時が半日後ろ倒しになっているので時間的余裕はあります。しかし……」

 

――そう言うと安岡少佐は表情を消して続きを発言した。

 

「いえ、本作戦の合流までの行動権限は貴方達が持たれています。小官の希望は1秒でも早く合流していただく事だけです」

「了解した。何、そう時間はかからないよな?」

「おおよそですが総作業時間は3時間程です。当初の合流予定時刻前には確実に合流ポイントに到着いたします。」

 

――そうまとめたアトロポスは、バスクチュアルと共に一旦艦体を空中に浮遊させ、焼却処理用コンテナと偽った回収コンテナと資源回収用ロボットを用いてBETAの死骸全種を7割程回収し、残りはデミフレアナパーム(瞬間溶解焼夷弾)で戦域を土壌ごと焼却処理した。デミフレアナパームによる約8,000Kの火炎は土壌を瞬間的に超々高温で焼却し、BETAの死骸が散乱していた表層を深さ凡そ3mまで焼き尽くす事で、死骸回収とE-75の砲撃の痕跡を地上より完全に消し去った。鎮火後の該当区域を九州奪還後に訪れた日本帝国兵は「まるで一面が溶岩に溢れ、冷え固まった原初の地球みたいな光景だった」と報告書に記録を残している。

 

 これで作戦目標の一つである『BETAサンプルの回収』が達成できたな。そんな内容を日本帝国に知られると面倒だから、この遭遇戦は本当にラッキーだった。アトロポスがBETAの生体サンプルの回収を出撃前に進言して来たから、恐らく弱点等を分析するのに使用するとは思うが其れは報告を待つとしよう。

 

 

 

――2000年3月25日――

 

――佐賀関港ではイール到着を示す信号弾に管制官を始めとした皆が増援の無事に喜ぶ中、司令の真壁 零慈郎少将は1時間前に宮崎方面で観測された業火の原因と思われるイールの兵装と巡航速度に警戒感をかきたてられた。

 

「増援の到着か……通常であれば喜ばしいだけで済むのだがな。途中の連絡では軍団規模のBETA群と遭遇戦を行ったと連絡があったが、遭遇の時刻と戦闘終了の間隔が異様に短い事や、彼らが地球外からやってきた事など、到底信じられない事ばかりでまるで狐か狸にでも騙されている気分だ」

 

――得体のしれないカイエン達を一人警戒する真壁 零慈郎に参謀が声をかけた。

 

「しかし司令、ここから僅か100kmの宮崎付近に軍団規模BETAが集結していたとは危なかったですな」

「ああ…… しかし、なぜ軍団規模の大集団に気づく事ができなかったか甚だ疑問ではあるがな」

「確かに、本件に関しては検証チームを召集して再発防止に努めなければなりません。もし何らかの干渉があったとすれば由々しき問題です」

「その件は後ほど再発防止をするとして、九州奪還部隊の補給物資集積所となっているこの佐賀関が守られたことは非常に大きい」

「ええ、BETA発見の報を受けて退避準備を進めていましたが、彼らがBETAと戦わなかった場合、凡そ1時間程度でこの佐賀関まで到達していました。そうなった場合はこちらの退避が間に合わず、佐賀関は壊滅でした」

「この佐賀関の壊滅は、奪還部隊の壊滅に等しい。その場合、日本帝国が保有する陸上戦力の5割強を喪失することになり、九州どころか西日本を放棄せねばならない事態になりかねなかった」

「そういう意味では正しく天の采配ですな」

 

――明るい話題として話す参謀に、真壁 零慈郎は苦々しい表情のまま忠告を行なった。

 

「だが、彼らは日本人ではない。真の意味で日本のためになってくれるわけではないだろう。決して油断はするな」

「司令……」

「だが、上層部からの指示には従わねばならん。……総員! 本時刻をもって現作業を放棄、基地の解体と先ほど来た輸送艦へ乗艦準備にかかれ!!」

 

――零慈郎はそう零しながら補給基地の総員に移動の指示を出すのであった。

 

――紆余曲折あったものの、ほぼ当初の日本帝国軍が予定していた時刻に電撃侵攻部隊のCPと補給物資を回収することができ、作戦の第一フェイズが終了した。

 

さて、これから第二フェイズへ移行って事なんだが……、宮崎~熊本南部より南のBETA既に平らげたあとなんだよな、まずは布陣している部隊を回収しつつ熊本市以北の制圧に乗り出すか。

 

 

――2000年3月25日の戦況――

 

【人類側奪還地域】

熊本南部、鹿児島全域、宮崎全域、大分全域

【配備戦力】

由布院:2個戦術機大隊

阿蘇:2個戦術機大隊(ハイドラ大隊と中央評価試験大隊《ファング大隊》)

八代:1個戦術機大隊(霧島高原から前進)

下関(本州陽動部隊):1個戦術機大隊(紅蓮大隊)と2個戦車大隊

佐賀関(イール乗艦済み):戦術機 1個連隊(国連軍・斯衛軍・帝国軍各1個大隊)、1個戦車大隊、CP部隊、イール(E-75:30台、重砲:20台、M.H.:1騎(オージェ・アルス・キュル))

 

 

【人類側が確認出来ているBETA九州内残存勢力】

福岡:約3万5千体(軍団規模)

北熊本:約3千体(連隊規模)

 




原作マブラヴでは人類側は連隊の単位を使っているのですが、BETAの規模を測る時は旅団の単位を用いていますね。一応参考までに戦力規模を記載しておきます。

1個軍団規模≒6個旅団規模(連隊規模)≒18個大隊規模≒51個中隊規模
※旅団規模BETA(3000~5000)、連隊規模BETA(2000~5000)現実の軍隊でも軍団>師団>旅団>連隊>大隊>中隊>小隊となりますが、旅団~大隊の間は中抜きになることもあるそうです。

 因にBETAの戦力は人類側の戦力とほぼ互角の部隊規模を当てはめたものなので、旅団規模のBETA群を殲滅するのに必要な人類側の戦力も旅団規模が相当になります。

 本編では人類側の総戦力(カイエン達を除く)は3個戦術機連隊、1個戦車連隊の地上戦力(約1個師団に相当)に海上戦力(第2戦隊&第3戦隊)VS1個軍団+1個旅団規模のBETAが相対している事になっています。
 …………海上戦力を1個師団相当とすればほぼ互角といったところです。


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第16話:フォーメーション決定

約3ヶ月ぶりの更新となります。

待っていてくださった読者の方遅くなって申し訳ありません。
雪がなくなりつつあり、年度末、始めのバタバタももうすぐおわるので更新できるように頑張ります。


――佐賀関港に設置していた物資集積所の中身をイールに積み込む運搬作業が終了する頃、佐賀関に設置していた中央指揮所の解体を済ませた真壁少将はイールに搭載されている斯衛軍用コンテナを訪れた。

 

「……上級士官や下級士官だけでなく一般兵士まで個室だと? しかもこの広さはこの巨大な艦で且つ、今回の荷物程度はスペース上の問題は無いが、このままでは輸送効率が悪い。とても戦闘艦としての運用に向いているとは到底思えん。ただの的になってしまうのではないのか?」

「……閣下、先任の安岡少佐からの情報では、この艦は輸送艦であり、荷物が少なかったので今回は士官用コンテナのみを使用しているとのことです。一般兵士用の居住コンテナも存在し、そちらは大部屋仕様になっているとのことでした。また、先方の話ではこの艦も含めてWILLの艦は全て恒星間航行を目的として建造されており、長期間の航海でストレスを蓄積させないために広くとっているようです。」

「……そうか」

 

――部下の報告を聴いた真壁 零慈郎少将は、視線を天井の先、宇宙へと向けながらそう答えた。

 

 星の海を渡るという行為はそう簡単ではないということか、一部の上層部しか知らない事実ではあるが、第五計画の巨大宇宙船建造による他星系移住計画の宇宙船もこの輸送艦レベルの設備での建造が必要なのかもしれんな。 だが、人類は負けたわけではない。まずはこの日本の国土を奪還からだ!!

 

 

 

――真壁 零慈郎少将が西日本奪還の決意を新たにし、イールへの積込が完了した頃

 

「マスター、帝国斯衛軍の真壁少将が今後の作戦について会談を希望されています。本艦のブリッジにご案内してよろしいでしょうか?」

「ああ、ブリッジに案内してくれ、此方からコンテナへ向かってもいいが、先方もイールの中を見学したいだろうし、あからさまに見せないようにしては不信感を煽りすぎる。それに、打合せの内容としては作戦の繰り上げ等だろうから、現状を確認しやすいブリッジが適切だろう。アトロポス、ついでに会議の準備もたのむ」

「イエス、マスター」

 

――1時間後、真壁少将が幕僚と神宮寺、安岡両少佐を連れイールのブリッジに現れた。カイエンはにこやかな営業スマイルで彼らを迎え、座席を勧めた。

 

「ようこそイールへ、俺がWILLの総司令官ダグラス・カイエンだ。で、こっちが本艦を運営、操艦しているバスクチュアル、アトロポスは既に自己紹介していると思うが俺の秘書とでも認識していてくれ」

「ヨロ・シク・オネ・ガイ・イタ・シ・マス」

「こちらこそ、危ないところを助けていただき感謝する」

 

 フム、厳ついオッサンであることはまあ、職業柄仕方がないとしてもあまりこちらに好意的というわけではないな。まあ自国の領土で協力者と名乗っていても指揮下に入っていない武装組織を前にしては不機嫌にもなるか。そう言う意味では我々はまだ信用されていないってことだな。

 

「カイエン殿、この艦に移乗して以来小型ロボットのような物を多数見かけたがあれはい一体なんなのだ?」

「小型ロボット? ああ、あれは整備兼労働ロボットだ。WILLは万年人手不足でね。ああいったロボットで労働力を補っているのさ」

「……セキュリティは大丈夫なのかね。場合によってはハッキングや暴走等で内部崩壊など洒落にならないぞ」

「それについては心配ご無用だ。ロボット達は確かに他律型だが、逐一このバスクチュアルが直接操作しているから暴走は起こさないし、ある意味スタンドアロンと言えるシステムだからハッキングも不可能だ。この方法でこの艦よりも大きなWILLも地球時間で50年以上運営しているこの点は信用してほしいな」

「……そ、そうか余計な心配だったようだな。しかし、このような巨大な艦をカイエン殿の話では実質彼女一人で運営しているということなのかね?」

「ああ、現状はそうだ」

「ここがブリッジだと入るときにアトロポス殿に教えてもらったのだが、見たところブリッジには多数の座席がある。見るに本来はロボットではなく人で運営するように思えるが?」

 

このオッサンなかなか鋭いところに気がつくな。まあ、俺も万年人手不足なんて発言しているからそこから連想できたのだろうが

 

「まあな、本来の運用方法ではないことは認めるよ。先程も言ったように人手不足なんでね、本来人間が担うべき事もバスクチュアル達に負担してもらっているのは事実だ」

「そうかね。……まあ、運用に支障が出ていないのであればこちらからとやかく言う内容ではないのだろうな」

 

――真壁 零慈郎はそう言うと言葉を一度切り会議出席者を見渡しながら発言した

 

「では以降の九州奪還作戦について、会議をはじめる。カイエン司令、神宮寺少佐、儂は本作戦における総指揮を殿下より指名されている。戦力を統合する意味でも指揮権を預かって良いかね?」

「は、我が国連軍は副司令より九州奪還作戦司令部の指揮下に入るように指示を受けておりますので問題ありません」

「あー、水を差すようで悪いがこっちは戦力輸送が今回の依頼内容で、戦闘は契約外だ」

「では先日の戦闘はどういうことかね?」

「輸送中に邪魔する奴や襲撃してくる奴は排除して良いというROE(戦闘規約)があるからな。流石に行き先がなくなるような状況であれば、先に敵を殲滅する事は契約を達成するため必要と判断したまでだ。だいたい契約内容はあくまでも輸送と護衛であり、積極的な戦闘は規定していない。それとも契約違反をするつもりか?」

 

――神宮寺少佐や安岡少佐等イールの九州上陸戦を見ていた者達の多くはカイエン達が戦闘に参加する意思がないことに落胆の表情を浮かべたが、一部の国粋主義者達はカイエンの言葉を腰抜けの戯言と内心で冷笑した。……カイエン達が発した次の言葉を聞くまでは。

 

「アトロポス、仮に戦闘の強要があった場合のペナリティはどうする?」

「そうですね。現在の状況としてBETAと日本帝国・国連軍の戦力比51:49と若干劣勢であるという事実もありますので責任者には相応のモノを要求しないといけませんねぇ。なにしろ生命を危険に晒すのですから」

「責任者ってくると移住院のおっさんか?」

「マスター。お忘れですか? 軍の最高司令官とは国の指導者を指すのですよ」

「そうなると榊大臣か」

「いいえマスター。現在の日本帝国における最高指導者の肩書きは政威大将軍でしょう」

「あれ? 日本“帝国”なんだろ?」

「はい。現在の日本“帝国”最高指導者は、マスターとメル友の煌武院 悠陽殿下です」

「「「「はあ!?」」」」

「マスターも彼女のことは気に入っていたようですし、……ペナルティは嫁入りにしましょうか?」

「「「「ふざけるな!!」」」」

「いや、彼女とはまだお友達レベルだからな、此方が良くとも彼方は是とはしないだろう。だいたいペナリティで嫁入りは流石に本意ではないな」

「「「「いいかげんにしろ!!」」」」

 

――日本帝国軍人・帝国斯衛軍人・国連軍人の全員が心を一つにした瞬間であった。

 

――会議が終了し皆が解散した後に神宮寺まりもは意味不明だった単語を思い出すが質問する相手が既に姿を消していた。

(……ところで、“メル友”ってどう言う意味なの?)

後にこの“メル友”というカテゴリーにまさか自身が入るとは神宮寺まりも当時27歳思いもしなかったという。

 

 

◇○――――○◇

 

――アトロポスの “カイエンと煌武院 悠陽がメル友”という謎の爆弾発言とその後の漫才で契約違反云々の話は有耶無耶となり、結局カイエン達は本陣(イール)の守備と詳細な戦況を司令部に提供する役割を担うことになった。そのおかげで帝国軍はアトロポスの戦力予想における人類へ2に値する戦力が前線に出ることで実質50:50の戦力差にすることができた。

 

◇○――――○◇

 

――最終的にカイエン達は持ってきたE-75と空中砲台の重砲を用いて本陣であるイールの護衛をすることとなり、連れてきている日本帝国軍をはじめとした帝国斯衛軍・国連軍は佐賀・熊本方面から鳥栖へ進撃し、最終的に福岡へ向かうことになった。

 大分方面は関門海峡に布陣している帝国斯衛軍の一個中隊を抽出し宇佐地方を押さえ、本陣が日田地方を確保する包囲網を形成し全体指揮及びBETAの南下に対する最終防衛ラインを形成する。

 




次回更新は今回ほどはお待たせしない予定です。


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第17話:怨嗟の声

ちょっと超展開になってるかもしれません


――2000年3月26日の夜明け頃、玄界灘に集結した帝国連合艦隊第2及び第3戦隊からの太宰府付近に集結している大隊規模の光線級を中核としたBETA群へ向けたAL弾の一斉射撃により、九州奪還作戦における最後の戦いの幕が切って落とされた。カイエン達はその様子をイール艦橋で見つつ真壁少将のいるCICの音に耳を傾けていた。

 

 「最左翼のウォルフ・オスカー両大隊(日本帝国軍)は海岸線に沿ってエリアC2へ前進、左翼中央のハイドラ・ファング両大隊(斯衛軍)はD3へ、G5に待機している国連大隊(ウォードッグ、ヴァルキリー、アルフレット)とフリッツ大隊にはハイドラ大隊が接敵予定のF3に居るBETA群へ側面から打撃をさせろ。一匹たりとも包囲網の外に出すことは認めん!!支援車両は重金属雲が規定濃度に達した段階で一斉射三連し薙ぎ払え、その後は順次序列毎に弾薬を再装填しつつ支援射撃を継続せよ!!」

 

『『『『了解』』』』

 

 まぁたしかに土地の奪還が目的だからBETAを一匹でも残すと戦闘終了後の残党狩りに手間を取るだろうからローラー作戦で行くしかないわな。

それに海岸側を進軍して連合艦隊から支援砲撃を得ているウォルフ・オスカー両大隊はまだしも1大隊分しかいない戦車大隊の支援砲撃でハイドラとA01の2大隊を支援しきれるのか? いくら戦術機が様々な仕様の携行火器を運用できるといえど携行効率は車両と比較して大きく劣るのは明白だ、補給コンテナを広範囲にばらまくとはいえBETAを一匹一匹気泡緩衝材(通称プチプチ)を潰すように進軍しなければならない本作戦では、速度は非常に遅いだろう。果たして補給と消費のバランスは取れるのか? そもそも戦術機が本当の意味で活躍する場面とは有効的な支援が難しい電撃戦、三次元移動が必要なハイヴ内戦であり、平原戦などは戦車等の戦闘車両と戦闘ヘリで戦い、ヘリを守るためにさっさと光線級を始末するか高濃度の重金属雲を用いれば良いと思うんだがねぇ~。戦闘車両に至ってはどうせ近接戦をするわけではないのだから装甲をとっぱらったジャングート(民生用トラックに対物ライフル等を乗せた車両)のような車両を用いたほうが機動力・燃費・生産性でかなり優位に働くと思う。

アトロポスの調べによると本来日本の国土は平野部が少ない地形をしていたみたいだから、そういう地形ならたしかに陸戦兵器として人型の走破性面で優位性もあるのだろうけどBETA支配地域は殆ど平だから同規模でぶつかると的の大きさ、装甲の厚さ、コストパフォーマンス面で確実に戦闘車両が優勢だろう。逆に空を飛ぶなら、今度は速度面で戦闘機や攻撃機等の軍用機に的にされるだけだ。

対BETA戦においても光線級がいるので航空機の使用は困難だが、まっすぐ突っ込んでくるだけの相手には戦闘車両を中心とした面制圧が可能な陸戦兵器の戦力がBETAの数を上回っていれば侵攻自体は封殺できるはずだ。

 

結局のところ“戦いは数”だよな少将

 

◇――――――――――――――――――――◇

 

――06:00 大規模なAL弾と光線級及び重光線級BETAのレーザーによる重金属雲が光線級の照射圏内を覆った頃を見計らって佐賀側から進軍したハイドラ大隊が大隊規模BETA群と旧吉野ヶ里遺跡付近(ポイントE3)で接敵した。

 

 「ハイドラ1よりハイドラ大隊へ陣形鶴翼複伍陣(ウイング・ダブル・ファイブ)にて敵集団を包囲殲滅する。続け!!」

「「了解」」

 

――綱を引き絞る様に徐々に戦線を圧縮し、戦況を優勢にしている人類側であったが、戦闘開始数分で戦闘部隊の1~2割の損耗が発生していた。もともと新人衛士の初陣における平均生存時間が約8分という事実もあり、作戦司令部としてはある程度想定した被害だったため作戦は継続できていたが、徐々に実戦経験が豊富な衛士たちの部隊にも被害がではじめ、組織的戦闘行動が不可能となり後方で再編成をする部隊が全体の2割にまで拡大した。

 カイエンはイールのブリッジで各地の戦場の様子を身動きせずに歯を食いしばってじっと眺めていた。半数は優勢な映像群の中で補給車に戻ろうと飛行したところに光線級のレーザーが直撃し蒸発する場面や突撃級の体当たりで転倒したところに群がる戦車級などの映像も映し出され、断末魔の悲鳴が響き渡っていた。

 

 

 

『嫌だーーー助けてくれぇーーーー……』『か、柿崎ぃーー』『構わん!! 俺ごと撃てぇ!!』『大尉ィーー』『両さーーん』『あ……あ……』『暗い、怖い、狭い、怖い、ひ、ひ、ひぃーーー』『死にたくない。死にたくない。死にたくない』『救援を!! 見捨てないでくれ!!』『よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもぉーー!!』『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!』『ギィヤァーー!!』『食べないで、食べないで、食べないで、食べないで……イヤァーー』……

 

 

 

――戦闘開始から約1時間の間に次々と凄惨な情報に晒されたカイエンは顔面蒼白になりながら震えていた。その様子は魂の奥底から流れる恐怖を体内に必死に押し止めようとしているかのようであった。

 

 「…………」

 

 ……なんだこの感覚は、感情がコントロールできない。震えが止まらない……

 

 「マスター?」

 

 ……アトロポスが何か言っている……

 

 「マスター? いかがいいたしましたか?」

 

 ……アトロポスが心配そうな顔をしている……

 

 「マスター!! しっかりしてください!!」

 

 アトロポスが力強く抱きしめてきた。ああ……心臓の鼓動が聞こえる……どうやら自身のコントロールが帰ってきたようだ……

 

 「ア……アトロポス、これが戦場か……」

 

――カイエンの言葉を聞き初めてアトロポスはカイエンの不調の真因に到達することができた。 “カイエンはこの作戦で初めて人死を見ているのだ”ということ即ち恐怖である。また、アトロポスをもってしても到達できなかった答のひとつとして、彼のルーツは滅びと死を前にした断末魔の叫びを上げた者たちの集合体であるということがある。まさに今BETAに生きたまま喰われ、死んでいく者達の叫びと同種であったため引きずられて混乱していたのである。

 本来この手の恐怖に対しては同一のルーツをもつアトロポスも囚われるはずであった。しかし、アトロポスはカイエンの誕生時に自身が存在するための力をカイエンから分離させて現界をはたした。このアトロポスは、とある星団を見守るゲートキーパーのファティマ時代を投影したモノであり、更に全てのパワーゲージが一段階強化され、精神安定性も4Aという高いストレス耐性を獲得したことでアトロポス自身は混乱に至ることはなかった。

 

「マスター…… このような状況がこのまま続くとマスターの精神に多大なダメージが蓄積してしまうと判断します」

「……アトロポス?」

「日本帝国との契約では積極的に戦闘には参加しないことになってはいますが、このままではマスターの精神を蝕む結果となってしまいます」

 

 アトロポスは何が言いたいんだ?

 

「……どうするつもりだ?」

「マスターのファティマとして提案します。提案内容は2件、どちらかを選択するか或いは両案を却下するかはマスターに委ねます」

 

 

「……わかった」

「案1として、現時点をもって運搬作戦をバスクチュアルに委任しWILLに帰還。いかがでしょうか」

「ちょっと待て、契約を破棄するのか?」

「いいえ。契約内容としての運搬任務の分は実質終了していますので、後は本陣としての機能を提供することが我々と帝国との契約業務です。マスターが戦況を見続ける義務はありません。また、私の試算ではこのまま致命的なトラブルなく進行した場合あと12時間程でBETAは殲滅されます」

「勝てるのか……」

「はい、人類側の損害は戦闘開始前と比較して全体戦力の4割強、戦術機部隊は約半数消耗しますが現在確認されているBETAは殲滅します」

 

「……約半数消耗だと?」

「はい、戦術機部隊の新人衛士5割、戦力にして実質1割は既に消耗しています。残りの4割は練度及び指揮官の戦場選択傾向等を考慮した結果国連部隊の7割と斯衛と帝国軍で各1大隊程度と思われます」

「殆ど積んできた人員と同数が死ぬのか……」

「そうです。そのような怨嗟の声に態々マスターが苦しめられる必要は無いと提案いたします」

「……確かに必要はないが……いや、その提案を却下する」

「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「確かに怨嗟の声を聞きたくない。だが、戦場に彼らを連れてきた者として、或いは今後人を死地に追いやる命令を下す可能性を持つものとして苦しんで死んでいく状況からは逃げてはいけない。そう決断した」

 

――カイエンはキッパリと言い切り、続けて苦笑いしながら「もちろん俺個人の戦闘の場合は自分より強いものとは戦わないがな」とのたまった。

 

――アトロポスはカイエンの決断を聞き、保護者としての行動は終了間近であることを満足げに実感していた。

 

「……次案ですが、契約自体はバスクチュアルが全権を担当できますので外の空気を吸いに出かけませんか?」

「……外?」

 

――怪訝な表情になっているカイエンを見つめながらアトロポスはやわらかさ笑みを浮かべる

 

「そうです、本来私たちは商人・傍観者の立場を取るべきです。しかし、いつかはこのような情景で戦闘をしなければならない場面が訪れる可能性が否定できません。その時マスターが自失状態になるわけにはまいりません。このリスクを考慮した場合、この勝ち戦で戦場を克服していただくのがベストと考えます」

「……コレを……克服できるのか?」

 

――カイエンの弱音を聞いた途端にアトロポスの笑みのやわらかさが消え獰猛な肉食獣が獲物を見つけた時のような笑みに変化した

 

「マスター、克服“できる”・“できない”ではありません克服“する”のです。そのためにここでリスクをとるのです。新兵の平均生存時間は8分だそうです。マスターと私、それにオージェも今回が本当の意味で初陣です。しかし、恐れることはありません近づくものは片端から打ち抜き・斬り捨てれば良いのです、そのための技術は既にマスターのモノです。さぁ、BETAの屍山血河を築いて恐怖を克服しましょう!! 甘えは許しません、マスターは騎士(ヘッドライナー)なのですから!!」

 



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