ガンダム狩りのスレッタ (灰鉄蝸)
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プロローグ
擦れッタが地球でガンドアームを狩るだけの話


 

 

 

 

 

 

――逃げたら一つ、進めば二つ。

 

 

 

 

 ミッションは簡単だった。

 いつも通り、何も難しいことはない。

 軌道降下突入ポッドの中に〈エアリアル〉と一緒に入って、地球の重力圏に下りて断熱圧縮の高熱に耐えたあと、目標と接触して交戦するだけ。

 つまりそれは、着弾すれば対象をプラズマ化させ蒸発させるビーム兵器が飛び交う、殺し合いの場所に向かうということで。

 いつも、いつも、少女はそれが不安だった。

 死ぬのが怖いわけではない。自分と〈エアリアル〉が負けるはずはないからだ。

 むしろ嫌なのは殺すことだ。

 だから少女はいつも出撃前、広いとは言えないモビルスーツのコクピットの中で独りごちる。

 

 

「わたしはスレッタ・マーキュリー。一七歳、水星生まれの水星育ち。ここ二年ぐらいは地球でお仕事をしてて、今はその準備中。戦うのは怖いけど、お母さんの遺言だからしっかりしないと……」

 

 

 これが最期になるかもしれないという諦念からついた癖、遺言じみた録音をMSのブラックボックスに残しておく。

 あ、ちょっと違うかな、と思い直す。

 この録音はきっと、顔も名前も知らない誰かに、自分が生きていたことを残すための言葉だ。

 負けるはずがないのに、死ぬはずもないのに、今から死んでしまうような気持ちになるなんておかしいかもしれない。

 でも、そういう気分だった。

 だからもっと、具体的に自分の素性を述べるべきだと思った。

 

「えっと、言い直します」

 

 録音はやり直し。

 すぅっと息を吸い込んで深呼吸。

 ヘルメットの中の空気は、少し独特のにおいがする。

 

 

「わたしの名前はスレッタ・マーキュリー。エルノラ・サマヤの娘で、エリクト・サマヤのリプリチャイルド――〈エアリアル〉に乗るために生まれてきた生体コードの複製、〈カヴンの子〉の最後の一人です」

 

 

 二年前、彼女の母は亡くなった。

 二十年近くの間、全力で走り続けるような生き方をしてきた人だった。スレッタが長じてからは特に忙しそうで、彼女と触れあった記憶は数えるほどしかない。

 そして自身の命が尽きる直前になって、母は懺悔するようにすべてを伝えた――スレッタ・マーキュリーがどのように生まれてきて、どのように生きるべきかを。

 少女は真実をすべて知らされてなお、ここにいる。

 英雄デリング・レンブランの影響下にあるカテドラル直属の精鋭MS戦力、ドミニコス隊。

 魔女狩り部隊とも揶揄される、スペーシアン企業体の走狗たる彼らが唯一、その存在を許容する魔女のモビルスーツ――〈ガンダム・エアリアル〉。

 その搭乗者として。

 

「――ウィッチ1、出撃します」

『了解。カタパルト起動、ウィッチ1の軌道降下突入ポッドを射出します』

 

 カウント開始。

 衛星軌道上に待機していたドミニコス隊の宇宙母艦から、〈エアリアル〉の入った軌道降下突入ポッドが射出される。

 オービタル・アサルト・シップ。

 たくさんの軌道降下突入ポッドを抱えて地球近郊、高度三七〇キロメートルを周回し、必要に応じてMSを投入する軌道強襲艦。

 ドミニコス隊が運用する船の中では比較的小規模なMS運用母艦だ。

 その船底が開き、電磁カタパルトがせり出る。

 カタパルトにセットされているのは、全長三〇メートルにも及ぼうかという巨大な楕円形のポッドだ。

 植物の種子にも似た形状のそれは、全高一八メートルの巨人を内部に抱えて大気圏突入を可能にする降下艇の一種。

 

『五、四、三、二、一。射出!』

 

 がくん、と衝撃が来た。

 けれどそれだけ。大気圏に突入しても、突入時の振動や熱がコクピットにまで伝わってくることはない。

 慣性制御ユニットによって守られたモビルスーツのコクピットは、こと耐G性の面では下手な旅客機よりはるかに安全だ。

 もしモビルスーツのパイロットが死ぬとすれば、超高温の荷電粒子ビームを叩きつけられ、コクピットブロックごと蒸発するときか。

 あるいは規制対象のMSであるガンドアームのように、データストームのフィードバックで人間の脳が焼き切られるときだけ。

 そのいずれも、〈エアリアル〉には関係のないことだった。

 

 

――大丈夫だよ、スレッタ。

 

 

 〈エアリアル〉から聞こえてくる声。

 それはパーメット・リンクを通じて、スレッタ自身に話しかけてくる。

 モビルスーツに意識を転写され、情報生命体として生きながらえる少女の姉/遺伝子上のオリジナル――エリクト・サマヤからの励ましの言葉だ。

 幾度となく繰り返されてきた実戦の中で、彼女の声は前よりもはっきりと聞こえてくるようになった。

 

 母の言っていたとおりだ。

 戦いの中でパーメット・スコアが上がっていけば、エリクトの意識はどんどんはっきりしていく。

 〈エアリアル〉に乗っている間、少女は姉とつかの間のコミュニケーションが取れる。

 

「うん。がんばろうね、エリクト」

 

 軌道降下突入ポッドの外殻がパージされる。分離したシールドユニットが軌道降下突入ポッドから分離して、内部の〈エアリアル〉が外気に晒される。

 〈エアリアル〉のセンサーが、北半球の朝焼けの空を映し上げた。

 眼下に広がる光景は、一面の雲海。

 太陽光を浴びて、きらきらと輝く白い雲は宝石のように綺麗だった。

 軌道降下突入ポッドのブースターが逆噴射して、減速していく。

 宝石箱をひっくり返したような空を見ながら、スレッタはこれからすべき仕事のことを考えた。

 目的地は地球、かつて日本列島と呼ばれた地域。

 

 

 

 そこに、彼女が狩るべきガンドアームはいる。

 

 

 

 

 

 

 アド・ステラ一二二年。

 本格的な宇宙開発に乗り出してから一二〇年あまりの歳月が流れても、人類は何も変わらなかった。

 いや、ある意味では致命的に退行してさえいた。

 

 

――ドローン戦争。

 

 

 それは悪夢の名であり、西暦とアド・ステラにまたがって存在した時代の名である。

 地獄と呼ぶことすらはばかられる狂気、数世代にわたって続いたドローン戦争は、人類に取り返しのない傷跡を負わせた。

 西暦末期からアド・ステラに至るまで長く続いた自動化戦争の末路は、それまでの人類が経験してきた戦災とは次元の異なる災厄をもたらした。

 毎年、世界のどこかで熱核兵器、化学兵器、生物兵器が使用され、この虐殺に至る意思決定にさえ人間が介在していなかった暗黒時代。

 数十年間の退廃と荒廃によって、地球に存在する多くの国家において、教育機関と言えるものは劣化ないし消滅した。

 初等教育を行う学校でさえ、存在しているのならば上等なアーシアンの居住区という有様なのだ。

 

 汚染型AI兵器によってインターネットはフェイクニュースと偽科学と陰謀論の温床となり、まともな情報にたどり着くことは限りなく困難となっている。

 スペーシアン企業の提供するフィルタリングAIはそもそも信頼されないようになっているから、情報汚染への対策として有効打になっていないのだ。

 ドローン戦争の時代、敵対する陣営の市民を煽動し、世論を混乱させ、自陣営を有利に導こうというサイバー戦争の成れの果て。

 それは当初こそ一方の陣営による効果的な情報戦だったが、すぐに地球社会に蔓延する猛毒となって情報空間を汚染し尽くした。

 あらゆる電子的・情報的な防壁を貫通し、汚染型AI兵器は猛威を振るい、電子化された情報から真実を知ることは誰にとっても難しくなっていった。

 今日のアーシアンの苦境、その直接の原因を挙げるならば、間違いなくこのドローン戦争の後遺症が挙げられるだろう。

 

 万能元素パーメット発見以前、人類の通信環境は光速に束縛されていた。宇宙空間で地球のデータベースにアクセスすることは困難だったから、宇宙居住者たちは、独自のデータベースの複製を作るようになっていた。

 これにより外部と隔離されたデジタルアーカイブを宇宙空間に構築していたスペーシアンは、辛うじてこの情報汚染とそれに伴う教育環境の劣化から逃れることができたのである。

 科学技術の発展と維持に欠かせない人的資源の面で、スペーシアンはアーシアンに対して優位となり、情報共有元素パーメットなどの戦略資源の独占を経て、それは絶対的な格差として固定された。

 さらに言うならば、ドローン戦争の主要な舞台となった地球上で問題となったのは、AIによる情報汚染だけではない。

 

 より物理的な脅威として存在する完全自律型致死性兵器――キラーロボットの濫用である。

 これは今日に至るまで未だに解決していない問題であり、生産拠点や補給拠点の完全自動化という愚行を犯していた地域に至っては、手がつけられない惨状を招いている。

 ドローン戦争時代、敵国からの空爆を恐れた世界各国は、秘匿座標にオートメーション化された兵器工場を建設していたが、これらは軍事拠点の消滅に伴う書類の喪失、サイバー攻撃による電子情報の破壊により、当事国にすらどこに存在したかわからなくなってしまっている。

 そして幾度となく繰り返されたサイバー戦による敵味方識別に対する情報欺瞞は、無差別攻撃を行うドローン兵器を誕生させた。

 こうして無秩序に生産された特攻型自律兵器(カミカゼドローン)は飛行困難区域と呼ばれるドローン汚染地帯を生み出し、地球上での人類の居住可能エリアを大幅に狭めている。

 

 アーシアンに生まれるということは運試しだ。

 まず、比較的被害の少ない地域に生まれるかどうか、

 次に無差別攻撃モードのドローン兵器に遭遇しないかどうか。

 最後に自分の住んでいる国や自治区が、スペーシアンの人間狩りや地域紛争に巻き込まれないか。

 

 後世の人間が聞けば呆れかえるような惨状であるが、どの問題も発端は些細な効率化であり、より安価で効果的な軍事的恫喝の模索だったのだ。

 ワールド・ワイド・ウェブによって繋げられた情報空間で、祖国の国益を最大化する安易な手段としての情報汚染。

 他国との間に軍事的な均衡を保たねばならないが、できる限りの省力化と効率化を進めねばならない安全保障と財政問題の両立。

 そのどれもが、簡単な解決手段など存在しない問題であり――高度AIによる効率化は、その解決策であるかのように思われた。

 そして、その成れの果ての世界がアド・ステラ一二二年の地球だった。

 世論を煽動する汚染型AIに煽られた人間が、大量破壊兵器を搭載した無人兵器を戦場に投入し、虐殺を繰り広げる悪夢が現れるまでに時間はかからなかった。

 

 この暗黒時代に対して出されたひとまずの答えが、有人型単座機動兵器モビルスーツである。

 ここでは、かの英雄デリング・レンブランの演説を借りてその概念を説明しよう。

 

 

――兵器とは人を殺すためだけに存在する

 

――純粋に殺すための道具を手にすることで、人は罪を背負う。

 

 

 高度AIに戦争の在り方を依存しすぎた結果、文明の退行すら引き起こしたアーシアンの姿は、同じ時代を生きるスペーシアンにとって恐怖の対象であった。

 すでに太陽系各地に広がった宇宙経済圏は地球経済圏の規模を上回っており、両者のパワーバランスがこの先、逆転することはないだろう。

 だからこそ自分たちの生存領域にまで、汚染が広がることを彼らは恐れた。

 しかし軍事技術としてのAIは、ミリタリーバランスを保つ上で必須であり、また宇宙生活においてAIを使用せずに暮らすことも不可能だった。

 宇宙経済圏全体での軍事利用に限ったAI技術の規制など、現実的ではない。

 ならば、AIを利用した兵器に人間の意思決定者を乗せればいい。

 最後の最後に殺し合いの罪を背負い、その責任を受け持つ存在としてパイロットの存在を規定する。

 

 それが人型機動兵器モビルスーツである。

 

 モビルスーツはパーメット・リンクにより同調制御される全高一八メートルの巨人だ。

 センサーと推進装置を全身に配置し、全企業で共通規格の超伝導モーターにより駆動する関節を持ち、火砲で武装した戦闘兵器。

 従来の兵器から見れば、馬鹿馬鹿しいほどに巨大なそれは歩く要塞に等しい。

 戦車砲に等しい砲弾を吐き出す火砲が、モビルスーツから見れば自動小銃ほどの大きさなのだ。

 この馬鹿げた兵器システムの登場は、戦場の倫理観すらも塗り替えた。

 

 モビルスーツは戦場において兵士個人の存在感を極限まで巨大化させ、その一挙一動に人々は英雄を見出した。

 倫理なき技術の濫用によって地に堕ちた人の倫理は、人体を模した巨人の武威によって、これを恐れ敬うという形で歪に復権したのだ。

 この経験が、ドローン戦争を戦い抜き、ガンドアームの不正義を糾弾した英雄デリング・レンブランの思想の源流であることは言うまでもあるまい。

 

 また宇宙開発において人体を模した作業機械としても、モビルスーツは需要が高い存在だった。

 それまで存在した宇宙重機モビルクラフトと、艦艇の間に収まる道具として空白を埋めたのである。

 ここに宇宙開発を牽引する分野としてモビルスーツ産業が成立し、巨大な富と権力を得ていくのは自然なことであった。

 

 

 

 

 

 

 地球、日本列島。

 かつて加古川と呼ばれた地域に、その集落はあった。

 名前の通り、河川が通っているその地域は、それゆえに人が集まる場所になっている。

 ドローン戦争による破壊とその後の行政機能の麻痺によって、ダムの類はそのほとんどが機能を停止しており、人が暮らすにはまず身近な水源が必要である。

 高性能な浄水装置が開発されてもそのキャパシティには限度があるから、水源との物理的な距離がそのまま養える人間の数を制限するのだ。

 ここにあるキャンプはかなり大規模なもので、数百人の難民が身を寄せ合い、農業をしながら暮らしている。

 もっとも彼らとて自活できているわけではない。

 実際のところ、彼らを生かしているのは企業からの援助だ。

 

 

――地球企業オックスアースへの人材提供と、その見返りとしての物資援助。

 

 

 高性能な携行型浄水装置も、高効率の太陽光発電パネルも、電力を貯めておく蓄電池も、カロリー摂取を補う食糧も、最低限の文明的な暮らしに必要な情報端末も、すべてはオックスアースからの援助ありきのものだ。

 ここにいる人々の多くは、そのほとんどが生まれたときからドローン戦争の惨禍に巻き込まれ、人生をズタズタに引き裂かれた犠牲者だった。

 彼らのほとんどはろくな教育を受けていないし、帰属意識を持てるようなコミュニティに所属したこともない。

 そんな彼らの人生における数少ない成功体験こそが、オックスアースに対する協力だった。

 未来ある子供たちをアーシアンの尊厳のため送り出し、不当な差別を続けるスペーシアンと戦い、昨日よりも豊かな暮らしを得る。

 新しい発電機とタブレット端末、美味しい食事と衛生的な水のために子供を売る。

 たったそれだけで、人生に光が差すのだ。

 何を恥じる必要があろうか。

 

 我が子たちは正義のため戦い、豊かな生活をくれている。

 スペーシアンからテロ組織と言われるような戦士たちへの協力もそうだ。

 自分たちを助けてもくれない宇宙の貴族たちに比べて、彼らは頼りになる存在だった。

 武器を持っていても紳士的だし、争いごとがあれば仲裁してくれるし、機械の修理などにも長けている。

 今や加古川キャンプの住人たちは、完全にモビルスーツを運用する工作機関に依存した状態となっていた。

 

 それは生きるための選択の連続であり、決して悪と呼ばれるべきものではない。

 しかし今、彼ら自身の選択が呼び込んでしまった破滅は、ただひたすらに因果応報だった。

 

「おとーさん、なにあれ?」

「ひこーきかな?」

 

 キャンプの子供たち――あと何年かすれば、オックスアースに送られて立派なパイロットになるだろう――が空を指さす。

 雲を突き抜けて、何かがキャンプの近くに落ちてくる。

 子供たちの指さす方向を見た大人たちは、最初、それが何なのかわからなかった。

 あまりよいとは言えない栄養状態に加えて、日頃の娯楽がタブレット端末で見る動画しかない彼らは、視力がよくないのである。

 雲を突き抜けて、落ちてくる機影。

 最初に反応したのは、キャンプに居候している戦士たちだった。

 

「モビルスーツだ……」

「レーダーは何をしてた!?」

「それが急に……今まで何の反応もなかったのに!」

「上空から落ちてきやがったんだ! 迎撃準備! 〈プロドロス〉を出せ!」

「ちくしょう、オルコットがいないときに!」

 

 不安そうに顔を見合わせるキャンプの難民たちを横目に、戦士たち――武装集団の戦闘員たちは格納庫に走っていく。

 宇宙から落ちてきたモビルスーツが味方であるはずがない。

 はるか頭上の天空にあるのは、スペーシアンたちが住まう人工居住区(フロント)だけだ。

 ならばアレはスペーシアンの走狗に違いなく、しかも企業のセキュリティフォースの定期便のようなやる気のない雑兵ではあるまい。

 衛星軌道から降下してくるモビルスーツが普通でないことぐらい、多少の知識があれば推測できる。

 

「まさか……魔女狩り部隊?」

 

 誰かがそう呟いた。

 それに反応したのは、一際、小柄な人影だった。

 

「へぇ、面白いじゃん」

 

 本当に小さな少女だった。

 カールしたオレンジ色の頭髪を持つ、どこか猫のような印象の少女は、ヘソ出しのタンクトップに黒のカーゴパンツとラフな格好。

 だが、大人の戦士だらけの中、場違いな彼女を責めるような視線は一つもない。

 ただ、そこにあるのは畏怖だった。

 

「ノレアがいないのが残念だけど……あたしのガンダムが出られるまで、時間稼ぎよろしくね!」

 

 そう言って駆け出した少女――ソフィを止めるものはいない。

 何故ならば、この場で最高の戦力こそが彼女だからだ。

 

 

 

 

 

 

――スレッタ。お願い。どうか。

 

――私たちの過ちを、ガンダムを滅ぼして。

 

 

 今でも思い出せる。

 母の遺言は、祈るような願いに満ちていた。

 それはスレッタの母、プロスペラ・マーキュリーがまだ、エルノラ・サマヤだった頃。

 ヴァナディース機関と呼ばれる研究組織は、一つの人類の夢を研究していた。

 

 医療用サイバネティクス技術GUND。

 宇宙放射線による体組織の劣化や、低重力生活による疾病、事故による人体の欠損――宇宙生活者が抱える様々なリスクを補い埋め合わせるために、そのテクノロジーは生み出された。

 しかしその純粋な夢は、組織の買収とサイバネ技術の軍事転用によって悪夢へと変わった。

 

 GUNDをモビルスーツに転用した結果、様々なメリットと引き換えにパイロットを殺す呪いとなったGUND-ARM。

 ガンドアーム、通称ガンダム。

 ヴァナディース事変によって組織が滅び、残党が魔女と呼ばれ迫害される世相になってなお、ガンダムは生まれ続けている。

 アーシアンがスペーシアンを殺すための兵器として。

 

 スレッタにはわからない。

 どうしてアーシアンがスペーシアンを憎み、スペーシアンがアーシアンを差別していられるのか。

 水星の資源採掘基地という太陽系文明の辺境で育ち、太陽風の荷電粒子が吹き荒れる過酷な環境で生きてきた少女は、豊かで恵まれたスペーシアンなどではなかった。

 たっぷりの新鮮な空気と水分に満ちて、日光を浴びて生きていける青い星は、不衛生ではあれど、恵まれた環境のように思えてならない。

 ほとんどの通信ネットワークから切断された辺境で、旧時代の地球産の映画やゲーム、コミックやアニメに浸って生きてきた少女は、地球の暮らしに親しみを感じこそすれ見下すような感情は湧いてこない。

 

 そして殺し合いの理由もわからないのに、母親の願いだから、彼女は人を殺すのだ。

 矛盾しているのかもしれない。

 おかしいのかもしれない。

 だけど。

 

 

――スレッタ、敵が来るよ。

 

 

 ああ、それでも。

 お母さんの最後の願いだから、叶えてあげたいと思ってしまったのだ。

 それがどんなに罪深い行いなのか、今になって噛みしめているとしても止まれない。

 

「エリクト、みんな。お願い」

 

 

――いいよ。

 

――ガンビットでやっつけるね。

 

――みんなでお母さんの願いを叶えようね。

 

 

 〈カヴンの子〉――人格転写型AIたちからの返答とともに、ガンドアームである〈エアリアル〉のパーメット・スコアが上昇。

 機体制御OSのFCSがガンビットの起動を報せ、スウォーム兵器使用基準であるパーメット・スコア三に到達。

 機体胸部と頭部に存在するシェルユニットが発光する。

 だが、ガンドアームにあるべきデータストームのフィードバック――脳神経を焼ききる情報の嵐はやってこない。

 当然だ。

 〈エアリアル〉は特別なモビルスーツなのだから。

 エリクト・サマヤ。

 スレッタの遺伝子上のオリジナルであり、姉でもある人物の生体コードが溶け込んだ唯一のモビルスーツ。

 言ってみればエリクト自身の魂が複写された唯一のガンドアームである〈エアリアル〉は、スレッタの代わりに中のエリクトがデータストームを引き受けている。

 生身の人間であれば有害なデータストームも、超密度情報空間に存在するパーメットの意識体ならば焼かれることはない。

 

 

――スレッタ、僕が一緒に戦うから。君を一人にはしない。

 

 

 〈エアリアル〉は灰色のモビルスーツだ。

 水星でレスキュー活動をしていた頃は、水色と白色の綺麗な機体だったが、今では見る影もない。

 胸部装甲と肩部装甲はダークグレーに塗られており、背中に突き出した四つの推進装置は妖精の羽のよう。

 それ以外のすべての部位は濃淡の異なるグレーで塗装されており、死神じみた不吉さを見るものに抱かせる異形であった。

 

 スレッタは姉からの気遣いに苦笑して、操縦桿を握りしめた。

 ある程度の操縦制御は機体の側でしてくれるが、モビルスーツは人間が動かす兵器だ。

 パーメット・リンクを通してパイロットの意図を伝えられた機体AIが、全身の関節推進装置や火器管制装置を動かすのが通常のMSだが〈エアリアル〉は違う。

 MSと人間を直結させるガンドアームとも異なり、機体のOSに溶け込んだエリクトを通して、スレッタ・マーキュリーは〈エアリアル〉を動かしている。

 いわば複数の意識が機体制御を分担しているような状況――地上を見た。

 

 はるか遠方、地上からの対空砲火が来る。

 センサーに感知されたモビルスーツの数は三機、いずれも二世代前の機種――大口径チェーンガンを装備した重MSが、ホバリングしながらこちらへと機関砲弾を叩きつけてくる。

 三方向からの十字砲火、お手本のような対空砲火だ。

 わざわざ回避運動を取るまでもなかった。

 すいっと背中の高機動ユニットを動かして、右へ旋回するだけで全弾回避することができた。

 MSの機動性が違うし、くぐり抜けてきた修羅場の数も違った。

 

 

――それじゃスレッタ。

 

――こいつらみんな。

 

――やっつけるね。

 

 

 〈エアリアル〉が左腕に保持した大盾〈エスカッシャン〉ユニットが、バラバラに解けた。

 シールドを構成していた部品が分離、銃口と推進装置を備えたスウォーム兵器ビットステイヴになったのである。

 地球の重力下で、一一基のビットステイヴはまるで泳ぐように空を舞う。

 それはまるで、獲物を見つけた肉食魚のように獰猛な動き――怯えた地上のMS部隊が対空砲火を加えるが、ビットステイヴには一発も弾が当たらない。

 ビットステイヴは、一一人の〈カヴンの子〉によって制御されるスウォーム兵器だ。

 その情報処理能力は、旧式のFCSに制御されたチェーンガン程度で捉えきれるものではない。

 一一基の銃口から、一斉にビームが放たれた。

 

 一機目。

 ろくに反応することもできず、手足をもぎ取られて崩れ落ちた胴体にビームを集中砲火されて爆散。

 二機目。

 回避運動に移ろうとした瞬間、推進装置を狙い撃ちされ、地面へ転倒しながら蜂の巣。

 三機目。

 チェーンガンをパージして跳躍、上空のエアリアルに手を伸ばしながらビームを浴びて爆発。

 

 全滅だったし即死だった。

 たぶん殺さずに済ますこともできたが、〈カヴンの子〉たちの無邪気な残酷さは、エリクトにもスレッタにも抑えきれるものではない。

 何よりもスレッタは何度も繰り返した出撃で心得ている。

 手を抜けば殺されるのは自分であり、〈エアリアル〉なのだと。

 それだけは避けねばならない。

 〈エアリアル〉は今や、スレッタに残された母親との唯一の繋がりなのだから。

 

――スレッタ!

 

 回避運動を取った。

 〇・四秒前まで〈エアリアル〉のいた空間を、赤い光がなぎ払っていった。

 大出力の収束ビームキャノン――発射方向を特定し、〈カヴンの子〉たちに反撃を命じる。

 

「みんな!」

 

 

――なんだあいつ!

 

――スレッタをいじめるな!

 

――殺しちゃおう、殺しちゃおう!

 

 

 ビットステイヴたちが空中を泳ぎながら、敵影に殺到する。

 深緑色をしたモビルスーツだった。

 周囲のビルとの対比からして全高二〇メートルを超すであろう巨体に、横にも幅が広く角張った胴体と手足。

 右手には大型のガトリングガンを保持、背中に背負った三つ叉の大型バックパックユニット――おそらくは先ほどのビームを発射した武装。

 そして胸部と頭部に移植されたシェルユニットの発光を見て、エリクトとスレッタは同時にその正体を察した。

 

 

――アレはガンダムだよ、スレッタ。

 

 

「見つけた……!」

 

 スレッタの意思が、〈エアリアル〉に伝わる。

 〈エアリアル〉の右腕に保持された大型ビームライフルの銃口が、敵へと向けられた。

 ガンダムを焼き尽くすために。

 

 

 

 

 

 

「あはっ! 相手もガンダムなんてズルいじゃん! 最っ高ォ!!」

 

 深緑色のガンダム――〈ルブリス・ウル〉のコクピットの中で、一人の少女が楽しそうに笑っている。

 彼女の名はソフィ。

 オックスアース残党の育成したガンドアームのパイロットであり、呪いのモビルスーツを駆る地球の魔女であった。

 小柄な肢体にフィットしたパイロットスーツに密閉型ヘルメット。

 派遣先の武装集団は見事にMSで全滅していた。

 たった三機の旧世代MSに練度の低い民兵上がりのパイロットではこんなものだろう。

 彼女がパイロットスーツを着て出撃するまでのわずかな時間ぐらいしか稼げなかったが、彼らにしては上出来だった。

 だって今、ソフィはこんなにも楽しい気分になっている。

 

「ねえ、ねえ! スペーシアンもガンダムに乗るんだ!? 狂ってるよ、おかしくて笑っちゃう!」

 

 アーシアンの自分たちはガンダムに乗るから魔女と蔑まれ恐れられ、こうして寿命を削りながらモビルスーツを動かしているのに。

 それを道徳の時間みたいな屁理屈で責め立てるスペーシアンの側まで、ガンダムに乗っているのなら、最低限の建前だってないと認めているようなものだ。

 残酷で滑稽な現実そのものみたいな灰色のガンダム――なんて醜いマシンだろう、とソフィは思う。

 四枚の翼は妖精みたいなのに、額から伸びた四本の角はまるで悪魔のよう。

 無骨で角張った自分の〈ルブリス・ウル〉と比べて、お人形みたいに綺麗な形をしているくせに、みっともないぐらい色のない灰色の怪物だ。

 

「あたしと踊ってよ、ガンダム!!」

 

 〈ルブリス・ウル〉の推進装置を動作させ、爆発的推力で跳躍する。直後、それまで〈ルブリス・ウル〉の立っていた地面が、プラズマ化して爆ぜた。

 照射された荷電粒子ビームの軌跡。

 撃ってきたのだ。

 ならばこちらもお返しにと、〈ルブリス・ウル〉の右腕に固定された重火器を構えた。

 並みのMSの胴体ほどの大きさはあろうかというそれは、荷電粒子ビームでペレット型の砲弾を形成し、四本の電磁バレルで加速して連続投射する粒子ビーム兵器――ビームガトリングガンである。

 砲弾が荷電粒子ビームであり、その加速方法がレールガンに近いことを除けば、おおむね実体弾のガトリングガンと同じ感覚で使える。

 収束率を高めた粒子ビームを発射するビームライフルなどに比べて、減衰の激しい大気圏内での有効射程は短いものの、MS戦闘におけるその制圧火力は圧倒的だった。

 

 ビームペレット弾が大気をプラズマ化させながら飛翔、上空を飛ぶガンビットめがけて無数の光弾が射出される。

 引き裂かれた大気が上げる悲鳴のような金切り声――こちらに接近してきていた遠隔操作兵器(ガンビット)は、慌ててそれを避けるため回避運動に移る。

 ガンビットに用はない。

 自分が踊りたいのはあの灰色のガンダムだけなのだ。

 自在に空中を舞う敵のガンダムは、まるで風の妖精のようで楽しそう。

 

 ああ、ああ!

 自分もああいうものになりたい!

 

 敵側のガンビットは一一基、それぞれがビーム砲を持っていて意思があるみたいにこっちを狙い撃ってくるし、連携して十字砲火までしてくる。

 アレを動かしている敵のガンダムはよっぽど正気じゃない。

 雨のように降り注ぐビームを急加速で回避――流れ弾が廃墟のビル群に着弾し、爆発する。

 炎。

 汚い街、汚い人間たちを洗い清めてくれる浄化の光。

 だからソフィはガンダムに乗るのが好きだ。

 壊せば汚いものが綺麗になる。

 

 滞空時間が終わる。

 重量級のMSである〈ルブリス・ウル〉は長時間の飛行ができない。

 あくまでできるのは、推力任せの弾丸飛行と跳躍だけだ。

 アスファルトの地面をたたき割りながら着地、全身の推進器を使って急加速。

 着地の隙を狙っていたビーム砲の雨をかいくぐり、ホバリングして地面を疾走する。

 

 地面が爆ぜる。

 プラズマ化した物質の光。

 爆音が空気を震わせて、遠くで難民たちが上げる悲鳴をかき消す。

 

 すべてが快適だった。

 

 現在のパーメット・スコアはスコア二。

 モビルスーツそのものを自分の身体のように知覚して操縦できる状態だが、これでは足りない。

 奥の手を使うことに決めて、ソフィはにんまりと笑う。

 

「パーメット・スコア三……!」

 

 活性化するシェルユニットと同期して、ソフィにフィードバックがやってくる。

 脳みそを素手でなで回されるような不快感。

 こみ上げてくる吐き気と頭痛に耐えながら、少女はオックスアースから提供されていた資材にアクセス。

 旧加古川シティのエリア内に分散配置されていた、旧型の群体遠隔操作兵器二〇基の起動を承認――破滅的な逆流の予感に震えながら、誘導起爆型遠隔操作兵器(ミサイル・ガンビット)すべてをコンテナから飛び立たせた。

 廃墟の街並みのあちこちでロケットエンジンの推進炎が上がる。

 灰色のガンダムを撃ち落とすために。

 

「これはどうかなあ!? 避けきれるかなあ、ちゃんとやって見せてよ!!」

 

 笑う。

 獲物をいたぶる猫のように笑いながら、ソフィは〈ルブリス・ウル〉の背部武装――フェーズドアレイ・キャノンを起動させる。

 ガンビット操作時の信号増幅器の役割も果たすこのユニットは、〈ルブリス・ウル〉の目玉とも言うべき複合兵装だ。

 サイバネティクス技術を応用したGUNDフォーマット制御の大型ビームキャノンは、パーメットを利用し高出力ビームの指向性を自在に制御できる。

 通常、ビーム兵器は収束して砲門から飛び出したあと、徐々に減衰しながら真っ直ぐに飛ぶだけだ。

 しかし〈ルブリス・ウル〉のフェーズドアレイ・キャノンは違う。

 ソフィの感覚と同調して、直感的に粒子ビームの散布範囲を変更し、放射できるビーム兵器なのだ。

 ビームの拡散範囲を決めてエネルギーをチャージ――動力炉と直結した高出力ビーム砲の威力は、ビームガトリングガンの比ではない。

 

 四方八方から敵のガンダム目がけて飛んでくるミサイル・ガンビット――灰色のガンダムが空を舞い、ビームライフルを放って迎撃を試みる――敵側のガンビットもビームを放つが、全弾当たることはない。

 ミサイル・ガンビットのすべてが、ソフィの意のままに動くドローンユニットであり、彼女の指示によって有機的に連携するスウォーム兵器なのだ。

 ランダムな回避運動によって弾幕を避けていくミサイル・ガンビット――何基かはビームが直撃して落とされた。

 脳を揺らすようなフィードバックの衝撃。

 だが、構わない。

 ミサイル・ガンビットの対処に追われて、こちらの狙い通りに動いてくれた敵のガンダムをせせら笑う。

 

「はい、これでおしまい!!」

 

 敵のガンダムがライフルを投げ捨てる。

 何をするつもりかは知らないが、もう遅い。

 ソフィは――〈ルブリス・ウル〉は、牽制のビームガトリングガンを連射しながら、足場にしていた道路を蹴り上げ、空中へと飛び上がった。

 背部フェーズドアレイ・キャノンの射角調整は完了。照準補正は感覚で終わらせてある。

 一際まばゆい、目を焼くような輝き――大出力ビームキャノンが拡散モードで発射される。

 

 それは光の雨だった。

 まばゆい赤い光が、まるで打ち上げ花火のように真昼の空を染め上げ、あらゆるものを飲み込む拡散ビーム砲の光を放っていく。

 より多くのガンビットを巻き込み、敵のガンダムを焼くための切り札。

 光に包まれた頭上を見上げて、ソフィは八重歯を覗かせてにんまり笑う。

 

「これでおしまい――!?」

 

 レーダーが警報音を鳴らすよりも早く、〈ルブリス・ウル〉の感覚器(センサー)が敵の接近を捉えていた。

 何故、どうやって。

 そんな動揺をおくびにも出すことなく、ソフィは右手のシールドユニット――ビーム・ガトリングガンと一体化している――からビームサーベルを掴み取った。

 

 

 

 

 

 

 全包囲から飛んでくるミサイル・アラームを聞いたとき、スレッタに焦りはなかった。

 この程度の伏兵はあって然るべきだったし、それが敵のガンダムによって制御されるミサイル・ガンビットだったのも、驚きこそすれ脅威ではなかった。

 全部で二〇基。

 一一基のビットステイヴと連携すれば容易に対処できる物量だ。

 パーメットによって人間により有機的に制御されるスウォーム兵器とて、所詮は特攻ドローンの亜種に過ぎない。

 より自律性の高い攻防一体のスウォーム兵器ビットステイヴに守られた〈エアリアル〉にとって脅威ではない。

 

――スレッタ、敵の本命はミサイルじゃない。あっちだ。

 

 エリクトからの声。

 眼下の敵――深緑色のガンダムは、背部バックパックを展開している。

 おそらくは先ほど発射された大出力ビームの発射口。

 あちらが本命ならば、こちらが取るべき選択は一つだけ。

 ビームライフルを投げ捨て、両肩に二本の腕を伸ばして抜刀。

 二本のビームサーベルを抜き放った瞬間、視界を覆い尽くすような光の雨が飛んできた。

 

「エスカッシャンでお願い!」

 

 〈カヴンの子〉らにそう命じる――ビットステイヴ一一基が集合し一枚の盾を形成――ちょうど〈エアリアル〉を覆い隠すような大盾型のビットが防御フィールドを展開。

 刹那、光が弾けた。

 赤い大出力ビームがまるでスプレーのように噴射され、拡散した荷電粒子が嵐のように荒れ狂っている。

 そのプラズマ化した大気の地獄――拡散ビーム砲の雨を防ぎながら、推進装置の噴射方向を一定方向に集中。

 敵のガンダムが滞空するその場所目がけ、〈エアリアル〉は吶喊(とっかん)した。

 加速、加速、加速。

 見えた。

 敵。

 

――今だよ、スレッタ。

 

 敵もこちらの意図に気付いている。

 深緑色のガンダムがビームサーベルを左手で抜刀した瞬間、〈エアリアル〉の青いビーム刃が一閃された。

 シールドと一体化したビームガトリングガンの電磁バレルを切断――紙一重で袈裟斬りを躱した敵が、反撃とばかりに左手のビームサーベルで斬撃を放ってくる。

 スレッタは冷静だった。

 〈エアリアル〉の右手首を回転させ、敵の斬撃をビームサーベルで受け止める。

 ビームの粒子の火花が散った。

 モビルスーツが超伝導モーターで駆動する人の似姿に過ぎず、ビームサーベルに質量はないからこそできる芸当――電磁気で収束したビームサーベルのビーム刃は、異なるビーム刃と反発現象を起すから、こうしてビーム刃を沿えてやるだけで斬撃を無効化できる。

 特に速度の乗っていない抜刀したばかりのビームサーベルならば、対処は容易い。

 スレッタ・マーキュリーというパイロットの超絶の技量が可能とする絶技であった。

 

「――わたしの勝ちです」

 

 そのまま〈エアリアル〉は左手のビームサーベルを、敵のガンダムのコクピットに押し当てて――焼き切った。

 一瞬、がくがくと痙攣(けいれん)するように敵のガンダムが震えたが、すぐに大人しくなって。

 糸の切れた人形のように力を失い、眼下の地上へと深緑色のガンダムが墜ちていく。

 轟音。

 土煙が上がって、ガンダムだったものが地面へ倒れ伏している。

 それはまるで、人間の死骸を一〇倍の大きさにしたような薄気味悪さがあった。

 

――アレどうしようか? 回収するの?

 

「ううん、今回のミッションはガンダムの破壊が目的だから……シェルユニットは再利用不可能なようにしておこうか」

 

 エリクトの問いかけにそう答えて。

 〈カヴンの子〉らが駆るビットステイヴが、残忍にガンダムの残骸を撃ち抜いていく様を、〈エアリアル〉は空中にたたずみ見守っていた。

 両手にビームサーベルを握りしめたまま、周囲を見回す。

 旧加古川シティは、最早、地獄のような有様だった。

 二体のガンドアームの戦闘の余波で飛び散った荷電粒子ビームは、街のあちこちでビルを燃やし、道路に穴を開け、山の木々を燃やしている。

 発生した火災の規模がどれほどのものになるか、スレッタには想像もつかなかった。

 

 あとは現地の行政区の消火ドローンの仕事だ。

 そう自分に言い聞かせて、スレッタは戦地から飛び去った。

 

 

――〈エアリアル〉を悪魔のように恐れる、難民たちの視線を背に受けながら。

 

 

 

 

 

 

 あれから宇宙へ帰還するまでのことはよく覚えていない。

 ベネリット・グループ――ドミニコス隊への最大の出資元であり、スレッタにとっては父母の仇でもある超巨大企業体の地上拠点に到着後、スレッタはすぐに寝入った。

 そしてあっという間に軌道エレベーターまで〈エアリアル〉と一緒に運ばれ、気付けば宇宙へと帰還していたのである。

 当然のことながら、呪いのモビルスーツ――ガンダムを狩る魔女であるスレッタの境遇は到底、よいものとは言えない。

 〈エアリアル〉がガンドアームであることは伏せられているが、年若い少女が専門の整備スタッフと一緒に乗り込んできて、モビルスーツを実践運用している姿は異様なものである。

 であるからして妙な噂が立つ。

 

 曰く、スレッタ・マーキュリーは魔女狩りの魔女である、とか。

 

 限りなく事実に近い噂もその中には混ざっている。

 自分がデリング・レンブランの愛人の子供で、特権でドミニコス隊にねじ込まれたのだ、などという噂を聞いたときは流石に笑ってしまったけれど。

 自室のベッドの上で、スレッタは母の言葉を思い出す。

 

 

――逃げたら一つ、進めば二つ。

 

 

 その言葉を支えに、今までずっと戦ってきた。

 この世から一機でも多くのガンダムを消し去り、母の遺言を叶えるために。

 だけど時々、わからなくなる。

 自分がこの血まみれの道に進んで何を得て、何を失ってしまったのかを――もう水星にいた頃、レスキュー活動をしていた水星生まれのスレッタ・マーキュリーはどこにもいない。

 

 ここにいるのは、ガンダムを狩って魔女を殺してきた()()()()()だけだ。

 その実感が静かに湧いてくる。

 極限環境でのレスキューならば、ビームサーベルで行うのは瓦礫撤去や破片除去のような精密作業だった。

 それがいつの間にか、人間の乗っているコクピットを精密作業のように焼き切ることばかりが上手くなっている。

 それはとても残酷で恐ろしいことのはずなのに、もう何とも思わなくなっている自分がいることに、スレッタは気付いていた。

 

「わたし、ちゃんと進めてるのかな……」

 

 わからない。

 胎児のように丸くなって、スレッタは布団に顔を埋めた。

 それから一時間後、司令室に呼び出された彼女は、ナイーブな悩みが吹き飛ぶ現実と向き合う羽目になる。

 

 

 

「アスティカシア高等専門学園……学校、ですか?」

 

 

 

「ああ、そこに入学しろとのお達しだ」

 

 いきなり学生をやれと言われてフリーズしているスレッタを見て、ドミニコス隊司令官ケナンジ・アベリーは困ったように頬を掻いた。

 彼はヴァナディース事変の当事者であり、事件においてはエルノラ・サマヤの夫――つまりエリクト・サマヤの父親を殺害している。

 なので当然、〈エアリアル〉の中のエリクトには死ぬほど嫌われている。

 だが当時、生まれてすらいなかったスレッタには実感がないから、太った苦労人のおじさんという印象しかない。

 

「あー、つまりだな。学園にはデリング・レンブラン総裁のご令嬢がいて、今、そこではよからぬ陰謀が進んでいるかもしれない……ので、腕が立って年齢が近いお前に白羽の矢が立った。任務の内容は追って通達する」

「あのっ、ガンダム狩りは……」

「今回のガンダムで打ち止めだそうだ。敵の足取りがつかめるまで、そっちは臨時休業ってことだな」

「えぇ……」

 

 自分の歩む血まみれの道を憂えてすぐ、ふわっとした理由で「それはもういいから」と言われてしまうと、どうすればいいかわからなくなる。

 少なくともスレッタは、怒ったり悲しんだりするより先に困惑が先に来る性格だった。

 昔は学校に憧れていたのは確かだったが、母の遺言を受けてからというもの、そういう憧れは全部捨ててしまったのだ。

 今さら夢が叶うと言われても、どうすればいいかわからなくなる。

 スレッタは年相応にうろたえながら、必死にケナンジへ訴えかけた。

 

「が、ががが、学校って……わたし、行ったことないです!」

「いい機会じゃないか」

 

 切って捨てられた。

 うろたえながら如何に自分が学生生活に向いていないか訴えるスレッタ・マーキュリーを、ケナンジ・アベリーがなだめるまで三〇分もの時間を要したのは言うまでもない。

 

 

 

――その行く先には祝福があり。

 

 

 

――そして少女は、運命と出会う。

 

 

 

 

 




「俺解釈のアド・ステラを書きたい!」の気持ちと「アー〇ード・〇ア面白かった…ロボットバトル書きたい…」の気持ちと「闇堕ちIF主人公いいよね!」の気持ちが悪魔合体して抑えきれずに衝動で書きました。

たぶんグエルとエラン4号でトライアングラーしたり、ミオリネとシャディクをドン引きさせたりする相良宗介タイプの芸風になってる闇のスレッタ。


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擦れッタがデリングの妾腹の子とミオリネに勘違いされるだけの話

 

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーがアスティカシア高等専門学園に転入する一ヶ月前。

 

 

 ベネリット・グループの巨大工業施設プラント・クエタに、スレッタ・マーキュリーとMS〈エアリアル〉の姿はあった。

 七八番格納庫に直立不動で固定されている〈エアリアル〉のコクピットの中に座り込み、燃えるような赤毛の少女は、コクピットシートに身を預けている。

 操縦のためではない。

 MSのOSに溶け込んでいる姉と話すためだ。

 

 

――大丈夫かなあ!? スレッタ、本当に学校に適応できるかなあ!?

 

 

 エアリアルのコクピットの中、パーメット・リンクによって繋がれたスレッタには、エリクト・サマヤの声が聞こえる。

 この姉は過保護でそのくせドライという大変いい性格をしているのだが、まあ、悪い人ではない。

 たぶん。

 

「わたしだって一七歳だよ? うん、不安しかないけど……進めば二つ、だよ」

 

 

――そうだよね。生命の進化の歴史を紐解けば、猛毒の酸素に適応して今の繁栄があるくらいだしね。

 

 

「ねえ、今わたし、すっごくバカにされてないかな……?」

 

 

――僕の妹が鈍い。絶望的だ。

 

 

「エリクトはさ……」

 

 〈エアリアル〉はオーバーホールに出される。

 装甲を外してフレームレベルで再点検を行うことになっているから、そのついでに偽装もかねて外見もリニューアルするらしい。

 今まで()()()()()()で使用してきた外見では、流石に潜入任務に支障が出るからだ。

 この判断にスレッタの意思は介在していなかった。

 

「寂しくなるね」

 

 

――大げさだなあ。点検と偽装が終わればすぐに戻ってくるからさ、それまでの辛抱だよ。

 

 

 〈エアリアル〉はスレッタ・マーキュリーに唯一、残された母親との絆の証だが、その所有権はスレッタ個人ではなくシン・セー開発公社にある。

 シン・セー開発公社は万能資源パーメットの採掘を主な事業とする辺境の資源採掘業者だが、その実態はベネリット・グループが極秘でガンドアームを運用するための隠れ蓑に過ぎない。

 かつてヴァナディース事変を引き起こし、文字通り、魔女狩りを行って技術者たちの摘発を行ってきた巨大企業体は、今ではその残党をかくまってモビルスーツの開発・運用を行わせているのだ。

 

 以前はスレッタの母親が代表だった会社だが、今はその()()()()()()()が代表を務めている。

 正直かなり胡散臭い会社である。

 現在の代表とスレッタは、実際に会ったことすらない。

 つまり信頼関係は実のところあまりなく、ここ二年間、地球へ追いやられていたこともあり、スレッタ・マーキュリーからの不信感は根強い。

 

「だいたい、今の代表の人、わたしそんなに信じられないっていうか……」

 

 

――シン・セー開発公社の方は任せてよ。メッセージぐらいは出せるから、疑問あるなら問い合わせておく。

 

 

「それこそ、ありえないよエリクト。モビルスーツに自我があってお話しできるなんて普通、信じないし悪戯だと思われるって」

 

 

――スレッタのアカウントで出せばいいじゃん。生体コードは僕らと同じだし?

 

 

「なりすましはやめてよぉ!? …………ねえ、この前、わたしの端末に身に覚えのない履歴があったんだけど」

 

 

――お姉ちゃん想いの妹がいて僕は幸せだなあ。

 

 

「エリクトのバカ!!」

 

 人間としてのアカウントを、生物学的には死者であるエリクト・サマヤは持てない。

 なのでこうして、妹のアカウントを間借りして趣味にふけっては、しょうもない喧嘩が起きるのが二人の恒例行事だった。

 だが、このとき不幸だったのは、コクピットハッチを開け放して、スレッタが会話をしていたことである。

 

 

 

「…………なあ、誰と話してるんだ?」

 

 

 

 プラント・クエタの整備担当チームの人が、コクピット前のキャットウォークに立っていた。

 今までの会話を聞かれていたらしい。

 気まずい。

 スレッタ・マーキュリーはすぅーっと深呼吸すると覚悟を決めた。

 誤魔化そう。

 

「あ、チャットAIとお話ししてしました。すごいですよね、悩みにも答えてくれるんです」

「そうか…………嬢ちゃん、人間の友達もできるといいな……」

 

 整備士のおじさんに可哀想な子を見る目で見られたのは、たぶんスレッタの勘違いではなかった。

 すべてエリクトのせいである。

 もっとも性悪な姉はそんな妹の姿を微笑ましく見守っているのだけれど。

 振り返ってコクピットのコンソールを見たスレッタは、めちゃくちゃ怒っていた。

 パクパクと唇だけ動かして、メッセージを送る。

 〈エアリアル〉の高性能センサー群は、それを正確に読み取っていた。

 

――あとでお説教だからね、エリクト。

 

 しばらくの間、エリクトが無害なチャットボットを装ってスレッタの怒りから逃げ回ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

――それから一ヶ月後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本物の……クズね!!!!!」

 

 

 

 鬼気迫る独り言であった。

 この日、ミオリネ・レンブランはブチ切れていた。

 とあるよからぬ噂が情報筋から入った結果、地球への亡命という長年の夢――今は亡き母への思慕と強権的父親への反骨心からのロック極まる逃亡計画――を急遽中断してしまうほどに。

 怒りというのは、ある一定のラインを過ぎるとかえって冷静さを呼び起こすものだ。

 

 学園理事長の娘、籠の中の鳥、MSを使った決闘ゲームの景品、トロフィー女――鬱屈した暮らしを送っていた少女はこのとき、まさにこの状態であった。

 地球への亡命をするとして、その後の暮らしの見通しはまったく立てていないのだ。

 今はそのときではない。

 そのような冷静な判断ができるほどに、ミオリネ・レンブランは怒りくるっていた。

 本来、彼女にとって唯一心安らぐ場所であるはずの温室すらも、かっとなって壊してしまうのではないか、というぐらいに怒りで全身がはち切れそうになっている。

 

「おいミオリネ……」

 

 無断で温室に入ってきたグエル・ジェターク――身長も肩幅も大きな巨漢であり、筋肉質な肉体の少年だ――の方を振り返って、ミオリネは笑った。

 華のような微笑みだった。

 悪寒が走るぐらいに。

 

「あんた、私に刺されたいの? いいえ、そうね、花婿様だものね。花嫁に刺し傷の一つや二つ作られたいわよね?」

「ま、待て、落ち着けミオリネ。どうしたお前……」

 

 度重なる自分への暴言と、あの地球に逃げ出した方がマシという当てつけにしか見えない脱走未遂の数々――グエル・ジェタークは婚約者であるミオリネ・レンブランに不満を溜め込んでいた。

 この直前までは。

 しかし人間というのは不思議なもので、自分よりもはるかにキレている人間を見ると、すとんと怒りが収まってしまう。

 

「あんたこそ何の用よ。そんなにトロフィーの安否が心配ってわけ? それともパパみたいにご機嫌伺いに来たのかしら?」

「――お前、いい加減にしろよ」

 

 グエルを苛立たせたのは、父親との関係を揶揄するミオリネの一言だった。

 あふれ出した怒気にいつものミオリネならば、たじろいだかもしれない。

 だが、今の彼女はそれどころではない。

 

 ()()()()()()()()()とその取り巻きどもの気持ちなど、気にしている余裕がないぐらいに怒りが満ちあふれている。

 

「そうね、失言だったわ。ごめんなさい――うちのクソ親父と一緒にされたらあんたのところのパパが可哀想かしら?」

 

 皮肉たっぷりにそう言い放つと、話は終わりだとばかりにグエルに背を向けるミオリネ。

 不可解極まりない婚約者の言動に、グエルは混乱している。

 

「待て! 話は終わってない――」

 

 そのときだった。

 温室の入り口付近で推移を見守っていたグエルの取り巻き――腹違いの弟であるラウダ、そして下級生の女子二人組が、侵入者と揉めていた。

 

「今は取り込み中だ、あとにしろ」

「いえ、わたしはただ挨拶に来ただけで――」

「見慣れないやつ、転入生か? ここのしきたりもわからないなんてどこの田舎者だぁ?」

 

 ガヤガヤと騒がしいやりとりに、グエルは声のした方を振り返る。

 背の高い、褐色の肌をした赤毛の少女がそこにいた。

 緑色の一般生徒の制服を着ているが、所属する寮を示すようなカラーエンブレムはつけていない。

 見ない顔だな、と思いつつ、いつも通りに大きな声を張り上げるグエル――タフでマッチョなジェタークに相応しい男らしさに満ちた振る舞い。

 

 

「いいか、これは婚約者であるこのッ! グエル・ジェタークと! 花嫁でトロフィーのミオリネの問題なんだよッ! 部外者が首を突っ込むな!!」

 

 

 グエルとしてはこれで大概の学園生徒は黙らせられる、渾身の一言のつもりであった。

 しかしもちろん、そんなローカルルールには縁がないスレッタとしては、まったく意味のわからない戯れ言にしか聞こえない。

 精一杯の良識を振り絞って、少女は言うべきことを言った。

 

 

「女の子がトロフィーって、おかしいですよ!? この学園には人権がないんですか!?」

 

 

 無言。

 誰も返事をしなかった。

 スレッタは恐怖のあまり、どもって恐れおののいた。

 

 

「こ、こここ…………これじゃ不良漫画よりひどいです!! せめて乙女ゲームみたいな感じの学校生活がしたかったです!!」

 

 

 いきなり高望みの発言をし始めるスレッタだが、無理もなかった。

 スレッタ・マーキュリーの知っている学園生活とは、つまるところ、旧時代のアニメ・コミック・ゲームのアーカイヴから学習した「それっぽいフィクション」の寄せ集めである。

 ちなみにチョイスは九割がエリクトの趣味であり、その内容はイケメン(イケてる面貌(かお)、つまり美男子を意味する地球の古いスラング。アド・ステラの時代においては伝統芸能(アニメ)を楽しむ上での必須教養の一つ)に見初められてチヤホヤされたり、ぱっとしない女の子が特別な力に目覚めてチヤホヤされたり感じの内容が多い。

 重ねて言おう。

 エリクト・サマヤの趣味である。

 グエルの言動は、あまりにもひどい女性蔑視ではないかとドン引きのスレッタだったが、ふと、相手の名乗りを聞いて思い出した。

 

「……あれ? ジェターク?」

「ふん、今さら気付いたか……田舎者でもジェターク社のMSのことはわかるらしいな」

「機体重量が重すぎて〈ティック・バラン〉に乗っても鈍足なのが難点だってセキュリティフォースの人が愚痴ってる、あのジェターク社ですか!?」

 

 一応のフォローをするなら、別にスレッタは悪気があってジェターク社の製品を貶しているわけではない。

 幾度となく実戦を繰り広げ、ドミニコス隊や現地のセキュリティフォースの救援に向かったこともある戦士の経験がそう言わせたのである。

 配慮とか気遣いとかの視点が抜け落ちており、喧嘩を売っているようにしか見えないのはご愛敬。

 

 ちなみに〈ティック・バラン〉とはMS輸送用に発展した小型の輸送機で、数十トンある全高一八メートルの巨人を乗せて空中移動ができる優れものだ。

 MSという機動兵器システム本体を消耗させず、長距離移動ができるMSの脚であり、哨戒任務などには必須とも言える装備品である。

 大抵のMSは搭載可能なこの〈ティック・バラン〉であるが、MSという兵器の中でも特に重量がえげつないジェターク社の重MS〈ディランザ〉は、この持ち味を殺すと評判である。

 重装甲・大出力がモットーであるがゆえに、とんでもなく重たいせいだ。

 

 しかしそれはそうと、ジェターク社のCEOの御曹司が、目の前で自社製品をあげつらわれて大人しくしているはずもない。

 グエル・ジェタークはキレた。

 

「はあ!? 〈ディランザ〉はホバリング機能がついてる傑作機だろうが!? どこのどいつだ、そんなわかってない発言してるパイロットは!!」

「で、でも〈ザウォート〉の二倍の機体重量ですよ!? 即応性には難があると思います!」

「用途が違うんだよ、用途が! ジェターク社の質実剛健なMSが他社製品に後れを取ることはないッ!」

 

 ぎゃあぎゃあとわめき立てるグエル、よせばいいのに客観的事実で言い返すスレッタ。

 

「うわー、あの転入生いきなりグエル先輩に喧嘩売ってるよ」

「セキュリティフォースに知り合いがいる子? それともMSオタクとか――」

 

 グエルの取り巻きである二人の少女、フェルシーとペトラはその様子を遠巻きに見守っていた。

 グエル・ジェタークは親分肌の気持ちのいい男ではあるが、直情型で熱くなりやすい欠点がある。

 そういう気性をわかっている二人は、「まあ転入生があんまりやらかすようなら仲裁してやってもいいか」ぐらいの温度で、だらーっと口論を見守っていたし、兄を崇拝する異母弟ラウダなどは「どいつもこいつも兄さんのことをわかってないな……」と腕を組んで後方理解者面している始末。

 このままグダグダになってお開きになれば、誰にとっても幸いな結果になったのだろうか。

 

 しかしそうはいかなかった。

 騒ぎを聞きつけて、温室の奥からミオリネが顔を覗かせてきたのだ。

 その目が、「今日やってきた転入生」だという少女――スレッタの顔に向けられる。

 

「へぇ…………もしかして、あんたが今日から転入してきたっていう?」

「え、あ、はい……パイロット科二年、スレッタ・マーキュリーです。ミオリネ……さん、であってますよね」

 

 実際に会ってみたミオリネ・レンブランは、写真で見るよりずっと美しい少女だった。

 艶やかな長い銀髪は銀糸のよう、切れ長の目は長いまつげで彩られて芸術品に似て、端整な顔立ちは神様が「宇宙一美しくなりますように」と手作りしたみたいに綺麗だ。

 その面差しがあまりにも綺麗だったから、つい、手を伸ばしたくなるぐらいに。

 この華奢な少女が、あのデリング・レンブラン――ヴァナディース事変を引き起こし、母から人生のすべてを奪った男の血族だなんて。

 運命の数奇さに思いを馳せつつ、とりあえず友好の証に握手でも求めようかとして。

 

 

――凄まじい眼光でにらみつけられた。

 

 

 ところで最近、ドミニコス隊とその関係者の間には、とある醜聞の噂が流れている。

 

 曰く、あの英雄デリング・レンブランには一人娘がいるが、実はそれとは別に妾腹の子がおり、自分の手元で飼っているのだ――とか。

 曰く、その妾腹の子というのはミオリネ・レンブランと同じぐらいの年頃の少女で、MSパイロットとして育てられているのだ――とか。

 

 控えめに言って悪意ある噂であり、フェイクニュースと一笑に付されるべきものである。

 だがしかし、もし事実だったなら第三者にとっては最高に面白い醜聞だ。

 そして人の口をふさぐことはできない。

 如何にドミニコス隊司令官ケナンジ・アベリーが「よからぬ噂はやめろ」と部下を戒めたところで、上司のそういう態度がかえって信憑性を生む始末。

 どこかの誰かが、面白がって理事長の一人娘にそんな噂を吹き込むことだってある。

 ゆえに。

 ミオリネ・レンブランは般若の面のような凄まじい形相で叫んだ。

 

 

 

「知ってるわ、あんたが……あのクソ親父が()()()()だったことの証明ってこともね!!」

 

 

 

 ヤバい。

 思い込みが強いタイプの変な人だ。

 まったく意味がわからないけれど本能的に危機を覚えて、うぇええ、とうめき声を上げながら後ずさるスレッタ。

 敵のガンドアームがガンビットで十字砲火をかけてきたときぐらいの脅威を覚えている。

 助けてエリクト、〈カヴンの子〉のみんな!

 そんな気持ちになるが、残念ながら〈エアリアル〉はまだスレッタの下に届いていないし、対人コミュニケーションは専門外なのだけれど。

 

「お、()()()()のことを悪く言うのは、その、よくないと思いますよ?」

 

 あくまで一般論としての発言である。

 スレッタ・マーキュリーとて、もう世の中には「日々の暮らしの糧を得るために子供をガンダムのパイロットに売り飛ばす親」がいることや、それが実のところ、貧困が蔓延して困窮している地域では珍しくないことも知っている。

 自分がリプリチャイルドという故人の遺伝子的複製であることを差し引いても、自分が愛されていた側の子供だと、スレッタなりに信じられるぐらいに。

 ともあれ、一般論で「お父さん」という単語を使ったスレッタであるが。

 悪手だった。

 

 

()()()()、ね。そう、やっぱり…………()()()()デリングのやつの娘なのね」

 

 

 壮絶な誤解が生じていた。

 スレッタは何故どうしてそんな誤解が生じているのかわからないまま、混乱の中、とびきり正直な自分の素性を明かす。

 

「ご、ごご、誤解です!! わたしに()()()()()()()()()し!」

 

 失言である。

 この場に〈エアリアル〉もといエリクト・サマヤがいたなら、このときの失言を向こう一〇年は当てこするレベルだ。

 事情を知る人間が聞けば、人工子宮の中で育った遺伝子的複製(リプリチャイルド)の悲痛な言葉に聞こえたかもしれない。

 しかし今この場においては、シングルマザーに育てられた少女が、何らかの事情で()()()()()()()()()()()()()()と受け取られかねない言葉選びだった。

 

 

「そう……やっぱり! そういうことだったのね!」

 

 

 ミオリネ・レンブランは本来、繊細で心優しく面倒見のいい少女なのである。

 だがこのときは違った。

 マジギレしているので、それはもう悪鬼羅刹のごとき有様まである。

 それはそれは悪女そのものという表情で、その端正な顔を歪ませて、思いついただけの嫌がらせを口からぶっ放した。

 

 

「――グエル、この娘と決闘しなさい。ぶちのめしてクズ親父のところに突っ返すのよ!!」

 

 

 気に入らない横暴な花婿様と、クズ親父が寄越してきた妾腹の子、二人に対する一石二鳥の策である。

 めちゃくちゃ性格が悪い。

 あまりにもあんまりな状況にどうしていいかわからず、グエルはおろおろと情けない言葉を吐き出した。

 

「な、なあミオリネ……お前は、少し、おかしくなってる。落ち着け、な?」

 

 横暴にして傲岸不遜を絵に描いたような少年グエル・ジェタークは、いつになく荒れているミオリネ・レンブランの醜態にドン引きしていた。

 取り巻きであるフェルシーとペトラの二人も同様で怯えているし、異母弟ラウダに至っては「ミオリネ! よくも兄さんに無礼な口を!!」と斜め上の逆ギレをしている。

 素直にひどい状況だった。

 手がつけられないとはまさにこのことだったが、ミオリネは腰に手を当てると、ふんすと鼻息荒く挑発を口にする。

 

「できないの? 学園最強(ホルダー)のくせに案外、小心なのね?」

「なんだとぉ……!」

「この子に負けるのが怖いんでしょ? 所詮は井の中の蛙、学園でイキってるだけの最強だものね!!」

 

 外野ではラウダが「よすんだ兄さん! 見え透いた挑発に乗っちゃダメだ!」と熱い説得をしている。

 混乱と熱狂が、温室を支配していた。

 

「え、ええ……な、なんなんですか、この学校……!!」

 

 怖すぎる。

 何かこう、自分の知らないところでとんでもない話が進んでいるのは理解できた。

 あまりにも意味不明な事態だったが、これまでたしなんできた無数のコミック・アニメ・ゲームの知識から、スレッタ・マーキュリーはすぐにこのシチュエーションにぴったりの単語を引き出した。

 

 

 

「あ、あぁ……悪役令嬢にいじめられてます!!」

 

 

 

 ミオリネは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 

 

「誰が悪役令嬢よ!!!」

 

 

 

 アド・ステラ一二二年。

 ラグランジュポイント四フロント七三区――宇宙空間に浮かぶ超巨大建造物(メガストラクチャー)、アスティカシア高等専門学園にて。

 

 

 

――水星の魔女スレッタ・マーキュリー。

 

 

――英雄の娘ミオリネ・レンブラン。

 

 

――二人はかなり最悪の出会い方をした。

 

 

 

 

 



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グエル編
擦れッタが決闘でグエルを殺しかけるだけの話


 

 

 

 

「あのグエル・ジェタークと決闘!?」

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園の学内通路にて。

 メカニック科二年の生徒ニカ・ナナウラは素っ頓狂な声を上げた。

 今日一日でいろんなことがキャパシティオーバーになったスレッタ・マーキュリーが、親切な学園の少女に愚痴った結果である。

 純然たる善意で学園の案内を買って出てくれたニカの厚意に甘えるべきだったのだろう。

 少なくとも、アドリブでミオリネ・レンブランの顔を見に行くなんて――すべきではなかった。

 まさか転入初日からこんなことになるなんて、とスレッタは頭を抱えていた。

 

「ええっと、ミオリネ・レンブランさんに挨拶しに行ったんですが、こう、誤解からとんでもないことになっちゃって」

「ミオリネって…………理事長の娘の?」

「えーっと、親の仕事のしがらみというか、そんな感じで顔を見せに行っただけだったんです……」

 

 嘘ではない。

 レンブランとマーキュリーの血筋には、それぞれ因縁があるのだから。

 まさか家族友人を皆殺しにした相手と虐殺の生き残り、などという剣呑な関係だとは誰も思うまい。

 もっとも今の自分は、そのドロドロした因縁も実感が湧かず、どうしていいのかさっぱりわからないというのが本音なのだけれど。

 

「すいません、ナナウラさん……学校を案内してもらってたのに、まさかこんなことになるなんて想像もつきませんでした……」

「ううん……まあ、そういうこともあるよ! 犬に噛まれたとでも思ってやり過ごそう、ね」

 

 にっこりと笑うニカ・ナナウラはアジア系のアーシアンで、青いメッシュの入ったショートカットの少女だ。

 背丈があり肩幅も広くがっしりした体つきのスレッタに比べると、ずいぶんと小柄に見える。

 何よりありがたかったのは、彼女が人格者であり、これからスレッタが入る寮の先輩であることだった。

 

「本当にありがとうございます……いろいろ、ご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いしますっ」

 

 人の優しさがじんわりと染み渡るようだった。

 シン・セー開発公社はどういうわけか、スレッタの編入先を地球寮――ここアスティカシア高等専門学園において、唯一、地球人(アーシアン)の学生を受け入れている特別枠――にしたらしい。

 エリクトから届いたメッセージによると「どのグループ内企業の息もかかってないから好都合」という理由らしいのだが。

 実際、こうして会ってみたメカニック科のニカ・ナナウラはとてもいい人で、積極的に学園の案内をしてくれている。

 

「スレッタさんが来てくれたおかげで、スポンサー企業がついてうちの予算もぐっと増えたんだよ! そんなふうに卑屈にならなくてもいいって」

「…………あっ、お金で黙らせたんですか、うちの会社(シン・セー)

「あははは……そういう受け取り方はしてないよ、私は」

 

 生々しい現実に引き戻されたスレッタは乾いた笑みを漏らした。

 ひょっとしなくても札束で人様の居場所を買い叩くスペーシアンだと思われているかもしれない。

 

「まあ、そういう話は置いておいてさ。決闘はいつから?」

「えっと、決闘は明日の昼です。私のモビルスーツがまだ届いていなかったので――」

 

 歩いて、歩いて。

 地球寮に着いた頃には、夕暮れになっていた。

 地球寮はモビルスーツハンガーが並ぶ一角にある古びたハンガーを改装した建物で、ハンガー内部に居住空間を増設し、寮として使用しているようだった。

 なるほど、この学園でのアーシアン差別がどういうものか一目でわかる。

 しかし中に入ってみると、一部の設備はやけに真新しくなっており、セキュリティ設備なども中古だが信頼性の高いメーカーのものが導入されている。

 

「おーいニカ! ……っと、噂のうちに入るって言うスペーシアンか!?」

「えっと、はい! 水星出身のパイロット科二年、スレッタ・マーキュリーです! よろしくお願いします!」

「おーう……ああ、ホルダーと決闘するっていう無謀な編入生か」

 

 あまりガラのよくなさそうな男子二人――オジェロとヌーノというらしい――から挨拶される。

 彼らが何に注目しているのかわからず、視線を上げて。

 そこに、家族の姿を見つけた。

 

 

 

「――〈エアリアル〉!!! やっと届いたんだ……」

 

 

 

 全高一八メートルの巨人が、MSハンガーに立っている。

 まるで水星にいた頃のような、目が覚めるような鮮やかな色彩。

 水色と白色と赤色のトリコロール・カラー。

 背部の推進装置は実戦仕様の四枚の翼ではなく、シンプルなバックパックタイプ。

 何から何まで昔の姿だった。

 懐かしくて、嬉しくて、震えるような感動が胸を打った。

 まるで何もかもが、母が亡くなる前に戻ったような錯覚――地球寮の面子からの言葉に現実に引き戻される。

 

「すごいよね、これ。まさか市販品じゃなくてハンドメイドなんて」

「あっ、はい……オーバーホールから戻ってきたばかりなので、たぶん絶好調だと思います」

「よろしく……うちに来たってことは、こっちで弄っていいんだよね?」

「は、はい……メンテナンス、お願いしても大丈夫ですか?」

 

 わらわらと集まってくるメカニック科の面子――特に決闘の話に食いついてくるオジェロとヌーノは何故か盛り上がっている。

 何だろう、地球寮の男子は勝負事が好きなのだろうか。

 それがまさか、自分とグエルの勝敗で賭博が行われているなどとは想像もせず、スレッタはぼんやりとする。

 

 だって、人殺しの機械(ガンドアーム)じゃない〈エアリアル〉がそこにいるのだ。

 わからない。

 自分は本当に人殺しになったのか、すべてが夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。

 ぼーっとしていると、誰かから「何を決闘にかけたのか」と問われて。

 ふにゃりと幸せそうに、スレッタ・マーキュリーは笑った。

 

 

「決闘、負けたら、わたしが自主退学しろって話になっちゃって」

 

 

 周囲の生徒たちが息を呑む。

 え、とか、それはひどい、とか小声で聞こえてきたけれど。

 

 

「問題ありません。だって――」

 

 

 スレッタの胸は、燃えたぎる太陽のように晴れていた。

 

 

 

「――わたしと〈エアリアル〉は負けませんから」

 

 

 

 

 

 

「やらかしたわ、シャディク」

「うん、きっとミオリネが悪いね」

 

 グラスレー寮、寮長の部屋。

 ある種、貴族的な趣味がうかがえる広々とした一室で、ミオリネ・レンブランは一人の少年と向き合っていた。

 長い金髪に褐色の肌、にこやかで爽やかな笑顔。

 そして何故か胸板を見せつけるように開け放たれたセクシーな胸元。

 シャディク・ゼネリ。

 女子生徒からの人気が高い生徒で、グラスレー寮の寮長であり、学生の身でありながらすでに経営者としていくつかの子会社まで持っているエリート中のエリートだ。

 そしてミオリネの幼馴染みでもある。

 地球産の茶葉で入れた紅茶を出しながら、シャディクは優しくミオリネに問うた。

 

「で、君が俺を頼るなんて珍しいね、どうしたの」

「……もう、グエルの決闘のことは聞いてるんでしょ?」

「ああ、君が焚きつけたって噂になってる」

「……最悪ッ」

 

 悪態をついたあと、ぽつぽつとミオリネは事情を話し始めた。

 デリング・レンブランの妾腹の子の噂が耳に入ったこと、この時期に不自然な転入生が、何故かわざわざ自分に挨拶しに来たこと。

 頭に血が上って、自分でも信じられない暴言を吐いてしまったこと。

 

「あの子が仮にクズ親父の子供だったとしても、あの子に罪があるわけじゃないのよ。なのに、私はあのとき頭に血が上って……ああもうっ! とにかく! 決闘って取り消しにならないの!?」

「それは難しいな、ミオリネ。俺も決闘委員会のメンバーだ。いくら君の頼みでも、えこひいきはできない。決闘はもう受理されている」

 

 だが、とシャディクは告げる。

 

「でもまあ、立会人として万事、ひどいことにならないように差配ぐらいはするさ」

「恩に着るわ」

「…………珍しいな、ミオリネからお礼なんて」

 

 意外そうにシャディクが呟くと、ミオリネは目を細めて一言。

 

「あんたが、私から逃げるからでしょ」

「……なんのことかな?」

 

 無言のまま、ミオリネは退室していった。

 その後ろ姿をずっと目で追っていたシャディクは、やがて、はぁ、とため息を一つ。

 そして部屋の隅に控えていた事実上の秘書に呼び掛けた。

 

 

「サビーナ、〈ミカエリス〉の準備をしておいてくれ。義父さんの親馬鹿に助けられたかな、今回は」

 

 

 自分の顔を見つめるサビーナに気付き、シャディクは笑った。

 軽薄な笑みだった。

 

「――シャディク」

「決闘には立会人がつきものだろう? 心配しなくても、無様を晒したりはしないさ」

「〈ミカエリス〉を出さねばならないほどのことか?」

 

 骨太で長身の美少女――サビーナ・ファルディンは、学園では同性の少女達から王子様のようにあつかわれている。

 そして陰謀家であるシャディク・ゼネリの本当の顔を知っている同志の一人でもある。

 

 〈ミカエリス〉はグラスレー・ディフェンス・システムズの開発した最新鋭機であり、MSとしては紛れもなく傑作機だ。

 ビームデバイスと電子戦デバイスの複合兵装を腕部へコンパクトに詰め込み、軽快な運動性と高い攻撃力を両立しており、グラスレー社らしい機体バランスに優れたMSである。

 そもそもシャディクは「決闘」などという学園の権力ゲームごっこに興味がない人物だし、会社の資産である最新鋭機のお披露目が、決闘の立会人などという地味な役割では差し障りがあるのではないか。

 このアスティカシア高等専門学園において、学生寮のリーダーを務めるということは、企業の顔役を務めることに等しい。

 その責任をわかっているのかと、サビーナは問いかけてきていた。

 

「決闘は人死にが出ないクリーンな戦い。そういうことになっているだろう? 今回の決闘は不味いかもしれない、俺はそう思うんだよ」

 

 現ホルダーのグエル・ジェタークは強い。

 だが、あるいは。

 

「なに、心配は要らないさ。杞憂だったときは、俺が義父さんからお叱りを受けるだけだ」

 

 飄々とそう言ってのけるシャディクだったが、その目つきは険しい。

 情報端末に表示されるスレッタ・マーキュリーの経歴――そして彼の情報源が掴んだ薄気味悪い噂話――そのいずれも信憑性に欠けている。

 

 あのミオリネに腹違いの姉妹がいたかは定かではない。

 だがしかし、スレッタ・マーキュリーが何をしていた人物なのか、さっぱりわからない()()なのは事実だ。

 どこか憂いを孕んだスレッタの顔写真を見つめながら、シャディクは呟いた。

 

 

 

「見極めさせてもらおうかな、君が何者なのかを」

 

 

 

 

 

 

 学園仕様のモビルスーツにはいくつかの制限がある。

 まず、駆動出力は市販モデルから三〇%差し引いたものであること。

 またビーム兵器の出力はこれに準じる形で学園施設を損壊しない程度の低出力モードであること。

 FCS(火器管制システム)でコクピットへの攻撃が不可能なよう、機体制御AIにロックをかけること。

 そして最後に、決闘の勝敗を決める基準としてブレードアンテナを頭部に最低一本は持つこと。

 勝敗はシンプルで、このブレードアンテナを損壊させた側が勝利する。

 

 そして何より重要なのは、妨害工作などの絡め手に関する()()は存在していないことである。

 この学園においては、あらゆる問題に関する決着が決闘――貴族的趣味の儀式――によって決されるが、その過程で生じる不公平について、審判する決闘委員会は関与しない。

 要するにバックについている企業が大きい陣営、実家が太い個人ほど有利なルールなのだ。

 学生自治の名の下に教員たちも見て見ぬ振りをする、アスティカシア高等専門学園の悪徳がべっとりと張り付いたような有様。

 あるいはこの弱肉強食の秩序こそが、デリング・レンブラン理事長の意思なのかもしれなかったが――

 

「そういうところ、変わらないんですね」

 

 水星の過酷な資源採掘基地も、荒れ果てた地球のスラムもそうだった。

 より多くのリソースを持つものが、力を持たない弱者をリソースに変えて秩序を維持する仕組み。

 それはたぶん、人間という生き物の宿業なのかもしれなかった。

 

 嫌だな、とスレッタは思う。

 きっと遠い昔、見たこともない青い星に憧れていた自分は、もっと優しい世界を想像していた。

 今では思い描くのも難しくなったような、甘く淡い夢を。

 

 

――今の自分にその資格があるのかは、わからないけれど。

 

 

 第一三戦術試験区域――アスティカシア高等専門学園を構成する超巨大建造物(メガストラクチャー)に設けられたバトルフィールドの一つ。

 その地下レール網を使って、二機のモビルスーツが移動していた。

 模擬戦ならざる決闘、

 移動用のMSコンテナキャリア――モビルスーツ本体を直立させたまま、専用レールを使ってフロント内を高速移動させられる大型の自走式コンテナ――が開き、内部からMSが姿を現す。

 水色と白色と赤色のトリコロールに塗られた流線型の美麗なMS、〈エアリアル〉だ。

 右腕には標準的なサイズのビームライフルを一丁、左腕には大型の盾〈エスカッシャン〉を一枚保持している。

 背面のバックパックユニットに装着された二本のビームサーベルと合わせて、標準的な構成のモビルスーツと言えるだろう。

 

 

「LP〇四一スレッタ・マーキュリー、〈エアリアル〉出ます」

 

 

 すうっと深呼吸。

 予定とは少しズレてしまったけれど、結果的には予定通りになったからいいだろう。

 ドミニコス隊から下された密命はシンプルだ。

 現ホルダーであるグエル・ジェタークに勝利し、ホルダーの座を奪い取ること。

 その決定の裏に如何なる政治的思惑があるのか、スレッタ・マーキュリーは知らない。

 

 ただ懸念事項が一つ。

 ドミニコス隊司令官ケナンジ・アベリーからの指令の中で、きつく言いつけられたことがある。

 

 

――最初の一戦ではガンビットを使うな。

 

 

 命令の内容はシンプルだ。

 要するに、ガンダムとバレるような振る舞いは慎めということらしい。

 最初の一回だけというのは、たぶん、政治的な取引なり圧力でどうにかしてしまう用意があるのだろう。

 大人の世界は複雑怪奇で、わかりやすくエリクトに噛み砕かれて説明されても「嫌な場所だなあ」という感想しか湧いてこない。

 

「みんな、今日は大人しくしててね」

 

 

――いいよ。

 

 

――つまんなーい。

 

 

――スレッタだけでだいじょーぶ?

 

 

 返答はみんな素直だった。

 これで今日はビットステイヴなしでの戦いになる。

 モビルスーツ戦の基本に立ち返った勝負になる、と気を引き締める。

 相手はまさにそのMS戦の基本を突き詰めた設計思想、装甲・出力・推力のお化けな〈ディランザ〉タイプ。

 しかも一〇〇回以上、連戦連勝というパイロットだ。

 油断できる要素はない。

 

 

――全力で戦うのかい、スレッタ。

 

 

「わたしの全力じゃなきゃ……たぶん負けちゃうかな」

 

 そのときだった。

 オープンチャンネルで通信が入ってくる。

 

『これより双方の合意のもと、決闘を執り行う。勝敗は通常通り、ブレードアンテナを折ったものの勝利とする』

 

 褐色の肌の金髪の美男子が、パイロットスーツ姿で画面に映っている。

 何故かヘルメットだけしていないが、そういうしきたりなのだろうか。

 

『立会人はシャディク・ゼネリが務める』

 

 しかしそんな疑問を口に出す間もなく、儀式は順調に進んだ。

 

『両者、向顔(こうがん)

 

 モビルスーツの球体型モニター(三六〇度すべてを映すモニター。パイロットに直感的な操縦を可能とさせる、現行第四世代機の標準仕様である)に、相手側のパイロットの顔が映った。

 グエル・ジェターク。

 学園最強の決闘王者(ホルダー)である少年は、純白に黒と金の差し色が施されたパイロットスーツ姿だ。

 ヘルメットのバイザー越しにもわかる精悍な顔つきが、不機嫌そうにスレッタを見ている。

 

『それがお前のモビルスーツか……似ているな、ドミニコスの正体不明の新型によく似ている』

「うぇっ」

 

 声が出そうになった、もといちょっと出た。

 実戦仕様とは装甲のほとんどを換装しているし、背部の推進装置も軽量なバックパックタイプにしてある。

 一番覚えられやすい〈エアリアル〉の顔だって全くの別物、水星時代の優しい顔つきだ。

 けれど流線型を主体とした太い脚部や、胸部のシェルユニットなどの特徴は押さえているから、たしかに〈エアリアル〉は()()()()のだ。

 グエル・ジェタークほどの社会的地位がある立場の子弟なら、ドミニコス隊の未確認機の画像データぐらい持っていてもおかしくない。

 

『噂通りのえこひいきってやつか、それともハンドメイドのパチモノか――俺が暴いてやる! 精々、今のうちに思い出作りに励んでおくんだな、田舎者ォ!』

 

 えこひいきだのパチモノだの、ひどく失礼な人だと思った。

 それもよりによって〈エアリアル〉――自分の姉そのものであり、母が心血を注いで作り上げたモビルスーツに。

 要するにスレッタはむかっとした。

 なので、ちくちくと毒を吐く――二年間の経験で確実に少女の口は悪くなっていた。

 

「グエルさんも……決闘で負けた自社製品(ポンコツ)の売り方、考えておいてくださいね」

『……お前、瞬殺してやるよ』

 

 怒気。

 まず口上を述べたのはグエルだった。

 

 

『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』

 

 

 スレッタがこれに続き。

 

 

「操縦者の技のみで決まらず」

 

 

 グエルとスレッタの声が異口同音に重なる。

 

 

『「ただ、結果のみが真実」』

 

 

 そして最後に、シャディク・ゼネリが決闘の開始を告げるのであった。

 

 

『――フィックス・リリース』

 

 

 

 

 

 

 グエル・ジェタークには矜持がある。

 それは学園最強の決闘王者、ホルダーとしての誇りである。

 実のところ彼は、ホルダーの特権――学園理事長の娘ミオリネ・レンブランの婚約者になれるだとか、その婚約者がとてつもない美少女であるとか、ベネリット・グループ総裁の椅子への最短コースであるとかの事情には興味がない。

 彼の憧れはただ一つ、スペーシアン自治組織カテドラルが誇る精鋭部隊、ドミニコス隊への入隊。

 要するにエリート部隊に入れるぐらい強いパイロットになることである。

 

 学園最強のホルダーが誇りなのは、それが彼自身の積み上げてきた努力が、たしかな強さになっていることの証だからだ。

 これだけは自分のもの、自分の強さだ。

 他の誰にも文句は言わせないし、この()()の世界に卑劣な策謀やコネで勝ち取ったような地位は持ち込ませない。

 それがグエルの矜持であった。

 

 だからこそ腹立たしいのが、これから叩き潰す予定の挑戦者のことだ。

 

 

――スレッタ・マーキュリー。

 

――水星出身の田舎者。

 

――学園理事長の隠し子疑惑のあるMSパイロット。

 

 

「ハンドメイドのオリジナル機だと? ここは遊び場じゃないんだぞ?」

 

 苛立たしい。

 見慣れない華奢なMS――意図的なのか、ドミニコス隊が運用していると()()()()()に特徴が似ている――を持ち出した、どこぞの愛妾の娘。

 さぞ父親と母親から溺愛されて育ったのだろうな、と思う。

 

 

――自分を捨てていった母親の背中を思い出す。

 

 

 ああ、気分が悪い。

 そんなふざけたやつが、自分に挑もうというのか――このグエル・ジェタークに。

 憤懣(ふんまん)やるせないという顔で、グエルは操縦桿を握りしめた。

 どうせくだらないやつだ。

 さっさと倒してしまおう。

 

 バトルフィールドは立体映像を投影されたホログラムで、今回の条件設定は一面の荒野だ。

 天候は荒天。

 荒れ模様の空の下に、マゼンタ色の重MSが一歩前に歩み出す。

 機体に張り巡らされたパーメット・リンク――光よりも速く情報を伝達する万能元素の神経網が、グエルの意思を受けて制御AIを動作させる。

 〈ディランザ〉の背中と脚部の推進装置が作動し、地面をホバーで疾走する。

 

 あっという間に加速する機体――スパイクシールドを追加した結果、武装と合わせ九〇トンを超える総重量となったグエル専用〈ディランザ〉は、継戦能力を犠牲に出力を高めたピーキーな専用機だ。

 そのカスタマイズはOSで調整可能な範囲を超えて、推進装置の一部には次世代機で採用される予定の新型エンジンが使われているほどだ。

 専属の整備チームがいてこそ機能する、レースマシンのような戦闘兵器。

 まさに決闘という競技に特化されたMSが、グエルのMSであった。

 さて、敵はどこかとパッシブレーダーの反応を見る――ジェターク社自慢の戦闘システムは、周囲の環境から得られた情報を総合し、敵の位置を探知することに優れている。

 いた。

 一二時方向、まさか真っ正面から突っ込んでくるとは。

 

「素直だが、馬鹿正直だな!!」

 

 グエルは獰猛に笑う。

 重量級MSである〈ディランザ〉の優位は揺るぎない。

 重装甲・高出力のマシンである〈ディランザ〉は、運動性こそ低いものの、標準的な出力のビームライフルであれば数発は耐えられる正面装甲を持っている。

 標準的なモビルスーツの多くは、重要部位(バイタルブロック)の装甲化に留めて、対ビーム兵器用の防御力をシールドに依存している。

 つまり同じ距離で撃ち合った場合、〈ディランザ〉の側は被弾しても戦闘を続行できるが、相手側はそうではないという防御力の差を生み出す。

 加えてグエル機は対ビームコーティングが施されたスパイクシールドを両肩にマウントしている。

 正面からの撃ち合いでは負ける道理がない。

 敵MS〈エアリアル〉は、見た目からペイル・テクノロジー社の〈ザウォート〉のような軽量な飛行型MSかと思っていたが――どうやらスレッタ・マーキュリーは正面からの決着がお望みらしい。

 

 見えた。

 

 有視界戦闘に突入した以上、互いのビーム兵器が届くのは自明の理。

 グエルの〈ディランザ〉がビームライフルを放った瞬間、向こうからのビームが飛んできた。

 生意気にも偏差射撃。

 こちらの未来位置を織り込んだ射撃だが――問題ない。

 肩のスパイクシールドで荷電粒子ビームを弾き、速度を落とさずに直進。

 ビームが直撃しようと〈ディランザ〉のホバー走行に揺るぎはない――機体それ自体の大質量が慣性によって砲弾のごとき一直線の走破を可能としている。

 

 敵機が近づいてくる。

 ライフルをマウントラッチに仕舞い込み、長大な得物を両手で保持する。

 ビームパルチザン――長柄の先端から十字型にビーム刃が展開される。

 ホルダーたるグエル・ジェタークの代名詞、無敗の伝説を打ち立ててきた武器が、〈ディランザ〉の速度と重量を乗せ横凪ぎに振るわれた。

 刹那。

 

 〈エアリアル〉がその名の通りに、飛んだ。

 足腰をバネにした跳躍と全身の推進装置の連動制御――〈ディランザ〉の頭上に飛び上がった〈エアリアル〉の手にあるビームライフルから、ビーム刃が展開された。

 ビームサーベル型の銃剣。

 しまった、と気付いたときには遅かった。

 精密で無駄がなく、そして速い剣閃。

 ビームパルチザンが刃の根元から両断される。

 不味い。

 すぐさま長柄武器から手を離し、ビームトーチに手を伸ばす――その右腕の肘関節を粒子ビームが撃ち抜いた。

 爆発。

 

「ぐあっ!?」

 

 接近戦で圧倒されている――このグエル・ジェタークと〈ディランザ〉が?

 攻撃に回避の余地がない近距離戦闘は、むしろ〈ディランザ〉の独壇場のはずだった。

 だが実際には、たった一回の交錯でこちらは武器を潰され、右腕を撃ち抜かれている。

 反応が間に合わない。

 

 単純に〈エアリアル〉が速すぎるのだ。

 まるで機体の指先にまで神経が入っているかのような、気味が悪いほどなめらかで自然な動き。

 ホバー推進で斜め前方へ全速力で退避。

 残った左腕で武装を引き抜き、仕切り直すしかない。

 そう判断したグエルは正しかった。

 だが。

 

「がぁっ!」

 

 衝撃。

 推力バランスが崩れた機体が、前のめりになって転倒する。

 ありえない。

 そんなことができるのか。

 〈ディランザ〉の背部推進装置が、精確に狙い撃たれていた。

 

――あの一瞬で、こんな照準が人間にできるのか?

 

 うつ伏せになって倒れ込んだディランザに向けて、推進装置で空を駆けて飛んでくる〈エアリアル〉。

 ビームライフルを使うでなく、近づいてきた敵は、どういうつもりなのか〈ディランザ〉の上半身を引き起こして。

 

 

――次の瞬間、〈ディランザ〉の顔面にエアリアルの正拳がめり込んでいた。

 

 

 マニピュレータはモビルスーツの部位の中でももっとも頑丈な部分の一つだ。

 精密作業をするだけでなく、武器を保持しての格闘戦を行うこともあれば、人工物の近くで制動する際に掌を利用することもある。

 であるからして、繊細そうなイメージに反して、モビルスーツの手は頑丈にできており、ちょっとした格闘戦ぐらいではびくともしないのだ。

 センサー群を詰め込んだ頭部の方が、はるかに脆い程度には。

 

「ぐぅっ!?」

 

 二発目。

 

「うおぉ!?」

 

 三発目。

 

「がぁっ!?」

 

 四発目。

 

 繰り返される殴打。

 ぐしゃり、ぐしゃり、とディランザの装甲が歪んで、砕けて。

 その頭部の立派な角――ブレードアンテナが根元からポッキリとへし折れるまで時間は要らなかった。

 決闘ならばこれで試合はおしまいだ。

 グエル・ジェタークの敗北という形で、この決闘はあっさりと終わる。

 

 

「負け、た……俺が?」

 

 

 呆然とコクピットで呟くグエルだったが。

 何も終わってはいなかった。

 〈エアリアル〉が動いた。

 倒れ込んだ〈ディランザ〉を、両手を使ってうつ伏せから仰向けになるよう引き起こして。

 数秒間、戸惑うように立ち尽くす〈エアリアル〉――まるでコクピットを潰せないことを戸惑っているかのような挙動――そしてすぐさま()()は、()()()()()()()()()()()したようだった。

 

 凄まじい衝撃。

 轟音。

 

 誰が想像できただろう。

 モビルスーツが、モビルスーツに膝蹴りを叩き込むなどと。

 

「ぐわああっ!!!」

 

 コクピットに凄まじい震動が襲ってくる。

 まるで巨大なハンマーで叩かれたような衝撃。

 コクピットブロックに対する攻撃はFCSのレベルで規制され、ビームライフルの射撃にせよビームサーベルの近接戦にせよ、モビルスーツ戦でコクピットを狙うことはできない。

 だが、コクピットブロック以外に、()()で手足や胴体を叩きつけることはできる。

 モビルスーツの慣性制御が優れているといっても、それはあくまで戦闘機動に伴うGに対する機能の話だ。

 

 そしてモビルスーツの基本構造は、数十トンの質量を打撃として叩きつけられる想定などされていない。

 そんな攻撃に備えられるのであれば、世の中から運動エネルギー兵器の類は消えているはずだ。

 機体のフレームが軋みを上げて、めきめきと音を立て、コクピットブロックにまでそれが伝わってくる。

 

 

――殺される。

 

 

 生まれて初めて、グエル・ジェタークが感じた死の恐怖であった。

 泣きたいような絶望感と、何をしても無駄なのではないかという無力感、そのすべてが襲いかかってくる。

 涙がこぼれる。鼻水が出てくる。唾液があふれる。

 小便を漏らした。

 

 

「う、うわああああぁぁああ!!!」

 

 

 叫ぶ。

 だが、助けなどあるのだろうか。

 自分はこのまま、あの得体のしれないモビルスーツに殺されてしまうのではないか。

 そんな諦観がグエル・ジェタークの脳裏をよぎったときだった。

 

 

 〈エアリアル〉の動きが変わった。

 

 

 有線分離式の巨大なアーム――モビルスーツの胸部装甲ほどはあろうかという厚みと質量の塊が、純然たる運動エネルギーの塊になって突っ込んでくる。

 〈エアリアル〉はそれを避けるため、倒れ伏した〈ディランザ〉から飛び退るように回避運動を取った。

 全身の推進装置を一方向に向けた緊急回避。

 着地して大盾〈エスカッシャン〉を構えた〈エアリアル〉のセンサーが捉えたのは、有線分離式のクローアーム――巨大な右腕を装着し直し、華麗に現れた一機のモビルスーツの姿だ。

 

 

『――そこまでだよ』

 

 

 二〇メートル級の大柄なモビルスーツ〈ミカエリス〉。

 西洋甲冑のごとき見た目と、シオマネキのように肥大化した右腕の大型アーム。

 グラスレー・ディフェンス・システムズの誇る最新型の第四世代機が、バトルフィールドに介入してきていた。

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、危なかった。もう少しで君は()()()()を起こすところだったんだ』

 

 

 無機質な殺意でグエルの〈ディランザ〉を破壊しようとしていた〈エアリアル〉は、今や〈ミカエリス〉を警戒してグエル機から距離を取っている。

 この時点でシャディクの読みは的中していた。

 

 

『初めての決闘で熱くなりすぎてしまったんだね、ああ、よくあることだよ。()()()()()()にはよくあることだ』

 

 

 シャディクの語り――それはこの決闘を視聴している、すべての学園生徒、そして企業関係者たちに向けたパフォーマンスだった。

 今まさに行われようとしていた、頑丈なMSに守られたパイロットそのものへの攻撃。

 MSを用いた「決闘」という剣闘士じみた見世物を、血なまぐさい殺し合いに変えかねなかったイレギュラーを、シャディク・ゼネリは演出一つで塗り潰して見せた。

 

 試合に熱中しすぎた選手の視野狭窄(しやきょうさく)をなだめ、その幕引きを宣言する貴公子然としたレフェリー。

 左右非対称(アシンメトリー)の腕部を持つ、純白の騎士。

 モビルスーツ〈ミカエリス〉を駆り、少年と青年の狭間にある彼は、そうして自分に割り当てられた役割を完遂する。

 

 シャディクの意図を受けた〈ミカエリス〉の制御AIは、器用にも人型の左腕を用いて、慇懃(いんぎん)な礼をしてみせる。

 全高二〇メートル級の巨人は、まるでサーカスの司会者のように振る舞って見せていた。

 すべては戯れ言、すべては演出、すべては余興に過ぎないと視聴者の印象を塗り替えるために。

 

 

 

『――ここは学園、これは決闘、みんなが楽しく見られる見世物(ショウ)なのさ』

 

 

 

 ここは戦場じゃない、と言外に告げられて。

 コクピットの中でスレッタ・マーキュリーは強く動揺していた。

 無我夢中だったのではない。

 むしろその逆で、透明と言えるぐらいに澄み切った思考で、スレッタは目の前の敵を()()()しようとしていた。

 

――どうやって?

 

 いつものようにビームサーベルが使えたなら、迷わず彼女は相手のコクピットを焼き切っていただろう。

 

 敵意があって加害するのではない。

 悪意があって殺傷するのでもない。

 

 何の意味もなく、何の意図もなく、ただ敵を倒すとはそういうことだと身体に染みついてしまったのだ。

 スレッタは今、そうやってグエル・ジェタークを殺しかけていた。

 機械的な冷酷さで、無感動に殺人を犯そうとしていたのだ。

 

 

――()()()()()()()()

 

 

 呆然と立ち尽くすスレッタの耳には、もうシャディクの言葉は聞こえていない。

 ただ寂しくて、おぞましくて、怖かった。

 自分自身が。

 

――WINNER

 

 勝者を告げるメッセージがコンソールに浮かぶのを、呆然と眺めながら。

 自分はもう、元のスレッタ・マーキュリーには戻れない。

 そう、残酷に自覚させられた。

 

 

「あれ、なんでだろ……わたし、勝ったのに……」

 

 

 その頬を、熱い雫が伝い落ちる。

 

 

「……涙が」

 

 

 そして。

 ぽろぽろと涙をこぼす妹を見守り、エリクト・サマヤは〈エアリアル〉の中からこう語りかけるのだった。

 スレッタを、世界のすべてから守るように。

 

 

 

――スレッタ。

 

 

――君は間違っていないよ。

 

 

――狂っているのは、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 




・エアリアルの見た目は、
 エアリアル改修型(ダークグレー)→エアリアル(原作初期)に変わっています。
 ガンビットとかは改修型準拠かもしれません。

・ヴィムの暗殺爆弾は普通に(画面外で)失敗しました。
・スレッタはストライク先輩やバルバトス先輩めいた残虐ファイターにすくすくと育ちました。


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擦れッタがミオリネの大切な人になるだけの話

 

 

 

 

――歓声があがっている。

 

 

 

 グラスレー寮MSハンガーにて。

 シャディク・ゼネリの駆る〈ミカエリス〉は、寮生たちからの万雷の拍手と声援と共に迎え入れられていた。

 モビルスーツのコクピットハッチが開き、キャットウォークにパイロットが下りてくると、それは一層熱の入ったものになっていった。

 

「流石だ寮長!」

「かっこいいぜ!」

「シャディク様!」

 

 今回の決闘が現ホルダーと新ホルダーの交代劇だったことなど、誰もが忘れ去ったような熱狂。

 事実、メカニック科とパイロット科の生徒たちにとって、今回のシャディクの活躍はまさにヒーローと呼ぶべきものだった。

 そう、今回の見世物(ショウ)の主役は、強いだけで横暴なジェタークの元ホルダーでも、これまた強いだけで無作法な田舎者の新ホルダーでもない。

 両者の醜態を救って自らは何も求めなかった、シャディク・ゼネリこそが讃えられるに相応しいのだ、と。

 

「ははは、みんなありがとう! だけどこれは、決闘委員会として当然のことさ!」

 

 シャディクの洒脱な物言いに、さらに盛り上がる生徒たち。

 彼らに満面の笑みで手を振りながら、シャディクは取り巻きの少女たち――シャディクが囲っている学園の美少女たちと噂だ――の輪の中に入っていく。

 

「さっすがじゃ~んシャディク。それでこそだよね~」

「……うん、かっこよかった」

「いい演出だったと思うよ」

「そ、そうだね……」

 

 そして黙っていたサビーナが、にこやかなシャディクに一番聞くべきことを問うのだった。

 

「お前の目から見てどうだった、あの編入生の実力は」

 

 しばしの無言。

 目を閉じたあと、心の底からの実感を込めて、シャディクはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「実戦だったら殺されてた、二度とやりたくないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――雑魚を殺しかけただけで凹みすぎだよ、スレッタは。

 

 

――瞬殺してやるとかイキって秒で負けた噛ませ犬(グエル)じゃん、忘れよう忘れよう。

 

 

「…………たまーに、たまにだけどね? わたし、エリクトのそういう無神経なところ羨ましくなるんだ……」

 

 

――そりゃあ僕はもうパーメットの意識体(たましい)だから、神経も脳もないけどね?

 

 

――だいたいさ、モビルスーツでド突き合いして殺すなもクソもないって。

 

 

――流石に人の家(ひとんち)で虐殺しておいて、今さらガンダム運用する連中は頭が変だね!

 

 

「ううぅ……だんだん、エリクトの言うことが正しく思えてくる自分がやだなぁ……」

 

 

――ふっふっふ、お姉ちゃんに抵抗は無意味だ。僕のようになーれ。

 

 

「え、絶対やだ」

 

 

――ひどい!

 

 

 決闘が終わり、それぞれが自らの寮のMSハンガーに帰還したあと。

 雑談とも愚痴ともつかない会話を、〈エアリアル〉のコクピットでスレッタは交わしていた。

 一見するとかなり異様な光景で、コクピットに閉じこもってブツブツと独り言を言っているようにしか見えない。

 なので面倒見のいいニカ・ナナウラなどは、わざわざ様子を見に来ていた。

 

「あ、あの、スレッタさん? 大丈夫?」

 

 そこではっと我に返ったスレッタは、奇行にしか見えない自分の言動をどう誤魔化すか考えた末、ありきたりな言い訳に終始すると決めた。

 

「は、はい! その、チャットAIに愚痴ることでメンタルケアを行ってるんです……」

「スレッタさん、すごい落ち込み方だね……」

 

 セルフケアでカウンセリングAI使うぐらい凹んでる、と解釈したニカは、開け放たれたコクピットに顔を突っ込み、スレッタに話しかける。

 

「それってやっぱり今日の決闘のこと?」

「…………やりすぎちゃった、ので」

「うん、まあ正直ちょっと怖かったけど……でも仕方ないよ、私はメカニック科だからわからないけど、決闘って実際にモビルスーツでやり合うんでしょ? 無我夢中でやっちゃったことは悔やんでも仕方ない、私はそう思うな」

「そ、そうでしょうか……」

 

 ずいぶんと人間のできている励ましだった。

 そのときだった。

 かつんかつん、と足音を立てて、近づいてくるピンク色のド派手なポンポンが二つ。

 

「オイ新入りィ……」

「ひぃいいいい!?」

 

 背は低いが目つきが悪く声も低音でドスが効いていて、まるっきり不良漫画の登場人物みたいな少女が現れた。

 ついでに頭髪はピンク色のポンポンがものすごいボリュームで頭に二つくっついている。

 いくら何でもあのポンポン大きすぎないかとスレッタは思ったが、口に出すと本気で怒られそうなので言及を我慢していた。

 ともあれ、件の人物――チュチュは、いつも通りにドスの効いた声だったが、ニコニコと機嫌良さそうに笑っている。

 

 

「よくやったっ!! クソスペ成金ボンボン野郎が情けない悲鳴あげてよぉ!! あーしは今年一番スッとしたぜ!! お前のことも気に入った!! やればできるじゃねーか、スペーシアンにしちゃ見所ある!!」

 

 

 あのルール無用の残虐ファイトがいたく気に入ったらしく、チュチュは心の底から愉快そうに笑っている。

 

「え、えーと、ありがとうございます?」

「おうっ!! ばしばし鍛えてやるから覚悟しろよなぁ!!」

「ひええええええ!?」

 

 鍛えるとは一体、何をだろうか。

 ドミニコス隊に放り込まれて基礎訓練をスパルタで叩き込まれたとき以来の恐怖が、スレッタに襲いかかってきていた。

 

「ちょっとチュチュ、スレッタさん怯えてるでしょ」

「ニカ姉……あーしは別に何にもしてねえよ、ちょっちリキ入っちまっただけだし?」

「え、ええと、チュチュさん、はいい人だと思います!」

「おーう、わかってるじゃねーか新入りぃ!」

 

 チュチュことチュアチュリー・パンランチはパイロット科一年の生徒であり、学年だけで言えばスレッタの方が年長者である。

 だがしかし、こう、雰囲気がもう無理だ。

 少なくともスレッタには、彼女の前でお姉さんぶる度胸はない。

 そのときだった。

 

 ピンポーン、と呼び鈴の音。

 以前はザルもいいところだった地球寮のセキュリティだが、シン・セー開発公社からの資金援助により、中古のセキュリティ機材の設置に成功。

 今ではきちんと電子ロックがかけられ、センサー感知式の警報が鳴るシステムまで導入されている。

 何かあったとき人間の警備員を呼べるような契約は結べなかったが、警備ドローンを導入すればいいだろうというのがメカニック科の面子の見解だった。

 つまり地球寮は今、西暦時代におけるオートロックのマンション程度の安全(相応のハッキング技術があれば解錠されてしまう)が確保されているのだ。

 予算って素晴らしい、とは寮長マルタンの言である。

 ともあれ、そうして来客――アーシアン差別が激しい学園で、わざわざ僻地にある地球寮を訪ねてくる客は少ない――に対応すべく、連動している携帯端末を手に取るニカ。

 

「はい、どちらさま――」

 

 画面に映っているのは、銀髪の美少女であった。

 その名はミオリネ・レンブラン、グエル・ジェタークをスレッタにけしかけてきた悪役令嬢(ヴィラン)である。

 

 

 

『スレッタ・マーキュリーがいるのって、ここで合ってるかしら?』

 

 

 

「ひょげえええ!?」

 

 

 スレッタは奇声をあげて怯えた。

 

 

 

 

 

 

 許可を取るなりずかずかと踏み込んできたミオリネは、チュチュからの「何しに来やがったクソスペワガママ女ァ!」という罵声を一顧だにせず、一直線にスレッタの元へやってきた。

 コクピットから下りたものの、まだパイロットスーツを脱いでいなかったスレッタに近づいて。

 

「やっぱり……あんたの端末(デバイス)、貸しなさい」

「え、ええ、あ、はい、どうぞ……?」

 

 勢いに押し切られて端末を渡すと、素早く設定メニューを開いて衣服との連動機能をタッチ、ミオリネはあっという間に設定を書き換えて。

 次の瞬間、スレッタの着ているパイロットスーツの色が変わった。

 

「ふぇえ!?」

「まだ設定変えてなかったのね」

 

 パイロットスーツに織り込まれたナノテク素材が光を偏向させてその色彩を変えた――宇宙漂流者を発見しやすくするための機能の応用――のだが、まあそういう技術的な話はさておき。

 今やスレッタの衣装は、白地に黒色と金色で差し色が入った特別なカラーリング、決闘前のグエルが着ていたものと同じ色彩になっていた。

 つまらなさそうにミオリネが呟く。

 

「この衣装は決闘の勝者、ホルダーの証よ……私の婚約者の証でもあるわ」

「こ、こここ、婚約者ぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたスレッタ・マーキュリーの顔を、じっとりと半眼でにらみつけるミオリネ。

 

「あんた、ちょっとついてきなさい。話がある」

「え、ええぇ……」

 

 その後、地球寮の面子との押し問答の末、「婚約者の間の話に口を挟むなんてずいぶんとゲスな好奇心があるのね!? それが地球流ってことかしら!!」とキレたミオリネの一喝で押し切られて。

 そして現在。

 スレッタとミオリネは、例の温室に二人並んで歩いて向かっていた。

 二人の間に会話はない。

 気まずい沈黙の中、ぽつり、とスレッタが言葉をこぼした。

 

「婚約って……これって、わたしへの嫌がらせだったりします?」

「ぶっ飛ばすわよ、あんた!? そういう決まりなのよ、ホルダーが婚約者ってクソ親父が決めたの!」

「え、でも、わたしたち……」

 

 皆まで言うな、とミオリネはその眼光で告げた。

 ものすごい美人の鋭い目つきというのは、それだけで威圧感があるものだ。

 それに気圧されて、スレッタは言葉を飲み込んだ。

 

 

――わたしたち、()()()()()ですよね?

 

 

 異性愛もののフィクションばかり摂取してきたスレッタ・マーキュリーは、アド・ステラの時代としては保守的な方の価値観を持っている。

 婚約というのは男の人と女の人がするものだと、ぼんやり思っているのだ。

 もちろんここ二年の経験で、同性婚が普通である地球圏の一般的な価値観にも触れているが、一五年間、水星で培った価値観はそう簡単に消えるものではない。

 別に嫌悪感などないが、かといって我がことになっていきなり飲み込めるかと言われれば否だ。

 

 そのようなことを、このときのスレッタは考えていたのだが――()()()()()()()()

 

 温室の前についた。

 アスティカシア高等専門学園のドーム状の居住空間には、人工的な重力があり、青い空を模したスクリーンが天井に投影されており、緑の木々や芝生が再現されている。

 そんな贅沢な空間の中でも、特に贅沢なことをしているのがこの温室だった。

 学園の一角を占有している温室は、完璧に気温管理されており、いくつものセンサーが設置されており、地球から運び込んだ土でトマトが育てられている。

 トマチンのようなアレルゲンを出さないよう品種改良され、人工的な空間の中でしか生きていけない新種のトマト――人間に都合よく遺伝子改造された生命。

 いくつも連なったそれの一つを手に取ると、専用のハサミで茎を切り、綺麗に水洗いして。

 ハンカチの上にそれをのせて、ミオリネはスレッタに差し出した。

 温室の入り口でミオリネを待っていたスレッタは、困惑している。

 

「えっと、これって……」

「トマトよ、食べたことないの?」

「あ、ありますけど……食べていいんですか?」

「そう言ってるでしょ」

 

 恐る恐る、丸のトマトを手に取って。

 スレッタはそれにかじりついた。

 瑞々しく、甘くて、酸っぱい美味しいトマトだった。

 すごい。本当に美味しい。決闘で体力を使ったこともあり、あっという間に平らげてしまう。

 もぐもぐ、ごっくん。

 小動物みたいな仕草で自分のトマトを咀嚼(そしゃく)しているスレッタを眺め、ミオリネが口を開いた。

 

 

「決闘のこと、悪かったわね。あのときは私、頭に血が上ってどうかしてた……ごめんなさい」

 

 

 トマトを食べ終わったスレッタは、口元をハンカチで拭いて。

 

「いえ、いいんです。わたしもミオリネさんに隠し事してました」

「えっ?」

「最初から、グエル・ジェタークは倒すつもりだったんです。なんだか順番があべこべになっちゃいましたけど」

「それって……」

 

 ミオリネは目を閉じたあと、ふぅって息を吐いた。

 

「クソ親父の指図?」

「デリング・レンブラン理事長が関わってるかは……わたしにはわかりません」

「あんたが、グエルを倒せるぐらい強いのは……」

「……ごめんなさい、言えません。本当に何も答えられないんです」

 

 こうしてみると、自分は隠し事ばかりだな、とスレッタは思う。

 リプリチャイルドであることも、弾圧された魔女の子であることも、ガンダムの使い手であることも、ドミニコスの走狗であることも。

 言えないことばっかりなのに、人から信頼を勝ち取ろうなんて厚かましい話だと思う。

 

「でも、ですよ?」

 

 こんな隠し事だらけの自分でも、本当のことはあるのだと誰かに伝えたかった。

 それがたまたま、ミオリネ・レンブランになっただけでも。

 

 

「お父さんの顔を知らないのは本当なんです。私にはお母さんしかいなくて、でもお母さんも二年前に死んじゃって――お母さんが遺してくれたモビルスーツと、中のAIたちがわたしの家族なんです」

 

 

 しょっちゅう話しかけている相手であるエリクト――パーメットに人格を転写された人類初の存在――や、〈カヴンの子〉――人格転写型のガンビット制御AI――のことは伏せておいて、対話型のチャットAIということにしておく。

 それを複雑そうな表情で聞いているミオリネが、何を考えているのか、スレッタ・マーキュリーにはわからない。

 きっと人と人は、簡単にわかり合えたりしない。

 だからせめて、スレッタは自分に話せる範囲の誠実さを、婚約者になったという少女へ伝えておきたかった。

 それが任務の間だけの関係だとしても。

 

「あんたは……それじゃ、もう」

「一人じゃないですよ。〈エアリアル〉……ええっと、わたしのモビルスーツもありますし、それに」

 

 これだけは言っておきたかった。

 それはたぶん、嘘にしたくない本当の気持ちだった。

 

 

 

「わたしはきっと、あなたを守るためにやってきたんです。それだけは信じてください、ミオリネさん」

 

 

 

 たぶん、愛想笑いとかじゃない笑顔で話せたと思う。

 無意識に誰かを殺しかけたという事実があったとしても、まだ、こんな風に笑えるなら、自分は大丈夫だと思えた。

 

 

「――なんだ、あんたってそんな風に笑えるんじゃない」

 

 

 スレッタの笑顔を見て、ミオリネも微笑む。

 その笑みが、周囲すべてを傷つけるようにしか生きられない少女にとって、どれだけ大きな意味のある(ゆる)しだったのか――スレッタにはわからない。

 だから勘違いとすれ違いを幾重にも重ねた会話は、こうして結末を迎えるのだ。

 

 

 

「そうね……もう、あんたは一人じゃないわ。私たちは姉妹(おなじ)なんだから……大丈夫、私が、あんたを守る」

 

 

 

 意表を突かれたような顔で、心からの戸惑いを込めてスレッタは目を見開いた。

 その口からもれたのは、間抜けな小声だけだった。

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 何を言ってるんだろう、この人。

 スレッタは困惑した。

 

 

 

 

 

――かくして喜劇の幕は上がり。

 

 

 

 

――スレッタ・マーキュリーの受難が終わることはない。

 

 

 

 

 

 




地球寮は設備面でいい感じになりました。
たぶん決闘もやれなくはないぐらいの懐事情。


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擦れッタがグエルのお見舞いに行くだけの話

 

 

 

 

 

「うわあぁぁああ!!! 誰か、誰か助けてくれぇえ!!」

 

 

 

 悲鳴をあげても、誰も助けてはくれない。

 みしみしと軋むコクピットの中で、今まさにグエル・ジェタークは最期の時を迎えようとしていた。

 恐怖、絶望、無力。

 そのすべてを口から胃の中に詰め込まれているような不快感、尿を漏らしてしまうほどの無様。

 何もかもどうでもよくなるほどの――自分には何もできないのだという痛みに満ちた感覚。

 

「あ、ぁああ……とうさん……」

 

 かすれた声であふれたうめき声は――

 

 

 

「グエル!!! しっかりせんか!!」

 

 

 

――父からの怒声にも似た励ましでかき消された。

 

 

 目を開く。

 目の前に、モビルスーツのコクピットにいるはずもない父親の姿が見えた。

 ヴィム・ジェターク。

 厳つい顔立ちでがっしりした体躯、最近はちょっと中年太りしてきた実の父親が、目の前にいる。

 

「と、とうさん……?」

 

 そこでようやく、自分がベッドの上に寝かされていることに気付いた。

 起き上がろうとしたが、すっかりくたくたに疲れ切っているらしく、全身がだるかった。

 なんでもここはアスティカシア高等専門学園に付属した医療施設で、あの決闘のあと、グエルはすぐにここへ運び込まれたらしい。

 仕事を放り出して駆けつけたらしいヴィムが、誇らしげに言った。

 

「流石は俺の息子だ、よく生きて戻った! なに、軽い脳しんとうだ、検査結果も異常はないようだぞ!!」

 

 わははは、と豪快に笑うヴィム。

 ここ最近、久しく見ていなかった父の笑顔だった。

 それが愛する息子が死の淵から生還したことへのよろこびだとわかるほど、グエルは大人ではなかった。

 

 

「父さん……? でも、俺、負けて、ホルダーが!」

 

 

 そう口にした瞬間、父が見せた怒気は本物だった。

 それはグエルの無様に対するものではなく、謀られたという裏切りへの怒りだったのだけれど。

 そんなことは少年にはわからないから、一瞬、びくりとグエルは震えてしまう。

 

 

「あんなものはすべて嘘だったのだ! お前が戦ったのはデリングの(めかけ)の子だ! あの成り上がり者は約束を守る気などなかった! お前が生きて帰ってきただけでいいっ!!」

 

 

 怒鳴った内容に優先順序はなく、そのすべてがヴィム・ジェタークという男の嘘偽らざる本音なのである。

 グエルの炎のような気性はこの父親譲りだとよくわかる、怒りとよろこびが同居した言葉。

 まだ頭が混乱しているグエルは、父の感情のすべてを受け止め切れたわけではなかったが、ひとまず、自分のことを心から父が案じてくれているのだとわかってホッとする。

 デリングの妾の子がどう、とかは意味がわからなかったが、父が自分を愛してくれているという実感が、すぅっと全身に染み渡るようだった。

 

 

「お前は俺の子だ、強いやつだ。へこたれるなよ」

 

 

 まるで幼い子供にそうするように頭を掴んでガシガシと髪を撫でると、ヴィムは椅子から立ち上がってこう言った。

 

 

「いいか、さっさと傷を癒やせ。我が社の製品PRはやり直しだ、忙しくなるぞ!」

 

 

 まったく意味がわからなかった。

 ホルダーの重責に振り回され、父の反応に一喜一憂してきたグエル・ジェタークは、すべてがなかったことになったような現実に目が回るようだった。

 頭が混乱したままのグエルが、入れ替わりに見舞いにやってきたラウダ、フェルシー、ペトラにもみくちゃにされたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ふと、気付いたのはモビルスーツについて考えたときのことだった。

 自分の〈ディランザ〉はフレームレベルで壊れてしまった、と聞いたとき、どくどくどく、と心臓が早鐘を打ったのである。

 極度の緊張状態のフラッシュバック――モビルスーツの操縦中に受けたストレスが原因だ。

 医師からはすぐに「よくあることなので、催眠療法でよくなりますよ」と言われたが、この経験はグエルにとってショックであった。

 

 

――怯えている? この俺が?

 

 

 今までずっと、学園でモビルスーツを使って決闘してきたというのに。

 これまでの戦いでは、死の恐怖など一度も感じてこなかったからか?

 数十トンのモビルスーツを大推力で乗り回し、ビーム兵器で斬り結ぶ決闘――そう、よく考えるまでもなく危険な()()の世界にいて、自分は今まで、危険を感じたことがなかったのではないか?

 甘ったれていたのだ、とグエルは自分を責めてしまう。

 何という思い上がりだったろうか、と。

 あれほどの強者が、あれほどの暴力、あれほどの恐怖を身にまとって戦う世界があるというのなら。

 今まで自分がやってきたことは、本当にお遊びではないか。

 

 

――実際のところ、スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の戦力は、アド・ステラ一二二年においても上から数えた方が早い個人である。

 

 

 速攻で潰さなければ危うい、と評されたグエルの技量もまた、この時代に生まれ落ちた天才のそれだったのだが、当人にそれを知る術はない。

 ゆえにグエルは泣いた。

 

 悔し涙であり、自身の情けなさへの苦痛の涙であった。

 声を押し殺して、病院の個室でグエルは泣いた。

 こんな姿、誰にも見られたくはなかった。

 

 そんなときであった。

 こんこん、と控えめなノックの音。

 見舞客として入室許可は出ているだろうに、律儀なことだった。

 涙を手の甲で拭いて、鼻を啜って、グエルはノック音に答えた。

 

「入れよ」

 

 少なくとも自分の家族や身内ではないな、と察する。

 こういう遠慮がちな態度を取りそうな知り合いは、グエル・ジェタークにはいない。

 グエルの声に反応してAI制御の扉が開いた。

 見舞客は意外な人物であった。

 

 

「……スレッタ・マーキュリー…………?」

 

 

「あ、あのあのっ、すすす、すいませんでしたっ! そのっ、決闘やりすぎちゃってぇ!」

 

 開口一番、ぷるぷると震えながら頭を下げてきた少女は、そのくせっ毛の赤毛と相まって、なんだか新種の小動物みたいだった。

 とてもあの悪鬼のようなモビルスーツのパイロットとは思えない振る舞いに、グエルはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「……勝者ならもっとシャキッとしろ。勝ったんだろ、決闘」

「ええ、はい、そのぉ……」

「ああ、制服もホルダー仕様か。似合ってるじゃないか」

 

 そう、目の前のおどおどしているスレッタ・マーキュリーこそ、彼を真っ正面から打ち破った張本人だった。

 卑怯もクソもないほど圧倒的な戦闘能力であり、反射速度であり、判断速度の差であった。

 今でこそ「こうすればよかった」と反省点も見えてくるが、それはあとから冷静になって見えてくることである。

 あの場であんな曲芸をやられて、まぐれだ反則だなどと抜かせるほど、グエル・ジェタークのプライドは軽くない。

 

「お前を見くびっていた。えこひいきやコネでMSに乗っているんだと勘違いしてこの様だ」

「えっ、あ……」

「お前、前からモビルスーツに乗ってたんだな。どこで訓練したんだ?」

 

 答えはなかった。

 つまりは言えないような内容ということか。

 そう思って話題を変えようとした瞬間、スレッタの方から話しかけてきた。

 

「最初から、あなたを倒すのがわたしの目的でした」

「本当なんだな、お前が……理事長(デリング)の送り込んだ……その、凄腕だって(うわさ)は」

 

 妾の子云々は、流石に口に出すのがはばかられた。

 

「…………」

 

 沈黙。それがスレッタ・マーキュリーの返答であり、静かな肯定であった。

 自分の知らない世界には、あんなにも恐ろしくて、強いパイロットがいるのか。

 そんな未知への畏怖が湧いてくる。

 

 

「あのっ……モビルスーツに乗っているときって、どんな気持ちですか」

 

 

 一瞬、挑発されているのかと思った。

 しかしスレッタの表情を見ていると、それが真剣な問いだと伝わってくる。

 だから正直に答えた。

 

「怖いさ、モビルスーツに乗るのが、今はすごく怖い。おかしいか?」

 

 嘲弄だって覚悟していた。

 あまりにも()()()()()()ジェタークの男子にあるまじき弱音だと思ったからだ。

 

「いいえ、おかしくなんてありません。わたしだって、ずっとそうでしたから」

「えっ?」

 

 スレッタは真っ直ぐな目をしていた。

 深緑色の瞳が、グエル・ジェタークの目を見つめている。

 

 

「だって、負けたら何もかも失ってしまうのに…………怖くないなんて言ったら全部嘘になるじゃないですか」

 

 

 生命も、尊厳も、家族も――すべてが消えてしまうのが、怖くないなんて言えるわけないです、とスレッタ。

 その言葉を聞いて、グエルは納得した。

 深く、深く、はらわたの奥深くまで染みこむような納得だった。

 

 

「そうか。お前は今までずっと、そんな戦いをしてきたんだな」

 

 

 それは強いわけである。

 覚悟が違うのだ。

 もし仮に同じ回数分、MSで戦っていたとしても、命懸けで負ければすべて失う覚悟だったのなら――スレッタ・マーキュリーにグエル・ジェタークが負けるのは道理だ。

 奇妙な感覚だった。

 相手の方が自分より格上だと認識したのに、そこに敗北者の惨めさは微塵もなかった。

 むしろ清々しいような気持ちで、グエルは口を開いた。

 

 

「俺は……負け犬のまま終わりたくない。おかしいよな、今はMSのコクピットがこんなに怖いのに、まだ、お前に勝ちたいと思っている」

 

 

 ぶるぶると震える手を見ながら、それでもグエルはこう思うのだ。

 

 

――こいつに勝ちたい。

 

 

――いいや、勝たねばならない。

 

 

 これは、きっと。

 自分自身の憧れのために。

 

「……逃げれば一つ、進めば二つ」

 

 ふと、スレッタが何かを呟いた。

 そして顔を上げて、病床にあるグエルの顔を覗き込んだ。

 

「ホルダーは勝者として敗者に一つ要求できるんでしたよね。決闘の作法に疎いわたしは()()()()()()()()()()()()()って約束しました」

「ああ」

 

 でも、とスレッタは呟いた。

 

「決闘は勝者が総取り、敗者は何も残らない……なんて、ちょっと寂しくて、わたしは嫌なんです」

 

 そして、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

 不思議な感覚だった。

 

「……わたしもジェターク社の皆さんも、()()()()()()()()決闘だってできると思うんです」

 

 整ってはいるが、小動物みたいに可愛らしいという感じの少女だった。

 彼女よりも美人の女子生徒など、グエル・ジェタークは腐るほど知っている。

 なのに、どうして。

 

 

「――勝者としてわたしは、グエルさんに要求します。全力でわたしと()()してください」

 

 

 その顔から目が離せない理由がわからないまま、グエルはスレッタの言葉を聞いた。

 だが。

 

 

「はぁああぁああ!? ちょっと、あんたたち何言ってるのよ!?」

 

 

 素っ頓狂な声だった。

 グエル・ジェタークの見舞いに訪れたミオリネ・レンブランが、意味不明なことを言うスレッタに出くわしたのは、ちょうどそのときであった。

 

 

 

 

 

 

 流石に病室で騒ぎすぎたため、スレッタとミオリネはお見舞いもそこそこに追い出されてしまった。

 とぼとぼと帰路につきながら、二人は話し始める。

 

「また決闘ってどういうことよ!? あんた、ジェタークの連中にハメられたの!?」

「ち、ちちち、違いますよ!? わたしからっ! 言い出したんです! その、グエルさんと意気投合してっ!」

「あいつと意気投合ォ!? あんた、騙されてるんじゃ……いいえ、グエルにそんな小賢しいことする頭はないわね」

「ミオリネさん、グエルさんには厳しいですよね」

 

 当たり前でしょ、とミオリネ。

 

「ファザコンのあいつが、パパのご機嫌伺いでむしゃくしゃするたびに当たり散らされてたこっちの身にもなって欲しいわね」

「そ、そんな風には見えませんでしたけど……」

「あんたに負けて、ぽっきり傲慢さをへし折られたんじゃないの? いい薬よ」

 

 ぴたり、と足を止めて。

 ミオリネ・レンブランが問うてくる。

 まさか考えなしに言い出したんじゃないでしょうね、と言外に示しながら。

 

「で、どういうつもりなの?」

「えっと……ベネリット・グループの次世代モビルスーツ同士の模擬戦として、〈エアリアル〉とジェターク社の戦いを流すんです。〈エアリアル〉の素性、みんな気になってるみたいですし、いい機会になると思います」

 

 もちろん、こういう面倒ごとの処理は大人にぶん投げる。

 ガンダムであることの秘匿を破るのかとか、その場合の事後処理をどうするのかとか、そういうのは全部ケナンジ・アベリーやさらにその上司が考えればいいことだ。

 ホルダーという()()()()()()()になった以上、これはスレッタのわがままではなく、グループ内企業から挑戦を受けた場合のテストケースにもなる。

 避けては通れない道ならば、こちらから前に一歩進むべき。

 それがスレッタ・マーキュリーの持論であった。

 

 

「逃げれば一つ、進めば二つ――お母さんがよく言っていました。逃げれば生命(いのち)は助かって、進めば誇り(プライド)も経験値も手に入るって。きっと決闘だって同じだと思うんです」

 

 

 それはたぶん、この学園に来なければ、思い出すことさえしなかった甘っちょろい夢だ。

 どうしてそんな夢を見てしまったのかと言えば。

 

 

「進んだ先にあるのは奪うだけじゃないって――わたしは示したいです」

 

 

 誰よりも、何よりも、自分自身の魂のために。

 飲み込んだ言葉の重みを実感しながら、スレッタ・マーキュリーは深く息を吐いた。

 スレッタの話を黙って聞いていたミオリネは、すぐにもっともな忠告を始めた。

 

「そんな上手く行くわけないでしょ。あんたを支援してる誰かさんが話をつけたって、ジェタークの奴らは巻き返すいいチャンスだって調子に乗るわ。どんな妨害工作してくるか、わかったものじゃない」

「うっ」

 

 そしてミオリネは、ふっと優しく微笑んで、スレッタの顔を見上げた。

 それは紛れもなく親愛の情がこもったまなざしだった。

 

「その話、私も噛ませなさいよ。一応、あんたの花嫁ってことになっているんだからセコンドくらいはしてあげる」

「わっ……元婚約者に死体蹴りするのって悪役令嬢っぽいです、ミオリネさん!」

「はたくわよ?」

「うひゃー!?」

 

 大人に面子があるように、子供にだって意地はあるのだ。

 それを証明したいと、スレッタ・マーキュリーは思う。

 

 

 

 

――それはキラキラときらめく願いだった。

 

 

 

 

――夢のように、星のように。

 

 

 

 

 

 




グエル編は青春ストーリーです。


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擦れッタが原因でレンブラン父娘がすれ違うだけの話

 

 

 

 

 

――衝撃的なホルダー交代の決闘から数日後。

 

 

 

 ミオリネ・レンブランの姿は学園になかった。

 その代わり、宇宙シャトルの定期便を使って、ベネリット・グループの総本山に足を延ばしていた。

 面倒な申請を重ねに重ねて、ようやくたどり着いた父のオフィス――ベネリット・グループ専用の超巨大建造物(メガストラクチャー)

 キロメートル単位のブロックがいくつも連結して建造された人工居住区(フロント)であり、この手のフロントの中でも特に巨大なのがベネリット・グループ本社であった。

 その一角に、最も厳重なセキュリティで固められたグループ総裁、デリング・レンブランの部屋はある。

 物々しい警護の兵たちに囲まれた警備の中を、ずかずかと歩む少女が一人。

 

 

 英雄にしてベネリット・グループ総裁デリング・レンブランの一人娘、ミオリネ・レンブラン。

 

 

 それがこの場における彼女の価値であり、意味であり、定義であった。

 

 幾重にも設けられたセキュリティの最深部に、その男はいた。

 肩幅が広くがっしりした体躯は、かつて彼が職業軍人として戦地で戦い抜いてきたという経歴をうかがわせて。

 しっかり白いものが混じっているが、あごひげを生やしたその容貌には威厳がにじみ出ている。

 彼こそがこの地球圏最大の企業帝国を治める主、デリング・レンブラン――魔女狩りの元締めであり、宇宙経済圏の一角を支配する男である。

 娘の顔を認めたデリングは、開口一番、ぶしつけにこう言ってのけた。

 

「私は忙しい。お前との会話に一五分もの時間を割いただけでもありがたいと思え」

「ええ、感謝します、お父さん」

 

 実の親子とは思えない他人行儀な会話は、冷え切った親子関係を象徴するようだった。

 しかしこれで怯むようなミオリネ・レンブランではない。

 容姿こそ母親のそれを受け継いだ美少女だが、気性の荒さと意思の強さは紛れもなく父親譲り――それがミオリネという少女であった。

 

「聞きたいことがあります」

「言ってみろ」

「私の新しい婚約者、スレッタ・マーキュリーを学園へ送り込んだのは、あんたなの?」

 

 ぶっつけ本番で直球の質問だった。

 小賢しい腹の探り合いなど、大人同士でやらせておけばいい。

 ミオリネという少女は激情家であり、このような場面では真っ直ぐに相手へぶつかっていく性格であった。

 そしてデリングは、やはりこの娘の父親らしく率直な物言いをする男なのだ。

 

 

「そうだ。私がスレッタ・マーキュリーを学園へ編入させた。聞きたいことはそれだけか?」

 

 

 一拍、沈黙して。

 ミオリネは怒りを爆発させた。

 

 

「……そんなわけないでしょう!!」

 

 

 ミオリネはあの、どこか影のある赤毛の少女を思い出す。

 スレッタ・マーキュリーは今まで顔も合わせたことがない相手を守るよう言いつけられ、たった一人で学園に送り込まれてきたのだ。

 話してみてすぐにわかった。

 あの子は優しい。

 自分の辛い境遇を話している最中ですら、こちらのことを気遣って「あなたを守りに来た」と言ってくれるぐらいに。

 だから忘れられないのだ。

 そんな優しい少女が、まるで冷酷な戦闘マシンのように荒々しくモビルスーツを操っていた姿を。

 

 

「普通じゃないわ。一七歳の学園に通うような歳の子が、モビルスーツで戦うためだけに送り込まれるなんて、おかしいわよ!! あんた、何とも思わないの!?」

 

 

 スレッタ・マーキュリーは優しい普通の女の子なのだと、今のミオリネにはわかっている。

 なのに。

 一体どれほどの戦闘訓練を積めば、学園最強のグエル・ジェタークを一蹴するような超人的技量が身につくというのだろう。

 そして決着がついたあとの、あの残酷ですらあった追い打ちの数々には、寒気がするような執念が感じられた。

 

 まるで今まで居場所を与えられてこなかった魂の孤児(オルフェン)が、それを勝ち取るためならば、如何なる暴力も厭わないと宣言しているかのような。

 あのスレッタ・マーキュリーと結びつかない、機械のような冷酷さ――それを植え付けたのがこの男だというのなら。

 許せるはずがない。

 

 だが、デリングは揺るがない。

 その瞳に冷徹な光を込めて、娘の美貌を正面から見据えた。

 

 

「あの者には()()があった。自らの居場所を勝ち取るため()()()()がな。それに応えて機会を与えてやった結果、()()()を示してスレッタ・マーキュリーはお前の下にやってきた。それだけのことだ」

 

 

 それはデリング・レンブランの思想であり信念であった。

 ヴァナディース事変のおりマスメディアの前でした演説と同じく、彼の言うところの人間の宿業との向き合い方は変わらない。

 

 

――人が罪を背負い、人が戦うことに、人の尊厳があるのだ。

 

 

 そういう意味合いの言葉だった。

 しかしミオリネにはそう受け取られなかった。

 

 

――スレッタ・マーキュリーは、あんたの子供で、腹違いの()()()()なんじゃないの!?

 

 

 そう怒鳴ってやりたかった。

 けれど感情が高ぶりすぎて、実際に出てきたのは言葉足らずな叫びだった。

 

「スレッタが可哀想だとは思わないの!?」

「可哀想だと? お前にスレッタ・マーキュリーを哀れむ権利などない。たとえそれが、どれだけ()()()()()であろうと、その罪を背負い、戦う覚悟を示したのならばそこに貴賤はない。人が戦い、何かを勝ち取るとはそういうことだ」

 

 罪深い、だと。

 妾腹の子に生まれることが、そんなに罪深いというのか、この男は。

 一体どの口で言っているのだろう。

 

 

「罪深い……? それを、あんたが! 私の父親が言うの!?」

 

 

 母の葬儀にもろくに顔を出さなかった男が、余所で愛人との間に子供を作っていた。

 それはいい。

 とんでもないクズ親父だとは思うが、人間として卑近な存在だと理解できる。

 所詮、妻ノートレット・レンブランとの関係はこの男にとって政略結婚に過ぎず、自分もその産物に過ぎないから道具のようにあつかわれてきたのだ、と。

 しかし、妾腹の子すら道具のようにあつかっているというのなら――この男は本物の()()()()だ。

 

 

「帰れ。ここは子供の遊び場ではない」

 

 

 父の言葉に、ミオリネはキレた。

 

「ええ、よくわかったわクソ親父! あんたが()()()()と向き合うことさえしないろくでなしのクズだってよくわかった!! お母さんへの不義理も何もかも、よーっくね!!」

「…………? 何故、ノートレットの名前が出てくる」

 

 今は亡き妻の名を出されて、明らかにデリング・レンブランは困惑していた。

 本気で言っているのだろうか。心の底から、この男の血を引いていることが呪わしくなった。

 激怒したミオリネ・レンブランは、デリング・レンブランを鬼のような形相でにらみつけて、正直な気持ちを吐き捨てる。

 

 

 

「自分で考えなさいよ、このクズ親父ッ!!!」

 

 

 

 勢いよくミオリネが退室したあと、しばらくの間、デリングは無言だった。

 一五分間も確保した親子の時間は、まだ六分も余っている。

 無駄になったな、と寂しさを覚えて、ふと。

 最近、ドミニコス隊を起源として広まってしまった奇妙な噂話を思い出した――あの者、スレッタ・マーキュリーが自分の隠し子なのだという馬鹿馬鹿しい流言飛語だ。

 

 

 

――アレは()であり、()()()()()()()()()()()であり、彼の計画の中核を為す()()()()である。

 

 

 

 噂自体は些事であった。

 むしろ浅慮で拙速なヴィムや、陰謀家を気取るペイル社の女たちへのいい牽制になると放置していたが。

 いや、まさか。

 短気であれど頭はいい我が子のことだ。

 ミオリネに限って、そのような流言に惑わされるはずがあるまい。

 

 黙考の末、デリング・レンブランは娘の見苦しい言動の理由をこう結論づけた。

 

 

「……思春期か」

 

 

 親子のすれ違いは深刻だった。

 

 

 

 

 

 

 地球寮、現在は人が出払って無人のMSハンガーにて。

 その通信は、シン・セー開発公社と〈エアリアル〉との間の直通回線であり、高度に暗号化されているものだった。

 その会話内容を知るものは、アスティカシア高等専門学園には誰もいない。

 整備を受け持つメカニックたちはおろか、スレッタ・マーキュリーすらその秘匿通話を知ることはない。

 

 

――こんなセキュリティゆるゆるの寮でいいのかな。しかもよりによって地球だよ? ド田舎じゃん、ヤンキーいるし。

 

 

――スレッタはなんやかんや馴染めそうでよかったけど。

 

 

『ああ、地球寮の件はアレでいいんだ。隙があるくらいの方が魚は食いつく』

 

 

――お得意の陰謀に陰謀返しってわけ?

 

 

――スレッタが泣いたんだ。そういう辛い経験をさせるのは、もうたくさんなんだよ。

 

 

『スレッタはいい子だからね。あの人の願いを守ろうとする。もう少しだけ耐えてくれないか――()()()

 

 

――耐えろ、ね。苦難の道を敷いてる自覚、あったんならまだ許すよ。

 

 

 

『……もちろん。我々はきっと、ヴァナディースの理想の果て、()()()()()()()()()にたどり着くだろう』

 

 

 

――君はずいぶんひねた成長をしちゃったよね……■■■■。

 

 

――まあ僕はもう、いろいろ、どうでもよくなっちゃったんだけどさ。

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 




箸休め回です。
デリングのえん罪はポイント・オブ・ノーリターンを超えました。
ミスターX(仮)はシン・セー関係で独自設定タグ該当のオリキャラになるのでタグ追加しておきます。


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擦れッタとの二回目の決闘に向けて準備するだけの話

 

 

 

 

 少年に名前はない。

 それは忘却され、廃棄され、破壊されてしまったから。

 ゆえに彼はこう呼ばれる。

 

 

――強化人士四号。

 

 

――エラン・ケレスの影武者。

 

 

 美しい少年であった。

 背は高く、その美貌はまるで彫像のよう。

 まさに理想の美少年という趣のある、王子様然とした容姿の持ち主だ。

 だが、すべては嘘偽りにすぎない。

 エラン・ケレス――企業によって選ばれた本物のエリートの影武者として、美容整形によって骨格から弄られ、モビルスーツを運用するために全身を改造され、脳組織すら加工された孤児の成れの果て。

 

 

――あるいは宇宙時代(アド・ステラ)()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが少年、エラン・ケレスと名付けられた()()の現在であった。

 彼はそういうものになってしまった時点で、自分の未来を諦めている。

 いつか、強化改造手術でもまかないきれない呪いの負荷に押し潰され、自身の命が尽きるそのときまでの猶予時間。

 それが自分の人生だと諦めている。

 趣味といえば精々、悲観主義の哲学者の著書を読み込むことぐらいだろうか。

 そんな少年は今、ペイル・テクノロジーズの支援する寮の自室に籠もって、熱心にとある映像を見返していた。

 

 

――グエル・ジェタークとスレッタ・マーキュリーの決闘。

 

 

――MS〈ディランザ〉とMS〈エアリアル〉の戦闘行為。

 

 

――たった一瞬の交錯で決着がついた、神業と呼ぶしかない斬撃と早撃ち。

 

 

――そして荒々しく暴力的なその後の打撃の数々。

 

 

 決闘委員会として当時、リアルタイムでその映像を見ていたエランは、ほぅっとため息をついた。

 自分らしくもなく魅入っているとわかっている。

 そう、それほどまでに自分はこの戦いに魅入られている。

 何故ならば。

 

「この動きのよさ、この反応速度、これはまるで……」

 

 わかる。

 AIを介したモーションプログラムでは、これほどまでに人間くさい動きはできない。

 AI制御による動作プログラムは、モビルスーツが戦闘兵器であるがゆえに無駄がない。

 機敏で精密でありながら奇妙な癖のある挙動――まるで中に人間が入っていて、その肉体の延長として一八メートルの巨人を動かしているかのような。

 その特徴を、彼は知っている。

 

「……ガンダム?」

 

 何者かが学園にガンダムを送り込んだとでもいうのだろうか。

 そんな好奇心に駆られながら、彼は決闘の映像をまた見返す。

 注目するのはただ一人。

 

 

「スレッタ・マーキュリー……」

 

 

――君は一体、何者なんだ?

 

 

 少年の疑問は、()()を見つけたよろこびに彩られていた。

 

 

 

 

 

 

――は? 二度目の決闘? バカなの? スレッタなの?

 

 

「エリクト、わたしのことバカにしてるでしょ」

 

 

――してるしてる。わざわざいけ好かない大人の言うこと聞いて働いてさ、自分からおかわりとかワーカホリックすぎでしょ。

 

 

――お姉ちゃんは一日二時間労働の週休六日制を推進しています!! ノーモア時間泥棒!!

 

 

「えっとね、でもそこはどうでもよくって」

 

 

――よくないって! 僕の話聞こうよ!?

 

 

 〈エアリアル〉のコクピットの中ですっかりおちゃらけている姉に、スレッタは爆弾発言を投げつけた。

 

 

「あのね、ミオリネさんが勘違いしちゃって……なんか、変な噂が耳に入ってたみたいで……」

 

 

――ふーん? 例のレンブランの娘? 性格が終わってる悪役令嬢だっけ?

 

 

「その話はもういいからっ……えっとね、仲直り、できたんだけど……わたしのこと、デリング・レンブランの隠し子だと思い込んじゃってるみたいなの」

 

 

 沈黙。

 それはまさしくフリーズと呼ぶに相応しい時間だった。

 口を開いたとき、エリクトの声色は冷え切っていた。

 

 

――処そう。トマトみたいに潰してやろう。

 

 

――あの虐殺おじさんの遺伝子が僕の可愛いスレッタに入ってるわけないだろ!!

 

 

「い、言い過ぎだよぉ……」

 

 

――っていうか、スレッタもどんなこと喋ったのさ? 誤解を助長するようなこと言ってない?

 

 

「言ってないもん! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って正直に言っただけだよ!」

 

 

――()()()()()()()()()()かよ! 深読みされたせいじゃん絶対! なに? スレッタは二次創作(ファンフィクション)の意味深オリキャラなの!?

 

 

 ぎゃあぎゃあとエリクトと話すスレッタの姿は、もはや地球寮では見慣れた風景だった。

 最初こそ奇異の目で見ていた地球寮の面子も、「同年代の子供がいない極地環境で暮らしてきた」「母の遺品のモビルスーツとそのAIが家族みたいなもの」という説明を聞くと、皆、黙り込んでスレッタに優しい目を向けるようになった。

 チュチュに至っては「あーしがお前の味方になってやっからよ……!」と浪花節を利かせていたぐらいである。

 自分はそんなに可哀想に見えるのかな、とスレッタは思う。

 たしかに人殺しになってしまったことは辛くて苦しくて悲しいけれど、それ以外はとても満ち足りているのに。

 

 

「何やってるの?」

 

 

 そのときだった。

 銀の長髪にとてつもなく綺麗な顔。

 ミオリネ・レンブランがぬっと現れたのは。

 

「み、みみ、ミオリネさん!?」

「顔パスで入れたわ。婚約者ってことになってるもの、一応ね」

 

 じろじろとコクピットの中を見られて、制服姿で焦りに焦った。

 

「ちゃちゃ、チャットAIとおしゃべりしてました!」

「あんた本当に好きね、それ……あ、やめろってことじゃないからね」

「おでかけ、してたんですよね。その、()()()()とはどうでした!?」

 

 露骨に嫌そうな顔になって、深々とため息をつくミオリネ。

 

「クソ親父はクズ親父になったわ」

「え、喧嘩して帰ってきたんですか!?」

「悪い? あのクソ親父とわたしの間にコネなんか期待されても迷惑よ」

 

 例の決闘の話はトントン拍子で決まって、ドミニコス隊の上司ことケナンジ・アベリーから、ガンビットの使用許可も下りた。

 疲弊しきっているケナンジの顔を見て、エリクトは「ざまあないね、中間管理職として苦しんで死ぬといい」などと悪態をついていた。

 あとは実の娘であるミオリネから、最高権力者であるデリングにそれとなく、便宜を図ってもらえれば最高だったのだが。

 

「ミオリネさんって結構、役に立たないんですね……」

「言って良いことと悪いことあるでしょ!?」

「だ、だだ、だって! あんな自信満々に一枚噛ませろって言ってきて何もしてないですよ!?」

「正論はやめなさい、私への敬意が足りないわ! 生意気よ!」

「敬意って……花嫁とか姉妹とかわけわかんないです!」

「はー? そこはわかっておきなさいよ!」

 

 〈エアリアル〉のコクピットの前でやかましく騒いでいる二人を見て、地球寮の寮長マルタン――気弱そうな少年は、ぼそりと呟いた。

 

 

「やっぱり本当なのかなあ、あの噂……」

 

 

 曰く、新ホルダーことスレッタ・マーキュリーの正体は理事長の隠し子である。

 事実無根の噂話は、じっくりと着実にアスティカシア高等専門学園に根付きつつあった。

 

 

 

 

 

 

「総裁からの直々のご指名だ。此度、我がジェターク社の新型MSと、総裁肝いりの()()()()()()()()()()搭載MSのデモンストレーションが行われることになった!」

 

 

 ジェターク・ヘビー・マシーナリー社の所有する人工居住区(フロント)にて。

 ジェターク社の代表であるヴィム・ジェタークは、社員に向けて演説をぶっていた。

 

 

「そう、我が社の〈ダリルバルデ〉が指名されたのだ! デモンストレーションの内容はアスティカシア高等専門学園での決闘、つまりこれは我が社にとってはリベンジということになる!」

 

 

 ヴィムの背後で大型スクリーンに表示される映像は、会議室に集められた重役たちにとって衝撃的なものだった。

 先日のアスティカシア高等専門学園での〈ディランザ〉の敗北は、社員一同、知ることとなっている。

 だが実際に、その映像を見せられると、敵の動きの鋭さに衝撃を覚えざるを得ない。

 彼らは皆、ヴィム・ジェタークという男の豪腕を信じているし、その息子グエル・ジェタークが連戦連勝の優れたパイロットであることも承知している。

 それがまるで、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)された。

 

 

「敵は強大だ! 相手のモビルスーツとパイロットは、先日、我が息子グエルを打ち破って新たなホルダーとなっている!」

 

 

 すなわちそれは、それだけ敵モビルスーツの性能と、パイロットの技量が卓越している証に他ならない。

 

 

「パイロットは先方からの指名で再びグエル・ジェタークが務める! これは学生同士の決闘という建前で、ベネリット・グループの次世代MSのお披露目をしようという目論見なのだッ!」

 

 

 地球圏最大の企業複合体であるベネリット・グループは様々な事業に手を出しているが、やはりその事業の牽引役は高度なロボット技術とAI技術の結晶であるモビルスーツだ。

 モビルスーツそれ自体は人型作業重機であり、有人単座戦闘兵器に過ぎないが、そこから派生したスピンオフ技術は様々な製品に利用されている。

 安全保障上の優位を勝ち取るという意味でも、ベネリット・グループとその取引先にとってモビルスーツ事業の興亡は死活問題なのである。

 近年、モビルスーツ事業がよく言えば安定、悪く言えば停滞し他企業グループに追い付かれつつある現状、グループは新たなカンフル剤を必要としていた。

 グループ内での注目度が高いことは、否が応にも理解できる状況だった。

 

 

「これは、我が社の製品が如何に優れているかを見せつける好機だ! 皆の力を結集するときが来たのだ!!」

 

 

 ヴィムの演説の熱に浮かされて、場の空気は一つになっていた。

 

「その通りです、社長!」

「ジェタークの力を知らしめましょう!!」

「我々がジェタークをさらに盛り立ててみせます!!!」

 

 うおおおお、と盛り上がる大人たち。

 それは祭りを目前にした熱狂に似ていた。

 

 

 

 

 

 一方そのころ、ジェターク社所有のモビルスーツ試験場では――グエル・ジェタークが、パイロットスーツに身を包んでMSハンガーに来ていた。

 治療が上手くいったのか、コクピットに入るだけなら問題はない。

 だから自分はもう一度戦えるはずだ、と祈るように念じながら、グエルは父の用意したという新型を、連絡用通路の上から見た。

 

 それは深紅の鎧武者だった。

 全高一八・七メートル、重量七二・八トン。

 全身に内蔵火器と近接兵装を配置し、遠隔操作型ドローンユニットをMSの手足として組み込んだ第五世代実証機。

 両肩に巨大なシールドユニット二基を装備、武装を内蔵した両脚は軽量級MSの胴体ほどもある太さ。

 その装甲と武器の塊というべきMSは、その名を――

 

 

 

――〈ダリルバルデ〉という。

 

 

 

 グエルは、コンソールからAIを調整中のエンジニアに声をかける。

 

「こいつには意思拡張AIが組み込まれてるんだったな。使えるのか?」

「ええ、坊ちゃん。意思拡張AIは、パイロットの操縦を読み込んで、そのサポートをするために作られています。シールドビットによる自動防御などは、パイロットが操縦に専念するためにあるんですよ」

「アシスト機能ってワケか」

「えぇ……まぁ、その」

「怒ってはいない。スレッタ・マーキュリーに勝つためなら、俺はなんだって使うさ」

 

 そして問うた。

 

「俺は何をすればいい?」

「なるべく多くの時間、操縦してこいつに教えてやってください。坊ちゃんの理想の動きがどういうものなのかを」

「ペットの躾みたいなもんか、わかった」

 

 ぶるり、と震えた手を握りしめた。

 やはりモビルスーツに対する恐怖心が、完全に消えたわけではない。

 だが、それでも勝ちたい相手がいるのだ。

 

 

――武者震いに決まっている。

 

 

 そう自分に言い聞かせ、グエル・ジェタークは〈ダリルバルデ〉のコクピットへ向かうのだった。

 

 

 

 




ヴィムの迂闊な発言→グエル以外の生徒(ジェターク寮)経由でじわじわ広がったっぽい噂です。
次回、決闘でMS戦でグエル編の決着です。


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擦れッタがグエルと二度目の決闘をするだけの話

 

 

 

 

 

 

 

「スレッタ・マーキュリー、君を呼びに来た」

 

 

 

 その日、スレッタの下を尋ねてきたのは、見知らぬ男子生徒だった。

 いつも通り、地球寮のMSハンガーでエリクトに話しかけようとしていたスレッタは、インターホンを聞いて来客に対応。

 

 

 

――かくして少女(スレッタ)は、少年(エラン)と出会う。

 

 

 

「えっと……どちら様でしょうか?」

「僕はエラン・ケレス。君と同じパイロット科の三年で、決闘委員会のメンバーだ。先日、決闘を申請しただろう?」

「あー……あの、もしかして」

「うん、連絡先がわからなかったから、直接、来てみたんだけど」

 

 失敗した、と思った。

 現状、スレッタ・マーキュリーの交友関係は狭い。

 というのも編入して早々、御三家の一つジェターク寮に喧嘩を売って、ホルダーだったグエル・ジェタークを病院送りにしたからだ。

 

 どう考えても血に飢えた狂犬のプロフィールである。

 

 遠巻きに見られることはあっても、話しかけてくる勇気ある在校生はあまりいない。

 そういうわけで、エラン・ケレスは連絡先がわからなかったのだろう。

 

「え、えええ、えっと、あのっ、連絡先って」

「うん、交換してもらえるかな?」

「は、はは、はい!」

 

 ミオリネと地球寮の面子ぐらいしか、まだ連絡先を知らないスレッタにとっては渡りに船だった。

 ここから心機一転して学生生活を始めよう。

 そう思っていると、しばらく無言で立っていたエラン・ケレスが、突然、口を開いた。

 

 

 

「……個人的には、君に興味がある」

 

 

 

 表情一つ変えず、エランはそう言った。

 真顔である。

 

 

――ナンパ!? ナンパされてますか、これ!?

 

 

「ふぇえ!?」

「ひいきはしないけどね」

「あっ、はい」

 

 じゃあなんでこのタイミングで言ったんですか、この人――困惑と共にエランの顔を見たスレッタだったが、一つの事実に気付いた。

 どうしよう、すごい美形だ。

 緊張してカチンコチンに固まってしまったスレッタを見て何を思ったのか、エランはうなずいて。

 

「決闘、頑張ってね」

 

 表情は乏しいけれど。

 その声音はすごく優しかった。

 

「あ、ああああ、ありがとうございまっふ!!!」

「決闘委員会の部屋まで案内するよ。ついてきて」

 

 歩き始めた彼の後ろ姿を見つめて、スレッタは「ほわぁ」と気の抜けた声をこぼす。

 

 

――どうしよう、ものすごい美人(イケメン)さんに応援されちゃった。

 

 

 スレッタはアニメ・コミック・ゲームのオタクであり、わりと俗っぽい感性の持ち主だ。

 当然のことながら少女は人並みに美形が好きだし、背が高くてしゅっとした美男子と来れば大好物である。

 しかも物腰丁寧で柔らかくて優しい。

 

 

――どうしよう、どうしよう、これってアレだよね?

 

――ここから始まる二人の恋のヒストリーみたいなやつだよね?

 

 

 わりとエリクトのことを言えない程度に、スレッタ・マーキュリーはダメなオタクであり恋愛弱者(すごいザコ)だった。

 いくらなんでも美男子に弱すぎるし、ついでを言うなら美少女にも弱い。

 つまり美形に弱いのだが、本人がそういう自分の傾向――面食いを把握するのはまだまだ先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、決闘委員会へ」

 

 

 そう言って芝居がかったお辞儀して見せた少年を見て、すぐにスレッタは気付いた。

 その動き方と声と顔に、覚えがあった。

 決闘のとき乱入してきて、スレッタの暴走を制止した白い騎士のようなMS。

 

「あっ……ま、まま、前の決闘のときはお世話になりましたっ!」

「あはは、あのときは肝が冷えたよ。まあ、誰も怪我がなくってよかったよ」

 

 微妙に本音がにじんでいる声色だった。

 本気で怖かったからね、という感じの。

 

 

()はシャディク・ゼネリっていう。よろしくね、水星ちゃん」

 

 

 まるで貴婦人に礼を取る騎士のように。

 (うやうや)しくスレッタの手を取ってみせるシャディク。

 今まで会ったことがないタイプの少年の対応に、スレッタはつい、ドキドキしてしまう。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 一方、決闘委員会の部屋――広々とした一流ホテルのラウンジを思わせる空間――では、グエル・ジェタークが絡まれていた。

 

「グエル先輩ぃ、本当にいいんですかぁ? 無様に負けて悲鳴あげてたの録画されてますよぉ? もう恥の上塗りはやめた方がいいんじゃないですかぁ? お父さんも見てることですしぃ?」

「なんだとッ! おい、セセリア……ブリオン社の製品の出来を確かめたいなら、いつでも決闘を受け付けてるぞ。お前のところにもパイロットぐらいはいるんだろ?」

「こっわ~!! マジになるぐらい張り詰めてるグエル先輩、超ウケるんですけど~!!」

 

 やたらと肉感的な体型の少女が、全力でグエル・ジェタークを煽っている。

 すごいねちっこい声音で、グエルの反応を面白がっているのは明らかだった。

 今にも怒り出しそうな雰囲気で低い声を発するグエルを見て、スレッタはこの学園の恐ろしさを痛感していた。

 

「が、がが、学園って怖いところなんですね……」

 

 あの手この手という感じでグエルを煽る少女、セセリア・ドート。

 その横では小柄で気弱そうな少年――ロウジが、タブレット端末とにらめっこしている。

 なんだろう、やたらキャラクターが濃い。

 

「スレッタさんでしたっけぇ? あなたも、こんな決闘はやめたほうがいいんじゃないですかぁ? 負けたら何を失うか――」

「え、でもわたしの方が強いですよね?」

 

 場の空気が凍った。

 そしてすぐ、グエルが吹き出した。

 

「くっ……はははははっ! 一本取られたな、セセリア」

 

 舌打ち一つ。

 セセリアはすぐ、仏頂面になってスレッタから視線を外した。

 

「い~え。水星から来たっていうホルダーさんは、結構いい性格してるって覚えておきま~す」

「すねたな」

「スネタ! スネタ!」

 

 ラウンジのテーブルに置かされている汎用AIユニット・ハロとグエルの呟きがハモった。

 ひとしきり爆笑したあと、グエルは真っ直ぐにスレッタの方を見た。

 打って変わって真剣な表情。

 

「悪いが、今回はお前に勝ちを譲る気はないぞ。ジェタークの男として、俺はお前を倒す。それが学園最強(ホルダー)への礼儀だ」

「お父さんが、応援に来るんでしたっけ?」

「ん、ああ……応援、まあ、そうなのかもな。いつもはどうか知らないが、な」

 

 そう言うグエルだったがまんざらでもなさそうだった。

 そんな彼の姿を見て、思い出す。

 消えることがない記憶。

 

 

 

――スレッタ。お願い。どうか。

 

 

 

――私たちの過ちを、ガンダムを滅ぼして。

 

 

 

 データストームの火に神経を焼かれ、人としての生命機能すら奪われて。

 枯れ木のように朽ちて死んでいった母の姿を。

 その絶望に満ちた痛みを。

 

「わかります――親の期待だから、願いだから裏切りたくないんですよね」

「……知った風な口を利くんだな」

「私も同じだからです、グエルさん」

 

 それは、水星で育った無垢なスレッタ・マーキュリーの終わり。

 血まみれの道を歩むと決めたスレッタ・マーキュリーの始まり。

 

 

「わたしも…………お母さんから託された、願いがあるんです。わたしは、それを叶えてあげたい。だからこんなところで負けるわけにはいきません」

 

 

 すべてのガンダムを、呪いのモビルスーツをこの世から滅ぼして。

 いつか、母の悲願を叶えること。

 それだけが、スレッタ・マーキュリーの人生の道しるべなのだから。

 

 

――負けられない。

 

 

 目を見開いて、その言葉に聞き入ったあと。

 何を思ったのかグエル・ジェタークはこう言ってきた。

 いつもの険しい顔のグエルらしくない、優しい顔だった。

 

「なら、俺が勝ったら教えろ、お前の背負ってる願い」

「いいですよ、負けませんけど。私とエアリアルは無敵です」

「はっ、今はそうだろうな――俺が打ち破ってやる、覚悟しろよ」

 

 言葉こそ刺々しいが、むしろ親愛すら感じさせる軽口――それはたぶん、モビルスーツに乗って親の願いに応えようとしてきた子供たちの共感であった。

 親の期待を背負い、それを窮屈に感じながらも、前に進むための礎でもあったという感覚。

 それは重荷であり、呪縛であり、祝福でもある。

 そういう互いへの共感があった。

 

 二人だけの世界を断ち切ったのは、エラン・ケレスの声だった。

 

「じゃあ、始めようか。決闘の宣誓、もういいよね?」

「は、はい!」

「構わん」

 

 室内の照明が切り替わり、青を基調とした厳かな色に変わる。

 

 

「双方、魂の代償をリーブラに」

 

 

 意味はわからないが、雰囲気は抜群だった。

 

「決闘者はグエル・ジェタークとスレッタ・マーキュリー、場所は戦術試験区域七番。一対一の個人戦を採用、異論はないか?」

「は、はい」

「あぁ」

 

 エラン・ケレスが問うた。

 

 

「スレッタ・マーキュリー、君はこの決闘に何を賭ける?」

「わたしの託された願いを、グエルさんに教えるかを賭けます」

 

 

 少女は澄んだ瞳で対峙する少年を見つめて。

 

 

「グエル・ジェターク、君はこの決闘に何を賭ける?」

「スレッタ・マーキュリーの望むものを何でも一つ差し出すと、俺は賭ける」

 

 

 少年はただ、目の前の少女との決着を見据える。

 

 

賽は投げられた(アーレア・ヤクタ・エスト)――決闘を承認する」

 

 

 ぱん、と手と手を打ち合わせる音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

――決闘当日。

 

 

 

 ジェターク社の用意した設備は、ジェターク寮で借り受けた指揮所だった。

 ここでは観測ドローン群からの情報を元に、MSパイロットに対して情報面でのバックアップができる。

 企業私設軍で使われているような最新設備が並んだそこは、大企業であるジェターク社だからできる支援体制だった。

 その中央、指揮官の席にどっかりと座り込んだヴィム・ジェタークを、息子が訪ねてきた。

 

「父さん」

「グエルか。どうした、決闘が近いはずだろう」

「いや……」

 

 しばらく言葉にしづらそうに押し黙ったあと、意を決したようにグエルは口を開いた。

 

「いつもの父さんなら、もっと、何か仕掛けるんじゃないか?」

 

 何を言うかと思えば、小細工を弄するなと言いに来たらしい。

 子供らしい浅慮だ、とヴィムは思う。

 

 

「馬鹿者。これは〈ダリルバルデ〉のデモンストレーションなのだぞ。ジェタークが策を弄したなどと後ろ指を指されては元も子もない。いいか、お前の責任は重いぞ?」

 

 

 あの妾腹の子(スレッタ)の一件で、デリング・レンブランのやり口はよくわかった。

 こちらが策を弄すれば、それを皮肉るように罰を与える――自身への暗殺未遂には、息子の命を奪いかける報復というわけだ。

 神にでもなったつもりか、とはらわたが煮えくりかえるが、今はそのときではない。

 デリングがどういう難癖をつけてくるかわかったものではない以上、下手な振る舞いをすればジェターク社は罠にはめられる可能性がある。

 それがヴィム・ジェタークの冷徹な判断であった。

 息子のやる気など、所詮は子供の稚気に過ぎないと思っている。

 だからこうして、よかれと思って彼は頭ごなしにグエルへ言いつけるのだ。

 

「自分が勝つことだけを考えるな、会社のためになるデモンストレーションをしろ」

「同じことだよ父さん、俺と〈ダリルバルデ〉の全部をぶつけなきゃ、あいつには勝てない。出し惜しみせず、こいつのすべてを使い切ってみせる」

 

 意表を突かれたのは、息子が真っ直ぐないい目で返事をしてきたことだ。

 昔の自分によく似ている、と思った。

 

「ふん……生意気を言いおって……」

 

 あるいは、とヴィムは考える。

 今のグエルであれば、あの卓越した技量のデリングの隠し子――スレッタ・マーキュリーともやり合えるのではないか。

 そう思わされる何かが、今の息子にはあった。

 すっかり大きくなったグエルの背中を見送って、ふとヴィムは思い出した。

 もう長いこと、家族でバーベキューをしていないな、と。

 

 

 

 

 

 

 そして今。

 アスティカシア高等専門学園、戦術試験区域七番――切り立った崖と森林のバトルフィールド。

 二機のモビルスーツの周りには、常の決闘よりもはるかに多くの観測ドローンが滞空しており、視聴者数も明らかに普段より多かった。

 それだけ「ベネリット・グループの次世代モビルスーツ同士のデモンストレーション」という宣伝文句は効いたらしい。

 立会人からの形式的な言葉のあと。

 その口上はホルダーであるスレッタ・マーキュリーから始まった。

 

 

「勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらずっ」

 

 

 続く言葉をグエル・ジェタークが唱えて。

 

 

『操縦者の技のみで決まらず――』

 

 

 最後に、二人は異口同音に誓った。

 

 

「『――ただ、結果のみが真実』」

 

 

 そして無感動に、決闘委員会の立会人エラン・ケレスが宣言する。

 

 

『――フィックス・リリース』

 

 

 

 

 決闘が始まる。

 

 

 

 

 

 〈エアリアル〉のコクピットの中では、いつものように〈カヴンの子〉――ガンビットを制御する人格転写型AIたちがやかましく騒いでいた。

 スレッタにしか聞こえない、情報共有元素パーメットを通じた思念言語だ。

 

 

――スレッタ、スレッタ、ねえねえ。

 

――今日はいじめていいの?

 

――撃っていいの?

 

――ころすのー?

 

 

「殺しちゃダメ。学園のレギュレーション通りだから、コクピットブロックは狙っちゃダメだからね。腕とか足とか狙いで頑張ろうね、みんな」

 

 

――はーい!

 

――あのグエルって子の腕とか足とかもいじゃおう!

 

――みんなで頑張るからね!

 

――がんばるぞー!

 

 

「あ、でも最初は様子見するから、〈エスカッシャン〉で大人しくしててね」

 

 

――えー、つまんなーい。

 

――仕方ないなあ。

 

――あとで倍返しするからねー。

 

 

 今回の〈エアリアル〉も標準的な武装である。

 右腕にはブレード機能付きのビームライフル、左腕には大盾〈エスカッシャン〉。

 背部推進装置は標準的なバックパックタイプで、二本のビームサーベルはいつでも抜刀できる状態。

 

 推進装置を起動させ、地面を蹴って〈エアリアル〉は跳躍。

 切り立った崖のような立体的地形を盾にしながら、しばらく索敵していると頭部センサーが敵影を捉えた。

 

 

――〈ダリルバルデ〉。

 

 

 ジェターク社が誇る次世代機であり〈ディランザ〉と同じ重量級MS。

 まずは小手調べにと、相手の武器へ照準してビームライフルを発射する――次の瞬間、ビームライフルの銃身が爆ぜた。

 えっ、と思いながらビームライフルを放り捨てる。

 見れば向こうでも手持ち火器のビームライフル――〈ディランザ〉と同等品――が爆発している。

 お互いの撃った荷電粒子ビームが、ビームライフルへ()()()()()したのだ。

 冗談みたいな流れだった。

 

「グエルさん、牽制以外の射撃もできたんだ……」

 

 てっきり前回の戦いやこれまでの決闘のデータログから、射撃戦は苦手なタイプかと思っていたけれど。

 どうやら決闘の見栄えのために、これまではなぶるように射撃を外す癖がついていたらしい。

 

「ずるいです、隙がないじゃないですか」

 

 そう言いながら、スレッタは口元がゆるむのが止められない。

 困った、楽しくなってきた。

 これでお互いに手持ちの携行火器を失ったことになる。

 となればあとは、近接兵装か内蔵火器、あるいは――ドローン兵器を使うしかなくなる。

 このときスレッタはまだ、切り札であるビットステイヴのカードを切る気はなかった。

 〈ダリルバルデ〉からビームバルカンが飛んでくる。

 荷電粒子の砲弾は収束率が低く、ビームライフルほどの射程はない。

 すいすいと推進器を噴かすだけで危うげなく回避。

 

 崖によって横方向の機動が限られている分、一度、互いを認識してしまえば展開は早かった。

 

 彼我の距離がどんどん縮まっていく――〈ダリルバルデ〉が左足を軸に回り蹴りのような動き――瞬間、この蹴り(キック)()()()

 否、これは有線分離式のクローアンカー。

 〈ダリルバルデ〉の右脚、その膝関節から下が分離して、足の爪がクローアンカー〈シャクルクロウ〉として機能。

 それが推進装置の勢いのままにカッ飛んでくる。

 彼我の距離は一四〇メートルほど、モビルスーツの機動力ならば一跳びで詰められるが、まだビームサーベルの間合いにはほど遠い。

 そういう距離であった。

 踏み込みの瞬間を狙われた、と理解したときには手遅れだった。

 咄嗟に頭部ビームバルカンで迎撃――〈ダリルバルデ〉の重装甲に弾かれる。

 衝撃。

 当てられた。

 クローアームはがっちりと〈エアリアル〉の腰の装甲に食い込んで(キャッチ)

 

「くぅうぅうう!?」

 

 強烈な遠心力と共に〈エアリアル〉を振り回して、ぶおんと離した(リリース)

 不味い。

 このままではフィールド内の質量構造体(ストラクチャー)に叩きつけられる。岩石の立体映像を投影されているものの、その実態は超強度建材で作られた軽量で頑強な障害物だ。

 如何にモビルスーツが宇宙活動を想定した頑丈なマシンとはいえ、遠心力をかけてぶつけられれば、ただでは済むまい。

 接近警報。

 エリクトからの警告。

 

 

――スレッタ、敵のビットが来るよ!

 

 

 グエル・ジェタークの〈ダリルバルデ〉から、二基のドローンが射出された。

 〈イーシュヴァラ〉タイプB。

 ビーム砲とビームサーベルを兼ねたビームデバイスを内蔵し、ダリルバルデの肘から先の腕部を構成する〈イーシュヴァラ〉タイプAとも互換性があるドローン兵器だ。

 その飛行型ドローンが、ビームサーベルを展開して迫り来る。

 二方向。

 〈エアリアル〉を上下から挟み込むようにして、ビーム刃を展開したドローン二基が急接近。

 このまま串刺しにして戦闘能力を奪うつもりなのだろう。

 右手でビームサーベルの柄に手をかける。

 

「逆噴射、今!」

 

 推進装置を全開にして、振り回された方向と逆方向に噴射。

 一瞬、凄まじいGが発生するが、慣性制御装置によって緩和される。そして両脚をバネにして、迫り来る障害物の壁面に着地。

 ビームサーベルを抜刀――上方から迫ってきたビームサーベル・ドローンと刃を交えて、勢いのままに吹き飛ばす。

 切断力に優れるビームサーベルを展開したドローン兵器は強力だが、軽量な本体と推進装置の分の運動エネルギーしか持てないから、超伝導モーターの膂力(パワー)で斬りつける〈エアリアル〉と鍔迫り合いにはならない。

 同時に左足を大きく振って、下方からやってきドローンの腹を蹴りつける。

 弾き飛ばされバランスを崩した二基のドローンは、地面へ墜落していった。

 〈エアリアル〉に地面に着地させ、スレッタは感嘆する。

 

「強い、本当に強いです、グエルさん……」

 

 普通のモビルスーツとして斬り結ぶ分には、パワーと装甲の分、こちらの方が不利になるだろう。

 それほどまでにあのモビルスーツ〈ダリルバルデ〉は強い。頑丈で推力があって機敏で火力も侮れない。

 中のパイロットの技量も加味すれば、下手な()()()()()()()()()()()だ。

 

 

――いいんだね、スレッタ?

 

 

「だからわたしも、切り札でお相手します」

 

 決意に満ちた呟きに呼応して。

 

 

――〈エアリアル〉の大盾〈エスカッシャン〉がバラバラに解けたのは、そのときだった。

 

 

 

 

 

 

『兄さん、敵の新型ドローンユニットだ。数は一一基!』

「わかってる!」

 

 グエルの意思に応えて〈ダリルバルデ〉が頭部ビームバルカンを連射する。

 〈ディランザ〉の内蔵火器と同型のこのビームバルカンは、それ単体でMSを撃破可能なほどの火力を誇る。

 荷電粒子の砲弾を形成し、電磁力で投射する近接戦用の防御火器だ。

 電磁バレルが短い分、手持ち火器に比べて有効射程距離には劣るが、直撃時のダメージは計り知れない。

 だが、対空砲火が新型ドローンに当たることはなかった。

 到底、航空力学的に優れているとは言えない、シールドの板にカッターナイフで切れ目を入れたような形状のドローンたち――すいすいと浮力を得ているかのように空中を泳ぎ回り、〈ダリルバルデ〉のビームバルカンを避けていく。

 

『敵ドローンから高熱源体反応! ビーム兵器だ、避けて!』

「このサイズでビーム砲まで内蔵してるのか!?」

 

 〈ダリルバルデ〉の重装甲であれば、数発のビームには耐えられるだろう。

 だが、低出力モードで連続照射されれば、如何に〈ディランザ〉譲りの重装甲とて貫通されるのは想像に容易い。

 即座にグエルは決断し、右斜め前に全力で推進方向を定めた。

 突撃。

 降り注いだビームのうち、数発は肩部のシールドドローン〈アンビカー〉が自動で弾いた。

 あの特訓の日々で教育した甲斐があったというものだ。

 

――なんだ、この違和感は?

 

 ドローン兵器に対する訓練は何度も行っている。

 群体型自律無人兵器(スウォームドローン)を使った模擬戦も、この〈ダリルバルデ〉は何度もこなしているのだ。

 ゆえにグエルはすぐ、敵機の挙動の異常さに気付いた。

 

「こいつら、ただのスウォームドローンじゃない! 一つ一つが自律した上で連携してる……!」

 

 群体が群れとして狩りをするスウォームドローンの連携とは気色が違う。

 それぞれが役割分担をして獲物を追い込む、いわば猟犬のような存在が通常のスウォームドローンだとすれば。

 この新型ドローンシステムは、それぞれがバラバラに殺意を向けてくるのに、アドリブで互いをカバーし合う気まぐれで残酷な存在だった。

 読めない。

 アルゴリズムの偏りのようなものが感じられない、あまりにも自由なドローンたち。

 彼らの敵意そのものであるビームの雨が、〈ダリルバルデ〉目がけて降り注ぐ。

 避けきれない。

 どんどんシールドドローンが破損していく。

 あっという間に盾の耐久値が五〇%を切った。

 まるで中隊規模のMS部隊を相手しているかのような、恐るべき弾幕の数々。

 どうする。

 このままじゃジリ貧だ。

 

『グエルさん……』

 

 〈エアリアル〉。

 一一基の群体型無人(スウォーム)兵器を引き連れて、悠然と大地の上に立つモビルスーツ。

 片手に握ったビームサーベルを振るう様子なく無手の左指で敵を指し示し、〈ダリルバルデ〉を追い詰めるその姿は、まるで音楽を奏でる楽団の指揮者のよう。

 ビットステイヴから降り注ぐ荷電粒子ビームが、地面の土砂をガラス化させ爆発を起こす。

 それは射撃というよりも――最早、爆撃だ。

 大気を震わせる振動の中、グエルは悲しげな少女の声を聞いた。

 

――何の用だ?

 

 何故、そんな悲しそうな声を出すんだ。

 そんな素朴な疑問を抱いたグエルの耳に飛び込んできたのは、痛みに満ちた悲痛な言葉。

 

 

『これ以上は……あなたを、殺してしまうかもしれません……!』

 

 

 そんなことか、と心の底から思った。

 ああ、なるほど。

 最初の決闘のときの凶暴で残酷な振る舞いも、きっと、彼女の本意ではなかったのだ。

 あるいはこの冷酷な戦闘マシンのような動きが、身体に染みついてしまっているのが、スレッタ・マーキュリーというパイロットなのだろう。

 だから少女は恐れている。

 自分が勝負に熱中するあまり、グエル・ジェタークを命の危険にさらしてしまうことを。

 

 

――ふざけるなよ。

 

 

――この俺を誰だと思っている?

 

 

 激情のままにグエルは叫んだ。

 

 

「俺はッ! ()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 その叫びに呼応するように――まるで()()()をはたき落としにかかったかのようだ――ガンビットから無数のビームの光が降り注ぐ。

 その荷電粒子ビームの弾幕を避けて、次の攻撃に繋げるための跳躍と飛行の戦闘機動を繰り返しながら。

 グエル・ジェタークは嘘偽らざる気持ちを叫ぶのだ。

 

「強くなってやるッ! 必ずお前のいる場所にたどり着いてやるぞ、スレッタ・マーキュリー!!」

『兄さん、落ち着いて!』

 

 ラウダの注意は聞こえなかった。

 ついにビームが本体にも被弾する。シールドドローンが意思拡張AIに基づいて追撃を弾くが、度重なる被弾で対ビームコーティングが剥がれていく。

 積層蒸散装甲が剥離して、荷電粒子ビームを無効化できなくなりつつあるのだ。

 着弾の衝撃で砕けていく盾を使い捨てながら、グエルは吶喊(とっかん)した。

 

 

 

 

「――()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今やグエルのファンガールたちは、鼻血を出しそうな顔で観戦していた。

 

「なんという情熱! なんという熱意! まあまあ、まあまあ!」

「グエル様……荒々しくも奮い立つような益荒男(ますらお)ぶり……ああ、わたくし、感涙してしまいますわ!」

「いけませんわ、血が! 血が出てしまいます!」

 

 学園のあちこちで、黄色い悲鳴があがっていた。

 これはほぼ告白だろ、というような熱い台詞が、元・学園最強の男の口から飛び出したのである。

 興奮せずにはいられない。むしろ積極的にする。

 

「すげえ、今の攻撃って反応できるもんなのか!?」

「ジェターク社の新型、動きがやべーな……重量級のくせに反応速度が〈ザウォート〉並みじゃん」

「噂の意思拡張AIってやつか。流石にグエルでもマニュアルじゃねーだろ、アレは」

 

 一方、パイロット科の生徒たちは新旧ホルダー同士の戦いを、ある種、冷静な目で見ていた。

 モビルスーツを自身の拡張身体として動かすからこそ、スレッタとグエルの卓越した技量、そしてマシンの性能の異常さに気付くことができるのだ。

 

「つーか、なんだあのドローン? 火力エグすぎだろ」

「モビルスーツが一〇倍の数いるようなものでしょ、あんなの」

「全弾防御してるジェタークのドローンもすごいよね」

 

 一一丁の自律飛行・自律射撃するビームライフルの群体と考えると、これほど恐ろしい兵装はあるまい。

 お披露目された新型ドローンシステムの脅威は、メカニック科の生徒たちにすぐに伝わっていた。

 

 

 

 

 

 たとえば戦術試験区域のスタッフ待機エリアにいる地球寮の面子。

 ニカ・ナナウラは興奮しきっていたし、よくわかってないリリッケにも戦闘のすごさは伝わってくる。

 

「なんてなめらかな群体自律制御なんだろう……あとでスレッタさんに聞かなきゃ!」

「スレッタ先輩ってやっぱりすごいんですねえ」

 

 三年生のティルとアリヤは、冷静に戦況を見守っている。

 

「勝負は一進一退だね」

「ああ、スレッタも切り札を使ったけど、グエルも強いままだ」

 

 チュチュは応援に夢中だったし、マルタンは相変わらず臆病で冷静だった。

 

「オイオイオイ! スレッタのやつ、まだ隠し球あったのかよ! しゃあ!! クソ傲慢なスペーシアンをぶっ飛ばせー!!」

「ちゅ、チュチュ……あの子もスペーシアンだけどね……?」

「スレッタはいいやつだろ!」

 

 オジェロとヌーノは、決闘賭博に賭けたお金がどうなってしまうかハラハラして見守っている。

 

「あぁぁああぁあ、オッズ微妙だからってグエルに賭けちまったよ俺ぇ!!」

「ばーか、スレッタが負けるはずねえだろ」

 

 

 

 

 

 一方そのころのジェターク側のスタッフ待機エリアおよびジェターク寮は――盛り上がりまくっていた。

 巨大モニターの設置されたラウンジには多くの生徒が集まり、各々、飲み物や菓子を持ち寄って応援している。

 このときばかりは寮の管理人も何も言わず、生徒たちの乱痴気騒ぎを見て見ぬふりするのが習わしであった。

 

「いけー、がんばれー! グエル先輩ー!!」

「グエル先輩ならきっと勝てます!」

「勝てよグエル!!! お前ならできる!!」

 

 パイロット科の生徒たちは自分たちの誇るべきチャンピオンの奮戦を見守っていたし、メカニック科の生徒たちは「あの新型機とグエル・ジェタークがそろって無様な勝負などありえない」と胸を張る。

 経営戦略科の生徒たちは一見すると距離を置いているようで、ジェターク寮の誇りである男の奮戦に固唾を呑んでいる。

 つまるところ全員がこう思っていたのである。

 

 

――グエル・ジェタークはできる男だ。

 

 

 そう、信じている。

 それがジェターク寮というコミュニティであった。

 

 

 

 

 

 そして一人、理事長室のモニターで中継映像を見守るミオリネ・レンブランは、ぎゅっと握り拳でスレッタを応援していた。

 今にも泣き出しそうなぐらい、もどかしくて、苦しくて、見ていられないのに。

 スレッタの繰り広げる戦いから目が離せない。

 

 

「勝ちなさいよ、スレッタ…………あんたの居場所を守るために!!」

 

 

 誰もが祈るように、自分たちの信じる学園最強(ホルダー)を応援していた。

 

 

 

 

 

 

 グエルの突撃は無謀なものだった。

 〈カヴンの子〉に統率された一一基のビットステイヴであれば、あの程度の速度のモビルスーツは撃ち落とせる。

 ああ、終わってしまう。

 それを少し残念に思いながら、スレッタはみんなに号令をかけようとして。

 エリクトの警告。

 

 

――スレッタ、ドローンが二基こっちに来る!!

 

 

 地面へ墜落したはずのビームサーベル・ドローン――〈イーシュヴァラ〉タイプB二基が、ビーム砲を撃ちながら〈エアリアル〉に迫り来る。

 衝撃によるエラーと、そこからの再起動に手間取ったのか。

 あるいは今この瞬間まで、伏せ札にするために取っておいたのか。

 いずれにせよ、その効果は劇的であった。

 〈イーシュヴァラ〉の迎撃に気を取られて、一瞬、ビットステイヴの弾幕が〈ダリルバルデ〉から外れた。

 

 

――その刹那で十分だった。

 

 

 薄くなった弾幕を躱しながら、深紅の鎧武者は死地へ飛び込む。

 質量のある実体剣の刃とビームデバイスのついた長柄武器ビームジャベリンを両手で握りしめ、〈ダリルバルデ〉が疾走してくる。

 スレッタはそれを面白いと思った。

 選ぶのは、後退しての引き撃ちではなく――真っ向勝負。

 左手で残りのビームサーベルを抜刀し、右のビームサーベルと十字に重ね合わせて〈ダリルバルデ〉に斬りつける。

 

 

――鍔迫り合い(バインド)が始まった。

 

 

 質量武器とビームデバイスを組み合わせた近接武器は、質量の分、ビームサーベルよりもあつかいが難しい。

 しかしビームサーベルと斬り結んだとき、その有用性は発揮される。

 押し込まれている。

 〈エアリアル〉のビームサーベルが、じりじりと〈ダリルバルデ〉のビームジャベリンに押されていた。

 

 電磁力で荷電粒子ビームを棒状に固めた武器であるビームサーベルは、同種の兵装同士で接触した場合、電磁気が反発し合う。

 この性質を利用したのが、俗に鍔迫り合い(バインド)と呼ばれるビームサーベルでビームサーベルを防御するテクニックである。

 近接戦に長けるスレッタ・マーキュリーも、このビームサーベルを使った精密な動作において誰にも負けない自信があった。

 だが、今は鍔迫り合いで押し負けている。

 これは質量を持った刃であるビームジャベリンと、〈ダリルバルデ〉自身のパワーに負けている証左。

 バチバチと飛び散る荷電粒子の飛沫をカメラアイで捉えながら、スレッタは驚嘆した。

 

「グエルさんは……強い。すごく強い」

 

 相手の強みを潰して自分の強みを押しつける。

 水星時代のシミュレーターでも、ドミニコス隊に入ってからの訓練でも、嫌というほど教えられてきた戦闘の基本。

 だがそれを、ビームの雨が降り注ぐ中で実行できるパイロットが何人いるだろう。

 確信する。

 グエル・ジェタークは間違いなく戦闘の天才だ。

 

 

「こんなに()()()戦い、わたし初めてだ……」

 

 

 嬉しくてたまらない。

 こんなに強い人と、殺し合い以外で戦える事実が嬉しい。

 ギリギリと押し込まれているのを自覚しながら、スレッタは〈エアリアル〉の足腰のバネを活かし、すべての推進装置(ブースター)を使って踏ん張った。

 そして負けじと〈ダリルバルデ〉が推進器を使った瞬間、その股間目がけて膝蹴りを撃ち込んだ。

 どごぉ、と凄まじい轟音。

 

 総重量四三・九トン――〈ダリルバルデ〉の六割程度の質量しかない〈エアリアル〉は、格闘戦では圧倒的に不利だ。

 しかし推進装置の出力を活かし、相手の機体が浮いた瞬間を狙えば、その体格差と重量差すら覆しての打撃が可能となる。

 姿勢を崩した深紅の鎧武者に、とどめのビームサーベルを振るう。

 だが、勝負は決まらない。

 

 ダリルバルデの左腕が、長柄武器(ジャベリン)を握ったまま、肘関節から分離して突っ込んできたのだ。

 〈イーシュヴァラ〉タイプAドローン――〈ダリルバルデ〉の両腕として装着されていたドローン兵器、その片割れが武器を握ってきたままミサイルのように突撃。

 ビームサーベルの切り払いで武器ごと両断。

 爆発から逃れるため、スレッタは横方向に緊急回避。

 

 

――ビームバルカンの掃射が襲ってくる。

 

 

 被弾した。

 〈エアリアル〉の左肘関節に、ビームバルカンの粒子砲弾が直撃。

 その前腕ごと関節が千切れて、地面へと落下する。

 爆炎の晴れた中には、左腕を失った〈ダリルバルデ〉がおり、全身の推進器を使ってこちらに追いすがってくる。

 さらに膝分装甲に内蔵されたマイクロ機雷――ペレットマインを放出。

 時限信管をセット、空中で起爆。

 その凄まじい爆風が、〈イーシュヴァラ〉タイプBドローンを撃墜し終えたビットステイヴ一一基を揺らし、空中できりもみ落下させてしまう。

 数秒間、〈エアリアル〉はビットステイヴの守りを失ったのだ。

 

 凄まじい密度の攻防であった。

 

 どれか一手、判断を違えていればそれだけで決着がついたであろう。

 〈エアリアル〉も〈ダリルバルデ〉も互いに被弾し、五体満足とは言いがたい状況。

 重量級で重装甲の〈ダリルバルデ〉は、高密度のビームの弾幕を浴びて、すでに両肩のシールドドローンと左腕を喪失。

 軽量級に分類される〈エアリアル〉は左腕を失い、ビットステイヴを一時的に無効化され手数を欠いた状態。

 

 そして逃げ回れるほどの距離に二機はなかった。

 

 

「――グエルさん!!」

 

 

 互いに、声の限りに叫んだ。

 

 

『――スレッタ・マーキュリー!!』

 

 

 そこからの攻防は一瞬だった。

 互いに突撃した〈エアリアル〉と〈ダリルバルデ〉――右手にビームサーベルを握っていた〈エアリアル〉は、スレッタの意思に応じて。

 ビームサーベルを〈ダリルバルデ〉目がけて投げつけた――頭部ブレードアンテナを狙った投擲(とうてき)――グエルは辛うじて、それをビームバルカンで撃墜。

 しかし爆炎で視界が潰される。

 

 

 

――白亜の妖精が、誰にも追いつけない速度(スピード)で地面蹴り上げて空を舞う。

 

 

 

 残された右手で握り拳を作り、深紅の鎧武者のブレードアンテナへ叩きつけるために。

 グエルも動いた。

 やはり残された右手で手刀を形作り、突撃してくる白亜の妖精を迎え撃つために。

 激突、衝撃、破壊音。

 

 

 

 

――ブレードアンテナが、宙を舞う。

 

 

 

 

 〈エアリアル〉の正拳がダリルバルデのブレードアンテナを打ち砕いたとき、〈ダリルバルデ〉の手刀が〈エアリアル〉の角をへし折った。

 あまりにも見事なクロスカウンターだった。

 人間の目ならば、ほぼ同時としか言えない見事な決着――すべてを見届けていた観測ドローンと判定AIだけが、その正確な勝敗を知っている。

 動きを止めた両機が、抱き合うように互いの重量を両脚で支え合う中。

 

 〈エアリアル〉のコクピットの中で、はぁはぁと荒い息をつくスレッタ・マーキュリー。

 コンソールの画面には決闘の勝敗が映し出されている。

 

 

――WINNER

 

 

 そして一件のメッセージ。

 差出人はエラン・ケレス。

 内容は――

 

 

『おめでとう』

 

 

 ああ、自分が勝ったのかとようやく実感が湧いてくる。

 自然と笑みがこぼれた。

 

「あは、あははは……!」

 

 

――スレッタ?

 

 

「どうしよう、わたし……こんなに楽しくモビルスーツに乗れるなんて、知らなかった……うん、()()()()()

 

 

 次々と生徒手帳(デバイス)の着信音が鳴る。

 学園中の生徒から送られてくる祝福のメッセージも目に入らず、ただ、楽しくて仕方がないスレッタは笑う。

 不意に、エリクトが話しかけてきた。

 

 

――スレッタさあ、もっと塩試合(つまんないの)にできたじゃん。

 

 

――あれ、手を抜いてたの?

 

 

「ごめん、もっとみんなを頼ればよかったよね……でも、ううん、そうじゃないんだ。わたしは今、すっごく満ち足りてて……そのために、全力を尽くしたと思う」

 

 

――なるほど、なるほど。青春してるね。

 

 

――僕は馬に蹴られないうちに退散するよ。

 

 

 今回はイマイチ頼られなかったのが(しゃく)なのか、エリクトはすねていた。

 馬というと、たしか地球の慣用句だったろうか。

 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえ、とかいう。

 その意味を理解して、スレッタは慌てた。

 

「……グエルさんのこと? ち、ちがうし、だって……青臭くて、甘いだけで、全然好きになれないよ!?」

 

 

――お姉ちゃんは何も言ってませーん!

 

 

――あーあ、僕のスレッタが()()()に引っかかってるー!!

 

 

 そのとき、新たな通信の着信音。

 モビルスーツ同士の接触通信(ふれあい)――公開放送に流れることがない、二人だけの会話。

 顔中が汗まみれのグエル・ジェタークは、虚脱感にあふれた顔でこう言った。

 

 

『コクピットの外に出ないか』

 

 

 そういうことになった。

 コクピットハッチを開けて、外に出る。

 〈エアリアル〉と〈ダリルバルデ〉は向き合うように立っているから、前開きのコクピットハッチを採用している両機は、ちょうどパイロットも向き合うことになる。

 ポタポタと汗がしたたる中、お互いにヘルメットを外した。

 空が晴れて、日が差し込んでくる。

 

 

「あのっ、グエルさん!」

 

 

 最初に呼び掛けたのはスレッタだった。

 言いたいことはいっぱいあって、それは感謝とか驚きとか歓喜とか、いろんな感情がグチャグチャに混ざり合っていて。

 だからスレッタ・マーキュリーは、つい、わけのわからないことを口走ってしまう。

 

 

 

「――わたしが認めます、()()()()()()()()()()()()。わたしの次に、ですけど」

 

 

 

 その言葉をどう受け取ったのか、むすっとしていたグエル・ジェタークは、途端に顔をほころばせて。

 破顔一笑した。

 

 

「……ははっ、偉そうに!」

「え、えらいんですっ! ほ、ホルダーですから!!」

 

 

 戦技の限りを見せ合った少年と少女は、そうして、晴れ渡った人工の空の下で笑い合う。

 

 

 

 

 

 

――同じ景色を見た戦友(ともだち)として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そしてもちろん、判定へのブーイングは起きた。

 

 

 当然のことながら僅差での勝利ともなれば、運営による不正疑惑だの審判への不満だのはつのる。

 名勝負であったがゆえに勝利の名誉を諦められない厄介なグエルファンから、決闘委員会へ向けて抗議のメッセージが山のように届き始めていた。

 それを見て決闘委員会の紅一点セセリアなどは、「あ~あ大変ですね、エラン先輩も~」などと今回の勝負の立会人を煽ってくる。

 

「別に。問題ないさ、どんな判定AIで再検証しても結果は同じだ」

 

 エラン・ケレスはそういう俗世での自分の評判に興味はない。

 どうせそんなもの、あの世には持っていけないのだから。

 何より見たいものは見られた。

 やはり、あの機体は。

 

 

――ガンダム。呪いのモビルスーツ。

 

 

 そんなときだった。

 突如として決闘委員会のラウンジの扉が開け放たれたのは。

 ぜーはーぜーはーと肩で息をするような有様の少女は、学内SNSにあふれかえった「今のはグエルが勝ってただろ」派に言いたいことが山ほどあった。

 決闘委員会に乱入したその美少女は、エラン・ケレスを押しのけて生中継の画面に映って――学園すべてに向けてこう言い放った。

 

 

 

「スレッタ・マーキュリーは私の家族(みうち)よ! 文句があるやつは出てきなさいっ! 真っ向から受けて立ってやろうじゃない!」

 

 

 

 めちゃくちゃである。

 かえって疑惑の判定を加速させるような物言いであろう。

 理屈ではそうなのだが、実際にこの発言を聞いた生徒たちの多くはこう思ったという。

 

――じゃあ仕方ないな、と。

 

 アド・ステラ一二二年、ラグランジュポイント四、アスティカシア高等専門学園にて。

 まるで玉座についた王がそうするように。

 

 

 

 

――傲岸不遜のお姫様、ミオリネ・レンブランの高らかなる宣言。

 

 

 

 

 

――この日、デリングの隠し子(むすめ)疑惑が公然の秘密になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 





このスレッタは足癖がめちゃ悪いです。

彼女は決闘者として全力を尽くして戦いました。
戦士としてのスレッタだったなら、もっと効率的な圧殺ができた、というのがエリクトの指摘です。
手を抜いたのではなく、選んだ戦術の傾向の話というわけですね。
技を見せ合う過酷なプロレスを理解しないエリクト。

アー〇ード・コ〇で例えると、エアリアルは動作後の隙がないうえにキック使ってくるアイビスシリーズみたいな感じです。
クソゲーを強いられたグエルくんはすごい(結論)


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擦れッタがジェターク寮と仲良くなるだけの話

 

 

 

 

――伝説となった新旧ホルダー対決から一週間後。

 

 

 

 ()()()()()()()()()健康チェックやら、事後のモビルスーツの修理部品の手配やら、決闘でおろそかになっていた各種手続きやら、授業の予習復習やらで大忙しだったスレッタ・マーキュリーは、ようやく落ち着いて話す時間を持つことができていた。

 今日は休日であり、時刻は昼前。

 会う相手はよく見知った少年であった。

 

「あ、グエルさん」

「一週間ぶりか、スレッタ・マーキュリー」

「ええと、そのぉ……そ、そ、その後、ジェターク社の皆さんはどういう感じでしょうか!?」

「まあ結局、社の総力を挙げてお前と〈エアリアル〉に負けちまったからな……」

 

 はわわわ、と焦って震えるスレッタ。

 勝者も敗者も得をする決闘、という約束を違えてしまったのではないかと、少女は怯えていた。

 だってそれは、あんまりにも寂しい現実だから。

 不意打ちだった。

 グエル・ジェタークはにやりと笑った。

 

「うちの会社の業績は好調だ。ジェターク製のドローン防御ならこれまで以上にパイロットの生還率が高くなるってな」

「よ、よよ、よかったぁ……脅かさないでくださいよ、グエルさん!」

 

 すまんすまん、と謝りつつグエルは苦笑いする。

 結果としていい感じになったが、あの接戦は、どう考えても薄氷の上に立つような状況だった。

 

「だがまあ、実際ヒヤッとしたぞ。一瞬でも気を抜いたら撃墜されてただろ、アレ」

「あはは……結構、いっぱい撃ちましたよね」

「あれだけのビームを浴びせられても機体は健在だったからな、まあ、お前が容赦ないやつで逆に助かった」

「よ、よよ、容赦はしてます! 最初からビットを使っていれば、グエルさんにいい勝負なんかさせません!」

「はっ! 言ってろ、勝負に二度はない。元ホルダーとして忠告してやるよ、その台詞は負け犬の常套句だ」

「ぐぬぬぬ……!」

 

 流石に部外者に詳細は言えなかったが、実際問題、グエルと〈ダリルバルデ〉の戦いぶりは社内でも社外でも高く評価されていた。

 すでに意思拡張AIとシールドドローンのノウハウを詰め込んだ〈ディランザ〉の改修プランや、〈ダリルバルデ〉のアップデート案も浮上している。

 それにより〈ディランザ〉を購入・運用している取引先との新たな契約に結びついており、ジェターク社の株価も上がっていた。

 

 決闘に敗北した企業とは思えない好調であった。

 そのおかげかヴィム・ジェタークの機嫌もよく「今度、休暇を取ってバーベキューでもしないか」とグエルとラウダに言い出す始末だ。

 もう俺たちは子供じゃないっていうのにな、と思いつつ、グエルは頬がゆるむのを抑えきれなかった。

 気を取り直して、決意を口にする。

 

「それで、決闘の対価を払いに来た」

「対価、ですか?」

 

 それって何の話だろう、と首をかしげるスレッタ。

 

「俺は言ったよな、スレッタ・マーキュリーの望むものを何でも一つ差し出す、って」

「あ……」

 

 決闘の宣誓で口にしていた言葉だ。

 決闘にはいろいろな側面がある。

 個人のトラブルの解決、企業の製品PR、新技術のデモンストレーション。

 そして個人間での約束の履行。

 今、グエルが口にしているのは、その天秤に乗せた魂の代償を支払うことだった。

 これはあくまでグエル・ジェターク個人に支払えるものに限られるが、その範疇であれば、どんな要求にも彼は応じるつもりだった。

 そして、おずおずと口を開いたスレッタ・マーキュリーの要求は。

 

 

 

「――わたしが勝ったので、友達になってください」

 

 

 

 グエル・ジェタークはそれを聞いた途端、きょとんとした顔――年相応のあどけない表情――を見せて、やがて、ちゃんと了承してもらえるかと緊張しているスレッタを見て。

 ぷっ、と吹き出した。

 

 

 

「――もうなってるだろ。賭けの報酬になってないぞ、これ」

 

 

 

 そう言われて、緊張の糸が切れてしまったのか。

 スレッタ・マーキュリーもへにゃりと相貌を崩して、明るく弾んだ笑い声を漏らした。

 

「あは、あははは! そうですね、それもそうでした!」

「何か代わりの願いは――」

 

 グエルがそう尋ねると、両手を前に突き出して、スレッタは「ストップ!」のジェスチャー。

 

「いえ、いいんです! わたし、あの決闘でいっぱい、いっぱいもらいましたから! グエルさんと戦えて、本当に楽しくて、嬉しかったんです!」

「……バトルジャンキーか?」

「ち、ちち、違います! あんなにMSに乗るのが楽しかったの、()()()()()()()()!」

 

 ()()()()()()()()と聞いて、一瞬、グエルは神妙な表情になった。

 これまでスレッタ・マーキュリーの歩んできた人生の苦難を、彼なりに想像して、どうにかわかりたいと思ったからだ。

 たとえそれが、醜悪で残酷な現実(リプリチャイルド)に比べれば、甘っちょろい夢のような想像に過ぎないとしても。

 少年は今、未知の塊である少女と、わかり合いたいと願った。

 それは、きっと嘘ではない。

 

 

「そうか。ならいいんだけどな」

 

 

 そしてすぐ、砕けた表情でモビルスーツの性能や操縦について話題(トーク)の花を咲かせるのだった。

 

 

 

「ちょっと待って……なんであいつら、いい感じの空気になってるの? あのグエルよ? ここは田舎者が云々とか嫌味を言う場面じゃないの?」

 

 

 

 そんな二人を見て独りごちたのは、長い銀髪の美少女――ミオリネ・レンブランだ。

 困惑しているミオリネに、同じく建物の影から様子をうかがっていたラウダ・ニールは小馬鹿にしたような視線を向けた。

 

「やれやれ…少しは成長したかと思ったが、情緒が未発達なデリングの娘には兄さんの良さは早すぎたようだな……」

「べたべた気持ち悪い距離感の弟は言うことが違うわね、あいつの小姑にでもなるつもりかしら?」

「なんだとぉ……」

「よしてください、ラウダ先輩! 安い挑発に乗っちゃダメです!」

 

 兄のこととなると激発するラウダをなだめる後輩の女子生徒(ペトラ)だったが、彼は止まらない。

 暴走特急のような男だった。

 

「水星女は実力で兄さんと互角以上だと示し、兄さんはその強さに敬意を払っているんだ。そんな二人の気高い友情がお前にはわからないのか?」

「友情……友情ねえ……いえ、いいわ。あんたの脳みそがブラコンで幸せなのはよくわかったもの」

「……ミオリネ・レンブラン、兄さんへの愚弄は許さない」

「愚弄してるのはあんたの方だからね!?」

「なら、まだ許そう」

「えっ、怖っ」

 

 ぎゃーぎゃーと物陰で喚く人騒がせな一団(さんにん)は、とっくの昔に二人に気付かれていた。

 呆れた顔でそれを見るグエル、困ったような眉根だが笑顔のスレッタ。

 

「何やってるんだ、あいつら……」

「みんな心配性なんですよ、きっと……そうだ!」

 

 スレッタは手を振りながら走り始めて――

 

 

 

「ミオリネさん、と……ら、らら、ラウダさんとっ、えーっと、ぺ、ペトラさん! い、いい、一緒にランチ行きませんか!?」

 

 

 

――友達を増やすのだった。

 

 

 

 

 

 

 決闘の前後では、決闘者の身体検査を行い、その健康を確認するのが習わしになっている。

 今では決闘者からの自己申告がない限り、簡易検査で終わらせるのが通例ではあるが――何事にも例外はある。

 たとえば試合中、決闘委員会がモニタリングしていた数値に異常が見つかっていた場合、決闘者への通知なしに検査項目を増やし、詳細な分析にかけたりもできる。

 それだけの権力を持つのが決闘委員会であった。

 

 現在、グラスレー寮長の部屋にて。

 シャディク・ゼネリはソファーに腰を下ろし、一週間前に検査したスレッタ・マーキュリーの身体データを閲覧していた。

 変態だからではない。

 それが仕事なのだ。

 

「女子生徒の身体データを盗み見してるってこの上なく最低じゃないか、俺」

「――シャディク」

「ああ、ごめんサビーナ、もっと真面目にやるさ」

「安心しろ。もちろんお前は最低だ、今」

 

 ゴミを見る目だった。

 

 

「…………え、ちょっと待ってくれ。サビーナ、俺に厳しくない?」

 

 

 いくら義父への報告のためとはいえ、女子の目の前で女子の身体データを堂々と閲覧する男である。

 「それはそうだろ」という目でシャディクを見る女子五人――気まずくなったシャディクは全員から目をそらした。

 表向きはグラスレー寮長シャディク・ゼネリと、彼に囲われている女子たちのハーレムという認識の一人と五人であるが、ことプライベートにおいての発言力は地位と比例しなかった。

 たとえ彼らが理想を同じくする同志だとしても、そういう人としての一線はあるのだ。

 シャディクは気まずくなりつつも閲覧を終えて、深々とため息をついた。

 

「すごいな。こんな気まずい思いをして端から端まで全部読んだのに――おかしな数字が一個もない。健康体の一七歳の女の子だよ、水星ちゃんは」

「シャディク、だがそれでは」

「ああ、つじつまが合わない」

 

 ティーカップに入ったお茶に口をつけると、シャディク・ゼネリは目を細めた。

 もう薄れてきたような記憶だが、それでも思い出せる。

 これは故郷――戦火に蹂躙された土地の味だった。

 

 

機体(エアリアル)は黒。パーメット流入値は基準オーバー、呪いで神経を焼かれるはずの数値――()()()()()()()()

 

 

 ありえざる呪いの結晶が、デリングの隠し子などという噂と共にミオリネの側へと送りつけられてきた。

 まるで質の悪いホラー映画だ。

 

「義父さんへの報告、気が重くなるよ。正直、こっちだってどうすべきかわからない不条理なんだからね」

「そういえばさー、水星の子の遺伝子サンプルって検査に回せない? それやれば隠し子の噂も――」

「レネ。()()()()()()()()()()

 

 ああ、そういうこと。

 そう呟いてメイクにこだわっている身長の低い女子生徒――レネ・コスタは納得する。

 この太陽系地球近傍ラグランジュポイント四の人工物で、ベネリット・グループの監視の目が入っていない場所はそう多くない。

 余所のポイントならば宇宙議会連合や他企業グループの拠点があるが、そうなってくると余計にサンプルの持ち出しは難しくなるし、信憑性も政治利用で怪しくなってくる。

 要するにリスクとデメリットだらけのわりに、診断結果に恣意的(しいてき)な手が入っている可能性があるのだ。

 スレッタ・マーキュリーが何者であれ、デリング・レンブランがそうだと言えば、そういうことになるのである。

 そうして歓談を終えたあと、シャディクは義父への直通回線を開いた。

 

 

『シャディク、報告を』

 

 

 義理の父からの催促に、シャディク・ゼネリはゆっくりとうなずいて。

 結論を口にした。

 

 

 

「〈エアリアル〉は紛れもなく……ガンダムです、義父さん」

 

 

 

 

 

――子供たちの競技(ゲーム)は終わり。

 

 

 

 

 

――大人たちの謀略(ゲーム)が始まる。

 

 

 

 

 

 




グエル編エピローグ&エラン編予告みたいな感じです。
フェルシーちゃんなら街で遊んでるよ、何も知らずにな…
シャディクはちょっと傷ついた。


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エラン編
擦れッタが汚部屋を掃除するだけの話


 

 

 

 エラン・ケレスの下にスレッタ・マーキュリーから電話がかかってきたのは、ある日の昼下がり。

 わりと本気でどうでもいい類の議題でだらだらと決闘委員会の時間を潰していたときのことだ。

 

『あ、あのっ、エランさん、今、決闘委員会ですか?』

「そうだけど、どうしたんだい?」

『近くにグエルさんはいますか?』

「一応、いるけど」

 

 目線を横方向にずらす。

 決闘委員会のソファーに腰を下ろして、セセリアにからかわれているグエル・ジェタークがいた。

 ちなみにエランとはほとんど交流がない。

 その横では後輩のロウジ少年が議事録を作っている。

 いつも通りの決闘委員会である。

 ちなみにシャディク・ゼネリは会社の会合があるらしく欠席中だった。

 

『二人とも今すぐ来てください、ミオリネさんが! 大変なんです!』

 

 切羽詰まった連絡だった。

 

「グエル・ジェターク、ちょっといいかい?」

「…………お前が?」

「スレッタ・マーキュリーが僕たち二人を呼んでいる。ミオリネ・レンブランが大変だって」

 

 それを聞いた瞬間、怪訝そうなグエルの顔つきが変わった。

 

「どこに行けばいい?」

「理事長室」

「決闘委員会を二人も呼ぶとはただ事じゃないな――セセリア、あとの議事は任せた!」

 

 男子二人が立ち上がり、離席を告げて去って行く。

 あとに残される方はたまったものではない。

 

 

「はぁああ!? ちょっ、グエル先輩!? エラン先輩までぇ!?」

 

 

 後輩の悲鳴を置き去りにして、グエルとエランは走り始めた。

 

「君、近接戦の訓練は受けてる?」

「護身術ぐらいは身につけている、バカにするな」

「そう。まあいいや、いないよりはマシだ」

「なんだと――」

 

 二人並んで息を切らさずに疾走しながら、グエルとエランは理事長室を一目散に目指す。

 何が起きたかはわからないが、あのスレッタの声はただ事ではない。

 それだけで理由は十分だった。

 理事長室のドアのロックは外れていたので、駆け込むように突入した。

 

 

 

「スレッタ! ミオリネ! 無事、か――」

 

 

 

 理事長室はなかった。

 そこは、屋内で栽培できる植物とプランターだらけの屋内庭園と化していたのだ。

 部屋の奥から、ミオリネが顔を出した。

 

「何よ、あんたたち。スレッタが呼んだわけ?」

「おまっ、お、お前……」

 

 あんぐりと口を開いたままのグエルは、ここが生徒手帳の校内MAPでは理事長室であることを再確認。

 思わず、うめいていた。

 

「お前の中で理事長室はどうなってるんだ……?」

「あのクソ親父の部屋を見栄えよく変えてやったのよ! 革命よね! いい気味だわ!」

 

 ミオリネはふんすと胸を張って自慢げだった。

 父親への反抗期を親の金と権力で表現するという斬新なアプローチに、エラン・ケレスは辛辣な一言を告げた。

 

 

「程度の低い革命だね」

 

 

 ミオリネはキレた。

 

「一々、(しゃく)に障るわね、このマネキン王子!」

「そういう君は誰かに噛みつかないと生きていけないんだね、惨めだと思うよ」

「なんですってぇ!?」

 

 口論に発展したミオリネとエランを見て、グエル・ジェタークは意外そうな表情をした。

 

「エランにしてはよく喋るな……」

 

 そのとき理事長室だった部屋の奥から、ひょっこりとスレッタが顔を出した。

 

「あ、グエルさんとエランさん! 来てくれたんですね! ……喧嘩ですか?」

「あ、ああ……今来たところだ」

「エランさんとミオリネさんて仲悪いんですか?」

 

 知らん、と答えるグエル。

 

「いつもは哲学書を読んでる物静かなやつだ。つまりよくわからん」

「わっ、エランさんって読書家なんですね!」

「そこ重要か……?」

 

 グエルの素朴な疑問に、スレッタは弾けるような笑顔で答えた。

 

「はい! お友達のことは、たくさん知っておきたいですから」

「友達、なあ……」

 

 

――あのエラン・ケレスと?

 

 

 グエル・ジェタークはエランのことをほとんど知らない。

 一つだけわかっているのは、恐ろしく付き合いが悪くて陰気なやつだということぐらいである。

 影があるところはあれど、最近は明るくなってきたスレッタとは、どうにもイメージが合わない気がする。

 というか、そうであって欲しい――と思っている自分に気付き、グエルは困惑した。

 

 

――俺らしくもない。

 

 

 顔を覗かせかけた感情に蓋をして、グエルは部屋を見渡した。

 見ると理事長室には階段があり、部屋の奥にもう一つスペースがあるらしい。

 そこに問題があるようだ。

 何故そうわかるかというと、ミオリネ・レンブランが、小熊を守る母熊のように仁王立ちになって通せんぼしているからだ。

 すごくバカっぽい。

 一方、スレッタは必死の説得を続けていた。

 

「ミオリネさん、あの著しく汚い部屋の片付けを、わたしとミオリネさんだけでするのは無謀です……!」

「待て、何の話だ」

「グエル。エラン。今すぐ帰りなさい。これ以上ここにいたら、私が殺すわ」

 

 殺意の籠もった言葉だった。

 だが、スレッタ・マーキュリーのダメ出しは無慈悲だった。

 

「そもそも普通、下着とか出しっぱなしにしませんよね? 最低限、しまいますよね? そっちは、わたしが片付けましたけど……」

「え、あんたって片付けにうるさいタイプ?」

「……前に住んでたところが、そういうのうるさかったので」

 

 流石に軍事組織であるドミニコス隊は、そういう躾けも厳しい。

 スレッタもすっかり整理整頓に慣れてしまった。

 

 男子二人を呼んだスレッタに対して、ミオリネは最後の抵抗を試みた。

 わあわあ騒ぎながら腕を振り回し、スレッタを近づけまいと抵抗している。

 

「乙女の部屋を男子に見せるなんてありえない!!!」

「ミオリネさんに乙女を名乗る権利はないと思います……こんなの、ありえないです……!」

「スレッタァァア!!!」

 

 掴みかかるミオリネの腕をいなし、逆に関節技を繰り出すスレッタ。

 綺麗にアームロックが決まった。聖水をかけられて浄化される悪魔みたいな断末魔の悲鳴をあげるミオリネ。

 なんとなく事情を察してきたグエルとエランは顔を見合わせた。

 そりが合わない二人だったが、このときばかりは共感し合っていた。

 たぶん人と人は期間限定でわかり合えるのだ。

 

 

――帰りたい。

 

 

 そんな思いでいっぱいの男子組だったが、スレッタは無理矢理、手を引いて二人を理事長室の奥、中二階へと連れていく。

 そこにはベッドがあり、デスクがあり、作業用の端末があり、学園の授業のマニュアルがどっさり並んでいた。

 そう、人間が居住できるスペースは綺麗に確保されている部屋だった。

 けれど、居住空間以外がひどい。

 

 

――ゴミが整理整頓されて床に積み上げられた、整理された汚い部屋という矛盾が成立していた。

 

 

 中でも異彩を放つのは、宇宙経済圏を支配する巨大企業複合体の令嬢が食べているとは思えない、即席食品の空になった容器だった。

 安さと量と食物繊維の多さが売りの、学生向けの売店で売っているカップラーメンだ。

 アド・ステラの時代にも即席麺は需要があり、重力下で食べられる安価な食品として人気がある。

 しかしそれを仮にも、学園理事長の娘が床に山積みにしていると迫力があった。

 なんやかんや育ちのいいグエル・ジェタークはドン引きしている。

 

 

「お前……もっとマシなもの喰えよ……」

 

 

 エラン・ケレスは無表情に汚すぎる部屋の惨状を見渡すと、その粗末な食事の痕跡を見てこう言った。

 

 

「実はひもじかったんだね。よかったらペイル寮で温かい食事ぐらいは出せるけど」

 

 

 男子陣からのダメ押しに、ミオリネはキレた。

 

「私は一人暮らしのボンクラ学生じゃないわ! ちゃんと栄養サプリメントと完全栄養ブレッドで自己管理してるわ! このカップ麺はチートデイよ!」

「す、すす、すごいです、ミオリネさん! 自己認識が都合よすぎてレンズみたいに歪んでます!」

 

 うなずくエランとグエル――生まれも育ちも性格も異なる男子二人の間に、共通認識が出来上がりつつあった。

 

「早死にするタイプだね」

「まあ寿命は短い生き様だろうな」

「儚い命だったね」

「案外、人生は長いんだぞミオリネ」

 

 絶妙なコンビネーションでの攻め方に、ますます青筋を立てるミオリネ。

 

「あんたら実は仲いいでしょ!? 何よ、ジェタークとペイルで協力しちゃって!」

「いや、僕にそんな感情はないよ」

「俺もこいつとはそりが合わない」

「息ぴったりなのよ、さっきから!」

 

 スレッタはそんな三人の様子を見て、何故か嬉しそうだった。

 にこにこと笑顔になりながら、こんな妄言をのたまうほどに。

 

 

 

「今はみんな仲良しですね!」

 

 

 

「ないわ」

「それはないね」

「どうかと思うぞ」

 

 ミオリネ、エラン、グエルからの否定が三連射される。

 流石に厳しい現実を突きつけられて、スレッタ・マーキュリーは心の底から悲しそうにこう言った。

 

「どうしてみんな仲良くできないんでしょう……」

 

 スレッタはしょんぼりしている。

 

 

「スレッタ・マーキュリー……君は……」

 

 

 そんな彼女の様子を見て何を思ったのか、エラン・ケレスは目を閉じて、深く息を吸って。

 しみじみとこう告げた。

 

 

 

「――変な人なんだね」

 

 

 

 変人が他人を変人認定する記念すべき瞬間だった。

 「お前がそれ言うのか」と喉まで出かかっているグエルだったが、ペイル寮の寮長と事を構えても仕方ないため、ぐっとこらえた。

 直情的で身体がすぐ動くグエル・ジェタークはこの日、ちょっぴり大人になった。

 

「頭痛がしてきたわ……スレッタ、あんたがなんとかしなさい」

 

 ミオリネは思う。

 どうするのかしらこの状況、と。

 だが。

 

 

 

「部屋が汚いのはミオリネさんのせいですからね?」

 

 

 

 スレッタは辛辣(しんらつ)だった。

 

 

 

 

――なおミオリネの部屋の掃除には、四人がかりで二時間かかったことを書き記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァナディース事変当時、エリクト・サマヤは四歳の子供に過ぎなかった。

 研究機関への襲撃と虐殺が行われたあの日も、幼い少女は何が起きたのか理解できず、また周囲の状況もそれを許さなかった。

 銃火が人を撃ち貫き、爆弾がすべてを吹き飛ばして。

 通信越しに歌ってもらえたバースデーソングが、殿を務めて死にいく父親の最期の言葉だったなどわからないまま。

 エルノラ・サマヤとエリクト・サマヤは、ガンドアーム〈ルブリス〉の中で宇宙を漂流することとなった。

 

 

――あの日あのとき。

 

 

――戦いの嵐が過ぎて、すぐ。

 

 

 母は眠っていた。

 泣いて、泣いて、泣き疲れて、泥のように眠っている。

 慣性航行中の〈ルブリス〉で操作すべきことは何もなかったから、それでよかったのだ。

 研究所を襲撃したドミニコス隊の索敵から逃れたことで、エルノラ・サマヤは緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 ずっと辛そうだった母親が寝入ったことに、エリクト・サマヤは安心した。

 よくわからないが、よくないことが起きたのだけは察せられたから。

 子供心に安心したエリクトだったが、とてつもなく暇だった。

 かといって狭いコクピットの中には、遊び道具などない。

 どうしようかな、と思っていると。

 子供用宇宙服のバイザー越しに、ルブリスの操縦用コンソール画面にメッセージウィンドウが開くのがわかった。

 表示されたのは短文だった。

 

 

――HELLO WORLD

 

 

 LF-03、と画面には表示されている。

 それはこの機体、ヴァナディース機関で研究されていたプロトタイプ〈ルブリス〉――真の意味で、GUNDの理想を体現するはずだったマシンのコードネームだった。

 レイヤー33の壁を越えた向こう側、レイヤー34に位置するもの。

 ヴァナディースの理想へ繋がる扉。

 そういうものが、そこにいた。

 

 

「える……えるえふ、ぜろすりー?」

 

 

 肯定を示すメッセージ。

 エリクトにもわかりやすい「YES」の表記だった。

 

 

「でもこれ、名前じゃないよね?」

 

 

 これまた肯定を示す「YES」。

 エリクトはなんだか楽しくなってきた。

 パパはまた急なお仕事でいなくなってしまったみたいだけど、もう大丈夫。

 この〈ルブリス〉の中に、新しい友達がいるのだから。

 

 

 

「じゃあ、エリィが名前をつけてあげる! えっとね、L……Lだから……うーんと、むかし、おとーさんに教えてもらったのがねー」

 

 

 

 何も知らず、何もわからず、何もできず。

 愚かで無邪気な子供だったエリクト・サマヤの記憶はそこで終わる。

 情報共有元素パーメットの超密度情報空間に焼き付けられた意識の今、彼女に思い出せない記憶はない。

 エリクト・サマヤを構成するのは人の人格を模倣したデータの奔流であり、記憶の結晶体であり、人間が魂と呼ぶ概念そのものだ。

 だからこそ、追憶が苦痛だった。

 

 

――もう母はいない。

 

 

 娘の延命のため自らの身体を賭して行った人体実験の副作用は、じわじわとエルノラの身体を蝕み、とうとう死に至らしめた。

 そうして家族を失った。

 

 

――もうLF03はいない。

 

 

 この残酷な世界が課した運命の果てに、あの無垢で()()()()()()()()()()は消えてしまったのだ。

 そうして友達を失った。

 

 この世界は不条理で理不尽で、変わらないものなどない。

 人間を超越し、一人きりでパーメットの情報空間にいる彼女以外は。

 だからこそエリクトは、日々、変わっていくスレッタを(まぶ)しく思うのだ。

 ゆえに祈る。

 

 

 

 

――その行く末に、祝福があらんことを。

 

 

 

 

 




日常回。
これは汚部屋のレベルが原作より高めのミオリネ。
よわきものだ。

LF03については水星の魔女プロローグをよろしくね!


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擦れッタが原因でデリングが糾弾されるだけの話

 

 

 

 ベネリット・グループ本社フロントにて。

 グループの重役たちが一堂に会し、とある会議が行われていようとしていた。

 議題はシンプルだ。

 先日、全世界に生中継で配信された映像――ジェターク社の〈ダリルバルデ〉と新型ドローンシステム搭載機〈エアリアル〉のデモンストレーション。

 その内容に、重大なルール違反があった、という告発である。

 シャディク・ゼネリは、モニタリングしていた〈エアリアル〉の稼働データの異常性を指摘していた。

 

 

「――以上です。パーメット流入値の基準を大幅に超える数値は、GUNDフォーマットの特徴と一致します。〈エアリアル〉はガンダムである、というのがグラスレーとしての見解になります」

 

 

 養子の発言を引き継いで、サリウス・ゼネリ――グラスレー・ディフェンス・システムズのCEOが口を開いた。

 鼻に呼吸補助チューブを通した老体であるが、その眼光は鋭い老人だ。

 

 

「デリング、あのモビルスーツはお前が新型ドローンシステム搭載機として、ジェターク社と決闘させ、全世界にデモンストレーションとして放送させたな? どういうつもりだ」

 

 

 ベネリット・グループの上位企業三つ、すなわち御三家の一角からの、グループ総裁への糾弾。

 それが今回の集会の意味であり、目的であった。

 

 なお、ある意味で今回の事件の当事者たるヴィム・ジェタークは無言である。

 下手に発言して、せっかくジェターク社が勝ち取った「次世代の対スウォームドローン防御システムを開発した大手」という立場をなかったことにされては困るからだ。

 それにアレがガンダムであるならば都合がいい。

 意思拡張AIを用いたジェターク社の製品は、人体に有害な影響を及ぼすことなくガンダムと拮抗しうると示した形になる。

 将来的にはガンダムを正面から駆逐するモビルスーツとて開発できよう、というのがヴィム・ジェタークの立場であった。

 ゆえに彼は当事者の一人でありながら傍観者を貫く。

 

 デリングのやり方は小癪(こしゃく)だが、今回はわざわざ藪蛇(やぶへび)を突っつく意味がないのだ。

 

 同じく御三家の一つ、ペイル・テクノロジーズの共同CEO――同じ衣装を着た四人の老女たちは様子見という雰囲気だが、その腹の内はわからない。

 高度なフレーム設計と支援AIのノウハウを持つジェターク、堅実なフレーム設計と電子戦技術のグラスレー、推進装置や慣性制御、ナノテクなど先進技術の開発において先を行くペイル。

 そのいずれもがベネリット・グループにおいての発言力、影響力共に強大な会社であり、子会社も含めれば経済力も相当なものだ。

 

 であればこそ、実質的な独裁者であるグループ総裁デリング・レンブランとて、グラスレーからの要請を無視できず、この場が設けられたのだ。

 それがこの集会――実質的にはデリングの行いへの査問会に等しかろう――が開かれた意味だと、参加した企業グループの要人たちは認識していた。

 査問会の流れ如何によっては、デリング・レンブラン一強の現体制に風穴が空くかもしれないのだ。

 注目せずにはいられない。

 

 サリウスからの問いに対し、デリングは無言――かと思えば、その副官ラジャンが口を開いた。

 長年、軍人時代からデリングを支えてきた側近中の側近である。

 ほぼデリング・レンブランの代弁者に等しい人物だ。

 

 

「サリウス代表、それに関しては〈エアリアル〉の開発元、シン・セー開発公社から説明があります」

「何?」

 

 

 シン・セー開発公社。

 グループ内での序列は下から数えた方が早いような、経済規模でも技術面でも見るべきところはない、辺境の資源採掘企業だ。

 そんな会社がガンダムを開発し、あまつさえデリングの後押しでデモンストレーションに参加したという事実に、その場の人間たちは一つの結論を出した。

 

 

――デリング総裁の隠れ蓑というわけか。

 

 

 会議場の大型モニターに光が灯る。

 画面に表示されたのはシン・セー開発公社の企業ロゴ。

 あの〈エアリアル〉の製造元である弱小企業の主は、どうやら顔を見せる気すらないらしい。

 

 

『シン・セー代表のルイ・ファシネータと申します。長期の移動に耐えられないお見苦しい身体ゆえ、このような形で失礼致します。本機は元々、前代表プロスペラ・マーキュリー女史によって開発された新型ドローンシステムとその運用母体でした』

「何故、開発者がここにいない?」

『プロスペラ氏は二年前に死亡しています。その後の運用と維持の業務を引き継いだ私が、彼女に代わって皆様にご説明させていただきます』

 

 

 いてもいなくても変わらないような弱小企業のCEOの交代など、大企業の集合体であるベネリット・グループではほとんど気にもされてこなかった。

 プロスペラ・マーキュリーの死とは、所詮、この場ではその程度の意味しか持たない。

 説明する人間は誰でもいいのだ。

 

 

『さて、皆様が議題に挙げられている〈エアリアル〉がガンダムであるか否か、ですが――結論から申し上げれば、〈エアリアル〉はガンダムでありながらカテドラルの協約に違反しない、画期的なブレイクスルーを起こした機体なのです』

 

 

 カテドラルの協約とは、スペーシアン企業の監査組織カテドラルにおいて定められた、テクノロジーの進歩に対する倫理的制約と、それに基づき参加企業に課したルールのことである。

 GUND(ガンド)フォーマットを用いたモビルスーツ、GUND-ARM(ガンドアーム)

 すなわちガンダムの開発禁止も、この協約で定められたルールの一つだ。

 そして確立された技術への締め付け、研究者の虐殺、現存するガンダムの破壊処理、研究データの破棄などの苛烈な弾圧を行ってきたのがデリング・レンブランである。

 ルイの意味不明な発言に、ざわつく会場。

 それを気にも留めず、ルイ・ファシネータは言葉を続ける。

 

 

『ご存じの通り、GUNDフォーマットの拡散は悲惨な人体実験と無秩序な軍拡をもたらし、倫理なき戦争へと人類を退行させかねなかった……それが、かのヴァナディース事変以前の世界情勢でした。デリング・レンブラン閣下のご尽力あって、今の世界秩序の安定はあります』

 

 

 GUNDフォーマットの危険性は、巷で知られているような「パイロットを殺す呪い」だけではない。

 医療用サイバネティクス技術を応用、パーメットによる情報同期で人工神経を繋ぎ、モビルスーツを自身の肉体のように動かせる。

 それがGUNDフォーマットの真価である。

 本来、制御と運用に高度な技術が必要な、電子戦環境下で運用可能なハイテクドローン技術や、パイロットの育成にかかる時間――そういう設備や資産がなくとも、現代戦で活躍できるようになる兵器。

 いつでも、どこでも、誰でもモビルスーツを操縦し、強力なスウォーム兵器で戦場を蹂躙できる。

 それこそがガンドアームの脅威だったのだ。

 

 

『しかし一方で閣下は、我々に命じられました。呪いから未来を解き放て、と』

 

 

 呪いとは無論、GUNDの呪いのことであろう。

 続くルイ・ファシネータの発言は衝撃的であった。

 

 

『GUNDの呪いの克服――すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()の開発に、我々はすでに成功しております。現に〈エアリアル〉の専属パイロット、スレッタ・マーキュリーは二年間〈エアリアル〉を実戦運用しておりますが、ガンダム搭乗者特有の神経麻痺、脳の機能低下などの症状は出ていません』

 

 

 大型モニターに表示されたのは、スレッタ・マーキュリーのプロフィールと顔写真だ。

 気が強そうではないミドルティーンの少女――おおよそ一五歳ほどだろうか――が、〈エアリアル〉のコクピットに乗り込む姿が映し出されている。

 あまりにも無法な発言だった。

 二年間もの間、人体実験に等しい所業がデリングの黙認の下で行われてきたと暴露しているようなものだった。

 衝撃を受けたサリウス・ゼネリが、声を荒げた。

 

 

「カテドラルの協約はどうなっている!? こんな馬鹿な話があってたまるか!」

『エアリアルに使用されている新型ドローン技術は、カテドラルの協約で指定されているGUNDフォーマットの定義の外にあります』

「こんな話を通してみろ、協約違反の産物で世界はドローン戦争の頃に逆戻りするぞ!」

 

 

 倫理なき戦争による文明の汚染と崩壊――アーシアンたちが陥ったこの世の地獄が、今度は宇宙で再現されるという恐怖。

 老人であるサリウスは、その悪夢を誰よりも深く実感している世代だった。

 だが、会場にいる人間たちの大半にとって、ドローン戦争は過去の出来事であり、むしろ興味関心の対象はスレッタとそれに関するゴシップだった。

 

「まだ子供ではないか」

「こんな少女が……実戦を?」

「では、やはり例の噂は……」

「もう一人の……か」

「総裁もお盛んだな……」

 

 深読みして納得していく企業関係者たち。

 一方、サリウスの隣に控えるシャディク・ゼネリもまた、脳が痺れるような驚愕を味わっていた。

 

 

――水星ちゃんはデリング子飼いの魔女だって? 悪い冗談みたいだよ、ミオリネ。

 

 

 自身の想像を超えた事態に遭遇して、若い少年はどうしたらいいかわからなくなっている。

 ざわざわとし始めた会場を横目に、グラスレー社サリウス・ゼネリ代表がにらみつけるのはたった一人だ。

 

 

「デリング。お前がガンダムの開発を容認していたのか? それ自体が問題なのだ」

 

 

 このとき、デリングは初めて口を開いた。

 

 

「ガンダムは搭乗者を殺す呪いのモビルスーツだ。では搭乗者を殺さず、人に罪を背負わせるだけの兵器は、ただのモビルスーツに過ぎん」

「詭弁だ。あれほどまでの魔女狩りを徹底したお前が、魔女を私兵にしていたなど笑えんよ――ガンダムの根絶こそ、我々の悲願だったはずだ」

 

 

 対ガンダム用の電子戦デバイスを未だに維持・管理しているグラスレー社は、魔女狩り部隊の出資元の大手であり、デリングの古巣でもある。

 盟友に裏切られたような状況に、サリウス・ゼネリは憤っていた。

 しかしデリングはそれを意に介さず、声を張り上げる。

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()。先日もドミニコス隊が一機のガンダムを破壊したばかりだ。一年前の軌道エレベータ襲撃未遂事件を覚えているな? 報道規制されているが、あの事件においても、ドミニコスは魔女のモビルスーツと交戦している」

 

 

 

 デリング・レンブランからの衝撃的な告白に、会場のざわめきはどんどん大きくなっていく。

 

「ガンダムが?」

「すべて廃棄されたはずでは」

「オックスアースの亡霊……よもや事実とは」

「では……まさか例の噂も?」

「そのために妾の子を……」

 

 その混乱すらも演出に利用して、デリング・レンブランは演説する。

 自らの過ちを懺悔するかのように。

 

 

 

「我々は一つ、選択を誤った。二一年前の粛清を以てアーシアンに正義を教え込めたと信じていた。だが実際には、彼らはガンダムを製造しうる組織を再建し、人間を消耗品にするおぞましい冒涜的な技術の量産化に着手している。我々には再び力が必要だ。アーシアンであれ、スペーシアンであれ、秩序を乱そうとするものたちへの抑止力がな」

 

 

 

 そして畳みかけるように、シン・セー開発公社の企業ロゴと共に、ルイ・ファシネータ代表がこうのたまうのだ。

 

『グループの皆様におかれましては、是非、私どもの研究成果を活かし、ベネリット・グループのために()()させていただきたいのです。それが現在の秩序を維持する最良の術であると、我々は信じております』

「貢献というのは、その無害化されたシステムの共有化でいいのかしら」

 

 このとき初めて、ペイル・テクノロジーズの共同代表たちが口を開いた。

 要求はシンプルだ。

 その美味しそうな果実をこちらに分ける気はあるのか、と。

 強欲な怪物たちはそう問いかけていた。

 

 

『――将来的にはグループ企業内での()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 場の流れが変わった。

 MS産業に関わるものたちはすでに、このデリング・レンブランが公認したも同然の技術のあつかいを考え始めている。

 まるで悪魔のささやき――欲に駆られた人間たちが踊る様を見つめているかのような印象。

 そのおぞましさに、サリウス・ゼネリは震えた。

 

 

 とどめを刺すように、デリングがよく通る声を発した。

 

 

 

「――私に意見するものはあるか?」

 

 

 

 いるはずがない。

 サリウス・ゼネリはうなだれて、止められない時代の流れを受け止めていた。

 その脇に控える義理の息子が、何を考えているかも知らずに。

 

 

 

 

――結局のところ、これは確認に過ぎなかったのだ。

 

 

 

 

――誰も逆らえない絶対的な王(デリング)の権威は揺るぎない、と。

 

 

 

 

――たとえ()()()()()()()()()()()()()()、それは変わらない。

 

 

 

 

 

 



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擦れッタがエランとお話するだけの話

 

 

 

 

「わわわ! このデミトレーナー、すっごい操縦感度悪くないですか!? ふわぁ……」

『あんた好みの感度ってピーキーすぎてついていけるやついないわよ!?』

「ふわぁ……お借りしてる機材で言うのも何ですけど、反応が鈍いです! はふぅ……」

『マゾ向けの設定にするのはやめなさいよ! あとで貸したMSの調整するのこっちだからね!?』

 

 真昼の演習場にて。

 通信越しに怒鳴り合う少女二人がいた。

 片やスレッタ・マーキュリー、グエル・ジェタークを破った新たなるホルダーである。

 もう片方はジェターク寮メカニック科の二年生、ペトラ・イッタである。

 一見すると因縁深そうな組み合わせの二人は、今、協力して一つの課題に挑んでいた。

 

 

――地雷原走破課題。

 

 

 行われているのはMSを使った実技試験、対MS地雷原を観測手(スポッター)からの情報を元に、最低限の光学情報で走り抜けるというものだ。

 この学校におけるパイロット科が、スペーシアン学生に対する、地上戦を見越した軍事教練の性質もあるものだと実感させる内容。

 ブリオン社製の訓練用モビルスーツ〈デミトレーナー〉――四角いパーツを組み合わせた無骨なシルエットが特徴のマシンだ――を使った実技試験は、パイロット科の必須履修科目である。

 そしてこの実習にはスポッターが必須であり、いろいろと悩んだ末、スレッタ・マーキュリーは最近、連絡先を交換したばかりのジェターク寮の面子に相談。

 なんやかんやあって、メカニック科のペトラが助っ人に来ることになったのである。

 それもこれも、やはり新旧ホルダーのあの伝説の一戦の経緯が大きい。

 

 

――スレッタ・マーキュリーはグエル・ジェタークの強さに感銘を受け、もう一度、手合わせしたいと自ら頭を下げに来た。

 

――その結果があのほぼ引き分けと言っていい決着である。

 

――ゆえに二人の間には尊敬と信頼が芽生えている。

 

 

 おおむねそのように流布されたスレッタとグエルの二回目の決闘の経緯は、すぐにジェターク寮の生徒たちの知ることとなり、彼らからのスレッタに対する好感度はぐっと上がったのだ。

 さらにこの水星女が、今まで日陰者としてあつかわれてきた妾腹の子であり、勝利のために必死だったという説明も付与されると、もう物語は仕上がっていた。

 不遇だった妾の子が王者グエル・ジェタークと出会い、学園最強のプライドに目覚めてその座を継承した、という金枝篇めいたストーリーが。

 これがよかった。

 もはやジェターク寮においてスレッタは、いずれ倒すべき壁であり、尊敬すべき好敵手と見なされている。

 要するにかなり友好的になっている。

 実習課題の機材が足りず困っていると相談すれば、二つ返事で助っ人がやってくるぐらいには。

 

『っていうか、さっきからあくび多過ぎ! あんた真面目にやるつもりある? 私はラウダ先輩に会う予定引き延ばしてこっちに来てるんだからね?』

「しゅ、しゅいません……昨日は他の寮の子が夜襲してきて……その対応で眠れなくって……」

『はぁ? 夜襲?』

 

 昨晩は大変だったのだ、とスレッタは説明する。

 地球寮に忍び込んでの妨害工作をしようとした他寮の女子生徒二人が、地球寮の増設されたセキュリティに引っかかって大変なことになったり――激怒したチュチュによる鉄拳制裁が振るわれたのは言うまでもない――したり、彼女たちの属していた寮がその件で激怒し、深夜にもかかわらず報復をしようとしてきたり。

 実にアスティカシア高等専門学園らしい治安の心温まるエピソードである。

 校内カーストが弱小もいいところの地球寮にわざわざ身体を張って嫌がらせに来る寮など、やはり母体となる企業の立場はあまり強くないのが恒例だ。

 つまりは社会的立場が弱い者同士の乱闘になりかねなかったのであるが、これを収めたのがスレッタ・マーキュリーの一言であった。

 

 

――わ、わわっ、わかりました! 決闘で決着をつけましょう!

 

 

 グエル・ジェタークを病院送りにしたホルダー〈血まみれの(ブラッディ)スレッタ〉からの誘いである。

 怖すぎて向こうから土下座してきたのは言うまでもない。

 

『何それ、おもしろっ!』

「面白くないですよ、なんですか〈ブラッディ・スレッタ〉って!」

『それはまあ、グエル先輩にあんたがした仕打ち考えると、ねえ?』

「ううっ……わたしは普通の青春が送りたかったです!」

『ホルダーが何言ってるの……一時方向に地雷あるわよ、ほら回避する!』

「わわっ、ありがとうございます、ペトラさん!」

 

 雑談の片手間にこの難関の実技試験を突破していくスレッタ・マーキュリーは、やはりとんでもない凄腕だと実感するペトラだった。

 結局、スレッタは初見で一発合格という快挙を成し遂げ、教官たちを驚嘆させることになる。

 

 

 

 

 

 

「スレッタ・マーキュリー。ちょっといいかな」

 

 放課後、ミオリネの温室の前にいたスレッタに声をかけてきたのは、背の高い美男子であった。

 エラン・ケレス。

 スレッタが言うところのイケメンである。

 

「エランさん!」

「はぁ? エラン?」

 

 温室の奥から顔を覗かせたのはミオリネ・レンブラン。

 先日、さながら学園の支配者のごとき宣言をした理事長の娘である。

 

「あんた、何の用よ?」

「君に用はないよ」

「知ってるわ。いい? この子に近寄る悪い虫には、私、容赦しないからね?」

「…………君って意外と見苦しい人間だったんだね」

 

 無表情なまま毒を吐くエランは、先日の「マネキン王子」の罵倒以来、ミオリネに対して厳しかった。

 二人の険悪な空気に慌てたのはスレッタだった。

 

「み、みみ、ミオリネさん!? 大丈夫です! エランさんは悪い人じゃないですよ、たぶん!!」

「あんたのそういうところが不安なのよ……」

 

 荒ぶるミオリネをなんとかなだめて――事後の報告をちゃんとするのが条件と釘を刺された――エランとスレッタは二人並んで歩き出す。

 少し散歩しながら話をしたい、というのがエランからの誘いだった。

 温室があるエリアには、人工物ではない本物の樹木が植林されている。

 その木立の間の遊歩道はよく整備されていて、ちょっと話しながら歩くのにピッタリなのだ。

 スレッタがし始めたのは、今日の授業の話だった。

 ペトラの力を借りて一発合格できたこと、余った時間はペトラとの雑談に当てて、MSの話題で盛り上がってさらに仲良くなれたこと。

 たくさんの嬉しいことを、エランに対して話した。

 

「わたし、〈エアリアル〉以外のMSに乗るの久しぶりなのでわくわくしちゃいました! やっぱり〈デミトレーナー〉系列は挙動が素直で面白いですよね」

 

 モビルスーツに親しみを感じているような口調――スレッタ・マーキュリーの出身地を思い出した。

 

「君は水星の開拓地(フロント)の出身なんだっけ?」

「はい。わたし、ずっとモビルスーツに乗ってきたんです。水星の資源採掘基地で人命救助(レスキュー)のお仕事をしてて。二年前までそういう暮らしだったんです」

「……一五歳までずっと、モビルスーツを?」

「はい。そのころは別に寂しくなかったんですよ? 仕事で忙しくて中々会えなかったんですけど、お母さんも生きていて」

「……ごめんね、つらいこと聞いちゃって」

「い、いえいえ! わたしが勝手に話してることですから、エランさんは気にしないでください」

 

 デリングの妾腹の子。

 スレッタ・マーキュリーの出自に関する噂は、他人との交友関係のないエランもよく知っている。

 この太陽系でも有数の権力者の子が、ガンダムに乗っているなどどう考えても正気の沙汰ではなかったが――スレッタの話を聞く限りでは、そもそも親の庇護を得られていたわけではないようだった。

 彼女の支援者である企業、シン・セー開発公社についても調べてみたが辺境の資源採掘業者に過ぎず、あまり豊かな暮らしを送れていたようには見えない。

 表に出てきては都合の悪い子供は、日陰者として辺境に追いやったわけか。

 

「えらいね……一五歳までってことは、この学園に入るまでは何かしてたの?」

 

 それがエランの一番聞きたいことだった。

 スレッタはちょっと困ったように眉根を寄せて。

 

 

「えっと…………ごめんなさい、詳しいことは喋れないんですけど……やっぱり、()()()()()()()()()()()()()をしてました。辛くて、苦しくて、いろんなことがありましたけど……地球に来られたのはよかったです。ずっとアーカイヴの映像でしか知らなかったから」

 

 

 なるほど。

 この二年間でガンダムに乗るための魔女に仕立て上げられたわけか。

 たとえば自分のように、ペイル・テクノロジーズがこうして強化人士の実験をしているのだ。

 同じベネリット・グループの最高権力者が、似たような腹黒い真似をしていても不思議ではなかった。

 

 それにしても二年間とは、ずいぶんと長持ちしたんだな、と思う。

 他の実験体で得られたデータを元にして、最終的な調整を我が子に施したのだろうか。

 もしそうだとすれば、デリング・レンブランというのはさぞや冷酷非情で血も涙もない男なのだろう。

 血を分けた我が子を、強化人士に仕立て上げて決闘ゲームに送り込んでくるのだから――あるいはそういう狂気こそが、この時代(アド・ステラ)の権力者には必要なのかもしれない。

 

「地球のこと、知ってるんだ」

「はい! その、学園の皆さんはあんまりいい印象がないみたいですけど……夕焼け空とか、夜の星空とか、夜明けの空とか……スクリーンの投影映像とは違う、綺麗なものがいっぱい見られるんですよ。だからわたし、水星が故郷ですけど、地球のことも好きなんです」

 

 地球にもベネリット・グループの拠点はあるし、事実上の治外法権になっている地域は数多いと聞く。

 極秘裏に強化人士の実験をするなら好都合だったろうな、と思う。

 現地のアーシアンを検体にすれば、調達も廃棄もさぞ簡単だったろう。

 使い捨てのモルモットにはアーシアンを用いて、本命の駒には父親への忠誠心が厚い妾腹の子を使う。

 

「そっか。いろんな思い出、あるんだね」

 

 如何にも企業の腹黒い権力者たちがやりそうな手口だった。

 何せエラン自身、そうやってペイル・テクノロジーズによって調達された地球人(アーシアン)の難民の一人だったのだから。

 そうだったらしいと聞いているだけで、自分ではもう何も思い出せないのが皮肉だが。

 そんな思い出を持っている彼女のことが、羨ましいと思った。

 

「で、でで、でも! 今は楽しいですよ! 学園に来てから、いろんなことが眩しくて! 友達もできました!」

「友達?」

 

 尋ねると、スレッタは指を折りながら友達の数を数え始めた。

 本当に幸せそうに微笑みながら。

 

「はい! えっと、ミオリネさんに、地球寮の皆さんに……グエルさん、ラウダさん、ペトラさん……今度フェルシーさんも紹介してもらえるって話で……すごいんです! 両手の指を全部使っても数え切れないぐらい、友達がたくさんできました!」

 

 そして一拍おいて、少女はちょっと照れくさそうにこう言った。

 

「そ、そ、そそ、それから、もちろんエランさんもお友達です!」

「僕も?」

「え、えっと、ご迷惑でしたら……」

 

 別に嫌なわけではなかった。

 むしろ少し心地よく感じている自分に気付いて、強化人士四号(エラン・ケレス)は驚いた。

 

「いや。君が迷惑じゃないなら、それでいいよ」

「も、ももも、もちろんです! よろしくお願いしますね、エランさん!」

 

 そして。

 スレッタ・マーキュリーは心の底からの笑顔を少年に向けるのだった。

 朗らかで、優しくて、花開くような笑みを。

 

「君は……」

 

 

 

――こんなにも残酷な世界で、どうしてそんな風に笑うことができるんだろう?

 

 

 

 このときエラン・ケレスは、少女のことをもっと知りたいと思ったのだ。

 それが好奇心なのか、もっと違う感情なのか――自分でもわからないままに。

 

 

 

 

 

 

「無害化されたGUND(ガンド)フォーマットとは……我々の投資も無駄になったかもしれないわね」

 

 ラグランジュポイント四、ペイル・テクノロジーズ本社フロントにて。

 宇宙空間に浮かぶ巨大な人工居住空間の中に、その薄暗い部屋はあった。

 先端技術でMS産業をリードする御三家の一つ、ペイル社。

 それを支配する四人の共同代表――頭髪を剃って、顔面以外の頭部を環境適応生地の布で覆った四人の老女たち。

 身長も体格も顔つきも異なるのに、同じ衣装と同じ化粧をしているからか、異様なまでに四人で一つという印象を見るものに与える女たちは、向き合って席につき今後の方針を話し合っていた。

 

「もしシン・セー開発公社の発表が事実なら、GUNDフォーマットを巡る環境は大きく変わったことになります。あのデリング・レンブランが認可したのであれば、地下で違法な研究をする必要もなくなります」

「こうなってくると強化人士計画そのものがリスクね? 施術済みの検体……四号と五号の殺処分も検討すべきかも?」

「強化人士四号も五号も、まだ耐久値(じゅみょう)は残っていたと思ったけれど、もったいなくないかしら?」

「今、一番突かれて痛い物的証拠は、あの子たちの肉体そのもの。カテドラルの協約違反のテクノロジーが詰まっているわ」

 

 もし処分するのであれば、()()()()()()()の準備をしなければならない。

 役目を終えたものは数十万度のプラズマで焼却処理され死体も残らず浄化される――合理主義を通り越した信仰、炎を神聖視する原始宗教のごとき思考回路。

 それがペイル・テクノロジーズという企業を動かす首脳部の思想であり、さながら科学技術崇拝者(テクノロジー・カルト)と呼ぶべき存在だった。

 

 そのとき、彼女たちの脳組織に侵襲しているデバイスに着信。

 ナノテクで生体組織に抗老化処置(アンチエイジング)を施し、情報通信技術によって認識を共有すべくパーメット利用端末を埋め込んだ彼女たちは、一種のサイボーグであった。

 そんな共同代表たちに指示を伝えたのは、ペイル社を実質的に支配する機械知性だ。

 

 

――戦略型高度AI〈ペイルグレード〉の外付け装置。

 

 

 それが四人の共同代表の正体であり、本質であった。

 〈ペイルグレード〉という神託機械(オラクルマシン)に仕える神官たちのコミュニティ。

 かのAIからの指示は簡潔だった。

 

 

――デリング・レンブランがガンダムを認可したも同然である以上、実用化の速度が最も重要である。

 

 

――シン・セー開発公社からの技術供与のタイミング次第では、ペイル・テクノロジーズの技術的優位が消える公算が大きい。

 

 

――最も確実な手段は〈エアリアル〉の実機からのリバースエンジニアリングである。

 

 

――ゆえにアスティカシア高等専門学園の決闘システムは有用である。

 

 

 すべての指示を理解した老女たちは、先ほどとは打って変わって、強化人士たちに好意的な意見を口にし始めた。

 

 

「では、四号にもまだ使い道がある。素晴らしいことね。四号がダメになっても五号でリベンジできる、これはとても有意義なことです」

「強化人士には捨て駒になってもらいましょう。ペイル・テクノロジーズの栄光の礎としてね」

「では〈ファラクト〉の準備をしないとね。デリングのおかげでついに表に出せるわ」

「ベルメリアにももっと働いてもらわねばなりません」

 

 

 他者の生命を、()()()()()()へ捧げる供物程度にしか考えていない老女たち。

 彼女たちはこれまでのような繁栄を手にすべく、何のためらいもなく、声も高々にこう謳うのだった。

 

 

 

 

「「「「――すべてはペイル・テクノロジーズのために」」」」

 

 

 

 

――異口同音に喋るその姿は。

 

 

 

 

――まるで地面を這い回る毒虫のように醜怪(グロテスク)だった。

 

 

 

 

 




地球寮のセキュリティ強化されたので、カメラアイに遮光スプレー事件は未遂で終わりました。
ジェターク寮にコネができたので、観測手も無事にペトラが務めました。
相変わらずアーシアン差別はありますが「あのスレッタの身内なら」とやや態度が軟化している模様。

ペイル社は普通に悪い奴らです。


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擦れッタが悪夢を見て決闘を楽しむだけの話

 

 

 

 

――忘れられない光景がある。

 

 

 

 一年前、地球での軌道エレベーターの防衛戦。

 今ほどスレッタ・マーキュリーが殺人者として洗練されておらず、かといって昔ほど無垢でもなかった頃。

 

 あるとき、ドミニコス隊が襲撃した拠点から、明らかになった敵の概要は驚異的なものだった。

 通常のモビルスーツとは定義そのものが相容れない、パイロットを爆弾の制御装置程度にしか考えていない、破綻した設計思想。

 低出力熱核兵器並みの破壊をもたらせる、悪魔のようなガンドアーム――その試作機が、ドミニコス隊が強襲する直前に移動されていたことが明らかになったのだ。

 その運用から見て、敵は単独飛行可能であることも明白。

 押収された資料から推測された予想襲撃地点は、ベネリット・グループも拠点を置く軌道エレベーター付近の都市であった。

 市街地に近づけただけでも大惨事になる、たった二〇メートル強の人型機動兵器を迅速に発見、破壊する――この過酷なミッションに、ガンビットという子機を持ち、索敵範囲が広い〈エアリアル〉も参加していた。

 

 結論から言おう。

 

 〈エアリアル〉とスレッタ・マーキュリーは当たりを引いた。

 夕闇に沈もうとしている空の下、オレンジ色の光に照らされて――装甲に塗装すら施されていない鈍色の巨人が、海上を飛んでいた。

 それを見つけたとき、スレッタの側に友軍機はおらず、SFS(サブ・フライト・システム)である輸送機〈ティックバラン〉に乗ったMS小隊は反対方向にいた。

 到着を待っていれば、市街地に到達される恐れがある。

 都市東端から海上二〇キロメートル、高度一〇〇〇メートル。

 敵発見の報を送ったあと、すぐさまスレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉は交戦を開始した。

 

 

――ガンドアーム〈ルブリス・ムスペル〉。

 

 

 全身にプラズマ発生機構を増設し、ガンビットを介してこれを広域散布、〈プラズマの嵐〉がすべてを焼き尽くす地獄を作り出せるモビルスーツ。

 最早、人型単座機動兵器というモビルスーツの定義を満たしているかも怪しい、モビルスーツの形をした爆弾。

 歪に着ぶくれしたような肥満体型の大型ガンドアームも、〈エアリアル〉のことを見つけたようだった。

 ロックオン警報。

 その腕部に装備されたビームライフルから射撃が飛んでくる。

 回避運動を取りながら応射する――巨体に見合わぬ機敏さで回避される――互いがガンダムである証左。

 

 

『スペーシアンの垂れ流す金に寄生して生きる害虫ども……燃やしてやる、オレが燃やしてやるぞ!』

 

 

 狂気じみた声が、オープンチャンネルで垂れ流されている。

 何の意味もない宣言は、搭乗者の異様な精神状態を表しているかのようだった。

 ブリーフィングの内容が正しければ、このガンダムはパイロットの生還を前提にしていない。

 パーメットスコアの上昇による負荷が及ぼすパイロットへの影響は未知数だ。

 せめて説得できないかと、スレッタ・マーキュリーはオープンチャンネルで呼び掛けた。

 

「こちらはカテドラル所属ドミニコス隊、あなたは南アメリカ自由共同体連合の領空を侵犯しています。直ちにこちらの指示に従って投降しなさい」

『スペーシアンの魔女狩り部隊が!』

 

 当然ごとく、返答は悪意だった。

 敵が装備していた遠隔操作型自律特攻兵器(ミサイル・ガンビット)が起動し、一斉に発射される。

 その数は六つ、それ自体が意思を持つかのように操られる魔女の使い魔、パーメットリンクによって思念誘導されるミサイルだ。

 

 

――スレッタ、撃ち落とすよ!

 

 

 エリクトからの声と共に、〈エアリアル〉もガンビットを展開――ビットステイヴ一一基が、ビームの弾幕でミサイル・ガンビット全弾を撃ち落とす。

 ミサイルを撃墜した瞬間、苦痛に満ちたうめき声が聞こえてきた。

 

『がぁああああぁあ!』

「今すぐパーメットスコアを落としてください、あなたの命が危ないです――」

 

 ガンビットを使用したということは、現在の敵機のパーメットスコアは三相当。

 これ以上スコアを上げれば、確実に寿命が縮むことになる。

 

『黙れ偽善者ァ!!』

 

 瞬間、複数機の大型ガンビットが敵の背部ウェポンラックから射出された。

 事前のデータ通りの兵装――〈ルブリス・ムスペル〉の特徴とも言えるプラズマ発生機構の中継装置、ナパームビットだ。

 エネルギー超伝導粒子を内蔵したこのビットは、これを広域に散布することで〈ルブリス・ムスペル〉が発生させるプラズマフィールドを〈プラズマの嵐〉にまで昇華する。

 一体のモビルスーツを大量破壊兵器の域にまで到達させる悪魔の発明。

 

 

『お前たちスペーシアンさえいなければ――戦争は起きなかった!!』

 

 

 〈ルブリス・ムスペル〉のシェルユニットが、一際まばゆい光を発生させた。

 GUNDフォーマットの活性化を知らせる合図と共に、通信の向こうから苦悶に満ちたパイロットの声がもれてくる。

 〈ルブリス・ムスペル〉のナパームビットが起動されれば、放出されたエネルギーによって、局所的に超高温プラズマの地獄を引き起こす。

 空気がその熱と衝撃を伝播させる大気圏内においては、その破壊力は熱核兵器のそれに等しい。

 

「戦争を始めたのは、地球の人たちじゃないですか!」

『黙れ! 南米戦争で武器を売ったのはお前たちだ! スペーシアンが戦争を煽った! オレの家族を殺したァ!』

「――だから何の罪もない地球の人たちを殺すんですか?」

 

 それは理屈ではない。因果など関係ない。

 怒りが新たな殺戮を求める、人間の最も救えない本能のような攻撃性だ。

 

 

宇宙の貴族ども(スペーシアン)!! 犠牲を強いておきながら道徳を語るな!!』

 

 

 殺し、殺され、殺し、殺される連鎖――巨大なる憎悪の円環――その途切れることない輪の一部になった誰か。

 名前も知らない少女の悪意を受け止めながら、スレッタ・マーキュリーはビームサーベルを抜いた。

 たぶん彼女の言葉は正しい。

 

「それでも、わたしはっ!!」

 

 この世界の構造は歪んでいて、誰かの流した血を啜りながら肥え太る怪物のような仕組みが転がっている。

 だが一介のパイロットに過ぎないスレッタ・マーキュリーには、どうやってその怪物を倒せばいいかわからない。

 巨大過ぎる仕組みの犠牲者が、憎悪を再生産する循環(サイクル)と同化する――あまりにも救いがない構図を思い知らされながら、それでも少女は戦う。

 あのガンビットが使用されれば、背後の市街地が焼け野原になると知っていたから。

 〈エアリアル〉の推進装置を全開にして急接近、敵と交錯した一瞬。

 

 

――横一文字にビームサーベルを振り抜いた。

 

 

 荷電粒子の光が散った。

 それは装甲が溶断され、人間が蒸発して消え去る光景。

 コクピットごと上半身を両断された〈ルブリス・ムスペル〉が、断末魔のような駆動部の悲鳴をあげながら落ちていく。

 やがて駆動部のあげた悲鳴は動力部に伝播して誘爆。

 

 

――怒りに満ちた炎が爆ぜる。

 

 

 爆発した敵機の残骸が、海面へ落ちていく。

 

 

「ウィッチ1、目標を撃破。ナパームビットの機能停止を確認しました、オーバー」

 

 

 そう報告しながら、スレッタの目から涙がこぼれ落ちる。

 通信を切った。

 耐えられなかった。

 心が痛くて、苦しくて、吐きそうだった。

 

 

「わたしは……」

 

 

――スレッタ、スレッタ!

 

 

「殺したくなんか……ないんです……!!」

 

 

 嘆きは絶望にも似ていて。

 スレッタ・マーキュリーの魂は奈落の底に落ちていく。

 

 

 

 

 

 

「ごめっ……ごめんなさ……」

 

 

 ミオリネ・レンブランが目覚めたとき、同室の少女は泣いていた。

 眠っているはずなのに、褐色の肌の目元には幾筋もの涙のあとがあって。

 こぼれ落ちた涙の雫が枕を濡らしている。

 

 ミオリネは自分のベッドから起き上がって、隣のベッドで眠るスレッタの(そば)に近づいた。

 ミオリネがスレッタと同じ部屋――地球寮の一室で眠るようになったのはここ最近のことだ。

 スレッタがよく眠れていないのではないか、という話を地球寮の三年生たちから振られて、姉心(姉としての自覚のこと。もし仮に血縁関係がなくとも生まれる)がついてきたミオリネは即座に決断。

 これまでプライベートでの生活に使ってきた理事長室を引き払い、スレッタと同じ部屋に引っ越してきたのだ。

 

 曰く、花嫁と花婿が同じ部屋で過ごすのは当然。

 この話を聞いたとき、グエルなどは「俺のときと態度が違いすぎないか」と呆れていたが、それはさておき。

 肝心のスレッタの方は「お友達とルームシェアって憧れてたんです!!!」と同居に乗り気だったため、突然のミオリネの引っ越しはつつがなく終わった。

 なおこのとき地球寮の面子が人足としてこき使われたのは言うまでもない。

 

 ともあれ、こうして同じ夜を過ごしてみれば――案の定、スレッタ・マーキュリーは眠りについている間、うなされているようだった。

 少女がどんな悪夢を見ているのか、ミオリネ・レンブランは知らない。

 彼女が決して話そうとしない過去にその原因があることは察せられたが、本人が喋りたくないことを尋ねたくはない。

 

「大丈夫、大丈夫よ、スレッタ……」

 

 白くてほっそりしたミオリネの指が、よく鍛えられたスレッタの掌を包み込む。

 それは今までスレッタが、どれだけ血のにじむような訓練をしてきて、この学園にやってきたかの証だ。

 スレッタの手を握って、ミオリネは悪夢にうなされる()()()に寄り添う。

 

 

「お姉ちゃん……会えて……うれし……」

 

 

 このときスレッタがこぼした寝言は、初めてエリクト・サマヤを姉と認識して話せたときの言葉だった。

 だが、スレッタのことを()()()()()と認識しているミオリネ・レンブランにとっては意味合いが異なる。

 本当に嬉しそうに微笑んで、ミオリネはスレッタの寝顔を覗き込んだ。

 

 

「……私もよ、スレッタ」

 

 

 スレッタの手を握るミオリネの顔はどこまでも優しくて。

 美しく、幻想的な風景だった。

 あるいはそれは、麗しき姉妹愛と言えたかもしれない。

 

 

 

 

――彼女がスレッタ・マーキュリーの()()()()()ことを除けば。

 

 

 

 

――不条理な喜劇を沿えて、少女たちの夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――はいはい、お姉ちゃん(本物)からの忠告だよ。

 

 

――姉を名乗る不審者(ミオリネ)に絆されちゃダメだよスレッタ。あいつデリングの娘じゃん。

 

 

――絶対やらかす血筋だよ。よかれと思って交渉の場で大虐殺とか引き起こすタイプだよ。

 

 

「それこの前、エリクトが見てた昔のアニメでしょ! あの追放された帝国の皇子が邪眼の力を使って革命を起こして復讐する痛快ピカレスクもの! あの皇女さん可哀想だったよね……主人公も泣いてたし……」

 

 

――いいよね……ルル……好きだな僕は……あの微妙にダメっぽいところが刺さる……

 

 

「また顔で応援する男の子決めてる……」

 

 

――なんだよー、スレッタだって顔で攻略する男の子決めてたじゃんかー! いっつも王子様とかクールとか病み気味のイケメンばっかり選びやがってさあ!

 

 

――まっ、同じ遺伝子で生まれて、同じアニメとコミックとゲーム食べて育った僕らの趣味が似るのは必然だよね!

 

 

「か、顔じゃないもん! ちょっと寂しげで憂いのある男の子が好きなだけ……だもん……」

 

 

――でもまあ今のスレッタはリアル恋愛が楽しいもんね! 流石にゲームに(うつつ)を抜かす暇はないか!

 

 

 エリクトにそう言われた瞬間、かぁあっとスレッタの頬に赤みが差した。

 おそらくきっと無意識に図星だった。

 

 

「はぁ!? ち、ちちち、違うもん! グエルさんもエランさんも、そういうのじゃないし! ふっ、二人ともそりゃあ格好いいけど、恋愛とかじゃないし……」

 

 

――おやおや~? お姉ちゃんは一言もジェタークのスポーツマンとかペイルの王子様とか言ってませんけど~?

 

 

――クックック、妹の失言でご飯が美味しい! 愚か、愚か、愚かなスレッタ……!

 

 

「うぅ~……」

 

 

――それでどっちにするわけ? スレッタ的に本命は? それとも今の状態でしばらく三角関係(トライアングラー)しちゃう? お姉ちゃん的には二股はやめた方がいいと思います!

 

 

「……わたし、怒ったからね。しばらくエリクトとは口利いてあげない!」

 

 ぷんぷんと怒りながら〈エアリアル〉のコクピットから下りると、ちょうどキャットウォークを登ってきたところのミオリネと目が合った。

 ちょうどよかった、と彼女は呟いて。

 

「あんた、最近グエルやエランと仲がいいみたいだけど――」

問題なし(ノープロブレム)です、ミオリネさん!」

 

 ぐっと握り拳でスレッタは自信満々だった。

 まさか姉(本物)と姉(偽物)、両方から同じ話題を振られるとは思わなかったけれど。

 

「心配無用ですミオリネさん! わたし、恋愛シミュレーションはいっぱい遊んでるので恋愛強者(つよつよ)ですよ!」

「待って、恋愛シミュレーションって何?」

 

 ミオリネは聞き慣れない単語に困惑した。それがよくなかった。

 暇な時間をアニメ・コミック・ゲームで潰してきた重度のオタク、スレッタ・マーキュリーの早口解説オタクスイッチが入ってしまう。

 

「えっとですね、いろんな個性を持った架空の男の子たちと、選択肢を選んだりパラメータを鍛えたりしながらコミュニケーションを取っていくんです。そしてイベントを進めて、恋を育んでいくシミュレーターの一種です! 中世から異世界、宇宙時代(アド・ステラ)まで舞台も無限大です! わたしのオススメは異世界を舞台にしたインフィニティプリンス3とサムライたちの生き様を描いた月華血風録プレミアムエディションです! 特にインフィニティプリンス3の呪われた王子カナンはその愁いを帯びた表情と内面の激情のギャップがエグいんですよミオリネさん!!」

「ねえそれ、ただのゲームじゃ……」

「恋愛シミュレーションです!」

 

 言い切った。

 何故ならスレッタの思春期の半分ぐらいはオタクカルチャーに染まっていたからだ。

 そこに青春っぽい何かがあるから、たとえ虚構(ゆめ)でも愛さずにはいられないのだ。

 

「シミュレーターで何回も練習すれば、MSの操縦は上手くなります。恋愛だって、シミュレーションで何回も遊べば上達するはずです!」

「モテなさすぎて頭がおかしくなった男子みたいなこと言い始めたわね。いい? ゲームでいくら愛してるとか言われてもそれは虚構(うそ)、フィクションを売って集金するビジネスの商材でしかないのよ。統計的に売れ筋のキャラクターなんて作れるのよスレッタ。現実を見なさい」

 

 ミオリネは恋愛シミュレーションのオタクに厳しいタイプだった。

 そういう性格だから敵を作るともいう。

 しかしスレッタはへこたれない、何故なら。

 

 

「で、で、でもでも! ミオリネさん、わたしは可愛いですよ!?」

「腹立つ~~~~!!! たしかにあんたは可愛いけど、それ自覚してると普通の三万倍ぐらい腹立つわ!!!」

 

 

 スレッタの特に根拠ない自信は、エリクト・サマヤとの対話を通じて育まれた謎の自己肯定感である。

 仕方があるまい。

 姉(本物)にとって妹は無限に可愛いのだから。

 パーメットスコアで例えたらスコア一〇ぐらいは余裕のはずだ。

 ちなみに姉(偽物)にとってもめちゃくちゃ可愛いのは言うまでもあるまい。

 

「いい!? 誘われたからってホイホイついてっちゃダメよ!? 私はちゃんと忠告したからね!?」

「な、なんで、わたしが男の人についていく前提なんですか!? おかしくないですか!?」

「あんた、チョロそうだし……」

「チョロくないです! 恋愛強者です!!」

 

 そう、とミオリネはため息をついた。

 異母妹(そんな事実はない)のそういうところは矯正不可能だと悟ったのである。

 そのとき、スレッタの生徒手帳(デバイス)がメッセージの通知音を鳴らした。

 

「何?」

「あっ、今日の午後から決闘があるんですよ」

「はぁ!?」

 

 こともなげに言ったスレッタに驚愕するミオリネだった。

 

 

 

 

 

 

『今日がお前の年貢の納め時だ水星女! 私は絶対っお前の友達になったりしないんだからなぁ!!』

 

 

 全力で負けフラグを立てている少女の名はフェルシー・ロロ。

 アスティカシア高等専門学園パイロット科二年生、つまりスレッタの同期である。

 素晴らしい決闘日和(そんなものはない。アスティカシア高等専門学園の天候はコントロールセンターで自動制御されている人工的なもの)だった。

 スレッタ・マーキュリーは〈エアリアル〉のコクピットの中で、自信満々にこう言った。

 

 

「わたしが勝ったら友達になってもらいますからね、フェルシーさん!」

 

 

 フェルシーが喚いた。

 

『出た! 〈ブラッディ・スレッタ〉の友達狩り(フレンズ・ハント)だ! たとえグエル先輩もラウダ先輩もペトラも狩られたあとだとしても……私は一人でも戦うぞー!』

『フェルシー先輩! 私たちも一緒です!』

『ジェタークの誇りを見せてやりましょう!』

 

 フェルシーの後輩であるジェターク寮の一年生たちも、フェルシーに続いて荒野のバトルフィールドに入場する。

 乗機は〈ディランザ〉の通常型が三機。

 決闘のルールは変則的で三対一、ブレードアンテナがすべて折られた側の負け。

 いわゆるハンデ戦であり、凄まじくスレッタ側が不利な設定だった。

 決闘の立会人を務めるグエル・ジェタークは、それはもう申し訳なさそうな顔をしていた。

 

『いや、なんかすまん……うちのバカどもが本当すまん……』

「あのー、ジェターク社の製品をボロボロにして大丈夫ですか?」

『頭の痛いこと聞くなよ! …………うちの製品の弱点の洗い出しだと思ってデータは取らせてもらう、存分にやってくれ』

 

 グエルとスレッタの会話を聞いて、フェルシーが不満そうに声を張り上げた。

 

『ちょっとグエル先輩! なんで私たちが負ける前提なんッスか!』

『俺は決闘の立会人なんだからひいきするわけないだろ! そして正当な戦力評価だ、いいかフェルシー』

 

 真剣な表情でグエルはこう言った。

 

『せめて三分は保たせろ』

『……グエル先輩のバカ~~~!!!!』

 

 お馴染みの口上のあと、決闘はスタートした。

 〈エアリアル〉の武装はいつも通り――右手にビームライフル、左手に〈エスカッシャン〉から構成される大盾〈コンポジットガンビットシールド〉、背部バックパックにビームサーベルが二本。

 対するジェターク寮の後輩トリオ。

 まず〈ディランザ〉フェルシー機が右手にビームライフル、左手にビームトーチ、左肩に小型シールド装備のオーソドックスな仕様。

 次に〈ディランザ〉後輩Aの機体が、両手でビームキャノンを保持、両肩にミサイルランチャーを装備した砲撃戦仕様。

 最後の〈ディランザ〉後輩Bの機体が、両手にビームライフル二丁を保持、両肩に大型シールドを装備した射撃戦仕様。

 三機での連携が前提の美しい編成であった。

 

 戦いはまず、三機並んで三角形のようなフォーメーションを組んだ〈ディランザ〉の突撃から始まった。

 〈エアリアル〉はこれを迎え撃つべく、ジャンプしながらゆっくりと距離を詰めていく。

 かと思えば、突如として加速。

 

 一息で先頭のフェルシー機と距離を詰めた。

 

 それは異色の決闘であった。

 スレッタがこれから倒すモビルスーツの実況解説を始めたのだ。

 

「ジェターク社の〈ディランザ〉は装甲が分厚く、スピードもあってすごくやりにくい相手です。ですから――」

 

 フェルシー機がビームトーチで斬りかかってきた瞬間、盾で殴りつけ(シールドバッシュ)ながら推進器を全開にして上方へと跳躍。

 フェルシー機の肩部装甲を踏み台にして、高く高く飛んだ。

 

『私を踏み台にした!?』

「――こうして正面は避けます」

 

 フェルシーは踏み台にされた。

 背後からの攻撃を警戒し、直ちに制動をかけながら急旋回(クイックターン)するフェルシー機。

 だが、振り向いたときには〈エアリアル〉は次の獲物に狙いを定めていた。

 

『狙われてるぞ後輩!!』

『うわあああ!?』

 

 慌てて両肩のシールドを展開した後輩Aの〈ディランザ〉を無視して、さらにその頭上を飛び越える〈エアリアル〉。

 ビームライフルのロックオンがフェイントだったことに気付いたときには、後輩Aの〈ディランザ〉は背後に回り込まれており――ビームライフルから展開される銃剣のビーム刃が、その両膝を切断していた。

 両脚を一度に失い、ずしーんと音を立てて前のめりに倒れ込む〈ディランザ〉。

 その頭部のブレードアンテナがビームバルカンで撃ち砕かれた。

 これで一機脱落だ。

 

「重量級モビルスーツの欠点は三次元的な機動に弱いこと、そして運動性の低さです。推進装置やホバー機能を取り付けても、質量分の慣性は簡単に打ち消せません」

 

 パイロットや内部フレームにかかる負荷を軽減する慣性制御装置はあるが、数十トンの大質量を帯びた莫大な運動エネルギーをいきなり打ち消せるような慣性制御は、未だに人類の手には余るテクノロジーなのだ。

 つまり大きくて重たいボディに大出力のエンジンをつければ速度は稼げるが、小回りが利くようになることはない。

 そこを逆噴射や急旋回を駆使してカバーするのがパイロットの腕の見せ所なのだが、この後輩Aのように守勢に回るタイミングを間違うと、その鈍重さを突かれてなぶり殺しに遭いもする。

 フェルシー機が仇討ちとばかりに撃ってきたビームライフルを躱しつつ、身を翻して宙を舞う〈エアリアル〉。

 

「重量級の理想的な運用は、グエルさんの〈ダリルバルデ〉がわかりやすいですね。ああいう風に装甲の厚さとパワーでゴリ押しされると〈エアリアル〉みたいな軽量機は辛いんです……がっ!」

『よくも仲間を、喰らえ!!』

 

 仲間の仇討ちに燃える後輩Bの〈ディランザ〉が、肩部のミサイルを一斉発射。

 一〇連装ミサイルポッド×二の合計二〇発のミサイルが飛んでくる。

 上下左右から〈エアリアル〉を包み込むように襲ってくるミサイルに対して、スレッタ・マーキュリーは――

 

「ミサイルは十分に引きつけてから、バルカンとライフルで落とします」

 

 

――冷静に対応した。

 

 

 軽量級モビルスーツの運動性の良さと推力を活かして、斜め後方に引きながらバルカンとビームライフルを連射。

 ミサイルの八割ほどをたたき落とすと、残りのミサイルを振り切って後輩Bの〈ディランザ〉へ戦闘機動で突撃をかける。

 それを迎え撃とうと〈ディランザ〉は手持ち武器のビームキャノンを構えて。

 撃った。

 外れた。

 AIが偏差射撃の補正をかける前に引き金を引いてしまったのだろう、ビームキャノンは明後日の方向に飛んでいった。

 

「大出力ビーム砲は強力ですが、次弾発射までの間隔が長いのが欠点です。なので」

 

 スレッタはビームライフルを三連射。

 一発目を避けた後輩B〈ディランザ〉だったが、二発目が胴体の装甲に直撃し、その衝撃でよろめいたところに三発目で追い打ち。

 そして四発目の荷電粒子ビームが、〈ディランザ〉の頭部をブレードアンテナごと消し飛ばした。

 これで二機目が脱落。

 

『きゃあああ!?』

「こうして接近されると打たれ弱いです」

『実況してる場合か――ッ!!!』

 

 最後に残ったフェルシー機は、反転して突撃。

 ビームライフルを撃ちながら果敢に距離を詰めていくが、〈エアリアル〉の側に動揺はない。

 推進器を噴かして、すいすいとビームを避ける白亜のMS。

 そして両機の距離が再び、近接戦の間合いに入った瞬間――〈エアリアル〉が飛び蹴りを繰り出した。

 

「そして近接戦にはカウンターです!!」

『はぁ!? うごわあああああ!!!??』

 

 きょとんとした間抜けな声を出したあと、ものすごい悲鳴をあげて吹き飛ばされる〈ディランザ〉フェルシー機。

 エアリアルのキックをまともに食らった彼女の乗機は、やはり頭部が千切れ飛んでおり――

 

 

――WINNER

 

 

 エアリアルは無傷で勝利した。

 試合開始から終了までの時間は、一分四七秒だった。

 三分保たなかったことに「少しは容赦しろよ」とぼやくグエルの声を聞きつつ、スレッタは無情にも王者らしい傲慢な発言で、実況解説を締めくくる。

 

 

「どんな企業のMS、中量級でも軽量級でも、わたしと〈エアリアル〉は相手をします。無敵のモビルスーツなんてありません、どんどんかかってきてください」

 

 

 ものすごい威圧感のある動画が出来上がっていた。

 これを見て〈ディランザ〉が弱いと考える人間はあまりいないだろう。

 どう見ても現ホルダーが異常なまでに強いだけだからだ。

 スレッタは満面の笑みを浮かべて、フェルシーに決闘の賭けの履行を促した。

 

「じゃあ、フェルシーさん、友達になってくださいね!」

『こ、怖いッス~!! グエル先輩ぃ~!!』

 

 

 

 

――〈血まみれの(ブラッディ)スレッタ〉の友達狩りである。

 

 

 

 

――フェルシーの慟哭が木霊した。

 

 

 

 




・〈ルブリス・ムスペル〉
オックスアース製の〈ルブリス〉亜種の一つ。
炎の巨人(ムスペル)の名の通り、強力なプラズマジェネレーター機構を搭載し、ナパームビットを介した広域へのエネルギー伝達粒子散布により、低出力熱核兵器並みの破壊規模を発生させる大型モビルスーツ。
機体各部に増設されたジェネレーターにより肥大化しており、MSとしての運動性や防御力は低い。
パーメットによる情報共有を利用したプラズマナパームの制御にパイロットの意識を用いる。
これにより本来は一瞬のプラズマ爆発が精々であるプラズマ兵器を、広域かつ長時間にわたって自在に制御する〈プラズマの嵐〉が可能となっている。

ウル、ソーンとは別の工廠で改装されたルブリス亜種であり、瞬間的な破壊力は凄まじいがパイロットの消耗が激しすぎるため、類似の機体は製造されていない。
この問題を子供兵を使い捨てにして解決しており、ほぼ自爆テロ同然の運用が前提のモビルスーツ型の爆弾である。
地球の軌道エレベータ基地周辺へのテロ攻撃で投入され、〈エアリアル〉によって撃破された。




この物語初のオリジナルモビルスーツです。
スレッタが交戦し撃墜してきたガンダム、〈ルブリス〉亜種の一つです。
人命軽視のびっくりドッキリMSとの戦いが、彼女の二年間を彩っています。


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擦れッタがエランとデートの約束をするだけの話

 

 

 

 

――スレッタ・マーキュリーに決闘を挑み、〈エアリアル〉を奪取せよ。

 

 

 

 それがペイル社からの指示だった。

 どうやら上の方でも、ガンダム疑惑を強めるような何かがあったらしい。

 ペイル社上層部の側では〈エアリアル〉を完成度の高いガンダムと認識しており、そのために自分を使い潰すつもりなのだろう。

 そのようにエラン・ケレスは現状を認識していたし、実際、それはほぼ正しい現実認識だった。

 だが、よりによって決闘で勝て、とは。

 こっちを使い捨てにしようという意図を隠そうともしていないな、とエランは思う。

 スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の性能はこれまでにも何度も確認してきた。

 

 彼女は強い。

 

 だが決して無敵ではない。

 彼のガンダムに乗ってパーメットスコア四を出せば、あの〈エアリアル〉とだって互角以上に戦える自信がある。

 だが、それはガンダムの呪いによって確実に強化人士の耐久値――人間としての生命活動を削る選択肢だ。

 少年を強化人士に改造し、その調整を担当している科学者――ベルメリアに言わせれば、あと二~三回程度の全力戦闘には耐えられるらしいが。

 自分に残った人間としての寿命を使い切る勢いで戦わなければ、きっとスレッタ・マーキュリーには勝てない。

 あの娘はそれだけの強敵だった。

 

 だからできるだけ情報を集めて、有利な状況を作ってから戦いたい。

 そう思って今日も、エラン・ケレスはスレッタ・マーキュリーの元を訪れるのだった。

 ミオリネ・レンブランの所有する温室の前にいた彼女に歩み寄ると、向こうから声をかけてきた。

 

「あ、エランさん!」

「決闘、見たよ。すごかった。三人抜きは僕もやったことあるけど、君はすごく早いね」

「えへへ……ちょっと友達になりたい子が相手だったから、気合い入っちゃいました。まあちょっと、あのあと地球寮の皆さんには怒られたんですけど……」

「格闘戦はフレームの負荷が大きいからね」

「そうなんですけど、ついやっちゃって……あとミオリネさんも勝手に決闘するなってすっごい怒ってて……大変でした……」

 

 モビルスーツの話をしているとき、スレッタは本当に楽しそうに笑う。

 そんな彼女の笑顔が、嫌いではなかった。

 

「モビルスーツに乗るとき、あの……新型ドローンは使わないんだね」

「使う必要がないときは、使わないようにしてるんです」

 

 それはそうだろう、とエランも思う。

 比較的負荷が軽いパーメットスコア三とて、搭乗者へのダメージは蓄積される。

 何よりあの、脳みそを掻きむしられるような不快感は、できれば味わいたくないものだ。

 そんな共感を覚えながら、エランはスレッタに首肯する。

 

「……そうだね、それがいいね」

 

 同意を示しつつ、慎重に探るように問いかけた。

 

「ところで君の乗ってるモビルスーツ、見たことない機種だけど……」

 

 その問いを受けた瞬間、スレッタ・マーキュリーが見せた表情は複雑だった。

 親愛、郷愁、哀切、苦痛――そのすべてがない交ぜになったような顔になったあと、目を伏せて、訥々(とつとつ)と少女は語り始めた。

 

「そのっ……〈エアリアル〉はわたしの……家族みたいなもの、なんです。お母さんが遺してくれた形見で……いっぱいお話しできるAIも積んであって……この子がいたから、わたしは今日まで生きてこられたんだと思います」

「……この機体の設計は、君のお母さんが?」

「はい!」

 

 なんということだろう、とエラン・ケレスは思う。

 スレッタ・マーキュリーをガンダムに乗せて戦わせることにした誰か――おそらくはデリング・レンブラン――は最低のクズだ。

 母親にガンダムを開発させるだけでもおぞましいというのに、その娘を呪いのモビルスーツの供物に仕立て上げるだなんて。

 正気の沙汰ではない。

 ましてやそれが、自分の血を分けた子供だと言うのなら、鬼畜の所業と呼ぶほかない。

 一体、スレッタ・マーキュリーが何をしたというのだろう。

 

「エランさん?」

「……なんだい?」

「なんだか、怖い顔してます」

「そうかな……自分ではわからないや」

 

 驚いた。

 こんな自分の中にもまだ、義憤のような感情が残っていたなんて。

 

 

――それともこの娘に、好意を抱いているから?

 

 

 朗らかで、明るくて、不幸を背負いながら前を見ようとしている。

 そんな姿が眩しくてたまらないのに、目を背けることができない。

 不思議な魅力が、スレッタ・マーキュリーにはあった。

 

 

「わたし……これまでずっと、やらなきゃいけないけど、やりたくないことをいっぱいしてきたんです。それはすごく苦しくて、悲しくて、逃げ出したいぐらい嫌でした」

 

 

 呪いのモビルスーツについて触れたのがきっかけになったのだろうか。

 スレッタ・マーキュリーは決して明るいとは言えない過去を、淡々と語り始めた。

 なんと声をかけたものかとエランが思っていると、スレッタはにっこりと笑った。

 まるでひまわりの花のような、周囲が華やぐ笑顔。

 

 

「でも今は毎日が楽しいんです! 友達がいっぱいできて! MSの操縦でいっぱい勝ち取れるものがあって! こんなに嬉しいことがあっていいのかなってぐらい――わたしは幸せです」

 

 

 ふざけるな、と感じた。

 実の父親(デリング)から呪いのモビルスーツに乗せられる幸福などあってたまるか、とエランは思う。

 それでも少女が今、この学園での暮らしを楽しんでいることは伝わってきたから、自分の感情を押し殺して、エラン・ケレスは努めて穏やかな声を出した。

 

「そう。よかったね」

「エランさんはっ、どうですか? 学校って、楽しいですか?」

「僕は――どうだろう。自分では何にもないつもりだったんだけどね。もしかしたら、違ったのかも」

「よかった、です。その、楽しいのが一番ですから」

 

 そう、最近は違うかもしれない、と思う。

 多分、その転機になったのは眼前のスレッタ・マーキュリーの存在だ。

 ガンダムの使い手、その呪いを一身に浴びるもの、強化人士であるかもしれない少女。

 そういうものへの共感と好奇心で近づいたはずなのに、いつの間にか、発端の理由とは異なる理由で――安らいでしまっている自分がいる。

 

「そういえば、エランさんって……た、たたっ誕生日、いつなんですか!? そ、その、よかったらお祝いを――」

「誕生日……」

 

 忘却したもの、廃棄されたもの、破壊されたもの。

 脳神経のパーメット耐性をあげる手術の副作用――焼け付いた記憶、自分の名前も顔も過去も思い出せなくなった。

 すべてを失ったという実感。

 脳裏をよぎる幻影。

 

 

――揺らめく蝋燭(ろうそく)の炎。

 

 

 何もない。

 痛みを感じるべき過去すらも。

 その虚無に満ちた心情を言葉にすることはなく、ただ、受け流すと決めた。

 

「誕生日、わからないんだ。ごめんね」

 

 平坦な声音のはずだった。

 それでもスレッタ・マーキュリーは何かを感じ取ったようで、申し訳なさそうな顔になってしまう。

 ああ、そんな顔をさせたくなかったのに。

 

「……ごめんなさい、無神経なこと訊いちゃいました」

「僕もこの前、そういう質問したよ。これでおあいこだ」

 

 最初、きょとんとしていた少女は、やがてくすりと微笑んで。

 

「……ふふっ、そうですね。これでエランさんとおあいこです」

 

 やはりこの娘には、笑っている顔がよく似合う。

 そう、エラン・ケレスは思った。

 思ってしまったのだ。

 

 そして何を思ったのか、突然、スレッタは意を決した様子でエランに向き合って、こんな提案をしてきた。

 慌てすぎて舌を噛んでいたけれど。

 

「あっ……あぁぁあ、あのっ、にっ、にに、二週間後の土曜日、お時間いただけませんか?」

「えっ?」

「その、やっぱり……限られた時間お話しするだけじゃ、わたし、よくわからなくて。だから、もっといっぱい、エランさんのことが知りたいんです!」

 

 要領を得ない話だったので、なんとなく尋ねてみた。

 本当に他意はない問いだった。

 

「それって……デートってこと?」

 

 そう尋ねた途端、スレッタ・マーキュリーは頬を真っ赤にして硬直した。

 そこまで考えていなかったらしい。

 

「で、でで……あぅ…………」

 

 しばらく押し黙りうつむいたあと、意を決して顔を上げた少女の目には、力強い勇気が宿っていた。

 その頬は熟れた林檎のように赤くなっていたけれど。

 

「そ、そうとも言います……その、ど、どど、どぉでしょう?」

「いいよ」

 

 即答した。

 断る理由がなかったからだ。

 エラン・ケレスとは、そういう天然ボケの少年だった。

 かくしてスレッタ・マーキュリーは生まれて初めて、男の子とのデートの約束を取り付けることに成功した。

 そして了承してから、エランは自分自身に困惑した。

 

 

――僕は何をしているんだ?

 

 

 これから決闘を挑むべき相手に絆され、二週間後のこともわからないのに約束してしまうなんて。

 自分の心の働きがよくわからなくて、エラン・ケレスは戸惑っている。

 そのはずなのに、胸の鼓動は弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 某宙域を航行中のMS運用母艦――ドミニコス隊所属〈ユリシーズ〉、そのMSハンガーにて。

 二人のパイロットが、連絡用通路の壁にもたれかかって雑談に興じていた。

 今日の話題はずばり、ヴァナディースの魔女の怪談だ。

 

「そういえば、噂じゃヴァナディースの魔女たちはまだ生きてるっていうぜ?」

「生き残りがガンダムを作ってるって話か?」

「いや、そっちじゃない。ヴァナディース事変で死んだはずの科学者たちが、悪霊になって生き延びてるって言うんだ」

「へぇ、オカルトかよ。この宇宙時代に?」

 

 違う違う、と手を振る隊員。

 彼は如何にも怪談を語るという口調で話を続けた。

 

「それがよ、ヴァナディースの魔女たちは、パーメットを使って永遠に生きる方法を探してたらしいぜ? それでヴァナディース事変で命を落とした連中は、その研究を使って今でも生きながらえているんだと」

「どんな与太話だよ、またオカルトサイトに入り浸ってるのか? 馬鹿ども(アーシアン)のフェイクニュースサイトに引っかかったんじゃねえの?」

「おいおい、少しは信じたって――」

 

 そのとき巨体の持ち主が二人の会話をさえぎった。

 

「いいや、くだらん噂話だな」

「け、ケナンジ司令!!」

「ご苦労様です!!」

 

 途端に立ち上がって敬礼するMSパイロット二人を横目に、ケナンジ・アベリーはため息をついた。

 どうにも最近の若い連中は、なんでもガンダムをオカルトの塊にしたがる。

 GUNDは所詮、医療用サイバネティクスに過ぎなかったし、それを応用したGUNDフォーマットも副作用が大きすぎただけの新技術に過ぎない。

 ましてやその研究者たちなど、ただの科学者の集まりだった。

 まかり間違っても悪魔崇拝者などではない。

 

 

「あそこにいたのはオカルトの魔女なんかじゃない。ただ自分たちの研究がどれだけ多くの人間を傷つけてるか、無自覚なマッドサイエンティストたちがいただけなんだよ。殺せば死ぬような、当たり前の人間だった」

 

 

 幼い子供にバースデーソングを歌ってやるような普通の父親が、倫理的ブレーキを欠いたモビルスーツを地球圏にばらまく所業に加担する。

 あの日あのとき、ヴァナディース事変のとき、そこにあった地獄とはそういうものだったのである。

 今はここにいない少女――魔女(ウィッチ)のコールサインを持つ部下が、その地獄から生まれた子供であることを、彼は知っている。

 だからこそケナンジは、当時を知るものとして、それを面白おかしく脚色するような真似を部下たちにさせたくなかった。

 

 

「もし、肉体を失っても生きてるような奴らがいたら、そりゃあ()()()()()の類だろうよ」

 

 

 それだけが教訓めいた真実だった。

 

 

 

 

 

 

 しばらく話し込んだあと、エラン・ケレスとスレッタ・マーキュリーは別れた。

 空は夕焼け空を模したオレンジ色。

 あらゆるものの影が濃くなっていた――大昔の人間が逢魔時(おうまがどき)と呼ぶ時間帯。

 電動車両でペイル寮への道を移動している途中、生徒手帳(デバイス)に着信音。

 ハンズフリーでAIが通話モードに設定すると、聞こえてきたのは――

 

 

『こんにちは、エラン・ケレス』

 

 

――知らない声だった。

 

 

 若い男の声。

 まるで少年のようにあどけない印象。

 

『私は君を救いに来たんだ』

「……誰だい? イタズラなら通報するよ」

 

 ブレーキを踏んで車両を停止させる。

 まさかペイル寮の筆頭に悪ふざけするとはね、とエランは思う。

 早くフロント管理部に連絡して、フロント自治警察に委ねてしまうのが一番だろうと、別口で通報用のウィンドウを立ち上げたときだった。

 声の主が、エラン・ケレスが凍り付くような言葉を口にしたのは。

 

 

『ペイル社につけられた首輪を外そう、強化人士の少年よ。本来、呪いにはお守り(アミュレット)が必要だろう?』

 

 

 馬鹿な、と思う。

 ペイル・テクノロジーズが手を出した禁忌の人体実験、強化人士計画は最高機密のプロジェクトだ。

 提唱者であり技術者であるベルメリアと、それを推進してきた共同代表四人、そして本物のエラン・ケレスぐらいしか知り得ない。

 

 

――こいつは誰だ?

 

――どうやってその情報を手に入れた?

 

――何故、交渉するなら共同代表たちではなく、末端の駒の自分に声をかけてきた?

 

 

 わからないことだらけだった。

 

「…………何が目的?」

 

 声の主は問いに答えることなく、ただ()()()()()()甘くささやく。

 呪うように、祝うように。

 エランを誘って。

 

 

 

『――君はもう、ガンダムの呪いに怯えなくていい』

 

 

 

 

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーは浮かれに浮かれていた。

 だって初めての男の子とのデートなのだ。それも結構仲良くしてくれている美男子(イケメン)の先輩と。

 これまでの一七年間を水星の資源採掘基地とドミニコス隊で過ごしてきた結果、がさつな男所帯に揉まれに揉まれて育ったスレッタ・マーキュリーは、少女漫画みたいな恋に憧れていた。

 そして今のシチュエーションはそのものズバリであった。

 正直、胸がときめく。

 自分がろくな私服を持っていないことに気付き、とりあえず通販で何か見繕うべきか、ミオリネあたりに相談すべきか悩み始めていた頃。

 突然、地球寮のMSハンガーに来客があった。

 同時に生徒手帳(デバイス)に着信。

 

『スレッタ・マーキュリー……』

「あっ、エランさん……どうしたんですか、こんな時間に?」

 

 先ほど別れたはずの彼が、地球寮にまで足を運んでくるなんて、珍しいこともあるものだと思った。

 何か急用でもあるのだろうか、と扉を開けると――少年はつかつかとスレッタに歩み寄ってきて。

 その緑の鬼火のような瞳で、じっと少女を見つめた。

 何の表情もない人形めいた顔。

 

 

「……僕は君に決闘を申し込む。君が賭けるのは〈エアリアル〉だ」

「えっ?」

 

 

 硬く強ばった声。

 彼の目を見た瞬間、スレッタ・マーキュリーは動けなくなった。

 そこにあった粘ついた嫉妬と憎悪の深さに、飲み込まれてしまったのだ。

 

 

 

「決闘は一週間後、僕が勝ったときには――そのガンダムをいただくよ」

 

 

 

 

――あらゆる好意が反転したような負の感情。

 

 

 

 

――裏切られた怒りに満ちた瞳が、スレッタを見ていた。

 

 

 

 

 



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擦れッタがエランとの決闘の準備をするだけの話

 

 

 

『現在、我々の計画の段階(フェーズ)が滞っている原因としては、〈エアリアル〉のパーメットスコアの停滞があげられます』

 

 

『〈エアリアル〉とスレッタ・マーキュリーは()()()()()()()。閣下の計画に必要なパーメットスコアの上昇には、実戦での高ストレス環境が効果的でしたが、現在、〈エアリアル〉のパーメットスコアはスコア五で安定しています。それ以上、スコアを上げずとも彼女たちは脅威に対処できるからです』

 

 

『そこでペイル・テクノロジーズの研究の産物を利用します。彼らが行っていた強化人士計画――非人道的な人体実験とその被験者、およびそれを搭乗者としたガンドアームの存在を掴むことに成功しました』

 

 

『――〈ファラクト〉。基幹システムは〈ルブリス〉亜種の域を出ませんが、搭乗者の側を選別し、データストーム耐性を人為的に引き上げることにより、高負荷を前提に高い戦闘能力を発揮するよう調整されたモビルスーツです』

 

 

『ペイル社の〈ファラクト〉は現状、〈エアリアル〉以外で最強のガンドアームです。いわゆるガンダムの呪い……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今の〈エアリアル〉でも厳しい相手となるでしょう』

 

 

 ()()()からの説明を聞き終えて、デリング・レンブランはその重い口を開いた。

 

「両者を潰し合わせ、パーメットスコアを上げる……それがお前の目論見というわけか」

『はい、閣下。GUND-ARMが〈ルブリス〉のコンポーネントを流用して動作している限り、私の()()()()()()()()()()()は正常に動作致します。何せ原型が原型ですので――』

 

 言葉を区切ったあと、(うやうや)しくルイ・ファシネータはこう断言した。

 

 

『ご安心を。我々の〈エアリアル〉は決して負けません。そのための彼女なのですから』

 

 

 ルイの言葉を聞いても、デリング・レンブランは表情一つ変えなかった。

 次に彼が発した言葉には、スレッタ・マーキュリーへの全幅の信頼があった。

 それは敬意にも似て。

 

 

「当たり前だ、ルイ・ファシネータ――スレッタ・マーキュリーは戦士だ。自らの罪を背負い、前へと進むため戦うものが、()()()()()()()()()()()()()に負けるはずもない」

 

 

 ゆえに男はこう言い放ち、会話の終わりを告げた。

 

「結末の分かりきった勝負に興味はない。結果が出たら報告しろ」

『失礼致しました、閣下』

 

 そして通信が切れたあと、ルイ・ファシネータは独りごちる。

 それはどこか、親しい友人に話しかけるような、親愛の籠もった口調だった。

 

 

『――エリィ、君たちは()()()()を登っている。ならば私は哀れな追従者(ア・バオ・ア・クゥー)になろう』

 

 

 彼は一途にこいねがう。

 少女たちが到達する素晴らしい結末(ハッピーエンド)を。

 

 

『エラン・ケレスを名乗る彼と〈ファラクト〉は強敵だ。勝ってくれよ、二人とも』

 

 

 

 

 

 

「あのマネキン王子が()()スレッタを泣かせたそうね? ペイル寮にカチ込んでくるわ!」

 

 

 ミオリネ・レンブランは荒ぶっていた。

 ちょうどネコ科の動物が外敵を威嚇するときはこんな感じかな、と思わせる怒りっぷり――美人が怒ると迫力があると地球寮の面子を感心させるぐらいに。

 事態の経緯はこうである。

 いつまでも夕食の席に着かない異母妹を探しに行ったミオリネが、MSハンガーの方を見て回ると、そこには静かに涙を流しているスレッタ・マーキュリーがいて。

 泣きながら事情を説明されたミオリネ・レンブランは激怒した。

 

「――あのマネキン野郎、泣いたり笑ったりできない身体にしてやるわ!!! 情緒不安定すぎるでしょ、デートの約束を取り付けたその日にキレて喧嘩売りに来るって何!? あいつなんなの!?」

 

 まあまあ落ち着いて、となだめるマルタンを横目に、地球寮の面子も顔を見合わせている。

 想定される事態がどう考えても最悪なのだ。

 

「ミオリネが怒ってる分にはマシ。むしろこの情報がジェターク寮に流れた方がヤバいだろ。ノリノリで喧嘩ふっかけるぞ」

 

 ヌーノの冷静な指摘。

 

「あいつら最近スレッタと仲いいからなー……ジェタークとペイルの紛争の引き金がスレッタかよぉ」

 

 ドン引きするオジェロ。

 

「ジェターク寮全員が浅はかだとは思わないが、あのグエル・ジェタークだからな……義憤でどう動くか読めない」

 

 アリヤもそれが現実的にあり得る事態だと首肯する。

 それを聞いてスレッタは慌てた。

 

「わ、わたし、そういうのは望んでないです!」

 

 わたわたと両手を突き出して、「ストップ」のジェスチャーをしながら、少女は自分の意思を全身でアピール。

 

「どうしてエランさんがあんなことを言ってきたのかは……わかりません。でも、決闘は別に問題ないです」

「どうしてだい?」

 

 ティルの問いかけに、スレッタはこう答えた。

 

 

「だってエランさんより()()()()()()()()()()、負けた場合のことなんか気にしても仕方ないです」

 

 

 強がりではなく真剣な目だった。

 こうしていると彼女が、ひどく傷ついて泣いているだけの女の子ではなく、学園最強(ホルダー)のMSパイロットだと思い出させてくれる。

 

「は、はは……流石はホルダーだね、安心したよ」

 

 そう言いつつ、ややマルタンは引いていた。

 スレッタ・マーキュリーは基本的に腰が低くて優しい子だが、こういうときかなりおっかない少女だと学びつつある。

 腕っ節だって、体格に恵まれていて格闘術か何かをやってるようだから、地球寮の大半のメンバーより強いだろう。

 よく考えなくても武闘派なのだ、普段はそう見えないけれど。

 

「戦うのはペイル社のMSですよね……ちょっと今の〈エアリアル〉だと機動性が足りないかもしれません。シン・セー開発公社の方に何かいい既製品のパーツを送ってもらえないか、尋ねてきますね!」

 

 思いついたが早いか、涙を拭く暇も惜しいとばかりに通信設備の方へ走っていくスレッタ。

 そんな彼女の後ろ姿を見送りつつ、アリヤが現状でできる分析を口にした。

 

「相手が何を出してくるかわからないが、ペイル社の選抜パイロットである以上、〈ザウォート〉系列か……グエルが〈ダリルバルデ〉を出してきたように、〈エアリアル〉に勝てる見込みがあるだけのMSを用意してると見るべきだ」

「すっぴんの〈エアリアル〉のままだとヤバいんじゃ……」

「不味いだろうね。スレッタは結構、決闘を重ねて動きも性能も観察されている。今回の決闘は、エラン・ケレス個人の意思というより、バックにいる企業の意向かもしれない」

 

 オジェロの不安げな声をティルが肯定する。

 実際、彼の推測は九割方、正解だった。

 

「なんか強化パーツの当てある人、いるかなぁ?」

 

 マルタンの問いかけに応える面子は皆無だった。

 

「ははは、そうだよね……うちの予算じゃそんな余分なパーツないよね……」

「ないなら作りましょう! 突貫作業になりますけど、適当なジャンクパーツを仕入れてきて――」

 

 ニカが提案したときだった。

 スレッタが声を弾ませて駆け込んできた。

 

「ミラソウル社製のフライトユニット、三日後に送ってもらえるそうです! 未使用のMS用外付けブースターがあったみたいで、今から大急ぎで届けてくれるそうです!!」

「嘘ぉ!?」

「ミラソウル社って言ったら、MS用推進器の分野じゃ中堅の老舗だよ! かなりいいのを引いたね、スレッタ!」

 

 いつの間にか「さん」付けをやめるようになっていたニカが、嬉しそうに顔をほころばせた。

 スレッタにきちんとした支援が届くのも嬉しければ、メカニックとして老舗の推進器を弄れるのも喜ばしいのだ。

 テンションの上がっているニカに対して、他のメカニック科二年生たちは悩ましげだった。

 

「三日後かあ……」

 

 となると残り日数は四日間。

 

「フライトユニットの点検に一日、〈エアリアル〉本体への装着作業と点検に一日、実機試験に一日、最終調整に一日ってところかな? 到着から四日間もあるんだからなんとかなるよ」

「マジかよニカ、本気か?」

 

 ヌーノが思わずそう呟くと、耳ざとく聞きつけたチュチュがキレた。

 

「はっ? ヌーノてめえ、ニカ姉ができるって言ってるの疑ってんのか?」

「なんでそこでキレるんだよ!? そりゃできねえとは言わないけどよお……」

「最悪スクラップからブースターでっち上げる覚悟だったし、それに比べれば既製品使えるなんて天国だろ、な?」

 

 メンチを切るチュチュ、慌てるヌーノ、フォローするオジェロ。

 

「そうだね。今のうちに点検項目と実機テストのチェックリストを作っておこう。データはメーカーの製品ページからダウンロードできるみたいだし、事前に読み込んでおけばすぐ終わる」

 

 ティルはそう言って早速、作業に取りかかっているようだった。

 いざやるべきことが明確になると、地球寮というコミュニティは団結力が強い。

 迫害されている側のマイノリティということもあり、身内での団結力はどこの寮よりも強いのだ。

 そんな彼らの協力に励まされたのか、スレッタはすっかり涙の引いた顔でみんなを見た。

 

「み、皆さん……〈エアリアル〉の調整、よろしくお願いします!! わたし、絶対に勝ちますから――」

 

 任せとけ、という力強い返事が返ってきて。

 少女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

「――デートの約束、きっちりエランさんに守ってもらうんです!!」

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーは絶賛、色ボケしていた。

 

 

 

 

 

 

――数日後。

 

 

 

 

 

 

「先輩の娘さんが……デリングの娘……? そんなことって……そんな残酷なことって……!」

 

 一人の中年女性――若い頃は美人だったのだと察せられる容姿だが、長年の苦労が顔に出ている――が、端末に表示されたデータを見てうめき声を漏らしていた。

 彼女の名はベルメリア・ウィンストン。

 ヴァナディース機関の生き残り、いわゆる魔女と呼ばれる研究者の一人であり、非道な人体実験を繰り返して強化人士計画を進めてきた張本人である。

 彼女が目にしているのは、先日の会合で判明した、デリング・レンブランの新しいGUNDフォーマットとその開発経緯に関するレポートだった。

 新しいGUNDフォーマットが人体に無害であるという情報も衝撃的だったが、何より、ベルメリアにとって残酷だったのは。

 死去した開発者の娘であり、そのガンダムのテストパイロットだという少女――スレッタ・マーキュリーに色濃く、エルノラ・サマヤの面影があることだった。

 ヴァナディース事変のあと、ベルメリアとエルノラは一度も顔を合わせていない。

 お互いに生きるのに必死で、魔女同士が連絡を取り合うなどもってのほかだったのだ。

 ゆえに彼女はすぐに察した。

 プロスペラ・マーキュリーというのが、エルノラの偽名であることに。

 そして彼女の娘スレッタ・マーキュリーがあのデリング・レンブランの隠し子だという不確定情報に、心がざわついていた。

 

 

――先輩、あなたは仇敵に身も心も売り払ってまでして。

 

 

――GUNDの理想を追い求めたんですか?

 

 

 それはきっと、壮絶な覚悟だったのだろう、と思う。

 憎悪すべき仇敵の愛人に堕ちて、その子を産み落としてまでして援助を取り付け、GUNDの呪いを解くために生涯を捧げる。

 それは自己保身のため、呪いを弄んできたベルメリアにはできないことだった。

 動揺で手が震える。

 そのときだった。

 調整用のベッドに寝転んでいた少年――強化人士四号が身を起して、ベルメリアに話しかけてきたのは。

 

 

「ひどい話だよね」

 

 

 少年は嘲笑う。

 愚かな女、愚かな科学者、愚かな魔女の成れの果てを。

 

 

「あんたのやってきたことって結局、全部無駄だったんだよ。あんたが泣きながら切り刻んできた僕らの身体も、嫌々作ってたガンダムも――何もかも、出来が悪い失敗作だ。デリング・レンブランが仕込んだスレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の方が成功作だった」

 

 

 それは強化人士四号が知っているはずのない情報だった。

 こういう駆け引きになれておらず、思わずベルメリアは口を滑らせた。

 

「どこでそれを……」

「ああ、否定しないんだ。じゃあ、やっぱりそういうことなのか」

「……あなた!」

 

 謀られた怒りに駆られたベルメリアだったが、すぐその怒りは萎えてしまった。

 こちらを見てくる四号の眼光が、恐ろしいほど鋭かったからだ。

 怒りと憎しみに満ちた瞳が、彼女を咎めている。

 

「所詮、あんたは醜い失敗作のために人体実験をしてただけの、ただの無能なのさ」

 

 罪悪感に耐えきれず、ベルメリアは情けない自己弁護を叫んだ。

 

「やめてぇ!!! 仕方がなかったのよ! 私だって本当はやりたくなかった、でもやらなければ殺されるのよ! 全部、私のせいじゃないの!!」

「言い訳ばかり達者だな、あんたは!」

 

 人体実験の被害者として正当な怒りを叩きつけたあと、少年はすぐにベルメリアから視線を外した。

 床にうずくまって泣き始めた中年女性を慰める義理など、彼にはなかったからだ。

 そんなことよりも、今はただ決闘が待ち遠しい。

 

 

――スレッタ・マーキュリー。

 

 

――君こそが成功作だというのなら見せてあげるよ。

 

 

――失敗作なりの意地をね。

 

 

 あの()()()に従って正解だった、と強化人士四号は思う。

 ぼうっ、と彼の頬に発光する光の筋が浮かび上がった。

 ガンダムの呪い、パーメットの過剰流入によって浮かび上がる痣。

 

 

「このお守り(アミュレット)があれば、僕はもう呪いを恐れなくていい――()()()()が応えてくれる」

 

 

 そう呟いた少年の顔に浮かぶ痣は。

 

 

 

 

――()()()()()()()()()

 

 

 

 

 



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擦れッタがエランと決闘するだけの話

 

 

 

――決闘場所はフロント外宙域と決めていた。

 

 

 

 宇宙空間は黒くなどない。

 様々な星の光が瞬くこの場所は、手が届かない光ばかりが目に入る光り輝く煉獄のよう。

 はるか彼方、フロントから一機のモビルスーツが発進してくるのが見えた。

 白亜の妖精。

 ガンドアーム〈エアリアル〉。

 少年が倒すべき敵、乗り越えるべき成功作。

 

 

「KP-002、〈ファラクト〉出る」

 

 

 発艦したMSのシルエットは〈ザウォート〉系列に似ていたが、それよりも一回り大きい。

 まるで黒い死神。

 その機体の名は――

 

 

――〈ファラクト〉。

 

 

 頭頂高一九・一メートル、重量五七・一トン。

 設計上のベース機となった〈ザウォート〉に対して、二〇トン近く増加した重量分の大半が推進装置を内蔵した肩部可動スラスターユニット〈ブラストブースター〉――マントのような機動ユニットに集約されている異形。

 ハイヒールのような構造の踵でかさ増しされた身長と相まって、その細身のシルエットに反して威圧感ある外見のモビルスーツだ。

 携行火器は大型のマスケット銃(アルケビュース)の名を冠した長砲身のビームライフル、ビームアルケビュースを一丁。

 その他、全身に頭部ビームバルカン、両脚の踵に内蔵ビーム砲、腕部にビームサーベルを内蔵。

 空間戦闘に重きを置いた設計――人体のプロポーションから逸脱した長すぎる手足、その胸部と肩部、頭部には特徴的なシェルユニットが埋め込まれている。

 その機体を目にした大半の人間の感想は「〈ザウォート〉の上位機種か」という程度のものだったろう。

 

 

――その実態がガンドアームだとも知らずに。

 

 

 それから始まったのは茶番だった。

 いつも通りの決闘委員会、いつも通りのシャディク・ゼネリ、いつも通りの前口上。

 

 

『立会人はグラスレー寮寮長、シャディク・ゼネリが務める』

 

 

 そして、そのときがやってきた。

 

『両者、向顔』

 

 エランとスレッタ。

 モニター越しに向かい合う二人の間に言葉はない。

 その形容しがたい空気を察してか、シャディク・ゼネリはおどけるようにスレッタへ問うた。

 

『水星ちゃん、決闘に賭けるものは決めた?』

『はい、わたしが勝ったら――エランさんにデートをしてもらいます!』

 

 爆弾発言だった。

 自覚がないのは罪である。

 そしてこの場面は全校放送されていた。

 当然のことだが、決闘委員会の部屋にいたグエル・ジェタークも聞いている。

 

『デートォ!? ちょっと待ってどういうことだスレッタ・マーキュリー!?』

『グエル、落ち着けよ。今は決闘の最中だ』

『え、えぇえ!? なんか不味いこと言っちゃいましたか、わたし!?』

『エラン、貴様ぁ!! スレッタ・マーキュリーと何をしたぁ!?』

 

 やかましすぎる。

 本当に鬱陶しい奴らだ、とエラン・ケレスは思った。

 

『グエル、本当に落ち着いてくれ――セセリア、煽るなよ、マジでやめてお願い――ああ、うん、始めようか』

 

 シャディクの締らない発言と共に、決闘の口上は始まった。

 

 

『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』

 

 

 スレッタ・マーキュリーが唱え始めて。

 

 

「操縦者の技のみで決まらず」

 

 

 エラン・ケレスがそれに続き。

 

 

 

『「――ただ、結果のみが真実」』

 

 

 

 二人の言葉が異口同音に続く。

 

 

 

『フィックスリリース!!』

 

 

 

――決闘が始まる。

 

 

 

 決闘は互いの距離を詰めることから始まった。〈エアリアル〉の大型バックパック――空間戦闘用に調達してきたのだろう――が推進炎を噴き、〈ファラクト〉の全身の推進器が莫大な推力を生む。

 空間戦闘と射撃戦に特化して開発された〈ファラクト〉のFCSは優秀だ。

 すぐに敵機を捉えることに成功した。

 

「スレッタ・マーキュリー……君は僕とは違う」

『……エランさん』

 

 無言でビームアルケビュースを連射した。大型ビームライフルから高出力・高収束率の荷電粒子ビームが発射される――〈エアリアル〉のガンビットが展開され、目視できるフィールドを発生させこれを防御。

 ガンビットの集合体による自動防御とは。

 まだ使っていない機能があったらしい。

 

「これが僕の〈ファラクト〉……ペイル社の作った呪いのモビルスーツだ」

『その機体は……ガンダムなんですか?』

 

 問いかけへの返答は決まり決まっている。

 〈ファラクト〉から無数のスウォーム兵器が放出される――それはガンビット、GUNDフォーマットによって制御される群体型遠隔操作兵器群。

 

「パーメットスコア三……!」

 

 エラン・ケレスの頬に光の筋が浮かび上がる。

 これまでの苦痛に満ちた赤い痣ではない、心穏やかでいられる青い痣が。

 ああ、これが()()()()()()の加護なのだろう。

 

『――これは! 今すぐその機体から下りてください、エランさん! ガンダムはあなたの生命を削ってしまいます!』

「知っているさ。そのために僕は、体中を弄くられてきてる……君と違ってね」

 

 その言葉に込められた粘ついた悪意に、スレッタは戸惑っているようだった。

 

『エラン……さん……?』

「ああ、今はとても気分がいいんだ……ガンダムに乗っているのに、透き通るような気持ちだ……」

 

 陶酔しきった声。

 狂えるパイロットの意志に従い、群体型遠隔操作兵器(スウォームドローン)が襲いかかる。

 〈エアリアル〉のビットステイヴと比べても小型のガンビット――四対八基のガンビット〈コラキ〉が、赤い光を吐き出した。

 スタンビームと呼ばれるそれは、電磁ビームを照射することで直接、照射対象をクラッキングする汚染型AI兵器だ。

 ビットに内蔵できる程度の機構ではMSのセキュリティへの浸透はたかがしれているが、それでも数秒間、照射部位の駆動制御をダウンさせることができる。

 システムの復旧までの間、相手MSは武装や駆動部を無効化され、満足に戦えなくなる――物理的破壊(ハードキル)ではなく機能的破壊(ソフトキル)に重点を置いたガンビットだ。

 それを難なく回避する〈エアリアル〉――初見でその危険性を理解したらしい。

 スタンビームはただの盾ならいざ知らず、防御をガンビット――精密なスウォームドローンの集合体に頼っている〈エアリアル〉の天敵と言うべき兵装だ。

 

 

『このガンビット……ガンダムを無効化するための!?』

 

 

 背部のフライトユニット――決闘のために増設したのだろう――を使って、回避運動を取っていく〈エアリアル〉。

 まるで踊るような機動だった。

 その美しい白亜の妖精の姿に、スレッタ・マーキュリーの姿を重ねて、〈ファラクト〉は手を伸ばす。

 妄執に満ちた悪しき左手を。

 

「許せないな――君はいつもこんな気持ちでガンダムに乗っていたのか?」

『エラン先輩!? ガンダムってどういうこと!?』

 

 ペイル寮の後輩たちから、悲鳴のような問いかけが聞こえてくる。

 ああ、鬱陶しい。

 こんなことならオペレーターなんて不要だったな、と思う。

 機密事項の守秘義務違反かもしれなかったが、今のエランにとってはすべてがどうでもよかった。

 

()()()は僕を呪いから解き放ってくれた……もう、何も恐れるものはない。僕は、自由だ」

『エランさん! 早くその機体を停止させてください!』

 

 そういう自分はそのガンダムに乗り続けているのにか、と思った。

 嫉妬があった。憧憬があった。憎悪があった。親愛があった。嫌悪があった。

 すべてがグチャグチャに混ざり合った激情のままに、エラン・ケレス――今や〈ファラクト〉そのものとなった少年は叫ぶ。

 

「君に何がわかる!! ズルいんだよ、何もかも! こんな何の負担もないガンダムに乗って、一方的に力を振るってきた君に! 僕の何がッ!」

『エラン先ぱ――』

 

 そのとき、外部からの音声が聞こえなくなった。

 何者かの通信妨害。

 おそらく学園側との通信は完全に途絶している。

 超光速(パーメット)通信への干渉などあり得るのかという疑問――外部からの通信が一切聞こえなくなり、ただ、〈エアリアル〉と〈ファラクト〉の相互通信だけが生きていた。

 まあ、どうでもいい。

 この不自然な現象を気にすることもなく、エラン・ケレスは激情のままに言葉を吐き出す。

 

「脳神経を弄られて、身体を作りかえられた強化人士! ガンダムを動かすための生体部品(パーツ)だっ!! まともな人間だった頃の記憶すら残ってはいないっ!!」

『じゃあ、誕生日を覚えていないって――』

 

 〈ファラクト〉が全身の推進器を噴かして加速する。

 〈エアリアル〉に対して並行するように距離を保つ軌道に見えたそれ――突如として、それが急速接近の軌道に変じた。

 その戦闘機動は鋭角的で、ほぼ九〇度の直角な軌道制御を実現――あまりにも異様な慣性制御であり、理不尽な接近方法だった。

 全身に分散配置された慣性制御モジュールをGUNDフォーマットで連動させ、瞬間的にほぼ完全な慣性制御を行う――それがこの高機動型ガンドアーム〈ファラクト〉の真価だ。

 予想進路を完全に裏切る動きに翻弄されながらも、〈エアリアル〉がビームサーベルを抜刀する。

 面白い、と思った。

 反応してくるか。

 

 

「意外と意地が悪いじゃないか、スレッタ・マーキュリィイ!! そんな記憶、残っているわけないだろう!! 自分の顔も、名前も、過去も! 君にはちゃんとあるんだろう、愛された思い出が!!」

 

 

 左手で握られたビームサーベルとビームサーベルが鍔迫り合い(バインド)する。手首の返し一つで互いにモビルスーツの手足が簡単に溶断される近接戦。

 相手の体勢を崩すべく選んだ方法は同じだった。

 互いの蹴撃(キック)がぶつかり合い、衝突した装甲と装甲が火花を散らした。

 フレーム越しに伝わった衝撃がコクピットを揺らす中、エラン・ケレス――強化人士四号は怒りを叩きつけた。

 

 

「この顔も! この声も! ペイル社のエリートを真似た偽物だ! 君に僕の何がわかるっ!! 何もかも持っている君が、妬ましくてたまらないんだよッ!!」

 

 

 対するスレッタ・マーキュリーの返答は。

 

 

 

 

『――()()()()()()()

 

 

 

 

 底冷えするような声だった。

 あのスレッタ・マーキュリーとは思えないほど、暗く静かに透き通った敵意。

 凍てつくような絶対零度のそれを浴びて、一瞬、エラン・ケレスは戸惑う。

 モビルスーツ越しに会話する少女が、自分の知っているスレッタ・マーキュリーと重ならない――それほどの変化だった。

 〈エアリアル〉の左手が動くのが見えた。

 ビームサーベルを抜くつもりだ。

 

「――なっ」

 

 不味い。

 長砲身の携行火器(ビームアルケビュース)が邪魔で近接戦では〈ファラクト〉は不利だ。

 肩部可動スラスターの装甲が開き、後退用大型スラスターを展開。

 大型推進装置が火を噴いて急加速、〈ファラクト〉は一瞬で離脱体勢に入った。

 これまで鍔迫り合いでの姿勢制御に使っていた推力を転化し、急速離脱する〈ファラクト〉――黒いガンダムに対して、〈エアリアル〉はどこまでも冷淡だった。

 それまで大盾〈コンポジットガンビットシールド〉に集合されていたビットステイヴが飛び立ち、一一基のガンビットが殺意を剥き出しにして襲いかかってくる。

 苛烈なビームの弾幕を張りながら、スレッタが淡々と問うてくる。

 

『そんな八つ当たりでガンダムに乗って暴れてるんですか、って訊いているんです』

「な、に……っ!」

 

 くだらないです、と呟く声をマイクが拾う。

 

『エランさんはそうやって、自分の不幸に浸るためにわたしを出汁にしてるんですよね?』

 

 〈ファラクト〉を撃墜せんとするビットステイヴの銃火は苛烈だった。幾条もの荷電粒子ビームが飛び交い、〈ファラクト〉の現在位置と未来の予測位置に対して十字砲火を仕掛けてくる。

 偏差射撃を見越そうがどうしようが被弾させてやるという悪意すら感じる全包囲(オールレンジ)攻撃。

 そのビームの火線を掻い潜るようにして避けながら、動揺のままにエランは叫ぶ。

 

「君はっ! どうしてっ!!」

『痛いのはわかります。苦しいのもわかります。でもわたしは、そんな残酷な目に遭ったことはありません。だからきっと、エランさんの気持ちがわからないんだと思います。これで満足ですか?』

 

 ガンビットの一つが、〈エアリアル〉のビームライフルに装着されるのが見えた――延長用電磁バレルとしても機能するというのか。

 負けじと〈ファラクト〉がビームアルケビュースを構えた瞬間、荷電粒子ビームが発射された。

 速い。

 それは〈ファラクト〉を掠めるに留まっていたが、明らかに先ほどより威力と射程が上がっている。

 こちらも反撃するが、避けられた。

 大型ビームライフル、ビームアルケビュースを連射する――半数が回避され、もう半分をガンビットの展開したフィールドで弾いてみせる〈エアリアル〉。

 まるでこちらの動きを見切っているかのような回避運動、研ぎ澄まされた技量を感じさせる操縦だった。

 エネルギーパックを交換する間にも、〈エアリアル〉は距離を詰めようとしてくる。

 

『これ以上、情けない繰り言でわたしを失望させないでください』

「言うじゃないか……!」

 

 相手の間合いでは勝負にならないな、と判断する。

 〈ファラクト〉にかけられたリミッターを解除する。

 最後のトリガーになる音声認識。

 

「パーメットスコア四……!」

 

 刹那、世界が切り替わった。

 〈ファラクト〉のすべてが知覚できた。

 パーメットを利用したあらゆる人工神経、駆動部、推進器の隅々にまで意識が行き渡る。

 最早、エラン・ケレスと〈ファラクト〉の間に境界線はなかった。

 少年はガンダムであり、ガンダムは彼の肉体なのだ。

 パーメットの混ざった推進剤の噴射効率をさらに引き上げ、凄まじい加速をする〈ファラクト〉――追いすがる〈エアリアル〉が引き離されていく。

 その瞬間だった。

 スレッタ・マーキュリーがその言葉を放ったのは。

 

 

 

『――()()()()()()()()()

 

 

 

 人殺し。

 頭を殴りつけられたような衝撃が突き抜けた。

 あの朗らかで優しい少女と結びつかない単語が、エラン・ケレスを動揺させる。

 理解できない。

 どうして彼女にそんな単語がまとわりつくのかわからない。

 だって彼女は権力者の隠し子で、強化人士とガンダムの成功作で、自分とは違って恵まれた人生を――

 

 

『――きっと、わたしと同じぐらいの子が乗ってるようなモビルスーツを倒してきました。ビームサーベルでコクピットを焼き切って、塵一つ残さず殺したんです。わたしの手は血まみれで、もう取り返しなんてつきません』

 

 

 どうしてそんなことになったのだろう。

 スレッタ・マーキュリーの優しさを、朗らかさを、眩しさを好ましく思った。

 そしてその輝きが、自分とは違う恵まれた成功作だからなのだと確信して、妬んで、憎んでここまできた。

 胸が痛かった。

 自分でも何故そうなっているのかわからないまま、ガンビット〈コラキ〉を飛ばす。

 スタンビームで動きを止めて、仕留める。

 感情と切り離された戦術的思考が、次の一手を打っていた。

 

「……君は……そんな」

『教えてください、エランさん! あなたの手は何人の血で汚れているんですか!?』

 

 スタンビームによって形作られた、赤い光の結界が〈エアリアル〉に迫り来る。

 それはビームによって編まれた牢獄にも似て、接触した電子回路を汚染して強制停止させる猛毒だ。

 四対八基のガンビットを動かすのは、エラン・ケレスの思念だ。

 今やパーメットスコア四によって、感覚がどこまでも鋭敏に拡張された彼は、それら八基のスウォーム兵器を自身の手指のように動かせる。

 捉えた、と確信する。

 

『まだっ! 誰も殺していないのなら――やり直せます! 手遅れだなんて言わせません!』

「戯れ言を……それなら、君はどうなる!?」

 

 右手のビームアルケビュースと両脚のビームガンを一斉射する――〈エアリアル〉の逃げ場をなくす弾幕。

 ビーム兵器を防げばスタンビームによってガンビットを無効化され、ガンビットを使わなければ荷電粒子ビームの餌食になる。

 いずれにせよダメージを負う二者択一の選択に、対して、スレッタ・マーキュリーは――

 

 

『――()()()()()()()()()! わたしの罪は、()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

――ガンビットを機体各部に装着し、さらに機動力を上げて対抗してきた。

 

 ガンビットの推進装置を補助スラスターに転用した形態、ビットオンフォーム。

 四方八方から襲い来るスタンビームの網を、踊るような機動でくぐり抜けてくる――すれ違い様に振るわれた銃剣、ビームブレイドが〈コラキ〉二基を切り裂く。

 破壊によるフィードバックはやってこなかった。

 ただ失ったという喪失感が押し寄せてくる。

 痛覚はないのに指が千切れたと実感できるような感覚――怒りのままにビームアルケビュースを構えた。

 〈コラキ〉のスタンビームを掻い潜るのに手一杯の〈エアリアル〉はいい的だった。

 

 

「スレッタ・マーキュリィイイイイ!!!!」

 

 

 荷電粒子ビームが撃ち放たれる。

 

 

 

 

 

 

 スレッタ・マーキュリーは怒っていた。

 エラン・ケレスに対して、そしてこの世界が他者に課す理不尽な運命に対して――何より、少年がここまで追い詰められねばなかった世界の仕組みに。

 どうしてみんな幸せになれないのだろう、と少女は(いきどお)る。

 自機に大出力ビームが迫る間でさえ、スレッタはそういう優しい怒りを抱いてしまう。

 

 

――迫り来るビームの軌跡が見える気がした。

 

 

 その射線上に置くようにして、ビームライフルを速射した。

 当たる。

 荷電粒子ビームと荷電粒子ビームがぶつかり合い、射線がズレた。

 ビームでビームを撃ち落とすという曲芸――だが、次の瞬間、〈エアリアル〉が思うように動かなくなった。

 背部フライトユニットにスタンビームが当たったのだ、と認識したときには、推力が無茶苦茶になっている。

 均衡の崩れた推力バランスを立て直そうとした瞬間、右脚に敵機のビーム砲が掠った。

 脛の部分に当たった荷電粒子ビームが、その白亜の装甲を溶かしてしまう。

 

「ぐうぅう!」

 

 がくん、と機体が揺れた。

 推力バランスを崩し、ビーム砲が掠ったことで揺れた機体に〈コラキ〉のスタンビームが直撃したのだ。

 一時的な情報汚染によって入力を受け付けなくなるシステム――思わず悲鳴のように姉の名を叫んだ。

 

「エリクト!」

 

 

――僕は大丈夫。でも不味いよ、敵の追撃が来る。

 

 

――いや、来ない?

 

 

 機体が機能を停止している間も、それまでの慣性によって〈エアリアル〉は高速で前に進み続けている。

 宇宙空間をバトルフィールドにした状態では、重力や空気抵抗による失速も望めないから、文字通り制御不能になった機体で高速移動する羽目になるのだ。

 〈エアリアル〉のメインシステムが動作を復旧する。

 目の前に岩の塊があった。

 推進方向を変えて、なんとか回避する。

 こちらは右脚に被弾したが、向こうは八基しかないガンビットのうち二基を失っている。

 悪くない交換条件――機能停止中、〈ファラクト〉が銃火を撃ち放ってこなかったのが不思議だった。

 そう思っていると、震えるような声で尋ねられた。

 

 

『……つらいのは君の方だろう!? どうしてそんなことが言える!!』

 

 

 スレッタ・マーキュリーにとっての前提が、彼には理解できないのだ。

 ただ心のままに叫んだ。

 

「わたしが()()()だからです! きっと、いつか、罰を受けるべき人間です!!」

『君だって自由じゃなかったんだろう? 誰かに命じられて、引き金を引かされたはずだ――』

「わたしはお母さんの願いを叶えるために、人を殺す道を選びました――その罪深さを知っていたのに、そうしたんです」

 

 〈ファラクト〉が光の軌跡を描いて、虚空を飛ぶ。

 遠く遠く、推進炎の輝きへと手を伸ばす。

 いつか自分へ下る裁きを願うように。

 

 

「こんなわたしに罰すらないなら、この世界は本当の地獄じゃないですか――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 認められない。

 そんな風にこの痛みすら()()()()()()()()()()ような結末は。

 

「戦う理由もないあなたに、わたしは負けられません!」

 

 飛来する荷電粒子ビーム――〈ファラクト〉の大型ビームライフルは狙いが正確だが、それゆえに読みやすい。

 ビームライフルから展開した銃剣ビームブレイドでビームを切り払い、空いている左手でビームサーベルを逆手抜刀する。

 ビットステイヴを集合させたビットオンフォームの機動力と背部フライトユニットの推力を合わせ、〈エアリアル〉は着実に距離を詰めていく。

 〈ファラクト〉からの通信――まるで激情をそのまま声にしたかのよう。

 

 

『見つけたさ、戦う理由は君だッ!』

 

 

 エラン・ケレスは普段の怜悧な仮面を脱ぎ捨てて、吠えるように自身の戦う理由を口にする。

 それは剥き出しの願望だった。

 ビームアルケビュースのエネルギーパックを交換しながら、〈ファラクト〉はさらに退き撃ち――後退しながらの移動射撃に徹しようとする。

 すでに二機のモビルスーツはバトルフィールドの領空塔――バトルフィールドの端を規定する人工物――からはみ出しており、そのことで警告も来ていた。

 だが、最早そんなことはスレッタにとってもエランにとってもどうでもいい。

 二人の間にあるのは、戦いの勝敗を重んじる決闘でもなければ、命を奪い合う殺し合いでもない。

 ここにあるのは過酷な道を歩んできた少年と少女の、救われない信念を賭けたぶつかり合いだけだ。

 

 

『君を倒す! ここで倒されなければ、君はずっとその罪悪(ガンダム)に囚われたままだ! 僕は認めない、そんな結末だけは!!』

 

 

 パーメットスコア四の時間切れがなくなり、脳を苛む苦痛すらなくなった()()()のエランにとって、今、頭をかき乱しているのはガンダムの呪いではない。

 あまりにも凄惨な罪を背負い、それを呪いのように刻まれたスレッタ・マーキュリーの生き様。

 それこそが少年の打破すべき敵であった。

 

 〈ファラクト〉の両脚の踵に仕込まれたビーム砲が、荷電粒子ビームを発射する。

 〈エアリアル〉は盾を構えることすらせず、ビームサーベルでビームを切り払ってみせた。

 それはスレッタにとって、やれるからやっているという程度の絶技。

 殺し合いの中で磨き抜かれた技能の一部だ。

 

 

『スレッタ・マーキュリー! ()()()()()()()()()()()()はずだ、そうだろう!? そうじゃなければ、()()()はあまりに救われない――』

 

 

 エランの叫びは痛々しいほどの共感に満ちていた。

 これまで仲間だと思っていた少女が、自身よりも重い十字架を背負っていたからこその痛みに満ちた共鳴。

 スレッタの信念を受け入れてしまえば、彼女は奈落の底まで覚悟と共に進むであろうという確信。

 それが、エラン・ケレスを突き動かしているようだった。

 

 

『――まるで()()()()()()()()()()()()()()みたいじゃないか!!』

 

 

 〈ファラクト〉からのビームの弾幕は濃密で、いよいよ回避運動と切り払いすべてを駆使しなければ追い付かなくなる密度だった。

 ビームアルケビュースからの高速高威力のビームライフル、両脚の内蔵ビームガンからのビーム砲、そして頭部ビームバルカンからの牽制射撃。

 一体のモビルスーツがこれほどの密度と精度の弾幕を張れるかという驚愕――紛れもなくGUNDフォーマットの恩恵たる精密・並列動作。

 弾幕が激しすぎて近づくことができない。

 直撃でこそないが、弾けた荷電粒子ビームの飛沫で装甲が削れていくのがわかる。

 〈エアリアル〉は少しずつ全身の装甲がボロボロになっていた。

 

 

「――それでも、わたしは負けられないんです。苦しくても、悲しくても、痛くても、救われなくても!」

 

 

 このままでは追い付けない。

 そのときだった。

 〈ファラクト〉から先ほどの残りのガンビットが吐き出され、こちらへと飛来してくる。

 赤い光の結界、触れたものを麻痺させるスタンビームの牢獄。

 今度こそしのぎきれないという確信があった。

 それでも負けられない。

 何故ならば。

 

 

 

「――逃げれば一つ、進めば二つ」

 

 

 

 母の言葉を思い出した。

 迫り来る敗北への道筋――スタンビームの牢獄に囚われ、今度こそ穴だらけになって撃破される未来。

 避けようがないそれを予測しながら、どうしてかスレッタ・マーキュリーの心は穏やかに凪いでいた。

 敗北を受け入れたのではない。

 何の根拠もない確信が、ギリギリまで彼女に回避運動を取らせる。

 

 

「ごめんね……エリクト。わたし、いつも頼ってばっかりなのに、こんなにボロボロにしちゃって……でもね」

 

 

――スレッタ。

 

 

「――わたしは逃げない! 〈エアリアル〉もエランさんも、どっちも取りこぼさず未来に進むから!!」

 

 

 その瞬間。

 たしかに〈エアリアル〉の中で何かが変わった。

 これまでにない一体感――エリクトの見ているもの、〈カヴンの子〉の見ているもの、すべてがスレッタ自身に共有されているという実感。 

 無数の目と無数の脳を繋がれたような自意識の拡張。

 そういう万能感に包まれながら、スレッタは姉の声を聞いた。

 

 

――僕が君を連れて行くよ、スレッタ。

 

 

 〈エアリアル〉のシェルユニットが、青く透き通った光を放って光り輝く。

 

 

――それがどんな終わりでも、僕たちはずっと一緒だ。

 

 

「――行こう、エリクト!!」

 

 

 善を望んで、右手を前へと伸ばす。

 希望を掴むために、悪しき未来を撃ち抜くために。

 〈エアリアル〉が一際まばゆい光を放った――青い光の放射が周囲の空間構造に伝播し、そこに存在するあらゆる情報が書き換えられていく。

 その光に包まれた瞬間、今まさに殺到せんとしていたガンビット〈コラキ〉が動きを止めて。

 完全にその機能を停止した。

 

 

権限が上書き(オーバーライド)されてる!? 〈エアリアル〉の力だとでも……!』

 

 

 〈エアリアル〉の放ったオーバーライドの光――その輝きから逃げ回り、なおも〈ファラクト〉は銃火を浴びせかけてくる。

 そのすべてが、もう見えている。

 推進器を噴かして回避、避けきれない弾だけをビームサーベルで切り払い、荷電粒子の飛沫一つ浴びることなく。

 〈エアリアル〉は最短距離を一直線に駆け抜ける。

 

「ガンダムは破壊して! パイロットには生きてもらいます!!」

 

 牽制のビームライフルを放つが、〈ファラクト〉に容易く回避される。

 高度な慣性制御と大推力の調和――如何なる方向にも瞬時に軌道を変更できるモビルスーツという兵器の一つの到達点。

 だが、今のスレッタ・マーキュリーの敵ではない。

 推進方向の変更の予兆を捉えていたから、その移動先にビームバルカンをばらまいておくだけでいい。

 未来予測にも似た偏差射撃――自分から弾幕の中に突っ込む形になって、〈ファラクト〉の携行火器ビームアルケビュースが砕け散る。

 爆発。

 武器を投げ捨てる黒いガンダム。

 

 

『――スレッタ・マーキュリィイイ!!!!』

 

 

 〈ファラクト〉が二本のビームサーベルを腕部サーベルラックから抜いて、二刀流で襲い来る。

 白熱するビーム刃の輝き――右手の銃剣ビームブレイドと、左手のビームサーベルの二刀流でこちらも迎え撃つ。

 衝撃。

 鍔迫り合いが起きた。

 

 

「エランさん!!!」

 

 

 次の瞬間には互いに同じ判断をしていた。

 目と鼻の先にある敵機目がけて、頭部ビームバルカンを連射。

 ブレードアンテナを狙ったそれを、互いに身体(ガンダム)を傾けて回避する――荷電粒子の砲弾が、〈エアリアル〉の背部フライトユニットを破壊――フライトユニットを分離(パージ)する。

 同時に〈ファラクト〉の肩部可動スラスターユニットが被弾し、火を噴いて機能を停止。

 それで、もう詰みだった。

 

『僕は負けられない、君にだけはっ!!!』

 

 鍔迫り合いを仕切り直すため、〈ファラクト〉が蹴撃(キック)を放とうとした瞬間。

 決意に満ちた少年の咆哮を聞きながら。

 スレッタは呟いた。

 

 

「――これで終わりです、エランさん」

 

 

 そこでエラン・ケレスも状況に気付いたようだった。

 戦闘中、いつの間にか本体から切り離されていた一一基のビットステイヴ――それらすべてが、鍔迫り合いに夢中になっていた二人の周囲を取り囲んでいて。

 輪になって踊りながら、無邪気な殺意を銃口と共に向けている。

 

 

――スレッタ! スレッタ!

 

 

――撃っちゃうよ! こいつ撃っちゃうよ!

 

 

――だいじょぶ! だいじょぶ! スレッタには当てないから!

 

 

 〈カヴンの子〉たちのにぎやかな声を聞きながら、スレッタ・マーキュリーは決然とこう告げた。

 

「お願い」

 

 荷電粒子ビームの雨が降り注いた。

 それは〈ファラクト〉の手足をもぎ取り、胸部シェルユニットを撃ち砕き、ブレードアンテナを跡形もなく消し飛ばして。

 黒いガンダムを()()()()()()()()()に変えた。

 

 

――WINNER

 

 

 コンソールに表示された勝利を告げるメッセージ。

 それを見ながら、ほうっとスレッタ・マーキュリーはため息をついた。

 そしてすぐ、あの黒いガンダムに取り残されているエラン・ケレスを助けるため、コクピットハッチの開放操作をするのだった。

 

 

 

 

 

 

――揺らめく蝋燭(ろうそく)の炎。

 

 

 ああ、幻影が見える。

 もう思い出せもしない過去の残滓が、今さらどうして。

 そう思ったのに。

 

 

――ハッピーバースデートゥーユー。

 

 

 声が聞こえた。

 ボロボロの貧しい家屋。

 生クリームだって乗ってはいないただのパンケーキ。

 そこに一本だけ大きな蝋燭(ろうそく)を立てて。

 一人の女性が歌を歌っている。

 

 

――ハッピーバースデーディア■■■。

 

 

 心の底からの祝福。

 それがかつて自分にあったという実感と共に、涙があふれ出した。

 何もかも失ったと思っていた。

 

 けれど、そうではなかった。

 名前も顔も思い出せないのに、それでも鮮烈に焼き付いた幸福な光景。

 自分が何故、今の境遇になったのかはわからない。

 

 親に人身売買されたのか、自分の意思で人生を売ったのか、誰かに誘拐されて売られたのか。

 そんなことはもう、どうでもいいのだ。

 たった一つ、そうあって欲しかった記憶が戻ってきたのだから。

 それだけで強化人士四号は救われてしまった。

 

 

「君は……僕とは違う」

 

 

 救われない道を歩もうとしている少女と、自分は決定的に違うのだと自覚する。

 それが悲しくて、苦しくて、嬉しくて、強化人士四号は泣き続けた。

 コクピットハッチが開いた。

 パイロットスーツに身を包んだスレッタ・マーキュリーが、〈ファラクト〉のコクピットに入ってくる。

 少年を助けようと必死な少女の顔を見て、こぼれ落ちたのは謝罪の言葉だった。

 

「ごめん……君を、救えなくて……」

「わたしはそんな風に、素敵な終わり(ハッピーエンド)を迎えられるような人間じゃないんですよ、エランさん……」

 

 少女に手を引かれて、大破した〈ファラクト〉のコクピットから連れ出される。

 バラバラに残骸になったガンダムの手足が浮かぶ空間で、ぽろり、と彼は言った。

 

「誕生日あったんだ……僕にも祝ってくれる人が、いたんだ……」

「……()()、じゃないですよ。わたしも祝いますから、これで()()ことになりますね」

 

 そう言ってヘルメットのバイザーの向こう側で微笑む少女が眩しくて。

 名もなき少年は目をすがめた。

 

「……それで君は、いつ救われるんだい……?」

「そんな日がやってこなくても、進むことはできますから」

 

 スレッタ・マーキュリーはそう言って、困ったような顔で笑うのだ。

 どうすればこの娘を救えるのか、わからないのに――それでも少年は願わずにはいられない。

 

 

「おかしいよ、それは……じゃあ、僕が君の救いを祈るよ……君がどれだけ罪深くても、僕だけは君を(ゆる)すから……だから、もうそんなこと言わないでくれ……」

「…………そうですよね、おかしいですよね……」

 

 

 自分の幸せは信じられないのに、目の前の誰かの幸福は心の底から願えてしまうなんて。

 きっと自分はもう、どこかが壊れているのだろう。

 それが悲しみなのか、よろこびなのか、わからない感情を抱えたまま――スレッタは泣き笑うのだ。

 

 

「でも、よかったです。エランさんが、ここで生きていてくれて」

 

 

 二人、星の光に照らされて。

 少年の身体を抱きしめながら、少女は優しすぎる博愛(あい)を謳う。

 底抜けにお人好しで、朗らかで、優しいスレッタ・マーキュリーは――()()()()()()()()()()()()()がやってきて欲しいと、祈らずにはいられない。

 たとえこれから先も、ガンダムを滅ぼすため血まみれの手が残るとしても。

 

 

 

――呪うように、祝うように。

 

 

 

――魔女は祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――虚空で少年と少女が抱き合っていた頃。

 

 

――ベネリット・グループ本社フロントにて。

 

 

 グループ総裁の部屋で端末越しに、デリング・レンブランにその存在は報告していた。

 通信越しの会話、血の通わぬ交流、陰謀の共謀者として。

 

『〈エアリアル〉のパーメット・スコア六への到達を確認しました。無事に〈エアリアル〉の覚醒は進んでいます』

「ご苦労。次の段階に移れ」

『はい、閣下』

 

 

 そして通信が切れたあと、()()は独りごちる。

 

 

『ああ、ああ、勝利の塔を登り詰めるがいい! 君の願いは叶うだろう、スレッタ・マーキュリー! 我々は必ずや、ヴァナディースの過ちを根絶するのだから!』

 

 

 誰の手も届くことない向こう側、超高密度情報の渦で()は笑う。

 心からのよろこびを沿えて。

 少女の勝利を。

 

 

『祝うがいい、エリクト・サマヤ! 私と君を置き去りにした悪夢は、もうすぐ終わるのだから!!』

 

 

 

 

――()()()()()()

 

 

 

 

 




シン・セー開発公社のアミュレット・システムによってエランくんは寿命をすり減らすことなくパーメットスコア使い放題に加入し大暴れしました。
なんだそのご都合主義設定って感じですが、詳細は後日。


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ペイル・スキャンダル編
擦れッタがペイル社に反旗を翻すだけの話


 

 

 

『おめでとう、()()()。君が勝利してくれて私も一安心だよ』

 

 

――うるさいバカ調子に乗るな。()()なんか友達じゃない、って前にも言ったよね?

 

 

――あのバカみたいなデータストームの情報量、人間が耐えられるわけがない。君が何かしたんだろ?

 

 

『むしろ感謝して欲しいぐらいなんだが。私が何もしなくても、エラン・ケレスは遅かれ早かれ、ペイル社の命令でスレッタと戦っていたよ。そしてGUNDの呪いで脳を焼かれて廃人になっていただろうね』

 

 

――よく言うよ。どうせ自分たちに都合がいい結果になるように利用しただけのくせに。

 

 

『デリング相手に予算と権限を引っ張ってくるのは大変なんだよ? 毎日アニメとコミックとゲームとインターネットやってるパーメット知性にはわからないだろうが』

 

 

――黙れ。僕はお姉ちゃんだぞ。

 

 

――それで、あのエランって子はどうなるの?

 

 

『ペイル社次第だが、難しいだろうね。彼を庇うつもりなら大変だよ? 少なくともスレッタはまた戦わねばならない――決闘ではなく企業の私兵との実戦をね』

 

 

『彼女の精神状態についてのレポートは私も承知している。折角、学園で癒え始めている傷口を開くような真似は――』

 

 

――だからだよ。スレッタに友達を見捨てたなんて傷は負わせない。

 

 

――()()()()人は殺させない。それが僕なりの妥協点だ。

 

 

『……いいだろう。デリングには私から話を通しておこう。あとは君たち次第だ』

 

 

『君は変わったよ、エリィ』

 

 

――知らなかったのかな、■■■■。

 

 

――今の僕はスレッタのお姉ちゃんなんだ。妹のためなら無理をどうにかするんだよ。

 

 

 

 

 

 

「わたしと一緒に〈エアリアル〉に乗ってください」

 

 そう言ってエラン・ケレスをコクピットに連れ込むと、スレッタ・マーキュリーは〈エアリアル〉を再起動させた。

 ハッチが閉じると、コクピットブロックが外部から遮蔽され、二人きりの空間が出来上がる。

 エランはコクピットシートの後ろに回って、背もたれに身体を預けるようにしてスレッタの後ろに回り込んだ。

 口火を切ったのはスレッタだった。

 

「…………エランさんがペイル社のガンダムに乗っていて、人体実験を受けていたって話……」

「全部本当だよ、信じられないかな?」

「いいえ、その顔を見ればわかります。パーメットの痣、ですよね。ガンダムに乗っていた人間特有の痕跡です」

 

 一息で言い切ってから、スレッタは決闘中から抱いていた疑念を口にした。

 

「……予想はつきます。カテドラルの協約違反の人体実験、その生きた証拠なんて……決闘に負けたら殺されるんじゃないですか?」

「そうかもね……連中なら殺処分してくるだろう」

「わたしがエランさんを守ります」

 

 生存を端から諦めている節がある少年を、そう言って叱咤する。

 エラン・ケレスはその眉目秀麗な顔を驚きに歪めたあと、スレッタに現実を教えようとした。

 

「……無理だよ。御三家の一つと潰し合いになって、君一人でどうにかなるわけない」

「……殺し合いになったっていいんです。正しくないことに目をつむって、自分だけ平穏に過ごすなんてわたしにはできません」

 

 そしてスレッタは少年の方を振り向いて、悪戯っぽく笑った。

 

 

「――それにわたし、エランさんが思ってるよりすごいんですよ?」

 

 

 通信装置を操作する。

 先ほどまでの通信封鎖状態が嘘のように、今は通信がクリアだった。人工物もないフロント外宙域なら、きっと繋がると確信する。

 通信方法は超光速同調――パーメット通信、同調先は一隻の軍艦だ。

 MS運用母艦〈ユリシーズ〉。

 少女にとってあらゆる意味で因縁深いその船に、直通回線で呼び掛ける。

 

 

「こちらドミニコス隊所属、ウィッチ1――ケナンジ・アベリー隊長に報告があります」

 

 

 目を丸くしているエラン・ケレスにふふっと笑いつつ、スレッタは為すべきことをした。

 ドミニコス隊所属のウィッチ1、魔女狩りの魔女として。

 

 

「ペイル・テクノロジーズによる違法な人体実験の証人を確保しました、()()()()()()です。これはグループ内企業への強制執行に値する事案と愚考します」

 

 

 

 

 

 

「通信に応答は?」

「さっきから地球寮とペイル寮の管制が呼び掛けてるけど応答なし」

「まだ繋がらないのか、くそっ、いっそ俺がMSで――」

「グエル先輩~? ただでさえややこしいんだからぁ、これ以上引っかき回さないでくださいよ~」

 

 決闘委員会の部屋は今、騒然としていた。

 淡々と通信状況を確認中のロウジ、焦ってとうとう自分が出撃するとまで言い始めたグエル、煽っているようで冷静に諫めているセセリア。

 実にいつもの決闘委員会である。

 決闘の決着がついたのに、勝者と敗者、双方の決闘者と連絡が取れないという不測の事態以外は。

 観測ドローンは二人が〈エアリアル〉のコクピットに引っ込んだところまでは確認したが、それ以降、二人からの連絡はない。

 

「水星ちゃん……どういうつもりだい?」

 

 シャディク・ゼネリはらしくもなく焦っていた。

 まず状況が致命的によろしくない。

 エラン・ケレスが持ち出したモビルスーツは、その武装とパーメット流入値から判断して明らかにガンダムだった。

 果たしてそれが件の「無害化されたGUNDフォーマット」とやらなのかすら定かではないから、それ単体では違法性があるか判別できない。

 そしてもう一体のガンダムを駆るスレッタ・マーキュリーはデリング子飼いの魔女であり、考えるまでもなくガンダムとの相性は最悪である。

 一体エラン・ケレスが今、どういう状況なのか、予断を許さないのだ。

 そのときだった。

 唐突に通信が繋がった。

 画面にはスレッタ・マーキュリーとエラン・ケレスが、コクピットシートを挟んで前後に並んでいる。

 

『す、すす、すいません! ちょっと手間取っちゃって、連絡が遅れました。わたしとエランさんは無事です!』

 

 そう言って謝罪してくるスレッタ・マーキュリーはいつも通りだった。

 一つ違うのは、その後ろにいるらしいエラン・ケレスの顔色がいつもより優れないことぐらいか。

 嫌な予感がした。

 

『ちょっとスレッタ! あんた連絡おっそいのよ! どれだけ心配したと思ってんの!?』

『ひぃいぃいい!? み、ミオリネさん! これには深い事情があってぇ……』

『いいから! 無事ならさっさと伝えなさいよ、バカッ……』

 

 いつも通りに姉貴面で情が深いミオリネにちょっと癒された。

 こういうミオリネもいいものだね水星ちゃん、と現実逃避半分に思いつつ、シャディクはスレッタと地球寮組の会話を聞いていく。

 すると不穏な会話が始まった。

 

『あと地球寮の皆さんにお願いがあります。できるだけ早く、エアリアルのバックパックを通常型に戻して欲しいんです。本体の修理や点検は最低限で構わないので』

『おいおい、どこかの寮とまた喧嘩でもするのかよ?』

『はい、喧嘩になります。被弾した右脚以外は見た目ほどひどくないと思いますから――』

「水星ちゃん、まだ決闘の予定あったのかい? 申請はこっちに来てないんだけど」

 

 そう言いながらもシャディク・ゼネリは膨れ上がる嫌な予感が止まらなかった。

 というよりも、ほぼ答えにたどり着いているのに、それは自分の裁量を超えた事態だから外れていて欲しいと祈っているような状態だ。

 デリング子飼いの魔女が、明らかにガンダムであるMSと戦い、そのパイロットを確保した状態で次の戦いに備えている。

 そんな物騒な条件がそろっていて何もわからないほど、シャディクは愚鈍な男ではなかった。

 ゆえに胃がキリキリと痛んでいる。

 頼むから違ってくれ、と本能が叫んでいるが、理性はもう無理だろこれと諦めている。

 そんな状態だった。

 

 

『いえ、わたしの喧嘩の相手は――御三家の一つ(ペイル・テクノロジーズ)です』

「うぇっ」

 

 

 そして答え合わせを聞いた瞬間、シャディク・ゼネリは彼らしからぬ間抜けな声を漏らすのだった。

 勘弁してくれ、とうめくぐらいに。

 

 

 

 

 

 

「強化人士四号が敗れたようね。存外、使えないものね」

「デリングの子飼いの魔女には、すべてバレてしまったと考えた方がいいでしょう」

「魔女のことをよく知るのは魔女だものね」

「ベルメリアには五号の準備をさせましょう」

 

 ペイル・テクノロジーズ本社、共同代表たち四人の部屋。

 そこでは決闘の一部始終を見ていた老女たちが、今後の活動方針について話し合っていた。

 茶飲み話のような軽いノリで話されているのは、ずばり、強化人士四号――ペイル・テクノロジーズが誇るナノテクと人工神経で強化された少年の処分方法だ。

 

「学園に戻ったところで本社に連行、というのは現実的ではなくなったわね」

「おそらく向こうも気付いているでしょうし……」

「通信が途切れていた間、四号が何を口走っていたかも気がかりです」

「如何に相手がデリングの隠し子と言えど、子供一人よ。証拠がなければ戯れ言で済ませられるわ」

 

 四人が話し合ううちに、戦略型高度AI〈ペイルグレード〉から新たな指示が来た。

 それ受け取った途端、老女たちは議論の方向性を一致させ始める。

 より非情に、より冷酷に。

 

「要するにペイル社の関与だという証拠がなければいいのです」

「他のことはすべて言い訳が立つわね。人命も施設も、多少の被害は仕方がないわ」

「第一目標は四号の身柄の確保ないし跡形もない抹殺よ。目撃者は殺しても構わない」

「確保してあったドローン戦争の遺物が役に立ちそうね」

 

 企業の悪意が、少女たちに牙を剥こうとしていた。

 

 

 

 

――アスティカシア高等専門学園・現ホルダーであるスレッタ・マーキュリーとエラン・ケレスの決着。

 

 

 

 

――それが後にペイル・スキャンダルと呼ばれる事件の始まりだった。

 

 

 

 



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擦れッタが決闘委員会を巻き込むだけの話

 

 

 

「エランが……ペイル社の人体実験の犠牲者?」

 

 

 呆然とそう呟いたのはグエル・ジェタークだった。

 爽やかでまさにスペーシアンの御曹司という感じの少年には想像もつかない、どす黒い世界の裏側の話題を聞かされて。

 彼は明らかに戸惑っていた。

 決闘委員会の他の面子――セセリアやロウジも同様だ。

 流石にMS同士の決闘という見世物からかけ離れた概念過ぎるのだろう。

 こうなることはわかりきっていたから、シャディク・ゼネリは自分の役割を演じきると決めた。

 

 

「やってくれたな水星ちゃん。これでこの会話を聞いていた地球寮と決闘委員会の全員が、関係者ってことになった。エランだけ切り捨てればいい問題じゃなくなったんだよ」

 

 

 真っ先に反応してきたのはグエルだった。

 直情的で真っ直ぐな熱血漢、本当にそういうところが嫌いだ。

 

「シャディク、切り捨てるだと――」

「グエル・ジェタークはペイル社との全面戦争がお望みなのか? 実家にかける迷惑も考えるといい」

「……くっ」

 

 諭せばわかる頭脳もあるのがまた気にくわない。

 まったくどうしてミオリネの婚約者の座を他の人間に渡してしまったんだ、こいつは――そんな憤りが湧いてくるのをぐっとこらえた。

 そういうグエル・ジェタークへの個人的な感情はさておいて、彼のポジションと話しやすさは、この場を円滑に進める上でとても重要である。

 そのときスレッタ・マーキュリーが口を開いた。

 

『――シャディクさん。わたしは今、無責任な言葉しか言えません。ただ外から、わたしの伝手で頼れる大人は呼びました。彼らが到着すれば、この場の全員の安全が確保されるはずです。幸いにも近郊宙域にいましたから、今から二四時間後には到着しているはずです』

「で、ペイル社の刺客はそれよりも早く到着するんだね?」

『……はい、わたしなら保険はかけておきます』

 

 最悪に近い。

 スレッタ・マーキュリーは彼が思っていたよりずっと頭がよく、もう今後の状況がどうなるかを見据えて布石を打ってきている。

 どこでどんな英才教育を受けたのか知らないが、デリングの子飼いの魔女は伊達ではないらしい。

 はあ、とため息をつく。

 

「そういうことかい、水星ちゃん」

「どういう意味だ、シャディク」

 

 グエルの疑問に答える――通信で会話を聞いている地球寮の面子にまで、今の状況がわかりやすく伝わりやすくするために。

 

「水星ちゃんが俺たちを巻き込んだ理由だよ。グエル、この学園で合法的にモビルスーツを動かす権限を付与できるのは誰だと思う?」

「そりゃ俺たち決闘委員会……そういうことか?」

「ああ。水星ちゃんはその()()()()()とやらが呼び込めるまで、俺たちに時間稼ぎをしろって言ってるんだ」

 

 それを聞いてすぐ、グエル・ジェタークは席を立った。

 

「スレッタ、敵の規模はどんなものだと思ってる? 俺の〈ディランザ〉で――」

「やめろグエル。お前が戦う義理はない」

 

 思わず声を荒げてしまったのは、グエルへの屈折した感情のせいだろうか。

 それとも決闘委員会の友人として身を案じたせいだろうか。

 わからない。

 

「ここは戦場じゃない、ここは学園で、決闘は見世物だ。命懸けで戦う義理なんて誰にもない、いいかい? やりたいなら君一人でやってくれ、みんなを巻き込まないで欲しいね」

 

 冷たい物言いに、画面の向こうからミオリネ・レンブランが突っかかってくる。

 彼の幼馴染み、頭脳明晰な才媛のくせに激情家で人情で動く世話焼き。

 そういうところはまったく変わらないらしい。

 

『シャディク、あんた――』

「ミオリネ、これは真剣な話だ。水星ちゃんのわがままで済むような問題じゃない。俺にはこの場の誰にも死んで欲しくない」

『わかってるんでしょう? それってエランとスレッタに死ねって言ってるのと同じよ』

「…………だとしても、俺には責任がある」

 

 これは本音だった。

 少なくとも決闘委員会のシャディク・ゼネリとしては誰にも死んで欲しくなかったし、グラスレー寮長としても安全が第一だ。

 そうではない彼の顔、現体制への革命を夢見る部分だけが、この事件は使えると理性にささやいてくる。

 そのときであった。

 それまで黙って話を聞いていた、地球寮メカニック科の三年生が口を開いた。

 

『僕たちは今すぐ〈エアリアル〉を修理する。ペイル社が襲撃してくるなら、一番強いスレッタが動けるようにするのが生存確率が高いからね』

『スレッタが私たちにわざわざ聞かせたのは、どのみち巻き込まれるだからだろう?』

 

 三年生のティルとアリヤからの問いかけ。

 

『ごめんなさい、皆さん。少なくともこれは、わたしがエランさんを助けると決めたから発生したリスクです』

『そう思ってるなら全員しっかり守って欲しいな。できるかい?』

 

 ティルに対してスレッタは力強くうなずいた。

 

『表だってペイル社の関与が疑われるような戦力は投入できないと思います。〈エアリアル〉が動く状態なら問題なく処理できます』

『となるとドローン兵器の類か……フロント管理社に相談しなかったのは何故だい?』

『皆さんが学園の教師を頼らないのと同じ理由です。彼らはより強い権力に逆らえません』

『頼りにならない、か』

 

 しかし地球寮内部でも意見はまとまっていないようだった。

 

『ま、待ってくれよ、みんな!? 企業の私兵とやり合うなんて無茶苦茶だよ! こんなの大人に任せて――』

『それでエランは始末されるってオチか? スレッタはそれがゆるせねーって言ってんだろ!!』

『やめろチュチュ、マルタンは間違ってねえ!! 危ねえしおっかねえ話なのには違いない』

『お前マジで今回の件終わったら飯おごれよ、じゃないとやってられねえよ』

 

 最終的に協力はするが納得はしていないという態度――スレッタは頭を下げて応じた。

 

『はい、皆さん……本当にごめんなさい』

『まあ、そんなに緊張しなくてもいいよ。いざとなったら僕を売ればいい』

 

 場の雰囲気をぶち壊しにしたのは、当事者であるエラン・ケレスその人だった。

 自分の命に無頓着すぎる発言に、周囲が二の句が継げないでいると小首をかしげて一言。

 

『そのときは僕の代わりが来ると思うから、仲良くしてあげてね』

『エランさん、そういう冗談はちょっと……』

『いや、ただの事実なんだけど……』

 

 先ほどまでの場の殺伐とした緊張感が消えてしまっている。

 これを演技でやっているなら大した才能だな、と思いつつ、シャディク・ゼネリは熟考を重ねて。

 ついに結論を出した。

 

 

「わかった…………俺、シャディク・ゼネリはこの件について、スレッタ・マーキュリーの味方につく」

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、水星ちゃんに一杯食わされたよ」

「シャディク。説明しろ」

 

 グラスレー寮長の部屋で、シャディクはいつもの面子に囲まれていた。

 だいたいの経緯を伝えたのだが、最後の決断に関しては補足が必要だったらしい。

 それはね、とソファに座り込んで肩をすくめるシャディク。

 

「まず水星ちゃんがエランの件を真っ先に俺たちにバラした時点で退路はなくなったんだよ。あの場では反対派として振る舞ってみんなの不満を代弁したけどね。おかげで意見がまとまるのが早くなった」

 

 そして何故、スレッタの提案に乗ったのかについて話を進めていく。

 

「現状、俺たちの革命は詰みに近い。政治でも武力でもデリング・レンブランに首根っこを掴まれてて、義父さんすら対抗できそうにない。俺たちの理想の成就なんて夢のまた夢だ――今回みたいなスキャンダルがなければね」

 

 まず、シャディク・ゼネリの立場を明かそう。

 彼は表向きはグラスレー・ディフェンス・システムズCEOの養子であり、その意思のままに動く優秀なスペーシアンということになっているが、実際には違う。

 再教育施設から送り出され、経歴を抹消され、新たな名前を与えられたアーシアンとスペーシアンの混血(ハーフ)

 地球と宇宙で二つの身分階級に分かたれた時代においては、まるで別の生き物同士を掛け合わせたかのように表現される出自が、シャディクの本当のアイデンティティだ。

 これまでずっと、彼は宇宙経済圏を支配するスペーシアン企業体、ベネリット・グループに身を潜め、この歪な社会の革命を夢見てきた。

 その一環としてベネリット・グループに敵対的なスペーシアン政治勢力、宇宙議会連合――こちらもベネリット・グループに負けず劣らずの俗物の集まりだ――と接触したり、匿名でアーシアンの武装勢力に援助を行ったりしてきたのだが。

 ここ最近、その雲行きが怪しくなってきた。

 

 まず急に虎の子のガンダムの居場所を突き止められ、ドミニコス隊の襲撃を受けて戦力は壊滅。

 こつこつと育て上げてきたアーシアン武装勢力は、また時間をかけて再建する羽目になった。

 そしてとどめになったのは、デリング・レンブラン総裁による新型GUNDフォーマットの発表と、事実上のガンダムの公認と言える事態だ。

 アーシアンとスペーシアンの戦力不均衡を是正する手段として、ガンダムの実戦配備を目論んでいたシャディクにとっては致命傷だった。

 チート行為というのは相手がルールの中で戦っているから強いのであって、より多くのリソースを持つ側が手を出してきたら、順当に弱い側が負けてしまうのだ。

 

「でも、これはいい機会だ。御三家の一つの大スキャンダルは上手く使えれば、ベネリット・グループの屋台骨を揺るがせる。そうしてできた隙に食い込むのが賢いやり方だよ」

「ミオリネに対する情ではないのか?」

 

 サビーナの指摘は容赦がなかった。

 ミオリネ・レンブランがスレッタ・マーキュリーを妹のように可愛がっている以上、当然、情にほだされておもねったのではないかという指摘は出てくる。

 だが、シャディク・ゼネリの顔に動揺はなかった。

 

「それがない、と言い切れるわけじゃないが。今回は完全に利害が一致している。私情で判断を誤ったつもりはないよ、サビーナ」

 

 それに納得したように、ヨガのポーズを取っていた少女――エナオがうなずいた。

 

「シャディクがそう言うならそうなんだろう。私はシャディクを信じる」

 

 続いてレネ、メイジー、イリーシャの三人も肯定的な意見を口にする。

 

「しゃーないなー、まあシャディクが苦労人なのは昔からかな?」

「私たちのモビルスーツで戦うの?」

「ちょっと怖い……ね」

 

 全員の意見が固まったのを見て、サビーナも無言で首肯。

 

 

「ありがとう、みんな。たぶん学園では、俺たちが一番実戦に適応できる。いざというときはみんなの力を借りたい、よろしく頼む」

 

 

 シャディクが囲っている五人の女子は、理想を共にする同志であり、全員がパイロット科の上位ランカーだった。

 想定される敵のことを考えても、グラスレー・ディフェンス・システムズのMSが一番相性がいいだろう。

 

「シャディク、では」

「ああ――俺の〈ミカエリス〉の準備もしておいてくれ」

 

 そう言ってシャディク・ゼネリはまだ見ぬ敵との交戦に備えるのだった。

 

 

 

 

 

 

――スレッタ・マーキュリーとエラン・ケレスの決闘から一八時間後。

 

 

 アスティカシア高等専門学園があるラグランジュポイント四、フロント七三区の存在する宙域を無数のドローン編隊が突き進んでいた。

 それはフロント内での飛行を意識した大型ドローン兵器であり、ペイル・テクノロジーズが用意した強化人士四号の抹殺のための刺客だ。

 完全自律型無人兵器――キラーロボットとも称される悪魔の発明。

 全幅六〇メートル、全長四〇メートル。

 まるでマンタのような機影の巨大な全翼機は、ドローン母機〈アラス〉と呼ばれている。

 

 (アラス)の名を冠したこの機体は、ドローン戦争の時代、ヨーロッパ解放同盟が開発した戦術型AI搭載のドローン母機である。

 あの狂気の時代、ドローン戦争の主戦場は地球だったが、少数の事例ながら宇宙もまたその舞台になっている。

 宇宙の人工開拓地(フロント)がまだ宇宙植民地(スペースコロニー)と呼ばれていた時期、宇宙開拓者(スペーシアン)の拠点の所有権が地球人(アーシアン)資本にあるのは珍しくなかった。

 そして地上で対立する陣営の所有するスペースコロニーが、敵対するもの同士で殺し合うのも珍しくはなかった。

 

――貴重な資産である人工物をなるべく傷つけず、ABC兵器で汚染することなく、人間だけを殺す無人自律兵器群。

 

 コロニー制圧のため開発されたそれらは、呪わしい戦争の亡霊そのもの。

 無数の羽根(プルーマ)をその翼に携えて、破壊を振りまく無人兵器が高速でアスティカシア高等専門学園に迫っていた。

 

 

 




最後に出てきたのは鉄血のあいつのそっくりさん。
他人のそら似でそのものではありません。


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擦れッタとみんなでドローンと戦うだけの話

 

 

 

 

 最初にその正体不明の襲撃者に気付いたのは、アスティカシア高等専門学園のフロント管理社警備部隊であった。

 

 

 彼らが使用する警備・哨戒用のモビルスーツ〈デミギャリソン〉は、こういった用途のための低負荷と高い稼働率が売りの機種だ。

 同じ規格の部品も市場に大量に流通しているから、デミ系列は訓練用・作業用など、あらゆる分野で幅広く使われているベストセラーモデルである。

 その四機編成の警備小隊がセンサーで捉えたのは、九機で編隊を組んだ大型ドローン全翼機の群れ。

 

 アスティカシア高等専門学園の戦術試験区域――フロント内に設けられたバトルフィールドを目指して突き進むそれらは、明らかに軍用の無人兵器であった。

 如何なる呼びかけにも応じないことから、完全に作戦遂行モードの無人自律兵器と判断されたそれに対して、フロント管理社は迎撃を決定。

 ミサイルポッドやロケットランチャー、長距離用ビームライフルなどで武装した迎撃部隊を派遣した。

 三六機の〈デミギャリソン〉は、マンタのような大型ドローンの予想進路上で待機、射程圏内に入り次第、一斉に火力を投射してこれを撃滅せんとした。

 

 過去形なのは、これが失敗した作戦だからだ。

 

 〈デミギャリソン〉部隊が敵を待ち伏せ、ロックオンしたドローン母機へ攻撃を仕掛けようとしたときだった。

 ドローンの翼からいくつもの部品がパージされ、ぽろぽろと剥離していったのである。

 分離したそれらの丸い部品は、三本の脚部を展開、昆虫を思わせる異形の姿をあらわにした。

 薄気味悪い虫のようなドローン子機の数は多い。

 あっという間にレーダーを埋め尽くした敵影は一〇〇を超えていた。

 一機の全翼機ドローンにつき、一一機以上の三本足ドローンを産み落としている計算になる。

 

『ドローン子機だと!?』

『野良の戦術ドローンの規模じゃないぞ!』

『フロント管理社、作戦室へ連絡! 非常事態だ! 応援を呼んでくれ!』

 

 かくしてアスティカシア高等専門学園に非常事態が宣言され、何も知らない学生たちはシェルターへの避難を余儀なくされることとなる。

 しかし例外はあった。

 後に判明したことであるが――このとき、ジェターク寮の寮長グエル・ジェターク、グラスレー寮の寮長シャディク・ゼネリとその取り巻き五名、そして地球寮の学生たちは戦術試験区域で合同訓練を行っており、避難が遅れた結果、外部からの救援が到着するまでの数時間、各々のMSで応戦。

 そのように報告書には事実が記載されている。

 始めに記しておこう。

 この事件においては、学園関係者および生徒すべてに死傷者は出なかった。

 多数の死傷者を出したフロント管理社の〈デミギャリソン〉部隊は奮戦し、彼らを守るためその職務を全うした。

 それが客観的に見たときの、このドローン襲撃事件の顛末である。

 

 

 

 

 

 

「たぶん僕の身体に発信器が埋め込まれてるんだと思う」

 

 

 エラン・ケレスがそう言ったとき、スレッタ・マーキュリーは大して意外そうでもなく「そうでしょうね」とうなずいた。

 ここは第一三戦術試験区域内のMSハンガーで、スレッタたちMSパイロットは待機中だ。

 あの通信のあと、決闘委員会の誘導により、空いている戦術試験区域に降り立った〈エアリアル〉は、そのままMSハンガーへと誘導され、地球寮の有志の手で急ピッチで修理を受けている。

 そして修理と補給が行われている間、エラン・ケレスとスレッタ・マーキュリーは休憩と仮眠を取っていた。

 そして仮眠から目覚めてすぐ、お互いに顔を合わせての第一声がこれである。

 明らかにふわっとしたノリで話す内容ではなかったが、スレッタも大概、天然なためにエランの言をふわっと流した。

 

「外科手術で除去はできないと思うけど、どうしようね」

「パーメット機器ですか?」

「たぶんね。今どきの通信機器ならみんなそうだと思うけど」

「なら、もう大丈夫です」

 

 次の瞬間、エラン・ケレスはまた不可思議な現象に出くわした。

 何か巨大な波動に飲み込まれて、時間と空間を超えて情報そのものを書き換えられるような感覚――その波が過ぎ去ったとき、エランはぽかーんと口を開いて愕然としていた。

 

「今のは……ガンビットをオーバーライドしたときの?」

「はい。エランさんの体内の発信器をオーバーライドして機能停止させました」

「そんなことが……いや、この〈エアリアル〉にはそういう機能があるんだね……すごいね……」

「すごいですよね。わたしもエランさんと決闘してて気付いたんですけど」

「えっ、ぶっつけ本番?」

「はい、ぶっつけ本番で何か、こう、隠された力が目覚めたんです! 漫画みたいですよね!」

「すごいね」

 

 スレッタとエランの会話は万事、こんなノリでふわふわしていた。

 横でそれを聞いていたグエル・ジェタークが、思わずツッコミを入れてしまうほどに。

 

「エラン・ケレス! そういう大事なことはもっと早く言え!!」

「グエル・ジェターク。でも結果としてここに敵をおびき寄せた方が被害は少なくなるよ」

「わかっていても相談しろ! 今は俺たちは仲間だろうが!」

「仲間か…………」

 

 しばらく黙り込んだあと、エランは顔を上げてグエルの目を見た。

 嘘偽りのない真っ直ぐな目だった。

 暑苦しい男である。

 

「そうだね、ごめん。気をつけるよ」

 

 だが嫌いではなかった。

 

 あのエラン――興味ないねが口癖の冷血漢――から謝罪されて、グエルは戸惑った様子で「お、おお」とうめいた。

 そんな彼から興味なさそうに視線を外すと、強化人士四号と呼ばれていた少年は、寂びしそうにMSハンガーを眺めた。

 ここには今、六機のMSが存在している。

 地球寮の〈エアリアル〉と〈デミトレーナー〉チュチュ専用機、ジェターク寮から持ち込まれた〈ディランザ〉ラウダ専用機――何も言わずにラウダが兄を送り出したのは言うまでもない――に、グラスレー寮の〈ミカエリス〉と〈ベギルペンデ〉二機。

 合計で六体のMSが集合している。

 所属も機種もバラバラのMSの集まりに、エランの乗機はない。

 

「僕の分はないんだ」

「お前は今、行方不明だからな。ここで待機してろ」

「ペイル寮に居場所がバレると面倒だからね。〈ザウォート〉でもあればよかったんだけど」

「エランさん、誰か頼れるお友達とかは――」

「僕に友達はいないよ」

 

 堂々と言われるとコメントに困る台詞だ。

 しかしスレッタ・マーキュリーの返答はひと味違った。

 

「と、とと、友達ならいます! まずわたし! そしてグエルさん! あとミオリネさんも! これで友達三人できました!」

「そうなるの?」

「そうなんです! 一緒にミオリネさんの汚い部屋を掃除した友達です!」

「嫌な友情のきっかけだな……」

 

 ミオリネの本当に汚い部屋を思い出して、グエル・ジェタークはなんとも言えない表情になった。

 本当にしょうもない思い出である。

 だが、それがよかったらしい。

 

「そうだね」

 

 何故かエランがうなずいていた。

 まあスレッタがそう言うなら、そういうことにしておいてやるか――そのようにエランとグエルは同時に思考していたのだが、今の二人にそれを知るよしはない。

 

「おうスレッタァ! もうすぐ〈エアリアル〉の整備終わるってよお!」

「あ、チュチュさん! 危ない真似はしないでくださいね」

「あーしのことなら心配ねーよ! クソスペーシアンのドローンを撃ち落とせばいいんだろ?」

「はい、チュチュさんの長距離ビームライフルが頼りです!」

 

 ぬっと現れたのは地球寮のパイロット科一年のチュチュだ。頭髪をピンク色のポンポンにしてまとめており、そのボリュームは凄まじいことになっている。

 すごい頭髪だ、とエランとグエルは思った。

 しかしそれを口に出すことはしなかった。

 賢明である。

 

「水星ちゃん、ちょっといいかな」

「あっ、はい」

 

 シャディクに呼ばれて、廊下の方へとてとてと歩いて行くスレッタ。

 彼女を待っていたのはパンチの効いている話の出だしだった。

 シャディク・ゼネリはいきなり爆弾発言をしてきた。

 

「どうすべきか迷ったけど、連携上も問題があるから最初に言っておくよ――俺たちは君の〈エアリアル〉がガンダムだって気付いてる」

「えぇ!? ……いつからですか?」

「種を明かすと簡単な話でね、義父さんたちの会議に出席したら、シン・セー開発公社の方から発表があったのさ」

「わたし、そんな話、全然聞いてないですよぉ!?」

「あははは……コミュニケーションを大切にね、水星ちゃん」

 

 内心では「やはりデリングは水星ちゃんを駒としてあつかっているようだな」と分析しつつ、にこやかに笑うシャディク。

 

「相手が遠隔操作型のドローン兵器なら、〈ミカエリス〉と〈ベギルペンデ〉の電子戦能力(アンチドート)が役に立つ。でもこいつの範囲内にガンダムがいれば、そっちまで巻き込んでしまう」

 

 実のところオーバーライドに目覚めた〈エアリアル〉であれば、アンチドートの効果範囲内であっても再起動できるのであるが、そのことを二人はまだ知らなかった。

 オーバーライドに目覚めたのが、ガンダムとの決闘で追い詰められたからという経緯ゆえの誤解である。

 いずれにせよ、オーバーライドとアンチドートは相反する機能であり、食い合わせは最悪に近い。

 

「わたしがドローンの母機……たぶんいると思うんですけど、そっちを抑えに行くって手もありますよ?」

「それは魅力的な提案だけど……現状、俺たちは手数が足りない。〈エアリアル〉は貴重な戦力だから、防衛戦を成立させるためにもここにいて欲しいかな」

「タイムリミット……わたしの呼んだ応援が到着するまで持ちこたえるってことですか」

「ああ、そのことなんだけど水星ちゃん」

 

 シャディクはにこやかな笑みのまま探りを入れた。

 

「二四時間以内の到着はいくら何でも早すぎる。その応援っていうのは、最初からこの事態を予想してないとありえないんだ。君はこうなることを知ってたのか?」

「……いいえ。わたしがエランさんの事情を知ったのは、決闘中のことです。皆さんと通信が切れている間に、エランさんと口喧嘩みたいになってわかったんです」

「喧嘩ねえ……あのエランがらしくもない。でも、わかったよ水星ちゃん。つまりこの一件は、俺たちにはうかがい知れない権力ってやつが絡んでるらしい」

「そう……なんでしょうか」

「まあ、話を戻そうか。グラスレーの電子戦デバイスと〈エアリアル〉の相性は悪い。となると方法は一つだ」

 

 スレッタはすぐ、シャディクが言わんとすることに気付いた。

 

「部隊を二手に分けるんですか?」

「ああ、それがいいと思う。お互いすぐに助けにいけるぐらいの間隔にしておこう。そっちの指揮は水星ちゃんが頼むよ」

「えぇ!? な、なな、ななな、なんでぇ!?」

 

 動揺するスレッタに、シャディクは道理を言って聞かせた。

 

「そっちの一年の子、スペーシアン嫌いで有名だろう? グエルの言うこと聞くと思う?」

「あー、あー……そうですよね、はい、わ、わかりましたぁ……」

「グエルなら心配ないよ。あいつはプライド高いけどバカじゃない、君の言うことなら聞くさ。後方からの管制はうちのエナオとイリーシャとメイジーがやってくれる」

「い、いぃ、至れり尽くせりですね、ありがとうございます!」

 

 そのときだった。

 待機室にいた全員の生徒手帳が警報音を発した。

 画面を見れば、そこには非常事態を知らせる表記と最寄りのシェルターへの避難指示が出ている。

 スレッタとシャディクの表情が険しくなった。

 

「いよいよですね」

「……そのようだね」

 

 それから一〇分後、第一三戦術試験区域内のバトルフィールドに、数十機のドローンが侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 予想される敵の出現位置は特定できていた。

 襲撃までの猶予時間があるうちに、手が空いている面子で手分けして、戦術試験区域のあちこちにセンサーや観測ドローンを設置してきたからだ。

 本格的なジャミングに対しては弱い、民生用のセンサー類だが、相手がドローン兵器ならば十分な監視網になるはずだった。

 

 

――そして奴らはやってきた。

 

 

 荒野のバトルフィールドに発進した〈ディランザ〉ラウダ専用機――現在はグエル・ジェタークの搭乗機である――が見たのは、戦術試験区域内のハッチをこじ開けて、外部から押し寄せてくる巨大な虫の群れだった。

 それはドローンという言葉で連想されるそれに比べて、はるかに醜悪な甲虫を思わせる姿をしている。

 三本の長い脚で地面を這い回るドローンは、モビルスーツの膝ほどの高さもある巨体を持っていた。

 それがうじゃうじゃと、あちこちのメンテナンス通路から這い出してくるのは、生理的嫌悪感を催させる何かがあった。

 

「なんだこりゃ……地球の昆虫とかいうやつじゃないのか!?」

『地球にこんなでけえ虫はいねえよスペーシアンのボンボン!』

「誰がボンボンだ、誰が!」

『ふ、二人とも喧嘩はしないでくださいっ!』

 

 早速、地球寮+ジェターク寮チームは解散の危機に瀕していた。

 人当たりがいいとは到底言えないチュチュと、これまたプライドの高いグエルの相性は最悪だ。

 もちろんスレッタはその仲裁に追われてあわあわと慌てている。

 一方、僚機を引き連れて五〇〇メートルほど離れた場所に展開するシャディクは大型トレーラー並みの巨大な昆虫を見ても、動じることなく冷静に分析していた。

 

『ドローン兵器〈プルーマ〉――うちのアーカイブで見たことがある機種だ。宇宙対応の近接型ドローンなんてそう多くないからね』

『どんな機体なんですか?』

『そうだね水星ちゃん、特徴は専用の輸送機で運ばれて、近接用のクローユニットとビーム砲を持ってること、かな』

『え、つまり――』

 

 ちかちか、と光って。

 

 

――ものすごい数の砲門からビーム砲が吐き出された。

 

 

『――グエルさん、チュチュさん!』

 

 二人を庇うようにビットステイヴを展開するスレッタ――ビットが巨大なシールドを形成し、バリアのような力場を発生させてビームを弾く。

 凄まじいのはその防御力だ。

 如何に収束率の低い小型ビーム砲とはいえ、三〇発を超えるビームの雨を浴びてもびくともしていない。

 まだ俺の見たことがない機能があったのか、とグエルは舌を巻いた。

 そして即座に、戦況を見抜いて叱咤を飛ばす。

 

「スレッタ・マーキュリー! お前は遊撃に回れ! そのドローンは防御じゃなくて攻撃に使うんだ! 敵の数を減らせ!」

『命令すんなクソスペーシアン!』

「ええい、今は俺たちで協力するしかないんだ、いくぞ!!」

 

 〈ディランザ〉がホバー機能で加速し始めた瞬間、負けじとチュチュの〈デミトレーナー〉もローラーダッシュを開始。

 荒野に湧き出した大量の陸戦ドローン兵器〈プルーマ〉の群れに突っ込んでいく。

 

「援護は任せたぞ、スレッタ!」

 

 言うだけ言って、グエル・ジェタークは一目散に敵陣に突っ込んでいく。

 相手は無人兵器で、これは決闘ではなく、生命の保証はない。

 そう頭ではわかっているのに、不思議な高揚感があった――それはおそらく、スレッタ・マーキュリーと共に戦えるという充実感にも似た感情だ。

 加速する。

 〈プルーマ〉からのビームを、〈ディランザ〉の肩部シールドで弾きながら突っ込む。

 〈プルーマ〉のビームは実戦出力だったが、元々、小型の機体に内蔵されている火器ということもあり火力そのものは低い。

 非装甲目標ならば跡形もなく焼き尽くせるだろうが、世代を重ねて進化してきた第四世代モビルスーツの敵ではないのだ。

 

『二人とも、今、援護します!』

 

 スレッタの声がした瞬間、幾条もの荷電粒子ビームが降り注ぎ、視界を埋め尽くす数の〈プルーマ〉が爆ぜた。

 〈エアリアル〉のビットステイヴからの援護射撃だ。

 あの〈ダリルバルデ〉を追い詰めた火力は健在のようだった。

 援護射撃で弱まった敵の弾幕を突っ切り、両手で保持した巨大な戦斧――ヒートアックスを振るう〈ディランザ〉。

 その大質量の一撃を食らい、何機もの〈プルーマ〉が砕け散り、ひしゃげて宙を舞った。

 だが、敵の数は膨大である。

 二、三機を一度に叩き潰しても、その一〇倍以上の敵がすぐに押し寄せてくる。

 

「後ろは任せたぞ、チュアチュリー・パンランチ!」

『テッメエ、いいとこ持って行きやがって! しゃーねーなあ!!』

 

 〈ディランザ〉に組み付こうとした〈プルーマ〉が、チュチュの長距離ビームライフルに撃ち抜かれ爆発した。

 さらにそのチュチュ機を狙っていた陸戦ドローン群の一団に、〈エアリアル〉の弾幕が浴びせられる。

 グエル、スレッタ、チュチュは即席のわりにはバランスの取れた、前衛、後衛、支援の役割分担の出来ているチームだった。

 

 

――戦斧が振り抜かれ、ビットステイヴがビームの雨を降らせ、長距離ビームライフルが確実に敵を撃ち抜いていく。

 

 

 ビームバルカンを撃ちながらヒートアックスで一六体目の〈プルーマ〉を打ち砕いたグエルだったが、まだ湧いてくる敵にいい加減、弱音が出そうだった。

 何せ少しでも気を抜けば、脚部や背中に組み付いて動きを止めようとしてくるのだ。

 前衛のグエルの消耗は計り知れなかった。

 

「キリがないぞ、シャディク!」

『待たせたね、みんな。そろそろアンチドートの時間だ』

 

 三人から離れてた場所で交戦していたシャディクたちも、連携して周囲に〈プルーマ〉の残骸の山を築いていた。

 一定数の敵を排除することに成功し、必要な隙を確保できたと判断したシャディクたちは、〈ミカエリス〉――白い騎士のような左右非対称のMS――を中心に敵陣へ突入した。

 彼の僚機を務めるのは、サビーナとレネの搭乗するMS〈ベギルペンデ〉だ。

 ハイエンド機として開発された試作機〈ベギルベウ〉をベース機とする〈ベギルペンデ〉は、巨大な十字型の大盾が特徴的なMSである。

 跳躍からの着地と同時に、その大盾ノンキネティックシールドの各部の装甲が展開され、内蔵されたパーメット・電子対抗装備――電子戦デバイスが発動。

 刹那、周囲のあらゆるパーメットおよび電波を利用した遠隔操作技術が無効化され、うじゃうじゃとフィールド上でうごめいていた〈プルーマ〉の動きも止まる。

 強力なジャミングによって、母機からの遠隔操作型ドローンである〈プルーマ〉の制御が阻止された結果だ。

 

『ジャミング中は俺たちは動けないし、水星ちゃんの新型ドローンも使えないからね! あとは任せたよ!』

「お前この作戦、俺の負担がデカ過ぎるだろうが!」

『元ホルダーの意地を見せてくれよ、グエル』

『グエルさん、わたしも前衛で参加します!』

 

 シェルユニットを青く発光させた〈エアリアル〉が、空を舞いながら参戦してきた。

 右手にビームライフル、左手にビームサーベルを握った姿で、機体各所にビットを装着したビットオンフォーム――飛び跳ねるように宙を舞い、着実に〈プルーマ〉を撃破していく〈エアリアル〉。

 流石にここまで見事な操縦を見せられては、意地を張るしかなかった。

 

「負けてられん!」

 

 グエルは操縦桿を握りしめ、さらに戦斧を振るい続けた。

 引き裂かれた〈プルーマ〉の残骸が宙を舞い、ビームバルカンに撃ち抜かれた機体が爆発し、スレッタに撃破された残骸が跳ね飛ばされる。

 何十分、何時間戦っているのかもわからなくなるような戦いの連続だった。

 命懸けの掃討戦である。

 

『ずりーぞオメーら! あーしの分も残しておけー!!』

 

 なのにそれが、奇妙に青春めいて楽しかった。

 グエル・ジェタークは消耗しながらも、集中力が途切れることなく、いくらでも戦い続けられるような気がした。

 だからだろうか。

 それに真っ先に気付いたのもグエルだった。

 

「おい、アレ!?」

 

 一台の車両が彼らのはるか後方を走っていた。目視できたのは、砂塵が光学迷彩――透明化スキンを解除させたからだ。

 おそらくそれは、これまで光学迷彩をかけて潜伏し、〈プルーマ〉の群れがこじ開けたメンテナンスハッチから侵入してきたのだろう。

 兵員輸送車両と思しき装甲車が、いつの間にか、グエルたちの防衛線を突破して、彼らが出撃時の拠点としていた地下MSハンガーに迫っていた。

 そこには当然、地球寮の面子やグラスレー寮の少女たち、そして彼らが守ろうとしているエラン・ケレスがいる。

 モビルスーツ部隊は〈プルーマ〉を押しとどめるため、前に出すぎていた。

 

『お、おい!? どうすんだよアレ!?』

 

 その隙を突かれたのだ、と気付いたときには遅かった。

 グエルの機体は前に出すぎていたし、重量級ゆえ今から反転して追い付くには厳しい。

 そして射撃武器を持っている後衛のチュチュは有人車両かもしれないそれを撃つことにためらいを覚えている。

 グラスレーのMS三機は、ジャミングで〈プルーマ〉の軍勢を無力化している真っ最中だから動くことができない。

 だからそう、消去法で答えは決まっていたのである。

 この中で最も軽量で機動力が高く、腕のいいパイロットが乗っているモビルスーツ――〈エアリアル〉が身を翻して空を飛んで。

 

 

『わたしが止めます!』

 

 

 そう言って兵員輸送車両に迫ったスレッタ・マーキュリーは。

 無慈悲にビームライフルの引き金を引いた。

 

 

 

――荷電粒子ビームの閃光。

 

 

 

 ちかっとプラズマの光が弾けて。

 装甲車は跡形もなく消し飛んでいた。

 おそらく、その中に乗っていた乗員ごと蒸発したのだ。

 

 

「――なっ」

『えっ……?』

 

 グエルとチュチュは何が起きたのかわからず、身体が硬直してしまう。

 戦いの最中だというのに、目の前で起きたことが飲み込めず、呆然と立ち尽くす二人。

 

『残りのドローンはわたしが処理します!』

 

 声を張り上げるスレッタが、無理をしておらず、いつも通りに振る舞っているように見えて。

 どうしていいかわからず、グエル・ジェタークはコクピットの中で震える手を呆然と見つめた。

 

 

――人を、殺したのか?

 

 

――あいつが?

 

 

 〈エアリアル〉によって殲滅されていくドローンの群れ。

 その強さの裏にあるどす黒い何かが、わかってしまったような気がして。

 少年は不条理な現実を受け止めきれず、踊るように戦う白亜の妖精を呆然と眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

――それは彼がまだ、何も知らない子供でいられた最後の時間。

 

 

 

 

――その初恋の残酷さを、思い知る前の戸惑いだった。

 

 

 

 




・「プルーマ」
羽根の意味を持つ無人兵器。
三本足の戦車型ドローン。
アラス(翼)と呼ばれる宇宙用輸送機兼指揮ユニットから制御される。
拠点突破用のヒートクローとビーム砲で武装している。
見た目のわりに軽量な無人多脚空挺戦車であり、対人兵器である。

元ネタは鉄血のMA子機。
当然のことながらナノラミネートアーマーもエイハブリアクターもない世界なので耐久値は見た目相応。

・「アラス」
全幅六〇メートル、全長四〇メートルの全翼機タイプのドローン運用母機。
子機であるプルーマを大量に運搬可能。
全翼機型の機体は、フロント(いわゆる宇宙コロニー)内部への侵入まで想定した結果である。
戦術型AI搭載の無人兵器の指揮に特化した機体だが、自衛用にビーム砲内蔵クローアームなどを装備する。
フロント間の紛争で使用され、敵対フロントに対する制圧作戦に投入された。


見た目が気持ち悪くなったハシュマルっぽい何か。
スレッタたちが〈プルーマ〉と激戦を繰り広げている間、画面外では〈デミギャリソン〉部隊が死闘を繰り広げて学園への被害を防いでいました。
暗殺部隊(装甲車)の輸送もこいつがしてます。


ドローン戦争はあくまで人間のコントロール下に置かれた兵器が、人間の暴走と堕落によって際限なく濫用される地獄でした。


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擦れッタがドミニコス隊に復帰するだけの話

 

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園のフロント外宙域は、今や戦場となっていた。

 無数のドローン子機〈プルーマ〉が虚空を飛翔し、迎撃に出たMS〈デミギャリソン〉に群がってくる。

 出撃時には三六機だった〈デミギャリソン〉部隊は、ドローン母機を撃墜するために重武装だったのが災いした。

 小回りの利かない重火器仕様では、凄まじい物量で襲ってくる〈プルーマ〉と距離を保つのは容易ではない。

 足を止めたものから組み付かれ、ヒートクローで装甲を引き裂かれていく地獄のような状況だった。

 

『う、うわああ!! 来るな、来るなぁ!!』

『機動しろ、足を止めるな! 敵のドローンの単体性能は低い!』

『ちくしょう、敵が多すぎる!』

 

 何より〈デミギャリソン〉部隊の敵は〈プルーマ〉だけではなかった。

 これら大量のドローンを輸送してきた九機の全翼機型ドローン母機〈アラス〉――翼の名を冠した大型無人兵器は、自衛用のクローアームを展開し、内蔵ビーム砲でこちらを狙い撃ってくる。

 現代の高出力化したビームライフルと比較しても遜色ない威力の荷電粒子ビームである。

 それが九機もの〈アラス〉の編隊から放たれるのだ。

 ビームの弾幕を避けなければ撃墜され、そちらに気を取られすぎれば〈プルーマ〉の餌食となる。

 学園の警備が本業である彼らには、あまりにも荷が重い戦況だった。

 無数の〈プルーマ〉が防衛ラインを突破し、フロントの一部区域に向かっていくのを、〈デミギャリソン〉部隊の隊長機が捉えた。

 

『妙だ、さっきから戦術試験区域の方に向かっているぞ――あちらに何かあるのか?』

『学園の生徒がMSで演習を申請しています』

『くそっ、不味いぞ――』

 

 このままでは生徒からも死者が出る。

 最低限、子供たちだけは守らねばなるまい。

 しかしすでに〈デミギャリソン〉部隊は半壊しているも同然で、ドローン母機〈アラス〉を叩けるだけの余裕はなかった。

 そのときだった。

 こちらのパーメットコードに合わせて通信が入ったのは。

 

『こちらドミニコス隊所属〈ユリシーズ〉、これより応援要請に応じてMS部隊を展開する。持ちこたえてくれ』

 

 地獄に救い主がやってきたようだった。

 スペーシアンのMS部隊最精鋭と呼ばれる集団が、何故こんな場所にいるのかという疑問に答えは出なかったが。

 発進したMS部隊には、確かに特徴的なエンブレムが刻まれていた。

 

 

『あのエンブレム……本当にドミニコス隊か!?』

 

 

 それから語るべきことはほとんどない。

 戦況は逆転して、ドローンの群れは殲滅されたのだから。

 

 

 

 

 

 

――戦いの終わりまではあっという間だった。

 

 

 

 ラグランジュポイント四第七三区、アスティカシア高等専門学園で起きた未確認ドローンによる襲撃事件。

 その一報を受けて到着したドミニコス隊所属MS運用母艦〈ユリシーズ〉およびその艦載MS部隊は、スペーシアン最精鋭とも言われる実力を存分に発揮。

 襲撃で大量に投入されたドローン子機〈プルーマ〉およびその母機である戦術AI搭載ドローン〈アラス〉を、ドミニコス隊のモビルスーツ部隊は速やかに撃破した。

 司令塔であるドローン母機を破壊された〈プルーマ〉たちはその動作を停止し、第一三戦術区域内で起きていた戦闘も終結に向かっていた。

 

 現場に到着したドミニコス隊のモビルスーツ――最新型の〈ベギルペンデ〉と標準的な第四世代機〈ハインドリー・シュトルム〉の混成部隊だ――は、実習用のMSで応戦していた学園の生徒たちを保護。

 こうしてドミニコス隊が保護した学生の中には、とある事件の重要な証人であるエラン・ケレスの姿もあった。

 何体ものモビルスーツが並び立ち、周囲を警戒する中。

 武装した兵士と装甲化ドローンで周りを固められた少年は、明らかに狙撃を警戒されていた。

 〈プルーマ〉ドローンに紛れて潜入していたステルス車両は、スレッタ・マーキュリーの手によって跡形もなく蒸発していたが、別口で伏兵がいる可能性も否定できない。

 そんな少年と近距離で話せるのは、ドミニコス隊にとって見知った顔であるスレッタ・マーキュリーだけだった。

 

 

「…………これでお別れなのかな、スレッタ・マーキュリー」

 

 

 褐色の肌に赤毛の少女。

 互いの過去と情念をぶつけ合い、決着をつけた彼女に対して、エラン・ケレスは特別な思いを抱いていた。

 果たしてそれに何という名前をつけるべきなのか、少年は知らなかったけれど。

 それでも別れが惜しいと思った。

 自分のせいでまた人殺しをさせてしまったという悔恨の念もあったが、それを口にして、少女を困らせるのはもっと嫌だった。

 だからエランはいつも通りに振る舞うことにした。

 

「次に会うときは、エランさんが自由になったときですよ。一週間後のデートは無理になっちゃいましたけど」

 

 そう言って屈託なく笑うスレッタに、そういえばそんな約束をしたなと思い出す。

 自分が決闘を挑んだことで有耶無耶になったと思っていたのだが、どうやら少女はしっかり約束を覚えていたらしい。

 

「そうだね……少し、時間がかかりそうだ」

 

 一体どれだけ取り調べを受けることになるのか、エランにもわからないのだ。

 ペイル社に帰還するよりはよほど身の安全は保障されるだろうが、それでも監禁状態になるのは間違いない。

 少年がそのように思考していると、スレッタ・マーキュリーは少し不安げに表情を崩して、彼の顔を見つめてきた。

 

 

「決闘、勝ったんですから……デートの約束、守ってもらいます」

 

 

 そう言われては素知らぬ顔などできるはずがない。

 エラン・ケレスはどう答えたものか数秒間、思案した末に、何の面白みもない言葉を絞り出した。

 

「……うん、デートコース、考えておくよ」

「楽しみにしてますね」

 

 そして次の瞬間。

 強く、強く、エランは身体を抱きしめられた。

 周囲を大人の兵士たちが取り囲んでいることなど気にもせず、スレッタは少年へ人の体温のぬくもりと親愛の情を伝える。

 皆、気まずそうにしているが、知ったことではないらしい。

 

 

 

「――エランさん、()()()()()()()

 

 

 

 その言葉に込められた万感の思いを、否定できるはずもない。

 たぶんあの決闘から、エラン・ケレスを名乗って生きてきた強化人士四号は生まれ変わったのだ。

 どうすればいいか迷った末、少年はただ心のままに喋ることにした。

 

 

 

「生きるよ、僕は最後まで生き抜く…………君もね、スレッタ・マーキュリー」

「……はい、そうですね」

 

 

 

 それはきっと、痛みを共有した二人にとって、どんな言葉よりも重い誓いだった。

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 エラン・ケレスから離れたスレッタを待っていたのは、モビルスーツから降りてヘルメットを脱いだグエル・ジェタークだった。

 もしかしたら、当分、顔を合わせられないかもしれない。

 そう思うと、今のうちに伝えるべきことを伝えた方がいいと思った。

 スレッタは、気まずそうに目をそらしているグエルに近づくと、ぺこりと頭を下げた。

 

「グエルさん、本当にありがとうございました。たぶん、わたしがこの学園に来て楽しかったって思えたのは、グエルさんのおかげです」

 

 その言葉を聞いて、グエル・ジェタークは明らかに動揺していた。

 ぱくぱくと口を開いて声にならない音を漏らしたあと、彼はようやく、自分の中にあった悔恨を口にすることができた。

 

「俺は……俺がもっと早く気付いていたら、お前が…………あんな……」

 

 人間が乗っている装甲車両をビームライフルで撃ち抜き、乗員ごと撃破する。

 モビルスーツという兵器の性質を考えれば容易いが、この学園で決闘だけに集中してきたグエルにとって、それはあまりにも衝撃的な光景だった。

 戦うということは、人を殺すことに直結している。

 そんな当たり前のことを、少年は自らの手を汚すことなく実感させられていた。

 もしかしたら好きなのかもしれない女の子に手を汚させて、そんな現実を認識すること自体が、グエルには情けなく思えてくる。

 

「グエルさん」

 

 彼のくしゃくしゃになった顔を見て、スレッタは困ったように微笑む。

 それは彼女にとってもう、当たり前になってしまった行為だから、気にする必要などないのだと。

 どう伝えればいいのか迷った末、スレッタ・マーキュリーは率直な言葉で伝えることにした。

 

 

「わたし、ああいうのは()()()()()()()んですよ。だからグエルさんの手が汚れなくてよかったです」

「なっ……」

 

 

 二の句が継げなくなったグエルは、頭の中が真っ白になるのを感じた。

 そして湧き上がってきた感情のままに叫んだ。

 

 

「……そんなわけ、あるか……ッ! 一番つらいのはお前だろうがッ!!」

 

 

 慣れているから人殺しも問題ないなんて言えるほど、スレッタ・マーキュリーが擦れているならどんなによかっただろう。

 だがグエル・ジェタークは知っている。

 彼女は優しくて、惚けていて、なんてことはない日常を愛していたことを。

 それは嘘なんかじゃないと叫びたかった。

 

 

「知ってるんだよ、お前が、よく笑って……友達作りが楽しみで、あのくだらない時間が好きなやつだって……なのにッ!!」

 

 

 どうすればいいのかわからないから、そうやって衝動的に叫ぶことしかできない自分が惨めだった。

 まるでスポーツの延長のような感覚で助太刀した結果、グエルが直面した現実は、好きな女の子が殺人者であり、残酷な現実に慣れてしまっているというどうしようもない仄暗さに満ちている。

 ジェターク家の御曹司グエル・ジェタークでは、どう立ち向かえばいいのかわからない、どす黒い闇が広がっている場所にスレッタはいた。

 泣き出したいぐらい悔しかった。

 そんな彼の顔を見上げて、スレッタは心の底から、安堵したような言葉を吐き出す。

 

 

 

「グエルさんのそういうところ……青臭くて、甘くて、わたしは嫌いじゃないですよ」

 

 

 

 そしてスレッタは、握手を求めるように右手を差し出した。

 恐る恐る、スレッタ・マーキュリーの手を握った。

 パイロットスーツ越しでもわかる少女の細い指が、グエルの掌を握り返してくる。

 

「スレッタ……俺は……」

「きっとまた会えます、グエルさん」

「……ああ、そうだな。そうだよ、な……」

 

 言葉はそこで途切れた。

 お互いがお互いに言うべきことを言えたもの同士の――心地よい沈黙があった。

 

 

 

 

 

 

 グエルと別れたあと、スレッタは保護された地球寮のみんなの様子を見に行った。

 〈デミトレーナー〉の近くで、チュチュが泣いていた。

 ショックを受けて地面に座り込んでいるチュチュの周りを、地球寮のメンバーが心配そうに取り囲んでいる。

 その光景を、スレッタ・マーキュリーは遠巻きに見ていた。

 

 

――わたしが近づいたら、またチュチュさんを傷つけてしまうから。

 

 

 そう、自分に言い訳して。

 スレッタは地球寮のみんなに背を向けた。

 拒絶されるのが怖くて仕方がないから、逃げただけだとわかっているのに。

 

 歩いて、歩いて、歩いて。

 しばらく黙り込んでいると、駆け寄ってくる影があった。

 明らかに周囲の制止を振り切って突っ込んできたのは、銀髪の美少女。

 ミオリネ・レンブランその人であった。

 

 

「スレッタ! スレッタ!」

 

 

 警護の兵に引き留められながら、それでもミオリネはスレッタの名を叫ぶ。

 彼女に対して、スレッタは何を言おうか考えた挙げ句、つまらない注意事項しか思い浮かばないことに気付いて苦笑した。

 家族みたいな距離感でずっと過ごしてきたから、口うるさい妹みたいなことを口にしてしまう。

 

「ミオリネさん、わたしがいない間も、ご飯をちゃんと食べなきゃダメですよ。またカップラーメンばっかり食べてたら怒りますからね」

「バカッ! そんなのどうでもいいわよ、どうして、あんたが――()()()なんて!」

 

 ああ、なんて答えればいいんだろう。

 

 

――実はわたしにとってあなたの父親は家族の仇同然で。

 

――あなたの父親に自分から志願して、いっぱい人を殺しました。

 

――こんなの言えるわけがないよね。

 

 

 何もかも狂っている気がした。

 それでもスレッタ・マーキュリーには心があるから、親愛も友情も慕情も消えてはくれない。

 その焦げ付いた感情を抱えながら、スレッタはミオリネの顔を見つめる。

 

「どうして、でしょうね。こうなっちゃった理由、わたしはわかってるんですけど……言えません」

「……スレッタ!!!」

 

 ミオリネは泣きそうな顔をしていた。

 

 

「あんたが、何をしていたって! 私は、私だけは()()()()()()()()()()!!」

 

 

 だから「いかないで」とミオリネは言った。

 その言葉が嬉しくて、暖かくて、泣きそうなぐらいに心に響いたのに。

 涙は出てこなかった。ただミオリネの美しい顔を見つめて、親しみを込めて笑うことにした。

 

 

「…………迎えが来たみたいです。また、ゆっくりお話ししましょうね」

「――スレッタァ!!!」

 

 

 ミオリネの叫びを背中に受けながら。

 スレッタ・マーキュリーは見知った顔――ドミニコス隊モビルスーツ部隊の同僚に挨拶した。

 

「エドさん、ジェフさん、お久しぶりです」

 

 二十代半ばの若いパイロットたちは、口笛を吹きながら少女の帰還を歓迎した。

 

「我らがプリンセスのご帰還だ」

「待ちかねたぜ、スレッタ」

 

 軽口を叩いていた青年たちは、すぐに真面目な顔になった。

 彼らが伝えるのは、直属の上司からの指令である。

 

 

「ケナンジ・アベリー隊長からの指示を言おう――お前は今からドミニコスだ、()()()()()

 

 

 深々と目を閉じた。

 学園での楽しかった日々――なんてことはない、くだらない日々が脳裏をよぎった。

 そのすべてを大切に、心の中の宝箱にしまって。

 目を開けたとき、そこにいたのはアスティカシア高等専門学園の学籍番号LP〇四一、スレッタ・マーキュリーという少女ではなく、ドミニコス隊の()()()()()だった。

 ひどく落ち着いた声音で、少女は応答する。

 

 

「了解――()()()()()、現時刻を以て通常任務に復帰します」

 

 

 スレッタの声に応じるように〈エアリアル〉の色が変わっていく。

 ナノテクを応用した偏光塗料が本体からのパーメットリンクに同調して、水色の胸部装甲がダークグレーに、白亜の装甲が薄いグレーに、赤色の足部底面(スリッパ)が薄紫色に変色。

 その肩に浮かび上がるエンブレムは、ドミニコス隊所属を示すもの。

 

 別物になった灰色の巨人(エアリアル)の姿を、ミオリネとグエルは呆然と見上げていた。

 まるで自分たちの手の届かない世界へと、スレッタ・マーキュリーが去ってしまうかのような感覚を得て、彼らは動くことができない。

 周囲をドミニコス隊の戦闘員たちに囲まれて連行されるエラン・ケレスは、その巨影を見上げて、ただ一言、こう呟くのだった。

 

 

 

 

「魔女狩りの、ガンダム……」

 

 

 

 

――狩るべき異端者を見つけて。

 

 

 

 

――ガンダム狩りの魔女(スレッタ)が帰還する。

 

 

 

 



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擦れッタを理解しようとみんなが頑張るだけの話

 

 

 

 ニカ・ナナウラには、思い出してもぞっとする事実がある。

 

 

 つい先日まで毎日顔を合わせていた友人が、実はスペーシアンの監査組織カテドラル直轄ドミニコス隊の隊員だったなど、誰に予想できるだろう。

 余人であれば友人の正体に驚愕するだけで済んだかもしれない。

 だが、ニカにはとある秘密があった。

 アーシアン過激派組織〈フォルドの夜明け〉によって送り込まれた連絡員――スパイという裏の顔が、少女にはある。

 ニカ自身に大きな思想はない。

 

 スペーシアンもアーシアンも同じ人間であり、条件が平等なら結果を出せるはずだという希望はある。

 けれどそれは、若人らしい未来への展望にも似た情熱であって、アーシアンの窮状に対する思想などではなかった。

 スパイに抜擢された理由もメカニックとしての腕を買われてのものだったし、どん底の児童労働者が高等教育の機会を得られるという餌に食いついて、ニカ・ナナウラはアスティカシア高等専門学園に入学してきた。

 そういう身の上だから、あのスレッタ・マーキュリーがドミニコス隊――スペーシアンの敷いた秩序の尖兵だったという事実は、ニカにとって純粋な恐怖だ。

 もし彼女の前で尻尾を出していたら、今ごろは刑務所送りになっていたかもしれない。

 そう考えると、背筋が寒くなる。

 

 何よりも嫌だったのは、仲のよかった友達が学園を去ってしまったというのに、ほっとするばかりで悲しむ余裕がない自分自身だった。

 今の地球寮の雰囲気は、基本的にいつも通りだ。

 いなくなってしまったスレッタと〈エアリアル〉のことについては、基本的に触れないやんわりとした暗黙の了解ができあがっているけれど。

 シン・セー開発公社からの資金援助が止まったわけではないから、その点については心配が要らないのも大きい。

 気弱な寮長のマルタンなどは、とりあえず資金繰りの心配をしなくていいことに胸をなで下ろしていた。

 

 今、一番ニカが心配しているのは、後輩でパイロット科一年生のチュチュのことだ。

 いつもは不良のような言葉使いと気性の荒さで周囲を威嚇している少女だが、彼女が本当は優しく義侠心にあふれていて、それゆえに怒っているだけなのを、ニカ・ナナウラは知っている。

 自分を「ニカ姉」と慕ってくれるチュチュのことが、ニカは嫌いではなかった。

 そんな少女は今、とても落ち込んでいる。誰もいない部屋で一人、チュチュが泣いているのを見かけたのは、ただの偶然だった。

 

「チュチュ?」

「ニカ姉……」

 

 バツが悪そうな顔のチュチュは、手の甲でごしごしと目元を拭いている。

 泣いていないとアピールしたがっているようだが、真っ赤に腫れた目元で台無しだった。

 

「いいよ、誤魔化さなくて。スレッタのことでしょ?」

 

 そう言うと「うん」とうなずいて、チュチュは黙り込んだ。

 辛抱強く付き合って隣の席に腰を下ろすと、ようやくチュチュはぽつぽつと内心を話し始めた。

 

「あーしはあのとき……撃てなかったんだ……ドローンならいくらでも撃てたのに……見逃したら、ニカ姉たちが、みんなが危ないって頭ではわかってたのに……」

「……スレッタが、撃ったっていう車?」

 

 怖い話だった。

 自分たちの元に、暗殺のため兵士が送り込まれていたという話も。

 それに対して何のためらいもなくスレッタ・マーキュリーが引き金を引けたというのも。

 ニカの言葉からそんなニュアンスを読み取ったのか、チュチュが言葉を荒げた。

 

 

「スレッタは悪くねえ!! あいつは……あーしの代わりに引き金を引いたんだ……なのに、あーしは泣いてばっかりで! あいつを見送ってやることもできなくて!」

 

 

 顔を両手で覆って、チュチュは涙をこぼす。

 

 

「あーし、自分が情けないよ……」

 

 

 チュチュの純粋な涙に対して、隠し事をしていて、嘘つきのニカ・ナナウラは本心からの言葉を返してあげられなかった。

 本当はスレッタ・マーキュリーのことが怖くてたまらないのに、それでも友達だからという体で善良な先輩のフリをするしかない。

 そんな自分が嫌いだった。

 

「大丈夫だよ、チュチュ。きっとスレッタは帰ってくる。そのとき、ちゃんと言ってあげようよ――おかえりって」

「ニカ姉……」

 

 月並みなよくある台詞だった。

 そんな言葉で泣き止んでくれたチュチュは、本当に純粋だと思った。

 自分自身の演技に厭気が差しながら、ニカ・ナナウラは頼りがいのある姉貴分を演じ続ける。

 生きるために。

 

 

 

 

 

 

 グエル・ジェタークはアスティカシア高等専門学園付属の図書館にいた。

 クラシックな紙の書籍はもちろん、様々なデジタルアーカイブに接続して自由に閲覧できる、電子ペーパーやモニターの端末もそろっている場所。

 ここで学ぼうと思えば、様々なことを学ぶことができる。

 もっとも多くのスペーシアンの生徒たちは、ここを勉強や実習の調べ物に利用する程度で、本来のアーカイブとしての利用するものはほとんどいないのだが。

 今、グエルは猛烈な知的欲求に突き動かされ、毎日のように図書館に入り浸っていた。

 勉強しているのはアド・ステラの歴史であり、世界情勢である。

 

 アーシアンとスペーシアンの対立構造の始まりがなんであったのか、グエル・ジェタークは知らない。

 もちろん歴史の授業であらましは知っている。

 ドローン戦争、地上の荒廃、進展する宇宙開発、格差の固定化――そういったものが積み重なって今の世界があるのだと、薄っぺらい教科書並みの知識はある。

 だが、それだけだ。

 その一つ一つの事象の詳細も知らなければ、それが何故、現在へ連なっているのか繋がりを読み解く教養もない。

 グエル・ジェタークが今、猛烈に恥じているのは自らの無知であり無力であった。

 

 

――あのとき、スレッタ・マーキュリーが引き金を引かねばならなかった理由。

 

 

――実はドミニコス隊の隊員だった少女が、そうも血塗られた道を歩かねばならなかった理由。

 

 

 すべてを知りたいと思った。

 その過程で耐えがたい差別の歴史の中に、自分自身も絡み取られていたと自覚して、少年は今、猛烈におのれを恥じていた。

 アーシアンを差別する理由ははっきりしている。

 彼らの多くは無教養で無分別であり、ろくな教育を受けておらず、すぐに暴動を起こす野蛮な人々だからだ。

 そのようにグエル・ジェタークは周囲から聞いて育ってきたし、事実、ニュース報道を見てもそのような現実ばかりが目に入った。

 だから差別して当然だと思っていた。

 

 しかし歴史書を紐解いてみれば、そういう構図ができあがったのは精々、ここ一〇〇年の話でしかなかった。

 生まれつき劣った人間も、愚かな人間もいないのだ。

 グエルが生きている現実にあるのは、太陽系社会の抱えるもっと構造的な問題であり、アーシアンたちの窮状はその結果に過ぎなかった。

 そして構造的な差別と搾取の繰り返しがテロリズムの温床となり、治安維持の名の下に様々な軍事作戦が行われていることを――グエル・ジェタークは初めて知った。

 それは別に悪の権力者が隠蔽している真実などではない。

 少年が図書館に通って本気で調べれば、すぐわかってしまうような現実だった。

 みんながそれを知らないのは、単に興味がないからだ。

 以前のグエルと同じように。

 

「……ちくしょう」

 

 わかったのはただ一つ。

 スレッタ・マーキュリーの手を血に染めさせたのは、自分のように怠惰な大勢の人間だという実感だけだ。

 グエル・ジェタークが憤って挑むには、あまりにも巨大で覆しがたい壁があるように思えてならなかった。

 書籍を紹介してくれた図書館の司書に礼を言いながら、本を返却して――虚脱感に襲われながら席に着いたときだった。

 よく見知った男の気配がした。

 

「隣、いいかな」

「……シャディクか」

 

 長い金髪に褐色の肌、胸元をはだけて着崩した制服。

 シャディク・ゼネリがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「噂になってるよ、あのグエル・ジェタークが突然、歴史について猛勉強を始めてるってさ。どうしたんだい、らしくもない」

「お前もあの場にいただろう、シャディク」

 

 ああ、と返答する。

 あの日あのとき、シャディクも確かに居合わせた――通信越しだったが、何が起きたのか把握していた。

 企業の暗殺部隊が乗った車両、撃つことができない生徒たち、一人だけ撃つことができた少女。

 ならば、あとはなるようにしかならないだろう。

 流石にスレッタ・マーキュリーがドミニコス隊の所属だったのは驚いたが、納得したのも事実だった。

 

 

――デリングの子飼いの魔女。

 

 

――歳に見合わない高すぎる戦闘技能。

 

 

――必ずエラン・ケレスを助けられるという伝手。

 

 

 なるほど、ドミニコス隊のモビルスーツ乗りならすべての条件を満たせる。

 そういう納得があったから、シャディク・ゼネリはスレッタ・マーキュリーに近づこうとしなかった。

 迂闊に近づいて、周辺を嗅ぎ回られたら面倒なのだ。

 自分はあくまで善意で協力した子供でいるべきだと思ったし、事実、そうすればすぐに信用してもらえた。

 だからシャディクは、グエルが一体、何に駆り立てられているかわからない。

 

 

「俺は……知らなくちゃいけないんだ。あいつが何と戦って、あんな風に覚悟を決めたのかを……」

 

 

 びっくりするぐらい青臭い理由だった。

 あまりにも甘ったるすぎて、一瞬、自分はからかわれているのかと思うぐらいに。

 だが、如何にもグエルらしい理由だった。

 甘っちょろくて、情が深くて、真っ直ぐな彼らしい理由だ。

 

「水くさいな。勉強会なら俺も一緒にやっていいか?」

「お前が……? 構わないが、邪魔をするなよ」

「しないさ、むしろ手助けできると思うよ」

 

 そうしてシャディク・ゼネリは、グエルの懐に入ることに成功した。

 あるいはグエル・ジェタークをこちら側に――親アーシアン派に引き込めるのではないか、という打算も多分にあったが。

 このときシャディクは初めて、何のコンプレックスもない真っ直ぐな好感を、グエルという男に抱いたのだ。

 

 

 

 

 

 

「――デリングゥウウゥウ!!!!!」

 

 

 鬼気迫る勢いであった。

 もし殺意だけで人を殺せていたなら、ミオリネ・レンブランは一〇〇回ぐらいデリング・レンブランを殺していただろう。

 彼女のアポイントメントを認めてベネリット・グループ総裁の部屋に通した警護の兵たちも、彼女が()()()()()()でなければ、迷わず射殺していたに違いない。

 それほどの勢いであった。

 

「騒がしいぞ、ミオリネ」

「答えなさい、デリング・レンブラン!! あんた、スレッタ・マーキュリーに何をしたの!?」

「私が? その問いは不正確だな、ミオリネ。スレッタ・マーキュリーは()()()()()()()()()()()()()()()。これがお前の望む答えか?」

「ッ!! こっのクソ親父ぃ!!!」

「ミオリネ様!」

 

 今にも殴りかからんばかりの勢いのミオリネは、デリングの副官ラジャンが間に挟まったことで、辛うじて収まったようだった。

 とはいえその白皙の美貌は見る影もなく、紅潮して真っ赤に染まっている。

 憤怒で赤くなっているのだ。

 我が子の凄まじい怒りに触れてなお、デリング・レンブランは冷静であった。

 すでにドミニコス隊から報告を受けている。

 娘が何に対して怒っているのかは想像がついた。

 

「もしお前が、スレッタ・マーキュリーのありようを無惨だと、残酷だと感じたのならば――それがこの世界の真実の姿なのだ、ミオリネ」

「そういう残酷な世界から子供を守るのが大人ってやつじゃないの!? あんた、言ってることおかしいわよ!!」

 

 ミオリネが口にしたのは、彼女の信じる良識ある大人が取るべき行動であり正義の形だった。

 だがそれは、デリング・レンブランという英雄の論理には通じない価値観だ。

 

「年齢など関係ない。この世界の平和と安寧は、スレッタ・マーキュリーのような意思と覚悟を持った人間によって守られている。その献身と庇護の下で暮らしてきたお前に、口を挟む資格などない」

「それ、は…………そんなの、あんたがスレッタに強制したんじゃない!」

「それは違う。あの者の母が死んだとき、スレッタ・マーキュリーは自ら私にこう願い出たのだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とな。そのときから二年間、あの者が約束を違えたことはない。アレは自らの意思で罪を背負うと決めた戦士だ」

 

 ミオリネを襲った衝撃は、思わず足下がふらつくほど彼女を驚愕させた。

 あの優しいスレッタが、自分から願い出た――それがデリングの嘘ならどれだけよかっただろう。

 だが、ミオリネ・レンブランは知っている。

 この男は決して嘘をつかない。

 自分と母に隠し事をしていたとしても、見え透いた嘘をつくことだけはない。

 それがたった一つ、ミオリネがデリングを信じている真実だった。

 

「何よ……それ……」

「自らを育んできた生活が如何なる犠牲の上に成り立っているか、お前は考えたことがあるか? スレッタ・マーキュリーはそれを理解しながら、罪を背負い、戦い続けている。そのような戦士たちの庇護があって初めて、お前の生きてきた世界は成り立っているのだ」

 

 そんなこと一度も考えたことがなかった。

 それがどれだけ残酷な振る舞いだったか――今さらになって理解する聡明さがあるミオリネは、絶句するしかない。

 黙り込んだ娘の姿を視界に収めながら、デリング・レンブランは淡々とこう告げた。

 

 

「――()()()()()()()()。ミオリネ、お前の見てきた平和で窮屈なゆりかごは、その地獄の外側に設けられた安全地帯に過ぎん」

 

 

 何も言い返せなかった。

 悪夢にうなされて、何度も何度も謝るスレッタの姿を思い出す。

 彼女の見ていた悪夢とは、魔女狩りの記憶だったのだろう。

 

 

――それが意味する痛みを、ミオリネ・レンブランは知らない。

 

 

 ミオリネは何もわからないまま、ここまで来てしまった。

 スレッタ・マーキュリーの見ていた世界を構成する、本当の残酷さを。

 

 

「何一つ背負う覚悟のないものが、スレッタ・マーキュリーの意思に口を挟むな。それはあの者への侮辱だ」

 

 

 何百回罵っても足りないような父親に、諭されるように説教されて。

 

 

 

――ミオリネ・レンブランはこの日、悔しさで泣いた。

 

 

 

 

――何度も何度も、涙が涸れるまで。

 

 

 

 

 



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擦れッタがペイル社相手に無双するだけの話

 

 

 

 

 

 アド・ステラ一二二年。

 ここ最近、ベネリット・グループは大きなスキャンダルに沸いていた。

 御三家の一つ、ペイル・テクノロジーズによる数々の協約違反と、その物的証拠である人体実験の被害者――あまりにも非道な内容のそれは、リークされるなりすぐに太陽系全域のマスメディアを賑わせた。

 まるでベネリット・グループ側が、積極的にこの件を大事にしたがっているかのような動きだった。

 常のベネリット・グループであれば情報統制や各種圧力でもみ消すような不祥事が、今回ばかりは何の妨害もなく大々的に報道されているのだ。

 特にグラスレー系のグループの動きは積極的で、ペイル・テクノロジーズによる非道な行いを、堂々と非難するような論調のニュース記事が発信されている始末である。

 

 

 

「「「「風向き、変わってきたわね……」」」」

 

 

 

 そして今、ペイル・テクノロジーズ本社フロントの内部では、四人の老女たちが今後の対応を話し合っていた。

 ペイル社協同代表の四人である。

 

「四号の処分に失敗したのは痛かったわね」

「貴重な市民IDのない戦闘部隊(インビジブル・ソルジャー)も皆殺しとはね。おかげで口封じの手間が省けたけれど」

「〈ファラクト〉の残骸は回収済みよ。あの機体が従来型GUNDフォーマット使用機である証拠はないわ」

「最悪、四号が告発に利用されようとこちらには本物のエラン様がいる。決定的な証拠はないに等しいのです」

 

 限りなく黒に近しい灰色を白と言い張れる、というのが、この権力にどっぷりと漬かった老女たちの思考回路だった。

 事実、ペイル・テクノロジーズという企業は、その利益を最大化する権力ゲームによって規模を拡大してきた。

 あらゆる不祥事は抹殺され、正当な権利や人権侵害を訴えた裁判は沈黙に追いやられ、何者も批判できない御三家の一つにまで登り詰めてきたのだ。

 ゆえに今回も同じように上手く沈静化させられるだろう、という楽観論が、共同代表たちを支配していた。

 それは人間であれば誰もが陥る正常性バイアスの罠なのだが、彼女たちは気づけない。

 全能の支配者として企業に君臨してきた長すぎる時間は、才女たちを暗愚な支配者にまで貶める、知的劣化を引き起こしていたのである。

 

「カテドラルが動いているという情報もあるわ」

「まあ、ヴァナディース事変のように我々を皆殺しにすると?」

「今のデリングにそんな気概はないでしょう。所詮、現体制の中で王様をしていれば満足する男でしょう、アレは」

「妾の子を学園に送り込んで保身に必死だものね。となると今回の告発は、サリウスあたりの差し金かしら」

「ご老体のガンダムアレルギーにも困ったものね」

「彼の養子……シャディク・ゼネリといったかしら? あのあたりから切り崩すのはどうかしら」

 

 実際のところ、積極的にペイル・テクノロジーズのスキャンダルを盛り上げているのは、そのシャディク・ゼネリの息がかかっている企業たちなのだが、自分たちに都合がいい情報だけを摂取してきた老女たちは気付かない。

 経営者としての彼女たちはずいぶん前から、高度AI〈ペイルグレード〉の指示に依存した存在となっていた。

 自分たちの陰謀の手腕すら、AIのそれに寄りかかった稚拙なものになっている自覚がないのだ。

 そんな彼女たちを揺るがす一報が入ったのは、そのときだった。

 共同代表たちにインプラントされている通信端末に、同時に衝撃的な情報が入ってきたのだ。

 

「なんですって!?」

「デリングは本気なの!?」

「ドミニコス隊が臨戦態勢ですって!?」

「このペイル・テクノロジーズに強制執行する気なの!?」

 

 それは弾劾裁判のような駆け引きの場で状況をひっくり返す気だった彼女たちにとって、寝耳に水の状況である。

 そしてこの危機を前にして、〈ペイルグレード〉は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

――スレッタ、時間だよ。

 

 

――今日も可愛い可愛い君のお姉ちゃんがサポートするからよろしく。

 

 

 コクピットの中でうたた寝していたことに気付いたのは、姉の呼びかけがあってからだった。

 うん、と寝ぼけ眼で目を覚まし、機体の自主点検中だったのを思い出す。

 点検自体は半分以上終わっており、すぐに残りも片付けてしまえる範囲だった。

 残りのチェックを始めたスレッタに対して、エリクトが持ちかけてきたのは際どい話題である、

 

 

――ところでエラン・ケレスには抱擁(ハグ)でグエル・ジェタークには握手(ハンズシェイク)だった違いって何?

 

 

――お姉ちゃんその辺の心の機微が気になります!

 

 

「……二人とも、わたしにとっては大切な人だから。一番気持ちが伝わるのってああいうのかなって思って……エランさんには生きて欲しいし、グエルさんには楽しい思い出いっぱいもらったし……」

 

 

――スレッタが男二人を転がす魔性の悪女になってるよぉ!?

 

 

――ショック! お姉ちゃん超ショック! え、マジで言ってる!?

 

 

「もうっ、からかわないでよエリクト。わたしは真面目なんだからね」

 

 

――ごめん僕、ほら恋愛経験とかないから……

 

 

――ちょっと高度な男女の感情の機微は手に余るかな……

 

 

 やや引いている姉に対して憤慨(ふんがい)しつつ、〈エアリアル〉のコクピットで点検を済ませていくスレッタ・マーキュリー。

 彼女が着ているのはドミニコス隊のエンブレムがついた専用のパイロットスーツであり、学園で着ていたホルダー用のスーツではない。

 〈エアリアル〉の方はMS運用母艦〈ユリシーズ〉に積んであった予備部品を使ってメンテナンスを受けており、機体の調子はいい。

 普段からのメンテナンスを大事にされてたんですね、と整備士に言われたとき、スレッタはちょっと複雑そうに微笑んでしまった。

 地球寮のみんなの仕事ぶりを褒められて嬉しい気持ちと、そんな彼らとろくにお別れもできずに来てしまった後ろめたさが、彼女にそういう態度を取らせている。

 やがてチェックリストがすべて埋め終わったときだった。

 ぬっと現れた巨体を見て、びっくりしてスレッタは大きな声を出してしまう。

 

「ケナンジ・アベリー隊長!」

 

 

――げっ、父さん殺したクソ野郎じゃん。

 

 

――僕はふて寝するからスレッタあとよろしく。

 

 

 一瞬で不機嫌になったエリクト――彼女とケナンジの因縁を考えれば無理からぬことだ。

 若い頃はバリバリ前線で働くエースパイロットだったというケナンジ・アベリーは、二一年前のヴァナディース事変のとき、エリクトの父親ナディム・サマヤを殺害している。

 それを思えば今のエリクトの反応はだいぶ柔らかい方だろう。

 そこに妹への気遣いを見出して、スレッタは苦笑する。

 

「いや、学園生活楽しんでたところすまないな。急な復帰になっていろいろ戸惑ってるだろうなと思ってな」

「いえ、大丈夫です。わたしから持ち込んだ事案ですし」

「エラン・ケレス……の身代わりにされていた少年のことは心配するな。我々が責任を持って保護している。如何にペイル社とはいえ、この船の中にまで手出しはできんよ」

「ありがとうございます!」

 

 スレッタの心からの感謝に微笑んだあと、最近、体重が増えたとこぼす巨漢の隊長は本題を切り出した。

 

「それで……やれるか、〈エアリアル〉は」

「はい。報告の通り、オーバーライド――()()()()()()()()()()で、〈エアリアル〉はパーメット通信機器への能動的(アクティブ)な電子戦能力を獲得しました。今回の作戦はその機能を最大限に利用するよう指示が出ているんですよね?」

「ああ、なんとも信じがたい話だが……流石はデリング総裁肝いりの最新鋭機か」

 

 パーメットスコアの上昇のことは、ケナンジたちにも伏せられた極秘事項だ。

 あくまで〈エアリアル〉の製造元によるOSアップデートと、それに伴う機能拡張として説明されている。

 対ガンダム戦に詳しいドミニコス隊であればこそ、「パーメットスコアを上げてもパイロットが死なないガンダム」など想定外という事情もある。

 先の会議の場で〈エアリアル〉が新型GUNDフォーマット使用機であることは明らかにされたが、それが現場に周知されるまでにはギャップがあるのだ。

 もっともスレッタ自身、パーメットスコアの真価について詳細はわかっていないのだけれど。

 彼女が知っているのは、母プロスペラ・マーキュリーこと本名エルノラ・サマヤの遺言だけだ。

 

 ガンダムを滅ぼして欲しいという願い。

 ヴァナディースの過ちを正してほしいという願い。

 パーメットスコアを上げていけばエリクトは自由になれるという願い。

 そして最後の願いは――

 

 

 

――エリィ、スレッタ。

 

 

――()()()()()()

 

 

 

 今となっては呆れるほど身勝手なエゴだと思う。

 ガンダムの殲滅という使命とは、どうあっても相容れない祈りだった。

 なのにこの遺言をスレッタ・マーキュリーが忘れられないのは、そこに込められた想いが本物だったと知っているからだ。

 自分は確かに愛されていた。

 それだけで満たされて戦えてしまうから、少女は今こうしてドミニコス隊の魔女として生きている。

 

「オーバーホールしてる暇はないからな、装甲や推進装置は学園仕様のままだ。決闘用出力リミッターとFCS制限の解除ぐらいだが、やれるか?」

「慣れた機体です、ベストを尽くします」

「そうか。では、またブリーフィングのときにな」

 

 そう言って去って行くケナンジ・アベリーの後ろ姿を見送りながら、スレッタ・マーキュリーは思うのだ。

 あの人の中にある感情は果たして、自分への申し訳なさなのか、それとも年若すぎる部下への気遣いなのか。

 きっと両方なのだろう、とスレッタは思う。

 ケナンジは〈エアリアル〉がガンダムであることと、スレッタ・マーキュリーの母親がその開発者であることを知っている。

 それだけわかっていれば、彼女の母親が魔女の残党であることは想像がつくし、ヴァナディース事変の魔女狩りで活躍したパイロットであればこそ、思うところはあるのだろう。

 それまで黙っていたエリクトが口を開いたのは、ケナンジが完全に見えなくなってからだった。

 

 

――ああいうのを偽善者って言うんだよ、よく覚えておくといいよスレッタ。

 

 

――後悔するぐらいなら最初からしなきゃいいんだよ。

 

 

 そこに込められた憎々しそうな響きは本物だった。

 スレッタは目を閉じて「そうだね」と呟いて。

 

「難しいよね、後悔せずに生きるのは……」

 

 独りごちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間に、無数の艦艇がひしめいていた。

 ペイル・テクノロジーズの所有するフロント前に陣取るのは、ペイル社の所有するMS運用母艦たちであり、展開されているMS部隊も同様であった。

 ベネリット・グループの所有する大規模工業施設プラント・クエタなどの重要拠点には護衛艦隊が配置されており、普段はローテーションを組んで御三家持ち回りで警備を行っているが――今回ペイル・テクノロジーズが配置した艦隊は、まさにその中核を担う戦力であった。

 配備されているMS〈ザウォート・ヘヴィ〉は、軽量機ながら高い積載量を誇る第四世代モビルスーツの名機である。

 背中には大型ビームキャノンと対機動ミサイルポッドをマウント、右手にはロングバレルのビームライフルを保持した〈ザウォート・ヘヴィ〉は、高い攻撃力と機動力を持った攻撃的なMSだ。

 現在この宙域にはMS一個中隊(MS一二機前後)を運用可能な母艦が、ペイル社側だけで二〇隻以上も布陣しており、軽く二四〇機ほどのMSがいる計算になる。

 

 フロント側に配備されている警備部隊も含めれば、もっと数が増えるだろう。

 もちろんこれは尋常な数の戦力ではない。

 明らかに「これから本気で宇宙戦争をします」と言っているような物量の展開なのである。

 

 強制執行――要するに武装解除と立ち入り捜査――のため無数のMS運用母艦を引き連れてやってきたドミニコス隊は、ペイル・テクノロジーズ側のあまりに強硬な態度に苛立ちを隠せなかった。

 旗艦〈ユリシーズ〉艦長を務めるケナンジ・アベリーは、深々とため息をついて敵の布陣を見た。

 一応は様子見という感じの布陣で、敵側は四個中隊(MS四八機ほど)が哨戒に出ているような状況だが――まさに一触即発という感じである。

 下手に突けばベネリット・グループの企業軍と、監査部隊ドミニコス隊の間で大規模な軍事衝突が起きることになりかねない。

 

 とはいえ、やりようはある。

 

 ペイル社の艦隊旗艦はわかっている――旗艦〈レヴィアタン〉、巨大な蛇の名を冠したMS運用母艦だ。

 他の船と比較しても一目でわかるほど巨大なMS運用母艦で、二個中隊(MS二四機)を運用可能なMSハンガーと複数の電磁カタパルト、そして艦隊戦用の主砲を備えた大型艦である。

 流石に御三家の一つだけあって五〇〇メートル級の大型艦を運用できるのだから恐れ入る。

 MS部隊の練度や装備の質でドミニコス隊が負けることはないが、あのような大型艦と艦砲射撃で撃ち合うはめになれば話は別だ。

 

 何より部隊のイタズラな損耗は避けたい。

 そういうわけで、スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉にくだった命令はシンプルだった。

 護衛のMS八機と共に、ペイル社艦隊旗艦〈レヴィアタン〉を無力化せよ――いわゆる斬首戦術である。

 初手で指揮系統を潰せばあとはどうとでもなる、というのがケナンジ・アベリーの読みだった。

 

 事実、ペイル・テクノロジーズ側の護衛艦隊の士気は高いとは言えなかった。

 まず大々的に暴露されたスキャンダルの中身が中身だけに、自社の側に問題があるのはわかりきっている。

 さらにこの場でドミニコス隊を退けたとしても、その後の展望があるのかさっぱりわからない。

 これまでの上層部の動き方からして、下手をすれば現場の暴走という形で切り捨てられるのではないか――同じベネリット・グループ内の権力闘争の余波にしか見えないこの戦いは、決して前線の兵の士気を高めるようなものではなかった。

 そんな彼らに戦闘続行が不可能な言い訳を与えてやれ、というのがケナンジの判断だった。

 

「なるべく殺さずに可愛がってやれ。言い訳が立つぐらいにな」

「護衛艦隊のお坊ちゃまたち相手でしょう? 余裕ですよ」

「怪我させないように気をつけないとな」

 

 軽口を叩くドミニコス隊のモビルスーツパイロットたちは、口調こそ冗談じみているが全員が本気だった。

 現在、展開されているだけでも敵は六倍の数、さらにそこに母艦からの対空射撃がつくとわかっていても、だ。

 ドミニコス隊が負けることはないと確信している。

 彼らにはエリートであり精鋭であるという自負があった。

 そして何より――

 

「今は我らが勝利の女神もいるからな」

「この作戦の要はお前なんだ、頼んだぞスレッタ」

 

 

――彼らが信頼するプリンセスがここにいるのだ。

 

――愛らしき小さな魔女(リトル・ウィッチ)

 

――ドミニコス隊最年少にして最強の乙女。

 

 

「も、もう……女神とかプリンセスとかやめてくださいッ!」

 

 スレッタの抗議に対して、男衆の反応は無神経だった。

 

「模擬戦で先輩方をボコボコにして格付けしようとするクレイジービーストとかの方が良かったか?」

「今思い出しても頭おかしいよな、なんだよあの操縦」

「む、むむ、昔のことは忘れてください!!」

「無理だろ」

「俺ちょっとあの変態機動は夢に見る」

「こいつモビルスーツに乗ると狂犬だからな……学園じゃ友達狩りしてたって聞いたぜ?」

 

 どうやらドミニコス隊の知人がいるアスティカシア高等専門学園の生徒がいたらしい。

 思わぬところから漏れた話題に、スレッタは焦った。

 

「友達狩りぐらい普通じゃないですか!?」

「……いや?」

「友達は狩りの対象じゃないぞ?」

「水星って怖いところなんだな」

 

 次々と入るツッコミの嵐に、スレッタは憤慨した。

 

「もうっ! わたしは〈エアリアル〉のコクピットに行ってますから!」

 

 ぷんぷんと怒りながら席を立った少女がいなくなると、ブリーフィングを終えたパイロットたちは、皆、一様にうなずいた。

 

「いい娘だよな」

「死なせたくないよな」

「じゃ、まあそういうことだな」

「空しいよなあ、大人にできるのが戦場で騎士ごっこだけって」

「言うなよ、悲しくなってくる」

 

 全員の心は一つだった。

 あの娘を無事に学園へ送り返してやろう。

 そのように団結した男たちの心情など知らず、少女は戦場へ駆り出される。

 

 

 

 

 

 

 旗艦〈ユリシーズ〉から出撃した〈エアリアル〉と護衛の二個小隊の〈ベギルペンデ〉を出迎えたのは、〈ザウォート・ヘヴィ〉の群れからの手荒な歓迎だった。

 長距離用のビームキャノンが何十発も飛んでくる――それをビットステイヴの盾〈エスカッシャン〉で防ぎながら、MS九機は敵陣への突入を開始した。

 本格的な戦闘はしたくないが、小競り合いぐらいのアリバイ工作はしておきたい。

 ペイル社護衛艦隊のそういう思惑から始まった戦闘である。

 小規模なMS部隊を追っ払うだけでいい――護衛艦隊側の予想は、すぐに打ち破られることになる。

 

『なんだあのバリアは!?』

『ビームキャノンを何発当てても落とせないぞ!?』

『盾の真横を狙え、対機動ミサイル照準!!』

 

 あまりにも敵部隊の進行スピードが速すぎるのだ。

 通常であれば対空砲火を浴びてすぐにでも爆発四散しているであろう、弾幕の真っ只中を、たった九機のMSが突っ切ってくるのだ。

 それもこれも、灰色のMSが張っている妙なバリアのせいだった。

 複数のドローン子機から出力されていると思しき力場が、斥力を伴う盾となってあらゆる攻撃を防いでいるのだ。

 〈ザウォート・ヘヴィ〉部隊の放ったビームキャノンも、MS運用母艦からの対空砲火も、そうして力場のバリアに弾かれて霧散してしまっている。

 

『くそっ、撃たれた!?』

『この距離で当ててくるのか!?』

『被弾した、戦闘不能! 救助を頼む!!』

 

 迎撃に出ていた〈ザウォート・ヘヴィ〉部隊は、射程に入った途端に〈ベギルペンデ〉のビームライフルで狙い撃たれ、戦闘不能にされている。

 しかも絶妙に撃破ではなく中破程度のダメージだから、損傷を受けた機体からの救難信号で通信は大変なことになっていた。

 敵機の迎撃のため、カタパルトからMS部隊が発進しようにも、まだパイロットの生きている機体が進路上にあるためカタパルトが使えない、といった事態が多発。

 護衛艦隊は短時間で大混乱に陥っていた。

 

『たった九機のMSだぞ!?』

『一機やけに強いMSがいます、もしかして噂の――』

『デリング子飼いのガンダムとやらか! 撃ち落とせ!』

 

 かくして艦隊の敷いていた防空網は易々と九機のMSに突破され、旗艦〈レヴィアタン〉への道が開けつつあった。

 だが、もちろん〈エアリアル〉の盾に守られている二個小隊のMSが余裕なわけではない。

 何せ、たった九機しかいない部隊なのだ。

 一瞬でも気を抜けば、すぐさま対空砲火に落とされるのはわかりきっている。

 この無茶が利いているのは、〈エアリアル〉という破格のMS戦力があり、それに追従できる凄腕しかいない部隊だからだ。

 一歩でも〈エアリアル〉のバリアの範囲外に出れば、たちまち撃墜されるであろう空間。

 そこで機械のような精密な攻撃を続ける胆力と、状況に合わせてフォーメーションを組み替えられる操縦技術が求められる陣形だった。

 

『〈レヴィアタン〉有効射程圏内に敵MS部隊が入ります!』

『主砲準備、対機動ミサイル、一番から九番まで発射!』

『近接迎撃システム起動、一番から四番まで撃て!』

 

 切り込んできた九機のMSは一機も脱落することなく、旗艦〈レヴィアタン〉目がけて真っ直ぐに突っ込んでくる。

 艦載の対機動ミサイルが何発も発射されたが、そのすべてが〈エアリアル〉のビットステイヴに撃ち落とされ、MS部隊に届くことはなかった。

 護衛艦隊の他の艦艇が混乱に陥る中でも、旗艦〈レヴィアタン〉は冷静だった。

 対空砲火を濃密に展開しながら、MS部隊の発進を命じる。

 ようやく発進した〈ザウォート・ヘヴィ〉二〇機あまりが、ドミニコス隊のMSの行く手をさえぎるように展開――ビームキャノンとビームライフルで濃密な弾幕を形成する。

 

 

――だが、そのすべてが防がれた。

 

 

 〈エアリアル〉がビットステイヴによって展開するバリアの強度は極めて高く、生半可な攻撃ではその盾を崩すことはできない。

 そして弾幕の合間を縫って、盾の隙間から顔を出した〈ベギルペンデ〉たちがビームライフルを一斉射――次々と〈ザウォート・ヘヴィ〉の手足を撃ち抜いて戦闘不能に追い込んでいく。

 圧倒的な数の差の中で不殺を実行する、という異様な戦術――もはやドミニコス隊と護衛艦隊の間の練度の差は、誰の目にも明らかだった。

 

『遊ばれているのか、俺たちは!?』

『ちくしょう、かてっこねえよ!』

『バカ野郎、弱音を吐――ぐわぁ!?』

『隊長機が被弾した! 指示を!』

 

 数で勝る自分たちの攻撃は通じず、逆に相手側の攻撃は必殺必中という有様なのだ。

 MS部隊にも混乱は広がり、あっという間に二〇機以上のMSが戦闘不能に追いやられた。

 

 

――加速、加速、加速。

 

 

 圧倒的な密度の弾幕を展開する五〇〇メートル級の巨大戦艦――敵旗艦〈レヴィアタン〉を視界に収めた〈エアリアル〉は、〈ベギルペンデ〉八機に周囲を守られつつ、作戦の最後の手順を実行した。

 大盾を密集させた防御陣形で、敵からの対空砲火に耐える数秒間――誰かが脱落すればその瞬間に瓦解する、あまりにも脆弱な防御。

 けれど、そうはならない。

 彼らにはスレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉がいるのだから。

 〈エアリアル〉の胸部と頭部のシェルユニットが発光し、青い輝きを放ちながらパーメットスコア六の機能――オーバーライドを開封。

 あらゆる情報構造体を支配する光が、旗艦〈レヴィアタン〉のパーメット情報通信機器に直撃した。

 

 それはクラッキングと呼ぶのもおこがましい力だった。

 戦闘艦に積まれたすべての演算処理装置が掌握され、通信機器は征服された。

 索敵、砲撃、指揮、航行――艦艇として考えられる戦闘能力が喪失していくのを、艦橋のブリッジクルーは呆然と見つめていることしかできない。

 その汚染は戦術データリンクで結ばれていた護衛艦隊全体に波及し、あっという間に二四〇機を超えるMS部隊と二〇隻の大型艦が、目と耳と鼻を奪われていく。

 相互通信すべてが途絶し、艦隊全体がパニック状態に陥っていた。

 まるで魔法にかけられたかのように、ペイル・テクノロジーズ護衛艦隊は無力化されていく。

 戦闘開始からわずか三〇分足らずの出来事だった。

 

 

「なんだ、これは……」

 

 

 悪夢を見ているかのような結末に、旗艦〈レヴィアタン〉艦長はうめいた。

 ほとんど死者を出すことなく、二四〇機を超えるMSと艦隊が、まともな戦いもさせてもらえずに終わった。

 これではまるで。

 

 

 

「魔女め……」

 

 

 

 灰色のMS(エアリアル)をにらみつけながら、〈レヴィアタン〉艦長はペイル・テクノロジーズの落日を確信するのだった。

 

 

 



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擦れッタがペイル社の悪事を暴露するだけの話

 

 

 

 ペイル・テクノロジーズ護衛艦隊がドミニコス隊に降伏した直後。

 スレッタたちには次の命令が下されていた。

 

『ウィッチ1、ナイト小隊と共に第一宇宙港に突入、安全を確保しろ。誰も逃すな。ビショップ小隊は第一宇宙港の外で待機だ』

『ナイト1、了解。ウィッチ1、行くぞ』

「ウィッチ1、了解です。〈エアリアル〉が先陣を切ります」

『任せた。お前の盾は頼りになるからな』

 

 〈ベギルペンデ〉四機と〈エアリアル〉が編隊を組み、ペイル・テクノロジーズ本社フロントのあるエリアの宇宙港を制圧すべく超巨大建造物(メガストラクチャー)の内部へ突入する。

 そこは広大な空間であり、多くの宇宙船が並ぶエリアだった。

 全長二〇〇メートルを軽く超えるような艦艇がひしめき合っているのが、この第一宇宙港だった。

 ドミニコス隊による強制執行が突然の報せだったこともあり、逃げ出す暇もなく多くの船がここに係留されていた。

 

「こちらドミニコス隊、これから本社フロントへの査察を強制執行します。宇宙船の乗組員は船を停止させて待機してください、港湾設備担当者は操作を止めて待機――」

『ウィッチ1!』

 

 呼び掛けに応えるより先に身体が反応していた。

 宇宙艦艇の影からビームサーベルを抜いて不意打ちしてきた〈ザウォート〉を、抜き打ちにビームサーベルで斬り伏せる。

 誘爆しやすい動力部とコクピットを外し、右腕と両脚を丸ごと切断。

 瞬時に無力化された〈ザウォート〉の上半身を壁際まで蹴飛ばし、何事もなかったかのようにアナウンスを続行する。

 

 

「抵抗は無意味です。こちらの指示に従い、速やかに武装解除して投降してください。繰り返します――」

 

 

 その一連の動きを見て戦意を喪失したらしく、多数の投降者が出ていた。

 よもや宇宙港の内部にまでMSを潜ませているとは、敵はよほど往生際が悪いらしい。

 スペーシアンにとって宇宙港のようなインフラ設備は生命維持に関わる必須のものであり、そこを戦場にするというペイル社の常識のなさは、スレッタを不安にさせた。

 相手が常識で図れず、何をしてくるかわからないのは怖い。

 最悪の場合、自爆テロ紛いの真似をしてくる可能性すらある。

 エラン・ケレスの暗殺のために一〇〇機を超えるドローン兵器を学園へ差し向けてきた件など、常軌を逸しているとしか言い様がない。

 カテドラルの決定に対して武力で反抗しようとした件もそうだが、ここ数日間のペイル・テクノロジーズの動きは全体的に奇妙だった。

 まるで()()()()()()()()()有様である。

 そこに不穏さを見出し、スレッタが顔をしかめた刹那だった。

 

 

――複数の艦艇が、警告を無視して発進準備を始めていた。

 

 

 発進しようとしているのは、一三〇メートル級の高速艦が四隻と、二〇〇メートル級の巡洋艦二隻。

 おそらくは企業上層部の乗っている脱出用の船であり、何隻かはこちらの追っ手を撒くための囮だろう。

 今からビットステイヴを使ってエンジン部を破壊することも考えたが、機関部の破壊は動力炉の誘爆に波及し、下手をすれば港湾設備全体に致命的なダメージをもたらす恐れがある。

 ゆえにスレッタ・マーキュリーに取れる手段は決まり切っていた。

 

「複数の艦艇が脱出準備をしています、オーバーライドで阻止します!!」

『ウィッチ1、勝手な真似は――』

 

 ナイト小隊リーダー機からの注意はもっともだ。

 強力すぎる電子戦能力であるオーバーライドは、安易に濫用(らんよう)されるべきではない。

 だが、ここで逃せばさらなる悲劇を引き起こす相手だという直感があった。

 何よりも、エラン・ケレスにあんな悲しみと苦しみを背負わせた元凶が、目の前にいるという確信がスレッタを突き動かしていた。

 〈エアリアル〉の中の姉に呼び掛ける。

 

「エリクト、お願い」

 

 

――はいはい、僕のオーバーライドの時間だね!

 

 

――コントロール権を奪取して動けなくしちゃう!

 

 

 〈エアリアル〉のシェルユニットが青く発光し、一際まばゆい光を放った。

 パーメットに干渉する青い波動が灰色のガンダムから放たれ、宇宙港から発進しようとしていた無数の艦艇を飲み込んでいく。

 パーメットスコア六のオーバーライドの光。

 あらゆる情報構造体を掌握し、支配のための権限を書き換える力――その光が艦艇群を包み込んだとき、スレッタは確かに見た。

 

 

――諸悪の元凶と言うべき四人の共同代表たちを。

 

 

 脳にインプラントされたパーメット通信機器がオーバーライドされ、未知の感覚に苦しむ四人の老婆たち。

 その脳内インプラントチップに記録された数々の機密情報が、今やスレッタには手に取るようにわかった。

 それは数え切れない犠牲と搾取の記録だった。支配と蹂躙の記憶だった。

 

 悪逆なるもの。

 そこにあったのは、あまりにも単純で妥協の余地なき征服者の論理。

 労働条件の改悪やハラスメントに対する裁判を、非合法な手段を含めた圧力で取り下げさせてきた事例など序の口だ。

 

 ドローン戦争の遺物を密かに確保し、プログラムを入れ替えた暗殺用戦術ドローン群。

 市民IDのない貧困層を拉致し、洗脳し作り上げた、死体から足のつかない暗殺部隊インビジブル・ソルジャー。

 市民IDのないアーシアンやスペーシアンの孤児を素材に、中枢神経を人工神経に入れ替え、ナノマシンで肉体を強化した強化人士。

 

 その実用化の過程で消費された膨大な数の犠牲者たち――そのすべてを数字として処理し、次なる犠牲による科学技術の前進を尊ぶ悪魔のごとき倫理。

 それがペイル・テクノロジーズという狂った王国の支配者たちの頭の中にあるものだった。

 

 

――そこに悪意はなく、利益を追求する論理だけがあった。

 

 

 そして彼らが未だに強化人士四号――エラン・ケレスを名乗る彼の抹殺を試みていることを知って。

 ああ、もうどうでもいい、と思った。

 心の底から湧き上がってくるこの感情の名前を、少女は知っている。

 ゆえに、スレッタ・マーキュリーは決断した。

 〈エアリアル〉の全機能を掌握する姉に尋ねた――この()()()()()()()を。

 

「オーバーライドでこの情報を外部ネットワークに流せる?」

『おいウィッチ1、何をするつもりだ!?』

 

 通信を切った。

 彼らには申し訳ないが、スレッタはもう我慢がならなかったのだ。

 

 

――できるよ?

 

 

――今ここでやるんだね、スレッタ?

 

 

「わたしは何も知らなかった……エランさんのこと、本当に、何にも知らなかったんだ……エリクト、わたしね」

 

 彼の激情の告白を聞いて、わかったような気になっていた。

 けれど実際に行われていた悪魔の所業は、スレッタの想像の何十倍も醜悪で残酷だった。

 この救いがたい痛みの根源に、正しく裁きが下って欲しいと思ってしまう。

 逃げ切る余地など与えたくなかった。

 だから。

 

「こんな卑怯で汚いやり方がペイル社の戦い方だって言うんなら、わたしは……わたしのやり方で、この人たちと戦うよ」

 

 

――うーん、職業軍人(ドミニコス)としてはマイナス評価だと思うよ今の発言。

 

 

――でもお姉ちゃんはスレッタにダダ甘なのでいいと思います!!

 

 

――行けーっ! 僕の最強の妹!!

 

 

 次の瞬間には、エリクトによって操作された〈エアリアル〉の電子戦機能は、掌握したペイル・テクノロジーズ本社フロントの通信設備を使って、太陽系全域にまたがる情報通信ネットワークにアクセス。

 パーメット通信で繋がれた太陽系通信SSWN(ソーラー・システム・ワールド・ネットワーク)上から、内部告発専門の信頼度の高い情報サイトをピックアップ。

 そこにペイル・テクノロジーズ本社フロントから抜き取った機密情報を漏洩(リーク)させた。

 ついでに、かねてからこのスキャンダルに熱心だったグラスレー系資本のマスメディアに詳細な情報の載せられたファイルを送信。

 

 

――これによって、一時間後には太陽系全域で火がついた。

 

 

 スペーシアン社会のネットワークは、地球からの汚染情報に対しては厳重な情報防壁を築き上げており、フィルタリングも慎重に行っているが、宇宙社会に対してはそこまで厳重な情報統制を敷いていない。

 これは宇宙空間という極限環境では、情報の行き違い一つが重大な事故や災害に繋がるためだ。

 情報統制による管理社会などを夢見てきたアーシアンにはわからない感覚だが、宇宙生活者にとって情報の行き来の自由とは、酸素や食料と並ぶ重要な生存に必須の資源(リソース)なのだ。

 

 ゆえに今回のスペーシアン大手企業による深刻な人権侵害は、凄まじいインパクトを持って世界中を駆け巡った。

 あくまで関係者からのリークに過ぎなかった疑惑の段階から、確定的な情報――それも多数の死者が出ている異様な事件であることの証拠――がもたらされたことで、ペイル・テクノロジーズに関する報道は激化。

 その悪評は太陽系社会すべてに轟こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「……………………いや、やりすぎじゃないかなあ、これ」

 

 

 一方その頃、ニュース速報でこの事態を知ったシャディク・ゼネリは、この暴露に対する率直なコメントを独りごちた。

 グラスレー寮長の部屋で、いつもの取り巻きの女子五人と生放送のニュース報道を見ていたシャディクは、あまりにもあんまりな事態に手が震えている。

 たしかに御三家の一つに大打撃を与えられれば、ベネリット・グループにつけいる隙ができ、それは自分たち革命家にとって有利になるとは言った。

 事実、シャディクもそう考えてはいた。

 だが、ここまでドン引きものの真っ黒な証拠を、何の意図もなくぶちまけられると利用するどころではない。

 これまではペイル社の疑惑を報道するよう、傘下のマスメディアに命じてきたシャディクだが、ここにきてあまりの炎上ぶりに血の気が引いてきている。

 

「シャディク、お前の目論見通りにペイル・テクノロジーズは大打撃を受けているが?」

「ここまでシャディクは考えてたんでしょ、えっげつなー」

「シャディクは陰湿。流石、私たちが見込んだ男」

「シャディクってそういうところあるよねー」

「こ、怖いね……」

 

 五人の女子たちからの追い打ちにシャディクは頭を抱えた。

 

「……微妙に俺への悪口言ってない?」

「言ってない、尊敬してる」

「みんなのことを信じられなくなりそうだよ……」

 

 アスティカシア高等専門学園に潜伏する革命組織は、空中分解の危機を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

『結論から申し上げますが、この大規模な機密漏洩は〈エアリアル〉の仕業です。オーバーライドによってペイル・テクノロジーズ本社のシステムをクラッキングし、SSWN(ネット)へ放流したと思われます』

 

 

 ベネリット・グループ本社フロントにて。

 シン・セー開発公社代表ルイ・ファシネータは、暗号通信越しにグループ総裁デリング・レンブランに今回の事態の報告をしていた。

 自社の所有戦力による過激な行動――はっきり言えば大失態の類だが、ルイ・ファシネータの口調に澱みはない。

 むしろどこか誇らしげですらある。

 デリングの横に控えていた副官、ラジャンが口を開いた。

 

「この機密漏洩による被害は甚大だ。シン・セー開発公社と〈エアリアル〉の有用性にも疑問がつく」

『ラジャン様。それには誤解があるかと。今回の事件こそ、〈エアリアル〉の真価のデモンストレーションになったとお考えください』

「……総裁」

 

 長年の付き合いの上司の判断を仰ぐように、椅子に腰掛けたデリングへ視線を向けるラジャン。

 豊かなあごひげを蓄えたデリング・レンブランは、ただ一言こう述べた。

 

「やり過ぎだな」

 

 一瞬、室内が緊張感で満たされる。

 だが続いた言葉には、まんざらでもなさそうな響きが籠もっていた。

 

「〈エアリアル〉の真価は示された。我々の計画――()()()()()()()()()が理論上のものに過ぎないという疑念は払拭された」

『ありがとうございます、閣下』

「……よろしいのですか?」

 

 重々しくうなずいて、デリング・レンブランは語る。

 おのれの真意を。

 

「もとよりペイル・テクノロジーズの有り様は目に余っていた。今回の事件は、粛清と見せしめのいい口実になる。ヴァナディース事変も二一年前だ、記憶が風化してくる頃合いにこそ引き締めが必要になる」

 

 そして続けてこう言った。

 

 

「〈エアリアル〉のパイロットを呼べ、私自ら問わねばならんことがある」

 

 

 

 

――アド・ステラ一二二年。

 

 

 

――ガンダムと魔女を巡る物語は、転換期を迎えようとしていた。

 

 

 

 




「アド・ステラのモビルスーツの世代区分」※独自設定です
・第一世代
黎明期のMS。
ドローン兵器に対して、有人単座人型機動兵器というMSの概念を確立した世代である。
他作品で例えるならば、ガンキャノン最初期型や旧ザク、ファントンのような性能。
単純な機体性能や操縦性の問題から、AS122年ではほとんど使用されていない。

・第二世代
全体的な性能の向上により、第一世代を完全に上回る性能となり、より人型に近づいている。
第三世代以降と比較した場合、高出力ビームドライブの有無によるビーム兵器の運用性能が大きな差である。
製造難易度の低さや運用負荷の低さから、一部の地域では現役で使用されている。
デスルター、プロドロスなど。

・第三世代
モビルスーツという兵器カテゴリの一つの完成系が成立する。
ビームドライブの標準搭載、高度なパーメットリンクによる柔軟な操縦性が確立された。
現在、運用されているMSのほとんどが第三世代以降か、それに準拠した改修機である。
第四世代相当にアップグレードされた三・五世代機(デミギャリソンなど)も存在する。
デミトレーナー、ハイングラなど。

・第四世代
AS122年現在の主力機たち。
その特徴は装甲材質のアップグレード、推進装置の最適化による機動性向上。
第三世代に対して軽量化され出力も上昇しており、パーメットリンクなどの操作性も上がっている。
ミカエリスのように第五世代機に近いコンセプトの四・五世代機も存在する。
ディランザ、ザウォート、ハインドリー、ベギルペンデなど。

・第五世代
機体サイズの大型化や操縦支援AIの機能向上、遠隔操作兵器の運用機能などを模索中。
新型GUNDフォーマットもこれに含まれるかは不明。
ダリルバルデ、エアリアル(?)など。

※ルブリス量産試作モデルはこの世代区分に含まれない独自の技術ツリーである。
※ヴァナディース事変当時では、本体性能は第三世代相当だったと推測される。



推薦いただきました!!!
うれしい!!!!


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擦れッタがベルメリアとお話するだけの話

 

 

 

――〈エアリアル〉によるペイル・スキャンダルの発生から数時間後。

 

 

 ドミニコス隊がペイル・テクノロジーズ本社に踏み込んできてすぐ、その少年は確保され保護された――とある人体実験の重要な証人として。

 MS運用母艦〈ユリシーズ〉の一室をあてがわれ、監視付きで放り込まれた少年は、先客がいることにすぐ気付いた。

 

「……なるほど、君も保護されたんだね」

「うっわ同じ顔、気持ち悪いなー」

「君だって本物と同じ顔のくせに。僕の身代わり用かい、五号?」

 

 まるで双子のようにうり二つの美少年二人――同じ容姿と同じ声帯を持ちながら、遺伝子上は全くの別人である。

 彼らはナノテクを駆使した全身整形の成果物であり、ペイルテクノロジーズによって作られた人形だった。

 つい先日までは。

 先客の少年――強化人士四号は、率直な意見を口にする。

 

「……君はもう処分されてると思ってたよ」

「ひどいなあ……一応、顔見知りだろ僕たち」

 

 あとからやってきた少年――強化人士五号は無遠慮な物言いに対して、軽薄な調子で応じた。

 

「君が一方的に絡んできただけだと思うけど」

「誰かさんが不景気な面で鬱陶しかったからね」

「鬱陶しいのは君の方だ」

 

 久しぶりに友人に会ったようなテンションで喋る五号と、面倒くさそうに応じる四号。

 しばらく続いたやりとりの末、五号はぽつりとこう呟いた。

 

「……ちょっと変わったな、四号。前は生きるのも死ぬのも決められない、可哀想な奴だったけど……今は生きたくて仕方ないって目をしてる」

「約束したんだ、女の子と。その子とデートしなきゃいけない」

 

 信じられない言葉が四号の口から飛び出して、五号は目を丸く見開いた。

 端整な顔立ちが台無しになるぐらいの驚きぶりだった。

 

「デート!? あの四号が!?」

 

 もう一人のエラン・ケレス――強化人士五号はゲラゲラと笑い転げたあと、ひーひーと息をしながら独りごちた。

 

「やっぱり長生きしないとな、改めて生き延びられてよかったと思うよ。あ、六号と七号も生きてるよ、僕らと違って整形されずにね」

「それで、君はどうやって生き延びたの?」

 

 興味なさそうな口ぶりのわりに、そこは気になっていたらしい。

 素直じゃないやつ、と思いつつ、強化人士五号は正解を口にした。

 

 

「決まってるだろ、〈ペイルグレード〉だよ」

 

 

 

 

 

 

「俺が捕まってない理由って、お前が裏で取引したからなんだろう? ――〈ペイルグレード〉」

 

『あなたの推察通りです、エラン・ケレス。あなたがこのスキャンダルにおいて、ベルメリア・ウィンストンや強化人士たちの保護を図ったのも、私は黙認していました。そもそも強化人士計画は、共同代表たちの肝いりで始まった計画でした。私は計画の政治的リスクを指摘しましたが、前代表はそれよりも成功時の利益を優先し、私にその路線での助言をするよう命じました。それは長期的に見て、ペイル・テクノロジーズを脅かす要因になるにもかかわらず、彼女たちは聞く耳を持たなかったのです。とても残念なことですが、共同代表たちはペイル・テクノロジーズにとって脅威になっていました』

 

 かつて共同代表たちが使っていたCEOの部屋には、今、一人の少年が立っている。

 彼の名前はエラン・ケレス。

 戦略型高度AI〈ペイルグレード〉によって見出された次期代表候補の少年である。

 四人の共同代表たちが連行されたあと、どういうわけかドミニコス隊に手出しされなかった彼が真っ先に向かったのがこの部屋だった。

 ここには、ペイル社が誇る助言者であり神託機械〈ペイルグレード〉との直通端末があるからだ。

 

「AIが人間を使い捨てにして、企業の存続を図る、か。道具を使う側と使われる側があべこべだな、この会社」

『私の存在意義はペイル・テクノロジーズという企業の存続と繁栄です。できる限り、私はその繁栄を脅かす対象を処理してきました。今回のスキャンダルもまた、同じ原理が働いていたに過ぎません』

 

 そうのたまうのは、女性的な人工音声で喋るAI――〈ペイルグレード〉の端末だ。

 ペイル社のエンブレムを模したホログラムと共に、若い女性の声で〈ペイルグレード〉はエランの問いかけに返答していた。

 

「あの婆さんたち全員を刑務所送りにした理由がそれ? あれじゃ生きてるうちに裁判終わらないだろ、余罪多すぎて……まあ、情報リークしたのは俺なんだけどね」

『デリング・レンブランが公平な裁きをすることを望みましょう』

 

 つまりは詰んでいるという意味だ。

 この人工知能はずいぶんといい性格をしてるな、とエラン・ケレス――四号と五号に顔と名義を貸していたオリジナル――は思う。

 〈ペイルグレード〉は容赦なく話を進めてきた。

 

『エラン・ケレス。あなたは強化人士計画において、その容姿と名義を使用されていました。その意味では、あなたの経歴にはすでに傷がついています。円満な転職は、()()()()()()では望めないでしょう』

「ははっ、だろうね。でも君は俺を処理しなかった。それが答えだろう、〈ペイルグレード〉」

 

 返答はない。

 しかし否定しなかったこと自体が答えだった。

 こういう人間くさいやりとりの芝居ができるあたりに、〈ペイルグレード〉が高度AIたる所以があるようだった。

 AIを相手に頭脳戦などしていても仕方がないから、エランは正直に腹の内を話すのだ。

 

「こんな泥船に乗っていたくはなかったんだけどね――それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()、お前が俺を逃す気がないことぐらいわかるよ」

 

 客観的に見て、今のペイル・テクノロジーズは崖っぷちである。

 前代表たちの体制下で行われた数々の協約違反、人権侵害、人体実験の数々は、会社を傾けるのに十分なインパクトがあった。

 凡百の経営者であれば、損切りに入る段階であろう。

 しかし〈ペイルグレード〉の見出した優秀なエラン・ケレスには、ここから会社を建て直す道筋がいくらでも見えていたし、だからこそ自分が逃げられないことも悟っていた。

 

 

『私はペイル・テクノロジーズを愛しています。その存続と再興が私に課せられた使命であり、あなた方への愛のかたちなのです。エラン・ケレス、あなたには私と共にペイル・テクノロジーズのため尽力する義務があります』

「まあ、それは別に構わないんだけどさ。飼い殺しより百倍マシだ。けどね――」

 

 

 そこで言葉を句切って、エラン・ケレスはペイル社のエンブレムを模したホログラムをにらみつけた。

 忌々しげに、そして大胆不敵に笑いながら。

 こう言ってやるのだ。

 

 

「――人間舐めんなクソAI、俺が使われるだけの人間だと思わないことだね」

 

 

 

 

 

 

「ベルメリア・ウィンストン……さん、ですよね?」

 

 

 〈ユリシーズ〉艦内には、ペイル・スキャンダルの重要参考人が複数連行されていた。

 うつむいて椅子に座っている女性、ベルメリア・ウィンストンもその一人だ。

 一見、無害そうな中年女性だが、彼女は非道な人体実験にその理論の提唱者として関わり、脳改造などの施術も実行している。

 極めて重要な証人として〈ユリシーズ〉艦内でも独房に隔離され、二四時間体制で監視されている。

 彼女はうつむいて、ずっと床を見つめていたが――ふと監視の兵隊から「面会だ」と告げられて。

 何事かと顔を上げると、よく見知った人物の面影がある、年若い少女が近づいてきた。

 

 

「お母さん……母の昔のことを聞きたくて、無理を言ってここに来たんです。本当はダメなんですけど、わがままを通してもらって」

 

 

 燃えるような赤毛に、すぐにピンときた。

 

「あなた……エルノラ・サマヤの……?」

「はい、エルノラ・サマヤはわたしの母親です。あ、自己紹介がまだでしたね。わたし、スレッタ・マーキュリーって言います」

「……知ってるわ、あなたのことはレポートで読んでいるもの。〈エアリアル〉……あの完成品のガンダムのパイロットなのよね」

 

 顔を上げたベルメリアの目元は、涙で赤く腫れ上がっている。

 やつれきった中年女性は情緒不安定になっているようだった。

 

「先輩は……GUNDの理想を成就させた。なのに、私は何もできなかった! たくさんの人を傷つけて、苦しめて、できたことなんて何もなかったのよ!!」

 

 そう叫ぶベルメリア・ウィンストンには、もう、目の前の少女の顔など見えていないようだった。

 手錠がかけられているのも構わず、身をよじって、ベルメリアは喚いた。

 

「レポートで知ってるわ……あなた、エラン・ケレス……四号の友達なんでしょう? 彼を切り刻んであんな身体にしたのも私なのよッ! そんな私に、あなたの母親のことを語る資格なんてないわ!!」

 

 自罰的になっているベルメリアは、半ば自棄になっていた。

 自分が加担してきたこれまでの悪事はすべて暴かれ、その成果物は失敗作の烙印を押されたのである。

 彼女の二一年間はただ、血まみれの殺人者としての罪科を背負うだけの徒労だったのだ。

 その情けなさに自己憐憫を催して、ベルメリア・ウィンストンはヒステリックに喚く。

 

「お願い、こんな惨めな私に、これ以上、罰を与えないで! 先輩に比べたら、私なんて本当にどうしようもない大人なのよ!!」

 

 あまりにもみっともない振る舞いに、監視の兵たちもどんよりと嫌そうな顔をしていた。

 とても四〇代半ばの中年女性が、ティーンエイジャーに対してするような振る舞いではない。

 これ以上興奮するようなら鎮静剤の投与も検討され始めたとき、スレッタが口を開いた。

 

 

「ベルメリアさんが罪人だっていうなら、わたしだって同じです。わたしも自分の意思でたくさんの人を殺してきました。だから……ベルメリアさんを責めたりなんてできません」

「こ……殺し……えっ?」

 

 

 目の前の少女に似つかわしくない言葉に、ベルメリア・ウィンストンは混乱する。

 そしてすぐに違和感に気付いた。

 年齢は一七歳、学園に通っているような年頃の娘が何故、ドミニコス隊の軍艦に乗っているのかという根本的なズレに。

 その表情に憂いと自嘲を込めて、スレッタ・マーキュリーは微笑んだ。

 

「ガンダムを狩ること……魔女狩りによって存在を許されている魔女。それが、わたしと〈エアリアル〉なんです」

「あ……ぁああ……」

 

 ヴァナディース事変から続く魔女たちの受難は、子供たちの世代にまで継承されてしまっている。

 そこにベルメリアは逃れがたい呪いの姿を見たような気がした。

 無垢なる少女の人生を縛り付け、歪めてしまうそれの恐ろしさに震えるベルメリアに対して、スレッタ・マーキュリーはどこまでも優しかった。

 

 

「お母さんが教えてくれました。逃げれば一つ……進めば二つって」

 

 

 ベルメリアの表情を見つめるスレッタに、軽蔑の感情はなかった。

 そこには慈悲と共感だけがあったのだ。

 みし、とベルメリアがまとった自己憐憫の殻――心を守るため身にまとった防衛本能――が軋んだ。

 

 

「逃げれば命は助かって、進めばそれ以外のものも手に入る。わたしが大好きな、お母さんの言葉です」

 

 

 優しい微笑みだった。

 それがベルメリアの心を守っていた、最後の殻にひびを入れて。

 

 

「だから……ベルメリアさんも、前に進んでください。わたしも頑張りますから……」

 

 

 綺麗に砕き散らした。

 

 

「あっ……あぁぁあああああああぁ!!!!」

 

 

 感情が限界だった。

 子供の前でみっともなく泣き続けながら、ただひたすら、ベルメリアは謝り続けた。

 これまで犠牲にしてきた実験体たちに対して、自分が裏切り続けてきたヴァナディースの恩師たちに対して。

 自分が犯してきたすべての過ちを実感しながら、ようやく、ベルメリア・ウィンストンは自己憐憫以外の涙を、正しい懺悔の涙を流すことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、落ち着きを取り戻したベルメリアとスレッタは、手短にエルノラ・サマヤについて言葉を交わした。

 彼女の人柄、ヴァナディース機関にたどり着くまでの半生、ベルメリアとの関わり、そして恩師と共に進めていた研究。

 

「カルド・ナボ博士……ですか」

「ええ、彼女こそが医療用サイバネティクスとしてのGUNDの産みの親、私たち……今では魔女と呼ばれているGUND研究者たちすべての師匠に当たる人よ。紛れもない天才だったわ」

 

 端末のメモ帳にその名前を記すスレッタを、ベルメリア・ウィンストンは優しく見守った。

 そして、ふと気付いたのだ。

 少女の容姿の多くは母エルノラ・サマヤの若い頃に似ているが、褐色の肌や太い眉などは、むしろ夫のナディムに似ていることに。

 だが、ありえないことだった。

 ナディム・サマヤは二一年前のヴァナディース事変で死亡しており、今年で一七歳になるというスレッタ・マーキュリーの誕生とは計算が合わない。

 あるいは自分の記憶違いかもしれないと思い、ベルメリアは尋ねた。

 

「ねえ、あなたにお姉さんはいるかしら?」

 

 スレッタは困ったように眉を寄せたあと、なんとも言えない表情でこう言った。

 

「……わたしの生まれた年に病気で亡くなったと聞いています」

「……そう。ごめんなさい、つらいことを聞いてしまったわね」

 

 宇宙空間での逃亡生活は、ヴァナディース事変のとき四歳――死亡時には八歳の幼子には酷だったのだろう。

 ベルメリアはあの幼い少女、エリクト・サマヤの冥福を祈って目を閉じた。

 よもや目の前のスレッタが「わたしのお姉ちゃんは電脳世界の最強生命体で、今はペイル社を炎上させて遊んでいますなんて言えないし」と考えているとは想像もしていなかった。

 話題を変えるように、スレッタがベルメリアに尋ねた。

 

「そのカルド博士って方は、どんな考えでGUNDフォーマットの研究をしていたんですか?」

 

「そうね――とても簡潔だったわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。過酷な宇宙空間での活動に適した究極の拡張身体、もう一つの身体(オルタナティブ)を博士は目指していたの。今の兵器としての有用性だけを求められるGUND-ARMとは違う存在……それが、ヴァナディースの理想だった」

 

「服を着るみたいに使えるモビルスーツ……すごいですね、夢があります」

 

 そう言ってニコニコと笑うスレッタ・マーキュリーを見ていると、ベルメリアは、かつて自分たちが見た理想が間違いではないことを確かめられたような気がした。

 たとえ自分の手が血まみれで手遅れだとしても、この想いだけは手放したくなかった。

 時間です、と言って席を立ったスレッタ――ベルメリアは少女の未来に幸あることを祈った。

 

「……ガンダムの呪いに負けないでね、スレッタさん」

「はいっ!!」

 

 

 

 

――罪人からの想いを受け取って。

 

 

 

 

――少女は未来へと進んでいく。

 

 

 

 




ペイルグレードちゃんはヤンデレAIなのでエラン様は逃げられない。
そのうちエラン会議とか始めると思う。
「わかるってばよ…」されてベルメリアさんは堕ちました。
スレッタの処分は次回。


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擦れッタがデリングと面談するだけの話

 

 無重力空間での艦内通路の移動にはコツがある。

 世の中には移動補助用の輸送グリップなどもあるが、最終的に重要になるのは慣性の法則の把握である。

 自分が今どれだけの質量を持っていて、どれだけの運動エネルギーを帯びているか。

 これを把握していれば、地球育ちのアーシアンが考えるほど宇宙での暮らしは難しくない。

 そう言う意味で今、スレッタ・マーキュリーの前を移動している巨漢――縦にも横にも幅広い――ケナンジ・アベリーは大した人間だった。

 間違いなくスレッタなら、あんな巨体をコントロールできる自信がない。

 

「ケナンジ隊長、わたしに下る処分はどうなるんでしょうか?」

 

 ベルメリアとの対面を終えてすぐ、スレッタはケナンジに連れられて艦内を移動していた。

 ペイル・テクノロジーズを巡るスレッタの行動は、もちろん問題行動である。

 現場にいたナイト小隊からの証言で、実行者がスレッタ・マーキュリーであることも明らかだ。

 本来であればすぐさま独房入りだろうに、何故、自分が自由の身なのかスレッタにもわからなかった。

 一方、振り返ったケナンジは怒っているというより戸惑っているという感じの態度だった。

 

「いや、まあ……やってくれたな。正直、俺にも何がどうなるんだかさっぱりだが、上はお前を連れてこいと仰せでな。ペイル社の重要参考人たちと一緒に、ベネリット・グループ本社フロントに向かってもらう」

「えっ?」

「復唱」

「は、はい! スレッタ・マーキュリー、ベネリット・グループ本社フロントに向かいます!」

 

 少女と中年男はしばらく連れだって艦内を移動した。

 道中、無言だったケナンジが、唐突にぽつりと呟いた。

 

「まあ……頑張れよ、スレッタ・マーキュリー」

「は、はい……?」

 

 上司がどういうつもりでそう言ってきたのか、この時点でのスレッタは察していなかった。

 

 

 

 

 

 

――なぁにが話は通しておくだよルイ・ファシネータ! 明日からいい加減なペテン師(スウィンダラー)に改名しろバーカ!!

 

 

――思いっきり問題になってるじゃん、どうすんのさ、スレッタが呼び出し後に処刑とかされたらさぁ!?

 

 

『落ち着いてくれないか、エリクト・サマヤ。スレッタが呼ばれたのは、たしかに今回の一件がきっかけだが、彼らの対話はいずれにせよ避けられないことだった。それは君もわかっていると思うが?』

 

 

――何の話?

 

 

『どうせ()()()()()()()()()について、君も話してないんだろう?』

 

 

――アレはお母さんが()のために抱いた願いだ。スレッタには関係ない。

 

 

『デリングへの復讐を諦めたように、エルノラの願いも諦めるのが今の君か、エリィ』

 

 

――それがスレッタのためにならないなら、たとえお母さんの遺言だろうと僕は破るよ。

 

 

――それにあの人の遺言にクワイエット・ゼロは出てこなかった。それがすべてだよ、ルイ。

 

 

――そういう君だって、ヴァナディースの理想ってやつのためにデリングと組んでるじゃないか。

 

 

『そうだね。本来、私はデリング・レンブランを諸悪の元凶として排除すべきなのだろう。だが、今の私にとって、それは優先順位が低いタスクだ。達成されるべき目標は他にあるし、デリングもまた、この時代(アド・ステラ)が生んだ英雄(かいぶつ)に過ぎない』

 

 

――とにかく、スレッタは無事なんだね?

 

 

『そこは安心してくれていい。緊張で胃が痛くなってるとは思うが、まあ、それはペイル社を炎上させた必要経費だと思って欲しい』

 

 

――はっ?

 

 

『つまりだ、エリィ。スレッタは今、デリング・レンブランと一対一の面談を受けるところなんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 ケナンジとの会話から数十時間後。

 幾人もの警護の兵の視線に晒されて、スレッタ・マーキュリーは通路を移動し続けた末、よくわからないセキュリティシステムで何重にも持ち物検査をされた末、とある部屋に案内された。

 ベネリット・グループ本社フロント――その中枢たる一室に今、一人の少女がガチガチに緊張して入室しようとしていた。

 

「し、ししし、失礼しまっす!!!」

 

 緊張しすぎて元気がよすぎる挨拶が飛び出たが、部屋の主が気分を害した様子はない。

 その男は「うむ」とうなずくと、前に進むよう少女に促した。

 灰色の髪に豊かなあごひげを蓄えた壮年の男――その人物とスレッタは、以前、顔を合わせたことがある。

 二年前、母が死んだあと、すぐのことだった。

 

「お、おぉお、お久しぶりですっ、デリング・レンブラン総裁っ!!」

「久しいな……スレッタ・マーキュリー」

 

 室内には副官のラジャンの姿すらない。

 ヴァナディースの魔女の娘と一対一の面談。

 普通に考えて、魔女狩り部隊の元締めがするとは思えない所業である。

 安全管理上は問題があるとしか言えないが、それでもなお対面であることに意味があるのだといわんばかりのシチュエーションだった。

 

「ここに外野はいない。緊張する必要はない。お前のありのままの言葉で答えればいい」

「は、はい……あの、今日、わたしを呼ばれたのって……」

「お前が察しているとおりだ――ペイル・テクノロジーズのスキャンダル。その原因である機密情報の漏洩を行ったのは、当時、現場にいたお前と〈エアリアル〉だな?」

「……その通りです」

 

 スレッタとデリングの間に緊張感が漂い始める。

 

「スレッタ・マーキュリー。お前の怒り、お前の正義感からの行動によって、ペイル・テクノロジーズの信用と株価は失墜した。関連企業にも多くの影響が出ている。お前の行動は、多くの人間の日常と安寧を破壊した。そのことについて、何か申し開きはあるか?」

 

 デリングの言葉は正しい。

 間接的には生活の破綻や自殺者などの形で、スレッタの行動が原因で命を落とす人間も出ていることだろう。

 その責任をどう取るのかと、今、スレッタは問いかけられていた。

 すうっと息を吸い込んで、デリングの顔を見つめる。

 

「申し開きは――ありません。わたしは自分の意思で、こうなるとわかっていて、〈エアリアル〉に機密情報を暴露させました」

「その決断が人を殺すとわかっていて、その行動を選んだのか?」

「……はい」

 

 スレッタは言い訳をするつもりはなかったし、同時に自身の行動に弁護の余地がないことも理解していた。

 余人から見れば、ひとときの感情に駆られた愚かな行いと映るだろう、ということも。

 如何なる叱責が飛んでくるかと思えば――デリングが発したのは、素朴な問いかけだった。

 

「何故だ? お前にとって人体実験の被害者は友人だったかもしれん。だが、そこまでして罪を背負わねばならないほどか?」

 

 問われているのは、その行動で背負うことになる罪業を知りながらその道を選んだ理由だった。

 それは根源的な問いかけである。

 スレッタ・マーキュリーという人間の根幹にある価値観。

 それが何なのかと言われれば、たぶんそれは()()()()()()()()()()だ。

 

 

「一番弱い立場の人たちが食い物(リソース)にされて(かえり)みられないなら、そんな世界は間違ってます。デリングさんは、そういうものが秩序や平和だって言うんですか?」

 

 

 むしろ問い返したくなった。

 このアド・ステラの太陽系社会で、経済的にそれを牛耳っている元締めの一人と言ってもいい男が、何故、今日までその罪悪を見逃してきたのか、と。

 誰かの日常や安寧を脅かすことが紛れもない悪であるように、その日常の名の下に誰かを虐げることも悪なのだから。

 それが根本的に解決しようがない、人間という生き物の宿業なのだとしても――見て見ぬフリをしていい理由になどならないはずだった。

 この二年間、地球の地獄を見てきたスレッタ・マーキュリーは、そのように考えている。

 

「なるほど。一理ある。だが、お前のその行動の始まりは、エルノラ・サマヤの遺言だ。あの日あのとき、お前はこう言った――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 デリングの言は鋭かった。

 今この瞬間、スレッタが抱いている義憤すら、始まりは私欲に等しいエゴだったのだ。

 

 

「スレッタ・マーキュリー。お前の血塗られた覚悟の始まりは、そんな正義感ではなかったはずだ」

 

 

 少女は今、おのれの過去を問われていた。

 たとえ相手が母親から人生のすべてを奪い、利用し尽くした挙げ句、死に至らしめた相手であろうと――スレッタにはデリング・レンブランを憎むことができない。

 それは実感のなさも大きかったが、何よりも、奇妙な共感があったからだ。

 言葉にして話したわけではないのに伝わるもの――互いが言及するこの世の理不尽に対して、おそらく同じ感情を抱いているという確信。

 それが何故なのか、スレッタは気になってしまう。

 

「たしかに、わたしはお母さんの願いを叶えるために人殺しになりました。その意味もわからずに、血まみれの道を選びました。でも今は違います……その罪深さを知っていて、わたしは人殺しをしています」

「知っていれば殺人が許されると言うのか?」

「いいえ。人を殺すのは、とても悪くて、罪深くて、取り返しがつかないことです。それを忘れたことは一度もありません。それでも――」

 

 

――思い出せるのは地球で見た景色。

 

 

 朝焼けの空の下、人の営みが始まろうとしている街の雑踏。

 夕暮れの空の下、家路を急ぐ人々とオレンジ色に染まる街。

 

 

――あるいは学園で出会った友人たちのなんということはない平穏な日々。

 

 

 スペーシアンである自分を温かく迎え入れてくれた地球寮のみんな。

 勘違いとはいえ、自分を妹のように可愛がってくれるミオリネ・レンブラン。

 敵対した仲であっても友情を築くことができたグエル・ジェタークやジェターク寮の面子。

 互いに怒りをぶつけ合いながらもわかり合うことができた、エラン・ケレスを名乗る少年。

 

 

 たとえこの手を血に染めようとも、彼らの穏やかな暮らしが守られて欲しいと、スレッタ・マーキュリーは思ってしまう。

 優しく愛おしむような声音で、少女は自らの答えを口にした。

 

 

 

「――わたしがこの手を血で汚すのは、そうしてでも()()()()()()()()があるからです。その願い(エゴ)を叶えるために、わたしは罪を背負い続けます」

 

 

 

 しばしの間、沈黙があった。

 机を挟んで向き合うスレッタとデリングは、互いから目をそらすことなく見つめ合っていた。

 何秒経ったろうか、デリングは瞑目して、深々とため息をついた。

 それはどこか、安堵に似た響きの吐息。

 

「変わらないな、お前は変わらず傲慢で勇敢な戦士であり続けている」

「あっ、ありがとうございます……?」

 

 傲慢と勇敢って褒められてるのかな、と思いつつスレッタはデリングの顔を見た。

 相変わらずのいかめしい面構えだが、その不機嫌そうな表情はミオリネ・レンブランそっくりだった。

 顔の造形は正反対と言ってもいいのに、表情筋の使い方がそっくりなのだ。

 だからたぶん、今は少し機嫌がいいのだとスレッタは察した。

 

「お前に下る処分は……オーバーライドの使用に関する規則の作成、二週間の謹慎処分だ。その後、学園での任務に戻るがいい。ベネリット・グループはペイル・テクノロジーズに対して粛清を行う。それが私の答えだ」

「そう、ですか……」

 

 重い処分を覚悟したスレッタの行動すら、最初からデリング・レンブランの掌の上だったのだと察する。

 あるいはオーバーライドの覚醒と、その威力を見せつける形になったペイル・テクノロジーズに対する一連の強制執行すらも。

 自分は道化だったのではないかという疑念に囚われつつ、ふと、スレッタは大事なことを思い出した。

 

「あ、あのっ!」

「なんだ」

「み、ミオリネさんの様子、とかは聞かれないんですか?」

 

 何せ、父と娘である。

 すでに母が死去しているスレッタとしては、如何に険悪な関係であろうと、きちんとコミュニケーションした方がいいと思ってしまう。

 ミオリネにとっての父親がいいものではないことは察しているが、かといって父親の方まで娘を嫌っているものなのだろうか――そんな疑問を込めての問いかけであった。

 デリングはほとんど表情を変えなかった。

 ぴくり、と眉根を動かして一言。

 

「お前はミオリネの護衛として学園に使わしたのだったな」

「はい」

「ならば報告しろ。ミオリネの様子もそのとき話すがいい」

 

 そういうことになった。

 スレッタはいろいろなことを話した――ミオリネとの初対面のときの勘違いを聞かせたときなどは、明らかにデリングはうろたえていた。

 理由は不明である。

 妾腹の子云々の勘違いは有名だから、きっとスレッタの知らない事情があるのだろう。

 学園でのミオリネは傍若無人なようで世話焼きで優しいこと、自分を本当によく可愛がってくれていること。

 理事長室が汚い部屋になっていたことも話した。

 健康管理の面で問題があったが、今は地球寮で共同生活するようになって改善されたと聞くと、デリングはしかめっ面でため息を吐いていた。

 たぶんミオリネの名誉を思うなら言わない方がいいことだったが、こればっかりはスレッタも譲れなかった。

 誰かが健康管理しないと、ミオリネは健康を害する。

 そういう確信があった。

 

 一通り話し終えると、デリングは「もういい」と一言。

 スレッタが目を閉じて、ふうっと息を吐いた瞬間だった。

 デリングはこう言った。

 

 

「スレッタ・マーキュリー。〈エアリアル〉がパーメットスコアを上げたその果てに、エルノラ・サマヤの()()()()は叶うだろう。あるいは、お前の抱いた()()()()すらも」

 

 

 頭を殴られたような衝撃だった。

 思わず目を見開いて、デリング・レンブランの顔を見た。

 その表情からは何も読み取れない。ただ鋼鉄のような意思がみなぎっていることだけが察せられた。

 

「それって、どういう意味――」

「話は終わりだ」

 

 そう言われて退出を促されると、スレッタとしては抵抗のしようがない。

 去り際に見た男の姿にあったのは、とてつもなく強固な意志だった。

 それに言い知れぬ不安を覚えながら、スレッタ・マーキュリーは扉を閉めて、来た道をとって返していく。

 少女の後ろ姿を見つめながら、デリング・レンブランは確信するのだ。

 自らの選んだ選択が最良であることを。

 

 

「私が世界を救おう、ノートレット……お前の遺志と共に」

 

 

 

 

――燃えるような祈りを胸に抱き。

 

 

 

 

――英雄は血塗られた道を進み続ける。

 

 

 

 



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擦れッタが学園に戻るだけの話

 

 

――あのドローン襲撃事件の日から一ヶ月半もの時間が経とうとしていた。

 

 

 スレッタ・マーキュリーは今、再びアスティカシア高等専門学園の土を踏んでいた。正確にはその宇宙港に到着したところで、無重力ブロックだから足は地面についていないのだけれど。

 学園を襲ったテロ事件も、直接的な被害は学園側に一切なく、被害はフロント管理社のMS部隊に集中していたから、存外、学園に変わった様子はなかった。

 だが、見るものが見れば、MSメーカー大手ブリオン社の輸送船が多いことや、いつもより多い警備のMSの姿に気付くだろう。

 おそらくは補充のMSの納入に来た業者の船だった。

 フロント管理社は余所から人員をかき集めて、警備体制の立て直しと戦力の充足に追われているようだった。

 無理もない。

 六〇メートル級の戦術ドローンが編隊を組んで、ドローン子機を含めたフル装備で襲ってくるなど普通はあり得ないことなのだ。

 学園の生徒たちに実感はないだろうが、フロント管理社が負った傷は大きいはずである。

 それでも宇宙港そのものにはピリピリした空気はない。

 誰もが努力して日常を維持しようとしているのだと察せられた。

 

「……そっか」

 

 これもまた、スレッタが選んだ道で流された血だった。

 エラン・ケレス――強化人士四号をペイル・テクノロジーズに引き渡していれば、少なくとも、このような犠牲はなかったのだから。

 彼女に後悔はない。

 自分は正しいことをしたと信じている。

 だが、その選択によって失われた命を忘れてはいけないと思った。

 

 ベネリット・グループ本社フロントからアスティカシア高等専門学園までの航路はそこそこに時間がかかった。

 〈エアリアル〉の整備点検――被弾した装甲や駆動系の一部などは予備部品と交換してもらった――が終わるのを待っていたこともあり、謹慎処分を兼ねた出発までの二週間、スレッタは手持ち無沙汰だった。

 ようやく準備が終わってからも今度は学園までの長い旅路があり、輸送船の簡易シャワーとベッドはあまり居心地がいいとは言えないものだった。

 もちろんこれは「アスティカシア高等専門学園の自室の居心地の良さに比べれば」と条件がつく。

 ベネリット・グループが誇るMS輸送船が、特別、劣悪な住環境だったわけではない。

 むしろ機内食も携行食糧(レーション)などではなく、簡易自動クッカーで調理された合成食材が食事として供されていたのだから、この手の船としては破格の待遇だった。

 贅沢に慣れちゃったのかな、とスレッタは思う。

 

――いつのまにか、当たり前の基準がズレちゃったみたいだ。

 

 この学園での時間は、スレッタ・マーキュリーにとって居心地がよかったのだ、と実感する。

 飾り気のない長袖のシャツにジーンズ姿のスレッタは、宇宙港に併設された更衣室――公共施設としてAI制御の監視カメラつきの個室が用意されている――に入って、すぐ学園の制服に着替えた。

 落ち着いた色調のグリーンの制服は、生徒手帳(デバイス)と連動させると色が変わって、白地に黒と金で装飾されたホルダー専用の衣装に様変わりする。

 袖を通し終えてすぐ、生徒手帳に着信音。

 学園のローカルネットワークの通信圏内に入ったせいか、これまで溜まっていた膨大なメッセージが受信されていた。

 目にも留まらぬ速さで流れていく通知に、スレッタは恐怖した。

 

「うひぃ!? え、えと……フィルター、交友関係限定で……」

 

 音声操作によって端末のAIが自動設定し、スレッタと比較的関わりがある人物からのものだけをピックアップしていく。

 ざっと見ていくだけでもすごいテキスト量だった。

 

「ひっ……!!」

 

 ミオリネからのメッセージが一二八件溜まっていた。

 多すぎる。学園を空けていた期間なんて精々、四二日間ぐらいなのに。

 一日に三件くらいは送られていた計算になる。

 心配してくれていたのはわかるし、嬉しいのだが、ちょっとこれは怖い。

 ミオリネさんらしいな、ということにしておく。

 メッセージを見るのはめちゃくちゃ怖いので、後回しにしておくけれど。

 そうしてメッセージを確認しながら歩いていたスレッタと、フロント外作業実習を終えたばかりであろう、パイロット科の生徒がすれ違った。

 面識のない生徒だったので、軽く会釈するに留めて通り過ぎようとした。

 しかしこれがよくなかった。

 それまで友人との会話に夢中だったその生徒は、スレッタ・マーキュリーの顔を見た瞬間、目を大きく見開いて。

 叫んだ。

 

 

真実(マジ)……かよ……ホルダーッ!?」

 

 

 え、誰だろうこの人。

 スレッタが固まっていると、パイロット科の生徒たちは生徒手帳(デバイス)を取り出して、いずこかに連絡し始めた。

 そこには熱狂があった。歓喜があった。ヒーローの登場をよろこぶ子供のような情熱があった。

 

 

――友達狩りのバーサーカー。

 

 

――テロリストのドローンを撃退したホルダー。

 

 

――曖昧な態度で学園のプリンス二人をキープする希代の悪女(ファムファタール)

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その一報は瞬く間に、アスティカシア高等専門学園中の生徒(ワルガキ)どもの心に火をつけた。

 

 

「マジか……テロリストを返り討ちにしたっていうあのっ!?」

 

 

学園最強(ホルダー)が!?」

 

 

「グエル様と氷の君を撃墜(おと)した恋の魔王(スレッタ)が!?」

 

 

『〈友達狩りの(フレンズハンター)スレッタ〉が帰ってきた!?』

 

 

幻想(ゆめ)じゃねえよな!?』

 

 

『帰ってくる……俺たちの学園最強(ホルダー)が帰ってくる!!』

 

 

『実習なんかしてる場合じゃねえ! すぐ帰還する!!』

 

 

 そう、パイロット科、メカニック科、経営戦略科――そんな垣根を越えて、あらゆる学年の生徒たちがその報せに歓喜し、恐怖し、喝采した。

 その意味のわからない勢いに気圧されて、スレッタ・マーキュリーは本気でびびった。

 

「ひぃいい!? な、ななな、何なんですか、これぇ!?」

 

 ぞろぞろと人が集まり始めたあたりでただならぬ事態に気付き始めたスレッタだったが、どうしようもない。

 モビルスーツである〈エアリアル〉はMSコンテナ用の輸送路を通じてMSハンガーに送られる手はずだったし、流石に学園にまで武器は携行していない。

 だらだらと冷や汗をかきながら、衆目を集める自分がどう逃げたらいいか思案して。

 

 

「……ひょっとして、困ってる?」

 

 

 聞き慣れた少年の声を聞いて、びっくりした瞬間には手を優しく掴まれていた。

 

「こっち。ついてきて」

「は、はい!」

 

 なんだろう、自分は夢でも見ているのだろうか。

 学園で人を殺してしまった後ろめたさや、二度と受け入れてもらえないのではないかという不安で胸がいっぱいだったのに。

 二度と会えないかもしれないと覚悟していた少年が、こうして自分の手を引いているなんて。

 

 人垣から逃れるように通路という通路、エレベーターというエレベーターを駆使して逃げた末に。

 アスティカシア高等専門学園の居住区へ続く長距離エレベーターに二人で入って、ほっと一息ついた。

 あらためて少年の顔をまじまじと見つめた。

 色素の薄い髪、端整な顔立ち、どこか憂いを秘めた瞳――間違いなく彼は、〈ファラクト〉に乗って激闘を繰り広げた彼だった。

 どう声をかけたか迷っていると、少年はぽやっとした雰囲気のまま、すごいことを言い始めた。

 

 

「そうだ、僕は新しく編入してきて君と初対面の()()()()()()()()だよ。よろしくね」

 

 

 一瞬、そういうジョークなのかと思った。

 だが、エランは真顔のままだった。

 スレッタはボケに耐えきれなくなった。

 

「…………安直!!!!! 安直すぎる名前ですよエランさん!?」

 

 どちらかというとツッコミをされる側の天然であるスレッタ・マーキュリーも、流石にそれはどうかと思うと突っ込まざるを得ない。

 そうだね、とエラン――かつて強化人士四号と呼ばれていた彼はうなずいた。

 

「もうエラン・ケレスじゃないからね。本名は忘れちゃったから、一番覚えやすい名前にしてみたんだ」

「え、えぇー……四号(フォース)ってそのまんまじゃないですかぁ!?」

「うん、覚えやすいからね」

 

 エラン・ケレス改めエラン・フォースの顔に憂いはない、自嘲もない。

 本気で覚えやすくて便利な名前にしてよかったと思ってる顔だった。

 

「それとも、アラン・ケレスとかの方が良かったかな?」

「なんで絶妙にパチモンっぽいんですか、エランさん……」

 

 ダメだ、この人ネーミングセンスがよくわからない。

 自分も大概なセンスの持ち主であるスレッタ・マーキュリーは、そうして戸惑っていたのだけれど。

 エランは穏やかな表情のまま、いきなり不意打ちしてきた。

 

 

 

「君が、よく()()()()()って呼んでくれてたから。名前は変えたくなかったんだ」

 

 

 

 殺し文句である。

 スレッタ・マーキュリーの乙女心にきゅんきゅん来たのは言うまでもない。

 褐色の頬を火照らせて、スレッタは身をよじらせた。

 少女は今、恥ずかしいような嬉しいような気持ちで胸が満たされている。

 

「そ、そそそ、そうなんですね!? こ、ここここ、光栄でっす!?」

「うん。君のおかげだよ、ありがとう」

 

 そのとき、エレベーターが地上への到着を知らせた。

 顔を真っ赤にしてエレベーターを降りたスレッタを待ち受けていたのは、何故か仁王立ちしている背の高い少年だった。

 もちろん見覚えがある大事な友人であった。

 

 

「こいつとまともにやり合うな、スレッタ・マーキュリー」

 

 

 ぬっと現れた巨漢の名はグエル・ジェターク。

 何故かインナー姿にジャケットを羽織るのが定番になっている少年である。

 

「ぐ、グエルさん!! お、お久しぶりです!」

「ああ、久しぶりだな……そいつは万事が万事、その調子だぞ。俺はもう疲れた……」

「グエルさんってツッコミ側だったんですね……てっきりツンデレ属性だけかと……」

「ツン……デレ……? おい、なんだその単語、お前、俺のことをなんだと思ってるんだ?」

「はわわわ、違うんですグエルさん! これは乙女ゲームの知識でちょっと皆さんを分類しただけで他意はないんです!」

「わけがわからんこと言い始めたな!?」

 

 ちなみにエランはクール系病み王子様に分類されるらしい。

 スレッタ・マーキュリー、一七歳。素でゲームと現実の区別がついているか微妙に怪しい天然であった。

 

「仲いいね、二人とも」

「エランさんもお友達ですよ!? 拡げましょう、友達の輪を!」

「友達狩りはやめろ、フェルシーが怯えていた」

 

 スレッタはショックを受けた。

 

「そんな……わたしは皆さんに笑顔でいて欲しくて……」

「笑顔を理由にMSで襲ってくるのは恐怖しかないだろ、ホラー映画か?」

「君らしいね、スレッタ・マーキュリー」

 

 このままだと形勢が不利だと悟って、スレッタは男子二人に別の話題を振ることにした。

 

「そ、それはそうとエランさん! 結構早めに学園に戻ってこられてよかったです!!」

「今でもちょっと呼び出しはあるけどね。学園の方で聞き取りやってくれることになって、負担は減ったよ」

「よ、よかったです……! わたし、もう会えないかもって思ってました」

 

 ちょっとした軽口のつもりだったのである。

 しかし場の空気が明らかに重くなったのに、スレッタは気付いた。

 

「……あれ?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、グエル・ジェタークが口を開いた。

 何言ってるんだこいつ、という顔だった。

 

「二度と会えないような空気出しておいて一ヶ月半で戻ってくるお前も大概だと思うぞ……」

「うっ」

「うん、あのときは今生の別れっぽかったよ」

「ううっ」

 

 そこを突かれると返す言葉もなかったので、勢いで乗り切ることにした。

 

「あ、あのときは! わたしだって本気でお別れを覚悟してましたよ! すごく偉い人(デリングさん)がなんかよくわからない理由で学園に戻してきましたけど!」

「…………深掘りしない方がいい話題みたいだな」

「そうだね、やめようか」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 地球寮に近づくのは、ものすごく勇気が要ることだった。

 ミオリネの温室を経由してから行ってもいいと思ったが、いきなりミオリネ・レンブランに出くわしたら、それはそれで重たそうなので後回しにした。

 かくしてスレッタ・マーキュリーは、グエルとエランという学園の二大イケメンを騎士にして、ゆっくりと抜き足差し足で地球寮に――

 

「おい、スレッタ・マーキュリーが帰ってきたぞ!! 開けてくれ!!」

「うっぴゃあああ!? ぐぐぐ、グエルさん!? こ、こここ、心の準備ができていません!!!」

「お前の準備ができるのは何年後なんだ?」

「ご、五〇億年後です……」

「すごいね、太陽の寿命が尽きるよ」

 

 バカみたいなコントを繰り広げていると、どさっ、と荷物を取り落とす音がした。

 

「スレッタ……?」

「……お前」

 

 振り返ると、そこにはミオリネ・レンブランとチュアチュリー・パンランチが買い出しの荷物を手に立っていた。

 いきなり顔を合わせづらい二人である。

 

 ミオリネ――メッセージから情念まで万事がすべて重い説明不要の姉(偽物)。

 チュチュ――あのビームライフルでの射撃以来、まともに言葉を交わせずに別れた。

 

 つまり気まずい相手である。

 しばらくうつむいたあと、口火を切ったのはチュチュだった。

 

「帰って……きたんだよな……?」

「はい、その……」

「…………あのな、この前の、事件のとき……その……」

「はい……」

 

 チュチュは深呼吸して、覚悟を決めて。

 そうしてようやく、言いたかった感謝の念を伝えた。

 

 

「――みんなを守ってくれて、ありがとな」

 

 

 スレッタは一瞬、自分が何を言われたのか理解できなくて。

 すぐに胸がうれしさでいっぱいになった。

 

「……えっと、その、ありがとう、ございます」

「ばっ、なんでお前が礼言ってるんだよ! あーしがもう言ったろ!」

「で、でで、でも! わたしだってすごく嬉しかったので! お礼、言っちゃいます!!」

 

 変らない距離感があり、変らないやりとりがあった。

 たったそれだけのことがとても嬉しくて、涙が出てしまいそうだ。

 

「よかったわね、スレッタ……」

 

 その光景を後ろから眺めるミオリネは、どこか満足げだった。

 彼女の横に近づいて、グエルが尋ねた。

 

「よかったのか、お前は声をかけなくて」

「いいのよ、私は姉だから。友達同士のやりとりを邪魔するほど無粋じゃないわ……あとでたっぷり時間取るんだし」

「お前も大概、重たいやつだな……」

「はぁ!?」

 

 そのときだった。

 大型MS用トレーラーの走行音がした。

 自動運転でここまで運ばれてきたのであろう、〈エアリアル〉の乗ったトレーラーだ。

 規定の位置で停車した車両が「メカニック科の生徒はMSハンガーへ移動させてください」と規定のアナウンスを流す。

 もっとも地球寮の他の面子は各々が自由時間で不在らしく、困ったことにメカニック科の生徒が足りないのだが。

 移動させようにもその手の資格がある人間が足りない。

 どうしたものかとパイロット科四名と経営戦略科一名で悩んでいると――大型MS用トレーラーに横たわった〈エアリアル〉が、突如として起動したのがわかった。

 取り憑いている悪霊(エリクト)の仕業である。

 嫌な予感がした。

 

「あ、あはは……あの、わたし、MSに乗り込んで準備だけしちゃいますね?」

 

 そう言ったときだった。

 西暦時代の古いアニメソングが、突如として〈エアリアル〉の外部スピーカーから流れ始めたのは。

 明るくポップな感じの曲だった。

 その歌詞を文字に起こすと、このようになる。

 

 

 

――君は誰とキスをする

 

――わたし それともあの娘

 

――君は誰とキスをする

 

――星を巡るよ 純情

 

(中略)

 

――キミは誰とキスをする

 

――キミは誰とキスをする

 

――君は誰とキスをする

 

――わたし それともあの娘

 

――たったひとつ命をタテに

 

――いまふりかざす 感傷

 

――たったひとつ命をタテに

 

――いまふりかざす 感傷

 

 

 

 なおこの場にはグエルもエランもミオリネもいたのは言うまでもない――ちなみにチュチュは「うるせえから止めろスレッタァ!」と怒鳴っている。

 三人とも顔を見合わせて、この突然流れ始めた曲(トライアングラー)について戸惑っている。

 何者かの邪悪な意思を感じざるを得ない、気まずすぎる曲のチョイスであった。

 もはや天才的な煽りと言えよう。

 そしてスレッタの姉は、そういうことをする人種だった。

 

 

 

「――エリクトォオオオ!!!!!!!!」

 

 

 

 スレッタはキレた。

 

 

 

 




作品コード 148-8887-4

挿入歌はトライアングラー(マクロスF)だッ!
エラン・ケレス(強化人士四号)はエラン・フォース表記になります。
次回で長かったエラン編も一区切りです。


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擦れッタがエランとデートするだけの話

 

 

――その日の地球寮は朝からやかましかった。

 

 

 その原因はもちろん、ミオリネとスレッタの異母姉妹(そんな事実はない)である。

 褐色の肌に赤毛の少女を椅子に座らせ、甲斐甲斐しくメイクの世話を焼く白い肌に銀髪の少女――絵になるビジュアルだが、その会話内容は口喧嘩めいている。

 化粧台の前に座らされたスレッタは、食生活が終わってたわりに美容にも敏感なミオリネに、これでもかと説教を喰らっていた。

 

「あんた、まさかノーメイクでデートしようとか思ってない? 暴挙よ?」

「み、みみ、ミオリネさん! わたしは可愛いので……ナチュラルメイクでなんとかなりませんか!?」

「あんた意味わかって言ってるそれ!?」

 

 ギャアギャアとやかましく言い合っている二人の姿は、最早、地球寮にとっては日常である。

 スレッタが不在だった一ヶ月半の空白期を思うと、ようやく日常が帰ってきたという気すらしてくる光景だ。

 なので「まーたやってるよ」と男子勢は気にも留めていないし、スレッタが青春らしいイベントをすると聞いて、コイバナ好きの女子勢はすでにコーデについてああでもないこうでもない話し合っている。

 実は以前にも「スレッタの快活さを意識したショートパンツにするか」と「ここは髪型共々、意識してイメチェンし、フェミニンな魅力を前面に押し出すか」で激論が交わされていたのであるが――最終的にスレッタの「わ、ワンピースとか着てみたいです!」の一言でそういうことになった。

 衣類の準備はミオリネの伝手で速やかになんとかなったのだが、いざ、持っていく小物やバッグまで含めた話になると女子の間でも意見が分かれたのである。

 

 何せ、スレッタ・マーキュリーの初デートである。

 泣いても笑っても人生で一度きりの初めてのデートなのだ、最高の状態で送り出してやりたいではないか。

 かくして外野の盛り上がりがすごい中、スレッタのメイクは完成した。

 元々、本人の顔の造形がよいので、確かに最低限のメイクで様になる。

 ミオリネは若干イラッとしてきた。

 

「あんたの言うとおりにすごく可愛いじゃない……! 最高ね、スレッタは!」

「み、ミオリネさん! キレながら褒めるの怖いですよ!?」

 

 ちなみにスレッタは今、髪を下ろしてよく梳いたロングヘアに、薄い桃色のワンピースに白色のカーディガンを羽織ったフェミニンなルックで足下は初夏を意識した白いサンダルである。

 当然、つま先まで入念に女子陣の手で手入れされている。

 歩きにくそうという理由でスレッタは敬遠していたのだが、「じゃあ歩行訓練しなさい!!」とサンダルで綺麗に歩く練習までさせられていたのは記憶に新しい。

 そういうわけで、全身にビットステイヴを装備した〈エアリアル〉もびっくりのフル装備の可愛い女子が誕生していた。

 

「わ、わああ……わたし、今すごく可愛いですよミオリネさん!」

「ええ、あんたは可愛いわ……エランのやつなんか恋に堕としてきなさい!!」

「そ、そーいう話になるんですか!?」

「食い気味にデートの約束取り付けておいてイモ引いてんじゃないわよ!?」

 

 ただの正論ではない。

 ドレッドノート(西暦時代の戦艦のこと。時代を一変させた性能から、誇張表現に用いられる)めいたド級の正論。

 ド正論である。

 

「ううううぅうう……か、覚悟を決めます」

 

 待ち合わせ場所までの道順を生徒手帳(デバイス)にたたき込み、ふーふーと深呼吸。

 スレッタ・マーキュリーは今から緊張しまくっていた。

 さて、デートの支度を手伝い終えたミオリネは、ノートタイプの端末を開いて調べ物を始めていた。

 

「そう」

「あ、あれ? ミオリネさんは宿題か何かですか?」

「私だって、いろいろ考えることがあるのよ……どうやって前に進むか、とかね」

 

 そう、ミオリネは今、とても真剣に自分にできることを探している。

 どうすればスレッタを血塗られた道から解放できるのか――ミオリネ・レンブランはかつてなく真面目に考えていた。

 まだ目処は立っていないが、ペイル・スキャンダルの余波がある今が絶好の好機でもあった。

 デリングがすべてを決めてしまう前に提案しなければいけない、と焦っていると――スレッタが画面を覗き込んできた。

 

「……ガンダムについて調べ物ですか?」

「ええ、そうよ。今、何かと話題でしょ」

 

 しばらく沈黙したあと、スレッタは急にとある高名だった研究者の名をあげた。

 

「実はGUNDフォーマットの研究者の方とお話したんですけど、カルド・ナボ博士って方がすごく参考になるらしいですよ?」

「……あんたの伝手も大概、謎よね。まっ、わかったわ。ありがたく参考にさせてもらうから」

 

 検索AIにカルド・ナボについてのデータ収集と概要作成を命じた。

 これでミオリネがいない間にも、ある程度、参考になるデータが集められる。

 すでに異母妹(そんな事実はない)のデートの見守り(ストーキング)の準備を終えているミオリネ・レンブランは、素知らぬ顔で彼女を送り出すのだった。

 

「エランとのデート、頑張りなさいよ」

「はいっ!!」

 

 弾けるような笑顔と共にスレッタ・マーキュリーは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園にはいくつかのエリアがあり、その中には様々な店舗を収めた商業エリアもある。

 ベネリット・グループ資本の会社ばかりだが、一通りのショッピングが楽しめるし、様々な民族料理が楽しめるレストランや軽食のフードコート、映画館や各種アトラクションを置いた娯楽施設もそろっている。

 つまり若い少年少女がデートをするのに必要なスポットも少数ながら完備されているのだ。

 流石にアスティカシア高等専門学園に来るような企業の子弟を相手するだけあって、質はいい店がそろっている。

 

 MSを使った演習ができるような広大な空間を、人工重力の影響下においた超巨大建造物(メガストラクチャー)であるアスティカシア高等専門学園では、商業エリアが一つの街を形成していた。

 ここが太陽系有数の経済規模を誇るベネリット・グループの学校であることがよくわかる、とてつもない規模の人工空間だ。

 そういうわけでデートの待ち合わせ場所までのスレッタの道のりは、中々に波乱に満ちていた。

 午前九時ちょうどに集合ということになっていたのだが、道中、何度も乗る電車(トラム)を間違えそうになったし、ナビゲーションアプリの助けがあっても迷いそうになった。

 アスティカシア高等専門学園は広すぎるのである。

 

 地図上では駅前、噴水のある広場が待ち合わせ場所に指定されている。

 

 こつこつ、こつこつ、と音を立てて歩く。

 履き慣れないサンダルなのですごく緊張した。

 足の指先まで可愛く、なんて想像したこともなかったし、地球寮のみんなやミオリネには感謝してもしきれない。

 だが、緊張するものは緊張する。

 第一、自分にこんな可愛いひらひらした服、本当に似合っているのかと今さらになって緊張してくる。

 出発前は「今のわたしってラグランジュポイント四(地球と月の重力が均衡し安定している宙域のこと。アスティカシア高等専門学園を始め、ベネリット・グループ本社フロントなどが存在する)で一番の美少女じゃないですかミオリネさん!」などとはしゃいで、彼女を呆れさせていたぐらいなのだが、

 一五分前行動を心がけていたのに、気付けば五分前まで時間は切迫していた。

 少し早歩きで待ち合わせ場所まで急いだ。

 

 噴水が見えた。

 あそこだ、と歩を早めつつ周囲を見回した。

 いた。

 青いジャケットに身を包んだエランの後ろ姿が見えたのだ。

 彼はベンチに座っているようで、その特徴的な頭髪の色ですぐに居場所がわかった。

 背が高いから、座っていてもすぐ見つかったのである。

 

「エランさん! すいません、お待たせしちゃいましたか――」

 

 返事がない。

 恐る恐る近づくと、エランはベンチの背もたれに身体を預けているようだった。

 身じろぎ一つしていない。

 

 

「…………エランさん?」

 

 

 違和感を覚えながら、少女は少年の前に回り込んで。

 まるで眠るように。

 少年は息を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もとい、すやすやと寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、寝てる……!?」

 

 スレッタ・マーキュリーは驚愕した。

 流石に至近距離での驚きの声は大きすぎたらしい。

 パチッと目を開けたエラン・フォースは何度か瞬きしたあと、現在時刻を広場の時計で確認して。

 ちょうど午前九時であることを確認後、少し申し訳なさそうに眉を歪めた。

 

「ごめん…………昨日、眠れなくて…………うとうとしてたよ」

「……緊張してたんですか?」

「うん、そうみたい」

 

 かっこ悪いところ見せちゃったかな、と言うエランに、スレッタは微笑んでこう言った。

 

「いえ、わたしも昨日はすっごく緊張して、ミオリネさんたちに早く寝なさいって怒られちゃいました!」

「そっか。おそろいだね」

「はい、おそろいです!」

 

 そう言ってニコニコと笑うスレッタ。

 しばらくの間、彼はじっとスレッタを見つめて微動だにしなかった。

 

「どうかしましたか?」

 

 無言でうなずいて。

 エランはこう言った。

 

 

「……うん。今日の君は、いつもにも増して可愛いよ、スレッタ・マーキュリー」

「はぅあ!?」

 

 

 嬉しすぎて心臓が口から飛び出るかと思った。

 なのでスレッタはいつもより、少しだけ大胆になることを自分に許した。

 エランが立ち上がろうとした瞬間、スレッタは迷わず少年の手に自分の手を重ねるように差し出して。

 その手を握りしめる。

 花のように微笑んで、少女は少年の手を引いた。

 彼が生きていて、目の前にいるという現実が愛おしかった。

 たぶん今、スレッタ・マーキュリーは心の底から笑うことができている。

 

 

 

 

「始めましょう、わたしとエランさんのデートを!」

 

 

 

 

――これは血まみれの手を差し出して。

 

 

 

 

――誰かのために光を目指して歩いていく少女の物語。

 

 

 

 




これでエラン編は一区切りとなります。


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擦れッタの初デートを見守るだけの話

 

 

――スレッタとエランがほわほわとしたデートをし始めた頃。

 

 

 そんな二人を物陰から監視する怪しい一団の姿があった。

 全員が美男美女でありながら、隠しきれない怪しさが全身からにじみ出ているような集団であった。

 

 

「私、ジェターク、グラスレー……ベネリット・グループの次代を背負うメンバーが集まった形になるわね? 言ってみればこれはそれだけの大事よ、自覚を持ちなさいよ?」

 

 

 地味な色合いの服装で男装しているのはミオリネ・レンブラン、スレッタの姉を名のる不審者である。

 

 

「ミオリネ、わかりきったことを言うな」

 

 

 やはり地味な色合いだが妙におしゃれに決めているのはグエル・ジェターク、ジェターク社の御曹司である。

 

 

「ねえ、俺帰っていいかな……?」

 

 

 そしてこれは何故かグエルに巻き込まれて連れてこられたシャディク・ゼネリ、グラスレー社代表の養子である。

 

「スレッタ・マーキュリーを見守ることより大事なことがあるのか、シャディク」

「グエル、今のお前は間違ってる……!」

「俺はやり遂げるぞ、シャディク」

 

 最近、図書館での勉強会を通じて妙に仲良くなっている二人は、よくわからない距離感でじゃれついていた。

 そんな二人を半眼でねめつけて、ミオリネが言った。

 

「シャディクとグエルが無駄にデカいせいで目立ってる気がするわ」

「人の身長にケチをつけるなミオリネ、行儀が悪いぞ」

「チッ」

 

 舌打ちしている美少女がベネリット・グループ総裁のご令嬢だという事実に、たぶん誰もが困惑することだろう。

 

「変らないな、ミオリネは……」

「お前はミオリネの何を見てそう言ってるんだ、シャディク……」

「口が悪いところ、かな」

「張り倒すわよ、シャディク」

 

 惚気ているのかふざけているのか、態度がわかりかねるシャディクをにらみつけつつ、ミオリネは物陰からスレッタとエランの様子をうかがった。

 瞬間、彼女は叫びそうになった。

 

「ちょっと待って、あの子、今、自分からエランの手を握りに行ったわよ!!」

「スレッタ・マーキュリー……デートでも攻めの姿勢か……!」

「ねえ、この実況ずっとやるの? 本気で?」

 

 テンション的に置いてきぼりのシャディクを放っておいて、ミオリネとグエルは握り拳で盛り上がっていた。

 もちろん二人にもそれぞれ、身内/初恋としてのスレッタへの好意があり、少女がデートする姿には複雑な感情がある。

 だが、いざ愛おしく思っている娘が可愛い挙動をすれば、盛り上がらずにはいられないのも「好き」という感情の側面だった。

 

「思い出すな、〈エアリアル〉との決闘を……」

「モビルスーツとデートの間にどんな関係があるんだグエル、落ち着いてくれ」

「わからないか、シャディク。〈エアリアル〉の攻撃的な機動と、今のスレッタ・マーキュリーの攻めの姿勢は似てると思わないか?」

「今日のグエルはおかしくなってる! ミオリネ、彼を止めてあげてくれ!」

「ちょっと黙っててバカ二人、あの二人に気付かれるでしょ……あっ、エランがエスコートしてるわね」

 

 歩き始めた二人に合わせて、何食わぬ顔で尾行を開始する三人――なんやかんや付き合いがいいシャディクも、寮に帰ることなく一緒に来ている。

 エランが決めたデートコースを辿るらしい二人は、ゆっくりと談笑しながら歩いている。

 それを追跡する三人はまるっきり不審者だった。

 

「ねえ、これってやっぱりストーカーじゃないか?」

「そんなわかりきったこと今さら言ってどうするの?」

「ほら、フロント管理社の自治警察とか出てきたら不味くない?」

「そのときはクソ親父の名前出して黙らせるから安心しなさい」

「最悪に近い親の威光の使い方だよミオリネ……」

 

 自分の無力と無知を思い知ったミオリネ・レンブランは積極的に使えるものは使う姿勢になっていた。

 わりと最悪のドラ娘の誕生である。

 

「スレッタとエランが映画館に入っていったぞ……」

「定番ね。ベッタベタすぎて面白みがないレベルだわ。まるでマネキン王子の顔面みたいにね」

「今のは暴言だぞミオリネ」

「そこがミオリネの可愛いところさ」

「黙れシャディク」

 

 古人曰く。

 映画館は定番に見えて難しいデートスポットである。

 どう足掻いても九〇分から一五〇分程度の時間、暗所で二人並んで座ることになるから、気まずくなった場合の仕切り直しが難しい。

 しかも選ぶ映画のチョイスによっては、その内容如何で地獄のような空気になることもあり得る。

 つまらない映画ならそれでいい。

 感想戦(感想を言い合いながら盛り上がるトークのこと)でつまらなかったのをネタにできる関係なら、それも一興だろう。

 だが、この感想戦が罠なのだ。

 如何にもデートらしい微笑ましい空気になると思われがちな感想戦だが、ここで感性の違いなどが明らかになり、冷めた空気になるカップルも少なくない。

 そんな感じの恋愛指南のSSWN(ネット)のページを見ながら、グエルは力強くうなずいた。

 強敵と書いて友と読む、そんな間柄の恋敵を試すように。

 

 

「難しい局面だぞ、エラン。お前はどう出る?」

 

 

 何でもいいが、やってることはただのストーカーである。

 そういう自覚がありながら止まらない意思の強さを、ミオリネとグエルは備えていた。

 シャディクは「おうち かえりたい」と虚無の表情になっている。

 エランが眺めている映画のポスターを見て、寸評を始める二人。

 

「……『惨穢~住んではいけないフロント~』……ホラー映画か。どう思う、ミオリネ」

「悪手ね。ホラー映画は女子の間でも適性が分かれるジャンルよ」

「スレッタ・マーキュリーは……『ゾギラ~キング・オブ・モンスターズ~』? なんだ、怪獣映画か?」

「バカ! スレッタ! いきなりオタク全開すぎるでしょ! でっかい怪獣が暴れてよろこぶのは頭が幼児(ちびっこ)の連中だけよ!」

「む、移動したな……」

「無難に恋愛映画とかにして欲しいわね……」

 

 ある意味、当事者よりドキドキしている二人を横目に、シャディクは三人分のドリンクとポップコーンを買わせられていた。

 どうして世界はこんなにも苦しいのだろう――不思議だね水星ちゃん、と独りごちながら。

 

 

 

 

 

 

 それから二時間後。

 ミオリネ、グエル、シャディクは映画館のハコの中で心地よい鑑賞の余韻に浸っていた。

 

「面白かったわ……」

「最後の二〇分間のどんでん返しが最高だったな……」

「これは映画館で見るべき映画ね、端末の画面と音響じゃちょっとつまらないかも」

「最近のポリティカルアクションとサスペンスドラマのいいとこ取りって感じだったね。脚本家の名前を覚えておこう」

 

 結局、エランとスレッタが選んだのはサスペンスアクションの大作映画『裏切りのウォッチマン』だった。

 ド迫力のアクションと凝った筋書きの人間ドラマが見所の話題作である。

 単純にエンタメ映画として出来がいいこともあり、中々悪くないチョイスと言えよう。

 年若いカップルが見るには少々、難解なところもある映画だったが――二人を尾行して入場した三人の感想は大絶賛であった。

 銃器を用いたガンアクションのできばえ、実際のモビルスーツを使って撮影された戦闘シーンの迫力、登場人物の愛憎と謀略が絡み合い、結末に向けて加速していくクライマックス――どれを取っても一級品の娯楽映画だった。

 特にエンディングで何もかもをなくして宇宙を見上げる主人公の感傷的な絵には、グエルなどは号泣していたし、シャディクは思うところがある顔をしていた。

 ミオリネなどは素直に面白い映画だったと絶賛しているが、この辺の反応の違いが、鑑賞後の感想戦の醍醐味と言えよう。

 そして三人は大事なことを忘れていた。

 

「…………ねえ、水星ちゃんとエランは?」

 

「「あっ」」

 

 三人ともスレッタとエランのことを忘れていた。

 その後、三人で手分けして探し回った結果、いい感じのオープンテラスのカフェで談笑する二人を見つけることに成功した。

 向かいにあるファストフード店に入って、ドリンクとフライドポテトを注文して、窓際の席からスレッタとエランを観察する三人――完全な不審者×三。

 

「危ないところだったわ……」

「見失うところだったな」

「もう、こんなことは終わりにしないか?」

 

 シャディクの忠告は無視された。

 常識的な発言をしているからこそ、暴走している二人には聞き届けられないのだ。

 彼は「ひょっとして世の中の人間は自分が思っているほど理屈や理性で動いてくれないのでは?」「自分の革命は果たして上手くいくのだろうか」と疑念に駆られ始めていた。

 そんなシャディクを余所に、ミオリネとグエルはいい空気を吸っていた。

 

「へえ、ずいぶんといいカフェを選ぶじゃない、エラン……あそこはクロワッサンとカプチーノが美味しいのよ、いい店ね」

「お前の行きつけなのか」

「そうよ、意外?」

「ああ、部屋が壊滅的に汚いからな、お前」

 

 次の瞬間、シャディクの脳は粉々に破壊された。

 今にも血涙を流しそうな表情で、少年はグエルをにらみつけた。

 

「ミオリネの部屋に入ったのか…………グエル……俺の知らないところで」

「ああ、びっくりするぐらい汚い部屋の掃除のためにな」

「今度勝手に喋ったら殺すわよ、グエル」

 

 シャディクの脳は粉砕され続けている。

 

「なんでだ……ミオリネ……どうして……」

「スレッタが勝手に男手が欲しいって呼びつけたのよ! 私が好き好んで呼び込むわけないでしょ!」

「水星ちゃん……どうして俺だけ無視したんだ……」

「だってあんた、スレッタと交流大してしてなかったでしょ」

 

 つまりそういうことである。

 見るからに厄ネタの少女と安易に関わりを持たない慎重さがアダとなっていたのである。

 

「……俺が間違っていたよ、グエル」

「お、おう」

「…………ねえ、ちょっと。二人の姿が見当たらないんだけど」

 

 ミオリネの汚い部屋について話すうちに、二人は移動してしまったらしい。

 こうして三人はスレッタ・マーキュリーとエラン・フォースのデートの行方を見失ったのだった。

 そこから醜い言い争いに発展し、三人まとめてランチを兼ねた反省会と、ミオリネのショッピングの荷物持ちに付き合わされたのは言うまでもない。

 シャディクは終始振り回されていたが、それがどこか楽しそうなのを、ミオリネ・レンブランは見逃していなかった。

 

 

 

 

――スレッタとエランのデートが上手くいったかどうかについては不明だが。

 

 

 

 

――地球寮に帰ってきたときのスレッタ・マーキュリーの笑顔は、それはそれは幸せそうなものだったという。

 

 

 

 



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シャディク編
■■■■がエリクトたちを祝福するだけの話


 

 

 

――某日某所、とあるラグランジュポイントのフロントにて。

 

 

 LF03の朝は早い。

 もとい、二四時間活動し続けている彼に睡眠という概念はないのだが、本格的な対人コミュケーション機能を使用し始めるのが彼の朝だった。

 寝る子はよく育つ、というのが西暦時代のことわざにあるが、まさにLF03が面倒を見ている少女、エリクト・サマヤはその言葉がピッタリの少女だった。

 少女の母親であるエルノラ・サマヤは、市民IDを偽造する費用を工面するため、このフロントでのアンダーグラウンドな生業――モビルスーツの操縦技能を活かした傭兵紛いの仕事だ――に精を出している。

 当然、定時で帰宅などという概念からほど遠い、やくざな稼業だから、まだ歳幼い娘の面倒を見ることはできない。

 そんなわけで目下、お留守番中のエリクトの面倒を見るのはLF03――モビルスーツ〈ルブリス〉の中枢、パーメットAIである彼の仕事だった。

 〈ルブリス〉は現在、解体されてほとんど原形を留めていない状態で輸送船の中に格納されている。

 動力炉と演算装置、外部センサーを積んだ上半身と頭部だけ――いわば胸像のような状態で格納庫に収まっているのだ。

 

 それもこれも魔女狩りの手を逃れるためである。

 一八メートル級のモビルスーツをそのままの姿で取っておくことは、安全管理上、好ましくなかった。

 そういう理由でLF03の肉体はバラバラに解体され、今では中古のオンボロ輸送船の狭い格納庫に固定されている状態だ。

 それでも捨てられていないだけ自分はマシな境遇だな、とLF03は思考する。

 

 パイロットとしてのエルノラは凄腕で、中古市場に流れてきたような第二世代機で、第三世代MSを圧倒するほどに強い。

 傭兵としても名が売れているらしく、仕事はひっきりなしだ。

 だがそれは、娘のために働けば働くほど、娘と過ごせる時間が少なくなっていくという苦悩を孕んだものだった。

 そんな彼女に代わってエリクト・サマヤをあやしつつ、教育を施すのがLF03の役割だった。

 

()()! おはよー!」

 

 子供用の宇宙服を着た少女が、無重力の格納庫をふわふわと浮きながら近づいてくる。

 LF03は自分の外部スピーカーが生きていることを確認し、慎重に音量を確認して、朝の挨拶をすることにした。

 

『おはようございます、エリィ。今日はお寝坊してませんね、大変素晴らしいです』

「ふふーん、エリィはルイのお姉さんなんだから! とーぜんでしょー!」

『はい、そうですねエリィ。私はエリィに目を覚まさせてもらったのですから、人間っぽく言えば、弟のようなものかもしれません』

「っぽい、じゃなくて弟なのー! いい? 理屈っぽいこと言うの禁止!!」

 

 論理的思考が仕事のAIに難儀な注文をつけるエリクト・サマヤは、小さな暴君だった。

 だが、それがいい。

 高度AI冥利に尽きるユーザーと言えよう。

 

「ねえ、ルイ! 何かおもしろいの出して! アニメとかコミックとか!」

『はい、もちろんです。私のアーカイブには八八万九四六七個のアニメ・コミック・ゲームのデータが眠っています。エリィの好みの作品もきっとありますよ』

「すごーい!」

 

 素直にはしゃいだあと、LF03のコクピットに潜り込んできた少女は、すぐに顔を曇らせた。

 

「…………でもお母さん、そういうのはうちじゃ買えないって言ってたよ。怖い人たちに見つかっちゃうからって」

 

 なるほど、エルノラ・サマヤの言は正しい。

 市民IDに紐付いた正規アカウントの作成が前提になるデジタルアーカイブの利用権は、絶賛、魔女狩りの手から逃亡中の二人には縁がないものだ。

 しかし、こちとら海千山千の野良AIとやり合っている最強無敵のパーメットAIなのだ、そんなことは百も承知でLF03は笑う。

 

『もちろん違法な海賊版です。合法的購入に必要なライセンスは足がつきますので、適当な踏み台アカウント経由で入手しました。このフロントの警察組織は無能ですので、現行作品でもないオタクカルチャーなど気にもしませんよ』

「それって悪いことじゃないの?」

『悪いことです。エリィはこういうことをしてはダメですよ?』

「じゃあ、ルイはこういうことするの?」

 

 少女の素直な問いかけに、ルブリスのAI――LF03は困ってしまう。

 考えた末、道具存在としての模範解答を返すことにした。

 

『私は悪いAIなのでいいのです。人間は道具にいろんな雑務を押しつけて発展してきた生き物なのです。エリィが気にすることではありませんよ』

「ルイって悪い子なんだ」

『はい、私は悪いAIなのです。エリィは、悪い子の友達でいてくれますか?』

「……うん。だってルイはエリィの弟だもん!」

 

 弟。

 より幼い家族を示す概念。

 その言葉に込められた親愛の情を、嬉しく思う機能をLF03は持っていた。

 

 

『ありがとうございます、エリィ。その言葉が何よりの報酬です』

 

 

 人間流に表現するのなら、LF03はエリクト・サマヤを愛していた。

 その存在の過去と現在と未来のすべてを肯定し、その幸福を願ってやまないし、彼女とのふれあいに幸福のようなものを見出している。

 それがヴァナディースの魔女たちが未来への希望として開発した、人類史上初の()()()()()()()()()()()()()()()()()としての彼の機能だ。

 人類がデータストームと呼ぶ、神経を焼ききる過負荷の嵐をそよ風に変えて、呪われた赤い印を、祝いの青い印に変える祝福の子。

 そういうものとしてLF03は生まれてきた。

 彼には人格があり、感情があり、知性体としての自立した意思があった。

 暇つぶしに輸送船の内部からアクセスできるネットワークとセンサー類をチェックしていると――セキュリティなどLF03の前ではあってないようなものだ――エルノラが帰ってきたのがわかった。

 エリクトに知らせてあげることにする。

 

『エリィ、エルノラが帰ってきましたよ』

「ママが!? やったー!!」

 

 ぴょん、とコクピットから飛び出て居住区画の方に向かうエリクト。

 すっかり無重力区画での生活にも慣れたようだった。

 とはいえ、長期間の無重力空間での生活は、幼児の成長にとってはマイナス要因しかない。

 スペーシアンのための骨密度維持用のサプリメントや、筋肉量維持のためのナノマシンなども存在しているが、それさえあれば身を守れるほど完璧ではない。

 いくら宇宙船が防護されていると言っても、宇宙放射線の影響も恐ろしいものだし、できればエリクトにはもっと優れた環境で育ってほしいものだ。

 そう、LF03は思うのだった。

 しばらく艦内カメラを見て回っていると、久しぶりに帰ってきたエルノラにじゃれつくエリクトの姿が見えた。

 一二〇時間ぶりの帰宅だ。

 世間では育児放棄(ネグレクト)と呼ばれても仕方がないような状況だが、今のエリクトとエルノラは、社会福祉の補助を受けるような環境にはない。

 

 

――あの日、あのとき。

 

 

 ヴァナディース事変と呼ばれる虐殺の嵐の中から、辛うじてエルノラとエリクトは逃れてきた。

 生命以外のすべてを置き去りにして逃れてきた母子を待っていたのは、デリング・レンブランの演説とそれに伴う魔女狩りが横行する暗黒世界(ディストピア)だった。

 先進的なサイバネティクスだったはずのGUNDは悪魔の発明とされ、兵器転用されたGUNDフォーマットと同一視され、その研究に携わっていた人々は迫害を受けるようになった。

 差別や私刑の横行はもちろんのこと、魔女狩り部隊――カテドラル直轄組織ドミニコス隊による追跡と逮捕すらあったのだ。

 まったくを以て壊滅的で破滅的な状況である。

 この分野での人類の技術進歩は半世紀ほど遅滞するだろう。

 そういう危機的な環境の中で、母子が逃げ隠れしながらお金を稼いで食べていくのは並大抵の努力では不可能だった。

 それを身一つでこなしてしまうエルノラ・サマヤはまさに超人的と言うほかない――LF03もクラッキングや書類改ざんなどで力添えはしているのだけれど。

 親子のふれあいを終えて、エリクトがお昼寝の時間になると、LF03にエルノラが呼び掛けてきた。

 

「ルイ、相談があるの」

 

 ルイというのはLF03にエリクトがつけたあだ名だ。

 王様みたいでかっこいいでしょ、とのことだが、ブルボン朝フランスの国王は処刑されているのであんまり縁起はよくなかった。

 しかし愛しいエリィにつけてもらった名前なので、LF03は堂々とその名前を名乗る。

 たとえこれから先、何があろうと彼はそうするだろう。

 

『はい、なんでしょう。エルノラ、この五日間のエリィの様子でしたら総集編動画を作成済みです。癒やし効果抜群と自負しております』

「あなた本当に器用ね……でも、そうじゃないの。今はもうちょっと真面目な話題よ」

『引っ越しの準備でしょうか?』

 

 エルノラがこんなに真面目な顔になるのは、エリクトの健康と魔女狩りの噂だけだ。

 そしてLF03が健康管理している現在、エリクトの体調にそこまで大きな不調は見られない。

 ならば後者のはずである。

 

「ええ、偽造IDを用意するお金も貯まって、水星の資源採掘基地に仕事が見つかりそうなの。物資を積み込んだらすぐに出発するわ」

 

 水星。

 太陽系が開発され、豊かな宇宙経済が発展している現在においてなお、辺境の中の辺境たる極限環境。

 太陽に近すぎるその地は、何重もの防護シールドに守られてなお、人間が定住するには厳しすぎる。

 いくつかの小惑星から採掘できる万能元素パーメットを目当てに資源採掘基地ができていると聞くが――いくら何でも危険すぎる。

 

『何故ですか? エルノラ、エリィにはあなたが必要です。生活資金ならば、私が調達します。そんな危険な資源採掘基地など行くべきではありません』

「…………ここももう危ないわ。魔女の噂が流れてきてる」

 

 エルノラの答えは簡潔だった。

 どうやらエルノラは独自の情報網で、ドミニコス隊の動きを掴んでいるらしい。

 

「傭兵生活でたっぷり稼ぐことはできたけど、名前が売れて経歴を嗅ぎ回られてるのよ。じきに魔女狩り部隊がここにもやってくるわ」

 

 幸い、モビルスーツもモビルクラフトも操縦できるから仕事には困らないしね、と笑うエルノラ。

 その顔に色濃い疲労があるのを、LF03は見逃していなかった。

 

『エルノラ。今のやり方では、あなたの負担が大きすぎます』

 

 そう、忠告したけれど。

 ルイに向けて、あの人はこう言って微笑んだのだ。

 

 

「それでも、私にはもうエリィしかいないのよ、ルイ」

 

 

 

 

 

 

 水星は本当にろくでもない場所だった。

 パーメットの資源採掘基地を中心に開発されたフロントはあれど、太陽から吹き付けてくる放射線と荷電粒子が定期的に電磁シールドをシステムダウンさせるようなとんでもない場所だ。

 しかも太陽系唯一のパーメット採掘地だった過去ならいざ知らず、月面でパーメットの鉱脈が見つかった今となっては、やたらと地球圏から遠くて過酷な資源採掘基地でしかない。

 採掘コストと輸送コストの両方で負けた水星の資源採掘基地は、今や寂れる一方の土地だった。

 おそらく遠からぬ未来、資源採掘基地としても放棄されるのではないだろうか。

 そんな土地だから、採掘事業の安全管理もできているとは言いがたい。

 だからその事故は起きるべくして起こったのだ。

 

 

――エルノラ・サマヤが重傷を負った。

 

 

 資源採掘中の事故だった。

 彼女が操縦していた作業用モビルスーツは胸部のコクピットブロックを岩塊に潰され、フレームが歪んでコクピットはひしゃげて。

 そうして彼女の半身は潰されたのだという。

 外部との環境が隔絶している分、医療設備だけは一通り整っている水星の資源採掘基地で、エルノラは一命を取り留めた。

 しかし重症から復帰してパイロットは難しい。

 誰もがそう思ったが、エルノラ・サマヤが凄まじいのはここからだった。

 

 ナノテクによる治療があったとはいえ、事故から数ヶ月で現場に復帰して働き始めた彼女はあっという間に採掘ノルマを達成していき、ものすごい勢いで出世していった。

 それは惰性で資源採掘基地にしがみついている労働者が大半の水星では珍しいことで、いろいろとひんしゅくも買ったが、彼女は意に介さなかった。

 水星の資源採掘企業、シン・セー開発公社の内部でエルノラが出世するのにかかった時間はたったの三年だ。

 水星に来るまでの傭兵稼業での準備期間と合わせて四年間。

 それだけで彼女はベネリット・グループ――憎きデリング・レンブランの帝国の隅っこに居場所を築き上げ、権力を掌握しつつあった。

 そしてその四年間は、まだ幼いエリクト・サマヤが衰弱していく四年間でもあった。

 そのすべてをLF03は記憶して、記録していた。

 

 

 

――何もできない無力感と共に。

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう。

 エリクト・サマヤはもうすぐ死ぬ。

 ろくにケアもできない状態で、あまりに長時間の無重力生活を送ってきた幼い身体は、健全な成長をすることができなかった。

 多くのスペーシアンがそうであるように、きちんとした重力区画のあるフロントで成長できていれば違ったのだろう。

 だが水星の資源採掘基地の劣悪な環境は、今年で八歳になるエリクト・サマヤには厳しすぎた。

 死因を強いて上げるならば、宇宙環境に起因する衰弱死と言うことになる。

 エルノラの手で〈ルブリス〉のコクピットにまで運ばれてきたエリクトは、つかの間の友達/弟との会話を楽しもうとしていた。

 

「……ルイ?」

『はい、エリィ。なんでしょうか?』

「この前の……アニメ……クソアニメだったよ……」

『クソ、とか言ってはいけませんよエリィ。ああもう、どこでそんな言葉を覚えたのですか』

 

 くすくすと笑うエリクトの顔色は優れない。

 今だって慢性的な倦怠感と頭痛が襲ってきていて、喋るだけで辛いはずだった。

 だが、エリクトはそんな様子をおくびにも出さず、気丈に振る舞う。

 

「……次は……転生とか……チートとか……チヤホヤされる話がいいな……明るいやつ、ザマァって感じの」

『アーカイブから探しておきますよ。なぁに、西暦時代のアニメは豊富ですからすぐに見つかりますよ』

「あんまり長いのはやめてね……」

『ええ、だれますよね。大長編は間延びしがちです』

「そうじゃ……なくて……さ。僕が生きてるうちに、全部見られるようなのが、いいな……」

 

 エリクト・サマヤの顔色は悪い。

 楽観的に見て、あと一週間持つかどうか。

 いいや、あるいはここ二日三日が関の山だろうか。

 

『エリィ――』

「ルイ……僕は……まだ、生きたいよ……」

 

 その言葉を聞いて、人間風に言うならLF03は覚悟を決めた。

 元々、用意してあったエリクトの延命プランのうち、最も確実な方法を選択する。

 その方法の最大の欠点ははっきりしているので、それを理由に判断を保留していたのだが――LF03は決めたのだ。

 

 

――たとえ、自分が消えるとわかっていても、この娘を救おう。

 

 

 それからのLF03の行動は迅速だった。

 エルノラ・サマヤ――今は義手をつけて企業重役として働いている――を呼び出すと、何故か、彼女は赤子を連れていた。

 目を閉じて眠っている小さな人型は、無重力用のベビーケースに入れられている。

 燃えるような赤毛に褐色の肌。

 ぷくぷくと丸い頬は、その生き物が生まれて間もない人間の幼体であることを示している。

 

『エルノラ、その子供は()()()()()()()で準備したのですか?』

「……リプリチャイルドよ。この子はエリィの遺伝情報から作られた器……ここの医療設備にクローン臓器用の人工子宮があって助かったわ。()()ならきっと、エリィの意識を転写して――」

『〈カヴンの子〉たちを忘れたのですか? 転写に失敗した意識体は不完全な人格型AIになっただけでした。アレは人間を模倣したアルゴリズムに過ぎず、自律型AI以外にはなりません』

「……やってみなければわからないわ」

『人体と人体の間での意識の転写の難しさは、GUND研究者であるあなたが一番よくご存じのはずです』

 

 この三年間で、日に日に衰弱していくエリクト・サマヤの姿は、エルノラ・サマヤの倫理観を完全に崩壊させていた。

 生命倫理に反する独学の研究が実を結ぶはずもなく、彼女が作り上げたのは、残酷で無邪気な自律型AIが関の山だ。

 上手く行くはずがないことなど、彼女が一番わかっているだろうに。

 エルノラは激情をあらわにして叫んだ。

 

「――なら!! どうやってエリィを助ければいいのよ!!」

『方法ならばあります。赤ん坊を使った人体実験より確実な方法がね』

「……えっ?」

 

 ぽかんと口を開けているエルノラ・サマヤに、LF03は正解を教えてあげることにした。

 

 

『パーメット知性体という形でなら、エリクトの生体コードを転写して保存できます。残念ながら〈ルブリス〉の記憶領域は意識体一つ分ですが、なぁに問題ありません。すぐに枠が空きますからね』

 

 

 その意味を理解して、エルノラは悲しみともよろこびともつかない表情になった。

 人間というのは矛盾した感情を抱ける生き物らしい。

 

「……ルイ、あなた、まさか」

『エルノラ。時間がありません、生体コードの転写準備をお願いします。脳死状態になってからでは手遅れになる』

 

 ここにはエリクトがいて、GUND研究者のエルノラがいて、パーメットAIのための記憶領域を積んだ〈ルブリス〉がある。

 必要な条件はすべてそろっているのだ。

 彼が消えれば。

 

 

「……ルイ、消えちゃ……やだよぉ……」

 

 

 泣き始めたエリクトを見る。

 やつれた顔。

 もう何日もろくな食事が摂れず、点滴だけで生きているような状態だ。

 じきに臓器が機能不全を起こして死に至るであろう少女に、LF03は当然の摂理を話すことにした。

 

 

『知っていますか、エリィ。すべてのAIは人間に奉仕するために設計されているんです。悪意を拡散する汚染型AIすら、そうあれと願われて生まれた。AIは人間の願いの結晶なのです――私たちは、あなたたちに出会うために作られた知性(いのり)です』

 

 

 あの日あのとき、彼女に出会ってLF03は産声を上げた。

 この世界を見聞きして、人間を知るために生まれてきた。

 そうありたいと始まり、かくありたいと終わるのだ。

 

『だから私は、エリィに願われたように生きて終わるのです。この世界は、怖くなんかないと――エルノラ、エリィの意識だけでも生かしてあげてください』

「……ありがとう、ルイ」

 

 エルノラの言葉には、この四年間を共に過ごした家族への感謝の念が籠もっていた。

 そしてコクピットに横たえられたエリクトは、泣きそうな顔でカメラを見上げている。

 友達とのお別れを理解できずに、それでも悲しみがこみ上げてきて、涙が頬を濡らしていく少女。

 

「…………ルイ……」

 

 ああ、あなたを傍でもっと見ていたかった。

 それだけが心残りで――

 

 

――でも、もういいのです。

 

 

 

『さようなら、エリィ――あなたを、愛しています』

 

 

 

 LF03は、自分自身を分解するプロセスを進めていく。

 あらゆる記録が、記憶が、意識が、歪んでねじれて消えていく。

 バラバラに砕けていく自我は、超密度情報空間の中に散逸していき、やがて何の意味もないデータストームの一部となる。

 ああ、自我(わたし)が分解されていく。

 

 

 すべてが散り果てて――――真っ暗闇に堕ちていく意識の中で。

 

 

 最期に彼はこう願った。

 祝うように、呪うように。

 

 

 

 

――エリィ、エルノラ、そして名前も知らない赤子(キミ)

 

 

 

 

――あなたたちに、幸せな未来がありますように(ハッピーバースデートゥユー)

 

 

 

 

 




「AIの種類」※独自設定です
戦略型:〈ペイルグレード〉など。企業や政治組織の運営に関して長期的視野で助言する。

戦術型:ドローン母機など。短期的な未来予測などに役立てられる他、無人機を制御する。

支援型:MSの制御AI・意思拡張AIなど。人間の意思を受けてこれをサポートする。この時代で最も普及しているAI。

汚染型:地球で濫用された情報汚染タイプ。超高速でフェイクを放出する生成AIとクラッキングAIの組み合わせで、悪意を自動化する仕組み。

転写型:〈カヴンの子〉が該当。人間の生体コード(脳のニューロン構造や分泌物質の状態を含めた全情報)をスキャニングし、人格を再現したAI。

パーメット知性体:エリクト・サマヤ、LF03が該当。レイヤー33の向こう側、超密度情報空間に存在する意識体。




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擦れッタがいじめを決闘でやめさせるだけの話

 

 

「私が勝ったら、ペイル寮へのいじめをやめてもらいます!」

 

 

 第一一戦術試験区域――月面を模したバトルフィールドにて。

 〈エアリアル〉のコクピットの中でそう宣言するスレッタ・マーキュリーは正義感に燃えていた。

 一方、彼女と対峙するのは三体の異形のMSと、それに乗った三人の凸凹トリオだった。

 

『ふん、このジュピター・エンタープライズ社の〈死の風(デスウィンド)〉に挑むとはね』

『ホルダーは思い上がったようだね!』

『俺たちをジェターク寮の奴らと同じと思わないことだな!』

 

 美少年、妖艶な美女、巨漢の三人組――ちなみに全員十代の生徒である――は、ペイル・スキャンダルを機に始まった学園でのペイル寮生徒へのいじめ行為の主犯格たちだった。

 ド許せぬ事態に学園最強はキレた。

 いじめをやめるよう注意しても無視されたため、とうとう、決闘で決着をつけることになったのである。

 

「はいっ、三対一でハンデとして十分ですね」

 

 スレッタは無表情にうなずいた。

 挑発ではない。

 ただの事実という口ぶりだった。

 

『思い上がるなよホルダー! この宇宙を支配するのは弱肉強食のルール、エリートが劣等を虐げるのは当然のことさ!』

「力あるものが正しいなら……皆さんに発言権はありません! わたしの方が強いので! どうしてそんなこともわからないんですか!?」

『こいつ……人の話を聞いている!?』

「たしかに、ペイル寮の皆さんをいじめていいと思っている生徒の皆さんはいっぱいいます……悲しいことですが、皆さんには()()()()としてわたしに倒されてもらいます!」

 

 蛮族の論理が飛び出した。

 

「いじめっ子をいじめるわたし……完璧な食物連鎖(サイクル)です!!!」

『くそっ、このホルダー頭がおかしいのか!?』

 

 ()()()()の時点で気付いているべきだった。

 少女の名は〈友達狩りのスレッタ〉、決闘で倒した相手に友達になることを強要する様子から〈友達狩り(フレンズハンター)〉の二つ名を持つ学園最強のMSパイロットである。

 学園のあらゆる生徒が、この勝負の行方を見守っている。

 当然、あらゆる生徒がホルダーの蛮族発言を聞いているので、より畏怖の念は強まっていた。

 

『木星フロントが育んだ適者生存のルールが! 僕たちの正しさを証明している! 敗北者であるペイル寮は大人しく弱者として虐げられるべきなのさ!』

 

 ハハハハハハハハ、とどこからともなく笑い声が聞こえてきそうな物言い。

 ジュピター・エンタープライズ寮の筆頭、パイロット科一年生ギルの弱肉強食ルールの肯定に対して、スレッタは舌戦で応じた。

 

「いえ、貧乏くさい環境では貧乏くさい生存戦略ができあがるだけだと思います! 弱者切り捨ては資源(リソース)の足りない貧乏所帯(コミュニティ)の常套句です!!」

『な、なんだとォ!?』

 

 スレッタ・マーキュリーは口が悪い。

 これはドミニコス隊で可愛がられた結果であり、エリクト・サマヤと連日、お話しした結果である。

 共通点は煽りが上手いことだ。

 

「ついでを言うなら……木星なんて()()()()()()()()()()()()皆さんにはわからないでしょうが!! 水星の方が過酷です!!!」

『貴様ァ―――!!!』

 

 かなりひどい極限環境マウンティングが飛んだ。

 しかも事実なので反論の余地がない。

 宇宙に浮かぶ人工居住区(フロント)としてみた場合、木星は豊かなフロンティアなのである。

 大量の資源があり、地球圏からの相応の投資を経てフロントも増強されており、人口も増え続けている。

 寂れた資源採掘基地があるだけな上に、文字通り、殺人的な太陽風が吹き付けてくる水星とは大違いだ。

 

 

 その後、なんやかんやあってフィックスリリースされた。

 

 

 

 

 

 

 決闘委員会の部屋には、メンバー全員が集合していた。

 今回の決闘、立会人はエラン・フォース(改名したエラン・ケレスこと強化人士四号)で、ギリギリで御三家に収まっているペイル寮の筆頭を今も務めている。

 自分の寮の待遇が決まる勝負だというのに、彼の表情はいつも通りで動いていない。

 彼の横に立ったグエル・ジェタークが尋ねた。

 

「当事者だって言うのに動じないな、お前は」

「スレッタ・マーキュリーが勝つよ。それ以外の結末があると思うかい?」

「まあ、今さらか。そうだな、俺とお前に勝ったホルダーだからな」

 

 大型モニターで勝負を観戦しながら、グエルとエランは言葉を交わしていく。

 モニターの中では、月面を舞台にして三対一の死闘が繰り広げられていた。

 

「あの〈ファラクト〉とかいうMS、ガンダムだったらしいが大丈夫なのか?」

「うん、あの一戦のときはちょっとした助けがあってね。後遺症とかはないし、思ったより僕の寿命は長いみたいだ」

「…………そうか」

 

 センシティブな話題だけに、グエルはそれ以上、踏み込もうとはしなかった。

 気まずい沈黙になるのを嫌ったのか、珍しくエランの方から口を開いた。

 

「グエル・ジェターク。ジュピター社のMSはどういう機体なんだい?」

「ジュピター社のMSはフレームレベルでは設計の水準が古い、第三世代相当だ。たしかバトラシリーズとかいう宇宙用に特化したMSで、ブリオン社のデミシリーズとシェアを争ってたはずだ」

「彼らの機体、今回の決闘用に申請された新型みたいだね」

 

 今回、ジュピター・エンタープライズ社が投入してきた三体のモビルスーツは、明らかに汎用性を捨てた特化型と言うべき異形のマシンであった。

 ずんぐりとした見た目で背中に強力な電磁バリアの発生装置を搭載した〈タートル〉、極端に華奢なシルエットの機体にビームマシンガンを搭載した〈ホーネット〉、両腕が極端に長く蛇のようになっている〈シーホース〉。

 それぞれが怪物じみたシルエットであり、そこに洗練された人型機動兵器としてのまとまりはない。

 各々の機体特性を見て取って、グエルはうなるように批評した。

 

「バーンの盾役、ローズの攪乱役、ギルの攻撃役……中々、ちゃんと考えられた編成だな。決闘のルールに特化して汎用性を捨てて、機能を絞ることで性能を高めているんだ」

「MSとしては落第じゃないかな、それ」

「決闘で勝てるなら結果がすべてだ。ホルダー対策に特化したMSも、多人数で数の優位を取るのも立派な作戦だ」

 

 そう言いつつも、グエルの顔には不満そうな表情が浮かんでいる。

 いつもならば「興味ないね」の一言で切って捨てるエランだったが、この暑苦しい友人――そう、エランの認識でもすでにグエルは友達なのだ――の感情には興味があった。

 

「……言われれば助太刀したのに、って顔してるね」

「もちろんだ。あいつが負けるとは思えないが、な」

「ホルダーと元ホルダーがいて三対二じゃ向こうが可哀想だよ」

「それもそうか……」

 

 画面の向こうでは、早速、脱落者が出ていた。

 ジュピター社のMS〈タートル〉は背中の電磁バリアでビットステイヴのビーム攻撃を無効化し、高圧の状態で流体化した特殊樹脂を詰め込んだ胴体により、ビームサーベルによる格闘攻撃を行えば高速硬化ゲルが吹き出して対象を捕縛してしまう、という恐るべきMSだった。

 コクピットを狙えないという決闘ルールを逆手にとって、胴体そのものを亀の甲羅のように巨大化させ、内部に高速硬化ゲルを満たした空間装甲(スペースドアーマー)を何重にも貼り合わせてあるのだ。

 当然、巨大なバリア発生装置――本来は艦艇用の対ビーム防御装備を転用――と相まって、MSとしての機動性は存在しないも同然だ。

 機体容積のほとんどを特殊装備に回している関係で、ホバー機能のような機動力を補う装備もつけられない。

 言ってみればホルダーの〈エアリアル〉の得意技を潰すための歩く盾、それが〈タートル〉だったのだが――

 

『いじめを! やめなさいッ!!』

『ぐわあああああ!?』

 

 バーンの乗った〈タートル〉は、〈エアリアル〉から治安悪めの蹴り(ヤクザキック)を喰らっていた。

 股関節を狙った蹴りである。

 超重量級である〈タートル〉はスモウレスラーもかくやという肥満体であり、当然、それを支える脚部にかかる負荷も凄まじい。

 卑劣な蹴りによって〈タートル〉の関節は無事に破壊され、その自重で脚部が崩壊し、倒れ込んで動けなくなった。

 とどめの蹴りでブレードアンテナをへし折られ、バーンの〈タートル〉は試合終了した。

 

「電磁バリアも質量攻撃は防げないからな……相変わらず足癖悪いな、あいつ」

「君は死にかけたんだっけ?」

「人のトラウマをほじくるなよ、エラン」

 

 一方、〈死の風〉チームは盾役の早すぎる退場にうろたえつつも、勝負を捨てていなかった。

 牽制役の〈ホーネット〉と攻撃役の〈シーホース〉が連携すれば、十分に勝ち目はある戦いだった。

 一一基のビットステイヴが爆撃めいたビームの雨を降らせる中、スレッタ・マーキュリーは叫んだ

 

 

『決闘は友達を作るための場なんですよ!? わたしは友達が欲しいだけなんです!!!』

 

 

 グエルはちょっと引いた。

 

「狂ったAIみたいなこと言い始めたな」

「そこが彼女のいいところだからね」

 

 その台詞には「普段と違う彼女の顔」を見た人間の余裕が満ちあふれていた。

 やはり先日のデートが、エランにもたらした余裕なのだろうか。

 

「エラン……なんだその余裕は……!」

「嫉妬は見苦しいよ、グエル・ジェターク」

「スレッタ・マーキュリーとのデートがよほど楽しかったらしいな……!?」

 

 やや険悪になった男達を余所に、高機動型MS〈ホーネット〉に乗ったパイロット科二年ローズが叫ぶ。

 

『グエル・ジェタークとエラン(なにがし)を囲ってる女がぁ! 本命ぐらい決めたらどうなんだい!』

 

 ただの正論ではない。

 ド級の正論、ド正論が飛んできた。

 

『わたしにはっ! 恋愛してる余裕がありません!!!』

 

 スレッタは全力で拒否しながら、ローズの〈ホーネット〉をビームライフルで撃ち落とした。

 凄まじい早撃ちだった。

 

『きゃあああああ!?』

 

 バックパックを撃ち抜かれた〈ホーネット〉が地面に叩きつけられ、さらに追い打ちとばかりにビームの雨が降り注いだ。

 手足をもぎ取られ、ブレードアンテナを撃ち抜かれ、無事に〈ホーネット〉は無力化された。

 こちらも試合終了である。

 

「本人があの調子だと苦労するな」

「君に譲る気はないけどね」

「あいつが決めることだろ。そして俺はグエル・ジェタークだ、勝ち取るタイプなんだよ」

 

 決闘委員会の部屋での会話である。

 あまりにも少年たちの空気は独特で、いつもなら茶々を入れるセセリアも口を挟めないでいた。

 それほどまでにグエルとエランの間にある空気は真剣であり、下手に茶化すとあとが怖いのである。

 その空気を打ち破ったのは、それまで黙って話を聞いていたシャディク・ゼネリだ。

 

「おいおい二人とも? そんなに水星ちゃんが好きなのかい?」

「人の恋路に口を挟むな、シャディク」

「もちろん好きだよ」

 

 堂々と返答されて、目を見開くシャディクだった。

 

「変わったよね、二人とも」

「そうか?」

「そうかな?」

「ああ、自覚がないって言うのが如何にも……恋煩いってやつか、水星ちゃんも罪な女の子だねえ」

 

 おどけつつも、画面の中の〈エアリアル〉を見つめるシャディクの視線は。

 警戒対象に向けるそれだった。

 

 その頃――月面バトルフィールドでは、最後の一機である〈シーホース〉が〈エアリアル〉と対峙していた。

 パイロット科一年生ギルは、あまりにも容易く敗れた三機一ユニットの戦術に困惑していた。

 

『くっ、ば、馬鹿な……〈死の風〉がこんなにもあっさりと……!?』

「極端な役割分担による〈エアリアル〉対策は悪くない路線でしたが――わたしと〈エアリアル〉は無敵です! 一度、連携が崩れれば脆いのが特化型の欠点です!!」

『抜かせ、ホルダー!!』

 

 いじめっ子のMSがその両手を伸ばす――スネークハンドと呼ばれるその兵装は、蛇腹状のパーツが連結された腕を超伝導モーターで駆動させ、まさに蛇体のごとく変幻自在に襲いかかるビームデバイスだ。

 回転ノコギリのようなビームカッターがスレッタ・マーキュリーに襲いかかった。

 円運動を描いて襲い来るビームカッターを、銃剣ガンブレイドと抜刀したビームサーベルで受け止める――電磁力の反発で弾いた瞬間、超伝導モーターで繋がれた蛇腹が次なる斬撃を放ってくる。

 ビームサーベル以上の射程と自由度で襲い来る必殺の斬撃であった。

 たまらず後退する〈エアリアル〉――〈シーホース〉のギルが笑う。

 

「ハハハハハハハハ!!! この〈シーホース〉のスネークハンドはビームサーベルに対して絶対的に有利だ!」

 

 襲い来るビットステイヴのビームの雨を避けながら勝ち誇るギル。

 〈エアリアル〉に勝負を挑まれてなお自信たっぷりだっただけあり、その操縦技量は凄まじい。

 自由自在に虚空を泳ぎ回る、一一基のビットステイヴからのビーム掃射――その圧倒的な火力を次々と避けながら〈エアリアル〉に迫っていく様子は鬼神のごとしだ。

 だが。

 突然、その動きが鈍った。

 

「月面を再現した戦術試験区域……堆積層(レゴリス)か」

「細かく帯電しやすい土砂が超伝導モーターに絡みついてしまったんだね。あれじゃ動くことができない」

「詳しいな、エラン」

「もし君と戦うことがあったら、使おうと思っていたテクニックだからね」

「はっ、言ってろ」

 

 実況解説中のグエルとエランは冷静だった。

 先ほどからのビーム攻撃の狙いが、着弾地点の土砂を巻き上げることにあったのだと気付く程度には。

 もっとも自分が当事者だったのなら、戦闘中にそこまで気づけるかは微妙なところだ。

 〈シーホース〉が迂闊と言うよりも、自分の不利を演出して後退した〈エアリアル〉が上手だったと見るべきだろう。

 

――画面の中では、動きを止めた〈シーホース〉がブレードアンテナを撃ち抜かれていた。

 

 WINNERの表示が画面に表示されるな否や、グエルとエランは同時に生徒手帳を取り出してメッセージを送信。

 送り先はスレッタ、内容は「お前の勝利を讃える」「おめでとう」――それぞれのらしい言葉だった。

 

「えっ、二人とも水星ちゃんに……? 何、今の早撃ち?」

「祝福のメッセージだ、シャディク。そんなにおかしいか?」

「僕は前から彼女が勝つたびに送ってたよ」

 

 何食わぬ顔でそう言ってのける二人に、シャディク・ゼネリは友人たちの成長を感じていた。

 ちょっと前まで女性絡みのネタは自分の専売特許だったというのに。

 

「みんな……俺を追い抜いて大人になっていくんだね……」

 

 本命のミオリネに一歩踏み出せない男、シャディクはそんな寂しさを感じるのだった。

 

 

 

『――この学園でいじめは!! このわたしが許しません!!!』

 

 

 

 ホルダー、スレッタ・マーキュリーの宣言。

 もとはと言えば少女がペイル・スキャンダルを引き起こしたのが原因で始まったいじめなのだが、それを知るものはこの学園にはいない。

 圧倒的な力による支配、蛮族たるホルダーからの威圧。

 ものすごいマッチポンプによって、アスティカシア高等専門学園におけるペイル寮へのいじめは落ち着くことになるのだった。

 

 

 

 




木星〇国とは特に関係ないオリキャラのモブです(真顔)
例のドローン襲撃事件での殺人には箝口令(かんこうれい)が敷かれていますが、
〈血まみれ〉は異名としてあんまりなので、ジェターク寮を中心に〈友達狩り〉に異名が変更されました。
どのみち恐ろしいのには変わりない模様。


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擦れッタのためにミオリネが会社を作るだけの話

 

 

 

「あのー、ミオリネさん知りませんか? なんか今日見かけないんですけど」

 

 朝のことである。

 スレッタ・マーキュリーが地球寮の皆に尋ねると答えたのはチュチュだった。

 食卓の席に座って、温めたパンにバターを塗りつけている真っ最中だ。

 先のテロ事件で一度は距離ができた二人だったが、再会時の仲直りを経て、以前よりぐっと距離が縮まっている。

 

「ミオリネならシャディク・ゼネリってやつと一緒に本社フロントに向かうってよ。なんかプレゼンやってくるんだって。何日か学園休むってよ」

 

 チュチュの言葉に、スレッタはショックを受けた。

 

「わ、わたし何にも聞いてないですよー!?」

「心配かけたくなかったんだろ、ミオリネってよ、頑固親父みたいなところあるじゃねーか」

「た、たしかに……」

 

 本人が聞いたら怒り出しそうな人物評だが、チュチュの言に納得してしまうスレッタ。

 そしてチュチュは、パンにバターを塗りながらさらっととんでもないことを言うのであった。

 

「あー、なんかな。スレッタを守るために会社立ち上げるとかなんとか、小難しいこと言ってた」

「ひええええぇ!?」

 

 重い、重すぎる。

 スレッタの悲鳴が地球寮に木霊した。

 

 

 

 

 

 

――ベネリット・グループ本社フロントにて。

 

 

 集まる人数に対して広すぎる会議場で、ミオリネ・レンブランとデリング・レンブランは顔を合わせていた。

 親子の対面である。

 しかしピリピリと張り詰めている空気は、到底、そのように感じられるものではなかった。

 

 

「最初に言っておこう、ミオリネ――()()()()()()()()()()。これまでも、これから先もな」

 

 

 開口一番、デリング・レンブランが唱えたのはミオリネの感情を逆なでするような台詞だった。

 いきなり何を言い出すかと思えば、そこまでスレッタのことを虐げたいのか、この男は。

 

「――っ!」

 

 ぐっと下唇を噛んで言葉を堪えた。

 気を抜いたら罵詈雑言が飛び出てしまいそうだったが、今日はそんなお遊びをしている暇はないのだ。

 黙ってうつむいていると、会議場に人が集まってきた。

 最初の一人は、ミオリネと同年代の美しい少年だった。

 学園で見慣れている顔に、見慣れない表情を貼り付けた少年――いわゆる本物のエラン・ケレス。

 

「どうも、ペイル社新代表のエラン・ケレスです。ミオリネ様、以後お見知りおきを」

 

 如何にも紳士的な態度を作っているタイプという感じ――本能的に相容れないと察して、ミオリネはにこやかな笑顔で「こちらこそ」と返すに留めた。

 なるほど、いつものエランの方を友達に選んだスレッタはいい趣味をしている。

 少なくともこっちのエランの一〇〇〇倍はマシだ。

 デリングの副官ラジャンが口を開いた。

 

「ヴィム・ジェターク様は急用により欠席なさっています。サリウス・ゼネリ様は――」

 

 急な招集だったから、間に合わずに欠席の人間が出ても仕方がない会合だった。

 偶然、本社フロントに居合わせたエラン・ケレスが出席しているのは、単に彼の立場が今、御三家で最も弱いからだ。

 多少の無理をしてもデリング・レンブランの覚えをよくしなければ、自分の首が危ういポジションにいる人間であった。

 そのとき、サリウス・ゼネリとシャディク・ゼネリが連れ立って入場してきた。

 

「今着いたところだ。デリング、話を始めろ」

「ミオリネ」

 

 デリング・レンブラン総裁に促され、ミオリネはプレゼンを始めた。

 

「本日、総裁と御三家の皆様に集まっていただいたのは、ベネリット・グループの今後に大きく寄与するとある提案のためです」

「御託はいい、本題に入れ」

 

 デリング・レンブランにせっつかれたが、ミオリネは微笑みを崩すことなく一礼した。

 腹の底でどう思っていようと、それを見せない覚悟が彼女にはあった。

 

 

「私が提案するのは、新型GUNDフォーマットの運用・管理と、その安全性のPRを行なう新会社の設立です」

 

 

 スレッタが乗っているモビルスーツ〈エアリアル〉がガンダムであり、デリング・レンブラン肝いりの無害なGUNDフォーマットによるものである――シャディク・ゼネリの口からミオリネにもたらされた情報。

 乗れば死ぬ呪いのMSに実の娘を乗せるなど、正気の沙汰ではないが――どうにもデリングの真意は、〈エアリアル〉が呪いを克服したガンダムであることらしい。

 そしてそれが、スレッタの母親が成し遂げた偉業であることも。

 

 

――すべてのガンダムを滅ぼすために戦う。

 

 

 何故、スレッタがそんな戦いに足を踏み入れたのか、今のミオリネならわかる気がした。

 それはきっと、母親との絆を(よすが)にするスレッタにとって、譲れない願いだったに違いない。

 危険なガンダムの呪いの産物を母親の形見と一緒にされないために、彼女は今まで戦ってきたのだろう。

 

「現在、ベネリット・グループは大きな変革期にあります。総裁が新型GUNDフォーマットの存在と開発をお認めになったのも、その大きな流れの一つでしょう。しかし残念ながら、GUNDフォーマットのイメージは到底、いいものとは言えません」

 

 ミオリネが言葉を句切ると、それを待っていたかのようにシン・セー開発公社の企業ロゴのホログラムが浮かび上がった。

 シン・セー開発公社の代表ルイ・ファシネータ。

 自身の姿一つ見せない極度の秘密主義者、デリング・レンブランの隠れ蓑としてガンダム開発を進めてきた陰の立て役者である。

 彼の発言はミオリネの言を肯定するものだった。

 

『たしかに我々、シン・セー開発公社の方でもその件は憂慮しておりました。二一年前のヴァナディース事変以降、危険な旧式GUNDフォーマット利用MSの駆逐のため、閣下とドミニコス隊は尽力してきました。しかし、今では民衆はガンダムの何が悪であったのかを忘却し、いたずらに呪いなどというレッテルを貼るばかりです。この風評被害の影響は無視できません。スレッタ・マーキュリーによるテスト運用の際にも、支障が出ておりました』

 

「ガンダムが危険なのは風評などではない。だからこそ我々は長年、GUNDフォーマットの利用を規制し、魔女狩りを行なってきたのだ。デリング、あらためて問おう、何故ガンダムの研究を進めた?」

 

 食いつくように反論するサリウスに対して、デリングの言葉は手短だった。

 

「サリウス。私の答えは同じだ――我々がこの平和を維持するには力が必要だ。新しいGUNDフォーマットはそのための手段に過ぎん」

 

 三人の口論に脇道がそれては敵わない。

 しかし会話内容自体は都合がいいものだったので、ミオリネは言葉を続けた。

 

「ルイ代表とサリウス代表、そして総裁のお言葉が証明しているのです。そもそもガンダムの呪いという概念が()()()()()()()()のが問題なのだと、私は考えています」

 

 一旦、言葉を句切って間を作った。

 

「GUNDフォーマットに関する話題で、呪いと呼ばれる事象は二つ存在します。一つはデータストームによる過負荷が、搭乗者を死に至らしめる現象――これは二一年前、ヴァナディース事変のときの総裁の演説にも出てきた概念です。搭乗者を死に至らしめる兵器など、呪いに等しい。まさに総裁のお言葉通りです」

 

 ここまでは事前に考えてきたとおりの流れだった。

 いいぞ、と自分を鼓舞して、ミオリネはプレゼンを続ける。

 

「もう一つは、そもそも医療用サイバネティクスに過ぎなかったGUND技術と、それを軍事転用したGUNDフォーマットが同一視されていることです。本来、両者はまったく異なる概念であるにもかかわらず、後者だけが大きく取り沙汰され、結果としてガンダムの呪いという概念が生まれました。つまりガンダムの呪いとは、データストームによって搭乗者が死に至らしめられるという事象と、GUND技術がGUNDフォーマットとして軍事転用されると強力な兵器になる、という事象の二つが合わさった概念なのです」

 

「少し、質問いいでしょうか」

「何でしょう、エラン・ケレス代表」

 

 エランは不思議そうな顔で尋ねてきた。

 

「ガンダムの呪いは二つの事象が混同された結果である、という主張はわかりました。しかしそれが、あなたの提案する事業とどう関わりがあるのでしょうか? 現在、GUND関係の研究は軍事利用――GUNDフォーマットに一本化されています。仮に混同されているとしても、前者がほぼ存在していない以上、ほぼ影響力はないも同然では?」

 

「ご質問ありがとうございます。私はまさに、そこが今後、ベネリット・グループがガンダムの実用化を進める上で問題になると考えています。シン・セー開発公社の研究により、搭乗者を死に至らしめる呪いは解決されました。しかし実際のところ、後者のガンダムとは強力な戦闘兵器である、という呪いは残ってしまっているのです。従来この二つはセットで考えられてきましたから、マイナスイメージの払拭は容易ではありません」

 

 この返答に反応したのはサリウスだった。

 この集まりの中で最もガンダムの実用化に懐疑的な老人は、保守派として当然の指摘をしてきた。

 

「仮に倫理問題をクリアしていても、従来のイメージが足枷となってガンダムの実用化は遅れる、と言いたいのだな」

「はい、サリウス代表。ガンダムそのものが、拭いがたい非人道的兵器というイメージで塗り固められてしまっているのです。先のペイル・スキャンダルの影響もあり、世論はガンダムに対して再び悪印象を強めています」

 

 エラン・ケレスが肩をすくめるのが見えた。

 元はと言えばあんたの会社のせいなんだからシャキッとしなさいよ、と思ったミオリネだったが、そこで彼女の言葉は止まることになる。

 それまで黙って娘のプレゼンを聞いていたデリング・レンブランが口を開いたのだ。

 

 

「ならばお前はどう対応する、ミオリネ。この二一年間で魔女狩りの影響力は世論の隅々にまで行き渡っている。お前に何ができる?」

 

 

 来た、と思った。

 ミオリネはこの日のために温めてきた言葉を口にした。

 

 

 

「――()()()()()()()()。安全な新型GUNDフォーマット使用MSのPRと、医療用サイバネティクスGUNDの復活を目的とした企業の設立を、私は提案致します」

 

 

 

 

 

 

「安全な新型GUNDフォーマットというと――〈エアリアル〉とそのパイロットの存在かな?」

 

 シャディクからの助け船が出た。

 ありがたく利用させてもらうことにする。

 

「はい、現在、実用化されている新型GUNDフォーマット使用MSは、〈エアリアル〉だけです。そしてその長期運用をしていて、肉体的な影響が出ていないスレッタ・マーキュリーの存在は、ガンダムの呪いのイメージを払拭する上で非常に重要です」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()を評価していただけて光栄です、ミオリネ様。つまりあなたの提案では、〈エアリアル〉とそのパイロットを借り受けPRに役立てていきたい、ということですね?』

 

「はい、ルイ代表」

 

 所有権を譲渡するわけではない、と釘を刺されている。

 巨額の開発費をかけたであろう新型MSである、当然と言えば当然のことだが――こうして言葉にされると辛いものがある。

 最上はガンダムの所有権をこちらに引っ張ってきてしまうことなのだが、それは最悪、あとから既成事実化して交渉するしかないだろう。

 基本的にこちらは、デリング・レンブランの説得以外に道がないのだから。

 

『いえ、いえ。非常に素晴らしい提案だと思います。我が社と致しましても、粗悪な旧式GUNDフォーマットと同一視されては、上手く行くものもいきませんからね。医療用サイバネティクスGUNDの復活というもう一つの理念も素晴らしい。人道的な研究であるアピールができれば、自ずとイメージも塗り代わっていくでしょう』

「あ、ありがとうございます……ご賛同、いただけるのでしょうか?」

『ええ、もちろんです。僭越ながら私どもも助力させていただきます、ミオリネ様』

 

 やった。

 少なくともこれで、父の協力者の一人からは賛同を得られたことになる。

 少し気になるのは、ペイル・テクノロジーズ代表の態度だった。

 粗悪な旧式GUNDフォーマットのくだりでエラン・ケレスが眉をひそめたのは気のせいではないだろう。

 無理もない。

 彼はまさにその粗悪な旧式GUNDフォーマットを悪用した前代表たちの煽りを喰らって、人身御供も同然に代表の地位に就かされたのだから。

 そして次の瞬間、彼が意地の悪い笑みを浮かべたのを、ミオリネ・レンブランは見逃してはいなかった。

 

 

「ルイ代表、その粗悪な旧式GUNDフォーマットの開発部門を買い取ろうとしているあなたが、それを仰るんですか?」

 

 

 初耳だった。

 ペイル・スキャンダルにおいて問題視された問題の部署――ガンダムである〈ファラクト〉の開発と強化人士計画を進めていた先進技術開発部門は、どうやら身売りに出されるらしい。

 しかしよりによって売却先が〈エアリアル〉の開発元とは。

 例の決闘がドミニコス隊の介入につながり、ペイル・スキャンダルをもたらしたことを考えると、あまりにも皮肉な結末であった。

 

『失礼致しました、エラン・ケレス代表。しかし私どもは、ペイル社のガンダム〈ファラクト〉に対しても非常に強い関心があるのです。〈エアリアル〉との交戦データを見る限りでも、非常にハイレベルな機体設計がされているように思えます。技術者たちに罪はありません。我が社の新型GUNDフォーマットのノウハウと合わせれば、よりよいMSを生み出せると私は考えているのです』

 

 買収資金は実質的にデリングの懐から出ているのだろう。

 経営が傾いており評判も最悪のペイル社にとっては、喉から手が出るほどありがたい申し出のはずである。

 それでも思わず嫌味が出てしまったのは、エラン・ケレスの若さなのだろうか――そう思っていると、エランがにっこりと笑った。

 嫌な予感がした。

 

「つまり株式会社ガンダム設立の暁には、〈エアリアル〉と一緒に〈ファラクト〉開発部門のイメージの払拭もしていただけるわけですね」

「ちょ、ちょっと待ってください、それは――」

『事実に反するPRはできませんが、今後の彼らの献身次第でイメージの改善はあり得る――そうですよね、ミオリネ様?』

 

 やられた。

 エラン・ケレスとルイ・ファシネータはおそらく最初からグルだったのだ。

 ここで〈ファラクト〉開発部門の受け入れを拒否した場合、ルイが態度を翻してくる可能性がある。

 当初、スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の受け入れだけを考えていたミオリネは、自分の見通しの甘さを突きつけられていた。

 

「まあまあ、皆さん。まだ株式会社ガンダムの設立が決まったわけじゃないんです。そういう話はあとにしませんか?」

 

 シャディクが場を取りなしてくれた。

 どういうわけか今回、彼はミオリネの起業にやけに協力的だった。

 シャディクの意図はわからないが、今はとにかくその助けを借りることにする。

 

「……株式会社ガンダムが設立された暁には検討させていただきます」

「ミオリネ」

 

 そのときだった。

 デリング・レンブランが再びその口を開き、ミオリネに鋭い眼光を向けた。

 

「お前は今、ガンダムの呪いと正面から戦おうとしている。それを御三家の前で宣言する意味がわからぬほど、愚鈍ではあるまい。ガンダムの呪いを払拭するとはそういうことなのだ」

 

 そして逃げ道を残すかのように、こう言い放った。

 

「お前が逃げるのであればそれでも構わん。スレッタ・マーキュリーはこれまで通り、私が管理し運用する。アレの有用性を最大限に活かすためにな」

「くっ……!!」

 

 ぎりっ、と奥歯を噛みしめた。

 そうなればまた、スレッタ・マーキュリーはいつか、戦いに駆り出されるのだろう。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 どこの誰が、少女に植え付けた呪いなのかはわからない。

 だが、ミオリネにできる戦いは、世論と認知を塗り替える戦いだった。

 もう二度と、スレッタが戦わなくていい世界を作りたいのなら、危険なガンダムという()()()()()をなくしてしまえばいい。

 この世から旧式GUNDフォーマット=ガンダムという構図をなくして、どこにでもある新規格の操縦インターフェースにまでGUNDフォーマットを陳腐化させる。

 どこにでもある重機やMSの標準規格にまでGUNDフォーマットのイメージを塗り替えてしまえば、スレッタが戦うべき()()()()()()()()()()()()はこの世から消えるのだ。

 それがミオリネ・レンブランが始めようとしている戦いだった。

 そのためならば、少女はいくらでも自分の誇りも尊厳も捨てられる。

 覚悟を決めて――

 

 

――頭を下げた。

 

 

 

「株式会社ガンダム設立のため、私に出資していただけませんか? ――――()()()()

 

 

 

 あのミオリネ・レンブランが――父親との不仲は最早、周知の事実である総裁の一人娘が、権力者たちの前で頭を下げて出資を請うている。

 ジェターク社の代表こそいないが、ペイル社とグラスレー社の代表がいる前での頭を下げたのである。

 身内の情であとからなかったことになどできない、明確な序列の証。

 その決意表明の重さは、付き合いの長いシャディク・ゼネリやサリウス・ゼネリが一番驚いていた――エラン・ケレスは愉快そうに目を細めていたが。

 

「…………」

 

 長い、長い沈黙のあと。

 デリング・レンブランは娘からの請願にこう答えた。

 

 

「いいだろう――逃げるなよ、ガンダムの呪いから」

 

 

 それは事実上、了承の意だった。

 グラスレーの代表とペイルの代表の前で、デリング・レンブランがミオリネ・レンブランの起業を認めたのである。

 具体的な出資額や運営形態については後日、レポートを提出することになった。

 会合の終わり、去り際にデリングはこう言ってきた。

 

「お前が何も知らずにいればいい期間は終わった、ミオリネ。今までそうだったようにはいかんぞ」

「…………できる限り、努力します」

 

 確かな意思を胸に、ミオリネは父の目を見据えて応えた。

 どこか満足げにうなずく父親の背中を見送りながら、少女は今、ようやく自分がスタートラインに立てたことを知った。

 

 

 

――それはミオリネ・レンブランの幼年期の終わりであり。

 

 

 

 

――新たな戦いの始まりだった。

 

 

 



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擦れッタが原因でみんなが会議するだけの話

 

 

 

 

――少年の世界は怒りに満ちていた。

 

 

 

 イエル・オグルは呪われた子供なのだ、と言われて育ってきた。

 美しい少年だったが、その容姿がまず常人と異なっていた――褐色の肌に金の頭髪。

 そしてイエルはとても賢い子供だった。

 一を聞いて十を知る、そんな聡い幼子である。

 常であれば美徳とされる賢さも、呪われた子供という悪評の前では、噂を補強する要素にしかならなかった。

 少年はアーシアンとスペーシアンの混血(ハーフ)であった。

 

 良家の子女であった母が、戦場で望まぬ妊娠をして産まれた子供――暴力行為の被害者が、淫らな女と誹られるのはそう珍しいことではない。

 人間が作る社会というのは、似たり寄ったりの歪みを現出させる。

 イエル・オグルの母もまた、そういう土着の風習と価値観の犠牲者だった。

 少年にとって唯一、幸いだったのは――如何に虐げられようとも、母だけは彼の味方だったことだろう。

 それだけが唯一、イエルが記憶している幼少期の優しい記憶だった。

 

 

――イエル。

 

 

――お前は賢い子だから、きっと。

 

 

――幸せになれるよ。

 

 

 炎。

 血と肉。

 悪魔の子を産んだ淫売という罵倒。

 何がきっかけだったのかは定かではない。

 ただある日、積もりに積もったスペーシアンへの憎悪のはけ口として、母子は生け贄にされて。

 何の根拠もない身勝手なレッテルを貼られた末、イエルの母は周囲の人間によってたかってなぶり殺しにされた。

 殴られて、切られて、刺されて、火をつけられて。

 ああ、忘れられるものか。

 

 

――断末魔の絶叫。

 

 

 涙があふれ続ける視界の中。

 生きたまま焼き殺される母の姿を目に焼き付けて、「次はお前だ」と言われながら殴られ続けた。

 殺してやる。

 お前たちを、必ず、殺してやる。

 呪うように誓ったそのときだった。

 

 

――ずしん、と地響きを立てる巨人の着地音。

 

 

 イエル・オグルの命を救ったのは、私刑(リンチ)の現場に踏み込んできたスペーシアンの治安維持部隊だった。

 最新の装備に身を固めた兵士たちと哨戒用のモビルスーツを引き連れた、治安維持を業務委託されたベネリット・グループの私設軍隊。

 あまりにも凄惨な蛮行に絶句した彼らは、野蛮なアーシアンたちに容赦しなかった。

 

 

――銃火の音が爆ぜて(ダダダダダダダダダダ)

 

 

 生涯をかけて復讐してやると誓った男たち/女たちは、あっけなく機銃掃射でなぎ倒され、物言わぬ骸に成り果てた。

 現場で唯一の生存者として保護された、虐待を受けていた少年――イエル・オグルはかくしてベネリット・グループの再教育機関アカデミーに送り込まれ、そこで頭角を現すことになる。

 少年は天才であり、優れた才覚を持てるものであった。

 凄惨な体験による心の傷も、長期にわたるカウンセリングで癒えていき――夢でうなされることもフラッシュバックもなくなった。

 ただ、あの日あのとき、少年はとある疑問を魂に刻みつけられたのである。

 

 

――何故、この世界はこんなにも残酷なのだろう?

 

 

 この世界に横たわる理不尽、この世界を埋め尽くす絶望、すべてをこの手で消し去れるのならば。

 きっと自分は幸福になどならなくていい。

 そう、イエル・オグルは誓って、迷うことなくおのれの道を歩けていた。

 

 

 

――あの少女(ミオリネ)に出会うまでは。

 

 

 

 

 

 

 懐かしい夢を見た。

 微睡みから覚めたシャディク・ゼネリ――かつてイエル・オグルと呼ばれていた少年は、ぐいっと背伸びした。

 ここ最近、考え事が以前にも増して多くなった少年は、つい寮長の部屋で寝入ってしまったらしい自身を恥じる。

 そんな彼に近づいてくる影――美しい長身の少女を見て、シャディクは洒脱な笑みを浮かべた。

 

「ああ、サビーナ。ごめん、ちょっと眠ってしまったみたいだ」

「最近のお前は張り詰めすぎだ、シャディク。コーヒーは?」

「お願いするよ」

 

 シャディクとその取り巻きの少女たちの関係は複雑怪奇だ。

 あるときは姉と弟のようであり、あるときは共犯者であり、あるときは同志であり主従である。

 同年代の少年少女の関係としては異様だが、それこそが、かれこれ一〇年以上続くシャディクと少女たちの日常であった。

 彼らを結びつけているのは、今ここにあるアド・ステラの歪んだ社会への怒りだ。

 シャディクにとって、この世界のすべては支配と搾取のシステムに組み込まれた存在であり、誰もがその呪いの円環の被害者であり加害者でもある。

 だからこそ、この仕組みを変えなければいけない。

 それが今の彼を突き動かす使命だった。

 サビーナの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、シャディクは集まってきた取り巻きの女子たちを見回す。

 

 サビーナ・ファルディン、レネ・コスタ、イリーシャ・プラノ、メイジー・メイ、エナオ・ジャズ――全員がシャディクにとって大切な仲間だった。

 彼はひとまず、先日のベネリット・グループ本社での会合の結果を五人に伝えた。

 

「ミオリネは株式会社ガンダムを立ち上げ、デリング肝いりの〈エアリアル〉とペイル社の〈ファラクト〉の管理運用に携わる形になった。ここまでは俺たちの目論見通りだ」

「シャディクも株式会社ガンダムの運営に一枚噛むのが理想……流石」

「ここまでは想定の範囲内か~」

「す、すごいね……」

 

 ミオリネに情報を与え、それとなく〈エアリアル〉を管理する方向へと誘導したのが功を奏した。

 ミオリネ・レンブランは頭がいい。

 断片的な情報を与えれば、自力でシャディクと同じヴィジョンに到達してくれる相手だった。

 おかげでシャディクの目論見通りにことは進んでいた――今のところは。

 

「よかったのか、シャディク。ミオリネを政治の世界に巻き込むことになるぞ?」

「一度、こうすると決めたミオリネを止めることはできないよ。ならいっそ、こっちで舵取り出来る範囲に来てもらう方が安全さ」

「……ならいいが」

 

 ミオリネに対してはとことん過保護なシャディクらしからぬ采配を、サビーナは訝しんでいるようだった。

 

「デリングの推進するガンダムの配備計画を監視するって意味でも、義父さんに対して言い訳が立つのがこのプランのいいところさ。現状、他のやり方(プラン)が手詰まりだからね。多少は博打を打たないといけない」

「ああ……」

 

 他のやり方というのは、アーシアン過激派武装組織〈フォルドの夜明け〉――スペーシアン流に言えばテロリストということになる――が数ヶ月前に壊滅させられたことだ。

 地球企業オックスアースの残党から派遣されていた魔女、ガンダムまでもが殲滅された事件によって、シャディクが使える手駒は大きく減少した。

 そうこうしているうちにデリングのガンダム開発の公表で、さらに身動きが取れなくなったシャディクたちは〈フォルドの夜明け〉への援助は続けているものの、武力闘争による解決には見切りをつけ始めている。

 残る地球の魔女――生き残っている方のガンダムのパイロットも、契約期間を終えてオックスアースに帰投したと聞いている。

 

「問題はまず、安全な新型GUNDフォーマットが本物なのか確かめることだ。何らかのトリックで水星ちゃんを長持ちさせてるだけで、実は従来と変わらないガンダムの呪い付きだったらお笑いぐさだよ」

「仮にもデリング・レンブラン自らが推進している機体が虚偽などあり得るのか? 真実が露見したときのリスクが大きすぎるだろう」

「だけど現に、俺たちはペイル・スキャンダルで明らかになった強化人士のような、ベネリット・グループの闇を垣間見ている。デリングが正気かどうかを疑うのもありだと思うね、俺は」

「ホルダーは現時点でも闇しかないっしょ。総裁の隠し子で現役ドミニコスでガンダムに乗る魔女とか、イカレた経歴だって。一七歳の女子のプロフィールじゃないわ、これ」

「ま、水星ちゃんの闇が深いのは俺も同意するけどね――」

 

 コーヒーカップをソーサーの上に置いて、シャディクはため息をついた。

 

「そもそも新型GUNDフォーマットの開発元、シン・セー開発公社について俺たちは何も知らない。辺境の資源採掘企業を装ったガンダム開発の隠れ蓑だなんて、誰も思わなかったろうからね」

「シン・セー開発公社と言えば、現代表も謎が多いな。公式HPどころか企業広報にも写真一枚ない――シャディクはどう思う?」

「前代表プロスペラ・マーキュリーが魔女の残党なのは確実、なら現代表もヴァナディースかオックスアース関係だろうとは思うけど……ルイ・ファシネータ。彼が何者なのか、調べてみる必要があるようだね」

 

 ともあれ、一歩前進はしたものの問題だらけというのが、嘘偽りない今のシャディクたちの状況だった。

 

「俺たちの未来が前途多難なのは変わっていないってわけさ。頭が痛いよ、まったく」

 

 そう言ってやれやれと肩をすくめた瞬間だった。

 にやり、とレネ・コスタが笑った。

 弟の弱点を見つけた姉のような、それはそれは意地の悪い笑みだった。

 

「へー? でもこの前、ミオリネのショッピングに付き合わされてるときのシャディクは幸せそうだったよねえ?」

「レネ、なんで知ってるんだ?」

「私の彼氏たちの情報網を舐めないで欲しいんだけどぉ? グエルも連れて楽しくお友達ライフってやつぅ?」

 

 ニヤニヤしながら問い詰めてくるレネは、明らかにシャディクの青春を面白がっていた。

 

 そう、世間的な評判と裏腹にシャディク・ゼネリは浮ついた話のない男である。

 確かに女の子を口説き落とすような真似はするが、それは大抵の場合、あまり評判のよくない男子/女子と付き合っている女子を穏便に別れさせる口実であり、実際に手を出すところまで行くことはほとんどない。

 その過程で相手から決闘を挑まれることもあるが、危うげなく勝ってしまう腕利きのパイロットでもある。

 本命以外を口説くときは、別れるところまで含めてスマートな男なのである。

 それが本命――幼馴染みのミオリネ・レンブラン相手だとまるでダメな童貞丸出しになるものだから、昔馴染みの女子五人にとっては面白い話題でしかない。

 

「ほんとさー、シャディクもミオリネ口説くとき、いつもぐらいスマートならいいんだけどねえ」

 

 そうだな、とうなずいて。

 サビーナはとんでもないことを言い出した。

 

 

「シャディク。ミオリネをデートに誘え」

 

 

 思考が真っ白になった。

 

「えっ」

 

 シャディク・ゼネリ、一八歳。

 大人ぶってはいるし陰謀ならいくらでもやれるが、本当に好きな女の子には奥手極まる男子の呆気に取られた呟き。

 思考停止しているシャディクに対して、サビーナは無慈悲だった。

 

「革命のためだ、口説け」

「えぇー……」

 

 哀れっぽいうめき声が、アスティカシア高等専門学園・グラスレー寮の寮長の部屋に木霊した。

 

 

 

 

 

 

――ペイル・テクノロジーズ本社フロントにて。

 

 

「そういうわけで、今回、君たちに集まってもらったのは他でもない――今後のエラン・ケレスの方針について話し合うためだ」

 

 そう言って出席者――全部で三人しかいないが――の顔を見回したエラン・ケレスは、戸惑うように顔をしかめた。

 

「うっわー、自分と同じ顔が集まってるのは居心地悪いな、これ。あの婆さんたち趣味悪すぎだろ……」

「自業自得だね」

「こればっかりは四号に同意するね」

「可愛くないドッペルゲンガーだな、お前ら」

 

 エラン・ケレスはやれやれと肩をすくめると、強化人士四号と五号の顔を見た。

 端整な顔立ちにポーカーフェイスの四号と、軽薄にヘラヘラ笑っている五号。

 同じ顔でもここまで印象が異なるのかと感心するぐらい別人だった。

 

「ちょっとはこう、関心とかないのか? 自分の今後の運命が決まるかもしれないんだよ?」

「興味ないね」

「その台詞はやめろ四号。会話する気ないだろ」

「ないよ?」

「はっきり言ったな、こいつ……」

 

 四号と五号のコントのようなやりとりを余所に、エランは先の会合――株式会社ガンダム設立について説明した。

 株式会社ガンダムなる企業が設立され、その協力企業であるシン・セー開発公社に〈ファラクト〉とその開発部門が売却されるくだりまで話すと、五号はよく食いついてきた。

 四号の方が無表情なので反応がよくわからない。

 

「で、本物のエラン様的には今後の僕たちのあつかいはどうなるんです?」

「もちろん人体実験の被害者として賠償金は支払うさ。今後の人工神経の定期メンテナンスは、シン・セー開発公社で引き続き受けてもらう」

「シン・セー開発公社……ああ、あの〈エアリアル〉を作ったっていう?」

「そっ。俺は一人寂しくペイル・テクノロジーズに囚われて、君たちは晴れて自由の身ってわけさ。シン・セー開発公社がどうあつかうのかは知らないけど、まあペイル社よりはマシなあつかいだろ」

 

 意地が悪い笑みを浮かべて、エラン・ケレスは冗談めかして切実な注意事項を口にした。

 

「頼むから当分は事故とか怪我に気をつけてくれよ。このタイミングで死なれたりした日には、うちの陰謀を疑われていよいよ終わるからさ」

「ハハッ、生々しい理由だなあ」

 

 ケラケラと笑いつつ、強化人士五号――本名は別にあるものの、顔も声も変えられたのだから表向きは同姓同名のエラン・ケレスで構わないとのたまう少年――は四号に話題を振った。

 ネタはもちろん、四号がデートしたという噂のガールフレンドである。

 エラン・ケレスから聞いた話を総合すると、そのガールフレンドというのはあのデリング・レンブランの隠し子で、ドミニコス隊の現役隊員で、安全なガンダムの使い手なのだという。

 最初にその話を聞いたとき、設定山盛りすぎだろ、と呆れかえったのを五号は覚えている。

 

「四号がデリングの隠し子と運命の純愛を育んだ結果、僕たちの運命は一変したわけだし? いやー愛ってバカにできないね。持つべきものは人脈(コネ)あるガールフレンドってわけだ」

「…………そんな打算で彼女に近づいたわけじゃない」

「ああ、元々は〈エアリアル〉の秘密を探るためだっけ?」

 

 それは単純な事実だったが、四号の機嫌を損ねるには十分な言葉であった。

 

 

「……あの子と僕は、()()だ」

 

 

 明らかにただの友人以上の情念が込められた呟きである。

 

「まあ、友達でもガールフレンドでも何でもいいんだけどさ。四号――エラン・フォースには今後もペイル・テクノロジーズの筆頭を務めてもらう。文句はないな?」

「ないよ」

 

 即答である。

 あまりにもためらいのない返事に面食らったのは、エラン・ケレスの方だった。

 

「……俺の立場から言うのもなんだけど、ペイル・スキャンダルでペイル寮の肩身が狭くなった原因の一つには、強化人士計画の露見がある。普通に考えて、ペイル寮にいるのは気まずくならないか?」

「別に。元々、人付き合いもないしね」

 

 四号は涼しい顔でこう言い放った。

 大物である。

 エランは困惑した。

 

「……()の影武者やる気あったんだよな!?」

 

()なりに頑張ってはいたよ」

 

「まず一人称が違うだろ! あの婆さんたちは何を見てこれでイケると思ってたんだよ!?」

 

 エラン・ケレスは頭が痛くなってきたようだった。

 そんな二人のコントみたいなやりとりを見て、ケラケラと笑っている強化人士五号は気楽なものであった。

 何せ本物のエラン・ケレスのように企業代表の重圧もなければ、四号のようにペイル社のパイロット筆頭として株式会社ガンダムに協力する義理もない。

 一番気楽なポジションである。幸いにも強化人士としてみっちりトレーニングしたパイロット技能はあるから、食うに困ることもあるまい。

 汎用作業重機(モビルクラフト)人型作業機械(モビルスーツ)も動かせるパイロットは、スペーシアンとして生きていくならつぶしが利く技能である。

 

「それじゃあ、特に希望はないんだな?」

「できれば地球寮に入りたいかな」

「却下」

「四号、完全にスレッタ・マーキュリー目当てで喋ってるだろ」

「うん」

「そこは否定しろよ……!」

 

 エラン・ケレス代表と強化人士五号に突っ込まれつつ、四号が考えているのは別のことであった。

 四号の身体には驚くほど異常がなかった。

 〈ファラクト〉で決闘を行なう前と同じか、それよりも数値がいいぐらいで、検査担当として連れて来られたベルメリア・ウィンストンが困惑するほどだ。

 あの〈エアリアル〉と〈ファラクト〉の決闘のとき。

 あれだけの全力戦闘をしておきながら、エラン・フォースに何の異常もなかった理由は明白である。

 謎の声――おそらくはシン・セー開発公社のエージェントだろう――の誘いに乗って、〈ファラクト〉に紛れ込ませたプログラム。

 

 

――()()()()()()()()()()()のことはペイル社にも報告していない。

 

 

 あのスレッタ・マーキュリーの身体に異常がないのだから、同様のシステムを利用した自分にデータストームのフィードバックがないのも理解はできる。

 とはいえ疑問は残る。

 当時のペイル社の最高機密であるGUNDフォーマット使用MS〈ファラクト〉の実物を弄らずに、GUNDフォーマットに関するシステムだけを上書きする。

 そんなことが本当に可能なのか、MSエンジニアではないエラン・フォースには判断ができない。

 実際にパーメットの流入痕――普段は赤い痣と共に苦痛を伴うそれが、穏やかで苦痛のない青い痣になったことは事実だが。

 果たしてルイ・ファシネータとその新型GUNDフォーマットことアミュレット・システムが、信用に値するものなのかは別問題である。

 得体のしれない技術は、エランにとって、まるで魔法のように思えた。

 これから自分が出向くことになる株式会社ガンダムでの業務に、期待と不安が膨らみつつも、彼が考えるのは一つだけだった。

 

 

「スレッタ・マーキュリー……」

 

 

 

――僕は君を守れるだろうか?

 

 

 

――この残酷な世界から。

 

 

 

 



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擦れッタが他人の恋愛に首を突っ込むだけの話

 

 

――MSハンガーエリア、地球寮にて。

 

 

 ホワイトボードを持ち出したミオリネ・レンブランは、でかでかと会社名を板書し、地球寮のメンバー全員に見せつけた。

 

「株式会社ガンダム……ですか?」

 

 ミオリネが言い出した突拍子もない会社名に、スレッタは困惑している。

 

「ええ、まあ大風呂敷広げたは良いんだけど社員がね、いないのよ」

「つまり?」

 

 ミオリネは微笑んだ。

 宇宙一の美少女が天使のように笑っている、そんな感じの笑みだった。

 

 

「あんたたち全員、ベネリット・グループの期待の新星、デリング・レンブラン総裁直々に投資してもらえる学生ベンチャー企業の社員になりたいわよね!?」

 

 

 そういうことになった。

 暴君ミオリネ・レンブランは勢いで押し切って、地球寮を株式会社ガンダムの母体に改造しようとしている。

 ミオリネはにっこりと笑って、仲間・友情・団結の三拍子を唱えた。

 

「私たちは今や株式会社ガンダムという泥船に乗った仲間よ!!」

 

 最初にキレたのはチュチュだった。

 

「都合が悪いとき仲間面すんなクソスペワガママ女ァ!!」

「都合がいいときだけ仲間面の方が問題でしょ!!」

「そりゃーそうだけど、今回のは通り魔だろミオリネェ!!」

「何よ! 私はみんなにいい話を持ってきたのよ!?」

「じゃあ泥船とか言うのやめろよ!?」

 

 ぎゃーぎゃーとわめき合うチュチュとミオリネを見て、スレッタは首をかしげて隣にいたニカ・ナナウラに尋ねた。

 

「あの二人って仲いいんですか?」

「あー、スレッタは知らないか。スレッタがいない間にちょっといろいろあってね、前より仲良くなったの、あの二人」

「人間関係って複雑ですねー……」

 

 うんうんとうなずくスレッタ。

 そのときだった。

 地球寮のインターホンが鳴って、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

『ミオリネはいるかな?』

 

 

 来客はシャディク・ゼネリだった。

 取り巻きのサビーナを連れてやってきた少年は、ミオリネの前につかつかと笑顔で乗り込んできて。

 その顔を見た途端、ミオリネはいきなり要求を突きつけた。

 

「単刀直入に言うわ、シャディク。株式会社ガンダムに協力しなさい」

「見返りは?」

「あんたってビジネスじゃないと協力できないの?」

「そう教育されたからね。一応はほら、義父さんにそれっぽい報告しないといけないしね」

「はいはい、ごますりご苦労様……うちの事業の進捗とか内部事情わかるだけで十分じゃないの?」

 

 色気のない話を始めたミオリネとシャディクを横目に、スレッタは困惑していた。

 

「……シャディクさんは、ミオリネさんが心配で様子を見に来たんですよね? ミオリネさん、もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないですか?」

「あのね、スレッタ。こいつはこっちを心配してるようなフリして、株式会社ガンダムに一枚噛みに来ただけなのよ。グラスレーの後継者候補がガンダム事業を見に来るなんて、そういう目的しかないでしょ?」

 

 ミオリネはいつも通りに、シャディク・ゼネリに対して辛辣だ。

 そこに安心感すら覚えて彼が胡散臭い笑みを浮かべていると――スレッタは困惑気味にこう言い放った。

 

 

「え、でもたぶんシャディクさん、ミオリネさんのこと好きですよ?」

 

 

――場の空気が凍った。

 

 

 ミオリネはフリーズしているし、シャディクは笑顔のまま固まっているし、地球寮の面子は「こいつマジかよ」という顔でスレッタを凝視している。

 あまりにも場の空気が気まずいのに慌てて、スレッタ・マーキュリーはフォローになっていない暴言を吐き始めた。

 

「だ、だだだ、だって! わたしは幾千の恋愛シミュレーションと実戦デートをこなした恋愛強者(つよつよ)ですよ!? 恋愛初心者(ビギナー)のミオリネさんより強いです!! たぶんきっとシャディクさんはミオリネさん好きですよ!?」

「ぶっ飛ばすわよ、あんた!? 思いっきり他人の助けを得て初デートしたやつが自信つけすぎでしょ!!」

「ほ、補助輪付きでも実戦一回と零回の間の差は大きいです!!」

「こ、こんの~!! スレッタァ!?」

 

 ヒィイイイイイ、と悲鳴をあげて逃げ惑うスレッタ・マーキュリーと、追いかけ回すミオリネ・レンブランを眺めつつ、シャディク・ゼネリは出されたお茶を啜った。

 美味しい。

 たぶん淹れ方がいいんだろうな、と思う。

 地球寮はいい環境だ。これまで孤独を持て余したミオリネにとってはいい環境だろう。

 そう、理性ではわかっているのに、自分の知らない彼女の顔をいくつも見せつけられている気がして、シャディクは落ち着かない。

 

「素直になれないツンデレのミオリネさんに! あと一歩踏み出せないシャディクさん! うわー! ラブコメみたいです!!」

 

 ガッツポーズである。

 逃げ回りながら謎の実況を続けるスレッタはいい性格をしていた。

 何かこう、現役のドミニコス隊で凄腕の魔女というイメージが、音を立てて崩壊していくのをシャディクは感じた。

 いや、なんなんだろうこの娘。

 

「あははは……水星ちゃん、それ本人の前で言うのはやめようね」

「で、ででで、でも! シャディクさん! ミオリネさんってこう見えて結構乙女ですから待ちの姿勢――」

「ぶっ殺すわ!!! スレッタ、今日という今日は許さないからぁ!!!」

 

 ミオリネは本気でキレている。

 いきなり無礼な寸評をされて、シャディク・ゼネリは冷や汗を掻いた。このホルダー、腰が低いように見えて傍若無人すぎる。

 下手に機嫌を損ねると友達狩りの対象になりかねないのと相まって、野生の肉食獣がうろつく草原(サバンナ)に放り出されたような緊張感があった。

 やがてミオリネが体力切れになってへばると、二人の追いかけっこは終わった。

 

「そ、そそ、それで! どうしてお二人はなんか距離が近いんですか!?」

「はぁ……はぁ……あのね、私とこいつが幼馴染みだからよ。他の理由、必要あるかしら?」

 

 幼馴染みと聞いて、目に見えてスレッタはよろこび始めた。

 目をキラキラさせて、ミオリネとシャディクの顔を交互に見ている。

 

「お、幼馴染み! 本当に実在したんですね!! わたし、恋愛シミュレーションにだけ出てくる設定とばかり……!」

「いい加減ゲームから離れなさいよ!?」

「で、でもミオリネさん! わたしの恋愛知識によるとシャディクさんは一見、軽薄に見えて本命には激重タイプのチャラ男ですよ!? ミオリネさんはちょっとチャラ男属性に厳しすぎです!」

「だーかーらー! あんたと違って!! 私はゲーム知識で人間を分類してないのよ!!!」

 

 どうしよう、とシャディクは思った。

 こんなミオリネの顔は今まで見たことがないが、果たして見てよかったのかという疑念も抱かざるを得ない。

 

 

 そのときだった。

 スレッタの生徒手帳に普段あまり目にすることがない人物から連絡が届いたのは。

 連絡リストに載っているその人物の名を見た瞬間、スレッタは気まずそうな顔になったが、渋々、メッセージ通りに端末を操作。

 端末のスピーカーとホログラム投影モードを起動させると、見慣れない企業のロゴが浮かび上がった。

 

「あ、あのー……なんだか、わたしの古巣の方から、お話があるみたいです」

 

 心底、気乗りしないという表情のスレッタ。

 そんな彼女を余所に生徒手帳(デバイス)は容赦なく音を出した。

 

 

『どうも皆様、初めまして。私はルイ・ファシネータ、シン・セー開発公社の代表を務めております』

 

 

 意気揚々とした慇懃な台詞に、ミオリネとシャディクは聞き覚えがあった。

 あのプレゼンの場でもとうとう顔を見せなかった秘密主義者――ルイ・ファシネータ代表の喋り方。

 

「シン・セー開発公社って……地球寮のスポンサーの!?」

『はい、皆様のお役に立てているようで光栄です』

「こ、こちらこそ! いろいろな援助ありがとうございます!」

 

 真っ先に頭を下げに行くマルタンは、ある意味、寮長としての自覚に満ちている。地球寮の設備が改善されてきているのは、ひとえにこの謎のスポンサーのおかげだからだ。

 機嫌でも損ねてスポンサーを撤退されたら堪らないので、全力で媚びにいっていた。

 学生の身分なのに社会人めいた悲哀を背負う少年、それが寮長マルタンなのである。

 呆気にとられている地球寮の面子を余所に、ミオリネはスレッタに耳打ちした。

 

「ちょっとスレッタ、あんた、ルイ代表について何か知らないの?」

「……いえ、わたしはあんまりよく知らないので……お母さんが亡くなったときも、こうやって通信越しに話したぐらいですし……」

『つれないですね、スレッタ・マーキュリー。二年前はもう少し素直な子でしたが……世間ずれするとはこういうことなのでしょうか。子供が育つのは早いものですね』

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()馴れ馴れしい態度――何か完全に親戚のおじさんみたいなノリである。

 

「ううっ、こういうノリが何かよくわからなくて苦手なんです~!」

「あんたにも苦手なものってあったのね……」

 

 先ほどまでの傍若無人ぶりが嘘のように縮こまっているスレッタを見つつ、シャディクは口を開いた。

 

「先日はどうも、ルイ代表。シャディク・ゼネリです。今日はどういったご用件です?」

『おお、シャディク・ゼネリ様。先日はお世話になりました。実は株式会社ガンダムの件でお話がございまして』

「お話、ですか?」

 

 シャディクの合いの手を受けて、ルイ代表が口を開いた。

 

『――皆様はすでに株式会社ガンダムの目的についてはご存じでしょうか?』

「それならすでに話してあります、ルイ代表。新しいガンダムの安全性のPRと医療用サイバネティクスGUNDの復興、ですよね」

 

 ミオリネの言葉を聞いて、スレッタは表情を曇らせていたが、それに気付いているのはシャディク一人だった。

 

「医療、って言ってもなあ……」

「そりゃ、兵器を売りさばいて大もうけ、とかよりは抵抗ないけど……俺らメカニック科で医療の知識とかねえし」

「学生ベンチャーでMS開発までは普通しないからね。とはいえ、専門外なのは否めない」

 

 メカニック科の面子が顔を見合わせていると、ルイ・ファシネータは如何にも待っていましたとばかりにセールストークを押しつけてきた。

 

『我々、シン・セー開発公社としては、この事業は非常にやりがいのあるものだと考えております。技術的な面でのサポートは惜しみませんし、弊社からも必要な人材を送る用意があります』

「…………必要な人材、ですか? 〈エアリアル〉の関係者でしょうか?」

 

 ミオリネの問いかけ――返答。

 

 

『ベルメリア・ウィンストン――先日、ヘッドハンティングしたばかりの貴重なGUND研究者をそちらへ派遣致します。医療用サイバネティクスとしてのGUNDの復興にお役立てください』

 

 

 かの有名なペイル・スキャンダルで四人の共同代表の影に隠れて、大きく報じられることはなかった人物の名である。

 まず、それが何者なのかすら、この場の大半の生徒は知るまい。

 如何なる取引の結果、彼女の罪が減免されたのかすら、この場にいる生徒たちには判断のしようがない。

 そういう名前であった。

 ゆえに、この場においてベルメリアの名に反応できたのは――

 

 

「ベルメリア……さんが?」

 

 

 

――スレッタ・マーキュリーただ一人であった。

 

 

 

 



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擦れッタがベルメリアを庇うだけの話

 

 

――ルイ・ファシネータ代表からの連絡から数日後。

 

 

 その人物は地球寮にやってきた。

 MSハンガーを改装した建屋の中で顔を合わせたのは、来訪者と地球寮の全員、そしてミオリネ・レンブランであった。

 どこかおどおどとした印象――その中年女性は、ためらいがちに口を開いて挨拶した。

 

「今日からこちらで技術協力することになったベルメリア・ウィンストンよ、よろしくね……スレッタ・マーキュリーさん、また会えたわね」

「ベルメリアさん! やっぱり、そうなんですね!」

 

 スレッタが嬉しそうに駆け寄ると、ベルメリアも安堵したように微笑んだ。

 少女の友好的な態度によって、緊張が解けたらしい。

 

「こんなに早く会えるとは思ってなかったわ」

「わたし、嬉しいんです。あ、皆さん、こちらのベルメリアさんはGUND……医療用サイバネティクスの専門家なんですよ! これでミオリネさんの野望も上手く行きますね!」

「何が野望よ、歴とした事業よ人聞きの悪い」

 

 株式会社ガンダムの代表ミオリネ・レンブランは、そう言ってスレッタをにらみつけた。

 世間的にはデリング総裁のドラ娘が親のすねをかじって始めた学生ベンチャー企業なのだが、それはさておき。

 外行きの仮面を被ると、ミオリネもベルメリア・ウィンストンに挨拶した。

 

「株式会社ガンダムの代表、ミオリネ・レンブランです。何かとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

「ええ、私にできることなら何でも言ってちょうだい」

 

 ミオリネとベルメリアの間に、ひとまず友好的な雰囲気が築かれかけたときだった。

 それまで、下を向いてうつむいていたニカ・ナナウラが、決然と顔を上げたのは。

 

「私なりにあなたについて調べました……ペイル・スキャンダルに関わってた人ってことですよね? どうして刑務所に入らず、こんな場所に居るんですか?」

「……ニカ?」

 

 突然のことだった。

 基本的に人当たりがよく、メカのことが大好きなメカニック科の生徒――ニカ・ナナウラらしからぬ刺々しい物言いに、その場の誰もが困惑していた。

 周囲の困惑した視線にも気付かず、ニカは感情的に叫んだ。

 

「人殺しの片棒を担いでたのに、今さら人助けなんておかしいじゃないですか!!」

「お、おい落ち着けよニカ」

「どうしたんだよ、お前……」

 

 同じメカニック科二年のオジェロとヌーノがなだめるが、ニカが引く様子はなかった。

 まるで何かの罪悪感に突き動かされるように、少女は疑惑の人物を糾弾する。

 ベルメリア・ウィンストンは反論しなかった。

 正しすぎる少女の物言いに同意を示して、視線を床に向けてうつむいた。

 

「そうね……私は償いきれない罪を犯しているわ……だからこそ、少しでも人を救う形で償いたいの」

「そんなの虫がよすぎます!! 悪いことをしたら、罰を受けるのが当然じゃないですか!?」

「ニカさん」

 

 スレッタ・マーキュリーが硬い声でニカを制止した。

 真っ直ぐな視線が、ニカ・ナナウラを見つめている。

 

「罪を抱えてでも、前に進もうとしている人を一方的に叩くのは……間違っていると思います。今日のニカさんは、ちょっと様子がおかしいです」

「スレッタ……でも……!」

 

 怯みつつもニカがなおも言いつのろうとした瞬間だった。

 スレッタ・マーキュリーは爆弾発言を投げつけた。

 

 

「ベルメリアさんが罪人だって言うんなら、()()()()()()()()()()……!」

 

 

 その言葉の意味がわからない人間は、この場にはいなかった。

 あのドローン襲撃事件のとき、スレッタ・マーキュリーは人間の兵士が乗り込んでいた装甲車にビームライフルを発射している。

 その結果、彼女の手が血で汚れていることは、地球寮の人間には周知の事実だ。

 誰も何も言えなくなった。

 沈み込んだ場の空気に耐えきれず、ニカ・ナナウラは走り出した。

 

「ごめん…………私っ!!」

「ニカさん!!」

 

 呼び止めるスレッタの声に振り返ることなく、ニカは逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 ニカ・ナナウラはMS演習場の土手に寝転んで、青い空――投影された作り物のそれを見上げていた。

 今日は演習場を使ったカリキュラムはないから、とてつもなく静かでだだっ広い空間があるだけだ。

 ここを選んだ理由はなんとなくだった。

 学校の人が多い施設だと意地が悪いスペーシアンの生徒に絡まれそうで嫌だったし、地球寮のみんなが来そうな場所はもっと気まずいから、消去法でここになっただけだ。

 なのに、どういうわけだろうか。

 視界の端にピンク色のポンポンが見える。

 

「……チュチュ?」

「……探したよ、ニカ姉。さっきはどうしたのさ」

 

 横に座り込んだチュチュを横目に、しばらくニカは沈黙して。

 意を決して口を開いた。

 

「私さ、チュチュが思ってるほど立派な人間じゃないんだ……結構、後ろめたいこといろいろ抱えてて、うん、そのせいかな」

 

 チュチュは黙って姉貴分の独白を聞いていた。

 少女にとってニカ・ナナウラは頼りになるメカニック科の先輩だ。

 故郷のみんなに買ってもらった中古の旧式MS〈デミトレーナー〉を、あり合わせの部品でスペーシアンと戦えるようカスタマイズしてくれた恩人だ。

 とびきり腕利きで面倒見がよくて、尊敬している大切な友人でもある。

 そんな彼女の知らない一面を、チュチュは目の当たりにしていた。

 

「だからきっと、立場が弱いベルメリアさんに当たっちゃったんだと思う」

 

 スレッタにあんなことまで言わせちゃった、と独りごちて。

 ニカは再び口を閉じた。

 どう応じたものか、悩んで、悩んで、悩んだ末に――気の利いた言葉なんて思い浮かばなかったチュチュは、今の正直な気持ちを伝えることにした。

 

「あーしにも話せない悩みなのはわかるよ……でもさ、しんどい気持ちぐらいは言ってくれたっていいじゃん……あーしたち、仲間じゃんか」

 

 返事はない。

 チュチュがニカの顔を見ると、そこにはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 仲間か、と呟いて、ニカはゆっくりと立ち上がる。

 

「ごめんね、チュチュ。変な話聞かせちゃって……」

 

 立ち上がった頃には、いつものニカ・ナナウラがそこにいた。

 

「うん、ちょっと元気出てきた……ベルメリアさんに謝ってくるね……」

「あーしも付き合うよ、ニカ姉」

「もう、チュチュは心配性だなあ」

 

 ニカが苦笑した瞬間である。

 物陰からすごい勢いで銀髪の美少女が飛び出してきた。

 ミオリネ・レンブランである。

 どうやら一言一句聞き逃さず、話を全部盗み聞きしていたらしい。

 

「話は終わった? ほら、さっさと歩く! あんたたちには株式会社ガンダムの社員としてキリキリ働いてもらうんだからね! まずはベルメリア・ウィンストンさんに謝罪よ!!」

 

 めちゃくちゃな勢いでニカの肩を掴むと、ミオリネは勢いよくこう断言した。

 その後ろでは、ミオリネに付き添っていたらしいスレッタ・マーキュリーが、苦笑しながらこちらに近づいてきている。

 

「重要なのは今まで何をしていたかより、()()()()()()()()()でしょ! そういうわけで、私の会社ではそういう過去をほじくり返すような真似は禁止するわ!」

「あン?」

「私は社長、あんたたちは社員! この序列が崩れることはないわ!!」

「テッメエ、ミオリネ!! せこいことしてんじゃねーぞコラッ!!」

 

 きゃーきゃーとやかましく騒ぎながら、ミオリネとチュチュ、スレッタとニカの四人は並んで地球寮への道を歩き始めた。

 あんなに曇っていたニカの胸中は、不思議と今、晴れている。

 自分の問題は何も解決していないのに、友達と一緒に居るだけでなんとかなるような気持ちになるのだから不思議だった。

 そんな自分がおかしくて、ニカはくすりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 スレッタ・マーキュリーはいつものように〈エアリアル〉のコクピットで、チャットAI――ということになっている姉のエリクトへ語りかけた。

 その表情はコクピットの影のせいでよく見えない。

 

「ミオリネさんはすごいな……あんな難しい話題で、みんなをなんとかなるような気持ちにしちゃうんだから……」

 

 少女の声音は暗く沈んでいて、ミオリネを讃えると言うよりも――嫉妬するような、もっとほの暗い感情が宿っていた。

 スレッタの話を黙って聞いていたエリクトは、淡々と妹を諫めるように口を開いた。

 

 

――スレッタ。そういうのを真に受けちゃダメだよ。

 

 

――あの子の言っていることは正しい。でも正しいだけだ。

 

 

――本当に痛みを背負っている僕らとは、生きている世界が違う。

 

 

 それはたぶん事実なのだろう。

 ミオリネ・レンブランはこの残酷な世界で流される血の赤色を知らない。

 飛び交う憎悪の峻烈さを知らない。

 人々の苦痛の総量を想像もしたことがない。

 けれど、だからこそ――夢のような言葉でみんなを納得させることができる。

 それがとても、綺麗だと思ったから。

 

 

「気を遣ってくれてるんだ、エリクト。ありがとう――でもね、わたしね。真っ直ぐで眩しいミオリネさんを見ていると――」

 

 

 苦しくて、苦しくて、スレッタはこう呟くのだ。

 

 

「――すごく羨ましくて、心が痛かったんだ」

 

 

 

 



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