二度目の人生は艦娘でした (白黒狼)
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序章
プロローグ



 はじめまして、白黒狼と申します。
 ゆったりと執筆しますので更新は遅いです。
 つたない文章ではございますが、どうぞよろしくお願いします。



 暗い部屋にカチカチとマウスの音が響いている。

 パソコンのディスプレイの光だけで照らされた室内は整頓された本棚ばかりがひしめき合っている。

 部屋の中央にあるテーブルには一台のノートパソコン。そして、それを眺める一人の男の姿があった。

 風呂上がりなのだろう、タオルを首にかけ、ビールを片手にマウスを操作している。

 一通り操作し終わったのか、男は小さく息を吐くと窓の外へと視線を向ける。そこから見える景色は真っ暗な暗闇と、叩きつける様な雨だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 酷い雨だ。

 外を眺めながら俺はそんな事を呟いていた。

 会社の帰りに突然大雨が降ってきて慌てて帰ったものの、服はずぶ濡れだ。

 幸い明日から休日なので風呂に入った後はビールを片手にのんびりとゲームを楽しんでいる。

 現在プレイしているのは『艦隊これくしょん』通称『艦これ』だ。

 彼女もいない俺にとっての貴重な癒しの空間として、このゲームは俺のハートを見事にキャッチした。個性豊かなキャラクター達に囲まれた提督ライフ……楽しいぜ。

 

 さて、そんな俺の秘書艦は金剛である。

 あの明るい性格とビジュアルが俺の好みにピッタリだったのだ。不思議と元気が出てくる。

 

 現在の金剛はLevel120。

 ケッコンカッコカリもして、第一戦で戦ってくれている頼もしい相棒である。

 だが、いくらLevelが上がろうと油断ができないのが艦これというもので、これだけ強くなろうと大破する時はするものだ。

 

「うーん、流石にイベントマップ終盤は一筋縄じゃいかないか」

 

 レべリングを兼ねて編成した第一艦隊で、珍しく旗艦から外している時に大破してしまった金剛を見ながら俺は一人呟いていた。

 大破した艦娘が出た以上、撤退は当然なので、俺はマウスを撤退の文字へと持っていく。

 

 その時、窓の外から強烈な光と音が飛び込んできた。

 

「……え?」

 

 同時に感じる全身を通り抜ける衝撃と激痛。

 ふと、頭に浮かんだのは「落雷」の二文字。妙にスローになった視界の先でバチバチと音をたてるパソコンが目に入った。

 焦げ臭い匂いはパソコンのせいか、それとも自分のものか……。

 仰向けで倒れると、天井に大穴が空いていて雨が全身を濡らしていく。

 あぁ、風呂に入ったばっかりなのになぁ……。なんて考えていると、徐々に瞼が落ちてくる。

 

 あれ……俺、もしかして死にそう?

 寒い、寒い、寒い……。

 

 ガタン、と音を立てて顔の横にパソコンが落ちてきた。

 映る画面には『進軍』の文字。

 

 ……おい、待てよ。違う、違うんだ。今進軍したら、金剛が……。

 

 俺の意識は、そこで完全に暗闇に落ちていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 暗いな、寒いな、嫌だなぁ……。

 どこまでも暗く、冷たい中を落ちていく。

 これが死後の世界というやつなのか?

 目を開けば、まるで月明かりを映す水面の光が遠くに見える。

 しかし、死ぬ直前に考えた事がゲームの相棒の心配なんて……。

 俺は本当に馬鹿なやつだなぁ。

 もっと両親に親孝行しとけばよかった、とか、そんな事を普通は考えるんじゃないのか。

 でも、まぁいいか。本当に心配だったんだから。

 金剛……無事かなぁ。

 

 そう思った時、突然隣に何かが落ちてきた。

 聞こえるのは水の音と、少女の呻き声。

 長い髪と、破れた服、傷ついた肌……。

 背中に巨大な何かを背負っているらしいが、それもボロボロだった。

 

「ぅ……体が、動かないネ。ここまで、か」

 

 少女は悔しそうに水面を見上げ、泣きそうな声で呟いた。

 彼女は左手の薬指にある指輪を見つめ、ついに泣きはじめた。

 

「ぐす……提督、どうか武運長久を……わ、私、ヴァルハラから、ぐす……見て、見ているネ」

 

 うっすらとした月明かりで見えた顔は、俺が最もよく知っている顔だった。

 何故なら、ほぼ毎日見ているのだから。

 

「……金剛?」

 

「……え?」

 

 ようやくこちらに気づいたのだろう、此方を向いた彼女は驚きに目を見開いている。

 しかし、次の瞬間には真剣な顔になりつつ、破損の小さい武器をこちらに向けてきた。

 

「貴方は……誰ですカ?」

 

 その雰囲気に圧倒された。

 歴戦の戦士の様な気迫、ボロボロになりながらも失われない凛とした姿勢。

 画面越しでは伝わらない本物の金剛という艦娘の存在感。

 

「Hey!!聞いてるデスか!?」

 

「え……あ、あぁ聞いてるよ」

 

 金剛の声で現実へと引き戻される。

 彼女は油断なく此方を睨みながら武器を構えている。少しでも不穏な動きをすれば即撃たれそうだ。

 

「俺は◼︎◼︎◼︎◼︎。ただの一般人だよ」

 

「一般人?……そんなわけない、此処は戦場デース。一般人が来れる海域ではないネ」

 

「……と、言われてもな」

 

 そうだ、此処が彼女の言う戦場ならば俺がいるのはおかしい。だが、本当に訳が分からないのだから仕方がない。

 だが、戦場ならば彼女はどうしてこうして海の中にいるのか、そして、彼女のしている装備と……指輪。

 まさかと、ある考えが浮かぶ。

 できれば、当たって欲しくないが……確かめなければ。

 

「なぁ、君は何故こんな所にいる?」

 

「何故って、決まってマース。敵を倒すためネ!!」

 

「違う、何故こんな〝海の底〟にいるのかを聞いてるんだ」

 

「……あ」

 

 彼女も今まで忘れていたのだろう。

 艦娘である彼女が海の底にいる理由など一つしかない。

 

 つまりは轟沈。

 

 彼女は深海棲艦と戦い、沈んだのだ。

 向けられていた武器がだらりと下がる。

 完全に戦意が喪失した彼女は海面を見上げながら再び泣きそうになっていた。

 

「そうだったデース、私は沈んだ。だからこんな事しても意味ないデスね」

 

 金剛は再び左手の指輪へと視線を向ける。

 それを撫でる姿はボロボロであっても美しいと思った。

 

「その指輪は、ケッコンカッコカリか?」

 

「……そうデース。名前だけで、顔も知らない提督デスけど、私は大好きデース」

 

「そうか……」

 

 恐らく、間違いはないのだろう。彼女が俺のプレイしていた艦これの金剛であるということは。

 やはり、あの時、彼女は轟沈してしまったのだろう。

 俺は罪悪感に押し潰されそうになりながら彼女に頭を下げていた。

 

「すまない、金剛……」

 

「……What?何の事デスか?」

 

「俺が何としてでも撤退させられていたら、君は沈まずにすんだかもしれない」

 

「……もしかして、提督なんデスか?」

 

「本当にすまない……」

 

「………」

 

 彼女が近づいてくる気配がする。

 頭を下げたままの俺からは見えないけれど、間違いなく目の前にいる。

 殴られるだろうか、罵られるだろうか……しかし、俺にはそれを受けとめる義務が、責任がある。

 

「……提督、顔を上げるデース」

 

 彼女に従い、顔を上げる。

 そこには……涙を浮かべながら微笑む金剛がいた。

 

「やっと会えたネ、提督」

 

「……金剛」

 

「提督、私は怒ってないヨ。今の様子だと、私達のこと見ててくれてたんでしょ?」

 

「……ああ、俺が何とかできたら」

 

「いいんデース。提督が自分の意思で進軍命令を出してないのは分かってマシタ。あの状況なら、いつもは間違いなく撤退してたデスから」

 

「……金剛っ!!」

 

「……きゃっ!?」

 

 金剛のあまりの優しさに、思わず彼女を抱きしめていた。

 驚いた様だった彼女も、すぐに小さく笑うと抱きしめ返してきた。

 

「フフ、提督は甘えん坊デス」

 

「……すまない、すまない、金剛」

 

 俺達は暫くの間、そのまま抱き合っていた。

 しかし、終わりの時間はやってくる。

 俺の体が少しずつ薄くなっているのである。

 

「あぁ、もう時間みたいだな……」

 

「……提督?」

 

「実はさ、俺死んだんだ。だから、最期に君に会えたのは、もしかしたら神様がくれたサービスだったのかもしれないな」

 

 金剛は俯いたまま、俺の手を握っている。

 もしかしたら泣いているのかもしれない。

 でも、彼女に見送ってもらえるなら、俺はとても幸せだ。悔いはない。

 そう思っていると、金剛が顔を上げた。その瞳には強い意思が宿っている。

 

「……提督、私決めたデース」

 

「……金剛?」

 

 金剛の強い瞳に何故か不安になる。

 彼女は俺の手を握ると、しっかりと俺を見て、言った。

 

「貴方はまだ死んではいけないネ。だから、私が提督を生き返らせてみせるデース!!」

 

「……は?」

 

 彼女の言葉に一瞬、呆然とする。

 彼女は何と言った?

 俺を生き返らせる?

 

「いや、金剛。気持ちは有難いがどうやって?俺はおそらく魂だけで此処にいる。肉体がないなら生き返れないだろう?」

 

「提督、思い出すデース。私達艦娘は第二次大戦中の艦艇を元にして作られてマース。九十九神みたいなものデース。

私達が意思を持っているのも、魂があるからデース。でも、魂だけじゃ私達は戦えないネ。だから体を建造するデース。私はそう考えてマース」

 

「あ、ああ……確かにそういう考えもあるな」

 

「なら、魂だけの提督も体があれば消えずにすむ筈デース」

 

「そうなのか?でも、こんな海の底にそんな都合良く体があるわけ……」

 

 その時、嫌な予感がした。

 目の前の金剛が笑うのに合わせて、それは大きくなっていく。

 

「体ならあるデース……目の前に、ネ」

 

 突然、金剛は艤装の中から発煙筒を取り出すと岩に何度も擦り付けて火をつけた。水中であるのに赤い光と泡を出しながら水面に向かっていく。

 

「……よかった、無事だった。工廠で妖精さんが作ってくれた水中用発煙筒デース。水の中でもしっかり使えマース。

もしかしたら近くの潜水艦の艦娘達が見つけてくれるかもしれまセーン」

 

「いや、金剛、それよりも先程の言葉は一体……」

 

「―――提督」

 

 静かな彼女の声に言葉が続かない。

 言葉に詰まる俺に抱きつきながら、彼女はしっかりと言葉を紡いだ。

 

「提督に私の体をあげる。そして新しい人生を歩んで欲しいデース」

 

「ま、待て!!」

 

「女の体デスけど、許してほしいネ」

 

「待てって言ってるだろ!!」

 

 しかし、次の瞬間、酷い車酔いみたいな感覚に襲われた。

 思わずその場に蹲る。

 目の前がぐらぐら揺れ、金剛の顔も歪んで見える。

 

「提督、私は貴方に二度目の生をもらったネ。だから、今度は私が貴方に二度目の生をあげマース」

 

「こ、金剛!?」

 

 感覚が戻った時、声や体に感じる感覚がおかしい。俺は金剛と入れ替わったのを感じた。

 目の前の金剛が少しずつ薄くなっていく。本当に成功した。……して、しまった。

 

「Good、上手くいってよかったネ。ケッコンカッコカリして絆を深めたお陰デスネー。大破してるから浮力がなくて水面まで浮かべないデスけど、浸水は多くないし何とか応急処置したから暫くは大丈夫デース」

 

 そう言って笑顔を見せる彼女に涙が溢れてきた。

 何でそこまで俺を生き返らせようとするのか。何で自分の体を使ってまで俺を心配するのか。

 

「何で、そこまで……」

 

「そんなの決まってるデース」

 

 彼女は最期まで俺に笑顔を見せてくれた。

 彼女は最期まで俺を助けてくれた。

 

「提督が大好きだからデース!!」

 

「金剛……ッ!!」

 

「提督、私はいつまでも待ってマース。好きに生きて、新しく誰かを好きになってもOKデース。

でも、1番は私デース。その指輪を離さないでくださいネ」

 

彼女が少しずつ消えていく。

それを止めたくて抱きつこうとしたけど、彼女と同じ細い腕は彼女をすり抜けてしまう。

 

「提督、どうか武運長久を。私、ヴァルハラから見ているネ」

 

数分前に呟いた言葉と同じ。

でも、その顔は満面の笑顔だった。

 

その顔を最後に、俺の意識は再び闇の中に沈んでいった。

 

 

 ―――提督、I love you、私はいつでも見ているネ。また、会いましょう。

 

 

 

 





 皆さんの好きな艦娘は誰ですか?


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コンゴウ、目覚める


 イベントで資材ともども燃えつきました。



 

 

 真っ暗な視界に突然、光がさした。

 眩しさに二、三度瞬きをした後、ゆっくりと目を開く。真っ先に木製の天井が見えた。

 寝起きで働かない頭を必死に稼働させ、状況の把握を最優先に行う。

 真っ白なベッドとカーテン、薬品の香り、整頓された器具。一番近いイメージは学校の保健室だった。

 自分が何故こんな場所にいるのかを考え、意識を失う前に起きた出来事を思い出してみる。

 

 崩れた部屋、雷の音、動かない体、目の前に落ちたパソコン。

 月光を映す水面、傷だらけの体、壊れた艤装、そして……微笑んで消えていく〝彼女〟の姿。

 

 ゆっくりと左手を持ち上げてみる。

 寝起きだからか、それとも俺の魂が〝彼女〟の肉体に馴染んでいないからか、手を顔の前にもってくるだけでも辛い。

 目の前にある手は細く、シミ一つない美しい手だった。薬指にある白金の指輪が窓から入る光を反射してキラキラと光っている。

 

「……金剛」

 

 口から出た声は〝彼女〟と同じ。

 しかし、これは俺であり〝彼女〟じゃない。

 それを理解した瞬間、視界が滲んだ。指輪を胸に抱く様に右手で押さえつける。

 金剛はもういない。俺に全てを捧げ、代わりに逝ってしまった。俺を救うために。

 彼女を沈めてしまった悔しさと、彼女が顔も知らなかった俺をその身を捧げる程に愛してくれた嬉しさが混ざり合い、涙となって流れていく。

 ここが何処だかは知らないが、今はただ彼女を想って泣いていたかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 部屋のドアがノックされたのは泣き止んでから暫くした頃だった。

 俺の返事をするか迷っていると、まだ寝ていると思ったのかドアが開きセーラー服を着た少女が中に入ってきた。

 

「あら? なんだ、起きてるじゃない」

 

 小学校高学年程度の身長の少女は被っていた帽子の向きを直し、背中まである黒髪を一度撫で付けると手に持っていた籠を机に起き、此方に向き直る。

 

「ごきげんようです。体の調子はどう?入渠した後も目を覚まさなかったから心配したのよ?」

 

「……ありがとう、まだ全身が痺れてる感じがするけど大丈夫だよ」

 

「そう、わかったわ。今、提督を呼んでくるから詳しい話はその時にしましょう」

 

 少女は微笑みながら小さく頷くと、そのままドアに向かって踵を返した。

 その背中に、俺は確認の意味を込めて声をかける。

 

「ちょっと待って、君の名前を教えてくれない?」

 

「あ、そういえば自己紹介してなかったわね。いけないわ、挨拶はレディとしての基本だものね」

 

 少女はくるりと体を此方に向けると、しっかりとした海軍式の敬礼をした。

 

「特Ⅲ駆逐艦の一番艦、暁よ。一人前のレディとして扱ってよね!!」

 

 その瞬間、俺はこの世界が「艦これ」の世界であると確信した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 暁が提督を呼びに行っている間、腕を回したり拳を握ったり開いたりを繰り返してみる。しかし、やはり違和感があるというか……反応が鈍い感じがする。

 やはり、身体に馴染んでいないのか、それとも別の原因があるのかもしれない。

 身体を起こすのも億劫なので仕方なく再び指輪を見つめてみる。そうすれば金剛との思い出が少しずつ蘇ってきた。

 建造で手に入れた初めての戦艦。

 その容姿とハキハキとした声に一目惚れしてずっと第一艦隊の旗艦として一緒に戦い続けた。

 迷わずケッコンカッコカリも行い、イベント海域でも大ダメージの攻撃を次々に繰り出してくれるのでとても助かったのを覚えている。

 

「……はぁ」

 

 そこまで思い出して、俺は左手をベッドに戻し、天井へと視線を移した。口からは小さな溜め息が漏れる。それが少しばかり艶やかで思わず顔が熱くなる。

 何となく部屋の中を見渡して誰も見ていないかを確認した。誰かに見られていたら恥ずかしくて轟沈してしまうかもしれない。

 窓にはカーテン、監視カメラはないし、ドアだって少ししか開いていないし…………あれ?

 

「………」

 

「「………」」

 

 視線が交差した。

 ドアの隙間から暁と同じセーラー服を着た銀髪の少女と、赤い髪留めをした茶髪の少女が頬を薄っすらと染めながら此方を見ていた。

 暫く無言でお互いに見つめあっていたが、視線に耐え切れなくなって天井へと視線を戻す。

 羞恥心で勝手に視界が滲んでいく。俺はこれ以上二人の憧れを秘めた純粋な瞳を見ていられなかった。

 

「ど、どうしよう響。バレちゃったわ」

 

「どうしようって……とりあえず謝ろう」

 

 廊下からそんな会話が聞こえてくる。正直に言えば放っておいてほしかったが、二人は「失礼しまぁす」と言いながら部屋に入って来た。

 二人はベッドのそばにあった椅子に座ると、気まずそうに苦笑いしながら視線を泳がせている。

 

「えっと、その……」

 

「大丈夫、お……私は気にしてないよ」

 

 俺の言葉にホッと胸を撫で下ろす二人は小さく「よかった」と呟くと、ようやく笑顔を見せてくれた。

 

「えっと、特Ⅲ型駆逐艦の二番艦、響だよ」

 

「特Ⅲ型駆逐艦の三番艦、雷よ」

 

 二人が自己紹介をしてくれたが、俺は今の自分をどう答えたらいいのだろうか?

 人間だった頃の名前は使えないし、「金剛」の名前は〝彼女〟のものだ。しかし、見た目は完全に〝彼女〟なのだからやはり「金剛」と名乗るべきなのだろうし……仕方がないので〝彼女〟の名前を借りることにした。

 ……ニュアンスは少し変えるけど。

 

「高速戦艦コンゴウです。よろしくね、響ちゃん、雷ちゃん」

 

 そう言って意識して笑顔を作ってみる。

 すると、二人は呆然と此方を見て、慌てて視線を逸らした。どうしたのだろう。もしかして変な顔でもしてしまったのだろうか。

 二人は少しブツブツと小声で話し合った後、咳払いをして姿勢を正した。

 

「こほん……えっと、さっきは本当にごめんなさい。様子を見に来ただけだったんだけど……その……」

 

「金剛さんがあまりにも綺麗だったものだから……その……つい見惚れてしまったよ」

 

「……綺麗、か。……ありがとう」

 

 綺麗と言われても、つい最近まで男だったのでイマイチ反応に困る。まぁ、金剛は美人だから自分の相棒が褒められていると考えれば悪い気はしないけど。

 寝たままでの会話に違和感があったので上手く動かない体を起こそうとすると、慌てて雷が手伝ってくれた。

 

「ありがとう、雷ちゃん」

 

「寝たままでいいのに……まだ本調子じゃないんでしょ?」

 

「寝たまま会話するのは失礼だと思って……」

 

「金剛さんは礼儀正しい人だね。流石、英国生まれ」

 

 そう言いながらお互いに笑い合う。

 それから暫く雷と響と雑談を続け、すっかり仲良くなった。と、いうよりも懐かれた様な感じだ。

 どうやらこの二人、先程の指輪を眺める姿に大人の女の魅力を感じたのだとか。全く意識していなかったとはいえ、心が男である俺は盛大に顔を引きつらせた。

 

「あら、金剛さん髪が乱れてるわ。たしか櫛があった筈だし、私が梳いてあげる!!」

 

「あ、ありがとう」

 

 そんな感じで話をしていると、雷が髪の乱れを直してくれるらしく、櫛を片手に俺の後ろに回った。響は暁が置いて行った籠の中身を確認している。

 

「綺麗な髪ね……艶もあるし、羨ましいわ」

 

「そうかな……ん、ありがとう」

 

 しかし、髪を梳かれるのは案外気持ちがいい。一定の間隔で柔らかくて優しい感触がして心地良い。以前、女性が髪を梳かれるのが楽しいという声があったが、それもわかる気がする。

 

「金剛さん、この籠は誰が置いていったんだい?」

 

「あ、それはさっき暁ちゃんが……」

 

「やっぱり……果物に混ざって間宮さんのアイスとプリンが混じってた。暁が大好きなものだからそうじゃないかと思ってたんだ。」

 

「ええ!?暁ばかりずるいわ!!後で私ももらいに行こうっと」

 

「たぶん、金剛さんが起きていたから我慢したんだろうけど、せめてアイスは冷蔵庫に入れていけばいいのに……すっかり溶けてたよ」

 

「ぷっ、暁らしいわね」

 

「そうだね、立派なレディを目指してるけど、意外と抜けてるところもあるし……」

 

「……あの、二人とも……後ろに……」

 

 櫛を仕舞う雷と、籠の中身を出しながら頷く響の後ろ……開いたドアに顔を真っ赤にして俯く暁が立っていた。その後ろには白い軍服を着た少女が苦笑いしながら立っている。

 

「あ、あなた達ねぇ……」

 

「え、あ……暁、いたんだ」

 

「あ、暁……いや、これは……その」

 

 その瞬間、俯いていた暁が勢いよく顔をあげた。

 羞恥心と怒りで赤くなった顔、瞳には涙が浮かんでいる。彼女が一歩踏み出した瞬間、彼女の周囲に光が集まり、それが艤装へと姿を変えた。

 肩から伸びる12cm単装砲がガシャン、と音を立てて此方を向く。俺はただ呆然とその様子を見ていることしかできない。

 

「ちょ、ちょっと待って暁!! ここ医務室!! 医務室だから!!」

 

「謝る、謝るから落ち着いて!!」

 

 響ちゃんと雷ちゃんが必死に暁ちゃんを宥めるが、彼女の砲身は今だに此方を狙っている。

 これは危険だと思った瞬間、今まで黙っていた軍服の少女が暁ちゃんの頭に手を置いた。

 

「はい、そこまでだよ暁。体調が悪い艦娘がいるんだから艤装を解除しなさい。やるなら演習で……ね?」

 

「……わかった」

 

 若干不満そうにしていたが暁は艤装を解除して大人しく少女の隣に並ぶ。ホッとした顔の響と雷だが、「後でキッチリ話つけるからね」という暁に顔を青くしていた。

 

「さて、ごめんなさいね……私は鈴音七海(すずね ななみ)。この鎮守府の提督です」

 

「あ、はい、高速戦艦コンゴウです。よろしくお願いします」

 

「金剛さんだね、よろしく」

 

 差し出された左手にこちらも左手を出して握手する。

 その時、指輪を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の笑顔に戻った。

 

 これが、〝私〟ことコンゴウと、これから生活する鎮守府の初期メンバーとの出会いだった。

 

 

 



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コンゴウ、説明を受ける


 誰か、誰か資材をくれええええええええ!!!



 

「さて、先ずは貴女の置かれた状況の確認をしましょうか」

 

 響の用意した椅子に座りながら少女……鈴音七海は真っ直ぐな姿勢で〝私〟を見つめてきた。

 先程まで笑あっていた雷と響も、怒っていた暁も真剣な顔で少女の後ろに控えている。

 

「貴女は大破して轟沈寸前の状態だったところを私の艦隊の潜水艦の娘が発見して救助しました。今は所用で秘書艦の電と共に外出中だから、後でお礼を言っておくといいわ」

 

「……そうだったんですか、ありがとうございます」

 

 七海にお礼を言うと頭を下げる。

 轟沈寸前だったのならば本当に危なかったのだろう。命を救われた事への感謝と、〝彼女〟の思いを無駄にしないですむ事への安堵に自然と笑みが浮かんでくる。

 

「困っている時には助け合わなきゃね。……さて、貴女に関しての質問に移りたいのだけれど、いいかしら?」

 

「あ、はい」

 

 彼女が質問に移ると、背後の暁が机の上にメモ用紙を広げるのが見えた。提督の行動をしっかりと見て、何をするべきかをちゃんと理解している。抜けているところがあると響と雷は言っていたが、やることはしっかりできる子のようだ。

 

「まずは貴女の所属している鎮守府を教えてくれる?」

 

「はい、横須賀鎮守府です」

 

「横須賀かぁ、今の日本の要となる最大の鎮守府ね。」

 

 ふむふむ、と頷く七海と「凄い」と驚く雷と響。

 私の所属は横須賀サーバーだったからそう答えたのだが、もし、この世界と私の世界が別物だとしたら私の存在自体の記録がこの世界にはない事になる。このまま私の情報が横須賀に伝わってしまうとマズイのではないだろうか?

 

「あ、あの……」

 

「ん?どうかしたの?」

 

「私の所属していた鎮守府なんですが……その、実は提督が亡くなってもう解体されてるんです」

 

「そうなの?……横須賀の提督が変わったなんて知らせ、あったかしら?」

 

 少しばかり苦しい作り話だが今はこれ以上の考えが浮かばない。私が死んだのは嘘ではないし、何とかしてこの設定でゴリ押さなければ……。

 そんな時、救いの神が現れた。七海が首を傾げながら考えている横で雷が「あ、そういえば……」と、何かを思い出したように声をあげた。

 

「少し前に横須賀の提督が深海棲艦との戦いで負傷したから他の人に代変わりしたって聞いたわ」

 

「あら、そうなの?」

 

「ああ、思い出した。たしか司令官が会議に出席してる時にきた報告書に書いてあったね。どうも、その負傷した提督は助からなかったみたいだ」

 

「あらいけない、その書類はまだ目を通してなかったわね」

 

 雷と響の話を聞いて「しまった……」、と苦笑いする七海。

 しかし、私にとってはチャンスだ。本当に横須賀の鎮守府の前提督が亡くなっているなら、非常に申し訳ないが利用させてもらおう。

 

「私はその時に戦闘で負傷して流されたんです。一応、万が一の為に持っていた特殊な発煙筒を使用したところまでは記憶にあるのですが……」

 

「なるほど……それは大変だったわね……」

 

七海は表情を暗くすると、私の手を握りながら話を続けた。

 

「急な話になってしまったけれど、貴女の提督が亡くなって代変わりしている以上、貴女は既に横須賀鎮守府の艦娘としての権限を失っているとみていいわね」

 

「そう……なんですか?」

 

「ええ、悲しいでしょうけど、それを踏まえてこれからどうするかを決めなくてはいけないわ」

 

 小さく溜め息をつきながら椅子に座る七海に雷がお茶の入った湯呑みを差し出した。話を纏める意味でもこちらに考える時間ができたのは嬉しいことだ。

 まず、私がこれから考えなくてはいけないことは私がこれからどうなるか、である。

 

「あの……」

 

「ん?何かしら、金剛さん?」

 

「私はこれからどうなるのでしょう?」

 

「そうねぇ……解体された鎮守府の艦娘については本人の希望を遵守するようになってるから、好きな鎮守府に行くもよし、新しい提督の艦隊に入るもよし、滅多にいないけど解体を希望する娘もいるみたいよ」

 

 なるほど、ならば私は私の意思で好きな鎮守府に行けるわけだ。しかし、私はこの世界の状況がよくわかっていないし、今はこの鎮守府で詳しい話を聞くのが一番かもしれない。

 ……と、なるとまずは七海にこの鎮守府の事を教えてもらおう。

 

「私は助けてもらった恩もありますし、此処にお世話になろうかと思っています。提督、貴女さえ良ければ、私をこの鎮守府に置いてはいただけないでしょうか?」

 

 七海は目を見開いて後ろに立つ雷と響と暁に視線を向ける。

 雷達三人も驚いて目を丸くしていたが、やがて嬉しそうに頷いていた。

 

「雷達も大丈夫みたいだし、私としても戦艦である貴女が居てくれるのは非常にありがたいわ」

 

「それじゃあ……」

 

「ええ、是非この鎮守府で私達と共に戦ってくれないかしら」

 

「……はい!!」

 

 笑顔で私達は笑い合う。

 それからしっかりとした握手をして、私は正式にこの鎮守府の艦娘として暮らしていくことになった。

 

「あ、そういえば此処がどの鎮守府か聞いてませんでした……」

 

「ああ、そういえば言ってなかったわね。此処は岩川基地に所属する鎮守府よ。私もまだ着任して一ヶ月の新人提督なんだけど、よろしくね!!」

 

 

◇◇◇

 

 



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コンゴウ、力を得る

 今日、レべリングをさぼってほったらかしにしていた霧島さんを改二にしました。
 霧島さん、ごめんなさい。榛名ばかりをを優先したことは謝ります。だからマイクチェックだけは堪忍してつかぁさい。


 医務室で一日を過ごした私は患者服のまま、与えられた部屋の中で一人、自分の内側に目を向けていた。

 暁達によれば艦娘の艤装には妖精が宿っているので、修復は彼女達が勝手に行ってくれるのだという。しかし、私の体は回復しても服や艤装は入渠しても修復されなかったようだ。今だに患者服を着ているのはそのためだ。

 雷が言うには一度轟沈寸前までダメージを受けたせいで艦娘としての機能が停止しているのではないか、とのことだ。

 艦娘の意思がはっきりしなくては妖精さん達は行動できない。私に今必要な事は自分自身を見つめ、内なる力を理解することだった。

 と、いっても人間だった私にとって艦娘の力を感じることは難しく、もう二時間以上部屋のベッドに腰掛けて唸っていた。

 

「……はぁ、ダメだ。少し休もう」

 

 全く進展がなかったので少しばかり休憩を挟むことにした。気分が変われば新しい感覚を掴みやすいかもしれない。

 部屋に備え付けられた簡単なキッチンに向かい、棚を開く。調味料の瓶に混ざってコーヒー豆の缶や紅茶の茶葉が入った袋を見つける。私は迷わず、紅茶の袋を手に取った。

 

◇◇◇

 

「……うん、備え付けの茶葉ならこんなものかな」

 

 鎮守府に最初から備え付けられていた茶葉だけあって本場の茶葉に比べると味も香りも〝物足りない〟気がする。そして、欲を言えばこのバニラの香りよりも、私は柑橘系の香りの方が好みのようだ。

 

「……ん?」

 

 そこでふと気がついた。

 私が人間だった頃、好んでいた飲み物はコーヒーだった。自販機で買えるような安い微糖の缶コーヒーを仕事帰りに飲むのが私の楽しみだったのだ。しかし、棚の中を探った時、私は迷わず紅茶を手にしていた。

 

「……好みが変わった?」

 

 きっとこれは〝彼女〟の好みなのだろう。

 ティーカップを置きながら左手の指輪に目を向ける。〝彼女〟のことを考える時、指輪を眺めるのが私の癖になりつつあった。

 

◇◇◇

 

 ティータイムが終了し、再び妖精さんを呼び出そうとしてると、部屋のドアがノックされた。

 

「金剛さん、雷よ。時間ができたから残りの艦隊のメンバーを連れてきたわ」

 

「鍵は開いてるから入ってきていいよ」

 

「はーい、じゃあ失礼しまーす」

 

 雷を先頭にして二人の少女が部屋に入ってくる。

 一人は雷とそっくりな少女だ。雷よりも薄い茶髪で、髪を後ろでまとめている。元気で勝気な雷と違い、優しくほんわかとした雰囲気を纏っていた。

 

「特Ⅲ型駆逐艦の四番艦、電なのです。よろしくお願いします」

 

 花が咲くような笑顔でぺこりと頭を下げる電。その様子は可愛らしく、とても癒される。

 そして、もう一人に視線を移し、私は驚愕した。そこにいたのは新米提督が所有しているはずがない艦娘だった。

 

「は、はじめまして。あの……まるゆっていいます。これからよろしくお願いします」

 

 真っ白なスク水を来た小柄な少女。

 史実では数々の奇妙な話を残した陸軍が製作した三式潜航輸送艇、通称まるゆ。

 ゲームでは条件を満たすことで使用できる大型艦建造によってのみ建造できる艦娘だ。まだ第二艦隊すら構成できない新米提督が所有しているはずがない。

 

「……えっと、君はたしか陸軍の潜水艦だよね?」

 

「あ、はい……その、提督のお父さんが陸軍にいるんです。とても提督を心配していて……まるゆは提督のお父さんのお願いで陸軍が建造してくれたんです」

 

 詳しい話を聞くと、深海棲艦が出現するようになってから海軍と陸軍の仲は良好になりつつあり、艤装の開発にも協力してもらっているようだ。

 まるゆはそんな陸軍で建造された艦娘で、提督の父親は少しでもまだ若い娘の苦労を減らそうと、上層部に頼みこんだのだそうだ。

 ちなみに、沈んでいた私を見つけたのはこのまるゆだった。お礼を言うと照れたのか顔を赤くして電の陰に隠れてしまった。とても可愛らしい子である。

 

◇◇◇

 

 雷達が帰った後、私はベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。

 何故私は艤装の展開ができないのか。どれだけ考えても答えなんて出てこなくて、徐々に瞼が重くなってくる。

 

(金剛、上手くいかないんだ、君はどうやっていたんだ?)

 

 瞼が完全に閉じる直前、視界に入った左手の指輪は淡く輝いているように見えた。

 

 

 夢を見るのは随分と久しぶりだ。

 最近は仕事の疲れからか夢を見れない程熟睡していた気がする。夢の中というのは……なんというか、ふわふわとしていて居心地がいいから嫌いではない。

 

「へぇ、提督にもCuteなところがあるんデスネー」

 

 ―――え?

 

「Hey、提督ぅ、元気無いデスヨ?何か悩んでるみたいデスネー?」

 

 ―――金剛?本当に君なのか!?

 

 ぼんやりとした視界の先で、彼女は笑っていた。いつもの姿で、変わらない笑顔を浮かべながら。

 あぁ、きっとこれは夢だから会えたんだ。私の願望を無意識に形にしているんだろう。

 でも、たとえ幻でも、それでも―――君にまた会えてよかった。

 

「Yes、私もネ。だけど提督、提督はまだ何もなし得て無いデスヨ? 精一杯生きて、私と胸をはって再会するんじゃなかったんデスカ?」

 

 ……そうだな。君の分まで私は生きる義務があるんだ。こんな事で立ち止まる暇なんかないよな。

 

「Good、それでこそ私の大好きな提督デース!!」

 

 満面の笑顔を浮かべながら、彼女は艤装を展開した。

 光が集まり、一瞬で主砲や副砲の形を作っていく。

 

「提督、艤装展開には私達の内にある思いを強く思い浮かべる必要がありマース」

 

 ……内にある思い。

 

「私の思いは提督へのLove……つまり愛と、それを敵から守る意志デス」

 

 ……私の内にある強い意志、それは……君にまた会いたいという願い。

 

「それだけデスカ?」

 

 ……いや、まだあるよ。私がお世話になる鎮守府の皆だ……皆、いい子達ばかりなんだ。あの子達を守ってやりたい。あの子達が立派になるまで、私は見届けてあげたい。君に会いに行くのは、あの子達を守りきった後だ。それまで、待っていてくれるかい?

 

「………」

 

 彼女は無言で私の目をじっと見つめると、やがて嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「私はずっと待ってるヨ。提督こそ、中途半端はNo! なんだからネ?」

 

 そう言った彼女に、私も笑顔を浮かべながら頷いた。

 

 

◇◇◇

 

「……さん……剛さん……」

 

 意識がゆっくり浮上していく。

 誰かが私を揺すっているのだろう。声と同時に体がゆらゆらと揺れる感覚がする。この声は……暁かな?

 

「金剛さん!!」

 

「……ん、おはよう暁ちゃん」

 

「あ、はい、おはよう……って、今はもう日没よ!!」

 

「あれ、そうなんだ」

 

 窓の外を見ると、たしかに丁度太陽が水平線に消えていくところだった。寝る前がお昼を食べた後だったから、実に六時間前後は寝ていた計算になる。

 

「何度も呼びかけたのに起きないから心配したじゃないの!!」

 

「あぁ、うん……ごめん。あと、心配してくれてありがとう」

 

「レディとして当然の事をしたまでよ」

 

 謝る私にそっぽを向きながらも気遣う様子が見られて嬉しくなる。思わず暁の頭に手を乗せて撫で回した。

 

「ちょっと、何するのよ!!こ、子供扱いしないでよね!!」

 

「ふふ、ごめんごめん」

 

 口では嫌がっていても頬が緩んでいるのは隠せていない。そんな暁が可愛らしくて、私はまた笑った。暁は口を尖らせていたが本気で怒っていないのはわかるし、やっぱり私のことが心配だったようだ。

 

「まったく……あ、そうだ、もうすぐ夕食だから一緒に食堂に行きましょ?」

 

「そうなの?じゃあ少し待って、もう一度試してから行くから」

 

 立ち上がって目を閉じ、己の中に意識を向ける。

 

 ―――私は皆を守れる力が欲しい。この子達を守ってあげられる力を。だから、彼女の力を私に貸して!!

 

 

〝はい、もちろんですよぉ〟

 

 

 頭の中に妖精さんの舌足らずな声が響いた。そして、それを確認した瞬間、私の体を光が包む。

 着ていた服が再構成され、彼女が着ていた見慣れた服へと変化する。頭には電探のカチューシャ、腰の部分には金属でできた砲塔が並び、動力に力が漲るのを感じる。

 目を開ければ暁の驚いた顔があった。ぽかんとこちらを惚けて見ている暁に、私は力強く言い放った。

 

 

「待たせてごめんなさい。高速戦艦コンゴウ、抜錨します!!」

 

 



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現在の主人公たちの設定

 ここまでが序章です。


・コンゴウ(金剛改二)

Level

・122(ケッコンカッコカリ済み)

装備

・41cm連装砲

・15.5cm三連装副砲

・12.7cm連装高角砲

・22号対水上電探

・零式水上偵察機

 

 本作品の主人公。

 自宅で艦これをしていた時に落雷が直撃し、死亡。魂だけのところを轟沈した金剛が自らの体を差し出すことで何とかロストは免れた。

 その後、艦これの世界に迷い込み、意識を失って沈んでいるのを七海の艦隊の潜水艦の艦娘に救助され、その後は七海が提督を務める岩川基地所属の鎮守府で戦うことを決意する。

 性格は礼儀正しく落ち着いているが、本人の知らぬ間に肉体である金剛の積極的で明るい性格になりつつある。

 また、艦娘になったため非常に身体能力が高く、思考も艦娘らしくなっているので性別の違いによる戸惑いや一人称の変化、戦いに関してもあまり抵抗がなく、困惑もしていない。

 自分の代わりに消えた金剛に再会することを夢見て今日も一人、飛び抜けた能力で深海棲艦をボコボコにしている。

 ちなみに、髪を上手くまとめることができず、仕方なくポニーテールにしている。また、元になった金剛よりもLevelと装備欄が多いのは主人公の魂の分が改造という形で組み込まれたためである。

 

◇◇◇

 

・鈴音七海(すずね ななみ)

年齢

・18歳

身長

・160cm

体重

・◼︎◼︎kg

 

 岩川基地所属の鎮守府に着任して一ヶ月の新米提督。

 所有艦娘は暁、響、雷、電、まるゆ、コンゴウの六隻。

 まだ新米で資材の備蓄が心もとないと思っているため、出撃回数も少ない。だが実は一定期間で送られてくる資材を少しずつ溜め込んでおり、それなりに資材は豊富。資材の量がイマイチまだ理解できていない辺りが新米らしくてコンゴウから見れば微笑ましいらしい。

 父親が陸軍に所属しており、陸を父が守っているから自分は海を守ろうと海軍に入隊した。だが、実際は陸より海の方が危険であり、両親は酷く反対していたのだが、負けず嫌いな性格や自分の意見を曲げない真っ直ぐな精神で親の反対を振り切って岩川基地所属の鎮守府で提督になった。

 彼女の艦隊にいる「まるゆ」はそんな七海を心配した父親が陸軍で建造した艦娘である。

 

◇◇◇

 

・暁

Level

・12

 

 特Ⅲ型(暁型)駆逐艦の一番艦。自称一人前のレディ。

 おそらく艦これで一番の人気を誇るであろう第六駆逐隊姉妹の長女。一人前のレディだと自負しているが、甘いものや可愛いものに目がなかったり、頭を撫でられるのが好きだったり、まだまだ子供らしい様子が目立つ。

 だが、いざ戦いになるとしっかりと姉妹を引っ張るしっかり者。一応、姉妹の中では一番練度が高い。

 

◇◇◇

 

・響

Level

・10

 

 特Ⅲ型(暁型)駆逐艦の二番艦。白髪のクールビューティー。

 口数が少なく、表情も固いが受け答えはしっかりするし、嬉ければちゃんと笑う。姉妹の様子を誰よりも観察し、喧嘩の仲裁に入るなど姉妹の仲を取り持つ存在。

 無表情な事が多いが、本人曰く「言葉よりも行動で示す」のが座右の銘らしく、雷とよく行動を共にしている。無理に自分を偽らないため、甘えたい時は素直に甘える。

 時には暁や雷の悪戯に無理矢理参加させられたりして痛い目をみる苦労人である。

 キレると何故か練度が足りないにもかかわらずヴェールヌイになる。

 

◇◇◇

 

・雷

Level

・10

 

 特Ⅲ型(暁型)駆逐艦の三番艦。第六駆逐隊のお母さん。

 普段は暁よりも姉妹や提督の仕事を支える頼れるお母さん的な存在。元気いっぱいな子供らしい一面もあるが、それ故に暗い雰囲気に敏感に反応する場面も多い。

 気に入ったものはとことん気を配るので自然と動物に懐かれやすく、鎮守府の裏で密かに野良猫達に餌を与えていたりする。主に響と行動を共にする事が多い。

 たまには子供らしく悪戯をする事もあるが、いつもバレる直前に手を引く駆け引き上手。その場合の被害は主に響へと向かう。

 

◇◇◇

 

・電

Level

・12

 

 特Ⅲ型(暁型)駆逐艦の四番艦。第六駆逐隊の癒し担当。

 七海が着任した時に配属された最初の艦娘。秘書艦として直後に建造された暁と共に鎮守府のほぼ全ての状態を把握している。

 普段はおどおどとした控えめな性格もあって雷や暁に振り回されているが、根がしっかり者であるため嫌な誘いにははっきりと自分の意見を叩きつけて断るなど、強い一面も持ち合わせている。

 実は第六駆逐隊の姉妹の中で一番計算能力が高い為、暁からライバル視されている。また、優しい雰囲気故かまるゆとの仲が一番いい。

 怒ると内なる電であるプラズマが顔を覗かせる。

 

◇◇◇

 

・まるゆ

Level

・8

 

 陸軍の工廠で建造された三式潜航輸送艇。史実では38隻建造されてその殆どが生き残り、色々と奇妙な逸話を幾つか残しているある意味奇跡の潜水艦。

 七海が提督になった時に心配した父親が陸軍で建造した潜水艦で、沈んでいたコンゴウを発見したのも彼女である。

 七海の艦隊の艦娘達は皆が仲間思いで優しいので、内気なまるゆも安心して生活できている。電と特に仲がいい。

 実は建造時に陸軍で様々な艤装を受け取って魔改造されており、水中より水上の方が圧倒的に強いのだが、まるゆ本人が自分のスペックを理解できていないため宝の持ち腐れになっている。

 

◇◇◇

 

・鎮守府について

 

 ゲームでは一つの鎮守府(サーバー)に複数の提督がいたが、この世界の鎮守府は各地域に一つずつで、提督も基本一人。

 鎮守府はいくつもあり、提督同士のコミュニケーションの場や方法もいくつか用意されている。

 また、海軍と陸軍の仲は良好で、時折互いが協力して装備の開発や鎮守府の防衛にも力を貸してくれている。妖精さんの中には陸軍の兵器を利用した艤装の開発に興味を持つ者もいる。

 

◇◇◇

 

 



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番外編・とある陸軍兵士の話

 序章と第一章の間にあった閑話的な話です。
 コンゴウが着任してから一ヶ月が経過しています。



 

 春の気温というのはどうしてこう眠気を誘うのだろうか。

 そんなことを思いながら、俺は一際高い丘の上にある鉄塔を目指していた。

 大きな電波塔と灯台を兼ねたその鉄塔は海の側の丘の上に建てられている。少し下を見下ろせば港と隣接して鎮守府の建物が並んでいるのが見える。

 海辺の町で育った俺は潮風の香るこの丘に来るのが休日の楽しみだった。今日も、そんな休日の一つになるはずだった。

 

◇◇◇

 

 この鉄塔は俺が生まれる前からここに建っているらしい。実に50年以上もこの一体を見守り続けているそうだ。まだ25歳の若輩者である俺の大先輩にあたるわけで、50年の歴史の重みを感じさせる錆だらけの無骨な 鉄柱に、何故か惹かれるものがあった。

 そんなお気に入りの場所に、今日はどうやら先客がいるようだ。何故かギリースーツの様に草や葉でカモフラージュされている見慣れた後ろ姿に声をかけた。

 

「……お前、何やってんだ?」

 

「……うおっ!?な、なんだ、お前かよ。びっくりしたじゃねぇか」

 

「俺はお前がそんな格好でここにいることにびっくりだよ」

 

 溜息をつきながらもうつ伏せになっている友人の隣に腰掛けた。

 こいつは俺と同じ日に入隊した友人だ。いつも俺を振り回しては上官に叱られている元気の塊みたいなやつ。それが俺から見たこいつの印象だった。

 

「おい、もう少しお前も伏せてくれよ、バレちまうだろ」

 

「しらねぇよ、どうせまた女でも探してんだろ?」

 

 困ったことにこいつは呆れる程の女好きなのだ。少しでも綺麗な女性を見かけるとまず間違いなくナンパする。こんな性格じゃなきゃきっとそれなりにモテるだろうに、本当に残念なやつだ。

 

「いやいや、今回は違うぞ!」

 

「じゃあストーカーか?残念だ、お前はそこそこいいやつだったよ。ブタ箱の中でも元気でな」

 

「もっと酷くなってんじゃねぇか!!」

 

 こんな話をしながらも友人の視線は外れていない。ずっと鎮守府へ向けて望遠レンズ付きのカメラを構えている。

 

「……で、本当のところは何してんだよ」

 

「お前も知ってんだろ?艦娘だよ」

 

「艦娘、ね……」

 

 十数年前から海に突然現れた謎の生命体、深海棲艦。

 その戦闘力は瞬く間に海上を支配し、人類は海での自由を失った。あらゆる兵器でのダメージを受けず、人類に打つ手はなかった。

 だが、それからしばらくして同じく海から別の生命体が発見された。

 手のひらに乗れる程に小さな少女達。それを人類は妖精と名付けた。彼女達は不思議な力を持っていた。深海棲艦にダメージを与える兵器を作り出し、それを量産できる技術と、それを使える存在ーーー艦娘を作り出す力があったのだ。

 艦娘は第二次世界大戦における海軍の艦艇の魂を宿した少女達だ。見た目は幼い少女から二十代の女性まで様々だが、共通しているのは武器を扱い、妖精を使役して深海棲艦を倒す力があるということだ。

 だが、問題もあった。

 艦娘は自分達が提督だと認めた人間以外の命令を聞かなかったのだ。そして、提督になれる人間は心が真っ直ぐで正義感を持った所謂清らかな人間でなくてはならなかった。悪人や下心を持った者、裏に関わっている人間には従わず、今の時代で条件に合う人材はそう多くはなかった。

 自然と提督の数は少なくなり、艦娘も海の平和を守るためにあちこちの地方に提督と共に配属された。

 

 艦娘はその建造から戦闘方法に至るまで全てが機密事項として扱われている。

 そのため、艦娘の姿を見る機会というものは滅多にない。海とは縁遠い陸軍なら尚更だ。

 

「二ヶ月くらい前に新しい提督がそこの鎮守府に着任しただろ?近くに鎮守府がなかった俺達が艦娘を生で見れるチャンスじゃねぇか」

 

「まぁ、そうだな」

 

「しかも艦娘は皆美人だって話だぜ?なら写真でも撮れば自慢できるってもんだ!!」

 

「盗撮じゃねぇか。バレたら除隊どころじゃないぜ?」

 

「その方がスリルがあるってもんさ。流石に艦娘とは付き合えないだろうがな」

 

「だろうな」

 

 彼女達はかつて兵器だった。人間に使われ、人間を殺すために戦い続けた存在だ。そんな彼女達が人間に心を開くのか怪しいものだ。どうも、そのことを考えると、心が波立つ様な、嫌な気分になる。

 

「まぁ、そんなわけで鎮守府が見渡せるこの場所でシャッターチャンスを狙ってたのさ」

 

「ふーん、ご苦労なことだな」

 

「お前なぁ、俺がどれだけ苦労したか―――」

 

 友人がやっと振り返った瞬間、その場に第三者の声が響いた。

 

「―――誰かいるの?」

 

「―――やべっ!?」

 

 友人の行動は速かった。声が聞こえた瞬間、そのまま丘を転がるように駆け下り、林の中へと消えて行った。恐るべき早業である。戦場でもあんな機敏な動きができるなら、あいつはきっと大物になるに違いない。

 俺はそんな友人を見送り、背後を振り返る。

 そこにいたのは一人の少女だった。年齢は二十歳前後だろう。スタイルはよく、長い茶髪をポニーテールにしている。動きやすいジーンズにTシャツ姿で、手には工具箱を持っていた。

 

「君は誰?こんな所で何してるの?」

 

 少女は首を傾げながら純粋に疑問に思った事を質問しているようだった。

 

「俺は陸軍の下っ端の兵士さ。休みの日にはいつも此処に海を見に来るんだ。あんたこそ、こんな場所にそんなもの持って何しに来たんだ?」

 

「へぇ、陸軍の……」

 

 少女は少し目を細めると小さく笑みを浮かべた。

 

「私はこの子のメンテナンスに来たんだよ」

 

 そう言って鉄塔を優しく撫でる。

 工具箱を開き中から様々な工具を取り出すと、専用のベルトやポーチに仕舞い、腰に括り付けた。

 

「メンテナンス?」

 

「うん、この子のライト、最近調子悪くてさ……定期的にメンテナンスしてあげてるんだ」

 

 そう言うと、少女は楽々と10mの鉄柱を登って行く。命綱はない。落ちれば命の危険さえあるのに、彼女は表情一つ変えずに楽々と作業をこなしていた。

 

「慣れてるな、もう何度もやってるのか?」

 

「まぁね、三週間くらい前から定期的に」

 

「わざわざ直しに来るってことは……あんた海軍の関係者なのか?」

 

「そうだよ。一ヶ月前に着任したばかりだけどね」

 

 それから暫く無言で作業を続けた少女は登った時と同じように楽々と下に降りてきた。半分程の高さから飛び降りると着地と同時に両手を上げる。

 

「うん、10点!!」

 

「おいおい、5mはあったぞ……」

 

「平気平気、私は頑丈だからね」

 

 笑いながら彼女は座る俺の隣に立つと、同じ様に海を見つめた。気がつけば、空はもう茜色に染まっていた。

 そのまま、お互い無言で海を眺めた。

 その沈黙を破ったのは俺だった。

 

「なぁ、あんた……あの鎮守府に勤めてんだろ?」

 

「そうだけど、それがどうかした?」

 

「艦娘には会ったのか?」

 

 何故そんな質問をしたのか、自分でもよくわからない。

 もしかしたら、俺も艦娘という存在に興味があったのかもしれない。

 少女は何がおかしいのかクスクスと笑っている。

 

「……何がおかしい」

 

「いや、君は質問ばかりをするなと思ってね」

 

「そりゃ悪かったな」

 

「いやいや、別に構わない。……艦娘なら毎日会って話もしてるよ」

 

 少女は空を見上げながら小さくそう呟いた。

 毎日会っている、か……もしかしたら、彼女は相当高い地位にいるのかもしれない。それこそ、提督みたいな……。

 

「あんた、もしかして提督なのか?」

 

「ふふ、まさか……違うよ」

 

「そうか、やけに艦娘に詳しいみたいだからよ、そう思ったんだ」

 

「何か聞きたいことでも?」

 

 空を見上げていた少女はこちらに視線を向けながら再びクスクスと笑っていた。滅多にない機会だ、気になっていた事は今聞いてしまった方がいいのだろう。再び彼女に会えるかわからないなら尚更だ。

 

「艦娘は……人間を、恨んでいないか?」

 

「………」

 

 無言のまま、彼女は笑みを浮かべたままだった。

 徐に一歩踏み出してこちらに背を向ける。表情はわからない。そのまま空を見上げていた。

 

「どうしてそう思う?」

 

 少女がそう言った。

 正直、何でそう思ったのか俺にもわからない。きっと俺もまだ答えを探しているんだろうでも、敢えて答えるなら……

 

「散々戦って、傷ついて、そして……沈んだ。そんな奴らをまた叩き起こして戦わせてるんだ。しかも、今度は彼女達だけを……。」

 

「……そうだね」

 

「なら、恨まれても仕方ないと思わないか?」

 

 再び沈黙。

 少女はずっと空を見上げている。もう、空はすっかり暗くなっていた。

 一体、彼女は何を思って空を見上げているんだろうか。

 

「恨んでなんかいないよ」

 

「……なに?」

 

「艦娘は人間を恨んでなんかいないって言ったんだ」

 

 少女の言葉の真意を尋ねようとした瞬間、視界が明暗した。メンテナンスしたばかりなのに、鉄塔の先に付けられた大型ライトの光が今にも消えそうになっていた。

 

「あらら、やっぱり歳かな……もうこの子も引退だね」

 

 明暗する視界の中で、少女の姿もまた上手く捉えることができなくなっていた。

 俺は荷物の中から懐中電灯を取り出すと、急いで明かりをつけた。少女は耳元に手を当てながら何か話している。おそらく耳に付けた無線機で誰かと会話しているのだろう。

 

「……うん、うん、了解。こちらの電探にも反応があるし、間違いないみたい。私が迎撃するから、電ちゃんはそのまま敵の殲滅を優先して」

 

 何か指示を出している様だが、詳しくはわからない。ただ、敵の殲滅という単語があったので連絡先の相手は戦闘中なのだろう。

 通信を終えたのか、少女はこちらに振り向く。

 

「君はその場に伏せて、今からちょっと危なくなるから」

 

「どういうことだ?」

 

「それは―――ッ!?」

 

 突然こちらに走り出した彼女は勢い良く俺を押し倒した。

 

「お、おい何を―――」

 

 直後、幾つもの銃弾が俺のいた場所を撃ち抜いた。

 いや、正確には俺の後ろにある鉄塔を狙ったのだろう。錆び付いた柱は銃弾を弾くことなくボロボロになってしまった。ぐらりと巨大な影が傾いてくる。

 呆然としていた俺の腕を少女が引く。

 

「倒れるよ、早く立って!!」

 

「……くそ!!」

 

 立ち上がりすぐにその場を離れる。直後、轟音と共に鉄塔は50年の生涯に幕をおろした。

 

「おい、今の攻撃は何処からだ!?」

 

「南の空だね。今は一度離脱したみたいだから、次の攻撃は一分後ってところかな……深海棲艦の艦載機の攻撃だよ」

 

「なんだと!?」

 

 鎮守府の至近距離に深海棲艦の攻撃がくるなんて話は聞いたことがない。一体何が起きてるんだ!?

 

「狙いはこの子だったんだよ」

 

 少女が根元から折れてしまった鉄塔を撫でる。

 その手つきは子を慈しむ母親の様だった。

 

「この子を壊せば電波塔としての機能と灯台の明かりが同時に使えなくなって私達が混乱すると思ってるんだ」

 

 少女はまるで敵が見えているかの様に空を睨みつけた。その瞳にはハッキリと怒りが見える。今、彼女は本気で怒っているのだ。

 

「深海棲艦の中にも知能が高い個体がいるのはわかってた。いつか、こうして設備の破壊をしようとするんじゃないかって予想はしてたんだ」

 

 光が少女を包み、次の瞬間には少女の姿は一変していた。

 電探を象ったカチューシャ、白い着物に黒いスカート、何より目を引くのが腰に備え付けられた幾つもの砲塔。一目で彼女が人間ではないのが理解できた。こんなことができる存在を俺は一つしか知らない。

 

「あんた、艦娘だったのか」

 

「うん、そうだよ」

 

 彼女の艤装に付けられた小さい砲が空へと向けられる。きっと、彼女にはハッキリと敵の姿が見えているんだろう。睨む視線の先は俺には星空にしか見えなかった。

 

「第1射、撃て!!」

 

 直後、巨大な発砲音と共に幾つもの砲弾が対空砲から放たれた。空で幾つもの火花が散り、爆発が起こる。

 

「命中弾4、角度修正。第2射、撃て!!」

 

 二度目の発砲。

 今度は先程よりも多くの爆発が起きた。暫く空を睨んでいた彼女は構えを解き、小さく息を吐く。どうやら終わったらしい。

 耳元にあるインカムに手を添え、彼女は再び通信を開始した。

 

「……うん、こっちは終わった。16機中12機撃墜、残りは引き返したよ。……わかった、天龍には無理しないように言っておいて。提督への報告と入渠の準備は私がしておくから。……了解、待ってるよ」

 

 通信を終えると同時に彼女の格好も元のジーンズとTシャツへと戻った。先程の煩いまでの音は無く、辺りは静まり返っている。

 

「さて、私は報告があるからこれで失礼するよ」

 

 工具箱を手に持ち、彼女は踵を返した。

 俺はその背中をただジッと見つめることしかできない。

 だが、不意に彼女が立ち止まり、顔だけをこちらに向けた。

 

「……さっきの質問だけどさ」

 

「……え?」

 

「艦娘が人間を恨んでないかって話だよ」

 

「あ、ああ……」

 

「艦娘達はさ、守るために力を使うんだ」

 

「守る、ため……」

 

「うん……確かに昔、戦争で傷つき、沈んだのは間違いないよ。でもさ、艦娘達は今も昔も人間を、国を守るために戦っているんだ。

 戦えないで沈んだ子もいた、雷撃処分で味方に沈められた子もいた、賠償艦として日本を離れた子もいた、無念の中で沈んだ子もいた……。

 そんな中で再び力を必要とされて、それに答えることができるんだ。喜びこそあるけど恨みはないさ」

 

 彼女はそう言うと、今度こそ振り返らずに鎮守府の方向に歩き出した。慌てて彼女を呼び止める。

 

「おい、あんた!!」

 

「何かな?」

 

 今度は振り返らずに返事を返された。

 

「あんたの名前、教えてくれ」

 

「……高速戦艦コンゴウだよ」

 

「金剛か。さっきはありがとよ、助かった」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 片手を振りながら、金剛はゆっくりと丘を下って行く。心なしかその姿は嬉しそうだ。

 その姿を、俺は見えなくなるまで見送った。

 彼女達に対する心の波は、いつの間にかなくなっていた。悔しがる友人の顔を想像しながら、俺は帰路についた。

 

◇◇◇

 

 余談だが、あの後友人に艦娘に会ったと伝えると、泣きながら殴られかけた。まぁ、返り討ちにしたんだけどな。

 

 




 番外編は章ごとに一話ずつ入れたいと思います。


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第一章・鎮守府の日常編
コンゴウと鎮守府の日常


 何故か空母ばかり狙われてバケツが次々にとんでいく不思議。



 

 私がこの鎮守府に正式に着任した日から二ヶ月経った。

 最初こそギクシャクしていた艦隊の子達とも上手く連携がとれるようになり、着々と出撃回数を重ねていた。

 七海も提督としての業務や作戦の立て方、資源のやり繰りが随分と様になってきている。

 

 最初は大変だったものだ。

 七海は新人であるが故に資源の無駄遣いを避けようと、定期的に送られてくる資源は全て倉庫に仕舞いこんでいたのである。

 新米提督にありがちな建造のやり過ぎによる資源の枯渇よりはマシだと言える。しかし、いざ倉庫を覗いてビックリした。それぞれが5千を超える量の資源が眠っていたのである。聞けば父親が資材を送ってくれたおかげでいつの間にかこんなに溜まっていたのだという。

 流石にこれは勿体無いので私が電に秘書艦を交代してもらい、やり繰りの仕方を教えた。だが、どうやら七海には常に余裕を持った備蓄がないと落ち着かないという性格らしく、説得が大変だった。

 ゲームをしたことがある人にはわかるだろうが定期的に補充される資源は提督のレベルに応じて一定数値以上になるとストップする。新米のうちは艦娘と艦隊を増やし、出撃を繰り返してレベルを上げなければいつまで経ってももらえる資源が少ないままなのである。

 この世界はゲームではないが、しっかりとそのルールは存在していた。七海の場合はそのルールを知らなかったようで、資源は使わない限りずっと溜まって行くものだと思っていたようだ。

 遠征に向かわせる艦隊を編成するためにも艦娘を増やす必要があったので建造を何回かやってみたところ、駆逐艦が二隻、軽巡が三隻、重巡が一隻、戦艦を一隻建造できた。空母が建造できなかったのが少し悔しいが、新米提督には充分すぎる内容なので結果オーライだ。

 

 建造で誕生した新しい艦娘は「時雨」「夕立」「天龍」「神通」「那珂」「最上」「扶桑」の七隻で、一気に倍にまで増えた我が鎮守府は随分と賑やかになった。

 

 そんなこんなで今日も清々しい一日が始まった。

 私が起きるのは六時。もっと早く起きている艦娘もいるが、私はこの時間だ。

 起きてからの最初の仕事は七海を起こすことから始まる。七海は普段は人当たりが良くて努力家なしっかり者なのだが……非常に朝が弱い。

 部屋を出て廊下を真っ直ぐに彼女の部屋を目指す。私の部屋と七海の部屋は丁度鎮守府の両端なので長い廊下を歩いて彼女の部屋を目指していく。

 すると、廊下の途中にある部屋が開き、駆逐艦の艦娘が二人廊下に出てくる。こちらに気付くと、笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「金剛さん、おっはよー!」

 

「おはよう、金剛さん」

 

「おはよう、夕立、時雨」

 

 駆け寄ってきたのは白露型駆逐艦の二番艦時雨と、同じく白露型駆逐艦の四番艦夕立だ。

 元気な性格の夕立と落ち着いた性格の時雨は姉妹艦ということもあり同じ部屋で生活している。大抵は夕立が駆け回り、時雨がそれを止める役割となっている。

 

「金剛さん、提督を起こしに行くのかい?」

 

「うん、まぁね。二人はこれから食堂に?」

 

「夕立が珍しく早起きしてね。ボクまで叩き起こされたんだ」

 

 まだ眠いのか、時雨は小さく欠伸をしながら目をこすっている。反対に夕立はすでに完全に目が覚めているらしく、にこにことしているが……。

 

「金剛さん、今から提督さんの部屋に行くっぽい? なら、夕立も行く!!」

 

 そう言って、夕立は私の手を引っ張り始めた。

 小さい体なのに何故こうも力が出るのか不思議なものだ。自然と早足になってしまい、前に倒れそうになってしまう。

 

「ほら、はやくはやく、今日は夕立が頑張るっぽい!」

 

「ちょ、夕立引っ張り過ぎだよ、もっとゆっくり……」

 

「ふふ……」

 

 暁や雷とはまた違う元気の良さに頬が緩んでしまうのは仕方ないことだろう。私を心配してあたふたしている時雨の頭を軽く撫でてあげると、私は歩くスピードを上げるのだった。

 

◇◇◇

 

 七海を起こした後、彼女を含めた四人で食堂に向かう。

 艦娘になってから知ったことだが艦娘には基本、食事は必要ない。艤装を展開しない間は最低限の燃料を消費する程度なので、コップ一杯の燃料を飲めばそれで生活できるのだ。

 しかし、ならば食べ物が食べられないかというとそうでもない。味覚はちゃんと存在するし、食べたものは艤装に宿る妖精さんの力で燃料や鋼材に変えて保存しておいてくれるのである。これは戦闘中の緊急時に艤装の修理や一時的な補強として使われる。一種のダメコンみたいなものだろう。つまり、食事が全く無駄であるというわけではないのだ。

 

「提督、大丈夫ですか?」

 

「あぁ、うん……平気、だよ……」

 

 夕立によってベッドから盛大に引きずり出された七海は後頭部を床に強打し、涙目での起床を強いられてしまったのだった。

 まだ頭が痛むのか苦笑いしながら返事をする七海に同情しつつ、私は時雨と夕立に両手を掴まれたままカウンターへと向かう。

 

「おはようございます、間宮さん」

 

「あら、金剛さん。おはようございます」

 

 味噌汁の鍋をかき混ぜていた給糧艦(補給艦)の間宮さんへと挨拶をする。割烹着がよく似合うお母さんというイメージが一番当てはまるこの間宮さんは鎮守府の食料管理の全てを担っている。

 

「間宮さん、おはようございます」

 

「夕立、いつもの卵焼きが食べたいっぽい!」

 

「時雨ちゃんも夕立ちゃんもおはよう。すぐに準備するから待っててね?」

 

 駆逐艦二人が間宮さんと話をしていると、食事を終えたのか神通と那珂がトレイを持ってやってきた。

 相変わらずテンションが高い那珂と、落ち着いている神通の二人は川内型軽巡洋艦。全く反対の性格だが二人は姉妹艦だ。この鎮守府にはいないが夜戦主義な姉である川内を含めて三人ともゲームでは改二まで改造ができる人気の軽巡洋艦達である。

 

「あ、金剛さんだ。おっはようございまーす!」

 

「金剛さん、おはようございます」

 

「那珂ちゃんも神通ちゃんもおはよう。もう朝食は食べたの?」

 

「はい、今日は哨戒警備がありますから」

 

「ちょっと早目に起きて準備してたんだ。那珂ちゃん、頑張っちゃうよ!」

 

 腕を振り上げながら気合を入れる那珂と、それを微笑みながら見守る神通は仲良く食堂から出て行った。

 鎮守府近くの電波塔が破壊されて以来、鎮守府近海にも時々だが深海棲艦の姿が目撃されるようになり、最近は警戒を強化するのも兼ねて交代で哨戒警備を行っている。

 現れるのはまだ駆逐イ級程度だが、いつ強い深海棲艦が現れるかわからない以上、警戒は続けるべきだろう。

 

「金剛さん、準備ができたよ」

 

「あ、ごめんね時雨ちゃん。わざわざ私の分まで用意してもらって……」

 

「このくらい平気さ。それに、金剛さんのも準備するって言い出したのはボクじゃなくて夕立だからね」

 

 夕立にお礼を言ってから四人で朝食を食べることになった。

 ちなみに、四人がけのテーブルに座る時、いつも私の隣を狙う駆逐艦達の争奪戦が始まる。どうやら私は駆逐艦の子達やまるゆにかなりの人気があるみたいだ。

 今日は時雨と夕立の二人だけだが、第六駆逐隊の四人やまるゆまで加わるとそれはもう大変な騒ぎになる。あの電やまるゆまでもが本気で参加するのだから相当だ。

 大抵は提督か間宮さんに止められて終わるのだが、この二人がいないと本当に艤装まで持ち出しかねないのだからヒヤヒヤする。私が止めようとすると余計に悪化するので一切口出しはしないでいるのだが、そろそろどうにかしないといけないかもしれない。

 今日はじゃんけんに勝った夕立が上機嫌で私の隣に座っている。対面に座る時雨があまりにも悔しそうなので、お昼は隣に座らせてあげようと思う。

 

◇◇◇

 

 食事が済んだ後は暫く自由時間だ。

 私は元々練度が高いので積極的な出撃はしない。普段は鎮守府の掃除や秘書艦として書類の手伝いをしている。

 午前中は電がいるので私の仕事はあまりない。こういう時は食後のティータイムといきたいが、今回は少しばかり工廠に用があるのでそちらを優先だ。

 

 工廠には艤装に宿る妖精さんとは別の妖精さんたちが働いている。建造をしたり、開発をしたり、入渠の時にも妖精さんの力が必要となる。艦娘にとって妖精さんはもはや自分の一部と言ってもいいのかもしれない。

 

「あ〜、こんごうさんだ〜」

 

「こんにちは、頼んでた装備の確認に来たよ」

 

「は〜い、できてますよ〜」

 

 ふよふよと浮かんでいたツナギ姿の妖精さんに以前頼んでいた装備の確認をお願いする。

 個人差はあるが、妖精さんは大抵がマイペースでのんびりしている。見ていて凄く癒されるよね。近くにいた別の妖精さんの頭を撫でると、きゃっきゃと喜んでくれる。

 妖精さんを撫でるのに夢中になっていると、先程の妖精さんが装備を持って来てくれた。

 

「これですね〜」

 

 そう言って渡されたのは対空砲だ。

 10cm連装高角砲に少し改良を加えたもので、私が暁に頼んで貸してもらったものだ。

 以前、対空砲の砲弾の改良をお願いしたところ、思ったよりも上手くいったのである。ゲームでは決まった装備しか開発できないが、ここは現実だ。一度作った装備を更に改良することもできる。

 前回は砲弾が炸裂する時の衝撃を強くして命中率を上げることができないかをお願いしたのだが、妖精さんは喜んで改造に手を貸してくれた。

 今回は対空砲自体を改良して標準性の改良と反動の軽量化をお願いしてみた。後はこれを暁に使ってもらって感想を聞いてからまた試行錯誤するのである。

 いつか私も装備の改良をしてみたいものだ。戦艦である私は駆逐艦や軽巡洋艦に比べたら遥かに燃料や弾薬の消費が多い。溜め込んだ資材が多くともまだまだ節約が大切な我が鎮守府にとって改二である私の消費する資材の負担は決して軽くないのである。万が一、出撃して夜戦にまでもつれ込んだ挙句に大破でもしようものなら決して楽観視できない量の資材がなくなってしまうだろう。

 現在の私の装備が低レベルなのはたまたま〝彼女〟だった時にレベルが低い他の艦娘の方に装備を融通していたからなのだが、もしも本気の装備でこの鎮守府に来ていたらと思うと想像するのも恐ろしい。

 新米提督の鎮守府にレベル122で大和砲とホロ以上の装備をガン積みした戦艦がやってくるなど、資材が食い尽くされる未来しか見えない。

 

 結局、私が普通に出撃できるようになるまではまだまだ時間が掛かるみたいなので、私は今のうちに資材の消費を抑える装備の開発をすることで出撃している子達の負担を減らそうと工廠に足を運んでいるのである。

 決して妖精さんと戯れたいからとか、そういう理由ではない。……本当だ。

 

◇◇◇

 

 午前中を工廠で過ごした後、お昼ご飯を食べてから七海のいる執務室へと向かう。

 今日は午後から電は出撃だった筈なので秘書艦としての仕事を交代するのだ。

 執務室の前で立ち止まり、扉をノックする。

 

「失礼します」

 

「はい、どうぞ」

 

 中に入ると机に向かって書類と格闘している七海と隣の机でそれを手伝う電、出来上がった書類を纏めている大淀さんの姿があった。

 大淀さんはこの鎮守府の事務員さんだ。一応艦娘ではあるのだが処理能力の高さを生かすために事務の仕事に就ている。艤装もあるので戦うこともできるのだが、まだ政府の管轄らしく、ここの鎮守府の権限ではまだ出撃させることはできない。工廠にいる明石さんも同じだ。提督の中には彼女達を正式に艦隊に加えることができた人もいるらしい。

 

「電ちゃん、交代に来たよ」

 

「あ、金剛さん、ありがとうなのです!」

 

「あら、もうそんな時間だったっけ?」

 

 書類から顔を上げた七海に大淀さんがお茶の入った湯呑みを差し出した。それを飲んで一息ついた七海はゆっくりと背伸びをすると、無線機を取り出してスイッチを入れる。私も耳に着けている無線機のスイッチを入れた。

 

「七海です。扶桑と最上、暁、響、雷は出撃前のミーティングをするので執務室に集合してください」

 

『こちら扶桑です。最上と一緒にいるので二人で今から向かいますね』

 

『こちら暁、了解したわ。響と雷と一緒に部屋にいるから、すぐに向かうわ』

 

 無線機を通して聞こえる扶桑と暁の声を確認すると、電の座っていた机に座る。私はいつもこの場所から出撃している艦隊にアドバイスを出しているのだ。映像も専用のカメラを積んだ偵察機と妖精さんが送ってくれるので、それを見ながら七海と一緒に指示を出している。

 

「いつも思うんだけど、金剛は指示が上手いわよね」

 

「うーん……そうかな?」

 

「そうよ。貴女の指示で何度も渦潮を避けられてるし、戦闘中も敵の細かい動きに気がつくし、本当に助かってるんだから」

 

 凄く褒められているが、これは海図や敵のデータを艦娘のスペックで回転の早い頭を使って分析した結果なのだ。私というよりは〝彼女〟の体の能力が高いのだろう。艤装の妖精さんが手伝ってくれてるのも大きいかもしれない。敵の砲塔の向きから大まかな弾道を教えてくれるのだ。以前から第一艦隊旗艦だった〝彼女〟を支え続けた妖精さん達なだけあってとても的確でわかりやすい内容の指示をくれる。私はそれを伝えているだけなのだ。

 だから私の力は微々たるものだと言ったのだが、それを含めて貴女の実力だと言われてしまった。

 

「金剛さん、今回もよろしくお願いしますね!」

 

「あ、はい、サポートは任せてください」

 

 私が考え事をしている間にミーティングは終わっていたようだ。電からの声を聞いて我に返った私は出撃組を見送り、サポートの準備をする。

 今日の出撃は南西諸島方面に向かうための偵察とそこに集まっている深海棲艦の撃退が目的だ。

扶桑さんや最上もいるし、駆逐艦の子達の練度も上がってきているから苦戦はしないと思うけど何事にも例外はあるし、警戒は怠らないようにしよう。

 無線機の調子を確かめながら、私は深呼吸して気持ちを落ち着けるのだった。

 

 

 



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第六駆逐隊と扶桑とコンゴウと……

 今回は会話が多いので少し読み辛いかもしれません。



「……あれ?」

 

「……ん」

 

「……あら」

 

「……ぁ」

 

 鎮守府内にある食堂にて、四人の少女達が偶然にも同じテーブルに集まっていた。

 食堂の一番窓際の海がよく見えるテーブル。それがこの四人……第六駆逐隊のお気に入りだった。

 姉妹艦だからといって、四人は鎮守府内で常に一緒に行動しているわけではない。出撃、遠征、入渠、休憩……。他にも幾つかの理由から就寝時間以外で四人が顔を合わせるのは珍しかった。

 

「こうして四人でご飯を食べるのは久しぶりだね」

 

「そうね、遠征とか哨戒警備とかで最近は常に皆バラバラ行動だったものね」

 

「……なのです!」

 

 間宮さんが作った朝食が乗ったお盆をテーブルに置きながら、四人は最近の鎮守府の様子を思い浮かべ、しみじみと頷いた。

 コンゴウが着任した後、建造で新たな艦娘が加わったことで鎮守府は以前よりも忙しくなっていた。まだ艦娘が少ない今の鎮守府は休む時間は最低限で、それぞれが別の仕事をこなしている。

 今日はそんな鎮守府には珍しい休日であった。

 秘書艦の当番であるコンゴウと哨戒警備で鎮守府を離れている天龍と夕立以外は一日自由行動となっている。

 

「疲れも溜まってたし、本当に助かるわ。金剛さんには後でお礼を言っておかなくちゃ」

 

「たしか、金剛さんが皆を休ませるべきだって司令官さんに提案したのです!」

 

「成る程、今日の自由行動は金剛さんの提案だったんだね」

 

「皆の体調まで細かく気にしてくれるんだもの。ほんと、レディの見本よね!」

 

 頷きあいながら四人は食後のデザートであるプリンに手をつける。間宮さん特製のプリンは口の中でとろける様な甘さで忽ち彼女達を笑顔に変えた。

 

「はぁ〜、やっぱりこれが一番よね〜」

 

「幸せな気分になれるのです〜」

 

 暁と電は瞳を輝かせながら次々にプリンを口に運んでいく。そんな二人を雷と響はクスクスと笑いながら眺めていた。

 

「……そういえば」

 

 プリンを食べ終えたタイミングで暁が思い出したかの様にそう呟き、三人の視線が彼女に集まる。

 

「幸せって言葉で思い出したんだけど、金剛さんって、指輪をしてるじゃない?」

 

「ああ、そういえばそうだね」

 

「たまに指輪を見つめながら上の空になってる時もあるのです」

 

「初めて会った時も指輪を見つめてたわね」

 

 暁の呟きに響が頷く。電も覚えがあるのか何度も頷いている。雷は医務室で初対面した時を思い出しているのだろう。

 

「ちょっと気になって司令に聞いたんだけど、あれは提督と深い絆を結んだ艦娘がもらえるものらしいの」

 

「絆……」

 

「えっと……それって?」

 

 よくわかっていないのか電が首を傾げる。響と雷はなんとなく理解したのだろう、ふむふむと頷いている。

 

「提督との絆が一番強い証。所謂、結婚指輪みたいなものよね」

 

「はわわ……け、結婚!?」

 

「電、落ち着いて……」

 

 雷の答えに電が顔を真っ赤にする。落ち着く様に肩を叩く響だが、言葉とは裏腹に瞳には興味の色が浮かんでいた。

 

「まぁ、艦娘は人間とは違うし、正式な結婚はできないから『ケッコンカッコカリ』なんて呼ばれてるみたいね」

 

「カッコカリって……」

 

「まぁ、間違ってはいないんでしょうけど……」

 

「名前はともかく、あの指輪をもらった艦娘は提督との絆によって限界を越えた力が出せる様になるらしいわ」

 

「そうなのですか?」

 

 暁の説明に三人はコンゴウの姿を思い浮かべる。

 まだ経験が浅い七海にアドバイスを出すコンゴウはまるで幼い娘に知識を与える母親の様に見える。それは長い間彼女が提督の仕事を間近で見ていたということであり、提督に一番近い位置にいたことの表れでもあった。

 

「そういえば金剛さんは秘書艦としての仕事も上手いのです」

 

「成る程ね……きっと秘書艦として提督の側にずっといたのね」

 

 うんうんと頷く電と雷。

 実際にコンゴウと一番共に時間を共にしているのは七海であり、電はコンゴウの手際の良さに感心している程であった。

 

「……そして、提督との恋に発展したのね!」

 

「そうだね………って、え?」

 

 突然力強く声を荒げた暁に思わず肯定の答えを返した響だったが、直後に話がおかしな方向に向かい出したと直感で悟った。

 いやいやちょっと待て、と響が口に出そうとするが時既に遅く、雷と電は顔を真っ赤にしながら暁を見ていた。

 

「こ、ここ恋、なのです?」

 

「だってそうでしょ?いくら仮だとは言っても結婚指輪だもの、恋仲じゃない相手には渡さないわよ」

 

「待つんだ暁、いくらなんでもそれは考え過ぎなんじゃ……」

 

「響だって見たでしょ?コンゴウさんが指輪を見つめる時の顔。あれは絶対恋する乙女の顔に間違いはないわ!」

 

「……む」

 

 暁を止めようとした響だったが、彼女の言葉で医務室で雷と共に見たコンゴウの顔を思い出した。

 指輪を見つめる瞳は潤み、頬はうっすらと染まって切なげな溜息が口から零れているコンゴウの姿。

 一緒に想像したのであろう雷は珍しく口をぱくぱくとさせてフリーズしてしまっている。電は逆にキラキラとした瞳をしながら惚けていた。

 

「はわわ……」

 

「やっぱり、金剛さんって憧れるわ。私もあんなレディになりたい!」

 

「扶桑さんも憂いを帯びた感じが大人っぽいし、戦艦って皆あんな感じなのかしら?」

 

「私がどうかしたの?」

 

「うひゃあ!?」

 

 突然背後から声をかけられた雷がびっくりしながら振り返ると、たった今名前を言ったばかりの扶桑がトレイを持って立っていた。

 これから朝食を食べようとしていたのだろう。トレイに乗った朝食からは湯気が上がっている。

 

「ふ、扶桑さん……」

 

「金剛さんと私の名前が聞こえたものだから、気になっちゃって……」

 

「いや、ちょっと金剛さんや扶桑さんみたいな大人の女性になるにはどうしたらいいかと話していて」

 

「あらあら……」

 

 困った顔で笑いながら、扶桑は電の隣に座る。

 長い黒髪と、美しいスタイルは四人の目を自然と惹きつける。特に間近で見た電は扶桑の豊満なタンクへと視線が釘付けになっていた。

 

「金剛さんが指輪をしている話から始まって、戦艦の二人は大人だなって話になったんです」

 

「金剛さんの指輪ですか?」

 

「扶桑さんは気になりました?」

 

「そういえば金剛さんとはよく話すけれど、指輪の話は一度もしなかったわね」

 

「………」

 

「響、どうしたの?」

 

 暁と電が扶桑へと話を振り始めた時、響の様子がおかしいことに雷が気が付いた。

 

「……暁、やっぱりこの話はやめよう」

 

「……響?」

 

 響の言葉に暁や電、扶桑も首を傾げながら彼女へと視線を向ける。

 響は顔を隠す様に帽子を被り直し、バツが悪そうに続けた。

 

「雷、思い出して……金剛さんは何でこの鎮守府にいるんだった?」

 

「それは前の鎮守府が解体されたからで……ぁ」

 

「それって……」

 

 直接報告書を読んでいた雷と響の顔色が悪くなり、扶桑の表情も暗くなる。今の会話で事情を察したのだろう。

 暁と電は急に暗くなった三人に困惑している。

 

「えっと……どうしたの?」

 

「暁、金剛さんの提督はもう……」

 

「もしかして……」

 

「そんな……」

 

 響の言いたいことを理解した二人も表情を暗くする。

 先程までの雰囲気は全くなく、通夜の様な暗い雰囲気になってしまった。

 扶桑も食事の手を止め、どうにか雰囲気を変えようと必死に考えを巡らせる。しかし、四人の悲痛な表情に何も言えず、視線を逸らすことしかできなかった。

 

 そして、逸らした視線の先に見えたものに驚愕した。

 

 話題に上がっていた彼女が此方を見ていた。

 扶桑の視線に気がつき、微笑みながら左手の人差し指を口の前に立てる。静かに、というサインだった。左の薬指の白金の指輪がキラリと光る。

 動揺のあまり取り落としそうな箸を慌てて持ち直す。緊張に息が詰まりそうになった。

 

「(いつの間に!?……あぁ、何で私こんな目にあってるのかしら、不幸だわ)」

 

 近づいてくる彼女が悪魔に見えて仕方ない。絞首台に登る死刑囚というのはきっとこんな気持ちなのだろうと、扶桑は今はまだこの鎮守府にいない妹の山城の顔を思い浮かべていた。

 こんな私を尊敬してくれる可愛い妹を残して再び沈んでしまうのだろうか……。そこまで考えたところで彼女がもう目と鼻の先にいることに気がつき、扶桑の思考は停止した。

 

「……扶桑さん?」

 

 隣の電が顔面蒼白の扶桑に気が付いたところで彼女の手が電の肩に置かれる。驚いた電の肩が跳ねた。思わず振り返ってしまった電の表情が扶桑と同じ様に蒼白になっていく。

 

「は、はわ、はわわ……こ、こここ……」

 

「はい、電ちゃん深呼吸して」

 

「……え!?」

 

「……ぁ」

 

「金剛さん!?」

 

 話題にしていた本人の登場にその場の温度が一気に下がる。特に話題を提供した暁などガタガタと震え始めていた。

 

「こ、金剛さん……いつからいたんですか?」

 

「ケッコンカッコカリの話になった辺りかな。間宮さんに用事があってね」

 

「ほ、ほとんど最初からなのです……」

 

 暁の顔色が更に悪くなる。

 知らなかったとはいえきっと触れて欲しくない話題だろうということは暁にもわかった。きっと怒られるに違いない……そう考えた瞬間、暁は目の前が真っ暗になりそうな錯覚に陥った。

 

「まぁ、私は別に気にしてないから安心していいよ」

 

「………へ?」

 

 その言葉に気絶しそうだった暁が口を半開きにしたまま反応した。

 金剛はこう言っては失礼だがちょっと間抜けな顔だな、と思って笑ってしまった。

 

「ほ、本当に怒ってない……?」

 

「うん、だから安心して。特に暁ちゃんは酷い顔だよ? レディなんだからしゃんとしなくちゃ」

 

「……ぁ…う、うん」

 

 コンゴウが暁の頭を撫で、肩をゆっくりとしたリズムで叩いてあげると徐々に顔色が良くなってくる。他の四人もホッとしたのか椅子に背中を預けて脱力していた。

 

「……ごめんなさい。金剛さんには辛い話だったでしょ?」

 

「辛い、か……たしかに彼女が先に逝ってしまったのは辛いけど……約束があるから」

 

「……約束、ですか?」

 

「そう、約束。……また会おうねって言ったんだ。別れる時にした最後の約束……。彼女の分まで精一杯生きて、胸を張ってまた会うためにね。――――じゃあ、私はもう行くね」

 

 もう一度暁の頭を撫でてからコンゴウは五人に背を向ける。ポニーテールにした長い茶髪が一瞬だけふわりと舞い上がった。

 暁には歩き出す彼女の背中がとても大きく見えて、同時にとても儚く、脆いものに見える。きっと、それがあの人の強さなんだと思った。

 とても強いのに、その内側には大きな寂しさと脆い心を持っていて……でも、あの指輪で繋がった絆が今でも彼女の中で生きている。その絆のために彼女は歩みを止めないのだ。

 食堂を出て行く瞬間、最後に一度だけ振り返って微笑んだコンゴウの顔はとても美しかった。

 

 コンゴウが去り、再び五人だけとなった食堂で最初に我に返ったのは響だった。

 今まで忘れていた様に止めていた息を吐く。自分で思っていたよりもずっと緊張していたのか、強く握りしめていた手を開く。汗ばんでいた手をおしぼりで拭うと、雷や電、扶桑も自分の世界から帰ってきたのかお互いに視線を合わせて乾いた笑みを浮かべている。

 

「あ、あはは……凄く緊張したのです」

 

「私もよ……今も嫌な汗が止まんないし」

 

「私、同じ戦艦なのに金剛さんにはこれからもきっと勝てないと思ってしまったわ……」

 

「そうだね……あれ?」

 

「響、どうかしたの?」

 

 何かに気がついたのか響が首を傾げる。

 もう何があっても驚かない。そう思っていた他の四人は次の一言に固まることになる。

 

「金剛さん、指輪の相手を〝彼女〟って……」

 

「……え?」

 

「……あれ?」

 

「………」

 

 全員の視線が再び食堂の出入口へと向けられる。

 その視線には先程とは違う、何とも言えない微妙なものになっていた。

 

「……ねぇ、金剛さんってもしかして―――」

 

「……お姉様って呼んだ方がいいのかしら?」

 

「……暁、それはいけない!!」

 

「はわ、はわわ……」

 

この日から暫くの間、この五人とコンゴウの間に微妙な空気が流れ、七海や他の艦娘が首を傾げるのだが、それはまた別の話である。

 

 



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コンゴウ、出撃する

 
 執筆中のデータがエラーで消えてしまい、書き直すのに時間がかかってしまいました。泣きたい。



 晴れ渡る青空を見上げながら、体をいっぱいに使って一気に空気を吸い込む。

 強い潮の香りが鼻をくすぐり、この場に立っている実感を持たせてくれる。吸い込んだ空気をゆっくり吐き出し、瞼を閉じて気持ちを落ち着かせる。

 瞼を開ければ空と同じ美しい海が目の前に広がっていた。太陽の光を反射した波がキラキラと光り、微かな風が私の髪を撫で上げていく。

 

「気持ちいい風ね」

 

「そうだな……今日は快晴で良かったよ。こんな仕事、さっさと終わらせて鎮守府に帰って間宮さん特製のカレーでも食おうぜ」

 

「ふふ、天龍は本当に間宮さんのカレーが好きなのね」

 

「なんだよ扶桑。オレだけじゃなくて皆も大好きだろ?」

 

 私の隣でお互いに笑顔で話す天龍と扶桑と暁を眺めながら、私は久しく感じていなかった艤装の重さを確かめる様に海面を滑る。

 最初は不思議な感覚だった。海面に立つこと、艤装を稼働させること、全てが初体験であるのに何故か体が覚えているような、そんな感覚。

 何度かターンをしてみたり、急停止してみたりして調子を確かめる。

 

『どうかしら、何か異常は見当たる?』

 

 耳に付けた小型の無線機から七海の声が聞こえてくる。

 

「今のところは異常なしだよ、提督。もう少し奥まで進んでみる」

 

 私の後ろで偵察機を飛ばしていた最上が返答しながら辺りを見回す。

 その隣で電が不安そうにしていたので、私はそっと手を握ってあげた。嬉しそうに笑ってくれたので、そのまま手を引いて一緒に海面を滑る。

 

「金剛さん、楽しそうですね」

 

「まぁ、〝久しぶり〟の海だからね……」

 

 電の言葉にそう返したけど、私がこうして海に立った回数は片手で数えるくらいしかない。〝久しぶり〟なんて言ったけど、本当は〝私〟にとってこうして艦隊を組むのは初めてだった。

 

 そう……私は今から、戦場に向かうのだから。

 

◇◇◇

 

 その通知が来たのは雷鳴が轟く雨の日だった。

 ずぶ濡れになりながらも重要書類だから、と配達してくれた郵便屋さんにお礼を言い、封筒を受け取って執務室に向かう。

 大型の封筒に記された住所からすると、どうやら別の鎮守府の提督からの書類らしい。

 執務室で七海に書類を渡すと、彼女はすぐに中身を確認して、少し困ったように額に手をあてた。

 

「……困ったわね。思っていたよりも早く戻ってきたみたい」

 

「戻ってきた……というと?」

 

「私達が最近、練度を高めるために出撃してる南西諸島海域なんだけどね……。実は私みたいな新米提督に経験を積ませる場所として、ベテランの提督達が強い深海棲艦を別の海域に誘導してくれていたの」

 

「それは……初耳だね」

 

「まぁ、伝える程のことでもないと思っていたしね。……それで、この海域を偵察していた提督によると、どうやらエリート級の深海棲艦を何体か確認したそうよ」

 

 エリート級……それは通常の深海棲艦よりも一段階強い個体を指す名称だ。

 艦娘に近代化改修や改装、改造による〝改〟や〝改二〟があるように、深海棲艦にも強さの段階がある。

禍々しい赤のオーラを纏ったエリート級は通常の個体よりも凶暴で、更に砲撃そのものが段違いに強くなる。 硬度もより硬くなり、油断していると手痛いダメージを負わされる場合がある。

 

「エリート級が出現しただけなら大した問題じゃないわ。私達も練度は高まっているし、そもそも相手の数はそこまで多くはないもの。……ただ、エリート級がいるということはーーー」

 

「フラグシップ級の出現もあり得る……か」

 

「……ええ」

 

 エリート級の更に上位に位置する個体……それがフラグシップ級と呼ばれる存在だ。

 エリート級よりも巨大な金色のオーラを纏ったその深海棲艦達は数は少ないがエリート級とは比べものにならない強さを秘めている。駆逐艦であるのに戦艦並みの火力を叩き出したという報告もあるくらいだ。

 だが、フラグシップ級の恐ろしい点はそこだけではない。この世界のフラグシップ級は高い知能を有していることが明らかになった。

 ゲームではただ強いだけの敵だったのかもしれない。しかし、ここは現実だ。実際にエリート級以下の個体を統率し、的確な指示を出せるだけの知能があったという報告が何度もあるのである。

 

「エリート級がいるなら、付近にフラグシップ級が出現する可能性も十分にあり得るわ。それに、放置していればエリート級がフラグシップ級を呼び寄せる場合もあるのだから、タチが悪いわ」

 

「……これは、早急に対策が必要だね」

 

「そうね……フラグシップ級が現れる前にエリート級の排除を行うのが一番の方法でしょうね」

 

「……それじゃあ―――」

 

 七海は私の目を見て小さく頷く。その瞳には既に覚悟の色が見えた。

 

「練度は高めたし、資材も充分集めた……私達もそろそろ次の段階へ進むべきだと思うの」

 

「……うん」

 

「だから、今回からは貴女にも動いてもらうわよ。……金剛!!」

 

「了解!!」

 

 力強い七海の声に、私も敬礼を返す。

 この鎮守府に配属されてから……いや、この世界に来てから、遂に私の出撃命令が下された瞬間だった。

 

◇◇◇

 

 出撃メンバーは旗艦が私こと戦艦コンゴウで、残りは扶桑、最上、天龍、暁、電だ。このメンバーが一番練度が高く、経験が豊富であるという七海の考えであった。

 実際に最初から改二となっている私を除いても、全員が既に改へと改装済みだ。

 特に最上と扶桑は航空甲板を装備した航空巡洋艦と航空戦艦になっており、偵察や爆撃まで行える万能な能力を備えている。

 

「……敵影捕捉。重巡リ級が三体。エリート級の姿は見えないね」

 

 水上偵察機を発艦させていた最上がこちらに視線を向けてくる。いつもなら迷わず戦闘を開始するところだが、今回の目的はエリート級の個体だ。意味のない戦闘は弾薬と燃料を無駄にしてしまう。

 

「今日は無視しよう。電ちゃん、気付かれないように迂回するルートはあるかな?」

 

「はい、あそこに見える島を迂回すれば見つからずに先に進めます」

 

 電の指差す先に一つの小島があり、ちょうど深海棲艦から隠れつつこの海域を抜けられそうだ。迷わずそちらに向かうよう全員に指示を出す。

 

「……金剛さん。エリート級、見つかりませんね」

 

「もうすぐ日が落ちる時間よ。今日はもう引き返した方がいいんじゃないかしら?」

 

「……そうだね、そうしようか」

 

 結局、幾つかのエリアを回ったがエリート級の姿は見当たらず、今回は帰投することになった。

 

 しかし、いざ帰ろうと来たエリアを戻っていると、首の裏がムズムズする様な、なんとも言えない不快感を感じ始める。まるで何かを忘れているような、見落としているような……そんな感覚。

 

「…………」

 

「……金剛さん、どうかしたのです?」

 

「……いや、何だか妙な気配が―――」

 

 首を傾げる電に辺りを見回しながら返事をしていると、暗くなってきた空に光る星の中に妙な光を見つけた。最初は航空機か何かだと思っていたが、どうやら違うようだ。真っ直ぐ移動していたかと思えば突然方向を変えて不規則に動き出し、何度か点滅を繰り返している。

 

 あれは……ッ!?

 

「しまった、全員戦闘態勢!!艦載機を確認、発見されてる!!」

 

「……え!?」

 

「なんだと!?」

 

 すぐさま全員が対空砲を上空の艦載機へと撃ち込む。

 予想は当たっていたようで、空で複数の爆発を確認する。どうやら私達の行動は完全に読まれていたらしい。

 次々と私達を囲むように電探に反応が現れる。どうやら電探に反応しない程かなり深い水深を移動していたようだ。対潜レーダーがなければ探知できない深度を移動できるのは潜水艦しかいない!!

 

「潜水艦だ!! 暁ちゃんと電ちゃん、天龍は対潜装備を、最上と扶桑さんは私と一緒に空母の相手を!!」

 

「了解!!」

 

「決して無茶はしないで、危なくなったらすぐに退いて!!」

 

「わかりました!!」

 

 指示を出した後、すぐさま包囲網から脱出すべく各自がバラバラに散開する。

 水中の反応もそれぞれを追うように散らばるが、天龍が咄嗟に私が妖精さんに開発を頼んでいた閃光弾とジャミング弾を水中へと撃ち込む。これは水中で爆発と同時に閃光と電磁波で潜水艦の〝目〟を一時的に潰すものだ。

 天龍の咄嗟の判断に感謝しつつ、電探を最大まで稼働させる。既に暗くなった中では意味はあまりないかもしれないが、駄目押しで零式水上偵察機も発艦させる。

 同時に無線機のスイッチを入れ七海に通信をつなげた。

 

「提督、深海棲艦と接触。これより戦闘に入ります!!」

 

『……了解。相手の規模は?』

 

「潜水カ級を五隻確認。恐らくこちらは全て通常の個体です。姿を確認していませんが索敵する艦載機を確認したので軽空母、又は空母もいるようです。ですが……」

 

『ええ、この暗い中で艦載機を飛ばせるなんて……もしかしたら―――』

 

 私の考えと七海が想像していることは間違いなく同じだ。

 艦娘も深海棲艦も、空母は夜戦になると艦載機を使えなくなる。だが、例外が存在するのだ。

 

「恐らく……フラグシップ級がいます」

 

 そう、フラグシップ級の空母は夜間でも関係なく艦載機を飛ばしてくる。他にも〝例外〟の深海棲艦がいるのだが、まさかこの海域まで彼女達がやって来ることはないだろう。

 

 電探に微かだが反応を捉えた。

 私達の索敵範囲のギリギリから感じる微かな反応。それは先程から感じている正体不明の不快感そのものであり、認識した途端に強くなってきている。

 間違いない……これは深海棲艦の気配。それも、とても強いものだ。

 

「最上、扶桑さん、敵の位置がわかった。ここから南南東の島の陰だ!!」

 

『『了解!!』』

 

 三人で全速力で標的を目指す。急がなければ暁や電、天龍が危ない。私が旗艦になった以上、誰も沈ませなんかしない。絶対に全員が無事に帰投してみせる!!

 最上と扶桑が私に合流し、お互いの顔を見て頷き合う。

 

「我、夜戦に突入す!!」

 

 こうして、私の初めての戦闘は始まった。

 

 



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コンゴウ、戦う

 
 最近、艦載機の開発でレア以上が彩雲しかでてこない。他の艦娘に変えても「失敗」か「彩雲」のどちらかしかでない。どういうことなの……(汗)



 電探に反応した島の周りを移動しつつ、島の様子を観察する。

 どうやら以前は小さな火山だったのか凹凸の激しい火山岩などでできた島の中央部は山の様に盛り上がり、地面自体が海から五メートル程の高い位置にある。そのまま長い年月をかけて波が侵食していったのか島の裏側はそり立つような険しい崖が連なる岩場になっており、鍾乳洞のような横穴も多数存在している。恐らく敵はここに身を隠しながら艦載機でこちらの様子を見ていたのだろう。

 既に日は落ち、辺りは真っ暗だ。当然岩陰や鍾乳洞の中の様子など見えはしない。一応、探照灯は艤装の妖精さんが持っているが、今探照灯を灯すなど狙ってくださいと言っているようなものなので使わない。

 警戒しながら最上と扶桑が鍾乳洞の入り口を覗き込む。私は外で電探を起動させながら周囲の警戒を行う。

 

「金剛さん、使われた資材の跡が残ってる。やっぱりここにいたみたいだ」

 

「……どうやら近くにいるのは間違いないみたい」

 

 最上と扶桑が空になった燃料缶を持って中から出てくる。

 電探の反応は間違いなくこの近くから感じるのに姿が見えないとなると……。

 そこまで考えたところで私の足元の海面が急激に盛り上がった。バランスを崩し、倒れそうになる前にその場から離脱する。

 

「やっぱり水中にいた!!」

 

「金剛さん!?」

 

「最上、危ない!!」

 

 私に視線を向けた瞬間、最上の頭上にいつの間に現れたのか敵の艦載機がいくつも襲いかかる。

 それに気付いた扶桑が慌てて対空砲を撃ち、それを撃墜する。しかし、全てを撃ち落とすことはできず、艦爆からの爆撃を受けて最上が吹き飛ばされた。

 

「最上!!」

 

「……グッ、ボクは大丈夫!! まだ小破だから心配しないで、目の前の敵に集中して!!」

 

 どうやら直撃は避けたらしく、すぐに態勢を立て直した最上の叱責を受けて扶桑も私も前方に視線を向ける。

 すると、水中から勢いよく重巡リ級が二体飛び出してきた。その体には赤いオーラが纏わり付いている。

間違いない。エリート級だ。

 

「やっと出てきたわね!!」

 

 扶桑が主砲をリ級に向け、最上と共に水面を滑り出す。

 だが、私はそれに続かず、電探の稼働率を最大に上げる。先程までは何も感じなかったのに今は無数の気配が私達を囲んでいる。

 まだ高いステルス技術と的確な攻撃を行う艦載機を操る存在が現れていない。間違いなく空母なのだから先に倒しておかないと突然頭上から爆撃されかねない。

 無数の反応は間違いなく艦載機だ。常に動き回ってこちらの動きを観察している。油断すれば艦爆や艦攻が容赦なく襲いかかってくるだろう。

 そんな中に一つだけ動かない反応がある。

 

「見つけた!!」

 

 直感でそれが空母だと理解した。

 首の裏を撫でつけるような不快感に加え、首を絞められるような気配を感じる。きっと、これが殺気というものなのだろう。

 緊張で指が震え、鼓動が速くなる。

 

 でも、何でだろう。

 私には不安とか、恐怖なんて感情は全くなくて……。

 どちらかというと……ワクワクする。

 

「……楽しんでるのか、私は?」

 

 疑問を声に出しても返事はない。私しか聞いていないんだから当然だ。

 今から命をかけた戦いをするというのに、私の心は好奇心でいっぱいだった。

 

 今から戦う相手は?

 

 ……深海棲艦だ。

 

 私は何だ?

 

 ……艦娘だ。

 

「そうか、そうだよね。じゃあ……倒さなくちゃね」

 

 艤装の起動率を最大に上げ、水面を滑る様に移動する。

 電探にあった反応へと真っ直ぐに向かう私に無数の艦載機が襲いかかる。艦戦、艦爆、艦攻―――種類を問わず、全ての艦載機が殺到する。

 

「覚悟するんだね。私は……食らいついたらはなさないよ!!」

 

 徐々に気分が高揚してくるのに答えるかの様に対空砲を空に向け、すぐさま砲撃を開始する。体が覚えているのか自然に体を傾け、攻撃を避けながらも足は止めない。

 やがて、艦載機の数が少なくなるとひと塊りになって特攻してくるようになったり、特攻すると見せかけて直前で散開したりと複雑な動きが増えてきた。ならば、それ相応の対応をするだけだ。

 

「妖精さん達、砲弾換装、三式弾!!」

 

 艤装の妖精さんに対空砲の砲弾の変更を告げる。

 ゲームと同じように艦娘には装備できる兵器の数が決められている。決められた数以上の装備は艦娘や妖精さんに大きな負担を与えるからだ。

 だが、ここで一つだけ違うことがある。それは砲弾だ。

 ゲームではダメージを上げる〝三式弾〟や〝九一式徹甲弾〟などの砲弾は一つの装備として装備欄に装備しなくてはいけなかった。しかし、この世界では砲弾は種類を問わず〝弾薬〟として扱われる。つまり、どれだけ沢山の種類の砲弾を積もうとも装備欄を圧迫しないのだ。

 

「三式弾装填完了……撃て!!」

 

 撃ち出された砲弾は艦載機の群れの手前で花火の様に炸裂した。絶妙なタイミングで炸裂した三式弾によって残りの艦載機が纏めて空中で火を噴きながら爆散する。

 それを確認しつつもやはり足は止めない。次の艦載機が来る前に本体を叩く!!

 

 やがて、真っ暗な海の真ん中に誰かが立っているのを見つけた。

 病的に真っ白な肌、肌と同じく真っ白な髪、黒いマントに黒い杖。瞬き一つしない両目に感情はなく、その瞳は不気味に輝く金色をしている。更に目に入るのはその頭に乗っている巨大な塊だ。触手や砲台が両サイドに付いている姿は軽母ヌ級に酷似している。つまりは完全なヌ級の上位個体であり、その名を―――空母ヲ級という。

 

「フラグシップ級のヲ級か……」

 

 堂々と立つヲ級からは不気味な金色のオーラが溢れ出している。そのヲ級に向かって、私は一切の躊躇なく主砲を発射した。

 しかし、ヲ級は最小限に体を捻っただけで砲弾を回避すると新たに艦載機を飛ばしてくる。だが、それを黙って見ている私ではない。艦載機が攻撃する前に三式弾で全てを撃ち落とす。

 そのまま流れるような動きでヲ級の背後へと回り込もうとしたが、振り向きざまに頭に付いている砲塔から砲弾が発射された。

 

「……チッ」

 

 舌打ちしつつ体を捻って回避しながら距離をとる。

 ヲ級も側に新しい艦載機を待機させつつこちらを警戒している。フラグシップ級ともなれば空母といえど高い機動力を発揮してくるとは思っていた。

 だが、練度が高いうえに高速戦艦である私ならばそれを上回る動きができる……筈だった。

 ただ、頭でわかっていても〝私〟の経験不足が足を引っ張っている。〝彼女〟の体が覚えていても〝私〟がその動きについていけていないのだ。

 

「なら、別の部分で補うだけだ!!」

 

 砲弾をわざと海面に発射して巨大な水飛沫を上げる。

 ヲ級も私の突然の行動に困惑したのだろう、動きが鈍ったヲ級は海水を頭から被り一瞬だけ視界が遮られた。その隙に接近する。

 空母であるヲ級は接近されると艦載機を使えない。何故なら自分を巻き込んでしまう可能性があるからだ。

 

「――――ッ!!」

 

 私の接近に気がついたヲ級が杖を振るが、それより先に両腕を掴み至近距離で睨み合う。

 ヲ級の金色の瞳は硝子の様に透き通っているが、その奥には激しい憎悪が浮かんでいるのがわかる。

 掴まれた腕を振り解こうとする腕に力が入り、頭に乗ったヌ級の両側に付いた砲塔がこちらを向く。このまま至近距離で砲撃するつもりなのだろう。

 

「やらせない!!」

 

 咄嗟にヲ級の足を引っ掛けてバランスを崩して照準をズラす。右手を離すと同時に左手を引っ張りヲ級を自分の方に引き寄せる。そして姿勢を低くして一気に拳を振り上げつつ膝のバネを利用してアッパーを顎に打ち込む。

 おそらく肉弾戦をする艦娘の相手などしたことがなかったのだろう、ヲ級は一切反応できずに拳の直撃を受けた。

 艦娘の力は人間の数倍だ。拳を打ち込まれたヲ級は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべるが、直後に大型車に跳ね飛ばされたかの様に空中に吹き飛んだ。

 いくらフラグシップ級の深海棲艦といえど空中に放り出されれば身動きがとれないだろう。重力に引かれて落下を始めるが、それを黙って見ている程私は優しくない。

 艤装の主砲と副砲の全ての砲塔がヲ級へと照準を向ける。腕を振り上げつつ、私は無意識に〝彼女〟の様に叫んでいた。

 

「バァァニングゥゥゥラァァァブ!!」

 

 一斉に発射された砲弾が寸分違わずヲ級へと叩き込まれ、夜空に巨大な爆煙と共に炎の花が咲いた。

 その後も少しだけ警戒していたが反応はない。完全に撃沈できたようだ。緊張が緩み、少しだけ呆然としていたがすぐに我に返って最上と扶桑のところに行こうと振り返る。

 

 しかし、その私の目の前に突然謎の光の塊が現れた。

 

 敵の攻撃かと思わず艤装を構える。しかし、その私の腕は艤装の妖精さんに掴まれて止められた。

 一体何を、と思ったが妖精さん達は嬉しそうに光の周りをくるくると飛び回り始めた。全員が嬉しそうにしているので何か良いものなのだろうか?

 そのうち、妖精さん達は光の塊を大事に抱えると、私の艤装へと戻っていった。一体何なのかを詳しく聞きたいが、今は最上と扶桑の援護に回らなければいけない。

 私は気を引き締めると、二人が戦っている地点へと向かって進み始めるのだった。

 

 



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コンゴウさんと姉妹艦

 
 私的にメガネ掛けてるキャラって大好きなんだ…。



 初陣となった戦いの翌日、私は自分の部屋で報告書をまとめていた。

 あの後、私達は全ての深海棲艦を撃沈し、無事に鎮守府へと帰ってくることができた。天龍と最上が中破、暁と扶桑が小破していたが任務は無事達成することができた。

 私と電は擦り傷程度だったのだが提督からの配慮で報告は翌日でよいと言われ、私はそのまま自分の部屋に向かいシャワーを浴びると、緊張が緩んだこともあってそのままベッドに倒れこんで眠ってしまった。

 いつも通りの時間に目覚め、私は提督に提出する報告書を書くと、部屋の外に出る。既に日は登っているので廊下は明るく、鳥の鳴き声も聞こえてくる。

 短い時間だったが椅子に座っていたので背伸びをして体を伸ばして欠伸を一つ。そのまま、工廠へと足を向かわせる。

 理由は先日の戦闘で手に入れた光の塊を調べてもらうためだ。実は私だけではなくて扶桑や天龍も倒した深海棲艦から光の塊を回収していたのである。これで合計で三つの塊を手に入れたことになる。

 七海への報告書に書く内容の一つとして早目に正体を確認する必要がある。そこで工廠の妖精さんならば何かわかるのではないか、とこうして向かっているわけだ。艤装の妖精さん達が喜んでいたし、悪いものではないと思う。

 そんなことを考えていたらいつの間にか目的地に着いていたらしい。少しだけ緊張しつつ、私は工廠のドアを開いた。

 

◇◇◇

 

 結果的に言うなら、あの塊は悪いものではなかった。

 あれは深海棲艦に囚われていた艦娘の魂なのだそうだ。深海棲艦は時折艦娘の魂を捕らえていることがあり、奴らを倒した時、捕らえられていた魂が解放される。

 それを工廠へと持っていくと、妖精さん達が体を建造してくれるという流れで、ゲームとは少し違うがこれを〝ドロップ〟と呼んでいるらしい。

 ちなみに、建造やドロップで既に鎮守府にいる艦娘が現れた場合、二人目以降は妖精さん達によって艤装や艦娘本人に組み込まれて魂が強化される。これが〝近代化改修〟と呼ばれている。

 

 工廠の妖精さん達へと魂を渡すと、暫くその魂を眺めていた妖精さんがタイマーのような機械に何やら打ち込むと、こちらに差し出してきた。どうやら建造にかかる時間らしい。

 

・1:00:00

・4:00:00

・4:20:00

 

 これが今回の建造時間らしい。

 そして、ゲームをしていた私はこの時間から誰が建造されるかの大体の予想ができてしまった。それだけなら別に大したことじゃない。新しい仲間が増えると喜んだだろう。

 だが、三つの中の一つ……4時間という数字を見た私の思考は完全に停止していた。何故ならこの時間は―――

 

 ―――金剛型戦艦の建造時間だから。

 

◇◇◇

 

 最初は少しだけ……期待していた。

 金剛型戦艦が建造できたら、〝彼女〟が帰ってくるんじゃないかと。でも、それは妖精さん達の話を聞いていくうちに無理だと知った。

 一度轟沈した艦娘は帰ってこない。たとえ同じ艦娘が建造できても中身が違うのだと言われた。

 そもそも、同じ艦娘が何度も建造できるのは艦娘の魂が複製できるかららしい。本体は戦時中に散った英霊達と共に既にこの世になく、その時の艦艇に宿っていた魂のコピーを作りこの世に呼び出したのが艦娘だ。だから艦娘は同じ個体が複数存在し、近代化改修も行えるし、轟沈すれば消えてしまうのだろう。

 だから、たとえ同じ金剛が建造できても〝彼女〟とは別人であり、当然……私とも違う存在になる。

 

 そんなことを思い出しながら、私は執務室で七海へと報告を行っていた。

 七海は報告書に目を通すと、満足した顔で秘書艦の電へとそれを手渡した。電もファイルに丁寧にまとめていく。

 

「三人も艦娘が増えるなんてラッキーだわ。これでまた皆の負担を少し減らせるわね」

 

「鎮守府がもっと賑やかになるのです!!」

 

 笑顔で笑いあう七海と電を横目に、私は小さく溜息をついていた。すると電がそんな私に気がついたのか不思議そうに首を傾げてこちらに視線を向けてくる。

 

「金剛さん……どうかしたのです?」

 

「……え?……ぁ、いや、その……新しく来る艦娘の中にどうやら私の姉妹艦がいるみたいで……久しぶりに会うから緊張してるだけだよ……」

 

「あら、そうなの?」

 

 よかったですね、と笑う電とそれに頷く七海。

 だが、私の内心は複雑だ。艦娘は戦時中の記憶を持っている。だが、私は本当の金剛ではない。性格も口調も何もかも違う私を見てどう思うのか非常に不安になる。

 

 だが、時間は不安になる私を待ってはくれなかった。何とか気をそらそうと電と秘書艦の仕事をしていたらあっという間に4時間半も時間が経っていて、執務室にはこの鎮守府全ての艦娘が集まっていた。

 

「全員集まったわね?今から新しくこの鎮守府に来た三人の艦娘を紹介するわ」

 

 七海の言葉と同時に執務室の扉が開き、三人の艦娘が現れた。

 最初に入ってきたのはセミロングの茶髪を揺らしながら微笑む少女。暗い緑を基準にしたセーラー服が少し大人びた印象を醸し出している。

 

「球磨型軽巡洋艦の四番艦、大井よ。よろしく!」

 

 次に入って来たのは弓道着を来た女性だ。あまり動かない表情と青い袴からクールな印象を受ける。左腕には片仮名の〝カ〟が入った飛行甲板を装着していて、彼女が空母であるということがわかった。

 

「……正規空母、加賀です。よろしくお願いします」

 

 最後に入ってきたのは私とよく似た服装をした少女だった。肩より少し短い黒髪に明るい緑のフレームの眼鏡を掛け、頭には電探を模したカチューシャがある。まさしく一目で金剛型姉妹であるとわかる格好だった。

 

「マイク音量大丈夫? チェック、ワン、ツー……よし! はじめまして、私、金剛型戦艦の四番艦、霧島です」

 

 自己紹介が終わると、さっそく駆逐艦と軽巡洋艦のメンバーが三人を囲みながらわいわいと騒ぎ出した。三人は少し驚いたようだがすぐに笑顔で対応する。

 私はその光景を七海の隣で眺めていた。視線を逸らした私に七海が覗き込む様にして首を傾げる。

 

「金剛、貴女も混ざらなくていいの?」

 

「……ええ、後でいくらでも時間はありますから」

 

「……金剛、何かあったの?」

 

 七海が心配そうにこちらを見るので私は再び顔を逸らした。

 

「いや、少し霧島にどう接するかを考えていて……」

 

「霧島? 彼女は貴女の妹じゃない。どういうことなの?」

 

「それは……」

 

 私は少しだけ頭の中を整理すると、七海へと向き直る。

 

「……私は昔と比べてだいぶ変わりました。昔は明るくて、皆を盛り上げる頼れる姉だったのに……今はとても弱くなってしまって……こんな私でも、霧島は昔のまま接してくれるか不安なんです」

 

 中身が違うなんて言えないので私なりにぼかして七海へと説明する。

 私は金剛じゃない。霧島が私に向ける言葉は今は亡き〝彼女〟に向けるべき言葉だ。私は霧島の姉にはなれない。いや、なってはいけないと思ってしまう。そんな考えが私の心にシコリを残していた。

 

「……金剛」

 

「私は昔とは違います……別人だと言ってもいい。だから、霧島と話すのが怖いんです」

 

 皆に囲まれて笑っている霧島を見つめながら、私は落ち着かない心を抑える様に左手の指輪を握りしめていた。

 どうすればいいのかわからなくて、答えの出ない問題を解いてるみたいだ。

 その時、隣から深い溜息が聞こえてきた。七海だ。

 

「……馬鹿ね、金剛」

 

「……え?」

 

「そんなことで悩むなんて馬鹿らしいと言ったのよ」

 

「そんなことって……ちょっ、何を!?」

 

 呆れた顔で七海は私の腕を掴んで歩き出した。その先には霧島がいて、七海が何をしようとしているのか理解した私は血の気が引いた。

 

「提督、ちょっと待って!! まだ心の準備が―――」

 

「はいはい、そんなもの必要ないわよ」

 

 七海の視線に気がついたのか、霧島の周りにいた艦娘達が道を開けていく。

 手を振りほどいて逃げたくなるが、艦娘の怪力で七海に怪我をさせるわけにもいかないので抵抗できずに引き摺られていく。

 やがて霧島も七海に気がついたのかこちらに視線を向けて満面の笑顔を見せた。

 

「あ、提督!! それに金剛姉様!!」

 

「これからよろしくね、霧島。ほら、金剛も……」

 

 ぽん、と肩に手を置かれて霧島の前に突き出される。

 その時点で私の思考は完全に停止し、緊張で喉がカラカラだったけど、それでも何とか言葉を絞り出した。

 

「ぁ……その……ひ、久しぶり、霧島」

 

「はい、会いたかったですよ金剛姉様!!」

 

「……う、うん」

 

 笑顔のまま私の手を握る霧島に何とか頷いていると、いつの間にか七海は加賀の近くに移動していて、周りにいた他の艦娘達も私達を気遣ったのか大井の方へと移動していた。

 

「あの……その、霧島……」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 続く言葉が浮かばなくて俯いてしまう。

 こんな時、〝彼女〟ならどうしていただろう。やはりいつものような明るい声で抱きついたりするのだろうか。

 視界が滲んでくる。今からでも逃げ出してしまおうか……。

 

「姉様、泣かないでください」

 

 霧島の声が聞こえると同時に優しく抱きしめられた。

 体型はほとんど変わらないので至近距離で見つめ合う形になってしまう。少し恥ずかしいので視線を逸らした。

 

「霧島……私、随分変わったよ。昔みたいに皆を引っ張るような頼れるお姉さんじゃなくなっちゃった。霧島は、そんな私でも―――」

 

「関係ないです」

 

「―――え?」

 

 霧島は真っ直ぐに私の目を見てそう言った。

 もう一度、先程よりも強く抱きしめられる。彼女の顔が見えなくなってしまったけど、密着した部分から温かい体温が伝わってきて、とても落ち着いてくる。

 

「私にとって、姉様は姉様です。たとえどれだけ変わってしまっても私はずっと姉様って呼びます」

 

「霧島……」

 

 おずおずと霧島の背中に手を回して抱きしめ返す。

 どれだけ変わっても、という言葉は私の中の不安を大きく溶かしていった。まだ胸の内のシコリは完全には消えないけど、とても軽くなった気がする。

 

「ありがとう、霧島」

 

「姉様の妹ですから、当然です」

 

 二人で笑い合うと、手を引いて皆の所に向かう。今度は私から積極的に霧島を引っ張っていく。いつの間にか、私は笑顔になっていた。

 

 ―――ねぇ、金剛。

 私、君みたいにはなれないかもしれないけど、私なりにもっと頑張ってみるよ。だから、君の代わりに姉と呼ばれてもいいかな。

 

 ―――イエス、頑張ってネ、提督。私はいつでも応援してマース。

 

 私の背中を押すように、〝彼女〟の声が聞こえた気がした。

 

 




 ちなみに、私の金剛姉妹が着任した順番は、金剛、霧島、比叡、榛名、の順でした。


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コンゴウと霧島★

 
 勝手な思い込みですが、霧島さんって、しっかり者だけど実は姉妹の中では一番甘えん坊じゃないかと思ってます。



 

 

 今日も私はいつもの時間に目を覚ました。

 固まった筋肉を伸ばすために背伸びをして目を擦る。隣のベッドを見ると姉妹艦である霧島が静かな寝息を立てていた。

 霧島は姉妹艦ということもあって私と同じ部屋で生活している。しっかり者である霧島は細かい気遣いがあり、部屋の掃除も今は彼女が進んで行っている。私が仕事をしていると紅茶も淹れてくれてとても助かるし、書類を七海に持って行ってくれるしで大助かりだ。

 しかし、そんな霧島にも弱点がある。朝が非常に弱いのである。起きてから一時間は頭が働かないらしく、歩く時も半目のままフラフラとしている。そのため朝食に連れて行く時は常に手を握っていないと壁や柱に頭をぶつけてしまう。

 

「霧島、朝だよ」

 

「……ぅん」

 

 肩を揺らして起こそうとするけど身動ぎするだけでなかなか起きない。それでも何度か揺らしていると十分程で漸く体を起こした。だが、やはり半目でフラフラと足取りが覚束ない。

 

「ほら、顔を洗っておいでよ」

 

「ふぁ……はい、わかりましたぁ姉様」

 

 洗面台のある部屋に消えていく霧島を見送り、ふと机の上にある霧島の眼鏡に目がとまる。

 実は霧島はあまり視力が悪いわけではない。この眼鏡も伊達眼鏡のようなものだ。彼女のお気に入りはライトグリーンの眼鏡だが、他にも様々な形の眼鏡を持っていてその日の気分で変わる。今日の眼鏡はシンプルな黒の長方形のフレームだ。

 ちょっとした興味からかけてみると、丁度いいタイミングで霧島が部屋に帰ってきた。

 

「うぅ……やっぱり朝はどうしても……ハッ!?」

 

「あ、おかえり霧島。……どうかした?」

 

「い、いえ……別に、何でもありません。あの、その眼鏡……」

 

「あ、そうだった。ちょっと着けてみたくなって……はい、返すね」

 

「あ、ありがとうございます。……もう少しそのままでもよかったのに」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 何故か顔が赤くなった霧島へと眼鏡を返した。最後の呟きがよく聞こえなかったけど、どうやら目も覚めたみたいだし、食堂へと向かうとしよう。

 

「霧島、朝食を食べに行こう?」

 

「いっそ姉様用の眼鏡を……あ、はい、わかりました!」

 

 笑顔で返事をした霧島と並んで食堂へと向かう。いつもは彼女が転んだりしないように手を握るのだが、今日は完全に目が覚めているからか腕に抱きついてきた。

 

「ちょっ……霧島?」

 

「ふふふ、比叡姉様と榛名姉様が来るまでは私が金剛姉様を独占です。……さぁ、行きましょう!」

 

「……う、うん」

 

 何だか今日の霧島はテンションが高い。いつもは頭脳派でしっかり者なイメージだから新鮮な感じがする。まぁ、これもまだ私が知らない霧島の一面なのだろう。そう思うとこの妹が今まで以上に可愛らしく思えてくる。

緩む口元を霧島に見られないようにしつつ、私達は食堂への廊下を歩くのだった。

 

◇◇◇

 

 朝食を食べてから私と霧島は執務室で書類仕事をしていた。霧島は事務処理能力も高かったので、秘書艦として私と電と同じく日替わり秘書艦の仲間入りをすることになったのだ。ちなみに、私よりも処理能力は高い。

 時折眼鏡の位置を直しながら書類を整理していく霧島の姿はとても似合っている。

 

「ふう、これで今のところは全部かな……」

 

「姉様もお疲れ様です。一休みしましょう。今、紅茶を準備しますね」

 

「ありがとう、霧島」

 

 そのまま休憩に入り霧島の淹れた美味しい紅茶に満足しつつ、時間を確認するとお昼を少し過ぎたあたりだった。昼食を食べに食堂へ向かい、二人で間宮さんの料理に笑顔になると三十分程お腹を休めてから食器を片付ける。

 

 さて、それからは基本的に自由な時間なのだが、私は今艤装を展開して鎮守府正面の演習場にいた。

 私と同じく出撃がない霧島も興味があるのか隣で私の様子を眺めている。

 

「姉様、これから訓練でもなさるんですか?」

 

「訓練というより〝鍛錬〟かな」

 

 今から私がやるのは接近戦の練習だ。

 以前の戦闘でフラグシップ級のヲ級に接近戦が通用したので一応それなりの型を作っておいた方がいいと考えたのが始まりだったりする。

 基本的に戦艦である私達は遠距離から攻撃するのが主流となる。当然、基礎が同じ深海棲艦も攻撃方法は同じだ。故に、私達も深海棲艦も基本的に接近戦という戦法を使わないし、そもそも接近戦自体できない者もいる。天龍のように近接武器を持っていたり、駆逐艦の中には至近距離から魚雷を叩き込んだりする者もいるが、大半は接近されると攻撃がやり辛くなるのである。だから、私はいざという時の為に接近戦の鍛錬を行うことにした。

 

 さて、実は私は人間だった頃に剣道をしていた。

 最初は天龍のように刀型の艤装を作ってもらおうかと考えたが、金剛型戦艦である私にはその装備が適応できないことが判明した。つまり近接武器は己の肉体のみとなる。

艤装を鈍器のようにして殴る方法も考えたが、私の艤装は腰にあるためそれで殴りかかると相手に背中を見せる体勢になってしまう。

 やはり素手による格闘が理想だという結論に至ったのだが、ここで剣道の動きが役に立った。

 経験者は何となく理解できるだろうけど、剣道は相手の動きを観察し、どのような時でも即座に相手に踏み込めるように摺足による足運びが重要になるのだが、小さい頃から剣道を続けていた私には自然とその足運びが身についていた。

 そこに艦娘としての身体能力を組み合わせてみるととんでもない破壊力を生むことがわかった。一度、剣道の〝突き〟と同じ感覚で全力で踏み込みながら真っ直ぐ殴ったら訓練用のダミーに大穴が開いてしまい、驚愕した。

また、剣道で技を出す時は捨て身で飛び込むこともあるのだが、この動きが拳での格闘と相性が良いのである。

と、そんな感じで私は足場が不安定な水上でもその威力がいつでも出せるように鍛錬中だ。まだ上手く力を乗せられない事が多いが、有名な言葉に〝千の稽古を『鍛』とし、万の稽古を『錬』とする〟という言葉もあるし、こつこつと頑張るつもりである。

 そんな時、見学していた霧島が近付くのが見えて一旦動きを止める。

 

「姉様、何故格闘の鍛錬をなさるんですか?」

 

 どうやら純粋に戦艦の私が接近戦を行うことに疑問があるようだ。

 そこでヲ級に接近戦が有効だったことを含めて私の考えを話してみる。すると、彼女は眼鏡の位置を直しながら「……ほう」と感心したように呟いた。

 その後、暫く考え込んだかと思うと唐突に私に視線を向けながら、

 

「私も是非一緒に鍛錬したいのですが……」

 

 と、言ってきたので二つ返事で了承したのだが、これが後々になってとんでもない事になるのは余談である。

 

◇◇◇

 

 さて、夕方になって雨が降り出したため鍛錬は終了。汗をかいたのでシャワーを浴びに入渠用施設にやってきたのだが……何故か霧島が私と同じ部屋に入ってきた。しかも笑顔で。

 この入渠用施設には四つの浴室があり、当然一人一部屋なのだが霧島は全くの迷いなく私と同じ部屋に入ってきたのだ。

 

「……あの、霧島?」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「いや、その……ここは私が使うんだけど?」

 

「はい、ですからご一緒します」

 

 眼鏡の位置を直しながら和かに言ってのける我が妹に思わず頭を抱えたくなった。

 ちゃんと隣の部屋を使えと言いたかったが、あまりにも期待のこもった眼差しで見つめられ、結局私が折れてしまった。甘やかしている自覚はあるが、生前に兄弟がいなかった私にとって初めての妹なのだ。あきらかにやり過ぎな行動をしているのに何故か微笑ましく思えてしまう。

 

「……ぅ、あー……今回だけだからね?」

 

「はい、全力でお背中をお流しいたしますね!」

 

「……う、うん」

 

 ちなみに、裸を見たり見られたりはもう気にならない。最初は自分の裸にも羞恥心があったのだが、駆逐艦の子達と何度も一緒に入ったり、艦娘としての感性に馴染んできた頃にはいつの間にか気にならなくなっていた。

 

◇◇◇

 

 夕飯の間宮さん特製カレーを二人で食べた後、明日の日程の確認を行うために執務室にいる七海の下へと向かう。

 七海は大抵の時間は執務室にいるので探すのに苦労はしない。だが、七海も年頃の少女だ。もう少し買い物に行くとか、お洒落してみるとかしてもいい気がする。休日なのに制服姿で執務室にいた時は驚愕したものだ。

 まぁ、その話はまた今度にするとして、霧島と二人で七海から聞いた明日の予定をそれぞれの部屋に伝えに行く。今は使われている部屋が少ないのでこうして直接伝えて回っているが、人数が増えればそのうち掲示板を使用する事になるだろう。

 霧島と一緒に部屋に入って遊ぼうと言う駆逐艦達の誘いをやんわりと断りつつ、他の部屋も回って自分の部屋に戻ってきた。

 この後は消灯時間まで自由時間なので雨音が聞こえる中で読書や艤装の点検を行う。本来はこの時間に入浴を済ませるのだが、夕食前に霧島と一緒に済ませてしまったので時間がいつもより余ってしまった。仕方がないので艤装の妖精さんを撫でながら新しい装備開発を考える。

 最近はエリート級やフラグシップ級に遭遇する可能性が高くなったので今まで以上に索敵に力を入れなくてはならないから、加賀さんの積む艦載機の開発は勿論のこと、私や霧島が積める水上偵察機の改良も考えなくてはならない。

 これはいっそのこと改良ではなく『零式水上観測機』の〝開発〟も視野に入れておくべきかもしれない。弾着観測射撃の制度の向上も見込めるし、さっそく明日工廠に申請に向かおう。

 

「……おや?」

 

「霧島、どうかした?」

 

 ふと、テーブルを挟んだ向かい側に座っていた霧島がカーテンのしまった窓へと視線を向ける。

 暫く首を傾げていたが、やがて何かを思い出したのか慌てて立ち上がった。

 

「しまった、ベッドのシーツを干したまま取り込んでいませんでした!!」

 

「……あ」

 

 外は雨が降っていた筈なので間違いなく洗濯物はずぶ濡れになっているだろう。暫く無言で見つめ合った後、私達は二人して物干し場へと走り出したのだった。

 まぁ、結局、洗濯物は全滅だったのは言うまでもない。

 

 びしょ濡れの洗濯物を一通り絞ってから再び洗濯機に放り込み、私は予備のシーツを取り出したのだが、これが一人分しかなかったのだ。

 消灯時間も過ぎてしまったし、無い物は仕方ないので一つのベッドに霧島と二人して寝ることになった。

 

「すみません姉様。私としたことがこんなミスを……」

 

「いやいや、ミスは誰にだってあるよ。だから気にしないで……ね?」

 

「……うぅ、はい」

 

 電気を消すと月明かりもない部屋は真っ暗になる。雨音だけが聞こえてきて、どうしても〝彼女〟を失った日を思い出してしまう。暗い海と雷と雨。とても冷たくて、寒くて、凍えそうだった。

 今でも、雨の日は寒くて仕方がない。体じゃなくて心が凍えそうになって……寒い。

 いけない……暗い考えは止めよう。じゃないと後悔ばかりが浮かんでくるから。早く寝てしまおう。数日前まではなかった気配を隣に感じながら、私は目を閉じた。

 ふと、そういえば寝る時に隣に誰かがいるのは初めてだと気がついた。生前も、今も、こうして同じベッドで寝る相手はいなかったのだ。私には親や兄弟がいなかったから……。

 初めての感覚はどこか落ち着かなくて、でも安心できるような不思議な感覚だった。

 少しだけ手を動かせば霧島の手に指先が触れる。それに気がついたのか、彼女は私の手をゆっくり握った。ほんのりと温かい体温に安心する。

 

「……霧島」

 

「なんですか、姉様?」

 

「……手、温かいね」

 

「姉様は少しだけ冷たいです」

 

「……そうなの?」

 

「そうですよ。それに……少しだけ、震えてます。寒いんですか?」

 

 少しずつ意識が落ちていく中で握られた手の温度だけがはっきりと感じとれて、もっとその温度に縋りつきたくて、私は霧島の手を握り返した。

 

「……霧島、このまま……手を…握ってても……いい?」

 

「はい、姉様がそう望むのならば……」

 

「……ありが…とう」

 

 そこまで言って、私の意識は夢の中へと沈んでいく。

 それでも、右手に感じる温かさはずっと続いていて、きっと明日はいい気分で朝を迎えられると確信できた。心の中でもう一度彼女に礼を言う。

 ありがとう、霧島。

 

 あの日と同じ雨音が聞こえていても、私はもう、寒くない。

 

 




 下手くそながらちょっと絵を描いてみました。やはり絵を描くのは難しいですな。


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コンゴウさんと暁ちゃん★

 
 仕事が休みだったので二度寝しようかとごろごろしていたらふと浮かんだエピソードです。挿絵も含めて三十分で書き上げました。では、おやすみなさいzzzz



 

 天気は快晴、風はなし、波もないという絶好の出撃日和。

 この絶好の出撃日和にこの岩川鎮守府最強のコンゴウはどうしているかというと……

 

「……よし、準備はいいかな、暁ちゃん?」

 

「もちろんよ、いつでも行けるわ!!」

 

「……じゃあ、いくよ!!」

 

「はい!!」

 

 眼前には犇めく無数の敵影、こちらのメンバーは二名だけで退路はなし。武装は己の肉体のみ。

 開戦の合図と共に二人は駆け出した。艦娘の身体能力を全力で発動して雪崩の様に押し寄せる敵へと飛び込んでいく。

 だが、敵もタダではやられない。

 コンゴウが一人に腕を捕まれて失速した。その途端に一斉に敵の波に飲み込まれ、押し倒される。せめて道連れにするつもりなのだろう。

 

「しまった!?」

 

「金剛さん!?」

 

「……くっ、私のことは気にしないで早く先へ!!」

 

「で、でも……」

 

「行って!! 早く!!」

 

「くっ……金剛さん、ごめんなさい!!」

 

 暁が走っていく姿を見届けて、コンゴウは穏やかな笑みを浮かべた。

 小柄な彼女ならきっと大丈夫。そんな確信があった。

 

「……悔しいな、まさかこんな所で終わるなんて」

 

 多くの人達の下敷きになりながら、コンゴウはそんなことを呟いた。敗北者である彼女にはこれより先に進む資格などないのだ。そう、ここは……

 

 タイムセールという名の戦場なのだから。

 

◇◇◇

 

「いやぁ、大量だったね!!」

 

「ふふん、暁にかかればこれくらいは当然なんだから!!」

 

 帰りの道を歩きながら、コンゴウと暁は両手に持った袋に目を向けていた。

 あのタイムセールという名の戦場から無事に生還した二人は充実した疲労感に笑顔を浮かべていた。

 

「しかし、特売日にタイムセールが組み合わさると本当に戦場になるね」

 

「そうね、何時もの倍は人がいたんじゃないかしら。金剛さんが早々にリタイアしちゃったし、主婦ってすごいのね」

 

「そもそも艦娘の身体能力についてくる主婦の皆さんが異常だと思うんだけどね。まさか戦艦の私が押し倒されるなんて思わなかったよ」

 

 金剛は目的の物を目指して突き進む奥様方のプレッシャーを思い出して身震いした。あれはフラグシップ級の敵をも凌駕する圧力だった。

 

 今日は岩川鎮守府の決まりにある月に一回の間宮さんを休ませる日である。

 いつも皆の食事を作ってくれる間宮さんを労い、彼女の代わりに他の艦娘達が料理を行うのだ。コンゴウと暁はその材料の買い出しに片道数十分の道を歩き街まで来ていた。今はその帰りである。

 

「少し休憩しようか、暁ちゃんも疲れてるでしょ?」

 

「そうね、喉も渇いたし」

 

 鎮守府へと帰る最中に小さな公園を見つけた二人はタイムセールの疲れから少しだけ休憩をすることにした。

 食材の中には生物もあるが自販機で買った飲み物を飲むくらいの時間はあるだろう。

 

「暁ちゃんは何を飲む?」

 

「ジュースくらい自分で買うわよ」

 

「さっきは早々にリタイアしたからね。ジュースくらい奢らせてよ」

 

「そう?なら、オレンジジュースがいいわ」

 

「了解」

 

 コンゴウはお金を入れると、暁に言われたオレンジジュースと微糖の缶コーヒーのボタンを押す。

 二人は公園のベンチに座ってそれぞれの飲み物の蓋を開けた。

 

「ふう、久しぶりに飲んだけど……やっぱり紅茶がいいかな」

 

 一口飲んだコーヒーの缶を軽く揺らしながら、コンゴウは大きく息を吐いた。青空を何となく見上げてもう一口飲む。

 

「金剛さんって紅茶が好きよね。何でコーヒーを買ったの?」

 

「昔はよくコーヒーを飲んでたからね。久しぶりに飲みたくなったんだ」

 

「ふーん……」

 

 何となく暁は隣に座るコンゴウを見上げてみる。

 何処か遠くを見ているその姿は儚げで、指輪を眺めている時と同じく哀愁に満ちていた。

 

 その姿に、何故か暁はどうしようもない焦りを感じていた。

 今、この場から消えそうなくらいに儚くて、見えない壁を挟んだ別の世界にいるような感覚。突然目の前から消えてしまってもおかしくないくらいコンゴウの姿は希薄に見えてしまう。その姿を見て、暁は咄嗟に口を開いていた。

 

「こ、金剛さん!!」

 

「ひゃっ!?ど、どうかしたの!?」

 

「あ、いや……その……」

 

 咄嗟にコンゴウを呼んだ暁だったが、自分が何故彼女の名前を呼んでしまったのかわからなかった。ただ、振り向いたコンゴウは元の頼りになる姉の雰囲気に戻っていたので、そのことに彼女は安堵した。

 俯く暁の様子に困惑したコンゴウは立ち上がると暁の目の前にしゃがみ、ジュースを握る手を包むように握ってあげた。目線は同じ高さで、できるだけ不安を感じさせないように優しい笑顔を見せる。

 

「ゆっくりでいいから、何かあったの?」

 

「えっと、その……何かあったんじゃくて……うーん、何て言えばいいのか…………」

 

「そう……悩みがあるなら相談してね?」

 

 コンゴウは暁の頭を何度か撫でると、再び隣に腰掛けた。

 何故だか急に恥ずかしくなってきた暁は赤らんだ顔を見られないようにコンゴウとは逆の方向に顔を逸らした。

 そのまま暫くの間二人の間に会話はなく、ただ飲み物を飲む二人の姿があった。

 

 そのまま飲み物を飲み終えた二人は立ち上がるとゴミ箱に缶を捨てる。

 再びコンゴウへと視線を向けた暁は何か雰囲気を変えるために徐に口を開いていた。

 

「コンゴウさんって凄く素敵なレディよね……」

 

「……へ?」

 

 暁の呟きにコンゴウは首を傾げたまま疑問を口にしていた。いきなり素敵なレディだと言われても何のことかわからない。それに、コンゴウは見た目こそ艦娘だが中身は元男性、レディだと言われても違和感しか感じなかった。

 

「私はレディってガラじゃないよ」

 

「私からしたら立派なレディだと思うわ。気遣いはできるし、頭はいいし、苦いコーヒーなんかも飲めるし……」

 

 それに、と暁は言いにくそうに少しだけ口籠もりながらも言葉を続けた。

 

「その指輪を見る時の表情が……その、凄く綺麗だなって思って……」

 

 そう言った暁の顔は真っ赤になってしまっている。

 自分が何故こんな話を選んでしまったのかと、暁は羞恥と後悔が混ざったような複雑な顔をしていた。そんな彼女をコンゴウは困ったように見つめている。

 

「うーん……そうだなぁ。暁ちゃんはそもそも〝レディ〟って何だと思う?」

 

「……え?」

 

 コンゴウからの質問に暁は固まった。

 日頃自分からレディと扱えなどと言っているが、そもそも一人前のレディとは何であるのか。暁はすぐに返答できなかった。

 

「えっと……大人で、何でもできる綺麗な人で……」

 

「うん、それも一つのレディの形なんだと思う。でもね、この問いに明確な答えなんか無いかもしれないよ? 考えは人それぞれだし」

 

「……そうなの?」

 

 暁の不安げな顔にコンゴウは頷く。

 

「そう、一応私個人の考えでは素敵なレディっていうのは人を思いやれる人だと思うんだ。」

 

「人を、思いやれる……?」

 

「そう、家族や仲間、上司や部下、知らない他人まで含めて、思いやりを持って接することができる人を私はレディだと思う。綺麗だとかそういう見た目じゃない、心が強い女性をそう言うんじゃないかな」

 

 その時のコンゴウの脳裏に浮かんだのは大切な〝彼女〟の姿。その姿を見た暁はコンゴウを見上げながらしっかり頷いた。

 

「私、もっと頑張る。皆から信頼されるような艦娘になってみせるわ!!」

 

「うん、暁ちゃんならきっとなれるよ」

 

 眩しいくらいの笑顔を浮かべる暁に、金剛も笑顔になった。

 そろそろ帰ろうかと置いていた荷物を持ち上げようとして、不意にコンゴウが暁に振り返る。

 

「ところで暁ちゃん」

 

「うん、どうかしたの?」

 

「この話題を私にしたってことは……誰か気になる相手でもいるの?」

 

「……っ、はぁ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 コンゴウの言葉に暁はまた赤面する。もう今日だけで何度赤面したかわからない。コンゴウはそんな彼女を微笑ましく思いながらも歩き出した。

 

「ちょっ……ま、待って金剛さん!!」

 

「ふふふ、暁ちゃんがレディになる日は案外近いかもね」

 

「違うから!!違うからね!?」

 

 笑いながら歩くコンゴウとそれを追いかける暁の姿を、雲から覗く太陽だけが優しく見守っていた。

 

 




 
 起きてから一度見直しましたが、文章がおかしかったり誤字脱字があるかもしれませんので見つけたらどんどん指摘してください。


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番外編・なぜ彼女は提督を目指したのか

 
 遅くなって申し訳ありません!!



 

 開いた窓から吹き込む冷たい風に書類を書いていた少女の手が止まる。

 ふと外を見れば辺りはすっかり暗くなっていた。時計の針は深夜の時間帯を指しており、誰も座っていない秘書艦の机に目を向ければ〝見回り中〟と書かれた札が置かれている。どうやら相当集中していたのだろう、固まった筋肉を伸ばそうと背伸びをすれば同時に心地よい倦怠感と眠気がやってくる。

 仕事を始めたのが夕飯後だった筈なので、軽く五時間以上は書類と格闘していたことになる。

 

「……ふぅ」

 

 小さく息を吐きながら、七海は集中し過ぎて自分の周りの変化に気づかないという悪い癖に頭を抱えた。

 きっと今日の秘書艦のコンゴウも見回り前に七海に一言くらい声をかけていた筈だ。きっと碌な返事も返していないのだろうということは七海自身も分かりきっていた。

 

「……私の悪い癖、か」

 

 脱力しながら机に突っ伏すと、僅かに感じていただけだった眠気が一気に彼女の意識に靄を掛けていく。徐々に落ちる瞼の先に見えたのはたった今執務室に帰ってきたコンゴウの姿だ。何かを言っているようだったが残念ながら今の七海には声は聞こえていない。

 彼女の意識はゆっくりと微睡みの中に落ちていった。

 

◇◇◇

 

 鈴音七海という少女は天才だった。

 その才能が開花したのが6歳頃。軍人だった父の影響か性格は真面目で正義感溢れる前向きで元気な少女であった。ただし、それを表に出さずいつも冷静な判断ができるように意識し続け、自分を常にコントロールしていた。更に初等部入学前から軍人学校の中等部までの問題で満点を取るなど、周囲から神童だの天才だの囃し立てられるのにそう時間はかからなかった。

 

 七海は父と同じく陸軍に入隊する道を選び、軍人学校へと入学した。

 丁度その頃、世間では深海棲艦の活動が活発だという話が持ち上がっていたが、陸軍を目指していた彼女にとって海への関心は殆ど無かった。

 ただ、艦娘と呼ばれる存在だけには興味があったのだが、まだ軍人ではない彼女に軍事機密である艦娘を見れる機会などある筈もなく、軍人学校初等部での生活は緩やかに過ぎていったのだった。

 

 そんな彼女の転換期となったのは中等部に入ってすぐの頃、初夏の日差しが眩しい休日のことだった。

 小さい頃から頭の回転が早かった七海は、その集中力故に一つの事に集中すると周りが見えないという悪癖があった。

 その日、彼女は夏休みの計画を頭の中で組み立てながら登校していてうっかり信号を見落としてしまったのである。

 結果、七海は右から走ってきたトラックに撥ねられ、意識不明の重体となってしまったのだった。

 

◇◇◇◇◇

◇◇◇

 

-七海side-

 

 深く沈む感覚。

 呼吸ができないくらいの圧迫感と、無理やり底に引っ張られる感覚に酔いそうになる。

 ただただ暗い水の底に引っ張られて意識が消えそうになった瞬間、声が聞こえた。

 

『そっちは駄目だよ。戻れなくなる。……こっちにおいで』

 

 声と同時に腕を引かれる様な感覚。

 知らない声なのにどこか安心する女性の声。それに逆らわず、ただ身を任せた。

 

 気がつくと、私は砂浜に立っていた。

 さっきまで感じていた息苦しさも、引っ張られる感覚もない。いつもの感覚に安堵しながら周りを見回す。

 そこは不思議な場所だった。

 地平線の彼方まで広がる広い海と、雲一つない青空。背後には小さな丘があって、その頂上に一本の大きな桜の木がある。風に揺れた枝から花弁が散るが、その桜は一向に減る気配がない。

 まるで時間が止まっているみたいだと、そう思った。

 

「君みたいな子供が来るなんて、珍しいね」

 

「……っ!?」

 

 突然聞こえた声に振り返る。

 全く気配を感じさせないまま、私の背後に一人の女性が砂浜に座り込んでいた。

 長い茶髪が印象的な女性で、前髪で顔が見えないが恐らく二十歳前後だろう。ボロボロの服を着ていて、その視線はずっと水平線を見つめている。

 

「君は迷子かな?」

 

 視線を動かさず、その人は私に語りかけてきた。

 初対面なのに何故か懐かしく感じる不思議な声だ。

 

「……お姉さんは、だれ?」

 

「私は艦娘だよ。もっとも、既に御役目を全うしたんだけどね」

 

 彼女は自分を艦娘だと言った。

 確かに彼女の背中や腰には中破した機械が取り付けられている。その視線に気がついたのだろう、彼女はそれが〝艤装〟というものであると教えてくれた。

 

「君はどうして此処に?」

 

「……わからない。でも、たぶん事故だと思う」

 

「……そっか」

 

 そのまま無言になり、二人で水平線を暫く見つめた。

 どれくらい見続けたのか分からないけれど、太陽の位置は変わらず、相変わらず時間が進んでいないのだと改めて実感させられる。

 

「君はそろそろ帰りなさい。此処は死者が来る所だから、君にはまだ早い」

 

「死者が来る所……じゃあ、お姉さんも死者なの?」

 

「まぁ、そうだね」

 

 大きく深呼吸をしながら伸びをする彼女はとても死者とは思えない程に気楽そうに見えた。

 

「お姉さんは帰らないの?」

 

「私は帰らないよ。此処で会わなきゃいけない人がいるんだ」

 

 そう言いながら立ち上がり、スカートに付いた砂を手で叩いて落とす。その左手の薬指に綺麗な指輪があった。白金の指輪は彼女と同じく汚れていたけど、それでも尚光を失わない力強さを感じた。

 

「私と違って君には未来があるんだ。さぁ、君のあるべき場所に帰りなさい」

 

 そう言って笑う彼女の前髪が風で揺れて、その時見えた顔が美しく、見惚れてしまう。

 気付けば砂浜を歩き出した彼女へと思わず声をかけていた。

 

「あの、名前を教えていただけませんか!?」

 

「私の名前?……私は●●●●だよ。君は?」

 

「私は七海……鈴音七海といいます!!」

 

 私の名前を聞いて、彼女は一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐに元の優しい笑顔に戻った。

 

「そうか……君は…提督の……」

 

 呟かれた言葉は小さくて聞き取れなかったけど、疑問に思う前に彼女は徐に左手の指輪を外して私に手渡した。

 傷だらけだけど、綺麗な白金の指輪。

 どこか暖かい気持ちになる不思議な感覚が私を包んだような気がした。

 指輪を眺める私の頭を撫でて、彼女は真っ直ぐな瞳で私を見つめた。

 

「君を待ってる子達がこの海にいるんだ。私と同じ艦娘なんだけどね。」

 

「……私を、待ってる?」

 

「そう、君には彼女達を指揮し、導く資格がある。私が保証するよ。君は間違いなく提督になれる。その指輪は御守りとして君が持っていて」

 

「……私が、提督に?」

 

 頷く彼女の姿が徐々に霞んでいく。

 驚く私に彼女は「時間だね」と呟いた。きっと私は帰るべき場所に帰り、彼女は此処に残るのだろう。

 

「さよなら、七海ちゃん。……また会おうね」

 

「……ぁ」

 

 気がつくと、私の視界は再び暗い海面に沈むように真っ暗になった。でも、今度は苦しくもないし気持ち悪くもない。

 何時ものように自分の部屋のベッドで眠る感覚。緩やかな微睡みの中に落ちる様に、私の意識は暗転した。

 

◇◇◇

◇◇◇◇◇

 

 結局、私が目覚めたのは事故から十日後のことだった。

 あの後、家族や友達が泣きながら病室に駆け込んできて看護婦さんに怒られたり、検査やリハビリで夏休みの半分を無駄にしたりと色々あった。

 あの時、私が迷い込んだ場所は一体何だったのか、そして彼女が誰だったのか、それは今でもわかっていない。ただ、一つだけわかっているのはあれが夢ではなかったことだ。

 目が覚めた後も、私の手の中には指輪が残っていた。彼女がくれた指輪は今も確かに私の机の引き出しに仕舞われている。

 彼女はまた会おうと言っていた。なら、この指輪は彼女と再会したその時に返したい。

 そして、私を待っている艦娘達と共に戦いたい。あの場所での短い時間でそんな思いが私の中には芽生え始めていた。

 

 だから、私は提督を目指した。

 

◇◇◇

 

「……あれ?」

 

 肩に何かが掛けられた感触がして目が覚めた。

 懐かしい夢を見ていたものだと、そう思いながら振り返れば微笑んだ金剛が毛布を片手に立っていた。

 

「すみません、起こしてしまいましたか?」

 

 ふと、金剛の顔に彼女の顔が重なった気がした。

 長い茶髪も同じだし、何より笑顔がそっくりだ。それが何だか嬉しくて、ついつい笑ってしまう。

 

「……提督?」

 

「いえ、何でもないわ。懐かしい夢を見ただけ」

 

「夢、ですか……」

 

 金剛に私が体験した事を話すと、彼女も不思議そうに首を傾げて考えこむ。自分でも不思議な体験だったと思うし、こればかりは口で説明するよりも実際に体験しなくては理解できないだろう。

 

「……もしかしたら、提督が見た場所は〝桜の丘〟ってやつじゃないですか?」

 

「桜の丘……」

 

 死後の英霊達が辿り着くという死後の世界。

 現在は靖国の事をそう呼ぶことがあるのだが、きっと彼女が言うのは死後の世界のことだろう。

 いつか、私が死んだら彼女と再び再会できるのだろうか。

 それまでに立派な提督になれるといいのだけど。

 そんなことを思いながら、私は星空を暫くの間眺め続けていた。

 

 



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現在のプロフィール★(イラスト更新)

 
 コンゴウさんと愉快な仲間たちの現在のプロフィールです。



 

・コンゴウ(Level123)

 

【挿絵表示】

 

 この物語の主人公。出撃回数が増えて艦娘の特性や感性に慣れてきた。最近は趣味嗜好や味覚までもが金剛になりつつあり、本人も自覚しているが特に気にせず生活している。

 最近の深海棲艦との戦闘において接近戦が有効だと気づいて格闘の鍛錬を開始した。

艦隊の頼れるお姉さん的な存在に思われていて、鎮守府の皆からの信頼は高い。しかし、指輪の相手が女性だと知られてから百合だと思われている。

 彼女が艤装の開発や改良を進んで行っているので、この鎮守府には他の鎮守府よりも多くの艤装が保管されている。

 

◇◇◇

 

・鈴音七海(岩川鎮守府提督)

 

【挿絵表示】

 

 岩川鎮守府の提督。

 最近はコンゴウの手伝いもあってか鎮守府の管理が上手くなってきた。艦隊の指揮能力は高く、的確な指示で艦娘達を勝利に導いている。

 頭の回転が速く、一度見ただけで難解な問題を解くことができるほど。本人の努力もあって学生時代は努力する天才と呼ばれていた。

 しかし、集中すると極端に周りが見えなくなる癖があり、学生時代にそれが原因で事故にあい臨死体験をしている。

 その時に不思議な場所で不思議な艦娘と出会った事が提督になるきっかけ。その時指輪を貰い、今も大切に保存している。

 

◇◇◇

 

『駆逐艦』

 

・暁改(Level45)

・響改(Level43)

・雷改(Level43)

・電改(Level45)

・時雨改(Level38)

・夕立改(Level38)

 

 出撃回数が増えて練度も高くなってきた駆逐艦の艦娘達。

 既に全員が一度の改装を受けており、コンゴウが改良を申請したおかげで艤装も改良されている。

 皆がコンゴウに非常に懐いて、頼れる優しいお姉さんだと思っている。

 ちなみに、コンゴウが何かを改良する度に興味津々に訪ねに行く。特に一番人気になったのは間宮さんと共同開発した〝甘い補給用燃料(イチゴ味)〟である。

 

◇◇◇

 

『潜水艦』

・まるゆ(Level22)

 

 最近は遠征する度に何かしらの貴重な資源を見つけてくる回数が増えてきた。生前の奇妙な幸運のおかげなのかもしれない。

 遠征ばかりで練度の上りは微妙だが、本人はそれで満足している。

 コンゴウを頼れるお姉さんと認識しており、よく話をしたりお茶会に参加したりしている。

 

◇◇◇

 

『軽巡洋艦』

 

・天龍改(Level42)

・神通改(Level40)

・那珂改(Level38)

 

 出撃頻度が高くなって練度が上がってきた軽巡洋艦の艦娘達。新たに大井が加わって更に戦力が上がった。

 主に遠征の旗艦を務めているが、通常の出撃時は素早い動きで敵の注意を引きつける役となる。

 夜戦に突入すると駆逐艦達と同じく凄まじい火力を発揮するので七海は必ず艦隊に一人は誰かを組ませるようにしている。

 コンゴウのことはやはり頼れるお姉さんだと思っており、彼女が工廠に改良を依頼して作られた〝改良型四連装(酸素)魚雷〟は大人気で、それを見た瞬間に大井が狂喜乱舞していたとか。

 

・大井(Level4)

 

 新しく鎮守府にやってきた軽巡洋艦の艦娘。

 北上さんが大好きでお馴染みの百合艦娘で、練度が高くなれば雷巡になり魚雷を撃ちまくる等、非常に高火力な装備を持つ。

 コンゴウの依頼で作られた〝改良型四連装(酸素)魚雷〟を見て狂喜乱舞し、危うく試し撃ちで工廠を破壊しかけた。その後はコンゴウを気に入って仲良くなり、駆逐艦達からコンゴウの指輪の相手が女性だったことを教えてもらってからは何か自分と通じるものを見出したらしく、更に話をするきっかけになった。

 

◇◇◇

 

『重巡洋艦』

 

・最上改(Level40)

 

 改装により航空巡洋艦になった。

 偵察力が高くなって艦隊の皆をしっかり守る頼れるボクッ娘。

 重巡洋艦の仲間が他にいないことに少しだけ寂しさを感じていたりする。ちなみに、そのことをコンゴウに相談してその日は一緒に寝てもらった。それ以来、彼女に密かな想いを抱いているとか、いないとか……。

 

◇◇◇

 

『戦艦』

 

・扶桑改(Level38)

 

 コンゴウに次ぐ高火力の持ち主である扶桑型戦艦の一番艦。

 改装により航空戦艦になったので戦略の幅が広がった。

 特に不幸な出来事もなく、今のところは艦隊の最前線で活躍する頼れるお姉さん。ただしネガティブ思考は相変わらず。

 コンゴウとはよくお茶会をする仲であり、艤装の改良の件でよく相談もする。余談だが霧島がきたことでコンゴウを羨ましく思っているとか。

 

・霧島(Level5)

 

 新しく鎮守府にやってきた金剛型戦艦の四番艦。

 眼鏡が似合う知的美人さんだが、意外と肉弾戦ができたりする。コンゴウの鍛錬に興味を示して参加するようになった。

 事務的な処理能力が高く、電やコンゴウと同じく秘書艦の仕事を任される。

 姉様大好きなシスコンであり、コンゴウにだけは甘えた姿を見せる可愛い人。また、毎日気分で眼鏡を変えるお洒落さんでもある。

 

◇◇◇

 

『空母』

 

・加賀(Level5)

 

 新たに鎮守府にやってきた正規空母の艦娘。

 サイドテールが似合うクールビューティーなお姉さん。一航戦としての誇りを持ち、厳しいながらも皆を見守る優しさも持ち合わせている。同じ一航戦の赤城が大好き。実は甘い物好きで、間宮さんのアイスが大好物。コンゴウが開発した甘い補給燃料も大好き。

 コンゴウのことは尊敬できる女性として仲良くしており、時折お茶会にも呼ばれている。

 ちなみに空母であることも関係して彼女は他の艦娘よりも食事量が多く、そのことを密かに気にしている。

 

◇◇◇




 次回から新しい章に入ります。


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第二章・北方海域激闘編
再来


 
 PCの調子が悪いので故障しないか非常に不安になってます。



 目の前で忙しなく動き回る妖精さんを見つめながら、私ことコンゴウは艤装の点検を受けていた。

 今日は艦娘の点検日で、艤装が破損していないかを調べたり、起動時の不具合を調整する日である。

 基本的に艤装は入渠施設で燃料や鋼材を使って修理を行うのだが、それでも完璧な整備ができているわけではないのだ。そのため、月に一度の割合で全員が専門の妖精さんの検査を受けている。時間は一時間程度なのだが動くことができないので正直暇なのだが……。

 

「はい、終了です〜。異常なしですよ〜」

 

「うん、ありがとう」

 

「いえいえ〜、お疲れさまでしたぁ〜」

 

 眠そうな糸目の妖精さんから終了の合図を受けてベッドから起き上がる。寝ていてもよかったのだが妖精さんは見ていてとても面白いので観察している方が楽だし楽しい。

 固まった関節を伸ばしてから部屋を後にする。

 すると、丁度同じタイミングで私の両隣の部屋の扉も開いて中から二人の人影が現れた。

 

「あら、皆さんも点検終わったんですね」

 

「ええ、特に問題は無かったわ」

 

「大井さんも加賀さんもお疲れ様です」

 

 中から出てきたのは少し前に艦隊に加わった大井と加賀であった。二人とも点検と調整が終わった直後だからか心なしか嬉しそうにしている。艤装も磨いてもらったのかピカピカである。

 

「あ、加賀さん。工廠の妖精さんに頼んでいた新型の艦載機の開発なんですが、さっき完成したらしいですよ」

 

「……そう、わかったわ。今から行ってみる」

 

「大井さんの頼んでいた酸素魚雷は明日になりそう」

 

「そうですか、仕方ないですね。明日を楽しみにするわ。ここの妖精さん達の腕は確かだから、心配はいらないし」

 

「……ええ、みんな優秀な子達ですから」

 

 いつも通りにクールな笑みを浮かべて工廠へと向かう加賀さんを見送り、私と大井は食堂へと向かうことにした。実は検査のために今日はまだ何も食べていないのである。

 そういえば、私は大井とはまだ話をした回数も少なくて彼女のことをよく知らない。丁度いい機会だし、色々と話をしてみるのもいいかもしれない。そんなことを考えながら私は食堂の扉を開いた。

 

「そういえば、提督は?朝から姿が見えないのだけれど……」

 

「……そういえば、私も見てませんね」

 

 食堂に入った時、昼食を食べていた扶桑さんと神通の声が聞こえてくる。たしか、今日は緊急の会議があるとかで朝から会議室に行くと言っていたかな……。

 ……何か、嫌な予感がする。悪い事じゃないといいのだけれど……。

 

 

◇◇◇

 

 

 鎮守府内にある会議室。そこは特別な会議や緊急時の避難場所として指定されている鎮守府の端にある部屋である。

 そこでこの鎮守府の提督である七海が椅子に座ってスクリーンへと視線を向けていた。近くにはビデオカメラのような機械も設置してあり、恐らくはテレビ電話であろうことがわかる。

 スクリーンには複数の人間が映っており、全員が白い制服を身に纏っている。

 

『提督の皆さん、忙しい中時間を割いていただきありがとうございます』

 

メンバーの中で一番年輩の提督が深く頭を下げた。

それを見た他の提督達が慌てて声をかける。

 

『佐々木さん、頭を上げてください!!』

 

『そうです、貴方は我々の中でも最も長く奴らと戦ってきた方です。若輩の私達に簡単に頭を下げるなど……』

 

『……いや、所詮私も艦娘に頼ってばかりの一人の提督にすぎない。君達と何ら変わらんさ。……さて』

 

 佐々木と呼ばれた提督は姿勢を正すと真剣な顔で全員の顔を見回した。七海も他の提督もその真剣さに思わず背筋が伸びる。

 佐々木提督は手元の書類へと目を向け、しっかりと内容を確認してから顔を上げる。

 

『……先日、北方海域にて〝姫〟の存在が確認された』

 

『『『……』』』

 

「……姫」

 

 彼の言葉に他の全員の顔が強張るのが七海にはわかった。

 直接出会ったことのない七海は自らの知る知識から対象の情報を思い出す。

 

 深海棲艦の中でも驚異的な力を持つ個体。量産型のように同じ見た目を持つ彼女達の中で、突然変異とでもいうかのように他にない独自の容姿になる個体がいる。それが〝姫〟または〝鬼〟と呼ばれる個体だ。

 全体的に異形な形の通常の個体と違い、限りなく人間に違い容姿を持ち、真っ白、又は黒い髪の絶世の美女、又は美少女とも言える姿をしている。それとは裏腹に艦娘とは違う巨大で禍々しく悍ましい艤装を使用し、圧倒的な火力を有する。深海棲艦が現れてから今日まで僅かしか確認されていない個体だ。

 姫が現れた際の艦娘の被害は甚大で、これまでの報告でも多くの犠牲が出ているという。

 

『……うむ、報告によれば以前にも現れた飛行場姫の姿が確認されたそうだ』

 

『飛行場姫……奴がまた現れたんですか……』

 

『生きていたとは……』

 

『アイアンボトムサウンドの悪夢……』

 

 ざわざわと落ち着かない提督達を見回しながら、七海は一人思考の海に沈んでいた。

 彼女の頭には既にこれからの出撃メンバーの編成が始まっていた。

 

◇◇◇

 

 暗く、冷たい海底のとある場所に不気味な形の建造物があった。

 一体どんな物質で作られているのか、壁は黒くて凹凸が多く、奇妙に発光する部分もある。広さは民家三軒分程で、室内にはどういうわけか空気があり、燃料缶や弾薬、齧りかけの鋼材が乱雑に散らかっていた。

 

 その部屋の奥、一人の少女がガラクタの上に座り込んでいた。足を組んで座る姿はどこか妖艶で、無造作に広がる純白の長い髪がより少女の姿を妖しく浮かび上がらせる。瞼は閉じられているが、少女は別に睡眠をとっているわけではない。単純に、今の彼女にはやることがないだけの話だった。

 その少女の耳に、別の部屋から聞こえてくる音が届く。まるで木の枝を折るかの様なパキパキと乾いた音。次に何か湿ったものを引き摺る様な音が聞こえ始め、それは少女の部屋の前で止まった。

 少女の瞼がゆっくりと開く。その瞳は宝石のような美しい紅色をしていた。部屋のドアへと視線が向くのと同時にガチャリとドアが開かれ、再び引き摺る音を立てながら何かが部屋の中に入ってくる。

 部屋に入った小さな影は無造作に掴んでいたモノを少女の前に投げ捨てた。

 ビチャ、と音を立てて転がったのはもはや原型を留めていない赤黒い〝何か〟であった。それは今も赤黒い液体を床に広げながらそこに転がっている。

 

「……アア、マタ壊シタノネ」

 

 少女は転がったモノを一瞥しただけで入り口に立つ影に声をかけた。しかし、その影は何も答えずに無言で部屋を小走りで出て行く。少女……飛行場姫は溜息をつきながら視線を外して床に投げ捨てられたモノを見下ろした。

 投げ捨てられた肉片からは白い骨がいくつも混じっていて、それが何か動物の一部であったことがわかる。

 

「ヤッパリ……弱イヤツハ脆イノネ。マタ、新シイノヲ探サナクチャ……」

 

 彼女は目の前の肉片が何かを知っている。そもそもこれは彼女自身が連れてきたのだから。

 

 一度完膚なきまでに破壊された飛行場姫は死んだと見せかけ、長い時間をかけて深海で傷を癒していた。まともに動けるようになったのもつい最近で、まだまだ艤装の修復は完了していない。主砲や滑走路はともかく、副砲や対空砲などがまだまだ使えないのだ。

 だがある時、彼女が体を慣らそうと再び水面に立った際に偶々自分と同じ〝姫〟と出会った。

 まだ生まれたばかりで自我も未発達だったが、その小さな姫を飛行場姫は非常に気に入っていた。無邪気ながらも残酷な一面を持つ小さな姫。それを育て、戦力にしようと一緒に行動するようになったのだが、いかんせん小さな姫は力加減をまだ知らなかった。すぐに壁や床を破壊してしまうので、せっかく建設した隠れ家を滅茶苦茶にされそうだと悩んだ飛行場姫は力加減を覚えさせようとたまたま近くを巡回していた艦娘の艦隊から適当に弱い駆逐艦を三人程攫って小さい姫に〝玩具〟として与えた。

 結果は……言うまでもない。

 

「次ハ……戦艦……ガイイカシラ。……本人ニ選バセレバイイカ……」

 

 口元を歪めながら、飛行場姫は暗闇の中で静かに笑っていた。

 

 

 




 イベント始まりましたね。皆さん頑張りましょう!!


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出撃

 
 駆逐棲姫ってかわいいですよね



 

 提督が会議室で緊急会議を行った次の日、鎮守府の艦娘全てが執務室に呼び出された。本来事務仕事が専門の大淀さんや工廠の明石さんまでが呼び出されている。

 

「大淀さんや明石さんまで呼び出すなんて、何かあったのかしら?」

 

 執務室に向かう途中、隣の大井がそう呟いた。後ろからついてきている駆逐艦の子達も頷いている。

 七海がどんな理由で集合をかけたのかは分からないが、どうやら穏やかな話にはならないだろうという予想ができた。

 

 執務室に集まった私達の前で椅子に座った七海と、隣で電がホワイトボードにどこかの海域のマップを貼っていた。細かい部分はもうあまり覚えていないが、あれは北方海域のマップだった筈だ。

 全員が揃ったのを確認すると、七海は椅子に座り直してからこちらを真っ直ぐに見つめてくる。

 

「……全員が揃ったところで昨日の緊急会議の内容を伝えるわ。……っと、その前に皆は〝姫〟についてどれだけの知識があるかしら?」

 

 七海の質問に私と事務の関係上知っているであろう大淀さん以外が首を傾げた。

 七海がそんな話をしたということは、恐らく姫の姿が確認されたということだろう。後ろの席に座っていた私は前に座る駆逐艦達にも聞こえるように説明する。

 

「姫っていうのは現在確認されている深海棲艦の中で一番強い個体に付けられる名前だよ。姿は様々だけど、基本的に艦娘に近い人型をしてる。普段見る奴らと明らかに違う姿をしてたら姫かもしれないと警戒した方がいいね」

 

「はーい、金剛さん。姫ってどれくらい強いの?」

 

 夕立が振り向きながら手を上げて質問してきたので、少し情報を整理してから答える。

 

「どの姫が相手かにもよるけど、基本的に私一人じゃ余程の奇跡が起きない限り、まず勝ち目はないね」

 

「金剛さんが勝てない相手なの!?」

 

 雷が驚愕し、暁が呆然とする。

 しかし、姫とはそれだけ強大な力を持っているのだ。一撃で大破させられる攻撃力と、フラグシップ級の倍以上にも及ぶ耐久力、中には雷撃が通用しない者までいる。

 そこまで説明すると、大井が引き攣った表情を浮かべた。魚雷が効かない個体がいるということがショックだったのだろう。

 

「さて、金剛が今話してくれたけれど、姫の姿を北方海域で見たという報告があったわ。そこで、他の鎮守府の提督達が連携して連合艦隊を結成し、姫の撃破を行うことになったの」

 

「連合艦隊ですか……」

 

 昨日の会議によると、確認されたのは飛行場姫であり、以前も提督達が挑み多くの犠牲を出しつつも撃破した筈だったが、どうやら生きていたらしいのだ。

 しかし、飛行場姫のダメージは完全に回復していないらしく、艤装にはパーツが足りなかったのだとか。そこで海軍本部はダメージが回復してしまう前に完全に飛行場姫を撃破すべく連合艦隊の結成を決定したそうだ。

 

「私達は金剛以外、戦力的に力不足なので後方支援になるわ。主に資材の運搬と負傷した艦娘の手当かしら」

 

「なんだ、連合艦隊組むんだからオレ達も一緒に戦うんじゃないのかよ」

 

 天龍が不満そうにするが、姫というのはそれだけ危険な相手なのだ。生半可な実力では返り討ちになるだけなのでこの配置は正しい。明石さんがいるのも納得できる。

 

「出撃は明後日よ。それまでに装備の調整や体調を整えておいてね」

 

「「「了解!!」」」

 

 そのままその場は解散となり皆が退出するが、私はその場に残る。七海の正面の席に座ると、彼女も溜息をつく。

 

「やれやれ、厄介な時期に現れてくれたわね……」

 

「北方海域は敵の数や強さ的に練度上昇にもってこいの海域でしたからね。たしかにこの時期に現れたのは厄介です」

 

 苦笑いする七海は一度咳払いして真剣な顔で私を見据える。

 

「金剛、貴女は支援ではなく他の連合艦隊と共に飛行場姫撃破に参加してもらうわ。貴女は三式弾が使えるし、少しでも戦力があった方がいいでしょうしね」

 

「了解です」

 

「……言うまでもないけど、無茶はしないでね?」

 

「わかってますよ」

 

 それだけ言うと部屋を出る。

 さあ、生き残るためにもこれから工廠へと向かうとするか。これから忙しくなるね。

 

◇◇◇

 

 ……で、出撃の日、私達は北方海域へと向かっていた。

 暫く海面を滑りながら指定された海域を目指していると、同じ方向に向かう別の艦隊を見つけた。向こうもこちらに気がついたのだろう、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「こんにちは、私達は呉鎮守府の艦隊だ。君達はどこの鎮守府所属の艦隊かな?」

 

「こんにちは、私達は岩川鎮守府所属の艦隊です」

 

「ほう……君達が噂の岩川鎮守府の艦娘達か、たしかに皆いい目をしている」

 

 艦隊の先頭に立っていた長い黒髪の女性が頷きながら私達全員を見回した。

 呉鎮守府は横須賀鎮守府と同規模の巨大な鎮守府だ。そこの艦隊となると皆が相当の練度であることがわかる。実際、目の前に立つ彼女も強者の雰囲気を漂わせている。

 

「おっと、名乗りもしないで申し訳ない。私は今回の連合艦隊総旗艦を任されている長門だ。敵戦艦との殴り合いならまかせておけ!!」

 

「総旗艦でしたか、こちらこそ未熟な者達が多いですがよろしくお願いします」

 

 なんと、目の前にいる長門は今回の連合艦隊の総旗艦であるらしい。私が頭を下げると、苦笑いしながらも私の肩に手を置いた長門に顔を上げるように促される。

 

「いやいや、そう畏まる必要はない。私達は共に戦う仲間なのだ。厳しい戦いになるからこそ、仲良くしていきたい」

 

「はい、了解です」

 

 私が笑うと、長門達は手を振りながら先へと進んで行った。こちらも手を振り返しながら指定された場所へと向かう。

 

「長門さん、カッコ良かったわね!!」

 

「凛々しくて素敵なレディだったわ!!」

 

「立ち回りに無駄が無かった。あいつ相当強いぜ」

 

「……彼女達が共に戦ってくれるなら心強いわね」

 

「でも、ボク達も負けてられないよ」

 

「そうそう、支援頑張るっぽい!!」

 

 後ろで皆が戦意向上する様子を感じながら、流石は長門だと感心する。あの僅かな会話でこの艦隊の緊張を解き、不安を取り除いてみせた。あれが歴戦の強者の風格というやつなのだろう。私も旗艦を任せられる身なので彼女を見習わなければならないだろう。

 遠ざかる呉鎮守府の艦隊の後ろ姿を見ながら、私はそう気合を入れ直すのだった。

 

◇◇◇

 

 それから暫くして予定された地点に到着した私達は七海へと通信回線を開いた。

 

「提督、岩川艦隊、予定地点に到着しました」

 

『了解、金剛は事前に説明があった通り呉鎮守府の艦隊に合流して』

 

「了解」

 

 通信を終えると、振り返り皆を呼び集める。

 全員の顔を見回し、七海から伝えられていた内容の確認と私が別行動する旨を伝えた。

 

「……と、いうわけでここの指揮は一旦霧島に預けます。しっかり皆をまとめてね?」

 

「はい、お任せください金剛姉様!!」

 

 笑顔で頷く霧島に艦隊の指揮を任せると、最前線である呉鎮守府艦隊へと合流すべく移動を開始した。

 

◇◇◇

 

 道中で出会った他の艦隊に挨拶をしながら最前線へとやってきた。最前線というだけあって艦娘の数も多い。恐らく40人はいるのではないだろうか。こんなに多くの艦娘が一度に出撃するなんて、原作では絶対に見られない光景だろう。

 その中から長門を探し出すと、隣に移動して敬礼する。

 

「岩川艦隊所属戦艦コンゴウ、到着しました」

 

「うむ、待っていたよ。丁度今から皆に作戦の説明をするところだったのだ。私達の艦隊に加わってくれ」

 

「了解しました」

 

 笑顔で頷く長門に笑顔を返し、呉鎮守府の艦隊へと移動する。ダメージを受けやすい前線の艦隊だけあって戦艦や航空戦艦、航空巡洋艦が多い。ふと他の艦隊に目を向ければ装甲空母である大鳳の姿まであった。どれだけ今回の出撃が本気なのかが伺える。

 と、そんな事を考えていると背後から元気のいい声と同時に衝撃が襲いかかった。

 

「お姉様ぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「うきゃあ!?」

 

 突然の衝撃に思わず変な声が出てしまった。

 振り返れば器用に私の艤装に巧みに組みついた明るいショートヘアの茶髪少女の姿があった。目があった瞬間、その瞳を輝かせて艤装から飛び降りると高速で私の前に回り込み、抱きついてきた。よく見れば金剛型戦艦の服装をしている。つまり……

 

「ひ、比叡?」

 

「やっと会えました!! お会いしたかったですお姉様!!」

 

 私の胸元に顔を押し付けて鼻息を荒くしているのは間違いなく金剛型戦艦の二番艦、比叡だ。金剛型姉妹の中で一番元気がある子で、金剛のことが大好きなお姉ちゃんっ子である。

 

「どこの鎮守府にもいないので、もしかしたらもう会えないのかと思っていました!!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 潤んだ瞳で迫る比叡に思わず苦笑いしてしまう。と、いうか何だか徐々に力が強くなってきてる!?

 ちょっ、待って、皆が見てる前で何をするつもりなんだこの子は!?

 

「ハァ、ハァ……怯えてるんですかお姉様?……でもそれもいいかも…………じゅるり」

 

「……や、ちょっ……ど、どこ触って……ぁ、比叡……だ、誰か助け……」

 

「こらこら、作戦前に何してるのよ」

 

 完全に危ない目の比叡が私の服の中まで手を伸ばした瞬間、その手を隣から一人の艦娘が掴んで止めた。

 比叡と同じくショートヘアだが、露出が少し多めで大人の色気が漂う女性だった。艤装や服装から長門型二番艦の陸奥であるとわかった。

 

「はぁ、はぁ……た、助かった。陸奥さんですよね?」

 

「ええ、そうよ。大丈夫かしら?」

 

「は、はい……びっくりしたけど大丈夫です」

 

「陸奥さん離して、お姉様分がまだ足りないですぅぅぅ!!」

 

 暴れる比叡に拳骨を落として溜息をつく陸奥と、それを見て笑う周りの艦娘達。そして一連の流れを見られて顔を赤くする私。

 何というか、大掛かりな作戦前だというのに緊張感も何もない連合艦隊なのであった。

 

 





 E-3攻略中ですが、仕事が忙しくて準備が不十分だったので資材がなくなりそう…


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遭遇★

 
 片仮名ってスマホだと打ちにくいです。



 

 

「お騒がせしてごめんなさい」

 

 私に向かって深く頭を下げる比叡と、その隣で苦笑いする陸奥と長門。

 暴走した比叡は陸奥に取り押さえられた後、騒ぎを聞きつけた長門の拳骨により沈黙した。着崩れした服を直した直後に立ち直った比叡は深々と頭を下げ、謝罪をしてきた。

 

「いや、突然で驚いただけで私は別に気にしてないから……」

 

「お姉様……」

 

 比叡が何やら尊敬の眼差しを向けているが、長門や陸奥は溜息をつきながら頭を抱えていた。

 

 さて、ちょっとした騒ぎがあったが、いよいよ連合艦隊の進軍が始まった。

 前衛の連合艦隊は四十名、それを十人ずつ四つの艦隊に分けて四方向から北方海域全体の包囲を行いつつ、目的である飛行場姫の撃破を目指す。

 飛行場姫はその名の通り飛行場としての能力を持つ個体だ。自分から向かってくる事はなく、エリアの最後で要塞のごとく待ち受ける姿勢をとる。全方位からの一斉攻撃を行うことで被害を最小限に抑える作戦らしい。

 私は第一艦隊に組み込まれるみたいだ。

 

「金剛、君は私達と同じ艦隊だ。真正面から突撃する最も危険な艦隊となる。それでも構わないか?」

 

「大丈夫ですよ、戦えます」

 

 真っ直ぐこちらを見つめる長門を迷いなく見つめ返した。やがて、長門は笑顔を浮かべると私の肩を軽く叩き、艦隊の先頭に戻っていく。

 

「頼りにしてるぞ」

 

 そんな一言を残して。

 

 第一艦隊は真正面から突撃し、他の艦隊に注意が向かないように派手に戦う必要がある。その為にも第一艦隊は練度の高い戦艦や航空巡洋艦、空母で編成されていた。メンバーは……。

 

長門(旗艦)

陸奥

比叡

伊勢(航空戦艦)

日向(航空戦艦)

鈴谷(航空巡洋艦)

蒼龍

飛龍

大鳳

 

 これに私を含めた十人が第一艦隊となる。

 皆が高い練度を持つ強者達だけあって立ち回りにも隙がない。それに同じ目的を持つ者同士、互いを信頼し合っている。言葉で伝えなくともそれが理解できた。

 

「全艦抜錨!!これより作戦を開始する!!」

 

 長門の力強い声と共に全ての艦が前進を開始した。

 

◇◇◇

 

 鎮守府の執務室で椅子に座ったまま、七海はモニターを見つめていた。送られてくる映像は後方支援艦隊のもので、残念ながらコンゴウの様子は通信機から聞こえる音声のみでしか知ることができない。

 今回の作戦は複数の鎮守府による合同作戦であり、相手は負傷したままの姫級の深海棲艦。心配はいらない筈の作戦だった。

 だが、彼女には何か嫌な予感がして仕方がなかった。何かを見落としているような……何かを忘れているような……。

 より深い思考に潜ろうとしていた七海を通信機からの声が現実へと帰還させた。

 

『……ぃ…とく……提督?』

 

「……っ、ごめんなさい。何かしら?」

 

 思考の海に沈みかけていた七海はすぐに姿勢を正すと通信機を着けた耳元を押さえつけた。通信相手は作戦海域にいる大淀らしい。

 

『作戦海域に雨雲が接近中です。……おかしいですね、今日は天候に問題なしだと聞いていたんですが……』

 

「……確かにおかしいわね」

 

『とにかく、雨が降るのは確実でしょう。規模はわかりませんが……荒れそうです』

 

「そう、なら簡易機材で行われているこの通信は……」

 

『はい、恐らくノイズが混じるか……最悪、通信自体が不可能になる可能性があります』

 

「了解、もしもの時は呉鎮守府の佐々木提督の指示にしたがってね。はぁ……こんなことなら、予算を渋らずにしっかりした物を作ってもらうんだったわ」

 

 通信を終了したと同時に七海は椅子に深く座り直す。

 一度大きく深呼吸すると、通信機ではなく机の端に置かれた電話に手を伸ばした。慣れた手つきで番号を入力し、数度の呼び出し音の後に目的の人物が電話に出た。

 

『もしもし?』

 

「岩川鎮守府の鈴音です。佐々木提督、貴方に少しお聞きしたい事がありまして……」

 

『おお、君か……』

 

 七海が電話をかけた相手は現在存在する鎮守府で最大の戦力を持つと言われている呉鎮守府の佐々木提督だった。

 今回の連合艦隊の総責任者であり、現在存在する提督の中で最も提督歴が長いベテランである。年齢も既に七十歳に近い。

 

「実は天候が悪くなりそうだと私の艦隊から連絡がありまして……」

 

『うむ、こちらも把握している。しかし、妙だな……気象庁から直接聞いた話では〝天候に問題なし〟だと伝えられたのだが……』

 

 ふむ、と考え込む声を聞きながら、七海の思考は高速で動いていた。そして、一つの疑問が浮かぶ。

 

「佐々木提督、その気象庁からの連絡はどの様に行われているんですか?私はまだ利用したことがないのですが……」

 

『専用の無線と周波数で行われる。何時もは秘書艦の一人である霰が行うのだが、生憎と飛行場姫の偵察で彼女は行方不明になってしまった……』

 

「そうですか……ん?」

 

 そこで七海は一つの結論を導き出してしまった。

 普通なら到底考えられない、突飛な考えなのだが、どうしても一度思いつくと頭から離れない。

 

「……まさか、無線を利用されたのでは?」

 

『……なに?』

 

 佐々木提督の疑問の声がするが、七海は続けた。

 

「もし、佐々木提督の霰が敵に捕まっていた場合、彼女から呉鎮守府の無線周波数を無理矢理聞き出すこともできるはず……もし、私の予想が当たっていた場合、最悪私達の無線が敵に傍受されている可能性もあります。知能の高い姫ならば意図的に偽の情報を伝えることも可能ではないでしょうか?」

 

『……しかし、彼女も歴戦の駆逐艦だ。そんな簡単に口を割るとは思えないが』

 

「……佐々木提督、艦娘には感情も、痛覚も、心だってあるんです。人と変わらない一人の少女なんです。物言わぬ鉄の塊ではないんですよ」

 

『……』

 

「もし、私の考えた突拍子もない考えが当たっていた場合、この作戦自体が最初から敵に筒抜けである可能性もあります」

 

『……これは、拙いことになったやもしれん!!』

 

「すぐに艦隊に指示を!!私も自分の艦隊を下がらせます!!」

 

 電話を切り、すぐに無線機のスイッチを入れる。彼女の顔には珍しく焦りの色が浮かんでいた。無線は先程話したばかりの大淀へと繋がった。

 

『……はい、大淀です。提督、どうかしたんーーー』

 

「今すぐに艦隊全体を下がらせて!! 敵にこちらの動きを知られている可能性があるの!!」

 

『そ、そんな!? ―――大変、すぐに皆に……この…ことを…………ぁ、雨が…………風も………………』

 

「大淀? ……大淀!? …………くそっ!!」

 

 どうやら天候が悪くなった所為で簡易機材の無線機ではもう通信ができないようだ。

 苛立たしげに七海は通信機を机に叩きつけた。

 今の彼女に艦隊の皆を助ける手段はない。血が滲む程に唇を噛み締めながら、彼女は工廠へと走るのだった。

 

◇◇◇

 

「……ん?」

 

 ぽたり、と頬に落ちてきた雨粒に気がついて顔を上げる。

 いつの間にか空には雨雲が広がっていた。次第に雨粒の数は増え、遂に土砂降りの雨となる。風も強くなりまるで嵐のようだ。

 

「うわっ、服と艤装が濡れちゃうよ……」

 

 鈴谷が眉を寄せて顔を歪める。伊勢や日向も航空戦艦の力を発揮し辛くなったのが不満なのか顔を顰めていた。

雨雲が日の光を隠し、辺りが薄暗くなる。途端に長門と陸奥の表情が険しくなった。

 

「あらあら、これは妙ね……天気が悪くなるなんて聞いていないわ。提督が見逃したとも考えられないし―――」

 

「……ああ、私達の提督がこんなミスをする筈がない」

 

 長門型姉妹の緊張した面持ちに私は嫌な予感を覚える。

 同時に、電探に奇妙な反応を捉えた。反応は二つで、一つは深海棲艦、もう一つはあやふやでよく分からない。しかし、二つの反応はほぼ同じ位置にあり、風雨の影響でよく探知できなかったのだと思うことにした。

 

「……皆さん、電探に反応です。数は二つ、深海棲艦です」

 

 私の声と同時に皆が一斉に艤装を構える。空母の三人は艦載機を複数展開させて待機させた。その時間はほんの数秒で、彼女達の意識の切り替えの早さに驚かされる。

 

「ふむ、異様に敵が少ないと思ってはいたが、やっとお出ましということか」

 

 長門が獰猛な笑みを浮かべて艤装を構える。陸奥はそんな長門を微笑ましそうに眺めているが、その瞳からは同じく獰猛な気配を感じる。やはり姉妹艦だということだろう。思わず苦笑いしてしまった私は悪くない。

 

 だが次の瞬間、私の顔は盛大に青褪めた。電探に多数の反応が増えたのだ。それも三つや四つどころではない、十を超える数が一気に増えた。

 

「……なっ!?」

 

 私が驚愕すると同時に敵の艦載機が発艦したのを電探が捉えた。数は六機、すぐに空母のメンバーへと知らせる。

 

「敵の数が一気に増えました!! 艦載機も六機、向かってきてる!!」

 

「なに!?」

 

「……くっ、攻撃隊、発艦はじめっ!!」

 

 飛び立った艦載機が視界に入った敵の艦載機に対峙する。敵の艦載機は暗くなった空とは真逆の真っ白な色をした球体だった。小さな耳の様な突起があり、裂けた球体の中央からは赤いひび割れの様な裂傷と、白い歯が覗いていた。

 

「……っ、あれは!!」

 

「……まさか!?」

 

 数でこちらが有利だったので、すぐにこちらの烈風により撃ち落とされた。だが、あの球体の艦載機には見覚えがある。あの艦載機を使う深海棲艦は少なく、限られている。

 

 最悪の答えを想像した瞬間、彼女達は現れた。

 

「……アラ、イイ子達バカリジャナイ……」

 

「…………」

 

 真っ白な髪と紅い瞳、風雨の中で〝二人〟の姫が立っていた。

 私と同じ位の身長の姫と、私の腰に届くかどうかの身長の小さな姫。大きな姫は歪な笑顔を浮かべながら、小さな姫は無表情にこちらを見つめている。大きな姫……飛行場姫は艤装を展開しているが、情報にある通り艤装の一部が足りなかった。見た目でわかるのは主砲の上にあった副砲らしき砲塔がないくらいだが……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……バカな、姫が二人だと!? それに、予定海域はまだまだ先の筈だ!!」

 

「こんな手前の地点にいるなんて聞いてない!!」

 

 戦闘態勢になる私達の目の前にずらりと深海棲艦達が集まってくる。その中にはエリート級やフラグシップ級も何体か混ざっていた。その光景に冷や汗が流れる。姫だけならまだ良かったのに、他の深海棲艦まで集まってきた。明らかに数はこちらが少ない。圧倒的に不利だ。

 

「……陸奥、他の艦隊と連絡は取れるか?」

 

「……いいえ、妨害はない筈だけれど」

 

「他ノ艦隊ナラ、別ノ仲間ガ遊ンデアゲテルワ」

 

 険しい表情の二人に飛行場姫がクスクスと笑いながら答えた。きっと、戦闘中で通信する暇すらないのだろう。

 

 その時だ、飛行場姫の前にいた小さな姫……北方棲姫が動いた。

 ミトンの様な手袋に包まれた手を真っ直ぐに私に向けたのだ。視線も私を真っ直ぐに見つめている。何にも関心がない無機質な瞳なのに、私に向ける視線には何かの感情が込められている気がした。

 

「……フフフ、ワカッタワ……アレガイイノネ?」

 

 飛行場姫の問いに北方棲姫は頷いて答えた。

 その瞬間、全身のあらゆる感覚が警鐘を鳴らし始めた。直感的に気がついてしまった。

 

 奴らは、私を捕まえるつもりなのだと―――

 

 そして、ついに深海棲艦と艦娘の砲塔が同時に火を噴き、戦闘が始まった。

 

 



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敗北

 戦闘描写を書くかで迷って、結局戦闘は次の戦いまで持ち越しました。




 

『……皆、集まってくれてありがとう』

 

 スクリーンに映った佐々木提督の言葉に一同が頷くことで返事をする。今回の提督達の会議はその一言から始まった。

 

『……言うまでもなく、今回の議題は先日の件についてだ。皆、自分の鎮守府が大変だというのにすまないな』

 

『……いえ、今回の件は早急に対処が必要な内容です』

 

『そうです、再びあれだけの被害を出さない為にも対策は必要です』

 

「……」

 

 提督達が頷く中で七海だけは静かに手元の資料を見つめていた。その瞳は資料の一つの欄をずっと捉えている。今の彼女は周りの話など一切聞いていない。正に心ここに在らずといった様子だ。

 そんな七海を佐々木提督は悲痛な面持ちで見ていた。

 

 七海の手元にあるのは先日の戦闘での報告書だった。開かれたページに書かれてあるのは被害報告。そこには次のように記されていた。

 

 

〝作戦による被害報告〟

・出撃艦娘数(60)

・大破数(48)

・中破数(5)

・小破数(0)

・負傷無し(6)

 

 

―――――――行方不明(1)

 

 

◇◇◇

 

 

 鎮守府の敷地内にある訓練所。

 そこで一人、黙々と武器を振るっている姿があった。額に浮かんだ汗を拭うこともなく、唯々武器を振るう。その瞳にはギラギラと怒りの炎が浮かんでいるのがわかった。

 

「……天龍」

 

 自らを呼ぶ声に天龍は武器を振るう手を止めた。

 眼帯の位置を直し、鍛錬を開始してから初めて汗を拭った。振るっていた刀を鞘におさめる。

 

「……最上か、何の用だ?」

 

「……駆逐艦の子達が心配してる。あんまり無理しないで休んだ方がいいよ?」

 

「ああ、そうか……だけどな、何かしてないと自分を抑えられる自信がねぇんだ」

 

 ぎりっ、と鞘を握る手に力が入る。震える程噛み締められた唇からは静かに赤い液体が滴り落ちた。

 最上はそんな天龍の肩にそっと手を置いた。天龍は一言「……すまねぇ」と呟き、最上は静かに頷いてみせた。

 

 

 先日の作戦は連合艦隊と深海棲艦の両方に大きな被害を齎した。連合艦隊の大部分は大破、又は中破であり、被害がなかったのは後方支援の中でも連絡や修理の為に更に後ろに下がっていた明石や大淀といった艦娘達だった。轟沈した艦娘がいなかっただけでも奇跡と言える。

 深海棲艦側も半分以上が撃沈したものの、それは姫二人やフラグシップ級達を庇って攻撃を受けた通常個体が大半を占めている。

 こちらの主戦力は壊滅、敵の主戦力はほぼ無傷。完全にこちらの敗北だった。

 

「あいつ、轟沈寸前になった鈴谷を庇って飛行場姫の攻撃を受けたらしい。そのまま気絶したところを攫われたんだとよ」

 

「……そっか、金剛さんらしいね」

 

「ああ、本当だよなぁ…………ッ!!」

 

 静かに呟いた直後、天龍は思い切り壁を殴りつけた。殴った壁は大きく凹み、パラパラと破片が落ちていく。

 

「…………畜生ッ」

 

 俯いて震える天龍に、最上はそれ以上何も言うことができなかった。

 

◇◇◇

 

 執務室では電と霧島、そして大淀が書類の整理をしていた。

 三人とも表情は暗く、会話は一切無い。まるで機械のように黙々と仕事を片付けている。

 

「……霧島さん、これが最後なのです」

 

「……ありがとう、電ちゃん」

 

「こちらもこれが最後ですね……」

 

 三人の前には整理した書類が並び、やることがなくなった三人は顔を見合わせて困ったように苦笑いをした。

 

「……どうしましょう。仕事が終わっても何もやる気が起きないのです」

 

「……私も」

 

「…………」

 

 ふと、三人の視線が同時に秘書艦の机へと向けられた。本来ならこの時間はもう一人の秘書艦が仕事をしている筈であった。だが、その彼女の姿はなく、丁寧に整頓された机がやけに寂しさを感じさせてしまう。

 不意に啜り泣く声が聞こえて霧島と大淀が振り返ると、耐えきれなくなったのか電がぽろぽろと涙を流していた。

 

「……電ちゃん」

 

「霧島、さん……ひぐっ……こ、金剛さん……ぅく…………大丈夫、です……よね?」

 

「……大丈夫よ、電ちゃん。姉様はきっと帰ってくるわ。ほら、泣かないで?」

 

 そっと電を抱きしめた霧島は、落ち着くように背中をぽんぽんとリズム良く叩く。電も霧島の服を握り締めてゆっくりと深呼吸をする。

 ほんの数分で電は泣き止むと、霧島の腕を軽く撫でて大丈夫だと伝え、赤くなった目元を隠すようにそっと顔を背けた。

 

「……もう、大丈夫なの?」

 

「はい、みんな同じ気持ちなのに私だけが泣くなんてダメなのです……それに―――」

 

 顔を上げた電の目線が提督である七海の机に向かう。

 

「……きっと、一番辛いのは司令官さんなのです」

 

 いつもと違う重苦しい空気の執務室に電の呟きだけが虚しく響いたのだった。

 

◇◇◇

 

 工廠の中には一つだけ一際目立つ倉庫が存在する。

 といっても色や模様が派手だとか、大きな絵が描いてあるといったことではなくて、単純に新しく増設して作られたので周りよりも材質が新しくて浮いて見えるだけだ。

 この倉庫にはこれまでコンゴウが提案した改良艤装が保管されている。彼女にとって艤装の改良は趣味になりつつあり、妖精さん達もコンゴウの提案する案には興味が尽きないでいる。結果、普段は使わない……又は使えない艤装まで生産してしまう有様だった。しかも、その開発は指定された資材上限を守って作られいるので誰も文句が言えないでいるのは余談である。

 そんな倉庫の前で一人の艦娘が改良型の艤装をいくつか並べて悩んでいた。深々と被った帽子と長い白銀の髪から覗く瞳は普段の落ち着いたものとは違い、真剣な中に激しい感情が渦巻いているのが見えた。

 

「……響ちゃん、何をしているの?」

 

 自らにかけられた声に響は顔を上げる。そこにいたのは扶桑であった。僅かに濡れた長い黒髪が隙間風で揺れている。どうやら入渠を終えたばかりらしい。

 

「……お疲れ様、扶桑さん。一番ダメージが大きかったみたいだから心配していたんだ」

 

「心配してくれてありがとう。でも、私だって戦艦ですもの……そう簡単には沈まないわ。それで、何をしていたの?」

 

「次の出撃に備えて使えそうな装備がないか探してたんだ」

 

 そう言いながら響が手にしたのは12㎝単装砲を改良したものだ。

 通常のものよりも砲身が長く、更には砲塔の一部にスコープらしき部品が装着されている。宛ら狙撃銃のような形だ。それを構え、素早く弾薬を装填しては解除するのを繰り返す。

 どうやら気に入ったらしく、妖精さんに頼んで現在装備している単装砲と交換し、再び並べた武器へと視線を向ける。

 

「たしか、次の出撃は二日後だったかしら?」

 

「うん、本当はみんなも今すぐにでも飛び出して行きたいんだろうけど、私達だけじゃ無理なのはわかりきってる。だから、準備だけでもしっかりしておきたいんだ」

 

「皆がピリピリしてるのはわかってる。入渠してる間も聞こえてたわ……あの怒鳴り声は天龍よね?」

 

「ああ、聞こえてたんだね。……うん、そうだよ。今すぐに金剛さんを助けに行くって聞かなくてさ。出撃許可を出さない司令官に何度も怒鳴ってた」

 

「……そう」

 

「そんなことしても無駄死になのは本人もわかってる。それを司令官も金剛さんも望んでないのも理解してる。でも、ただじっと待つことしかできない事が許せなかったんだ。きっと、あの場にいた全員が同じことを思ってたはずだよ」

 

 天龍の怒りはきっと皆の心を代弁した結果なのだろう。そして、七海もその気持ちは理解している。そう、理解しているからこそ彼女は出撃命令を出さなかった。自分達が未熟なのは自覚しているし、他の鎮守府の力を借りなければあの姫達相手に碌に戦えないのも理解している。

 天龍に返答する彼女の表情が酷く歪んでいたのを響は見ていた。きっとあの部屋にいた天龍を含む全ての艦娘がその表情に気付いたはずだ。誰よりも一番悔しい思いをしているのはきっと七海なのだと。

 

「きっと、次の出撃は前回よりも激しい戦いが待ってる。取り返さないといけない人がいるんだから……誰が何と言おうと私は最前線に行くつもり。みんなもそう言うと思うけど、どうかな扶桑さん?」

 

「……ええ、私も同じことを考えてたわ」

 

「深海棲艦が何故金剛さんを攫ったのかはわからない。けど、あの人は私達の仲間なんだ。手を出した報いは絶対に受けてもらう」

 

「そうね、絶対に連れて帰って来ましょう……。ねぇ、戦艦用の改良艤装はあるかしら?」

 

「あるよ、倉庫の中の右から三段目の棚」

 

「ありがとう。今回ばかりはドックに籠ってる場合じゃないもの。自慢の主砲の火力、見せてあげるわ」

 

 普段の憂いを帯びた顔とは別の力強い顔で倉庫の中に消えていく扶桑の背中を見つめていた響は小さく笑みを浮かべると、再び艤装の選別に戻った。

 

 それからの二日間、岩川鎮守府は恐ろしい程に静かであった。出撃どころか哨戒警備すらなく、彼女達は自らの爪を研ぎつつ、出撃までの時間を思い思いの方法で過ごしていく。鍛練する者、装備を吟味する者、気持ちを整理する者……しかし、それらの先に待つ思いは全て同じ。全ては大切な存在を取り戻す為に。

 

 ――――今はただ、静かにその時を待つ。

 

 



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困惑

 
 今年はこの話で最後の更新になるかと思います。



◇◇◇

 

 それは、何時、何処で、何故起きたのか、どんな戦いだったのかもわからない。

 私の目に映ったのは遠い遠い過去の残骸……誰かの記憶の欠片。それを第三者として見ている。

 

 鉄と油、そして硝煙の香り。……それから、血の香りも。

 死体の山と、それが爆炎で焼ける嫌な臭い、その炎上する巨大な戦艦のその巨大な主砲、その下で一人の女性が座り込んでいる。よく見ると死体だらけの中で唯一生きていた誰かを膝枕しているようだ。長い髪に隠れて表情はみえないが、肩が震えているので彼女が泣いているのであろうことだけはわかった。

 倒れているのは軍服を着た男性だった。あちこちが血塗れで、呼吸も浅い。きっと……もう助からないと、私は理解してしまった。

 泣いている女性もあちこちに傷がある。不思議と出血はないが服はぼろぼろで、元は美しかったであろう髪にさしてある簪も砕けていた。

 不意に、男性の口が動いた。銃声や爆発、炎が甲板上の全てを焼き尽くす音の中で、彼の声は何故かはっきりと聞くことができた。

 

『はは……こりゃあたまげた。……こんな戦場に……別嬪さんが……いる、なんて……あんたは……誰……だい……?』

 

『……』

 

 女性は何も答えない。ただ、ゆっくりと男性の頭を撫でるだけだ。慈しむように、慰めるように……只々、優しい手つきだった。

 ふと、男性が何かに気がついたのかその目を見開いた。そしてすぐに笑顔を浮かべる。

 

『……そうか、お前は……』

 

『……』

 

 やはり彼女は何も言わない。しかし、彼は彼女が何者なのか気がついたのだろう。安堵の笑みと、力なく伸ばされた腕が彼女へと向けられる。彼女はそっとその手を握りしめ、縋り付くように胸に抱く。

 

『……寂しいのか?……退艦命令は出てるもんなぁ……もう、この船には……生きてるやつは、誰も……いない……俺も、すぐに死ぬ……』

 

『……』

 

『……すまねぇ……そうだよなぁ……お前も……俺らと……一緒に、戦って…たん、だなぁ……』

 

『……』

 

『……はは、いい冥土の土産に……なるぜ……お前の……○○の……その、姿を……見れた、なんて……』

 

『……俺は、後悔してない。……御国の為に、戦って……死ねるんだ……』

 

『……』

 

『……そうだ……悔いは……な…い……………』

 

 彼女の握る手から力が抜ける。それは彼の命が消えたということ。

 最後まで無言だった彼女は彼の亡骸をそっと寝かせると、立ち上がった。空を見上げたまま動かない。

 火の手が回り、彼女達の周りも炎に包まれる。浸水もしているのだろう、徐々に船体が傾き始める。それでも、彼女は動かない。ただ、空を見上げたながら一言だけ呟いた。

 

『それでも、私は貴方達人間に生きてほしかった……』

 

その言葉を最後に、彼女の姿は燃え盛る炎に消え、海へと沈んでいった。

 

◇◇◇

 

 

 腕を掴まれている感覚で目が覚めた。

 辺りは薄暗く、床には大量の古い資材が無造作に投げ捨てられている。よく見えないが倉庫らしき部屋のようだ。どうやら椅子に座らされているらしい。

 ふと、左腕に視線を向けると白い手が私の腕を掴んでいた。

 

「……っ!?」

 

 思わず立ち上がって振り払おうとしたが、突然足が縺れてその場に転んでしまった。

 よく見ると、足首に枷が嵌められており、壁から鎖で繋がれている。腕にも多少鎖が長いものの足と同じ枷が付けられていた。

 

「……これは」

 

 倒れたまま呆然とする私の側にペタペタと足音を立てながら小さな人影が歩み寄る。転んだままだった私はその姿を見上げ、驚愕した。何故なら…………

 真っ赤な瞳を瞬かせながら不思議そうに首を傾げる北方棲姫が立っていのだから。

 

 あの戦闘で私は轟沈寸前だった鈴谷を庇って飛行場姫の艦載機からの爆撃を受けた。流石は姫クラスと言うだけあって威力は最高クラスで、一撃で大破させられた挙句に気絶するという結果になってしまった。そして、どうやら私が気を失っている間に戦闘は終了し、案の定私は攫われてしまったようだ。

 この部屋に閉じ込められた時に予備を含めた弾薬の全てを抜き取られたらしく、艤装を展開しても砲撃を行うことができなかった。しかし、予備の鋼材や燃料、そして妖精さん達が全員無事だったのは幸いだ。どうやら弾薬以外には手を出していないらしい。

 機関をフル稼働させて鎖を引き千切ろうとも考えたが、どうやら特別な物質でできているらしく、鎖も壁もびくともしない。無駄な燃料を消費しない為にもここは大人しくしておくのが無難だろう。もっとも……

 

「……」

 

「……」

 

 思い切り暴れようにも目の前で私を見つめる北方棲姫のせいで迂闊な動きができない。しかし、妙なもので私が鎖を引き千切ろうとした時も、それから今も、全く動かずにこちらを見つめるだけで何もしないし何も言わない。てっきりゲームの様に何かを置いてけ〜とでも言うかと思ったが、それもない。

 機関をスローにして燃料の消費を軽減すると、最初に座っていた椅子に再び腰掛ける。思わず溜息が漏れてしまうが現在の状況を改善するのはやはり無理だろう。妖精さんに鎖や壁の材質を解析するように指示をしてから北方棲姫へと視線を向けて……っ!?

 

「…………」

 

「……えっ、と?」

 

 再び視線を向けた瞬間、目の前にまで迫っていた北方棲姫に驚いた。私が反応する前に腕を掴まれる。流石は姫クラスと言うだけあって力も強く、まるで万力に挟まれたかのように腕に痛みが走るが我慢できない程ではなかった。

 まさか、これから拷問でもするのかと身構えたが、北方棲姫はただ私の腕を握るだけで他には何もしない。何度も何度も握っては放すのを繰り返している。

 

「……その、どうかしたの?」

 

「…………壊レナイ」

 

 やっと喋ったと思ったらそんな一言である。私を壊そうとしていたのだろうか。しかし、それなら艤装を展開して至近距離から私に砲撃を撃ち込めば済む話だ。碌に回避もできない状態の今なら間違いなく私に避ける方法はないのだから。

 しかし、彼女は興味深そうに私を見上げながら体のあちこちを触り始めた。腕から始まり手のひら、足、背中、お腹に胸……って!?

 

「ちょっ、ちょっと待って!! そこはそんな強く握らないで……って、いたたた!?」

 

「……?」

 

 私の胸を鷲掴みにしたまま首を傾げる北方棲姫を何とか引き剥がして安堵の息を吐く。……もげるかと思った。

 北方棲姫は首を傾げたまま私の胸と自分の手を交互に見つめている。不思議がるその姿に私は違和感を感じていた。もしかしたら、彼女は自分がどれだけ強い力を出しているのか理解していないのではないだろうか。

 

「……ええっと……北方棲姫…ちゃん?」

 

「…………ホッポウ、セイキ?」

 

 少し戸惑いながらも名前を呼ぶが、彼女は首を傾げるばかりだ。どうやら生まれたばかりの個体のようだし、自分の名前も知らないのだろうか。

 そこでふと、気が付いた。私達が深海棲艦達を呼ぶ名前は人類が彼女達に付けたものだ。彼女達自身が名乗ったわけではない。もしかしたら彼女達には彼女達の名前があるのかもしれない。

 

「えっと……私はコンゴウ。貴女の名前は?」

 

「……ナマエ?…………ナマエ、シラナイ」

 

「名前がないの?」

 

「……ミンナ……ワタシヲ〝ヒメ〟ッテヨブ……」

 

 どうやら彼女は周りから〝姫〟としか呼ばれていないらしい。飛行場姫もそうなのだろうか……だったら少しだけ寂しいなと思えてしまった。

 

「姫……だけじゃ唯のクラス名だね。やっぱり、君は北方棲姫…………北方ちゃんって呼んでいいかな?」

 

「……ホッポウ、チャン?」

 

「そう、君は北方棲姫。人間達は君をそう呼んでる」

 

「……ナマエ……ホッポウセイキ……」

 

 確かめるように自分の名前を繰り返す彼女の姿は正に生まれたばかりの子供のようだ。きっと、彼女の周りには何かを教えてくれるような存在がいなかったのだろう。彼女はあまりにも無知で、無垢で、純粋だ。彼女から他の深海棲艦の様に嫌な気配がしないのも彼女自身が自分の存在をまだしっかり掴めていないからなのかもしれない。不用意に力を出しているのもやはり自分の力の使い方を理解していないからだ。よく周りを見れば握り潰された燃料缶や砕けたボーキサイトが散らばっている。きっと力を込め過ぎて砕いてしまったのだろう。

 

「北方ちゃん、何かに触れるなら優しく。力を入れ過ぎたら駄目だよ。私達艦娘や君達深海棲艦は人間に比べて遥かに力が強い。何も考えずに握ると傷つけちゃうからね」

 

「……ヤサシク?」

 

「そう、優しく……」

 

 そう言ってから右手を彼女へと差し出す。練度が高く改二である私なら彼女の力にも耐えられる強度を持っている。仮に力加減を間違えても壊れたりしない。

 恐る恐る手を差し出してきた彼女をじっと見つめる。やがて彼女の手が私の腕を掴んだ。その力は先程よりも明らかに弱く、人間であっても耐えられるであろう強さだった。

 

「そう、その調子だよ。君はまず力の使い方を学ばないとね」

 

「……ワカッタ」

 

 自分でも敵に何を教えてやっているのかと思いたくなるが、彼女からは敵意や憎悪といった感情を感じられない。あるのは興味と探求、それから……少しだけだけれど、信頼だった。

 だからだろうか、私は彼女をどうしても助けたくなった。

 

 暫く力加減のやり方を教えていたのだが、不意に北方ちゃんが小さな欠伸をしたのが見えた。どうやら眠くなってきたらしい。窓がない部屋なので外が見えず、時間もわからないので確認できないが、もしかしたら今は夜なのかもしれない。

 

「北方ちゃん、今日はこれくらいにしてもう寝ましょう?」

 

「……ウン、ネムイ」

 

 握っていた資材を放り投げ、北方ちゃんは眠たそうにフラフラと歩き出すと部屋の出口……ではなく椅子に座る私の膝によじ登ると、私の胸を枕にするように座り直した。

 

「……あ、あれ?」

 

「……オヤスミ」

 

「え、あ……うん」

 

 余程私のことが気に入ったのか、北方ちゃんは私に凭れかかる姿勢ですやすやと寝息を立て始めてしまった。どうやら懐かれてしまったらしい。

 仕方がないので彼女が落ちないように脇の下からお腹の前に手を回して抱き竦める。こうしているとただの幼女にしか見えないのに……。

 天井を見上げながら、私はどうしたものかと溜息をつくのだった。

 

 



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決意

 あけましておめでとうございます。
 少し短いですが新年一発目です!!



 何時間眠ったのだろう。

 視界に入るのは相変わらず変わらない薄暗い部屋で、今が朝なのか夜なのか全くわからない。艤装の妖精さんに聞いても全員が首を横に振った。

 ふと、視線を下せば私にもたれ掛かって寝ている北方ちゃんの姿。そういえば一緒に寝ることになったんだっけ……。私も懐かれるとは思っていなかったし、本当に困ったものだ。

 

 暫く寝顔を見つめていたが、突然ゆっくりと扉が開き始めたので思わず立ち上がりそうになって北方ちゃんを落としそうになってしまい、慌てて支え直す。だが、やはりその衝撃で北方ちゃんも目を覚ましたようで、不思議そうにこちらを見上げてくる。

 北方ちゃんを抱き抱えたまま一応艤装を展開してドアを睨みつけると、少しだけ開いたドアの隙間から駆逐イ級が部屋の中へと入ってきた。何故か頭の上に燃料缶をいくつか乗せている。

 

「……ソコニ、置イテケ」

 

 北方ちゃんがそう言うと、イ級はその場に燃料缶を置くと静かに部屋を出て行った。どうやら燃料を運びに来ただけのようだ。北方ちゃんが私の膝から飛び降り、燃料缶を拾うと戻ってきて私に二つ差し出した。

 

「……コンゴウ、ゴハン」

 

「あ、ありがとう」

 

 渡された燃料缶を受け取り、飲んでも大丈夫なのかと一瞬迷うが、北方ちゃんが躊躇いなく飲み始めたのでとりあえず毒ではないと判断し、恐る恐る蓋を開けて中身を口にしてみる。だけど…………

 

「……っぐ、げほっ、げほっ……」

 

 はっきり言えば凄く不味かった。例えるなら料理で焦げた部分だけを水に溶かしたみたいな、そんな味だ。普段飲んでる燃料はスポーツ飲料みたいな味だったから完全に不意をつかれた。

 慌てて艤装に蓄えていたイチゴ味の燃料缶を取り出して一気に半分ほど飲み干した。甘い味が口の中に広がり、思わず小さく溜息が漏れる。

 しかし、驚いたからとはいえ、貴重な保存用の燃料をすこし消費してしまった。やってしまったと後悔しても今更遅いので、できるだけ今後は我慢しよう。まだいくつか残っているが、たくさん残しておく方がいいに決まっている。

 と、そんな事を考えていたら視線を感じた。振り返れば北方ちゃんが首を傾げて私が持っている燃料缶を見つめている。

 

「……ソレ、コレトハ違ウノカ?」

 

「あー、えっと……まぁ、少しだけ違う……かな?」

 

「ドウ違ウンダ?……コレシカ飲ンダコトガナイカラ、ワカラナイ」

 

 その言葉に私は驚愕する。彼女はこれ以外の燃料を口にしたことがないらしい。

 こんな生まれたばかりの小さな子に、明らかに上質とは考えられないようなものしか与えていないなんて……。

 

「北方ちゃん、これあげるよ」

 

「……イイノ?」

 

「うん、いいんだよ……」

 

 勿体無いとか言うくらいならこの子に飲ませてあげた方が何倍もいいに決まってるじゃないか!!

 私から受け取った燃料缶を不思議そうにいろんな角度から一通り見た北方ちゃんは蓋を開けると残り全部を一気に飲み干した。その瞬間、目を大きく見開いて数秒間固まったかと思えば必死に燃料缶をひっくり返して中身が残っていないかを確認し、残っていないとわかると途端に悲しそうな顔になった。

 

……もう、なんと言うかさ……凄く、可愛いんですけど。

 

 見ているだけで何だか自然と微笑ましく思えてしまう。見た目が小さい子供の姿であることもあってかどうも守ってあげたくなってしまうし、北方ちゃんは普段は無表情みたいだから今のようにころころと変わる表情を見ていると良かったって思う。

 

「北方ちゃん、どうだった?」

 

「……甘クテ、イツモノヨリモ、オイシカッタ!!」

 

 少し興奮気味に瞳を輝かせながらそう言うと、北方ちゃんは私の腕にしがみついてきた。また力加減を忘れていて少し痛かったけど、それだけ北方ちゃんが喜んでくれたのだと思えば悪い気にはならない。

 しかし、本当に困った。北方ちゃんに構えば構うほどこの子を放って置けなくなるし、同時にどんどん懐かれてしまう。

 

「……本当に、困った」

 

 そう言いながらも、緩んでしまう自分の表情に気づいたのは北方ちゃんが再び私の膝に座ってお昼寝を始めてからだった。

 

◇◇◇

 

「……では、予定通りに明日、出撃ということでよろしいですね?」

 

『うむ、他の艦隊も準備は終えているらしい。やはり、皆が彼女の奪還に向け闘志を燃やしている』

 

「若輩者の私達の為にわざわざすみません……」

 

『そう言うな。君達は他の艦隊にはない何かを秘めている気がするのだ。だから、皆も応援してくれるのだろう』

 

 受話器越しに聞こえる佐々木提督の声に七海は静かに瞼を閉じる。

 七海はずっと自問していた。自分に何ができるか、何をしてきたのか。

 彼女はコンゴウに提督としての仕事や役割を教えてもらった。実際、コンゴウの行動は艦娘以前に提督らしいものがある気がしていた。資材の備蓄に注意し、他の艦娘達を気にかけ、装備の開発を行う。もしかしたら、自分よりもコンゴウの方が提督らしいことをしているのかもしれない。

 だから、七海は彼女がいない現状に少なからず焦燥を覚えていた。彼女がいないと、何をするべきなのかわからない。まだまだ自分は未熟であると痛感してしまう。それが堪らなく悔しくて、コンゴウの存在がどれだけこの鎮守府で大きな存在だったのかを理解させられる。

 

「……彼女は私に提督のするべき役割と姿を教えてくれた恩人です。だから、必ず助け出したい」

 

『……そうか、ならば私も協力は惜しまんよ。そろそろあの四人がそちらに到着する』

 

「本当に良かったんですか?彼女たちは貴方の艦隊の中でも屈指の実力を持っています。それを私達に……」

 

『構わんさ……私はどのみち今回の作戦が終了すれば引退するつもりだった。それに、彼女達が自らそちらに入りたいと願い出てきたのだよ』

 

「……ありがとうございます」

 

 その後、またいくつか確認を終えてから受話器を置き、七海は小さく息を吐いた。

 そのまま椅子に背を預ける様に座り直す。不安と緊張が一気に押し寄せてくるようで、堪らなく怖かった。

 

 気をしっかり持とうと呼吸を整え始めてどのくらいの時間が経ったのか、辺りが薄暗くなってきた頃に執務室のドアがノックされた。入るように指示すると、電が足早に中へと駆け込んでくる。

 

「司令官さん、連絡にあった四人が到着したのです!!」

 

「ありがとう、電。執務室まで案内してもらえる?」

 

「了解です」

 

 到着した四人を呼びに執務室を飛び出していく。その背中を見送った七海は一度静かに瞼を閉じ、再び開く。その瞳は鋭く、つい数秒前までとはまるで別人のようだった。

 

「……そう、何時までも頼ってちゃいけない。私はここの……提督なんだから」

 

 同時にドアがノックされ、開く。七海はゆっくりと椅子から立ち上がり、入ってくる四人を見据えた。電に連れられた四人は七海の視線に一瞬だけ驚くが、すぐに力強い笑顔を浮かべて敬礼した。

 

「一航戦、赤城です。よろしくお願いします!!」

 

「アタシは軽巡北上。まぁ、よろしく頼むよ」

 

「金剛お姉様の妹分、比叡です。気合い、入れて、いきます!!」

 

「比叡姉様と同じく、金剛お姉様の妹の榛名です。榛名、全力で戦います!!」

 

 四人の自己紹介を聞いた七海は小さく頷くと敬礼を返す。それは七海をよく知る電さえも見惚れる程に力強い姿だった。

 

「私が提督の鈴音七海です。私の大切な仲間を救う為に、貴女達の力を貸して」

 

 四人が彼女の言葉に頷くのに、躊躇いは一切なかった。

 

 



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決断

 新年、最初の三連続大型艦建造祭り!!

 一回目・まるゆ
 二回目・まるゆ
 三回目・まるゆ

 ………(´・ω・)


「オマエノ仲間ガヤッテクルヨウダ」

 

 その言葉を聞いたのは此処に囚われてから三度目の朝を迎えた時だった。本当は朝かもわからないし、最初の日は気絶していたから感覚的には二度目の朝なんだけど、本当に唐突に彼女はやってきた。

 北方ちゃんと同じ真っ白な髪。北方ちゃんと比べると何処か禍々しい真っ赤な瞳。背丈は私と同じか、少し高いかもしれない。

 

 彼女の名は、飛行場姫という。

 

「ズイブント、気ニ入ッタヨウネ」

 

「……」

 

 懐かれた日と同じく、私の胸元を枕に寝ていた北方ちゃんは飛行場姫の気配がすると同時に飛び起きた。呆然とする私の膝から小さな体らしい身軽な動きで飛び上がり、空中に浮遊要塞を展開しつつ入り口を睨むのとドアが開くのは同時だった。

 飛行場姫は私の顔を見ると少し驚愕したのか呆然と数回瞬きをしたかと思うと、ニヤリと笑みを浮かべた。その視線は北方ちゃんへと向かい、何度か頷くと再び私を見て最初の言葉を言い放った。その次は北方ちゃんにも同じように言い放ち、値踏みするかのように彼女を見つめる。

 

「モウ壊シタカト思ッタガ、ドウヤラ今回ハ今マデトハ違ウラシイワネ」

 

「……出テケ」

 

 見下ろす飛行場姫を睨み上げながら、北方ちゃんは静かにそう呟いた。「フフフ……コワイコワイ」と、それを面白そうに眺めてから、彼女は背を向けてドアへと歩き出す。そして、扉を半分開き、首だけで振り返りながら彼女は笑って言った。

 

「ワタシハコレカラ奴ラヲ沈メニ行ク。オマエハドウスル、小サイ姫?」

 

「……」

 

 無言で睨む北方ちゃんに心底楽しいと言いたげな歪な笑みを浮かべたまま、彼女は静かにゆっくりと扉の先へと消えて行った。

 

「ククク、ソンナニ大切ナラ、奪ワレナイヨウニスルノヨ?」

 

 背筋が凍る様な低い声で、そんな言葉を残して。

 

◇◇◇

 

 

「現在時刻、ヒトマルマルマル。只今より作戦を開始します。全艦隊、出撃してください」

 

 通信機からの大淀の声が全ての艦娘達に伝えられ、海上で待機していた全ての艦娘達が前進を開始する。その瞳に強い意志を宿し、唯一人の仲間を救う為に彼女達は進む。

 その様子を、七海は拠点となる大型船から眺めていた。その鋭い視線はずっと、同じ方角を見つめている。

 

『司令官、準備完了だよ。いつでも行ける』

 

 通信機の向こうから響の静かな声が聞こえてくる。それに頷き、彼女は命令した。

 

「岩川艦隊、第一、第二、第三、出撃!!」

 

『『『了解!!』』』

 

 返事と同時に船の側面が開き、第一から第三までの艦隊が同時に海上へと走り出す。艤装を展開し、足取りは軽く、しかしその意志は力強く、彼女達は海の先に待つ仲間の下へと急ぐ。

 それを見送り、七海もまた通信機とモニターへと意識を向ける。感度は良好、ノイズも電波の乱れもないし、天気は快晴。風もなく波もない。もう、前回のような失態は犯さない。

 一度、大きく深呼吸をしてから、七海は通信機の回線を開くのだった。

 

◇◇◇

 

 波はなく、風もない絶好の出撃日和。雲一つない空の下、海面を滑るように移動しながら岩川艦隊のメンバー達は通信機に耳を傾けていた。

 今回の出撃メンバーは第一艦隊が霧島、比叡、暁、響、赤城、加賀。第二艦隊が北上、大井、雷、電、扶桑、榛名。第三艦隊が天龍、最上、時雨、夕立、神通、那珂である。

 

『今回、私達の艦隊は自由行動が許可されています』

 

「それって、遊撃隊ってやつ?」

 

『そんなものよ。あと、私達の主な任務は敵に攫われた金剛の救出です。よって、戦闘は最小限にとどめ、速やかに金剛を捜索し、撤退するように』

 

「確かに、練度の低い者が多い以上、戦闘をするのはリスクが高すぎます」

 

「まあ、敵もフラグシップ級ばかりだし、戦わないのが一番だよねー」

 

 七海の説明に霧島が頷き、北上がマイペースに答えた。他のメンバーも反対意見はないらしく、全員が霧島と同じように頷いている。

 

「パーティは金剛さんが帰ってきてからっぽい!!」

 

「まぁ、立ち塞がる奴には容赦はしないけどな」

 

「ははは、天龍さんらしいね」

 

『今頃、他の艦隊が敵の注意を引きつけてくれているから、こちらは側面から回り込む形で敵の拠点を探すわよ』

 

 メンバー全員の戦意が高いのを確認し、七海は細かい作戦の内容を伝える。全員が了解と返事をしたのを確認すると、深く椅子に腰かけた。後は新たな連絡が来るまで待つだけだ。

 

 七海との通信を終えた後、加賀や赤城による偵察で周囲を警戒しながら岩川艦隊はお互いに一定の距離を保ちつつ、海域を進んでいた。

 その中で、新しく艦隊に加わった四人が装備している艤装を確かめるように動かしては感嘆の息を漏らしていた。

 

「今まで多くの艤装を見てきましたが、これ程までに改良された艤装は初めて見ました」

 

「はい、榛名もここまで使いやすいものは初めてです」

 

「これ、金剛お姉様が提案したものなんですよね。さっすがお姉様!!」

 

「軽いし、反動も小さいのに威力は増してるっていうのがまた凄いよねぇ。……いいねぇ、痺れるねぇ」

 

 何度も凄いと言う四人に、我が事のように他のメンバーは笑顔になる。皆が尊敬するコンゴウが提案したものだけあって、彼女が褒められると同じように嬉しかった。高い練度のベテランに褒められたのも要因の一つだろう。

 そんな中、一人だけ高い練度なのに姿の変わらない艦娘がいることに気づいた者がいた。先程から北上の右腕にくっついて嬉しさが溢れ出ている大井である。

 

「そういえば、北上さんは何故軽巡のままなの? 今の練度なら雷巡にもなれる筈よ?」

 

 不思議そうに大井が首を傾げ、他の皆もそういえば、と視線を向ける。北上は微妙に視線を逸らしながら頭を掻いた。

 

「あぁ……何ていうかアタシ、ちょっとどっかに原因不明の不具合があるみたいでさ、改造ができないんだよねぇ……。戦闘に支障はないし、どこにもおかしい感じもしないのに、不思議だよねぇ」

 

「ちょっ、北上さん、それは本当なの!?原因は!?急いで精密検査を―――」

 

「いや、だから不明なんだってば。今のところは何もないから、落ち着いてよ大井っち」

 

「でも……」

 

 余計にべったりとくっついてきた大井と、それをバランスよく支えながら器用に隊列を整える北上。あわあわとその二人を見て慌てる榛名と電。そして、それを落ち着かせる雷や扶桑。賑やかになった第二艦隊を眺めながら、第一艦隊の赤城はクスリと笑みを浮かべた。

 

「ふふ、楽しい艦隊になったわね」

 

「ここに彼女がいれば、もっと賑やかになります」

 

「金剛さん?」

 

「……ええ」

 

 振り向いた赤城が見たのは微笑みを浮かべる加賀の姿。常に冷静で、感情の起伏を表に出さない彼女が笑っている。赤城にとって、その姿を見せる彼女こそが何よりも驚きだった。自分以外の人物にこうした顔を見せたことは記憶にない。それはただの兵器だった時代から変わらないことだった。

 

「……少し、妬けちゃいますね」

 

「……赤城さん?」

 

 思わず呟いた一言はどうやら加賀には聞こえなかったらしい。それに少しだけ安心して、水平線を見つめる。

 そして、その視線が一瞬で鋭くなった。

 

「……敵影捕捉、数は六、エリートやフラグシップ級はなし。およそ三分後に目視できる距離に入ります」

 

「……来たか」

 

 赤城の通信に天龍が答え、全員に緊張が走った。先程までの賑やかな雰囲気は一切なく、全員が任務を遂行する兵器としての顔になる。

 静かに、赤城と加賀が弓を構える。赤城の偵察機からの情報では敵はこちらに気づいていないようだ。配置された敵の種別的にもやはり正面から撃ち合う本艦隊に目が向いているのだろう。ならば、今やるべきことは敵に気付かれることなく戦闘を終えること。つまりは―――奇襲。

 

「敵は駆逐艦と軽巡のみ……。これなら、私と加賀の二人で十分です」

 

「……ここは、譲れません」

 

 全くの同時に放たれた矢は爆撃機へと姿を変え、青空へと舞い上がっていく。その動きは完全にシンクロし、今日初めて艦隊を組んだもの同士とは思えない程であった。それは嘗ての経験と、互いを思う信頼からなる歴戦の強者の技である。他の全員が言葉もなくその姿に魅入る程にその姿は美しく、そして力強かった。

 

 艦載機が見えなくなって数分後、一切気付かれることなく、六体の深海棲艦が海の藻屑と消えた。

 

◇◇◇

 

 飛行場姫が部屋を出てから既に二時間程経過しただろうか。あれから北方ちゃんは私のお腹に顔を埋めたまま、一切動こうとしないでいる。

 私はそんな彼女の頭を撫でつつ、どうしようかと悩んでいた。内容は勿論、現在こちらに向かって来ている仲間達のことだ。

 前回の出撃は私の記憶にある限りでは大損害を受けた筈だ。気絶した後の記憶がないから最終的にどうなったのかは詳しくわからない。轟沈した子がいなければいいのだが……。

と、そんなことを考えていたら北方ちゃんが身動ぎし始めた。ゆっくりと顔を上げてこちらを見上げてくる。

 

「……コンゴウハ、ヤッパリ、帰リタイカ?」

 

 涙目で見上げてくる北方ちゃんを真っ直ぐに見つめ返す。きっと、今の彼女は私という初めての理解者を失うのが怖くて堪らないのだろう。自分を理解し、力の使い方を教えてくれて、何より優しい。そんな相手から離れたくない気持ちはわかる。私が彼女の立場なら、きっと同じ事をするだろう。

 しかし、私達はどうやっても敵同士なのだ。

 

「……北方ちゃん。私は艦娘で、君は深海棲艦だ。だから、いつかは戦わなきゃいけない日が来る」

 

「……」

 

 北方ちゃんは黙って私を見つめ続けている。その手が小さく震えているのを感じるけど、私にはやっぱり仲間の皆が大切だから……。

 

「だから……ごめんね」

 

「……ッ」

 

 その言葉で、彼女はやっと手を離した。

 私からよろよろと離れた彼女は俯いて動かなくなる。それをずっと見つめ続け、彼女の決断を待つ。

 もし、彼女が私を沈めるというなら、私は最後まで抵抗するつもりだ。私はここで沈むつもりはないし、深海棲艦の玩具になるつもりもない。どのような手段を使おうと絶対に脱出してみせる。

 北方ちゃんが俯いている間、艤装を起動させて出力を上げておく。捕まった際に簡単な修理はされているが私は依然として大破のままだ。全力の稼働は一度きりだろう。それでこの拘束具を何とかして破壊しなくてはならない。弾薬もないから素手で彼女達と戦わなくてはならないが、きっと勝算はゼロではないだろう。

 そうしているうちに、北方ちゃんがゆっくりと顔を上げた。その顔は何かを決意したのか真剣だ。

 

「……ワタシハ」

 

 彼女の呟きと同時に彼女の背後に浮遊要塞と禍々しい艤装が展開された。同時に砲塔に弾薬が装填される音が響き、一斉にこちらに向けられる。

 私も艤装を展開し、彼女の動きに集中する。

 

「……ワタシハ…ワタシハッ!!」

 

 そして、彼女の叫びと同時にその砲塔から爆音を響かせ、彼女の砲撃が放たれた。

 

 



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特別話・もしも主人公が艦娘ではなく霧の大戦艦になっていたら

 「艦これ」のアニメと、劇場版「蒼き鋼のアルペジオ」の放映開始を記念して、現在執筆中の「二度目の人生は艦娘でした」の構想段階で迷った末に没になった「主人公がアルペジオのコンゴウになって艦これの世界に行った」という設定の話を載せてみました。
 現在の本編には関係のない完全にIFのお話ですので、ご注意ください。
 また、この話のコンゴウの中の人は本編のプロローグと同じ内容で艦これ世界にやってきています。見た目や能力はコンゴウですが、中身は元人間です。コンゴウ本人ではないのでご注意ください。あと、原作とアニメの設定が混同していますので、少しおかしな表現があるかもしれません。



 麗らかな朝日が窓から部屋に差し込んでくる。

 カーテンの隙間から入り込んだその光は椅子に座ったままの女性の顔を照らし出した。眩しさからか、女性は小さく身動ぎすると綺麗に目線とほぼ同じ高さに切り揃えられた前髪の隙間から部屋を見渡す。

 窓の外が明るいのを確認し、手元へと視線を落とせば読みかけの本が栞も挟まずに閉じられていた。小さく溜息をつくと、ぱらぱらと本を捲り目的のページに栞を挟む。

 今の彼女には栞を挟まずともどこまで読んでいたかなどすぐに分かってしまうのだが、どうにも人間であった頃の感性は簡単には無くならないらしい。

 

「また眠ってしまっていた。……霧島に知られれば文句を言われそうだ」

 

 ベッドで寝てください、と怒る霧島を思い出しながら椅子から立ち上がって少し背伸びをする。そうすれば座ったまま固まっていた体が伸びて心地よい倦怠感がやってきた。そのまま同時に自分の体をスキャンする。紫色の紋様が体に現れ、粒子が周囲を回る。コンピューターが稼動する様な〝チ、チ、チ〟という音が数回したかと思うとスキャンは既に完了していた。

 結果は本体並びにメンタルモデルに問題なし。絶好調であった。

 

「ふむ、霧島が執務室を出てこちらに接近中か……ならば準備をしなくてはな」

 

 呟くと同時に左足を軽く持ち上げ、スイッチを押すかのように床を踏みつける。

 すると、一瞬のうちに光が彼女を包み込み、次の瞬間には消えていた。だが、その間に彼女の姿は寝衣から紫のドレスへと変化し、薄い金髪はピッグテールへと変わる。

 再び椅子に腰掛けると、何時の間に準備したのか妖精さんがティーポットとカップを持ってきて紅茶を注いでくれていた。

 

「……ああ、ありがとう」

 

 無表情だった顔がふわりと微笑む。紅い瞳は変わらず鋭いままだったが不思議と見惚れてしまうような優しい笑顔だった。

 妖精達も一瞬だけ見惚れた後、顔を赤くしながらキッチンへと飛んで行ってしまう。それを見て苦笑いしながらも彼女は紅茶を飲む。それと扉がノックされたのはほぼ同時だった。

 

「……鍵は開いている」

 

「あ、本当ですね。おはようございます、コンゴウ姉様!!」

 

 扉からひょっこり顔を覗かせたのは金剛型戦艦の四番艦、霧島だった。肩上までで切り揃えられた黒髪とライトグリーンの眼鏡が良く似合う。満面の笑顔で部屋に入ってくる霧島にコンゴウは何とも言えない複雑な表情になった。

 

「……霧島、何度も言うが私はお前の姉ではない。私は艦娘ではなく霧の大戦艦・コンゴウ。確かに船体は戦艦金剛と同じ形状だが、全く別の存在だ。私を姉と呼ぶのは間違いである、と説明済みだと記憶している」

 

 カップを置きながらそう言うコンゴウに霧島は少し考えるように瞼を閉じ、数秒してから目を開く。その顔はやはり笑顔だった。

 

「……わかっています。でも、私の中の何かが言ってるんです。貴女は本当の金剛姉様ではないけれど、全く違うわけでもない。……不思議な感覚ですが、私の分析ではきっと貴女と本当の金剛姉様は繋がっているんだと思っています」

 

「……」

 

「だから、私にとって貴女も姉様なんですよ」

 

「……好きにしろ」

 

 微笑む霧島に一瞬見惚れていたコンゴウは急に恥ずかしくなって手元のカップへと視線を逸らした。すると、ティーカップを持つ左手の薬指に輝く指輪に目がとまる。

 それは確かに自らの身をもってして自分を助けてくれた金剛との繋がり。自然と顔が微笑むのを感じながらコンゴウは立ち上がり、霧島の横を通り抜けて廊下に出る。少し恥ずかしいから、できるだけ顔は見せないように。

 

「……行こう、霧島」

 

「はい、コンゴウ姉様!!」

 

 今朝はいつもより嬉しい朝を迎えられた。コンゴウは胸の内が暖かくなる感覚を心地良く思いながら、足取りも軽く霧島と共に食堂へと歩き出すのだった。

 

「あ、今朝は野菜サラダがありますよ」

 

「……ピーマンは入っていないだろうな?」

 

「うーん……どうでしょう。大丈夫だとは思いますけど……」

 

「……」

 

 少しだけ、足取りが重くなるコンゴウだった。

 

 

 

 食堂に到着すると、そこには丁度この鎮守府に所属している霧島以外の艦娘が全員朝食を食べていたところであった。

 扉を開けた音で全員の視線がコンゴウへと向けられる。全員の視線を受けてもコンゴウは全く気にせずに無表情なまま歩きつづけ、間宮の前に立つ。

 

「おはようございます、コンゴウさん!!」

 

「ああ、おはよう間宮」

 

 笑顔でトレイに乗った朝食を差し出す間宮とそれを無表情で受け取るコンゴウ。周りから見たら無愛想で失礼に見られがちだが、コンゴウはこの鎮守府に来てから一度も艦娘達を蔑ろにしたことはない。彼女の内面と言動には大きな差が発生しているのだ。

 コンゴウの内面は艦娘を大切に思う元提督だった人間だ。轟沈した艦娘が絶対に帰ってこないのを知っているし、ここがゲームではなく現実だという事を理解している。しかし、いざ口を開けば出てくる言葉は冷たい言動ばかり。まるで自分の言葉を勝手に翻訳されて喋らされる感覚に最初は酷く戸惑った。

 それがはったりや中身のない言葉ならよかった。だが、コンゴウの思いは本物であり、冷たく呟かれる内容は正論ばかり。すれ違いばかりが重なり、彼女の印象は悪くなるばかりだった。

 

◇◇◇

 

 それが一転したのは何度目かの出撃の時だった。

 コンゴウは艦娘ではなく霧の大戦艦。戦闘の方法も艦娘達とは違い、本体である船体を使った攻撃を行う。しかし、その火力は明らかにオーバースペックであり、近くの味方を巻き込み兼ねないほどであった。

 だから彼女は出撃時は後方待機で緊急時以外はクラインフィールドで防御の援護をするだけで戦闘に参加しない。確かに彼女が動けば楽に戦いは終わるだろう。だが、それは他の仲間達の練度を高めるのを妨げることになってしまう。それでは駄目だと、彼女は常に一歩引いた場所から皆を見守ってた。本来いない筈のイレギュラーが出しゃばるのはいけないと。

 しかし、そんな彼女の気持ちを知らない艦娘達は機嫌を更に悪くした。

 

〝口先だけで戦わない臆病者〟

 

 その時の艦娘達からの印象は大半がこれ。コンゴウもそれを知りながら何も反論せず、ただ無表情に受け流していた。

 そんないつもと変わらない出撃。今回も何もしないまま帰還するだろうと思っていた矢先にコンゴウのレーダーが新たな深海棲艦の反応を捉えた。

 コンゴウはすぐに艦娘全員に情報を伝達。いつでも援護ができるようにクラインフィールドの演算処理を開始する。

 その時の編成は霧島を旗艦に天龍、那珂、暁、電、そしてコンゴウであった。霧島と天龍が前線に立ち、那珂が相手の隙をついた砲撃、暁と電が後方からの支援砲撃と雷撃を行う形になった。もちろん、コンゴウは後方待機だ。

 

 だが、敵の反応が近付くにつれてコンゴウの表情は険しくなる。レーダーの反応がおかしいのだ。一つだけ回り込むように接近している反応があり、明らかに目視できる範囲だというのに姿が見えない。レーダーを対潜用ソナーに切り替えれば水中に微かな反応があった。

 

「(……これは、潜水艦か?)」

 

 すぐさま船底から魚雷を発射する準備をするが、コンゴウよりも先に敵の魚雷が射出されたのを探知した。その狙いは電だ。

 

「電、回避しろ!! 魚雷だ!!」

 

「……え?」

 

 コンゴウが叫び、電が自分に向かってくる魚雷の影に気づくが一歩遅かった。クラインフィールドで防ごうにも咄嗟の演算では完璧な防御は間に合わず、電の至近距離で魚雷は起爆した。受け流せなかった爆風を受け、電は悲鳴をあげることすらできずに吹き飛ばされた。

 

「電ぁ!!」

 

「そんな、私のソナーには何も反応がないのに!?」

 

 天龍が叫び暁は敵の姿を補足できずに焦る。

 その中でコンゴウは装備を高性能なアクティブソナーへと変化させ、すぐさま目標を発見する。その敵達は潜水カ級フラグシップ。高度な進化を遂げたフラグシップ級の潜水艦型深海棲艦は従来のソナーの目を掻い潜る手段を得ていたのだろう。実際、コンゴウも警戒していなければ気づかなかったかもしれない。

 吹き飛ばされた電はコンゴウのおかげで何とか防御が間に合ったのだろう。大破はしているものの轟沈までには至らなかったようで、ふらつきながらも立ち上がった。

 

「電、至急私の甲板上へ避難しろ。そのままでは戦えないだろう」

 

「……ッ、まだ、戦えるのです!!」

 

 クラインフィールドを利用して海面に立ったコンゴウが電を支え、そう進言した。電はコンゴウを見上げながらまだ戦えると叫ぶが、コンゴウは気にせず電を抱え上げると自らの甲板にジャンプする。ダメージが大きく立つのもやっとだった電は甲板に着地した衝撃で膝をついた。

 

「……ぅ」

 

「無理はするな。立つのもやっとな状態で戦線に復帰したところで貴艦は足手纏いだ」

 

「……そんなことッ!!」

 

「ない、とそう言い切れるのか?」

 

「でも、それでも電は……」

 

「……はぁ、面倒くさい」

 

 自分を睨んでくる電にコンゴウは仕方ないとばかりに機関部を稼動させる。重力子が唸りを上げ、船体全体が吼えるように震えた。突然の振動に電が驚愕し、コンゴウが一歩前に踏み出すのと同時に砲台全てがその砲塔を展開させる。艦娘の艤装にはない光学兵器を放てるその砲台全てが深海棲艦へと向けられた。

 

「そこまで言うなら代わりに私が敵を排除してやる。電、前方に展開している味方全てに戦線を離脱するよう伝達しろ」

 

「え、それってどういう……」

 

「……いいから早くしろ。直接私が出ると言ったのだ。……今、私は少々不機嫌だ。味方を巻き込むなどといった愚行は犯さないつもりだが、万が一という事もある」

 

「……コンゴウさん」

 

 コンゴウの船体から紫色の粒子が溢れ、巨大なリング状のサークルが形成される。コンゴウのメンタルモデルの体にも紋様が現れ、〝チ、チ、チ〟と演算処理の音が響く。

 その様子に只ならぬ気配を感じたのか、電が気圧されたように一歩下がり、残りの艦隊メンバー全員も急いで戦線を離脱し、後方に下がった。

 深海棲艦達も危険を察知したのか一斉にコンゴウへと攻撃を開始するが、その全てがクラインフィールドで防がれ彼女に届かない。

 電はコンゴウが少々どころではなく本気で激怒しているのがわかった。電の視点からでは彼女の背中しか見ることができないが、確かに彼女が怒りに顔を歪ませているのが感じられる。

 

「……よくも電に……仲間に、これだけの傷を付けてくれたな。その報いは貴様らの命で償ってもらうぞ」

 

「……え?」

 

 小さくだが確かに聞こえた呟き。コンゴウの怒りの原因が自分を傷付けられたからだと知った電が目を見開く。電はコンゴウのことを冷酷でまるで機械の様だと感じていた。しかし、彼女にはしっかりと感情があり、散々馬鹿にして避けていた自分達の為に怒ってくれている。あの冷たい表情の奥に暖かい心を持っているのだと電は気が付いた。

 

「……コンゴウ、さん」

 

 彼女の気持ちに気付けなかった自分に怒りを覚え、同時に情けなく思う。視界が滲み、慌てて俯いて顔を隠した。こんな情けない自分は見せたくないと、溢れそうになる嗚咽を必死に堪える。直後に響いた爆音や閃光さえ気にせず、ただ目を背けた。

 

「……ぅ、ぐすっ……くっ……」

 

「……どうした電。傷が痛むのか?」

 

「……ッ!?」

 

 不意に声を掛けられ、頬に手が触れたので思わず顔を上げてしまった。

 そこにいたのは今も攻撃の手を休めないにも関わらず目線を俯く自分に合わせるようにしゃがみ込んだコンゴウの姿。砲塔から放たれるレーザーの光に照らされた彼女は相変わらずの無表情。だが手つきは柔らかく、優しい。やはり彼女は自分を心配してくれていたのだと改めて感じられた。だから、電は笑顔でお礼を言った。

 

「コンゴウさん、ありがとう」

 

「……ああ」

 

 コンゴウは少しだけ目を見開き、そしてすぐに電が初めて見る笑みを浮かべた。常に無表情になってしまう彼女の表情も、この時だけは自由に動いてくれた。

 

 コンゴウの侵食兵器まで使った一方的な蹂躙は僅か数秒で終わり、先程までそこにいたはずの深海棲艦達は塵も残さず消滅していた。

 

◇◇◇

 

 それから幾つかの戦場を駆け抜け、すっかり鎮守府の人気者になったコンゴウは主に霧島を中心に開かれるお茶会への誘いが後を絶たない。最近になってやっと思うように動くようになった表情で微笑みながら優しく丁寧な仕草で駆逐艦達の面倒を見る姿は妹達の相手をする姉の様だ。

 

「コンゴウさん、夕立達と一緒におやつ食べるっぽい!!」

 

「ちょっと夕立。今日は私がコンゴウさんと一緒にお茶する約束だったのよ!?」

 

「えー、別にいいじゃん。みんなで楽しくすればさぁ」

 

「雷だけ抜け駆けは許さないんだから!!」

 

「私の目が黒いうちは姉様と二人きりなんて許しませんよ!!」

 

「霧島は同じ部屋なんだからこういう時くらいいいじゃないか」

 

 

 

「……やれやれ、本当に……面倒臭い」

 

 わいわいと自分を巡って争う艦娘達を眺めながら、コンゴウはそう呟き、静かに紅茶を飲む。だが、やはり仲間とはこうでなくてはならない。そう思いながら、彼女は小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 



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進撃

 戦闘描写って難しい…orz




 轟音により両耳のセンサーに異常が発生する。……問題ない、一時的な麻痺だ。すぐに回復する。

 続いて背後からの衝撃によりバランスを崩し、尚且つ飛来した破片が背中に直撃した。……問題ない、破片の大半は展開していた艤装が弾いてくれた。直撃した破片も小さいもので、跡も残らないだろう。両足に力を入れて踏ん張り、何とか倒れずにたたらを踏むだけで済んだ。

 僅かに視線を背後に向ければ、私を避けるかのように逸れた砲弾によって壁が吹き飛んでいた。どうやら隣の部屋まで貫通したらしく、資材置き場のような部屋が穴から見える。

 北方ちゃんは肩で息をしながら俯いたままだ。やはり、先程の攻撃は私を避けて放たれたらしい。彼女の艤装は既に消えており、完全に戦意を喪失している。

 

「……ナンデ、ナニモシナカッタ」

 

 ポツリと、北方ちゃんが呟いた。俯いたままだから表情はわからないけれど、少し声が震えてるのはわかった。

 

「何でかな……わからないよ。北方ちゃんこそ、何故私に当てなかったの?」

 

「……ソレハ……ダッテ……」

 

 何かを言おうとして彼女は言葉に詰まった。口を開こうとしては閉じるのを繰り返している。今の自分の感情を上手く理解できずにもどかしく感じているのだろう。

 私はそんな彼女の側に歩み寄った。先程の砲撃で私を繋いでいた鎖の先は壁ごと吹き飛んでいるので、ジャラジャラと鎖を引き摺りながらも私は自由に動けるようになっていた。

 彼女の前に座り、視線を合わせる。彼女は泣きそうに瞳に涙を溜めていた。

 ああ、やっぱり。彼女は優しい子だ。

 

「……ヤダ……ヤッパリ、駄目ダ……コンゴウハ、沈メタクナイ……」

 

 優しく彼女を抱き締める。彼女も抱き締め返してきた。

 彼女はやはり普通の深海棲艦とは何かが違う。怨みや怒りといった負の感情とは違う、慈しみ、好意を持つことができている。それこそ艦娘に限りなく近いくらいに。

 今の北方ちゃんは絶妙な立ち位置にいると言ってもいい。深海棲艦でありながら艦娘に近い存在。とても珍しい存在だ。できれば私がどうにかして連れて帰り、守ってあげたい。

 しかし、どれだけ普通とは違うと言っても彼女は深海棲艦なのだ。私達の敵であり、人類の敵。迂闊に連れ帰れば即座に政府の管轄に引き渡されて実験体にされてもおかしくない。

 

「……よく聞いて、北方ちゃん。私は君と一緒にはいられない」

 

「……ッ」

 

「……でも、会いに来るよ」

 

「……エ?」

 

 そう、彼女を連れて帰ることはできないけれど、彼女を見守ることはできる。彼女を導くことはできる。なんと言っても、私は元提督なのだから。

 顔を上げて驚愕に目を見開く北方ちゃんの頭を撫でる。この小さな子が、もしかしたらこの世界の新しい希望になれるかもしれない。

 相対する二つの存在の中間にいる不思議な存在。私はこの子の未来を見てみたくなった。

 

 そう、だから……私も覚悟を決めようと思う。

 

 髪を縛っていたリボンを解いた。纏めていた髪が広がり、視界に入る。

 左手の薬指にはめていた指輪を外す。大丈夫、〝彼女〟との繋がりはしっかりと心に残っている。だから、大丈夫。

 指輪にリボンを通して北方ちゃんの首にかけてあげる。これが私とこの子を結ぶ絆になりますように。

 

「……約束する。一緒にいられなくても、私は北方ちゃんの味方だから」

 

「……ッ」

 

 先程とは違って力一杯抱きしめてくる彼女の頭を優しく撫でる。彼女が落ち着くまで、小さな嗚咽の声だけが暗い部屋に響いていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……おいおい、冗談だろ」

 

 天龍の呟きが静かな空間に響いた。

 全員の緊張した雰囲気がピリピリとした空気を作り出し、徐々に顔が引き攣っていく。だが、それも仕方ないことだろう。目の前にいる敵はそれだけの存在なのだから。

 

「……フフ、イラッシャイ……遠慮ナク沈ンデイクトイイワ」

 

 幾多のフラグシップ級を引き連れて、飛行場姫が美しくも禍々しい笑みを浮かべていた。

 

「完全に予想外です……何でこんな場所に姫が……ッ」

 

 霧島が眼鏡の位置を直しつつ、険しい顔で歯を食いしばる。ここは本隊の砲撃音すら聞こえない程に回り込んだ海域だ。飛行場姫は基地なので移動自体を滅多に行わない。そんな彼女がこの場所にいるということは、迎え撃つ準備も含めて完全にこちらの動きを読んでいたとしか思えない。

 

「味方ノ報告デ、オ前達ノ艦隊ノ本隊ノ動キガアキラカニ目立チスギテイタカラナ……別働隊ガイル可能性ハ高イト判断シタ」

 

 飛行場姫は傍に浮かぶ自身の艦載機を撫でると、心底可笑しそうに笑いだす。その顔に浮かぶ歪んだ笑みは完全に艦娘達を馬鹿にした様な嫌悪感があった。

 

「……どうする?」

 

 天龍が横目で艦隊全員へと視線を向ける。その視線を受けた全員が迷うことなく砲塔を展開し、敵を睨みつけた。通信機の向こうからも無言だが同じ気迫が感じられる。答えなど、最初から決まっていた。

 

「そうだよなぁ……考えるまでもねぇか」

 

 天龍も腰の鞘から愛刀を抜き、飛行場姫へと突き付けた。その顔に浮かぶのは笑み。しかし、その瞳には燃えるような怒りの感情が渦巻いていた。

 

「こいつはあいつを攫った張本人だ、直接オレ達がブチのめさなきゃ気がすまねぇ!!」

 

 天龍の叫びと同時に戦艦の四人が飛び出した。その後に北上と大井、天龍が続き、神通と那珂が援護の為に両サイドへと展開する。

 空母の二人は即座に後退し艦載機の準備に入り、その二人を中心に駆逐艦のメンバーが輪形陣を形成した。

 

「……何度デモ、シズンデ……イキナサイ……」

 

 飛行場姫が手を振り上げると同時に両側に待機していたル級フラグシップが前進を開始した。その後ろからチ級のフラグシップ級がそれぞれ一隻ずつ追従し、それを援護するかの様に浮遊要塞とヲ級フラグシップが並ぶ。

 飛行場姫からも艦載機が飛び立ち、赤城と加賀の放った艦載機達と交戦を開始した。

 

「私達がなんとしてでも制空権を確保します!! 皆さんは其々の相手に集中してください!!」

 

「わかりました!! 榛名姉様、扶桑さん、片方のル級をお願いします。もう片方は私と比叡姉様で倒します!!」

 

「了解、やるよ霧島!!」

 

「榛名、全力で戦います!!」

 

 榛名の返事と同時に敵のル級から砲撃が放たれた。だが、直撃はしない軌道だ。榛名も比叡も僅かに体を傾ける程度で回避する。

 すぐさま榛名がコンゴウ特製の41㎝連装砲改良型での砲撃を開始した。高い練度の榛名の砲撃は複雑に移動しているル級を正確に捉えた。ル級は左手の艤装を盾に砲撃を防ぐが、改良型の連装砲は予想以上の威力だったようで、通常クラスよりも数段上の硬度を持つフラグシップ級であるにもかかわらず完全に艤装を破壊した。

 

「もらったわ!!」

 

 衝撃でバランスを崩したル級へと扶桑が接近し、至近距離から砲撃を撃ち込む。勿論、扶桑の装備している連装砲も改良型だ。咄嗟に残りの右手の艤装を同じ様に盾にするが、至近距離で撃ち込まれた砲撃は盾にした艤装ごとル級を貫き、爆散した。

 

 同時に、比叡と霧島ももう一隻のル級と戦っていた。

 霧島がル級へと砲撃しつつ接近し、比叡が副砲を利用しつつ霧島を援護する。同じ鎮守府で何度も行った連携だ、その動きは迷いなく滑らかだった。

 ル級が艤装を構えればすぐさま比叡が牽制し、霧島が踏み込む。だが、ル級も素早く動く副砲を使い霧島を近づけないように立ち回っていた。

 

「くっ、このままではジリ貧です……え?」

 

 舌打ちしつつ、再び距離を離した霧島の両側を二つの影が走り抜けた。

 両腕と両脚にいくつもの魚雷発射管を装備した二人は完全にシンクロした動きでル級を挟み込む。

 

「ちょっと、私達を忘れてもらっちゃ困るよー?」

 

「海の藻屑となりなさいな!!」

 

 二つの影……北上と大井は一斉に魚雷を発射し、いくつかがル級へと直撃した。左足が吹き飛んだル級はバランスを崩し、その場に転倒する。

 

「北上、大井も……二人はチ級の相手をしていたんじゃあ……」

 

「あぁ、あいつらならもう倒しちゃったよ。魚雷で私達に敵うわけないじゃん。じゃあ霧島、止めは任せたよ」

 

「北上さんと私で作ったチャンスなんだから、外したら許さないわよ!!」

 

「ふふ、了解しました!!」

 

「負けてられません。気合い、入れて、撃ちます!!」

 

 返事を返しながら、霧島と比叡は既にル級へと狙いを定めていた。轟音と同時に放たれた砲弾は正確にル級を貫き、爆散する。

 完全に反応が無くなったのを確認してからすぐさま反転し、浮遊要塞とヲ級へと狙いを定める。敵は完全に赤城と加賀に集中しているらしく、こちらに気付いた様子はない。チラリと横目で見れば天龍と神通、最上が目立つように動き、注意を逸らしているようだ。

 

「チャンスね……北上と大井は飛行場姫の動きに注意しておいて」

 

「了解だよー」

 

 短い言葉を交わし、すぐに行動を開始する。一切の迷いはなく、ただ一つの目的の為に彼女達は進む。

 

「待っててください、姉様!!」

 

 その姿を、飛行場姫はただ静かに笑いながら眺めていた。

 

 



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絶望

 遅くなってすいません。
 また、今回は以前に酷い目にあった艦娘の末路の表現が少しだけあります。彼女のことが好きな方々、ごめんなさい。



 泣き止んだ北方棲姫が真っ先に行ったのはコンゴウの入渠準備であった。手足の枷を外し、高速修復材のバケツを渡した後、彼女を入渠施設へと案内する。

 大破したコンゴウが完全に回復するには高速修復材を使用したとしても多少時間がかかってしまう。ゲームの様にほんの数秒で治るなんてことはないのだ。

 

 コンゴウが入渠している間、北方棲姫はとある部屋へとやってきていた。

 高く乱雑に積まれた資材の山が視界に入り、徐に見上げてみる。普段ならそこにもう一人の姫が不快な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしてくるのだが今は誰もいない。薄暗い部屋の雰囲気もあって寂しい空間となっていた。

 彼女は資材の山から視線を外し、その隣の部屋へと向かう。そこは先程の部屋よりも更に暗い部屋だった。ドアを開けた瞬間から油と腐臭が鼻をつく。

 少しばかり顔を顰めながらも艤装の一部である探照灯を灯せば部屋の中が薄っすらと浮かび上がって見えてくる。

 

 目を見開いたまま動かないイ級、下半身がないチ級、顔が吹き飛んだル級、元が何なのかもわからない程にぐちゃぐちゃになった肉塊……。そこは―――死体置き場だった。

 

 戦いに敗れた彼女達はある程度回収され、新しい深海棲艦の餌や建造の資材として使われる。しかし、最低限の施設しかないこの場所では倉庫の様な立派な保管庫など存在しない。

 ならばどうするか……その答えがこの部屋だった。必要になるその時まで、彼女達は狭い部屋に押し込まれ、ただ放置された。既に光を失った瞳がこちらを見つめる様な錯覚に、北方棲姫は一瞬だけ入るのを躊躇った。

 しかし、彼女は意を決して足を踏み入れた。床に広がった重油と体液が混ざった液体ががぴちゃぴちゃと跳ね、足の裏に何とも言えない悍ましい感触が走るが、それをあえて無視しながら目的の存在を探し出す。

 

 それは死体の山の中ほどに無造作に放り投げられていた。

 その幼い少女の体はあちこちが不自然に折れ曲がり、大破していたのか服はボロボロで、涙の跡が残るその顔に生気はない。開いたままの瞳は濁りきり、既にその少女の命が失われているのがわかる。

 そう、彼女はかつて飛行場姫が捕らえ、拷問した挙句にまだ力を上手く使えなかった北方棲姫によって無残な最期を遂げた駆逐艦の艦娘……霰である。

 その近くにも二人の艦娘が投げ捨てられているが、霰以上に破損が酷く、もう誰なのかわからない。

 北方棲姫は霰の体を優しく抱き上げた。少し前までは握り潰してしまったその体を丁寧に部屋の外に運び出す。三人とも運び出し、近くにいたホ級に工廠へと運ぶように指示を出した。

 暗い通路の先に運ばれていく三人に、北方棲姫は静かに頭を下げた。

 

「……ゴメンナサイ」

 

 その呟きは誰に聞かれることもなく、暗闇に消えていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 入渠を終えた私は北方ちゃんから弾薬の補充を受け、まさに今からこの基地を出発しようというところだった。しかし、そこで困った事態になっている。

 北方ちゃんが送って行くと言ってきかないのだ。

 正直に言えば彼女が途中までとはいえ付いてきてくれるのはありがたい。私一人で敵陣を突破するとなると恐らく無傷ではいられないだろう。

 だが、それは同時に彼女が敵である私に手を貸している姿を見られることになり、裏切り者として彼女の立場が危うくなる可能性があるということだ。それは彼女を危険に晒すことに他ならず、到底頷ける内容ではなかった。

 

「北方ちゃん、私は平気だから……」

 

「ダメ、コンゴウガ怪我スルカモシレナイ」

 

「でも、北方ちゃんに何かあったら……」

 

「コンゴウハ心配シスギ」

 

「うぅ……」

 

 出口まで案内すると言って私の袖を掴んだまま隣を歩く北方ちゃん。一見すると無表情なのに何故か呆れた様な視線を感じるのは私の気のせいだと思いたい。

 こんな小さな子に呆れられるなんてちょっと情けないかなぁ。でもそれは間違いなく本当の気持ちなんだから仕方ない。

 そう考えていたら隣の北方ちゃんが立ち止まる。私がうんうんと悩んでいる間にどうやら出口に到着していたらしい。……って、ちょっと待った。

 

「北方ちゃん……出入口って、これ?」

 

「ソウダヨ」

 

 目の前にあるのは鎮守府にもある出撃ドック。しかし、海原へと続くゲートは無く、道は暗い海底へと一直線に続いていた。

 

「ココハ海底ニアルカラ、ドウシテモ潜ッテ海面マデイカナイトイケナイ」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「……コンゴウハ、泳グノトクイ?」

 

 そう言われてふと思ったが、艦娘になってから泳いだ経験がない。潜水艦ではない私は海の上に立つことはあれど潜ったことはなかった。人間だった頃はそれなりに泳げたけど……。というか、艦娘って水に沈んでも大丈夫なのだろうか。

 

「泳ぐだけなら大丈夫、だと思う……」

 

 意を決してドックを降りて海水に足をつける。氷水の様に冷たい水温に思わず身震いしてしまうが、構わず一歩ずつ進んでいく。冷たいという感覚以外は今は特に何も感じない。

 だが、腰から上まで浸かった瞬間、私の中に何とも言えない不快感を感じた。

 これ以上は駄目だ、進むな、寒い、冷たい、暗い、水が入って、やだ、沈む、沈む、しずむ、しずむ、しずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむしずむ……

 

「……ッ、コンゴウ!!」

 

「……ッ!?」

 

 腕を掴まれる感覚で我に返った。

 振り返れば私の左腕を掴んで心配そうな顔をした北方ちゃんの姿。その姿に少しずつ激しかった鼓動が落ち着いてくる。

 

「顔色ワルイ、ダイジョウブ……?」

 

「うん、大丈夫……ただ、潜るのはちょっと怖いかな。どうにも本能的に受け付けないみたいだ」

 

 暗い水底を見下ろしながらそう言うと、不意に北方ちゃんが私を追い越して先に水の中に沈んでいく。暫くすると顔だけを出して手招きをしてきた。

 

「……大丈夫、コワイノ、イナイ」

 

「…………ぷっ、あはははは!!」

 

 その少しだけ的外れな姿に先程までの恐怖が一瞬で吹き飛んだ。首を傾げる北方ちゃんの頭を何でもないと言いつつ撫でて、再び水面下へと体を沈めていく。

 なんだか私、この子に助けてもらってばかりだ。やっぱり、不思議な子だよ、君は……。

 

「先ニ潜ッテアンナイスル」

 

「うん、お願いね」

 

 水中用ライトを点けつつ、先に潜った北方ちゃんを追いかける形で私も潜る。先程と同じく不快感がやってくるが、先に進む北方ちゃんの後ろ姿を見ていると自然と恐怖は感じなくなっていった。

 少しだけ複雑な通路を抜けると、水面から太陽の光が辺りを照らしていた。どうやら外に出られたらしい。

 明るい水面を目指し、私達は浮上していった。

 

◇◇◇

 

「……全員、無事か?」

 

 天龍の確認の声に全員が頷いた。

 飛行場姫と彼女が率いる深海棲艦との戦いは激しかった。倒しても倒しても新たな敵が現れ、その度に岩川艦隊のメンバーはその全てを返り討ちにしていた。だが、艦娘達も無事ではない。常に前線で戦っていた霧島と扶桑、大井、北上、天龍、那珂、神通はほぼ大破に近い状態であり、練度が高い榛名や比叡でも中破している。無事なのは後方にいた空母二人と、それを護衛する駆逐艦達だ。

 そして、周りに飛行場姫以外の敵影はない。他の深海棲艦は全て撃沈したようだ。

 

「……さぁて、残るはテメェだけだ。覚悟しやがれ!!」

 

「…………クク」

 

 ボロボロになりながらも愛刀を飛行場姫に突きつけて天龍が叫ぶ。だが、無傷の飛行場姫はそんな天龍を見返しながら笑うだけだった。

 

「……テメェ、なに笑ってやがる。残ってるのはお前だけだぞ、まさか逃げられるなんて考えてねぇだろうな?」

 

「……ニゲル?何故ニゲル必要ガアルノカシラ?」

 

「何だと、どういう…………ッ!?」

 

 余裕を崩さない飛行場姫を天龍が問い詰めようとした瞬間、幾つもの艦載機が空から襲い掛かってきた。

 しかもその数は先程の戦闘よりも多い。すぐさま赤城と加賀が艦載機を発艦させるが、艦載機同士が戦い始めた途端に二人の顔が険しくなる。

 

「この艦載機、強いッ……!!」

 

「残っている全ての烈風を動員しても互角……いえ、押されているわ……!!」

 

 赤城の表情がますます険しくなり、加賀が珍しく焦ったように駆逐艦達の方を振り返った。

 

「全員、対空砲で援護して!!」

 

「は、はい、了解なのです!!」

 

「みんな、いくわよ!!」

 

 赤城と加賀を中心に輪形陣を作ると、すぐさま対空砲による援護が始まった。それでも戦況は互角、いつ制空権が取られてもおかしくない状態である。

 

「ちっ、増援がいやがったのか!?」

 

「これだけの艦載機が来るなんて、一体何体のヲ級が……?」

 

「……ッ、レーダーに反応あり。敵影捕捉しました!!」

 

 時折混ざっている艦爆からの爆撃を避けながら損傷が少ない榛名が敵の姿を捉えた。だが、同時にそこから発射された別の反応も捉える。水面を移動する素早い影は一直線にこちらに向かってくる。

 

「皆注意して、魚雷です!!」

 

「魚雷ですって!?」

 

「空母だけじゃないの!?」

 

 慌てて回避した神通と那珂が叫び、全員が回避行動に移る。

 そして、ついに飛行場姫が動き出した。

 彼女も艦載機と対空砲を撃ち始め、こちらが少しずつ押されて始める。

 

「くっ……このままじゃジリ貧だ。何とかして制空権だけでも取られないように……」

 

「ぁ……あ、そん、な……」

 

「榛名、どうしたの!?」

 

 天龍が悪態をついていると、レーダーを確認していた榛名が顔を蒼白にしながら焦り出し、比叡がその様子に只事ではないと声をかける。

 

「この、反応は……まさか……」

 

 榛名の呟きに答えるように飛行場姫の隣の海面が爆ぜた。どうやら海中から何かが登ってきたらしい。

 それは小柄な少女の姿をした存在だった。黒いレインコートを羽織り、背中にはリュックを背負っている。可愛らしい見た目とは裏腹に腰からは太い尻尾が生えており、先端には敵の駆逐艦らしき異形の頭が付いている。

 

「おい……なんてこった……」

 

「状況は最悪……ですね」

 

「何で、あいつが此処に……!!」

 

 敵の援軍はたったの1隻。しかし、その深海棲艦は1隻でも脅威といえる性能を持っている。それはその場にいる全員を見回し、口元に笑顔を浮かべた。無邪気な様な、嘲笑うかの様な―――

 

 ―――どちらにも見える笑みを浮かべながら、戦艦レ級はゆっくりと敬礼をした。

 

 



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収束★

 
 少し駆け足気味ですが、長々と戦闘シーンを書くのは苦手なのでさくっと終わらせました!!



「……ッ、全員、回避を優先して!!」

 

「絶対に直撃は避けろ!!あっという間に轟沈するぞ!!」

 

 比叡と天龍の叫びが響くと同時にレ級の尻尾の先から砲弾が発射された。艦娘全員が一斉にその場を離れ、バラバラに散らばって撹乱する。

 レ級はバラバラに散らばった艦娘達をまるで玩具を選ぶ子供の様に眺めており、キョロキョロと忙しなく首を動かしている。

 

「もう一度陣形を組み直しましょう。練度が高い者を前に、低い者と空母の二人は後ろに!!」

 

「赤城さんと加賀さんは攻撃の手を緩めないでください!!制空権を取られると負けです!!」

 

「了解!!」

 

「……了解!!」

 

 バラバラに散らばった艦隊が再び陣形を組み直し、再び激しい攻防が始まる。艦載機の練度は互いに互角。だが、数は向こうが上で撃ち漏らしは駆逐艦の高射砲でなんとかカバーしている状況だ。

 

「既にいくつも戦闘を行っている私達は燃料も弾薬も少なくなっています。時間が経つ程こちらが不利になるでしょう。つまり……」

 

『最悪の場合、撤退も視野に入れなくてはならないわ』

 

「提督!?」

 

 今まで沈黙していた七海の声が通信機から聞こえてくる。その声は落ち着いている様だが、どこか悔しさを滲ませている様にも感じられた。

 それは提督としては正しい選択だろう。艦娘は轟沈すれば助からない。ならば撤退し、準備を整え直して再び出撃するのが正しい判断だ。所謂〝帰ろう。帰れば、また来られるから〟の精神だ。

 だが、それはコンゴウの救出が遅れるということであり、相対的に彼女の身の安全が低くなることを意味している。

 

「ふざけんな、あいつを見捨てて帰れるかよ!!」

 

「そうです。飛行場姫がいるということは敵の拠点が近い証拠です。なら、姉様だって近くにいるかもしれないんです!!」

 

『…………』

 

 艤装を構えながら天龍と霧島が叫び、他のメンバー全てが頷く。その目には撤退など欠片も考えていないことがわかった。

 七海は通信機越しに全員の覚悟を感じると、一度目を閉じてから深呼吸をする。1秒にも満たない時間で再び目を開くと、通信機のマイクを強く握りしめた。

 

『……貴女達の覚悟はわかったわ。でも、いざという時は私は躊躇なく撤退を命じるわ。金剛だって貴女達が沈むのは望んでいないはずだもの』

 

「……提督!?」

 

「司令官!!」

 

「……おい、提督!!」

 

『……でも!!』

 

 次々と上がる非難の声に割り込む様に七海が叫ぶ。それに全員が一瞬息を呑み、しんと静かになった。

 

『……撤退をするのは本当に、本当に最後の手段よ。それまでは絶対に諦めない。必ず金剛を連れ帰ってきて……頼んだわよ、みんな!!』

 

「……へ、当たり前だぜ!!」

 

「やるよ、みんな!!」

 

「榛名、全力で戦います!!」

 

「気合い、入れて、いきます!!」

 

 七海の言葉への返答と共に前衛の全員が動き出した。

 最前線に出るのは機動力が高い高速戦艦の比叡、榛名、霧島の三人。霧島が真正面から、比叡と榛名が両側から回り込む様に挟み込む。

 レ級は向かってくる三人を順番に眺めた後、笑みを深めてから徐に霧島へと主砲を向けた。

 

「……キシシ、レ、レレ!!」

 

「……どうやら、私に狙いをつけたみたいね」

 

「レ!!」

 

 轟音と共に放たれる砲弾を大きく左に移動することで避ける。お返しとばかりに撃ち返せば素早く真横に滑るような動きで避けられた。艦種は戦艦に分類されるが思ったよりも動きが速いようだ。

 楽しげに笑みが深くなるレ級の両側から榛名と比叡が挟み込む形で主砲を向け合う。どうやらレ級は霧島に夢中なのか二人を警戒している様子はない。

 

「当たって!!」

 

「いっけぇ!!」

 

 比叡と榛名の砲弾が同時に放たれ、レ級に吸い込まれるように迫る。その場にいた誰もが直撃を確信した。更に比叡と榛名が使用していたのは一式徹甲弾であり、強固な船体だろうと抉り穿つその砲弾は直撃すれば大ダメージは確実な筈であった。

 

「……レ?」

 

 迫る脅威に気がついたのか、レ級が両側から迫る砲弾へと素早く視線を移す。既に回避が間に合わない距離であり、ダメージは免れないのは明白だった。だが、次にとった行動に艦娘全員が驚愕した。

 レ級は咄嗟に右腕を振り上げると砲弾の側面を殴ったのだ。反対側から迫る砲弾も尻尾を側面に叩きつけて逸らした。当然一瞬の後に爆発が起こり、レ級の姿が見えなくなる。しかし、彼女達はレ級がまだ健在であることを確信していた。

 あの一瞬で戦闘における最もダメージが少ない部分を的確に使い、最速の速さで最小限の被害に抑えていたのがわかったのだ。煙が晴れた場所には右手を多少損傷しているものの、不敵な笑みを浮かべたレ級が立っていた。砲弾を叩き落とした尻尾にも大したダメージは無い。あれでは小破にすら届かないだろう。

 

「あいつ、砲弾を素手で殴りやがった……とんでもないな」

 

「……小破までもっていけたら良かったのですが」

 

「硬いね……」

 

「キヒ……キヒヒ……」

 

 口元を歪め、笑みを浮かべたかと思うと今までその場を動かなかったレ級が遂に動き出した。

 目の前にいる霧島に一直線に突き進むと、大きく体を捻って尻尾を鞭の様に叩きつけてくる。

 

「シャアァァ!!」

 

「……ぐっ!?」

 

「霧島!!」

 

 同じ戦艦といえど霧島はほぼ大破状態。ほぼ無傷のレ級のラムアタック(体当たり)を受けたらタダでは済まないことは火を見るよりも明らかだ。

 霧島は咄嗟にレ級の体の回転に合わせる様に脇をすり抜けて回避しようとするが、突然後ろに引っ張られる感覚を感じて振り返る。

 左右に展開していた艤装の砲塔の一つをレ級が握りしめていた。

 

「―――ッ!?」

 

「キシシ……アアァァァ!!」

 

 レ級が掴んだ艤装ごと霧島を投げ飛ばした。駆逐艦の艦娘と同じ細腕で霧島は宙へと投げ出されたのだ。

 

「きゃあああ!?」

 

「させない!!」

 

「霧島ぁ!!」

 

 投げ飛ばした霧島へと砲塔を向けたレ級を榛名と比叡が止めに入る。だが、レ級は素早く背中のリュックから魚雷を取り出すと、二人に向かって投げつける。

 

「きゃあ!?」

 

「く、この……!!」

 

 回避せざるを得なかった二人の背後から大井と北上が飛び出す。

 

「まぁあれだよ、とりあえず―――」

 

「くらいなさい!!」

 

「シャアァァ!!」

 

 二人の両腕に装着された魚雷発射管から一斉に酸素魚雷が放たれるが、同じくリュックから勝手に飛び出した艦載機達が魚雷に突撃し、自らを犠牲にして魚雷を破壊した。

 

「なんてやつなの!?」

 

 大井が戦慄している間にもレ級は霧島に狙いを定めていた。バランスを崩した比叡と榛名も、攻撃直後の北上と大井もレ級を止める手段がない。完全に霧島はレ級の的になってしまっている。

 

「霧島!!」

 

「霧島ちゃん!!」

 

「キシシ…………アァ?」

 

 だが、レ級が砲撃する瞬間、高速で飛来した何かが砲塔にぶつかり、軌道がずれた砲弾は霧島の艤装の一部を抉る程度で逸れてしまう。遅れて起きた爆発に霧島が吹き飛ばされたのに見向きもせず、レ級は不思議そうに尻尾の先にある砲塔へと視線を向ける。すると、砲塔の側面に何かが衝突した跡があった。

 周りに視線を向けるが、近くにいた比叡達は動いた様子がない。ふと、レ級は空母の護衛に付いている駆逐艦達へと目を向ける。

 今も飛行場姫と戦っている空母と航空戦艦、航空巡洋艦を護っている駆逐艦の中に一人だけこちらに砲塔を向けている者がいた。

 長い銀髪と帽子の隙間から覗く瞳は鋭い。本来装備している筈の12.7㎝連装砲ではないその砲は異様に砲塔が長く、可変式らしいスコープが装着されており、宛らスナイパーライフルを彷彿とさせる。

 

「……хорошо(ハラショー)

 

 不敵に笑う暁型二番艦・響は次弾の装填を素早く済ませるとすぐさま砲撃を再開する。

 通常よりもずっと小さく、高い音を出しながら砲弾が発射される。だが、その弾速は今この場にいる誰の砲弾よりも速い。咄嗟に首を捻ったレ級のすぐ真横を空気を切り裂いて通り抜けていった。

 

「……レ」

 

 レ級の表情に初めて焦りが現れた。最初は艤装に当たったから良かった。だが、二発目は確実にレ級の〝目玉〟を狙って放たれていた。あれだけの弾速と戦艦を動かせるだけの威力がある砲弾なら、あれが生身の部分に当たったならどうなっていただろうか。考えるだけでぞっとする。離れた場所にいた飛行場姫さえも顔を歪めている。

 

「……レェェ!!」

 

 レ級は響が脅威であると判断したのだろう。強張った表情のままそちらに攻撃しようとした瞬間、背後から強力な力に吹き飛ばされた。

 

「……ガァ!?」

 

「よくもまぁ、派手にやってくれたわね……」

 

 レ級の背後にいたのは霧島だった。どうやらレ級を殴り飛ばしたらしい。

 霧島はボロボロになりながらも確かに立っていた。背中の艤装は先程のレ級の攻撃を防ぐ盾として使い、大破を通り越してもはやガラクタと言っていい。修復する以前に間違いなく廃棄確定だろう。霧島は何の抵抗もせず艤装を捨てた。

 今の彼女は艤装から避難させた妖精さん達のおかげで何とか水面に浮かんでいる状態だった。左手は攻撃から顔を庇った際に負傷したのか深い裂傷を負い、指も骨が折れたのか歪んでいる。お気に入りの眼鏡には罅が入り、いつも着けていた金剛型お揃いの電探カチューシャは無くなっている。

 だが、彼女の視線にはまだ闘志が宿っている。無事だった右手を握りしめ、半身で軽く重心を落とし、構える。それは彼女が憧れ、この場にいる艦娘全員が尊敬する姉から教わったもの。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「チェック……ワン!!」

 

「ガァ!?」

 

 全力の拳がレ級の顔面に吸い込まれる様に打ち込まれ、その体がよろめく。

 

「ツー!!」

 

「グゥ……ァ……ガ!?」

 

 更に追撃で掬い上げる様な蹴りがレ級の顎を蹴り上げ、強く頭を揺らされたレ級が更によろめいた。

 当然、その絶好のチャンスを黙って見ている者はいない。比叡と榛名がすぐに艤装を構える。

 

「今度こそ……」

 

「当たってぇ!!」

 

 バランスを崩したレ級は二人の放った砲撃を回避できず、左足と尻尾の付け根に直撃。爆発と同時に足は吹き飛び、尻尾も皮一枚で繋がっている状態となった。

 

「これで終わりなんて……」

 

「思っちゃダメなんだからね!!」

 

 大破になったレ級へと神通と那珂が更に魚雷を放ち、攻撃する。練度が低いこともあり、大したダメージにはならないかもしれないが、レ級は片足が無いため更にバランスを崩し遂にその場に倒れた。

 

「これでぇ!!」

 

「終わりだよー」

 

 駄目押しとばかりに大井と北上が酸素魚雷を撃ち込み、巨大な水飛沫が起きたと同時にレ級の姿は完全に見えなくなった。撃沈できたのだ。

 レ級がいなくなったことで大量にいた艦載機も次々に落下し、海へと沈んでいく。制空権の心配はもういらないだろう。

 

「やったのです!!」

 

「いくら強くてもチームワークがなっていません。これなら負けないわ」

 

「これで……残るのは……」

 

 全員の視線が飛行場姫へと向けられる。彼女はレ級が撃沈されたことなど気にしていないかの様に艤装に腰掛けている。その表情には余裕が浮かんでおり、全員が警戒した。

 

「ソウ、コノコデモダメナノネ。……次ハ誰ニシヨウカシラ?」

 

 飛行場姫の言葉に全員が顔を青くした。これだけ強い深海棲艦を出しておいてまだ次がいるというのだ。

 

「……どうする。霧島はもう限界だし、弾薬も燃料も少ないぞ」

 

「しかし、お姉様をもうすぐで救い出せるかもしれないんです!!」

 

 艦娘達が悔しそうに顔を歪めるのを見た飛行場姫は更に笑みを深くする。彼女にとっては艦娘達の苦しむ姿が楽しくて仕方がない様だ。それを理解できた艦娘達もますます顔が険しくなる。

 

「本当に、嫌な奴だぜ!!」

 

「オ褒メニ預リ光栄ダワ。ソレジャア、次ノアイテモガンバリナサ……」

 

『いや、終わりだよ……飛行場姫』

 

「……ナニッ!?」

 

 次の仲間を呼ぼうとした飛行場姫と艦娘達の耳に通信機を通して七海ではない声が聞こえた。それは不思議と耳に届く凛とした声。そして、岩川鎮守府に所属する全員が助けに行こうとしていた艦娘のものだった。

 

「おい、この声……まさか!!」

 

「はい、間違いないです!!」

 

「金剛さん!?」

 

 いつの間にか水平線へと沈みそうな太陽を背に、ゆっくりと、強い意志を宿した目をしたコンゴウが現れた。

 

 



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帰還★

とりあえず一区切りです。

前回の最後のコンゴウさんの登場シーンでガイナ立ちしながら登場する姿を想像した方が何人かいらっしゃったので、描いてみました。


【挿絵表示】




 北方ちゃんの後を追って海面に出た。

 目に入ったのは真っ青な青空で、雲一つない絶好の出撃日和である。艤装を展開し水面に立ち上がると、水に沈んでいた時の違和感は綺麗に無くなった。

 隣に視線を向ければ北方ちゃんが耳に手を当てて遠くをジッと見つめている。どうやら深海棲艦が使う無線で情報を得ているようだ。

 

「ミツケタ、ココカラ東ニ姫ノ反応ガアル」

 

「了解、すぐに向かおう」

 

「ワタシハ足ガオソイカラ、コンゴウハ先ニ行ッテ」

 

 北方ちゃんに頷いて返事を返すと、全速力で反応がある場所に向かう。北方ちゃんに私の無線コードを教えているので、無線越しに細い航路の指示を受けながらとにかく急いだ。

 きっと、今この瞬間にも岩川鎮守府の仲間達が飛行場姫と激しい戦いを行っている筈だ。たぶん、優しく仲間想いな皆のことだから撤退するなんて考えてもいないだろうし、一刻も早く合流しないと。私が合流すれば撤退という選択が取れるし、もし誰かが一人でも轟沈しているようなら……。

 

 私は、きっと自分が許せなくなる。

 

『コンゴウ、聞コエル?』

 

「北方ちゃん、聞こえるよ」

 

『姫ガ連レテイッタ第一艦隊ガ壊滅シタヨ』

 

「みんな……」

 

 ひとまず安心して肩の力を抜く。しかし、まだ油断はできない。第一艦隊がいるなら第二、第三の艦隊が編成されている可能性があるし、疲弊したところに強力な個体が現れる可能性もある。

 

『第二艦隊モ壊滅……ッ、姫ガ、レ級ヲ呼ンダ』

 

「レ級だって!?」

 

 北方ちゃんの報告に思わず叫んでしまった。でも、それ程レ級という個体が持つ力は強力であり、恐ろしいのを知っている。

 

「……みんな、待ってて!!」

 

 機関の回転を上げ、更にスピードを出して進む。機関の妖精さん達が慌てて落ち着くように言ってくるけど、今は構ってる暇なんかない。大切な私の仲間がピンチなんだ、間に合わなかったなんていう事にはなりたくない!!

 

『レ級ト艦娘達ガ戦闘ヲ開始』

 

「北方ちゃん、残りの距離は!?」

 

『アト半分クライ』

 

「くっ、なんてもどかしい……!!」

 

 思わず拳を握りしめて下唇を噛む。何もできないのが本当に悔しい。

 

『コンゴウ、ダイジョウブ』

 

「……北方ちゃん?」

 

『艦載機デ様子ヲミテルケド、レ級アイテニ善戦シテル。タブン、カテルヨ』

 

「……でも」

 

『コンゴウ、仲間ヲ信ジテ。ワタシヲ信ジタミタイニ』

 

「……北方ちゃん」

 

 北方ちゃんの言葉で冷静になった。焦っていた気持ちを落ち着ける為に深呼吸をして機関の回転を落とす。ホッとした妖精さん達に謝りながら再び前を向く。

 

「北方ちゃん、ありがとう」

 

『ドウイタシマシテ……ン、姫ノ隠シタ別ノ仲間ヲミツケタヨ』

 

「レ級の後にまだ戦力を隠してるのか。先ずは其方を片付けるべきかな?」

 

『ワタシガ話ヲツケル。ダカラ、コンゴウハ先ニススンデ』

 

「うん、任せるよ、北方ちゃん」

 

『マカサレタ、ガンバル』

 

 北方ちゃんと皆を信じてひたすら目的地を目指した。最初に見た青空は既に茜色になりつつある。どれだけ時間が過ぎたかわからないが、水平線に夕陽が沈み始めた頃、遂に皆が戦闘している海域まで到着した。

 妖精さんから双眼鏡を受け取り覗き込む。ボロボロになった皆と彼女達を艤装の上から見下ろしている飛行場姫。睨み合う互いの緊張が高まる中、北方ちゃんからの連絡が入った。

 

『コンゴウ、残リノ艦隊ハゼンブ帰シタヨ』

 

「ありがとう、北方ちゃん」

 

『ウン……コンゴウ、オ願イガアル』

 

「なにかな?」

 

『姫ハワタシ達デドウニカシタイ』

 

「つまり、止めはささないでほしい、と?」

 

『ウン……ワタシカラ姫ニ言イタイコトガアル』

 

「……わかった」

 

 通信を切り、ゆっくりと歩いて皆の下へと向かう。どうやら皆はレ級を倒せたらしい。これには素直に驚いた。岩川鎮守府にいなかった艦娘も何人かいるものの、皆の成長が嬉しく、誇らしい気持ちになって自然と口元が緩む。そのまま気づかれないように接近していくと言い争う声が聞こえてきた。

 

「本当に嫌な奴だぜ!!」

 

「オ褒メニ預カリ光栄ダワ、ソレジャア、次ノアイテモガンバリナサ……」

 

「いや、終わりだよ……飛行場姫」

 

「……ナニッ!?」

 

 驚いた顔の飛行場姫から仲間を庇う様に立つ、艤装は展開せず、ただ腕を組んで彼女の前に立ちはだかる。北方ちゃんとの約束通り、私は彼女を倒さない。しかし、仲間を傷つけられた報いは受けてもらおう。

 

「君の仲間はもう来ないよ。既に手は打ったからね」

 

「……ナゼ、オマエガココニイル?」

 

「運良く逃げ出せただけだよ」

 

「……小サナ姫ハ、オマエヲステタノ?」

 

 どうやら、飛行場姫は私が北方ちゃんに捨てられたからここまで来れたと思っているようだ。だが、今の言葉で確信した。彼女はやはり北方ちゃんのことを理解できていない。

 北方ちゃんが私を捨てた? 違う、あの子は誰一人として自分から捨てた事なんかない。あの子は仲間が欲しかっただけなんだ。自分と対等に接し、共に生きることができる仲間。

 最初に出会ったのが飛行場姫だったから、あの子はあんなにも知らない事が多すぎたんだ。飛行場姫は深海棲艦として力の制御と破壊することしか教えてこなかった。あのまま私と出会わずに成長していったなら、あの子はどうなっていたのだろう。

 きっと、今よりもっと寂しい生き方をしていたんだと思う。そんな意味でも、私はこいつを許せない。

 

「どうだい、飛行場姫……私の仲間は強いだろう?」

 

「……ナニ?」

 

「君には色々と言いたい事があるけど、それは全部あの子に言ってもらうとするよ……だけど!!」

 

 拳を握り、海面を蹴る。

 一歩目、我に返った飛行場姫が機銃をこちらに向けてくる。私の後ろにいた駆逐艦達の援護射撃が飛行場姫の艤装に着弾し、彼女はバランスを崩した。

 二歩目、まだ一歩届かない。相手の艦載機が発艦するが、赤城と加賀の艦載機と響の狙撃で全て撃ち落とされた。

 三歩目、機関を最大まで回転させ、そのままの勢いで海面を再び蹴り、引き絞った右腕を飛行場姫の顔面に叩き込んだ。

 

「……ッガァ!?」

 

「一発くらい殴るのは構わないよね?」

 

 戦艦の私が全力で殴ったからか飛行場姫は艤装ごと数メートル吹き飛び、海面に叩きつけられる様に倒れた。私の拳も軽く砕けて出血しているけど帰って入渠すれば問題ない程度だ。

 

「……グ、キサマ!!」

 

 流石は基地としての特性を持っているだけあってかなり頑丈だ。全力で殴ったにもかかわらず小破……いや、基地だから混乱程度の傷しか負っていない。

 だが、やはり一人で戦うのは不利だと感じているのだろう。艤装と共に海の中へと沈んで行こうとしている。

 

「やろう、逃げる気か!?」

 

 天龍が艤装を構え、比叡や榛名も連装砲を構えるが私がそれを手で制した。彼女は北方ちゃんに任せると約束したのだから。

 

「金剛お姉様、いいのですか?」

 

「構わないよ……もう大丈夫だから」

 

 飛行場姫が見えなくなり、周りの海域にも深海棲艦の反応は無い。これで漸く終わった。

 

「金剛さん!!」

 

「金剛お姉様!!」

 

「金剛!!」

 

 抱きついてくる比叡や駆逐艦の子達を抱きしめ返し、皆を見回す。全員が安堵の笑顔を浮かべていた。

 

「よかった……本当に良かったのです」

 

「酷い事とかされなかったっぽい?」

 

「みんな、心配かけたね」

 

 こうして私を心配してくれる姿を見ると、本当に優しい子達ばかりで嬉しくなる。涙が出そうになるのを堪えていると、通信機から七海の声が聞こえてきた。

 

『……金剛』

 

「提督……戦艦コンゴウ、只今から艦隊に復帰します」

 

『……ええ、おかえりなさい』

 

 七海の声は機械越しでもわかるくらい震えていた。きっと私と同じように泣くのを堪えているんだろう。それを悟られないように、私は振り向きながらわざと大きな声で叫んだ。

 

「さぁ、みんな帰ろう……私達の鎮守府へ!!」

 

 頷く皆の顔を横目に、私は通信機をあの子に繋げる。

 

「ありがとう、また会おうね……北方ちゃん」

 

 

◇◇◇

 

 

 暗い深海に作られた基地の出撃ドックに飛行場姫は帰ってきていた。

 赤く腫れた頬は冷たい深海の海水でだいぶマシになっていた。それでも追い詰めた艦娘達に逆に自分が追い詰められたのが気にくわないのか、側にあったバケツを思いっきり蹴飛ばした。

 

「……ク、ナンテ無様。次ニ会ッタラゼッタイニ沈メテヤル」

 

 その飛行場姫の目の前に小さな影が現れた。この基地に姫はもう一人しかいない。もちろん北方棲姫である。

 無言で目の前に立つ北方棲姫を飛行場姫は睨みつける。

 

「小サイ姫、ナゼアノ艦娘ヲニガシタ!!」

 

「……」

 

 無表情で自分を見上げる北方棲姫とは反対に飛行場姫の顔はどんどん歪んでいく。数分間睨み合い、ついに飛行場姫が再び怒鳴ろうかと口を開こうとした時、北方棲姫が先に口を開いた。

 

「姫、オマエハワタシニ何ヲシテホシカッタ?」

 

「……ナニ?」

 

「オマエハ何ノタメニワタシニ構ッテイル」

 

「小サナ姫、オマエノ秘メタ力ハ魅力的ダ。ダカラワタシガ強クシテヤロウト思ッタノ。ソシタラ、ワタシノ戦力モサラニ大キクナルカラナ」

 

 飛行場姫の答えに北方棲姫は目を閉じ、小さく溜息をつくと、先程までの無表情とは違った鋭い視線で飛行場姫を睨む。彼女の答えは北方棲姫が望んでいたものではなかった。コンゴウと出会う前なら何も感じなかったのに、今ならわかる。この姫は自分の力だけが目当てで、それ以外はどうでもいいのだと。

 

「ワタシハ強サナンカイラナイ。ワタシハ仲間ガ欲シカッタダケ。姫、オマエニハモウ従ワナイ」

 

「……ナンダト!?」

 

 遂に我慢の限界を迎えたのか飛行場姫が艤装を展開し、主砲を北方棲姫へと向けた。北方棲姫は黙ってその様子を見ているだけだった。艤装すら展開していない。

 それを馬鹿にされたと捉えたのか、飛行場姫が主砲を撃とうとして―――

 

 先に放たれた砲弾に艤装を撃ち抜かれた。

 

「……ッ!?」

 

 大破した艤装の砕けた破片から咄嗟に体を庇った飛行場姫は大きく吹き飛ばされ、壁に激突してから床に倒れた。

 北方棲姫は動いていない。ならば、今の砲撃は誰がやったのか。その答えは通路の奥からゆっくりと歩いて現れた。

 

 闇に隠れる様な長いウェーブのかかった黒髪。同じく黒いフリルの付いた服を着た少女。その真っ赤に輝く瞳と、頭の帽子の隙間から見える二本のツノ。それらから、この少女が『鬼』クラスの深海棲艦であるとわかる。

 

「……オマエハ」

 

「……飛行場姫、コノ姿ニナッテカラオマエニ会ウノハハジメテネ」

 

 少女は真っ直ぐに飛行場姫の目の前に歩いて行くと、艤装の主砲を突き付ける。

 

「ワタシハ離島棲鬼。北方ガアル資材ヲツカッテ建造シタ深海棲艦ヨ」

 

 自嘲するかの様に吐き捨てた内容に飛行場姫が目を見開き、北方棲姫は悲しげに目を細めた。

 

「……アル資材?」

 

「ソウ、ワタシハ…………オマエト北方ニ壊サレタ駆逐艦ノ艦娘ヲ使ッテツクラレタ」

 

「ナン……ダト……」

 

「デモ、北方ニハ感謝シテイル。死ンダ〝私達〟ニ生キル機会ヲクレタ。ダカラ、コウシテオマエニ復讐スルコトモデキル」

 

 砲塔から次弾が装填される音が響き、離島棲鬼の目が更に細まる。この距離なら余程のことがない限り外すことはないだろう。飛行場姫の頬を冷や汗が流れる。

 

「ソレニ、三人一緒ニナッタカラ……恨ムキモチモ三倍ナノヨネ」

 

「マチナサイ、ワタシノ態度ガ気ニ入ラナイナラ今度コソ仲間トシテ共ニ生キテイキマショウ。ソレナライイデショウ?」

 

 飛行場姫の言葉に離島棲鬼は呆れ、北方棲姫は首を横に振って否定した。その時に首から下げた白銀の指輪が揺れる。それを見た飛行場姫は驚愕の表情を浮かべる。

 

「ソレハ……ナゼ、オマエガソレヲ……」

 

「ワタシノ友達ハワタシヲ信ジテクレタ。ダカラ、ワタシモ友達ヲ信ジル。……デモネ飛行場姫、ワタシハオマエヲ信ジレナイ」

 

「マ、マッテ———」

 

 最後まで言葉を発することもなく、飛行場姫の頭は離島棲鬼の砲撃により吹き飛んだ。首から上の無くなった体は出撃ゲートから滑り落ち、ゆっくりと深海へと沈んでいった。

 

「……イコウ、離島」

 

「了解ヨ、北方」

 

 沈んでいく飛行場姫を見送り、二人は暗い通路の奥へと消えていった。

 

 




離島棲鬼は駆逐艦の子達以外に大量の資材が使われました。北方ちゃんの基地の資材が危ない!!
次回は番外編となります。


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番外編・幸運艦、雪風の出会い

 
 前回の話から少し時間が飛んでいます。



「……はぁ」

 

 薄暗い部屋の中央にある巨大なテーブルを囲む椅子の一つに一人の艦娘が腰掛けていた。セーラー服調のワンピースに首から下げた双眼鏡。

 彼女の名は陽炎型駆逐艦の八番艦、雪風。数多の戦場を生き残り、無事に帰還した伝説を持つ奇跡の駆逐艦である。

 

◇◇◇

 

 呉鎮守府に所属する彼女は練度を上げるために演習に参加することになり、指定された海域へと向かっていた。しかし、演習開始直前に深海棲艦が海域に侵入。演習は中止になり、深海棲艦の撃退へと指令が変更された。

 運が良いことに侵入した深海棲艦は駆逐艦と軽巡洋艦だけで編成された偵察部隊。撃退は簡単であった。だが、その後、天候が急変し、嵐となった。雪風は高波に流され、沈まないように姿勢を維持するだけで精一杯だった。

 波が落ち着いた後、改めて辺りを見回すが味方の艦隊の姿は無く、彼女は一人で取り残されてしまったのである。通信機にも反応はなく、かなり遠くに流されたらしい。

 

 さて、ついてないと途方に暮れていた雪風だったが、彼女に降りかかる問題はまだ終わっていなかった。何故なら、今の彼女はたった一人で海のど真ん中にいる状態なのだ。いつ深海棲艦に襲われてもおかしくない。

 

「……でも、雪風は沈みません!!」

 

 気合を入れ直し、羅針盤に振り回されながらも鎮守府を目指して移動をしていた雪風だったが、遂に燃料の残量が無くなり、疲労も重なって近くの島に一時的に避難することを決断。移動ができないため、誰かが近くを通らない限り彼女は島から出られなくなってしまった。幸運なことに孤立してから一隻も深海棲艦には出会わなかったのでダメージは無く、弾薬の消費も無い。

 一日中海を走っていたために重くなった体を引き摺り、浜辺に座り込んだ雪風は疲労もあっていつの間にか眠りに落ちていた。

 

◇◇◇

 

「……あれ?」

 

 目が覚めた時、雪風は簡素な入渠施設の浴槽に浮いていた。体を起こし、周囲を見回すがどうやら知らない場所らしい。

 何処かの鎮守府に助けてもらったのかと思い、脱衣所へと向かうと自分の服が綺麗に畳まれて置かれていた。それを着てから出口へと向かうと、ドアを開ける。

 

「……は?」

 

 しかし、ドアを開けた雪風が見たものはどこまでも暗い廊下だった。あまりにも暗いため廊下の先が見えず、どこか空気も重い気がする。宛らお化け屋敷の様だ。

 最初は夜だからだと思っていたが、廊下には一つも窓がなかった。それが余計に恐怖を引き立て、思わず息を呑む。

 とりあえず自分を助けてくれた人物に挨拶をしなくてはと廊下をビクビクしながら歩いて行くと、一際大きなドアを発見する。静かに中を覗くと、どうやら食堂らしい。中央に大きなテーブルがあり、椅子がいくつか並べられている。その一つに腰掛けて小さく息を吐いた。

 

「……はぁ」

 

 これが冒頭での雪風の現状である。

 先程から艦娘どころか妖精一人見つからず、ここは一体何処なのかと頭を悩ませる。いっそのこと、もう勝手に出て行ってしまおうかとも考えたが、すぐに頭を振ってその選択肢を除外する。せめて一言でもお礼を言わなければ、と立ち上がった時だった。

 廊下からペタペタと裸足で廊下を歩く足音が聞こえてきた。

 

「こ、この鎮守府の人……かなぁ?」

 

 足音は扉の前で止まり、ガチャリとドアノブが回る音がした。ゆっくりと開くドアを緊張して見つめる雪風の前に、その小さな姿が現れる。その姿は雪風よりも幼い少女の姿をしていた。

 

「……ひっ!?」

 

 その姿に雪風は戦慄する。

 薄暗い部屋の中で輝く真っ赤な瞳、病的に白い肌と服、同じく真っ白な髪はポニーテールに結ばれていた。首から下げた白銀の指輪が僅かな光源に反射してキラキラと光る。

 姿こそ若干の違いがあるが、間違いなく目の前にいるのは深海棲艦、それも『北方棲姫』と呼ばれる姫級の存在だった。駆逐艦の自分一人では絶対に勝てない相手であると認識した瞬間、雪風の中の恐怖は一気に溢れ出す。

 幼い姿に似合うクリクリとした大きな目をパチパチと瞬かせながら、北方棲姫は雪風を見上げている。雪風は恐怖のあまり腰を抜かしてしまったのか、その場に座り込んでしまった。

 数秒間、お互いに見つめあっていたが、北方棲姫が徐に手に持っていた袋に手を突っ込んだ。

 

「(ま、まさか……この場で雪風を沈めるつもりなんじゃ!?)」

 

 何とか立ち上がろうとするが、立ち上がれずにただ身を捩らせただけになってしまった雪風に、北方棲姫が袋から取り出した物体を差し出した。

 

「……ひぇ!?」

 

 攻撃かと思って頭を庇う姿勢で縮こまる。しかし、いつまで経っても痛みが来ないのを不思議に思い、恐る恐る顔を上げてみる。そこには燃料缶らしき物を此方に差し出しながら首を傾げる北方棲姫の姿があった。

 

「……コレ、ノムカ?」

 

「……ふぇ?」

 

 これが、雪風と北方棲姫の出会いであった。

 

◇◇◇

 

 あの後、恐る恐る燃料を受け取り、飲んでも大丈夫なのかと悩んでいる雪風に北方棲姫は詳しい話をしてくれた。

 どうやら雪風は浜辺で寝ているところを北方棲姫の部下が発見。損傷はないものの燃料が尽きていることや、疲労が蓄積しているのを確認したため連れて帰ったという。

 雪風からすれば何故敵である自分を助けたのか理解できなかったのだが、助かっただけマシかと本日何度目かになる溜息をついた。

 

「……あの、あなたは深海棲艦、だよね?」

 

「ウン、北方棲姫。ミンナカラハ〝北方チャン〟トヨバレテル」

 

「あ、そう……なんだ」

 

 北方棲姫は袋から別の燃料缶を取り出すと飲み始める。その姿は只の少女であり、とても深海棲艦とは思えない。ジッと北方棲姫を見つめていると、視線に気がついた北方棲姫が首を傾げ、何か思いついたのか手に持った新しい燃料缶を差し出した。

 

「コッチノ味ノ方ガイイノカ?」

 

「……え、あ、いや、そうじゃなくて」

 

 誤魔化そうと手に持っていた燃料を一口飲んでみる。そして驚愕した。普段飲んでいる燃料とは違う柑橘系の風味が舌を潤していく。その燃料はオレンジ味だった。

 空腹だったこともあり、気がつけば中身が空になるまで缶を傾けていた。雪風とて艦娘である今は少女だ。甘いものには目がない。

 

「オイシイカ?」

 

「……あ、うん。美味しかった」

 

「ソウカ、マダアルカラ好キナダケ飲ンデイイ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 それから暫く雪風が燃料を飲むのを北方棲姫が眺めるだけの時間が続き、雪風自身もだいぶ落ち着いてきた頃、彼女は一番聞きたかった事を聞くことにした。

 

「あの……なんで雪風を助けてくれたの?」

 

「助ケルコトニ、理由ガイルノ?」

 

「いや、その……艦娘と深海棲艦は敵同士、なんだよ?」

 

 緊張して声が強張る雪風に北方棲姫は一度目を伏せると、首から下げている指輪を掴んで雪風に見える様に持ち上げた。

 

「それって……」

 

「少シ前二、ワタシハ艦娘ニ助ケテモラッタ。ダカラ、ワタシハ艦娘ヲ沈メナイ。ワタシヲ信ジテクレタコンゴウノタメニ……」

 

「金剛さんって、少し前にあった大規模作戦で無事に帰還した岩川鎮守府の金剛さん?」

 

「ソウ、コンゴウハワタシヲ信頼シ、友達ニナッテクレタ。コノ指輪モ、コンゴウガクレタ」

 

「そう、なんだ……」

 

 無表情に見える北方棲姫の表情がコンゴウの話をする時だけ嬉しそうに変わる様子を見て、雪風は完全に警戒を解いた。

 

「(きっと、この子は嘘をついてない。優しい良い子です。雪風にはわかります!!)」

 

 それから暫く北方棲姫からコンゴウの話を聞いた雪風は用意された部屋で眠り、翌日の朝日と共に基地を後にした。北方棲姫の艦載機に途中まで道案内してもらい、昼には自分の鎮守府に到着することができた。提督や仲間達から心配され、一体何処にいたのかを聞かれたが、彼女は北方棲姫の事は何も話さなかった。

 

 それから数日後、漸く周りが落ち着いてきた頃、雪風はとある場所へと電話をかけた。

 

『もしもし、コンゴウです』

 

「あ、はじめまして金剛さん。呉鎮守府の雪風です!!」

 

『ああ、呉鎮守府には以前の作戦でもお世話になったね。そちらの提督にも是非改めて御礼を言いたい』

 

「はい、しれぇにも伝えておきます!!」

 

『それで、私に話があると聞いたけど、何かな?』

 

「あ、はい……実は――――」

 

 その後、呉鎮守府では頻繁に何処かに笑顔で無線を繋げる雪風の姿を見かけるようになったらしいが、誰と話しているのかは決して教えてくれないという。

 




 北方ちゃんの持っていた甘い燃料缶はコンゴウさんがレシピを教えたので作れるようになりました。実際に作っているのは離島棲鬼ですが……。


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追加キャラ紹介★

 ここまでで新たに加わったメインキャラクターの紹介です。
 比叡などの新しい艦隊メンバーはまた別に作ります。

 ※前のキャラ紹介のコンゴウと七海のイラストを新しくしました。



『北方棲姫』

・渾名「北方ちゃん」「ほっぽちゃん」

・艦種「基地(深海棲艦)」

 

【挿絵表示】

 

 この物語の裏の主人公である姫級の深海棲艦の少女。生まれてすぐに飛行場姫に拾われ、彼女の下で力の使い方を教わっていた。しかし、飛行場姫が破壊に関する力の使い方しか教えていなかったので手加減を知らず、触れるもの全てを壊してしまっていた。

 コンゴウに出会い、他人を気遣うことを学んだことで〝優しさ〟や〝守る〟ことを理解し、自らの力を完全に制御することに成功する。幼い見た目の割には部下への指揮能力は高く、戦況を的確に捉えた指示を出せる。だが、孤独を嫌い、常に誰かと一緒にいないと不安になってしまうという見た目相応な一面もある。

 深海棲艦でありながら艦娘への敵対心は無く、敵対しなければ相応の対応をしてくれる。コンゴウ曰く「深海棲艦だけど、どこか艦娘みたいな気配もする」とのこと。

 コンゴウが深海棲艦と艦娘の未来を変える存在になると確信し、信頼の証としてリボンと共に金剛との絆であったケッコンカッコカリの指輪を託した。北方棲姫自身もコンゴウに非常に懐いており、無表情ではあるもののコンゴウの真似をして髪型を変えたりと、以前と比べるとだいぶ感情的になってきている。コンゴウとはその後、特別な通信機で時々話をしており、最近は新しくそこに雪風も加わった。

 ちなみに、目立った行動をしないので一部の提督以外にはその存在を知られていない。さらにその中でも彼女が深海棲艦として特異な個体であることを知っているのは岩川鎮守府のメンバーと呉鎮守府の雪風だけである。

 艦種は陸上基地であるため移動は遅く、被弾率も高いが、それを補う程の火力と装甲を持ち、強力な艦載機を次々と繰り出す。

 

◇◇◇

 

『離島棲鬼』

・渾名「離島」「リトちゃん」

・艦種「基地(深海棲艦)」

 

 飛行場姫に捕まり、北方棲姫によって殺された呉鎮守府の「霰」「叢雲」「天津風」の三人をベースに使って建造された鬼級の深海棲艦。死体が解体されずに残っていたので何とか記憶を持ったまま深海棲艦として生き返ることができた。

 三人の記憶が混ざり合っているので時折記憶の混乱が起きるが、徐々にそれも治まってきている。北方棲姫については自分を殺した相手でもあり、生き返らせてくれた相手でもあるので複雑な心境だった。しかし、全ての原因は飛行場姫であると知り、自ら飛行場姫を倒すことで迷いを断ち切った。以降は北方棲姫の相棒として彼女の側にいる。

 艦娘だった頃の記憶があるので料理や家事が得意で、北方棲姫の胃袋はがっちり抑えている。コンゴウが置いていった特製の甘い燃料からレシピを再現し、応用してみせる程の料理上手。

 戦闘面では飛行場姫を上回るステータスを持つが、まだ使いこなせていないため特訓中である。

 

◇◇◇

 

『雪風』

・所属「呉鎮守府」

・艦種「駆逐艦」

 

 呉鎮守府に所属する陽炎型駆逐艦の八番艦で奇跡の駆逐艦とも呼ばれる幸運艦。

 呉鎮守府に着任したのは最近で、練度を上げる為の演習に参加していたら予想外の嵐に遭遇し、艦隊から逸れて一人で漂流。燃料が尽きて無人島で休んでいるところを北方棲姫に助けられ、無事に鎮守府へと帰還する。

 その後、北方棲姫の話に出てきたコンゴウと知り合い意気投合。何度か演習で実際に会って話もしていて、北方棲姫のことを知る数少ない仲間となる。ちなみに北方棲姫とはコンゴウ特製の記録の残らない通信機を使って時々話をしている。

 離島棲鬼とは出会っていないが、実は彼女の建造に使われた天津風とは同じ時期に配属になった同期で親友。

 




 アニメを遅れながら全部見ましたが、無線傍受や金剛のガイナ立ちなど、同じような状況が出てて思わず笑いましたww


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第三章・鎮守府の日常編2
雨とコンゴウとまるゆ


 
 まるゆの出番が少ないので登場させてみました。
 ちょっとシリアスな内容です。


 

 薄暗い部屋の中、ベッドから一人の少女が起き上がる。

 

「……ふぁ……ん、むにゃ」

 

 まだ完全に目が覚めていないのかフラフラとした足取りで洗面台へと向かった彼女は冷たい水で顔を洗う。最近は暖かい日和が続いているが、まだ早朝は肌寒く、思わず身震いしてしまう。だが、完全に目は覚めた。

 

「ふぅ……よし!!」

 

 軽く頬を叩いてからお馴染みの白いスクール水着に着替え、その上から更に〝まるゆ〟と書かれた白い上着を羽織る。忘れ物がないかを確認してから部屋を出ると薄暗い廊下を歩く。目指すのは工廠だ。最初は怖かった薄暗い早朝の廊下も何度も通過するうちに慣れてしまった。

 廊下の角の扉を開けると外に出た。そこから数メートル先にある別の扉を開け、中に入れば鉄と油の臭いが鼻をくすぐった。工廠の中は今日も早起きした妖精さんがせっせと機材の点検や電源を入れる作業を行っている。

 

「おはようございまーす!!」

 

「まるゆさん、おはようです〜」

 

「毎朝おつかれさまですねぇ〜」

 

「今日も1日がんばるぞ〜」

 

 手をちょこちょこと動かしながら間延びした返事を返す妖精さん達に癒されつつ、工廠の保管庫から 一つの双眼鏡を取り出す。ひらがなで〝まるゆ〟と書かれたそれを首から下げて出撃ドックに向かう。

 

 彼女の毎朝の仕事は鎮守府周辺海域の見回りに始まる。しっかりと準備運動をしてから海水へと足を浸していく。少しだけ冷たい海水に一瞬だけ身震いするが、すぐに気にならなくなった。

 機関を起動し、ゲートに向かいながら慣れた手つきで上着を脱いで壁のフックにかける。最初はスムーズにいかなくてよく上着を床に落としてしまっていたが、何度もやっていれば流石に慣れてしまった。

 

「まるゆ、見回りに行ってきまーす」

 

 ドック内にいる妖精さんに手を振りながら潜行を開始する。だが、その深さはいつもの深度を大きく超えてしまった。

 

「あ、あれれ?……どんどん沈んじゃう!?」

 

 慌てて浮上を開始し、何とか安全深度突破だけは避けられたものの、彼女は溜息をついてもう一度潜行する。今度はしっかりした位置で深度を保つことができた。

 彼女は陸軍が作った艦艇の艦娘であるため、その性質を良くも悪くも受け継いでいる。潜水艦の製作法など知らなかった陸軍が作ったこともあり、本人が意図しない行動が誤作動のように現れることがあるのだ。先程の様に余計に潜行してしまったり、逆に潜行できずに浮かんだままになったりと、戦闘中ならば致命的とも言えるようなものばかり。だが、それでも奇妙な逸話を残してきた強運のおかげなのか、今までまるゆ自身がダメージを受けた事はほとんど無い。

 そのこともあって彼女は早朝の警備係として毎日鎮守府周辺を見回っているのである。

 

「今日も異常なし……かな?」

 

 岩場の一つに隠れながら双眼鏡で周囲を見渡し、敵影がないことを確認する。時計を見ればもうすぐ朝食の時間になりそうな時間帯になっていた。既に他の艦娘達も起き始めているだろう。

 

「よし、帰ろうっと!!」

 

 最後にもう一度だけ周辺の確認を行い、まるゆは帰路についた。

 

◇◇◇

 

 彼女が食堂に着いた頃には他の艦娘達は皆朝食を食べ終えてそれぞれの任務に出発していることが多い。どうやら今日は一人で朝食を食べることになりそうだった。

 

「間宮さん、おはようございます」

 

「あら、まるゆちゃん。今日もお疲れ様」

 

 笑顔で朝食の乗ったトレイを差し出してくる間宮に挨拶しながら窓側の席へと向かう。窓側の席は人気で、タイミングが悪いと他の艦娘に取られることが多い。しかし、今日は彼女一人だけのもの。得した気分だと優越感にひたる……少し寂しいが。

 

「あら、今日は遅かったですね?」

 

「おはよう、間宮さん。今日は一日休みを貰ってね。久しぶりにのんびり二度寝をさせてもらったよ」

 

 そんなことを考えていると、カウンターからそんな会話が聞こえてきて彼女は海に向けていた視線をそちらに向ける。

 間宮と話していたのはコンゴウだった。

 いつものポニーテールは解かれ、ストレートにされた彼女の髪が歩く度にさらさらと揺れる。少しだけ服装も崩れているし、普段よりも覇気がない。先程の会話から今日が非番であることがわかったし、随分とリラックスしているようにも感じられる。いつもの頼り甲斐がある姿とは違う様子にまるゆは少しばかり驚いた。

 

「あ、まるゆちゃん。おはよう」

 

「あ、はい。おはようございます」

 

 まるゆの存在に気づいたコンゴウが隣に座る。流石は戦艦、まるゆとは朝食の量も明らかに違う。自身の軽く三倍はあるであろう量に思わず驚愕の息を漏らす。

 

「ふあ〜、金剛さんの量は凄いですね」

 

「あはは、私は戦艦だからね。これぐらい食べておかないと動けなくなるから」

 

 笑顔で箸を動かすコンゴウを見上げながら、まるゆも朝食に手をつける。今日は駆逐艦達の間で大人気の出し巻き卵があるようだ。勿論、まるゆも大好物である。

 

「まるゆちゃんは今日もいつもの見回りに行ってきたの?」

 

「はい、今日も異常なしでした」

 

「毎日お疲れ様。たまには丸一日休みが欲しかったりしない?」

 

「いえ、まるゆは皆さんみたいに戦うのが苦手だから、せめてこれくらいはしっかりやりたいんです」

 

 笑顔で頷くまるゆにコンゴウも笑顔を返す。仲間想いの優しい子だと改めて感心しながらふわふわな髪を撫でる。潜水艦であるまるゆは任務中は常に水中にいる事が多い。だが、彼女の髪は痛むことも無く優しい手触りのままである。

 

「あ、あぅ……」

 

 恥ずかしいのか赤くなってしまったまるゆとの朝食を終え、二人して食堂を後にする。

 まるゆは朝の見回り以外には今日は予定がない。そのことをコンゴウに伝えると、彼女は少し考えた後にまるゆを自分の部屋へと招待した。

 

「今日は比叡も榛名も霧島も任務で一日海に出てるから、一緒にお茶する相手がいないんだ。よかったら食後のティータイムを一緒にどうかな。デザートもつけるよ?」

 

「あ、はい、それじゃあお邪魔します!!」

 

 扉を開けて最初にまるゆの視界に入ったのは可愛い装飾が施されたテーブルと椅子、そしてそこに置かれた豪華な紅茶セットだった。

 壁はシンプルな薄い桜模様の壁紙。床は真っ赤な高級絨毯が敷かれ、大きなベッドが二つ置かれていた。大人びた雰囲気の黒色のカーテンが備えられた窓からは明るい日の光が部屋へと入ってきている。

 そこでふと、まるゆはこの部屋に入るのが始めてであることに気がついた。

 

「そういえば、まるゆは金剛さんの部屋に入ったのは始めてです」

 

「そういえばそうだね。普段は食堂とか中庭でお茶会してるから、この部屋でのお茶に姉妹以外の誰かを呼んだのは始めてかも」

 

 紅茶の準備をしながら微笑むコンゴウを横目にまるゆはもう一度部屋を見回す。

 

「ベッドが二つしかないですね?」

 

「ああ、夜は二人で一つを使ってるからね。ベッドが四つあると部屋が狭くなるからって理由もあるけど……」

 

 コンゴウは苦笑しつつ紅茶をまるゆの前に差し出し、正面の席に座った。

 

「私と霧島がずっと一緒に寝ていたことを比叡と榛名が知ってね。霧島ばかりずるいって言い出してちょっとした騒ぎになったんだ」

 

「あ、なんとなくその様子は想像できるかも……」

 

「あはは……まぁ、そんなわけで、一日毎に私と三人のうちの誰かが一緒に寝るって話に落ち着いたわけ」

 

「金剛さんって、本当に姉妹艦の三人から慕われてますよね。凄いです」

 

「抱きつかれて寝苦しいときもあるけどね。でも、凄く温かいんだ。それに―――」

 

 コンゴウは手に持っていたカップを置くと窓の外へと視線を向ける。空は曇り、僅かだが風も吹いてきた。風に混じって湿った空気も流れている。どうやら雨が降りそうだ。

 その空を眺めながら、彼女はゆっくりと息を吐いた。

 

「私もまだ、雨の日は……怖いから」

 

「…………」

 

 自らを抱く様にして俯くコンゴウの肩にまるゆはそっと手を乗せた。どうしてか、彼女の体は冷水に浸かっていたかの様に冷え切っていた。そんな彼女をまるゆはとても寂しそうだと感じてしまう。

 

「……大丈夫ですよ、金剛さん」

 

「……まるゆちゃん」

 

「だって、ここには姉妹艦以外にもいっぱい仲間がいるじゃないですか!!」

 

 立ち上がり、コンゴウの隣へと座ったまるゆは彼女のその冷たい手を優しく握って笑みを浮かべた。それを見て、コンゴウも笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう、まるゆちゃん。どうしても雨の日は気分が沈んじゃって……」

 

「いえ、金剛さんもまるゆ達みたいに落ち込んだりするんだなって……」

 

「幻滅した?」

 

「……違います。金剛さんにも皆と同じように助けが必要な時があって、まるゆでもその助けになれるのが嬉しいんです」

 

 そう言って微笑むまるゆ。コンゴウは少しの間呆然としていたが、やがて優しい笑みを浮かべると、まるゆの手を握り返して立ち上がる。その顔に先程までの憂いはない。

 

「そうだよね、私には皆がいる。……当たり前のことなのにね」

 

 不意に窓の外が明るくなり、二人の顔を照らした。どうやら通り雨だったらしい。曇り空の隙間から優しい日の光が辺りを照らしている。それを見上げていたまるゆが、ふと思い出したかの様にコンゴウへと向き直った。

 

「そういえば、金剛さん!!」

 

「……ん?」

 

「今日が何の日かわかります?」

 

 まるゆの問いかけにコンゴウは首を傾げて考える。今日は平日であり、祝日でも特別なイベントがある日でもない。答えがわからず唸っていると、まるゆは小さく声を漏らしながら笑った。

 

「えへへ……大丈夫ですよ、今日は世間では普通の日です」

 

「じゃあ、何の日なの?」

 

「今日はね、金剛さん。えへへ……まるゆが金剛さんを見つけてから丁度一年なんです」

 

 自慢げに胸を張って答えるまるゆ。彼女を見詰めながら、コンゴウの脳裏にはこの一年間の記憶が一斉に溢れ出していた。

 

 〝彼女〟を失い、艦娘になった。

 

 まるゆに助けられ、この鎮守府に着任した。

 

 新しい仲間との生活。装備の開発の日々。

 

 姉妹艦との出会い。

 

 大規模作戦への参加。

 

 北方棲姫との出会い。

 

 あっという間に過ぎた時間。しかし、その中で得たモノはとても多く、そして大きかった。

 長いようで短かったこの一年間は〝彼女〟と自分自身の命を失い、空っぽだった存在に〝コンゴウ〟という名を与え、新たな人生を与え、仲間を与えた。

 

「……そっか、もう……一年経ったんだね」

 

 コンゴウはゆっくり息を吐くと、窓の外を静かに見つめる。少しだけ滲む視界をそのままに、彼女は笑顔を浮かべた。まるゆも、そんな彼女を見上げたまま何も言わなかった。

 そうして、コンゴウの二年目はまるゆと共にスタートしたのだった。

 



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コンゴウさん、講演会に出る

 
私「さあ、皆オリョクルよー」

8「(´・ω・`)そんなー」
58「(´・ω・`)そんなー」
19「(´・ω・`)そんなー」
168「(´・ω・`)そんなー」



 

「講演会……ですか?」

 

 桜が舞う春の季節。それは新たな一年の始まりを告げるかの様に私達の鎮守府にも新たな風を運んできていた。

 いつもの様に訓練をしていた私は七海に呼び出しを受けて執務室へとやってきた。そこで出された話題が〝講演会〟の話である。

 

「貴女達艦娘は海軍の機密扱いになってるのは知っているでしょ?」

 

「ええ、人類の共通の敵である深海棲艦に唯一対抗できる存在の私達は情報の悪用を防ぐ為に一般の人々には詳しい情報を知らせないようになっているんでしたよね」

 

 艦娘は深海棲艦を倒せる唯一の存在。その情報を悪用された場合、指揮の混乱や艦娘を利用しようとする悪人達の妨害によって士気の低下や国民達の不安を招くことになる可能性がある。考えすぎとも思えるが、もし艦娘に何かあったら人類は滅亡してしまうのだ。細かい事まで神経質になるのは当たり前だと言える。

 

「そうよ。でも、最近は海軍の力も大きくなってきたし、陸軍の支援も以前より強くなったわ」

 

「……それで艦娘の情報を一般に公開することにした、と?」

 

「深海棲艦の勢いも最近は弱まってきているし、海軍としては新たな鎮守府の建造も視野に入れているのだけれど、そうなると問題が一つ浮上するの」

 

「提督がいない……ですか?」

 

「そうよ」

 

 呉鎮守府の佐々木提督の様に高齢な提督が後継者も作らず今だに最前線を指揮している時点で予想はしていたが、やはり提督は貴重な人材のようだ。

 国内も艦娘のおかげで深海棲艦の恐怖は食い止められているため、以前の様な緊縛した内政ではなくなっている。

 人間は目前まで危機が迫らなければ動かない生き物だ。国の緊張が解けたことで提督に相応しい人材の育成にも影響が出ているのだろう。

 今はまだいい。しかし、現役の提督達がいなくなった後でいきなり新しい提督を用意するとなれば再び国の危機となるだろう。

 

「今回の件は未来を見据えて提督となれる人材を探し、人々に危機がまだ完全に去ってはいない事を再認識してもらう為の一つの措置なのよ」

 

「軍の政治的な力が強まった今こそ、私達が直接呼び掛けることで国民の意識を変えていこうというわけですね」

 

「そういうこと―――とはいえ、私達はまだまだ若輩者よ。難しい話なんかはベテランの先輩方に任せて、私達は地域の人達に艦娘の事を知ってもらう為の活動からやってみようと思うの」

 

「それで講演会ですか」

 

「ええ、先ずは近くの小中学校辺りでやってみて、それから徐々に……って感じかしら」

 

 学校で行うのには私も賛成だ。将来有望な少年少女達が少しでも興味を持ってくれたら万々歳なのだから。だが、そうなると問題になるのは……。

 

「誰を連れて行くか……ですね」

 

「そうねぇ……金剛は誰がいいと思うかしら?」

 

 この年頃の子供達というのはとにかく繊細だ。ちょっとした事で感情が揺らぎ、悪い印象を持たれれば一切の興味を無くしてしまうこともある。しっかりとした印象を与えるには少なくとも三人くらいは向かう必要がある。一人は私が行くとして、残りの二人を誰にするか……。

 若い彼らに堅物な印象を与えてしまうのは良くないので静かな雰囲気や力強さのある加賀や赤城、神通は向いていない。積極的なアピールが苦手な扶桑もダメだし、だからといって積極的過ぎる那珂もダメだろう。見た目が幼い第六駆逐隊やまるゆも初めての講演ではイマイチ雰囲気が伝わらない可能性があるのでダメだ。

 適度にフランクで子供にも受けがよく、しかし適度に緊張が伝わる人物……。この鎮守府でそれを満たしているのは……。

 

「天龍と最上……榛名でもいいですね」

 

「やっぱり貴女もそう思う?」

 

 天龍は子供の世話が上手ですぐに仲良くなるし、最上は頼りになる雰囲気があって装備の開発に貢献しているので鎮守府の裏の功労者と呼ばれている。榛名は歳下からすれば優しいお姉さんという雰囲気が子供達の緊張を解いてくれるだろう。

 だが、三人とも戦闘になれば一気に力強い雰囲気へと変わり、頼り甲斐のある姿を見せてくれる。

 

「鎮守府近海の哨戒警備もあって最上は連れて行けないでしょうから、今回は天龍と榛名と金剛の三人にお願いしようと思うの。大丈夫かしら?」

 

「はい、了解です」

 

 敬礼をする私に七海は満足そうな笑顔で頷いたのだった。

 

◇◇◇

 

 時間は過ぎて一週間後、私と天龍と榛名は近くにある中学校へと向かって歩いていた。食材の買い出し以外では滅多に陸地を歩かない私達は何時もとは違う足元の感覚に戸惑いながらも海を横目に景色を楽しんでいた。

 

「何つぅかさ、不思議な気分だよな……」

 

「はい、普段は鎮守府から外には出れませんから。任務の一環とはいえ、少し慣れない気もします」

 

「私達の本来の持ち場は海の上だからね。私は買い出しによく行くからそこまで気にならないけど、二人はやっぱり違和感がある?」

 

「ああ、なんつうか……落ち着かねぇ」

 

「でも、普段は見れない景色が見れて……榛名、楽しいです」

 

 きょろきょろと辺りを見回す榛名と、観察する様にじっくりと景色を楽しむ天龍。やはり普段とは違う事を体験すればそわそわしてしまうのは人間も艦娘も変わらないようだ。私の中の妖精さん達も楽しそうにしているのを感じる。

 

「じゃあ、今回の講演会についてもう一回確認しておこうか」

 

 歩きながら二人に視線を向けて言うと、二人とも頷いて答えてくれた。

 

「今回の講演会は私達艦娘について知ってもらう為のものだよ」

 

「ああ、深海棲艦も艦娘も最低限の知識だけは教科書に載ってるのに詳しい事は機密扱いだったからな」

 

「私達の事は文章のみで挿絵は禁止。内容も深海棲艦を倒せる唯一の存在だという事だけ……」

 

「そうだよ。そして、今回の講演会で私達の存在が正式に一般公開される事になるんだ」

 

 講演会の場所は近くの中学校。学校外の一般人も参加可能な公開型の講演会だ。今回は学業の一環として全校生徒が参加することになる。未来を担う子供達が今回のメインターゲットであり、彼等彼女等に良い印象を与えていくのが一番重要な事だ。

 といっても講演する側の私達もされる側の相手にも初めての試みなのだから上手くいくかはわからない。私達の今回の働きが今後の架け橋になるのだから。

 

「講演は三、四限目。給食と昼休みを挟んでお昼からは近くの海で私達の演習。今日の日程はこんな感じ、頑張っていこう!!」

 

「了解だ」

 

「了解です、お姉様」

 

◇◇◇

 

 それから暫く歩いた後、目的の学校に到着した。先ずは職員室へ挨拶に行かなければ。

 正門から敷地内に入ると静かな空気が伝わってくる。どうやら授業中らしい。ここから見える誰もいないグラウンドはどことなく寂しく感じてしまう。

 人間だった頃の記憶が蘇り、少しばかり懐かしく思って足を止めてしまったが、天龍と榛名が不思議そうに振り返ったので何でもないと首を振って歩みを再開する。

 職員玄関に向かい、呼び鈴を押して事務員さんを呼び出すと、ほんの数秒で年輩の事務員さんがやって来た。

 

「こんにちは、本日講演会を行う岩川鎮守府の者です」

 

「ええ、話は聞いています。本日はよろしくお願いします」

 

 和かに笑う事務員さんに三人で敬礼を返し、職員室に連絡してもらう。職員室隣の来客用の部屋に案内され、ソファに座りながら待っていると校長らしき男性が入ってきた。

 

「本日は我々のために講演場所を提供していただき、誠に感謝致します」

 

「いえいえ、こちらも子供達への良い教育となると思っていますよ。どうかよろしくお願いします」

 

 校長は今回の海軍の考えに賛成らしく、喜んで場所の提供をしてくれたらしい。予定の時間まで話をしていたのだが、どうやら軍に友人がいるそうで、こうした講演会が開かれる予定があることを事前に聞いていたらしく、随分と前から準備をしていたそうだ。

 

「私自身、艦娘という存在と会ったのは初めてです。友人から話して良い範囲の話だけ聞いていましたが、本当に見た目は人間と変わらないのですね」

 

「ええ、深海棲艦に対抗する力があることを除けば、私達は普通の人間と殆ど変わりません。精々力が強いくらいでしょうか」

 

「そうですね、妖精さん達の力があって私達は本来の力が発揮できますから……」

 

「言い換えれば、妖精達の管轄外の部分は普通の人並の力しか出せねぇってことだな」

 

 榛名や天龍も鎮守府以外の関係者と話すのは珍しいからか多少は緊張しているものの、何時もの調子を取り戻してきたようだ。……だが、天龍の言葉遣いはどうにかならないのか。仮にも場所を提供してもらう立場なのだから、もう少し丁寧な言葉を使わなければ失礼になる。

 

「天龍、もう少し言葉遣いをどうにかしないと……」

 

「いえいえ、構いません。普段通りにしていただいて結構ですよ」

 

「はぁ、そう仰るなら……」

 

「金剛は固すぎなんだよ」

 

「お姉様も緊張してるんですね」

 

「……そうかも」

 

 榛名の言葉に自分が随分と余裕が無いことに気がついた。一番しっかりしないと、なんて思いながら私が一番焦っているのかもしれない。深呼吸して気持ちを落ち着かせると、随分と楽になったように感じた。

 

「天龍、榛名、ありがとう」

 

「おう」

 

「はい!!」

 

 天龍と榛名にお礼を言って、その様子を見ていた校長から微笑ましい顔をされて少しばかり恥ずかしかった。

 それから他愛のない話をしていると、いつの間にか随分と時間が過ぎていたらしい。チャイムが鳴って廊下が賑やかになるのが聞こえてきた。

 

「授業が終わった様ですね」

 

「ええ、こちらも準備をしましょうか」

 

 講演会場は体育館らしいので、生徒の移動が終わった後で私達も移動する。

 

 既に生徒達は移動を終えているらしく、全員が並んでパイプ椅子に座って待っているようだ。体育館後方の一般席にも大勢の人がいるのが見える。カメラを持っている人も見えるし、やはり皆、艦娘に興味があるのだろう。

 後ろの二人に視線を送り、頷きあってから扉をくぐる。多くの視線がこちらに向くのを感じながら、用意された席へと座り、周りに気付かれない様にもう一度深呼吸をした。

 

「それでは、時間となりましたのでこれから岩川鎮守府の艦娘さん達による講演会を開始致します。……それでは、よろしくお願いします」

 

 進行役であろう先生に視線で合図をもらったので、静かに椅子から立ち上がる。天龍と榛名が後に続くのを確認しつつステージに上がると、全員に視線を向けてみれば、全員の視線が送られてくるのがわかった。さあ、ここからが本番だ。

 今日何度目かわからない深呼吸をしてから、私はマイクのスイッチを入れた。

 

 

 



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コンゴウさん、交流する

 お待たせしました。
 仕事が忙しくて執筆が遅くなりました。ごめんなさい!!


 

 マイクのスイッチを入れ、何度か軽く手で触れて音量をチェックする。チェック、ワン、ツー……いやいや、これじゃ霧島じゃないか。

 流石に妹の十八番を奪うわけにもいかないので、出そうになる言葉を寸前で飲み込んだ。

 

「皆さん、はじめまして。私は岩川鎮守府所属の艦娘、金剛型戦艦一番艦、コンゴウです」

 

「同じく金剛型戦艦三番艦、榛名です」

 

「天龍型軽巡洋艦、天龍だ」

 

 敬礼をしながら三人で自己紹介をすると、一般席からいくつかのカメラのフラッシュが視界を白く染めた。写真に撮られるのは初めてだから少し恥ずかしい。

 

「今回は海軍の機密事項であった私達艦娘についての情報が公開される事になり、未来を担う学生の皆さんに少しでも私達を知っていただこうと講演会を開かせていただきました」

 

 私は事前にセットしてもらった大型スクリーンに向けて手元のリモコンのスイッチを押した。スクリーンには大きく『艦娘とは?』と映し出されている。

 

「では、まず最初に私達艦娘とはそもそも何なのか、という話からしましょう」

 

 マイクをスタンドから外した。どうやらワイヤレスタイプのマイクのようだ。リモコンを榛名に預けてマイクを片手にステージから降りる。

 講演会で大切な事は聞き手を飽きさせないことだ。そういう工夫をするためにも私自ら動いてみることにした。

生徒達の前まで歩き、少し眠たそうにしている男の子を指名する。

 

「そこの眼鏡をかけている君」

 

「ふぇ、ぼ、僕ですか!?」

 

 笑顔で声をかけた男子生徒は自分が指名されたことに気がつくと、一瞬で眠気が吹き飛んだのか緊張した顔で姿勢を正した。

 

「学校の授業で私達の事をどのくらい習ったか教えてくれるかな?」

 

「は、はい……えっと、深海棲艦っていう謎の敵と戦える女の人だって事くらいです」

 

「はい、ありがとう」

 

 笑いかけてあげれば赤くなりながらもほっとした様子の彼を見て少しだけ和むと、榛名に合図してスクリーンの画像を変える。映し出されたのは海面からどこかを狙っている駆逐イ級の姿だ。生徒達から驚愕の声がいくつか上がる。

 

「今、スクリーンに映っているのが深海棲艦と呼ばれる存在の一つです。この他にも様々な姿をした個体がいます」

 

 次に映し出されたのは戦艦ル級、空母ヲ級、飛行場姫の姿だ。この画像は人型の個体であるためか驚愕は少ない。

 

「深海棲艦は強い個体ほど人に近い姿をしている場合が多いです。彼女達には通常兵器ではダメージを与え難く、現在は艦娘の武装のみが有効です」

 

 画像を次のものに変える。映っているのは私と天龍、比叡に雷と電だ。全員が艤装を装備し、海の上を移動している様子を撮ったものらしい。

 

「あの背中や脚に付けているのが艤装と呼ばれる私達の武装です。見た目は小さいですが、威力は強力です」

 

 私は目の前の女子生徒の掌に妖精さんを一人乗せてあげる。弾薬を装填する係りの子で、茶髪のショートヘアーにチャーミングなアホ毛が跳ねている。

 

「うわぁ、可愛い!!」

 

「本当だ、可愛い!!」

 

 ドヤ顔で敬礼する妖精さんは次々と別の生徒の手を飛び跳ねていく。生徒達の興味が惹きつけられてきたところで妖精さんに帰ってくるように合図し、説明を再開する。

 

「今、皆さんの前にいたのが妖精と呼ばれる存在です。私は妖精さんと呼んでます。彼女達が発見された後、必要な資源を用意することで艦娘を生み出す力があることが判明しました」

 

 えっへんと胸をはる妖精さんを見て生徒や教員達から笑いが漏れる。どうやら興味を引くのは上手くいったらしい。

 次の画像を表示し、スクリーンを見るように全員に伝える。映っているのは暁、天龍、最上、赤城、そして私だ。

 

「私達艦娘は第二次世界大戦の時に実際に作られた艦艇の魂を宿した存在です。あの画像に映っているのは全員岩川鎮守府の艦娘です。左から駆逐艦の暁、軽巡洋艦の天龍、航空巡洋艦の最上、航空母艦の赤城、そして戦艦の私、コンゴウです。見た目は人間と変わらないですね。でも……」

 

 ここで再び生徒の中から一人指名することにした。今回は長い黒髪が似合う女子生徒だ。

 

「そこの長い髪のあなた。ちょっと前に出てくれる?」

 

「は、はい!!」

 

 緊張で上擦った声を出す女子生徒に立ち上がってもらい、全員に見えるように前に出てもらう。恥ずかしいかもしれないけど、ここは我慢してもらおう。

 

「艦娘は普通の人とは違うところもあって、例えば私達は普通の人間より力持ちです。この子もこうやって片手で持ち上げられます」

 

 ちょっとごめんね、と声をかけてスカートが捲れてしまわないように注意しながら片腕で女子生徒を下から慎重に持ち上げて見せる。驚く生徒達を見回してから女子生徒を降ろし、お礼を言って戻ってもらう。

 

「あの画像の左にいる駆逐艦の暁、彼女は見た目が皆さんよりも小さいですが満タンのドラム缶を一度にいくつも運べる力があります。このように私達は見た目は皆さんと同じ人間ですが、れっきとした軍艦でもあるんです。では次に……」

 

 こうやって敢えて印象に残るような事をやって全員の注目を集めながら説明することで聞き手を飽きさせず、覚えてもらいやすい説明をするように気をつける。

 そのまま艦種の簡単な説明、私達の生活の様子、戦闘の流れなどを天龍や榛名にも手伝ってもらい、クイズや映像で時々クスリと笑えるネタを混ぜながら伝えていく。

 

 そして、あっという間に時間が過ぎ去り、残り数分となった時に一番伝えたい事を話す。

 

「さて、これまで私達の事をたくさん話しましたが、今私達は大きな問題を抱えています」

 

 全員が真剣に聞いてくれているのを感じながらマイクを握る手に力が入る。

 

「今、私達艦娘を指揮する提督の数が減っています。もしもこの中で将来、私達と共に働きたいと思った人がいたら是非提督を目指してほしい。共にこの国の人々を守っていきましょう。それでは、これで講演を終了します」

 

 一礼してそう締めくくると、一斉に拍手が鳴り響いた。小さく息を吐いて自分達の席に戻る。わいわいと自分達の教室に戻っていく生徒達を見送りながら天龍と榛名にお疲れ様と声をかける。私にできることは全てやったと思う。でも、これはまだ未来に繋がる始まりに過ぎない。頑張るのはこれからだ。

 

 さて、まだ今日の仕事は終わっていない。これから少しでも生徒達との交流を深めておくとしよう。

 

◇◇◇

 

 この中学校は給食があるらしく、私達は一年生から三年生の一組の教室に一人ずつ別れて昼食を食べつつ交流を深める事にした。天龍は一年生、榛名は二年生、私が三年生の教室に向かう。

 階段で二人と別れてから三年一組の教室に入ると、私が来る事は既に伝えられていたのか、大して驚いた様子もなく生徒達の視線が私に集まる。しかし、やはり普段いない人物がいるのは緊張するのか視線に戸惑いが混ざっている。

 ここは一つ、皆の緊張を取り除くとしよう。私は息を吸い、笑顔で〝彼女〟の様にポーズを取って言い放った。

 

「英国で生まれた、帰国子女のコンゴウデース!!ヨロシクオネガイシマース!!」

 

 胸を張って堂々とそう言うと、教室の全員が驚いた顔で固まった。よし、先程とは違う私の態度に全員が驚愕している。その隙に教室に入ると、黒板の前に立って自分の名前を書く。一瞬、片仮名にしようとして漢字にする。この場は私の私情を挟んではいけないから。

 

「Hey、皆さんどうシマシタ?表情が暗いデース!!…………なんちゃって」

 

 最後に素に戻って首を傾げて見せると、途端に教室内の空気が緩んだ様に感じた。どうやら張り詰めた空気を一新させる事には成功したようだ。

 

「さて、改めまして自己紹介をしましょうか。金剛型戦艦の一番艦、金剛です。短い間だけどよろしくね」

 

 挨拶と同時に教室の真ん中に移動し、両手を広げて皆を見回す。さぁ、頑張るぞ!!

 

「今日は私から皆さんにプレゼントがあります。……妖精さん、お願いね」

 

 私の艤装から妖精さん達が何人か飛び出すと、生徒達の机に一つずつ小さな器に入った間宮さん特製のカレーを並べていく。事前に給食の献立を聞いておいて食べきれる量で人数分作るように間宮さんにお願いしておいたのだ。

 生徒達は突然飛び出した妖精さんとカレーに驚愕していたが、やはり好奇心もあるのだろう、男子生徒の中にはカレーに釘付けの者もいる。

 

「私達の鎮守府の食事を作ってくれる給糧艦、間宮さんの特製カレーです。給食もあるから量は少ないけど、よかったら食べてくださいね」

 

 それから私は机を一つ用意してもらい、持ってきた弁当を広げると手を合わせた。生徒達も給食の準備が終わったのか全員が着席する。

 

「いただきます」

 

 どうやら今日の給食は白ご飯に味噌汁、ほうれん草の和え物に出汁巻き卵らしい。自然と生前の自分の学校生活の記憶が蘇って懐かしくなる。私の通っていた中学校も給食があったから余計にその気持ちは大きくなって、気がついたら近くにいた女子生徒に声をかけていた。

 

「ねぇ、良かったら私のおかずと一品交換しない?」

 

「……え?……あ、はい、いいですよ」

 

「ありがとう。じゃあ、好きなおかずを選んで?」

 

 女子生徒は少し迷った末に隅にあったきんぴらごぼうを選んだ。私の弁当は大きいからもっと取っていいのだが、普通の学生である彼女には十分な量だったようだ。美味しいです、と笑う彼女から交換でほうれん草の和え物をもらい、それをゆっくりと味わう。

 それはずっと昔に味わった事があるような懐かしい味だった。思わず涙ぐみそうになるのを堪えて彼女にお礼を言う。すると、私の弁当の内容が気になったのか他の生徒達が何人か私の所に集まってきた。

 

「金剛さんってたくさん食べるんですね」

 

「私は戦艦だからね。食べる量は多いんだ」

 

「あ、あの……この唐揚げもらってもいいですか?」

 

「うん、いいよ。じゃあ、代わりに出汁巻き卵をもらってもいいかな?」

 

「は、はい!!」

 

「あ、じゃあ私はこの春巻きがいいです!!」

 

「俺も唐揚げが食いたい!!」

 

 気がつけば私の周りにはたくさんの生徒達が集まってきていた。私の食べる分が無くなりそうな勢いで減っていくけど、もともと私には燃料さえあれば食事は必要ないし、どうにでもなる。生徒達と仲良くなるきっかけになるなら惜しくはない。

 

 こうして、私は無事に生徒達と仲良くなれた。艦娘についての質問や妖精さんについての話で盛り上がり、まるで学生時代に帰ったかの様な懐かしい体験ができたのだった。

 



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コンゴウさん、魅せる

 珍しく連休をいただいたので頑張りました!!



 

 給食の時間が終われば今度は昼休みだ。

 グラウンドで走り回る生徒達を木陰から眺める。今日は快晴で風は適度なそよ風程度。気温も高くないのでこの場所は非常に快適に感じられた。

 サッカーをしている男子生徒達を眺めていると、何人かの女子生徒に囲まれながら榛名と天龍がやって来た。何故か頻りに辺りを警戒しているが、何かあったのだろうか。

 

「やあ、榛名も天龍も随分皆と仲良くなったね」

 

「あ、金剛お姉様!!」

 

「よう、金剛。まぁ、オレにかかればガキどもの相手なんざ簡単だぜ」

 

 私の顔を見た瞬間に笑顔になる榛名と得意そうに胸を張る天龍。周りの女子生徒達も私に頭を下げて挨拶してくれた。私が挨拶を返したところで、再び女子生徒の何人かが周りを警戒し出した。先程から頻りに警戒しているが何かあったのだろうか?

 

「榛名、やたらと辺りを警戒してるけど何かあった?」

 

「あ、その……えっと」

 

 私の疑問に榛名は顔を赤くして口籠る。視線はあちこちに向けられているし、隣の天龍も少し頬が赤くなっている。恐らく羞恥心からくるものだと思うのだが、理由がわからない。

 私が訝しんでいると、天龍が何とも言い難い顔をしながら側に寄ってきて耳元で小さく理由を教えてくれた。

 

「あー、その……実は一年生の中にかなりやんちゃなガキが何人かいてな?榛名と俺のスカートを捲ってきやがったんだよ」

 

「……はぁ?」

 

「オレらは普通の人間より力が強いし、悪い印象を与えるわけにもいかないだろ?だから手をあげる訳にもいかないし、どう対応したらいいのかわからなくてさ。悩んでる間にそいつらには逃げられたしよ」

 

 ああ、だから女子生徒達がこうやって榛名達を守っているのか。頻りに辺りを警戒しているのはまた二人が狙われないようにしてくれているんだろう。

 しかし、スカート捲りとはまたやんちゃな子もいるものだ。まぁ、中学生くらいの年齢は性別の違いを意識し始めて異性に対する認識が大きく変化する年頃だ。その中で異性にちょっかいを出して気を引いたりしようとする子も出てくる。好きな子程苛めたくなるというやつだ。

 

「たしかに私達の印象を悪くする訳にもいかないから手を出しにくいのはわかるけど、叱る時はちゃんと叱ってあげなきゃだめだよ」

 

「でもああいうガキ共は叱るだけじゃ懲りなさそうだけどなぁ……」

 

 天龍が眉間に皺を寄せて腕を組む。それに周りの女子生徒達も頷いているので、恐らくこれまで何度も同じ様な事があっているのだろう。なら単純に叱るだけじゃ効果はないかな。

 

 ふと、背後の茂みの中に三人程の気配を感じた。集中して聞き耳をたてると、「次はあの姉ちゃんだ」とか「どんな顔するかな」といった声が聞こえてくる。恐らく天龍が言っていた子達だろう。

 

 さて、こういう事をする子には押しても駄目なら引いてみる作戦が有効だったりする。私と同じく背後の気配に気がついた榛名と天龍に視線で手を出さない様に伝えると、自然な動きで数歩後ろに下がる。

 

「たぶん効果的な方法があるから見せてあげるよ」

 

 小さな声でそう言うと、楽な姿勢で木に寄りかかる。天龍も榛名も、そして何故か周りの女子生徒達もさり気なく視線を向けてくるので少し恥ずかしいが、そんな様子は表に出さずにじっと待つ。

 すると、気配の一つが動き出した。どうやら仕掛けてくるらしい。

 

「へへ、もらったぁぁ!!」

 

 わざわざ声を出しながら背後の茂みから飛び出して来た男子生徒の腕がスカートへと伸びるのを体を捻って回避する。突然目の前から消えた私に呆然とする少年に軽く足払いをかけてバランスを崩す。

 

「あ、あれ……うわ!?」

 

 倒れこむ体を支えながら寄り掛かっていた木の根元に押し倒す。勢いはだいぶ抑えたし、木の周りは芝生だ。少年は軽く尻餅をついた程度の衝撃しかないだろう。

 木に寄りかかる様に座らせた少年にワザと妖艶な表情を浮かべながら顔を近づける。

 

「君、今何をしようとしたのかな?」

 

「え、あ、あの……」

 

「女の子の体に興味があるの? もう……少しだけだよ?」

 

 更に顔を近づけて寄りかかる様に体を寄せる。すると、少年は忽ち顔を真っ赤にして狼狽え始めた。ちらりと横目で見れば榛名や天龍、女子生徒達も顔を赤くしている。

 

「女の子の事が気になるのは良いことだけど、あんまり激しくしちゃ駄目だよ。優しく、ね?」

 

「え、あぅ……あぅ」

 

「ふふ、これくらいで許してあげる」

 

 最後に優しく頬を撫でてから立ち上がらせると、少年は真っ赤な顔をしたまま走り去っていった。

 ああいう子は逆に迫られると弱い場合が多いので、嫌がらずに受け入れる様な態度を見せれば途端に大人しくなるものだ。教育上、今の様な態度はあまり良くないのだが一度こういう事を経験すると暫くは大人しくなるので今回は許してほしい。

 残りの男子生徒達も逃げ出した様で、茂みの気配がなくなった。小さく息を吐くと同時に羞恥心が一気に湧き上がる。あんなに女性らしい仕草をしたのは初めてかもしれない。別に女性らしく振る舞うのに抵抗があるわけじゃないのだけど……。

 

「さて、まぁこんな感じで相手の事を怒るんじゃなくてワザと受け入れる姿勢を見せたら効果的な場合もあるんだよ」

 

 顔を上げた私が見たのは顔を真っ赤にした天龍達。生徒達には刺激が強かったみたいだけど、天龍や榛名もそうらしい。榛名は何故かキラキラした目を向けてくるし、天龍はちょっとそわそわしてる。

 

「さ、流石はお姉様……参考になります!!」

 

「お、おぅ……ら、楽勝だなぁ、うん」

 

 天龍が態とらしく腕を組んで視線を逸らすが、頬は赤いし頭のアンテナは垂れ耳の様に下を向いてしまっている。それが可愛くて堪らず吹き出してしまった。釣られて榛名や周りの女子生徒達も笑い出す。そのせいで更に赤くなった天龍の「笑うなよ!!」と怒鳴る声がグラウンドに響くのと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るのは同時だった。

 

◇◇◇

 

 昼休みが終われば、午後からはいよいよ私達の演習風景の紹介となる。

 生徒達も一般客も全員が近くのビーチへと移動し、予め用意していたテントや大き目のビーチパラソルの陰に入っていた。

 

「こちらコンゴウ。哨戒警備中の皆、異常はない?」

 

『こちら赤城。異常はありません』

 

『こちら加賀。同じく、異常ありません』

 

『こちらまるゆ。異常ありません!!』

 

 私の呼びかけに無線機の向こうから三人の返事が聞こえてきた。

 今日の為に周辺の海域には私達の鎮守府のメンバーが何人か警備を行っている。索敵能力の高い空母の赤城と加賀、水面下の警備にはまるゆが頑張ってくれている。敵を発見した場合、空母の二人が艦載機で足止めをしている間に子供達と一般客を逃す手筈になっている。あくまで避難が優先なので撃沈する必要はない。

 無線による確認も済んだので私は生徒達のテント前へと歩いて行く。

 

「さて、それでは今から私達がどの様にして深海棲艦と戦っているのかを知ってもらう為に演習を行います」

 

 生徒達からの視線を集めたところで艤装を展開する。光が集まり私の艤装が現れると、生徒達は興味深々といった態度で注目してくる。

 

「好きに見てもらって構いません。弾薬はまだ装填していませんから、触ってもいいですよ?」

 

 私の許可が下りたので生徒達が私を取り囲む様に集まってくる。何もない所から突然現れた事を不思議そうにしていたり、ペタペタと砲塔や装甲を触ったり、男子の中には主砲や対空砲を見て凄いとはしゃいだりしている。こういう姿を見るのは凄く和むのでずっと見ていたくなる。

 さて、これだけに時間を使うわけにもいかないし、生徒達にはテントに戻ってもらおう。

 生徒達がテントに戻ったのを確認してから水面に立つ。榛名や天龍が後に続くのを確認してから無線機をテント側のスピーカーに繋ぐ。

 

「では、これから海上での私達の戦い方を見ていただきます。私と榛名が戦って、天龍には審判をしてもらいましょう」

 

 一定の距離を開けて榛名と向かい合う。その二人の間に天龍が立ち、副砲に弾薬が一発装填され、それが上空へと向けられた。

 私と榛名の艤装に同時に演習用の弾薬が装填される。機関を起動し、回転を上げていく。榛名も同じく半身で姿勢を低くし、いつでも飛び出せる構えを見せている。生徒達からの緊張が伝わってくる中、遂に天龍が合図を出した。

 

「それでは、始め!!」

 

 合図の副砲が天に向かって放たれ、その爆音と同時に私と榛名が同時に海面を蹴った。私は右へ、榛名も私から見て右へ。つまり同じ方向へと動いた。つまり、同航戦ということだ。

 先に動いたのは私だった。主砲ではなく副砲による牽制を行い、榛名がそれを大きく動いて回避する。同時に飛び立つ榛名の零式水上観測機が視界に入る。大きく動いたのは距離を離して私の命中率を下げるのと同時に弾着観測射撃を行うため……か。

 今日の私は水偵も観測機も積んでいない。そうなると距離が離れる程私には不利になっていく。ならば、距離を離さなければいい。

 榛名から放たれる砲撃を左右に小刻みに動くことで回避し、観測機が距離の計算を伝える前に対空砲を使って撃ち落とす。念のために三式弾を装填し、左右両方の砲門から同時に発射。花火の様に散らばる砲弾により観測機が被弾、墜落する。演習弾なので実際にはダメージはないのだが、ちらりと見えた操縦席の中には衝撃で目を回した妖精さんの姿。ちょっと可哀想だったので後でお菓子でもプレゼントしてあげよう。

でも、まずは……。

 

「全砲門、撃て!!」

 

「榛名、全力で参ります!!」

 

 向こうで私達を見ている生徒達に良いところを見せてあげなきゃね!!

 

 



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特別話・もしも主人公が蒼き鋼のアルペジオ世界でコンゴウになったら

 今回は特別話です。
 以前投稿した特別話と同じく設定段階で没になった設定の話で、本編とは全く関係ない完全にIFの話です。
 今回の話では本編と同じプロローグの後、大戦艦コンゴウの中に主人公の魂が融合しています。最初から人間に興味を持ち、原作よりもだいぶ優しいコンゴウ様となっています。本来はいくつかに分けてある話を一話にまとめてあるので場面をいくつも飛ばして急ぎ足なうえに時間もよく飛んでいます。
 また、世界観は原作メインでアニメの設定が少し混ざっている感じです。設定が混ざっているのでおかしな表現があるかもしれませんが、ご了承ください。


「The other day♪

I met a bear♪

Out in the woods♪

away out there♪」

 

 リズミカルに弾かれるピアノと、それに合わせて歌う少女の声。それは月明かりに照らされた海原へと吸い込まれる様に消えていく。

 歌う少女の周りには誰もいない。それでも少女は歌い続けていた。まるで誰かに聞かせる様に。

 

「He looked at me♪

I looked at him♪

He sized me up♪

I sized up him♪」

 

 ふと、少女の歌が止まる。それから徐々に伴奏も小さくなって、遂には指が止まった。音楽が止まった後には波の音だけが辺りを漂い、その他には何も聞こえない。

 何かを考えているのか、少女は目を閉じたまま数秒間その場で石像の様に固まったかと思うと、徐に腕を振り上げて一気に鍵盤へと叩きつけた。叩きつけた衝撃でピアノが大きな不協和音を吐き出し、少女が立ち上がった衝撃で椅子が倒れる。

 長い黒髪が風で靡く。まるで童話の赤ずきんを連想させる服を着た少女はいかにも怒っていますと言いたげな顔で空を見上げ、叫んだ。

 

「ああーもぅ、コンゴウまた寝ちゃってるー!!」

 

『……む、すまないマヤ』

 

 少女のものではない別の女性の声が響いた。その声は落ち着きがあり、年長者らしい貫禄がある。その何処からか聞こえた声に少女……マヤは口を尖らせる。

 

「せっかく森のくまさん唄ってあげてたのにぃ。酷いよコンゴウ!!」

 

 マヤの叫びに呼応するかの様に彼女の足元から赤い粒子が立ち昇る。それはいくつものリング状に変化すると、彼女の立つ船体を照らし出した。同時に船体にも赤く輝く紋様が浮かび上がり、機関部が起動する低い地鳴りの様な音が周囲に響き渡る。

 コンピューターが起動する様な「チ、チ、チ、」という音が数回なったかと思うと、彼女の意識は一瞬のうちに別の場所へと飛んでいた。

 

 そこは真っ白な空間だった。

 見渡す限り白一色で地面や天井があるのかもわからない。そんな空間に一つだけ建造物があった。金持ちの屋敷の庭先にある様な何本もの細い柱で支えられたドーム型の建造物。その中には丸いテーブルが一つと、それを囲む様に置かれた椅子が四つ。

 その椅子に座り、紅茶を飲んでいる女性が一人。

 スラリとした細身の体はしかし女性らしい丸みを帯びており、少々色素が薄いセミロングの金髪はストレートに下ろされている。目線と同じ高さで揃えられた前髪の隙間から覗く瞳は紅い。その体を包む紫一色のドレスは床に広がる程に長く、彼女の存在感をより一層高めていた。

 

「コンゴウ!!」

 

 名を呼ばれて顔を上げればいつの間にかマヤが椅子の一つに座っていた。不機嫌そうに細められた目がコンゴウを見据えている。

 

「すまない、マヤ。お前の歌う森のくまさんは好きだが、どうしても眠くなってしまう」

 

 マヤの前に少し甘くしたミルクティーを置いてコンゴウは申し訳なさそうに目を閉じた。それを見てマヤは溜息と同時にミルクティーに口をつける。

 

「……ん、もういいよコンゴウ。いつもコンゴウが真剣にマヤの歌を聞いてくれてるのは知ってるし……あ、これ美味しい!!」

 

「……そうか」

 

 ミルクティーの味が気に入ったのか、先ほどの怒りが嘘のように無邪気な笑顔を見せるマヤ。そんな彼女を見つめながら、コンゴウはそっと左手の薬指に付けられた指輪を撫でる。

 

 コンゴウが初めてメンタルモデルを作り上げた日、〝彼〟は〝コンゴウ〟になった。

 最初の数日は酷く混乱した。自分の記憶が別人の記憶と結びつく感覚は作り上げられたばかりのメンタルモデルに膨大な負荷を掛け、エラーを吐き出させ続けた。

 航海は勿論のこと、会話すら碌にできずに海の上を彷徨い続け、やっと落ち着いたと思ったらヤマトを始めとした多くの霧の艦隊に囲まれて精密検査を受けさせられた。

 結果は異常無し。その後の定期的なチェックでも異常は見当たらず、もう大丈夫だと今は東洋方面第一巡航艦隊を率いる旗艦というポジションに収まっている。

 

「……さて」

 

 マヤとの概念伝達を終えたコンゴウは顔を上げる。同時に髪をいつものピッグテールへと結んだ。

 夜が明けてすっかりと明るくなった地平線の向こう。海の真ん中に一つだけ島があった。その島の名前を、硫黄島という。

 

 

◇◇◇

 

 メンタルモデルというのは中々に便利だ。今の私は霧の太平洋艦隊旗艦、大戦艦コンゴウ。その演算能力は凄まじく、どんな難問だろうと一瞬で計算できてしまうし、処理能力の高さはそのまま船体のスペックへと繋がる。

 私の中にある〝俺〟としての記憶。それが私という個体を急速に進化させ、より人間に近い思考を得る事ができた。しかし、それでも完璧な人間としての思考へと至らないのは、やはり私が兵器だからなのだろう。

 

「……む、光学兵器の起動を確認。やはり自衛用の武装はあるらしいな」

 

 センサーが光学兵器の起動を捉えた瞬間、大量のレーザーやミサイルの弾幕が襲いかかってきた。それをクラインフィールドで防ぎつつ前進する。私のクラインフィールドはこの程度の攻撃では破られない。

 同時にこの攻撃を行っているであろう相手に概念伝達を試みる。少しは渋るかと思ったが返答はあっさりと返ってきた。

 いつもの真っ白な概念伝達の空間で、私は椅子に座りつつ彼女が接続してくるのを待つ。すると、人が一人入れるくらいの大きさの卵の様な形をした物体が現れた。側面に付いたモニターにはジト目でこちらを見る顔がドット絵で映し出されている。

 

「久しぶりだな、大戦艦ヒュウガ」

 

「……大戦艦コンゴウ。ええ、お久しぶりね。此処に何をしに来たのか聞いても?」

 

 大戦艦ヒュウガ。元東洋第二巡航艦隊旗艦を務めていた霧の大戦艦だ。彼女は千早群像の乗艦するイ401により撃沈された後、コアの消息は不明とされていた。

 大戦艦でありながら整備や点検の腕が良く、以前私がエラーを起こしていた頃は定期的なチェックをしてもらっていた。

 

「大した理由はない。お前が手を貸しているイ401とそのクルーに興味があるだけだ」

 

「興味、ねぇ……」

 

 ヒュウガの呟きと同時に卵型の物体が開き、中から白衣を着た女性が現れた。毛先のカールした茶髪にセーター、タイトスカートという出で立ちは女医か研究者といった言葉を連想させる。モノクルを着けた右目が僅かに細まり、こちらを見定めるかの様に鋭くなる。

 

「……貴女が何故此処を知っているのか、とか私の存在をどうやって見つけたのかは別にいいわ。どうせいつかバレていたでしょうからね」

 

「……」

 

「コンゴウ、イオナ姉様達に会って……何をするつもり?」

 

 バチバチとヒュウガの周りに粒子が舞い、橙色の紋様が体に現れる。答えによっては攻撃するという意思表示だろう。

 

だから私はユニオンコアのキーコードをヒュウガへ転送した。

 

「……なっ!?」

 

「これが答えだ、ヒュウガ」

 

 ユニオンコアのキーコードを渡すという事は私そのものを自由にできるという事だ。ゲームで例えるならコントローラーを奪われた様なもの。私は自身の命をヒュウガへと預けたのだ。

 

「……貴女、何を考えてるの?」

 

 ヒュウガの表情には困惑の感情が見られる。彼女がメンタルモデルを作ったのは最近の筈だが、随分と感情が豊かだ。まぁ、〝俺〟というもう一人の記憶のおかげで最初から色々とおかしかった私も人のことを言えないかもしれないが。

 

「私の目的は最初から言っている通りだ。ただ興味があった……それだけだよ」

 

「……そう」

 

 次の瞬間、私の武装が全てロックされた。舵もナノマテリアルの操作も同様にロックされ、私は私自身である船体を一切動かす事ができなくなった。

 

「まぁ、貴女が何を考えて此処に来たのかは知らないけど、取り敢えずドックに入れてあげるわ。どうするかは艦長とイオナ姉様に任せましょう」

 

「……そうか」

 

 何故かロックされなかったメンタルモデルで残った紅茶を飲みつつ、私は左手の薬指で輝く指輪を撫でるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 硫黄島に来てから数時間後、与えられた部屋で寛いでいると突然警報が鳴り響いた。何事かとヒュウガへ通信を繋げると、返事の代わりに壁にあるモニターが外の様子を映し出した。

 そこに映っているのは私の時の様にレーザーやミサイルの雨に撃たれながら混乱している霧の重巡洋艦・タカオの姿だった。そういえば函館で400と402が接触して以来行方がわからなかったな。たまたま此処へ来たのか、それとも何か目的があるのか……。

 

 あ、ミサイルが当たってメンタルモデルがひっくり返った。

 

『……全く、今日は客が多い日ね』

 

 ヒュウガの溜息交じりの呟きに、私は思わず声を出して笑うのだった。

 

 エラーにより一時的に機能を停止しているタカオのメンタルモデルを押し付けられたので取り敢えずベッドに寝かせると、椅子に腰を下ろして新しい紅茶へと口をつける。

 私は東洋方面第一巡航艦隊の旗艦ではあるが、基本的に部下達は好きに行動させている。一応何かをする場合は私に許可を取る様に言ってはあるが、日常生活で何かを強制することはしていない。前までの私ならアドミラリティ・コードにない行動をするなど考えてすらいなかっただろう。

 だからこそ今までタカオの居場所は知らなかったし、つい数日前に撃沈されたハルナやキリシマのその後の行動も感知していない。

 

 しかし、〝俺〟の知識には彼女達が今後どう行動するかの情報があった。

 〝蒼き鋼のアルペジオ〟……それが知識の中にあったとある漫画の知識である。〝俺〟は艦隊これくしょんとのコラボ企画を通じてこの作品に出会ったらしい。原作である漫画は6巻程度、ストーリーの少し改変されたアニメは全て見終わっていた。

 当然、その中には私こと大戦艦コンゴウも登場していた。漫画は途中までしか読んでいないのでわからないが、アニメでの私は人間の感情の一部を理解し、それ故に一番親しかったマヤのメンタルモデルが唯の人形であった事に絶望して主人公達に襲いかかり、イ401ごと心中しようとするという事態を引き起こすらしい。

 記憶の統合が済んだ時にマヤのメンタルモデルが本物である事は確認済みなので、この世界は原作寄りなのだろう。タカオが硫黄島に来た事を考えれば401も近いうちに此処へやって来るのだろう。

 

 しかし、401や千早群像達に会ったとして、私はどうしたいのだろうか?

この場所に来た本当の理由も実はよくわかっていない。ただ、401達に会ってみたいという好奇心だ。その後、私はどうしたいのだろう。

 まったく……本当に〝俺〟の記憶を手にしてからの私はどうかしている。人間にも成り切れず、兵器としては中途半端……ああ、本当に―――

 

「面倒くさい」

 

「……ぅ」

 

 私の呟きに反応したのか、タカオの目が徐々に開いていく。体を起こして暫く惚けていた彼女は徐々に再起動しているであろう思考をフル回転させ、自分がいる場所を把握しようと辺りを見回している。

 その視界に私が座っている場所が丁度よく入っていないのは果たして狙っているのか、それとも本当に気がついていないのか……。とりあえず、声をかけておくとしよう。

 

「……おはよう、タカオ」

 

「……ふぇ?」

 

 紅茶を飲む私に漸く気がついたのか、タカオはこちらに視線を向けるとたっぷり三秒程凝視した後、目を見開いてフリーズした。丁度いい、今のうちにヒュウガを呼んでおくとしよう。

 ヒュウガからすぐに向かうと返答をもらった後、漸く正常に戻ったらしいタカオは私と、私の出した紅茶へと交互に視線を向けつつ、落ち着かない様子だった。随分と人間らしい反応をするものだ。この短い間に何があったのやら……。

 

「どうした、タカオ。紅茶が冷めてしまうぞ?」

 

「……え、ええ、いただくわ」

 

 紅茶を飲んで落ち着いたのだろうタカオは直後に入室してきたヒュウガに事情を聞き、私と共にこの場で401クルーを待つ事にしたらしい。

 私がいる事に疑問はあるらしいが、ヒュウガと同じ説明をしたら胡散臭そうにしながらも一応納得してくれたようだ。逆にタカオに此処に来た理由を尋ねたら赤面しながら狼狽えていた。あれが乙女プラグインというやつなのだろう。あれだけはどうしても理解できそうにない。

 

 ただ、恋愛感情そのものがどういったものかは……知っている。

 

 左手の指輪を見る度に浮かんでくる私と同じ名を持つ全く別の少女。

 艦隊これくしょんと呼ばれるゲームに登場する艦娘と呼ばれる存在。その中に金剛と呼ばれる艦娘がいた。〝俺〟の最期の記憶にある彼女との会話。自己犠牲の末に笑いながら消えていった彼女。その彼女に向けられていた感情をどう表現したらいいのだろう。喜びと悲しみ、寂しさと後悔が混ざり合ったかの様などうしようもない感覚。しかし、同時に感じる強い思い。

 

『彼女のくれた第二の生を無駄にしない』

 

 いつか胸をはって彼女に再会する為に、彼女の分まで生きること。それが〝俺〟の望んだこと……。

 私と同化した〝彼〟の思いは確かに私の中にある。〝彼〟は既に私の一部なのだから。この演算処理ではどうにもできない力をきっと人間は〝意思〟と呼ぶのだろう。

 なら、私はその意思に従ってみるのも悪くない。そう思えてしまうのは私がだいぶ人間に影響されているからなのだろう。

 それに、あの時……迷わず自己犠牲を選んだ金剛は何を思ってあの様な行動をしたのか。霧の大戦艦である〝私〟がそれを知りたいと思っている。

 どうしたら自己犠牲などという考えができるのか……知ってどうするというのだろう。そもそも私は何故彼女の事を知りたいと思っているのか……。それは彼女の最期に疑問を感じたからで……ああ、思考が混ざり合って負荷が酷い。この答えはそう簡単には導き出せないらしい。

 その答えを教えて欲しい。彼女の心理を、思いを、私は知りたい。

 それは人間だけしか理解できない事なのか?

 我々には感じない感覚なのか?

 何故、何故、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ……。

 

 

《焦ったらNoデスヨ、コンゴウ。それはゆっくり考えたらいいんデース。大丈夫……いつかyouにも解る日が来マスヨ》

 

 

 声が……聞こえて…………。

 

 

◇◇◇

 

 

「まったく、まさか二度も貴女をメンテするなんて思ってもいなかったわ」

 

「すまない、手間をかけさせた」

 

 ベッドに寝かされた私と、その私を見下ろして溜息をつくヒュウガ。

 あの後、私は以前の様にエラーを吐き出して強制的にシステムをシャットダウンしたらしい。それを感知したヒュウガとタカオが急いで処置してくれたのだという。

 私が機能停止していたのは2日程で、前回よりは短く済んだ様だ。

 ノイズが混ざった思考の中でハッキリ聞こえたあの声。あの声はきっと……。

 

「あら、どうやらイオナ姉様が帰ってきたみたい。私は出迎えに行くから、貴女はもう少し休んでなさい」

 

「……そうか、わかった」

 

「イオナ姉様ぁぁ!!」と叫びながら走っていくヒュウガを見送り、私は再びベッドに横になる。

 

 私は何者だ?

 私は何処へ向かっている?

 私は何がしたいのだ?

 

 答えの出ない問答を繰り返す。何度も、何度も……。

 気がつけばそれなりに時間が経っていたらしい。時計の針は私が起きた時間から二時間以上も進んでいた。

 流石に休み過ぎかとベッドから立ち上がった時、同時に部屋の扉が開いた。そこにいたのは一人の少女。

 長い銀髪に碧い瞳。美少女とも言える少女はそれでいて人間らしからぬ気配を纏わせていた。一目でわかった。この子が……。

 

「イ401か」

 

「ヒュウガから聞いた。コンゴウ、どうして此処へ?」

 

 首を傾げる様子は本当に人間の子供の様だ。しかし、どこか異質に見えるのはやはり彼女も兵器であるということなのだろう。人間と共にいる事を選んだ霧の潜水艦。人間だった〝俺〟の記憶と共にある私。

 彼女なら、私の悩みを解決してくれるかもしれない。彼女なら、人間を理解できるかもしれない。

 

「イ401、貴艦に聞きたい事がある」

 

「なに?」

 

「お前は……人間を理解できているか?」

 

 私の質問に401は少し考える様な動作をしたかと思えばあっさりと答えを口にした。

 

「わからない。その答えは今出さなくてはいけないの?」

 

「……いや」

 

 401の答えに私は少し落胆する。しかし、それがどうした。焦らなくてもいいと彼女は言っていた。なら、私なりに答えを探してみるだけだ。

 

「401」

 

「イオナでいい。みんな私をそう呼んでる」

 

「……そうか、ではイオナ。私は人間について知りたい。だから、私もお前達に同行することにした」

 

 私の提案にイオナは何度か目を瞬くと、「群像に相談してみる」と言って部屋を出て行った。

 果たして私の選択は私の知りたい答えを導くことができるのだろうか。それでも、私は進みたいと思う。答えが見つかるまで、ずっと……。

 

 その日、私は蒼き艦隊の一員となった。

 

 



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コンゴウさん、困惑する

お待たせしました。
でも演習は短いんじゃ。
ごめんなさい。


 波飛沫と、それに反射した太陽の光がキラキラと輝く。

 普段ならその光景を眺める余裕もあるのだが、今はそんな事をしている暇はない。

 波飛沫の隙間を射抜く様に迫る砲弾を回避する。反射的に副砲を放ち、牽制しながら接近する。高速戦艦の速度を使い距離を詰めようとするが、同時に同じ高速戦艦である榛名も同じ速度で距離を離す。

 常に一定の距離を保ちながら互いに砲撃を撃ち合う。副砲から主砲へと攻撃をシフトさせ、更に動きに不規則な左右移動を加える。

 

「やりますね、お姉様。……でも、榛名には見えています!!」

 

「……ッ!!」

 

 不意に榛名の零式水上観測機が発艦して視界に飛び込んでくる。これは弾着観測射撃ではなくただの撹乱だ。観測機自体に攻撃用の装備は積んでいないが、艦娘としての本能なのか一瞬だけ目がそちらに向いてしまう。

 その一瞬は榛名が私の動きを捉えるのには十分すぎる時間だった。

 彼女の連装砲から放たれた砲弾がスロー再生の様に遅く感じる。きっと高速で思考しているせいで周りが遅く見えているだけだ。その軌道は間違いなく私に直撃するコース。体を傾けているこの姿勢では回避は厳しい。……ならば、弾く。

 

「……ハッ!!」

 

 気合の掛け声と共に右手による裏拳で砲弾を殴る。

 戦艦である私の拳を受け、砲弾は軌道を変えて大きく逸れていった。しかし、この方法は直撃はしなくとも演習では被弾扱いになる。ちらりと妖精さんに確認をとれば〝小破〟と書かれた旗を振っている。つまり、私は小破になったことになる。

 お返しとばかりに私も主砲を連続で発射する。榛名は既に距離を離しつつ新たな観測機を発艦させていた。流石というか、私が砲弾を殴った事に対する驚きなどは無いらしい。いや、単純に表情に出してないだけかもしれないけど。

 私は榛名へと一発、空中の観測機へと三発の砲弾を発射する。榛名も同時に主砲を私へ発射しており、同じ主砲を使う私達の砲弾は同時に着弾する…………筈だった。

 

「きゃっ!?」

 

 榛名へと向かっていた砲弾が突然破裂し、閃光と火花を散らしながら爆散する。

 そう、実は榛名へと放った砲弾は三式弾と改良型の照明弾だった。観測機への対空砲撃や夜戦だけにしか使わないと思ったら大間違いだ。三式弾は起爆すると花火の様に飛び散る性質があるし、改良型の照明弾は閃光弾の代わりにもなるので、目くらましとしても最適な砲弾なのだ。榛名は目を開けられないのか目を押さえたまま数歩後退る。

 

「……シッ!!」

 

 短く空気を吐きながら機関を全力で回転させ海面を蹴る。巨大な波飛沫と同時に私は一気に榛名の目の前に迫った。流石の榛名も怯んだ姿勢から距離を離すのは難しかった様で、閃光により明暗する視界の中で焦っている。

 チャンスとばかりに左手を前に構えた半身の姿勢をとりつつ右手を引き絞る。接近戦時の私が使う構えだ。だが―――

 

「……ッ!?」

 

 未だに目を開けない筈の榛名が構えをとった。よく見れば薄っすらと右目が開いている。

 しまった、罠だ。

 咄嗟に右目だけを庇い、閉じたままでいる事で閃光で視界が塞がれたと思わせていたのだ。

 更に、榛名の構えは私が教えた接近戦で唯一の〝受け〟を主軸にした技。力が強い相手ほど効果が高まる受け流しを利用したカウンターを狙うものだ。

 

「せいッ!!」

 

「……くッ!?」

 

 振り抜きかけていた腕を止めようとするが時既に遅く、中途半端に伸びた右腕を掴まれて一気に引き寄せられる。そこから来るのは相手のパワーを使った誘導にぶつける様にして繰り出される拳の一撃だ。まともに受ければ間違いなく轟沈判定だろう。

 

「まだまだぁ!!」

 

 榛名が拳を繰り出す瞬間に左舷の主砲を一斉に発射。反動で僅かに右へとずれた私の脇を彼女の拳が通り抜けていった。

 

「くっ、外しましたか……でも、もう一撃くらいは―――」

 

「いや、今ので決められなかった時点で次はないよ」

 

 伸びきった榛名の腕を抱え込む様にして脇で挟む。同時にそこを主軸に体を捻って榛名の腕を捻り上げる。「えっ!?」と驚愕する榛名の胸元を掴み、捻った腕を今度は手前に引き寄せる様に動かしながら投げ飛ばす。

 捻られた腕のせいでバランスが取れなかったであろう榛名は前後に振られた重心を支えきれずに一回転した後にうつ伏せに海面に叩きつけられた。

 

「ひゃん!?」

 

 可愛い悲鳴をあげながら倒れた彼女の顔の横に拳を振り下ろす。衝撃で盛大な飛沫が上がるが、榛名には一切の衝撃はいかなかった筈なので大丈夫だろう。

 今回使った投げ技は相手が人型でいる事が前提なので深海棲艦相手にはあまり使わない。ヲ級や姫級、鬼級には通じるだろうが、基本的に人型の深海棲艦は強い個体が多いので接近戦は最後の手段となる。不意打ちで接近し、強力な攻撃で沈めるのが目的なので投げ技は使わない。投げる前に殴った方が早いし安全だからだ。

 そういう理由もあって榛名達には投げ技は教えていない。

 

「ま、参りましたぁ……」

 

「そこまで、勝者は金剛だな」

 

 榛名を立たせようと左手を差し出すと、彼女は苦笑いしながら私の手を掴んだ。

 

「やっぱり、お姉様には敵いませんね」

 

「ふふ、私は教える立場だからね。まだ負けられないよ」

 

 私は格闘技を教える立場なんだからそう簡単に負ける訳にはいかない。少なくとも私がいなくても深海棲艦の姫と戦えるくらいには強くなってもらいたい。

 そんなことを思いながら榛名の腕を引っ張って―――

 

 私は……突然、腕に走った激痛に倒れこんだ。

 

「……ッ!?」

 

「お姉様!?」

 

 慌てて榛名が支えてくれたので何とか膝をつく程度で済んだのだが、左腕が痺れて動かせない。これは一体……?

 

「お姉様、大丈夫ですか!?」

 

「……え、ああ、うん。大丈夫、ちょっと足が縺れちゃっただけだから」

 

 榛名に悟られないように立ち上がり、右手で今度こそ彼女を立たせる。何時もの様に、笑顔で。

 榛名は少しだけ心配そうにしたが私が笑顔だったからか、やがて安心した様に笑みを返してくれた。

 気付かれない様にそっと、左腕に触れてみる。どうやら感覚は残っているらしく、何かに触れる感触は感じられた。しかし、やはり動かせない。

 

「これなぁに?」

 

「わわ、コンゴウさん大丈夫?」

 

 どうやら私の中にいる妖精さんにもわからないらしく、皆が心配してくれていた。大丈夫だよと声をかけつつ砂浜に戻ると、大勢の子供達から拍手をもらった。

 結果から言えば今回の講演会と演習は大成功で、少しでもこの国の未来の為になったなら幸いだ。

 ただ、私の左腕の痺れは暫く続き、演習後に生徒達から講演会のお礼だと花束をもらう時などは誤魔化すのが大変だった。動かない腕を見せないように自然な動きで隠し、何とか鎮守府まで帰還した。

 

◇◇◇

 

 七海への報告を済ませた後、私は工廠へと足を運んだ。理由は勿論この左腕の事だ。皆に心配をかけない為にも、半ば独立したと言える私専用の資料室へと向かう。

 この部屋は私が独自に艤装を改良するようになってから明石さんが用意してくれた部屋で、図面を引いたり集めた資料を保管するために倉庫だった一角を改造して作られた。明石さんも利用しており、お互いに意見を出し合いながら試行錯誤するのが日課となっている。

 椅子に腰を下ろして左腕をテーブルの上に乗せ、妖精さん達にも詳しく点検をしてもらう事にした。感覚的には足が痺れた時に似ているし、もしかしたら時間が経てば治るかもしれないが、用心して徹底的に調べる事にした。

 妖精さん達が慌ただしく走り回り、私の左腕に虫眼鏡やら聴診器やらを使って次々と検査をしていく。

 

「神経に異常なし〜!!」

 

「骨にも異常ないよ〜」

 

「どうなってるの〜?」

 

 飛び交う報告には困惑が混じり、ああだこうだと試行錯誤した後、最終的には原因不明という結果だけが残った。

 

「とりあえず高速修復材をかけてみよ〜」

 

「おお〜!!」

 

 艦娘の修理は入渠することで行われる。私のこの左腕が果たして怪我や疲労によるものなのかは不明だが、艦娘である以上は入渠で大抵の事は治ってしまうものだ。

 皆に心配を掛けない様にこっそりと入渠施設に入り、服を脱いで湯船に浸かる。左腕が動かなくて少し手間取ったが、他に誰もいないみたいだし大丈夫だろう。

 

「……くぅ、やっぱりお風呂はいいな」

 

 両足と右腕を伸ばして体を解す様に動かしてみる。人間だろうと艦娘だろうと風呂に入った時の心地よさは変わらない。よく風呂は命の洗濯と言われるが、艦娘だとそれが修復という形でリアルに体感できるのだから笑えない。

 そんな事を考えて苦笑いする私の頭上に緑色のバケツが運ばれてきた。高速修復材だ。

 中身は透明な液体なのに、どういうわけか通常の修復材と混ぜ合わせると私達の傷を一瞬で治す液体へと変化する。原理や材料の一切が不明。妖精さん達が作成しているのだが誰もその工程を見た事がない。本当に妖精さんとは不思議な存在だ。

 

「どれどれ、腕の方は……」

 

 高速修復材を混ぜ合わせた修復液を左腕に擦り込む様にマッサージをしてみる。同時に力を入れて肘を曲げてみる。

 すると、ぎこちないながらも左腕は確かに動いた。安心して思わず背後の壁に寄りかかって溜息をついた。

 

「……ふぁ、良かった。一時はどうなるかと―――」

 

 

 ―――ピシッ

 

 何かが、欠ける音がした。

 

「……ぇ?」

 

 左手の指先に、小さな罅があった。

 

 ―――ピシッ、ピシッ

 

 指先から手の平へ、そこから手首へと、それは広がった。

 

「……な……ぁ、え?」

 

 何だ、これは?

 痛みもなく、まるで脆くなった塗料が剥がれる様にそれはゆっくりと、腕を侵食するかの様に。

 

「……ぁ……ゃ………ぅあ」

 

 そして、次の瞬間―――

 

「……ぁ」

 

 パリン、と私の左腕の肘から先が、粉々に砕け散った。

 

 

「……あ、ぁあぁあぁぁあああぁぁあぁああ!!??」

 

 バシャバシャと修復材が顔にかかるのも構わず、私は盛大に浴槽から転がり出た。吐き気が込み上げてくるのを抑える様に〝両手〟で自分の喉に触れる。

 

「……ハァ、ハァ、ハァ……ぅ……あ?」

 

 一瞬頭が真っ白になってから慌てて左腕へと視線を落とす。

 シミ一つない、綺麗な手がしっかりとそこにあった。

 

「……ゆ、め?」

 

 自分が浸かっていた浴槽へと視線を向け、もう一度左腕へと視線を向ける。どうやら左手が動く事を確認した途端、私はそのまま眠っていたらしい。風呂の温かい湯が気持ち良かったのも原因なのだろう。

 しかし、随分と酷い夢を見たものだ。

 

「……疲れてるのかな、私」

 

 あの悪夢を振り払うかの様に何度か左腕を曲げ伸ばしする。

 

 ―――そこで気が付いた。

 

「……あ、れ?」

 

 動く様になった左腕。

 しかし、その肘から先は完全に〝何も感じなく〟なっていた。

 




次回はもう一人の主人公のターン!!


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番外編・深海の少女達

 遅くなって大変申し訳ありません。


 暗い暗い海の底。

 そこは光が届かない深海にある一つの基地だった。

 周りはゴツゴツとした岩で囲まれ、自然にできたにしては不自然な形に削り取られている。巨大な岩石を削って作られたこの基地はかつてここにいた姫曰く、駆逐艦達の努力の結果、らしい。頑張って噛み砕いたのだろうか……だとしたら相当苦労した事だろう。

 

「……フゥ」

 

 そんな事を考えながら、私は最後の板を壁に打ち付けて息を吐いた。

 今私は穴の空いた壁を修繕しているところだ。この基地は土台はしっかりしている癖に内装が適当なのよね。

 壁はコンクリートの部分もあればベニヤ板で適当に打ち付けただけの部分もある。流石に浸水すると困るから外周部分はしっかりしてるけど……。まぁ、そんな適当な工事をしていたのが原因かは不明だが、時々この基地は突然壁が壊れたりする。水中にあるし、湿気もあるから木材部分が傷みやすいのは仕方ないだろう。

だが、この基地で壁が壊れる一番の原因は……。

 

「……ア、見ツケタ、離島ダ」

 

 ふと、廊下の先から聞こえた声に顔を上げる。予想通り北方棲姫が立っていて、資材を幾つか抱えたままヨロヨロとこちらに向かっていた。

 その瞬間、私の思考は時が止まったかの様にフリーズした。

 

「離島、コノ資材ハイツモノ部屋ニ置イテモ……」

 

「チョット待チナサイ、一旦床ニ置イテ———」

 

 急いで注意したが時既に遅し。北方棲姫は床にあった板に躓いてしまった。倒れる彼女と散らばる資材がスローモーションになって見える。

 だが、次の瞬間……何故か北方棲姫は大きく体の向きを変えて廊下の壁に激突した。

 北方棲姫は見た目は幼い少女だが陸上基地という種類に入る個体である。当然体の強度も陸地が基準だ。彼女が突撃するという事は陸地がこちらに向かってくるという事に等しい。

 そんな彼女が壁に激突すればどうなるか。

 

 当然、壁の方が砕けるに決まっている。

 

 次の瞬間、数少ないコンクリートの壁が盛大に吹き飛び、北方棲姫は隣の部屋へと消えていった。

 そもそもどんな転び方をすればそんな勢いがつくのだろうか。

 ご覧の通り、我らが深海基地の壁の半分は彼女によって穴が開けられており、それを修復するのは専ら私の仕事だった。初めは北方自身にやらせようとしたのだが、金槌を打ち付けた瞬間に壁が再び吹き飛んだので、慌てて止めさせた。

 新たにできてしまった壁の穴を見つめながら私は深い溜息をついたのだった。

 

◇◇◇

 

 無駄な労力が重なり、肉体的にも精神的にも疲れた私は一休みしようと台所に立ってコップにオレンジ味の燃料を注ぐ。柑橘系の爽やかな酸味と後からくる甘味を堪能しつつ、私も随分と此処に馴染んできたなぁと深く息を吐いた。

 北方棲姫に殺されたと思ったら深海棲艦になっていて、三人分の記憶がある所為で意識は混乱するし、頭痛は酷いし、熱があるかの様に体はフラフラするしでもう大変だった。まぁ、飛行場姫を吹き飛ばす時は三人の意識が同じ方向に向いたおかげで全然辛くなかったんだけど。

 

「……ハァ」

 

 飛行場姫を沈めてからの日々は何とも奇妙なものだった。

 私は北方棲姫に体をぐちゃぐちゃにされた記憶があるから自然と彼女の姿を見ると警戒してしまうのだが、向こうはそんな私の気持ちを知ってか知らずか積極的に近付いて来た。

 腕を握られたり体を撫でられたり……正直に言えば再び腕を折られたりするんじゃないかと頭の中は恐怖でいっぱいだった。

 何度か同じことを繰り返し、不安だった私は思い切って彼女に理由を尋ねた。その結果、彼女はただ自分の力を制御できる様になった実感が欲しかっただけなのだと知った。

 

「コンゴウニ教エテモラッタ!!」

 

 腕を握る事で相手に力が入っているかを教えてもらうこの方法は、北方棲姫が大好きな金剛に教えてもらったやり方なのだそうだ。

 私は金剛本人に会ったことはないが、その様子を嬉しそうに話す北方棲姫の姿から想像するに、きっと優しい艦娘なのだろう。

 

 艦娘、かぁ……

 自分の部屋に帰って鏡を見る。そこにいるのは記憶にあるどの自分とも違う姿。

 髪は漆黒、自慢のストレートヘアはウェーブのかかった髪へ、提督に褒めてもらった帽子も、吹き流しも、赤いネクタイもない。無表情な青白い顔に映える真っ赤な瞳は見方によっては宝石とも血だまりとも表現できる。

 

「……アナタハ、ダレ?」

 

 鏡に映る己への問いに返事はない。

 ただ無表情な少女がこちらを見ている。生きているのか、それとも死んでいるのか、それすらわからない。気力のない、人形の様な顔だった。

 

「……ワタシハ、ダレ?」

 

 答えの見つからない問いに立ち尽くしたまま、私は死んだ様に生きている。

 

 

◇◇◇

 

 

 少女は夢を見ていた。

 キラキラと光る水面の下、水中に浮かんでいた体をゆっくりと起こして浮かび上がる。海面に出れば綺麗な満月が辺りを照らしていた。何となく手を伸ばして月を掴もうとしてみる。

 その時に少女は気付いた。

 自分の手が、何時もの幼い小さな手ではなく、血色の良いすらりとした大人の腕だった。

 

「……これは?」

 

 驚愕した少女は自らの全身を見回した。

 何時もより高い視界、長い手足、スタイルの良い体は紺色の着物に包まれている。

 そう、その姿は間違いなく少女が嘗て人間をその身に乗せていた頃の姿そのもの。もう本人ですら忘れてしまった本当の自分であった。

 呆然と立ち尽くしていると、胸元にいつも掛けている指輪が一瞬だけ光り、目の前に人影が現れる。その姿は自分が憧れる少女の姿に瓜二つだった。

 しかし、少女には目の前の存在が彼女とは違う存在だと気付いていた。髪型を除けば違いなど一切無いのに、彼女ではないと確信できた。

 そんな少女を見て影の少女は笑みを浮かべると、徐に拳を構えた。それは少女が憧れる彼女と同じ構え。

 影は構えたまま、静かに少女を見つめている。

 

「……私に、教えてくれるの?」

 

 彼女を真似して構える。

 影は一度だけ頷くと、一気に少女へと踏み込んでくる。思わず真正面から迎え撃とうと腕を振った。その腕を掴まれ、逆に引き寄せられる。それに合わせる様に繰り出されるカウンターが少女の腹部に直撃し吹き飛ばされた。

 

「……ぐ!?」

 

 追撃を警戒して身構えるが、影は動かず静かに少女を見つめ続けていた。首を傾げた少女に影は同じ構えを見せる。まるで攻撃を待っているかの様に。

 

「……今のをやれってこと?」

 

 影は頷き、改めて構えをとる。

 それに頷き、今度は少女から攻撃を行う。すると、影は先程の少女の様に真正面から迎え撃とうと腕を振る。その腕を掴み引き寄せつつ掌底を叩き込めば影は吹き飛んだ。

 あまりにも簡単に吹き飛んだので思わず掌を見つめていると、影は立ち上がって歩み寄ってきた。そして小さく頷くと幻の様に消えていった。

 

「あれは、一体……」

 

 その瞬間、意識が浮上する様な感覚を感じた。夢の終わりが近づいているのだ。

 少女はその流れに逆らえないまま、意識を一度深い眠りへと沈めていった。そして一気に現実へと引き戻され、少女は目覚めた。

 

◇◇◇

 

「……アレ、ユメ?」

 

 目が覚めた少女……北方棲姫は自らの全身を見回し、それが何時もの幼い少女の体であることを確認すると、ベッドから飛び降りて小さく伸びをする。

 徐に夢で教わった構えをしてみるが、小さな体では思う様に動かせない。折角教わったコンゴウの技なのに使えないのは勿体無いと彼女は落胆した。

 

「……早ク、大キクナラナクチャ」

 

 密かな想いを胸に、工廠へと走り出した少女の胸元で白銀の指輪が静かに輝いていた。

 

 



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第四章・嵐の前の静けさ編
北方ちゃんと離島ちゃんの場合


皆さん、待たせてすまない。
何度も何度も試行錯誤した。何度も何度も書き直した。
でも、結局は自分が直感でイメージできた文を書けたらそれでよかったんだ。私が第1話を書いた時を思い出すんだッ!

気づくのに時間がかかり過ぎた……。
本当に、本当に、なんて遠い廻り道…。
ありがとう…読者の皆さん。待っていてくれて…ありがとう……。
それしか言う言葉が見つからない。


ペタペタと裸足で歩く音が廊下に木霊していく。

音が不規則なのはスキップをしているから。一瞬だけ浮く体の浮遊感を楽しみつつ、次の足を床につける。

 

最近、凄く体の調子がいい。

あれから何度も夢の中で金剛が使っていた体術を教わり、朝目覚めてその復習を繰り返すのが日課になりつつあるけれど、それから体が軽くなった様に感じる日が多くなった。どことなく頭も冴え渡っているし、今なら難しい問題すら解けるんじゃないかと思う日も少なくない。

本来なら不自然に感じる筈なのに、こんなにも安心できるのはどうしてなんだろう。

やはり、金剛と同じ技を使えるのが嬉しいからなのだろうか。それとも、金剛との繋がりをより一層感じるから……。

 

「……エイッ、トウッ!!」

 

少し嬉しくなって夢で教わった型をなぞる様に体を動かしてみる。

しかし、小さな体ではバランスが取りにくいうえにどうしても手足の長さがイメージと一致しないので余計な力が入ったり、勢いに振り回されて転んでしまうなど、どうしても上手くいかないのだ。

 

「ハヤク大キクナラナクチャ……」

 

私の現在の目標は金剛くらいまで背を伸ばすこと。

背が伸びれば体術も使いやすいし、金剛の事をもっといっぱい助けてあげられる。そして、いっぱい頭を撫でてもらうのだ。

想像したらなんだが嬉しくなってきた。つい頬も緩んでしまう。

 

「……エヘ、エヘへ」

 

「……サッキカラ何ヲシテイルノカシラ?」

 

背後からの声に一瞬だけ驚いたものの、暗闇から現れた姿を確認した瞬間に緊張は一気に吹き飛んだ。

 

「オハヨウ、離島チャン」

 

「エエ、オハヨウ北方。マタ良イ夢デモ見レタノカシラ?」

 

「ウン!!」

 

彼女は離島棲鬼。まだ力を制御できなかった私が殺してしまった三人の艦娘から作られた深海棲艦だ。

どうやら記憶の大半は残っているみたいで、最初は酷く怯えられたし警戒されていた。でも最近は慣れてきたのか普通に会話できるくらいには仲良くなれたと思う。

 

「朝食ガデキタワ、食堂ニ行クワヨ」

 

「ウン、ワカッタ。燃料ハ?」

 

「イチゴ味ヨ」

 

「ヤッター!!」

 

彼女はこの海底基地の家事全般を担当している。艦娘だった頃の名残なのか何も言わなくても掃除や資材のチェックを行い、部下の深海棲艦達に的確な指示を出している。

ただ、この基地は鎮守府とは違って海底にあるので窓も無いし出撃する時は一度潜らなければならない。それにまだ慣れていないのか彼女は自分から進んで外に出ようとはしない。金剛と同じ様に水に潜るという行為がどうしても怖いらしいのだ。

そこで私は部下のイ級達に命令して地上への直通回路を作ることにした。幸い近くに無人島があるので海底から通路を伸ばし、島の中心辺りに出るように通路を建設。早速離島棲鬼に報告したのだが……

 

「私ハ深海棲艦ニナッタノヨ……艦娘ニ会ッタラ狙ワレルジャナイ」

 

と言い出して一度もこの通路は使っていない。

彼女は艦娘から深海棲艦になった稀有な存在だ。元仲間である艦娘と戦うのを避けたがる気持ちはわかる。私も金剛を助ける為に仲間の深海棲艦の前に立ちはだかったことがあった。幸い戦闘にはならなかったものの、もし戦うことになっていたなら……私は仲間を沈めていたかもしれないのだ。覚悟を決めたとはいえ、仲間を沈めるのは心にくるものがある。

 

「……ウーン、ナンダカ変ダナァ」

 

「……北方、ドウカシタ?」

 

「……イヤ、別ニ」

 

朝食を食べながらこれまでの事を振り返っていると、どうにも違和感が頭をよぎる。

そう、私の思考はこんなに冴え渡っていただろうか。

これまでは霧が掛かったようなぼんやりとした思考しかできず、子供の様な振る舞いが多かったが、最近は考え事ばかりで離島棲鬼にも心配される程に頭が回るのだから不思議だ。まるでこれが本来の私であるかの様な……そう、本来の姿じゃ無い様な。

 

「……マァ、イイカ!!」

 

難しく考えても仕方が無いし、悪い気もしないのだからこのままでもきっと大丈夫だろう。

あぁ、また早く金剛に会いたいなぁ……。

 

 

◇◇◇

 

 

「……ッ」

 

「あ、あの……はじめまして?」

 

私は今日ほど自分の無表情に感謝した事はないだろう。今目の前にいる少女は戸惑いながらもしっかりと私に挨拶をしてくれだが、表情筋が死んでいなかったらきっと引き攣った顔になっていたに違いない。何故なら……

 

「いやぁ……まさかまた嵐に巻き込まれるなんて思わなくって」

 

えへへ、と頬を赤らめながら笑う少女は首に下げている双眼鏡で顔を隠しつつこちらを見上げてくる。

そう、目の前にいるのは元私の仲間であり、今の私……離島棲鬼の敵である艦娘、雪風だった。

 

この様な事態になったのは今から数分前。

何時もの様に掃除をしていた私は鍵のかかった一つの扉の前にたどり着いた。外に出たがらない私の為に北方が作った海底通路だ。これは隣の無人島まで続いており、島の中を通じて地上に繋がっている。

しかし、私は外に出たくないのでこの通路は使われる事なく閉鎖されている。されている筈ーーーなのだが……

 

「……ナニカ聞コエタ?」

 

通り過ぎようとして扉越しに聞こえた小さな音に足を止める。

通路を歩いてくる靴の音と啜り泣く声が聞こえたかと思うと、徐々にそれが大きくなってくる。まさか幽霊では、なんて考えて自分も似たようなものかとそんな考えを振り払う。

どうやら何者かは扉の裏側まで到達したのだろう。ノブがガチャガチャと数回動くが、当然鍵が掛かっているので開かない。そのうち諦めたのかノブが動かなくなり啜り泣きが聞こえ始めた。どうやら座り込んで泣き出してしまったらしい。

流石に放っておくのもどうかと思ったので鍵を開けると、扉を開く。

 

「……ふぇ?」

 

「……ッ」

 

「あ、あの……はじめまして?」

 

こうして先程の展開に戻るわけだが、まさか艦娘が……しかも自分がいた鎮守府の仲間だなんて。

考えた末に、私は知らん振りをする事にした。今の私は深海棲艦。艦娘とは相容れない存在なのだから。

 

「……ツイテキテ」

 

「え……あ、はい!!」

 

とりあえず北方の意見を聞くべきだろうと考えた私は、彼女に声をかけると案内する為に通路を歩く。

雪風は戸惑うどころか素直に私の後をついてくる。無用心過ぎないかとも思ったが、どうやら彼女は度々北方に会っているらしく、あの通路や私の話も北方に聞いたらしい。

 

そこから更に数分後、私は頭を抱えたい気持ちだった。食堂に案内してから北方に全て丸投げにしようと考えていたのだが、生憎と北方は外に遊びに行ったらしい。

つまり、雪風の面倒を見る事ができる存在が私しかいない。

他の深海棲艦達に任せたら本能で襲い掛かる可能性があるので雪風が危ないし、私が相手をするしかないだろう。

せめて、北方が早く帰ってくれる事を祈ろう。

 

「あ、北方ちゃんお出かけなんですか?」

 

「……エエ、ソノヨウネ」

 

可愛らしく笑顔を見せる雪風から視線をそらしつつ、私はどうしようかと頭を働かせていた。正直に言うと、私は艦娘に……いや、雪風に会いたくなかった。

私の中にいる三人の艦娘。霰、叢雲、そして天津風。この雪風と私の中にいる天津風は同じ日に鎮守府に配属された同期であり、親友なのだ。

当然、混ざり物である私の記憶には天津風の記憶もある。この雪風がどんな娘で、どんな食べ物が好きなのかとか、実は寝相が悪くて隣で寝ていた私の布団によく潜り込んでいたとか。

 

本当に、一人にしておけないくらいに心配になる娘なんだからーーー。

 

「あ、あの……?」

 

「……ッ、何カシラ」

 

一瞬だけ脳裏に浮かんだ感覚を振り払う。

きっと私の中の天津風が無意識に強く表層に出てきたのだろう。本当は全てを打ち明けてしまいたい。でも、それで拒絶されたらどうする?

もう、私は艦娘ではない。深海棲艦という人類の敵。倒される運命にある存在。

きっと雪風は私を受け入れるだろう。私が例え何者になったとしても、私の為に泣いて泣いて、そして最後は変わらない笑顔で笑うだろう。流した涙を、その首に下げている双眼鏡に溜め込んで。

 

「いや、そのぉ……何だか寂しそうに見えて」

 

「……ソウ」

 

心配そうに見つめてくる雪風から視線を逸らしながら、私は無表情を装う。天津風はもう沈んだ……それでいい。

 

それから暫く北方棲姫が帰ってくるまで待ってみたが、一向に帰ってこない。資材庫を確認してみたらそれなりの資材が無くなっているので今日は帰らない可能性もある。早目に雪風を鎮守府に帰してやりたいが、このまま一人で彼女を帰すのは他の深海棲艦に襲われる可能性があるし……。

 

「えっと、ありがとう!!」

 

「……仕方ナイ」

 

雪風の安全を考えて一晩だけ彼女をこの基地に泊めることにした。いくら深海棲艦になったとはいえ、元仲間を危険な海に放り出すほど私は外道ではない。

念のために雪風を入渠させてから空いている部屋に案内する。最低限の家具は置いてあるし、明日北方棲姫が帰ってきてから送らせよう。そう考えながら自分の部屋に戻ろうと部屋を後にした。

 

そんな私の後ろ姿を雪風が見つめているとは知らずに。

 

 

深夜、ふと目を覚ました。

雪風に会ってからどうも落ち着かない。艦娘だった頃の記憶が次々と浮かんできてしまうからだ。

溜息を吐きながら部屋を出ると、食堂に向かう。冷たい水でも飲んでスッキリしよう。もやもやする気持ちを抱えたまま、私は真っ暗な通路を歩き出した。

 

私の部屋と食堂の間には誰も使っていない部屋がいくつか存在する。姫級や鬼級の深海棲艦は私と北方棲姫だけだし、他の深海棲艦達は海底に沈むような形で眠っているので夜は自然と人影はなくなり、非常に不気味だ。最初は私も怖かった。しかし、慣れとは恐ろしいもので今となってはこの静寂が心地良く感じることすらある。

小部屋が並ぶ通路を抜ければ食堂は目の前だ。迷わずドアを開けて厨房に向かうと、コップに水を汲んで一気に飲み干した。深海の水を利用した飲料水は氷が入っていなくてもかなり冷たい。もやもやした気分と同時に眠気まで吹き飛んでしまった。

 

「……フゥ」

 

ゆっくりと息を吐いてからコップを流しに置き、厨房から出る。

目が覚めてしまったのでこのまま部屋に帰って読書でもしようかと考えていると、食堂の扉が開いた。私がいる内側からではなく、外側から開けられた扉。そこから恐る恐る覗き込んできたのは……。

 

「……何ヲシテイルノカシラ?」

 

「……ぐす…あぅ」

 

何故か涙目で私を見上げる雪風の姿だった。

 

 

泣いている雪風を椅子に座らせて話を聞いてみると、慣れない部屋で落ち着かなくて眠れなかったので私の部屋に行こうとしたのだが、丁度私が部屋から出たのを見て追いかけてきたらしい。

しかし、通路を進むうちに私の姿を見失い、散々迷った挙句に漸く見たことがある食堂の扉を見つけ、中に逃げ込んできたらしい。

食堂に入ってきた時に泣いていたのは暗い通路を歩き回ったせいであるのはわかったが、そもそも何故雪風は私の部屋に行こうとしたのだろう。部屋に来たところで私が寝ていたら何も意味がないと思うのだが……。

 

「……えっと、誰かと一緒なら寂しくないかな……って」

 

「……」

 

まぁ、本来は敵である深海棲艦の基地で不安になるなと言う方が無理なものだろうけど。私が食堂にいる間に辿り着けたのは運が良かった。流石は幸運艦と呼ばれるだけのことはある。

 

「……寂シイノハイヤ?」

 

気がつけばそんな言葉が口から出ていた。

何故そんな事を口にしたのかはわからない。言った自分が驚いているくらいだ。

雪風は少し驚いた後、暗い顔で頷いた。

 

「……雪風には着任した時から天津風っていう親友がいたんです」

 

「……ッ」

 

雪風の口から自分を構成する一人の名前が出たことに思わず息を呑む。俯いているためかそんな私の様子に気付かずに雪風は話を続けた。

 

「天津風は慣れない鎮守府で苦労する雪風を励ましてくれました。ずっと雪風の前に立って引っ張ってくれて……でもーーー」

 

その先を雪風は口にしなかった。でも、その先は口にしなくてもわかっている。私という存在がその結果だからだ。

俯く雪風に私は声を掛けてやることもできずにただ視線を逸らすことしかできない。静かな部屋に僅かに二人の呼吸音が聞こえるだけの時間が過ぎ、だんだんと気まずい雰囲気になってくる。

だが、やがてそんな気分を吹き飛ばす様に雪風が徐ろに立ち上がった。拳を握りしめ、俯いていた顔を上げる。

 

「だ、ダメです!!……ずっと落ち込んでたらまた天津風におこられちゃう!!」

 

僅かに潤んだ瞳から溢れそうになる涙を必死に堪えながら雪風はそう言った。

彼女は自分の苦しみから目を逸らさずに前を向いている。私とはまるで正反対。それが、とても眩しく見えて……。

 

私は、気がつけば雪風の手を引いて食堂を出ていた。

そのまま自分の部屋とは反対の通路へと進む。手を引かれている雪風が驚いた顔をしているのが見えたけど、構うものか。この子は私が引っ張ってあげなきゃいつだって迷子になってしまうんだから。

 

通路を進み、一つの扉の前で立ち止まる。

 

「……あれ、ここってーーー」

 

雪風が驚くのを横目に扉の鍵を開ける。

そう、ここは雪風に再会した場所。外に繋がる海底通路だ。再び彼女の手を引いて先に進む。雪風は黙って私にされるがままに引っ張られていた。

そうしていると思い出す。以前は鎮守府に着任したばかりでガチガチに緊張していた雪風の気分を解そうと、色々な場所へと引っ張って行ったものだ。だが、特に記憶に深く刻まれているのはとある夜の事だった。

雪風はかつて訓練で失敗した事で自信を失い、ずっと落ち込んでいた時期があった。そんな雪風を励まそうと、私は彼女を夜の浜辺に連れ出した。そう、今の私みたいに。

通路の終わりが見え、階段を上り、草で厳重にカモフラージュされたドアを開ければ……そこは海底遺跡から近い場所にある無人島。その浜辺に雪風を連れて行く。

 

あの日の夜みたいに……砂浜に彼女を座らせて夜空を見上げた。

雲ひとつない満天の星空が私達の視界に飛び込んでくる。それは小さな星だったり、明るく輝く星だったり、今にも消えてしまいそうな星だってある。もう夜明けが近いはずなのに、全てが美しい輝きを放っていた。

そう、不思議とこの宙を見上げている間、私は嫌な事を全て忘れる事ができた。それは、こんなに変わり果ててしまった今でも変わらない。

 

「……綺麗」

 

「……ソウネ」

 

雪風の隣に座り、暫くずっと星を眺めた。

不意に雪風の方から小さな嗚咽が漏れ始めた。私はそっと彼女の肩を抱くと、もう片方の手で彼女の頭を撫でた。……あの時みたいに。

 

「……ぅ、ぅあ…あまつ、かぜぇ……どうして…どうしてぇ……雪風を、置いて……ぅぁぁああああああああ!!」

 

堪えきれなくなった雪風がついに涙を流しながら大声で泣き出した。

その彼女の頭を包み込む様にそっと正面から抱きしめる。泣きたい時は泣けばいい。この夜が明けたら、あんたはきっと立ち上がれるはずだから。だから、今は「あたし」に頼りなさい。明日からはもう「あたし」はあんたの側にはいられないけど、これからは「私」があなたを見守るから。

 

不意に風向きが変わった。

正面から吹く力強い風。新しい夜明けにぴったりじゃない。

 

『「……いい風ね」』

 

この風と暁の水平線に登る太陽の光が、これから先の未来へと繋がりますように……。

 

そんな思いを込めながら、私は雪風が泣き止むまで静かに水平線を眺めていた。

 



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北上さんの場合

やっと地震の混乱が落ち着いてきて精神的余裕も持てる様になりました。ボランティア活動や多くの援助をしてくださった皆様に心からの感謝を。
そして、お待たせ致しました。久しぶりの更新です。
本当に生きてるって素晴らしい。命の重さを再認識しながら書いてました。


それは、遠い遠い昔の夢。

彼女がまだ物言わぬ鋼鉄の体を持ち、人間を乗せて海を駆けていた頃の話。

何度かの改装を受ける度に姿を変えた彼女はその度に違う任務を請け負い、この国の人を守ろうと全力でその身を賭して戦った。姉妹が沈み、一隻だけ取り残されても彼女は諦めなかった。戦況が悪化し、敗戦の色が濃くなってからも、彼女は諦めなかった。

 

しかし、彼女を待っていたのは一つの絶望だった。

 

「機密呼称〝○六〟を搭載する」

 

敵に知られない為の機密情報による呼称。○六とはとある特攻兵器の別称だった。

 

「……人を、撃ち出すの?……あたし、が?」

 

国を、人を守る為に戦ってきた自分に、今度は守るべき人の命を弾にして放てと言うのか。

 

「違う……あたしは、ただ守りたかったんだ。こんな兵器を使う為に、生まれたんじゃ、ない……」

 

人には見えない半透明な人の姿で、彼女は泣き続けた。側にいた姉妹艦はもういない。沢山いた仲間たちも殆どが沈んだ。彼女は孤独なまま、泣き続けた。

それが終わったのは終戦直前。二度に渡る軍港への空襲に彼女は巻き込まれ、二度目の爆撃で遂に大破した。しかし、胸に抱いた感情は安堵であった。

 

「これで、アレを使わなくてもいい……そう、これでいいんだ」

 

その日からほんの少し月日が流れ、戦争は終わった。

戦後の後片付けをする為に改装された彼女には兵器は積まれていなかった。共に戦った仲間達を想いながら、彼女は輸送艦として戦後を過ごし、解体された。

 

「……ああ、疲れたなぁ。でも、これでゆっくり眠れるよ」

 

解体と同時に少しずつ消えていく自分の体を見詰めながら、彼女はゆっくりと微睡みの中へと落ちていった。

 

◇◇◇

 

「……んあ?」

 

若干の寝苦しさを感じてあたしは目を覚ました。

見慣れた天井はカーテンの隙間から入り込んだ朝日によって模様まではっきり見える。あんな所にあんな模様なんかあったかなぁ、なんて寝ぼけた思考で考えつつ首を隣に向けてみた。

あたしの腕に抱きついて寝ている相方の幸せそうな寝顔がそこにあった。寝苦しかったのは彼女がいつもより強く抱きついているからだったようだ。まるで子犬が甘えてるみたいだと、思わず笑ってしまった。

 

「……なーんか嫌な夢、見ちゃったなー」

 

自分の生前の艦生を振り返るなんてどんな拷問だと思った。

自由に動かせる方の腕を持ち上げて目の前に手の平を広げてみる。あの頃とは違う確かな実体として存在している体。ふとあの時、あたしが物言わぬ軍艦ではなく、はっきりと声に出して思いを伝えられる艦娘だったら、あんな思いをしなくて済んだんじゃないかと考える事がある。

あんな……あんな思いは二度としたくない。

 

そっと起き上がって壁に掛けられた自分の服に目をやる。

艦娘は一定の練度に到達すると改装によってより強い艤装や身体能力を手に入れる事ができる。その状態は〝改二〟と呼ばれ、艦娘の中には艦種すら変わる者もいる。

そして、あたしは既にその練度に到達していた。

しかし、あたしは〝改二〟になれなかった。原因は不明。妖精さん達も不思議そうに首を捻るだけで、結局今日まであたしは現状維持のままでいる。

 

でも、たぶん理由なら分かってるんだよね。

生前何度も改装されて最終的にアレを積む事になったあたしは改装自体が怖くて仕方がない。それが原因なんだって今ならはっきりわかる。

あんな嫌な夢まで見ちゃったんだからまぁ、仕方ないよね。

 

「……ん、北上さん、おはようございます」

 

「おはよー、大井っちー」

 

隣で寝ていた大井っちが起きたので、慌てて笑顔を向けてあげる。大井っちはあたしの事をよく見てるから、暗い顔なんてしてたらすぐに気付かれてしまう。

大井っちは私の顔を見るなりうっとりと瞳を潤ませながら艶やかな息を吐いた。伸ばされた手が私の頬に触れる。

 

「あぁ……朝から北上さんのこんな笑顔を見れるなんて、今日はきっと一日が輝いてーーー」

 

「二人ともー、もう朝食の時間っぽい。いつまで寝てーーー」

 

「ーーーふん!!」

 

「きゃん!?」

 

頬に触れていた大井っちの手が一瞬で動き、ノックも無しに入室してきた夕立へと枕を投げつけた。顔面に枕が直撃した夕立は突然の衝撃に驚いたのかふらふらと廊下の壁まで後退する。

その夕立へ大井っちは素早く距離を詰めると、小声で何かを呟いた。あたしには何を言ってるか分からないけど、きっと邪魔するなとかそんな感じだと思う。

あたしの予想は当たってた様で、夕立の顔色はどんどん青くなり、何度もガクガクと頷いている。

 

「……次はないわよ?」

 

「……ぽ、ぽい〜」

 

涙目になりながらふらふらと廊下の先へと消えていく夕立に心の中で合掌しながら着替えを済ませて食堂に向かう。当然腕には大井っちが抱きついていて少し歩き辛いんだけど、むしろあたしにはこの感覚がデフォルトになってきちゃったから一人で歩くと逆に違和感があるんだよね。

 

二人で他愛のない話をしながら食堂に向かうと、丁度中から提督がでてきた。きっと今日も夕立にベッドから引き摺り出されたんだね……微妙にはねた寝癖を撫でつけながら時々痛そうにしてるし。

あたし達に気づいた提督は笑顔で挨拶をした。

 

「おはよう、二人とも今から朝食?」

 

「あら、おはようございます提督」

 

「おはよー、今から朝食だよ」

 

「たしか二人共今日は午後から哨戒警備だったわよね?」

 

提督に頷いて肯定すると、提督は丁度良かったとばかりに手を叩いた。

 

「それなら出撃前に北上は金剛の所に行ってきなさい。貴女用に新しい改良艤装を用意してるらしいから」

 

「おーそれは嬉しいね。後で行くよ」

 

提督に手を振って別れると、食堂に入って窓際の席に座る。何時もなら第六駆逐隊の誰かが先に座ってるんだけど、今日は誰もいないみたい。ちょっとラッキーだね。

席に座って海へと視線を向ける。今日は雲一つない快晴で風はなく、波も穏やかな絶好の出撃日和だ。この空の下で大井っちと一緒に海を走れるならそれはもう楽しいに違いない。

 

「北上さん、朝食を持って来ましたぁ〜♪」

 

「おー、ありがとね、大井っち〜」

 

毎回自分で取りに行こうとするんだけど、大井っちはあたしに負担を掛けたくないって進んで朝食の準備をしてくれている。あんまりにも一生懸命に懇願してくるので好きにさせてるけど、流石に過保護すぎるんじゃないかと思えてくるよ。

 

◇◇◇

 

楽しい朝食を終えたあたしは出撃前の準備として工廠に居るはずの金剛さんの所に向かっていた。新しい艤装を貰えるというのだから嬉しくて思わずその場で試し撃ちしちゃいそうな自分の気持ちを抑えつつ廊下を歩く。

金剛さんの工廠は元からあった工廠に付け足される形で作られていて、一旦工廠内に入り一番奥にあるドアを抜けた先にある。

今日も元気に作業する妖精さんたちに手を振りながらドアの前で足を止める。ノックしようと片手を上げた時、中から誰かの声が聞こえてきた。どうやら話し合いをしているらしくノックしようとしていた手を下ろして聞き耳を立てた。

扉越しだがはっきり聞こえる。これは金剛さんと……明石かな?

 

「……ごめんなさい、原因は全くの不明です」

 

「いや、なんとなくそんな気はしていたんだ。きっと普通の症状じゃあないんだろうって……」

 

「今すぐ提督に報告をーーー」

 

「いや、報告はしないでいいよ」

 

「ーーーなっ!?」

 

明石の驚いた声が聞こえた。同時に何かが倒れるような大きな音も。

きっと明石が椅子を蹴飛ばして立ち上がったんだと思う。

 

「何を……何を言っているかわかっているんですか!?」

 

扉越しにも聞こえた明石の声に工廠内の妖精さん達も驚いて動きを止めた。あたしも驚いて扉から数歩離れてしまうほどの大きな声だった。

 

「貴女は自分の命がどうなってもいいと言うんですか!?」

 

「そんなわけないよ。自分の命は惜しい」

 

「なら、どうしてッ!?」

 

「皆に迷惑を掛けたくないから……かな?」

 

その澄んだ声に思わず息を呑んだのが自分でもわかった。

彼女が口にした内容に驚いた訳じゃない。彼女がその事を〝まるで当たり前である〟かの様に平然と口にしたことだった。それはまるでーーー

 

「……貴女は、私達が心配するから言わないのですか?」

 

「そうだよ」

 

「……戦いの中ではない日常生活すら……私達が優先だと?」

 

「うん、そうだね」

 

「ーーーッ」

 

明石が息を呑んだのがわかった。

金剛さんは自分よりもあたし達が大切だと言った。自分の命よりもあたし達を不安にさせることを良しとしなかった。つまり、それは些細な日常よりも彼女の命が軽いと……そう言っているのだ。

 

ーーーどうして?

 

あたしの中に浮かんだのはその一言だった。

 

あたし達が弱いから?ーーー違う。

 

あたし達を信じていないから?ーーー違う。

 

あたし達に頼りたくないから?ーーー違う。

 

それ以前の問題だ。

彼女はあたし達の為なら〝命を捨てるのが当然〟だと思っている。

彼女自身は自殺志願者じゃない。自分の命は大事だと言っていた。ただーーーその順位が仲間よりも遥かに低い位置にあるだけ。

それはおかしい。

あたし達は確かに元々軍艦だ。命をかけて国を、人を護る覚悟がある。

でも、あたし達も死ぬ事は怖い。皆と二度と会えなくなる恐怖。二度と帰らない仲間を見送る恐怖。目の前で命が消えるという恐怖。あたしはそれを、よく知っている。

でも、金剛さんの〝ソレ〟は違う。

彼女には死ぬ事に対する恐怖とか、迷いがない。それはまるでーーー

 

「それじゃあまるでーーー貴女が犠牲になることが当然みたいじゃないですか!?」

 

あたしと同じ事を明石も思っていたみたいだ。

彼女はきっとあたし達が危機に直面したら迷わず自分を盾にする。あたし達を護るために動き、全ての傷を引き受ける。たとえその命が尽きる事になったとしても。

 

「……うん、そうだね」

 

少しの間の後、彼女はそう言った。

その声色は平坦な様で……でも、どこか寂しそうだった。

 

「……少し前の私ならもっと命は大事だったよ」

 

でもね、と彼女は続けた。

疲れた様な……でも、強い意志を感じさせる声だった。

 

「私にはもうーーー時間があまり残されていないみたいだから……」

 

◇◇◇

 

明石が出て行ったドアから隠れる様に逃げ込んだ棚の隙間から出る。

涙を堪えて走って行った彼女の顔を思い出して更に気分が沈んでしまった。これからこの中に入らなければならないなんてどんな罰ゲームだろう。

あぁ、いっその事提督の伝言を忘れたフリしてこのまま出撃しちゃおうかなぁ……なんてーーー

 

「北上さん、そこにいるでしょ?待ってたよ、入りなさいな」

 

「あー……うん」

 

ーーーこの人には通用しないみたいだね。

諦めて部屋の中に入れば優しい微笑みを浮かべた金剛さんの姿があった。傍にはあたし用に調整したであろう艤装が置いてある。

明石が倒した椅子を元の位置まで戻してから、あたしはいつもの笑顔を浮かべてそこに座った。

 

「あー、えっと……提督から伝言を聞いて艤装を取りに来たんだけど……」

 

「うん、いらっしゃい。ごめんね、あんな話を聞かせちゃって」

 

「いや、勝手にあたしが聞いちゃっただけだし……」

 

気まずい雰囲気を拭う様に金剛さんは笑顔で艤装を手に取ると、あたしに手渡してきた。しっかりと調整されて、しかも綺麗に磨かれている。重さも以前より軽く、動きやすい。

 

「さっきの話は皆には内緒にしてくれるかな?」

 

「いや、まぁいいんだけどさ。……金剛さん、どこか悪いの?」

 

「……まぁね」

 

困った様に笑いながら、彼女は右手で左腕を握りしめた。その時の顔を、あたしは今でも鮮明に覚えている。

何かを悟った様な、安らかなのに寂しい顔。次の瞬間には消えてしまいそうな儚い気配。まるで……そう、まるで今から死んでしまうかの様な、そんな正気のない顔。

あたしに搭載される筈だった〝あの兵器〟に乗る人達が見せた顔と、重なって見えた。

 

「……うん、わかった。皆には内緒にしておくよ」

 

「そっか、ありがとう」

 

「でも、一つ約束して」

 

「……約束?」

 

新しい艤装を装着して部屋から出る直前、あたしは金剛さんへと振り返る。あたしには彼女にかける言葉が見つからないから、だからせめてーーー

 

「沈まないでね、金剛さん。あたしはやだよ、金剛さんがいなくなるなんて……」

 

「……」

 

金剛さんは困った様に笑うだけで返事を返してくれなかった。

でも、あたしにはわかる。きっと、あたしが今の彼女には何を言っても無駄なんだって。

彼女を救えるのはきっと別の誰かだから。あたしじゃないんだ。

それが悔しくて、静かに閉めた扉の前で少しだけ泣いた。

 

◇◇◇

 

「あ、北上さん!」

 

出撃の為にドックまで移動すると、既に大井っちが待機していた。あたしを見つけた途端に満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる彼女に沈んでいた気分が少しだけ浮上する。

 

「お待たせー、大井っちー」

 

「大丈夫です。私も今来たところですから」

 

腕に抱きついてくる大井っちに笑顔を返すと、彼女はあたしの顔を見て首を傾げた。

 

「……あの、北上さん。何かあったんですか?」

 

「……え?」

 

大井っちの言葉にどきりとする。あたしは今、しっかりと笑顔を浮かべれているだろうか。

 

「んー、特に何も無かったよー?」

 

「……そう、ですか。……ええ、きっと私の勘違いです」

 

「じゃあ、行くよー」

 

「はい!」

 

大井っちにこれ以上顔を見られない様に先に海上へと向かった。艤装を展開し、海面を滑る様に移動する。新しい艤装があたしの動きに合わせて弾薬を装填した。

哨戒警備でこんなことを思うのはどうかと思うけど、できれば敵艦を発見したいものだ。大井っちとの新しい連携とか、新しい艤装の使い心地を試したいのもあるけど……。

 

今は、この胸の奥に渦巻く悔しさを、思い切り誰かにぶつけたい気分なんだから。

 

 

 

 



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第六駆逐隊の場合

お待たせしました!
今回は少し短いですが、第六駆逐隊の四人とコンゴウさんの話。



鎮守府の食堂は広い。

百人を超える艦娘が一度に食事をする事になったとしても問題が無い程に充実した設備を備え、いざとなれば更に増設できる様に設計されている。提督の中には二百を超える艦娘を所有する者もいるからだ。

現在の岩川鎮守府にそれだけの艦娘はいないし、出撃や休みで昼まで寝ている艦娘もいるので食堂は常に閑散としている。

しかし、そんな少ない艦娘達が我先にと取り合う席が存在する。それが一番奥の窓際にある四人用のテーブルだった。

この食堂は艦娘達の宿舎の隣にあり、その関係で窓からの眺めが非常に悪い。宿舎が邪魔をして景色を楽しめないのだ。だが、一番奥の席だけは視界に邪魔な物が一切映らずに景色を楽しむ事ができる。2つある窓から早朝なら登る朝日を、夕方なら地平線へ沈む夕陽を眺める事ができるのだ。

そんな艦娘達が我先にと狙う席に座る四人の姿があった。

 

◇◇◇

 

「また休みが重なったわね」

 

「四人一緒になるのは嬉しいことだね」

 

「本当にそう思うわ!!」

 

「なのです!!」

 

同じ服を着た四人の姉妹達。第六駆逐隊のメンバーは滅多に重ならない休みが重なり一緒に朝食を食べていた。

季節はそろそろ秋になろうかという頃で、開いた窓から入る空気は少しずつ冷たくなってきていた。

 

「そろそろ紅葉も始まる頃かしら?」

 

「去年は忙しくてゆっくり見る暇もなかったのです」

 

「裏山が一面紅葉してる時、私達は訓練三昧だったものね」

 

一年前の今頃はコンゴウが出撃するようになり、本格的に鎮守府全体の練度向上の為毎日訓練や演習を行っていた。皆がとにかく強くならなければならないと我武者羅だった。

その時の様子を思い出したのか暁が外の景色を眺めながら気怠げに息を吐いた。

 

「……あれからもう一年だなんてとても実感できないわね」

 

「大きな出来事が立て続けに起きたからね。無理もないさ」

 

呟くように言う暁の隣で響がしみじみと頷いた。

特に普段の訓練から一変した辛い日々が記憶に新しい。普段はおどおどしている神通が笑顔で鬼のような訓練メニューを伝えてきた時など四人揃って泣き出しそうだった。

しかし、現段階で既に当時の二倍近いメニューをこなせているのだから慣れとは恐ろしいものである。

 

「さて、今日は休みなんだけど全く体を動かさないわけにもいかないわよね」

 

「休みの日でも適度な運動は必要よね」

 

「いざという時に体が動かないと大変だし」

 

雷が呟き、暁と電が揃って頷く。

響は腕組みをして既にメニューを考えている様だった。

 

「……やっぱりあの人の所かな」

 

「そうよねぇ」

 

「なのです」

 

「……あぁ、皆考えてる事は同じみたいね」

 

同時に席を立った四人は食器を厨房の間宮へと返してからとある場所へと歩き出した。

 

◇◇◇

 

その場所は鎮守府の裏側にある学校の体育館程の大きさがある建物だった。建設されてまだ間もない建物は新築の匂いがして不思議とわくわくしてしまう。

それに、四人が事前に見ていた予定表が正しければこの時間はとある人物が利用中の筈だ。

四人は顔を見合わせると頷き合って扉を開けた。

 

視線の先に一人の少女が正座で座っていた。

目を閉じて瞑想しているのかまっすぐ伸びた背中はとても頼もしく見える。

 

「金剛さん」

 

電の声に座っていた彼女は立ち上がって振り返る。

ポニーテールにした長い茶髪がふわりと揺れた。いつもの微笑みを向けながら、コンゴウは手招きして四人を道場の中へ入るように促した。

 

「こんにちは、金剛さん!」

 

「いらっしゃい、四人とも今日は休日だったと思うけど、どうかしたの?」

 

雷の元気の良い挨拶に彼女は微笑みを浮かべながら首を傾げる。

四人は休日だが体を動かしたい事をコンゴウはに伝え、何かいい運動はないかを話した。

 

「なるほど、じゃあ丁度良かった。私も四人に新しい動きを教えたかったから、今からやろうか?」

 

「あら、ならお願いしましょうか!」

 

「お願いしますね、コンゴウさん!」

 

やる気に満ち溢れた返事にコンゴウは微笑みながら静かに頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「そう、もっと腕を伸ばして」

 

「う〜……こ、こうかしら?」

 

「うん、そうそう。そこから円を描く様に腕を動かして」

 

「えっと……こう?」

 

コンゴウの言葉に合わせて暁が動き、響と雷と電がそれを興味深々に見ていた。

コンゴウが教えているのは小柄な駆逐艦の艦娘でも戦艦級の敵にダメージを与える為の体捌きの方法だった。これなら相手が余程警戒していない限りは不意打ちで強力な一撃を与える事ができるだろう。

 

「うん、大丈夫だよ。あとはその動きをスムーズにできる様になれば完璧だね」

 

「ほんと!?やったぁ!!」

 

コンゴウに頭を撫でられた暁は素直に喜び、だがすぐに頬を膨らませて「子供扱いしないで!!」と文句を言い出した。プイと逸らした顔が赤かったのに本人は気づいているのだろうか。

そんな姉を見て妹三人が我慢できないとばかりに笑い出し、更に顔を赤くしてわたわたと腕を振る暁の姿を見てコンゴウも笑い出す。

 

「笑うなぁぁぁああ!!」

 

「だって……ねぇ?」

 

「暁があまりにも可愛くて」

 

「な、なによ、なら三人とも今から私がコテンパンにしてあげるんだからぁ!!」

 

「動きは見ていたからこちらも反撃するけど、構わないよね?」

 

「ちょっ、響!?な、なんか凄く動きが速いんだけど……ふぎゃ!?」

 

「ぷ、あはははは!!」

 

結局、全員の笑い声が止んだのは駆逐艦の四人が疲れて床に座り込んだ後だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「あ〜、もう動けない」

 

「つ、疲れたのです……」

 

「私は……まだまだ、いけるよ」

 

「響、強がりは止めなさい。足がガクガクしてるわよ……」

 

疲れて四人が揃って座り込んでいると、コンゴウが同じ様に彼女達の前に座った。四人と違い、コンゴウにはまだまだ余裕がある様に見える。

 

「お疲れ様。どうだったかな、動きの流れは掴めた?」

 

「ふふん、バッチリよ!!」

 

暁が胸を張ってそう言うと、コンゴウは笑って頷いた。

そして四人を手招きして近くまで呼ぶと並んで座る様に言った。四人は首を傾げるが、言われた通りにコンゴウの目の前に並んで座る。

その途端、コンゴウは腕を広げ四人を抱きしめた。小柄な四人はぎりぎりコンゴウの腕の中におさまった。

 

「は、はわわわ!?」

 

「ちょっ、金剛さん!?」

 

慌てる四人を更に強く抱きしめる。まるで何かを確認するかの様に、しっかりと。

 

「こ、金剛さん、苦しい」

 

「一体どうしたの!?」

 

「……ごめんね、ちょっと力の加減が上手くいかなくて。でも、少しこのままでいさせて」

 

慌てる四人を宥める様に少し力を弱める。そのまま少し時間が過ぎたころ少しずつコンゴウが話を始めた。

 

「四人とも、よく聞いて」

 

「コンゴウさん?」

 

「私が今まで貴女達に伝えた技や技術をしっかりと、これからやって来る艦娘達にも伝えてあげてね。きっと皆の力になるから」

 

「こ、金剛さん?いきなりどうしたんだい?」

 

「貴女達四人は優しい子だから、きっと辛いと感じる戦いもいっぱいあると思う。だけど挫けたらダメだよ」

 

「金剛さん、何でそんなこと言うの?それじゃまるで……」

 

「辛かったら一人で抱え込まないで提督や他の仲間に相談するんだよ?」

 

「金剛さん、そんなこと言わないでほしいのです……ッ!!」

 

「ごめんね、これだけは今のうちに伝えておきたかったから。……ふふ、そんな顔しないで」

 

「でも、急にそんな話されたら心配するじゃないの!!」

 

不安そうな顔の暁の頭を撫でてそっと腕を離す。四人とも心配そうにコンゴウを見上げるが、コンゴウはいつもの笑顔のまま頷くと四人に背を向けて出口に向かって歩き出す。

暁が思わず呼び止めようとしたが、上手く言葉が出ないままコンゴウは建物から出てしまった。

 

「……まるで、いつかいなくなっちゃうみたいじゃない」

 

雷の呟きだけが、やけにこの空間で大きく響いた。

 

◇◇◇

 

それから四人は度々コンゴウの元に行くのだがコンゴウの様子は以前と変わらず、不安を残したまま月日は流れていくのだった。

 

 

 

 



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おまけ・Fate/GO風ステータス

あけましておめでとうございます!
2016年中に終わらせたかったのですが間に合いませんでした。
執筆が遅くてすいません。
最新話ももう少しで完成ですが間に合いそうにないので、少し前から作っていたFate/Grand Orderにコンゴウさんが召喚されたらどんなステータスになるのかを想像して書いたものがあるので、載せておきます。
では皆様、今年が良い一年でありますように!


最近人気のfate/Grand Order風にコンゴウさんがサーヴァントとして召喚された場合のステータスを作ってみました。

 

◇◇◇

 

「ステータス」

クラス・ライダー

真名・戦艦コンゴウ(???)

属性・秩序、善

時代・20世紀

地域・日本

 

「パラメータ」

筋力・B

耐久・A

敏捷・C(B)

魔力・D

幸運・B

宝具・B+

 

「保有スキル」

・騎乗A(クラススキル)

彼女自身が軍艦という一種の乗り物であるため他の乗り物もある程度理解している。彼女は乗り手ではないので本来は幻獣種を乗りこなすのは不可能だが、妖精の加護とライダーのクラス適正でランクが上昇している。

常時発動型スキル。Quickの威力が上がる。

 

・対魔力C(クラススキル)

魔術に対する対抗力。彼女自身に魔術の適正や知識はないのでランクが低下している。Cランクなら1行程以下の魔術を無効化する程度。

 

・妖精の加護A

彼女自身に宿る妖精達による加護。彼女が扱う艤装の資材の生成からダメージを受けた時の修復などを行う。このスキルによって致命傷を受けても一度までなら応急修理によって生き延びることができる。

戦闘スキル。攻撃力アップ(3ターン)・ダメージ大幅カット(1ターン)・ガッツ状態を付与(1回/5ターン)

 

・単独行動C

マスターからの魔力供給が無くても自身に蓄えた資材を消費することで暫くの間は現界することができる。しかし、マスターからの魔力がなければ資材は増えない事に加え、彼女自身の燃費が良くないので1日程で限界が来てしまう。

 

・心眼(偽)B

直感・第六感による危険回避能力。虫の知らせとも言われる天性の危険予知能力。彼女の場合は精神耐性も追加される。

戦闘スキル。自身に回避状態付与(1ターン)・弱体耐性アップ(3ターン)

 

・水面歩行A

水の上を移動する能力。彼女は元々軍艦なので海の上が本来の領域となる。その為、陸上での戦闘においては敏捷が下がるという悪影響が出ている。

 

・砲撃戦B+

砲撃戦を行う才能。軍艦である彼女は敵との距離や風向きなどを瞬時に判断して的確な射撃を行う。もしも初撃を外してしまっても艦載機を使った弾着観測射撃により次の射撃にプラス補正がかかる。

常時発動型スキル。攻撃するごとにクリティカル率に補正がかかる。

 

・格闘術C+

接近戦用の格闘術。合気道と空手をベースにした独自の動きで相手を翻弄する。艦娘の弱点である接近戦用に彼女が編み出した独自のものなので、達人からすれば余裕で捌けてしまう程度である。

 

・オーバーブーストC

通常より過剰に資材を消費することで砲撃の威力や装填速度を上昇させる。しかし、その分反動でダメージを受けてしまうため、使いすぎると危険。

戦闘スキル。攻撃力を大幅アップ(1ターン)・防御力ダウン(1ターン/デメリット)・HP減少(−1500/デメリット)

 

「宝具」

「あなたに捧げる愛の砲撃(バーニング・ラブ)」

 

ーーー私の全てを勝利のために捧げよう……『あなたに捧げる愛の砲撃(バーニング・ラブ)!!』

 

ランク・B+

種別・対軍宝具

レンジ・5〜30

最大捕捉・40人

自身に備えた資材のほぼ全てを使って放たれる砲撃の嵐。妖精達をフル動員して放つため通常では考えられない連射速度と命中率がある。しかし、何よりも恐ろしいのは妖精の加護によって追加される貫通能力である。魔術適性がない彼女に代わって神秘に対する干渉能力を付与しているため魔術障壁や宝具による防御にもダメージを与える。

資材の大半を消費するため、この攻撃の後は耐久のパラメータがAからCへと大きくランクダウンしてしまう。

 

敵全体に防御力を無視した強力な攻撃・火傷状態を付与(3ターン)・無敵貫通を付与(1ターン)・防御力大幅ダウン(3ターン/デメリット)

 

◇◇◇

 

「マイルームでの会話」

 

・召喚時

「異世界のサーヴァント、コンゴウです、抜錨します。よろしくお願いしますね、提督」

 

・会話1

「提督、そろそろ出撃しませんか?」

 

・会話2

「提督に勝利を……私は、その為にいるのですから」

 

・会話3

「マスターとサーヴァントについてですか?不満はありません。貴方は優しい人のようですから」

 

・好きなこと

「好きなもの、ですか……艦隊の皆と食べる間宮さんのアイスでしょうか。いつか、提督にも食べさせてあげたいですね」

 

・嫌いなこと

「嫌いなこと……自らの欲望の為に無垢な者を利用する者達ですね。海を荒らす者も嫌いですが……」

 

・聖杯について

「聖杯ですか……願いが叶うなら、彼女を……いえ、なんでもありません」

 

・特殊会話「フランシス・ドレイク」

「フランシス・ドレイク船長がいるのですか?私も船の一員として彼女の様な偉大な船長に乗船していただけたらとても嬉しいですね。もっとも、今の私は人の形をしていますが……」

 

・特殊会話「マリー・アントワネット」

「あれは……ああ、マリーさんでしたか。いえ、すいません。彼女には何も恨みなどないのですが……その……あの大きな帽子を被っている姿を見ているとかつての敵の一部を思い出してしまって……うぅ」

 

・イベント期間中

「何やら違う空気を感じますね。見に行ってみますか?」

 

・誕生日

「提督、誕生日おめでとうございます!せっかくですから、私と海を見に行きませんか?夕日が沈む時間帯なら美しい景色が見れますよ」

 

・霊基再臨1

「艤装が強化されました。ありがとうございます!」

 

・霊基再臨2

「さらに上を目指せます。頑張りましょうね!」

 

・霊基再臨3

「新しい近代化改装ですね、ありがとうございます。この姿が私の最強装備だから、もっと皆の力になれるね」

 

・霊基再臨最終

「貴方と共に成長できて私は嬉しい。私の全力をもって提督に最高の勝利を!」

 

・絆Lv.1

「あ、提督……どうかしましたか?私は見ての通り元気ですよ?」

 

・絆Lv.2

「提督の指示は頼もしいですね。私も安心して戦えます。ふふ、なんだか昔を思い出してしまいますね」

 

・絆Lv.3

「昔は私が導く側に立つ事の方が多かったから、何だか新鮮かな。うん、悪くないね……。え、口調が変わった?……こっちが素なんだ。君は信頼できる人だから元に戻したんだけど、変かな?」

 

・絆Lv.4

「君はいい提督になれるよ。私の世界の鎮守府に欲しいくらいさ。あ、でも私の鎮守府には既に提督がいるから、別の場所になっちゃうかな……」

 

・絆Lv.5

「私達の間では絆を深めた提督が艦娘に指輪を渡して限界を超える力が出せる様になるんだ。……え、私?……私はもう指輪をあげ……いや、もらってるから君からはもらえないんだ。……え、あれ?……そ、そんなに落ち込まないで!!……その気持ちだけでも十分嬉しいよ……ありがとう」

 

・戦闘開始

「暁の水平線に勝利を……!!」

 

・消滅

「こんな……ところで、沈むわけには……ッ!!」

 

・宝具選択時

「出力最大……妖精さん、力を貸して!!」

 

◇◇◇

『プロフィール』(絆レベル1で解放)

異世界から召喚された英霊。かつて大日本帝国海軍で使用された金剛型戦艦の一番艦が艦娘という人の姿へと変化した姿。しかし、彼女自身は実際の金剛ではなく、金剛と絆が深かったとある人物が金剛を依代として召喚されている。

金剛を召喚する場合は本物の金剛か、金剛を依代とした彼女のどちらかが召喚されるが、どちらも身体スペックは同じであり、大きな違いはない。強いて言うなら本来の金剛は格闘スキルが少し低く、射撃スキルが少し高い。

 

『プロフィール2』(絆レベル2で解放)

彼女は戦艦金剛本人ではなく、金剛と深く絆を結んだ人物が金剛を依代として召喚された存在である。

彼女は艦娘と呼ばれる存在で深海棲艦という海に現れた未知の存在から人類を守るための存在である。見た目は人間だが弾薬や燃料を食事として補給するなど軍艦としての在り方を同時に持っている存在。

 

『妖精の加護』(絆レベル3で解放)

彼女に宿る妖精による加護。艦娘には必ず妖精が宿っており、弾薬の装填や応急処置などで宿主を助ける。妖精には死の概念がなく、たとえ殺したとしてもすぐに艦娘の中で復活する。

ちなみに妖精は一部の者を除いて基本的に言葉を話さずジェスチャーで話したい内容を伝える。そこが可愛く見ていて癒されるのだが、猫を持った妖精だけは不吉の象徴らしい。

 

「プロフィール3」(絆レベル4で解放)

本物の金剛はイギリス生まれの帰国子女なので日本語に英語を組み合わせた独特の話し方をする。性格は明るく前向きで皆を引っ張るリーダータイプ。姉妹達にも慕われる良いお姉さんである。恋愛にも積極的で惚れた相手にはとことん尽くすタイプ。外国生まれなこともありハグなどのスキンシップも多い。

それに対して彼女は基本的には全体を見渡して的確な指示を出す指揮官タイプで性格は大人しい。一歩引いた位置から困っている仲間を助けに入るやっぱり良いお姉さんである。

 

「雨の日の別れ」(絆レベル5で解放)

艦娘である金剛が轟沈した際にその場に居合わせた瀕死の彼は金剛の肉体を依代にして瀕死の命を繋いだ。それは愛する彼に対する金剛の純粋な愛だった。

金剛への罪悪感は金剛となった彼の心に大きな傷を残した。「彼女の分まで生きる」その感謝の誓いの裏には雨の日に別れた彼女の姿が今でもまだ……焼き付いている。

 

「金剛とコンゴウ」(絆クエスト「白金の指輪」をクリアで解放)

かつて金剛の肉体を依代に生きた彼女だが、今回は英霊としての金剛の代として召喚されるという珍しい状態になっている。

艦娘には提督と絆を深めた者が身に付けることにより限界を超えることができる指輪があり、それが彼女と金剛を繋ぐ絆となっている。彼女が金剛の代わりとして召喚されたのもこの指輪の影響だと思われる。

 

 

 

 

 

 



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金剛型姉妹の場合

いろいろと忙しくて執筆が遅れてしまいすいません。
ついに大きく話が動きます。



朝日の眩しさに目を覚ました。

どうやらカーテンの隙間から光が私の顔を照らしているらしい。ぼんやりとする頭を働かせて起き上がる。

ふと、隣のベッドを見れば比叡お姉様と榛名お姉様の姿がない。二人は既に朝食に向かったらしい。

肌寒い部屋の空気に耐えられずにベッドの中の温もりに逃げたくなるが我慢する。今日は午後から接近戦の訓練と出撃の予定があるから朝からしっかり食事をとらなければ体が動いてくれないだろう。

 

「おはようございます、金剛お姉様……」

 

隣で寝ている金剛お姉様に挨拶をして立ち上がる。その際にシーツと毛布をしっかりと整えるのを忘れない。お姉様が寒くない様に。

 

「……さて」

 

顔を洗いに洗面所まで行くと冷たい水で一気に顔を洗い、眠気を飛ばす。櫛を使って髪を梳くと金剛型姉妹お揃いのカチューシャを付けて鏡の隣に備え付けてある棚を開く。

中に並んでいるのは眼鏡だ。数は10個でそれぞれ色や形が違う。私が休日に自分の足で街に出かけて買ってきたお気に入りの物たちだ。

 

「……今日はこれにしようかしら」

 

レンズの下半分だけを覆うアンダーフレームとワインレッドの縁が大人らしさを感じさせるこの眼鏡は、私が初めて自分の給金で購入したものだ。初心忘るべからず、今日はこの眼鏡で過ごすとしよう。

歯を磨いて部屋に戻り、朝食の準備のために着替える。姿見で最後のチェックを行うと、部屋を出る前にもう一度金剛お姉様の顔を覗き込む。静かに眠るお姉様は普段の凛とした姿とはまた違った美しさがあって不思議と眺めたくなるけれど、いつまでもこうしているわけにもいかないので、名残惜しいが朝食に向かうとしましょう。

 

「……お姉様、いってきます」

 

部屋のドアを閉めて、いつまでも側にいたい気持ちを振り払う。

立ち止まってはいけない。お姉様もきっと自分の為に私達が立ち止まることを良しとしないから。

部屋の外に出ると、丁度第六駆逐隊の四人が立っていた。

 

「……おはようございます、霧島さん」

 

「ええ、おはようございます。今日は貴女達がお姉様の担当だったわね」

 

「うん、金剛さんの事は私達が見ておくから……」

 

「そうね、ありがとう。お姉様のこと、お願いしますね」

 

本当は私達だけでやりたいのだが、私達は戦艦だ。深海棲艦の攻撃が激しくなってきた今の状況で火力の主力を担う戦艦が出撃しないのはよろしくない。第六駆逐隊の四人に手を振りながら廊下を歩く。深呼吸をして気持ちを切り替える。さぁ、今日も一日が始まった。お姉様がいない鎮守府の一日が。

 

金剛お姉様が目を覚まさなくなって、ちょうど1ヶ月目の朝だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

お姉様の異変を知ったのが丁度一ヶ月前。

一週間程真剣な表情で艤装の改良に取り組む姿を心配して姉妹全員で早朝に様子を見に行った時だった。

 

明石さんの工廠の奥にある扉を抜けてお姉様の工房へと足を踏み入れた私たちが見たのはおそらく最後だったであろう艤装の改良を終えたまま机に突っ伏しているお姉様の姿でした。

これまでも徹夜して途中で寝てしまっている事が何度もあったので今回もそうだと思っていた。

右手には最後のボルトを締める際に使ったであろうレンチを持ち、整備オイルが少しだけ付いた頬。余程疲れていたのか静かに寝息を立てている姿は死んでいるのではないかと錯覚する程に生気を感じなかった。

 

「あぁ、お姉様ったらまたここで寝てしまったんですか?」

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。金剛お姉様らしくて………え?」

 

せめてベッドまで運ぼうと触れたお姉様の体はびっくりするくらい冷たかった。一瞬だけ思考が真っ白になり気が付いたら反射的にお姉様の肩を揺らしていた。

 

「お姉様、しっかりしてください!!お姉様!!」

 

「き、霧島!?」

 

「霧島ちゃん、どうしたの!?」

 

私の行動にお姉様達も駆け寄り、皆で金剛お姉様を起こそうとするが全く反応が無かった。呼吸はしっかりしているし脈も正常だが体が冷たい。まるで冬眠している様だと、混乱した思考の片隅で思った。

 

「そ、そうだ!!明石さんを呼んで来ましょう!!」

 

「え、ええ……私が呼んで来ますから比叡お姉様と榛名お姉様は金剛お姉様を部屋に運んでいてください!!」

 

「わ、わかった!!」

 

「は、はい!!」

 

そう言って工房を出た私は工廠内を見渡すが明石の姿はない。やはりこの時間は食堂で朝食を食べているのだろう。

工具の隙間を駆け抜けて一気に鎮守府本館の食堂へと駆け抜ける。途中で駆逐艦の子達や妖精さんとぶつかりそうになるが構わず走る。今は金剛お姉様を助ける事だけを考えていたかった。

 

食堂の扉を開けて中を見渡せば食事を終えた明石と北上が奥の席で真剣な顔で何かを話しているのを見つけた。

 

「明石さん、大変です!!」

 

必死な様子の私を見て驚愕した明石は事情を聞くとすぐに準備をして私達の部屋に向かうと言ってくれた。

食器を間宮さんに渡して食堂を出て行く明石を見送ってから私も食堂を出る。

 

「……そっか、金剛さん……もう限界なんだね」

 

一人食堂に残った北上さんの呟きは私には聞こえなかった。

 

◇◇◇

 

私達の部屋にお姉様を運び終わった後、提督と明石さん、北上さん、比叡お姉様、榛名お姉様、そして私の6名が会議室に集まっていた。

どうやら明石さんから話があるらしく、提督と姉妹以外には内密にしたいらしい。

でも、それなら……どうして北上さんもいるのだろう?

 

「お集まりいただきありがとうございます。早速ですが、金剛さんの体調についてのお話をさせて頂きます」

 

「お姉様は大丈夫なんですか!?」

 

比叡お姉様が明石さんに詰め寄るのを提督が手で制する。お姉様を想う気持ちはここにいる全員が同じなのだ。

明石さんは比叡お姉様が席に座るのを見てから手に持っていた書類を全員に配った。内容は金剛お姉様のカルテだった。私の分析によればこの内容は……

 

「霧島さんは気づいたみたいですね」

 

「これは間違いないのですか?」

 

「ええ、間違いないわ」

 

「あの、それは一体どういう……」

 

状況が読み込めていない提督やお姉様達が首を傾げる中、ついに明石さんが真剣な目で口を開いた。

 

「結論から言えば……金剛さんの体に異常は見つかりませんでした」

 

明石さんの言葉に部屋の中は一瞬だけ静まり返った。

金剛お姉様の体に異常は見つからなかった。ならば、何故お姉様は目覚めないのか。

 

「どういうことなんですか!?」

 

今度こそ明石さんに詰め寄った比叡お姉様が明石さんの肩を掴んだ。明石さんは真剣な顔のまま比叡お姉様の手を握ると、ゆっくりと引き剥がす。その表情は何かを耐えている様だった。

 

「確かに金剛さんの体に異常はありません。しかし、私が言ったのはあくまで病気や怪我ではないということです」

 

「……それじゃあ、一体?」

 

「……寿命だよ」

 

「……え?」

 

今まで一言も喋らずに椅子に座っていた北上さんがぽつりと呟いた。

寿命……確かにそう言った。

寿命とは生物がその生命を維持できなくなるまでの期間。北上さんの言葉からして、お姉様の寿命が尽きたということなのだろうか。

そんな筈はない。お姉様が艦娘として生まれた時期は詳しく知らないが、お姉様自身が普段から話している経験談からしてここ五年以内に生まれた可能性が高い。

ならば、まだまだ寿命とは言い難い筈だ。

 

「……金剛さんは少し前から明石さんに相談してたんだよ。あたしはたまたまその場に居合わせてさ……それ以来時々相談に乗ってたんだ」

 

お姉様が明石さんに相談していた?

なら、金剛お姉様は自分自身に起こっている異常について知っていたというのだろうか。何故私達姉妹に相談してくれなかったのだろう。

いや、お姉様のことだ、私達に心配を掛けない為に何も言わなかったのだろう。

 

「金剛さんに最初の異常が出たのは講演会があった日の演習後から。左腕の麻痺が始まって……それは徐々に左半身を中心に広がっていたようです」

 

「あの講演会から!?」

 

「今は11月だから……半年以上前から!?」

 

「……そんな、お姉様」

 

提督が驚愕し、比叡お姉様と榛名お姉様が悔しげに俯いた。きっと私も同じ顔をしているに違いない。

 

「私も最初の相談を受けたのは2ヶ月前でした。腕の調子が悪いから検査してほしいという内容だったんですが、その時点で身体的におかしな場所は見当たらなかったんです」

 

明石さんが椅子に座って深い溜息をついた。それは疲労などではなく精神的なショックを受けた様な、胸を締め付けられる様な様子だった。

 

「それから何度か相談を受け、彼女自身の経歴も聞きました。そこで確信とは言えませんが原因となる話を聞きました」

 

「原因となる話?」

 

提督が緊張した面持ちで明石さんに尋ねる。隣を見れば比叡お姉様も榛名お姉様も緊張しているのがわかった。

明石さんは提督と正面から向き合い、意を決した様に告げた。

 

「恐らく、金剛さんはこの鎮守府にやって来た時から既に限界に近い状態だったんです」

 

その言葉に、私達の思考は完全に停止した。

 

 

 

 

 



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鈴音提督の場合

お待たせ致しました!!
今回も短いのに執筆に時間が掛かってしまいました。本当に申し訳ない……。
もう他県への出張は嫌じゃあ……


明石の言葉で会議室は静寂に包まれていた。

金剛は最初から限界だったーー?

ふと、初めて彼女に出会った日を思い出す。

うまく体を動かせずベッドに寝たきりになっていた姿。ぎこちなく指を動かして心ここに在らずといった雰囲気で指輪を眺めていた姿。この鎮守府に所属する事が決まった時の不安そうな姿。私に提督としての仕事を教えてくれた時の眩しいものを見るかの様に見守ってくれていた姿。

あの瞬間から、彼女は既に限界だったというのか。

 

「おそらく、金剛さん自身も自分が限界に近い事を自覚し始めたのは体調に異変を感じてからでしょう。それまでは一切の症状は無かったのですから」

 

「げ、原因は!?お姉さまの寿命を削った原因はわかっているんですか!?」

 

明石の報告に最初に立ち直った霧島が声をあげた。

それに反応してか比叡も榛名も我に返ったように明石へと視線を向ける。

明石は手に持っていた資料を捲ると深呼吸をした。彼女も気持ちを整理しながら話しているのだろう。

 

「詳しい原因は不明です。しかし、原因になるであろう話はまるゆちゃんから聞いています」

 

「……まるゆから?」

 

「はい、まるゆちゃんです。提督、確認をしますが金剛さんはまるゆちゃんに発見された時……〝海底に沈んでいた〟んですよね?」

 

「……え?」

 

「……なっ!?」

 

明石の言葉に榛名と比叡が驚愕の表情を浮かべた。

たしかにまるゆからの報告では金剛は海底に沈んでいたところをまるゆに発見された。そのまま帰る鎮守府を失った彼女はこの鎮守府に身を置くことになったのだ。

 

そう、今ならわかる。

この報告の内容にはどうしても不審な点が一つだけある。当時は提督として未熟だった私が見逃していた疑問点。提督ならば誰もが知っている常識。

 

〝轟沈した艦娘は消滅する〟

 

そう、金剛は深海棲艦との戦闘でダメージを負い〝轟沈〟したのだ。本人もそう言っていた。

だが、彼女は無事だった。負傷し、海底に沈んではいたものの生きていた。その時点で既におかしいのだ。

提督となった時に渡された資料によれば轟沈した艦娘は艤装や妖精さんを含めて数分以内に光となって完全に消滅してしまうらしい。実際にその様子を見た潜水艦の艦娘もいるのだという。轟沈した艦娘の遺体が見つかった例も今まで存在していない。

 

「金剛さんは極めて希少な……それこそ奇跡とも言える確率で消えることなく生存できた艦娘なんです。……ですが、全くの無傷ではなかった」

 

「肉体的な傷……ではなく?」

 

「はい……金剛さんは魂に傷を負っているんです」

 

魂が傷ついている。

艦娘の肉体は魂と密接な関係があるという。肉体は修復できるが魂となれば話は変わる。艦娘達が過去の艦艇の記憶や経験を持っているのはその魂に記憶が宿っているからだ。

それが傷つくということは人間でいう脳が負傷するのと同義だ。

 

「金剛さんの魂は傷つき、徐々にですが消滅しているようです。それが肉体に影響を与えているのでしょう」

 

「じゃあ、このままだと……」

 

「はい……現在の症状とこれまでの経過観察から推測するに、金剛さんの寿命はあとーーー二ヶ月程だと思われます」

 

「二ヶ月!?」

 

「そんな……」

 

榛名と霧島、比叡の顔色が悪くなり、明石も書類を持つ手から力が抜けていく。私も表面上は静かにしているが心の中では今にも叫び出したかった。

どうして、どうして彼女がこんな目に遭わないといけないのだろう。せっかく助かった命なのに先が無いとわかった時の彼女の心境はどうだったのだろう。いつもの様に私の書類を整理し、手伝い、談笑していたあの瞬間に彼女の命は刻一刻と削られていたのだ。

 

ふざけるな。

 

何も言ってくれなかった金剛にではない。それに気がつけなかった自らの未熟さがどうしても許せない。

 

「でも、まだ完全に終わったわけじゃない」

 

私が自らの未熟さを悔やんでいると、北上がポツリとそう呟いた。

 

「仮説だけど、金剛の魂の消滅を食い止めることができるかもしれない方法がある」

 

「……え」

 

「今、何て言いました!?」

 

全員の視線が北上へと向けられ、彼女も静かに全員へと視線を返す。明石へと目線で合図を送ると明石も頷いて再び話を再開した。

 

「金剛さんはある時期から急激に体調を崩しました。具体的に言うなら左腕の麻痺が突然発生したそうです。何の事前症状も無しに」

 

「ある時期というのは講演会の後ですね?」

 

「はい、そしてその講演会前の作戦で彼女はある物を失いました」

 

「ある物?」

 

明石と北上以外が首を傾げる中で私は気がついた。

あの時、金剛が深海棲艦に捕まり飛行場姫の部下であるレ級と私達の艦隊が激闘を繰り広げた戦い……その場に艦娘に友好的な深海棲艦である北方棲姫の助けで駆けつけた金剛。

しかし、その指にはあの白銀の指輪は存在しなかった。

 

「皆さんは既にご存知でしょうが金剛さんは助けられた北方棲姫に指輪を託しました。恐らくそれが彼女が体調を崩した一番の原因だと考えられます」

 

なるほど、と納得した。

艦娘と提督の絆を強め、限界以上の力を与える指輪。それは金剛と亡き提督の間で結ばれ、今でも彼女の力となっていた。それはきっと肉体だけでなく魂にまで作用していたのだろう。限界を超える絆の力は金剛の弱っていく魂を繋ぎとめ、守っていたのだ。

しかし、その指輪はもう彼女の指にはない。

例の作戦で彼女は指輪を失った。彼女を助けた北方棲姫に指輪を譲り渡したのだ。

では、その指輪を彼女に返したら……?

 

「きっと、皆さんも私達と同じ結論に至ったと思います。北方棲姫へと渡した指輪を金剛さんに返す。……上手くいけば意識の回復。悪くても衰弱だけでも止めることができる可能性は高いです」

 

明石の言葉で会議は締め括られた。

会議室を出る全員が決意を固めたように前を向いている。

 

私は迷わず金剛の部屋へと向かった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

金剛の寝ている部屋へと足を運んだ私はお茶を用意しようとする第六駆逐隊の四人に少しだけ二人にしてほしいと告げ、ベッドの隣の椅子に腰かけた。

金剛は静かに寝息を立てながらベッドに寝ている。規則的に上下する胸の動きが彼女がまだ生きている事を証明していた。

彼女を救う為には北方棲姫の持つ指輪を返してもらうしかない。しかし、それが本当に正しいのかもわからない。金剛がどうして北方棲姫へと指輪を託したのかもわからない。

そう、私は何もわからない。

私は提督だ。艦娘達を建造し、彼女達を導き、この国を守る。それが提督の義務だ。艦娘達と信頼を結び、絆を強め、育てるのが役目だ。

 

なのに……

 

「金剛……私はきっとまだ貴女と本当の絆を結べていないと思う。だから……だから私は貴女に生きてほしい」

 

私は、まだ貴女から受けた恩を返していない。

 

「私は……資材の調整も、書類の整理も、皆の演習の課題も、出撃してからの指示も……どれ一つだってまだ貴女に認められるレベルじゃない」

 

貴女に手伝ってもらっていた私から、貴女に手を借りずとも良いと言われるまで成長できていない。

 

「私はまだ、貴女に認められていないッ!!」

 

いつか、笑顔の貴女に「おめでとう」と言ってもらうのが私の目標だった。

 

「だから……」

 

頬を何かが伝うのを感じた。

今までたくさん助けられ、救われた。だから……

 

「今度は私が……いや、私達が貴女を救ってみせる」

 

見ていてね……金剛。

 

眠っている彼女が、僅かに笑ったような気がした。

 

 

 



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コンゴウさんの場合

ようやく私生活が落ち着いて来たので投稿いたします。
これまで長らくお待たせしていた皆様、ごめんなさい。
そして、それでも待っていてくれて、ありがとうございます!


ゆらり、ゆらり……

 

それは不思議な感覚だった。

水の中を漂うような、見えない何かに身を任せているような感覚。

自分の体なのに目を開くこともできず、指先一つ動かすこともできない。

 

ゆらり、ゆらり……

 

体は動かないがまるで手を引かれているかのようにどこかへと導かれていく。

その力はとても優しく、不思議と安心する温かさがあった。

感覚的には寝起きの状態に近いかもしれない。周りの気配は感じるのに頭が上手く働いていない。

 

ゆらり、ゆらり……

 

不意に〝左手を握られた感覚〟がした。

まるで「こっちだよ」と、そう言っているような不思議な感触だった。

誰かが、私を呼んでいる。

 

ゆらり、ゆらり……

 

徐々に鮮明になっていく感覚に私は逆らわずに身を任せた。

 

 

◇◇◇◇

 

次の瞬間、私は浜辺に立っていた。

まだ少し頭の中はぼんやりとしているが、体は自由に動かせた。

目の前には青い海が広がっていた。しかし、その水平線の向こうは霞みがかっていてよく見えない。ふと、空を見上げれば青空ではなく金色の空が広がっていた。分厚い雲があるのに日の光は問題なく届いていて明るい。

ああ、やっと頭が働き始めた。最近寝てばかりだから感覚まで鈍っているようだ。

とりあえず、この場所を調べなければいけないかな。

砂浜から出ようと海とは逆の陸地側へと歩いていく。小さな丘を超えると少し歩いた所に大きな建物があった。

海の側に作られたその建物は……どう見ても鎮守府だった。

 

◇◇◇◇

 

その鎮守府はかなり大規模なもののようだった。

正門に鍵は掛かっておらず、憲兵もいない。それどころか入ってくださいとばかりに開いている。不思議な場所なので罠かとも考えたが、此処以外で状況を把握するすべがないのも確かなので構わず中に入ることにした。

 

何故か丘の上からみた景色の中にはこの鎮守府しかなかったのだから。

 

敷地の中に入ったのはいいが人の気配がない。物音一つしないのは流石におかしいと思えた。

壁にそってぐるりと回り込む。本館の隣の工廠を通り過ぎ、たどり着いたのは艦艇を停泊させる港と整備用のドックだった。

その形は私が知る物ではなく、もっと大きな規模のものだった。

そこで、私は信じられないものを見た。

 

見上げる程に大きな船体。

強い破壊力を秘めた砲身。

海を駆ける為に鼓動するエンジン音。

 

見た瞬間に理解した。

これは金剛型戦艦四番艦、霧島だ。

反射的に隣のドックを見れば榛名、比叡も並んでいる。

ただ、その先に金剛(私)はいなかった。

 

……これは、一体何が?

 

「お待ちしていました。お父様」

 

それは透き通るような声だった。

一切の濁りもない、純粋で、温かい声だった。

驚いて振り返ると、そこには1人の少女が立っていた。第六駆逐隊の子達くらいの身長で神社の巫女が着る紅白の衣装に身を包んだ少女が柔らかな笑顔を浮かべながらそこにいる。先程まで全くの気配すらなかったのに。

いや、それより……今、彼女は何と言った?

私を「お父様」と呼んだのか?

 

「ああ、失礼しました。今のあなたはどちらかと言うならお母様ですね」

 

少女は微笑みながら丁寧にお辞儀をした。

その態度で十分だった。この少女は私を……本来の〝私〟を知っている。

 

君は一体、何者?

 

「あ、はい。私はこの鎮守府を管理している妖精です」

 

え、妖精?

 

「はい、妖精です」

 

妖精さんと言うには……その、サイズが大きいような……。

 

「ああ、私は原型ですから」

 

原型?

彼女はそう言った。原型と言うからには全ての妖精さんの元になった存在ということなのだろうか。

 

「貴女が今考えているであろう答えで間違いないでしょう。此処はそういう存在がいる場所ですから」

 

やはり、この場所は現実ではない?

 

「そうですね、半分正解です」

 

半分?

 

「そう、此処は間違いなく現実です。ただ、本来は生きている魂が来れる場所ではないのですよ。言うなれば、世界の狭間とでも言うべき場所ですから」

 

世界の狭間……そうか、じゃあ此処が……。

 

私の答えを肯定するように少女が頷く。

艦娘達には自らが艦艇だった頃の記憶があり、尚且つ同じ艦娘が複数人存在する場合がある。それは原型となる艦艇の魂があり、そこから生み出された分身が建造という形で呼び出されているのだと思っていた、

そう、此処は艦娘達の原型となる艦艇達が眠る魂の休息所。過去の大戦で散っていった英霊達の住む世界の狭間なのだ。

 

でも、私はまだ死んだわけではない。

肉体は消耗を抑える為に眠りについているが別に二度と目覚めないとかそんな悲しい別れはしないつもりだ。今は来たるべき時に備えて眠っているだけなのだから。

何故、私は此処に来ることができたのだろうか?

 

「お母様が此処に来れたのは私がお呼びしたからです」

 

君が呼んだから?

 

「はい、詳しい話は中で致しましょう。ずっと立ち話というわけにもいきませんからね」

 

それもそうか。

なら、案内をお願いしてもいいかな?

 

「はい、では此方にどうぞ」

 

状況の把握には情報収集が一番。

先ずはゆっくりと話を聞くことにしよう。

そう思いながら、私は歩き出した少女の背中を追いかけた。

 

 

 

「さて、こちらがこの鎮守府の執務室になります」

 

案内されたのは鎮守府の最上階にある大きな部屋だった。

扉にはめ込まれたプレートに書かれた文字は『執務室』。文字通り執務を行う場所であり、提督が鎮守府全体を管理する場所である。

少女は執務室のドアを開くと私を中へと案内した。

執務室の中は物が少なく、シンプルな作りをしていた。執務用の机と椅子、青いカーテンの窓、真っ白な壁とその中で目立つ様に立っている柱時計、音楽が流れるジュークボックス。それ以外に物は一切置かれていない。

 

でも、この部屋には見覚えがある。

それに気が付いた途端、涙が溢れそうになった。

そうだ、この部屋を私はよく知っている。知っているとも。

何故なら、私は毎日この景色を眺めていたのだから。

何故なら、この部屋は私が作り上げたのだから。

しかし、足りない。この景色には一つだけ絶対的に足りないものがあった。

あぁ……そうか、ここは……。

 

「ここが全ての始まりになった部屋です。お母様はよくご存知の筈ですよね?」

 

少女が机の前で立ち止まり、振り返る。

そのままゆっくりと頭を下げ、また元の姿勢に戻った。

そして、その口から出た言葉は私の予想したものであり、私の考えが間違いではなかったことの証明だった。

 

「お帰りなさい。そして……ようこそ、貴方の鎮守府へ。提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を取ります」

 

そう、この部屋はかつて私のPCの中にあり、毎日の様に覗き込んだ私の執務室だった。

 

◇◇◇◇

 

 

少女に手を引かれ、私は椅子に座らされた。

最初は遠慮したのだが、此処は貴方の為の席だと言われ、結局座ることになってしまった。

気を取り直して、この場所がどういった場所なのか改めて説明してもらえると助かるんだけど。

 

「はい、わかりました。簡単に言えばこの場所は貴方が毎日プレイしていた『艦隊これくしょん』が元になって生まれた世界です」

 

私がプレイしていたゲームの世界!?

それはつまり人間だった私が落雷によって死亡する直前までプレイしていた艦これがそのまま現実になったという事なのか!?

 

「そうですね、世界というのはその世界を生み出す可能性があれば存在します。一人の人間が作った物語やゲーム、子供が描いた落書きにだって世界が生まれる可能性があるんです。

勿論あくまで可能性なのでその世界が実際に作られるかどうかはわかりません」

 

そうなのか……。

でも、私がプレイしていた艦隊これくしょんには自分の鎮守府と他の鎮守府、そして戦闘に向かう海域しか登場しない筈だ。一般人が暮らしている町の様子は一切無かったと思うのだけど?

 

「そうですね。ですが、先程も言ったようにこの世界はあくまで貴方のプレイしていたゲームが元になっているだけですから、ゲームに登場しなかった部分も世界に合わせてしっかりと創造されていると思いますよ」

 

そういうものなのだろうか?

この世界に生きている人達が私の作り出した世界の可能性から生まれたものだとしたら、やはり私は創造主とか…そんな扱いになるのだろうか。

でも、私には創造主らしい力とかそんなものはない。ただ一人の艦娘としてこの世界を生きている。

 

「そうですね……お母様の場合はかなり稀少なケースです。普通は創造主が自ら生み出した世界を認識する事はありません。創造主の知らないうちに世界は生まれて、成長していきます。

しかし、貴方は自らの生み出した世界に入り込んでしまった。あの金剛が貴方の魂を呼び込み、この世界の肉体を与えてしまったからです」

 

あの時、消えていくだけだった私を救ってくれた金剛。

彼女に救われたあの瞬間、私はこの世界の存在として認識されたから消えずに済んだのだろう。益々彼女には感謝をしなくてはいけないな。

……しかし、そこで一つ疑問があるんだけど。

 

「はい、何でしょう?」

 

さっきこの鎮守府の周りを歩いた時に見つけた実際の戦艦の姿をした比叡、榛名、霧島を見たけど……なんで、〝金剛だけがいなかった〟のだろうか?

 

「………」

 

ここが私の作り出した世界の中心であり艦娘達の本体が眠る場所であることも理解できたし納得もできた。

でも、何故金剛だけがいなかったのか……それには特別な意味があるんじゃないの?

 

「……それは」

 

あるのならば教えてほしい。

きっと、それこそが君が私を此処に呼んだ理由であり、私の今後に繋がることだと思うから。

 

「わかりました……お話しましょう。この世界の〝歪み〟について」

 

歪み?

それはこの世界に何か不測の事態が起きているということ?

 

「そうです。そして、その歪みの原因はお母様になります」

 

私が歪みの原因?

もしかして、創造主である私がこの世界に入り込んでしまった事が原因で?

 

「そう…ですね……それも原因でしょう。貴方を助けるために本来の金剛が行なった事が一番の原因なのですが」

 

私を助けるための行動といえば自分の肉体を私に与えたことだと思うけど、それが原因なの?

 

「あの時、まだ世界は創造されている最中でした。……いや、お母様と金剛が出会ったあの時、あの場所がこの世界の始まりと言ってもいいでしょう」

 

思い出すのは遠い水面と、そこから降り注ぐ微かな光。

魂だけだった〝俺〟が感じた確かな冷たさ、寂しさ、そして何処までも落ちていくという確かな恐怖と、ほんの少しの安堵。

そして……水面から沈んでくる金剛の姿。

 

「あの時、あの瞬間、まだ世界は形を成していなかった。世界の法則や概念ですら創造されている途中だった。そんな時にお母様は金剛という〝存在〟を貰い受ける形で誕生しました。

しかし、その結果お母様が金剛と混ざり合う事で世界の創造時に記録されていた元々の金剛という存在そのものが消失したのです」

 

金剛という存在が…消失した……。

なら、私は一体どういう存在なんだ?

彼女と混ざり合った私は…金剛ではないのなら何なんだ……。

 

「お母様にあえて名前を付けるなら〝存在しない筈の者〟でしょう」

 

存在しない者……。

本来ならこの世界にいる筈がない存在。

創造主でもなく、艦娘の金剛でもない。この世界にとって異物でしかない存在。それが……私。

 

「はい、そうなります。外のドックに金剛の船体が無いのはこの世界に艦娘としての金剛が存在しないからです。戦艦としての本来の金剛は歴史に存在していますが、艦娘としてはまた誕生していないということになります」

 

艦娘として誕生していない?

もしかして私がいるからこの世界には艦娘としての金剛が生まれないということなのだろうか?

 

「正解ですお母様。そして、存在しない筈の存在である貴女が本来存在する筈の金剛という場所に収まっている今の状況こそ、この世界の歪みの正体です。

世界は歪みを正さなければ崩壊してしまう。だから世界は歪みを正そうとする力を使います。お母様が急激に体調を崩したのはこれが原因になります」

 

私が体調を崩したのは指輪を失った事によって弱った魂が肉体に影響を与えているのが原因ではないの?

 

「それも原因ではあります。しかし、本来ならお母様の魂はあと数年は問題なく活動できるだけの力がありました。世界が歪みを治そうとする力がお母様の魂に負荷を与えているんです。

この力は目には見えず、感じることもできない力です。防ぐことも、逃げることもできないのです」

 

防ぐことも、逃げることもできない力……か。

この世界では私は異物であり、どうやっても逆らえない力に狙われている。

つまり、私は……もう……。

 

「一つだけ、方法があります」

 

……っ!?

私が助かる方法が、ある!?

 

「貴女が、本物の金剛として世界に認識されればいいのです。此処なら、それができます」

 

私が本当の金剛として世界に認識される……。

でも、そうするには金剛の原型となる艦娘本体が世界に記録され、この場所に固定されなければならない。

つまり、それは……。

 

「はい、お母様がこの場所で金剛として世界に記録されればいい。しかし、それは同時にお母様がもうあの鎮守府に戻ることができないことを意味しています」

 

そう、私自身はこの場所に固定され、私の分身が建造という形をとって世界へと旅立ち、その記憶が私へと還元される。

金剛という艦娘の原型となり、二度と表の世界に戻ることはできなくなる。

 

「さあ、貴女はどうしますか?」

 

鈴音提督、比叡、榛名、霧島、暁、響、雷、電、夕立、時雨、最上、天龍、北上、大井、神通、那珂、赤城、加賀、まるゆ、明石、間宮……そして北方ちゃん。

 

私の大事な仲間達。

彼女達を守るために、私は……。

 

「……答えは、初めから決めていたのでしょう?」

 

うん、そうだね……。

答えなんて、初めから決まっていた。

なら、いつまでもふわふわしてる場合じゃないね。

喉に力を入れろ、目を開け、自分の形を思い出せ。

これは、私の声で言わなきゃならないのだから……。

 

「そう、私の答えは………」

 

 

◇◇◇◇◇

◇◇◇◇

◇◇◇

◇◇

 

 

 



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■■■■の場合

コンゴウは真実を知った。
覚悟を決めた彼女と時を同じくして、世界の修正力が動き出す。

さあ、それに翻弄される哀れな少女の話をしよう。



それは一瞬の閃光だった。

 

私という形を壊すには過剰とも言える力だった。

よりにもよって一番の急所ともいえる場所を狙って来たあの忌まわしい黒髪の少女の姿を思い出した。

余程私という存在を許せなかったのだろう。憎んでいたのだろう。◾️してやりたかったのだろう。

ああ、私はそれだけの事をしたのたろう。

しかし、ふと思う。

 

それがどうした、と。

 

私は私の考えで動き、私の考えで先の事を見据えていた。

どうすれば憎いアイツらを叩き潰せるだろう。どうすれば私のこの気持ちは満たされるのだろう。どうしたら、どうしたら、どうしたら……。

もしかしたら、私が満たされる事はないのかもしれないけれど。

それでも、私はもっと戦いたかった。

私の存在を奴らに刻み込んで、絶望に歪む顔を見て笑ってやりたかった。

 

私という存在を全ての生き物に刻み込んでやりたかった。

 

そうすれば私という存在はこの世界に深く刻まれる。

誰もが私を恐れ、服従し、ひれ伏すだろう。床に額を擦り付けて許しを請うのだろう。

それを、私は笑いながら踏み潰し、更なる支配を広げるだろう。

そうだ、私はもっとこの世界に私という存在を刻みたかった。

 

ああ、そうすることができたらどんなに満たされたのだろう。

私のカラッポな心を埋めるような快感が得られたのだろうか。それとも、何も得られずに虚無を掴むだけに終わってしまったのだろうか。

どちらでもいい、誰か私を恐れろ、憎め、私に力を寄越せ。

私はまだ消えない。消えるわけにはいかない。

だって、私の冷め切った心が初めて動いたのだ。

怒りで、憎しみで、絶望で。

私から全てを奪った〝アイツ〟を倒すまで、私のこの心は止まらない。

私から未来を、力を、全てを奪った〝アイツ〟が憎い。

 

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎イニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!!!!!

 

あぁ、この身を焦がすような熱をどうやってぶつければいいのだろう。

 

『じゃあ、手を貸してあげよう』

 

誰だ……お前は。

 

『君の願いの先にあるものはこちらの目的と一致する』

 

お前の目的、だと?

 

『こちらの目的は〝彼女〟の排除。君の目的は〝彼女〟を倒すこと。ほら、一致しているだろう?』

 

………。

 

『我々が君に力を貸そう。その力で君の願いを叶えるといい』

 

……ふざけるな。他人にもらった力で奴に勝ったところでそれは何の意味も持たない。これは私の力で成し遂げなければ意味がない。

 

『しかし、君にもう戦う力は残されていないだろう?』

 

『君はこのまま海底に沈み消え去る運命だ。それを良しとするのかい?』

 

『君のその想いは、願いは、無になる。そんな結末を君は許せるのかい?』

 

許せるはずがないだろう。

そうだ、許せるはずが無い。考える頭はもう無いというのに、まるで沸騰するかの様に感情が泡立っている。

だが、それでも他人の力を借りようとは思わない。

私の中の何かが吠える。これは私自身が越えなければならない壁だ。たとえ頭を吹き飛ばされようが、身体が砕けようが、関係ない。私以外には譲れないのだ。

 

『ほう、君は深海棲艦なのにまるで人間のような事を言うんだね』

 

なんとでも言うがいい

何が原因か知らないが私の意識はまだ消えずに残っている。ならば何としてでもあいつを倒してやる。お前はさっさと消え去るがいい。

 

『そうか、残念だ。しかし、君のその想いは素晴らしい。君を選んで良かったと今なら思うよ』

 

なんだと?

私を選んだ……とはどういう意味だ。

 

『君の意識がまだ消えていないのは我々がそうしているからだ。君の様に〝彼女〟への強い執着を持つ存在を探していたんだ。……しかし、君の執着心には余分なものが含まれているね。想いの強さは申し分ないけど、自分だけで成し遂げようとするその理性は必要ないかな』

 

お前は何者だ!!

私に一体何をした!?

 

『我々は何者でもない。我々はこの世界を正そうとするもの……或いはその意思そのものだ。すまないが、我々に必要なものは素直に言うことを聞いてくれる人形なのだ。せっかく引き止めてなんだが〝君という部分〟だけ削除させてもらおうかな』

 

な、何を……が…ぁ!?

な…んだ……ワタシが……きエ…る……?

イヤダ……ワタシハ………まだ…きえたく……な……

 

『それではお休み、名も知らぬ深海棲艦。君の肉体と怒りの感情だけ我々が有効活用させてもらうよ』

 

やめろ…やめろ!!

 

『良い夢をーーーさようなら』

 

やめろ!やめろ!

ヤメロ!ヤメロ!

ヤメテ……ヤメ…テ……。

 

ヤメ…………タス…ケ……テ……

 

 

◇◇◇◇◇

◇◇◇

 

 

光の届かぬ海の底に一つの少女が沈んでいた。

肉体は白く、ボディラインが強調される様な肌にピッタリと張り付く格好をしている。

しかし、その肉体には生物にとって一番必要な器官が欠けていた。

その少女には、頭部がなかった。

 

強い力に吹き飛ばされたのだろう。首から上が無理やり引き千切られた様に無くなっている。生命体として、少女は完全に死亡していた。

 

その少女の肉体へとイ級やロ級などの深海棲艦達が群がっていく。

姫級だった少女の肉体は力の弱い深海棲艦達にとって力を得る為の恰好の餌だった。

一匹のイ級が少女の腕に喰らい付こうと口を開けて近づく。

 

その時、少女の腕が突然動いた。

 

近付いたイ級を掴むと自分の方へと引き寄せる。

体を掴まれたイ級は脱出しようともがくが深く指が食い込んでいるため逃げ出せない。

そのまま少女の腕はかつて自らの頭部があった場所へとイ級を押し付ける。

すると、少女の首と接触しているイ級の表面が徐々に真っ白な色へと変わっていった。その様子はまるで肉体を侵食されているかの様にも見える。

抵抗していたイ級は徐々に力を失うと、プツリと糸が切れた人形の様に動かなくなった。

だが次の瞬間、一気にイ級の体が真っ白に染まると力を失った体がぐるりと少女の肉体に合わせて動き出す。まるで首から上がイ級になってしまったかの様に向きを整えると、近くの別のイ級へと喰らい付く。

 

バキバキと装甲を砕き、自らの歯が折れようが構わずに噛み砕く。

すると、頭部のイ級が徐々に形を変え始めた。

顎はより硬いものを砕ける様に発達し、歯はより鋭くなっていく。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

裂けんばかりに開いた口からは絶叫が吐き出された。

それは再誕を祝う様に、又は絶望に泣き叫ぶかの様に。

かつて少女の姿をした全ての人類の敵だった肉体はたった一人の〝存在しない筈の者〟を葬る為に動き出した。

 

 

 




次回から最終章へと入ります。
仕事が忙しくてなかなか執筆が進みませんが、気長にお待ち頂けたら幸いです。


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番外編:未来の提督

仕事の都合でなかなか執筆ができなくて申し訳ないです。
なんとか投稿できました。
今年中に間に合ってよかったです。


子供の成長は早いもの、そう認識する親は多い。

知らないうちに子供は自らが教えた知識に加えて自らが見たもの、聞いたことを吸収して成長していく。まるでスポンジが水を吸収するかの様に。

そして、ふとした事で大人は気付かされる。いつの間にか成長していた子供の姿に。

 

 

◇◇◇◇◇

 

岩川鎮守府に近い場所に中学校がある。

以前、コンゴウ達が講演会を行った中学校であり、おそらく現在の日本で初めて艦娘が正式に一般の場に出た場所でもある。

その校舎の一階にある一年生の教室。そこでは眠気を誘う日差しが差し込む中で午後の授業が開始されていた。

黒板に書かれた文字を満足げに眺めた女性教師が振り返って生徒達へと視線を向ける。

 

「さて、今回の授業のテーマは将来の自分についてよ。自分の夢や目標を書き出してどうすればその目標に到達できるかを考えてみましょう」

 

和かに笑う教師から最前列の生徒に記入用紙が配られ、順番に後ろへと配られていく。

ある生徒は将来の自分のビジョンを浮かべながら単語を書き殴り、ある生徒は将来の自分の姿が浮かばずに必死に白紙の用紙を睨む。

 

そんな教室の窓際の最後列に座る一人の少年がいた。

同学年の男子生徒と比べたら身長はそこまで高くない。少しツリ目がちな瞳は退屈そうに半開きとなっており、今にも寝てしまいそうな雰囲気を醸し出していた。

彼の用紙も白紙であり、文字は一文字も書かれていない。

少年にとって未来とはイメージできない空想の話であり、今から考えても大して役に立たないものだと考えていた。

 

(まだありもしない未来の事なんて考えて何になるってんだ……。そんなこと考えるくらいなら、俺は寝るね)

 

そう心で呟きながらも、少年は表面上は腕組みしながら考えている様子を見せる。本当に居眠りしようものなら罰掃除くらいは覚悟しなくてはならないからだ。よく一緒に悪戯をするクラスメイトの二人は常習犯だが、自分までそうはなりたくないと渋々ペンを取る。

 

そんな時、ふと少年の脳裏に数ヶ月前にあった講演会の光景が脳裏に浮かんだ。

これまで秘密とされていた艦娘という存在が一般に公開された日であり、少年にとって強烈な印象を受けた日でもあった。

 

◇◇◇◇◇

 

その少年は何処にでもいる普通の少年だ。

特別得意な事があるわけでもなく、特別苦手な事があるわけでもない。

思春期の男子らしく友達と気になる女子にちょっかいをかけては笑い合う。素直になれなくてついつい不器用な言葉を言ってしまう。

そんな何処にでもいる普通の少年だ。

 

少年の家は海が見える小高い丘の上にあった。

部屋が海側にあったので物心ついた時から今まで毎日の様に海を見て成長してきた。毎日の日課と言ってもいいこの行為はもはや少年の生活サイクルの一部となっていた。

深海棲艦の存在により本来は海が見える程の場所に家を建てるのは危険なので、土地は安く買えたと少年の両親は言った。避難用の地下室も備わっているが今のところ使用された事は一度もない。

運がいいのか、それとも奴らは陸地には興味がないのかは定かではない。それでも少年の家族は現在平穏無事な毎日を送っていた。

 

そんな少年は近所に住む1人の青年とよく話をした。

その青年は陸軍に所属していて基地と家が近いため休みの日には家に帰ってきては訓練の内容や武器の話をよく聞かせてくれた。少年も幼いながらも男の子、武器や兵器の話には興味があった。

そんな近所の青年と知り合って数年した頃、少年は小学生から中学生へと進学する時期になった。

 

休みの日で家に帰ってきた青年から艦娘の話を聞いたのはそんな時だった。

 

深海棲艦の標的となった灯台の近くにいたせいで巻き込まれそうになったところを艦娘に助けられたらしい。

これまで陸軍の話しか聞いてこなかった少年は授業でしか聞いたことがない艦娘という言葉に興味を持った。しかし、機密事項の艦娘の話を簡単に話すわけにもいかず、青年の話からは親切にしてもらった女性であるとしか聞かさなかったので程なくして興味を失った。

 

中学生になった少年は2人の友人とともに元気に遊びまわった。

外でよく遊び、授業は欠伸を堪えながら程々に受け、気になる女子を揶揄いつつ過ごしていた。

ある日、ホームルームで近々艦娘達が自分達の学校で講演会を開くという話が出た。少年はその時に青年から教えてもらった話を思い出し、再び艦娘という存在に興味を持った。

 

そして講演会の日、少年が目にした艦娘の少女達は彼の興味を惹くには十分な魅力を備えていた。

講演会にやって来た艦娘達は全員が美人であり、特に壇上に立って解説を行なっていた女性は少年の目には特別に映っていた。

流れる長い茶髪をポニーテールにまとめたその女性は生徒達全員を優しい眼差しで見渡すと、工夫を凝らした講演を行い全員からの注目を集めていた。

同年代の少女達とは違う大人の女性らしい体つきの女性を少年は母や友達の母親以外で見たことがなかった。母親達は40代前後の女性が殆どだが、その艦娘は20代前後の若い女性だ。

講演会の後には教室での親睦会があり、興味を持ったあの女性ではないにしろ別の艦娘と話をする機会はあった。

一年生の教室には眼帯をした気の強い艦娘がやって来ていたが、彼女も生徒達全員を相手に打ち解け、会話をしていた。

 

そんな時、少年の友達2人が艦娘へといつもの悪戯を仕掛けた。

講演会にやって来ていた艦娘達は全員がスカートだったので恒例のスカート捲りを仕掛けたのだ。正直に言えば少年はもう悪戯をしようとは思っていなかった。いい加減子供すぎるかとも思っていたのだ。

だが、壇上にいた艦娘の姿を思い出し、最後の一回のつもりで参加した。

 

結果は失敗。

それどころか逆に捕まってしまい、さらに密着する程の距離まで彼女は近づいて来た。遠くで見ていた美人が急に接近して来たこともあって少年の頭はパニックになっていた。

屈んだ事で強調された胸、軽く傾げた首に沿って流れる髪、そして自らを見つめる澄んだ瞳。

はっきり言えばその艦娘は少年の一番の好みの容姿をしていた。そんな女性に見つめられ、少年は思わず逃げ出してしまったが暫く顔が真っ赤なままだった。

 

それ以来、少年は時折艦娘の女性の姿が脳裏によぎるようになった。

いつか、またあの女性に会って、今度こそしっかりと話をしてみたいと思った。きっと自分の中の何かがこの衝動を起こしているんだと確信していた。どこか使命感のようなものもあったのだ。

 

ならば、どうすればいいのだろうか。

答えは出ていた。それが運命のような感じがした。

少年はそれを自覚してから変わった。

悪戯をやめ、勉強も今までよりは頑張り始めた。元来のんびりとした性格だったためかスピードは遅かったが、少年は確実に実力を付けていた。

少年の両親はその事に気がついていたが、息子の成長を感じて感慨深く頷いただけで何も言わなかった。息子の好きなようにしてあげたかった。

 

そして思った。ーーーああ、大きくなったなぁ。

 

少年の両親は何か大きな目標を持ったらしい息子の成長を喜び、そして少し寂しくなったのだった。

 

◇◇◇◇◇

 

「はーい、じゃあ記入用紙回収するよー!後ろから順番に集めてきて!」

 

「……おっと」

 

教師の声で我に返った少年は回収される前に記入用紙に一つだけ単語を書いて提出した。他には何も記入せず、たった一つだけの単語を。

 

〝提督〟

 

これが、将来これまでで最強の提督と呼ばれる男が提督への道を歩き始めた瞬間だった。

 

 

 



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最終章・優しい雪の中で
動き出す時間


大変長らくお待たせ致しました。
短いですがここから最終章になります。
ばたばたしているうちにこんなに時間が経ってしまいました。申し訳ありません。最新話、そっと置いておきます。

|ω・`) チラッ

|ω・`)ノ三(最新話)ソッ

|三3 ビュン



鎮守府の端にある会議室。

普段は使われないその部屋に一人の女性が入ってきた。電気のスイッチを入れると部屋が一気に明るくなる。

現在は深夜0時00分。深夜の哨戒警備をしている艦娘以外は全員が自分の部屋に戻っている時間である。

中央にある机に腰掛けると足元にある機材の電源を入れる。微かな起動音と共に卓上のコンピュータの画面がたちあがり、1分程でデスクトップの画面が現れた。パスワードの入力を行い通信機材との接続を行う。

 

「………ふぅ」

 

小さな溜息と共にその女性……鈴音七海は背もたれに深く体を預けた。

機材が起動するまでの間に深く息を吸って深呼吸をする。

これから始まるのは秘書艦にも秘密の提督同士の極秘集会だ。モニター越しの集会にはなるがこんな時間に緊急の集会となればただ事ではないのは間違いないだろう。

集会を行うと連絡があったのが夕方頃。秘書艦は連れず、部屋の中の音が漏れ出さない様に厳重に注意する事が全員に通達されているらしい。

せっかく北方海域へと出撃を行おうと計画していた矢先にこの招集だ。嫌な予感がする。

 

やがて端末の起動が完了すると見慣れた各地の提督達の姿が浮かび上がる。

まだ全員ではないが、緊張した面持ちで一言も話さずにいる。目線だけで私が現れたのを確認すると、視線を戻してしまう。

次第に残りの空席にも残りの提督達が浮かび上がった。

引退した呉鎮守府の佐々木提督以外のメンバーだ。呉鎮守府の後任はまだ決定していないので空席となっている。

 

「お待たせ致しました。全ての提督の出席を確認しました。これから緊急の集会を行います。」

 

横須賀の鎮守府にだけ艦娘の姿が映っており、書類を持った大淀が全ての提督を見渡した。

提督達が頷くのを確認してから手元の資料を捲り、内容に目を通す。

 

「まず、最近北方海域で発見された謎の敵影についてです。手元の資料をご覧ください」

 

七海も手元に準備した資料に目を落とす。題名には〝謎の敵影発見による緊急集会〟とあった。

 

「これまで確認されたどの個体とも違う新種の深海棲艦が発見されたとの情報がありました。見た目や特徴が発見される毎にバラバラなので進化途中の可能性が高いです」

 

緊迫した空気の中で告げられた事実に提督達の顔にも緊張感が浮かんだ。

進化の途中ということはどのような形、能力になるかが不明だということになる。

艦隊を運用するうえで敵の艦種、編成を確認できないということは的確な艦娘の編成や運用も行えないということだ。

それは艦娘達の轟沈の危険性を高めることに繋がるため不用意な出撃は大変危険になる。

 

「そのため、今後の出撃には十分に注意をしてください。特に北方海域への出撃は十分な情報が集まるまでは一時的に禁止とします」

 

「ーーーっ!?」

 

七海の書類を握る手に力が入る。

北方海域への出撃が禁止となってしまえばコンゴウを救う鍵を握っている北方棲姫がいる海域へ出撃できなくなってしまう。それはコンゴウの少ない命のカウントダウンを更に縮めてしまうことになる。

しかし、全提督が集まる緊急集会の場で告げられた決定に逆らうことはできない。そんなことをしたら即反逆罪だ。

更に七海の鎮守府には安全に海域を偵察できる空母が少ない。そのためこの場で情報収集担当を願い出ることもできなかった。

七海はただ奥歯を強く噛み締めながら集会が終わるのを待つしかなかった。

 

◇◇◇◇◇

 

次の日、七海は鎮守府全体に緊急集会を行う旨を連絡して昨晩の内容を共有した。

当然艦娘達は出撃ができないことに憤慨した。大切な仲間の命がかかっているのだから仕方ないかもしれない。しかし、大本営からの決定に逆らってしまえば出撃どころか鎮守府自体が運営停止により解散となってしまう可能性が高い。

 

「私は偵察に向かう鎮守府の提督からできるだけ情報を集めてみる。皆は出撃が許可された時のためにいつでも出撃できるように装備の確認や点検をしておいて」

 

「……ちっ、本当は今すぐにも出撃してぇのによ」

 

「天龍の言う通りですね……しかし、今はどうしようもありません。偵察部隊の方々が敵の正体をいち早く特定するのを待つしかないでしょう」

 

天龍の呟きに霧島が頷く。

声には出さなくても他の皆が同じ心境であることは間違いなかった。

刻一刻と減っていく時間との戦いは長引けば長引く程に七海達を追い込んでいく。精神的な疲労はやがて重大なミスを引き起こす原因ともなりえるだろう。

それを理解している七海は場の空気を切り替える様にぱんぱんと手を叩いた。

 

「とにかく、今は私達にはどうすることもできないわ。皆も一度自分の部屋に戻って気持ちの整理をしておいて」

 

「たしかに、今の気持ちのままでは何も手につかなくなりそうだよ」

 

「こんな時こそ那珂ちゃんが歌で皆を励ましてあげちゃうよ!!」

 

「無理しない方がいいっぽい。顔色が悪いっぽい」

 

「……っ、そ、そんなことないよ!!」

 

小さなため息と共に響の呟きが聞こえた瞬間、那珂が無理やりな笑顔で皆の気分を盛り上げようとしている。

しかし、夕立の指摘の通り那珂の顔色も良くはなかった。普段から明るいイメージのある彼女でも流石にショックだったらしい。

那珂は普段の天真爛漫な態度の裏で常に仲間の様子を観察している。暗い雰囲気の仲間にはすぐに声をかけて持ち前の明るさで笑顔にしていく。アイドルのスキルとして当然だと本人は言うだろうが誰よりも周りの様子に目を向けているのは間違いなく彼女だろう。

その那珂でさえ最近は駆逐艦の艦娘達から心配されている有様だ。

本格的に鎮守府自体の士気が低下している何よりの証明だろう。

 

「これは……まずいわね」

 

絞り出す様に七海は呟いた。

鎮守府全体の士気が下がるということは艦娘達の不安や不満が溜まっている何よりの証拠だ。下手をすれば指示を無視して勝手に出撃してしまう可能性も存在する。

それが起きていないのはこの鎮守府の全員が大切な仲間を救うという共通の目的に向かっているからに他ならない。命令無視などして謹慎処分などになった日には何もできなくなってしまうからだ。

だからといって安心はできない。血の気の多い天龍を筆頭に意外と好戦的な響や神通も工廠で黙々と艤装の手入れや改良を行なっている。

他のメンバーも思い思いに出撃の準備を着実に進めているので、いつかこの不満は爆発する。

 

「せめて、常に情報を提供してくれる協力者がいれば……」

 

出撃を許可されている鎮守府に情報を逐一報告してくれる様な人物がいればそれを共有することでこちらの士気回復と作戦を練る為の時間も作れる。

自分達の戦力強化に重点を置いていた新人の七海にはまだ提督同士の繋がりが浅い。呉鎮守府の前提督であった佐々木提督とは良好な関係を築けていたが、あれは佐々木提督が新人である七海に声をかけてきたのであって歳上故の親切心があったのだろう。実際、2人の関係は孫と祖父の様な関係であった。

その佐々木提督は既に退役していて呉鎮守府にはいない。

どうすればよいか頭を悩ませながら七海はコンゴウの眠る部屋へと向かうのだった。

 

◇◇◇◇◇

 

コンコン、とノックをしても返事がない。

コンゴウの部屋には常に誰かがいるはずなのだが、中からは沈黙のみが返ってきた。

七海が不思議に思ってドアを開けるとコンゴウのベッドに寄りかかる様にして寝ている暁の姿があった。どうやら疲れて眠ってしまったらしい。

暁はコンゴウに憧れていたこともあってショックも大きかった。コンゴウの看病に来た時は必ず涙を流している程に。

 

「きっと泣き疲れちゃったのね……」

 

暁を起こさない様にそっとドアを閉めた七海はコンゴウ達がいつも紅茶を飲んでいたテーブルに向かい椅子に腰掛ける。

コンゴウへと目を向ければ目を覚まさなくなってから全く同じ姿のまま眠り続ける彼女の顔が見えた。ほんの少し前まで隣で笑っていた彼女の姿を思い出して思わず手に力が入る。

 

「私は……何もできない。……何も……してあげられない」

 

悔しくて、情けなくて、痛い程に握った手に視線を落として七海は呟くしかなかった。

 

ふと、気がつけば時計の短針が一つ時を進めていた。

いい加減執務室に戻らなければと七海が立ち上がった時、ちらりと視界に入った棚のコンゴウの荷物の中から赤い光が漏れていることに気がついた。

 

(あれは……通信機?)

 

荷物の中にあった通信機から受信を知らせる赤い光が漏れていた。

コンゴウがよくこれを使って誰かと通信しているのは七海も知っていた。相手は別の鎮守府の友達だと言っていたのも覚えている。

明石が開発した最新型の通信機は軽くて丈夫な素材からできていて持ち運びが楽になったとコンゴウも喜んでいた。

 

七海は不思議とその通信機を手に取ってスイッチを押していた。通信機特有のノイズの後、少女の声が聞こえてきた。

それが、七海にとってこの事態を好転させる〝幸運の女神〟になった。

 

『あ、繋がった!金剛さん、お久しぶりです!呉鎮守府の雪風です!』

 

止まっていた時が、動き始めた。

 

 

 



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