フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々 (スピーク)
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01

 

 

それは、当時俺がまだ小学校低学年、歳で言う9歳の頃だった。

 

日々、楽しく友達と遊びまわり、悩みや嫌なことと言えば学校から出された宿題といった程度のもので、一日一日を何の憂いもなく過ごしていた。

 

その日は連休だった。その連休中は家族と旅行に行く予定で、その休みの始まる前日から俺は期待に胸を膨らませていた。子供らしく、あまり寝付けなかったのを覚えている。

だが、結局旅行は中止となった。親の勤めている会社でトラブルがあったらしく、急遽両親は休日出勤を命じられたためだ。

もちろん、俺はひどく落胆した。行くな、とわがままを言っていたような気もする。暴力に訴えようとしたような気もする。だた、頭の片隅では「無理なものは無理だろう」と、子供なりにきちんと理解はしていた。事実、無理だった。

 

予定がなくなった俺は、両親が会社へと向かったすぐ後、一人公園へと向かった。そこはもっぱら俺が友達とよく遊ぶ場所で、そこならこの沈んだ気持ちも晴れるだろうと思ったからだ。

公園にはブランコやジャングルジムや砂場、また誰かが忘れて帰ったのだろうサッカーボールがあった。しかし、そこに友達はおろか人一人いない。

世は連休の始まりの最初の日。朝から公園に向かう奴などいない。皆、家族で出かけるか、まだ家で寝ているのだろう。

 

俺は世界に一人取り残されたような感覚になり、1分も経たず公園を後にした。

 

しかしながら、だからといって他に行く当てなどない。

俺の行動範囲は今の公園と学校と家。

休日、学校に行くと言う選択肢はなし、その考えすら浮かばない。家に戻っても、取り残されたという感じが余計大きくなるだけ。

 

俺は歩いた。どこへとは決めず、何かを求めるつもりもなく、歩いた。反面、何分かおきに誰かが周りにいるか確認していたので、きっと自分以外の人が居る場所を求め、歩き続けていたのだろう。

歩いて、人通りの多い道に出て、それでもまだ足りず人混みの中に入るように歩き。

 

どれくらい歩いただろう。数分か、数時間か、明確な時間は覚えていないが、所詮子供の足だ。遠くまでいける事も、長時間歩く事も叶う筈がない。

町内の中で人通りに多いところをぐるぐると歩き回っていただけだと思う。

 

俺は空しさを感じ始め、足にも疲れが見え始めたので、もう家に帰ってふて寝でもしようかと思い始めた───その時。

 

ふと、目が一つの建物に釘付けとなった。

 

それは何処にでもある平凡普通な木造建築の建物。取り分け、何か目を引く所もない。

入り口の脇に字の書かれた立て看板が置いてあるので、そこは何かしらのお店だろう事は察せたが、それだけ。何を取り扱っているのかも外からでは分からない。

 

普通なら滅多に誰もが目に留めないだろうお店。その証拠に、自分以外の道行く人々は一瞥もしていない。まるでそんなところには何もないように。

だと言うのに、俺はいつの間にかそのお店の門をくぐっていた。何故かは分からないが、入らなければならないような、ある種の強制力のようなものが襲ったからだ。

理由は不明だし、その強制力云々自体がただの勘違いかもしれないが、もうお店の中に入ったので今更すぐには出れない。

 

果たして、お店は何屋でもなかった。強いて言うなら『なんでも屋』。

用途不明の機械。日用雑貨。宝石のような珠の数々。あまり見慣れない形の家具。

 

もしかしたらお店ですらないのかもしれない。

 

 

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか。いらっしゃい」

 

 

そんな声と共に、大きなテーブルの向こうから一人の男性が出てきた。

知的な眼鏡が印象の、20代後半から30代前半の男性。服装は一見してバーテンダーだが、部屋の中にお酒の類は見えないので、まさかここがバーというわけではないはず。

 

 

「なにがご入用ですか?」

 

 

その男性の言い方から、やはりここは何かを取り扱っているお店なのだというのは分かった。

しかし、俺は言葉を返せなかった。それは特に要る物もないし、ましてやここには目的があって入った訳でもないからだ。

 

男性に「ここはなんのお店なんですか?」と、そう返すのがやっとだった。

 

 

「ここですか?ここは、あなたの求めるものがあるお店です」

 

 

そんな訳も分からない言われ方をされれば、9歳児の俺としては漠然と『はあ、そうですか』と頷くしかない。

いや、今言われてもきっとそう返すだろう。

 

 

「しかし…う~ん、妙ですね。君くらいの年齢でここに入れるなんて。何かすっごい欲しいものでもあるんですか?」

 

 

そう言われ、頭の中に浮かぶのは子供として当然の物。玩具などの遊戯物だった。

 

 

「玩具ですか?う~ん、ない事もないですが……さて」

 

 

何故か困った様子の店員(もしくは店主)。

俺はそんな店員をよそに店内を見回す。

 

本当に色々なものが置いてある。理科室なんかでよく見るフラスコやビーカー、服屋なんかでよく見るマネキン、その他動物の剥製や数台のテレビなどなど、この店は本当に一貫性がない。

 

そんな中、先ほど男性がいたテーブルの向こう側。そのさらに奥に一つのガラスケースが置いてあった。

そしてその中に何か入っている。目を凝らしてみれば、それは───一冊の本。

 

別段俺は読書家ではないし(そもそも9歳児だし)、純粋に興味を引かれたというわけでもないのに、足は自然とそちらに向かっていた。

操られているように一歩を踏み出す足は我ながら何とも不気味であったが、何故か止まれとは思わなかった。

 

程なく、ガラスケースから30センチも離れていない位置で足が止まった。

さきほどは遠目だったため、それがただの本だとしか分からないかったが、近くで見たらそれは何とも異様な本だった。

電話帳なみの大きな本で、全体的にどこか古めかしい。だが、とても綺麗に装飾が施されており、特に表紙のど真ん中で自己主張している剣十字が存在感抜群だ。

 

 

「良い本でしょう?」

 

 

いつの間にか俺の背後に立っていた男性がそう言った。

続けて。

 

 

「それはですね、魔法の本なんですよ」

 

 

その男性の言葉に俺は笑った。同時に呆れた。いい大人が魔法などと、いくら相手が子供だからってそれはないだろう。そう思った。

しかし、男性はこちらが呆れているのも承知の上でまだ続けた。

 

 

「正確には魔法の本の写本なんですが。写本って分かります?ええっと、いわゆるコピー品というやつですね。私が正本を写したんですが、中身はほぼ同じです。まあ、私なりに付け足した所もありますがね」

 

 

そう言われ、俺は感心した。『魔法の本と偽るがために、ただの本一つにそんな設定をつけるなんて』と。我ながら素直に物事を捉えない奴だった。

男性は此方の胸中を分かっているのか、いないのか、判断のつかない笑みを浮かべ、しかし、次の瞬間には真剣な顔を見せた。

 

 

「しかし驚きましたね。まさか、君がここに何かを求めて入ったわけじゃなく、この子が君を求めてここに入れたとは」

 

 

また何か訳の分からん事言ってるよ、と思いながらも口には出さず。

そして男性は無造作にガラスケースを持ち上げ、中の古本を取り出した。次いで、その本を俺の前に差し出してきた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

当然とばかりに男性が本を出してきたので、俺も自然と手を出し取ってしまった。その後、俺は適当にパラパラと中身を見て返そうとしたが何故か断られた。

 

 

「それ、差し上げます。もう既にその子があなたを持ち主と決めちゃったみたいですから」

 

 

本を『この子』呼ばわりするのはいいとして、持ち主をこの本が決めるというのは本気で言ったのだろうかう?これ、無機物なんだけど?

胸中でそんな事を思いながら、取り合えず俺は「お金を持ってません」と言った。

 

 

「いいですよ。もともと商売でここをやってるわけじゃありませんからね。お金なんていりません」

 

 

本当にいいのだろうかと思いながらも、俺は「そうですか」と曖昧な調子で頷いた。

貰えるなら、何でも貰うのが俺の小さい頃からの性分だった。

 

結局、俺はその古本を一つ貰って店を出た。

 

 

「またお会いしましょう」

 

 

そんな言葉が聞こえ、後ろを振り返ってみたが、扉はもう閉まっていた。

俺は立て看板に書いてある店名を一瞥すると、その場を後にした。

 

────翌日、店は姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次にその店を見つけたのが、俺が高校の修学旅行で京都に行った時だった。

古い町並みの中を友達と自由時間を使い散策していた時、偶然にも発見。俺は少し驚きつつも、友達に断りを入れ、一人店の中へと入った。

 

 

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか。いらっしゃい」

 

 

そんな数年前とまったく同じ言葉と共に、あの男性が姿を見せた。その姿も数年前とまったく同じで、まるで歳を取ったように見えなかった。また、店内の様子もまったく変わりなく何屋か分からない。

 

何もかもが変わっていなかった。

 

 

「おやおや?誰かと思えば、君はいつぞやの。大きくなられて」

 

 

そう言うと男性は笑顔になり、片や俺はとても驚いた。

男性はともかく、俺は成長期を経てあの頃とはかなり見た目が違う。また、俺がこの店に入るのはまだ2度目。それなのに初見で俺と気づくなんて。

 

この店は客がほとんど来ないのだろうな、と思った。

 

 

「今日は何かご入用……と言うわけではなさそうですね。だと言うのにまたこの店を見つけるとは、よほど縁があるらしい。今は修学旅行中ですか?」

 

 

また訳の分からない言い回しが混じったが、俺は最後の言葉にだけ頷き返す。

 

 

「やはりそうでしたか。いやはや、初めて会ったときはあんなに小さかったのに。時の流れと言うのは、本当に不思議ですね」

 

 

感慨深げに一人頷く男性。それはまるで、あたかも自分はその理の外にいるかのような様子だった。

 

 

「ところであの魔法の本の事ですが……」

 

 

そう言いながら、男性はこちらを観察するような目で見る。

勿論、俺としては……というか、大よそ大抵の人はそんな目を向けられていい気分にはならないだろう。だから、俺は鬱陶しいと口にする代わりに睨んで返した。

 

 

「ふふふ、……うん、どうやらまだ目覚めてはいないようですね。まあ、それはそれでいいでしょう」

 

 

一人何かを納得しているようだが、それが俺に関係しているだろう事は明白なので、出来れば俺にもその内容を教えて欲しい。

そう目で訴えてみたが、曖昧に笑って誤魔化された。

 

 

「なに。いずれ、もしその時が来たら分かりますよ。運命とは時に残酷でもありますが、君なら大丈夫。なにせあの子が選んだ主ですから」

 

 

ここまで要領の得ない、というより訳の分からないことを言われたらもう笑うしかない。

それから男性はまた少し取りとめのなく、訳の分からないことを話していたが最後に。

 

 

「また君に会えて嬉しかったですよ。修学旅行、楽しんでくださいね。では、いずれ、またお会いしましょう」

 

 

そして俺は店から出て、近くのお寺にいるであろう友達と合流すべく足を進めた。

最後にもう一度だけ振り返ってみれば、やはりそこには数年前と変わらず入り口の脇に立て看板。

そこに書かれてある文字も変わらない事から、店名もそのままなのだろう。

 

俺は正体不明の店───『アルハザード』を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。俺は25歳となり、2流大学を卒業後、しがない…本当にしがないフリーター生活を送っている。

あの京都以降、例の店『アルハザード』は一度も見ていない。まあ、もう本当に用なんてないので、次見つけても果たして入るかどうかは分からないが。

 

そしてあの、男性曰く『魔法の本の写本』だが、未だに俺は持っている。持ってはいるが、一ページも読んだことがない。その理由は単純至極……そもそも書かれてる文字が読めないから。

日本語でも英語でも中国語でもフランス語でもイタリア語でもない、変な文字が書かれた本。少しドイツ語に似てはいるが、経済学部卒のフリーターに翻訳できるわけがない。

 

さておき、そんな就職も出来ず、日々をアルバイトのお金だけで過ごしている俺。鈴木 隼(すずき はやぶさ)。

平均的な一般人の人生の、少し下の人生を歩んでいるであろう自分だが別に不満はない。将来が少し不安だが、現状には不満はない。だから良し。今が良ければ全て良し。これ大事。

家賃3万5千のボロアパートで、時給1200円のパチンコ店員のバイト。空いた時間で職探し。時たま居酒屋に飲みに行く。

典型的なフリーターの生活だと思う。

これがずっと続いて欲しいとはいくらなんでも思わないが、今のこんな生活が心地よいのも事実。だから、もう少しだけ続いて欲しいと思ったし、続けるつもりでもあったのだ。こんな平凡な生活を。

 

────だってぇのによぉ。

 

「大丈夫ですか?我が主」

 

只今、俺は見知らぬ女性にお姫様抱っこされるなんて行為を体験中だ。しかも、そんな見知らぬ奴が俺を囲むように、まだ4人もいる。さらに、周りを見渡せば何か知らんが街中木の根っこだらけ。

 

ハァ、もう訳分かんねーんだけど?

 



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02

4~5年前の作品なのにも関わらず、覚えていてくださっている方がいて驚きです。そして嬉しい限りです。
基本は前の作品の加筆・修正を投稿ですが、まるまる1話書き直しもあるので暇つぶしとして片手間に楽しんでいただければ幸いです。


本日は日曜日。

世間は休日で、俺もバイトのシフトが入っておらず一日休みだった。こんな日は本来なら職安に行くかパチ屋に戦いに行くかするのだが、今日の俺は何を思ったのか家で読書。

朝10時に起き、近くのパン屋で大量購入しておいたパンの耳を朝食にし、11時頃から読み出したのだった。我ながらのアンビリーバブル事案だが、たまにはそういう日もある。

別段、小難しい本を読んでいるわけじゃない。主に漫画本、たまに就職についての教本をパラパラめくる程度。

 

そんな調子で時間を潰していたが、肩の凝りや目の疲れを感じた始めた午後2時頃に読書終了。

それから遅い昼飯を取り(パンの耳の卵とじ)、そのあとは……ああ、そうだ。何を思い立ってか掃除を始めたんだ。アンビリーバブル2だな。掃除機かけて、窓拭いて、溜まっていた洗い物を片付けて───そこで見つけたんだよ、あのアルハザードとかいう店の人に貰った古本を。

 

本棚の中ではなく、その上に無造作に置いてあったそれ。尋常じゃないほどのホコリを被っている。

俺はぱんぱんと叩き、そのホコリを取ると、そこにはあの自己主張全開の剣十字が見て取れた。ただタバコのヤニによるせいか、全体的に黄色くなってしまっている。

俺はタオルをぬらし、よく絞った後本を拭いた。見る見る内にタオルは汚れ、片や本は面白いように綺麗になった。まるで古本に見えない。

 

俺は綺麗になった古本を棚の中に戻す───ことはなく、それを鞄にいれた。また、もう読まなくなった漫画本も数冊入れていく。

向かう先は古本屋。

どうせ置いてても読まない本だし、本棚もすっきりする。さらに僅だろうけど金も出来る。まさに一石二鳥。

と言うわけで、古本屋に向かう道を自転車で走っていたのが大体3時すぎ。

 

そして──街が木の根に覆われたのは丁度その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ~~」

 

それは突然のことだった。

俺が自転車を押して横断歩道を渡っていたとき、いきなり大きな木の根が道の下から一気にせり出してきたのだ。

俺はなすすべなどなく、運と位置が悪かったのか、その出てきた根っこの上に乗ってしまい地上から約30~40mくらいの所まで来てしまった。

周りを見渡せばこれまた木。木。木。

下を見下ろせば唖然としたり、泣いたり、逃げ惑う人々。そして突如出てきた木によって壊れた道や建物。

 

取り合えず俺はポケットに入れていたタバコを取り出し一服。空が近けぇなぁオイ。

 

「なんてしてるバヤイじゃねぇだろ!」

 

悠長に余裕ぶっこいてモク吹かしてる場合じゃねーよ!?ナニコレ?

 

「なんでコンクリートジャングルがいきなりマジモンのジャングルに様変わりすんだよ!?地球はそこまで酸素不足か!?」

 

いやいやいや、なんなんだよマジで?

 

「そういや俺の自転車は……うぉ!?木と融合してんぞ……マジかい」

 

古本が入った鞄は肩にかけていたので無事だったが、自転車はタイヤがとれて近くの木と融合していた。

最悪だ。まだ買ったばかりの新品だったのに。1万2000円もしたんだぞ。本を売りに行こうとしてこれか?古本たちがどれくらいの値段で買い取って貰えるかは分からんけど、絶対に損だ。

俺はため息一つを大きく溢し、改めて周りを見る。

街はコンクリート&ウッドジャングルといった様変わりを遂げ、下々の人は慌てふためいている。唯一、この青い空だけが嫌味なほどいつも通り。

 

「ハァ……本当に何がどうなってんだよ。もう訳が分かんねーての。取り合えず地面が恋しいので降りたいが……こりゃ一人じゃ無理だな」

 

梯子も縄も階段もない木を降りられるほど、俺は田舎育ちではない。いや普通の木ならまだしも、ジャックさんが昇るようなこの大木は無理だろ。ここは消防機関にでも電話して助けを呼ぶほかない。幸い、携帯がジャケットのポケットに入っている。

俺は携帯を取り出し119を押そうとし、そこで遠くの方で消防車のサイレンの音が鳴っているのが耳に入った。

 

「まあ、街がこんな有様になったら呼ばなくてもそりゃ出てくるわな。そんじゃ俺は落ちないよう気をつけながらこのまま待つとしますかね」

 

ロック(ウッド?)クライミングの経験なんてない俺が、こんな高い所から一人で降りられるわけもない。なら下手に動かないのが吉。

レスキューは先に大きな被害のある所に行くだろうが、数時間くらいしたら来てくれるだろう。また、もしかしたら下にいる一般人も何かしらの手段を講じてくれるかもしれないし。

いきなり街が緑に覆われた原因も気になるが、考えた所でどうこうなるわけでもなし。その辺は研究者様にでも任せときゃいい。まあ取りあえず携帯で写メだけ撮っとこ。

 

(数時間経っても助けが来そうにない場合はこっちから動かないといけないだろうけど、それまでは気長に寝て待つ────あ?)

 

と、俺が悠長に事を構えていたその時。視界の隅に桃色の細い光が何本か横切った。

信号弾?花火?発炎筒?それともただの見間違い?

そう思った瞬間、次は先ほどと同色ながら一回り以上図太くなった光の線が空を横切っていった。その光線は真っ直ぐ進み、少し遠くに見える一番太い木にぶち当たる。

 

(植物異常発生の次はスペシウム光線か?けど残念、もう驚いてやんねーよ。ハァ、今日は一体どこまでふざけた日───)

 

次の瞬間、そんな余裕な感想を抱いている場合ではなくなった。

何か知らんが、いきなり根っこが動き出しやがった。見れば辺りの根っこもウネウネと動いている。───て言うか、消えていってる!?

 

「お、おい、待て待て待て!なんでそうなる!?それは不味いだろう!」

 

余裕こいて寝そべってた俺も、流石にこれはテンパる。

何故いきなり消え始めてしまったのかは分からんし、この際どうでもいい。問題は別のところにある。

ここは地上から30~40m地点。

もしこの木の根っこが消えたら、その上に乗っている俺はどうなる?

 

「いや洒落ンなんねーよ!?が、頑張ってくれ根っこ!お前は強い子だろう?出来る出来る、頑張れば出来るって!自分を信じろ!消えるな!」

 

そうやって根っこにエールを送ってやるが効くわけもなく。

数十秒の応援の末、なんの頑張りも見せず足元の根っこは消滅してしまった。自然、空中に投げ出されてしまった俺。

そうなった場合、人が何の補助もなしに浮遊できるわけがないのは誰もが知っていることなので、俺も順当な未来を辿った。

つまり落下。

 

「どぅおういやああぁぁあぁあああぁぁぁあああ!?」

 

一瞬の浮遊感の後、内臓が押し潰されるような感覚と共にフリーフォール。近くの景色は素早く流れ、遠くの景色はほとんど動かない。

人は死に瀕すると走馬灯を見ると言うが、どうやら俺にそれを観賞する権利はなかったようだ。ただ、現実の景色が無情にも流れていくだけ。

 

(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬダーーーーイ!?)

 

なんてフザケた心境だが、勿論現実はそんな軽口叩けない程ダイ・ハード状態だ。いや、かのウィルス氏でもこりゃ死ぬよ。だって掴まるとこなんてねーし、掴まえてくれそうな人もいねーんだぜ?

……いや、マジかよ。

俺はまだ就職もしてないし、結婚もしてねーんだぞ?まだまだ遊び足りないし、ヤり足りない。ていうかそもそも童貞だし!彼女すらいねーし!

なのに死ぬ?こんな訳の分からん事で?25歳童貞、超常現象によって死亡ってか?……ざけんな!俺ァ生きる!たかだか30~40メートル落下したくらいで俺がくたばるとでも……。

 

(いやいやいや、絶対絶命~~!?!?軽く人死ぬ高さだっつうの!!)

 

だあああ、クソ!こうなりゃ誰でもいい!神でも悪魔でも何でもいいし、好きなモンくれてやる。一生童貞でもこの際……こ、この際……ぐぅっ……ああ、いいよ!一生童貞でもかまわん!

 

「だから、誰か俺を助けやがれ!!!!」

 

助けを求める声にしては傲慢で、遺言にしては勇ましいその言葉。──勿論、俺はもうこの時点で死ぬだろうと思ってた。諦めてた。諦める事が嫌いな俺でも諦めてた。負け犬の遠吠えのそれと同じで言った言葉だった。

 

……だから。

 

《拝領──起動します》

 

どこからか聞こえたその声が、まさか俺の言葉に対する返答だとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たる地面への衝撃に歯を食いしばり、その怖さに目を瞑った俺。

しかし、根っこが消えてから数十秒の時が流れたはずだが、未だその衝撃が身体を襲わない。もう十分に落ちきる程の時間は経ったはずなのに。

なぜだ?案外死ぬほどの痛みってのは痛くないのか?それとも記憶が飛んで、もう俺は死後の世界に足を踏み入れた?

……そうなのかも。きっと俺は呆気なく死んでしまったのだろう。せめて重傷でも生きたかったが、まあ、痛みがなかったのは僥倖だ。あれだけ願った結果がこれっつうのもちょっと納得出来ねーけど。

それにしてもなんだ?この誰かに抱きかかえられているような感覚は?もしや、これがあの世に渡る船に乗った時の感覚なのだろうか?だとしたら何とも乗り心地に良い船だ。渡し賃を六文以上あげられる快適さだ。7文くらい出そう。しかも何か超いい匂いするし。極楽極楽~。

 

「大丈夫ですか?我が主」

 

ふと、そんな声が俺の鼓膜を叩く。

俺は『は?』と思い、閉じていた目をおっ広げた。───眼前に女性の顔があった。しかもその女ときたら、俺がこれまで見たこともないような美女だってんだから驚きも一入。

 

「よかった、ご無事のようで。中々目を開けられないので心配しました」

 

さて、俺はこの現状をどう理解すればいいのだろうか。

落下して死んだと思われた俺の目の前には、何故かこちらを気づかう眼差しで見つめる女性がいる。その女性は俺の首の後ろと膝の裏に腕を回し、俺はいわゆるお姫様抱っこをされた状態。さらに俺の腹に女性のお胸様が当たってらっしゃる。ていうか豊満過ぎて乗ってるぅ!?

 

いやいやどうなってる?俺、あの世へと船で向かってたんじゃ……。でもこの女性の温かさは凄く現実味がある。

つまり、この場合のアンサーは。

 

「……もしかして、俺、生きてんのか?」

「はい。主の御身体も一切の無傷です」

「生きてる?ザ・生存?……イェア!!!」

 

初対面の女性の言葉を信じるのは普通なら危ないだろうが、今は別。死んだと思ったのに生きてると言われたんだ。この現実を信じないはずがない。信じたくないものからは目を背けるが、信じたいものはガン見する。こんな綺麗な女ならば尚更。

 

それに何故か……本当に何故かだが、この女は俺には絶対に嘘を言わないと思った。不思議とそう感じた。

 

「ああ、生きてるってスンバらしいなー。よォ、あんたもそう思わないか?」

「はい。本当に御身がご無事でなによりです」

 

いやいや、ほんとーに死ななくてよかった。やり残した事なんて一杯あるし、ヤリたいこともあるんだからな。

ひとまず、命の危機は回避できた事に喜ぶ。───で、次だ。

 

「んで、あんた誰だ?そしてなんで俺を抱えている?いやまあ、綺麗な姉ちゃんにボディタッチされんのは嬉しい限りだけど、流石にお姫様抱っこはなぁ……こう、不甲斐ないっつうか恥ずいっつうか。取り合えず降ろしてくれっか?」

「それは……あ!動かないで、どうかこのままで。落ちてしまいます!」

「は?」

 

そこで俺はようやく自分の現状を改めて把握した。

浮いてるのだ。この俺が。いや、正確に言えば浮いているのは俺を抱えたこの女性。地上から約20m付近で俺共々この女性は浮いているのだ。なんの補助も支えもなしに。

 

(なんじゃこりゃあああああ!?)

「失礼」

 

胸中で叫び、混乱の極みに置かれる俺の耳にまたも女性の声が聞こえた。ただ、その声は俺の抱えている女性のものではない。聞いた事もない、第三者のもの。

俺はその声が聞こえた方に視線を向け、そこで図らずもまた頭が混乱してしまった。

 

(浮いてる人がまだ他に4人もいるぞ……人間びっくりショーか?)

 

そう。浮いているのは俺を抱えた女性だけでなく、なんとその周りにも成人女性2人、幼女1人、成人男性1人が宙に浮いていた。

もう本当に訳が分からない。て言うか、まずあんたら誰だ?

 

「主。いろいろとご質問はおありでしょうが、それは後ほど。今はこの場を離れるべきです」

 

そう言うと、その女性は先ほどスペシウム光線が発射された方向を睨みつけた。瞳には明らかな警戒の色が窺える。また、他の4人も同様に表情が険しい。

俺にはその5人の心情など分かる筈もないが、今すぐこの場を離れたほうが良いというのは賛成。なにせ、下の人々から驚きの目やどよめきが此方に向けられているから。

 

「行くぞ、お前達。主、しっかりと彼女につかまっていてください」

 

そう言って皆は俺の意見は聞かず、空を駆けていく。

俺は訳が分からなかったが、取り合えず言われたとおり、俺を抱えている女性の体にしがみ付いた。その際、いろいろと柔らかいものが当たったが、まあ、不可抗力だ。いちおう、ご馳走様と言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はまず最初に礼が言いたかったのだ。俺を抱えてくれた、あの綺麗な銀髪の女性に。

地上30~40m地点からの落下。それも頭から。まず五体満足で助かる未来はなかった。だから俺もあの時、死ぬ事が目に見えていたから『死にたくない』と心の底から願ったのだ。そしてその願いを聞き届けてくれたのが件の銀髪の女性。

お礼の言葉というのが大嫌いな俺でも、流石に今回は低頭だ。それが例え空飛ぼうが、背中に人類ではありえないモノが付いていようが、ヘンテコな服着てようがまずは礼を───。

 

(出来る訳がねーだろ!)

 

礼も出来ないし、それを華麗に流せるほど人間も出来てない。

だって空飛んだんだぜ?ビューンって。しかも羽生えてんだぜ?バサって。……そんなのどうやって流せっつうんだよ?助けてくれた人は実は人外でしたってか?ンなファンタジー、流せるかよ!

 

「で、あんたら一体何モンだ?」

 

人気のない森の中、その開けた場所に降り立った俺たち。

そこで俺は降ろして貰い、礼を言うよりもまず開口一番にそう言った。そして初対面にも関わらず敬語もなし。こんな訳の分からない状況で言葉遣いに気を使えるほど、俺の適応能力は高くない。そもそも敬語が嫌い。

 

「我ら夜天の写されし意思とその騎士──主を護りし徒花。此度、主の願いを聞き届けるためここに参上仕りました」

 

そう言い終え、片膝つき頭を下げる5人。

訳の分からん言葉を言われ顔を顰める俺だが、続く言葉にさらに俺は混乱した。

 

曰く、魔法の本の写本の正式名称はデバイス・『夜天の写本』。機能はありとあらゆる魔法を蒐集し、保存する、いわゆる資料本。

曰く、5人はその本から出来た魔法生命体であり、守護騎士。うち一人、銀髪の女性は本自体の意思。

曰く、5人の目的は本の守護、及びその持ち主(つまり俺)に仕え、護る事。併せて魔法の蒐集。

曰く、5人の総称は守護騎士『ブルーメ・リッター』

曰く、俺、魔導師(魔法使い)になっちゃった。

 

曰く曰く曰く曰く───。

 

5人による約30分の事情説明を聞いた俺の感想は以下のものだった。

 

「いや、ふざけろよ」

 

なんだそれは?魔法、デバイス、騎士……どこの御伽噺だ?今は21世紀だぞ。てか、主?魔導師?俺がいつそんな職業に就いた。履歴書なんて送ってないぞ?魔法使いだぁ?それになるには後5年早い。

 

「いえ、決してふざけてなど。主が16年前、夜天の写本を手に取ったその時から、もうすでに契約は成っていたのです。そして今回の件でリンカーコアが覚醒し、正式に魔導師になられました」

 

16年前、あの店で本を手に取った時?……正確にはあの男に持たされたんだ!

まあ、結局俺はそれを持って帰ってしまったので何とも言えないが、それにしたって滅茶苦茶だ。そこに俺の意思はねーのかよ。

 

「……確かに俺はフリーターだ。仕事も今探している。だからって主とか魔導師とか、そんな訳の分からん職業に就く気はねー」

「は、はあ……いえ、別に主や魔導師が職種と言うわけでは」

「兎も角、俺はそんなものに就職する気はサラサラない。誰か他を当たってくれ」

「申し訳ありませんが、それは出来ません」

 

は?出来ない?なんでさ……ああ、そうか。口頭だけでは駄目という事か。

 

「後日、改めて辞表を出す。それでいいか?」

「そうではありません!」

 

じゃあ、何だっつうの。

 

「この契約はそう簡単に辞めることは出来ないのです。また他者への譲渡も然り。唯一の手段は主、もしくは書の消滅のみです」

「……文字通りの終身雇用というわけか」

 

なんて事だ。普通の会社ならその雇用は歓迎なんだが、この場合は死ぬまでと来たもんだ。

まさか俺が知らぬうちにそんなモノに就職してるなんてな。職業・魔法使いでご主人様、てか?───頭いてー。

 

「だけどなぁ……仮に俺がその役職につく事を認めても、現実はそう簡単にはいかねーぞ?」

 

まず頭に浮かぶのはこいつらを置く場所。

俺の1DKのアパートは一部屋10畳くらい。そんな中で俺含め6人住むって……無理ではないが、少々無茶だ。こいつらが他の場所で住むと言ってくれるなら問題ないが、この様子じゃそれもない。5人から『ずっとお傍に』って感じの雰囲気が溢れている。嬉しいような、うざったいような。

それに、よしんば一緒に住むとなっても次に挙がる問題は金。これ、いっちゃん重要ね。

しがないフリーターである俺の経済力など高が知れている。とても5人を養えるモンじゃない。

 

魔法とか主とか、正直そんな事はもうどうでもいい。結局、そんな非現実的な問題より現実の問題の方が大きいのだ。

 

(反面、利点もしっかりあるんだよなぁ)

 

まず一つは女性と同棲出来る事。女性と同棲出来る事!ど・う・せ・い!!

うん、これ、かなりデッケェよな?しかも女4人のうち3人は極上と来たもんだ。しかも俺を(義務だろうがなんだろうが)主と言って慕っている………ヤバくねーか?いろいろと。他2人は野生系マッチョ風な美男子とちんちくりんなガキだが、この2人以外との同棲は正直惹かれる。……訂正、臓物の底から至極惹かれる。ご近所の目が些か小うるさそうだが、そんなもんを気にする俺じゃあない。

で、次に金だ。

確かに現時点では余裕はねーけど、それは俺だけの収入源しかないからだ。ガキは兎も角ほかは見た目成人。その4人にも働いて貰えばけっこう懐が潤うんじゃねーか?

俺合わせて5人でバイトするとして、一人頭月に最低10万。うち、もし誰か就職したらさらに増し。家賃3万5千で光熱費、食費、その他諸々合わせても5人でしっかり働けば…………おい、結構いけんじゃねーか?

 

(つーか、今よりいい暮らし出来んじゃね?)

 

魔法とか、騎士とか、主とか、そんな訳の分からんものはもう考えないで、この際単純に働き手が増えると考えよう。しかも、俺に従順なご様子。いろいろと拒否しないだろう。

ふ~ん……問題はいろいろあるだろうけど、まあ……。

 

「主。現実の問題やご自身の気持ちの問題もあるとは思いますが、どうか我々を……」

 

あまり感情の出ていない顔を俯かせ、片膝をついて俺に恭しく頭を垂れている5人。

俺はポケットからタバコ取り出すと火をつけ肺に思いっきり入れ、煙を吹き出す。赤毛のガキが眉をすぼめるのが見えたが俺は全く構わない。

ワリーけど、ガキの前でも吸わせて貰う。こっちももう一応覚悟決めたんでね。こいつらとの間でもう遠慮はしない。

 

「オッケー、オーライ、了解、了承、ばっちこい。夜天の主だっけか?それに就職してやんよ」

「主……ッ!」

「もちろん、いろいろと条件はあっけど、それさえ呑んでくれりゃあ取り合えずはドンと来いだ。ああ、そうそう。知ってっかもしんねーけど、俺の名前は鈴木隼な。鈴木でも隼でもハヤちゃんでも、好きに呼んでくれ」

「はっ。主ハヤちゃん」

「よし、隼と呼べ」

 

てな訳で。

どこかの桃園で義兄弟の誓いした人々よろしく、俺たちもこの辺鄙な森の中で偽家族の誓いを果たしたとさ。

 

さってと、結構勢いで決めちまったが今後どうなることやら。

 

(あわよくば、この中の誰かとカレカノな関係になりてぇなー。そしてそして……むふふっ)

 

まっ、何とかなるだろうし、何とでもならぁな。

 

 



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03

 

一週間が経った。

何からかと言うと、言わずもがなあの古本娘たち(1名男だが)との出会いから。

当初の予定通り、あいつら5人は俺と共に1DKのクソ狭い部屋で寝食をしている。

ここで1人ずつ改めて紹介しておこう。

 

烈火の将──シグナム。

桃色の長い髪をポニーテールにしているメロン娘。性格は質実剛健、昔いたとされる武士のような女だ。若干堅苦しい奴だがメロンなので許す。5人のリーダー的存在。くどいようだが、それとメロンだ。スイカでも可。むしろ応。

 

管制人格──夜天。

俺を助けてくれた銀髪の女性。シグナム程ではないが彼女もメロン。そして形のいい桃の持ち主だ。性格はとても優しく、いつも一歩引いた所に立っているような感じ。守護騎士たちの母親的存在。ふんわりと包み込んでくれそう。あと時々羽が生える。

 

湖の騎士──シャマル。

淡い金髪の女性。彼女は……金柑くらいだな。が、全体的な均等は一番。性格はおっとりって感じで悪くない。否、良し。あと料理が滅茶苦茶上手い。和洋仏中、なんでもござれの料理人だ。

 

守護獣──ザフィーラ。

犬耳尻尾を有したマッチョ。あまり喋らないが、無口というわけではなく、どっしりとした兄貴のような奴。守護獣というものみたいで、狼にもなれる不思議君。ちなみに彼には頻繁に獣形態で俺の枕になってもらっている。イケメンなのが玉に瑕。

 

鉄槌の騎士──ヴィータ。

死ねクソガキ。ガッデム。

 

以上が俺の同居人の概要だ。

最初、こいつらには名前がついていなかった。なんでも、『正本の騎士にはきちんと名が付いていますが、我らは写本。やはり同じ名を名乗るのは憚られます。ですので、宜しければ名前を頂ければ……』との事。

それに対する俺の返答は『ああ?別にいいだろ。どうせオリジナルと合う事なんてないだろうし。気にせんで名乗れ名乗れ』と温かい言葉をかけた。……ぶっちゃけ、考えるのが面倒だったのよ。

しかしながら、夜天だけはオリジナルにも名前がないらしく、結局俺が名づけ親になった。名前の由来は言わなくても分かっだろ?

 

それで、次にこの同居に関しての条件だが。

1.クソガキ以外は仕事すること。

2.家事は毎日交代制。

3.貧しくても文句たれんな。

と、こんな感じ。本当は『4.俺の夜の相手をしろ』も付けたい所だが………言える筈がない。もし言えてたら俺はとっくに脱童貞している。

 

この上の条件でちょっと厳しかったのが1の仕事だ。当初は誰か一人くらいは就職でもさせてやろうかと思っていたが、それが確実に無理なことが判明。戸籍がないのだ。よって住民票などの標本が貰えない。まったく世知辛い世の中だ。

そんな訳で4人の金策手段はアルバイトのみ。これなら履歴書の提出のみなので問題なし。多分に私文書偽造になってしまうかも知れないが、そこまで詳しく身元を調査するはずもなし。ただのアルバイト希望なら、面接でいい顔してたら大抵合格するもんだ。そしてその証拠に全員もうバイト先が決まった。シャマル以外は俺と同じパチンコ店、シャマルは翠屋という近くの人気喫茶店だ。

 

そんな感じで同居生活がスタートしてから1週間。なんとも慌しい1週間だった。

まずはアパートの管理人やご近所さんに大所帯になる事の報告。こいつらの服、及び日用品の調達………正直、かなり滅入った。特に服や日用品の調達だ。なにせ金がない。こいつらにバイトさせると言っても、それですぐ金が入るわけじゃない。故に当面の金は俺が出すしかない。……ああ、そうさ、俺が出したさ、貯金崩したさ!なんで女物の服や下着ってあんな高いんだ?マジびっくりだわ。

 

俺は結構早まったかなーとも思ったが、もうここまでくれば腹を括った。

部屋がいくら手狭になろうが、貯金が少なくなろうが、なんでも来いだ。もうデメリットは考えん。メリットだけ見てれば幸せになれるんだから、もうこの際他のもんには目を瞑る。耳も閉じる。あーあー、見えない聞こえない。

 

ああ、それと俺が魔法使いになった事や魔法の蒐集の件はガン無視を決め込んだ。『ワリーけど、ほかの事に目ェ向けてる余裕ねーんだわ。あんたらもバイトにだけ集中しろ』、そう云っておいた。

それに対し5人は『はあ、まあ主がそれでいいのなら』という、何とも適当なものだったのでまあ良し。

 

まだまだ問題は山積みだが、まあ適当にやっていけば大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日、朝。

ああ、あれからもう1週間かーと思いながら俺はベランダでタバコをふかしていた。

あいつらと同居して早一週間。最初は『女性と寝食共に出来るなんて、俺の人生キタねこれ。勝ち組の仲間入り~』と思っていたが、そう単純なものではなかったと気づくまでそう時間は掛からなかった。

狭く感じる部屋。寝る場所は約10帖の洋室からDKに。食料や日用品の消費の早さ。ご近所の目。

唯一の救いとしては綺麗な女性に囲まれての生活なのだが、それも中々どうして、ハプニングが起こらない。例えばお風呂で、例えばトイレで、例えば寝室で……びっくりどっきりお色気イベント皆無だ。マジがっかり。

 

(まあ、退屈しねーのはいいことだけどよ)

 

そう。退屈だけはしない。そりゃもう、ウザってーほどだ。特に───

 

「おい、いつまでタバコ吸ってんだよ。朝飯出来たっつってんだろ?早く来いよ、このクソ主」

 

これだよ、こいつだよ、このクソガキだよ!

長い赤毛をなびかせてベランダに姿を見せたと思ったら、開口一番にこの毒舌。こいつは同居初日からこんな感じだった。なにかと俺に突っかかってきやがる。他の奴らは程度の差はあれ、俺に対して敬意のようなものを出しているのに、このクソガキときたら!

別に主として敬えとは言わないが、それでもこうまでガンつけられたら俺の怒りメーターも即MAXですよ?

 

「おうおう、わーったよ。つうか朝からぴーちくぱーちく喧しいんだよ。それとガンくれてんじゃねーぞ、クソガキ」

「へッ、そりゃ悪かったな。どこかの誰かは耳が遠いのか、呼んでも中々来ねーかんよぉ?なあ、ド級クソ主」

 

お互い、子供のように汚い言葉を交わす。そしてお互いの口角がひくひく。

いつものやりとり。そしていつもの生意気なクソガキだ。いや、ここ数日で特にナメた口聞くようになりやがった。

 

「ああ、シグナムか夜天かシャマルかザフィーラの声ならよく聞こえんだけどなぁ。どうにもどっかの誰かの声だけは中々聞こえねーんだわ。不思議だろ?」

「ああ、そうだな。一度病院行った方がいいんじゃねーか?耳じゃなく頭の。で、手術して貰え。ショッカーの改造手術。ほら、練習だ。"イーッ"て言ってみろ、"イーッ"て」

「「……………」」

 

沈黙が場を満たす。しかし、次の瞬間には不愉快な事に全く同じ言葉がお互いの口から発せられたのだった。

 

「「上等だコラぁ!」」

 

俺はベランダに置いてあった植木鉢を、ヴィータは首から提げていた待機状態のデバイスを手にそれぞれ構えた。

 

「今日と言う今日は頭ぁキたぞ、このクサれロリータァア!てめーの鉄槌を痛デバイスにしてやんよぉ!」

「コいてんじゃねーぞ、このろくでなしフリーター主がぁ!てめぇの血でアイゼンをヌチャっと新色に模様替えしてやんよぉ!」

 

一気に場は緊張し、近くの電線にとまっていた小鳥がピーピー鳴きながら飛んでいった。そしてお互いが睨み合い数分、俺の咥えているタバコの灰が下に落ちたその時─────。

 

「またですか、主」

「ヴィータもいい加減にしろ」

 

部屋の中で成り行きを見ていたシグナムと夜天がとうとう痺れを切らしてやってきた。

俺とヴィータが争って、主にこの2人が仲裁に入る。

もうパターンになりつつある流れだ。

 

「夜天、ワリーのはこのクソガキだ。だから文句ならヴィータに───」

「シグナム、ワリーのはこのクソ主だ。だから文句は隼に───」

「「ンだとゴルァ!?ヤんのか、てめぇ!」」

「「………ハァ」」

 

俺の朝起きてから朝食までの時間はだいたいいつもこうやって過ぎていく。

正直、ヴィータに腹は滅茶苦茶立つが…………まあ、嫌いなやつではない。こういう素直な反応を示すガキってえのが、俺は嫌いじゃねーんだ。その啖呵の良さも中々どうして、様になってるし。

ムカつくけどなァ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっぱうめーな、シャマルの料理は」

「ふふ、ありがとうございます」

 

日課となりつつある朝のヴィータとのやり取りから少し、今は朝食の最中。

今日はシャマルが料理当番という事で、より一層食が進む。もちろん、他の皆も料理は出来るがシャマルだけは最初から別格だった。ホント、美味いんだよ。

 

「シャマルはあれだな、料理の騎士だな。ホント、料理で癒される。ああ、やっぱ主になって良かったわ」

 

実は本当に一番主になって良かったと思ったのはこの料理を食べれた事だった。

適当なスーパーで、適当な材料を使い、適当な器具を使ってこの美味さ。ハッキリ言って、そこいらの店の料理など霞んで見えるぞ?て言うか、どうやって俺んちのお袋の味まで再現してるんだろうか?いや、ホント凄い。

ただ……聞いた話では正本のシャマルはどうやら料理が下手らしい。それも破滅的に。それで、そのままでは不味いと思い、生みの親(あのアルハザードの店主)が写す時にいろいろと調整したとの事。

いや、いい仕事したよ店主。もし今度また会えたらお礼を言っておこうと心に誓ったくらいだ。

 

「おかわり~」

「わっ、もう食べちゃったんですか?ふふ、ちょっと待っててくださいね」

 

そう言って俺の手から小鉢を取り、おかわりを入れてきてくれるシャマル。

ああ、何かこういうのいいなぁ。やべ、なんか夫婦って感じじゃね?……いや、どちらかと言うと親子?いやいや、そこは夫婦にしとこうぜ!

なんて事を思いながらおかわりを待っていると、ふと横から視線を感じた。そちらに目を向けてみればヴィータがジト目でこちらを見ていた。

 

「ンだよ?」

「………別に」

 

そう言ってそっぽを向くヴィータ。

一体なんなんだと思い、追求しようと思ったらヴィータが何かぶつぶつ言っているのに気づいた。

 

「ンだよ……あたしの料理当番の時はそんなにガツガツ食べねーくせして、シャマルの時だけあんな一杯食べてさ……むかつく」

 

………ったく、これだから嫌いになれねーんだよな、このお子様は。

 

「おい、ヴィータ。口開けろ」

「あん?───むぐ!?」

 

俺は食べかけの卵焼きをヴィータの口に突っ込んだ。

 

「い、いきなりなにすん───」

「お前もこれくらい美味いの作れ。ならガツガツ食べてやんよ」

「お、おおおまっ…、人の独り言聞いてんじゃねーよ!」

「声がでけーんだよ、アホたれ」

 

ホント、こいつってあれだな、ツンデレだな。いや、デレてはねぇか。けど素直な奴じゃない事は確か。それに喧嘩もよくするが……てか、毎日するが、こいつも俺をきちんの主として認めてはくれてんだよな。……まるで敬意はないが。

けど、だからって俺はこいつが好きじゃない。嫌いじゃないのは確かだが、好きでもない。てか、ムカつく!いくら素直じゃないっつっても限度があんだろ?こいつ、毎日最低でも2回は俺にアイゼン向けてくんだもんな。

 

「べ、べべ別にお前にガツガツ食って欲しい訳じゃねーかんな!ただの純粋な感想で、だから変な勘違いすんなよ!」

 

……まっ、やっぱ嫌いにはなれねーな。ナイチチは嫌いだけどツンデレは好きだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝飯を食い終わって一段落後、それぞれが行動を開始した。

シグナムとザフィーラはバイト先であるパチンコ屋へ勤労へ。シャマルもバイト先である喫茶店へ。ヴィータはゲームをしている。で、残った俺はと言うと───。

 

「そう、その調子です。そのまま魔力を維持して」

 

今日はバイトがオフの夜天に魔法を習っている。

 

「もう飛行と浮遊の魔法はかなりモノにしましたね」

「当然だ。俺を誰だと───いでっ!?」

 

言った傍から魔力の制御を誤り、頭が天井に激突。かなりの勢いで思いっきりぶつけてしまった。これ、頭が変形したんじゃね?ってほどだ。

 

「おおおぉぉおおおぉおおっっっ!?」

「あ、主!?ご無事ですか!」

「ぎっっ、のおおぁわぁぁあぉおおお!?」

「で、ですから、外で練習しましょうとあれほど……」

 

そう。何を隠そう、俺は部屋の中で魔法の練習をしている。何故って?ンなの、万一にも人目についたらまじぃだろ。多少……いや、かなり狭いがこれはしょうがない処置だ。

 

最初に言ったように、当初は本当に魔法の事なんてどうでもよかった。別に魔法使いになりたいわけでもないし、魔法が使えるからっていい会社に就職出来るわけでもない。趣味でやってもいいが、そんな事に時間割いている余裕があるならバイトする。

そう思っていたし、今も思っている。

だが、何事にも例外はある。そう、ある2つの魔法に関しては例外的に練習する事に決めたのだ。

そのまず1つが『飛行』の魔法。その理由は……って、説明いる?空飛べるんだぞ?舞空術だぞ?生身でブーンだぞ?練習しないわけねーじゃんよ。

で、2つ目の魔法は『手から魔力弾を出す』魔法。その理由は……って、これも説明いる?俺、男の子よ?DBZとストリートファイター大好きよ?ガキん頃、一度はあのポーズ取って何か出そうとしなかった?それのマジモンが出来るんだぞ?やらいでか。

 

「魔法の構築はほぼ問題なく行われていますが、緻密な制御がまだ不十分のようです。けれど、ただ空を飛ぶだけなら、なんら問題はありません」

 

ようやく痛みが納まり、脇に抱えていた夜天の写本を壁に投げて八つ当たりした後、時を見計らって夜天がそう言った。

 

「お、マジ?練習開始たった5日で夜天のお墨付き?」

「はい。これもひとえに主の修練、努力の賜物です」

「よせよせ。全部夜天のお陰だ。いや、ホント、あんがとな」

 

ギャルゲならここで俺が撫で撫ででもしてやる場面なんだろうが、生憎とここ現実。

以前、ためしに赤毛の獰猛なクソガキを『ニコポするかな~』って感じで頭を撫でたところ、アイゼンの一振りが返ってきたのは記憶に新しい。

 

「よし、これで今日からバイトの行き帰りが楽になった!」

 

今までチャリで行ってたかんなぁ。今日もバイトに行ったシグナム達が当初は羨ましかったもんだ。あいつら、バイト行くときは超高度超スピードで空飛んで行ってたかんな。片や俺はチャリで地道にえっさほいさだ。

 

「おい、ヴィータヴィータ。ほら見てみ?──秘技・空中犬神家」

 

飛行許可が降りてテンション上がった俺。そんな俺を見てテレビゲームをしていたヴィータが此方を振り向いて一言───。

 

「死ねば?」

「よーし、その喧嘩買った」

 

本日2回目の衝突は夜天が仲裁に入るよりも早く、クソガキのアイゼンと俺の飛鳥文化アタックが激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべーーーーーー!」

 

俺は今、空をモノスゴイ速度で翔けている。その速度たるや、風圧で目が開けられないほどだ。これも練習の成果………つうか目痛ぇ!今度ゴーグル買っておこう。

で、何がヤバイのかというと時間。で、何の時間かと言うとバイトのシフトの時間。

そう、俺今遅刻しそうなんよ。

シグナムたちは午前中からだったが、俺は午後からのシフト。それをすっかり忘れていた俺はのん気に昼飯を食べ、その後一服。気づいた時には5分前。

 

「クソ!1分でも遅れると次長の奴うっせーってのに……もっとだ、もっと羽ばたけ俺の翼!」

 

俺の背には夜天と同じ漆黒の翼が付いている。ただ彼女は2対4枚に対し、俺は平凡な1対。第一印象は『うわ、カラスじゃねーか』だ。また、騎士甲冑なんて専用のコスチュームもあるらしいが、形を考えるのが面倒なため作っていない。よって、今の俺の格好はジャージに翼という超アンバランスなもの。

 

「メロスになるんだ俺!セリヌンティウスが待ってんぞ!」

 

俺はまだシグナムたちのように雲の上なんていう超高度を飛べないため、街の景色が流れるのがよく見て取れる。そこには1週間前のあの木の根による被害はもう窺えない。

 

(そういや何でああなったんだろうな?それにあのスペシウム光線も結局分からずじまいだし)

 

まあ、別にどうでもいいか。街はもうほぼ元通りだし、あの光線も詮索したってだからどうするって話だ。それにあの事件のお陰で俺は今なんちゃってハーレム体験中だし。

結果だけみれば、まあ良い方の割合が高い。

 

「今の状況は極悪だがな!こんな事なら飛行より瞬間移動とかワープ教えてもらやぁ良かったな。あるか知んねーけど────」

「ニャーーー」

「にゃんちゅう!?」

 

んなわけもなく。

いきなり大音量で猫の鳴き声が鼓膜を叩いた。それの発生源だろう方角を見てみれば、なんとそこには猫がいた。いや、普通の猫じゃねーよ?なんていうか……ああ、でけぇ。

その猫のいる場所は確かどっかの金持ちの森の中。なんだ?金持ちの道楽で遺伝子組み換え実験でもしたのか?

つうか、先週に引き続きまたびっくりどっきりかよ。ここ最近訳の分からん事づくしだったから、ただのデカ猫くらいじゃ驚かねぇぞ?……鳴き声を聞いて魔力制御を誤り落ちかけたが、決して驚いたわけじゃねぇ。

 

「一体全体なにがなんだか……取り合えず写メっとこ」

 

カシャカシャっと……うし。帰って皆に自慢しよう。あ、ついでにムービーも撮っとくか。

携帯の画面越しにあの巨体を見る。と、そこでようやくく気づいたが足元に何かあるのか、猫はずっと下を向いて前足を動かしている。

 

「ンだぁ?一体なにが……まさか人じゃねーだろうな……」

 

肯定する要素もないが、否定する要素もない。ここからでは何も見えないのだ。しかし、もし人だった場合かなりヤバくね?あの大きさの猫にじゃれ付かれて無事ですむ人なんて、たぶんムツゴロウさんくらいのもんだぞ。

正義の心を持って様子を見に行くか、大半の一般人がよくする見て見ぬ振りを決め込むか。

俺的には断然後者だが……さて、どうしよう?

と、悩んでいたらまた状況は変な展開を見せた。なんか幾つかの変な黄色い光が猫にぶち当たった。その衝撃で猫が断末魔の叫びを上げながらぶっ倒れる。

 

「オイオイオイオイ!?ありゃ死んだんじゃねーか?」

 

少なくとも無傷ですむモンじゃないような気がする。なんか爆発してたし。煙出てるし。動物愛護法って知ってっか?俺は言葉だけなら知ってる。

ともあれ、もうムービー撮影は止めとこう。こんな動物虐待シーンを撮るために撮影していたわけじゃない。ついでにショッキングシーンのデータも消しておこう。

 

「ハァ、やれやれ。面白可笑しいモンが撮れたと思ったんだけどな。まっ、写メだけでも十分にあいつらに自慢でき─────ああ?」

 

携帯を操作し終わり、顔を上げてもう一度猫が居た所に目を向けてみると、なんといつの間にかあのデカ猫は忽然と姿を消していた。

何故?え、もしかして白昼夢?……しかし、片手に持った携帯のフォトフォルダを見ればしっかりと画像が。

 

また訳の分からん事に、と頭を捻る俺の視界にまたも変な物が入った。それが今度は近づいてくる。そしてそれは俺の目の前でびたっと止まり、5mくらい間を空けて対峙する形となった。

それは物ではなく者だった。

金髪をツインテールにし、レオタードみたいな変な服にマント。年の頃は10歳前後とヴィータくらい。そして右手にはこれまた変な棒。

 

まあ、格好で言えばこちらも右手に古本持った羽根付きジャージ男だが。

 

(なんだ、このガキ?つうか、なんかガンつけてねぇか?)

 

めっちゃ睨まれてんだけど。てか、なんで初対面のガキにこんな警戒されてんだ俺?

会った事……ねーよな?こんなガイジンで可愛らしい顔のガキなら、一度見たら忘れんと思うし。…………あれ?ちょっと待て。

 

(なんでこのガキも浮いてんの?)

 

今更ながら気づいた衝撃の真実。てか、マジで今更だ。あー、まあ最近こういうに慣れて来てたからなぁ。ちょっと感覚が馬鹿になってるわ。────つまり、こいつはアレだろ?

 

「また魔導師……なんで管理外世界に2人も……」

 

少女、初発言。そしてその発言で俺の予想は的中。

やっぱこいつ、魔法使いだわ。

でなければ、こんなガキの口から魔導師なんて言葉でないし、なにより浮いてるし………間違いないっつうか、もう決め付けた。こいつは魔法使い!はい、決定。

て訳でまずは第一コンタクト。

 

「よう。いやぁ、今日はあちぃなー。最近調子はどうよ?あ、はじめまして。俺ァ鈴木隼な」

「……へ?」

 

同じ魔導師同士、さらに相手は外人みたいなんでフランクに接してみたが、なんかガキの方は拍子抜けしたような顔になった。

何故だろうか?おかしな事は言ってないはずだが。

 

「お前も魔法使い……ああ、魔導師っつうんだっけ?俺んとこの奴以外の魔導師って初めて見たわ。よろしくな」

「え、あ、あの……」

「いやぁ、いきなりガンくれてきやがったから喧嘩売ってんのかと思ったけど、まあ、初対面だしガキだからな。今回は見逃してやるわ。あ、ところでお前って魔導師歴どんくらい?ちなみに俺はまだ若葉マークな1週間だ」

「え、えっと、その……」

 

こちらの矢継ぎ早な言葉について来れないのか、狼狽しているガキ。

対して俺は初めてシグナムたち以外の魔導師に会えたので興味深々だ。テンションあげあげ。

 

「なんかよぉ、いきなり訳の分からん内に夜天の主なんてモンになってたわけよ。ところで、お前のデバイスってその杖?杖型デバイス?」

「ええっと……杖じゃなて戦斧で……あ、でも鎌にもなります」

「斧に鎌?おいおい、イカすじゃねーか。俺なんてこんな古本だぞ?シグナムもゴツイ剣だし。……なあ、これとそのデバイス交換しね?」

「そ、それはちょっと……」

「だよなー。でも男といったら剣とかだろ?それが本って……まあ、別に魔法にそこまで執着はないからいいけどよぉ」

「はぁ……」

「ああ、それから聞いてくれよ。うちにさ、ヴィータっつうクサレ赤毛がいんだけど─────」

「あ、あの!」

 

人が話している最中にいきなり大声を出して割って入るガキ。その顔からはかなりの戸惑いの色が見て取れた。

 

「あの……あなたは魔導師ですよね?ジュエルシードを狙った……」

「ああ?ンだよ、そりゃ?」

「え?ち、違うの?」

 

じゅえるしーど?察するにこのガキはそれを求めているらしいが、その言葉自体初耳な俺が求めているはずもない。

もしかして魔導師ってそのじゅえるしーどを求める義務があるのか?初心者魔導師の俺にそんな事知るはずもないが……まあ、たとえ義務でも求めるつもりはない。

俺が魔導師やってるのは、極論すれば自分の欲のため。こうやって空飛んでみたり、かめはめ波や波動拳撃ってみたりしたいだけ。それ以外はノーサンキュー。

 

「全然ちげぇよ。ジョイフルシードだかアップルシードだか知らんが、そんなモン狙ってねぇ」

「そ、そうなんだ」

「ンなことより、まあ聞けよ。ええっと、どこまで話したっけ?……ああ、そうそう。あのどクサレ赤毛。あいつがさぁ────」

 

と、そんな感じで。

このガキが聞き上手なのか、それとも俺の愚痴やストレスが溜まりに溜まっていたからなのか、それからかなりの長い間空中でガキと駄弁っていた。

ガキも最初の方は狼狽するばかりでつまらん反応だったが、途中から普通に笑うようになった。その笑みがまた子供らしくて可愛いこと。俺に幼女趣味はないので今はどうも思わないが、あと7、8年したらこのガキはやべぇな。モテまくるぞ。俺もアタックするぞ。

 

と、そんな事を思いながら楽しく談笑していた。出会ってまだ1時間も経っていないが、中々いいガキだ。少なくともヴィータよりは平和的な空気が築ける。

しかし、そんな楽しいひと時を邪魔するように、俺の携帯が音を出して振るえた。

 

「ンだよ……わりぃ、ちょっとタイムな」

「うん」

 

俺は空気を読まない携帯をポケットから出した。このまま電話に出ずに切ったろうかと思い────液晶画面を見て血の気が引いた。

画面にはバイト先のパチンコ店の電話番号。

 

「へあーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」

 

や、やべぇ!すっかり忘れてたバイト!いや、これマジで冗談抜きでやべぇ!

時計を見れば軽く1時間の遅刻。

 

「ど、どうしたの?」

「やべぇよ、どうしたもこうしたもねーよ!ただでさえ勤務態度がわりぃのにこれじゃあ……ッ」

 

俺の頭からガキに構っている余裕はなくなった。俺は反転すると、まだ何か言っているガキはガン無視してバイト先まで最高速で飛んだ。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!セリヌンティウスーーーーーー!!」

 

結局、俺は次長にしこたま怒られたがクビだけは何とか回避することが出来たのだった。

 

 



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04





 

現在時刻は夜の12時。バイトが終わり、疲れた身体をどざえもんの様に漂わせながら帰ってきたのが今から約30分前。そして今、俺は風呂にも入らず10畳の狭い部屋で同居人共と顔を合わせて座っていた。

流石にこれだけの人数が一箇所に顔突き詰めて密集すると色々と、ムクムクと、むらむらと、湧き上がるもんもあるが取りあえず今はさておき。

 

「えー、んじゃあ今から第5兆2回鈴木家魔法会議を始める」

「そんなに回数やってねーだろ!てか、初めてだ!」

「ノリだよノリ。あ~あ、空気読めねぇガキはこれだから」

「て、てめ……!」

 

事の発端は俺が昼撮ったあのデカ猫の写メだ。それを帰ってきてそうそう皆に自慢げに見せたまでは良かったが、そのあとあの金髪のガキ魔導師に会った事まで喋ったのがいけなかった。

『なにかされなかったか』『怪我は無いか』『具合は悪くないか』などなど、うざってぇほど心配されたあげく、こんな話し合いの場まで設ける羽目になった。風呂、入らせろよ。

 

「つまり、その魔導師はジュエルシードなるモノを求めていたわけですね」

「ああ、確かンなこと言ってた気がする」

 

リーダー格のシグナムが質問や確認を一手に行い、俺がそれに答える形で話し合いが進んでいる。

 

「そのジュエルシードってどんなのか知ってっか?デカ猫もだが、先週のあのでっかい木。あれもジュエルシードってモンに関係してんじゃねーのか?」

 

完全に推測だが、あながち読み違えてもないような気がする。ほら、2つとも『異常にデカい』って共通点もあるし。

もしかしてジュエルシードって物をデカくするモンなんじゃ?で、あのガキはそれを求めてるっつう事はきっと大きくなりてぇんだよ。でも、ガキなんだからそんな焦って大きくなる必要ねぇと思うんだけどな。まあ、確かにシグナム並みのスイカを目指すなら必要かも知んねーけど。

 

「どうでしょうか……関連性はあるかも知れませんが。しかし、主からの情報を聞く限りでは、その金髪の魔導師は管理局員ではないでしょう。犯罪者ではないようですが、どちらにしろはぐれの魔導師。そんな奴が求めているものとなれば、あまり良いモノではないでしょう」

「あん?ちょい待て。その管理局員ってなんだよ?」

 

なんだその単語。俺、聞いたことねぇぞ?それに何か俺にとってあまり良い響きを感じない。

 

「管理局員とは時空管理局に所属する魔導師で……そうですね、この世界で言うところの警察でしょうか」

「ああ、警察ね………サツだああぁぁぁ?!」

 

はあ!?なにそれ、聞いてねぇぞ!そんな組織があんのかよ。

………いや、まあ、考えてみりゃああっても不思議じゃねーがよ。いや、でもいきなりそりゃねーべ。

 

「ちなみに聞くんだが、俺、しょっぴかれねーよな?」

「ええ。ここは管理外世界といって、滅多に管理局員の来ない所です。悪事を働かず、ただ暮らしているだけなら問題ないです。……………………たぶん」

「うぉい!?たぶんってなんだよ!この年になってもブタ箱にぶち込まれんのは勘弁だぞ!」

「大丈夫です。…………………きっと」

「だからいちいち最後に不穏な言葉くっ付けんなよ!」

 

ったく、ホント大丈夫だろうな?果てしなく怖ぇんだけど。こちとら善良な一般市民だぞ?

 

「ハァ…まあいい。なるようになるか。で、話を戻すけどよぉ、そのジュエルシードってのが何か知らねーの?この夜天の写本に載ってねーわけ?資料本なんだしさ」

 

俺は本を呼び出し適当にパラパラめくる。そこにはやはり変な文字がびっしりと書かれており、俺には一文字も読めない。

 

「書の中には残念ながら」

 

答えたのはシグナムではなく夜天だった。

 

「そもそも書は魔法の蒐集に限るもので、ジュエルシードというものがマジックアイテムだった場合は記載できないのです。もしもジュエルシードが魔法のプログラム名だったとしても、それが最近作られた魔法だった場合はほぼ100%載っていません」

「あん?なんでよ?」

「正本から写されたのが遥か昔だからです。そして初めて目覚め、主を持ったのがつい先週の事」

 

つまり俺が初主っつう訳か。てか、写されたのが遥か昔?確かあの店の男は自分が書いたっつってたよな……え?店長、何歳っすか?

ともあれ、情報はなしか。

 

「……お役に立てず申し訳ありません、主」

「ん?ああ、いいよ別に。んな悲しそうな顔すんなって。ほれ、ビール飲むか?」

 

夜天は騎士ん中で一番優しいんだが、どうも繊細すぎなんだよな。ヴィータくらいバカタレでもいいのに。……いや、それは嫌だな。

 

「まっ、魔法関係は飛行とかめはめ波以外は無視するって決めたし、どうでもいいよ。あの金髪のガキにしても無害そうな奴だったし、向こうから何かしてくる事もねーだろ」

 

楽観視が過ぎるかも知んねーけど、俺ぁいちいち何かに警戒して日々を過ごすなんて嫌だかんな。てけとーにやるさ。

結局、話し合おうが何かを知ろうが今まで通り過ごしていくだけだ。……喧嘩を売られねー限りな。

 

「ンじゃ、俺は風呂入ってくるわ。ザフィーラ、わりぃけど布団敷いといて。あと今日も枕な」

「……主、いい加減私を抱き枕にするのはやめて頂きたいのですが」

「いや、だってよ、お前ふかふかのもふもふで気持ちいいだわ。今日で最後にすっから」

「……御意」

 

そんなやり取りを挿み、ようやく風呂へと向かう俺。時刻はもう1時近い。明日は朝からバイトだってーのにやれやれだ。

俺はよっこらしょっと立ち上がり、狭い部屋を出る────その数歩手前で呼び止められた。

 

「主、最後によろしいでしょうか?知らせておきたい事が」

「知らせる事?どうしたよ、夜天」

 

少し神妙な顔つきで俺を見上げている夜天。

彼女はもうすでに風呂に入っており、その服装はパジャマだ。そのパジャマはつい先日俺が買ってあげた物だが、少しサイズが合っていなかったようで、胸元のボタンを上か2つほど開けている。つまり上から見下ろす格好になっている俺の目には、夜天のシグナム以下シャマル以上のお胸様の谷間が!

誰か~!誰かビデオカメラを!超REC!!

 

(取りあえず拝んどこう。ありがたや、ありがたや)

 

そんな俺の思いに勿論気づいた風もなく、夜天はシリアスに言葉を続けた。

 

「私の融合型デバイス、融合騎としての能力です」

「あん?融合騎?」

「はい。主は極力魔法に関わりなく、普通に過ごす事がお望みのようでしたので知らせる必要なしと思っていましたが、今回の件で事情が変わりました。万一、主にもしもの事があれば……」

 

万一、もしも……それはつまり、魔法関係のいざこざに本格的に巻き込まれた場合の事を指しているのだろう。

それが具体的には何なのか……漫画やラノベを参考にすっなら『戦い』ってところだろうな。ホントのとこはどうだか知んねーけど。

 

「万一、ね……まっ、んな事にゃあならねーとは思うが、備えあれば憂いなしっつうしな。で、その融合騎ってのはなんなんだ?どんな事が出来んだ?」

「はい。簡単に言えば私と主が融合し、魔導師としての強さを底上げする術です。主の力が最高で10、私を5とした時、融合すればその力が15……いえ、それ以上になります。また───」

 

と、まだ夜天のやつはまだ何か説明しているが、生憎と俺と耳には入ってこない。最初の言葉だけが頭の中をリフレインしている。

 

───私と主が融合し───

 

(私と主が融合……私は夜天、主は俺……夜天は女で俺は男……そんな2人が融合って、それつまり?)

 

フェ…フェ…フェ…フェ…ッ

 

「フェェェェェェド・イン!」

「あ、主?」

 

オイオイオイオイオイ!マジかよ!?融合型!?なに、夜天ってそんな存在だったのかよ!やべぇ、主と融合って……え?それつまりアレだよな、合体って事だよな?えーっと、確か財布の中に大切に温めておいたコンドーさんが。

 

「なんだよ、それならそうと早く言ってくれれば。夜天ってダッチワイフ型デバイ──じゃなくて、融合型デバイスだったのか」

「は、はあ……ええっと主、正しく理解されていますか?」

「勿論だ。抜かりはない。時に夜天よ、俺が初主って事はやっぱり合体も初めて?」

「合体ではなく融合ですが……はい、恥ずかしながら私も初体験です」

 

頬を染め、恥ずかしがる夜天。レアな表情だ。

 

「だが、それがいい。その恥じらいこそが、何よりの馳走です」

「?」

 

まさかそんなデバイスがあったとは。てっきりデバイスっつうモンはただの武器なのかと思ってたわ。

合体して強くなるってのはある意味お約束だが、こりゃたまんねぇな。

夜天の写本、恐るべし!

初めての相手が人じゃないっつうのはかなりレアだが、夜天ならオールOK!ばっち来いや!来てください!……いや、待てよ?俺は勿論OKなんだが、夜天の方はホントにいいのか?そういう存在なんだとは言え、それを仕方なく渋々行われるなんて俺ぁイヤだぞ。愛はいるぞ、愛は。

 

「よぉ、夜天。俺は全然構わないっつうか、むしろカマーンなんだがお前はいいわけ?俺が初めての相手で」

「私も構いません。……いえ、この言い方は適切ではありませんね。……主が良いのです。初めても、そしてこれからもただ一人の相手です」

「ッ!」

 

ここまで言われて、男として引き下がれるか?ノン!ありえねぇ!漢ならイクっきゃねーだろ!全・速・前・進だ!

 

「散れ、テメーら!金やるから今晩はどこか行ってろ!しっしっ!」

「は?いきなり何言ってんだよ?」

 

はッ!今の会話を聞いてて分からんとは、これだからお子ちゃまは!

と思っていたが、どうやら分かっていないのはヴィータだけではない様子。てか、当人である夜天も疑問顔だ。

 

「あの、主隼。今日はもう遅いのでユニゾンを試すなら明日でも遅くはないかと」

「なに!シグナム、なにをそんな悠長な………いや、確かにそうかもな」

 

考えてみれば明日は朝からバイト。それに今日はいろいろあって疲れたからな。

これからもたっぷり時間はあるし、急いては事を仕損じるとも言う。

 

男は余裕を持ってこそカッコイイ。

 

「ンじゃ、明日の夜だ!夜天、延期も中止もなしだかんな!絶対だぞ!もしやっぱ止めなんて言ったら俺泣くかんな!」

 

……童貞に余裕なんてあっかよ!

俺は鼻息を荒くし、風呂に入ったあとすぐに床に就いた。明日が待ち遠しい!

 

 

────翌日、改めて融合の真意を聞かされた俺は絶望したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

《あ、あの、主?どうかされたのですか?》

 

俺の頭の中に声が響く。その声は紛れもなく夜天のそれで、彼女の存在も自分の内側に感じ取ることが出来る。そして姿見の前に立てば、そこにはいつもの俺とは違う俺が映っていた。

V系アーティストのような灰色の髪の毛と赤茶色の瞳。ちょっと美白になった肌。2枚増えて4対になった羽。スウェット……これは一緒か。

 

これが俺と夜天のユニゾンした姿だった。……こんなモンが融合の真実だった。

 

「ハァ……確かによ、俺が勝手に早とちりして勘違いしただけさ。だからって融合が手を繋いで「ユニゾン・イン!」って言うだけって……ガッカリだ」

《えっと、よく分からないのですが……申し訳ありません》

「よせ、夜天は謝るな。余計俺が滑稽だ」

 

昨日の俺、馬鹿じゃね?なに舞い上がっちゃってたわけ?あー、恥ずかしい。第一さ、まだ日は浅いとは言え、これまでの生活の中で夜天が──いや、夜天だけじゃねぇ、守護騎士全員が俺にそういう感情を向けてる素振り見せたか?まあ確かに慕われてる感はひしひしとあったよ?愛情というのも、感じていなかったわけじゃない。

けどよ、そこに『男』と『女』のそれは皆無なんだよ。愛は愛でも"敬愛"とか"親愛"とか、そっちのベクトルなわけ。こいつらの俺に向ける感情は。

 

ハァ、マジ俺の馬鹿。

 

「よぉ、ヴィータ。一発アイゼンで殴ってくれや。横っ面をガツンとよ?」

「は?な、なに言ってんだよっ」

「いやよ、馬鹿な自分にオシオキみないな?さあ、遠慮なく来いや!」

「で、出来っかよ!」

 

ンだよ。いつもは景気良く振り回してくるくせに。今更なに無駄な優しさ見せてんだよ。あー、もういいや。

 

「じゃ、シグナムでもシャマルでもザフィーラでも誰でもいい。ちょっと現実見てなかった馬鹿に一発かましてくれ」

「いえ、主を殴るなど私にはとても……」

「い、いくらハヤちゃんの頼みでもそれはちょっと……」

「……むぅ」

 

 

ヴィータと同じく渋る3人。

その主を大切にする心は素晴らしいが、それ故に俺の勘違いが爆発しちまったんだから救えない。

 

《あの、主はなにをどう勘違いなされていたのですか?》

 

そんな夜天の疑問に答えられるわけがない。もし馬鹿正直に答えてみろ。いくら主と言えどぜってぇ軽蔑されんぞ。こんな綺麗な子にそんな目ェ向けられてみろ?軽くトラウマだ。

 

「ハァ……もういい。後で空気椅子30分の刑を自分に科そう。しっかし、これがユニゾンねぇ……なんか変な感じだな」

《私もです。………ですが、主に包まれているようで凄く心地いいです》

「………夜天、そういう物言いは反則な。また馬鹿な俺が勘違いすっから」

《?》

 

右手を動かしてみる。……普通に動くけど、なんかもう1本内側に腕があるような感じで違和感がある。同じく左手、右足、左足も動かしてみるがやはり違和感。ただ何故か羽だけ違和感なく動かせる。パタパタっと。

まっ、初めてのユニゾンなんだ。違和感があって当然なんだろう。

 

「それでこれが俺の、いわゆる魔法の杖か」

 

左手に持っている杖を掲げてみる。本の表紙にある剣十字と形が似ていて、そしてとても軽い。ためしにヴィータの頭をコンコン叩いてみたが強度もバッチリのようで、鈍器としても使えるようだ。

 

「喧嘩売ったんだよな?そうだよな?買ってやんよぉ!表に出ろや!」

 

ぎゃあぎゃあ喚く赤毛は無視し、今度は飛行の魔法を試してみる。

問題なく浮いた。

 

「お?なんかいつもより簡単に浮いた。しかもスイスイ飛べんぞ?」

《それは私とユニゾンしたことにより、主の魔導師としての質があがったからかと。私も補助してますし》

 

おお、そりゃ便利だ。今度から夜天と同じシフトん時はユニゾンしてバイトに行こう。

 

「おい、ヴィータヴィータ」

「あ゛あ゛?」

「お前の真似───らけーてん・はんま~。ぐるぐるぐる~」

「よし殺す」

 

本日の締めの衝突は俺in夜天のシュツルム・ウント・ドランクとヴィータの本家ラケーテン・ハンマーの回転対決だった。

もちろん、シグナムとザフィーラに仲裁に入られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後には連休が控えている平日。

今日はバイトもオフだったので朝から遠見市にあるパチンコ店に行っていた。いつもは海鳴市内にあるパチ屋に打ちに行くのだが、今日はそこが新代入替の日だったのでわざわざ赴いたのだ。

他のやつらはバイトのため一緒には来なかった。ヴィータはバイトはしてないが、流石にパチンコ店には連れて入れねーし。

昼の3時くらいまで打って戦果はプラスマイナス0。

まっ、遊べたからいいかぁと思い、俺は店を出るとすぐに家には帰らず、近くのファミレスで遅い昼食を取った。その後、人気のない所から飛び立って帰るかと思ってぶらぶら歩いていた時、意外な人物に出会った。

 

「お?」

「あっ」

 

横断歩道を渡ろうとした時、こっち側と向こう側で視線が合い、お互いが少し驚き顔で立ち止まった。程なく、どちらがともなく歩み寄る。

 

「よう。奇遇だな」

「あ、あの、こんにちわ」

 

以前はツインテールにしていた金髪を降ろし、ハイグレアーマーではなく黒のワンピースに身を包んだ少女。

あのかっけぇデバイスを持っていた魔導師のガキだ。

 

「今日は魔導師してねぇんだな。買い物か?」

「はい。ええっと、鈴木さんは……」

「俺ぁ今戦ってきたとこだ。つうか隼でいいし敬語もいらん。ガキが畏まんなよ、気持ち悪ぃ。ガキはガキらしく無礼で行け」

「う、うん」

 

そう言いながら俺はガキと並んで歩く。行き先はガキの向かう方。どうせ暇だし、適当について行く。

 

「えっと、今戦ってきたって言ったけど……」

「あ?ああ、約6時間にも及ぶ激闘をな」

「6時間!?そ、そんなに戦い続けてたの?」

「おうよ!まっ、ホントはもっとやるつもりだったんだけどな。当初の予定では帰る時間は9時くらいだった」

「9時!?わぁ~、すごいね隼。そんなに魔力持ってるんだ?」

「あん?魔力?……なんの話だ?」

「え?何ってだから戦ってたんだよね?」

 

なーんか話が噛み合ってねーな。いや、まあ、こいつがどう勘違いしてんのかは何となく分かるけどよ。

俺がいう戦いはパチンコ。こいつのいう戦いは純粋に戦闘行為。

馬鹿?てか、戦いっつうのを一つの表現じゃなくて文字通りの意味に捉えるか、フツー?このガキ、どんな人生歩んでんだよ。それともただの天然なアホの子か?まあ俺も俺でパチンコを戦いとか言っちゃってるんだから大概だけどよ。………まっ、おもしれーからこのまま話しを進めちまおう。

 

「そうそう。千切っては投げ、千切っては投げでもう俺大活躍よ!ただな、途中から分が悪くなっちまってよぉ。諭吉っつう隊長さんや一葉副隊長、それに漱石上等兵が何人も敵に捕まっちまったんだよ」

「えっ……そんな……」

「だがそこで諦める俺じゃねえ!なんと4人目の諭吉を前線に投入してすぐに大爆発!一気に戦況がひっくり返ったわけだ。そして捕虜だった仲間達が次々に戻ってきたわけよ」

「すごい!」

「けど、こっちも被害が大きくてな。これ以上の深追いは危険と判断し、撤退。最終的には痛み分けで今日の戦いは終わったんだ」

 

そう言い終わりガキの様子を窺うと、ガキはまるで英雄譚を聞かされた時ような興奮した顔でこちらを見ていた。しかも、その英雄譚の主役はどうやら俺らしい。『隼、すごい!』と顔に書いてある。

純粋というか、馬鹿というか……何か将来が心配になるな。可愛い子ほど旅をさせろという格言があるが、こいつだけはさせちゃなんねーぞ。親御さん、きちんと監禁調教しとけ?

 

「お、そうだ。お前にこれやんよ」

 

そう言って俺はポケットからお菓子を2~3個取り出した。

これはパチンコの玉が換金には僅かに足らず、よってお菓子と交換したのだが……ちょっと面白おかしく脚色して渡す。

 

「え、これ、貰っていいの…?」

「ああ、だが大事に食べてくれよ?これはな、散っていった仲間の遺留品なんだ」

「え!?」

「本当はな、もう一人漱石上等兵が帰ってくるはずだったんだよ。けど物資が僅かに足らず、結局こんな形でしか………」

「そんな……」

「だからせめてお前がそれを食べてやってくれ。お前みてぇな可愛い子に食べて貰えれば、帰ってこなかった漱石上等兵もきっと浮かばれるだろうさ」

「うん……うんっ!」

 

なんか涙ぐんでいるガキ。

純度100%の天然ミネラル水か、お前は。どれだけ心が綺麗なんだよ。やべぇ、流石に罪悪感が…………あれ?欠片も湧かないぞ?

 

「おっと、もうこんな時間か。わりぃけど、次のミッションの時間が迫ってっからここでお別れだ!」

「あ、うん。頑張ってね、隼!」

「おうよ!んじゃな~」

 

いやぁ、なかなか愉快な時間を過ごせたな。さて、次は帰ってヴィータで遊ぶとするか。

 

……あ、そういやあのガキの名前まだ聞いてねーや。

 



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05

 

俺は今日まで平々凡々な日常を送っていた。

そりゃ頭は悪いし、女経験ないし、喧嘩と金とギャンブルと酒が大好きなダメ人間で、とても人並みとは言えねー底辺人生を送ってはいたが、それでも平々凡々だったのは確かだ。

写本どもと生活を共にしてからも、とりわけその日常は様変わりしちゃいねえ。そりゃ女とのウハウハ同居体験中やら魔法体験やらでちっとの変化はあるよ?けどな、それでも平常運転、平和な日常ライフを送ってたんだよ。

 

──だったんだよ。──だった。……過去系。

 

そう。

きっと事の発端はこの夜だったんだ、と後から振り返ってみれば分かる。きっとこの夜から、俺の非日常ライフは急転直下の加速度で爆進し始めたんだろう。

この日──シャマルのあるひと言が、俺の平凡な日常を面倒臭くてクソッたれでリリックな日常へとブチ込む切っ掛けだったんだ。

 

「シャ~マ~ル~ちゃ~ん、今なんて言いました~?」

「ええっと…ね?」

 

3日後から始まる連休を前に、今日、この日。俺はバイトから帰ってきて早々怒りメーターがフルスロットルしてしまう自体に陥った。

その原因はシャマルの一言。

さあ、シャマルちゃん、ワンモアプリーズ?

 

「皆で旅行に行きたいな~……なんてぇ」

 

と、ナメた事をのたまったのだ。

 

「あれ、おっかしいなぁ。俺の耳が交通事故にあったかな?聞き取り難いんで、ちょっともう1回だけ言ってくんねぇかなシャ~マルッ。今なにをほざいた~?」

「あう……」

 

一体全体なにを思ったか料理の騎士シャマル、今朝まではそんな事微塵も言ってなかったのにバイトから帰ってきてみればこれだ。

普段からあまり要望という要望が出ないこいつらに対して(ヴィータ以外)、それはあまりにも意外な要望、お願い。

俺だっていつも美味い飯を作ってくれるシャマルの願いとくれば無下にはしたくない。叶えてやりたいさ。

だが物には限度っつうもんがあんだろ?具体的には金。

 

「シャマル?あんま調子ぶっこいてっと、クラールヴィントで亀甲縛りしてベランダから吊るすぞ?それを写メしてブログに載せちゃったりするぞ?」

「うわ~んっ、だってぇ~!」

 

可愛いベソを掻き出すシャマルだが、その程度じゃあ俺の心も財布の紐も緩まない。

 

「だってもクソもあっか!うちの経済状況知ってんだろ!エンゲル係数の跳ね上がり方知ってんだろ!寝言は布団の中でしか言うな!」

「うぅ~っ……」

 

ったく、そんな恨めしそうな目で見んなよ。マジでどうした?シャマルってこんな我が侭な子だったっけ?

 

「シャマル、主が困っているだろう。無理を言うな」

 

くずるシャマルと諌める俺を横で見ていた他の騎士たち、その中で見かねたシグナムがシャマルに注意する。

しかし、リッターの将であるシグナムの声も今のシャマルには効かないようで、ちょんちょんと両手の人差し指をくっ付けながら唇を少し突き出してボソボソと反論。

 

「だってだって、高町さんが家族で今度の連休に温泉旅行行くっていうんだもん。それを凄く楽しみにしてるみたいで……私もどんなのだろうって、パンフレット見せて貰ったり話を聞かせてもらったりしたら行きたくなって、だから………」

 

高町さんとはシャマルがバイトをしている喫茶翠屋の店長夫婦。シャマルがバイトを始める際に一度ご挨拶に行ったのだが、すごく人の良い夫妻だったのを覚えている。しかも、俺くらいの息子さんがいるらしいが見た目が異様に若い。普通に20代で通るくらいだ。しかも美男美女だし。羨ましい。嫉ましい。

と、まあそれはさておき。

シャマルの弁は分かったが、だがそれだけの理由にしては今回強情が過ぎるような気がする。普段はあまり自己を主張しないコイツにしては、この状態は珍しい。

それは他の者も思ったのか、今度はお母さん……もとい、夜天が口を挿んだ。

 

「シャマル、理由は本当にそれだけなのか?」

「…………そういう経験がないから」

 

あん?俺もいろいろと未経験ですけど?

 

「私達、ずっと本の中で眠ってたでしょ?そして、ついこの前起きたばかりで……だから、家族で遊ぶとかそういうの経験してみたくて……そんな中でハヤちゃんも楽しんでくれたらなーって……最近夜と朝しか一緒にいられないし……ハヤちゃんともっといっぱい思い出作りしたいし……」

「……………」

 

そう来るかよ、と思った。

ただの我侭ならいざ知らず、これは駄目だろ。しかも本心でそう言ってんだから、これまたタチが悪い。いい感じに人の良心を抉ってくる。

 

(卑怯だろ、ったく)

 

ハァ……こんな事言われたら頭ごなしに駄目とは言えねーじゃんよ。てか、よく考えればそうだよなぁ。控えめな性格のシャマルが必死にお願いするなんて、そんなの自分の為じゃなく主である俺の為に決まってんじゃん。コイツらの敬愛精神はホント半端ねーな。

 

俺は頭をガシガシ搔きながらシャマルを見る。彼女は俯いてシュンとなっていた。

 

「あー…シャマル?お前の気持ちは分かるし、俺の事も考えてくれてんのは嬉しいけどよ……やっぱ現実問題として旅行は厳しいわ。な?分かんだろ?」

「はい……」

「………ワリーな」

 

俺は立ち上がるとベランダに向かい、そこでタバコをふかした。部屋の中を見れば未だ俯いているシャマルが見える。他の皆もシャマルの気持ちが分かるのか、暗い空気が漂っている。

……タバコ、あんま美味くねぇな。

 

(旅行ね……まっ、確かに行けるなら行きてぇけどさ)

 

俺だって本音を言えば行きたいさ。せっかくの連休なんだ、贅沢に遊び倒したい。

だが現実はなかなかに厳しい。その証拠に未だにお色気ハプニングの一つも起こっていないんだからな。お風呂入ってたらとか、トイレの扉開けたらとか、お着替えシーンとか!

連休は明後日から始まる。温泉旅館の1泊の料金は安くても一人2万くらいだろう。交通費は空飛んでいけば掛からねーけど、諸々の雑費含めれば3~4万?6人で20万前後?

俺の現在の全財産が約5万。

仮に旅行に行くなら、あと約20万を連休が終わるまでの数日の間に作らにゃならん。

 

(無茶、無謀、厳しすぎ。どだい叶うはずない望みだ)

 

…………ふん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れて世間はとうとう連休入り。高町家も予定では今日旅行へと出発したはずだ。

世間が連休ならうちも例に洩れず連休……とはいかず、連休初日の今日もばっちりとバイトが入っていた。俺、シグナム、夜天、ザフィーラがパチンコ屋に。シャマルは高町さんのいない翠屋へ。ヴィータは最近マイブームらしい野球をしに。

 

連休だろうと鈴木家はいつもと変わりない1日が過ぎていった。シャマルも次の日にはもういつもの彼女に戻っていた。我が侭や文句を言わず美味い料理を作り、笑顔でバイトへ。

旅行はきっと今でも行きたいと思っているだろう。だが、主の俺に強硬な姿勢をいつまでも取れる彼女じゃない。それに家の懐事情も分かっている。だから、旅行なんて考えは忘れようとしている。笑顔の奥に隠している。

それが賢明だ。

望んでも手に入らないものなんて、素直に諦めるか忘れるかするしかない。

よく言うだろう?人間、諦めが肝心ってな。

 

だから俺はこの日の晩、飯を食い終わった皆の前で高らかと宣言した。

 

「明日から1泊2日で海鳴温泉に行っからな。各々準備しとけや。あ、おやつは300円までね」

 

はッ!人間、諦めが肝心?わりぃけど、俺ぁそんな物分り良くねーんだわ。それに無茶で無謀で厳しいけど、無理じゃあなかった。

学生時代の友人に金を借りまくったんだよ。バイト終わりにあっちへ飛んでこっちへ飛んで。時には頭を下げたフリをし、時には脅し。

いや、マジ苦労したわ。集めに集め20万だぞ、20万!フリーターに20万は大金だ。それ持ってパチンコや馬に行きたい衝動抑えるのに苦労したぜ。しかもダチもダチで皆まだ就職してねーんだぜ?俺の周りは何でそういう奴しかいねーかね?いや、それでも結局ダチらは快く貸してくれたんだから文句は言えねーんだけど。てか、現在進行形で俺もプーだしな。

 

あ~あ、ホントこいつらと住むようになってから金がアホのように消えていく。

 

「旅館は4人部屋でちっとばかし狭いけど、それくらい我慢しろよ?ああ、それとバイトのシフトは俺が勝手に電話して変えといたから心配すんな」

 

ホント、めんどかった。バイト先の後輩に代わりにシフトに入って貰うよう交渉したり、シャマルが世話んなってる翠屋にも無理言って休みのお願いしたし。旅館も4人部屋とはいえ、そこが取れただけでマジ奇跡なんだぞ?なんせ天下のゴールデンな連休なんだからよ。

 

「いいか?こんな贅沢すんのもこれが最後だかんな?もうマジで金が───って、おい、お前らなんか反応しろよ」

 

見れば5人は口や目を見開いてポカンと固まっている。誰も一言も発しない。驚いているのは分かるけど、それにしたって反応がちょっと微妙だ。

俺の予想じゃ「マジで!?」とか「嘘?!」とか「主大好き!!」とか「抱いて!!」とか期待してたんだけどなぁ。

 

「おいおい、何よそのリアクション?もっとさ、ヒャッホーイって感じで嬉しがるとかしねぇ?それか主に対してお褒めの言葉とかさ。いや、まあ頑張ったっつってもダチから金借りただけだけどよぉ」

 

皆の喜ぶ反応を期待してただけに、これはちょっと拍子抜けだった。……まっ、別にいいけどよ。

俺は一つため息をつき、思っていた反応が返って来なかった事に落胆して肩を落とし、その気持ちを洗い流すべくビールを飲もうと冷蔵庫に向かった────その時。

 

「ハヤちゃーーーんっっ!」

「ぐべぇあ!?」

 

いきなりシャマルに抱きつかれ、俺は突然の事だったため支えきれずシャマル諸共後ろに倒れた。その際、後頭部に机の脚の鋭角な部分がクリーンヒット。さらに胸にシャマルのヘッドバッドもキまっていた。

 

「うわ~ん、ありがとうございます~っ!!」

 

言いながらシャマルは俺の胸に顔を擦り付けながら、こちらの背骨でも折りたいのかという程の勢いで抱きしめてくる。

うん、まあアレだ。喜びを体全体で表現してきてくれた事はとても嬉しい。こういう反応が欲しかったのは事実だ。そして、さらにシャマルの体の柔っこさを味わえるのもGOOD。いい匂いもするし。──ただそれ以上に頭の痛さと胸の苦しさと背骨の軋み具合が尋常じゃねーよ!?

 

「あ、おぉぉおあああぁああっっ!?」

「ハヤちゃんハヤちゃんハヤちゃん!!」

 

俺の名を連呼しハグしてくれるのは大変嬉しいが、こちとらそれを楽しむ余裕のある状況じゃねー!体が死ぬ!?

 

「シャマル、落ち着け。……このっ、いつまでも主に引っ付くなコイツめ!!」

 

俺の容態を悟ったのか、シグナムがしかめっ面しながらシャマルを俺の上から引き剥がした。そうしてようやく俺も余裕を取り戻す事が出来、改めて後頭部を確認。

……よかった、血ぃ出てねーや。

 

「おーイテ。ぱっくりザクロになってっかと思ったぜ。つか胸も背中も痛い」

「うぅ~、ご、ごめんなさいっ、ハヤちゃ……イタタ!?」

 

シャマルも落ち着きを取り戻したようで、とても申し訳なさそうな雰囲気を醸し出して謝って来た。だからシグナム?もうその辺りで頭にアイアンクロー掛けんの止めたげようぜ?シャマル、夏の真っ青の海のような顔色になって来てんぞ?てか、浮いてる浮いてる。

 

「主、お怪我はございませんか?」

「あ、ああ、俺ァ大丈夫だかんよ。だから、そろそろシャマル離してやれ」

「……御意」

 

少しの間の後、渋々といった様子でシグナムはシャマルから手を離した。ぷらぷらと掴み上げられていたシャマルは、そのままドスンとお尻から落下。ほどなく涙目で訴えるようにシグナムに食って掛かった。

 

「いったぁ~。もうっ!何するのよシグナム!!」

「お前こそ何をしている。主に対して気安い態度は慎め。ましてや、抱きつくなどと……!」

「体が勝手に動いたんだからしょうがないじゃない!それくらい嬉しかったんだもん!」

「だからと言って主への軽率な行動は認められん!確かに主は我らを家族として迎えてくれたが、同時に我らは騎士でもあるのだぞ。騎士道を汚すような浅慮な事は───」

「……頑固者のえばりんぼのえーかっこしー。自分だって隙あらばハヤちゃんの隣を陣取るクセに。独占欲の強い女って嫌ね」

「──おい、今なんと言った?」

「あ、ハヤちゃん、改めてありがとうございます!すごく楽しみです!」

「おい、今なんと言ったかと聞いて──」

「ツリ目のヒステリーウシチチブシドーは黙ってて」

「…………」

「そうだハヤちゃん!明日行く温泉に家族風呂があったらお背中流してさしあげますね?」

 

……いや、うん、シャマル?確かにその提案はとてもとても嬉しいけどよ?今、話題を俺の方に振らないでくんない?今、君はシグナムさんと話してたんだからさ、最後までそれ続けようぜ?ていうか、家族なんだからもっとフレンドリーな会話しようぜ?シグナムの奴、お前の一方通行悪口が増すごとに、とてもとても恐ろしい顔してますよ?てか、レヴァンティン出したよ?

 

「……なるほど。なるほどなるほど」

 

レヴァンティンを肩に担ぎながら何度か頷くシグナム。その口調はとても冷静で、普段のクールなシグナムのそれなのだが、俺の目が節穴ではないなら彼女の額にはいくつかの青筋が見て取れる。ピクピク状態だ。

 

「主がよく仰られる"上等"という言葉、その意味。以前は説明を受けても今ひとつ要領を得なかったのですが、なるほど、これがそうなのですね」

 

レヴァンティンという鉄の塊を米ほどの重量も感じさせず振り上げると、それを今度はシャマルの頭へと振り下ろした。このままザクロかと思いきや、僅か数センチ頭上でピタリとレヴァンティンが静止。

シグナムは言った。

 

「この烈火の将に上等くれるとは……シャマル、覚悟は出来ているのだろう?」

「上等?そんなつもりはないわ。もう、シグナムったら、誤解しないでよ」

「……」

「リッターの将である自分を差し置いて、私がハヤちゃんと仲良くした事を僻むのは貴女の心の勝手でしょ?だから、私が上等なんて別にそんな」

「よし表に出ろ」

 

ガシャン、とレヴァンティンから妙な音が聞こえた。それを見て「やれやれ」と溜め息をつくシャマル。いつの間にかその指にはクラールヴィントが嵌められている。

 

「主、少々お時間を頂きます。なに、ほんの2~3分ですので」

「後でおつまみ作ってあげますから、ちょっと待っててくださいね~」

 

言うと、二人はベランダから出て夜の闇の中に消えた。少しして炎が夜空に瞬いたり怒号が聞こえたりしたような気もするが、すぐさま窓とカーテンを閉めたのでそんな訳もないだろう。見えない聞こえない。

 

「と、言うわけで明日から旅行な。各自準備して寝るように。朝早ぇぞ~」

「いえ、あの、将とシャマルは───」

「夜天、隼が無視してんだからほっとけ。あんなフリークスどもに付き合っても損するだけだ。それより明日の準備しとこうぜ」

 

このロリータ、妙なとこで賢いな。世渡り上手なのはいいことだ。夜天は相変わらず過保護というか心配性というかお母さんというか。

そんな二人を尻目に俺は枕(ザフィーラ)を抱き上げ、一足先に眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩は一部でドンチャン騒ぎがあったものの、翌日になれば何もなかったかのように皆は笑顔、空は快晴。発起人であるシャマルは勿論のこと、他の奴らも楽しみを隠せないようでどこかそわそわしていた。ザフィーラなど尻尾が振られすぎて残像が発生している。

かくいう俺だって久々の旅行だ。楽しみにしていないはずがない。しかも今回はシグナム、シャマル、夜天の美人トリオがご同行だ。どう転んだっていい旅行になること間違い無し。おかげで昨晩は寝て起きての繰り返し、遠足前の小学生──いや、来たる初体験前日の童貞のような初々しい気持ちで一杯だったのだ。

よって今朝は眠くて眠くて、ハイテンションのヴィータに突っ込む気力もなく、予約していた旅館までの道のり(空のり?)では、そのほとんどをザフィーラの背中で眠って過ごした。旅行は行くのも一つの楽しみというが、もう完全に無視してたよ。

まあ、でだ。そうやってザフィーラの暖かい毛に埋もれながら気持ちいい風と太陽の光を浴びる事数時間、俺たちは無事に旅館へと着いたのだった。

 

「くぁあ~、よぅ寝た」

「寝すぎだバカ!あたしらがいくら話しかけても反応しやがらねーし!」

「っせぇ。キャンキャン吠えんなよボケ。せっかくの旅行なんだ、楽しくいこうぜ?」

 

噛み付いてくるヴィータを適当にあしらいながら、俺はカウンターでチェックインを済ませてカギを受け取り、そこに書かれた部屋番の階へと向かう。

 

「茜の間……茜……めっけ。おいお前ら、こっちこっち」

「そこが私達のお部屋ですか!わ~い、いっちばんのり~……痛っ!?」

 

テンション上がりすぎて幼児退行のプログラムでも組まれたのか、シャマルがガキのように無防備に、無邪気に部屋に駆け込もうとしたので、俺は蹴ってそれを止めた。

 

「何するんですかハヤちゃん!」

「テメェが何してんだよシャマル。廊下をどたどたと走りやがって。他の客の迷惑考えた上で、そこからさらに被られる俺への迷惑を考えろや」

「う゛……つい嬉しさが臨界突破しちゃって……ごめんなさい。でも、抑えきれないんです!」

 

一度は頭を下げたかと思ったシャマルは、その下げた勢いそのままにまるで陸上のスタードダッシュを切るように部屋の中に入っていった。

ホントにコイツは昨日からテンション高ぇよな。そんなに嬉しいもんかね?まあこんだけ喜んでくれんなら、俺も金出した甲斐があるからいいけどよぉ。でも、もちっとシグナムや夜天を見習ってほしいぜ。見ろよ、あいつらさっきからずっと大人しく───。

 

「お、おい夜天!あそこに滝があるぞ!むっ、あっちのアレは何だ!?カコーンって、良い音が響き渡っているぞ!」

「あれは『ししおどし』だ。──風流だな。将よ、これが"雅"というものだ。"粋"というものだ。"古きよき"というものだ。"てやんでいべらぼう"というものだ」

「……夜天、日本とは見事なものだな。大きく、深い」

「……ああ、天晴れだ」

「それに比べて己の何と小さき事か。浅い事か。まったくもって自分が恥ずかしい」

「そうだな。だが、そこで止まってはいけない。先人が残した物を、次代の者が受け継いでこそ示せるのだ──己という器を」

「うむ、ならば示そう。私の器を、この愛剣レヴァンティンと共に!」

「私もだ。示そう、この一撃必滅の拳と共に!」

「「そう、ただ主の為に!!」」

 

テンションのギアが変なトコに入った子は、どうやらシャマルだけじゃなかったようだ。まさかまさか、シグナムと夜天までこの壊れようとは夢にも思わなんだ。というか、むしろシャマルより酷い気がする。マジびっくりだよ。どうした?そんなに旅行が楽しみだったのか?流石にそこまでいくと引くぞ?

しかし、さて、ならば残るはヴィータとザフィーラだ。大人組の3人がああなったんだ、ザフィーラも危険だし、あまつさえヴィータなどそれこそヤバイだろう。ここに来る前から一番テンション高かったからなぁ。壊れ具合も一番酷いかもしんねえ。

俺は、もう手遅れだろうと思いながら、おそるおそるヴィータの方に目を向けたのだが……。

 

「何はしゃいでんだか。こういうトコは、もちっと礼節弁えるもんだろうが。見てるこっちが恥ずかしいっての」

「……あれぇ?」

 

意外や意外。まさかまさか。

ヴィータは冷静だった。むしろ冷め切っていた。眉を八の字にし、やれやれと溜め息をついて壊れた仲間を見やっていた。

 

「どうしたよヴィータ?ここに来るまで一番喧しかったお前が、何でここに来てそんなテンション↓↓?気分下々?音鳴らすパーティータイムは?」

「意味分かんねー。いや、そりゃまーよ、あたしだって気持ちは昂ぶってっけどさ。なんつうか、あいつら見てたら、さ。喜ぼうとしたら先越されたっつうか、ほら、分かるだろ?」

「あー、な」

 

いざ騒ごうとしたら、自分よりも先に、しかも矢鱈大きく騒ぐ奴がいて、何か置いてかれた感。疎外感。そして、何故か冷静に第3者の立ち位置に納まる時。

うん、あるよね、そういう事。

俺としては、ヴィータにはガキらしくはしゃいで欲しい。実際やられたらきっとウザったいんだろうけど、それでもな。ガキはガキらしく在って欲しいもんだ。

 

「まっ、お前は意外と冷静にモノ見る時あっからなぁ。あんまガキらしくはねーけど……らしいと言えばらしいな」

「?意味分かんねー」

「どうでもいいってこった。おら、んな事より中入ろうぜ?こちとら飛びっ放しでもうくたくた。魔力切れだっつうの」

「殆どザフィーラに乗ってたくせに、貧弱な主だな。で、あの壊れた奴らはどうすんだ?」

「放っとく方向で」

「おっけー」

「あれ?そういやザフィーラは?」

「外出てった。守護の獣らしく、周辺の安全確認だってさ」

「どこぞのロリとは違い、あいつは真面目だね~」

「どこぞの貧弱主も見習えばいいのにな?」

 

なんてヴィータと軽口を言い合いながら、俺は未だハッスルしているシグナムたちを置いて部屋の中へと入った。

部屋の内装は極めて和風。畳に重厚な木のテーブル、掛け軸に活花と純和風の装い。その中でテレビ、ポット、金庫が歪な程浮いているが、しかしここが旅館の一室だという事を考えればしっくりと来るから矛盾の不思議だ。奥の窓からは緑いっぱいの山々が見える。そして、一足早く部屋の中に入っていたシャマルは四肢を広げて畳の上に寝そべっていた……こいつはもう無視だ。

 

「す、すげ~!」

 

シグナムたちの傍を離れたからかなのか、それとも冷静に物事を受け止めるための容量が一杯になったのか、ヴィータは部屋に入った途端そう声を上げ目を丸くして感嘆した。

このガキらしい純粋な反応には俺も嬉しくなって、自然と口元が緩む。

 

「テレビが薄い!」

「まずそこかい!?」

 

いや、うん、まー、俺ンちにあるのブラウン管だしね。パソコンをテレビ代わりにもしてるしね。だから薄型テレビなんてもんに感動するのも分かるけどさ……だからってその反応、違くね?

 

「冗談だって。いや、2割くらいはそれもあんだけどよ。でも、それ抜きにしてもやっぱすげ~!テレビの番組とかじゃ何回か見たことあったけど、実際入るとやっぱり違ぇな。こう、何ていうか、"楽しくなりそう"て気になる!」

 

傍目に見ても分かるように目を輝かせ、部屋内をきょろきょろと見回すヴィータ。その表情は何かが目に留まる毎に移り変わり見てて飽きない。

 

「──なんつうか、ここまでガキらしいお前初めて見たわ」

「ん、何か言ったか?」

「……いや」

 

ここに来てどうやらヴィータもテンションMAXのようだ。さっきまではエンジンを暖気させててだけって感じ。ようやくフルスロットルで走り出したみたいだ。

 

「なぁなぁ、この菓子食っていいのか!?」

「んあ?ああ、食え食え」

「やり!」

 

部屋に置いてあった菓子をパクパクと食い始めたヴィータとだらけ切ったシャマルを他所に、俺は手早く浴衣に着替えるとタオルと洗面用具を持って部屋を出た。向かう場所はただ一つ。

旅館に来たらまず温泉。

未だ廊下で騒がしくしていたシグナムと夜天を無視し、俺は一人大浴場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大浴場にはおおよそ10名の男たちがいた。それが多いのか少ないのかは分からないが、少なくとも俺は不快に感じず丁度いい人数だと思った。あんま人でごった返してる温泉になんて入りたくねーしな。

俺はタオルを頭に乗っけて湯船へと近づき、桶で体全体に湯をかけた。湯はちょっと熱かったが、温泉としては丁度いい塩梅。この温泉の効能がどんなものかは知らないが、やはり大きな風呂というのはそれだけで気持ちいい。浴場の隅のほうにサウナ、外には露天が見える。抜かりなく、後でそこにも入るつもりだ。

 

(しかし、まずは温泉だ)

 

波を立てないようにしながらも、湯船に肩まで一気に浸かる。そして、体を脱力させるとどうだ、この世の天国がそこにはあった。

 

(オラぁ幸せだ~)

 

やっぱり温泉はいい。何だかんだ言ってもシャマルには感謝だな。あいつが言い出さなきゃ来ようとも思わなかっただろう。この為にダチに借金したとはいえ、今一時だけならそれも良かったと思える。……この一時だけだが。

 

「おや?……失礼、もしかして鈴木さんですか?」

 

そんな声が聞こえたのは、目を瞑って湯を静かに堪能していた時だった。

誰だと思いながらも声のするほうに目を向けてみれば、そこには古傷が目立つがかなり引き締まった体をもつ男性が一人。そこだけ一見すればあまり関わりたくない業界の人にも見えるが、顔を見ればそれも否定される。

シャマルのバイト先の喫茶店の店長、高町士郎さんが柔和な笑みを湛えてそこにいた。

そう言えば、もともとシャマルが駄々を捏ねた原因は高町家の旅行を聞いたからだったな。どうやら偶然同じ旅館になったようだ。

 

「あっ、高町さん。どうもこんにちは」

「どうも。いやぁ、どこかで見た顔だと思いましたがやっぱり。今日はどうしてここに?」

 

言いながら高町さんは俺の隣に腰を下ろす。

 

「ええ、ちょっとシャマルのやつに旅行に行きたいとせがまれて……あ、シャマルがいつもお世話になっています」

「いえいえ。シャマルさんは人当たりがいい上、料理も上手ですからね。こちらも大変助かっていますよ」

「それでしたら何よりです。どんどんこき使ってやってください」

 

シャマルの初出勤の際、一度挨拶に行ってそれっきりなのに、まさか俺の事を覚えているとは驚きだ。それにガキの俺に対しても丁寧な物腰で……こういう人がきっとデキた大人というやつなんだろうな。俺にはなれそうにない。まず無理だ。

 

「それにしてもいいですねぇ、彼女と旅行なんて。私もたまには家内と二人っきりで旅行に行きたいもんです」

「はは、いいじゃないですか、家族で旅行も。それより彼女って?俺、彼女なんていませんけど……」

「おや?シャマルさんは違うんですか?」

「ああ、あいつは彼女なんてもんじゃないですよ。姉…いや、妹?まあ、家族のようなモンです。今回の旅行は単に家族サービスってやつですよ」

 

彼女であればどれほど嬉しい事か。

 

「家族……?あ、いや、そうですか、彼女さんじゃなかったんですか。これは失礼」

 

高町さんは俺とシャマルが家族だというのを少しだけ訝しんだようだ。まあ、そりゃそうだな。明らかに血が繋がっているように見えないし。ただそこで詮索してこない高町さんはやっぱり大人だ。

などと思っていたら、どうもそれだけじゃないらしい事が高町さんの次の言葉で分かった。

 

「うちも今日は家族と息子の彼女の家族と娘の友達連れての旅行です。とは言っても、娘的存在が2人ほど帰郷してて来てませんけどね」

 

娘的存在──と、そんな詮索し甲斐のあるワードを後半付け加えるように言ったのは、不躾に俺の家庭環境に僅かでも踏み込んだ高町さんなりのお詫び……というのは考えすぎか?

ともあれ、どうやら俺んトコと同様、高町家も中々複雑なようだ。だったらそこに突っ込むのもアレだし、そもそもどうでもいい。

 

「それはなんとまぁ大人数ですね。お疲れ様です」

「ハハ、いや疲れている暇もありませんよ」

 

日ごろは喫茶店の経営に休日はこうやって家族サービス。お父さんという立場は中々大変だよな。写本の主という立場とどちらが大変だろうか。

 

「ところで鈴木さん、この後何かご予定はありますか?」

「予定ですか?いえ、特に。まあ、強いて言うなら温泉街をぶらりと見て回ろうと思ってたくらいですかね」

 

シグナムたちの面倒を見なくてもいいのかという声もあるかも知れんが、せっかく骨休みの旅行なのに骨を折りたくない。

 

「そうですか。では、その散歩が終わった後でも私の部屋に来て一杯どうです?男が俺と息子しかいなくて、ちょっと寂しいと思ってたところなんですよ」

 

その高町さんの提案に反対する言葉は、勿論なかった。

 

「是非是非。俺も一人で晩酌するのは寂しいと思ってたんですよ。うちの奴ら、飲まないので」

「それは良かった。では───」

 

それから俺たちは、高町さんの泊まっている部屋を教えて貰い、集まる時間を決めて程なく大浴場を出た。その時、「これは中々、良いモノをお持ちで」「そちらも、かなり鍛え抜かれたモノをお持ちですね」なんて会話もあったが、だからどうと言う事でもない。むしろどうでもいい。

 

大浴場を出た俺は、言ってた通り温泉街へと繰り出した。

しかし、まあ予想通りというか、そこはよくも悪くもありきたりなものだった。饅頭、お茶、キーホルダーといった定番な土産を置くお店とお食事処。宿泊客らしい浴衣を着た人も数名窺える。表から少し外れた路地の先にはラウンジやスナックやピンサロがあり、まだ明るい時間なのに若い兄ちゃんたちが下手になって必死に呼び込みをしている。

目新しいものが何もない。

これなら高町さんと飲む時間まで部屋で大人しくヴィータでもイジって遊んどくほうがまだ有意義だったな。酷く後悔。

 

────だが、その店を見つけたのはそんな時だった。

 

「おいおい、あれから何年ぶりだぁ?前は京都にあったのに今度はこんな所に……相変わらず神出鬼没な店だなぁオイ」

 

変わらず古めかしい木造建築。人の寄り付きそうにない店構え。扉の横には申し訳なさそうに立ててある店名が書かれた看板。

 

「さて、見つけちまったからには入らねぇわけにはいかねーな。あんな古本渡しやがったんだ、文句の一つも言わねぇとよォ」

 

なんでも屋『アルハザード』。

数年ぶりに見たその店は、やはり不気味なほど変わり映えしていなかった。

 

本当に目新しくもない。

 



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06

このような作品に暖かい感想、ならびに評価、まことにありがとうございます。
嬉しい限りです。


 

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」

 

数年前とまったく変わらない言葉と共に店の奥から姿を見せた男性は、案の定その容姿も数年前と変わりがなかった。

知的な眼鏡、白のシャツの上に黒のベストと黒のパンツというバーテンダー風な服装の男性。皺のまったくない潤いを持っている顔は20代後半に見え、やはりそれも数年前と変わりない。

本当に気持ち悪いほど変わっていない。数年前から……いや、初めて会った時からか。

 

「おやおや?……ふふ、またまた君ですか。どうもお久しぶりです」

 

数年前と同じようにやはり俺の事は覚えていたようだ。

男は笑顔で近寄ってくるとまたいつかの観察するような目つきになり、少しして眼鏡をクイっと押し上げてその笑みをより濃くした。

 

「どうやらあの子は起きたようですね」

「……あんた、ホントに一体何モンなんだよ?」

 

男は小さく声に出して笑うと奥へと引っ込み、やがて二つのティーカップを持って戻ってきた。

 

「どうぞ、そこの椅子に掛けて下さい」

 

そう言うと男は勧めた椅子の対面に位置する椅子に座り、それぞれの前に紅茶の入ったカップを置いた。俺はそれ無視して目で「答えろや」と促す。

そんな俺の態度に怒ることもなく、男は微笑みながら頭をさげた。

 

「まずはお礼を言っておきましょうか。あの子たちを受け入れてくれてありがとうございます」

「よく言うよ。ガキん頃の無垢で純情な俺にあんな得体の知れん古本を寄こしといて」

 

俺の言葉に可笑しそうな笑みを浮かべる男性。

以前から思ってたが、ホントなに考えてんのか分かりずれぇ奴だ。

 

「あんた、何モンだ?」

 

先ほど答えが返ってこなかった問いをもう一度ぶつける。しかし、また男性は口を意味深な笑みの形にするだけ。

どうやら、向こうからの自発的な言葉を待つより、こっちから突きつけ促したほうがいいようだ。待ってちゃ埒が明かん。

 

「魔導師、なんだろ?夜天の写本なんてモンを作れるくらいなんだから」

「そうですね、間違ってはいません」

「間違ってはって……あのよ、そういう言い方、俺嫌いなんだけど?はっきりしろや」

「ふふ。さて、どうでしょう?」

 

こ、こいつ、マジでやりずれー!飄々としてのらりくらりと言及をかわしやがる。

男性の言動に少しイラっとなる俺。気を落ち着かせるため紅茶に手を伸ばそうとした時、また図ったように男性が唐突に言葉を発した。

 

「アルハザード」

「?」

「それが答えです」

「は?」

 

いや、答えって……それここの店名じゃん。それとも、その店名はなんかから参考にしてんの?

どっちにしろわかんねーよ。

もう俺は本や男性についての追求はやめる。知ったところでどうなるってわけじゃねーし、今更写本も返すつもりはねぇからな。ありゃあ、もう俺のモンだ。

というわけで、今からはレッツ愚痴&文句タイム!

 

「よぉ、店長さん。あんたなら察してるかもしんねーけど、かなり大変だったんだぜ?つうか現在進行形で大変なんだよ。金が馬鹿みたいにかかるし、一人クソ生意気なガキはいるし」

「ふふ。ええ、お察ししますよ。でも、実はそれ以上に嬉しいでしょう?美人の女性3人や幼女と同棲出来て」

「まぁな……って、そうじゃねーよ!苦労してんだよ!」

 

いや、実際はあんたの言う通りなんだけどよ!でもここでその流れは違くねぇか?

 

「良かったじゃないですか。苦労は苦労でも原因が女性なら、男としては本望でしょう。それで不満の声をあげるなんて贅沢ですよ?」

「あんたのその考え方に不満の声をあげる!」

「とっても大きな子、大きな子、ほどよく大きな子、ぺったんこな子、よりどりみどりじゃないですか。さらに獣耳な男の子まで……どんな趣味でもばっち来い」

「あ、あんたなぁ……」

 

この人、こんなキャラだったか?数年前はもっとミステリアスな印象だったぞ?外見は変わってねーけど中身は全然違くね?

 

「魔法生命体とはいえ身体の作りは人間のそれ。しかも皆君を慕っているでしょう?一体何が不満……あ、もしかして不能ですか?」

「全開だよ!」

「では一体なにが……」

「だからっ……あークソ!」

 

ホントに調子狂うな。なにをどう言って、どこから突っ込めばいいか……。

頭を抱える俺を他所に男性は何かを考え込み、少ししてポンっと手を打った。その顔は人が何かを閃いた時のそれだ。それも禄でもない事を。

ああ………嫌な予感がMAXだ。

 

「不能ではなく全開…つまり絶倫!なるほど、不満だったのは数ですね!」

「オイ、ちょっと待てやコラ」

「女性の守護騎士4人では足りないと、なるほど。いいですね~、若いって。しかし、それが分かれば解決は簡単!女性の数が足りないなら増やせばいい!ちょっと待っててくださいね」

「まずテメエが待てっつってんだろうがぁぁ!」

 

俺の訴えも空しく、男性は俺を色魔か何かと勘違いして奥に引っ込んでいった。

つうか、増やすってなんだよ?数を増やす?おいおいおい、あんまいい予感がしねーぞコラ!まさか女性をつれて戻ってくるなんて事は……。

しかし、その予感は外れ。

程なく戻ってきた男性の手には薄っぺらの紙が1枚だけ。女性はいない。………少しだけがっかりしたのは秘密だ。

 

「ンだよ、それ」

「これはですね、君にあげた写本の1ページです。写本を作る時、安全装置代わりに予め数枚抜き取っておいたんです」

「安全装置?」

「はい。私の書いた写本が悪用されて害を及ぼすものになったら嫌ですからね。この抜き取ったページを燃やせば、写本本体も消滅するようにしておいたんです」

 

おいおい……過激っつうか、用意周到っつうか。てか、そんな心配すんならハナっから渡すなよ。それも今更だけどよぉ!

 

「それで?なんで今そんなモン出すんだよ」

「ところで君は『王様みたいな傍若無人なMっ子』『天然でアホのボクっ子』『丁寧で落ち着いた物腰だけど、ちょっと物騒なSっ子』、この3つの中で選ぶならどんな性格の子がいいですか?」

 

人の質問には答えず、逆にそんな事をいきなり質問された。

聞けよ俺の言葉。無視するたぁ何様だ。それにあんたの質問は意味も意図も分からん。つか、なんでそんなクセの在る性格しかチョイス出来ねーんだよ。

 

「おい、いきなり何を──」

「どれです?」

「………なんだっつうの。ンじゃ、3番目」

 

訳分からんが答えにゃ先に進みそうにないので、特に考えず適当にそう言った。

俺の言葉を聞くと男性は一つ頷き、持ってきた紙に懐から出した変な形のペンであのまったく解読不能な文字をサラサラと書き綴っていく。

 

「なに書いてんだ?つうか、それってどこの文字?」

「…………」

 

返事なし。集中しているようで、俺の声などまったく耳に入っていない様子。ホントなんなんだ?

手持ち無沙汰になった俺は紅茶を飲み、タバコを吸いながら待つこととにした。

 

それから約10分後、いい加減もう帰ろうかと思っていた時ようやく男性に反応が見られた。

 

「───うん、完成。どうです?」

 

そう言って紙を俺に見せてくる男性。しかしながら、その書いてある文字の読めない俺。どうだ、と聞かれても答えられるはずがない。よって適当に返す。

 

「ふーん。で、結局それはなんなんだよ?」

「さっきも言ったようにこれは夜天の写本の1ページ。白紙のまま抜き取ったとはいえ、その在り方は変わりません。そこに私がまた新たに魔導を書き込んだんですよ。だから、そうですね……謂わばこれは『夜天の写本の断章』といった所でしょうか」

「はあ、断章ね」

 

正直よく分からん。数を増やすとかなんとか言っていたけど、まさかそれはその断章を写本にくっつけてページ数を増やすって事か?増やしてどうなるんだ?クソロリがいい感じのねーちゃんに成長するとか、シグナムのバストが更にアップするってぇなら有り難いが。

 

「で、その断章をどうすんだよ?」

「もちろん、改めて写本に入れてきちんとした章にします。ああ、ちなみにこの章は『理』を司ってます」

 

ああ、やっぱページ数を増やすだけか。女性を増やすとかどうのこうの言ってたけど、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。

つうかさ、もうそうしたら写本じゃなくね?その断章って完璧オリジナルだろ?それとも正本にもちゃんと理の断章ってのがあんの?………まっ、どうでもいいけどよぉ。

 

俺はその断章についての詳しい説明も聞かず、写本を呼び出しさっさと新しいページを入れた。そして一言挨拶すると踵を返して出口に向かう。

もういい加減帰りてぇんだ、本当にこの男性の相手は疲れるから。

 

「ンじゃ、もう行くわ。茶ァありがと。もうこの店見つけても入らねーからよ」

 

そう言って出て行く俺は、しかしドアを開けたところで男性に呼び止められた。

 

「お待ちください。もう二つ、渡す物が」

 

男がこちらに向けて差し出された手にはビー玉大の綺麗な珠が二つ乗っていた。

一つは青色、見方によれば紫色にも見える珠。もう片方は赤と黄色を混ぜたような色の珠。

俺は学習能力がないのか、また無警戒に、自然に、その二つを男の手から取った。

 

「んだよこれ?」

 

まさかこの男が何の変哲もない珠をくれるわけもない。写本の時がそうだったように。そして、そうだと分かっているのだから、男の返答も分かりきっているのだ。

 

「魔法の珠です」

 

だそうです。

 

「売っていい?」

「ダメですよー」

「受取の拒否権は?」

「ありますが……拒否します?」

 

向こうも俺の事をよく分かってらっしゃるようで、その顔はニヤニヤとした腹立たしいもんだ。

ああ、そうだよ、拒否しねーよ。何せ、俺ぁ貰えるもんはなんでも貰う主義。タダより高ぇーもんはねーんだよ。

 

俺は手の中で二つの珠を転がした後、無造作にポケットの中につっこんだ。

 

「ふふ、安心してください。その珠に何ら害はありません。むしろあなたの手助けをしてくれる方を手繰り寄せてくれる事でしょう」

「相っ変わらず意味分かんねー事を……」

 

さらに続けて言われた言葉もやっぱり訳が分かんねーモンだった。

 

「それと、近いうちに写本に魔力を与えてみてください。面白いことがおきますから。あ、でも与える魔力は君や騎士たち以外じゃないとダメですからね。それとその魔力の持ち主は女性の方がいいですよ?───では、またお会いしましょう」

 

俺はもう会いたくねーよ。つうか会わねー。

男性の存在を背中の向こうに感じながら、俺はなんでも屋『アルハザード』後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルハザードを出て温泉街を抜け、旅館に戻ってきた俺。

部屋に入るとテレビの音は聞こえるが人の気配はせず。浴衣の入っていた棚が開いているのを見ると、どうやら皆も温泉に向かったようだ。

高町さんとの約束の時間までまだ少々あり、さてそれまでどうやって時間を潰そうかと考えていると丁度なタイミングで騎士どもが返って来た。

 

「あ、ハヤちゃん、まだ温泉に行ってなかったんですか?とても気持ちよかったですよ」

「主の言う通り、温泉とはとても素晴らしいものでした。はい、もう本当に」

「ふふ、将は何度も露天と中の風呂を行ったり来たりしていたな」

「うちの小っせぇ風呂もいいけど、デカいのはやっぱいいな!泳げるし」

「風呂上りの牛乳が格別だった」

 

上からシャマル、シグナム、夜天、ヴィータ、ザフィーラの弁。

どうやら5人は温泉をいたく気に入った様子。顔を火照らせ満足げに笑っている。いつもは寡黙なザフィーラも小さく微笑んでいる。

俺もそんな皆の嬉しそうな様子を見て、温泉に来て良かったと改めて思った。

 

(浴衣姿万歳!!)

 

ああ、本当に来て良かったよ!

 

まずはシグナム。あの浴衣を押し上げているメガデス級メロン!浴衣という薄い生地な上、さらに胸部のみサイズが合っていないのでそこだけパッツンパッツンのピッタリフィット。お胸様の形が手に取るように分かる!───ああ、実に素晴らしい!!

 

次に夜天。いつもはリボンもなにも着けず、ただ降ろしているだけのストレートな髪形の彼女。それが今はどうだ!長い髪をアップにし、いつもはその髪で隠れている可愛い耳がちょこんと出ている。極めつけは儚げな色気を放っているう・な・じ!───ああ、むしゃぶりつきてぇ!!

 

3人目シャマル。健康的な白い肌が今はほんのり赤くなり、ホゥと吐息を吐く様はまさに艶の一言!さらに髪が数本僅かに顔に張り付いており、その色っぽさは倍率ドン、さらに倍!とどめはくびれからケツにかけての『キュッ、ぷるん』としたワガママ感!───ああ、めちゃくちゃにしてぇ!

 

4人目ザフィーラ。胸板!

 

5人目ヴィータ。特記事項なし。お前もう帰れよ。

 

「いい……いいよ、お前ら!最高だ!俺の最高の騎士たちだ!!」

 

もちろん、普段からも風呂上りのこいつらの姿は見ている。その時でさえ、いろいろと持て余す色香を放っているのだが、しかし今はさらに増し増し!浴衣という服飾の何と威力の高い事か!旅行という解放的雰囲気の中でのこいつらは、もう何というか……エロい!!

 

「お、おれ、主なってよかった……もう何か悔いはないよ……お前ら大好きだコノヤロウ!」

 

最近ではデメリットの事ばかり頭を過るし、実際早まったかな~と思う事もあったんだよ。けどさ、やっぱそんな訳なかった。なかったんだ!美人3人が浴衣姿で並ぶこの光景は何物にも代えがたい!………いや、お金には代えられるかな。150万くらい?

 

「よく分かりませんが、我が主にそういって頂けるのは嬉しい限りです」

 

ぺこりと頭を下げる夜天。その時、胸元から何かチラリと見えたような見えなかったような。しかし、それよりも今注視すべきなのはその湛えられた表情。銀色の髪も相まって、まるで淡く綺麗な雪解けの暖かさを感じる笑顔だった。本当に嬉しそうだ。

そしてそれは夜天だけでなく他の騎士たちもそのようで、シグナムは感動の表情でこちらを見て、シャマルは両手を頬に当て身体をくねらせ、ヴィータはそっぽを向いてるが口角がゆるゆるで、ザフィーラは尻尾をプロペラのように回転させて今にも飛んで行きそうなほど。

 

「あ、そうだハヤちゃん!さっきすぐそこで高町さんに会ったんですよ!」

 

俺が座ってニマニマと皆を観察していると、ぴょんぴょんと擬音がつきそうな感じでシャマルが隣に座ってきた。その際にふわりと漂うシャンプーの匂いと軽くはだける浴衣に危なく抱きつきそうになったが、何とか自制して平静を装う。

 

「おお、俺もさっき温泉入ったとき会ったぜ」

「旅先が同じだったなんて偶然ですよね~」

 

嬉しそうに笑うシャマルなんだが、こちとらドキドキだよ。てか、ホント、あんま近寄んないで?家じゃそう意識しちゃないけどさ、こういう場所だとさ、いろいろ付加価値みたいなのがついて辛抱堪らんのですよ。

上気した頬、しっとり濡れ髪、浴衣の下の肌のチラ見……もう、ねぇ?……ねー!!

 

「私も今日初めて高町夫妻とお会いしましたが、なかなか気持ちの良い方でした」

 

だが、しかし。

そんな俺の心境など露知らず、というかさらに追い打ちを掛けるように我が家一番のグレートフルーツをお持ちのシグナムまで隣に座りこんできた。

 

「しかし、高町さんは何か武道の心得がお有りなのでしょうか。あの綺麗な立ち姿、まるで体に一本太い芯が入っているかのような凛然さでした」

「あ、流石シグナム。当たりよ。何でも古流剣術をしてるみたいで、家に道場もあるって仰ってたわ」

「ほう、それは一度お手合せ願いたいものだ。雰囲気から察するに、恐らく相当な腕の剣士だろう」

「そうね。というより、高町さんの所は武道一家らしいわよ?息子さんと娘さんの一人が剣をやってて、もう何人かいる娘さんのうち二人は空手と拳法をやってるって聞いたわ。一番下の末っ子、なのはちゃんって言うんだけど、その子と奥さんだけが武道に携わってないんだって」

 

俺を挟んで繰り出される会話のキャッチボール。いつもならインターセプトするんだが、この状態じゃ口も体も自由に動けない。唯一、目だけが右に左に、シグナムの体にシャマルの体に。

てか、シャマル。お前、よそ様の家庭知りすぎじゃね?もうそんな仲良くなってんの?まあ俺も風呂で高町さんの家庭事情をちょっとだけ知ったけどさ。

たしか娘的存在とか何とか言ってたけど、なんだな、いろいろあんだな。うちも人間一人+魔導生命体五人の家族構成で血も繋がってねーけど、これはそう変わった事じゃねーのかもな。……いやいやいや、そんなわけねーだろ、俺んちも大概だろ。

 

「それでね、何でも娘さんの一人がすごい有名な歌手みたいで──」

「ふむふむ」

 

しばらく二人に挟まれながら話を聞くふりをして身体を舐め回していた俺だが、高町さんとの約束の時間がもうすぐそこまで迫っていた事に気づき、名残をしつつも二人の間から抜け出して支度をする。

 

「主、どこにいかれるのですか?」

「ん?ああ、高町さんとこ。飲みに誘われてんだよ」

「そうだったのですか、分かりました」

 

そう言った夜天は、今まで見ていたテレビの前から腰を上げ、どこかに出かけるのか支度をし始めた。……いや、てか、もしかして?

 

「えっと夜天?もしかしなくてもついて来る気?」

「はい、主に酌をするのは我が使命ですので」

 

いやいやいや、それ超初耳なんだけど?確かに普段、気づけばいつの間にか夜天が率先して俺にお酌をするようになったけどさ。

 

「今日はいいって。行くのは俺だけで、夜天は夜天で文字通りゆっくり羽伸ばして過ごしとけよ」

「「「「「え?」」」」」

 

返答が一つではなく、なぜかハモった物が返って来た。見れば夜天だけでなく、他の騎士全員も行く気まんまん。

お前ら、過保護っつうか過守護すぎんだろ。なんで当然のように同伴する気なんだよ。せっかくの旅行なんだからよ、もうちっと個々の時間をだな…………ああ、そうか、そうだった。

 

「たぶん2~3時間で戻るだろうからよ、その後はみんなでゆっくりしようぜ。旅行は長ぇんだ、思い出作る時間もたっぷりあらーな。な、シャマル?」

「ハヤちゃん……」

 

昨晩シャマルが言ってたじゃねーか。

『私達、ずっと本の中で眠ってたでしょ?そして、ついこの前起きたばかりで……だから、家族で遊ぶとかそういうの経験してみたくて……そんな中でハヤちゃんも楽しんでくれたらなーって……最近夜と朝しか一緒にいられないし……ハヤちゃんともっといっぱい思い出作りしたいし……』

てよ。

めんっどくせーけど……まあしゃーねーわな。シャマルのこの言葉がなけりゃ旅行なんて来なかったわけだし。ちったあ主っつうか家主らしい対応もしてやんなきゃな。

 

「んじゃちょっくら行ってくるわ。お前ら、大人しくいい子で待ってろよ?特にヴィータ」

「名指しすんな!……あんま飲みすぎんなよ」

 

てわけで、俺は一路高町さんの部屋へと向かうのだった。

 



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07

多くの感想ありがとうございます。ちょっと……いえ、かなりびっくりしました。そしてランキングにも載っていたみたいで、さらにびっくりしました。
本当にありがとうございます。

以下、今話における注意点になります。


サブタイは07になってますが、実際は本筋に深く関わる話ではありません。リリカルキャラも出ません。幕間?番外編?ただの馬鹿話?のような回になりますので、飛ばして頂いても何ら問題ありません。また色々と設定の変更もあります。ご容赦ください。


お酒。

ビール、焼酎、日本酒、古酒、チューハイ、ウイスキー、カクテル、etcetc。

酒とは……飲まない奴にとっちゃあ百害あって一利なし。飲む奴にとっちゃあ百薬の長。そしてもちろん俺にとっちゃあ自分と金と女の次、タバコとギャンブルを合わせて同率4位に位置するくらい大好きなもの。

酒は飲んでも呑まれるな、なんつう言葉があるが、それはきっと間違いだ。呑まれてこその酒よ。

呑まれるというのは、つまり素の自分を出すっつう事よ。普段無口な奴でも酒が入りゃあテンション上げ上げ……とまではいかんかもしれんが、それでも口は軽やかになるだろう。そしてそこからさらに一歩踏み込んで、前後不覚になるまで踏み外せばあら不思議。やってくるのは取り返しの付かない誤ちと2度と酒を飲みたくなくなる二日酔い。…………ん?

 

呑まれちゃダメじゃん。

 

いや、そうじゃねーんだよ。そう言いたかったわけじゃねーんだよ。つまりだ、あれだよ、あれ。酒を飲むと気分が良くなり口が軽くなり支離滅裂になるって事だわね。

 

つまり今の俺でぇす。

 

「いやはははは、士郎さん、そりゃやりすぎっすよ。見た目若いけど年考えないとダメっすよ?」

「いやいやいや、俺は現役の喫茶翠屋の大黒柱にして鬼も恐れた元御神の超最強剣士!美沙斗にだってまだまだ負けんさ!」

 

いつもは純情で無口で引っ込み思案なシャイボーイの俺も、ほらこの通り。

敬語など明後日の方向にブン投げ、いわゆる申し訳程度の丁寧さを残した言葉を平気で士郎さんに向ける。が、向けられた本人も何かよう分からん事をご機嫌に喋ってるので問題なし。

 

「ミサト?ああ、ミサトさんっすか!エヴァじゃなくてエバーの人ですね、エバー」

「いや、どちらかというと射抜の人だ!」

「射抜っすか!?なんか凄そうっすね!ミサトさん、凄そうっすね!」

「いろいろ凄いぞ!」

 

さて、俺らは一体なんの話をしてるんだろう。

ここは旅館内の士郎さんが取った部屋。そこで俺らは約一時間前から酒宴を繰り広げている。最初はビールから軽く入り、今は焼酎。テーブルの上には空になったビール瓶が数本、焼酎の一升瓶が一本。つまり今焼酎2本目。……男二人でこれは、ちょっとヤバいくらいのハイペースだ。てか、急アルになってもおかしくねーぞ。

 

とは思うものの。

 

「あ、士郎さん、空いてんじゃねっすか。ささ、どうぞどうぞ」

「おお、悪いね」

 

思ってる事と実際の行動は必ずしも一致しないのが世の中の常だ。つーか楽しけりゃいいじゃん。飲めりゃいいじゃん。後先考えても楽しんねーし。

人間、一秒先に死ぬかもしれない。なら今を楽しまにゃ損。これ大事。これ重要。だから飲もう。

 

「隼くんも空いてるじゃないか。それじゃあダメだ。ダメダメだ。ほら、ご返杯!」

「ご返杯いただきましたー!そこからの一気!」

「おおー、やるね!これは俺も負けちゃいられん!いくぞ、御神流ノド越し奥義・神速一気飲みver!」

 

お互い一気し、空になったグラスをダンっと勢いよくテーブルに置く。

俺が士郎さんを見る。士郎さんが俺を見る。ニヤリと笑ってがっしりと握手する。意味が分からない。でも楽しい。

 

「「ご返杯!……あはははは」」

 

訳も分からずただ楽しい。ダチやうちの奴らと飲む時とはまた違った楽しさ。

そして、それは士郎さんも同じように思ってくれているらしく、気持ちのいい笑顔と共に言った。

 

「いやぁ、久々にいい気分で飲んでるよ。改めて今日はありがとうね、隼くん」

 

俺もまた返す。

 

「いえいえこちらこそ。俺も超楽しいっすよ」

「そうかい?いや、でもこんなオジさんに付き合うより、外に出て女の子と飲む方が楽しいだろ?」

「んなこたぁ……ないこともないっすけど、でもこうやってサシで男同士飲むのもやっぱ気楽でいいすよ」

 

実際、ここ最近はダチと飲むこともなかったし、士郎さんと飲める事にはなんら文句はない。まあ喫茶店経営してる堅実な大人な上、美人な奥さん持ちって事で最初は「盛り上がるかな?」とも思っていたが、蓋を開けてみりゃあ全然そんな事ねーし。

士郎さん、超気さくな人で、こんな小生意気なガキの俺にも嫌な顔一つせず話してくれる。改めて思うが、ホント俺と正反対な人だ。

 

「あははは、そう言って貰えるとオジさん感激しちゃうよ」

「何言ってんすか、オジさんオジさんって。さっきはああ言いましたけど士郎さんはまだまだ若いんすから。てか、逆に士郎さんこそこの場に女欲しいんじゃないんすかぁ?」

「桃子に一票!!」

「ごちそうさまっすドチクショウ!!」

 

まーね、うん。分かるよ。桃子さん、美人だもんなー。優しく包み込んでくれるけど叱ってくれるトコは叱ってくれて、でも後で笑顔でお菓子出してくれる的な?……的な!?

 

「いいなー士郎さん、あんな美人な奥さんいて。マジ羨ましい限りっす。俺も奥さんとは言わず、とりあえず彼女くらいは欲しいすわ」

「ん?んん?隼くん、彼女いないの?たまさか~」

「いや、そのさかたま~なんすよ。ハズい話、今まで彼女出来たことねーっす」

 

酒の勢いって怖いね。自ら童貞発言するんだもんな。いやまあ、彼女いない歴=年齢=童貞って公式は『店』っていう要素が絡んでくるんで成り立たないんだけど……素人でもない生粋の童貞で悪いか!

 

「へー、以外だね。隼くん、彼女いそうなんだけど。あの無愛想な恭也にでさえ忍ちゃんっていう可愛い彼女がいるんだけどなぁ」

「恭也?……ああ、息子さんっすか?」

 

未だ会ったことはないが大体想像はつく。なにせ士郎さんと桃子さんの子供なんだ。100%イケメンだろ。そして、そんなイケメンの彼女とくりゃあ……

 

「そう。あーっと、確か携帯に……ああ、あったあった。ほら、この二人だよ」

「予想通りのイケメンとムッチャ可愛い彼女だあああ!しかもラブラブだあああ!ファーーーック!!!」

 

イケメンの男──恭也くんが困ったような、しかしどこか嬉しそうな表情で、腕に絡みついている彼女と画面いっぱいにラブ臭を放っている。てか、ここまで臭ってきそうだ。胸焼けしそう。

 

「はぁ、美人な彼女さんっすね。マジ羨ましいっすわ。てか妬ましい!」

「ははは、君ならすぐに出来るさ」

「っすかね~?あ、だったら士郎さん、彼氏募集中的な娘誰かいないっすか?ほら、喫茶店やってるから顔は広いでしょ」

 

脳裏に士郎さんの言ってた『娘的な存在』が浮かぶが、流石に「娘さん、紹介してください」とは言えない。いくら酔っ払ってても、まさか親相手そういう事言えねーし、そもこういうのに関しては度胸もない。

仮にもし俺がイケメンで良識を弁えな若人なら「じゃあ娘をよろしく頼む!」とか言ってもらえるかもだけど、生憎とフリーターで独善者で良識を遥か彼方に投擲した俺だ。士郎さん的には万が一にも大事な娘さんを任せられるような男じゃないだろう。

てか、俺が親だったらこんな男は娘云々の前にまず顔面グーパンチだ。

 

と、思っていたんだけど。

 

「いや、桃子ならともかく、俺はそんなに顔広くないよ。ああ、そうだ、うちの娘たちはどうだい?」

「うぇ!?いや、それは……」

 

え、ちょっとびっくり。まさか士郎さんの方から言ってくるとは。……俺も中々捨てたもんじゃねーな!いや、まいったねどうも!

まあ、きちんと話すようになってまだ数時間だし、士郎さんも酔ってるしな。てか社交辞令だろ普通に考えて。

 

「美由希は……あいつは剣と本しか頭にないか。料理も殺人的だし。晶やレンも恋愛とか頭にないだろうな。そもそも隼くんとじゃ年が10くらいは違うしなぁ。となるとフィアッセか」

「フィアッセさん、すか?」

 

名前からしてどう考えても外国の人だ。士郎さんの娘らしいが……ああ、娘的存在か……まあ詮索するつもりはねー。こんな酒の席でそんな無粋はありえねーし。

んな事よりも、もっと重要で考えなくちゃいけねーのは、そのフィアッセさんが可愛い系なのか、それとも綺麗系なのかどうかだ!そしておっぱいはデカいのか、はたまた貧乳なのか!!

 

「そうそう!桃子には劣るが性格よし、器量よし、見た目もすごく可愛いぞ!そうだ、確か彼女の写真も……」

 

そう言って携帯を操作し出す士郎さん。

俺はドキをムネムネしながら待つことしばし。手渡された携帯の画面を見て小躍りしたい気持ちになった。

 

「めちゃくちゃ可愛いじゃないっすか!?てか綺麗可愛い系!?」

 

一気に酔いが覚めた気分になった。それほどの衝撃がそこにはあった。

画面には士郎さんと桃子さん、その他に二人の女性が親しげに写っている。一人は50代くらいの女性で、もう一人はその娘と思しき顔立ちの女性。おそらく後者がフィアッセさんだろう。

綺麗な長い金髪。桃子さんのような、柔らかさの中にどこか芯の強さを感じさせる綺麗な顔。そして中々に豊満な胸部。

可愛いと美が同居したようなそんな女性が満面の笑みで写し出されていた。

 

「そうだろうそうだろう!」

「いや、これは予想以上っす!ぜひこの人、フィアッセさんをボクにご紹介して…………うん?」

 

あれ?ん?

俺は首を捻りながらもう一度改めてじっくりと画面に写っている女性を見る。

歳は俺と同じかちょい下。綺麗な金髪。穏やかな笑み。優しそうな瞳…………う~ん?

 

(気のせいか?どっかで見たことあるような?)

 

俺に外国人の知り合いはいない。強いて言うならうちの騎士共の風貌は北欧とかそっち系だが、それとはまた違う顔立ち。まず、知り合いじゃあない。知り合ってたら是が非でもすぐにお近づきになるだろう。

けど、何故か見覚えがある。それにフィアッセって名前も聞いた事あるような?てか、一緒に写っている女性も見覚えがあるような。

…………。

………………。

……………………あ゛。

 

(は?ちょっと?まさか?…………いやいやいや………え…………いやいやありえねー…………は?)

 

一人だけ。

俺の記憶の中で一人だけこの顔とがっちし一致する人がいた。知り合いじゃあないが、確かにいた。名前も同じ。隣に写っている年配の女性も知ってる。…………でも、ありえない。あるわけがない。そんなわけがない。

だって『あの人』だぞ?どんな理由で『あの人』が士郎さんと並んで写るっていうんだ?言っちゃ悪いが、士郎さんはただの喫茶店の主だぞ?どうやっても繋がらんだろ。嘘だって。合成だって。…………だ、だよね?

 

「し、し、士郎さん、あの、ち、ちっとばかしこの二人の女性についてお尋ねしたい事が」

 

ありえないとは思いつつ、まさかとは思いつつ、それでも出てくる言葉は震えていた。

 

「うん?なんだい?」

「あの、ですね。ボク、この二人、見覚えあるなぁって。いやもしかしたら全世界の人が見覚えあるかなぁって……いや、まさかそんなわきゃあないとは思ってるんですがね。他人の空似的な?けどまぁ一応聞いといた方が、今後の心臓にいいかなあと…………あの、この二人のファミリーネーム、教えて頂いても?」

 

持っている携帯が震える。それはバイブじゃなく俺の手によって。頭では分かっているんだ。いくらアルコールの入ってバカになった頭でも、現代人である以上、この二人を知らない人間はいない。見間違う人間はいない。

だから、ここに写っているのは──

 

「クリステラ」

 

士郎さんからの返答は、簡素だが予想通りのものだった。

ありえないがありえた。まさかがそのまさかだった。嘘が本当だった。

 

高町夫妻と共ににこやかに写っているのはまぎれもなく、ティオレ・クリステラとフィアッセ・クリステラ。

 

オペラ歌手。

 

『世紀の歌姫』とその娘。

 

世界が誇る歌姫親子。

 

──つまり、超・絶・有・名・人!

 

「…………ふぅ」

 

俺は一息ついた後、テーブルの上にあった一升瓶を手に持ち、そのまま口に持ってきて呷る。そしてさらに一息ついて──

 

「うそおおおおおおおおおお!?!?!?!」

「うんうん、期待通りのいいリアクションだよ隼くん!」

 

なんて士郎さんが気楽に言うが、こちとらびっくり仰天し過ぎて頭ん中パニックだよ!本当にまさかのあのティオレ・クリステラとフィアッセ・クリステラだぞ!?普段オペラなんて高尚なモン聞かない奴、つまり俺のような奴でもこの二人の歌は知ってるほどのビッグネームだよ!てかipodに歌入ってるよ!夜天たちもファンだよ!

 

「マジッすかマジッすかマァァジっすか!?!?し、士郎さん、この二人と知り合いなんすか!?」

「うん、まーね」

 

軽い!?世界の姫二人と知り合いなのに「うん、まーね」ってどんだけ大物だよ!喫茶店店長の態度じゃねーよ!

 

「昔、ちょっとした仕事でティオレと知り合ってね。それから家族ぐるみでよくしてもらってるんだ」

「…………」

 

あいた口が塞がらないとはこの事か。普段、人を尊敬なんて欠片もしない俺でもこればかりは平身低頭だ。

すげえ、すげえよ士郎さん。出来た大人だとは思っていたが、世紀の美女歌姫二人と親交があるなんて。しかも写真を見る限りじゃあかなりの親密さ。仕事で知り合ったっつったけど、まさか今の喫茶店の仕事じゃぁあるまい。士郎さん、前職なんよ?

 

「ツアー中じゃなかったはずだし、今はイギリスかな?とすると今の時間、あっちは昼前くらいか……よし、ちょっと電話してみよう」

「ち、ちちちょっと待ってつかーさい!」

 

俺は慌てて士郎さんを止める。そんな俺に疑問顔を向ける士郎さんだが、ちょっとはこっちの心情を察してくれ。

いや、あの、確かに紹介して欲しいとは言いましたけど!?可愛い彼女が欲しいとは言ってますけど!?

 

「いや、そのっすね、さーすがにあの『歌姫』を紹介されるっつうのは分不相応っつうか……」

「おや、隼君らしくない発言だ。君なら喜んで飛びつくと思ったんだが」

 

そりゃあね、紹介されるのが普通の可愛い女の子だったら飛びつくよ?ただのシャバの人間だったらOKよ?それがどうよ、出てきた人間は誰もが知る有名人。

確かに俺は厚顔不遜で礼儀知らずの自己中野郎だ。この世界はパーペキな俺とその他大勢の有象無象で構成されていると時々思っている。…………だから、いきなり住んでいる世界の違う女性を紹介されたら、そりゃあ二の足も踏むってぇもんよ。

 

「喜びたいんすけどね、流石にちょっとハードル高過ぎっつうか、むしろ俺なんか相手にされない事がハナから目に見えてるつうか……」

 

容姿、性格、収入、etc。どれ一つ釣り合わない。知り合いになる事すら躊躇しちまうレベルだ。遠くから眺めてゲヘヘ言ってるのがこの場合正解だろ。

 

「ふむ、フィアッセはそんな子じゃないけど……なら、とりあえず君の電話番号をフィアッセの方に送っていいかな?で、フィアッセの方から連絡があったら出て欲しい。彼女云々はともかく、純粋にあの子と友達になってくれたら嬉しいしね。フィアッセ、恭也ぐらいしか年の近い男の知り合いいないからなぁ」

「え、ええ、まー、はい。それなら……」

 

少し戸惑いながらも返事する俺に、士郎さんは一言お礼を言うと携帯を操作しだした。

俺はその様子を見ながら呆然と胸中で呟いていた。

 

(……マジで?……マジで?……あの歌姫が俺の番号を知る?……しかも、もしかしたら電話来るかも?……あの歌姫の声が電話越しとは言え、俺個人に?……名前呼んでもらえるかも?……耳元であのフェアリーボイスが?)

 

少しだけ考え込んだ後……。

 

(いやっふうううううううううううううううう!!!!!!)

 

尻込みしてんのは事実だが、それでもあの歌姫ともしかしたら個人的な繋がりが出来るのかもと思うとブレイクダンスしちまいたい程俺歓喜!思わず一升瓶ラッパしちゃうよボク!

 

「ははは、いい飲みっぷりだ」

「ごくごく──ぷはぁ!いやー、そりゃ酒も進むってもんすよ!」

 

まさかあのフィアッセ・クリステラと繋がりを持てる事になるかもしれねーなんてなぁ。一介のフリーターが一体全体どうやったらそんな人脈築けるよ?てか、マジで電話あったらどうしよ?流石の俺でも緊張すんぞ。どっかで見たけど、確かフィアッセ・クリステラって歳は21、2だったよな?一応俺のほうが年上だけど、まさか有名人相手にいつも通りの口調で話すわけにはいかんべ。敬語?……自信ねー。絶対ぇ変な言葉使いになんぞ。

 

「あ、でもなるべくフィアッセの事については内密にね」

 

そりゃそうだろうな。

もし俺や士郎さんのような一般人が有名人と懇意にしてるとか知られたら、周りが騒ぎ出すのが目に見える。それこそ「紹介してくれ」やら「サインもらってくれ」やらとな。そんなメンドくせー奴らが湧き出すに決まってる。

まあ、ぶっちゃけ俺的には自慢したいけどな!有名人と親しいんだぜ~て言いふらしたいけどな!優越感に浸りたいけどな!

 

…………って、その考えがダメなんだろ!

 

「てか、士郎さん、今更っすけど俺みたいな奴に紹介とか大丈夫なんすか?俺、結構碌でもない野郎っすよ?内密につっても、いざフィアッセ・クリステラと知り合いになったっつったら、俺、かなりの確率で自慢するかも」

 

俺は正直に自分の気持ちを曝け出した。普段はんな事気にせず好きなようにするが、今回は相手が相手だ。

こうやってサシで酒酌み交わした士郎さんじゃなけりゃ信用、信頼などクソ喰らえだ。特に野郎とはな。

 

「酒も入ってっし、ここだけの話っつうことでもいいっすよ」

「はは、もうメール送っちゃったからなぁ。それに、まあ隼くんなら大丈夫さ。君は誠実な男だからね」

「は?」

 

士郎さん、あんた酔い過ぎだよ。

誠実?俺が?たぶん、その対極の位置にいますけど?

 

俺は呆れを隠さず士郎さんを見やったが、それでも士郎さんは少し笑いながら続ける。

 

「隼くん、君は自分が思ってるほど悪い人間じゃないよ。昔の仕事柄、人を見る目は持ってる。過去に最低と言われる部類に属する人間も何人か見てきた。確かに君はちょっと粗暴な所があるかもしれない。けど、君の場合それは純真な心の現れだ。道を外れる事はあっても、そのまま突き進み、堕ちることはないだろうね。真っ直ぐでブレない確固たる『自分』を持ってるよ。中々いないよ、こんな世の中でそうやって生きられる男は」

 

俺という人間を知っている奴ならば、この士郎さんの評価を『有り得ない』と切って捨てるだろう。当然、俺自身でさえも『有り得ない』と断言しよう!

テメェが一番大事と言ってちゃらんぽらんに生きてきたんだ。自分の欲望には誠実だが、相手に誠実さを示した事など皆無よ!

 

「またまた~、そんなお世辞言っても何も出ねーっすよ?野郎からリップサービス貰っても嬉しかないっすよ」

 

酒を飲みながら誠実さの欠片も見せず適当に返す俺に、しかし士郎さんはさらに高評価を述べた。

 

「いやいや、本心だよ。君が初めて店に来たときから思ってたさ。あの時君の隣にいたシャマルさん、とても幸せそうだったからね。シャマルさんのような女性を幸せに出来る男が悪いわけないじゃないか。まぁ、だからシャマルさんが彼女じゃないと聞いたときは驚いたけどね。だから隼くん、君はいい男さ」

「…………」

「まっ、けど桃子を幸せに出来ている俺よりはいい男ランクが下がるがな!」

 

最後、そうやって軽くふざけた調子でしめた士郎さんに、しかし俺は今度は軽い調子では返せなかった。

感動で胸がいっぱいだったから。

 

(すんません、泣いていいっすか?)

 

いや、マジで。

うん、こんな持ち上げられたの初めてだわ。確かにある程度は好感を持たれてる自覚はあったよ?少なくとも嫌われてはないと思っていた。でもこんな…………。

 

うん、惚れてまうやろー!

 

え、もしかして士郎さんルートですか?てか、逆に俺が士郎さんに攻略されてしまうんですか?酒入ってる今なら即END行きますよ?俺、今ちょろインですよ?

ま、そりゃ冗談だけど。

 

「いやぁ、なんかムズ痒いっすわ。今までゴミとかクズとか最低野郎とかはよく言われてきたんすけどねー。学生ん頃とか超不良だったんでセンコーとか近隣住民からはまー冷たい目で見られたもんっすよ。まっ、そん時ぁ俺のギラついた熱き瞳を返してあげましたがね」

「はは、不良か。良いか悪いかは兎も角、間違っちゃいないさ。それに、そういうのもまた一つの青春じゃないかな?」

 

すっげー。心広ぇー。もしかして士郎さんの前職、教会の神父さんじゃないの?割とマジで。

てか、もうちょっと恥ずかしい。

 

「…………あーー、もうこの話やめやめ!よく考えたら酒の席でこんな話はないっすよ!俺が実はどういう男とかどうでもいいじゃないっすか!野郎の情報知ったトコでなんの益も……はっ、まさか士郎さん、俺の初々しい貞操狙ってる!?」

「ふっ、バレては仕方がない。実は…………って馬鹿!」

 

俺の話はこれまでだと言わんばかりに、おふざけを交えて路線変更する。それに士郎さんも乗ってくれた。

 

「しかし、何でこんな面白くない真面目な話になったんでしたっけ?てか、なんの話してましたっけ?」

「えっと、何だったかな?確か隼くんが何かを秘密に出来るとか出来ないとかどうとかこうとか何とかかんとかあれとかこれとかそれとか……」

 

お互い酔った頭で数分前の会話目指して遡る。えっと、確かエバーのミサトさんが射抜きの人で凄くて……いや、これは戻り過ぎか。

ええっと?

 

「あ、そうそう、隼くんがフィアッセの事を内密に出来ないかもと言ったからだよ」

「あ、そうだった!そうですよ、俺、フィアッセ・クリステラの事、絶対自慢しますって!だから紹介とかなしで、この場限りの話で──」

「いや、だから君は誠実で信用に値するから!そんな事する人間じゃ──」

「「…………ぷっ」」

 

少し沈黙したあと、俺らは吹き出した。

これじゃ数分前と同じだ。またループするとこだったよ。これだから酒の入った頭は。

 

「よし、じゃあ論より証拠だな」

「証拠っすか?」

 

ぐいっと士郎さんは酒を飲み、力強くこう言った。

 

「ああ。つまり俺が君のことをどれだけ信用しているのか、それを示せばいいんだ!信用が信用を呼び、また信用する。君を信用する俺を信用する。信用が信用となり、信用となる。信用しないなら、信用しよう、信用を。信用する事を信用する傍らで信用する。するとどうだ、信用する!」

「おお、なるほど!…………なるほど?うん?」

 

えっと、信用が信用で、信用だから信用で?

 

「これが代々御神不破に伝わる伝説口伝書伝の奥義!かの閃よりもさらに取得の難しい超秘奥義!名を『信用』!」

「おお、奥義っすか!」

「そうだ!この奥義は躱す事も避ける事も回避する事も出来ない!総受けあるのみ!」

「なんと!?くっ、なら正面から受け止めてやんぜ!ばっち来いや!!」

「その意気や良し!」

 

ヴィータあたりが今の会話を聞いたら『取り敢えず二人共もうその辺で飲むの止めて、使用済みの便所の水で洗顔してこい』と言われそうだが、生憎とここにヴィータはいない。

いるのは酔いどれバカ野郎が二人だけだ。

 

───そして、士郎さんは奥義を繰り出した。

 

「君にフィアッセを紹介したのは君を信用してるからだ。そこからさらに信用を示すには?答えは簡単。もう一人君に紹介すればいいんだ!それだけ君を信用してるんだという俺の意思表示!というわけで、えっと誰かいたかな……ああ、エリスは確か彼氏まだいないっていってたな」

「エリスさんっすか」

 

出てきた名前はまたしても外国人。有名人ではないとは思うが……てか、何でそんな外国の人の知り合いいんだよ士郎さん。ホントに昔はなにやってたんだ?

 

「そうそう。エリス・マクガーレン。ティオレさんの運営してるソングスクールがあるんだけど、そこの警備担当で、恭也やフィアッセの幼馴染ってやつかな?ちなみにマクガーレンセキュリティ会社社長令嬢!」

 

社長令嬢!?しかもティオレさんのソングスクールの警備任されてるって事は結構大企業!?逆玉いっちゃいますか!?

 

「あ、そう言えば忍ちゃんとこのノエルさんとイレインさんも一人だったな。忍ちゃんが『早く恭也みたいなカッコイイ彼氏作ればいいのに~』ってボヤいてた記憶が」

「ノエルさんにイレインさんっすか。てか忍ちゃんって恭也くんの彼女さんっすよね?その人の家族っすか?」

「家族と言えば家族かな。まあ厳密に言うとメイドさんだけど」

 

メイド?!マジで!?そんなんいんの!?日本に!?

ノエルさんにイレインさん……外人のメイド……やべえだろ、絶対ぇ可愛いだろ!てかまだ見ぬ忍ちゃんってもしかしてお嬢様じゃね?メイドいるくらいだしな。

ただひとつ忍ちゃんの事で分かった───キミ、恭也くんにベタ惚れすぎんだろ!愛されるよりも愛したいマジで派だろ!

 

「そうだ、ボヤいてたで思い出したけど、アイリーンさんが『ゆうひ、彼氏の一人でも作って落ち着いてくれたらなぁ』って言ってたな。そう考えるとこれはいい機会になるようなならないようななっちゃうような?」

 

お、何か今度は日本人っぽい。

うんうん、異国文化、交流もいいけど、やっぱ同じ日本人の方が気楽に仲良く出来そうでいいよな。まあ、美人なら例え人間じゃなくても仲良くするけど、そこはほら、おれ交際経験ないからよ?ちっとでも親しみ易そうな庶民的な子を紹介して欲しい気持ちも無きにしも非ず的な?それとある程度の小金持ちだったら尚良し的な?

あ、不細工はお断りだけど。

 

「あ、隼くん、ゆうひちゃんって言うのはね、フィアッセと同じ歌手で……ああ、芸名を言ったほうがいいかな。聞いた事あると思うけど『SEENA』って言って────」

 

瞬間、俺は士郎さんが言い終わる前に頭を机に叩きつける勢いで下げた。

 

「すみませんもう無理っす受け止められないっす勘弁してください」

 

士郎さんの奥義パネェよ!

出てくる女の子が何で全員一般人じゃねーじゃねーか!?俺ぁ王族でも貴族でも華族でもない、ちょっとばかし魔法が使えるだけのただのフリーターよ!?それが超有名歌手に社長令嬢にメイド?月とスッポンって表現すら超越してんぞ!

 

(士郎さん、あんたホントに何モンっすか……)

 

頭の処理能力が追いつかず、取り敢えず今俺に出来る事は三本目の焼酎を開ける事だけだった。

 

 

───宴は続く。

 



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08

 

諸君 私は飲みが好きだ 諸君 私は飲みが好きだ 諸君 私は飲みが大好きだ

 

ビールが好きだ 発泡酒が好きだ チューハイが好きだ カクテルが好きだ ワインが好きだ ウイスキーが好きだ 日本酒が好きだ 焼酎が好きだ 泡盛が好きだ

 

自宅で 友人宅で 居酒屋で 旅館で 屋台で バーで キャバクラで ビアガーデンで キャンプ場で 仕事場で

 

この地上で行われるありとあらゆる酒宴が大好きだ

 

一人で唐揚げ片手にビールを呷るのが好きだ

テレビで野球観戦しながら肉とビールが喉を過ぎていった時など心が躍る

 

お土産に貰った地酒を評しながらヤるのが好きだ

不味い不味いと言いながらも結局は一瓶を一晩で空にしてしまった時は胸がすくような気持ちになった

 

朝から飲む焼酎が好きだ

一日の始まりを芋・麦・米の中から好きなものを選び自由気ままに自堕落に過ごすその日は感動すら覚える

 

珍酒と呼ばれるモノを飲む時などはもうたまらない

何軒も何軒も酒屋を巡った末に手に入れた時など絶頂すら覚える

 

バカみたいに飲んで翌日滅茶苦茶酷い二日酔いになるのが好きだ

頭痛と吐き気に襲われてタバコすら吸えずに無駄な一日を過ごす事はとてもとても悲しい

友と飲んで自分だけそうなった時は屈辱の極みだ

 

諸君 私は飲みを 前後不覚になるような酒宴を望んでいる

諸君 士郎さんとその他の諸君

君達は一体何を望んでいる?

 

更なる酒宴を望むか?

情け容赦のない夢のような酒宴を望むか?

酒池肉林の限りを尽くし三千世界の鴉を酔わす泥のような酒宴を望むか?

 

「酒!酒!酒!」

「……にゃはは」

「……うわぁ」

「……この酔いどれ共め」

 

よろしい ならばアルコールだ

 

我々は満身の力を込めて今まさに呷らんとする中毒者だ

だがこの辛い現実で人生を歩んでいかなければならない我々にただの酒宴ではもはや足りない!

 

大宴会を!!

一心不乱の大宴会を!!

 

我らは僅かに5人 アル中2人と少女3人の少人数

だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している

ならば我らは諸君と私で総勢4000と1人の大集団となる

 

4001人でこの旅館の一室を大宴会にし尽くしてやる

 

第二次後先考えず取り敢えず飲みまくろう作戦 状況を開始せよ

 

──征くぞ 諸君

 

「というわけで士郎さん、改めてくぁあんぱぁぁああい!」

「きゃんぱーーい!」

 

ガチンッと、もはや力加減も録に出来ずに俺と士郎さんはグラスをぶつけ合った。

 

「いやあ、いい演説だったよ隼くん!君の熱きパトスがこの胸にビビッとキタね!」

「ええもう任せてつかーさい!ビビッと、いやさvividっすよ!」

 

俺が士郎さんの部屋を訪れ酒宴を開始したのが約2時間前。その間ほぼノンストップで飲み続けた結果、見ての通りのご覧の有様。

いろんな酒類の酒の缶やら瓶があたりに散らばり、つまみもテーブルの上に散乱している。頭は霞が掛かったように朧げで、一体自分が何を言ったりしたりしているのか分からない。

 

だが、それがいい!

 

「士郎さんこそ、さっきの独白は見事だったっすよ!なんつったっすかね……ああ!そうだ、こう静かにキメ顔で──『体は酒で出来ている。血潮はアルコールで心はおつまみ』とかなんとか」

「いやっはははは、これまた年甲斐もなくハメ外しちゃったかな」

「ハメなんて外してこそなんぼっすよ!」

「だな!着脱可能にしとかなきゃな!」

 

お互い何が可笑しいのか、というか可笑しい事が可笑しいんだろう、笑ってテーブルをバンバン叩く。そんな俺たちを呆れ顔や苦笑いで見やる少女たちが3人。

あははは、わりいねー、大人の酔っ払いってこんなんなんよー。まあ君たちもこれから先、大学やら会社やらでこういう光景にさらされるだろうからよ、今のうちに耐性付けときゃ何かと……………………ん?ちょっとまって。

 

誰?この少女たち?

 

「し、士郎さん、エマージェンシーです!何か見知らぬ少女X、Y、Zがいるんすけど!?」

 

思えば演説中も人数に数えてたけど、いつの間に?確かついさっきまでは俺と士郎さんしかいなかったはずだぞ?

 

「おいおい、隼くん。君、酔っ払ってるね?この子たち、つい数分前に来て、その時ちゃんと紹介したんじゃないか」

「……お父さん、私たちがここに来たのは1時間くらい前だよ」

「あれぇ?そうだっけ?いやー、なのはは偉いな~」

「にゃははは……はぁ」

 

士郎さんとの問答に最後疲れたようなため息を吐いた、なのはと呼ばれた少女。会話の内容からなるほど、士郎さんの娘さんか。

綺麗な茶色の髪にくりっと大きな瞳に中々利発そうな雰囲気の子。年は小学校低学年くらいか?ふんふむ、このなのはってガキは桃子さん似だな。詰まる所、美少女。

 

「自己紹介も、もう2~3回はしたんですけどね……」

 

そしてその隣。士郎さんとなのはのやり取りに苦笑しているのは、やはりこちらも可愛らしい顔をした少女。軽くウエーブが掛かった髪に柔和な雰囲気。どこぞのお嬢様って感じの子だ。詰まる所、うちのヴィータと正反対の愛らしいガキ。

 

「ていうか、このやり取り自体が何回目よ」

 

そして最後。呆れた顔を隠さずにこちらを見る少女。前者二人と同じくこちらも可愛らしい顔だが、どっかキツイ印象を受ける。というか絶対ツンツン子だなこいつ。うちのヴィー某と同じ雰囲気を感じる。詰まる所、生意気そうなガキ。まあそれでもヴィー某よりかは絶対マシだろうよ。

 

てか、なるほど、こいつらそんな前からいたんだな。そして自己紹介も済んでると。…………マジで?俺、覚えてねーぞ?そんなに飲んだか?いや飲んでるけどよ。でも流石に忘れるなんて事は。う~む。

 

「あ、あの、鈴木さん、どうしたんですか?」

 

必死に記憶を呼び覚まそうと俺が腕を組んで唸っていたら、それを心配そうに覗ってくるなのは。そんななのはに対し、俺は自然とこう返した。

 

「おい、だから『鈴木さん』じゃねーだろ。呼び名は『ハヤさん』がオススメっつったじゃねーか。それと敬語」

「あ、う、うん」

 

…………おお、そうだ、そうだった。したよ自己紹介。で、そん時なのはの奴、敬語で話すわ『鈴木さん』とか言うわでムカついたんだよな。

 

ガキが一丁前に人の顔色覗ったり、変に畏まろうとするの腹立つんだよ。見てっと気持ち悪いしよ。そんなんは大人になってからやってろ。

ガキはガキらしく在るべき。

今は何も考えず無邪気に笑顔振りまいてりゃいいんだよ。

 

ともあれ、なのはの事を思い出したお陰で他の二人の事も思い出したぜ。

 

「えっと、お前はすずかだよな?月村すずか」

「はい」

 

姉が士郎さんの息子さんの恭也くんの彼女で……そして何とノエルさん、イレインさん、ファリンさんという美人なメイドさんがいるらしい!いるらしいんですよおお!今度遊びに行かなきゃ!!

ちなみにすずかにもなのはと同じく『その口調直せや』と言ったが、性格上、年上の人にフランクな態度で接するのは無理との事。

まあ、それならしゃーない。ガキ相手に無理は言わねーさ。……いや、言うときもあるけどよ?

 

「なのはにすずか、か……よし、今度はバッチシ覚えた!どこぞのクサれ赤毛と違ってお前らは可愛いからな!もうきっと忘れん!さて、次は俺のターンか。それじゃあ改めて、俺は鈴木はや───」

「ちょっとちょっとちょっと!?」

 

改めて俺が自己紹介しようとしたら割り込みが入った。何かと思えば1人の少女が怒った表情で俺を見ている。

てか何ガンくれてんだ?お?

 

「そこは次は私の名前を言うとこじゃない!何自然と除け者にしてんのよ!」

「んだよ、ピーチクパーチク喧しいガキだな。いいじゃん、3人中2人の名前言ったんだから。過半数だろ?民主主義だ」

「意味分かんないわよ!……まさか、なのはとすずかの名前は覚えてて私のは覚えてないなんて言うんじゃないでしょうね!あれだけの事しといて!」

 

ガルルルと今にも噛み付いてこんばかりの勢いだ。いや、何でそんなに怒んだよ?てか俺、こいつに何かしたのか?『あれだけの事』?美女から言われたらちょっと色々妄想が捗るセリフだが、こんなガキに言われてもねぇ?そもそも、俺ぁロリコンじゃねーんで何かしたとは思えん。…………ヴィータに接するようなノリで色々ちょっかい出した記憶なら薄らとあるけど。

 

まあこれ以上喧しくなられちゃ叶わんし、しょうがないから紳士に対応してやろう。

 

「あーはいはい、ちゃんと覚えてるっての。てか忘れるわけねーじゃん。お前も(口閉じてりゃ)可愛いんだから」

「ふ、ふん、まあそれならいいんだけど……」

「つうわけで、改めてよろしくな『掃除機』ちゃん」

「誰が掃除機かああああ!!」

 

見事という他ないツッコミの速さと声量が返ってきた。

 

「なんでそこで掃除機!?人名ですらないじゃない!そんな変テコな名前の人間いないわよ!」

「おい、全国の掃除機さんに謝れよ。もしかしたらいるかもしれないだろ。ほら、『そうし・゛き』さんみたいな感じで」

「区切るとこおかしい!?濁点の行き場がなくなって迷子になってるじゃない!」

「じゃあ『そうし・ぎ』?」

「『き』の方についたら、もう『掃除機』ですらなくなるわよね!?」

「じゃあ濁点はゴミ箱にポイしよう」

「今度はまったく別の言葉になるじゃない!」

 

おお、見事な返しだ。

なんだコイツ、なかなか面白れ奴じゃん。一見してただのツンデレかと思いきや、かなりキレキレなツッコミも返してくるよ。今までに俺の周りにはいないタイプのガキだ。

 

「アリサ、お前かなりおもれー奴だな!うんうん、ガキゃあやっぱこう元気でなくちゃな!」

「……私はあんたと話してたら疲れるわよ。ていうかちゃんと覚えてるし」

 

そう、この元気なガキの名はアリサ・バニングス。その名前と見た目からしてどうみても外国の女の子。外人のガキと話すのは初めてだが、そのノリの良さは関西を彷彿とさせる。

 

それにしてもなのは、すずか、アリサか……この三人、見た目やたら可愛くねーか?テレビの子役か子供のモデルにいそうなツラしてんぞ。

もちろん、俺は美人で可愛くて出来れば胸がデカくてむっちりしたケツを持つ成人女性(シグナム、夜天。シャマルなど)が好みなので、そういう感情は埃ほども湧かんが、なんつうか庇護欲みたいなのは湧いてくる。身近にヴィータみたいな殺意の湧くガキしかいないんで尚更だ。

 

「なのは、すずか、アサリ、改めて俺は鈴木隼っつうカッコイイお兄さんだ。よろしくな。困った事があればすぐお兄さんに言うんだぞ?可愛いガキは嫌いじゃねーからよ。暇なときに限り、金以外の相談なら受け付けてやんぜ」

「あはは、ハヤさんって面白いね」

「うん」

「……もう突っ込まない、突っ込まないわよ」

 

三者三様だが概ねいい感じの反応が返ってきた。それに俺は訳も分からず1人うんうんと鷹揚に頷いていると、その様子を見ていた士郎さんが少し笑ってこう言った。

 

「隼くん、君子供好きだったんだね。こう言っちゃなんだが、ちょっと意外だよ」

 

だろーね、よく言われる。

もっとも、何もガキ全般が好きなわけじゃねーけど。より細かく言うなら俺に懐いてくれて素直で遠慮しないガキらしいガキが好き。それに当て嵌らない、例えばクソ生意気で大人びた達観してるような、自分を押さえつけてるガキは大嫌いだ。ぶん殴りたくなってくる。

 

「ガキがそのまま大人になったような奴とか言われるんで、きっと同族的?親近感的?なモンがあるんっすよ。そういう士郎さんこそ子供好き、てかなのはの事ベタ惚れでしょ?」

「あ、分かる?」

 

そりゃあな。

今でもなのはを見る士郎さんの目、蕩けきってて口角はゆるゆる。対するなのはもどこか嬉しそうで、だからきっとなのはにとって士郎さんはいいオヤジなんだろうよ。

 

「そう、だから隼くん。いくら君でもなのはは渡せんぞ!許嫁の約束もさせん!というかどこにも嫁がせん!」

「お、お父さん」

「うっす。じゃあ俺は大人しくすずかを貰っていく事と致しましょう!おまけでアリサもしょうがなく!」

「ふぇ?!」

「そろそろぶっ飛ばすわよ!」

 

士郎さんがなのはを手繰り寄せ、俺も対抗してすずかを手繰り寄せ、アリサは脚繰り寄せた。……うーむ、この言動だけ抜き取ると俺完璧ロリコンじゃねーか。だが残念!全国のロリコンルート希望の諸兄らには悪いが、そっちに行く気は満更ない!士郎さんルートには行くかもしれんがなあ!

 

「しかし、だからこそ最近はちょっと心配でね」

「うん?何がっすか?」

 

急に士郎さんのテンションが落ち、どこか悲しみを湛えた表情を見せる。一体全体どうした?お酒が足りんか?

 

「ほら、なのはももう小学三年生だ。最近の子はいろいろとマセてるだろ?現にいつのまにやらアクセサリーなんてものも付け出して……」

 

そう言った士郎さんの視線の先はなのはの胸元だった。そこには紐に繋がれた赤い珠がぶら下がっている。いわゆるネックレスという奴だろう。浴衣姿のガキにそこだけ背伸びしたようなネックレスというアイテム。

なるほど、確かに士郎さんの言うとおり最近のガキはマセてんなぁ。俺の時分にゃあアクセとかつけてる奴いなかったぜ?

 

「そう言えばなのはちゃん、最近それよくつけてるね」

「というか温泉入るときもつけたままだったわね」

 

すずかとアリサも同じようになのはの胸元を見る。その言葉を聞くに、どうやらなのはにとってそのネックレスはかなり大事なモンらしい。風呂にまで付けて入るとか相当だろ。まあうちの奴らも待機状態のデバイスをネックレスにしていつも付けてっけど。

 

「最近は小学生でもアクセつけんだな。てことは、すずかやアリサも付けてんの?」

 

軽く2人を上から下まで観察するが、特に何か付けてるようには見えねぇ。案の定、2人は首を横に振って否定した。

 

「お姉ちゃんから貰ったりはしますけど、あまり付けてはないです」

「私も持ってるには持ってるけど、いつもは付けないわね」

 

ふーん、そんなもんか。て事は、なのはって結構そういうの好きなのかね。あんまそういう風には見えねーけどなぁ。

 

「でも、なのはちゃんのそれ綺麗だよね」

「そうね、そういうのだったら私も一つ欲しいな。ねえ、なのは、それどこで買ったの?」

「え!?え、ええっとこれは買ったものじゃなくて……」

 

なぜか困ったような表情で言葉を濁すなのは。てか買ったもんじゃないって事は……。

 

「ま、まさか男からのプレゼントなのか!おのれ、どこの馬の骨だ!小太刀二刀の錆にしてやる!」

「お、お父さん!?」

 

いきり立つ士郎さんに慌てるなのは。

どっかからガメて来たか誰かからのプレゼントだとは思ったが、なるほど、野郎からのプレゼントか。それを大事に身につけてるという事は、なのははその相手の事を憎からず想ってるって事か?けーっ、ガキのクセに青春しやがって。ムカつく~。

 

(俺だってプレゼントの一つや二つ、美人なお姉さんからされた事くらい…………あれ?)

 

ないな。……ない。

これが格差社会か!ガキの頃から勝ち組と負け組は決まっているという事か!

プレゼントなんて野郎から貰ったことしかねーぞ。ここ最近じゃ去年の誕生日に確か酒を──。

 

(あ、いや、そういや今日貰ったな)

 

野郎からだけど。それもよく分からんモンだけど。

俺はポケットに手を突っ込んで、今日貰ったそれを取り出した。

そこにあったのは今日数年ぶりに訪れたなんでも屋アルハザードで貰った、というか押し付けられた赤と紫の珠。こいつを渡された時、あの店主が何か言ってたような気もするが、今の頭じゃ思い出せん。

 

(てか、何かなのはのアクセの珠とちょっと似てんなコレ)

 

色は兎も角、形や大きさは多分ほぼ一緒だ。所謂色違いって奴?もしかしてコレって今流行ってんのか?パワーストーン的なモン?

 

「隼、なによそれ」

「わぁ、綺麗」

 

俺が手の中でコロコロと転がしていると、それをアリサとすずか目ざとく見つけた。てか、二人はすぐ傍にいるんで見つけられて当然だけど。

俺はどう言って説明したモンかと思いながら手中の珠を見つめ、少しして無造作に二人の手を取ってその上にそれぞれ珠を乗せた。

そして一言。

 

「やる」

 

アリサには赤い珠を。すずかには紫色の珠を。

 

「は?いや、ちょっといきなり何言ってんの?」

「そ、そうです、こんな、貰えません!」

 

二人の戸惑いも分かるが、何を隠そう今俺も戸惑っている。

だってこの俺がタダで自分のモノを誰かにやろうとするなど、これまでの人生で数えるくらいの珍事だ。それが例え役に立たんゴミ珠だろうとも、だ。

けど、何故か俺はそれを二人にやろうと思った。やらなければならないような気になった。特に理由はない。強いて言えば酒のせいで狂った俺の思考がそうさせたんだろうよ。

 

「まあまあガキが遠慮すんなって。俺がモノくれてやるなんて一生に数度だぜ?将来自慢できるレベルだぜ?俺のダチに言ったら『姐さんと呼ばせてください!』って尊敬されるレベルだぜ?」

「あんた、普段どんだけケチなのよ」

「てわけだから貰っとけ貰っとけ。ほら、良く見りゃなのはと色違いでお揃いみたいじゃんよ。帰って紐つけて身につければいいんじゃね?仲良し三人組の証みたいな感じでよ。ダチ公は大事にしとけよ~」

 

しかし、そこまで言ってもまだどこか渋るアリサとすずか。俺だったら喜んで貰うけどな。むしろ「まだ他に何かくれよ」とせがむけどな。

まあ会ってまだ間もないイケメンお兄さんに物貰うなんて遠慮する気持ちも分かるが、俺としちゃあ実はむしろ貰って欲しいくらいだ。実際持ってても使い道ないし、あの店主から貰ったもんなんて後々ロクな事になりそうにない。それにあの店主もコレ誰かにやれみたいな事言ってたような気もするし。言ってたよな?

 

「というわけでそれはもうお前らのモンな。返却不可だかんよ。てか、俺がやったもんを返却するとか何様だコラ。後生大事に末代まで持ってろや」

「あ、あの本当頂いていいんですか?」

「いいって言ってんだろボケ。あのな、すずか?こういう時はよ、ただ笑って『ありがとう』つっときゃいいんだよ。アリサもな」

 

そう言って俺は二人の額にデコピンをした。

二人はお互い顔を見合わせた後、すずかは遠慮気味に笑い、アリサは少し照れた様子で一言。

 

「あ、ありがとうございます」

「一応、その、あ、ありがとう!」

「おうおう、良かんべ良かんべ」

 

俺は鷹揚に頷いて酒を呷る。

しかし、なるほど、あんま人にモノやった事がないんで知らんかったが、こりゃ中々いいもんだな。相手がガキとは言え、やっぱ感謝されっと気持いいわ。もっと「俺を崇め!」とか思っちまうぜ!やっぱあれだな、モノを上げるってのは相手の為じゃなく自分の為の行いなんだな!

 

と、そこではたと気づいた。

 

「あ、そうなるとなのはにも何かやんなきゃな」

 

二人にやってなのはだけ除け者にするわけにゃーいかんべ。士郎さんの娘だし、何より俺的にもこういう無邪気なガキは好きだし。

 

「え、わ、私はいいよ」

「おいおい、今お前は何を聞いてた?ガキが俺の前で遠慮すんなっつただろうがよ。しかし、さて、何をやろうか」

 

ポケットの中には生憎ともう財布しか入っていない。しかし金をやるわけにもいかん。ガキ相手だし、そも誰かに金をやるくらいドブにしてた方がマシだ。なら他にやれるもんと言ったら…………童貞?いやいやいや、逮捕されんぞ。そもそもそんな冗談言った瞬間、士郎さんに殺される。

 

「そうだ、じゃあ宴会らしくここは芸をなのはに披露してやんぜ!」

「芸?」

「そう、所謂手品ってやつをよ?」

 

なのは個人に物をやるわけじゃねーけど、まあその辺は勘弁しろ。

 

「ほう、隼くん、手品が出来るのかい?」

 

士郎さんの問いかけに俺は得意げに返す。

 

「何を隠そう、この俺は何と超一流のマジシャンなのです!これ披露すりゃあもうこの部屋はどっかんどっかんの大盛り上がりっすよ!」

「おお、自信満々だね!」

 

しかし、実際のところ実はというと。

 

(手品なんて出来るわけねーじゃん。そんな器用じゃねーし)

 

そも今までの人生で手品の練習などした事はない。誰かに披露した事もない。コインも増やせなけりゃ、スプーンを曲げることすら出来ない。

 

だが、しかし!

 

忘れて貰っては困る!この俺が誰なのかを!数週間前、俺が何になったのかを!

 

「ではまず手始めに、俺の右手を見ててください!」

 

立ち上があり、皆から少し離れた位置に移動して右手を上に掲げる。

 

「ふんむむむむぅうぅううう…………はい!」

「おお!?本が出た!?」

 

右手に現れたのは本──『夜天の写本』。

 

そう、手品、マジックとはつまり『魔法』。タネも仕掛けもない、本物の『魔法』。この俺だから出来る一発芸!!

 

「すごっ、ちょっと隼、本当にすごいじゃない!」

「うわぁ、手品って私初めて見ました!」

「………………うそ」

 

ガキ3人も大いに驚いている。なのはなど、茫然自失といった感じだ。

なははは、そうだろうそうだろう!なにせマジモンのマジックなんだからなあ!魔導師だから出来る、タネも仕掛けもなく見破れないマジモンのマジック!そんじょそこらの手品なんてメじゃねーぜ!

まあ魔法を使う時は魔力反応だったか?それが発生するらしいが、それが分かるのは同じ魔導師だけだ。シグナム達が相手なら兎も角、一般人相手なら分かるはずもなく、故にただ本当にすごいマジックとしか映らんだろう。

 

「続いてさらに、ほあああああ…………ちょいさあ!」

「おお、今度は杖が!ブラボーブラボー!!」

 

左手にシュベルツ・クロイツを顕現!それに驚く皆の衆!そして気分アゲアゲな俺!

 

なるほど、魔法とはこの為に──宴会芸の為にあったんだな!!

 

(うっは!こりゃ楽しいぜ!てか、この道で食っていけんじゃね!?テレビ出演いけんじゃね!?)

 

天才マジシャン・ハヤブサってか!特番なんかに出ちゃったりして!Youtubeにもアップしてやろうかなあ!

しかしウケるとは思っていたが、まさかここまでとは。魔法って便利だな~。さて、んじゃあ次は何を披露しようか。

 

──と、その時。

 

『主、何かありましたか!?』

 

突然、頭の中に夜天の慌てた声が響く。辺りを見回しても夜天の姿はあるはずもなく、少ししてそれが念話だという事に気づいた。

早く次のマジックを披露したいところだが、流石に夜天からの呼びかけを無視するほど無感症じゃない。なにせあいつの声でご飯3杯はイケるからな俺は!オカズは夜天の声のみ!

 

と、そんなアホなこと考えているより応答しとかねーと。

 

『はーい、こちら夜天のマジシャン隼でーす。で、どした?』

『どうしたもなにも、つい今しがた主が魔導書を出したのを感じ取りましたので、何かあったのではと』

 

ああ、そういや夜天ってあれだったっけ。ええっと管制なんちゃらってやつ。だからそういうのが分かんだな。

たぶん、この様子じゃ俺の身に何かあったと勘違いしたんだろう。普段、魔導書なんて出さねーしよ。

 

俺はそれが杞憂だということを何でないふうに伝える。

 

『だいじょーぶだっての。ただ一発芸代わりに魔法使ってるだけだし』

『……は?芸?』

『そっ!手品的な?宴会に芸は付きもんだろ?いやー、もうマジで大ウケよ!ああ、あと2~30分くらいで戻っからよ。じゃな~』

『あ、主!?お、お待ちくだ──』

 

まだ何か言いたげだった夜天だが、俺は一方的に念話を切る。夜天も大事だが、そろそろ士郎さんたちからの拍手喝采も欲しいのだ。オカズは帰ってからゆっくり頂くとしよう。

 

「さあさあ皆さん、次に行いますは誰もがよく知るマジックでござ~い!見たいなら、はいコールコール!」

「いいぞいいぞー!はっやぶさ!はっやぶさ!」

「やるじゃん、隼!早く次見せなさいよー」

「隼さん、すごいです!」

「…………」

 

士郎さん、アリサ、すずかから熱烈ラヴコールを受け、俺は気分上々。まあ若干一名から声が上がらないが、まあそれだけ感動してるんだろう。

だったら皆の期待に応えてやんぜ!

 

「ではとくと見よ!タネも仕掛けもない、これぞモノホンの秘技・空中浮遊!」

 

魔力の調整が下手で、さらにアルコールも入った状態だったので上手く出来るかどうかは微妙なラインだったが、そこは俺!やるときゃやりますぜ!

浮かないという事も、浮きすぎて天井にぶつかるという事もなく、見事に浮遊成功。どうよ!

 

「おお!!」

「うそ!ホントに浮いてる!」

「すごーい!」

「こ、これってやっぱり……魔法……だよね?」

 

士郎さんが拍手とともに驚嘆し、アリサとすずかが俺の周りをぐるぐる回ったり触ったりしながらはしゃいでいる。なのはもなのはで今更のような言葉を呟いている。

そう、これこそ魔法!イッツ・マジーーック!!

 

さあ、次はかめはめ波でもぶっ放して───

 

「隼ぁぁぁああああ!!」

 

と、突然部屋に響き渡った怒号。それも俺を名指しするそれ。

 

一体全体なんだ?いまからドドメの超スゴ技披露するトコに水指しやがって。今最っ高に気分いいんだよ。それを邪魔するクソ馬鹿は誰だ?

 

「おう、ちっと静かにしろや。サインや写真撮影なら後でしてやっから、今はトリのかめはめ波を───」

「テメエの馬鹿は何色だああああ!!」

「ぷげっがはばああああああああ!?!?!?」

 

俺は空中浮遊から一転、空中滑空するハメになった。そのまま部屋の壁に錐揉みしながら大激突。

 

「おぐぐ……っの何してくれやがんだゴラア!!」

 

俺はアルコール以外の要因で痛くなった頭を押さえながら、その原因を作り出した奴を睨む。

そこにいたのは俺の憎き家族であり2~3回ほど地獄に落ちて欲しいと切に願っているガキ、ヴィータがいた。

 

「そりゃこっちのセリフだクソ馬鹿!人前で一体なにしてやがんだ!お前の考えなしの馬鹿さ加減にゃ呆れてモノが言えねー代わりにアイゼンがゴキゲンだ!」

 

一体何に怒っているのか、どうやってこの部屋を突き止めたのか。

いろいろと疑問はあるが、喧嘩売られた時点でそんなモンは遥か彼方にサヨナラだ。

 

「上等だコラ!こうなりゃマジックの代わりにテメエの夥しい血でこの酒宴のシメにしちゃるわああああ!!」

 

茫然としている士郎さんたちを他所に俺とヴィータはど派手に喧嘩をおっ始める。

 

「うちのハヤちゃんがご迷惑をおかけして申し訳ありません!もう連れて帰りますので!」

「おお、シャマルさん。いえいえ、私も楽しかったですし、元気を分けてもらった気分ですよ」

「そう言って頂けると……ほら、ハヤちゃんもヴィータちゃんも、もうそのへんにして!」

 

どうやらシャマルも来ていたようだが、俺はそれを視界の端に捉える事すらせずに眼前のロリに拳をめり込ませる。

少女3人が軽く引くくらいのガチ喧嘩を他人の部屋で遠慮なく行う俺だった。

 

「死ねダボがぁあ!」

「グチャグチャにしてやんぜコラァ!!」

 

 

 

 

────こうして俺の楽しくも波乱万丈でささやかな酒宴は、突然の終わりを告げた。

 

 

 

 

宴、終了。

 



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09

 

「うヴぉえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛……ぷぐっ……お゛ろろろろろろろろ」

 

 

訳分からん奇声から始まってわりーな。今、どんな状況かというと部屋で盛大にゲロってんのよ。原因は言わずもがな先ほどまでやってた高町さんとの酒宴。

いんや~、まいったね。ちょい飲みすぎたわ。

俺はさながら便器が恋人かのように両手で抱きつき、両膝を折って縋り付いていた。

 

「主、大丈夫ですか?」

 

そう言って俺の身を安じてくれているのはやっぱり優しい夜天。ちょっと前から俺の背中をさすってくれている。その優しい手つきは秘め事中の愛撫にも似て(経験はないが何となく)、艶かしささえ漂っているようだ。

そんな手つきで撫でられれば、いつもの俺なら狂喜乱舞でもしているだろうが、生憎と状態が状態。立つ事も起つ事も出来ず、ただただ胃の中身をプレゼント・フォー・便器。

あーー、気持ち悪さで死ねる。

 

「ああ、私が代わってあげられたら……」

「夜、天……、お前は……本当に……、優し───う゛ッ!?」

 

言い終わらないうちにまたリバース。もう胃液しか出ない。

辛すぎる。二日酔いした時の朝に比べればまだ幾分マシだが、それでもこりゃ地獄だ。ホント、飲みすぎたわ。

仮家族での初めての旅行、高町さんとの語らい、可愛いなのはたちとの出会い……羽目外すのには十分な要因だ。一番の要因は、ただ単純にお酒が大好きだからだけどな。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ~。少し落ち着いた」

「主、お水飲みますか?」

「いい。……今はなにを胃に入れても吐く自信がある」

 

俺はガンガンする頭やヒリヒリする喉を無視し、背中を夜天にさすられながら洗面所を出た。が、すぐまた洗面所に戻りたくなった。洗面所の扉を開けたら部屋に充満している食い物の匂い。

テーブルにはいつの間にか運ばれていた料理がずらりと並んでいた。

 

「大丈夫ですか、主隼」

 

そう言って近寄ってきた心配顔のシグナムに、しかし俺は笑みを持って答えられなかった。

いつもならフローラルな体臭を放つシグナムに満面の笑みを返すところだが、今はもうその余裕さえない。むしろ、料理の移り香によってかなりアウト。

 

「ったく。だから飲みすぎんなっていったじゃねーかよ。しかも魔法まで使いやがって」

「主はもう少し加減というものを覚えるべきかと」

 

耳が痛いヴィータとザフィーラの言葉。夜天とシグナムからの「おいたわしい」という視線もなかなか堪える。ただそんな騎士たちの中で唯一、こちらに声を掛けることはおろか視線も寄こさない者がいる。

 

「……よォ、シャマル、生きてっか?」

「ハヤちゃんのばかぁ~~……」

 

そんな唯一の者……シャマルは今現在うつ伏せでぶっ倒れている。声に元気がなく、ここからじゃ覗えないが、たぶん顔を見れば俺のように血の気もないことだろう。

シャマルがなぜそんな状態なのか……それは最初、夜天ではなく彼女が俺の背中をさすってくれていたから。……いや、その言い方は正確じゃない。正しくは俺の背中をさすりながら俺の嘔吐する様を見ていたから。

簡単に言おう、彼女は所謂『もらいゲロ』をしたのだ。数分前まで仲良く並んでゲロってたぜ!

 

「いや~、なんつうか悪ぃな。でも主のゲロ見て気持ち悪くなる騎士もどうかと思うぞ。あれだ、俺のゲロは聖水だと思え」

「いくらハヤちゃんのでも絶対無理ですっ!」

「ンじゃ、もんじゃ焼きあたりで」

「ゲロももんじゃ焼きも一緒です!」

「いや、ちげーよ」

 

もんじゃ焼きマニアに謝れ。まあ、確かに見た目は似てっけどよ。

それは兎も角、守護騎士がゲロ如きでいつまでもダウンしてんじゃねーよ。

 

「おら、全員席に着け。飯食うぞ」

「……あの、ハヤちゃん、私は今はあまりいらない───」

「うるせえ。多少気分が悪かろうが食え。こちとら相応の金払ってんだよ」

 

俺だってまだ気分は最悪だ。頭痛いし咽喉はヒリヒリするしな。しかし食う!残すなんて言語道断だ!吐くにしても一度は味わう!味わったあと吐く!使った金無駄にはせん。

 

「いいか、全部平らげろよ。米粒一つ残すな。特にヴィータ、野菜残すんじゃねーぞ!」

「……わかってんよ」

「ザフィーラにあげるのも無しだかんな。テメェの分はテメェで食えよ」

「う゛っ……」

 

やはりいらない物はザフィーラにあげる心算だったようだ。ったく、これだからお子ちゃまは。そんなんじゃシグナムみたいになれねーぞ?………果たして人間のように成長すんのかは知んねーけど。

 

「そんじゃ手ぇ合わせて────いただきます!」

「「「「「いただきます」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人とは学習する生き物なんだが、それ以上に欲求にはかなり忠実。特に俺は。

例えばパチンコ。いくら負けても「次こそは」といって次の日にまた勝負に行く。

例えば競馬。3連複にしときゃいいものを夢見て3連単で挑み玉砕するが、次もまた同じ夢を見る。

例えばタバコ。体に悪いと知っているがどうしても止められない。禁煙なんて1日続かない。

 

で、あるからして。

 

夕食に付いてきた酒を俺が飲まないはずがない。いくらさっきまでゲロっていて気分最悪の身でも「飲まない」という選択肢はなかった。

で、飲んだ結果が──

 

「気持ち悪ぃぃぃ、頭痛ぇぇぇ……」

「馬鹿だろ、お前。それも極上の」

 

頭を押さえ、だるい体を畳の上に横たえてる俺。ヴィータの言葉に反論する気力も起きん。

飯食ったらもう1回温泉入りたかったんだが、今はあまり動きたくない。

 

「なあ、シャマルよぉ。お前回復魔法って得意だったよな?この頭痛、胃のもたれ、吐き気って治せねぇ?」

「ええっと、体の負傷とか体力回復なら出来るけど内面はちょっと難しいです。ていうか、それが出来れば自分に使ってます」

「そうか……まあ、魔法も万能じゃ───うっ!?」

 

─────ごくん。

あ、あぶねぇ…もう少しでブチ撒けるところだった。……ハァ、だりー。

 

「主隼、もう寝たほうが良いのでは?」

「んあ?ああ、そうだなぁ……」

 

シグナムの言う通りにするか……いや、でも温泉にも入りてーしな。気分も良くなりそうだし。

 

「シャマル、旅の鏡とかいうやつで俺を温泉まで転送出来ね?」

「それもちょっと………。腕一本くらいなら兎も角、体全部は多分無理です。それにあれは元々対象を『取り寄せる』魔法ですから」

 

そうかよ。ハァ、儘ならないねーな。しゃあねぇ、テメーの足で行くか。

俺はゆっくりと起き上がりタオルなどを手に取る。その際シグナムが体を支えてくれ、さらにその際メロンが体に密着したのでちょっと気分が楽になった。

 

「ンじゃ、ちょい行って来るわ。お前らはどうする?」

 

そう聞いた俺にまずはシグナムと夜天が「お供します」と反応、次にヴィータとシャマルは「ここでゆっくりテレビを見ている」と言い、最後にザフィーラは「タブレットで愛してるぜベイベ✩✩を見ながら自慢の艦隊で5-5のゲージ削りをしています」と。

まあせっかくの旅行だ。一緒に過ごすのも重要だけど、それぞれの意思で過ごす事も大事だ。

 

取り合えず1時間後にはこの部屋に戻っているように皆に言い、俺達はそれぞれの行動を開始した。

 

俺はシグナム、夜天を連れ立って大浴場へ。その道中、2人から簡単な魔法講座のような物を聞かされたのだが、俺はそれを右から左だった。だって興味ねーし。

しかし、ただ1点。とてもとても良いことを聞いた。

 

「ユニゾンは主である者の肉体が表に出るのが通常ですが、反対に融合騎である私が表に出る事も可能です。ただ主の負担は通常のそれに比べて大きくなってしまいますが」

 

との事。

これ、使えね?夜天の体に入る、つまり極論すれば俺は女の体になるってことだろ?……女風呂、覗き放題じゃね?女の身体、触り放題じゃね?

流石にそんな考えは言えないのでまだ実行できないが、これはきちんと覚えておく必要があんな。

 

と、そんな不埒な考えをしながらつつがなく大浴場に到着。

 

「では主、私たちはこちらですので」

「多分長居すると思うので、主は先に戻っておいてください」

 

そう言って女風呂の方へと姿を消した2人。いつかあの先を見てみたいもんだ。つうかシグナムの奴は相当温泉が気に入ったらしいな。あの目の輝きを見るに多分1時間たっぷり入浴するつもりだ。

 

「ンじゃ俺もむさ苦しい男だらけの風呂に入るとしますかね」

 

そういやヴィータくらいの見かけの歳って男湯OKだっけ?チッ、あいつ連れてくるんだったな。あいつのロリ体系に興味は微塵もないが、一緒に入れば話し相手になって暇潰せただろうし。

そんな事を考えながら男と書かれた暖簾を潜ろうとした時、視界の隅にちっこい影が映った。まさかヴィータかと思ってそちらを向いて見れば、そこにいたのはつい先ほど知り合ったばかりのガキがいた。そのガキは俺を見ると驚き顔で立ち止まり、少ししてこちらに歩いて来た。その顔は何故か緊張気味。

 

「……ど、どうも、ハヤさん」

「よぉ、お前も今から風呂か?なのは」

 

そのガキ、高町なのはは、しかし俺の質問には答えず何か戸惑っている様子。

おいおい、何よそのどう接していいか分からないって感じは?俺ぁ結構コイツの事は気に入ってんのに、そんな奴からそういう反応されんのは寂しいぞ?

 

「んだよ?どうした、なんか言いたい事でもあんのか?ガキならはっきしびしっとハキハキ物申せ」

「うりゅ!?」

 

俺は片手でなのはの頬を挟み込むように鷲掴む。

アッチョンブリケ顔になったなのはは唸りながらペシペシと俺の手を叩いて離させ、少しして意を決したように身を乗り出して口を開いた。

 

「あ、あのね、ハヤさんっ、あの手品って言って見せた本や杖だけど───」

「ああ?何かと思えば手品の事かよ。教えて欲しいんか?」

 

こんな神妙な顔つきして出てきた言葉がそれとは……拍子抜けというか何というか。

まっ、なのはくらいの歳ならあんな魔法みないな手品(事実、魔法なんだが)には興味が湧くんだろうな。すっげぇ驚いてたし。可愛いやつだ。

 

「けどな、俺の手品は生憎と教えられるモンじゃねーんだわ。選ばれた者にしか出来ねぇ技法だかんな」

「え?あ、えっと手品を教えて欲しいんじゃなくて───」

「まっ、でもなのはの頼みだかんなぁ……よし、代わりと言っちゃなんだがまた今から違う手品見せてやんよ」

 

そう言って俺はなのはの肩を押して歩みを促す。進む先は男湯。

 

「いやぁ、ちょうど風呂入ってる間の暇つぶしの相手が欲しかった所だ。行こうぜ」

「にゃ!?い、一緒に入るの!?男湯の方に!!?」

 

先ほどの神妙な顔つきはどこへやら、あわあわと狼狽し赤くなるなのは。ヴィータにゃ期待出来ない反応だ。

 

「なーにガキが一丁前に恥ずかしがってんだよ。なのはくらいの歳の奴なら男湯でも普通に入れんだから」

 

今日知り合ったばかりの男が半強制で入れていいのかはまた別の話だが、ここはスルーorノールックの方向で。

俺の性格や女の好みを知ってる士郎さんなら許してくれるだろう。

 

「まっぱの付き合いってのは仲良しになるための秘訣だぜ?大丈夫、お前のケツに蒙古斑がまだあろうとも、俺は笑わねーから。せいぜい数年後、お前に彼氏が出来た時にそいつとの会話のネタにする程度だ」

「それ、すごくタチ悪いよね!?まだその場限りの笑いの方がマシだよ!?そもそも蒙古斑ないもん!」

「ぐちぐちうっせーなあ。超絶手品も見せてやっから、オラ行くぞー」

「いや、わ、私、もうさっき入って───にゃあああ!?」

 

引きずって男湯の暖簾をくぐろうとした直前、しかしなのははそれを振り切り逃走してしまった。今度会った時少しイジメてやろうと心に決めつつ、俺はヴィータを念話で呼び出したのだった。理由は言わずもがな。

もちろんヴィータも嫌がったが主権限を発動して無理やり入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族で来た旅行の夜というのは中々やる事がないモンだ。テレビ見るか、ただ駄弁るかくらいしかない。これが友達と来た場合だったなら温泉街に繰り出したりして遊んだろするだろう。そして、それは俺たちも例に洩れず暇を持て余していた。先ほど1度だけヴィータとど突き合ったくらいで他には何もイベントなし。

まあこの旅行は騎士たち、おもにシャマルの『俺とゆったりした時間を過ごしたい』っつうのが目的なので、こんなダラダラでも全然いいんだけどな。

 

ただ、結局最後はここに行き着く。

 

「寝るか」

 

これしかない。

今日は色々あって疲れたので俺はすぐにでも寝られる。そしてそれは皆も同じだったのか、俺の提案に特に異を唱えず就寝の準備に取り掛かった。

 

「明日の朝飯は8時だかんな。7時には起きろよ」

 

そう言いながら俺は部屋の電気を消した。そして布団に潜り込みさっさと眠りに就く………わけねーだろ。

先ほども言ったように確かに家族での旅行の夜というのはやる事がない。駄弁って過ごすくらいのもんだ。その考えは間違っていない。間違っているのは『家族』の部分。

俺たちは本当の意味で家族ではない。血のつながりのない、ぶっちゃけ他人だ。だが、だからこそなのだ!つまり………他人=欲情OK!

 

(夜天とシグナムとシャマルの寝顔がついに拝めんぞ!しかも運が良ければ浴衣が捲くれ上がったあられもない姿も!?)

 

家では当たり前に別室で男女別れて寝ているが今日は違う。皆同じ部屋に雑魚寝。

このまま俺は静かに起き続け、皆が寝静まった頃合を見計らって行動。寝顔覗きみたり、写メ撮ったり、その他いろいろ見たり!もしかしたら何かの拍子に触っちゃたりなんかりしちゃったりして!?

 

(さらに寝息や寝言も聞き放題!今夜はフィーバーだッッ!!)

 

……待て待て、落ち着け俺。夜は長いんだ。1時間、いや30分の辛抱だ。30分もすれば皆寝るだろう。そうなれば後はずっと俺のターン!思う存分視姦してやんぜ!

 

──────しかし、そんな俺のささやかな夢の叶う時は訪れなかった。

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

それは突然だった。

皆が布団に入って10分くらい経った頃、突然なんの前触れもなく5人が布団から上半身を起こしたのだ。その視線は5人ともが同じ方角を見つめている。

対して俺はただただ驚いていた。何せ俺は来る眼福の時を夢見て興奮していたのだ。その対象がいきなりこんな反応を見せたので、そんな訳ないのにまさか俺の思惑がバレたんじゃないかとドキドキ。

 

「どどどーしたよお前ら。俺ぁまだ何もしてねーぞ!ほら、早くおやすみしろ。ね~んね~んころ~り~よ~」

「この反応は……」

「魔力?いや、しかし…」

「魔導師、って感じじゃない……」

「なんだよ、これ?」

「………」

 

俺の言葉をガン無視で何か思案している5人。

一体なんなんだよ?何でそんな険しい表情してるわけ?ンな事より早くオネムしろよ。そんで俺にあられもない姿を見せてくれ!

 

「お~い、お前らマジでどした?」

「……主はお気づきになりませんか?」

 

シグナムがとても険しい表情で見てくる。しかし俺の方はそんな彼女に付いていけない。

は?気づくって何によ?そんな重大な事あった?

 

「詳しい位置は分かりませんが、ここからそんなに離れていない所に魔力反応があります」

「あん?魔力反応?………魔導師でもいんのか?」

 

俺ら以外の魔導師で思い浮かぶのはあの金髪のガキ。あいつが近くにいんのか?それともまた別の奴?

てか、俺魔力反応なんて感じねぇんだけど?アルコールがちっと入ってっからそういう感覚が鈍ってんのか?……いや、そもそもこいつらにも感じたことなかったな。まあ魔導師としての才能ないみたいだしな俺。

 

「いえ、多分魔導師ではありません。何というか、もっと純粋で無機質な感じがします」

 

いや、意味分かんねーよ。つまりどういう事だよ?

頭を捻る俺に今度はいつの間にかクラールヴィントを出しているシャマルが険しい顔で言葉を発した。

 

「小さいけどまた魔力反応、……こっちは魔導師だわ」

 

マジで一体全体どうなってんだよ?展開が急過ぎて付いていけねーんだけど。つうかさ、ンな事より俺の視姦タイムは?お前ら早く寝ろや。魔力反応なんてどうでもいいから。

一人今の状況に付いていけず呆然と布団の中で寝そべっている俺。そんな俺を他所に5人はこれまた突然立ち上がり、それぞれが部屋にある窓の方へ。

 

「って、オイオイ待て待て!どこ行く気よ!?」

「主隼は先にお休みになられて下さい。我らは少し様子を見てきます。──ザフィーラはここに残って主の守護を」

「ああ、了解した」

 

そういうとシグナムを先頭に今にも窓から飛び出さん勢いだ。もちろん俺はこいつ等を行かす気はない。折角の視姦タイムが無くなっちまうからな!

 

「ストップストップ、行かなくていいって!ンな反応ほっといてもう寝ようぜ!」

「いえ、そういう訳にもいきません。魔法関係は無視する主の意向には賛成ですが、情報収集や事態の把握はしておいて損はありません。後々危機回避の役に立つかもしれませんから」

 

そうかも知んねーけどよぉ!………俺の視姦タイムがああああぁぁぁぁぁ!!

 

「マジで行くの?」

「はい」

 

………ガッデム!!俺の夜のお楽しみがぁぁぁ!!

あああっ、もうどこのクソッタレだ!俺のお楽しみを邪魔してくれやがってよぉぉ!!あの金髪のクソガキか!?それとも管理局員とかいう奴らか!?……許せねぇ。

 

「───ろして来い」

「はい?」

「行くならきっちりぶち殺して来い!中に金髪のガキが居たらそいつは5分の1殺し、後の奴らは証拠も残さず全殺しだ!ついでに蒐集とかいうのもしろ!容赦するな!慈悲を見せるな!見敵必殺ッ!!」

「ハ、ハヤちゃん、いきなりどうしたの!?」

「あと数十分で訪れたであろう、俺の至福の時間を奪った奴らなど生かすべからず!」

 

豹変した俺の態度に戸惑い気味の5人。そんな5人に俺は夜天の写本を渡して布団に潜り込んだ。

不貞寝だ不貞寝!やってられっかよクソ!

 

「あ、あの主、時空管理局の事を考えると様子見だけで済ませ、戦闘行為は避けるべきかと……」

「管理局?ハッ!管理局だァ!?ンなの知るか!なんなら魔法使わずその辺の鉄パイプで撲殺しろ!なら管理局もチャチャ入れねぇだろうからよぉ!?なんせ魔法使ってねーんだからなあ!」

「……お前、なんでンな怒ってんだよ?」

 

怒る?俺が?たかが至福の時間を邪魔されたくらいで?ハハハ───ぶちギレだよ!!

確かに「殺すなんてやり過ぎなんじゃ?」なんて思われても仕方ないかもしれない。だが今一度よく考えろ。夜天、シグナム、シャマルの寝顔だぞ?その辺の女優なんて鼻クソに見えるくらいの美女の寝顔、それを見れる機会を失ったんだぞ?いち男として、こんな大事はねぇぞ!

想像してみ?彼女たちの寝顔を、───想像したか?それが見れなくなったんだ!だから邪魔した奴は死んで当然!!否、死ぬ義務がある!!!例え神が許そうと俺が許さん!むしろ許した神を殺した後殺す!

 

「いいから、行くんならさっさと行って来いや!おらザフィーラ寝るぞ、枕になれ」

 

俺は無理やりザフィーラに獣形態を取らせ、彼の腹を枕に不貞寝を決め込んだ。……主である俺は行かねぇのかって?行かねぇよ、めんどくせぇ。直々にオトシマつけさせたい気持ちもあるが、もう今はなんかどーでもいい。

騎士たちはそんな主を見てどうしようか少し悩んだようだが、結局窓から出て空の彼方へと消えていった。

 

「あ~あ……ザフィーラ、せめてお前が女性体だったらなぁ」

「無理を言わないで頂きたいです」

「ハァ……俺の計画が」

 

本当にどこのどいつだ?やっぱ管理局って所か?うざってぇ。シグナムたちには殺せと言ったが、俺も流石に本気でそう言った訳じゃない。そんな事すれば普通にサツに捕まっちまうしな。そもそも『殺す』なんて言葉、今のご時世冗談で誰でも言うし。ただそんくらい怒ってるっつうのを口に出しただけ。

 

───ああ、でもやっぱ死んでくんねーかなぁ。

 

そんな事を考え、さらにそれからも思考の紆余曲折があり、最後は「せめてエロい夢が見れますように」と考えながら眠りに就いた。

 



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10

 

日が変わってすぐの時間。深夜、丑三つ時。現在、そんな真夜中にも関わらず俺こと鈴木隼は部屋でタバコを吹かしている。

何故?と思われるかも知れない。なにせちょっと前にザフィーラを枕に床に就いたばかりなのだから。

寝付けなかったのか?急にタバコが吸いたくなったのか?シグナムたちが帰ってくるのを起きて待っていたのか?ただの気まぐれ?………どれも違う。

 

答え───帰ってきたシグナム達に叩き起こされた。

 

では何故叩き起こされたのか?それを話す前にもう一つ知ってもらおう。今の俺の心境、気分を。

タバコはこの数分で既に何本も吸っている。足は残像が見えるほど貧乏揺すり。眉間には皺が刻まれている。──つまり今の気分は最低最悪。イライラ全開。

 

別にこれは睡眠を妨害されたからイラついている訳ではない。そんな些細なことじゃない。原因は起こされた内容によるもの。

 

さて、では話そう。何故叩き起こされたのか、その理由を、その内容を。と言っても俺も訳が分からん状態なので、取り合えず一言で要約すると……。

 

「もう一度言うぞ?───なに"幼女誘拐"して来てんだよ!?」

 

これまでの人生でピカイチと言っていいほどの驚愕事実がここに起こっていた。

 

「マジびっくりだわ!つか、ねーよ!なんだよ、そりゃ!饅頭とかご当地ストラップとか、そんなお土産感覚で幼女誘拐ですか!?それが魔法世界のトレンドですか!?おお!?」

「だからこれは違うのです!」

「なにがどう違うっつうんだよ!じゃあそこに居る黒いガキはなんなんだよ、あぁん!?」

「そ、それは……」

 

出て行った時の人数4人、戻ってきた時の人数5人、現在総人数7人。

そう。起こされてみれば何故か一人増えてたのだ。これがボインで綺麗なエロいお姉さまならオールOKなんだが、生憎と正反対。絶望的にクソガキ。超クソガキ。

 

そのガキはヒラヒラがいっぱい付いている黒い服を着て、顔は一見してあの高町なのはにそっくりなのだが、それは顔だけ。髪の長さや纏う雰囲気がまるで違う。無表情だし。瞳に光ないし……レイプ目ってやつ?

 

そんな高町なのは似のガキは先ほどから一言も喋らず、俺たちのやり取りを黙って窺っている。

 

「俺は全殺しにしろって言ったがお前らはしないだろう事は分かってた。偵察くらいで済ますだろうと思ってた。なのに蓋を開けてみればまさかの誘拐かよ!?流石の俺もこの斜め上ぶっちぎった結果には驚きだよ!管理局じゃなくて普通にサツにしょっぴかれんじゃねーか!」

「ですからこれは誘拐では……どう説明すればいいのか我々もよく分からないのですが……」

 

どうもガキを連れてきたこいつら自身も混乱している様子。しかしだからと言って「ならしょうがない」で済むはずがない。もし仮に攫ってきたのが俺なら「ならしょうがない」という理由で済ませるが、生憎と俺は自分に優しく甘甘で他人に厳しく激辛な性悪だ。

取り合えず俺は再度説明の要求をしようとし、しかしその前に別の所から声が上がった。

 

「誘拐ではありません」

 

冷たい……いや、無機質なただ文章を読んだかのような口調。感情の乗っていない声。まだ初音ミクの方が上手く感情表現出来てんじゃねーかというくらいのプログラムボイスだ。ただ声色は顔と同じく高町なのはそのもの。

そんな声を発したのが今まで沈黙していた黒いガキと分かるのに少し時間を要した。

 

「誘拐ではありません。私は自分の意思でここにいます」

 

意思の感じない声で、しかしどこか念を押すように改めて言われる。どうやら本当に誘拐されたわけでもレイプされたわけでもないらしい。そうなると、取り合えずシグナム達に詰問するよりこのガキ自身から話しを聞いたほうが早そうだ。

 

「じゃあ聞く。お前は何モンだ?」

 

一応俺も20数年生きてんだ。人を見る目はある程度持っていると思う。だから分かる──こいつぁ絶対カタギじゃねぇ。

 

「申し遅れました。私は夜天の写本、その中の理の章から発生し、派生した魔導生命体です」

 

そう言った黒いガキに次の瞬間待ったの声を掛けたのは夜天だった。

 

「ちょっと待て、それはおかしい。騎士は我ら5人しか存在しないはず」

「私は自分が騎士だとは一言も言っていませんが?」

「むっ。では一体……」

「ですから理の章の魔導生命体です。それ以上でもそれ以下でもありません」

「……つまりお前は騎士としての役割は無いと」

「はい。ですが戦闘は行えます。その辺に転がっている有象無象の魔導師なら数瞬で灰燼に出来ます。そしてあなた達にとって鈴木隼が主のように、私にとっても鈴木隼は主です。そこは変わりません」

 

なんか淡々とした奴だな。見かけはなのはそっくりなのに、実にガキらしくない。可愛げがまるでない奴。こういうガキらしくないガキってあんま好きじゃねーんだよなぁ。嫌いというほどでもねーけど、でも癪に障るんだよ。どこぞの赤毛クサレもそう。

と、そんな事を思いながらこいつらの会話を聞いていたが、ちょーっと聞き逃せない所があったな。出来れば聞き間違いであって欲しいが……。

 

「小難しい話してるとこ悪ぃがちょい待てや。黒ロリ、今お前何つった?」

「鈴木隼を愛している、と」

「願い下げだよバカヤロウ。てか、さっきンな事言ってねーよな!?」

「では、クソ虫のように這いつくばっている惨めな魔導師なら瞬く間もいらず指先一つで消し飛ばせます、という部分ですか?」

「重ねてちっげぇよ!そうじゃなくて誰が誰の主だって?」

「あなたが、わたしの。この生涯、主に捧げ、また添い遂げる所存です」

 

…………まぁよ、実はだいたい最初から予想は付いてたさ。シグナムたちが黒ロリを俺の下へ連れて来た時からさ。シグナムたちが正体不明の奴を主である俺に近づけるとは思えねぇから、きっと本能的(プログラム的?)にこのガキは夜天の写本の同志だって思ってたってことだろう?事実、同じような存在らしいし。て事はシグナムたちの主である俺は、そんな彼女達と同存在である黒ロリの主でもあると?なるほどな………。

 

────ふざけんな!

 

「ダメ、断る、無理、却下、不可、拒否!」

「何故です」

 

俺の否の言葉にいささか眉をしかめる黒ロリ。それはこいつが示した初めての人間らしい感情だが、問題はそこじゃない。

 

何故?何故と聞くか?

 

「金だよ金!金金マネー!世の中な、99%金なんだよ!金あっての人生なんだよ!金がなきゃ生きていけねぇんだ。そしてうちにはお前を養えるほどの貯えはねぇ」

「世知辛いですね。ただそれが事実であれ、その様な『金が全て』といった物言いは止めた方がいいです。人として、主として、何より男としての価値を下げてしまいます」

 

ガキがなにいっちょ前に悟ったような物言いしてんだか。

 

「はっ!そんな目に見えねぇ価値なんていらねーよ」

 

世の中、目に見える価値の方がいっとうデケェんだよ。

 

「なるほど、それが主のお考え、価値観なのですね」

 

現実の厳しさを知った黒ロリ。表情はあまり変化がなくほぼ無表情だが、それでも幾分かその瞳に悲しみの色が宿ったような気がする。

いや、それは気がするではなく、本当に悲しいらしい事が次の発言で分かった。

 

「私としては主の御傍で生を謳歌し、時々気晴らしに戦闘を行う事が望みですが、そのせいで主の迷惑になるのはとても不本意であり、大変心苦しい事です。……はい、分かりました。至極残念ではありますが、望まれぬ者は消えるが定め。追加したページを切り取って下さい。そうすれば私は消えますから」

「…………」

「さあ、どうぞ。この場でびりっとやってください。そしてトイレにでも流してください」

 

さてここで問題です。

見た目10歳前後のガキにこんな事を言われた大人の男性。果たしてここでこのガキを消した場合、俺は善い人?それとも悪い人?

 

「あのよぉ、そういう言い方は卑怯じゃね?つうかさ、やっぱお前ってあのなんちゃらって断章から生まれたわけ?て事は極論すれば俺がお前を生んだって事?」

「そうなります。主が私を勝手に生み、また勝手に殺すのです」

「だからそういう言い方すんなやボケ」

 

確かに俺は店主から碌な説明も聞かず勝手に写本の中に断章を追加したがよ?なんも知らなかったんだって……って、それはそれで罪か。まさに無知は罪。

諸悪の根源はあの店主なんだろうけど、結局それも責任転換といえばそうだしなぁ。まあ、でも、だからって俺に責任問われても困るし~。やっぱ今からあの店にクレームつけに行くか?自分で言うのもあれだけど、俺に悪徳クレーマーやらせたら右に出る奴はいねーぞ?まっ、どうせもうなくなってんだろうけどなー。

 

「あの主、その断章とは一体……?」

「ん?ああ、そういや説明してなかったな」

 

よく考えれば俺はシグナムたちにあの店主にあった事をまだ喋っていなかったので、今更ながら簡単に説明しておいた。

その説明を聞いた皆は俺の軽率な行動に若干の呆れを見せたが、そんな反応も事が起こっては今更だ。

 

「しかしな、現実問題厳しいんだよな。お前の見た目じゃバイトなんて出来ねぇだろうしよ」

 

今でさえ結構ギリギリの生活だかんな。せめて数ヵ月後に出てきてくれりゃあ、ちったぁ生活も安定してギリ養えたかもしれんが。

 

「まあ住むだけなら何とかならん事もない。ガキ一人くらいならまだ何とか置けるだろうし、服とか日用品は使い回せばいい。しかし肝心の食費がもう無理。ホント無理」

 

今も俺が一日に飲む酒、タバコを抑え、さらに娯楽品の購入を止めてやっと6人が食える状態だからな。そんな中でさらに一人増えるとなると……うぅむ、インターネット解約すっかな─────って、待て俺。なに黒ロリを住まわせる方向で考えてんだよ?なーんで俺が人の為に動こうとしてんだよ?そうじゃないだろう!ここは断固として拒否の姿勢を………

 

「食費なら問題ありません」

 

………あん?どういう事よ?

 

「この世界の野生動物、また他次元の野生動物や魔法生物をハントしてそれを食せば食費は抑えられるでしょう。また、魔法生物の素材などは魔法世界の商人にでも売れば多少の金になると思われます」

 

またも見かけに反したアグレッシヴな事言ってんぞコイツ?物騒っつうよりぶっ飛んでんな。だけど、まーそういう考えもアリっちゃアリだな。

しかし、それだって一時の凌ぎだろう。当面はいけるかも知んねぇけど、先の事を考えるとな………。

 

「……主」

 

無表情な、しかしどこか期待している顔をしている黒ロリ。そんなガキを見て俺の頭を過ぎるのは甘々な思考。

 

───先の事を考えて過ぎて、今目の前にいるガキの存在を疎かにすんのかよ俺?本当にそれでいいのか?

 

(それでいい、と簡単に言えれば俺はとうの昔に童貞捨てれてんな)

 

……え?関連性が分からないって?なんとなくだよ、なんとなく。それに、俺ってそもそも後先考えないタイプだし。

先の事なんて考えず、後の事も考えず、ただただ在るがままの『今』だけを考えて……むしろ何も考えずに生きてるんだよな。

 

「ハァ………」

 

俺はため息を一つ零し、沈黙を保っているほかの奴らに視線を向ける。俺と目が合った5人はそれだけで俺の言いたい事を察せたのか、それぞれが一つの意思の下喋り出す。

 

「主の今思われている通りにすれば良いかと」

「こいつも我らと同じ写されし夜天より生まれし存在。出来れば同じ道を歩ませたいです」

「ハヤちゃんならきっと大丈夫ですよ」

「なるようになんだろ」

「主の御心のままに」

 

………OKOK。もういい、もう分かった。俺は誇り高き日本人だ!義理、人情、仁義、友愛の精神を溢れさせてやんよォ!男ならやってやれだ!!

 

「チッ!……わぁったよ。今更ガキが一人二人増えたとこでなんも変わらん……わけねぇが、それでもお前が生まれたのは半分くらいは俺の不始末。テメェのケツくらい拭けなくて何が男だ。ハイハイ、面倒見てやんよ。せいぜい感謝し、敬い、崇めろや」

「………主」

 

俺の言葉に感動と尊敬の目で今にも『ご立派です』と言いかねない雰囲気を醸し出している夜天たち。黒ロリも少し目を見開いた後、小さく微笑みまで浮かべやがった。

俺も流石にそんな反応をされるのは恥ずかしい。

 

「べ、別にあんた達のためじゃないんだからね!」

 

恥ずかしさを紛らわすためツンデレを装ってみたが、シグナム達はそれでも『ええ、ええ、分かってますよ』的な視線を送ってくる。ただ、その中で唯一……いや二つ、正直な反応を示した奴がいた。

 

「おえ、キモッ。死ねばいいのに」

「壊滅的に主に女言葉は似合いませんね。端的に言うと気持ち悪いです。劣悪です。クソにも劣るおぞましさです。流石にそれは愛せません」

「よーし、表ん出ろやロリーズ。真夜中の喧嘩とシャレ込もうじゃねーかよ!月に代わってオシオキしてやんぜ!?」

 

本日、家族兼喧嘩相手が一人増えましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、紆余曲折あったがまたも家族が一人増えてしまった。それが良い事なのか悪い事なのかはこの先暮らしていかなければ正確には分からないだろうが、今の俺の気持ち的には最悪だ。

この黒ロリがもしシグナム級のメロンの持ち主のお姉さんだったならキタコレなんだが、生憎と現実はヴィータレベルの残念さ。さらにガキらしくない言動なのもマイナスだ。

それにしてもこれからはあの狭いアパートで総勢7人暮らしか。ハァ……また管理人に報告しなくちゃな。それにご近所さんにも。ああ、また変な噂が立つぞ。つうか、もし万一親が来たらこいつらの事どう説明するよ?フリーターの身で同棲してますって正直に?ハハ……親父は微妙だが、クソババアには確実に殺されるな。

これから先の事を考えると本当に憂鬱になってしまう。俺は本当に平凡な人生を歩んでたんだけどな、もうこりゃ軌道修正は無理だ。せめてもうこの先は厄介事が無いよう祈るばかり。

 

────しかしそんな祈りもすぐに絶たれてしまった。

 

「高町なのはは魔導師だったと。で、なのはの魔力を写本が取り込んで結果生まれたのがコイツと」

 

翌朝の朝飯時、昨晩の詳しい経緯を聞いた俺は頭を抱えた。

曰く、昨晩偵察に行ったところ金髪のガキとなのはが魔法戦をしていた。離れて様子を窺っていたシグナム達だが、なのはの魔法が運悪く流れ弾のように向かってきた。避けるのは間に合わず、魔法を使って防げばこちらの存在がバレるので咄嗟に写本で流れ弾を叩き落そうとした所、写本がその魔法を吸収。結果、黒ガキ爆誕!

 

「マジかよ……そりゃまじぃな。俺、なのはの前で普通に魔法使っちまったぞ?」

 

昨日、俺は酔った勢いで手品と称して隠すことなく盛大に魔法をぶっちゃけちまった。だって、まさかその場に俺ら以外の魔導師がいるとは夢にも思わねーじゃん?だっていうのに、まさかなのはが魔導師だったとは。

そう言えばなのはの奴、どうもアレからちょっと様子がおかしかったけど、もしかしなくてもそれでか?

 

ハァ、いい方向には転ばないクセに、なーんで悪い方向には勢いよく爆進していくかね?

 

「改めて言わせて頂きますが……何をしてらっしゃるのですか、主隼」

「いや、だってよ、やっぱ酒の席には何か芸が必要だろ?手品代わりにモノホンのマジック披露ってすげーじゃん?」

「……断章の件もそうでしたが、次からは軽率な行動は控えてください」

 

むっ、シグナムに怒られてしまった。ンだよ、ホント真面目な奴だなぁ。たかだか魔法の一つや二つ、ぶっちゃけてもいいだろ。それに相手はあのなのはなんだ、そんな大事にゃならねーよ。

俺は適当に「あいよ」と返事をし、呆れているシグナムを尻目に次は黒ロリを見た。彼女はポリポリと沢庵を齧っていた。

 

「よぉ、黒ロリ、ちょっといいか?」

「ポリッ───はい、なんでしょう?」

「お前ってさ、なのはのコピーみたいなモンだろ?……それにしちゃあ随分と感じが違うが」

 

顔の作りや体系はなのはとまんま同じなんだが、それ以外は全然違う。髪短ぇし、声はちょっと低いし、物騒だし、ムカつくし。

 

「主には配慮というものが足りないですね」

「あぁん?配慮だァ?」

「普通、面と向かって人にコピーと言いますか?確かに事実ですし、プログラムですのでその呼称は適当ではありますが、反面できちんと自由意志を持った魔導生命体でもあります。ですから、そのような物言いはいくら私でも傷つき兼ねませんよ」

「傷つく?お前が?………ぶわははははははははははははははははははははははははは!!!!」

 

腹が捩れるというのはこういう事か。

 

「カチ~ン」

 

俺の爆笑にわざわざ声に出してご立腹を表す黒ロリ。こう素直に反応するところはガキっぽくていいな。

 

「はははは、はぁ~腹イテ。お前、中々ユーモアのセンスあんじゃねーか」

「半分ほど殺していいですか?」

「まあ落ち着けや。そもそもコピーと言われて傷つく意味が分からん。自分でも言ってるようにお前は人間じゃなくプログラムなんだから、それくらい別に言われてもいいだろ」

「面と向かって人間も否定しますか。そこは『真実はどうあれお前は人間と同じだ』とでも言うのが人としての優しさでは?事実、私の作りは人間のそれで、意志もあります」

「何言ってんだか。お前プログラム、俺人間、これが事実。お前は決して人間じゃねーし、決してなれもしねぇ。アホかお前は」

 

吐き捨てるような俺の言いに、黒ロリは憮然とした顔になった。異様に冷たい瞳だけが射抜くようこちらをジッと見つめてくる。

そんな目を見て思い出した。シグナムたちとも出会った当初にこういうデリケートな話をし、そして同じような冷たい反応が返ってきたもんだ。懐かしいね~。特にシグナムなんてまぁ頑固でよ?話し合う前は一週間くらい冷たかったし。

まったく、あの時のシグナムたちも、そして今のコイツも、どうしてこう魔導生命体ってのは人間扱いされたいのかね?どうしてそう自分の立場を誤解すんのかね?己の存在を安く見るかね?

 

くだんねー。

 

「ったく………誤解無きように言っとくがな、俺はお前の存在が人間より格下とは思っちゃいねーぞ」

「え?」

 

黒ロリは、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような……とまでは言いすぎだけど、それでもさっきまで湛えられていたものとは打って変わった表情になった。

 

「人間じゃない?魔導生命体?プログラム?コピー?それになんか問題でもあんのかよ。どういう存在だとか関係ねぇだろ。そんなモンに重きを置くなよ。そんな面倒臭ぇ生き方しようとしてんじゃねーよボケナス。あのな、俺が思うにいっちゃん重要なのはよぉ、テメェはテメェだと胸を張って生きる事が出来るかどうかだ。それをやれプログラムだコピーだ人間だって大仰に喚きやがって。ケツの穴の小っちぇー事ぬかしてんじゃねーよムカつく」

 

他人の目?知った事か。

社会通念?クソ食らえ。

自分バンザイだよ文句あっかコラ。

 

「………傲慢ですね」

「それが俺だ」

 

胸を張る。さも当然のように。それが常識のように。

黒ロリは俺の言葉に呆然とし、そしてそんな黒ロリを見て夜天が苦笑しながら声をかけた。

 

「お前も分かったろう?主のお心が。主は今まで一度も我らをプログラム風情などという言い回しをしたりして見下したりはしなかった。人ではない私でも、プログラムである私であろうとも、きちんと一人の『私』として見て下さる。確かに主は極端な位置におり極端な物の見方をされる事もあるが、しかしだからこそ、極めて端にいるからこそ、柵に囚われることなく全てを見渡せる事が出来るのではないだろうか?」

 

相変わらず夜天は俺に対して優しいというか過保護というか。

それにだ……きちんと見るに決まってんだろ!寧ろガン見だ!!こんな美人でボインな夜天を人間じゃないからといって見ないなんて選択肢はない!

プログラム?非人間?──いったい、それの何処に重要な要素があるんだ?重要なのは顔が良くて、スタイル良くて、男女の営みが出来る事!これだろ!そんな相手ならどんな存在でもバッチ来いや!!逆に人間でもブスでデブで汚くて臭い女は目障りだ死に晒せ!!

 

とまぁ、そんな俺の溢れる情熱は置いといて。

 

「ンで?お前はなのはのコピーなんだろ?」

 

話を戻した俺に黒ロリは先ほどのように突っかかる事もなく、普通に答えた。

 

「確かに高町なのはの魔力情報からこの身体は作られた謂わばコピー、ひとつのプログラム──ですが、ええ、そうですね。思えば、ただそれだけです。言葉にすれば何の事はありません。人間が一つの種であるように、私もまたプログラムという一つの種。そして、何よりも私は"私"という事……そう、今なら胸を張れそうです」

「へっ!どうやらケツの穴、ちったあ広がったみてぇじゃねーかよ」

「おかげさまで。拡張して頂きありがとうございます」

 

相変わらずの無表情ながら、「どうだ」とでも言わんばかりに小さく胸を張り、さらに自分のヒップをパンと小さく叩く黒ロリ。その返し方は、なかなかどうして、嫌いじゃない。

と、コイツの私は私という言葉ででピンと来たが、そう言えばまだコイツに名前付けてなかったな。まさか見た目そのままに『なのは』って名乗らせるわけにもいかんべ。

 

「お前、確か理の章から生まれたんだよな?」

「はあ、そうですが……?」

 

俺の藪から棒な言葉に怪訝な顔をする黒ロリ。

 

「ンじゃ、今日からお前は理(ことわり)だ。そう名乗れ」

 

夜天の時と同じくそのままストレートにした。いちいち考えんのメンドーだしな。

 

「理、ですか。いちおう、『シュテル・ザ・デストラクター』という固有名を持っていますが?」

「あん?そうなん?それなら……いや、シュテル?」

 

どう考えても外人のような名前だ。しかもデストラクターって何だよ。怪獣デストロイヤーの親戚か?何にしろ響きが物騒で物々しいだろ。そもそもその日本人ヅラで名前が横文字ってなくね?漢字でどう書くよ?屍由輝流・沙・死斗羅紅佗亜?

まあ、言うて『理』っつうのも大概だけどな。全然人名には思えん。夜天もだけど。

 

「そか。まあ、じゃー理じゃなくてシュテルで──」

「理です」

「お?」

 

今までで一番きっぱりとした口調でガキが言葉を発した。

 

「理、です。私の、私だけの特別……私は私だと胸を張れる一つの要素。主から頂戴した名。シュテル?どこのキラキラネームですか。私の名は理。もうこの名以外、名乗る気はありません」

 

そう言って淡く微笑む理。

夜天の奴もそうだったが、どうやら主である俺から名前を貰える事は相当嬉しい事らしい。微笑とは言え、まさかコイツが笑顔になるとは驚きだ。そしてやっぱりなのはコピー、その笑顔は中々可愛らしい。

 

「………ハァ、せめてお前がシャマルくらいあればな」

「身長ですか?それは現状如何ともし難いです」

 

俺は胸の事を言ったんだが、まあ確かに身長もだな。理が同年代ならなとしみじみ思う。それだったらもっとボン・キュ・ボンだったかもしれねーし。

 

「これはこれで一部層には人気の按配なのですが。立派なステータスと言えます。感情表現の下手なS気質のクーデレなロリっ娘───鉄板かと。それとも、もう2~3属性追加しましょうか?」

「人の思考読んだ上にあざとい考えすんな!?てか、お前Sなんかよ」

「わりと」

 

そんな心温まる交流ともコントとも取れる俺たちのやりとりは、しかしとある一人の騎士に遮られた。

 

「あの主、よろしいですか?」

「あん?どうしたよシグナム。そんな真面目くさった顔して?おら、スマイルスマイル」

 

難しい顔をしながら声を掛けてきたシグナム。それじゃあ折角の美顔が台無しだ。

 

俺はシグナムの顔に手をやり、両端の口角を『むにっ』と掴み上げた。

 

「ふぁ、ふぁるふぃ!?」

「いいか、シグナムよぉ?お前の生真面目さは俺ぁ嫌いじゃねーが、もっと表情崩そうぜ?女のしかめっ面ほど見ててうぜぇモンはねーかんな」

 

まっ、シグナムみてぇな美人はどんな顔してもそそるモンがあるけどよ?

 

「ンで?なんか話でもあんのか?長くなるようなら聞かねぇぞ」

 

俺はシグナムの顔から手を離し、ポケットに入れていたタバコに手を伸ばす。

シグナムは今の俺の言葉を受けて少し改まったようで、その顔が若干柔らかい表情になった。ただどこか呆れの色も含まれているが。

 

「あのですね……高町なのはの件はどうなさるのですか?十中八九、主が魔導師だというのはバレているかと」

 

あ、忘れてた。そうだよなぁ、なのはの前で思いっきり魔法使っちまったからな。あいつもあいつで何か聞きたそうだったしなー。ありゃ確実に俺が魔導師だってバレて────ん?いや待てよ……。

 

「どうかなされたのですか?」

 

いきなり俯き、考えに没頭しだした俺を訝しむ5人。理は相も変わらず無表情だが、黙って俺を見ている。

そんな6人を尻目に俺は少しばかり考え込み、程なく一つの結論を出した。

 

「俺は魔導師じゃない」

「「「「「は?」」」」」

「だから俺は魔導師じゃない」

「なるほど、頭は大丈夫ですか?故障しているのなら早めの修理が必要かと」

 

なんとも不敬な理の発言だが、他騎士5名も同じように「いきなり何言っちゃってんだ?」という感じを醸し出している。

まあ、話は最後まで聞けよ。

 

「いいか?俺は確かになのはの前で魔法を使った。だがしかし、俺は自分が魔導師だと言った訳じゃない。なのはは俺を魔導師だと疑っているだろうが、俺はそんな事一言も言ってはいない。つまりなのはは俺を勝手に魔導師だと思い込み、決め付けているだけ。そこに証拠はない。なにせそれは言ってしまえばなのはの推測だからな」

「………それは」

「俺は魔導師だと公言していない。魔法は使えるが、魔導師だとは一言も言っていない。故に俺は魔導師じゃない。魔法が使えるただの善良な一般人。つまり───」

 

そこまでの俺の言葉に驚きと呆れの顔を半々に浮かべている6人。この様子だと俺の続く言葉も予想が付いていることだろう。ならばその予想通りの言葉を送ろう!

 

「一言で要約すると……………シラを切る!!」

「「「「「無理です(無理があります)!!」」」」」

 

無理じゃねーよ。

なのはが俺を魔導師だと思い込んだのは、俺がデバイスを出した時や空中浮遊する時生じた魔力が原因だろ?けれど、それだって何かしらの媒体に記録として残っているわけじゃない。ただ自分が『魔力が発生した』と感じただけ。ンな自己申告、大きな証拠にはならない。

 

「なのははな、きっと勘違いしたんだよ。俺から魔力が発生した、ってな。そりゃ妄想だ。ただ俺は手品をやっただけなんだから。手品、つまりマジックだよ。魔導師?ナニソレ、美味しいの?」

「ほ、本気でそれで通すつもりかよ……」

 

仮になのはが「この人、魔法使いです!」なんて周りに言った所でどれだけの人がそれを信じる?そんなガキ特有の戯言、誰も信じねぇよ。なら後は俺がばっくれればいいだけ。

これ以上、魔法関係でゴタゴタに巻き込まれんのは御免だからな。無理がある?ハンッ!無理を通して道理を蹴っ飛ばす!ってどっかのアニキが言ってた。成せば成る!!

 

そんな俺の滅茶苦茶な考えに、しかし意外にも一人だけ肯定の声を上げた。

 

「良いのではないですか?」

 

そう言ったのは、どこかのほほんとした顔をしている理。

 

「主の考えの全てに是と言うわけではないですが、しかし結局の所最後は主の決定一つです。それにもし高町なのはや管理局が主の前に立ち塞がろうとも、その時は我が力を持って掃討すればいいだけの話」

 

そこまで言って何か閃いたのか、無表情だがポンと手を叩いた後淡々と続けた。

 

「いっその事、今からオリジナルを潰しておきましょうか。そうすれば後顧の憂いはなくなります。先手必滅というやつです。ああ、しかし個人狙いすると足がつきそうですね。ここは海鳴ごと焼却しましょうか。一本だけ木を燃やせば目立ちますが、森ごとならバレないでしょう。……ふむ。そうすると海鳴と言わず、どうせなら日本ごと消し飛ばして──」

「クレイジーロリ、お前もう黙っとけや」

 

お前の考えにゃあ俺含め騎士ども全員ドン引きだよ。俺も結構極端な物の見方するけどよ、流石にコイツほどじゃねーぞ?何で人一人消す為のカモフラージュで国消そうとすんだよ。イカれ具合がとんでもねーガキだ。

 

まあ、言うてそんな物騒な事態にはならねぇだろうけど。なのはにシラを切り通せなかったとしても別に不都合がある訳でもなし、管理局にバレたとしても別に魔法使ってワリーことをしてる訳じゃねぇから堂々としてりゃいい。

 

結局の所何も変わらない。……考えが甘いって?俺、酒飲みのクセに甘党なんだわ。

 




一つの節目の10話でうちのぶっとびキャラ2トップの内の一人が登場。

リメイク前の当時、公式に『シュテル』という名前や詳細な性格設定がされてなかった彼女。今回、修正しようかどうか迷いましたが結局当時のままで行くことにしました。

原作の可愛いシュテルんがお望みだった方、申し訳ありません。どうかご容赦を。


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11

これから先、一部キャラのせいでR-15な過激的表現が増えてくるかと思います。R-18まではいかないとは思いますが、ご注意ください。


 

頭上に目を向ける。そこには雲一つない青空とサンサンと光を発する暑苦しい太陽。正に快晴と呼ぶに相応しい空だ。

目を前へと戻す。そこには太陽の光を反射し、煌びやかに波打つ大海。正に母なる海と呼ぶに相応しい光景だ。

頭を傾け目を下に向ける。そこにはきめ細かい砂粒や小さな貝殻が敷き詰められた砂浜。正に…………思いつかねぇからもう砂でいいや。

 

つまりだ、俺が今どこにいるかと言うと察する通り海辺だ。

 

ただ生憎とここは地球ではない。そう、地球ではないのだ。ならば何処なのかと言うと、第……えー……ウン十管理外世界。

て訳で、頭上に輝くあの太陽もこの海も砂浜も、果たして本当に地球のそれと一緒なのかは知らん。ただ見た目がクリソツなので取り合えず地球のと一緒の名称で観察した次第。

 

まあ、それはどうでもいいな。重要なのはそんな事じゃねぇのは分かってっから。『俺が何故こんな所にいるのか?』、これが重要なんだろ?悪ぃが別に面白い訳もなけりゃ小難しい訳もない。ただの一言で言い表せられる。

 

───狩り。

 

んな?簡単だろ?狩りだぜ、狩り!現代っ子の俺が、原人のようにその日の飯を確保するため狩りを行いにこんなとこまで来たんだよ。豊かな日本に住んでる俺がよ?娯楽じゃなく生活のためによ?ウケるだろ?笑えよ、うわははははははははははは!!!

 

「集え、明け星」

 

ははははははははは………

 

「全てを焼き消す焔となれ」

 

…………ははははは。

 

「ルシフェリオン・ブレイカー!!」

 

ハァ~~………。

 

「はいはい、ぶれいか~ぶれいか~。ったく、なんとも嬉しそうに景気よくぶっ放してんな。てか、なんだあの出鱈目な砲撃は?俺のかめはめ波の何十倍威力あんだ?ファイナルかめはめ波か?しかも、あのナリで戦闘狂ってのも厄介だよな。シグナムの奴も結構戦いが好きなようだけどよォ、あいつぁ確実にシグナム以上だわ」

 

一定以上の年齢に達した奴が言えば、即哀れみの視線を向けられるであろうイタい言葉(詠唱?呪文?)を紡ぎながらデッカい光を撃ち出す理。

そんな理に矛先を向けられたのは『蛸』だ。しかしただの蛸じゃない。怪獣といっても差し支えないほどの巨体を有している蛸。

体格差だけ見れば圧倒的不利なのに、理の奴はとても楽しげに一方的に蹂躙している。

 

「魔法世界っつうのは本当ファンタジーだ。なんだあの蛸?あれでたこ焼き作ったら何人前になんだ?つうかあんなモンしとめても食い終わる前に腐るぞ。理の奴はその辺分かってんのか?分かってねぇんだろうなー。あのクールロリは戦闘になるとクレイジーロリになるかんなぁ」

 

思い出すのは数日前、初めて狩りに出た時のこと。あの時の獲物は熊だった。4、5メートルはありそうな化け物熊。四肢は丸太のように太く、額の部分に角があり、グルオアアアアアなんて雄たけびを上げていたな…………熊か?

 

まぁ、兎も角よ。そんな熊(?)と対面したときは流石の俺もビビったね。平凡な都会育ちの俺は熊なんて動物園でしか見たことねぇし、さらにそんな化け物級ともなれば皆無。

俺は飛んだね、ソッコーで空に避難したよ。人間相手なら多少の体格差でもヤリ合えるが、ありゃあ無理ってもんだ。俺、まだ死にたくねーし。

 

けれど、そんな俺を尻目に理はいつものようにどこまでも冷静だったな。「ルベライト」とか呟くと光の輪みたいなので熊をあっちゅう間に拘束だ。熊はもがくもそのルベライトはビクともしない。俺のバインドとは大違いだ。

まぁ、それはいい。問題はそこからだ。

 

『主、今夜は熊パーティーです』

 

そう言うと理はおもむろに熊に近づいて行った。しかし、いくら身動きの取れねぇとは言え相手は凶暴な熊。流石に俺は理を止めようとしたよ。いくらあのガキの事があまり好きじゃないとはいえ、怪我でもされちゃ俺もすごく心苦しい。紳士だかんな。

 

『おいガキ、あんま不用意に近づ───』

 

俺は言葉を最後まで言えなかったね。何故かって?俺が止める前にあいつが先に行動に移ったからだ。

何をしたと思う?こうな、自分のデバイスを右斜め上から左下に振り下ろしたのよ。で、その通過点には熊の頭。

 

そう、つまりあのクレイジーちゃんは自分のデバイスで熊の頭をぶん殴ったんだよ。

 

『ガァ!?』

『小うるさい下等生物ですね。光栄に思う事です、我が主の糧となれる事を。それがあなたの生まれた来た意味であり、最初で最後の幸せです』

 

そこからは何つうか凄惨だったな。殴るわ撃つわの大盤振る舞い。周囲は熊の呻き声と攻撃の音と血の臭いで満たされたね。

熊のやつもさ、最初の頃は反撃しようともがいてたんだよ。勇ましい声上げてたんだよ。でもだんだんと覇気がなくなっていってよ、『クゥーン』とか許しを請うような甘い声出すんだよ。血まみれになりながら。それに構わずクールに打ちのめし続ける理。

いや、流石の俺も同情を禁じ得なかったわ。そりゃあ生きるために他の生き物ぶっ殺すのは人間として当たり前よ?けどやりかたってあんじゃん。

だからさ、らしくないけど俺はこう言ってやったよ。

 

『こ、理ちゃん?あのよ、もうちっと優しさってのを見せてやれね?あまりにも可哀想だぜ?』

 

もはや手遅れに等しい言葉なのは分かってた。熊ももう虫の息だし。だが、それでも俺は言わずにはおれなかった。それほどまでの凄惨さがそこにあったんだよ。

…………ただな、これは間違いだったんだよ。後から思うと、なんて迂闊な言葉だったと分かる。

『優しさを見せろ』なんて遠まわしな言い方はしちゃダメだったんだ。手遅れなら手遅れで、『ひと思いに殺してやれ』くらいに言えば良かったんだ。

 

『優しさ、ですか。……主は存外慈悲深いのですね。分かりました』

 

そう言って理は殴るのをやめた。俺は「おお、分かってくれたか」と言いながら理に近づき───そこでスプラッタを見た。

 

『ほう、湯気が出ていますね。知識としてはありましたが、実際に触ってみると本当に暖かい』

 

……こいつ、何したと思う?

こうね、右手をぐちゅっと熊の腹部にね、突っ込んでね、なんか長~いモノをズルズルと掻き出しやがったんだよ。目の前で。

でね、そこで終わんないのがこのクレイジー娘なわけ。

 

『では、どうぞ』

 

魔力の炎で炙った『ソレ』を程よい大きさに千切ってさ、おもむろに熊の口にぶち込んだんだよ。で、そのあと手で熊の上顎と下顎を持って無理やり咀嚼させんだよ。

ぐちゃくちゃぴちゃって音立てながらさ、自分の『ソレ』を食わせてんのよ。もうね、流石の俺もどう反応していいのか分かんなかったよ。呆然としてたよ。

そんな俺に理のやつ、ぱっと見無表情ながらよく見ると得意顔でさ、こう言うの。

 

『どうですか、優しいでしょう?』

 

その光景のどこが?

 

『分かりませんか?最後の食事に美味しいものを与えてあげたのです。まず野生の下等生物が食さないであろうホルモン焼き。鮮度抜群、焼きたてホヤホヤ。それも自分自身のモノを食べるなど、一生に一度出来るか出来ないかの貴重な体験です。極上の冥途の土産となった事でしょう。焼肉のタレや塩コショウがあれば尚良かったのでしょうが、まあそこは素材の味で勝負ということで』

 

そしてトドメとばかりに右腕を高く上げ、それに炎を纏わせ、『紅蓮赤火』と呟くと同時に勢いよく心臓を抉り出したのだった。

 

『さあ、主。今夜は焼肉とモツ鍋ですね』

 

心臓を握りつぶしながら、服や顔についた返り血を器用に炎で焼き消しながらいう理。そんなキチガイに俺は簡素な答えしか返せなかった。

 

「お前、怖ぇよ……」

「失礼ですね。先日も言いましたが、私のどこが怖いと言うのですか?」

 

回想に耽っていた俺の目の前にいつの間にか理が。その遥か背後の海の上には身を浮かべた哀れな蛸の姿が。

 

「ああ、終わったのか。てかオーバーキルじゃね?」

「何とか努力して原型を残したので、少しもオーバーではありません。むしろ最小の殺戮と評して良いかと。どうぞ、褒めてください」

「評さねーよ褒めねーよ」

 

俺ぁこのガキの将来が心配だよ。

一応俺も大人と呼ばれる歳の人間だ。碌でもないぺラッペラな人生しか歩んじゃいねーが、それでもよ、場数だけは踏んでんだ。クズの道だけどな。

したがってだからこそこんなクレイジーちゃんでも、ガキにはきちんとした道を歩ませたいという心はある………と思うけれどもやっぱりないように見せかけてあるような気がする。

まあ、兎も角。

何が言いたいのかと言うと、ガキはガキらしく在れって事だ。ガキらしくってのは人によって捉え方が違うだろうが、少なくとも俺は返り血を浴びながら淡々と熊を鏖殺するような奴をガキらしいとは思わない。

 

「理よぉ、お前もうちょっとガキらしくなんねぇ?こんな狩りに参加しなくていいから、ゲームしたり外に遊びに行ったりしろよ。なんなら友達とか作ったりしてよぉ」

「非生産的です。時間は有限なので無駄には出来ません」

「有限?お前プログラムなんだから、写本本体さえどうかならなけりゃ不死だろ?少なくとも俺よりは長生き出来んじゃねーか、羨ましい。………なぁ、俺もプログラムになれねぇかな?」

 

長生き出来るって事はそれだけ楽しむ機会が増えるって事だ。しかもプログラムってんなら老いにも負けずいつまでも色々元気!!

 

「相変わらず主はご自分に正直ですね。普通の人間だったら………と、それは今更ですね」

 

そう言って困ったような笑みを浮かべる理。それは小さな表情の変化だが、それでも最近は普通に感情を表に出すようになったのでいい事だ。

 

「まっ、取り合えず今は俺の事はいいか。問題はお前。なんかよ、ガキらしい趣味を持とうとか思わねぇのか?」

「そう言われましても……ああ、一つだけ。映画というのは中々面白いものでしたね」

「お、映画か」

 

そう言えばシャマルと一緒にDVDレンタルしてたな。シャマルの奴は韓流ばっか見てるが、こいつは一体なにを見てんだろうか?アニメ……は絶望的に似合わねぇな。

 

「特に『SAW』や『ムカデ人間』という映画は目を見張るものがありました。発想が実に素晴らしく、とても参考になりました」

「シャマルの奴はガキに何てモン借りさせてんだぁぁぁ!?」

 

つうか参考になるってなんだよ!その映画の中で日常生活の参考になる所なんてねぇよ!!イカれ具合に拍車がかかるだけだよ!

 

「ハァ………もういい、もうわぁーったよ。そうだよな、テメェはテメェだよな。俺が胸張れって言ったしよ。例えお前がクレイジーのイカれポンチのどクサレ鬼畜黒ロリだったとしても、いや事実そうだけれども、お前はお前だ。シグナムとは真逆の涙を誘う程の無い胸を張れ」

「………カチ~ン」

 

チャキッ、とルシフェリオンを構える理。

沸点の低い奴だ。ほんの少しだけの悪口でこれだ。こういうとこだけガキなんだからタチが悪ぃ。

 

「お前って冷静で理知的で合理的なキャラじゃなかったっけ?」

「どこからの情報かは知りませんが安心してください。こんな直情的な姿を見せるのは主の前だけですから」

「時と場合に因ればかなりクる台詞だな。つっても相手がロリのお前じゃ時も場合も関係なく萎えるが」

「ことごとく失礼な主ですね」

「ことごとく残念なガキだ」

 

結局、そこからは魔法訓練と言う名のガチ喧嘩が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波乱万丈の初旅行から帰ってきたのが数日前。振り返れば本当にいろいろあった。

3度目のアルハザード入店、魔導師高町なのはとの出会い、クレイジーロリ理の誕生、シグナム・夜天・シャマルの浴衣姿。良い事もあれば悪い事もあり、比率としては後者の方が多かったが、それでもかねがね良い旅行だったと言える………とは正直言えないが、もう過去の事なのでどうしようもないし、どうでもいい。

 

さて、そんなやるせない旅行だったが、最後に後日談として語っておかなければならない事がある。

高町なのはの事だ。

知っての通り、なのはには俺が魔導師だという事がバレた。それに対し、俺のとった対策は『白を切る』という何とも稚拙なもの。理意外の奴らには「絶対無理がある」と太鼓判を押された案。しかし俺はマジで白を切り通すつもりだったし、その自信もあった。

で、結果はどうなったと思う?まぁ、語るまでもないだろう。なんせ俺はやると言ったらやる男だからな、ハハハハハ!…………。

 

────世の中そんなに甘く無かったよ!!!

 

なのはのデバイス、レイジングハートつったか?そのデバイスがよォ、あの手品の時、魔力を発した俺の事をガッツリ映像に保存してやがったのよ!優秀なデバイスなこって。流石に物証があっちゃあ白を切り通せねぇ。

 

『ハヤさん、やっぱり魔導師だったんだね』

 

映像を突きつけられ、真剣な顔でそんな事言われちゃあもうこれは首を縦に振るしかない。

まっ、ぶっちゃける事になる可能性も考えてたかんな。そこまではいい、問題はその後のなのはの言葉だった。

 

『一緒にジュエルシードを探して!』

 

調子ぶっこくなよ?俺に頼みごとなんて11年早ぇ。成人してナイスバディになってから出直して来いや!………と言いたかったが、相手は可愛いなのはだ。流石の俺もそんな正直に言い返せなかった。

あの時は参ったね。俺はなのはの事は好きだが、魔法関係にもうこれ以上関わるなんてゼッテェ御免だからな。

だから俺は一つの可愛い嘘をつかせて貰った。

 

『すまん、なのは。手伝ってやりたいのは山々なんだけどよぉ………実は俺の体はボロボロなんだ』

『え……』

『魔法を使うとよ、頭痛がして鼻血やら耳血やら……えーと……その他、穴と言う穴から何か変な液体がドゥヴァって出んだよ。そう、拒絶反応ってやつ?』

『そ、そんな……あれ?でもあの時は手品って言って魔法を──』

『あのくらいなら問題ないんだ。それにあれはなのはを楽しませたかったという思いがあったかんな。多少の無茶は出来た。けど、それ以上となると…………すまん』

『う、ううん、ハヤさんは悪くないよ!私の方こそ、いきなり自分勝手な頼みしちゃって……』

 

普通、こんな嘘はある程度人生歩んでる奴か賢い奴なら通じない。けどそこはガキで純情ななのは、あっさりと信じちまってやんの。

さらに俺はついでとばかりに自分の事を誰にも喋らないよう口止めしておいた。

汚ぇ利己的な大人なら兎も角、なのはは良いガキだ。ここまで言っとけば俺を魔導師として頼ることもないだろうし、他言もしないだろう。

 

出来れば俺だってなのはを手伝ってやりたいとは毛ほどくらいなら思っている。ただなぁ、手伝う内容が魔法関係とあっちゃあ、その毛も遥か彼方に飛んで行くってもんだ。

 

それにだ、よく考えれば俺は今回の件は手伝わない方がいいと思うんだよな。

 

その理由はあの金髪のガキ魔導師。あいつも確かジュエルシードってのを探してたよな?そしてシグナムたちの弁を自分なりに解釈するば、どうやら2人はそれを賭けてぶつかっていた様子。そんな2人は多分同い年くらい。

これが何を意味するか分かるだろ?ファンタジーとかよ、アニメとか小説の物語でお約束。

 

そう───ライバルだ!

 

なのはと金髪、あの2人は一つのものを巡って争っている。そんな争いを経てお互い成長し、終には友情が芽生え、最終的には仲間になってラスボスに挑む!これ正に王道!!

さて、そんな王道に俺やシグナム達のような濃いキャラが突然乱入したらどうなる?面白くねぇだろ?空気読めって話だろ?だからな、ひっそりと見守ってやんのがいいんだよ。

 

まっ、一番の理由は厄介事と面倒臭ぇ事が嫌いなだけだけどよ。せいぜい気張れや若者。未来はお前らに託した。俺は今を楽しむ。

 

兎も角、何度も言うように俺はもうこれ以上厄介事には首を突っ込まん。俺自身に直接被害があるか、もしくは喧嘩を売られた場合は考えるが、それ以外の要因で俺が魔法関係のゴタゴタに介入するなどあり得ん事をここに宣言する!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待て、今何つった?」

 

理との異世界ハンティングを終え、地球にある我が家に戻ってきた俺たち。向こうの世界はまだ昼と呼べるような明るさだったが、地球はすでに真っ暗な夜。

取り合えず俺と理は持てるだけの蛸の足(つうか肉片?)を持ち、今日は蛸料理だ~と揚々と帰宅したのだが、そこで待っていたのは何とも頭の痛くなる言葉だった。

 

「あのね、ハヤちゃんと理ちゃんが帰ってくる少し前に旅行の時の同じいくつかの魔力反応があってね、それでそのぅ………情報収集してくるってシグナムが飛び出して行っちゃった」

「あんのメロンはああああ!!」

 

俺が非介入宣言したと思ったらこれか!旅行の時と同じ魔力って事はジュエルシードとなのはと金髪か?つうか情報収集?あの理に次いで戦闘好きのシグナムがそれだけで終わっかよ!

旅行の時はストッパーの夜天やシャマルも一緒に行ったが、今回はどうやら一人で戦地に向かった様子。やべぇぞ、7割強くらいの確率で参戦しそうだ。

 

「なんで止めねぇ!今更情報収集とか要らねーよ!てか、あいつが一人で情報収集?カチコミの間違いだろ!」

「あ、主、落ち着いてください。将も主の為を思っての行動ですから」

「だからって、だからってなぁ!………ああ、もう!!」

 

せめて夜天かシャマルがついて行ってたらまだ安心してたよ?けど、シグナム一人じゃ果てしなく不安だ!!

 

「主、私が連れ戻して来ましょうか?」

「理、テメェは絶対ここを動くな。ミイラ取りがミイラになる事は目に見えてんだよ。むしろミイラになってピラミッド破壊しそうなんだよ。大人しく墓場で眠ってろ」

 

このロリまで行かせて見ろ、喜び勇んで戦場に躍り出る様が容易く思い浮かぶ。第一、今から行っても間に合うかどうか。既にヤり合ってても不思議じゃない。

取り合えず俺は今出来る事で最速の手段、念話をシグナムに飛ばす。

 

《シグナァァァァァァァァァムッッッ!!!》

《ひゃっ!?あ、主隼!?》

 

いきなりの大音量の俺からの念話に驚いた様子のシグナム。しかしそんな反応が出来るという事はどうやら見つからないよう大人しく観戦していたらしい。最悪の事態になってはいなかったが、それでもまだ現地にいるのは危ない。

 

《テメェは何しくさっとんじゃ!今すぐ、可及的速やかに戻ってこいや!さもねぇと卑猥な地獄に叩き落とすぞ!!》

《あ、主、しかし……》

《しかしも犯しもねぇ!いいか、10秒以内に戻って来なけりゃテメェは今日から烈火の将改め焚き火の将だかんな!》

《た、焚き火!?い、いえ、しかし10秒は流石に無理が……》

《つべこべ言ってる暇があるなら今すぐカムバック!ハリー、ハリー、ハリー、ハリィィィイイイ!!》

《わ、分かりました!今す──────》

 

と、そこでシグマムの言葉が不自然に途絶えた。

俺は最初シグナムが慌てるあまり念話を途中で切ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。回線はきちんと繋がっている。

 

……………まさか?

 

《オイ……オイオイオイ、何よその不気味な沈黙は!?止めろよオイ。待て、それはやっぱりもしかしてなのか………もしかしてなのか!?》

《────すみません、10分程帰宅が遅れそうです》

《もしかしちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!》

 

つまりなのはか金髪に見つかったと、そういう事だろう。

あの2人に顔が割れてんのは俺とヴィータとシャマルくらいだから、例えシグナムが2人と対峙しても俺との関係性は知られる事はない。そこだけは不幸中の幸いだが………でも、やっぱ最悪だ!

 

「なぁ、夜天。シグナムと言いロリーズと言い何で大人しくしてくんねぇんだろうな?お前だけだよ、いつも俺の傍にいてくれんのは」

「将たちも主を思ってこその行いです、どうか多めに見てあげてください。それに………はい、私はいつでも主のお傍におります」

 

何このお母さんのような妻のような慈愛キャラ?もうさ、俺ガチで夜天を彼女にしたいわ。

本当に優しい夜天、その優しさを見習って俺も少しシグナムに優しい言葉を送っとくか。

 

《おい、シグナム》

《────はい》

 

もう既に戦闘をしているのだろう、返事が遅かった。

 

《見つかったモンはしゃあねぇ。だがいいか、絶対無傷で帰って来いや。今お前の前にいる奴がどんな奴かは知らん。なのはかも知れん、金髪かも知れん、管理局かも知れん、その他の誰かかも知れん。だけどよぉ、俺はそんな有象無象よりはお前の方が大切な存在だ》

《主……》

 

これは事実、俺の本心だ。

確かに俺はなのはは好きだし、金髪のガキも嫌いじゃない。けどそれは見ず知らずの他人と比べてだ。シグナムと天秤にかけた時、そんなモンは比べられるレベルじゃない。仮に全くの他人一億人とシグナム、助けるならどっちと言われたら勿論……………ちょっと訂正、一億人の野郎か不細工な女とシグナムだったら勿論シグナムを取る!

 

 

《女だろうがガキだろうが老人だろうが、お前の柔肌メロンを傷つようとする奴がいたら逆に傷つけろ。それでも傷つけられそうなら迷わず逃げろ。騎士のプライドとかあっかもしんねぇけどよ、そんな不確かなモンより俺ぁお前の方が何十倍も何百倍も大切だかんな?もう一度言うぞ────無傷で帰って来い。そして笑顔でただいま言え》

《っ…………はい、はいっ、必ず!》

 

ああ、なんて優しい俺。けれどこれがロリーズやザフィーラだったらこんな言葉も出なかっただろう。ひとえにシグナムのメロンの成せる業だな。

 

《あっ、訂正。やっぱ一番大事なのは俺との繋がりがバレないようにする事だな。その為なら多少傷つくことになっても構わねぇや》

《あ、主………》

 

いや、当たり前だろ?何だかんだ言って人間一番大切なのはテメェなんだ。自分とシグナムを天秤にかけたら……否、そんな前提無く無条件で俺の方が大切だ。自分自身が一番かわいくて、他は二の次。これ常識。

 

《まっ、取り合えず五体満足で帰って来いや。多少怪我しても俺が舐めて治してやっからよ?》

《それはとても魅力的ではありますが、心配御無用です。私は主隼の騎士───烈火の将シグナム。完全勝利意外あり得ません》

《そうかよ。ンじゃ、怪我一つでも負って帰ってきたら問答無用で焚き火の将な。焼き芋作らすからな》

《!?……………逆巻け、陣風!渦巻け、旋刃空牙ァァアア!!》

 

 

とまぁ、そんなカッコイイ台詞を最後にシグナムからの念話が途絶えたのだった。その言葉の意味は知らんが、気合の入りようから見て魔法か何かだろう。相当改名が嫌なようだ。

 

(それにしても結局戦闘か……まぁ、喧嘩売られたならオトシマエは付けるべきだがよぉ……)

 

なんか最近頻繁に魔法関係に関わってねぇか?あれかね、よく言う「一度魔に触れたら惹かれ易くなる」とかそんな感じ?小説とかアニメなら兎も角、まさか現実でそれを体感するとはな。

しかし、もうこれっきり願いたい。願いたいが………ハァ、なんかドツボに嵌りそうな予感が……。

 

(だが……だが!それでも俺は俺の未来を薔薇色にするッ!!)

 

日々を平穏無事に過ごし、就職し、いっぱい金を稼ぎ、彼女を作り、童貞を卒業し、妻を迎え、子を抱き、孫に看取られて逝く。そこに魔法という厄介な存在はいらん!

…………まぁ、例外として夜天たちだけなら俺の未来に加わってもいい。お世辞にも長いとは言えない付き合いだが、それでも一緒に生活していれば米粒くらいの情は湧く。それに総合的に見てもこいつらの事は嫌いじゃねぇしな。てか、むしろ夜天かシグナムかシャマルは伴侶にお迎えしたい!ハーレムも可!

 

と、なんとも優しさ溢れる俺。しかし、そんな俺に降ってきた言葉はなんとも腹の立つものだった。

 

「どうしたのでしょう?主が気持ち悪い顔をなさっています」

「ん?……うげっ、なんだあの慈愛に満ちた顔。また変な妄想でもしてんじゃねーの?鳥肌立ちそう」

「なぁ、夜天。あのロリーズ殺していいか?いいよなぁ!?よし、そうしようグチャグチャにして下水溝に流そう!」

「お、落ち着いてください主。2人も主になんて事を……!」

 

理が1回、ヴィータが1回、2人合わせて1回。計3回。

それがここ最近の俺の1日の平均喧嘩回数だ。

 



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12

 

鈴木家居間、約10畳の部屋に7人の男と女と犬が輪になって座っている。浮かべている表情は皆それぞれだが、どこか気まずい空気が流れているのは多分俺のせいだ。

 

俺は先ほどまでロリーズと喧嘩をしていた。髪を引っ張ったり合ったり、頬を捻り上げ合ったり、鼻の穴に指を突っ込み合ったり等など、地味な喧嘩を狭い部屋の中で繰り広げていた。これが外だった場合、ド派手な魔法喧嘩が勃発していた事だろう。経験済みだ。

止めようとする夜天の声は勿論無視。シャマル、ザフィーラに到ってはもう既に仲裁は諦めているようで何も言ってこなかった。

 

そんな楽しい一時の終わりを告げたのはシグナムの帰還。情報収集という名のカチコミを終え、ようやく帰ってきたシグナムに俺は取り合えず拳骨をかまし、もう勝手な行動をしないよう厳重注意しておいた。

しかし、そんな注意もシグナムが持って帰った『ある物』を見せられた時に手遅れな事に気づいた。

 

「さてテメェら、今更確認する必要もねぇだろうがよぉ、俺ぁな、女とは付き合いたいが魔法関係のゴタゴタとは付き合いたくねーんだわ」

 

片手でタバコをふかし、残った片手でザフィーラを撫でながら全員を見回す。ロリーズはどうでもいいような顔をし、夜天とシャマルは苦笑い、シグナムは申し訳なさそうな顔をしている。

 

俺はタバコをもみ消すと、シグナムが持って帰った『ある物』を手に取る。

 

「それなのによ?世の中ってのはどうも俺にはあんま優しくねーんだわ。もう一度言うぞ?俺は、魔法関係には、関わりたくない。………さぁ、それを踏まえてザフィーラ、これ何だか分かるか?」

「………青く輝く石、です」

「うん、そうだなー。けどそれだけじゃねぇだろ?なに、遠慮することは無い。ぶっちゃけてみ?」

「はい………おそらくそれがジュエルシードかと。主の言うところの魔法関係です」

「だよな。俺が、関わりたくない、魔法関係の物。それが何故かここにあんだよな~」

 

ピンっと指でジュエルシードを弾く。電気の光を浴びてキラキラ輝くそれは一見したらただの宝石。しかし真実は魔法の産物。

視線をシグナムに移す。

 

「不思議だよなぁ。なんでこんなモンをシグナムが持って帰んだ?確か情報収集が目的だったよな?結果的にカチコミになっちまったけどよぉ」

 

百歩譲ってそこまでなら拳骨だけで済ませられた。身バレしなけりゃ良しとしよう程度の軽い気持ちでいられた。

けど、こりゃダメだろ。

 

「あ、あの、ですからですね……」

「あぁん?」

「……申し訳ありませんっ!」

「ハァ……」

 

シグナムが金髪の使い魔らしき奴に見つかってやむなく戦闘。実力差は圧倒的で戦況は有利だったが、封印処理されていたジュエルシードが突然次元震とかいうのを起こすほどのエネルギーを発し、暴走。なのはと金髪が急いで抑えようとしたが結果は失敗、双方のデバイスが中破。よって唯一デバイスを所持しているシグナムが再封印。で、そのまま持って帰っちゃいました。

 

と、それが帰ってきたシグナムに聞かされた簡単な事の顛末だ。

 

「どうすんだよ、これ。ガキ共が集めてる理由は知らんが、どう考えても良さげなモンじゃねーぞ」

 

もう怒る気にもならん。いや、怒って事態が好転するならぶちギレるが、生憎とそんなことじゃどうにもならない。

 

「どうするんです?ハヤちゃんとシグナムの関係性は知られてないと思うけど、それでもこのままジュエルシードを持ってたらいずれは……」

 

だよなぁ。

でもどうすりゃいいんだ?つうか、結局の所ジュエルシードってのは一体どんなモンなんだ?使ったらでっかくなる石じゃねーのか?

 

「こんな訳分かんねーモンを手元に置いとくのもあれだしな………質屋にでも持ってくか?見た目宝石だし、高く売れそうだな。いや、それよりも知り合いの大学の研究員に売るか?これ、地球にない未知の鉱石っぽいし。言い値で買わせるか?」

「さ、流石にそれはやめた方が……」

 

じゃあどうすんだよ。なのはか金髪に渡す?それもなぁ、自分のモンを誰かにタダでやるのってのは癪なんだよな。あの旅行ン時のあれはマジで珍事なんだ。もうあんな事はおきん。また仮に物々交換するとなっても相手はガキだ、期待できねぇ。

 

「ジュエルシードねぇ……一体なんなんだろうな、コレ」

 

詳細が分かれば使い方も分かるだろうけど、現段階じゃ分かってるのはせいぜい名前だけ。

マジでどうするよ?いっその事捨てちまうか……それも勿体無ぇな。でも、もし爆弾とかだったらやべーし。それか名前の通り、何かの種?もしかして宝石の種?畑に植えると宝石がっぽがっぽ?

 

検討が付かず、ジュエルシードを手の中でコロコロと転がして悩む。そんな時にロリーズの片方、生意気ツン子がポツリと呟いた。

 

「もしかしてあれじゃね?それって全部揃えれば龍が出て願いを叶えてくれる、みたいな。何個も同じようなのが存在するみたいだし。実際、それ一つに結構な魔力入ってるし」

 

なん……だと……!

 

「あはは。ヴィータちゃん、それは漫画の中だけで現実じゃ─────ハヤちゃん?」

 

そう、あれは漫画の世界。『何でも願いを叶えてくれる』なんてのはフィクションの特産物だ。現実にはあるわけがねぇ。

しかし、しかしだ!

ならば魔法はどうなる?プログラムの生命体はどうなる?どちらも空想ではなく、現実に確固として在るんだぞ?なら神龍だって居ても不思議じゃねぇ!

 

「ヴィータ、よく気づいた!ナイス発想!!流石は鉄槌の騎士、的確に物事の急所を付いてくんな。俺ぁ今日ほどお前を可愛く思った事はねぇぞ」

「な、なんだよ突然!?お、お前にそんな事言われても嬉しくねーっつうの!」

 

とか何とか言って頬が緩んでんぞ、このツンデレ。

それにしても願い事か~。やっぱまず最初の願いは『願い事の回数を無制限にしろ』だよな。そんで次が『世界一の金持ちにしろ』だろ?さらに『極上の女をくれ』で、さらにさらに『イケメンにしろ』で、あと『永遠の命と若さ』で………おお、夢と欲が広がるぜ!!

 

「ふははははっ、こりゃ未来は薔薇色だな!よし、今日は飲むぞ。俺の素晴らしき人生とヴィータに乾杯!!」

 

─────と、そんな感じで酒を飲み続けたのが昨晩の事。

 

夜が明けた翌日。俺は早速ジュエルシードの捜索に入った……………訳がねぇ。一晩経って冷静になれたよ。

神龍?願いが何でも叶う?

ハッ、いくら何でもそりゃねーよ。ご都合過ぎ。魔法が存在するからって=何でも存在するってのは間違ってんよ。第一、もしそんなモンがあるならなのはや金髪のガキだけじゃなくて、他の魔導師も躍起になって求めるだろ。欲深ぇ大人は特によ?

ああ、やっぱねぇわ。そんなマジックアイテム。

つう訳で、結局俺はジュエルシード探索などは行わず、この日は職安へと赴いた。胡散臭いマジックアイテム探しより何とも現実的で、それ故に実りある行動だろう。結果が伴うかはさておき。

 

ちなみにシグナムが持って帰ったジュエルシードはデバイスの中に入れて保管している。持ってると色々と危険かもしれんが、もしかしたら後々使えるかもしれん。………それに本当に本物の願望機という可能性もあるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんのクソオヤジが!人が折角楽しく打ってるときに呼び出しやがってッ!」

 

俺は今、悪態をつきながら夕日が沈む空をかッ飛んでいる。

 

「30k使ってやっとART引いたっつうのに……ああ、クソッ!豚ダルマめ!!あれ、絶体天国入ってたっての!」

 

職安に行き、その後パチ屋で戦っていた時、バイト先の次長からTELがあった。内容は『人手が足りないから来い』というふざけたもの。

勿論、俺は断った。だが、俺が断ることは予測していたのだろう。次長の次の言葉がこうだった。

 

『来ないと借金5割増しで返して貰うよ?いいのかなー隼くーん?』

 

ファック!!あのメタボ野郎がぁ!

 

「いつか見てろよ、あのクソ野郎。いづれ肥溜めに突き落としてやる!」

 

先日の旅行、その旅費として次長からも金を借りてたのだ。その額は5万。………是非も無く、もう行くしかなかった。

シグナムやザフィーラを代わりに行かせるという手段は使えない。なぜなら2人とも今日は元からシフトで入っているから。

 

「ったく、最近厄介事ばかりだ。なんかここいらで一発良い事でも──────あん?」

 

愚痴を言いながらもバイト先へと急いで飛んでいた時、その飛行経路、つまりは俺の眼前に人の姿が見えた。人数は2人。どちらも女で、一人がもう一人の体を支えるようにふわふわと飛んでいる。

 

「つうか片方はあの金髪のガキじゃねぇか」

 

まだハッキリと顔を確認出来る距離じゃねぇが、それでもマントをなびかせて空飛んでる金髪とくればあのガキしかいないだろう。

案の定、顔が視認出来る距離まで来たらやっぱりあのガキだ。………と同時に俺は眉を顰めた。

 

(なんだ、あいつ具合でも悪ぃのか?)

 

一人がもう一人を支えるように飛んでいるように見えたのは間違いなく、さらに言うと支えられている金髪のガキの顔色が優れない。

そんな金髪のガキも漸く俺に気づいたようで、苦しげに顔を上げた。

てか、顔色が優れない所じゃねーぞ?ぶっちゃけ土色だ。しかも服も所々汚れてるし。

 

「はや、ぶさ……?」

 

呟くような声は絶え絶えで、息も荒かった。

 

「よぉ、久々だな。どうした、具合悪そうじゃねぇか?いや、そんな事たぁどうでもいいな。それよりそのお姉さんを紹介願えねぇか?」

 

満身創痍って感じのガキから視線を少し横にずらせば、そこには素晴らしいモノを胸部に備えた女性が。おお、実に結構なお手前で。

 

………ん?ガキの心配はしないのかって?ははは、常識的(俺>女=金>ガキ)に考えてンな事よりまずは隣の女性だろ!

少し釣り上がった目と整った顔は間違いなく美人な部類。さらに少し覗いている八重歯がまた何ともGOOD!胸部がたわわに実っているのも良し!犬耳尻尾が生えているので、多分昨夜シグナムが戦ったという使い魔なんだろうけど、美顔でボインだったら人間じゃなくても一向に構わねぇ!!

 

そんな女性は最初俺を警戒しているような目で睨んでいたが、ガキと顔見知りと分かると今度は訝しんだ目で見てきた。

 

「あんた、何モンだい?それになんでフェイトの事を………」

 

これはまた、喋り方も声もいいねぇ~。今まで周りにいないタイプだ。

つうか何よ、その服装?!胸元がバックリ開いてて谷間が俺の眼球にダイレクトアタック!お腹丸出しでキュートなおヘソがウェルカム!引き締まったヒップを包むは超ショートパンツ!しかもチャックがガバ開きで、そこから見えるのは下着であろう黒い布がこんにちは!───いやっふうううう!!

 

なんて事を頭の片隅で考えながらも俺はきちんと返答する。第一印象は大事だかんな。顔には出さんぜ!

 

「ああ、俺は鈴木隼ってもんだ。そのガキとは以前話し相手に付き合ってもらってな。言うなれば………ダチ公?いや、それも何か違ぇが、まぁ、心配するような関係じゃない」

「ダチって……あんた魔導師だろ?………ほんとかい、フェイト?」

「えっと、よく分からないけど、でも隼は善い人────っ!」

「フェイト!?」

 

顔を顰めて苦痛を示すガキ。それを見て慌てる美人さん。

どうやらガキは具合が悪いのではなく、どこか怪我をしているらしい。それもこの痛がり様から見て浅いとは思えない。手を腹や胸に当ててなく、頭や腕や脚には大きな傷らしい傷はない。とすると、たぶん背中に怪我だな。背中の怪我って地味に痛ぇんだよなー。鈍痛が続くっつうか。俺もバットでぶん殴られた事があるからよく分かる。

折角の美人姉ちゃんと親睦を深めるチャンスだが、肝心の姉ちゃんがガキの心配してばかりだからどうしようもない。

しゃーねー、俺も心配してやるか。それにまあ、知ってるガキがこんなツラしてんのは気持ち悪ぃしよ。

 

「おい、ガキ。一体なにがあったよ?大丈夫か?どっか痛むのか?ほれ、俺も肩くらい貸してやんよ」

「だ、大丈夫」

 

俺が優しさ全開で近づこうとした時、ガキは痛々しい笑みを浮かべてそう言った。それは気遣われるのが嫌で、心配させてしまうのが嫌で、気丈に遠慮しているような、そんな種類の笑み。

その何ともガキらしくない対応に少し……いや、かなりムカッとしていまう俺。思わずマジの舌打ちをしてしまう。

 

「ちっっ、ンの馬鹿ガキがァ。本当に大丈夫ならちったぁ大丈夫そうな顔して言えや。お?」

「ほ、本当に大丈夫だからっ!」

 

そこでガキは支えてくれていた姉ちゃんの手をも振り払い、脂汗伝う頬を歪めてなお綺麗な笑みを浮かべた。

それを見て、俺はさらにムカ。ムカムカ。

 

「へー、そうかい。そうかいそうかい。本当に大丈夫なんだな?」

「うん」

「…………本当にか?」

「うん」

「……………………」

「本当に、大丈夫だよ」

 

ガキに似合わない笑顔。そこが俺の我慢の限界だった。沸点低いもんで。

 

「ああ、そうかよそうかよ!だったら勝手にしろもう知るか死ねバーーカ!!」

 

俺は中指を立てた手をガキに向けた後、二人の横を抜けて飛び去る。

 

「あ、おい、ちょっと……!?」

 

背後で美人さんの声が聞こえる。いつもの俺ならすぐにでも急停止し応答するんだが、生憎とこちとらその気分じゃねー。

見たくもねーガキの我慢してる姿を見せられ、大人を気遣うガキの笑顔を向けられた。どっちか片方だけなら兎も角ありゃダメだ。たぶん、あれ以上あそこにいたらあの馬鹿ガキをぶん殴ってたわ。

あのガキ、もうちっと素直で純情なガキらしいガキだと思ってたけど、俺の検討違いだったか。意地張る事自体は良い事だけど、その張り方や場所には善し悪しあんだよ。

 

(クソほども可愛くねー意地張りやがってよぉ。ちっ!あー、胸糞わりー。忘れよ忘れよ)

 

気持ちを切り替える。

あいつも大丈夫つってたしな。我慢してるのはまる分かりだが、裏を返せば我慢出来るレベルだって事だ。それにパッと見たとこ大きな怪我もなかったしな。背中の傷なら、まぁあの使い魔が治療するだろ。顔色の割には大出血って感じでもなかったし…………まあ服が黒かったからホントのとこはどうだか────どうでもいいか。

 

(俺にゃあ関係のねー事だ)

 

あの服は多分騎士甲冑……ああ、その呼び方はウチの奴らのだけだっけ?ともあれ、という事は怪我を負った原因は魔法絡みだろうな。なら俺は関わりたくない。下手な情見せて厄介事に首突っ込むのは御免だ。ヤブつついたらヘビが出る、ってな。

もし魔法絡みじゃなくても、俺はこれからバイトがある。よって何も出来ないし、やらねぇ。俺は他人より自分の事情の方を大事にする男だ。自分優先!

 

(あんな可愛くないガキなんて知った事かっつうの)

 

ガキの痛みに歪んだ顔が脳裏を過ぎる中、俺はバイト先に真っ直ぐ飛ぶのだった。

 

………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、クソッ、クソッ、ドチクチョウが!なんで……ぬぁぁぁあああ、もう!!クソッタレの大ヴォケのイカれ野郎が!!何やってんだよ何してくれちゃってんだよ!救いようがねぇ!てかいっそ死ねえ!!!」

 

俺は今、悪態をつきながら夕日が沈んだ空をカッ飛んでいる。ただ今回悪態をつく対象は次長じゃない。それはおろか他人でもない。

………自分だ。

そう、俺自身だよ。今の俺はたぶん世界で一番のバカ野郎だ。イカれ野郎だ。これほど自分を嫌になったのはいつ以来よ?

 

「あ、あの、隼、やっぱり戻った方が。バイトっていうのがあるんだよね……」

「うるせぇ、黙れ、喋るな、舌引っこ抜いたあと口縫い付けんぞ」

「あんた、フェイトの言う通り良い奴だね!」

「うるせぇ、黙れ、喋るな、揉みしだきながら唇奪うぞ」

 

そう。

俺はあろう事かバイトをサボり、ガキの元まで戻って来たのだ。その理由は単純明快にして馬鹿な考え───『心配』だったから。

 

ハハハッ、笑えるだろ?この俺が、たかがガキが怪我したってだけで、自分の事を後回しとは。

確かに俺ぁガキや女には優しいよ?ガキらしいガキや美人な姉ちゃんだったら特にな。けど、だからって今回のこれは過剰な優しさだ。このガキの面倒見てなんか俺に得があるわけでもなし。仮に相手が夜天たちならまだ分からんでもないが、相手はまだ数度しか会ったことのないただのガキ。名前さえさっき知ったばっか。

 

自分の事ながらあり得ない。自分らしくない。確かに俺は紳士で優しいと自称しているが、これは完璧に馬鹿のする事だ。対価もなしに人助けなど。俺は慈善事業大好きなボランティアか119の人ってか?…………うわぁ、改めてマジで我ながらドン引きだよ。

 

「ああ、クソ!ホンットにツいてねぇ。厄介事のバーゲンセールだ!しかも半ば押し売り状態!」

「あの、ごめんなさい……」

「謝るくらいなら怪我すんな!俺の前に現れんな!家で大人しくゲームしてろ!いっそ人知れず死ね!」

「あぅ……」

 

背中に背負ったフェイトから漂う雰囲気は申し訳なさそうなものだが、もう俺はこれ以上優しさをあげるつもりはない。俺の半分は厳しさで出来てんだよ。…………いや、今回のこれを顧みたらもしかしたら3割くらいかも。ホント、俺ってこんな優しい男だったっけ?今なら臓器提供のカードに名前書いて自殺出来るんじゃね?

ああ、なんか自分の存在に自信なくすわ。

 

「隼って変な奴だね。優しいのか乱暴なのか」

「うるせぇよ!」

「でも良い奴だね」

「だから、うるっせーつってんだろ!そのキュートでおっきなお耳は機能してますかあああ!?もしもーーし!!」

 

つうかこの獣娘は態度変わりすぎだ。俺が戻ってくる前までは敵意までは無かったとしても警戒はしてたはずなのに、俺がフェイトの身を按じて戻ったらコレだ。

それほどまでにフェイトが大事なのかね。使い魔とその主ってのは、俺と夜天たちみたいな関係なのか?

 

それからも俺たちは適当に会話しながら、それでも飛ぶ速さは最速でフェイトの治療が出来る場所へと向かった。

そして飛ぶ事十数分。

 

「おいおい」

 

俺たちは一つのマンションの屋上へと降り立った。一体何階建てかは知らんが、部屋は確実に俺のアパートより広いだろう。外観だけ見てもリッチ感が漂っている。

そんな高級マンションだが、この中の一部屋がフェイトの治療をする場所…………つまりこいつの家だ。

 

「マジかよ……お前ら、こんないいとこに住んでんのか?」

 

外から見た印象もさることながら、中に入った時の驚きはさらに上をいった。

 

「リビングにダイニングにキッチンが完備!?おおい、ロフトまであんぞ!?部屋数は4……5か!?それにあっちは全面ガラス張り!こっちはトイレ……ってトイレ広ぇなオイ!風呂は……ジャ、ジャグジー付きじゃあ~りませんか……。お前ら、こんなとこをマジで2人だけで使ってんのか?」

「そうだよ」

 

獣娘がフェイトをソファに寝かせながら事も無げに答えた。

 

道中でこいつらが2人だけでここに住んでいるというのは聞いた。フェイトの母親はきちんと生きているが一緒には住んでいないらしい。どのような事情があるかは知らんが、詮索する気はない。厄介事や面倒事に巻き込まれたくねぇのは元より、今回のその原因となったフェイトの事情なんてこれ以上知りたくもねぇ。

 

だから、もう目の前のガキの怪我の治療という事だけに専念することにした。

 

「ええっと、包帯にティッシュに消毒液……お、赤チン。赤チン塗っても治らない~黒チンぬったら~ってか」

 

怪我の治療なんてまともにしたことねぇけど、まっ、なんとかなんだろ。本当はきちんとした病院に行ったほうがいいんだが、フェイトはそれはどうしてもダメだと抜かしやがるからな。その理由を聞いても何故か話さねぇし。

このガキ、最初はふにゃっとしてどこか天然っぽい印象だったけど、結構強情なんだよな。我慢してた件しかり。

 

「よし、ンじゃ適当に治療すっからよ。そんじゃ、まずは服脱げ」

「え!?あ、いやそれは……」

 

何故か狼狽するフェイト。

 

「怪我してんのは主に背中だろ?しかも察するに一部じゃなく広範囲だ。なら治療すんのに服は邪魔。分かったなら、オラ、脱げや」

「あ、ああの、でも、その……」

 

ガキはソファの上に寝そべりながら、気まずそうな顔でこちらを見てくる。

こりゃあれか?恥ずかちーって感じてんのか?ハッ、ガキがなに一丁前に恥ずかしがってんだか。……いや、もしかしたらこれが普通なのか?ん~、そう言えば旅行でもなのはを風呂に誘った時、あいつ恥ずかしがってたしな。……ん?でも理のやつは普通に俺と一緒に風呂に……って、あいつは見た目どおりの歳じゃねぇのか?生まれたばっかだし。

 

「わーったよ。ンじゃ、脱がなくていいから、せめて捲り上げろ」

「で、でも……あ、ならアルフにやってもら───」

「彼女には晩飯買いに行かせた。よって今居ない。て訳で、おら、いい加減観念しろや。これじゃいつまでたっても手当てが出来ねぇよ。てか、ここまで俺が心配してやってんのに駄々こねるとかナメてんのか?これ以上グズるようなら無理やりストリップさすぞ」

「あ、あの」

「はい時間切れ」

 

俺は半ば無理やりガキの服を捲った。いや、無理やりという程でもないが……それでも第三者から見たらちっとばかしヤバイ光景だろう。まぁ、室内には俺とガキだけなんでそんな心配もいらんけどよ。

 

「ったく、いらん手間取らせん───────」

 

ガキの体を見た瞬間、俺はそこから先の言葉が紡げなかった。

断っておくが、別に俺はガキの体に情欲が湧いたわけじゃねぇ。シグナムたちなら兎も角、フェイトみてーなちんちくりんな体みて誰が欲情するかよ。

 

続く言葉を紡げなかった理由、その原因は体についている傷だ。

 

「………おい、ガキ。お前、確か管理局の魔導師にやられたって言ったよな?」

「…………」

 

返答はないが、ここに来るまでに俺は確かにそう聞いた。管理局の魔導師に魔法で背中を撃たれたと。撃たれた、という事は魔法弾か砲撃が当たったという事のはず。

 

それなのに。

 

「確かにそれらしい傷もある。けどよ……それだけにしちゃあ、傷の種類が多い」

 

ガキの体には痣、擦り傷、切り傷、さらには裂傷にまで至っていたであろう傷跡もある。

そう、『傷跡』だ。明らかに以前から何かしらの暴力を受けている証。それも非殺傷設定の魔法ではなく、凶器による悪意のある力でやられているのは確実だ。でなければ、背中なんかにそう簡単にここまで傷跡や生傷はつかない。

今まで何度も喧嘩で傷を作り、現在進行形で殺傷設定の魔法を喧嘩で使用されている俺だから分かる。

 

だから喧嘩あるいは事故と言う可能性がある。もしくは前々から管理局とやりあってて、その時々で受けた傷が痕になったとかな。……だが、俺は別の可能性を口にした。

 

「ガキ、お前、虐待されてんな?」

 

そう考えると合点がいく。

母親の事を喋った時のガキと獣娘の反応も、治療するにも病院には行かないと言ったのも、俺に体を見せるのを渋るのも。

 

「ち、違う!虐待なんかじゃ……!私が母さんの期待に応えられなくて、それで!」

「暴力を受けたか」

「ち、ちがっ!?」

 

必死の顔で母を擁護するガキ。相当母親の事が好きなのだろう。しかし、その慌てようと傷ついた体を見れば真実はどうなのかなど一目瞭然。それに、おそらくやられてんのは背中だけじゃねーだろうよ。

俺はさらに追及しようとして、後ろから聞こえてきた声でその必要がなくなった。

 

「そうだよ。あいつはフェイトを虐待してるんだ」

「ア、アルフ!」

 

いつの間にか帰ってきた獣娘。その顔には怒りと悲しみが窺える。どちらの感情がどちらに向けられているかは言うまでもないだろう。

 

「別にフェイトは悪くないのに、あいつは自分の思い通りにならないとすぐにフェイトに手を上げるんだ!叩いたり、蹴ったり、今じゃ鞭なんてものまで使って……ッ!」

「アルフ……それは違うよ?悪いのは私。隼も誤解しないで。母さんはホントはとても優しいんだ」

「フェイト……」

 

ガキを見る獣娘の目には悲しみと、少しばかりの哀れみがある。……そう、本当に哀れだ。ハッ、むしろ笑えてくるぜ。

 

本当に、本当に、次から次へとよぉ。

 

「………取り合えず話は後だ。今は怪我の手当てをする方が先」

 

厄介事には関わりたくない。ガキの事情なんて知りたくは無い。

しかし、流石にこれは「どうでもいい」と言って見過ごせない。それは人として見過ごせねえんじゃねー。大人としてでもねー。

 

ただ単純にどこまでも──『俺』として。

 

 

 

 

 

 

 

全てを聞いた、のだと思う。少なくともフェイトとアルフは『自分の知っている事を全て話した』と言った。

 

俺がフェイトの傷の手当をしたので信用し、自分達の事を話したのか。それとも俺が魔法には極力関わらない、管理局なんてクソくらえな、ある種フェイト寄りの立場だと言うのを聞いて安心して話したのか。

どうであれ、俺は2人の事情を知った。そこには勿論、フェイトの母親である『プレシア・テスタロッサ』という奴の事も入っている。

 

プレシア・テスタロッサ。

 

フェイトの母親で、自身もかなり凄い魔導師。ジュエルシードを求めている理由は知らないが、アルフの弁によればその執念には鬼気迫るものがあるらしい。それどころかフェイトへの虐待(フェイト自身は最後まで否定)を考えれば、狂気さえ孕んでいるだろう。

正直に言って俺は聞かされたプレシアの人物像だけを見れば、決して嫌いな奴じゃない。寧ろ好感さえ持てた。特にその手段を選ばない、独善通り越して性悪とさえ言える性格は素晴らしい。さらに大そうな美人らしいのも良し。

きっと俺とフェイトの母親は仲良くなれるだろうし、仲良くなりたい。旦那はいないらしいんで、そのポジションに立候補したいくらいだ。ホント、文句なしだ。ああ、文句なしだ。

 

───ただ一点、その一点さえ除けばな。

 

「気に入らねぇな」

 

手段を選ばないってのはいいさ。俺もそれは大いに賛成だ。手段などどうでもいい。なんでもいい。ただ明確で最高な結果さえ残せりゃ何でもしていい。………………けどよ?超えちゃいけねぇ一線ってのは何にでもあんだろうよ。

その一線ってのは人によって各々違うだろうけどよ、少なくとも俺が俺の中で定めているそれをフェイトの母親は踏み越えている。

 

───それが気に入らない。

 

「なぁ、お前んちによ、木刀かバット、もしくは手頃なとこでチャリのチェーンはあるか?」

「え?えっと……無い、かな。何に使うの?」

 

フェイトの母親が許せない、なんていうつもりは無い。元よりそんな気持ちを抱くことなんてお門違いだ。許す、許さないなんてのは当事者同士が決めることであって、部外者である俺が決める事じゃない。

そも家庭内暴力、虐待なんてなぁこの世にゃゴマンとあるんだ。そのたった一つを見つけたからって俺がわざわざどうこうするかってーの。クソ面倒くせー。精々が児童相談所にTELしようか悩むくらいだ。

 

───ただ気に入らない。

 

「何にって、決まってんだろ。カチコミにだよ」

「「かちこみ?」」

「あーっと、魔法世界出身じゃ分からねぇか?簡単に言やぁ────」

 

これは別にフェイトの為にする訳じゃない。これは誰の為でもない、自分の為に。ただの自己満足。理由を挙げるとしたら、そう───

 

「殴り込みだよ。お前の母親んとこによ?」

 

───気に入らねぇからだ!!

 



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13

 

フェイトが住んでいるマンション、その屋上に今俺はいる。

隣にはフェイトがおり、目を瞑ってデバイス片手に先ほどから延々と訳の分からん言葉を紡いでいる。その言葉に呼応しているのか、足元のでっかい魔方陣が黄色い輝きを見せていた。

また使い魔アルフも俺の隣にいるが、彼女は特に何もせず佇んでいる。それでも強いて言うなら……ああ、素敵なボディだ。ヘソがいいね、ヘソが。こう、指を突っ込んでほじほじしたい。その時の表情を拝みたい。それくらいならかろうじて変態行為じゃないだろう。

 

ンで、最後に俺だが……って別に俺の情報なぞいらんだろ。アルフの身体を観察しながら突っ立ってるだけだし。服装はただの白ジャージ、手には木刀代わりのデバイス。

ホントならいろいろ用意したかったが、時間もなかったしな。まあこの身一つありゃ喧嘩は出来る。

 

(マトイでもありゃあ、もうちっと気合入るんだがな)

 

まっ、無いもんねだりしても始まんねぇし。それにまったく知らねぇ奴との喧嘩は久しぶりだかんな。今からムカつく奴をボコボコにしてやれると思うとそれだけでワクワクだ。昔を思い出すぜ。

 

そんな男独自の高揚感に包まれている俺に、隣のアルフが面白そうに声をかけてきた。

 

「隼ってやっぱり変な奴だよね」

「何回も聞いた。そしてその都度言ってっけど、俺は変じゃない。至ってマトモで、至って誠実な紳士君。これほどの真面目人間、どこを探したっていねぇぞ?ギネスに登録していいくらいだ」

「よく言うよ。ただ自分が喧嘩したいだけで、持ってたジュエルシードを手放すなんて」

 

そう、俺はジュエルシードを手放した。正確にはフェイトにやった。その理由は単純明快で、いわゆる交換条件ってやつだ。

 

俺はフェイトの母親がいる場所を知らない。だから手段はフェイトに案内してもらうしかない。………だが、フェイトは猛反発。

まあ、当たり前だな。誰が好き好んで自分の母親の所に殴りこみに行くっていう男を案内する?さらに言うと虐待されているだろうフェイトだが、それでも母親は大好きらしい。そんなマザコンが暴力男を案内する事なんてまず無い。

 

だが、俺は一度やると決めたらやる男だ!

確かにジュエルシードを手放すのは少々惜しいが、持ってても使い道わかんねぇ。なら俺の欲を満たすために有効活用するべきだ。

案内してもらう代わりに、俺の持っているジュエルシードを渡す。ホントなら交換条件なんてしねーで一方的に言うこと聞かせるとこだが……まあ今回は大目にみてやっといた。

 

最初フェイトは俺がジュエルシードを持っていた事に驚き、次にどうするか悩んだ。

母親に危害を加えようとする男を連れて行っていいものか、でも隼だし、それにジュエルシードは欲しいし─────ってな具合に。

最終的には、こうやって屋上で転移魔法を発動させようとしている事からも分かる通り許可が降りたのだった。

 

『分かった分かった。ンじゃ、話し合いだけにすっから』

 

といって最後に納得させた訳だが、勿論そんなのは嘘。カチコミする気満々。デバイスを揚々とす振りする。

フェイトはそんな俺の行動を訝しんでいたが、俺は「なに、ワープ?空間転移?するための準備体操だよ」的な事を言って誤魔化しておいた。それで誤魔化されてくれるフェイトは純粋なのか天然なのかアホなのか。

 

ともあれ、これですべては整った。あとは…………

 

「開け、誘いの扉。テスタロッサの主の下へ!」

 

喧嘩だ、喧嘩!

フェイトの親だからって加減しねぇ。最低でも1発、最高でグチャグチャにしてやる!管理局とか魔法関係とかバイトとかその他諸々とか、今は知った事か!

 

俺は俺のやりたいようにやる!自分の欲を満たす事が最優先だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動した先でまず思った事は『辛気臭ぇ』だった。

周りに広がる景色は一言で言うと暗い。黒ってか紫ってかそんな感じで。空間っつうの?それもなんか歪んでんしよ。まず地球じゃお目にかかれない光景だ。

ただ、その中で地球にもありそうな建造物が一つある。おそらくあそこに母親がいるんだろうが……。

 

「…………なんちゅう豪邸だよ、オイ」

 

つうか、もうこれ城みたいな?俺みたいな貧乏人への当て付けか?

また喧嘩する理由が増えた。

 

「金持ちは死ねばいい」

 

フェイトのマンションといい、この実家といい………もうなんかね、やるせねぇよ。ホント、死ねよ。あ~あ、この世にいる金持ち全員死なねぇかな。ついでにイケメンも絶滅しねぇかな。後者は特に。

やっぱいるとこにはいるんだなぁ、勝ち組。美人で金持ちで魔導師としても有能とか……あー、早く殴りてー。

 

「隼、どうしたの?」

「なんで機嫌悪いのさ?」

 

俺の剣呑な雰囲気を読み取って怪訝な顔をする二人だが、生憎と俺の機嫌は邸内に入った後も尚急降下。

上に目を向けてみれば、なんか高そうな電灯(シャンデリア?)。

下に目を向けてみれば、なんか高そうな石畳(大理石?)。

周りに目を向けてみれば、なんかよく分からん絵画やら壷やら。

これがザ・金持ちという光景だ、と言わんばかりの目障りさ。

 

(ちっ……忌々しい)

 

金持ちってのはどうしてこう自己顕示欲ってのが強いのかね?

帰る時、なんかその辺にある高そうな物ガメて帰ろ。

 

「あの、隼………」

「ん?なんだよ?」

「………ホントに母さんに暴力振るわないよね?」

 

不安そうな顔でそう言うフェイト

ここに来る前にあれだけ「危害は加えない」と言っておいたのに。心配性というか、優しすぎるというか、相変わらずというか。

 

「大丈夫っつたろ?お前の母親なんだ、話せば分かってくれるだろ。マジで暴力沙汰にはならねぇよ。まあ口論くらいにはなるだろうけどな」

「そっか……うん、それならいいんだ」

 

そう言って笑顔で納得するフェイト。

なんだろうな、こいつ見てるとヴィータや理の異質さがよく分かるよ。そうだよな、ガキってのはこういうふうに素直じゃねーとな。

汚ぇ大人が汚ぇ事考えてようとも、そんなの察せずにただ言われた事に納得しておく。それが良くも悪くもガキってもんよ。最初はそんなもん。大人の考えや背中見て追々学んでくもんだ。そして、そこから善し悪しを選び抜いた時、自分も大人になれるってもんよ。

 

(だから、まあせいぜい見とけや。これが汚ぇ大人ってやつだ。こうはなるなよ?)

 

そんな思いと共に体操のお兄さん顔負けのナイススマイルを浮かべて、汚い大人代表である俺はフェイトに案内を促した。

フェイトは今度こそ安心したのか、しっかりとした足取りで奥に向かって進む。その背後に続く形で俺は黒い笑みを、アルフは複雑な表情を浮かべながら歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな反面教師的俺が無垢な子供と綺麗な姉ちゃんを連れて歩く事数分…………つうか数分ってなんだよ!?家の中歩くのになんで分単位かかるんだ!?ああっ、ホント忌々しい!!

………話が逸れたな。兎に角、数分後、俺たちは一つの扉の前で立ち止まった。

俺がフェイトに頼んだ案内先は母親の部屋……つまりはこの扉の奥の部屋にバイオレンス・ママが居るって訳だ。

 

「さて、じゃあお前のママとお話(物理)してくるわ」

 

と、俺が部屋に入ろうとすると、後からフェイトが付いて来ようとしたので軽くチョップして止める。

 

「い、いたいよ、隼……」

「ココから先はR18のディ~プな世界だ。お子ちゃまはここまで。犬も入っちゃ駄目な。下手すると発情期に移行しちまうからよ?」

「R18?」

「ハツジョーキ?」

「分からなくていいから、さっさと消えろ。自室に戻っとけ。そうだな……15分くらいで『お話』は終わるだろうから、それくらいたったらまたココに来いや」

 

そう言って二人の背中を押し、どこかに行くよう促す俺。

それに対しフェイトもアルフも渋々ながら背を向けて廊下の先へと消えていった。

 

それを見届けた後、俺はポケットからタバコを取り出し火をつけ一吸い。改めてフェイトやアルフがいない事を確認。

 

「さーてと」

 

扉を前に左脚を前に出し、軽く前傾姿勢。出した脚を軸足として身体をを半回転。宙に浮かせていた右足で思いっきり扉をノックする。力加減は、まあいつもヴィータや理を蹴るくらいのもので。

 

「ちわ~、カチコミでーす。────暴力をお届けに参りましたぁぁああ!!!」

 

俺の乱暴なノックで蝶番が壊れてすっ飛んでいく扉。

 

ところで。

 

魔法やら理の残虐さで忘れがちかもしれないが、一応俺も力自慢、力に物を言わせるタイプだ。昔は睡眠より性欲より飯より喧嘩だコラァな感じで生活してた。喧嘩で負った傷を喧嘩で癒してた。週に七日は血流してた(相手の)。負け知らずと言っても過言じゃねー。

実際、こうやってワンパンならぬワンキックで扉ぶっ壊すとか中々出来ねぇよ?これ、結構すごい事よ?普通の人、足痛めるだけよ?…………だつうのによ。

 

(……そんな俺とタメ張るロリーズはどんだけだよ)

 

ヴィータに理、改めてあいつら滅茶苦茶だな。喧嘩ン時はいつもこんくらいの勢いで蹴り入れてんのに、即座に殴り返したり撃ち返したりしてきやがるし。頑丈な奴らだ。そして返って来たアイゼンや砲撃に耐える俺も我ながら頑丈だ。

 

閑話休題。

 

ともあれ、俺は意気揚々と中に一歩踏み込んだ。

その部屋もまた大きなモノだった。まるで俺のアパートの一室が豚小屋に成り下がるくらいの、それくらい大きな部屋。

一方でとても殺風景な部屋だ。まず目に入ったのが大きな机と大きな椅子。そしてその椅子にこちらに背を向けて座る女性。………それだけ。

『まず』とは言ったが、もうそれ以上目に入るものが無い。それほどの殺風景さだ。

 

(辛気臭ぇ部屋だな。……見たとこあれがフェイトの母親か)

 

この広い部屋に人は女性が一人。間違いなくあれがフェイトの母親だろう。

俺が部屋に入ったのは分かっているだろうに、そいつは未だ無関心にこちらに背を向け椅子に座っている。

 

つうかシカトこいてんじゃねぇぞ?フェイトママ、第一印象は最悪な女だな。

 

「よォ、人様が訪ねて来てんのになにシカトぶっこいて─────」

 

俺は文句をいいながら一歩踏み出し、2歩目を踏み出そうとした所で、その歩みと文句の言葉が止まった。

ふいに俺の視界の隅に紫色の光が入ったからだ。─────同時に俺の視界がブレ、また次の瞬間には体が吹き飛んだ。それはもう人間ピンポンボール。ジャックポットってか?

 

「んどぅヴァッッ!?!?」

 

一回転、二回転、三回転。

景色が流れ、体が床に叩き付けられ痛みが襲い、頭はそれを上回る激痛が奔っている。この痛みはアイゼンでぶん殴られた時、あるいはルシフェリオンの魔法弾を受けた時のそれと同等だ。

これつまり。

 

(俺、攻撃された?)

 

それに思い立った瞬間、俺の体は壁に叩き付けられた。そしてそのまま壁際で体を横たえる羽目になった。

 

「あの出来損ないの人形、一体どういうつもりなのかしら。満足に仕事もこなせないどころか、こんなゴミをこの庭園に招き入れるなんて」

 

そんな淡々として冷たい声が、床に身を横たえた俺の耳に入ってきた。その声の聞こえる方に何とか目を向けてみれば、そこには先ほどまで椅子に座りこちらに背を向けていたはずの女性が立ち、俺を無様とでも言いたげに見下していた。

俺はその態度が気に入らず、すぐさま立ち上がり────しかし、膝立ちがやっとだ。

 

体イテェ!頭イテェ!つうかなんか頭から血がダクダク出ちまってんじゃねーか!?

 

「ふん、今ので気を失わないなんて。頑丈なゴミ……というよりしぶとい虫ね。鬱陶しい」

 

そう言ってまた一つの魔力弾を浮かべた。その目には慈悲も何もなく、ただ文字通りゴミか虫を処理するような、そんな無感情さが窺える。

そんな視線を向けられ、今にも魔力弾を撃ってきそうな女に俺は恐怖で身が震えた────訳がねぇ。

 

「………あ゛ぁん?!今、なんつったよ。おおコラ?」

 

この俺をゴミ?虫?……上等だよ、このクソババァ。ああ、上等だ。

俺は痛む体と滴り落ちる血を無視し、立ち上がった。ここで立たなかったら俺じゃねぇ!

 

「まだ立てる元気もあるのね」

 

ババァは少し意外だったのか、眉を寄せ不快感を示した。

 

「ハッ!あんなちょっせぇ攻撃が効くかよ。生憎とこちとら殺傷設定の魔法にゃ死ぬ一歩手前ほどまで慣れてんだよ」

 

勿論、効いていない訳がない。鼻血程度なら兎も角、流石にここまで流血したのは久しぶりだ。ビールの瓶で頭カチ割られた時以来か?まあ頭のケガは出血はハデだが実際はそこまでじゃねーから問題なし。

俺は余裕を表すようにタバコを出して火をつけ、ババァに向けてぷはぁ~と景気良く吹かす。

それを見てまたババァの眉根に皺が寄った。

 

「………不愉快ね」

「おいおい、そりゃ俺の台詞だ」

 

こっちからカチコミしにきといてこのザマだ。まさかいきなりこんな上等かまされるとは思いもしなかったかんな。

不愉快っつうより無様だ。

 

「ハァ、俺もヤキが回ったかな。最近、本気喧嘩なんてしてなかったかんなぁ。うちの奴らともマジでヤルがベクトルがちょい違うし。しかも、その相手が女って事でどこか油断も────」

 

と、そこで俺はある重大な事に気づいた。いつもは一目見て気づくであろうくらいの重大な事に。

 

(あれ?このババァ、極上じゃね?)

 

何が、と言うまでも無いとは思う。特にどこが、と言うまでもないとは思う。

 

(いや、まあフェイトの母親ってことで予想はしてたし、実際どんな感じかも二人から聞いてたけど……けどそれ以上に美人じゃんよ)

 

フェイトとは違い黒く長い髪。気の強そうな顔立ちで可愛いという要素はないが、代わりに美という要素がてんこ盛り。少々小ジワがあるが、まあ目立つ程じゃねえ。

服装もこれまたヤバイ。センスの悪い黒マントは兎も角、その下に着ているドレスっぽいワンピースだが、そのデザインがなんとまあ素晴らしい事。胸元ガバ空き、谷間モロ見え。しかもデケえ。下腹部もパックリ空いてるし、股間のラインもドレスのくせにバッチシ分かる。

 

……んっん~。

 

(いつもだったら鼻息荒くして小躍りしてんだけどなぁ……やっぱ今はそこまでじゃねーや。完璧テンションのギアが別のとこ入ってっし)

 

まあしかしそれでも。

 

「喜べ、ババァ。俺ぁ少しだけ愉快になったぞ。これであんたにグチャグチャな未来は訪れない。ぶん殴ってはやるがな」

「……威勢のいい虫ね。でも賢くない」

 

そう言うとババァは浮かべていた魔力弾を俺に向けて放った。

俺も日頃伊達でヴィータと喧嘩している訳ではない。不意打ちなら兎も角、ただ真っ直ぐ飛んでくる魔力弾など避けるのは容易い。

 

そう思っていたんだが……。

 

「ぎょべッ!?」

 

現実は厳しい。

俺の腹に魔力弾が当たり、めり込み、爆ぜた。そしてまた壁に激突。咥えていたタバコが落ち、滴った血で火が消えた。

 

「ゴホッ……あ~あ、タバコが。勿体無ぇ、いつもは根元まで吸うっつうのに。ぶん殴った後で1カートン買わせてやる」

 

見当違いの事を呟きながらも、心中ではちょっと驚いていた。

出鱈目な魔力弾だ。

威力は耐えられないほどじゃない。ヴィータのラケーテンでの突進や理のディザスターによる砲撃に比べたら屁だ。しかし問題はその速度。とても放たれてから避けられるモンじゃない。200kmくらい出てんじゃね?

 

「美人に責められるってのも悪かぁないが、俺もどっちかってとSだかんな。いや、たとえSじゃなくても今回はダメだ。もうね、いろいろダメダメだ。言いたい事分かる?」

「虫の言いたい事が分かるとでも?」

「さらに上等だよ。いいか?俺ぁな、キてんだよ。それも相当。そもそもここに来る前から………フェイトにお前が何をしているか聞いた時からよぉ」

「……ふふ、そういう事。虫かと思っていたけど、どうやら正義のヒーロー気取りの偽善者だったようね」

 

ババァの顔に笑みが浮かぶ。ただそれは見ていて気持ちいいモンじゃない。なんとも腹の立つ笑みだ。

対する俺も同じように笑って返す。

ついでにここに来て3本目のタバコに着火。あ~あ、節約してんのによ。でもしゃあねーわな、ムカつくとどうもすぐ手が伸びちまう。

 

「ぷぅ~──。そんな大層なモンじゃねぇが……まぁ、似たようなモンに見えるよな。こっちとしてはただ気に入らねーってのが理由だけど、周りから見たら『善い奴』に映るんだろうよ」

 

傍から見てる奴にとって、正義を行ってる奴の動機はいらない。純粋でも不純でもいい。結局最後に残るのは行ったあとの結果とそれがどう見られるか。

つまり今回は、虐待されているガキのために怒る正義感溢れる男、バイオレンスママに天誅。……事情を知らない奴が傍から今の俺を見ればこう結論付けるだろうよ。

 

うぼえっ、自分的にはマジ反吐が出る。

 

「ただ気に入らない?」

 

ババアも単純に俺をそう思っていたようだ。が、こちらの返答を聞いて訝しむ。

そう、ただ気に入らねーんだ。今の俺にはそれしかない。そして、何が気に入らねーのか。それは──。

 

「『子供は子供らしく在れ』、それをあんたはさせてやれていない」

 

ただ、その思いだけ。

これは子供だけの問題じゃない。子供らしく振舞えるようにさせてやるのは親の義務。

虐待されているガキがガキらしいとは思えない。よしんば今はガキらしくても、いずれどこかで歪んじまう。

 

「子供が自分の意思で子供らしくしないのは……まあ、それも気に食わねぇがまだいいさ。だがな、親の行いでそう在れないのは俺は気に入らん」

「……ふ、ふふ、あははは!」

 

俺のここに来た理由を聞いてババアはさも愉快そうに笑い出す。ンだよ、マジむかつくな。綺麗な顔してる分、笑い方も様になってて余計腹立つ。

 

「あまり笑わせないで頂戴。何だかんだ言って、結局は私があの出来損ないにしてる仕打ちが許せないだけじゃない。偽善を行うのに回りくどい理由を付けるなんて、そこまでいくと偽善じゃなく偽悪ね。悪を装って注目されるのが趣味なのかしら?」

 

……ん?あれ?そうなるのか?……いやいや、何か違うんだよ。そう言う事じゃないんだよ。クソ、俺、あんま口で説明すんの上手くねーんだよ。

 

「いや、違くてよ。つまり虐待は別にしていいんだよ。実際、世界じゃ何万人もガキが虐待されてるわけで、それを俺は全部助けたいわけじゃねーし。むしろ面倒だし」

「……は?」

 

呆けるババアを尻目に俺は考える。

そうだ、虐待ってのを論点にしたいわけじゃねーんだ。いや、確かに虐待が良いか悪いかで言えば悪いに決まってんけど、そこに俺の感情がどうこう言ってるわけじゃなく。

 

「虐待はして良くて、ただそれを俺に分からせるなっつうか……あー、つまり虐待してるガキを俺の前に出すなって話だ。知り合いにさせんなっての。ちゃんとフェイトに言い聞かせとけよ、どんな奴相手にも秘密にしとけとか、現地じゃ他人に関わるなとかよ」

「…………」

「手ぬるいんだよ。きちんと調教完了させてから送り出せや。ったく、そのせいで俺を不機嫌MAXにさせやがって。それかフェイトみたいな可愛いガキじゃなく、不細工で可愛げの欠片もない生意気なガキ使えや。それかただの男。だったらガン無視決め込んでんのによぉ。むしろ一緒にボコボコにしてやってんぜ」

「…………………」

 

フェイトはここ最近知り合ったガキの中じゃあダントツで好きなガキだからな。なのはよりも、すずかよりも、アリサよりも。まあ顔を合わせてる回数がフェイトが一番だからってこともあるが。…………ヴィータ?理?論外。

 

「だから、ちょいさっきの言葉訂正。ガキはガキらしく在れ……だたし、俺の知ってる可愛いガキ限定。あとの見ず知らずのガキの事のなぞは知ったことか。そこまで心広くねーんだよ。いくらでも虐待されてろ」

 

言って自分でも改めて納得。

そう、今回のように俺の知ってるガキが虐待受けてガキらしくなれてないのがムカついたんだ。ムカついたってか、気分悪ぃ。これが仮にダチから「隣の家、子供虐待してるっぽいけど、どうしよう?」なんて相談された場合、俺はきっとこう返すだろう…………「んな事よりお前の奢りで飲みに行かね?」と。

 

「…………………なんて、でたらめな男」

 

唖然とした表情になってこちらを見やるババア。そんなババアに対してでたらめ男である俺は続ける。

 

「まあ、ぶっちゃけここに来たらその理由もちょっとどうでもよくなったんだけどな。フェイトを虐待?もう知らんがな」

「……は?……は??……いえ、ちょっと待って??」

 

確かにここに来るまでは義憤紛いの気持ちが僅かだがあったかもしれない。

『親のせいでガキらしく振る舞えてないのが気に入らない』と思うと同時に『こんな可愛いガキを虐待すんな』とも思っていた。

正義のヒーロー、偽善、偽悪と見られてもまあ納得だ。

フェイトへの虐待が許せない。フェイトが可哀想。助けてやりたい。

もしかしたら、そう思っていたかもしれない。他人の事情に憤りを感じていたのかもしれない。…………この部屋に入る前までは。

 

「つまりな、そんな事よりもいっとうデケえ問題がここに来て浮上したわけよ」

 

俺は吸っていたタバコを吐き捨てる。そして獰猛に笑いながら右手の人差し指で自分の頭を指す。

 

「ヤってくれやがったよな?」

 

フェイトへの虐待……そんな他人の事情なんかよりも何よりもデッケえ問題。

 

「俺があんたに喧嘩を売った。そしてあんたはそれに応えて上等くれた。今、この場ではそれが全てだ」

 

確かにフェイトのようなガキは大好きだ。このババアのような美人は大好きだ。

フェイトをガキらしく過ごさせていないこのババアが嫌いだ。美人の女を殴るのは忍びない。

 

───そんなものはもう遥か彼方。

 

「俺に喧嘩売った奴は殺す。俺が喧嘩売った奴は殺す。ヤられたら俺の気の済むまでヤり返す。だから俺はあんたをブチのめす」

 

何度も言ってんだろ?この世で一番大事で、可愛くて、優先すべきは『自分自身』だって。

そんな俺に向かって上等くれやがった。頭はぱっくりザクロっちまった。ピーチクパーチク講釈たれやがった。

 

な?許せねーだろ?

 

「多少可愛かろうとも、ガキの事情など知った事か。今、俺はテメエにやられてムカついてる。ぶん殴りたい。それが俺の今ある気持ちで、何よりも優先すべき事だ。それ以上のモンはここにねーし、それ未満のモンは後回しだ」

「─────」

 

ババァは誰でも見て分かるくらいの大きな変化を顔に浮かべた。それが呆れなのか、驚きなのか、惚れたのか、それともその全部なのかまでは分からんが。…………3つ目はねぇか。

 

「本気……で言ってるようね。何の恥も外聞もなく、後ろめたさもない。自分を最上位に置いて欲を優先し、意思を優先し、望みを優先する」

「世間ではそんな奴らを利己主義、エゴイズムなんて言ってやがるが、人間一皮剥けば誰もがそんなモンだ。だが大抵の奴は人目や常識を気にして、一生を皮被りの包茎で過ごす。……ハッ!俺ぁそんなの御免だ。被ってたまるか、ズル剥けだっつうの。俺が俺として生きて何が悪い?言うなれば俺は究極の正直者なんだよ」

 

なんて似非カッコイイ事言ってみるが、俺だって突き詰めていけばただの人。人の目を気にする事もあれば常識でモノを考えることだってある。

だが、それでもその他大勢の包茎共と比べたらとびきりの自己中野郎だろう。

 

「偽善でも偽悪でもなく、そもそも善悪すらどうでもいいみたいね。自分のする事が善行だろうが悪行だろうが、それがやりたい事ならやる」

「まっ、そういう感じだ。善悪の判断が付かない程ガキじゃねーが、それに従う程出来た大人でもねーんでな」

「一番タチの悪い馬鹿ね。社会不適合者……いえ、どちらかというと社会病質者かしら?」

「誰が犯罪者予備軍だコラ。てか、テメエの事棚に上げてよく言うぜ」

 

俺には分かる。こいつも俺と同じ、極上の自分勝手野郎だと。その証拠にババァから返ってきたのは意味深な笑み。

 

「面白い男ね。あなた、名前は?」

「鈴木隼。ハヤブサ・スズキって言った方がいいか?」

「そう。……スズキ、今すぐこの庭園を出て行くなら殺さないであげるわ」

「人様の顔を血まみれにしておいて調子ぶっこいてんじゃねぇぞ?テメェこそ今すぐ泣いて詫び入れりゃあ、殴るの止めて鼻エンピツ2本で勘弁してやんよ。もしくはこの豪邸と金寄こせ」

 

俺とババァはそこでお互い小さく声を出して笑った。さも愉快そうに、さも不愉快そうに。

 

「そう、じゃあ────」

「おう、だからよぉ────」

 

ババァは持っていた杖を構え、背後に数えるのが面倒な程の魔力弾を出した。

俺は首や手をポキポキと鳴らしたあと、デバイスを出して肩に担いで佇む。

 

そして………。

 

「「死ね!」」

 

お互いがSだと結局こうなるんだよな。

 



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14

 

目の前に映る光景は今まで見た事もないものだった。

黒い弾、弾、弾、弾、弾─────弾幕。

俺ぁいつから幻想郷に足を踏み入れたんだ?弾幕ごっこなんてする気はねぇぞ。仮にする気が起きたとしても、それは相手による。例えば紅とか、八雲主従とか、西行寺とか、八意とか、上白沢とか、風見とか、八坂とか、霊烏路とか、星熊とか、聖とか。だから目の前にいるババア、プレシア・テスタロッサ、テメエは駄目だ。

あのサドい目で弾を撃ちまくり、俺に当たるたびに愉悦の形に歪む唇。

 

絶体ぇ許さん!グチャグチャにしてやる!しこたま殴り倒した後、金目のものガメて意気揚々と見下してやる!

 

……と、まぁ、そうやって憤慨はするものの、現実は厳しいもんだ。それはもう常日頃から感じているようにな。

キレて潜在能力が開花、戦いに勝利………なんてのはフィクションの中だけでありえるご都合だ。実力が明白なら、結果も当然分かりきったものになるのは必然。怒った程度で喧嘩に勝てるなら苦労しない。

 

────ああ、そうだよ。つまり俺ぁボコボコにされちまったんだよ!クソッタレ!!

 

避けても当たる、避けないでも当たる。

あの魔力弾の物量と速度はありえない。避ける場所も時間もない。それに防御魔法も無理。夜天から習ってねぇし。

 

まさか俺が『フルボッコ』という状態を味わう事になるとは思いもしなかったぜ。壁にぶち当たるわ、床に叩き付けられるわ、天井まで打ち上げられるわ、もう散々。ホント、ここまで喧嘩出来てねーのは初めてだ。結局最後は廊下にぶっ飛ばされ、そこで俺の意識は断ち切れたんだよなぁ。

てか、情けねえ。あれだけ前口上しといてこの結果とか、我ながらマジ笑えるわ。

 

(………で、ここ何処よ?)

 

目覚めれば俺は殺風景な部屋、そこにあるベッドの上にいた。

現状がよく分からないが、取り合えずここは定番の「知らない天井だ……」という台詞を言う絶好の機会だろう。

では────

 

「知───ハがッ!?」

 

言おうとして失敗した。口の中に激痛が奔ったからだ。確実に切れてる。それも相当に。

つうかよく見りゃ体も包帯だらけで、鈍痛を感じる。

頭の上から足の先まで至る所が痛い。正直、泣き叫びたいほどに。

 

だが、生憎とそんな事はしない。この傷が事故かなんかで出来たモノだったなら、迷わず泣き喚いていただろうが、コレはそうじゃない。

 

(……あんのクソババァ!)

 

俺に上等かまし、俺にこんな傷を作りやがったババァ。プレシア・テスタロッサ。

自分の傷の具合なんかよりも、まず俺はあいつに完膚なきまでにヤられた事に腹が立った。そして見逃されたことにも。

 

(あの年増がぁっ!ああ、むかつく!!)

 

何がむかつくって、一番むかつくのは女にここまでヤられた自分自身がむかつく!つうか情けない。……………俺、こんなに弱かったか?

 

(────ハッ!ふざけろよ)

 

俺が弱い?いやいや、そりゃ在り得ねぇよ。いくら何でもそりゃあ無ぇ。

 

確かに俺はババァにヤられた。だが、誰かにヤられたってのは今回だけに限ったことじゃねぇ。今までだって何度かヤられたことはある。だが、最終的に勝ったのはいつも俺だ。

そう、喧嘩ってのは最後に勝てばいいんだよ。どれだけヤられてもそこで折れず、最後の最後でグゥの音も出さないほど叩きのめしゃあいい。血と涙と鼻水を垂れ流れさせて「ごめんなさい」と相手に言わせたほうが勝ち。諦めた時が本当の負けだ。

 

(俺はそんなヘタレじゃねぇ!)

 

ヤられたら気の済むまでヤり返す!それが俺だ!!

このままじゃ終わんねぇぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなババァへの迸る情熱で胸の内が一杯だった俺だが、ふと我に返ればまだここがどこだか分からない事に気づく。

 

「俺んちじゃあねーな。てか、こんなちゃんとした部屋がうちのボロアパートの一室にあったら驚きだ」

 

口の中の痛みに慣れるため、俺は声に出して現状を確認。

 

だいたい6畳の小さな部屋。あるのは俺が今横たわっているベッドと机、そしてその上にスタンドライト一つ。あとは閉まっているクローゼットがあるだけ。

総合すると酷く寂しい部屋だ。なんてか、生活臭がない。普通、部屋ってなぁ個人の趣味やら趣向やらで多少は変わるもんだが、この部屋はたぶん契約当初のままなんだろうよ。ザ・殺風景。

 

……ただ一つだけ、そんな中でも分かる事はある。

 

「ここ、女の部屋じゃねぇか?」

 

それに思い当たった理由はただ一つ───俺の入っているベッドから女特有の良い匂いが漂っているから。

こう、なんてーの?すごくフローラルみたいな?淡いミルクみたいな?ムラムラみたいな?

 

「………よし」

 

一人で一度頷き、布団の中に潜り込む。体の痛みは無視だ。

すると必然、視界は閉ざされその分嗅覚が敏感になる。この何とも言えないにほいに身体が包まれる。…………次の瞬間、俺は肺一杯に空気を吸い込んだ。

 

「スーハー、スーハー、スーハー!!」

 

残り香、最高!!!

……あん?変態?違ぇよ。言ったろ?正直者なんだよ!主に欲望にな!!………まぁ、流石にやっちゃならねぇ事はしねぇよ?無理ヤりとかさ。でもこんくらいは誰でもやるだろ?寧ろ俺は積極的に嗅ぐ!!

 

と、そんな男の下品な本心丸出しな俺の耳に扉の開く音が聞こえた。それに反応し、潜っていた布団の中から顔を出せば、扉の傍には俺の見知ったガキの顔が。

 

「あ?フェイト?」

「は、隼……」

 

呆然と、まるで幽霊でも見たかのように呆けているフェイト。

なるほど、フェイトがいるって事はここはフェイトの実家かマンションだろう。そして部屋の作りから見てここは多分後者。

ああ、そういや初めてこのマンション入ったとき、この部屋も見たような気がするわ。視点が違ったんで気付かなかったが──………いやおい待て。

 

(す、するってぇと何かい?このベッドの持ち主はフェイトって事?そしたらこの素晴らしく感じた残り香も自ずと?)

 

………なんてこったぁぁぁぁ!

つまり俺ぁ乳臭ぇガキの匂いに興奮しちまったって事か!?痛ぇ、いろいろ痛ぇぞ俺!

いや、まだだ!まだアルフの寝床という可能性も!

 

(って、枕にガッツリ金髪ついてんじゃねーかぁぁああ!!)

 

俺は布団をベッドから蹴り落とすと意気消沈して縁に腰掛けた。

 

「最悪だよ……この馬鹿フェイト。お前なぁ、ちゃんと毎日洗濯しろよ。天日干ししろよ。ならこんな乳臭ぇ残り香なんて嗅がずに────」

「隼ッ!」

 

乳臭フェイトは人の話を最後まで聞かず、俺の名を叫びながらゆっくりと駆けて来やがった。瞳が潤み、顔が微笑みな事からガキがどういう心境なのかが手に取るように分かる。

要は嬉しいのだろう。大怪我して気を失っていた俺が目覚めた事が。

 

相変わらずなんとも純粋なガキだ。ここまで来ると微笑ましくさえある。だがな?俺ぁ凹凸もないガキに抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇんだよ。第一、俺は今全身怪我だらけ。そんな状態で抱きつかれた日にゃあお前、ガキだろうと思わずマジで殴り倒しちまうぞ?アルフだったらバッチシ受け取めてやんがよ。

 

て訳で、俺は突っ込んでくるフェイトの顔に枕を投げ、その暴挙を止めた。

 

「わぷっ!?」

「落ち着け、馬鹿ガキ。なに怪我人に飛びつこうとしてんだよ」

「あぅ……だって隼苦しそうに寝てて、でもやっと目が覚めて、それで嬉しくて……」

「心配だったってか?ふん、ガキはテメェの心配だけしてりゃいいんだよ。ましてや俺を心配するなんて何様だ?俺ぁ誰かに心配されるような弱いタマじゃねぇぞ」

「…………」

 

怪我の痛みによるせいか、それともババァにヤられた為のフラストレーションによるせいか、はたまたガキの匂いに興奮しちまった情けなさからか、俺の言葉は少し辛らつなものになってしまった。その為、ガキは落ち着きはしたが今度は目に見えて落ち込んじまった。

 

そんなガキを見て流石の俺もなけなしの良心がちっとばかし軋む。

 

誰彼構わず八つ当たりする俺だが、しかし今回の相手はフェイトだ。身体に巻かれた包帯を見るに、おそらく俺の体の治療をしてくれたのはこいつだ。さらに自分のベッドにまで寝かせ、看病までしてくれたのだろう。

そんな恩人とも言えるガキに八つ当たりするのは大人的にも俺的にも情けない。……こんな善人思考する事もちょっとだけ情けねーけど。

 

「ちっ、どうもお前相手だと調子狂うな………おいフェイト」

「?」

 

俺はフェイトを手招きして傍に来させ、その頭を乱暴に撫でた。

 

「ンなしょげた顔すんな、ガキはガキらしく笑ってろ。それが俺には一番の薬になる。それとこの怪我の手当て、サンキューな」

「う、うんっ!」

 

つっても、本心を言えば一番の薬は美女か金なんだけどよ。

兎も角、このままいつまでも寝ている訳にはいかない。目が覚めて、意思があり、体が動くなら後は行動────俺を虚仮にしくさったクソババァへのリベンジあるのみだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてババァへのリベンジを決め込もうと意気込む俺だが、そう簡単にいかないのが世の中の常。

まず最初に噛み付いてきたのがフェイト。

俺を今すぐもう一回実家連れて行けつったら猛反発。

 

『隼、母さんに暴力振らないって言ったのに!』とか『こんな大怪我してるのに動いちゃダメだよ!』とか。

 

兎に角、ぎゃあぎゃあと喧しいのなんのって。

 

俺も最初は穏便に説得しようとしたさ。直球で『頼む、もう一度連れて行ってくれ』とか、搦め手で『お前の母さんに御呼ばれされたんだ』とか言ってよ?

けど、それでもガキは首を縦に振らなかった。この俺が下手に出てるってのにだぞ?つう訳で、結局最後は『連れてかなきゃ管理局にお前の居場所チクる。ついでに怪我しない程度にイジメてやるぞ?』つって半ば脅す形でなんとか了承を得た。

 

そんで一難去ってまた一難。次に噛み付いてきたのが夜天以下6名の偽家族。

 

ガキに聞いた所によると、何でも俺がババァの所に行ってから、このガキのマンションに戻って目が覚めるまで丸一日掛かったらしい。つまり俺は無断外泊したことになる。

ロリーズは兎も角、過保護とも言える夜天やシグナムは確実に心配していることだろう。彼女らの事だから昨日たぶん念話もしてきたんだろうが、生憎とガキの実家は圏外。こっちに帰ってきてからは寝てたし。

 

俺も喧嘩が出来る事に夢中で、昨日はあいつらに連絡すんの忘れてた。なので俺は改めて夜天たち全員に念話を繋いだんだが、そこからが色々と凄かった。

 

『主、今何処にいるのですか!?』とか『局に捕まったのですか!?』とか『御身体は大丈夫ですか!?』とか『バイト、クビになっちゃいましたよ!?』とか。

 

バイトの件はまぁ予想通りだったが、彼女らの心配振りは俺の予想以上だった。そのあまりの慌てぶりに俺も思わず正直に自分の状態を皆に伝えた………伝えてしまったんだ。喧嘩の事も、結構な怪我をしてしまった事も。

 

『そ、そんなっ!?い、いいいい今、今すぐ御傍に行きます!す、すぐに!』とは夜天。

『申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにッ……ああっ、なんて事!!』とはシグナム。

『ハ、ハヤちゃん、今何処にいるの!?す、すぐに治しますから!それまで死なないで!!』とはシャマル。

『御傍に居なかったとはいえ、主に怪我を負わせてしまうとは………くっ、なにが守護獣だ!』とはザフィーラ。

 

もう何つうかよ、こうまで心配されると逆に恥ずい。……ああ、いや、それはいい。心配してくれるだけならまだいい。

俺のさらに予想外だったのがロリーズの反応だ。てっきりいつもの毒舌や罵詈雑言が返ってくると思っていたが、ところがドッコイだった。

 

『お前に怪我負わせた奴、お前に痛い思いさせた奴、ソイツどこに居んだ?………ぶっ殺してやるから。お前を傷つける奴なんて、あたしがキッチリ尽くぶっ殺してやっからよ?』とはヴィータ。

『斬死、轢死、圧死、爆死、頓死……主を害したモノにそんな選択権すら与えません。爪を一つずつ剥がし、指を一本ずつ折り、四肢を切り抜き、耳を切り取り、鼻を削ぎ、歯を砕き、髪を毟り、目を抉り、臓物を搔き出し、首を捻じ切る。本人はもちろん親族友人知人に至るまで────殺します』とは理。

 

とまぁ、このように2人はブチギレだった。これが冗談で言ってるなら笑い話で済むが、2人の口調から見て大真面目。「俺の心配するなんて意外な反応だな~」とか「お前らと喧嘩した後の方が、毎回とは言わないまでも重傷なんだけど」とか軽く突っ込めないテンションだった。

 

『まぁ、落ち着けよお前ら。怪我したつっても動けないほどじゃねぇしよ。それにこれは俺の喧嘩だ。外野が手ェ出すなんて、そんな無粋な事すんなよ?て訳で、そっちにはまだ帰れねぇから。今からまたリベンジかますんでな。お前らは家で大人しくしてろ。なーに、明日か明後日には帰るからよ』

 

夜天たちは勿論大反対したが、俺はここぞとばかりに主権を行使して無理やり言う事を聞かせた。

帰ったらうるさそうだが、それもしょうがない。

 

しかし、さてこれでガキと夜天たちには話が付いた。という訳で、俺はさっそくリベンジに行こうとしたわけだが………その直前、またしてもそこで一つの問題が挙がった。いや、それは問題が挙がったというより、大変な事に気づいたというのが正確か。

 

何が大変なのか………それは俺の持ち物だ。俺はババァに喧嘩売ったとき、ポケットの中にある物を入れていた。そして俺はその状態で喧嘩をし、フルボッコにされた。体はボロボロなのは今更言うまでもないが、ならポケットの中に入れていた物はどうなる?

無傷で済むはずがなかった。

 

「お、おおおおお俺のiPhoneとiPodがぁぁぁぁぁあああああっっっ!?!?」

 

機種変してまだ数ヶ月しか経っていない最新機種。何千曲も入っていたiPod。それがコナゴナ。

見るも無残とはこの事だ。普通に泣ける。

 

「あ、あの隼?」

「どうしたのさ?」

 

事の重大さが分かっておらず、ただ俺の様子を訝しんでいるガキと犬。まぁ、妥当な反応だとは思う。俺だってこれが他人の事なら同情するどころか笑い飛ばしているだろう。だが、今回は生憎と自分事。

笑う?……無理。

泣く?……涙出ない。

怒る?……これしかない。

 

「…………よぉ、フェイト~」

「は、はい!」

 

俺のドスの効いた声と怒り心頭な表情にびびるフェイト。

ガキを無闇に怯えさすのは趣味じゃねぇが、今はそんな些細な事をいちいち気に出来るほどの余裕が無い。

こちとら、もうすでに軽く沸点超えてんだよ。

 

「さっさとお前んち行くぞ」

「え、あ、でも、もう少し……せめて後1日ゆっくり休んで、それにご飯とかもちゃんと食べてから───」

「あ゛ぁん!?」

「や、やっぱりすぐに行った方がいいよね!」

 

厄介事覚悟で喧嘩ふっかけたっつうのにボコられ、さらには物的被害。俺のプライドと体とお財布が大打撃だ。

こりゃもう一発殴るだけじゃ済ませねぇぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして漸くやってきた約1日ぶりのフェイトの実家。そこは相変わらずの豪邸ぶりだった。

改めて見るにこれはもう貧乏人に喧嘩売ってるレベルだな。いっその事俺の全力魔法で吹っ飛ばしてやろうかとさえ思ってくる。てかマジで破壊してやろうか?勿論、その前に金目の物は頂いて。

 

(って、俺ぁなにガチ犯罪者な考えしてんだ………)

 

我ながらあまりにも思考が物騒過ぎる。怒りがヒートし過ぎて冷静な判断が出来ていないのだろうか?

確かに悪い考えじゃないが、そりゃ流石に実行出来ない。いくら俺がちょっとだけ、ほーんのちょっとだけ悪い奴なのだとしても、家を破壊したり、人様の物を盗むなんてそんな……………。

 

「隼、壷なんて布に包んでどうするの?」

「ん?いや、こりゃ磨いてんだよ」

「じゃ、なんでそれを背負うのさ?」

「帰ってもっと綺麗にしてやろうと思ってな」

 

壷と……お、あの絵もなんか高そうだな。あっちのちっさい絨毯も中々良さそうだ。

そんな風に物を吟味する俺をガキは『?』な顔で見つめている。一方アルフは呆れ顔で俺の傍に寄り、ガキに聞こえないよう耳打ちしていきた。

 

「あんた、盗む気マンマンじゃないか」

「治療費と慰謝料だ」

「ハァ………どうでもいいけど、フェイトの前であんまり悪い事して幻滅させないでおくれよ?フェイト、隼の事尊敬っていうか、気に入ってるみたいだから」

「はァ?ンだよ、そりゃ?」

 

俺を尊敬?気に入る?

確かに俺ぁガキには優しいが、フェイトにそんな面はあんま見せてないと思うんだけど?嘘ついて母親に喧嘩売ったし、キツイ言葉も投げかけたし………どう転んでも尊敬されたり気に入られたりされる俺じゃないだろ。

 

「そんな訳ねーだろ?お前の思い違いだ」

「そうかね?少なくともフェイトはよく笑うようになったよ?隼と話している時は特に」

「ハッ!ガキなんてほっといても笑うもんさ」

「他の子なんて知らない。────フェイトはほとんど笑わなかった」

「…………」

「だから、そこだけは感謝してるよ」

 

まっ、確かに親から虐待されてたらそうなっちまうかも知んねぇけど、だからってそこで俺が持ち上げられてもなー。

俺はそんな上等な男じゃない。尊敬やら何やら、そんな崇高なもんとは程遠い男よ?いや、まあ昔の後輩やら舎弟的な奴らには尊敬されてたかもだけど、それはねぇ……ベクトルが違うだろうし。

だから、少なくともガキの心のケアなんて、そんな繊細な事は出来ない。それでもアルフが感じたように、フェイトがよく笑うようになったと言うなら、それは良い事だ。そうなった理由はどうでもいい。ガキは笑ってナンボだ。

 

「まっ、お前がどう思おうと勝手だ。そしてフェイトがどう思っていようと勝手だ。ただ俺は俺の思うようにやる、それだけ。そこに他の奴の思いなんていらんし、関係ない」

「………ははっ!どこまでも自分勝手な男だね、隼は。よくそんな性格で生きてこれたもんだよ。でも、大きくて自由な男だ。あんたみたいな雄と番(つがい)になったら毎日飽きないだろうね」

 

なんて事をカラカラと笑いながら言うアルフ。

褒めてんだか貶してんだか……てか半分以上貶してるよな。こいつとは会ってまだ数日なのにこの評価とか。良い言い方すりゃあ好意的ってかフレンドリーなんだろうけど、これ普通に舐められてね?

 

「テメエは何様ですか?身体的に馴れ馴れしいのはカモンだけど、言葉の馴れ馴れしさは頂けねーぞワンコロ」

「きゃんっ!?ちょ、いきなり尻尾握るなっていうか引っ張るな痛い痛い!?!?」

「はははっ、お前みたいな奴のウィークポイントはうちの犬のお陰で知り尽くしてんだよ。次は鼻の頭を……ぶぼっ!?」

 

乱暴に振り払われた。正確には裏拳で頬をぶん殴られて吹っ飛ばされた。

 

「ってーな!何すんだ!」

「そりゃこっちのセリフだよ!」

 

油断した。いつも同じようにイジってるザフィーラは反撃なんてしてこなくされるがままだったからな。

 

「だ、大丈夫、隼?!」

「フェイト、そんな奴心配するだけ損だよ」

「ア、アルフ!そんな事言っちゃダメだよ!それに隼は怪我してるんだから……」

 

ぶっ飛ばされた先にいたフェイトに助け起こされながら、俺は殴られた頬を押さえながらワザとらしく痛がってみせる。

 

「イタタタッ!あー、こりゃ歯が30本くらい消し飛んだわ。あと顎の骨も折れたわ。ついでに足の指の爪も欠けたわ。こりゃ使い魔の主であるフェイトの責任だな。治療費で10万な」

「え、あの……」

「それが無理なら殴られた箇所を舐めて治してもらうしかないなぁアルフ」

「べぇっ、誰が舐めるか。舌が腐る」

 

アルフ、マジで俺の事舐めてね?言葉通りの意味じゃなくてさ。フェイトの事で感謝してるとか言いながらこの態度。

プレシアとの喧嘩が終わったら、ちょっとこいつとも話し合いが必要だな。

 

「覚えてろよアルフ。俺への一発は高ぇぞ?」

「出来る限り忘れておくよ」

 

ふん、まあ今はアルフよりもババア優先だし、今はその可愛いツラとおっぱいとヘソとヒップに免じて見逃してやんよ。

さて、ンじゃ遊んでないでさっさと行くと……ん?

 

「んだよ、フェイト」

 

歩き出そうとした時、右腕のに違和感があった。見ればフェイトが何か言いたげな顔で俺の服の袖をつまんでいる。

ややあって口を開いた。

 

「わ、私、舐めるよ?」

「あ?」

 

何が?

 

「えっと、私の舌でもいいかな?隼の……舐めて」

「…………」

 

うん、まあ何が言いたいのかは分かった。何がしたいのかも察せる。……ただちょっとだけ言葉が足りないな。このセリフだけ抜き出したら、ちょっとだけ誤解が生まれそうだ。たぶん、今のセリフを録音してソレ系の画像と合わせて某動画サイトにアップすればランキングが狙えるな。

とりあえず良かったな、俺がロリコンじゃなくて。そして良かった、ここに夜天たちがいなくて。

 

俺はため息を一つ吐いてコツンとフェイトの頭を叩く。

 

「チュッパチャップスでも舐めてろ」

 

どうやらババアとは拳の語らいだけじゃなく口の語らいも必要だな。議題はフェイトの教育について。知り合って少ししか経ってない男を舐める言うなっつうの。

きちんと小学校行かせて情操教育させなきゃダメだろ。

 

(って、なんで俺がガキのあれこれで頭働かせにゃならんのよ)

 

俺はもう一度深くため息を吐くと、まだ何か言いたげなフェイトとアルフを置き去りにして歩き出したのだった。

 

とりあえず、うん、もう何も考えず喧嘩したい。

 



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15

前投稿から約2ヶ月……かなり間が空いてしまい、お待ちくださっていた方には申し訳ない限りです。
ただ仕事の関係で今後も遅々とした更新速度になりそうです。重ねて申し訳ありません。


 

薄暗い廊下を軽く茶番やらを挟んだりして駄弁りながら歩く事数分、俺たちは一日ぶりにババァへの部屋へと繋がっている扉へとやってきた。

 

(おー、蹴り壊してやったはずの扉がもう直ってんよ)

 

存在感グンバツなでっかい扉が綺麗な状態でお出迎え。

プレシアが直したのか?やっぱ魔法でだよな?魔法ってそんな事も出来んのな。……まさか手作業じゃあるめぇ。ランニングシャツにピンクのぼんたん履いてトンカチ片手にえいこらさっさ?ボクの彼女もとい喧嘩相手はガテン系?俺にNTR属性はない。

 

と、まぁ、それはさておき。

 

「さってと、これから楽しい楽しいパーティータイムなわけだが…………なあ、お前マジでついて来んの?」

「うん」

 

 

そう言って頑なに首を縦に振るのはガテン系魔導師ママの娘フェイト。

ここに来るまでに、俺はガキに今回もまた部屋に戻っているよう言ったのだが、ガキの答えはNO。母親が心配だ、俺が心配だとか言ってずっと傍にいるとかぬかしやがったのだ。

俺は何回か説得したのだが、もう聞きやしねぇ。それなら口で言っても分からねぇなら行動、軽く拳骨をくれてやったんだが、それでも答えはNO。

 

ガキの聞き分けの無さは知ってるが、中でもフェイトは取り分け頑固モンのようだ。とりわけ母親が絡むと極上に。

 

「ちっ………もう勝手にしろ。けど一つだけ言っとくぞ?手出しすんな、口出しすんな、大人しく黙って見てろ。仮にお前が口出ししても無視するし、手出しして邪魔しようモンなら例えお前でも容赦しねぇかんな」

「……私は──」

「返答はいらん。お前の意見なんてどうでもいい。ただ、今の忠告を覚えときゃあいい」

 

 

道中、俺はガキに事の経緯……つまり俺が何故こんなに怪我を負ったのかを教えておいた。そして今回またここに来た理由も。

ガキは全てを聞き、驚き、怒り、悲しんだが、だからと言って俺の意思は変わらん。喧嘩あるのみ。

そんな俺の意思を察したのか、ガキはいろいろ言っては来たが止めはしなかった。ただ、上記のように頑なに『ついて行く』という意思を示しただけ。

 

「さてと、ンじゃそろそろヤっか」

 

何か言いたそうなガキは無視し、俺は写本と杖を出した。

 

いつもの俺ならここで扉をぶち破って突貫するんだが、それじゃあ前回の焼き増しで面白くない。それにこのままいけば、この後の展開までも前回の焼き増しになってしまうだろう。それじゃあダメだ。もうフルボッコは御免だ。

てな訳で、俺は一つ考えたわけよ。前回何がダメだったのか。弱い強い以前に喧嘩にすりゃなってなかった原因はなにか。

そして思いついたのが……。

 

(防御力ってヤツだな、うん)

 

本当にそうか?というツッコミはご遠慮願う。そもそもデキの悪い頭じゃあそれくらいしか思い浮かばねーんだよ。

 

前回、俺がフルボッコにされてしまったのは一重に自分の頑丈さの無さだ、きっと。

例え魔力弾が当たろうと、そこで止まらず、退かず、前進出来ていれば絶対に殴れた。だから今回はそれを踏まえ、自身の防御力を上げる。

それには一体どう言う手段を講じればいいのか。

 

答えは、夜天に一つだけ教えてもらっていた。今までやったことはなかったし、必要ないと思っていたが、何か魔導師なら普通に持つようなモン。チュートリアルの最初の方に出てくるような魔法みたいな?

 

(そう、騎士甲冑っつうやつよ!)

 

作り方は至って単純。ただ服装を頭の中で思い描きゃいいだけらしい。あとのサイズだとかはデバイスが勝手にやってくれるらしい。ついでに甲冑つっても別にゴテゴテのフルアーマーみたいじゃなくていいらしい。実際は不可視のバリアだったかフィールドだかが防御してくれるらしい。もちろん、金属プレートつきなら防御もあがるらしい。

……らしいらしいしか言ってねーけど、我ながら本当に大丈夫か?まあ作って着て喧嘩してみりゃ分かるか。

それに、まあぶっちゃけ防御力とかそっちは割とどうでもいい。いや、防御力は確かに欲しいけど、もし変わんなくても今から思い描くものを着る事に意味があるってこと。

 

(さて、じゃあさっそく思い描いて、そして…………)

 

待つことしばし。

 

(…………………………あれ?)

 

変わんない?なんで?聞いてた話とちゃいますよ?思い描いたらあとはデバイスが勝手にやってくれるって……あ、騎士甲冑着たいから頼んますってのをデバイスに伝えなきゃダメなんか?……どうやって伝えんの?

 

よし、困ったときの先輩魔導師。

 

「なあ、フェイト」

「なに?」

「騎士甲冑着たいんだけど、それどうやってデバイスに伝えんの?」

「騎士甲冑?」

「あー、言い方違うんだっけ?えーっと、バリアジャンパーだっけ?」

「?……あ、バリアジャケットの事?え、隼、もしかしてバリアジャケット作った事ないの?!ま、魔導師だよね?」

 

おい、なんだその常識知らずに驚いたかのような反応は。ついでにアルフも、珍獣を見るような目をやめろ。珍獣見たいなら鏡見ろ。

とりあえずフェイトの頬とアルフの耳を抓った。

 

「い、いひゃいよ」

「いたたた!」

「別に魔導師じゃねーよ。ただの魔法が使えるカッコイイお兄さんだ。どうでもいいから四の五の言わず教えろ」

 

二人から手を離し、反撃を試みようとするアルフをあしらいながらフェイトに促す。

 

「えっと、最初は頭の中でイメージを思い描きながら゛セットアップ゛って言えばいいと思う。2回目からはそのバリアジャケットがデバイスに登録されるはずだから、次からは魔力をデバイスに通すだけで展開出来るよ」

 

なるほど、つまりセットアップって言葉が足りなかったわけだ。

セットアップ?英語だよな?確か俺のや夜天たちの魔法って主流の魔法体系と違うって聞いたけど……確かベルカだっけ?それって英語で通じるのか?あいつらのデバイス名とかドイツ語っぽいけど?いや、そもそもうちの奴らもフェイトもプレシアも日本語喋ってるよな?そう考えると日本語でもイケるんじゃね?

……いや、待て。もしかしたら前提そのものが違うのかも。俺が日本語と思って話してるのは、魔法世界人から見たら現地語の一部。そして地球で言う英語もその一部に加わってて、つまり魔法世界は日本語と英語が交わった言語で構成されてて、だからこの場合セットアップという言葉も俺にとっては英語だが魔法世界にとっては日本語にもなってでも英語であり共通語であり、いや待てじゃあドイツ語風味な言葉はいったいどこに─────………………。

 

そして俺は考えるのを止めた。

 

「セェェエエッットアアアアアップ!!」

 

その言葉とともに自分が白い光に包まれて、そして数秒後、俺の姿は様変わりしていた。

靴はつま先が鉄製になっているモノに。ズボンは黒いデニムから白いダボダボした横幅のあるハイウエストに。上半身は服が無くなり裸だが腹から胸下にかけてサラシが巻かれ、その上に裾が長く白いコートのような上着を。

 

騎士甲冑というにはあまりにも鉄要素がなく、頑丈さの欠片もない服装。しかし、これが、これこそが俺の一番の、ここぞという時の喧嘩スタイル。ある意味、古き良き日本の伝統とも言える、つまりは─────特攻服。暴走族ファッション。

 

「ん~、やっぱマトイはいいわぁ。気合が入んぜ!!」

 

マトイの背中部分、その中央には大きな剣十字の文様。腕の部分には片方に『天上天下唯我独尊』、もう一方には『血の徒花咲かす。我、夜天の主也』の文字。そして長くなびく裾部分には夜天達騎士の名前が刺繍されている。ついでに言うと今は魔導師状態なので、背中にはチャーミングな黒い翼が一対。

 

まさしく俺の思い描いた通りのデキだった。もう負ける気がしねぇ!

 

「うわっ、なんだかスゴイね」

「派手なバリアジャケットだね~」

 

驚く二人を尻目に俺は至って満足顔。やっぱ本気喧嘩する時はこうじゃねぇとな。マトイの有無で気合の入りようが違う。

………まぁ、でも少しだけ考えてしまう事もある。それはこの歳になってマトイを着て喧嘩しようとしている俺自身。いい大人が何してんだ、と思わなくもない。きっとダチに見られたら『うわ、おま、その年でまだその格好するとか、ある意味勇者だわ』とバカ笑いされるだろう。

 

(まっ、それもどうでもいい事か)

 

気持ち高ぶる格好が出来て、心躍る喧嘩が出来る。

男にとって『女』と『金』と『喧嘩』ってのは、いくら年食っても欲するモンだ。少なくとも俺は。

 

「うっし、準備万全。ンじゃ、まずは─────ド派手な挨拶かましてやっか?」

 

杖を天に掲げ目を瞑り、書から魔力を引き出し、さらに自分の中の魔力を練り上げる。放つは自身が使える中でも最強の魔法。

と言っても、夜天とユニゾンしていない状態では完全なモンなんて出来ない。さらに言うと、例えユニゾンしていたとしても威力は理の『ルシフェリオン・ブレイカー』の数分の一だろう。

 

魔導師としては俺ぁヘッポコだかんな。

 

「ちょっ、隼!?」

「い、いきなり何しようと……!?」

「うっせぇぞ?集中してんだから話しかけんな」

 

ただ、いくらヘッポコだろうと俺の中での最強魔法。目の前の扉はおろか、その先の部屋までぶち抜く自信はある。魔力はかなり持ってかれるだろうけど、喧嘩は拳でやるから無問題!!

 

「こん前は部屋に入った早々上等かまされたかんなぁ………今度ぁこっちの番だ!」

「ま、待って、隼────」

 

今回は俺から上等くれてやんよォ!!!

 

「響け、終焉の笛─────ラグナロクッ(極弱)!!!」

 

前面に展開された大きな三角形の魔方陣、そこから放たれる白い魔砲撃。それに伴う衝撃と光が周囲を包み、そして次の瞬間には大きな破壊音が木霊す。

すべてが収まった時、俺の眼前の光景は一変していた。扉はコナゴナ、破片が散らばりホコリが舞う。フェイトとアルフは目を回していた。

 

「おお、派手に模様替えしてしまった。流石の俺もここまで人んち壊したのは初めてだなぁ」

 

少しやりすぎた感はあるが、いい先制パンチにはなっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズキ……まさか……」

「よぅ、プレシア・テスタロッサ。超会いたかったぜ、オイ。会いたくて会いたくて震えて君を想う程遠くに感じちゃいそうだったからよ、勝手に来ちまったぜ。ああ、ちゃんと手土産もある。文字通り『手』土産……いや、この場合『拳』土産か?まぁ遠慮せず受け取ってくれや」

 

一歩足を踏み入れた部屋は先の砲撃によりこれまた凄惨な有様になっていた。特に酷いのはラグナロクが通ったその直線上。床がひび割れ、抉れ、吹き飛んでいる。さらに向こう側の壁にはデッカイ大穴。

 

この部屋で唯一無事なのは、部屋の主であるババァのみ。咄嗟に防御魔法でも使ったか?

ただそのババァも呆然自失。まぁ、そりゃそうだろう。いきなり部屋が吹き飛び、さらにそれを行ったのは昨日立てない程痛めつけた相手とくれば呆けない方がおかしい。

 

「───驚いた、本当に驚いたわ。あなたの性格ならいづれはまた来るだろうとは思ってたけど、まさか翌日とはね。……その体でよく動けるものね、骨の1本くらいイッてるはずよ?」

 

忌々しさと愉快さと可笑しさと驚きを会わせた顔でババァは俺を見て言った。その様子からどうやら大怪我負った俺が即日ここに来たのが本当に意外だったのだろう。その証拠に俺の奇襲やそれによる部屋の有様はまるで気にしている様子が無い。ついでに言うと俺の隣にいるフェイトとアルフの事もガン無視だ。

 

………あれ?てか、俺骨折してんのか?………そう言えばさっきくしゃみした時はやたら胸部が痛かったような?ついでに何か呼吸もし難いんだよなぁ。

 

「え!?隼、骨折してるの!?」

「ホントかい!?」

 

そう言って声を上げたのは隣にいるフェイトとアルフ。

喧しいな。だから俺を心配すんなっつうの。たかだか骨の1本や2本どうって事ねーよ。喧嘩してやられりゃあどっかが壊れるのは当たり前だろ。

 

つうわけで俺は鬱陶しい2人を無視し、ババァへと言葉を返す。

 

「なんだ、心配してくれんのか?だったら10発ほど殴らせてくれ。そして治療費よこせ。なら大人しく帰ってやっからよ?」

「……まったく、本当にどうしようもない男ね。ここまで来ると怒りや呆れを通り越して賞賛に値するわ」

「賞賛すんなら言葉より物的なモンくれや。金とか宝石とか株とか土地とか」

「相変わらずふざけた事を。せっかく見逃してあげた命を無駄にする愚鈍の相手は疲れるわね」

 

デバイスを出しながら忌々しそうに呟く。その表情はやれやれと言わんばかりに言葉通りの疲労の色が見えた。ていうか本当に顔色が悪い。

 

「ちょっと運動しただけでもうお疲れか?貧弱なやつだ。それとも寄る年波には勝てんってか?持つ杖の

種類変えたほうがいいんじゃね?それかいっそのこと墓場直行してろや老害」

「そうね、確かに誰かさんがすぐに気絶する体たらくだったから、本当にちょっと運動しただけだったわね。最近の若者は根性がないとか聞くけれど、まさしくその通りだったわね」

 

お互い毒のある皮肉のやり取り。まぁ前口上的な事はこんくらいでいいだろ。てか、これくらいにしとかないとストレスがマッハで溜まってくぜ。

つうわけで、取り敢えず俺は持っていた杖と古本を全力でババアに向かってぶん投げた。

 

「っ!?」

 

ババアは俺の突然な行動に驚きはしたが、冷静に防御魔法を展開。難なく防ぐ。

まぁ、俺も当たるとは思っていない。ただこれは今から喧嘩するぞっていう、いわば切欠だ。

 

「さてさてお喋りタイム終了だ。こっからはぶっ殺タ~イム」

 

そう言って俺は威嚇するように指の骨をポキポキと鳴らす。

それに応えるようにババアの顔も一転した。

 

「懲りない男ね。それに魔導師のクセにデバイスを投げるなんて、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとはね」

「いらねぇよ、そんな棒に本。俺はこの拳と、そしてコレがあれば十分」

 

拳を掲げ、次いでマトイを見せつける。

 

「前回との違いはバリアジャケット一つ。それだけでどうにかなるとでも思っているの?だとしたら本当の馬鹿よ?」

 

ババアは侮蔑の笑みを浮かべた。それはそうだろう。バリアジャケットといっても、それは防御力が少しだけ上がる程度の性能。相手との力の差が実力伯仲なら兎も角、ババアと俺の実力差は明白。たとえバリアジャケットを纏っても、それだけで勝敗が変わるほどじゃない。

 

────俺がそこいらにいる普通の魔導師だったらな。

 

「分かっちゃねぇな。前とは決定的な違いがあんだよ」

「なに?」

 

俺は身を翻し、ババアに背を向けた。マトイに刻まれている文字を見せるため。

 

「───背負ってんだよ。俺は夜天に咲き誇る花をよ。これで負けられるか?無様晒せるか?もしそうなったら下のモンに示しつかねぇだろ」

 

あいつらの事は今でも好きじゃない。嫌いってわけでもないが、それでも厄介な奴らだ。でも俺は一度あいつらに『夜天の主になる』と言った。なら、やっぱ背負ってやんねぇとな。

 

「これ着てハンパなんて出来ねぇ。『覚悟』……マトイってなぁそういうモンの表れなんだよ」

 

今時ファッションでこんなモンは着ない。さっきも思ったようにこの歳で着るなんて恥以外の何物でもない。

それでも、昔からこれが俺の『覚悟』の証。これこそが俺の原点。

 

「ついでテメエ、勘違いしてんぜ」

「勘違い?」

「おう。俺はよ、ここに『魔法戦』をしに来たわけじゃねぇんだよ。ましてや『魔導師』でもねぇ」

 

騎士甲冑による防御アップは言ってみればただの付加価値。オマケ。ただ、マトイであればいい。それによる『覚悟』と、この『拳』があれば十分。

だって俺はよぉ────

 

「俺はな、『喧嘩』をしに来た『鈴木隼』なんだよ!」

 

言い終わらぬうちに俺は駆けた。目指すは勿論ババア、その横っ面をぶん殴る!

 

さあ、喧嘩だ喧嘩ァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦い』という行為に関して、日本人はどれほどの知識を持っている?そして、その知識をどれほど実践出来る?

知識なら、まぁ結構の奴らが持っているかと思う。テレビ、漫画、映画……今のご時勢、『戦闘物』『アクション』というジャンルなど腐るほど溢れているんだからな。

しかし、それを実践出来る奴がいるかというとまず居ない。魔法戦というフィクション特有の戦闘は勿論、白兵戦と呼ばれる肉弾戦だって、出来る奴など日本ではそうそう居ねーだろうよ。自衛隊員や武道に携わっている人だって怪しいもんだ。ましてや一般人なら皆無と言っていいだろう。

俺とて例外じゃねー。

戦争も経験していない、ただのフリーターの俺が戦闘行為?その場の空気で臨機応変に対応?戦略を立てる?

ハッ!出来る訳ねーじゃん。一般人の俺がいくら背伸びして『戦い』をしようたって、そう成るわけがない。

 

で、あるからして。

 

俺は俺のやり方でやるしかない。今まで何度も行ってきて慣れ親しんでいた、俺を含め多くの一般人が経験しているであろう、日常的戦闘行為……『喧嘩』。

それには知識もいらない。考えもいらない。戦略もいらない。経験さえ、もしかしたらいらないのかもしれない。

ただ、敵に向かって進み、相手を打ち倒す体と、それを成せる根性があればいい。

 

だから、俺は愚直に駆けた。なんの策も無く、ただ一直線に最短の距離を。一刻も早くババアを殴り倒したいから。

 

「前と同じね。馬鹿のように、ただ真っ直ぐ突っ込んで来るなんて。学習する知能もないのかしら?………ああ、そう言えばあなたは馬鹿だったわね」

 

何とも腹のたつババアの言葉。

奴はため息を一つ吐くと、なんの動作もなく人の頭2つ分くらいの大きさの魔法弾を5つ出した。明らかに前の時より大きい。俺の騎士甲冑の防御力を考慮したのだろう。そういう考えが、やっぱ俺とは違い『戦闘者』だ。

 

「『覚悟』なんてご大層な事を言った所で、現実は変わらない事を知るがいいわ」

 

その言葉が引き金になって放たれた5つの魔法弾。次の瞬間にはもう視界にはその魔法弾しか見えなくなった。

狙われた場所は顔、両肩、両足。

避けるという考え、防御するという考えが浮かぶ前に被弾。

 

「本当に馬鹿な男。一体なにを考えて────」

「ナンボのもんぢゃぁぁぁああああ!!!」

「!?」

 

ババアが驚きの表情を浮かべた。そりゃそうだろう。前は魔法弾5つも食らえばぶっ倒れていた俺だ。今回もまた、そうなるだろうと思っていたんだろう。

だが、結果は真逆。

両肩はふざける程痛ぇし、両足も今すぐ座りたいほど痛ぇ。顔なんてもう豪快に血だらけ。額は割れ、口は切れ、鼻血がドバドバ。

 

それでも今回は止まらなかった。

 

激痛には心の中で大泣きし、表面上では歯を食いしばって耐える。

結果、驚きで硬直したババアとの距離は約4mまで縮まった。そして3mまで来た時、漸くババア迎撃の動きを見せたがもう遅い。

俺は走る勢いそのままに前方に跳躍。ライダーキックも真っ青なとび蹴りをかます。

 

「くっ!」

 

ババアは迎撃は間に合わないと正しく判断、杖を盾にしるように前に掲げた。

俺はその盾代わりの杖ごとババアの胸にケリを入れる。足の裏に硬い杖とその向こう側にある柔らかい胸の感触が伝わった。

 

「ぐ、はっ……!!」

 

藁のように数m転がるババア。それを心配するようにガキが「母さん!!」とか叫んでいるが、俺はそんな声をBGMに爽快感を感じていた。

ようやく一矢報えた!

 

「おら、どうしたよ。大魔導師様がそんな無様に転がっちゃってよ?油断大敵って言葉知ってか?」

「う、くっ……やってくれるわね。まさかアレで止まらないなんて」

 

ババアがよろよろと立ち上がるのを、俺はポケットからタバコを出して火をつけながら、余裕綽々の態度で見ている。追撃?ンな事ぁしない。した方が効率的なのは分かってるが、喧嘩は効率考えてするもんじゃねえ。

今はただ俺を虚仮にしくさったババアを余裕な態度で見下してドヤ顔を決める。

 

「へいへいどうした?足が生まれたての小鹿ちゃんのようにプルプルしてんぞー。動物モノマネ選手権で一等賞狙いですかー?ぷぷぷ、マジウケる」

 

ワロスとかwwwが語尾につきそうな感じで挑発する。そんな俺の態度に軽く引きつった笑みを浮かべたババアだが、それも少し、今度はニヤリと擬音が付きそうな顔になり、呟く。

 

「愚鈍」

「あん?……げぺっ!?」

 

瞬間、頭上からの魔力弾に気付かなかった俺はその場に倒れ伏すハメになった。

 

「あら、どうしたの?カエルのような声を上げて地面に這いつくばるなんて。ゴミクズ以下の存在がいくらカエルの真似してもカエルにはなれないわよ?身の程を弁えたら?」

「……上~等~」

 

腹の立つ笑みとドヤ顔をされ返され、俺の中の何かがプッツン。

先ほどラグナロクによって抉れた床、その破片が傍に落ちていたので掴み上げぶん投げた。

 

「小賢しい」

 

ババアは張ったバリアでそれを難なく防ぐが、俺もそれは承知の上なので構わず続けて破片を投げ続ける。

バリアだって耐久値?みたいなのがあるだろ多分。だから壊れるまでぶん投げちゃるわ!

 

そんな俺のある意味ヤケになったような行動にババアは呆れたような表情になった。

 

「馬鹿の一つ覚えね。馬鹿馬鹿馬鹿……ハァ、人生で一個人に向けて短期間でこれほど馬鹿と言ったのはあなたが初めてよ。光栄に思いなさい、この『誉れ馬鹿』」

 

ムカッ♪

 

「ははは…………ぶっ殺す」

 

破片を投げるのをやめる。視界にあるひとつのモノを映る。それは椅子だ。ババアが座っていただろう椅子。ラグナロクの衝撃で吹っ飛んだのであろう、床の素材を引っ付けたまま転がっていた。大きい。重量もかなりありそうだ。

……よし。

 

「ふんぬぁぁぁあああ!」

 

渾身の力を込めて持ち上げ、その椅子を盾にするようにババアに向けながら走った。椅子のせいでババアの顔を見えないが、きっと目を丸くして慌てている事だろう。その証拠に盾にした椅子に魔法弾が当たった衝撃が伝わる。が、そんなもんじゃこの重厚な椅子は壊しきれねえし、止まらねえ。

俺はラグビーよろしく、タックルするようにババアに突っ込んだ。

 

「ちぃっ!」

 

ババアの張ったバリアと椅子が衝突、破砕音が響いた。それはバリアが壊れた音ではなく、残念ながら椅子の方が壊れた音。

ただそれでも流石に椅子の重量と俺の体重を乗せたタックルの衝撃は大きかったらしく、ババアが数メートル後ろに飛んでいくのが見えた。

 

「まったく!デタラメにも程が───」

 

今度は余裕を見せない。今度はきっちし追撃。

俺はタックルの勢いそのままに走り、ババアが態勢を立て直してバリアを張り直すよりも前に、あるいは魔法弾を作り出すよりも前に接近。左手でババアのガバ開き胸元の襟部分を掴み、左足でババアの右足を縫い付けるように踏みつけた。

 

「つ~かま~えた~」

「!?」

 

これで動けない。逃げられない。逃がさない。

俺は握り込んだ右拳を大きく後ろに振りかぶる。その間にもババアはどうにか離れようと杖でこちらの頭や胴を殴打してくるが、そんなモンじゃあ離さない。頬が切れようが鼻血が出ようが離さない。

 

さあ、俺のゲンコツを痛ぇぞ?

 

「歯ァ食いしばれや!!!」

 

俺は掴んでいた左手を離すと同時に後ろへ引き、それに反比例して右拳をババアの頬目掛け突き刺した。瞬間、バリアや杖に当たった時のような感触じゃなく、肉と骨を殴り抜いたとき特有の、あの懐かしい感触が拳に伝わる。

あとに残ったのはえも言えぬ快感と足の下にあるババアが履いていたヒールの片方。本人は数メートル先にすっ飛んでいた。

 

「ッッしゃおらああ!どうだこのクソボケ腐れババア!この俺に上等ぶっこくからそうなんだよ!!」

 

直角に立てた右腕に左手を添え、右拳から中指を一本だけ突き出し、鼻やら額やらから流れ落ちる血を無視して言った。

よほど効いたのかババアは荒い息を吐きながら身体を起こす。ただ足にきたのか、立ち上がるまではいけないようで、片膝片手を床につけて俺を見上げるように睨みあげきた。その頬はかなり赤くなっており、また口の端と鼻からは血が滴っている。

 

「ハッ!いいツラになったじゃねーかよ」

「ス、ズキィィ~~!!」

 

射殺さんばかりの視線を向けてくるババアだが、そんなもんに動じる俺じゃあない。むしろ心地いいくらいだっつうの。やっぱ喧嘩は相手に憎まれ、恨まれ、憤慨されてナンボのもんだからよ。

 

「おう、オラ来いよ!こちとらまだまだ殴りなりねーんだよ!そのツラ、さらにいい感じに血化粧してやんぜ!」

 

例え美人な女だろうとそれが喧嘩相手なら容赦なんてしねえ。遠慮なく拳いれる。そこに良心の呵責なぞねーし、もちろん後悔もねえ。あるのはムカつく奴をぶん殴り倒したいという欲求のみ!

 

(次は額かち割ってやる!)

 

パシンと拳を打ち合わせ、俺は一歩だけババアに向けて歩を進め────眼前に二つのモンが立ち塞がったのも丁度同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まーね、うん、分かってたさ。あれだけ派手に暴れてババアぶん殴って、なら結果どうなるかなんて分かりきってた事だ。

 

「もうやめてよ、隼!」

 

眼前に立ち塞がったのは、瞳を潤ませてデバイスを構えたフェイト。その表情は悲しみと怒りが半々……いや、どっちかってーと怒りの方が増し増し。

そりゃそーだ。目の前で自分の母親がぶん殴られて血ぃ流されりゃあ、それをやった相手に怒りも湧くってもんだろ。その相手が気に入られているらしい俺だとしても、フェイトにとって母親の方が大事なのは今までの言動から明白だかんな。

むしろここまでよく我慢出来たほうだろう。

 

「隼……」

 

そしてもう一人立ち塞がったのはアルフ。が、こっちの方はフェイト程じゃあない。一応、構えちゃいるが複雑な表情だ。ババアがやられんのはどうでもいいけど、フェイトを悲しませたくない、みたいな?ザフィーラ並の忠犬っぷりだな。

 

「おいおい、どうしたよフェイトにアルフ、そんな顔しちゃって。特にフェイト、テメエ、今誰にガンくれてっか分かってんのか?」

 

俺はタバコを取り出して火をつけながらフェイトを睨み返す。それでもフェイトは譲らなかった。

 

「やっぱり……やっぱりこんなのダメだよ!母さんや隼が怪我するの、みたくない!それに二人とも優しいんだからこんな事しなくても話せば分かると思うし……だから隼……」

 

あー、うん。まあ何というか……ええ子やね。この惨状を見た上でもまだ俺やババアを優しいとか、話合えるとか。

俺は思わず微笑みを浮かべた。

 

「フェイト、お前はいいガキだなぁ。そうだな、うん、暴力はいかんよな。話し合えば何事も解決できる。平和が一番!性善説最高!そのピュアな心に乾杯!」

「隼……!」

 

俺がにっこりと笑いかけるとフェイトもどこかホッとした安堵の表情になった。うんうん、なんとも健気で純粋なガキだ。やっぱフェイトが知り合いのガキん中じゃ一番好きだな。

 

──だから、取り敢えず俺は足元に転がっていた瓦礫をフェイトに向かってぶん投げた。

 

「くっ!?隼、あんたどういうつもりだい!!」

 

フェイトへの瓦礫攻撃は惜しくもアルフによって防がれた。それを見て舌打ちを一発。小賢しい奴め。

 

「は、隼……?」

「だからどうしたよフェイト?何か驚く事でもあったか?てか今日はえらい百面相じゃねーか?アルフも落ち着けよ」

「あんた、今フェイトの言ったことに頷いてたじゃないかい!なのになんで……!」

 

あん?いや、確かにフェイトの意見にゃ賛成よ?やっぱこういうガキ好きだなぁとも思うよ?

で、それで?

 

「なんでって……いや、俺ここに来る前言ったよな?邪魔すんなって。覚えてんだろ?まさか忘れた?」

「いや、覚えてるけど……」

「やっぱちゃんと覚えてんのな。おう、じゃあ死ねや」

「いやいやいや、ちょっと待って!?」

 

俺がもう一つ瓦礫を拾おうとするとアルフが慌てて止める。

だから何さ?

 

「フェイトが止めろって言ったの聞き届きたんじゃないのかい?!なのに何で私たちにも攻撃してくんだい!」

 

アルフの言葉に俺は少し首を傾げ、程なく納得。

ああ、ね。そういう事。……なにこいつら誤解してんだ?

 

「あのよ、俺一つも聞き届けちゃねーから。フェイトのその気持ちは分かるし共感もするぜ?……それで、そこで俺の気持ちや行動が変わるとでも?」

 

つまりこいつらはさっきの俺の反応を見てもう喧嘩をやめようと思ってたわけだ。でも止まる様子を見せない俺に疑問符。

まあ言ってこの二人とは付き合い短いからな。いや、忘れてたけどガチで短いんだよな。だから俺がどういう人間なのか、まだきちんと理解してねーんだろうよ。これが昔からのダチやウチの奴らだったら理解早いんだろうけど。

 

「来る前に言ったよな?テメエの意思なぞ関係ねーって。邪魔すんなって。お前でも容赦しねーって。あれ、ただの脅しだと思ってたのか?」

 

例え相手の意思が共感出来るもんであったとしても、だからと言ってそれが喧嘩をやめる理由にはならん。

例え可愛いフェイトや美人なアルフに止められたとしても、だからと言ってそれが喧嘩をやめる理由にはならん。

 

俺は吸っていたタバコの先端を二人に向けて言い放つ。

 

「テメエらの意見などどうでもいい。ようは俺とババアの喧嘩に横槍入れようってんだろ?いいぜ、だったらまとめて相手してやんよ。てか、俺の喧嘩邪魔しくさった時点でテメエら二人ともぶっ殺し確定なんだよ」

 

ロリーズとの暖かい家族喧嘩ならともかく、今回の喧嘩はガチでブチギレてるからな。ガキだろうが美人だろうが、邪魔する奴ぁ全員ぶっ殺す。軽蔑されても結構、嫌われても結構。知ったことか、全殺しじゃ!

 

「この俺の行動を邪魔する奴は俺の喧嘩売ってんのも同義なんだよ。俺に喧嘩売った奴は須らく殺す。だからよテメエらも……死んどけや!!」

 

俺はタバコを吐き捨てて茫然としたアルフに向かって駆け、そのまま拳を打ち付ける。本気で殴りに行った拳は、しかし難なく防がれた。

 

「ぐっ、っの誰彼構わずかい!この狂犬が!」

「ハッ!それ、よく言われてたぜ!きちんと予防注射でもして用心しとくんだったなあ!」

 

言って顔面を殴り返されたが、返す刀でそのまま腹を横から蹴り飛ばして退かせた。次に傍にいたフェイトに向かって殴りつけようとし……。

 

「させるか!」

 

しかし、それは戻りの早いアルフによって防がれ、おまけで魔法弾を2発ほど貰うハメになった。

 

「こっのワンコロがああ!上等じゃボケ!まずはテメエから血祭りに上げてやんぜ!」

「やってみな!こっちも、言って止まらないならぶちのめして止めてやるよ!」

「ふ、二人共、落ち着いて、や、止め……」

 

ここまで来てまだ抑止の声を上げるフェイトは流石だが、もうすでにそんな声すらあまり届いていない。てか、今なら目の前に誰が来ようともただの敵としか映らない自信がある。美女が出てこようが募金してくれる金持ちがいようが殴り飛ばす自信がある。

現に今もアルフに頭突きをカマして鼻血を出させ涙目にさせても止まらず、逆にアルフから股間を蹴り上げられて涙目になっても止まらない。

 

ここまで上げられた喧嘩の熱はきっと死ぬか気絶するかしないと止まら───。

 

 

 

 

───……ゴホッ

 

 

 

 

「母さん!!!」

 

それは今まで聞いたことのない悲痛な叫び。目の端に入った光景は、フェイトが母親の元に駆け寄る所。そしてその母親、プレシア・テスタロッサは……胸を押さえながら血を吐いて倒れていた。

 

「「んあ?」」

 

俺とアルフはお互い相手の拳を顔面にめり込ませた状態で一時停止。

止められないと思っていた喧嘩は、こんな訳も分からん形で止められたのだった。

 

「マジかよ」

 

どうやら最後の最後でとんでもなく厄介な事案を引いちまったようだクソッタレ。



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16

 

今、俺の目の前のベッドで静かな寝息を立てているババア、プレシア・テスタロッサ。

その小さく可愛い寝息と歳のわりにあどけない寝顔だけ見れば写真の一枚でも撮りたくなってしまう。てか、襲っちまうぞ。………童貞にそんな度胸ねぇけど。

 

さて、今でこそこのように大人しく寝てはいるが、さっきまでのババアの様子はそりゃまあ酷ぇもんだった。

 

あの喧嘩の時、急に咳き込んで血を吐いて倒れたババア。その原因が俺の拳によるものだったなら「どうだコラ!」とガッツポーズの一つでもしてたんだが、生憎とそうじゃない。殴って唇が切れて血が出た、鼻血が出た、なんて程度のモンじゃなかった。

文字通りの吐血。体の内から吐き出された血。

本当の原因はおそらくだが何かしらの『病気』だろうよ。顔以外に外傷なんてなかったしな。

苦しそうに胸を押さえ、血を口から撒き散らし、そして滝のように湧き出る汗。

俺は思ったね。こいつ、死ぬんじゃね?ってよ。そして同時にこうも思ったね。ふざけんな!ってよ。てか、言ったさ。

 

『ふざけんなよプレシアぁ!何勝手にくたばりそうになってんだよ!テメエに血反吐吐かせんのは俺の役目だろうが!死ぬなら俺に殺されてから死ね!!』

『あ、なた、という男は……』

 

それを最後にプレシアは苦しそうな表情のまま気を失った。

まぁ、その後ベッドに寝かせてしばらくしたら容態も安定してくれたんだが、それでも時折苦しそうな表情を見せる。

 

(しかし、さて、どうすっかね)

 

ババアは結局病またはそれに類するものなんだろうけど、生憎と俺に医療の心得なんてもんは無いので、本当のところババアの今の詳しい容態は分からない。

またガキや犬もババアの体のことについては何も知らなかった。ガキはただただ涙を流し、犬は戸惑いの表情をあらわにするだけだった。

 

(あ~あ。ホント、参ったね)

 

ババアとその傍で心配そうな顔をしているガキと犬を残し、俺はその部屋を後にする。そして適当な部屋へと一人で入り、俺は自分の怪我の応急処置を始めた。

 

「つうか、こんな見るからに使われてなさそうな部屋もやっぱ豪華なんだな。こういうとこに一度でいいから住んでみてぇもんだ」

 

俺はベッドの上に腰掛け、そのベッドのシーツを剥ぐと適当な大きさに引き裂き、出血している頭や胸に巻きつける。

特に骨がイってるっぽい胸部は厳重に。いわゆる胸部骨折の応急処置、簡易のバストバンド。医療の心得がなくとも、これくらいの知識は持ってる。

上手くいけば、胸部・肋骨の骨折ならこれで自然治癒するらしい。

 

「いだだだだだっっ!おー、痛。クソ、今度この痛みを不可思議倍にして返しちゃる!」

 

それにはまず自分の傷を治し、ババアの病(暫定)を治さにゃならん。全快のあいつをぶっ飛ばさなきゃ意味がねぇかんな。

てか、病気だかなんだか知んねーけど、そんなモンが俺の喧嘩の邪魔しやがんなっつうの。絶対ぇ治してリベンジだ。

 

「ふぅ、取り合えず一回帰ってシャマルを連れて来っか。怪我やらなんやら治すの得意みたいだし」

 

俺は上着を着直し、部屋から出てまたババアやガキのいる部屋へと向かう。自分一人じゃ転移なんて出来ねぇからよ。ガキに頼んで連れてってもらうしかない。

 

しかし、部屋へと向かう途中、そこでふと人間の本能というか男の悪い癖というか、一つの欲求が生まれた。

簡単に言えば、所謂探検心。

冒険、探検の類はどんな世代も心クるものがあるだろう?しかも、場所がこんな豪邸とくれば、そりゃあ探検したくなって当たり前だろう。財宝ザックザザク?

 

(ババアの容態もとりあえずは安定してっし、ちっとばかしシャマル連れ来るのが遅れても大丈夫だろ。今日明日どうこうなるような感じじゃねーだろうし)

 

てか、例え容態が悪化したとしても、それが命に別状なさそうなら俺は探検を優先する。自分の欲望最優先。

 

「ンじゃ、レッツ探検!!」

 

小さくて高級そうで無くなっても気づかねぇモンはどこかな~?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探検開始して10分。俺は格差社会の現実を体験した。

部屋数の多さ、調度品の品の良さ、高級感………怒り、呆れ、驚きを通り越して、もう疲れさえ感じてきたよ。

 

「しかも、やたら広いもんだから現在地が曖昧だ」

 

右から来たのは分かるが、その後どっちから来たかがもう分からん。家で迷うってすげぇレアな体験だよな。俺んちなんて目ぇ瞑ってでも歩けるぞ?

 

「ここが地下ってのは分かってんだが……」

 

階段、何回も降りたしな。………自宅に地下って。

いざとなったら腹いせに天井ぶち抜いてやる!!

 

「取り合えず適当に歩いて階段を探──────お?」

 

そこで、ふと目に入った一つの扉。

今まで入った部屋のそれと違い、どこか威圧感があり、とても頑丈そう。『あの扉の奥には裏ボスがいる』『伝説の剣がある』と言われても信じてしまいそうな、そんな雰囲気ばっちりの扉。

 

開ける?開けない?

 

「勿論、開・け・る、ってね」

 

開けない、なんて選択をするわけがない。仮に、俺にとって善からぬモノが扉の奥にあるとあると分かっていても、絶対に開ける。それこそが探検の醍醐味だろ。

 

俺はトントンっとリズム良く扉に近寄ると、何の躊躇いもなく扉に手をかける。鍵は掛かっていないようで、少し重くはあったが、少しずつ確実に扉は開いていった。

果たして。

開けた先には細い通路と、それを挟むようにゴチャゴチャと敷き詰められた意味不な機械。天井を見上げれば電気もなく、唯一の光源は部屋の奥にあるでっかいガラスの筒から発せられている緑の光。

 

「こりゃまた、暗~いトコだな。機械室かなんかか?」

 

家に機械室ってのもおかしいが、何にしろ、期待はずれだ。こんな狭く、暗い部屋に高級なモンが置いてあるとは思えない。

それでも、俺は一縷の望みをかけて、ガラスの筒が置いてある奥へと足を進める。

 

──────そして足を進める毎に、そのガラスの筒に近寄る毎に、俺の顔は驚きに染まっていた。

 

最初に分かったのは、そのでかいガラスの筒は何かの液体に満たされているという事。

次に分かったのは、その中に『何か』が入っているという事。

次に分かったのは、その『何か』が『人間』だという事。

次に分かったのは、その『人間』が『何も身に纏っていない金髪の少女』だという事。

 

そして最後に分かったのは………

 

 

「………フェイト?」

 

 

変な液体の中、目を閉じて漂っている素っ裸の少女……紛れも無く、フェイト・テスタロッサだった。

間違いない、間違いようが無い。どう見てもあのガキだ。

しかし、反面ガキである筈が無い。あいつは今、ババアの傍にいる。あの優しいガキが、あんな状態のババアの傍を離れるとは思えない。仮にアルフに任せて離れたとしても、ここに居る理由はないはず。

訳が分からねぇ。ガキで間違いないのに、ガキである筈が無い。

酷い矛盾だ。

 

「つうか、酸素ボンベもなんもつけてねぇのに息は大丈夫なのか?………お~い、大丈夫か~?」

 

コンコン、と俺はそのガラスの筒を叩く。

反応なし。

ま、まさか死体……

 

「いやいや、ねーよ。大方蝋人形かなんかだろ」

 

もしくはフェイトのクローン、なんてな。ほら、あのエヴァの綾波レイみたいな?で、この液体はさしずめLCL?…………在り得ねぇー。

確かに魔法なんてふざけたモンは存在したが、いくら何でも人間、命の創造までは出来ねぇだろ。………あ、いや、でも夜天たちはどうなんだ?『魔導生命体』って言うくらいだから、ちゃんと命があんだよな。なら、魔法ってのは命も創り出せるのか?それとも夜天たち、ひいてはあいつらのオリジナルが特別なのか?

 

「だとしたら、それをコピーできるあのアルハザードの店主はどんだけ~」

 

話が逸れたが、さて、未だ疑問は氷解していない。

この目の前のフェイトそっくりさんはなんなのか?

普通に考えるなら双子ってのが妥当だが、それじゃあ何でこんな液体の中に?やっぱり蝋人形?クローン?………………やっぱ死体?もしかして、この変な液体で満たされたガラスの筒って、魔法世界の棺桶なんじゃねーの?

 

改めて俺は目の前のフェイトそっくりさんへと目を向ける。

金髪に幼い顔立ちとぺったんボディ。どこからどう見てもフェイトくりそつ……………ん?いや、良く見ると一つ決定的に違うとこがあった。

 

「………幼すぎんな」

 

フェイトもガキなのはガキなんだが、それ以上に目の前のそっくりさんは幼い。フェイトは十歳手前くらいだろうけど、このそっくりさんは5歳前後くらいの体型だ。

ますます分からん。

 

「ハァ………戻るか」

 

考えたところで分かんねぇし、それに何か今にも動き出しそうで気味悪ぃ。

ババアが起きたら聞きゃあいいや。

 

フェイトそっくりさんに多大の興味はあるものの、俺はそれを一時保留にし部屋を出た。

 

結局宝はなかった。なら、さっさと戻ってフェイトに頼んで家に帰ろう。まあ、あのガキが寝込んでるババアを置いて素直に転移してくれっかは分かんねぇけど、そん時は無理やり転移させよ。ンで、シャマル連れて来てババアを治して、それで色々と吐いて貰おう。ンで、喧嘩の続きして、それが済んだら…………

 

「アルハザードに行って、一度あの店主をぶん殴っとくか?」

 

俺の厄介事の始まりの地、俺を厄介事に放り込んだ張本人。

ああ、やっぱ殴っとくべきだな。まだあの温泉街に店を構えてるかは分からんが。

 

「………あ、その前にバイト探さにゃ」

 

ああ、それに携帯も新しいのを買わにゃならんな。つうかプレシアに弁償させにゃな。

ハァ~、何かいろいろめんどくせー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下から何とか元いた部屋へと戻り、「母さんの傍に居たい」と我が侭ぬかすガキを半ば無理やり連れ出し地球へと転移させた。

地球へと戻ってきた俺達は休む間もなく、その足で俺の自宅へと向う。

フェイトとアルフの二人にはマンションで待ってろと言ったんだが、終ぞ首を縦に振る事無く、強情なまでに「着いて行く」の一点張り。理由を聞けば、曰く「大怪我してるのに1人で歩くなんて危険」だそうだ。少し前まで我が侭言ってたくせに、いざ地球についたらこれだ。

まあ、その気持ちは嬉しいし、ガキの優しさってのも悪くはないが、それ以上にちっとばかしウザったい。それにフェイト本人も結構な怪我してんだから、出来ればマンションで大人しくさせてやりたかったってのもある。無理やり連れて着きといてあれだがな。

そして何より、俺、人から心配されんのって嫌いだし。

しかし、結局最後にはフェイトとアルフの同伴を許した俺。我ながらなんて優しいんだ。女性の気持ちを無碍にしない男、鈴木隼とは俺のこと。

紳士と呼んでくれ。

「ちょっと隼、そんなに引っ付くなって……っ!」

「しゃ~ねぇだろ?しがみつかなきゃ落っこちちまうんだから」

「そりゃそうだけどさ……う゛~~、なんか変な感じだね」

「こっちは素敵な感触だ」

いいか?俺は怪我人だ。歩くのも一苦労な程のな。さらに魔力切れで空も飛べない。

とすれば、残る手段は他の奴の手を借りての移動。つまり、この場合はアルフにおんぶしてもらって自宅へ続く空を飛んでいる訳よ。

で、そうすると勿論俺はアルフにしがみ付かなければならない。落ちたら大変だからな。そして、その結果アルフとの接着面に性欲そそられる感触が生まれても不思議ではない、謂わば不可抗力という奴だろう?

「ひゃわ!?ちょ、み、耳に息を吹きかけるな!」

「ああ、悪ぃ、くしゃみ出た」

「そんな、くすぐる様な甘い微風のくしゃみがあるかい!」

「なら、欠伸」

「『なら』ってなんだい!そんなに眠いなら寝てな!ならこっちもやりやすい」

「……………中々積極的だな」

「何をどう解釈したのさ!?」

改めて言うが、俺は変態じゃない。紳士だ。

であるからして、同伴を許した真の理由が決して『アルフの体を背後から思う存分弄れ、堪能出来る』なんて、そんな邪なモンじゃねぇからな?

まあ、仮に変態だとしても、変態という名の紳士だ。

「二人とも、仲良いね」

「お?なんだ、フェイトも交ざりたいか?しかし残念。俺ぁガキには欠片も興味ねぇからよ、お前入れてアルフと3Pすんなら最低でも後10年は必要だな。さらに、その時メロン級に成長してたら尚良し!」

「?」

 

さて、そんな楽しい会話と素敵な感触を味わえる空の旅ももう終わり、体感時間にすればものの数十秒だったように思う。

自宅、現着。

当たり前だが、数日前最後に見たボロアパートと寸分変わらない姿でそこにある。フェイトの実家の、あの豪邸ぶりを見た後だと本当にやるせねぇ。

 

(久々……って程でもねぇが、それでも数日振りの我が家か)

以前は1日や2日家に帰らない時などザラにあった。友人宅、公園、その辺の路地裏などなど、寝る場所を選り好みしない俺にとって「帰宅」というのは行為は、日常生活においてさほど重要なことじゃなかった。バイトに行くにしろ、遊びにいくにしろ、少しばかり街外れにある俺んちから目的の場所への移動を考えると、むしろそれは面倒ですらあった

それが今はどうだ?

家に帰ることが当たり前の日常になり、ある種家主としての義務感まで出て来ている始末だ。

昔からの俺を知っている奴が今の俺を見たら、どのような反応をするだろう?笑い飛ばすか、はたまた呆れ返るか……。どちらにしろ、俺は明らかに丸くなった。それが良い事なのか、悪い事なのかは知らんが……いや、世間からみたらこういうのを『大人になった』というのかもしれない。なら、少なくとも悪くはないのだろう。

(思えば、あいつらと暮らし始めて、顔を合わせなかった日はなかったな)

数日振りの帰宅に対して、あいつらはどんな顔をするだろう?ガキんちに行く前の念話での様子から、たぶん心配はしてんだろうな。夜天の奴なんて泣くんじゃねぇか?もしかしたら、あの物騒ロリーズも泣いて俺の帰宅を喜ぶかもしれん。

(あいつら、俺がいなくてもちゃんと生活出来てんだろうな?)

こういう心配まで出来る程、俺はいつの間にか大人になっていたようだ。

我ながら怖いほどの成長とそれに伴う紳士ぶりだ。

(そうだよな。もう俺も成人はとうに過ぎてんだ。そろそろ落ちつかねぇとよ)

喧嘩とか言ってる場合じゃないのかもしれない。ド腐れ生意気ロリーズに対しても、寛大な心で大人としての対応を見せるべきだろう。

 

俺は仏も真っ青な澄んだ顔で、微笑みさえ浮かべながら自宅の扉を開けた。

「ただいま、皆!心機一転、大人の階段踏破中、NEW俺が帰って来たぞー!」

爽やかに、ニコやかに、俺は自らの帰宅を大きな声で伝えた。

さあ、ブッダな俺の帰還だ。暖かく迎えろ、そして俺もお前らを暖かく包み込んでやる!

──────────そんな俺に返って来たのは暖かい家族愛ではなく、冷たい2つのデバイスだった。

「ぶげらっっ!!??」

「「隼ーーーッ!?」」

フェイトとアルフの声を聞きながら、俺は10mくらいぶっ飛ばされた。

いやぁ~、俺んちがアパートの1階にあって良かったぜ。もし、これが2階とか3階だったら落ちて死んでんぞ?まぁ、既に大怪我してっから瀕死には変わりねぇけどよ。アハハハハハ…………………。

俺はこの瞬間もって、大人への階段を駆け降りた。

「何してくれんだ、ええゴラァァアア!?殊勝な気持ちで帰ってきた主様に対してジョートーで返すたぁいい度胸じゃねぇか!ぶっ殺されてぇのか、クソロリども!!!」

 

俺は頭からの流血を拭いながら起き上がり、いきなり魔法を放ってきた、扉の先にいる二人、ヴィータと理を睨み付けた。

2人は玄関の前でデバイスを持ち、怒髪天な感じの顔で仁王立ちしている。目つきも俺に負けず劣らず凶悪。

「るっせぇ、このウスラボケ主が!人の気も知らねぇで陽気に帰ってきやがって!」

「此度ばかりは、流石に腹が立ちました」

そう言ってデバイスを構える二人からは並ならぬ怒気。

「大怪我してる主を気づかえねぇテメェの気なんて知った事か!」

視界が不自然に揺れる中、俺も負けじと激昂する。

「何が大怪我してるだ、ピンピンしてんじゃねぇか!しかも、なんでその金髪がいんだよ!それも、仲良さげによぉ!」

「どこをほっつき歩いてたかは知りませんが、人を心配させるだけさせといて、戻って来たと思ったら女連れですか?いいご身分ですね?死にたいのですか?」

ヴィータと理は視線を俺からフェイトとアルフへと向けた。そんな、視線だけで人が殺せそうな目を向けられた二人は訳が分からなくも、恐怖で自然と体が一歩後ろに下がっていた。

「ああ!?意味分かんねー事ほざいてんじゃねぇぞ!どこで何しようと俺の勝手だろうが!つうか、フェイト連れて来て何が悪ぃ!?テメェらよかよっぽど可愛いガキだぜ!アルフにしたって文句の付け所もねぇしよ!」

「あぅ……っ」

「て、照れるね」

俺の言葉にフェイトとアルフは素直に照れを見せ、逆にその言葉と二人の反応を見たヴィータと理の顔には多量の青筋が。

「いいご身分?ハッ!テメェらこそ俺に意見するなんて何様だァ!?家族だからってちょづいてんじゃねーぞ!夜天やシグナムなら兎も角、ちんちくりんでぺったんこで態度デケェお子ちゃまな奴の意見なんて誰が聞くか!心配?クソほども可愛くねぇガキに心配されても1ミリも嬉しくねーんだよ。そのぱーぷりんなオツム矯正して出直して来いや!」

最後に俺は右手を前に突き出し、その中指だけをおっ立てた。

「…………カチ~ン」

「…………潰す」

それから俺達はマンションの前でド突き合った。ご近所さんの目が気になりだしたら、次は場所を移動して家の中でド突き合った。

その間、フェイトとアルフはただただ呆然としていたように思うが、あまりそっちに気が回らなかったので正確な所は知らん。ただ、1度フェイトが仲裁に入ってきたのは覚えてるが、「「「引っ込んでろ!」」」という俺達3人の容赦ない言葉を受け、半ベソ掻きながらあっけなく退場していった。

「誰が上なのか、テメェらの頭かち割って直接叩き込んでやんよぉ!!」

「テメェなんかの為に六銭払うのも勿体無ぇ!すり潰して直接三途の川に流してやる!」

「お尻の穴に奥歯突っ込んで手をガタガタいわせてあげましょう」

「「「…………上等ッッ!!」」」

 

久々のロリーズとの喧嘩は数時間、夜天たちがバイトから帰ってくるまで続いたのだった。



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17

雷が落ちた。それも特大の。

勿論、これは比喩であり、実際にそんな特大雷が落ちてきたわけじゃない。今日も空は晴天だ、青々と輝いている。ついでに俺の顔も血が足りず青々だ。

さて、少し逸れたが、では俺が何を持ってそう比喩したのか……たぶん、多くの人々はもう分かっている事だろう。『雷が落ちる』なんて表現する時なんて限られてるだろう?───そう、つまり怒られたわけよ。誰にかっつうと、夜天に。

まあ、それもしょうがねーわな。

主である俺と短い間とは言え顔を合わせず、さらにその間、自分の与り知らぬ所で主が喧嘩をし怪我をした。

心配したことだろう。優しい夜天は殊更。

なのに、バイトから帰って来てみれば、当の俺は何食わぬ顔で帰って来ていて、さらにロリーズと威勢よく喧嘩している始末。それも怪我しているのにも関わらずにだ。さらにさらに、自分と同じ、主を守らなければならない立場のはずのロリーズは、俺が怪我しているのもお構いなしにヴィータは腕十字固め、理は頭にガジガジと齧り付き。

いつもだったら、この程度の喧嘩くらい呆れるか笑って仲裁に入る夜天なんだが、今回は俺への心配や苛立ち、怪我など様々な要因が絡んだんだろうな。

俺、初めて夜天に本気で怒られちゃいました。

いんやぁ~、まいったね。これがロリーズとかだったら「何様じゃ、ボケ。晒すぞ」とでも言って反論するんだが、相手が夜天じゃあんま強く出れねぇ。しかも、それが俺を心配していた為の怒りで、さらに普段は菩薩のような夜天が怒るなんて、よほど心配だったのだろう。

これじゃあ、言い返せねーわ。

まあ、でも、夜天が思いっきし怒りを露わにした分、他の騎士たちからのお咎めの言葉が少なくなったのは僥倖だった。夜天のあまりの形相にあのシグナムさえもびびってたし。そして、そんな形相を向けられた俺とロリーズはガクブル状態。ちびりそうだった。

ホント、普段怒らないような奴を怒らせると怖いね。それが女だと特に。

以後は夜天だけは怒らせないようにしよう。

 

────────しかしこの時、俺はまだ夜天の事をキチンと理解していなかったのだ。この程度が彼女の怒り、マジギレなのだと誤解していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ハヤちゃんは私達の心配を他所に、その子、テスタロッサちゃんの母親と楽しくキャッキャウフフしてたんですか」

「まあな。正確には喧嘩だけどよ?」

「同じ事です!!」

「いや、違ぇよ」

 

シャマルに俺とガキの怪我の治療をしてもらう傍ら、皆に俺が居ない間の、その経緯を話したんだが、それぞれの反応は辛辣なものだった。特にシャマルっこは唾を飛ばす勢いでガーっと吠えた。てか、実際唾飛んでるし!ばっちぃな、おい。

 

「そのうえ、その母親の病を私に治せって………なにそれ、当て付けですか!?この鬼畜ハヤちゃん!」

「意味分かんねー事ぶっこいてんじゃねーよ」

「ふんだ!どちらにしろ、私は気が乗りませんもん!ぷいっ!」

 

ンだぁ?シャマルの奴、いつになく頑固だな?まあ、こいつがどれだけゴネようと無視して連れて行くがよ。

しかし、そんな俺の思いとは裏腹にまたも別のところから異を唱える声が上がった。

 

「主隼、私もそれには賛同致しかねます」

「シグナム?」

 

それもシグナムだけではなかった。見れば他の騎士たち全員が渋い顔をしている。

どういう事だ?こいつら、そんなに非情なやつらだったっけ?

 

「………そのババア、このままじゃもしかしたらおッ死ぬかも知んねーんだぞ?」

 

俺がそう言った時のフェイトの悲しそうな顔、世の絶望を一身に受けたような顔を見ても、しかし、シグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、無情な一言を放った。

 

「敵に情けは無用です」

「敵?」

「シグナムの言う通りだよ。敵を助けて何の意味があんだよ?それに魔法関係には関わりたくねーんだろうが。だったら、ほっとくに越した事はねぇ。寧ろ、その金髪と犬も口封じでここで潰しとくべきだ」

 

スチャッとアイゼンをフェイトに向けるヴィータ。その瞳に冗談の色は無く、俺の命令一つでマジでここでヤるだろう。

対して、いつの間にか軽く命の危機に晒されたフェイトとアルフだが、アルフの方は牙を剥き出しにして警戒の様子を見せたが、フェイトのほうは意気消沈の様子。まあ、「母を救わない」と言われたようなモンだからな。それもしょうがないか。

だが、その「母を救わない」という意見はあくまで騎士どもの意見。俺の意見じゃねぇ。だから、そこまで気落ちすることもねーわけだけど、フェイトは俺たちの上下関係を知らないから、まあ当然の反応か。多数決での採決なら大差だからな。

取り合えず、俺は血気盛んなロリに拳骨を落とした。

 

「イだっ!?テメッ、何すんだ!」

「アホんだら、デバイスしまえや。それとガンつけんな。見ろ、フェイトがあまりの恐ろしさで小便ぶち撒けちまったじゃんか。おいヴィータ、お前のオムツ分けてやれ」

「し、してないよ!?」

「持ってねーよ!?」

「冗談だよ。おら、お前もあんま心配すんなや。大丈夫、ババアは必ず治してやっから」

 

俺はフェイトの頭をポンポン叩き、口角を上げて強気の笑みを見せて安心を促す。その効果かは知らんが、一転してフェイトの表情に笑みが戻った。一方でそれを見ていた騎士共の視線は何故かさらに禍々しいモンになったが。

 

「主………!!」

「うっせぇ!黙れ!死ね!そして聞け!いいか、ババアを治すってのはもうすでに決定事項だ。お前らの意見なんて関係ねぇんだよ。俺がそうしたいと思ったその時が全ての決定であり、つまりは実行されなければならない事なんだよ!俺の意思がなによりも最・優・先ッッ!!歯向かうな、文句垂れんな、さもなきゃヤっちまうぞゴラァ!」

「相変わらずの自己中心的思考ですね。素敵過ぎて涙が出ます」

 

なんて理は言うが、その顔には『面白い』とでも言いたげな笑みを浮かべている。

ただ、そんな反応を見せたのは理だけで、他のやつらは相変わらずの渋面。

 

「人の命が掛かっているのは分かりますが、しかし……」

「主隼を害した者を救済するのは……」

「……あまり気が進みません」

「むぅ……」

 

ハァ…………自分で言うのもアレだが、結局、こいつらは俺中心なんだな。個々で善し悪しの意見は持ってるものの、それが全部俺を基点にしている。いや、どちらかと言うと、俺が基点になればその善し悪しの境界が無くなるといったほうが正しいか?

 

俺を傷つけた者は死んでいい、むしろ殺す。その行為が悪い事と分かっていても、俺を害する者はそれ以上の悪。

極論すればこうか。…………ヤンデレ?

 

そんな中、先ほどの拳骨が効いたのか、意外にもヴィータが冷静な意見を見せた。

 

「おい、隼。仮にその金髪の親の病を治したとして、お前は何か得するのか?そんな怪我を負った事をさっ引いても御釣りが来るくらいの得がよ?」

 

得?おいおい、そりゃ今更だろ?

 

「ヴィータ、お前、俺を誰だと思ってやがる?俺が何の利益もなく人助けをするとでも?慈善事業大好き君に見えんのか?あんま馬鹿な事ぬかすと、その節穴な目ェ抉って目玉焼きにすんぞ?」

「……く、くくく、あははは!そりゃそうだよな!愚問だった」

 

愉快愉快とでも言いたげに笑うヴィータ。

それに続くように理が言った。

 

「そう、結局このような問答など最初から無用なのです。いくら私達が気に食わないと言っても、それによって主に益が齎されるのなら、私達は己が最大力を持ってそれを叶えるだけなのですから」

 

その言葉を聞いた他の者達は一つため息を吐くと、『困ったものです』と言った感じで疲れたように小さく笑みを浮かべた。

たぶん、こいつら全員最初から分かってはいたはずだ。どう意見しようとも、結局最後は首を縦に振ることになるだろう事を。ただ、分かってはいても今回はそう簡単に折れる事は出来なかったのだろう。なにせ、相手が主である俺に大怪我させたという要素があったのだから。

 

(そうだな……まっ、今回だけはちゃんと礼の一つでもしとくか)

 

自分の身勝手さや我が侭を悔いるなんて事ぁしねーけど、たまにゃあ礼の言葉でも言っといた方がいいだろう。愛想尽かされちゃ堪んねぇかんな。特に夜天、シグナム、シャマルからはよ?

 

(っと、その前にもう一つ)

 

俺はフェイトの方を向きコツンと彼女の頭を叩き、顎をしゃくって合図した。しかし、フェイトはいきなりな事で目を瞬かせ、ただ疑問顔を見せるのみ。

 

「なにボサっとしてやがる。テメェの事なんだから、最後くらいケジメつけろや」

「え、あ、ケジメ?」

「ここにいる全員に頭下げて『お願いします』ってよ?確かにババアを治すのは決定事項だけどよ、それでも改めてちゃんと頼むのが礼儀ってモンだぜ?」

「あっ………」

 

そして、それが叶ったら『ありがとうございます』と、これ当然だ。

ガキのうちからこうやって礼節を重んじる奴にならねーとよ?

 

「礼儀知らずの主がよく言いますね。その、死んでも治らないであろう厚顔無恥さ加減、まさに脱帽です。いやはや、呆れ通り越して感服至極」

「コイツがカッコイイこと言っても中身がないよな。寧ろ、恥ずい。たぶん、1億回生まれ変わってもコイツの言葉は和紙並みにペラペラだろうなぁ」

「よし、お前ら表に出ろ?帽子被れないような頭にした上でロードローラーで和紙並みにペラペラにしてやっからよォォォオオオ!!!」

 

本日2度目の家族喧嘩に突入。

この分だと1日の平均喧嘩回数が近いうちにもう1~2回は増えるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守護騎士……」

「ブルーメ・リッターねぇ……」

 

転移が出来る広い場所へと移動しているその道中、こうまでフェイトと関わりを持ってしまっては色々とバレる事もある訳で、だったらもういっそこっちからぶち撒けようと思い、俺は自分の事を洗いざらい吐いた。俺が夜天の写本の主というモンだという事、守護騎士の正体などなど。

 

「そうそう。まったくはた迷惑な話だと思わね?俺ァ平凡平和な日々を満喫してたのにコレだ。魔導師?主?クソ食らえって感じなんだけどよ、もう腹ァ括っちまった。男ならやってやれって感じでここまで惰性で来ちまったわけよ」

 

飛ぶのもダリぃ俺は獣姿のザフィーラの背中に寝っ転んだ状態で飛行中。ホントはアルフの背中を所望なんだが、それはカス騎士どもが邪魔しやがったお陰でおじゃん。

結果、悲しい事に野郎の背中だ。まあ、寝心地は相変わらず最高だがよ。

 

「悩みも尽きねーの。今だってこのボケども、家で待ってろっつったのにこうやって着いてくる始末だろ?馬鹿なの?死ぬの?殺すぞ?って話だ。特にそこのロリーズなんて最悪も最悪、極悪でも足りねぇ程のイカレちゃんだ。あ~あ、マジ死ね」

 

本当はシャマルだけを連れてくつもりだったが、他の騎士どもも俺の事が心配なようでババアのとこまで一緒に行く事になった。待ってろっつっても聞きやしねぇ。バイトも店長に言って手際よくシフト変えやがったし。

 

「しかも、こいつらは人間じゃねーんだぜ?魔法生命体ってやつ。不死じゃねぇみてーだけどよ、不老なんだとさ。は?ナニソレ?ちょー羨ましいんですけど!?老いないって、万人の願いの上位にくる欲望だろ?それをコイツらはデフォで持ってんだと。詐欺だろ、詐欺!うらめしや!!」

「……主、私達の説明からただの愚痴になってます」

「愚痴にもなんだろ。まあ、悪い事ばっかしじゃねーけどな。特に夜天とシグナムとシャマル(のお胸様とお尻様)に会えたのは俺の人生の中でも最高にハッピーな事だ」

 

あのメロンと桃は最高の眼福だ。あれが毎日拝めるだけで全て帳消しに出来る!

 

「私も……私も主が貴方で本当に良かったと思っています」

「勿体無き御言葉」

「えへへ~」

 

俺の言葉をスレートに解釈したのだろう、感動を露わにする夜天とシグナムとシャマル。そんな単純な所もGOOD!

ただ、一方で名前を挙げなかった他の騎士共は膨れっ面だ。同じ騎士としての対抗意識だったり、嫉妬だったりだろう。あのザフィーラでさえ不機嫌そうに唸り声をあげた。可愛い奴だ。………女だったら特に、だがよ。

 

「それにしてもフェイトの言う通り、隼ってやっぱり凄い魔導師だったんだねぇ。この前そっちの女とちょっとだけやり合ったけど、とんでもなかったよ。そんな奴を従えるなんてさ」

 

アルフがシグナムのほうを見ながら言ったその言葉で、ああそう言えばと思い出した。

以前シグナムがジュエルシードを持って帰った時、その際戦闘になった事があったが、その時の相手がアルフだったのだろう。

俺は当然だと言わんばかりに頷こうとしたが、その前にシグナムが答えた。

 

「それは少し違うぞ、アルフ。主は魔導師として素晴らしいだけではない。否、むしろ主の魔導師の素質など私達にとっては些細な事なのだ」

 

誇らしげに言うシグナムに夜天が続く。

 

「そうだ。私たちは主の人間性に惹かれたのだ。その強い心に」

 

さらにロリーズにシャマル、ザフィーラが続く。

 

「ぶれず、曲がらず、我を通す。自分を最上位としつつ、しかし私達を非人間だからといって奴隷のように見下さない。いい年なのに子供のように我が侭で、自分勝手でクサレ外道な面に辟易する時も多々ありますが、それも合わせて好意に値します。」

「馬鹿でムカつくけど………その在り方はあたしは嫌いじゃねぇ。死ねばいいのに、と思う事はしょっちゅうだけどよ。まあ、一度でいいから『生まれてきてゴメンなさい』って言っては欲しいな」

「ハヤちゃんはハヤちゃんだから良いのであって、それ以外の、例えば綺麗なハヤちゃんはハヤちゃんじゃありません。汚いハヤちゃんが私は大好きです!」

「四の五の言うつもりは無いが…………ただ一つ。後にも先にも俺が守護する者は主ただ一人。それ以外は死んでも御免だ」

 

………なんだかな~。コイツら、俺を過大評価しすぎじゃね?俺、そこまで凄い奴か?たぶん、百人中百人が『腐った奴』と太鼓判押すぞ?てか、シャマルも結構言うようになったなぁ。そしてロリーズはやっぱり殺す!

 

「慕われてるね、隼」

「愛されてるね~」

 

フェイトとアルフが微笑ましそうに言う。俺はそれに不敵に鼻で笑って答えた。『そうだろう?まっ、当然だけどな』ってな感じで。

ただ、胸中では『出来ればその愛で童貞を捨てたい!』と叫んでんだけどよ。

 

「だから─────」

 

ポツリと、どこからか小さな声が聞こえた。

 

「大切な主に怪我を負わせた者を、私は決して許さない………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海鳴公園の中の人気のない場所で転移した俺たち。

瞬きすれば、次の瞬間には違う光景が広がっているこの感じは何度体験しても慣れねぇ。青々とした木々の中にいたのに、一転してどんよりとした空間に佇んでいれば尚更。眼前には相変わらずのお城。

 

「でっけー。壊してー」

「我が家とは大違いですね。忌々しい」

 

ロリーズは奇しくも俺と同じような感想を持ったようだ。片や夜天やシグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、特に大きな反応は無い。

 

「それで、テスタロッサちゃん。お母さんはどこです?」

「あ、こっちです!」

 

フェイトはシャマルの手を引っ張ると足早に家の中に入っていく。俺たちは置いてけぼり。

まったく、ホントお母さん大好きっこだな。

やれやれと思いながらも、その姿はやはり微笑ましい。親を想わない子はいないって事だな。あ、俺は例外な。

 

さて、残る俺たちもすぐさまフェイトたちの後を追い、程なく大きな扉の前で合流した。そこはあのババアとガチンコした部屋へと繋がる扉。それが今は開いており、その前で先に行っていたシャマルとフェイトが佇んでいた。

 

「どうしたよ、こんなトコで立ち止まって?ババアの寝てる部屋はもうちょい先────」

 

俺の言葉は、開いている扉の先の部屋を見て止まった。なぜなら、別の部屋で寝ているはずのババアがその部屋にいたからだ。

ババアは机に向かい何かの作業をしているようだが、その顔は遠目に見ても良いものじゃない。

 

「母さん!」

 

フェイトが大きな声をあげてババアを心配するが、ババアはそんなフェイトを一瞥するだけで、次いで俺の方へと視線を寄こした。

 

「私に敵わないから今度は味方でも連れてきたの?」

「テメェ、そこで何してやがる……」

 

あの血を吐いていた時の苦しみ一色の顔、寝ている時の悶絶していた様………とてもじゃない、起き上がれる状態じゃなかったはずだ。少なくとも、数時間で何か作業を出来るようになれるとは思えん。

 

「私に寝ている暇はないのよ。それにあなたと喧嘩している暇もね。邪魔だから、そこに居る奴ら共々消えなさい。さもなくば、今度こそ本当に殺すわよ?」

 

苦しそうに汗を垂らしながらも凄みのある笑みを浮かべて此方を威嚇するババア。

腹立たしい物言いだが、それ以上に同情を誘う姿だ。気丈に振舞ってはいるが、なんら張りぼてと変わりない。

やっぱり、こんな状態のババアをぶちのめしても面白くなさそうだ。

 

「落ち着けクソババア。お前、なんかの病気なんだろ?このシャマルって奴、治療魔法が使えっからよ、それでお前を治してやんよ。有り難く思えや」

 

そう言うとババアは少し驚きの表情を見せたが、次の瞬間には愉快そうに笑みを浮かべた。

 

「どういうつもりかは知らないけど、余計なお世話よ。そんな気持ち悪い事言ってる暇があるなら早々に出て行きなさい」

「お前な、そんな強情張ってる場合じゃなくね?素人目に見ても、血ぃ吐いてるお前は相当ヤバかったぞ?………あんまフェイト心配させんなよ」

 

実際、人に死なれちゃあ嫌だかんな。俺もらしくなく、説得に必死になる。

しかし、俺がフェイトの名を出した瞬間、ババアの笑みが歪んだ。

 

「ふふ……アハハハ!そんな人形が何を心配すると言うの!?いえ、それ以前に人形風情に心配されたくもないわ!………腹立たしい、本当にあなたもフェイトも腹立たしいわ」

 

ババアは歪んだ笑みを携えたまま立ち上がり、杖を出すとこちらに突きつけた。

 

「か、母さん……」

「『母さん』、ね……何も知らない、哀れな人形。役立たずの失敗作」

「え……」

「ふん、コレが最後よ。……フェイト、あなたはさっさとジュエルシードを持ってきなさい。一つ残らず全て!隼、あなたは無言で消えなさい。そして二度とここに来るな!」

 

ガツンとババアが杖を床に叩き付けた。その音を聞き、身を震わすフェイト。また、シグナムやロリーズはそんなババアの態度に怒りを、シャマルとザフィーラはフェイトに同情の視線を向けた。

勿論、俺も………

 

「テメェ、人が下手に出てりゃいい気になりゃあがってよォ………ぶち殺すぞコラァッ!!」

 

そうだよ、考えが甘かった。俺が甘々だった!丁寧に説得なんて、本当に俺らしくねー。もう、ババアの意思なぞ知った事か!死なねぇ程度にボコボコにして、身動き取れなくしたあと治してやる!

 

「その意見には賛同ですね。あの女を見ていると……虫唾が奔る」

「ああ、そうだな、潰すに限る」

「人を、命を、我が子をモノ扱い……許せんな」

 

ロリーズとシグナムもかなり頭にキたのか、各々がデバイスと殺気を出して一歩前に出る。

こうなったらもう俺個人の喧嘩は後回しだ。取り敢えずババアを黙らす。口も肉体的にも黙らして、治療して、そのあと喧嘩のやり直しだ。そん時改めて殺す。

俺も3人に倣ってデバイスを顕現させ、ババアに向かって一歩足を進めた。ババアもまた忌々しそうに臨戦態勢に入り、そして───

 

「限界です」

 

───ズンッ、と床が揺れ、ひび割れた。

 

俺は何事かと思い、揺れと同時に聞こえた声の発生源に目を向け、そして頬が引きつった。

視線の先には夜天がいた。が、いつのも彼女じゃない。顔は伏せられ目元が見えず、風も吹いてないのに綺麗な銀色の髪が揺れている。彼女の周囲の空気が陽炎のように揺らめいているのは気のせいか。そして床のひび割れは夜天の足元を起点に、まるでクモの巣のように広がっているという事に気づく。

 

「まったく救いがない」

 

夜天は優しい。それが俺と他の騎士たちの周知の事実だった。

 

俺を見て淡い笑みを浮かる夜天。ロリータとの喧嘩を困ったような笑みを浮かべて仲裁する夜天。

確かに怒る時は怒るし、今日も今まで見ないほどの怒りを見たが、それでも『夜天は優しい』という事に変わりなかった。

 

「主に怪我を負わせただけでも万死に値するというのに、さらには主の心優しき恩情をも吐き捨てるようなその言動、その愚かしさ、贖うには跪いて頭を垂れてもまるで足りない」

 

そういって面を上げた夜天にいつもある『優しさ』という要素は皆無だった。

黒い板金を打ち付けたかのような冷たい瞳と抑揚のない口調。出会った頃の理、いやそれ以上の『無』。

 

「最低でも死をもって償って貰いたいが、我が優しき主はあなたの死を望んではいない」

 

一歩、二歩とプレシアの方に進みながらどこからか出したフィンガーレスグローブを手に嵌める夜天。その姿を見て彼女が今から何をするのか、何をしたいのか察した俺はそっと道を開けた。あの戦闘狂のシグナムや理までもが身体を震わせて後ろへと下がる。しょうがないことだ。だって今の夜天、超怖ぇし。

 

「だから死ぬな。私は殺す気で行くが、死ぬ事は許さない」

 

普段なら言わないような、まるで俺のような暴論をかざしながら夜天が構えを見せた。両手両脚を大きく広げた、それはまるで熊のような構えだった。

 

「心の臟、止めてくれる!」

 

殺意の波動に目覚めたオーガ……もとい、良妻賢母な夜天、本当のマジギレの時。

 



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18

まず最初に言っておく。

 

──夜天は優しい。

 

これだけは揺るがない、確固たる事実だ。

まず最初の出会いからして俺の命の恩人。もし、あの時夜天に受け止められていなければ俺の身体は地面に衝突、かなりのグロテスク物体へと様変わりして衆目の気を引くことになっただろう。

そして普段の生活にしても、夜天は俺の我が儘を一番許容してくれている。魔法訓練も、俺の覚えたい事だけを教えてくれて、それが出来たら我が事のように微笑みを浮かべて喜ぶ。晩酌の相手、バイトで積み重なったストレスを発散する為の愚痴の相手…………改めて見れば、挙げて言ったらキリがないほどの世話を夜天にはかけている。

 

──よって夜天は優しい。

 

そう、優しいんだ。

 

「はぁああ!!」

 

…………例え、気合の声を上げながら向かってくる魔法弾を殴り消そうとも、彼女は優しいのだ。

 

「しっ!!」

 

…………例え、綺麗な弧を描いた回し蹴りをプレシアに叩き込んでぶっ飛ばそうとも、彼女は優しいのだ。

 

「踊りなさい」

 

…………例え、硬い床を綿あめの如く毟り取って散弾のように投げつけようとも、彼女は───

 

「おい、そろそろ現実見ろよ」

ぽん、と腕をヴィータに叩かれてハっと我に帰った。そして改めて現状の光景を見やる。

 

「…………あれ、本当に夜天?」

 

うん、全然優しさの欠片も伺えないな。

 

「あたしもちょっとビビってるけど、あれが夜天だ」

「いや、だって普段と違いすぎね?あれ、すでに別キャラになってね?え、もしかして二重人格的な?」

「正真正銘のナチュラルな夜天だ」

 

そう言うヴィータの傍でシグナムたちも小さく頷くのが見えた。

 

「…………いやいや、やっぱ何かの間違いだろ。夜天は優しい、これ常識よ?あれがナチュラルって……いやいやいや、どこぞの腕力家とタメ張れそうな子じゃないって夜天は」

 

まあね、確かに人ってのはさ、普段抑えられてるのが爆発したら性格変わるっていうけどさ。ほらそこはあいつ人間じゃねーし、だからきっとこれはアレだ、幻覚だよ。幻覚魔法ってやつ?それを使ってんだよ。それか邪眼的な?ジャスト一分でこの悪夢は終了すんだよ、きっと。

 

「気持ちは分からなくもないですが、目の前の光景が全てです。あのオーガもまた夜天なんですよ」

「いやいや理、お前ならああなっても分かるが、夜天に限ってオーガなんてそんな……」

「そうやって自分の都合のいい理想像を女性に押し付ける……典型的なろくでなし男の行いですね。交際歴がないのも頷けます。人間からしてみたらこういう男はクズの部類なのでしょうね。ああ、しかし安心してください。私はそんなクズ主でも愛していますから」

「よし、言いたいことは多々あるが取り敢えず一発の拳に全てを込めてお前を殴る!」

 

ぶん、と振るった拳を小生意気な表情でひらりと躱す理。

くそ、ろくでなしで悪かったな!ええ、どうせ俺はクズですよ!てか何で俺が交際歴なしって知ってんだよ!?

 

「ちっ、まー現実逃避してた事ぁ認めるよ。つか逃避もしたくなるっての」

 

今まで夜天の優しさにしか触れてこなかったんだ。それがここに来ていきなりアレだぜ?そりゃ逃避の一つもしたくなるってもんよ。

そりゃ夜天のみならずコイツラとはまだ1ヶ月そこらの付き合いだからよ、まだまだ俺の知らねー面もあらーな。いくら同居して密で濃い時間過してるっつってもよ。実際、この夜天のステゴロの凄さにもマジびっくりだ。

 

「いやぁ、それにしても意外だぜ。夜天が肉弾戦って。俺ぁてっきり魔法主体の戦い方すると思ってたんだけどな」

 

それが蓋を開けてみればガチガチの肉弾戦。超インファイトのパワーファイターなんだもんなぁ。ギャップ激しすぎ。もしかしてギャップ萌でも狙ってなのか?悪ぃけど全然萌えねーよ。むしろ燃えるよ。人の喧嘩見てるとこっちまでしたくなるっつうの。

 

「主の仰る通り、元来夜天の戦い方はあのようなものではありません。とは言ってもこれはオリジナルからコピーされた時の記録によって知り得ている事なのですが」

 

すっと横に来たシグナム。その顔は呆れているようで、また同時に誇らしげでもあった。視線の先には夜天。

 

「彼女は中距離魔法、あるいは広域魔法を使っての戦闘が主体です。あるいはユニゾンによる主のバックアップ。もちろん接近戦も行えますが、それはベルカの騎士のレベルからすると児戯程度です」

「児戯って……あれ、どう見ても子供の戯れレベルじゃねーぞ?」

 

眼前にはプレシアに向かって猛然と殴りかかる夜天の姿…………あ、プレシアが夜天の足に鞭巻きつけて壁に叩きつけた。痛そー。

 

「主隼のおかげです」

 

え?俺のおかげ?あのオーガ化が?…………それ、俺の゛せい゛って言うんじゃね?いやいや、俺、なんもしてねーよ?

……してねーよな?

 

「ええっと、俺、夜天に何かやらかしちまったのか?」

「夜天に、というより我々に、です。そう、主のおかげで我々は゛己゛を持てたのです」

 

ごめん、俺馬鹿だからちょっと意味分かんない。

胸中で首を捻っていると、それを察したシグナムが小さく笑った。

 

「良いのです、主はそのままで。たとえ分からずとも、覚えていなくとも、私は覚えています。烈火の騎士シグナムでもなく、プログラムでもなく、ただ一人の゛私゛は」

「あ……お前、それ」

 

その言葉を聞いてハッとした。記憶の片隅に確かにあるその言葉。それを言ったのは、確かまだこいつらと出会って1週間もたってない時の、あのギスギスしてた時の──。

 

「……ンな事覚えてたんかよ。てか忘れろ。今思い出すと恥ずいわ」

 

あの時は、まあ何だ、かなりムカついてたからな。コイツラ全員に対して。特にシグナムなんて何か知らんがウジウジ悩んでたもんだからかなり暑苦しい弁えをした記憶が。

 

「主のあの時のお言葉があったからこそ、我々はプログラムに縛られず、与えられた役割に拘らず、己が心で生きようと決めたのです。守護騎士システムではなく、シグナムというプログラム名でもない、ただ一人の゛私゛として、日々成長していくと。…………まぁ、流石にあの夜天の成長の形には私も驚いていますが」

 

それでも、とシグナムは続けた。

 

「我らの記録にあるオリジナルの夜天……管制人格の湛えている表情はいつも憂いを帯びていて、生きる事に諦観していました。どうにもならない、どうしようもない、だから流れに身を任せようと、と。ゆえに主のおかげなのです。我らに全力で生きる生き方を教えてくださったのですから」

 

そしてシグナムは微笑んだ。瞳を細め、目尻を下げたそれは今まで見たことのない淡い笑顔。

それを見た瞬間、俺は心にある一つの言葉が浮かんだ。

 

(抱きしめてチューしてお持ち帰りしてまたチューしてベッドインしていいですか!?)

 

シグナムは美人系だと思っていたが可愛い系でもあったのか!何か凄い真面目な事言って俺の事尊敬しるっぽい事も言ってたけど、この最後の笑顔で何言ってたのか忘れちまったよ!どうでもいいよ!

なんだよ、改めて見るとやっぱシグナム可愛いじゃん。いつもは「真面目か!」とツッコミたくなるような堅物だけど、その真面目っつうのは真っ直ぐっつう事でもあんだな。

柔らかそうなおっぱい同様、その笑顔もなかなかにGOOD。

 

よし、じゃあここは一発俺も良い事言ってシグナムへの好感度を上げ───

 

「痛っ!?」

 

突然ケツと脛に痛みが奔った。見ればシャマルが俺のケツと笑顔で抓り、ヴィータがローキックをかましている。

 

「痛ぇーな!何すんだよ!」

「ふん!」

「ハヤちゃんの馬鹿」

 

と、二人はゴキゲン斜め。一方のシグナムの方にも理とザフィーラが詰め寄っていた。

 

「なに主と二人だけの世界を作っているのですか?それほどまでに死にたいのですか?」

「シグナム、俺の目を盗んで主の株を上げようなど……いくら我らの将とて抜けがけは許さん。主は貴様一人のモノではないぞ」

「べ、別にそのようなつもりは……!」

 

と、向こうも向こうで何かよう分からん事になってる。そして視界の片隅には絶賛バトル中の夜天とプレシアの姿があり、その二人のキャットファイトを泣きそうな顔で右往左往とキョドりながら見ているフェイトがおり、不意に目があった。

 

「は、はやぶさぁ~……」

 

泣きそうな顔、てか普通に泣いてる。

目の前の惨状──夜天とプレシアのなんちゃって殺し合いに自分の気持ちが受け止めきれなくなったんだろうな。

 

(あー……なにこれ?え、俺ら何しに来たんだっけ?)

人のふり見て我がふり直せ、とはまたちょっと違ぇーだろうけど、こいつら見てっと幾分冷静になれた。と同時にため息を一つ零して泣いてるフェイト頭を撫でてやる。

 

「心配なのは分かっけど、ンな顔すんなって」

「で、でも……」

 

それにいい加減俺も腹たってきたし。人の喧嘩を指咥えて見てる事しか出来ないってのが一番ストレス溜まんだよな。

 

「大丈夫だって。なんなら今すぐあのバカども止めてやんよ」

不敵に笑う俺に、しかしフェイトの顔にはまだ心配の色が見える。ただ、それはさっきまでの母に対する心配とは違い、今回は俺の対する心配ってのが明らかだった。『あの二人を止めるの?危ないよ?近づくだけで軽く3回は死んじゃいそうだよ?』とでも言いたげな顔だ。

しかし、そんな心配は不要だ。俺を誰だと思ってやがる?あんなヒステリックを止めるなど造作も無い!

俺は身を翻し、二人に向って一歩足を踏み出す。そして…………

「ザフィーラ、行って来い!!」

「なんですとっ!?」

俺のあまりのキラーパスに慄くザッフィー。

いや、だってあの二人の仲裁に入るなんてマジ無理だし。喧嘩をしにあの中に入って行くならいくらでも覚悟キメられるが、ンな事すれば余計カオスった上にメンドくせー事になんのは目に見えてるからな。

「フェイト、待ってろ?すぐにこの勇ましい守護獣殿がアレを止めてくれっから」

「む、無茶を言わないで下さい!アレの中に飛び込めなどと………駆逐艦1隻でレ級に挑むようなものです!」

 

首をイヤイヤと横に何度も振って拒否を示すザフィーラ。

おいおい?それでも守護獣かよ。

 

「ハァ……そうかよ。いや、こりゃガッカリだ。ああ、ガッカリだ。守護獣の名が聞いて呆れるな」

「な、なにを……」

「口では俺を護るだの何だのぶっこいてんのに、いざ戦いを前にすると逃げ腰か?情けねぇな。なるほど、結局お前はただの愛玩動物だったわけか。まっ、それもいいんじゃね?戦いは他の立派な騎士に任せて、自分は後ろで丸まってりゃあよ?」

 

何とかザフィーラに仲裁役をやらせたく、俺はあからさまに軽く挑発してみた。それほど俺もあの中に飛び込みたくねーんだわ。命がいくつあっても足りやしねぇ。悪いがザッフィーには犠牲になってもらう。

 

「………いくら主の言葉でも、中には許容出来ない事もあります。訂正していただきたい。私は誇り高き騎士であり守護獣であり提督であり少女コミック愛好家!この牙と爪を持ってすれば、恐れるものなどこの世にありません!」

 

クククッ、容易くノりやがった!これだから犬っころは単純でいい。

んじゃ、最後の一押しっと。

 

「よくぞ言った!それでこそ俺の騎士、最上の守護獣!魂を奮わせろ!誇りを抱け!漢を魅せろ!さあ、目標は目の前だ!」

「応ッ!!」

 

勇ましく叫び声を上げるとザフィーラは獣形態から人型になり、夜天とババアに向かい力強く一歩を踏み出した。

頑張ってな~。

 

「さて、部屋出ようぜ」

「え゛っ……ザ、ザフィーラの雄姿を見届けないのですか?」

「どうでもいいし。おら、全員出るぞ。ここに居てもやることねぇしよ。夜天とババアも、一通りヤり合ったら気が収まるだろ。その時が来るまで俺たちゃ出てようぜ。行きてぇとこもあるし」

「一通りヤり合ったらって……じゃ、じゃあ何でハヤちゃんはザフィーラを向かわせたんですか?」

「あいつ、今まで見せ場が少なかったからよ。わざわざ作ってやったわけ。それに最近あいつ弛んでるしな」

 

ザフィーラ以外の奴らはバイトや家事以外の時間もなんか自己鍛錬的なモンしてる姿をよく見かけるが、あの犬に限っては皆無。PCや漫画本を手にしてる姿しか見てねー。あまつさえこん前なんて──

 

『主、どうすればよいのでしょう……最近シグナムが長門に、夜天が鳳翔さんに、シャマルが愛宕に、ヴィータが曙に、理が不知火に見えてしょうがないのです』

『実とゆずゆ、果たしてどちらが究極でどちらが至高の可愛さか……うぅむ、悩ましい』

 

──なんて事をほざいてやがった。

あん時はあいつに日本の娯楽を教えてやった事に本気で後悔したぜ。

 

「ンじゃ行きますか。おら、フェイトにアルフもさっさと行くぞ~」

 

そんな会話をしながら俺は騎士達、それからフェイトとアルフを連れ立ってこの喧嘩場を後にした。

 

「うおおおおおおおお!大和魂いざここに!!思春期少女の想いを乗せて!!鋼のくび────────アッーーーーーーー!?!?!?」

 

はぁ~、今日もタバコが美味ぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭上から凄まじい音が聞こえてくる中、俺たちは長い長い廊下を歩いている。

頭上の音は言うまでも無く夜天とババアの喧嘩によるもの。その音がずっと絶え間なく続いている事から、どうやらザフィーラは無残に散ったようだ。

 

そんな騒音をBGMに俺たちはあっち向いてホイやしりとりをしながら歩いてんだが、そんな中、ただ一人会話にすら参加せず、ちらちらと理の事を見続けている者がいた。フェイトだ。

いつからだったかは知らんが、それに気付いてからこの10分間フェイトを観察していたが、かなりの頻度で理に視線を投げていた。ジッと見続けているわけではないが、それでも5秒間隔で視線が前方と理を行ったり来たり。眼球が忙しなく動いてる様は見てて気持ち悪い事この上ねぇな。

(なにキョどってんだ、こいつ?)

これが理が男で、視線を送っているフェイトの頬が赤く染まっていれば『ああ、そういうこと』と合点もいくが、生憎と理はちんちくりんなドス黒幼女で、フェイトの頬は変わらず真っ白な純粋少女。

ふむ、さて、これはどう推理しよう?

フェイトが理を気に掛けているのは明白だが、ならばその理由はなんだろうか。

理。魔道生命体。女性型。幼女。身長体重は不明、たぶんフェイトと同じくらい。実年齢はまだ数週間。クールロリ。クレイジーロリ。残念。ガッカリ。生意気。カス。

この中になにかフェイトの気に掛る項目でもあるのだろうか?

(まさか単純に「死なないかな~」なんて事を思ってるとか?……いやいや、俺じゃあるまいし、フェイトがそんな事思うわけねぇか)

でも、だとしたら何で?

そう思っていた矢先、その視線を向けられていた当の本人である理から声があがった。

「先ほどから、いえ、詳しく言えば会った時から私の事を見つめていましたが何か?」

「え!?あ、その……」

 

まあ、見られてる本人が気づかない訳がないわな。それにしてもまさか会った時からだとは、いよいよもって訳が分からん。

 

「まさか私に惚れたのですか?レズビアン?」

 

え、ウソ、マジ?フェイトってそっちの気があったの?その歳で?いや、まあ、レズの良さは否定しねーけどよ……てか、むしろ見てる分には大好物だけどよ、それでもまさかフェイトがねぇ。もう数年もすれば飛び切りの美人になりそうな程の素材なのに、男から見れば勿体無ぇな。

 

と、一人思考が先走るが、まさかフェイトがそんな訳も無く。

 

「そ、そんなんじゃないです!………あの、れずびあんって何ですか?」

「うっ、なんて純粋無垢な瞳……やめて下さい!そんな目で私を見ないでください!」

 

純粋な子供心に充てられて慄き、眩しそうなモノから目を背けるような仕草をする理。

そりゃそうだよな~。見かけはフェイトと同年代でも、その心は邪悪で醜悪だからな~。

 

「……オホン、失礼。取り乱しました。兎も角、残念ですが、その想いはそうそうに絶つべきです。私の体も心も余すところ無く主のモノなのですから。むしろ足りないくらいです」

「キモイ事言ってんじゃねーよ。心も体もいるか」

「ツれないですね。真実の弁を一蹴されるのは、いくら私でも傷つきます?涙の大洪水です」

「ハッ、なに言ってんだか。テメーの体も心もテメーだけのモンだろ、普通に考えて。ドラマ見すぎ。そういう言い回し、うぜぇ」

 

と言っても、それは理が言ったからであって、もし仮に夜天やシグナムに言われたなら俺はテンションMAXになること間違いなし!

 

「夢のない主ですね」

「バンザイ現実だ。夢とか未来だけ見て生きててもつまらん」

「先を見ないといつか痛い目見ますよ?」

「未来があるから今を生きてるんじゃねぇ。今、俺の生きてる現実の先で勝手に未来が待ってんだ。勝手に待ってるモンにいちいち関心持つか。好きなだけ勝手に待たせる。それで何かしてこようもんなら、万倍にして返してやるだけだ」

「意味が分かりませんよ」

「ノリで理解しろ。あ~ゆ~OK?」

「あいあむOK」

「お前ら2人で変なコントしてんじゃねーよ!てか、話の内容飛びすぎだ!」

 

と、ヴィータから注意が入った事もあり、そろそろおふざけは御終いにしておこう。ちなみにどの辺からふざけていたのかというと、理の「まさか私に惚れた~」あたりから。まっ、要は最初からだな。

俺と理ハイタッチ。

 

「「イエ~イ」」

「仲良さげにしてんじゃねーよ!!」

 

さて、そろそろホントに真面目モードにならんとロリータが噛み付いてきそうなので。

 

「で、フェイトよぉ。ホントの所は何で理の事見てたんだ?ほら、怒らないから言ってみ?」

 

と、漸く本題に入ろうとした時、今度はシグナムから横槍が入った。

 

「………主隼、テスタロッサには妙に優しくありませんか?」

 

一向に話が進まね~。てか何その恨めしそうな顔。なんか悪いもんでも食ったかよ?

 

「あん?そうか?そうでもねーだろ。てか俺は万人に優しい!ザ・博愛!」

「ヴィータちゃんと理ちゃんには?」

「108回ほど死んでくれ」

「上等だコラァ!」

「109回ほど殺してあげましょうか?」

 

さて、そろそろこんなコントも本当に終いにしないとマジで終わりが来ねぇな。

取り合えず、フェイトに関してはそうだな……まぁ確かに優しいのかもしんねーな。とりわけ格別の優しさを見せてるつもりはねーけど、ロリーズを相手にしてる時のような憎悪もないし。

 

「俺ぁ本来ガキは好きだかんな。特にガキらしいガキが。その点でフェイトは殆ど文句の付け所がねぇ。今日日こんなガキは珍しいからよ、ついつい可愛がりたくなるもんだ」

「あぅ………」

 

そうそう、そういう素直に照れる所が特に。ロリーズじゃ天地がひっくり返っても期待できない反応だ。

俺はフェイトの頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。

 

「いいか、どうかそのまま無垢な心で育っていくんだぞ?まかり間違ってもあんな性格にはなるなよ?」

 

『あんな』呼ばわりされたロリーズは怒り心頭といった様子で今にも殴りかかってきそうだ。そんなだからお前らはダメなんだよ。腐れなんだよ。

もっとも、ロリーズがフェイトのように良い子になったらなったでキモイんだが。

 

「そして、性格もそうだが外見も今のまま、いや今まで以上に綺麗になるんだぞ。メロンを実らせれば尚良し!さらに可愛い女友達をいっぱい作って、そして10年後くらいに俺の為に合コンを開いてくれ!!!」

 

欲望駄々漏れの発言に対し、フェイトはあまりよく分かっていない様子。

まあ、今はそれでいい。いつかは絶対に分かる時が来るからな。その時になって改めて頼もう。『合コンを開いてくれ!』と。メンバーに関してならフェイトなら大丈夫という自信がある。将来、フェイトは絶対に美人になっている事だろう。ならば、自ずと周りに集まる友達も美人になってくるはず!類は智を呼ぶっていうし。

………え?それなら将来美人確定のフェイト自身に今のうちに唾をつけとけ?青田買いだって?

そりゃねーよ。

ガキの頃から知ってる奴とどうこうなるってのはさ………なんか萎える。目の保養くらいが精々だ。

 

また話が大きく逸れてしまった。

 

俺は一つ咳払いをすると、再度ガキに質問した。今度は誰からも横槍を入れられることなくそれが通り、漸くフェイトからの返答が来たのだった。

 

「えっと、その……理があの子に似てるから」

あの子?なのはの事か?………ああ、ね。そういやそれについては何も言ってなかったわな。魔導生命体って説明しかしてなかったし。そうだよな、なのはの事知ってんなら当然その疑問は湧くよな。中身は絶望的に似てないが外見はクリソツだかんな。

そんな絶望ロリだが、フェイトの言葉で少し憮然な感じの顔つきになった。いや、まあ、傍目に見たら殆ど変化したように見えねーけどよ、その辺は付き合いの長さと濃さで手に取るように分かるようになった。悲しい事にな。

まあ、それは兎も角。

理のやつ、あんまなのはの事好きじゃないっぽいんだよなぁ。以前その辺の事聞いた時は「さて、どうでしょうか。……そうですね、もしかしたらある種の同属嫌悪的な物があるかもしれません」なんて言ってた。「同属嫌悪?おいおい、お前、なのはと同属のつもり?あっちの方が万倍は可愛いぞ」って言葉を返したのを覚えている。もちろん、その後喧嘩になったのは言うまでも無い。

「誰が何時名で呼ぶ事を許可しました?馴れ馴れしい方ですね。身の程を弁えて下さい。私の名を呼んでいいのは主だけです。……まあ、他はギリ許容範囲で騎士の面々ですね」

「お前はどこまで上から目線なんだよ」

どうやらなのはと似てると言われた事ではなく、名を呼ばれたのが気に食わなかったらしい。ただ、理の言動を鑑みるにそこまでじゃないようだ。本気で嫌な時の理の口の悪さは苛烈で容赦ねぇからな。ともすれば手の方が先に出る時もある。

しかし、まあ、これも身内である俺だから分かるのであって、他の奴は額面通りに受け取ってしまうだろう。

例に漏れずフェイトも、

「ご、ごめんなさい……」

なんて言ってしょんぼり顔だ。見ろ、後ろで保護者代わりの獣耳の姉ちゃんがスゲェ睨んでんじゃねーか。

しゃあねーな、ガキの面倒は大人が見るもんだ。

「フェイト、この馬鹿の言葉は真に受けるな。一種の挨拶だと思っとけ。でだ、このガキとなのはとの関係だけどよ、似てんのは当然なのよ。理含めコイツラが人間じゃねーてのは言ったよな?加えて、全員オリジナルがおり、コイツラはそれを元にしたコピー体ってわけだ。分かるかコピーって?分からなきゃクローンでもいいし、偽モンと解釈してもOK」

「え、そうなの!?」

驚いた顔で全員の顔を見渡すフェイトとアルフ。

それに対し別段臆することなく、普通に『ああ、そうだが?』といった様子のコピー体面々。シャマルなど「あはは~」と朗らかに笑っている。

「あ、あの、そういうのって………」

「『気にならないのか』だろ?そうだよな、普通は気にするもんらしい。事実、こいつらも当初は悩んでたしな。ハァ………なんてぇか、ホント馬鹿じゃね?って話だよ。よく漫画や映画とかでよ、クローンとかコピーとかってそういうキャラが葛藤したりすんじゃん?ほら、「なんで自分は普通の人間じゃないんだ!」的に?ハッ、下らねー。人間じゃなかったら何だってんだよ。別にいいじゃんよなぁ、コピーでも。世界にゃどれだけ人間以外の動物がいると思ってんだ?なら、それならそれで、そういう種族だと思っちまえって話だ。だってぇのにウザったい自虐しやがって。いっそ死ねよ」

 

世の中にゃあよ、人に生まれても『普通』の人扱いされないやつも居んだぜ?中でもキツイのはあれだ、奇形児とか顔に火傷とかの傷跡を持ってる奴ら。そんな奴等を「可哀相」とか言ってるカスがいるけどよ、あれ、ぜってぇ本心じゃねーよな。

偏見、差別、建前────それらは人が生きていく上で絶対必要な要素だろうけど、もう少し正直に人は生きていいと思う。思うが侭に。我がままに。

まあ、それが無理なのが現実なんだけどよ。あまり思いの丈をぶっちゃけすぎると、今度は自分が社会からハブられる事になる。だから人は偽善を纏う。

ある種、処世術だな。

「それで、なんだ、コピーなのを気にする?人間じゃないのが気になる?はん!ケツの穴のちっせぇ事ぬかしてんじゃねーよ。そういう奴ぁじゃあよ、身的・知的障害者の目の前で『五体満足で健康体、精神面も至って正常、見た目人間と変わりません。でも、人間じゃないから人間になりたいです』って言ってみ。どれだけ自分がちっせーか分かっから」

 

と、そこまで言って、なんか思いのほか多弁しちまった事に気付いた。しかも、話の内容が内容だったもんだから、さっきまでの朗らかな空気はどこへやら。皆のテンションがガタ落ちしちまった。あのロリーズでさえ、なんか気落ちしてるし。

こ、こりゃあ流石に俺も後味悪ぃな。

「ま、まあ、あれだ。前からも言ってるように、要は『テメェはテメェ』って事だ。他の誰でもなく、他の何にでもなく、ただ一人の自分として生きたいように生きりゃいいんだよ。そうやって胸張ってりゃ世は全て事も無し。てか、寧ろこんな世などクソ喰らえってな。葛藤とか悩む暇があるなら遊び倒そうぜ」

そう前向きに締めくくってみたものの、皆の顔は以前晴れない。

参ったね、こりゃ。そこまで真剣に考えることでもねぇのに。そもそも、これは俺の持論で、しかもかなり穿った理論だかんな。全てを全て真面目に受け止めてもらっても困る。

 

………よし、ここは無理やりイイ話だー的な展開に持っていこう。

「あー……であるけれども、そう簡単には人は強くなれねーわな。テメェはテメェっつっても、世界は勿論テメェだけで成り立ってる訳じゃねーしよ。で、だ。そういう時どうすればいいか、自分一人の強さで生きてーように生きられない時はどうすればいいか。フェイト、分かっか?」

「え?えっと………」

「なに、難しく考えんな。思いついたこと言ってみ?」

フェイトは先ほどの難しい思案顔から、小首をちょこんと傾げた可愛い思案顔になった。そして間もなく、おずおずと答えた。

「他の人と一緒に頑張る?」

「おっ、正~解~!その考え、普通なら中々スっと出ないぜ?えらいえらい」

俺が褒美としてフェイトの頭をガシガシと撫でつけてると、照れくさそうに顔を赤くして俯く。

言葉だけではなく、こんな肉体的接触での温かみある行いは重要なのだ。褒める時や、労をねぎらう時はな。その相手が子供の場合は尚更よ?

「テメェが強くなるのが一番だけどよ、それでも足りねぇなら他から持ってくりゃいいだけの話だ。ただな、そこで大事な事が一つある」

「大事な事?」

「ああ。それはな、相手が信頼または信用できる人物だって事だ。俺ぁ使えるモンは使う主義だけどよ、それでもここぞという時はやっぱそこに重きを置くな」

「信頼………隼もそんな人がいるの?」

そのフェイトからの質問に俺は力強く首を縦に振った。

「そりゃあ俺だって無敵じゃねぇ。まあ、一時期は『俺は何でも出来る!』なんて調子ぶっこいてた時期もあったけどよ。それでも、そんな頃でも傍には信頼出来る奴ら─────ダチがいたかんな」

「ダチ?」

「ああ、友達な。それも心底信頼できる奴なら、何年経っても、どれだけの時間会わなくてもその繋がりは絶対薄くはならん」

その証拠に、ついこの間の旅費にその頃のダチから借りた分もあるし。

今の御時世、何年も会ってない奴なんかに何万も金が貸せる訳がねーってのが普通だろうけど、金の切れ目が縁の切れ目とは言うけれど、俺とダチの築いた信頼関係はそんな軟なモンじゃない。快く貸してくれ………あー、いや、ぶつぶつ文句は言ってたな。

 

「ダチは一生の財産とも言うし……………ンだよ、お前ら」

ふと気付けば、フェイトとアルフを除いた奴ら、つまりは騎士共が何故か不満げで不安げなご様子。

なんだ?なんか、俺変な事言った?まあ、ちょっと臭いかな~とは自分でも思ってっけどよ。でも、それもこれから未来あるフェイトへの後学の為にだな………

「私達は………」

シグナムが不安げな顔で言葉を発した。

「私達は、どうなのでしょうか?」

「あん?なにが?」

「ですから、その……主からの御信頼の程は……」

え、なにそれ?もしかして、その不満や不安顔ってのはあれか、騎士として主には一番に信頼を寄せられたいとかそんな感じの……ある種嫉妬してんの?俺のダチ公に?

こいつら、どんだけ騎士としての誇りが高ェんだよ。

まっ、それは兎も角として。

こいつらに対する信頼ねぇ……ぶっちゃけ言えば、そんなになんだよな~。少なくともダチの方が信頼度は上だ。付き合ってきた年期が違うしよ。

(だが、しかし!)

俺はシグナムの、そのたわわに実ったモノをさりげなく見る。

俺はシャマルの、その慎ましくもつい手が伸びそうになるモノをチラ見する。

俺は夜天の、あの儚くも完成されたモノを思い返す。

ロリーズはどうでもいい。

───────ここに結果は見えた。見えていた。

「ハッ!何を今更。お前ら(のお胸様)を信頼しなくて何を信頼する!お前ら(のお尻様)を大切に思わなくて何を大切にする!」

野郎同士の友情は確かに尊いものだ。だが、シグナムたちの『美乳』『美尻』はその尚上をいく。国宝と呼ばれて然るべきモノだ!!後世に残すべき財産だ!

「そもそも、じゃなきゃ誰が好き好んでうちに住まわせるかよ。お前たち(のような体の持ち主)じゃなかったら、すぐに追い出してるっつうの」

「あ、主、そこまで私達の事を……っ!」

 

感動で目をキラキラさせているシグナム他騎士たち。単純って幸せな事なんだな~と今更ながら実感。

………って、また話が逸れてんじゃねーか!

 

「兎も角、いいかフェイト?ダチだよ、ダチ。特にお前くらいの歳なら必要不可欠!分かるか?」

「え、ええっと……」

「今は一人もいねーかも知んねぇけどよ、まっ、心配すんな。お前くらい性格良し、見た目良しならこれから嫌でも出来てくっから……………いや、待てよ」

 

よく考えればフェイトだけじゃねーじゃんよ。フェイトくらいの年頃で、ダチが一人もいねぇのって。

俺はフェイトから視線を横にずらし、ある2人を見つめる。

 

「何ですか?」

「ンだよ?」

 

言わずもがな、我が騎士ロリーズのお二方。

俺は訝しむ2人の手を取ると、フェイトに向かって差し出す。

 

「丁度イイ。ほらフェイト、喜べ。同年代の友達1号・2号だ」

 

それを聞いてフェイトは目を見開き、「え、あの」とか言って狼狽した。片や俺の独断で友達候補にされたロリーズは意味が分からないといった顔。

「はァ?!」

「何故私が………」

「お前らもダチいねぇだろうが。思えばさっきフェイトに言った言葉、まんまお前達にも当てはまるからな。なら、これはいい機会だ。ほら、お互い握手握手」

 

本来ダチになるためにこんな形式ばった握手はもとより「友達になりましょう」なんて言葉もいらねーんだろうけど、まあ、お互い初心者だ。こうやって形作るやり方のほうが分かりやすいだろう。

 

そんな俺の優しい心使いだが、しかしロリーズの反応は薄い。

 

「あたしはシグナムたち仲間がいるし、それにお、お前も居るし……だから別にダチなんて─────」

 

ふいにヴィータの言葉が途切れ、その表情は驚きになった。もう一方のロリも顔には出てないが戸惑っている様子。

その理由は、フェイトが2人に近寄り手を差し出しかたら。

 

「と、友達に……」

「「………………」」

「その、良かったら、二人と友達になりたいです」

 

───俺は確信したね。

これから先、どれだけ世間の波に揉まれても、フェイトは捻くれる事も無く素直に育っていくだろうって。中身も外見も美しくなるだろうって。勿体ねぇなー。もう十年くらい遅く出会ってりゃ、たぶん猛アタックしてたんだけどよぉ……………チキンな童貞に結果が付いて来るかは兎も角として!

 

「ぷははは!こりゃフェイトの方がよっぽど大人だな。子供らしい素直さを持ったよ!で、ヴィータに理よぉ、フェイトにここまで言わせといて、まさか誇り高き騎士様が捻くれた断わりや強情なだんまり決め込むなんてしねーよな?お前らの器の見せ所だぜ?」

「………はン!ジョートーだよ!」

「………まぁ、聞いた限り友達というものは作っておいて損はありませんね」

 

順にガシっと手を取り改めてお互い名乗りあう3人。フェイトは勿論の事、あのクソロリーズも心なしか照れている。そして、そんな光景を見て他騎士たちは微笑みを浮かべ、アルフは感動で涙ぐんでいた。

いいね~、微笑ましいね~。やっぱガキの在り方はこうでなくっちゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、紆余曲折ってか、女の会話みたいに話が飛び飛びで訳分かんねーって感じだったが、なんとか良い所に着地してくれた。イイ話だー、てな。

 

ただ、忘れちゃなんねー今の状況。

 

俺たちは夜天、プレシア、今は亡きザッフィーのいる部屋から出て通路を歩いている途中だったわけよ。その間で上記のような会話が繰り広げられてのであって、会話をするために歩いていた訳じゃないんだ。

つまりそう、俺たちにはちゃんと目的地があったわけよ。

それがどこなのかは説明する必要は無い。てか、フェイトたち3人が『友達宣言』してる間に丁度着いたんよ。

 

「さて、友情を育んでるとこ悪ぃけどさ、目的地に到着しちまったんで一端休題な。ただ、最後にフェイト、ここに入る前に一つ質問がある」

 

俺たちの目の前には『裏ボスでも居そうな』扉が一つ。

 

「お前さ、姉妹っている?」

 

この返答次第によってこれからの展開が変わってくるが、さて。ただ、どちらにしろ、あまり面白い展開にはなんねーだろうなぁ。

 

ハァ……、これが最後の面倒事であってほしい。

 



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19

 

フェイト・テスタロッサ。

金髪のロリ魔導師。若干9歳にしてその戦闘能力、魔導師ランクなるものは管理局の戦闘員にも遅れを取らないらしい(騎士共の見解)。得物は鎌にも斧にもなるかっけーデバイス、バルディッシュ。さらに見た目ばっちグーな使い魔も使役している。

性格は大人しく、天然で純粋、そして母親思い。見た目は9歳児相応の凹凸のない溜息ボディ。ただ、どこぞのロリとは違いきちんと成長していくので、そこは今後に十分期待が持てる。というか、プレシアを見る限りでは遺伝子的には約束されているようなもんだ。もし、フェイトが俺と同年代であれば、たぶん純粋に女性として好意を抱くことになっていただろう。シグナムや夜天と同レベルの容姿にあの性格が合わされば…………ああ、無敵で素敵だ。けれど、それはどうしたってifの話であり、現実にフェイトはちんちくりんのガキ。どうこうなりたいとは思わないし、なりたくもない。てか、9歳児とどうかなりたいと思う成人男性がいたら、そいつは変態以外の何物でもない。そして俺は変態じゃあない………少なくともその類のな。

 

と、最後の辺りは少し話が逸れたが、つまり何が言いたいのかというと、これが俺が知っているフェイトの大まかなパーソナルデータってことを言いたいのよ。これにまだ付け加える事があるとすれば………まあ、良い子だって事と、あとは俺が気に入っているって事くらいか?

とまあ、そんなガキなんだがよ、つい先ほど、このパーソナルデータが更新されたわけよ。

姉妹なし。一人っ子。

それが、フェイトの俺の質問に対する答えだった。

───────さて、となると。

あの変な液体に満たされた入れもんの中で漂っているモノは、少なくともフェイトの姉妹ではないということだ。これで、候補の一つとして挙げていた『フェイトの妹または姉の死体』という一番エグい可能性は消えたわけだが、それでもまだ正体が分かったわけじゃない。

人形?クローン?ドッペルゲンガー?はたまた騎士共よろしくコピー体?

さきにも言ったように、現実的に一番可能性の高いのは『人形』だろうけどよ、魔法という非現実的要因が絡んだ場合はその限りじゃなくなる。

結局アレは何なのか。

俺一人じゃ判断付かない訳で、真実を知っているだろうババアは喧嘩中で、ならばという事で俺は残った騎士とフェイトを連れて例の部屋に来た訳よ。他の奴の見解を聞くためにな。

ただ、フェイトにアレを見せていいかどうかは一応最後まで迷ったね。ほら、いくら死体じゃねーっつっても、見た目自分とクリソツなモンが変な液体の中に漂ってんだぜ?本人にとっちゃ気分は良くねぇだろうよ。下手すりゃトラウマもんだ。

けど、結局俺はフェイトも連れ立ってアレがある部屋の中へと入った。何故かってーと、まあ…………ぶっちゃけ気に掛けるのが面倒になったのよ。だってよ、アレを見て気分悪くなっても時が過ぎればそんなモン回復するし、それにトラウマっつってもよく考えりゃそこまでのモンじゃねーよな。その、あれだ、鏡だと思やぁなんてことねーだろ的な感じ?

 

まっ、何のかんの言ったが、つまり俺たちはあのフェイト似の人形(?)のいる部屋に皆でやって来たって事。OK?

で、彼女らのアレを見ての感想だが……まあ、別に取り立てて面白いリアクションはなかった。ただ普通に驚いたり、険しい表情を見せるだけだった。

 

「は、隼、これは何なんだい!……なんでフェイトが……」

「ああ、やっぱアルフにもフェイトに見える?だよな~。背丈以外は気持ち悪いほどクリソツだよな。で、フェイトよぉ、お前はどうだ?」

 

この中で、これを見て一番驚いているであろう奴に目を向ける。

案の定、目をコレでもかと見開き、筒の中の自分を見ていた。次いで俺の言葉に反応して此方に顔を向けたが、そこには困惑と少しの恐怖の色が見える。

 

「は、隼……こ、これ、何で私が」

「落ち着けって。人形だよ人形。蝋人形。お前も蝋人形にしてやろうかー、なんてな。驚きこそすれ、別にびびるモンじゃねーし、お前が怯える程でもねーよ」

 

ポンポンとフェイトの頭を叩いてやる。それでも安心仕切れない様子のフェイトだが、そこでさらにフェイトを不安にさせる言葉がシャマルから出た。

 

「ハヤちゃん、これ、人形なんかじゃありません」

「あん?」

 

シャマルを見れば、そこには今まで見たことないほど険しい顔つきをしている彼女がいた。

 

「ハヤちゃんと同じ、肉や骨で形作られたモノです。唯一違うのは、そこに生命活動が見られないだけ」

「お、おい、待て。それって………」

「この子、人間です。いえ、詳しく言えば死体です」

…………おい、おいおいおいおいおい!?ウソ!?マジ!?いや、でも腐ってねーし……この液体のお陰?

 

「で、でもよ、なんで一目見てそんな断定出来んだ?確かに人間にしか見えねーけど……」

「分かるんです。私自身死体なんて見たことないですけど、オリジナルの記憶が記録としてあるのか、それともまた別の要因なのかは分かりませんが………でも、分かるんです。だから、コレは……」

 

淡々というシャマル。その顔はとても嘘をついているもんじゃない。

確かに騎士共の見解を知りたいとは思ってたけど、まさかビンゴした結果が一番エグイやつって………つうか、じゃあこれってマジで………って、驚いてるバヤイじゃねーー!

 

「よいしょーーーー!!!」

「きゃっ!?」

 

俺は事態を把握するや否や、自分似の死体を見ていたフェイトを抱え上げた。そして顔を此方に向けさせ、俺の顔しか視界に入らないようにする。

 

「ちょ、ちょっと隼、いきなり何してんだい!?」

 

アルフを始め、皆がその俺のいきなりの奇行に目を見張ったり怒声の声を上げてるが、そんなモン気にしている場合じゃない。

俺はコレが死体じゃないだろうと思ってフェイトを連れてきた。しかし、目の前のコレは最悪な事に死体だった。なら、そんなモンをいつまでもガキに見せる訳にはいかない。

 

「あ、ああの、隼、ち、近い……っ」

「うるせぇ、これでいいんだよ。お前は俺だけ見てろ」

 

さきほどの様子から一転、頬を赤くしあわあわと狼狽するフェイト。恥ずかしいのか嫌なのか、俺の胸板を弱弱しくドンドンと叩くが、俺だってこんな重いガキを抱えたくない。しかし、ガキに死体を見せるくらいなら俺の腕がダルくなる方が万倍マシだ。

いくらガキには色んな経験させた方がいいからって、経験させていい事と悪い事があるかんな。死体を見る経験なんてしない方がいい。かく言う俺も、仏さんを見るなんてバアさん以来だ。

 

(しっかし、あれがマジで死体だったとは……)

 

フェイトの顔の向こう側に依然と液体の中で漂っているフェイト似の死体。これがグロければ簡単に目を背けられるが、なまじ人の形のまま、それも今にも目を開けそうなほどの無傷っぷりとくれば、怖さよりも興味が強い。

 

(なんで、フェイトにクリソツなんだ?)

 

最後の最後、行き着く果ての、結局な疑問。

背丈以外は全く同じと言っても過言じゃねぇこの死体。フェイトの双子、と言えば納得もいくが彼女に姉妹はいない。なら、この死体は一体何者なのか。

これがフェイトに全く似ていない、どこぞの見知らぬ死体だったらここまで気にはならねーんだろうけどなぁ。それか、目も背けたくなるようなグロい死体だったら。てか、これってホント死体なのか?マジでただ寝てるみてーだよ。

 

と、俺がフェイトに死体を見せないようにしながら自分はじっくり観察していた時、

 

「主、私は思いました」

 

服の裾が引っ張られる共にそんな声が掛けられた。視線を少し下に向ければ、そこには理がいつの間にかいた。それも、その顔は結構真剣だ。

この死体を見て、何か気づくことでもあったのだろうか?

そう期待した俺だったが、しかし、所詮期待は期待だった。

 

「やはり主はフェイトに優しい」

「はあ?」

「え?」

 

理の馬鹿発言に思わず阿呆な声が出ちまった。フェイトもフェイトで目をぱちくりさせて驚いている様子。

なんなのコイツは?俺、ついさっき言ったよな?俺はただガキが好きなんだって。なに、こいつやっぱ馬鹿なの?それとも痴呆?プログラムのバグ?てか、時と場所を考えて発言するという事が出来んのかこいつは。空気ガン無視だなオイ。

 

「ええ、分かってます。主は子供が好きな事は。しかし、それを加味してもフェイトには一段上の優しさを見せているように思えます。それが、私には業腹でなりません」

 

業腹って……いや、まあ、理の心情などどうでもいいが、俺ってそんなにフェイトには優しいか?

 

「つうか、お前、俺がフェイト以外のガキと接してるとこ見た事ねーだろうが。なら、俺のそれぞれのガキへの紳士度なんて分かんねーだろ」

「少なくとも、私には優しくありませんよ?」

「いや、だってお前は極上に可愛くねーからよ、そんな奴に優しくなれねーわ」

 

そう言った俺に理は何か言い返そうとして、しかし、何故か黙り込んだ。その顔はいつもの無表情なのだが、心なしか何かを考え込んでいるようにも見える。そして程なく、理は言葉を返してきたのだが………。

 

「………………………そう、ですか」

 

あ、あれ?

俺の見間違い、聞き間違いじゃなければ、理の奴、すげー暗い顔になった上に超元気の無い声を発したんですけど?え、その反応、なんかいつもと違くない?いつもなら「………カチ~ン」とか「他に類を見ない可愛さの私になんて言い草」とか、そんな言葉が返ってくるはずなんだけど………。

見てみろ、シグナムやあのヴィータでさえ、今の理の反応みて目を剥いて驚いてんじゃねーか。

 

「そうですよね。所詮私はプログラムであり、人間の可愛さなど身に付くであろうはずもありません。いえ、別に自分自身を卑下するつもりはありませんが………しかし、やはり、主に可愛くないと思われているのは悲しいですね」

 

なんからしくない、儚げな笑みを浮かべて落ち込んでるんですけどーー!?しかも、うっすらと涙まで!?俺、なんか地雷踏んだ!?うおっ、なんかシグナムたちからすげぇ凶悪な視線向けられてんだけど!?『最低~』とか、そんな感じの心の声まで聞こえるぅぅぅ!?

 

おかしい!何がおかしいって、理の反応も、それを見て自分が何故か慌てていることも、全てがおかしい!

 

「う、嘘嘘嘘!さっきのマジ嘘!理は可愛いって!テメェを可愛くねーって奴がいたら俺がぶっ殺してやるってほど可愛い!ああ、ホント、罪なガキだ」

「………ホントですか?」

 

そこで上目使い!?こいつはホントにどうしたーー!!

 

「マ、マジマジ!!」

「じゃ、抱っこして下さい」

「応よ!」

「次にそのまま抱きしめてください」

「応よ!」

 

俺はフェイトをすぐさま降ろし、代わりに理を抱き上げ、抱きしめた……………………………って、応じておいて何だが、これは流石におかしくね?なぜ理を抱き上げて、抱きしめなきゃならん?

 

「なるほど。こういう反応をすれば主は優しくして下さるのですね」

 

落ち着いて、ふと抱き上げた理の顔を見れば、そこにはいつもの無表情なロリガキの顔。儚げな雰囲気も、瞳に溜まっていた涙もどこかに消えていた。

こ、こいつ、まさか……!

 

「先ほどの主の言葉、そしてこの腕の中の何と甘露な事。男は単純だと聞きますが、主は特にちょろいようで。これから先、悪い女に騙されないか心配です」

「て、てめっ………!」

「まあゲロ臭い演技をした甲斐はありましたが……いやはや、やはり『可愛い』とは難しいものですね。見てください、この鳥肌。慣れない事はするものではありません」

「こんのド腐れロリータァァァァァ!!!」

 

俺はあらんばかりの力を使い、腕の中に収めていた理をぶん投げた。しかし、小癪にも理は宙で一回転した後、華麗にストンと着地。

 

「危ないじゃないですか。それとも、これは主なりの愛ある行動ですか?だったらもう一度投げてください」

「そこに直れぇい!お前がッ、泣くまでッ、殴るのをやめないッッ!!」

 

なんて奴だ、この畜生ロリが!この俺の紳士魂に付け込むとはふてぇ野郎だ!マジで一回折檻してやる!

 

俺は拳を握り、余裕綽々御満悦な感じの理へと歩み寄ろうとし────────しかし、その前にある一人の人物が理の肩にポンと手を置いた。

 

「?なんですか、シグナ……………皆さん、どうされました?」

 

見れば理はいつの間にか囲まれていた。シグナムとシャマルとヴィータに。さらに3人ともが寒気を誘う笑顔浮かべている。シグナムなど、なぜかレヴァンティン装備。

 

「選べ、理。直剣か蛇腹剣か弓か。なに、心配はいらん。洩れなく『死』はつけてやろう」

「………シグナムでも冗談を言うのですね」

 

いや、シグナムの奴、ありゃマジだな。それは理の奴も分かっているのか、その頬からツゥと汗が流れ落ちた。

 

「私達を差し置いて一人良い思いをするとはいい度胸だ。せめてもの情けで、その思いを黄泉への土産にさせてやろう」

「理ちゃん、ちょーーっと調子乗りすぎましたね?」

「理ぃ~、覚悟は出来てんだろうな?出来てなくても関係ねーけどよォ」

「…………是非もなし、ですね」

 

ここに来て初。理vsシグナム・シャマル・ヴィータの大喧嘩が勃発したのだった。

しかし、シグナムたちは俺を置いてキレすぎだろ。主として敬愛されんのは嬉しいっちゃあ嬉しいが…………やっぱ男として愛して欲しい!

 

それにしても………。

 

「お~い、一応仏様の前なんだけど~?その辺分かってっか~?」

 

先ほどまで理と馬鹿やってた俺が言うのもアレだが。

 

「ありゃ聞こえちゃいないね」

 

俺はアルフと共にため息を一つ。唯一フェイトだけが俺と向こうの喧嘩組を交互に見ておろおろしていた。

ああ、もうあいつらは!

 

「こちとらいろいろとまだ疑問があんのによぉ。なんでこう喧嘩っ早い奴が多いのかね?」

「隼、あんたがそれを言っちゃあお終いだよ」

「あ、やっぱり?」

「うん。やっぱり」

「ふ、2人とも何でそんなに落ち着いてるの!?」

 

人間、諦めが肝心ってな。まぁ、アルフは人間じゃねーが気持ちは同じらしい。

んじゃ、俺はあいつらが落ち着くまでモクでもふかして───────

 

「ここで何をしている!!!」

 

なんの前触れも無く、なんの予告もなく、突然部屋の中に怒声が響き渡った。それはシグナムたちが喧嘩の手を止めるのほど、それほどの怒気を伴っていた。

しかし、俺はそれに臆することなく、むしろここはフレンドリーに手を挙げて応じるべきだろう。

 

「おっはー✩」

「今は夜よ!」

 

なぜ魔法世界出身であるプレシアがこんな古い挨拶を知っている?

それは兎も角。

俺は挨拶を返した後、まずフェイトを傍に手繰り寄せ、その目を手で覆った。それは何故かって?だってよ、今のババアの姿はとてもじゃない、子であるフェイトに見させていいもんじゃないからな。

 

「隼、み、見えない」

「見ない方がいい。それりゃもう、あの筒の中に入ってる自分似の死体以上に見ないほうがいい」

 

ババアの姿は凄惨なものだった。夜天との喧嘩によるもんだろう、髪はこれでもかと言うほど四方に乱れ、顔は青あざと切り傷と血で醜くなり、服も袖が千切れてスカート部にはセクシーなスリットが出来ていた。

 

「さぞ楽しい喧嘩だったんだろうな。羨ましい。ところで夜天とザフィーラは?」

 

しかし、そんな俺の言葉は無視して、ババアは俺から視線を逸らすとシグナムたちに視線を向けた…………と思ったら、次の瞬間にはあいつらに向けて魔力弾を数発放った。

 

「くっ!?貴様、いきなり何を──────」

「アリシアから離れなさい!!!」

 

鬼か悪魔か阿修羅か大魔神か、それほどの形相で声を張り上げたババア。それは俺との喧嘩の時でも現さなかったほどの激情。

 

「アリシア?」

 

何だ、その固有名詞は?

シグナムたちに向けて言ったっつうことはあいつらの傍にその『アリシア』てのがあるんだよな?ええっと、あいつらの傍にあるのっつったら…………まさか?

 

と、どうやらそのまさかだったらしく。

ババアは怪我によってか、ふらつく足取りで歩き始めた。向かってる先はその『まさか』が在る場所。俺たちなどまるで眼中になし。ただ直向きに、一直線に、憂いを帯びた顔で゛それ゛に向かっていく。

 

「ああ、アリシア………」

 

そして、ババアはそれに縋り付く様に凭れかかった。そう、フェイト似の死体が入った入れ物に。そして、その中のものを見つめるババアの顔はとても、とても優しげだ。優しげで、慈しみに満ちていて、愛しげで……。

 

───────知ってる。

 

ああ、俺は、この顔を知っている。いや、俺は、というより、親を持つ子なら誰でも知っていることだろう。そして、きっと一度は自身に向けられたことがあるはずだ。覚えていなくても、母から、あるいは父から、今のプレシアと同じ顔を向けられた事があるはずだ。

 

(けどよぉ、なんで……)

 

疑問。

おかしいだろ。間違ってるだろ。と胸中で呟く。

 

何故、その死体に向かってそんな顔をする?何故、フェイトにはその顔を向けてやらない?

 

「か、母さん……」

 

思考の渦に巻き込まれてしまっていたようで、ふと気づけば俺はフェイトから手を離していた。そして、自由になったフェイトはババアの方へと歩み寄っていく。

しかし、その歩みもババアに睨みつけられたため、その場に縫い付けられたように止まった。

 

「この子の前で、アリシアの前で私を母と呼ぶな!私はアリシアだけの母…………そして、私の子はアリシアだけ」

「………え?」

「お前が私の子?失敗作の分際で……反吐が出るわ」

 

ええっと………なんか今ババアの奴スゲェことぶっちゃけなかった?いや、まさか事実じゃねーだろ。あれだろ?ただ気持ち的に、フェイトは自分の子じゃないっていう的な?いや、それもそれで酷ぇけど。

 

「ふ、ふふ、あははははははっ!もういいわ、ジュエルシードは自分で集める。だから、もう限界よ、こんな『人形』に母と呼ばれる事は!…………真実を話してあげる」

 

あー……ちょい待とうぜ。こういうパターンって漫画とかで知ってんぜ。やめてくれ。ヒートすんのは勝手だけどよ、そのネタが仮想の世界でありふれてるからって現実にまで持ってくんなよ。そういうのは、夜天たちだけで十分間に合ってんだよ。

 

そんな俺の懇願を他所に、プレシアは本日一番の爆弾を躊躇いなく投下した。

 

「アリシアの容姿とテスタロッサの姓持った紛い物、劣悪な出来損ないの────クローン」

 

あ~あ、なんでパチンコじゃあ連チャンしねーのに、こういう厄介事は連チャンするかねぇ。これこそ業腹!

 

ハァ、めんどくせぇ。

 

 



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20

さて、プレシアが暴走し、『聞け、これが衝撃の真実だ』とばかりにぶっちゃけた事実──フェイトはアリシアというプレシアの実子のクローン体、とのこと。

 

一見すれば(この場合は一聞き?)、なるほど、それはとんでもねぇ事に聞こえる。フェイトが驚きすぎて口を阿呆の様におっ広げ、硬直しちまうのも無理ねーのかもしんねぇ。

けどよ?よーく考えりゃ、そりゃあ別段ぶったまげる程の事じゃなくね?

クローン………ああ、確かに聞こえはすげぇさ。でもよ、そんなもんその辺にゴロゴロしてんぞ?ほら、なんつったっけ、あのちっこい単細胞生物。あれの細胞分裂だってようはクローンって事だろ?それにどっかで聞いたけど、あの竹林も一種のクローンらしいし。あとさ、ずっと前テレビでネコだか豚だか羊だかのクローンに成功したっつう話も聞いたぜ?たぶん、他にも探せばゴロゴロとあんだろうよ。

確かによ、人間のクローンなんて前例はない。そして、それがまさか自分だなんて言われた日にゃあ驚きもするだろうさ。

だがな、だからなんだ?って話なんだよ。

クローンにはオリジナルがいるのは当たり前。けど、オリジナル=クローンじゃねぇ。これがもし夜天たちのような『コピー体』だったら=で結んでもいい。心は兎も角、身体はオリジナルと寸分違わないだろう。けれど、『クローン体』は違う。例えば、先に挙げた猫のクローン。そのオリジナルとクローン体を比較した結果、若干の違いが出てきたらしい。詳しくは知らんが、毛とか。

そして、決定的なのが、人間のクローンを作った場合、なんと指紋はオリジナルと同一しねぇんだとさ。個人その人を最も特定させやすい要素の一つであろう指紋、それがオリジナルとクローンとでは違うっつう事ぁこれはもう別人って事だろ。実際マジに違うのかは知んねーけど。

ともあれ、別人。

そう、アリシアってやつとフェイトは別人なんだよ。どこぞにもよく居るお節介な近所のおばさんからも「あら可愛い!よく似てるわね~。双子?」程度の言葉で流してもらえるだろうさ。

結局その程度の、取り立てて騒ぐような事じゃない。一瞬の驚きはあるだろうが、ずっと引きずるような事じゃない。もし仮にこの世に俺にもオリジナルがいて、俺がクローン体だったとしても、俺は俺であってオリジナルなど関係ないと一蹴できる。当然だろう?オリジナルの自分がいたからって、クローンの自分になんの関係がある?「オリジナル?ふ~ん。あ、そう。で、だから?」ってな。まずは、自分で自分を認めてやんなきゃよ。…………………例外的に、もし俺のオリジナルが非童貞だった場合は、そん時は全力全開でぶち殺してやっけどな!

と、まあ、これが俺の意見なんだが、知っての通り、俺の思考は一般のそれから少しずれているらしい。周りの奴等に言わせれば、俺は『自己中』『独善者』『自分至上主義』『ソシオパス野郎』『暴走機関車トーマス』『紳士の皮を無理やり被っている変態』『鬼畜ロリコン』『ヘタレ童貞』だそうだ。………………最後の3つは誰が言ったんだっけか?今度殺しとかなきゃな。

兎も角、だから、今回の様なプライベートでデリケートな案件が挙がった場合、普通の思考回路を持つ一般人ならきっとフェイトを同情するんだろうよ。そして、プレシアには怒りを抱くだろうさ。そうだ。人間ってのはか弱い者には優しく、非道な者には厳しい。特に今のババアを普通の感性を持って第3者の視点で見れば、極悪非道もいいとこだ。今も何か言ってるようだが、さっきまでのヒス気味に叫んでいる内容を抜粋して要約すると、

 

『アリシアを生き返らせようとして出来たのは駄作!なのに、顔と声だけがアリシアと同じだなんて……ああ、怖気が奔る!その顔で笑っていいのは、その声を響かせていいのはアリシアだけ!失敗作、廃棄品、模造、紛い物、汚物、無価値、寄生虫、塵、ゴミ、バーカ、バーカ、バーカ!』

一部不適切な言葉ならびにアレンジが加わってしまったが、まあ、おおよそこんな感じ。

な?ひでぇ事言ってると思うだろ?でもよ、俺はそれを聞いてもフェイトに同情心なんて湧かねぇし、ババアに対しての怒りも出て来ねぇのよ。いや、まあ、流石にババアが俺の目の前でフェイトに手まで出そうもんならこっちも黙っちゃいねーけど、こん程度の罵詈雑言くらいならなぁ……お好きなだけどうぞ?

 

それによぉ、ババアの奴、俺の見る限りじゃフェイトに向ける言葉──────本気じゃない。

 

あ、いや、それじゃちっとばかし語弊があんな。本気は本気なんだろうよ?けど、なんてぇか………中実がない。

言ってる事と、やってる事が矛盾している。

ん?どう矛盾してっかって?それはよぉ────────あ、ちょい待ち。煙草煙草。

「…………げっ、ライターの石がなくなってやがんじゃねーか!?ちっ、これだから安物は!シグナム、火ぃ出してくれや」

「お前、フェイトがあんななってんのに何でお気楽極楽マイペースなんだよ!?シグナムも言うとおりに火出すな!」

「いいよな、その火。魔力変換資質つったっけ?俺もそんな便利な超能力欲しかった。出来れば雷。でよ、刀持ってこう言うんだよ。『人呼んで──────紫電掌』てな。やっべ、かっけくね?あ、でも俺の場合、刀じゃなくて杖か本になんな……シまんねーなぁ」

「き・い・て・ん・の・か、おのれは~~!悠長に座ってんじゃねぇよ!」

 

相変わらずうるせークズロリだな。クラールヴィントでその口縫い付けんぞ。

 

「ぷはああぁぁぁ………あー、うめ。で、あんだって?」

「けほっ!んのっ………だから!フェイトだよフェイト!見て、見ろ!」

 

「見て」でヴィータの両手で顔を挟まれ、「見ろ」で思いっきりフェイトがいる方角へと頭を向けさせられた。

てか、首が今グギッつったぞ!?グギッて!

 

「ぬおお!?なにしてくれとんじゃボケ!」

「っせぇ!ンな事よりちゃんと見ろ!」

 

等比社3倍くらいの凶悪な目つきで睨みつけてくるヴィータ。そのあまりの怖さと真剣さについつい俺もその言葉に素直に従っちまった。

まあ、従う前に髪の毛を一房ばかり力の限り鷲掴みしてやったが。

 

さて、ヴィータの「痛゛!?」「なにすんだコラァ!」という言葉をBGMに件のフェイトに目を向けてみたが…………。

 

「うわぁお。ちょっと見ねぇ内に(煙草3本と上記のような思考を駆け巡らせている内に)予想以上にひでぇ事になっちゃってんな」

 

俺的にはプレシアのアレはちょっせぇ罵詈雑言くらいに思ってたんだけど、どうやらフェイトは違ったらしく。

精神崩壊モード、突入!て感じ?

眼に生気ってか覇気ってか光がねぇし、そんな眼から一筋だけ涙流してるモンだからある種ホラーだ。参ったね、こりゃ。

 

「ど、どうにかしてやれよ!あれじゃあフェイトが………」

「俺も適当なとこで割って入ろうとは思ってたんだが………いやぁ~、ババアのドSさとフェイトのピュアハートを忘れてたわ」

「いいから、なら今すぐ早く……!」

 

心配顔で少し慌てているヴィータ。

コイツのこういう様子は中々珍しい。基本、なんだかんだ言ってコイツも主至上主義だかんな。だから、他人の事でここまで素をみせるのは…………ふぅん、これも友達効果か?だったら善哉、善哉。

対して、もう一人のフェイトの友達であるはずのクールロリはどこまでもクールなようで、特にフェイトを按じるような発言はない。…………ただ、俺の気のせいでなければ、ババアに向って尋常じゃない程の殺気を飛ばしているような?

しかし、だったら。

 

「俺に頼むより、てめぇらで止めればいいんじゃね?」

 

それに答えたのは、こちらも難しい顔をしているシグナム、シャマル、理。

 

「……力で止めるには造作ありませんが、それは一時の凌ぎにすぎません」

「そして、私達じゃあその凌ぎの時しか与えられません。テスタロッサちゃんを救ってあげられません」

「なにせこちらはプログラムでコピー体ですからね。何を言った所で、同類相憐れむ、という形になるかと」

 

そして、4人から期待の視線が注がれる。さらに心の声まで聞こえてきそうだ。『私達を受け入れてくれた心を持って、フェイトを救ってくれ』とか何とかそんな感じで。

正直、勘弁して欲しい。いいじゃんよ、力で解決してさ。それで一切合財御破算が一番楽ちんだ。てか俺の本分はそっちだし。なのに『救う』とか、いやいや無理ですから。そんな大層な事出来る訳ねーじゃん。

「そういやアルフはどうした?あのフェイトLOVEがえらい大人しいじゃねーか」

ふと気付いた。

アルフならイの一番にプレシアに突っかかって行きそうなものを、何故か声すら聞こえて来ねぇぞ?

 

「ああ、あの馬鹿犬ですか。キャンキャン吠えて猪突猛進して行きそうだったんで、ガツンと眠ってもらいました。今はあそこに」

「ガツン?」

 

理の指差す方向に眼を向ける。そこにはうつ伏せで大の字になって眠っているモノが一匹。後頭部にはギャグマンガに出てきそうなタンコブが。

なるほど、『ガツン』ね。

しかし、さて、となると間に割って入るのはいよいよ持って俺しか居ない。めんどくせぇが、やんねぇと話が進まねぇので仕方が無い。あとでプレシアの奴に仲裁料もせしめなきゃな。

 

「はいはい、ちょっとごめんよ~」

 

パンパンと手を叩きながらババアとフェイトの間に入る俺。それにやぶ睨みで返すババアと無反応なフェイト。

ババアの反応は予想通りなので兎も角、こりゃあフェイトは相当重傷だな。先にフェイトの方から当たるか。いつまでもこんな痛々しいガキの姿なんて見たくねぇし。

 

俺はまずフェイトに近づき、咥えていたタバコをそのままフェイトの口に咥えさせた。脱力してたが、下顎を押さえることで無理やり。

 

「───っ!?けほけほ……はや、ぶさ」

「よう、目ぇ覚めたかよ。どうだ現実の味は?美味ぇだろ」

 

フェイトの口元からタバコを取り上げ、また自分で咥え直す。

ああ、やっぱ美味ぇな。これと酒とツマミと綺麗な姉ちゃんがあれば世は事もなし。

 

「あ、今のは特別だかんな?魔法世界ではどうか知んねぇけど、地球じゃタバコは……ええっと、確か20歳くらいになってからだかんよ。少なくとも法律上は」

「はや、ぶさ……わたし、わたし………」

「おう、どうしたよ。フェイト・クローン・テスタロッサ」

「っ!!」

 

ぶわっと涙を溢れさすフェイト。

あー………ちっとばかし性急で直球過ぎたようだ。

 

「おいおい、そんなクローンってだけでショック受けんなよ。いいじゃんか、クローンでも。今を生きてんならよ?」

「でも、でも……私は、人間じゃ……」

 

ハァ、どいつもこいつも結局そこかよ。てか、何で俺の周りでこの手の問題が多発すんだよ。もう同じような説明すんのもめんどくせぇ。

まあ、けど、投げやりには出来ねぇよなー。まだこいつはガキだし。

 

「人間じゃないからなんだよ。まさか、オリジナルがいるからクローンの自分は生きてる意味ねぇとかそういう事も思っちまうわけ?または何で生まれてきたんだろう的な?」

「……………」

「ちっ!ガキじゃなかったらぶん殴ってるとこだけど………」

 

デコピンで済ませてやる。

 

「ンじゃ質問すっけどよぉ。例えば、クローンだけど母親大好き天然純粋超可愛なガキと、人を快楽で殺したり幼児誘拐してチョメチョメする人間、どっちが生きてる価値があると思う?」

「な、なにを……」

「断然、前者だろ?つまりよ、人間とかクローンとか関係なく、生きてる価値ってのが大事なんだよ。で、その価値を高めるには『テメエはテメエだ』つって胸張って生きる事だ。まあ、自分は自分つって人を殺しちゃあダメだけどよ?」

「……でも、私にはその価値がない。クローンだから自分は自分じゃなくて、人形で、母さんに嫌われて……人間じゃないから、隼にも気味悪がられて……っ」

いつ、どこで俺がフェイトを気味悪がったよ?てか、今の俺の話聞いてた?それにこの部屋に入る前にも同じような話したよな?覚えてねーの?あーあー、泣くな泣くな。………ダメだこいつ、思った以上に相当にヘコんでやがる。まあ言うてガキだし、しゃーねーか?

ハァ、言葉で言いくるめるのって苦手なんだけどなぁ。拳での解決が一番楽で面白いし。

 

俺は短くなったタバコの火を新しく出したタバコに移し、ウンコ座りして下からフェイトを見上げた。

 

「この俺が人種差別するとでも思ってんのか?キモイとかキショイとかは普通に言うけどよ、だからって接し方までは変わんねぇぜ?………まあ、野郎とかブサイクには優しくねぇがよ。で、なんだって?気味悪がる?被害妄想ぶっこいてんじゃねーよ。芋虫人間でもない限り俺が気味悪がるかよ。世の中にゃあな、うちの奴らみたいな魔導生命体なんてもんも居るし、お前んとこの獣っ娘なんてもんもいんだぞ?なのに今更クローンとか言われてもなぁ。ぶっちゃけ、ホントにだから何?見かけよければ全て良しだ!だからお前は十二分に良し」

「───」

 

ンだよ、そんな目ぇパチクリさせて。なんかもっといい反応しろよ。てか、シグナムらも俺に丸投げしといて呑気に笑ってんじゃねぇぞコラ。

 

「なんだ、もしかしてまだ不安で不満なんかよ?俺が肯定してやってんのに満足しねーとか………ああ、やっぱババアの肯定もいんのか?それだったら心配すんなや。あいつもお前の事好きだから」

「─────え?」

 

まさか、という表情で大いに驚いているフェイト。

まあ、そりゃそうだよな。あれだけの事やられて、さらにはオリジナルの代わり、ゴミ発言かまされたんだ。どうやったって簡単にゃあ信じらんねーよなぁ。

………そして、勿論。

俺のそんな発言を聞いて黙っていられない奴がもう一人。「はあ?こいつ何言ってんの?ボケたの?」てな顔でこちらを睨みつけている四十路(くらい?)の淑女が一人。

 

「死にたいの?」

「いきなりトばして来んなぁ。死にたいのって、見た目お前の方が今にもポックリだろうが」

「うるさい。いいから答えなさい。今すぐ死ぬか、それとも前言撤回するか」

「あー、はいはい。お前はフェイトが好き好き大好き超ラブ一万年と二千年前からあ・い・し・て・るぅ~。八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった~」

「誰が前言強化しろって言ったの!!」

「ところで一万二千年と八千年の間の数千年間の空白期間は冷めてたのかな?マンネリ?まさか浮気か!?」

「知るか!」

 

アリシアの入った容器に縋りながらやっと立ってるような奴のくせに、相変わらず口だけは達者だなぁ。

ともあれ、だ。

 

「ほら見ろフェイト。ああやってムキになんのはよ、裏返って好きって事なんだよ。イヤよイヤよも好きの内ってな」

「戯れるな!」

 

おお怖っ。あまりの声量にフェイトが小動物みたいに『ビクッ』ってなったじゃんよ。

 

「別に戯れちゃねーよ。それに、口から出任せでもねーし、慰めで適当ぶっこいてる訳でもねーぞ?」

 

当てずっぽうと偏見ではあるがよ?まっ、一応論拠してやろうか。さっき言いかけた『矛盾』てのがこれなんだがね。

 

「だったらお前よぉ、なんでまだフェイトを生かしてんだ?」

「………なに?」

 

そう、これがまずおかしい。

 

「だから。アリシアを生き返らせようとして出来たのは出来損ないのフェイトなんだろう?一見して同じなのに全然違うフェイトが胸糞悪ぃんだろ?ゴミとかなんとか言っといて、それなのに何で捨てない?なんで殺さない?お前の性格ならよ、まずそうすんじゃね?俺と違って『殺す』ってのに抵抗なんてないようだしな」

 

今まで俺にやってきたあの攻撃の数々を見るに、こいつは絶対にナニカを殺す事に躊躇いはないはず。仮に殺さないまでも、捨てるのは辞さないだろう。そしてこいつのフェイトに向ける言葉をそのまま信じるなら、フェイトをそうしない理由はない。もし、俺にそんな嫌いな奴が居て、さらに殺す覚悟もあったなら100%ぶっ殺してる。

 

「ふん。生かしているのは、ただ利用する為。今回のジュエルシードも────」

「それは違ぇな」

「………………」

「嫌な事に俺とお前はちっとばかし似てる。そして、俺だったらそんなクソむかつく奴は一時でさえ眼中に入れたくねぇ。すぐぶっ殺す。それに、利用する?だったら、別にフェイトじゃなくてもいいだろ。アルフみたいな使い魔でも造ればいいし、ジュエルシード集めだってどこぞの便利屋やら何でも屋に金積んで頼みゃあいい話だろ?魔法世界にだってそんくらいあんだろうし。なのに、お前はあえてフェイトを生かして使ってる。いや、それも違うか………フェイトを生かしたいから、あえて使ってる」

 

つまり素直になれねーってこったな。

ババアがまさかツンデレ属性まで持ち合わせているとは……ますますストライク!ちなみに俺のストライクゾーンはツンデレ・クーデレ・ヤンデレなんでもOK!ボール無し!アウトはガキと不細工!

 

「だいたい、どだい無理な話なんだよな。自分が大好きだった、自分を大好きで居てくれた子供と見た目同じ奴を嫌いになるなんて。中身が違うからって完全に別人だって考えられるのは、フィクションの世界に住むご都合思考を持つキャラだけ。普通、割り切れる訳がねーのよ。しかもフェイトはこんな可愛い奴なんだし」

「私は違う!アリシアとフェイトを別人と做し、その人形を心底憎んでる!」

「『憎い』と『嫌い』はイコールじゃ結ばれねーよ?例えば、俺だってあのクソ生意気なロリーズが腸が煮えくり返る程憎たらしい。いっそ死ねと思わなくもない程によぉ」

 

ついでにロリーズに向け親指だけを下に突き出した状態で拳を向ける。所謂『地獄に落ちろ』ポーズ。

 

「テメェをいっそ三途の川に流してやろうかぁぁああ!」

「お腹の中が煮えるのはさぞ苦痛でしょう。では、その煮えている腸を搔き出して差し上げましょうか?」

「────でも、嫌いじゃない………ああ、嫌いじゃねーんだわ」

「「……………」」

 

それは出会ったときからそうだった。なぜだか、嫌いにはなれない。本当に憎たらしいが、なぜか。勿論、ロリーズのみならずシグナムたちもそう…………なんだから、そんな『私は嫌いなのですか?』って感じの切なそうな目を向けんなや。

 

「表面じゃどうこう言おうとも心の中じゃ別人と見做そうとして、けどお前もやっぱ出来なかったんだよ。フェイトとアリシアを重ね、そしてフェイトを好きになった。当然の帰結だな。大好きな我が子を重ねるって事は好きになった、好きになりたいって事だ。男で独り身の俺にゃあ分かんねーけど、それが『母性』ってもんだろ?けど、その母性が大きくなる前に表面の偽りの憎しみが凝り固まっちまった」

 

愛と憎しみが同居し、鬩ぎ合った結果、折衷案をとった。

自分の愛は全て亡き我が子に。我が子の写し身である子には憎しみを。

殺すなんて選択は出来なかった。アリシアとフェイトを重ねたんだ、それつまりフェイトを殺すという事はアリシアを殺すという事。

 

「フェイトの事を無視するって事も出来ただろうに、お前はどんな形であれフェイトに関心を持ちたかった。『想って』やりたかった。アリシアを生き返らせるなんていう行き過ぎた愛ゆえに、フェイトには行き過ぎた憎しみを。は~あ、なんて不器用、てか馬鹿?」

「………御託を」

「そりゃ自分勝手な言い分にもなんよ。人の本心なんて誰彼に容易く読み解かれる訳ねーんだからよ。自分でさえ怪しいもんだ。だから、これは俺の独断と偏見と少しの悪意による見解。けどよ、全てが全て的外れとは思えねーんじゃねぇの?」

 

ババアは俺の御託を聞いて、さきの喧嘩で負った傷の痛み以外の要因で顔を歪ませた。それは、俺が馬鹿なことを言ったことが忌々しいからか、それとも図星だからか。

真意は当人にしか分からないが…………いや、たぶん当人にも分かっていないだろうな。

 

だから俺は念を押すように言ってやる。

決め付けるように言ってやる。

 

「気づけよ。手遅れになる前に。取り返しの付かなくなる前に」

 

手に持っていたタバコの先をプレシアに向ける。

 

「さもねーと、あとに残んのはクソつまんねー現実だけだぜ?てか、伊達に年とってねーんならよ、胸糞悪い後悔くらい経験した事あんだろうが」

 

瞬間、プレシアはハッと目を見開き、その顔が戸惑いの色に染まった。

どうやらこれはビンゴらしい。まあそりゃ人間生きてりゃ後悔の一つや二つはするもんだしな。俺なんてそりゃもう人様にはお聞かせ出来ないような黒歴史のオンパレードだし。

 

「────わ、私は」

 

それでも、やはりプレシアは頑固者のようだ。何か振り払うように頭を振った。

 

「………ふん。勝手にそう思い込んでおけばいいわ。けど、どう言われ様と否は否!その人形を想うですって?馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あなた何時その馬鹿をも通り越したの?」

 

ひっでぇ言いようだ。綺麗な女じゃなかったら、整形でも効かないくらい顔グチャグチャにしてやんぞ?

少し呆れながらそう思った次の瞬間、俺はハッとなった。

 

(……………あん?待て待て俺。その言い方じゃあ、まるで俺はプレシアをグチャグチャにしないように聞こえんじゃねーか。あんなボコボコにされて、こんな暴言吐かれて?)

 

さらには自分のロリーズに対する胸の内をぶっちゃけてまでババアを諭そううとするなんて…………。

わぁ~お。こっりゃあヒデェや。おいおい俺ちゃんよぉ、何時からそんな丸くなった?いつの間に無駄な優しさを身に付けた?ウケるし。

俺は思わず笑い声を上げた。

 

「最ッ高だ。ああ、お前の言う通りだよババア。俺ぁ何やってんだ?ホント、いつの間にか馬鹿をも通り越してたみてぇだわ。紳士気取りすぎた。何一丁前にご高説垂れてんだろうな俺は。しかも、『是とすんのも否とすんのも勝手』?くはっ!我ながらなんだその甘っちょろい考え。相手が否と言おうが、俺が是と言やぁ是。それが聞けねぇようなら力ずくでそうさせてきたってのに」

 

勿論、気に入った奴の意見なら俺もきちんと受け入れる。だが、気に入らねぇ奴の意見など聞く耳持たんかった。それが今回はどうだ?ガキの為とはいえ、ババアに対してこの柔らかい対応。俺に上等ぶっこいた奴なのに、その体に負っているのは俺が傷つけたモンじゃない。

 

俺は何やってんだ?

 

そうじゃないだろう?俺は────

 

「言葉無用、拳上等!話し合い不要、喧嘩歓迎!」

 

こうだろう!

徐に騎士甲冑を身に纏い、右手に杖を出した。

 

「俺ぁフリーターで、大学出だけど頭悪ぃかんよぉ。結局最後に残んのは……いや、最初からこれしかねーのよ。言葉で人情に訴えるとか無理。拳で体に分からせる方が楽で性にあってんぜ。さっきまでの言葉なしな。この拳で言う事聞かせてやる」

「…………はぁ、どうやら元の忌々しい馬鹿が帰ってきたようね」

 

やれやれとため息を付くプレシアだが、その顔は少しだけ笑っていた。だが、やはり体は思うように動かないようで、俺が戦闘態勢に入ったのにも関わらず向こうは立っているので精一杯のようだ。

けど、俺はもうンな事ぁ知ったこっちゃねー。ぶん殴って、あいつの中にある母性を認めさせてやる!

そんな手段で本当に出来るのか、と言われれば、出来る、と答えよう。つうか、俺がやると言えばやる!力で救ってやろうじゃねーの!

 

さあ、喧嘩だ喧───

 

「あ、主、いつ甲冑を作られたのですか!?」

「人がこれから景気良くパーティーかまそうって時に何ぶっこいてんだ!?」

 

ここぞという場面。誰もが今から心躍る喧嘩が待っていると期待するこの場面で!シグナムッ!なんてノンエアリーダー!場の空気を全く読まないその発言はとても騎士じゃねーぞ!

 

俺は思わず喧嘩相手のプレシアから目を背け、シグナムの方に目をやった。

 

「果てしなくどうでもいい質問を今する奴があるか!」

「ずりーぞ!あたしにも作れよ!」

「ロリブルータス、お前もか!?」

 

しかし、2人のみならず理とシャマルも驚きと不機嫌な顔でこちらを見ていた。

一体なんなんだ?

 

「ウザってぇ!知ったことかよ!てか、テメェで勝手に好きなように作りゃいいだろ」

「ハヤちゃんにデザインして欲しいという騎士心を分かってくださいよぉ!」

 

分かっかよそんな心。犬にでも食わせとけ。

俺は呆れかえり、もう無視しちまおうと思ったが、次の理の発言でそうは問屋が卸さなくなった。

 

「まあ、主の事ですから、どうせ挙がる候補は見当が付きますけど。『ナース』『体操着』『制服』『メイド』、そんなところでしょう。で、差し詰め私は『ランドセル背負った小学生コス』あたりですか?ホント、好きですね」

「……ンだと?」

 

理のその発言は俺の逆鱗に触れた。それはもう、プレシアに向ける怒りなど比ではない。

今、この場がどこかなども忘れて俺は理をにらめ付けた。

 

「理、よぉ理ぃ~、今なんつった?なんつったよコラ?オイ、てめぇそれ本気で言ってんのか?それともおふざけか?どっちにしろ殺すぞ?マジで殺しちまうぞええオイ!?」

「へ………あ、す、すみません」

「すみませんだぁ?この世にゃよぉ、言っていい冗談と言ったら殺される冗談があんだよ!ごめんなさいですんだらポリ公はいらねーんだよ!!」

 

俺のその返答が予想外だったのか、理はただただ呆けた。だが、その俺の表情がマジで怒ってる事を悟ったのか、コイツは初めて普通に謝った。

また、他の騎士共も同じように大きく驚いている。

 

「ナース?メイド?…………けっ、不愉快だ。次、そんな事ぬかしたらヤキ入れてやっからな」

「ど、どうしたんですハヤちゃん?なんからしくないですよ?」

「そ、そうだぜ。お前ってそういうの好きなんじゃねぇの?」

「今までの生活での言動を顧みるに、私もてっきりそのような趣味も持っているものかと………」

 

コスプレ。

はん!ふざけるな。誰がそんなもんを好きになるか。反吐が出る!

 

「あんな詐欺を俺は断じて認めん!何度、騙された事か!」

「「「「は?」」」」

 

一同がぽかんとした表情になったが、俺は構わず続ける。

 

「高校生とか銘打ってるクセに、出てくるやつは明らかに30前後の中途半端ババア!ナース、メイドにしたって、結局最後は全部脱ぎやがって題材台無し!体操着?ブルマ?年増がそんなもん着るな!それか、せめて童顔の奴使え!チチがデカけりゃいいってもんじゃねーんだよ!つうかそりゃデカいじゃなくて垂れてんだよ!爆乳とデブを一緒くたに枠組みすんなや!なにより、なんでコスプレ物には可愛い奴が少ない!そこが一番不満だ!衣装で不細工ヅラ誤魔化そうとしてんじゃねーぞ!監督出てこいやオラァ!!」

「「「「………………」」」」

 

俺の熱き主張は、しかし、皆には通じなかったようだ。フェイトは訳が分からないようで首を傾げ、他の奴らからは壮絶に冷たい視線が突き刺さってくる。

だが、そんな視線など、俺の中学生の苦い1ページに比べたら蚊ほども効かん!その1ページのお陰で、今でもコスプレ物は一番の苦手ジャンルなんだよ!

 

「ええっと、なんと言うか………うん、やっぱりハヤちゃんらしいです」

「この場合、その正直さやこだわりを褒めるべきなのだろうか………」

「シグナム、これは普通に軽蔑していい」

「ですね。女性に向けて主張するべき事ではありません。謝って損しました」

 

どうでもいいけど、フェイトは兎も角、何でお前らも俺の言った事が分かんだよ。俺の居ない間、一体どこでどんなどれだけの情報を仕入れてんだ?つか、意外に冷静に受け止めてんなぁ。

 

まあ、ンな事ぁどうでもいいか。こいつらに人間の法律が適用する訳ねぇし。18禁情報をどれだけ仕入れたとしても、自己責任で俺の知ったこっちゃねー。スナッフでもスカトロでも何でも見てろ……………いや、流石にそれは俺も止めるか。

 

「何とでも言えや。兎に角、俺ぁそんなクソッタレデザインな甲冑は作らねーよ。仮に作るなら、デザインはそうだな────────」

 

ふと、そんな時だった。

『ドサッ』と、何か大きな物が地に倒れ付すような音が聞こえた。

『母さん』と、悲痛な少女の叫びが聞こえた。

 

思わずその音の発生源に目を向ければ、そこには床に倒れているババアと、そのババアに寄り添っている涙目のガキが一人。

 

大方の予想はつく。

流石のババアも限界だったのだろう。

 

「はぁ………また、喧嘩はお預けか」

 

───────しかし、今思えば。これが、ババアと喧嘩する最後の機会だったのだ。この先、未来、俺はババアと2度と喧嘩をする事はないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、勿論、ババアは生きてるよ?ついでに口喧嘩ならしょっちゅうするよ?でも、ステゴロはしなくなったのよ。まっ、それが分かってくるのはもうちょい未来の話だな。

 



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21

 

ババアが倒れたのは、まあ極めて自然な流れだろう。

病気によってボロボロになっている体と、何かしらの研究(?)の為の不眠不休にも等しい活動。さらに、そんな状態での夜天とのエンジョイ喧嘩。

心身ともに疲労困憊だったはずだ。にも関わらず、ババアは立ち上がり、俺に上等までくれやがった。

女性差別など毛頭するつもりは無いが、その根性はとても女とは思えない。野郎でさえ、果たしてそれだけ気張れる根性を持ってる奴がどれだけいるだろうか?

 

女、強いては母というのは本当に強い。たぶん、プレシアなら俺のババアと普通にタメ張れるだろう。

本当、母っつうのはおっかねぇ。

 

そんなプレシアだが、今はあのアリシアっつう死体がある地下(墓地?)から場所を移し、ベッドのある部屋で寝ている。傍には俺とシグナム以外の全員がついており、治療だったり護衛だったりでそれぞれの役目を全うしている。

何時目を覚ますか分からないが、シャマルの見解では怪我自体はそこまで酷くはないらしい。骨折も無ければ大きな裂傷もなく、頭から出血はしているが、それは見た目が派手なだけで傷自体は深くないらしい。気絶した原因は単純な疲労との事。逆に、俺のほうが重傷だと怒られちまった。

それを聞いたフェイトは大きく安堵したようだが、その顔は未だ晴れやかじゃない。それは母の容態の他にも原因があるだろう。まあ、悩めばいいさ。ガキは悩んで大きくなるもんだ。その悩みが大きければ大きいほど、それが解決した暁にはどんな形であれ人は変わる。それが成長ってもんだ。それに、今のフェイトなら悩みに潰される事もないだろう。傍にはアルフは勿論、ダチが2人も付いてんだからな。

 

そんな訳で、俺はプレシアとフェイトを他の面々に任せ、シグナムを連れ立って部屋を出た。行き先はラブホ………なんていう未だ入れぬ夢見る地ではない。シグナムとならさぞ、さぞ楽しい一晩を送れるだろうが、生憎とこっちがばっちOKでも向こうは俺に恋愛感情なんてもんがさらさら無いのは丸分かり。主として敬愛されてんのはひしひしと感じんだけど、それが余計キツイ。

 

「主、どうかされたのですか?………はっ!まさかお体の具合が悪化されたのですか!?」

 

シグナムと2人、ある場所へと向かい廊下を歩いている途中、俺が少し考え込んで黙っているだけでこれだ。

なんて騎士精神。これが主とかそういうの抜きで、単純に男と見て俺を心配してくれてんなら嬉しいんだがよ。

まあ、とは言っても。

男は単純なもんで、どんな形であれ女から心配されるのは嬉しいもんだ。ガキとかクサレ野郎とかに心配されるのは腹立つがな。

 

「なんでもねーよ。ちっとばっかし考え込んでただけだ」

「そうですか…………ですが、どうか御自愛下さい。あなたは私にとって大事な………いえ、私たちにとって大事な、唯一人の主なのです」

 

…………これは喜べばいいの?それとも悲しめばいいの?………複雑すぎるが素直に喜んどこ。

は~あ、コレが漫画とかだったら騎士の敬愛精神がふとした時に恋愛感情に変わったりするもんなんだけどなぁ。それか、最初からそれ込みだったり。

けれど、俺もシグナムもこの世界も現実であって、どうやったってそんな上手く物事は転がらない。人の感情なんてのは特に。

 

今の言葉だってどう聞いても敬愛の方だよな。まあそれでも慕われてるって事にゃあ違いねーから嬉しいんだけど……ああ、やっぱ複雑だ。

 

(ホント、こんな美人がこんな近くにいんのに何もねーとか)

 

シグナムを盗み見る。

真っ直ぐ前を向いた切れ長の目に柔らかそうな唇。一歩々々歩く度に横に揺れる長く綺麗なポニーテールと、ゆっさゆっさと縦揺れするメロン。

見事、という他ない。陳腐だが、綺麗という言葉以上のものが当てはまらない。

 

片や俺はというといい年こいて喧嘩好きで、ガキのように短気で、金とギャンブル大好きで、見た目も特に特筆すべき魅力はないと思われ。さらに性格も──

 

(今ここで主命令で「恋人になれ。なもなきゃ他の騎士共に酷ぇことすんぞ」とか言ったら、聞くかな?)

 

──なんてゲスな考えが容易に湧くような男だ。

いや、まあ湧くだけで実際はンな事出来ねーんだけどな。出来たら最初から奴隷扱いしてるし。

 

(そんな事言えたら逆に楽に愉しめそうなんだけど……)

 

ンな度胸はない。童貞故に。

愛に憧れる。童貞故に。

自分勝手で俺至上主義だが、そこは譲れない。童貞故に。

つまり何もかも童貞が悪い!だけど風俗じゃ捨てれない!上記の理由故に!

 

(………やっぱ俺には無理か)

 

肉欲に溺れてみたいとは思う。主として慕ってくれてんなら、主としての権限的なもんで一線を越える事も可能かもしれん。そしてもしそうなったら、それはそれできっと幸せだろう。

そうは思うが──。

 

(ハッ、馬鹿かっつうの。いや馬鹿だけど)

 

そんな空っぽな幸せなんてゴメンだ。面白くない日常なんてゴメンだ。満たされない生活なんてゴメンだ。

俺は、俺のやりたいようにやる。

何度嫌気が差しても、俺はそんな答えにたどり着き、そしてきっと、そんな答えを出すこの性格は死んでも治らない。

 

(はぁ、こりゃ当分彼女は出来そうにねーなぁ)

 

年取ったら、治らないにはしろ、少しはこの性格も丸くはなるんだろうか。でなきゃ、この先ヤラサーはおろかヤラフォー……いや、そのままヤラずのデッドエンドもありえるぞ。

 

「主隼?」

 

またボウっと考え事をしていた俺に、心配げな顔を向けるシグナム。そんなシグナムを見てふと思う。

 

(そういやシグナムは、てかこいつらはどうなんだ?彼氏とか)

 

いや、もっと大雑把に見てこいつらはこれからどうなってくんだろ?どうなりたいんだ?

取り敢えずやってやれって感じと惰性で今一緒に生活してっけど、思えばこれからの事について、各々どうなりたいかとか、そういう『将来』の事話し合ってなかったな。

シグナムと二人きりなんて中々ないし、軽く聞いとくか。

 

「なぁ、シグナムよぉ」

「はい」

「お前はさ、これから先どうするんだ?まさか俺んとこずっといるわけねーだろう?」

 

シグナムはプログラムだが、プログラム通りには生きない。シグナムのみならず夜天たちだってそうだ。『テメエはテメエだ』という事を自覚している。てか俺がさせた。

確かに騎士としての敬愛精神は感じるが、それがプログラムから来てる強制的な義務感だとは思わないし思いたくない。

であるからして、そんなプログラムに縛られない確固たる『己』を持つシグナムが、まさかいつまでも主である俺の傍に居続ける可能性は低いだろう。

だってこれだけの女だぜ?性格は少々堅物な所があるが、それを差っ引いてもお釣りが来るくらいのいい女だぜ?プログラムだから頭もいいだろうし、あれだけの見た目ならモデルかなんかのオーディション受けりゃ一発だろうしよ。もちっとこの世界を勉強すりゃあ十分に自立出来るレベルだよな。

片や俺は再度言うように性格に難アリの甲斐性なしフリーター。

 

(釣り合う釣り合わんもあるが、これ確実に将来愛想尽かされるパターンかイケメン彼氏が出てきて持ってかれるパターンじゃね?)

 

まあ別にいいけど。いや良かないけど。

はぁ、これだから将来の事とか考えたくないんだよ。現実だけ見ときたいんだよなぁ俺は。まあ、それは俺の考えであって、俺の生き方であって、けど普通の人は将来の設計図的なモンを持つもんだ。

 

だからシグナムも少しくらいは将来の事について考えてんじゃね?的に今聞いてみたんだけど…………。

 

「あー、あの、シグナムさんや?一体どうしたんかね、そんな絶望的な顔なされて」

 

救いのない絶望のどん底で、それでも助けを求めて土を食って生きながらえているような顔をしているシグナムが、そこにはいた。

 

「あ、あの、主、わ、私、何か主の気に障るような事を、あ、あの、ああ…………───御免」

「って、おい待て何いきなりハラキリしようとしてんだ!?」

 

一体何をどういう考えを経てその結果に行き着く?!気軽に将来の事聞いただけじゃん!!

俺はレヴァンティンで腹をカッ捌こうとするシグナムの手をとって止めた。

 

「どうか止めないで頂きたい!あ、主に嫌われた私に存在価値など!」

「俺がいつ嫌った!?」

「今です!俺のところにずっといるわけない、と!つまり暗に暑苦しい私は鬱陶しいから早くどこかへ消えてくれないか、とそう仰りたいのでしょう!?」

「天晴れな曲解だなぁオイ!」

 

俺もシグナムの彼氏云々で軽い被害妄想に陥ったが、それ以上にこいつは被害妄想激しいな!

こっちは単純にぬる~い会話のキャッチボールしようとしただけなのに、シグナムはいちいち生真面目っつうか、メンドくせえっつうか。

 

「俺がお前に消えろなんていうわけねーだろうが。そういう意味じゃなくてよ、ただ単にこれから先お前はどうすんのかなって思ったんだよ。ほら、この世界の事もだんだん分かってきたんならよ、自立して働きたいなぁとか、彼氏欲しいなぁとか、結婚したいなぁとか、そういう夢みたいなのも出来てきたんじゃねーかなぁと」

「あ、ああ、そういう事ですか」

 

今度はきちんと理解してくれたようだ。シグナムは一度大きな安堵のため息を吐きながら目元を擦り、レヴァンティンを待機状態に戻すと、先ほどまでの悲愴な顔から一転、いつもの真面目な顔つきに戻った。

 

「いえ、特に夢というものはありません。強いて言うなら、主の騎士として生涯を共に歩めれば、と。ああ、もちろんそれは守護騎士システムとしてではなく、私としてです」

 

色気もへったくれもねー回答ありがとよ。つか、これって遠まわしに俺と彼氏彼女とか夫婦はお断りって言われた?

まあ、それでも男としてこんな女と死ぬまで一緒ならどんな形であれ嬉しいけどよ。

 

「でもよ、これから先、大切な人が出来るかもしんねーじゃん?イケメンの彼氏とか。そうなったら俺をポイしてそっちに──」

「有り得ません。私の一番の大切は、主の傍にいる事です」

 

なるほどなー。

 

じゃねーよ。

 

「いやいや……うん、まあそりゃあ嬉しいけどよ、でも自分の気持ちなんて何かしらでどうとでも転ぶもんだぜ?ほら、お前こん前バイト中に野郎に言い寄られてただろ?あん時どう思った?」

 

あれは丁度同じシフトの時、仕事してるふりをしながらシグナムの制服姿に見蕩れている時だった。いかにもチャラい一人の野郎がシグナムに馴れ馴れしく話しかけていった。それだけならまだしも、少し経ったら背中に手ぇ回しやがって。いやあ、あん時は客でもないのについ台パンしちまったね。いや、客でもしちゃいけねーんだけど。バイト中じゃなかったらあの野郎、ソッコーで路地裏に呼び出してんぞ。

 

「見てらっしゃったのですか」

 

そりゃもう、殺意を抱きながらイライラムカムカと共にバッチシな。

 

「で、言い寄られてどう思ったよ?」

「そうですね、煩わしかったです。仕事中でしたし。そもそも私はザフィーラと違い、人間の愛や恋の感情がどうにも理解出来ませんので」

 

真面目なやつ。てか、そのナリで色恋のアレコレ分かりません、かよ。いや、でも敬愛は俺ひしひしと感じてっし。そりゃ敬愛と異性への愛情やら恋は別モンだろうけど、でも亜種みたいなもんだろ?だったら、愛や恋も気づかねーだけで心のどっかには持ってんだろ。その出し方を知らねえだけでよ。

 

(ちなみにザフィーラが人間の色恋を理解したのは二次元のおかげだけどな)

 

ただその理解した愛や恋を二次元にしか向けてないのは、良いのか悪いのか。あの野郎が俺より先に彼女つくったらぶっ殺さなきゃいけねーところだけど、現状は何もないだろうし。『主、とうとうブッキーとケッコン出来ましたあ!』とか言って尻尾振ってるやつだし。

 

「じゃあ逆に俺に彼女や奥さんが出来たら?」

 

この場合、出来るかどうかの可能性は考慮しない事とする。……しない事とする!

 

「主に彼女?奥方?………………………………………………」

 

唐突に、また会話のキャッチボールが途絶えた。何故ならシグナムが眉間にシワを寄せ、深く考え込みだしたからだ。その考えてる内容、胸中の思いが『え?主に彼女や奥方?……渾身のギャグか何かだろか?』とかだったら泣けるな。

どうやら今日は被害妄想のマーチングが絶好調のようだ。

 

と、こんな俺を他所にシグナムはひとしきり難しい顔で悩んだあと、今度は一転して呆けた顔になったと思うと──。

 

「ん?……んん??」

 

小首を傾げながら、何かを確かめるように右手をそのたわわに実った胸の上に持っていき、小さくキュっと押さえた。

 

「お~い、どした?」

「え?あ、いえ……どうしたのでしょう?」

「あ?」

 

要領を得ないシグナムの言葉に俺も首を傾げるしかない。

 

「……ともかく、主に彼女や奥方が出来ようとも私の在り方は変わりません。主の傍で主を護る。そう、それが私です」

 

そう言ったシグナムの顔は何故か先程までの自信に満ちたものではなく、眉尻を下げたどことなく力がないものだった。

…………そして、今の発言で俺には完璧に脈がないというのが分かった。しくしく。

 

「そうか、俺を護るか。ハッ上等な事言うじゃねーかよ。俺は女に護られるほどヤワじゃねーっての」

「そうですね。ですが、それでもです」

「そうかよ。……じゃあだったらよぉ──」

 

そこで俺たちは揃って歩みを止めた。

眼前には大きな大きな扉が一つ。その先の部屋からは大きな音が響き渡ってくる。そして、その音をも超える雄叫びまで。

ほのぼのとした会話のキャッチボールは終了だな。

 

「護ってくれや。ストレスやイライラから」

 

あの部屋はここに来て最初、夜天とプレシアが喧嘩し、ザフィーラが仲裁していた場所。だが、今ババアは別の部屋に。よって、あの部屋には夜天とザフィーラしかいない。

2人の声が、あの部屋から聞こえてくる。2人の………怒声が。

 

つまり──。

 

「なんであいつらが喧嘩してんだよ!?」

「ハァ……あの馬鹿ども」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかしいと思ったんだよなぁ。ババアがあの地下に来れた事が。だってよ、ババアも夜天もブチギレで喧嘩してたんだぜ?普通、ああなったら、絶対途中じゃ止まれねぇ。どっちかがぶっ倒れるまでとことんド突き合うはずだ。

で、その理屈でいきゃあ地下に現れたババアが夜天をノしたって事なんだろうけどよ、俺はそれが信じられんかったんよ。あの夜天だぜ?確かにババアは強ぇが、だからって夜天がやられるとはとても思えねぇ。そして、仲裁役で犬を一匹置いていったが、あいつが鬼と悪魔を止められるとはハナから微塵にも思ってねぇ。

よって、俺の予想は2人仲良くWKOだった。

だが、結果は俺の予想の斜め上。まさかの身内での仲違い。その隙にババアは地下に降りて来たんだろう。

 

何をどう経て夜天とザフィーラがやり合う事になったのかは知らんが…………いや、大方考えるのも馬鹿らしい事が切欠だろうよ。

 

「主の寝顔を知らんだろう!主の腕の温かみを知らんだろ!俺は知っている!それが時には枕、時には抱き枕になる俺だけの特権!そして、それがそのまま俺とお前の主から賜る寵愛の差だ!」

「驕るな駄犬!そんなものは主の愛のホンの一片!だが、私は全てを知っている!なにせ、主と融合出来るのは私のみ!そこに他者の介入出来る余地無し!一心一体、重なる我らに敵う者無し!」

 

と、ンな事ほざきながら殴り合ってるんだから、切欠なんて馬鹿らしいモンだろう。てかどうでもいい。

ついでに言うと、果てしなくキモい事言ってるザフィーラを心ゆくまで殴り倒したい。

 

「ったく、あいつらは。俺らが部屋に入った事も気づいてねぇでやんの。しかも……あ~あ、ザフィーラの奴、俺がくれてやった服ボロボロにしやがって」

 

ただでさえ俺だって自分の服が少ないのに、その中なからザフィーラに似合う奴見繕ってやったのに。いっそ人型禁止命令出してやろうか。

 

一方、そんなザフィーラの相手をしている夜天の方も当然服はボロボロなわけで………なんだよ、あのパンクなファッションは。胸部とか股間部が破れてるのなら寧ろ大歓迎だが、ボロボロになってんのは腕とか足の部分の生地だけ。それでも色気漂わせるのは流石夜天って所だが、その姿はあんまあいつらしくない。夜天に対して、ああいう乱暴な色気はいらん。

 

「さて、こりゃどうしたもんか。俺も喜び勇んで意気揚々と乱入したい衝動に駆られるが、流石にそりゃ不味いよなぁ。色々な意味で収拾が付かなくなる」

 

俺はどうしようかと悩み、隣に居るシグナムに目を向けた。彼女は眉間に皺を寄せ、ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに大きなため息を一つ。

 

「まったく、あの2人は………。将として頭が痛い限りです。主、少々お待ち下さい。あのような乱痴気騒ぎ、すぐに終わらせます」

 

そう言うとシグナムは片手にレヴァンティンを携え、さらにカートリッジを一発ロードして膨大な魔力を迸らせた。レヴァンティンの切っ先を地に付け、引きずるようにしながらゆっくりと2人のもとへと歩いていく。

気のせいか、その姿は幽鬼のように揺らいでおり、体に黒い瘴気が纏わりついている。

 

あれ?なんかシグナムが怖い。なんて思って見てた俺の耳にドスの効いた声が飛び込んだ。

 

「やつら……なにが寵愛だ、なにが一心一体だ。自惚れ、自意識過剰の愚者が。ああ、本音か?それがお前らの本音なのか?愚かな。ならば言おう、高らかと宣言しよう─────────主の一番は私だ!」

 

みんなも最近ストレス溜まってたのかなぁ。すべてのゴタゴタが終わったら、慰安旅行にでも行くか?出資者はプレシアで。

 

そんな事を半ば本気で考え始めた時にはもう三つ巴をおっぱじめやがってた。気の早ぇこって。てか、なんで俺が他人の喧嘩で悩まにゃならんねーんだよ。将来、ハゲねぇ事を祈るぜアーメンハレルヤマリアさま。神さんなんて信じてねーけど。

 

「むっ、来るかシグナム!大人しく将という座で胡坐を搔いていればいいものを!」

「ここで起たなくて何が将か!以前に、私は主の騎士だ!主がさえおれば、そもそも座などいらん!!」

「それでこそ私達の将。だが、だからといって私も退くつもりは無い!こと主に関しては、私は退きません!媚びへつらいません!反省しません!!」

「「「我こそは主が一の騎士!いざ、推して参るッッッ!!」」」

 

なにヒートアップしてんだか。台詞まで芝居かかってんぞ。ヤクでもキめたのか?それとも脳内麻薬でラリったか?

どっちにしてもさらに混沌となっちまってんじゃねーか!

 

「おいテメエら!!いい加減にしとけやぶっ殺されてーかア゛ア゛!?人の目の前でゴキゲンぶっこいてんじゃねーぞ!夜天、テメーはさっさと正気に戻れ!シグナム、テメーは何がしてぇんだ!ザフィーラ、ハウス!!」

 

踵落としをするように右足を高らかと上げ、床を踏み抜かんばかりに降ろす。ガンッという音が部屋に響き渡る。

その音と俺の怒声は3人の喧騒にも劣らない大きさで、これなら否が応にも喧嘩を一時ではあるかもしれんが止まるはず。そして、止まったらソッコーで拳によるお説教タイムだ。俺を差し置いて3人でハッピーカーニバルするなんざ100年早ぇ!

 

「こちとらやる事がいろいろあんだよ!ケツカッチンなんだよ!ババア病気問題、フェイトとアリシアのクローン戦争、次のバイト先ってか就職先、彼女はいつ出来るのか!そして、金金金金金金金金金金金ッっ!」

 

言っててだんだん腹立ってきた。

クソっ!どうにかして何もかんも一気に解決してくんねーかな。特に彼女と金!少なくとも金!金がありゃあ俺の人生万々歳!出来ねー事なし!心だって金がありゃあ買える!世界さえ思いのまま!金、降って来ねーかなぁなんてのは常々思ってる!…………………それなのに現実に降って来た、てか湧いたのは魔法で騎士な面々。

別によ、それが悪いってわけじゃねーのよ。寧ろ、良いと言える。これまでの生活でそう思えた。けど、だからって全部が全部良いなんて口が裂けても言えん。

見ろよこの惨状。この有様。最初はメリットだけ見てりゃ幸せんなれるとか気楽に考えてたけどよ、ここんとこメリットよりデメリットの方が大きくね?比率が明らかにおかしい。

 

「せいっ!」

「であっ!」

「はあっ!」

 

で、今現在のデメリット発生源の3人は俺の言葉などまるで耳に入っていなかったようで、さらに白熱したバトルを繰り広げている。てか、夜天もザフィーラもすげぇな。シグナムのレヴァンティン相手に素手でやりあってんぞ。流石の俺もナイフとかバットなら兎も角、あの大きさの刃物が相手だったらマジびびるぜ。

 

「つうかボクちゃんの言葉無視ですか?主ですよ?素敵な度胸ですね?人様無視して自分らはヨロシクしけ込むんですか?泣いちゃいそうだ。あはははは………………………上等だぜ、ド畜生ども」

 

……………いやいやいや、待とうか俺。落ち着こうぜ俺。ここで俺まで乱交パーティーへの参加を希望してみろ、目も当てられない現実がやってくんぞ。こちとらもう勘弁なんだよ、こんな厄介事は。早く終わらせてぇんだ。

ここは自制してでも巻いてくぞ。目の前の喧嘩には涎が出るほど参加したいが、そこを抑えてこそ男の見せ所。

 

「すー、はー。すー、はー…………ふぅ。OK、落ち着いた。実際の所欠片も落ち着いちゃねーが、とりあえず言葉だけでもそういっとこう。ああ、なんて健気な俺。さて………」

 

俺は目の前のご馳走から目を背け、踵を返して部屋を出て行く。出した答えは現状無視。

しかし、こんな後ろ髪引かれる思いするんだったら来なきゃよかった。まあ、夜天とザフィーラの無事が確認出来ただけで良しとしとこう。全然物足りねーが、良しとしとこう。…………ちっ、なんで俺が重ね重ね譲歩しなきゃなんねーんだよ。はぁ。

 

「あいつら、帰ったらぶっ殺す!」

 

俺はもう一度だけ3人を羨ましげに、憎々しげに見やった後部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人がドンチャカ騒ぎしている部屋から出て、「とんだ無駄足だった」と一人愚痴りながらまたババアを寝かしている部屋へと戻る。その道中、俺はあの3人の事はもう考えず、今後のことだけを考えていた。

(まずはババアの体の治療だな。フェイトにも心配すんなっていっちまったし。んで、その後はババアをほどほどにぶっ殺して慰謝料ふんだくって帰ろう)

ホントはまだババアに言いたい事とか聞きたいことはある。アリシアの死体をどうして保存してんのかとか、なんでジュエルシードを集めてんのかとかよ。でも、もうこれ以上ヤブつついてヘビ出したくねー。もう厄介事はこりごりだ。

こちとらただ気に入らないってんでプレシアに喧嘩売りに来た。児童虐待が気に入らないから止めさせようと思った。けど、何故か話のスケールが大きくなってきてる。

ババアの病気?フェイトがクローン?……マジ勘弁しろよ。

 

(俺がちょーっと正義感みたいなモン見せたらこれだよ。バイトもクビになるし、スマホ壊れるし、怪我するし。あ~あ、やってられっかよクソ!)

自己犠牲溢れる正義のヒーローなら他当たれっての。

 

俺は愚痴りながらその辺の壁に八つ当たりしてババアの部屋を目指し、程なく到着。が、しかしババアの部屋の扉の前に一人の女がいた。シャマルだ。彼女は見るからに気落ちしており、今にも自殺してしまいそうな儚さまで携えている。

 

…………嫌な予感MAXだ。こりゃ、まだ快速急行厄介事行きは止まってくれそうにない。停車駅はどこですか~?

 

「うぃ~す。どうしたよシャマル?そんな、『今から私、中絶手術しなきゃならないんです』みたいな顔しやがって」

「ハヤちゃん………」

 

こりゃ、ちっとばかし冗談ひねてる場合じゃねーか?ここまで『悲痛』という言葉が似合う顔をしてる奴なんて見たことねぇぞ。

あー、スルーしてえ。戻ってシグナムたちの喧嘩に参戦してー。でも出来ねーよなぁ。

 

「なにがあった?何もないよね?ないって言って」

「…………なんで、世界はこんなに優しくないんでしょう?」

 

え?なにその今から宗教勧誘が始まりますよ的な言葉は。

 

「湖の癒し手なんて言っても、所詮はただの騎士。それも、生まれたのはここ最近で、経験もなく────────」

「チョイ待ち。それ、長くなる?」

「─────はい?」

 

俺はおもむろにシャマルの話しにストップをかけた。

 

「いやよ、前置きはめんどくせぇから飛ばさね?シリアスぶっこいても息詰まるだけだし。巻きでいこうぜ巻きで」

 

言ってんだろ?けつカッチンだって。やる事たくさんあるし、さっさと終わらせてぇのに、その上で誰が長話を聞きてぇよ?俺、気は長いほうじゃねーんだよ。

 

「あ、あはははは…………はぁ。ハヤちゃん、少しは空気読んでくださいよぉ。人には落ち込みたい時があるんですよ?」

 

お前の心情なんて知った事か。自分の苦悩を吐露する暇があったら現在の状況を説明しろ。

 

「あっそ。で、何があった?」

「………クスン。もういいです、分かりましたよ。巻き巻きでいけばいいんでしょ!」

 

時間は有限、時は金なり。時間を掛けていいのは、金を嫁ぐ時と女との逢瀬の時のみってな。

つう訳で、シャマルには淡々と語って貰いました。時々俺に対しての愚痴を挟みながらも、要約するとこんなことがありましたとさ。

 

1,当初の目的通りババアを検診した結果、デス決定なほど体の中がボロボロ。シャマルでも治すの無理。

2,その結果をフェイトに話してしまい、フェイトは大泣き&乱心。

3,そのフェイトをヴィータと理が別の部屋へと連れて行き、そこで現在精魂込めて慰めている。

4,ババアは部屋でおねんね。シャマルは自分の不甲斐無さに意気消沈。

 

「へぇ。ロリーズめ、結構まともにトモダチやってんじゃねーか。けど、な~るほどね。つう事はある意味、これで全て終わったな」

「え?終わった?」

「だってそうだろう?ババアはお前でも治せない。つまり、今回の厄介事の元凶であるババアが近いうちおっ死ぬんだ。一番、あっさりした答えだな。あのアリシアとかいう死体、ジュエルシード集めの意味、その他諸々がババアの死で解決。いや、お蔵入りか?どっちにしろ、これも一つの終わり方だ。俺らはまたうざってぇ日常に戻り、フェイトもババアに縛られる事なく自分の道を生きる。完」

「そんな………」

「あ、プレシアの奴、保険金掛けてんのかな?受取人、俺にしてくれねーかなぁ」

 

俺のあっさりとした言葉に、シャマルの顔は当然晴れない。だが、結局世の中そんなもんだ。どう足掻いたところで、人には限界がある。逆に、限界があるから人なんだ。その限界を超えようとする奴はただの馬鹿で、その末路は滑稽なモンしかない。分不相応な夢を見ちゃいけねぇ。

 

「シャマル。お前は人じゃねーけど限界がある。助けられる命もあれば助けられない命もある。そこを分かれ」

「で、でもまだ……!」

「まだ?『まだ』なんだよ?お前はババアを治すのは無理だと自分で答えを出したはずだ。一度そんな答えを出して、『まだ』何かするつもりなら止めろ。お前の限界はここだ。お前は、もう、何も出来ない」

「……………」

 

俺はキツくシャマルに言う。

限界を超えようとすれば、それ相応の代償が要る。あり得んと思うが、もし『命』なんてのがそれに挙がれば始末に終えん。ババアの為にシャマルが命を掛ける事は俺は許せねぇ。

確かにババアの事は嫌いじゃねーが、それでも俺はババアの命よりシャマルのほうが大事だからな。シャマルが死ぬくらいならババアを先に殺す。

 

「う、あ、……うく、ああ…ふっ……」

 

自分の力の無さにだろう、悔し涙を流すシャマル。

俺はそれを見て大きくため息を零すと、懐からタバコを取り出し咥え、しかし火が無い事を思い出してガシガシと頭を搔く。そしてまた一つため息。

 

「泣くなよ。確かにこれも一つの終わり方つったけどよ、誰がここで終わらせるつった?」

「ふえ?」

 

俺は泣いているシャマルの頭を撫でてニヤリと笑った。

 

「そんなクソ面白くもねぇ無難な終わり方で俺が満足するとでも思ってんのか?冗談。それによぉ、お前の限界はここだけど、俺の限界はここじゃねーんだよ。…………ババアは必ず治す」

「ハヤちゃん!」

「ふん…………それにフェイトにもババアの事は任せろって約束しちまったしな。約束は破るためにあるが、ガキとの約束まで破るようじゃあ野郎が廃る。今が男の魅せ時ってな」

 

俺はおもむろに懐に入っているタバコではなく小さなビンを取り出す。ラベルが張ってあるが、そこに書かれてある文字は日本語どころか地球圏内でもないようで、きっと魔法世界の文字なのだろう。ただ唯一、ラベルの片隅に『80%』と書かれている。

 

「なんですか、それ?」

 

目をごしごしと擦って涙を拭いながら訊ねてくるシャマルに、俺はビンの蓋をとって臭いを嗅がす。

 

「うっ、お、お酒じゃないですか!」

「イエスッ!ここに来る途中、金目のもの………じゃなくて、一休みしようと入った部屋で偶然な。異世界の酒ってうめぇんかな?」

「な、なんでお酒?」

「なんでって、話し聞くには必要なモンだろ?腹ァ割って話し合う時には特にな」

 

全部ぶち撒けてもらうぜプレシア?まずはそこからだ。そっから体治して、フェイト安心させて、ぶん殴って、携帯とか弁償して貰って、そしてエンディングだ。

 

俺は酒を片手に意気揚々とババアの寝てる部屋へと入っていく。

 

(どんな手を使っても、俺は俺が満足する未来予想図を現実にしてやる!)

 

全ては自分の為によぉ。

 



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22

 

似合わねーかもしんねぇけど、俺は物語りはハッピーエンド、大団円ってのが好きだ。

ご都合主義でもいい、無理やりでもいい。最後よければ全て良しってのが好きだ。意外か?ほら、俺って基本お気楽思考ですから。辛いのとか痛いのとかヤだし(喧嘩は除く)。

けど、だからと言ってそれ以外は見るのも嫌いなのかと言われればそういう訳でもない。例を挙げれば『僕の生きる道』、あれはいい。ドラマしか知らねぇけど。最後は結局死に別れちまって悲しいけど、でもそれを抜きにしても面白いと諸手をあげて言える。感動の極みだ。他にもそんなのは沢山ある。

 

面白い………そう。『面白い』んだ。───────それが、ある種いけない。

 

確かに面白いってのは大事だ。面白いってのは人が幸せになれる。人が生きてく上で必要な要素だ。俺もそれに重きを置く。

 

けど、その『面白い』ってのも種類がある。必要な時と不必要な時がある。

 

つまり、俺が言いたいのは。

この現実で、『僕の生きる道』で得るような面白さはいらない。だってそうだろう?この現実で、誰が人が死んで面白くなれる?結婚までしたような想い人が死んで、誰が面白がれる?………まあ、当然面白くないだろう。当事者なら尚更な。

なら、当事者じゃなければ人死には面白いのか?まさか。

ダチが死んだ。近所の人が死んだ。テレビでよく見る俳優が死んだ。この世界のどこかで赤の他人が死んだ。………………どうよ、面白がれっか?普通は悲しむか、少なくとも無関心だろう。面白がるなんて事は出来ない。

面白がる事ができるのは、それがフィクションだからだ。現実じゃなく作り物だから、面白いと悲しいが同居出来る。でも、現実はそうじゃない。悲しみしか残らない。

 

だから、俺はハッピーエンドを望む。それは誰の為でもなく、自分の為に。自分が幸せな気持ちになれるから。自分が心温まるから。

 

自己満足。

 

俺は自分の為なら何でもする。どんなものでも使う。例えご都合だろうが無理やりだろうが、俺の望むようになるならそれすらも使ってやる。

俺を誰だと思ってやがる?独善者であり、自分至上主義者だぞ(それ以前に史上稀に見る紳士だが)。だから、俺が成すと決めたなら、使われるモンは大人しく使われてりゃいいんだよ。仮に俺に使えないもんがあっても、なら使える奴に使わせて成してやる。他力本願じゃあない。他の奴の力も俺の力だ。

 

だから。詰まるところ、自己満足が為だけに───。

俺は、プレシアを助ける。知ってる奴が死ぬのは寝覚めが悪いから。

俺は、フェイトに笑顔をくれてやる。ガキは笑ってるのが一番だから。

 

全ては俺が満たされるため。相手の想いとか関係ねぇ。自然の摂理も関係ねぇ。現実の厳しさも知ったことか。世界の都合でさえガン無視してやる。

 

自分良ければ、世は事も無し。

 

ただ、そこで勘違いしてこんな意見も出てくるだろう。

曰く『何だかんだ言っても、やっぱり最後は相手の為なんだろう?』とか『自分の為とか言って誰かを助ける姿カッコイイんじゃね?的に思っちゃってる自惚れ偽善者なんだろ?』とか『ツンデレ?キモッ』とか『何だかんだ言い訳こいた挙句、結局は一周して善い奴なんだろ?』とか。

もし以上のような意見を抱いている奴、ハッ!バ~カでぇすかぁ?その考えは今すぐ改める事だ。俺に変な期待はしないほうがいい。

俺はどこまで行っても自分の為にしか動かない。今回の件だってそうだ。フェイトもババアも俺は少なからず気に入っている。そんな奴がもし死んだり笑わなくなったりすんのは俺の気分が悪くなるので、わざわざ助けてやるんだよ。もしこの2人が話しもしない赤の他人だったら、ここまで世話焼かん。精精が『あそう。頑張ってね。応援しているよ』と声に出さず心の中で思うくらいだ。

そして、これは偽善でもない。偽善ならもっと自分の利を追求する。偽善を出す場面は弁えてるつもりだ。

 

いいか?念を押すぞ?俺が誰かを助ける時は、俺の為の、俺の為による、俺の為だけの事しか考えちゃいねえんだよ。

助けられる側のことなど知らん。勝手に助かってろ。

と、それでもまだ俺に何かしらの思いを抱くやつ。

期待したいならしてもいい。侮蔑するならしてもいい。嘲るのも構わない。嫌悪感を抱くのも結構。

だが、俺はそのすべてを『関係ねーし』と斬って捨てる。他の奴の感情など俺の感情の前では、地球の未来を心配する事以下の優先度だ。物体で言うと排泄物程度。…………まあ、もしそんな感情を綺麗なネェちゃんが抱いたなら色々考慮するが。

 

なんか話が二転三転してる上に分かり難かったろうが、つもりどういう事かというと………つうか、あれ?俺ってなんでこんな説明してんだっけ?

 

「おいプレシア。俺、なんでこんな話────って、寝てやがんし」

 

ちっ、気持ち良さそうな顔しやがって。まあ、あれだけ飲んで、ぶっちゃけ話したんだから疲れもするわな。

まあ、それは兎も角。ええと、なんだっけ…………ああ、そうだ、なんで俺がこんな事喋ってんのかって疑問だった。え~っと、確かいろいろ話して、時折暴走して、で最後に『あなたは一体何がしたいの?』とかなんとか、そんな事をプレシアが言ってきたんだ。それで、俺は長々と思いのたけをしんみり気分で語り聞かせたと。

 

「───なのに聞いた本人が寝るとか、何様だコノヤロウ犯すぞ」

 

俺は寝ているプレシアのおデコに強めのチョップを一つ。『ん………ふっ、あ………』なんて色っぽい寝言(寝息?)が返ってきたが、起きる気配なし。

 

まあ、それだけ心身ともに疲れてんだろう。酒も入ってるし。かくいう俺もプレシアが寝たことに気づかないで喋ってたんだから、あんま人のこと言えねぇけど。つうか酒がいけねぇんだよな。くすねてきた酒、かなりアルコール度数が高く、俺もプレシアもかなり酔った。

 

(つうか、なに話してたっけ?結構、重要な事話してた記憶が………ああ、頭回んねぇ。てかクラクラするぅ~)

 

思い出せ。アルコールで腹を割らせるっていう俺の目論見どおりにいったはずだ。…………クソ、出て来ねぇ。

 

よし。こういう時はお約束、最初から順を辿っていこう。

 

え~、まず部屋の前でシャマルとちょい話して、で酒持って部屋の中入って─────────。

 

 

 

 

 

 

 

□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

「起きろコラ」

 

俺は部屋に入って早々、プレシアが寝ているベッドへと近づき声を掛けた。が、当たり前といえば当たり前だが返事は無い。これでもかってくらい寝ている。ともすれば死んでんじゃねーのってほど寝ている。

顔色は真っ青で、傷だらけで、額には珠の汗が浮かんでおり、それでいて表情は穏やかと言えるほど普通。

 

しかし改めて見ると整った顔立ちだ。少々小皺があるし生々しい喧嘩の傷痕もあるが、それでも綺麗だ。シグナムやシャマルや夜天にも劣らない美女だなプレシアも。つまり。

 

(情欲を感じぜずにはいられないッッ!!)

 

このまま一匹の獣になりそうな高ぶりを感じつつも、そこは紳士な俺、けっして手は出さない。匂い嗅いで視姦するだけに抑えておく。

…………………………………ぐふふっ。

 

「なに目瞑って鼻の穴大きくして悦に入ってるのよ」

「………ほ?」

 

気づけば、先ほどまで普通に寝ていたはずのプレシアの目はおっ開いており、その目つきは殺処分寸前の豚でも見ているかのように冷めていた。

 

「お、おまっ、起きてたのかよ!」

「あなたの鼻息の五月蝿さで目が覚めたのよ。まったく、近年稀に見る不快な目覚めよ」

 

やれやれと言いながらベッドから上体を起こした。ただ、やはり体の痛みは誤魔化せないようで、たったそれだけの動作でも苦悶の表情を浮かべた。

まあ、それでも変わらず挨拶のように毒舌が吐けるだけまだマシなんだろう。

 

「それで、何の用………て言うのは愚問かしらね。さっきの続きをやるつもりなんでしょう?」

 

そう言ってベッドから出ようとするババアの脇腹をつんつんと2、3度突いた。

 

「ひゃっ!?い、いきなり何するの!?」

「ぷくくっ、いい年こいて『ひゃっ!?』だってさ!ぶはっ、ウケるし」

「っっ!?」

「だから、年考えた反応見せろって。ババアが乙女の様に頬染めても残念なだけだぞ?」

 

顔の色を羞恥の赤から怒りの赤に変え、ワナワナと震えだすババア。どうやら俺の言葉を受け流せない程、精神的にも疲れているようだ。

そして、いよいよもって魔法でも飛んできそうな雰囲気になる寸前、俺はババアの目の前にくすねてきた酒を突き付けた。

 

「落ち着けって。別に続きをしに来たわけじゃねーし、新しく喧嘩を売りに来たわけでもねー。…………50万くらいで買ってくれるなら話は別だが。まあ、なんだ、ようは腹ぁ割って話し合おうって事よ」

 

俺の言葉に従ったわけじゃねーだろうけど、怒りに震えていたババアは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、最後に俺を嘲る様に鼻で笑った。

 

「話し合う?話し合うですって?この期に及んで何を話し合うっていうの?私とあなたでどんな事を話し合うっていうの?そもそも、『話し合い不要、喧嘩歓迎』とかほざいてたのはどこの馬鹿だったかしら?」

「話し合い不要なんて言ったっけ?わり、全然覚えてねぇわ。まっ、昔は昔、今は今。話し合い必要。ヘーワにいこう」

「…………相変わらずの身勝手さね」

「んでだ、何を話し合うかってぇと………気の向くまま、心のままに駄弁ればいいんじゃね?取り合えず全部ぶっちゃけろ。な~に、愚痴でも文句でも好きなだけ吐け。全部聞いてやっから。その為の酒だし」

 

キュッと酒の蓋を取り、俺はババアにそれを手渡そうとした。しかし、ババアはまたもう一度『ふんっ』と鼻で笑うと、酒を持ってる俺の手を払いのけた。

 

「スズキ、あなたが身勝手なのは構わないけど、いつもそれが通るとは思わない事ね。死にたくないなら今すぐ出て行きなさい。そして、二度と私の前にその不愉快な顔を見せないでちょうだい」

 

そう言うとババアはベッドに潜り込もうとし、その前に「ああ」といって言葉を続けた。

 

「ついでにあの人形も連れて行けば?あなた、アレが気に入ってるようだし。それに、アレも美的感覚が崩壊してるのか、どう言う訳かあなたを───────」

「巻いてるっつってんだろ?」

 

聴く耳持たんとはまさにこれ。問答無用の模範例。

俺はババアの言葉などガン無視で、そのぴーちくぱーちく囀ってる口に酒のビンの口を無理やり突っ込んだ。

 

「がもっ!?」

「飲め」

「~~~~~~っっっ!?」

 

おお、どんどん顔が赤くなっていく。

 

「ぷはっ!ごほっごほっ!」

「よっ、ナイス飲みっぷり!」

 

ババアの口からビンを引き抜き、ゴホゴホと咽ている姿を肴に俺も続いて飲む…………つもりだったが、そこでグラスが無い事に気づく。辺り見回してもそれらしい物も代用が効きそうな物もない。

仕方なく俺もババアにやったように、そのままラッパ飲みした。回し飲みになっちまうが、まっ、別に構やしねぇだろ。

 

「ぐおっ!?の、咽喉が、胃が焼ける!!」

 

ラベルに表記されている『80%』って数字、こりゃやっぱ度数だったか。流石の俺もこのレベルのアルコールは初体験だ。美味いとか不味いとかも分かんねぇぞ。

 

「お前、よくこんな強ぇ酒ガブ飲み出来たな。下手すりゃ死んでんじゃね?」

「あなたが無理やり飲ませたんでしょ!」

「忘れた」

「………数秒前の自分の行いを忘れるなんて、どこまで身勝手で出来の悪い頭してるのよ。かち割って見てみたいわ」

 

都合のいい頭と言ってくれ。

ともあれ、こりゃあちびっとずつ飲んでった方がいいな。急アルになっちまう。

 

「悪りかったな。ほれ、今度は自分のペースで飲めや」

「飲むのは前提なのね。私、一応病人なんだけど?」

「地球じゃな、酒ってのは百薬の長って言って、謂わば万能薬なんだよ」

「へぇ、これがね」

 

勿論、大嘘なんだけど、ババアの奴普通に感心しやがった。なんかこの純粋さはどっかの誰かに通ずるもんがあるな。

ババアは酒をしげしげと眺め、それからビンを自分の口へと持っていこうとして、何故か途中で留まった。

 

「ん?飲まねぇの?」

 

ババアはビンの飲み口をジッと見て、それから俺の顔(口元あたり)を見て、それからまたビンの飲み口に視線を向けた。そして、その顔は『これはどうすればいいんだろう?』という思案顔だ。

その様子を見せられたら、流石の俺も何を考えてるのか分かる。

 

「お前さ、意識しすぎ」

「な、何がよ!」

「たかが回し飲み、どうこうなるわけでもあるめぇに。それともばっちぃとか思うわけ?ばい菌の心配とか?それだったら流石の俺もヘコむぞ………」

「べ、別に私は………ふん!」

 

意を決してってのは大げさかも知んねぇが、ババアは顔を赤くしながら酒をあおった。

ったく、一体いくつだって話だ。あれだろ?間接キスってのが恥ずかしかったクチだろ?そんな、中学生じゃねーんだからよ、間接チューの一つや二つなぁ。俺だって、それくらいなら今まで何度もやってきてんぞ。男女問わず。回し飲みとか罰ゲームとかで。

 

「さて、かけつけ3杯じゃねーが、お互い酒も入ったところで内緒のトークでもしようや」

 

この部屋には誰も入れないよう事前に全員に言っておいた。聞き耳も立てるなと強く言っておいた。もしこれを破れば、生まれてきたことを後悔させる辱めをしてやると脅しといたし。

 

「何も話すことはないわよ」

「まあまあ、そう言うなよ」

 

酒が入ったばっかじゃまだ口が柔らかいはずもなく。頑なな態度のババア。まあ、それでも喧嘩腰じゃなくなったのは面倒がなくていい。しかし、いつまでも喋ってくれないのはこちらも対処しようがない。

 

そうだな、最初はいきなり本題から入るんじゃなくて適当な話から入ろう。

 

「まずは、じゃあ……あ、お前、そういや旦那は?離婚?それとも死別?」

「いきなりで意味わからないし、不躾すぎるし、そもそも何であなたに私の事話さなきゃならないのよ」

「そうか、やっぱ離婚か。だよなぁ、こんな壊滅な性格してるんじゃあなぁ」

「勝手に決めつけるんじゃないわよ!」

「じゃあ死別?」

「………………」

 

あ、そっぽ向いた。やっぱ図星かよ、離婚だよ。

ニヤニヤと俺がプレシアを見やれば、それに気づいたプレシアが不機嫌そうに酒を呷った。

 

「クク、まっ、残念だなぁ。フェイトを見るに……ん?この場合はアリシアか?まあどっちでもいいや。ガキを見るに旦那さんもイケメンだったろうし。どんまい」

「ふん、勘違いしないで頂戴。あんな男、こっちから叩き出してやったのよ」

 

早くも酒の効果が現れたのか、少しだけ口が軽やかになったようだ。

てか効果出るの早ぇなぁ。こいつ、あんま酒飲み慣れてねーな?

 

「アリシアを授かったのが生涯最高の幸せなら、あの男と結婚したのは一生の後悔よ。私も研究のムシだったけど、あの男はそれ以上。私たちを顧みないクズだったわ」

「結婚までしといてよく言うぜ」

「アリシアが出来たからよ。だから結婚。お互い、体裁を守っただけのようなもの」

 

そしてまた一飲み。ダン、と瓶をベッドの縁に叩きつけ───

 

「まさか人生のたった一度の誤ちで子供が出来るとは……いえ、アリシアには何の罪もないし、むしろ嬉しかったけれど……あー、もう!」

 

──そして、またすぐさま取ると呷る。

おいおい、ピッチ早ぇなぁ。大丈夫かよ、顔が猿のように赤くなってきてんぞ。

しっかし、体裁を守っての結婚ねぇ。空っぽな幸せの代表例だな。プレシアもクズだが、その別れた旦那もこいつが言うようにクズだな。要は、見た目だけはいいコイツとヤるだけヤッて、ガキが出来たから結婚したけど研究優先してたって事だろ?こんなイイ女より研究優先するとか、元旦那はチンコついてんのか?いや、ついてたからデキちゃったんだろうけど。

 

「まあ、なんだ、そう気にすんなよ。お前ならまたすぐいい男が見つかるって。ああ、なんだったらその元旦那、俺がぶっ殺してやっからよ?」

「ふん、余計なお世話よ。それにあの男はもう死んでるわ」

「え?もしかして直々にヤっちゃった?流石だな」

「違うわよ!過労死したって風の噂できいたの。ふん、自業自得ね」

 

同情して優しい言葉を掛けても帰ってくるのは不敵な言葉。可愛気がないと言えばいいのか、強いと言えばいいのか。

 

「……というか、何で私はあなたにこんな話してるのよ。ああ、もう忌々しい!」

 

渋面をしてまたグイっと……って、だからピッチ早ぇって。ビールじゃないんだからよ。

 

「私の事よりあなたよ。……そうよ、あんたよ!いきなりあの人形と一緒にやって来たと思ったら、人の庭で滅茶苦茶やりたい放題!我が物顔で荒らし、かき乱して!一体何がしたいのよ!そもそも、あんた何者!?」

 

今更だなぁオイ。しかし、まあそれも当然か。会った当初なんてまるで虫けらを見る目で見てきやがったからな。虫に興味なんて沸かねーだろう。けどここに至って、か。

前回の押し付けがましい俺の意見に、多少は同意があって態度を軟化させたか?それとも単純に酒の効果か?

 

「さて、何者っつわれてもな。ひょんな事からフェイトに会った、善良な一般紳士?」

「寝言は寝て言いなさい」

「ひっで。まあぁ、んじゃお返しに俺の過去もちったぁお喋りしてあげようかね」

 

自分の身の上の事を喋るなんてガラじゃねーけど、しょうがねぇか。向こうさんがせっかく俺に興味を抱いてくれたようだし。ここいらで俺の事を話せば、もっと俺の事を信用してくれて、相手もさらに口が軽やかになるだろ。

 

「よーし、何からいくか。俺という空前絶後な存在の誕生の瞬間から語るか、それとも学生時代の毒いちご100パーな青春物語を語るか、はたまたあのアルハザードなんてトコのクソ野郎のせいでこんな魔導師生活する事になっちまった愚痴を──────」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「決めた!まずは俺が初めて人の死を実感した感動話から。題して『最初で最後の涙~その向こうに~』!あれは丁度3年前だった、俺の大好きだった婆ちゃんが─────」

「待てって言ってるでしょ!!」

 

ハタかれた。

 

「なにすんじゃボケ!これからお前の同情心を煽るため、どれだけ人の命が尊いか語り聞かせるところなのに!そして、それに感銘を受けたお前は正直な心情を語るっていう、そんな流れだろ今のは!空気読めよ!つうか、マジで感動話なんだって!俺だって今思い返しただけで…………うぅ、婆ちゃん」

「どうでもいいわよ、そんな話なんて!それより、あんたさっきアルハザードって………」

 

あん?アルハザード?おいおい、そんなトコに反応したわけ?それで俺の感動話を無視しやがったと?なんだそれ。いらんとこに反応すんなよ。しかも早々と、こんな時だけ無駄なく。不要な巻き巻きだ。うわぁ、なんか冷めた。酒飲も。

 

「んん、一度飲んだからこの強さに慣れたか?すんなり飲めたな。胃はかなりファイヤーだけど。けど中々美味い」

「人の、話を、聞きなさい!」

 

バッと酒を取り上げられた。さらに俺の胸ぐらを掴み上げ、こちらにずいっと顔を近づけてくる。

 

「どういう事なの!なぜ魔法世界出身でもないのに『アルハザード』を知ってるの!それに、その言い草じゃまるでソコに行った様な…………」

 

なんだろう、このババアの顔は?戸惑っているような、何かを期待しているような。

 

「離せコラ。つうか顔近ぇよ」

「……………」

 

ダメだこりゃ。俺が何か話すまでこいつはずっと、この鼻と鼻がくっつきそうな至近距離でガンつけ続けるだろう。

いったい何なんだ?アルハザードが何さ?なんでそんなにリアクション強ぇんだよ。

 

「分かった、わぁーったよ。話しゃいいんだろ。で、アルハザードがどうしたよ?」

「どうしたよじゃないわよ!スズキ、なんであんたみたいな奴がアルハザードを知ってるの!」

「知ってちゃ悪ぃんかよ。つうかご推察の通り、行った事もあんよ。………ちっ、今思い返すだけでも忌々しい!あそこに行かなきゃこんな魔導師なんてモンにもならなくてすんだし、せめて2度までにしときゃ理なんてクソも生まれて来なかったろうし。ハァ、あの男、やっぱ今度絶対一発ぶん殴ってやる」

 

出来るならガキの頃の俺も殴りてぇ。いくら今と変わらないほどの純情少年だったからって、なんの危機感もなしにあんな店入るかフツー?てか、タダだからって本を貰うなよ。今考えりゃ怪しさMAXだ。

 

「魔導師に、なった……?」

「そそ。なんかよ、魔導書?それの主になったわけ。えーっと、何つったっけ………ああ、夜天だ、夜天の書。まあ、俺が貰ったのはオリジナルの贋作らしくてさ、そのアルハザードの店主?みたいな奴がコピったんだと。いやよ、別にそれだけなら増刷ってことでおかしくねぇだろうけど、ご丁寧に守護騎士っつう魔導生命体までコピるんだからタチ悪ぃ」

「ほ、ほんとなの?」

「マジだって。俺が連れてきた奴らがそう。ホラ、お前とガチンコした奴、あいつも魔導生命体だぜ?確か融合騎、っていってたっけ?いや、ダッチワイフ型デバイスだっけ?まあどっちにしろ、まったく、びっくりだよ。魔導師ってのは命までコピれるのか?いや、その能力もコピってるんだから、命っつうより存在そのものをコピーか?すげぇのな、魔導師って」

 

一つの意思を持つ存在を肉体付き、能力付きでコピーって、驚嘆に値するなんてレベルじゃないだろ。どう考えても、地球の科学力じゃ無理だな。

俺は一息つくため酒をクイッと呷り、次いで懐のタバコに手を伸ばそうとした所でババアの呟く声が耳に入った。

 

「………不可能よ」

「あン?」

「確かにデバイスを大量生産する事は可能よ。けど、融合型デバイスとなると話は別。いくら元があろうともそう簡単に複製なんて出来ない。しかも、5人の魔導生命体付きですって?今の魔法世界の技術力でもそんな事出来ないわ」

「ん?あれ?でも、それだったらアルフはどうなるんだよ。あいつだって魔法の技術で造られた生き物だろ?だったら魔導生命体じゃん」

 

よー分からんけど。

どっちにしてもアルフだって今の地球の技術じゃ生み出せねー存在だろ。もし生み出せるのなら、そこいらの野良猫や野良犬とっ捕まえて尽く擬人化させるな。メス限定で。

 

「確かに根本は同じね、どちらもいわば命の創造。アルフには素体があり、そっちには原本があった。けど、この場合その成り立ちがまるで違う。そうね………アルフが『材料を使って作った料理』なら、あなたの騎士たちは『料理から料理を作った』って所からしら。それも、味、形、大きさ、食感、匂い、後味、果てはそれを食べた後の感想まで寸分違わず基と同じ料理。───────そんなの在り得ない。成し得るハズがない。ともすれば、それは無から有を生み出す事より難しいわよ」

 

さっぱり分からん。何言ってんだこのおばさん?いや、何となくすごいんだってことはニュアンスで伝わったけど…………ふーん、やっぱあの男ってすげぇんだ。ちょっと感心。殴るけど。

 

「それに夜天の書ですって?私の記憶違いで無いなら、ロストロギア指定されてたはず。そんな物を複製出来るなんて…………」

 

ババアはぶつぶつ何か言ってる。だが、先ほどまで暗かった顔は内からふつふつと喜びがこみ上げてくるかのように変化していく。

 

「やっぱりあったのね、アルハザードは………ああ、アリシア。やっと過去を取り戻せるのね!」

 

一体なんなわけ?てか、いい加減手ぇ離せや鬱陶しい。酒が飲みにくいんだよ。

 

「スズキ!!」

 

美女に、至近距離で、酒の混じった唾を飛ばされながら、酒臭い息を吹き付けられ、大声で呼ばれるという体験は初めてだな。

良いか悪いかは……まぁ半々だな。

 

「教えなさい!アルハザードの場所を──────」

 

しかし、うるさい。いきなりテンション上げんな。そして何より俺に命令すんな。

再度、おもむろにババアの口に酒を突っ込んだ。

 

「ガボッ?!」

「喧しい、黙れ、そして飲め」

「んー!?んー!?んー?!」

 

必死に瓶や俺の体を突き放そうと抵抗するが、その程度の力で俺がどうこう出来るはずもなく。

俺はプレシアの後頭部に手を回して固定し、瓶を思いっきり傾けてやる。

 

「たく、一人訳も分からずハイになりやがって。こちとら欠片も意味が分からねぇっての」

「んー!?んー!?………」

「これだから自己中は嫌なんだよ。あ、俺はいいんだよ?けど、他人の自己中は見てて腹立つんだよなぁ。ぶっちゃけ死んでほしいくらい」

「んー………」

「いいか、もちっと事を順序だててだなぁ…………ん?どした?」

「…………」

 

返事が無い、ただの屍のようだ……………て、やば。ちょっと加減間違えた。

プレシアの口元から、喉を通りきらなかった酒がダラダラと胸元に滴り落ち、そのでかいモノと服が濡れ濡れになっていた。

ちょっとエロい。

ではなく、取り敢えず瓶を口から離してやる。

 

「あ~あ、こんなに飲みやがって。一気に少なくなっちまったじゃんよ」

「ごほっ、……わ、私の、心配を、しなしゃいよ!ごほごほっ……」

「ダイジョウブデスカー?」

「大丈夫ひゃない!」

 

でしょうね。顔がマグマのように赤いぞ?局所的な紅葉の季節か?てか、なんか最後のほう言葉がおかしくね?

 

「私をアル、アルハザードり連れていひなはい!」

 

舌が回っていない、ただの酔いどれのようだ………………て、もう酔ったのかよ!強い酒を一気にヤってぶっ倒れるってなら分かるけど、こいつ普通に酔いやがった。しかも、これはまた定形例のような酔い方したな。下戸っつうか、即効性体質?

しかし、こりゃいい。当初の思惑通りだ。酔いってのは人を饒舌にするからな。ある種、酔ってる状態ってのは『無意識』に近い。そして、その無意識こそが人間の真実を出す。

 

俺はここぞとばかりに質問を投げかける。

 

「なんでそんなにアルハザードに行きたいんだ?」

「うるひゃいわね。あ、あんたは大人しく私のいう事に従えばいいのよ」

「まだ足りんか」

 

もう1回酒を突っ込んだ。そして仕切り直し。

 

「なんでそんなにアルハザードに行きたいんだ?」

「ごほっ、うぃ、う~………アリひアを生き返らせりゅのよ!」

 

今度は素直に答えてくれた。重畳だ。

それにしてもぶっ飛んだ答えが出てきたな。

 

「生き返らせる?あそこでそんな事出来んのか?まあ、確かに生命体は簡単に作り出してたけど。ああ、だからあんな液体の中で死体を安置させてたわけか」

 

にわかには信じ難い。馬鹿じゃねーかと頭を疑う。普通だったらな。でも『魔法』という要素が加わると、これが簡単にゃあ馬鹿に出来なくなってくる。

 

「…………ふ~ん、まあいいや。じゃさ、ジュエルシードだっけ?あれを集めてた目的は?」

「アルハ……う゛っ……アルハじゃーじょに行くためよ!」

 

おい、今吐きそうになった?だから段階の進行が早いって。もうちょい頑張れ。

 

「は?あそこに行くのにあんな訳も分からねぇ石っころ必要ねーだろ。俺、普通に入れたぜ?」

「そ、んなの知りゃな、い。アルハじゃ~どにちゅいては文献しか残ってにゃいんだから。伝説にょ地……う、失われた秘術が眠る地って言われてる……うぇ」

「ふ~ん、あの店がねぇ……」

「店?なにイッてるのバカなの死ぬの死ねば?」

 

人を罵倒する言葉だけはちゃんと言えるのな。

ともあれ、ここに来て漸くこいつの執念の根源が分かった。

死者蘇生。

ゲームとかだったら1コマンドでポチっとするだけで出来るそれだが、現実じゃそうもいかず。リアル魔導師でさえ、どうやら例外ではないらしい。こいつが、そんな文献にしかないような伝説を頼るくらいだからな。

 

伝説を追い求める、死者を蘇らせる……いいねぇ。そういう馬鹿、俺は嫌いじゃねぇ。現実思考な俺だけど、何も男の浪漫を持ってないわけじゃない。

 

「私はーアリシアをー蘇らせりゅー!!」

 

うがーと無意味に大声を上げながら、さらに酒を飲むババア。

ゴキゲンだね。うん、でも、そろそろその舌足らずな口調も可愛さ通り越して殴り倒したい気分だぞ?てか、『酒を飲んだらキャラが変わる』なんて、そんな安易に簡素にありがちなキャラ設定すんなよ。夜天とかシグナムなら兎も角、ババア相手じゃ全然萌えん。逆にそれがいいって奴もいそうだけど。

ともあれ、ちっとばかし飲ませ過ぎたか。ちょいちょい吐きそうな気配が窺える。

まっ、次で聞きたいことは最後だ。このまま上機嫌のまま全部ぶちまけて貰おう。─────と、その前に。

 

《よぉ、ロリーズ、聞こえっか?》

《ん?この気持ち悪い念話はやっぱ隼か?やべ、吐き気が》

《はて?この気色悪い念話はやはり主?うわぁ、鳥肌が》

《………今は俺も酒が入って多少なりともゴキゲンだから聞き逃してやる》

 

久しぶりの登場にも関わらずかましてくるロリーズ。

このクソガキどもとも一度はっきり白黒つけといた方がいいな。大人をナメすぎだ。

 

《それで、ヘタレチキン地球代表が今更何用ですか?》

《まったくだ。フェイトが傷心してるってのに、肝心な時に居やがらねぇし。死ねよ、役立たず》

 

落ち着け俺。奥歯に力を入れて耐えろ。いちいち反応せず、こちらの言いたい事だけ伝えようぜ俺。

 

《そのフェイトだ。いいか、今すぐババアの部屋の前に連れて来い。入っては来んな。ドア越しに中の声を盗み聞きさせろ》

 

俺は向こうの返答を待たず、念話をブツ切りした。これ以上あいつらの声聞いてっと自分が抑えられなくなりそうだから。

気を落ち着かせるため2、3度深呼吸し、改めて目の前にいるババアへと向き直る。

ババアは………なぜか泣いていた。

 

「うう、アリシア、何で死んじゃったの……いえ、私が悪いのよ。私があの子を一人にしたから……」

「………うざ」

 

と、そんな正直な感想を言ってる場合じゃない。フェイトが来る前までに、こいつの本心を吐かせるとこまで持っていかなきゃな。

 

「おい、ババア、ちょっと聞─────」

「誰がババアよ!プレシアって呼んで!」

「ハァ…………OK、プレシア。ちょっと酒置こうか?これが最後の質問だかんよ」

 

俺はババアから酒を取り上げる………て、うわぁお、もう1杯分もねーじゃんか!?ハァ、最悪。

結局俺はあんま酔えなかったが、まあ、話を聞く分にはいい感じだ。そう納得しとこう。

 

少ない最後の一口を飲んでしょげている俺だったが、ふと裾が引っ張られる感覚で顔を上げた。

目の前には、何故かこちらもしょげた表情のプレシア。………いや、なんでよ?もしかして、最後の一口を俺が飲んだから?

 

「最後なの?」

「あン?」

「私とお話してくれるの、最後なの?」

 

…………えーっと、とりあえずまずは『お話が最後じゃなくて、質問が最後』と突っ込んでおこう。次に『お前誰よ?』と突っ込んでおこう。

 

いい年こいたババアが上目遣いするな。目を潤ますな。酒のせいかも知んねぇけど、頬を染めるな。さらにこれも酒のせいかも知んねぇけど、幼児退行したような口調はやめろ。

こいつも結構ストレス溜まってんだろうなぁ。男もいねぇようだし。ストレス以外のモンもいろいろ溜まってんだろうよ。寂しさとか。性欲とか。

 

俺はババアを少しでも正気に戻すべく、先ほど空になった酒ビンで頭を殴った。わりかし、加減抜きで。

 

「づっっ~~~!?い、いきなり何するの!それはシャレにならないわよ!」

「ふむ、少しはマトモになったか」

 

少し惜しい気もしたが、流石にあんな状態じゃ真面目な話が出来ねぇ。てか、調子狂う。

 

「改めて質問だ。プレシア、お前はフェイトの事をどう思ってる?」

 

やっと言えたよ、この質問。

あの地下でも一応こいつの心情は聞いたが、今は酒が入ってっからな。それに今は俺と2人っきり。もしかしたら、本人の前じゃ言えなかった事も今なら言ってくれるんじゃないかという期待がある。隠された本心ってやつ?実はフェイトの事も実子と同程度くらい大好きって事も─────

 

「忌々しくて憎い子よ」

 

まっ、そうだろうね。そう簡単にはいかねぇよな。けど………ふん、まぁ、あの地下での反応よりはマシだな。怒り狂ってるわけでもなく、表情もさっぱりとしたもの。なによりモノ扱いせず、ちゃんと『子』と言ってるし。

 

けど、やっぱ根源はそうそう変わらないだろうな。嫌ってはいなくても、憎い対象だろう。あの地下でも言ったように、凝り固まっちまった気持ちはそれが偽物であっても真実と誤解させちまう。だから、きっと俺がどうこう言おうとこいつの気持ちは変わらない。

 

──────今の前提のままでいけば、の話だけど。

 

「じゃあよ、少し見方を変えようか。お前は過去を取り戻すっつったよな?それってつまり、アリシアが生きてた頃の生活をしたいってことでいいわけ?それとも、文字通り過去に戻りたいわけ?」

「どっちでもいいわよ。アリシアがいるなら……………う゛っ」

 

待て待て。この流れで吐きそうになんなよ。一応シリアス調なんだ、もちっと我慢しろ。

 

「そっか。なら、まずはその前提を一回白紙にしようぜ。『過去』じゃなく『今』、そして『未来』を見据えようぜ」

 

我ながらよく言う。『今』しか見てない俺が『未来』とは、ね。まあこれもプレシアの本心を見るための反吐だ。我慢して綺麗事を吐き散らそうか。

 

「…………なにが言いたいの?」

「今、この現実で、アリシアを生き返らせて、お前の病気も治して、さらにフェイトとアリシアを姉妹にして、さらにさらにアルフをペットにして、こんな辛気臭ぇとこは売っ払ってどっかに一軒家でも建てて、そして家族4人で幸せな未来を築く。最ッ高なハッピーエンドじゃねーかよ」

「───────」

 

プレシアはまるで無垢な少女のように目を数度パチクリし、しかし次の瞬間には世の中の辛い部分ばかり見てきた老婆のような渋い顔になった。

 

「そんなものが、それこそ現実で叶うわけが─────」

「黙れ。叶う叶わないはお前が考えることじゃねーんだよ。お前が考えなきゃなんねぇのはよ、その現実がやってきた時、ちゃんとフェイトも幸せに出来るかって事だ」

 

そう言った瞬間、プレシアの顔が戸惑いのそれになった。

 

「む、無理に決まってるじゃない!この憎しみはそんな簡単に拭いされるものじゃない!」

「本当にそうか?何も憂う事のない現実で、大好きなアリシアとそっくりな子が幸せそうに笑うんだぜ?なら、想像してみろ!アリシアとフェイトが2人並んで上目遣いで『ママぁ』って言ってる姿を!」

 

プレシアは少しの間何かを考えるようにボゥと上の空になったが、程なく真っ赤な顔を両手で包み込むとニヘラとだらしない笑みを浮かべた。

まったく、何だかんだいってやっぱこいつは母親だな。まあ、こういう正直な反応を見せるのは酒のお陰だろうな。素面じゃ絶対ありえんだろうよ。

 

プレシアはそのまま数秒だらしなくニヤけていたが(手で隠しているつもりのようだが、まるで隠れていない)、ハッと我に返り、ゴホンと一つ咳払い。

 

「妄想の世界からお帰り」

「う、うるさいわね!」

「で、どうだったよ。お前の妄想の世界でフェイトは笑えてたか?お前と一緒に幸せそうによ?」「……………………」

 

プレシアは先ほどまでの酔いどれ変態ちゃんのような表情から一転、冷め切ったような表情になった。

 

「──────叶わない現実よ」

「テメエが決める事じゃねぇ」

「──────憎しみは消えない」

「テメエ程度が持つ憎しみなんて時が解決する。いや、それより先にお前のガキ2人が吹き飛ばしてくれるだろうよ」

「──────私は……」

 

だんだんと沈み込んでいく表情と声色。それを聞き俺は─────

 

「だぁああああ!うだうだうだうだ、うるっせえよ!」

 

だから、俺は気が長ぇほうじゃねーんだよ!

プレシアの胸ぐらを掴み引き寄せた。ガツンとお互いのおでこがぶつかる音を聞きながら睨み付けた。

 

「人がテメエの気持ちをちゃんと確認してやろうとわざわざ我慢してやってんのに長々と!もう知るか!てめぇは黙って幸せになれ!そして、なんも考えずにただフェイトを幸せにしてろ!てめぇの意見、気持ち、その他諸々却下!それでもまだ何かぬかすようならいっそ死んじまえ!それも俺が許さねぇけどなあ!」

 

もう無理。もう限界。酒の効果も相まって頭痛ぇ。これだから年寄りの話は嫌いなんだよ!ぐだぐだぐだぐだと!

簡潔に要件をまとめ、言いたい事、思ってる事は人の目気にせずぶっちゃけりゃいーんだっつうの!

俺もいい加減、ストレスの限界。

 

「な、何を…………そう簡単に人が幸せになれるわけない!だから、私は今!」

「なれる!つうか、してやる!」

 

何遍も言ってんだろ!

俺は、俺が満足したいんだよ!テメエが幸せになれるなれないとか、そんな事、テメエが决めんな!いや、決めさせようとした俺が間違いだ!そも、そんな選択権すりゃテメエにはねえんだからよ!

一番重要なのは、俺がどうしたいか!テメエがどうなったら、俺が幸せになれるかだ!

 

「いいか、よく聞け!もう後悔や諦めや不幸自慢はお腹いっぱいだ!何もかんも知ったこっちゃねえ!メンドくせーんだよ!アリシア?クローンなフェイト?ジュエルシード?アルハザード?知るか!もうテメエは余計な事考えんな!黙って見てろ!」

「な、何を言って───」

 

俺はプレシアの胸ぐらを掴み、お互いの唇がくっつくんじゃないかと言うほど引き寄せて言い放つ。

 

「テメエの幸せは俺が作る!フェイトもだ!これから先、俺がテメエらを一生幸せにしてやるよ!」

「─────────」

 

…………後から思えばかなり大胆な事言ってるような気もするが、今の俺にはこれが最善に思えた。

そうだよ、もともとこいつの意見や気持ちなんて関係なかった。俺がそうしたいならそうすりゃいいんだよ。

 

俺は掴んでいたプレシアをぞんざいに離し、タバコを求めて手を懐に。そんな俺にポツリとプレシアが呟いた。

 

「スズキ………あなたは一体なにを求めてるの?なぜ、あなたがそんなに私とフェイトの事を気に掛けるの?ねぇ、スズキ、なんで─────」

 

 

 

 

 

 

□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

回想終了。そして冒頭に戻る、と。……………俺、自分で思ってる以上にホンキ馬鹿?

いや、こりゃねーわ。なんだよこのやり取りは?突っ込みどころ満載過ぎる。支離滅裂。いくら酒に酔ってたからって、これはあまりに酷い。これなら思い出さないほうがよかった。

 

「まっ、凡そ言いたい事は言えたし、聞きたいことも聞けたからいいんだけどな。明確にやることも定まったし」

 

一部、言わなくてもいいようなハズい台詞を言ったような気もするが、その辺は大丈夫だろう。酒のお陰で記憶が飛ぶってのはお約束だ………現実じゃあ確立は2割くらいだけど。

まあ、取り合えずまずは自分自身が忘れよう。現実逃避だ。

 

(さて、今日は疲れたし、俺もプレシアのようにそろそろ惰眠を貪るか)

 

てか、もうこのままプレシアの横で寝ちまおうかなぁ。うまい具合にこのベッド、セミダブルだし。

言っておくが、決して下心はないよ?あーんな事やこーんな事をプレシアが寝てる間にしようなんて、そんな非紳士な事をまさか俺が、ねえ?

 

むくむくと湧き上がるナニカをギリギリの所で抑えながら、イヤらしい笑みを携えてプレシアの横に入る──────その時になって気づいた。

プレシアの口元にある『モノ』に。

 

「ね、寝ゲロしてるぅぅううう!?!?」

 

ダメだろ!それは致命的だろ!そのビジュアルで、その穏やかな寝顔で、その汚物は完全にアウト!百年の恋も冷める状態だぞ!!

 

「………………別の部屋で寝よ」

 

流石にそんな有様のプレシアの横で寝るなんて事は出来ず、俺は粛々と部屋を出た。

けど、まあ、結果的にはそれが良かった。俺はある事をすっかり忘れていたのだ。

 

扉を開ければ、目の前に金髪少女の姿があった。

 

「あ、フェイト」

 

そうだった。中の会話を聞くよう言ってたんだ。まるっと忘れてたZE☆

しかも、そこにいたのはフェイトだけじゃなく、ロリーズにシャマルにアルフ、さらに喧嘩していたはずの夜天、シグナム、ザフィーラの姿も。

 

「よう、御揃いで出迎えご苦労。つうか、シグナムと夜天とザフィーラはひっでぇ格好だな。さぞ楽しかったんだろうな。こちとら馬鹿みたいに長~い話を─────」

 

ドンッと腹にタックルされたお陰で言葉を最後まで言えなかった。ちょっと顔を下に向ければ金髪の下手人が俺の腹に顔を埋めていた。

 

「あのなぁフェイト、抱きついて来るのは構わねーが、その勢いはよせ。特に今は酒入ってっからキツいんだよ」

「ぐすっ……ありがとう、ハヤブサ……ありがとう……はやぶさぁ!」

「……………ふん、意味分かんねーよ」

 

何に対してのお礼だよ。それに、その泣いてんのに笑ってる顔はなんなんだよ。気持ち悪ぃな。俺はなんもしてないっつうの。

俺はただプレシアと秘密のお話をしてただけで、お前が勝手に盗み聞きしたんだろうが。

 

「たく、まだ泣くのも笑うのは早ぇっての」

 

そう、まだなんだよ。

やることは定まってる。訪れるハッピーエンドも決まってる、てか成す。けど、その為にはまず見つけなきゃなんねーんだよなぁ…………『あの店』を。

 

俺の、こうなっちまった原点を。そしてそこが、きっと終着点でもある。

 

俺は腹の辺りにある綺麗な金髪を優しく撫でた。

 

さて、俺が笑えるハッピーエンドはもう間近だ!

 

次話へつづく!!

 

 

 

 

 

 

 

「ところで主」

 

 

 

 

 

 

 

あれ?終わらない?

 

「ちょっと聞きたい事があります」

 

なんで騎士の皆々様は殺気だってらっしゃるのでしょうか?

 

「大丈夫です、ハヤちゃん。時間は取らせません」

 

その笑顔がかなり怖ぇぞシャマル?

 

「先ほど小耳に挟んだ事で問いたい所があります。特に『俺がテメエらを一生幸せにしてやるよ!!』という部分に」

 

なるほど。盗み聞きしてたのはフェイトだけじゃないわけね。つうか、なんでそんくらいで怒るかな?たかが一つの言葉だろう?

 

「あんな終わってる糞ババアの何処に惹かれる要素があんだよ?この熟女マニアがぁ」

「あんな垂れ乳で枯れ乳の年増のどこがいいんだか。よろしい、ロリっ娘の良さを判らせてあげましょう」

「ヴィータ、理、母さんはすっごく若いよ!私なんかより全然!」

 

クソロリーズ、お前ら、プレシアに聞かれてたらぶち殺されてっぞ?

それとフェイト、そのフォローはちょ~っと苦しいぞ?涙を誘う程に。

 

「う~ん………なんだろう、なんかこう、ムッとするっていうかイラってするっていうか………。取り合えず隼、一発殴らせてよ」

 

いやいやいや、アルフよぉ、お前が一番意味分かんねーよ。なんだよ、その『取り合えずビール』的なノリは?お前、きっと場の流れに乗っかって言っただけだろ。皆がするなら私も、みたいな?一番タチ悪ぃぞ。

 

もうこいつらの考えてる事が分からない。分かりたいとも思わないけど。あれか?つまりは喧嘩売ってるって事?ちょっと今は買いたくないかなぁ。頭痛いし。

 

(ハァ………………ここは綺麗に終わっとこうぜ)

 

腹減ったなぁ。そういえば最後に飯食ったのいつだっけ?てか、風呂も入ってねーよな?頭、痒ぃ。風呂入りてぇな。そういやこの家の風呂ってデカいんかな?入りてぇな、風呂。風呂っていいよな~。風呂風呂風呂。

よし、これだけ伏線張っときゃそろそろエロいお風呂イベントくるだろ。

 

まあ、現実逃避はともかくだ。

 

(たまにはシリアスで終わろうぜ?いい雰囲気で終わろうぜ?)

 

どうやっても綺麗に終わらねぇな。

 

 




いつも感想ありがとうございます。執筆の励みにしています。

無印編も終盤です。8月中には終わらせようと思っています。
ここ数話、ちょっとだけシリアスな感じも入りましたが、これから先はまたコメディ色が強くなります。プレシアも例に洩れずリリックに壊れていきますのでw

それとプレシアの離婚話のくだりは創作です。調べてもちょっとよく分からなかったので。


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23

中々執筆時間が取れない……


 

「お風呂っていいよね。超いいよね。そう思わね?」

 

お風呂イベントを夢見る俺は、今回初っ端この一言から入らせてもらう。ただ、声に出して言ったにも関わらず周りには誰もいない状態、完全な独り言。それでも俺はあえて声に出す。あたかも、世界に訴えかけるように。

 

「生まれてこの方、俺は一度もお風呂イベント………率直に言えば『エロイベント』に遭遇した事が無い」

 

まあ、普通に生活していればそれも仕方が無いと言える。姉もいない、妹もいない、幼馴染もいない俺に、この世知辛い現実で、そんな極上のイベントが発生するわけが無い。いや、俺に限らず、そのような境遇の男性はエロイベント発生率が極端に少ないはずだ。だから、俺もその中の一人、五万と居る者の中の一人として、そんな夢幻イベントとの邂逅など半ば諦めていた。

だが、しかし────だか、しかしッ!

今の俺は違う!そんな、空しい境遇の元に生まれた有象無象の男の中の一人ではない!町人Aではないのだ!

今の俺の周りを見てみろ。夜天、シグナム、シャマル、プレシア、アルフ──────この5人の女を見てみろ!こんなべらぼうな女が5人も俺の周りにいる。しかも、お互いの関係は良好と言える(プレシアについては疑問だが)。こんな境遇になった俺は確実に、エロイベント体験者になってもおかしくない。否、体験しないはずがない!むしろ体験してしかるべきだ!

 

「なのに!何故!未だにその手のイベントが発生しねーんだよ!どぉぉお考えてもおかしいだろ!」

 

マジでよぉ、おかしくね!?確かにライトな感じのイベントなら今まで少なからずあったよ?パジャマの胸元からブラチラみたいな?けどよ、ディープなやつとかモロな感じのやつは一度もなし!

 

「ふざけんなよクソ!ふざけんなよクソォ!!こんな恵まれた環境になったのに、なんでその特性を遺憾なく発揮しねーんだよ!間違ってる、何かが間違ってる!」

 

誰かに聞かれたら『お前の思考が一番間違ってる。てか手遅れ』なんて言葉が返ってきそうな心情を一人叫ぶ俺。

 

「………まっ、ンなこと言ってもどうにもならねーなんて事は分かってンだけどな」

 

いくら叫んだって、いくら伏線のようなもん張ったって、ここは現実の世界。誰も聞いてくれないし、回収してくれない。

そんな事は分かってる。だから、今まであまり考えないようにしてきた。だけど、なのに今になって……………ハァ、これも酒のせいだな。

 

プレシアと飲んだのが3時間前。何故か皆と口喧嘩をする事になったのが2時間前。皆と別れてそれぞれがそれぞれの場所で休息を取る事になったのが1時間前。

そして、今。

俺は適当な部屋に入り、改めて一人静かに飲み直していたら上記のような情熱が湧き上がってしまい、アルコールの効果も相まって叫んでいた次第。

 

「あ~あ、何だってんだよ。これはあれですか?モテねぇやつはどうなろうと絶対モテないと?そんなやつにエロイベントなんて来るわきゃねーだろって?そんな奴ぁAVでマスかい虚無感を抱いて寝てろって?──────クソぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 

ああ、やべ、なんか酒が変なとこに入ったみてぇだ。タバコが吸えない事もこのイライラの要因だろうけど。火がねぇんだよ火が。

 

「…………風呂入るか」

 

先ほどのテンションがまるで嘘のように、俺は静かに呟く。

もう諦めた。エロイベントなんて、所詮この現実で起きるはずねーんだよ。都市伝説だ。負け組みは負け組らしく淡々と物事をこなしていくよ。

 

俺は悟りでも開いたかのような僧侶の顔で、部屋を出て風呂場へと向かった。場所はフェイトに事前に聞いていたので特に迷うことなくたどり着く。勿論、その間も特にイベントなし。淡々だ。

まあ、別にいいんだけどよ。何もなくてさ。それに、何もなくても風呂に入りたかったのは事実だ。頭をボリボリ掻けばフケと乾いた血が落ちてくる今の状態からいい加減脱出したい。

 

脱衣所に入ると俺はすぐさますっぽんぽんになり、風呂場へと続く戸を開けた。

 

「うお!?でっけーなぁオイ。いつか行った温泉レベルじゃねーかよ」

 

なんかでっけぇ岩があるし、蛇口いっぱいあるし、湯は常に出続けてるし。

金持ちは死ねばいいとは思うが、今だけは感謝だな。

 

俺はルンルン気分で局部をブンブンさせながら湯気の向こうに見える湯船へと足を進めた。

が、しかし。

その湯気の向こうの湯船、その中に一つの人影がある事に気づいた。

 

(へ?うそ?ひ、人が入ってるぅぅぅううう!?)

 

え、ちょ、ま、まずいだろ!?俺、すっぽんぽんよ!?勿論相手もすっぽんぽんだろ?!いやいや、ちょっと、これはやべぇって!まさかの不意打ち!エロイベントなんて諦めてたのに、それが突然舞い降りるなよ!

確かに夢見てた展開ではあるが、実際にこの状況に立ったら冷や汗モンだった。あの湯気の向こうには女の裸、モザイクなしの本物が…………ど、どうすりゃいいんだ?

口ではあれだけ威勢のいいこと言っておいて、望んだ展開になったらこの有様。てんぱる俺。『チキン』『ヘタレ』という単語が真っ白な頭の中で思い浮かぶ。

いつもなら必死に否定するそれらの言葉だが今は──

 

(で、出よう!)

 

チキンで結構!ヘタレで結構!

実際こんな場面に直面したら、そのままレッツゴーなんて出来ねぇよ!回れ右!

しかし、現実残酷。この場合は逆に幸福?ともあれ俺が退場するよりも先に、相手が此方に気づき振り向いた。さらに図ったように霞掛かった湯気までサヨナラバイバイ。その相手の姿を明確に俺の目に映した。

 

果たして、そこにいた人物は──

 

「これは主。主も今風呂ですか?」

「てめぇかよザフィーラァァァァッッッ!!!」

 

現実はどこまで残酷なんだろう。いや、これで良かったのだ。いや良くねーよ。いやいやこれで……ハァ、もうでもいい。

結局、俺はザフィーラと2人肩を並べて風呂に入った。正直、男2人で風呂に入りたくなかったのでザフィーラには出て行って貰いたかったが……。

 

「理やヴィータとは一緒に入るのに、私は駄目というのはどういう事ですか?」

 

なんていうキモい言葉を大の男が悔しそうに言うのを見たら、何か悲しくなって結局一緒に入ることにした。

思えばザフィーラと風呂に入るのはこれが初めてで、そのせいもあってかお互い背中を流しっこしたり、お互いの筋肉やアレの大きさを褒め称えたりして終始じゃれ合った。……言い方がちょっとアレだが、ただ単に裸の付き合いをしただけだ。

確かに楽しいお風呂タイムであり、これも一つのお風呂イベントだろうけど…………なんだろう、何かが違う気がする。何だかBでLな臭いが仄かに漂っているのは気のせいだろうか?

 

ともあれ、お風呂イベントはこうして幕を閉じた。

 

ちなみに─────。

ザフィーラは犬(狼?)のクセして馬並みだった。黒王号だった。いっちょ前に生意気な奴だ。まあ、そういう俺もザフィーラ曰く、

 

『なっ!?ガ、ガメラですと!?』

 

だそうだ。

…………果てしなくどうでもいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……………時間の流れがよく分からないので日を跨いだかどうか定かではないが、取り合えず寝て起きた日。

 

俺たち鈴木家、そしてテスタロッサ家(アリシアは除く)は地球にいた。以上。

 

「主、いくら何でも端折りすぎです」

 

やれやれ、面倒くせぇな。

えーっと、つまりだ。今朝起きたら目の前にプレシアがいた。そっ、起こされたわけよ。で、そん時の第一声が「アルハザードに今すぐ行くわよ!ついでに昨日の私は忘れなさい!」だと。「おはようございます」だろ朝はよぉ。まあ、アルハザードに行くことに関しては別に俺は異論ねぇからいいけど、何の見返りもなしにホイホイと言う通りにするわけもねぇ。

以下の条件を突きつけた。

 

1.行く前に、出来る限りシャマルに怪我を治してもらえ。

2.俺が今まで被った損害分の金を寄こせ。

3.フェイトに優しくしろ。家族になれ。

4.昨日のお前は一生忘れない。

 

こんな感じ。

プレシアは案の定この条件を渋った。特に3番は絶対無理とかぬかしやがった。けれど、これは条件という名の命令であって拒否を許すつもりなんてない。

 

『うるさい。何も本当に優しくしなくていいし、今すぐ家族になれとも言わん。ハナっからそれじゃあお前もフェイトも潰れちまう。最初は嘘の優しさでいい、偽の家族でいいんだよ。けど、だからって手ぇ抜くなよ?心を込めて嘘の優しさを与え、偽の関係を作り上げろ。それがいづれ本当のモンになり、果ては本当のモンすら越えちまうようになる。OK?よし、じゃあまず手始めにフェイトを優しく起こしてこい』

 

と、まあそんな感じで。

しかし、そんな俺の優しさ溢れる言葉を聞いても頑なな態度を取るプレシア。もともと強情な奴であり、加えて今までの態度や心情を急に覆す事など出来るはずもないというのは俺も理解できるが、ンな事ぁ関係ないってか関係無視。

 

『あれ?いいのかな~そんな態度で?アルハザード連れてって欲しくないの?んん?ねぇ、行きたくないの?どうなの?ボカぁ別にどっちでもいいんだけどぉ、どうしよっかな~。ん?あれれ?どうしたのかなプレシアちゃん、顔真っ赤にしながら体震わせちゃって?まさか怒ってるの?な訳ないよね~。まさかだよね~。だって連れてって欲しいならそれなりのさぁ、態度ってあるじゃん?人に物を頼む時のた・い・ど。別にさ~、土下座して頭下げろとは言わねぇけど~、そんくらいの誠意はよ~、見せるってのが筋じゃね~?』

『ぐ、ぐぐぐっ………』

 

うざっ!!

と言われそうな態度でプレシアの態度に物申す俺。それに対し、なんとも素直に歯軋りするプレシア。

なんの反論もせず、素直に。

アルハザードの、ひいてはアリシアの事となるとこいつでも我慢を覚えるんだな。らしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくないが、どっちにしろ俺にとっては都合がいい。

無理難題を押し付けるには都合がいい。

 

ともあれ、そんな訳で今朝はフェイトにプチ寝起きドッキリを仕掛け(フェイト本人にはド級のドッキリだったろうけど)、そしてその仕掛け人であるプレシアはドッキリ後、苦虫を噛み潰したような顔をほんのりと赤くし、俺にアルハザードへの案内を改めて頼んだ。

 

「なのに、何故私はこんな所にいるのかしら?………いるのかしら!!」

「怒んなよ」

 

プレシアの『こんな所』と言うのはデパート。遠見にある大型複合デパート。Noアルハザード。

地球に転移し、皆で向かったのはアルハザードではなく、まずここだった。

 

ちなみに、ザフィーラとアルフは外で待たせてある。いっしょに入りたいと騒いだが、店は動物の入店禁止だ。というのは冗談で、まあようは見張り要因だ。一応、プレシアたちは管理局に追われる身だからな。

だというのに、当の本人のプレシアはギャアギャアやかましい。

 

「スズキ、あなた言ったわよね?誠意を見せたら頼みを聞くって。だから、私は恥も外聞も過去も投げ捨てて、あなたの言う事に従ってあんなコトをしたのよ!」

「大げさな」

「『添い寝しながら優しく揺り起こす』っていう行いはどこをとっても大げさよ!」

 

そうなのだ。プレシアはただフェイトを起こした訳ではなく、そうやって起こした。科せられた無理難題を見事果たした。

 

傍から見たら『あんた、ホントにフェイトに虐待してたの?』って感想が浮かんだな。てか、面と向かって遠慮なく言った。配慮なく言った。

それに対しプレシアはバツが悪そうに、フェイトは『虐待されてない』と断固現実否定。

まっ、フェイトがいいならいいけどな。

そもそも、虐待を受けてるガキってのはそれを認めないもんらしい。そんなガキを保護した場合、一番大変なのが『虐待の事実をガキに認めさせる事』だとどこかで聞いた事がある。

けど、まあ俺は別に認めなくてもいいと思う。認めなくて、目を逸らして、逃げていいと思う。いつも言ってるように、過去を見てもつまらんからな。今が楽しけりゃそれでいい、でいいと思う。

てか『過去を乗り越える』とか、そういうノリはいちいちウザったくてメンドクサイ。過去なんてガン無視しときゃいいんだよ。

 

話が逸れた。

 

最初の疑問に戻ろう。

何故、俺達はデパートにいるのか、という疑問。

もっとも、これまでの俺の言動を顧みれば自ずと答えは明らか。

 

「これも条件の中の一つ、項目2だ。アルハザードに行く前に、まずお前には弁償してもらう。そう、俺のiPodとスマホをなぁ!」

「うわぁ、細かいっつうか小っせぇつうかみみっちぃつうかセコイ奴」

 

黙れロリータ。無視していい事じゃない。死活問題だ。せめてスマホが手元にないと落ち着かん。現代っ子舐めんな。

 

「それが嫌なら………まあ、是が非でも弁償させるが、仮に嫌とぬかすなら、そうだな………これから俺が『良し』と言うまでフェイトと手を繋いで歩け。仲のいい親子のようにな」

「なっ……」

「えっ……」

 

あのドッキリから今現在、プレシアとフェイトは俺らと一緒に行動してはいるものの、無視し合っている。………いや、と言うより、お互いどうしていいか分からんのだろうよ。

プレシアはまったくもって自分らしくない事をしてしまって。

フェイトはいきなり母にあんな事をされてしまって。

お互いがお互いどう接していいか分からない。近づくには勇気が足らず、離れるには今更不自然で。

俺の言葉にプレシアとフェイトは一瞬だけ目を合わせ、しかしすぐに気まずそうに目を逸らした。お前ら、付き合いたての男女か。付き合ったことないからホントにそんな感じなのかは知らねーけどよ。

 

「ったく。あーはいはい、まだ時間がいるわけね。まっ、ゆっくり行けばいいさね。けど、止まる事は許さねぇぞ。なんたって、この俺がこれから先の幸せな未来をお膳立てしてやるんだ。だから、ゆっくりでもいいから幸せになんなきゃぶっ殺すぞ?」

「ふふ、プレシアさんもフェイトちゃんも早めに観念した方がいいですよ~?あまりゆっくり過ぎると、ハヤちゃんシビレを切らしてきっと滅茶苦茶な手段を講じて来ますから」

 

シャマルも言うようになったねぇ。そして、俺の事をよく分かってる。

ちなみに、騎士たちはプレシアの奴と和解したようだ。俺が起きる前に話し合ったらしい。一体どのような話し合いがなされたかは知らないが、ただプレシアの奴から『書の主従関係を考慮しても、本当に慕われてるわね。あなた、彼女たちに一体何したの?』と言われた。

知るか。何もした覚えはねえ。強いて言えば出会った当初、俺の価値観をあいつらに聞かせたくらいだ。

 

「何はともあれ、アルハザードに行く前にまずは俺の用事が最優先。OK?」

「─────はぁ。思わぬ所でアルハザードへの道が開けたのは幸運の極みだったけど、その幸運を与えてくれたのがスズキだったのが運の尽きだったわ」

「おいおい、ひっでぇ言い草だな。ちゃんと連れて行くって言ってんだろ?約束は守るよ、『最終的には』って言葉がつくけどな」

「………好きにしたらいいわ。願いの成就が時間の問題になっただけでも、以前に比べたら大きな進歩。だから………うん、まあ、そうね、あなたの好きにしたらいいわよ」

 

プレシアはひどく疲れたような顔で俺を見て溜息を吐き、最後に何故か笑みを浮かべた。

ふん?うーん、もう少し突っかかって来るかと思ったけど意外とあっさり退いたな。まあ、そっちの方が面倒臭くなくていいけど。

 

「ンじゃ、話も纏まった所で行くぞお前ら」

 

そう言って俺は先頭を歩き出して、しかしそこですぐ待ったが掛かった。

 

「主、どこに行くのですか?電子機器の販売フロアは確か向こうの方では?」

 

このデパートには以前から俺のみならず騎士たちも何度か訪れており、従ってどこに何があるかも皆分かっている。だから、俺の歩き出した先とは真反対の方向を指しながら首を傾げている夜天の言ってる事は正確。

そして、そんな仕草だけでもいちいち色気が漂っているコイツはやっぱり素晴らしい。周りの男共がチラチラ此方を見てくる気持ちも分かる。まあ、その視線の全てを夜天が独占しているのかと言えばそうでもなく、トリプルロリーズ意外の女性陣全員にも注がれているんだが。……………訂正、一部ロリーズにも注がれている。なんとも犯罪くさい視線だ。

 

「まずは服を買おうと思ってな」

「服、ですか?」

「ああ、プレシアのな」

「え、私?」

 

いきなり名指しされて呆けるプレシアだが、当然の回答だろ?

今のプレシアの服はあの辛気臭い黒のドレスみたいなやつ。しかも、夜天との喧嘩による被害でボロボロ。シャマルによってある程度修繕されてはいるし、俺のジャケットも上から羽織らせているが、どっちにしろ場違い甚だしい。その服装も周りから注目される要因の一つになってるのは間違いない。

当の本人は先の反応から見て分かるように、てかそんな服装でここにいる時点で分かるだろうけど、服装や周りの視線には無頓着のようだ。

 

「も、もしかしてスズキが服を買ってくれるの?そのぅ、私の為に………」

「はァ?頭腐った事言ってんじゃねーぞ。テメェで買え」

 

馬鹿かよ。常時極貧の俺が、何で金持ちに服買ってやらなきゃなんねーんだよ。日本円もたんまり持ってんだろ?フェイトが住んでるマンションがいい証拠だ。

 

「マンション買える金があるクセに俺にタカるとか。お前も結構セコいんだな。だが、俺はビタ一文払う気はない!」

「………………………」

 

ンだよ、その不機嫌そうなツラは。そうまで俺に金を払わせたかったのか?この金の亡者め!

ともあれ、さっさと移動しよう。この場に留まる時間が延びる程、周りの視線が倍々で増えていってる。幸いにして俺にガンつけて来る馬鹿野郎は居ねぇけど…………あ、いや、一人いるし。しかも超見てるし。これでもかってくらい見てるし!

 

(まあ、別にガンくれてるって感じじゃないし。つうか、何よりただのガキだし)

 

何で俺をそんなに見つめてくるのか分からんが、まあ別にどうでもいいか。野郎だったら容赦なく睨み返すが、年端もいかないガキに無意味にそんな事する俺じゃない。

基本ガキに優しい紳士隼なので、俺はニッコリと笑いを返した。

 

「何一人でニヤけてんだよ。もとからキショいのに、それがさらに極まってんぞ」

「主の半分は下卑で出来てますからね。残りの半分は下劣。ああ、すみません、同じ意味でした」

「こ、理にヴィータっ!隼はそんな人じゃないよ!隼は、えっと………上品極まりないよ!」

 

毒舌ロリーズ2人、貴様らはいずれグチャグチャにしてやる。

フェイト、その優しさは嬉しいが、お前のフォローはなんか違う。

 

『────────フッ』

「ん?」

 

どこからか、笑い声とも溜息ともつかない声が聞こえたような気がしたが…………気のせいか?

 

「主、どうかされました?」

「ん?んにゃ、何でもねーよ」

 

別段気にする事でもないし、気に留めることでもない。

俺は改めて服を売っているフロアへと足を進めた。

 

だが最後に、ふと。

俺を、『俺だけ』を何故か見つめていたあのガキの方に視線を向ければ、そこには件のガキに加えもう一人、先ほどまでいなかったガキがいた。友達かと思ったが、お互いの顔立ちを見ればそれが否だとすぐ分かる。

 

(双子か?おお、双子って初めて見たけどホント同じ顔だな)

 

俺を見つめていたガキと、そのガキとクリソツな顔をしている車椅子に乗ったガキは、程なく人ごみの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えずプレシアの服を適当に見繕った後、さて次はいよいよ俺の買い物相成る段階になったんだが──そこで俺は一つの疑問を抱いていた。

 

(こいつ、実際金っていくら持ってんだ?)

 

先ほど婦人服売り場で適当な服を見繕ってやった(何故か俺が)。上から下まで一式揃えたので結構な額だったが、プレシアは特に気にすることもなく普通にレジに持っていきカード払い。現金は持ち歩かないそうだ。

この『現金は持ち歩かない』という所ですでに金持ち臭い。そもそもフェイトが住んでるあのマンション自体、かなりの額だろう。聞いたところ、賃貸じゃなく買ったらしい。マンションの正確な値など知らんが……ウン千万くらい?あの辺、物価高そうだし。

 

「どうしたのスズキ?」

「隼、どうしたの?」

 

考え込んでいた俺にテスタロッサ親子から声が掛かる。ちなみにウチの奴らは別行動させてる。大所帯でデパート内を練り歩きたくねえし。

 

「プレシア、お前さ、全財産いくらあんの?」

 

正直に聞いたところ、ため息と共に呆れた視線が返って来た。

 

「ハァ、あなたの頭の中にはお金と喧嘩しかないわけ?」

 

失礼な。あと女とギャンブルと酒があるわ。

そう言い返そうとする前に、プレシアは買ったばかりの服のポケットから無造作に一つの手帳を取り出し、手渡された。見ると預金通帳だった。

 

「って、いやいや、こんなもんポケットに入れんなよ」

 

無用心すぎる。

え、てかこれって見ていいって事?

 

「別になくなったからって対して困るものじゃないわ。その通帳のお金も、貯金の一部を日本円に替えたくらいの額しか入ってないし。そもそも私の欲しいものは、そんなものじゃ手に入らない」

 

はぁ、何か悟ってるねえ。俺なんて、俺の欲しいものはほぼ全て金で手に入るってのに。

取り敢えず、俺は遠慮なく通帳の中を見せてもらった。

 

「どれどれ……一、十、百、千、万……十万……百、万……い、いっせ……え?……え?」

 

パタン、と俺は通帳を閉じる。一度、大きく深呼吸。フェイトを手繰り寄せ、髪を引っ張ったり頬を軽く抓る。むずがるフェイトを離し、もう一度改めて通帳を開いた。

 

絶望と羨望を俺に刻み付ける数字の羅列が、そこにはあった。

 

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

「は、隼!?」

「ちょ、スズキ!いきなり叫ばないで頂戴!恥ずかしい!」

 

デパートの1フロア、あるいはもしかしたら全階に響き渡るほどの奇声が俺の口から溢れ出るのは、きっとこの場合極めて自然なことだろう。

 

「こ、これ、おまっ!?」

「もう、なによ、思ったより多かった?」

「そ、それどころの騒ぎじゃねーよ!」

 

何だよ、このゼロの数!初めて見たわ!てか、これで一部?!!?金持ちとか、そんなレベルじゃねーだろ!国家いってんじゃね?!

 

「プ、プレシア!いや、プレシア・テスタロッサさん!!」

 

俺は手を震わせながら、通帳を握り締めたまま、プレシアの両手を握りこむ。

突然のこの行為に軽く驚くプレシアだが、それに構わず俺は続けた。

 

「ボクと(援助を前提に)付き合ってください!いや、むしろ結婚しましょう!」

 

一瞬、何を言われたか分からないといった表情でポカンとなったプレシアだが、ちょっとしたら頬を朱に染め、そしてまたちょっとしたら冷めた表情に変わった。

 

「……あなたという男は」

 

俺はプレシアの手を離し、今度はフェイトに視線を合わせて屈む。

 

「フェイト、今日から遠慮なく俺の事をパパと呼ぶがいい。さあ、何でも買ってあげるよ。それともお小遣いあげようか?どこかご飯食べに行く?遠慮なく言ってごらん…………て、それじゃあ別の意味のパパだな」

 

今までの奥手、慎重ぶり(チキン、ヘタレに非ず)を一新するかのような俺の言葉。もろプロポーズ。

桁外れの金は人を容易く変える………否、買えるのだ。俺が上記の言葉を決して冗談や戯言ではなく、マジのマジで言ったのがいい証拠だ。

当然だろ?ちょっとした金持ちじゃなく、ガチの億万長者レベル!一体どうやったらこんだけ貯まるんだよ。研究の成果?元旦那からの慰謝料?

 

しかし。

 

いくら俺が真剣になろうと、いくら虚実の無い言葉を重ねても、だからって現実が応えてくれる保証はない。むしろ絶対に応えないとさえ断言できる。だって、現実に俺は進行形で童貞だから。

故に、プレシアの反応も………

 

「寝言は寝ていいなさい。この世の中、どこの世界に経済力のない大馬鹿な坊やと結婚する人がいるのかしら?せめて就職してから出直しなさいな」

 

ばっさり一刀両断。嘲るような視線付き。

俺のヒモ生活への第一歩は、踏み出した一歩目で早くも終わりを告げた。

 

「そんな!俺はこんなにもお前(の資産)を愛しているというのに!!」

「死ね」

 

路上でひき殺されたナニカの死体でも見るような表情を浮かべたあと、付き合っていられないとばかりに踵を返して歩いていこうとするプレシア。

そして、それに追いすがる金の亡者こと俺。

 

「ま、待って!だったらせめて!せめて……何か高いもの買って!!あ、車!俺、車欲しい!!」

「「…………」」

 

俺のあまりにも必死で哀れな様子に、プレシアのみならずあの心優しいフェイトですらヒキ気味だった。おそらく、フェイトの中じゃあ俺の株が大暴落中だろう。心象が一気にマイナス突破してても何らおかしくない。

が、そんな事知ったことか!フェイトへの好感度など、大金の前では考慮する余地なし!

 

「買ってくれたら、いや約束でいい!してくれたら今すぐアルハザード案内すっから!な!」

 

いい歳こいた大人が、ガキの前で、いや大衆の中で一人の女に必死に追いすがる図。しかも金の為に。…………惨め以外の何物でもないが、今の俺にはどうでもいい事だ。

プライドはないのかって?それがありゃあ大金手に入るのかよ?

 

「ハァ……まったくこの男は」

 

プレシアは大きくため息をつくと、鬱陶しいとばかりに俺が掴んでいた手を振り払った。しかし、彼女から出た次の言葉は俺を狂喜乱舞させた。

 

「わかったわよ。車でも何でも買ってあげるわよ。だからちゃんと案内しなさいよ?」

「マジか!?モチのロンですぜ姉御!!」

 

改めてマジかよ!まさか本当に買ってもらえる言質を取れるとは!いやあ、言ってみるもんだな!

なーに買ってもらおうかなぁ。レクサス?クラウン?ハリヤー?センチュリー?NSX?それともが・い・こ・く・しゃ?

 

一気にテンション上げ上げな俺に対し、プレシアはどっと疲れたようだ。それにどこか呆れている。

 

「……アルハザードへの道への代価が車、ね。何だか今までの私の行いが馬鹿馬鹿しくなるわ。局の魔導師や研究者が聞いたら卒倒物ね」

「は?お前車舐めんな?地球の車高ぇんだぞ?もちろん最上位のグレードでオプション全乗せだからな?カスタムもしちゃうよ?5、600万かそれ以上は覚悟しとけ?」

 

ただの道案内で高級車が買ってもらえるとか、等価交換という言葉を彼方へとぶん投げた価値の差だろ?しかもランボルギーニやブガッティなら億だぜ億!甘いぜプレシアちゃんよぉ!

 

そう思っていた俺だが、しかしどうやらそうでもないようだった。

 

「あのね、アルハザードっていうのは私たち魔導師にとっては御伽噺のような存在の所なのよ。失われた秘術、ロストテクノロジーやオーバーテクノロジーが眠る地と言われてるの。そこには時を操る魔法や死者を蘇らせる魔法もあると言われてるような、そんな場所。あなたの大好きなお金をいくら積もうとも辿り着けないものなのよ」

「ふ~ん」

 

そうなんだ。だからこいつは俺がアルハザードを知ってて、かつ行ったことあるってのに驚いてたわけね。あの雑貨屋、そんなすごいとこだったのか。確かに何か変なモンがいっぱいおいてあったが。

 

「だから、多少高価でもお金でかえる大量生産品でアルハザードへの道が開けるなら安いものよ。というより破格過ぎ…………なによ?」

 

言葉途中のプレシアに俺は再度にじり寄り、気さくに肩に手を回した。

 

「実は~ボク~、バイクも欲しいなぁって。逆車の新型V魔とか?なに、ただの300万ぽっちだし?それにそろそろ引越しもしたいな~って。ほら、例えばフェイトが今住んでる高層マンション的な所に?家電一式も新調して?」

 

いや~、そんな真実知っちゃうとね?値を釣り上げたくなるってのが人情だろ?

 

「…………………………」

 

自分でも分かる下卑た笑みを浮かべながらプレシアに囁く俺に、プレシアは大層不快な表情を浮かべたあと、今度は逆に満面の笑みを浮かべ、優しい声音を向けてきた。

 

「確かに車一つじゃ釣り合わないし、他の物を強請られてもしょうがないわ。むしろ、本来なら私の全財産をあなたに譲渡してもいいくらいでしょうね」

「おお!だったら──」

「でもね、スズキ。あなたの態度はどうも、ね。分かるでしょ?……つまり──」

 

プレシアは笑顔のまま俺に正対し、左手をガシっと俺の肩へと乗せ、右手を後ろに引き絞った。おそらくその右手には魔力も乗せ乗せだ。

あ、これヤッベ。

と思ったときには遅かった。

 

「───調子に乗るんじゃないわよ!!!」

 

プレシアの綺麗なアッパーが俺のジョーへと突き刺さる。

 

「はやぶさーー!?!?」

 

俺が虚空へ舞うと同時に、フェイトの叫び声がデパート内に木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレシアからアッパーカットを貰い、お返しにリバーブローを放とうとしようとしてフェイトに止められたのがつい数時間前。その後、うちの奴らと合流し、憂さ晴らしで軽くロリーズとヤリあって溜飲を下げた今現在。

俺たちは一路、アルハザードへ向かうために空を飛行中。もちろん、俺は定位置のザフィーラの背中の上でまったり。他の奴らは他の奴らで飛行中にも関わらず器用に雑談を交わしている。プレシアは騎士に興味があるのか、夜天たちと。フェイトはロリーズとダチのように他愛無い駄弁り。

 

(平和だね~)

 

先ほど買っておいたポテチを囓りながら、改めて今の状況を見る。

なんだろうな、この日常の一コマを切り取ったかのようなほのぼのとした光景。飛行中という点を除けばだが。

昨日まで殴り合っていた者同士が今はこの様だ。まるで青春マンガの一ページ。そしてその青春マンガの最終ページには、きっと今以上の笑みが皆に浮かんでいるだろう。そこにはフェイトによく似たガキも加わり、な。

 

(…………最終ページにたどり着けるよな?)

 

しかしながら、というか今更ながら、俺はここに来て少し心配になっていた。

それは、アルハザードの所在地。

なにせ過去3回あの店に入った事があるが、その全てが違う場所だ。一応最後に見た場所、つまりあの温泉街に今向かっているが、果たしてまだそこにあるだろうか?当初は『無いなら無いで、また探しゃあいいじゃん』とか気楽に思っていたが、今のプレシアの期待に満ちた表情を前に、そんな適当トークなんて出来そうにない。

まあ、別にプレシアの期待を裏切るのは心苦しくない。が、問題はフェイトだ。俺の予想だが、たぶんフェイトもプレシアと同じくらいアルハザードに行きたがっているだろう。なにせ、それを転機に母との関係がより良くなるかも知れねぇんだからよ。だから、フェイトもフェイトで期待してるはずだ。……………これはちょっとマズイ。そして何より一番マズイのが、車が買ってもらえなくなる!

 

プレシアを裏切るのは何とも無いが、フェイトを裏切るのは俺的にあまり気持ちのいいもんじゃないし、車を見逃すなんて以ての外。

 

だけど、それは何とも拍子抜けする勢いで杞憂だった。ご都合的臭いがプンプンとしないでもないが、それでも。

 

その店は、それが当然だというように、以前見た時と同じくあの温泉街にあった。むしろ、待ってましたと言わんばかりの雰囲気まで漂っているのは気のせいだろうか。

 

まあ、こちらとしては好都合であり、ある種どうでもいい。

どんな理由や要因があったにせよ、今ここにこの店がある事が全てだ。この現実がある以上、過去の例とか『もしここに無かったら』とかいうifの話は不必要。

 

現実は残酷とよく言うが、俺もいつも思ってるが、反面良いこともあるわけで。

それも全部ひっくるめて『現実』だ。

 

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」

 

この、相変わらずなテンプレートな最初の言葉も、これから先悠久に変わらないであろう一つの現実。

 

取り合えず、俺は以前から宣言していたように、挨拶の意味も込めて一発殴ったのだった。

 




もうちょっと早目に更新するつもりが、また間が空いてしまいました汗

スロットのなのはを仕事帰りに打っていた事と執筆の遅れは関係ないはず……。
艦これイベントしてた事と執筆の遅れは関係ないはず……。
仮にそうだとしても、スロットは打ち込んでもう満足しましたし、イベントも制覇したのでこれからは大丈夫……なはず。

さておき、唐突ですが取り敢えず次の話が無印編最終話の予定です。


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無印編 最終話

アルハザード。

その地にはダマスカス鋼やガンダムが作れちゃうかもしれないテクノロジーが現存し、時を操る魔法、死者蘇生の魔法が存在すると言われているらしい。色んな世界を行き来できる魔法世界から見ても御伽噺レベルの地。地球で言う所のアトランティスやムーか。

 

なるほど、確かに本当にそんな所があれば行ってみたいと思うだろう。そこでしか成し得ない事があるならば、是が非でも行きたいと切望するだろう。

少なともプレシアは切望した。我が子のクローンを作り、虐待してでも切望した。俺のような男に大金を積んでまでも頭を下げて頼った。

そんな強い想いを切って捨てるほど俺はゲスじゃない……わけでもねーが。むしろプレシアが美人じゃなかったら切って捨てた上に殴り飛ばして帰るが、まあ今回は紆余曲折あってその想いを俺は受け止めた。美人と金と可愛いガキのコンボにゃあ流石の俺も敵わなかった。

 

だから俺は案内した。その伝説の地アルハザードに。地っていうか店だが。

まあちょっと不安だったけどな。まだ俺の知っている場所に店を構えているか、な。それも杞憂に終わって何より。

 

「それで、あなたは無事この店を発見。君はドアを蹴破る勢いで入って来たのち、流れ作業のように私の人中をぶん殴り、倒れた私に向かい『ウェ~イ、お久~。取り合えず茶ぁ出せや』と半ば強盗のような形で茶菓子を要求─────ここまでは合ってますね?」

「合ってない所がねーな」

 

目の前の男に俺は椅子にふんぞり返った状態で偉そうに頷く。

今までと変わらない、そしてこれからも変わるとは何故か思えないような容姿で対面に座る男──このアルハザードの店主。

もっとも、今は俺に殴られたせいで鼻の下をが若干赤くなっているが。てか赤くなるだけって。人体急所を加減なく殴り抜く俺も俺だけど、それでいて無事なコイツもデタラメだな。

 

「そして現在、君と愉快な仲間たちは我が物顔で店のど真ん中にテーブルと椅子を引っ張り出し、私が出したお茶を悠々と飲んでいると。…………何か間違ってません?」

「客をもてなすのは店側として当然だろう?何言ってんだ」

「あれ?私が悪いんですか?」

「少なくとも俺は悪くない」

「そこまで真顔で断言されると本当に私が悪いみたいですね」

「悪いだろ。いろいろと」

男の言う通り、現在俺達はアルハザードの店内のど真ん中に置いた円卓につき、出された茶と菓子に舌太鼓を打っていた。今この店が構えているのは温泉街の只中、その為か出された茶は梅昆布茶で菓子は温泉饅頭。

 

「な~んか爺臭いなぁ。紅茶とかねぇの?あとクッキー。おら、出せよ。ねーなら買ってこい」

「やれやれ、タチの悪いお客さんですね。私、『お客様は神様』なんていう、そんなマゾな気持ちは生憎と持ち合わせていませんよ?」

「訳のわかんねー存在の神様想定して相手するより楽だろ?」

「どっちもどっちです」

 

肩をすくめて言いながらも、その顔には微笑みが変わらず張り付いている。

 

「まあ、どうであれ、お客さんを歓迎する気持ちは持ち合わせていますよ。しかも、それが君達ならば大歓迎です」

 

男は隣りから座っている順に見つめていく。

 

ちなみに席順としては男・ザフィーラ・アルフ・ヴィータ・フェイト・理・夜天・プレシア・俺・シグナム・シャマル・戻って男、てな感じ。重ねてちなみにこの席順を決める前にひと悶着あった。正確に言うと理とシャマルが俺の隣がいいとブーたれた。あまりにブーブーうるせえ上に、理など俺の膝の上に乗っかってきたので、そこでキレた俺は理を投げ飛ばし、シャマルを蹴り退かせ、半ば無理やりシグナムとプレシアを隣に据えた。

 

さておき。

ぐるっとゆっくり席を見回した男は、最後に俺へと視線を戻し、とても嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべた。

そして一言。

 

「──────ありがとう」

 

その言葉を男がどういった心情で言ったのかは分からない。ただ、その一言には万感の想いが込められているといっても過言ではない程の重みがあり、想いがあるのは誰が聞いても明らかで、もちろん俺も容易に汲み取れたし、何を指しての感謝の言葉なのかも何となく分かるが…………

 

「いきなり何見当違いな事ぬかしてんだよ。意味分かんねー」

 

俺は自分のしたいように生きてきたんだ。自分が満たされるためだけに生きてるんだ。自分の幸せのためだけに生きていくんだ。

過去も現在も未来も、全ての行動において基点は俺自身。

仮にその行動の結果、他の奴もが利益を得ても、結果を出し終えた俺には関係ない事だ。故に関係ない事で礼を言われても意味が分からないだけ。

 

俺は藪から棒な男からの礼の言葉に顔を顰めてそう吐き捨てたが、それでも男の顔からは笑みが消えない。むしろより深くなった。

 

「ここだけの話、私は本当に君に感謝してるんですよ?その子たち写本の騎士を受け入れ、さらには幸せにしてくれて」

 

ここだけの話って、そもそも他に話し場所なんてねーだろ。しかも、こいつらを『幸せに』って、ンなの当人にしか分かんねー事だろう。

と胸中で突っ込むが、その間にも男の独白は止まらない。

 

「私はね、正直その子を外に出すつもりなんてなかったんですよ。いえ、正確にいうと誰にも渡すつもりはなかった。そもそも世間に広めるために写本を作ったのではなく、万が一正本である貴重な夜天の魔導書が失してしまった場合のいわば代替品なんです。それ以上でもそれ以下でもなく、だから外に出してしまってもし写本まで無くなってしまったら本末転倒でしょう?」

 

男は口を潤す程度の茶を飲み、少し気落ちした調子で言葉を続けた。

 

「当初の思惑通り、というか目論見通りというか、案の定想定していた事態になりました。オリジナルの夜天の魔導書がある時、外道な主によって致命的なほど改悪されたんです。それ以降、美しかった夜天はただのどす黒い闇へと変わり、今現在も無為な旅を続けています」

「ふ~ん」

 

オリジナルの夜天の魔導書が今どういう状態なのか、俺は勿論、写本である夜天たちも初めて聞いたらしい。一様に驚き、悲しみに暮れる顔付きになった。自分達はコピーとはいえ、同じ存在がそんな状態になっているのは遣る瀬無いのだろう。

 

そんな騎士たちの顔を見て男は優しく微笑んだ。

 

「そんな顔が出来るようになったのですね。…………隼君、やはりキミにこの子たちを託して良かった。大丈夫ですよ、心配しないでください。オリジナルに関しては今まで放置プレイしていたんですが、隼君が写本の主になったその時から事情が変わりましたからね。ふふ、きちんと手は打ちましたよ」

 

そう言って笑みを濃くする男だが、気のせいだろうか、その笑みの中にホンの僅か悪戯小僧特有の憎たらしい笑みが見え隠れしているような?

 

「お前、何企んでんだよ?」

「さて、何をでしょう?ふふ、心配しなくても大丈夫ですよ。あなたに祓えぬ闇も砕け得ぬ闇もありません。───紫色の天は、もうすぐ傍です」

 

何とも意味深なセリフを吐く男に対し、俺は頭を抱えるしかない。

勘弁しろ。もう魔法関係のゴタゴタはゴメンだっての。

 

「少し話が逸れましたね。兎も角、私はあなたに多大な感謝の念を持っていると、それを忘れないでください。ところで………」

 

男は俺から視線を僅かに逸らし、プレシアを見て一言。

 

「奥様ですか?」

「ちっっげーーよ!!」

「そしてそちらの金髪の子は娘さんですか?隼君に似ず可愛い子ですね」

「プレシアの娘なのは確かだし、フェイトが可愛いのも肯定するが、そこに俺を絡ませんな!」

「それに女性型の獣っ子まで侍らせるとは……やはりキミは只者ではありませんね。オールプレイ、バッチこい」

「お前は俺をどういう目で見ている!!」

 

さっきまでちょっと真面目な感じだったのに、なんですぐこうコメディチックになんだよ!まあ、俺はこっちのほうがやりやすいけどよ!

 

俺が肩を落とし溜息を吐いた時、隣に座るプレシアが俺の袖を引っ張って小声で話しかけてきた。

思えばプレシアのやつ、ここに入ってから一言も喋らず黙ったままだったな。こいつの事だから、いの一番に自分の要求を通すため男に詰め寄っていくと思っていたんだが。意外と言うか、らしくないと言うか、どうしたんだ?

 

「ちょっと、スズキ。まさか、ここがアルハザードなの?喫茶店じゃなくて?」

 

その言葉には戸惑いと怒りの色があった。

 

「はあ?どっからどう見てもアルハザードじゃん、何を今更。表にも看板あっただろ」

「あのね、文献にはアルハザードは『次元の狭間にある地』って載ってるのよ。なのにここは地球の、それもどう見てもただの店じゃない!」

 

え、そうなの?いや、だってお前がアルハザードに連れてけって言ったんだぞ?なら俺としては、俺の知ってるアルハザードにしか連れて行けないわけで、そんな次元の狭間なんて行った事はおろか、そんな言葉自体初耳だ。いや、聞いたような気もするな。

 

「でもなぁ、今更そんな事言われてもよ………俺、このアルハザード以外は知らねーよ?」

「…………………終わった」

 

うわぁ、なんかすっげぇ絶望してるよ。つうか確か最初に俺は『店』だって事言ったよな?酒飲みながらさり気なくだけど。プレシアのやつもちゃんと聞いてたはず…………そういや滅茶苦茶酔ってたっけ?

これはどうしたもんかと悩んでいると、目の前の男が声を掛けてきた。

 

「奥様、少しよろしいですか?」

「………なによクズ男」

「うわぁ、初対面の相手に遠慮無し。似たもの夫婦ですね」

 

男は苦笑するとコホンと一つ咳払いをして、

 

「何を求めているのかは分かりませんが、少なくともここは奥様が探していた地で合っていると思いますよ」

「…………え?」

「奥様は魔導師ですよね?それもかなり高ランクの。そして、そんな方が『アルハザード』という場所を探しているなら、それは間違いなくここです」

「ほ、本当にここはアルハザードなの!?」

 

テーブルに乗り出して男の胸ぐらを掴むのではないかという勢いで食いつくプレシア。それに対して男はまた苦笑の笑みを浮かべながらもしっかりと頷く。

 

「で、でも、文献には………」

「ええ、確かにその文献も合ってますよ。でも、実際にここも紛れも無いアルハザードです。そうですねぇ、いわばここは『アルハザード第36世界支店』といった所でしょうか。あなたの言う『次元の狭間』にあるのが本店ですね」

「は?し、支店?」

 

プレシアは驚き、俺は呆れた。

アルハザードって文献まである伝説的に凄い所らしいけど、実際の所はえらく現実臭いな。いや、まあ流石に本店支店云々はモノの例えだろうけど。

 

「勿論、支店だからって本店になんら見劣りはしませんよ?科学、魔導、その他様々な物を取り扱ってます。実現不可能と言われてるものから、未知のものや何世代も後の技術までね」

 

そう言って男が腕を横に振ると、空中にいくつかの映像が出てきた。なんともSFチックだ。

そこには銀十字の本やら銃剣のような武器(ディバイドっていう名前らしい。説明文がわざわざ日本語変換されている)、そして厨坊が喜びそうな覇王とか冥王とか聖王とかって単語もちらほら。

 

総じて、俺には意味が分からないがプレシアには分かるようで、言葉を失くしている程驚いている。

 

取り合えず男の自慢話を俺は無視し、こっちの要望を伝える。

 

「じゃあよ、死者蘇生なんてのも出来るわけ?」

「出来ますよ」

 

すっげー簡単に返されたよ。言い切ったよ。

 

「ほ、本当に出来るの!?」

「ええ。ちょちょいのちょいです」

 

プレシアの驚きの声に対して、男はあっさりと、何の苦もなく、「お湯沸かせますよ」的な軽い感じでそんな言葉が返した。

つうかそんな簡単でいいの?もっとこう厳かに凄みを効かせてさ、雰囲気ってあるじゃん?そもそもそういうのって禁忌ってやつじゃねーわけ?常識的に考えて、お約束的に考えて。

 

「別に禁忌でも何でもないですよ?ただ誰もやらないだけ、いえ、やれないだけです。やっちゃいけない理由なんてないですよ」

 

あっけらかんと言う男に対し、俺は取り合えず反論しておく。

 

「でもよ、普通に考えて人を生き返らせるのってマズイんじゃね?ほら、よく『世界が許さない』とかいうじゃん?なんか問題出るんじゃね?」

「なんですか『世界が許さない』って?漫画見すぎですよ。そんなモンがあるわけないじゃないですか、現実的に考えて。出来る事を実行するだけですよ?いわば料理を作る知識があるから実際作るって事と変わりありません。そんな日常的な事に一々問題なんて出ますか?」

「いや、料理と死者蘇生は全然違うだろ」

「同じですよ。出来る事をするんですから。禁忌っていうのはね、『やっちゃいけない事』じゃなくて『やれない事を無理やりやろうとする事』なんです」

 

つまり、俺たちに死者蘇生はやれない。実行出来ない。でも、コイツには出来る。だから、禁忌には触れない、て事?

 

「うっわ、無理やり~。じゃあ、人道とか常識とかは?」

「そんなのは他人に説かれるものじゃなく、自分自身で計って決めるものですよ。キミだってそうでしょう?」

 

その通りだ。誰に言われようとも、俺はアリシアを生き返らせると決めた。なら、それをやるだけだ。

ただ、後でその結果何かしらの問題が出たら面倒だから、その辺の確認の意味も込め゛取り合えず゛反論してみたんだ。

 

「しかし、死者蘇生ですか………という事は、今日ここに来た目的は────」

 

横にいるプレシアがおもむろに立ち上がり、深々と頭を下げる。

 

「アリシアを生き返らせて」

 

それに続くようにフェイトとアルフも慌てて立ち上がり、頭を下げた。

 

こうして漸く本題へと入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレシアは男に語った。

アリシアが生まれた時の喜びを、アリシアと共に生活していた時の幸せを、アリシアが死んだ時の悲しみを。

プレシアがどれほどアリシアを想っているのか、どれほど生き返らせて欲しいか、その気持ちを全て吐露した。恥も外聞もなく涙を見せる場面もあった。

アリシアの為なら何でもするし、何でも捨てられる。どのような辱めも受けるし、どのような誉れも捨てられる。

 

改めて語られるその覚悟の大きさは凄まじいもので、必死な訴えを聞いている男のみならず騎士たちも時には涙ぐむ場面があり、今ではプレシアと一緒になって男に頼み込んでいる始末だ。

フェイトもフェイトで必死に頼み込んでいた。自分には一切優しくしてくれなかった母親。自分は愛されず、亡き我が子を愛する母親の想いを聞かされ、不貞腐れてもよさそうなのに、嫉妬しても良さそうなのに──懸命に、健気に。

 

そして、勿論俺は…………

 

「ハートのフラッシュ!」

「残念。こちらはスペードのフラッシュです」

 

理とポーカーを興じていた。

いや、だってプレシアの話とか想いとか興味ねーし。そもそも、どんなに語ったところで生き返らせる事は決定事項であって、仮に男が断ったとしても無理やりやらせるつもりだし。

だから、プレシアや夜天たちの今の訴えなんてほぼ無意味な事なんだが………まあ、好きなようにやらせるさ。こういう場面も必要だろ?俺、空気読める男!

 

「まだやりますか?」

「当然だろ!コォォオオッッル!!

「Good。レイズです」

 

ちなみに賭けているのは明日の晩飯のおかず。チップ3枚につき1品。

ただいま3品負けてます。

 

「どうだよフルハウス!」

「貰いました、ストフラです」

 

4品献上が確定した。

 

「だああああ!やってられっか!終わりだクソッタレ!」

「心滾る、良き戦いでした」

 

トランプをその辺にばら撒き、席を立つ俺。ポケットかたタバコを取り出し火を付けイライラを収めようとした時、先ほどまで向こうで話し合っていたはずの皆がこちらを見ていた。

 

「なに見てやがんだよ。見せもんじゃねーぞ。あ、それとも混ざりてーの?だったら来いよ。俺も負け分取り返してーし」

 

その言葉に憤怒の表情で返したのはヴィータ。

 

「テメーは何してやがんだ!つうか理も!」

「「ポーカー」」

「そういう意味じゃねーよ馬鹿!」

 

ンダよ、やっかましいロリだな。なに、語らいは終わったわけ?だったらさっさと生き返らせろよ。こちとらさっさと終わらせてフツーの生活に戻りたいんだよ。

 

「ハヤちゃん、生き返らせる事が出来ると分かった途端、考えがすごく適当になっちゃってますよ」

「そりゃ適当にもなるさ。で、いつ生き返らせんの?アリシアの死体がいるなら明日くらい?どうでもいいけど、もう俺帰っていい?」

「ハ、ハヤちゃん………」

 

だってさ、もう目的は半ば達成じゃん?ならもう俺の出番はないわけじゃん?だったら帰りたいわけよ。それにまだ事後処理が残ってっし。持ってるジュエルシードの後始末とか。

 

俺はやる気なさげに椅子に座りタバコをふかしていると、目の前に男が歩み寄って来た。それもニヤニヤしながら。

 

「それがね、隼君。まだ帰ってもらうには早いんですよ」

 

そう言って極上の笑みを浮かべる店主。…………嫌な予感が果てしねー。

 

「お代はいかほどいただけるんで………?」

 

少し猫背になり、右手の親指と人差し指で綺麗なマルを作ってそういう男。

 

「奥様の気持ちは分かりました。お嬢さんや騎士たちの懇願も心に響きました。でもね、実際問題それだけで通るほど世の中甘くありませんよ?なにせ人一人生き返らせるんですからね。そもそもここはお店。ギブアンドテイクが基本です」

「金の相談ならプレシアにしろ。たんまり持ってっから。な?」

 

俺はプレシアの方を向きそう言ったが、何故か彼女は申し訳ないような、気まずそうな顔を浮かべていた。

……ああ、嫌な予感が止まらない。

 

「お金はいりません。そういうのは間に合ってますから。私はね隼君、キミの誠意を見せて欲しいんですよ」

「誠意だァ?ざけた事ぬかすなよ」

「いいんですか?生き返らせませんよ?皆には先ほど言いましたが、私の結論としましては『生き返らせるなら後は隼君次第です』という事です」

 

……………コイツ。

俺は男を睨め付け、実力行使すべく掴みかかろうとしたが、それより早くプレシアが俺の手を取った。

プレシアはいつもの強気な態度はどこへやら、弱弱しい目をしていた。

 

「スズキ………」

 

おいおい何だよその目は………忌々しい。ああ、忌々しいなぁオイ!!クソッタレ、なんだよこれ!最後にコレかよ!ふざけやがって!なんで俺が!

 

俺はプレシアの手を振り払い、このイライラのまま男に言葉をぶつける。

 

「……………土下座でもすりゃあいいのかよ」

 

意に反して、口から出た言葉はそんな負け犬っぽい言葉だった。そして、そんな俺の言葉を聞いて皆は目を丸くして驚く。特にウチの奴らの驚きようは凄い。おそらくネッシーやツチノコを見てもこんなに驚かねーって程だ。

俺だってこんな言葉吐きたくねーよ。マジ惨めだろ。でも…………ああ、クソッ!だってしょうがねーだろ!?ここまで来てご破算なんて、そんな結末は誰も望んじゃねーんだよ!殴って言うことを聞くようなタイプの男じゃねーしよ。

ここまでの俺の苦労を無にしてたまるかよ。

 

「ふふ………あははは!ああ、キミは本当に面白い子ですね」

 

男は愉快そうに笑い声を上げ、しかしすぐに優しく微笑んだ。

 

「キミの土下座なんて、そんな高価なものは頂けません」

 

そう言って微笑み続ける男だが………なぜだろう、土下座を回避したのに未だ嫌な予感は止まらない。

 

「キミの誠意は別の形で見せてもらいます」

 

男はどこからか、本当にどこからでさらにいつの間にか、一枚の紙を取り出していた。

それはとてもとても見覚えのある紙だ。

 

「お、おい、それはまさか………」

「死んだ命を生き返らせる、その代償として別の命を貰うというのは定番ですが、そこを逆転の発想にしましょう。つまり死んだ命を生き返らせる代償として、生まれて来ないはずだった命も一緒に背負う。これもある種、命には命をって事ですね」

 

ここに来て、嫌な予感は確信へと変わった。

 

「夜天の断章、その゛最後゛の一人。貰い受けてくれますよね?」

「……マジかよ」

 

驚きは無く、呆れもなく、ただただ疲れた。なんか疲れた。何故か疲れた。しかも、夜天たちはそれを予め聞かされていたのか、何の反対の声も上がらない。俺とポーカーしていた理だけが驚いた顔をしているが、それでも反対の声は上げていない。

つまり、皆はあの狭っ苦しい部屋に同居人が一人増える事を良しとしているということ。

 

無援孤立とはこの事か。全員が全員、俺に期待の眼差しを向けている。

 

「あー………ちなみに他の条件は?」

「ありません♪」

 

キモい笑顔ありがとよクソ野郎。

ハァ………なんでかな~。せっかく厄介事が終わると思ったのに、最後の最後でキレの悪い糞のような展開になっちまった。

こりゃあマジで就職しなきゃやべぇな。それかプレシアに援助して貰うか?……………うわぁ、もうなんかこんな事考えてる時点でいろいろ駄目だろ俺。ここまで来ると俺は本当に何がしたいのか分からない。

 

……………もういいや。どうでもいいや。

 

「よぉ、フェイト」

「なに?」

「あとでお前の魔力くれ」

 

せめて、せめて普通の、常識を持った可愛いガキが生まれる事を望みながら、俺は今日一番の大きな溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局最後は超投げやりになり、もうどうにでもしろよ的な感じで周りの奴に進行を任せ、俺は項垂れながら一人タバコをふかしていた。今ほど酒に溺れたいと思った瞬間はない。

 

俺は一体何してんだろう?何がしたかったんだろう?ホントにこれで良かったんだろうか?何が良かったんだろうか?

 

そんな自問自答の言葉が脳裏に出ては消えの繰り返し。

幸せになりたかっただけなのに、何だか可及的速やかな勢いで不幸を背負っていってるような気がする。

幸せになるってのは難しい。現実は厳しい。ていうか絶望しかないような気がする。後悔しかないような気がする。

 

プレシアはアリシア蘇生の夢が叶って喜んでいるけれど。

フェイトはこれから訪れる新しい生活を夢見て喜んでいるけれど。

アルフはそんな嬉しそうなフェイトを見て喜んでいるけれど。

騎士たちは新たな仲間が出来るといって喜んでいるけれど。

 

俺だけが喜べない。人を幸せにしといて、肝心の自分が幸せになれていなかった。

 

(あれ?幸せってなんだっけ?)

 

そんな哲学めいた考えさえ浮かんでくる。

ああ、こんなはずじゃなかった。もうね、あれだ、神は死んだ。つうか、こんな仕打ちをした神が存命してるならぶち殺してやる。

 

(あ~あ、皆楽しそうだなぁオイ)

 

俺を除いた皆はテーブルを囲み、優雅にお茶会の真っ最中。プレシアなんて普通に笑ってやがる。まあ、そりゃそうだよな~。アリシアが生き返るだけじゃなく、さらに自分の病気まで治して貰えるんだ。

 

そう、結局プレシアの病気も男に治して貰う手はずとなった。アリシアの件と同じく、男は意図も簡単そうに『出来ますが、なにか?』って感じで言い放った。

そりゃ死者蘇生出来る位だから病気なんてそれこそ朝飯前だろうけどよ。そして、ご都合主義だろうが何だろうが大団円になるならそれが一番だとは以前言ったけどよ。

 

なんだかな~。

 

(唯一の救いはフェイトのホンキ笑顔が見れた事だな)

 

微笑とかじゃなく、本当の満面の笑顔を浮かべたフェイトの何とまあ可愛い事。マジでそれだけが今回の…………………あれ?

 

(笑ってない?)

 

皆がテーブルを囲み談笑してる中、気づけば先ほどまでエンジェルスマイルだったフェイトの顔は今何故か曇っていた。いや、あれは何か考え事をしている?

どうしたのかと思いフェイトを眺めていると、程なくフェイトが席から立ち上がり声を上げた。

 

「あ、あの!」

 

その視線の先、言葉を向けた先にいるのは、プレシアの望みを叶え、俺に絶望をくれたクソ野郎。

 

「どうされました?」

「えっと、その………」

 

談笑中にいきなり立ち上がったフェイトに皆が注目する。その皆の視線を受け、緊張して口をもごもごさせるフェイトだったが意を決して口を開いた。

 

「あ、あなたは死んだ人なら誰でも生き返らせる事が出来ますか………?」

「ふむ、これはまた唐突な質問ですね」

 

確かにそうだ。それにそんな質問をするって事は、フェイトにも誰か生き返らせたい奴がいるという事だよな?けど、アリシア以外に誰が?

俺を含め皆がフェイトの言動を訝しむ中、プレシアだけがハッとした顔をしてフェイトを見ていた。

 

「どう、なんでしょうか?」

「そうですね………ただ生き返らせるなら誰でも可能です。けど、その故人が持っていた経験や知識、思い出などは難しいです。この度のアリシアさんの場合は本人の体があるので、そこからそれらを汲み上げる事が出来るのですが、体そのものから復元させるとなると厳しいものがあります。性格は同じに出来ても、それが同一人物なのかと言われると………」

「………そう、ですか」

 

フェイトはぺたっと力なく座り、俯いてしまった。

いきなりテンションがた落ち、悲しみ一直線なフェイト。皆がそんなフェイトを見て戸惑い、プレシアまでも悲しそうに視線をフェイトに固定してる。

 

(………ったく、世話の焼けるガキだ)

 

今回の唯一の救いがそんな顔してちゃ駄目だろ。

俺はため息を吐くとフェイトではなく、プレシアへと近づき耳打ちする。

 

「おい、プレシア。フェイトは一体なに言ってんだ?」

「…………きっとリニスの事よ」

 

リニス?誰よそれ?名前の響きからして女の子っぽいが。

 

「私の使い魔だった子よ。そして、フェイトの教育係りだった子」

「ふ~ん。てぇと、その子は死んだの?」

「………………まあね」

 

なんか歯切れの悪いプレシアの言葉だが…………そっか、そんな奴がいたんだな。

フェイトの様子を見れば、フェイトがどれだけそのリニスって子の事が大切だったか分かる。けど、まあ世の中厳しいってのは分かり切ってる事だ。誰も彼も簡単にゃあ生き返らねーよ。

フェイトには悪ぃが、アリシアが生き返るってだけで満足してくれや。

 

……………………。

 

 

「ちなみにプレシア」

「なによ?」

「そのリニスって子の歳、顔、性格、身体つきはどんなだ?」

「はあ?なによいきなり」

「いいから答えろ」

「………見た目の歳はあなたくらいの女性体。身体つきも別に普通だけど、素体が山猫だったから尻尾と猫耳があるくらいね。顔は、まあ可愛らしいわね。性格は真面目で優しいわ」

「──────美人か?」

「まあ、この世界の街頭テレビに映ってたアイドルよりは………」

 

…………………キターーーーーーーーーーー!!!神はまだ存命だった!それも優しい神が!!

俺はソッコーで男に詰め寄り、その胸ぐらを掴んで立たせると顔を突きつけて言った。

 

「追加だ」

「はい?」

「蘇生者追加だ。名前はリニス。是が非でも生き返らせろ!!」

 

がくがくと男を揺さぶり必死に訴えかける俺。

 

「い、いきなり何です?まあ、先ほども言った通り本人の体さえあれば可能ですよ?」

「体は!!」

 

バッ音が聞こえそうなほどの勢いで首ごと男からプレシアに視線を移す。プレシアは呆然とした顔で首を横に振った。

 

「無い!生き返らせろ!」

「いやいや、隼君、さきほどの私の話聞いてました?」

「聞いてた!生き返らせろ!」

「………滅茶苦茶言ってる事自覚してます?」

 

知るか!これは、俺が幸せになれるかなれないかの最後の希望なんだ!

リニス。ああ、リニス。改めて聞けばなんて美しい響きだ。名前だけその美しい姿が脳裏に浮かび上がっていく。

ここにきてとうとう俺にもツキが回ってきたようだ。

 

フェイトはそのリニスの事が大好きだった事は容易に想像出来るが、一方でそのリニスもまたフェイトの事が好きだったはずだ。てか、フェイトを嫌いな奴なんていねぇだろ。

そこで彼女も生き返らせてやり、また大好きだったフェイトと生活できるようにしてやったら?しかも、フェイトが今まで以上に幸せになっていると知ったら?

当然リニスは嬉しく思うだろうし、そうしてくれた人に感謝するはずだ。つまり俺に好印象を抱く事間違い無し!そして、その好印象が好意に移行する可能性も無きにしも非ずで、ゆくゆくはリニスが俺の彼女になる可能性も無きにしも非ずでっ!?

 

つまり脱・童貞!

 

「あんたなら出来る!」

「ですから───」

「あんたは『難しい』とか『厳しい』とは言ったが『無理』とは言ってねぇ。つまり出来るってことだ!つうか無理でもやれ!!」

「………まったく、耳ざといですね。確かに無理じゃあありませんが、無茶な事に変わりはありません。出来るか出来ないかで言われたら出来ますが、成功する確率は5割もないですよ?」

「構わん!だが成功させろ!」

「ハァ………やれやれですね」

 

男は俺の勢いと必死さと顔の形相に押される形で了承したのだった。そして一部始終を呆然と見ていたフェイトは最後、漸く事態が飲み込めた時、俺に満面の笑みを浮かべて抱きついてきたのだった。

 

「ありがとう……ありがとう!隼!!」

 

なんかここ最近、フェイトにはよく抱きつかれてるような気がするな。ガキに抱きつかれても欠片も嬉しくないが……まあ感謝されんのは気分がいいので無下にはしねえ。

プレシアやアルフ、ウチの奴らもそれを微笑ましそうに見ていた。ただ一人、理だけはルシフェリオンを構えて今にもフェイトをぶっ飛ばしそうだけど。

 

ともあれ、こうして俺の長い一日が終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に広がるは満天の星空。

ここ海鳴は自然も多く残っているが、どちらかと言うと都会の部類に入る。そんな中で、このような綺麗な星空を眺める事が出来るのはとても良い事だと、タバコを片手に大気を汚しながら思う。いけしゃあしゃあと思う。

 

「お疲れ様、俺」

 

プシュとタブを上げ、ビールを思いっきり呷る。この苦味が今までの俺の苦労を表しているようで、俺は思いっきり咽喉を鳴らして飲み込む。

ここは自宅。プレシアの家でもなく、アルハザードでもない、あの狭っ苦しい自宅。

 

「まだ終わっちゃねーけど、でも大きな一段落だな」

 

アルハザードを出たのが今から数時間前。アリシアとリニスの件に関してはまた後日って事になった。男にもいろいろと準備があるらしいし、こっちもアリシアの死体を持っていってなかったからな。

て事で、俺たちはいったんそれぞれ自分の家へと帰った。

俺と騎士たちはここに。プレシアは庭園、フェイトとアルフはあのマンションに…………ではなく、2人もプレシアと共に庭園に。

 

「これで、厄介事とはもうおさらばだ」

 

まだジュエルシードとか手元に残っちゃいるが、そんなもんどうにでも処理のしようはある。なのはにシグナムの姿がバレちゃいるが、それだってどうにでもなる。今までの問題に比べたら些細なもんだ。

 

「ああ、でももう一人偽家族が増えるんだっけか」

 

手元には一枚の紙切れ。まだ魔力は注いでいない。それは先送りしているだけで時間の問題なのは百も承知だが、それでも嫌な事は延ばせるだけ延ばしたいのが人間だ。ていうか俺だ。

 

「まっ、最後の最後に希望が見出せたし、いっか」

 

リニスって子が生き返るのか、それはまだ分からないが。それでも希望が有るのと無いのとじゃ心持ちが全然違うしな。てか、ここまで期待させて生き返らなかったらクレーマーになってやる。

 

「取り合えず、プレシアたちは前より幸せになれるだろうし、夜天たちも仲間が増えて嬉しそうだし」

 

そして俺も、まあ満たされたから。ギリギリ、及第点レベルで、まあ満足出来たから。

だから総じて、四捨五入して、これはハッピーエンドに分類していいんじゃないだろうか?ご都合展開をふんだんに盛り込んだ大団円。

 

エンディング、物語の終わり。

 

勿論、俺の生活は続くし、知り合いも増えたので今まで通りの生活が戻ってくるわけはないのだが。

でも、まあこれが小説ならここが物語の最終話だな。

ただ、先も言ったように俺の生活は今まで通り当たり前に続く。俺の、俺による、俺の為だけの、幸せを求める物語は続いていく。

 

だから、これはやっぱり一段落であり…………え~と、つまり何が言いたいのかと言うと。

 

「グッバイ、厄介事!ウエルカム、エロイベント多発な日常生活!!」

 

やっほー、終わったぜ!エロイベントが来るかどうかは知らんが、少なくとも厄介事からはグッバイフォーエバー!いっそ今から打ち上げ的に飲み出ようかな~。最近ダチにもあってないし、誰かにTELLして……。

 

なんてほっこりまったりしてたら唐突に二つの影が躍り出てきた。

 

「ベランダで奇声上げてんじゃねーよ、うっせぇな!近所迷惑考えろよ!てか、お前の存在自体が迷惑だよ!存在自重しろ!」

「ヴィータ、それはあまりに酷すぎます。慈悲の心を持ちましょう。せめて『お前の顔が迷惑だ』くらいにしておいてあげるべきでしょう」

 

二つの影はご存知ロリーズ。

ああこいつらは。本当こいつらは。最後くらい、綺麗に終わらせろや。毎度毎度……毎度毎度毎度ォォ!!

 

「上等だ、このガッカリ無価値胸寸胴お子ちゃま共!グチャグチャにしてやっからまとめてかかった来いやオラ!」

「ぶっ殺す!」

「カチ~ン」

 

 

10分後、管理人さんに怒られたのだった。

 

最後の最後までしまらねー俺たちだ。

 

 

 

 

 

【無印編 完】

 




取り敢えず無印編完結です。ここまでお読み頂きありがとうございます。

そのまま連番にしようかと思いましたが、これから先キャラ登場キャラが結構増えていくので、その前に一区切り入れようかと。
次回からは後日談や番外編などを数話はさみ、As編に入ろうかと思っています。


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主人公後日談~その1~

いやいや、お疲れさん。ホント、マジで。よく頑張ったよ、俺。俺、サイコー。

……………ホント、疲れた。

 

あのアルハザードに皆で訪れた日から数ヶ月、春から夏へと移り変わり、そろそろ秋に入ろうかという頃、俺の肉体および精神の疲労は限界に達しつつあった。てか、すでに限界突破してるっぽい。むしろ、してなきゃおかしい。最近よく思い浮かぶ言葉が『過労死』だ。

俺さ、あの全てが終わった思った夜に「これはハッピーエンドだろ」的な言葉言ったじゃん?「グッバイフォーエバー厄介事」とかのたまったじゃん?

 

…………違ったよ。

 

確かによ、あの時点で終わっとけばハッピーエンドだったろうさ。これからは俺もテスタロッサ家も幸せな未来が待ってるぜ!《完》、な感じで終われただろうよ。小説だったら、そこから作者のあとがきに入ってもいいところだ。

けれど、俺の物語には終わりもなく、ましてや打ち切りすらない厄介な話であり、仮にあの夜が最終話だったとしても、何故かまだまだ話は続いていっている。…………最終なのに続くとかどんな矛盾だ、ふざけんなと言いたい。まあ、それが人生なんだけどさ。ジンセイサイコー。

ちっ……つまり、何が言いたいのかというと。

あの似非最終話のから今日まで、俺の厄介な人生物語は続いていたのだ。

 

そうだな、言うなればこれは────────────後日談。

 

ああ、なんて忌々しい響きだ。最終話の後の話、後日談。まだまだ続くよ、後日談。

 

やってらんねー。もう過ぎ去っちまった日々だが、やってられなかった後日談だ。まあプレシアの件以上の厄介事じゃあなかったのは確かだが、それでもマジで面倒事が絶えなかった。……………てか、いきなりだけど、今思えば夜天たちと出会ってまだ数ヶ月くらいしか経ってないんだよなぁ。なんかもう軽く1年くらい過ぎてるような感じだ。

夜天、シグナム、シャマル、ザフィーラ、他2名の騎士たちとの偽家族生活もだんだん慣れてきちまったよ。よくあの狭っ苦しい部屋で俺合わせ7人の人間が生活出来るもんだ。ギリギリだけどな。あと1人でも増えれば絶対アウトだ。てか、実際増えそうになったんだけどさ。………………うん?誰がかって?まあ、それは後にすぐ分かるさ。つうか、察しの悪い奴でも分かるだろ。俺と暮らそうなんて物好き、それこそ忠誠心でもなけりゃするはずがねーし………………自分で言ってちょっとヘコんじまった。

まあ、あれだ、それでも分からない奴の為に、そいつを一言で言うなら『アホっ娘』だ。OK?

 

ちっと話が逸れたな。ええっと、後日談だっけ?じゃ、まずは何から話すかねぇ。さっきも言ったように、ホントいろいろあった数ヶ月だったからなぁ。もしこの話がハーレム物だったらいついつまでも続いて欲しくて後日談もバッチコ~イなんだけどよ、生憎とうざったいだけの人生物語だ。

 

ともあれ、そうだな…………じゃ、最初は当たり障り無く軽い話から。

 

えーと、アレあったじゃん?アレだよ、アレ。なんつったけ、あの石だよ。青いやつ。ん~…………あ、そうそう、ジュエルシード!まずはあのジュエルシードの話からしよう。

で、そのジュルシードなんだが、シグナムがぶん盗ってきたやつとフェイトが持ってたやつ合わせて数個が手元にあったわけよ。無論、このまま持ち続けるのはあまりよろしくない。また厄介事の火種にでもなられたら事だかんよ?

 

て訳で、さあ、これはどうしようと皆で頭を捻った結果、まず最初に浮かんだ考えは『管理局に持っていこう』という真っ当な案。

けれど、俺はそれを却下した。何故かって?サツが嫌いだから。

管理局って魔法世界のサツみたなモンなんだろ?やだやだ、そんなトコに顔出したくねーし。もしかしたら報酬とか貰えんのかも知んねーけど、それでも嫌だね。ましてや俺は夜天の写本やテスタロッサ一家の件でいろいろ動き回ったんだ、どんなイチャモンつけられるか分かったもんじゃない。

もうクソ面倒な事になるのはゴメンだ。

 

で、次の案。

『魔法世界で足がつかないように秘密裏に競売にかけようぜ!』というもの。勿論、俺の考えだ。

1秒で却下された。

 

次に出たのは『海に放流しちまおう』というもの。勿論、これも俺の考え。

ただこれは無茶苦茶言ってるように聞こえるかも知んねーけど、ところがどっこい、実際は中々良い案なだぜ?広大な海に指紋をふき取ったジュエルシードをバラバラの位置に撒くんだ、犯人の特定なんてそうそう出来っこねぇよ。

しかし、結果的にこの案も却下された。

唯一、フェイトが反対したのだ。

 

「隼、あの白い魔導師の子の事、忘れてない?」

「白い魔導師の子?……………ああ、なのはか」

「そのなのはって子、多分管理局と繋がってる」

 

らしいんよ。まあ、確かになのはがこの石を集めていた事は知ってたけどさ。あいつ、局とも繋がってるわけ?

 

「私とその子が戦おうとした時、管理局の執務官が割って入ったんだ。私はすぐ逃げちゃったから本当の所は分からないけど、でもきっとその子は局と一緒に行動してる」

 

だとさ。

そして、そう言っていたフェイトの隣でアルフが何故か怒りの顔を見せていたので、どうしたのかと聞けば……。

 

「あの局員、フェイトを攻撃して怪我を負わせたんだよ!隼もフェイトの背中見ただろ?」

 

ああ、あの時か。そんな事もあったな、すっかり忘れてた。そういやあれでフェイトが虐待されてるってのも判明したんだっけ?まあ、そう考えれば怪我の功名だが……………。

 

「はいはい、アルフもそう怒んなって。どうせもう会う事もねーだろうしよ。まあ、でも、もしまた会う事があったら、そん時は───────フェイトをあんな目に負わせたクソには、俺がきっちり確実にオトシマエつけさせてやる」

 

まあ、それは兎も角。

しかし、これはちょっと不味い事になった。なったっつうか、なってたのに気づいた。

 

なのはには俺が魔導師って事がバレている。さらにシグナムの面まで割れていて、そのシグナムが最低でも1個はジュエルシードを持っているってのが知られている。加えてフェイトもいくつかのジュエルシードを持っている事も知っている。

つう事はなのはがその事を管理局に伝えている可能性は大だ。俺が魔導師って事は口止めはしておいたので大丈夫だろうけど、少なくともシグナムの事は局にチクったはず。幸い俺とシグナムの関係性まではバレてないだろうけど………うわ~、ホントにこれはちょっとどうしよう?

 

俺は無い知恵を絞り、皆からの意見も取り入れた結果。

 

「こんちゃ~、鈴木宅配便で~す。なのは居る~?」

 

高町家訪問と相成った。

じゃ、回想ってか後日談、そのままいってみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポンピンポンとチャイムを連打した後待つこと少し、ガチャリと鍵の開く音がしたあと、結構な勢いで玄関の扉が開いた。同時に愛しきガキであるなのはが驚きの顔で出てきたのだった。

 

「ハ、ハヤさん!?え、何でハヤさんがここに?あ、もしかしてお父さんに会いに来たの?」

「いや、その士朗さんにここの場所聞いてやってきたんだよ。なのはにちょい用事があってさ」

「え、私?」

「そそ。まあ、立ち話もなんだ、中に入ろうぜ。遠慮なくどうぞ、なのは」

「あ、うん、そうだね。お邪魔します…………って、それはハヤさんのセリフじゃなくて私が言うべきセリフ!」

 

ドングリを口の中に入れたリスみたいに小さく頬を膨らませて怒りを表現するなのは。

 

久しぶりに会ったけど、なんつうか、相変わらず可愛いなぁ。

いや、もう、ホントに。ロリーズにもこれくらい可愛げがあれば俺もちったぁ優しくなれんだけどよ。あいつら、マジ性格腐ってっからなぁ。まあ、ロリーズにはもう何も期待してないが。今の俺の中の一番の期待のガキはあの『三姉妹』だし。まあ三女が若干のアホでウザイ時が多々あるのが玉に瑕だが。

 

「ところで、ハヤさん」

「あん?どうしたよ」

「それどうしたの?玄関の覗き穴見たとき、最初誰だか分からなかったよ」

 

なのはの視線の先は俺の頭、もっというなら髪の毛だ。そして、その髪の毛は以前の黒とは違い、今は霞んだ金色になっていた。なのはと最後に会った時は普通の黒だったので、その反応も当然だ。

ちなみになのはと最後に会ったのはあの旅行の時ではなく、一週間くらい前の翠屋だ。シャマルのバイト先でもあるのでちょくちょく顔出してんだよな。で、なのはもちょくちょく店の手伝いをしててそん時に。

 

「ちょっと色々あってな……ホント、いろいろよぉ」

 

俺はこれでも就職を求めている成人男性だ。そんな男が普通髪を染めたりはしない。流石にそこは常識的に考えるさ。だから、これは自分の意思じゃないのを主張したい。

 

(あそこで西さえ通っときゃあこんな事には……あのクソアマめ!)

 

この髪色は、ようは罰ゲームの結果だ。

最近ちょっとした事で知り合ったキカイダー姉妹たちと麻雀をし、その大一番で負けちまった。そしてこのザマだ。この髪だ。俺を狙い打ちして負けにおいやったあのアマと同じ髪色。……「男前があがったじゃない」と愉快そうに笑っていたあのクソアマ。

 

(次は俺が勝って、あいつの能力でデカパイのグラビアアイドルに変身させてギリセーフなポーズの写真撮りまくってやる!!)

 

と、そんな野望に燃えつつ、しかし今は取り敢えず横に置いとく。

閑話休題だ。

 

「まあ、なのはは気にすんな。取り敢えずそろそろあがっていいか?」

「あ、うん、どうぞ」

「おじゃま~」

 

靴を脱ぎ、改めて家の中に入る。

思えばこれが高町家への初訪問だ。そして今は家になのは一人らしい事をここに来る前に士郎さんから聞いていた。

いいのかねぇ、俺があがっても。第3者から見たら結構ヤバめな図?……どうでもいいか。士郎さんから家の場所教えてもらったんだから、つまりはあがってもいいって事だろうし、そもそももうあがってるし。

 

「ええっと、それで今日はどうしたの?私に用事があるって言ってたけど………」

 

リビングに移動し、一息ついたあとなのはが切り出した。

 

「ああ、まあな。その前によ、なのはって管理局って知ってる?」

 

フェイトの言葉通りなら、勿論なのはは局を知ってるどころかツルんでさえいるのだが、俺は何も知らない風を装う。

 

「え、うん、知ってるよ。ほら、温泉の時言ったジュエルシード、あれを今管理局の人と一緒に探してるんの」

 

やっぱりビンゴか。めんどくせぇな~。まあ、何とかならぁな。

 

「今この家にその管理局の奴っている?もしくは監視カメラチックなモンで監視されてたりとか」

「?ううん」

 

それを聞いたあと、俺は手に提げて持ってきたスーパーの袋をテーブルの上においた。

 

「なのは、コレやる」

「え?何が入ってるの?──わぁ~、綺麗な石……………………………………………………………え゛」

なのはらしからぬ濁音付きの呟き声を発すると、袋の中から恐る恐るジョエルシードを取り出し、それをしげしげと見回す。

そして、こう言った。

 

「ジュエルシードーーーーーー!?」

 

叫び声も可愛いとか、なのはは無敵だなぁ。

 

「ちょ、え、嘘!?な、なんでハヤさんがこれを!?それに封印処理もすでにされてる!?」

「ガチャポンで当てた。すぐそこのスーパーで1800円くらい使ったかな」

「微妙にリアリティを持たせた嘘を堂々とつかないで!!」

「バレたか。ホントは3000円使った」

「ガチャポンは嘘じゃない!?」

 

やっべ、なのはって超素直ってかイジリ甲斐があるんですけど。可愛くて素直でイジられ役って、もうこれ最強じゃん。ちょっと士朗さんに頼んで理となのは交換してもらおうかな。

やっぱさ、ガキってなぁこうでないとよ。

 

思った事をそのまま喋って、感情を顔に出して、全ての物事に大げさに一喜一憂する。俺の知ってるガキん中でそれが素直に出せているのは、このなのはを除外して二人。

 

あの三姉妹、その『長女』と『三女』くらいだろう。

 

『長女』はもう文句の付けようも無いほど可愛く、『三女』はちょっとアホだけど、そこがまたガキらしくて可愛い。『次女』も中々いい線いってんだけど、あいつはホンの少しだけ大人びてるとこがあるからなぁ。まっ、それを補ってあり余るほどの可愛さをあいつは有してんだけどよ。

 

ああ、後は残りのガキ、つまりクサレロリーズに関してだが、もうあいつらは死んだほうがいいな。可愛さの欠片どころかその痕跡すらないような奴らだし。

 

「ほらほら、ちょい落ち着けって。嘘だよ嘘、ぜ~んぶ嘘。ホント、なのはは可愛いやつだなぁ」

「…………むぅ~、ハヤさんの馬鹿!」

 

なのはの罵倒は、しかし俺にはまるで意味をなさない。

本来なら俺に『馬鹿』とかぬかす奴は、それが例えガキだろうとある程度のオシオキをするんだが、どうしてかなのはからの罵倒の言葉はただただ微笑ましくなるだけ。もしこれが仮にロリーズだった場合は容赦せずぶっ殺してんのにな。

まっ、世の中可愛いやつは得をするってこった。

 

と、そうやってなのはを可愛がってた時、突然俺たちのいるリビングに一つの影が飛び込んできた。

 

「あ、ユーノ君」

「あん?ユーノクン?」

 

その影は素早い動きでリビングに入ってきて、そのまま脇目も振らず座っているなのはの太ももの上へと乗っかった。

 

「へ~、なのはンちは動物飼ってんだな」

 

そう、その影の正体は動物。種類としては………イタチ?フェレット?まあ、そんな感じの奴。

そんなフェレット(?)だが、なのはの太ももの上にちょこんと座り、俺の方に少しだけ顔を向けた後すぐになのはの顔を見た。それはあたかも『こいつ誰だ?』となのはに問うているような仕草だった。そして、そのなのは本人もそう思ったのだろう、フェレットに俺の事を紹介しだした。

 

「ほら、ちょっと前温泉に行った時、ハヤさんって男の人の魔導師に会ったって言ったよね?それがこの人」

 

ただの動物相手に友達のように喋りかけるなんて、ホント、なのははガキらしい可愛いさを持ってるなぁ。

なんて、ニコニコしながらなのはを見ていたその時、

 

「ああ、この人がそうなんだ。はじめまして、ユーノ・スクライアです」

「あン?」

 

今、確かなのはでも俺でもない第3者の声が聞こえたような?てか、確実に聞こえたんだが?

 

俺がキョロキョロと辺りを見回していると、そこで含み笑いをしているなのはの顔が目に入った。次いで、なのはが指で自分の太ももを指す。しかし、もちろんそこには人語を喋るわけがないフェレットが一匹いるだけで……………

 

「ええと、こんにちわ」

「……………………」

「あはは、やっぱり最初は驚くよね。いきなりフェレットが喋れば───」

「おう、こんちわ」

「「順応が早いっ!?」」

 

はん!伊達にザフィーラやアルフや『彼女』を傍で見てねぇっつうの。流石に今回のはいきなりだったんで少し固まっちまったが、だからって喋るフェレット自体には何の驚きもない。

 

そういやなのはは魔導師だったな。なら、そいつは使い魔?ふ~ん、すごいね。

 

こんな感じで、余裕で流せる。だから、重要なのはもっと別の所だ。

「突然だが、なあ、ユーノ。もしかしてお前、人間の姿にもなれたりする?」

「あ、はい、勿論です。というか、この姿は変身魔法によるもので、もともと僕も魔導師なんです」

 

ンな補足事項なんぞどうでもいいが………そうか、やっぱ人の姿になれるのか。だったら、次の問いが極めて重要だ。その結果如何ではここ高町家での滞在時間が大きく違ってくる。

 

「ちなみにユーノ、お前は女性?それとも男性?」

「?えっと、男ですけど………」

「──────ちっ」

「何故か本気で舌打ちされた!?」

 

淡い期待を抱いた俺が馬鹿だったよ。なんだよ、野郎かよ。しけてやがんなぁ。声聞く限りじゃ女っぽかったんだが。あ~あ、テンションがた落ちだ。

 

「野郎はお呼びじゃねーんだよ。なのはとの逢瀬を邪魔スンナ、どっかいってろよクソが」

「ひ、ひどい」

 

しかも、幼女の太ももの上に平気で乗るとか、どれだけ変態なんだよ。いい歳こいた野郎が、気持ち悪い………………いや、待てよ?

俺はなのはの太ももの上で邪魔虫扱いされて悲しんでいるフェレットを見て、こう訊ねた。

 

「最後にもう1個。お前って何歳?」

 

変身魔法とか、そんな凄そうな魔法使ってるから俺はユーノの事を少なくとも『成人くらいしてんだろ』的に自然と思ってたけど。俺の周りにいるやつも須らく成人体だし。

 

「…………歳ですか?9歳ですけど」

 

次の瞬間俺はなのはの太ももからユーノを抱き上げ、自分の太ももの上に乗せる。そして、撫で回した。

 

「わわわわわわわわっっ!?」

「ンだよ、それを早く言えよな。無碍にして悪かったよ」

「ちょ、ちょっと…………もう!」

 

このままでは不味いとユーノは思ったのか、いきなり体が光ると次の瞬間には俺の太ももの上には一人のガキが。

なるほど、こいつが真・ユーノか。

大方、人間の姿に戻り俺の手から脱しようと考えたのだろうが………甘い!

 

「あ、あの、鈴木さん、いい加減撫でるのはやめて離して下さい!」

「おいおい、『鈴木さん』とかそんな他人行儀やめろや。それにガキが一丁前に敬語なんて使うなよな」

「わ、分かった、分かったから。隼、離してよ!」

「嫌だね」

 

思えば俺の周りにいるガキって皆女の子だかんなぁ。こうやって膝の上で抱いたりって事は中々出来ない。フェイトは恥ずかしがってやらせてくんないし、三女は『そんな体を密着させるなんてハレンチな行為は例え主と言えど嫌だ!』なんていう言葉を俺に肩車されながら言うアホっ子だし。唯一、長女だけがガキらしく無垢に甘えてきてくれる。……………あん?ロリーズ?仮にせがまれてもやんねーよ。

まあ、だから、ユーノみたいな同姓のガキってのは貴重なんだ。

 

「いいな~、ユーノ君。楽しそう」

「なのは、この状態の僕のどこに楽しさを見出したの!?」

 

線が細く、男の子のクセして顔の作りが女の子っぽく、さらに声まで女の子っぽいユーノ。

 

こいつは将来、きっとイケメンになるな。綺麗に髪伸ばしてそれを後ろで縛って、さらに知的メガネかけてそう。そんで、その中性的な顔と声で女性にモテモテ。

 

「あ、あれ、あの隼、ちょっと力が………え?し、絞まってきてる!?ちょ、ハグの力がベア級になってきてるよ!?」

「あ、わりぃ、つい癪に障って」

「突然、何が!?」

 

年端もいかないガキに真剣に嫉妬する大人の姿が、そこにはあった。

というか、俺だった。

 

「まあ、おふざけはここまでとしとこう。取り合えず、それはなのはとユーノにやるよ」

「それ?………って、ジュエルシード!?」

 

ユーノ、気付くの遅ぇよ。

 

「な、なんで隼が」

「いやぁ~、実はUFOキャッチャーで─────」

「「嘘つかないでよ!」」

 

は~い。

じゃ、ホントに真面目に話しますか。真面目な作り話をよ?

 

「お前らさ、俺以外の魔導師見たことある?二人なんだけど………一人は金髪のガキ魔導師で、もう一人はかっけぇ剣持った美女魔導師」

 

その言葉に二人は即答に近い早さで頷いた。まあ、そりゃ簡単には忘れられない容姿してっからなぁ、あの二人は。

勿論、二人とはフェイトとシグナムの事だ。

さて、ここからがでっちあげトークだ。

 

「で、どうやらそいつらもお前らと同じようにその石を探してたみたいでさ。つい先日、外歩いてたらいきなり結界の中に入っちまって、しかも、中でその二人がお互いの石賭けてガチバトルしてるじゃねーか。こりゃ巻き込まれる前に逃げねーとと思った所で二人に見つかっちまってよ。いきなり……いきなりだぜ?二人が斬りかかって来やがんの。魔導師だから敵だと思ったのかどうか知んねーけど、俺、頭キてさ、軽くオシオキにしてやったんだよ。ならさ、泣いて詫び入れてきて、さらにその石も差し出してきたわけ。でもさ、俺別にそんな石欲しくもねーからそのままイジメ続けてやろうかなーなんて思ってた時、『ああ、そう言えばなのはがこんな石欲しがってたな』とか思い出して、じゃあこれで許してやるって事でその二人に貰ったんだよ。あの二人、最後は『もうこんな怖い魔導師がいる管理外世界なんて来たくない!』とかベソ掻いて飛んでったな。で、そんな事があって俺がこの石を持ってるわけ」

 

と、まあ、長々と語ったがつまりはそういう事だ。これが、無い知恵を絞り、皆の意見を取り入れた結果。

 

どうだ、すげぇだろ?俺との関係をボカシつつ、ジュエルシードを手に入れた経緯、その後のフェイトとシグナムの動向までも網羅。無理やりで、シンプルで、テキトーで、力任せな弁論。でも、実は話しを作るときはこういうやり方が意外と効くんだよ。大胆で、破天荒で、でもどこか現実臭い話がよ?

 

「あ、でも管理局には内緒な?石は全部なのはが自力で見つけたって報告してくれや。俺、そういう組織とかって嫌いだかんよ、詮索されたくねーんだわ。秘密のハヤさんで一つよろしく」

 

まあ、なんだかんだ言っても所詮は嘘っぱちの作り話。とてもじゃない、管理局は欠片も信じてくれないだろう。目の前のなのはとユーノだって心の底から今の俺の話を信じているわけがない。実際、何か言いたそうな顔をしている。

けれども、俺はそれ以上何か付け加えようとは思わないし、当然真実も話すつもりはない。よって、なのはとユーノには無理やりにでも納得してもらう。

 

「そんな可愛らしく変な顔すんなよ。俺だってイマイチ分かってねーんだ。けど、お前らはこの石が欲しかったんだろ?ならそれでいいじゃん。さらに、石を狙ってた謎の魔導師二人もあの様子じゃもう諦めたようだしよ。万事解決ってやつだ」

「うん………でも、何かしっくりこないっていうか、あまりにも都合がいいような」

「おいおい、ユーノよぉ。お前、ガキなんだからもうちょっと素直に物事を見ろよ。ここにジュエルシードがあって、残りのジュエルシードは邪魔者もなくゆっくり探す事が出来る。しっくりこなくても都合がよくてもそれが事実だ」

「まあ、そうなんだけど………」

 

頭の固ぇガキだ。思慮深いってのはいいことだが、ガキでそういうのは俺は嫌いだな。

ユーノはまだ釈然としないようで、俺の膝の上でウ~ンと唸っていた。しかし、そんなユーノとは反対になのはどこかスッキリした顔をしていた。

 

「ユーノくん、ハヤさんはきっと、ていうか絶対確実に何か隠してるだろうけど、でも私はそれでいいと思う。だって、こうやって手元に探してたジュエルシードがあって、それに………もうフェイトちゃんと戦わなくていいし」

 

なのはも結構言うな。てか、なのはってフェイトの名前知ってたんだな。しかも、何か思うところがあるのか少しだけ寂しそうだ。

そして、俺がそんなガキの顔を見て放っておけるはずもなく、ついつい詮索言葉をかけた。

 

「なんだよ、なのは。そのフェイトって奴がどうかしたのか?」

「うん、あの子のこと、もっとよく知りたかったなぁって。戦いとかじゃなくて、もっと普通にお話したりして、お互い分かり合って………そう、友達になりたかったんだ」

「………………」

 

どうしてこう、なのはは良い子なんだろうか?ちょっとマジで理と交換してほしいんだけど。今ならヴィータもつけるからさ。

 

まあ、それは兎も角、参ったね、こりゃ。

フェイト本人からなのはとは何度かやり合ったってのは聞いてたが、まさかなのはがそんな感情を抱いてるとは思いもしなかった。フェイトの奴なんて、なのはの事なんて殆ど関心がない様子だってぇのに。まっ、けどそれもしょうがねーわな。今フェイトは自分の事で手一杯だかんよ。なんせ、姉と妹が同時に出来た上に、笑顔の母親と育てのお姉さんが帰ってきたんだからな。そりゃあ、他人なんてどうでもよくなるさ。

 

しっかし、友達になりたいねぇ………そう思ってくれるのは俺としても嬉しい事だ。なのはもフェイトもすっげぇいい子だし、ソリも合うだろうから絶対ぇいい関係が築けんだろうよ。でもな、だからって「はい、そうですか」ってわけにもいかねーのよ。

 

なのはのバックにいる管理局、俺が今までしてきた事、フェイトが今までしてきた事、俺とフェイトの関係………そんな諸々の事情がどうしてもネックになってくる。ガキの為に尽力したい気持ちもあるが、生憎と俺は自身の保身の方が大事だからよ、やっぱなのはとフェイトを合わせるわけにはいかねーや。

 

(…………まあ、でも)

 

ガキの寂しそうな顔を見るのは苦手でね。特になのはのそんな顔は見たくねぇ。

俺はポケットから携帯を取り出した。

 

「なのは、お前携帯持ってる?」

「え?うん、持ってるけど」

「よし、じゃあよ、アド交換しようぜ」

「いいけど、いきなりどうしたの?」

「いいから、いいから」

 

俺は携帯の赤外線機能を受信にし、なのはにアドレスを送ってもらった。その後、俺は赤外線ではなく直接そのアドにメールを送った。

 

「あ、きた……あれ、これは?」

 

なのはが首を傾げながら携帯の画面を見ている。たぶん、そこに写っているのは俺からのメールで、その本文には一つのアドレスが書かれているはずだ。

 

「お前を笑顔にするアドレスだ。暇なときメールでも送ってみろよ。でも、他の奴等には秘密だかんな?もしバレたら即着拒されちまうと思え」

 

?顔のなのはをよそに、俺は携帯をポケットに仕舞い、膝の上からユーノを降ろして立ち上がる。

さて、そろそろ帰るとしますかね。言いたい事も言えたし、石も渡せたしな。それに、長居するとボロが出ちまいそうだし。

 

「あ、ハヤさん、もう帰っちゃうの?」

 

件のアドレスにメールを送ろうか悩んでいたなのはだったが、俺の動作に反応してそう言ってきた。

 

「おう。まだお前らと一緒に居て癒されたい気持ちはあるんだが、それと同等くらいにこの癒しも摂取しときたいんでね」

 

俺は煙草の箱を取り出し、中から1本抜き取って口に咥えた。

流石に人ん家で、そこの家主の許可も無く吸えないからな。そもそも、たぶん高町家の人は誰も煙草を吸っていない。カーテンとか壁とか、全然黄ばんでないし。

俺がいくら自分勝手の自己中野郎でもそれくらいのマナーは守るさ。相手によるけど。加えて路上喫煙も余裕でしちゃうようなクズだけど。

 

「ハヤさんって煙草吸う人だったんだ。あ、じゃあ、ちょっと待ってて!」

「あん?」

 

なのははトコトコと小走りでキッチンの方へ行くと、そこから一つのガラス皿を持ってきた。

てか、あれはどうみても灰皿だ。高町家の人は誰も吸わないだろうと思ってたけど、俺の見当違いか?

 

「灰皿あんだな。士郎さんが吸うの?」

「ううん、うちは誰も吸わないよ。これはお客さん専用」

 

ほ~、何とも用意のいいこって。それだけ、高町家には客が多いって事か?確かに、自分んちで商売やってりゃ交友関係は広そうだ。……てか、実際広いんだよな。その辺は士郎さんから聞いてる。うん、本当デタラメな交友関係持ってんだよな。

ともあれ、これ有難い限りだ。

 

俺はなのはから灰皿を受け取ると、そのまま庭へと出た。

 

「別に部屋の中で吸っていいよ?」

 

とは、なのはの弁だが、生憎とそういうわけにはいかない。一緒に住んでるロリーズとか、親と本人公認のフェイトとかの前なら兎も角、相手はなのはとユーノだ。士朗さんの居ない間にあんま好き勝手するわけにもいかんだろ。

禁煙は無理だけど、せめてなのはに受動喫煙させないようにするくらいはしないとな。

 

俺はなのはとユーノを部屋の中に居させると、一人庭で思いっきりニコチンを肺に入れる。

 

(あ~、美味ぇ~)

 

満足げにぷかぷかと煙を漂わせながら吸っていると、ふと視線を感じた。見れば、なのはがジッとこっちを見ている。

 

「どした?」

「うん、何だか凄く美味しそうだなぁって。それに、ちょっとカッコイイ」

「はァ?」

 

美味しそうってのは兎も角、カッコイイってなぁ何だよ?…………まさか、俺が?もしかして、なのはの奴、いきなり俺の魅力に気付いたのか?こりゃ参ったね。俺ぁガキには欠片も興味ないんだけど~。いやぁ、でも小学3年生の純粋無垢な美少女を虜にするたぁ、俺も中々捨てたもんじゃねーな。悪いね、なのはに片思い中の男子生徒諸君。すっぱり諦めてくれや。ああ、でも、なのはよぉ、告白なら10年後頼むぜ?イヤッハ~、モテる男は辛いねぇ。

 

……………………。

 

(アホらし)

 

ンなわけあるかっての。ガキからとは言え、生まれてこの方異性から『カッコイイ』なんて言葉ほとんど言われた事ねーんで舞い上がっちゃいました。はいはい、調子コいてすみませんね。

 

「で、一体何を指してカッコイイってんだよ?」

「ハヤさんの煙草吸ってる姿が」

 

はぁ?あんですか、それは?

 

「何だか凄く大人っぽくてカッコイイな~って」

 

ああ、な~る。あれか、簡単にいうと大人への羨望とか憧れってやつをなのはは感じたわけか。

確かに、煙草はある種大人のアイテムだしな。それに、ガキってのは背伸びして1日でも早く大人になりたいって思いをどこかに持ってるもんだ。俺だって、そもそも煙草始めた切欠はそんな感じだし。

 

「ホント、お前は素直だねぇ。つうか、大人っぽいじゃなくて、俺はマジ大人だっての。なのはとユーノって今9歳だろ?一周り以上も違ぇじゃんか」

「あはは、そうだね」

 

まあ、一部大人になっていない部分があるが。なあ息子よ。

 

「大人なんてなぁ生きてりゃ誰でもなれるさ。そこに優劣は付くけど、まあ心配すんな。なのはは完全に優になれる素材だからよ。勿論、ユーノもな」

「そうだね。ユーノ君、将来はハヤさん以上にカッコイイ人になると思うよ」

 

なのはやなのはや、お前さん、何気に俺に喧嘩売っちゃってますよ。お気づき?

 

「あ、ありがとう。なのはも将来、絶対き、綺麗になるよ。ああっ、も、勿論、今も凄く可愛いよ?」

「にゃは。ありがと、ユーノくん」

 

おんや~?ユーノや、中々面白い反応してんじゃねーのよ。そんな顔真っ赤にしちゃってさぁ。きみ、もしかしてなのはにアレですか?アレなんですか?おいおい、いいネタ提供してくれるじゃんよ。

ちょっとこりゃ見過ごせないな。いち大人としてよ?

 

「ユーノ、ちょっとカムヒア~。なのははそこでストップな」

「「?」」

 

俺は煙草をもみ消してウンコ座りすると、寄ってきたユーノの首に腕を回してお互いの顔を近づけた。

 

「は、隼、いきなりどうしたの?」

「どうしたもこうしたもねーよ、このマセガキが。稼げる所はきっちりポイント稼ぎか?大人しそうな顔して、この策士が」

「な、何を………」

「で、なのはのどういう所が好きなんよ?」

「!?!?」

 

おいおい、そんな『何で隼がそれを!?』みたいなテンプレな顔はやめろよ。俺ぁ、これでも人の感情には聡い方だぜ(………たぶん、おおよそ)。しかも、それがガキなら手に取るように分かるっての。

 

「べ、べべべ別に僕はなのはの事なんて何とも………!」

「そんな女顔で恥ずかしそうに頬染めるなっての。言動と相まって女々しさMAXだっつうの。まあ、それは措いといて。いいか、ユーノ、自分を騙すのも勝手だし待ちに徹するのも勝手だけどよ、それじゃあいつまで経ってもある一定の線は越えないぞ?」

「だ、だから僕は別に…………」

 

たく、世話の焼けるガキだ。

 

「いいから、俺の独り言だと思って聞け。確かにお前は良い奴みたいだし、中々利発そうな奴でもある。魔導師としての力も多分俺なんかよりずっと上だろうよ。けどな、今まで生きてきた年数と女性絡みのイザコザの経験だけ見れば俺の方が上だ。で、そんな俺から言わせて貰うが、もし本気でなのはとそういう仲になりたいならまずは自分の気持ちを肯定しろ!そして、ウダウダ考えず突っ走れ!さもなきゃ行く末に待っているのは─────────────俺(童貞)だ」

 

俺も、ガキの頃からそれが分かっていれば、今頃は彼女の一人や二人出来てただろう。けれど、それに気付かず俺はいつの間にか恋愛に臆病になっていた。青春時代は殴り合ってた記憶しかない。

 

「最後はちょっとよく分からないけど…………うん、何故か隼にはなりたくないって思う」

「自分で言っておいて何だが、うるせぇよ特大級なお世話だ」

 

俺はフンと鼻で溜息を吐くと、ユーノの頭を軽く撫でて立ち上がりながら言う。

 

「兎に角、四の五の考えずもうちっと素直になれや。じゃなきゃ、見も知らぬ野郎になのは持ってかれちまうぞ?鳶に油揚げってな」

「ハヤさ~ん、お話終わった~?」

 

見計らっていたのだろう。なのははそう言いながら小動物のようにこちらにトコトコと歩いてきた。

だから、お前はどうしてそう一々可愛いんだ?

俺は傍に寄ってきたなのはの頭をついつい撫で回した。

 

「うれうれうれ!」

「にゃ~~~っ!」

 

楽しそうに頭を撫でる俺と、楽しそうに頭を撫でられるなのはだった。

 

「……………『鳶』に油揚げっていうか、『隼』に油揚げ?」

 

そんなユーノの呟きが聞こえたような聞こえなかったような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、まあこれが後日談のある一幕だ。あくまで一幕、ほんの一部で、取り分けほのぼのとした後日談だな。いろいろ気になる点もあるだろうけど、それはまた次の機会の後日談でな。

 

まあなんだ、いろいろとありはしたが、今現在は結局なるようになったって事だ。

俺は今まで通り、騎士たちとクソ狭いアパートで暮らして。

テスタロッサ家は家族6人、今は地球に移り住み、あのマンションで騒がしい毎日を送っている。

 

ああ、そうそう、ジュエルシードの件のその後なんだが、結局なのはが管理局と協力して残りの全てを回収した。……ちなみにそこでも実はひと騒動あったんだが、まあそれはどうでもいい事なので俺が語ることじゃない。面倒事だったのは確かだが。さておきその後、管理局は特に何事もなくこの世界を去ったとの事。また、なのははそのまま魔導師として、管理局に所属する事にしたらしい。といっても、こっちの生活もあるので、正式に入るのは義務教育を終了してからになるらしい………………というのを、フェイトがメールを見ながら教えてくれた。

ともあれ、なのはは俺たちの事は完全に秘密にしてくれた事はおろか、その為にユーノと一緒になっていろいろと誤魔化してくれたようだ。感謝感謝。

 

それから、後は何かあったかなぁ………ええと─────

 

「あ、コラ、フェイト!それはボクのボクだけのボクにのみ許された鉛筆だぞー!それを勝手に使うなんて許されざるべき事だ!」

「あ、ご、ごめんね?」

「わかった、許す!」

 

ええと─────

 

「えっと、これがこうなってこうなるから…………あれぇ?うぅ、分かんないよ~」

「アリシアは馬鹿だなー。ボクなんてもう最後までやったもんねー!」

「………ライト、分数の答えが四文字熟語には絶対ならないと思うよ?」

 

…………………。

 

「うが~、分っかんないーー!こんな物こうしてやる!絶・烈空─────」

「ド阿呆!!」

「痛っ!?」

 

今にもバルニフィカスで机ごと算数のドリルを両断しようとするアホの頭に俺はチョップを見舞わした。

 

「今、いろいろと今までの経緯とか事後処理の出来事とかを皆さんに説明─────もとい、思い返してんだよ!アリシアとフェイトを見習え、大人しく勉強してろ!」

「酷いぞ、横暴だぞ、かっこ悪い!」

 

言い忘れてたな。パチンコ屋をクビになった俺の新しいバイト先をよ。

 

「後1時間でその範囲が終わらなかったら、お前だけ漢字ドリルも追加だかんな」

「うえーー」

「ほらライト、がんばろ?もうちょっとだからさ。私も少し教えてあげるから」

 

テスタロッサ姉妹の家庭教師やってます。自給1000円。

ついでに説明すると、生き返ったアリシアと新しく生まれた断章のガキとフェイトで目出度く三姉妹となって、テスタロッサ家の一員となっている。

 

「わたし終わった~。隼、遊ぼ!」

「もうちっと待ってな、アリシア。フェイトとアホがまだ終わってねぇからよ」

「むぅ~~!ライト、フェイト、早くー!」

 

肉体年齢の一番低い長女アリシアがぶーぶー言いながら、精神的長女な天然次女フェイト、アホ代表三女ライトニングを急かす。

ここ最近お決まりの光景だ。時と場合によってはそこにヴィータと理も入る日がある。

 

(やれやれ、ホント、騒がしいガキどもだ)

 

けれど、それは全然悪くない。この日常に俺は幸せを感じている。厄介事が終わった後は、こんな何でもない日常が本当に貴重に思えてくる。

 

(まあ、あいつは俺以上に幸せを感じてるだろうけどな)

 

俺は騒いでいる三姉妹の傍から離れ、その光景をキッチンの方から見ている一人の女性に近づいた。

 

「なに一人でニヤニヤしてんだよ、きもい奴だな」

「ふん、うるさいわね」

 

勉強が終わった後出そうと思っているのだろう、ホットケーキを作りながら微笑んでいるプレシア。

その微笑は誰が見ても綺麗に映るほどのもので、つい最近になってよく出すようになった表情の一つ。

 

俺はそんな顔のプレシアを見て少し笑うと、ポケットからタバコを取り出し火をつけた。

 

「タバコ、やめたら?」

「いくら金欠になろうとコレだけは手放せん」

 

言いながら、吐く煙で綺麗なマルを作る。

こういう小技、前はあんまやってなかったが、一度アリシアの前でやってウケが良かったから最近では見られてもないのについやっちまうようになった。

 

「…………体には気をつけなさいよ」

「テメェに心配される筋合いはねーよ」

「あるわよ。もしあなたが病気にでもなったら、悲しむ子が一杯いるでしょ」

 

母親の顔をしながらそう言うプレシアの視線の先には三姉妹。しかし、次の瞬間一転して頬を染めながらこう言った。

 

「………わ、私も、まあ心配するし」

「は?」

「す、少しだけよ!」

 

あれ?その顔も母親の顔?なんかフツーに乙女のような顔に見えるンですけど?

プレシアはぷいっと横を向くと、恥ずかしそうな声の調子で言った。

 

「あなたには、感謝してると言ったでしょ」

 

それはアリシアが蘇った次の日だった。プレシアから庭園に呼び出された俺は、着いてすぐ私室に通され、そこでプレシアの想いを聞いた。

 

『私はアリシアが全てと思い込み、それ以外はどうでもよかった。特にフェイトなんて、アリシアの記憶をやったのにアリシアになれなかった不完全モノと思ってた。…………思ってたはずだった』

 

それは懺悔だった。

 

『昔ね、アリシアが言ってたのよ、「妹が欲しい」って』

 

プレシアは涙を溜めながら吐いた。

 

『寂しかったんでしょうね。当時は私も研究が山場でアリシアにはあまり構ってあげられなくて……』

 

独白は止まらない。俺も止めるつもりはない。

 

『フェイトに関しても、あなたの言う通りだったのよ。アリシアはアリシア、フェイトはフェイト。似てるけど別人で、でも私を母と慕う、私が生んだもう一人の娘。……そんな当たり前の事に私は気付けなかった』

 

────いつもそうなの。私は、いつも、気づくのが遅すぎた。

 

そんな何とも重たい言葉と共に瞳に溜まっていた涙が落ちた。

俺は一度溜息を付き頭をガシガシと掻きながら取り敢えずフォローしといた。

 

『気づくのが遅すぎたって、結局気づいたんだろ?だから、今こうやって望んだ以上の未来が来たんだ』

『………あなたがいたから気づけたのよ。そして今を手にすることが出来た。私だけじゃ、きっと………だから、感謝してるわ』

 

俺に感謝するのは筋違いだっつうの。

 

『俺は俺のやりたいようにやっただけで、その過程でお前が勝手に気づいたんだろ?そしてこうなった。なら、俺に感謝なんて筋違いだ。アリシアを蘇らせたあの男か、もしくはいつでも傍にいたフェイトにしろ。つうか、俺に感謝するなら金をくれ』

 

そういうやり取りもあって、俺は今こうやって家庭教師をやっている。感謝の代わりにバイト先の紹介ってよ。

 

「あなたへの感謝の心は消えないわ。そうね、あなた風に言うなら、あなたがどう思おうと私は勝手にあなたに感謝するわ」

「…………へっ、そうかい」

 

ああ言えばこう言う奴だ。これだから年増には敵わん。

俺は頭をガシガシと掻くと、タバコを咥えたまままた家庭教師の任に着くべく姉妹の下に戻る。

ただその前に二言。

 

「おい、プレシア。今、幸せか?」

 

プレシアは目を丸くしたあと、笑みを濃くした。

 

「─────ええ、とっても」

 

だったら、よし。

それともう一つ。

 

「それとな」

「?」

「ホットケーキ、けっこうファイヤーしてんぞ?」

「え?あーーーー!」

 

慌てた様子で火を止めるプレシア。

泣いたカラスが何とやら、ってのとはちょい違うだろうが、まあ辛気臭いよりはマシだ。

 

「ありがとう──ハヤブサ」

 

ちょっと焦げた生地を皿に移したあと、プレシアはここ数ヶ月で何度目かになる感謝の言葉を真っ直ぐ俺に向けてきた。それに対して、俺が最終的には適当に返している終わるのが常だ。

 

「どういたまして」

 

そういや、コイツに名前を呼び捨てにされ始めたのはいつからだっけ?

そんな事を思いながら、俺はまた三姉妹の家庭教師に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。改めて。

 

長々と語ったが、まあ取り敢えずは、これが平和な後日談だ。あとの後日談は……まあちょっとばかし厄介で面倒な事ばっかな物語になるだろうよ。

アホ断章……ライトニングの出現。

アリシア、リニスの復活。

次元犯罪者とその娘たちであるキカイダー姉妹との出会い。

新たな美少女魔導師二人の誕生。

etc、etc。

 

今思い出すだけでも嫌になる。厄介事なんてプレシアの件で終わりと思ったのに、まだまだ目白押しだったんだ。まあ反面でいい事もあったのは事実なんで、必ずしも厄介事オンリーじゃなかったんだが。

 

まあ、なんだ。結局、最後まで要領を得ない内容だったが、つまりどういうことかと言うと───平和で穏やかな日常なんだろうけど、けっして平凡には戻れないって事だ。

 

無気力系主人公とは真逆の俺でも、ついつい「やれやれ」と言いたくなるわ。




後日談開始です。
5~7話挟んだ後、As編を開始する予定です。


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主人公後日談~その2~ 前編

 

さて何から語るべきか。

 

後の日の談話。

 

あまりに多くて、濃くて、苦々しい話になる事間違いない。

つうか、今更だがそもそもな話、後日談は本当にいるのだろうか?なにせ、結果は既に語り終えてんだ。

アリシアは蘇って、今ではテスタロッサ姉妹の長女として元気よく生を謳歌している。

フェイトはアリシアの妹として、母の笑顔と共に満面の笑みを浮かべている。

プレシアは二人の娘+断章娘の三女、加えてアルフともう一人の蘇った獣っ子の計6人の家族と共に地球で幸せを噛み締めている。

 

総じて俺も満たされた。自己を満足させることが出来た。

 

これでよくね?

 

重ね重ね言うが果たしているのだろうか、後日談は。

後日談とはこの場合つまり過去の話であり、そんなモンを語ったところで今更なにが変わるわけでもない。仮にこの場で後日談を語れば、それが無かった事になるなら、俺は喉が潰れるまで謳ってやる。けれど、当然そんな事は起こりえない訳で、なら俺的には語る理由もない訳だが。

 

けど、まあそれでもやっぱ語っとかなきゃなんねーんだろうな。

 

アリシアが蘇った時の事を。

獣娘が蘇った時の事を。

アホの娘が生まれた時の事を。

地球で暮らす事になった際の経緯を。

その他もろもろを。

 

確かに良い事もありはしたが、比率的には悪い方が絶望的に圧倒的で、だから忘れたい数ヶ月なんだ。

それでもケジメは着けなきゃなんねーんだよな。なぁなぁで終わりたいところではあるが、それではあまりに勝手すぎるよな。ご都合主義を味方に付け何とか今までやって来たが、流石にこれだけはテメエで語るしかない。

 

嫌だけど。

本当に嫌だけど。

 

けれど、今までみたく『まっ、そういう事だから。理解してくれ。分からなきゃテメェらで好きなように思い描いて補完してくれ』なんて、そんな調子で流していい所じゃない。ご都合主義の使いどころは心得ている。こんなモンに使っちゃなんねーのも分かってる。つうか、この場面でそれやったらご都合つうより手抜きだ。どっちもどっちかも知んねーけど、言い方ってもんがある。手抜きよりご都合の方がまだ理解を得るだろう。

つうわけで。

なにが『つうわけ』なのか定かではないほど支離滅裂になっちまったが、それこそ今更なので、だから敢えて『つうわけで』。

 

語ってやろう後日談を。ビシッとよ?

 

何から聞きたい?どこから聞きたい?なに、安心しな。どこから聞いても、何から聞いても、きっと誰もが満足してくれるだろうよ。よく言うだろ?『他人の不幸は蜜の味』ってよ。

 

さて、ンじゃ取り合えず時系列順にいきますか。その方が分かりやすいだろ?

 

……………ハァ、気が重ぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆と共にアルハザードを訪れた日の翌日。つまりベランダで煙草ふかしながら「ハッピーエンドじゃね?」とカッコイイ風なセリフをキメたのち、ロリーズと喧嘩した晩の次の日。

 

俺こと鈴木隼は朝から時の庭園にいた。もっと詳しく言うならアリシアの遺体が入ったカプセル(魔法世界の棺おけ?)の前にいた。

 

この場にいるのは俺だけではない。右隣りにはフェイトがおり、そのフェイトのさらに右隣にはプレシアがおり、左隣にはアルフがいる。右から順にプレシア、フェイト、俺、アルフ………と、まあそんな説明しておいてなんだが、そんな並び順なんてどうでもいいんだけどな、ぶっちゃけ。

確かにさっきここに来るまではこの並びにフェイトは緊張の面持ちでプレシアをチラ見してたし、プレシアもどこか気まずそうなテレた様な表情でフェイトをチラ見してはいたが、しかし、それはつい先ほどまでの話だ。

 

だとしたら今は?

 

今はそう、俺もプレシアもフェイトも困ったような悩んだような表情をただただしているだけ。唯一、左隣にいるアルフだけが能天気に俺のおNEWな携帯(資金提供者・プレシア)をいじくっている。

アルフはさておき。

じゃあ何で俺らがそんな顔をしているのかというと、その原因は他でもない、目の前にあるこの死体。

 

アリシア・テスタロッサ。

 

フェイトによく似たガキで、それもそのはず、このガキはフェイトのオリジナルでフェイトはアリシアのクローン体。過去プレシアが携わっていた研究のその事故で巻き添えを食らい、弱冠5歳という若さでこの世を去った。しかしプレシアはその現実を応とせず、アリシア復活を試みた。その過程というか当初は目的でフェイトが生まれたものの、「やっぱコイツ違~う」という理由で以後はフェイトを人形のゴミくず扱い。改めてアリシアの蘇生を試み、その希望をアルハザードという伝説の地に託した。────と、まあ以上が俺がこいつらの事情に巻き込まれる前の事情のその簡単な説明な。

 

プレシアの独善っぷりがよく分かるだろ?いっそ清々しいだろ?つうか俺的には大好きだ。

だからだろう。

本来はフェイトみたいな超可愛いガキを虐待してるとあっちゃあ、そりゃあもうぶっ殺してやるところだけど、その自分良しな考え方に共感をもった俺はコスモも真っ青な心の広さで慈悲をくれてやった。俺がやられた分はやり返したけど、それでもお相子で済ませてんだから俺も紳士になったもんだ………………まあ一番の理由が『プレシアが美人だったから』だけど、それが何か?

 

さておき、さあ話が逸れ始めたので速やかに戻そう。てか、いつまでも過去バナは嫌なんで、戻って早送りで進もう………ややこしいな。

えー、まあそんなある日俺がテスタロッサ家の事情に巻き込まれて、そっから紆余曲折あって最後にとうとうアリシア蘇生の目処が立って、つまりその決行日が今日この日だってことだ。

 

ふぅ、ようやく現実に戻ってきたよ。あ、いやまだか。まだ何故俺らがアリシアの死体の前で頭抱えてんのか言ってなかったな。

 

まあ、そんな難しいことじゃない。

 

アリシアを蘇生させるためにはアルハザードの技術がいる。件の場所は分かってるけど、勿論向こうから出張してくれるはずもなく、だから俺たちが行かなきゃならない。俺たちとはつまりこの場に居ない騎士たち(皆、バイトだったり遊びだったり)を除いた、俺とプレシアとフェイトとアルフ。

 

どうだよ、頭抱えたくなるだろ?………え、分からねぇって?もっとハッキリ言ってくれ?世話が焼けるな。じゃあ声に出して言うぞ?

 

「まっぱで幼女な死体が入ったどデカいカプセルをどうやってアルハザードまで運べっつうんだよ!職質とかそんなレベルぶっ飛んで即署に連行されるわ!!」

 

俺はカプセルをダンダンと叩きながら高らかと文句垂れた。

 

「ちょ、スズキ!アリシアに何て事するの!」

「カプセル叩いてるだけだ!それ以前にまだただの死体だ肉袋だ!つうか死体がこれ以上どうこうなるか!叩こうが何しようが死体は死体!ザ・肉!」

「人間として最低の発言をさらりとするんじゃないわよ!」

「はん!知った事か」

 

とか言いながらも、俺は途中からフェイトの両耳を手で塞いでいるのだった。『???』と小首を傾げる仕草がなんとも愛らしいフェイトだが、今はそれは割愛。

 

「まあ冗談はさておき、これはホントにどうすんだよ」

「『冗談でも、言っていい冗談と悪い冗談がある』という言葉をあなたは真摯に受け止め本気で考えなければいけないわよというのはさておき、本当にどうしようかしらね」

 

プレシアは何とも疲れたといった溜息を吐きカプセルを見ている。対して俺もフェイトの耳たぶをぷにぷにしたり頬を揉んだりと、心落ち着く悪戯をしながらカプセルを見る。

それはそうだろう、まさか最後にこんなしょうもない事で悩まなきゃならんとはよ。

 

「カプセルを運ぶのも無理。カプセルから出して死体だけ持っていくのも無理。アルハザードに転移するのも無理。あー無理無理無理~」

 

1つ目の案は重さ的に無理。いくら空飛んで多少は楽っつっても腕の負担が半端ないだろ。4人じゃ無理とまでは言わんけどダルすぎ。ボク、重労働無理で~す。虚弱体質で~す。

2つ目の案は死体の保存的に無理。あの水から出すとすぐアリシア・腐乱・テスタロッサになっちまうんだとさ。

3つ目の案は魔法的に無理。なんでもアルハザードはそこに在ってそこに無く、つまり座標が固定しないんだとさ。意味わからん。

 

『やれやれ』と俺はフェイトの綺麗な金髪の髪を弄くりながら溜息を吐く。

耳たぶはアルフに譲った。

 

「さて、どうしたもんかね」

「あの……」

 

おずおずといった風に、慎ましく声を発したのは髪がぐちゃぐちゃになりかけているフェイトだった。

 

「私もあんまり得意じゃないけど身体強化とかして頑張るから、早くアリシア連れてってあげよ?アリシアに教えてあげたいんだ。こんな冷たい水じゃなく、母さんと隼がいる温かい世界を。みんな優しいよって」

「「…………」」

 

天使か。

虐待されてたのによくまあここまで素直に育ったもんだと、フェイトを改めて感心。ガキの大人びた物言いは俺の好きなトコじゃねーけど、フェイトに関して言えば嫌いじゃない。勿論、好きでもねーけど。

 

「……違うわよ」

 

と、プレシアがそっぽを向いて言った。そっぽを向いて、フェイトに向けて言った。

 

「あなたとアルフも、この世界にはいるわ」

「……母さん」

「……プレシア」

 

どうやら感心しなきゃならんのはフェイトだけじゃないらしい。プレシアも中々どうして、素直じゃんか。フェイトもそんなプレシアに感動してる。アルフも以前はかなり毛嫌いしてたが今ではそれほどでもないらしい。何かしら自分の中で折り合いをつけたのだろう。

いや、昨晩は3人きりだったから、そこでナシ着けたんだろうな。彼女たちは皆成長し、また家族になっていってるってこった。超ドラマ。

 

俺はそんな家族の暖かいやりとりを目を細めて眺め、そして少し間を置いて言う。

 

「でもやっぱこれ運ぶのダルくね?」

「「「……………」」」

 

初めて俺はフェイトから冷たい眼差しを貰いました。

ヤんのかコラ。

 

「………いい、もういいわよ。私達3人で運ぶから、スズキはどっか行ってなさい」

「ひっでぇ、俺だけハブ?いじめかっこ悪い」

「~~~~っ、あなたは一体どうしたいのよ!」

 

どうしたいのかと問われれば、家に帰って寝たいのだが。

しかし、ここまで来たなら最後まで見届けにゃあまりにもどかしい。クソの切れが悪いのは尻心地が悪いのと一緒。

 

「慌てんなよ、そう簡単に見切りつけんな。妙案があんだよ。俺は運びたくないが、その代わりにもう一人いれば人数は帳尻合うだろ?しかも、そいつが身体強化も出来る魔導師なら尚」

 

ちなみに俺は夜天がいなけりゃ身体強化なんて器用なことは出来ん。

 

「シグナムやザフィーラでも呼ぶのかい?でも、あいつら今日はバイトってやつじゃ」

「違-よ、あいつらじゃない。けど、魔導師としての格ならフェイトと同等ってか全く一緒だろうよ」

「フェイトと?」

「この子と同格の魔導師なんてそうはいないわよ?」

 

どうやらまるで心当たりがないアルフとプレシア。てか、さりげにプレシアの奴娘自慢入ってねーか?お前、やっぱフェイトの事結構好きだろ。

そんなおとぼけ保護者たちを尻目にフェイトはハっとした顔になった。流石はフェイト、察しの良さも可愛いな(?)。

 

「あの白い魔導師の子?」

「全力全開で『違う』と否定しておく。このアンポンタン」

「あぅ」

 

親も親なら子も子だった。てか、いい加減なのはの名前くらい覚えろよ。

 

「ンだよ、お前ら分かんねーの?ほら、昨日あの店主に紙貰っただろ?アレだよ。あん時もちょっと説明したけど、あの紙に魔力ぶっ込めばあら不思議、騎士の出来上がりってな」

 

そう。昨日アルハザードの男に渡された夜天の断章。どうせ生まなきゃならんなら役に立つ時に生み出そう。

 

「ああ、そう言えば………え、あれ正気で言ってたの?てっきりオツムが飛んでるのかと」

 

いろいろ抱え込んでいたモンが無くなって少し丸くなってきているプレシアだが、俺に対する態度だけは超トンガリ君。正気ってお前、飛んでるってお前……なに、喧嘩売ってんの?

 

「マジだよ。うちに理っつう超毒舌イカれ糞ボケ頼むから死んで下さいなガキが居んじゃん?あいつもそうやってダイオキシンのように発生したんだからな」

「………スズキ、あなたが人の毒舌云々を言える筋じゃないわよ」

「ふん、そりゃお互い様だ」

「わ、私はそんなに口悪くないわよ。……………なによ、その人類が初めてミトコンドリアを発見した時のような驚き極まった顔は」

「すまん。なんていうか………すまん、言葉が見つからん」

「なんで哀れんだ目をして謝るのよ!」

 

と。

そんな漫才している場合ではない。漫才のつもりなんて微塵もないが、それでもそんな場合じゃない。

俺は顔を真っ赤にして吠えるプレシアを無視し、ポケットから紙を取り出す。

 

「それにしても不思議だねぇ」

 

アルフが眉間に皺を寄せながら、紙を見るため俺の手元を覗き込んできた。

その急接近に純情ハート所有者の俺はどぎまぎ…………なんてしねぇよ。アルフ、お前朝から餃子チックなモン食ったろ?息臭ぇぞ。それともまさか獣特有の素の臭さ?だったらちょっと引くな。ブレスケアを薦める。

 

「なにがよ?」

「だってさ、隼の言う通りならそんな紙から魔導師が生まれるんだろ?それも供給された魔力の持ち主とまったく同じやつが」

「だから?」

「だからって、これって凄い事だろ?」

「まあ、生命を生み出すってのは凄いだろうけど……やっぱ魔法世界の常識的に見てもそうなのか?」

 

俺はまだ若干高揚気分なプレシアへと話をふった。

プレシアは軽く深呼吸すると胸の下で腕を組み、まるで物分りの悪い生徒に教え聞かすような口調で喋り出した。

 

「凄いも何もないわよ。常識的なんてモンじゃないし、非常識でも過不足だわ。いえ、そもそもそんな事を考える事自体時間の無駄よ。その断章、ひいては夜天の写本なんていうロストロギア・コピーからして出鱈目なんですもの。アルハザードが絡んだ時点で理解も納得も無意味、ただ『そう在る』から『そう在る』のよ」

 

先生、意味が分かりませ~ん。

まあ、別にどうでもいいんだけどな。俺的にも、それでいいならそれでいいし。ぶっちゃけ、論議したところで何がどうなるわけでもないからな。

 

「純粋に魔導生命体を生み出すならともかく、ただの魔力だけでその人の身体情報まで写すなんて今の魔導や科学じゃどうやったって─────」

「あ、プレシア、もういい。うるさいからちょっと黙ってて」

「あなたから聞いてきておいてそれ!?」

 

顔を赤くし、ジト目で睨みつけてくるプレシア。

やっぱプレシアも少しは俺に対しても丸くなったかな。ちょい前なら問答無用で手とか足とか魔法とかが飛んで来てただろうに、今じゃ多少のツッコミとそんな顔だけときたモンだ。俺としてはちょっと張り合いに欠けるが、その年不相応の可愛らしい怒り顔と張りのある胸でオールOK!

 

「てわけで、話は聞いてた通りだフェイト。これにお前の魔力をぶっ込んでくれ」

「え。あの、私でいいの?」

「俺はお前がいいんだよ。フェイトのコピーならさぞ可愛い奴が生まれてくんだろうしな。あ、それともやっぱコピーされんのって嫌?まあ、自分がもう一人存在するようなモンだし、気持ち悪いか……………ん?でも、フェイトならそれ関係ねぇか?もともとフェイトもオリジナルがいるクローンだし。なら二人も三人も変わんねーだろ。それに生まれて来る奴はコピーっつってもまったく同じっつう訳じゃねーから大丈夫!可愛いフェイトはフェイトだけ!」

 

遠慮も配慮もあったもんじゃない俺のフォローとも言えぬデリカシーの欠片もない言葉に、しかしフェイトは少しだけ呆然とした後困ったように小さく笑みを浮かべ、それが程なく純粋に嬉しそうな笑みへと変わった。

 

「うし、その笑顔は了承の意と取るぞ。つう訳だからプレシア、よろしくな」

「は?何が?」

「生まれてくるフェイト・コピーの世話」

「はァ!?」

「だって、もう俺んちじゃ面倒見切れねーし。物理的に」

「だからって……」

「別にいいだろ、金だってしこたまあんだし。それに見た目フェイトに激似の奴が生まれるんだぞ?アリシアも蘇ってくれば三人の娘的な?三姉妹的な?そんな三人に囲まれて『ママ』とか『母さん』とか言われた日にゃあお前………どうよ?」

 

─────プレシア妄想中。

 

「しょ、しょうがないわね。まぁ、確かに後一人くらい子供が増えたからってなんて事はないわ」

 

落ちた。飲んだ後のお茶漬けくらいアッサリだった。

なんとまぁ、つい先日までのバイオレンスなプレシアからキャラ変更しすぎだろ。これ、ツンデレのデレ期なんてもんじゃねーぞ?

まっ、デレ期だろうがジュラ期だろうが俺の面倒が少なくすむなら何でもいいけど。

 

「あ、ついでに理とヴィータも預かってくんね?半永久的に。金払ってもいいぜ」

「いくら金を積まれようとも、それだけは絶対に嫌!あんな子たちと暮らすなんて考えただけでも過労死するわ。いえ、きっと3分後には殺し合いになってるわね」

 

だよな~。

てか、ほとんど付き合いのないプレシアにここまで言わせるロリーズはある意味で最強だな。

まあいいや。取りあえず話もこれでまとまった事だし、そうそうと済ませちまおう。

 

「ほれ、フェイト。いっちょお前の魔力をドバッとこれに入れてくれや」

「う、うん。分かった」

 

俺はフェイトの眼前に紙を持っていき、それに向かいフェイトが魔力を注ぎ込むため手を差し出そうとして、しかし途中でその手が止まった。

 

「あの、隼。どれくらい魔力あげればいいの?」

「ん?」

 

そう言えばそうだな。ええっとどれくらいなんだ?小さじ一杯程度?それとも大さじ一杯くらい?

理の時は確か……って、あん時は俺その場にいなかったっけ。でも、確かシグナム達が言うには魔力弾を吸収したっつってたっけ?魔力弾、つまり攻撃魔法って事だから、なら結構多目に魔力がいんのか?

いや、でもフェイトくらいの凄い魔導師なら少量の魔力でも足りる……………ん?てか、そもそもフェイトって魔導師として凄いやつなの?思えば俺、フェイトの魔導師としての強さなんて見たことねぇな。まあ、自称大魔導師(笑)のプレシアが娘自慢するくらいだから、それなりだとは思うけど。あ、でも確か局の魔導師に後れを取って怪我してたしなぁ………実際どうなんだ?

 

ここは念を入れとくべきか。

 

「よし、お前の全力魔法を撃って来い」

「え?」

 

何事も少ないより多い方がいいだろ。

俺はフェイトから距離を取り、そこで紙を前面に構えた。そんな俺をアルフとプレシアが驚きと呆れを表していた。

 

「は、隼、いくらあんたでも危ないよ!フェイトの全力って凄いんだよ?」

「………馬鹿がいるわ」

 

大丈夫だっての。この紙が魔法吸収してくれんだから俺の被害はどうせゼロだろうし、仮に吸収しきれず余波的なモンがあってもこの俺がガキの魔法で膝を付くわけがあるめぇよ。

 

「心配無用!フェイトのちょっせぇ魔法くらいで俺がどうにかなるかよ。プレシアの弾幕魔法にも耐えた男だぞ?マタドールのように華麗に捌いてやんよ」

「いやいやいや!?隼あんたフェイトの魔法舐めすぎだって!止したほうがいいよ!」

「そもそも私の時だって、結構ギリギリだったじゃない」

「つべこべうるせぇな。ほれフェイト、気にせずやれ。俺を信じな」

 

フェイトはどうしようかおろおろとしていたが、そこで「いいわフェイト、言う通りにやってやりなさい。馬鹿に何言っても無駄。部屋の被害とかも気にしないでいいわ」というプレシアの言葉で心を決め、セットアップしてデバイスを構えた。

 

「隼、ホントに全力でいくよ?」

「おいおい、フェイトまで何言ってんだよ?てか、お前程度の魔法でどうにかなる俺じゃねーの。ガキは無用な心配なんてしてねぇで、どんと来い!それを受け止めてやるのが大人だ!」

「う、うん!そうだよね、なんたって隼なんだから!私なんかの魔法が通用するわけないし………それじゃあいくね」

「応よ、ばっち来ーーい!!」

 

俺はポケットからタバコを取り出し、余裕綽々で一服つく。

 

やれやれだ、まったく。だいたいお前ら心配性なんだよな~。

 

「アルタス・クルタス・エイギアス」

 

俺が今までどれだけの修羅場をくぐって来てると思ってんだよ。数十人の族相手に3~4人で喧嘩ふっかけて勝ってきた男だぜ?それに比べたらガキの魔法なんてお前、児戯にも等しいだろ。

 

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

 

プレシアもフェイトもアルフもその辺が分かっちゃいねぇ。それにいくら全力魔法つったって理のルシフェリオンの何分の一か、もしくはせいぜいが俺のラグナロク(極弱)くらいだろ?

 

余裕だっての。

 

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 

俺は適当にさ迷わせていた視線をフェイトに戻した。

さてさて、いい加減大仰な詠唱は終わったかよ。こちとら待ちくたびれ………………────────

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト」

 

────────ふぅ~。

最近ちょっと色んな事があったからなぁ、疲れてんのかな俺?なんか黄色く輝く光球が尋常じゃないほどフェイトの後ろに控えてんだけど。あ、プレシアとアルフがさらにその後ろにいるなぁ。

 

「って、ンじゃこりゃああああああーーーーーーーー!?!?!?ちょ、フェイトそれ何!?」

「リニスの教えてもらった私の最大魔法だよ。リニスは『命中すればまず防ぎきれないし、耐える事も難しい』って言ってたけど隼なら全然大丈夫だよね!」

 

イヤッハーーー!?

確かに信用しろとは言ったけど!受け止めてやるとは言ったけど!全力で来いとは言ったけど!

フェイトからの絶対的で盲目的な信頼が痛すぎる!!

 

「いくよ隼!」

「ちょい待て!タンマ!せめてマトイを───────」

「撃ち砕け、ファイアー!!!」

「ヤる気マンマン!?撃ち砕いちゃらめええぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

時遅く。

フェイトの言葉とともに撃ちだされる怒涛の槍のような魔力弾。数なんて数える余裕もなく、せめてもの救いは何とか甲冑の展開が間に合ったくらいで、けれどそんなもんが果たしてどれくらいの救いになったのか。

 

あ、俺死んだ。

 

と、久々に思った。

 

「どぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

 

人とは窮地に陥れば藁をも掴むというが、まさしく俺は今その状態。盾にもならない紙を両手でしっかりと前面に構えて凌ぐ。それでも必然に抑えきれる訳も無く、体に当たるわ当たるわ。

 

なんだよこの物量は!前プレシアからもえらい数の魔法弾を貰ったけど、それに遜色ないってかそれ以上だ!この弾幕親子が!!

 

(足が!肩が!頭が!ぬわぁぁああ、痛ぇ!!!)

 

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬデスる!!

体中が痛ぇ!さらに着弾音も凄まじいから鼓膜も破れるぅ!

 

(ドチクショウーーー!!!)

 

それでもフェイトにあんだけ調子ぶっこいた手前無様を晒すわけにはいかず、俺は踏ん張ってその猛攻を耐える。なによりこのマトイを着ている限り、あいつらの名前を背負っている限り、俺は情けない姿を絶対に見せられない。

 

(だからってキツイものはキツイんだけどなあああああああ!)

 

そんな拷問とも思しき我慢時間が一体どれだけ続いたか。多分ほんの十数秒だけれど軽く死ねる時間が漸く終わったようで、銃弾のように俺に突き刺さってきていた魔法弾の嵐がやんだ。

 

(お、終わったか……)

 

辺りは魔法の余波で瓦礫が飛び散り、砂埃で視界が遮られているのでフェイトの姿が見えない。そして俺も足腰ガクガク、声も出ねぇ。

 

(信頼され過ぎるのも問題だな)

 

俺は膝を突きそうになる足に力を入れ、堂々とした立ち姿でこの砂塵が晴れるのを待った。あたかも『はん!余裕!』という事を主張するかのように。

つうか途中の爆風で紙がどっか飛んでっちまったしよぉ。ちゃんと吸収出来てっか?ここまで頑張って無駄でしたじゃ最悪過ぎんぞ?

 

──────と、あたかも終わったかのように安堵していたのだが、しかし、世界はどこまでも俺に厳しいらしい。

 

「スパーク────」

 

あん?

 

「───エンドッッ!!!!」

 

完璧に完全に無防備な俺に、目の前の砂塵を切り開きながら一つの黄色い光が飛び込んできた。

 

予想外のラスト一撃だ。

 

(止めはキッチリってか?ははは、ガキのクセに徹底してやがんなぁ~)

 

客観的にそんな感想が浮かんだ。

いや、もうなんか色々無理。これ当たったら俺死ぬんじゃね?非殺傷設定とか無関係なレベルじゃね?甲冑ももうボロボロだしよ。

いやぁ、フェイトの事ちょっと舐めてたわ。まさかこんな強ぇとは。これはどうしたもんかねぇ。当たったらやべぇのは分かるけど、とてもじゃない避ける事はこんな体じゃ無理だし。シールドも夜天がいなけりゃ儘ならないし。

 

(はいはい、分かりましたよ。諦めて清くもらえばいいんだろ?こうなりゃどこまでも耐えてやんよぉ!!これで俺がMに目覚めたら責任取ってもらうからなフェイトーー!!)

 

と。

俺は歯を食いしばり、足を床の中に埋没させるかのごとく踏ん張って、今まさに来る衝撃へと覚悟を決めた────────その時。

 

「主はボクが守る!!」

 

そんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には俺に向かって来ていた黄色い槍を横から伸びてきた青色の光が飲み込んだ。さらにその光はフェイトの槍を飲み込む事はおろか、辺りの砂塵を全て撒き散らして塞いでいた視界を晴れやかにした。

 

「な、なにが……」

 

いきなりの事で呆然とする俺だが、それは俺だけに非ず。見ればフェイトもプレシアもアルフも現状になにが起こったのか分かっていないようだ。だが、俺とは違い三人の視線は一箇所を向いていた。

 

なんだと思い、俺も三人に倣いそちらの方を向いてみれば、なんとそこには一人の少女。

先ほどまで俺たち4人しかいなかったはずのこの場所に、あたかも最初からいましたよ的に佇んでいる少女が一人。

 

─────フェイトに激似の少女が一人。

 

「てか、あの2Pカラーなフェイトはどう見ても断章のガキだな」

 

青い髪と紫色の瞳を有したフェイトと瓜二つの少女。違うところを挙げるなら、それは先に言ったように青い髪と紫色の瞳、そして右手に持っているデバイスが斧でも鎌でもなく大きな剣だという事。てか、あれ?確かフェイトのデバイスは剣にはならないんじゃ?

 

そんな少女はデバイスを器用にくるくると頭上で回した後、登場第2声を上げた。

 

「凄いぞ強いぞカッコイイ~!」

「登場早々まさかの自画自賛だァ!?って、ぐはっ、痛ぇ!自分の声が傷に響く!?」

「あ、主~~」

 

少女はデバイスを持っていないほうの手を俺に向かってブンブンと振る。『えへへ~』とでも言いたげなその無邪気で無考えな顔は、やっぱりフェイトであってフェイトじゃない。そして、その行動の意図も分からない。

だが、少女の意図の分からない行動はさらに続いた。

 

「そこのボクによく似た偽者!よくもボクの主を攻撃したな!」

「え?え?」

「成敗!」

 

少女はデバイスを剣から鎌に変形させフェイトに切りかかろうと飛び掛っていった。そのスピードには目を見張るものがあり、てか早すぎ。残像見える。そして、その気迫も『我が進行を妨げる者なし!』みたいな雰囲気も窺えた。

 

しかし、そんなモンはなんのその。ある一人の女性の行動により、その目的は叶わなかった。

 

「いきなり出てきたと思ったら武器を振り上げるなんて元気な子ね。でも、とても賢い行動とは言えなくてよ?」

「むっ!」

 

少女とフェイトの間に割って入ったプレシアが意図も容易く少女の攻撃を止めた。

 

「なんだお前は!」

 

少女はプレシアからばっと距離を取り、今度はフェイトからプレシアに武器を向ける。

てか、理に似てこいつも怖いもの知らずだなぁ。

 

「………言動はともかく、見た目は本当にそっくりね。まあ、それはいいわ。スズキ、これ以上大事になる前にさっさとこの子に説明なさい」

「お、お前は、俺のこの瀕死っぷりが、見えねーのか」

「「あ、隼!」」

 

というか、プレシアのみならずフェイトもアルフも俺の事を完全に忘れていたようで、今気づいて急いで駆け寄ってきた。

 

「は、隼!」

「大丈夫かい?」

「これが大丈夫に見えるならアルフ、お前は一度獣医に行った方がいい。フェイトも景気よくやってくれたな」

「ごめんね隼、私………」

「ったく、嘘嘘。こんくれぇなんてこたぁねーよ」

 

俺はアルフに肩を貸してもらいながら涙目のフェイトの頭をくしゃりと撫でてやる。そんな俺を見てプレシアがふんと鼻で笑った。残るフェイト・コピーはぷくぅ~と頬を膨らませながら今にもフェイトやアルフに飛び掛っていきそうだ。それをしないのは目前のプレシアを警戒しているからだろう。

 

取り敢えず、ここは俺が収拾つけなきゃならねーだろうな。

 

「おい、そこの断章のガキ!ちょっとこっち来い!」

「え、うん主!なになに~?」

 

無邪気に、能天気に断章のガキはデバイスを仕舞い、元気よく俺のもとへ駆けてくる。傍にアルフやフェイトもいるのに、なんとまあ無警戒だ。さっきまでの威勢はどうした?

ともあれ、俺はそんなガキの脳天に一発拳を打ち下ろした。

 

「痛っ!?なんだよ、主!痛いじゃないか!」

「うるせえよ、このバカチンが!登場早々、一触即発な空気作ってんじゃねーよ!」

「一緒に爆発?うん、主と一緒なら爆発も怖くない!」

「一触即発!難聴かおのれは!」

「ナンチョウ?蝶?ううん、蝶々じゃなくて雷刃の襲撃者だ!えっへん!あ、でも蝶々も綺麗だから捨てがたいな~」

 

俺の怒声に頭を抱えたくなるほど能天気な言葉が返ってくる。

 

あ~、なんだろう、すでにコイツのキャラ掴みかけてきちゃったよ。つまり、あれだろ。フェイトが可愛い天然ならコピーのコイツはアホな天然。

姿形だけじゃなく中身もきちんとコピーされろよ。まあ前例(ジェノサイド黒ロリ)よりかは大分マシだけど。むしろガキらしくていい。ちょいウザいけど。

 

まあとりあえず、フェイトたちへの敵意が薄らいだようなのでさっさと状況説明して敵意を完全になくしてもらおう。

 

「蝶でも雷刃でも何でもいいから聞け。確かに俺は攻撃されたが、別に襲われたわけじゃねー。お前を生み出す為の魔力を魔法って形で貰ったんだよ。だからコイツラは敵じゃなく味方。OK?」

「え?そうなの?」

 

断章のガキがフェイトとアルフ、プレシアに目を向け、3人が頷くのを見て気まずい顔になった。

 

「……ま、まあそんな時もあるよね!」

「あるよね、じゃね~だろう~がぁ!」

 

ガシっと俺はガキの頭を鷲掴み、睨みつける。するとガキは萎縮し、えーっとえーっとと狼狽え始めた。

 

「あ、あの、ボク、主が攻撃されてると思って、主苦しそうな顔してて、そんな顔されたらボクも凄い苦しくて、許せなくて、だから……グスッ、ううぅぅぅっ!」

「お、おい、そこで泣くなよ」

 

まさか泣き出すとは思わず、ポロポロと涙を零すガキに俺のなけなしの良心がチクリ。てか涙脆すぎ!理と違いすぎだろ!

分かり始めてはいたが、今、完璧に分かった。───コイツは本当にガキだ。ともすればフェイトよりも純粋な程のガキ。即断即決。一旦落ち着いて考えて、なんてことはせず、思ったことは即行動に移し、言葉にする。自分の中の感情すら、それがどんなものであれ外に出すのを躊躇わない。

 

(なんとまあ、マジで理とは大違いだな)

 

別に理の事が嫌いなわけじゃねーよ?なんだかんだ言って、あいつの事は気に入ってる。けどこのガキの場合、理に向けるその『なんだかんだ』がないんだよ。

本当に純粋なガキで……ああ、もう!

 

「ありがとうよ」

「ぐす、ずびっ……主?」

 

鼻水を啜りながら俺を見上げるガキ。その頭を鷲掴みしていた手を今度は軽く乗せ、そして優しく撫でる。

 

「確かに、まあパッと見攻撃されてたように見えるし、事実攻撃魔法だったわけだし、最後の奴は実際マジでヤベえと思ったからな。フェイトやプレシアにいちゃもん付けたのはよろしくないが、俺的には助かったぜ」

「主……主~!!」

「だから泣きやめっつうの」

 

結局、それから数分間、ガキが泣き終わるまで俺があやす事になった。

てか、プレシア、フェイト、アルフ!お前ら、その暖かい目を向けんのやめろや!『お前にも人並みの優しさがあったんだな』類の視線が腹立つ!

 

(てかよ、そりゃ俺だって人間だ。優しさの一つや二つ持ち合わせてますよ?機械じゃあるめーしよぉ)

 

なんて心の中で在り来りな『俺実は優しいんだよねアピール』をしてみるが、我ながらしっくりこないのは気のせいか。

ともあれ、さていつまでもこの断章のガキに引っ付かれて泣かれたままじゃ話が進まん。なによりこいつの涙やら鼻水やらが服についてばっちいので、いい加減引き剥がす。

 

「おら、いい加減泣きやめや。俺を護るっつうなら、俺の前で弱ぇとこ見せていいのか?そんなんじゃこれから先が思いやられるぜ?」

「ぐす……ボクは強い子、負けない子!」

 

未だ涙目だがガキは俺から離れて胸を張る。虚勢を張ってるように見えるその姿は、まあガキらしくて嫌いじゃない。

俺は最後に頭を一撫でしてやり、次にオラと軽く背中を押す。

 

「んじゃ、フェイトとプレシアに詫び入れとけ。悪いことしたらキチンと謝る。これ常識。それにこれからいろいろと世話ンなんだからよ」

「よく分からないけど分かったー!」

 

元気よく返事した後、まずはフェイトに向かってペコリ。

 

「偽者、ゴメン!」

「え?あ、うん、別に気にしてないよ。……………本当にそっくり」

 

ガキよ、偽者か本物かで言ったらお前の方が偽者だぞ?まっ、どっちもどっちだけど。

 

次にプレシアの傍に行ってペコリ。

 

「おばあちゃん、ゴメン!」

「お、おばあ!?」

 

ホント、いい根性してんなぁ。まあ、本人に他意はないんだろうけど。

しかしまあ、これでまた俺の周りは賑やかになっちまったな。さらにここからアリシアとリニスだっけ?この2人も加わったら、一体どんだけグダグダになる事やら。まあリニスって子には期待してるが……あ~あ、でも面倒臭ぇ。

 

「は、隼大丈夫?何か疲れた顔して……あ、やっぱり体痛むの!?ご、ごめんね!」

「主大丈夫か!?痛いのか!?死んじゃヤだぞ!?ボ、ボクそんな事になったら………う、うわぁぁーーん!」

 

………まっ、悪い気はしねぇからいっか。

そんな微笑ましい気持ちになってると、どこからかブツブツと声が聞こえてきた。

 

「おばあちゃん……確かに年も年だし、お姉さんなんては呼ばれない事は分かってるけど……でも、おばあちゃんって……せめて、そこはオバさんじゃないの?……え、私おばあちゃんなの?」

 

なんか事の他プレシアがダメージ受けてるし。でも、そんな気にする事でもねぇだろ。性格抜きにすれば超いい女だし、見た目もともすれば20代でも……まあギリ通用するし。

 

「女ってのはそういうとこが気になるんだねぇ。男の俺にゃ分からん」

「そういうとこ?」

 

ひとり言で呟いたつもりが、耳聡くアルフが拾った。

 

「ああ。年齢とか見た目とか」

「そうでもないだろ。私は全然気にしないよ?」

「それはお前が半分くらい獣だからだ」

「そっか。まあ、私の場合この体を形作る魔力を調整すれば子供の姿にもなれるから、だから尚更なのかもね」

「え、アルフそんな事も出来んの?へ~、ちびアルフかぁ」

「なんだい、見てみたいのかい?変身しようか?」

「いや、いい。俺はどっちかってぇとその姿のお前(の胸とお尻とヘソ)が好きだし」

「そ、そっか……へへ、照れるね」

 

と、何時までもこんな下らん会話してるから先に進まねーんだよ。

つうか体痛ぇえ!

 

 

 

~後編へ~

 




というわけで、マテリアルの二人目の本格参入です。
原作では基本無邪気でアホ、しかし賢い面もある。というキャラですが、当作品においてはアホです。賢い面ありません。戦闘ができるただの子供です。
理(シュテル)ほど原作乖離甚だしくはないかと思いますが、しかし『これじゃない感』もあるかと思います。
その点はオリジナルキャラと割り切って読んで頂けると幸いです。


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主人公後日談~その2~ 後編

レヴィ、スラッシャー、ライ、シュウ、フェイト・セカンド、アリシア・サード、阿呆、etcetc。

 

と、上記のような単語をあげては見たが、これが何か分かるか?まあ、普通に予想はつくだろうな。

そう、あの新しく生まれた断章娘の名前候補だ。

 

理同様そいつにも名前がなく、そしてこれまた理同様俺が名前をつける段取りとなり、勿論俺はいちいち考えるのが面倒臭く、『力の断章ってんだろ?なら、お前は今日から力な』と名づけてやったところ、プレシアとフェイトとアルフに超怒られたのだ。曰く『女の子の名前じゃない!』だとさ。

うん、まあそうだろうな。流石の俺もどうかとは思ったんだ。さらに当の本人が『な・ま・え~♪な・ま・え~♪主が付けてくれたボクのな・ま・え~♪その名は力!えへへ~♪』なんて言いながらぴょんぴょん跳ねて嬉しさ大爆発させてる姿を見せられちゃあ、もちっとマシな名前をつけてやりたくもなる。

 

て訳で、俺達はアリシアのカプセルを運びながら断章娘の名前を考えていた。その時上記を含めた様々な名前候補が挙がったのだが、結局最後に決めるのは俺となった。件の断章娘が俺以外の考えた名前など嫌だとぬかしやがったからだ。

 

しかし、さてこれは困った。ご存知の通り俺のネーミングセンスは少々独創的で、上記の候補の中の『フェイト・セカンド、アリシア・サード、阿呆』が俺の考えた名前かどうかも疑わしい名前。

普通なら即却下モンの命名だが、生憎と名づける対象の奴が普通ではないので、多分てか絶対受け入れるだろう。けれど、それを良しとしないのがテスタロッサ家の面々で、きっと次ふざけた名前を挙げればプレシアとアルフからは拳骨が飛んでくるだろう。さらにフェイトからも何かしら幻滅されるはずだ。前者はともかく後者はいただけない。未来の合コンのため、フェイトには良い印象を持たせておきてーんだ。こんなしょーもない事では幻滅されたくねーよ。

だから、俺は無い知恵と語彙を駆使して考える。

 

考えて、考えて。

それでも浮かばなければ?

まだ考える。

 

俺はどこぞのウッドでロウな王様の持論の元、アリシア入りカプセル運搬は他のやつらに任せて一人考え抜いた。テキトー大好きな俺にとっては何とも珍しい事だと自画自賛(?)

そしてとうとう目的地付近である温泉街が見えてきたとき、ただただ一人のプログラム少女の事を想う健気な俺に天啓が舞い降りたのだった。

 

「お前は今、この瞬間から『ライトニング・テスタロッサ』だ。略称はライト!」

 

略称まであるという外国人らしい、なんて素晴らしく良い名前だ。前言撤回しなければいけんな。俺、結構ネーミングセンス良くね?

そして断章娘改めライトは目をパチクリさせた後、2~3度その名前を呟くと次の瞬間バンザイして喜びを爆発させた。

 

「ライトニング!ボクの名前!ライトだって!主が付けてくれたー!わ~い!ボクはライトニングだぞーー!主、大好きだ!」

 

叫びながら俺の周りをびゅんびゅんとハエのように飛び回るライト。そこまで喜ばれちゃあ俺も悩んだ甲斐があったってもんだ。てか、テスタロッサ姓には別にツッコミねぇのな。まぁ、いいけどさ。

俺は時折こちらに抱きついてこようとするライトを軽くいなしながら自然と笑みが浮かぶのを自覚した。

 

「ぐぐっ……ち、ちょっと!な、仲がいいのは結構だけど」

 

ふと見れば、プレシアが猿も真っ青に見えるほど顔を赤くしていた。つうかアルフもフェイトも真っ赤だった。

 

「は、早く手伝いなさい!ア、アリシアが落ちちゃう………っ!」

 

おー、忘れてた。

 

「てか、3人でも持ててんじゃん。やるぅ~。よっ、ナイスゴリラ!」

「じ、自殺願望があるなら後で手伝ってあげるから、今は手伝いなさい!げ、限界近いのよっ!」

「なんだ、トイレでも我慢してるのか?」

「~~~~~っっっ」

 

どうやら言い返せないほど限界付近らしい。アルフも牙剥き出しで睨んできやがるし。

しゃあねーな。まったく世話の焼ける家族だ。

 

「おら、そこの水色小バエ。飛び回ってねぇで持ってやれ」

「あなたも手伝えと言ってるの!!!ぬあああああ~~~~~っっっ!!!」

 

まだまだ元気なプレシアお母さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」

「………あのよ、いい加減そのテンプレいらしゃいは止めね?それともなに、キャラ立ちしたいわけ?だったら安心しろ。もう十分おっ立ってる」

 

苦節数十分、アリシア入りカプセルを抱えた俺たち一行は汗だくになりながらも漸くアルハザードへとやってきた。

 

道中は苦労の連続だった。………ホント、苦労したよ。

 

俺たち一行はカプセルを抱えて空飛んで来たわけだが、勘違いしてはいけない。空を飛んで来れたのはこのアルハザードから約1km離れた所までだ。だってこんな温泉街のど真ん中まで飛べるわけねーじゃん?だから人目につかない1km手前の林の中で着陸し、そっからは何と手押しだ。

正直、疲れたし人の視線が痛かった。勿論、素でこんな死体の入ったカプセルを堂々と運べる訳ないのでシートを被せてはいたが、それでも周りの人々からの『何だありゃ?』的な視線はひしひしと感じていたのだ。ポリに見つからなかっただけ幸いだけど。

けれど今さらそんな事を気にしてもしょうがないので、俺達は粛々と、だが時折「見てんじゃねーぞコラァ!」とガンを飛ばし返しつつアルハザードへと向かった。

着いた頃には心身ともに疲労しており、だから出迎えてくれた男に対しても皮肉の一つ言った所で罰は当たんねーだろ。

 

「おやおや、これはまた御機嫌斜め?そんな穿った見方しないでくださいよ」

「ふん、事実だろ」

「世の中には『お約束』という言葉があるのをご存知ですか?」

「何が約束だ。そんなモン、ぶっちしろ」

「あれ?隼君、お約束というのは嫌いですか?好きそうに見えるんですが」

 

はん!何言ってんだか。ふざけるなよこの野郎、誰に向かって言ってんだか。

 

「ドリフ、バカ殿大好きっ子の俺にそれを聞くのか?」

 

お約束、形式美、様式美、大好きだ!古きよき手法だよ。

 

「はは、愚問でしたね」

 

俺と男は互いの腕をぶつけ合った。

そんな俺たちの友情を冷めた目で見ていた女性から一言。

 

「それで、もうコントはその辺で止めて貰っていいかしら?」

 

これだからお笑いを理解しない堅物ババアは。

 

「おっと、これは失礼しました。いけませんねぇ、どうにも隼君といると彼のペースに巻き込まれてしまう。元来、私はもっと業務的な性格をしているのですが………まあ、それほど隼君が私にとっても魅力的な人間なのでしょう」

 

ンだよ、そりゃ。野郎に褒められても嬉しくねーっての。てか、『私にとっても』ってなんだよ?お前の他に俺なんかを魅力的に思ってる奴なんてこの場にはいねぇだろ。

 

「まあ、それは兎も角。隼君、ありがとうございますね」

「ああ?なによ、藪から棒に」

「その子の事ですよ」

 

男の視線の先にいるのはライトだった。まぁ、分かってたんだけどな。けど、別に礼を言われる事じゃない。男も言ってたように、こいつを誕生させるからアリシアたちも復活させるんだ。そういう契約だから、俺は仕方なくライトを生んだのであって、だから礼を言われることじゃない。

 

そんな俺の胸中を分かっててなお、こいつはそれでもありがとうを言ってるんだろうけどな。

うざってぇ。

そう思っていると、今話題の少女から声が上がった。

 

「その子じゃないぞ!」

「?」

「ボクはライトニングだ!ライトって言うんだぞー!主がつけてくれたんだっ!」

「ははは。それは失礼しましたライトさん。────良いお名前を貰いましたね」

「うん!!」

 

なんつうか名前一つで2人とも大げさに捉えすぎじゃね?ライトは言うに及ばず男の方もなんかしみじみだし。娘を嫁にやる的な雰囲気を醸し出してんだけど。

 

そんな男はライトを微笑みの顔で見ていたが、コホンと咳払いを一度すると皆に目を向けた。

 

「改めまして、ようこそいらっしゃいました。さて、ではそろそろ本題に入りましょうか。いい加減、奥様が痺れを切らしそうですからね」

 

そう言うと男は昨日から置きっ放しなのであろうテーブルへと俺たちを促した。そして俺たちが席に着いたのを確認すると何処からかお茶を取り出し、それぞれの前に置いた。

 

「生憎と今日はお菓子の類はないので、それだけでご勘弁を。では、まずはあなた達の望みを再確認させて頂きます」

 

男は俺たちを見回すと指を一つ上げた。

 

「一つ。奥様のご息女アリシアさんの蘇生」

 

次いで2本目の指が上げた。

 

「二つ。奥様の使い魔リニスさんの復活」

 

最後に3本目を上げる。

 

「三つ。奥様の病気の治療。この3つで相違ありませんね」

「おう、まあよろしく頼むわ」

「ふむ……」

 

そこで男は何故か考えるような仕草を見せた。程なく、何かしらに考えが至ったのか一人楽しそうに何度も頷いた。

そんな男を見て、俺に何度目かの『嫌な予感』が襲う。そして、やっぱりその予感ってのは大概当たるもんだ。

 

「追加のお代、頂けますか?」

「よーし、歯ァ食いしばれ~」

 

俺は笑顔で拳を振り上げるが、男は俺以上のいい笑顔を浮かべながら続けて宣う。

 

「いえね、確かにアリシアさん蘇生のお代は頂きましたが、追加分であるリニスさんと奥様の病の治療のお代を頂いていませんでしたので」

「……ちっ」

 

気づかれたか。

俺も気づいてはいたが、このまま流れで有耶無耶にしちまえと思ってたんだが……そうは問屋が卸さんか。

 

「……で。なら何払やぁいいわけ?また誰か断章でも生みゃあいいのか?」

「おや?今回は素直ですね。てっきりごねるものかと」

 

そりゃごねたいのは山々だが、もういろいろ諦めたんだよ。てかどうでもいい。もうなるようになれだ。

それにここまで来て『じゃあアリシア蘇生以外はいいです』なんて事ぁ言える訳もねえ。美人らしい使い魔の復活は是が非でもやるべき事だし、プレシアの治療も幸せにすると言った手前やるべきだ。

 

「リニスって子の復活とプレシアの完治、そしてそれを含めたテスタロッサ家がこれから来るだろう幸せな未来を掴んだ時、俺ぁようやっと満足出来んだよ。ここまでの俺の苦労を大団円間近でフイにしてたまっかよ」

「……スズキ」

「「……隼」」

 

追加のお代が何だか知らねーが、俺がよっぽどマイナスにならない限り受け入れる。それにこれまでの苦労で十分マイナスいってんだ。いまさら追加でマイナスされてもびくともしねーよ。

 

「ふふ、隼君は本当に情が深いのですね」

 

今の俺の発言のどこに情の深さを感じたのかは知らんが、まあ確かに情が深いよ俺は。自分自身と、俺が気に入ってる奴にだけはよ。

ああ、ホント、俺マジ仏陀。

 

「さて、では隼君に対する追加お代………と言っても別に無理難題じゃないですよ?キミならきっと出来る事です」

「いいから、さっさと言えや」

 

半ば自棄になっている俺に対し、男はいつになく真面目な調子でこう言った。

 

「夜天に集う雲、真なる夜、そして全てを拒絶している盟主……皆を悲しみの連環からを救い出してあげてください。そして、幸せを」

 

………意味分からないんですけど?そして多くね?皆って、え、人物?何人?

 

「それともう一つ………まあ、これはまた後で」

 

だから多いっつうの!足元見やがって!

もうどうにでもなれだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は早速取り掛かってくれた。

まずはプレシアの病魔を取り払い、次にリニスとアリシアの蘇生をするそうだ。時間的に少し掛かるようで、その間俺たちは温泉街でぶらり楽しく旅行気分。

 

「あっ、主、次はあのお店入ろ!」

「アホ。次入る店を決めるのはフェイトだ。順番守れや」

「フェイト、あの店がいいと思うぞ!」

「あ、うん、じゃああそこで……」

「フェイト、自分の意見をちゃんと持て。ライトに流されんな。この1時間、ずっとライトの言いなりじゃねーか」

「あぅ」

 

右手にはフェイトの左手、左手にはライトの右手が繋がっており、まるで仲良し兄妹のように温泉街を散策している俺たち三人。

今ここにいないプレシアとアルフはアルハザードにいる。プレシアはもう治療に入っており、アルフはお留守番。本当はフェイトもプレシアの傍に居たかった様だが、その当人とアルフが「フェイトは隼と遊んで来い」という弁に従い今現在。代わりにアルフがプレシアの付き添いとなった。

 

「………母さん、大丈夫かな?」

「別に大丈夫だろ。そもそも殺しても死なねぇような奴だし」

「そうそう。あのおっかないおばあさんは並大抵の事じゃ死なないと思うぞ。主ほどじゃないけど」

 

どうやらプレシアはライトの中でも早速暴君ランキング上位へと居座ったようだ。そしてさらに何故か俺はその上へに居座っているようだ。

 

「おっ、おなじみキティちゃんご当地ストラップだ。携帯に付けよっかなぁ」

 

プレシアの事やアリシアやリニスの事を目前に控えてるのにこのお気楽思考。緊張感皆無。

それでいいのかと問われれば、一般的回答は『駄目』なんだろうけど、生憎と俺もプレシアも無駄に緊張感を持つのは性分じゃない。

「ここにいても暇だから遊んで来るぜ」「そう。こっちも早く終わったら合流するわ。後うるさいからライトも連れていって」。

こんな感じだった。

 

「つっても俺にゃあちょっとキュートすぎるな。よしフェイト、お前に買ってやるよ」

「え!?そんな、い、いいよ」

「あ~、フェイトだけズルイぞー。主、ボクも!」

「はぁ?……ったく、しゃあねーなぁ」

 

今まで騎士どもに「フェイトには甘い」と何度も言われてきて、その度に否定してきた俺だったが、どうやら認めなきゃならんらしい。

 

俺はフェイトには甘い。

 

その性格は言わずもがな、その可愛らしい顔も俺の甘さに起因しているらしい。ああ、勿論変な意味はない。ロリっけもない。だが、そう考えなきゃ辻褄が合わん。だって、じゃないとこの俺がフェイトのみならずライトにまでストラップを買ってやるわけがない。

 

「結局、人は顔なんだよなぁ」

 

顔が良けりゃ優しく出来るし、悪けりゃ死ねだし。さらに性格も良い奴はこれ最強。フェイト最強。ロリーズ?ツラは兎も角、性格が世紀末だから無理。………いや、もし性格終わってる女でも、金と地位と家柄と容姿が良い奴ならソッコー結婚申し込むけどさ。

 

金と権力と美女になら容易く魂を売れる、それが俺クオリティ!

 

我ながら何とも素敵な性格だ。純愛ギャルゲーに出てくるような主人公とは大違い。だからモテないんだろうけど!

 

「ねーねー、主」

「あん?」

「ところでストラップって何?」

 

………知らんのかよ。フェイトへの対抗意識だけで物ねだるな。

 

「携帯に付けるアクセサリーだよ。ほら、こんなやつ」

 

俺はポケットから自分の携帯を取り出した。そこにはパチンコ屋の会員入会特典でもらったダッセェやつが付いている。

 

「そっかー。………で、携帯って何だ?」

 

あ。

 

「そういやお前ら携帯持ってねーんだっけ?」

 

そんな2人に携帯電話の事を説明した所、2人ともが多大な興味を示してきた。

 

「へー、へー、へー!こんなちっちゃい箱で電話出来て手紙出せて音楽聴けてゲーム出来るんだ!すごい!」

「うん!こっちの電化製品って凄い機能が一杯付いてる!」

 

ある種無駄な機能だけどな。けど、その無駄を俺たち地球人は楽しむんだよなぁ。無駄な事に力を尽くす奴ほど人生を楽しく謳歌していると言っても過言じゃない。あ、俺今ちょっと良い事いった?

 

「フェイトって生まれてきてまだ数年らしいけど、一応は体裁上9歳だろ?だったら、そろそろ携帯くらい持ったほうがいいな。今の世の中、何かと必要だし」

 

けど、思えば俺が初めて携帯持ったのは高校に入学した時だったな。そう考えれば世の中贅沢になったもんだ。

 

「プレシアの奴も持ってないだろうし、今度一緒に買いに行けよ。いや、俺もついていこう」

 

そしてうちの騎士たちの分も買わせて、さらに月々の料金をプレシアの通帳から引き落としさせるか。そうだ、あとネット代も払ってもらおうかな。それと水道光熱費と食費と家賃も。ああ、この際もう一戸建てを買って貰って────────

 

「スズキ、あなたまた良からぬ事を考えてるわね?」

 

ふとすぐ後ろからそんな声が聞こえた。その声にいち早く反応したフェイトが「母さん!」と言いながら俺の手を離した。

どうやらもう治療の方は終わったらしい。

俺は振り返りながら言葉を紡ぐ。

 

「紳士に向かってなんて酷い言い草だ。ああ、俺の心は酷く傷ついちまった。慰謝料請求すっぞコラ─────────────」

 

振り返った視線の先にはプレシアとアルフの貴重なツーショットがあったのだが、しかし俺はプレシアの姿を見た瞬間、ふいに言葉が途切れた。

 

「な、なにかしら?」

 

少し頬を赤く染め、目線を合わせないプレシア。両手を腰の辺りで合わせてもじもじしてる。そしてフェイトは俺から手を離してそのままの姿勢で固まっていた。ライトもプレシアを見た瞬間『あれぇ?』てな顔になってる。そして、俺もまさしくライトの顔通り『あれぇ?』という気持ちだ。

 

そう。今目の前のプレシアの姿に、なにかこう『違和感』を感じるのだ。

 

「な、なによ。なにか言いたいなら言えば?」

 

いや、言いたいのは山々なんだが、何を言いたいのか自分自身分からない。このプレシアに纏わり付く違和感はなんだ?

服装は昨日買ったやつをそのまま着回していて特に変わりはない。ここに来た時と変わらない。その高圧的な声の調子もいつも通り。すこし挙動不審ではあるが、それ自体はそこまで注目すべきことではない。アルフとのツーショットも、目の保養になりはするが違和感を感じるほどでもない。

 

けれど、いつものプレシアと違う。

 

そう、例えば分かる範囲で『顔の小皺が消えた』とか『肌のツヤが良い』とか『お胸様の張りが大きくなった』とか『腰が細くなった』とか『お尻が少しキュッとなった』とか………………………………………………って!

 

 

「ちょっと若返ってるぅぅぅぅぅぅううううううっっっっ!?!?」

「ちょっ!?往来で何叫んでるのよ!」

 

これが叫ばずにいられるか!なんだそりゃ!なんでババアからネエチャンにクラスチェンジしてんだよ!?

前も年不相応っちゃ不相応な容姿だったが、今のプレシアのそれは完全に20代半ば。下手すれば20代前半でも通用する。海鳴大学で普通に講義受けてそう。ミス海鳴大学とかなりそう。

 

「か、母さんだよね?」

 

フェイトが訝しそうに恐る恐る訊ねたらプレシアは気まずそうに、でも耳を赤くしてコクリと頷いた。

 

「う、嘘だろ?お前、マジでプレシア?」

「そ、そうよ」

「…………全身整形でもした?」

「す、するわけないでしょ!!」

 

プレシアはキッとした目つきでを俺を睨みつけた。そうしてようやく目を合わせてくれたプレシアを改めて若々しく感じた。前まで多少なりとも存在していたババアという要素もオバサンという要素も、今では微塵も感じない。

 

「じゃ、一体なにが………」

「治療の結果らしいわよ。あの男が言うには『病原体や腫瘍をただの細胞へと変換しました。生まれたての赤ちゃんと同じ新鮮な細胞にね。だから体の変化はその為です。別に害はありませんので』ですって」

 

病気をただの細胞に?しかもそれは分裂する前のまっさらなもの?だから若返った?

なんだその一見して現実的だけど果てしなく非現実的な論拠は!この世界はそれが罷り通るのか!?

 

まったくあの男の言う通り、何が世界の修正力だよ!ちゃんちゃらおかしいね!誰だよ、そんな馬鹿な事考えた奴は!

 

しっかし、こりゃやべぇな。やべぇほど美人だ。てか、プレシアの元夫って馬鹿じゃね?こんな極上捨てるとかあり得ねぇだろフツー。元夫、俺以上に馬鹿じゃね?てか男として馬鹿じゃねマジで。

 

「な、なによ。あまりジッと見ないでちょうだい」

 

その姿は何処にでもいる恥らう女性で………いや、そうはいない美人の恥らう姿で、こいつがプレシアだと分かっていても不覚にもドキッとしてしまった。ギャップ攻撃とは卑劣な!

そんな俺の心情を悟られないように努めてふざけた様を装う。

 

「はっ!ちょっと若返ったからって調子のんなよ。まだ俺のほうが若々しいっての!ジッと見る?うわぁ、なんて自意識過剰なやつ~」

「くっ………!」

「ほらほら、フェイトにライトにアルフ。ちょっと舞い上がっちゃってるお姉さんは放っておいて買い物しようぜ。あー恥ずかしい恥ずかしい」

「き、期待してた分、いつにも増して腹立つわ………!」

 

何を期待してたんだろうね~。大方、俺の戸惑って狼狽する姿だろうね~。

残念!

悪ぃが美人は見慣れてるもんでね。まあ、ちょっと危なかったが。

 

「あっと、そうだ。最後にあと一つ」

「なによ?まだ何か憎まれ口でも叩くつもり?」

 

口をへの字にしちゃったりして、すっかり御機嫌斜めの様子のプレシア。

やれやれ。どうやら肉体年齢に合わせて精神の方も退行しちまったらしいな。

 

「病気、治ってよかったな」

「──────────」

 

さて、それじゃあ温泉街で豪遊するとしますか。勿論、プレシア持ちで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、隼君ですか?すべて終わったんで戻ってきて下さい』

 

そんな電話が俺の携帯に掛かって来たのは、太陽が沈み始めた夕刻。5人でどっかで夕飯でも食べようかと相談していた時だった。

つうか何でやつは俺のケー番知ってんだよ。教えてねぇぞ?

 

「なんかさ、向こうは終わったらしいぜ。で、どこで飯食う?俺的には────」

「すぐ戻るわよ!!」

「飯は?」

「そんな物あとでいいでしょ!!」

 

で訳で、プレシアを筆頭に俺たちは駆け足でアルハザードまで戻った。俺は別に急ぐ事もないだろうと思い、タバコ片手にちんたら歩いていたがプレシアに引っ叩かれて已む無く走らされる羽目になった。

文句の一つでも言いたくなったが、プレシアの形相があまりに凶悪で怖かったので止めた。若さを取り戻した分、迫力も3割増しだ。

 

「アリシア!!」

 

俺よろしく蹴破る勢いでアルハザードの扉を開け放つプレシア。しかし、その扉の前で先ほどまでのプレシアの勢いは止まり、呆然と木偶になった。

 

「おい、邪魔だよ。さっさと入れや」

 

俺がそう声をかけるも動かず。ンだよと思いながらプレシアの顔を見てみれば、彼女の瞳から一筋の涙が零れていた。そして、それが二筋三筋と増えていき見る見るうちに滝となった。

 

「あ、ママ!」

 

そんな声が店の中から聞こえた。その声はフェイトにとてもよく似ており、俺は思わず隣に居るフェイトを見たがフェイトに声を発した様子は無い。そもそも聞こえてきたのは店内からなので、フェイトなわけがないんだが。

 

(つまり、だ)

 

俺は木偶を無理やり店内に押し込み、次いで俺も中へと入った。後ろにフェイトとアルフとライトも続く。

店内にいたのは店主である男。そして椅子に座ったフェイト似の幼女と猫耳尻尾を有した女性が一人ずつ。

 

「ア、アリシア……」

「リニス!」

 

涙をそのままに呆然と呟くプレシア。その横で後から入ってきたフェイトが大きな声を上げた。

 

「ママ?」

「お元気そうでなりよりです、プレシア、フェイト」

 

母親が泣いてる事に疑問を抱いているのであろう幼女。そしてお淑やかな微笑みを見せる猫娘。

 

(おお、ちゃんと生き返ってら。それとあっちの猫娘がリニスか………大当たりキタコレァァァァアアア!!!)

 

ガキなフェイトをもっとガキにしたような容姿のアリシア。年齢の違いさえなければ双子で通用する。まあ、クローンなんだから当然か。有無を言わなさない可愛さがあるな。

片や猫耳と尻尾がふりふりと可愛らしく動く使い魔リニス。給仕のような格好をしていて、それがとてもよく似合っている。お胸様の大きさの程はその服装のせいかちょっと分かりにくいが、肝心の顔はまさに美!俺と同じくらいの肉体年齢だろうけど、なんとも愛らしい人懐っこい顔をしている。

 

とまあ、今は俺の感想はいいか。とりあえず………

 

「おいプレシア、なにボサっとしてんだ。行けよ。それにフェイトも。折角会いたかったやつが目の前にいるんだ、ならやることは一つだろ?」

 

俺はプレシアのフェイトの背中を押してやった。つんのめった2人だが、その勢いのままプレシアはアリシアに、フェイトはリニスに抱きついていった。

 

「アリシア、アリシア、アリシア、アリシア!!!」

「うぅ、えっぐ、リニスだ……昔の温かいリニスだ!」

「ママ、どうしたの?何で泣いてるの?な、泣かないで……っ……うわああああん!」

「ふふ、フェイトは甘えん坊ですね」

 

プレシアとフェイトはあらんかぎり泣いていた。アリシアも母が泣いているのを見て訳も分からず泣き出した。リニスも瞳に涙を浮かべた。そして、そんな感動の光景を見て隣にいるアルフも泣き出した。ただ一人ライトだけが『うんうん』と腕を組んで頷いていた。こいつぜってぇ訳分かってねーな。

 

「よ゛、よ゛がっだね゛、ブレジア、ブェイド!ぐずっ……ホンドによ゛がっだよ!」

 

てかアルフは号泣しすぎだ。あ~あ~、涙と鼻水でせっかくの綺麗な顔がドキツイ事になってんじゃねーか。

 

俺はそんな感動場面を尻目に、一人悠々とお茶をしばいている男の下へと近寄った。

 

「よっ、お疲れ~」

「ははは、本当、疲れましたよ」

 

なんて言ってはいるが、その顔にはまるで疲労の色は見えない。

 

「感謝してんよ。結局、リニスも記憶があるまま蘇ったようだし」

「キミにおっかない顔で頼まれましたからね」

「プレシアのあの姿は完璧に予想外だったけど」

「はは。あれは私からのささやかなプレゼントです。これから幸せを謳歌する奥様へのね。幸せを噛み締める時間は長いほうがいいでしょう?」

 

まぁ、な。

俺ですら、今のこの光景がこれから先ずっと続いて欲しいとさえ思えてきちまう。それほど今この瞬間この光景は美しいものだった。テレビドラマなんて目じゃねーよ。

 

「いろいろと説明があるのですが、今この瞬間を止めるのは野暮ですね」

「ったり前だ。てか、説明ってなんだよ?………まさか、なんか失敗したんじゃねーだろうな?」

「違いますよ。彼女達の記憶の事です。彼女達の記憶は死んだその瞬間で止まっており、そこまでしかありません」

「ああ、だからアリシアがプレシアの様子を訝しんでたのか。ん?でもリニスは以外と普通に今を受け入れてた見たいだったけど?」

「それはきっとリニスさんの死因に関係しているんでしょう。彼女の場合アリシアさんとは違い突然死を迎えた訳じゃないようですから。ある程度、今の状況を理解できているんでしょうね」

「ふ~ん」

 

まっ、過去の事なんてどうでもいいさ。幸せに生きていくこれから先の未来があるなら、それだけで十分。

俺は店の隅に場所を移し、その場でタバコを吸った。

味は驚くほど美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスタロッサ家族が落ち着きを取り戻したのは何と約1時間後だった。

 

最初はアリシアとアルフが大泣きするくらいで他の皆はちょい泣きくらいだったが、最終的には皆が皆号泣。何故かライトも号泣。テスタロッサ家協奏曲涙長調だった。

いや、ホント喧しいの何のって。仏のような清流が如き心を持っている明鏡止水な俺も、流石に後半はイライラきた。ドラマなんて目じゃねーなんて思ったが、やっぱドラマの方がいいな。感動の場面なんて3分もあればお腹いっぱいだ。長々と見せられてもうざってぇだけ。

それでも俺は自発的に落ち着いてくれるのを待ったさ。1本目のタバコの美味さが嘘のようだった。吸いすぎで気分が悪くなっちまったよ。

 

そんな前半感動後半苦痛の時間がようやっと終わって、そこで俺と一緒に黙ってみていた男がここぞとばかりにアリシアとリニスの記憶について説明しだした。それに併せてプレシアもアリシアとリニスに現状の説明をしだした。

それをアリシアはよく分からないという様子で聞いていたが、対してリニスの方は飲み込みがよく、この店がアルハザードという伝説の地だという事も含めすぐに納得した。というより、その様は予想していたといったふうだったが。

 

そして、プレシアは説明の最後にリニスに向かい頭を下げた。

 

「あなたにはとても酷い事をしてしまった。許されることじゃないし、許しを請う姿すら許されない事かも知れない。それでも私はこうやって頭を下げる事しかできない」

 

その姿はとてもあの高慢ちきなプレシアとは思えないほど弱弱しかった。ともすれば土下座して腹を捌かんがくらいだ。

そんな姿を見せられたら流石の俺も気になり、そして勿論迷わず聞いた。プライバシー?知ったことか。自分の欲求には正直に、だ。

 

「プレシア、お前何したんだよ?」

 

そう聞かれた時のプレシアの顔は悲痛に染まり、それでも自分の罪と向き合うために真実を吐露しようとしたが……。

 

「………私は、リニスを─────」

「プレシア!!」

 

その告白をリニスが遮った。

 

「頭を上げて下さい。もういいんです。確かにあなたが行った事は許されることじゃないかもしれません。けど、私はあなたの使い魔であり、そして当時のあなたの気持ちは痛いほど分かりました。間違いは間違いでも、それはきっと是非もない間違いです」

「リニス………」

「それでもあなたがまだ私に対して罪の意識を感じるなら、一つ約束して下さい─────フェイトを幸せにしてあげて」

 

俺の隣でフェイトの息を飲む音が聞こえた。同時にまたもプレシアの瞳から涙が。

 

「私の望みはそれだけです」

 

そしてリニスはプレシアをフェイトの前へと押し出した。フェイトもプレシアも緊張した面持ちだったが、フェイトが「母さん」と呟いた瞬間、プレシアはフェイトを抱き寄せた。そして涙を流しながらこう言った。

 

「あなたにも許されない事をしてきた。母と呼ばれる資格なんてない私を、自ら放棄した私を、それでもあなたはまだ母と呼んでくれるの?」

 

プレシアよぉ、それりゃあ愚問だろ。いつでもプレシアを第一に考え、どんな事されても今そうやって嬉し涙を流しているガキだぞ?

 

「か、かあさ……っ、うわああああああああああああっっっ!!!」

 

今までのナニカを全てを吐き出すように、いつもの大人ぶった感じもなく、ただのガキのようにフェイトは大声で泣いた。

 

………世間はきっとプレシアのフェイトに対する今までの行いを許さないだろう。きっと出る所に出ればプレシアは有無を言わされず糾弾されるだろう。手のひらを返したように許しを請うプレシアに嫌悪感を抱く奴もきっといるだろう。

 

─────ハッ、クソ食らえだよな。

 

当人同士が幸せなら、それでいいんだよ。外野はとやかく言わず拍手してりゃOKってな。見ろ、プレシアの悪行を傍で見てきたアルフでさえ感動でまた号泣してんじゃねーか。

人間、単純が一番ってな。アルフは人間じゃないけど。

 

しかし、こりゃあまた感動タイムが長引くかな~と俺は場違いな事を考えながらタバコをふかしていたのだが、予想に反して今回は3分未満でプレシアもフェイトも落ち着きを取り戻した。その時の2人の表情は照れているようで、それでも極上に満たされたような良い顔だった。

俺はそれをやれやれと言った思いで見ていたが、それでも確かに顔が笑顔になっているのを自認していた。

 

と。

 

そんな一幕の後、ここに来てついにリニスとアリシアが俺の元へとやってきた。男やプレシアの説明時からずっとちらちらと見られてはいたが、まるで近寄ってくる気配はなく、むしろどちらかと言うと『あんた誰?』的な視線だった。アリシアなんて、さっき俺と初めて目が合ったときなんてあからさまに怯えた表情になってたぜ。流石にショックだった。

 

男とプレシアが俺の事を一体どのように説明したのかは聞いていなかったが、その時の様子を見るにあんま良い事いってねーだろうな。てか、仮にプレシアが俺の人物像をありのまま喋ってたなら確実に悪印象を持たれてんじゃね?

あ~あ、こりゃリニスを彼女にするなんて無理かな。まあ、別にそんなに期待してなかったけどよ。……嘘です。超絶期待してました!

 

胸中で溜息をつく俺の前に無表情のリニスと恐々といった感じのアリシアが来た。

 

「申し送れました。私はプレシアの使い魔のリニスです。初めまして、鈴木隼様」

「ア、アリシア、ですっ」

「あっと………どうも」

 

リニスはご丁寧に頭を下げ、その後ろで彼女のスカートを持って隠れるように挨拶したアリシア。

2人とも先ほどプレシアとフェイトに見せていた表情が嘘のような、モアイ像のように硬い表情だ。…………これ、ぜってぇ良い印象持たれてねーよね。

 

そして、何故か緊張間漂う俺たちを少し離れた所で様子を窺うプレシアたち。

ンダよ、コラ。見せモンじゃねーぞ。

 

「あー……まあ、聞いただろうけど、俺ぁ鈴木隼っつうモンだ。えー、それで………」

 

言葉が続かない。

リニスという同年代もしくはちょい下っぽい見た目の美人な女性と、ちょっと怯えているフェイト似の幼女を前にいつもの調子で喋れない俺。………チキン?うっせーよ。

 

「けほっ!」

「っと、悪ぃ!」

 

まずった!タバコつけっぱだった!

俺の持っていたタバコの煙で咳き込んだアリシアに気づき、すぐさまタバコをもみ消した。

…………手のひらで。

 

「ぎょわっ!あっちーーー!!ふー、ふー!!」

 

何してんだ俺!?何テンパっちゃってんの俺マジで!?自分根性焼きしてどうすんの俺!?まさかMに目覚めちまったか俺!?

とまあ、止まる事の無い俺のテンパリ具合は、しかしこの場合うまい具合に空気を変えてくれた。

 

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫!?」

 

先ほどの硬い表情と怯えた表情から一転、俺を心配する眼差しで見てくるリニスとアリシア(視界の隅でライトとフェイトも焦ったような顔でこちらに駆けてこようとしていたが、プレシアとアルフに止められている)。

 

俺は流れを変えるならここだと思い、矢継ぎ早に口を開いた。

 

「だ、大丈夫だって。こんなの屁でもねーよ。余裕余裕!額に火傷痕を用いて肉って書けるくらい余裕!それより気分悪くねーか?一応換気はしてっけど、さっきまでバカバカ吸ってたから煙いだろ?アリシアも悪かったな、配慮が足りんかった」

 

副流煙の人体への影響は知ってっからな。確かに俺はガキの前でも気にせず吸うたちだが、それだって親身になった奴や許可貰ったやつの前でだけだ。最低限のマナーだけは弁えている。………ホント、最低限だけどな。むしろそれでマナーとかちゃんちゃら可笑しいけど、まあ気にしない。

 

俺はリニスへと軽く頭を下げ、アリシアの頭を軽く撫でた。

そんな俺の殊勝な態度が功を成したのか、リニスもアリシアも柔らかい表情になった。

 

「えへへ~」

 

てか、アリシアは破顔した。撫でていた手を離すとぷくぅ~と頬を膨らませた。また撫でたら破顔した。

 

(なんだフェイトと同じ天使か)

 

別に頭を撫でた事に謝罪の意以外の他意はなかった。ニコポを狙ったわけもあろうはずもない。一度それでヴィータからアイゼンをお返しされたし。そもそもガキ相手にそんな下心があろうはずもねえ。

でも、まあやっぱガキは素直に表情豊かにすんのが一番だな。あー可愛い。

 

「ああ、それとリニスさん。俺の事は隼でいいッスよ。様なんて、俺のガラじゃないんで。それに敬語も勘弁で。もっとフランクにいきましょうや」

 

俺はどうもこういうお淑やかな女性にはいきなり強く出れないようで、変な言葉遣いになってしまった。………って、オイコラ。プレシアてめぇ、なに反吐出しそうなツラしてんだよ。

 

「ふふ、分かりました。あ、でもしゃべり方はこれが地なんです。それと言葉遣いならあなたも普段通りで結構ですよ。ね、隼」

「………………」

 

良くね?

何がって、しゃべり方は敬語なのに名前だけ呼び捨て…………半端なくね?萌えね?少なくとも俺的にはストライク!!!

そんな胸中ハイテンションな俺に、リニスが静かに頭を下げた。って、え?いきなりなに?

 

「この度は本当にありがとうございました。店主とプレシアから事の詳細、あなたがしてくれた事を聞きました。感謝の言葉しか浮かびません」

「あ?い、いや別に感謝される謂われはねーよ。誰の為でもない、自分の為にやって来た事なんだ。その過程で誰が幸せになろうが感謝の意を抱こうが、俺は知ったこっちゃねーんだから」

 

てか、感謝してるっつうのにさっきまでの硬い表情はなんだったんだ?まあ、可愛いからいいけど。(後日聞いた話によれば、その時はまだ俺の人間性が分からなかったんだとさ)

 

それとアリシア?お前は一体なにしてる?俺の腕をブンブン意味もなく振り回したり、俺の指を意味もなく引っ張ったり、自分と俺の手のひらを合わせたり、俺の手を自分で頭の上に乗せて撫でるように動かしたり。

いくら可愛いっつっても、いい加減うざったいぞ?

 

「………ふふ、本当にプレシアの言った通りの方ですね。隼は」

 

リニスは少し驚いた後、そう言って綺麗な微笑みを浮かべた。

対して俺は一体なにをリニスに吹き込んだんだと言った意味を込め、プレシアを睨んだ。プレシアは顔を赤くして目を逸らした。

 

(後で覚えとけよ、あのクソアマ)

 

ちっとばっかし若返ったからって調子乗りすぎだ。リニスの方が万倍可愛いっての。

まあそれは兎も角。

 

「そういう訳で、あんま変に過剰評価しねーでくれな?後から幻滅されんのヤだし」

「ふふ、はい」

 

リニスは改めて「これからよろしくお願いしますね」というキュート率100%の笑顔でそう言った。

なんていうか、うん、彼女にしてええええ!!!

 

「ていうかアリシア!お前はいい加減うっぜーんだよ!!」

 

未だ俺の手で遊んでいたアリシアに、俺はその手ともう片方の手を使ってアリシアの髪をぐしゃぐしゃにしてやる。

それをアリシアは遊んで貰っていると勘違いしたのか、「きゃ~~~!」とか言いながら喜びはしゃいだ。

 

「くぅっ!もう我慢の限界だあ!ずるいぞフェイトそっくり!フェイト、ボクたちも行くぞ!」

「え?え?」

「突撃ラブハ~~~ト!!」

「ラ、ライト、引っ張らな─────きゃあああああ!!」

 

突然乱入してきたライトとフェイト、そしてアリシアによって俺は揉みくちゃにされたのだった。

つうか他の奴ら、なに微笑ましそうに見てんだよ!助けろよ!

 

…………あ~あ、もうグダグダ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とガキどもとの乱交は30分にもおよび、店を出る頃にはゆうに日は暮れていた。

俺はぐしゃぐしゃになった髪の毛や服、そして加減を知らないライトによって出来た打撲を擦りながら店を出る。

 

「楽しい一時でしたよ」

 

男は店の入り口から一歩中に入った場所で、店の外に居る俺たちに向かい笑みを浮かべた。

そんな男に無愛想に「あっそ」と返し、その正反対にライトとアリシアを除いた他の皆は頭を下げる。その代表としてプレシアが礼の言葉を発した。

 

「本当にお世話になったわ。最上級の感謝をあなたに」

「ふふ。それは嬉しいですが、私は最上級から一つ下でいいですよ。最上は別の方に上げて下さい。ね、隼君?」

「知るか」

「知ってください。私からも最上級の感謝をキミにに送りたいんですから」

 

あん?俺に感謝?……………ああ、写本の件か。

 

「騎士共の事ならカタァついてんだ。感謝なんていらねぇよ」

「それもありますが、また別の事です」

「あん?」

「雲や夜、それに盟主の件です。幸せを約束してくれた事に感謝したいんですよ」

 

雲と夜とメイシュ?……ああ、プレシアの病気を治す代価の事か。つうか意味分かんねーんだけどな。なのに感謝されてもなぁ。そもそもメイシュってなに?名酒?いや、それじゃあアクセントが違うか。

 

そんな俺の胸中を男は容易く見透かしたようで。

 

「時期が来れば自ずと分かります。けれど、だから私は感謝するんですよ。分からないモノの幸せを約束してくれたキミに」

「はん!そんな約束、ぶっちすっかも知んねーぞ?口だけみたいな?」

「そうなんですか?」

「……………さあな」

「ふふ」

 

こいつのこういう人を見透かしたような態度が気に食わねーんだよなぁ。

俺は舌打ちをした後、口の中の苦いものを払拭するようにタバコに手を伸ばそうとして、しかしそこである事を思い出した。

 

「そういやプレシア治す代価の条件に確かもう一つあったよな?その一つってなんなんだよ」

「ああ、そういえば忘れてました。ふふ、黙っていればそのまま帰れたのに、相変わらずキミは面白い子ですね」

 

うっぜー!なぁにが「そういえば忘れてました」だ!てめぇ絶対覚えてただろうが!

 

「安心してください。もう一つの条件は簡単ですから。それも今すぐに済みます」

 

そりゃ意外だ。また訳も分かんねー条件出された日にゃあ張っ倒そうかと思ってた所だ。

 

俺が胡散臭そうに男を見ていると、その男が俺に向かい手招きをした。どうやらこっちに来いという意らしい。

生意気な。テメェが来いよ。

とは思いつつもさっさと終わらせたい俺は速やかに男の傍に移動する。

 

男と俺の距離は5m。手招きは止まない。

男と俺の距離は3m。手招きは止まない。

男と俺の距離は1m。手招きは止まない。

男と俺の距離は50cm。手招きは止まない。

男と俺の距離は30cm。手招きは止まな─────────

 

「って、どんだけ近づきゃいいんだよ!」

「ふむ、まあこれくらいですか」

 

俺と男との距離はすでに息が掛かると言っても過言じゃない距離だ。

なんだ?いったい何が始まんだ?

 

訝しむ俺に無視し、男は俺の胸に両手を添えてきた。

え?なに?ちょっとキモいんですけどマジで。

 

「へぇ。隼君、意外と背が高いんですね」

 

そう言われて気づいたが、確かに男の身長は俺の顎くらいだった。そのバーテンダーのような格好が実際の身長より高く見せていたんだろう。それとも、子供の頃初めて会った時の身長差を未だ心のどこかで感じていたんだろうか。

 

胸元にある男から上目使いで見られる嫌悪感の中、俺はそんなどうでもいい事を考えていた。

 

「私はね、隼君」

 

男の声で思考中の脳は現実に戻された。

 

「キミに終始驚かされっぱなしでした」

 

は?いきなり何語り出しちゃってんの?

そうは思ったが何故か声が出ない。

 

「写本がキミを選んだ事、騎士たちのキミへの忠義心、非現実に足を踏み入れたにも関わらず変わらず我を貫ける強さ、巻き込み引っ掻き回してもそこから収束させる人間力、いろいろな意味で他者を惹き付けるナニカ……………本当に驚きです。──────この私までそこに含まれてしまったのは誤算で、それを悪くないと思った自分自身驚きなのですがね。結構な長い時間生きてきたんですが、これは初めての感覚ですよ」

 

こいつは回りくどい言い方しか出来ない仕様なのか?マジ、意味分かんねーんだけど?

 

「まあ、だからこれは驚かされた私からの意趣返しであり………そしてやっぱり感謝の意です」

 

いい終わり、それと同時に男がつま先立ちになった。そうすれば自ずと顔と顔が接近していき……………………へ?いや、ちょい待った。ちょっと待って。いやマジで。なんだそれ。え、いや、ホント待って。顔と顔が接近?いや、なにその流れ?どうしてそうなる?どうしてそうする?あれ、顔が動かない?いや、やばいって。そのコースで顔を近づけられたらぶつかっちゃうって。額とか鼻とかじゃなく、もっと重要なモンが……………マジで待────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────。

 

「んなァ!?あ、あ、あ、あ」

 

どこからか誰かの驚きの声が聞こえた。けど今の俺にはそれが誰なのか判断する思考能力は働かなかった。どうでも良かった。誰が大声上げようが、仮にこの場で誰が死のうが今の俺にはどうでもいい。

ただただ俺は目の前の………これほど人間は顔を接近させ合う事が出来るのかと疑問に思うほどの目の前で、男の目を瞑っているその顔しか俺の目には、五感には映らない。

 

声を発することも、体を指一本ほども動かす事が出来なかった。ただ鼻で息をするのが精一杯なのと、相手の鼻息がくすぐったいということ、そして……唇に感じる未知の感覚。

 

「んっ………ふぅ」

 

そんな男の吐息が聞こえたかと思うと、その男の顔が俺の顔から遠ざかった。

男の顔はどこか満足そうだった。

 

「なるほどなるほど、これは中々」

 

男がなにか言っているが、生憎と俺の耳は機能していない。ただ男の唇だけが目に入る。

その唇を男は一度舐めた。

 

「今まで治療目的などで何度もやってきた事はありましたが………ふむ。気持ち一つでこうも事後の気分が違うのですね。なるほど、これが巷で言う『キス』なのですね」

 

聞こえない。何も聞こえない。男がナニカ言っているが、俺は何も聞こえない。

今、この瞬間、俺は現実に繋がる全ての感覚を無意識に放棄していた。

 

「あ、あ、あああなた………」

「すみませんね奥様。無断でいただいちゃいました。ああ、それと誤解しないでくださいね?私は『ホモ』でも『バイ』でもなく、ちゃんと『ノーマル』ですから」

「っ!?そ、それはつまりまさかあなた……」

「ふふ」

 

ナニカがナニカを言っているが俺にはナニモ聞こえない。

 

「それでは名残惜しいですが、そろそろお別れの時間です。そして少し悲しいですが、もう会う事もないかも知れませんね。それと隼君、最後に良い思い出ありがとうございます………って、聞いてますか?」

 

──────────────────────────────────────────。

 

 

「やれやれ、どうやら完全に心閉ざしてしまったようですね。ちょっと不憫ではありますが、まあ私の性別を勝手に決め付けていた隼君の自業自得ですかね。私もその反応はちょっとショックではありますが…………まあ、面白いのでこれはこれでアリですね」

 

──────────────────────────────────────────。

 

「それではもう本当にこの辺りで。では、またお会いしましょう……………とは言えそうに無いので、今回は───────バイバイ、隼君」

 

──────────────────────────────────────────。

 

─────────────────────────────────────。

 

────────────────────────────────。

 

───────────────────────────。

 

──────────────────────。

 

─────────────────。

 

────────────。

 

──────。

 

──。

 

目が覚めた時、俺はベッドの上に寝ていた。ベッドからは良い匂いがし、それがプレシアの匂いと一緒だという事に気づき、次に自身がいつの間にか気絶していたんだという事に気づいた。

そして、それを継起に思い出したくも無い最後に見た光景や感じた感触までもが蘇ってくる。

 

「…………アア」

 

脳裏を過ぎるのは一人の男の顔。

 

「……アア」

 

俺の顔に近寄ってくる野郎のツラ。そして………

 

「…アア」

 

…………………………………………………大事に大事に守ってきた俺の唇。初めての相手は誰なんだろうと夢見てきた。

 

俺のファーストキス。

 

相手は女ではなく、プログラムでもなく、クローンでもなく、幼女でもなく、使い魔でもなく。

 

男、だった……………………。

 

男………。

 

オトコ……。

 

「いやあああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 




更新遅くなり申し訳ありません。

取り敢えず、この話で後日談の主人公編は終わりです。次回から原作キャラの視点での後日談になります。
そして、予定より後日談が多くなるかもしれません。(すずかとアリサの魔導師化フラグを忘れていたとは言えない)(そしてアミタとキリエの存在をここに来て思い出したとは言えない)(結論:どうしよう)

As編開始はもうしばらくお待ちください汗


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プレシア後日談 前編

後日談?

 

後日談…………さて、どうしようかしら?

 

後日談、ね。

 

ん~、困ったわね。いきなりそんな事言われても、段取りなんてまるで分からないわよ。そもそも後日談はおろか当日談すらやっと事ないのよ?それをあなた、いきなりやれって言われても、ねぇ。

 

えーと、取り合えず自己紹介からかしら?んと、初めまして、でいいのよね?

私の名前はプレシア・テスタロッサ。5歳の娘と9歳の娘を子に持つ24歳…………なによ、文句でもあるの?私の年は事実よ。少なくともつい最近肉体年齢は確実に20代半ば辺りに変わったんだから、別に24でもそれほど間違ってはなくてよ?それでもまだ何か文句があるなら出てらっしゃい。

って、もうっ!話が逸れたじゃない。いいから、もうこれからは私の言う事には無条件で納得しときなさい。その方がスムーズに進むから。

と言っても、私の事なんて別にこれ以上語る事なんてないんだけどね。今更自己紹介したところで、今までハヤブサのやつが散々私の事を語ってきたんだから。

 

………だから、そうね。たまには私がハヤブサの事について語ろうかしら。

 

と言っても、ハヤブサの事を語ると言っても、あの男の事は一言で要約出来るわね。

 

馬鹿。

 

はい、おしまい。

あの男以上にその言葉が似合う人間は中々いないわね。もしかしたら馬鹿という言葉はハヤブサから生まれてきたんじゃないかとさえ思うわ。

馬鹿の語源、ハヤブサ。

と、馬鹿馬鹿言ってるけど、その件の馬鹿、本来なら今この場にいなきゃいけない筈の馬鹿は今現在どこにいるのかというと。

 

今頃は家に引き篭ってるでしょうね。

 

何でかって?原因は前回の後日談よ。あの男、自分の過去を語るのはいいけど、結局最後は自分のキズを自分で抉って自爆しちゃったのよね。ハヤブサ、それであの時の事を思い出してまたショックがぶり返して、今回とうとう引き篭っちゃったわ。やれやれね、まったく。そのせいで私が後日談を語らなくちゃならなくなったし。

 

ていうか、だいたい自業自得じゃない。あの男装クソアマの変態性を見抜けなかったハヤブサが悪いのよ!小さい頃から知ってたらしいけど、だからって隙見せ過ぎなのよ!そもそも何であんなに近寄る必要性があったの?!疑問に思ったなら3m手前くらいで止まりなさいよ!手招きされるがまま距離詰めて、そして寄り添って…………ああもうっ、腹立たしい!アリシアやリニスの件や私の病気の事は確かに感謝するけど、それとこれとは話が別!あのアマ、もう会う事もないとか言ってたけれど逃がしゃしないわよ!っていうか、何で私がハヤブサの事でここまで腹立てなきゃいけないのよ!それが一番腹立たしいわ!

 

……………ふぅ。

 

まあ、ハヤブサもいい気味だわ。あの男、未だアルハザードの店主が男だと思い込んで、自分のファーストキスの相手が男だとかなんとか言って絶望してるし…………ん?…………って、ファーストキス!?!?ハ、ハヤブサってまだキスした事なかったの!?う、嘘でしょ………いつものあのデカイ態度と頻繁に見せる下心丸出しの顔や発言しといて?い、意外だわ。もしかしてハヤブサって根は純情……………って、それは有り得ないわね。あれほど欲望のままに生きる人間なんて、私見た事ないもの。

 

でも、そう、ハヤブサって思ってたより軟派じゃなかったね。私は少なくとも夜天かシグナムかシャマルあたりにはとうの昔に手を出してると思ってたわ。

改めて意外ね。

もしかして、今まで彼女の一人も居なかったんじゃないかしら?だとしたら地球の女は男を見る目がないわね。あんなに外道で鬼畜で自分勝手で我が侭で不器用で素直じゃなくて、でもちょっとだけ優しい男、そうはいないわよ?

そんなハヤブサの色々な意味での良さに気付かない地球の女は、もしかしたらハヤブサ以上に馬鹿なんじゃないかしら。リニスやアリシアだって、知り合ってから1日後でにはハヤブサを気に入ったのに。特にアリシアなんてハヤブサにべったりし過ぎで、逆に腹立つくらいよ。

まあ、でもそれもしょうがないのかもね。ハヤブサのあの性格は少し付き合ったくらいじゃ嫌悪感しか湧かないし。まさに一見さんお断りってやつ。

 

だから、そうね、いい機会だわ。今回の後日談はあの男が優しさの一面を見せた時の話をしましょう。でも、まあそうは言ってもやっぱり今回の話も基本的にぶっ飛んだモノではあるんだけれど。その辺をもうちょっと自重すれば、私だって…………って、私は何を言おうとしてるのかしら。…………か、勘違いするんじゃないわよ?別に私がハヤブサをどうこう想ってるわけじゃないわ。今回だって後日談の話題がないから仕方なくハヤブサを取り上げるだけ。それ以上もそれ以下もなくてよ?

 

確かにハヤブサには感謝の念は尽きないわ。深く付き合えば付き合うほど魅力を感じてくる男だというのも事実。でもね、この際だから改めてハッキリ言っておくわ。

 

 

 

 

 

 

 

私はハヤブサの事なんて大っっっっっっっっっっっ嫌いなのよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………………大嫌いは言い過ぎたわね。うん、それはちょっと可哀相よね。『嫌い』くらいね。

 

…………………………………………嫌いでもちょっと言い過ぎかしら。何だかんだ言ってアレで私達を考えてくれてるわけだし、アリシアもフェイトもハヤブサの事好いてるし。『好きじゃない』、これが妥当ね。

 

…………………………………………それもちょっと失礼な言い方ね。ある意味『嫌い』とハッキリ言うより酷い言葉な気がするわ。う~ん、だったらやっぱり『好き』、これね。うん、しっくりくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………って、なんでそうなるのよ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリシアとリニスが蘇ってきた日から数週間後。つまり私とフェイトとライトとアルフとアリシアとリニスが家族を始めて数週間。

そんなある日の朝。

私は腹部に感じる絶大な衝撃や痛みと共に目が覚めた。

 

「おはろ~」

 

ベッドの上で咽る私の横で、ニヤニヤといった類の憎たらしい笑みを浮かべる男が一人。

 

「ごほっ、この、ハ、ハヤブサ!」

「よっ、お目覚め?気分はどうよ」

 

タバコを咥えながらいけしゃあしゃあとのたまうハヤブサ。ここ最近で一番見飽きた顔の男。

お腹を押さえ苦悶の表情で咽る私の姿を見て、その気分の事を尋ねるなんて世界中探したってこの男くらいね。ならば敢えて言ってあげるわ。

 

「気分は最悪よ!」

「おいおい、朝っぱらからそんな怒んなよ。新しい朝だぜ?希望の朝だぜ?喜びに胸開いて大空仰げよ」

「誰のせいで朝からこんなロー気分にさせれてると思ってるの!忌々しい朝に憤怒で胸焼いて大空焦がすわよ!」

 

朝っぱらから愉快な事を平然と言うハヤブサに、文句の一つや二つは自然と出てくる。

というか、朝っぱらからこの男は何しに来たのよ。しかも堂々と人の寝室に入ってるし。私、鍵掛けてたわよね?

 

「あれあれ?そんな事いっていいのかな~?言っとくけどよ、俺ぁお前を起こそうなんて気はなかったんだぜ?そしてこんな起こし方をしたのも俺じゃねぇ。まっ、起こし方の提案はしたがな」

 

そう言ってハヤブサは咥えているタバコをピッと私の腹部に向けた。なんとも器用な男ねと思いながら、そのタバコが向けられた先に目を落とせば、そこには潤んだ瞳で私の顔を見上げている愛娘が一人。

 

「ア、アリシア!?」

「えぐっ、ぐじゅっ……ふえぇ……」

 

アリシアのその涙はさっきの私の怒鳴り声によるものか、それとも私を怒らせたと思った自責のものか、あるいはその両方か。

 

「あ~あ、泣~かした~泣~かした~。せっかく可愛いアリシアが起こしてくれたってのに、怒っちゃいけないだろ常識的に。………ぷぷぷ」

 

ハヤブサへの多大の殺意が湧き出るが、今はそんな場合じゃない。

今、アリシアは布団越しに私の腰辺りに大の字でうつ伏せになって、涙で濡れた顔だけを上げて私を見ている。この状態から察するに、目覚める原因となったあの衝撃はきっとアリシアが寝ていた私にフライングボディプレスを見舞ったんだと思う。けれど、私はそれに気づかず原因は寝起き早々視界に入ったハヤブサだと思い怒り心頭。その怒りをアリシアは自分に向けられたのかと思ったのか、現在こうして可愛い顔を涙で曇らせている。

 

私が最初に誤解し、その誤解をアリシアがさらに誤解した形ね。……………つまり完璧ハヤブサが悪いって事なのよ!ていうか、何で私はアリシアの存在に気づかなかったの!?普通人一人がお腹の上に乗ってれば気づくものでしょう!ああ、もう、私の馬鹿!!

 

 

「ア、アリシア、違うのよ!別にアリシアの事を怒ったわけじゃないんだからね?」

「で、でも、ママ、すごく怖い顔で………ううぅぅっ」

「ああ、ありゃあ怖い顔だったな。鬼か悪魔かそれ以上?そんな顔を可愛い娘に……」

「あんたは黙ってなさい!!」

「ひうっ!?」

「ああっ、違うのよアリシアっ!?今のもハヤブサに言った言葉で………」

「くくくくっ」

 

ハ・ヤ・ブ・サ~~~~!!覚えときなさいよ、後で酷いから!!

 

「アリシア、泣き止んで。ね?」

「う゛ぅ……」

「やれやれ。おら、アリシア」

 

ハヤブサがぐずっているアリシアを抱き上げて布団の上から降ろし、そのまま抱えた。

 

「お前が泣き止まないとママまで泣き始めちまうぞ?悲しいよぅ、てな。ママは俺が面倒見ててやっから、それよかお前はフェイト起こして来てくんねぇか?で、朝飯食おうぜ」

「ぐず……うん」

「よし、いい子だ。今朝は俺特製のオムレツだ」

「隼が作ってくれるの!?やたっ!」

 

鳴いたカラスが何とやら。

アリシアは涙を腕で拭った後、トテトテと部屋から出て行こうとして寸前に私に振り返った。

 

「ママ、おはよう!」

「───ええ、おはよう」

「えへへ。フェイト起こしてくる!」

 

子供の機嫌は山の天気より変化が激しいとどこかで聞いたような気がするけど、アリシアはそれ以上ね。いえ、それともハヤブサがそれほど口が上手いのかしら。

 

「ホント可愛いねぇ、アリシアは。やっぱガキはああやって表情豊かじゃねーとな。それに比べてウチのガキ共と来たら…………ハァ」

 

前半の言葉は本当に優しい笑みを携えながら。後半の言葉は舌打ちでもしそうなほど忌々しそうな顔をしながら。

そして私はそんな彼の顔を意味もなく見続ける。どんな顔をしているのかは、生憎と鏡がないから分からないけれど。

まったく、表情豊かなのはあなたもじゃない。

 

「さてと。じゃ、俺も前言を反故しないように朝飯の準備でもしますかね」

「ちょーーと待ちなさい!私に何かいう事があるんじゃない?」

「…………服、はだけてるぞ」

「っっ!!」

 

バッと布団を掻き抱き胸元を隠す。

この男は本当に……!!

 

「ハァ……もういいわよ。ホントはちっとも良くないけどいいわよ!で、今日は一体何しに来たのよ。家庭教師の日は確か明日のはずよね?」

 

ハヤブサには週に何度か、アリシアとフェイトとライトに勉強を教えてもらっている。こんな男でも聞けば一応学歴はそれなりのもので、小学生程度の勉学なら苦もなく教えられるという事なので依頼した。

本当は私が手ずから教えてあげたい。そもそも頭の出来がハヤブサとは違うのでより良く上手に教えられる自信もある。けれど、残念な事に私も今ちょっとやることがあるので出来ない。

 

「ああ、ちょっと朝から一悶着あってな。家に居づらくなったから遊びに来た」

 

ハヤブサの顔には忌々しさと申し訳なさが同居しており、私はその表情だけで大方予想がついた。

 

「理とヴィータと喧嘩。そして夜天かシグナムかシャマル、あるいはその全員から雷が落ちた。結果、ここに逃げてきた。そんなところ?」

「………はん、うっせぇよ」

 

やはり図星だったようで、気まずく目線をそらすハヤブサ。

まるで兄弟喧嘩の末、親に怒られた子供のようなその姿に私は少し笑みがこぼれた。

 

「あなた達の1日平均喧嘩回数、最近また増えてきてない?」

「しゃあねーだろ。あいつら、ムカツクんだよ」

「喧嘩するほど仲が良いとはいうけど、流石にやりすぎよ。この前なんて1日中ド突き合ってたでしょ。しかも殺傷設定での魔法ありで」

 

その時は理とヴィータだけでなく夜天とシグナムとシャマルとザフィーラとライト全員での無人世界で大喧嘩を繰り広げた。その理由が『ハヤブサは誰を一番可愛がっているのか』というものだったから、頭が痛くなる事この上ない。

 

結局決着は着かなかったようだけれど、あえて勝者を挙げるなら、傷だらけになって帰ってきたハヤブサを介抱したアリシアとフェイトとリニスとアルフだろう…………あと、まあ私も。

 

「その内怪我だけじゃ済まなくなるわよ?」

 

というか、現時点で怪我だけで済んでいる方が奇跡なんだけどね。

この前、理から殺傷設定のSランク魔法の直撃貰ってたけど、この男は何で生きてるの?頑丈とか、そんなレベルじゃないわよ?

 

「もう少し大人になりなさいな」

「若返った奴に言われたくねぇっての。つうかお前、どうしたんだ?目の下にでっかいクマなんかつくって」

 

少しだけ、ほんの少しだけ心配そうな雰囲気漂わせながらこちらを窺ってくるハヤブサ。

 

「あら?心配してくれるの?」

「ああ?誰が誰の心配するって?まだ夢の中にいるようなら一発殴ってやろうか?」

 

先ほどの雰囲気を吹き飛ばして睨みつけてくるハヤブサ。その言動は腹が立つけれど、どうしてか私はこの感じのハヤブサが嫌いじゃない。

それに、そんな言動は全てハヤブサなりの優しさの裏返し。照れ隠し。……とは言いすぎね。

 

「あなたが、アリシアやフェイトの心配よ」

 

私の体調が悪くなれば当然フェイトやアリシアは悲しむ。そして子供好き(曰く、可愛い子供限定)であるハヤブサはそんな子の顔なんて見たくない。

自分大好き我がまま男の数少ない常識的な良心の一つ。

 

「………ふん、意味分かんね。俺ぁただそのクマの原因が気になっただけ。変な勘繰りすんなや。で、どうしたんよ?」

「ちょっとね、フェイトのデバイスをリニスと一緒に改良してるの」

 

それが私が勉強を教えられない理由。フェイトの愛機バルディッシュの改造。

私はライトのコピーバルディッシュ……バルニフィカスを借りて、それを基にフェイトのバルディッシュにカートリッジ機構を取り付けようとしている。ついでにいろいろと改造も。ただ、やはり中々難しく、リニスと2人で設計に取り組んでいるが未だ完成にはいたっておらず、連日の徹夜の結果がこのクマ。

 

「ふ~ん、デバイスの改良ねぇ。まっ、体壊さない程度に勝手に頑張っ…………って、待て!てことはリニスちゃんもお前みたいなクマ作ってんのか!?」

「は?まあ、私ほどじゃないけど少しは………」

「な!?テメ馬鹿野郎ォ!」

「な、なによいきなり……」

 

わ、私何か彼の癇に障ること言ったかしら?

いきなり憤慨し出したハヤブサに戸惑う私だったが、次の彼の言葉で私が憤慨しそうになった。

 

「彼女の顔にクマだと………なんて事だ!あの美顔にそんなモンは似合わねぇ!ふざけんなよプレシア!デバイス改良すんのは勝手だし、お前の顔にクマが出来るのはどうでもいいが、彼女は違ぇ!一人でやってろや!」

 

遠慮とか配慮とか気づかいとか、そんな物は微塵も感じさせない、いつも通り傍若無人・自分勝手なハヤブサの物言い。

正直なのは美点であるけれど、ここまで来ると問答無用で殺したくなる。

 

「へ、へぇ~。子供たちやリニスの事は気に掛けるのに、なのに私の事は一蹴?」

「ったり前ぇだ馬鹿ですかお前は?こうしちゃいらんねぇ、朝飯に精の付くモン作ってやんなきゃ。ああ、お前はなるべくリニスの手を煩わせないよう、朝飯抜きでさっさとデバイス改良作業してろよ」

 

…………ぷちん。

と。

私の中で何かが切れた。

 

「ハヤブサ」

 

朝食の準備に取り掛かるのだろう、部屋から急いで出て行こうとしたハヤブサに声を掛けた。

 

「ああ?ンだよ、こっちは急がし………」

 

しかし、彼の言葉は最後まで紡がれなかった。私が作り出した拳三つ分くらいの大きさの魔力弾を見て、顔を引きつらせる。そして肩を落としながら溜息を吐きこう言った。

 

「………ハァ。どいつもこいつも、なんでこう俺の周りにいるやつは喧嘩ッ早いんだ?」

 

誰のせいよ!

 

「ハヤブサの馬鹿ーーーーーーーーー!!!!」

 

ベッドの上で毛布を抱き、顔を真っ赤にして罵詈雑言を放つ女、対してそれを諦めたように受ける男。

まるでドラマによく見る痴情のもつれか何かの図。

なんてね。

 

(誰かにここまで感情を揺さぶられるのは何時以来かしら………)

 

それがどんな、何に対する感情なのかは分からないけれど。元夫に対しても、ここまでのナニカを抱かなかったような気がする。

 

そんな事を思いながら、私は第2第3の魔力弾をハヤブサに放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前等さ、ずっとこんな辛気臭ぇ場所で生活するわけ?」

 

それは朝食の場で唐突に放たれたハヤブサの言葉だった。まるで『わぁ、ここに馬鹿がいる』とでも言わんばかりの顔で。

何だかんだ言ってハヤブサは私の分の朝食も用意してくれており、私はそのハヤブサ特製オムレツ(というより、ただの卵焼き。しかも崩れた)にスプーンを伸ばしながら怪訝な顔を彼に向けた。

 

「昼でも薄暗いわ、草木は腐ったような色してるわ、景観もくそもあったもんじゃないわ。住んでてつまんなくね?」

 

まあ、ハヤブサの言う通りではある。

アリシアの件が済んで改めてこの庭園を見てみれば、何とも味気なく面白みの一つもないところだというのに気づいた。

だからつい先日、地球で103型のテレビを購入し部屋に入れてみた。その為の回線も魔法世界の技術と私の頭を使い、きちんと地球から引っ張ってきた。久しぶりのテレビだからなのか、それとも地球の技術力なのか、最後に見たときよりも映像はとても進化していて綺麗で、私達家族の間では密かに映画鑑賞がブームになっている。

 

「何で地球に来ねぇんだ?フェイトの借りてたマンション、あれそのままだろ?勿体ねー」

「そうだけど………」

 

危惧している事がある。それは言わずもがな管理局。

今回のジュエルシードを巡る件で管理局は地球へやってきた。そして今尚、ジュエルシード回収のため地球にいる。

そんな世界に身を置くのはあまりに無用心だ。私の事が露見しているかは分からないけれど、少なくともフェイトは局員と一度相対したと聞いた。だったら私の事も露見ていると、ある種考え過ぎていた方がいい。フェイトだけここに置いて他の皆で地球に移り住むという案もあるにはあるけれど………とてもじゃない、今の私にそんな事は出来ない。

フェイトと離れる事なんて出来ない。したくない。……………私も変わったわね。

 

「ンだよ。なんか気になる事でもあんの?─────あ、ライトてめぇ!それ俺のウインナー!」

「管理局よ」

「へっ、ベーコンも~らい!─────あん?管理局?別に気にする事ねぇんじゃね?お前の事は別にバレてねーんだろ?あ、でもまだあのなんちゃらシード持ってるんだっけ?」

「ジュエルシードよ」

 

そう、フェイトに回収してきてもらったジュエルイードはまだ私の手元にある。これを手放さない限り、管理局が地球から離れないでしょうね。

でも、手放すにしても、まさか野に放つわけにはいかない。封印処理がされているとはいえ、またいつ暴走するか分からないし。局に直接持っていくという案もあるけど、そうなった場合、芋づるで私のやってきた事が露顕する可能性がある。特にプロジェクトF──フェイトの事がバレると拙い。いえ、私だけが糾弾されるならいいけど、フェイトにまで矛先が向いてしまったら……。

そこまで考えて、いやと内心で首を横に振る。

 

(……結局、私のエゴのせいか)

 

過去も、そして今も。……だったら、僅かでも精算しなきゃいけないわよね。

私は気持ちをあらため、皆に言う。

 

「……フェイト、アリシア、リニス、アルフ、あなた達は地球に行きなさい。ハヤブサの言う景観云々は兎も角、良い環境じゃないのは確か。ジュエルシードは私が何とかするわ。いざとなったら局に出頭すればいい。もちろん、あなた達の事は話さないわ。これは、私の責だから」

 

フェイトたちとはいつまでも一緒にいたい、離れたくない……そんな私の我が儘を通して、これ以上我が子たちを不自由させてはいけない。私は失った幸せをまた掴む事ができた。我が子を抱き、笑顔がまた見れた。その奇跡で満足するべきよ。

 

そんな前向きなのか後ろ向きなのかよく分からない思考が鎌首をもたげ始めた私だが、やはりというか、ハヤブサが不機嫌な顔して睨みつけてきた。

 

「テメエは俺が今まで言ってきた事ややってきた事を覚えてねーのかよ。ここまで来てそういう事言うとかマジねーわ」

「で、でも……」

 

何か反論しようと言葉を紡ぎたかったが、出てこなかった。それは私が今の幸せを手放す事に臆病になっているからか、それとも……ハヤブサの隣に座っているフェイトが、涙を湛えているからか。

 

これはどう言い繕うかと思案しようとし、しかしそれは我が子の叫びで止まった。

 

「嫌だ!もう母さんと離れるなんて嫌だよ!母さんと、アリシアとリニスとアルフ、皆一緒がいい!家族と一緒がいい!」

 

涙を瞳に浮かべたフェイトがテーブルをダンッと叩きながら立ち上がり、私を真っ直ぐに見て、まるで懇願するように捲し立てる。

 

そんなフェイトの姿を見て、場違いながら私は改めて思った。

本当にこの子は真っ直ぐ育ってくれた。今までの私の行いを考えれば捻くれて当然なのに、それでも真っ直ぐに、無垢に、強く………強く、と。

 

だったら私はこう返すしかない。素直なありのままの気持ちを。

 

「ホント馬鹿な母さんね。ごめんなさいね、フェイト。私もずっとあなたといたいわ」

「う、ううん、あ、あの、私の方こそ大きな声出しちゃってごめんなさい」

 

恥ずかしくなったのか、少し赤くなって縮こまるように椅子に座り直すフェイト。そんなフェイトを見て、私は喜色の笑みが浮かぶのを抑えられない。本当に可愛い娘だと、心の底から思う。……………ただ、そんな事を思う自分に少しだけ嫌気も差してしまう。この子にあんな事をしてきて何を今更、と。

 

そんな時。

 

「はい、プレシア」

 

そっとオレンジ色の液体が入ったコップをリニスが私の前に置いた。まるで私の後ろ向きな思考を断ち切るように。

そして一言。

 

「何でもかんでも一人で背負おうとしないでくださいね?」

(…………本当にリニスには敵わないわね)

 

穏やかな笑みを浮かべるリニスに私は「ありがとう」の言葉を彼女と同じような笑みと一緒に返した。…………ハヤブサがリニスの笑みをだらしない顔で見ているのは癪に障るけど。

 

「リニスはやっぱ可愛いなぁ………って、ぬお!?俺のポテトサラダがいつの間にか無ぇ!?どこに………アルフゥゥゥ!その口元に付いてるポテトちっくな白いものは何だーー!」

「いや~、いらないのかと思ってね。リニスの方ばっか見てるし」

「いらないモンを自分が作るか!しかも食べかけだ!つうか俺がどこ見てようと関係ねぇだろ!…………うり」

「あああああ、私のオムレツ!?ハヤブサー!」

「もぐもぐもぐ、ごっくん。ごっそさん」

「……………表ん出な!」

「へっ、上等!!」

「上等、じゃないわよ!!大人しく食べなさい!アルフも!!」

 

本当にハヤブサという男は身勝手すぎる。普通、人に会話振っておいて、その途中に他の人と喧嘩を始める?一体どういう思考してるのよ。その場その場を全力で生きすぎよ。

ていうか空気読みなさいよ!私が言うのもなんだけど、結構シリアスだったじゃない!真面目ムード全開だったじゃない!それがなんでまたこんな空気になってるの!?

 

「覚えてろよアルフ。で、なんだっけか?………ああ、地球に住む事が決定したところだったけ」

「どうしてそうなってるの!?」

「ンだよ、ぐだぐだうっせぇな~」

 

ハヤブサは牛乳を一気に飲み干し、食後の一服とばかりに早速タバコを取り出して火をつけた。

彼以外まだ朝食を食べている最中なのに、なんの遠慮もなく紫煙を振りまくハヤブサだけど、その事についてもう誰も眉を顰めない。

すでにその行為やその姿は見慣れた物で、もはやハヤブサがいる時の食事の1品のようにまでなっている。

人に、特に子供にとっては当然体に良くなく、私もやめて欲しいと何度かいったけど無駄だった。それに子供達も何故かハヤブサがタバコを吸ってる姿は好きみたいなのよね。

 

「いちいち訳の分からん未来を心配してどうする。今を楽しまなきゃ損だろ。だ~いじょうぶだって。何とかならぁな。てか、ジュエルシードも俺が何とかしてやっから、これ以上萎えるような発言禁止な」

 

その言葉がどこぞの馬の骨が言ったものなら、まるで信用に値しない、一笑にするものだけど。どうしてだろう、ハヤブサが言うと本当にどうにかなりそうに思う。

いや、きっとなんとかなる。その証拠が──この家族で囲んだ食卓だ。

 

「て訳で、さっさと引っ越そうぜ。こんな欝になりそうな所、出来ることなら一時もいたくねぇし。よかったな、アリシア、フェイト、ライト。面白いとこが地球には一杯あっから、俺がいろいろと案内してやんよ。アルフもお天とさんの下、ザフィーラと一緒に散歩しようぜ?かなり気持ちいいぞー。リニスもさ、給仕ばっかしてねーで羽伸ばせよ。服もそんなんじゃなくてもっと歳相応の着てよ?そうだ、今度一緒に買いに行こうぜ。俺、プレゼントすっから。ていうかさせて!」

 

ハヤブサが言い終わった瞬間、途端に場は賑やかになった。

 

「ホント?じゃ、ボクテレビで見たアレしたい!フィッシュ竹中殺し!」

「ラ、ライト、あれは魚釣りだよ………」

「はーい!わたし、ゆーえんち行ってみたい!」

「散歩か~、いいね!行こう行こう!」

「ふふ、ありがとうございます。期待して待ってますね」

 

結局、ハヤブサはこういう奴なのよね。

いつもいつも自分の為とか言ってて、実際99%本当にそうなんだけど…………でも、やっぱり根っこは人の為に動いてると思う。彼はそれを否定するだろうし、上手く言葉で化かそうとするけれど、彼のその優しさの一端に触れた者なら真実は容易く見抜ける。

 

だから、私もこう言う。

 

「あら。私には何もしてくれないのかしら?」

「は?調子に乗んなよボケ。………………まあ、後ろ向きに考えといてやんよ」

 

ほらね?

 

「あっと、その前に─────」

 

でも、やっぱりハヤブサはハヤブサな訳で。1%が優しくても99%は利己の塊なので。

 

「ここ、売っ払っちまおうぜ。で、引越しという提案を出した俺へのマージン料は売値の80%な」

 

本当に飽きない男ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時の庭園の売却。

 

言葉にすれば簡単だけれど、実際問題はそうじゃない。

別に売る事には何の異論も無い。ここには何の思い入れもなく、むしろ忌まわしい事ばかりだ。特にフェイトにしてしまった所業を否が応にも思い出させられ、胸が締め付けられる。本来なら『だからこそ』向き合わなければならないのだろうけど、そんな心境をポツリとハヤブサの前で漏らしたら、

 

『過去と向き合ってどうするよ。お前が向いてやんなきゃなんねーのは、そんなモンじゃなくて今のフェイトだろうが』

 

下んねぇ事言ってんじゃねー、そう吐き捨てた彼に私はどのような眼差しを向けていただろう。

ハヤブサって時々良い事言うのよね。

まあ、それは兎も角。

だから、気持ち的には何も問題なかった。デバイスの改良も、やろうと思えば地球でだって出来る。

問題はそんな事じゃなく、もっと現実的なもの。

 

──どうやって、どこに、誰に売りに出すか。

 

勿論、普通に売り出せる代物じゃない。こんな物を売り出せば必ず管理局の目に留まる。そうしたら当然私が売主だと分かり、そこから下手したら今回のジュエルシードの件への関わりが露見してしまう可能性も0じゃない。

 

だから私は秘密裏で売る事を決めた。研究所に居た頃に出来た明かせない人脈や、フェイトを造…………産む時にコンタクトを取った人たち─────つまりアンダーグラウンドな奴らを売却の対象に絞った。彼らならその立場上どこへも洩れる心配は無い。

 

私は部屋にある端末から各々の連絡先を呼び出し、時の庭園の売却の旨を文章にして送った。どれほど返答があるかは分からないけど、買い手は必ず現れると私は核心している。今どんな物が売りに出されているか、そういう情報は瞬く間に巡る。それは今送った相手だけじゃなく、その相手の相手まで。そしてその巡る場所もその性質上、裏でだけ。表には絶対に出ない。

 

「送ったわよ。返事もすぐ来ると思うわ。物の売買、そして情報っていうのは早さが命だから」

 

座って端末を操作していた私の傍らにはハヤブサ。この部屋には私とハヤブサのみで、他の者は各々好きなことをしている。

 

「オーライ。あとは任せな」

 

私はそういうハヤブサに席を譲った。

彼に何を任せたのかというと、値段の交渉だ。その為の端末の操作、文字の打ち方は事前に教えておいた。そして私がこの庭園を購入した時の金額も教えており、だからだいたいの相場も彼は把握している。

 

「ふん。ぼったくり価格で売りつけてやんぜ!」

 

ハヤブサらしいその言葉に思わず苦笑してしまう。

まあ、息巻くのは当然でしょうね。なんたって私が購入した時の値段以上の価格で売れたら、その差分を上げると言っておいたのだから。

さて、いつもいつも金金言ってるけど、実際の集金力はどれくらいかしら。まあ、今のハヤブサの懐具合を知ってるのであまり期待は出来ないだろうけど。

 

「お、早速来た!」

 

ピコンと端末がなり、画面にメッセージが出た。そのメッセージはミッド語で書かれていたが、私が教えたようにハヤブサが端末を操作すると日本語に変換された。

 

「ええと、なになに………………」

 

黙々と文字を読み進めるハヤブサ。そして全部読み終わったのか、彼は返信画面を呼び出し文字を打ち始めた。

 

(お茶、入れきてあげようかしら。それに肩も凝るだろうし、マッサージでも……)

 

座って文字を打っている彼の背中や初めて見る寡黙な姿を見て、漠然とそんな考えが浮かび……………次の瞬間頬が朱に染まったのを自覚した。さらに自覚した事はそれだけじゃなく、私の右手がいつの間にか彼の背に触れそうな位置まで伸びていた。

 

(え、あれ?私、なにを………)

 

これじゃあまるで………

 

「おい」

「ひゃい!?」

「…………頭、膿んだか?」

 

私の奇声に怪訝な表情をしながら振り返ったハヤブサに『なんでもない』という意を込めて首を横に振る。その動作はきっと凄くぎこちなかっただろう。

 

「な、なにかしら?」

「ん、ああ、ちょっと長丁場になりそうだからよ、茶でも入れて来てくんね?」

 

その言葉に私の胸の内が見透かされたかとさらに頬が赤くなるが、ハヤブサはこちらの返答を待たずまた文字を打ち始めた。もう用は無いと言わんばかりのその態度に、知らず私はムッとした表情になる。

 

(もうっ、なんなのよ!!)

 

………本当になんなのよ。

 

自分でも意味の分からない怒りと羞恥を抱え、私は早足で部屋を出た。後ろ手で扉を閉めた後、その扉に寄り掛かかり、胸を押さえながら気を落ち着かせる。

鼓動がいつもより高鳴っているような気がする。

 

「なんなのよ………」

 

先ほどと同じように、しかし今度は声に出してみた。

けれど、どういうわけか、私らしくない弱弱しい声しか出なかった。そして頭の中にはハヤブサの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 

結果、お茶を入れたら何故か砂糖まで入れてしまったり、おぼんをひっくり返してしまったり、お茶菓子も付けるべきか悩んだ末にそもそもお茶菓子なんて無かった事に気づいたり。ならばいっそ手作りクッキーでも焼いてやろうかと思った所でまた己のバカな思考に身悶えたり。

散々だった。惨々だった。

 

「なんなのよ、もうっ!!」

「プ、プレシア、落ち着いてっ!?」

 

結局、見かねたリニスに手伝ってもらい、ハヤブサのところにお茶を淹れて戻ったのはそれから30分後だった。

 




更新遅くなり申し訳ありません。

加筆修正でシリアス入れて、innocent版のようなお淑やかで母性あるプレシアを書こうと思ったんですが……何度も書き直した結果、無理でしたorz
結局ほぼリメイク前の内容……精神年齢が少女なプレシアさんに……改めて見れば彼女も半オリキャラ化してますね汗

次回は無駄にリメイクしようとして時間取らないようにし、早めの更新目指します。


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プレシア後日談 後編

「ぶっ殺すぞボケ!!」

 

部屋に大きな男の声が響き渡っている。その声を発している口は拳くらい丸のみ出来そうな程大きく開いていて、汚らしい唾まで威勢よく飛ばしている。野太いそれはいつもよりさらにドスが効いており、もうそれは怒声とかいうレベルではなく、その種類でもなく、ただの罵声であり恐喝。

形相も相応に厳しいもので、とてもアリシアやフェイトには見せられない。きっと、今の彼の顔を見れば怯え、ともすれば泣き出すかもしれない。

 

そんな男………ハヤブサ・スズキ。今の彼の頭の中を占めているのは唯一。

 

───金。

 

「ハァア!?テメェふざけてんのかよ、あ゛あ゛ん!?あんま舐めた事抜かしてっと歯ァ全部引っこ抜くぞ!いっぺん死んでから出直して来いや!」

 

端末を乱暴に操作し、空中に浮かんでいたウインドウを閉じた。映っていたのは私もかつて一度だけ見た事のある顔で、確か結構な地位にいる魔法界の闇の商人だ。

そんな奴を相手に見事なまでの啖呵を切るハヤブサを褒めればいいのか、それとも教えてもいない映像付きボイスチャットのやり方を自分で習得した事に感心すればいいのか……………。

 

人間、金が絡めばここまで力を発揮できるものなのかしら?この度胸と順応能力があれば就職くらいすぐに出来そうな気もするけれど……………それが出来ていないのは、やっぱりこの性格せいね。

 

「おいおいオバン、そんな額でホントに売れると思ってんのか?頭イッてんのか?年増の金なしに用はねぇんだよ!汚ぇツラ整形して脂肪吸引したあと30歳ほど若返ってから出直せカス!」

 

ハヤブサがお金大好きなのは嫌なほど知ってたけど、まさかこれほどとはね。確かにこれなら彼女なんて出来ないでしょうね。普通だったら確実に幻滅の対象ね。

ちなみに今の相手はどこぞの領主の奥方だったはず。

 

「ちょっと待っ………あー、もう、うるせぇうるせぇ!俺の言葉を聞け!いいか、俺は日本語なんだよ。に・ほ・ん・ご!!分かる?分かったなら日本語覚えてから出直せクズが!」

 

ぶつん、と、忌々しげに通信を切ったハヤブサだけど、間を置かずまた端末が鳴り響く。その様子に少しげんなりになっていた。

 

「はぁ……次から次へと満員御礼だよアリガトウゴザイマス。これがクソッタレな客じゃなきゃの話だけどなあ!」

 

どうやら私がここを離れてから30分と少し、ずっとこの調子で相手をしていたようだ。

私は辟易した様子で椅子に座っているハヤブサの隣に身を移し、彼の前に持ってきたお茶(リニス作)を差し出す。

 

「梃子摺っているようね」

「ん?ああ、まあな。ったく、嫌になってくるぜ。なんでこう腐った奴しか連絡して来ねぇんだよ」

「腐った奴にしか売れないし、そもそもあなたも腐ってるでしょ」

「ンだとコラ。俺のどこが腐ってるって?新緑のように煌びやかだっつうの」

「ふふ、減らず口を叩ける余力はまだ残ってるのね」

「はん!別に疲れてねーよ」

 

ハヤブサは引っ手繰るように私の手からカップを取ると、まだ湯気の立つ中身を一気に飲み干した。しかし、その熱さに思わずといった感じで咳き込む。猫舌というわけではないだろうけど、それでも熱さに瞳を潤わせるハヤブサの姿というのは中々新鮮で、なんだかずっと見ていたいような……………。

 

「熱さで苦しむ人様の顔見て笑うたぁ、お前はどこまでドSなんだ?」

「え?」

 

ハヤブサの言葉に反応して、手を頬に伸ばせば確かに緩んでいた。ふにふにと触ってみても、笑みの形は崩れない。

 

「えっと、あれ?」

 

なんで?別に笑ってるつもりなんてなかったのに。

ぺたぺたと自分の頬を訝しげに触る私を見て、ハヤブサも怪訝になっていたが、程なく皮肉げな笑い声を上げながらこういった。

 

「くくっ、わけ分かんねーやつ」

「………」

 

…………ふんっ。

 

「さってと、またお前がドSッ気を出す前に続きに取り掛かろうかね」

 

そう言ってカップを置くと、ハヤブサは面倒臭そうに端末に手を延ばした。

と、

 

《ちょっとウーノ、まだ繋がらないのかね?────ん?前を見ろ?おお、いつの間にか》

 

そんな声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。そしてこちらが何も操作していないのに新たなウインドウが勝手に開き、そこに一人の男が映し出されていた。

 

《珍しいモノが売りに出されていると聞いてまさかと思ったけれど、やはり君だったか》

 

こびり付くような視線を放つ金色の瞳、人を嘲笑する事に特化したような口元、そして何者であろうと見下す事を前提にしている雰囲気。

 

「んだテメェ?」

 

男が映ったウインドウを睨みつけるハヤブサ。しかし男はハヤブサに一瞥もくれず、私に向かって含んだ笑みをただ浮かべている。

そんな男の態度が気に食わなかったのか、ハヤブサは食って掛かろうとしたようだけれど、その前に私が侮蔑の眼差しと共に言葉を発した。

 

「Dr.スカリエッティ………ジェイル・スカリエッティ!」

 

私はその男を知っていた。

 

《これはこれは。あのご高名なテスタロッサ女史に名前を覚えていただけているとは恐悦至極》

「私の方こそ、かの天才科学者であり次元犯罪者でもあるあなたに名前を覚えてもらってるなんてね。しかも、私の端末にハッキングまでしてくれるなんて」

《無作法なのは百も承知だったが、まあ大目に見てくれたまえ。私の研究がその後どうなったのか、気になっていたのでね》

「嘘ならもう少しマシな嘘をつくことね。欠片も気になっていないくせに。………一体なにが目的─────」

「おーい、ちょっと話し止めてもらっていいッスかね~?」

 

私とスカリエッティの会話の雰囲気はとても割って入れるようなものじゃなかったのに、そんなものお構いなしに強い語調でずかずかと割って入ってきたハヤブサに、ここに来て初めてスカリエッティが彼を見た。

 

ハヤブサはこんこんと机を指で叩くと、誰から見てもムカついているだろうと分かる声の調子で喋り出す。

 

「プレシアよぉ、昔話とか雑談すんなら他所でやってくれや。うざってぇんだよ。それと、おいそこのオレンジ君。テメェ、俺をガン無視たぁいい度胸してんじゃねーか。お?その上から目線を今すぐ止めねぇと髪の毛毟り剥ぐぞ?で、こっちにコンタクト取って来たって事は買う意思があるってことなんだろうな?仮に買う意思もないのに、ただ俺の貴重な時間を消費させるために通信してきたってんならマジでぶっ殺してやんぞ、ええオイ?」

《………………》

 

流石のスカリエッティも、初対面でここまで暴言を吐かれたのは初めての体験なんじゃないかしら?ハヤブサのあまりの物言いに茫然と沈黙してるし。

 

「どうなんだよ、黙り決め込んでんじゃねーぞ?買うのか、殺されてぇのか、どっちだ?はっきりしろやキモロン毛」

《…………ク、ククク、あははははは!まさか私が他人の欲の強さに当てられ、閉口してしまうとは!アンリミテッドデザイアが、これじゃあ形無しだよ》

 

同属という事なのか、スカリエッティはたったそれでけのやりとりでハヤブサの強欲に気づいたようだ。

 

「いちいち独白してんなよボケ。お前が発する言葉は『買う』もしくは『殺して下さい』なんだよ。どっちも嫌ならさっさと引っ込め」

《ククククッ。いやいやいや、これは中々どうして》

 

ジェイルの喜悦に歪んだその顔の意味はなんだろうか。そこにはどんな真意が含まれているのか。

 

《ああ、勿論買うよ》

 

は?今、この男「買う」って言った?それが目的でコンタクト取ったわけがないはずなのに、一体どういうつもり?どんな心境の変化?

通信の向こう側にはスカリエッティ以外にも誰かいるようで、『Dr、どういうつもりですか!?』なんて声が小さく聞こえるし。

 

「よし、それでいいんだよ。それで、いくらくらい出せ────」

「ちょっと待ちなさいスカリエッティ。あなた、一体なにを企んでるの?」

 

ハヤブサが早速交渉に取り掛かかろうとするのを手で制し、私は画面の男を睨みつけた。しかし、男は心外だと言わんばかりの顔を作り、そして睨み付ける私を前に事も無げに言った。

 

《企む?私が?》

「そうよ。でなければ、あなたがこの庭園を欲する理由なんて─────」

「プレシア?ちょい黙ってな」

 

脛を蹴られた。ゴツン、と。ハヤブサに。

 

「~~~~~っっっ!?な、なにするのよ!!!}

 

加減なしのその蹴りをもらい、涙目になって訴える私にハヤブサはしれっとしていた。

 

「アホか。相手の事なんてどうでもいいだろうが。この取引を他言せず、金をバカのように出してくれるやつなら誰でもいいんだよ。それが例え犯罪者だろうが、結果この庭園が良からぬ事に使われようが知ったことか。金さえ貰えれば、俺はそれでいい」

《その取引相手を前に臆せず隠さず、何とも豪胆な物言いだね?》

「俺ぁ正直者なんでね」

 

ハヤブサの態度にとても愉快そうに顔を歪めるスカリエッティ。

対して私は呆れてものも言えない。この馬鹿が馬鹿なのは今に始まったことじゃないけれど、それでも今回は相手が相手なのよ。とても黙って見守ることなんて出来ない。

 

「あのねハヤブサ、この男はとても危険なのよ。こいつは違法な技術であるクローン製造『プロジェクトF』の基盤を作り、自身もアルハザードの技術によって生み出された存在。今も何をしてるか分かったもんじゃないわ!」

 

フェイトを生み出すことが出来たのはこの男のお陰とも取れるし、それに私がアルハザードの存在を信じる切欠になったのはこの男の存在だが。

それでも……いや、だからこそ、この男の思考は危険だ。

 

《これはこれは。私のトップシークレットまで把握済みとは、驚きの極みだよ》

 

ちっとも驚いていない顔で、むしろ愉快だと言わんばかりの顔で言うスカリエッティに、私はもう一度睨みを効かせる。

そして、そんな私の話を聞いたハヤブサもちっとも驚いた顔をせずに言った。

 

「ふ~ん。そりゃ驚いたな~。びっくり。で、いい加減交渉に入りたいんだけど?これ以上邪魔すんなら出て行けよ」

「あ、あなた、私の話をちゃんと………!」

「っせぇな。聞いてるっつうの。てか、お前こそ俺の話聞いてたか?俺は、相手の事なんてどうでもいいんだよ」

「~~~っ!!!」

 

ああ、もうっ!

この男は本当に未来も過去も見ないで、今だけを見て生きてる。頼もしい気もするけれど、腹も立つわ。

だから、もうこう言う他ない。

 

「………勝手になさい。どうなっても知らないから」

「お前に言われるまでもなく、俺は生まれた瞬間から勝手にしてんだよ。そしてこれからもな」

 

はぁ……。本当に、腹を立てていいやら笑っていいやら。

取りあえず苦笑の一つだけでも返しておいた。

 

《話はまとまったようだね。結構結構。テスタロッサ君も安心したまえ。私は本当に何も企んでいないよ?まあ、言っても信用出来ないだろうけれど》

「当たり前じゃない」

《ふむ…………なら、その庭園をそちらの言い値で買うと言ったら、少しは信用を得られるだろうか?》

 

その発言に食いついたのは私ではなく、もちろんハヤブサだった。

 

「言い値!?おい、そりゃマジか!!」

《もちろんだとも》

「売った!!」

 

即決ね………ええ、もう何も言わないわよ。好きなようにして頂戴。

諦めの溜息を吐きながら肩を落とす私には、嬉々として大金を抱える未来のハヤブサが幻視された。しかし、その幻視を打ち消す声が意外な所から聞こえてきた。

 

《Dr、何を考えてらっしゃるのですか。いい加減、戯れはお辞め下さい》

 

スカリエッティが映っていた画面の端に、一人の女性が映りこんむ。その声はさきほど少しだけ聞こえてきた声と同様のもので、どうやら彼女もスカリエッティの言動を訝しんでいるようだ。

 

《なんだい、ウーノまで。私に他意はないよ。ただ欲しいものを手に入れたいだけなのだよ………欲しいものを、ね》

《それを私にも信じろと?》

《おやおや、実の娘のような子にまで疑われるのは心外だな》

 

女性は最後までスカリエッティの胸の内を探ろうとした目を向けていたが、私同様諦めたのか、溜息を吐くと画面から姿を消した。

今なら彼女といい酒が飲めそうよ。

 

《さて、これで外野は静かになった。ハヤブサ君、だったかな?それじゃあ続きを…………ん?どうかしたのかい?そんなに口をあんぐりと開けて?》

 

スカリエッティの言葉を聞いてハヤブサの方を見れば、確かに口を阿呆のようにおっ広げていた。視線は変わらずずっとスカリエッティが映っている画面を向いてはいたが、心ここに非ずで、まさしく放心状態だった。

そんなハヤブサを見ていると、何だろう、とてもとても嫌な予感がする。それはもう頭を抱えたくなるほどに。

 

「Dr.ジェイル・スカリエッティ」

《どうかしたのかね?》

「………今の女性は誰だ」

 

─────ああ。やっぱり。

その一言でハヤブサが何を考えているのか分かるほどには、私はハヤブサの事を分かっている。

 

《今の?ああ、ウーノの事か。彼女は私の秘書のような、助手のような存在だよ》

「実の娘のような、とも言っていたな」

《ふむ、まあ間違ってはいないかな。正しいともいえないが》

「じゃあ、先ほどの女性とあんたは特別な関係ではないんだな?親しいけれど、別に恋人とか妻じゃあないんだな?」

《恋人、妻か………そういう煩わしいものは持たない主義でね》

 

ああ、あのハヤブサの表情…………『キターーーーーーーーー!!!』とでも言って今にも飛びはしゃぎそうなほどの顔。

本当にこの男は………本当にこの男はっっ!!!

 

「ジェイル、あんたに一つ頼みがある!」

 

いきなりファーストネームで呼び始めたわね。

 

《なにかな?》

「さっきの女性、俺に紹介してくれ!!!」

《は?》

 

管理局がこの場にいたら、きっととても驚いていたでしょうね。あのジェイル・スカリエッティをこれほどまでに唖然とさせているのだから。隙がありありなのが映像越しでも分かるわ。

 

《しょ、紹介かい?》

「おうよ!なんだよ、ジェイル~、水臭ぇな~。あんな綺麗な人がいるならさっさと言ってくれりゃあ話は簡単に済んだのによ?いやぁ、最初は悪かったな、喧嘩売るような事言っちまって。まっ、水に流せや」

 

最初の態度はどこへやら。

ハヤブサはだらしなく目じりを下げ、鼻の穴を膨らませていた。そしてスカリエッティにこの馴れ馴れしさ。

驚きと怒りと呆れで、私の胸中がぐつぐつと煮えたぎる。ハヤブサの顔を見ていたら、無性にその横っ面を殴り飛ばしたくなってきた。その理由までは不明だが、そんな理由などどうでもいいくらいに。

 

理不尽?知ったこっちゃないわよ。

 

「もしウーノさん紹介してくれんなら、こんなボロい庭園なんて原価の9割増しくらいで売ってやんよ」

《………それは喜ぶべき事なのかな?》

「当然だろう?俺の考えてた言い値は原価の10倍だぜ?」

《す、素直に喜んでおくよ》

 

と、そこでふと唐突にスカリエッティが顎に手を当て考え込んだ。そして少しした後、先ほどまで浮かべていた愉快な表情がさらに色濃くなった。

 

こいつ、何か良からぬ事を思いついた。

 

誰もがそう思うような表情だ。

 

《時にハヤブサ君》

「んだジェイル?」

《どうやら君はお金だけじゃなく、女性にも業が深いようだね》

「まあ………それほどでも?」

 

な~にが「それほどでも?」、よ!あんた程の清さと汚さを併せ持った女性好き、今まで見た事ないわよ!

 

《そこで相談なのだがね。どうだろう、その庭園、原価の2割増しくらいで売ってはくれないかな?》

 

その言葉を聞いて少しだけ怒気を孕んだ顔付きになったハヤブサだけど、それも次の瞬間には含みのある笑顔を見せた。

 

「ぶっ殺されてぇか…………と、本来なら真っ先に言ってるところだが。まずは聞いておこう………その心は?」

《実はね、ウーノの他にもまだ6人ほど娘達がいるのだよ。さらに娘達はまだまだ増える予定でね。12…………この数字が何か、日本人である君ならもしかしたら分かるんじゃないかな?まあこの場合、『シスター』ではなくどちらかと言うと『ドーター』になるがね》

「─────────うしょ………」

 

嘘、と、そんな二文字も口で発せないほど驚いているハヤブサ。

これほどのハヤブサの驚きの顔を始めて見た。けれど、私は別に嬉しくも何ともなく、むしろやっぱり腹が立った。

 

「リ、リアル『シスプリ』、だと?…………ははは、いや、まさかそんな。今のこんな荒んだ現実にそんな贅沢があるわけがねぇ。こんな腐った世ん中で、腐った人間が跋扈する現実で、そんな素敵現実あるわけが……………ジェイル!俺を騙そうたってそうはいかねーぞ!!」

 

口ではそうは言ってるものの、腐った人間筆頭であるハヤブサの顔は明らかに期待の色が強く出ていた。

 

《フフフフフ…………では、これを見てもまだ信じられないかね?》

 

ジェイルが画面の向こうで、バッ、と手を横に一度振ると、画面からスカリエッティの姿が消え、代わりに7人の女性の顔写真がずらっと並んだ。

一番左に映っているのは先ほど見たウーノという女性。その横に順に見知らぬ女性の顔が並び、各々の顔の下に『ドゥーエ』『トーレ』『クアットロ』『チンク』『セイン』『ディエチ』と、名前らしきものが書かれてある。

年齢はそれぞれ違うようだが、それでも全員が大なり小なり女性としての魅力をどこかしらに持っているのが映像だけで分かる。綺麗、可愛い、そのどちらかが全員に当てはまる。

 

(けれど、この子たち…………)

 

映像が鮮明だからなのか、それともフェイトという存在がすぐ傍にいるからなのか………この子たちは、『そういう子』なのだと漠然と感じた。

 

そう、この子達は『人間』じゃない。

 

「スカリエッティ………あなた、やっぱりまだ生命操作の研究をし続けていたのね!そんなものの果てには何もないし、あっちゃいけないのよ!それは分かっているでしょう!?」

 

私はいつの間にか映像に詰め寄り、怒気を孕んだ声でスカリエッティを糾弾した。自分の事を棚に上げ、それでも誰かが言わないといけないなら、私の他いない。

 

しかし、スカリエッティはどこも堪えた様子は無く、むしろ私に楽しげに反論した。

 

《おやおや、プロジェクトFの後継者とは思えない人の発言だ。初めて君に会った時は同じ研究者として多少なりとも尊敬の念を持ってはいたのだが、それが今では見る影もなくなっている。これだから、人間は………生命は面白い》

 

言外に「生命操作の研究をやめる心算はない」、そう言っているスカリエッティ。

私は歯噛みをし、憎々しげに画面を睨み付ける。反して、スカリエッティはそれがさも極上の娯楽のように私の言動を楽しんでいる。

一歩間違えば、私もこの男のようになっていたのではないかと思うとゾッとする。

 

「ジェイル」

 

そんな私の一歩を最後の最後で正してくれた男がここで口を開いた。そして、ダンッ、と机に両手を勢いよく叩き付けて身を乗り出したかと思うと、先ほど以上の一際大きな声で言った。

 

「ご紹介お願いします!!!!」

 

敬語だった。そしてきっちり90度な見事なお辞儀だった。指の先までピンと力が入っている。

 

先ほどの私とスカリエッティのシリアスなやり取りをガン無視し、己が欲望だけを簡潔に述べるハヤブサの姿に、私は殺意以上のナニカが芽生えるのを否定できない。

また、さしものジェイルもあの空気を跳ね除けてのハヤブサのこの発言には驚いている。

 

呆気に取られる私とスカリエッティを他所に、ハヤブサは映像をだらしない顔をして隅から隅まで丁寧に吟味するように見ている。

 

「マジかよ、みんな超可愛いじゃん!しかも今後はこの倍だと?一部ガキもいるけど、それはそれで可愛い顔してっし。ちょっとちょっとジェイル、お前一人でハーレム満喫するたぁ太ぇやろうだな!今度、お前んち遊びに行っていい?お泊りOK?今からメモるから住所教えて」

《ふはっ!まったく、君はどこまでも私の予測の斜め上をぶっちぎっていく反応をしてくれるね。…………ますます、ますますだ》

 

写真が並んだ映像の横に、スカリエッティが映ったウインドウが一つ出てきた。

私はそのウインドウをひと睨みし、そのまま次はハヤブサを睨みつけた。この能天気な馬鹿を。

 

「ハヤブサ、あなた、この子たちがどういう子か分かってるの?」

「どういう子って、そんなん美人で可愛い子、だろ?」

「違うわよ!………この子たち、フェイトと同じかそれに類する存在よ。人のエゴで造り出された、人に似ているけど人じゃない存在」

「あー………つまり、こいつらもクローンって事か?」

 

ハヤブサは私ではなく、スカリエッティに問いかけた。

 

《厳密に言うと少し違うがね。まあ、『人間じゃない』、その一点は正解だよ。生体部分もあるにはあるがね、それも私の技術により一般人とは規格が違ってしまってるし》

「くっ!スカリエッティ、あなた、人の命や体を何だと!!」

《研究者にその言葉は愚問だよ。それに、その言葉はそのままそっくり返そう、テスタロッサ君》

 

分かってる。こいつと私にはなんら違いがない。スカリエッティは大罪を現在進行形で犯し、私は犯した。

どうしたって私にスカリエッティを責める権利はない。けれど、言わずにはおれない。

 

私はまたスカリエッティに怒声を叩き付けようと口を開きかけたその時、

 

「プレシア、ちょいストップ」

「………なによ」

「そこから先は俺に任せな」

 

ハヤブサはポケットからタバコとライターを取り出し、一本咥えて火をつけた。紫煙が漂い、馴染みの臭いが充満する。そのお陰で、少しだけ気を落ち着けることが出来た私は、一度だけスカリエッティを睨んだ後この場をハヤブサに任せた。

ハヤブサが糾弾してくれるのを期待して。

 

「庭園は定価プラス1割でいいぞ。そん代わし、ちゃんと全員を俺に紹介しろよ」

 

儚い期待だった。むしろ分かりきっていた事だった。でも、こう言わずにはいられない。

 

「なんでそうなるのよ!?」

 

ああ、もう、なんで!?私たちの会話聞いてた?スカリエッティの人間性分かってないの?

 

「ちょっとハヤブサ、一体あなた何考えてるの!」

「なにって、そりゃお前─────」

「いい、やっぱり言わなくていい!そのだらしない顔見れば一発で分かったわ!あーもう、この男は!」

 

年甲斐も無く地団駄を踏みたくなるのを必死に抑え、頭を抱えながらハヤブサを見れば、ちょっと真剣な顔になった彼の横顔が目に入った。

 

「まっ、もしジェイルがお前がフェイトにやってたみたいに、鞭とか持って折檻してたらちょっと黙っちゃおけねーが、さっきのウーノさんの様子じゃそれはなさそうだし」

 

あ、相変わらず遠慮が無いというか歯に衣着せぬ物言いね。私の過去の過ちを普通に蒸し返すなんて。

…………真実だから反論できないけど。

 

「そして、俺はクローンだとか非人間だとかで差別はせん!俺が差別するのは『不細工』と『美人』だ!不細工は顔を背けろ!美人は笑顔で見つめて!」

《………………》

「………………」

「故に!その子たちが何だろうが、ジェイルの人間性がどんなだろうが、俺の中での一定のラインを超えないなら何も気にせん!」

 

改めて、重ね重ね。

私はここまで最低で、自分に正直な男を見た事が無いわ。ともすれば憧憬さえ抱くほどよ。

 

「つーわけでジェイル、商談成立って事でOK?はいOK。ンじゃ、さっそく細かい打ち合わせに入ろうじゃねーの。あ、住所教えてくれんなら今からそっち行ってもいいぜ?」

 

嬉々とした表情で私やスカリエッティを無視して場を進めていくハヤブサ。そんな彼を私もスカリエッティもただただ呆然とした表情で見つめているしかなかった。それから少しして、ハヤブサとスカリエッティの間で細かい取り決めがなされた後、ハヤブサは満面の笑みを携えながら部屋を出て行った。部屋に残されたのは私と画面に映ったスカリエッティ。

 

《テスタロッサ君》

「なによ」

《彼、面白いね。あんな人間初めてみたよ》

「まあ、愉快な精神構造はしてるわね」

《そうかね?私は、あれが人間の在るべき姿なのではと思ったよ。強欲にして無垢、鮮烈にして苛烈。方向性は違えど……………彼は、相応しい》

「え?」

 

それはどういう意味?

そう問い返そうとしたけれど、すでにそこにはスカリエッティが映っていた画面はなく、部屋は静寂で包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から大掃除始めんぞ!!」

 

だ、そうよ。

 

事の経緯は簡単。

先の商談で、がめついハヤブサはさらに値を上げようとして最後の最後で一つの交渉をしていた。それが『売値プラス3%で新品同様のピカピカ状態でご提供します』というもの。スカリエッティも断ればいいものを、「じゃ、よろしく」といった感じで了承した。

しかし知っての通り、時の庭園は無駄に広い。馬鹿みたいに広い。とても一人で出来る広さじゃない。

というわけで、掃除機を片手に頭巾とエプロンを装着したハヤブサが、横一列に並んだ私達に向かって声を張り上げるという図が出来上がっているという事。勿論、そこには夜天の騎士たちもいるんだけれど、ハヤブサとヴィータたちって喧嘩してたんじゃなかったっけ?まあ、あのハヤブサだから、金の為なら喧嘩の後腐れなんて二の次にでしょうけど。

 

「なんであたしらが掃除しなきゃいけねーんだよ!」

「ガキどもは風呂掃除と窓拭きな。大人組はガキどものフォローも併せて全体的に。あ、ザフィーラは主にトイレ掃除。それとシャマルとリニスは食事係りね」

「聞けよ!?」

「魔法とか使えるもんはバンバン使って、さっさと終わらせちまうぞ~」

「だから聞けってんだろ!?」

 

ヴィータからの文句を華麗にスルーし、アリシアとフェイトの手を引きながらさっさと部屋を出て行くハヤブサ。それを見てライトと理が対抗心に燃えた瞳で彼の背中に飛び掛かっていった。

そんな光景を他の騎士たちが羨ましそうな瞳で見ているんだから、本当にハヤブサは慕われていると思う。本人がそれをどう思ってるかはしらないけど、私としてはハヤブサを妬ましくも感じる。アリシアやフェイトからあんな笑顔を引き出してるんだもの。

 

「プレシア、なにボサっとしてんだい。また隼にどやされるよ」

「ええ、そうね」

 

でも、やっぱりハヤブサには感謝の念の方が強い。こうやってアルフと普通に話せるようになるなんて、昔は想像もつかないのだから。

 

さて。

 

というわけで各々思うところはあるけど、それでもハヤブサの言う通りに掃除に取り掛かった。そして、それは始めてみれば中々楽しい。思えばここまでの大掃除は幾年ぶりかで、新鮮とまでは言わないけれどとてもやり応えを感じ、だから私はいつの間にか笑顔で取り組んでいた。

 

(フンフンフ~ン♪)

 

と、自然と鼻歌まで諳んじてしまうくらい。

けれど、そんなある種和やかなムードが長続きするわけが無いのが世の常。いや、この場合は『ハヤブサの傍にいる者の常』かしらね。

 

突然、爆発音が響き渡ったのは掃除開始してから僅か1時間の時だった。

 

「な、何事!?」

 

箒を投げ捨て、慌てて爆発音のした方角へと駆け出す。他の者も当然先の音は聞こえており、道中でハヤブサを先頭とした子供組や他騎士たちと合流し、彼と一緒にいたフェイトとアリシアを見て安堵した私だが、そこでふとその子供組みの中にライトがいない事に気づいた。

 

「ハヤブサ、ライトは!?」

「行きゃ分かる!きっと分かりたくない事もなあ!」

 

私たちは皆爆発音のした方角へ走っているわけで。そして、このハヤブサの疲れたような顔と、ここには居ないあのライトの性格を顧みれば、つまりどういう事かがおぼろげながら見えてくる。

果たして。

着いた先に見た光景は、ある一つの部屋、その中に置いてある機械の前でバルフィニカス片手に若干興奮気味に佇んでいるライト。そして、ライトの前には大型の機械が綺麗に真っ二つになって煙を上げていた。

 

「あ、主~~~~っっ!」

 

私達がやってきた事に気づいたライトは涙目でハヤブサに飛び掛るように抱きついた。けれど、横から出た理のハエを叩き落すような一撃でそれが叶わず、あと数mというところでライトは地面にハグ。

 

「なに当然のように主に抱きつこうとしてるんですか?末妹の分際で図々しいですね、ライト」

「なんだよ~、理のアホ!」

「あなたにだけは言われたくありませんね」

「へんっ。理のおたんこなす~、とうへんぼけ~、ろくな死に方しないゾ~」

「……いい加減にしないと怒りますよ?」

「怖くないもんね~。理のア~~~~ホ」

「……………カチ~ン」

「こ、怖くないもん!」

 

そう言ってライトと理はお互いデバイスを構え…………って、いつの間にか喧嘩に発展しそうになってる!?もう、なんでそうなるのよ!

 

「ライトも理も武器を仕舞いなさい!今は喧嘩なんかしてる時じゃないでしょ!」

「あぅ」

「ふん」

 

ライトはシュンとなってすぐにデバイスを消し、片や理は『何であなたの言う事を聞かなければならないのですか』といった感じだったけど、ハヤブサに拳骨をもらう事でようやくその牙を収めた。

 

「それで。ライト、いったいどうしたの?」

 

しゃがみ込んでライトに視線を合わせながら訊ねる。まあ、理由がなんにせよ、何をしたのかはもう何となくわかるけれど。

 

「ボ、ボクはちゃんと掃除してたんだよ?で、でも、そしたらあの機械の隙間から、く、黒くて変なモノが出てきて…………」

 

黒くて変なモノ?

首を傾げる私たち一家とは対照的に、ハヤブサ一家には心あたりがあるのか『なるほど』という顔になった。

 

「ああ、アレ」

「アレ、か」

「アレですかぁ」

「ふむ、アレか」

「まっ、アレならしょうがねーか」

「アレが相手なら、ライトにも情状酌量の余地は十分にありますね」

 

アレ、アレと連呼する騎士たちの顔はどこか苦々しい。

 

「ちょっとハヤブサ、『アレ』ってなによ?」

「ん?ああ、ゴキブリの事だ」

 

ゴキブリ?

 

「あれ?知らね?魔法世界にはいねーのかな………いや、でもさっきライトが見たっつってたし。地球産?まっ、なんでもいいか。お前らもこれから地球に住むんだ、すぐに見れるさ」

 

皆の様子を見るに、あまり見たくはないけどね。

まあ、でもライトに怪我がないようで良かったわ。その黒い変なモノを斬ろうとして機械まで両断したのは頂けないけど、どうせ備え付けの機械なんてここと一緒に売るんだから、別に壊れてても私に不都合は…………………………………待って。

 

私はある事に気づき、恐る恐るという調子で一歩一歩ゆっくりと壊れた機械のほうへ進む。「まさか」「そんなはずは」、そう思いながら。

 

「あ、あー………」

 

思い叶わず。

目の前の両断された機械、そしてその中で一つのボタンが赤く光輝いていた。そのすぐ脇に小さい画面があり、そこに映っているのは『ALERT』の文字。

 

「どしたよプレシア?……ん?アラー、ト?」

 

いつの間にかハヤブサが私の背後に立っていた。そのハヤブサに向かって私は引きつった笑みを浮かべながら振り返った。

 

「ちょっとピンチ」

「は?」

「わ、私が設定しておいた庭園の迎撃機能………誤作動しちゃった、みたい」

「………は?」

 

その言葉がまるでスイッチになったかのような絶妙なタイミングで事が起こった。

部屋中に突然現れる大小様々な魔法陣。そこから吐き出される大小様々な傀儡兵────ゴーレムが部屋を満たす。そして、その現象はきっと今この庭園中で起こっている。

 

「………………」

 

突然の出来事にこの部屋にいる皆が呆然とする。そんな私達を無機物の傀儡が意に返すわけもなく、冷たい鎧に包まれたそれらは一歩前へと進み出た。それが私達の意識を返す引き金となり、各々が慌てたりデバイスを出したりと行動に移す。

 

「主、こやつらは何ですか」

 

皆の代表のようにシグナムがハヤブサに伺うが、勿論ハヤブサが分かる訳も無く、だから当然私が答えた。

 

「こいつらは魔導の力で造られた傀儡兵よ。本来はこの庭園の迎撃機能として置いておいたんだけど、ライトがその制御を一括するメインコンピューターをぶった切ったお陰で暴走したみたいね。こいつら、どういうわけか私達を殲滅する気まんまん」

「……止める方法は?」

「少し時間を貰えればシャットダウンできるけど………」

 

そんな時間、貰えそうにないわね。眼前の傀儡兵には思考力なんてものはなく、だから目の前の相手に襲い掛かるのに躊躇いは無い。躊躇いが無いから、止まる事も無くただただ攻撃あるのみ。後の先はなく、後の後もなく、兎に角先の先。猪突猛進。

 

「つまり壊せばいいわけですね?」

 

そう言って向かってくる傀儡兵に自ら一歩踏み出したのはハヤブサ家一の狂少女、理。

デバイスを顕現させ、器用にくるくると回すとそのまま肩に担ぐような形に持っていく。

 

「魔導人形か……ちょうどいい、お前らのような相手はまだ"知らなかった"。ここで『経験』させてもらおう」

 

理とほぼ同時にそう言ったのはリッターの将、シグナム。

獰猛な瞳でデバイスを構えている姿はまさに烈火の剣神。最近じゃ焚き火の将なんて言われてるけど、でもその腕は確か。

 

「境地、鍛錬、神髄──我が魂の音。主、どうぞ後ろでごゆるりとお聞きください」

 

フィンガーレスグローブを嵌めながら女神のような笑顔をハヤブサに向ける夜天。

穏やかな顔で一度だけ虚空に拳を突き出す姿は堂に入っている。そしてその拳の恐ろしさを私は身を持って知っている。いえ、おそらく今はあの時以上に力をつけてるわね。

 

「ハッ、鉄くず如きが何体束になってかかってこようとも結果は同じっつうこと、分からしてやんよぉ」

 

獰猛に、しかしどこか楽しそうに笑い、自慢の鉄槌を構えるヴィータ。幼い見た目とは裏腹に、シグナムや夜天に勝るとも劣らない戦闘力は文句のない折り紙つき。

それにしてもヴィータの言動、ハヤブサにそっくりね。元からなのか、影響されてしまったのか。

 

「こんな狭い所で『アレら』を使うわけにもいかないし……ふぅ、私自身は戦闘、苦手なんだけどなぁ」

 

私の鞭捌きが霞んで見えるほどの指捌きで、華麗にクラールヴィント振り回すシャマル。

戦う料理人の姿がそこにはあった。今度から彼女のことは『ケーシー・ライバック』と呼んだほうがいいかしら。

そして『アレら』を出すのは本当に止めて。そのどれか一つでも出したらこの庭園が地獄に変わるから。

 

「主の御身は私が守護します」

 

人の姿をして気高く吼えるのはアルフと同種の誇り高き獣、ザフィーラ。

ハヤブサの前でどっしりと構えるその姿はまさに鉄壁の一言。普段のPCと漫画本に齧り付いている姿が嘘のよう。

 

「ヘンテコなやつらめ!全部ボクがやっつけてやる!」

 

ヘンテコなやつらが出る切欠をつくった張本人がデバイスをぶんぶんと振り回す。

その様は無邪気なように見えて、そこはやはり騎士でありフェイトのコピーのライト。振り回しているだけのその行為でも、剣運はしっかりとして……ないわ。振り回さないで。これ以上、機械を破壊しないでちょうだい。

 

(……壮観ね)

 

夜天の写本の騎士。ハヤブサのためだけの騎士。

彼女らが一列に並んだ姿はとても圧倒的で、絶望的で、意思の無いはずの傀儡兵も二の足を踏んでいた。

 

「我ら鈴木隼に仕える華の騎士。そこより1歩でもこちらに踏み出すのなら、その身に破滅の刃が返ってくると心せよ!」

 

雄雄しく声を上げるシグナム。もし仮に相手が感情のある者だったなら、その声だけで膝が震え、ともすれば腰を抜かすという程。

しかし、目の前の相手はただの傀儡兵。二の足を踏んでいたように感じたのは気のせいで、だから何の機微もなくまた進行を始めた。

 

「やめましょうシグナム。こんなくず鉄相手に凄むだけ時間の無駄。脅しなど無意味。故に………」

 

理が有無を言わさず極太の魔力弾を放った。

 

「機械に巻き込まれたガラクタのように、壊れなさい」

 

絶対零度な声色と共に撃ち出した魔法は、その声とは真逆に熱風を伴い、また威力も絶大で、射線上にいた傀儡兵は尽く灰燼に帰した。

そして、そんな理に触発された訳じゃないでしょうけど、続いてシグナム、夜天、シャマル、ザフィーラ、ライトが参戦。

と、思ったらものの数十秒で部屋にいた傀儡兵は一掃された。しかし、魔法陣から出たのはこの部屋だけではなく、庭園中に現れた傀儡兵が次から次へとこの部屋へとやって来ていた。いくら一騎当千の夜天の騎士でも流石にこの狭い場所では大魔法も使えず、さらにハヤブサの身を案じる状況では全力は出せないのか、倒す数より部屋に入ってくる傀儡兵の数の方が多くなってきている。

それでも、負ける気配なんてのは微塵も感じないけど。

 

「おいアリシア、そんな前に出るな。危ねぇから」

「う、うん」

 

シグナムたちが完璧に傀儡兵たちを引き付けているから、こっちにはまだ一度も攻撃はきていないけど、それでもハヤブサは用心のためにアリシアとフェイトとアルフとリニスを自分の後ろへとやる。フェイトとアルフは「自分も戦う」と言っていたが、「止めときな。理とシグナムさ、今完全にキてっからよぉ、下手したらあの二人から攻撃されっぞ」との事で、私達と共に後ろで観戦。

 

「ハヤブサはいかないの?」

 

こいつの事だから、そんな事関係なく『喧嘩だあああ!』とか言いながら勇んで参戦しそうなんだけど。

 

「ん、まあ、確かにちょっと心揺さぶられっけどな。でも、あんな殴っても何の反応も返って来ねぇ奴と喧嘩しても面白くなさそうだし」

 

………まったく、この男は。

 

ハヤブサはやる気無さげにタバコをぷかぷかとふかす。そしてダルそうにどかっと腰を降ろした。それでもしっかりと目は目の前の戦模様を見続けており、さらにどこか羨ましそうに見ているので、何だかんだ言ってもやっぱり心は昂ぶっているんだろう。

なんともこの男らしい。

 

「しまっ…………!!!」

 

騒がしい剣戟の中、その声は突然だったがそれでも明瞭に皆の耳に入った事だろう。今生最大の苦渋を絞り出したかのようなその声は誰のものだっただろうか。

いや、誰でもいい。そんな事はどうでもいい。

問題はその声が『敵の攻撃を突破』されたという種類の声で、さらに問題はその突破してきた攻撃が──────

 

「きゃああっっ!!」

 

後ろにいたアリシアやリニスのすぐ傍に着弾し、その衝撃で彼女達が少しだけ吹き飛んでしまった事。

 

「アリシア!!リニス!!フェイト!!アルフ!!」

 

私はすぐさまアリシアたちの傍に駆けた。

打撲、裂傷、骨折──死……………頭の中に嫌な未来予想図が描かれる。けれど、現実は今回だけは幸いにも優しかったようで、アリシアたちから柔らかい笑顔が返ってきた。同時に、敵に対して怒りの感情が胸の内を占める。

 

(……やってくれたわねえ!!)

 

私の家族に攻撃したな!!!

 

私は憤怒の表情で傀儡兵に振り返り────そこで見たのは、私以上の憤怒の表情で傀儡兵の1体を殴り飛ばしているハヤブサの姿だった。

 

「ッッてんじゃねえぞおおお!!!」

 

上半身裸の状態で、殴り倒した傀儡兵の頭を踏みつけて佇むハヤブサ。その顔にもう一度、バリアジャケットの上着が巻かれた右拳を打ちつけた。ガゴン、と鈍い音が響く。

 

「人が大人しくしてりゃあ調子こきやがってよぉお。この俺の目の前で、テメェ、なにしやがった────」

 

目を見開き、眉を吊り上げて眉間に皺をよせ、剥き出された歯からギリリと噛み締める音が聞こえる。

その形相は憤怒でも言い足りない。悪鬼羅刹とでも言えばいいのか。

 

「アリシアに、フェイトに、アルフに、そしてリニスちゃんに、鉄クズ如きがなにしてくれやがったああ!!」

 

3度目の怒りの鉄拳をただただ力任せに、怒り任せに打ち下ろすハヤブサ。そして、今度は金属を打つ鈍い音ではなく、金属が壊れる甲高い音が部屋に響く。その後から、獣のような「フーッ、フーッ」という荒々しい呼吸音。

ハヤブサの顔の険しさは晴れない。

 

「無抵抗な可愛いガキや美人な女に、よりにもよってこの俺の目の前で手ぇあげるたぁいい根性してんじゃねーかよ!……売ったんだよなぁ?そりゃこの俺に売ったって事だよなぁ!上等だあ!」

 

この男は結局そうなんだ。自分至上主義と言いつつ、自分の気に入った者が傷つけば自分の身を顧みず報復行動に出る。相手が自分より強いとか弱いとか関係なく、ただただ癪に障った相手をぶちのめさないと気が収まらない。

 

彼は決して万人に優しいわけじゃない。英雄譚の主人公には絶対になれない。自分勝手で利己的で、気に入らない奴なら女でも容赦なく殴り飛ばす、自己愛溢れた最低な男。

 

…………でも、だから私達は救われた。

 

一般人が謳う正義感ではなく、聖者が気取る自己犠牲愛でもなく、何も纏わない人間として純粋な感情が私達を救った。それは決して万人受けする代物じゃないけれど、少なくとも私は彼以外の男から自分を救って欲しいとは思わない。

 

「今の俺ぁテールランプ以上に真っ赤っかだぞコノヤロウ!このクソガラクタ共、テメェら全員虚数空間に不法投棄してやんぜ!!!」

 

全員呆気に取られる中、一人完璧にぶち切れるハヤブサ。

 

「全殺しだあああああああああ!!!!!」

 

そうして始まった大喧嘩は、10分も経たず傀儡兵役100体以上が虚数空間に落ちるという結果に終わった。

 

──ちなみに。

 

威勢だけはいいハヤブサだったけれど、魔導師としてはアリシアの次にヘッポコなのが現実。よって、ハヤブサが壊した傀儡兵の数は5体にも満たなかった。

まあ、傀儡兵は一体一体がAランク魔導師相当なので、それを拳一つで倒したんだから、凄いと言えば十分凄いんだけどね。

 

 

 




これにてプレシア後日談終了。
次回は焚き火もとい烈火の将、あるいは原作主人公後日談。その後As編突入を予定。


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シグナム後日談

 

後日談を語らう場という事なので、この度は不肖主隼が一の忠臣『烈火の将』!『烈火の将』!こと私シグナムが夜天の騎士を代表してこの場を貰い受ける。

 

さて、では早速………………む?うむむ?………………ところで後日談とはいつの日以降の話をすれば良いのだろうか?

 

出足を挫くようで悪いが、知っての通り今回のテスタロッサ家の一件は主ただ一人の功績であり、独壇場だった。我ら騎士の介入する余地など殆どなかった。だとすれば、この件の後日談として話せる話が出来る者は主隼とテスタロッサ家族のみ。

では、我ら騎士は?私から見た後日談とは一体どこから始まるのだろうか?

 

夜天の書が生まれた時?夜天の写本が生まれた時?主隼が写本を手に取った時?主隼が魔導師として覚醒した時?

 

どれも合ってる様で、いや、と首を横に振る。

 

私の語るべき後日談が始まったのは、きっと主隼と出会って一週間後のその日から今日までだろう。

つまり─────あの森の中で主隼から「傍に居ていい」というお許しの言葉を頂戴した日から一週間が、私の『当日談』あるいは『本編』と言えるべき時間。

だから、この場で後日談なんて語っても今更という感がある。私の後日談の全ては、現在進行形で主隼の事だけを想う日々が続いているだけなのだから。

 

故に、私がこの場で語るべきなのは『後日談』ではなく『本編』────主隼と出会ってからの一週間を語るべきなのかもしれない。

何故私が主隼の剣となる事を誓い、義務感やプログラムではなく、私という一個人の感情で主隼を慕うようになったのか……。

 

そう。私も含めた騎士たち全員が、何も最初から主隼を心の底から慕っていたわけではないのだ。むしろ、その………嫌悪感を、抱いていた。特に私は。

ああっ、勿論今はそんな訳がないし、主隼に対してそんな感情を抱いていた過去の自分を切り刻んでやりたいとすら思うわけで…………しかし事実、私は主隼が最初好きではなかった。一目惚れならぬ、一目嫌いだったのだ。

 

ただ、弁解という言い訳をさせて貰えるなら、私は主隼が嫌いだったのではなく、『主』という存在が嫌いだったのだ。

 

知っての通り、我ら騎士は夜天の騎士・ヴォルケンリッターのコピー体だ。体も思考も、日常の動作から戦闘技術までほぼ同一。無論、心……オリジナルの記憶までも、断片的ではあるが我らは記録として持っている。

だから、我らがコピーされるまでの間にオリジナルがどんな主に仕えていたかも若干ながら把握しており、どんな扱いを受けていたのかも、まるで我が身のように思い出せた。

 

一番多かったのは、道具、だ。

 

人の形をし、個々に感情と呼べるべき心があるのにも関わらず、主となった魔導師どもは我ら(オリジナル)を道具扱い。肉体がどれだけ傷つこうとも、精神がどれだけ疲弊しようとも、それがどうしたと言わんばかり………と言うか、実際に何も言わなかった。道具に掛ける言葉はないという事だ。

それでも、我らは何一つ文句言わず主の為にただ馬車馬のように仕えた。そうプログラムされていたからだ。幸い、だから、道具扱いされる事に憤りはあったものの苦とは感じなかった。

それくらいなら我慢出来た。

 

我慢出来なかったのは奴隷扱い。

 

みなまで言う必要はないと思う。私も、オリジナルの記憶とはいえ言いたくもない。

人間として在る事も、道具として戦う事もさせず、ただ生きて奴隷のように働かせ、騎士としての誇り、尊厳を嘲笑う主。

男の主からは卑しい視線を。女の主からは妬みの視線を。

 

いくらオリジナルの記憶とは言え、我らは心底失望した。純粋に騎士として扱ってくれない魔導師に、人間に絶望していたのだ。

 

だから我らの初めての主、鈴木隼という人間を見た時も、私は彼に何も思うところはなかった。どういう人間だろうと構わないし、そもそも人間には期待していなかった。………いや、それは嘘だな。失望だけはしていたか。

しかし、だからこそ、ただ私は私で在り続けるだけだった。誇り高き『騎士』としての私で…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッケー、オーライ、了解、了承、ばっちこい。夜天の主だっけか?それに就職してやんよ」

 

そう言ってタバコをプカプカと吸う目の前の初めての主に対しても、私の心の中は冷め切っていた。

官制人格に抱えられた時のあのだらしない顔や、私たちに向ける下心を隠しきれて居ない瞳…………。

 

時代や世界が変わろうとも、人間は変わらないという事か。オリジナルから受け継いだ記録は、どうやら今日この日から自分で体感し記憶していくのだな。

漠然とそんな事を思いながら、私は改めて人間に失望感を感じていた。

 

(我らは、この主からどういう扱いを受けることになるのだろうか)

 

道具か、はたまた奴隷か。

 

「………よし、隼と呼べ─────で、お前達の名前は?」

「え?」

「え?じゃねーよ。名前だよ名~前。なによ、人に名乗らせておいて自分らは無視ですか?え、もしかして早速軽く喧嘩売ってる?」

「い、いえ、そのような事は………」

「だったら自己紹介くらいしてくれよ。あんたとあんたとあんたは特に!!!」

 

ビシ、ビシ、ビシ、と私・シャマル・官制人格の順に指差してくる主。その顔はニヤけており、オリジナルの記憶にある男の主と似ているのだが………なんというか、清清しい。それに歴々の主は我らの固有名詞になんてまるで興味を示していなかったのに。

 

私はオリジナルの記憶にある歴代の主と目の前の主の違いに少し戸惑いながらも、名乗れる事への若干の嬉しさを感じながら答える。

 

「申し遅れました。私はブルーメリッターの将シグナムです」

 

頭を垂れて言う私に、他の騎士たちが続く。

 

「湖の騎士シャマルです」

「鉄槌の騎士ヴィータだ………です」

「守護獣ザフィーラ」

 

そこで我らの言葉は終わった。人数5人に対して名乗りは4人。

「ん?」と訝しんでいる主の視線の先には銀髪の先が地面に付いている官制人格が一人。

 

「……………ん?おい、あんたの名前は?」

「申し訳ありません。私も主の騎士として名乗りたくはありますが、生憎と私にはその名がないのです」

「んあ?どゆ事?」

 

自分で名乗った手前いまさらながら居心地が悪いが、そもそも我らには名前はない。このシグナムという名もオリジナルの固有名詞であり、厳密には私の名前というわけではない。そして、官制人格にはオリジナルにも名前がなく、弁便乗の名乗りも出来ない。

 

と、その旨を主に伝えると。

 

「は~ん、そういう事ね。まっ、いいんじゃね?その名前で。で、あんたも名無しって訳にはいかねぇから、そうだなぁ…………『夜天』って名前はどうよ?シンプル・イズ・ベストってね」

 

あっけらかんと、どうでもいいと言うような感じの主に私は慌てて反論した。

別に名前なんて正直どうでも良かった。どんな名前だろうと私は騎士として在るだけだ。しかし、それでも私は反論した。この主の適当な態度が、私の騎士としての在り方すら適当に決め付けているようでならなかったからだ。

 

「しかし、やはり同じ名を名乗るのは憚られます。ですので、宜しければ名前を頂ければ………」

 

オリジナルの記憶を見て、ああは思っていたが、反面できっと心のどこかでは初めての主という事で少なからず期待していたのだろう。期待したかったのだろう。だから、ちゃんと騎士として認めてもらい、名を頂戴したかったのだ。

 

けど、そんな私の思いも次の主の言葉で一蹴された。

 

「ああ?別にいいだろ。どうせオリジナルと会う事なんてないだろうし。気にせんで名乗れ名乗れ」

 

この言葉で私は理解し、確信を持った。この主もまた、我らを騎士として扱うつもりがないのだと。

私達の名前はおろか存在自体がどうでもいいような、いちいち我等の事で頭を悩ますなんて面倒臭いというような雰囲気がこの男からヒシヒシと伝わってくる。

 

主隼は一度だけ疲れたような溜息を小さく吐くと、短くなった煙草を踏み消し、また新たな煙草を口に咥えながら言った。

 

「さってと。いつまでもこんなトコいてもしゃあねーし、帰るか。ンじゃ、そこの犬耳マッチョマン………ザベーラだったか?」

「……ザフィーラです。なんでしょう」

「俺んちまで俺を背負って飛んでけ。歩いて帰るの面倒臭ぇし、チャリはおしゃかになっちまったし、仮に歩くとしてもお前等と一緒に歩きたくねーし。てか、絶対ヤダ」

 

この主の発言に私は胸中で失望の溜息をついた。

夜天の主になり、傍に居ても良いと仰ってくれた時は僅かばかりの嬉しさが込み上げたが、やはりそれは早計だったのだろう。現に今『我等と共に歩きたくない』と仰られた主の顔は本当に嫌そうだったのだから。

結局、この主もいい道具が手に入ったくらいの気持ちしか持っていないのだろうな。

 

(なんなんだよ、あの服は?ぴったりフィットで体の線バッチリまる分りって誘ってんのかコノヤロウ!ええ、勿論全力で誘われますよ?けど、そんな格好の奴と一緒に歩くのは無理無理、企画モノAVの撮影風景かっつうの。…………まあ、その格好が良いか悪いか聞かれたら、全力を持って「絶頂だ!」と答えるけど。ん?答えになってねーか。でも、しょうがなくね?こんなん見せられたら…………しょうがなくね?特にシグナムって人の見事なメロンっぷりをフィット感抜群のタイツ越しに見せられたら………しょうがなくね?ああ、本当にしょうがないほどのメロンだビューティフォー)

 

主が何か小声でブツブツ言っているが、生憎と聞き取れる声量ではなかった。まあ大方、我等に文句の一つでも言いたいのだろう。先ほどから妙な視線を体に感じるし。

 

どうであれ、私は騎士として己の忠義を全うするだけだ。主が我等をどう思い、我等をどう扱おうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────夜。

 

あの森での邂逅から凡そ6時間経った現在、主隼の自宅にて、主合わせた我等騎士5人は一つのテーブルを囲う形で座っている。

お世辞にも大きいとは言えないテーブルの上にはパックの白飯とお惣菜とお箸とお茶、それを一セットとして計5セットが置かれている。付け加えて、1セットづつ我ら騎士の前に置かれている。されに付け加えて、主の前には魚の刺身と変な匂いが漂う透明のお湯が入ったコップが一つ。その湯の中には梅干も入っている。

 

主隼は刺身を一つ取り、それを口の中へと運んだ。後にコップを口元に持って行き、中の液体をクイッと飲み干した。

 

「~~~~ッはあ」

 

何とも気持ち良さそうな息を吐きながら、主の顔には満足そうな笑みが浮かんだ。続けてもう一度刺身に箸を伸ばし…………

 

「いや、あんまジロジロ見てんなよ。てか、食えば?」

 

この時刻とテーブルの状態を見れば今更言うまでもないが、つまり今は夕飯の時間。当然、目の前に置いてある料理(出来合いのものだが)はそれぞれ我らの物なのだろう。主もそのつもりで用意してくれたのだと思う。

けれど、

 

「あの、よろしいのですか?」

「はあ?何がよ」

「その……我らが共に夕食を頂いても」

 

オリジナルの歴代主たちは食事なんてまともに与えて下さらなかった。料理ではなく食材が出てくる事が日常だった。いや、そもそも騎士として主の食事の席に共に着くのはどうなのだろう。

 

そんな戸惑いと懸念が私……いや、我ら騎士全員の胸中に浮かぶ中、またもこの主はあっけらかんといった調子で答えた。

 

「頂くもなにも、目の前のメシが見えねーのか?それ、お前らのだから」

「いえ、それは分かっているのですが………」

「だったら馬鹿な事言ってねえでさっさと食えや。それと残すなよ、勿体無いから。あ、それとも手を合わせて『いただきます』ってやつしたいとか?ちっ、面倒くさいけど最初くらいはそれらしい事してやるか」

 

いい終わり、主はやれやれといった感じで手を合わせ、私たちも同じように手を合わせるの見て『いただきます』をした。

 

(分からない)

 

まだ主と接して間もないが、それでも分かった事はある。

高慢な物言いと私を見る男性特有の厭らしい目は、オリジナルの過去に出てくる我らを道具扱いする腐った人間のそれと同種のもの。いや、あるいはそれ以上か。

 

粗野で、荒々しく、無神経で攻撃的───この数時間の主の言動には男の醜さを多分に感じさせる。

 

やはり、この男もそうなのだと思った。所詮は人間として、我らを下等に見ていると。

 

……………でも、なんなのだろう。この主からはそれだけじゃなく、時折垣間見える居心地の良さは?

 

(…………分からない)

 

この主が一体何を考えているのか。一切の思考が読めない。

その一つの証拠に『夜天の写本の主になる』と宣言して下さった時から現在までの凡そ6時間の間、主は我らの事について一言も詮索してこなかった。むしろ、私から魔法の説明や我らの存在理由、夜天の写本の機能その他モロモロ簡単に説明したのに対し、主からの返答は、

 

『ふ~ん』『あっそ』『あ、わり、聞いてなかった』『てか、もういい。うっせぇ』『それよりさ、皆彼氏とかっていんの?あ、犬とガキは答えんでいいから』

 

などなど、本当に心の底からどうでもいい風だった(一部、意図の不明な返答もあった)。

 

このような主の態度、オリジナルの過去には一切ない。過去の主は我らの事を事細かく詮索し、根掘り葉掘りある事ない事聞き出され、我らや本の機能について興味深々だった。

いや、それ以前に主とか魔導師とか関係なく、そも人間とは欲深い生き物だ。だから普通は我らのような存在に対し、こんなどうでもいいという態度は取ってこないはずだ。

 

(考えなしの馬鹿な主………という訳でも、だからといってないようだ)

 

家に着いてからいろいろ取り決めたのがその証明だ。本当に考え無しなら、これからの生活に対して資金繰りに頭を悩まし、解決策を出すなんて事出来ないはずだ。この主はメリット・デメリットをきちんと計算した上で我らを迎え入れている。

つまりメリットの方が大きいから迎え入れたという事なのだろうが、ではそのメリットとは?

 

「ん?どうしたよシグナム?箸が進んでねーぞ。まさかダイエットか?駄目だぜ、ちゃんと食わなきゃ。特にお前はすんばらすぃ体形してんだから。ちゃんと食ってその体形維持しろよ?ついでにロリータ、お前もいっぱい食ってシグナム以上の特盛り目指せ。………あ、でもお前ら人間じゃなくプログラムなんだっけ?てことは成長の望みなし?あ~あ、残念だったなエターナル・プログラム・ロリータ。これが生物とプログラムの差かぁ。まあ、どんまい」

「ッ………!」

 

ヴィータが今の主の言葉を聞いて飛びかかりたい衝動を必死に抑えているのが手に取るように分かった。そして、それは私たちも気持ちは同じだった。

 

今の主の発言は我ら騎士を見下したそれだ。……………人間ではなく、ただのプログラム風情だと。

 

こんな主に少しでも居心地の良さを感じた自分が恥ずかしい。やはりだ。やはり所詮この男もそうなのだ。例外なく、人間とはこうなのだ。

 

「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。てか、なんで怒るんだよ、本当の事だろう?意味分かんね。俺は人間でお前らはプログラム。そこには超えられないデッカイ壁があるってね。はい、コレ正論。………あれ?酒切れた。シャマル、ちょっと酒持ってきて」

 

………我らはこんな主に仕えなければならないのかッ!

 

怒りが胸の中で渦巻くのを自覚した。そして、そんな怒りを抱いたのは私だけじゃないのは皆の顔を見れば瞭然だった。

 

 

 

───────しかし、そこから急転直下の如く我らの想いは変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一晩経った翌日──────────1日目。

 

 

「主隼はそう悪い御人ではない。……いや、そうとも言い切れんところもあるが、しかし悪人ではない」

 

まず最初に主に心開いたのはザフィーラだった。

 

「い、いきなり何を。いや、それよりも一体どういう事だ」

「なに。主の性格からしてお前が一番主を真っ直ぐに誤解してそうだからな。擁護の一つくらいしておかんと、主に剣を向けられたら適わん」

「誤解だと?何を言って…………まさか、あの男から何かされたのか!?」

 

主という事を盾に脅され、ザフィーラはそう言わされてるのではないかと思った。でなければ、たった一晩でこいつの意見が変わるとは思えん。

 

昨晩、いきなり主はザフィーラに向かって『ザッフィー、今晩から俺の枕になってプリーズ。もちろん拒否権はなし!』なんて事を吐いておかしいとは思ったが、やはり御しやすいと思ったのか、同じ男性体であるザフィーラから懐柔しにかかったか!

 

「昨晩、寝所で無理やり洗脳でもされたか!同胞として、事と次第によっては例え主でも…………!」

「はぁ………落ち着けシグナム。俺は何もされていないし、これは俺の正直な意見だ。────主は悪い御方ではない。少なくともオリジナルの記憶にある主たちと我らの主は違う。まぁ、難はあるがな」

 

昨日までの態度を見ていればとても信じられない言葉だが、しかしザフィーラは嘘を吐く様なやつではない。だとしたら私はザフィーラの言う通り主を誤解しているのだろうが、あの主の態度のどこに誤解を持つところがある?

 

「お前も追々気づくだろう。俺からも昨晩我らが主をどう思っているか、人間をどのような存在と見ているか、主へ言っておいたしな。まあ、主からは『なんだそりゃ?馬鹿か。面倒臭ぇ、知るか』と言われたんだがな。…………ふっ、主らしい」

「主らしい?」

「ああ。なんと言えばいいか、あれほど裏表のない正直な人間がいることに驚いた」

 

そう言ってザフィーラは外へと出て行った。

主と朝の散歩に行くという事だった。

 

 

────────────2日目。

 

 

昼過ぎ、主に言われて近くのコンビニでタバコを買いに行かされた私。それに対して勿論文句の一つでも上げたくなるが、これも主に仕える騎士の役目と思って無理やり自分を納得させた。

昨日ザフィーラに言われた言葉が気にかかり、当初ほどの怒りはなくなってはいるが、やはりどこか釈然としない。

 

「ただいま戻り─────」

「「死に晒せええええええええええ!!!」

 

な、なんだ!?

 

家の扉を開けた瞬間重なって聞こえた二つの怒声。私は慌てて中へと入ると部屋の中には困った顔で佇んでいるシャマルと夜天、そして呆れながらもどこか微笑ましそうなザフィーラの姿。

そんな彼らの視線の先にあるのは主とヴィータが殴り合っている光景だった。

 

「な!?ヴィータのやつ、何をしているんだ!」

 

我らは騎士。主に仕え、その身を時には主の剣に、時には主の盾となる存在。例え主がどれほど愚者でもそれが騎士の在り方というものだ。確かにヴィータは我ら騎士の中で精神が一番未熟だが、それでも忠義心だけは一人前のものをもっている。たとえ主から理不尽な暴言を吐かれても、それで怒りに任せて牙を向けるなんて考えられない。

 

「ンのクソ主がァ!!」

「ぐぼぇ!?」

 

そんな考えは、しかしヴィータの右ストレートが主の顔面を殴り飛ばした光景を見て吹き飛んだ。

 

「シャマル、夜天、ザフィーラ、なぜヴィータを止めん!」

「ええと、それは………」

「こ、この状況が主の希望だから、なのだが………」

 

は?夜天のやつ、何を言っている。主に歯向かい、あまつさえ殴り飛ばしてくる騎士と殴り合うのが主の望みだと?

在り得ないし、考えられない。そんな訳がない。自分の道具と思っている者に歯向かわれているこの状態が許せる人間なんているわけがない。

 

ええい、もういい!私が止める!

 

「ヴィータ、主の騎士たるお前が何をして─────」

「すっこんでろやシグナム!!!」

「え、あ、主?なにを………」

「人の喧嘩に口出すなっつってんだぐぼぁあっ!?」

「余所見ぶっこいてんなよ!」

「は、ははははは。最初って事で人が優しく大人の対応してりゃつけ上がりやがって………この俺に喧嘩売った事後悔させてやんよおおおおおお!!!」

 

そしてまた殴り合いを再会させる二人。そんな目の疑う光景を呆然と見守ることしか出来ない我ら。

この状況をどう取ればいいのか分からない。主と騎士の関係とはこのようなハチャメチャで無礼講な形なわけがない。我らが主から八つ当たりのように無為に殴られるなら兎も角、殴り合うなんてあっていい状況じゃない。ここは主が何と言おうとヴィータを止めるべきだ。それが将たる私の責任のはずだ。

 

……………けど。

 

「よくも俺のPCぶっ壊してくれやがったなあ!ここ最近じゃあ一番びっくりするぐらいの怒髪事件だぞコラァ!!」

「あ、あああんな画像持ってるお前が悪い!この変態主!」

「勝手に起動してイジッたテメェが悪いだろ!あげくハンマーでスクラップにするとかありえねーだろ!」

「うっさい死ね!!」

 

私の中のオリジナルの記憶にはこんな感情を表に出すようなヴィータの姿はない。

仏頂面で粛々と主の命に従い、気に入らない事があってもこのように感情を爆発させない。その姿相応の子供らしい性格なはずなのに、いつも子供らしからぬ達観したような、ある意味で騎士らしい騎士だった。

それが今、この主の前では在るがままの姿で振舞えている事に驚きを隠せない。そんな本来の姿、私たちに対しても滅多に見せたことがないのに。

 

(……それほど信頼しているという事なのか?本当の自分で接してもこの主なら許容してくれると?)

 

分からない。ヴィータの心中も主の心中も。

主、鈴木隼………この男は、一体何なんだ。

 

「いや~、久々に素手喧嘩したぜ。最近丸くなっちまってたからなぁ、いい刺激になった。おいガキ、お前ムカつくけど俺と正面からタメ張るなんて中々根性あんじゃねえか。気に入ったぜ」

「はっ、お前も全然主らしくねーけど……まあ嫌いじゃねえ。それとさ、そのぅ、PCぶっ壊して悪かったな」

「あん?んん、まあ気にすんな。どうせダチから貰った古いやつだし。それにガキは多少ヤンチャな方が俺ぁ好きだかんな。その点だけ見ればヴィータ、俺はお前が超好きだぜ?」

「あ、あたしだって嫌いじゃねえし……ちょっと見直したっつうか……ん、まあ、その、あれだ……好き、かもな」

 

 

────────────3日目

 

 

この日もまた一人、主隼を認めた騎士がいた。

 

「お、おおおお!なんじゃこりゃ!?超美味ぇじゃん!え、これ昨日の残りもので作ったの?マジか………」

「どんどん食べて下さいね。まだまだありますから。あ、それとハヤちゃんのパジャマの裾がほつれてたので縫っておきましたから。あと洗濯洗剤が切れてたので買ってきますね」

「………美味い飯に裁縫に細かな気配り。シャマルって実は騎士じゃなくて嫁?それも嫁姑戦争とは無縁のタイプ」

「ヤダもう、ハヤちゃんたらっ。褒めても何も出ませんよ?はい、手作りプリンです♪」

 

 

────────────4日目。

 

 

「お、おお!夜天夜天、浮いた!ちょびっとだけど浮いたぞ!」

「おめでとうございます。練習を始めてまだ2日なのにこの成果は素晴らしいです」

「まっ、俺が本気出せば出来ない事はねえからな………ってえのは、今回ばかりは通用しねーか。なんせ夜天が居ないとこればっかりはどうしようもないかんなぁ。お前が一番教えるの丁寧そうだし。でも悪ぃな、家事と平行して魔法の訓練してもらっちまってよ」

「主の御心のままに。それが私たちなのですから」

「………ハァ、"また"それか。ザフィーラといいシャマルといい、何でお前らは………。いいか、そうじゃない、お前は────────」

 

 

────────────5日目。

 

 

「き、気安く頭撫でるな!」

「あぶしっ!?」

「ハヤちゃん!?こら、ヴィータちゃん!いくら何でもアイゼンはやりすぎよ!」

「ふん!いいんだよ、これくらい…………わ、分かった!分かったからクラールヴィント振り回すな!」

 

 

────────────6日目。

 

 

「主、そこはもっと丁寧に。そう、その感じです」

「…………ザフィーラ、何をしている」

「ん、夜天か。なに、俺も手が空いてたからお前の変わりに主に魔法を教え……………わ、分かった!教師役はお前だけの役目だ、取って悪かった!もう俺は引っ込む!だからお前もその振り上げた拳を引っ込めろ!ま、待てっ、振り下ろ─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな感じで日々は過ぎ。

 

主と共にすごして早6日。しかし、私だけまだ6日前に取り残されてる気分だった。

分からない。

………分からないんだ、主が。

確かにオリジナルの記憶にある歴代の主よりはマシな人間だ。特に我らを道具や奴隷のように扱うわけでもなく、主風を無為に吹かせて威張り散らすわけでもなく。出来た人間かと言われたら素直に頷けない所だが、それは人間全般に言える事。出来た人間なんて早々いるはずがないのだから。

 

鈴木隼…………出来た人間でもなく、外道な人間でもなく、さりとて平凡とカテゴライズする事も正直躊躇われる人間。

 

それが私の主に対する心象で、そんな主が私は分からないし信頼出来ない。主隼に騎士として忠誠を誓う事は出来るが、心から喜んで剣を預けられるかと問われれば即答しかねる。

 

(………だが他の者たちは)

 

夜天、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ………あいつらは皆主を信頼している。最初の心象は今の私と同じだったろうけど、今は完全に心預けられるようになっている。心から忠誠を誓い、信頼し、己が主として鈴木隼を認めている。

 

いや、少し違う。忠誠とか信頼とか、そんな堅苦しいものじゃない。それも含まれるだろうけど、もっと単純な言葉で表せる。

 

(仲良くなってる)

 

どうして?オリジナルの記憶があってなお、どうしてそんな関係になれたのだ?どうして心許せたのだ?どうしてそんな顔が出来るのだ?

同じ騎士なのに皆が遠く感じる。

 

「どうしたのシグナム?さっきから全然箸が進んでないけど」

「え?あ、いや」

 

シャマルの声でふと我に返った。そして今が夕食の場だという事を思い出し、一度頭を振ると食事を再開した。が、それもすぐ終わり、半分も残すと私は一人席を立った。

 

「すみません主、少し散歩してきます」

「………了~解」

 

何か言いたそうな顔をしていた主だったが私はそれを見ないフリして、でもそれが失礼だと気づき、だからといってどうする事も出来ず、結局早足で無言のまま家を出た。

空を仰ぎ見れば満天の星が輝き、ブルーメの名を冠する騎士としてこの夜天の下を歩くのはとても気分がいい。このもやもやとした気持ちまで晴れるようだ。

 

「夜に女性の一人歩きは感心しねーな。まあお前なら心配無用だろうけど」

 

そんな声が後ろから聞こえたのは家から大分離れた小さな公園の前だった。振り返るとそこには"にへら~"と締まりのない顔で笑う男が一人。

目下のもやもやの原因、鈴木隼。

我が主。

 

「主、どうして……」

「な~に、俺も散歩したい気分だったんだ」

 

ポケットからタバコを取り出し、シュボっという音と共に火をつけた。タバコから漂う独特の香りはこの6日間で唯一慣れない臭い。

 

「嘘。別に散歩とかしたくなかったし。ホントはシグナムをストーカーして楽しんでた」

「…………」

「む、無言で返されると流石にキツイな。冗談だよ。ちょっと話がしたかっただけだ。お誂えに公園のベンチがほらすぐ傍だ。まあ狙ってここで声掛けたんだけどな」

 

本当に主のお考えが分からない。人を小馬鹿にしたような飄々とした態度は何か企んでいるのか、それとも考え無しなのか。

ともあれ、私は主に促されるままに公園に入りベンチへ座った。その隣30cm離れた場所に主もドカッと足を組んで座った。

 

「「……………」」

 

主は話があると言っていたけれど、座ってから1分、この場は沈黙が続いていた。本当は主からの御言葉を待つべきなのだろうが、この沈黙に気まずさを感じた私の口から言葉が洩れた。

 

「あの、何か私に不手際があったのでしょうか?」

「あん?なんでよ?」

「……いえ、わざわざ私を追いかけてまでお話をするくらいですから」

 

主から「話がある」と言って来た場合、十中八九お叱りの言葉が待ち受けている。それがオリジナルの記憶であり、私自身もそう思った。この6日で一番主の為に積極的に行動していないのは間違いなく私なのだから。

 

だが予想に反して主からの言葉は暖かいものだった。

 

「不手際なんてこれっぽっちもねーよ。むしろよくやってる。いや、マジで」

 

………主が褒めてくれた?騎士の役割なんて何もまっとうしていない私に?

 

「な、なぜ……」

「ん?」

「なぜそのような言葉を………。私は何もしていません。将である立場、率先して主の役に立たなければならないのに、何も出来ていない…………家事全般はシャマルが、魔法訓練は夜天が、守護と夜のお供はザフィーラが、安らぎはヴィータがおもに担っているのに、私は何もしていません!私に出来る事は純粋な騎士として主の為に剣を振るうのみ。けれど、それもこの平和な世界と主の意向には無用のもの。…………分からないのです」

 

そう、分からないんだ。主のお考えも、そんな主を信頼出来る仲間たちの心中も、そして何よりも私自身が一体どうしたらいいのかが。

膝の上に乗せた拳が震える。やるせない気持ちで一杯になる。

 

「いろいろと突っ込みどころはあるが、まあ前半分は聞き流して…………ハァ、それにしても"また"なのか。いい加減面倒臭ぇ」

 

主は一度大きな溜息をついた後、ピンと指を弾いてタバコを投げ捨てた。そしてまたすぐに新しいタバコに火をつけ、煙と共に言葉を吐き出した。

 

「『騎士として』『主の為』『主の心に従って』、テメエの意見を言う時は決まってこんな言葉で始まるよな、お前らって」

「そ、それは当然です。我らは主の騎士で────」

「ほらまた。それ、正直うぜぇっての。何が騎士だ、何が主の為だ、馬鹿らしい。下らん。そんなモン、犬に食わせるのも可哀想なしろもんだぜ」

 

忌々しそうに吐き捨てる主隼。その姿を見て私は改めて落胆した。分かっていた事だが、やはりこの主も我らを『騎士』として扱ってくれない、認識してくれない。それどころか嫌ってさえいる。

ならば私はいよいよ持ってどうしたらいいか分からなくなる。騎士という存在を主は欠片も必要としていないなら、私の価値はどこに見出せばいいんだ………。

 

「ああ、そんな顔すんなって。美人の悲しむ顔ってのは核兵器より効くっての。何を落ち込んでんのか知らねーが、俺が言いたいのはそんなモンに振り回されんなって事だ」

「振り回される?」

「そ。騎士だの主だの意味ねーんだよ。そんなのただの『言葉』だ。言葉遊びは俺も好きだが、言葉に遊ばれちゃあお終いだ。………なあ、お前は一体なんだ?」

 

私は騎士だ。主に忠義を尽くす烈火の将シグナム、それが私。………私のはずだ。

そんな私の思いをこの主はバッサリと否定する。理不尽なまでに、自分勝手に。

 

「騎士か?違うね。──主の心に従い、主の為に尽くす者?違うね。──シグナム?それもちょっと違うね。そんなモン、全部後付けの言葉だ」

「で、では一体私は何なのです!!」

 

全てを否定された気分になった私は、ただを捏ねるように声を大にした。

端的に言って頭にキていたのだ。主になってまだ6日の新米に存在を否定された事に、失望していた人間に好き勝手理不尽な事を言われている事に。そして何よりも今の自分の情けない有様に。

 

そんな私を見て主はやれやれと言いながら、腕を伸ばして私の頭をコツンと小突いた。

 

「テメェはテメェだ」

 

────────────。

 

「騎士とか忠義の士とか人間とかプログラムとか関係ない。んな親や周りの人間や常識がつけたもんなんてどうでもいいんだよ。自分なんだよ。生まれた瞬間からテメェはテメェでしかねえんだよ。胸を張れ!騎士としてじゃなく、テメェがハナから持ってるテメェだけの心で胸を張れ、それで事を成せ!その上で騎士としての生き方を貫くなら、それでいいさ。前提に"自分"があるならな」

「…………」

「だから俺はお前らを騎士とは見ねぇ。『お前はお前』としか見れねぇ。そして俺は俺だ。お前達の主である以前に『俺』なんだよ」

 

私は今どのような顔をしているだろう。怒っているのか、泣いているのか、複雑な顔をしているのか………どのような顔にしろ、きっと私は今自分でもしらないような顔をしていると思う。そして、そんな顔を主に見られるのはどこか恥ずかしく思い、顔を俯けた。

拳の震えはいつの間にか止まっていた。

 

「………よく、分かりませんよ」

 

ポツリと呟いた、恥ずかし紛れの嘘。

 

「あ、やっぱり?俺も途中から何言ってんのかよく分かんなかったんだよな。気分でぶっちゃけてた。まあそれでいいんじゃね?いちいち考えて喋んのは無理。その場のテンション任せだ。まっ、要は『テメェはテメェだ、と胸張って生きろ』ってこった。うん、それだけ覚えとけ」

 

そういう主隼だが、もちろん私は全てを覚えておく事を心に決めた。確かに意味が分からない部分もあったけれど、心に響いたのは間違いないのだから。

 

「お、いつの間にかもうこんな時間か。ほら、そろそろ帰るぞ」

 

ポンと私の背を叩きながら立ち上がる主隼。

漂ってくるタバコ独特の香りにもう何の抵抗も感じなかった。

 

「主」

「あん?」

「私は主の騎士です。主だけに尽くす烈火の将です。………けれども、私は私です。私の心が決めた、私の生き方で、私は私を貫きます」

「……へっ、そうかい」

 

ああ、そうか。

ようやくザフィーラの言っていた事が分かった。なるほど、確かにこの方は正直者だ。良くも悪くもただただ自分に正直だ。

 

(……ああ、この主は馬鹿で愚者な人間だ。もう少し賢い生き方も出来ろうに)

 

だが。ああ、だが。いや、だからこそ。

 

この男は、道をまっすぐ進む。賢い者なら遠回りするような道でも、臆病者は避けて通るような道でも、ただ真っ直ぐに。知ったことかと己の心のままに、道のままに。

 

『正直者は馬鹿を見る』……そんな言葉があるが、きっとそれは賢い者や凡人の恨み言だ。なぜならば、"馬鹿"にしか正直者にはなれないのだから。

 

「お~い、シグナム、何ボサっとしてんだ!帰るっつってんだろ?置いてくぞボケ~~」

「──はい!ただいま!」

 

足取りは、軽い。

 

(今日が鈴木シグナムの誕生日だ!)

 

この日から私は私になった。他の誰でもなく他の何でもない、一人の私として。そして、主と同じ道を歩むのだ。馬鹿正直に。まっすぐに。

 




あまりギャグくないシグナム編終了。

そしてリメイク前なら次からAs編開始だったのですが、勝手ながらもう少し後日談を続けます。As編、王様をお待ちの方、申し訳ありませんがもう少々お待ちください。


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なのは後日談 前編

※この話にはとらハ要素が含まれています。またそれに伴いリリカルなのは側も改変してあります。ご了承ください。



え?後日談?……後日談?……にゃ?

 

あの……ごめんなさい……後日談って何?

 

後日談ってあれだよね?本編が終わったあとの、その後のお話みたいな。……ええっと、まずよく分からないんだけど……そもそも本編ってなに?いつあったの?

 

私がユーノ君からレイジング・ハートをもらって魔導師になった話?……あ、それともジュエルシードを集めてた時かな?

 

それなら話は簡単、というよりあんまり話すことないよ?だっていつも通りだもん。魔導師にはなったけど、学校行って勉強して、アリサちゃんやすずかちゃんたちと遊んだりして、お店のお手伝いしたりして……。唯一変わったのは魔法の訓練が加わった事くらいだけど、あとは普段通り、魔導師になる前と全然変わらな───────あ。

 

…………ううん。

………………うん、ごめんなさい、訂正です。

 

変わってました。変わっちゃってました。変えられちゃってました。にゃはは。

 

普段の生活が、とかじゃなくて、何というか……常識?価値観?

 

言葉で表すのは難しいけど、でも確かに私は変わったと思います。最近もよくお父さんやお兄ちゃんから「なのは、なんか最近変わったな。いい意味で子供らしくなったというか、何かを抱え込むような顔しなくなった」って言われて頭撫でられた覚えがあるから。

そうなのかな?とその時は思ったけど、改めて見ると、そうかも、とも思う。

子供らしくなかった、抱え込んでた……今にして思えば、思い当たる節はある。だって、今までいろいろあったから。

 

魔導師になるさらに前……きっとお父さんが一時期入院してた時に、たぶん私から『子供らしい』という姿を奪ったんだと。

 

お母さんが悲しんでた。お兄ちゃんやお姉ちゃんが悲しんでた。それでもお店があるから、皆悲しみを押し隠して働いて……そんな中、小さくて無力な私はお店のお手伝いも今のように出来ない。だから、せめて皆の負担をこれ以上増やさない為に笑顔でいた。なのはは一人で大丈夫だから、と家で大人しく待っていた。ほんとはお母さんやお兄ちゃんたちとずっと一緒にいたかったけど、そんな我が儘なんて言えるわけない。ほんの数ヶ月だけど、でも寂しかったのは覚えてる。一人、大きなリビングでぬいぐるみ相手に遊んでいた事を覚えてる。……そして、それに慣れていく自分がいました。

 

数ヵ月後、お父さんは無事退院してまた元の生活に戻った。家族皆でいられる生活に戻った。もちろん嬉しかったけど……たぶん、私は、そこで子供に戻れなかったんだと思う。

今でもはっきり覚えてる。お父さんが退院して落ち着いてきた時、お兄ちゃんに「なのは、今まであまりかまってやれなくて悪かったな」と言われたその言葉に「ううん、なのははこれからも全然一人で大丈夫だから!」───自然に、ただただ自然にそう返した時のお兄ちゃんの表情……申し訳なさと、悔しさに滲んだ顔。

 

当時は『何でそんな顔するんだろう?』と思ったけど、今なら何となく分かる。……きっと子供が言っちゃいけない言葉なんだと。強がりでもなんでもなく、子供が抱いていい気持ちではなかったと。でも、当時は分からなくて……だから、そのまま成長した。良くも悪くも成長した。

 

お店に出て手伝うようになり───人の機微が分かるようになった。大人の人への対応を覚えた。顔色を窺うようになった。自分の立ち位置を把握出来た。そして、それは学校でも、近所の人にでも、見知らぬ他人にでも応用が効くんだと理解出来た。

 

もちろん、それらはお母さんやお父さんに比べて拙いものだろうけれど、でも、まだ小学生が覚える事じゃないんだということが今なら分かる───分からされちゃった。

ある人が分からせてくれました。

 

『ガキはガキらしくしてろやムカつく。「私、大人への対応慣れてますから~」みたいな気色悪ぃ敬語使って挨拶なぞしやがってよォ。はっ倒すぞボケ。お?』

 

旅行に行ったとき、夜お父さんの部屋でお父さんと一緒にお酒を飲んでいた男の人に私が自己紹介をした後、開口一番に返ってきたのがそんな言葉。私の目を見て、不愉快さを隠そうともせず、怒気すら込めて率直に言われたその言葉。

 

一緒にいたアリサちゃんとすずかちゃんはその男の人の言動に驚いていた。

お父さんはちょっと驚いたあと、とっても嬉しそうな顔をその男の人に向けていた。

私は……たぶん、呆然としてた。だって、そんな事言われたことなかったから。たいていは「よく出来た子だね」って言われてたから。…………それなのに、いきなり『ムカつく。ボケ』だもんね。にゃははっ。

 

──鈴木隼。ハヤさん。

 

この人のおかげで私は変わった。ううん、戻ったのかな?子供らしくなったんだと思う。

 

………………まぁ正確には子供らしくされたんだけどね。

だってハヤさん、私がちょっと畏まったりするとすぐ拳骨したり、ほっぺた引っ張ったり、鼻つまんだりするんだもん!しかも最近じゃあお兄ちゃんと一緒になってイジメてくるからもっと酷い!この前なんて脇くすぐられて笑いすぎで息ができなくなってたのに、それでもやめてくれなくて……あの時は、最後本気で泣きました。その後ハヤさん、お母さんとお姉ちゃんに怒られてた。ふん、ざまーみろ、なの。……でも、さらにその後、いきなりハヤさんが部屋に来て「テメエのせいで桃子さんと美由希ちゃんに怒られちまったじゃねーか!」なんて言いながら、ベッドの中で泣いてた私にフライングボディプレスしてきた時は、流石にバスターで迎撃しようかどうか悩んだ。

 

ハァ。ホント、ハヤさんって滅茶苦茶だよ。ガキはガキらしくしてろってハヤさんよく言うけど、たぶん、というか絶対ハヤさんの方が子供だよね!大人の男の人なのに!

 

お父さん、お兄ちゃん、勇吾さん、真一郎さん……その他にも私の知ってる大人の男の人たちは皆優しかったりかっこいいなって思ったりする。お父さんやお兄ちゃんは時々怖かったり意地悪だったりするし、勇吾さんや真一郎さんとはお兄ちゃんを介した知り合いっていうだけで、本当の所は分かっていないのかもしれないけれど、でもやっぱり皆優しいと思うし、かっこいいとも思う。

 

そんな中で改めてハヤさんを思い浮かべると…………うん、まあ……うん。

かっこいい所はないけれど、ちょっとだけ優しい所があるのは知ってる。でもそれ以上に『面白い』って言う印象かな?『楽しい』や『可笑しい』っていうのも強いなぁ。あっ、あと忘れちゃいけないのが『滅茶苦茶』!

 

その証拠にこの前だって───あ。そっか。うん、丁度いい。

 

それじゃあ私はそのお話をします。

何の後日談になるのかは分からないけど、その時のお話を。面白くて、楽しくて、可笑しくて、でもやっぱり総合的には滅茶苦茶で。

 

私と私の親友二人も巻き込んだ、私にとっては記憶に強く残って、でもきっとハヤさんにとっては平常運転で過ごしたであろう───そんなとある一日のお話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みに入って数日後のとある朝。

いつも通り目を覚まし、着替えて1階に降り洗面所で顔をあらってリビングへ。そこで家族の皆と朝ごはんを食べて、私は欠伸を噛み殺しながら近くの公園にラジオ体操へ。

それが終わって家に帰れば、みんなはもういない。お父さんとお母さんとお姉ちゃんはお店に行き、お兄ちゃんは昨日から彼女さんである忍お姉ちゃんの家に行ってる。残り二人のお姉ちゃん的存在も部活の合宿中。

つまり、お店に手伝いに行くか、友達と遊びに行くかしないと、基本的に夏休みは家で一人な私。それが少し寂しいとは思ってたけど、もはや慣れた日常。──けれど、それは、去年までの日常です。

 

「あ、えっと、おかえりなのは」

 

ラジオ体操から帰って来た私を迎えたのは、一人の男の子。

 

「ただいま、ユーノ君」

 

ユーノ君──ユーノ・スクライア。

数ヶ月前出会った私と同い年の男の子。私に『魔法』というものを与えてくれた子。

いつもは変身したフェレットの姿だけど、お父さんたちがいない時、私と二人きりの時は今のように元の人間の男の子の姿です。

 

「あ、ユーノ君、待ってて。朝ごはんすぐに出すから」

 

お母さんに頼んで作ってもらっておいたサンドウィッチを冷蔵庫から取り出しながら、座っていたユーノ君に差し出す。

本当はユーノ君も朝みんなと一緒にごはん食べらればいいんだけど、まだ家族にユーノ君の事はおろか魔法の事も話してないからなぁ。話そうと思えば話せるし、管理局のリンディさんにも家族になら話しても構わないって言われてるけど……話してどういう反応が返ってくるかちょっと不安で、まだ話せていない。危険だ、やめなさいって言われると困る。少なくとも今は。

 

(だって、まだジュエルシード全部回収出来てないんだもんね……)

 

私が魔導師となった切っ掛けのジュエルシード。その回収を今管理局の人たちと一緒にやってるんだけど、この数ヶ月で回収出来たのが20個……残り1個がまだ見つかっていない。それが回収出来れば、一区切りして話せると思うんだけど。

うん、やっぱり早く見つけないと。

 

(いつまでもお父さんたちに隠し事もしたくないしね!…………ちゃんと隠せてるよね?)

 

ジュエルシードが見つかったと管理局の人から通信が来て、夜中に家を出ることもある。その時はもちろんこっそりと、物音を立てないよう気づかれないよう家を出るんだけど……。

 

(皆、普通じゃないからなぁ。特にお父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんは)

 

気づかれているかもしれない。特に3人には。だって魔導師になった私から見てもお父さんたち、ちょっと普通じゃないもん。剣の鍛錬を山の中で数時間ぶっ通しでやるくらいだし。今まで私が戦ってきたジュエルシードの怪物とかとも、多分お父さんたちだったら相手に出来ると思う。むしろ圧勝しそうで怖い。

 

(…………よし、考えないようにしよう!)

 

脳裏に『みんなに話して協力してもらったらいいのでは?』という考えが浮かんだけど、そうすると滅茶苦茶になりそうなので即却下。

それに自分で始めた事は自分できちんと終わらせたい。……何より、皆忙しいのにこれ以上いらない負担かけたくない。

 

「ユーノ君、今日はこの後すぐジュエルシード探しに行こ!」

 

気持ちを入れ直し、私はぐっと拳を握る。

 

「え、僕はいいけど、でもなのは夏休みに入ってずっとジュエルシード探しだし、たまには休んだら?最近はアリサやすずかの誘いも断ってるみたいだし……」

「そうだけど……でも、あと1個だから。それが終われば皆といっぱい遊ぶから大丈夫!もちろんユーノ君とも!」

「あはは。うん、それは嬉しいけど夏休みの宿題も忘れないでね?」

「うにゃあ~、それを言わないで~!」

 

うな垂れながらも、私は出かける準備をすべく部屋へと向かおうとし──そこでチャイムの音が家に響いた。

 

(にゃ?誰だろう?)

 

時計を見るとまだ朝の8時前。人が来るには早い時間だし、そもそも来客が来るとは聞いていない。もしかしたら管理局の人の誰かかとも思ったけど、そんな連絡も受けていない。見ればユーノ君も首をかしげてるので、やっぱり管理局の人じゃなさそう。

だったら、やっぱり誰?

そう思っていると、早く出ろと急かすように二度目のチャイムが響く。

 

「は、は~い、今出ま~す!」

 

小走りに玄関げ向かう。うちの玄関にはインターフォンも覗き窓もついてないので、扉の前で確認しなきゃならない。以前一度確認せず扉を開けてお兄ちゃんに「無用心だ」と叱られた事がある。

 

「どちら様ですか?」

 

果たして、返って来た声は──。

 

「うぃ~す。俺だ。さっさと開けろ」

 

……………………うん。まあ、うん。分かるよ?知ってる人の声だし、最近じゃあ家族やユーノ君以外で一番よく聞く声だから分かるよ?分かるけどさ。

 

「…………ハァ」

 

私は呆れながら扉を開けると案の定、そこにはよくよく見知った男の人が立っていました。

 

「ハヤさん、せめて名前言ってよ……」

 

いつも通りなハヤさんがそこにはいました。

 

「あ?いちいち名乗らなくても分かんだろうが。てか、もうすでにツーカーの仲だろ。俺がツーと言えばお前はカー。俺が開けろと言えばお前はいらっしゃいませハヤさんようこそお越しくださいました、だろ」

「初耳だよ!?」

「まあ、そんなお行儀いい返答をお前みたいなガキにされたらぶっ飛ばすけど」

「理不尽だね!?」

 

朝の挨拶も抜きにコントのような事を玄関先で繰り広げる私とハヤさん。

いつもこう、と言えるほど頻繁に会ってるわけじゃないけど、会えば十中八九こんな感じでハヤさんのペースに巻き込まれる。それが良いことか悪いことかは分からないけど、楽しいのは事実だったりするからどうしようもない。

 

「で、今日はこんな朝早くからどうしたの?」

「いやっははは。もう待ちきれなくてよぉ」

 

興奮気味に言うハヤさんだけど、一体何が待ちきれなかったんだろう?

首を傾げる私を他所にハヤさんは変わらず、持っていたビニール袋を掲げてみせた。

 

「ほれ、差し入れだ。昨日買っといたビールと、飲めない奴用のジュース。あ、金は心配すんな?俺の奢りだ、お・ご・り!なにせ今俺ぁリッチマンだからなぁ!!」

 

そう言ってご満悦に笑うハヤさんは事実、ここ最近お金持ちになったらしい。この前も買ったっていう車に乗せてもらった。

お仕事始めたのかなと思って尋ねてみたら『いや、ちょっといろいろあってよぉ。何はともあれ、俺ぁ働かずとも大金持ち!貧乏人だけ汗水たらして働いてな!俺は一生働かないでござるってなあ!わははは!!』という事らしい。…………う~ん、こういう大人、なんて言ったっけ?

さておき。

 

(……差し入れ?)

 

ハヤさんが持ってきたビールとジュース、かなりの量がある。まるで今から宴会でも始めるかのような量。でも、今日うちで何かやるなんて聞いていない。

 

「んじゃまぁ、いつまでこんなとこで立ち話もなんだ。早く来ちまった分、俺も手伝ってやんよ。お邪魔~」

「あ、ちょっと……!」

 

我が物顔で家に入っていくハヤさん。それはいつも通りだからもういいんだけど、ただハヤさん、やっぱり何か勘違いしてるっぽい。「手伝う」っていってるから、やっぱり宴会?

 

「あれ?隼?」

「よぉユーノ、おはようさん。いや~、待ちきれなくってもう来ちまったぜ」

 

リビングに入ったハヤさんは、そこにいたユーノくんに私に向けた言葉と同じ事を言った。

あ、もしかしてユーノくんと何か約束してたのかな?

そう思った私だけど、でもユーノくんの顔を見ればそうじゃないと分かった。ユーノ君も私と同様、頭の上に疑問符を浮かべていたから。

 

「差し入れ、テーブルに置いとくぜ。ん?なんだまだ全然準備してないっぽいな。まぁ、昼前開始だし、しょうがねーか」

 

満面の笑みで、意気揚々と、ルンルン気分で袋から飲み物を出して冷蔵庫に入れていくハヤさん。人の家の冷蔵庫を勝手に開けるその姿に今更なんの文句も出ないけど、代わりにここに来て私は言いたかった事を口にした。

 

「ハヤさん、何しに来たの?」

 

今日最大の疑問。

確かにハヤさんはいつも急にうちにやってくる事がある。あるいは翠屋のほうに来る。そして「あっちいなぁ。よしプール行こうぜ」とか「かっけぇー車だろ?自慢しに来た。ついでにドライブ行こうぜ」なんて事を言い出して、お兄ちゃんたちと一緒に遊びに行ったりした事もある。夜、うちに来てお父さんと飲み始めた時もあった。道場でお兄ちゃんとお姉ちゃんと手合わせ(ハヤさん曰く喧嘩)してる姿も見た。

 

ハヤさんがうちに来るには何か理由がある。何かをする為にうちに来る。というか、何かがないとハヤさんは基本的には動かないもん。

 

でも、今日のこれは皆目見当がつかない。……ううん、何かを『勘違い』してるって事だけは分かる。

 

「何しにって……おいおい、高町さんちのなのはちゃんや。な~にすっとぼけた事言ってんだ?」

 

やたらとテンションの高いハヤさんは、笑顔と共にこう言った。

 

「今日、バーベキューやんだろ?」

 

その問いに、私は真顔でこう返した。

 

「やんないよ」

 

その時のハヤさんの顔は、何て言うんだろう、こう……固まった?うん、笑顔で固まった。まるで時間はおろか魂すら固まったかのように、無動の姿勢で私を見てた。

その硬直は僅か数秒だったけど、人があんなに完全に固まる姿を私は漫画かアニメの中でしか知らない。

 

「…………は?」

 

再起動を果たしたハヤさんだけど、でも口から出たのはそんな言葉だけ。顔も笑顔のままでちょっと怖い。ただ、先ほどまでのテンションだけが綺麗に消え去ってた。

 

「えっと……ユーノ君もそんな話聞いてないよね?」

 

私は気まずくなってチラリとユーノ君を見る。ユーノ君も事情を察せたのか気まずそうに頷いた。

 

「う、うん、聞いてないかな。おじさんやおばさんもお店に行ったし、恭也さんや美由希さんたちもいないし。だから僕もこうして人の姿になれてて……ええっと……」

 

ユーノ君の言葉が尻すぼみになるにつれ、ハヤさんの顔が焦りと絶望に染まっていってるのが分かる。ただそれでも現実を見つめたくないのか、全然力と気持ちの入っていない笑いで誤魔化すハヤさん。

 

「あ、あはは、なのはもユーノも嘘が下手だぜ~?この俺を騙そうなんざ100年早いんだよ。だいたいバーベキューやるって聞いたのが昨日だぜ?昨日やるって言ってたのに今日ドタキャンはねーだろ」

 

昨日?そんな事誰も……そもそも誰がハヤさんに言ったんだろう?

 

「ハヤさん、バーベキューやるって誰から聞いたの?」

「ああ、レンと晶だよ。是非来てくださいお願いしますなんつってよぉ。あいつらもようやく俺の事を敬うようになったんだな」

 

レンお姉ちゃんと晶お姉ちゃん?

その二人ならちょっと前から部活道の合宿に行ってていないし、そもそも二人とハヤさんは仲が悪い……というか喧嘩するほど仲がいいというか。もともとレンお姉ちゃんと晶お姉ちゃんが犬猿の仲みたいな感じだったけど、そこにハヤさんが割って入ったというか。

ともかく、そんな二人がハヤさんに「お願いします」なんていう言葉、失礼だけど言うとは思えない。

 

「聞けばフィアッセさんも来るっていうじゃねーか!だから俺ぁもう待ちきれなくてよ!昨日なんて胸がドキドキで一睡も出来なくて、仕方ないから知り合いの三姉妹と一緒に一晩中ジェンガやってたんだよな」

 

フィアッセお姉ちゃんも来る?…………あれ?それって……。

 

「あの、ハヤさん」

「ん?」

「確かにバーベキューやるって話あったよ。フィアッセお姉ちゃんも来るっていう」

「おお、だろ!?なんだよ、俺が勘違いしてるかと思ってたけど、してたのはお前かよ。このおっちょこちょいちゃんめ」

 

そう言ってまたテンションが戻ってくるハヤさんだけど…………違う……違うんだよ、ハヤさん。

 

「話があったっていうか……もうやったよ?」

「なにが?」

「だから、もうやったの。先週、バーベキュー。フィアッセお姉ちゃんも来たよ」

「………………………………」

 

あ、また固まった。

 

「……先、週……?」

「う、うん、先週。フィアッセお姉ちゃんとティオレさんが来て。……あれ?ていうかハヤさんも呼んだよ?」

 

そう、先週バーベキューするって事になって、ハヤさんがフィアッセお姉ちゃんに会いたがってるってお父さんが言ってて、で、フィアッセお姉ちゃんもハヤさんに直接会ってみたいって言ってて、だったら呼ぼうかって話になった。

でも、結局ハヤさんは来なかった。

 

「よ、呼んだ!?し、知らねーぞ!?」

「へ?でもハヤさんに連絡したら『用事があるから行けない』って言ってたって……」

「用事だぁ!?この俺にフィアッセさんに会う機会以上の用事なんてあるかよ!例え親がその日臨終しようともこっちを優先させるわ!」

「そこは親優先しよ!?で、でも確かにレンお姉ちゃんと晶お姉ちゃんがハヤさんは来れないって言ってたって…………」

「レンと晶が…………おいちょっと待て」

 

ハヤさんが『まさか』といった顔つきになった。そして同時に私も気づいた。

今日も、そして前回も、ハヤさんに連絡をつけたのがレンお姉ちゃんと晶お姉ちゃんだという事を。そして、その二人とハヤさんはどちらかというと仲が悪いという事を。

 

そんな私たちの様子をまるでどこからか見ていたかのようなタイミングで、ハヤさんのポケットからLINE独特の着信音が聞こえた。

ポケットから携帯を取り出すハヤさんを見ながら、私はこの後の展開が予想出来た。

 

(レンお姉ちゃん、晶お姉ちゃんやり過ぎだよ……ああ~、絶対ハヤさん怒り狂うよぉ~!)

 

もちろん、結果は予想通り。

 

「あンの腐れ青緑どもがぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」

 

青筋を多大に浮かべて携帯を床に叩きつけるハヤさんの姿がそこにはありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レンお姉ちゃんと晶お姉ちゃんとハヤさんは仲があまりよくない。会えば喧嘩してるし、よくハヤさんが二人に悪戯してるのも見る。

詳しくは知らないけど、聞いた話しじゃレンお姉ちゃんとは昔病院で知り合い、晶お姉ちゃんとはどこかの道場で知り合ったらしく、私なんかよりも全然付き合いは長いみたい。一時は全然交流はなかったみたいだけど、翠屋で二人がウエイトレスしてた時ハヤさんが来て偶然再会。二人が私の家に居候してると聞いて驚き、そこから頻繁にやり取りするようになり、今の犬猿の形になった。

 

で、それを踏まえて今回の件。簡単に言えばこういう事みたい。

 

仕返し。

復讐。

 

それは大なり小なり誰もがやったことがある事だと思います。私だってある。やった事も、そしてやられた事も。でも私の場合、それは全部「もう!」とか「これでお相子だね」程度で済まされるものだと、今回のハヤさんの件を見て思いました。

 

ハヤさんに今まで散々苦渋を飲まされていた二人。どうにか仕返しする術はないかと考えていた所、今回のバーベキュー。二人はハヤさんへの連絡係を請け負ったにも関わらず、というか率先して請け負い、そしてわざと連絡せず。すべて終わった後、別の日(一週間後)に『明日開催』という嘘をついた。そしてハヤさんはルンルン気分で今日私の家に。

結果は……はい、ご覧のとおり。『残念!もう先週やったんだぜー!ざまーみろハヤ兄!』『やられたらやり返す、倍返しや!それがうちの流儀なんよ~』というLINEを晶お姉ちゃんとレンお姉ちゃんが送ってきたのがつい先ほど。

 

そして今、ハヤさんの機嫌は……。

 

「殺すあの関西中華と猪男女ぶっ殺す殺す殺す殺す殺す」

 

はい、誰が見ても分かる通りの極悪です。

 

「あ、あの、隼、落ち着い──」

「なあ、ユーノ、完全犯罪って魔法使えば出来るよな?ガキ二人くびり殺しても大丈夫だよな?そして虚数空間とか別世界にポイしようそうしよう」

「本当に落ち着いて!?」

 

ソファにハヤさんを挟んで私とユーノ君の3人が座り、暗黒面に落ちかけてるハヤさんを必死で説得する。

 

「ハ、ハヤさん、確かにお姉ちゃんたちはちょっとやり過ぎだと思うけど……」

「ちょっと?ちょっとだぁ!?まるでちょっとじゃねーよ!タチ悪すぎだろ!俺が昨日からどれだけワクワクしてたか……それをお前もうやったって………よほど殺されてーらしいなあのド畜生どもがぁあ!」

「ふ、二人もそこまで悪気があったわけじゃないと思うよ!……た、たぶん。えっと、ほら、茶目っ気?」

「ははは、茶目っ気か。よ~し、俺もお茶目な感じで二人をリリカルマジカルに殺してやろうかなあ~!や・ろ・お・か・なああああ!!」

 

あーダメだ。完全にハヤさんキてるよぁ。

確かに私も二人のやった事は酷いなと思ったけど。でもこのままじゃお姉ちゃんたちが悲惨な事になるのは明らか。ハヤさん、やると言ったらやる人だし。流石に一線は超えないと思うけど、その数mm手前までなら平気でやる人だし。

 

何か、何か別の事でハヤさんの溜飲を下げないと。

ユーノ君と二人あわあわする私たちだったけど、不意に頭の上にぽんと何か乗せられた。顔を上げればハヤさんが私とユーノ君の頭の上に手をおいて疲れたような笑みを浮かべていた。

 

「ったく、あの馬鹿二人もお前らみてーにもちっと可愛げがありゃ良かったのによ。それか逆にお前らに可愛げがなけりゃなー。八つ当たりもしやすいんだけどよ?」

 

そう言って置いた手を乱暴に動かして私とユーノ君の髪をワシャワシャし始めるハヤさん。

その行為もすでに慣れた事の一つ。ハヤさんからよくされる事の一つで、実のところ私の好きな行為の一つ。見ればユーノ君も頬を染め嬉しそうな顔してる。

 

「ハァ、取り敢えずもういいわ。今更ブーたれても現実が変わるわけじゃねーし。それに俺の怒りにお前らを巻き込むのもあれだしな」

「ハヤさん」

「隼」

「怒りはなるべくあの二人だけに向けるべきだよな。この俺をハメた落とし前、ぜってぇ付けさせてやんぜ!」

「「あ、あははは……」」

 

言葉は乱暴だけど、でもその調子は軽く、いつものハヤさんです。

 

「よし、んじゃ俺ぁもう帰るわ」

 

そう言って最後に私たちの頭を軽く叩き、立ち上がった。

 

「え、もう帰るの隼?」

「おう、別にこの後予定なんてねーけどここにいてもしゃーねーしな。恭也も美由希ちゃんもいねーし、お前らとゲームするって気分でもねーしな。適当に散歩して軽く気晴らしでもしながら帰るわ」

 

帰ってロリーズ相手に鬱憤晴らすのもありだな。

そう呟きながら玄関に向かうハヤさんに私もユーノ君もちょっと残念な面持ちを向ける。

機嫌が悪くて怒ってるハヤさんは兎も角、普段のハヤさんは意地悪だけど優しくて、何より一緒にいて楽しくて面白いから。

 

だから、私はつい言葉が出た。

 

「ねえハヤさん、気分転換じゃないけど一緒にジュエルシード探し行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい口から出た提案は、実際のところ断られると思ってた。だって前に一度ハヤさんに同じようにお願いした事があるから。そしてその時やんわりと断られてる。

曰く『ジュエルシード探し手伝ってやりたいけど魔法使うと体が壊れる』らしい。…………言われた時は信じたけど、時が経つにつれ半信半疑。けど、それでも何かしら別の理由があると思ったから、それ以来お願いはしなかった。

で、今回。

つい出た言葉に返って来た答えは──。

 

『あん?まあ、いいぜ』

 

でした。…………うん、軽い。

そこで私は『魔法使う事になるかもしれないよ?体は大丈夫?』と尋ねた所──。

 

『体?………………ああ!そういやそんな事も言ったっけ?あんなの嘘に決まってんじゃん。ただメンドかっただけ』

 

でした。…………うん、清々しい。ハヤさんがどういう人か分かるようになった最近、薄々は気づいてたけど。

それでも悪びれもせず嘘と言いのけるハヤさんに呆れるしかないなぁ。同時にハヤさんらしいと思っちゃったけど。

 

そして現在、家を出てユーノ君、ハヤさんと一緒にジュエルシード探しという名の散歩をしています。ハヤさんと手をつないで。

 

「いや、離せよ。手ぇ離せよ。なんでガッチリ繋ぐんだよ。しかも両手」

 

ハヤさんの左手には私の右手、逆の手をユーノ君が握ってハヤさんを挟んでる状態で歩いてます。一見すると仲のいい兄弟みたいで、事実、ユーノ君は照れながらもちょっと嬉しそう。一人っ子だからかな?

 

「いや、なにのほほんとしてんだよ。だから何で手ぇ繋ぐんだよ。仲良しこよしの隼幼稚園ってか?入園費払えや」

「だって、こうやって捕まえてないとハヤさん、また喧嘩しちゃうもん」

 

そう、事件はついさっき。外に出てすぐの事。

何だかんだ言って結局というかやっぱりハヤさんの機嫌は治ってなかったみたい。そんな時、近くにある自動販売機の前で数人の男の人がタバコを加えて座り込んでたんです。周りには吸殻やゴミが散乱してた。見た目はお兄ちゃんと同じくらいの歳で、でもその格好は正反対に何だかだらしない人たちでした。

 

ちょっと嫌な感じだなぁ……。

 

そう思いながら前を通り過ぎようとした時、ハヤさんがやらかしたんです。

 

『おう、悪ぃ。まったく見えなかった。てか靴汚れちまったじゃねーか。おい、謝れ』

 

全く物怖じせず男の人たちの真正面に立つと、全く悪びれもせず一番近くにいた男の人をつま先で小突いてそう言ったんです。

もうね、この人は一体何をしてるんだろうと、私とユーノ君は茫然としましたよ、ええ。

もちろん、男の人達も黙ってなかった。すぐにハヤさんに食ってかかったんだけど──。

 

『よしよし、いいぞ~。そうこなっくっちゃよぉ。じゃ……憂さ晴らしじゃあああああ!!』

 

────謝り逃げていく男の人達の姿が私の目に写ったのは、その数十秒後でした。

 

そして今に至ります。

 

「なんで隼はそんな喧嘩っ早いんだよ……」

「うっせーな。それに結局喧嘩にはなんなかっただろ?ちっと睨んで小突いたら逃げやがって……ちっ、腰抜けどもが。不完全燃焼だ。男なら掛かってこいっての。な、ユーノ?」

「そこで僕に同意を求められても……でも、暴力はいけないと思うよ?」

 

ユーノ君が呆れて笑いながら言う。

それに私も同意かな。暴力ダメ絶対!

 

「まぁお前らが暴力的になったらなったでちょっと俺も複雑だから別にいいけど。……ああ、けどクソ!あの馬鹿二人のせいでストレスがマッハだぜ。気分悪ぃ~」

「気持ちは分かるけど……だからって知らない人に突然向かって行かないでよぉ」

「はん!鬱憤晴らせるなら誰でもいいんだよ。レンの奴が言ってたな。やられたらやり返すとかよ。確かに最終的にはあの二人に倍返すが……しかし甘ーい!」

 

ハヤさんが胸を張り、ドヤ顔で続けてこう言った。

 

「やられてなくてもやり返す!身に覚えのない奴にもやり返す!誰彼構わず、八つ当たりだ!!!」

「「それ、ただの迷惑な人だよね!?」」

「なははは!まずは適当に憂さ晴らす事が優先だー!」

 

なんてふざけた感じでハヤさんは言うけれど、実際の所はちょっと違うと思う。

ハヤさんは『誰彼構わず』じゃなく、きちんと相手を選んでる。他から見て迷惑になってる人や物、それかハヤさんの気持ちをきちんと受け止めてくれる人だけ。

もちろん、だからといって八つ当たりしちゃダメなんだけど……。そもそも暴力はいけないんだけど……。

 

(でも、たぶん、そういう所がハヤさんとさっきの人たちの違いなんだろうなぁ)

 

正直、ハヤさんもさっきの人たちと同じ、その、『不良』っていうのかな?そういう人だと思うし、さっきの人たちみたいな事を今までやった事もあるんだと思う。学生時代荒れてたって、お父さんがハヤさんから聞いたっていってたし。というかさっきも歩きダバコしようとしてたし。

でも、だからってあの人たちとハヤさんがまったく同じ部類の人間とは思えない。……良い人か悪い人かの二択でしか表せないならハヤさんは文句なく悪い人で、滅茶苦茶で、もうどうしようもない人だけど、でもまぁかろうじて───痛!?

 

「ちょ、ハヤさん!?手!強く握りすぎイタタタタタ!?!?」

 

急にハヤさんの握ってる手の力が強まった。見れば反対側のユーノくんも私と同じように声をあげて痛がってる。

 

「おう、なのはぁ~、ユーノ~、てめーら何か俺の悪口言ってんだろ、心の中で」

「「なんでわかるの?!」」

「やっぱりか。てめーら、最近ちょっと生意気だぞ~。最初の可愛げはどこにいったのやら。まあ、それでも十分可愛いけどな」

「う、うん、ありがイタ!?!?ハヤさん、手!」

「隼、本気で痛いよ!?」

「さっ、このまま海鳴公園あたりまで散歩するか~。お望み通り、仲良くお手手をガッツリ万力のように繋いでよ?」

 

私とユーノ君はハヤさんに手を握り締め付けられ、痛さで瞳に涙を浮かべながら海鳴公園まで行くことになったのでした。

道中、すれ違う人が私やハヤさんを知ってる近所の人ばかりで、おかげで奇異の視線にあまり晒されなかったのは幸か不幸か…………って、痛いからやっぱり不幸だよ!

 




まずは更新遅くなり申し訳ありません。そしてAs編開始がまた伸びてもうし訳ありません汗

今話、1話にまとまるかと思ったら無理でした。
後日談、もしかしたら後2話くらい続くかもしれませんorz


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なのは後日談 中編

少々描写不足で駆け足気味かも?
そして汚い描写があります。ご了承ください。


『自己中心的』って言葉があります。

 

自分を中心としてしか考えられず、ほかの人の事なんて考えもしない、あるいは軽視する事。

おおよそ、いい意味を持たない言葉。

 

──最初、私はハヤさんの事自己中な人だと思ってました。

 

何をするにしても自分の気持ちが一番で、勝手し放題で、他の人の事なんてどうでもいい。自分よければ全て良し。迷惑を顧みない人。

 

ハヤさんは、そんな人だと思ってた。ううん、実際そうなんだと思う。だって今でも、もし私が誰かにハヤさんを紹介する時があれば、まず私はハヤさんの事を「すっごく自分勝手で自分大好きな人だよ」と言うと思うから。

そして、多分ハヤさんを知ってる人ならその言葉に誰もが力強く頷くと思う。

 

ハヤさん=自己中。

 

この図式は間違ってはいない。うん、間違ってはいない。………………けど、合ってもいないとも私は思う。

 

自己中なのは自己中だと思う。そこは否定できない。

だけど、世間一般で言う自己中とは違うと思う。『おおよそ、いい意味を持たない言葉の自己中』とハヤさんの『自己中』はイコールじゃ結ばれないと思う。

 

思う思うばかりで信用ないかもしれないけど、でもやっぱり私から見たらそう思う。

 

そう思った切っ掛けとして、前ね、こんな事があったんだ。

 

ある日、ハヤさんが「遊びに行こうぜ」って、いつも通り突然家にやって来て言ったの。その時、家には私とお兄ちゃんとお姉ちゃんと忍お姉ちゃんがいて、あれよあれよと言う間に……ううん、言う間もなく……というか言うだけ無駄と分かってるから、私たちは苦笑いを浮かべるだけに留めて結局ハヤさんの車で遊びに行くことになった。ほぼ初対面だった忍お姉ちゃんはちょっとだけ呆気に取られてたのを覚えてる。

車中もやっぱりハヤさんのペースで終始賑やかだったけど、忍お姉ちゃんだけはやっぱりハヤさんの人となりにちょっと圧倒されたみたいで、らしくなく大人しかった。

 

『恭也の彼女だろ?忍ちゃんだっけ。聞いてっかもしれんけど、俺ぁ鈴木隼な。てかマジ美人じゃん。まー、取り敢えず恭也死ね』

『なぜだ!?』

『おっと、死ぬ前に合コンセッティングしてもらわにゃな。で、そのあと問答無用で死ね。大丈夫、介錯は任せろ。お前の小太刀でバラバラにしてやんよ』

『それは介錯じゃなくお前自身が殺しに来てるだろ!?』

『いや、お前をヤるのは美由希ちゃんだ』

『そこで私なんだ!?』

 

と、ハヤさんとお兄ちゃんとお姉ちゃんがコントを繰り広げても忍お姉ちゃんは苦笑いを浮かべるだけでした。あとで聞いた話しだと忍お姉ちゃんはこの時こう思ってたみたい。

 

『いや、だって隼さんってパッと見、恭也や美由希ちゃんの苦手そうなタイプでしょ?すっごくチャラチャラしてるし、乱暴な言葉使いだし、遠慮も配慮もあったもんじゃないし。だから、どうやってこんなに仲良くなったのかなぁって。私も第一印象はちょっと苦手だったし。あ、今はそんな事ないよ?すずかがすっごくお世話になってるしね♪』

 

うん、まぁ分かるかな。私たちの周りにはいなかったタイプの人だもんね、ハヤさんって。

でも、本人も言ってたように、今ではハヤさんと忍お姉ちゃんはお兄ちゃんたちと同じくらい仲良し。

私もどうやって、どんな事があって、何が切っ掛けでお兄ちゃんとお姉ちゃんのハヤさんに対する印象が変わったのかは知らないけれど、でも忍お姉ちゃんに関しては知ってる。だってハヤさんの『自己中』が他の『自己中』と違うと分かった切っ掛けと同じだから。

 

それはハヤさんの運転中、助手席に乗ってたお兄ちゃんの一言から。

 

『しかし隼、俺は少し感心した。お前もちゃんと他者に気配り出来るんだな』

『あん?いきなり何よ?』

『いや、お前の運転だ。さっきから何度も横入りしてくる車を入れさせてやってるし、さっきの交差点、横断歩道を渡ろうしてる人がいるときちんと止まってるだろ?こう言っては失礼だが、少し意外でな』

『あ、それ私も思ってた。隼さん、普段の言動が言動だからね~』

『ああ。けど、こういうさり気ない所でその人間の根っこが見えるもんだ。善人なのか、悪人なのか、な』

『うんうん、隼さん、パッと見悪人だもんね。あっ、悪人って言ってもあれだよ?小説なんかによく出るけっして大物にはなれない小悪党!』

 

お兄ちゃんとお姉ちゃんが褒めてるのか貶めてるのか分からない事を言う。それは忍お姉ちゃんにハヤさんを見た目や言動だけで誤解して欲しくない為のフォローなのか、はたまた純粋な気持ちだったのか。

 

対して渦中のハヤさんはというと──。

 

『美由希ちゃんにはあとで隼地獄スペシャルをくらわせるとして……』

『なにそれ?!』

『気配りねぇ……』

 

そう言って片手をハンドルから離してポリポリと頬を掻く。それは照れているというより、どこか気まずそうな顔。

 

『褒められるのは気分良くなって好きだけど、検討違いの事で褒められてもなぁ』

『検討違い?』

『そっ。あのよ、恭也に美由希ちゃん。俺が本当にそんな気配りの出来るような人間に見えるか?人に何かを譲るとか、そんな優しい人間に見えるか?』

『『…………』』

『正直な沈黙ありがとよ。まっ、そういうこった』

『どういうことなの?』

 

後ろで聞いてた私はよく分からず、運転席と助手席のシートの間に身を乗り出してハヤさんを覗った。ハヤさんは一つ苦笑したあと、「シートベルトちゃんとしてろや」と言いながら私の頭を撫でて後ろへと押し戻す。

 

『忍ちゃんはともかく、お前らは知ってんだろ俺の事。俺はね、自分が大好きなの。自分よければ全て良しなの。自分最優先なわけ。だから、恭也の言った事も、全部自分の為っつうわけ』

『どういう事だ?』

『良い事すると気持ちいいだろ?俺やるじゃん、てなるだろ?俺マジ紳士ってね』

『『『は?』』』

 

私たち兄妹の言葉が重なる。忍おねえちゃんも、声には出さずとも疑問顔。

続けてハヤさんはこう言いました。

 

『だーかーらー。例えばさっき信号待ちの時、横の道から入ろうとしてきた車。俺、止まって相手の車が出てくるの待ってやったじゃん?で、その車の運転手、入る時に一礼してくれた上にその後ちゃんとハザードも点灯させたじゃん?それ見て俺は気分が良くなる。──ほれ、人の為じゃねーだろ?』

『は?いや、人の為になってるだろ?』

『いや、俺は相手の事とかどうでもいいわけ。相手の為を思って入れさせたわけじゃねーの。入れさせてやって、お礼されたら俺の気分が良くなるからやっただけ。全部自分の為。せいぜい感謝しろやドヤァ、てね。ほら、偽善って気持ちいいじゃん?それがお手軽に出来る場面なら尚更』

 

あっけらかんと『偽善』と言い放つハヤさんに私たちは茫然とする中、ハヤさんだけはいつもの調子で最後にこう言った。

 

『お前らには言ったことなかったっけか。──俺はな、俺の行動の過程や結果で他の奴らまでもが幸せになろうが知った事じゃねー。俺は、俺が幸せになれればそれでいいんだよ。俺ぁ自己中だからよ?』

 

その言葉はどこまでも正直で、どこまでの本心と分かる言葉。──そして、私と忍お姉ちゃんの切っ掛けの言葉。

 

『そんなわけで、勝手に誤解してくれんな……って、おい、テメエら何笑ってんだよ』

 

私たちは笑ってた。私もお兄ちゃんもお姉ちゃんも、そして忍お姉ちゃんも。

 

『あはは、鈴木さんって変な人ですね』

『変ってなんだよ!てか忍ちゃん、俺の事は隼でいいぜ。ついでに敬語もなしな。堅っ苦しいのは嫌いでね』

『うん、了~解!』

 

自己中──世間一般ではあまりいい意味で使われない言葉だけど、ハヤさんのそれは違うと思う。

だって、ハヤさんの自己中は『幸せ』だから。

幸せは、一人じゃなれない。他の人も笑顔になって、幸せにならないと、自分も幸せにはなれない。幸せになった"気"にはなるかもしれないけれど、その程度じゃ満足しないのがハヤさん。徹頭徹尾、幸せにならないと気がすまないのがハヤさん。だったら、他の人も幸せにするしかない。自分が幸せになるために。

 

『隼さんって正直者だけど捻くれてるよね。人の為じゃないとか言ってるけど、結果的にそうなってるなら、もうそれは人の為なのにね。例えば病気の人だって、結局求めるのは親身になって付き添ってくれる人より治してくれるお医者さんだもん。隼さんはお医者さん以上に相手の事を想う心はないけど、その結果が相手の為になっちゃってるもんね』

 

そう言ってた忍お姉ちゃんに私も苦笑しながら頷いた記憶がある。

 

───まあ、けれど。というか当然だけど。

 

誤解して貰っては困るけどハヤさんはどこまでいってもハヤさんなわけで。決して良い人じゃないわけで。むしろパッと見そっち系の人で。

 

数分後には。

 

『おいコラァ!テメ、そこの鬼キャンクラウン!!何滅茶苦茶な割り込みしてくれとんじゃあ!ちょっと傍に止まってナシつけ……っておい、何ケツ割ろうとしてんだ、あ゛あ゛!?この俺相手に逃げれっと思ってんのかワレェア!!』

 

と、窓を全開にして前の車に怒声を浴びせるハヤさんに、車中の私たちは洩れなく溜息をつきながら止めに入るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっと、ちょっと脱線した気がしないでもないけれど。というか何故かハヤさんを持ち上げた感じになっちゃったけど。

そもそも私が言いたかったのは、ハヤさんはちょっと変わってるけど何だかんだ言って自己中であり、自分大好きであり、そして行動には常に自分が満足感を得る為という原理がある。

ハヤさんは決して良い人ではない。確定的に。

 

それを踏まえて、さて今目の前に広がる光景。───ユーノ君がハヤさんに肩車されて噴水の周りを走り回ってる光景には、一体全体ハヤさんのどういう原理が働いたんだろう?

 

ハヤさんは子供好きというのは知ってる。突拍子もない事をすることもある。……でも、なぜ肩車?というか、単純に公園に到着して私が近くの自動販売機でジュースを買いに行ってる少しの間に一体なにがあったの?

 

「ちょっ、隼、も、もういいから止まって!?」

「まだまだぁ!次はこのまま前宙だ!」

「ぜ、絶対止めて!!」

 

楽しそうに(ユーノ君は若干顔を引きつらせながら)公園ではしゃぎ回る二人。

それを見て私は呆然と、けどちょっと羨ましく思いながらも、二人に近寄る。

 

「……二人共なにしてるの?」

「お、なのは。いや、何って肩車だよ。見れば分かるだろ?」

 

うん、分かるよ。分かるけどさ。

訝しむ私にハヤさんは続けて説明した。

 

「いやよ、お前がジュース買いに行ってる時、近くの親子が肩車してたんだよ。それ見てこいつが『あれ、なにやってるの?』とか言いやがったもんでよ」

「え、ユーノ君、肩車を知らなかったの?」

 

未だハヤさんの肩の上にいるユーノ君を見上げると、ユーノ君は恥ずかしそうにこくりと頷く。

 

「物心ついた時からずっと遺跡で発掘作業とかしてたから、あまりこういう事はやってもらった事なくて……」

 

ああ、と。

そう言えばユーノ君の一族は遺跡とかを求めて旅をする人たちと本人から聞いた事があった。

その時、私は同い年なのにすごいなぁと思ってたけど、こうして改めて考えればちょっとだけ寂しいなと思う。

 

子供は子供らしく、という私自身も言われたことのある言葉が浮かぶ。そして、言った本人の顔を見るとやっぱりちょっと不機嫌そうでした。

 

「アホか。ガキの時分にはガキらしい事をやっとくもんだぜ?じゃねーとすぐにやって貰える立場からやらされる立場になんだからよ。そうなって後悔して立ち止まる事は出来ても、後戻りは出来ねーからな、大人ってやつはよ?」

 

うわぁ、何だかハヤさんが大人な発言してる。まごう事なき大人なんだけど、普段の言動が子供っぽいから何だか凄い立派に見える。……え、錯覚?

 

「それでハヤさんがやってあげてるの?」

「まーな。肩車も知らねーガキとかありえねーだろ普通。で、何か腹立ったから肩車マスターの俺がやってやってんだよ。おいユーノ、光栄に思え?俺の肩に乗れる奴なんてとある金髪青髪三姉妹の他にお前だけなんだからな」

「えっと、よく分からないけど、ありがとう?」

「よし、じゃあこのままハンドスプリングでもしてやろう!」

「それ、この状態でしていい事じゃないよね!?」

 

焦るユーノ君だけど、でもやっぱり楽しそうで、そしてそれを見て私は……。

 

「ねーねー、ハヤさんハヤさん!」

「あん?」

 

ちょんちょんとハヤさんの服の袖を摘みながら言う。

 

「私も肩車!ユーノ君だけずるい!」

 

普段ならお父さんやお兄ちゃんにもあまり言えない『ずるい』という言葉。『いいなぁ』とか『羨ましいなぁ』とか思う事はあっても口からは出ない類の言葉。

なのに、相手がハヤさんだとつい出ちゃうから不思議。

 

「んだぁ?そんなリスみたいに頬膨らませて、この欲しがりちゃんめ」

 

言いながらハヤさんはユーノ君を降ろすと私の後ろに回り、両足首を掴んだ。そしてそのまま私を垂直に空高く投げ飛ばして……って!?

 

「にゃあああ!??」

「秘技パイルダー・オン!!」

 

数秒の滞空の後、降下。見事ハヤさんの肩へと着陸。

 

「って、滅茶苦茶な肩車の仕方しないでよ!?」

「あはは、すげーだろ?」

「すごいけど怖いよ!」

「なんだ、お前怖がりだなぁ。アリシアにやったら大笑いしてたぜ?」

 

アリシアちゃんって子がどんな子だか知らないけど、絶対子供にやっちゃいけない肩車の仕方だよね!?一歩間違ったら大怪我してるよ!?

 

「しょうがねえなぁ。だったら次はライトにバカ受けした大技を──」

「や、やらなくていい!」

 

思わず脚を閉じ、ガシっとハヤさんの頭をかき抱く私。そうでもしないと次何かされた時は落ちかねない。

 

「ぐえっ!?わ、わかったから足締めんな!普通にやっから!」

「もうっ、だったら最初からそうしてよ……」

 

足を緩め、回していた手を頭の上に置く。そうしてやっと落ち着くことが出来た私は、改めて視界の高さに声を上げた。

 

「うわぁ、高~い!」

 

もちろん、魔法で空を飛んでるときはこれよりもっと高い所から見下ろせます。でも、それとこれとはやっぱり別なんだと思う。だって、何ていうのかよく分からないけど、えっと、何だか兎に角『うわぁ』って感じ。

 

感嘆する私だけど、ふとユーノ君を見るとやっぱりというか、ちょっと羨ましそうだった。そして、それに気づかないハヤさんではなかったらしく。

 

「よっこいしょお!」

「うわっ!?」

 

身を屈めたハヤさんは片手は私の足に添えたまま、もう片方の腕をユーノ君のお尻の下に置き、驚くことにそのまま持ち上げました。

肩の上に私。左腕の上にユーノ君。

 

「ちょ、隼、大丈夫なの!?」

「ハヤさんすごい力持ち!」

「ハッ、余裕余裕!あともう片腕と頭の上にもイケルのは実証済みだ!ちなみにこの状態で30分は喧嘩出来る事も実証済み!」

「「どんな経緯があったの!?」」

 

カラカラと笑うハヤさん。

そう言えばこの前美沙斗叔母さんがお父さんにこんな事いってたっけ。

 

『勿体無いよね、隼君。あの身体能力と野性を持って武の道を志していれば、一角以上の人になれたろうに。いや、今からでも…………え?彼、無職?…………そういえば今、私の隊に一人欠員出てるなぁ』

 

ハヤさんがお兄ちゃんやお姉ちゃんと喧嘩出来るくらいには凄い人だってのは知ってたけど、叔母さんも凄いハヤさんの事褒めてたんだよね。

というか、本人の知らぬ所で就職先が決まりそう。

 

そこでふと気づく。ハヤさんの人間性とか内面とかは知ってたけど、よく考えればそれ以外あまり知らない私。あと知ってる事は無職だと言う事とシャマルさん他何人かと一緒にアパートで暮らしているということ。

 

「ねー、ハヤさんって何かスポーツとかして体鍛えてたの?」

 

いい機会なのでちょっとだけ聞いてみることにした。

 

「あ?藪から棒だな。てかスポーツ?なのは、俺がスポーツマンに見えるか?」

「ううん、全然」

「ははは、素直な奴だな。まあ、その通りだけど。体も別に鍛えたことねーし。めんどくせー」

「じゃあなんでこんな力持ちなの?」

「ん~……学生ン頃から喧嘩ばっかしてたからなぁ、それで自然と筋肉付いたんじゃね?まー、最近は美味いメシにありつけるようになって結構食いまくってっからなぁ。ちょっと腹に肉がついてきてんだよ」

 

そう言ってポンポンとお腹を叩くハヤさんだけど、見た目そんな事ないと思う。どちらかというとお姉ちゃんの方が最近……それは兎も角。

 

「あ、じゃあもう一つ。ハヤさんお仕事しないの?」

「…………うちのババアやプレシアにはよく言われるが、まさかお前にまで言われるとは。ガキにそのセリフ言われると何かクるもんがあるな」

 

何か苦いものでも食べたかのような声色になるハヤさん。ここからじゃ顔までは見えないけど、多分渋い顔してると思う。

 

「今は金に困ってねーし、まっ、いずれな。俺ぁ馬鹿だからよ。そのへん、あんま必死になって考えてねーんだわ。昨日も今日も好きなように生きてきたから、明日も好きなように生きてくってな感じだ」

「何だか隼らしいね。そういう強さっていうのかな?ちょっと羨ましいや」

「こんなん羨ましがんな。ユーノ、あとなのはも──」

 

言いながらハヤさんは私たちを乗せたまま近くの噴水に近づき、そのまま縁にひょいっと飛び乗る。僅かに当たる水しぶきが気持いい。

 

「テメーらはまだまだガキだ。今まで楽しいやら嬉しいやら感じた事以上の事がこれか先待ってっかもしれねーんだ。人の人生羨ましがるには早ぇーよ。てか、人を羨ましがる人生より、人から羨ましがられる人生送っていけや」

 

ハヤさんは私たちを降ろすと、それぞれの頭を軽く撫でた。ニカッと笑ってるその顔は、本当に満足そうな顔で、きっとハヤさんは自分の人生を気に入ってるんだなぁと思った。そして、やっぱり何だかんだ言ってハヤさんは大人だなぁとも。きっと今の私じゃそんな顔は出来ない。

 

そして、そんなハヤさんを見て私は思う。

 

(意地悪で自分勝手で子供っぽいハヤさんだけど……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……カッコいい、かな)

 

ちょっとだけ、だけどね。

 

「あ、でもよぉ」

 

にゃ?

 

「やっぱイケメンとか、金持ちとかは早く人生終わって欲しいな。むしろ俺が短縮させたいぜ。それか今の俺の底辺スレスレのこのクソ人生と代わって欲しいわ。はぁ、マジ転生したいわ。記憶持ち越しで」

 

…………………………。

 

「おっと何かゲリっときた。わり、ちょいウンコ。ここ、トイレどこあったけかなぁ。まあ見つかんなきゃその辺の林で野グソかますか。ま、それは冗談として、お前らここで大人しくしてろよ~。……やっべ、マジでウンチングピンチだ」

 

お腹を押さえながら小走りで公園の奥へと一人向かうハヤさん。その背を見て、私は改めて思いました。

 

(やっぱり、ちっともカッコよくない!!)

 

見直した瞬間にまた見直す。

あれだよね、ハヤさんってホントどこまでいってもハヤさんだよね。結局見直す所がないというか、最初から最後まで、上から下までハヤさんというか。

ハヤさんらしいといえばすっごくらしいけど。

 

溜息をつく私だけど、傍にいたユーノ君は逆にどこか憧れの様子で顔を明るくしてる事に気づく。

 

「隼ってホント自由な人だね」

「うん、まあ……そうだね。そうとも言える、かな?」

「そうだよ。ああやって全面に臆することもなく自分を出せるって中々出来ることじゃないと思うよ?初めて会った時は隼みたいになりたくないとか思ってたけど、今はちょっとだけあんな感じになりたいなぁ」

 

その言葉を聞いた瞬間、私はユーノ君の両肩をガシっと掴み、正面から彼を見据えて言った。

 

「早まっちゃ、ダメなの」

「な、なのは……」

 

あれはハヤさんだから耐えられ、許され、そして似合う生き方。他の人がそんな生き方したら……うん、上手く言葉にはできないけど、でもダメ。あれは、ダメ。

 

「ユーノ君はユーノ君のままでいいよ。だって今でも十分かっこいいんだから!」

「な、なのは……!!」

 

顔を赤くして目を輝かせるユーノ君。

どうやら分かってくれたみたいで良かった。もしユーノ君がハヤさんみたいになったらと思うとゾっとするもんね。

 

と、そんなハヤさんに対して失礼極まりない事を胸中で思っていた時でした。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおお!!!???」

 

そんな叫び声が木霊す。

一体全体何事かと声のした方に顔を向けると、そこには慌てた顔でこちらに向かって全力疾走してくハヤさんの姿……プラス、その背後に大きな大きな蛇。蛇の額には……うん、あれジュエルシードだ。ということは、まず間違いなくジュエルシードの暴走体。

 

私はまずびっくりするよりも前に、大きな溜息をついてこう思いました。

 

(……ハヤさんといると絶対何かしらあるなー)

 

とりあえず──レイジングハート、セットアップっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いちおう、今回のハヤさんとのお出かけの目的は『ジュエルシード探し』というものでした。ただこれは正直建前です。ただ単純に、まだハヤさんと一緒にいたかったがために口から出た建前。

だから、実際のところ家を出た瞬間からジュエルシードの事なんて頭から抜け落ちてました。それに街中をちょっとぶらっとしたくらいで見つかるわけないとも思ってた。……思ってたのに。

 

「フシュルルルルッッ!!」

 

視線を下に向ければ全長20mはあろうという蛇が上空にいる私たちに向かって威嚇をしてます。

 

「なのは、封時結界張り終えたよ」

「うん、ありがとうユーノ君」

「なんでアナコンダ級の蛇がこんなトコいんの!?マジ怖ぇ!?」

 

幸か不幸かその蛇は空を飛べないらしく、今のところ私とユーノ君は幾分落ち着いて状況を見ることが出来てるけど、残るハヤさんはご覧のとおり、すごく慌ててます。

 

「あの、ハヤさん、どうしたの?」

「いや、どうしたのじゃねーよ!おま、あれが見えねーの?なんだよ、あの超デケー蛇は!人がさあクソするぞって時にいきなし現れてマジびびったわ!おい、なのはにユーノ、さっさと逃げんぞ!流石の俺もあんなのと喧嘩はしたくねーぞ!」

 

私たちの手を掴んで飛び去ろうとするハヤさんだけど、もちろん、私とユーノ君は逃げるつもりはない。建前だったとはいえ、残り一個のジュエルシードを見つける事が出来たんだから。

私はハヤさん手をそっと離し、レイジングハートを構えた。

 

「お、おい、なのは、お前何故にヤル気満々なわけ!?」

「え、だってジュエルシードを回収しないと……」

「なぜそこで石ころの回収?!そんなん今はどうでもいいだろ!とりあえず警察か自衛隊に連絡してあの化物蛇をどうにかして貰うのが先決!」

 

そんな事をいうハヤさんに私もユーノ君も首を傾げざるを得ない。だって目の前にいるのはジュエルシードの暴走体。警察や自衛隊の人がどうこう出来るとはあまり思えない。そも、ジュエルシードを回収しなくちゃいけないんだから魔導師である私たちがやらなきゃいけないし……。

よく分からないハヤさんの様子に、しかしそこで「あっ」とユーノ君が声を上げた。

 

「ねえ隼、もしかしてジュエルシードの暴走体って初めて見た?」

「あ?暴走体?なんぞ、それ?」

 

ユーノ君の質問に対するハヤさんの答えで、私もここでようやく腑に落ちた。道理で私とハヤさんの間で考えが噛み合ってなかったわけだ。

 

「ハヤさん、暴走体見たことなかったんだ」

「いや、だからなんだよそれ?」

「えっと、暴走体っていうのはね────」

 

ユーノ君がハヤさんに説明しだす。それを横目に私は下の暴走体を見据え、レイジングハートを構えた。

問答はユーノ君に任せ、私は先手必勝なの!

 

「いくよ、レイジングハート!」

《all right》

 

言うが早いか、私は暴走体に向かってディバインシューターを放ちながら接近。けれど、それは表皮に当たった瞬間霧散した。思った以上に硬い。ならばと今度はバスターを撃とうと体制に入ろうとし、しかし暴走体がその長い体をバネのようにしてかなり素早い体当たりをしてきたので慌ててシールド。なんとか防御は間に合うけど、額にじわりと汗が出た。

 

(硬いし早い、それに想像以上に伸びてくる……)

 

体長は目算では20mほどかと思ってたけど、実際はもっとありそう。あるいは、かなり伸縮性があるのか。

どっちにしても、強い。バインドで固める?でも、あの早さを捉えられるか……。

思案しながらも私は暴走体から一定の距離を保ちつつ魔法を放ち続ける。けど、やっぱり依然効果はみられない。

大きいのが撃てればいいのだけれど、それにはどうしても溜めが必要で、その溜めには何かしら別の一手が必要。加えて必中させたいとなるとさらに一手……そう考えていた時ポンと肩を叩かれた。

 

「あ、ハヤさん!」

 

ユーノ君から説明を聴き終えたのだろう、ハヤさんがそこにはいました。そしてハッと思い出す。

ああ、そっか!そういえばハヤさんも魔導師だった。ならユーノ君合わせて3人一緒に戦えばいける。ハヤさんがどれだけ強いか分からないけど、でも喧嘩があれだけ強いなら魔法だって!

 

早速ハヤさんに頼もうとして、けれどその前にハヤさんがあたかも全部分かってるという風な頼もしい笑みを浮かべてこう言いました。

 

「お前、頭おかしいんじゃねーの?」

「急になんで!?」

「いや、だってなぁ。ちょい見てたけど、お前よくあんなバケモンとヤリ合えるな。正気の沙汰じゃねーだろ。普通じゃねーよ?やっぱ何だかんだ言って理のオリジナルなのか?お兄さんちょっとドン引き」

「ドン引き!?」

 

え、だって、で、でも普通だよね?む、むしろあの暴走体はまだ優しい方だと思うよ?今まで戦ってきた暴走体にはもっとすごいのもいたし……。怖いのだってもっとたくさん……。

 

そんな説明をした私にハヤさんは呆れた顔をした後、どこか悲しそうな顔になった。というか哀れみの表情?

 

「なのは、お前、慣れで感覚馬鹿になってるな。小学3年生の感覚じゃねーぞ?…………いいか、今一度、改めてよ~~~~~く見てみろ?」

 

ハヤさんは私の肩に手を回し、下でとぐろを巻いてこちらを見ている暴走体を指差す。

 

「普通に生活してたんじゃお目にかかれない、映画の中にしかいないようなバケモノだぞ?もしあんなのが街中にいたら、というか今みたいにいたら、大人子供関係なく普通だったら遭遇した瞬間叫び声あげて逃げ回るぜ?動物園のライオンが檻から脱走したとかテレビで見たことあるだろ?警察やら機動隊やら出動してただろ?そんなライオンの数十倍は怖ぇバケモンだぞ?」

「………う、うん」

「人一人余裕で丸呑み出来るでっかい口に、キモイ鳴き声にニョロニョロと動く舌。今にも飛び出しそうなギョロッとした目ん玉。牙とも言えるでっかい歯。生理的嫌悪感を誘うウネウネとした体」

「…………」

「あんな極太の尻尾に跳ね飛ばされたら体中の骨はバキバキ、血反吐まき散らしながら軽く死ねる。毒も持ってっかもしれねーな。てか持ってるだろ。それに噛まれたら?巻き付かれ、余すとこなく骨を砕かれ、そしてそのまま飲み込まれようもんなら原型止めないほどドロッドロにされるだろうな」

「……うぅっ」

「確かにさっきまではヤリ合えてたかもしれねー。これまでも無事乗り越えてきたかもしれねー。だから今日も大丈夫?……それとも、今日は?もしかして?ポックリうぎゃあ?」

「…………ふにゃぁ」

 

改めて暴走体見て、そしてこれまでの自分を思い返し、ハヤさんの言った言葉を反芻し、これから先起こるかも知れない『もし』を想像したら…………いつの間にか、私はハヤさんの服をギュっと強く握りしめてました。

 

「てわけで、それを踏まえてさあ改めてGO!!」

「無理なの!!」

 

そんな事言われて、ここまで言われて、行けるわけないよね!?ハヤさんの言う通り、感覚がちょっと馬鹿になってました!どうやって、というかなんで私は今まで平気で戦えてたの!?あんな蛇のお化けみたいな怪物に…………ってにゃあ!?こっち見た!!普通に怖いよぉー!?

 

ハヤさんの服だけではなく、今度はその腕ごとガシっと掴む。というか抱きつく。

 

「……はぁ、よかった。なのははなのはで。これでまだどこぞの黒ロリみたく『俄然ヤル気が溢れてきました。滅殺!』とか言い出そうもんならお前の事好きじゃなくなってたぜ?ガキはガキらしく、な」

「うにゃあ~!」

「おーよしよい。んじゃまあ、とりあえず捕まえる魔法、バインドだっけ?それして逃げられないようにしたら、あとはポリとか管理局に丸投げしよう。てか、俺のお腹がそろそろ限か───」

 

そこで、ハヤさんの言葉が不意に途切れる。どうしたのかと思い、抱きついていた腕を離して顔を見上げた。少し涙が溜まってボヤけた視界の中にはいつも通りのハヤさん……ではなく、今まで見たことのないような驚愕の表情を湛えたハヤさんの顔がありました。

 

「?ハヤさん、どうし───」

「「きゃああああああああああ!?!?!?」」

 

耳を突き刺すように響く突然の叫び声。上がった場所は暴走体からそう遠く離れていない、さっきまで私たちがいた噴水の近く。

ハヤさんへ向けていた顔が条件反射の如くその場所に移動し、そこを見た瞬間、私はハヤさんが湛えていた表情の理由に気づき、また同じ表情になりました。

 

(な、なんで……)

 

そこにいたのは二人の少女。私と同い年の、私と一緒のクラスの、私の親友。

 

「すずかちゃん!?アリサちゃん!?」

 

嘘!?なんで!?今ここは結界内で誰も入れないはずなのに!?どうして二人が!?なんで!?だって!?

 

この急な事態に私は混乱の極みでした。ぐるぐると疑問符や感嘆符が頭の中を回る。何も言葉が出ないし、手足も動かない。ただ目を丸くして地上の二人を見下ろす。

そしてそれは隣にいたユーノ君やハヤさんも同じようで、ただただ茫然としてました。

 

そんな中、いち早く動き出したのは──暴走体。

 

「シャアアア!!」

 

とぐろを巻き威嚇していた様から一転、さっき見せた俊敏性を遺憾無く発揮し、蛇なのに一直線に二人に向かう暴走体。その勢いはまるで弱く捕らえ易い獲物を見つけたと言わんばかり。

 

「っ、ダメーーー!!」

 

今思えばだけど、この時私の取れる選択しはいくつかありました。

早くても一直線に進んでいるならバインドで拘束出来るだろうし、シューターを放って足止め、あるいは標的をまたこちらに戻す事だって出来たはず。

でも、この時はそのどれも頭の中には浮かびませんでした。そんな思考が出来る程まだ混乱から立ち戻っていなくて、だから私の取った行動はあまりに愚か。

 

ただただ暴走体に向かって飛んでいくだけ。

 

うん、本当、それだけでした。そこから魔法を放とうとか、高速移動魔法を使おうとか、体当たりしようとか、そんな考えも浮かばなくて、ただ飛んで向かっただけ。

そんな事をしても間に合わない。驚きで初動が遅れた分、僅かその分だけ、私が暴走体に到達するよりも、暴走体が二人に到達する方が早い。そんな事実でさえ、気づいたのは暴走体が二人の2mくらい手前で大口を開けた時というお粗末ぶり。

十中八九、間に合わない。ううん、十中十、間に合わない。

 

(ダメダメダメ、イヤぁ!!)

 

未来予知なんて魔法はないけれど、なくても分かる。この後、どんな光景が目の前に広がるか。……ハヤさんの言ってた悲惨な状況が私ではなく、あろうことか親友二人に降りかかる。

 

(誰か、誰か……)

 

困ったとき、自分じゃどうしようもないとき、目を背けたいとき、自ずと出るのはその言葉。誰かに縋るその言葉。

 

(誰でもいい!誰でもいいからすずかちゃんとアリサちゃんを助けて!!)

 

結局のところ、私は子供です。どんなに背伸びしようとも、歳不相応ながら世間を分かった気になっていようとも……結局のところ、『あの人』の言うとおり、私は子供なんです。

いつだったか言ってたっけ。「ガキはガキらしくしてろ。そうしてる限り、なんかあった時の不始末のケツは大人が持つ」って。

ガキはガキらしく。

だから、私は叫びます。大人に向かって。『あの人』に向かって。

 

「ハヤさん!!!!」

 

────瞬間、私の横を通り過ぎる物凄い風と、それに舞う黒い羽。

そして。

 

「ふぃ~……フェイトからブリなんちゃら教えてもらってなかったらマジやばかったぜ。それも失敗続きだったのにこの土壇場で成功させるとか俺マジ主人公」

 

暴走体がすずかちゃんとアリサちゃんを丸呑みする寸前に二人の前に高速移動したハヤさん。大きく開いたその口の上顎を両手で、下顎を片足で押さえつけ、そして突進してきた勢いをも力でねじ伏せて二人を背にして微動だにせず堂々とした姿。

 

今回こそは、今度こそは、紛れもなく本当にカッコイイと思いました。

 

「で、さて、このクソ蛇がァ~。テメエ、俺をガン無視してなに愉快な事しようとしてんだ?お?…………調子こくなよこの見た目デッカいウンコ爬虫類があああ!!!」

 

ハヤさん自身、さっきまでちょっと怖がってた様子だったのに、まるでそれが嘘のような力強い声と共に暴走体の上顎を叩きつけるように閉ざし、次いで蹴り飛ばす。

魔力強化してるんだろうけど、それでも素の力もあるハヤさんのその蹴りは暴走体のあの巨体を軽々と吹き飛ばす。

ただそれは吹き飛ばしただけで何もダメージは負わせなかったみたいで、暴走体は平然と体制を立て直し、けれどこちらへは向かってこずにひと睨みした後身を翻して公園の奥へと移動していく。

 

(追いかけないと!)

 

そう思う一方体は動かない。暴走体とかジュエルシード回収とか、そんな事よりもまず気にかかることがあるから。

 

「なのは、隼、僕が暴走体の方を追いかけるから二人をお願い!」

「ゆ、ユーノ君、でも一人じゃ危ないよ!」

「大丈夫、局に応援要請するから。ボクは追跡するだけに留めておくよ」

 

私の気持ちを汲み取ってくれたのか、ユーノ君がそう言って暴走体の後を追って飛んでいく。それに感謝と申し訳なさがあるものの、しかしどうしようという気持ちが今は強く出ています。

 

「な、なのは、よね?い、一体何だったのよアレ!?ていうかその姿はなに!?」

「それに隼さん、ですよね?背中のその羽は一体……」

 

暴走体よりジュエルシード回収よりも気がかりな事……私の親友二人が私と隼さんを困惑の瞳で見つめているこの状況。

 

ど、どうしよう。

 

(ご、誤魔化す?……絶賛空中浮遊中の身でどうやって?ま、魔法で記憶を操作?……友達にそんな事したくないし、そもそもそんな魔法あるのかどうかさえ知らない)

 

………うにゃあ!どうしよう!?

 

(そ、そうだ!ハヤさんなら!)

 

あのハヤさんなら、こんな状況いとも容易く打開してくれるはず!だって、今も暴走体に二人が食べられちゃうかもという私の想像した最悪の未来を打ち破ってくれたんだから!

 

(さっきみたいに助けを求めたら助けてくれる。だってハヤさんだもん!)

 

我ながら盲目的であり、ご都合であり、藁をも掴むというか藁より脆いものを掴んでいるなぁと心の片隅で思いつつ、それでも救いの目をハヤさん向けた。

向けて……『ん?』てなった。

 

(なんかすっごく晴れ晴れした顔して遠くを見てる?)

 

いつの間にかすずかちゃんとアリサちゃんもハヤさんの様子を見て首を傾げてました。今の状況を忘れて私も首を横にコテン。

ハヤさんはそんな私たちの事なんて見えていないかのようにポケットからタバコを取り出し、火をつけて一服。漂うのはタバコの煙と……哀愁?

 

「──ギリギリ、だったんだ」

 

私が「どうしたの?」と聞く前に、ハヤさんが滔々と喋り出しました。その声の調子はどこか切なげで、弱々しいもの。

 

「公園に入る前から俄かには感じてたんだ。そしてなのはとユーノと遊んでる時それが確実のモンになってさ、だから俺はアウトになる前に行ったんだ」

 

ハヤさんは一体なにを言ってるのだろう。

そんな事を思い始めた時───僅かに香る、『異臭』。

 

「行って、さてとと思ったらあの蛇がいた。うん、俺はすぐ逃げたさ。なのはとユーノのもとに。……目的を果たさずによぉ」

 

この異臭……覚えがある。むしろ、よく知っているといっても過言じゃないかもしれない。

 

「だからよ、俺は蛇なんてどうでもよかったんだ。サツとかに丸投げしたかったんだ。なのに、なのはがヤル気になって、でも諭して、けど結局俺もヤル羽目になった。うん、まーそれはいい。すずかとアリマがピンチだったんだから、まーしょうがない」

 

アリサちゃんが「アリサよ!」と吠えながらも、僅かに眉を顰めている。すずかちゃんもです。二人はまだそれがなんの臭いか気づいていない。私は……もしかして?

 

「問題は、俺の行動。……魔法でも撃っときゃよかったんだ。それか二人を抱えて飛んでればよかったんだ。なのに俺ってば、バカみたいに蛇を真正面から受け止めて、あまつさえ殴り蹴り」

 

この臭いは嗅覚のない人を除き誰もが一度は嗅いだ事があると思います。全人類、老若男女問わず、誰もが。それこそ毎日と言っていいかもしれません。

…………あ、アリサちゃんとすずかちゃん気づいたみたい。

 

「受け止める時、蹴る時、力を入れたんだ。お腹に。それをさ、勘違いしたんだろうな、俺の肛門括約筋は。気張ったんだって。ああ、もしかしたら蛇に対する多少の恐怖もあったのかもな。そのせいで緩んだ。まあ何にしてもさ…………ギリギリだったんだ。ギリギリの所でその行動。俺はさ、ああダメだって思った。ソレは、もう戻らない。留まらない。行き着くとこに行き、そして出るって。──つまりよぉ」

 

私の親友二人が暴走体に襲われた。私が魔導師だという事がバレた。……そんな状況は、もう昔。

 

状況は一転。

 

私、すずかちゃん、アリサちゃんはここ数分で体験した数々の事を一時的にしろ完全に忘れ、ただただ一点を凝視した。───ハヤさんの、お尻を。

当人は何とも清々しい顔で、けど一筋の涙を流しながら最後にこう締めくくりました。

 

「…………ウンコ、漏れた(泣)」

 

あれだよね、ハヤさんってどうやっても見直す事させてくれないよね。さっきは本当にかっこいいと思ったのに、今はこれだもんね。ハヤさんらしいと言えばそれまでなんだけど……なんだかな~。

 

そう思いながら、私たち3人はハヤさんから静かに距離を取るのでした。

 

 




まずは更新遅くなり申し訳ありません。そして、物語のメインたる人物(主人公)がこんなんで申し訳ありません汗。
どうやら私はカッコイイ主人公というものが書けないようです。上げても落とさなければ気がすまないようです。


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なのは後日談 中編②

 

───私、高町なのはが魔導師だという事が親友二人にバレた。

 

公園で遭遇したジュエルシードの暴走体。それを討つために魔導師の姿となり、戦っていたところに親友二人……すずかちゃんとアリサちゃんが迷い込んできた。結界を張っていたにも関わらずに、です。それが何を意味するのか、朧げながら分かるけど取り敢えず今は一時保留。

問題は魔導師だということがバレたということ。

事ここに至って嘘や誤魔化しは出来ませんでした。なにせばっちり見られたんだから。そもそもレイジングハートを持って宙に浮き、魔法を使った姿を誤魔化せるほど私に話術の心得はありません。

だから、もう話すしかなかった。話しました。

あの後、ユーノ君はあのまま管理局の人と合流し、無事暴走体を封印。そしてジュエルシードの全回収を終えた事への事後処理でそのまま管理局へ。私たち4人は私の家へ。

 

そしてそこで全部話しました。4月の頭に魔導師になったこと。魔法や管理局という存在。私が今までやってきた事。

 

話してる途中、私はちょっとだけ怖かった。掛け替えのない二人の親友の反応が。もしかしたら気味悪がられるんじゃないかって。もしかしたら今後拒絶され距離を置かれるんじゃないかって。

 

──だから、全て話し終えたあと二人から安堵の表情やちょっと怒った顔が返って来た時は、二人には申し訳ないけどちょっと嬉しかったです。

 

『水臭いじゃない、私たちに秘密にするなんて』

『最近一緒に遊ぶこと少なくなって、何か悩んでるのかなって心配だったんだよ?』

『何か助けになれたかもしれないのに』

『次からは何でもいいから相談してね』

 

そんな言葉まで返って来たとき、私はこの二人が友達で本当に良かったと心の底から思いました。

 

ああ、こんな事なら最初から全部話しておけばよかった、と我ながら現金だけどそう思った。

 

同時に改めて分かった。私の好きな人たちは、やっぱり良い人なんだって。すずかちゃんやアリサちゃんが私の変化に僅かながらも気づいてたというのなら、私の家族であるお父さんやお母さんだって気づいてるはず。気づいてて、でも私から話してくれるのを待ってるんだって。好きにさせてるのは、きっと私を信頼してくれてるから。自惚れでもなんでもなく、そう思う。

 

うん、やっぱり今夜お父さんとお母さんにも全部話そう。ジュエルシードが全部回収出来たからとかじゃなくて、もうこれ以上秘密にしたくないから。信頼には信頼で応えたいから。

 

ありがとう、すずかちゃん、アリサちゃん。

 

二人のおかげで、きっと私は間違わずにすんだんだ。そして、これから先もし間違っても二人なら正してくれる。逆に、二人が間違ったときは私が正してあげれる。

家族が大事なことは身に染みるくらい分かってたけど、友達も同じくらい大事なんだ。

 

私は二人の手を取り、照れくさかったけど笑顔で真正面言う。

 

「すずかちゃん、アリサちゃん。これからもよろしくね!」

 

こうして私たち3人は新たに友情を育みつつ、笑顔で今日を──────

 

 

 

 

 

「で」

 

 

 

 

 

 

──────終えることなく

 

 

 

 

 

 

「あのお漏らしヤンキーも魔導師なわけね」

「誰がお漏らしヤンキーだゴラァ!!ぶっ飛ばすぞアロマノカリス!」

「それを言うならアノマロカリスよ!…………って、私はアリサだっつってんでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

いつもの日常に戻るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に。ごめんなさい。

あのね、一回くらいね、イイハナシダーで終わらせてみたかったの。最近3分アニメってあるでしょ?あんな感じで3分くらいだったらイイハナシで終われるんじゃないかなって。現実逃避というかハヤさん逃避というか、それをすればあのまま終われるんじゃないかなーって。

 

うん……儚い希望だったなぁ。

 

「お前があんなとこにいなけりゃクソぶち撒ける事にゃなってなかったんだぞコラ!俺の肛門に謝れや!」

「意味わかんない!てか臭いから近寄んじゃないわよ!臭いが移るじゃない!」

「さっきシャワー浴びただろうが!こびり付いたミもニオイもきちっと洗い流したっつうの!なんならテメーに俺の肛門洗わさせてやろうか!!」

「きゃあ、近寄るなー!」

 

さっきまでの綺麗な現実を破り捨て、怒涛のごとく汚い言葉を連呼するハヤさん。お尻を向けてアリサちゃんに迫り、そしてアリサちゃんは嫌そうな顔で叫びながら逃げてる。

そんな光景を見て私とすずかちゃんは顔を合わせて苦笑いを浮かべました。

 

「ねえ、なのはちゃん、隼さんっていつもこんな感じなの?」

 

私にとってはいつも通りのハヤさんだけど、すずかちゃんはちょっと意外みたいで。……ああ、そういえばすずかちゃんもアリサちゃんもあの旅行の時以来ハヤさんには会ってないんだっけ?

 

「うん、いつもこんなだよ。旅行の時お酒飲んで酔ってたけど、その時と変わらない感じ。むしろこんなじゃない時はないくらい」

「あはは、お姉ちゃんからは少し聞かされてたけど、面白い人だね」

「うんうん」

 

気苦労や溜息も多くなるけどね。

でも、だからこそのハヤさん。

ハヤさんが来るといつもウチの中が賑やかになる。お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんたちも、いつも以上に表情豊かになる。

 

「ハヤさんといると毎日飽きないよ。飽きなさ過ぎて、一周回って新鮮さすら感じかな。それはもう疲れるくらい」

「あはは」

 

ここ数ヶ月ハヤさんと幾度となく、幾時間となく過ごして分かったのは、一日の濃度がすっごく濃くなるということ。本当、めまぐるしいくらいに物事が転々とする。あるいは一つの物事だけで終わる。

 

「よくも悪くもトラブルメーカーというか、ムードメーカーというか」

「恭也さんとは真逆のタイプみたいだね」

「う~ん、似てるところもあるけどね。でも、基本疲れるよ。ハヤさんの相手」

 

そうやってすずかちゃんとハヤさんについて談笑してた時、座っていたソファの後ろからにゅっと腕が出てきて肩に回された。

もちろん、それは絶賛話題の本人です。

 

「よう、なのは。なに本人を他所に愉快な話してんだ?疲れる?そうかそうか、だったらマッサージしてやろう」

「ちょ、ハヤさん!?それマッサージじゃなくてただ首を絞め……に゛ゃあああ!?!?」

「わわわっ!」

 

ハヤさんは絶妙な力加減で私の首に回した腕を絞めてくる。苦しいというほどではなく、けれど圧迫感がある。

ハヤさんからこういう事されるのはもはや慣れっこな私。ただのおふざけであり、ハヤさんもそのつもり。けれど、傍から見たら普通に虐めてるように見えたみたいで──。

 

「は、隼さん!なのはちゃんは、あの別に、その、隼さんの事を悪く言ったわけじゃ……」

 

慌てた様子のすずかちゃんが必死な顔で弁解してくれる。それを見てハヤさんは少しだけバツの悪そうな顔になって私の首から腕を放した。

 

「大丈夫。わーってるから。ただちょっとイジってやっただけだから。あっちより少し軽めによ」

 

あっち、とハヤさんが顎をしゃくった先にいたのは向かいのソファでぐったりしているアリサちゃん。それを見てすずかちゃんがまた少し驚き、私は苦笑をひとつ。

 

「このクソ隼、お、覚えときなさい、よ……!」

 

アリサちゃんが恨みの目をハヤさんに向けるも、そこには力が入っていない。

一体何をしたのかは分からないし、聞いたらヤブヘビになりそうだから絶対に聞かない。

 

「で、なのはにすずか。一体何の話してたんだよ。まさかお前らまで俺のお漏らし話か?だったらこっちもそれ相応の仕置きしちゃうぞ~」

 

ハヤさんはドカッと遠慮なく私とすずかちゃんの間に座り、指をポキポキと鳴らして威嚇。それを見て『あ、まずい。これ本気の顔だ』と判断した私は、すぐに頭を振る。

 

「ち、違う違う。そんな事話してないよ!ね、すずかちゃん」

「は、はい!」

「ふ~ん。まっ、そういう事にしといてやろう。俺ももう蒸し返したくねーしマジで。ガキ3人の前でお漏らしとか、人生で3本……いや5……10……20本の指には入る赤っ恥だからな」

 

え、まだ他に19の赤っ恥エピソードあるの?ハヤさんって今までどれだけ恥じ晒しながら生きて来たの?──と思ったけど口が裂けても言えない。言ったら終わる。冗談抜きで泣かされる。だって経験済みだから。

 

「で、だったら俺の話って何よ?あ、もしかして『隼さんってカッコイイね』『うん、絶世の美男子だよね』とか?いや~照れるぜ」

「ぷっ、それはあり得な……」

 

しまっ!?口が滑っ──!?

 

「なのは、お前はホントにか・わ・い・い・なァァアアアア!?」

「に゛ゃあああああああ!?!?」

「な、なのはちゃーーーん!?!?」

 

すずかちゃんの声を聞きながら、私はアリサちゃんと同じようにソファに沈むことになったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

つい口を滑らせてテキサスクローバーホールドを貰ってから十数分後、ようやく痛みも取れて落ち着いて話ができる様になった時──こちらも同じくアキレス腱固めからの痛みが引いたアリサちゃんが言いました。

 

「ねえ、その魔導師っての、私やすずかもなれるの?」

 

その質問は、まあ当然の事だと思う。正直、予想もしてた。だってもし私が逆の立場なら聞いてたと思うから。

 

「なんだ、アリサ、魔導師になりてーの?」

「なりたいっていうか、単純に興味があるのよ。魔法、使ってみたいじゃない。すずかもでしょ?」

「うん、私もちょっと興味あるかな」

 

だよね。うん、私もそう思う。そんなマンガみたいな力があったら使ってみたいもんねぇ。気持ちは分かる。そして、たぶん二人が喜ぶ回答が私には出来る。

 

(だって結界に入ってこれたってことは、素質?みたいなのがあるってことだよね)

 

前ユーノ君から聞いた事がある。

あの結界に入ってこれたり、見たり感じたり出来るのは同じ魔導師か潜在的にその力を持ってる人だけだって。

だから、二人はたぶん魔導師になれる。なれちゃう。

 

(けど、そう言っていいのかな?)

 

私の時はたぶん特例だったんだろうけど、普通こういう事ってやっぱり管理局を通すべきだよね?ううん、それ以前に二人を魔導師にしていいのかな?

魔導師になるって事は良いことばかりじゃない。今回みたいに戦ったり、お父さんやお母さんに秘密を持ったり、遊びに行けなくなったり……。

もちろん、私は魔導師になって後悔はしてない。良いこと悪いことあるけど、総合したらプラスの方に傾く。

 

けど、それは私の感性、価値観であって、二人はどうか分からない。

 

一時は喜ぶかもしれない。けどすぐ後悔するかもしれない。魔導師なんてならなきゃよかったと泣かれるかもしれない。あまつさえ二人がもし怪我なんてしたらと思うと……どうしても正直に言えない。

 

(嘘をつく?いやだ、友達にもうこれ以上何かを隠すなんて!……でも)

 

悩む私。葛藤する私。

 

そして、そんな私を他所に───。

 

「二人ともなれるんじゃね?確か結界の中入れる奴って魔力持ってる奴だけだし。やったな!」

 

───ブレないね、ハヤさん。私の葛藤返して。

 

「あのね、ハヤさん。ハヤさんがいろいろぶち壊しにするのは慣れてるけど、少しは悩んだり葛藤したり考えたりしよ?思ったことを思ったままに口に出すの止めよ?」

「は?アホか。悩むとか葛藤とか考えるとか、そりゃ馬鹿のする事だ。何事も真っ直ぐ行って右ストレート!」

「うん、馬鹿のすることというか、馬鹿を見るね。右ストレート貰っちゃうね。今の私みたいに」

 

大きな、大きな溜息を吐く私。

世の中ってもっと難しく回ってるもんじゃないの?、とはハヤさんの前で何回も頭に浮かぶ考えだけど、そろそろその考えもどうでもよくなってきた。ハヤさんといる時に限っては、あまり物事を深く考えないほうがいいのかもしれない。

 

「え、本当に?なのは」

「私たち、魔導師になれるの?」

 

改めて確認してくる二人に、私は今までの考えを捨て去り頭を空っぽにした。すると思いのほか楽に、簡単に笑顔で頷くことが出来たのだから、内心では苦笑い。

 

「たぶんなれると思うよ。二人の魔力量がどのくらいかは分からないけど、簡単な魔法だったらデバイスの補助があればすぐにでも出来ると思う」

「「デバイス?」」

 

あ、そっか。デバイスの事説明しなきゃいけないよね。

私は首から提げてる待機状態のレイジングハートをそっともって二人に見せた。

 

「これが私のデバイス。公園で持ってた杖が展開状態で、今が待機状態なの。名前はレイジングハート」

《Hello,Miss Arisa,Miss Suzuka》

「わ、宝石が喋った!?」

「すご~い!」

 

驚く二人にちょっと微笑ましくなる。私も最初こんなだったなぁ……だったっけ?

 

「ねえ、そのデバイスっての、なのははどこかで貰ったの?」

「あ、レイジングハートはユーノ君から貰って……」

「え?ユーノ君って、なのはちゃんが飼ってるフェレットの名前じゃ……」

 

ああ、そうか。ユーノ君の事も教えてなかったんだ。今ここに本人はいないけど、別に喋っちゃってもいいよね?……うん、深く考えるだけ無駄だからいっか。というかもういっその事管理局の事も喋っちゃおう。その方が話がスムーズに進む。

真っ直ぐ行って右ストレート!あ、私の場合は左かな?

 

というわけで、ハヤさん式思考術で私は私の知ってる魔法関係の事について一通り喋った。隠すことなく、悩むことなく、知ってること全て。

もっとも、それほど私も知ってるわけじゃなく。話自体は数分で終わり。

 

「へ~、地球以外にも色んな世界があるのね」

「一度他の世界にも行ってみたいね」

「二人が魔導師になったら行けると思うよ」

「そうそう、それよ。魔導師。というかデバイス!そのデバイスってどこで手に入れるのよ」

 

あ、魔法関連の事で本題を見失ってた。そうだ、デバイスはどうすればいいのか?それを忘れてた。けど、そこでちょっと首を傾げる。

 

「えっと、ごめん、さっきも言ったけど私はユーノ君からデバイス貰ったから」

「そう言えばそうだったわね。ユーノ、余ってるの持ってないかしら?」

「う~ん、どうだろう?」

 

たぶん持ってない。使ってるの見たことないから。とすると、ある所で心当たりがあるのは──。

 

「管理局って所じゃないかな?」

 

私が思いついた場所に、どうやらすずかちゃんも行き着いたみたい。ただし、すずかちゃんはさらに自論を加えてこう続けた。

 

「でも、話を聞く限りじゃ難しいかも。なのはちゃんの時は緊急処置みたいな感じだったみたいだけど、普通は簡単に持たせてくれないんじゃないかな?警察なんかでも試験受ける人って、本人だけじゃなく家族とかの前歴も調べるって聞きたことあるから、少なくても私たちにデバイスを預けても大丈夫って判断されなくちゃ駄目だと思う。例えばなのはちゃんは、最初は管理局は感知してなかったみたいだけど、ジュエルシードっていう危ないものを集める事によって結果『管理局に害はなく、むしろ協力的姿勢を見せた』という事になった。ううん、むしろ感知していないにも関わらず『自分たちと同じ理念で結果を出した』事が大きいのかな?そして『もしかしたら、また次こんな事件があるかもしれない。今回の実績を考慮すると、今後も管理局の為になる』から、今もレイジングハートを持ってても大丈夫なんじゃないかな?組織って明日明後日じゃなく10年20年後、ミクロじゃなくマクロで物を測って先を見るものだから」

 

お、おお~!すごいすずかちゃん!

確かにリンディさんもそれっぽいこと言ってた。管理局は人手不足だから優秀な魔導師は歓迎、今後ともよろしく、みたいな事を。

 

「す、すずか、あんた何かの組織でも入ってんの?それとも会社でも設立するわけ?」

「組織っていうか一族っていうか……う、ううん、何でもない!」

 

何か言いよどむすずかちゃんをおいて、私は関心するしかない。すごいよね、同い年とは思えないくらい何というか、思慮深い?私も(自分で言うのもアレだけど)大人びてる考えをする方だと思うけど、すずかちゃんはもっと大人っぽい。

 

(でも、だから……だから、不味い)

 

関心するしかない、と思ったけどそれは訂正します。

すずかちゃんのその考えは非常に、ひっじょーに不味いよ。駄目なんだよ。危ないんだよ。ここじゃなければ良かったかもしれない。クラスメイト、家族相手だったら良かったかもしれない。でもね、今この時だけは本当に駄目なの。

そういう考えを───子供であるずずかちゃんが、そんな大人びた考えを『あの人』の前でお披露目しちゃいけないんだよ。

 

「す~ず~か~ちゃ~ん?」

「ふぇ?」

 

何故か今まで話には入ってこず沈黙していた『あの人』ことハヤさんは、いつの間にかすずかちゃんの背後に回っており、そしてその大きな手でガシリとすずかちゃんの頭を鷲づかみした。

 

「人が考え事してる間になにマせた物言いぶっこいてんのかなァ!?そういうガキらしくねー言葉、お兄さん大嫌いなんだよねえええ!」

「ぅきゃああああ!?!?」

 

ぐるんぐるんとすずかちゃんの頭をシェイクするハヤさん。

あ~あ、とうとうすずかちゃんもハヤさんの餌食になっちゃった。これで、これから確実にすずかちゃんも私のようにいろいろ強制的にぶち壊されていくんだろうな~。ハヤさん、一度子供らしくない子供を発見すると、子供らしさを取り戻すまで容赦しないからね(実体験で継続中)。

 

ていうかハヤさん、考え事してたって言ってるけど、考え事しないんじゃなかったの?右ストレートは?またその場の気分でテキトーな事言ったのかな?───なんていうツッコミはしない。私の口はそう何度も滑りません。それよりも、とりあえずすずかちゃんへの暴挙を止めるのが優先。

 

「ハヤさん、すずかちゃんはまだハヤさんへの耐性が出来てないんだからもうその辺で……」

「あ?耐性ってなんだよ?てか、なのは、お前ホント最近生意気だぞ。まー、お前の生意気は可愛いからデコピンで許すけど」

「ちょ、ハヤさんのデコピンって尋常に゛ゃ!?!?」

 

言い終わるより早く、ハヤさんのデコピンが炸裂。とても一本の指から繰り出されたとは思えないほどの痛みがおでこを襲いました。

うう~、私のお口の馬鹿!

 

「ったく、なのはは最近こんなだし、アリサはどこぞのロリータ下位互換みたいでちょっとしか可愛くないし、アリシア並みの単純可愛さを持ってると思っていたすずかもまさかだったし。ハァ、最近のガキのガキ離れのなんと嘆かわしいことか」

 

ドンとソファに座るハヤさん。その膝の上には目を回しきってるすずかちゃん。すごいね、私、本当に目を回してる人ってはじめて見た。自分以外で。

 

「うう、痛い」

「ふん、これに懲りたら俺の癇に障らない程度の無邪気で可愛いガキでいろや」

「滅茶苦茶なの!」

 

私が涙目でぷんすかと怒ると、ハヤさん満足したのか笑いながら赤くなった私のおでこを優しく撫でてくれた。……このくらいじゃ許さないもん!

 

「それで、ハヤさんは一体何考えてたの?」

 

これ以上不用意な発言をしない為、会話の主導権をハヤさんに譲る。

 

「あ、あー、まあなんつうか……いや、マジでなんつうかさ」

 

ハヤさんらしくない歯切れの悪さ。その顔もちょっとだけ苦々しい。

どうしたんだろうと思っているとハヤさんは膝上にいるすずかちゃんと向かいのソファに寝そべるアリサちゃんを交互に見比べ、溜息をつくような気だるさで話し出した。

 

「すずか、アリサ、お前らにさ、旅行の時玉やったじゃん?紫と赤の玉。あれ、今も持ってる?」

「は?うん、まあ持ってるわよ」

「ふぇ……あ、はい、持って……あれ!?なんで私隼さんの膝の上?!?」

「ちょい貸してくれ」

 

そう言うハヤさんにアリサちゃんは訝しげに、すずかちゃんはハヤさんの膝の上から退こうとし、けれどガッチりホールドされてる事に気づいて慌てながら、それぞれ首から提げていた玉をハヤさんに手渡した。

 

「一体どうしたのハヤさん?」

「いや、ちょっとな。まさかとは思うが、まあ一応確認っつうか?まさかそんなわけねーべ的な?……さて、しかしどうするか」

 

ハヤさんはよく分からない事を言いながら、渡された玉を電気にかざして見たり手のひらの上でコロコロと転がしてみたりしだす。

本当に一体なんなんだろう?

そう思っていたとき、徐に感じた魔力の気配。それは単にハヤさんが出したみたいで、それ自体極小さいものだったけれど、それによって現れた現象は目を見張るものでした。

 

「「「光った!?!?」」」

 

ハヤさんが手に持っている玉が小さく淡くだけど、暖かさを感じる光を発し始めた。

この現象、私は知ってる。

初めて見たのは、あれはそう……夜、ジュエルシードの暴走体を前にユーノ君からレイジングハートを渡された時。

つまり、これは。その玉は。

 

「それデバイスだったの!?」

「………みたいね~」

 

言葉自体は他人事で、でもその調子は何か痛みを堪えてるかのそれで。事実、ハヤさんは頭痛でもするかのように眉間をグリグリ。

 

「あんの変態野郎、一体何考えてこんなもん寄越しやがったんだ……」

 

何事か呟くハヤさん、驚く私。そしてアリサちゃんは興味と興奮と嬉しさが混じったような様子でハヤさんに詰め寄り、同じくすずかちゃんもハヤさんの膝の上で目をまん丸にしてデバイスコアを観察してる。

 

「ちょ、隼、それホントにデバイスなの!?」

「ああ、どうやらそうらしいな。ホレ、返すわ」

 

恐る恐るコアを受け取ったアリサちゃんとすずかちゃん。その瞬間、二つのコアが数度明滅。

 

《Nice to meet you, Miss. Suzuka》

《Nice to meet you, Miss. Arisa》

「喋った!?」

「ほ、ホントにデバイスだ!」

 

テンションを上げて騒ぎ出す二人を他所に、ハヤさんは大きな溜息を吐くと膝の上からすずかちゃんを降ろし、タバコを出しながら一人縁側へ。私も二人を置いてハヤさんの後を追う。

 

「ねえハヤさん、あのデバイスどうしたの?」

「……貰った」

 

ハヤさんの隣に並んで尋ねると、ハヤさんはタバコ咥えながらそう言った。

私は「誰から?」って聞きたかったけど、どうやら聞かないほうがいいみたい。なぜなら、ハヤさんの表情が「聞くな」と物語ってるから。もっと厳密に言うと、「聞いてもいいけど、その代わり俺の機嫌が良くなるまでお前をイジメる」と物語ってる。だから絶対に聞かないです。はい。

 

「クソ、マジで一体どういうつもりだ?確か俺の手助けをしてくれる奴を見つけるとか何とか言ってやがったけど………え、それって手助けされるような事態が待ってるって事?また厄介事?いやいや、もう本編終わったんだぜ?今後日談だぜ?これ以上厄介事なんてあるかよあらないで下さい」

「え、ええっと、よく分からないけど……ハヤさん、元気出してね?」

「元気?……元気の出し方ってどうやるんだっけ?……ああ、そっかお酒飲もう。それとも喧嘩しようかな。あ、なのは、俺に泣かされてみない?」

「どうしてそうなるの!?嫌だよ!」

 

何だか一人影を背負っているハヤさんに対し、私はちょっとだけ距離を取った。何だかこのままだと本当に憂さ晴らしの捌け口にされそうだから。おそらく経験上、7割強の確立で。

 

「なのは!」

 

と、しかし。

どうやら今回は残りの約2割の方を手繰り寄せることに成功したみたいで、私とハヤさんの空いた距離の間にアリサちゃんとすずかちゃんが入ってきてくれた。

 

「ねぇなのは、これで私たちも魔法って使えるのよね?」

「え?あ、うん、たぶんだけどデバイスの補助があれば……」

「やった!空飛ぶのはちょっと怖いけど、なんかこうドーンって出せるのよね?犬と会話できるようになる魔法とかもあるのかしら?ほら、すずかも喜びなさいよ」

 

興奮冷めやらぬアリサちゃんに対して、何故かすずかちゃんはさっきまでのテンションが嘘のようにどこか遠慮気味。

それに疑問を抱いた私とアリサちゃんがすずかちゃんに問う前に、すずかちゃんがハヤさんに向かっておずおずと口を開いた。

 

「あの、でも隼さん、いいんですか?このデバイス、本当に貰っても……。その様子だと、これがデバイスって知らなかったんですよね?だったらやっぱりお返しした方が……」

 

すずかちゃんらしいその言葉。相手の様子や都合を慮って、自分を抑えて相手を汲み取るその姿はやっぱり私なんかよりずっと大人。

隣で聞いてたアリサちゃんもハッと思い至ったみたいだけど、でもやっぱり魔法という魅力の方が大きいみたいで返したくない様子。

私だったら、どうしただろう、と考えるけど、でも分かることがある。

 

この場合の──ハヤさんに向ける正解は、アリサちゃんだってこと。そして間違えたすずかちゃんには洩れなくハヤさんからのオシオキが待っているということ。

 

「は、はやふひゃひゃん!?」

 

いつの間にかタバコを捨ててたハヤさんはすずかちゃんと視線を合わせるようにしゃがむと、その両手で彼女の両頬をぐにっと摘み上げた。

 

「だからよぉ、すずか~。俺ぁそういうガキらしくねーお利口さんは好きじゃねーんだよ。次、俺の事を覗って自分の気持ち殺すような発言したら物理的にヤっちまうぞコラ。第一、男が一度くれてやったモン返せなんて言えるかよ。それもガキ相手に。だからそれはもうテメエのモンだ。分かったか?分かったら返事!」

「ひゃ、ひゃい!」

「うし」

 

ハヤさんはそこで漸くすずかちゃんの頬から手を離し、今度は笑って頭を撫でながら言った。

 

「いいか、すずか。人の気持ちを思いやるってのは大切だが、そりゃあダチだけにしとけ。少なくとも俺にゃ不要だ。必要なのはガキらしい笑顔。これ必需品」

「笑顔、ですか?」

「そっ。だからあんま難しい顔ばっかしてんなよ。せっかくめっちゃ可愛いのに萎えるっつうの。俺が大好きなのは笑顔のすずか。OK?」

「か、かわっ!?好き!?」

「そうそう、そういうガキらしい照れも!家に帰りゃツンツンロリやサイコロリの相手ばっかだからなぁ……あー癒される。なあ、なのは、すずかお持ち帰りしていいか?」

 

私に聞かないで。それとそろそろすずかちゃんへのナデナデを止めたほうがいいの思うの。すずかちゃん、ちょっと見たことないくらい顔が真っ赤っ赤になってるよ?

それとすずかちゃんもだけどアリサちゃんも、ハヤさんへの耐性ないんだよ?耐性っていうか、性格?ハヤさんがどれくらい子供好きかって知らないんだよ?だから隣にいるアリサちゃん、目を剥いて驚いてるよ?「何あれ?」とか呟いてるよ?「気持ち悪い」とか呟いてるよ?「うすうす感じてたけど、やっぱりロリコンってやつ?」とか呟いてるよ?

 

「さってと。可愛いすずかも堪能したし、それじゃ気を取り直して、というか持ち直してというか、もういっそ開き直って次のステップに進むか!」

 

パンと膝を叩いて立ち上がったハヤさん。その隣には心なしか寄り添うように佇み、顔を真っ赤にしながら『ぽや~』と擬音がつきそうな感じでハヤさんを見上げるすずかちゃん。対するアリサちゃんはハヤさんから心なしか……ううん、明確に距離を離している。擬音をつけるとすると『うげっ!?』。

なんだろう、すずかちゃんとアリサちゃんのハヤさんへの好感度が真逆を行ってるのが見て取れちゃうなー。

 

さておき。

 

「次のステップって?」

「決まってるだろ?───ピピルマピピルマプリリンパ パパレホパパレホドリミンパ、だ!!」

 

は?

 




更新遅くなり大変申し訳ありません。
なのは視点、書き難いのに書きたい事が後から後から出てきてしまって結局今回で終われませんでした汗
As編、もう少々お待ちを。


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なのは後日談 後編

大変、大変遅くなりました!


改めて、重ね重ね、再三に渡りだけど。

ハヤさんと一緒の一日は目まぐるしいなぁ、と実感。

ハヤさんがいきなり私の家に訪ねて来て、ジュエルシード探しに出て、暴走体と戦い、アリサちゃんとすずかちゃんに魔導師だということがバレて、そしてその二人にも魔導師の適正があることが分かって、さらにデバイスも準備万端で───と、これが午前中だけで起こった出来事だというのだから、濃いい事この上ないよね。

それで午後からまったり過ごせるならいいのだけれど、まさかそんなわけもなく。

 

午後一で私たちは異世界にいました。

 

「あの、ハヤさん、ここどこ?」

「時の庭園ってとこだ。まあダチの家っつうか、俺の別荘だな」

「友達の家と自分の別荘って全然違うよ!?」

 

私の家でハヤさんが言った変な呪文はどうやら変身の事を指してたみたいで、つまりはすずかちゃんとアリサちゃんにさっそくセットアップさせようと言うことだったみたい。

すずかちゃんとアリサちゃんはそれを聞いて期待に目を輝かせ、私も最早難しい事を考えるのを止めてたので「じゃあ早速セットアップしてみよっか」と提案。

ただそこでハヤさんからストップがかかった。

 

『この家で変身すんのは不味くね?誰か見られたらどうするよ』

『結界張りゃいいってもんじゃねーだろ。てかあんまこの世界で魔法使いたくねーんだよ。うちの奴らうるせーから』

『魔法使っても問題ねー場所しってっからそこ行こうぜ』

 

と、まあそんなこんなで私たちはハヤさんの使った転移魔法でこの場所……時の庭園まで来ています。

 

「ここならいくら魔法使おうとも問題なし。管理局もそう簡単には探知出来ねー場所みたいだから面倒な事にもならないだろ?あ、なのは、お前チクったら殺す」

「横暴だよ!?」

 

勝手に、かつ強引につれて来ておいて滅茶苦茶だよ!

けど、実際のところハヤさんの事は私は管理局に一言も言っていないです。それはあの金髪の魔導師、フェイトちゃんの事があるから。だから、以前ハヤさんに言われたとおりずっと黙ってます。後ろめたさはもちろんあるけど、でもそれがフェイトちゃんの為だと思うし、それにそれを条件にフェイトちゃんのメールアドレスをハヤさんに教えて貰ったようなもので……。

 

「あ、そうだハヤさん!ねえ、いつになったらフェイトちゃんに直接会えるの?」

 

そう、私はまだフェイトちゃんとはメールでのやりとりだけで、直接会ったり話したりしていません。

何故ジュエルシードを集めてたのかも教えてもらえてなくて、でもそれはきっとあまりよくない事なんだろうというのも分かる。だって局にフェイトちゃんの事を秘密にするようハヤさんに言われてるから。

それでもやっぱり会いたい。だからハヤさんには前々からフェイトちゃんに会わせてと言ってるんだけど、いつもはぐらかされてます。

 

「もうちょい待てな。こっちにもいろいろと事情があんだから。まー、今年中には会えるようにはなるんじゃね?知らんけど」

「む~、絶対だからね!」

「はいはい、絶対絶対。隼、嘘つかな~い」

 

そう言ってヒラヒラと手を振り、すずかちゃんとアリサちゃんの元へと向かうハヤさん。

また誤魔化されたと思いながら胸中で溜息を一つついて、私もハヤさんのあとを追って二人の元へ向かいました。

 

「おーい、あんまうろうろして落っこちんなよー」

「落ちないわよ。てか、ここって一体何なの?」

「地球、じゃないですよね?」

 

周囲を窺っていたアリサちゃんとすずかちゃんがハヤさんに聞くのを見ながら、私も改めて周りを見渡した。

どんよりとした空気に荒れた大地、中心には小山があり、その手前にはお城のようなお家が見える。

 

「まっ、お察しの通りここはNot地球。なんちゃら空間にある孤島みたいな所だ。で、あそこに見えるのが俺の別荘」

 

あ、とうとう友達の家じゃなく別荘って断言しちゃった。

 

「別荘?あんたの?というかこんな景観の悪い所に?」

「しゃーねーだろ、いろいろ込み入った事情があんだよ」

「まあ別にいいんだけどね。私のうちも避暑地でもなんでもない所に別荘あるし。大人ってよく分からない事情が多いわよね」

 

そう言って溜息をつくアリサちゃん。隣のすずかちゃんも苦笑しながらも否定はしない。

う~ん、私はよく分からないけど、やっぱりお金持ちのお家っていろいろあるのかな~。

 

「まっ、複雑な事情を持ってくるようになると大人になったっつう事でもある────ん?ちょい待て。アリサ、お前んち別荘持ってんの?」

「え、まあ一応。すずかの家も持ってるわよね?」

「うん、アリサちゃんの家みたいに大きくはないけど」

 

どうやらハヤさんは二人の家がお金持ちだって事知らなかっみたいで、とても驚いた顔になった。しかし、次の瞬間には何故か満面の笑み。それはもう優しさ溢れる満面の笑みになりました。

そしてこの後の展開が少し読めた私。

 

「すずか、アリサ」

 

二人に目線を合わせるようにしゃがみ、それぞれの肩に優しく手を置くハヤさん。

 

「夏休みの宿題とか代わりにやってあげようか?気に入らない奴ボコボコにしてあげようか?今後、何か困ったことがあったらこの隼お兄さんに遠慮なく相談しなさい。お金以外の悩みならすぐに解決してあげるから。なにせ、俺たちはもうマブダチなんだから!!」

 

ハヤさんのこの態度にアリサちゃんは不愉快そうに眉を寄せ、すずかちゃんは苦笑い。

二人とも気づいたみたい。ハヤさんの目がお金のマークになってることに。

 

「あ、あとこれ俺の携帯の番号とラインのIDね。お呼びとあらば即参上するから。特にどっか遊びに行くとか、パーティするとか連絡くれれば何を置いても駆けつけるからよ!」

「あ、あんた本当に清清しいほど露骨ね……」

 

そう言ってハヤさんの携帯とIDの番号が書かれた紙をアリサちゃんはグシャっと潰し、すずかちゃんは大事そうにポケットの中に仕舞った。

 

「いや~、いい友達を持ったな。なぁ、なのは!」

「そこで私に振らないで」

 

まるで私までハヤさんと同じように、お金持ちの友達を大事にしてるように見られちゃうから。

 

そんな胸中の思いを乗せてハヤさんに抗議しようと口を開こうとして、しかし。

 

「───人の家の敷地内でコントしないでもらえます?」

 

第3者のツッコミが入ったのは、そんな時でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは一人の女性でした。

少し外に跳ねた茶色の前髪とおさげにした後髪。大きな眼鏡の奥の瞳はどこか勝気。背格好、おそらく年齢も美由希お姉ちゃんと似た感じで、けれどまとう雰囲気は少しだけ怖い。

というか、睨んでる?……ああ、そっか。

さっき言った言葉が本当なら、ここはあの人の家であり、そしてハヤさんがいるとは言え私たちは見知らぬ他人。勝手にここにきた事に怒ってるのかも。この様子じゃハヤさん、事前に連絡してないみたいだし。

 

自然と私、アリサちゃん、すずかちゃんはハヤさんの後ろに隠れるように移動。

そしてハヤさんはそれに気にすることも無く、目の前の女性に気さくに近づいていきます。

 

「よぉ、クアットロ。邪魔してんぜ~」

「ハァ……よぉ、じゃありませんよ。知った魔力反応があったので隼さんが来たのは分かりましたけど、まさか部外者までいるとは思いませんでした。まったく、何を考えているんですか?ドクターや私たちの立場、分かってます?」

「うるせーな。別にいいだろ、減るもんじゃあるめーし」

「減る増えるの問題じゃないんですけど……もう、しょうがないですね、隼さんは」

 

そういってふわりと微笑む女性、クアットロさん。先ほどの表情から一転して優しい顔つきになった。

クアットロさんは隼さんの性格について知ってるのか、それ以上言及する気はないみたい。仲も良いみたいだし……あ、もしかしてハヤさんの彼女さんかな?

そう思ってハヤさんを見ると──。

 

(あれ?すっごく険しい顔してる?)

 

これまた一転、ハヤさんがクアットロさんとは逆の顔つき。

なんでだろうと思っていると、ハヤさんはおもむろにクアットロさんの頭頂部にチョップを見舞った。

 

「痛っ!?何するんですか!」

「いや、その猫かぶりがマジうざってーからよ。俺の前じゃ止めろ言うただろうが、このクソ腹黒」

 

猫かぶり?腹黒?

クアットロさんを見ると疲れたように、けれどどこか嬉しそうな表情。けれどそれは一瞬で侮蔑のような表情に変わり、おもむろに眼鏡を外し、結っていた髪を振りほどいた。

 

「猫をかぶることも出来ない、内も外も真っ黒な童貞隼さんに言われたくありませ~ん」

 

それは変身といってもいいような様の変わりようでした。口調や態度は尊大に、まとう雰囲気は飴のような粘り気を帯び、その瞳には侮蔑の色が見えました。

ああ、猫かぶり。なるほど。

私もアリサちゃんもすずかちゃんもこの言動で納得。そして勿論、ハヤさんはご立腹。

 

「無駄に童貞付けんなや!」

「ただ私は事実を口にしただけですぅー。隼さんだってブサイクな女性にはブサイクって言うでしょ?なら私も隼さんに童貞ブサメンと言う権利は十分にありますよねぇ。むしろ義務?」

「上等だ、このキカイダー!てめえで卒業してやろうか!!」

「ハッ、あなたと?死んでもごめんですねぇ」

 

ワーワーと言葉汚く罵り合い出した二人。

ハヤさんは怒り心頭で。

クアットロさんは愉しそうに。

そして私たち3人は置いてけぼり。

 

クアットロさんはこっちの方が素なのか、最初の印象とは真逆だけどハヤさんと言い合ってる今の姿は凄く生き生きとしてる。

 

(まぁハヤさん相手に猫被るとか無理だもんねー)

 

ハヤさんは常に本音だから。常に心を曝け出し、心向くままに行動するから。だから、こっちも何となく本音で相手したくなる。遠慮しなくなる。いつの間にかハヤさんのペースに巻き込まれる。そして、それが悪くないと思い始めちゃうんだよね。……というか取り繕うのが馬鹿らしくなる?

 

と、そんな失礼な事を胸中で馳せつつ二人のやり取りを苦笑いで眺めていると、やや疲れた表情でハヤさんが区切りをつけた。

 

「あーもういい。テメーと話してっとこのまま夜まで罵り合うか、喧嘩に発展するかだ。後者は歓迎だけど生憎と今日は用事があっからな。テメーの相手してる暇ねーんだよ」

「……あっそ」

「で、ジェイルどこよ?」

「知らない」

 

先ほどの楽しげな口調から一転、クアットロさんの言葉が投げやりになる。……もしかして会話打ち切られてちょっと不機嫌?

 

「あ?知らないじゃねーだろ。なんだ、もしかして穴倉のほうか?」

「だから、知らないって言ってるじゃないですか。というか、隼さんの方が知ってるはずでしょ」

「なんで俺があのマッドの居場所知ってなきゃなんねーんだよ?」

「今朝、あなたの所の犬が来て一緒にどっか行ったんですから。確か聖地とかなんとか」

「犬?聖地?……ああ、そういやザフィーラの奴アキバに行くとか言ってたが、なんだ、あいつら一緒に行ったのか。ちっ、まいったな。ここで魔法使うのは自分がいる時だけにしろって言われてんだよなぁ」

「当たり前じゃないですか。この前、ここで理ちゃんやヴィータちゃんと大喧嘩して半壊させたのお忘れですか?」

 

そこで大きな溜息を吐くハヤさん。

疲れたような、困ったようなその顔は何故だろうと思っていると、同じく二人の会話を聞いていたアリサちゃんがハヤさんに声をかけた。

 

「ね、ねぇ隼、もしかしてそのジェイルさん?って人がいないと変身しちゃいけないの?」

 

残念そうな面持ちのアリサちゃん。見れば隣にいるすずかちゃんもどこか落胆気味。

……そうだよね。あれだけ魔法の存在に驚いて、自分も使えると分かって、そしてセットアップも出来るとここまで来たのにやっぱり今日は無理、なんて事になったらがっかりだよね。

 

(でもね、アリサちゃんすずかちゃん。大丈夫。それは杞憂だよ)

 

だってハヤさんだから。

ハヤさんが二人をセットアップさせると言い始めてここまで来たんだから。自分で言った言葉をハヤさんは曲げない……こともないけれど、でも今回は行動も起こした。ハヤさんは自分の労力を無駄にはしない。そして、自分が気に入った子供にそんな顔をさせたままにしない。

 

以上により、大丈夫。杞憂。結果は火を見るより明らか。

 

「まったくもって問題なーし!さっ、張り切ってこー!」

 

ね?

 

「いえいえ、問題ありますからね!?またここ壊されたら、今度は私もドクターに怒られちゃうじゃないですか!」

「大丈夫だって。今日は喧嘩とかじゃなく、ただセットアップしに来ただけなんだからよ。ほれ、ここにいる二人。なんと今日魔導師デビュー」

 

ぽん、と背中を押されてクアットロさんの前に出るアリサちゃんとすずかちゃん。

 

「あ、あの、アリサ・バニングスです」

「つ、月村すずかです」

 

慌てた様子で自己紹介をする二人に、そう言えばまだ私もしていなかったことを思い出し同じようにする。

 

「あ、私は高町なのはって言います。えっと、私はもう魔導師ですけど、二人の友達で……」

 

二人に倣って自己紹介するけれど、クアットロさんの出す雰囲気に萎縮しちゃう。ハヤさんとの言い合いはどこか楽しそうだったけれど、今私たちを見る目はすっごく冷たい。睨まれてるわけじゃないけれど、けどその目はまるで石ころでも見てるかのような胡乱な瞳。

 

「……ハァ、何が悲しくてこんな子供の為に私が場を設けなきゃいけないのよ。アホらしい」

 

ややあってため息を一つ吐いた後、投げやりな口調でそう言い放たれました。

どうやらクアットロさんは子供があまり好きじゃないみたいで、私たちはさらに萎縮します。自然とクアットロさんの視線から隠れるようにハヤさんに身を寄せる。

しかし、そんな行動がまたクアットロさんの気に障ったのか、今にも舌打ちしそうな顔になり─────そして、その顔にアイアンクローをするハヤさん。

 

「いだだだだ!?!?ちょ、隼さん!?いきなり何すいたたたた!!!

「おう、コラ、このクソ腹黒。てめえ、なに俺のツレにガンつけてんだ?あ?捻り潰すぞ?」

「わ、分かりました!分かりましたごめんなさい!だから離して!?ほ、本気で潰れる!!??」

「ふん、謝んなら俺+ガキ共にもだ」

 

そう言って手を離したハヤさんにクアットロさんは涙目になりながらも軽く睨みつけ、そして大きなため息を吐いた後、私たちを改めて見下ろす。その顔には先ほどまでのような嫌悪感のようなものはなく、降参しましたというような疲れた表情。

 

「えっと、なのはちゃんにすずかちゃんにアリサちゃんだったっけ?悪かったわね。いきなり悪態ついて」

 

さっきまでの印象が強いから素直に謝られた事に驚きつつ、私たちも慌てて頭を下げる。

 

「い、いえ!」

「こちらこそ、急に押しかけちゃって……!」

「あ、あの、ごめんなさい!」

「ハァ、まぁあなたたちは気にしなくていいわ。悪いのはこっちの事情を知った上で部外者連れて来たどこぞの馬鹿だものね」

「誰が馬鹿だコラ。大丈夫だって、こいつら口堅えから。このなのはなんて管理局とツルんでるのに、俺ともツルんでるのがいい証拠だ」

 

ポンと私の頭に手を置くハヤさんに私は曖昧な笑顔で返す。それを見てクアットロさんはギョっとしたような顔をこちらに向けた。

 

「………なのはちゃん局員なの?」

「えっと、局員じゃないですけど管理局のお仕事のお手伝いはさせてもらってます」

「…………………」

 

クアットロさん、少しの沈黙。その後、満面の笑み。

 

「………そう、うん、そうなんだ、すごいわね」

 

ああ、なんだろう、その顔、知ってる。

何かもういろいろと諦めた顔だ。知ったことかっていう顔だ。どうにでもなれって顔だ。………私もハヤさんと一緒にいる時よくする顔だ。

 

自然と私はこう口に出しました。

 

「あのクアットロさん、何かごめんなさい。ホントに」

「……いい、いいのよなのはちゃん。しょうがないものね、うん。その一言でちょっとは救われたわ。お互い、これからも頑張りましょう」

「…………はい」

 

友情の芽生えに年の差、時間の長短は関係ない事がよく分かりました。

今度、うちに誘ってお姉ちゃんたちも加えてお喋りしたいな~。議題はもちろん『ハヤさんについて』。

 

「お、なんだよ、急に仲良くなりやがって。素晴らしきかな友情!VIVAダチンコ!善き哉善き哉」

 

横柄に頷くハヤさんに私、そしてきっとクアットロさんも胸中でこう言いました。

 

ハヤさんのおかげでね!(半ギレ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ~し、んじゃそろそろデビュータイムといきますか!」

 

さて。

紆余曲折、長々とあったけれど。というかハヤさんといると絶対に紆余曲折するけれど。長々となるけれど。

ここで漸く本題。

すずかちゃんとアリサちゃんのセットアップのお時間です。

 

「いいか、すずか、アリサ。これからお前たちには魔法少女になるためのセットアップ、つまり変身をして貰うわけだが」

 

ハヤさんはまるで先生のように二人の前に腕を組んで相対します。私も一緒に教えようかと思ったけれどハヤさんから口出し禁止命令が出たので、取り合えずクアットロさんと二人、ハヤさんの後ろで待機。

まあセットアップだけなら二人三人で教える程の事でもないよね。簡単な事だし。

そう楽観し、ハヤさんたちの様子を大人しく─────

 

「一番大事なのは変身ポーズだ!」

「ないよ」

「ないわよ」

 

───見守る事もなく、クアットロさんと共に早々とツッコミました。

 

「おい、うるせーぞ外野。チャチャ入れんなや」

「いきなり嘘かます隼さんよりマシ」

「ハヤさん、変身ポーズなんて初耳なの」

 

なんなの変身ポーズって?私、そんなのとった事ないよ?……まぁ気持ちが入ってちょっとそれらしくポーズした事ならあるけど。

 

「ちょっと隼!こっちは真面目に聞こうとしてんだから、あんたも真面目に教えなさいよ!」

 

アリサちゃんが急かすように声を荒げる。でも瞳はどこかわくわくしてる感じで、それだけ早く魔法使ってみたいんだろうなぁ思いがひしひしと伝わる。隣のすずかちゃんも手に持ったコアとハヤさんの顔を交互に見ながらそわそわ。

 

「ちっ、なんだよノリわりーなぁ。はいはい分かりましたよ」

 

ちょっと投げやりな感じになりながらも、ハヤさんは何か思い出すように続ける。

 

「ええっと、確か最初は自分の頭の中でバリアジャケット……あー、魔法の服な、それを思い浮かべながらコアに魔力を入れる。で、セットアップって言やぁいいはず。2回目からはデバイスが持ち主の魔力やら思考に反応して半自動でセットアップしてくれる、だったかな」

 

アリサちゃんとすずかちゃんがうんうんと内容を噛み締めながら聞いているけれど、私は私でハヤさんの説明に「あれ?」ってなった。

 

(最初のセットアップって、何か呪文みたいなの言わなかったっけ?)

 

確か言った記憶がある。ユーノ君の後に続いて。それにあの時はバリアジャケットもとくに思い浮かべてなかったような?

これについてハヤさんに聞いてみようと思ったけれど、まだ二人に説明中だったので私は隣にいるクアットロさんに話掛けました。

 

「あの、クアットロさん。セットアップの仕方っていろいろあるの?」

「ん?どういう事?」

 

首を傾げるクアットロさんに、私が初めてセットアップした時の事を話すとクアットロさんは困った顔になりました。

 

「そうねぇ、特にコレだって手順はないんじゃない?デバイスの設定にもよるだろうし。その辺は魔導師じゃない私にはよく分からないわ」

「え?クアットロさん、魔導師じゃないんですか?」

「え、あ、ま、まーね。なんというか、魔法自体は使えるけどデバイスは持ってないのよ」

「あ、そうだったんですね」

 

てっきり魔導師だとばかり思ってた。雰囲気というか、変な意味じゃないけどなんだか普通の人じゃない感じ?

 

「そ、そういうこと。ところでなのはちゃんは魔導師になってどのくらいなの?」

 

何故か慌てたような、急な話題転換をするクアットロさん。あまり自分の事話したくないのかなと思い、その話題に乗っかります。

 

「えっと、まだ半年も経ってません。今も局の人に基本的な魔法とか教えて貰ってる最中です」

「あら、そうなの?ふ~ん……あ、だったら」

 

そこで何か閃いたのか、クアットロさんがハヤさんに顔を向けました。

 

「ちょっと隼さん。説明も大事ですけど、こういうのは実際に手本を見せたほうがいいんじゃないですか?」

「あ?手本?」

「セットアップですよ。なのはちゃんが是非やりたいと言ってます」

「え!?」

 

私一言も言ってないよ、クアットロさん!?

驚く私をスルーし、クアットロさんは懐から何か小さな機械を取り出します。

 

「ついでと言ってはなんですが、コレ。小型の簡易魔力測定機なんですけど、なのはちゃん、それにアリサちゃんとすずかちゃんの魔導師としてのデータ取らせてもらっていいですか?」

「……お前なぁ、俺の時もそうだけど魔導師見るとデータ取ろうとするのやめろや」

「嫌ですねぇ。今後の資料になりますし、備えあれば~なんて事態もあるかもですし」

 

ハァとため息をつくハヤさんに対し、クアットロさんは笑顔。

魔力測定機って言ってたけど、クアットロさんは研究者か何かなのかな?

 

「ささっ、それじゃなのはちゃん。お友達二人にお手本見せてあげなさいな。あっ、それとセットアップしたあと何か攻撃魔法してみてくれる?大きいのと小さいのをいくつかお願いね~」

 

言うだけ言って返答を聞かず、クアットロさんは少し離れた位置に移動し、機械をこちらに翳しました。

えーっと、どうしよう?

 

「なのは、取り合えずあいつの言う通りやっとけ。ここでイチャモンつけるとあとが面倒だ」

「う、うん」

 

ハヤさんがいいならいいんだけど。

取り合えず私はレイジングハートのコアを手に持ち、アリサちゃんとすずかちゃんの前に立ちます。二人からは目の前で魔法が見れるという期待の眼差し。公園の時はそんな余裕なかったもんね。主にハヤさんのせいで。おかげで?

ともかく、改めて披露するとなるとちょっと恥ずかしいというか面映いのいうか。

 

よし、それじゃ────。

 

「いくよレイジングハート」

《all right》

 

声に出さなくてもセットアップは出来るけれど、一応お手本という事なので。

 

「セットアップ!」

 

瞬間、桜色の光が私を包み、また辺りを照らす。時間にして数秒後、私は白と青を基調にしたバリアジャケット姿になる。

そんな私に目の前の二人は目を丸くして驚いていた。

 

「ど、どうかな?」

 

二人の目に見せるのは二度目だけど、どうだろう?

 

「す、すごい!一瞬で変わった!」

「わ~、なのはちゃん、可愛い!」

 

目をキラキラさせ、軽く拍手する二人。

にゃはは、やっぱりちょっと照れちゃう。

 

次いでその後、クアットロさんの要望通りに魔法をいくつか使う。大きいのでディバインバスター、小さいのでディバインシューターを放つとまた二人は驚きの声を上げた。

そんな二人の反応に気を良くした私は、最後にその二つの魔法により辺りに残留した魔力を使って自身の最大魔法スターライトブレイカーを空に向かって撃った。

 

「ふぅ~、えっと私の魔法は大体こんな感じかな」

「「すっごーい!!」」

 

アリサちゃんとすずかちゃんから今日一番の歓声が上がる。それを受けてはにかむ私。

照れくささもあるけど、こう真っ直ぐ褒められるとやっぱり嬉しいなぁ。……あれ?そう言えばハヤさんとクアットロさんは?

二人からの反応が何もない事に気づき、どうしたのだろうと目配せすると、クアットロさんは呆然と、ハヤさんは慄いた感じで私を見てた。

 

「……この悪魔めっ!」

 

どうしてここでそのセリフ言うのハヤさん!?

 

「……昨今の子供の子供離れの甚だしい事」

 

クアットロさんまで何で!?

 

「いや、まぁ理がああなんだから予想は付いてたけどよ、それにしても何よアレ。……なのは、お前本当に人間?」

「理ちゃんは魔導生命体だからもともとのスペックもあるけれど……なのはちゃん、あなた本当に人間?」

「二人とも酷い言い草だね!?」

 

言われたとおり魔法披露したのにこの言い草だよ!ハヤさんはともかく、出会って間もないクアットロさんから言われたらちょっとショック大きいよ!そしてちょいちょい出てくる理ちゃんって何者!?

 

「まあ冗談はさておき……いえ、冗談とも言い切れないけれど、まあさておき。なのはちゃんって魔法使えるようになって間もないのにコレって……末恐ろしいわ」

 

クアットロさんが手元の測定機を操作しながらぶつぶつと呟いてるのが聞こえる。

ああ、そう言えば魔力測定してたんだっけ。数値みたいなのが出るのかな?

ちょっと気になったから聞いてみる。

 

「クアットロさん、今の私の魔法で何か分かったの?」

「ま~ね~。今なのはちゃんが使った魔法に込められた魔力量と発揮値やランク、あとそれを基に局が定めた魔導師ランクなんかね。といってもこんな簡易機械じゃ雑な数値しか出ないけれど」

「うにゃ、よく分かりません」

 

首を捻る私にクアットロさんは微笑む。

 

「まーあまり気にしなくていいわよ。ただ言えるのは、これから先も魔法の訓練を積んでいけばすごい魔導師になるのは確実ってこと。─────少々厄介な程に、ね。ああ、やっぱり出る杭は早めに打ち砕いた方がいいかしら」

 

ゾクリ、と背筋が震えた。最後のセリフを言ったときのクアットロさんの冷たい視線、あれは暴走体が向けてきた敵意の視線と同じ……ううん、もっと暗い、でも明確な───。

 

「な~んてね」

「へ?」

 

一転、クアットロさんの顔が先ほどまでの柔和なものになり、そしてそのまま頭を撫でられる。

 

「そんな怯えた顔しなくても大丈夫よ。隼さんのお友達に何かするわけないじゃない。ムカつくけど隼さんは"私たち"にとって特別。だからあなたも特例」

「え、ええっと?」

「つまり私となのはちゃん、それにすずかちゃんとアリサちゃんはもう友達ってこと。友達を打ち砕く程、私も薄情な女じゃないわよ~。……ですから隼さん、私のわき腹抓るの止めてくれませんか痛たたたたた!?!?」

「な~にが薄情な女じゃない、だよ。テメエが姉妹ん中で一番薄情だろ。むしろ無情だろ。もし次またなのはにガンつけやがったらこんなんじゃ済まさねーぞ」

 

クアットロさんのわきを抓っていた手を離すハヤさん。

ええっとよく分からないけれど、なんだかハヤさんに助けられた感じなのかな?お礼言うべき?

 

「ハヤさん、ありがとう?でいいのかな?」

「ん、おー、いいんじゃね?我を称えよー」

 

なんておちゃらけながら手をヒラヒラと振ったハヤさんは、改めてすずかちゃんとアリサちゃんに向き直ります。

 

「さて、それじゃあ手順もあらかた分かったろうし、改めて変身タイムといきますか。それじゃまずはすずかからいってみよう!」

「別に二人一緒でいいじゃない」

「バーカ、こういうのは一人ずつ順番にキメてくのがセオリーなんだよ」

「ふ~ん、まあいいけど。でもなんですずかからなのよ?」

「いや、すずかの変身見終わったら帰ろうかなーと」

「私のもちゃんと見て行きなさいよ!」

 

なんて二人がコントしてる横ですずかちゃんはちょっと緊張気味。

 

「すずかちゃん、大丈夫?」

「う、うん、でもきちんと変身出来るか不安かな……」

「すずかちゃんなら大丈夫だよ!」

 

私は笑顔で答える。素質もあり、デバイスもすずかちゃんの事認めてる。なら後は自信と実行のみ。

 

「おらすずか、そんな肩肘張んなよ。別になれなくても死ぬわけじゃあるめぇし、気楽に行けや」

 

ぽん、とハヤさんに背中を押され少しつんのめるすずかちゃん。けれど、そんな激励が嬉しかったのかすずかちゃんの顔から不安の色が消えた。

私たちの方を見て小さく頷くと少しだけ距離を取り、私のさっきのセットアップを真似るようにすずかちゃんはデバイスコアを掲げた。

 

「よろしくね───『スノーホワイト』」

《You can count on me!》

「セットアップ!」

《Set up!》

 

その瞬間、すずかちゃんの足元に広がった紫色の魔法陣。そしてまるで繭のように身を包み隠す同色の光。

うわぁ、と思わず感嘆の息が洩れた。けれど、それもほんの僅かの間で、すずかちゃんの変身の終わりと同時にその小さな息は明確な声となって表へと出ることになった。

 

「綺麗……」

 

光が収まった時、すずかちゃんの姿は一変。

長い髪は白いリボンで一本に結われ、白いワンピースのような服の上に紺色のロングコートのような上着。両手にはデバイスらしき爪の付いたグローブ。

 

服装のせいか、いつにも増してどこか大人びた雰囲気を漂わせたすずかちゃんは、本当にとても綺麗。そして、それに拍車を掛けるが如く彼女の周囲にはあるモノが舞っていました。

 

「キラキラしてる!」

「これって氷?」

 

私とアリサが同時に声を上げた。

そう、変身を終えた彼女の周りはきらきらと輝いていて、よく見ればそれは小さな小さな氷でした。

 

「おおっ、すげえな。これってアレだぜ。えっと魔力変換資質つったっけ?」

「魔力変換資質?」

 

ハヤさんからの聞き慣れぬ言葉に疑問顔のアリサちゃん。その隣で私も悩み中。

魔力変換資質……聞いたことある気がするけど、どういうものだったっけ?

 

その答えはハヤさんではなく、別の所から上がった。

 

「魔力変換資質───要は魔力を別のエネルギーに変換する事が出来る資質って事よ。この場合、すずかちゃんは『氷結』の魔力変換資質持ちという事ね。……というか氷結って」

 

クアットロさんがどこか疲れたような声色で説明してくれた。……なんで疲れてるの?

 

「へ~氷結ねえ。電気やら炎は知ってっけど、氷なんてのもあんだな~。夏場とか涼しそうだな」

「……ええ、そうですね。あるにはあるんですよね」

 

気楽に言うハヤさんとは正反対にクアットロさんは小さくため息を一つ。その表情はどこか深刻そうで、それに気づいたすずかちゃんが不安そうに声を掛けました。

 

「あ、あの、クアットロさん。その氷結って、何か不味いものなんですか?体に害があったりとか……」

「え、ああ。ううん、違うわよ。すずかちゃんに害のある能力じゃないわ。むしろかなりの希少能力なのよ」

 

すずかちゃんの不安を払拭するように続けてクアットロさんは言う。

 

「魔力変換っていうのは誰でも習得出来る技術なんだけど、もとからその資質がある人は無条件かつ効率よく魔力を変換して使える能力なの。ただすずかちゃん、あなたの資質である氷結、これの所持者ははっきり言ってごく稀。管理局にも数える程しかいないはずよ」

「そ、そうなんですか?でも誰でも習得出来る技術なんですよね?」

「そうね。ただしその習得難易度は極めて高いの。中でも氷結は特にね。加えて天性の資質持ちには敵わない。どう頑張っても変換効率に絶対的な差が出るのよ」

「は、はぁ……」

 

と言われてもどこか漠然と頷く事しか出来ないすずかちゃん。それは多分自分の事だから。いきなりそんな事言われても実感が湧かないもんだよね。

ただし、傍から見たらそれがどれだけすごいか分かった。

つまり、天才。

 

「すごいじゃないすずか!」

「天才魔導師すずかちゃんだ!」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 

囃し立てる私とアリサちゃん。

謙遜というより未だよく事態が飲み込めていないすずかちゃんからの取り合えずの否定。

 

そして。

 

「いいなぁ、変換資質。俺も欲しかったなぁ~。紫電掌したかったな~。しかも氷結だって。レアだって。激レアだって。羨ましいなぁ~」

 

9歳の子供に本気で嫉妬してる大人が一人。というか大人気ないハヤさんが一人。せめて嫉妬心隠そうよ。

 

私とアリサちゃんとクアットロさんはそんなハヤさんを見て大きなため息を一つ。そして嫉妬の対象にされてるすずかちゃんは謝ればいいのか慰めればいいのか分からなくておろおろ。

すずかちゃん、この場合は無視すればいいと思うよ?言わないけど。

 

「まっ、いいや。可愛いすずかに免じて許してやろう」

「か、可愛いなんて……」

「さて、んじゃ帰るか。あ、いい機会だから帰ったらその能力でカキ氷パーティでも───」

「ちょおおっと待ちなさいよ!」

 

すずかちゃんと私の手を取り何事もなかったように、これ以上ここに用はないと言わんばかりに歩き出そうとするハヤさんだったけれど、もちろんそれはアリサちゃんの手によって止められました。

 

「なんだよ、アリストテレス」

「アリサ!そしてちゃんと私の見てけ!」

「お前のって、おいおいナニを見せる気だ?」

「変身に決まってんでしょ!」

 

ウガー、と吼えるアリサちゃんにハヤさんはワザとらしくやれやれしょうがないといった雰囲気を出す。

というか何だかんだで仲良くなってるよね。まぁ楽しそうなのはハヤさんだけみたいだけど。

 

「まったく、お前も見せたがりだな。じゃ、はい、お好きな時にどうぞ」

 

うわぁ、すっごい投げやりだ。

 

「こいつ!……ふん、まあいいわよ。アッと言わせてやるんだから!」

「アッ」

「………………」

 

ア、アリサちゃん、落ち着いて!女の子がしていい顔じゃなくなってるの!

 

「もういい、黙って見てなさい!」

 

そこでまたハヤさんは、口に指を当てチャックを閉めるような動作をしておちょくる。それを見てアリサちゃんは青筋を多大に浮かべながらも無視が正解と理解したのか、さきほどのすずかちゃんと同じように私たちから距離をとった。

深呼吸一つ。

そして。

 

「目にモノ見せるわよ───『フレイムアイズ』!」

《Ok!》

「セットアップ!」

《Let's Dance!》

 

すずかちゃんと同様、アリサちゃんの足元に展開される魔法陣。その色は燃えるような茜色。そんな魔力光が体を包む。

さあアリサちゃんはどんな格好で出てくるのかと期待して待つこと僅かの間────けれど、その期待は突然起こった現象によって上書きされた。

 

「え」

 

気づいたとき、私の体は地上を離れはるか上空。目の前あったのは変身中のアリサちゃんではなく、淀んだ空間。

 

「え、あれ?」

 

隣を見れば、すずかちゃんが同じように戸惑いの表情であたりをきょろきょろ。私と目が合い、二人で首を傾げようとし、そこでまた気づいたのは私たちが誰かに抱えられているという事。

 

「ふぅ、危機一髪ってとこね。二人とも、火傷してないわよね?」

 

私たちを抱えていたのはクアットロさんでした。

 

「えっと、一体なにが……」

「まあ取り合えず二人とも自分で飛んでくれない?どこぞの脳筋と違って頭脳派の私に子供二人を小脇にずっと抱えていられるほど力持ちじゃないんだから」

「あ、えっと、はい」

 

取り合えず言われたとおりにする。すずかちゃんもクアットロさんに片手を握ってもらいながらだけれどきちんと浮く事が出来てるみたい。

 

「で、さて、一体何が起こったのかだけれど……まあ簡単に言えば私が二人を抱えて可及的速やかに上空に避難したわけ」

 

避難?一体何から避難したんだろう?

そう尋ねようとした時、不意に頬に感じた暖かい風……というより、それは最早熱風でした。発生源は足元。地上。

 

すずかちゃんも感じたようで、二人そろって下を見下ろし、そしてそこに広がっていた光景に絶句。

 

(……火の、海なの)

 

比喩表現ではなく、そして過不足なく、まさに眼下にあるのは火の海でした。中心にぽっかりと穴が開いた感じで、ドーナツ型に炎が燃え盛ってる。

一体何が?どうして?

そんな考えよりも先に声に出たのは一人の友達の名前。

 

「「アリサちゃん!?」」

 

すずかちゃんと声が被る。

そう、つい先ほどまで目の前でセットアップしていたアリサちゃん。今空の上にはクアットロさんとすずかちゃんと私だけで、他の人の姿は見えない。という事は、つまりアリサちゃんはまだあの火の海の中にいるという事。

早く助けないと!

 

「はい、ちょっとストップ」

 

レイジングハート片手に翔け出そうとした私をすんでの所で止めたのはクアットロさん。

 

「クアットロさん、離して!アリサちゃんを助けないと!」

「そうです!アリサちゃんはまだあそこに!」

「はいはい、二人とも落ち着きなさい。アリサちゃんなら大丈夫よ。ほら、あそこ」

 

クアットロさんが指差す先、そこはドーナツの中心。まるで火の海の中にある小島のような空間、そこに人影が一つ。

間違いなくアリサちゃんでした。

 

「さっき念話で確認したけど怪我もないみたいよ。まあ偶発的とは言え、自分で出した炎で火傷なんてしないでしょ。お利巧さんな彼女のデバイスも咄嗟にフィールド魔法張ったみたいだし。もうちょっと火が弱まったら行きましょう」

 

そのクアットロさんの言葉にホっと胸を撫で下ろす。

よかった、アリサちゃんが無事で。もし私が魔法なんて存在教えたせいで早くも怪我させたんじゃ、アリサちゃんに何て謝ればいいか分からない。

 

「……それにしてもなのはちゃんといい、すずかちゃんといい、アリサちゃんといい、地球産の魔導師は出鱈目過ぎね」

「どういう事ですか?というか、すずかちゃんは分かるけどなんで私も入ってるの?」

「な、なのはちゃん!?私も別に出鱈目じゃ……」

「人間魔力ダムと激レアキャラが何言ってんだか」

 

酷い言い草!?

取り合えず抗議は後ほどするとして、という事はアリサちゃんもやっぱり普通と違うのかな?

 

ジト目&疑問の目をクアットロさんに向けると、彼女はつらつらと説明し出した。

 

「アリサちゃんはすずかちゃんと同じ、魔力変換資質持ち。氷結じゃなく炎熱っていうね。まぁ、それ自体は特に珍しいというほどでもない資質なんだけれど……」

 

すっと眼下に目をやるクアットロさん。少しだけ頬を引きつらせながら続ける。

 

「変換効率が出鱈目、というか異常ね」

「「変換効率?」」

「すずかちゃんの時もそうだったけど、魔法に不慣れな魔導師の変身時、変身に必要な適正魔力以上の魔力が出ちゃうのよ。資質持ちの場合、その余剰魔力が勝手に変換されちゃうわけ」

 

ああ、だからすずかちゃんが変身し終わったとき、周りが氷の結晶できらきらしてたんだ。

 

「とすると、この火ってアリサちゃんの変換資質による弊害なんですか?」

「そうね。ただし、普通はこんな火の海にはならない。変身で使う魔力なんて些細な量だから、余剰魔力も高が知れてる。なのにこの有様」

 

そうだよね。すずかちゃんの時と全然違うもんね。

 

「そこでさっき言った変換効率」

「あ、もしかしてアリサちゃんの場合、その変換効率が良いんですか?」

「はい、すずかちゃん正解~」

 

パチパチと拍手するクアットロさん。ただし、その顔は疲れ顔。

 

「正確に言えば、変換効率が異常なのよ。例えば資質のない魔導師が魔力を1変換したら、変換後のエネルギーも1。資質持ちの場合、まあ才能の差や修練によって変わるけど、だいたい魔力1に対して2~10。すずかちゃんは現状2ってとこね。で、件のアリサちゃんだけど………」

 

一呼吸置いてクアットロさんは呆れ声で言った。

 

「……大雑把に見て、おおよそ200。インフレもいいとこね」

 

トゥーハンドレッド?

 

「ア、アリサちゃん、凄いね」

「う、うん」

 

凄いの一言で片付けちゃいけない光景が眼下に広がってるような気もするけれど、でも凄いという他単語が思いつかない。

というか、これから先もまだまだ成長する余地があるんだよね?さらに凄くなる可能性も?ううん、仮に変換効率が変わらなくても、ちょっとの魔力でコレなら、もし今アリサちゃんの全魔力を変換したとしたら……うわぁ、ちょっと想像出来ない。

 

ほえ~、と内心呟き、冷や汗をかく。すずかちゃんも呆然と、クアットロさんはどこか憮然と。

そんな三人のもとに件の人物、アリサちゃんがふらふらと慣れない飛行をしながら来たのは数分後でした。

 

「ああ、びっくりした!いきなり周りが火の海になっちゃって。ねえ、あれってやっぱり私のせい?」

 

訳が分からないといったアリサちゃんの右手にはメラメラと燃える剣。あれがアリサちゃんのデバイスかな?熱くないのかな?

そんな事を思いながら、横のクアットロさんが私たちにさっきした話を改めてアリサちゃんに説明しだす。程なく、全てを聞き終え理解したアリサちゃんはにんまりとした笑顔を浮かべ、一言。

 

「つまり私も天才って事ね!」

 

胸を張って自信満々に言うアリサちゃん。

私とすずかちゃんはそんないつも通りの彼女に思わず笑みがこみ上げる。対するクアットロさんは何度目かのため息。

 

「なのはちゃんはアホみたいな魔力量、すずかちゃんは希少な資質持ち、アリサちゃんは異常な変換効率……地球人は魔導師としてデフォで天性の才でも持ってるんですかねぇ。あ、でも隼さんっていう無才の前例があるから、それは考えすぎか」

 

やれやれといった調子のクアットロさんの言葉に私たち三人はハッとなる。

今更ながら気づいた。ある種穏やかに、何のツッコミもなく話が進んでいた異常、違和感に。つまり───

 

「そ、そういえばハヤさんは!?」

 

そう、ハヤさんがいない。いつもいつも騒がしいハヤさんがいない。もしかして、アリサちゃんの炎に巻き込まれてどこかで怪我でもして身動き取れなくなってるんじゃ……。

そんな思いが頭を過ぎるも、やっぱりというか当たり前というか、それは杞憂に終わるのがハヤさんという人物。

 

「誰が無才じゃコラ。てか、アリサは天才ってより天災だろうがクソッタレ」

 

不意に忌々しそうな声が聞こえたのは私たちの後ろ。

振り返ると案の定、タイミングよくそこにいたのはハヤさん。だったけど、その姿を見て私はちょっと驚く。

 

「ハヤさん、服どうしたの?」

 

そこにいたのは数分前と違うハヤさんでした。

上の服は破れて、焼かれてボロボロ。下なんて履いてすらいない。というか、もうその姿は下着姿という他なく。

 

「ちょ、なんて格好してんのよ!あんた!」

 

アリサちゃんが顔を真っ赤にし、ハヤさんに向かって牽制でもするようにデバイスを向ける。

 

「きゃあ!?」

 

すずかちゃんも男の人の半裸を見るのが恥ずかしいのか、両手で顔を覆う………のはいいんだけれど、その指がこれでもかと開いてて、その間から凝視してるのが分かるよ?そして顔だけじゃなく、目まで真っ赤に染まって見えるのは気のせい?というか息荒いけど大丈夫?

 

「ふ、ふ~ん」

 

クアットロさんは大人の女性だから男性の肌なんて見慣れてるのか、特に目立った反応は……あ、ちょっと頬が赤い。

 

ともあれ、みんな、いきなりなハヤさんの半裸に驚き恥ずかしがってるみたい。かくいう私もちょっと恥ずかしい……というわけでもない。

ハヤさんの裸なんて、いったいこれまで何回見てきた事か。ハヤさん、うちに泊まった時とか夜は半パン一枚で家の中うろうろするし。さらにこの前なんてお風呂一緒に入る羽目になったし。

 

そんな私の思いを他所にハヤさんは怒り顔のまま吼える。

 

「どうしてくれんだよこの服!めっちゃ高かったんだぞ!ここ一番でバッチシ決めるために選びに選らんだ一張羅だったんだぞ!」

 

あー、そういえば今日の当初の予定はフィアッセお姉ちゃんと会う事だったもんね。

 

「いきなり目の前真っ赤になったと思ったら火達磨だし、消火の為に転げ回ったからボロボロなるし!いくらシャマルでも補修出来ねーだろこのレベル!」

 

まあ、無理だろうね。シャマルさん、料理だけじゃなく裁縫も得意って聞いてるけど流石にこれじゃあね。たぶん、残った服の布の面積よりも下着の面積のほうが大きいもんね。

 

「弁償しろアリサ!お前んち金持ちだろ!」

 

うわぁ、小学3年生相手に本気で怒ってお金を請求するなんて、ハヤさん、相変わらずかっこ悪い。

 

「ふ、不可抗力よ!確かに悪いとは思ってるけど……」

「まーまー、隼さん、いいじゃないですか~」

 

アリサちゃんの萎縮した姿を見てクアットロさんがフォローすべく口を開く。

 

「どうせ服のお金なんてプレシアさんからガメたものですよねぇ。なによりも、どれだけ良い服着た所で着る人がどうしようもないダメ男だったらひとっつも締まらないですし~」

「あ?」

 

あ、あれ?フォロー……あれ?

 

「今の姿ですら隼さんには上等過ぎるくらいですねぇ。ダンボールとかその辺に落ちてる布着れが分相応じゃないですか~?」

「……ふんふん、なるほどなるほど」

 

ハヤさんが腕を組み、うんうんといい笑顔で頷く。ややあって一言。

 

「ちょっとお話しようか?」

「語彙の少ないおサルさんがどんなお話出来るのか気になりますね」

 

あー……この流れ、私知ってる。ハヤさん、よくお兄ちゃんやお姉ちゃんとこういう流れになるもん。それがどういう結果になるのかは、まあ自ずと分かる。経験済み。

 

「おう、バーニングアリサ。この服のことチャラにしてやっから、ちょっとこのクソ腹黒イワすの手伝えや」

「誰がバーニングアリサだ!……というかイワすってなによ?」

「すずかちゃん、魔法の実地練習してみない?的はあのサル」

「え、ええ?!」

 

ハヤさんはアリサちゃんを、クアットロさんはすずかちゃんを巻き込み臨戦態勢。そのまま二人は強制的にパートナーを組み、連れ立って下へと降りていきました。

ほどなく、下から聞こえる怒号、破砕音、魔法の光。そして一人取り残された私。

 

「……ハァ」

 

ため息を一つ。

なんでこうなるのかな~。うん、まあ分かってたんだけどね。ハヤさんがうちに来た時点で。ハヤさんをジュエルシード探しに誘った時点で。ハヤさんともうちょっと一緒にいたいと思った時点で。

そう考えるとこういう展開を私が望んでいたみたいになるけれど、それこそ不可抗力……とは言えないかな。だってハヤさんと一緒にいるって事は高確率でこうなる可能性があるって分かってたんだから。

それに気のせいじゃないならクアットロさんもこの展開を望んでたように見える。自分からこの展開に持っていった感じ。

 

まー、だから。うん。全部ハヤさんが悪いってことでいっか。

 

「ねえ、レイジングハート。私、この後どうすればいいと思う?」

《Let's enjoy now》

「……そうだね」

 

なんだかレイジングハートですらハヤさんの影響を受け始めてるみたいだけれど、この際考えない。ハヤさんに関して考え始めたらキリがない。

 

だから私も笑顔で突貫!

 

「私も混ぜてよ~!」

 

夏休みの日記帳、今日はなんて書けばいいんだろう?

 

そんなどうでもいい事を考えながら、私も4人の喧嘩(?)に混じるのでした。

 

 

 




改めて、更新遅くなり申し訳ありませんでした。
次回よりAs編突入予定です。


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As編プロローグ

As編、はじまります。


─────────てくれ

 

声が聞こえる。

 

─────────けてくれ

 

辺りを見渡せば何もなく、そもそも上下の感覚すら曖昧な空間にいた。

 

─────────すけてくれ

 

ああ、これは夢か。と漠然と理解した。明晰夢というやつか。

 

─────────たすけてくれ

 

しかし、何とも殺風景な夢だ。まっくらな空間で人間は自分だけ。

 

─────────どうか、わがあるじを

 

唯一、先ほどから変な声が聞こえてくる。いや、頭の中に直接響いてくる。夢だからか?なんか夜天の声に似てんな。

てか、

 

─────────どうか、わがあるじをたすけてくれ

 

っせえんだよボケ!普通に寝らせろ!つうか誰に命令してんだ身の程知れ!俺に物頼む時ァまず金積んで土下座しろ!話はそれからだ!

 

─────────え、あ、あの

 

はい、俺の夢終わり。寝よ寝よ。

 

 

─────────………………

 

……………………………

 

……………………

 

………………

 

…………

 

………

 

…………

 

………………

 

……………………

 

……………………………

 

…………………………………いや、だから寝かせろって。

 

え、なに何で寝れねーの?いや、もう寝てんだけどさ。実際は寝てんだけどさ。そうじゃなくて意識をね、消灯させて欲しいわけ。夢とかマジどうでもいいわけ。全裸のネエちゃんが出てくるもんなら兎も角、こんな訳分かんねーのいらんのよ。寝て起きて、それだけでいいわけ。

 

てか、よく見ればここさっきいたトコと違う場所じゃん。しかも目の前には超意味あり気な扉だよ。鍵がいっぱいついてて、ノブには鎖まで巻きついてるよ。開けんな、みたいな?

 

ふざけろや。開けるっつうの。

 

俺の睡眠邪魔した夢のクセに、これ以上来んな、みたいなオーラ出した扉こさえやがって。調子こくなよ?

 

なんかもう意味不明な思考だけれど、取り合えず扉を蹴破ってっと。はい、おじゃま~。さて、中にはいったい何が…………あん?金髪のガキ?フェイトやアリシアじゃないっぽ──

 

─────え、嘘、どうやってここに!?だ、だめです、こないでください!!

 

あ?………ぷげらっ!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロロ~グ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、一人の男が優雅に目を覚ました。黒いスウェット姿がのそりと動き、男を包み込んでいた掛け布団がパサリとベッドから落ちる。枕下には携帯が鳴動しており、それが起床の原因だというのは明白で、男は自分の安らかな眠りを妨げたそれを乱暴に扱って止めた。が、そもそも昨晩この時間に鳴るようアラームを設定したのは男自身だ。よってこの行為は八つ当たり以外の何物でもない。だが、そんな理論を振りかざしても今の男には通用しない。理由は単純に『眠い』からだ。それがどれほどの眠さかというと…………………

 

「地の文を三人称で語っちまうくらい眠いんだよ」

 

それは本当に眠いのか?

とか言うツッコミは無しな。いやマジだり~~~んだよ。眠すぎ。やってられっか。今何時?そうね、だいたいね~………って、朝8時だァ?はっ、馬鹿じゃねーの。昨日寝たの何時だと思ってんの。てか、寝たの今日だし。誰だよ、こんな時間にアラームセットした馬鹿は?あ、俺か。はい俺馬鹿~。

 

「………………………顔、洗って来よ」

 

睡眠時間の短さと昨晩の酒がまだ残っているせいか、テンションのギアがおかしな所に入っちまってる俺。

我ながらちょっと痛々しい。

ベッドから降り、ボサボサの髪と腹を掻きながら部屋を出て、冷たく冷えたフローリングの廊下をぺたぺたと歩きながら洗面所へ。そこで12本ある歯ブラシの内の1本を手に取り、歯磨き粉をつけ口に突っ込む。乱雑にごしごしと磨いた後うがいをし、顔を洗って髭を剃り、最後に気付けにパンと顔を叩く。そうするとアラ不思議、目の前の鏡には美男子が映りましたとさ。

 

……………馬鹿らし。

 

「しっかし、いい加減この髪どうにかしねーとなぁ」

 

鏡に映っている俺の顔、その頭部には襟足だけくすんだ金色に染まった髪の毛。

約半年前、どこぞの馬鹿キカイダーに自分と同じ色の髪色に染められた俺。そしてその間、適当にしか切ってこなかったお陰でこのプリンのような髪に。

学生時代なら兎も角、この年でこの髪は完全にないだろ。

そう思うものの、一方で金も入って就活もろくにしなくなった俺は別にいっか~と半ば放置し今に至っている。

 

「はぁ~………って、うわ、酒臭」

 

歯を磨いたにも関わらず、己の溜息がかなり酒気を帯びている事に驚いた。

 

まっ、あれだけ飲めばそりゃこうなるわなぁ。確か午後11時から飲み始めて、家に帰ってきたのが………午前6時前だったか?麻雀しながら片手に魔法世界の地酒、もう片手にタバコのスタイルで7時間ぶっ続けだったかんなぁ。しかも勝てなかったしよ。チン嬢ちゃんの一人勝ちとかムカツク。てか、絶対配牌イカサマしてるって。なんだよ、あの異様な引きの良さは?4面打ちで何でそんなに役満出来んだよ。緑一色とか天和とか初めて見たし。ざわざわだよ。

 

「見てろよ、あの人造人間シスターズめ。次は勝ってやる!」

 

今までの負け分とこれからの予定勝ち分を計算しながら洗面所を出た。

と、今更ながら気づいたがかなりいい臭いが漂っている。そして、リビングに続く扉を開ければその臭いの向こう側にはキッチンで料理をしている金髪女性の姿が。

 

「あ、おはよございます、ハヤちゃん!今日は早いですね」

「はようさん、シャマル」

 

我が家の金髪美人にして最高の料理長であるシャマルが、今日も朝から緑色のマイエプロンを纏い、包丁片手に素敵な笑顔で迎えてくれた。

日替わりの当番制だった料理作りがシャマルだけの役回りになったのは、さて、いつ頃からだろう。

 

「はい、どうぞ」

「サンキュ。他の奴らはまだ寝てる?」

 

コーヒーを受け取りながら訊ねた俺にシャマルはにこやかに返答する。

 

「シグナムとザフィーラはいつもの朝稽古に行ってますよ。夜天はハヤちゃんのタバコのストック分がなくなってたので買いに、ヴィータちゃんと理ちゃんはまだ寝てます」

「こんな寒い中、シグナムもザフィーラも頑張るね~。感心感心。夜天も相変わらず気が効くな。後の二人はそのまま永眠してろ」

 

烈火の騎士シグナムと守護獣ザフィーラは数ヶ月くらい前から朝稽古と夜稽古を日課としている。この平和な世の中ご苦労なこってと思うが、何でも「今日の平和が明日まで続くとは限りません。それに日々の鍛錬はそのまま主の為の力になります。主を護る力はいくらあっても足りないくらいであり、その為の努力は惜しみません云々」だとさ。

いやはや、真面目なやつらだ。

 

「てか、努力してプログラムは成長すんの?」

「身体の成長はしませんよ。けど勘……プログラム的には演算速度?予測パターンの幅?それと戦闘技術とかなら努力し経験した分は培われます」

 

そう言ってシャマルはクラールヴィントを出し、少し離れた所にある朝食の材料であろう大根に向かい投げた。するとクラールヴィントはくるくると大根に巻きつき、次の瞬間にはシャマルの手に収まった。さらにシャマルはその大根をまな板の上に置き、もう一度クラールヴィントを指先で操ると瞬く間にご立派な大根は大根おろしへと姿を変えた。

 

「ね?」

「お前はウォルター・クム・ドルネイズか」

 

半年前はそんな芸当出来てなかったよな?思わず小便すませて、神様にお祈りして、部屋の隅でガタガタ震えたくなったわ。命乞いする心の準備なんてノーサンキュー。

しっかし、シャマルもそうだけどホント騎士共は逞しくなったよな。特に精神面が。会った当初なんてプログラム言われればすぐに凹むもやしっ子だったのに、今じゃオールOK状態だし。

まっ、でもそれは良い事だし、成長している確固たる証拠でもある。

 

(でも、身体の成長はなしか………………惜しいなぁ)

 

シャマルは腰とお尻は見事なんだが、如何せんお胸様がなぁ…………あと1歩!いや半歩!

 

(まあ、服の上からしか見た事ないから、もしかしたら着痩せするタイプなのかも知れないけど)

 

忙しなく朝食の準備をしているシャマル。それにともないまるっとしたお尻が可愛くふりふり。それを眺めながら、これから透視魔法の研究に全力を注ごうかどうか迷っていた時、リビングの扉が開いた。

 

「ふわぁ~、おはよう~。ん?隼がいる………ハァ、朝から下がる」

「冬の朝は寒いですね。それにしても、いいご身分な主がこの時間に起きてるなんて………ああ、朝帰りですか。死んでください」

 

ブラックのろいうさぎのぬいぐるみを引き摺りながら大あくびをかますヴィータと、朝の寒さと眠気で不機嫌な理が二人そろって登場。そして二人そろって朝から喧嘩売ってくる始末だ。

だが、もうそれは毎朝の事なので、俺もいちいち買ってやるつもりはない。朝から面倒臭ぇのはゴメンだ。

 

「はいはい、いいからさっさと顔洗って来い」

「………何か最近あたしらへの態度冷たくねーか?」

「違いますよ、ヴィータ。これは所謂放置プレイというやつで、云わば主からの愛です。嫌よ嫌よも好きの内」

「ハァ?ったく。だから隼さ、お前のツンデレはただキモイだけだっつうの。マジ、ゲロ」

「………………………」

 

俺はロリーズのケツを蹴り上げた。

 

「いでっ!?何すんだコラ!」

「痛いですね。妊娠したらどうするんですか?勿論バッチ来いですが」

 

朝の一時くらい穏やかに過ごさせろよ!

 

「っせんだよ!その目ヤニが付いた汚ぇツラさっさと洗って来いっつってんだ!」

「み、見てんじゃねえ!」

「ふむ、主は目ヤニフェチではなかったですか」

 

ヴィータは目をごしごしと擦りながら走り去り、理は相変わらずの仏頂面で淡々と洗面所へ向った。

てか、理。お前の言動が日増しにディープかつマニアックになっていってる気がするのは俺の気のせいか?それも成長の証拠なのか?

 

「はぁ、朝からクソ気分が悪ぃ。ガキもガキの世話をするのも嫌いじゃねーが、あの二人だけは例外だ」

「でも、何だかんだ言ってちゃんと二人の面倒見てあげてる優しいハヤちゃんが私は大好きです」

「勘違いしてんなよシャマル。俺はあいつらがご近所様に迷惑掛けないよう嫌々ながら教育してやってるだけだ」

「ふふっ、そうですか」

 

ああ、そうだよ。だからその『分かってますよ』的な微笑みを引っ込めろ。見てっと腹立つ。そして腹減った。

 

「シャマル、朝飯まだ~?」

「もう出来ましたよ。あとはシグナムたちが帰って来れば────」

 

と、言ってる丁度そのタイミングで玄関の扉が開く音が聞こえた。そしてリビングに入って来たのは冬場だというのに額に汗を浮かばせた女と男、さらに俺のコートを羽織った女も一人。

 

「シャマル、今戻った───と、主、起きておいででしたか。おはようございます、只今戻りました」

「「主、おはようございます」」

「おう、おはようさん、シグナム、夜天、ザフィーラ」

 

色気もクソもないジャージ姿のシグナムと上半身タンクトップ姿という季節に真っ向から喧嘩売ってるザフィーラ、寒さの為少し鼻を頭赤くした夜天の3人が帰って来た。そしてシャマルが各々にスポーツドリンクやコーヒーを渡すのと、ロリーズが洗面所から顔を洗って戻ってきたのは同時だった。

 

鈴木ファミリー、全員集合。

 

「てことで、朝飯にすんべ」

 

と、その前に。

俺は電話を取り、番号をプッシュする。ルルルルツという呼び出し音が2度聞こえた後、電話口から聞こえてきたのは朝から元気な幼女の声だった。

 

『もしもし、ライトニング・テスタロッサだ!お前は誰だ!?あ、もしかして加藤さんか?それとも阿部さん?』

「誰だよアホんだら。内線電話に鈴木以外の姓を持ってる奴が出るか」

『なんだ、主か~。おはよう!』

「ああ、おはようさん。飯だから全員連れてこっち来い」

『よしきた!了解!ビシッ!』

 

こうやって俺、鈴木隼の平凡な一日は幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は移り変わり、時勢も移ろい行き──────春先にあったテスタロッサ家の問題解決から半年あまり。

 

大きな変化があり、小さな変化があり、中には変わらないものもあり…………その変化が日常に定着し始めた今日この頃。

半年前の事件に比べれば、今の日常は何とも平和平凡で、まるで一人だった時の緩やかな時間が帰って来たかのようだった。何の心配や厄介事もなく、笑顔を浮かべて日々を謳歌し、そこいらにいる一般人と何ら変わらない生活、優しい現実を俺は歩んでいる………………

 

 

「ちょっと夜天、早く新聞よこしなさいよ」

「もう少し待て、プレシア」

 

「げっ、ピーマン入ってんじゃねーか。リニス、やるよ」

「駄目ですよヴィータ、好き嫌いしちゃ」

 

「ア、アルフ、味噌汁にドッグフードをプラスしないで下さい」

「でも、結構イけるよ?シャマルも試してみなよ」

 

「アリシア、そのヨーグルト食べないのですか?じゃあ私が貰いますね」

「あーーー、最後に食べようと残してたのに!理のばかっ!」

 

「勝手にチャンネル変えるな、シグナム!今ボクはプリキュア見てたんだぞ!」

「朝はニュースを見るものだ。ライトもアニメばかり見てないで少しは時勢を知れ」

 

「そうだ、ザフィーラ。先月号のりぼん持ってきたよ。まだ読んでなかったよね?」

「むっ、そうだった、俺とした事が。いつもすまんなフェイト」

 

…………かなり騒がしいがな。

まあ、でもこんな騒がしい朝食の場も毎日身を置けば流石にもう慣れちまったよ。

 

(いつからだけっけか?一緒に飯食うようになって)

 

そう、俺たち鈴木家とテスタロッサ家は朝昼夜問わずほぼ毎日のように食卓を共にしている。場所は俺んちかプレシアんち。特に理由もなく一緒に食うようになっちまってた。まあ、強いて理由を挙げるならお互いの家が近いからか?

 

(近いってか、隣同士だけど)

 

今から約4ヶ月前、俺たち鈴木ファミリーは目出度くあの狭いアパートからおさらばしたのだ。そしてやって来たのは遠見市にあるデッカイ高級マンション。

フェイトが住んでたあのマンションだ。

いや~、マジで段チな快適さだよ。流石は家賃が元のアパートのウン倍する事だけはある。家具も一新したお陰で居心地最高だし。

……………え?金はどうしたのかって?

今の俺はそれなりのセレブリティ。向こう10年くらいは遊んで暮らせる程のな。てか、実際遊んでるし。就活?仕事?欠片もしてませんニートですが何か?そんな事せんでも金あるし~。まあ、アリシア達への家庭教師は継続しちゃいるが、適当に教科書読んで問題集解かせてるくらいだからあれも半分遊びみたいなものだ。

 

(これも全部ジェイルのお陰だな)

 

そうなんだよ、俺の金がある理由は全てジェイルのお陰なんだよな。

あいつ、時の庭園をかなりの値で買い取ってくれたからさ。さらにそれだけじゃなく、何を思ったのかジェイルの奴「週に一度でいい、私の所に遊びに来て我が子らの相手をしてやってくれないかね?勿論、給金は出そう」だとよ。

あのマッドの事だから何か企んでんだろうが、金さえ貰えるなら俺にゃあ関係ない。しかも女の子に囲まれて遊べるんだから尚良し!

まあ、後で知った事だが、あの姉妹らは実は半分機械のキカイダーで厳密には人間じゃないらしい。が、それこそ関係なし!可愛い・美人な女の子の姿をしてるなら有機物だろうが無機物だろうが大好きだ!余裕で恋愛感情持てるし、余裕で抱ける!だから昨日も親密になる為ちょっくら行って麻雀してきたし。

 

(大金手に入って、異世界じゃハーレム気取り出来て、仕事しないで遊んで暮らせる…………来た、俺の時代!!)

 

むはははは!笑いが止まらんよ!

 

「隼、お願いだからフェイトやアリシアの前でそんな顔しないでちょうだいよ。子供の成育に悪いから」

 

大きなお世話だ。

って、あれ?

 

「皆は?」

 

気づけば食卓には俺、夜天、シグナム、プレシア、アルフ、リニスしかいない。食器もいつの間にか下げられていた。

 

「あなたが変態的顔面で物思いに耽ってる間に子供たちは私の家に行ったわよ。あとシャマルとザフィーラはバイト」

 

いつの間に………。駄目だな、金や女の事思うと他がすぐ目に入らなくなっちまう。まあガキどもの事なんて知ったこっちゃねーが。

 

「まったく。そんな顔晒す暇があるなら働きなさいよ。こっちじゃ隼みたいなろくでなしの事、ニートって言うそうじゃない」

「フリーター、ひっきー、パラサイトでも可」

「………胸張って言うんじゃないわよ。バイトくらいしたら?」

 

うっせぇな。いいんだよ、金あるし。バイトなんて面倒くさい。人生楽が一番だ。

てか、何でシグナムたちも金あるって言ってんのにバイト辞めないかなぁ。いや、まあ理由は知ってるよ?曰く「少しでも主の貯えになるなら。主が楽を出来るなら」だとさ。

嬉しくて涙が出るね。

まっ、そっちの方が実際都合がいいしな。

 

「そういうお前こそ、働いてねーだろうが。専業主婦?壊滅的に似合わねーよ」

「ふっ、私は株で十二分に稼いでるわよ。あなたは私と違って頭悪いんだから、せいぜい馬車馬の如く体使って稼ぎなさい」

 

けっ、これだからインテリは嫌いだ。楽して儲けようとしやがって。まあ、いいや。今度また何か買って貰お。

 

「いいんだ、プレシア。主は何もしなくてもいい。主はただ家で私たちの帰りを待ってくれさえして頂ければ十分」

「私も夜天と同意見だ。主は主の好きなように生きて欲しい」

「……………隼、シグナムと夜天にここまで言われて、あなたは男として思う所はないの?」

「ご苦労様」

「く、腐ってる!」

 

ひっでぇ言い草だ。

 

「そう言ってくれるなプレシア。それにお前は誤解しているぞ。主の優しさがまだ理解出来ていない」

 

そういうシグナムに夜天が続いた。

 

「我らが稼いだお金、主は一切手を着けられてない。我ら一人一人に口座を作ってくださり、通帳とカードを渡してくれた。給金は全部そこに振り込まれている」

「『名義は俺のだけど、中に入ってる金はお前らのだ。テメェの為に好きに使いな』と。断っても頑として受け取って下さらない」

 

シグナムと夜天の言葉を聞き、ポカンと口を開けて呆れている様子のプレシア。ついでにアルフとリニスもどこか驚いている顔をしている。

 

んだよ、何か文句あっか?リニスちゃんとアルフのその顔は可愛いから許すけど、プレシアのその顔は殴りたいほどムカつくぞ?

 

「バ~カ、それこそ勘違いしてんじゃねーよ。俺ァただお前らの個人的な物を買う時に一々俺の財布から金が無くなっていくのが気持ち的に嫌だから、ならそっちはそっちで金を持たせようと思っただけだ。優しさ?ンなもんねーよ。合理的と言え」

 

いくら金持ちになっても、家族とは言え他人の欲しいモンを、例えば服とか下着を買って自分の財布を軽くするのは嫌なんだよ。俺の金は俺の為だけに使いたい。

だから、今は好きなもん買いたい時は自分の金から出させ、出せる範囲で好きなもんを買わせてる。テメェが何を買おうが勝手だが、俺はビタ一文払わない。

バイト継続させてんのもそういう理由からだ。

 

「ホント、腐ってるわね」

「うるせぇよ」

「…………でも、まぁ、そうね。チーズとかヨーグルトとか納豆とか、そういう感じの腐り方だから、まだ良い方かしら」

 

意味分かんねー。

 

「プレシアもですけど、やっぱり隼も素直じゃないですね」

 

おいおい、リニスちゃん。正直な事に定評のある鈴木隼を捕まえて『素直じゃない』とは穏やかじゃないな。

その激烈に可愛い顔に免じて許すけど。

 

「うんうん、やっぱり隼は馬鹿だけど良い雄だ!」

 

おいおい、アルフ。紳士で理知的な真人間の鈴木隼を捕まえて『馬鹿な雄』とは穏やかじゃないな。

その冬場でも丸出しのキュートなおへそに免じて許すけど。

 

「まあ、でも、どんな腐り方でも腐ってる事には変わりないわね。毎日毎日家で寝て食べてネットしての繰り返し。その内物理的に腐るわよ?いえ、もう腐り切ってるか。ハァ、情けない」

 

おいおい、プレシア。色々な意味で新鮮度100%の鈴木隼を捕まえて『腐り切ってる』とは穏やかじゃないな。

問答無用でぶん殴るぞ。

 

「あーあー、うるせぇな。お前は俺の母親かっての」

「あなたみたいな息子なんて死んでも持ちたくないわよ。………母親と言えば、あなた、この前実家に帰ってたわよね」

「あん?何を今更」

 

プレシアの言う通り、ついこの前、俺はシグナムたちを連れ立って2~3日実家に帰っていた。帰郷の理由は何の事はない、よくある法事というやつだ。だから俺一人で帰るつもりだったのだが、騎士共全員が俺の親に会いたいと抜かしやがったんでしょうがなく一緒に帰った。

 

けど、それはもう1週間前の話だ。その間、何度も顔を合わせてるのに今日になって何だよ?

 

「だって、あなたこの一週間ずっと不機嫌だったじゃない。いえ、不機嫌なんて生ぬるいモンじゃなかったわ。寄らば殺すってくらいだったわね」

 

……………まあ、自覚していなかったわけじゃねーけどさ。熱くなるのが早い俺は逆に冷めるのも早いタチだから、一週間も不機嫌ってのは我ながら稀だった。

けど、それくらい俺はドタマに来てたんだよな。

 

「………聞き辛かったんだけど、親と何かあったの?それとも、その………親に何か不幸でも………」

「ん?何かあったかだと?親に不幸?ハハハ、お前面白い事言うなー。何かだって?不幸って………………俺が不幸だよ!あんのビッチババア、次帰ったら死ぬまで殴り続けてやる!!!」

 

相変わらずのクソババアっぷりに今思い出しただけでも殺意MAXだ!

 

そんないきなりの俺の豹変ぶりに事情を知らないプレシアとリニスとアルフを目を丸くした。

 

「ちょっと夜天、隼の奴一体どうしたのよ?親と何があったわけ?」

「親と何かあったと言うか、親がナニカと言うか………」

「は?」

 

夜天の意味の分からない言葉に怪訝な顔を見せるプレシアとリニスとアルフ。そんなプレシアたちにシグナムが端的に説明に入った。

 

「主の御父上殿はご立派な方だった。誠実で実直、透き通るような心を持つ男性だった」

「へぇ、隼とは正反対の人みたね」

 

確かに"今度"の親父はかなり真面目な奴だったな。それでいて嫌味もなく俺のような奴に接してくれる人間性は素晴らしいものだ。ああいう奴は嫌いじゃねえ。

 

「それじゃあ、隼がこんな殺意むき出しにしてる原因は母親のほう?」

「まあ、何というか………凄い御方だった」

「凄い?」

 

そこからは俺が引き継ごう。ありったけの憎しみを込めて。

 

「約一年ぶりに帰って来た息子の息子を蹴り上げて一言、『なんだよテメェ、まだ健康そうだな。早く死ねよ、いい額の保険掛けてんだから』。二言目は『おいマジかよ、お前が女連れだと?天変地異の前触れか?ふ~ん………で、誰の穴で童貞捨てたんだ?』。で、三言目、『おっ、そっちの浅黒い兄ちゃんいい男じゃねーか。おい、酌しな』」

「…………………………」

「さらに『ああ?ンだ、その汚ェ目つきは。ヘタレ童貞が誰に向かってガン飛ばしてんだ?』とフルスイングで俺の顔をぶん殴り、俺が殴り返すと『親に向かって上等コくたぁ親不孝モンここに極まれだなコラ。再教育してやんよ』と2度目の息子の息子蹴り」

 

あまりの内容に呆気に取られるプレシア達、苦笑いを浮かべるシグナムと夜天。それを見て「けっ」と吐き捨てる俺。

 

「暴力上等で、自己中で、傍若無人で、デリカシーがなく、金と男と喧嘩が何より大好きって…………母親って言葉を辞書で調べて生まれ直せってんだよ!」

「た、確かに凄い御母上ですね」

 

凄いって言葉だけじゃ足りないぜ、リニスちゃん。

 

「あれ?でもさ、誰かに似てないかい?何かそんな奴、私知ってる気がするんだけど」

 

何素っ頓狂な事言ってんだよ、アルフ。あんなクサレビッチがそうそう居るはずねーだろ。もし、そんな奴が他にもいるなら俺直々にぶっ殺してやる。

 

そんな事を思っていると、補足するように夜天がビッチの事を続けた。

 

「ちなみに御母上はこのような事も言ってました。………『私の気に入らねー奴は誰だろうとぶっ殺す』『終わり良ければ全て良し』『棒がついてりゃ皆男。ただしイケメンに限る』『今を楽しめ』などなど」

 

その夜天の言葉に皆が皆『得心がいった』という顔で俺を見た。………いや、なんだよ。見てんじゃねーよ。

てかさ、夜天もさ、「棒」とか言うのやめようぜ。きっとあんま分かってないんだろうけど。

 

「な?腹立つ物言いだろ?そのお陰で俺はガキん頃からいい迷惑だったぜ。親父が何度も変わるしよ」

「え、それってどういう………」

「あのビッチ、男大好きだからさ、自ずとっかえひっかえよ。今の親父は9人目だ」

「ぶっ!?そ、それは凄いわね。ていうか、隼はいいの?それで」

「べっつに、知ったこっちゃねーよ。まあ、俺も最後良ければ全て良しってタチだからな。『最初の相手も特別だけどよぉ、最後に傍に居てくれる相手はもっと特別で大事だろ』っていうビッチババアの持論も分からねー事はねえ」

「…………最後に傍に居てくれる、相手」

 

プレシアは同じサド母親として俺の母親の言葉に何か感じ入る所でもあったのか、噛み締めるように呟いた。

まあ、お前もさっさと次の相手でも見つけてくれや。見た目若くなったんだから、相手くらいすぐ見つかるだろうしよ。俺のビッチババアが9回も結婚出来たんだ、お前にも一人くらいは出てくるさ。多分な。

 

「…………隼、何か失礼な事考えてるでしょ」

「今までお前に礼を尽くした事なんてねーよ」

 

それにしてもあのビッチめ!母親とは言え俺に毎度毎度上等な態度取りやがって。てか、息子に対する言動じゃねーだろ。お前は漫画やアニメから出てきた荒唐無稽な設定を持つ母親か?

 

「それにしても主が一方的に足腰立たなくなるまで殴られるなんて初めて見ましたね」

「ああ。主をああも容易く御せるとは。最初はたとえご母堂とはいえ、とも思ったが主も楽しそうだったからな」

 

夜天、「一方的に」とか言うの止めてくんない?情けなくて腹立たしいから。それにシグナム、そりゃ見間違いだ。確かに喧嘩は楽しいから好きだけど、あのババアとの喧嘩だけは殺意しか生まん。

 

(ちっ、やってらんねー)

 

もう何か全部どうでもいいや。飯も食ったし、部屋に引っ込んでネットでもやろうっと。

こうやって今日も昨日と同じ、平和な平和な一日が始まるのであったマル。

 

…………あ、いや、ちょっと違うか。

 

 

 

 

 

今日から新しい月、一年最後の月、師走───────12月1日だ。

 

 




As編開始です。
さてリメイク前に対して登場キャラも多くなる予定ですが、どうなることやら。

この機会にAsの映画を見直してみた。………やっぱりヴォルケンズ格好いいですね。特にザフィーラの渋さに惚れ直しました。
そして当作品の騎士たちはやっぱり半オリキャラだと再確認。


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01

またか。

 

ああ、またかと俺はため息をつく。

 

また夢だ。

 

目の前には鎖やら鍵やらで厳重にロックされた扉。

 

俺の夢の中の、訳分かんねー扉。

 

てか、この扉を見るのは何回目だ?最近じゃ週1~2くらいの割合で同じ夢見てるし。

 

勘弁しろよ、普通に寝かせろよ、と思いつつ顔には獰猛な笑みが浮かぶ。そしていつもと同じように扉をぶち破る。

そこにいたのは相も変わらず金髪幼女が一人。

 

 

 

─────ファイヤーウォールを3重にしたのに、なんで入ってこれるんですか!?

 

 

 

知るか。

んな事より続きだ!初日からボコボコにしてくれやがって!今晩こそその羽毟り取ってぶっ飛ばしてやんぜ!

 

 

 

─────……そんな事しなくても、エグザミアの制御不能で私はもうすぐ自壊ます。ううん、早く壊れちゃいたいんです。破壊する事しか出来ない私なんて……、だからあなたも意味なく傷つかないでくだ───

 

 

 

 

うるせえ死ねえええ!!

 

 

 

 

─────聞いてました!?

 

 

 

 

俺の夢の登場キャラのクセしてナマ言ってんじゃねーぞ!俺の夢なら夢らしく、俺にボコボコにされて敗北の味を噛み締めながら消えろや!自壊?させるかボケー!俺に壊させろ!

 

 

 

 

─────滅茶苦茶です!?

 

 

 

 

今晩でこんなおかしな夢、見納めにしてやる───────げっふぁ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

01

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、鈴木隼。

身長約175cm、体重約65kg、体脂肪率20%手前。半年前は体重約60kg、体脂肪10%前後だったが日々の豊かな暮らしが俺を若干丸くした。けれど、それでもまだ平均だと思うし、見た目も半年前とそう変わっていない。少なくともデブではないはずだ。

頭髪は黒からくすんだ金色に変更。ただこれは少しだけやりすぎだと思っている。そもそも俺は茶髪にしようと思っていたのに、ジェイルんとこのキカイダー姉妹の内のある一人のドS女が「私に任せなさい!」とぬかして意気揚々と自分と同じ髪色にしやがったのだ。そして時間が経って今じゃ見事なプリン。まあ、元々学生時代は金髪だったので別段嫌という訳じゃない。ただ年を考えたらいろいろ痛い。

高校はバカ高で、大学もFランというどうしようもない学歴だが、それに見合わず金はある。都心のマンションでプログラム6人(6つ?6個?)と家族ごっこが出来、かつ向こう10年くらいは遊んで暮らせるほどの大金が。

最後にもっとも人間のパーツの中で大事な『顔』だが、これは正直あまり自信が無い。俺の母親と父親(最初の男)は美男美女とまでは言わないが「ああ、こいつはそこそこモテるな」という顔をしている。が、俺はどうやら両親からその顔面を受け継ぐ事は叶わなかった様で、異性を有無なく惹き付ける程の力はこの顔にはない。髪型や服装を駆使して辛うじて「まあ、いいんじゃない?」と言われるくらいだ。

 

と。

 

以上の事を踏まえてちょっと考えてみてはくれんか、この俺という男を。…………考えてくれた?じゃあ問う。

 

鈴木隼が『孤独な男』だというのはおかしくねーか?

 

………いきなり何だ、だって?まあ聞け。だってなぁ、性格は兎も角見た目はそう悪くないと自負してるし(イケメンじゃねーけどよ)、学歴はなくても高収入だ(収入源を公には言えないけど)。

なのに俺は孤独だ。生きてきたこの二十数年間、ずっと孤独だったんだよ。一度もこの孤独から抜け出す事がなかった。まわりは皆孤独から解放され、一度は充実した共存を経験しているのに、俺はただの一度もその機会は巡ってこない。隣には誰もいないんだよ。

マジで泣きたくなるぜ。一人ってのは気楽だが寂しいもんだ。特に今の時期だと、この歳で『孤独な男』は俺だけじゃねーのかって錯覚までしちまう。

 

『孤独な男』……いや、そんなカッコイイ言い方は止めよう。今更取り繕ったってどうにもなんねーからな。

 

『孤独な男』転じて『独り身』………………要するに、だ。

 

 

 

 

 

「何で俺には彼女が出来ねーんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

聖なる夜まで一月を切ったのに、未だ彼女の居ない男の姿がここにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の喧しい食事が終わり、その後プレシアたちに俺の母親の事に付いて語った時から3時間後の現在。つまり2度寝を決め込もうと寝室に戻ったのが2時間前で、その通りに俺は惰眠を貪っていたんだがついさっき携帯の振動音で目が覚めたのだ。アラームを設定した覚えは無かったので、つまりそれはメールかTELで、「ちっ、どこのボケだ」と思いながら携帯の画面を見るとそこに映っていた名前は──────────

 

《ハヤさん、聞いてる?》

「あー、はいはい、聞いてるっつうの、なのは」

《うん。それでね、フェイトちゃんに私たちの写メを送ったんだけど────》

 

あーーーー、クソうっせえーーーー。今何時だ?12時くらいか?お前学校は?休み?てか、今日何曜日だっけ?最近曜日の感覚が全然ねーんだよなぁ。それにしても………………

 

《フェイトちゃんも魔法世界の景色とか送ってくれてね。それから────》

「なのは、なのは」

《あ、何ハヤさん?》

「うっせえ馬鹿」

《にゃ!?》

 

なのはから電話があって早10分経ったが、延々と続くなのはによるなのはの為のフェイト談はまったく終わる気配を見せない。それどころか日増しに酷くなってきている。

 

「毎日毎日、同じような事ばっかで聞き飽きたっつうの」

 

なのはにフェイトのメールアドレスを教えた日から、こいつは俺にもメールを送ってくるようになっていた。そして、それは毎度フェイトに関する事であり、さらにメールはTELに変わり、2~3日に一度の頻度だったものが毎日に。

…………なんなの?ねえ、なんなの?え、もしかしてイジメ?俺、なのはにイジメられてる?

 

ちっ、なのはのケー番を着拒すりゃあいい話だが、そんな事すればあいつはご自慢の真っ直ぐさを持って俺の家を突き止め、押しかけて来そうだからな。俺とシグナムたちとの関係がバレちゃ適わん。

 

《ならフェイトちゃんと会わせてよー!》

 

もはや毎日一回はこのセリフをなのはから聞いている今日この頃。その返答として俺は毎日一回は以下のようなセリフを言う。

 

「だから駄目だっつってんだろ。ジュエルシード事件の時、フェイトが何やったか覚えてんだろ?居場所が管理局にバレたら即しょっぴかれるぞ?重い罪にはなんねーだろうが無罪放免ってのもありえねーだろうからな」

《だ、大丈夫だよ!フェイトちゃんは悪い子じゃないし………それに私、フェイトちゃんの居場所は誰にも言わない。今だってフェイトちゃんとメールしてる事、ユーノ君にも言ってないもん》

 

友達の為、一つの世界を代表する組織に隠し事し続けているか。まあ、俺が半ば脅す形で黙っとけっつったんだけどな。けど、それでも中々どうして、なのはも俺に負けず劣らずの独善者だな。……………………いや、それは違うか。なのはは。

 

「なのはは相変わらず優しい奴だな。……………けど世の中はな、お前やフェイトみたいに優しい奴ばっかじゃねーんだよ。フェイトに万一の事が起こるのはなのはも嫌だろ?逆にこの件が局にバレて、なのはに何かあんのも嫌だかんな」

《むぅー、やっぱりハヤさんは自分勝手!》

「でも、そんなハヤさんがなのはは大好きなのであったマル」

《うぅ~~~!》

 

電話の向こうで膨れっ面をしているなのはが容易に思い浮かぶ。

 

まあ、そう唸るなよ。俺だって心苦しいとは欠片くらいは思ってんだぜ?ダチ同士、顔合わせて遊ばせてやりたくはあるさ。でも、そのせいでなのはとフェイトが局になんかされたら嫌だし。何より、俺にまで飛び火されちゃ適わん(これ重要)。

 

それからさらに数分なのはの我がままを聞き流し、

 

《私、諦めないからね!それじゃあまた明日!》

 

という言葉を最後に今日のなのはからのラブTELは終わりを告げた。てか、明日もTELする気満々かよ。

 

(ハァ…………どうしたもんかね~)

 

正直、なのはとフェイトを直に会わせてやりたいとは思う。

 

(ダチだもんなぁ)

 

フェイトのダチ公がなのはとヴィータと理だけのこの現状は、ぶっちゃけ俺は気に入らない。あのくらいの歳のガキはいっぱいダチを作って遊ぶべきだ。学校に通えば自然に出来るだろうけど、フェイトは生憎と学校へ入学していない。もちろん俺とプレシアはフェイトのみならずガキ全員の学校への入学も考えたが、現実問題(戸籍とか)を考えればそんな簡単にはいかない。管理局とか、そういう大きな組織だったらいくらでも誤魔化せるだろうけど、俺らはただの個人だ。無理だっつうの。

 

(あー、面倒臭ぇな。いっその事後先考えず、管理局とかガン無視して好きなようにするか?)

 

とは思うものの、結局は現状維持。だってなぁ、俺にメリットねーし。確かにガキにはガキらしくさせてやりてーけど、そのせいで俺に厄介事が舞い降りるのは勘弁。

ガキの充実した生活より、俺の為の平和な現実の方が優先だ。ガキより俺。

 

(やめやめ、何で俺がここまで頭悩ませにゃらんのよ。寝直そ)

 

さて、惰眠の続きでも貪ろ────────

 

「ハヤちゃ~ん、ご飯ですよ~」

 

平和だね~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼飯を今度はテスタロッサ家で食い、その後ガキたちは午前とは逆に俺んちでゲームをしだした。

フェイトもライトもアリシアもヴィータも理もアレで中々仲が良い。まあ、だから、そんなガキ共を見てると学校なんて別に通わなくてもいいんじゃないかと思ってくる。ダチの数は少ないけど、少なくとも生涯の親友はすでに見つけてるのだから。勉強?いらんよ、そんなモン。勉強は学校のテストにだけ必要で、社会では二の次だ。まあ社会人にすらなっていない俺が言っても説得力ないだろうけど。

さて、そんなガキ共を尻目に大人組みはというと。

プレシアはマンションの一室を改造した研究室へと篭り、シグナムと夜天とアルフは三人で囲碁、ザフィーラは読書。

 

そして、俺はというと。

 

「やっぱり地球の冬は寒いですね」

「まーなぁ。リニス的には炬燵で丸くなってたいだろ?ね~こは炬燵でーってな」

「ふふ、そうですね」

 

マイゴッデス・リニスちゃんとデート中!………だったら良かったんだけどな~。

生憎と俺の隣を歩くのはリニスのみにあらず。

 

「おっかいもの♪おっかいもの♪隼と一緒におっかいもの~♪」

「ああ、もう、はしゃぐなよアリシア」

 

俺と手を繋ぎ、それをぶんぶんと揺らしながらご機嫌に歌を歌っているのはテスタロッサ家長女アリシア。

てか、こいつ皆とゲームしてたはずなのにいつ引っ付いて来たんだよ?そんままゲームしてろよ。こっちに乱入すんなよ。デート(仮)の邪魔すんなよ。

 

「よかったですね、アリシア。隼と一緒にお出かけ出来て」

「うん!えへへ~」

 

まあ、可愛いから許してやろう。それに、これってば見方によっては夫婦とその娘に見えなくも……見えんな。血の繋がりを一切感じさせないな。

 

「それにしても隼にアリシア、別によかったんですよ?わざわざ荷物持ちなんてしてくれなくて、家で皆とゲームしてくれてても」

「いやいや、そうはいかねーよ。うちの怪力騎士共やプレシアなら兎も角、リニスの細腕に重たい物を持たせるなんて俺にゃあ出来ねーな」

「いかねーよ!できねーな!」

「ふふ、ありがとうございます」

 

ありがとうは俺の方だっつうの。何ですか、リニスちゃんのこの笑顔は?可愛いってもんじゃないですよ。理のあの毒々しい笑顔とは比べモンにならんな。

そしてアリシア、俺の言葉尻や仕草を真似すんな。いや、真似してもいいけどプレシアには披露すんなよ?教育に悪いとか言われて、後で怒られるの俺なんだからな。

 

「それに正直助かりましたしね。人数が人数なので量もそれなりで。ここ最近、なんだか筋肉がちょっとついてきちゃいました」

 

可愛らしく「むっ」と力瘤をつくるように腕を掲げるリニス。服の上からとはいえ、その腕に筋肉がついてるとは思えないほどの華奢な細腕だ。俺やザフィーラと比べたらまるで丸太と爪楊枝。なんというか、ザ・女の子の腕!って感じ?

 

「私も!私もねー、この前逆上がり出来るようになったんだ~!」

 

リニスに対抗したいのか、単に自慢したいのか、アリシアも言いながら何故か力瘤をつくる。その顔はドヤ顔っつうか、フンス!とでも表そうか。

 

「今度から空いてる奴全員で買い物はするべきだな」

「そうですね。夜天やザフィーラが一緒だといつも助かってますからね」

「夜天はともかく、ザフィーラはこき使ってOK。あとロリーズは強制連行だ」

「あらあら」

「でアリシア、もう逆上がり出来るようになったのかよ。やるじゃねーか」

「えっへん!」

「だが、逆上がりなんて序の口。蹴上がりからの空中前回りが出来てこそ一人前だぜ?」

「むむっ、よく分からないけどそっちだってすぐ出来るようになるもん!」

 

和気藹々。冬なのに心があったかい。

これですよ、これ!こういう平和な日常がいいんですよ。リリックな日常なんていらんのですよ。

 

(それに何だか周囲の視線が心地いい)

 

リニス、アリシアと並んで歩く俺はすれ違う人から視線を感じていた。

夫婦なんてふうには思われないかもだが、きっとカップル程度には思ってくれているだろう。少なくとも超仲良さ気には見えるはず。

ああ、真実はどうあれいい優越感。どうだ、羨ましいだろう?好きなだけ羨ましがるがいいわ!

 

(………もっとも。俺も同じ視線を周囲の奴らに返してんだけどな)

 

世は年の瀬。クリスマスがある月。つまり右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見てもカップルばっか。

死ねばいいのに。爆ぜろリア充。

 

(なんだこれは?世界から俺への充てつけか?所詮お前はそうやって偽りの形をあたかも真実と思い込み自己満足させる事しか出来ないオナニー野郎だと?)

 

……………俺だって、俺だってな!ちゃんとした彼女は欲しいんだよ!クリスマスまで後24日だぞ!?また今年も一人なのか!?「クリスマスは家族と一緒に過ごすんだ」的な言い訳を今年もせにゃならんのか!?

何が……一体なにがいけないって言うんだ。確かに俺ァイケてるメンズじゃねーさ。だけどブサイクなメンズにカテゴライズされる程とも思えん。

あ、ホラ、今すれ違ったカップルの男のほう!あんな男と比べたら絶対俺のほうがカッコイイだろ!なのに何であんな奴には彼女が居て俺には居ねーんだよ!

 

(夜天、シグナム、シャマル、アルフ、リニス………美人はすぐ傍に居んのにな~)

 

だがこの半年、何も進展はなかった。むしろ家族という立場がより確立してしまったように思う。唯一の希望はジェイルんとこの機械ちゃん達だが………あいつらってヤれんのか?

 

(や、やべぇよ、俺マジでこのまま一生童貞じゃねーのか!?おいおい、洒落になんねーよ!!………こうなったら、いっそ風俗に)

「隼、どうしたんですか?」

「隼、どうしたの~?」

 

いよいよ持って俺の荒んだ精神が切羽詰って来た時、隣から癒しの波動を撒き散らすビューティボイスと無垢で無邪気なエンジェルボイスが聞こえた。

 

「あ、いや、ちょっとな」

「何か悩み事ですか?私で良ければ聞きますよ」

「私も!」

「いやさ、もう誰でもいいから一発─────」

 

って、待てい!俺は一体何を打ち明けようとしてんだよ!?あっぶね、リニスちゃんのあまりの聞き上手っぷりに正直にぶっちゃけちまう所だった。

そんな事になってみろ。リニスちゃんからは軽蔑の視線を向けられ、アリシアはこの事をプレシアに報告→俺死亡、という未来になること必須。

 

「一発?」

「い、いや、何でもねーよ?た、ただ、なんか今日もまたカップル多いな~、みたいな?」

 

咄嗟にテキトーな話題に方向転換をする。不自然なそれに当然リニスは訝しい表情となったが、別のやつが食いついてくれた。

 

「カップル?カップルってなに~?」

 

ナイスだアリシア。

 

「カップルっつうのはな、とってもとっても仲の良い男と女の事だ」

「仲の良い……隼とママみたいな?」

「あははは、それは違うぞー」

 

あいつと俺は仲良くないからねー。悪いわけじゃないけど、良いわけでも絶対ないからねー。

 

「アリシア、隼がいう仲の良い二人っていうのはね、いつも一緒にずっといたい、すっごく大好き、て気持ちをお互いが持ってる人の事なんですよ」

「そうそう、それで最終的には結婚するってわけ。ああ、結婚も分かんねーか」

「ケッコン!それは知ってる!ケッコンカッコカリ!」

 

ん~、誰かな~、アリシアにクソな単語教えたのは~。今、ちょっとプレシアの気持ち分かっちゃったぞ~。

 

「ケッコンか~……」

 

可愛らしく腕を組み、う~んと考えるように唸るアリシア。ほどなく、名案が浮かんだとばかりに宣誓するようにバッと手を上げて言った。

 

「じゃあ私、しょーらい、隼とケッコンする!」

「あらあら」

 

あらあら、じゃないからね、リニスちゃん。そんな微笑ましそうにこっちを見ないでくんない?そして通行人諸君、君たちも微笑ましそうに見ないでくんない?

 

「おい、なんでそうなる?」

「えっとね、だって私、隼の事大好きだから!それにずっと一緒にいたいし!そういう人たちってケッコンするんだよね?」

「いや、そりゃそうだが…」

 

そうなんだけど違う。だが、それを説明するにはまず異性へ向ける『好き』の種類を教えなきゃいけないわけで、そうなると大人な男女の関係も多少なりとも説明しなきゃいけないわけで。

 

(ガキ相手にどう説明しろと?)

 

そう考えてる間にもアリシアの勢いは止まらない。

 

「あ、ならフェイトも隼とケッコンしないとだね!ということは、えっと確か………あっ、そうだ、ジュウコンカッコカリ!」

 

ならフェイトも、ってなにあいつまで勝手に巻き込んでんの?てか、さっき好きな人同士って説明したよね?俺の気持ち、無視ですか?いや、確かにアリシアもフェイトも好きだよ?でも違うんだよ。違わないけど違うんだよ。

 

あとザフィーラ。お前、帰ったらぶっ殺す!

 

(……まー、よく考えたら、てか馬鹿真面目によく考えようとしなくても、こんなのガキの戯言じゃねーか)

 

ほら、よく父親が幼い娘に言われるアレ?俺は父親じゃないれども。

さておき、だから。

だったら俺の返答も月並みなモンにしときゃいいんだよと気づく。

 

「そうだな、アリシアとフェイトがリニスくらいおっきくなって、その時もまだ俺の事好きだったら結婚しような~?」

「おっきくなってもずっと好きだもん!絶対隼とケッコンするもんねー!」

 

俺の言い方が気に入らなかったのか、ぷく~と頬を膨らませて抗議するように言うアリシア。それに俺は苦笑しながら頭を撫でてやる。

 

(まっ、これもガキらしいと言えばガキらしい事か)

 

そして、きっと将来は「隼、臭い!」とか「隼と洗濯物、一緒にしないで!」とか「隼のあとのお風呂入りたくない!」とか言い始めるんだろうなぁ。「彼氏来るから部屋から出ないで!」とか「今晩帰らないから」とか言っちゃうようになるんだろうなぁ。いや、そこは無断外泊か。

あまり具体的には想像出来ないし、アリシアやフェイトに限ってそんな事になる気はしないけど……あ、コレもあれだな、よく言う『うちの子に限って』とかいう奴だな。

 

ああ、なんだろう、父親じゃないけれども、ちょっとだけ父親の気持ちが分かった。

 

(世の中の娘を持つお父さんってのは大変だね~)

 

現状、子作りはおろかそのパートナーもいない俺にはまるで実感が湧かない気苦労だ。

俺はポケットからタバコを取り出し、一吸い。

 

さて、いい加減こんな茶番はお終いにして店に向かおうとアリシアの手を引っ張った時────。

 

「おい、援交中か誘拐中のそこのキミ。ここは路上喫煙禁止だぞ」

 

不遜で凛々しくも、どこか嘲笑するような声が背後から聞こえた。

援交?誘拐?はて、誰の事だ?……まさか俺?おいおい、まさか俺に喧嘩売ってくる奴がまだ家族と隣人以外にいるとはなぁ。

 

そう思いながら、俺は目力を遺憾なく発揮させて後ろを振り返る。

 

「誰だ、この紳士に不釣合いな単語を投げつける身の程知らずは────んげっ!?」

 

そいつを視認した瞬間、カエルが潰れた時に発する断末魔のような声が自分の口から発せられたのは自然の摂理だろう。

 

「失敬だな。人の顔を見てそんな声を……………ん?なんだ、誰かと思えば鈴木か」

「な、なんでテメェがこんなとこに……」

 

さ、最悪だ!ホントになんて"コイツ"がここにいんだよ!?

 

そこに居たのは昔何度か世話になった女性。どう世話になったかっつうと、まあ色々な。俺の日頃の言動とこの女の職業聞けば何となく想像はつくだろけど。この俺が、会えないでいいなら一生会いたくないと思わせる数少ない女の一人。

 

「なに、こっちでちょっと仕事があってね。ボクが借り出されたんだ」

「刑事さんはご苦労なこって」

 

そっ、こいつ刑事さん。俺の嫌いな制服組じゃないほうのポリ公。

夜天のような綺麗な銀髪と可愛い顔は最高に良いのに、性格がヒャッハーな世紀末悪魔女。あと体型も残念極まる。

 

「ところでそっちはまさか鈴木の彼女………あり得ないか。まるで釣り合ってないし」

「上等だクソデカ。名誉毀損で訴えるぞ」

「吠えるなよ、童貞(ガキ)」

「今何つったあ!?何て書いてガキっつったあああ!」

 

なんで俺の周りにいる気の強い女はそこ(童貞)を責めんだよ!悪いかよ!つーかテメエも処女(ガキ)だろうが!

 

「ちっ、行こうぜリニス、アリシア。こいつに関わると碌な事がねぇかんよ」

「おいおい、待ちたまえ。過去、あれだけボクに迷惑をかけたキミがそれを言う?忘れたというなら思い出させてあげよう。…………あれは鈴木が大学を卒業してすぐの頃─────」

「へい、リっつぁん!今の時間から開いてる店知ってっからさ、久々に飲みに行こうじゃねーか。もち俺の奢りだから。なんならフィっつぁんも呼んじゃえYO!」

 

仮にもし今俺が一人の状態だったなら、このクソアマが天下の往来でナニを言おうが構やしねーよ?が、生憎と俺の隣りには今女神リニスと天使アリシアがいる。そんな二人の前で俺の黒歴史を語られちゃあ、好感度がマイナスをぶっちぎっちまう。

アリシアはともかく、リニスにそれはダメだ。それだけは阻止しなければ!夜天に次いでシグナムと同率2位で彼女にしたい子なんだ!例えここでリニスちゃんとのデート(買い物+アリシア付き)を打ち切ってでも、俺のブラックな歴史を知られて幻滅されるのだけは阻止しなければ!

 

「なんだ、悪いな。別にそういう心算はなかったんだぞ?まあ、でもキミがそこまで言ってくれるならボクも吝かじゃない。フィリスのやつは確か今日は明けで休みだったな、よし呼び出そう。それとお店の方はボクのオススメの店を、既にキミに声掛ける直前に予約したから問題ない」

 

…………ンだあああああああ!ぬぅわあにが『そういう心算はなかったんだぞ?』『吝かじゃない』『問題ない』だ!元からタカる気MAXだっただろ!コイツ、やっぱ最初から俺だと分かって声かけやがったな!段取り良すぎなんだよ!

てか、なに!?そもそも何でテメェ出て来てんの!?ここ違うから!クロスオーバー先間違ってるから!テメェは入ってないんだよ!せめて『番外編』と銘打った時だけ出て来いよ!なんで本編にシャシャリ出て来るわけ!?あんま俺にメタ発言させんなよ!

 

あーーーーーーー、もう色々意味分かンねエエエエエエエ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺はあのクソデカにひっ捕らえられ、やつの妹のフィっつぁんと合流し、やつが薦める店へと行くことになっちまった。もちろんリニスちゃんを俺と悪魔デカの飲みに巻き込むわけにはいかないので、彼女とはそこでお別れ。俺が荷物持ち出来なくなった代わりにロリーズを呼んでおいた。

 

クソ、予定なら買い物のあとアリシアを先に家まで帰らせ、そっからデートする予定だったのに!『買い物のようなデート』から『本物のデート』にしゃれ込むはずだったのに!そして今日は帰らない予定だったのに!

で、あるからして。

そんな悔しさを胸に俺は自棄飲み紛いに飲みまくった。飲まなきゃやってらんねーよ状態だ。

アルコールによるホロ酔いいい気分と、さらに絡み酒スキルでフィっつぁんを苛め倒す事でどうにか俺の荒んだ心は晴れ模様となった。

 

そんな飲み会が1時間2時間と過ぎ去り、2店目3店目と場所が移り変わり…………………気づけば何と夜の11時を周り、場所は巡りに巡っていつの間にか海鳴にまで来ていた。

 

「うぇ………気持ち悪ィ」

 

俺をここまで引っ張りまわした姉妹とは先ほど別れた。デカの方は明日も仕事だからもう帰るといい、妹の方は「眠たい」と目をシパシパさせながら帰っていった。

 

(俺の都合は無視しやがるクセに、テメェの都合はきっちり守りやがって!これだから自己中なポっと出ゲストキャラは嫌いなんだよ……………………う゛ッ)

 

ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ~~~~~。

 

「し、死ぬ………」

 

ここから家までどんくらいあんだ?てか、ここどこよ?あ~、ダリぃ。

ぐるぐると回る視界が気持ち悪く、歩くどころか立つのも億劫になった俺は道に脇に座り込んだ。通行人が鬱陶しそうな視線を送ってくるが、ンなもん知ったこっちゃねーし。

 

(もう無理。もう動けん。…………ザフィーラあたりに迎えに来させよう)

 

今の時間ならまだ起きてるだろう。きっとパタリロを読んでるはずだ。

そう当たりを付け俺はポケットから携帯を出し、アドレスから自宅の番号を呼び出す。その動作すら面倒臭かったが、こればかりは已む無し。念話という手もあったが、今のこの状態じゃあマトモに繋がるとは思えん。

 

携帯の呼び出し音を聞く事5秒、電話口に出たのは夜天だった。

 

「こんばんみ~」

《主!?今何処にいらっしゃるのですか!せめて連絡くらいして下さい》

 

あー、そういや忘れてたな。飲んでる時もブーブー鳴ってたけど無視してたし。

 

「ごめ~んちゃい。以後気をつけます、パタリロ陛下!」

《…………はぁ。主、また飲んでおられますね?》

 

あれ?よく分かったね、夜天。これぞ愛の力?

 

《今どこに居られるのですか?すぐに迎えに行きます》

 

「セック────じゃない、サンクス。ええと、今はね~」

 

辺りを見渡して何か住所的なものを探す。が、何も見当たらない。看板もないし、標識もない、目印になる物もない。何もない。人っ子一人いな~~い。

 

………………………………………はえ?

 

(人が消えてる?)

 

さっきまで地べたに座った俺を塵屑が如く見下していやがった通行人が綺麗さっぱり消えてる。それはおろか、目に映る範囲でのお店の中にも人がいない。心なしか周囲の景色もどことなく変だ。

 

「夜天夜天、どうやら俺は影時間に囚われちまったらしい。あ、でもまだ11時過ぎだし………………夜天?」

 

ふと気づけば、夜天からの反応がぷっつん途切れていた。てか、電話自体がお陀仏してしまったみたいに機能してない。どこのボタンを押しても無反応。

 

え、これマジで影時間?俺、ペルソナはティターニアがいいな~。

 

「……………て、何時までも酔いに任せて馬鹿言ってる場合じゃねーな」

 

一体全体なんだっつうの。なんだよ、この摩訶不思議な現象は?半年前ならいざ知らず、今は平和な世の中ですよ?だったら、ちゃんとした一般常識的な現実を見せろよな。それともまた『アレ』ってか?ハハ、まさかな。それだきゃあ勘弁だ。

 

(………てかこの空間、俺知ってる気がするんだよなぁ)

 

なんだっけかな?確かに知ってる気がするんだよ。…………あー、駄目だな。酒入ってるせいか全然思い出せん。

 

でも、どっかで───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴木、隼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、本当に突然、俺のすぐ傍で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

声の感じから女、それも幼い感じの声。だが、どこか威厳も満ちている矛盾した声質。純粋な子供が背伸びして偉く見せようといる声にも聞こえるし、不遜な大人がふざけ半分で子供のような声を出しているようにも聞こえる声だった。

子供なのか大人なのか、俺は確かめるため振り返る…………なんて訳もなく、ただ呼ばれたから振り返るという気持ちで声のした方に目を向けた。

しかし、どちらにしても俺にはその声の主が、結局子供なのか大人なのかは分からなかった。

 

なぜなら、

 

「がッ!?!?」

 

俺が振り向くよりも早く、俺の側頭部にバットでぶん殴られたかのような衝撃が奔り、その衝撃のまま俺は地べたに転がされた。さらに起き上がる間もなく2度目3度目の衝撃が腕や腹に加えられ、さらにその衝撃は続き、6度目の衝撃が足に奔ってようやく終わりを迎えた。

 

(ご丁寧に頭と腹と四肢に一発ずつかよ……………)

 

こりゃやべぇな。

いきなり何でこんなになってんのかはさっぱりだが、この状態がやべぇって事は分かる。もともと酒のせいで満足に動けない体だった所にこれだけシコタマぶん殴られれば、いくら俺でも早々立てねーぞ。つうか、もうこのまま寝れるくらいだ。なんもかんも無視して寝ちまったら、絶対ェ気持ちいいだろうな~。

 

───でも、まあそうも言ってられんよな?

 

今、俺が何で攻撃されたかは分からねぇ。何か俺に恨みがあったんかも知んねぇし、そんなモンはなく、ただ理由もなく殴ってきただけなのかも知んねぇ。けど、ただ一つだけ。

 

「じ、上等じゃねーかぁ~……!!」

 

どこの誰だか知らねーが、こいつは間違いなくこの俺に喧嘩を売った。

 

それが何よりも最優先に考えなきゃならん事で、そして次に何よりも最優先でしなきゃならん事はこのクソッタレをぶっ殺す事。

今この空間はどうなってるかとか、このクソッタレは誰なのかとか、俺の体の状態だとか、そんな事ァどうでもいい。

 

やる事は唯一つ!

 

「ぶっ殺して、やるッ………!」

「………ほう」

 

この状態でまだ立とうとする俺に感嘆の声を上げる見知らぬクソッタレ。そんな態度が癪に障る。

見下してんじゃねーぞ!!!

 

「甲冑もなしに我の魔法弾を浴びて気を絶たんとは。流石、と賞賛しよう。だが、それは賢くないぞ……すまぬな」

 

瞬間、これまでの中でいっとう馬鹿デカイ衝撃が後頭部を襲い、立ち上がろうとしていた俺はまたも地べたに抱擁。さらに今の一撃は俺の中の起き上がる最後の力すら持っていったようだ。

 

(あ~、こりゃガチでやべぇな)

 

根性や気合は人一倍あるつもりだが、今の一撃はそれでどうにか出来る範囲を大きく超えちまった。指一本動かねーし、もう声も出せねぇ。

ぶっ殺してやると宣言した傍からこれは流石に情けねーな。てか、ここまでコケにされたのは半年前のプレシア以来じゃねーか?

 

(……………半年前?)

 

ああ、そうか。この空間って─────

 

「嗚呼、嗚呼、ようやく……ようやく鈴木隼を手に入れた!もう離さない!どこにも逃がさない!誰にもくれてやらん!ふはははははははははっ──────────愛しているぞ、我が主。全身全霊を持って愛している。だから主、主も我だけを愛せ」

 

頬に生暖かい吐息と"ぬちゃ"という粘液を帯びたものが這い回るような感触を感じながら、俺の意識はお休み一直線。

 

「このような手段しか取れず、すまなんだ。我が生涯でただ一度の主への攻撃、どうか許せ。あとでどのような誹りも責めも喜んで受け入れよう」

 

何が何だか分からない。分からないが………ただ、最後に一言いいか?

 

(これって影時間じゃなくて封鎖領域じゃん!!!)

 

さようなら、平和な日常。

 

そしてまた会ったね、こんにちは、リリックな日常。

 

 




感想、評価、誤字報告、ありがとうございます。

次回より本格的にAs編突入。そしてR15警報発令予定。


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02

※この話にはR15的な表現が含まれております。またとあるキャラの原作崩壊っぷりが甚だしいです。読まれる際にはご注意ください。


さて。

 

目の前に扉でーす。

 

……ハァ、またか。いや、もう諦めたけどね。いっつもいっつも夢の始まりはこの扉。見飽きたよ。まぁ、幸いにも夢の内容は毎回毎回違う。違うっつうか、ちゃんと時間が流れてる。物事が、関係性が、継続している。

 

夢が続いてる。

 

だから、この目の前の扉も初めて見た時とは若干違う。──鎖がない。鍵がない。

数回くらい前の夢からこの状態。

その理由を前回、扉の中のガキに聞いた所『───だって全ッ然意味ないですから。諦めました、いろいろと』ということらしい。

いくつまでロックを破れるか、なんて密かに挑戦してたんだがな。ちなみに記録は58重ロック。

 

改めて。

さてさて。

 

こんばんは~、と。

 

 

 

 

─────あ、隼!こんばんは、です!今日はどんな話してくれるんですか!?

 

 

 

 

わくわくとした顔で、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように近づいてくる。ウエーブした金髪がわさわさ。

 

ううむ、夢は己が願望と言うが、こいつが俺にとってそうなのか?確かにこういう愛くるしいガキは好きだが、それは夢に見るほどの願望なのか?俺ロリコン?ンなアホな。

 

お前、ホントに俺の夢?

 

 

 

 

───……はい、私は隼が見る束の間の夢です。それ以上でもそれ以下でもありません。

 

 

 

 

寂しそうに笑うガキに思う所がないわけではないが、まー実際問題夢しか考えられんのでとりま納得。

 

んじゃ、今日は何のお話をしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

02

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら、そこは見知らぬ場所だった。…………そんな経験をした奴はこの世にどれほどいるだろうか?

 

きっと、あまりいないと思う。大抵の場合は、寝て起きた時、そこには自分が寝た場所の風景が目に映るだろう。目が覚めたら、そこはゴミ処理場の中だった、なんて事はまず有り得ない。てか、そんなある種バイオレンス的な臭いのする場所で目覚めたくない。

ただ、それでも中にはいる事だろう。寝て起きたら知らない場所だったという経験をした事のある奴が。

『知らない天井だ』というのはエヴァ好きな奴らにとってはあまりに有名なセリフだが、それに似たような体験をした奴だって現実にいても可笑しくない。それこそ、寝て起きたら病院だった、なんて嫌な経験をした事がある奴だって絶対いる筈だ。

かく言う俺も過去に経験した事がある。

俺の場合は病院ではなく、あれは公園のベンチの上だった。居酒屋で飲んでたら、いつの間にか公園のベンチの上で目を覚ましたのだ。これは説明するまでもないとは思うが、つまりグデグデに酔っ払って記憶がカッ飛んだというオチ。

 

とまあ、このように『目覚めたら見知らぬ場所』という経験をする奴は少ないだろうし、逆に居ても決して可笑しくはないという事だ。可能性として充分有り得る事象だろう。

 

しかし。

だが、しかしだ。

 

そこで皆に聞きたい。特に『目が覚めたら見知らぬ場所だった』という体験をした奴に聞きたい。

 

記憶が無くなるほど飲んでもいなく、また身体のあちこちは痛いが病院に連れて来られたでもなく、さらに何故か起きたら上半身裸なうえ体中がベタベタし、ベッドの脇には女物のパンツが一つ落ちているこの状況を皆はどう見る?

 

(………どう見るも何も、見たままでさえ分かんねーっつうの)

 

さて、参った。本当に訳が分からない。

 

俺は昨日、リっつぁんとフィっつぁんと3人で飲んでた。顔だけ見れば最高の二人なので、酒の相手としては充分に及第点。調子に乗っていつもより多く、またハイペースで飲んでいたが、経験から言ってそれは決して記憶が吹っ飛ぶ程じゃあなかった。

その証拠に今こうして覚えているし、二人と別れた後の出来事も鮮明に覚えている。

そう、二人と別れた後俺は喧嘩を売られたんだ。

どこのどいつだかは知らんし、どうでもいいが、確かに喧嘩を売られた。が、酒の入ってる身体に不意を突かれたとあっては流石に俺も儘ならず、結果は一方的にボコられ俺の意識は終了。…………負けたつもりはねーのであしからず。

 

「で、目覚めてみれば見知らぬ場所だった状態と」

 

訳が分からない。

俺はノされて歩道の真ん中で気絶したはずだ。そっから何でこんなどこぞの一室のベッドの上で寝てる状態になってるわけ?今までの経験を顧みて、普通喧嘩で気ィ失ったらその場所で目覚めるか、警察で目覚めるか、病院で目覚めるかだ。なのにここはそのどれでもなく、ただの家の一室といった所。殺風景ながら机や箪笥やベッドがあることから、人が生活しているのだろうという事しか分からない。

 

「マジで何で俺ここにいる訳?」

 

しかも何故か俺の今の服装は上半身がマッパ。そしてその上半身にベタベタというかヌチャヌチャとした液体が付着している。それはもうヘソや耳の中、脇から髪の毛の先までの付着率で不愉快な事この上ない。

 

「そして何よりコレだ」

 

ベッドの脇に落ちていたブツを指先で拾い上げた。

パンツだった。

女モンのパンツだった。

しかも、まだほんのり温かい。

 

きっと、普段の俺だったら被るまではしないにしても嗅ぐくらいはしてるだろう。そこにパンツがあるのだから。

けど、今回はそれを自重した。何故ならば、

 

「これが大人のパンツだったらなぁ」

 

そう、目の前にあるパンツはどう見たって子供サイズなのだ。デザインや作りも大人のより稚拙なので間違いない。なにせ毎日のように騎士共やテスタロッサ3姉妹のパンツ(洗濯物)を見ている俺が言うんだからな。

 

(見知らぬ場所で目覚めたら体中粘液だらけの男、そして部屋には一枚のパンツか…………………なんかミステリーっぽくね?)

 

…………………アホな思考はこの辺にしておこう。

つうか冷静に考えれば、普通にこれって事件じゃん。だってさ、昨日俺に喧嘩売った奴は十中八九魔導師だろ?結界張ってたし。そして気絶させられたって事は生かされたって事で、だったらこの見知らぬ場所にいる理由なんて一つしか思い浮かばない。

 

「俺、拉致られた?」

 

マジで?い、いや、管理局に捕まったって線も…………ないか。管理局はこの世界の警察と同じような機関らしいので、まさかそんなちゃんとした組織が警告もなしにいきなりぶん殴ってくるはずがない。

だとしたらこれはやっぱり誘拐であり、そして特上の厄介事だ。

 

(にしても、誘拐にしちゃあ温いな。拘束されてるわけでもねーし、治療までされてる)

 

まあ、監禁のやり方なんて俺が知るわけないが。でも、テレビとかで得た知識を今の自分に照らし合わせるとどうしても疑問が浮かぶ。

 

特に縛られてる訳でもないし、窓からは普通に外の景色が見える。部屋の中も暖房が効いていて、上半身裸でも全然寒さは感じない。ケツポケットには財布も入ったまま。携帯は流石に無くなっていたが、それは同じく無くなった上着のポケットに入れていたので、果たして携帯を狙って取られたと思っていいのかどうか。

 

「マジで訳分かんねーよ」

 

そしてこの体中にへばり付いた液体と落ちたパンツ。一体なにがどうなってこうなった?

いや、もうこの際もろもろは無視して、今はまずこの部屋を出よう。部屋には扉があるが、馬鹿正直にそこから出る事もあるめぇ。

つうわけで、俺は拾ったパンツを投げ捨て、青空が覗く窓から外に脱出しようと窓枠に足を掛けた。───同時に背後から『ガチャ』と扉の開く音。

 

「ふん、やはりここにあったか。我とした事が迂闊であった」

 

入ってきたのは一人の少女。見た目、年の頃はフェイトくらいのパッと見可愛らしい少女だが、その口から出た言葉は歳不相応な不遜な口調。昨晩の喧嘩相手の声に似ているが、何分俺も酔っていたので正確なところは分からない。てか、こんなガキにやられたなんて考えたくない。

 

そんな少女はベッドの脇に落ちているパンツを拾い、両手で左右に広げた。そして片足を上げ、パンツに通すともう片足も同じように通し、一気にくぃと腰まで上げる。

つまり、この少女は俺の目の前でパンツを履いたってわけだ。

 

……………は?

 

「ああ、そうだ主。窓からは出ない方が身の為だぞ。我特製のトラップを仕掛けておいたからな」

 

そう言って踵を返し部屋から出ようとしていく少女………………。

 

「って、ちょっと待てええええええええええい!!!!」

「んっ!……ふぅ。いきなり大声を出してくれるな。びっくりして僅かばかり感じてしまったではないか」

 

何なのこのガキ!?ねえ何なのこのガキ!?初っ端から突っ込みどころ満載なセリフと行動ばっかしてんじゃねーよ!

 

「テメェは誰だ!ここは何処だ!なんで俺ァこんなトコにいんだ!何で俺がお前の主なんだ!そのパンツの意味は!俺をどうする気だ!」

 

混乱した頭が醒めるのを待たずに俺は矢継ぎ早に質問を投げかけた。

少女は立ち去ろうとしていた体を俺の方に向け、冷たい印象を抱かせる瞳で俺を真正面から見据える。そして冷静な口調で俺の質問に丁寧に一つずつ答えていった。

 

「我は八神風嵐(仮)。ここは小烏の巣だ。主が気絶してる間に我が連れてきた。主は主だからだ。このパンツは汚れるのを防ぐため脱いでおいた。どうもこうも、主は我の男にする」

 

だから突っ込みどころ満載なんだよ!簡潔に答え過ぎてて逆によく分かんねーよ!

 

俺は一度大きく深呼吸すると気を落ち着くかせる。

スー、ハー……………って、なぜか目の前のガキも俺に合わせて深呼吸し始めたんですけど?いや、深呼吸ってかありゃあ単純に空気を物凄い勢いで吸い込んでる感じだ。まるで俺の吐いた酸素を全て自分の肺に取り込むが如くのバキュームだ。

 

まあいい。取りあえず落ち着けたのでガキの奇行を無視して改めて問う。そんな事はせず、このガキを張っ倒してさっさとズラかろうという考えも頭に浮かんだが却下。今のところ興味心の方が強いのだ。

 

「もう一度聞く。お前は誰だ?」

「我は八神風嵐(仮)」

「それはさっき聞いた。もっと詳しくだ」

「良かろう。我は小烏、八神はやてのコピーにして夜天の写本の断章の最後の一人だ」

 

意外にもガキはアッサリと俺の質問に答え、自分の素性を明かした。てっきり隠してくるかと思っていた俺はちょっと拍子抜けした気分だ。

 

「つうか断章!?ちょっと待て、俺はお前の頁を本に追加した覚えはねーぞ」

「うむ、その認識で合っておるぞ。今の我の頁が入っているのはオリジナルの書だ。忌々しい我の創造主の手によって、奴の希望を押し付けられる形で我は小烏の元に身を寄せる羽目になった。…………我は主の傍に居たかったのに」

 

最後だけ少し寂しそうな顔を見せ、歯噛みをしたガキ。また俺も歯噛みというか苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

(またあの変態男の企みか!俺のファーストキスを奪っただけでなく、新しい厄介事の種まで置き土産にするたぁどこまでもムカツク奴だ!)

 

いづれ絶対ェ殺してやる!俺の唇は高ェんだぞ!!

 

「お前の事は分かった。ついでに小烏って奴の事も大体分かった。そいつはオリジナルの夜天の書の主だな?」

「ほう、流石は我の主。聡明だな」

 

そりゃここまで言われりゃ流れで分かんだろ。コイツのコピー元となった八神はやて、俺と同じく夜天の主…………まさか同じ地球にいるなんてなぁ。びっくりだ。しかもこのコピー体を見るにその八神はやてって奴はガキだろう。

この世界って管理外世界ってやつで、魔導師は殆どいないんじゃなかったっけ?なのはと言い、すずかやアリサと言い、まだ見ぬ八神はやてと言い、普通に魔導師いんじゃん。管理局は一度全世界を調べ直したほうがいいんじゃね?職務怠慢だろ。これだから公務員は。

 

まあ、どうでもいいけど。

 

「その八神はやてがオリジナルの夜天の主だろうと、お前がそのコピー体だろうとどうでもいい」

「自分から聞いておいて『どうでもいい』ときたか…………流石は我の主だ」

 

満足そうに一度頷いた後、その体をぶるっと震わせた。若干顔が赤いのは気のせいか?

 

「次が重要だ。何で俺をここに連れてきた?俺をどうする気だ?お前は何を考えている?」

 

自分の身が一番大事なのは今更語るまでも無い。厄介事の臭いはぷんぷんするが、今ならまだ大丈夫。臭いを嗅ぐだけなら兎も角、身を浸したら終わりなのだ。

だから、理由を聞いてそれが俺の身に不幸しか訪れそうにないなら、このガキを殴り倒してでも脱出する!

 

果たして…………。

 

「主をここに連れてきた理由は主と共に居たいから。主をどうするかは先にも言った通り、我の男にする。その為に我の考えてる事は掃滅………オリジナル騎士、コピー騎士、テスタロッサ、主に関わった女、目障りな女を尽く闇に屠る」

「さよなら」

 

元から期待はしてなかったさ。聞かなくても絶対厄介事に身を浸す事になるだろうってよ。

俺は再度窓へと歩み寄って今度こそ脱出を試みた。と、それを阻止すべく後ろからガキが声を上げながら俺の腕に掴み掛かって来た。

 

「待て!我の元から離れる事は許さん!!」

「黙れ、知った事か。離さねぇとぶん殴────────」

 

振り返ってガキの顔を見た瞬間、俺は最後まで言葉が紡げず、窓に足を掛けた状態で体は硬直した。

それはガキの顔が高圧的で命令口調な言葉とは裏腹に、今にも泣き出しそうだったからだ。

 

「………ハァ、泣くなよ」

「泣いてない!王は泣かん!」

「ほら、いい子いい子」

 

俺はガキの頭に手を置き、乱暴に撫でてやった。

どうも最近ガキの涙に弱くなってきてる俺。これも全てアリシアのせいだぞ。あいつの泣き顔は有無を言わさず何でも許したくなる効力を持ってるからな。そのお陰で今じゃ条件反射でこの有様だ。

まったく、俺も大人になったモンだ。

 

「………濡れた」

 

確かにお前の瞳は濡れてるよ。足をモジモジさせてる理由は不明だが。

俺は大きく溜息を着くと、粘液が乾いてカピカピとなった髪を掻き上げながらベッドに座った。

 

「なんで断章のガキはこんなに変わり者しか生まれないんだ」

 

理然り、ライト然り。個性的なんてモンじゃねーよ。

俺は項垂れながらもう一度大きく溜息を吐いた。と、そこで『ぐじゅ』と鼻を啜る音が聞こえた後、ガキが鼻声で話し出した。

 

「我を他の騎士と一緒にするな。我は主を愛しているのだから」

 

一緒じゃん。夜天とかからも時々『愛しています』とか言われるし。まあ、勿論、異性としての言葉じゃないのは明白だが。

そんな俺の心中を察したのか、ガキは一度フンと鼻を鳴らすと確固たる決意の眼差しでこう言ってきた。

 

「勘違いするな。我の言う愛は騎士が主に対して持つ『敬愛』ではない。家族が持つ『家族愛』でもない。我の主への愛は女が男に抱くそれだ」

「………は?」

「我は主に抱かれ、愛されたい。主の生涯のパートナーとなり、主が死ぬ時は我も一緒に死にたい。もしかしたらこれはそういう感情を持たせるよう設定されているプログラムなのかも知れん。が、そんな事知った事ではない。────────我は主が大好きなのだ」

「お、おう………」

 

ガキの言葉一つに狼狽するのは大人として情けないが、それでもこれはしょうがねーだろ?なにせ俺は異性から初めて真正面から『告白』されたんだ。

ガキとは言え向けてくる顔はどこをどうとっても『女の顔』をしており、俺は内心ドギマギ。

 

「で、でもな、お前は子供だしよ、色々と問題があるわけで………」

「それだったら心配いらん。我は守護騎士たちとは違い、人間のコピーだ。八神はやての身体情報を魔力から読み取ったコピー、つまり『成長するオリジナル』のコピーなのだ。ゆえに我も成長する」

「え、マジ?」

「主に嘘は吐かん。同類の騎士やオリジナルの小烏に嘘は吐けるし、神でも平気で欺いてやるが、主に対してだけは我は絶対に偽らん。主だけには全ての我を曝け出す」

 

ああ、だから最初から俺の質問にも超素直に答えてくれてた訳ね。裏がある、なんて事も考えられるが……いや、ない。それはないだろうよ。シグナムたちと初めて会ったとき感じたアレ、あの感じをこのガキからも感じる。

 

こいつは、きっと俺だけには誠実だ。

 

(つまり、マジでこいつ俺に惚れた?……童貞卒業確定しちゃいまいた!?)

 

ッて、待て待て待て!早まった考えは止すんだ俺!

いくら将来的にいい事が待っていようと、今はまだガキなんだ。さらにあのアルハザードの店主が一枚噛んだ厄介事が待ち受けてんだぞ。

それに自分で前から言ってただろう!『昔から知ってるガキと将来そういう仲になるのは萎える』ってよ。なら今から付き合えばって考えを持つ奴がいるだろうが、生憎と俺がロリコンじゃねーんだ。

 

(ああ、クソったれ!考えが纏まんねえええ!!)

 

頭が混乱して、俺は結局どうしたいのかが分からん。すぐさまこの場から去るのが適当な筈なのに、俺に来るメリットや周りに及ぶデメリットを考えちまう。

 

「クソ!おい、フラン」

 

俺はここで初めてガキの名を呼んだ。それに対し、ガキは少し不快な色を示す。

 

「風嵐ではない。風嵐(仮)だ」

「あん?なんだよ、その(仮)って」

「本来の我の名はロード・オブ・ディアーチェ。が、それでは名前らしくないからと小烏が風嵐と名付けたのだ。しかし我の名を決めていいのは主だけ」

 

だから(仮)?ある意味、律儀なこった。

俺は考えが纏まらないのをいい事に、この話題をもう少し続ける。

現実逃避とも言うが。

 

「いいじゃんか、『フラン』って響き。なんて書くんだ?」

「風に嵐と書いて風嵐。小烏曰く、自分の名前に関連性を持たせてるようだが、我には分からん。元よりどうでもいい」

 

関連性?…………確か八神はやてだったっけ?はやては漢字にすると『疾風』か?風繋がり?よー分からんな。

まあ、それはそれとして、でも確かにロードなんちゃらよりは女の子らしくていい響きだろう

 

「いい名前だと思うぜ?少なくとも俺は嫌いじゃない」

「…………うむ、何だか我もこの名が急に愛おしくなった。今この時を持って(仮)を取る事としよう。小烏もたまには良い働きをする。いずれ褒美を遣わそう」

 

そう言ってフランは淡い微笑みを浮かべた。そして、その表情のままこう言った。

 

「まあ、その小烏の命は後一月もないがな。奴の美々たる料理は惜しいが、これもまた運命」

「は?」

 

おい、今なんつった?それってつまり死ぬって事か?確かにコイツ、さっき「尽く闇に屠る」とか何とか言ってたけど、あれってマジなわけ?俺もよく『殺す』とか言うけどよ、勿論そんな度胸は無い。………けど、コイツはプログラムだからなぁ、やっぱマジか?

 

「お前な、その八神はやてはお前のオリジナルなんだろ?それを殺すってのはやっぱ感心しねぇな。てか、普通に止めろ。馬鹿か」

「ふん、親はおろか親類もおらん小娘一人死んだ所で誰も悲しまん。騎士共は囀るだろうが知ったことではない」

 

理とヴィータなら兎も角、八神はやてってガキは少なくとも悪い奴じゃねーだろ。なにせ、フランというこんな訳の分からんガキを一緒に住まわせた上、名前まで付けてやってんだから。さらに夜天の書の主って事は騎士たちも迎え入れてんだろ?

はやてってガキの詳しい歳は知らんが、こいつの見た目からして10歳前後か?そんなガキが生半可に出来る事じゃない。フェイトやなのは並みに優しい奴だと予想出来る。それとも肉親が居ないから、そうなったのか。

 

「それにな、そもそも主は勘違いしておるぞ。小烏は死ぬがそれは我の手によってではない。夜天の書によってだ」

 

はい?どういうこった。

 

「面倒な説明は省くが、今の夜天の書には蒐集能力に強制力が働いておる。全666頁を埋める為、主の命を脅しに掛かるのだ。現に小烏はすでに下半身が麻痺し、車椅子生活を余儀なくされておるぞ」

「マジで?え、ちょっと待て。じゃあ俺の持ってる書もいずれはそうなる訳?勘弁なんだけど」

 

他人の心配より自分の心配、それが俺。

が、それは杞憂に終わった。

 

「それはない。主の持つ書はまだ辛うじて正常時だった頃の夜天の書を写した物。しかし現在の夜天の書は過去の持ち主が改悪に改悪を重ねた結果出来上がった汚物。今では綺麗な夜天ではなく、ただの漆黒の闇を広げるのみ。………闇の書へと成り下がった」

「その事を八神はやては知ってんのか?」

「いや、知らん。無知のまま騎士共と家族ごっこを続けて楽しんでいる。そして騎士共もそれを良しとし、小烏の命が尽きる前に今必死になって魔力を集め回っておるわ。小烏に悟られぬよう秘密裏にな。まあ、今のペースでいけば到底間に合わんだろう」

「………………………」

 

ンだよ、そりゃ。ちょっと待てよ、そりゃマジなのか?………マジなんだろうな。今更フランが嘘を吐くとは思えんし。

 

つまり。

八神はやては闇の書の主になりはしたが、その事実は知らず日々を安寧と過ごしている。新しく出来た『家族』と共に。

騎士たちは主には何も知らせないまま、そのまま幸せな日々を送って欲しい。そして全てが解決したあかつきには、コレまで通り主と一緒に『家族』を。

という事か?

 

(ちっ、ボケが……)

 

あ~あ、こりゃちょっとヤベェな。何がヤベェって、ここに来て考えが纏まっちまったって事が。しかも、どう転んでも『厄介事こんにちは』になる可能性大だ。でも無理、完璧スイッチ入っちまった。

 

「───気に入らねーなぁ」

 

ポツリと呟いた俺の言葉にフランが怪訝な顔を見せる。そして、俺の眉間に皺の寄った顔を見てさらに訝しんだ様子。

 

「おい、フラン」

「な、なんだ?」

 

急に調子の変わった俺に名前を呼ばれ、若干戸惑い気味のフラン。それを無視して続ける。

 

「今、八神はやてと騎士共は家に居んのか?」

「い、いや、小烏は病院、騎士どもは魔力蒐集の為外出しているが…………」

 

そうか。だったら今の内にシャワーでも浴びて、この訳の分からん液体を洗い流しておくか。それと、少しだけ頭も冷やしておこう。

きっと今のまま騎士の誰かに会ったら、問答無用で一発殴っちまうだろう。障害者である八神はやてに対しても、下手したら手が出ちまうかも知んねぇ。

 

俺、久々にキてますよ?

 

「な、何を怒っているんだ?」

「…………………」

「反応なしか。だが、主のそんな顔も─────んっ、ふぅ…………結局パンツが汚れてしまったではないか。昨晩からこれで6枚目ぞ」

 

もうフランの目的とか願望とか知ったこっちゃねー。拉致られた今の俺の立場すらどうでもいい。昨晩から連絡してない夜天たちの事も今は無視。

俺は決めた。

だってよ、気に入らねぇなら、もういつものようにとことん突っ走るしかねぇじゃん?

 

俺ァいつでもどこでも誰に対しても正直に生きてるんでね。

 

「誰に対して怒ってるか知らんが、なんだ、説教でもしてやるのか?」

 

ンなもんしたところで効くとは思えん。なら、するのは実力行使のみ。

 

「言っとくがなフラン、俺は誰の思い通りにもなる心算はねぇ。テメェが俺をどうしたいとか、どういう目的があるとか、そんなもん知ったこっちゃねーんだよ」

 

あれだけ質問し、説明させておいてなんだが、俺はその全てを無視する。

今までのやり取り?忘れろ。

フランの気持ち?ガン無視。

俺はキッとフランを睨み付けると、高みから見下すように宣言する。

 

「俺は俺のやりたいようにやる。テメェは口も感情も挟まず、黙って見とけや。でないと縛り上げるぞ」

 

俺がそう言うと、突然フランは大きくくの字に体を折り曲げ荒い息を吐き始めた。頬は赤く、身体は小刻みに震えている。

 

え、なに、素でちょっと引くんだけど。

 

「ふぁっ!?────はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………なんという事だッ!王でありながら服従される事に悦びを感じるとは!流石は主だ、我の新しい扉を開くとは!おかげで別の扉もガバガバ状態!!その最奥にある小部屋が疼いてしょうがない!!そこへと続くカズノコの道もグショグショよ!!!」

 

……………うすうす分かってはいたんだが、もしかして、こいつって巷で言う『変態』という分野にカテゴライズされる奴なのではないだろうか?

ちょっとどころじゃなく、ドン引きなんだけど。

 

「良かろう、我も今は主に全て従おう」

 

今は、ね。

はっ!お前のターンなんてもう一生来ねーよ。俺が俺である限りな。

 

「しかし、どうしてくれるのだ主?主のせいで我の秘なる所が大洪水ではないか。ぬちょぬちょだ。これは主のモノを持って栓をして貰わねばならんな。ああ、秘なる所とはつまり、俗語でいう所のm───────」

「言わせねーよ!?テメェはマジでもう口閉じろ!!」

「無理を言ってくれる。今の我の体に付いている口という口、いやさ穴という穴は全てフルオープンの駄々漏れ状態だ!さあ主よ、どこからでも、どこへなりとも、その股座でいきり起っておる熱き棒にて挿し穿てい!!」

「頼むからマジでホントに喋るな変態王!!」

 

R-15!これ、R-15な作品だからな!?

 

あー、もう!たまにはシリアス調で終わらさせろよ!!

 

 

 




まず最初に。
ディアーチェ好きな人、申し訳ありません汗
というわけで、断章最後の一人。ディアーチェことフランです。ほぼオリキャラ化してます。

いちおうR18な直接的な描写はしていないつもりですが、それでも「やりすぎだ」と思われた方は一報を。「いっこうにかまわん」というのであれば、今後もこの路線で行きます。


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03

取り合えず皆様の意見を参考にフランはこの路線で突き進みます。
それに伴い、AS編はおそらくR15的表現が多分に散見するかと思うので、以降は読まれる際はご注意ください。


フルオープンだ。

何がかというと、例の扉が。

前回からこう。もう閉める事すらやめたようだ。そのうち「ようこそ」なんて垂れ幕まで出てきそうだ。

 

それじゃ、まあ毎晩の如く、こんばんは~。

 

 

 

 

────むむむっ、ここ……いえ、やっぱりこっちに……

 

 

 

 

そんな声が聞こえたのは、上の方。見上げればガキが赤い翼を広げてパタパタと飛んでいる。その顔は悩ましげ。

見詰める先には、山。

そう、部屋の真ん中には20メートルを越す山が聳え立っていた。

 

何してんの?

 

 

 

 

────あ、隼!どうです見てください!昨日隼の話しに出た富士山を積み木で再現しようと思ったんです!現在、21メートルと32センチ!

 

 

 

 

ああ、そう言えば昨日、この夏にウチの奴らで富士山登ったって話したんだっけ。

だが、何故再現しようと思った?それも積み木で?いったい何年掛けるつもりだ?

 

取り合えず、蹴っ飛ばして崩した。ガラガラガラ、ドシャーンと。

 

 

 

 

──────あーーーーーー!?!?!?あと約3755メートルだったのに!!………怒りました!!じょーとーってやつです!!

 

 

 

 

この晩、久々に喧嘩した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、俺は風呂場で冬場だというのに冷たい水をその身にこれでもかと浴びていた。

頭上から降ってきた水は俺の項垂れた頭の上へと落ち、そこから身体を伝い、或いは髪の毛の先から滴り落ち、汚れと一緒に足元へと流れていく。

足元を流れる水が排水溝へと吸い込まれる様を見ながら、手元にある蛇口を捻って冷水を出していたシャワーを止めた。

毛先や顎先からポタポタと落ちる雫を目で追いながら、一度大きく溜息を吐く。

 

(なんで、俺ってばいつも猪突猛進なのかね………)

 

身体のベタつきと一緒に頭に上っていた血も下へと落ちたのか、事ここに至って漸く後悔の念が沸々と込み上げてきた。

 

どうしてもっと考えて物事を進めようとしないのか。

気に入らないのはいいが、だからってそれを一々気にする必要はあるのか。

厄介事は勘弁なのに、何故いつも自分から飛び込んで行くのか。

俺は偽善者ぶりたいのだろうか。英雄願望でもあったのだろうか。ドMなのだろうか。

 

(俺、なんか変わったなぁ)

 

昔の俺だったら、厄介事の臭いがすれば即サヨナラバイバイしてた。相手の都合や思いが気に入らないからと言っても、それが俺に対して害がなければガン無視してた。「気に入らねぇ奴。いっそ死ねば?」、そう言って欠片も関わらず踵を返す、冷めた反応することだってしばしば。

 

なのに今回はコレだよ。今回もコレだよ。

 

確かにフランから聞いた八神はやてや騎士の行いにちょっと気に入らない所があったが、それは俺に害が及んでくるようなモンじゃないんだ。なのに俺は今から八神はやてと騎士共に対して、この『気に入らない』という気持ちを無視せず、晴らそうとしている。

 

(いつから俺は博愛の精神に目覚めたんかねぇ?)

 

一応自問という行為をしてはみたが、そんな事せずとも答えはハッキリと出ていた。

 

夜天の主になった瞬間から今日までの時間が、俺を見事なまでに再構成させやがったんだ。まあ、そりゃあれだけの体験をすりゃ当然と言やぁ当然か。

 

「…………それでも俺は俺だ。変わんねーもんも確かにある」

 

その証拠にこれから行おうとする事は、相手の想いなど無視して自分の想いや考えだけを貫き、押し付ける自分勝手な行為だからだ。

黙れと脅し、知ったこっちゃねーと吐き捨て、言う通りにしてればいいと強制する。

俺が気に入らないから。俺がムカつくから。

説教はしない。説得はしない。懇願はしない。

ただ成させる。

 

「ははっ、俺ァ碌な死に方しねーだろうな。地獄行き確定か?」

 

けど、そんな先の事はどうでもいい。やりたいようにやれる今こそが、俺にとっては一等大事なんでね。

 

「安心せよ、主一人逝かせる心算はない。我も一緒だ。ついでに閻魔を滅し、共に地獄の頂点で夫婦生活を続けよう」

「続けねーよ。てか、そもそも現世でお前とそんな生活を始める気がねーよ。そして、何をさも当然のように風呂場に入って来てんだよ。出ろよ」

 

いつの間にかフランが風呂場へと乱入していた。

 

「主は無理な要望が多いな。主が風呂場に居るというのに、どうやって部屋で待つ事が出来る?風呂場から聞こえるシャワーの音と脳裏に浮かび上がる主の裸体を妄想し、どうやって大人しくしていられよう?我には無理だ!だから一緒に浴びる!!」

「力強く断言すんなよ」

「一人で慰めるのはもう飽いた!」

「そこまで聞いてねーよ!」

 

いや、実際別に一緒に風呂入るくらいは構わねーけどさ。テスタロッサ姉妹とはいつも入ってるし。

そういや、最近はフェイトが一丁前にも恥ずかしがり始めて来たんだよなぁ。変わらず一緒に風呂には入ってくれるが、それでもここ最近は3日にいっぺんくらいの頻度だったし、入浴中はずっと胸元までバスタオルを巻くようになった。

なんだかなぁ、隼さんはちょっと寂しいぞ?まあ、それが成長ってやつなんだろうな。

対してアリシアとライトはまだまだ無垢で可愛い(勿論フェイトも可愛いが)。二人とはほぼ毎日一緒に入ってたし、勿論入浴中もマッパで暴れまわっている。ただ流石に「コレ取れる?」「何かついてるぞ?汚いから捥ごー!」と言われ、俺の愚息を引き千切らんばかりの力で掴まれ、振り回された時は、二人が無垢だろうと無知だろうと関係なく、俺は涙を流しながら全力で怒ったけど。

 

「ふむ、やはり妄想で我慢せず、一緒に入って良かった。漸く主の全てを眼に焼き付ける事が叶った。どれ、礼代わりに背中を流してやろう」

「そりゃ有り難い。がフラン、人と会話する時は相手の目を見ながら話すのが礼儀だぜ?」

「そうは言うても主よ、何分我と主とでは身長差が大きい。ずっと見上げるのは首が疲れるのだ。だから、目線を少し下げ、主の目を見る代わりに他のモノを見ながら話しておる次第。『相手の一部を見ながら話す』という点だけ考えるなら、これも正解であろう。だから、我は主の目の代わりに、主のペニ───────」

 

風嵐が最後まで言い切る前に、俺は片手でコイツの頬を『むにゅ』と挟むように掴んだ。それでも尚、こいつ言葉を続けようとしているが、そんなひょっとこ口では「うにゅうにゅ」としか聞き取れない。てか、聞き取らん。

 

「いいか?次、おませを通り越したガキらしからぬ発言をしようもんなら、その口縫い付けてやっからな。分かったか?」

「うにゅ」

 

フランが頷くのを見て、俺は手を離した。

 

「つまり主は縫合プレイがお望みか」

「お前は人の話を聞いてましたかああああああああ!?」

 

どんなプレイだよ聞いたことねーよ!駄目だこいつ、早く何とかしないと!!

 

「はぁ……この好き物王様が。お前、将来、職業・風俗嬢とかにマジでなってそう。そりゃお前が誰と寝ようが構やしねぇ、けど誰とでも寝るような奴にはなんなよ?」

 

そう言いながら、冷えてきた体を温めようとシャワーの蛇口に手を伸ばそうとした時、横からその手を引っ手繰られた。その先には怒りと悲しみが同居したような顔をしている風嵐がいた。

 

「………誤解するでない」

「あん?」

「言ったであろう。我が愛しているのは主だけだ、我が全てを曝け出そうと思えるのは主だけだ。もし仮に我の裸体を主以外の男に見られたならば、その男含め親族尽くを根絶やしにしてやる。………主以外の男に見られたら、触れられたらと考えるだけで怖気が奔る!」

「ええっと…………」

「だから、どうか主よ…………そんな悲しいこと言わないでくれ。本当に、我は魂の底から主だけを愛おしく思っておるのだ。『誰でも』?『誰とでも』?………有り得ん!」

 

あー…………これってやっぱり俺が悪いよね?ふざけ半分で『風俗嬢~』って言ったんだけどなぁ………まさか、こんなマジで返されるとは思わなかった。

あれ?今、俺って男としてかなり最低ラインギリギリに場所に居ね?………え、余裕でアウト?流石にこれは無い?ですよね~。

……………マジでいっぺん死んだ方がいいかも知んねぇな、俺。駄目だこいつ、早くなんとかしないとってのは俺の方じゃん。いくら俺が自分本位っつっても、こうも真っ直ぐに感情見せられて無碍にするほど落ち潰れちゃいねぇ。

 

「悪かった、フラン。今のはかなり俺が馬鹿だった」

「………いや、我の方こそ少々熱くなりすぎた。許せ」

 

しっかし、相手がガキとはいえ『愛してる』なんて言われるのは照れる以前にどうも居心地が悪い。特にこいつは言動がガキじゃない分なお更だ。

ハァ………。俺たちは全裸で一体何喋ってんだろうね。なんだかな~。

 

「で、お前は一体何をしようとしている?」

「うん?だから、礼代わりに背中を洗ってやろうと」

「…………ソレ、背中じゃないからな?どう見ても背中じゃないから」

 

お前、やっぱもう出てけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

03

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな感じで滞りなく入浴タイムが終わり、風呂場から出た俺とフランは居間で八神はやて他騎士たちの帰りを待つことになった。ただジッと待っているのは当然暇なので、フランの許可を得て冷蔵庫を漁って昼飯を作ったり、勝手にPCを起動させてネットをしたりして時間を潰した。

また、その間に俺の立場もフランに聞いておいた。

 

曰く、俺は管理局の魔導師であり、昨夜フランの魔力蒐集の対象となりリンカーコアを抉られた。が、俺は気絶する事も無くフランの後を追い、居場所を突き止めた。それが分かったフランは已む無く俺を監禁した───────と、それが騎士たちに対してコイツがした言い訳という。

また、蒐集云々を知らない八神はやてに対しては、昨夜コンビニ行こうとしたら途中で悪漢に絡まれてしまった。その時、身を挺して俺がフランを助けた。しかし、俺もボコボコにされて気絶してしまったので、手当ての為連れて帰った、と言い訳したらしい。

 

つまり要約すると、騎士たちにとって俺は厄介な管理局員で、八神はやてにとっては家族を助けてくれた正義のヒーローという立場らしい。

 

なんともややこしい設定を付けてくれたもんだ。別に騎士たちには俺が写本の夜天の主とバラしてもいいんじゃないかと思ったが、そうすると騎士がどのような行動に出るか不確定だったのでこうしたとの事。聞けばフランも騎士たちには『写本の断章』ではなく『新しく生まれた夜天の騎士』という立場を取ってるらしい。

まあ、コイツの事はどうでもいいし、これで俺の立場もよく分かった。どう考えても騎士たちからはバッドな反応しか返って来ねーだろうな。

 

騎士……夜天、シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータのオリジナル。俺の仮家族共の元となったプログラム。

 

まさか会う事になるなんてと今更ながら驚きだ。どんだけ同じなんだろうな?

 

(まっ、そうは言ってもやっぱ結構違うんだろうな。俺が俺であるように、オリジナルはオリジナル、コピーはコピーだろうし)

 

少なくとも内面は全く違うと断言できる。だから、俺が見るべきところは外面、つまり肉体だ。特にオリジナルの夜天とシグナムとシャマルのお体をコピーのそれとちゃんと比較してみないと。

 

(やべ、興奮してきた!!)

 

俺が期待に胸を膨らせ待つこと数時間。あっという間に時は流れ────────。

 

「ただいま~」

 

ついに運命の時が訪れた。

 

「フラン、ええ子にしとったか~」

 

すでに太陽は沈みだし、空が赤から黒へと変色していこうという時刻。

居間でフランとソファに座っている俺の耳に扉の開く音、次いで帰宅の挨拶が聞こえ、廊下の歩く音が聞こえてきた。

聞こえた声は俺の初めて聞く声で、つまりそれが八神はやての声なんだろうけど、八神はやては車椅子な筈だから、この足音は騎士も一緒の帰宅という事だろう。

 

果たして…………。

 

「ただい………ま?」

 

扉を開けて居間に入ってきた車椅子のガキ───八神はやてが呆けたような顔をし、その場で停止した。その後ろから『どうしたんだ?』という顔で夜天以外のオリジナル騎士共が入ってき、これまた同じように呆けた顔になる。ただ、こちらはすぐさま警戒するような顔つきを見せた。

対して、俺は努めて明るく返事をした。

 

「よう、お帰り。邪魔してんぞ。てか、さっさと中入れよ、暖房効かしてんだから」

「へ?あ、はい」

 

車椅子を操作し、言われた通りに中に入ってくる八神はやて。それに続く形で騎士共も入室してくるが、こちらは今にも斬りかかって来んばかりの形相だ。多分、俺の横に同じ騎士であるフランがいなかったらマジで斬りかかって来てんだろうよ。

しかし、なんか新鮮だね、シグナムとシャマルとザフィーラにそんな顔されるのは。ヴィータのその顔は今更だが。

 

そんな騎士達の様子に気付かない八神はやては、座っている俺の前へとやって来た。そして、驚いた顔を引っ込めて柔らかい笑みを浮かべる。

 

「昨晩はフランが世話になったようで、ホンマありがとうございます。お怪我は大丈夫ですか?」

 

この言葉で俺は八神はやての優しさが改めて分かった。

いくら家族を助けて貰ったからと言って(嘘なんだけど)、見ず知らずの男を家に泊め、さらに我が物顔で居間で寛ぎ茶をシバいている俺に向けて、こんなお礼と心配の言葉を掛けてくれるとは。

お兄さんは感動で咽び泣いちゃいますよ?

 

(八神はやて……なるほどね、確かによく出来たガキだ)

 

早熟とまでは言わないまでも、ガキらしくはない。

そこはいただけないが、しかしそれは両親と死別したが為にそうならざるを得なかったからだろう。大人の背中を見て過ごせなかったのだろう。そこを加味すれば、あるいは同情すれば、はやてという少女は俺にとって可愛いガキの部類に入る。

 

(ガキらしくないガキ……けど、この場合、それは大人の責任だろうな。傍にいてやれなかった大人の、よ)

 

数時間とはいえ、この家で過ごして分かった。

たぶん、騎士どもが来るまで長い間はやては一人だったんだろう。

一人暮らしが長く、けれど急に大人数で住むことになったような感じをこの家から見て取れた。根拠はいくつかあるが、一番はやっぱ『俺がそうだった』から。

 

(フランがあんなだから、前例通りならオリジナルはいい奴だろうなとは思ってたけど……こりゃちょっと予想以上だわ)

 

俺は数分前まで確固たる意思を持って八神はやての事が────気に入らなかった。ムカついていた。その理由は………あれ?なんだったっけ?確か『無知だからって云々』『テメェのケツくらいテメェで拭け云々』とか、そんなよく分からない怒りを抱いていたと思う。

が、もうどうでも良くなった。

 

(改めて考えりゃこんなガキにムキになるっつうのも大人げねーわな)

 

と、黙り込んで考えてるとはやてがどうしたのものかいった感じでこっちを見ている事に気づく。

俺はひとつ咳払いをして返答した。

 

「ああ、こんくらいの怪我ならなんも問題ねーよ。と、俺は鈴木隼な。まっ、よろしくはやて」

「あ、えっと、宜しくお願いします」

「別に敬語じゃなくていいぜ?てか、次敬語使ったらぶっ飛ばす。んで、その後ろの人らは家族か?」

「あ、うん。ええとな、そっちにおるのがシグナム言うて──────」

 

はやての家族紹介を聞き流しながら、俺はここにきてやっとオリジナルの騎士たちを見やった。というかガン見!…………………結構なお手前ですハイ。

シグナムもシャマルも変わりなく素晴らしいの一言だ。ザフィーラとヴィータも相変わらずどうでもいい存在だ。そして夜天は………………あれ?夜天がいない?

 

軽く目だけ辺りを見回しても、夜天らしき人物は影も形も見当たらない。俺はまだ帰って来てないだけだろうと思ったんだが、そこで丁度八神はやてからの家族紹介が終わり、それに夜天の名が出なかった事を怪訝に思った。

勿論、俺ははやてに「夜天は?」と聞こうとしたが、そこでふと自分の立場を思い出し、はやてにではなくフランに念話で聞く事にした。

 

《おいフラン、夜天はどこにいんだ?》

《お、おお!頭に甘く響く念話、主の声、これは良いものよ……疼いてしょうがないなあ!!》

《聞・け!夜天はどこだ!》

《夜天?………ああ、官制人格の事か。あれはまだ目覚めていない》

 

な~んだ、残念。どうせならオリジナルの夜天からも警戒心に満ちた目で睨まれてみたかったのに。

まあいい。夜天がいないとなると、つまりここにいる奴らで八神家全員という事か。

だったら舞台は整ったという事だ。

ここで一端ナイスバディへと向かう思考を止めようか。

 

「はやて、喋ってるとこ悪ぃけど、一つだけ俺言いたい事があんだよ」

「ん?なに?」

 

確かに俺は八神はやての事が気に入った。それは間違いない。だが、だからと言ってここでサヨナラバイバイをするつもりはない。

俺は一度『成す』と決めたなら、絶対に『成し遂げる』…………とまではいかなくても、『成せる所までなら成す』。

 

だから、胸を張って言ってやろうじゃねーの。

 

「はやて、お前さ、このままいけば後1ヶ月も掛からず死ぬんだってさ。闇の書って本持ってんだろ?その呪い、みたいな?その足もその影響らしいぜ。これマジ」

 

さあ、厄介事の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前には超美人の顔が息の掛かる距離にまで迫っていた。切れ長の目と潤った唇がかなり魅力的で、このままキスの一つでもかましたくなってくる。

けれど、雰囲気とその形相はとても甘いものじゃなかった。

これほど憤怒の表情を浮かべた超美人──シグナムを、俺は見た事がない。

 

「キサマッ!」

 

おおっ、あのシグナムから『キサマ』なんて言われちまったぞ。いくら別人と分かってても、その顔と声で言われたらやっぱなんか新鮮だな。

と、そんな阿呆な感想を抱いている場合じゃないな。はやてはもう何がなんだか分かりませんって顔してるし、他の騎士もシグナムと同じく激怒プンプン丸っぽいし、フランは俺の胸ぐらを掴み上げているシグナムを尋常じゃない顔で睨みつけてるし。

 

「シ、シグナム、暴力はあかんよ!隼さんも、いきなり変な冗談は─────」

「冗談?冗談だったらいいね~。でも残念。全部ホント。それとクソプログラム、テメェ、いつまで人様の胸ぐら掴んでやがんだ?離せやボケ」

 

そう言いながら俺はシグナムの手を乱暴に叩き落とした。いくら美人つっても調子乗るのは許せねぇぞ?オリジナルだろうとコピーだろうとそこは譲らん。

 

「ち、ちょう待ってや、隼さん。冗談やないってどういう事なん?それに、プログラムって………」

「どうもこうも、お前はこのままいけば年を越す前にお陀仏。その原因を作ってるのは闇の書っつう魔法の本な。てか知らなかったのか?こいつら、お前の紹介したここにいる家族は人間じゃなく───────」

「言うな!!」

「この野郎!!」

 

シグナムが怒声を上げ、それに続いてヴィータが我慢の限界とばかりに俺に飛び掛って来た。が、俺の隣に居たフランが、こちらも我慢の限界だったのか、飛び掛ってくるヴィータを顕現させたデバイスで叩き落とし、シグナムに向けて魔法弾を一発放った。

 

「ぐっ、フラン、なんの心算だ!」

「テメェ、フラン!」

「黙れシグナム、ヴィータ。身の程を弁えよ。何人たりとも我の男に手を出す事は許さん」

 

そう言って俺の横に静かに佇み、全員に向けて敵意を放つフラン。それに戸惑いを見せる騎士たちだが、それでも俺への厳しい視線は止む事はなかった。

 

……ったく、うざってぇな~。どいつもコイツもテンション高すぎ。

 

取りあえずフランに一発拳骨を落としといた。

 

「なにをする。気持ち良いではないか」

「お前、ちょっと喋るな。シリアスが続かないから。それにシグナムもヴィータもちょいと落ち着きな」

 

俺はポケットからタバコを取り出し、はやての許可を得て一服つかせてもらう。なんともマイペースな事この上ないだろうけど、焦ってもしゃあねーべ。

 

「で、はやてよぉ、混乱してるとこ悪ぃけど、でも今のフランの魔法を見て俺の言ってる事が少なくとも冗談じゃないと分かっただろ?聞いてねーのか?こいつらは魔法使いで、信じらんねーかも知んねぇけど人間じゃない。書のプログラム、確か魔導生命体っつったけ?」

「……で、でも」

「そして俺も魔法使いだ。人間だけどな」

 

ポッと掌の上にピンポン玉くらいの大きさの魔力球を出し、それをはやてが驚きの顔で見たのを確認して消す。

 

「最後にもう一つ…………はやて、今こいつらがやってる事知ってるか?お前の為にどれだけ他者を犠牲にしてるか知ってるか?」

「─────え」

 

はやては呆然とした後、どういう事かとシグナム達の方に顔を向けた。きっとそのはやての瞳には、悲痛な面持ちで佇む騎士たちの姿が映っている事だろう。

ホント優しいやつだ。自分の命がどうとか、騎士たちの存在がどうとかの事より、他の人の心配をするなんてな。

 

「ど、どういう事なん皆?わ、私の為に他の人を犠牲って……………」

「あ、主はやて、それは………」

 

気まずそうには顔を伏せるシグナムたち。そして、無駄な沈黙が訪れた。

ったく、しょうがねーなぁ。黙ってても埒が明かんし、ここは俺が説明してやるか。

 

「はやてよぉ、そんな悲しそうな顔してたらシグナムたちも答え難いって。それにさ、別にお前が悲しむ事じゃねーぞ?な~に、ただシグナムたちはお前を助けたかっただけさ。ただそのやり方がちょっと犯罪チックなだけ」

「は、犯罪……?」

「おう。お前の命を救うにはな、闇の書っつうマジックアイテムに魔力を入れなきゃなんねーんだけど、その魔力を他の生き物から奪い取ってるわけ。無理やり搾り取ってるわけ。そうだな、もっと具体性を持たせるなら、生爪を剥ぎ取る行為をお前の為にやってるわけ。何人にも、何匹にもな。相手が苦しもうが『やめてくれ!』と懇願しようが、ンな事ァ構わず、問答無用で無理矢理、ただお前の為によ」

「そ、そんな……う、嘘やろ?」

 

信じられないという顔でシグナム達を見るはやてだが、生憎とコレ本当。その証拠にシグナムたちは秘密をバラしたにっくき筈の俺に何も言い返せないほど、悲しみで項垂れているのだから。てか、このオリジナルも正直者だねぇ。「そんなの嘘だ」って誤魔化しゃいいのに。

そして、そんな反応をされたはやては、こちらも悲しみで項垂れた。こっちも俺に向かって「そんな嘘言うな」って言やぁいいのに。それほど騎士たちの事、信じてんのかね。その信じなきゃならない事が例え悪行だとも。

 

皆が皆、悲愴な態度を取る様を見て俺は、

 

「ちっ、やっぱ気に入らねぇな」

 

ポツリと呟いた。

ああ、なんて気に入らない態度なんだ。ムカツク。

そう思った所で、俺の限界。短気は損気、なんて言葉があるが知った事か。大損覚悟の上じゃ。

 

俺は立ち上がり、項垂れているシグナムの胸ぐらを掴むとこっちに無理やり向かせた。

 

「何被害者ヅラで悲しみに暮れてんだよ、ああん?大切な主に悪行がバラされて悲しいよぉってか?」

「っ、わ、私たちは……!」

 

しかし、そこから言葉は続かない。怒りと悲しみが混同した瞳を俺に向けてくるだけ。

ああ、こりゃまたもヤバイな。またスイッチ入っちまうぞ俺。てか、もう入っちまった。

 

「中途半端な覚悟で人の命をどうこうしようとしてんじゃねーよ!いや、そもそもそれが気に入らねぇんだ!」

「な、なにを……」

「人の命を助けるのはいいさ。悪行に手を染めても助けたいって気持ちは評価に値すんぜ。でもな、それを本人に隠してんじゃねーよ!人の命を本人の与り知らぬ所でどうこうしてんじゃねえ!はやての命は誰の物でもねぇ、はやてだけの命なんだからよぉ!なのにやってる事を隠し、自分がどんな存在か隠し、はやてには普通に生活して欲しいってか?自分たちを普通の家族として見て欲しいってか?ガキかテメェらは!死ねよ、クソ馬鹿共!」

 

フランに話を聞いたときからコイツラの事は気に入らなかったんだよ!

はやてに知られないよう魔力蒐集し、バレるのを恐れて自分を偽る騎士共。都合が良すぎんだよ。

 

「てか、テメェもだ、はやて!まさかコイツらが普通の人間だと、自分となんら変わらない存在だとマジで今まで思ってたのか?ンなわけねーよなぁ。蚊ほども不信に思わなかったわけねーよなぁ。なのに、テメェはその思いを隠したわけだ。テメエを騙したわけだ。家族が出来たからって舞い上がってたか?こいつらは悪い奴じゃないって、そんな根拠の無い意味不な信用でもしてたか?モンスターペアレントか?馬鹿が!馬鹿なガキは好きだが、度を越えた馬鹿は救えねーんだよ!」

 

気に入った筈のはやてにまで当り散らす俺。まだまだ幼いガキにムキになっちゃう俺。9歳児に無理難題な気構えを押し付ける俺。

まあ一番の度を越した馬鹿は俺だな。

うん、知ってる。

だから、俺は自分の事はいつも通り際棚に上げる。無茶振り上等。

 

加えて、だから、これだけは言わせて貰う。

 

「テメェら、そんなんで『家族』やってんじゃねーぞコラァ!!」

「!!」

 

それが今回2番目に俺が気に入らなかった点だ。

曲がりなりにも同じような立場で『家族』をやってる俺は、どうもこいつ等の中途半端な覚悟の決め具合が癪に障った。

そして、ここまで言われても何も反論して来ず、ただただ呆然と、あるいは悔しそうな顔で黙っているだけのコイツらが改めてムカついた。

 

「………よし、俺ァ決めたぞ」

 

何をかと言われると、『覚悟』を。

厄介事に身を浸す『覚悟』を。

実はさっきまではそんなに乗り気じゃなかった。出来れば上手い事厄介事を回避出来ればなぁと思っていた。

が、もう無理。もう俺フルスロットル。

 

「テメェら全員、俺がぶっ生き返してやる!」

 

俺の今回一番気に入らない点を教えてやろう。

それはな、気に入った可愛いガキ、俺の家族に激似の美人たちが、俺の気に入らねー事をしてる事が気に入らねーんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、さてまあ、またしても俺はテンションの流れるままに後先考えず思いのたけをぶっちゃけた訳だが。

ここで一句。

 

馬鹿がいる

ここに一人

馬鹿がいる

 

(うん、俺の馬鹿……………ホントに馬鹿ァァァァアアアア!!)

 

ぬぅわぁにが『よし、俺ァ決めたぞ』だ!『ぶっ生き返してやる』だ!格好良く決めた心算か!?キメ顔でしなくてもいい覚悟してんじゃねーよ!暴走特急もいい加減にしとけ!なんで大人しく帰ろうとしなかったんだ!

 

…………終わった。俺の『平和な日常を過ごす』というフラグがばっきり折れる音が聞こえた。そして、何か変なフラグが立った。立てちゃいけないフラグがドド~ンと立ったのだ。

 

「ははは………なあ、お月さん。俺ァどこで間違えたのかな?」

 

空を仰げば満天の月夜。

ここ、八神家の庭で俺はダーティに紫煙をくゆらせていた。家の中からははやてと騎士たちの穏やかな笑い声が耳に入り、それが嬉しくもあり忌々しくも感じる乙メン心。

 

「けっ!すっかり仲良さげになりやがって。もう別に俺が首突っ込む必要無くね?」

 

俺が一方的に啖呵を切ったあの時からまだ2時間と経っていない。なのに、はやてや騎士共はもう悔恨もなく打ち解けたようだ。

その光景は俺の思う『家族』そのもので、本来は俺も喜ぶべきなのだろうけど、生憎と素直にはそうなれない。

 

だって俺、何もしてないし。

 

そう、俺はあの『ぶっ生き返す』発言の後、はやてに「今から私らだけで家族会議するから」という理由で部屋を追い出されたのだ。無論、俺はまだまだ言いたい事があったのでそれを無視しようと思ったのだが、はやてから「私らはそれでも『家族』なんよ。せやから、隼さんにはただ見てて欲しいんや。私らが『生き直す』ところを」なんて事を強い意志の篭った瞳で言われちゃあ、もう黙ってるしかねぇべ?

 

んで、その結果が今の団欒っぽい雰囲気ってわけ。

別にあいつらは凄い事を話し合ってたわけじゃない。ただお互いの想いを吐露し合っただけ。それだけなのに、見事たった2時間でお互いを受け入れるまでに漕ぎ着けるたぁ、はやて恐るべし。家族に成り切れてなかったのとは言え、伊達に一緒に生活してなかったって事か?

 

(まあ、それはいいよ?少しでもいい家族に成れたならめでたしめでたしな話だからよ。…………そこまでは間違っちゃなかった)

 

間違ったのは……てか、読み違えてたのははやての性格だった。

はやての性格を俺は、優しいけれど少し臆病で伏し目がちな、大人にならざるを得なかったガキだと思ってた。ネガティブ時のフェイトとポジティブなのはを足してリニスちゃんで割ったような感じだと思ってた。…………見当違いも甚だしかった。

 

あいつ、家族会議の最後に俺に何て言ったと思う?

 

【隼さんの言うように、私の命は私のモンやろ?なら、自分で自分の命を繋ぐのも当然の行為。でも、今のままじゃ私は何も出来ん。ちゅう訳で私も魔導師になる!せやから、魔法のご教授よろしくな、隼先生?】

 

知るか!と俺は即答したね。そしたらこう即答し返されたさ。

 

【隼さんは私をぶっ生き返してくれるんやろ?それはつまり"人の命をどうこうする"って事で……あれ?確か隼さんは『中途半端な覚悟で人の命をどうこうしようとしてんじゃねーよ!』て言うてたよなぁ?せやったら、隼さんにも当然その覚悟はあるんやろ?生き直そうとする可憐な少女の手助けするくらいの覚悟は】

 

………馬鹿!その場のテンションとノリで似非カッコイイ事を言ったこのお口の馬鹿!

つうかテメェ、な~にが「ただ見てて欲しい」だよ!今までの殊勝な態度はどこに捨てやがった!はやてがこんなに図太く、図々しいガキとは思わなかったよ!いや、それもまあガキらしいっちゃあガキらしいけどさ!ガキは我侭言ってナンボだけどさ!

ああ、もう!!

 

「ああ、土壷に嵌って行く……その穴からおっきなフラッグがにょきにょきと生えてくる……」

 

なんでこうなるんだよ。途中までシリアス調で真面目な感じだったじゃん。さっきまで苦悩してたのは八神家だったはずなのに、なんでいつも最後は俺が苦悩するんだよ。おかしくね?

 

もうヤダ、誰か助けて。やたら滅多らに乱立してるフラグを誰かへし折って。

 

「呼ばれて飛び出て我参上」

「…………終わった」

 

フラグが折れるどころか、大漁旗を数旗掲げたフラグ艦がやって来やがった。

 

「どうしたのだ、そのような弱弱しい顔をして?思わず上と下から涎が垂れてしまったではないか…………食すぞ?」

「…………………」

「ほう、放置プレイか。…………………はむっ」

「マジで食うな!」

 

指先に食い付いたフランを慌てて引っぺがした。こいつならマジで食い千切るくらいやってのけそうで怖かったが、どうやらただしゃぶられただけのようで、指は5本とも健在。

 

「煙草味か。中々に美味。少し恐いが、次は是非とも下の方でも味わいたいものだ」

「お前マジで自重して。ホント、取り返しの付かない事になるから。ここから締め出されたらどうすんの?」

「我は取り返しの付かない事をシて欲しいのだがな。それに我のは締まり具合も良いだろうし、子供はまだ出来んから中でも問題ないぞ」

「今度何か買ってやるから本当に黙って下さい!」

「物欲はない。逆に我の春を買え。一晩たったの0円!」

 

もうヤダ、この子どうにかして。色々な意味でマジで立てちゃいけないフラグを立たせ過ぎ。

 

「まあ、本気はこれくらいにしておこう。で、主は何故そのような疲れた顔をしておるのだ?」

「こっからは冗談かよ。てか半分はお前のせいなんだけど…………まあ、アレだ、どうしてこう俺ってツいてねーのかなってな」

「ふむ?自分から係わり合いを持っておいて、その弁は矛盾しておらんか?」

 

仰る通りで。

でも、俺ってその場その場の気分で生きてるからさぁ。その時は本心から「覚悟決めたらあ!」と思ってはいても、後から「やっぱ面倒臭ぇ」という新たな本心が生まれてくるわけよ。

簡単に言やあ気分屋ってこった。

我ながらどうしようもないとは思うが、いちいち紆余曲折考え巡らせるより本心曝け出した方が楽なんだもんなぁ。

 

「ふむ、悩んでいる主の顔もそそるな。して、主はこれからどうするつもりだ?」

「あ?あー、取りあえずはやての命をちゃちゃっと救っちまおう。で、ガキらしい生活をさっさとしてもらう」

「流石は主、カップ麺を作るが如くに簡単に言う………そこに痺れる、憧れる、濡れるゥ!」

 

魔導師になる、と言ったはやての決意は固く、俺以下騎士共が今更何言った所で意思は変わらんだろう。なら、そもそもの原因である魔力蒐集を終わらせた方が早い。それが終われば、はやても魔導師としての手伝いも終わり、足もよくなってガキらしく外で遊べるようになるってわけだ。学校にだって通えるようになるだろう。

 

「小烏の命を救うか……まあ、アレにはもう少し生きて貰わなければならんし、それが主の意思なら我も尽力しよう。しかし、実際問題そう簡単ではないぞ。書の頁もまだ半分も埋まっておらんゆえな」

 

フランはそうは言うが、所がどっこい、意外にも楽にいかせられるんだよなぁ。

なにせ俺の家族とお隣さんは魔導師家族だし。アリシアは除けて、その他の奴らに協力させて魔力蒐集すりゃあ、全頁埋めるのは無理かもだけど結構なモンにはなるだろうよ。

ヴィータと理からは死ぬ半歩手前まで搾取してやる!

 

「すべて俺に任せておけ。未来は見えた!」

「我も主と子作りに励もうとする未来が見え───────んぁ!」

 

…………おい、コラ。なんでいきなり色っぽい声出してんだよ。また何か変な妄想しやがったな?頼むから見た目相応のガキらしい奴になってくれよ。

 

そう思いながら俺はフランを呆れの溜息を吐きながら見ていたら、フランがおもむろにスカートをたくし上げた。

 

「って、なにしとんじゃ!」

「すまぬ。携帯のバイブで感じてしまった」

 

そう言ってズボッとパンツの中に手を突っ込み、そこからバイブレーションしている1台の携帯を取り出した。その画面を見ながら溜息を零す。

 

「ふむ、またこやつか。何度電話を掛けてくれば気が済むのか。ほとほと諦めの悪い奴らよ」

「じゃねーよ!お前はどこの海パン刑事だ!」

「違うぞ。これは海パンではなくただのパンツ、そして我は刑事ではなく王だ」

「黙れ、変態王」

 

その俺の言葉に何故か照れた表情を浮かべながら、フランは携帯の着信に出た。

 

「しつこいぞ、クソ虫が。誰の許可を得て我と主の愛し合う時間を邪魔するか。殺すぞ?───────────ふん、だから何度も言うておろう、虫の力如きでは主は護れんと。身の程を弁えよ、老害」

 

なんか電話で物凄い物騒な事言いながら喧嘩売ってんだけど?どんな会話してんだよ。てか、電話の相手誰だよ。そもそもこいつ、八神家以外の奴に知り合いいたんだな。そして生意気にも携帯まで持ってんのかよ。しかも、俺と同じスマートフォンだし。いろいろびっくりだ…………………………………………ん?あれ?ちょっと待て。

 

あれ、俺の携帯じゃね?

 

「主も貴様のような古い女には飽いたと言うておったぞ?何でも『多少若返ったからと言ってぶりっ子してんじゃねーっての。所詮、中古は中古だろうが』だとか。そういう訳で、主はすでに我のモノだ。貴様らはレズっておれ」

 

俺の携帯のアドレスには女はそう登録されていない。さらにTELまでしてくる奴なんてそれこそ限られてるわけで。それにこの会話の内容を加味すれば……………………おい、おいおいおいおいおいおぉぉぉぉぉおおおおい!?

 

俺は絶賛喧嘩販売中のフランから携帯をぶんどった。

 

「プレシアか!?俺だ!隼だ!」

《あら、隼、こんばんは。そして、近々サヨウナラ。………………待ってなさい、その断章ごと殺しに行ってあげるから》

「ま、待て、こいつが今まで何言ったか知らんが誤解だ!」

 

フランはさっき確か『何度も言うておろう』と言った。それはつまり、プレシアは何度もコイツと会話をしたという事だ。いや、多分プレシアだけじゃなく、他の全員もだろう。だって、自分で言うのもあれだが、俺は好かれている(男として、かどうかは抜きにして)。そんな俺がまる一日行方不明になれば、あいつらの事だ、電話くらい掛けて当然だ。

なのに出たのは見知らぬ幼女で、そしてそんな見知らぬ幼女から有る事無い事言われた。しかも、フランの性格から考えれば18禁な事ばかりを。

 

…………やばい!やばすぎる!!なんとかご機嫌取りしないと!

 

「い、いいか、落ち着けプレシア!確かにお前はどうしようもないババアで、今更若い子のファッション雑誌を見て勉強してる姿は痛々しいが、中古じゃねえ。最低でも新古品だ。だからそんなに怒──────────」

《殺す》

 

何故だあああああああ!?

ど、どうする!?これ以上、どうやってフォローすればいいんだ!?

 

《…………主ですか?》

「え?そ、その声は夜天か!?」

《はい、お元気そうで何よりです》

 

いつの間にか電話口の相手が夜天に変わった。

プレシアの誤解は解けなかったが、逆に夜天だったら俺の話もちゃんと聞いて誤解だと分かってくれるはずだ!口調だって、いつもの冷静な夜天だし。

 

「夜天、あのな──────────」

《思えば主と喧嘩するのはこれが初めてですね。全力で殺しにいきますので、悪しからず》

 

ブチンッ、と電話が叩き切られた。

携帯なのに叩き切るって事が出来るんだなぁ、と思った。

 

「ノオオオおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

一番怒らせちゃいけない娘を怒らせちまったああああああ!!!

 

「うむ、計画通り」

「何が計画通りだ、ボケ!お前、自分が何やらかしたか分かってんのか!?」

「ハッ!たかだか枯れ乳ババアや古本コピー女どもに何を焦る事あろう」

「お、お前、あいつらの事何も知らないからっ…………ああ、クソ!」

 

俺は弁解すべくもう一度電話しようとして、そこで画面に映っている文字に気付いた。

着信…………63件。

メール受信…………319件。

 

ホラーだ。

 

震える手で携帯を操作。履歴、受信BOXを見ると鈴木家、テスタロッサ家の全員から連絡がある。さらになのはやすずかまで。そして送信のほうにはその全員にフランがメールを送っている。フェイトやアリシア、リニスちゃんまでにも余さずド汚ぇ言葉で。中には俺に成り済まして送っているような文面も見られた。

 

結論──────弁・解・不・可・能。

 

「………終わった。俺の好感度も、命も、完璧に終わりを告げた」

「心配するな主よ。我の主に対する好感度は濡れ濡れだし、命も我が護ってみせよう」

「ははははは」

 

乾いた笑いしか出ない。

 

フラン、お前は何も分かっちゃいない。あいつらの怖さを。どうせオリジナルと大差ないとか思ってんだろうけど、大間違いも甚だしい。

出会った頃はそうだったろうけれど、プレシアの一件以来あいつらは考えを変えた。

 

平和をただ享受せず、それを《次の戦いの準備期間》として捉えるようになった。

 

この半年間の、この差はデカい。

 

(………たぶん、ここにいる全員でかかったとしてもウチの奴らを一人も倒せないだろうなぁ)

 

敵に回しちゃいけない奴、情け容赦のない奴を敵に回した。その結果どうなるか。

答えは簡単。

 

はやて以上にガチで俺の命が危機です。

 

「どうしたん、隼さん?さっきから大声出して、近所迷惑やろ………って、ホンマにどうしたん!?顔が真っ青やで!?」

 

こちらの様子が気になったのか、はやてがシグナムに抱えられて庭に出てきた。そして、俺の顔を見て驚き、さらにさっきまで俺の事を嫌悪していたはずのシグナムでさえ驚いた顔をしている。

 

そんな二人に俺は疲れた笑みを浮かべながら、シグナムに抱えられたはやてを今度は俺が抱え上げた。

俺の尋常じゃない様子に、シグナムもはやてもそれを拒まなかった。

 

「はやて、お前はあったかいな」

「は、隼さん、泣いとるの?」

 

人は自分の命があと少しと分かると、他人に優しくなれるようだ。

俺の心は今、過去例にないほどに晴れ渡っていた。

 

「はやて、お前だけは絶対に死なせないからな。俺が絶対にお前を助けてやる。………だから、俺の分まで生きてくれ」

「ホンマに一体何があったんや!?」

「シグナムも、はやてと喧嘩すんなよ?どうか生きて幸せな家庭を築いてくれ」

「あ、ああ。いや、本当に大丈夫か?」

 

これであいつらから魔力蒐集の協力は出来なくなった。そもそも家に帰れない。

だが、それでももう後には引けない。

魔法世界に殴り込みに行ってでも魔力を蒐集してやる。管理局とも喧嘩してやんよ。だって、俺の命は後少しだし。

 

「さあ、そうと決まればちんたらしてられねぇ。ヴィータの言ってた『時折現れるでっかい魔力持った奴』を探しに行くぞ!」

 

もう何も考えない。考えたくない。未来はおろか現実ですら考えたくなくなった。

もういいよ、今度こそ本当に覚悟決めた。

俺ははやてを助けてやる。どんな障害が立ち塞がろうとも、どんな事をしてでもはやての命を救い、はやてをガキらしいガキにしてやる。哀れな障害者のガキじゃなく、元気で可愛いガキにしてやる。

 

俺の気に入った状態になるまで、気の済むまでやってやる!

 

「戦争だ。聞き分けのねぇ奴ら全員相手取ったらあ!とことんまでやってやんよ!明日を生きる為に!」

 

12月2日の夜、俺の一世一代の大喧嘩が始まる。

 

 



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04

一体この夢を見始めて何ヶ月くらい経っただろうか。

そんな事を思いながら俺は今日もまた扉を開ける。仲にいるのは例のごとく、あの金髪の幼女。と、テントと釣竿。

 

なぜ?

 

 

 

 

────どうですか!

 

 

 

 

おう、挨拶もなしか。まあいいけど。で、なにがどう、と?

 

 

 

 

────先日隼がやったというキャンプと釣りというものを再現してみました!

 

 

 

 

確かに俺はこの夏、うちと隣人とで海の近くにあるキャンプ場に行った。それをこいつに話したのは前々回だったか、前回だったか。

ともあれ、どうやらこいつは富士山の時のようにまた再現したようだ。好きだな、再現。そしてやっぱりというか何と言うか、うん。間違ってる。

 

テントを釣ってどうする?その散らばった飯盒やら皿やらはなんだ?

 

 

 

 

────だってここじゃ生き物であるお魚さんは出せませんから。その代わりのテント(巨大魚)とお皿たち(小魚)です!

 

 

 

 

ああ、ごっこ遊びみたいなもんか。

てか、テントとかは出せて生き物出せないんだ。夢なのに。普通夢だったらご都合満載がデフォだろうに。

 

 

 

 

─────し、しょうがないじゃないですか。ここは夢じゃないんですから……

 

 

 

 

あん?夢じゃねーの?

 

 

 

 

─────はっ!?ゆ、夢ですよ!ここは一時の楽しい夢の中です!そうなんです!

 

 

 

 

あっそ。

まぁ、そんな夢もあるか。それにこの明晰夢(?)にご都合なんてないのはハナから知ってる。いつだったか『綺麗なネエちゃん出て来い!』と念じたのに何も起こらなかったんだからな!

 

 

 

 

─────そ、そんな事思ってたんです!?………綺麗なネエちゃん………ネエちゃん

 

 

 

 

唐突に考え込みだしたガキ。

どうした?もしかしてネエちゃん出してくれんの?まさかね~。

 

ほどなくガキは何か決意したのか、胸の前で両の拳をグッと握る。

 

 

 

 

────………明日の晩まで待ってください。隼をあっと言わせてあげます!

 

 

 

 

 

マジで!?

 

 

 

 

 

 

 

04

 

 

 

 

 

 

 

立った。

 

ああ、立っちまったんだよ。前回、俺にもとうとう立っちまったんだよ。

空想の世界ではよく見かける、しかし現実のこの世界じゃあそうお目には掛かれないモノを俺は立てちまったんだ。

別に俺は立てようと思って立てたわけじゃねぇ。それどころか、そもそも俺が立てたのかどうかも怪しいんだ。けど、間違いなくその立ったものは俺に向けられて立っている。だから、誰が立てたかなんてのは問題じゃないんだ。

立ったことが問題なんだ。

その立ったものが仮にはやてだったなら、俺はハイジも引くくらいの勢いで喜んでやるが、生憎と絶望しか感じない。クララが立った姿を一番初めに見たのが実はジジイだったという落ちくらい笑えない。空気読めよジジイ。ガッカリだよ。

 

死亡フラグ。

 

それが今回立ったモノの名前だ。

バベルの塔並みの巨根フラッグがデカデカと聳え立っているのが俺の目には見える。

一体俺はどこで間違ったんだろうな?いや、そもそも俺は悪いのか?じゃあ、一体誰が悪いんだ?そいつ、ぶっ殺してやる。

そんな考えが浮かび、とことん突き詰めて行けば、俺の思考はとうとう宇宙誕生まで遡ってしまった。が、流石に宇宙に喧嘩売っても勝ち負け以前の問題なので、やっぱり一番悪いのはすぐ傍で呑気にはやてお手製おにぎりを食べているこの変態王が悪い。

 

「もぐもぐ…………どうしたのだ、鈴木隼よ?そんなに見られると想像妊娠してしまうではないか。それともこの握り飯が欲しいのか?だったらそう言えば良かろう。少し待て、今隠し味で我の涎を1リットルほど入れてやる」

 

現在、場所は海鳴市街地上空。時刻は20時。

今晩、俺とフランとヴィータは魔力蒐集するためにここにいた。眼下には人工の光輝く街並みがあり、人々の喧騒が聞こえてくるここで、俺たちは『最近よく現れるでっかい魔力を持った奴』から魔力を頂く予定だ。

他の騎士も後から来るはずだが、取り合えず俺たちが先行。

 

「今日までの探索でエリアサーチしてないのはここら辺だけだから、たぶん今日は当たるぜ」

 

そう言うのは赤いゴスロリ騎士甲冑に身を包んだヴィータ。はやてデザインのそれは中々どうして、似合っている。ほんの少しだけ可愛いとも思えてくるから不思議だ。

またフランも黒を基調とした騎士甲冑に身を包んでおり、ダークさが何時にも増して濃く見える。似合っているか似合っていないかで言えば、やっぱり似合っているが。

 

(そういや俺んちの騎士共は、まだ騎士甲冑作ってなかったな)

 

あいつらも俺に何度か「考えて下さい」と言ってきてはいたが、この俺がデザインするなんてそんな面倒な事するわきゃないので、結局現在もあいつらは騎士甲冑無しだ。

かく言う俺だって、自分の騎士甲冑を作ったはいいがここ数ヶ月はまったく使ってなかった。だって平和だったし。時たま魔法世界に狩りに行く事はあったが、その時はいつも理やシグナムがハッスルするので、俺が騎士甲冑を出す必要がないし。

普段する喧嘩もマトイを着るほどのもんじゃないからな。……大怪我はしょっちゅうするけど。

 

「おい、なにボケ~としてんだよ。お前も探索に協力しろよ、この金髪DQN」

「おいコラ、このジェントル隼に何素っ頓狂なあだ名付けてんだよ。人を見た目で判断するなんてのは一番やっちゃいけねー事だって教わらなかったか?この頭も体も貧相残念娘。ついでに言っちゃうが、俺にエリアサーチなんて器用な魔法は使えん。出来るのは殴る、蹴る、脅す!」

 

ちなみに俺の今の格好も騎士甲冑だが、前作ったマトイとは違うデザインになっている。一見ただのジャージ姿だ。

ん?なんで変えたのかって?そりゃあ、お前…………………夜天たちが怖いからに決まってんじゃん!!ええ、そうですよ、怖いですよ、何か文句でも?

 

確かに前回「喧嘩だァ!」と息巻いてたよ。でも、ぶっちゃけた話、マジ怖ェんだって。だから、極力顔を合わせたくないんだ。よって、服装をガラッと変えてみた。

そりゃあ服装変えたくらいじゃあ変装とも言わないし、そもそも根本的解決には程遠いだろうけどよ、それでも時間稼ぎくらいの誤魔化しにはなるべ?

 

「お前、それでよく管理局員になれたな。このDQN局員」

「誰がDQNだ」

「金髪でジャージ姿はどう見てもDQNって奴だろ。テレビで見たぞ」

「そんな奴らと一緒にすんな。ジャージは単純に動きやすいんだよ」

 

それにホラ、こうやってフードを目深に被れば顔分かんねえだろ?ちゃんとピンで留めればはためかないし。俺の家族やお隣さんが出てきても、そうそうは分からねぇはずだ。

 

「おい鉄槌、そろそろその臭い口を閉じろ。それ以上の隼への発言は泥棒猫の所業と見做す」

「………意味分からねぇし。第一、フラン、お前そんな男のどこがいいんだよ。そいつとは昨日会ったばっかだろ?助けて貰ったからって、気を許しすぎじゃないか?管理局員だぜ、そいつ」

 

ヴィータ含め八神家には俺の事も、俺と風嵐の関係も本当の事は一切喋っていない。その為、フランの奴も皆の前では俺の事を「主」とは言わない。

俺は管理局員でフランは夜天の騎士。……………まあ、こいつに限り『鈴木隼に惚れて変態になった』という認識がプラスされたようだが。

 

「生理痛のイライラに匹敵しそうな愚問よな。我は鈴木隼が好きだから好きなのだ。時間も経験も理由も関係ない。この感情は我の心と子宮から沸々と湧き上がって来るもので、止め様がないほどのモノだ」

「…………おい、金髪。お前、フランになにしやがった」

 

そんな怖い顔でこっち見んなよ。俺は何もしてねぇっつうの。こいつはきっと生まれた時からこうだったんだよ。ただ、俺がいない間の生活では変態になる事がなかったんだろうよ。

 

「ちっ、まあいい。お前、もしあたしにも何かしたら殺すからな」

「何もしねーっての。俺がする事はただ一つ、はやての救命だ。はやては絶対ェ助けてやる」

「…………………ふんっ」

 

ぷいっとそっぽを向くヴィータ。その姿に苦笑すると同時にもう一人のヴィータを重ねてしまう。

ここでもし相手がコピーの方だったら『お前が人を助ける?また何か碌でもねぇ事考えてんだろ?人を助けるならまずお前が死んだ方がいいんじゃね?人類の未来的に』と憎まれ口が返って来る事だろう。そして喧嘩になるというコンボが常日頃。

対してオリジナルの方はというと、

 

「まあ、そこだけは感謝する。お前の言葉に嘘はないってのだけは、あたしでも分かるし。はやても嬉しそうに笑ってたからな」

 

なんて殊勝な物言いをする。

コピーの方もこの態度は見習ってほしいね。そうしたら俺ももうちっとは優しくしてやんのによ。いくらコピーはコピー、オリジナルはオリジナルっつっても、こりゃ違いすぎだ。

 

「だったら、お前も怖い顔してんじゃねーよ。はやてが笑ってたらお前も歯を見せてニカッと笑え。そうして大きくなってく家族の和ってな。ガキゃあ笑ってるのが一番だ」

「う、うん…………って、なに撫でてんだよ!」

 

コピーにもやったように撫でてみた結果、同じような言葉が返って来たがデバイスの一振りはやって来ず、どうしていいか分からないといった感じでされるがままだった。

 

なるほど、先ほどの殊勝な言葉といい、オリジナルヴィータはコピーよりかは少しだけガキらしいガキのようだ。

 

「なあ、ところで隼………なんでフランはさっきからあたしを睨んでんだ?」

 

ん?ああホントだ、超睨んでるな。今にも飛び掛りそうな姿勢で。

 

「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺────────たかが塵芥の分際で主に頭を撫でられるとは。我ですらまだ揉まれた事もないというに……………嫉妬、Shit」

 

変態はさておき。

 

その後ヴィータが封鎖領域兼エリアサーチを開始して1分も経たず、例の『時たま現れるでっかい魔力を持った奴』が網にかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はやてに魔導師の先生を頼まれた。

その理由は『私の命は私が面倒見る!』『皆ばっかり働かせられへん。私も手伝う!』と言ってはいたが、あのはやての事だから本当の所は『皆には酷い事して欲しくない。せやから私が魔導師になって全て背負う!』と言った所だろう。

自分の身よりも相手の身を気遣う、気遣い過ぎるはやてだからな。ガキの分際でそこまで思っていても不思議じゃあない。

テメエのケツはテメエで拭うという心意気は買うが、ンなの大人になってからで十分。よって『今晩から一緒に魔力蒐集する』と強請ってきたはやてを俺は家に置いて来た。はやては中々首を縦に振らなかったが、俺の『魔導師にもなっていないし喧嘩もした事のないようなガキが来ても邪魔なだけなんだよ』の一言で引いてくれた。

まあ、その後で騎士共から睨みつけられ、はやてからは『じゃあ、ちゃんと魔法使えるようになったらええんやね!?』と逆にやる気マンマンになられたのは誤算だった。

 

それでも、今晩、この場にはやてが居ないのは幸いだったろう。もしこの場にはやてが居たら、この光景を見てどれだけ悲しむか。もしかしたら、自分の命などどうなってもいいと嘆き、今目の前で繰り広げられている事を必死で止めようとするんじゃねーか?

 

なにせ、10歳にも満たない一人の少女をヴィータとフランが二人掛りでリンチしてんだから。

 

「最近のガキにしては血気盛んだな~。うんうん、やっぱガキはこれくらい元気が良くなくちゃな」

 

片や俺はそんな三人のガキを他所にちょっと離れたビルの屋上でタバコをふかしている。

いや、だって俺がここで入ってくのは無粋だべ。若い奴らがパッション迸らせて頑張ってんだから、大人はそれを微笑ましく見守るべきだろ。

 

「つーか、入って行きたくても無理だし。なんだよアイツら、速ェんだよ。俺が夜天の補助もなしにそんなビュンビュンと高速で縦横無尽に飛べるかっての。フェイトに教えてもらった高速移動の魔法も俺の場合真っ直ぐにしか進めねーし。喧嘩すんなら地面に足つけてやれよ」

 

これだから最近の若い奴らは。喧嘩のいろはも知らんのか。まあ、魔導師戦だからこれが普通なんだろうけどな………けどなんつうか、風流じゃねーんだよ。

しっかし、やっぱ風嵐の奴もすげぇな。ただの変態王じゃあねーよ。ヴィータが近距離で攻め立て、フランの奴が中距離でヴィータに生まれた隙を完璧にカバーしてやがる。さらに時々長距離からヴィータごと相手を吹き飛ばそうとしてんし。

 

確かにこりゃあ喧嘩っつうよりは戦闘だな。

 

「ンで、そんな二人を相手に立ち回っているあいつもスゲェ。てか、あんなに強かったんだな」

 

件の『時折現れるでっかい魔力を持った奴』、そいつもまた二人に負けず劣らず巧い。防御を主体に誘導弾をたくみに操り、少しの隙を見出して砲撃魔法。

いつものふにゃふにゃしてにゃあにゃあ言ってる奴とは思えん。

 

「何度か魔法の練習には付き合ってやったが、なのはもやっぱガチの魔導師だったんだな~」

 

そう、高町なのは。

件のでっかい魔力を持った奴、そして今二人の相手をしている奴は何を隠そう高町なのはだったのだ。

まあ、少し考えれば予想出来ただろうな。場所が海鳴で、かつでっかい魔力持ちなんて奴はそうそういねぇだろうし。

 

「だからってなのはかよ。ハァ、ヤり難ぃな」

 

まあ、ヤるけども。

相手が可愛いなのはでも魔力蒐集するけども。

 

もちろん普段だったらそんな事許さず、フランとヴィータをぶん殴ってやる所よ?けど、今回の最優先事項ははやての救命、それに伴う魔力蒐集だ。そして俺は『相手が誰であろうと俺の邪魔するなら容赦しない』と決めた。

だから、なのはには悪ぃが容赦なく魔力蒐集させてもらう。多少痛い目みさせても俺は俺の目的を達成させる。

 

確かになのはの事は俺は大好きだ。知り合いのガキの中でもフェイト姉妹に次ぐ大好きレベルだ。歳の差関係なく、親友と呼べるダチになってもいい。

けど、それでも………

 

「俺の気持ち、行動、願いが何よりも最優先だかんな。だから、まあ今回は運がなかったと思ってヤられてくれや、なのは。…………すこぶる気分は悪ぃけど」

 

でも、しゃーねーべ。まあ、流石に命までは取らねーよ?それに後々はやてみたいな身体障害者にするつもりもねぇ。俺もそこまでの覚悟は持てねぇし。

それになにより、なのはにも将来俺の為に合コンをセッチィングさせなきゃなんねぇからよ!これ重要!

だから、そういう意味でもなのはにも正体がバレたらマズイ。俺のなのはへの好感度如何で将来の合コンがパーになったら目も当てらねぇ。

 

「そしてはやてにも元気になってもらい、あいつにも合コンをセッティングさせちゃる!………むふふ」

 

と、俺が気持ち悪い笑い顔を浮かべて妄想していたら、現実は可及的速やかに流転していた。

 

さきほどまでほぼ互角に繰り広げられていた戦闘はヴィータの渾身の一撃で均衡が崩れたようで、なのはがぶっ飛ばされてビルに突っ込んでいった。

それを見て俺は決着かなと思い、タバコを投げ捨て、肩で息をしている怒り心頭のヴィータと不遜な態度のフランの二人がいる場所へと飛んだ。

 

「おいおいヴィータ、派手にやりすぎだろ。魔力蒐集すんなら何もあそこまでやらなくてもよくね?バインドで捕縛しちまえば済む話だろ。あんまやり過ぎると俺もちょっと黙ってねーぞ?」

「るっせえ!………あいつ、はやてが作ってくれた帽子をふっ飛ばしやがって!」

 

見れば確かに頭に乗ってた帽子がなくなっていた。

てか、それだけでキレるとかどんだけ?もしかしたらコイツ、うちのヴィータより沸点が低いのかも知んねぇな。………いや、そりゃねーか。

 

「ったく、落ち着けって。蒐集は俺とフランがやっとくから、テメェは帽子拾ってちょっと頭冷やしてな」

「…………うん」

 

ヴィータが帽子を拾いに行くのを見送って、俺とフランはなのはが突っ込んでいったビルへと向かった。

勿論、なのはにも面が割れるのは遠慮しときたいので、改めてフードを深く被る。

 

(お、いたいた)

 

突っ込んだなのはが開けた穴からビルの中に入ると、砂塵の向こう側で壁に背を凭れさせて胡乱な目でこちらを見ているなのはを発見。

衝撃でバリアジャケットがはじけ飛び、意識も朦朧としているようだが、どうやら怪我はしていないようで一安心。そして、そんな状態でもデバイスをこちらに向けてまだ抵抗しようとする気概は賞賛に値する。ガキながらいい根性してるぜ。

 

「ふん、まだ絶望にあがくか塵芥。よかろう、ならば我が永劫の闇に沈めてやる」

 

物騒でちょっと中二な事を言いながら、フランが自分のデバイスをゆっくりと振り上げる。気絶でもさせて、それからゆっくりと蒐集するつもりだろう。

俺もそれを止めるつもりはない。フランの斜め後ろでただ憮然と立っている。

まあ、少しばかりなのはの事が可哀想に思うが、こればっかりは諦めてくれや。今度遊園地にでも連れてってやっからよ?

 

「死ね、卑しくも主と毎日TELするゴミ虫めが!」

 

………あれ?フランの奴、殺す気マンマン?ちょっと待て、それは駄目ですよ?!

と、俺が止める間もなく、フランはデバイスを勢いよくなのはの頭に打ち下ろす。

 

俺は次の瞬間、なのはの頭から真っ赤なお花が咲き誇るのを幻視し────────

 

「むっ!」

 

それは幻のまま終わった。

現実に俺の目に映っているのは、フランのデバイスが第3者のデバイスにより防がれた光景。そして、その際に発せられた鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音。

 

「貴様は………」

 

フランが自分の攻撃を防いだ目の前の相手を睨みつけながらも、どこか驚いている。『なんでコイツがこんな所に?』といった感情が見て取れた。

対して俺も同じ感情を持って驚いた。それもフラン以上に驚いた。自然とフードをより深く被り直していた。

 

「そろそろ仲間が出てくるだろうと思うてはいたが、まさかそれが貴様だとはな」

 

フランは後ろに跳び引き、俺の横に並んで相手と間合いを取った。

相手はそんなフランを追撃する事無く、また油断も無く、静かにデバイスをこちらに突きつける。次いでカートリッジをロードする音が何度か響き、斧から黄色の魔力刃を発生させた一振りの片刃の剣へと変化した。

 

俺はそのデバイスをよく知っている。プレシアとリニスちゃんが最近完成させたデバイス・バルディッシュ改、そのライオットフォームの一つである『ライオットブレード』。

てか、つっこんでいい?……………その形態はまだ早いんじゃね?あと10年くらいは早いんじゃね?なんでそんなワープ進化してんだよ。プレシアとリニスちゃん、頑張り過ぎだろ。どんだけ魔改造してんだよ。

 

そして、そんなデバイスの使い手───

 

「仲間?違う────メル友だ!」

 

キメ顔で言うフェイトがそこにはいた。

 

「ごめん、なのは!遅くなっ………え、キミは確かジュエルシードの時の………え?え?なにこの状況?」

 

そりゃこっちのセリフだよ、ユーノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが世に言うカオスというやつなんだろうか?

 

そんな事を思い浮かべながら、俺は目の前の光景を頭抱えたい気持ちで見つめる。

魔力蒐集するために狙っていた獲物は可愛いなのはだった。そのなのはから魔力蒐集しようと思ったら、それを阻んだのは管理局じゃなくて俺の可愛いお隣さん。そしてさらにそれに続くようにユーノがやって来た。

 

うん、訳分かんねーんだけど。

てか、なんでフェイトが出てくんの!?ユーノもいるし、もしかして俺が攫われたからって管理局に助けでも求めたのか?

 

「隼を探してたら、まさか犯罪現場に出くわすなんて思わなかった。民間人への魔法攻撃、軽犯罪じゃ済まないぞ」

「ふん、元犯罪者が抜かすではないか、フェイト・テスタロッサ」

「!?なんで私の名前を………いや、その声、まさか」

「ふふふ」

「そうか、お前が………!」

 

って、あれ?なんか俺が頭抱えてる間にどんどん剣呑な雰囲気になってない?

てか、そうか、やっぱフェイトの奴はただ俺を探してただけか。それで偶然この状況を目撃して、ダチであるなのはのピンチを前に飛び入って来たと。そしたらさらに偶然が重なり、俺を攫った犯人と遭遇かよ。

どんだけご都合?勘弁しろよ。

 

「………なのは、折角会えたけど、もうちょっとだけ待ってて。私、やる事が出来たから。それと、ユーノだったよね?なのはの事、お願い」

 

そう言うやいなや、フェイトはフランに疾風のごとく斬りかかって行った。それと同時に俺に向かって数個のフォトンランサーを放ってくる……………………え?俺も?

 

(そりゃそうだよねええええええ!)

 

俺は慌ててそれを華麗に回避し………訂正、それ全てに被弾しながらも、全力でビルの中から飛び出した。

 

まあ、あの状況下で俺の格好を見れば、そりゃあ鈴木隼とは思えねぇだろうな。だから、鈴木隼を攫ったフランの共犯者と見做されてもおかしくはない。そもそも、そうなるために俺はこんな格好してんだ。

はやてを救うために、合コンのために、そして俺の死期を延ばすために。

 

「あのクソ虫めが」

「おい、一体どうなってんだよ」

 

俺の後を追ってビルから出てきたフランと、帽子を被り直しながら何が何だか分からないといった顔のヴィータが横に並んだ。

 

「隼に攻撃したあの雌ガキ、許してはおけん。ボコボコにした後、服をひん剥いて隼のようなロリコン不良のいる溜まり場にでも放置してやりたい」

「よく分かんねーけど、でっかい魔力を持った魔導師がもう一人出てきたのは好都合だぜ。あいつも蒐集してやる」

 

フランの意見はともかく、ヴィータの意見には概ね賛成だ。

だが、問題はそう簡単にいくかどうかだ。まさか、フェイトが一人で俺を捜索してたとは思えねぇ。最低でも近くにもう一人か二人はいるだろう。誰かは分からないが、そいつらが出てきた場合、フェイトはおろかなのはの魔力蒐集も続行は出来なくなる。

 

「二兎追うものは一兎も得ず、だ。てわけで、俺とフランでフェイトを足止めしとくから、ヴィータはなのはの魔力の蒐集へ向かえ。そばにもう一人魔導師がいるだろうけど、そいつは戦闘向きじゃねーからお前なら問題ねえだろ」

 

フランを一人にしたらマジでフェイトを殺しそうだからな。ここはこの組み合わせがベストだろうよ。

あとはどれだけ早くヴィータが目的を達成させるかにかかる。フェイトはともかくユーノまで現れたって事は管理局も動いてると見てまず間違いない。

 

いろいろと面倒臭ぇ奴らが出てくる前に終わらせねぇとな。

 

「頼むぜ、ヴィータ」

「はっ!言われなくても分かってるよ!」

 

デバイスを掲げ、ヴィータがとんでもない速度でなのはのいるビルへと向かった。

丁度ビルから出てきたフェイトとすれ違う形となり、

 

「え、今のってヴィータ?」

 

困惑の表情で、しかしどこかいつものヴィータと違うとフェイトは感じたのだろう。慌てて後を追おうとしたが、生憎とそれはフランの放った魔力弾が足止めとなり、さらにその隙に俺もフェイトへと肉薄し、バルディッシュに拳を打ちつけた。

 

「くっ、なのは!………どけ!!」

 

う~む、やっぱどうもやり難ぃな。フェイトにこんな憎悪な顔向けられるなんてな。

そりゃ覚悟はしてたけどよ、どうにも複雑なんだよな~。これが理かヴィータあたりなら、俺に「どけ」とかナマ言った瞬間、無慈悲の一撃を顔面に叩き込んでやってるのに。

 

「はああああああ!!」

(うおっ!?)

 

当然の事ながら、こちらの心情など届くはずもなく。

怒気を多分に孕ませた表情でフェイトは力任せにバルデッシュを振り抜き、俺と間合いを取った。しかし、フランの援護射撃により追撃はやって来ない。また、はのはの方に向かおうとしても俺がそれに合わせてしょっぺぇ魔法弾を数個放つ事で阻む。

てか、奇跡的に阻めたといった方が正しいか?フェイトはまだこのフォームを使いこなせてないらしいからな。プレシアとリニスちゃんによれば、もしこれを使いこなせるようになったら、管理局のオーバーSクラスの魔導師相手でも互角に渡り合えるらしいし。

 

「くそっ!邪魔をするな!なのはがっ、それにお前たちは隼まで………隼まで………っっ!」

 

怒り、悲しみ、悔しさ……それらがない交ぜになった表情で、その瞳に涙を湛えてこっちを睨んでくるフェイト。

 

「隼を……隼を返せぇえ!」

 

純情なフェイトの事だ。プレシアたちと違い、純粋に俺が攫われて苦しい思いをしてると思っているんだろう。

そう考えると………痛い!心が痛い!今すぐ正体明かしてハグしてあげたい!でも無理!

 

「何が『返せ』だ。隼はもう我のものだ。……それにだ、何も憤っておるのは貴様だけではないぞ」

 

チャキッ、とデバイスの先をフェイトに向けるフラン。その顔にはフェイトに負けず劣らず怒りの色が浮かんでいる。

その理由は、果たして……。

 

「これまでの隼とのTEL、メールの送受信履歴NO.1の貴様だけは我手ずから殺してやる!」

 

ものっそいしょうもない理由で怒ってた。なんだよ、それは。

てか、その事実に俺もびっくりだよ。え、俺、フェイトとそんなにやり取りしてたっけ?確かにフェイト、俺が何か誘ったり頼んだりしても断らない、都合のいいパシ……優しくて、とってもいい子だけど。

 

「貴様は危険だ。このままいけば近い将来、必ず我が障害となるだろう。よって今、発情する泥棒猫となる前にここで排除する!」

「わけの分からないことを!!」

「疾く逝け!」

 

得意の距離を無視してデバイスを直接叩き込むフラン。それに合わせて俺も複雑ながら一緒に攻撃した。

 

(まだかよ、ヴィータ。なにチンタラしてんだ!)

 

なのはの傍にはユーノがいるとは言え、ヴィータの実力はよく知っている。そんじょそこらの奴相手に梃子摺るガキじゃねーはずだ。

 

(ちっ、しゃあねー。ちょっと心配だが、ここはフラン一人に任せて…………)

 

そう考え、フェイトからヴィータたちのいるビルの方へ視線を移したのと、視界の端に人影を捕らえたのは同時だった。そして、その人影がこっちに向かって物凄いスピードでやってくるのを俺は頭を抱えたい気持ちで見ていた。

 

人影、その数は2つ。

 

「この野郎おおおおおおお!」

「フェイトになにしてるんだーーーーー!」

 

俺の方には振りかぶられた拳、そしてフランの方にはフェイトと同じ形をしたデバイスの一振りが見舞われた。

フランは難なくソレをかわしてフェイトから距離を取り、俺は殴られてフェイトから距離を取らされた……………格好良く避けろって?いや、あのスピードで突っ込んできた奴の拳を避けるなんて、俺にそんな技術ねーし。

 

(イダダダダダダッ!?)

「またしても我の男に蛮行を働く愚か者が現れたか…………一度陵辱されてみるか?アルフ・テスタロッサ、ライトニング・テスタロッサ」

 

はい、とうとう現れた援軍。アルフとライトの二人。

ちっ、こうなる前に事済ませたかったってのに!ヴィータのやつ、何ぐずぐずしてやがんだよバカチンが!

 

「ふざけるんじゃないよ。あんたこそ、隼をさっさと返しな!」

「そうだぞ、主を返せ!それにフェイトにまで攻撃して!むぅ、ボクがやっつけてやろうか!」

 

お?こいつら、フェイトと違い一目でフランのやつを誘拐犯と断定したな。…………ああ、そういやメールの送信履歴に何件か写メもあったな。上半身裸で気絶している俺の胸板に抱きついている変態の写メが。

フランのやつ、俺の携帯で好き放題挑発しすぎだろ。

 

「形勢逆転だね。この場で隼の居所を喋るなら、ボコボコにした後生かして返してやるよ」

「それで、その後主もちょっとだけボコボコにするぞ!」

 

うわぁお、勇ましいねアルフは。てかライトや、そんな怖いこと言っちゃメだぜ?いや、マジで。

そんな怖~い二人を前に、俺はもうすでにガクブル状態。だが、方やフランは…………

 

「くくく、ふはははははは!中々愉快な事を言うではないか。そも、形勢などどこも逆転はしておらんぞ?」

 

そう言ってフランは下を指差した。それと同時に下から一人の女性が勢い良く現れたかと思うと、瞬く間にフェイトとライトを右手に持っていた剣で弾き飛ばす。さらに間もおかず、同じく下から一人の男が現れたかと思うと呆然としていたアルフを右足で蹴り飛ばした。

 

あちゃ~、来ちゃったのね。

 

「遅いぞ、烈火の将、守護獣」

「すまないな、ついて来たいという主を説得するのに手間取った」

「だが、まだ手遅れという訳ではあるまい」

 

シグナムとザフィーラが悠然と辺りを見回し、そこでふと俺に目を留めた。

 

「………なんだ、その格好は?」

「うるせぇ、こっちにも色々と事情があんだよ」

 

訝しんでいるシグナムとザフィーラに小声で返すと、俺も同じように辺りを見回した。そこには怪訝な顔でこちら……シグナムとザフィーラを見ているフェイトたちの姿があった。

 

「シ、シグナム、なんで………」

「シグナムのバカ!手が痛いじゃないか!それになんだよ、その変な格好!だっさー!」

「ちょっとザフィーラ、どういうつもりだい!」

 

まあ、無理もないだろうな。今目の前にいるのはどう見ても自分達の良く知るシグナムたちだし。まさかオリジナルの騎士だとは思うめぇ。

また、そんな言葉を向けられてこちらも困惑気味のオリジナル騎士たちだが、それでも目的達成の為に取る行動は一つだった。

 

「レヴァンティン、カートリッジロード」

「シ、シグナム!?」

「お前たちが何故私たちの名を知っているのか、気になる所ではあるが今はそんな事はどうでもいい。……………その魔力、貰い受ける!」

 

シグナムの紫電一閃がフェイトに襲い掛かり、それを皮切りにフランはライトに、ザフィーラはアルフに殴りかかった。

 

そして、俺はその光景を呆然と見つめるのであった……………って、どうすんよコレ?

 

(ちょいちょいちょいちょおおおおおい!?!?なんだよこの急展開!?マジでカオスってきたぞオイ!)

 

ど、どうする、どうすればいい!いや、落ち着け。ここは当初の予定通り、なのはの魔力蒐集だ。もうすでに手遅れ感がひしひしとするが、それでもだ!

 

俺は改めてビルの方に向かって─────────

 

「へぇ、あのフランとかいう断章娘が出てきて、ちょっとおかしいと思ってたけど……なるほど、大方オリジナルの夜天の書を依り代に顕現したわけね。という事は、あのシグナムやザフィーラはオリジナルの騎士か」

 

あ、あれ?なんだろう、俺の後ろから殺気を孕んだ声が聞こえる。おかしいな、形勢は逆転してなかったんじゃなかったっけ?

こちらは俺とヴィータとフランとシグナムとザフィーラ。対して向こうはフェイトとライトとアルフで、つまり5対3だったはずだ。

 

……………ああ、そっか。つまり向こうの援軍はライトとアルフだけじゃなかったって事ね~。

 

「それであなたは一体何者なのかしら?状況から見たらオリジナルの夜天の主といった所だけど…………まあ誰にしろ、私の可愛いフェイトに攻撃したのだから、つまり自殺願望者というわけなのよね?いいわ、その死、手伝ってあげる」

 

振り向けば、そこにはプレシア・テスタロッサという名の鬼がいた。

 

(ラスボス来たあああああああああ!?!?!?)

 

形 形勢逆転してたよ!覆せないほど逆転してたよ!よりによってもうラスボス登場かよ!

幸いにもまだ俺だと気付いてないようだが、どっちにしろラスボスお母さんは俺を殺す気マンマンだし!?変装が意味ないじゃん!

 

「鈴木隼という男にやる処刑の次に残酷なやり方で殺してあげるわ」

(やばいやばいやばいやばい!状況はエマージェンシーぶっちぎりで最悪だぞ!?)

 

ど、どうする?逃げるか?いや、どう考えても無理!ボス戦は逃げられねぇと昔から相場は決まってる!そもそもこの結界をどうやって破れと?俺にゃあ無理だし。だったら、助けを呼ぶか?でも、皆それぞれ既に始めちゃってるし………………いや、一人いんじゃん!

 

(ヴィータだ!ヴィータを呼び戻しゃあいいんだ!)

 

あいつはなのはの蒐集で、それを中断させりゃあ俺を助けに入れるだろう。

はやての命を救うためにはなのはの魔力蒐集も大事だが、何より一番大事なのは俺の命!

 

「さて、死ぬ覚悟は出来たかしら?私は優しくないわよ?でも、そうね………隼の居場所を喋ったなら、くびり殺さず綺麗にあっさりと殺してあげるけど?」

(どっちにしろ変わんねーじゃねぇか!!)

 

ここからの距離なら何とか死ぬ前にヴィータの所にたどり着けるはずだ。

俺は覚悟を決め、多少の被弾を無視してヴィータのいるビルへと向かおうとし………俺は絶望的光景を目の当たりにした。

 

(………え?)

 

──────たった今、俺が目指そうとしたビルのヴィータやなのはやユーノのいた階、その階から上全ての階が爆音と共に消し飛んだのだ。

 

(……………は、え?)

 

上層階が吹き飛んだ為、事実上屋上となったその階から数人の人影が出てきた。

 

一人はなのは。彼女は自分の痛みも忘れて、呆然とした様子だった。

一人はユーノ。彼はそんななのはに肩を貸して、こちらも呆然と佇んでいた。

一人はヴィータ。彼女はさきほどまでの元気な姿はなりを潜め、ぐてっと脱力して気絶しているようだった。

 

そして、最後にまだ一人そこにはいた。さっきまでは姿形も見なかったある一人の女性が。

 

「あらあら、彼女もまた派手にやったわねぇ」

 

その女性は気絶しているヴィータの頭を鷲掴みにして、悠然と佇んでいた。

銀色の綺麗な髪を夜風になびかせ、幽鬼のような気配をかもし出すその姿は恐怖と破壊の化身以外の何者でもない。遠目からでも軽く小便をチビれる自信がある。てか、既にちょっと股間が冷たい。

 

「彼女の持ってるアレはオリジナルのヴィータみたいね。………ハァ、いくらオリジナルと言っても姿形は家族のヴィータと同じなのに、よくあれだけ容赦なく痛めつけられるものね。相変わらず、彼女は怒ったらキャラ代わり過ぎよ」

(ああ、ヴィータ………)

 

ヴィータは完璧に気絶してるようだった。だが、その身を横たえてはいなかった。銀髪の悪魔が腕一本でヴィータの頭を無造作に掴み上げ、ずるずると引き摺っていたからだ。

悪魔はそのままビルの端まで歩いていくと、これまた無造作に、まるでゴミでも捨てるが如くヴィータをビルから投げ捨て────

 

「DIE YOBBO(死ね 弱者)」

 

そう呟き、同時に止めとばかりに落ちていくヴィータに魔力弾を数発叩き込んだ。

後ろでユーノとなのはが怯えて泣いているのが見える。

 

(あっ、これ終わったわ)

 

ラスボスに続き、出てきたのは俺の知る限り最愛の女性であり最悪の女性。

 

鈴木夜天(ブチギレver)。

 

裏の隠しボスのご登場だった。

 

(って、ちょい待って!?昨日の今日だぜ!?てか、さっきはやてン家の庭で大喧嘩宣言したばっかだぜ!?その流れでなんでいきなり最強で最悪の二人がご登場するわけ!?え、もう最終回!?)

 

超展開の急展開にも程があるだろ!マジでどうすんの!?カオスなんて言葉で片付けられねーぞ!?

 

(ど、どどどどどどうするぅぅ!?)

 

もうここはさっさと事情をバラして、頼み込んで一緒に魔力蒐集手伝わせるか?………いや、早まるな俺!そこには俺の明確なる死しか待ってない!だったら抵抗するか?てか、もうそれしか無くね?

 

(そうだよ、そもそも覚悟決めたじゃねーかよ。誰が出てこようとやり切るってよォ!)

 

喧嘩売ったら殺す。売られたら殺す。

 

それが俺だったはずだ。なのに、なにチキンな考えばっかしてんだよ。俺ァこの数ヶ月でそこまで丸くなっちまったてか?

情けねーぞ俺!

やってやる………やってやんよォ!どんな絶望的状況下に陥ろうとも、可愛くケツ振って逃げられっか!

 

さあ、どっからでも掛かって来────────

 

「なに面白い事を私抜きでやっているのですか?掃滅戦と言えば私でしょう」

「あら、理。あなたも来てたの?」

 

………………………。

 

「当然です。後から出て来たクセに本妻面するあのビッチ断章は許せません。さらに許せないのは主ですが」

「そうね、その通りよ」

 

………………………。

 

「けれど、今主やビッチの顔を見れば私は一思いに殺してしまうでしょう。それはいけない。とことん苦しめなければ。ですから、まずはそこのフード人間を血祭りにあげてストレス発散しようと思いまして。まあ、ゆくゆくは全員殺しますけどね」

「流石ね、理。その名の通り、とても理に適った意見よ」

「恐縮です。では、殺しましょうか。管理局が来ればいらぬ面倒に巻き込まれますからね。まあそうなったらなったで、管理局共々滅ぼせばいいだけですが。皆殺し、大好きです」

「ああ、局なら大丈夫よ。私が結界を張り直したから、入ってくることはおろか中の様子も見えないわ。それと、ヤるならせめて半殺しで抑えなさいよ。もう半分は私がヤるんだから」

 

………………………。

 

ねえ、俺、逃げていい?逃げていいよね?…………あれ?なんでだろう、前が霞んでよく見えないや。

こいつら、ホントは俺だっ分かってんじゃねーか?いや、そりゃねーか。俺と分かってたなら、問答無用でぶっ殺しにくるだろうし。

ん?……問答が有るか無いかの違いだけであって、行き着く未来は一緒か?

 

(最強に、最狂に、最凶が相手かぁ………)

 

あれ?詰んだ?

 

 




ここから本格的にAs本編の路線となります。

ところで可愛いや萌えってどうやって書くんだろう、と最近思い始めました。書ける人凄いです。私も一度でいいから砂糖ぶちまけたような甘甘な文章書いて見たいものです。無理ですけど。


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05

縛り首になる定めの者が、溺れ死ぬ事はない。



 

…………。

 

 

 

 

─────あの……。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

─────うぅ~、な、なにか言ってくださいっ。

 

 

 

 

いや、何か言ってって言われても。

昨晩に続いて今日もまた夢の中、いつもの如く扉を開ければそこにはいつものガキはおらず、変わりに良く似た大人の女性が一人。

歳は20手前といったところか。

 

……お前、あのガキ?

 

 

 

─────はい!昨日、隼が綺麗なネエチャンなんて言っていたので試してみたんです!名づけてGEモード!大人な私ですよ~♪

 

 

 

 

くるりとその場で回るガキ。いや、ガキじゃないけれど。

服装はそのままに、綺麗な金髪をポニーテールにしてまとめ、その顔はあどけなさや幼さが多少残っているもののそれ以上に可愛らしく綺麗になっている。

 

 

 

 

─────もし……もし私が生き続けて成長したら。それを演算してこの姿を作り出してみました。

 

 

 

 

俺が望んだ綺麗なネエちゃん。

確かに。確かにだ。文句は無い。パーフェクトだ。可愛い。美しいと言ってもいい。

 

………ある一点を除いて。

 

 

 

 

────えへ……私に未来なんてないと分かっていても。こんな事あり得ないと分かっていても。こうやって先を想像するのは、悲しいけれど楽しいですね。隼の言うとおり、今を楽しむのは、怖いけれど楽しいですね。

 

 

 

 

楽しいという言葉とは裏腹に、その顔は寂しさや儚さで一杯のガキ。

そんな彼女に俺は近づき、向き合って肩に手を置いて言う。

 

大丈夫、大丈夫だから。未来は、希望は誰にだってあるんだ。諦めちゃいけない。その姿はただの予想なんだろ?だったら、そんな予想を覆す現実を目指せばいいんだ。

 

 

 

 

─────……無理です。私に未来はいらないんです。私は消えちゃった方がいいんです。

 

 

 

 

こいつと初めて会ったときに言われた気がする言葉。

最初は意味が分からなかった。何故そんな、自分を卑下するような事を言うのか分からなかった。

しかし、ここに来てようやく分かった。こいつの、この姿を見てようやく判明した。

 

ああ、だからあんな事言ったのか。この自分の姿を知っていたからこそ、あんな事をいったのか。

だが、しかし。

俺は敢えて言わせて貰う。

 

希望は、あるんだ!

 

 

 

 

─────はや、ぶさ……わ、私は……

 

 

 

 

貧乳がなんだってんだ!!

 

 

 

 

─────……ひん、にゅう??

 

 

 

 

いや、もうそれは貧どころか無だ!マジで無!9歳児のフェイトや、ともすればアリシアより絶無!ああ、確かにそんな未来は女的には絶望だろうさ!だからって希望は捨てちゃなんねー!演算、想像、予想、そんなもん覆してやれ!成長はするんだと証明してやれ!

 

 

 

 

─────…………。

 

 

 

 

もし仮にそのまま無乳だったとしてもだ、それにだってきちんと需要があるはずだ!マジサイコーとか言ってくれる男が現れるはずだ!顔と性格が良ければそれでいいと言ってくれる奴が現れるはずだ!

 

だから、無乳に絶望するな!

 

もう一度言う───希望はあるんだ!!

 

 

 

 

─────………隼のぉ~

 

 

 

 

まっ、俺は顔、性格、体つき、財力、その全て持ってなくちゃ嫌だけどな。てか、その姿って20歳前後くらい?それでその乳の無さって、軽く奇跡だろ。トップとアンダーの差が全然ねーじゃん。ゼロじゃん。綺麗にすとーん。ああ、それだったらやっぱ需要あるな。ロリババアならぬロリバスト。

 

よっ、奇跡の無乳!

 

 

 

 

─────バカぁぁぁああああ!!!

 

 

 

 

ぐべあ!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

05

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチリ、と目を開いた。視界一杯に映ったのは、ビルが両端から夜空を支えているような光景。首を横に傾けてみれば、地面からビルが横方向に伸びている。

つまり、そう、俺は今大の字になって道路に寝転んでいるという事だ。

何で俺は道路の真ん中で寝てんだ?また飲みすぎたか?

そんな事を思いながら、もう一度頭を夜空の見える位置に戻した。

視界に映ったのは予想に反して夜空ではなく────────理が俺の顔面に向かってデバイスを突き刺そうとしている光景だった。

 

(ぬぅおおおおおおおおおおおい!?!?)

 

訳が分からず、と言ってもそのまま受ける訳もなく、俺は横に身体ごとゴロゴロと転がって、その凶悪無慈悲な一撃を回避。

 

「ちっ、まだ気を絶ってなかったのですね。嬲り殺し甲斐があるとは言え、いくら何でも頑丈が過ぎるのでは?」

 

今の一撃で道路に20cmくらい埋まったルシフェリオンをずぼっと引き抜きながら、溜息を漏らす悪逆幼女・理。

 

(あ、あっぶねえええ。マジで後数秒起きるのが遅かったらザクロっちまうところだった!)

 

いつの間にか俺は気絶してたみてぇだ。

この俺が気絶するたぁプレシアとの初喧嘩以来だが、それも今自分の状態を見れば情けないが納得するしかない。

もう俺ボロボロよ。

辛うじて顔を隠しているフードは死守しているが、そこ以外の箇所はひでぇのなんのって。レイプされたかのように服が何箇所も裂かれてる。形はジャージだけど、これ一応は騎士甲冑よ?それをたった10分足らずでここまでするかよ。それに頭から流血、鼻血はダクダク。

 

(まあ、それでもこいつ一人だけを相手する事になった事だけは幸運だったけどな)

 

あの絶望の3強がお目見えした時は、俺もマジで死を覚悟した。ただそのすぐ後、プレシアと夜天はフランや騎士の方へ矛先を変えてくれたのだ。

 

『私の可愛い娘に現在進行形で攻撃してる馬鹿がいるようね。理、そのフードは取り合えずあなたに任せるわ。半分死滅させた後、家に招待しなさい』

 

そう言い残し、夜天を連れ立って他を殲滅しに行ってくれた時は奇跡というものを初めて実感した。多分、向こう5年分くらいの運を使っただろうけど構わない。

 

(それでもコイツ一人でも十分凶悪だけどな)

 

相変わらず理は出鱈目に強ェなあ。喧嘩なら兎も角、純粋な魔導師戦なら手も足も出ない。

 

(けど、俺の方が強ェし!)

 

意地と根性と男気を持って、ボロボロの体で立ち上がる。

こんなクソガキにいつまでも見下されてたまるかってんだ。

 

(一回ぶっ殺して教育し直してやる!)

 

確かに俺よりこいつの方が強ぇだろうさ。魔力も高ェだろうさ。戦闘も比べるまでもなく巧い。

けど、それでも強いのは俺だ!だから勝つのは俺だ!

 

「ほう、立ちますか。心胆と耐久力だけは人並み以上にあるようですね。そして無様で、滑稽で、見苦しく………しかし雄雄しく強き心をお持ちのようで。まるで誰かのようですね」

 

くるくるとる頭上でルシフェリオンを回し、4~5回転の後に腰だめに構え、先端をこちらに向けた。その先端に見る見る内に紅蓮の輝きを発する魔力が収束していく。

 

「しかし、それが気に入りません。そういう生き方をして魅力となるのは我が主のみ。そこいらの雑兵には過ぎた生き方です。よって、これで清く消し飛びなさい」

 

相変わらずの無表情で、見事なまでに物騒な事をほざく理。

このままでは、きっと数秒後にはその言葉通り俺の体は消し飛ぶだろう。常日頃から『非殺傷設定』という言葉を鼻で笑うような奴だから、当然今回もガチで殺傷する気満々だろうしよ。

対して、俺は砲撃魔法なんてほぼ出来ない。夜天から習った『ラグナロク』も、理のブラストファイアーにさえ撃ち勝てる自信がねぇ。

 

だから、俺の取る行動は一つ。

 

「………なんですか、その『やれやれ』とでも言いたげな反応は。それもアメリカ人並みのオーバーリアクション」

 

追加して、俺は両の拳を何度かゴツンゴツンとぶつけ、片手を理に向けてチョイチョイと挑発。

 

「なるほど、つまり魔法では敵わないと悟り、だから『肉弾戦で来いよ』と?」

 

そゆこと。

ホントは最初からこうやって挑発したかったんだが、理の奴、問答無用で魔法ぶっ放し始めやがったからな。接近戦に持ち込む隙なんてまるでなかったし。

 

「魔導師のクセして拳での接近戦を希望するとは、馬鹿なのか自信があるのか。そもそも、私のようなか弱い少女を殴ろうとするなんて、いい大人のする事ではないですね」

 

ぷっ、か弱いだって。ぷぷぷっ、か弱いだって!理がか弱いだって!か~よ~わ~い~!!

超ウケる!

 

「あ、今なんかカチ~ンと来ました。いいでしょう、受けて立ちましょう」

 

気持ち怒り顔になった理はルシフェリオンを待機状態にし、コキコキと首を鳴らした。

 

「肉弾戦なら御せるとでも考えたのでしょうが、それは無思慮であった事を思い知らせてあげましょう。生まれる前ならいざ知らず、ここ半年で週の喧嘩アベレージが5を超えるこの私。勝てるのはキレた夜天のみです」

 

上等上等。その勇ましさや良し!

ンじゃ、こっからは戦闘じゃなく喧嘩だ!つまり俺タ~イム!…………と、言いたいところだが。

 

そう簡単にゃあいかねーもんだった。

 

「しッ!」

(げべっ!?ぎ、ッッのヤロウ!死ねぇぇぇぇえええ!)

「ぐッ!?ッッまだです!」

 

喧嘩ってか、泥仕合?

殴ったら殴り返され、殴られたら殴り返す。蹴りもまた同様。

技術もなにもあったもんじゃない、まるで獣同士の気合と根性の喧嘩だった。

 

「「フーッ、フーッ、フーッ………」」

 

お互いの右ストレートがお互いの左頬に突き刺さり、踏鞴を踏んで後退、そこで肩で息をしながら理の様子を窺う。

 

(ちっ、流石にもう喧嘩慣れしてやがってんな)

 

理も肩で生きをして見るからに疲れているが、実際のところ俺のほうが被害が大きい。なにせ向こうは本職が騎士だかんな、技術とかでどうしてもその差が出ちまう。最初の魔法での被害差も大きい。

それでも勝つのはどう考えても俺だけど。

 

「ふぅ、主以外にこうも出鱈目な魔導師がいるとは思いもしませんでしたよ。まさか頭突き、噛み付き、目潰しを平気で子供に見舞うとは」

 

そりゃお互い様だ。騎士甲冑を食い破るとか、どんな顎してんだよ。

 

しかし、このまんまじゃちょっと不味ぃな。決着がつかん。

俺は理だけを相手してるが、フランたちはフェイトにライトにアルフ、そしてボス2人が相手だからな。まだ向こうの方からドンパチやってる音が聞こえるってぇことは、最低でも生きてはいるだろうが、それは時間の問題以外の何物でもない。

 

(どうすっかな~。やっぱ俺だってバラして、こいつらのヤンチャを止めさすか?いや、もうそりゃ手遅れだな。どうせ殺されるなら、抗えるだけ抗いたいし)

 

しかし、どうにかしてこの場を乗り切らにゃあ、俺らは鈴木家とテスタロッサ家の合同軍に全殺しにされちまう。そりゃいけねぇ。俺ははやてを助けてやって満足感に浸るという願いがあるんだ!

 

(勝つ!勝って、生きて、脱童貞!!)

「ピリピリとした空気が身に当たる…………ここに来てさらに気概が増しますか。いいでしょう、私も滾ってきました」

 

拳を握り込み、眼前のロリを睨み付ける。フードの向こう側では、理もまた同じように俺を睨み付けていた。

 

「逝きなさい!」

(死ね!)

 

一歩、踏み出した。─────────のと同時に、桜色の光がまるで昇竜のように夜空へ高々と翔け昇り、プレシアご自慢の結界を薄氷を割るが如く砕いたのが見えた。そりゃもう見事な轟音を響かせながら、これでもかってくらいのトンデモ光景だ。

 

(……………なんスか、ありゃ)

 

いや、いやいやいや………は?ここに来てさらに展開すんの?

もう訳分かんねーよ。あー、アレですか?もう終わりですよってか?幕ですよってやつ?じゃあ取り合えず拍手しとこ。ぱちぱちぱち。

 

(ンな訳あっか!マジかよ、結界壊れたって事ァ管理局の奴らに気づかれんじゃん!?ふざけんなよ、まだ喧嘩の途中なのに!)

 

確かによ、さっさと喧嘩終わらせてフランたちと一時トンズラこきたかったさ。けど、こりゃねーぜ。こんな中途半端な喧嘩の終わりってねーだろ。消化不良もいいとこだ。

 

クソ、誰だよ、あんな化け物みたいな魔法撃った奴は!

 

「あれは、私のブレイカーとほぼ同出力の砲撃、そしてあの魔力光………オリジナルですね」

 

オリジナルって、嘘、アレってなのはが撃ったのかよ?あいつの砲撃魔法、何回か見た事あるけどそん時ぁあそこまでじゃなかったぜ?

つまりあれが全力全開ってことか。怖ぇー。

 

「やってくれますね。これで局が来るのも時間の問題……………少々物足りませんが、今回はお開きですね」

 

………ちっ、まあこればっかりはしゃあねーか。鈴木家もテスタロッサ家も叩けばゴミ屑しか出て来ない家族だからな。局に捕まったら何されるか分かったもんじゃねーし。

けど、ちょっと意外だ。理の事だから、管理局とか関係なく、むしろ全殺しするくらいの勢いで喧嘩を続けると思ったんだけど。

まあ、かく言う俺も以前の俺だったら気にせず続けただろうけどよ。けど、今は無理。なにせ色々と背負っちまってるからな。特にアリシアとフェイトとリニスちゃんとアルフが御用される姿なんて見たくもねぇ。

 

(まあ、なんにせよ、これで一時休戦。流石のプレシアや夜天も局が出張ってくれば冷静になるだろ。あいつらは家族を大切に思ってっしな。いくらキレてても、退き所は弁えてるはずだ)

 

つうわけで、俺も華麗にトンズラさせて貰おう。ところでアイツら全員生きてっかなぁ。ヴィータは半分くらいは死んだだろうな。オリジナルのヴィータは、ちょっとだけガキらしいから嫌いじゃねーんだよなぁ。帰ったら慰労してやるか。

 

(ンじゃ、さっさと帰────────あれ?)

 

今まさに飛び立とうと踵を返そうとし、なぜかそれが出来ないことに気づいた。

てか、四肢が動かない事に気づいた。そして、その四肢にいつの間にか赤色の輪が付いてる事に気づいた。

 

(おっかしいな、俺こんなアクセしてたっけ?)

 

って、これバインドじゃん!?

 

「なに平然と帰ろうとしているのですか?確かに喧嘩をお開きにはしましたが、誰もあなたの事を逃がすとは言っていませんよ」

(やってくれるぜ、このクソロリ!!)

 

体を揺すってみるが、当然の如く抜け出せない。バインドがその空間そのものを固定して展開しているので、そのバインドに手足固定されちゃあどうやっても無理。そして勿論バインドの破壊も俺にゃあ無理。

 

「さて、では縛り上げて連れて帰りますか。あ、と、その前にしぶとく隠し続けているお顔を拝見させて頂きましょう」

 

理が近づき、ゆっくりとフードに手を伸ばしてくる。それに何とか対抗しようと頭を揺すったが、次の瞬間、理から容赦ないボディブローをもらうハメになる。

 

(ごほっ……このガキャあ!)

「大人しくなさい」

 

敵には本当に容赦のないガキだ。いつか絶対ェ泣かす!

 

(………ちっ)

 

俺は半ば諦め、体の力を抜いた。もうどうにでもなれってやつだ。この後の展開も知った事か。考えんのも面倒臭ェ。

まっ、今は俺だと知った時のコイツの驚きの顔、そして主を容赦なくボコッてしまった罪悪感に塗れた顔を見られる事だけを楽しもう。…………罪悪感はねーだろうけど。

 

「では、改めて」

 

理がフードに手を掛ける……が、それはすぐさま離される事となった。

 

「っ!」

 

僅かだが息を呑む音が聞こえたと思ったら、次の瞬間には視界から理の姿が消えた。そして、その代わりとばかりに目の前には仮面をつけた一人の男が佇んでいた。さらにその男は俺を拘束しているバインドまで解除してくれたのだった。

 

「………仲間ですか?」

 

突然消えたと思っていた理の声が、前方約10mの離れた所から聞こえる。腕を胸の前で交差させ、さらに肩ひざを地面についている理の姿は、どう見ても『攻撃は防御したけど吹っ飛ばされました』みたいな感じだ。

 

(………いや、だから何よこの展開)

 

いきなり現れた仮面の男。勿論、俺はこんな変態仮面男なんて知り合いにはいない。いてほしくない。

が、そんな変態仮面は何故か俺を助けた…………で、いいんだよな?俺、助けられたんだよな?てか、誰よ?そもそも何で仮面?

 

そんな絶賛混乱中の俺を余所に、理がルシフェリオンを出して男に向けて構える。まあ、どう考えてもその射線上には俺も入るので、むしろ『二人に向けて』が正確なんだろうけど。

 

「いきなり乱入してきたということは、つまり殺されたいという解釈でよろしいのですね?しかも仮面なんてつけて、俺カッコイイとでも思ってる痛々しい中二の男子ですか?」

 

理の挑発的な毒舌もどこ吹く風で、仮面の男はただ一言。

 

「─────去れ」

「ええ、去りますよ。そっちの男を連れて」

「………………」

 

男は無言で俺の前に立った。それはまるで理から俺を守るように。

 

理と男がジッと睨み合い、それが十秒くらい続いたかと思うと、唐突に理がデバイスを消して溜息を一つ。

先に折れたのは、意外にも理だった。

 

「限界ですね。これ以上ここに留まれば局に捕まってしまう。私一人ならいざ知らず、そっちの男を抱えて連れ去るのは無理でしょうから。いっそ見境なく殺し尽くしたい所ではありますが、さすがに多勢に無勢。こんな事になるなら、他の騎士も連れて来るべきでしたか。魔法世界の方に捜索に行かせたのは間違いでしたね」

 

そう言って理は浮かび上がり、俺たちに背を向けて飛び立とうとして、最後に思い出したかのように一言。

 

「次は総戦力で最初から全力で殺しに行きますので、覚悟しておいて下さい」

 

負け犬の遠吠えなんて可愛らしいもんじゃない、悪魔の死刑宣告を言い放ち、理はビルの合間を縫う様に身を隠しながら飛び去って行った。

そして、この場に残るは変態仮面と俺。

 

(なんなんだよ、コイツは)

 

訳が分からなかった。この男も、この展開の移り変わりの早さも。まるでついていけない。現実はどれだけ忙しいんだ。

まあ、今はついて行ける範囲で、分かった事とやらなければいけない事を実行しよう。もう考えんのメンドーだし。

 

…………つう訳で、まあ取り合えず目の前の男の後頭部を思いっきり蹴っ飛ばしてみました。

 

「っ!?な、何をする!」

「うるっせぇんだよボケ。てめぇ、よくも人の喧嘩邪魔してくれやがったなコラ」

「な、は?」

 

仮面をつけてるとは言え、雰囲気からこの男が呆気に取られてるのが分かる。

 

「あそこで油断させといて頭突き喰らわしてやろうと思ってたのによォ。なのに、得意顔で『助けてやったぜ』とでも言いたいのか?恩着せがましいんだよカス。そもそも、俺を助けるなんて100万年早ェんだよ、この身の程知らずがァ」

「───────」

「しかも、てめぇ、うちのモンを攻撃しくさりやがったな?アイツを傷物にしていいのは俺だけなんだよ。分かったかアホんだら。それとも死ななきゃ分かんねーか?だったら丁度いい、今すぐ殺してやんぜ。消化不良だしよォ。おら、掛かって来いや」

「───────」

「聞いてんのか、ああん?返事しろやオイ。死にてぇのか、ぶっ殺されてぇのか、どっちだっつってんだよ」

 

呆けている男の襟首を片手で掴み上げ、仮面にデコをぶつけ、至近距離でガンつけた。

今が差し迫った状況だってのは分かってる。管理局がすぐ近くにいるだろうし、フランたちの安否も気にはなってる。そもそも俺も体中が痛い。

 

けど、そんなモンよりもまずは自分の今の正直な気持ちをぶつけること優先だ。

 

「は、離せ!こんな事をしてる場合じゃ………」

「おいおい、この場は有耶無耶に誤魔化して凌ごうってか?喧嘩の邪魔する事といい、てめぇそれでも男かよ?金玉付いてんのか?」

 

言いながら、俺は締め上げてる手とは逆の手で男の股間を鷲掴みにした。

 

いや、別に深い意味はないよ?ほら、男同士ならよくやるある種のスキンシップと同じだよ。ノリでよくやるじゃん。俺はホモでもバイでもないしさ。

 

そう、そんな軽いノリでやったんだけど…………。

 

(…………あれ?無くね?)

 

何がって、ナニが。

…………いや、そんなまさか。そんな訳が無いよな。こいつ、仮面はつけてるがどう見ても男だし。声も男のそれだし。

 

(位置がズレてんのか?………ああ、そうか、小さいという可能性も)

 

モミモミ、ぐにぐに………………あ、あれ?どこにやってもそれらしい手ごたえが無い。そんな、まさか女というオチはあるめぇし。

試しに締め上げてたもう片方の手を下にずらし、胸も触ってみた。…………うん、まっ平らだ。

 

(…………取っちゃった人?)

 

男の胸と股間をモミモミしながら、そんな考えが浮かんだ。傍から見ればどう考えてもモーホーな図。

が、しかし。

そんな考えも、次の瞬間には吹っ飛んでしまったのだった。なぜならば、『ポンッ』というファンシーな音がしたかと思うと、目の前にいた仮面の男が突然女になったからだ。しかも、猫耳尻尾付きの結構可愛い顔した女に。

 

「─────────は?」

 

いや、だからさ、急展開し過ぎなんだって。俺の脳の処理速度はもう限界突破してるよ?なんで男がいきなり女になんだよ?性転換の魔法?だったら俺もそれ覚えたいな~。で、女の体になって女性風呂の方に…………………………………ちょっと待とうか。

 

(目の前にいる男が女になって………つまり、今俺がモミモミしてぐにぐにしてサワサワしてるコレは…………!)

 

お、おおおおお胸様と、そして───────

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

俺の最後に見た光景は、太陽並みの真っ赤な顔で、瞳に涙を限界ギリギリまで溜めた猫耳尻尾の女の子の拳が眼前に迫っている光景だった。

 

そして、最後に思ったのは……

 

(は、初めて触った………もう、死んでも、後悔はない…………嘘、やっぱり1回はヤってから死にたい)

 

最近、一日に1回は気絶している今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチリ、と目を開いた。その行為に強い既視感を覚えながら、ゆっくりと周りを見渡す。

どうやらここはどこかの路地裏のようで、薄暗くて僅かに異臭も漂っている。酔いどれか浮浪者でもない限り、好き好んでこのような場所には入りたがらないような場所だ。だというのに、俺の胸中に懐かしさ

に似た感覚が去来しているのは、過去寝床としてこのような場所をよく利用していたせいか。

なんだか可笑しくなり、笑おうとしたら口の中に激痛が奔った。こりゃ口の中が悲惨な事になってんな。まあその他もだけど。

 

「なに変な顔してんだよ」

 

そんな声が聞こえ、ふと隣を見るとヴィータが俺と同じようにビルの壁を背に座り込んでいた。さらにその向こう側にはフラン、シグナム、ザフィーラ、シャマルの姿がある。

皆、例外なくボロボロで、満身創痍という言葉がこれほど当てはまるのも珍しい程の状態だ。

 

「おおっ、起きたか隼。傷は大丈夫か?」

「体中が痛ェよ。けど、今お前がさすってる所は至って健康だ」

 

どこをさすられているのか、それは言わないでおく。さすってる奴がフランだと言えば、もう説明不要だろう。

 

「ンで、ここどこよ?なんでこんなトコにいんの?」

 

俺の問いにシグナムが答える。

 

「ここはあの戦闘場所から5kmほど離れた所だ。気絶したお前を私が見つけて背負って退却した。お前のそんな姿を主はやてに見せるわけにはいかなかったからな、ここで休んでいたんだ。いや、それは私たちもか。安心しろ、局の目は撒いた」

 

シグナムは痛みか、それとも悔しさからか、苦々しい顔をしていた。

 

「はは、確かに皆ボロボロだな。シャマルも、お前いつ来たんだ?」

「シグナムたちが出てすぐです。それで、ついてみたら……地獄を見ました」

「地獄?………あたしはそんな生易しいモンじゃなかった気がするけどな」

 

この中で一番ボロボロのヴィータがぶるっと一度身震い。おおかた夜天のことを思い出したんだろう。気持ちは分かる。あの状態の夜天はデビルメイクライだからな。

 

俺はヴィータに近づき頭を軽く撫でてやる。

 

「わりかったな。うちのモンが調子こいたせいで滅茶苦茶になっちまって。今度キッツいお灸据えとくからよ。俺が生き続けられたらだけどな」

「え、ちょっと待てよ、どういう事だ。その『うちのモン』って」

 

俺の発言を皆が訝しみながらも、話せと訴えかけてくるような視線をよこす。フランも「よいのか?」という視線を向けてくる。

 

まあ、もういいだろ。今さら俺の正体を明かした所でどうなる?事はもうすでに手遅れだ。そもそも隠し事は性に合わねーんだよ。あとあと面倒臭くなるだけだし。

 

(ぶっちゃけるなら早い内がいいだろ。それに、どうなろうともう留まれねーんだし)

 

スロットでメダルを入れた段階なら間に合うが、回してしまったリールはもう止めるしかない。そして、勝つためには回し続けるしかないんだよ。

 

だから俺は破産覚悟で大量のメダルを今投入する。

 

「俺は管理局員じゃねぇ。魔導師だが、ただの一般人だ。で、職業は『夜天の主』。役職は社長ってとこか?部下には夜天、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、理、ライトがいる。さらに取引先としてテスタロッサという魔導師家族とも仲良くさせてもらってる。あと絶賛彼女募集中」

「ちなみに、我も隼の妻兼騎士だ。主は小烏ではなく、この鈴木隼だ」

 

俺とフランの衝撃の告白に皆は沈黙。そして一拍、二拍と沈黙が続き、オリジナル騎士たちの奇声が上がったのは六拍目くらいだった。

 

「ど、どういう事だ、鈴木隼!」

「はァ?!お前が主?何の冗談だよ!」

「ええと、隼さんは主で、部下に私もいる?え、あれ?んん?」

「俺が護るのは主はやて一人だけだ。隼、貴様はナニを言っている」

 

へいへい、落ち着けよ。そう慌てんな。面倒だなぁ。

 

「正確に言うなら『夜天の写本の主』だ。夜天のしゃ・ほ・ん、OK?つまりお前らの夜天の……ああ、今は闇か、その闇の書のコピーを俺は持ってるわけ。機能も完コピされてっから、勿論騎士たちも健在。今もお前たちのコピー騎士と俺は生活してる。丁度、今の八神家のようによ?」

「そ、そんなこと………」

「信じられん?あり得ん?でもマジ。その証拠として、ほれ」

 

俺は写本を顕現させた。それを見て、騎士たちが驚きを顕わにする。

 

「そ、それは確かに闇の書………で、でも、隼さん、脚は?はやてちゃんみたいに闇の書の呪いには……」

「ねーよ、そんなモン。もう主になって半年以上経ってっけど、現在進行形で健康そのもの。怪我は絶えないけどな。ああ、だから完コピってわけでもねーか?」

 

ああ、戸惑ってる戸惑ってる。まあ、それも当然か。いきなりこんなカミングアウトされちゃあ、普通はすぐには受け止めれねーもんだろうよ。

 

そう思って、さてこれ以上どう説明しようか悩んでいたら、

 

「だったら!」

「うおっ!?」

 

いきなり横からヴィータに大声と共に迫られた。一体なんだよと思い、顔を見てみると、そこには怒った様な、懇願する様な顔があった。

そしてヴィータから放たれたのは悲痛な願い。騎士としての率直な思い。

 

「だったら、はやての脚を治してくれよ!夜天だかなんだか知らねーけど、お前もはやてと同じ書の主なんだろ!?お前がそうなら、はやての脚が悪くなるなんておかしいだろ!なあ、頼むよ、はやてを今すぐ治してくれよ!お前なら治し方くらい知ってんだろ!?」

 

続いて他の騎士も声を上げて訴えてきた。

 

「………鈴木隼、私からも頼む。お前が主とか、コピーの自分がいるとか、そんな物は後でどうとでも対処する。今はただ、主はやてを助けたいのだ。だから……」

「隼さん、お願いします。はやてちゃんを治してください。あなたの持ってる書の中に、何か良い方法は記されてないんですか?」

「俺からも頼む。どうか我が主を救ってやってほしい」

 

………やれやれ、まったくどいつもこいつも馬鹿ばっか。自分がこれだけ怪我してんのに、気遣うのは他人の体かよ。まあ、俺んちの騎士どもも似たようなモンだったけどよ。あれらも最初のころはまさにこんな感じだったな。それが今じゃあ、結構なレベルで図々しくなってるし。

 

「はいはい、お前らの思いは分かった。でも、無理ッスよ?」

「な、なんで!?」

「いや、治し方なんて知らねーし。書の主だからって、何でも出来るわけねーじゃん。俺が健康だからって理由だけで、同じ書の主のはやても健康になるとか、そんなご都合ねーべ。世の中ってやつァな、助かる奴は助かる、くたばる奴はくたばる、そうクソったれな程上手く出来てんだ」

「なんだよそれ……なんだよそれ!ふざけんな!認められるか!はやては……はやてはもっと生きなきゃなんねーんだ!あんな優しい奴はもっと楽しく生きるべきなんだ!」

「そうですね~。いや~、こっちのヴィータはホントにガキらしく真っ直ぐだなぁ。ガキ過ぎて逆に反吐が出そうだぜ。カーッ、ぺっ………あ、反吐じゃなくてタンが出た」

「お前……!!」

 

自分の体もボロボロで動くだけで痛いだろうに、それでも俺がムカつくのか、精一杯背伸びしながら震える手で俺の襟首を締め上げてきた。見れば他の騎士たちもかなりガンくれやがってる。

 

ンだよ、ヤんのかコラ。…………あ、フラン、お前はちょっと抑えろ?その振り上げたデバイスを仕舞え。

 

「離せよ、クソガキ。それにてめぇら全員、なに熱くなってやがんだ。てか、勝手に勘違いしてんなよ。俺、言ったよな?はやては助けるって」

「!そ、それは………」

「確かに俺ァ今すぐはやてを治せねーよ?けど、魔力集めりゃ治るんだろ?だったらその方法で治しゃあいい。お前らもそう決めたんだろ?あと1ヶ月もない短い時間で必ずはやてを助ける。その為なら、上手く出来たこの世の中も、ご都合も、俺にとってはクソ食らえ。そんな訳分からん理不尽より、俺の気持ちから来る理不尽の方が優先だ」

「なるほど、これが噂に聞く主の『意味の分からない、勢いだけの、けどどこか気持ちいい超暴論』か。中々に爽快だな。我も膣の中から熱くなってくるぞ。まるで主の言葉が棒になって突き刺さったかのようだ」

 

うん、フランはちょっと黙ろうか。金輪際、こいつにはシリアスパートでは喋らせちゃ駄目だな。

 

「まあ、つまり今までとやる事は変わんってことだな。俺が誰であろうと、お前らがどう思おうと、今はただはやてを助けてやる為に魔力を蒐集しまくるだけだ」

「そうか……そうだな、お前に縋るのは間違っていた。我らの主は主はやてのみ。そして、主はやての騎士である私たちが『魔力を蒐集して助ける』と決めた。なら、それを成すだけだ」

 

そういう事。今更ぐだぐだ考えた所でもうどうにもならん。やる事が決まってるなら、それをやり通せばいい。簡単な話だ。

 

「だが、一つ問題がある」

「あん?」

 

シグナムが神妙な顔で呟いた。そして、俺にキツイ視線を向けてきた。

 

「お前の騎士と、それからテスタロッサだったか?その者たちの事だ」

 

ああ、ね。

忘れてたわ。忘れたかったわ。そうだよ、あいつらをどうにかせにゃならんのだった。今回みたいに魔力を蒐集する度にやりあってたんじゃ、はやての命のリミットには絶対に間に合わん。先に俺の命がリミットオーバーだ。

 

「そもそも、お前はどうして主はやての家に来たんだ?あのテスタロッサという魔導師や、やたら凶悪な鞭捌きをしていた女が言っていたが、お前の事を探しているようだったぞ」

「ああ、それはあたしも気になってた。あの超怖ェ銀髪も「隼はいねぇが~」みたいな感じだったし」

「ん~、まあ、いろいろ複雑な理由があるんだが………最終的に今の俺の状況を一言でまとめれば、家族喧嘩による家出?」

「か、家族喧嘩!?殺気が尋常ではなかったぞ!?」

 

驚きだよな~。俺も驚きだ。…………マジでどうにか対策打たにゃ殺されるな。

 

「だからよ、何か対策ないかな?あいつらが邪魔してこないような良い案」

「………お前が帰ればいいんじゃないか?」

「ザフィーラ、ハウス」

「殺されたいのですか、駄犬」

「フランまで何故だ!?」

 

馬鹿が。それが出来れば苦労はねぇっての。オリジナルザフィーラもコピー同様、あんま使えねーなぁ。それだから犬なんだよ。この犬。

 

「はい、次、意見のある人」

「ええっと、それだったら事情を話して手伝って貰えばいいんじゃないですか?」

「そうだな。あの銀髪一人でも手伝ってくれれば、魔力なんてすぐに集まるだろ。……お前の騎士やってるもう一人のあたしに会うのは何か複雑だけど」

 

シャマルとヴィータの意見もまた尤もなものだ。俺も幾度も考えた。けど、それは俺の中ですでにダウトなので却下した。

 

「やっぱそんないい案はないか」

 

けど、だからってこのままじゃ駄目だ。何が駄目って、おもにこれからの物語的に。

毎回カオスは疲れるんだよ。

 

頭を悩ます俺に、シグナムは冷たい現実を突きつけた。

 

「難しいのではないか?お前の騎士は我らのコピーなのだろう?少し複雑な気分だが、だからこそ良く分かる。一度剣を振り上げたなら、目標を斬るまで下ろす事はないぞ。足止めでさえ、容易ではないだろう」

 

だよな~。そしてその目標が俺なんだよね~。ああ、そうか、だからコイツラまだ生きてんだ。目標が俺だから、その他は眼中にないんだな~。マジ絶望。

 

(なにか、なにか良い案はないもんかねぇ)

 

鈴木家とテスタロッサ家を潰す、もしくは喧嘩場に出てこさせないような案。さらにあわよくば、あいつらの多大な魔力を大量に蒐集する事が出来るような案は!

 

「じゃあいっその事、ザフィーラを隼に変装させて足止めさせてみるか?」

「おいヴィータ、隼の話しを聞く限り、そこに行けば俺は確実に殺されてしまうぞ!?」

「ザフィーラ、俺のためにありがとう」

「何故お前のために死なねばならん!」

 

まっ、そんな簡単にはいかねーよ。ザフィーラと俺じゃあ体格が違いすぎるし、何よりたかが変装程度でうちのモンが騙し通せるわけがない。

ハァ、こりゃ毎回戦争するしかねーんかなぁ。命と体と奇跡がいくつあっても足りねーぞ。

 

俺は頭を抱え、髪をがしがしと掻く。フードを被ってはいたが、流石にあれだけ派手に喧嘩すれば関係ないのか、髪の毛の中から砂や乾いた血がぱらぱらと落ちてきた。

霞んだ金髪が、その汚れでさらに霞んでしまっている。…………………………………ん、あれ?今なんかすごいヒント的な事が思い浮かんだような?

 

(霞んだ金髪………変装………大量の魔力………)

 

……………………………あ。

 

「いたあああああああああああああああああああ!!!!!」

「「「「「!?」」」」」

 

いた!いた!いた!いた!

いたよオイ!

ちょ、え、マジでキタ!あいつらを足止め出来て、かつ大量魔力ゲットの案キタコレ!

 

「ど、どうしたんだ隼?急に大声出して」

「フゥーーーハハハハハ!聞いて驚けテメェら!邪魔ものどもも、はやての命も、全ての事を近いうちにこの俺が一切合財解決してやんよォ!!」

「ほ、ホントか!?」

「当然!」

 

俺の計画に抜かりはない!完璧だ!もうどんな邪魔者が乱入してきても大丈夫!………………あの仮面娘とはもう一度会いたいけど。あの子、リニスちゃん程じゃないにしてもなかなか可愛かったな~。もう一度だけ会って、是非とも連絡先を交換したいもんだ。あ、いや、その前に一発殴り返さにゃな。

 

「……………少々計画に変更が必要になりそうだな」

 

ん?なんか隣でフランがぶつぶつ言ってる。

 

「なんか言ったかフラン?」

「計画に変更が必要になりそうなのだ」

 

そこ、とぼけないのかよ。ホントお前は俺に誠実だな。てか、なんの計画だよ。いや、聞きたくないけど。ヤブヘビ勘弁。それにお前の計画より俺のそれだ。

 

「計画?俺の計画に全てを任せておけ!ははははははははは!」

 

邪魔者の足止め、大量の魔力蒐集、戦力増強、さらには俺の命の安全…………上手くいけばこれ全てが一挙解決!いや、絶対に解決させる!

 

(明日以降の朝日が拝めそうだ!)

 

男の高笑いがその日、路地裏に響き渡った。

 

 



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06

 

お~い、お子さまや~い。

 

 

 

 

─────つ~ん、だ。

 

 

 

 

いい加減機嫌直せや。この前は悪かったっつってんだろ。

 

 

 

 

─────つんつ~ん、だ!

 

 

 

 

………イラッ☆

 

 

 

 

─────つんつんつ~……いたたたたた!?は、隼、頭ぐりぐりしないで痛いです!?

 

 

 

 

機嫌直せっつってんだろ?俺が謝ってんだぞ?何様だコラ?仏の顔も3度まで、俺の顔は一度までだぞ?

 

 

 

 

─────相変わらず理不尽ですね!?

 

 

 

 

たく、何度も言ってんだろ?お前の胸にもキチンと価値あるって。俺には無価値だけど。

 

 

 

 

─────そ、それじゃ意味ありません!私がこうやって会えるのは隼だけなんですから!隼からの必要性が、私の価値です!

 

 

 

 

おお、そりゃ光栄だね。

お前とこうやって夢ン中で会って早数ヶ月。もう来週から師走かぁ。年の瀬、もういくつ寝ると~ってか。……うわぁ、もしかして今年ってクリスマスプレゼントとかお年玉用意しなきゃなんねーのかなぁ。思えば今までやった事ねーな。初体験だ。

 

 

 

 

─────クリスマス?なんです、それ?

 

 

 

 

あん?知らねーの?そうだな……簡単に言やぁクリスマスは相手の欲しい物を、お年玉は正月に現金をあげるんだよ。大切な人とかガキによ。

あー、やだやだ、クリスマスプレゼントはともかく、何が悲しくて見返りもなく金やらにゃならんのか。

 

 

 

 

─────へ~………あのぅ、隼?

 

 

 

 

あん?ンだよ、チラチラ見やがって。

 

 

 

 

─────わ、私も、プレゼンと欲しいなぁ~て。も、もちろん、私もちゃんと用意しますよ?隼は、その、大切な人ですから!

 

 

 

 

貰えるものは貰うが………すまん、俺の方からはお前にあげることは出来ない。

 

 

 

 

─────……え、あ、そ、そうですよね。隼は別に私の事なんて……

 

 

 

 

俺に……俺に豊胸手術、つまり胸を大きくする技術はないんだ!だが何度も言うように諦めんなよ!誰だってきちんと成長するんだ!お前だって今から毎日牛乳飲めば10年後には0.1mmくらい成長するはず!

 

 

 

 

─────い・い・か・げ・ん・に、それから離れてください!!

 

 

 

 

この日から三晩ほど、ガキの機嫌はかなりの傾斜角を誇る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

06

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の喧嘩は過去稀に見る大喧嘩だったと言えよう。

あっちで原色の光が輝けば、こっちで肉を殴打する無骨な音が響く。罵声が飛び、血潮が飛ぶ、一見戦場のように見えても、しかしそこは喧嘩場だった。

 

そんなおっかなくも楽しい喧嘩を、三度の飯と同じくらい大好きな隼君は勿論とても楽しんだ……………わけねーじゃん。

 

いや、もうねぇ………このままじゃイカン。イカンのですよ。ビンビンにおっ立っちまってんだよ、壊滅フラグが。いろいろな意味でよォ?

何をどこで間違ったとか、そんな考察してる余裕なんてない。可及的速やかにフラグをへし折るしか生き残る道はねーんだよ。俺はまだ死ねないんだ。女一人抱くことなく死ぬなんて、そんなダセェ醜態晒せるかよ。何としても生き残って、哀れなはやてを救ってやって、ハッピーなエンディングを迎えなきゃなんねーんだ。その為なら、俺は夜叉でも鬼でも悪魔でも相手取って喧嘩してやる。

とことん突っ走ってやる………俺が童貞である限り。

 

そんな心意気が、きっと居もしない筈の神にも届いたんだろう。

 

天恵が舞い降りたんだ。それはもうリニスちゃんが満面の笑みで俺に笑いかけてくれるが如くの希望を伴った天恵が。

だが、しかし俺も最初はその天恵の実行に躊躇った。所詮は俺の頭で閃いた程度の打開案だ。よくよく考えれば穴だらけで、むしろそれは自ら進んで穴を掘ってしまうような考えなんじゃないかって。自慢じゃないが、工事現場のバイトでよく穴掘りはやってたから得意なんよ。よって今回も俺は綺麗な穴を掘っちまうんじゃないかって危惧したさ。

だからさ、俺はもう一度冷静になって考え直そうとしたんだ。練って練って、より良い案を出そうかと思って………………思っただけでやめた。

だってこの俺がどうこう考えた所で良い案なんて出るわけねーし。その場のテンションで波乱万丈に生きてきた俺が何をどう考えろっての?それにさ、昔の偉い人が言ったじゃん?『99%努力しても、1%の閃きがありゃあ努力なんてしなくていいんだよバ~カ!てか、努力する姿カッコイイが許されるのは小学生までだよね~』てよ。

だから俺もそれに則って「俺って天才!」的なノリでもう行っとこうかな~てね。面倒くさい事は無視して、思いついた事は即実行。楽に生きようぜ。

コレで良くね?うん、よろしい。

 

……………つう訳で。

 

「ウッス、姐さん。ジェイルいる?」

 

当初の閃きのままに、俺は実行に移すのだった。

 

使えるモンは使わねーとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の第一次バケモノ大戦から数時間経った現在、深夜の八神家の一室にて、俺は電卓に似た端末を操作していた。

現在時刻はすでに夜の12時を回っており、はやて以下騎士は全員各々の部屋でぐっすり就寝中。

 

あの修羅場から無事生還を果たした俺たちを、はやては涙ながら安堵し、また怒っていたのは記憶に新しい。てか、ほんの3~4時間くらい前だし。

 

ボロボロになって帰ってきた俺たちの姿を見て、はやてはまずは驚き、そして泣き、さらにどういう事かと怒り始めたのだ。それはもう悲痛な限りで、さらに主を心配させてしまった騎士共の様子も悲痛な限りで、もう悲痛スパイラルだった。勿論、俺はそんなスパイラルに組み込まれるのは嫌なので、一人大人しくタバコを吹かしていたら、『なに一人関係ないですよ的な顔しとるんや!』と泣きっ面のはやてに怒られ、敢え無くスパイラル仲間となってしまった。

 

それから1時間に渡りはやての講義が始まり、それに対して適当に相槌を打ちながら適当に事情説明してたら、はやてはその態度が気に入らなかったのかさらに癇癪を起こし、聞くに堪えない程うざったく感じて来た俺は、ギャアギャア喚くはやてを問答無用で風呂に叩き込んで漸く終わった次第だ。

そのあと夜食を食いながら、騎士達に話した俺の素性をはやてにもカミングアウトし、最後にお決まりの「全て俺に任せろ!」と熱血馬鹿のように宣言して取りあえずの所は事なきを得た。

 

んでだ。

 

俺は今宛がわれた八神家の一室でベッドに寝そべりながら端末を操作してるわけ。

 

「────そういう事で、俺は何故か知らんがオリジナルの書の主の家にいるわけ」

『クッ、ハハハ、まったく君は相も変わらず飽きさせない男だね!』

 

俺の今の置かれている状況を聞いて、さも愉快そうに笑う一人の男。

端末の先から空中に小さな画面が浮かび上がっており、そこには可笑しそうに顔を歪めるジェイルが映っているのだった。

 

「こちとら笑えねーんだよ。このまま行けば俺ガチで終了しちまうっての」

『そうだろうね。管理局だけならどうとでもなるだろうけど、君の家族や隣人が出て来たとあっては闇の書の完成はまず無理と見ていい。鈴木家テスタロッサ家連合など、悪夢以外の何ものでもないじゃないか』

 

ちなみにこの電卓に似た端末だが、曰く、ジェイルんち直通の秘匿回線端末らしく、管理局でも傍受出来ない一品らしい。

いつだったか遊びに行ったとき姐さんにもらったのだ。

 

「ンな事ァ分かってんだよ。だがな、そこは流石の俺!解決策がピコンッと閃いたわけよ!」

『ほう?』

 

今までの愚痴交じりの現状報告も、冒頭の『天恵』を実行するべくの土台作り。

ここに来てようやく本題に入れる。

 

「今俺の頭を悩ませてる絶望は三つ。一つは俺んトコの騎士やテスタロッサ家の乱入、一つは圧倒的な戦力差、一つははやてデスまでのタイムリミット」

『まあ、そうだろうね。しかし、そんな状況をどう覆そうと言うんだい?そう簡単にはいかないと思うが?』

「ああ、そうだろうな。でも、お前は予想ついてんだろ?俺の案に」

『いいや、見当もつかないね』

 

言葉ではそう言うジェイルだが、顔は愉快で堪らないといった表情を浮かべている。どう見ても見当がついてる顔だ。

まあ、そりゃそうだろうな。俺からジェイルに通信をした上に、今の俺の状況を一から懇切丁寧に教えたんだからな。これで見当の一つもつかない馬鹿はいねーだろ。

 

だから、俺は胸を張って言ってやる。

 

「手ェ貸しな。テメェに拒否権はねーぞ?」

『クククッ、まるで悪役が吐くような台詞だ』

 

いたいけな少女の命を救うべく奮闘する正義のヒーローに向かってなんて言い草だ。

 

『手を貸すかどうかは兎も角、ちなみに何をどうすればいいんだい?』

「分かりきった事聞くか?まあいいけど。………まずはドゥーエだ。あいつを俺んちにやって騎士共を足止めさせる」

 

機械姉妹の上から2番目、変身偽装能力を持ってるドゥーエ。

その変身は見事なモンで、魔導師でも簡単には見破れるもんじゃない。だから彼女には俺に変身して俺んちに住んでもらい、あいつらの乱入を止めさせる。ついでに俺に下される筈の死刑執行も代わりに受けて貰っちまおうって寸法だ。

 

『ふむ、確かに適任だが、生憎と今彼女はこっちの任務で管理局に潜入させててね。ここには居ない。仮に居たとしても彼女が首を縦に振るとは思えないよ。君と同じくドゥーエはドSだからね』

「知った事か。そっちの事情よりこっちの事情が優先なんだよ。今すぐ呼び戻して明日にでも俺んちに行かせろ。………それとドゥーエ含めた全員に言っとけ、『もし今回こっちの言う事を聞いてくれるなら、この鈴木隼が一度だけそっちの言う事も何でも聞いてやる』ってよ」

 

俺も今回ばかりはガチで必死なんだ。だから、いつもは殴ってでも問答無用で無償でやらせる事も、今回ばかりはギブアンドテイクを提唱する。

争ってる暇もないかんな。

 

そんな俺の俺らしからぬ殊勝な言動にジェイルは、寿ぐように一度だけ手を打ち鳴らし、その顔を破顔させた。

 

『ックク、アハハハハハ!これは驚いた!まさか君の口からそのような、ある種お約束の言葉が出てくるとは。そこまで切羽詰ってるという事かな?』

 

ああ、事のほかガチで。

 

『それで、"まずは"と言う事は、まだ他にも依頼があるのかね?』

「ああ、残り三つな。一つはお前んとこ姉妹全員のリンカーコアから魔力を頂く。二つ目は一人か二人、魔力蒐集の助っ人としてこっちに寄越せ。最後の一つは今地球にいる局の情報が欲しい」

 

あのキカイダー姉妹の魔力量が果たしてどれほどの物か、詳しい所は知らんが、戦闘機人なんて名乗るくらいだからまさか少ないなんて事はねーだろ。まあどうであれ、蒐集しておいて損にはならん。さらにそん中から特に強い奴をこっちに呼んで、魔力蒐集を手伝わせりゃあ効率は格段に上がるはずだ。管理局の動向も分かれば、さらにそれは倍率ドン。

 

『まったく贅沢な要望だね。まあ後者の二つだけなら叶えて上げられない事もない。血気盛んな子や君によく懐いてる子はすぐにでも手伝いに行きたがるだろうし、情報収集ならクアットロがいるからね』

「何言ってんだよ、全部叶えろ」

『そうは言ってもね、こちらにも事情があるのだよ。いろいろと任務があるし、それにあの子たちは魔導師ではなく戦闘機人。リンカーコアにプログラムユニットを無理やり干渉させて魔力運用させてるからね、蒐集されればどのような弊害が出るか分からない。下手したら廃人になっても可笑しくはない』

 

む、それは確かに不味いな。あんな美人姉妹を廃人とか、マジで世界の損失だからな。はやての命を救う為とは言え、そのせいで美人姉妹を廃人には出来ねぇ。むしろ美人数人を廃人にするくらいなら、俺ははやての命を見限るね。

 

「ちっ………ンじゃ、蒐集は無しにしてやんよ。けど、それ以外の俺の要望には応えろよ」

『まったく勝手な男だね君は。しかし、本当にいいのかい?「なんでも言う事を聞く」なんて約束をしても?』

「構わねーよ」

 

どうせ世間知らずのアイツらの事だ、大した願いなんて持ってねーだろ。それに俺は今超リッチマンだからな。なんだって金で解決してやんよ!

金さえありゃあ何でも叶う世の中だぜ!金様万歳!

 

『君の変装をさせるドゥーエ、助っ人に行かせる子、情報収集のクアットロ………最低でも三人の言う事を君は聞かなくちゃならなくなるよ?それが例えどんな事であろうと』

「だから、べっつに構わねーって。どうせ取るに足らんお願いしか言って来ないだろ」

 

これがもしフラン、もしくは理だったらどんな『お願い』をされるか分かったもんじゃねーけどな。てか、普通に「ここに判を押せ」とか言って婚姻届を持って来そうだ。

その点、アイツらならまさかそんな馬鹿な事は言うまい。せいぜいが「一日組み手の相手になれ」とか「どっか遊びに連れて行け」とか、その程度の微笑ましい願いだろうよ。まあ、腹黒いクアットロに関しちゃあんま楽観は出来ねーが、いざとなりゃバックれりゃいいし。

 

『…………やれやれ。君はもう少し自分の好感度を見返すべきだと進言しておくよ。あのいつもクールなウーノでさえ、君が家に来る日の前日から矢鱈嬉しそうに、それはもう遠足の前の晩みたいなテンションで───────────』

 

と、そこまで言い終えたジェイルだったが、その姿が突然画面の向こうから消失した。そして少し間を置いて『ガシャンッ!』と、まるで何かが吹き飛ばされ、その何かが盛大に機械に突っ込んだような音が聞こえた。

 

「お~い、ジェイル~?」

 

呼びかけるも反応はなし………と思いきや、意外な人物が画面の向こうに現れた。

 

「おっ、姐さん」

 

俺が姐さんと呼ぶ人物、機械姉妹の一番上の姉、ウーノ。

なぜ俺が彼女をそう呼んでいるかというと、まあ紆余曲折あったわけよ。今はそんな事ァどうでもいいので事の経緯は省略させてもらう。

 

さて、そんな姐さんだが、どうやら怒っているらしく、顔を真っ赤にして奥のほうを睨んでいた。

そして、その姐さんが睨みつけていた方向から、手や足首に紫色のエネルギー翼を発生させた一人の女性が画面を横切って消えた。気のせいか、ジェイルが小脇に抱えられていたような………。

 

「一体どうしたんスか、姐さん?」

『いえ何でもないわよ。それより隼くん、話は聞かせて貰ったけれど、あなたお困りみたいね?』

 

ジェイルが一体どこに消えて、そもそも何故消えたのかが気になるところではあるが、まぁあんな根暗オタク科学者と話すより姐さんの顔見て話すほうが何倍もいいので気にしない。

 

「ええ、そうなんスよ。マジで死んじまうかも知んないってくらいには困ってるんス」

『そう………ねぇ、隼くん、さっき言ってた『何でも言う事を聞いてやる』ってのは本当なのよね?』

「聞いてたんスか?はい、マジッすよ」

『………だったら、わ、私がそっちに手伝いに行ってあげてもいいわよ?』

 

そう言って視線を忙しなくさ迷わせる姐さん。

なにをキョドってるのか知らないけれど、いつも母さんみたいな雰囲気を漂わせてる姐さんだから、こんな姿を見せるのはとても新鮮で、まさにギャップ萌えだった。

 

だから、俺はそんな姐さんに向かって優しく言葉をかける。

 

「あ、いえ、姐さんは結構ッス。だって姐さん弱いし。力になりゃあしませんよ」

『ッ!?』

 

萌えだろうが何だろうが、姐さんは今回使えねーだろ。どう見ても蒐集の為の戦闘なんて出来そうにないし、実際いつも端末イジッてるかお菓子焼いてる印象しかない。

 

「出来れば戦闘が出来て、ある程度強い、さらに癒し効果もあるチン嬢ちゃんあたりに来て欲し──────」

『戦闘と言えば私だろうが、馬鹿者』

 

そう言って、気落ちしている姐さんを画面の中から退かして割って入ったのは、ドヤ顔で腕組みしている機械姉妹の3番目の姉トーレ。

この俺に向かって平然と「馬鹿者」呼ばわりして来やがる、姉妹の中で最も勇ましい女性。普通ならそんな態度を俺がいつまでも許す訳ねーが、そのぴったりフィットした服によって強調されるお胸様とお尻様

があまりに素晴らしいので許している。…………あまりに素晴らしいんだ、本当に。

 

「は?ああ、トーレか。お前が姉妹ん中じゃあ一番強ェんだっけ?」

『そうだ。だからイの一番にお前の口から紡ぎ出される名前は私以外あり得ないだろうが。むしろ私以外お前には必要ない。な~に、すぐさま場を収拾させてやるさ』

 

大きな大きな胸を張って断言する様は、相変わらず男らしい。実力も申し分ないだろう。けどなぁ、トーレは多少考え無しで大雑把さが目に余る時があるからさ、蒐集なんて繊細な事が果たして出来るかどうか………。

 

『助けが欲しいならさっさと私に乞えばいい物を。待っていろ、すぐに行ってカタをつけてやる!私の強さをすぐ傍で見ているといい』

「いや、ちょっと待てって。勝手に話を進めないでくんね?俺としてはだな、チン嬢ちゃんかもしくはセインあたりが最適だと──────」

 

言い終わる前に画面がブラックアウトし、残ったのはただ沈黙のみ。端末を操作し、再度回線を繋げ様と試みるがどうしてか全く応答しない。

あー、もう!

 

「っっの、毎度毎度あの馬鹿トーレ!ちったぁ人の話を聞けってんだよ!」

 

あいつはいつもいつも勝手に決めすぎなんだよ!猪突猛進もいい加減にしろってんだ!そのお陰で一体俺が何度多大なる迷惑を被った事か!

 

最初はトーレもこんな奴じゃなかった。いや、トーレだけじゃなく姐さんもチン嬢ちゃんもだ。出会った当初はもっと警戒心を露にし、敵視をしていたといっても過言じゃなかった。ジェイルが傍にいなきゃ会話はおろか挨拶すらまともにしてくれない状態だった。

それが1ヶ月経ち、2ヶ月経ち、気づいたらあら不思議。

姐さんは毎回お手製のお菓子を用意してくれるようになったし、トーレは何かと自分という存在を強調し始めたし、チン嬢ちゃんも笑って接してくれるようになった。勿論、ドゥーエ、クアットロ、セイン、ディエチも多かれ少なかれ変わっちまった。

まあ、俺も当初はその変化を喜んだもんさ。「やっと受け入れてくれた、これで気兼ねなく美人とお話が出来るぜヒャッホー!」てな感じでよ?

けどさ、その思いも束の間ってやつ?受け入れてくれたのは嬉しいけど、ここまでくると逆に嫌がらせしてんじゃね?って思うわけよ。単純にこいつらは面白い玩具が現れた程度にしか思ってねーような気がするんだ。特に理に負けず劣らずドSなドゥーエはそれが顕著だ。家庭訪問すれば確実に1回は、あの物騒な爪で引っ搔かれてる。

 

…………ん?それはただ単に俺が鈍感なだけで、実はマジで好かれてるんじゃないかって?

 

うんうん、そう思うだろうね。まあ無理ないさね。『私以外お前には必要ない』とか、もうプロポーズじゃんと思うだろ?

 

そうだな、そう思う人には俺からこの言葉を送ろう──────甘ェんだよ、ボケ。

 

俺だってな、最初はそれはそれは期待したさ!いつしかこんな柔らかい態度を取るようになった姉妹共に、俺は胸と股間を熱く滾らせたさ!さらば童貞と何度思った事か!

………でも、違ったんだよ。そうじゃなかったんだ。こいつら、マジで俺を男と意識してないんだって。態のいい遊び相手、もしくは色んな雑学を教えてくれる近所のお兄さんくらいにしか認識してないんだよ。

 

……………わりぃ。なんだ、話が逸れたな。

 

まあ、つまりはだ。大まかに簡単に分かりやすく纏め、極論すると─────────この先俺には当分彼女が出来ないだろうっつう事だよ!!

 

(………せめてフランの奴が俺と同年代だったら)

 

しかし、現実はフランはガキであり、そして俺はロリコンではない。よってフランを彼女にする事も有り得ない。将来的にもないだろうよ。以前にも言ったが、見知ったガキとそういう関係になるなんて何か萎えるし。

 

(はぁ、馬鹿らし。寝よ寝よ)

 

これ以上考えても遣る瀬無い議題だ。今はただ、俺の天才的閃きによる打開案が実現する事を喜ぼう。

早ければ明日にでもドゥーエは鈴木家へと赴き、騎士共の乱入を防ぐと同時に俺へのリンチまでも代わりに受けてくれるだろう。クアットロは局の動向を掴み、その情報を元に俺たちは局と鉢合わせしないよう裏を掻いて魔力蒐集をすればいい。助っ人は結局誰が来るかは分からんが、誰が来ても確実な戦力アップが見込める。

 

ここに俺の策は成った。

後はゆっくり魔力を蒐集して行きゃあいい。予想じゃ1ヶ月も掛らず集まるはずだ。

 

まあ何はともあれ、こうして俺の長い一日は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けて翌日。

俺は異様な肌寒さ、及び身体の上を何かが這っているような感触を伴って目が覚めた。

おかしい、昨夜はあの通信の後すぐ布団に包まって寝たはずだ。つまり俺が感じていなければいけないのは、温かい布団の感触のはずなのに何故?なんで肌寒い上にくすぐったいんだ?

そう思いながら、寝ぼけ眼のまま取り合えず首をお腹の方へと傾けた。

 

……………なんか居た。

 

俺の身体の上に、胸板に手を添える形にして一人の人間が居た。そいつは昨晩俺が着て寝たはずのシャツを何故か着ており、さらに赤く小さな舌をちろっと出して恍惚な表情で一心不乱に俺の身体を舐めている。

なるほど、室内とは言え冬場に上半身裸で人にちろちろと舐められてりゃ、そりゃ当然肌寒いし、くすぐったくもあるだろうよ。うん、納得した。あ、でも一つ訂正。こいつは人じゃなくてプログラムだったな。

わははははははははっ!…………………………。

 

………………………………。

 

………………。

 

「おのれは朝っぱらから何しとんじゃああああああああああああ!!」

 

子犬のように人の身体を舐め回してやがったフランを、俺は全力で巴投げした。しかし変態は器用に空中で身体を捻り、ストンと綺麗に着地を決める。理を彷彿とさせる身のこなしだ。

そして、いけしゃあしゃあとこうのたまった。

 

「柔道技をかけてくるなら、我はどちらかというと投げ技より寝技で来て欲しいな。くんずほぐれつヤろうではないか」

 

こんの変態王が!

 

「締め落としてやろうか!」

「ふっ、締まり具合なら我も自信があるぞ。どれ、体験してみるか?我はいきなりでも良いが、そうだな、前戯として最初は指か舌を突っ込───────」

「言うな!マジいい加減にしとかねーとその口にデバイス突っ込むぞ!!」

「シュベルトクロイツをか?ふむ……………………ギリ有りだな。剣の装飾部分は痛そうだが、それも主のだと思えば痛みもまた快楽となろう。口での練習も兼ねて、さあ、挿入して来い。王たる我がすべてを受け止めよう!あ~ん」

 

………ダメだ。こいつには何を言っても尽くそっち方面で切り返してきやがる。このガキは本当にもう手遅れだ。理やヴィータ以上の絶望的なガキがここにいる。

 

俺は頭を抱えながら大きく溜息をつき、枕元に置いてあった煙草を一本咥えて着火。肺を煙で満たせる事でどうにか落ち着くことが出来た。

 

「もういい、もう分かった。お前に何言っても無駄だ。勝手に一人で延々と遊んでろ」

「つれないな。だが、そこがまた愛おしい。罪な男だな、我が主よ」

「そうだね~。罪な男だね~。………………マジで前科持ちの男になってやろうか」

 

目の前のこいつを殺したら殺人罪が適用されるかな。それとも人間じゃないから器物破損か?

 

「ふむ、まあ戯れはこの辺りで収めておこう。我がここにいるのは他でもない、主を起こしに来たのだ。『昼は何が食べたい?』と、小烏から伝言だ」

「昼?」

 

言われて室内にある時計を確認すれば、時刻はすでに午前11時を回っていた。そして俺の腹もいい具合に空いている。

 

「たく、そうならそうと早く言え。てか普通に起こせよ。おら、下降りんぞ……………て、おいお前、何してやがる」

「主の残り香and温もりのあるベッドに包まっているだけだが?さらに加えると我の匂いも擦り付けて置こうと思ってな。枕を股に挟んでと………ふむ、少々欲情してしまった。しばし待たれよ、5分で済ます」

「…………………」

 

俺はフランを布団ごと荷造り用の紐で縛り上げると、一人リビングへと足を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階下に下りればそこには八神家全員がすでに集合しており、各々が思い思いに昼食前の一時を過ごしていた。

タバコを咥え、ズボンに手を突っ込んでケツを掻きながら起きてきた俺に一様に皆が呆れの視線を送ってきた。

 

「おはよーさ~ん。おうおう、皆さんお早い起床で」

「隼さん、それはフリやよな?突っ込んでいいんやな?ほな言わせて貰うわ…………全然おはようやないよ!おそようやろ!」

 

いやいやいや、別にフってねーし。普通の挨拶じゃん。てか、今まだ昼だろ?全然遅くねーし。まっ、朝からはやての素敵関西弁が聞けたから細けぇこたぁいいや。

 

「ンな事より飯にすんだろ?おら、突っ込む暇があんならさっさと用意しろ。動かすことの出来ない残念な脚でせっせと働きな」

「ハァ………隼さんってホンマ分かりやすい性格しとるよね。まだ会って1日しか経ってないのに、ようそない配慮も遠慮もなく言い切れるよな?」

「正直者という言葉は俺のためにあると思ってる。逆にはやては将来人を食ったような狸になってそうだな。根拠は無いけど確実に」

「酷ッ!?まぁけど、狸は狸でも超可愛い狸ならええよ。ぽんぽこぽん♪」

「…………はっ」

「ああ!鼻で笑いよった!私、傷ついたわぁ。罰として抱っこしてや」

「何だそりゃ。生意気言ってんなよ、俺の抱っこは高ェぞ?分給1000円だ」

「未だ見ぬ悪徳!?………しゃあない、私の体で払ったるわ!隼さんの好きにしぃ!」

「…………ふんはっ!」

「また鼻で笑った!?しかも、今度は爆笑!?これが世に聞く鼻爆笑か!?」

 

関西弁を使う奴はこういうノリの良さをデフォで持ってんだろうか?なんだよ、この打てば響く愉快なガキは?アリサもなかなかのツッコミ娘だと思っていたが、さすが本場関西は違うな。今、俺の中の『可愛いガキランキング』ではやてが急上昇中だぞ。

 

俺は鼻ではなく普通に笑いながら、はやてを車椅子から抱き上げ、そのまま肩車した。それに気を良くしたはやてが意味もなく俺の頭をぺしぺしと叩いて来たので、その手を掴みガブリと一噛み。「隼さんに食べられるぅ~」と言いながら、携えた笑みをより深くしていた。

 

そんな俺たちの戯れを、騎士達全員がどこか呆然とした様子で見守っていた。

 

「主はやてがあんなにも子供らしく振る舞い、笑っておられる………」

「いつも家事洗濯したりして、そういう事に疎い私たちの事を気に掛けてくれてるはやてちゃんだけど……」

「考えて見れば、はやてだってまだ子供で、そういう事をされる立場なんだよな……」

「俺は、俺たちは騎士として護っていたのではなく、もしかしたら甘えていたのかも知れんな。主の懐の広さのあまり、子供だということを忘れて………不甲斐無い」

 

あん?なんか騎士共が顔寄せ合ってダウナーな雰囲気作ってんぞ?なんかまたどうでもいい事考えてんだろうな、あの顔は。うちの奴らも昔はそんな顔ばっかしてたからよく分かんだよ。

 

「おい、そこのボンクラリッター。なに神妙な顔してんだよ、こっちまで何か暗~い気持ちになんだろ。うざいから止せっての。特にシグナムとシャマルは笑顔じゃなきゃ駄目だ」

「美人やから?」

「当然!」

「あははっ。けど、隼さんの言う通りやで?八神家は笑顔がモットーや!」

 

俺とはやての言葉に目を見開き、ぱちくりと数度瞬き、それから皆柔らかな笑みを浮かべた。

うんうん、やっぱ美人はこうでなくっちゃよ。ヴィータも大人しく笑ってれば可愛いんだよな~。

 

「あ、ザフィーラは笑わなくていいから。てか、犬の姿で笑うなキモい」

「お前は俺にだけちょいちょい酷くないか!?」

「野郎に与える優しさの持ち合わせなど、俺にゃあない。それでも俺に優しくされたきゃ金か女を貢げ」

「金はないが、女なら………」

「おい、待てザフィーラ。何故私とシャマルとヴィータを見る!?」

「あ、ヴィータはいらねーから」

「てめぇ隼コノヤロウ!」

 

騎士共のノリも良くなり、ヴィータも弄った所で、いい加減もう飯にするか。俺ァもうお腹ぺこぺこの餓鬼状態だぜ。ドカンと何か腹に溜まる物を食いたい気分だ。

という事で、

 

「さて、そろそろ飯にしようと思うが………喜べ、今日はこの俺が作ってやんよ」

「「「「「え」」」」」

 

なによなによ、その超ドびっくりしたような顔は?心外だ、とても心外だ。

何を隠そう、俺だって料理くらい出来る。なにせ騎士共が出現する前から、一人暮らしで頻繁に自炊してたんだからよ。まあ料理を覚えた理由は、俺と料理という組み合わせのギャップを持って女にモテたかったという悲しいもんだが。

 

「バリバリ自分勝手最強No.1の、あの隼さんが進んで料理を作る?空からコロニーでも落ちて来んやろか?」

 

ああ、そっちの意味でびっくりね。

俺だって最初は全部はやてにやらせようと思ったさ。でもな、はやての手を噛んだ時見たんだよ。ガキの手にはまったく似つかわしくない"あかぎれ"の数々を。

あんなモン見せられたらお前、なあ?いくら俺でも良心が働くっての。もしそれがお母さんという立場の女性の手にあったのなら、それはしょうがないだろうよ?いや、しょうがないって言い方も失礼か?ともあれ、だからといって可愛いガキの手にあっちゃあいけねーだろ。

 

「ハッ、どうとでも言いな。兎に角、はやては食卓に付いて食器をチンチン鳴らしながらガキらしく待ってりゃいいんだよ」

 

俺は肩車していたはやてを食卓に座らせ、そこから動けないように車椅子を遠くに蹴っ飛ばした。そして騎士共にも椅子に座るよう、顎をしゃくって促す。

 

「は、隼さん、ええって。お客様にそないな事さすのも変やし、私がやるから………」

「黙ってろ。お前はちったあ甘える事を覚えな。見てっとムカつくんだよ、そうやってガキのクセして何もかんも私がやる、って姿勢がよ」

「……隼さん」

 

さて、そうと決まればレッツ料理だ!久しぶりだが、まあ何とかならぁな。

調理器具確認、冷蔵庫の中身確認、炊飯器の中身確認…………なるほど、よし炒飯にしよう!………おい、今笑ったろ?料理とか言っといて炒飯かよ、とか思っただろ?舐めんなよ。炒飯は俺の得意料理なんだよ!ちなみにその他の得意料理として、お茶漬け、卵掛けご飯、ラーメン、鍋料理、焼肉などなどがある!ひゅ~、レシピが豊富だぜ俺!

………突っ込みは受け付けないから。

 

「まずはご飯を冷ましてっと……ん?どれくらい冷ますかな……いいや、全部使っちまえ」

「じゅ、10合使うんか!?」

 

はい、そこ、口を挟まない!いいんだよ、腹減ってっから。

それから俺は冷蔵庫に入ってた食材を肉中心に使い、適当に切ってフライパンに入れた。火が通った所でご飯をぶっ込む。さらに作業の合間に野菜を適当に手で千切り、深皿に入れ、上からドレッシング(マヨネーズ一択)をぶっ掛けてサラダボールを作る。

 

うむ、我ながら何とも男らしい。

 

順調に俺の料理が進む中、ふと気づけばはやてが俺の事をガン見していた。

 

「ふふふ」

「なにキショイ声出してんだ?」

 

肩越しに軽く目をやって様子を窺った所、はやては何が楽しいのか、すっげぇニコニコしながら俺の料理する姿を見ていた。

 

「なんや、こういうのええなぁって」

「あん?」

「男の人が料理する後姿って、すごいええなぁって」

 

ほう?……まあ分からん事もないな。俺もシャマルがよく料理する後姿を見て『抱きつきてー!』といつも思ってるからな。

 

「でも、それだけじゃないんよ。なんかな、料理しとるのが隼さんやと思うと、こう胸の中心が"ぽわっ"てして暖かいんや」

(はあ、そうですか)

 

それは分からん。股間が熱くなることはシバシバあるけど。

騎士共もはやての言ってる意味が分からないのか、怪訝な顔つきだ。

そんな俺たちの様子を尻目に、はやてがポツリと呟いた。幾分か硬い声色で。

 

「なあ、隼さんは『一目惚れ』ってどう思う?」

「は?」

 

まったく脈絡のない、いきなりな質問についフライパンを回す手が止まる。無論、料理人な俺は炒飯を作るのにそれはタブーなのですぐにフライパンを動かした。

はやてもまた言葉を続ける。

 

「ほら、一目惚れって言い方は良う聞こえるけど、要は相手を見た目で判断したって事やろ?それってやっぱ不誠実なんかな?」

 

俺ははやてのその考え方に若干の驚きを覚えた。まだ9歳のガキが、恋愛の成り方一つにこうも深い考えを持ってるとは。

最近のガキは早熟だな~、と思いながら、はやての考えに俺の考えで応えた。

 

「そうでもないんじゃね?切欠なんてそんなモンだろ」

「そうなんやろか?」

 

訝しんでいる様子のはやて。

俺は料理の手を僅かばかりとめて、はやての方を見やって言う。

 

「どういう経緯で惚れようと、結局は最後まで惚れ抜きゃいいんだよ」

「…………」

 

そもそも、俺は99%の確立で一目惚れするし。女は顔と体なんだよ。

てか、はやてがそんな事を言うという事はまさか。

 

「なんだ、もしかして一目惚れでもしたのか?」

 

もしそうなら学校に通ってないはやての事だから、きっと買い物とか行った時見かけた奴だろうか?それとも、その歳ならテレビの芸能人とかか?ザフィーラって線も捨てがたいな。ああ、通院してるなら病院って事もあるな。

果たして。

はやては顔を伏せ、か細い声で鳴くように呟いた。

 

「………してもうた、かも」

 

その言葉に俺を除いた騎士共が一様に驚愕の顔をした。

対して俺はまあ予想通りだったので驚きはないが、しかし少しだけ怪訝に思った。それは、はやての言い方が何とも力ない物で、まるで自分が言った言葉を疑っているような感じだったからだ。

まあ、だからといって俺がこれ以上どうこう言うつもりはない。恋愛事に首突っ込んでも碌な事にはならんし、第一はやてはまだガキだ。そういう事で悩むのもガキの成長の一つ。

 

俺は一言だけ「ふ~ん」と答えると、料理の続きに取り掛かる。

そろそろ火もいい感じに通ったし、次は盛り付けっと。ええっと、皿はどこだ?

 

「でもな、それが本当に一目惚れなんか分からんのや」

 

再度はやての語りに、しかし俺はガン無視を決め込む。こっちはいろいろ忙しいんだよ。ガキの色恋相談に構ってる余裕はないわけ。

と、そんなそ知らぬ顔をする俺をお構い無しに、はやては訥々と続けた。

 

「テレビとか漫画でよく見るんやけど、子供って大人の男に憧れるもんやん?父親とか、先生とか、親戚のお兄ちゃんとか。その憧れを好きと勘違いしてんやないかなぁって」

 

そのはやての言葉を、俺は炒飯を大皿にドカ盛しながら考える。

まあ確かによくある話だな。俺だって初恋の女性は幼稚園の先生だったし。だから、はやての言い分も分からなくは…………ん?てことは、はやての好きな奴って………

 

「おい、まさかお前の好きな奴って結構年上な奴?」

 

食卓にこんもりと炒飯の盛られた皿を置きながら訊ねれば、返って来たのは恥ずかしそうに頬を染めながら、困った顔をして俺の顔をガン見しているはやてだった。

 

「詳しい年齢は知らんけど、たぶん一回りは違うと思う」

 

うへ~、マジっすか。やっぱ最近のガキはませてんな。いや、確かはやては9歳だったか?その位の年齢のガキなら、同年代のガキより大人の男に惹かれやすいか。………でも、フェイトの奴はまだ恋愛云々言った事ねーな。う~ん、そう考えるとやっぱ学校くらい行かせてやりてーな。

 

「けっ、オヤジ趣味が。………ちなみにどんな奴よ?」

 

恋愛事に首突っ込みたくないと思いながらも、やっぱ気になるのが人間のサガだろ。それに所詮ガキの恋悩みだ、大したことにゃあならんだろ。

 

はやては赤くなった顔で、俺の目を真剣に見ながらもどこか緊張しているようで、一度大きく息を吸い込んだ後、こう答えた。

 

「その人は自分勝手で、傍若無人で、我欲の塊で、口がとっても悪ぅて…………でも、優しくて、正直者で、分け隔てなく温かさを振りまいてくれて、子供がとっても大好きな人なんよ」

 

その瞬間、シグナムを除いた騎士共全員が吹き出した。残るシグナムは、はやての言葉と騎士共の反応にただただ疑問顔だ。ちなみに俺も。

 

「は、はやてちゃん、正気ですか!?だ、ダメです、考え直してください!」

「そうだよ、はやて!た、確かに良いとこもある奴だけど絶対後悔するって!」

「主、どうか早まらないで頂きたい。純粋な悪ではないでしょうが、とても主を幸せに出来るような奴ではありません」

 

どうやら騎士共ははやての言葉で、はやての好きな奴が特定出来たんだろう。しかも、この様子じゃその相手は碌な奴じゃないらしい。

唯一分かっていなさそうな反応を見せているシグナム以外、皆が起立して反対の声を上げた。

そんな騎士共の反応は予想通りだったのか、はやては苦笑した。だが、それも束の間、はやてはもう一度大きく息を吸い込み、ゴクリと喉を鳴らした後、俺の顔を真っ赤な顔で凝視した。その姿はあたかも神の祝辞を厳かに待っているような雰囲気で、その空気に呑まれたのか、騒いでいた騎士共も口を噤み、はやてと同じように俺の顔を見始めた。

 

俺もそれに習い真剣にはやての顔を見つめ返し、こう答えた。

 

「なんか俺みたいな奴だな。後ろ半分の要素は特にぴったり」

「「「「は?」」」」

 

ンだよ、その反応は?優しくて、正直者で、バーニングな程温かくて、ガキ好きって俺と同じじゃん。まあ、前半分の「自分勝手云々」はちょっとしか似てないようだけどな。俺はそんな人非人なイカれ野郎じゃねーし。紳士だし。

 

「ち、ちょう待ってや!え、あれ?私、結構真っ直ぐ言ったつもりで、あ、あの、え!?」

「なにテンパってんだ?まあアレだな、はやての好きな奴って、シャマルたちが心配するのも無理ない程のカス野郎みたいだな。俺が女だったら願い下げだぜ」

 

人の好きな男を、当人であるはやて本人の目の前で『カス野郎』と侮蔑する俺。それに対してはやてが怒ってくるかと思ったが、どういう訳かはやては愕然と項垂れていた。

 

「う、嘘や……通じてへんって……受け入れてくれるとはハナから思うてなかったけど、まさか気付いてさえくれへんなんて……馬鹿なん?隼さんて馬鹿なん?」

 

なんかド級に失礼な事言ってねーか?

兎も角、そうこうしてる内に昼食は豪華絢爛に完成だ!

 

「はやての暇つぶしトークを聞くのはこの辺にして、冷めねーうちに食うぞ」

「わ、私の一世一代の勇気が暇つぶし扱いされとる………」

 

こうして穏やかな昼食が始まったのだった。

 

 

 

 

──────────余談だが。

 

この日からはやては俺に過度に甘えるようになった。ガキらしいなんてレベルではない、アリシアにも引けを取らないほど甘えるようになった。

飯を食う時には俺の膝の上で食い、風呂に入る時は共に入り、寝る時も俺の布団に潜り込んで来る始末。

 

はやてに一体どんな心境の変化があったのかは知らんが、それは執念とも呼べるような甘々加減で、俺が何度あしらっても止むことはなかった。

 

(こうなったら攻めまくったる!弱い立場を利用して、隼さんにべったりしまくったる!どうせ今は無理って分かっとったんや、せやから焦る事ない。今日この日が、私の、隼さんに対する10ヵ年計画の始まりや!)

 

この日、俺が『眠れる狸』を起こした事に気付くのは、まだもうちょっと先の事だ。

 

 

 

 

 

──────────重ねて余談だが。

 

某変態王がある時こんな事を言っていた。

曰く。

 

『本人の容姿や性格、相棒(妻あるいは夫)の容姿や性格、物事の好み、住む場所、就いている仕事の内容───双子というものは、幼い頃生き別れ育ちが違おうとも、統計的に80%が似るものらしい。我と小烏は双子というわけではないが……チッ、泥棒烏が。忌々しい』

 

お前とはやてじゃ容姿以外似ても似つかねーよとその時は思ったが、その言葉の真実に気づくのもまたもうちょっと先の事だ。

 

 

 



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07

人はしばしば、運命を避けようとした道で、その運命と出会う。



ん?

と、首を傾げる。ほどなくそれを直し、今度は左右をキョロキョロ。

 

扉が、ない?

 

そう、扉がないのだ。毎晩ご登場する、と言っても最近では過言にはなってなかったあの扉がないのだ。

 

まあ、ここ最近は毎晩だったが前まで週に2~3回とかだったしな。だから、不自然と言うほどの事でもない。……ないのだが。

なんか味気ないな。

どうも俺は思いのほかあのガキとの戯れを楽しんでたみたいだな。確かに可愛いガキだし、ここ半年は寝てる間だけとはいえサシでずっと一緒だったからなあ。

 

しゃあねえ、出直す……もとい寝直すか。

 

俺は目を閉じる。

 

明日からはもう師走である12月。……そういやあのガキ、クリスマスのプレゼントが欲しいとか何とか言ってやがったな。たぶん、フェイトやアリシアにも買ってやらなきゃならんだろうし……まっ、一考くらいはしといてやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

07

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにかなると思ってた。どうにか出来ると思ってた。やろうと決めた事は絶対に出来て、最上の結果を叩き出せると思っていた。

 

実際に半年前の事件でも、テスタロッサ家の奴らを救ってやり、笑顔が戻り、俺の気に入る状態へと至った。それ以前の生活でも、俺は俺のやりたいようにやって、全てにおいてそうじゃないにせよ概ね良い結果を生んできた。

今までの積み重ねによる自信、そして何よりも俺の自分自身に対する自信があった。

自信過剰、自惚れ、驕りはあった。いや、あってこその俺。そんな自身に後悔はないし、これからも胸張ってこれが俺だと生き続けるだけだ。

どれだけ他者を巻き込もうとも、傷つけようとも、最後に俺さえ笑ってりゃいい。俺の成す過程や結果で、他者までもが幸せになるのは、それはそいつらの勝手だ。俺の与り知らぬ所だ。よかったね、くらいの気持ちだ。

 

俺は今回、はやての命を救ってやると決めた。あいつの未来を俺が作ってやると決めた。その行いを他人にどう思われようとも、俺がやると決めたならやる。その為なら家族だって敵に回したし、可愛いフェイトにだって拳握って殴れる。

だから前回思いついた案だって、他者を巻き込み、俺が得をするものだった。機械姉妹を使って俺の願望を叶え、かつ俺への被害を最小に抑える素晴らしい案。

我ながら天才的閃きだと思った。多少の穴はあろうとも、現状のブラックホール級の大穴から脱出するためには致し方ない。

ジェイルの奴も大丈夫だみたいに言ってたから、もうこの件の解決は時間の問題だと思ってた。

 

……………思ってたのに。

 

『すまない、隼君。君の頼み、聞けなくなった』

 

そんな通信が来たのは、まだジェイルに依頼を頼んで半日、俺の作った炒飯を皆で食べ終わった所でだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飯を食い終わり、一緒に遊ぼうというはやての駄々を一蹴し、俺は食後の一服として庭でタバコを吸っていた。空を見上げたり、庭を見渡したり、塀の上にいた猫をボゥと眺めたりして、昨晩の大喧嘩の騒がしさと今の緩やかな現実の対比を楽しんでいた。

 

そんな折にジェイルから通信が来たのだ。

 

「は?なに冗談ぶっこいてんだよ。いいから、さっさと助っ人寄越せ。もうトーレのやつでもいいから。それとドゥーエはもう俺んち行ったか?」

 

勿論、俺はジェイルの冗談だと思った。いつも何かと俺に冗談を言ってこちらの反応を楽しむこいつの事だ、今回も例に漏れずそうだと決め付けた。

だが通信機の向こう側にいるジェイルの顔は真剣で、そして何故か生傷だらけだった。

 

『それが今回は冗談ではないのだよ。クアットロの情報収集は滞りなく行ってるよ。でも残念な事に助っ人はそっちに送れないし、ドゥーエも君の家にやれない……いや、やる意味がなくなったと言った方が正しいかな?』

「お、おい、そりゃどういう事だよ?」

『それは……そうだね、情報収集の結果も併せて、ここはクアットロから説明させるよ』

 

そう言ってジェイルが画面アウトすると、代わって現れたのは眼鏡をかけた三つ編みの女性。ジェイルに負けず劣らずの性格ひん曲がり腹黒女クアットロ。

 

『こんちには、隼さん。ご機嫌いかがですか?』

 

丁寧で柔らかい言葉を使うクアットロは、一見すればあどけなくて可愛い女に見えるだろう。俺も最初の一週間くらいは、姉妹思いの優しい人だなと思ってた。

 

「おい、てめぇコラ、なにまた猫被ってんだよ。自分を装うなっつっただろうが、またブン殴られたいか。その三つ編み、引き千切るぞ」

『相変わらず隼さんは野蛮ですね』

 

言っておもむろにクアットロはかけていた眼鏡を取り、結わいていた髪を乱暴に振り解いた。そして現れたのは、釣り目で嫌味ったらしい笑みを貼り付けているクアットロだった。

 

『そぉんな事だからいつまでたっても童貞なんですよ。あー、やだやだ、惨めな男』

「いつもいっつも童貞言うんじゃねーよ!お前、そこ動くな!今すぐブチ殺しに行ってやる!」

『あっるぇ~?管理局の情報、欲しくないんですか~?かなり良いネタがあるんですけどねぇ?』

 

こ、殺してやる!絶対殺してやる!ヤって殺して鋳潰してリサイクルしてやる!

 

『その悔しそうな顔、ゾクゾクしちゃいますね。うふふ、これ以上虐めるのはあまりに可哀想だから、教えて差し上げますよ。せいぜい私を敬い、感謝し、媚び諂って下さいね~』

 

あー、ムカつくな~。ここまでストレートにムカつく女も珍しいな~…………いや、俺の周りには結構いるか。

 

『まずは局の情報から。今現在、その管理外世界に駐屯してるのはリンディ・ハラオウンという女性提督が率いる部隊ですね。次元空間に次元空間航行艦船・巡航L級8番艦【アースラ】を置き、そこには武装局員が一個中隊控えてます。ただ、この一個中隊は常駐部隊ではなく、ギル・グレアム提督という人物からの借り物ですね。昨晩の隼さんの大喧嘩で、アースラチームが要請したらしいですよ。それと、アースラ主要スタッフはどうやら地球に司令室を設け、そこに留まるようですね。これがその場所で、ついでにアースラスタッフやその関係者の個人情報も送ってあげるわ。あとはそうね────』

 

手元の端末に次々と送られてくる、絶対部外秘であろう情報の数々。それを嬉々として語るクアットロ。

正直、俺は侮ってた。情報なんてあってもなくても同じ、拳だけありゃあやっていけると思ってた。そもそも、クアットロがいくら情報戦に強かろうとも世界下権力である管理局を出し抜けるなんて思っていなかった。それほど期待してなかったんだよ。

だが実際はどうだ…………

 

『監視の目は主にその世界だけど、他の管理世界にも少なからず及んでるようです。シフトを見るに、朝から夕方にかけて別世界を巡回、夜はその世界を巡回してるみたい。今は………巡回じゃなく、モニター監視をしてますね~。はい、これがそのモニターの映像』

 

……………怖い。マジで引くくらい。

 

「あ、ああ、もういいクアットロ、分かった」

『あら、そうですか?まだまだ面白い情報あるんですけどねぇ』

「も、もう十分。いや~、すっげえなクアットロは。まさかたった半日でここまで調べるとは。う、うん、ホントすげえよ。めっちゃ頼りになるわ!お前が居てくれて助かったぜ!クアットロ、マジ大好き!」

『あっそ』

 

言いながら、ふわ~っと大きな欠伸をするクアットロ。寝不足か?そう言えば目の下にクマっぽいのもあるし、瞳も充血してんな。

 

「管理局の事は、まあもういいからよ、今度は別の事教えてくれ。助っ人却下の件とドゥーエの事を」

『ああ、その事』

 

クアットロは呆れたように溜息をつきながら、馬鹿馬鹿しそうに事の真相を喋り出した。

 

『隼さんが「なんでも言うこと聞いてやる」なんて涎物の報酬を提示したのが、そもそもの発端なんですよねぇ』

「は?」

『揉めたんですよ、誰があなたを助けに行くかで。最初はただの口論だったんですけどね、武力行使による取り合いがすぐ始まっちゃって。結果、全員仲良く共倒れ。魔力は使い果たしたし、腕とか脚も千切れ飛んでたから、その交換とかで向こう1ヶ月はまともに動けない感じ』

 

おいおいおいいいいいいいいいい!?!?

なんで!?なんでそんな必死こいてんの!?そこで頑張ってどうすんの!?なんで姉妹でスプラッタしてんの!?こっち来てその熱血を発揮しろよ!?半分機械ならもう少し冷静になれよ!どんだけ俺に願い事聞いて欲しいんだよ!てか、それならいっそ全員来いよ!そこまで欲しいもの独り占めしてーか!欲に塗れた愚物姉妹め!!

 

「じ、じゃあドゥーエが俺んちに行けない理由もそれなんか?」

『ああ、いえ、ドゥーエお姉さまは違いますよ』

 

そして、クアットロは愉快そうに唇を歪めながらこう言った。

 

『確かドゥーエお姉さまをあなたの家に行かせる理由は、あなたの家族と隣人の足止めに向かわせる為ですよね?…………実はですね、局の情報を調べてる時、今回の件の外部協力者の中にある名前があったんですよね~。ええと、その協力者の名前が局のリストに載ったのは、掲載時間から考えて昨晩の大喧嘩のすぐ後ですね』

 

昨晩の喧嘩か………あの場には俺たち八神一派の他に鈴木・テスタロッサ一派と管理局がいたよね?で、俺たちは無事管理局を振り切って逃げられたが、じゃあ残る鈴木・テストロッサ一派はどうだったんだろう?

 

………あ、なんだろう、とんでもなく嫌な予感がするな~。

 

「そ、その外部協力者の名前って一体なんなのかな~………」

『ふふふ、じゃ読み上げま~す。一人目………鈴木夜天───』

「ダウトォォォォオオオ!!!」

 

さ、さささささ最悪だ!最悪の事態だ!!

 

(うちの奴らと局が手ェ組みやがった!!!)

 

マジかよ、なんでだ!?叩けばホコリがたんまり出てくる身だろうが。半年前だってジュエルシードを巡って喧嘩を…………………ん?あれ?

 

(……考えて見りゃ半年前ン時って、そんなに重罪犯したっけ?)

 

フェイトは何度かなのはや局員とヤリ合ったと聞いたが、俺んトコはなんもしてねーよな。ジュエルシードも結局なのはを介して返したし。

夜天の写本の事も、別にそこまで後ろめたい事じゃない。管理局に隠れて生活してたのは関心しないだろうけど、それだって許されるんじゃないかってレベルだ。

罪かと言われたら罪だろうよ?けど、取り返しは十分につくだろう。…………例えば、管理局に協力、もしくは入局するとか。

 

(あいつら、強さとしたたかさと性格の悪さは一級品だからな)

 

今までの罪を償う為に、局へと協力or入局する。普通ならそう簡単には入局なんて出来ないだろうけど、フェイトがなのはとメル友だから、その繋がりでどうとでも信用は勝ち取れる。プレシアの性格を考えれば、局を手玉に取り、丸め込むのは容易いだろうよ。さらに、その局の情報を使って俺の居場所を探る。

局の方だって、強い魔導師が大量に手に入り、さらに闇の書の情報の参考になる写本の守護騎士は喉から手が出るほど欲しいだろう。この世界の警察では到底通らない要望も、人不足の実力主義と聞く管理局なら多少の融通は効くんだろう。それほどまでに、あいつらの魔導師としての実力は飛び抜けてるから。

 

(プレシアと夜天の奴、やってくれやがる!形振り構わず俺を探して殺し始めやがった!)

 

自分の身のホコリを落とし、かつ目的達成の為、あいつらは管理局を良い様に使いやがるつもりだ。

あいつらの良心部分を考えるなら、家族の将来の為にそろそろ地盤を固めたかったという考えもある。いつまでも日陰で暮らすより、安定した将来の為に管理局という環境もいいかも、と。

 

(真実はどうであれ、確固たる現実は『管理局と鈴木・テスタロッサ家は手を組んだ』、この一点だ)

 

こりゃどうしたもんか。

邪魔者が一箇所に固まったと喜べばいいのか、それともさらに厄介な事態になったと嘆けばいいのか。

ともあれ、一応はカオスと化していた現状が纏まったか。

 

八神家(+俺)vs管理局っていうシンプルなモンによ?

 

………タバコが苦ぇや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クアットロからの報告が終わり、通信を切ってから暫く経つが、俺は未だに庭でタバコをふかしていた。傍らに置いた灰皿代わりの普通の皿にある吸殻から計るに、大よそ俺は一時間この場にいるのだろう。

その間、俺が何をしていたのかというと、別にこれといって何もしていない。強いて言うならタバコを吸ってたくれぇだ。

最初は一人で考える為ここに居続けてたはずなんだけどさ…………気づいた、考えようにも何をどう考えろっての?

だってもう考えた所で無駄じゃね?俺の空前絶後の策も無駄に終わったんよ?あとはなるように任せるしかなくね?自分らで頑張ってカタつけるしかなくね?

 

(なんかないかね~、戦力アップな良案は)

 

考えても無駄だとは分かってるが、それでもチラつく現状の惨状に対する打開。

こちらの戦力アップとして大まかに上げられるのは要素は二つ。

 

数と質。

 

しかし、前者はすでに絶対に無理だ。管理局が出張ってきてるなら、その数は何十人規模。それに対抗するためだけの数を用意するなんてアテもツテもない。

 

ならば質は?

 

こちらも難しい。ウチのやつらとテスタロッサ家がいるんだ。正直、この質を上回るのは無理に等しい。テスタロッサ家だけならまだしも、シグナムたちはまずい。なにせ『数の暴力を意図も容易く蹂躙出来うる絶望的な質』なのだ。これレベルの奴なんてそうそういない。むしろいて欲しくない。

 

「今の状態でやるっきゃねーよなぁ。何とかあいつらに鉢合わせないよう慎重にせにゃな」

 

胡坐を掻き、頬杖を突きながらタバコの煙を吐き出すと一緒に溜息も一つ。タバコの吸い過ぎで頭痛と倦怠感が伴うも、それが逆に心地いい。

考えても詮無いし、久々にパチに行くかなぁと思いながらふと塀の方に目を向ければ、そこにはジェイルが通信してくる前からいた猫が変わらずにまだいた。いや、むしろ一匹増えて二匹になっていた。

毛色からして親子か兄弟だろうか?

 

「お前らは気楽そうでいいな。こちとら、今ならお前らの手でもいいから貸して欲しいくらだっつうのに」

 

俺は周りに人の目がないのを確認し、出来るだけ優しい声色で猫に『おいでおいで』した。

きっと、この場面を誰かに見られたら俺は殺人者になるだろう。見た奴は殺すって意味で。

リニスちゃんじゃあるまいし、まさか普通の猫が人語を解すわけもねーけど、その猫二匹は数度の呼びかけの後、ゆっくりとした足取りで俺の傍までやって来た。ただ、片方の猫は警戒心アリアリで、むしろ今すぐにでも飛び掛ってきそうなほど怒っているようだった。

 

「おいおい、何怒ってんだよ?ほら、よしよし………痛っ。噛むなよ、ボケ」

 

とは言うものの、俺の口調は穏やかだった。相手が理なら兎も角、ただの猫に噛まれたからってマジギレする俺じゃあない。そこまで馬鹿じゃあない。

てか、なんかすっげえ嫌われてねーか、俺?

 

叱っても一向に噛み付きを止めない猫にどうしたモンかと頭を悩ませたが、もう一匹の猫が噛んでいる猫を窘めるように鳴くと、それで漸く俺の手から口を離してくれた。

 

「はは、まあそう怒ってやるなよ。お前、俺に噛み付くなんていい度胸してるぜ?人間だったら間違いなく根性ある男になってんな」

 

そういうと、噛み付いてきた猫は何かを否定するように一度鳴いた。………猫の鳴き方にそんな鳴き方があるのかは知らんが、少なくとも今俺にはそう聞こえた。

 

「ンだよ、何が違うってんだ?あ、もしかしてお前メスか………つっても通じ────」

「にゃあ」

 

………………。

 

「──────メス?」

「にゃう」

 

…………人語が分かってる?い、いやいやまさか。いくら何でもそんなファンタジーな事…………。

 

「ちなみにお前はメス?それともオス?メスだったら二回鳴いてその場で左回り、オスだったら三回鳴いてその場で右回りして」

 

自分でも馬鹿な事してるなとは思ったが、興味本位でもう一匹の猫にそう言ってみた。

果たして………。

 

「にゃあ、にゃあ」

 

そして反時計回りで一回転。

 

「う、嘘…………」

 

マジで通じてる!?おお!

 

「お前らすげえじゃん!俺の言ってる事が分かんの!?」

「「にゃう」」

「頷いたあああああ!?!?」

 

返事をするように鳴き、コクリと頷く猫の姿ってのはちょっとだけ気持ち悪いモンがあったが、それ以上に驚いた。

 

「ほへ~。いやいや、世の中まだまだ面白ェことは一杯あんなぁ。でも、そうだよな、犬だってある程度人の言葉は分かるって言うし」

 

俺は二匹の猫の頭を撫で、咽や耳の裏や首回りを掻いてやった。それに対して気持ち良さそうに目を細める二匹。

猫の扱いはリニスちゃんですでにマスターしてるんだよ。

 

「よし、ちっとばかし待ってな。いいモン持って来てやっからよ」

 

俺は一度家の中に入り、タオルケットと魚肉ソーセージを持って戻った。はやて達が訝しんでいたが、庭には来るなと厳命しておいた。だって、一人で猫に癒されたかったし。それに猫を可愛がってる姿なんて見られたくねーし。

 

庭に戻れば、そこには変わらずそのままの姿勢で二匹がいた。

 

「おお、やっぱマジで俺の言葉分かんだな。ほれ、寒ぃからよ」

 

俺はタオルケットで二匹を包み、抱えあげて胡坐を掻いた脚の上に乗せた。片方は激しく抵抗したが、ンなモン知ったこっちゃないとばかりに無理やり乗せた。そして、俺が持ってきた魚肉ソーセージを千切って渡した。

 

別に俺は動物が取り分け好きという訳じゃあねぇ。けど、今のこの疲れて荒んだ心を潤すには少しでも癒しが欲しいんだよ。

それに猫という動物が俺は嫌いじゃない。何か『猫=自由、気まま』ってイメージあるからよ、そんな生き方してる奴は嫌いじゃないんだ。そういうの、憧れんだよな。例えそれが猫だとしても、俺にゃあそんな区別はねぇし。

 

「ホント、お前らが羨ましいぜ。なんも柵がなさそうでよ?それに引き換え俺なんて、もう何がなんだか………マジで泣きたくなるっつうの。分かる?」

「「にゃう?」」

 

はは、人語は分かっても、流石に心中までは察せねーか。まあそれが当然なんだけどな。

 

それでも、俺の口から出てくる愚痴は止まりそうにもなかった。

ここにいる人は俺だけで、聞いてくれるのは人語は解すが喋ることはない猫が二匹…………どうしても溜まってたモンが少なからず出ちまうってのが人情だろ?壁にでも話しかけてりゃいいんだろうけど、そりゃちっとばかし暗過ぎるってもんだ。

 

「別によ、俺は大きな事ァ望んだ心算はねーんだよ。ただガキを大人にさせてやりてぇだけなんだ………それがもう大人になってるモンの務めだろ?そして、今ガキを謳歌してるガキは笑ってなくちゃいけねぇ。可愛いガキは特によ?だってぇのにさ、俺の知ってるあるガキはそのどっちも出来ねぇ状態なんだよな。ンなの、俺ァ気に入らねーんだよ」

 

これは愚痴か………それとも弱音だろうか?

 

「分かるか?気に入らねー………つまり独善だ。一般的にゃあ独善ってのは良い言葉じゃねーけど、ソレを成せば俺の知ってる可愛いガキが笑えるなら、俺ァいくらでも独善を振りまいてやんのよ。そのせいで他に被害が及ぼうとも、ンなの知った事かっての」

 

まあ、仮に相手が知りもしない、可愛さの欠片もないガキだった場合は、一概にはそれに当て嵌まらないけどな。

 

「あいつは……はやてはもちっと幸せであるべきなんだよな。過去が幸せだったろうと、未来が幸せなんだろうと、今が幸せじゃなきゃ、ンなの馬鹿だろ。俺はイヤだね。だってよ、俺たちは、この今を、生きてんだから」

「「………………………」」

 

滔々と語っていて、はたと気づいたが…………これって結構痛くて恥ずくね?猫になに言っちゃってんの的な?誰もいないとは言え……いや、だからこそ生々しくて余計恥ずいな。酒も飲んでねぇ素面の状態で、ホント俺は一体なに言ってんだろうな。

 

「い、いや~、まあそんな事よりもだ、お前らは可愛いな~。うん、ホント可愛い」

 

急に恥ずかしくなってあからさまな話題転換をする俺。てか、猫相手にそもそも話題転換をする必要性があるのか疑問だが。

 

「俺んちの隣にもさ、猫が一匹(一人?)いるんだけどな、その子にも負けず劣らず……………いや、やっぱリニスちゃんの方が断然可愛いか」

 

俺がそういい終わるや否や、片方のあの噛み付き猫の方が包まっていたタオルケットを跳ね除け、その鋭い爪で俺の顔を引っ掻いて来やがった。さらにもう片方の方からも腿の内側を甘噛みされた。

 

「ぐおっ!目がっ、目があああああ!?」

 

何で怒るんだよ!?もしかしてリニスちゃんと比較したからか?そうだとしたら、人語を解する所か反応まで人間臭ェじゃねぇか。お前ら、ホントはリニスちゃんやアルフみたく使い魔なんじゃねーの?………………そういや、使い魔で思い出した。

 

「おー、イテ。そういや昨晩、お前らの毛色と同じ髪色した使い魔らしき奴にあったなぁ」

「!?」

 

俺のポツリと呟いた独白に、噛み付き引っ掻き猫の方がギクリと反応したように見えたのは気のせいか。

しかし、あの子は一体なんだったんだろう?

 

「今でもハッキリと思い出せるあの顔とあの感触…………ぐふふっ」

「フシャー!」

「ぬおあっ!?またしても目がああああああああ!?」

 

だからなんでさ!しかも全く同じ箇所をピンポイントに!

 

「イテェっつってんだろ、いい加減ぶっ殺すぞ!………ったく。あー、でもしかし、あの子可愛かったなぁ。髪の毛はロングの方が俺の好みだが、それを外してもあの顔は可愛かった。ハァ、あんな子を彼女にしてーもんだぜ。クソ、せめて名前だけでも聞いとくんだった!むしろ告白しとくんだった!」

「「……………」」

 

いや、無理だけど。告白とか無理だけど。てか、した事ねーし。だってほら、そのぅ……アレじゃん?……チキンじゃねーぞ?そう……俺は硬派だかんよ!……ホントだよ?

 

俺が胸中で誰ともなく言い訳していると、またも例の凶暴猫の方から攻撃された。ただ、今回は噛み付きでも引っ掻きでもなく、撫でるような猫パンチだった。残るもう一匹の方からは頬を舐められた。

そして、二匹は俺の上から飛び降り、塀の方へと向かって走っていった。

どうやらもう帰るようだ、そう思った時、ふいに二匹が止まり、俺に一瞥くれた後、地面に何かを書くような仕草で前足を動かし始めた。

 

(ん?なんだぁ?ウンコって訳でもなさそうだし………なにしてんだ?)

 

近寄ろうとしたら、その前にその何かは終わったのか、二匹は走って今度こそ塀の向こうへと消えていった。

 

一体全体なんなんだと思い、取りあえず俺は二匹が立ち止まっていた場所へと移動し、そこで俺の顔は驚愕の形を作った。

地面に文字が書かれていたのだ。

 

────────綺麗な字で『リーゼアリア』

────────汚い字で『リーゼロッテ』

 

「……………は?」

 

ちょ、ちょっと待て。これってまさかあの二匹が?う、うう嘘だろ?だって猫だぜ?いくら人語を解すからって、流石に字まで書けるか?しかも、ちゃんと読める字を………。

 

この文字が何を意味してるのかは分からん。が、取りあえず分かる事は…………

 

「こ、怖っ!?てか、気持ち悪!?」

 

流石の俺もここまでくるとドン引きだった。ファンタジーじゃなく、もう完璧ホラーの域だぞコレ。

俺は身震いを一度して、足早に家の中に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪猫との遭遇の後、俺は八神家を一人で出た。別にどこに向かうわけでもなく、ただぶらりと歩きたかっただけ。先ほどまで買い物に行くというはやてとシャマルと一緒に行動していたが、俺はパチンコに行くと言って途中で二人と別れた。買い物に付き合うなんて、面倒臭ぇし。まあだからと言ってパチンコにも今は行く気は起きないんだけどな。

 

(ホント、面倒臭ぇ………)

 

周りの迷惑も考えず歩道のど真ん中を我が物顔でのそのそと進む。白ジャージ姿に金髪も相まって、もうどこをどう見ても立派なチンピラだった。寒くないと言えば嘘になるが、生憎と服はコレしか持ち合わせがなかったので仕方無ぇ。

 

(そうだな、いい機会だし服でも買いに行くか)

 

まだしばらくは八神家に世話ンなるだろうからな。ついでにシグナムとシャマルにもお土産買って、好感度アップでも図るとするかね。

そうと決まれば話は早い、もうちっとばかし大人しめの服を買って──────────

 

「………ん?」

 

ふと道路の向こう側に大きな看板を掲げているある一つのお店を見つけた。

俺はその店を知っていた。俺の家族の一人のバイト先でもある店。俺自身も何度もと言えるレベルで来た事がある店。

喫茶翠屋が、そこにはあった。

 

「あれ、いつの間にかこんなとこまで来てたのか」

 

遠目から見ても繁盛しているのが分かり、冬だというのに外のテラスもほぼ満席状態。ためしに近寄って店内も眺めて見ると、ちらほらと空きはあるものの満員と言っていい入りだ。

 

「………シャマルもなのはも居ねぇみてーだな」

 

なんでそんな確認するのかって?入るからさ。

もうビビッててもしゃあねーかんな。管理局やうちの奴らが居ないかくらいの安全確認はするが、後は知ったこっちゃねーし。

はやてや騎士共だって今も変わらず外出てんだし、大丈夫だろ。案ずるより生むが易し、てよ?

 

つう訳で、俺は早速翠屋へと入店した。カウンターには店主である士郎さんと桃子さんがいた。

まずは士郎さんが俺に気づき柔らかい笑みを浮かべ、桃子さんの方が鈴を鳴らしたような声で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。

 

「お久しぶりッス、士郎さん、桃子さん。ご無沙汰してます」

「ああ、やっぱり隼君か!久しぶりだね。また随分と髪型が変わってたから、一瞬気配を読み違えたかと思ったよ」

「本当ね、誰かと思ったわ」

 

ですよね~。前会ったのって結構前だし。

てか士郎さん、さり気無くすごい事言ってない?まあこの人に関しては、年不相応の見た目含めて何でもありだから気にしねぇけど。それにしても「気配」って……やっぱすげ。

 

「今日はどうしたの隼くん?シャマルさんは休みだけど」

 

柔らかい笑みを浮かべながら首を傾げる桃子さん。相変わらず綺麗だな。なんつうか、大人の色気と子供のあどけなさが同居してるような人だ。一言で言えば超美人!

こんな人を奥さんに出来る士郎さんが羨ましい。やっぱ顔か?顔なんか?………いや、士郎さんは顔を含めた全部が良い、いわゆるイケメンだからな。美男美女、イケメンアゲマン夫婦だな。

 

……ちくしょう。

 

「いえ、今日はぶらっと散歩してただけっす。近くまで来たんで、久々なんて顔見せとこうと。ついでにお店の売り上げにも貢献させていただきますよ」

「うふふ、ありがとう」

 

そういってあどけなくも上品に笑う桃子さん。

マジ、女神だな。こんな人を射止めるとか、士郎さん尊敬するわ。恭也はイケメンだし美由希ちゃんも可愛いし、なのはも桃子さん似だから将来絶対美人になるだろうし、なんだこの勝ち組家族は。一体前世でどれだけの徳を積んだらこんな人生送れるんだ?

 

(……俺も今のうちに徳積どくか?)

 

そんなしもしない事を思いながら、俺はサンドウィッチとパフェとコーヒーを頼んだ後、ザラを一つ貰うと空いていた喫煙席へ向かう。

 

今日は適当な時間までここで時間潰すか。喫煙スペースは客もそれほどいないので、回転率を気にしないでも大丈夫だろうし。美由希ちゃんか忍ちゃんがウレイトレスしてたら話し相手でもしてもらうんだが、生憎と今日は入ってないみたいだ。まあ考え事するには丁度いい。

 

(つっても、何をどう考えるかも分からねぇんだけどな)

 

うちとお隣さんが局に加入した件は、全員まとめて始末すりゃあいい。俺に立ってるデッドフラグは依然としておっ起ったまま、むしろ補強工事された感じで、考えてどうこうなる事じゃない。はやての命は、俺が助けてやると決めた時点でもう助かってるようなもんなので、そこはもう考えん。乱入してきたあの猫娘は何なのかという疑問はあるが、情報皆無なあれこそ考えるだけ無駄。

だとすると、後残ってるのは騎士共だが、あいつらの何を考えろっての?あいつらははやての救命の為にただ愚直に魔力蒐集するだけで、そこに一考も挟む余地は無い。

 

(結局出たとこ勝負かよ。まっ、そっちの方が面白ェからいいけどさ。同時に恐怖もばっちしあるのが笑えねーけど)

 

あ、でも2つだけ気になる事があんだよな。

一つはあれだよ、夜天……オリジナルの夜天の存在だ。

あいつさ、何で居ねぇわけ?あの夜叉がいりゃあかなりの戦力になると思うんだけどなぁ。何で出てないんだろ?確かあいつって騎士だけじゃなく、管制人格って役割も担ってるんだったよな………管制ってどういう意味だっけ?管理と制御か?

 

(ちっ、分からん。あの引き篭もり娘め、さっさと出てこいよな)

 

そしてもう一つの気がかり。それは……いや、まあこっちはどうも判断がつかん。今回の件に関係しているのか、それとも無関係なのか。

無関係なら無関係でいいんだが、それだと少々腑に落ちない部分がある。

 

(いや、無関係だろうとアレの現状はちょっと……気に入らねえな)

 

そうやって一人考え事しながら過ごす事どれくらい経ったろう。取りあえず頼んでいた物は全部食って、食後のタバコをぷかぷかと味わっていたそんな時、ふとレジの方を見ると、そこには我が目を疑う光景があった。

 

「そんなわけで、これからしばらくご近所になります。よろしくお願いします」

「私の方はここから少し離れてますが、お宅のなのはちゃんと家の次女が友達のようで、何かとお世話になると思います」

「ああ、いえいえ。こちらこそ」

「どうぞ、翠屋をご贔屓に」

 

その口上から考えて引越しの挨拶だろうか、二人の女性が士郎さんと桃子さんに頭を下げていたのだ。

 

片方の女性は見た目20代半ばか後半くらいで、肩にショールをかけた何とも綺麗な女性だった。桃子さんに引けを取らないその美貌は、見てる方を和ませるような落ち着きが覗える。

二人目の女性もこれまた涎物の美人だった。歳は見た目俺くらいで綺麗系な顔立ちをしており、しかしどこか大人びた風な装いをしている。

 

普段の俺ならそんな美女が二人並んでいれば、生唾を飲み込みながら思う存分視姦してるだろうけど、生憎と今の俺は脇汗垂れ流し状態だ。そして出来る限り身を伏せ、席と席の間にある仕切りで己の身を隠している。冷や汗が止まらない。

 

(んな、な、な………っ!?)

 

なんで……なんで……なんでッ!

 

(なんでプレシアの奴がここにいんだああああああああ!?!?)

 

ちょいちょいちょおおおい!?どういう事だよ!?マジなんでいるんだよ!?まさかのニアミスって奴ですか!?

 

「なのはの友達のお母さんでしたか。そう言えば前々からメールで遠くにいる友達とやり取りしてたみたいでしたが、もしかしてそれがそちらのお子さんですかね?」

「ええ、多分それはフェイトの事だと思います。なのはちゃんと同い年です」

「そうですか。それでそのフェイトちゃん、学校はどちらに?」

「はい、実は────────」

 

胸中で焦りながら、しかし出て行くわけにもいかず、亀のように首を縮めて聞き耳を立てていた俺。そんな俺の耳に、来店を知らせるドアベルが鳴る音が聞こえたかと思うと、そっちからまたもよく知った声が聞こえてきた。

 

「あの、母さん、リンディさん」

「あら、丁度いいわ。皆、こっちに来て自己紹介なさい」

 

店のドアの方に目を向ければそこにはフェイトがおり、その後ろにはなのはとすずかとアリサの仲良し3人組、それに抱えられてる子犬フォームのアルフとフェレットフォームのユーノの二匹。さらに極め付けが………

 

(理とライトの奴も居やがってるじゃあーりませんかあああああ!?!?)

 

どうしてそうなってるの!?

俺の混乱と焦りを余所に、向こうさんは何とも団欒とした雰囲気を醸し出している。

 

「えっと、フェイト・テスタロッサです」

「鈴木理です」

「ライト!ライトニング・テスタロッサ!いや、ライトニング・鈴木?どっちでもいっか!ライトって呼んでくれたら大丈夫だ!」

 

高町夫妻に自己紹介する3人。そんな3人を見て、特に理を見て、高町夫妻は驚きの声を上げた。

 

「「な、なのはにそっくり……」」

「そうですか?まぁ世の中には似た顔の人間が3人はいるという事ですから不思議はないでしょう。それに、私の方がなのはよりも可愛いですから」

「ボクもフェイトそっくりだけど、ボクの方が100万兆億倍強いんだぞー!」

 

なのはの両親を前に、そ知らぬ顔でいけしゃあしゃあとのたまう理は流石だ。お前はホントに厚かましいよな。

そしてライト、お前はホントにアホだな。和むわ。

 

「……ねぇ、フェイトちゃん。断章の子って最初からこんな感じなの?」

「……ええっと、むしろ理の方は普段はもっと凄いよ?5割増しくらいで」

「……にゃはは」

 

理とライトの後ろでこっそりと溜息を吐くフェイトとなのは。

うんうん、その気持ちはよく分かる。俺も何度溜息を吐き、ストレス性の胃痛を感じた事か。てか、なのはの奴、理とライトがどういう存在かもう知ってんのな。

ガキはホント仲良くなるの早いよな。

 

「あの、それで母さん、これは……」

 

そう言ってフェイトはおずおずと前に出た。見れば手には白い箱を持っており、それについて何か困惑しているようだ。また、理とライトの手にも同じ形の箱がある。

 

「何なんですか、これは?」

「プレゼントか?あれ、でもボクの誕生日って今日じゃないぞ?それにボクは服なんかより玩具が欲しい!」

 

3人の持っていた箱の中身、取り出した物は服だった。それも3者とも全く同じ服。遠目からなので詳しい装飾までは分からんが、俺の記憶が正しければ聖祥の制服に近いような?

 

「転校手続き取っといたから。フェイトさんも理さんもライトさんも、週明けからなのはさんのクラスメイトね」

(転校だあ?!)

 

プレシアの隣にいる女性がニコリとそんな爆弾発言をかました。

 

「あら、素敵!」

「聖祥小学校ですか、あそこは良い学校ですよ。な?なのは」

「うん!」

「良かったわね、フェイトちゃん、理ちゃん、ライトちゃん」

 

ま、マジっすか……あいつら、小学校に通うんかよ。そりゃ確かに前々から学校に通わせてやりてぇとは思ってたがよぉ、手続きとか諸々の事情で断念してたんが………プレシアの奴、早速管理局を使いやがったな。

クアットロからの情報通りなら、まだ入局は昨日の今日だってのに何とも手際と手回しの良い奴だ。ホント、あいつはガキに甘くなったよな。

という事はだ、やっぱりと言うか何と言うか、あのプレシアの隣にいる女性は管理局員なんだろうな。それも、結構偉い奴と見た。でなけりゃ、いくらプレシアの手回しが良いとは言え、入局したてでそう易々と外に出れるわけねーし、融通も効かないだろうよ。

 

「あの、えと………ありがとう、ございます」

「学校は面倒臭そうですが、まあ今回は素直に礼を言っておきましょう」

「ガッコーか~、面白そうだな!…………ところでガッコーってなに?強いの?」

 

────それからプレシア達はさらに少しばかり雑談した後、俺に気づく事なく翠屋から出て行った。もしかしたら高町夫妻が俺の事を喋るかもと懸念していたが、それも杞憂に終わったので一安心。

 

ちなみに、その雑談なんだが以下のような会話が繰り広げられていた。

 

「リンディ、無理させて悪かったわね」

「気にしないで、プレシア。これも子供たちの為ですもの」

「そう言って貰えると助かるわ。貴女の様な人がいるなら、やっぱり局も捨てたもんじゃないわね」

「ふふ、ありがと」

 

……………プレシア、それにリンディとかいう局員、お前ら一晩で一体何があった?何でもうそんな仲良さげなんだよ?

美女二人が和気藹々とする光景は自然と顔がニヤけちまうが、その連帯感のせいで被る俺の先々の被害を思うと泣けてくる。

 

「それにしても、理ってなのはとそっくりよね。髪伸ばしたらまんま一緒じゃない?」

「あなたの目は節穴ですか、アリサ。全く一緒じゃありませんよ。私はなのは程ガキではありません。なにせ恋のこの字も知らぬなのはと違い、私は鈴木隼にLOVE注入中なのですから」

「にゃ!?こ、理ちゃんってハヤさんの事が好きなの!?」

「あ?『ハヤさん』?親しそうに渾名呼びとは…………なのは、ちょっと表出ましょうか。大丈夫、一撃で済ませますから」

「なにを!?」

 

理となのはとアリサもまた仲良しそうだなぁ。てか、まさか理となのはが肩並べて談笑する光景が拝めるとはな。理の奴、なのはの事嫌ってたのに、中々どうして楽しそうじゃんよ。

 

「フェイトちゃんもライトちゃんも学校行った事ないんだ。じゃあ、学校でしか出来ない楽しい事いっぱいしようね!」

「うん!よろしくね、すずか」

「よろしく頼む、すずか!それにしてもこの制服っていうの、可愛いね~。よし、ちょっと着てみよ!」

「ラ、ライトちゃん、ここで着替えちゃ駄目だよ!?きゃあ、スカート脱いじゃダメー!?」

 

フェイトもライトも早速新しいダチが出来たみたいだった。うんうん、やっぱダチってのは大切なんだよな。ただ、すずかよ、早速ライトが迷惑掛けてて本当にすまん。そして、これから先もきっとすまん。

 

(なんか、こう見ると悩むのが馬鹿らしくなってきたな…………)

 

俺は必死になって考えて悩んで頑張ってんのに、こいつらは余裕ぶっこいてんだもんなぁ。なんか俺一人が必死こいて頑張ってんのに、それが空回りしてるみてぇで空しい。

アレかね、結局はなるようになうし、なるようにしかならんって感じなんかね?

だったらもう、本当に出たとこ勝負で行くか。その場その場で臨機応変に対処ってのが、もしかしたら一番正しいんかもな。

 

「帰ろう………」

 

士郎さんと奥さんに一言挨拶した後、お土産のシュークリームを片手に帰路についた。

 

……………。

 

……………ん?

 

「って、待て待て待て。なぜにすずかとアリサもあの場にいた?管理局とウチの奴らと一緒に?」

 

……………戦力差、また開いたっぽい。

 

 




前書きの格言は某ドラマから。

ところで来月公開の劇場版、アミタがバイク乗ってますね。同じバイク乗りとしてはちょっと嬉しい。モデルがVmax1700だったらもっとよかった。


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08

先日の翠屋ニアミス事件から数日、意外な事にも闇の書の蒐集は順調に進んでいる。本当に怖いほど順調に進んでる。

 

この前の第1回バケモノ混沌大戦で局に本格的に目を付けられ、さらにプレシア達も向こうに回ったのを鑑みて、俺はもしかしたら一両日中には八神家の場所が割れちまうんじゃないかと懸念していた。

だってよぉ、局はともかくプレシアと夜天たちが敵に回ったんだぜ?あの二人の頭脳と執念を考えれば、局の情報をフルに使って、それこそ職権乱用しようと、迅速かつ確実に俺を探し当てると思うのよ。

しかし意外や意外、今んとこ本当に何にもなし。気をつけながら蒐集作業してるとはいえ、昼夜問わずやってんのに局にさえ見つからない。俺がクアットロから教えてもらった情報で裏を掻いてるとは言え、そんな裏も表も関係ないとばかりに殺しに来そうな我が家族と隣人共からは、何一つアクションがない。

 

正直この静けさは怖すぎるし、きっとあいつらは何かを企んでいる。しかし、だからって二の足踏んでたらいつまで経っても書は完成しねえ。よって俺たちは、もう何も考えずただただ魔力蒐集をし続けた。最低限の警戒だけして、もはやカミカゼと見紛うばかりの強行作業をしていった。その甲斐あってか、闇の書のページ数はたった数日で60~70溜まり、残すとこ200ちょい。

この調子でいけば、クリスマス前にでもページMAXになるだろうよ。勿論、これから先もこの調子が続くたぁ思っちゃねーが、それでもなんか行ける気がするぅ~。

 

「流石は俺!やる事成す事万々歳!」

「意味不な事言ってねーで、お前も少しは手伝えよ!!」

 

額に玉の汗を掻き肩で息をしているヴィータが、自慢のアイゼンで亀をぶっ飛ばしていた。まあ亀っつってもデカサが半端なく、甲羅もトゲトゲしい化物のような亀なんだけどな。しかも周りは岩場で、とても俺の知ってる亀と呼ばれるものが生息できる環境じゃないから、果たしてアレを亀と分類してもいいのかすら怪しいが。

 

「手伝え?おいおい、俺にそんなガメラと戦えってのか?僕ちゃん、貧弱だから無理~」

「ふざけた事ぬかす暇があるなら援護射撃の一発でも────うわっ!?この野郎!」

 

おお、あの巨体が宙に浮いた。ヴィータの奴、魔法で強化してるとは言えなんつう馬鹿力だよ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………クソ、しょっぺえ魔力量のクセに無駄にタフなんだよな、こいつら」

 

ようやく動かなくなった亀を横目で見遣り、大きな呼吸を繰り返すヴィータ。周りが安全になった事を確認した俺は、地を蹴って疲労困憊のヴィータに近寄って労いの声をかけてやる。

 

「うむ、ご苦労。大儀である」

「………頭、カチ割んぞ」

 

そう怒るなよな。第一、お前でも一苦労する亀なのに、魔法もろくすっぽ使えない俺がどうやって戦えっての?殴ってどうにか出来るレベルじゃねーだろ、このデカさは。そりゃやれるかやれないかで言やぁやれるよ?俺ぁ覚悟決めさえすりゃあどんな奴とだって喧嘩してやんよ?けどさ、こんな魔法生物相手に覚悟決めて喧嘩しても、何も面白くねーし。

 

「まあ落ち着けや。俺だってこんな魔法世界にただ遠足しに来たわけじゃねーぞ?ほら、この通り、俺は俺でちゃんと蒐集してたわけ」

 

ヴィータがこの亀を相手してる間、俺は別の場所で蒐集活動してたわけよ。

その成果を今ここに掲げる。

 

「ふ~ん、どれどれ………………って、4文字しか溜まってねーじゃん!?しかも何だよ、その大量に魚の入ったバケツは!!」

「魔法生物相手に喧嘩すんのも疲れるだけだからよ、俺はこうやって釣りしながら、その釣れた魚の魔力を蒐集してたわけ。いや~、やっぱ釣りはいいな。適度なリフレッシュタイムになったわ。晩飯も出来たし。一石三鳥?」

「………やっぱ割る!」

 

ここ最近、オリジナルヴィータとも喧嘩するようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

08

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隼さん、今日病院に付き添ってや」

 

ある日の朝、欠伸と共にタバコの煙を口から出しながら起きてきた俺に、朝の挨拶と一緒にそんな事を言い出したのは、今日も朝から関西弁がキュートなはやてだった。

 

「やだ、めんどい。シグナムかシャマルにでも頼め」

「シグナムにも頼んだよ?けど、隼さんとも一緒に行きたいんや」

 

ここ最近、いつもはやてはこんな感じで何かと俺と一緒に居たがる。昨晩も俺と一緒に寝たいとか言い出して、フランと盛大に喧嘩していたのは記憶に新しい。

 

「めんどー」

「ええやんか。それに約束やん、『出来るだけ一緒に居てくれる』って」

 

そうなのだ。はやての言う通り、俺はこいつとそんな約束をしてしまったのだ。

 

以前、はやては魔法を覚えたいと言って俺にその教師役を頼んでただろ?でも、俺ぁはやてにはガキらしく育って欲しかったし、何より面倒臭ぇから、教えてくれというはやての要望をのらりくらりとかわしてたのよ。そんな俺の態度にとうとうはやても痺れを切らし、なんと泣きながら(後日、嘘泣きと判明。拳骨)懇願してきたもんで、流石の俺もこれには真面目に応えなきゃなんねーと思った。が、それでもやっぱり面倒臭いという気持ちもあって、だから俺は一つの提案を出した訳。

 

『お前に魔法を教えるのはやっぱ嫌だからよ、そん代わり俺が何でも一つだけお前の頼み事聞いてやるってのはどう?勿論、教師役以外で』

 

なんだか最近、この「なんでも一つだけ願い聞いてやる」って発言が増えてきたような気がする。だって、これが一番てっとり早くて面倒ないし。もうこのフレーズだけで何もかんも解決する魔法の言葉にさえ思えてきてる始末だ。

 

で、まあ今回もそれが功を成し、教師役の代わりにはやてが頼んできたことが『出来るだけ一緒に居てくれ』っていう、親の居ないガキらしい要望だったわけよ。

 

「そんな約束したっけ?そりゃお前の勘違いだ。なんだよ、とうとう麻痺が脳味噌まで達したか?」

「へぇ、隼さんは命短い女の子との約束を平気で反故する人やったんや~。なんや男らしゅうないな~」

 

なんつうか、こいつは本当に図太いガキだな。自分の状況を平気で挑発に使うとか。こいつと初めて話した時はもちっと繊細さもあったような気がするんだけどなぁ。多感な年頃だから、何かに影響でもされたか?

 

「ちっ、了~解。しゃあねーな、一緒に行ってやんよ。まあ、シグナムも一緒ってのがせめてもの救いだ。デートだと思やぁ多少の苦はなんのそのってな」

 

実を言うと俺はオリジナルシグナムが結構気に入っている。勿論、コピーの方も好きだが、俺ん家のシグナムと違い、こっちのシグナムは俺に対して敬語じゃなく、名前も普通に呼んでくれっからな。そういう遠慮の無さが高ポイントだったりする。

 

(はやてが定期健診してる間に、シグナムとどっか茶でもしようかな~。そしてあわよくばフラグなんか立てちゃったりして~……………んふ)

 

ニヤけ面を晒しながら、俺の妄想がシグナムとお茶を飲んでいる場面からホテルへと切り替わろうとしたその時、いつの間にか傍にまで車椅子を移動させていたはやてはそのまま俺の脛目掛け椅子で体当たり。

 

「痛っ!?てめ、何しやがんだ!」

「ふんっ!」

 

どうしてかご機嫌ナナメなはやては、車椅子を反転させて離れて行こうとするが、

 

「待てやコラ」

 

俺は車椅子を掴み止めた。

はやてがいきなり不機嫌になった理由は分からんし、今の流れからいって俺に原因があるかも知れんのだが、そんな事は関係ない。

相手がどんな気分で、それがもし俺のせいだったとしても、人の脛を蹴っておいてサヨナラさせるほど俺の心は広くない。

 

俺ははやての両の足首を掴むと、そのまま持ち上げ逆宙吊りにしてやった。

 

「俺に調子こいてタダで済むと思ってんのか、ああん?」

「きゃあ!ちょ、は、隼さん、お、降ろして!」

 

真っ赤な顔をし、重力によって捲れるスカートを必死になって押さえる9歳の少女。そして、そんな少女をS気たっぷりの顔で見下ろす成人男性の図が完成した。

 

出るとこに出れば、きっと俺は負けてしまうだろうな。

 

「ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさい!せやから、はよう降ろして!」

「聞こえな~い」

「き、鬼畜や~!!」

 

へっ、ガキが俺に楯突こうなんざ10年早いんだよ。金積むか綺麗な女になってから出直して来な。

 

「は、隼、貴様、何をしている!?」

「へ?」

 

声がしたほうを見れば、そこには驚愕の顔をしたヴォルケンリッター+フランの皆様が。

 

「いや、ちょっとはやての奴が調子乗───────」

「助けて~、酷いことされてまう~!」

「うぉい!?はやて、テメェ何言って…………!」

「(にやり)」

 

このクソガキャア!その計画通りって言いたそうな顔はなんだ!いくら何でも言っていい事やその場所ってのがあんだろ!

 

「小烏、今すぐそのポジションを代われ!主から嬲られるのは我の特権ぞ!」

「フラン、頼むから今そんな事を言うな!ますます誤解───────────ぶふぉあああああああ!?」

 

その後、俺は皆から袋叩きにされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海鳴大学病院。

 

そこは海鳴に住む者なら誰でも知ってるし、それはおろか近隣の県からもわざわざ治療者が来るという大病院だ。設備自体も常に最先端のものを導入してるらしいし、何より女性の看護士が皆美人というのが◎。普通だったらおばさんが多いのだろうが、ここは本当に美人が多い、まるでマンガのような病院なのだ。

 

(……そうだよな、病院っつったらやっぱここなんだよな)

 

普通の男なら白衣の天使に会えると喜びそうなモンだが、以前にも言ったが生憎と俺に制服(コスプレ)趣味は無い。よってまるで嬉しくないし、むしろ気が沈む思いなのだ。

 

そう、気が沈むんだよ。…………俺ァ病院ってのが嫌いなんだ。

 

その理由は、まず一つは『病院特有のあの臭いが嫌い』、第二に『暗い雰囲気』、第三に『常連』。

一と二はだいたい察しは付くだろう。三つ目の『常連』ってのはさ、ほら、俺って昔よく喧嘩してたわけよ。それも結構ガチで派手なやつを多い時は週七くらいで。で、怪我したやつは大体この病院に来るわけで、つまりそういう事。ガキだった頃の嫌な思い出ってか、馬鹿な思い出が呼び起こされるわけよ。

 

(まあ『一番の理由』はまったく別なんだけどな)

 

それは兎も角、だから俺は病院ってのが嫌いなんだよ。警察の次くらいに嫌いだ。

 

「隼さん、どうしたん?行くよ」

「あいよ」

 

受付を済ませたはやてとシグナムに続き、俺も病院を歩く。向かう先は神経内科のようで、その事に少しだけ胸を撫で下ろした。内科はともかく外科の方は常連故に顔見知りも多かったからな。「鈴木さん、その年になってまた喧嘩でもしたんですか?」なんて、そんな恥ずかしいことを言われたくないし。

 

そんな心情と共に内科の病棟に着き、そこで検診の為はやては一人診察室の中へ。ただ検査と言っても簡単なものだったのか、時間にして5分も掛からずはやては出てきた。

そしてさらに待つこと10分で検査結果が出たのか、はやての名が呼ばれたので、シグナムがはやての車椅子を押しながら指定された部屋の中に入る。俺も入っていいのかどうか悩んだが、まあ付き添いなんだしと構わず続く。

 

「こんにちは、はやてちゃん」

 

中に居たのは30くらいの見た目若い女医さんだった。場所が場所なら、俺は一も二もなくお近づきになるよう努力しただろうが、ここが病院で相手が医者という事でどうも興が乗らない。

取りあえずガン見だけで済ませとこうと思っていると、女医さんがはやてから俺に視線をずらして訝しんだ。

 

「あら、そちらの方は?」

「あ、えっと、この人は最近よくお世話して貰ってる人で鈴木隼さん言います。隼さん、この方が私の主治医の石田先生や」

「ども」

 

ぺこりとお辞儀をすると、女医さんもお辞儀を返してくれたが、まだ俺に対しての怪訝な表情は納まっていなかった。むしろさらに深くなってるような?

 

「鈴木隼さん?」

「はぁ、そうですけど、何か?」

「……………もしかして、あなた数年前に何度か入院した事ある?」

「……………」

 

も、もしかしてこの女医さん、俺の事知ってんのか!?いや、でもこっちの病棟は来た事ねーし、この人も知らねーし………。

 

「石田先生、隼さんの事知ってるんですか?」

「いえ、直接は知らないし、その人が本人じゃないと思うけど、うちの病院に鈴木隼って人のいろいろな『伝説』があるの」

 

ンだよそれ!?当人びっくりだよ!伝説?いやいや、そんな大層なモン残しちゃねーぞ?ああ、そうか、きっと同姓同名の別人だろうな。

 

「伝説?それってどんなのなんです?」

「何でも『片手片足骨折して入院したのに、その日の晩抜け出してスキー場にスキーしに行った』とか『体を20針近く縫う大怪我したのに、2日後プールで泳いでる姿を見た』とか『急性アルコール中毒で運ばれてきて、翌日の朝病室で迎い酒してた』とか」

 

それ俺ーーーー!!!

 

「他にも荒唐無稽なのが多数あるけど………あなたじゃないですよね?」

「ま、ままままさか~。そんな訳ないじゃないッスか~。その鈴木隼って奴、とんだ大馬鹿者ッスね。あ、あははははははは」

「「「……………………」」」

 

やめて!そんなジト目で俺を見ないで!あの頃は俺も若かったんだ!俺の黒歴史なんだ!

 

「ぷっ、あはは!隼さんって昔から変わらず隼さんやったんやね」

「………ふん、うるせえよ。それより先生、はやての検査結果はどうなんですか?」

「ああ、そうだったわね、ええっと………」

 

石田先生はそこで言葉を切ると、チラっとはやてを窺った。

 

「ああ、大丈夫です。隼さんももう家族みたいなもんですから」

 

ああ、そうか。そりゃあ普通部外者には聞かせられねーわな。まあ俺ははやての検査結果などどうでもいいので、出て行けと言われればすぐにでも出て行ってよかったし、むしろ出て行きたかったが、はやてにさも当然のように『家族』と言われちゃあ留まるしかない。

 

石田先生ははやてと俺を交互に見て一度微笑むと、手元にある紙を見ながら続けた。

 

「あんまり成果は出てないわね。でも、今のところ薬の副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか」

 

そりゃ出ないだろうよ。なんせはやては病ってわけじゃねーんだから。しかも、それははやても既に知っている事で、本来ならもう病院に来る必要なんてないのにな。なのに何でまだここに来るのか疑問だ。金の無駄だろ。

 

「はい、そのぅ………お任せします」

「お任せって……うーん、自分の事なんだから、もうちょっと真面目に取り組もうよ」

 

石田先生としても歯痒いってか、悔しいんだろうな。はやてはまだこんなガキなのに、車椅子生活を強いられ、それも原因不明ってんだから。

どうにかして治してやりたいって気持ちは、もしかしたら俺たちよりも強いのかも知れねぇな。

 

「あぅ、いや、その……………私、先生を信じてますから」

「……………………………」

 

ああ、そうか。もしかしたら、はやては石田先生に会うために病院に通うのを止めないのかも知れない。

まだシグナムたちが居らず、勿論俺も居ない時からはやては病院に通っていた。そんな昔からの知り合いで、一番はやてを心配してくれているのが石田先生だ。なのに、いきなり通院を止めれば状況的にもおかしいし、何より気持ち的に嫌なんだろうな。

 

ある種、はやてにとって石田先生と話す事はカウンセリングなのかも知れない。

 

「それに………」

 

ん?

 

「隼さんを……家族を信じてますから」

 

……………はっ!言ってくれるぜ、このクソガキ。てか、いちいち信じなくてもいいっつうの。テメェに信用されようがなれなかろうが、俺はただ自己満足出来る結果を残すだけだっつうの。

 

(はやて、お前はただ黙って笑いながら生きてりゃいいんだよ)

 

その後、まだまだ長ったらしい話が続くようだったので、俺は一人部屋を出た。出来ればシグナムも一緒に連れ出したかったが、やっぱりはやて大好きシグナムらしく、俺の誘いはシカト状態だった。しかも最後のほうなんてシグナムはおろか、石田先生やはやてまでほぼ俺を無視。女3人で話に花を咲かせていた。

女三人寄らば姦しいってやつか?

 

(あ~あ、こんな事なら話し相手としてフランのやつでも連れて来りゃよかった)

 

俺たちとシャマルを除いた他の奴らは皆蒐集に出向き、シャマルは家でせっせとカートリッジ作り。フランは着いて来たいっつってたんだけど、あいつが居ると高確率でXXXな会話になっちまうんで置いてきたんだよな。

 

(病院ってのはどうしてこう退屈なんかね?辛気臭ぇたらありゃしない)

 

辺りを見渡しても何も惹かれるモンがない。

 

右を向けば老い先短そうな老人がよろよろと歩いていたり、ナースが検尿のカップ持って走ってたり、ギャアギャアと喚くクソガキがいたり。

左を向けば松葉杖をついた少年が右往左往してたり、白衣を羽織った銀髪の女の子が美味しそうにココア飲んでたり、悲痛な面持ちで花束を持った夫婦がいたり。

 

まあこれも平和な日常といえば日常だな。魔法なんてファンタジーな要素はなく、どこにでもありそうな日常の一コマだ。病院で平和って表現はちょい不謹慎かも知んねーけど………………………ん?あれ?

 

(………なんか、その一コマにあまり見たくねぇコマがあったような)

 

特に左を向いた時の2コマ目。

 

「あれ?鈴木くん?」

 

んげっ!?

 

「一番の理由!?」

「むっ、何ですか、それは?何だかそこはかとなく失礼な気がする!」

 

片手にココアを持った白衣を羽織った銀髪の女の子………いや、年を考えればもう女の子じゃないのかも知れんが、その容姿はどう見てもお子ちゃまな女性。

そんな女性が今、俺の目の前で頬を膨らませて怒っている(らしい)顔を見せていた。

 

そうだ、この女性こそが俺の病院が嫌いな一番の理由。

 

「………フィっつぁん、居たんだ」

「だから、その呼び方は止めて!銭形のとっつぁんじゃないんだから」

 

海鳴大学病院女医、悪魔の妹フィっつぁん。

まさか番外編じゃないにも関わらず、またしゃしゃり出てくるとは!しかも今度は台詞付き!

 

「それよりも今日はどうしたの?もしかして、また喧嘩?」

「ンな訳ねーだろ。あんま人様馬鹿にすると、その綺麗な髪の毛をまたドライヤーで尽く縮れ毛にすんぞ」

「う゛っ、それはもう止めて………」

 

恐々とした顔で頭を押さえるフィっつぁん。

こうやって普通に会話する分ならこの人は楽しいんだよな。弄り甲斐もあるし。せめて出来れば外で会いたかったよ。

 

「今日は知り合いの付き添いで来ただけ。で、今は暇だったんでぶらぶらしてたの」

「そうなんだ。顔に傷があるからてっきり私、また誰かと喧嘩してここに来たのかと」

 

ああ、ここに来る前に袋叩きされた時の傷ね。まあ喧嘩と言えば喧嘩だが、フィっつぁんの思ってるような物騒なもんじゃねーしな。

 

「あ、そうだ、この前はご馳走様」

「ん?ああ、飲んだ時の事?別に。リっつぁんは兎も角、フィっつぁんにはいろいろ世話んなってたからよ。たまに会った時くれぇ奢ってやるさ」

「ありがとう。じゃあ、今度はお姉さんが奢ってあげるね」

「え?お姉さん?どこ?俺の目の前には幼児体系のチンチクリンしか居ねぇけど?」

「むうっ!」

 

ポカポカッ、なんて擬音が付きそうな感じで叩いてくるフィっつぁん。その体といい言動といい、相変わらず子供っぽい人だよ。

初めて会った時も俺はフィっつぁんがまさか年上とは思わず、ですます調の敬語で喋る彼女に向かって「ガキが気持ち悪ぃ喋り方すんなよボケ」といって矯正させたんだよな。その甲斐あって、今じゃ姉であるリッつぁんに向けるのと同じような感じの喋り方で俺にも応対してくれるようになった。ただ、その一方でよくお姉さんアピールをするようにもなったが。

 

「はいはい、もうポカポカと叩くのやめようね~。そんな事より、お兄さんの話し相手になってくれるかな~。あ、アメちゃんいる~?」

「もう!だから年下扱いしないで………………ん?」

 

突然、フィっつぁんの叩いていた手が止まったかと思うと、次はむにむにと触り出した。それは何かを確認しているのだろうか、触っていくにつれフィっつぁんの顔がどんどん険しくなっていく。

 

「これは………」

「どうしたよ?………ま、まさか俺の体を触ってるうちに発情!?マジかよ、フィっつぁん」

「ち、違っ!?」

「でも、ごめん。いくら俺でもフィっつぁんは無理。ホント無理。ロリババアに興味はない」

「酷ッ!?………って、そうじゃなくて!」

 

リっつぁんと違い、この手の冗談を受け流す事が出来ないフィっつぁんは本当に面白いなぁ。まあリっつぁんの場合も受け流すようなことはせず、威力を10倍にして返してくるけど。

 

「鈴木くん、ここ最近、また何かあったでしょ?」

 

落ち着きを取り戻したフィっつぁんは、今度は医者の顔をしてそういった。

何か、ね。まあ確かにあったけど、とても言える事じゃねーし。

 

「んー、まぁあるにはあったけど。なんで?」

「筋肉が強張ってて、体が凄く疲れてる。この前会った時と違って、顔色もちょっと優れないし」

 

ほへ~。流石はお医者さんだね。あれか、触診ってやつか?確かにここ最近はかーなーりハードだったからな。何度死ぬかと思ったか。

 

「やっぱり、また喧嘩してたんじゃないの?」

「だから違ェての。俺もいい年なんだし。フィっつぁんとは違って、あの頃よりも成長してんだから」

「もうっ、すぐそうやって!でも、その金髪白ジャージを見てる限りじゃあ、全然変わってないように見えるけど…………どうであれ疲れてるのは事実だから」

 

と、フィっつぁんがおもむろに俺の手首をガシっと掴んできた。そして、その顔はどういう訳か満面の笑顔であり、どういう訳か嫌な予感がひしひしと襲ってくる。

俺の今までで培われた経験が、この場を去れと強く訴えかけてきた。

 

これ以上、フィっつぁんと居たらマズイ!ここは彼女のテリトリーなんだ!

 

「あ、あー、フィっつぁんよ、そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃね?ほら、フィっつぁんて優秀なお医者さんだから何かと忙しいだろうし」

「ありがとう。でも大丈夫、今休憩時間だから」

「あ、そう?じ、じゃあどっか飯食いに行く?すぐ近くのカフェに美味しいココア出す店があんだよ」

「それはとても魅力的だけど、それよりもまずやる事が出来たから」

 

嫌な予感度がマッハなんすけど。この会話の流れとフィっつぁんの表情は、過去何度か見たことがある。そして、その過去からの統計を考えれば、きっと次に彼女が吐く言葉は…………

 

「整体マッサージしてあげる♪」

 

やっぱりかあああああ!!

 

「い、いいいや、遠慮しとくよ。俺、全然元気だし!それにホラ、今ちょっと持ち合わせが」

「私と鈴木くんの仲なんだから、お金なんていらないよ。さっ、行きましょう!」

「ちょ、マジで勘弁して!?」

 

フィっつぁんの整体マッサージは確かに素晴らしい効き目がある。してもらった後なんてホントに体が軽くなっかのように疲れが吹っ飛んでる。けど、マッサージの最中はマジでパネェほどの地獄の痛さなんだって!

 

「久しぶりだから、腕が鳴るな~」

 

こんな細腕のどこにそんな力があるのか、俺はぐいぐいと引っ張られていく。

 

これだよ、これがあるからここの病院は嫌いなんだよ!いつも気弱なフィっつぁんが、唯一強気になる場所がこの自分の勤め先。外で会う分にはまるで問題ないフィっつぁんも、ここではこうなるから会いたくないんだよ!

 

「今日は力いっぱいやってあげるね」

「いーやーだー!」

 

ドナドナ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな溜息を吐くと、外気との温度差で息が白く染まる。タバコを吹かすと、暖められた部屋内で吹かすよりもより白い煙が多く出て行く。

もう本当に冬なんだなと思わせる現象だ。気温も相応に低く、厚手のコートを標準装備する頃合だ。だと言うのに、俺は見てる方が寒くなるようなジャージ姿である。唯一身に着けている防寒具はマフラーのみで、しかもそれは、とてもそれだけじゃ寒さを凌げないような頼りない質素な物。

そんな冬上等な格好の俺だが、しかし体温は反比例して高かった。かなりホってっている。

 

(あ~、痛かった)

 

今は気持ちよくて暖かいが、その為に払った代償は本当に痛かった。フィっつぁんのマッサージは相変わらず凶悪だったのだ。

確かに今現在は気持ちいいが、マッサージされてる間はまさに地獄。人体からそんな音が鳴っていいのか疑問に思うほどバキバキいってた。マジで涙目だった。

 

これでエロイベントの一つでもあればまだ救われるのに、フィっつぁん相手にそれは酷すぎる。背中を指圧される時、可愛いお尻がポテっと腰に乗っかって来たが嬉しくもクソもねぇ。あれが仮にシャマルだったら、その艶かしい肉厚のお尻が乗っかってきた瞬間ヒートエンドするだろうが、フィっつぁんのような幼児体系じゃあ骨の感触しかなかった。まことに残念だ。

 

「ハァ………」

 

もう一度大きく溜息。白い吐息が数瞬漂って消える。それに伴い、俺の思考も病院の出来事から今現在にシフトチェンジ。

 

「さて、これからどうすっかね」

 

一人ごちる。

すでにはやてとシグナムとは別れた。なんでも図書館に行くとか。誘われたし、シグナムとのデートは惜しいが、そんな辛気臭いとこ行きたくもないので丁寧かつ乱暴に断った。よって今は一人、はやての家に帰りながら思考に耽る。

 

「ホント、どうするかね、いろいろと」

 

それはこれからどこに行こうか、というものじゃなく。

今の、この現状。ここ最近、とみに考えてる事がある。

 

この茨の道をどうやったら踏破出来るか。

 

「マジ、このまま行くと遅くともはやての命より俺の命が先にデスるからな」

 

うちの奴らが管理局に組した数日前から今日まで、幸運にもまだ鉢合わせにはなっていない。だから生きてる。こうやって自分の足で歩いている。しかし、それは本当にただの幸運の産物であり、この奇跡が今この瞬間終わっても何ら不思議ではない。

 

「まー、だったら出歩かずヒッキーになっときゃいい話なんだろうけれど」

 

悪ぃが俺はそんなお行儀よくないし、また賢くもない。1秒後に死が待っていようとも、0.9秒後まで俺は俺の意思で好きなように生きる。

我ながら救えない馬鹿とは思いつつ、馬鹿だから考え直すこともなくいつも通り。

 

しかしながら、だからといって事前準備や対抗策をガン無視するような自殺願望者でもない。

 

「どうにか戦力アップ出来ねーかなぁ」

 

目下の課題がこれ。

 

現在、向こうさんの戦力は管理局の団体さんとうちの騎士たちと隣人たちとなのはたち仲良し3人組。総数は……いっぱい。

対するこちらは俺とフランとシグナムとシャマルとザフィーラとヴィータ。総数はギリギリ両手。

 

うん、どう足掻いても絶望。

 

「やっぱ面倒だけどはやての奴に魔法教えて戦力にするか?」

 

フランの話によれば、はやてもかなりの魔力保有者らしい。フランと同程度とか。ならば今から鍛えて僅かばかりの戦力の足しにするのもありっちゃありだが、おそらくというか絶対シグナムたちが賛成しない。

 

「そもそも今更ちょっと強い奴が一人味方になるくらいじゃあ、形勢は微々すら変わらんだろうしなー」

 

喧嘩慣れもしていないガキなら尚更だ。

ならば次案としてはシグナムたち個々の地力アップ。うちの奴らがあんだけ進化したなら、オリジナルにだって可能性は十分にある。……あるにはあるが。

 

「時間がねーよ」

 

もともと強ぇ奴ってのは、そっからもう一つ上にいくには少しの切欠と時間が必要だ。うちの奴らが大よそ半年。つまりオリジナルもそれだけ掛かるとすると、どう考えてもその時には俺は死んでる。それじゃ意味がない。よって却下。

 

最終案。───うちの奴らレベルの、誰の手垢もついてない化け物クラスの新規魔導師の加入。

 

「シグナムのような個の極致か、夜天みたいな災害レベルの魔導師落ちてないかな~」

 

冷静な俺が頭の片隅で「ねーよ」と突っ込みを入れてくる。

ええ、分かってますとも。ここに来てそんなご都合がありゃあ苦労しない。むしろそんなご都合があるなら、俺自身がもっとパワーアップするようなご都合が欲しい。耐久力と生命力と運にステ全振りしたようなパワーアップが。

 

「ピンチになったら覚醒、俺強ええ、女たちを助けてハーレム一直線!……これだろ、普通は。『きゃー、素敵っ!』とか言われてーわ。なのに何で『ぎゃー、助けてっ!』て言う側になってんだよ」

「なんだ、主。ヒーロー願望でもあるのか?」

「うお!?」

 

周りに誰もいないと思って恥ずい事垂れ流していたのに、いつの間にか一人のガキが俺の横を歩いていた。

 

「びっくりさすなよ、誰かと思ったじゃねーか」

「うむ、それはあい済まぬ」

 

俺を主と呼ぶ者の中で今現在命を脅かさない奴、フランがそこにはいた。

 

「お前、いつからいたんだよ」

「ふむ?それはこうやって主の横に並び歩いた時か?それともストーキングしていた時も含めてか?」

「………両方回答しろ」

「前者はほんの十数秒前だ。後者はクソ小烏と腐れメロンを伴って家を出て行った時からだ。いや、しかし今回初めてストーキングをしてはみたが、やはり我には合わぬな。多少の興奮があったのは否めぬが、それ以上にストレスよ。それに比べてこうやって主の顔を見て会話をするというのは、うむ、それだけで絶頂よなあ!!」

 

命は脅かさないが、世間体とかを脅かす存在だった。

そういうのを気にしない俺ではあるが、何事にも限度はある。

 

「フラン、家の中では許す。この際もう諦めて許す。だが外では痴女るな!」

「何を言うか。我は衆人観衆に晒されて悦を覚えるような痴れ者ではない。主にのみ愛を晒して悦を覚える高貴なる王よ!」

「時と場所を弁えない奴は、その対象が誰であれ痴女なんだよ!!」

「ならば痴女上等!」

「開き直んな!!」

 

腰に手を当て胸を張る変態王。その姿だけ見れば威厳もあるんだけどな。

 

「開き直ってはない。最初から我はもろもろ開きっ放しよ!」

 

口を開けばコレだ。

 

「……帰ろう」

 

この場でこいつと会話し続けるのは危険だ。今はまだ人通りがないからいいものの、誰かに聞かれようもんなら即通報されること必至。

俺は興奮冷めやらぬ、というか常時平常運転が興奮状態のフランを置いて一人家路に着こうと足を速め───── 

 

「戦力の追加、可能ぞ」

 

そんな言葉に驚いて足を止め、呆然とフランを見やった。

 

「は?今、何て……」

「現状の心もとない戦力の底上げ。それが主の望みなのであろう?その望みに対する我からの答えとしては、可能という言葉を送る」

 

あまりに突然で振って湧いたような奇跡の現実をもたらす言葉を紡いだのは、つい先ほどまで変態の名を欲しいままにしていたフランだった。

 

「マ、マジか!!??」

 

俺は驚きと怪しみと嬉しさがない交ぜになった気持ちのまま、思わずフランの両肩に力強く手を置いて揺さぶる。

もちろん、そんな事すればコイツは悦ぶのは目に見えていたし、実際現在進行形でこの目に見ているハメになっているが今は捨て置く。

 

「嘘じゃねーだろうな!?ぬか喜びさせて、その後絶望させるとか、そんな理みたいな事しねーよな!?」

「主に対して嘘は付かぬし、主の真の喜びに貢献する事こそ我が望み。何を持っても優先される事」

 

そう言うフランの顔は多少悦びに染まっているが、それでも多数を占めるのは自信の色。淡く優しい笑みを浮かべる今のコイツは、まさしく王と呼ぶに相応しいものだ。

 

「主の独り言を聞いていたが、察するに戦力向上の案として個々の強化か強力無比な魔導師の加入なのであろう?前者は我個人はともかく、騎士どもはまず無理だ。とても間に合わん。だが後者については、我に用意するすべがある」

「マジか!」

 

今度こそ本当に俺の胸中は喜びの色となる。しかし、どうしてか言ったフランの方が一転、険しい顔つきになっている事に気づく。

 

「なんだよ、その顔。もしかして問題でもあるのか?」

「うむ、大アリだ」

 

真面目な顔でフランは続ける。

 

「我に用意するすべがあると言ったが、正確にはそこへと至る道と道具は用意出来る。しかし、それをどう歩み、どう使うかは主次第」

 

新規魔導師の追加という事だから、つまり交渉のテーブルと積む金はフランが用意するが、そこでの話し合いは俺がやるってこと?

 

「面倒だけど、まあしゃーないな。けど問題が有るってどういう事よ?その魔導師が堅物とか?」

「ふむ、堅物と言えば堅物だな。筋金入りの引き篭もりゆえ、普通ならまず無理だ。といか問答無用で破壊される。……しかし、主ならば九割九分問題なかろう。忌々しい事に、な」

「よー分からんが、じゃあ何も問題なくね?」

 

むしろ九割九分をご破算にするほうが難しいぞ。流石の俺も自分の命の安全の為なら交渉でも多少の妥協はするし。

 

「そうよな、そちらに問題はない。問題があるのは我の方だから主は気にするでない。……ハァ、出来れば提案しとうなかったが、是非もなしか」

 

らしくもなく、何故かガックリと項垂れるフラン。普段の不遜で変態なコイツらしくない様子に思わず首を傾げる。

 

「お前、そこまで嫌なら黙ってりゃ良かったじゃん。いや、言ってくれてこっちは助かったけどさ」

 

俺だったら例え相手がシグナムだろうが夜天だろうがシャマルだろうが、自分に害ある提案はしない。メリットとデメリットをきちんと考えた上で行動する。……まあ出来てない時が多いけど。

 

そんな俺の思いに、しかしフランはまるで誇るように胸を張って言う。

 

「知れた事。何度も言うが、我は主に対して嘘を言う気持ちは一片もない!そして主の喜ぶ顔が見たい。主の悲しむ顔は見とうない。そうする為に、あるいはそうしない為に我に出来る事があるなら全身全霊を持って事に当たる!主の為に何かしたいし、それが出来るのならば、それに伴う自身への害悪など些細な事よ。……時には傷つきもしよう、憤りもしよう、後悔もしよう。されどもそれ全てが愛しき主の為ならば、我の気持ちは欣幸一色となり溢れんばかりに満ち足りる」

「────」

 

天下の往来で、何の恥ずかしげもなく胸のうちを語るフランに俺は返す言葉も出てこなかった。俺自身も恥ずかしいという気持ちさえない。……いや、ちょっとだけ恥ずかしい。その男らしいとも言える堂々とした佇まいに少し見蕩れてしまった自分が恥ずかしい。

 

(……なんつうか、ギャップが激しいつうか、言ってる通りホント俺だけには正直つうか)

 

思えば八神家で初めてコイツと会った時。変態発言やガキらしからぬ冷たい態度も見られたが、それと同じくらい泣いたり、怒ったりとガキらしい態度も見せていた。

俺に対して「全ての我を曝け出す」とか何とか言ってた気がするが、まさしくだ。

 

良いとこも悪いとこも惜しげもなく見せるフランの根底にあるのは、間違いなく俺に対する『好意』。

 

そう思うと、まあ、なんだ。ガキからとは言え悪い気はしねえ。

 

「見直したぜ、王様。ぶっちゃけちっと見蕩れたわ。いい男っぷり……いや、いい女っぷりだぜ」

 

俺は自然に笑顔で、初めてフランの頭を優しく撫でてやった。俺の意外な行為に対するフランは目を丸くして驚いている。その顔は中々にガキっぽく無防備で可愛い。…………いや。

 

可愛かった、だな。うん、すでに過去形。

 

「………キタ」

 

何か小さく呟いたと思った瞬間、フランは顔を伏せると同時に撫でていた俺の腕を鷲掴みした。そして踵を返すと突然歩き出す。残っている手にはいつの間にかスマホが握られており、何かを検索している様子。

 

「お、おい、どうしたよ?」

 

俺の言葉に答えるためか、それとも何かの検索が終わったのか、程なく「ぐりん」と音が付きそうな勢いで顔をこちらに向けた。その表情は、なんと言うか蕩けきっており………ん?瞳の中にハートが見えるぞ?

 

「結婚だな!結婚の返答で良いな良いだろう!?さあ行こう。どこへとな?もちろんイタしにだ。今しがたホテルの場所は検索した。ここから一番近くて徒歩20分だが飛んでいくか?それともいっそここでか?いやいや初夜は流石にベッドの上が良いな。いや待て我はベッドだが主は敷き布団派か?ならば一回戦は和風、2回戦は洋風と洒落込もう。ああ、もちろん式も挙げるがまず初夜だ。順序が逆になるがまるで問題ないであろう。おっとその前に家に置いてある婚姻届を提出しなければ。すでに必要事項は記載済みゆえ後は判子を押せば良いだけだ抜かりはない。帰ったついでに家の連中はどこぞの小屋にでも放り込んでおくか。新婚は二人きりでなければな。もちろん後々子は作るぞ。一姫二太郎が理想というが我としては何人でもかまわん。いや待てそもそもこの体は子を成せるのか?まあ試してみれば良いだけの話か。というかもう辛抱堪らんからさっそく1回戦の場へ赴こうか!!!!!!!!」

 

………ありがとよ、お前のお陰でいつも通りド汚いオチがついた。

 

この変態王が!!

 



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09

この夢の、目の前の扉を初めて見たのは、さていつだっただろうか。

 

そう思うほど俺は今日までこの扉を目にし、またそれを開けてきた。最初は分けが分からなかった。寝れば何故数日おきにこの夢を見るのか。そしてその中にいる幼女はなんなのか。

 

疑問はつきなかったが、正直どうでもよくはあった。なにせ夢なのだから。……なんて素直に信じていたのはぶっちゃけ最初のうちだけだったが、それでもだ。

これが夢のような、もっと違う何かでも関係ない。思うところも確かにあるにはあったが、俺に大きな被害があるわけでなし。利益があるわけでもなし。

俺には関係ない。だから問題ない。夢みたいな、このおかしな現象も突然始まった時と同じようにいつか突然終わるだけ。ならその時までせいぜい楽しんどこう。

 

そんな軽い気持ちだった。それで良かった。────そう思っていたのがつい先ほどまでで、今じゃ「どうでもいいし」なんて無関心気取れないような状況になってしまったのだから笑えない。

 

どうでも良くなく、むしろ今後の俺の生命線がこの夢……正確に言うと中にいるガキ如何によるというんだからマジで笑えない。

 

今から行うのは交渉。相手は中にいるガキ。目的は、そのガキの身柄。それ次第の結果如何で俺の命はDEADorALIVE。

 

とは言うものの、俺はそこまで心配はしていない。なにせガキの性格はこの数ヶ月で知り尽くしたし、ガキが立たされている状況もフランから聞いた。さらにそれを解決させる手段もフランから受け取った。……癪な事だが、あのアルハザードのホモ野郎も一枚噛んでるというのだからまず心配はない。

 

下準備は完璧。

 

さて。

それじゃあ開けますか。今までのように。いつもと変わらず。

おそらく中のガキもいつも通り笑顔で迎えてくれるだろう。あるいはまた何かしら再現している途中かもしれない。そう言えばあいつ、いつだったかスキーがしたいとか言ってたからもしかしたらゲレンデでも作ってるかも?

 

そう思いながら俺は扉を開けると。

 

「あっ!隼!遅いです!何でずっと来てくれなかったんですか!!!」

 

ぷくぅと頬を膨らませている幼女にして最強魔導師───紫天の盟主がそこにいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

09

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り。

 

俺が病院からの帰り道にフランと会い、そこで戦力アップの方法があると聞かされたのがおおよそ30分前。

現在、俺はフランとともにベッドの上にいた。……あ、もちろん八神家の宛がわれてる俺の部屋よ?ホテルじゃないからな?壊れかけたフランに引きずられて行きそうになったけど、行くわけねーからな?

 

「紫天の盟主?」

「うむ、我ら……というのは少し語弊があるが、それを束ねる者の事だ。そやつと交渉し、協力を得る」

 

それがフランの言う強力無比な魔導師の事らしい。

紫天の盟主ねえ。なんか聞き覚えのあるような?

 

「闇でも夜でもなく、暁へと変わりゆく紫色の天を織り成す者。コアである永遠結晶エグザミアにて未知の魔力を無限に生み出す無限連環機構を持つデタラメな存在よ」

 

なんか凄そうな単語をつらつらと出してくるフランであるが、もちろん俺はちんぷんかんぷん。無限とかデタラメとか言ってるから相当凄いんだろうけど、それってどんくらい?

 

「小難しい事はいいからよ、ぶっちゃけその盟主って奴ぁどれくらい強いわけ?」

 

率直に聞いてみる。もしこれでフランとかシグナム程度ならちょっと肩透かしだが……。

 

「ふむ、そうさな。聞いた所によれば、数%の力で我クラス並みの魔導師をダース単位で容易く捻り潰せるらしいぞ」

「それ、べらぼーに強ぇじゃん!?」

 

フランがどのくらいの強さかは正直な所知らないが、仮に理やライトレベルだと過程しても、それを容易くって……え?それってマジでうちのシグナムや夜天レベルじゃん!

マジか、流石にそれは予想以上だ。適当に宝くじ買ったら1等当たってたレベルの奇跡だろこれ。

 

「そんなやべえ奴がうちや管理局以外にいたとは……。で、そいつ今どこいんの?やっぱ隠れ住んでる的な?」

 

強者が煩わしい世を捨て、ひっそりと隠居する。漫画やラノベの設定にありがちだが、なるほど、実際にそんなのが有り得るとなるとちょっとかっけーな。

 

「まぁ実際には引き篭っておるようなものらしいが。いや、場所が場所だけに引き篭もっておるというよりも封じられておると言った方が正確か」

「ふ~ん。で、それ、どこよ?」

「闇の書の最奥だ」

 

………は?

 

「闇の書って、はやてが持ってるあの闇の書?」

「そうだ」

 

なぜにそんなとこに?もしかして写本にはいない、闇の書限定の騎士?いや、でも封じられてるって言ってるし。

 

そんな俺の胸中の疑問を察したのか、フランが続けて説明を始めた。

 

「簡単に言えばその紫天の盟主も闇の書のプログラムの一つだ。が、ヴォルケンリッターのような正規のプログラムではなく、もともと書を支配しようと後付けされた独立稼動プログラム。しかし結局支配は出来ず、さりとて破壊されず、闇の書の防衛プログラムによって奥底に幽閉されておる状況だ」

 

だからお前の説明は小難しいんだって。それのどこが簡単だよ。

 

「ええっと、つまりその盟主ってのはウイルスみたいなもんで、闇の書を乗っ取ろうとしたけど返り討ちにあった。でも闇の書も完全に駆除出来ないほど強いから、せめてもう何もさせないように閉じ込めてる?」

「ふむ、相違いない」

 

なるほど。自分で説明してみたけど、自分でもよく分からん。いや、分かるんだけど何かふわっとしてる。……うん、まあ場所は分かったし、強いってのも分かった。だから、なるほど、と言っておこう。

 

あ、でも一つしっかり分かった事がある。

 

「それ、やべー奴じゃん?いや、強さどうこうじゃなく、性質的に」

 

書を支配しようとしただとか、封印されてるとか。それ、完璧悪者サイドの奴じゃん。

 

「うむ、まあ傍から聞けばそうよな。それゆえ紫天の盟主ではなく、今ではこう呼ばれておる。曰く───沈むことない黒き太陽、影落とす月……砕け得ぬ闇……アンブレイカブル・ダーク───とな」

 

うわ~、めっさ物騒な言葉の羅列頂きましたー。なんか巨悪なラスボス臭をぷんぷん感じちゃうな~。

てか、そんな奴の手を借りて大丈夫なのかよ?

 

「あのよ、確かに強いみたいなのは分かったけどさ、流石にそんな厄介そうな奴手元におくのは勘弁なんだけど。どう考えても敵増やすだけだろ。獅子身中のなんちゃら的な」

「そうよな、あれ程の怪物を御せる者などそうはおらん。主以外では、普通は会話も出来ぬまま微塵に破壊されるであろう」

 

ほらー、やっぱりー。なんだよ、結局肩透かし…………ん?主、以外?今、こいつそう言ったよな?主はつまり俺だよな?え、てことは俺例外?

 

そんな疑問を目で訴えたところ、フランは自慢げに言う。

 

「そう、数多ある管理内・外世界において、現状かの者を制御出来る唯一の存在。それが主よ」

 

まるで我が事のように誇らしげに答えたフラン。方や俺は、それに対してどうにも複雑な気持ちだ。

持ち上げられるのは嬉しい。尊敬されるのも嬉しい。けど、その根拠にまるで見当がつかないから気持ち悪い。俺に対して常にある種盲目的愛(変態的言動)を出すフランだから尚更。

 

「腑に落ちぬと言った顔だな。按ずるな、確かに我は主に対して絶対の信頼を置いておるし、どのような事態に陥ろうとも主なら打開出来ると思うておるが、今回は確固たる根拠がある」

 

すっと手を胸の前に持っていき、人差し指を立てる。

 

「まず一つ。主が本来有り得ぬ二人目の夜天の魔導書の主だからだ。いや、そちらには理と力の断章が夜天として組み込まれておる分、出力は格段に写本の方が上だろう。おそらくその出力ならば紫天を抑えるのも可能」

 

理と力の断章?………ああ、理とライトの事か。

そういやあいつらは後付けで写本に入ったんだっけ。つう事は闇の書には断章はねーんだ。いや、でもさっきフランの奴「我らを束ねるのが紫天の盟主」みたいな事言ってたよな?だったら闇の書にも理やライトみたいな断章のガキもいるんじゃ?

……わからん。

わからんので、取り合えず分かる事だけつっこんどこう。

 

「お前の言う通りなら、その盟主を抑えるだけの出力は写本にあるみたいだけど、肝心の抑え方を俺は知らねえよ?」

 

力はあっても技術はない。

うん、まさしく俺らしい事だがこの場合はそれで大丈夫なんだろうか?いつも通り力技でねじ伏せりゃいいわけ?

 

「慌てるでない。主は早漏よな。しかし大丈夫。我は早漏な主も大好きだ。それに主ならば回復力にモノ言わせて回数で勝負すれば────」

「脱線するな?ちょっとは抑えようか?」

 

今、結構シリアス。真面目な話中。

盟主とやらの抑え方よりこいつの抑え方を知る方が先決じゃね?

 

「ふむ、しょうがない。この続きはまた今度、実践でだな。では二つめ」

 

ぴっと人差し指に続き中指を立てる。

 

「主の察する通り、今回ばかりは力任せでは少々通らぬ。力と技があってこそ。力は主の持つ夜天の写本、そして技は我の持つこの書だ」

 

そう言って立てていた二つの指に続き、今度は五指を開いて手のひらを上に向ける。するとその上に光が収束し、ほどなくそれは一つの本となった。

 

「名を紫天の書という。これには無限連環機構を制御出来るシステムが組み込まれておる。紫天の書と主の写本、この2冊を持ってV3は完成する」

 

手渡されてまじまじと見やる。見た目や重量感は俺の持ってる写本とほとんど同じ。違うのは、その色合い。

綺麗な紫色だ。

 

「でも、これ使い方は?」

「心配無用。魔導書のマスターという時点で効力は発揮される。主は思うだけで良い」

「ん?この書のマスターはお前だろ?」

「何を言う。我のモノは魂から純潔、すべてに至るまで主のモノだ。ゆえにその書の所有者権限は主にもある」

 

重いような有り難いような。

まあ取り合えず、この紫天の書と写本を持って盟主に会えばオールオッケーなわけね。……あれ?

 

「じゃあよ、別に交渉しなくても制御出来るなら無理やり従えさせばよくね?」

 

なんか物騒なやつっぽいし。だったらもう交渉なんて蹴って、この2冊ちらつかせながら言う事聞かすのが手っ取り早いだろ。

 

そんな俺の考えに、しかしフランは渋々といった感じで首を横に振った。

 

「それが出来るならば我もそうしたい。が、その書はそこまでの効力はない。あくまで力を制御出来るのであって人格は制御出来ん。盟主は己が力を忌避しておるらしいからな。無理やり連れ出した所でクソの役にも立たぬであろう。まあ連れ出したあと故意に暴走させるのも手だが、そうすれば敵はおろか味方まで破壊尽くすだけよ」

 

うわ~、そりゃまた厄介な。

つまり俺は力はあっても喧嘩したくない奴を説得しなきゃならねーわけ?それ、結構ハードル高ぇぞ?

 

「……あー、だったらお前の言う通り暴走させりゃいいんじゃね?敵のど真ん中に放置した後、俺らは即退散して、全殺し終わったらまた制御すりゃいいだろ」

 

人道に反してるのは重々承知してるが、こちとら自分の命掛かってますから。

 

「うむ、主がそれで良いなら良い。むしろ我は喜ばしい程に賛成だ」

 

そんな事を言うフランの顔は、しかし嬉々としてではなくどこか草臥れた様子。

 

「しかし断言する。主は、その案を絶対に取らぬと」

「あん?お前、俺の事分かってんだろ?多少人道に背こうが俺ぁ自分良ければ全て良しな奴よ?」

「ああ、そうよな。分かっておる。主の事を分からないでか。確かにその通りであろう。………ただし、相手が『愛らしい子供』だったならば?」

 

…………んん?

 

「え?盟主ってもしかしてガキ?」

「然り。それも癪な事に、主のロリコン庇護欲を掻き立てるような女児よ。主の身近な者に例えるならばあの金髪、フェイト・テスタロッサに似ておる」

「おう、誰がロリコンだって?お?」

 

ともあれ。

あー、それは、なんつうか……無理、だわな。いや、ロリコンじゃないけれどさ。

そりゃある程度なら問題ねーだろうよ。現に可愛いフェイトだって今まで弄りまくってきたし、喧嘩になったら普通に拳振るってきた。ガキだろうと容赦しない時は容赦しないのが俺だ。

けれど、流石に今回の件はそんな『ある程度』の一線を超えてる。人道をガン無視して許されるのは、相手がクソ野郎か理かヴィータだけだ。

 

「交渉、するっきゃねーか」

「であろう」

 

結局そうなるか。あー、こりゃホントに厄介だ。

相手はめっちゃ強ぇ力を持ってはいるが、それを使いたくなくて引きこもってるガキ。それを俺の話術で外へと連れ出し、喧嘩させる。

 

ハードル高ぇー。

 

「そもそも引きこもってるガキってなぁ、往々にして意固地なもんだろ?まず話を聞いてくれっかどうかが問題だし、下手すりゃヤられて追いだされんじゃね?」

 

そりゃ喧嘩になったら勝つのは俺だが、今回は勝てばいいって問題じゃない。相手を納得させ、協力を仰がなければならない。

今まで力技だけで人生乗り切ってきた俺に、これは中々に難しい。

 

「ぶっちゃけさ、成功率ってどんくらいありそうなわけ?」

 

確かにその盟主って奴を味方にすれば俺の未来は明るくなるだろうよ。が、その成功率が1%とかだったら時間の無駄にも思える。それ次第じゃここは潔く諦め、次の案を考えたほうがいい。分の悪い賭けは嫌いじゃないが、自分の命が掛かってる場面じゃ鉄板の目が一番だ。

 

果たして、フランからの回答は……。

 

「成功率?何を言うておる。そんなもの、100%に決まっておろう」

 

はい?100%?

 

「何を呆ける。先ほど言うたであろう。世界広しと言えど、紫天の盟主を制御し得る存在は主ただ一人とな」

「いや、そりゃ俺の写本とお前の書が揃ってるから力の制御は出来るんだろうけど、そっから交渉しなきゃならんわけで……」

「勘違いするでない。我の言う制御は盟主の力のみに非ず。その人格もぞ」

 

言ってフランは再度指を立てた。それは3本目の指。

 

「確固たる根拠の3つ目───今なお、主がここにおる。奴に破壊されずここにおる。それはおろか幾度となく邂逅を繰り返し、親しくなったという奇跡がある。それを持ってすれば今更交渉など、どう転んでも成功の二字以外はなかろう」

 

何故か忌々しそうなフランの言葉に、俺は驚きを隠せない。

 

「……もしかして、俺、その盟主って奴にもう会ってんの?」

「ハァ」

 

そうとしか捉えられないフランの言葉。そしてそれを肯定するようにため息をつかれる。

 

「やはり気づいておらなんだか。まあ、だとは思うておったが。……主を攫う前、主に害成す事ないよう闇の書に少々細工でもしようと中に入ってみれば、奴が幽閉されておる空間が開いておるではないか。しかも奴め、どういうわけか嬉しそうに、何か心待ちにしてる様子。訳が分からず、危険という事もあってその空間はすぐさま閉じたが、その後主が書の中に現れたのを見て合点がいったわ」

 

まさか、という考えが頭を過ぎった。同時に、とあるガキの姿が浮かんでくる。ゆるいウエーブの金髪以上にゆるい顔をしたガキが。

 

「……な、なあ、もしかしてその盟主って奴の外見さ、お前くらいの背格好で金髪ロングで背中に赤い羽根みたいの生えてて胸が絶望極まりない感じ、だったり?」

「まさしく、だったり」

「Oh……」

 

やっぱりまさかあのガキだった。数ヶ月前から寝たら見るようになった夢、その住人のガキ。

そう言えばこいつに拉致られる直前くらいからあの夢を見なくなっていたがそういう事か。

 

「マジかよ……あいつが紫天の盟主ってやつだったんか」

「驚きたいのはこちらぞ。正直その事実を知った時、流石の我も肝と膣が冷えた。下手をすれば魂ごと消滅させられていたぞ」

「あー、そういや初めて会ったときはいきなりぶっ飛ばされたっけ……」

「なに!?あ、主よ、体に異常はないのか!?魂は磨り減っておらぬか!?」

 

急に素で心配してくるフランにどこかこそばゆい気持ちになりながら首肯する。

 

「大丈夫だって。この通り、至って健康」

「確かに見た目は問題なさそうだが……ええい、主、服脱げ!我が隅から隅まで診察する!特に下半身!もちろん、我も服を脱ぎ捨てる!」

「意味が分からん、黙れ」

 

こそばゆい気持ちが吹っ飛んだぜありがとよ。

 

とりあえず俺は暴走しだすフランに割りと本気で拳骨を見舞う。すると暴走した興奮状態から落ち着いた恍惚状態へ移行。良い、良い痛みぞ、と頬を赤くして呟きだした。

よし、平常運転に戻ったか。

 

「それにしても、何で俺は闇の書の中に入り込めたわけ?あのガキと初めて会ったのは何ヶ月も前だから、まだお前やはやてと接点なかったはずだけど……」

「はぁ、はぁ………あ、ああ、おそらくそれは我が闇の書に差し込まれた影響だ。もともと我は写本の断章。それを創造主が闇の書に追加したせいで、闇の書と写本の間に僅かながらラインが出来たのであろう」

 

創造主……って、あのクソ変態野郎か!!────ああっ、そうか、あいつだ!紫天の盟主って言葉、どっかで聞いたことあると思ったらあいつが言ってやがったんだ!確か救えとか何とかって!

 

「……あのクソ野郎の手のひらの上ってわけかよ。ちっ、忌々しい!」

「であろうな。こうなると分かっておったから我に紫天の盟主についての知識も授けたのであろう。同時におそらくそちらの写本の方にも細工が施してあろうな。でなければ流石の主でも初見の際に盟主に破壊されておるだろうし」

 

あんのモーホー野郎が!あー、クソ、マジで次会ったらボコボコにしてやる。

俺は人に使われんのが一番嫌いなんだよ。

 

「それに忌々しいのはこちらも同じよ!あの引きこもり娘!よもや我が主と出会う前から数ヶ月にも渡り蜜月を味わっていたとは!それに連れ出せば泥棒猫候補になるのは目に見えておる!だから出来れば主には言いたくなかったのに!」

 

ああ、それで何か渋い感じだったのか。お前も厄介な性格だな。今回は助かったが。

 

(あのガキが紫天の盟主ねえ……)

 

猛るフランを横目に考える。

あの夢、というかあの空間にいるあのガキは何しかしらの人為的な現象だろうとは思っていたんだ。もしかしたら闇の書に関わりあるかも、とも思っていた。あんな不思議現象をただの偶然ですませるほど俺は目出度くないし、夢で済ませるほどロリコンでもないからな。

 

(まさかこんなにガッツリ俺の今後に関わる事だとも思ってはいなかったけど)

 

そうと分かってたならもうちっと優しくしてやったんだけどな。最初の頃とかマジ喧嘩ばっかだったし。まー、ここ最近は普通に仲が良いといっていいレベルだろうから、結果オーライか。フランの言うとおり、交渉は思ってたより簡単に行きそうだ。100%かどうかはさておき、見知らぬ奴に交渉持ちかけるより遥かにマシだ。

 

(あのガキの全部を知ってるわけじゃねーが、それでもこれまでに分かる事もいろいろあったしな)

 

と、そこではたと気づく。

分かる事もいろいろあったが、分からない事がある。というか聞いてなかった事が。

 

「おい、フラン。その紫天の盟主の『名前』ってなんつうの?」

 

どうせ夢でしか会わないと思っていたし、ずっと『ガキ』で通してたから気にもしなかったが。

 

「ん?ああ、奴の名は────」

 

フランの口から紡がれた名は、中々どうして、似合っているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隼?どうしたんです、ぼーっとして?」

「あ?いや、なんでもねーよ」

 

時間は戻り、今現在。

 

そんなこんなでフランからコイツの事を聞き、紫天の書を託された俺はあの後軽く段取りの打ち合わせをしてすぐに寝て(同衾しようとしたフランを蹴り出した後)、久しぶりにこの空間を訪れている。

俺の目の前にはまだまだ幼さ残る顔を嬉しそうにさせ、るんるんと擬音が聞こえてくるような感じで歩いているガキが一人。

最強だとか盟主だとか、そんな大層なモンにはまるで見えない。

 

どこにでもいる……いや、中々いない可愛いガキにしか見えない。

 

「それよりも、いったいどこ行く訳?」

「別にどこにも行きませんよ?目的地なんてない、ただのお散歩です」

 

ここを訪れて少しの後、ガキが「お散歩しましょう」なんて言い出した。俺としてはさっさと本題に入りたかったが、ここでガキからの願いを断ったらのちのちの交渉に響くかと考え、結局こうやってガキの言うお散歩に付き合ってやってるわけだが……。

 

「マジでただの散歩?てか、こんな何にもない真っ暗なとこ延々と歩いた所で楽しくもクソもないだろ」

 

相も変わらずこの場所は薄暗くて、俺の別荘(時の庭園)のように景観もクソもあったもんじゃない。いや、最近じゃあそこも姐さんが文字通り庭園らしくいろいろ植えてるから、まだあっちのほうがマシ。こんなとこ散歩しても面白くもクソもなくてすぐ飽きるだろうに。

 

そんな俺の考えは、しかしガキの笑顔と共に一蹴された。

 

「楽しいです。それに何もなくもないですし、真っ暗でもないですよ」

「どこがよ?」

 

とてとてとガキが俺に近づいて来たかと思うと、そのまま俺の袖口を握り、見上げながら満足そうな顔ではにかみながら言う。

 

「隼がいます。それだけで、ここはとっても明るいです」

「……へっ、そうかい」

 

ガシガシと頭を乱暴に撫でてやりながら考える。

 

久しぶりにここに来てこいつに会った時はかなり不機嫌そうだったが、今じゃこの通りの機嫌の良さ。そして、どうやら俺は自分でも思っている以上にこのガキから好かれているらしい。

 

これなら交渉も楽に進むんじゃね?この流れに乗るべきじゃね?

 

その思いと同時に俺は口火を切る。

 

「砕け得ぬ闇とかいう真っ黒全開な渾名もってる奴にそんな事言われるたぁ、さすがは俺。だったら今度から俺は太陽の子という渾名でいくか。隼ブラックRXとでも呼んでくれ」

「え………」

 

冗談交じりでそう切り出し結果は、どうやら悪い方向に転がったらしい。

さきほどまで喜色満面だったガキは一転、呆然とした様子で少し後ずさる。袖口からはいつも間にか手が離されていた。

 

「な、なんで、隼が、その名を……」

 

ガキの表情は変わる。呆然から悲しみや恐れといった負の方向に。それを見て俺は胸中で舌打ち。

 

だから苦手なんだよ、交渉なんて。俺の口は悪口でしか弁は回らないんだよ。相手の機微や心情を慮った行動するなんて無理なんだよ。

もうちっとスマートに本題に入りたかったんだけど、もういいや。出たとこ勝負でやってやれ。

 

「他にも知ってるぜ?えっと確かなんちゃらの太陽、かんちゃらの月───アンビリーバボー・ダーク!………ん?何か違ーな」

 

一人首を傾げるが、ガキには伝わったようでその顔はさらに負の感情が色濃くなった。

 

「な、なんで……」

「ああ、そういやお互い自己紹介とかしてなかったな。どうせ短い時間の夢の中だけだと思ってたしよ」

 

そこで俺は初めてこいつの前で写本を出す。

 

「改めて。俺は鈴木隼。闇の書の原型である夜天の書、そのコピーの夜天の写本の主だ。以後、よろしく」

 

握手でもしようと手を差し出したフランクさんな俺に対し、ガキは一層強張った顔付きになり僅かに距離をとった。

 

「夜天の写本、隼が主……ど、どういう事ですか!?」

 

どうもこうもない……こともない。というかありすぎて何から説明すりゃいいか分からん。

よって、ここはいつも通り、迷ったら真っ直ぐ右ストレートだ。

 

「いろいろ訳あってよぉ、まあ要はお前をここから連れ出しに来たんだよ。ちっと力借りたくてよ。だから、おら、いつまでもヒッキーしてねーで外出ようぜ」

 

そう言ってガキに近づこうとした瞬間、ガキは威嚇するように例の赤い翼を背に出した。

 

「こ、来ないでください!」

 

俺から大きく距離を取るガキ。その威勢の良さや威嚇行為はかなりの拒絶の意を孕んではいるが、その悲しみに暮れた顔が全てを台無しにしている。

 

「なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんで……」

 

まるで壊れたラジオのように顔を伏せ呟き出すガキ。

流石の俺も心配になり、どうしたと手を伸ばそうとした時、ガキは不意に顔を上げた。

 

「ああ、そうなんですね」

 

それはまるで初めて理と喋った時感じた無機質な冷たさがある声音。その瞳に湛えられているのはどす黒い闇の色。

 

「短い夢の終わりです」

「っ!?」

 

落胆や諦めとともに、ガキから魔力の渦のようなものが発生した。それはまるで爆発で、俺は踏ん張りも効かずあっけなく吹っ飛ばされる。

 

「~~っ、痛ってぇなあ。一体突然なんなんだよ」

 

したたか打ち付けた体を起こしてガキを見て、そしてそこで漸く現状を理解した。

 

それは変貌。───雰囲気が、空気が、全てが闇へ。

 

「……結局、隼も──キミも私に望んでいたんだね。他の魔導師と同じ、無為なる破壊を」

 

そこにいたのはいつものガキではなく────禍々しい赤色の魔力を纏った怪物───アンビリーバボー……アンタッチャブル……アントニオ……なんちゃら・ダークだった。

 

 




珍しくシリアス気味の終わりです(続くとはいってない)

リフレクション見てきました。いろいろ感想はありますが、ただ一言───レヴィ可愛い。

取りあえず当作品のユーリやマテリアルズは、ネタバレ防止の為しばらくはGoDやイノセント準拠でいきます。


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10

その変化は顕著だった。

白い袴のような服は赤に染まり、同時に顔には揺らめく炎のような模様が浮かぶ。また表情から口調さえ、どうにも冷めたもの変わった。

 

「あと少しで自壊する……望んでいた事だけど、でも正直怖かった。そんな時、キミが現れた。最初は意味が分からなかったけれど、でもそれ以上に楽しかった。嬉しかった。こんな私にも、終わりの前の束の間の幸せというものを神様が与えてくれたんだと思った」

 

どうやら人格……内面も変わったらしく、先ほどまであった気弱さのようなものがなくなっている。

 

「後一月足らずだったのに……このまま、あとそれだけ過ごせば私は幸せのまま壊れることが出来たのに。笑って終われたのに」

 

ガキの背に広がる魔力で出来た赤い羽根が鳴動するように動き、その姿を変えていく。漠然としただけの朧のような羽の形から、どこまでも禍々しく、そして攻撃的な巨大な翼へと。

 

「始めにいいましたよね。私に近づかないでくださいと。自分でも何をするかわからない。いえ、私は、私に近づくもの有象無象関係なく壊すことしか出来ない」

 

淡々と、どこか他人事のように喋るガキ。それを俺は見つめることしか出来ない。

 

「私はずっと一人だった。でもキミが来てそれは変わった……いえ、変えられてしまった。だから私はもう一度戻る。一人でも大丈夫なように。迷いなく、一人でいられる強さを」

 

ゆっくりと、まるで孤高の天を行くように漫然と近づいてくる。それは余裕なのか、それとも別の何かなのか。

背後の翼が形を変える。全てを破壊するような、巨大な手へと。その鉤爪のような手が振りかぶられる先は、もちろん俺。

 

「嬉しさや楽しさに……憧れに目を開けてしまった。憧れるから悲しくなる、そう知っていたのに。だからもう一度閉じる。そして私はまた──無力になる」

 

禍々しい魔力が眼前に迫る。

ああ、こりゃやべえと分かる。うちのやつらと喧嘩した時、時々感じるホンキの殺意だ。俺の魔導師としての力量なんて高が知れてる。こんなもん食らやあ、たぶん一発でお陀仏だ。シールドなんて張れないし、回避ももう遅い。ああ、こりゃ死んだな。

 

「さようなら……楽しい夢でした」

 

────まっ、当たれば、の話だけどよ?

 

「───え?」

 

それはガキから出た言葉。思わずといった調子の、驚きよりも呆然といったふうな呟き。

 

まあ、それはそうだろう。

なにせ攻撃が当たらなかったんだから。もちろん、俺はシールドも回避もしていない。そんな事せずとも当たらないのは知っている。

 

「な、なんでエグザミアの活動が……」

 

驚愕の表情で何かを確認するように自分の手を見つめるガキ。対する俺は、さて、といった感じで一歩ずつ近づく。

 

「ったく、この迷子の子猫ちゃんが。調子コイてんじゃねーぞコラ」

「え?え?な、なんで隼……あれ!?」

 

禍々しさや冷たさが消え、もとに戻ったガキ。服装もいつのまにか以前のものになっており、どうやらガキ自身もそれに気づいた様子。ただ自分の意思でそうなったんじゃないと分かっているのでかなり戸惑っている。

 

もちろん、これも俺の仕業だ。まあ、ともあれ、だ。

 

「なーんか偉そうにペラペラとくっちゃべってやがるなぁと思ったら、最後は俺に真正面から殴りかかるとか。本来ならぶっ殺してやるとこだが、まあ短くない付き合いだ。一発で勘弁してやる」

 

今度は俺が拳を握り、それにハァと息を吹きかける。

訳の分かっていないガキだったが、どうやらこの俺の仕草には見当がついたようだ。さっと頭を守るように手を持っていこうとするが、もう遅い。

 

「このバカチンが!!」

「うきゃん!?!?」

 

ああ、何とも短いシリアスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う゛う゛ぅぅぅ~、痛いです!隼、本気で殴りましたね!」

「当たり前だ、このスカタン。むしろこの俺に喧嘩売ろうとしてその程度で済んでんだ、有り難く思え。おら、ありがとうって言えよ」

「理不尽すぎます!?」

 

殴られた頭を押さえ、涙目で俺を恨みがましく見上げてくるガキ。

紫天の盟主だかなんだか知らねーが、誰であろうと俺に楯突こうとする奴は許さん。

 

「まあ取りあえず目ぇ覚めただろ。たく、いきなり暴走しやがって。てか今更だが何で封印されてんのに力使えんだよ」

「そ、それは封印の内部にさらに自分の領域を作ったから……て、そうです!そんな事より、今、私の永遠結晶に干渉しましたよね!?い、一体どうやって……」

 

涙は引き、しかし今度は驚きや困惑を湛えた瞳で見つめてくるガキ。

どうやら漸く交渉に入れそうだ。

 

「だから言っただろ、お前の力を借りに来たって。その為の策だってこちとらいろいろ用意してんだよ。もちろん、悪いようにはしねえ。その辺も全部きちっと話してやっから、取りあえず椅子くらいだせ」

 

立ち話するにはちょっと長くなりそうだし。実体じゃないとは言え精神的に疲れるのはごめんだ。

 

ガキは何か言いたそうにしながらも、結局諦めたのか渋々といった感じで俺の前にソファを作り出す。

俺は先ほど打ち付けた所を撫でながら、ドカリと座って一息。

 

「ふぅ、さて、じゃあまずは何から説明を───」

「よいしょ」

「…………おい」

「なんですか?」

 

なんですか、じゃねーよ。お前、何俺のひざの上に当たり前のように座ってくるわけ?この体制で説明し、交渉しろと?緊張感もクソもあったもんじゃねーだろ。

確かにたまにこうやってガキを膝の上に乗せて現実世界の土産話をしてやっていたが、今は場面考えようぜ。さっきチラ見したクールキャラとのギャップ激しいな、おい。

 

俺は呆れを隠さず、ガキをジト目で睨む。するとガキも少し間を置いてハッと気づいたようだ。

 

「つ、ついっ」

 

少し頬を赤くしながら俺の膝の上からおり対面にもう一つソファを出すとそこに座った。

話し易くはなったが、結局緊張感はなくなったな。まあいいや。

 

「さて、取りあえずお前も聞きたい事があるだろうが、まずは俺の話を聞け。その後、お前からの質問を受け付ける。OK?」

「は、はい」

「じゃ、まずは俺自身の事から」

 

手を前に翳し、意識を集中。俺のデバイス、夜天の写本を出した。

 

「これは夜天の写本。アルハザードのクソ野郎が夜天の魔導書を複製した代モンだ。で、俺はその主ってわけ。一応、シグナムたち騎士もオリジナルとは別にいるし、マテリアルズっつう奴も3人ほどいる」

「え!マテリアルズって……ディアーチェたちもいるんですか!?」

 

ディアーチェ?……ああ、フランの事か。そう言うって事は、やっぱオリジナルにもフランたちがいるという事か。でなけりゃコイツからディアーチェの名が出てくるわけねーし。

また疑問が増えたが、今は置いとこう。

 

「まず俺が話すっつったろ。今は黙って聞いてろ。───んで、そんな奴らと平和に暮らしてたんだが、ちっとばかし面倒な事になっちまってな。何故かオリジナルの夜天の書の主を助けるハメになって、うちの騎士たちと俺は全面衝突。戦力差もあいまって俺の命は風前の灯。いや、そりゃもう本当ガチで。で、どうにかその差を縮めなきゃと思って行き着いたのがお前、紫天の盟主ってわけ」

 

ガキを見ると疑問と驚きで出ている表情が面白い事になってる。俺としてはまったくもって面白くないけれど。

 

「けど、聞けばお前引き篭もってるらしいってんで、その打開策としてフランから……ああ、ディアーチェの事な、そいつからコレを託された。いや、託されたっつうか、実質もう俺のモンでもあるらしいが」

 

夜天の写本の横に今度は紫天の書を出す。それを見てガキはくりくりとした瞳をこれでもかと広げる。

 

「さっきお前の暴走を抑えられたのもこいつがあったから。まあ、つまりだから俺は今ここにいるってわけ」

 

話は終わりとばかりに俺は写本の紫天の書を目の前から消す。

かなりざっくばらんな説明だったが、まああまり長々と詳しく話しても分からんだろうし、俺も弁は立つほうじゃない。重点だけ分かってもらえりゃ、あとはガキの解釈に任せる。

 

「わ、訳が分かりませんっ……」

「だろうな。まあ、そう深く考えるなや。とりま分かりたい事だけ聞いてこい」

 

ひらひらと気だるく手を振る俺。そんな態度にガキは一度苦笑すると、緊張した面持ちで口を開く。

 

「あの、ディアーチェやシュテル、レヴィは外にいるんですか?」

「ああ、いるぜ。つってもその3人は写本の断章だから、たぶんお前の知ってる3人じゃない」

「……そう、ですか」

 

たぶん、というか絶対違う。違って欲しい。あんなのがオリジナルにもいるとか考えたくない。いや、いるにはいるんだろうが、あの性格とか勘弁して欲しい。ライトは許すがフランと理は絶対勘弁。

 

「隼の今の状況はそんなに危機的なんですか?全面衝突といっても相手は隼の騎士たちですよね、そんなに大事にはならないんじゃ……」

 

次にガキから出た疑問は至極真っ当でもあり、どこまでも見当外れなものでもあった。

俺は厳かにガキへと返答する。

 

「甘い。まったくもって甘い。うちの奴らはな、例え相手が主だろうがなんだろうが殺すと決めたら関係なく殺しに来る奴らだ。しかもその強さがオリジナルの比じゃないほどパない。更に加えてお隣さんの魔導師一家や管理局も加わってんだよ。よって俺に死が約束されてるのが現状だ」

「は、はぁ…」

 

曖昧に頷くガキ。まあしょうがない。あいつらを知らないんだから俺の説明も要領を得ないのだろう。それでも、この俺の真剣な表情を見て一応の納得はしてもらえたようだ。

 

「………それで、隼は私の封印を解き外に連れ出そうというんですね」

「イエ~ス。で、返答は如何に?」

 

まっ、聞かなくても分かりきった事だけど。

なにせフランから100%のお墨付きもあるし、なによりこの俺がわざわざ出向いてやってんだ。そりゃ全力で『はい、喜んで』と言ってくれるだろう。

 

「行きません」

「よし、それじゃあヒッキー止めて社会復帰といきますか…………ん?」

 

コイツ、今なんと?

 

「私は、ここを出るつもりはありません」

 

表情はどこか弱弱しいものの、断固とした口調で断言するガキ。

あれ?100%の保障はどこにいった?

 

「おい、そりゃどういうこった?お前、100%の確率をガン無視してんじゃねーよ。いいからさっさと来───」

「もう嫌なんです!!」

 

引きずってでも連れ出そうかと腰を浮かせて手を伸ばそうとした俺に、ガキは強い意志をもって拒絶した。

その瞳には、また涙が浮かんでいる。

 

「私は、破壊者です。誰彼構わず壊してしまう。そんなの、もう本当に嫌なんです!」

 

その言葉は先ほども合わせて今日まで、何度も聞いてきた台詞。最初は意味が分からなくて首を傾げていたが、今ではその意味も理解している。が、だからこそ意味が分からず俺はまた首を傾げた。

 

「いや、だからそれはもう大丈夫だって。夜天と紫天でお前を制御出来るってさっき証明したばっかじゃん」

 

こいつは自分の力で他者を傷つけたくなくて、自壊を選ぶ程自己犠牲の精神に溢れている、とんでもなく優しい奴だ。だが、それは心配無用だとさっき実演した。制御出来る事を証明した。なら、何を恐れる事がある?

 

「隼、この世に絶対なんてないんです。確かにさっきはエグザミアの暴走が止まりました。きちんと制御されてました。……でも、だからってそれが今後ずっと出来るという保障はありません。99%大丈夫でも、残りの1%を引けば全てを無にしてしまうこの力は在ってはいけないんです」

 

悲痛な面持ちで気持ちを語るガキ。慎重とも言えるし臆病とも言えるそれは、きっと尊い考えなんだろう。

 

そして、そんな尊さとは真逆の存在に位置する捻くれた俺は胸中で大きなため息を一つ。

 

(ああ、やっぱ優しい奴ってガンコだな。なんでそう面倒臭ぇ考え方するかね……)

 

そんな事言い出したらキリねーじゃん。もちっとガキらしく素直に考えられねーのかねえ。99%大丈夫ならそりゃもう100%と一緒だな、くらいの気持ちでいいんだよ。

 

「あのよ、確かにお前の力の危険性は知ってるし不安なのも分かるが、ちっとばっか考えすぎ。案ずるより生むが易しって奴だ。それともなに、お前、俺の言葉信じられねーわけ?」

「こ、この力は本当に危険なんですよ!それにこれは信じる、信じないの問題じゃ……」

 

ああ、コイツはまた間違った考えでぐだぐだ後ろ向きに前進しやがって。

 

「ボケ。これは信じる、信じないの問題なんだよ。俺は大丈夫だっつってんのにお前は心配だっつうって事は、お前は俺は信じてねーってことだ」

「ち、違います!隼を信じないなんてそんな……」

「違わねーよ」

「ちが、あ、うう……」

 

こっちの強引な言葉に何か言い返そうとするもどう言っていいのか分からない様子のガキ。自分の優しさが仇になってんなぁ。

 

「も、もし仮にエグザミアを制御し続けられたとしても、隼は私を戦わせるんですよね?なら結局変わらないです!どんな理由であれ、もう誰かを傷つけたくありません!」

 

どうやら制御云々については反論を諦め、今度は別の方向からぐだぐだと攻めるようだ。だが、若干墓穴を掘ってるような気がしないでもないので、俺は嫌らしくそこを突く。

 

「あのな、お前の力が人を傷つけるのは自分で制御出来ないからであって、俺が書を使ってエグザミアだっけ、それを制御してお前自身も力の使い方をマスターすりゃ解決する事だろ」

「あ、あぅ、そ、それは……」

 

言いよどむガキに俺は好機と畳み掛ける。嫌らしく、こいつの優しさをさらに突っつく形で。

 

「それに、どんな理由であれだと?じゃあ例えそれが『傷つきそうな俺を護る』って理由でもか?」

「あ、そ、それは……」

「お前、結構薄情な奴だったんだなぁ。つまり俺に死ねって言ってんだ?……お前の事誤解してたんだな。俺、ちょっと悲しいわ。ショック~」

 

トドメとばかりにわざとらしく顔を伏せ、悲痛に暮れた演技をする俺。ついでに泣きまねもしてみようかな~。

 

なんて考えながらチラっとガキの様子を覗き見ると。

 

「ち、違っ、そんな、隼は大切な………………うう、ふぇっ」

 

あ、やっべ。やりすぎた。こっちは俺と違ってガチ泣きしそうだ。

よし、ちょっと優しさを出す方向に転換しよう。

 

俺は席を立ち、ガキの隣に腰を降ろす。その際ガキはびくりと体を震わせ、怯えたような表情を向ける。そして俺が怖いのか、それとも自分が何かしてしまうのが怖いのか、俺から離れるように僅かに距離を置いた。

 

「……たく。おら、泣いてんじゃねーよ。別にイジメに来たわけじゃねーんだから」

 

涙を拭い、頭を撫でる。

 

「俺はお前を制御出来る。そして、お前が言う誰彼構わず無為な破壊ってやつもさせねえ」

 

これは交渉だ。普通なら全てを俺の意のままになる結果が最善だが、このガキ相手じゃそれは無理だ。ならば、ある程度譲歩も必要。

 

「俺がお前の力に望む事はただ一つ……『俺を護る』」

 

本来なら『俺の邪魔するやつら全員ぶっ殺せ』と言いたいが、それが絶対無理と分かった以上これで妥協するしかない。

 

「まも、る……」

「そうだ。俺に向かってくる脅威をお前は払ってくれるだけでいい。自分から攻撃しろ、なんて言わねえ。迎撃しろ、とも言わねえ。ただ防げばいい。その力を純粋な盾として貸してくれや」

 

これが妥協出来る最低限度のライン。

 

俺だけの守護者。

 

「俺はお前に誰も破壊させねえ。テメエ自身も破壊させねえ。絶対だ」

「はや、ぶさ……」

「そして、お前の本当の望みも叶えてやる」

「私の、望み……?」

 

交渉なのだから、こちらの要件だけ呑ませるわけにはいかない。何よりもコイツが『このまま』ってのが俺は"気に入らねえ"。

 

「俺と過ごしたこの数ヶ月、お前は何をしてきて何を感じた。そして何をしたいと思った?」

 

こいつは優しい。優しくて、臆病だ。………だから自壊という選択を選ぶ。どちらか一方が欠けていれば、そんな選択は選ばなかっただろう。

こいつが非道だったなら、あるいは勇敢だったならば、こうはならない。だからこうさせないために、俺が欠けてる分をくれてやる。

 

「わたしは……わたしは……」

 

考えている……いや、迷っているんだる。言っていいのかどうか。期待を、願いを口にして、それが無碍にされたらと思っているんだろう。

そういう考えがまたムカつく。ガキのくせにと思う。だから最後に言ってやる。

 

「時と場合によるが、今回はそうだから言っとく。俺は、聞き分けの良いガキは嫌いなんだよ」

 

ようは我が侭言えってこった。

 

「………」

 

時折、怯えるように俺の顔を見てくる。目が合うと俯き、ほどなくまた俺を見る。

1分か、2分か。

決して短くはない沈黙が続いたが、意を決して、と言うには弱弱しい声色でガキは言った。

 

「………隼と、もっとお話したいです」

「おう、しようぜ」

 

俺は自信を持って即答。

弱弱しくも、気持ちの篭った声。秘められた思いは零れ出す。

 

「……富士山、登ってみたいです」

「おう、来年行くか」

 

溢れ出す。

 

「…キャンプ行って、お魚釣りしてみたいです。おっきな青い海、見てみたいです。スキーとかもしてみたいです」

「おう、皆で行って騒ごうぜ」

 

堰を切った思いは、もう止まらない。

 

「クリスマス、一緒にお祝いしたいです。隼からプレゼント欲しいし、隼にプレゼントあげたいですっ」

「おう、やるし、くれ」

 

その思いと同調するかのように、ガキの顔はもう涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。恥も外聞ないとはこの事だが、それがまたガキらしくて愛らしい。

 

俺は涙も鼻水も拭いてやらない。それがガキの思いの大きさの表れだから、拭くわけにはいかない。ただその代わり、優しく頭を撫でてやる。

 

「壊したくない!壊れたくない!もう独りは嫌です!───隼とずっとずっとずっと一緒にいたいっ!」

 

俺は冗談が好きだし、嘘も付く。正直なのは自分の心に対してのみ。自分至上主義だ。

 

だから───。

 

「俺が俺自身に誓って言ってやる。───お前は俺の傍にずっといろ。この先ずっとだ。俺の人生にはお前が必要なんだよ」

 

ガキの思いに感化されたのか、我ながら大げさな言い方をしているような気がする。いや、むしろ壊滅的に言葉が足りない気がしないでもない。

 

だけど、まあ率直に言った方がいいだろうし、言ってる内容も事実ではあるので問題はないはず。だから、この勢いのまま言葉を重ねる。

 

「ああ、もちろん、必要っつうのはエグザミアや砕け得ぬ闇の力だけじゃねーぜ?お前自身だ。俺は、お前自身が欲しいんだよ」

 

これも、まあ事実だ。

ガキがガキらしく出来てねえのは気に入らねー。こんな場所に閉じ込められてるとか、マジ腹立つし。だから、きっとこのガキに力がなくても、俺はこいつをここから出す選択をしただろう。

 

「お前がさっき言った通り、ここで楽しい夢は終わりだ。こっからはそれ以上に楽しい現実へとしゃれ込もうじゃねーか。俺と一緒にずっと、よ?」

「はやぶさぁ……っ!」

 

浮かべている表情が嬉しいのか、悲しいのか判断付かないほど涙と鼻水が凄まじい事になってるガキ。

ただ、これだけは分かる。

 

「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」

 

その泣き声は歓喜のそれだという事。そして、交渉成功により俺の命がかなり延命されたという事だ。

 

まあ、なにはともあれ。

 

これからよろしくな──ユーリ。

 

 




今回短め。
主要キャラ最後の一人、ユーリ登場です。ただあまり戦闘はさせない予定。


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11

今回も短め、かつ雑です。


ぱちり、と目を開ける。

 

最初に目に映ったのは、ここ最近で見慣れた天井。室内は仄暗く、窓からカーテン越しに光が差し込んでいる。枕元に置いておいた携帯で時間を見ればすでに朝の8時を回っており、どうやら結構な時間あの場所にいたようだ。

事前にフランとの段取りではやて達にはフランから話しが通っているはずなので、無用な心配はしていないはず。

 

このまままた寝直すかと思い、目を瞑ろうとした時、不意に隣でもぞりと何かが動く感触を感じた。

いつもだったらフランかはやてがいつの間にか侵入して来たかと疑うが、今日はこの部屋に入るなとフランに厳命しておいたのでそれはない。

 

であれば、誰なのかというと。

 

「おはようです、隼」

「……ふぁ~。あいよ、おはようさん」

 

布団の中に潜っていたのか、仄かに頬を赤くしながらひょっこりと顔を出した金髪の幼女が一人。

 

元夢の中の住人、最強魔導師、砕け得ぬ闇、紫天の盟主……ユーリ・エーベルヴァインがそこにはいた。

 

「まっ、何はともあれ、ようこそ。夢と希望が溢れたクソッタレな楽しい現実へ」

 

言いつつむにむにと頬を触ってみる。

うむ、温かい。あの空間の中でもスキンシップは何度もあったが、現実だとそれが一層実感出来る感じだ。そして、それはガキもだったのか、頬を触っていた俺の手を掴むと自分からより強く摩る感じで押し付ける。

 

「えへへ。やっぱり隼はあったかいです」

 

言いながら、俺の手をさらに顔にすりすり。頬だけでなく鼻の頭やら唇にまで押し付けてくる始末。

くすぐってーよ。

 

「離せバカ、鬱陶しい」

「いやで~す」

 

どうやらユーリはかなり上機嫌なようだ。今まで接してきてここまで満足そうな顔は見たことがない。にへら、とした締まりのない顔は何とも愛らしくガキらしい。

 

「まあ、改めてよろしく頼むぜ、盟主さんよ」

「はい、もちろんです。私はもう隼のものですからっ」

 

頬に押し付けていた俺の手を胸に抱き、淡い笑顔を浮かべるユーリ。

 

なんとも誤解を招きそうな物言いだが、事実でもある。こいつが封印されていた領域を書から切り離し、俺の写本へと移したからだ。プログラム的に言えばカット・アンド・ペーストってやつらしい。よって現在こいつは俺の写本のプログラムの一つとして存在している。

だから、事実、このガキの所有権は俺という事。

 

「バーカ。その気持ちも行いも有り難く貰うが、テメエはテメエだけのもんだ。ユーリ・エーベルヴァインはもう囚われのお姫様じゃねーんだからよ。気の向くままに好きなことやりゃあいい。あ、勿論、俺の事を護るのが最優先な」

「はい!あ、それと鈴木です!鈴木ユーリ!何度言えば分かるんですか?」

 

むっ、と眉間に皺を寄せ、不満な表情を見せるユーリ。

書の中でこいつが大泣きしたあの後、落ち着いたのを見計らってフランから聞いていた本来の名前を教えてやった。するとガキは。

 

『ユーリ・エーベルヴァイン……という事は、えっと、ユーリ・鈴木?……何か可愛くないです。じゃあ鈴木ユーリ……うん、こっちですね』

 

だそうだ。

なにが『という事は』なのか疑問だが、まあ追々ウチで住むことになるんだ。シグナムたち同様鈴木姓を名乗っても問題はない。問題はない……はずだ。『という事は』が何かちょっと引っかかるが、うん、きっと問題ない。

 

「はいはい、鈴木ユーリな。まったく、大声上げやがって。おかげで眠気が覚めたぜ。2度寝しようと思ったのによ」

 

俺はベッドを出て寝巻きを脱ぎ捨て、はやてかシャマルが洗濯したのであろう綺麗に畳んであったジャージに着替える。

その様をニコニコとベッドの上で眺めているユーリ。何が楽しいんだか。

 

「そういやお前、その服以外持ってねーの?」

 

ガキの服装はいつもの見慣れた服。この寒い季節、下のズボンは暖かく見えるが流石にヘソ出しは見てて寒い。一応、室内ではあるが暖房をつけていないここはそれなりに寒いから余計だ。

 

「服、ですか?いえ、持ってないです。えっと何か変ですか?」

 

ぴょんとベッドから降り、くるくると回るように自分の姿を確認するユーリ。

どうやら物々しい二つ名を沢山持っているコイツにとって、純粋な力の強さに加えて気温の変化にも強いようだ。

 

暑いのや寒いのが嫌いな俺にとっては何とも羨ましい限りだ。不死な事といい、マジで人間からプログラムになる術はないもんか。

 

「いや、変じゃねーよ。でも、まっ、流石にその格好は目立つからな。おいおい地球の服買ってやんよ」

 

もちろん出世払いでいずれ返してもらうけど。

 

さて、そうこうしてるうちにこっちの着替えは済んだし、そろそろ下に降りますかね。この時間ならもう皆リビングにいるだろ。

 

「っと。なんだよ、いきなり」

 

部屋を出ようと扉に手を掛けようとして、その手ががっしりと掴まれている事に気づく。視線を下に向けると何とも嬉しそうに顔を緩めているガキが一人。

なんだよ、このまま下に行けってか?まあ別にいいけど。どうせコイツの事を紹介しとかなきゃならないし。

 

(いや、いいのか?このまま行って?この状態、確実に変態王が食いついてくるぞ)

 

ちらりともう一度ガキを見やる。

 

「♪~」

 

上機嫌。

 

ちっ。

まぁいいか。どうあれ食いつかれんのはハナから決まりきった事だし、好きにさせるよ。

 

 

 

────────なんて言うのは甘い考えだった。

 

 

 

「虫に犯された後自死するか、豚に犯された後殺されるか今すぐ選べいこのクソガキャアア!!」

 

まったくもってよくなかったよ。リビングに降りた瞬間これだよ。

 

「主の御手をただ握るだけでも百刑に値するのに、さらにはあまつさえそれが恋人握りぃい!?紫天だか何だか知らぬが五体満足で明日の紫色の天が拝めると思うなよ小娘ェエ!!」

 

騎士甲冑をまとい、今にもユーリに向かい飛び掛りそうな激怒フラン。というかシグナムたちヴォルケンズが総出で押さえてなかったら何か言う前に確実に物理的制裁(死)を行っていただろう。

 

ユーリはユーリで目を白黒させて驚いてるし。どうやらこいつの知るフラン……ディアーチェと目の前のディアーチェはまったく別物のようだ。よかったよかった。

 

「隼さん、隼さん」

 

はやてがいつの間にか傍に来ていて、俺のユーリに握られている手とは反対の手をくいくいと引っ張ってきた。

 

俺、ユーリを数度交互に見て一言。

 

「説明!」

 

なんでお前もちょっとキレてんだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

沈黙が部屋を満たしていた。

いつもこの時間は騒がしく朝食を取っている時だが、今はシンと静まり返っている。それはユーリが話した内容のせいだろう。

 

鈴木ユーリ……過去の孤独なユーリ・エーベルヴァインの話は、何とも空しいものだった。まるで干からびた寒村に独り蹲り、誰に聞かれる事もない歌を歌っているようなもの。誰かが聞いてくれる、誰かが通りかかってくれる、誰かが助けてくれる──そんな思いはとうの昔に捨てたという心情がこちらにも伝わってくるような話。

 

鈴木ユーリ……俺と書の中で出会い、過ごした約半年間のユーリ・エーベルヴァイン話は、何とも満たされたものだった。まるで皆と一緒に管楽器の調べに乗って踊れや踊れと騒ぎ立てるような陽気なもの。暖かい、楽しい、嬉しい───そんな思いがこちらにまで伝わってくるような話。

 

鈴木ユーリ……今ここにいる鈴木ユーリの話は──まあ、しなくてもいいだろう。その何とも幸せそうな顔を見れば十分なのだから。

 

「と、まあこれがコイツの身の上であり、ここにいる理由だ。だから、まあよろしくやってくれや」

 

ぽんぽんとユーリの頭を叩く。照れてむずがるような仕草して気楽な様子を見せるコイツとは対照的に、対面に座るシグナムたちは何とも言えない様子だ。

まあそりゃ何と言えばいいか分かんねーだろうな。

書の中には自分たち騎士以外にこんなデタラメな存在がいた事を知らず、それが人知れず消滅間近だったんだ。あまり気持ちのいい話じゃないだろう。それに加え、今は違うとはいえもともとユーリは書を乗っ取ろうと後付けされたプログラム、シグナムたちにとっては敵だった存在。余計どう接すればいいか分からないといった風だ。

 

(まあ、でもそんな都合をものともしない奴がここにはいるから心配なし)

 

俺ではない。しかし俺と同じ立場の奴。俺と同じように訳の分からない存在を受け入れ、家族として暮らしている奴がここにはいる。

 

「ユーリちゃん」

 

ガキらしく無邪気に、しかしそれに矛盾した母性のある微笑みを浮かべたはやて。

ゆっくりと車椅子を動かし、テーブルを回ってユーリに近づく。

 

「私は八神はやて。闇の書の主で、この子等の家族や」

「ええっと……」

 

戸惑うユーリにはやては構わず話を続ける。

 

「私な、この足を見ても分かる通りあんまり外に出て遊ぶ事がないんよ。学校も行ってへんし。せやから同い年の友達も少なくてなぁ。というわけでユーリちゃん」

 

はやてがユーリに向かって手を差し出す。それが何を意味するのか、ユーリはよく分かっていないようでさらに深く戸惑いの顔。

無理もない。今までこうやって近づいてくる相手なんていなかったんだからな。けれど、それは『今まで』であり『これから』は違う。俺が檻をぶち破った。ガキは一歩出た。あとはお節介な奴らが勝手に近づいてきてくれる。このはやてのように。

 

「私と友達になってくれへん?」

 

お節介ってか優しい奴か。

ああ、やっぱ俺は好きだな、はやて。ちっと大人っぽい考えするが、まあそれも許せる。

 

「だとさ、ユーリ。おら、記念すべきダチんこ1号だぜ。応えてやれや」

 

ようやっと意味を理解したユーリは、少しの驚きと照れと緊張、そして大きな喜びの感情を湛えてはやての手を取った。

 

「あ、あの、鈴木ユーリです。こちらこそよろしくお願いしますっ」

「あはは、そない肩肘張らんでもええよ。今までの分、これからいっぱい皆で楽しもうな~」

 

……まったく、はやてにゃかなわん。単純かつストレート、加えて周りの事まで慮っている。見ろ、今のはやての言葉でシグナムたち共も顔の強張りがとれて笑みを浮かべている。

過去は過去の分として、それ以上に今を楽しむ。

俺もその考えだがはやてはガキな分、無邪気さも加わってさらに深くなる。自分の命も掛かった状況なので尚更だ。

 

まあ、何にせよだ。

これで無事八神一家との邂逅は済む────

 

「どぅえ?」

 

事もなく。

『我、キレてますよ?』とでも言いたげなフランがその気持ちを隠そうともせず、ユーリに向かって射殺さんばかりの視線を投げる。

 

「そ・れ・どぅえ~?闇と紫天が仲良く手をとってお友達万々歳すべて解決~……とでも?反吐が出るわ!ふざけるな!」

 

こいつは何をそこまで怒ってるんだ?

 

「小烏も小烏よ!気持ち悪い偽善ばかり口にしおって!」

「偽善って……フラン、私にそんな気持ちないよ。ホンマのホンマの本心や。それを否定するのは、いくらフランでも許さへんよ?」

「ほう、そうか。うむ、では言い直そう。ユーリに対して言いたい事はそれだけか?」

「………」

 

フランの言葉にはやてが少しばかり沈黙。それはつまり肯定ということ。

 

言いたいこと?何かあるのか?見ればシグナムたちも俺と同じように疑問の表情。という事は俺とシグナムたちは分からなくて、はやてとフランは共有した気持ちを持ってるってことであり……つまりはやての言いたいことはフランの言いたい事。

 

「……ハァ、フランはせっかちやなぁ。こういうのはもうちょっと打ち解けた後聞くべきことやない?」

「アホ抜かせ。こういう事は最初から問い詰めるべき事よ。喧嘩は友情を育むというしの」

「喧嘩って物騒な……まあ返答の次第によってはそうなるけど」

 

え、なに、どういう事?喧嘩?何故そんな事になんの?意味分からないんですけど。

 

「しゃあない。確かにフランの言う事も一理あるし、それとは別にして突っ込み所があるし」

「はん、よう言う。貴様も胸中では焦りに焦っておる癖して」

「しょうがないやろ。だってユーリちゃん、めっちゃ可愛いんやし。絶対隼さんのドストライク範囲やん」

「ふん、流石によう分かっておるな」

「まぁ、なぁ~。取りあえずは、何よりもまず突っ込まさせてもらうわ」

 

二人してこちらを見てくる。ややあって一言。

 

「何でユーリちゃんはさも当然のように隼さんの膝の上に座り、隼さんもそれを当然のように受け入れとるんや!!」

「『これ絶対入ってるよね』な~んて我が言うとでも思うたか嫉ましやあああ!!」

 

なんて事を同じ顔と声で主張するガキども。

フランはともかくはやてまで一体なんだっつうの。

 

確かにはやての言う通り、このリビングに降りてきてから話をしてる間、そして現在進行形で俺はユーリを膝の上に乗せている。ユーリもユーリで俺の膝の上、というか腿の上に腰深く座って離れようとしない。

が、これにはちゃんと意味がある。こいつの緊張を少しでも和らげるためだ。こんなアウェイなとこでガキに暗~い話をさせるのは流石に気が引けたからな。

正直足がダルいが、まあこのくらいは我慢弱い俺でもかろうじて我慢出来る。それに慣れてるし。

 

「あの、いけなかったですか?」

「あ、いや、違うよ?別にユーリちゃんの事責めてるわけじゃあらへんよ?」

「我は責めてる!そして主から責められたい!」

「フランはちょう黙っとき。ただな、さっきの話は聞いたけどそれでもな、ちょ~と仲良すぎやないかな~てな」

 

ジト目で俺を見てくるはやて。……いや、なぜに俺よ?てか別に仲良すぎという程でもねーだろ。むしろお前との方が期間的に考えれば俺と仲良しだろ。てかふてぶてしい仲だろ。特に最近はフランと結託して風呂やら布団やらにも突撃してきやがって。プライベート時間返せ。

 

「仲が良い……えへっ、えへへっ!でも、それもそうですよね!だって私は隼の……うきゃ~♪」

 

だらしなく垂れ切った顔でボソボソと呟きながら膝の上でくねくねと動く物体Y・Sさん。

一体どうした?なんかキめたか?まあ、何か幸せそうなんで別にいいんだけどさ。ただ、それと対極するようなはやての膨れっ面とフランのしかめっ面はまったくもって良くない。

 

「……こりゃあかん。フラン、ちょう耳かしや」

「なんだ?」

 

少し離れ二人は顔を寄せ合いボソボソと何事かを話し合いだす。声は聞こえないが、はやては真剣な表情、フランは忌々しそうな表情だ。

 

「ちっ、ここまで強敵だと是非もなしか。よかろう。取り合えず今は乗ろうではないか」

 

程なく何かの結論を出したのだろう。フランのその言葉の後、はやてがユーリに近づき手を取った。

 

「よし、ちょうお話しよか。世に言う女子会?ってやつや!さっ、行こかユーリちゃん」

「おい、ヴォルケンズ、貴様らもだ。ああ、鈍感な将はいらん。ここで待て」

 

はやてがユーリの手を引き、シグナムを除く騎士たちを伴って別室へと向かっていく。女子会と言っていたが、何故かザフィーラも連れて行かれてる。

そして残ったのは俺とシグナムの二人のみ。嬉しいような、ハブられてムカつくような。

 

「なあ、隼」

「あん?」

「一体全体何がどうなっているか分かるか?」

「分かってりゃこんなポカンとした顔してると思うか?」

「そうだな。私もだ。……なあ、隼」

「あん?」

「私は鈍感なのか?」

「知らん」

「……そうか」

 

言ってる間に、別室では話し合いが始まったらしい。フランの怒声や破砕音も話し合いの内に入るのならばだが。その間、シグナムはどうしようかとオロオロと取り乱し、俺はその姿を堪能しながら待っていた。

 

結局、はやてたちが出てきたのは約一時間後だった。

 

「なあ、ユーリちゃん。実は今晩、私の友達とその家族が来てお鍋するんやけど、その準備手伝ってくれへん?」

「はい!勿論です!お鍋ってみんなで中に入ってるお肉とかお野菜をお箸で突くんですよね?私、やってみたかったんです!」

「慌てるでない、ユーリ。肉も野菜も良いが、海鮮も美味ぞ。そして何よりも重要なのは主のエキスが間接的にだが摂取出来る所だ!主味の鍋サイコー!!」

 

何があったか知らんが、はやて、フラン、ユーリは何故か1時間前より更に仲良くなってる気がした。まあ良かったのか?てか、あの喧騒でどうやったらそんなに仲良くなるんだ?喧嘩するほど仲が良いってやつ?

 

ただ、まぁそれに反してかどうかは知らんが……。

 

「クソッ、こんな奴のどこがいいんだか。あー、初めて会ったときアイゼンで潰しとくんだった!」

「まぁまぁ、ヴィータちゃん。はやてちゃんもユーリちゃんもフランちゃんもまだ子供だから、社会的価値観にともなった正常な善し悪しの判断が出来ないのよ」

「我が主は聡明な方だ。ゆえに過ちに気づくのも早いだろう。無論、他の二人もな」

 

何か俺が滅茶クソ言われてるような気がする。てか、確実に俺だ。クソロリがかなりガンつけてきてやがるし。

 

まあ、いいや。取り合えずユーリを無事紹介出来て、かつはやてたちとも仲良く出来そうだし。

 

(今晩も蒐集に行く予定だが……さて、どうすっかね)

 

きゃいのきゃいのとはしゃいでいるはやて、フラン、ユーリが目に入る。いずれはこの輪の中にフェイトやアリシアもきっと入るだろう。そう思うと俺も頬が緩む。やっぱガキはこうでなくちゃよ。

 

(フランはともかくユーリなら、夜天たちもすんなり受け入れてくれるだろうし)

 

アリシアと同じくらい邪気のないユーリだ。すんなりウチにも溶け込める。………そのはずだ。

 

(……ユーリとウチの奴らを会わせた瞬間に家がグラウンドゼロと化し、何故か俺だけ被害を被るような気がするのはきっと気のせいだろう)

 

死を回避する為にユーリを連れて出したのに、それがまた新しい死因になってしまった感をひしひしと感じる。

いや、まさかね。うん。だって、俺悪い事してないし。……ただまー念のため、ユーリには下手なこと言わないよう言い聞かせとこう。

 

ともあれ。まっ、取り合えずは、だ。

 

「お~い、団欒すんのは構わねーけどそろそろ朝飯にしようや」

 

昨晩から何も食ってないから腹減ったわ。

 

 




45話分と一緒にすればよかったと後悔。次回はちょっと早めの更新予定。


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12

基本的に俺、鈴木隼という男は甘い。

 

何をバカな、有り得ない。と思われるかもしれんが、『あるもの』に関してはホントに甘いのだ。それは人から言われた事もあるし、自身もここ数ヶ月で自認せざるを得ないとわかった。

 

『あるもの』とは……つまり『ガキ』。それも『可愛いガキ』だ。

 

ああ、それもそうだな、と思った奴。俺の事よく分かってるな。

ああ、ロリコンだもんな、と思った奴。くびり殺す。

 

その相手を挙げるとすれば、筆頭は文句なくフェイトだろう。

あいつは中々ガキらしい我が侭を言わない。どこか行きたい、遊びたい、お話したいetc……そんな自分の意思をはっきりとは口にはしないクセに態度や顔に出るもんだから、俺もついつい余計に構っちまう。そして、そうして俺が相手してやると何とも嬉しそうな顔するもんだからこっちも嬉しくなり、さらに重ねて可愛がるという良循環。

一時期、それが原因かどうかは知らんがアリシアやライトからの『こっちも構えー!』というオーラが凄かったのを覚えている。

 

さて、そんな俺なんだが知っての通り今現在は八神家居候中。可愛いフェイトもアリシアもライトもいない。いるのは性根が変態なフランとウチのよりちょっとマシなヴィータ、そしてはやてだ。

 

それはつまり八神家にはガキらしいガキの可愛さを持ったやつがいないということ。

 

変態は論外として、こっちのヴィータも最近じゃ生意気になってきたし、はやてもフランに変な影響を受けたのか可愛さがなくなってきた。いや、この中じゃまだはやてはいいんだが、それでもテスタロッサ3姉妹と比べるとどうにも年不相応なものがある。

 

で、だからどうした?、とお思いだろう。ああ、俺もそう思った。だから別に、どうという事もないと思っていた。

だが、しかし。どうやら俺はガキらしいガキに飢えていたらしい事が分かったのだ。

 

鈴木ユーリ。

 

こいつの登場で俺は改めて自認した。

俺は可愛いガキには甘い。しかも飢えていたらしい分、フェイト以上に甘くしてしまった。

 

ユーリが外に出て来てこの半日を振り返ってみる。

飯を食う時やテレビを見る時、ユーリは必ず俺の膝の上に座った。そして、それに俺は『うざったい』とは思いつつもされるがままにしていた。

どこかに移動する時、ユーリは必ず俺の手を握ってついてきた。それに対しても俺は『傍にいろっていったしな……』と思いつつされるがままにしていた。

そして極めつけ。

ユーリを連れ出した最優先目的は俺の護衛。その為にはまずあいつ自身も力の使い方をマスターしなきゃならん。とすれば最初にやらなければならないのはシグナムたちと模擬戦なり訓練なりだろう。当然だ、俺の命が掛かってるんだから。張りぼてじゃなく、きちんと盾として機能してもらわにゃ話にならんのだから。………だっていうのに、そんな事分かりきっていたはずなのに。この半日、俺はユーリにそれを強制しなかった。好きなように過ごさせた。はやてたちと遊ばせたり、話しさせたりと、普通の日常を過ごさせた。

 

きっと道徳的にはそれは正解なんだろう。

 

外の世界を知らず、孤独にずっと過ごしていたんだ。初めての自由、初めてのダチとの交流、初めての日常、それらを満喫する権利はあるし、俺もそうさせてやりたかったという気持ちは確かにある。

が、何事にも優先順位ってもんがある。

この場合、というか俺的にいつもの場合まず自身の命などなどが優先で、ユーリの日常なぞ後回しにしてしかるべきはずのものだ。

 

しかるべきはずなのに……。

 

「おい、なに急に黙りこくったかと思うと今度は苦悩に満ちた顔してんだよ」

 

その声で思考の渦から抜け出し、声の発生源である隣のヴィータを見れば怪訝な顔をしていた。

 

「……いやよ、俺ってこんなに反吐が出るほど甘ちゃんだったっけと思ってな」

「はあ?甘ちゃんって……ああ、ユーリの事か。それに関しちゃ否定出来ないんじゃないか?」

「……やっぱり?」

「だろ。その証拠に今も連れてこなかったんだからな」

 

今現在、星々輝く冬の夜空の下、今晩も頑張って魔力蒐集に精を出している最中。しかしユーリはいない。護衛役として連れ出したんだから、蒐集中の俺の傍にはいて然るべきなのに。

その理由は、俺が連れて来なかったから。もちろんユーリは付いて行くと言ってくれたのだが……。

 

『今晩、はやてと鍋の用意するんだろ?だったら別に来なくていいぜ。鍋だけじゃなく、ついでに簡単な料理でも教えて貰えよ』

 

なんて慈愛に満ちた言葉を俺の口は勝手に吐き出していたのだ。今思い返せばゲロが出そうになるわ。

 

「ああ、マジでバカだろ俺。なんの為にユーリを苦労して連れ出したっての」

「バカなのは元からだろ?まっ、お前らしいようなお前らしくないようなって感じだけど、あたしは嫌じゃねーぜ?」

「そりゃどーも」

「でもはやてにはその甘さ向けんなよ!全力で嫌われろ!……あ、それじゃはやてが悲しむな……よし、程よく好かれて嫌われろ!」

「意味分からん」

 

どっちにしろ、俺は俺自身が嫌になりそう。いつだったか、フェイトが怪我した時に俺がバイトばっくれてまで介護した事を思い出す。あの時と同じ心情だ。

 

「ふむ、どうしたそんなに落ち込んで?あい分かった。どれ、その傷心、我が身体で慰めてやろう」

 

相も変わらず変態全開、いきなり服を脱ぎ出そうとしたフランに俺はグーパンを見舞う。

 

「あんっ」

「いや、なんでヨがるんだよ。その反応は相変わらずおかしいだろ」

 

痛みに恍惚の表情を浮かべるフランに呆れた目を向ける俺とドン引きなヴィータ。

ていうかお前いたの?ていうか何でいるの?

 

「おいヴィータ、何でフラン連れて来たんだよ。今日の蒐集はザフィーラとじゃなかったのかよ」

「そのはずだったんだけど、ザフィーラがいつの間にか消えてたんだよ」

「消えた?」

「ああ、消えた。で、フランに聞けば、『ザフィーラは体調を崩したようだ。よって、我が共に蒐集に向かってやろう』だと」

「「……………………」」

 

気持ち悪く身体をくねらせ何かの余韻に浸るフランを余所に、俺とヴィータは顔を合わせて深い溜息を一つ。きっと俺たちが今胸中で思っている事は一緒だろう。

 

((ザフィーラ、南無……))

 

まあ頑丈な奴だから、フランの多少の拷問でも耐えられるだろう。死んじゃねーはずだ。

 

「ハァ、まあ変態のお陰でダウナーな気持ちが吹き飛んだのは幸いだな。さっさと蒐集して帰ろうか」

「それに今日は鍋パーティだろ?はやての鍋はギガうまだから楽しみなんだよな~」

 

そう、今日は鍋パーティ。なんでもはやてのダチとその家族を呼んで八神家で盛大にやるらしい。俺も今朝聞かされた。

それについて別に異論はない。むしろ賛成だ。俺もはやても未だ未来は明るくないが、だからといって今を楽しまないのはバカだ。過去も未来も知ったことかと現在を楽しむ。それでいい。それがいい。

 

「ギガうまなのは認めるし楽しみだけどよぉ、はやてのダチとその家族も来るんだろ?ヴィータ、お前見た目に反して結構人見知りなのに大丈夫なのかよ?」

「う、うるせー!べ、別にどうってことねーよ!」

「あはは、強がんなよ。まあいい機会だ、お前もダチ増やしとけ」

「はやてさえいりゃ別にダチなんて……って、おい頭撫でんな!」

 

ああ、やっぱこっちのヴィータはまだ可愛いな。ホント、うちのとトレード出来ねーかな。

 

「はぁ、はぁ、はぁ………むっ!おいヴィータ、貴様、主とそんな接近してどういう………はっ!まさか、そのまま結合する心算か!我を前に良い魂胆だな!」

「はあ?なに抜かしてんだよ?」

「ヌくとな!?その未成熟な身体、そんなチッパイで主が満足するわけなかろうが!それとも股か!?腋か!?髪の毛かァ!?」

「意味分かンねー事言ってんなよ!」

 

フランは今晩も全力全開で変態だった。とびっきりの変態だった。それに一抹の慣れを感じてる俺は泣いたほうがいいのか、疲れたほうがいいのか。さらに言うならば、今のフランの変態加減に違和感を覚えた事に悲しい。

 

「おいフラン、今日はどうした?えらく噛み付くじゃねーか」

 

そう、今日はどうにも変態加減にトゲがある。ヴィータにここまで当たりが強いのもそうだし、ザフィーラを折檻して蒐集を横取りしたのもそうだ。今までそんな事は一度もない。

 

「……ふん、それは我とて噛み噛みにもなる」

 

珍しくムスっとした表情で腕組みをするフラン。怒っている、とまでは言わないが不機嫌なのは確かなようだ。

 

「我の気持ちは知っておろう。にも関わらず今日一日ユーリとべったり過ごし、そして今もヴィータとぬっちょり過ごして我を蔑ろにする。確かに我は主限定ドMであるが、それにだって限度がある。ことそこに他の雌が絡むと尚更よ!」

 

不機嫌だが、しかしその瞳には切ない色が浮かんでいる。つまるところ、こいつは嫉妬してるって事か?深度は違うがライトやアリシアが見せたあの『構えー!』というオーラと同じ感じ?

 

(……あー、なんかむず痒い。こいつが正直なのは知ってるが、こうも隠さないのはどうにもなぁ)

 

正直なのは良い事だ。俺だって正直に生きてる。しかしこういう方向の正直は悪い、とまでは言わないけどある種の攻撃性があるからタチが悪い。それ自体が凶器であり、そして女とその凶器は相性が良すぎだ。

 

(ああ、もうっ、ホントに……)

 

こいつは当たり前だがはやて似で、さらにガキだからどうしても最後の最後は甘くなっちまう。もちろん、いつもの変態ならそうはならないんだが、今はただ見た目相応に膨れっ面している可愛いガキだ。

 

(ハァ…)

 

俺はポリポリと頭を掻くと、その手をそのままポンと附せられたフランの頭に乗っけた。

 

「悪かったっつうのも変だけど。ただ、まあ確かに蔑ろにしてた、のか?お前はムカつくガキで変態で相手すると疲れるガキだけどよ、でも同じくらい可愛いガキだ。あれだ、嫌よ嫌よも好きの内的な?だから、そんな膨れんなよ」

 

さらりとした髪を撫でる。その際ふわりといい香りが鼻を擽る。

我ながららしくない行動だ。ガシガシと乱暴に撫でてやる事は多々あるが、こうやって優しく撫でてやるなんてあまりない。特にフラン相手になんて……いや、待て。そういや昨日同じ事したじゃねーか。撫でて、同じような言葉掛けてやって……。

 

(そしてどうなった?)

 

見事に暴走した。目を覆いたくなるほどに、変態に。

 

という事は今回は………

 

「──────────────ふぁッ!!」

 

………なんか盛大に仰け反った。

 

「お、おい、どうした?!」

 

いきなりビクビクと小刻みに震え出したフランに、慌てるヴィータ。しかしフランの次の行動はヴィータの予想の斜め上をいった事だろう。勿論、俺もだ。

 

「って、おおおい!?夜空の下、いきなり何脱ぎ出してんだよ!?」

 

徐にフランの奴がスカートの下から手を突っ込んで白いパンツを脱ぎ出したのだった。頬を上気させながらそれを両手で持つと、雑巾絞りの要領でギュッと捻りを加える。途端、パンツから夥しい量の水(?)が搾り出された。

 

「ふぅ、ふぅ………参った。2日連続で主が頭に触れて、しかも『好き』なんて甘言を吐くものだから、今まで溜まりに溜まっていたモノが一気にキてしまったではないか。こんな事になるなら替えの下着を持ってきておくのだった」

 

言ってる間にも足からポタポタと液体が眼下へと流れ落ちていっている。

ヴィータはその光景を訳が分からんという顔で見つめ、俺は赤くなった顔を手で覆った。流石にコレは直視出来ない。

 

「この痴女が………」

 

可愛いガキの姿は、すでにそこには皆無だ。間違うことなき変態だ。

 

「何を言う。これはただの愛だ。主に対する溢れんばかりの愛が、堤防を破壊して溢れてきただけ。…………んっ、言ってる間に第2波が」

 

……………………誰でもいい。こいつをどうにかしてくれ。

このガキは精神的にも身体的にも完璧にガチで病気レベルだ。ヤンデレつうかヤンヤンだ。今度フィっつぁんに診て貰うか?それとも最初からリっつぁんのトコに保護してもらうか?

取り合えず、今は何の手の施しようもないので無視の方向で行く。

 

「………行くぞ、ヴィータ。フランのカスは放っとこう。さっさと蒐集して帰って鍋しようぜ」

「あ、ああ」

「はぁ、今日は潰れるまで飲もう………」

 

空中で器用に悶えているフランを置いて、俺はヴィータと共に蒐集活動に入ろうとした。波が引けば多少は落ち着いてくれる事を祈りながら。

 

「フランの奴、一体どうしたんだよ?」

「まだ知らなくていい。お前は純情で綺麗な心のままでいてくれ」

 

コピーのヴィータの方は結構毒されて来てっからな、オリジナル程綺麗じゃないんだよな。まあ汚した本人が言うのもなんだけど。

 

ともあれ俺はヴィータの背中を押して腐ったミカンから距離を取ろうとした……のだが。

 

「動くな!!」

 

しかし、どうやらそれは叶わないようだ。突然、語気を荒げた力強い声が響き渡ったの為一時停止。

 

何かと思いそちらに目を向ければ、そこには見慣れない服を着た男が一人。

 

街中で会えば十中八九素通りするであろう特徴の無い顔で、RPG風に言えば『村人A』という役どころだろう。だが、ここは現実で、目の前の男は決して『村人A』なんかではなかった。何故ならば顔こそ没個性だが、右手に持っているモノは何とも個性的で、着ている服も前衛的で、何より男は俺たちと同様宙に浮いているのだから。

 

「ま、魔導師!?」

「もっと正確に言うなら管理局だ!」

 

マジっすか!?何でだよ!?昨日まで音沙汰なかったじゃん!なのに何でユーリ連れてきてない今日に限って!?タイミング悪!!

 

「しかも、なんか囲まれてね?」

「なんかもなにも、見りゃ分かんだろ!」

 

いつの間にか俺たち3人を中心に、およそ10人もの管理局員が輪を作って浮かんでいた。しかも、これまたいつの間にか結界まで展開されている始末。

俺は人知れずフードを深く被り直した。うちのモンはいないが、どこで見られてるか分かったモンじゃねーからな。

 

「人が悦んでる間に囲うとは、管理局員は無粋極まりないな」

 

つい先ほどまで悶えていたフランも、流石にこの状況では馬鹿をやる余裕はなくなったようだ。俺とヴィータの傍に近寄り忌々しそうに周りを見やる。

 

「でも、チャラいよコイツら。返り討ちだ」

「確かに雑魚だな。魔力を搾り取るだけ搾り取り、ボロ雑巾のように捨ててくれようぞ」

 

こいつら頼もしい~。流石は騎士様だぜ。

普通、人が相手ってだけで気後れするもんだ。しかも、正面に10人居るんじゃなくて囲まれてる状況ってのは、普通の喧嘩ならかなりヤバ気な状況なんだけどな。

 

「はやてが待ってんだ、さっさと潰すぞ」

「我を輪姦しようなど片腹痛いわ。闇に消えよ、蛆虫共」

 

ヴィータとフランが各々デバイスを出し臨戦態勢を取ったと同時に、しかし、何故か囲んでいた管理局員全員が距離を取り始めた。だが、それは警戒して間合いを取ったとかではなく、どう見ても役目は終わったといった感じだ。

 

「?なんで………」

 

敵を囲んでいたこの有利な状況で何故退くのか、疑問符が頭の中を駆け巡ったが、それも一瞬だった。

 

「上だ!」

「上?…………い゛ぃ!?」

 

ヴィータの声に従い空を見上げた瞬間、俺は驚きと共にこれでもかと目をおっ広げてその光景を見た。

 

そこにいたのは一人のガキ。そいつも局員なんだろうが、他の局員と違い村人Aといった様相ではない。あきらかにワンオーダーっぽいデバイスと黒いバリアジャケットを身にまとっている。いわゆる高ランク魔導師というやつだろう。その証拠にガキの周りには────────────────剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣。

 

目視で50は下らないであろう、水色の魔力で作られた剣群がそこにはあった。

 

「な、なななななな、なんですかありゃあああああああ!?おい、馬鹿ヴィータ、変態王、お前ら何で気づかなかったんだよ!?」

「うっせえ!お前だって気づいてなかっただろうが!」

「先ほどの蛆虫共がジャマーでもかけておったのだろう。これぞ、ジャマーで邪魔」

 

余裕ぶっこいているフランを縛り上げたいが、生憎と俺には余裕がない。今脳裏に思い浮かんでいるのは、過去、プレシアやフェイトのファランクスシフトを受けた時の痛みだった。

あの剣郡は間違いなくあの時と同等の痛みを伴うだろう攻撃だろう。

 

どうにか出来ないかと焦る俺に、無情にも鉄槌はおろされた。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

(やっぱりシフト系かああああああああああ!?)

 

数多の剣先が一斉に俺たちの方を向いた。かと思うと、一呼吸の間に弾丸のように向かってくる剣の嵐。もう数秒で確実に着弾するだろう剣郡を前に俺は考える。

あの物量を迎え撃つのは無理。俺にそんな魔法は使えない。

同じく回避もあの量では無理。俺はそんなに器用に飛べない。

だったら残るは盾で防ぐしかないが、生憎とあれだけのモンを防げるほど強固な魔法壁は俺には作れない。

 

(ならば………!!)

 

俺は両隣にいたヴィータとフランの首根っこを掴み、引き寄せて二人を前に付き出した。

 

「ヴォルケンバリアーーーー!!」

「おいいいいいいい!?!?」

「あんっ」

 

二人の抗議の声(一人は違うが)を無視し、来るべき衝撃に俺は目を瞑った。

 

刹那、着弾。そして轟音。

 

瞼で伏せられた向こう側が白く染まっているのが分かる。魔法には爆発の効果も付加されているのか、煙独特の臭いが鼻に衝く。

轟音に煙の臭い、光が収まったのは時間にして着弾から10秒くらいだったろうか。短いようで長く、腋汗を掻くには十分な時間だった。

 

(お、終わったか?)

 

恐る恐る目を開くと、眼前には俺の手によって突き出されたヴィータとフランがおり、二人は力を合わせて大きなシールドを張っていた。冷や汗は掻いているようだが身体には怪我はないようで、どうやら完璧に凌ぎきったようだ。

 

よしよし。

 

「ナイス!!」

「ナイスじゃねーよ!なんて事すんだ!」

「相変わらず主は無茶をする。ただ不満があるとするならば、掴むならば次は首根っこではなく胸を所望する。無論、今からでも遅くはないぞ?」

 

いや、だってこれが俺が傷つかない最良の選択だったんだしさ。ほら、こいつらは傷ついてもプログラムなんだし、治りも早いじゃんか。その点、俺は貧弱ゥな人間ですから。箸持っただけで指が折れちゃう~。(フランはガン無視)

 

「文句は後で聞くから、今は目の前の喧嘩に集中しようぜ」

 

あの剣を放った魔導師は、こちらを悔しそうな顔で睨みつけていた。どうやら俺らが無傷だった事にご立腹のようだ。

 

(まあそれ言うならこっちもそうだけどな)

 

この俺に攻撃したって事ァ、俺に喧嘩を売ったてのも同義だ。

うちのモンが管理局側に付いて一体何を吹き込んだのか分からんが、問答無用で攻撃してきたって事は少なくとも話し合いで解決する気はサラサラ無ぇって事だろ?

いいねぇ、シンプルで。状況的には変わらず面倒臭いが、それでも向かってくる奴をボコりゃいいってんならそれは大歓迎だ。

 

「おう、ヴィータ、フラン。上等ぶっこいたあの局員、どうするべきかね~?許してあげちゃう?それとも………」

「当然、潰す!」

「我の主に攻撃した糞にも劣る物体は、この世に在るべきではない!」

 

目をギラギラと獰猛に輝かせ、意気揚々とデバイスを構える二人の何と頼もしい事か。

こりゃ負けちゃらんねーな。

俺も両の拳を打ちつけ、闘志を剥き出しにする。

本当なら局の本体やうちの悪魔共が来る前に撤退するのがいいんだろうが、生憎と喧嘩売られて逃げるほど男廃れてねーし、人間も出来ちゃいねーんだよ。

それにいつまでも怯えて逃げてばっかじゃ、この先なんも進展しねーしよ。こりゃいよいよ持って一本芯入れて、覚悟決めるしかねーだろ。

これから先の喧嘩は、本当の本当に本腰入れていってやる……………姿は隠し通すけどね。

 

「さて。じゃあ、おっ始め──────あん?」

 

腕をぶんぶん回しながら局員に向かおうとしたら、件の局員は敵を目の前になぜかぶつぶつと呟いており、さらにあまつさえあらぬ方向に顔を向けた。

どこまでも余裕ぶっこいたその様子に、俺のボルテージも右肩上がり。

 

その小癪な横っ面に拳叩き込んでやる!年にしてまだ12、3くらいでガキに分類されるが、俺に喧嘩売った奴に例外はない。ガキでも女でも最低1発はブン殴る!

 

俺は舌打ちをして飛び掛ろうと身体に力を入れた瞬間、ふいに右手の裾に抵抗を感じた。見ればフランがくいくいと引っ張っている。

 

「ンだよ、一体?」

「主よ、ちと厄介な事になりそうだぞ」

「あん?」

 

フランは忌々しそうな顔であらぬ方向を見ており、ヴィータもフランと同じ方向を見ていた。そして、それは上空にいる局員が見ている方角と同じだった事に気づく。

俺は嫌な予感と共に、少し強張った顔で皆と同じ方に顔を傾けた。

 

果たして。

 

(………あー、まあ予想通りってか、当然ってか、やっぱりってか、ほらねってか)

 

俺の目に飛び込んで来たのは、一つのビルの屋上に風に曝されながら佇む私服姿の少女3人。そして俺の脳が処理した結果、該当する人物が同じく3人。

 

一緒に遊園地に行ったり、プールに行ったり、紅葉狩りに行ったりした、カラオケ行ったりと、もしかしたら一番仲が良いかも知れない少女………高町なのは。

高町なのはのコピー体にして家族、そして元祖変態イカれ少女………鈴木理。

俺の家の隣人にしてクローン人間、弱天然だが超絶無双の可愛さを誇る少女………フェイト・テスタロッサ。

 

魔法少女トリオが、そこにはいた。

 

(やっぱ来やがったか。けど、3人だけってのは変だな。他のやつらは………)

 

軽く辺りを見渡してみれば、その少女3人の他にアルフもすぐに発見した。が、この場に来たのはその計4人だけのようで、残りのメンツは見当たらない。

総戦力で叩き潰しに来ると思っていたが、これは一体どういうこった?それにすずかやアリサの姿も見えない。

 

訝しむ俺を余所に3人の魔法少女はそれぞれデバイスを起動させ、その身にバリアジャケットを纏った。

 

(ん、あれ?レイハの奴、カートリッジ機構付いてね?)

 

前まで付いてなかったよな?カートリッジってそんな早く付けれるモンなわけ?管理局の技術は世界一ィィィイイイなわけ?

 

(まあ、どうせプレシアとリニスちゃんが改造手伝ったんだろうけど)

 

プレシアのクソ野郎はホント面倒な事してくれやがるな。今度あいつの入浴シーン盗撮してツイッターにアップしてやろうか。リニスちゃんは全力で許すけど。

 

(そもそも、高々デバイス強化したくれぇで俺が負けるわけねーだろ。なのはも大人しくしてりゃあいいものを、若さに任せて出てくるから俺に殴られるハメになるんだよ。まあスズメバチに刺されたとでも思って諦めてもら………………およ?)

 

なのはのプリティフェイスを殴るのは可哀想なので、代わりにその頭に特大の拳骨を落とすくらいにしてやろうかどうしようかと悩んでいたら、ふとある事に気付いた。

なのはも、理も、フェイトも、現れてからずっと俺の事をガン見しているのだ。

 

(え?なに、どして俺、注目されてる?)

 

俺を闇の書の主と勘違いし、敵視している……というわけではなさそうだ。何故なら、その視線には1つも敵意などといった要素がないからだ。

 

なのはからは『呆れ』というか『何やってるの?』的な視線を。

理からは同じく少しの『呆れ』と『怒気』を。

フェイトからは『悲しみ』と『嬉しさ』を。

 

総じて全員から何故か温かい感じの感情を。

 

(……どゆこと?)

 

混乱とまではいかないが、どこか釈然としない気持ちが募っていく。普通、敵にそんな視線や感情は向けんだろ。少なくとも嬉しさはない。理やシグナムならバトルジャンキーだから『獲物を見つけた嬉しさ』という意味で分かるけど。

 

そんな俺の気持ちとは裏腹にこの状況は加速度的にどんどんと流れていく。

出る事も入る事も叶わない筈の結界を突き破り、轟音と共にまた一人新たな乱入者が現れたのだ。

 

「シグナム!」

 

騎士甲冑を身に纏い、右手にレヴァンティンを持って颯爽と現れたのはシグナム。

このタイミングの良さ、そして真打登場とばかりの乱入の仕方は、絶対に狙ってやったとしか思えないほどカッコよかった。てか、絶対外から見てただろ。

 

《どうやら間に合ったようだな》

《丁度始める所だよ。それより、他のやつらは?》

《シャマルは結界内の他の場所で待機している。ザフィーラは動ける状態ではなかったから置いてきた》

《やれやれ、まったく使えない犬だ》

《フラン、お前がそれを言うな》

 

俺にも聞こえるように念話で会話をしてくれている3人だが、生憎と俺は口も回線もミッフィにしている。だって、シグナムが派手に登場して来たのに、フェイトたちの視線は全くぶれずに尚俺ガン見なんだもん。

何故かまた脇汗が出てきたぞ。

 

《そんなことより、此度は早く終わらせるぞ。家で主はやてが楽しみに待っておられる》

 

ああ、そうだ、鍋やるんだ。客も来るみたいだし、確かにさっさと終わらせたいもんだ。そして一杯やりたいよ。

 

「どうやら役者は揃ったようですね」

 

こちらの士気の高まりを読み取ったのか、それとも単純に空気を呼んだのか、理のやつが屋上から飛び立ち俺たちの所までやってきた。それに続いてフェイトとなのは、それにアルフも理の横に並ぶ。また、シグナムも俺たちの横へ。

 

俺、ヴィータ、フラン、シグナム。

理、フェイト、なのは、アルフ。

 

相対する俺たち。

あの黒ずくめのガキや周りの局員は結界の展開に専念するのか手を出さないようだ。つまり数の上では互角。後は、誰が誰の相手をするかだが───────。

 

「さて」

 

と、理が呟いたと思ったら、突然ほぼノーモーションでブラストファイアーを撃ち放った。いきなりもいきなりなその砲撃に誰も対処する事は叶わなかったが、幸か不幸か魔法はフランの顔のすぐ横僅か数センチを通り抜けて行く。

だが完全に当たらなかった訳ではないようで、フランの耳辺りの髪がチリチリと縮れていた。

 

「おや、王ともあろう者がそんな呆けた顔をしてどうしたのです?まさか今の魔法が見えなかったのでしょうか?だったら申し訳ありません。次は手加減して差し上げます。もっとも、今のも充分手加減していたのですがね」

 

反応できず呆然と佇むフランを見て、サドっ気全開の表情で(パっと見は相変わらず無表情なんだが)のたまう理。そして、そんな理を見て我に返り、こめかみに特大のバッテンマークを浮かび上がらせたフラン。

 

「雑種ゥゥゥウウウッ!」

「ふっ、無駄に吠えないで下さい。底が知れますよ?」

 

ああ、分かった。こいつら仲悪ぃんだ。

 

「下等な分際でよくも我の高貴な髪を傷つけてくれたな!主にのみ捧げる我が身体の一部を!」

「寝言は涅槃で言って頂きたいものですね。主があなた如きの身体で満足するとでもお思いですか?今度、主と私の営みを披露し、格の違いでも見せてあげましょう。それで現実を知り、一人でマスでも掻いているのですね」

 

ああ、また分かった。こいつら変態同士で同属嫌悪してんだ。

 

「ハッ!愛も、忠誠も、サドっ気も、変態性も、キャラクター性も、何もかもが中途半端な貴様が我との『格の違い』?……片腹いたいわ!ああ、そうだ!格が違うのだ、我と貴様とではな!」

「ふぅ。まったく、なに世迷いごとを。中途半端は一体どちらでしょう?後から出てきたのをいいことに、私の属性に少し上塗りしてあたかも『自分が上ですよ』的な態度を取るとは。厚顔無恥も甚だしい。あなた、いっぺん死んだほうがいいですよ。私が直々にそのお手伝いをして差し上げましょう」

 

うん、どっちもどっちだからな?どっちもいっぺん死んだ方がいいからな?

 

「我が貴様より上なのは当然だろうが。勘違いも妄想も大概にしておけよ?貴様のような痛々しい奴は地獄の餓鬼とでもまぐわっておれ。それが身分相応というやつだ」

「……カチ~ン」

 

あちゃあ、理の奴、あの顔は相当キてんな。フランの奴も今にも爆発しそうだ。

 

「もうよいわ。これ以上貴様の声を聞いておると耳に障る。二度とその口が開けぬよう、永劫の闇へと突き落とす!」

「やれやれ、厨二病的なクドイ言い回しをしますね。教えてあげましょう、こういう時はですね、シンプルにこう言うんですよ──────────ぶち殺す!」

 

そして二人は激しくぶつかり合い、それぞれの魔力光の軌跡を残しながら遠くに飛んでいった。

 

「な、なんなんだアイツ?フランと互角に言い合ってたぞ……」

「凄まじいな………」

 

ヴィータもシグナムも理のキャラに慄いているようだ。

まあ無理もない。アイツのぶっ飛びようは天井知らずだからな。でも安心しろ、すぐ慣れる。だって、フェイトもアルフもなのはも今のあいつ等のやり取りを微笑ましく見てたし…………いやまあ、それもそれでどうかと思うけど。

 

「と、兎に角!おい、えっと確か……高町にゃのは!」

「にゃ、にゃのはって誰?!高町なのはだよ!」

「ど、どっちでもいい!来い、お前の相手はあたしだ!」

 

理とフランの後を追うかのように、ヴィータも場所を変える為に飛んでいった。

先の二人の喧嘩の空気に充てられたのか、ヴィータも中々どうしてヤル気満々だ。続くなのはも表情を引き締めて追っていった。

 

残るはフェイトとアルフだが。

 

「テスタロッサ、お前の相手は私が務めよう」

「………」

 

シグナムからのご指名を受けたフェイトだが、しかし返答はなし。というかシグナムなぞ眼中にないとばかりに俺を見ている。それも睨むとかそんな負の感情は微塵もなく、俺の勘違いでなければそこには嬉しさしかない。

 

(いつだったかデパートに買い物に言った時、迷子になったコイツを俺が迷子センターに迎えにいった時に見せた表情と同じ気が?)

 

なんか今にも抱き付いてきそうな感じ。尻尾があったらブンブンしてる感じ。

 

「おい、テスタロッサ、聞いているのか?……おい!」

「え!?あ、はい?あの、なにか?」

 

マジでシグナムの声が耳に入ってなかったのか、数度の呼びかけでようやく応えた。

 

「お前の相手は私が務めると言っている!」

「え、あ、えっと………ああ、そう言えばこの前の決着がまだでしたね」

「今日は時間も無い、最初から全力で行かせて貰う。だが、それ故に怪我をさせずに終わらせる自信がない………出来れば魔力だけ頂いて無傷で帰してやりたいのだが……それが出来そうにないこの身の未熟、許してくれるか?」

「はぁ……あ、いえ、は、はい、構いません。最後に勝つのは、私ですから」

「その意気や良し。………私の目を見て話すという礼儀を弁えてもらえれば尚良いのだがな」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

シグナムとフェイト、敵同士でありながら相手を称え、その上で自分の力を信じる強い心。

まるで戦国時代の一騎打ちのような空気を醸し出す両者は、静かに眼下のビルへと降りていった。……ただしフェイトは俺の事をずっとガン見していたが。

 

あいつらの視線が気にはなるが、まあなんであれ、ようやく各々が各々の喧嘩場所へと向かった。そしてこの場に残ったのは俺とアルフ。

 

(ラッキー、一番やり易い奴が相手だ!)

 

アルフも確かに強いだろうが、あの3人と比べれば一番弱いのは明白。それに、アルフは基本接近戦主体なんで俺も非常に助かる。単純な魔法戦は厳しいが、ステゴロだったら相手が誰だろうと負ける気はサラサラねーし。

 

(さて、最後は俺達だな。オラ、かかってこいや!)

 

正体を隠している手前、声を出すわけには行かず身振り手振りで俺はアルフを挑発した。

しかし、どういうわけかアルフは一向にかかってこない。こいつの性格上、挑発の一つでもされたら速攻で殴りかかってくるはずなのに。それどころか何故か笑顔を浮かべ、キュートなお尻に付いてる尻尾を嬉しそうにフリフリと動かしてる。

 

(だからなんなんだ、一体?)

 

理やフェイトやなのはと同様に、コイツも俺に対する反応が変だ。どう考えても敵を前にする反応じゃない。

 

胸中で困惑しながらも、取りあえず一発殴ってやればまともな感じになってくれるだろうと、まるで『映らないテレビは叩けば直る』という昭和的な考えで俺は拳を握り、さあ行くぞと身構えた瞬間…………

 

「ところでさ」

 

って、おい!いやいやいやいや!どうしてそこで普通に会話パートに入ろうとしてんのよ、この子!もう喧嘩パートだろ?なんでそんな雑談空気を作り出すわけ?

訳が分からん。訳が分からんが、そういう時は『考えるより、まず殴れ』と相場は決まってる。

俺は今一度拳を固め直した。

 

さあ、いざ……………!

 

「あんたが居ない間にザフィーラに彼女が出来たんだよ」

「ぬぅわあにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

 

嘘だろ!?マジかよ!?ザフィーラに彼女だとおおおおお!?!?

 

「ふざけんなよ、あンの野郎ぉぉぉぉおおおお!この俺を差し置いて彼女を作っただァ!?いい度胸してんじゃねーかクソ駄犬がァ!じゃあアレか?今ここに来てないのは、その女としっぽりしてるって事かああああああ?!ぶっ殺してやるクソッ垂れめ!何故だ!何故あいつに彼女が出来て俺に出来ん!そりゃ確かにあいつは背が高く、逞しい身体で、精悍なツラしてて、健康的な浅黒い肌で、仲間思いで、二次元に対して以外では寡黙な性格で、大人な雰囲気を醸し出してて…………………………あれ?………………………………俺の勝ってる要素が無ぇじゃねーかああああああああああああああ!?!?」

 

よくよく思えばザフィーラって超イケメンじゃね!?…………………殺さなきゃ。

 

「あ、相手は美人なのか?!ボン・キュ・ボンの綺麗なセクシー系お姉さんか?!それとも可愛さと可憐さが同居した撫子系お姉さんか!?」

 

もしそうだったら、俺は………俺は!

 

「私」

「俺は!あいつが死ぬまで!殴るのを!止めない!!」

 

何故だああああああああああああああああ!!!!!

 

「なんでだアルフ!俺はお前を信じてたのに!人間じゃないお前なら、人間の女にはモテない俺を受け入れてくれ、いずれはあんな事やこんな事をする関係になれるんじゃって希望を持ってたのに!!」

「へ?あの、なにを─────」

「お前は気さくな奴だからすぐボディタッチとかして来るし、ノリが良いから話してて面白いし、表情がコロコロと変わって飽きないし、なにより美人だし、ボインでくびれとお尻がキュートだし、八重歯が素敵過ぎるし……………だから勘違いするんだよ!てか、男なら抱き付かれた時点で誰だって勘違いするんだよ!?それは違うんだって思っても勘違いすんだよ!でも、やっぱり最後はこうやって馬鹿を見るんだな、モテない男って奴はよォ!結局か!?結局イケメンなのか?!世界や種族が違えど行き着く所はそこなのか!?俺だって……俺だってなあ……もうホントに泣いちゃうぞ!ブサメン代表して泣いちゃうぞ!うわ~~~~~~~ん!」

 

衝動に任せ思いの丈と涙をぶち撒ける俺。

もう何がなんだか分からない。何だかトンでもない事を言ってるような気もするし、死ぬほど恥ずかしい事を言ってるような気もするが、そんな事よりザフィーラに彼女が出来た事がショック過ぎる!!!

 

…………俺、明日からどうやって生きていこう。やっぱり風俗で新品の筆を下ろしてもらうか。ああ、いや、それよかもうフランでもいいや。あいつなら100%の確率で受け入れてくれるだろう。犯罪?ああ、そうだね、きっと捕まっちゃうね。知ったことか。

 

「ス、ススストーーーーーッップ!ちょっと、な、なにマジ泣きしてんだい!?てか目が虚ろだよ!?う、嘘!嘘だから!」

 

…………え?うそ?

 

「ザフィーラに彼女は?」

「いないよ!」

「アルフに彼氏は?」

「私はまだ誰の物でもないよ!」

 

…………………………………………。

 

「な、なんだ嘘かよ。あ~、びっくらこいた!マジでショック死するかと思った」

 

ガチで焦ったぜ。てか、マジで危うい思考になってた。犯罪者直行だった。冗談抜きで次回から『囚人と写本の仲間達の面会な日々』になっちまう所だったぞ。

こりゃ理やフランの事を変態変態と言えた身分じゃねーな……………まあそれも重ね重ね今更ってやつか。

 

「び、びっくりしたのはこっちだって!まさか大泣きする程の反応が返ってくるなんて。それに…………う゛う゛ぅぅぅ~~」

 

アルフは顔を真っ赤に染め、耳は力なく垂れ、両手で頭を抱え込んでいた。

 

「ハァ……一応の最終確認のカマ掛けの心算で言った冗談だったのに、とんだしっぺ返しだよ」

「何が冗談だよ、シャレになってねえっつうの。お前のそのトンでも発言で俺は危うく性犯罪者に──────」

 

あれ?ちょい待ち。なんか変じゃない?変ってか、ヤバくない?

だってさ、俺、さっきから………

 

「俺、もしかして普通に声出して喋っちゃったりしちゃってる?」

「は?いや、あれだけ叫んでたくせに今更何言ってんだい?」

 

しまったあああああああああああああ!!!????

 

正体隠す為に頑張って黙ってたのに、ついアルフの嘘情報に流されちまった!ヤ、ヤベェ…………こりゃ完全にバレちまっ──────ん?でも待てよ、何か変じゃね?普通、正体不明の奴にザフィーラの事を話すか?いや、そんな意味不な事する理由はねーよな。それにアルフの奴、さっき『最終確認』とか言ってなかった?

 

これってさ、つまり…………。

 

「まっ、声を確認するまでもなく分かってはいたんだどね。えっと、取りあえず気を取り直して………コホン───ここは久しぶりと言った方がいいのかい?ねっ、は・や・ぶ・さ♪」

 

いつからバレてたんだーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?

 

 



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13

 

まーね、うん。

 

俺だってさ、馬鹿じゃないんだ。いや、実は馬鹿なんだけどさ、それでも大手を振って胸張って馬鹿と自虐してしまえる程の馬鹿さ加減は持ち合わせちゃねーはずなんだ。

だからよ、この今の変装だって何も都合よく最後の最後までバレずに通せるなんて思っちゃなかったんだよ。出来れば通れって心は多分にあったが、それでもやっぱり大部分ではバレるだろうと思ってた。

で、バレた。

ていうか、バレてた。

うん、まあそれはいい。言ったようにバレるとは思ってたから、これは予想通りと言っていい。

だが、問題はそのバレるまでの時間だ。

俺が変装してアルフ、または他の皆の前に出たのは今回と前回の2度ほど。つまり、確かにバレるとは思っていたが、まさかこんな早くバレるとは思ってなかったのよ。なのに、たった2度の対面で何故バレたのか?

まったくもって謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあアルフ、この俺のほぼ完璧たる変装が何でこんな早く分かったんだよ?」

 

正体がバレてしまったのでもうフードを深く被る必要も無言を貫く必要もなくなり、さらに喧嘩をする必要すらなくなった俺は、騎士甲冑を解いて近くのビルの屋上にアルフと共に腰を下ろしていた。

しゅぼ、とライターをつけてタバコに火を灯す。遠くの空には桜色や赤色、その他色とりどりの煌きが窺え、それは俺たちを除き他の者は絶賛喧嘩中なのだという印だ。

 

「何でって……隼、あんた、それ本気で言ってるのかい?」

 

本気で言っちゃあ悪ぃんかよ。マジもマジだっつうの。だってよ、顔は見せないようにしてたし、声でバレないように殆ど喋んなかったし………なんでバレんの?

 

俺が訝しむような視線をアルフに向けると、彼女は大きく呆れたような溜息をついた。

 

「隼、あんたってやっぱり馬鹿なんだね」

「殺されたいならハッキリそう言え」

 

アルフは苦笑した後、やれやれと嘆息しながら言う。

 

「隼だって分かった理由は三つ」

 

え、三つもあんの?嘘だー。

 

「一つは、あの格好」

「格好?」

 

フードのついたセットアップのジャージ型騎士甲冑?マトイなら分かるが、なんでアレで?

 

「隼さ、あんなんでホントに隠す気あったわけ?」

「失礼な。バリバリあったっつうの。フードも目深に被った上にピンで留めて、顔もバッチリ隠れてたろ?」

「………隠れてないよ」

 

え?

 

「はぁ……あのね、テレビやマンガじゃないんだからさ、フード程度で顔全てが隠れるわけないだろ?身動きしないならともかく、少し顔を動かしたり風が吹いたらすぐずれるし。さっきだって、あんたのその派手な金髪がちらちら見えてたよ。格好自体も全然魔導師らしくない、隼らしい格好だったし」

 

…………うそ~ん。え、なにそれ?そんな身も蓋も無いドストレートなバレ方してたわけ?

 

「二つ目。前回さ、あんた、理と喧嘩しただろ?」

「あ、ああ。したけど………それ?」

「それ。魔導師のクセして素手で戦う奴なんて、そうそういないよ。まあ確かにゼロじゃあないけどさ、理相手に素手で喧嘩したらそりゃすぐ分かるってもんさね。この半年、あんた達何度喧嘩してた?理が言ってたよ、『とても慣れ親しんだ拳、喧嘩の仕方でした』って」

 

………うん、そうだね。そりゃそうだよね。あれだけ毎日同じ相手と喧嘩してりゃ、目を瞑ってでも誰だか分かるってもんだよな。

 

「最後三つ目。隼、私ってさ、忘れてるかも知れないけど実は使い魔なんだよ。半分獣の使い魔。つまりさ───────」

「……いい。もういい。みなまで言わないで」

 

そうでしたね。アルフって獣っ娘だったね。どんな獣かは知らんが、少なくともどう見ても犬科だよね。だったら嗅覚も人のそれとは違うのは当たり前だよね。

 

「なあアルフ」

「ん?」

「俺、馬鹿だわ。掛け値無しの」

「うん、知ってる」

「……うっせえよ(泣)」

 

どうやら俺は胸を張っても足りない程の馬鹿だったらしい。本当に大学を卒業したかも怪しい。察しが悪い、という言葉で片付けられるのなら片付けたい。

 

「はぁあああ………ちっと考えりゃ分かりそうなモンなのに、なんで俺って奴は」

「まあまあ、いいじゃないか。むしろ、それでこそ隼らしいって」

「それはつまり、馬鹿なのが俺らしいと?」

「それもあるけど、なんて言うんだろう……う~ん、兎に角なんだか隼らしい!」

 

意味分からんけど何かムカつく。

まあいいや。これ以上考えてもどうしようもないしな。なにせ俺って馬鹿だし!馬鹿だし!!

 

「で」

「で?」

「何でお前らは俺だって気づいてんのに、直接的に俺に何かしてこねぇの?何かってのは、具体的に言えば『殺害』とかさ」

 

アルフの話を聞く限り、前回の理との喧嘩の時点でフード男が俺だってのは分かってたはずだ。なのに今日まで何もリアクションがなく、今現在にしても隣にいるのはアルフ一人。理も未だにフランの喧嘩中で俺の事はそ知らぬ顔だし、他のうちのモンはこの場にすらいない。

どう考えてもおかしい。あいつらの事だから、俺と分かれば一目散に殺しに来るはずだ。少なくとも管理局に入局して殺すなんて周りクドイ事はしないはずなんだが。

 

「そうだね、確かに最初はすぐ懲らしめに行こうと思ったよ。海鳴、いや最低でも日本にはいるだろうって事は予想付いたから、北から南まで虱も練り潰す勢いでローラーしようと思ってた」

 

こ、怖ぇ~。

 

「でも、そこでプレシアと夜天の二人が待ったを掛けたんだよ」

 

あの二人が?鬼と夜叉の生まれ変わりみたいな、容赦のよの字もないあの二人が?

 

「プレシアは『察するにあの男は、自分の正体を隠し私達を敵に回してでも成し遂げなければならない事を見つけたんでしょう。そんな隼を連れ戻そうとしても、あの男は一度こうと決めたらテコでも動かないわよ』てね。で、夜天は『主には何かお考えがあり、その考えの中では私たちは不都合な存在なのでしょう。口惜しいですが、ならば我ら騎士は傍ではなく、外から助力すべきです』みたいな事言ってたよ」

 

………うん、まあ合ってるようで微妙にずれてるような。てか、『外から助力』?それは俺に対してじゃなく、管理局にしてね?入局まして邪魔してきてんじゃんよ。

 

「けっ、何が助力だ。でっけえお世話だっつうの」

 

蒐集を始めた当初は『手伝ってもらえれば楽なんだけどな~』とか思ってた事は、今はもう棚の上で埃まみれ。

 

「そう言わないでおくれよ。それに夜天の書……ああ、そっちのは闇の書だっけ?それへの魔力蒐集で管理局は邪魔だろ?」

「まあそりゃあ……ん?」

 

アルフの言葉に少し引っかかりを感じた。

こいつら(鈴木家・テスタロッサ家)が、俺とオリジナル騎士共が魔力の蒐集をしてるのを知っているのは分かる。その理由(はやて救命)まではきっと分からないだろうが、俺が何かの目的のための手段として蒐集活動しているんだろうというのは予想が付いているだろう。そして、その活動の為には局が邪魔になるっていうのも考えりゃ分かる事。

 

それを踏まえた上で、今のアルフの言葉を聞けば微妙におかしな所があった。

 

『管理局は邪魔だろ?』

 

それが分かっているなら、なぜ入局した?いや、それ以前にその言葉、一見疑問系だがどうにも単純にそれだけじゃない。言葉の調子とアルフのしたり顔、そして『助力』という言葉を繋げて考えて見れば、ちょっと別のニュアンスに捉えられる。

 

「お前ら、管理局に入局して何やらかしてんだ?」

 

思えば夜天以下騎士たちが管理局に入局した事はやっぱおかしいんだよ。いくらメリット・デメリットがあるといっても、前々から俺は『魔法関係勘弁』と謳ってるんだ。そんな俺の意見を無視して、局に入ってまでして自分たちの利益を求めるような奴らじゃないのは知っている。

プレシアにしても、いくらアリシアたちの将来とか日々の安定の為だからといって、いきなり入局を決断するわけがねーんだ。あいつなら自力で未来を掴み取るはず。少なくとも局に縋るような程度の低い女じゃない。

 

じゃあ、あいつらは一体何の為に入局し、そこで一体何をしているんだ?

 

疑問に思う俺に帰ってきたアルフの言葉は…………

 

「全部、隼のためだよ」

 

は?

 

「隼は、一度決めたら自分が満足するまで止まらない事はもう知ってる。とりわけ今回は私たちの事まで放り出して突き進んでるんだから、武力行使しようと口で説得しようと絶対止まらないのは目に見えて明らか。だったらどうすればいいか?私たちは私たちなりに、そんな隼を離れた場所から後押しをするしかないよ」

 

だから、助力。そして、その為に一番手っ取り早く狙える獲物が………

 

「管理局、そこを中から欺く。各所に配置されてる監視の目を誤魔化したり、虚偽の報告をしたりしてね。まあ今回はちょっと失敗したけど。後は局員とは信頼関係を築いておいて、油断を誘い、いざとなったら簡単に背中を撃てるようにもしてる」

 

だから、日ごろの蒐集が思ってたよりも捗ってたのか。それに今の状態を失敗したと言ってるけど、それでも現在局からの援軍が来ない所を見ると何かしら内側でやってるんだろう。

 

(つうか、じゃあ、この前翠屋で見たプレシアたちのあのほのぼのとした空気も全部ブラフ?演技?………怖ぇ)

 

確かに『管理局も捨てたもんじゃないわね』とか、プレシアらしくないとは思ってたけど…………うん、やっぱアイツの性根は腐ってんな。

 

「相変わらずプレシアもエグい事考えるな」

「立案はおもに理だったけどね」

「………………」

 

あいつは本当にブレないな。

 

「そんな引きつった顔やめなよ」

 

俺の顔を見てアルフは少し怒った感じで言い、しかし次の瞬間には微笑みを浮かべながらこう言った。

 

「何だかんだ言ってさ、結局単純な所、私達は少しでも早く隼に帰ってきて欲しいんだよ。管理局に入るのなんて皆嫌だったけど、隼の為と思えば苦じゃないんだよ。私個人だって、隼の為なら大抵の無理・無茶・無謀は意地でも通すよ!」

 

カラッとした笑顔でそう言ってのけるアルフに、流石の俺も照れるのを隠せない。

 

こいつはこれが厄介なんだよな。半分獣だからか、こいつはいっつも気持ちのいいほどのストレート表現をしてくんだよ。この言葉もそうだし、過剰とも言える肉体的接触もそう。

そんな事をナチュラルにしてくるもんだから、俺のような非モテ男はすぐ勘違いしちまうんだよ。だから、『彼女にしたいランキング』の上位にアルフが位置しているんだが、それを誰が責められる?

 

「ま、まあアレだ、うん、正直助かるわ。一度始めた喧嘩は止めるつもりなんてねーし、俺の喧嘩に正面から茶々入れられるのも胸糞悪いからな。だからって今更手伝えって言うのも俺のプライドが許さんし」

 

そう考えるなら、これくらいの助力程度は丁度いい。そりゃ夜天たちが本格的に参戦してくれりゃあ楽に物事は進むだろうけど、その分『楽しさ』は少なくなるだろうからな。いいトコ全部持ってかれちまうのは勘弁だ。

 

「ああ、でも一つ言っとくよ。それはそれとして、きちんと今回の分の『オトシマエ』は付けさせてもらうからね。今は隼の意志を尊重して無理に連れ戻さないだけで、全て終わればあんたをこっちに強制送還。だから今は執行猶予期間てやつ?」

 

あっ、結局は殺す気マンマンだ。そこはきっちりするんだ。いいよ、もう覚悟決めてんだ。やることやって、そして最後まで抵抗してやろうじゃんよ。

 

「まっ、隼が唯我独尊喧嘩好きなのは理解してるし納得もしてるつもりだからね。…………ただ」

 

そこで言葉を切ると同時に困った顔を覗かせた。

 

「そんな言葉で自分自身を抑え、誤魔化す事が出来るのは大人だけなんだよ?」

 

理性を働かせ、我慢が出来るのが大人だ。そして、その反対に感情を爆発させて気持ちを曝け出すのが子供。

つまり。

 

「約1名、あんたがいなくなった日から毎日泣いてる子がいるよ」

 

その1名には心当たりしかない。

 

「あー……アリシアか?」

「そっ」

 

ああ、そうだろうな。あいつだろうな。てか、あいつしかいねーよな。

理、ヴィータ、ライトが俺を思って泣くわけがねーし。フェイトも心配くらいはしてくれるだろうが、あいつは年不相応な自制の心を持ってっから泣く事はないだろうしよ。

 

「ああ、マジかよ、やっぱ泣いてんのかアイツ。あー、クソ、勘弁しろよ、気分悪ィな。…………アルフ、帰ったらアリシアのやつに言っといてくれ、『泣かずに待ってたら今度どっか遊びに連れてってやる』てよ」

「あはは、隼ってホントにアリシアに甘いよね」

「甘いっつうか何つうか………」

 

もともと可愛いガキの泣き顔ほど胸糞悪ィモンはないが、殊更アリシアのそれは堪えるんだよな。

フェイトやなのはにでさえ本気で拳骨を振り下ろせる俺でも、アリシアにだけはどうしても無理なんだよな。あいつの可愛さはマジ卑怯だ。

 

「ほら、可愛いは正義ってよく言うだろ?でも正義ってなぁ捉え方次第で悪とも言えるじゃんか?この俺を喧嘩腰にさせないアリシアの可愛さはまさしくそれなんだよな」

 

可愛いは正義でもあり。

そしてまた、可愛いは悪でもある。

 

「まっ、何にしろ帰ってくる時は覚悟しといたほうがいいよ。アリシアだけじゃなく、他の皆も隼には言いたいことが沢山あるようだからね。電話や念話すら繋がらないから相当ストレス溜まってるよ」

 

それは俺のせいじゃないと訴えたい。電話はフランにぶっ壊されたし、あいつらから来る念話もどういう仕組みか知らんがフランやシャマルがシャットアウトしてんだよ。

 

「それでも救いだったのは、というか不幸中の幸いというか、フェイトたちが学校に通えるようになって友達が出来た事は皆素直に喜んでるよ」

 

プレシアも、俺んちの奴らも何だかんだ言ってガキには優しいからな。ガキにガキらしい生活をさせてやれる事が嬉しいんだろう。

これも一重に俺が敵に回ったお陰だと自画自賛しとこう。

だが、反面気になることもある。

俺が敵に回った事でこいつらは入局したが、その入局によって管理局がどこまで闇の書やはやての事について知っちまったかってことだ。

夜天の書、夜天の写本、闇の書、それぞれの違い。はやてとオリジナル騎士、そして俺の目的。

プレシアたちは一体どこまで話したんだ?管理局はどこまで把握したんだ?流石に紫天までは知らないはずだが。

 

俺は今置かれている状況を正確に知る必要があると思い、目の前のアルフに分かっている、または知られている事を細かくきこうと口を開きかけた時。

 

「だけど局への入局は、やっぱり最初はまあ嫌だったよ。まさかフェイトに酷い事した奴と肩並べる事になろうとはね」

 

先ほどまでの表情と一転して複雑な表情で独り言の様に呟いたその言葉は、質問事項を考えてた俺の頭をさらっとクリアにするほどの力を持った言葉だった。

 

「………フェイトに酷い事した奴?」

「そうだよ。ほら、半年前のジュエルシード集めの時、その局員がフェイトに向かって魔法を撃ったんだ。隼も見ただろ?その時の怪我をさ」

 

そう言われて思い出した。

バイトに遅れそうになった時、空を爆翔してたら満身創痍のフェイトにあったんだ。で、俺が簡単に治療してやって、そん時に虐待の痕を見つけて。

思えばアレが写本を手に入れた次に最悪な厄介事の始まりだったな。あそこでフェイトにあってなけりゃ、プレシアんとこにカチコミに行かずにすんだんだから。

 

………ああ、でも、そっか。フェイトに怪我させた奴がいたんだったな。俺の可愛い可愛いフェイトに苦痛を与えた奴が。

 

「……今、お前らはそいつと一緒に行動してんのか」

「まぁね。クロノって奴なんだけど、ほら、さっき隼たちに魔法攻撃した奴だよ」

 

ああ、あいつか。

つまりあのガキは俺に喧嘩売っただけでなく、フェイトを傷つけた奴でもあったわけだ。

 

………なるほどね。

 

「まあフェイトにはちゃんと謝ってたし、執務官っていう結構偉い役職の奴で私たちの入局に色々手を回してくれたみたいだから、そこは感謝してるし客観的にみたら良い奴なんだけどね」

「………よし」

 

俺は膝をポンと叩いて立ち上がり、その場で軽く柔軟して身体をほぐす。そして久々にマトイを展開。最後に吸っていたタバコを握り潰しながら、アルフにナイス笑顔を向けてこう言った。

 

「ちょっとそのガキ殺してくるわ」

「いやいやいやいやいや!?!?」

 

飛び立とうとする俺の腕を慌てて掴み抑えるアルフ。

 

「そんな『ちょっとタバコ買ってくる』みたいなノリでなに唐突に滅茶苦茶な事言ってんだい!?」

「滅茶苦茶?いやいや、とても論理的かつ紳士的発言だろ。俺に喧嘩売って、俺の可愛いフェイトに怪我させて………そのクロノとかいうガキ、生きてる価値ねーじゃん。前、フェイトにも『落とし前つけさせる』て言っておいたし。ああ、だから一刻も早く殺してあげなきゃよ」

「待った待った待った!いきなりぶちギレないでよ!?」

 

なんだよ、止めんなよアルフ。相手は『殺してください』って言ってるようなもんなんだぜ?だったら望み通り殺してやらなきゃよォ。

 

「お、落ち着きなって!クロノもあの時の事はちゃんと謝ったんだし、フェイトももう許したんだよ。世話も焼いてくれてるし、だから穏便に………」

 

はぁ、そうなの?でもな、

 

「知った事か」

 

俺は切って捨てる。

 

「俺に喧嘩売った奴はぶっ殺す。しかもフェイトに怪我までさせたような奴は徹底的に!」

「いや、だからフェイトはもう許してんだって!」

 

だから何?

 

「ンなの関係ねーんだよ。俺がムカついてんだ。例え怪我させられた当人であるフェイトが許そうと、俺が許さねーんだよ」

 

仮にフェイトが今俺に向かって『クロノに酷い事しないで!』と抗議してきても、俺はそれを無視する。

フェイトの気持ちなど知った事か。

俺がムカついたから殺すんだ。例え被害者本人の気持ちが許そうと、俺は俺の気持ちを最優先させる。そうして初めて俺は満足出来るんだ。

 

「な、なんてぶっ飛びようの自己中……うん、そうだね、これが隼だ」

 

アルフは疲れ笑いという何とも器用な表情を作りながら大きな溜息をついた。

俺は掴まれていた腕を乱暴に振りほどくと、辺りを見回して舌打ちを一つ。

 

「そのクロノとか言う奴、一体どこ行きやがった。おいアルフ、お前なら分かるだろ。魔力の発生源的なモンで。教えろ」

「たった今、行かせまいと止めていた相手にそれ聞くかい、普通?」

「うるせえ、教えねーと泣かすぞ」

「ハァ、プレシアも夜天たちもこんな自分勝手な男のどこが好いんだろうね。まぁいい雄といえばそうだけどさ」

 

何事かぶつくさ言っているアルフのケツを蹴り上げ、居場所を聞き出すと俺は飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

件のガキ、クロノとかいう奴はすぐに見つかった。

ビルの屋上でいつの間にかやって来ていたシャマル(騎士甲冑を纏っているからオリジナルの方だろう)の後頭部にデバイスを突きつけていた。何か喋っているようだが、生憎と会話が聞こえるような距離ではないので分からない。だが、大よそ『動くな』的な事を言ってんだろう。

取りあえず俺は、その光景を見てさらに頭に血が上った。もう干上がっちまうんじゃないかと思うくらい上った。

 

(あんのガキァ、俺をさしおいてシャマルをバックから(デバイスで)突いて襲うとは!よほど殺されてぇか!)

 

すぐさま俺は攻撃の姿勢に入った。飛翔のスピード+重力を使い、エドモンドさんばりのロケット頭突きをするべく力を溜める。

そして、さあまさに『どすこい』をしようとした瞬間、俺の眼中から目標物(クロノ)が消えた。代わりにそこにいたのは、いつかの仮面の男が片足立ちで佇んでいる光景だった。

 

その仮面の男……いや、実は女だってのは知ってるが、兎も角、その仮面ちゃんが何かをしたために目標物が突然いなくなったってのはすぐ分かった。そして、すこし視野を広げれば、その目標物が向かいのビルの屋上のフェンスにめり込んでいる姿がすぐに発見できた。

 

(あの仮面ちゃんが攻撃したのか?………シャマルを助けてくれた?)

 

真実はどうだか分からないが、一見してそうだった。そして、その一見だけで俺には十分。

 

(やっぱ彼女は味方だったか!)

 

何の根拠もないが、俺はそう決め付けた。その理由を強いて挙げるなら、あの仮面ちゃんの正体が超可愛い女の子だから!そして、あのクロノとかいうガキを俺が気に入らねぇから!

 

(よし、今日こそは名前くらい聞き出すぞ!)

 

そう心に決める一方で、その前にやる事はきちんとヤらなければならないのを忘れてはいない。

俺は溜めていた力をここで解放した。

ただ、当初の予定とは違い頭突きではなく急転直下の大キック!

 

「サンダーボルトスクリュー!」

「なに………ぐわっ!?」

 

フェンスにめり込んで身動きの取れなくなっていたガキに、俺はトドメとばかりに欠片も容赦せず稲妻のようなキックを見舞ってやった。ガキはフェンスを突き破り、さらにビルを突き抜けて彼方へと吹っ飛んでいく。

それを見送った俺はその場で腕を組んで悠然と佇む。

 

「紳士に攻撃し、ガキを傷つけ、美人を背後から襲うような鬼畜外道には必ずその身に酬いが訪れるが道理……………人、それを『天誅』という。俺が誰かって?美人で可愛い女性にしか名乗る名前はない!!」

「「…………………」」

「あれ?ツッコミなし?ノリ悪~」

 

口を阿呆のようにおっ広げたシャマルと、仮面をつけているので表情は分からんが何となく呆然としている雰囲気を醸し出している仮面ちゃんがそこにはいた。

いきなりの俺のかっこいい登場に驚いているのだろう。

 

俺は取りあえずシャマルの方に近づいて声を掛けた。

 

「大丈夫だったか?あのクソガキに何か酷ェことされなかったか?」

「え、あ、はい、大丈夫です」

「ホントか?お前は大丈夫じゃなくても大丈夫とかいう奴だからな。痛いトコがあったら言えよ?その万倍の痛さをさっきのガキに返してやっから」

「は、はい」

 

まだ若干ぼんやりしているが体自体はどうやらホントに大丈夫なようなので、俺はポンポンとシャマルの肩を叩いた後、今度は仮面ちゃんの方に向き直る。

 

「よっ、お久~。また会ったな」

「お前は────」

「まあ待て。俺から言わせて貰う。あんたには聞きたい事が沢山あんだよ。言っとくが今日は逃がさねーぞ」

 

仮面ちゃんがジリっと僅かに後退したが、俺とシャマルに警戒されてるこの場じゃちょっとやそっとじゃ逃げらんねーのは分かってるはずだ。

 

「まずはそのむさ苦しい変身を解け。そして名前を是非教えろ。ちなみに俺は鈴木隼、末永くよろしく」

「……………………」

「あれぇ、だんまりですか?いけませんな~、殴っちゃうよ?」

「………お前の言葉に応える義理はない」

「あ、そういう事言っちゃうんだ。でも、俺が大人しくしてる内に素直に答えといた方がいいと思うけどな~」

「……………………」

 

それでもだんまりかよ。………このままだとマズイな。さっきのガキがまたいつやってくるか分からんし、管理局の援軍が到着するかも知れねぇ。最悪、うちのモンまで着ちまったらまた混沌の再来になっちまうかんな。

だからと言ってこいつをここで逃がすつもりもない。聞きたいことも言いたいこともあるし、それ以前にもっとお話したい!

 

だんまりを決め込み、しかしこのままそれを許すわけにもいかない。だが、これ以上この場に留まるのは得策とは言えない。だったら、最終手段として……………

 

「あん?」

 

突然、軽快なメロディがあたりに流れた。その音の発生源を辿って行くと、そこには恥ずかしそうな顔で騎士甲冑の胸元(………胸元!?)から携帯を取り出すシャマルの姿が。

 

「ご、ごめんなさい!はやてちゃんからで……」

「………空気読もうぜ」

 

仮面ちゃんが逃げないように油断無く目で牽制しながら、シャマルの方も観察する。シャマルの方も仮面ちゃんから目を離さないようにしつつ、電話に出た。

 

「はい、はい………ごめんなさい………あ、そうなんですか………もうすぐ帰れますから………隼さんですか?はい、すぐそばに」

 

シャマルがこちらに携帯を向けた。どうやらはやてが代われとでも言ったのだろう。

 

「ったく、緊張感って言葉しってっか?今がどういう状況か分かってのか?」

「だ、だってはやてちゃんが………」

 

ホントに騎士ってやつは主が大好きなんだな。こんな時くらい空気読んで断れよな。

 

「おう、俺だ」

 

と、言いつつも俺も電話に出るのだった。

 

《もう、まだ帰られへんの?お客さんたちもう家に着いてるで?》

「ああ、悪ぃな。もうちょいしたら帰る。まぁゆっくり鍋の準備しててくれや」

《そうは言うてもなぁ、メイドさんたちが手伝ってくれたお陰でもう準備万端なんよ》

「はア?マジかよ。分かった、なるべく急いで帰るから勝手にパーティ始めるんじゃ……ん?」

 

こいつ、今なんて言った?なんか素晴らしい単語が聞こえた気が?

 

「おい、はやて。今お前の口から『メイド』という単語が聞こえた気がするんだけど……」

《そやよ。友達んトコのメイドさんや。言うてなかったっけ?2人ほど来てくれてて……あっ、2人ともめっちゃ美人で可愛い人やけど浮気は許さへんからな~、なんて》

 

なんかアホな事言ってるが俺の耳にはすでに入っていない。

聞き逃せないのはメイド二人だ。

メイドという職業はどうでもいい。生憎と俺にそういう嗜好はない。だが、メイドをしている人物になると話は別だ。

普通、メイドっていうと女の子がやる仕事だよな?しかもさ、大抵そういう職やってる人って美人とか可愛い系が多くね?すずかんトコのノエルちゃんやイレインがいい証拠だ(後者は中身がダメだけど)。

 

………………。

 

「待ってろ、はやて!3分で帰る!!!」

《え、あ、ちょ────》

 

一方的に携帯を切ってシャマルに投げて返し、おもむろに片手で仮面ちゃんの腕を強く握り取り、もう片手でシャマルの腕も同じように取る。同時に念話を敵・味方関係なく飛ばす。

 

《テメェら、今日はお開きだ!闇の書組、全員帰るぞ!!拒否してもいいけど、そん時は置いてく!!》

 

この念話で呆然と腕をとられていたシャマルと仮面ちゃんがようやく反応した。

 

「ちょっと隼さん、いきなりどうしたんですか!?」

「は、離せ!」

 

二人以外にもシグナムやヴィータからどういう事だと念話が飛んでくるが、俺はそれを尽く一蹴。

ただただ『ずらかれ』と命令。

 

「む、無茶言わないで下さい!それに管理局員が外から結界張ってるんですよ?シグナムのファルケンか、ヴィータのギガント級の魔法でも使わない限り破れませんよ!」

 

問題ない!

この俺を誰だと思ってやがる?女の子が関わることなら、そこにどんな困難があろうともあらゆる手を使って打破するのがこの鈴木隼だ!

 

《理、このウザったい結界ぶち抜けやぁあ!!》

 

人任せだけど。そして今は敵だけど。でも関係なし。それにもう身バレしてっし。

 

《おい理!聞こえてんだろうが!返事くらいしろや!!》

《………やれやれ、まったく。相手指定の念話が繋がらないからといって、管理局にも筒抜けとなる全方位念での話を使ってこの状況で話しかけますか、普通?せっかく隠していたのに、これで私たちに何かしらの繋がりがあるのがバレてしまったではないですか》

 

どうやら俺が夜天の写本の主というのまでは局に話してなかったみたいだな。

だが、知らん!

 

《適当にまたでっち上げとけ!それかシラを切っときゃいいだろ!じゃ、よろしく!あ、あと追ってくる局員とか邪魔する奴がいたら殲滅もよろしく!》

《ですから、それをこの念話で言ってどうするのです。ハァ……まあ久方ぶりに主と会話が出来たので嬉しいですけど。茶番の終わりはもうすぐなので、この件含め後々覚えておいてくださいね》

 

お前も自分で『主』とか言ってんじゃん。もう隠す気ゼロだろ?そしてやっぱり殺す気マンマンだ。しかもたぶん近日中。けど今はどうでもいい。

 

「主、だと?お前はいったい………」

「詳しい話は後でたっぷりしてやんよ。だから今は帰る!!」

 

ちょうどその時、空に向かって紅蓮の光が突き進み、強固な結界を意図も容易く破壊しつくした。

それを確認した俺は念話で再度撤収命令を掛け、俺もシャマルと仮面ちゃんの腕を取ったまま一目散に退避しようと空をかっ飛んだ。

 

「お、おい、待て、離せ!どういう心算だ!」

 

仮面ちゃんが慌てて腕を振り外そうとするが、そうはさせまいと俺はさらに力を込めて握る。

 

「今日は逃がさねぇっつたろ?このまま連れて帰る!!」

「「はあ!?」」

 

鳩が豆鉄砲食らった時に出すかもしれない声を、仮面ちゃんと、事の成り行きを呆然と流れに任せて見ていたシャマルが上げた。

 

「ち、ちょっと隼さん!?なに考えてるんですか!?」

「っせえ!こいつには聞きたい事や言いたい事が山ほどあんだよ。だったらお持ち帰りして話し合った方が良いに決まってんだろ!例え悪くても、もう俺がそう決めた!」

「短絡的過ぎますよ!」

「それに、鍋するなら人数多い方が楽しい!そして実はコイツは女なんだ!」

「それがどうしたんですか!?」

「一人でも多くの女の子と鍋つついたり、お酌されたいんだ!!」

「それが本音ですね!!!」

 

オリジナルシャマルも俺の事が分かってきたじゃねーか。

 

「離せ~!」

 

いつの間にか仮面男の姿から猫耳猫尻尾を生やした元の姿(であろう)に戻っていた女は、自分の腕を掴んで離さない俺の手をガジガジと噛んで離そうとしていた。

だが、温いわ!

女の子が絡んだ時、俺のパワーは天井知らず!帰ったらメイドさん二人という新たな出会いも待っており、テンションも上げ上げだぜ!

 

「レッツ・パーリィィィイイイ、イエヤァァァアアア!!わははははははははははは!」

 

さて。

 

今日の出来事で、少なくとも俺とプレシアたちの関係性が局にもバレた事だろう。長期的に見たら確実に悪い方向に向かっていくだろう事は必至だ。そして、そこから芋蔓式にいろいろバレていき、最終的には今まで以上に厄介な展開になるだろう事も予想はつく。いや、あるいは理の言葉通りなら終わりもすぐそばだ。この猫娘に関しても100%味方なんて事はあり得ない。

 

そうだ。今回のこれは、いつも以上に馬鹿を曝け出しちまったって事は自分自身が一番良く分かっている。

 

だが、それでも敢えて言わせて貰おう。

 

(ンな先の事なんか知った事か!)

 

はやてを助けるなんてのは決定事項であり、確定事項だ。つまり極論すればはやては既に助かっていると言える。

結果が分かってるなら、過程なんてどうでもいい。

これ以上過程が悪くなろうとも、結果が変わらないなら、俺は今を楽しくする事に全力を尽くす。自分の欲望のままに生かせてもらう。

 

(お鍋、お酒、女の子~♪)

 

俺の頭は、既にその三つで一杯だったのだった。

 

 




主人公の馬鹿さ加減は天井知らず。

As編もそろそろ終盤に入りそうです。


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14

 

世の中に平等なんてものは存在しえない。

国、人種、地位、収入、門地、それによって生まれる社会の格差や世界の飢饉。それは大きいものから小さなものまで、気になるものから歯牙にもかけない程度のものまで。

千差万別………差別。

まあだからといってそれが悪いのかと言うとそうでもない。むしろ、個人的意見としては不平等万歳だったりするわけ。

だってな、全員が全員平等だったらつまらんだろ?例えば、この世にいる女が全員平等に『美人』だったとしよう。それは一見素晴らしい事だが実際はそんな事はない。美人を美人と思えるのは、前提にブサイクがいるからだ。ブサイクがいるからこそ美人が引き立つ。醜いものの基準があるから、美しいものの基準も分かるんだ。逆もまた然り。

な、こう考えれば不平等万歳だろ?

 

……………………ンなわけあるか!!!

 

な~にが不平等万歳だ。そんなムカつく境界線があるから人は戦争するんだ。ああ、いや別に戦争は勝手にやってくれて結構。俺に火の粉が降りかからない限りは関係ない。勝手に戦争して、勝手に死に合ってろ。

問題は戦争じゃない。もっと根本的な事だ。

 

勝ち組と負け組み。

 

はいコレ。

コレなんだよ。

不平等万歳なんて言える奴はな、大抵勝ち組の奴が上から目線で見下しながら言う台詞なんだよ。

勝ち組の奴は今の幸運に不満を言い、負け組みは不幸に不満を言う。

どっちがまだ筋の通った言い分だ?後者だろ?

そして勿論のこと俺は後者の言い分を主張する立場だ。

確かに大敗はしていない。家も無い浮浪者でもなければ、金の無い極貧男でもない。だから、浮浪者や金無しからみたら俺は勝ち組に見えるかも知れない。事実、そんな奴らと比べたら勝ち組だろう。

だが、勝ち組か負け組みかとハッキリ組み分けしたら、俺は負け組みだ。

家もある、家族もある、金もある、体も健康。

だが、負け組みだ。

何故かって?

 

童貞だからだ!素人童貞ですらない、純粋清廉な童貞だからだ!

 

確かに家はある。だが童貞だ!

家族もいる。だが童貞だ!

金もたんまりある。だが童貞だ!

体も元気ハツラツ。だが童貞だ!

 

童貞だ!

 

20余年前に男として生を受けたにも関わらず、俺は男となっていない。これはハッキリ言って存在の死活問題だ。

男として生まれたのに、男として死んでるんだ!

それを思えば家だの金だのは霞んで見える。

ああ、なんて俺は不甲斐無く、薄っぺらく、そして何より滑稽なんだ。いつもはあれだけ強気で自分勝手に振舞っていても俺は男じゃない。まるで道化のようじゃないか。

 

『う、うそ、鈴木君ってその年で童貞なの………ぷっ、その性格で童貞って逆にウケる』

 

もし女からそんな事を言われたあかつきにゃあ、俺は軽く死ねる。想像しただけで涙が溢れてくる。男から言われたら殴り殺すけど。

 

だから、俺は早く男になりたい。

 

しかし早まってはいけない。金があるからといって店にいってはいけない。

何故ならば、そこには『愛』がないからだ!

なんだか俺らしくない発言だと思うだろ?でも、本心なんだよ。そんな俺の心を形作ったのは俺のババア──母親だ。

 

うちの母親は何度も結婚と離婚を繰り返し、その性格も相まって一見して浮気性のようにも映るが、その実かなり乙女だ。結婚した男には実の息子以上につくすし、今までの離婚も原因は全部男側。まあ基本男好きなんで、その原因の原因はババアが作り出してんのかも知れねーが、ババア自身は決して意中の男以外には心も身体も委ねない。『好き』という言葉の意味をきっちりと区別して接している。

そんなババアの下で育ったからだろう、俺にもそういう概念が自然と植えつけられた。ああ、いや強制的にか?なにせババアは俺がちょっとでも反抗したり反対意見を出しゃあすぐ殴って来たからな。俺の一番古い記憶は『言う事聞けや、このクソボケ息子が』という言葉と共に拳が飛んでくるものだし。………今考えりゃ確実に幼児虐待だ。

 

まあそんな訳で、俺には『好きな人だけ愛せ』的な固定概念が邪魔し、今まで何度かあった一晩限りの女をフイにしてきたわけ。

 

だが、だ。だが、しかし、だ。

 

それのせいで未だ童貞なのは事実なのだ。

確かにこのような今時流行らない硬派な心根は貴ぶべきものなんだろう。俺自身も何とも自分らしくない、偽善のようなこの心根は嫌いじゃない。

だが、童貞なのだ。

だからこそ、童貞のままなのだ。

 

そこで自問しよう………果たして、俺はこのままでいいのだろうか?

 

勿論、自問するまでもなく答えは出ている。

否だ。このままじゃいけない。

だったらどうすればいい?

なんちゃって硬派な俺にとって、今更店で筆降ろしなんてのはプライドが許さん。だったら、その辺の二束三文な安い女を適当に見繕って脱童貞を目指すか?出来ない事は無い。これまでだって、ダチに紹介されたどうでもいい女とそういう雰囲気には何度かなった事がある。だが、ヤらなかった。それは、俺にはいづれもっといい女が巡って来るはずだと思っていたからだ。

そうやって、チャンスをフイにし次があると思い続けて早数年、その結果がこのザマだ。

だが、俺もそろそろ限界だ。不平等な世の中を嘆き、負け犬組みに身を浸すのは飽き飽きだ。

 

だから、『だったらどうすればいい?』という自問にこう自答しよう。

 

─────取り合えず、どんなチャンスでも掴み取っとこう!

 

場の雰囲気に流されるのもいい、傷心の相手に付け込むのもいい、酒の勢いに任せるのもいい。

状況、状態、手段問わず、取りあえずチャンスっぽい感じになったら掴みにいこう。

脱負け犬、脱童貞だ!

 

お誂え向きに今日はその絶好のチャンスである鍋パーティ。聞けばメイドさんも来るというじゃあーりませんか。メイド=美女。鉄板だろ。

すでに舞台は整っている。ならば後はそこでガンガンとチャンスを作り出し、逃さなければいいだけだ。

 

…………やれる。いや、ヤるんだ!そして晴れて彼女持ちという称号を得ようじゃないか!

 

だが、勘違いしてはいけないが、何も相手が誰でもいいというわけではない。ブサイクな女なんてマジで御免だ。しかし、そこは安心。仮にメイドさんがハズレでも俺の周りには美人が多いのだから!

そんな中でも大本命はリニスちゃんや夜天なんだが……………この際もう高望みはしない。それにリニスちゃん以外はどうでもいいという訳じゃないんだ。皆が皆、相当なレベルのいい女なのは誰が見ても明らか。なのに選り好みなんてしちまってたら、それじゃいつまで経っても彼女なんて出来ねえ。

 

皆が皆美人で、性格良しないい女なので、あの中からならぶっちゃけもう誰が彼女でもいい!誰であろうと心底から愛せる自信がある!チャンスが巡ってきた順に早い者勝ちの要領でアタックをかけ、見事キまった女を彼女にしよう!

 

こんな俺の考えを最低だと思うか?下卑た男だと思うか?母親のくだりはなんだったのかと思うか?

まあ、そりゃ思うだろうな。

ならば反論しよう…………知った事か!彼女さえ出来ればもうどうでもいいもんね~。

 

俺は今日、ここに宣言する!

 

今年中に最高の彼女を作ってやんよォ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

14

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャマルと仮面ちゃんの手を引き、あの場を撤収した俺が次に向かった場所はもちろん鍋パーティが行われる八神家…………ではない。

遅れて撤退してきたシグナムやヴィータと合流した俺は、仮面ちゃんを逃がさないよう厳命した後、皆には先に八神家に帰ってもらい一人別の場所へと向かったのだ。

と言っても別にそこは秘密の場所でも隠すような場所でもない。

ただの酒屋。無論、酒を買うためだ。鍋=日本酒という公式がこの日本には存在するのだ。

ビールと焼酎は買い置きしてあったのであるが、ちょっと値が張る日本酒は買っていなかった。はやてには今晩俺たちが蒐集してる間に買っとけっつってたが、よく考えれば未成年が買える訳も無い。よしんばザフィーラあたりを連れて行って買えたとしても、どうせ安酒しか買ってねーだろうからな。

 

そんな訳で酒屋へと寄り道した後、次は一路八神家へと向かった。その道中(空中?)、日本酒とは別に買っておいたビールの蓋を開けてゴクゴク。

これから始まるハーレムな宴への前祝代わりだ。

 

「ウイスキ~はお好きでしょ、ウィ~デュ~♪っとくらぁ。おーい、帰ったぞーい!隼ちゃんの登場だよ~」

 

飲み会帰りの親父のように、気分揚々と八神家の玄関を開け放つ俺。テンションが高いのは、これから始まるであろう俺の彼女持ちライフへの期待感から。

 

(メイドさんだぜメイドさん!絶対美人だろ!)

 

玄関に腰と酒の入った袋を下ろし、靴を脱ぎながら妄想は膨らむ。

 

(まず第一印象が肝心だな。爽やかに、かつ物腰柔らかくだ。下心は見せず、ジェントルマンでいくのだ俺よ。そして今夜はフィーバーだ!)

 

──────と、まあ。こんな感じでテンション上げ上げだったんだが。

 

(おっ、お出迎えかな?)

 

靴を脱ごうと座り込んでる俺の後ろからパタパタと廊下を歩く足音が響いた。少しだけ振り返ればふわりとしたヒラヒラのスカートと綺麗なお足が4つ。

メイドさんだ!

そう思った瞬間、俺は靴を乱暴に脱ぎ捨てて勢いよく振り返った。

 

(……え?)

 

─────うん。

 

俺ね、思ったよ。彼女云々とか言う前にまず自分を変えたほうがいいんじゃないかって。というか、もうね、自分が嫌になってきた。

何が嫌って、この出来の悪い頭。察しの悪さ。

前々から我ながらバカだとは思ってたし、他人からもよく言われる事ではあるが、今回身に沁みて分かったよ。いや、今回ってか前回のアルフの件でも分かってたんだが、今回はそれ以上。

 

何がかというと───鍋パーティをする為に呼んだというはやてのダチの家族、そのメイドさん2名について。

 

「お帰りなさいませ、お邪魔しております。今夜は私共もお招きくださりありがとうござ……え?」

「あ、お酒買って来られたのですね、こちらでお預かり……え?」

 

メイドさん……ああ、確かにメイドさんだ。思ってた通り美人であり、可愛かった。

一人は20ちょっとの綺麗なお姉さん系。セミロングの髪と優しい顔立ち、ヒラヒラのメイド服に包まれている身体はボン・キュ・ボンで素晴らしい。

もう一人は美人系お姉さんの妹。15、6の可愛い系。長い髪と無垢さを感じる顔立ちで、身体付きはちょっと残念だがそこに幼さのような物は感じないような均等さがある。

 

総じて、二人とも平均を軽く上回る美女・美少女だ。

 

大当たりだ。チャンス到来だ。どっちでもいいから絶対彼女にするぜ。───普通ならこうなる。こうなるはずだった。こうしようと思ってた。

 

「「隼さん?」」

 

脈なしと既に分かっている知り合いでなければ。

 

「…………こんばんは、ノエルちゃん、ファリンちゃん」

 

……………………俺のバカ!ホントにバカ!分かれよ!思考回路使えよ!

 

メイドがいる家がこのへんに一体どれだけある?ないじゃん!すずかんトコしかないじゃん!しかも前回自分でご丁寧にそのすずかのメイドを例に挙げてるじゃん!そこで察しろよ!バカかよ!ふざけんなよちくしょうが!俺の期待返せよ!いや、いいんだけど!確かに二人は美人で可愛いからそこに文句はないからいいんだけど!そうじゃないでしょ!帰宅10秒でもう今晩彼女作るとか無理ゲーだって分かっちゃったよ!

 

「驚きました、まさか隼さんがこちらにいらっしゃるとは」

「すずかお嬢様から、隼さんが魔法関係の諍いに巻き込まれて行方をくらました、とお聞きしていたので」

 

いつだったか、すずかとアリサが魔導師になったその日、俺はその報告の為、二人に伴ってそれぞれの家に行って両親に全てを話した。隠す事でもないし、俺が魔導師にしちまったようなもんだから。

結果はこの通り、月村家だけじゃなくバニングス家も魔法というものを受け入れてくれた。その上で両夫妻とも『子供の意思を最大限尊重させる』というスタンスを取り、娘の魔導師としての活動を認めたのだ。

 

高町家といい、何とも出来た人たちだよ。

 

「まっ、いろいろあってこの家に居候してんだ。あ、もしかして心配してくれてた?」

 

そうなら俺にもまだワンチャンが!

 

「「いえ、まったく。隼さんですから」」

 

ですよね~。

 

「あ、でもすずかお嬢様はすっごく心配してましたよ。習い事を休んで管理局の方に顔を出してまで隼さんの事を探してたみたいですし」

 

すずか付きのメイドであるファリンちゃんが難しい顔で苦言を漏らす。

まっ、そうだよな。すずかも優しい奴だからな、俺のような奴でも知り合いがいきなり行方不明になりゃ心配してるわな。

 

「そりゃ悪ぃことしちまったな。今日はすずかも来てんのか?」

「もちろんです。ご友人であるはやてさんからのお誘いですから」

 

ああ、そうかと思い出す。

そういや今日ははやてのダチを呼んで鍋するっつう話だったしな。そのダチってのがすずかだったわけだ。……ん?でも、それにしちゃあ玄関にある靴の数が多いな。

 

「二人とすずかと、あと誰が来てんの?」

「隼さんは知らなかったようですね。旦那様と奥様、それにバニングス家の方々もはやてさんからお招き貰ってるんですよ」

 

え、デビットさんやジョディさんも来てんの?てことははやての奴、アリサともダチになってたわけ?それともすずかからの間接的な誘い?

まあ、なんにしろ。

 

「こりゃ今晩は楽しくなりそうだな」

 

メイドさんを彼女に!という計画は霧散したが、両夫妻が来てるならそれはそれでOK。いろいろ話たいこともあったし、何より久しぶりの宴会だ。いつまでもダウナーなテンションは勿体無い。

酒がある、美女もいる。これを楽しまなきゃ損だ。

 

「そういやイレインは来てねーの?」

 

脳裏に金髪サイドテールのツリ目アマが思い浮かぶ。

月村家のメイドの一人で、見てくれは最高だが中身がサドで最低という、どこかプレシアを髣髴とさせる奴だ。そしてそんな奴だから例に漏れず、俺とはソリが合わない。

 

「あの子は今別件で家を離れているのでここには。残念でしたね」

「何言ってんだよノエルちゃん。あいつが来てたら今頃鍋の前菜で喧嘩盛りを食わせられるところだったぜ」

 

イレインと知り合ってそんなに時間は経ってないが、会う毎に喧嘩の回数と密度が増していってる。この前なんてあいつ、腕にデッカイ刃物生やして切りかかってきやがったからな。戦闘メイドか。パンピーな俺をどんだけ殺したいんだよ。……まあ、今じゃ刃物や、それが腕から生えるってくらいじゃビビらなくなった自分を一般人とカテゴライズしていいのかどうかは定かじゃないが。

 

「まっ、いねーならいねーに越した事ぁねえわ。よし、取り合えず部屋に入ろうぜ。ここじゃ寒くてかなわん」

 

俺は買ってきた酒をノエルちゃんに渡し、二人を連れ立って奥へと行く。

 

「ただいま~、俺。はい、おかえり~、俺」

 

小粋な一人芝居と共にリビングへと続くドアを開け放つと、俺の鼻孔に料理の匂いと女性特有の匂いの混合香気が飛び込んできた。そして目に映る光景は桃源郷と見紛うほどの女・女・女!

 

「ハ、ハラショー………」

 

まず目に付いたのは何よりもまずメロン(シグナム)!なんですか、あの白エプロンを押し上げている胸部装甲は?しかも髪型がね、いつものポニーじゃなくて、もう少し低い所をシュシュで纏めててさ、それが『女!』って感じで………抱きついていいですか?

そしてその隣に立つのは桃(シャマル)!料理なんて出来ねえクセに一生懸命なあの顔見てみろよ。もうね、全部許しちゃうって感じ?………マミって(齧り付いて)いいですか?

そんな二人の後ろで忙しなく動いているのは太もも(仮面ちゃん)!いきなり連れて来られて戸惑ってたり怒ってたりしてるのかと思いきや、意外や意外、騎士に指示されながら超手伝ってんの。彼女はスレンダーだがまたそこが健康的でかなりそそる………後でプロレスごっこしない?

 

「おっ、隼くんじゃないか。こんばんは」

「あら、本当。こんばんは、お久しぶりね」

 

不意に呼びかけられたその声に、桃源郷から目を外して声の方に目をやる。そこにいたのはソファに寄り添って座っている一組の男女。

男の方は眼鏡を掛け、人の良さそうな穏やかな笑みを浮かべている。もう一方の女性も男性と同じ種の笑みを浮かべて、しかし目を見張る程の美女。

 

「おっ、俊さんに春菜さん!こんばんはっす」

 

すずかの両親である俊さんと春菜さんだ。

 

「俺たちもいるぞー、隼くん」

「ヤッホー」

 

そしてもう一組。月村夫妻と向かい合って座っている男女。それも日本家屋には不釣合いな美男美女の外国人。

 

「こっちもお久っすね、デビットさん、ジョディさん」

 

アリサの両親であるデビットさんとジョディさん。

 

「いやぁ、まさか4人がいるとは思いもしなかったっすよ」

「それはこちらの台詞だって」

「ホントね。はやてちゃんから聞いてはいたけど、まさかホントに君だったとはねー」

「僕もだよ。すずかからいなくなったっていうのは軽くは聞いてたけど、うん、怪我もないようで何よりだね」

「隼くん、今度すずかを心配させたら怒っちゃうわよ?」

 

両夫妻から口々に文句とも安堵ともとれる調子で言われる。それに俺は頭を掻いて苦笑いで返す。

 

「いや~、マジすんませんねー。心配させちゃいまして。あ、もう開けてんすか?じゃあ俺も失礼して。って、まあもう俺もやっちゃってんですけどね。それでもまあ失礼して……ごくごく、くぁ~!あー、最高!あ、いや、それでっすね、こっちも大変なんすよ。実はですね───」

 

ジョディさんと春菜さん、どっちの隣に座ろうか迷いながら話始めたとき、俺の耳にドタドタと階段を駆け降りる音が聞こえた。と思ったら次の瞬間、リビングのドアがドカンと乱暴に開く音。

 

「隼!!」

 

名を呼ばれ、何だと思いそちらに目を向ければ扉を開けた状態で固まっている幼女が一人。

 

「おっ、ユーリか。いい子に留守番してたかよ?」

 

手にもった缶を掲げながらニヘラと笑う俺に対し、ユーリは大きく目を見開いただけ。……かと思いきや、ほどなくそのくりくりとした瞳からぽろぽろと涙が零れ落ち、最終的に滝のような様相を見せた。

 

(あ、これ何か覚えある)

 

いつぞやフェイトやアリシアに同じような顔をさせた記憶がある。あの時は確かその後……。

 

「ストップ、ユーリ!せめてビールを置かせてく────ぶっふぉう!?!?」

 

俺の過去からの経験に伴う予測は外れることはなく、しかし残念ながら手に持った缶を置くには間に合わず。

棒立ちの俺はユーリのダッシュからのボディアタックをその身に受けて倒れた。あ~あ、ビール零れちまったよ。

 

「は、はやぶさぁ!よ、よかったです、無事でー!帰ってきた皆から聞いて、管理局と戦ったって、それで隼も怪我したんじゃないかって!!わ、わたし心配で心配で、だから……ふぇ、うわ~ん!!」

 

視線を下に降ろせば身体の上で号泣する幼女。そしてそれを俊さんたちが微笑ましそうに見ているのも目に入る。

恥ずかしいやら、嬉しいやら。

取り合えずこのままの状態もあれなんで、フッと腹筋に力を込めて上体を起こす。

 

「あー、なんだ、ほれ、見た通り無事だろ?だからそんな泣くなや。てかお前、そんな泣き虫だったっけ?」

「ぐすっ……隼のせいです!は、隼、弱いけど強いからすぐ無茶して、だから私が護らなくちゃって、でも大丈夫って言って行っちゃって、なのに大丈夫じゃなくて……ふぇええ!!」

 

意味分からん。が、まー心配を掛けちまったのは分かる。俺を護る為に外に出たのに、初っ端これだからな。

 

「今度外出るときは連れてくから、今回は勘弁しろや」

「ぜ、絶対ですからね!というか今度から絶対ついてきます!もう離れません!!」

 

泣きながら怒るユーリにはいはいと軽く相槌を打ちながら髪を梳くように撫でてやる。そうすると漸く溜飲が下がったのか、強く羽交い絞めにされていた力がふわりとした物に変わった。

 

俺は苦笑しながらため息を一つ。

面倒臭ぇ……けど、まあ悪かぁない。

 

「対面座位とは何事か!!」

 

あ、正真正銘面倒臭い奴来た。誰とは言わなくても分かるだろう。

 

「我より先に主とのラブシーンを作らせるものか!少しばかり説教が必要なようだな!来いユーリ!!」

「うわ~、隼~!?」

 

憤怒の表情でユーリの襟首を掴み俺から引き剥がし、奥へと連れて行くフラン。

良かった、どうやら今回は全面的に矛先は俺へではなくユーリの方に向かったようだ。

 

「いや~、相変わらずモテるね~、隼くんは」

「あれを『モテる』という分類にカテゴライズせんでくださいよ」

 

茶化してくるデビットさんにジト目を向ける。

ガキにモテてもしょうがない。そりゃ嫌な気しねーけど、だからってまるまる良しとはならない。つうか『相変わらず』ってどういう事よ?俺、今までモテ期すらまだ一度も───。

 

「……隼さん?」

 

いつの間にかドアの前に立っていたのは久しぶりに顔を見たすずか。ただしその表情は久しぶりではなく、先ほどの誰かさんと同じような感じで……。

 

(あれ?デジャヴ?つうか何よ、この怒涛の展開は?)

 

─────俺は再度、床に倒れふすことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、えっらい目にあった……」

 

少しばかり痛む背中のせいでしかめっ面になりながら、俺はタバコを吸うために庭へと出た。閉められた窓から中の様子を見ればユーリとフランが何事か言い合っていたり、すずかが春菜さんに何か言われ顔を真っ赤にしていたり、それを遠巻きにはやてとアリサが苦笑いしながら眺めていたりと中々に騒がしい。

 

「モテる……ねぇ」

 

先ほどデビットさんに言われた言葉を煙と共に苦々しく吐き出す。

 

まあ、確かに好かれちゃいるだろう。ただユーリ、フランは分かっていたがまさかすずかにまであーも過剰に反応されるとは思ってなかったから驚いた。俺、すずかにそこまで好かれるような事してきたっけ?と首を傾げるばかりだ。理由もなく好かれるのは、何か怖ぇーわ。逆にアリサから「心配?あんたの心配するほど人生の時間の無駄遣いはないわよ」と冷めた目で言われた時はちょっと安心しちまったよ。

 

なんにしろ、ガキにモテてもしょうがねえ。というかガキからモテるってあれだろ?カッコイイお兄さんは皆の人気者、的な?

そういうの、いらねーの。少なくとも今はいらねーの。俺が欲しいのはそういうんじゃなくて、きちんとした好意なわけ。可愛いくて美人な姉ちゃんからのラブが欲しいわけ。ノット、ガキ。ノット、ライク。

 

(期待してたメイドさんもノエルちゃんとファリンちゃんだったし……あ~あ、どっかに可愛い女の子落ちてないかな~)

 

例え彼女に出来そうな女の子がいなくても、今晩は鍋が食える、月村夫妻やバニングス夫妻と酒が飲める、それで良しとしよう……そう思っていたはずが、改めて考え出すとまた気持ちはダウナーに。

 

──そんな時だった。

 

「ちょっと………」

「んあ?」

 

不意にくいくいと袖の引かれる感触を感じた。そして同時に隣には人の気配。どうやら考え込んでいたせいで周りが見えていなかったらしい。

 

果たして、そこにいたのは猫耳尻尾を生やした見慣れぬ美人さん。

 

(って、この子がまだいたああああ!!)

 

あの喧嘩場から無理やり連れて帰った女性がそこにはいた。

 

「希望の星よ!」

「は?」

 

俺は目を輝かせながら肩をがっしりと掴む。そして改めて目の前の女性を観察。

顔──良し!

身体つき──良し!

匂い──良し!

性格──きっと良し!

彼女にしたいですか?──したいです!!

 

「ちょっ、肩痛いんだけど!ていうか目が怖い!鼻息荒い!」

 

これは失敬。

しかしここに来て一発逆転のチャンス到来なんだ。興奮せずにいられない!

 

「あんたは!あんただけは信じてる!」

「は?」

「まっ、まっ。立ち話もなんだし、取り合えず座りなさいな。ほら、そこ。じゃ、俺もお邪魔します」

 

庭の中ごろから縁側まで移動し、そこに美女を腰掛けさせる。そしてそのすぐ隣に俺も着席。

ああ、なんかフローラルな香りが!……あ、ちょっと、微妙に距離開けようとしないで。

 

しかし、さて。

何から聞くか。というか聞き出すか。ぱっと見、かなり警戒してるっぽいし。まあ、当然と言えば当然か。なにせこの美女からしたら敵陣のど真ん中、とまでは言わないかもしれないけど、それでも無警戒でいられるような状況じゃないはずだし。

 

よし、取り合えず焦らず行こう。

 

「いやぁ、あんたがいてくれて良かった。もしかしたら隙をついて逃げられるんじゃないかって思ってたし。いや、騎士共に囲まれちゃあ無理な話か。ともかく、さて、まずはあんたの名前だ。いい加減教えろ。教えてくんなきゃいろいろ酷いぞ?」

「………リーゼロッテ」

 

リーゼロッテ?ん?その名前、なんか覚えがあんなぁ…………まっ、いいか。

名前の響きにどうこう言うのは今更だ。そんな事より聞かなければならない事は山ほどあるんだ。

 

「リーゼロッテね。オッケー。改めて、俺は鈴木隼な。好意を込めて『隼』と呼び捨てにしてくれ。んじゃ、こっから本題に移りますか。そっちも聞きたい事あんだろ?」

「……ああ」

「だろうな。でも、まあ取り合えず俺から質問させて貰うぜ」

 

何故、俺たちの蒐集を援護するような事をするのか。

闇の書について何か知っているのか。

アルフと同じ半人半獣みたいなナリだが、誰かの使い魔なのか。

単独で動いているのか、それとも複数犯か。

 

挙げればきりがないが、さりとて、聞くことはもう決まっている。それは一番重要な事。

 

「彼氏いる?」

「は?」

 

何故か阿呆のような顔をされた。

 

「ンだよ、とぼけるつもり?そういうの、良くないと思うなあボキは」

「いや、え?あ、あのさ、もうちょっとこうさ、なんか違くない?普通、『お前は誰だ、何を企んでるんだ』とか、そういう事聞くんじゃないの?」

 

は?おいおい、勘弁してくれよ。これだからニャンコちゃんは。

 

「ハッ!ンなどうでもいい事ぁ後回しだろ普通。というか後にも聞かん」

「ど、どうでもいいって……」

「例えるなら『油揚げが入ってるうどんはキツネうどんって言うのに、酢飯を包んだのは稲荷寿司って言うのはなんで?キツネ寿司じゃ駄目なわけ?もしくは稲荷うどん』くらいどうでもいい事だ」

「そ、それは確かにどうでも……いや、なんか一周回って気になるんだけど!?え、確かになんで!?」

 

いや、そこは流せよ。気になるポイントにしないでくんない?

というかさ。

 

「やっぱ何か企んでるわけ?自分でそんな事言う奴って大体そうだって相場が決まってんだけど」

「…………」

 

 

あからさまにリーゼロッテが『しまった』という顔になった。どうやらこいつはあまり駆け引きみたいなモンは上手くないらしい。顔にも出やすい。俺と同じ、魂で行動するタイプと判断。

まあしかし、俺も彼女の失言に突っ込んどいて何だが、そういう顔はしてほしくない。美人は渋面より笑顔の方が映えるんだよ。

 

「別にさ、あんたが何企んでようと構わねーよ。俺ははやてを助けてやるって決めてんだ。あの笑顔で天寿を全うさせる以外のナニカで潰させやしねえ。だから、それを邪魔する奴ぁ、どんな企みでどんな事情があろうと無条件で殺すだけだし」

 

タバコを吹かしながらキッチンのほうに視線を向ける。そこにはすずかやアリサ、騎士の面々に囲まれて笑っているはやての姿が。

そんな光景を見てるだけでタバコが美味く感じる。

 

「…………いい子だよねえ、はやてって」

 

ふとリーゼロッテを見れば、彼女もその光景を見て微笑んでいた。その顔を見て思わずキスしたくなったが、流石にそれは今後の展開を考えれば自重せざるを得ない行動だろう。

 

「はやてとは話したのか?」

 

そういえば俺が帰ってきた時、一緒に料理の支度してたっけ。

 

「少しだけね。ホント、優しくていい子だ。知ってはいたはずなんだけど………あ~あ、なんでよりによってあんな子が主なのかな」

 

微笑みから一転、遣る瀬無い表情になるリーゼロッテ。その言葉から少なくとも闇の書がどういうもので、はやてが今どういう状態なのか知っているんだろう。

 

「むしろ良かったんじゃね?主にならなかったらあいつ、今でもこの広い家で一人で暮らしてたんだからよ。だったら後は残った憂いを断つだけだ」

 

体の麻痺を止めて、騎士達と家族を続けさせてやればいいだけの話。

言葉にすれば容易くて、それに対して俺が根性キメて行動を起こしてるんだから、その現実はもうすでに実ったようなもんだ。

 

「出来んの?───もう一人の夜天の主、鈴木隼」

「なんだ、やっぱ知ってたのか」

「はやてから聞いたよ。で、ホントにそんな事出来るのか?あんたの言ってる事は、つまり闇の書の闇だけを取り除くって事だ。そんな理想が実現出来るとホントに思ってるのか?闇じゃない夜天の主であるあんたなら、それは可能なのか?」

 

責めているような、期待しているような、複雑な声色でまくし立てるリーゼロッテ。

それに対して俺は胸を張って答える。

 

「夜天の主とか関係ねえ、"俺"がやるんだよ」

「……これは気持ちだけでどうにか出来ることじゃない」

「だから、気持ちじゃなくて"俺"がどうにか出来るんだよ。使えるモンは何でも使うし、邪魔する奴は家族だろうと容赦しねえ。俺が俺自身に誓った、誰の為でもない、俺の為に。闇の書の闇だァ?ンな厨二的なモンが俺に上等こくなんて100年早……………」

 

ん?あれ?

ちょっと思ったんだけどさ、今こいつが言った『闇の書の闇』って何よ?麻痺の事?………そういや俺、闇の書について何も知らなくね?

 

ええと、確か過去の主に改悪されて魔力蒐集を強制されるようになって、蒐集しなけりゃ主が死んじまって………うん、それだけしか知らねぇな。

そういや闇の書が完成したらどうなるんだ?完成しなけりゃ主が死んで、完成すれば麻痺が治るだけって思ってたけど、考えてみりゃあだったら過去主だった奴は闇の書が完成しなくて全員死んだって事か?……それはねーだろ。いくら何でも長い歴史の中で完成させたのが一人もいないなんてあり得るわけがない。でも、だったら何で闇の書はここにある?

 

ん~………分からん!分からんから、まっいいや。これぞ後回しにするべき事項だ。

 

「まあアレだ、ようはリーゼロッテも結局は闇の書が元の夜天の書に戻ればオールOKって話なんだろ?だったら変な企みなんて持たず大人しくしてろや。なんか事情があるんだろうが、知ったこっちゃねー。俺に任せときな」

「……………」

 

肯定の沈黙じゃないが、何かを考えている様子のリーゼロッテ。少しして意を決したように口を開きかけた彼女だが、それはエプロン装備の若奥様風シグナムとはやての登場によって閉ざされた。

 

「隼、準備が整った、席に着け。それとリーゼロッテ、だったか。お前もだ。………私個人としては得体の知れない者と食をするのはあまり気は進まんが…………」

「シグナム、そういう事言ったらあかんよ。ほら、ロッテさん、行こ。ぐずぐずしとったらヴィータに全部食べられてまうよ?」

 

そしてリーゼロッテは複雑そうな顔ではやてに引っ張られていった。その去り際に小さな声で『父様、クライド君、あたしは………』と聞こえたが……ふむ。……ふむん?

 

(クライド、君?)

 

男の名前だよな。君だし。しかもなんかすっげー切なそうに呟いてたし。……彼氏?

 

「それが答えか!希望は潰えた!!」

「お、おい、急にどうした?」

 

結局!結局これか!そうかよ!そうかよ!ンだよ!ふざけんな!

期待してたのに!メイドさんと美人猫娘に期待してたのに!もうすべてパーだよ!これで本当にもう今晩の楽しみは酒飲むしかなくなっちまったじゃねーか!!

 

……ああ、そう。そうですか。分かりましたよ。つまり、さ。

 

「とことん派手にかませってこったな?」

「お、おい、隼?どうした、目が虚ろだぞ?……お、お~い」

 

シグナムの呼びかけを無視し、俺は幽鬼のような足取りで家の中へと入る。皆はもうそれぞれ席についていて、いつでも「いただきます」の合図が出来る状態のようだ。

 

そんな中で俺はテーブルに置いてあった酒瓶を掻っ攫い、一気呵成に呷る。ゴクゴクと半分ほど一気し、ダンと叩きつけるようにテーブルに置いた。

 

皆が呆然とする中、一言。

 

「タイム。1時間延期」

 

両手でTの字を作って宣言。

は?という皆の反応を無視し、俺は今一度酒瓶を手にし脚を進める。目指す場所は───八神家の備え付け家庭電話。

 

(つまりはさ、これは挑戦ってこった。どう足掻いてもお前には女なんて出来ねーよ、というフザケた運命を打破してみろって事だろ?……ああ、やってやんよ)

 

根本的な問題を見落としていた。───足りない。足りないんだ。女性が。そのせいでチャンスの数と希望も減っているんだ。

 

(ならばどうするか!足りないなら足せばいい!溢れんばかりによぉお!!)

 

酔いが回ってきた頭の思考回路はすでにショート。

 

(そもそも今のこれはハンパなんだよ)

 

バニングス家は揃ってるとして、しかし月村家は全員じゃない。忍ちゃんとイレインという華が足りない。この時点でパーティとして1ランク落ちてる。除け者を作るなどよくない。

 

(この俺が、そんなハンパするっつうのは有り得ない)

 

女の子が一杯いて、お酒も一杯あって、適度にバカ出来るダチもいる。

それこそがパーティ。

それこそが酒宴。

 

(いいだろう、今日の俺は阿修羅をも凌駕する求道者だ!)

 

事の成り行きを他の皆は呆然と眺める中、俺は酒瓶片手にある携帯の番号をプッシュする。この相手の番号はもう完璧に覚えている。なにせ毎日のように電話して来てやがったからな。

 

「ちょ、隼さん、一体どうしたん?」

「あ、あの、隼さん?どこに電話しようとしてるんですか?」

「誰かこの酔いどれ止めなさいよ。きっとバカするわよ」

「だ~まれ、トリプルキュートロリーズ。…………お、もしもし、なのはか?」

「「なのは(ちゃん)!?!?」」

 

除け者は良くない。

その思いの通りに、俺はまずなのはの携帯に電話をした。

 

《ハ、ハヤさん?え?あれ?》

 

電話の向こうでかなり戸惑っている様子がありありと分かる。まあそりゃそうだろう。ついちょっと前まで俺たちドンパチやってて、そのすぐ後に見知らぬ番号から掛かってきた電話が俺なんだ。

 

「今、もう家か?それとも局でさっきの喧嘩の事後処理的な事でもやってんのか?」

《も、もう家だけど……ハヤさんこそ今どこから……そ、それよりハヤさんが滅茶苦茶したおかげであの後大変だったんだよ!?プレシアさんや夜天さんは局から詰問されたみたいだし、フェイトちゃんや理ちゃんも。私だって──────》

「うるさい黙れ。そっちの事なんてどうでもいい」

《相変わらず酷いね!?》

 

今はそんな事よりもやらなきゃなんねー事があんだよ。それにプレシアたちなら何とか上手くやってくれんだろ。

 

《プレシアさん、すごい表情で頭抱えてたよ?あの男はどこまで身勝手なんだって》

「だから知ったこっちゃねーんだよ。それよりお前、今すぐ俺んトコ来い」

《はい??》

「場所は、そうだな………後でアリサかすずかに住所を書かせたメールを送らせるから」

《え?え?アリサちゃんやすずかちゃんって………も、もしかして一緒にいるの?なんで?》

「鍋パーティしてる。だからお前も来い」

《あのね、本当にもうわけが分からないんだけど……》

「お前に理解は求めてない!」

《だから酷いよね!?》

 

相変わらずにゃあにゃあうるせえ奴だ。いつもは可愛いが今はウザい。

 

「いいから来い。勿論、家族全員でだからな」

《いや、だから急にそんな事言われても……それに今美沙斗叔母さんも来てて……》

 

なんと!それはナイスタイミング!ここに来て風向きが変わった!やはり天は俺に味方したか!

 

「美沙斗さんも勿論招待だ!むしろ美沙斗さんがいるならお前はいらん!」

《……そろそろ私泣くよ?》

「嘘嘘。可愛いくて大好きななのはにももちろん来て欲しいっつうの」

《……にゃは、にゃはは、そ、そう?しょ、しょうがないな~》

「あ、1時間しか待たないから。遅れたらお前のケツにまだ蒙古斑がある事みんなにバラす」

《うわぁぁあん!!》

 

そこで俺はガチャンと受話器を置いて電話を切った。

 

「よしよし、これでまず美由希ちゃんと美沙斗さんは確保だな。さて、それじゃあアリサかすずかにここの住所をメールで………………って、どうしたお前ら?」

 

振り返ってみればはやてと騎士共が皆こんな感じ(orz)になっていた。

 

「分かってたはずやろ自分……隼さんがパーティでテンション上がってるって……いつもすでに飲んでるって……いつも以上に自分勝手やって……」

「この男は……どこまで滅茶苦茶なんだ……」

「なのはって、さっきあたしがやり合ったあのなのはだろ……局の魔導師を呼ぶかよフツー……馬鹿だとは知ってた……それはあたしの過小評価だった……」

「無理……無理です……もう一人の私はどうしてこの人に付いていけるの?」

「……もう何も言葉が思い浮かばん」

 

はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラが何故か打ちひしがれている。

 

「どうしたよ、もっとテンション上げて行こうぜ。これからドキドキワクワクな鍋パーティすんだからよ?」

「そやね。なんか別の意味でドキドキやし、ワクワクやなくてハラハラや」

「何を言う、まだまだこれから……ああ、なんだ、なるほど」

「な、何が『なるほど』なん?」

 

何かしらの予感でも感じたのか、はやては恐々と俺の様子を窺ってくる。その顔は『もうこれ以上この場をカオスにせんといて』と懇願しているようにも見えるが、きっと気のせいだろう。

 

「もっともっとドキドキハラハラとしたパーティを催せと、そう言ってるんだな?」

「一言も言っとらんよ!?」

 

いや~、はやても中々言うじゃねーか。この程度の騒ぎじゃまだまだ足りないと?確かに確かに。

もっとも俺自身もこんなちっぽけで物足りないパーチーで終わらす気はさらさらなかったんだ。それに、はやても同意見ならば話が早い。

 

よしきた!ここいらで一つ、俺の本気を見せてやろうじゃねーか!この程度の鍋パーティなど霞むような騒乱を!!

 

「その挑戦、しかと受け取った!!」

「受け取らんで!?というかそもそも渡してへんよ!?取り合えず返して!?」

「そうだよなあ、お前ってこれまで一人寂しく暮らしてたんだから、こうやって皆で騒ぐって事なかったんだよな。ああ、八神っつう立派な代紋ぶら下げてんのに独り身なんて……うぅ、可哀想に。よしよし、ここは俺に任せときな!今までの寂しさがぶっ飛ぶほどの"騒ぎ"ってやつを見せてやんよォ!!」

「……………優しさ半分、身勝手半分な隼さんが好きやけど憎い!」

 

るーるーと涙を流すはやてを余所に俺は今一度電話へと向かった。そして俺は記憶を頼りに番号をプッシュした。

騒ぐっていやあ、やっぱ頭数揃えねーと話になんねえからな。たったこれだけの人数じゃあ"騒ぐ"とは言えんだろうよ!

 

───────────まずは一組目。あの姉妹だったら飲みと分かればすぐ来てくれるだろう。

 

「お、もしも~し、俺俺!………いや、詐欺じゃねーよ。突然だけどよ、一緒に飲まねえ?そんでフィっつぁんも連れて来………もう飲んでるから無理?誰と………さざなみ寮の皆?誰だよ、そいつら。あっ、ンじゃさ、そいつらも全員連れて来ていいから………あそう、残念だな~、ダダで飲み放題食い放題出来るんだけどな~………流石リっつぁん!じゃ、30分後くらいに海鳴臨海公園の入口で待ってて。獣耳生やした色黒ガチムチ男を迎えに寄越すから~」

 

………ふむ、銀髪姉妹の二人だけ誘うつもりで電話したのに、どうしてか結構な人数が来る事になっちまった。まあでもしゃーねえべ。あっちもあっちで何か集まってパーティしてたらしいし、そんな中で二人だけ抜けさせて呼ぶのもな。それに結果的にはこれは行幸だ。人数多いほうが飲みも楽しいし、ワンチャンもあるんだからな!

 

さて、次だ!

 

───────────二組目。

 

「おうイレイン、俺だ。隼だ。今お前どこいんだよ………綺堂さんち?え、忍ちゃんも一緒?そりゃちょうどいい……あ?恭也もだぁ?あんにゃろう……よし、だったらそいつら全員連れて八神家来い。パーティすっから。住所はすずかの携帯から送らせ……はぁ?来れないじゃねーよ来るんだよ。……ああ、じゃいっその事その綺堂さんも呼んでいいから。……あー、これ以上ぐだぐだ言うならこの前仕事サボってゲーセン行った事俊さんにチクるから。んじゃ、1時間以内に来いよ~」

 

耳から離した受話器からキーキーと喧しいイレインの声が聞こえてくるが、俺は華麗にスルーして電話を切る。

 

イレインの奴も見た目はいいんだが性格がちょっとアレで、しかもなんか腕から刃生えるびっくり人間なのが玉に瑕なんだが、この際贅沢は言わん。呼べる美人は呼ぶ。

てか恭也の奴、相変わらず忍ちゃんとペアだな。可愛い彼女がいて妬ましい限りだ。あいつ、今晩は酔い潰してやる。

 

さてと、次は電話じゃなく専用の端末を取り出してっと………ああ、でも流石にこいつと話すのに人目は不味いな。トイレに移動してっと…………。

 

───────────三組目。

 

「ばんわんこ~、今日もマッドしてっか~?………いや、実はよ、今からちょっと宴会やんだけどジェイルも来ねえ?もちろん機械姉妹共連れてよぉ………ああ、そういや腕が千切れ飛ぶ程の大喧嘩したんだっけ?じゃあ動けそうな奴だけでいいから連れて来いよ…………今回は遠慮する?てめぇ、俺の誘いを断ろうたあいい度胸………………あれ?お~い、ジェイル~……………あれ、ドゥーエ?珍しいじゃん、お前が穴倉にいるなんて…………そうそう、パーティすんの。だから来ねえ?……よし、じゃあ場所は……は?これ発信機も付いてんの?んじゃいいか。待ってっからはよ来いよ~」

 

これでさらに女を確保!ドゥーエは確実に来るとして、他は誰か来るか知らねーがみんな可愛いし、華は多いほうがいいだろ。それにしてもジェイルの奴、最近より一層ギャグキャラ化してねーか?さっきも途中からトーレが画面の中にいて、ジェイルは遙か後方の壁に突き刺さってたし。

 

「まっ、とりあえずここいらにしとくか」

 

ともあれ、まあ呼ぶ奴らはこんなもんでいいだろう。ホントは俺んちの騎士とかテスタロッサ家族も呼びたい所だが、流石にこのメンツじゃ呼ぶ訳にもいかない。いくらバカな頭であれど、あいつらまで呼んじまうのは最高にダメだってのは分かってるつもりだ。

さて、あと残ってる懸念事項は会場だ。

最終的にどれだけの人数が集まるのかは不明だが、まず間違いなくこの八神家には収まりきらないだろう。だったらどうすればいい?近くの公園でやる?どこかの体育館か公民館でも借りる?

ノン!

そんな事しなくてももっと簡単で便利なモンが俺にはある!

 

(こういう時に魔法を使わなくて何時使う!)

 

俺はトイレから出てすぐにリビングに戻り、何の説明もせずにただ一言だけ言い放つ。

 

「シャマ~~ルッ、結界展開よろしくゥ!!」

「何でそうなるの!?」

 

何でも何も場所の確保だっつうの。あれ展開すりゃあさ、周り全部無人になるじゃん?それを利用して道路とか人の家の庭とか使うって寸法よ。

俺、あったま良い~。

 

「よっしゃ、テメぇら皆々様!人数マシマシで今日は最ッ高に盛り上がっていくぜ!」

「……隼さん、一体何人くらい来るん?」

「知らん。が、10人は下らんだろうなあ!!」

「……もう、好きなようにして」

 

はやての大きな大きな大きな溜息が部屋に響いたのだった。

 

どうだ─────"騒ぎ"ってのはな、こうやって起こすんだよ!!

 

さて、それじゃ次は────

 

「こんばんわ~」

 

おっと、早速誰か来たみたいだ。

ンじゃ、おっ始めるとしますかね。

 

 

最後の晩餐───開宴。

 




遅くなりまして申しわけありません。

次回は新規の宴編(番外編)……と考えてますが、我ながら更新速度が遅くて話が進まないのでもしかしたら飛ばしてストーリーを進めるかもしれません。


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幕間 前編

この話にはとらハ要素が含まれます。それに伴いリリカル側、また全体的に独自要素が含まれます。ご了承ください。


人、人、人、人────見渡す限りの人。

 

とある家の一室。どこにもある、平均的な広さのリビングにはどういうわけか所狭しと人で溢れかえっている。

 

どいうわけか、というか俺のせいで。

 

(軽く見ても20以上はいるな……呼び過ぎた?)

 

パーティするから全員集合!と呼びかけかけたのは小一時間ほど前。人数とか考えず、取り合えず思いついた奴にTELして来てもらった。でドンチャン騒ぎしようと思った。

そこまではいいんだけど、何故かその呼んだやつらも勝手に各自で知り合いを呼びくさったらしく、ネズミ算みたいに増えた。

 

そして今現在。結果、ちょっと洒落にならない人数が集まりました。てへぺろ。

 

(う~む。酒入れてテンション上がっていたとはいえ、ちょっと考えなしすぎたか?)

 

まだ食事が始まってもいないのに、各々が自己紹介し合ったり、交流を深めようとしたりする会話で、すでにドンチャン騒ぎのような喧しさを出している。

さらにこの人数も相俟って室温やべえ。暖房いらずだよ。

 

(うおォん、ここはまるで人間火力発電所だー)

 

そして、それ以上に良い匂いの充満度がやべえ。もち料理の匂いじゃなくて、女の子のフローラルなニホイね。ワンチャンの機会を増やすために集合掛けたこの案は見事に成功。半分以上が女で、しかも皆美人で可愛いと来たらもう鍋とかマジどうでもよくなっちゃじゃないか!鍋より女の子食べたい!ぐふふっ!

 

(お、落ち着け、焦るんじゃない。俺はただ彼女が欲しいだけなんだ)

 

しかし、これだけいればワンチャンどころか連チャンだろ。これ、マジで今夜中に彼女出来ちゃうパターンじゃね?初彼女、いっちゃいます?

 

(ああ、なんて事だ。食べ始めてもいないのに、もう腹が一杯になっていくかのようだ)

 

孤独な俺、今日で終了!明日からは彼女持ちの俺!いや、もしかしたらハーレム王!?

 

(まっ、取り合えずお腹もペコちゃんだし、そろそろ始めちゃいますかね)

 

俺は手に持っている酒瓶(中身すでに3分の1。ちな2本目)を天に掲げ、皆に聞こえるよう宣言する。

 

「てめーらぁ!今日は潰れるまで飲んで騒ぎ明かすぞお!!」

 

さあ、宴という名の混沌の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕間 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CASE1:フリーターとマッドサイエンティスト

 

 

 

まったく。

ああ、まったく楽しませてくれる男だ。

 

そんな思いを胸に私は目の前のドンチャン騒ぎを笑みを湛えながら見ている。

 

(一体全体、何がどういう経緯や手段を持ってすればこのような環境が整うのだろうね)

 

私のこの聡明な頭脳を持ってさえも、今のこの現状がどうやって構成されたのか理解出来ないでいた。

 

次元犯罪者こと私、ジェイル・スカリエッティとその娘たち。

闇の書の主であるはやて君とその騎士たち。

管理局に所属する少女たち。

魔法とは何の関わりも無い一般人たち(一部、一般人としてカテゴライズしていいのか疑問符がつく者がチラホラいるが)。

 

そんな者たちが一つの家に一同に会しているこの場。しかもそれが戦うためではなく、単なる飲み会なのだから笑いたくもなる。

水と油というレベルではない。呉越同舟というレベルではない。

 

言うなればそう、これは混沌である。ケイオスである。うーっ、にゃーっである。

 

(君と知り合ってわずか半年ばかりだというのに、私も随分変わったものだね。良くも悪くも)

 

この様な無駄を極めた宴などに参加するなど、滑稽が過ぎる。昔の私が見たら嘲笑するか、あるいは愉しそうに観察でもするだろうか。

翻って今の私はこれを良しとしている。愉しく、ではなく"楽しく"思っている。

 

(やれやれ、まるで彼の欲望に私の欲望が呑み込まれたようじゃないか)

 

この混沌を作り出した張本人である男──鈴木隼。彼は私の胸中など知らぬ存ぜぬな様子で、今はお酒片手に私と一緒にきた娘たちと楽しそうに何かを話している。

 

(思えば、我が娘たちも変わったものだね)

 

今日ここに連れて来たウーノ、ドゥーエ、チンクの3人を見やる。

 

ウーノは私の秘書のような存在だった。頭脳特化の全面サポート。戦闘面以外はなにをやらせてもソツなくこなす、私の半身といっても過言ではない能力を持つ子だった。

 

……"だった"、である。

 

「隼くん、どう?最近ケーキ作りに挑戦し始めたのよ。それはチーズケーキで、こっちはマロンケーキ。あ、もちろん、あなたの好物のチョコレートクッキーも持ってきたわ。……ほら、口の横、お菓子のカス付いてるわよ。あ、そっちじゃなくて……ちょっと動かないで。とってあげるわ」

 

うん、モノの見事に過去形だね。頭脳特化から菓子技能特化になっているね。

以前『Dr、弟が出来たらこんな感じなのでしょうね』なんて事を言ってはいたが、まさかウーノがここまで駄目姉になるとは誰が予想出来よう。私もこんなもの予想出来なかったよ。

 

次いで、そんなウーノの横にいるチンクを見る。

 

かつてはその可愛らしい見た目に反して寡黙であり、冷静な子だった。なにより屈指の戦闘能力保持者であり、おそらく上の姉であるトーレにも引け取らないほどの実力者。私の言った任務を粛々とこなす冷徹な面も持ち合わせた、戦闘機人らしい戦闘機人だった。

 

……そう、"かつては"、である。

 

「見ろ、隼!この前クアットロ姉さんとドンキに行った時に買った眼帯だ!どうだ、海賊っぽいだろう!次は帽子も買う予定なんだ!あの尖がった感じのやつ!」

 

うん、モノの見事に海賊好きになったね。戦闘機人からキャプテン・チンクになってるね。

以前、隼君がウチに来た時、何でも地球で大ヒットした海賊映画を一緒に見たそうで、それでドハマリ。『Dr、ちょっとブラックパール号探してくる!』と言って一週間ほどチンクが音信不通となっていたのは記憶に新しい。

 

さて、次いで最後にもう一人。隼くんの背中にべったりと凭れ掛かっている子、ドゥーエはどうかというと……というか、もう『凭れ掛かっている』という時点ですでにアレだが、取り合えずどうかというとだ。

 

「ちょっと隼~、ほらこれ、アルコール度数70%だって。これ一緒に飲もうよ~。……え、まだ夜は長いからそんな高いの飲んで潰れたくないって?へ~、つまり私と一緒に飲みたくないって事?ふ~ん。せっかく隼の為に変身のレパートリー増やしたんだけどな~。ほら、前言ってた超巨乳のグラビアアイドル……よーし、そうこなくっちゃ!大丈夫、潰れたら看病してあげるから」

 

君、誰だい?ドゥーエの皮を被った別の誰かじゃないのかい?

もうね、君が一番変わりすぎだよ。本来のドゥーエは私の分身と言っても差し支えない性格だったはずだ。私と姉妹以外は敵、あるいはどうでもいい存在であり、そして冷酷。それこそチンク以上の戦闘機人の中の戦闘機人。クアットロ曰く『究極の戦闘機人』その人だった。それが今じゃ『究極のかまってちゃん』じゃないか。ドゥーエ、バレてないと思ってるだろうけど君が局への潜入捜査を時折サボって隼くんと遊んでるの、知ってるからね。

 

(ハァ、目も当てられない無様な姿とはまさにこれの事だろうね)

 

なんて毒づいてはみるが、その思いとは裏腹に私の口は僅かに笑みの形をしている。

 

(計画していた方向性とは少々違うが、これはこれで中々に面白い)

 

私も変わった。それは認めよう。しかし根源は以前の私のままだ。強欲であり快楽主義である。隼君ほどではないが自己中心的な私である。

 

ゆえに今この場にいる。このような乱痴気の場にいるのだ。

 

(隼くん、きみは大事なファクターだ。手放すわけにはいかない)

 

その為の枷となるのが我が娘たち。隼くんの女性に対する業の深さを利用しない手はない。見目麗しい我が子たちなら彼の眼鏡に適うと当初から踏んでいたが、やはりビンゴだったようだ。

 

(誤算だったのは我が子たちも本気で隼君の事を気に入ってしまった事だが……)

 

まあ、それはいい。完璧に計画が進むとは思っていなかったし、そちらの方が面白い。ただそのせいで娘たちの中に埋め込んだ私の因子を消す事になってしまったのが痛手といえば痛手。後戻りは出来なくなったという事なのだから。

 

(……しかし彼の心象を良くし、これから先も関係を続けていく上でそれは致し方ない事か)

 

それに計画通りにいかずとも、想定された結果にたどり着ければ私の因子などハナから不要なのだから。

 

(ある意味で、彼は私とは別の『無限の欲望』の持ち主。魅せてくれたまえ、隼君。君の、君だけの欲望を!渇望を!──その時こそ、君は私の「ぶぎょ!?!?」

 

突然後頭部に衝撃が奔り、私はもんどりうって壁に激突。

 

……ふむ、なんだろうね、何だか最近私はよくぶっ飛ばされてる気がする。

 

「急に何をするんだい、隼くん。せっかく最後はシリアスに決めようとしていたのに」

 

激突した壁から顔を引き剥がし振り向くと、後頭部の衝撃を作り出した隼君が片足を挙げて立っていた。その体勢から察するにどうやら私はヤクザキックをかまされたようだ。

 

「ぬぅわぁ~にがシリアスだ。一人キモいニタニタ顔でぶつぶつ呟いてただけじゃねーか」

「失礼な。隼くんとは違い、私はこれでも自分の顔の造形には自信が……いや、なんでもない。なんでもないからそのグーパン振りかぶるの止めてもらえないかな」

 

酒が入っていて気分がいいのか、隼君は忌々しそうにしながらも拳を収めてくれる。よかった、いつもなら二連撃くらいはあるからね。

 

そんな事を思いながら安堵の息を吐いた時、不意に人が近づく気配。見ればいつの間にか隼くんが一升瓶を片手にニヤリとした表情で傍にいた。

 

……おっと嫌な予感。

 

「な~に考えてたか知らねーけど、つまりまだ考えられる思考力が残されてるって事だよな?いけない、そりゃいけねーよ」

 

パチン、と隼君が指を鳴らす。すると私の両腕がウーノとドゥーエによって固定された。

 

「ちょっ、き、君たち?」

「「申し訳ありません、Dr」」

 

ちっとも申し訳ない顔していないよ?

 

「今日はな、飲みなんだよ。ガキは兎も角大人組は飲むのが義務なんだよ。死ぬ一歩手前まで飲み潰れるのが義務なわけよ」

「そんな義務、聞いたことがないよ!?そ、そもそも、私は酒はあまり……」

「はい、お口あ~んしましょうね~」

「ちょ、まっ!?」

 

……隼君は大事なファクターだ。それは間違いない。そして現状、私や娘たちの心象も十二分にプラスだろう。よって順調といっていい。これから先も良い関係を続けられるはずである。

 

ただし懸念事項が一点───結果が出るその時まで、果たして私はシリアスなマッドサイエンティストとしての個性を保っていられるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・CASE2:フリーターと夜の一族

 

 

 

彼の名を初めて聞いたのは2人いる娘のうちの一人、忍からだった。

 

『昨日初めて会ったその人、鈴木隼さんって言うんだけど、ほんっと面白くてさ。ドライブに行ったらいきなり、いきなりだよ?今日はここでキャンプファイヤーしようぜー、なんて言い出してさ。かと思ったら今度は、やっぱ北海道に蟹食い行こうぜとか言って空港向かおうとするんだよ?私もつい思わず、隼さんバカでしょ!?なんて言っちゃったわよ』

 

夕食の席でそう言って笑う忍の姿に私は内心で驚いていた事を覚えてる。

忍は人見知りというほどではないにしろ、初対面の相手には完璧な外面で対応する子だ。心開いた相手にだけ素の自分(あるいはズボラとも言う)を見せる。

なのに、そんな忍がその鈴木さんという人にはほぼ始めからありのままの自分を見せたのだというから驚いて当然。

 

さらに驚いたのが、その鈴木さんを下の娘であるすずかも知っていたという事。しかも聞けば忍より前、GWに高町さんのところの旅行に御呼ばれされた時に会ったらしい。

 

『うん、面白い人だったよ。見た目は怖い感じだったし、乱暴なところもあったけど、でもそれ以上に優しくて楽しかったなぁ』

 

その時の事を思い出しながらだろうか、笑うすずか。こんなすずかも忍以上に珍しい。この子は忍とは正反対で大人しい性格をしてる。普段から落ち着いた雰囲気を好んでる。だから一面とは言え『怖くて乱暴』な鈴木さんという人を思い出して、あんな笑顔を浮かべるのはどうにも腑に落ちなかった。

 

───聞いた感じ、忍はともかく、すずかは敬遠しそうなタイプの人なのに。

 

違和感。

それは些細な違和感。何か引っかかっているのに。その引っかかったモノも何だか分かっているはずなのに。それが出てこない。

 

───まあ、些細な事なら別に問題ないわよね。

 

その時はそう思った。何よりも忍が、そしてすずかがその鈴木さんのお陰で楽しそうに笑っているのだ。何も問題ない。

 

……そう思っていた。

 

『えっと、どうも。娘さんから聞いてるかも知れませんけど、鈴木隼ってもんです。えっとですね、今日はちょっとすずかの事でお話が』

 

すずかが鈴木さんを連れ立ってウチに帰ってきたのは8月の初め、小学校が夏休みに入って少ししてからだった。

 

忍から聞いていたし、すずかも見た目は怖い感じだと言っていたが、本人を見て納得。

霞んだ金髪、首にはネックレス、腕には銀色の時計とブレスレット。服装は普通だが、それ以外はどう見てもそっち系の人。初対面で人間性なんて分からないはずなのに、敬語がここまで似合っていないと感じたのは初めて。

 

まぁ、でもそこはいいの。第一印象というものはアテにならないし、忍とすずかが仲良くしてるのならそれほど悪い人間でもないはず。

 

『あ、あのね、お母さん。私、魔導師っていうものになっちゃって……』

 

それもいい。本当は重要な事なんだろうけれど、でもいいの。

 

問題はそこではなく、もっと別の、母親としての心配。

 

『えっと、お父さんにも話したいから取り合えず中で……あ、隼さん、こっちです』

 

───鈴木さんの手を握って嬉しそうに頬を染めているすずかの姿がそこにはあった。

 

「それは違和感にも気づかないわよねぇ。だってまだ小学3年生なんですもの。しかも相手は大人」

「どうしたんだい、春菜?」

 

独り言のつもりで呟いた言葉に反応があった事に驚きながら横を見ると、そこにはいつの間にか私の夫である俊さんがいた。

 

「あら、あなた。デビットさんたちと飲んでらっしゃったのでは?」

「うん、さっきまでね。でも百面相して何か物思いに耽っている君が見えたからどうしたんだろうって、ちょっと心配で。もし具合が悪いようなら先に帰らせてもらうかい?」

 

頭を掻きながら苦笑する俊さん。相変わらず心配性だけど、優しくて気が回る人。

それにしても百面相……私、そんなに顔に出てたのかしら?

 

「心配させてごめんなさい。でも大丈夫よ。身体もとくに具合が悪いとかはないから」

「そうかい?それならいいんだけど……。僕はてっきり"アレ"が来たのかと思って」

 

少しだけ照れながらそう言葉を零す俊さん。それに少し驚く私。

 

あらあら、どうやら俊さんも結構お酒が回ってるみたい。普段ならボカしてるとはいえ"アレ"の事はあまり自分からは言ってこないのに。

 

「忍やすずかと違って私はもう大人ですよ?」

「あはは、まあそうだね。でもなくなるわけじゃないし、だから、ええっと……僕はいつでも大丈夫だから」

「っ、もう、あなたったら!」

 

コツンと肘で小突く。

普段が優しくて大らかな俊さんなだけに、突然こう攻めれられると私も照れる。

 

「はは、ごめんね。今日はちょっと飲み過ぎかな。あ、でも、それじゃあ何を考え込んでたんだい?」

「すずかが初めて隼くんをウチに連れてきた時の事を思い出してたの」

「あ、それは百面相になってもおかしくないね」

 

俊さんもその時の事を思い出したのか、何とも言い表せない表情を作った。

 

「いきなり『お宅の娘さん、魔導師にしてしまいました。ケツは持ちます。それと今後パーティとかあったら是非このボクをご招待くださいませ!というかお二人とお友達になりたいです!』だったからねぇ。正直、まったく訳が分からなかったよ」

 

本当に。

粗野で乱暴でお金と女性が大好きという、ある種男らしい人よね。

 

「あなた、最初は警戒してたでしょ?」

「そりゃあね。会社にもお金や野心の為に、それを腹に隠して僕に笑って擦り寄ってくる人が何人もいるから。隼くんも例に漏れず、すずかをツテに擦り寄ってきた輩かと思ったよ」

 

まあ、あの格好や言動ならそうとしか捉えられないわね。というか当の本人が『え?超擦り寄ってますよ?マジ擦り擦りっすよ?あわよくば俊さんの口聞きで入社させてもらえないかなぁって常々思ってますよ?』と言ってた。冗談ではなく本気で。

 

「ふふっ。でも隼くんはそんな輩とは程遠かったわね」

「ははは、本当にね。ああも愚直に下心を清々しい程さらけ出されたら、呆れを通り越して心地良さすら感じちゃったよ」

 

嫌な気持ちにさせないのが上手い、というにはちょっと語弊があるけれど。

隼くんは本気で下心全開で私たちに近寄り、また全開でそれ抜きにして私たちと仲良くなりたい──きっとそう思ってる。

もちろん矛盾した考えなのは分かるけど、でもそう感じるのだから仕方が無い。彼にとってきっと『それはそれ、これはこれ』なんじゃないかしら。

 

両極端で、さっぱりとした清々しい心の持ち主。

 

「良い人かは兎も角、男らしくはあるよね……だから、まあ、すずかが惹かれるというのも分からなくはないんだけれど」

 

そう言って何とも複雑そうな顔を見せる俊さん。

 

──そう、おそらく。というか十中八九、すずかは隼くんを異性として好いている。

 

「あら、あなたは反対?」

「ん、そういうわけじゃないよ。誰を好きになるかなんて当人の心次第だからね。そして僕はすずかの心を尊重する。ただ気づいた時は驚いたね。単純に憧れとか、そういうライク程度のものくらいかと思ってたから。忍と恭也くんと違い、年もかなり離れてるし」

 

でも違う。あの子は本当に心の底から隼くんを異性として好いている。憧れとか気の迷いだとか、そんな陳腐なもの程度ならあんな顔は出来ない。

 

隼くんと一緒にいる時、すずかはまるでこの世全ての幸せと愛しさを享受している顔になる。

隼くんが離れると、すずかはまるでこの世全ての不幸と悲しさをぶつけられているような顔になる。

 

もし、あの子が抱いているその感情が恋でも愛でもないなら、この世にそんな感情は初めから存在しないだろうと思わされるほど。

 

「だから、僕は別にすずかが隼くんを好きでも構わないんだよ。僕自身も隼くんの事は嫌いじゃない。……けどさ、ほら、別の"問題"があるからさ」

 

悩ましそうにぽりぽりと頬を掻く俊さん。

 

やはり、というか。

私と一緒でやっぱりそこが心配になっちゃうわよね。

 

「……"夜の一族"を受け入れてもらえるかな?」

 

俊さんの一言に私もまた胸中で少しばかり不安が鎌首を擡げる。

 

───そう、私や忍、すずかは普通の人とは違う。『夜の一族』という、一つの種族なのだ。

 

端的に言うと夜の一族とは"吸血鬼"。

人間を遥かに超える身体能力と寿命を誇り、再生能力も備わっている。物語によく見られる『日光に弱い』だとか『十字架やニンニクに弱い』という弱点もない。

一方で他の人から血を摂取しなければ身体は正常に成長せず、また吸血衝動も持っている。特に2ヶ月毎にくる"発情期"は酷いもので、成熟した精神……つまり大人ならばまだしも、子供には耐えられないほど。誰彼構わず血を吸いたくなる。といっても輸血パックがあるから、そこまでの心配はないのだけれど。

 

「そればっかりは分からないけど、でも受け入れてもらわないとすずかが悲しむ。……さらに欲を言えばすずかの『パートナー』として支えて貰いたいわ」

 

パートナーとは、その人専属の血の提供者……というのが本来のものだけど、今となってはほぼ建前。本当の意味するところは『発情期中の相方を支え、これからもともに歩む人』という見方が強い。……え?それはほとんど同じ意味じゃないかって?……違うの。

 

私のパートナーは夫である俊さん。

忍のパートナーは恋人である恭也くん。

吸血衝動が強くなる発情期だけど、その"発情期"という言葉のもう一つの顔。言葉の本来の意味するところ。

 

上記を踏まえたうえで、パートナーの本当の役割を察して。

 

「う、うん、まあそうなってくれたら理想……い、いや、でもまだすずかには早過ぎるし……いや、しかしいづれは……」

 

いろいろと頭を悩ます俊さん。まあ、男親とはこういうものよね。忍の時もモンモンとしていたし。

 

「あなた、そんなに悩まなくても大丈夫ですよ。そもそもまだ隼くんに話してもいないんですから」

「あ、ああ、そうだね。それにまだすずかには発じょ……"アレ"は来ていないみたいだし、もう少しよく考えよう」

 

隼くんは俊さんや恭也くんとは違いすぎる。

 

失礼だけど隼くんは二人のように誰にでも優しくて大きな心を持っているとは、お世辞にも言えない。確かに優しいところもあるし、器の大きなところもあるけれど、彼はそれを向ける相手を極端に絞る。好きと嫌いを明確に振り分けし、そして明確に態度に出す。隠す気がない。

それは彼の良い所であり、悪い所。

今はいい。夜の一族の事を話していない今、彼の中ですずかはきっと『好き』の枠に収まってる。でも話した後、もし『嫌い』の枠に入ってしまったら……化け物だと罵られたら。

 

それが不安であり、心配であり、だからもう少し様子を見たい。もう少しすずかと仲良くなってもらって、隼くんにすずかを『好き』の枠からどうやっても出したくないと思わせなくちゃいけない。

 

(すずかが隼くんを好いてるのはいい。尊重するし、だから応援する。……だけど見守ることはできない)

 

見守るだけで娘の恋が成就するほど、夜の一族の業は浅くは無い。だから助力というかお節介くらいは焼かせて欲しい。

 

「あとで隼くんにすずかの良いとこアピールしてみようかしら」

「はは、そうだね。僕もちょうど隼くんに今度飲みに行こうって誘われてたし、そこで改めて彼の事をいろいろ聞いて───」

「そんな余裕、ないんじゃないかな~?」

 

私たちが座るソファの後ろから不意に聞こえた言葉。振り返るとそこにいたのは呆れたような顔で私たちを見る忍の姿があった。

 

「というか、そういう話をするんならもうちょっと回りを気にしてよ」

 

忍がため息を吐きながら私の隣に座る。

確かに、いくら声を潜めていたとは言えまさか忍がすぐ後ろにいたのにも気づかなかったのは良くない。そもそも身内の重要な話を、こんな人の多い場所でする事自体駄目な事なのだけれど……それでも、私は続ける。というか続けなければいけない。

 

「忍、余裕ないってどういう事かな?」

 

俊さんも今話しを終わらせては駄目だと分かっているのだろう、忍に発言の真意を求める。

 

余裕がない……それはつまり、隼くんとすずかについて早く手を打てという事?

 

「私はさ、お母さんとお父さんよりすずかが隼さんの傍でどんな風だったか、見る機会が多かったわけだけど」

 

私も俊さんも頷く。

私たち夫妻が隼くんと会ったのは娘たちと同じ時期だけど、会った回数で言えば娘たちの方が断然多い。私たちは普段仕事があるし、休日も用事があって家にいない時があるから、隼くんがウチに来たとか一緒に遊びに行ったという話しを後から聞く場合が多い。

 

「多分、二人が思っている以上にすずかは隼さんの事、想ってるよ」

 

続けて言う。幾分、更に声を落として。

 

「すずか、時々だけど……目、赤くしてた」

 

私も俊さんも目を大きく開けて驚きを隠せず、露にするしかなかった。

 

赤い、血のような目の色になる───それもまた、夜の一族特有のもの。

 

普段は他の人と変わらない黒や茶色だけれど、ある条件を満たすと赤くなるのだ。

一つは一族としての身体能力をフルに使う時。通常は人間と変わらないけれど、一族の力を発揮すると力や俊敏性、回復力、あるいは再生力が人間のそれではなくなる。そんな時、目が赤くなる。

 

が、おそらく、すずかの満たした条件はそっちではない。それならば、忍もそんな風には言わない。ならば答えは自ずともう一つの方。

 

「し、忍、も、もしかしてすずかはもう"アレ"が……?」

 

戦く様な声色で俊さんが言う。

アレとは勿論『発情期』の事。そう、発情期中にも赤くなる事がある。もっと簡単に言えば、興奮すると、だ。特に子供の場合、精神が幼いせいで抑えが効かないので尚更。

 

「ううん、まだそこまではいってないと思う。でも時間の問題じゃないかなぁ。だって隼さんを見て、目と頬真っ赤にしてハァハァ言ってたし」

「「ぶっ!?」」

「いや~、あれ最初見たときは私も驚いた驚いた。目もね、なんか『女!』て感じで。もしかしたら私も恭也相手にあんなだったのかなって、ちょっと恥ずかしくなっちゃった」

「「………」」

 

あはは~、と気楽に笑う忍だけれど、私と俊さんは閉口するしかない。というか俊さんは項垂れて放心してる。

それはそうだ。すずかはまだ9歳。多感な時期とは言え、早熟過ぎる。あの年頃なら「誰々くんが好き」とか「誰々くんと仲良くなりたい」とかその程度じゃないの?それがいきなり「年上の男性と全てを踏まえた関係を想定して想っています」だ。一足飛びどころか走り幅跳びの記録狙ってるレベル。

 

(確実に隼くんの事が好きだろうとは思ってたけれど、まさか既にそこまでだったなんて……)

 

最近の子は早熟って聞くけれど、まさかすずかもそうだったなんてねぇ。

もちろん、だからといってすずかに対して怒ったりはしない。それは夜の一族の性であり、女の性でもあるのだから。

 

しかし、確かに忍の言うとおり、私たちの思っている程に時間の余裕はなさそうね。

 

(……隼くんが私たちの事、こっちが思ってるより簡単に受け入れてくれればいいんだけれど)

 

でも、それはないだろうと心の片隅で思う。

なぜなら彼はただの人間だから。人は、人以外の人型に対して警戒心を抱くものであり、それが自分達に危害を加えるかもしれない存在なら尚更。

 

「……どうやって話をもって行こうかしら」

 

すずかの笑顔の未来の為に。

 

そう思い、頭を悩ます私の耳に忍の呆れたような声が聞こえた。

 

「どうやってって、そんなの普通に話せばいいんじゃない?すずかや私たちはこんな存在なんだって」

「は?」

 

呆れた調子の忍だけれど、私もまったく同じ心境になる。同時に若干の怒り。

 

「普通にって……忍、そんな簡単な問題じゃないのは分かってるでしょ?普通なら受け入れてもらえない可能性の方が大きい。みんな、お父さんや恭也くんのように心の広くて優しい人ばかりじゃないわ」

「うん、まあ、普通はそうだね」

「でしょ?特に相手は隼くんよ?悪い子じゃないのは分かるけれど……でも、もし話して拒絶されたら一番ショックを受けるのはすずか。だから、そんな簡単に考えちゃダメ。万一でもあの子に涙で目を赤くする未来を過ごして欲しくないわ」

 

私の話を聞いて忍が神妙にコクコクと頷く。

うん、どうやら分かってもらえたみたいね。

 

「隼さんなら全然大丈夫でしょ。余裕余裕~♪」

「軽い!?あ、あのね、忍、だから───」

「あのさ、お母さん」

 

今一度理解させようとした時、忍がそれを遮るように口を開く。その表情は優しくて、どこか力強い。

 

「さっきも言ったけど、私は今までお母さんたちより隼さんを見てきたし、接してきた。もちろんそれは長い期間じゃないけれど、それでも言える。断言できる。──隼さんは、私たち一族を……ううん、すずかを拒絶しない」

 

あとさ、と続ける。一転して、表情は心底可笑しそうに。

 

「これもさっき言ったけど、もう少し周りを見てみよう?この騒ぎの渦中でそんな事に頭悩ますなんて無意味だって分かるから」

 

そう言って視線を巡らす忍に習い、私も目を滑らせる。

 

そこにあった光景は──

 

「次、某爆乳グラビアアイドルいくわよ~」

「うおお!すごいよドゥーエさん!素晴らしい!魔法最高!ちょっと待って、一枚だけ写メを……あ、これは違うんだジョディ、ホント、ごめ……ぐあ!?!?」

 

「いい根性してるじゃないか、この童貞。ブタ箱に、いやボクのフルパワーの電撃食らわせてやるよ!」

「フィ、フィリス落ち着い……あ痛!?ちょ、いきなりフィン出さないで!?」

 

「確かに私は次元犯罪者だが、それは一面に過ぎんのだよ!本来の私は提督でもあり、最近では司令でもあるのだ!ところでオリジナルザフィーラくん、キミは正統派撫子な赤城とヤンデレ狐な赤城、どちらが好きかね?」

「言ってることがよく分からん。そもそも俺はゲームなどという低俗なものは……ぐふ!?な、なぜ殴る!?」

 

「やっぱりいつ見ても三景は綺麗でいい刀だね。俺が見てきた中でも一、二を争うよ。ちょっとだけでいいから、今度俺振るわせてくれないかい恭也くん」

「は、はぁ、それはいいのですが……十六夜さんがすごい凄く膨れっ面になってるのでそろそろ……」

 

「くぅ~。ユーリのハネ、あたたかい。ぽわぽわする」

「久遠の尻尾もフサフサで気持ちいいです!!」

 

────ええっと。

 

「……忍、ここって最近若い人たちの間で流行ってるっていう異世界?転生?」

「ううん、ここはただの地球」

 

忍の返答を全否定したほうがいい光景が今ここに広がってるのだけれど。

魔法の事は知ってたし、私自身も厳密には人間じゃないから『ただの地球』がどの程度レベルなのか判断つかないけれど……。

 

うん、そっか。

 

「宇宙船地球号って、思ってたよりも広かったのね」

「というか隼さんがキャプテンになった瞬間から、たぶんこの船は改造や合成されたんだろうね~」

 

夜の一族なんてちっぽけな悩みだ──この光景が、そう訴えかけているようだ。

 

もちろん、これはこの場限りであり、酒気の帯びた空気がそれを後押ししているんだろうけれど。でも、そっか。

 

「──これが隼くんなのね」

「そういう事。このなんでもござれな空間を作った張本人が、夜の一族"程度"でヒくわけないじゃん。特に隼さんの好きな『女性』『お金』『子供』を兼ね備えたすずかを拒絶する?あははっ、有り得ない有り得ない!」

「そうね」

 

全てを分かってたわけじゃないし、分かったわけでもないけれど、それでも少しだけなら。

この光景はきっと隼君なしじゃ出来ない。

 

「あっ、ハヤさんは魔法をぶん殴る~、へいへいほ~♪」

「服着なさいよ!!」

 

部屋の中央でパンツ一枚で、鼻に割り箸を突っ込みながらアリサちゃんの放った魔法を殴っている隼くん。

 

そんな光景に驚きよりも呆れと笑いが先に来てしまうのは、私も隼くんに毒され始めたのか、あるいはいろいろと諦めたのか。

 

(確かに隼くんなら受け入れてくれるかもしれないし、後押しもするけれど……最後はすずか、あなたの頑張り次第よ?)

 

もしかしたらすずかの好敵手になるであろう、隼くんの周りにいる女性たち(……少女の方が多い?)を見ながら、私は未だ放心している俊さんの面倒を見ながら微笑みを浮かべるのだった。

 

 




本編を進めなきゃいけないのに、なぜか幕間前後編です。
本当は小話を5~6つの1話として考えてたのですが、夜の一族のくだりが思った以上にながくなってしまったので分けました。

次回もとらハ要素強めの混沌予定。


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幕間 後編

・CASE3:フリーターと不屈の心

 

 

 

困ったものですね。

楽しいですね。

 

そんな相反した二つの思いを内に秘めながら、今、私は少し先にある扉を静かに見つめています。その奥では現在進行形で宴が催されており、現に扉一枚壁一枚では遮断し切れなかったガヤガヤとした喧騒……訂正、ドカンドカンとした五月蝿さが私のいる廊下にも聞こえています。これですとおそらく屋外にも轟いている事でしょう。

先ほど、シャマルが菓子折りを持って外に出て行ったのは、おそらく近隣住民への説明とその侘びの品なのでしょうね。

 

「……うわぁ、また何か一段と盛り上がってるね」

 

背後で声が聞こえたので、意識をそちらに向けると一人の少女がトイレから出てきた所でした。

 

「ごめんね。お待たせ、レイジングハート」

 

高町なのは。私のマスターです。

 

《No problem》

 

マスターとは出会ってまだ1年も経っていないですが、それでも魔導師としてもマスターとしても人間としても大変素晴らしいと断言出来る少女です。

芯が強く、心優しく、真っ直ぐ。

 

「それじゃ戻ろっか……ちょっと嫌だけど」

 

嫌というより心底疲れ果てたという表情のマスター。

その気持ちは分かります。闇の書の紅の騎士と激しい戦闘を繰り広げてまだ2時間ばかりしか経っていません。マスターは御兄妹たちと違い体力はごく一般的。むしろ日頃の生活を見るに平均より低めかもしれません。今すぐベッドに入って眠りに付きたいのでしょうし、私もそうさせてあげたいです。

 

しかし、そうは問屋が卸さないとばかりにとある一人の男性から電話があったのが約1時間前。

 

「ふえあ~。あー、飲んだ飲んだ。でも、まだ飲んじゃうぞー。その前に1服っとくら~」

 

タイミング良くと言えばよいのか、その件の男性がドンチャン騒ぎが繰り広げられている部屋から千鳥足で出てきました。

 

「お?なのはちゃんではあ~りませんか」

「……ハヤさん」

 

何か面白い玩具でも発見した時のような顔で近づいてくる男性───鈴木隼。

対するマスターは疲労の色が増し増しに。

 

「こ~んなとこで何してんのよ?」

「今ちょっとお手洗いに行ってたところ」

「あ、便所飯?」

「違うよ!」

「そうかそうか、悪いな。そう言えばお前の事は放ったらかしにしてたからな。ほらほら、便所なんかで飯食わないで、このハヤさんの肘の上でお食べなさいな」

「違うって言ってるよね!?というか膝じゃなくて肘!?肘の上でどうやってモノ食べるの!?」

「ん?実践させてやろうか?」

「興味あるけどそれ以上に怖いから遠慮します!」

 

マスターと彼の間でポンポンと言葉のキャッチボールが綺麗に成立しています。

ときおり彼の事について話す時、マスターは疲れた顔や呆れた顔ばかり見せますが、それでも何だかんだ言ってマスターは彼の事が好きなのでしょう。

 

「まったく、ガキが遠慮なんて……およ、レイハちゃんもいんじゃん。おっす」

 

マスターの胸の前でふよふよと浮いている私に気づいた彼が、少し身を屈めて挨拶してきます。

もちろん、私も無視するわけもなく。

 

《はい。こんばんは、"マスター"》

「ちょっと待って!」

 

ん?どうしたのですかマスター?急に血相変えたりして。

 

「なんだよ、なのは。んな大きな声出して?もしかして日課で発声練習してるとか?」

《そのような日課はマスターにはなかったかと。可能性があるとすれば"マスター"がマスターに何か不埒な事をしそうになったとかでは?》

「ガキに興味はねーよ」

《興味はなくとも、無意識にという可能性もあるのでは?多量のアルコールも入っているようですし》

「酒入ってようが薬キメてようがするかよ。てか、ンな事した瞬間、士郎さんや恭也にブッた斬られるわ」

《追加で私にも撃たれますしね》

「そこは俺の味方しようぜマイパートナー?」

 

マスターが何故か呆けに取られている間に、今度は私と"マスター"で華麗なキャッチボール。マスターはどうか知りませんが、私はこのようなキャッチボールは心地よくて好きです。

 

「ストップ!」

 

どうやら呆けから復帰したようで、不意にマスターから待ったが掛かりました。

 

「あのね、ちょっとね、ツッコミ所があるんだけど聞いていっていいかな?というかダメって言っても聞くけど」

 

真顔で淡々と言葉を紡ぐマスター。

 

「取り合えず些細な事なんだけど……ねえレイジングハート、今日本語で喋ったよね?」

《ええ、そうですね。"マスター"が「俺がいる場じゃ日本語で頼む」と仰いましたので》

「……そっか。うん、まあそれはいいや。ちょっとびっくりしたけど、いい。それよりね、そんなことよりも、なの」

 

次いで意を決してとばかりに発した言葉は簡潔。

 

「何でハヤさんの事を"マスター"って呼んでるの!?そしてハヤさんも何でそれを当然の如く受け入れてるの!?!?」

 

 

"マスター"は"マスター"なのですから当然なのですが。確かにそうなった経緯は少々アレでしたが、そこは"マスター"がすでにマスターに説明されてい────

 

「あん?この前レイハとサシで飲み行った時に俺も準所有者になったっつったじゃん」

「初耳だよ!?!?」

 

───なかったようですね。

 

「あれ?言ってなかったっけ?」

「聞いてたらこんなに驚いてないからね!?というか飲みに行ったの!?二人で!?いつの間に!?なんで!?」

《……"マスター"、説明は任せろと仰っていましたよね?》

「はっはっは、ごめんちゃい」

 

どうやら彼は何も話していなかったようで、マスターが怒涛の如く私と"マスター"に詰め寄ります。

 

参りましたね。てっきりマスターには説明済みで納得頂いていると思っていたので。それにどのような理由であれ鈴木隼を"マスター"として良しとしたのは私。非も責も彼だけにあるわけではありません。

 

《申し訳ありません、マスター。ご報告が遅れてしまい、あまつさえそれが事後承諾という形で……マスターのご怒りはもっともです》

「あ、ううん、別に怒ってるわけじゃないよ?ただ純粋に驚いてるだけ」

 

それに、と今度はどこかさっぱりとしたような、悟ったような顔になって続けた。

 

「どうであれ、そこにハヤさんが関わってるならもうね、しょうがないんだよね。事故のようなものなの」

 

諦観の微笑みを浮かべるマスターのなんと清々しい事でしょう。その境地に達する心境、お察しします。

 

逆に"マスター"はというと。

 

「う~ん、なのはもマスターで、俺も"マスター"……ややこしいな。レイハちゃん、俺の事は普通に隼でいこう」

 

こちらの事などお構いなしに、そんな些細な問題の回答を出したようです。

ともあれ。

 

《では、隼。改めてマスターに私たちの事を説明して頂けますか?》

「ん?ああ、じゃあ、まあ要約すると──」

「ハヤさん、出来る限り詳しく!」

「ちっ」

 

隼は一つ舌打ちをした後、煙草を携帯灰皿に入れると続けて2本目に着火。廊下の壁に背を預ける。

 

「つっても別に大した経緯はねーぜ?1~2ヶ月前か、暇だったからお前んち遊び行ったんだけど美由希ちゃんしかいなくてよ、苛めて楽しんでたんだけどそれにも飽きてな。しょうがないからお前の部屋で寝て士朗さんの帰りを待とうとしたんだよ」

「うんうん、ちょっとツッコミ所あるけど、まあいいや。それで?」

「なら部屋にレイハちゃんがいるじゃありませんか。だから俺、思いついて言ったんだよ。飲み行こうぜって」

「……そうなんだー」

 

マスターが無表情で相槌を打つ横で私もあの時の事を思い出す。

 

あれは今から48日前。

マスターが私を置いてアリサやすずかたちと遊びに行っていた日。確か夕方頃でしたでしょうか、突然隼がマスターの部屋に入ってきたのは。そしてマスターのベッドに潜り込もうとした時に、彼は私を見つけて少しだけ考え込んだかと思うと一言……『レイハ、レイハ、今晩暇だろ?俺も暇なんだよ。ちょっと二人で飲み出ね?』と。

 

正直、私は意味が分かりませんでした。私はただのデバイス。飲めない事は当然として、隼との交流自体もマスターを介してのみでしかありません。彼のデバイスですらない、何の関係性もないといっても過言ではないのに、それがいきなりこの提案。

勿論、私は謹んでお断りしました。そもそも人間の隼と機械の私。交遊など成立しないでしょうし、その必要性もないはず。

 

……そう思ったのですが、やはりそこは独自の感性を持つ隼。

 

『そりゃいつもだったら夜天やらプレシアがいるしな。でも生憎と今日は付き合える奴が全員出張ってて誰もいねーんだよ』

《学生時代のご友人はどうされたのですか?多いと聞き及んでいますが》

『ああ、まあいるけどさ。でもあいつらとはしょっちゅう飲んでるし。それに野郎と飲むより女性と話しながら飲める方が気分良いに決まってんじゃん』

《私は女性ではなく、ただのデバイスなのですが》

『でも中身は女だろ?声も綺麗な女の声してっし。名前も女っぽいし。なら俺にとってはもう女性なわけ。だから野郎<レイハ。つうわけで、オラ、ごちゃごちゃ言ってねーで出ようぜ、レイハちゃん』

 

そして私は隼に鷲掴みにされ首から提げられると、強引に繁華街へと連れ出されたのでした。

 

その後は……まぁ、何と言いましょうか、滅茶苦茶でした。

飲み屋に行って隼が飲みまくり、今のように盛大に酔っ払う。私にも何とか飲ませる手段はないかと私を酒に浸したり、酒と一緒に隼の口腔内でモニュモニュされたり。

 

「いや~、あん時は盛り上がったな。ああ、そん時だよ、レイハちゃんのマスターになったの。飲み屋の他の客の奴らにさ、変身して驚かしてやろうと思ってな。おひねりも貰えるかもだし。で、ちょうど俺のデバイスはシャマルにメンテ出しててなかったから、じゃあレイハちゃんを使おうって、な」

「あははー、そうなんだー。大衆の面前で魔法披露しちゃったんだー。相変わらずだねー」

《勿論、私は拒否し、止めたのですが……》

「うん、分かってる。相手がハヤさんならしょうがないね」

 

本来なら『しょうがない』で済ませていい事案ではないレベルですが、こと隼が絡むとそうでもありませんからね。

ただ誤算だったのが、隼が私のマスターとなってしまった事。いえ、マスターになれてしまった、と言いましょうか。

隼の魔導師としての質が大変低く、私のキャパシティの片隅に十分に入れた事。そして私自身が思考回路が朧になっていた事が原因でしょう。…………お酒に浸るとデバイスでも酔うのですね。

 

「で、その後近くのカラオケ行って朝方まで絶唱!なのは、知ってるか?レイハちゃん、歌上手いんだぜー」

《恐縮です》

「………そういえばレイジングハート、いつの間にかいなくなってて、いつの間にか戻ってた時があったけど」

《ええ、その時かと》

 

思えばあの時に私から説明しておけば良かったのでしょうけれど、マスターからは特に何も言われなかったので説明せず。加えて一晩隼に付き合ったせいで疲れ果てていたというのもありますね。

 

「まっ、そんなわけで俺もレイハちゃんのマスターにあいなり申して候でござ~い」

「……ハァアア」

 

これまでで一番大きなため息を吐くマスター。

その原因を作った当事者の片方として心苦しい限りです。そんな私が言うのもあれですが、心中お察しします。

 

「さてさて、どうでもいいしょーもない話も終わったし、そろそろ戻ろうぜ。ここちょい寒ぃーわ」

 

重ねて言いますが、この件はどうでもよくないですし、しょうもなくもない、管理局に知られれば説教や反省文etcな案件です。

本来なら隼をマスター登録から外し、私自身も強く諌めなければならない事です。今後このような事がないよう局でメンテナンス、改良を施すのが当然。

 

……しかし……ああ、しかし。

 

「おら、なのはもレイハちゃんも部屋入ろうぜ。飲み直しじゃ、飲み直し」

 

ニカリと笑う隼の顔を見ると、不思議と現状が手放しづらくなる。同時にこれが最良だと思ってしまう。どうでもよくなってしまう。……全てを許したくなってくる。

 

「はっ、はっ、はっ、えいやさっさ~」

 

上機嫌で何故か小躍りしながら部屋へ向かう隼。その姿はどこの誰が見てもお気楽で、一切の悩みもないお馬鹿な……しかし、ある意味でどこまでも頼りになる男性。

 

「レイジングハート、いこっか」

 

マスターは隼といる時、いろいろな顔を見せます。

諦め、呆れ、怒り、戸惑い……中でも一番多いのは、楽しげ。朗らかに、年相応に無邪気に笑う。そう、今のように。

 

ならば、やっぱり良い事なのでしょう。今のこの状態は。

 

《マスター》

 

───"マスター"

 

《ありがとうございます》

 

───"これからもよろしくお願いします"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・CASE4:フリーターと2代目主人公

 

 

 

それは何でもない日の夕方。

その日、俺は学校終わり一人で帰宅の途についていた。別段、代わり映えのない下校。

 

帰って何をするか。店の手伝いでもするか。なんて事を考えていた。───"あれ"を見るまでは。

 

「ぎゃああ!?」

「がぁぁああ、あ、頭がぁ!?」

「ひっ、うげぇえ!?」

 

聞こえてきたのはどう聞いても人の叫び声。それも悲痛なそれ。場所はすぐ近くの路地裏で、そこは不良が溜り場にしている所。

一体何があったのか、なにをしているのか、察しはすぐについた。おそらく不良同士の喧嘩だろう。よくある事だし、恥ずかしながら当時は俺もそっち側だった。

 

だからだろう、俺の脚は自然とその路地裏の方へと向かっていた。そしてほどなく歩き───地獄があった。

 

「ひ……ひゅ……」

「あ、え……」

「………」

 

死屍累々とはあれを言うんだろう。

狭い路地には所狭しといった具合で倒れている男たち。その数は10人そこら。そのどれもが皆、顔を腫らして鼻血を出し、人によっては腕があらぬ方向へと向いてるのもいる。

酷い有様だ。

素直にそう思った。全員学生服みたいなので、おそらく学校同士の小競り合いでもあったのだろう。とすれば、この男たちをノした別の学校の奴らがまだ近くにいるかもしれない。

 

(……鉢合わせる前に移動するか)

 

こんな狭い場所でもし囲まれでもしたら流石に多勢に無勢。

俺は踵を返そうとする。別段、倒れた男たちを心配はしない。冷たいようだが、不良やってるならこうなる事はままある。自業自得だ。

 

まあ、それでも119くらいはしておくか。

 

そう考えながら男たちを見下ろしていた時、ふと違和感を感じた。

 

(学生服がばらばら?)

 

そう、全員が全員ではないにしろ、学生服が違うのだ。ぱっと見ても3~4校の別々の制服を着た男たち。

 

(学校同士で喧嘩してたんじゃないのか?)

 

複数校による乱闘とも考えられるが、そうだったら逆に数が少ない。もっと倒れている人が多いはずだ。

 

どういう事だ、と胸中で少しばかり考え、そう言えば最近妙な"噂"を聞いたことを思い出した。

 

それは……。

 

「あ?お仲間か?」

 

不意に聞こえたその言葉にぴくりと肩が揺れ、声のした方に顔を向け───すぐさま思考が警戒態勢に入った。

 

路地の奥の方から気だるげに歩いてくる一人の学生。

髪からつま先まで、血によって真っ赤に染め上げられた姿。右手にはおそらく失神しているであろう男、その髪の毛を鷲掴みにして引きずっている。

 

(……ああ、こいつが一人でやったのか)

 

理解するには十分だった。それほどまでに目の前の男は鮮烈で強烈だった。その爛々と輝く獰猛な目が、醸し出す暴力的な雰囲気が、もう人のそれではない。大型の獣か何かだと言われたら納得出来るくらいの荒々しさ。

 

こいつには関わるな、と頭の中で警鐘がなる。

 

「……別に仲間じゃない。声が聞こえたから、少し気になって見に来ただけだ」

「ふ~ん」

 

男はこっちの言う事を理解したのかしていないのか分からない顔で見やり、ふと気づいたように右手に引きずっていた男の髪を離す。地面に硬いものが落下した時の、ゴツという鈍い音が響いた。

 

「で?」

 

落とした男には一目もくれず、俺に問うてくる。こちらに歩みを進めながら。

 

「普通の学生が、不良がたむろってる事で有名なここにゃあ来ないよな?」

 

自然と俺は警戒態勢から臨戦態勢に移行。

 

「だからといって、ただの好奇心丸出しな野次馬にも見えねえ。その程度の奴なら、こんな光景見たらそっこー逃げ出すだろうしなあ?」

 

男が目の前まで来た。見上げてくるその目は雄弁に物語っている……獲物だ、と。

 

「死ねや」

「っ!!」

 

それが当然とばかりに拳をこちらの顔に向けて放ってくる男。それを俺はすんでの所でかわすと、俺も半ば条件反射のように拳を相手の身体目掛けて振る。

 

「ぐっ!」

 

俺の拳にゴムのような筋肉の感触が伝わる。それも数瞬、振りぬいた拳によって男は僅かながら後方に飛んだ。

しかし男は転ばず、膝さえつく事もなく、軽く踏鞴を踏んだ程度でとどまり、呆然と俺の拳の当たった箇所を見る。

 

「……痛ぇな、おい」

 

結構な力で、しかもカウンター気味で入ったにも関わらず、男はまるでただ押されたかのような様子。痛いと口にしながらも、その顔は痛みで歪んではいない。

 

獰猛な笑みで歪んでいた。

 

「面白えじゃんかよ、ええ、おい、このデクの坊。さっきまでクソつまんねー喧嘩しちまって気分下がってたけど、テメエのお陰でどんでん返しだよ。サイコーだぜコラ」

 

ミシミシと拳の握る音が聞こえる。今にも噛み付かんばかりの様相にあの"噂"が本当だったと確信する。

 

───数週間前に転校してきた男が所構わず誰彼構わず因縁つけて喧嘩を吹っ掛け、デタラメな暴力でどんどん相手を病院送りにしている。

 

(なるほど、噂に違わぬか)

 

そして誰が言い出したのか、ついた仇名が───

 

「ひき肉にしてやるよオラァア!」

 

───"狂犬"。

 

………………………………。

…………………………。

……………………。

………………。

…………。

……。

 

──────と、まあそれが俺と狂犬と呼ばれる男が初めて出会ったときの事。

 

それからどうにも俺はその狂犬に気に入られたのか、何度もまた喧嘩を吹っ掛けられた。さらにその時一緒にいた真由さんや瞳ちゃんにも喧嘩を吹っ掛けるという、狂犬の仇名に恥じない行動を見せた男は、しかし1ヶ月も経たずパタリと姿を見せなくなった。

聞いた話によれば、どうやら親の都合でまた引っ越して行ったとの事。それが急だった事もあり、知ったときは呆けた記憶がある。勿論、そこに寂しさがあるわけがない。しかし少しだけムッとした。なにせ通り魔のように突然現れ、ストーカーのように暴力が続き、台風のように周囲を滅茶苦茶にして突然消えたのだから。

 

ちなみに喧嘩の決着は最後まで付かず。そう言えばいつだったか瞳ちゃんが言ってたな……『あの人のせいで無敗だけど全勝じゃなくなった』て。

ともあれ。

数奇な出会いや摩訶不思議な事象が多い俺の人生においても尚、印象に残る男だった。あれほど暴力的で狂っていて、それでいて心の底から楽しそうに喧嘩をする男はそうはいない。

 

その別れから今日まであいつの姿は勿論、どうなったかの話すらも聞いてない。勿論、喧嘩でしかあの男の事は知らないがきっと普段もああなのだろう。あの性格はちょっとやそっとでは変わらないし、変えられないだろう。であれば、今何をしているの定かではないが真っ当な道を歩んではいないだろうと予想していた。

 

 

………………………そう、予想していたんだ。

 

 

今日、十数年ぶりに本人に会うまでは。

 

「ぬわぁんでだよ!何で俺と同じクズのお前が結婚出来てて、俺は未だに彼女の一人すらいないんですかああああ!!おかしいだろ!!なんで?ねえなんで!?」

 

目の前で魂の訴えを涙に乗せながら叫ぶ酔っ払いの男───鈴木隼。

 

かつて"狂犬"と呼ばれた男の姿がそこにはあった。

 

「もうやだ!ボクだって彼女欲しい!そうだ、紹介!紹介して!お願ぇしますだあああ!じゃないとぶっ飛ばすぞコラ!」

「………」

 

……本当に狂犬?

 

うん、そのはずだ。あれから年月が経っているので少しは変わっているが、十分にあの頃の面影はある。それに向こうも俺を見てすぐに分かっていたのだから。

 

───そう、再会はほんの一時間前。

 

 

 

さざなみ寮の皆で飲み会をしていた時にリスティさんに電話があった。なんでもリスティさんの知り合いが別の場所で飲み会をしているらしく誘われたようだ。最初は断ろうとしたみたいだけど、飲食無料の上にさざなみ寮の皆も来ていいと言われたようで彼女は即了承。俺たちを連れ立って飲み会が催されている知り合いの家(厳密には知り合いの居候先のここ八神家)にお邪魔し……そして、そこに狂犬がいた。

 

『夜分に大勢で押しかけてすみません。これ、余りモノであれなんですが………ん?』

『いえいえ、こっちが呼んだんっすから構やぁしませんよ。それじゃ………あん?』

 

八神家の玄関先でお互い見詰め合って沈黙。思考の末、ややあって口を開いたのは同時だった。

 

『お前、もしかして狂犬か?』

『テメエ、もしかしてあのクソデク野郎か?』

 

俺は呆然とした。まさか狂犬にこんな所で会うとは夢にも思っていなかったのだから。

しかし向こうはそうではなかったようで、俺だと分かるや否や拳を握り込んで振りかざした。

 

『ここであったが100年目!昔の借り返しちゃるわあああ!』

 

 

 

──その時の条件反射のような暴力的行動は相変わらずだった。まさしく狂犬だった。………だから、俺の左手薬指に輝いているものを視認した瞬間に絶望の表情とともに崩れ落ちた時は何事かと思った。

 

「俺だってなあ!結婚したいさ!というか彼女!まず彼女が欲しいんだよ!可愛い彼女!でも出来ない!なんで!?加えてなんでお前みたいな奴に愛さんみたいなべらぼう美人の嫁さんがいんだよ!!妬ましい!!死ね!!!」

 

玄関先での悶着のあと、狂犬は幽鬼のような足取りで奥へと入っていった。どうしたものかと頭を悩ませていたが、代わりにやってきた家主であるはやてちゃんの案内で中に入り、飲み会に加わったのが一時間前。

 

そして今、改めて狂犬が俺の元に来て愚痴とも文句とも取れない言葉を吐いている次第。

 

「やっぱ顔か?それとも身長か?クソ、こうなりゃ整形手術と骨延長手術受けてやろうかバッキャロー!」

 

俺の所に来るまでに他の人たちと飲みまくったのだろう、すでに狂犬の顔は真っ赤に染まっており言葉もどこか滅裂。それでもまだ飲み足りないのか、右手にビール瓶を持ってラッパ飲みしている。

 

(……なんというか、本当にこいつはあの狂犬か?)

 

再度頭の中を過ぎる疑問だが、答えは出ている。十年以上も前、俺と何度も喧嘩をしたあの狂犬で間違いはない。……だけど、流石にこれはあまりにも過去の姿とかけ離れてるだろ。

 

(酔ったせいでこうなってる、てわけでもないみたいだし)

 

少し前、なのはちゃんが『耕介さん、ハヤさんと知り合いだったんですね。いっつもこんな感じだから呆れや疲れを通り越しちゃいますよね。あとでお姉ちゃんやお兄ちゃんたちとハヤさんの愚痴言い合いません?』なんて耳打ちしてきた。

 

(……ちょっと信じられないけど、これがいつも通りなんだよな?)

 

ちなみにその時耳ざとくなのはちゃんの言葉を聞いていた狂犬は、すぐさまなのはちゃんに襲い掛かり、彼女が息絶え絶えになるまでくすぐり攻撃をしていた。

 

(まあ、人は変わるというし、現に俺もあの頃とは変わったから不思議ではないんだけど……)

 

ただもう一点。

あの頃の姿とはあまりにもかけ離れた印象を与える要素がある。

 

それは───。

 

「大丈夫です、隼!隼には私がずっと付いています!ずっとずっと一緒です!!」

「くぅ~。久遠もいっしょ。だったらさみしくない?」

「お前ら……くっ、なんていじらしい奴らよ!誰か!誰かこの子たちに甘い菓子を持てい!」

 

ウサギのような小動物的雰囲気のユーリちゃんと、巫女服姿の妖狐(幼女ver)な久遠を膝の上に乗せている狂犬の姿。

 

正直、違和感しかない。

 

(子供好きだったんだな、こいつ)

 

八神家に来て1時間、ちょくちょく狂犬の姿を目で追っていたが、ずっとではないにしろ子供たちの誰かがコイツの傍にいた。それも嬉しそうな、楽しそうな顔で(アリサちゃんとヴィータちゃんは除く)。

さっきもなのはちゃんがこいつの事を『ハヤさん』と言っていたが、どうやら子供たちもこいつの事が好きらしい(特にユーリちゃん、すずかちゃん、フランちゃん)。

 

暴力的な性格の変化以上に、まずそこに一番驚いたよ。

もとから子供好きだったのか、あるいはそうなったのか……それは分からないが、一つだけはっきりしている事がある。

 

「えっと、まあ、なんだ……狂犬、お前もいろいろあったんだな。魔導師、だったか?」

 

俺も中々奇天烈な人生を歩んできた自覚はあるが、今のこの八神家の参加者を見るにこいつも中々な人生を送ってきたようだ。

 

この飲み会に参加して1時間、狂犬の知り合いという人たちと話したが誰も彼もが普通じゃなかった。魔導師、戦闘機人、魔導生命体などなど……正直、説明を受けた今でも信じられない事が多い。あのなのはちゃんも魔導師だって言うし。

 

「あ?ああ、まーな。リリックな日常を絶賛踏破中だよ。つか狂犬言うな。そう言われるのも嫌だし、お前もそんな呼び方すんの素で恥ずいだろ」

 

ああ、実はかなり。

 

「紳士な鈴木隼様と呼べや」

 

それもそれで恥ずかしいだろ。

 

「はやぶさ様?」

「久遠、お前は可愛いから隼でいいからな~。ハァ、最近フェイトやアリシアで癒されてなかった俺の荒んだ心が癒される」

「くぅ?よくわからないけど、隼がうれしそうでよかった」

「むむむっ、私だって隼の事癒せますもん!!」

 

久遠が隼を撫でるように尻尾を動かし、それに触発されたのかユーリちゃんも負けじと赤い翼で隼を包み込む。

その光景はまるで妹二人が兄を取り合っているような、あるいは分け合っているようなもの。

 

なんとも微笑ましい。……一見すれば、だけど。

 

(……今、この二人から鈴木を取り上げる事が出来る人ってこの世界にはいないだろうなぁ)

 

両手に花、と言えば聞こえはいい。が、なんというか……その花がちょっと高価過ぎる、とでも言えばいいか。

 

久遠は何百年も生きる妖狐で、本気(大人ver)になれば街の一つや二つはどうにでも出来る上、今じゃ対魔師として薫の仕事も手伝ってるから実戦経験も豊富。

片やユーリちゃんも聞いたところ、本気を出せば久遠と同じかそれ以上の力を発揮できるとの事。

そして、そんな二人を膝の上に乗せてだらしない顔で頭を撫でまくっている鈴木。

 

なんというか……すごいな。

 

(というか、今更ながらどうやって鈴木は久遠をあそこまで懐かせたんだ?)

 

久遠は過去の事もあって人間不信のきらいがある。今ではそれもかなり軽減されてはいるが、それでも1時間やそこらで久遠がこんなに懐く人なんて、たぶんフィアッセさん以来だ。なのはちゃんなんて、久遠と仲良くなる為に何日も神社に通ってたみたいだし。

 

「おい、なにこっちみて微笑ましそうにニヤニヤしてんだよ?あ、テメー、もしかしてロリコンだな?愛さんに言いつけてやろ」

 

その台詞、今のお前にだけは言われたくない。

 

「ちょっと愛さ~ん、おたくの旦那さん、ロリコ───」

「本当に言おうとするな!?違うからな!」

「この際、真実はどうでもいい。ただお前が不幸になりさえすればなあ!」

「最低だなお前!!」

 

こういうタチの悪さはどうやら変わってないようだ。

 

「そうじゃなくて、ただいつの間に久遠と仲良くなったのかと思ってただけだ」

「あん?」

「くぅ?」

 

鈴木と久遠、揃って首をかしげる。

 

「そりゃお前、たい焼きだよ」

「くぅ~、たい焼き、甘い、おいしい」

「は?」

 

まったく持って意味が分からず、今度はこっちが首を傾げる。しかし、そんな事気にせず鈴木は続ける。──幾分、声を大きくして。

 

「甘いものが苦手だからってたい焼きにチーズやらカレーはねーわなあ。そんなもんをチョイスする奴の気がしれねーわ。あれだね、そりゃもう味音痴。うわぁ大食いのくせして味音痴とかマジ救えねー」

「…………」

 

うん、まあ、なんだ。聞いといて早々悪いが、取り合えずもうこの話は止めとこう。久遠とどうやって、どんな経緯があって仲良くなったのかなんてどうでもいい。仲良くなれたならいいことじゃないか。そう、仲良しが一番だ。………だから恭也君、そう怒気をこっちに飛ばさないでくれ。八景の鯉口切らないで。美由希ちゃん、美沙斗さん、しっかり抑えて置いてください。たい焼き、チーズやカレーも俺は良いと思うよ?

 

「……ハァ。呼吸するように喧嘩を売るお前のそういうとこ、変わらないな」

 

何だかんだでさっきも晶ちゃんやレンちゃんと顔つき合わせて罵りあってたしな。本当にこの辺りは変わっていない。

 

(……いや、もしかしたらこいつは本当に何も変わっていないのかもな)

 

ただ俺が知らなかっただけかもしれない。

 

(今の鈴木のこの姿もまた本当のコイツの姿なんだろうな)

 

暴力的で愉しそうな笑顔で喧嘩をする鈴木。ユーリちゃんや久遠に好かれ、同じような屈託の無い顔で笑う鈴木。女性陣に対して時折向ける、邪気と下心に塗れた顔の鈴木。

 

どれか一つだけなら、きっとどこにでもいる男だ。しかし、こんな色々な面を同時に持つ……それも全て仮面ではなく本当のモノというんだからすごい。

まあ一番すごいのは、1時間やそこらでそれが本当に仮面なんかじゃなくて素面とこちらに分からせる事なんだろうけど。

 

「おい、なにまたボケっとしてんだ?」

「ん、いや、なんでもない。ただ、まあ、なんだかこれから先、またお前と度々顔合わせるようになるかもな」

 

そんな確信にも似た予感。

なにせ学生時代もたった1ヶ月とはいえ、学区が違うのに週に4、5回は顔を合わせていたからな。それが今は同じ場所で、共通の知り合いもいるんだ。コイツとの縁が復活するのは目に見えている。しかも前回よりも濃く長い間で。

 

「はんっ、野郎と、しかもお前と顔合わせるなんてゴメンだぜ。あ、久遠は別な。正月過ぎまでこっちいるんだろ?その時までまだ俺の命があったら遊び行こうぜ~」

「くぅ~♪」

 

そう言って久遠を撫で、俺には中指を立てた拳を向けてくる。反面、向こうもこれっきりになるはずがないと薄々は感じているのか、続けて言った。

 

「まっ、昔のケリもまだついてねーし、あの瞬殺とか言われてたアマやその姉にもオトシマエつけさせてーからな。お、そうだ、お前まだあいつらと連絡取ってんのか?取ってんならここに呼べや。捻り潰してやる!」

「取ってはいるけど、それは遠慮しておく。せっかく皆楽しんでるのに水を差すような乱闘騒ぎを起こさせるか」

「ちっ、んだよ、酒と喧嘩はセット販売が常識だろ」

「お前の常識を一般常識に当てはめるな」

 

そう、こいつの常識はちょっとおかしい。

いい例がこの宴会だ。

色々秘密にしなきゃいけない事や隠さなきゃいけない事がオープン状態。久遠や十六夜さんの事もそうだし、なのはちゃん曰く魔導師という事も当然隠す事らしい。他にも多々あるけれど、それを鈴木は『無礼講なんだから気にすんな。いちいち野暮言うのは常識外れってもんだぜ?』というまったく意味の分からない言葉とともにこの場を作り出した。

 

当初は本当にこれは大丈夫なのかと冷や汗を垂らしたが、恭也君や美由希ちゃんやなのはちゃん、八神家の面々……というか鈴木を知ってる全ての人間が悟った顔で『いつもの事。慣れる』と遠い目をして断言していた事で少しだけ察せた。

皆、こいつに苦労させられてるんだな。

 

「昔からだったが、お前は本当に滅茶苦茶な奴だな」

「あん?何がよ?いや、そうだ、それよりリっつぁんから聞いたけどテメエ酒豪らしいな。だったら俺と勝負だ!昔の喧嘩のケリ、こういう形でつけるのも悪くねーだろ。先に酔いつぶれた方が負けだ!」

 

そう言って渡される酒瓶。ラベルを見て頬が引きつり、俺は断ろうとしたが……。

 

「もし逃げるならお前の黒歴史をさらにエグく脚色して上で有る事無い事すべて愛さんにバラす!」

「鬼かお前は!?」

「あ、もちろん酒は薄めずに一気な」

「…………」

 

………さっき確信にも似た予感と思ったが、どうやら訂正する必要があるようだ。

 

(これから先、というか今晩から俺はまたコイツに降り回される日常が始まるんだろうなぁ。取り合えず、なのはちゃんの提案通り、今度みんなでコイツの愚痴の言い合いをしよう。………あと愛さん、俺の介抱よろしく)

 

そんな事を思いながら、俺は渡されたスピリタスの蓋を開けるのだった。

 

 




遅々とした投稿で申し訳ありません。
次回は早めの更新予定。遅れた分、今月中にもう1~2話投稿します。


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15

目を覚ましてまず一番初めに感じたのは、頭の中でカリオンでも鳴っているかのような頭痛、それに伴う吐き気。そして次に感じたのは、この場に漂う尋常じゃない程の酒や煙草の臭い。

 

俺はむくりと上半身を起こし周りを見やると、そこには死屍累々と表現するに相応しい有様が広がっていた。

 

ソファの上に四肢を投げ出して倒れ付している者、テレビに抱きついて寝ている者、窓ガラスに突っ込んでいる者、天井からぶら下がっている者、庭の地面に首元まで埋没している者、逆に首上だけ埋没している者、ステージ上でマイクスタンドをケツに突っ込まれて倒れている者、男装している女、女装している男etc……………まさにパンドラの箱だ。

 

「うあ゛あ゛……死ぬ。てか殺してくれ」

 

かくいう俺だって、まあ酷い有様だ。

パンツ一丁で床で眠りコケ、髪の毛や身体には酒やつまみがへばり付き、頭痛と吐き気と筋肉痛がパない。

 

「……いろいろ酷いな」

 

まあ昨晩のド馬鹿騒ぎを考えれば、こうなっても当然と言えば当然だろうな。てか、結局何人来たっけ?あまりに多くて、来てた知り合いにも全員には会ってないような気がする。

まっ、それでもきちんと押さえるとこは押さえたけどな!……何をって?そりゃ勿論女性の輪をだ!

 

さざなみ寮のクール美人な漫画家さんにリっつぁんたちの妹だというセルフィちゃん。ポン刀についた十六夜さんとかいう幽霊ちゃん。久遠もガキらしく可愛かった。あんなとこの寮長やってるデクが羨ましいわ。美人な嫁さんもいやがるしよ。いや、美人といえば美沙斗さんにその同僚という香港国際警防隊の人たちもだな。さらに見た目だけならイレインも文句ないし、月村家の親戚だという綺堂さんも可愛かった。

 

お陰様で俺の携帯の連絡先が女だらけだぜ!

 

…………………………。

 

(一部の女性に関しては、ホントにここは地球なのか疑いたくなるけど………)

 

俺が今まで知らなかっただけで、この地球も出鱈目度で言えば魔法世界に負けてねえんじゃね?

まあそれが困るのかって言えば全然困らないけど。むしろ歓迎!だって皆美人で可愛かったし。

 

「しっかし、まあ何とも……派手にチラかってんな~」

 

右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても自分を見ても酷い有様だ。

何で天井に大穴開いてんだよ。何で壁が焼き焦げてんだよ。何で刀が何本も床に突き立ってんだよ。何でライフル銃の銃口に花が活けてあるんだよ。てかあのキッチンに立て掛けてあるバイク、美緒のだろ。なんで室内にあんだよ。

もう突っ込みきれねーよ。そもそも俺突っ込みキャラじゃねーし。いや、ある種突っ込みキャラだけどよ。ズッコンバッコン突っ込みたいと常日頃から悶々と考えてますよ、ええ。

 

ともあれ。

 

「は~い、皆さん起きましょう~。仕事はいいんですか~学校はいいんですか~、てか頭痛ェェェエエエ!!!叫ばせんなやコリャ、さっさと起きろ………ぐあああああああ痛いいいいいい!!」

 

頭の痛みを無視してぱんぱんと手を叩く。が、もちろんその程度で屍どもがリビングデッドするわけがないので、俺はボロボロの机に向かって魔法弾をぶっ放した。

 

「痛っ……!な、なに!?」

 

机の破砕音でまず目を覚ましたのは、その机の上で寝ていたなのは。それを皮切りに屍が一つまた一つむくりと起き上がる。

 

「はい、全員おはようさん。いや~、最低な朝だな。ところで皆さん、二日酔いで死んでるところ悪ぃがちょっと俺からハッピーな朝の挨拶を。えー、ごほん……………ただ今、朝の8時半でござ~い」

 

瞬間、昨晩にも負けないほどの喧騒が辺りを包んだ。「学校~!?」「仕事~!?」などなどの声を上げながらバタバタと動き始めた。

それを俺は横目に、

 

「さて、取り合えず胃の中のものぶちまけた後朝シャンしよ」

 

今日も一日頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手早く風呂に入り、頭は痛いものの体の気だるさは無くなりフレッシュ男になった俺。

そんな風呂上りの俺を待ち構えていたのはノンフレッシュな部屋の空気だった。

 

「隼、今日こそは説明してもらうよ!何で隼が闇の書の人たちと一緒にいるのかを!」

 

可愛い顔を顰めたユーノがそう言って迫ってくる。

 

今、この場にいるのは俺と八神一家、そしてロッテとユーノ。ユーリは昨晩を遅くまで起きてたし、久遠と遊び疲れもあるのか、今はまだ夢の中。ジェイル組や他の者もどうやら俺が風呂に入ってるうちに帰ったようだ。帰ったつうか学校とか仕事場に行ったと言ったほうが正しいか?世の流れに縛られてる人は辛いねぇ。

 

「おいおいユーノ、そんなに可愛い顔すんなって。前々から言ってるけど、もっと男らしくしろよな」

「前々から言ってるけど、僕のこの顔は怒ってる顔なんだよ!」

 

顔も可愛い、性格も可愛い、声も可愛い我らがマスコット・ユーノ。将来は中性的な美男子になるだろうが、今はパッと見マジで女の子だ。この前なのはに『ユーノってさ、マジで女の子に見えるよな。てか、時々お前より女の子っぽく見えるぜ。わはははははッ!』つったら、ディバインバスターぶっ放された。

 

「というかお前も昨日からいたんだな」

「いたからね!?というか会話もしたよ!?」

 

すまん、あまり覚えてない。

 

「いきなりなのはに『ハヤさんがパーティするから来いって』とか言われて『は?』とか思って来て見たらホントにやってるし!隼、自分の立場自覚してるの!?僕もなのはも管理局の人間だよ!?もしここで僕が局に連絡取ればそれでこの物語終了なんだよ!?」

「大丈夫。お前もなのはもそんな事はしない。お前達は空気の読める子だ。そんな打ち切り展開じゃあ誰も納得しないと分かってる子だ」

「じゃあもうちょっとマシな展開になるように動いてよ!隼は自由奔放過ぎるんだよ!」

 

可愛い顔で激昂するユーノに八神家+ロッテが大きく頷いて同意する。

なんだよ、俺ってそんなに自由にしてる?これでもちゃんと考えてるんだけどな~、どうやったら面白い展開になるだろうかと。

 

「それに、えっと、リーゼロッテさん……でしたよね」

「にゃ?何かな、美味しそうな子」

「うっ!?いえ、そのですね、その制服、あなた管理局員ですよね?」

 

え、そうなの?確かになんか制服っぽい服装だなぁとは思ってはいたが、まさか局員だったとは。が、今更それがなんだと言うレベルだ。ロッテが局員?可愛いからOK。……彼氏持ちじゃなかったら尚良かったけど!!

 

「な、なんでリーゼロッテさんはここに?この件の担当はアースラの部隊のはずですけど、あなたをアースラで見た事は………」

「ふ~ん。つまり疑ってる?例えば内通者とかなんじゃないかって」

「あ、いえ、そんなつもりは……」

 

いささか剣呑な空気が流れる。シグナムたちも改めてロッテの事を警戒したようだ。……かなり今更感はあるが、まあ昨晩はその辺は無礼講(?)だったし。

まあ俺もさっきも言った通り別にどうでもいいけどね。てかさ、

 

「ユーノよぉ、内通者だなんだと騒ぐなんてケツの穴の小っせえ事言ってんじゃねーよ。そもそも、その程度で騒ぐようならジェイルと酒酌み交わした俺らはどうなんだよ?」

「ジェイル?」

「ほら、昨日人間花火してたやつ」

「ああ、あの人」

「あいつ、次元犯罪者だぞ」

 

そう言った瞬間、剣呑な空気は払拭され、ただただ沈黙が場を支配した。皆、どう反応すればいいのか戸惑っているようだ。だが、それも少ししてユーノが、

 

「とにかく隼、説明して」

 

どうやらジェイルの件は聞かなかった事にするらしい。良くも悪くも賢いガキだ。

 

「隼が何の意味もなく局や家族相手に犯罪行為に走るとは思えない」

「おっ、俺って信用されてる?」

「この半年いろいろ付き合わされて来たからね。隼は、自分の為かお金の為か子供の為か女性の為か面白い事の為か気に入らない事でしか絶対に動かないもんね」

 

うわお、ひっでえ言い草だ。最近俺の紳士キャラが薄れてきているな、困った困った。

 

「まあなんだ、説明っつってもな。逆によ、実は俺も説明して欲しい事だらけなのよ。な、フラン?」

「うむ。では、まず我の一度はやってみたい体位から───」

「ちっげえよ!」

 

いきなり話をお前に振った俺も俺だけどよ、即座にそう返してくるお前は、もう流石すぎてそろそろ憧れすら抱くぞ。

 

「じゃなくてだな、闇の書についてだよ。ぶっちゃけ俺あんま知らねーんだわ。取り合えず蒐集しなけりゃはやてが死ぬって事くらいしかな」

「え………」

 

ユーノがびっくりした顔ではやてを見る。それにはやては「そうそう、私このままじゃ死んでしまうんよ。およよ~」とふざけ半分。当事者なのにこの肝の太さはどうだ。

 

「だからフラン、てめえここで全部吐け。どうせあのホモ(アルハザードの店主)からいろいろと聞かされてんだろ」

「まあ聞かされたというか、追記されたというか……ふむ、よかろう。主からの命では仕方ない、そこの小動物とメス猫にも事の次第が分かるよう説明してやろう。アニメの総集編の回のようにな」

 

コホンと一度咳払いをし、無駄に偉そうに喋り始めた。

 

「闇の書……転生と無限再生機能、そして蒐集機能を有するロストストレージデバイス。その蒐集は半強制的であり、活動を怠れば主に死をもたらせる。さりとて完成させてしまえば主を認証せず、意思を飲み込み、破壊を振りまく最悪のデバイスである………とまあ要約したが、これは皆知っておる事だろう」

「いやいや、知らねーよ」

 

え、ちょい待って。主を飲み込むって何?めっちゃ初耳なんだけど?書が完成すればはやては助かるんじゃねーの?

 

「どっち道はやては助からねえって事じゃねえか!じゃあ、あたしらのやってる事は何なんだよ!」

「囀るな、ロリ鉄槌。勝手に勘違いしておったのはそちらだろう」

「俺も勘違いしてたけどな。というかマジか」

 

ここに来てさらっと重い新事実をありがとよ。

 

「主は気にせずよい。それに気に食わぬ事だが、主は小鴉を助けると決めておるのだろう?なれば勘違いや無知など些細な事。結果が『助かる』と決まっておるなら、今は黙って我の説明を聞いておれ。小癪な事に、この中で小鴉が一番落ち着いておるぞ」

 

見ればはやてはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。

 

「あはは。まあちょうびっくりしたけど、私は隼さんを信じとるから。せやからヴィータも、他の皆もそないな顔せんでや」

 

ちっ、このガキ、言ってくれるぜ。ああ、そうだ、助けてやるともさ。じゃねえと俺の気が収まらねえかんよ?

 

「話を戻す。闇の書、それは確かに凶悪な部類に入るデバイスだ。ロストロギア指定されてもおかしくはない。が、もともとの書はそのような形ではなかった。本来の名は『夜天の魔導書』。偉大な魔導を後世に残すために生み出されたただの資料本だったのだ。それが歴代の腐った主に改悪され、書は穢されてしまった。ヴォルケンリッター共も、その頃の記憶はなかろう」

「……そう、だったのか」

「ふん、人間も大概傲慢だからな……ああ、主は違うぞ。主はそんじょそこらにいる傲慢とは別格の傲慢だ」

 

…………それはフォローなのか?俺は喜ぶべきなのか、それとも全力で殴るべきなのか。

 

「そも誰が原因なのかというと我の創造主だろうがな」

「あ?あのホモ?」

「ああ、あれがヘマをして技術を流出させたのが原因なのだ。そのせいでベルカが戦乱期となる発端を作り、人間には手に余る魔導が蔓延る事となった。夜天の書の改悪に使われた技術もそう、それに銀十字のも……と、まあそれはまた別の話か」

 

ええ、別の話です。そしてそこまで続きません。そこまで続けたら俺の体と精神が持ちません。

 

しっかし、やっぱあのホモやろう、一発どころか10発は殴っておくべきじゃね?何で俺があいつの尻拭いしなきゃなんねーんだよ。野郎の尻なんて拭いたくねえっての。もちろん、美女なら言わずもがな。

 

「あ、あの、誰の事を言ってるんですか?ホモって、ええと」

「小うるさいぞシャマル。お前は黙って空気になっておれ」

「フランちゃん酷っ!?」

「良かったな、シャマル。これでもう次の話まで喋らなくてもいいだろ?」

「隼さんも酷い!私の出番って二言だけ!?」

 

いや、三言だ。

 

「さて、空気の騎士が突っ込みを入れてきたので改めて話を戻そう。と言っても闇の書、いや夜天の書についてはこんな所だろう。どうだ、分かったか小動物」

 

フランが小動物はおろか虫でも見るような顔でユーノを見る。その視線にビクビクしながらもユーノは口を開いた。

 

「……つまり隼ははやてを救う為、魔力蒐集を強行してたって事なんだね。それも根本が間違いだったって事みたいだけど」

「まっ、な。でも、誤解だろうが何だろうがはやては助ける。その為の手段は選ばん!例え家族だろうと女子供だろうと……だろうと……」

 

よく考えたらはやてが助かっても助からなくても、全て終わったら俺死確定してね?………今更か、ははははは。いやいや、俺にはユーリがいるんだ。だから大丈夫。大丈夫。大丈夫。………はは。

 

「でも、実際問題助けられるの?」

 

顔で笑みを、心に絶望を携えていると、ロッテが神妙な顔でフランに訊ねていた。

まあ確かに俺もそれは思っていた事だ。いくら助けるっつっても願いや理想じゃ人は助からんからな。

 

「一つの手として、このまま書を完成させればいい。さすれば意思は飲み込まれるが、『はやて』という固体は生き永らえる事が出来る。その後の破壊などを考えなければな。ちなみに我はそれを望む。もともとそういう計画だった。そうなればこの星と住まう命を犠牲とし、我は主と二人でどこか別の世界に高飛び──────」

「駄目だ!!」

 

ふざけているのか真面目なのか微妙なフランの言葉に、急にロッテが大声を上げた。顔も険しく、しかしどこか悲しそうだ。

 

「もう闇の書のせいでクライド君みたいな人は出さないと誓った!そうなるくらいなら………!」

 

キッとはやてを睨むロッテ。

クライド君……確か昨晩もその名前を言ってた記憶がある……そう、こいつの彼氏の名前だ。

なんだ、もしかしてその彼氏は闇の書のせいで大怪我したとか?ふん、同情は出来んな。ロッテみたいな可愛い彼女がいるなら大怪我の一つや二つなんのそのだろ。むしろ俺が大怪我させてやりてえわ。

 

まあ、取り合えず今それはさておき。

 

「落ち着けや、猫」

 

俺はロッテの頭にポンと手を置いた。

 

「に゛ゃ!?い、痛ーーい!」

「あ、すまん。間違えてガツンと手を振り下ろしちまった」

「あ、あんたね、普通今の場面は優しくなだめる所だろ!?」

 

いやあ、俺もそうしようと思ったんだけどね。あわよくばそれでニコポ→彼氏より隼の方が好き→NTRフラグ成立、みたいなの狙ってたんだけどな。つい可愛いはやてにガンくれやがったから。

 

俺は謝罪と痛いの飛んでけーの意味も込めて、改めてロッテの頭を撫でてやった。

 

「まあ落ち着け。言っただろうが、俺ははやてを助けるって。それは何でかってよ、これから先はやてには無邪気に笑って生きて欲しいからだ。ガキなんだからよ。その為にゃ意思がなけりゃ駄目だろ?だからフラン、てめえの計画ってのは却下だ」

「ふむ、分かっておる。そんな事はせん」

 

しれっと何ともない風にフランは頷いた。

あれ?もうちょっと渋るかと思ったんだけど。

 

「一つの手、と言ったろう?確かに当初はその計画でいくつもりではあったが、事ここに至ってはもう諦めた。そんな事をすれば主に嫌われる。それは嫌だ。数多の生命を犠牲にする事など全く厭わん我だが、そのせいで主に嫌われたくない。よって主の望まぬ事をするわけがない。分かったか、猫」

「あ、ああ」

 

ロッテは荒い鼻息を静めると同時に、ふとといった感じで続けた。

 

「ところで昨晩から気になってたけど。何でフランは隼の事『主』って言ってんの?」

「は?何をふざけた事を。主だから主だ、殺すぞメス猫」

 

言うが早いか手元にあったコップをロッテに向かってブン投げた。それを焦ってかわすロッテ。

 

「ちょ!?危なっ、今かすった!」

「ちっ、猫だけに俊敏性がいいか」

 

この距離でかわせるロッテの反射神経も凄いが、人の顔面に向かって何の躊躇いもなくコップをブン投げられるフランは相変わらずSかMか分からない奴だ。……いや、Mっ気を出すのは俺にだけだったか?

 

「あ、あのなフラン、もうこれ以上部屋の中を荒さんといてや……」

 

はやて、それはもう今更だろ。部屋どころか家自体をもう建て替えたほうがいいレベルなんだかんよ。

 

「はいはい、俺とフランの関係は後で話してやっから。で、フランよぉ、そう言うからにはまだ手はあるんだよな?素晴らしいエンディングになる手が、よ?」

 

と聞いてはみるが、実の所そんなのは分かりきっている。

だってこの俺が作り出す物語よ?バッドエンドが大嫌い、大団円大好きなこの俺が目指すエンディングなんだ。そりゃもう笑顔振りまくハッピーエンドしかねーべ。

 

「無い」

「そうだろう、そうだろう、無いだろう……………………………………あん?」

 

あれ?聞き違いかな?今、『無い』って聞こえたような………ああ、それとも最近ひらがなの『あ』と『る』が『な』と『い』に変わったのかな?

 

「フラン、もう一度言ってくれる?」

「ふむ、お約束のようなやり取りが主は好きだな。ではもう一度だけ言うぞ……………無い」

 

無い?……無い……ナッスゥイング!?

 

「………………ンだとおおおおおお!?!?」

 

ちょい待て!今の流れでその答えおかしくね!?そこは普通『有る』の一択だろ!!

 

「ふ、フラン、どういう事だ!主を助ける手はないのか!」

「ふざけんなよ!あれだけ思わせぶりな発言しといてそりゃねーだろ!」

「フランちゃん、何かないの!?」

「そうだ、俺たちが自壊すればもしかしたら主は助かるのでは…………」

 

フランに詰め寄るヴォルケンズ。流石のコイツラも主の命を救う手がないと言われたら大人しくはしてられんのだろう。

それに続くようにユーノとロッテも声を上げた。

 

「僕もはやてを助けてあげたい。君達がやってた事は間違ってるけど、僕と同じ年の子が死ぬのも間違ってる!」

「そう……やっぱり間違ってはいるんだよ。こんな良い子に闇の書の罪を背負わす事なんて……でも、それでも……いや……うぅ~」

 

はは……ホント、はやては愛されてんなぁ。

仮に俺が死んじまう事態になれば、うちの家族はこうやって怒ったり悲しんだりしてくれんだろうか?お隣さんはどうだろうか?…………その時、俺は独りではないのだろうか。

 

なーんてセンチな考えなんて俺にゃあ似合わねーか。まっ、俺ぁ簡単には死なねーけどよ。

 

「おいフラン、あんまふざけた事言ってんじゃねーぞ。はやては死なせねえつってんだよ。手が無いなら作ってでも助ける!」

「隼さん、皆………」

 

無理だろうと無茶だろうと願いだろうと理想だろうと、ンなもん全てを捻じ伏せた上で助けてやる。

そうしなきゃ、俺が俺でなくなる。俺がそうしたいからそうする。俺は、どんな事があっても俺を肯定する。

 

だから俺ははやてという命を、存在を肯定する。

 

「フラン、ホントに助ける手立ては無いのか?あのホモ野郎から何か聞いてねえのか?」

「ある」

「そうか、あるか…………………………………あん?」

 

今、こいつ何てった?『ある』?………ああ、もしかして最近ひらがなの『な』と………ってそうじゃねえ!!

 

「「「「「「「「あるの!?」」」」」」」

「我は一言も『助からぬ』とは言うてないぞ?」

 

ニヤリとサドッ気満載な笑みを浮かべるフラン。そんなガキに俺は皆の総意を持って拳骨を振り下ろした。

 

「いきなり何をする、気持ちいいではないか。やるならせめて夜、ベッドの中で─────」

「黙れ、真性マゾヒスト」

 

とうとう痛さを感じなくなっちまったようだ。

 

「やれやれ、早とちりしたのは主であろうに。『素晴らしいエンディングになる手は無いか』と聞かれたから『無い』と答えたのに」

「どういう事だよ」

「素晴らしいエンディングになる手は無い。が、『小鴉が助かるエンディングになる手は有る』という事よ」

 

フランは2本の指を立てた。

 

「…………我の考えている手は二つ」

 

粛々と述べる。それはどこか諦めているような表情だ。

 

「一つは闇の書を徹底的に破壊する。一度書を完成させ、小鴉が意思を飲み込まれる前に管制プログラムを奪取し、防衛プログラムを分離する。然る後、まずは防衛プログラムを破壊。次いで再生機能が働く前に制御下に置いた管制プログラムを破壊する」

 

おおっ、なんだよ、ちゃんとした手があるじゃん。それで行こう、それで……………………待て。

 

「そ、それって、シグナムたちはどうなってまうん?」

 

俺が思った事をはやても思ったのか、焦った様子でフランに訊ねる。それは縋るようだが、だからこそフランの答えも分かっているのだろう。

 

「ふん、死ぬな。いや、プログラムだから消える、か。仮にこやつらが消える事を防げても、最後の騎士は確実に消える」

「最後の騎士だと?待て、そのような者は………」

「やれやれ、やはりそれも忘れておるのか。将なら覚えておけ。騎士はな、4人ではなく5人。最後の一人は融合ユニットにして管制プログラム。ただ、今は防御プログラムによって封じられているがな」

 

ああ、だから夜天はいなかったのか。……て、ん?夜天が消えるだと?

 

「却下だ」

 

力強く言う。

うん、当然だよね。シグナムたちが消えるかもしれないのに加え、夜天は確実に消えるときたもんだ。ハハ、冗談ぶっこくなって話だよな?あの美貌を失うなど、人類史始まって以来の損失だっつうの。

 

「俺は大団円が好きなんだよ。皆生きてなくちゃいけねーんだよ。何で夜天……ああ、まだ名前ついてねえのか。ええっと管制人格だっけか、そいつを犠牲にしなきゃなんねーんだよ。絶対イヤだね」

 

夜天だぜ、夜天。夜天がダブルだぜ?銀髪美女が二人だぜ?いや、もうその光景考えただけでフィーバーしちまいそうなんだけど。ちょっと今回の件済んだら一夫多妻制がある国に移住しようかな。

 

「言うと思うたわ。だが、これが我の考えてる中で一番無難な計画なのだぞ」

「無難だろうが何だろうがイヤなもんはイヤだ!はい、二つ目の手は?」

 

駄々をこねる俺にフランは溜息をつき、一度だけ目を瞑ると覚悟を決めたかのように話し出す。

 

「二つ目……これは我は絶対に勧めん。主に頼まれなければ、今この場で提案する事すらしなかったろう」

 

は?なにそれ?一体それはどういう…………。

 

「主よ────小鴉の為、これから先の人生を犠牲にする覚悟はあるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重々しい沈黙が辺りを包む。誰も喋ろうとせず、身動きもとらない。外を通り過ぎる車の音と、時々部屋の壁などが軋む音だけが唯一のBGM。

 

この沈黙、つまりフランが二つ目の手の内容を喋った時からどのくらい続いているのだろう。

 

誰も喋れない。だが、皆の視線は一点に集中している。そして、その顔は悲しいような苦々しいような遣る瀬無いような、そんな複雑極まりない顔だ。

 

「…………ンなツラすんなっての」

 

今現在、注目の的である俺が久しぶりに口を開く。そんな俺は、一体どんな顔をしているだろう。

 

「フラン、その他に手はねえのか?」

「………無い。少なくとも我の思いつく限りではな。これが主の言う所の『大団円』に最も近い案だ」

 

そう、最後にフランが挙げた案ならば……俺の犠牲の上に成り立つ案ならば、確かに大団円だろう。

 

はやても、シグナムたちも、夜天も───誰も死なない。加えて闇の書の闇も完全に消滅させる事が出来る。

俺自身が犠牲になるとは言え、それは何も死ぬわけじゃあない。

 

ああ、確かに。確かに一見すれば素晴らしい案だ………………けど。

 

「却下……Noだよ。No、NoNo、NoNoNoNo!!」

 

素晴らしいが…………それは俺が素晴らしくない事態に陥っちまうじゃねえか!確かに死にゃあしねーが文字通り一生モンの問題抱えちまう!しかも比喩とかそんなの抜きで、ギャグとかコメディ抜きで、マジモンの問題をよぉ!

 

「何で今回だけそんなガチなんだよ!今までのご都合主義展開はどこいった!?」

「この世界にご都合など無いという事だな」

「お前、ちょっと半年前の出来事おさらいしてこい!」

 

あれだけご都合やってて、なのにここに来てまさかのリアル思考だぁ!?ふざけんなよ!

 

「ほ、ほら、例えばよ、俺の写本使って原本を再構成するとか?なんか出来そうじゃん、そういう展開に。それで行こうぜ」

「無理だな。そのようなありきたりな展開、この物語には相応しくなかろう」

「相応しいよ!お約束は守ろうぜ!俺、そういう王道大好きなんだよ!ご都合万歳!最後まで馬鹿なご都合貫こうぜ!」

「こればっかりは無理だ」

 

だああああああああああああああああああああ!!!

 

ど、どうするよ、俺!?マジでそれしかねえのかよ!ぶっちゃけイヤだっつうの!何で俺がガキ一人の為にテメエを犠牲にしなきゃなんねえんだよ!

確かにはやては助けたいよ?けど、その為に俺が被害を被るって…………イヤ!

 

「…………よし、管制人格にはお陀仏なさってもらおう」

「え、ちょ、隼、それでいいの!?」

「じゃあユーノが代わってくれんのか!?代わってくれないよね!てか代われないよね!だったら口挟むなや!!」

「ご、ごめん」

 

最低主人公、ここに再臨。

 

でも、しゃあねーじゃん!確かに夜天は大好きだよ?夜天二人欲しいよ?けど、その為に俺が犠牲になるとかマジ無理!この先まだまだ長い人生を犠牲にしてたまるかよ!…………死なないならいいじゃんとか思ったそこのお前!そう思うなら代わってくれんのか!?代わってくれないよね!てか代われないよね!だったら思うなや!人事だからって楽観視してんじゃねーぞコラ!

 

「………そやね、隼さんが犠牲になるんは確かにおかしいわ」

「はやて…………」

 

俺を犠牲にすれば生きることが出来るのに、それでも俺を踏み台にしないはやて。

俺なんかとは大違いの度量の持ち主だ。今だって笑ってはいるが、それでもまだはやては9歳児。絶対心は不安で満たされているはずだ。なのに人を気遣う事の出来るなんて、もしかしたら俺より大人なのかもしれない。

 

(………何やってんだ、俺は)

 

そんなはやてを見ると俺は自分が惨めになる。凄くガキのように見える。いや、事実きっとそうなのだろう。

 

俺は………俺は!!

 

「つうか元はと言えばお前が闇の書なんて持っちまってるから悪ぃんだろ、自業自得だ!暴走して破壊しつくす前にやっぱお前死ね、この公害魔導師め!」

 

惨めでいいもんね~。ガキでいいもんね~。最低でいいもんね~。

俺ァ自分が一番可愛くて大事なんだも~ん。

 

「最低だ」

「最低だな」

「最低ね」

「最低だ」

「最低だよ」

「最っ低」

「濡れる」

 

心底見下げ果て、さらに果てを目指すような視線が突き刺さる(一部を除く)。

そんな視線を物ともせずタバコを吹かす俺。そんな俺にはやてのポツリと呟く一言が聞こえた。

 

「そやね……やっぱ私が悪いんかな……あはは」

 

……………………あ、あれ?7割くらいは冗談だったのに、それを受け流せてない?なんか思いのほかガチで落ち込んでる?

 

「は、はやて?」

「は、隼さん、今までめ、迷惑かけたな。み、みんなもごめんな。わ、わたしが……ぐすっ……あ、き、気にせんといて……あはは」

「……………………………」

 

周りからの視線に殺気が宿ったのを肌で感じた。でもそれは好都合だ。なにせ今俺自身も殺してくれと願っているのだから。

 

「はやて、嘘だから!マジでゴメン!助ける!お前は絶対死なせねーって!ああ、俺がお前の未来を閉ざす要素なんて全部ぶっ飛ばしてやっから!」

 

さっき自分で思ったじゃねえか、はやてはまだ何だかんだいって9歳児なんだって。『死ね』とか『公害』とか言われて傷つかないわけがねーだろ!

 

俺ははやてに近寄り抱き上げ、きつく抱きしめてやる。そして赤ちゃんをあやすように背中をポンポンと叩いてやった。

 

「泣き止めって、ホント。マジで言い過ぎた。ありゃ冗談のつもりだったけどさ、確かにないわな」

「ぐすっ……傷ついた」

「ああ、ホントすまん。大丈夫だ、お前の未来は俺が作ってやる。俺含め誰も犠牲にならない未来を、よ?」

「………その後は?」

 

ん?その後?その後ってどの後?

 

「………未来を作ってくれた後、傍におってくれる?」

「あ?ああ、な。もちろん、傍にいるぜ」

 

その方が何かと好都合だし。おもに知り合える女性の数が。

 

「………一生?」

 

一生?まあ、それもその方がいいだろうな。

 

「ああ。俺が一生傍にいてやるぜ」

「………………(ニヤリ)」

 

なんだろう、ごく最近同じような台詞を誰かに吐いたような気がするんだけど……まあ、いいか。はやてに笑顔も戻ったようだし。そうだな、ガキはやっぱ笑ってなきゃ駄目だ。

 

しっかし、一体どうしようかね~。誰も死なず、俺も犠牲にならない方法ねぇ…………もう一回アルハザードに行けばどうとでもなりそうだが、流石にこの流れであの店が出てくるはずがねーよなあ。

 

さて、どうしたもんか…………。

 

(ん………?)

 

ふとロッテの姿が視界に入った。その姿は相も変わらず可愛らしく、尻尾が規則正しく動いており一層………………て、そうじゃねえよ!

 

俺は泣きやんだはやてを降ろし、ロッテに詰め寄る。彼女は何故か面白そうな顔ではやてを見つめていた。

 

「あの子、将来いい参謀に──────」

「おい、ロッテ」

「ん?なにさ」

「お前もさ、闇の書を壊したくて俺たちを助けたんだろ?手伝わせるためか、それとも利用するためかは知んねえけど」

 

詳しくは聞いてないが、これまでの発言とこいつの動きで何となく。

 

「…………まーねぇ、それが父様の願いだったから」

 

少し迷ったようだが、しかし意外にもするりと白状した。

隠すのは今更かと思ったのだろうけど、ロッテ自身の感情もはやて寄りになるには、昨日の晩は長いくらいだったからな。

 

「ふ~ん。つまりお前のその父様は闇の書についてある程度知識があり、かつどうにか出来る手段も持ち合わせていると」

「うん、私たち姉妹も闇の書を封印するつもりで動いてたからね…………でも、その封印手段は─────」

「あ、もういい。分かったから」

 

そっかそっか。封印手段を持ち合わせているのか。それが使えるものであれ、駄目なものであれ、持ってはいるんだな。

 

「よし」

「え、あ、ちょっと!?」

 

俺はロッテの腕を掴むとそのまま割れた窓ガラスの上を跨ぎ、庭に出る。いきなりどうしたのかと皆が見つめる中、俺は爽やかに一言。

 

「ちょっとコイツのご主人様とやらに会って来るわ」

「「「「「「「「は?」」」」」」」

 

いや、だってよ、今俺たちの考えてる案はどれも大団円とは程遠いじゃん?で、これ以上このメンツで考えても良い案なんて出るわけがねえ。

だったら知識がある第3者に考えを求めるのが定石だろ。

 

「は、隼、いきなり過ぎるって!」

「考えるな、感じるな、ただ動け、それが俺の信念だ。今作ったんだけど。さあご主人様の元へワープだ!それともテレポート?言っとくが拒否権はねーぞ?拒否ったら内通者として、ユーノから管理局に引き渡すから」

「…………ああ、もう!なんでこの男って!」

 

俺は絶対に犠牲になんねーぞ!

 

さあ、俺が目指す大団円へ向かっていざ!

 

 




今回からまた徐々に物語が進んで行きます。

相変わらず主人公が好き勝手するので、真っ直ぐには進みませんが汗


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16

 

よくSF映画なんかで近未来の建造物を出てくるだろ?何かさ、壁がえらい光沢のある金属っぽいやつだったり、"ピッ"って言って"シャッ"て開く扉だったり、テレポートするような場所があったりよ。

ああ、現実でもいつかこういう風景を拝めるのかねぇ、一家に一台メイドロボとかになる日が来るのかねぇ、そんな思いを誰もが一度は馳せた事があると思う。

 

かくいう俺は思いどころかそれを体験済みだ。半年前の、今は無き時の庭園(現・俺の別荘)での初体験。扉とか壁とかは地球のモンと変わらなかったが、売却商談する際に使ったあのコンピューター。あれ、画面とか普通に宙に飛び出してたし。マジ未来じゃん、とか感じたもんだぜ。

 

だが、今思えばありゃあ小っちぇ未来さだったんだよ。今、目の前に広がってる光景に比べたら、時の庭園の何ともショボイこと。ああ、やっぱ所詮は庭だったって事だよな。やっぱ未来的っつったらよ、こう建物がビシッと連なってドバッとぶっ建ってるようなもんじゃなきゃな。その中を歩いてる人間もよ、なんか変な機械使いながら誰も居ない空間に喋り掛けたりして、服装も未来チックなもんでよ、いかにもって感じを漂わせとかなきゃな。

 

そして今の目の前の光景は、まさにそんな感じだった。

 

「えっすえふぅ~!超未来的じゃん!お、何か空飛んでんぞ!あ、ちょいそこの兄ちゃん、あんたそれ何持ってんの?……おー、すっげえ!よかったらよ、俺の持ってるiPadとそれ交換しね?」

「ちょっと隼、少しは大人しくしてよ!」

 

ロッテが勝手に動き回る俺の腕を掴み、目的地へ行かせるために強制的に歩かせてくる。

 

「お、おい、ちょっと待てって。今こちとらSFを満喫しとんじゃ。邪魔すんなよ」

「ここに何をしに来たのか思い出しな!」

「思い出すも何も、ちゃんと覚えてるって。………観光?」

「全然違~う!」

 

にゃあにゃあと喧しい奴だな。なのはかよ、お前。分かってるよ、覚えてるって。自分から言い出した事を忘れるわけねーじゃん。

 

「俺は、お前たち姉妹の義父様にご挨拶に来たんだ」

「そうそう……じゃないよ!挨拶って何!?それに父様のニュアンス違くない!?」

「ちなみにこの世界ってどういう法律あんの?おもに異種族との結婚方面に関して」

「どうしてこのタイミングでそういう質問が出んの!?」

 

と、このようなやり取りをして早1時間………つまり、ここミッドチルダに来て1時間経っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法世界ミッドチルダ。

漫画とかじゃあ魔法が存在する世界は科学の発達が遅いってのが通例だが、ここはそんな通例に真っ向から上等ぶっこいてる世界だ。まあまるで魔法チックじゃない魔法なので、通例が通用しないのも分かるけどよ。

何で魔法に砲撃ってカテゴライズがあんだよって話だよな?何で杖が機械なんだよって話だよな?ハリーポッター見習えよ。

 

と、まあそれはどうでもいいか。この世界がどういう世界だとかは兎も角、俺を楽しませてくれるなら何でもいいさ。

そして正味な話、今日この世界に来たのはロッテのお父様、ギル・グレアムとかいう人に会いに来たのだ。その理由は省く……てか前話参照。急な話なのにそのおっさんは都合を付け、そしてここミッドチルダにある管理局地上本部に会談の席を設けてくれたのだ。

 

「いや~、まだ見ぬおっさんだが、中々話の分かる年寄りっぽいな」

 

ロッテから聞いたギル・グレアムの人物像を思い出す。

時空管理局の提督として今でも活躍している渋いおっさん。局内ではその優秀ぶりに『管理局歴戦の勇士』なんていうカッチョイイ通り名まで付いているとの事。しかも出身は何と地球の英国!俺の紳士度と同等の紳士が蔓延っている英国!

この超紳士である俺に対し、本場紳士はどの程度なのかちょっと見ものだ。

 

「ふふん、まっ、どんな紳士が出てこようとも俺の方がマジ紳士だけどな」

 

俺は異世界の青き空を仰ぎ見ながら胸を張る。

ああ、今日もいい天気だ。それに街を歩く人の賑わい、レストランや露店から漂ってくる美味そうな香りは地球と変わりない。

 

「やっぱユーリも連れてきてやるんだったかな」

 

学習能力というものが欠落してる俺は、今回またしてもユーリを家に置いてきた。と言っても別に今回は戦闘するつもりはないから危険はないだろう。あいつもまだ寝てたしな。

こういう楽しげな賑わいの中を連れまわしてやりたい気もしないでもないが、まあそれはまた別の機会だな。

 

「帰ったらまた五月蝿そうだ」

 

涙目で『なんでまた一人で行っちゃうんですか!ずっと一緒って言いました!』なんて攻められるのが目に見えてる。まっ、土産の一つでも買って帰れば落ち着くだろうけど。

 

「ん?」

 

不意にポケットの中に入れておいた端末が震えた。それはこのミッドチルダに来たときにロッテから渡された通信端末。

俺はそれを取り出すと、事前に説明された通りに操作して通信を受けた。例の宙に飛び出す画面が出てき、そこに映ったのは猫耳をピンとおっ立てていかにも怒ってますといった風なロッテ。

 

《隼!》

「おお、ロッテ。どしたのよ?」

《どしたのよ、じゃない!今、どこにいるのさ!》

 

どこ?おいおい、おかしな事を言うやつだな。さっきまで一緒にいて、そして俺の思考もある程度分かっているだろうに、そんな今更な質問をするとは。

 

「ちょっと観光」

《何でホントに観光しちゃってんの!?》

 

いや、だってなあ。こんな見も知らぬ場所にきちまったら、そりゃあいろいろと見て回りたくなるじゃん?でもロッテの奴、早く父様のとこ行くぞ行くぞとうっせえからよぉ、トイレ行く振りして抜け出しちまった。

 

《そんなの後でもいいじゃん!父様待たせて何考えてんだ!》

「何を考えてるだと?ンなの、楽しもうとしてるだけだよバカヤロウ。適当に楽しんだらまた連絡入れてそっち戻っからよ、それまでさいなら~」

《~~~ッッ、ぶわぁかーーーーーーーーーー!》

 

ガシャンという大きな音と共に画面は消えた。最後に映っていたのは壁だったため、どうやら投げつけたのだろう。

まったく、これだから女のヒステリックは敵わん。だいたいロッテも半分猫ならもっと自由気ままな考えを持とうぜ。余裕ってやつをよ?

 

まあ実際のトコ、こんな観光してる余裕なんてないのかも知んねーけど、ンな事知った事かっての。

 

「さて、ロッテからの快諾も貰ったし、ぶら~と魔法世界を散策するとしますかね」

 

端末をポケットに戻し、さっそく歩き出す。

そういえばいつだったか、この冒険心が疼いて時の庭園を散策したっけな。まあそこで見つけたのはアリシアの死体なんてとんでもない代物なんだが………。そう考えれば、今回もまた何か見つける羽目になるのかねえ。流石にこの繁華街で死体なんてものに出くわすとは思えんが、もっと違う、例えば───────。

 

「止めてください!は、離して!!」

「…………………」

 

ふと声の聞こえたほうを見れば、そこには男4人に四方を囲まれている金髪の女性がいた。

 

(うわ~、なんかイベントきた~)

 

……………って、いやいやいやいや。なんかさ、もうこれはなくね?別に俺は振ったわけじゃないのよ。フラグを立てたつもりもないのよ。確かにお約束も王道も好きだけどさ、だからって言った瞬間それ?しかもギャルゲーとかによくあるベタベタな展開っぽいし。

 

勘弁しろよ、俺がどこにでもいるようなギャルゲーの主人公に見えるか?ギャルゲーの主人公ってさ、別のギャルゲーの主人公と入れ替えても絶対大差ないキャラ性だろうけど、もし俺とギャルゲーの主人公を入れ替えたらどうなる?自分で言うのもアレだけど、もう……きっと酷いよ?

 

(はぁ……まあそれにしても、どこの世界にでもいるもんだねえ、ああいうクズい感じの輩って)

 

自分の事は、スカイツリー並みに高い棚に置いといて。

 

女性を囲んでいる4人の男。頭を金髪、茶髪に染め、それぞれがだらしなく服を着崩している。

どう見てもDQNです本当にありがとうございました。

てか魔法世界にも腰パンってあるんだな。というかそういう髪色も含め、そういう格好をする人間は地球と同じ感じなんだな。それにしても男どもは見たとこ10代後半から20代前半。という事はナンパか、はたまた最近流行のキレやすい子供なのか。

 

「で、そんな男4人にいちゃもん付けられている女性が一人というあの状況に対し、世界は俺にどういう行動を望んでんだよ」

 

熱血主人公のように、正義感に駆られて女性を助ければいいのか。

クール主人公のように、格好をつけながら何でもない事のように女性を助ければいいのか。

通行人Aのように、見て見ぬ振りで女性は放っておけばいいのか。

 

う~ん、そうだなやっぱりここは………。

 

「女の顔見て決めよ」

 

最低な主人公のように、女性が美人だったら助ける方向で。

 

果たして、そこにいた女性のご尊顔の程はというと…………。

 

(うん、まあ可愛いな。可愛い。うちの奴らと同レベルはある……が、う~ん……まっ、いっか)

 

ちょっと悩んだ末に助ける事で決定。ああ、なんて立派な俺。

 

「は~い、ちょっとごめんよ。お前ら、そのへんにしとけ?」

 

俺は気だるげに割って入った。

 

「あ?んだよ、てめえ」

「うわお、正義の味方登場で~す」

「お兄さん、かっこいい~」

「今、ボクたちがこの子と話してるんですよー。外野は引っ込んでてくれますぅ?」

 

男たちは四者四様の反応を俺に向けてきたが、統一されてるのは俺にナメ腐った態度を取っているということ。

 

ああ、なんだろう、この数年前の自分を見てるような懐かしい感じは。………え?今も?

と、そんな昔を振り返ってる場合じゃねえな。別に俺は懐古厨じゃねーし。

そんな事よりも注目すべきは男より女の方だよ。

 

金髪の女の子。服装はなんかヘンテコなもので、地球でいうところのカソックっぽい感じの服。雰囲気の印象はお淑やかって感じだが、それは男に囲まれているというこの状況によるものか、それとも地なのか。体つきは今後に期待。そして何より西洋人形のような顔。可愛い。これ重要。

 

……ただし、である。

 

(年がなぁ、もうちょっとなぁ)

 

悩んだ理由がそれだ。

見た目、おそらく10台半ば。大人っぽい雰囲気が出ちゃいるが、俺的にはギリでガキの範囲。流石にフェイトやなのはのようなモロガキって感じにはならんが、それでも、う~ん。

 

(まぁ、お姉さんとかいればワンチャンあるかもだし、今後の為にも知り合いになる価値は十分に………ん?)

 

気付けばその女の子が俺の顔をガン見していた。それも何故か呆けたような、驚いたような、そんな表情をしている。

 

(ンだぁ?俺の顔に何かついてんのか?……ああ、もしかしてこいつらの仲間と思われた?)

 

忘れているだろうけれど、俺の今の髪はちょっとばかし金色だ。プリンだ。さらに言えば路上喫煙上等とぷかぷかとタバコをふかしている格好。

誤解されてもなんらおかしくはないな。

 

俺はその誤解を解くと同時にこの場を収めるよう柔らかく口を開く。

 

「まあまあ君たち、この子が何かしたのか知らないけど、ここは大人になろうじゃないか。男は大きく構えて女性を受け止めないとね」

 

俺は優しくガキ共を諭すと同時に、怯えているであろう少女に向かって『もう大丈夫だよ』という意味合いで笑顔を見せる。

 

ああ、俺ってマジ紳士。

あとで本場紳士に会うため、少しでも俺の紳士度を上げておこうじゃねーか。ついでに女の子の方にも好印象付けとかねえと。

 

「いいかね?こんな青空のように、もっと心も大らかに───────」

「うっせえよ、おじさん。年寄りは隠居でもしてろよ」

 

………………………。

 

「そそ。邪魔なんだよ、クソヤロウ」

「てか、いい年して金髪とか在り得ねえ~。バッカじゃね?」

「ボコられたくなかったら5秒以内に消えろよ。つうか喋るな、口臭ぇんだよ」

 

そう言って男の一人が俺の胸をドンと手で押し、まるでゴミでもみるようにヘラヘラとした笑いを浮かべながら見下した。

 

「ま、まあまあ、落ち着きなさい君たち。言葉の暴力という言葉を知っているかな?ほら、そこの女性も怖がってるようだし、ここは俺の顔に免じて────」

「だから、うっせえっつってんだろ!」

 

擬音で表すなら『バキッ!』とか、そんな感じの音が耳に入り、視界がぐりんと横に移動した。その後、頬に鈍い痛さと熱が発生しているのを感じ、そこに至ってようやく自分が殴られたのだと思った。

 

(うそ?今、ボクちゃん、このクソガキに殴られちゃった?………あはははははは)

 

………ああ、無理。もうホント無理。てか俺頑張ったよね俺、超頑張ったよね。もうゴールしてもいいよね?堪忍袋の緒というゴールテープをズタズタにぶっち切ってもいいよね?

 

「さっ、じゃあ正義の味方(笑)なおじさんは放っといて、俺たちと何処か───────」

「……待てやコラァ~」

 

俺は女を引っ張っていこうとする男の肩に腕を回し、肩を組む形をとって至近距離でガンつけた。

 

「テメェら、人が優しく穏やかに対応してこの場を収めようとしてやってんのに、それをいい事に調子ぶっこきやがってよォ。しかも俺の美顔に一発かますたぁいい度胸じゃねーか。ここまで上等くれといてタダで済まそうなんて思ってんじゃねえだろうなぁ、おお!?」

 

先ほどとは一変した俺の様子に男共はもとより、少女の方も目を見開いて驚いている。

あ~あ、せっかく紳士な俺を見せて好印象を抱かせようと企んでたのによぉ、それがこのバカガキ共のせいで台無しになっちまった。でも、しょうがねーべ?余裕を持つことも大事だけどさ、我慢はやっぱ体に悪いよ、うん。

 

「全員、ちょっとそこまでツラ貸せや。ここじゃ人目が多いかんよォ」

 

肩に回した腕をそのままヘッドロックの形にし、もう一人近くにいた男の髪の毛を掴みながらすぐそこの薄暗い路地へと入っていく。

と、その前に一人取り残された子に一言。

 

「おう、もう大丈夫だかんよ。こいつらには俺がきっちりオトシマエつけといてやっから、もう行きな」

「え、あ、あの……」

 

何を言いたそうなその子から踵を返し、俺は男共をつれて路地裏へと入った。

 

もう女の子の事は諦めよう。今は女の子にいい印象植え付けるより、この溜まった鬱憤を解消するのが先決だ。

 

さて、じゃあ鈴木隼君による異世界初の紳士的指導タイムと洒落込もうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「すンませんっした!!!」」」」

 

顔を腫らし、鼻や口から血を垂らした男4人が綺麗に90度の角度で腰を折って頭を下げている。

それを俺はタバコをふかしながら横柄に見下す。

 

「今度からよォ、喧嘩ふっかけるなら相手をよく見て上等こけや」

「「「「申し訳ないっス!!!」」」」

 

ったくよぉ、最近のガキはホント血気盛んだねぇ。てか、やっぱここは魔法世界だな。家族やなのはとかアリサ以外で喧嘩に魔法使われたのは初めてだわ。まあヴィータとか理とかみたいに凶悪な魔法じゃなく、ちょっせえ魔法弾だったから普通に拳で対応出来たけど。

 

「まっ、てめぇらみたいな馬鹿な元気は俺ぁ嫌いじゃねーぜ?そうだよな、これくれえ無鉄砲でバカじゃねーとな………そうだな、どうせもうちょっと観光してく気だったし、テメェら、今から飲み行こうぜ。俺が出してやっからよ」

 

ロッテから借りた、返す気のない金だけど。何かあった時困ると言ってここに来る前にこの世界の紙幣を何枚か貰ってたんだよな。

 

「「「「ま、まじっすか!?あざーーっす!!!」」」」

 

まだ昼であり、そもそも男たちは未成年だろうけれど、ンなもん些細な問題だ。地球外の酒屋や酒も気になってたし。

 

「美味い酒飲めるとこ案内しな。もし不味かったらタダじゃ…………」

「あの……」

「あん?」

 

声が聞こえたほうを見れば、そこにはもうどっか行ったと思っていたあの女の子が居心地の悪そうに俯いて立っていた。

 

「あれ?なんだ、まだいたのか」

「は、はい。あの………」

 

その子はギュと自分のスカートを掴むと俯いていた顔を上げて、小さく震えながらも振り絞るようにこう言って来た。

 

「今からお暇ですか……!」

 

は?いきなり何言ってんの、この子。暇も何も、今あんたの目の前でこいつらを飲みに誘ったとこじゃん。暇じゃねーよ。

 

と、俺が首を傾げていると、男の一人が耳打ちしてきた。

 

「旦那、やったじゃないですか」

「は?なにがよ」

「何がって、分かってるくせに。もろ誘われてんじゃないっすか」

 

………………え。

 

バッと今一度その女の子を見た。顔は耳まで真っ赤にしており、スカートを握りこんでいる手は可愛くぷるぷると震えている。そして、その目はどこか期待しているような感じで潤っている。

 

マジで?

 

「やっぱ流石っスね旦那!いや~、羨ましいっスわ!」

 

重ねてマジで?

地球ではまるでモテない、暴力的な俺。だが、世界が変われば評価も変わるという事か?まさか……まさかとうとう本当に!

 

俺の時代キタああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

「ああ、もちろん暇だぜ!この後も何も予定ないし!なんかあったような気がするけどないし!ンじゃ行こうか!」

 

楽しく喧嘩した後にすぐさまデートとか、マジで魔法世界サイコー!……年齢的に駄目じゃなかったのかって?馬鹿が!ギリアウトレベルでも、そこに相手からの好意がプラスされたらギリセーフになるんだよ!

 

あっと、その前に。

 

「おら、お前ら」

 

俺はポケットから財布を取り出し、そこからロッテから貰ったミッドチルダのお札を数枚取り出し、男共に手渡した。

 

「これで美味いもんでも食いな。貸しといてやんよ」

 

知っての通り俺は金に関してはうるさい。ケチ臭い。いくら金持ちになってもそこは変わん。自分の為には何の遠慮もなく使うが、人のためには滅多に使わん。

だが、だからこそ遣いどころは心得ている。

アニキとまで言って俺を慕うバカヤロウ共を、何もなく帰したんじゃあ男が廃るってもんだろ。飲みに行くと誘った手前もあるし。それにこの場合、この子とデートする切欠を作ってくれたと言えない事もねえからな。それに何よりこの金、もとはロッテのだし。

 

「「「「だ、旦那ァァァァアアア!!!」」」」

「おうよ」

 

あーあー、うざってえ、咽び泣くなよ。

 

俺は血と涙を流す男共をあしらった後、改めて女の子の方をみる。

てか、見れば見るほど可愛いな。付き合うとか、そういうのを抜きにしても一緒に遊びたい子だ。見た目から察した歳は……う~ん、まあ、さっきも思ったように欲を言えばもう少し上がいいかな。タメから±3歳が理想だ。が、理想は理想。

 

(と、いつまでもこんな思考に耽ってる場合じゃねえ)

 

これはこれで待ち望んだ千載一遇のチャンス。訪れた好機。

デートに誘われるなんて今まで一度もなかった。女友達と遊びに行った事はあるが、そこには勿論男友達もおり、こうやって二人でどこか行くなど皆無。

いい加減、チキンだのヘタレだのという汚名を払拭しようぜ俺。

 

「お待たせ、じゃ、行こうか。つってもこの辺の地理には詳しくねえんだけど。ああ、昼時だし、どっか喫茶店見つけたら入るか」

「あ、はい」

 

字面だけ見るならさも普通に誘ってるように見えるだろ?隼、やれば出来るじゃんと思ってるだろ?

とんでもねーですよ。

脇汗ダラダラ、手汗ニチョニチョ。緊張で顔が引き攣ってるっつうの。……ヘタレ?いやいや、これは可愛い子に対するある種の褒め態度だよ。暗に『こっちが緊張するほど可愛いね』的な?

 

「………あの、あなたはこの世界の人ではないんですよね?」

「あん?」

 

喫茶店を探すべくキョロキョロと周りを見渡していた俺の隣から、唐突にそんな事を言われた。ただ、疑問系で尋ねられてはいるんだが、どこか確信めいていて、それでいて期待している声の調子だ。

 

「ああ、まあな。第……忘れたけど、管理外世界からな。地球ってとこ。ちょっとした旅行みたいなもんだ。てか、よく分かったな」

「は、はい、まあ……」

 

どうにも歯切れの悪い言葉が返ってくる事に、俺は若干の疑問を抱いたが、しかしそこでふとある一つの思いに到った。というより、誘ってきたにも関わらずテンションの低い彼女の雰囲気で、冷静に己と今の現状を考えられるようになった結果かもしれない。

 

つまり、何が言いたいのかというと。

 

(これって別にデートでも何でもなくね?)

 

この子が『暇ですか』と誘ってきた時のあの様子、あれは今思えば照れてるとかそういう感じじゃなかったような気がする。いや、確かに照れもあっただろうし、勇気出して頑張って誘った感もありはしたけれど、どうにもその『頑張って』のベクトルが違ったような。

言わば"異性を誘う"というより"見も知らない年上の人を誘う"、この思いで頑張っていた感がある。

 

─────絡んできた男達と同じ風貌の男、きっと同じように怖いだろう。実際路地裏で喧嘩してたし。でも助けてくれたのも事実だからお礼くらいはしなくちゃ。

 

そんな気持ちだったのかも知れない。てか、そっちの方が濃厚だ。

もしくは。

 

(……援交?)

 

これも合点がいく。

一つに例えとして、この子は最初その目的のために男に声を掛けたら実は四人だった。やっぱり断ろうとしたら4Pを迫られ困っていた。そこに現れた俺は四人をフルボッコにした。そして、一人になった俺に狙いを定めたわけだ。

 

男四人の去り際に俺が渡した金、その羽振りの良さ。

異世界出身、後腐れというものの無さ。

 

これも判断基準か?

救いなのは、女の子のテンションが低いことから、この援交は本意というわけじゃないんだろう。人を見かけで判断する俺は、どうしてもこの子が進んで援交をするとは思えない。きっと金に困っているんだろう。あれだ、現代版マッチ売りだ。

 

まあどちらにしても、だ。

 

(そうだよな、俺がモテわけねーじゃんよな)

 

未だモテたためしのない俺が、魔法世界に来た途端デートに誘われる?時代がキタ?

寝ぼけた事ぬかしてんじゃねーよ、さっきまでの俺。

夜天たちと暮らすようになって、テスタロッサ家と交流を持つようになって、機械姉妹たちと遊ぶようになって、八神家に受け入れられて、また俺は勘違いを爆発させていたのかもしれん。周りが皆美人で、そいつらに嫌われてはいないから、イコール『俺カッコイイ、超モテモテ』という方程式が組みあがっていたのかもしれん。

 

バカか、俺は。いや、バカだけどさ。それにしたって、なあ?

 

先にも言ったように、俺はギャルゲーの主人公じゃない。

顔は整っちゃないし、髪だって黒髪サラサラじゃなく、金髪に染め上げてワックスで立たせている。最近は酒の飲み過ぎや不規則な生活で腹が出てきたし、歯なんてタバコのヤニで若干黄色になっている。正義感ゼロでギャンブル好き。鼻毛が出ていたら女性の前でも引っこ抜く事が出来る(むしろアリシアやチンクに引っこ抜かせてた)、そんな男だ。

 

これのどこが主人公?むしろ主人公の親友ポジションか、もしくは主人公のかませ犬的な不良Aのポジションじゃん。

 

(仮に長所をあげるとしてもなあ………)

 

喧嘩が強い。

自分に正直。

誰とでも仲良くなれる。

ガキに優しい。

紳士。

 

これ全部言い換えれば。

 

粗暴。

自分勝手。

馴れ馴れしい。

ロリコン&ショタコン。

変態。

 

………救いなくね?

 

「流石に泣けてくる」

「ええっと……」

「ああ、いや、何でもねーよ」

 

まあいいや。俺がどれほど最低かなんてのは、これまでの俺を見てきた人には分かりきってる事だろうし。

例えこの子がただのお礼目的だろうとも、援交目的だろうとも、取り合えず今は俺とこの子の二人だけ。可愛い女の子と二人でいられるなら、どんな目的だろうとこの際構わん!

 

「お、あれって喫茶店じゃね?じゃ、取り合えず入ろうぜ。昼飯まだだろ?お兄さんが奢ったげようじゃねーか」

「先ほどのお礼もまだなのに、そんな……」

 

そこで渋るか……ふむ、どうやら援交という線はないようだな。………それもそれで残念に思ってしまうこの男心よ。

 

「いいからいいから、こういうのは男が払うもんなの」

「そうなんですか?」

 

いや、たぶん。俺自身、デートなんてした事ねーから真実はどうだか知らんが、ダチの話とか聞く限りでは。

 

と言う訳で。

俺たちは目に入った魔法世界の喫茶店へと入った。店内の様相は地球の喫茶店と代わり映えしなく、店員の『いらっしゃいませ、2名様ですか、おタバコはお吸いになられますか』というテンプレ接客の後、テーブルへと案内された。

 

「ふ~ん、魔法世界つってもこういう店はあんま目新しい感じがしねえな。適当に目の付いたトコに入ったけど、ここで良かった?どっか行き付けの店がありゃあ、今からでもそっちに行くけど?」

「あ、いえ、特には……」

 

テーブルを挟んで対面に座った彼女は、物珍しそうにキョロキョロと店内を見回していた。まるでここに……というか、こういうトコに初めて入ったかのような様子だ。

 

そう珍しくはないと思うんだけどな。店の外観からしてチェーンぽいし、メニューは見たことない料理名ばっかだけど、写真見れば地球で見たことある感じのばっかだし。しいて言えば夜はバーにもなるらしく、バーカウンターとその奥に酒が並んでるくらいだ。

 

「こういうトコ、嫌だったか?」

 

ん~、やっぱ年齢からして喫茶店とかあんま入んねーのか?俺も中学生ン時は大体ファミレスとか公園でダベったり、コンビニで買い込んだ後の宅飲みコースとかばっかだったし。

それとも、逆にもうちょっとオシャレな所が良かったとか?ん~、最近のガキの嗜好はよくわからん。

 

「そういうわけではないです。ただ、あまりこのようなお店に入ったことがないので、珍しくてつい……」

 

恥ずかしげに顔を伏せるその姿は可愛らしいのだが、はて、『お店に入ったことがない』とはどういう事だろうか?

 

俺の怪訝な顔に気付いたのか、彼女はまたも恥ずかしそうにポツリポツリと語り出した。

 

「その、私、教会から滅多に外には出ることがなくて。外に出る時も付き人、教育係りがいつも付いてて……あ、教会というのは聖王教会のことで……だから、こういうお店で食事をする事も極稀なんです」

 

ふへぇ~、驚いたね。こういうお嬢様的な子が本当にいるんだな。ていうか、教会ってことはやっぱシスターさんなんかな?マジかよ、リアルシスターとか超貴重じゃん。

 

「あれ?じゃあ今日はどうしてまた外に。それに、その付き人さんは?」

「ええっと……抜け出してきちゃいました」

 

おいおい、ここに来て『お転婆お嬢様』設定かよ………とも思ったが、どうにもそういう感じじゃない。お転婆とかじゃなく、何か大きな理由でここに来たといったような顔つきだ。しかも、その顔を逸らさず向けているのは、どうしてか俺。とても真剣な目で見つめられる。

 

「そんな見つめられても、俺としては、君の彼氏になってやるって事くらいしか出来ないんだけど。あ、でもせめてそれは4~5年後ね」

「か、彼……!?」

 

いや、冗談だけどな。

そんなマジな表情で見つめられたら、流石にちょっと恥ずかしかったんで、空気を柔らかくしようとしたんだよ。

 

「もしかしてさ、俺を誘ったのは何か理由があるわけ?お礼とか逆ナンとか、そういうンじゃなくて」

 

俺と彼女は紛れも無く初対面であり、俺が誘われる理由は分からないんだが、それでも何かしらの理由がなきゃこの状況はちょっと不可思議なんだ。

お礼ってだけで、初めて会った男と食事に行くか?しかも相手はイケメンでも何でもないこの俺だし。

援交って考えも確かにあったが、ちょっと話してみてその線が薄いってのは分かったし。

 

「……はい。あ、でも助けて頂いた感謝の気持ちは確かにあります。そのお礼も必ず。ぎゃくなん?というのはちょっと分からないですけど」

 

という事らしい。

肯定だった。

つまり、この子には俺を誘うだけの理由があったらしい。滅多に出ない外に出て、男共に絡まれて、それでも止められない理由が。

 

「私、実は未来予知が出来るんですが───」

「あ、悪い。ちょっと用事思い出した。じゃね。おつかれ~」

「ええ!?」

 

なるほど、つまり教会の活動の一環……宗教活動をするために外に出たわけか。それか、頭が別世界とリンクしてるちょっとアレな子か。

どちらにしろ、関わるべきじゃねーよな。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

席を立つ俺を慌てて引き止める少女。その顔があまりに必死で可愛かった為、取り合えず俺はもう一度席に座る。

 

「あの、急にこんな事言われて信じられないとは思いますが……」

「いやいや、うん、大丈夫。お兄さんは信じるよ」

「ほ、本当ですか?ありがとうござ────」

「ところで壷とか売るんだろ?売り上げの何%か貰えるなら、俺ガチで手伝うけど?それとも病院かな?地球でも良かったら、いい医者紹介するぜ。しかもその医者のお姉さんが刑事だからさ、もし自分を抑えられなくなったらすぐぶち込んで貰えるし」

「全然信じて貰えてない!?」

 

ったりめぇだろ。

 

察するに。

未来予知して、今日この世界に俺が来るのが分かったから、教会を抜け出して会いに来たってか?

まあ死者蘇生も出来る今の世の中だ、未来予知の出来る奴がいても不思議じゃねえのは分かる。いいだろう、そこは認めてやろう。

だが、よしんば未来予知が出来るとしても、そしてその予知に俺が出てきたとしても、どうしてわざわざ確かめに来る?俺は、主人公にもなれない普通の紳士だぞ?平穏無事を願う、事なかれ主義だぞ?

そんな男に、例え予知したからって会いに来るか?誘ったりするか?

 

「これを見てください」

 

すっと出されたのは、茶色く褪せた古びた紙の束。

俺は、その束から一枚手に取り眺める。何の変哲もないような紙だが、その片面には文字が書かれている。が、まるで読めない。見たことも無い文字だ。

………ん?いや、待て。ちょっと見覚えがあるぞ?

 

「それが私の能力で読み取った未来を詩文にしたものです」

「これが?」

「はい。ただ、作成期間も限られ、文字も解読難解な古代ベルカ語、その為解釈も無数にあるので、差し詰め『よく当たる占い』程度のものなんですが……」

 

ああ、古代ベルカ語か。道理でどっかで見たことあると思ったら、写本に書かれてる文字と同じなんだよ。

 

しかしよく当たる占いねぇ……あんま信用率は高くなさそうだが、それでも結構凄い能力だよな。………ああ、もしかして、あんま外に出たことが無いって理由はここにあるんじゃねえの?的中率や実用性は兎も角として、教会側から見たらこんな能力を持ってるってだけである種の象徴になりそうだしな。そりゃ抱え込みたくもなるか。俺なら絶対ギャンブルに使うわ。

 

「でもよ、その程度の不確かなモンで、普通、見も知らぬ男に会いたいと思うかね」

 

まあ女はとかく占いとか好きだからなあ。

 

「そうですね、"普通"は思わないです。私は、そこまで冒険心の強いほうではないですから」

「冒険はいいぞ、冒険は」

 

それはそれとして、つまり。

 

「占いの内容が、"普通"じゃなかったって事か?」

「はい」

 

………ああ、嫌な予感。大抵の場合、てか俺の場合、『普通じゃない』=『厄介事へのフラグ』なんだよ。

 

「【数多の世界を司り、法る地にいづれ災い訪れり。侭に流れれば、地は焼け、空は燃え、世界は無限の欲望に満つる。されど異界より現れし者招き入れれば、より巨大な欲望により全てを凪ぐ。其れは混沌を吹き飛ばす自由の風、其れは命の運びをも覆い隠す自由の雲】………これが主な内容です」

 

うん、物騒だね。物騒な単語が満載だね。そして、この『異界より現れし者』って、流れ的に俺の事だよね。

 

「ちなみに、その内容と俺の関連性は?」

「他の文に、私が街で窮地に立たされた時その者が現れる、と書いてあったんです」

「で、今日の事と照らし合わせて俺だと?ちょっと早計じゃね?そもそも、あんたが今日街に出たのって偶然だろ?」

「いえ、予知には月も書かれていました。ただ、何分書かれていたのは月だけで、日にちまではなかったのですが……勘というのでしょうか、私は今日なのだと思いました」

 

出たよ、『勘』。便利な言葉だねえ~。ご都合的な言葉だね~。困った時の勘!

そう言われちゃあ何も言い返せねえじゃん。実際、マジで俺と会っちゃったし。

 

「まあでもさ、その予言の内容の者が俺だとは、まだ確実に決まったわけじゃないだろ?全部そっちの推測で─────」

「私は……!」

 

あん?

 

「私は、あたながそうだと思っています!いえ、きっとそうです!悪漢から身を呈して護って下さる方などそうはいません!そして、その颯爽と現れたお姿は騎士のような貴さを伴った風のようであり、私に向けられた笑みは全てを包み込み癒しの風のようでした!」

 

自分に酔っているのか、頬を赤くしながら何とも芝居臭い台詞回しで声高らかに言う少女。

 

夢見がちな少女というかなんというか。まぁあんま外界との接触ないっぽいって言ってたし……それともあれかな、宗教関係者ってやっぱり頭がちょっとお花畑な人が多いのかな?

 

「あ……すみません、つい熱が入ってしまい……コホン」

「まあ別にいいけどよ。いや、よかないけど。けどよ、やっぱりまだ俺か分かんねーじゃん?俺、今やる事あるからすぐに地球に戻るし。それに仮にまたお前が外に出て、で、今日以上の窮地に立たされて、その時に助けてくれる奴が現れるかもじゃん。そしたら俺じゃなくなるだろ?」

「いえ、大丈夫です。今日帰ったら、災いと思しき事象が訪れるまで外に出ませんので」

「おい、何さりげにニート宣言してんだよ」

 

全然大丈夫じゃねーよ。何、未来に頼りきってんだよ。

 

「お前ね、もっと今を楽しめや」

「今を、ですか?」

「こういう店にも来た事の無いってんだから、年相応の遊びも禄にしてねえんだろ?バカ臭い。教会なんて辛気臭ぇトコに引き篭もるのはよぉ、老後の楽しみにでもしとけ」

「それは……でも、私はそういうのは中々許されない立場なので……」

「立場なんてクソ食らえだろ。もしな、俺以外に人の生き方にイチャモンつけて来るような奴がいたら、こう言ってやれ」

 

拳を突き出し、手のひら側を上に向け、そして中指をピッと立てる。

 

「ガタガタぬかしてんじゃねーよ!引っ込んでな、ファッキン野郎!さもねーとキサマの汚ぇ穴に聖なるロザリオぶっ刺して昇天さすぞ!!」

 

───余談ではあるが、後に少女は実際にこの言葉を使ってしまい、周りの人々を卒倒させた。そして、これを教えたのが俺だとバレ、俺は少女の教育係りに半殺しにされるのだが、それはまた別のずっと先のお話。

 

(ハァ……なんかまた色々フラグを立てちまったような気がするなぁ)

 

ていうか、俺ここに何しに来たんだっけ?

う~ん……まっ、取り合えず。

 

「すんませ~ん、注文いいですか~」

 

飯食お。

 

あ、そういやまだ名前聞いてなかった。

まっ、いっか。取り合えず『アレな人A』ってことで。

 

 



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17

高級ソファ特有の弾力性に身を沈めながら、ふぅ、と、ため息と共に肺に入れたタバコの煙を吐き出す。少しだけ身を乗り出し、右手の人差し指と中指に挟んでいるタバコを目の前のテーブルの上にある灰皿へと持っていき、その縁でかるく叩いて灰を落とす。そしてまたソファに身を沈めて、今度はタバコを持っている手とは逆の手で、先ほど入れてもらったコーヒーを一口。

まるで紳士のリラックスタイムだ。

 

「おい」

 

しかし、そんな優雅な一時を無粋な表情と共に邪魔する者が1名。

牙を剥き、目を吊り上げて俺を睨んでいる。

 

「なんだ、ロッテ?今、俺は優雅なジェントルタイム中なのだよ。邪魔をしないでくれないかな?」

「このエセ紳士が何言ってんだ!」

 

やれやれ、一体何をそんなに憤っているのやら。ボクにはわけが分からないよ。

 

「順を追って説明しな!今、この状況を!」

「さっき説明したろ?」

「もっと詳しく、より鮮明に!」

 

ンだっつうの。訳分かんねえ猫だな。

 

「ちょっとジイさん、娘の躾くらいちゃんとやってくれよ。てか、すっげえガン付けられてんですけど?ロッテと……マックだっけ?いや、モスだったか?ハンバーガーを注文したくなる名前だな」

「私はア・リ・アよ!」

「ああ、そうだったな。ちなみに『マック』っていう?それとも『マクド』っていう?」

「知らないわよ!」

「あ、スマイル一つお願い」

「意味分からない!」

 

ふーふーと息を荒くする猫姉妹。

リーゼロッテとリーゼアリア。

そして。

 

「鈴木君、私からも頼む。もう一度説明してくれんかね。まずは、そうだね……何故、私たちは聖王教会にいるのだろうか?」

 

姉妹の保護者、ギル・グレアムがため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とは言われても。

別段、難しい話じゃあない。文字にして見れば数行で済むような、言葉にすれば数分も掛らないような、その程度の経緯だ。

 

街でたまたま教会所属のアレな人……もといカリムを助け、それが切っ掛けで仲良くなった。

飯を食い、そこでハイさよならは寂しい。そこで聞くと、何でも出不精だった為あまり外で遊んだ事もないという事だったので、それじゃあと遊び回った。

昼から遊び、夕方になった時、『あ、そういや人と会うんだった』というのを思い出した。

これりゃイカン、すぐに行かなきゃ。

『もう行ってしまわれるんですか?』寂しそうな顔でカリムに言われた。

行きたくなくなった。

でも行かなきゃいけない。

『う~ん、じゃあさ、人と会った後でまた遊ばね?』と、俺が妥協案。

『それでは、隼さんの会う方もご一緒に教会に来ませんか?昼のお礼も兼ねて、夕飯をご馳走します』と、アレから言われた。

魅力的だが、一応闇の書に関する大事な話だから、果たして教会なんかでしていいのか。もっと人目を気にした方がいいんじゃないか。

3秒程悩む俺。

結論……まっ、いっか。

今に至る。

 

「…………もういい、もう分かった。あんたの奇天烈な行動に説明なんて必要ない事が分かった」

「この人は……本当に、この人は……」

 

何で皆して頭抱え込むかな?なによ、俺が悪いわけ?そりゃ確かに待たせちまったのは悪ィけどよ、そこまで怒ることなくね?むしろお前らが怒ってる事に対して俺が怒るぞ。この俺を待たせてやってるんだから、喜び期待に胸膨らませて仰々しく待ってるのが礼儀だろ。

 

と、俺がまたしても自分勝手に逆切れ思考を展開させた時、室内に紳士らしくない笑い声が木霊した。

 

「ははははははっ!」

「「と、父様?」」

 

いきなり笑い出っしゃって……このジイさん大丈夫か?

 

「ロッテに聞いた通り、いや以上に、中々破天荒な男のようだね」

「いやいや、そりゃあなた誤解してるよ。俺、こう見えても腰抜かすくらい超紳士ですよ?破天荒の間逆な存在ですよ?」

「「………へぇ~」」

 

よし、そこの猫姉妹、ちょっとぶっ飛ばしてやるからそこ動くな。

 

つうか、そもそもこの猫姉妹も誤解してるだろ。

ロッテとは話すようになってまだ1日も経ってねえし、アリアに到ってはさっき会ったばっか。大方、ロッテの奴が昨日から見てきた俺の事をジイさんとアリアに話したんだろうが、誤った情報を流したら、そりゃ誤った人間像で認識されるだろうよ。

 

「いいか、猫姉妹。お前たちは人間じゃねえから、人間である俺の事を正確に理解出来ないんだろう。だから、人間である俺から教えてやる。そもそも、人を理解するのに時間というのは必要不可欠。一見して理解なんて出来るモンじゃ─────」

「守銭奴、女好き、お酒好き、子供好き、ギャンブル好き、愛煙家、粗暴、DQN、似非紳士、自分勝手、考えなし、変態、馬鹿、ええと他には…………」

「マジごめん。それ以上言わないで」

 

へこむ。そんな真顔で言われたら普通にへこむ。マジでブレイクハート。

 

「他の人間なんて知らないけど、隼の事だったら理解出来るって。あれだけ濃い一晩だったしね」

 

いや、まあ昨晩のアレは確かに稀に見るどんちゃん騒ぎだったけどよぉ。

 

「けっ、猫のくせに生意気な」

「けっ、人間のくせに生意気な」

 

ぷっ、とお互い吹き出す。

あ~あ、ムカツクな。可愛いけど。クソ、これで彼氏持ちでなければ!

 

「驚いた。ロッテがそこまで懐くなんて、クロノ君以来じゃないか?」

「本当。私も驚いたわ」

「と、父様、アリア、私は別に懐いてるわけじゃ……」

 

苦笑いで否定するロッテを驚きの顔で見つめるアリア、そして温かい目で見つめるジイさん。

 

「あのう、いいっすかね?そろそろ次に行ってもらって」

 

こんな家族の団欒を見たいがために異世界に来たわけじゃねえ。俺は、闇の書の対処について話を聞きに来たんだよ。………遊びまわっていた男の言葉とは思えない、というツッコミは受け付けないから。

 

「ふむ、そうだね。ここを何時までも間借りさせて貰うのも悪い」

 

ちなみにここは教会内にあるカリムの私室。我が物顔で使わせて貰ってます。で、この部屋の持ち主である当人は別室にて絶賛説教中。

してる方じゃなく、されてる方ね。

教会を抜け出した事を教育係りにめっちゃ怒られてんの。

 

「改めて。私はギル・グレアムだ」

 

そう言って手を差し出してくるジイさんに俺は握手した。

 

一言で言うとこのジイさん、カッコイイ。渋い。……あ、二言だ。

なんていうか、うん、紳士って感じ。俺もこういう年の取り方をしたいもんだ。まぁ時間の問題だろうけど。

 

「回りくどい言い方はすまい。君には真っ直ぐ言ったほうがいいだろうからね。だから、単刀直入に言わせて貰う────」

 

短く息を吸い、先ほどのロッテを孫を見るような表情をしていたのとは一転、そこにいたのは『管理局歴戦の勇』その人だった。

 

「私の邪魔をしないで頂きたい」

「知るか」

 

…………………………………。

 

「そ、即答だね。どういう事かも分からないだろうに」

「邪魔をするなと言われたら邪魔をしたくなる!」

 

ジイさんはポカンと呆れた後、少し表情を柔らかくして続けた。

 

「鈴木君、君は夜天の書の主らしいね」

「まっ、正確には写本だけどよ」

 

片手に写本を顕現させる。

 

「ふむ、最初ロッテから報告を受けた時は俄かには信じられなかったが、なるほど。そして、君がはやて君を助ける為に動いているというのも知っているよ。さらにその術があるという事も」

 

どうやらあちらさんは、ロッテから聞いて全てを知ってるようだ。こりゃ話が早くて助かるわ。助かるが、だがだからこそ怪訝だ。

 

「それを踏まえた上で、何を邪魔するなって言うんだ?」

 

それが不可解。

こういうジイさんならはやての命を助ける為に心打たれてるはずだ。はやてを助ける術も用意してるんだから、それこそここは『君に任せるよ!好きにやりたまえ!』とか言っちゃうとこじゃないの?

 

「全てをだよ。君にはこれ以上勝手に動いてほしくないのだ」

「ンだと?」

 

いきなりの非協力的発言にムカつくよりもまず疑問に思う。

 

俺に動くなと言う事は、邪魔するなと言う事は、ジイさんには持ち前のモノがあるんだろう。それも、俺の考えてるのより良いはやて救命の術が。

だが、一体それは何だ?夜天の写本の断章であるフランでも出せた案はたった2つ。それも何かを犠牲にさせてやっと実るようなモノしか出せなかった。そのフランをさしおいて、果たしてただの管理局員に良い案が出せるものなのか?

 

「俺が動かないとして、じゃあだったらあんたはどう動くんだ?どんな案があんだ?どうやってはやてを助けるんだ?」

 

詰問するように捲くし立てる俺に、ジイさんは無言。が、傍らにいるロッテが俺の言葉に反応した。

 

「は、隼、それは……違うんだ」

「あん?」

「父様の……私たちの考えてる事は、そうじゃないんだよ」

 

意味が分からん。何がそうじゃないってんだよ。

いや、まあいいさ。そうじゃないとか意味とか、今は置いておこう。

ただ注目すべきはロッテの顔。

悲しみに暮れた顔。

 

つまり、ジイさんの案は、悲しみに満ちた案。

 

「闇の書を、その主諸共封印する」

 

ポツリとジイさんが呟いた。

重々しく、粛々と。

 

「闇の書を完成させ、主を乗っ取らさせ、そこで封印する。転生出来ないよう主の体ごと氷付けにし、時限の狭間か氷結世界に。半永久に」

 

最初、ジイさんの言った事がうまく理解出来なかった。それを察してか、ジイさんは至極簡単に一言に纏めた。

 

「八神はやて君には、世界の為の犠牲になってもらう」

 

その言葉を聞いた瞬間に、俺に中の怒りのボルテージはアッサリと臨界点を突破した。

相手が年上だろうと局員のお偉いさんだろうと関係ない。

 

「舐めた事ぬかしてんじゃねーぞ!!」

 

俺とジイさんの間にあるテーブルを蹴り上げる。天井近くまで上がったそれは、ジイさんの背後で重々しい音を立てながら床にぶつかる。パラパラと灰皿の中に溜まっていた灰が舞う。

それでも、ジイさんの表情は揺るがない。

 

歴戦の勇士の表情。情を捨て、自分の中のモノだけに従う徹底した兵士のそれ。

 

「クソふざけやがってよぉ、ああ!?」

 

対して俺は、やっぱりどこにでもいる不良のそれだ。ドスの効いた声を荒げ、睨みつけ、威嚇する。

素人のそんな稚拙な威圧が目の前の爺さんに効いてるとは思えない。ガキの癇癪レベルだろう。

だが、それでいい。

俺は、感情に左右されるから俺なんだ。感情の侭に生きるから俺だ。

 

だから怒る。純粋にキレる。

 

「は、隼、落ち着いて!」

 

今にも目の前のジイさんを殴り飛ばそうとしている俺に、ロッテが抱きついて止めに掛る。アリアもジイさんの傍でいつでも迎撃出来るよう構えているのが見えた。

 

「ジジイ、てめぇ本気で言ってんのか!」

「ああ、本気だよ。闇の書による破壊の連鎖をここで終わらせる為、それが最善だ」

「はやてを……殺すってえのか!!」

「……そうだな、綺麗事やオブラートに包むのはやめよう。私は、はやて君を殺す」

「っ!!!」

 

殴りたい。その枯れ果てた横っ面を全力でぶん殴りたい。

 

「じゃあ、俺が殺してやる。あんたがはやてを殺す前に、ここで俺がお前を殺してやる」

 

いつも何かとすぐ『殺す』というワードを吐く俺。無論、いつもはその気なんてない。マジで殺すなんて思うわけがない。

が、今は別だ。

俺は、心の底から、本気でこのジイさんを殺す。はやての為に。何よりも俺の為に。

 

「隼、お願いだから落ち着いてよ!ア、アリアも手伝って!」

「え、ええ!」

 

今度は二人係りで取り押さえられる俺。それでも、俺は二人を押しのけてでも進もうとする。

目の前のジジイを殴り殺す為に。

 

「君は真っ直ぐだな」

 

目の前に怒り心頭の人間がいるというのに、ジジイは怯えるどころか何故か笑みを浮かべてくる。

それがさらに俺の癪に障る。

 

「真っ直ぐな怒気、真っ直ぐな殺気、真っ直ぐな優しさ───なんとも純粋な感情だ。正直者とは聞いていたが、それは何も口頭のものだけではないようだね」

「うるせえよ!今すぐその口塞いでやる!」

 

いつもならロッテ・アリアの美女二人に抱き留められたら即昇天もの。その場から動けるわけがないが、今は何よりもまず怒りが大きく頭の内を占めている。

 

止まらない、止められない、止まるつもりなんてない!

 

「私にも、そのような感情がある。曲げられない思いが」

 

ああ!?知るかよ、殺す!

 

「友の敵討ちだよ」

 

その言葉で、自分でも止まらないだろうと思っていた足が止まった。

 

「その友人には妻子もおり、将来も有望な優秀な管理局員だった。だが11年前の闇の書事件の時、彼は同胞を護るため一人戦艦に残り、そして闇の書と共に自爆した」

「「…………」」

 

ジイさんは先ほどまでの非情な顔とは打って変わり、それは悲哀に満ちていた。聞いているロッテとアリアも同じような顔だ。

 

「勿論、いち局員として平和を思う気持ちもある。先ほど世界の為と言ったが、それも事実。……だが、やはり根本は敵討ちなのだよ。ちっぽけな、けれど譲れない思いだ」

「…………その思いの為に、はやてを殺すのか?そんなちっぽけな思いの為に、過去から引きずって持ってきた思いの為に、これから先の将来がある小さな一人のガキを」

 

ジイさんはそこで俺から目を逸らし、苦々しい顔になった。

 

「……両親がいなく、体を悪くしているあの子を見て、心は痛んだよ。だが、そういう子だからこそ、という思いもあった。縁者のない天涯孤独な子だからこそ、悲しむ人も少ないだろうと。偽善と分かってはいたがせめて永遠の眠りに着く前までは幸せに過ごして欲しく、両親の友人を語り援助もしている。が、思えばこれも自分への免罪符か」

「つまり、免罪符を用意しているくらい覚悟をキめていたっつう事かよ」

「その通りだ。罪人、悪魔、人非人……どんな謗りを受けても構わない。友の仇と、闇の書による負の連鎖を止められるのなら。……そう、覚悟は出来ているのだよ」

「…………ちっ!」

 

俺は少し後退してソファに腰を降ろした。それに伴い、俺に抱きついていたロッテとアリアもソファに座る形となる。

いや、ロッテは正面から抱きついていたので、今は俺の膝の上にいるというトンデモ状況だが。

 

「…………ハァ、たくよぉ」

 

俺は昂ぶった気を落ち着かせる為、懐から出したタバコに火をつける。立ち上る煙に膝の上に座っていたロッテが嫌そうな顔をし、俺の隣に場所を移した。ただ、また俺が暴れださないように腕を掴んでいる。

 

「心配しなくても、もう暴れねえよ」

「信用出来るとでも?」

 

その言葉はロッテとは逆の位置に座るアリアから発せられた。見れば彼女も俺の膝に手を置いて押さえつけている。

ちょっとハーレム気味になって、さらに俺の気は落ち着いた。いや、ある意味興奮してきたけど。

 

「確認。闇の書の対処、こっちの案じゃ駄目なわけ?それだったら封印じゃなく、完璧に排除出来るし、誰も悲しまないぜ?」

 

俺以外は。

 

「……確実性に欠けるのだ。確かに君の案は2つとも八神はやての命を助けつつ書の封印も出来る。だが『八神はやてが管制プログラムを奪取』というのがまず大前提」

「はやてなら大丈夫だろ」

「信用、信頼で賭けるには、些か代償が大きい」

 

ちっ、頑固ジジイが。同情で訴えても効きそうにないしな。

 

「OK、もう分かった。俺も、あんたも結局止まらないってわけね。あ~あ、クソ、ダチ公の敵討ちとか卑怯だろ」

「卑怯?」

「そういうの、嫌いじゃねえんだよ。過去に縛られてるっつうのはどうかと思うが、それがダチ絡みとなるとなぁ。ジイさんのダチを大切に思う気持ち、俺ァ嫌いじゃねえ。だったらちっとばかし折れるのも吝かじゃねえ」

 

時と場合によるが、今までダチが窮地に陥ってたら俺は助けてきた。ダチってのは俺の中では金や女とはまた別の『特別』だからな。

おかげで殺したいと思う気持ちが吹っ飛んじまった。けど、折れるのはそれだけ。それ以上は譲らん。

 

が、今度は自分の番とばかりにジジイが俺を絆しに掛った。

 

「鈴木君、何故君はそこまではやて君に肩入れする?確かに彼女には幸せな未来を送って欲しいと思う。あの年の少女に全てを負わすのは間違っているのは私も承知の上だ。きっと私は地獄に落ちるだろう。むしろ、事を為した後に君に殺されても構わない。だが、闇の書とはそれ程危険なのだ。あれは破壊を振り撒く。単純に考えて見てくれないか?はやて君一人の命、闇の書がこれから奪う命、どちらを取るべきか」

 

まるっきり悪役が勧誘してくるような台詞だが、そのような悲愴な顔で言われたら笑うことも出来ない。

 

「ぷぷ、馬鹿らしい」

 

あ、笑っちゃった。

 

「はやての命の方が大事に決まってんだろ。てか、俺はあいつを助けるっつったからな。見知らぬ他人の命の為に自分曲げられるかよ」

「見知らぬ他人の命より自分の意思優先か……君は他人の命をどうとも思わないのかね?」

 

そこまでは言わねえよ。確かにはやて命と億の命、どっち取るっつうんなら億を取るさ。

けどよ、今回は状況が状況だ。

はやてを助けられる案が2つあり、億も救えるから、こうやって強気に言うんだ。

 

「この世で一番大事なのは自分の命、次に大事なのは失わせたくない者の命。他人なんか知った事か。ついでに言うと、死んじまったダチを思う気持ちは素晴らしいが、死んだダチと生きてる大切な人、どっちを取るかっつったら後者だろ普通」

 

死んだ奴とは楽しめない。楽しかった思い出を元に一人遊びが精精だ。

だけど生きてる奴は違う。

 

「ジイさん、あんたは心優しい一人のガキと見知らぬ多くの他人、死んだ者と生きてる者、過去にしか生きていない者と将来を生きていける者、どっちが大切だ?」

「私は……」

 

まっ、即答は出来ないわな。てか、もう答えは決まってんだろうよ。なにせ十分に覚悟見せて貰ったからな。

 

「そんなに死人と他人が大事ならよ、ドナー登録して自殺しろや。そんであの世で亡き友人と楽しみな」

 

そこで俺は話は終わりとばかりに立ち上がる。

もうこのジイさんに用はない。

このジイさんの案は使えねえし、ジイさん自体も止まらないだろう。なら、あとは徹底的に俺が俺を通すだけ。

 

「好きなようにかかってきな。てめえの"覚悟"なぞ、俺の"覚悟"で叩き潰してやんよ」

 

まあ、こっちの案も俺自身決め兼ねてんだけどね。だって、一つは大団円にならんし、一つは俺だけに被害くるし。

第3の案が欲しくてジイさん訪ねて来たのに、結局はそれも無駄足だったしよぉ。

 

「ああ、そうだ。若者から老いぼれに一つの助言だ」

 

部屋を出るその一歩手前で振り向いてジイさんに言った。

 

「あんま難しい事ばっか考えてっとよ、眉根に皺寄せたまま死んじまうぜ。あんたも最期くらい、笑って死にてぇだろ?だったら、今を楽しめよ。全力で」

「………………」

 

そして俺は部屋を出た。颯爽と格好良く。背中で語る、みたいな?

 

(ハァ、しかしどうしたもんかね。これで代替案のアテもなくなっちまったし。ん~……まっ、なるようになるか)

 

さて、じゃあ帰って…………………あ。

 

「失礼しま~す」

「「「は?」」」

 

出て行った早々、部屋に舞い戻った俺だった。

 

「いや、悪い。俺、晩飯ここで食うって約束してたんだわ。だからもう少しお邪魔するぜ~。あ、ちなみにあんたらも食って帰るって先方には言ってあっから」

「「「……………」」」

「じゃ、もう少しお話するか。勿論、もう暗い話は抜きにして、そうだな………ところでお義父さん、異種族結婚についてどう思います?娘さん二人を託せる男像についても一言ご意見の程を伺いたい」

「「「……………」」」

「あ、そう言えばアリアとはそんなに話してなかったな。俺、鈴木隼。以後、出来れば末永くよろしく~」

「「「……………」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい楽しい夕食を終え、俺は日も暮れた地球へと戻ってきた。

本当に夕食は楽しい一時だった。

カリムとその教育係りも含めて6人での飯。うち男は俺と枯れたジイさんの二人。もうウハウハですよ。

教会だからか、お酒は出なかったが終始テンションは高かった。おかげで教育係りの人とも仲良くなれたし(カリムを連れ回した事でちょっと説教されたが)、アリアともいい感じになれた。ジイさんとも夜の書関連を抜きにすれば話も明るく弾んだ。

 

闇の書対策についての収穫はなかったが、他の収穫が有り余るほどあったので±ゼロだ。

 

「あんたって、本当に凄いよね」

 

八神家へと続く夜道を共に歩いているロッテが言う。

 

「何がよ?」

「父様やアリアとも仲良くなってさ。普通、あんな話し合いの後じゃ剣呑な空気になるってのに、そんなモノ物ともしないでさ」

 

ちなみにロッテだが、俺が無理やり連れてきた形だ。なにせ、俺一人じゃ地球まで帰れないし。

 

「空気が読めないっていうか、考えないっていうか………」

「あれはあれ、それはそれってやつだよ」

「普通はそうやって割り切れないもんだと思うけど」

 

まあ、そうだろうな。俺も別にそう割り切ってるって訳じゃねえ。でもなあ……。

 

確かにジイさんの案は気に入らねえが、それも結局俺がぶっ潰すから無問題。だとすれば残るのは『ダチ思いでロッテとアリアのお父さん、そしてもしかしたら未来のお義父さん』という、これだけだ。

ギル・グレアムという人物には、俺の気に入る要素しかない。

 

「隼ってホント凄いやつ」

「うははっ、そんな褒めるなよ」

「ホント、凄い変な奴」

「よし、買おうか、その喧嘩」

 

俺はロッテの猫耳と尻尾を引っ張りながら、ロッテは俺のケツを蹴ったり腕を噛み付いてきたりし、各々じゃれ合い(?)ながら帰路へ着いた。

 

一見すればまるで彼氏彼女だ。てか、もうここで告白していいんじゃね?てくらいだ。クリスマスも近いし、彼氏がいたとしても駄目元で行っとくべきじゃね?

 

 

 

 

 

─────そう、思っていた。そんな浮ついた事を思っていた。

 

 

 

 

 

この時、俺は幸せだった。

 

そう。

 

幸せ……だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

それを見たのは八神家に着いた時だった。

 

いや、正確には八神家が"あった"場所に着いた時だった。

 

「ひどく小ざっぱりしてるぅぅぅぅぅううううう!?!?」

 

ない。

家が、ない。

魔法世界に行くまでは確かにあった家が、どこにもない。

 

ザ・更地。

 

「へ?え?は?」

 

さしものロッテも驚きを隠せていない。

 

「は、隼、何したの!?」

「俺じゃねえよ!俺がどうやったら家なくせるんだよ!?」

「じゃあ何でないの!?」

「知るかあああああ!」

 

マジでどういう事だよ!?確かに住所はここだ。間違えるわけがない。

そ、そうだ、近所のおばちゃんに聞けば──────。

 

「え?」

 

そこで起こったのは第2の異変。

 

倒れた。

ロッテが。

糸の切れたような人形のように。パタン、とうつ伏せに。

 

「ロ、ロッテ、なにしてんだよ?家がなくなった事に比べたら、猫が倒れるなんて何も面白くねえぞ?」

 

うつ伏せから仰向けに状態を正す。

綺麗に白目剥いていた。見本のような気絶。

 

てか、マジで気絶してやがる。面白半分におふざけで倒れたという線が完全に消えた。流石にロッテでも白目で涎を垂らすというビジュアルの犠牲を払ってまでふざけないだろう。

 

「じ、じゃあ何で気絶したのかなあ………」

 

俺の言葉に力がない。薄々、その理由に気がついているからだ。

 

家の消失、ロッテの気絶……一見関連性のない二つだが、それでも俺は思う。

 

この二つを作り出したのは同じ要因だと。

 

要因というより、人物。あるいは人物たち。

 

俺がいなかったたった半日で家一軒を消失させる事が出来る者。

何の気配もなく、前触れもなく、ロッテを瞬く間に気絶させる事が出来る者。

 

嗚呼、ちくしょう。

 

(は、あはははははは…………)

 

まさか

とうとう

やっぱり

当然

ついに

満を持して

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、ハヤブサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

───来た。

 

「良い夜ですね、我が主。私の名前もこのような夜に因んで付けて下さったのでしょうか」

 

ハハ、いずれは来ると思っていたさ。うん。

 

「しかし冷える夜です。主隼、私の炎で暖まれるが良いでしょう」

 

いつまでも逃げられ続けるなんて思っちゃなかったよ。マジで。

 

「ハヤちゃん、うちに暖かい手料理用意してますからね。あ、大丈夫、痛みは感じませんから」

 

それでもこの物語の最後までなら逃げ切れるのではと期待してた。

 

「体動かして温まるってのもいいんじゃね?あたしが相手してやんよ」

 

でもユーリがいたし、なんとかなると期待してた。

 

「では、俺もそれに便乗しよう。この所フラストレーションが溜まりっ放しだったからな、運動してそれを解消したい気分だ」

 

期待は、つまり望み。望みが叶うなんて世知辛い世の中じゃあり得ないんだよな。身に沁みて分かってたはずなんだけどな。

 

「ああ、その目障りなメス猫は私が寝かしつけました。察知されないように、かつ殺さないよう狙撃銃での特殊な弾を使った長距離射撃。我ながら見事でしたね。花丸をください。主の血で」

 

嗚呼───

 

「「「「「「「さて」」」」」」」

 

俺は

 

「好き勝手やり、オリジナルの騎士といちゃつき、メス猫をかどわかし、アリシアやフェイトを泣かせた罪」

 

今日

 

「情状酌量の余地なし、執行猶予なし、実刑で………」

 

この夜を最後に

 

「死刑」

 

死にます。

 

 




主人公、帰宅準備完了です。……あ、もちろんこれが最終話ではありませんので汗

次回は主人公不在の半日間のはやてsideです。


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18

 

 

突然家のチャイムが鳴ったのは、隼さんがロッテさんと魔法世界に行って数時間後の事やった。

 

それまで私は、シグナムたちと昨晩の騒ぎでグチャグチャになった家の中の掃除してました。………とは言うても、そもそも家自体がそらもう酷い状態になってもうたので、果たしてその片付けに意味があるのかは甚だ疑問を禁じえなかったけれど。

 

それでも。

 

家の中からお日様が直に拝める吹き抜けが出来たけれど………壁には昨晩知り合ったペットショップの店員さんが乗ってきたバイクが立て掛けてあるけれど………床には日本刀や手裏剣がいくつも突き刺さっているけれど……それでも、まさかそんな状態を維持する訳にもいかへん。

 

よって大掃除。

午前中を使って大掃除をしました。

 

併せて、近所の人にも事情説明。だって、一晩でいきなりウチが半壊状態になってたら驚かれるやん?寧ろ警察を呼ばれても不思議やない。せやから、近所の人に説明して回った。

ただ、問題はその理由。

まさか馬鹿正直に『魔法、武術、忍術、霊力、その他もろもろ使って騒いでたらこうなりました』とは言えへん。そんな事言うたら、警察だけじゃなく救急車も呼ばれてまう。

という訳で、取り合えず私は責任の一端(というか全て)を担っている隼さんに押し付ける感じで説明しようと試みたんや。

 

『あの、実は、これは何というか、隼さんが─────』

『ああ、ま~た隼君が何かやらかしたんでしょ?とうとう家まで壊しちゃうなんて………ちゃんと責任取らせなきゃ駄目よ?』

 

説明の必要がなかった。理由すらいらへんかった。

隼さんの名前を出しただけでカタがついた。家が半壊した事に対して『やらかした』くらいの表現で済まされとる。あの人、ウチに来てまだそない経ってないのに、何で近所の奥様方に正確に人物像が認知されとんのや?そして奥様方も大層な肝っ玉や。少しは動じて欲しかったわ。

 

まあそれは兎も角、そういう感じで色々と疲れながら時間を過ごしとった時にうちのチャイムが鳴ったんよ。

 

私は、それを普通に出迎えようとした。だってな、うちのチャイムを鳴らす人なんて回覧板を回してくる近所の人か、宅急便のお兄さんくらいやし。隼さんが帰ってきたいう線もあるけれど、あの人はもうウチのチャイムなんて鳴らさへんし。

せやから一旦掃除を切り上げ、私は玄関に向かった。配達かも分からんから一応判子を持って、いつも通りに車椅子で。

 

「は~い、今行きます」

 

そう言って玄関まで後数メートルという距離になった時。

 

「待て、小鴉!!」

 

急な大声にびっくりして振り返ると、フランが普段はあまり見せない険しい顔付きで玄関の方を見ていた。しかも何故かその姿は、私がデザインしたあの騎士甲冑という格好で、右手には魔法の杖を握り締めていた。

 

「ど、どないしたん?」

「……いいからこっちに来い。玄関から離れろ」

「で、でも、早う出な……」

「いいから来いと言うておる!」

 

フランのあまりらしくない様子に、私は怪訝に思いながらも車椅子を反転させてフランの横に位置づけた。それと同時に、先ほどのフランの声を聞きつけたシグナムたちも集まってくる。

 

「どうした、フラン」

「ふん、どうもこうもあるか。………招かれざる客が来たようだ」

 

招かれざる客?

なんや、フランは玄関先の人が誰か分かってるん?しかも、その言動からしてあまりいい人じゃないらしい。新聞屋さんとか訪問販売の人かな?

 

「でも、いくらなんでも魔法の杖は出したらあかんやろ。ホンマに招かれざる客なら、ここはザフィーラに頼んで追い払ってもらって……」

「黙れ、馬鹿小鴉。略してバカラス」

「酷!?その略し方は酷すぎやろ!?」

「黙れと言っておる。黙秘権を行使していろ」

 

あ、相変わらずフランは私には厳しいわぁ。

 

「何を慌てている、フラン?」

「貴様こそ悠長に構えている場合ではないぞ、将。……今、そこの玄関の外におる奴、我の探知に引っかからなかったのだ」

 

探知?ああ、そう言えば前言うてたな。何でも『誰であろうともこの家に近づく者は必ず我が捕捉出来るよう、魔法の網を張っている』とか何とか。

 

あれ?て事はつまり、今、玄関の前にいるチャイムを鳴らした人って……。

 

「魔導師か!!」

 

ヴィータが吼えて、すぐ様騎士甲冑を身に纏った。それに続くように皆もまたそれぞれの騎士甲冑を身に纏い、デバイスとかいう武器を持つ。そして、私を庇う様に僅かばかり前に出た。

 

「管理局か?まさか我々の居場所がバレたのか……」

「そ、そんな……フランちゃんとは別に私の方でも阻害の魔法を使ってたのに、それを掻い潜るなんて事………」

 

シャマルがそこでハッと何かに気付いたような顔になって、おずおずと呟いた。

 

「も、もしかして隼さんがバラしちゃったんじゃ……」

 

え……?

 

「むっ……その可能性はある。あの男は概ね信用出来る奴だが、しかし自分を一番に考える奴だからな。己が身に危機が迫れば容易く裏切り行為を働きそうだ。魔法世界に行き、局に偶然捕まったのか、それともあの猫にいっぱい食わされたのか、はたまた自首したのかは分からんが、タイミング的にも可笑しな話ではない。なにせ主を助ける最良の方法の一つが、奴の犠牲の上に成り立つものだったからな」

 

ザフィーラのその言葉に頭が真っ白になる。

 

隼さんが……裏切った?

 

そんな……。

 

「そんなわけない」

 

空白の頭で考え事も出来ないのに、それでも私はそのザフィーラの言葉をすぐさま否定していた。無意識に、しかししっかりと。そして、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「確かに隼さんは自分が大好きな人や。お金よりも女の人よりも子供よりも、一番に自分が可愛くて仕方ないって人や。せやけど………せやけどあの人は言ったんや!私を生き返してやるって、ガキらしく笑って過ごさせてやるって、ずっと傍に居てやるって!……あの人は、自分の言葉を平気で反故にする人やけど、でも結局は曲がらない人なんや」

 

嫌だとか、やっぱ止めたとか散々言い散らし、けど結局最後は『はっ、上等だよ、やってやろうじゃねーの!俺に出来ねえ事はねーんだよ!!』とふてぶてしく笑いながら言い放つ人。

 

「隼さんは絶対裏切ったりせん。だって、隼さんは正義の味方じゃないんやから。隼さんは『自分の味方の人の味方』なんやもん。あの人は我が身可愛さの為に相手に頭下げるんじゃなく、我が身可愛さの為に相手を殴り倒す人や」

 

私は、隼さんの事が大好き。私は、一生隼さんの味方。

だから、隼さんは私の味方や。正義の味方でも悪の味方でもない。正義の為にも、悪の為にも裏切らん。

 

「よくぞ言った、小鴉。我が褒めて遣わす。そうだ、主はそう易々と管理局に降るような男ではない。だというのにこの金髪と犬、事もあろうに裏切りなどと軽率に主を決め付けおって。……貴様らから殺してやろうか?」

「落ち着け、フラン。しかし、私も主はやての意見には概ね同意だ」

 

そやろ、そやろ……って、シグナム?概ねって事はちょっとは異なるん?

 

「隼は『俺が正義だ!』と素面で豪語出来るような男だからな。"正義の反対は、また別の正義"という言葉を聞いた事があるが、奴の場合"自分にたて突く奴は、全員悪"という感じだろう」

「いや、シグナム、それも違うんじゃねえの?あいつに正義だの悪だの、そんな小難しい事考える頭なんてないだろ。もっと単純に"気に入らねえ奴は殺す"って感じ。ようはガキの好き嫌いレベル。もっと簡単に言えばDQN」

 

シグナムに続き、意外な事にヴィータも隼さんの事を擁護した。………ん、あれ?擁護になってるんかな?

 

「……ぷっ、あはは。そうね、確かにはやてちゃんやシグナムやヴィータちゃんの言う通りかも。よく考えれば『裏切る』って行為は、それはそれで高度な事なのよね。隼さんにそんな高等技術が使えるはずないものね」

「ふむ、どうやら俺もシャマルも隼の事を過大評価していたようだな。以後、気をつけよう」

 

ヴィータの発言からシャマル、ザフィーラまでの流れ、もうただの悪口になってへん?ていうか、私のシリアスっぽい悲痛な訴えがいつの間にかなくなってる?

 

これはあれかな、隼さんの『シリアスだったのにいつの間にかコメディへ』という十八番芸が八神家にも浸透して来たんかな?

 

全然嬉しゅうないわ。

 

 

 

 

 

─────────────メキャ

 

 

 

 

 

異音が耳に入ったのはその時でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が一斉に音が発生した方へと目を向ける。そこにあるのは普段使っている何の変哲もない玄関。

私の記憶が確かならば、うちの玄関には『メキャ』なんて音を出す機能はついてなかったはず。そして何よりも………

 

(あれ?ドアノブがのうなってる?)

 

玄関のドア、それについていたノブがなくなり、ついていた場所にはぽっかりと丸い穴が開いている。

疑問符が頭の中を渦巻いていると、今度はその開いた穴の外から綺麗な白い手がニュッと入ってきた。

 

と、次の瞬間。

 

「お邪魔します」

 

綺麗で礼儀正しい女性の声と共に玄関のドアが開いた。

いや、それはちょう違うな。

『ドアが開く』って言い方やったら、普通は『ドアノブを回して開ける』って事や。せやけど、何故かうちのドアノブはのうなってる。さらに言うと、ドアというのは普通引くか押すかして開けるもの。

せやから、今、玄関先にいる女性は正しくはドアを開けておらんのよ。ちゃんと正確に言うなら、きっとこうや。

 

『開いた穴に手を掛け、そこを基点にドアを横に歪ませた』

 

え、よう分からんって?安心しい、私もよう分からん。

分かってるのは、女性が片手でうちのドアを紙粘土のようにひしゃげさせたって事。もちろん、ウチのドアは粘土やない。鉄?合金?よう分からんけどそういう硬い素材や。せやからまかり間違っても人力であないな変形はせん。

 

しかも変形させたのが幻想的で儚い雰囲気を纏った女性だと言うんやから、余計信じられへん。

 

(うわぁ、綺麗な人やな~)

 

姿を見せた女性は、ただただ美人やった。

黒い厚手のダッフルコートを着て、下には白のタートルネックにタイトなジーンズ。寒さで僅かに赤くなった頬と風に靡く銀色の髪、優しい微笑みを携えた整った顔。

 

シグナムやシャマルも綺麗やけど、この人も全然見劣りしてへん。本当にこの人がドアを破壊したのか疑いたくなる。

 

「っと、これは申し訳ない。些か力加減を誤ってしまったね」

 

やっぱり犯人はこの人やった。そして、シグナムたちの先ほどの言葉や今の緊張した顔つきを見るに、どうやらこの人は本当に招かれざる客みたいや。

まあドアを破壊された時点で率先して招きたいお客さんやないけど。

 

「あ……あ……」

「ヴィ、ヴィータ、どないしたん?」

 

見ればヴィータがその女性を見て体を小さく震えさせていた。それも、今にも泣き出しそうな表情や。

 

「な、なんで、お前が……」

「そんなに怯えられると流石に傷つくよ、ヴィータ。先日の件でしたら謝罪します。あの時は私も気が立っていたからね」

「あ、悪魔め……!」

 

先日?悪魔?

というか、ヴィータの名前を知ってるいう事は知り合いなんかな?

 

「ヴィータ、それに将たち、そんなに警戒しないでくれ。私は今日は別に争いに来たわけじゃない」

 

そこで女性は初めて私と目を合わせ、また小さく微笑んだ。

 

「初めまして、八神はやて。私は鈴木夜天。鈴木隼の騎士であり、家族の者です」

「あ、あなたが夜天さん」

 

鈴木夜天……その名前、隼さんから聞いた事がある。なんでも一番綺麗で優しい女性だけれど、怒らせたら一番怖い人だと。

 

「今日は突然の訪問、申し訳ありません。本来なら主が世話になった手前、菓子折りでも持って参じるのが礼儀なのでしょうが、生憎と此方にそこまでの余裕がなかったもので」

 

なんや拍子抜けするほど丁寧な物腰やな。目の前で起こった事とは言え、ホンマにこの人がドアを壊した人なんかな?

 

「昨晩の一件でこちらも少々面倒な事になってね。主を迎えに来たのだけれど……さて、主はどこに御出ででしょう?」

 

昨晩っていうと、思い当たるのはパーティの件……やなく、その前の蒐集の件かな?私は一緒に行かへんかったけど、帰ってきてから聞いた話じゃ隼さんが例に漏れずまた滅茶苦茶した言うてたな。

 

「ふん、生憎と今は主はおらんぞ。おったとしてももう主は我のものだからやらんがな。よって、さっさと去ね、管制人格よ」

 

管制人格……じゃあこの人が隼さんが持ってる夜天の写本の最後の騎士?私の持ってる書の管制人格は封印されてる言うてたけど、隼さんの方はそんな事ないんや。

 

「なるほど、お前が理やライトと同じ断章の騎士か。……そして、主を攫った張本人」

 

夜天さんが視線をずらしフランの顔を見た。けれど、そこにはさっきまであった温かいものが消え去ったような瞳の色をしてる。

 

「だったら何だ?主との出会いは少しばかり悪かったが、今ではお互い離れられぬ仲ぞ。お前は知らぬだろう?主の味を」

 

私の顔と同じなのに、私には到底出来ないような妖艶な顔でペロっと舌なめずりをするフラン。

 

ていうかフラン、隼さんに何したんや?事と次第によっちゃあ私も黙っちゃおれんよ?

 

「そう、か」

 

何かを咀嚼するように目を閉じて思考する夜天さん。一見して先ほどと変わらずそこに立っているだけのように見えるけど……うん、間違いなく怒った。

雰囲気がガラリと変わった。

ついでにヴィータの震えがさらに増した。

 

「断章の子、フラン。お前は写本の一ページから生まれた騎士であり、それはつまり私の同志だ。そして、いずれは家族として暮らしてゆくかも知れない者、そう思っていた。………だが」

 

夜天さんがゆっくりと目を開けた。その瞳はとても冷ややかで、とても同志と呼ぶ人を見る目やあらへん。

そしてポケットからグローブを取り出して嵌め、次の瞬間背中から漆黒の羽が出てきた。

 

「クズ紙、一度死んでみるかい?」

 

ちょ、いきなり戦闘態勢に入った!?しかも、それにつられて皆も各々デバイスを構えてる!?

待って待って、ここで喧嘩なんてしたら家が!これ以上家を壊してもうたら本当に住めんようなるやん!

こ、ここは隼さんばりの空気の読めなさで割って入って──────

 

「夜天、どんな理由であろうとも私の獲物を横取りするのは感心しませんよ?」

 

そんな声が聞こえた瞬間、後ろで爆音が轟いた。

私はゆっくりとふりむく。

 

「い、一体今度は何な……………んやああああああああああああ!?!?!?」

 

穴が開いていた。

 

昨夜のパーティで天井に空いていた穴はまた一回り大きくなり、床にも大穴………マントルまで続いてそうな大穴が。

まるで空からサテライトキャノンが降って来たかのような惨状や。

 

わ、私の家が~~。

 

「そこの変態は以前私に上等くれましたからね。手前できちっとケジメをつけるのが鈴木家の家訓でしょう?」

 

次から次へと新展開。

その出来た大穴から今度は空からなのはちゃんが降りてきた。……あ、いや、違う。なのはちゃんは決してあんな虫を見るような目で人は見ぃひん。

 

「理、もうそちらは終わったのですか?」

「ええ。殺さず捕縛、というので骨が折れるかと思いましたが、存外拍子抜けするほどに簡単でしたよ。力はあっても所詮は幼女。御しやすいです」

「そうですか。もしかして他の皆もここに?まさかここで決着をつけるつもりですか?」

「いえ、私だけです。舞台に行く前に様子を見に来たんですよ。流石にここでの決着は無理でしょう。街への被害が莫大なものになってしまいますからね。だからこそ、わざわざ別の星を用意したのでしょう?」

「むっ、そうでしたね」

 

夜天さんとなのはちゃん似の子がよく分からない言葉を交わす。ただ分かるのは、どうにもかなり物騒だという事くらい。

 

「少し頭に血が上りすぎたようで……気を取り直し、さて、八神はやてとその騎士たち」

 

夜天さんは落ち着きを取り戻したようで、ここにやってきた時と同じ落ち着いた調子で言葉を放った。

 

「約束の時です」

 

そして、場面はまた次への展開を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身を焦がすような灼熱の太陽、立ち上る蜃気楼、砂を巻き上げる熱風。

 

今、ありのままの起こったことを話すで?

 

『家の中に居たと思ったら、いつの間にか砂漠にいた』

 

何を言うてるのかさっぱりやと思うけど、私も何をされたのかよう分からん。頭がどうにかなりそうや………催眠術とか超スピードだとか、そんなチャチなもんやない。もっと恐ろしいものの片鱗を味おうたわ。

 

「いえ、ただのトランスポーターという魔法ですよ」

「あ、そうなんか。へえ、これが魔法なんやね」

 

夜天さんが丁寧に突っ込みを入れてくれたので、私もおふざけはやめておく。

 

どうやらトランスポーターという魔法で私は家から砂漠までワープしたみたいや。いや、周りにシグナムたちもおるから、正確にはあの家にいた人全員かな?……あ、いや、でもユーリちゃんがおらん。ユーリちゃんはワープさせへんかったんかな?……あれ?そういえば掃除が終わってからユーリちゃんの姿を見てへんような気が──。

 

「八神はやて?もしかして今の魔法で気分でも悪くなったのかな?」

「あ、いえ……」

 

取り合えず、思考を一時中断。ユーリちゃんはかなり強い言うし、多分問題はあらへんやろ。

今の問題は、どうして夜天さんが私らをこんなところに連れてきたのか、や。確か『約束の時』がどうたら言うてたけど……。

 

「あの、一体私らをどうするつもりなんです?」

 

何の加減もなく私の家を破壊し、こんな砂漠まで半強制的に連れて来られた。

先ほどの夜天さんの言動を顧みるに、どうやら隼さんを勝手にうちに住まわせた事を怒ってるんやろうな。いや、さっきフランが隼さんを攫った云々言うてたから怒るのも無理ないけど。

怒るいうか、ブチギレ?

そんな人が、まさか家だけ壊し、砂漠まで連れてきた私らをタダで帰すわけがない。いや、それもそれで大概なんやけど。

 

「心配する事はありません、八神はやて、それにオリジナルの守護騎士たち。何もぶっ殺そうとは思っていませんから」

 

答えたのは夜天さんやなく、なのはちゃん似の子………確か夜天さんが理って言うてたな。

 

「確かに主を攫われた当初は、草の根を根絶やしにしても犯人を探し出し、苦しみ抜かせて殺すつもりでしたが気が変わりましたから。今では、殺意の全ては好き勝手やっていた主に向かってますので」

 

あ、あははは、なんやろうこの子、ごっつ怖いわ。顔はなのはちゃんやのに言動が悪魔なんやもん。

 

「が、だからと言ってあなた方の全てを許すつもりはありません。主を取られて黙っていられる程、私たちはプログラムが出来ていませんので」

 

プログラム……じゃあやっぱりこの理ちゃんもフランと同じ、なのはちゃんのコピーなんかな。

あれ?だったら、もしかしてなのはちゃんも実はこんな悪魔的な側面があるんかな?………はは、そんなまさか。なのはちゃんとは昨晩初めて会ったけど、すっごいええ子やったし。

 

「それではどうする、写本の騎士。お前たち二人で我らを討つとでも?」

 

シグナムが改めて夜天さんにデバイスを向け、他の皆も険しい顔つきで武器を構えた。ただ一人だけ、ヴィータは夜天さんを直視出来ず明後日の方向を見てるけど。

 

「いや、私は戦わないよ。お前たちはまだ知らないと思うけど、私はユニゾンデバイス。主がいなくては本来の力が発揮出来ないからね。私一人の力は高が知れてる」

 

と夜天さんは苦笑しながら言うけど……ホンマやろか?さっきまでの様子を見ると、むしろ夜天さん一人でも十分に強いような気がするんやけど。その証拠に理ちゃんが呆れたような溜め息吐いてるのが見えるし。

 

「ちなみに私が用があるのはそこのビッチ断章一人ですから、他の騎士の相手をするつもりはありません」

「ぬかせ。数秒で闇に屠ってくれる」

 

早くもバチバチと火花を散らすフランと理ちゃん。多分この二人、隼さんの事がなくても相性最悪やろうな。

 

「それに、私はさっき『約束の時』と言ったはず」

 

そう言うたな。せやけど、それがよう分からん。何がどう約束なんや?

 

「分からないと言った顔だね。ならもう少し正確に『お約束の時間』、こう言えば分かるかな?」

 

は?そんなん『お』と『間』を最初と最後にそれぞれ加えただけやん。意味自体は何も変わっちゃ……。

 

「つまり、"自分"の相手は"自分"が務めるという事だ」

 

それは紛れもなくシグナムの声やった。

 

けど、絶対ちゃう。

だって、シグナムは私の隣にいて何も喋ってなかったんやから。ずっと夜天さんを注視してて、口なんて開いてなかったのを私は見てた。それに声はもっと別のほうから。

けど、紛れもなくシグナムのそれ。凛々しくて透き通るような雄雄しい声。

 

「妙な気分だ、鏡以外で自分を見るというのは」

 

そこには、もう一人のシグナムがいた。………いや、シグナムだけやない。

 

「妙な気分はあたしがダントツだっつうの。何が悲しくて夜天を超ビビってる自分の姿を見なきゃなんねーんだよ。マジ下がるわ」

「へぇ、なんだかちゃんと『湖の騎士』って感じがするわ。……私も昔はああだったんだろうな~」

「あれがオリジナルか。ふっ、毛並みは俺の方が艶やかだな」

 

ヴィータ、シャマル、ザフィーラもいた。

私のよう知っている、でも全然知らない皆がそこにいた。

 

「さて、舞台は整いました」

 

驚いている私らを他所に、理ちゃんが高らかに宣言した。

 

「お約束の始まりです」

 

ああ、なるほど。そやね。確かにそや。

 

────オリジナルvsコピー。

 

はは、これは確かにお約束やね。という事は、結果も自ずと二つに一つやろ。

オリジナルが勝つかコピーが勝つか。

引き分けなんてない。

オリジナルは二人が勝ち、コピーは二人が勝つ、そんな中途半端な結果なんてありえへん。お約束というからには、どっちかがどっちかを圧倒するはずや。

 

そして、これは逃れられる流れやない。少なくとも向こうのシグナムたちは絶対に退かん。それはオリジナルとかコピーとかの問題やないと思う。あの顔は、オリジナルに勝ちたいとかそういう類の顔じゃない。ましてや騎士の顔でもない。

 

「一時とは言え主隼の傍にいたオリジナルの私よ、来い。お前にその資格があったのか、見定めてやる」

「テメェもだ、オリジナルのあたし。場所変えんぞ。あたし以外のあたしがアイツと一緒にいたかと思うと、何かムカつくんだよ」

「湖の騎士、ね……あなたがどれほど強いのか、少し見せて貰うわよ。言っておくけど、家事や後方支援をするだけの立場に甘んじてるなら、とても主なんて護れないわよ?」

「オリジナルの俺、貴様には足りないものがある。それも分からぬうちに主に近づこうなど片腹いたいわ。今、俺がそれを教えてやろう」

 

どっかの誰かのように包み隠さず『気に入らねえ』という表情を全面に出して吐き捨てる写本の騎士たち。

 

あの顔は"嫉妬"してるんや。

 

自分で自分に嫉妬してる。

 

「管制人格、夜天と言ったな」

 

写本の騎士たちの言葉を、シグナムが厳しい顔で受け止めて言う。

 

「主の身の安全は保障してくれないだろうか」

「勿論だ。我が主、鈴木隼の名に誓って、八神はやてには手を出さない。怪我の一つも負わせない」

 

シグナムは小さく頷くと、私の目線に合わせて片膝を着いた。

 

「主はやて、ここで今しばらくお待ちしていて下さい。私たちは主の騎士、なればこそ他の騎士からの勝負に逃げるわけにはいきません。その相手が"自分"というならば尚更」

 

そうやろうな。自分から逃げるなんて行為、騎士じゃなくても出来る事やない。人間でもプログラムでも、最後まで自分と向き合って生きていくもんや。

 

せやから私は、主として自分の騎士を送り出さなあかん。

 

「みんな」

「「「「──────」」」」

「勝ちや!」

「「「「御意!!」」」」

 

そして、皆は飛び立った。

私を巻き込まん場所へ。思う存分戦える場所へ。

 

そして、この場に残ったのは私と夜天さんの二人。

 

「さて、では八神はやて。皆が帰ってくるまで気長に待っていようか。と言っても、そう時間は掛らないだろうけど」

 

夜天さんは、どこからともなくパラソル(ホンマにどこから?)を取り出し、私の車椅子の傍に突き刺して陰を作ってくれた。

 

「あの、夜天さん」

「なんだい?」

「………皆、大丈夫やよね?」

 

いくら避けられない戦いであろうとも、いくら主としての心構えで送り出しても、やっぱり嫌なものは嫌なんよ。

誰かが怪我してるところなんて見とうない。

 

私が不安顔でそう訊ねると、反対に夜天さんは綺麗な微笑みを浮かべた。

 

「ふふ、どうやらオリジナルたちも漸く良い主を持てたようだ」

「え?」

「大丈夫だよ、八神はやて。勝負事だから流石に怪我は免れないだろうけど、まかり間違っても相手が死んでしまうような怪我は負わせないよ。一番危なっかしい理のやつにも、事前にその辺りは言い聞かせてるから」

 

今の言い方だと、何だか写本の方が強いみたいな言い方やな。

うちのシグナムたちがどれくらい強いか正確には知らんけど、隼さんのシグナムたちはそれ以上なんかな?オリジナルvsコピーの勝負は、大抵の場合オリジナルが勝つって物語が多いけど……。

 

「そっちのシグナムたちって強いんです?」

「強い」

 

事も無げに断言する夜天さん。シンプルに、しかし力強く。

 

「生まれ出てこの半年、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも随分と変わった。"自分"というものを確固として持つようになった。もしオリジナルの騎士たちが、以前と変わらず『ただ主を護るだけ』程度の心持ちならば、あなたには申し訳ないけど自分の騎士が怪我をした姿を見てもらう事になるかな」

 

夜天さんの口調は凄く穏やかで、別に自慢しているとか優れているとかいう風やない。

ただ、純粋に今の自分に自信を持ってる。

 

少しだけ、その自信が誰かを彷彿とさせるなぁ。

 

「そか。でも、私もシグナムたちを信じとるよ。信じて待っとく。で、帰ってきたら結果がどうであれ笑って迎える。それが私の役目や。主とかそういうんじゃなく、いち家族としてな」

「……本当に良い主を持ったな、オリジナルたちは」

「なんや羨ましい?せやったら今からでもうちの子になる?」

「いや、遠慮しておこうかな。身を包むような温かい優しさを持つ主より、多少の苛立ちが身を包む捻くれた優しさを持つ主の方が、私には性に合ってるからね」

「あちゃあ、フラれてもうたな」

 

私と夜天さんは笑い合った。

 

きっとお互いの脳裏には一人の男が浮かんでる事やろうな。

 

 




というわけで次回はお約束的な話です。
といっても戦闘描写は苦手なのでコピー騎士のスペック紹介的な意味合いが強いですが。


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19 前編

八神はやて。

 

夜天の守護騎士たちの主にして、夜天の魔導書の所有者。

フェイトと同じまだ9歳の幼い少女。車椅子に乗ってるという事は、それは勿論足が不自由な証拠なのに、そのようなハンデを物ともしないといった風な明るい子。

 

正直言って最初、私はオリジナルの夜天の魔導書の主を快く思っていませんでした。

我が最愛の主を攫った騎士の主、それだけで嫌う理由には十分です。それが例え写本の断章の騎士フランの独断専行だったと分かっても、この思いは変わりませんでした。そもそも、オリジナルの記憶も記録として持っている私たちコピーは、だからオリジナルの歴代の主も知っているのです。ゆえに今代の主もおそらく醜悪な主なのだろうと決め付けていました。

だから、嫌悪の対象として捉えていました。

 

しかし─────。

 

「ほら、夜天さん。夜天さんも影の中に入りや、暑いやろ」

 

実際はただの少女でした。どこにでもいる、しかし極めて優しい心を持った少女です。

 

「ありがとう、八神はやて」

 

常に温かい笑顔を絶やさず、その優しき心を持ってオリジナルの守護騎士たちをも受け入れている少女。

 

どうして憎む事が出来よう。

この子が何故魔力蒐集を騎士たちにさせているのかは分かりません。けれど、それは仕方なくやっているのだろうというのは検討がつきます。あるいは騎士たちの独断という可能性もあります。どちらにせよ、このような子が無闇に他人を傷つけるとは思えません。

 

「なぁなぁ、夜天さん。さっきは自分の事弱い言うてたけど、夜天さんも隼さんの騎士なんやろ?せやったらもの凄い魔法とか出来るん?」

 

無垢な期待の目を向ける八神はやて。

 

先ほどのトランスポーターの魔法での転移した時もそうでしたが、どうやら八神はやては我が主と同じくあまり魔導には関わりを持っていない様子。もしかしたらオリジナルの騎士たちが、出来るだけ魔導から離れさせているのかも知れませんね。その気持ちは分かります。このような幼く、将来のある子に、一つの事に深く関わり合いを持たせてしまって選択肢を狭めてしまう。

 

主がどうして帰ってこなかったのか少し疑問でしたが、今は少しだけ分かります。

 

「私は皆の中では最弱だからね。高ランク魔法はいくつか出来るけど、魔法よりはどちらかというと物理が好きだから」

「物理?よう分からんけど、そうなんや。う~ん、でもシャマルよりは強いんやない?この前シャマル言うてたもん、自分は前衛やなく後衛で支援するのが役目って」

「いえ……ああ、確かにそちらのシャマルと比べたら幾分勝気はあるかな」

「え?じゃあ、そっちのシャマルはちゃうん?」

「天と地ほど」

 

この半年、私達全員軒並み変わりましたが、中でも変化が激しかったのは間違いなくシャマル。

後方支援、回復専門だった彼女の役割は、最早過去を通り越して前世のもの。今では彼女は自分に合った戦闘法を編み出し、練り上げ、その凶悪さにおいては理と同等なまでのレベル。

 

戦いたくない相手は?と聞かれたら、私なら迷う事無く彼女の名をまず最初に挙げる事でしょう。

 

「へぇ、そうなんや。でも、やっぱ夜天さんが弱いようには見えんわ。隼さんも言うてたし」

「あ、主が……?」

 

少々ドキッとした。

主は私をどう見てくださっているのでしょう?も、もしかして、一番頼りにしてくれておられるのでは……………。

 

「あ、主は私の事をなんと?」

「ん?え~とな、確か………『夜天が怒ればたちまち天は落ち、地は裂け、海は割れる。神は媚びへつらい、悪魔は泣いて慈悲を乞うだろうよ』とかなんとか」

「…………………………………………………………………………」

 

なるほど。

なるほど、なるほど。

 

(ああ、主、早く貴方に逢いたいです。ええ、本当に……どうしてさしあげましょう)

 

胸中で主に対して向けるべきではないドス黒い感情が芽生え始めた時、八神はやてがふと何かに気づいたように声を上げた。

 

「あの、そう言えばウチにまだ一人、ユーリちゃん言う子がおるんやけど、今あの子もここに来とるん?姿は見えんけど」

「ユーリ?……ああ、紫天の盟主の事?」

「え、ユーリちゃんの事も知ってるん?」

「調べたからね」

 

ユーリ・エーベルバイン──紫天の盟主にして、永遠結晶で未知なる魔力を無限に生み出す化け物。

 

プレシアやスカリエッティによって事前に今主の周りにいる人物は調べ上げていました。その報告の中でもあの子は規格外も規格外。あれを相手に出来る魔導師などいるのかという程のレベル。おそらく我らブルーメが束になって真っ向から挑んだなら敵わないでしょう。

 

そもそもあの能力───《一定範囲の生物の生命力を結晶化し、無力化する》なんてどうしようもないでしょう。しかも既存の魔法では防げないという。一応プレシアが相殺する魔法を研究してはいますが、流石に資料が少ないのか完成には未だ至らず。

 

そんな魔導師を御せている我が主はやはり流石ですね。

 

──まあ、しかし、です。

 

「あの子はここにはいないよ。私があなたの家を訪問すると同時に別で拘束させてもらった」

 

真っ向勝負に拘らないならば。魔導師戦に拘らなければ。最強魔導師であろうとも、それが人型ならば。

この世に下せぬ者などいません。

 

「え、拘束って……あのユーリちゃんを?」

「安心していい。手荒な真似はしていないから。少し深く眠って貰っただけだよ」

 

人とは意識外の攻撃、奇襲には往々にして対応が一手遅れる。魔導を絶対とする魔導師というものなら尚更。

 

そして今回。その役目を担ったのは理だけど、生憎とどうやって無力化したのかは知らされていない。……一応、殺害ではなく捕縛が目的なので対物狙撃銃による認識外からの超長距離射撃なんて事はしていないはず。理もすぐに私と合流したし。

 

「この件が終わったらすぐに会えるよ。今はただ騎士たちの帰りを待とう」

「ちょっと気にはなるけど、でもそやね。今はそれしか出来へんなら、全力で出来る事しとくわ」

 

そう言って騎士たちのいるであろう空に向かって声援を送り始める八神はやて。隣にいる私も同じ空を見上げ、しかし考えは別に。

 

(……私も近いうちにオリジナルの私と喧嘩する事になるのかな?)

 

その時はこの八神はやてのように、我が主も応援して下さるのだろうか?勝てば褒めて下さるのだろうか?

 

……もしそうであれば、その時はちょっとがんばろうかな。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ハァッ!!」」

 

 

同じ声色、同じ声量の裂帛の気迫が重なる。それに少し遅れて金属と金属がぶつかり合う音が木霊する。エモノもそれぞれ同じ片刃の剣。担い手も同じ。

ここまで同じだと、逆に同じではない部分がより目立ってくるはずだが、私と相手との違いと言えば服装くらいしかない。

 

片や騎士甲冑を身に纏った騎士。片や地球のデパートで売っている冬物の服を纏った騎士。

 

ヴィジュアルだけで判断するなら、私の方が負けているな。

 

「なるほど、自分と剣を交えるのは初の体験だが、存外に悪くない」

 

シグナム……オリジナルの私がどこか満足げに言う。

それには私も同意見だ。

生まれ出でて今日まで、こうやって真っ向から剣同士を交えられる相手は居なかったからな。一番鍛錬に付き合ってもらっているフェイトも、真っ向から来るタイプではなくスピードで翻弄して隙を突くタイプ。

 

「しかし、解せないな。なぜ甲冑を展開しない。よもや手加減しているのか?」

「そういう訳ではない。これは我が主の意向でな」

 

曰く、『甲冑?そんな物々しいの着たいわけ?やめてくれ、目が疲れる。それに綺麗なツラと特盛りの身体が台無しじゃんよ。それよかスカート履け、スカート。今度俺が買ってやんよ』との事。

 

私的には甲冑も用意しておきたいのだが、主がそう言われるのであれば是非もないと諦めている。

 

………それに、まぁ、なんだ、主には甲冑よりももっと綺麗な格好を見て欲しいしな。

 

「そもそも、言わせてもらうと甲冑の有無がこの場で如何ほどの意味があろう?」

「どういう事だ?」

「掠りもしないであろう攻撃に何を備える事がある、という事だ」

「───なんだと?」

 

少し挑発気味になってしまったが、見紛う事無き事実でもある。慢心でもなければ自惚れでもない。

 

ここまで十数合打ち合ってみたが、正直な話私は落胆していた。相手がただの敵であればどうとでもないが、仮にも自分だから複雑な気分なのだ。

 

「オリジナル、お前の剣は確かに強いままだ。長年の時を生きても錆を見せず、刃毀れ一つしていない良き強さだ。不変で不朽で………本当に無様」

「!!」

 

私の言葉に怒りを見せたオリジナルが、力任せにレヴァンティンを叩きつけてきた。

どうとでもなるその一撃を私はわざわざ受け止め、適度な力で押し返して鍔迫り合いの形にする。

 

「愚弄するか!」

 

勿論、私にはそんなつもりはなかったが、確かに客観的に見ればそう捉えられるだろう。そもそも、真剣勝負中の相手に『無様』と暴言吐くなど本来ならば騎士失格だ。なのに、つい口をついてしまったのは主の影響だろうか?

 

「愚弄したつもりはない。まあ、誉めたつもりもないが」

「貴様!」

 

オリジナルは片手をレヴァンティンから離し、腰につけていた鞘を引き抜いて私の顔目掛けて横なぎの一撃を放った。

私は向かってくるその鞘を下方から軽く拳を当てて軌道を逸らしたが、相手はその逸らされた勢いを利用して蹴りを放ってくる。が、私はそれも事も無げに軽く身を引いてかわして反撃………ではなく、一端距離を取った。

 

「お前に主の傍にいる資格があったかどうか見定めるつもりだったが、まあ予想通りか。オリジナル、お前はどうやら鍛錬もせず、ただ平和を甘受していたようだな」

「見くびるな!いくら地球が平和だろうとも、将としての責務を忘れた事は無い!」

 

激昂するオリジナルだが、さて、奴がどれくらいの鍛錬を自分に課してきたのだろうか。いや、どれくらいではなく"どのような"か。

 

「素振り、瞑想、他の騎士たちとの模擬試合……身体の成長しない我々プログラムが出来る鍛錬などこの程度か」

 

オリジナルからの返答はないが、すなわちそれが肯定。まさしくその通りだったのだろう。

 

「それに何の意味がある?」

「なに!?」

 

笑わせる。

 

「素振りなんてしなくとも剣を握る感覚を忘れるわけがない、そうプログラムされているのだからな。瞑想した所で悟りが開けられるわけでもない。身内での模擬試合など、所詮ただの馴れ合いの延長線でしかない」

 

我らはプログラムだ。人とは違い、筋力や持久力なんてものは成長しない。培えるのは経験と知識のみ。だからこそ、人と同じように強くなろうとしてはいけないのだ。

 

(……まあ、例外もあるにはあるのだが)

 

脳裏に過ぎるのは銀髪は靡かせる女性───夜天。

 

今、彼女について多く語る事は控えよう。というよりも多く語れないのだ。

言うなれば、そう──シンプルに強い。

 

速く、硬く、鋭く、重く、タフで強靭で剛力。

 

過不足なく、これで十分。『どうしようもない強さ』というのは、きっと彼女の事を言うのだろうな。

 

「そんな事をしている暇があったら、兎に角戦えばよかったのだ。模擬試合などではない、もっと身命を賭したな」

 

私はそうしてきた。

魔法世界の生物はいうに及ばず、他の騎士やテスタロッサ家と幾度と無く剣をぶつけた。それも馴れ合いの模擬戦ではなく、欲に塗れた死合いを。

勝てば得る、負ければ失う。人は欲しすれば強くなる。無欲や禁欲で至る境地など高が知れている。

主からの寵愛を賜るため、または主自身が報酬の時、我らは壮絶な喧嘩をしてきた。殺す勢いで、殺される覚悟で喧嘩してきた。

 

ただ、勿論それだけではない。経験だけ積めば強くなれるわけもない。

私も私で、いろいろな鍛錬をしてきたのだ。

 

『経験』し、そこから『技術』に発展させなければ意味が無い。

 

その甲斐あって、今では私も強くなったと自負出来る。未来予知とまではいかないが、『先の先』の更に先くらいなら読めるようになった。………それほどの経験をつまなければ、とても生活できないのだ。

 

「きっとお前のやってきた事は自己満足の鍛錬ですらない。ただの日課としての作業だ」

 

朝起きたら『おはよう』というような、その程度の行為。惰性。誰が得するわけでもない、ただの時間の浪費。実の伴わない張りぼて。

 

「黙れ!貴様に、私の過ごしてきた日々を否定する権利はない!そも、それが騎士としての在り方だろう!何もせず呆けている事など出来ん!」

 

吼えるオリジナルだが、また見当違いな事を言っている。

 

「騎士としての在り方?プログラムとしての、だろう」

「違う!」

 

騎士とはこうで在れ、そうプログラムされているからこその行いだ。我等が騎士としての在り方をまっとうしたいなら、まずはそこを履き違えてはならない。守護騎士システムを肯定しなければならない。

 

だというのに、このオリジナルは。

 

「否定するのか、己を?」

「違う、プログラムではないと言っているんだ!確かに事実としてはそうだろう。だが、主はやては我らを人として迎え入れ、家族と呼んでくれた。なればこそ、私はプログラムなどではなく、一人の騎士『シグナム』として生きるだけだ!」

「……ああ、そうか」

 

本当にオリジナルの私は不変だ。

いつまでも"騎士"としての"シグナム"で在り続けている。

 

それは立派な事だろう、立派な事だが………なんだろう、この気持ちは。

 

「騎士として、シグナムとして、お前は在ると?」

「そうだ。断じてプログラムではない!私は、烈火の将シグナムだ!」

 

ああ、そうか、この気持ちは、

 

「────気に入らん」

「……なに?」

 

主がこの言葉を言う時は、大抵怒り狂って後先考えず無茶苦茶をする時だが、今ならばその気持ちが分かる。

 

「気に入らないんだ」

 

プログラムなのは否定してるくせに、烈火の将シグナムであるのは肯定している。

 

それが、どうしようもなく気に入らない。

 

「"烈火の将シグナム"というのもプログラムされた役割りだ。プログラム自体は否定するくせに、都合の良い所は肯定か?」

 

これが別にオリジナルの主一人に向けてだけだったならばよかった。そこだけの関わりならば何も問題なかった。

 

(だが、こいつは主隼の傍にいた)

 

その程度の曖昧な在り方で、お前は主隼と共にいたというのか。主隼に見つめて貰っていたのか。主隼に触れて貰ったのか。

 

「プログラムだから何だ、騎士が何だ、シグナムが何だ。そんな物に拘り、翻弄されるとは………貴様は"私"を何だと思っている」

 

カートリッジをロードする。その数6発、あるだけだ。

私と同じく、レヴァンティンも成長した。プレシアとリニスに改良してもらった今のコイツなら、我が技量と合わされば金剛石でさえ豆腐に等しい。

 

ゆっくりと斜に構え、相手を見据える。

『烈火の将』としてならば───まずは肩または腕に向かって剣を振り、あわよくば片腕を無力化。しかし、おそらくは剣か手甲によって防がれる。よって結果如何もなく、次に攻撃手段を絞らせる為に体勢を出来るだけ屈め、素早く後ろに回り込んで鞘で膝裏を強打。倒れたら追撃をし、倒れなければ這うように後ろに飛んで魔法で弾幕を張りつつ間合いの外へ。

あるいは。

『鈴木シグナム』としてならば───全力を出して真正面から相手に気づかせぬうちに両手両足の腱でも断つか。おそらく『仕掛け』と『動き』さえ外せばこいつは視認出来なくなる。その程度の相手だ。数秒でケリを着けられる。

 

………………だが却下。すべて破棄。

 

「私を────」

 

私は気に入らないと言った。つまり怒っているのだ。

これはきっと見当違いな怒りなのだろう。目の前の私と私は同じだが違う。ならば、自分と比べてしまう理由は薄い。だから、この怒りは一方的な怒りの押し付け。

 

……だから何だ?

 

そう思ってしまうのは、主の影響だろうか。

 

どのような怒りであれ、その感情が発生したならばもうどうしようもない。ただありのままに、我がままにぶつけるだけだ。

 

烈火の将でも鈴木シグナムでもない、ただの『私』として──感情のままに、ぶった斬るだけだ!!

 

「『私』をナメるなあああああッ!」

 

『私』は『私』だろうが!!

 

 

 

 

 

 

 

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「おーおー、派手にやってんなあ」

 

向こうの空で二つの紫色の魔力光がぶつかってるのが見える。あの魔力の色はシグナムだろうけど、ありゃ相当キてんな。

 

普段は冷静なクセに一度火がつくと二つ名の通り、烈火の如く猛る奴だからなあ。あの規模からして、大方オリジナルがシグナムの癪に障る事言ったんだろうな。

なんつうか、オリジナルはご愁傷様だな。

オリジナルシグナムがどれくらい強いのか知らねえけど、うちのシグナムは段チで強いからな。マジになったあいつとタイマンで真正面から殺り合って取れる奴なんて、たぶん夜天くらいじゃねえの?

 

つっても、あの様子を見るにシグナムの奴、怒っちゃいるが全力で相手はしてねーな。

『本気』なんだろうけれど、『全力』じゃない。

もし全力なら魔力のぶつかりなんてあるわけねえ。一方的に静かに終わるだろうよ。

 

「余所見してんじゃねえ!」

「おっと」

 

迫ってきたアイゼンを半歩足を引いて身体を捻ってかわす。

それにしてもホント、妙な気分だ。見慣れて、使い慣れたアイゼンが自分に迫ってくるって何なんだ?まさかオリジナルが同じ時代、同じ世界にいるなんて思ってなかったからなあ。

 

「クソ、さっきからちょこまかと!何で当たらねえんだ!」

 

オリジナルのあたしが歯噛みしながらも連続でアイゼンを振ってくるが、あたしは尽くそれを避ける。

 

「当たるかよ、バーカ」

 

魔法を使わない、こういう接近戦では攻撃の形なんて限られてくる。

所詮、人の身体には腕が二つに脚が二つしかないんだ。少し想像力を働かせれば、相手がどういう体勢を取ればどういう攻撃が来るかなんて自ずと分かるもんだ。

物理法則に従った動きなんて、ある程度制限が掛っていて当たり前。例えその埒外にある魔法を使ったとしても、今回の場合は相手は自分自身。どんな動きであれ、想定出来て当然だぜ。

 

「ちっ、もういっちょ!」

「甘ぇんだよボケナスが」

 

アイゼンをアイゼンで迎え撃つ。まったく同じ武器で、まったく同じ力で打ち合った結果、それぞれが弾かれ合う。

 

そんな当然の結果に、ふと思う。

 

(シグナムだったら、狙ってやるなら兎も角、きっとこんな均衡した競り合いにはならないだろうな)

 

さっきも言ったけど、あいつはもう段違いに強いからな。あたしたちとの殺し合い並みの喧嘩による経験に加えて、毎晩毎晩飽きることなく稽古に没頭。というか寝ない。眠たくなったら書に還ってコンディション戻してすぐ再開。週の睡眠時間がゼロなんてままある。

 

よーやるわ、と思う。

 

『どんな状況でも最上の一撃が出せるよう、型稽古は怠らん』とかなんとかつってたな。プログラムなんだからンな事しても意味ねえんじゃないかと思うけど、『プログラムだからこそ、だ。型稽古とはある種のイメージトレーニング。どんな状態からでも同じ打ち込みが出来るよう繰り返し身体に覚えこませる。理詰めのようなそれは、私たちのような存在と相性がいい』だとさ。

 

(あたしにゃよく分かんねーな。けど、まぁ事実なんだろうな)

 

あいつが一度だけ『全力』で喧嘩した時があったけど、ありゃマジでやべえ。なにせいつ攻撃されたか分かんねーんだ。

 

いつの間にか間合いに入られ、いつの間にか剣が振り切られてた。勿論、あたしは一度もあいつから目を離しちゃいねーのにだ。

 

あいつの動きが認識出来なかったんだ。

 

なんでも『仕掛けを外す、動きを外す、間を外す、意を外す、拍子を無くす。それらが出来れば魔法など使わなくても人は姿を消せる。つまり堂々と真正面から奇襲が出来るという事だ』らしい。

 

いや、無理だよ。

 

「クソッ、イライラする!何なんだよ、お前!」

「何なんだよって、それはお前が一番分かってんだろ?」

「そういう意味じゃねえ!」

 

ギャギャアと喧しく騒ぎ立てるオリジナル。

てかさ、こいつってホントにあたしのオリジナル?あたしってこんなに口悪かったっけか?いやいや、あたしはもちっとお淑やかだろ。

 

「こんな事してる場合じゃねえってのに!はやてには時間がねえんだ………クソ、隼の奴が来てから滅茶苦茶だ!」

「………あ?」

 

オリジナルの口からあいつの名が出た。あたしじゃないあたしの口から、あたしの主の、隼の名が。

…………たったそれだけなんだけど。

 

「ぐっ!?」

 

何でだろう、いつの間にか拳大のシュワルベフリーゲンを打ち出していた。

 

「おい、このカスオリジナル。あいつの事何も知ねーくせに調子乗って呼び捨てしてんじゃねーよ、あ゛あ゛ん゛!?テメエの矮小な脳ミソ掻き出して代わりに肥溜めの糞ぶち込まされてえか、ええコラぁ!」

 

どうやらあたしもオリジナルくらいには口が悪いみてえだな、うん。

 

「気に入らねえ……ああ、気に入らねえんだ。ええと、こういう場合どうするんだっけ?」

 

自問して見るが、それよりも早く体は動く。

 

あたしは、右手に持っていたアイゼンをオリジナルに向かって力いっぱい投げつけた。

 

騎士にあるまじきあたしのいきなりの行動に虚を突かれたオリジナルは、避ける事は間に合わないと悟ったのか持っていたアイゼンでそれを弾いた。

 

その隙に私はオリジナルに近づき、相手の胸倉を掴み上げる。

 

「てめ、正気かよ!?それでも騎士か!」

 

どうにか離れようと蹴ったり殴ったりしてくるが、そんなちょっせえ攻撃効きやしねえ。隼の拳の方が全然重い。アイゼンもこんな至近距離じゃあ満足に振れねえだろ。

 

「騎士?ンな目に見えねえ価値なんて早々に捨てたぜ」

「なっ!?」

 

そんなモンに拘る気なんてさらさらない。惜しくもない。

騎士としてプログラムされてんなら、それは自己の否定じゃないかって?

かもな。けど、別に構わねえよ。

 

だってさ、隼の奴が『それでいい』って言ったんだ。『その方がお前らしい』って。『騎士でもヴィータでもなく、ただ思うままのテメエでいろ』って。

 

だったらいらない。

 

隼が肯定してくれんなら、あたしはいくらでも『鉄槌の騎士』を否定してやんよ。雑に扱っちまったアイゼンだって、それを応としてくれてっし。

というか最近じゃ隼の方があたしのアイゼン使って喧嘩しやがるし。

 

「イライラしてんだろ?ムカついてんだろ?だったら覚えとけや。そういう場合はよ、武器なんて使うもんじゃねー、効率とか後先考えるもんじゃねーんだってさ………ただこうやるんだってよお!!」

 

右手で握り拳を作り、あたしは迷う事無くオリジナルの顔をぶん殴った。

 

アイゼンで殴るわけでもなく、『魔力を純粋集中』させた拳を使うわけでもなく。

攻撃手段としては最もダメージの少ないだろう、ただの素のぶん殴り。

しかも後からキいてくる腹を殴るわけでもなく、脳を揺らすように顎先を狙ったわけでもなく、アイゼンを振れなくするように腕を狙ったわけでもなく。

 

──────ムカツク奴がいたら、四の五の考えずにその横っ面だけを力の限りぶん殴る!超気持ちいいぜ~。

 

へっ、隼の言う通りだな。

 

「ほら、どうした、立てよ。無様に転がってちゃ、テメエが拘ってる『鉄槌』の二つ名が泣くんじゃねーの?」

「っのヤロウ!」

 

ふん、すぐ立ち上がった所を見ると、やっぱダメージは殆どねーか。

まあいいさ。ダメージがなくても、しこたま殴り続ければその内気絶すんだろ。それまでにこっちもかなり手傷負うだろうけど、まかり間違ってもオリジナルより早く気絶するなんて無様は晒さない。気合と根性で乗り切る!

 

「くそ!やっぱテメエも滅茶苦茶だ!隼みたいな戦い方しやがって!」

 

あ?あいつみたいだと?はっ、なに言ってやがんだか。

 

「ば、馬ッ鹿!い、意味分かんねーし!あいつと同じとか、マジ最悪だし!うえ~、げろげろ」

「………言動一致させろよ。その締まりのないニヤケ面やめろよ」

 

う、うっせえ!

 

「ふ、ふん。つうか勘違いすんなよ。あたしは、今日、ここに喧嘩しに来たんだ。戦闘なんてする気、さらさらねーよ」

「なっ、テメエ、そんな程度の心構えであたしに勝つつもりかよ!アイゼンまで放り投げて、正気か?!」

 

あ?そんな程度の心構えだ?戦闘じゃなく、喧嘩の場合は心構えが低いってか?アイゼンが無かったら勝てないってか?

 

おいおい、冗談ぶっこいてんじゃねーよ。

 

戦いと喧嘩、戦闘者と喧嘩屋、武器ありと武器なし………そんなんで、心構えの高低とかで、勝負の優劣が決まるわけねーだろ。

 

武器も持たないただの喧嘩屋は、武器持ちの戦闘者に劣るって、そう誰か決めたんかよ?

 

「だったらその身に刻み込みな、鉄槌の騎士ヴィータ。鈴木ヴィータのステゴロがどれ程のモンかを、よ?」

 

隼を馬鹿にされた分、鈴木ヴィータの低く見られた分、そして何よりもオリジナルが隼と一緒に楽しく過ごしていたという不愉快分。

 

きっちり、ここでそのオトシマエを付けさせてやる!

 

「こっからは『本気』でいくかんな、このクソッタレ野郎!泣いて謝る事すら出来ないくらいグチャグチャにしてやんよコラァ!」

 

持論だけど。

 

『全力』と『本気』は似てるけど違う。

 

『全力』とは、文字通り自分の持つ『全ての力』を出す事。そこに感情はいらない。機械的に粛々と。合理的に。───言い換えるなら、これつまり『戦闘』。

片や『本気』とは、『本当の気持ちを入れる』という事。力はどうでもいい。効率も考えない。ただただ己の感情を出す。───これつまり……

 

「『喧嘩』だバカヤロウ!!」

 

死に晒せダボがぁああ!!

 




少し長くなったので3つに分けました。

次回はシャマル、ザフィーラ編。そして次々回は理編です。


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19 中編

 

 

私は、他の騎士たちと違って非力な存在です。

強大な敵を剣で斬り裂く事も出来ず、強硬な障害を拳で打ち崩すこと出来ず、強靭な肉体で守り抜く事も出来ず、心身一体となって力添えになる事も出来ません。

 

日本という平和の国で、そのような力はいらないのかも知れません。

 

けれど、それでも私は悔しかった。プライドが許せなかった。

騎士としての、ではありません。

女としての、です。

大切な人に何も出来ない、何も為せることの無い力無さがとても悔しかった。

 

『シャマルはよ、美味い料理作ってくれるし、他にも家事全般やってくれんだからそのままでいいじゃん。俺ぁそれだけで超満足してっし、嬉しいぜ?』

 

そうは言ってくれるハヤちゃんだけど、だからと言って私自身は何も納得していませんでした。

確かにそれだってきちんとハヤちゃんの力にはなってると思います。料理は私が一番上手いし、掃除や洗濯も誰よりも率先して私がやってます。

 

それでも、やっぱり心のどこかで他の皆に嫉妬している私がいました。

 

(ヴィータちゃんにまでそんな気持ちを抱いちゃった時は、ちょっと我ながらどうかと思ったけど)

 

この半年、ハヤちゃんの影響を一番受けたのは間違いなくヴィータちゃんです。

その言動から考え方、どこをとってもハヤちゃんとダブります。それはもう本当の兄妹じゃないかと思っちゃうくらいに。

 

(そんな事本人に言えば怒られちゃうだろうけどね)

 

それでもまず間違いなく。ヴィータちゃんは『鉄槌の騎士』を辞めた。戦闘というものをしなくなって、喧嘩という考え方をするようになった。

そして──さらに強くなった。

本来なら弱くなりそうなものなのに、あの子は真逆となった。

 

(アイゼンや甲冑を捨てて、ただその拳に全てを乗せるようにした)

 

───拳に魔力集中させてぶん殴る。

 

ハヤちゃんの『四の五の考えず取り合えずぶん殴る』という心情を、ヴィータちゃんが受け継ぎ昇華した必殺技。

 

言葉にすれば陳腐なものだけれど、実際はとんでもない代物。なにせ後先考えず持ってる魔力全てを拳に純粋集中させるんだもの。小さな拳に無駄なく収束されたその威力はギガント級かそれ以上。当たれば終わり。文字通りの必殺技。

 

(一発の威力だけなら夜天といい勝負よね。ううん、もしかしたらそれ以上かも)

 

勿論、防御面ではかなりのマイナス。けれど、そこもハヤちゃん譲りの気合と根性で知った事かと豪語し、『ロマン砲って感じでいいだろ?』なんて言ってニカっと笑うヴィータちゃん。

 

その姿は本当にハヤちゃんそっくりで、ああやっぱりこの子もハヤちゃんの力になりたいんだなぁと思った。

 

(そう、そして私も……)

 

ハヤちゃんの後ろで支援するのではなく、ハヤちゃんの横に立って明確な力になりたい。

 

バックアップが主な役割として生まれた私なのに、どうしてこんな気持ちが生まれちゃったんでしょうね。

ハヤちゃんとの生活が変わることのないプログラムを変えたのか、それとも単純にあの創造主が原本と区別化させるために初めから持たせていた気持ちだったのか、それは分かりません。

けれど、この気持ちは確固たるものでした。

 

「ねえ、シャマル?あなたは今の立場に満足してる?」

 

自分の名前を呼びかけるのに僅かながら違和感を感じながらも、私は目の前のオリジナルに問うてみました。

 

「ええ、満足してるわ。シグナムたちのバックアップは勿論、はやてちゃんの傍にいられるだけで私は今満たされてる」

 

オリジナルのシャマルは、今幸せはここにある、という風な顔で続けた。

 

「はやてちゃんは私たちの暖かい光になってくれた。闇の中で磨耗していく運命だった私たちだけど、はやてちゃんならきっとそれを変えてくれると思った。全てを賭けて護るに値する主にようやく出会え、ずっと傍に居たいと思うこの想いを抱えて、満たされないはずないじゃない!」

 

今までの歴代の主の事を思えば、確かに今の主は最良でしょうね。チラッと見ただけだけど、あのはやてちゃんって子、凄く優しそうな子だったもの。そんな子の世話が出来るなら、きっとオリジナルは本当に現状に満足してる。

 

闇の書の呪い……こちらで調べ上げた今の夜天の書の事を知った時はすごく不憫に感じたけれど、このオリジナルの様子を見るにどうやら今代で負の連鎖は断ち切れそうね。

 

「………だったら」

 

そこで私の胸のうちに何かドス黒いモノが満ちる。

オリジナルの心配をしていた感情を押しのけるように、何かムカムカとしたモノが。

 

「何で、自分の周りだけで対処しようとしなかったの?」

「え?」

「自分の主が傍にいる今の立場に満たされてるなら、どうして……」

 

力がなくてもいい、昔と変わらず後方支援だけやってる役割でいい。

ただ主が傍にいるなら。

温かい光を与えてくれた主を護れるなら。

 

………その程度の気持ちで、何であなたは。

 

「どうしてあなたは、ハヤちゃんの傍にもいるの?」

 

私は努力した。

成長のしない身体(魔力操作すれば多少は変わるけど)、他の騎士と比べてあまりに低いポテンシャル……どうしても一歩遅れを取ってた。

でも、私はその立場に甘んじず努力したの。

ハヤちゃんに、誰よりも頼れる一人の女として見てもらえる為に努力したつもりだった。そして、ようやくハヤちゃんの隣を争える力を手に入れたし、実際立てるようにもなった。

 

後方支援や家事手伝いだけではなく、『全て』においてようやくハヤちゃんの傍にいられるようになった。

 

……なのに。

 

「どうして、私の場所からハヤちゃんを取ってったの?」

 

分かってる。

こんなの、理不尽な八つ当たりなんてのは十二分に分かってる。自己嫌悪するほど分かってる。

攫っていったのは最後の写本の断章の子だし、オリジナルがハヤちゃんよりも自分の主の傍にいる事を重要視しているのも分かる。

 

分かってるけど、抑えられない。

 

何の努力もしてない自分が、何でハヤちゃんの傍にいるの?

 

ムカムカして、ギトギトして、ドロドロして、グツグツとした、そんなナニカが私の心と思考を埋め尽くす。

 

(ハァ……シグナムたちに比べたら、私が一番冷静だと思ってたんだけどな)

 

私はいつの間にか右手にクラールヴィントを、左手には鏡を顕現させていた。

 

「どうも、結局私もあなたの事が気に入らないみたい」

 

自分勝手に相手を嫌って喧嘩を振っかけるなんて、まるでハヤちゃんみたい。

それを悪くないと思っているのだから、私も大概ね。

 

「さあ、戦争の時間よ、シャマル」

 

お願いだから、死なないでね?

 

 

 

 

 

 

 

 

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不意に響いた轟音に彼方の空を見てみれば、そこには大きなきのこ雲が出来ていた。その方角は確かシャマルの奴の戦闘場所であり、だとすれば察する所、あれはシャマルの『兵器庫』にある爆弾の一つによるものだろう。

 

(使ってもC4やプラスチック爆薬までにすると言っていたはずだが……まさかシャマルの奴もキレたのか?)

 

各々戦闘に入る前にシャマルは確か『どれほど強いのか、少し見させてもらいます』と、腕試し程度の発言をしていたはずだが、まさか爆弾まで使うとは。

 

(まぁ、爆弾程度に留めてくれる分まだ理性はあるようだな)

 

戦闘力の乏しいシャマルは、自分だけの力では何も出来ないというのをちゃんと分かっていた。限界がある事を理解していた。

 

だから彼女は道具の使い方を覚えたのだ。兵器を編み出したのだ。

 

(皆が変わったように、あいつも変わった。……変わりすぎて原型が少し迷子になるくらいに)

 

シャマルが開発、管理している兵器製造兼保管庫、そこから転送魔法または鏡を使ってあらゆる兵器を取り出し攻撃に使うという魔導師キラーなシャマル。………というか生命体絶対殺すウーマン。

 

爆薬、爆弾は言うに及ばず。果ては生物兵器に化学兵器、音響兵器。別の管理外世界に庭を作り、そこで毒草も栽培していたな。

しかし、これでもまだ序の口。

 

(……極めつけは理と一緒になって生み出している遺伝子改造や魔法改造した生物たちだな)

 

そう、それがあいつを最悪たらしめる兵器。

どの程度の種類をどの程度造り出しているのかまでは把握していないが、シャマル曰く『世界獲れる』らしい。過去一度、実験体であるゴキブリが数匹逃げ出したとかでその始末に狩り出された事があったが……うむ、あれは脅威だった。

 

(あのような生物を仮に百単位で造り出しているのならば、確かに世界くらい獲れそうだな)

 

というか一体どこをどう遺伝子操作したらゴキブリが筋骨隆々な人型になるのだろうか?

 

(思えば、あいつも理くらい物騒になったな。ああなったシャマルとは、闘いたくないものだ)

 

一度あいつが兵器を取り出したなら、それがどんな小型なものであれ半径1000mは彼女の間合いの内と化す。自分の足元が地雷原になったような錯覚に陥る。空気が毒を孕んでいるような感覚を持つ。

勝てないとまでは言わないが、五体満足で生還出来るとも思えない。

 

(それに、どうやらキレたのはシャマルだけではないようだな)

 

先ほど別の方角では強大な魔力と共に爆炎が上がっていたので、どうやらシグナムの奴もキレてるようだ。ヴィータと理は言わずもがな、あの二人がキレない訳がないだろうし。

 

(夜天の奴も一見穏やかだったが、心中はどうだかな。まぁ今回は相手がいなのが幸いだが。………それにしても、まったく、どうやら冷静なのは俺だけか)

 

少し呆れた溜息を吐きながらも私は迫り来る拳を、それとまったく同じ拳で迎え撃つ。

 

「どうやら皆は派手にやり合ってるらしいな」

「ああ、そのようだ」

 

オリジナルの俺が蹴りを放ってくるが、俺はそれをいなす。返す刀で今度は俺が蹴りを放つが、それもまた向こうは軽くいなす。

 

戦闘が始まって今まで、俺とオリジナルの戦いは拮抗状態とも呼べないようなものだった。

 

「ヴィータや理は兎も角、シグナムやシャマルまで熱くなってどうするのだ。こういう時だからこそ、己を律して物事に対処せねばならんと言うに」

 

主が攫われてフラストレーションが溜まっていたのも分かる。オリジナルの自分に会い、自分との違いに譲れない所があって憤るのも分かる。

だが、それをただ感情の侭にぶつけてしまっては駄目だろう。それこそ、今現在進行形で好き放題やっている主の二の舞だ。自分勝手好き勝手に振舞っていいのは主だけで、ストッパー役の俺たちがそれをやってしまうと収拾が着かなくなるではないか。

 

その点、俺は冷静だ。

 

主が攫われた事に対して確かに多大なフラストレーションはあるし、今目の前にいるオリジナルと自分の違いに多少の憤りは感じている。

しかし、それをどこかにぶつけたからといって全て解決するわけではない。今更、騎士としての在り方など問うつもりは毛頭ないが、それでもこういう時は騎士らしく振舞うべきではなかろうか。

 

「ふむ、確かにお前の言う通りだ。俺も初めて自分のコピー……すまん、写し身とも言えるお前を見た時は驚きはしたし、己のアイデンティティーが揺らぎもしたが、それは些末な事。俺は主はやての守護獣、ただそれだけだ」

「そうだ。そして俺は主隼の守護獣。それ以上でもそれ以下でもない。ゆえにコピーと呼称されても何とも思わんから気にするな」

 

オリジナルとコピー、同じザフィーラで守護獣だったとしても、やはり違うのだ。生まれた場所、育った環境が違えば別人になって当然。

だから、見かけが同じだからといって目の前のザフィーラと俺を同一視するのは可笑しな話なのだ。自分との違いに憤るなど可笑しな話なのだ。

 

「他の人と書いて『他人』。オリジナルだろうがコピーだろうが、所詮は他人であり別人だ」

「ああ、その通り。主に関してなら兎も角、俺は"俺"をどうこう言うつもりはない。………だからこそ、お前の主である隼を攫ったことに関しては謹んで謝罪する」

「なに、気にするな。そもそも攫ったのはこちらの断章の騎士だ、オリジナルに非はなかろう。主も好き勝手やってるようで、だから謝罪の言葉はお前ではなく主から出させよう。むしろ俺からも謝罪する。聞けばお前の主は命の危機なのだろう?そんな折にこんな事になってしまって……今こうしている俺が言う事ではないだろうが、心苦しい」

「それは、まあ仕方なかろう。そちらの騎士たちの気持ちも分かる。それに、隼が来てからというもの主はやては一層明るくなった。加えて、隼はその命の危機も救うと言っているから、俺個人としては逆に感謝している」

「ふむ。つまり主が好き勝手三昧していたのは、お前たちの主の救命の為だったというわけか。………ふっ、金か女か子供が絡んでいると思ってはいたが、やはりか。何とも主らしい」

 

拳を交えながらも、俺たちは軽く会話する。苦笑さえ、お互いが浮かべる程だ。

気が合う、と言えばいいのだろうか。見掛けは同じだが別人と割り切った為、数少ない男性体なのでまるで友を得たかのよな気分になっていた。

 

だから、戦闘中にも関わらずついついこんな事を言ってしまった。

 

「そちらの主の救命、俺たち写本の騎士も助力しよう。まあウチの主なら一人でもやってのけそうだがな」

「いや、そうか、それは助かる」

「うむ。そして全て終わった暁には、守護獣同士いろいろ語り明かそう。そうだ、俺のオススメの漫画も貸してやろう」

「漫画?ほう、お前はそのようなものを嗜むのか」

 

ピタリと、今まで緩やかに交わしていた俺の拳がふいに止まった。

 

「……"そのようなもの"……だと?」

 

その言葉は、オリジナルは別に悪気があって言ったのではないだろう。ただ興味を引いただけ、ただ意外に思っただけなのだろう。

 

……だが。

 

「……貴様、事もあろうに漫画を"そのようなもの"扱いするか」

「ど、どうした?」

 

急に声の低くなった俺の様子に狼狽しているオリジナル。

 

そんなオリジナルに、俺は先ほどまでとは違い本気の拳を叩き込んだ。

 

「ぐっ!?な、なにを……」

 

分かっているんだ。先にも言ったように、こいつと俺は別人だ。彼我の違いに憤るのは筋違いなのだ。感性だって好みだって違ってくるのは当然なのだ。

 

………だが!

 

………だが、しかし!!

 

「大馬鹿者が!!!」

 

オリジナルを指差しながら吼える。

 

「人類の生み出したもうた漫画を"そのようなもの"とは何たる暴言!昼夜場所問わず、時には鍛錬さえサボってでも読む時間を作るに値する価値あるものであろうに、それを何たる愚かしさ!いいか聞け!漫画とは、あのような薄い紙一枚一枚にも関わらず人の夢、幻想、現実、誕生、死、恋、別れ、ありとあらゆる物が詰まった万物の原点にして最奥!母なる海より生まれ、父なる大地で育ち、人生の空を翔け、来世の宇宙へと飛び立つという流れの中で、常に小脇に抱えておかなければならないバイブル!だと言うのに貴様ときたら……お前には感情というものがないのか!!」

「…………」

「同意の言葉はおろか何の返答もないとは……なんと、なんと嘆かわしい!お前には足りない物があると分かっていた。教えてやるつもりではいたが、決して押し付けるつもりはなかった…………だが、ここまで来るとほとほと呆れ果てたわ!」

 

オリジナルに接近し、拳を、蹴りを、爪を、牙を、持っているだけの武器を矢継ぎ早に振るう。

 

貴様に足りない物、それはああああああ!!!

 

「愛してるぜベイベ、GALS、君に届け、あずきちゃん、パタリロ、とらわれの身の上、つなみ注意報、あさりちゃん、赤ちゃんと僕、僕は妹に恋をする、NANA、きんぎょ注意報、俺物語、ママレード・ボーイ、その他いろいろぉぉぉぉおおおお!!」

 

つまり、何が言いたいのかと言うと!

 

「少女マンガが足りない!!!」

「がはっ!?」

 

ローリングソバットを決めてオリジナルを吹き飛ばした。

 

「立てい!今からこの俺が、貴様にみっちりと世界の真理というものをレクチャーしてやる!友情を深め合うのはその後だ!」

 

まずは美少女戦士セーラームーン!!

 

月に代わっておしおきだあああああああ!!!

 

 

 




いつもより少し短めですが、次の話がちょっとアレなのでここで区切り。

次回は理編


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19 後編

※今回の話、理がとても愉しそうです。(意訳:残酷な描写やグロテスクな表現が含まれます)


 

 

同じ鈴木家に住まう者として一応弁解というかフォローしておきますが、ザフィーラもザフィーラできちんと主の為の力をつけました。

 

とは言っても、主の矛はすでに十分に足りています。というか過剰な程です。それはザフィーラもよく分かっており、だから彼は盾として力になる事を決めたのです。

 

盾。つまりは防御。

 

どんな者にも貫かれなく、砕かれない。高収束・高展開・高密度のシールド。そして危機察知能力や索敵能力による奇襲への備え。

 

ザフィーラはそれを、それだけを磨き上げました。己が牙を捨てても、主の盾となる事を心に決めたのです。その甲斐あってか、今のザフィーラの防御力は我らの中でダントツ。彼の周囲数メートルは不可侵エリアと捉えても可笑しくない堅牢さを誇ります。おそらくヴィータや夜天の一撃を以ってしてもそう容易く破れる事はないでしょう。彼が主の隣にいる限り、世界のどんな場所よりも主は安全な場所にいると見ていいくらいです。

 

牙の抜けた獣という、それはある種の自己否定になるにも関わらず、ただただ主を護るというその思いには、私も尊敬の念を多少は抱きます。

 

………とは言っても、です。

 

「全面的には反吐が出る程気持ち悪い駄犬なのですがね。此度ものうのうと主を攫われましたし」

 

フェイトやアリシアの情操教育に一番悪いのは、私よりもあの駄犬でしょう。

 

「くくくっ、どうした雑種、訳の分からん事をほざいて?打たれすぎて、とうとう頭がイったか?」

 

頭上から見下すように断章の騎士フランが嘲る。それを私は地上で片膝を着きながら見上げる。

 

「ご心配なく。どこぞの変態ドM断章と違い、私は至って健常ですので」

「ふん、減らず口が。しかし、そのような無様でいくら鳴こうとも滑稽なだけぞ」

 

ふむ、確かにそれには一理ありますね。今、このような姿でいくら胸を張ろうとも滑稽なだけ。

 

なのはと色違いのこの騎士甲冑はフランの攻撃によりボロボロ。髪も何度か魔法が掠って焼き縮れ、疲労のせいで肩で息をし、手足に力が入らない。

一方のフランはほぼ無傷。余裕の表情で私を見下ろしている状態。

 

「ふっ、分かったか雑種。我と貴様とでは、強さも愛らしさもキャラの濃さも違うのだ!以後、身の程を弁えよ、この痴れ者が!」

「ええ、そうですね。まったく持ってその通りだと思いますよ」

 

次々と迫り来る魔力弾を紙一重で交わす。しかし、その幾つかは身体に掠ってしまい、徐々に徐々に私にダメージは蓄積されていく。反撃を試みるも、あまりの物量に為すすべなく、現状私は逃げ惑うばかりです。

 

そんな私の姿に溜飲を下げる面持ちで下卑た笑みを浮かべるフラン。

 

まったくもって癪に障る顔ですが、今は甘んじてそれを受けましょう。

 

「あはははは!逃げろ、怯えろ、竦め!そうやってる間は生かしておいてやろうぞ!!有り難みを感じながら逃げ惑え!!」

「…………」

 

楽しそうに、面白そうに、嬲る様に魔力弾を操作して私を遊ばせるフラン。

 

趣味の悪い事この上ないですね。

そんなに愉快ですか、私を嬲る事が?そんなに痛烈ですか、私を道化のように扱う感覚が?

 

「フラン、あなたに一つ聞きたい」

「なんだ、命乞いでもするつもりか?くくくっ、よい、我への問いを許そう」

 

どこまでも上から目線のフランに、私が何も感じない訳もないが、ここはまだ落ち着いておく。

 

「あなたは、我ら主である隼をどうするつもりですか?」

 

断章の騎士は、もともと夜天の書には備わってなかった機能です。創造主が写本を作り出す際、悪用防止の為にと作り出した抑止の騎士。主の守護騎士ではなく、本自体の守護騎士です。だからと言って主は守護しないのかと言われると、そういう訳でもありません。

本の主なら、間違いなく我ら断章の主でもあるのですから。

ですが、ブルーメの席に着いていない私たちは、主の守護をしなければならないという、ある種の強制力は働きません………働きませんが、それでも大切に思う心は持っています。その心の強弱によって、主をどれほど真剣に護るか決まるのです。

 

主を強く想っていれば、我が身省みず守護したい。

主を歯牙にもかけないならば、適当に守護しとけばいい。

 

多少乱暴ですが、極論してみれば断章の私たちのスタンスはそのような感じなのです。

 

そして今回の主誘拐の件。

フランがどういうつもりで主を攫ったのかが気になっていました。今までの言動を見る限りでは、主を好意的に見ているようですが、ならば誘拐など出来るのでしょうか?あの主が大人しく誘拐される筈も無いので、その際にフランがかなりの暴力を用いたのは明らか。好いている相手を傷つけて誘拐などするものなのでしょうか?

 

私だったら、好意的に見ている主にそんな非道な事出来ません。…………なんでしょう、どこからともなくツッコまれた気がしますが………本当ですよ?………いえ、まあ喧嘩の時は容赦なくボコボコにしてますが、それはそれでしょうし。

 

「ふん、なんだ、何を聞くかと思えば、またそのようなつまらぬ事を」

 

フランは一度溜息をつくと、さも当然の如く横柄に喋りだした。

 

「どうするもこうするも、我は主だけの我になり、主もまた我だけの主にする。その他有象無象を滅し、二人だけの世界を作り出す。まあ小癪な事に今は主は小烏に夢中だからな、現状に機はないがそれも時間の問題よ。小烏の件にカタがついた時、その時が全ての終わり、そして我らの始まりよ」

「………そんな馬鹿げた思いで主を傷つけたのですか」

「ふっ、人間の言葉でよく言うだろう?『愛に傷害はつき物』と」

 

字が違いますよ。

 

しかし、なるほど、良く分かりましたよ。こういう奴が俗に言う『ヤンデレ』という奴なのですね。厄介極まりない。そして腹立たしい事極まりないです。

 

「あなたの身勝手な思いは分かりました。主だけでなく、どうやらあなたも一度死の間際というのを味わった方がよろしいですね。僭越ながら、私がその役勤めてあげますよ」

「くくっ、まこと口の減らぬ奴だ。そのような状態の貴様に何が出来る?実力差はとうの昔に歴然だろうに」

「ええ、そうですね、歴然ですよ。あなたと私の実力など」

「なれば疾く逝け!」

 

フランが魔法行使の体制に入ろうとした。これでケリを着けようと思ったのか、大きな魔法陣が足元に浮かび上がった。あのクラスからいって結構な大魔法でしょう。

確かにそんなものが当たれば、流石の私も堪ったものではありませんね。

 

当たる以前に発動すれば、の話ですけれど。

 

「なっ、これはバインド!?」

「レストリクトロック……私のオリジナルであるなのはの得意なバインドですよ」

「ちっ、このような物!!」

「加えて────」

 

パチンと指を鳴らすと、フランの周りに小さな魔法陣がいくつも浮かび上がり、そこから紅蓮の鎖が飛び出してフランの身体に巻きついた。

 

「チェーンバインド。私が何もせずにただ逃げ惑っていたと思いましたか?ハッ、愚かな」

「貴様ああああああ!!」

 

足掻こうと無駄ですよ。丹精込めて魔力を編んだバインド、そう簡単には破れません。

 

「いいですね、その悔しそうな顔。今、どういう気持ちですか?優位に立っていたのに一転して相手の成すが侭の木偶人形になった気分は。私の逃げる姿はどうでした?さぞ愉快でしたでしょう。相手を手の平の上で踊らせる気分は本当に気持ちがいいですからね」

 

私が、フランなんかに逃げ惑うなんて事になるわけないでしょう。すべて演技ですよ。

私を誰だと思っているのですか?

 

「相手に優位の立場を与え、最後にどん底まで叩き落とす。私の逃げ惑う姿を見て喜んでいたあなたの姿、中々に滑稽でしたよ?ああ、愉快愉快」

 

ああ、我慢した甲斐がありましたよ。一体何度ぷっつんしそうになった事か。

 

「さて、では仕上げ……なにが可笑しいのでしょうか?」

 

見ればフランは完全に捕らえられているにも関わらず心底可笑しそうに笑い声を上げた。

 

「ふははははっ!これが笑わずにおれるか!優位が一転?愉快?くくくっ、愉快なのは我の方だ。───言うたであろう、格が違うとなあ!」

 

瞬間、フランを中心に吹き荒れる暴力的なまでの魔力の奔流。その激しさ、強さのあまり彼女を拘束していたバインドは事も無げに砕け散り、私自身も少し吹き飛ばされる程でした。

 

一体、なにが?

 

そう思ったのも束の間、眼前のフランを見てみれば理由が分かりました。

 

「ふん、まだ安定していないこの力を使うつもりはなかったのだがな。雑種、その点だけは貴様を評価してやろう」

「……その姿は」

 

黒一色だった羽に赤、青がグラデーションのように色つき、先ほどと比べると数倍に膨れ上がった魔力量。

見た目は些細な変化ですが、中身は先ほどまでの彼女とは別物です。

 

「慄き震えろ!これぞ我が真の力──トリニティモードよ!!」

 

ドヤ顔を決めるフランですが、確かにデタラメな程の魔力量です。いち魔導師が持てるレベルではありません。

 

フランも私と同じ断章の一基。些細なスペックの違いはあれど、ここまで魔力量の過多は異常です。

あの創造主がフランにだけ何かしらの力を与えたという可能性もありますが……しかし、私はもう一つの可能性を示唆しました。

 

「あなた、オリジナルの断章を……シュテルやレヴィ、さらには自分自身までも取り込みましたね?」

 

身にまとう魔力に僅かに漂う私やライトの断章特有の魔力質はまず間違いない。そして勿論私やライトはフランに力など与えていない。だとすれば入手先はオリジナルしかない。

 

「ふっ、察しが良いではないか。ああ、そうだ。この力は書の中で眠っていたオリジナルの断章共のものだ。我らと違いまだ自我の無い未覚醒の純粋な力の存在だったのでな、写本の力も合わせれば取り込むのなど容易かったわ」

 

炎が、雷が、闇が、まるで絡み合うようにフランの周りに出現する。

 

「しかし、その力の大きさゆえにまだまだ制御が不安定。よってこの辺りで遊びは終わるとしよう。我のこの姿が見れたのだ、あの世への土産としては上等であろう?」

 

絶大といっても過言ではない魔力がフランから迸る。

なるほど、言うだけあって確かにこれは魔導師としての格は違いすぎますね。私一人で抵抗できるレベルを明らかに超えています。真正面から戦える魔導師など、それこそ紫天の盟主くらいのものでしょう。

 

「認めましょう。あなたの魔導師としての格は、確かに私のそれを超越しています」

「はっ、漸く認めたか!だが遅いわ!我を愚弄した罪、その身に刻み闇に落ち────」

 

─────パンッ。

 

と、突然周囲にやや大きな乾いた音が響く。

その発生源をフランは呆然とした面持ちで見つめる。見つめる先は私の右手。正確に言うなら私が素早く懐から抜き放ったモノ。未だ小さく硝煙を上げている一丁の獲物───拳銃。

 

「……は?」

 

ふと、といった感じで彼女が今度は視線を自分の肩付近へと移す。そこには小さな穴が開いており、それを中心に赤い模様がドンドンと広がっていっています。おそらく熱した鉄棒でも刺されたかのような痛みが伴っている事でしょうね。

その証拠に。

 

「っっあああああああ!?」

 

先ほどまでのドヤ顔から一転、激痛に歪む顔をして撃たれた右肩を押さえるフラン。しかしそれも僅かな時間。すぐに何をされたのか分かった彼女は痛みに染まった表情に怒りをブレンドしたそれとなって叫びました。

 

「き、きさまぁあ───」

「ふむ、およそ0.6~0.4秒くらいですかね。かの偉大なるマンデン氏の0.02秒には程遠い。以降も訓練が必要ですね」

 

もっとも秒速300mの弾を3~4mの距離で避けたり防いだりするなんてこと、漫画じゃあるまいし、事前に予測でもしていない限り不可能でしょうけど。

 

─────パンッ、パンッ、パンッ。

 

またしても私の右手から乾いた音が今度は3つ。それに合わせてフランの左肩、右脚、左脚にも新しい小さな穴と赤い模様の出来上がり。

相当痛みがあるのでしょう。自慢のトリニティモードも解除されました。10秒にも満たないお披露目で残念でしたね。

 

「っっっ!?!?あああああああああ!!!!」

「喧しいですよ。では改めて」

 

私は改めてバインドを掛けなおします。出血多量で死なれては困るので銃創の上に。

 

「さて。これで少しは大人しくなりますね?まだ騒ぐようならもう一つ穴をこさえてあげますが?」

「じ、銃だと!?き、きさま、魔導師のクセに質量兵器を使うなど……!」

 

痛みに耐えながらもこちらに射殺さんばかりの視線を投げて寄越すフラン。

 

ふむ。囀る口は鬱陶しいですが……それを塞ぐと紡がれる悲痛の声が聞こえませんからね。まあ喉は潰さないでおいてあげましょう。痛みとその原因である銃のせいで抵抗する余力もないようですし。

 

「魔導師のクセに?はて、私がいつ魔導師としてあなたの相手をするといいました?」

「な、なに?」

「そもそも私は魔導師ではなく、ただの鈴木理ですよ。苦痛や恥辱を与えられるのであれば手段は問いません」

 

魔法で敵わないなら他の手段を取るだけです。というか我が鈴木家は全員が『魔法?一つの手段でしかないよ』という結論に至りましたからね。その点を鑑みれば鈴木家に魔導師は存在しないと言っても過言じゃありません。特に夜天やシグナムやシャマルは魔法なしの方がはるかに強いですし。

 

ちなみに私も魔法などよりか、銃や刃物による殺傷の方が好みです。たくさん血が見れますから。感触もダイレクトで気持ち良いですし。

 

「今更言っても遅いですが、あなたは間違っていますよ。魔導師としていくら格を上げ強くなろうと、相手を倒せなければなんの意味もありません」

 

ここに来る前に捕縛しておいた、あのユーリという幼女。紫天の盟主。彼女がいい例です。

いくら強くても奇襲されれば何も出来ない。スタングレネード、催涙ガス、暴徒鎮圧用ゴム弾、麻酔銃などがあれば人一人なんとでも出来ます。常在戦場・絶対無敵の強者でもない限り、戦場に立たせなければ案山子と同じ。

 

しかも質量兵器の類は魔法などと違い、入手が簡単ですからね。日本では難しいですが、サムおじさんの国にいけばゴロゴロありましたよ。スラムのギャングやマフィアを一つ二つ壊滅させただけでウチの一室が満杯です。

 

「さしずめ、あなたは茶碗に入ったご飯を食べる時、箸が使えなければ食べないという事です。スプーンやフォーク、手掴みや犬食いなど手段は様々あるのにあなたは『箸』に拘る。『いかに高級な物を使って』『いかに上手く使って』、と。………馬鹿ですか?」

 

目的はご飯を食べる事。

どんなにマナーが悪くても、見た目が悪くても、非常識であろうとも、それが絶対的な最終目的。ならば体裁を気にしている場合ではない。常識を気にしている場合ではない。

 

「目的達成の為の道のり……そこに"拘り"を持ち込んでどうするのですか。手段を選ぶな、というわけではありませんよ?むしろ逆です。ありとあらゆる手段を用意し、その中で最適な手段を選び抜いて用いろと言っているのです」

 

確かに魔導師として、魔法を使う者ならば魔法を最上の手段とするでしょう。それだけを修練し昇華するのが当然なのでしょう。見た目も派手でウケもいい。仮に観客がいれば満場一致で魔法での戦闘を推すでしょうね。

 

ならば言わせて貰いましょう。───ああ、なんて下手糞。魔導師、糞食らえ。

 

「『傷つける』『行動不能にする』『殺す』……これらが大事なのですよ。次に考えなくてはならないのが、それらを如何に迅速に、最小手で、被害なく行うか。魔法でそれが実行可能なら魔法も使いますが、不可能ならば他の手段を取るまで」

 

目的の為に考えられる範囲かつ成し得る範囲で、ありとあらゆる手段を用いる………『実戦』とは、そういうものでは?

 

「一つ言っておきますが、あなた方を殺す方法はいくらでもあったのですよ?例えば認識外からの超長距離狙撃。八神家を中心に半径100mの範囲を近隣住民巻き込んで一切合財爆破。局所的に郵便爆弾でもいい。炭ソ菌、ボツリヌス菌、サリンなどをばら撒いても良かった。シャマルも試作品の天然痘を使いたがってましたし。水道水にヒ素のような無味無臭の毒を混ぜるのも一手。道で歩いている時にすれ違いざまに横隔膜を通して心臓を一刺しも容易」

 

本来ならそうする事が一番確実です。古今東西、どの時代でも『奇襲』というのが一番効果的なのですから。

 

そう、もしこれが実戦だったならば。

 

「しかし、そうはしませんでした。何故だか分かりますか?」

「あ、主の為か?」

「それもあります」

 

何分、シャマルの作る兵器類は対国家と言っても差し支えない大量殺戮兵器が多いですからね。主まで余波で死んで貰っては困ります。といっても先にも述べたように、狙撃などといった個人を狙う事も十分可能。

 

「大きな理由がもう一つ」

 

私はフランに近づいて一発顔を殴りつけた後、彼女の髪の毛を掴み上げて顔を近づける。

 

「あなたは私に喧嘩を売った。そして売られた喧嘩は買うのが鈴木家の流儀」

 

今回のこれは戦闘ではなく、ただの喧嘩。いえ、もう喧嘩にさえなりえない。

ご丁寧に敵の前に姿を見せ、高らかと宣戦布告し『えい、やー』などと言って戯れるただのお遊びのようなもの。礼儀正しい、反吐が出るくらい良い子ちゃんの遊び。

 

だから今も肩と脚を狙った。実戦なら的の大きな身体に1~2発打ち込んで確実に動きを止めた後、トドメにドタマぶち抜いているところですよ?

 

しかし今は遊びですからね……愉しまないと。

 

「あなたに一つ教えておきましょう」

 

掴んでいた髪の毛を離し、かわりに米神に銃口をくっ付ける。まだ発砲の熱が引いていなかったのか、フランから苦痛の声と僅かに肉の焦げる臭いが出る。

何とも芳しい事です。

 

「ダークトライアド、という概念を知っていますか?俗に言う人間の持つ3大暗黒要素です」

 

ナルシズム。マキャベリズム。サイコパシー。

 

「人間なら程度の差こそあれ、誰もが持っていると過言ではない要素です。無論、鈴木家もきちんと常備しています」

 

もっとも他と比べて少々その『程度』が大きいですが。主が絡むと尚更。

 

「そ、それがどうした?」

 

そう怖がらないでください。その表情を出すのは……まだ早いですよ?

 

「言うまでもなく私も持っています。ただですね、他の者たちとは違いそれに加えてもう一つ、私だけが持っている要素があるんですよ。しかも色濃く、ね」

 

言うなれば4大暗黒要素。4つ目の人格特性。

 

「サ・ディ・ズ・ム」

 

これを以って『ダークテトラッド』の完成です。

 

もっとも、この場合サディズムというよりはどちらかというと加虐性向。本当のサディズム──性的嗜好としてのサディズムを私が向けるのは主だけです。

 

「さあ、お遊戯の時間です」

 

銃をしまい、代わりに転送魔法を使って大きなビンを取り出す。

 

「お、おい、待て。何だ、その中に入っているおぞましく蠢く物体は?」

「これですか?これはですね、所謂ゴキブリというやつです。補足するなら、こいつは日本にはいない肉食性の強いGです。あ、シャマルお手製の改良種ではないのでご安心を」

 

そう、ビンの中には数匹の大振りなゴキブリがかさかさと動いている。

 

私はそのビンを片手に持ち、もう片手で身動きの取れないフランの騎士甲冑、その腹部の布を捲くり上げる。

なんとも可愛らしいおヘソが外気に晒された。

 

「な、なにをする!?我にそっちの気はないぞ!主一筋だ!」

「私もですよ」

 

私は勘違い爆発のフランを他所に、持っているビンの蓋を開ける。その開いたビンの口をフランのお腹で塞ぐように押し付けた。捲くった服から離した手で魔力変換で火を作り出す。

 

「さて、ここで問題です。今、あなたのお腹に押し付けられたゴキブリの入ったビン。このビンに火を当てるどうなると思います?そう、ビンが熱くなりますよね。───では、中のゴキブリはどうなるでしょう?」

「………お、おい、ち、ちょっと待てっ」

 

流石に馬鹿な変態でも、ここまで材料が揃えば察しはつきますか。

 

「フライパンのように熱くなっていくビン。しかしゴキブリにはどうする事も出来ません。火を止める事は勿論、ガラス製のビンを破る力も彼らにはない。このままでは死んでしまう。どうすれば、どうすればと悩むゴキブリたち。───しかし、そこでハッと気付く」

 

カサリとゴキブリが動いた。

 

「ガラス製のビンに閉じ込められた所で唯一………"食い破れそうな箇所"があるじゃないかと」

「───────」

 

サァと青ざめるフラン。

 

おやおや、どうしたのでしょう。顔色が悪いですよ?バインドで止血しているとはいえ痛みはありますから、そのせいでしょうか?痛み止めでも飲ませてあげましょうか。確かメタドンなら持ってきていたはずです。

 

「ま、待て待て待て待て待て!?それは洒落にならんぞ!?それもうR15以上であろう!?」

「ご安心を。過程の描写は控えるので。結果だけを簡素に『ゴキブリに腹を食い破られて死にました』と、そう綴りましょう」

 

皆からは殺すなと厳命せれてはいますが、まあそこはゴキちゃんの食欲次第といたしましょう。

 

「本当はゴキブリかブタかで迷ったのですがね、手間などを考えて前者にしました。あ、知っていましたか?ブタも人間を食べるんですよ。あまり知られてませんが雑食性なので」

「どうでも良いわ!むしろ知りたくなかった!」

「糞にも劣る身からゴキブリの糞になれるのです。特進ですね、誉としてください。それともやはりブタの糞になりたかったですか?ですがブタは骨まで食べる事もありますからね。骨くらいは残して差し上げようという私の慈悲だと思って納得してください」

「慈悲の分量が極僅か!?」

 

では着火。

 

「わあああああああ!?待て待て、流石にこれはやり過ぎだと我は提言する!」

「そうですか?不本意ながら『ドS』と呼ばれてしまっているので、ならば、まあこのくらいはやらないと。それに昨今の魔法少女モノはグロテスクと相場は決まってますし。流行には乗らないと」

「右倣えは良くないと思うぞ!?雑種、いやさ理、どうかビンを除けて……熱っ、痛っ!?」

「気持ちいいですか?流石はドMですね」

「ガチで苦痛と恐怖しかないわ!!」

 

まっ、ここらでこの話は終わりにしときましょう。これ以上描写するとR18にしなれければならなくなるので。

 

さて次回ですが、次の話は主が虐められる話です。今まで好き勝手やって来たツケを払ってもらわなければなりませんからね。主には大変恐縮ですが、やはり主人公としては一度死に瀕して頂かなければなりません。それがお約束というものですし。それに今回は加虐性向をお披露目したので、次回は性的サディズムもきちんとご紹介しないと。

 

ああ、それと、次の話から登場人物が一人いなくなってしまっているかもしれませんが悪しからず。

 

「なに悠長に次回予告し、同時に我の死亡宣告をしておる!?わ、分かった!お前には褒美をやろう、だからこのビンを早く─────」

 

では、最後に改めて。

 

 

 

─────ああ、愉快。

 

 

 



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20



主人公、無事帰宅。




 

ああ、もう!そんなに泣くなって、アリシア。もう何処にも行かねえからよ?久々の我が家なんだから、こうニカッとした笑顔で迎えろや。ほら、ち~んして。

 

おいフェイト、お前もちょっと来い────いいから来いっつってんだよ。ったく、はい、お前も抱っこ。────ああ、だから泣くなっつうの。服がベトベトになろうがよ。

 

ぐふぉ!?ちょ、ライト、テメエもかよ。てか、いちいちタックルかますな!お前って見た目異常にパワフルパワー持ちなんだよ!そしてバルニフィカスを仕舞え、トゲが刺さってる。てか何故出した。

 

それにしても、ったくよお、お前ら姉妹はホント泣き虫だな。女三人に涙流されながら抱きつかれるなんて男冥利に尽きるが、お前らじゃ別に嬉しくねーっての。

 

………まあアレだ………ただいま。

 

だから、泣くなっての。

 

────そろそろ落ち着いたか?よし、だったらちょっとばっかし離れようか。…………もう離さない?なんだよ、その男殺しなセリフは。

 

でもな、俺今からちょ~と向こうの部屋に行かなきゃなんねーんだわ。俺も行きたくないけどさ、もう逃げられねーんだわ。

 

………ん?着いて行くって?ああ、ダメダメ。向こうの部屋はお子様立ち入り禁止のデンジャーゾーンだから。

 

………ん?何で泣いてるのかって?俺が?………なんでだろうね?

 

………ん?何で震えてるのかって?俺が?………なんでだろうね?

 

じゃ、ちょっくら逝って来るわ。

 

………まあアレだ………さようなら。

 

 

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───────。

 

────。

 

 

…………………あ、あの、夜天さん、そそ、そろそろ、ろろ、か勘弁し、していたたただけないでしょうか?じ、じいいん体はですね、マ、マグマのようなお、おお湯の中と、しゅ、瞬間れれ冷凍されれるよううな水の中をををこ、交互にはははは入れ、るようにはでき、出来、出来てないんですうううう。そ、そこまで、ぼ、ボクも、が、頑丈では……………え?電気風呂も追加?……………………ああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!

 

──────だ

 

だっ!?ちょ、まっ、痛゛!?ほ、ホントにマジ、で゛っ!?………お、思い出せプレシアさん!過去の過ちを!こうやってフェイトを虐待していた事を悔やんでたんだろう!?だったらもう止めよう!?そんな事しても誰も……痛!?いや、マジで鞭って洒落になんねー武器なのよ!?ちょ、ホントにらめええええええええええええええええええええええええええ!?!?

 

──────れ

 

炎ってさ、不思議だよな。煌いて、揺らめいて、幻想のようであり、儚いようで雄雄しいよな。そういや炎の色ってさ、温度によって変わってくんだよ?オレンジとか赤とか青。で確か太陽の表面温度が6000℃の白い炎だったような気がすんだ。そう、高温になっていくほど白くなるらしいんよ。………ところでシグナムさんや、あなたのレヴァから出ている炎の色が『黒』ってどういう事?そんな炎の色、存在しないはずだよね?……そっか、俺のいない間に出るようになったんだ。すごい成果だね。でもさ、その成果を俺に向けるのは止めてほしいなぁみたいな?

 

──────か

 

こらヴィータ!俺は、お前をそんな子に育てた覚えはありません!身動きの出来ない人間をタコ殴りにするなんて卑怯者のする事です!喧嘩にも作法があるんです!いいですか、まずはメンと向かってぶごおおああああああああああああああ!?

 

──────た

 

いやさ、俺ってこれでも小食でさ。うん、今まで言わなかったけど実はそうなんだよ。………え?愛情込めて作ったから是非食べて欲しいって?いやあ、それは嬉しいなあ。本当、愛情"だけ"が入ってる料理だったら俺も食いたいよ。でもさ、見るからに愛情以外の、例えば毒素的な、ホラ、なんかムカデっぽいのが入っ………四の五の言わずさっさと食えって?いや、でも、俺今お腹いっぱ…………………。

 

──────す

 

ザフィーラ、お前は俺の味方だよな?数少ない男同士じゃんか、仲良くしようぜ、なあ?暴力反対………そうかそうか、やっぱり持つべきものは男だよな!だったらついでにさ、身動きとれないよう手首に巻きつけられたピアノ線も切って欲し………ちょ、ちょっとザッフィーちゃん?何でいきなり服脱ぎだしてるのかな?俺の言った『仲良く』ってのは、別に深い意味は………アッーーーーーーーーーーーーーーーー!?

 

──────け

 

なあ理、その手に持ってるノートって何?…………自由研究ノート?ああ、学校から出た宿題なんだ。へえ、それでテーマはもう決めてんの?…………『人体の神秘と限界への挑戦』?ほう、何か凄そうだな。流石は知的クールなコトワっちゃんだぜ!マジ惚れそう!…………だからさ、ちょっとその手に持ってる、けたたましい音を奏でてるチェーンソーと血のついた園芸用の大鋏を置いて、この拘束具を解いてもらえない?ついでにコトワっちゃんらしからぬ恍惚とした笑み止めよ?いつものクールキャラが俺は大好きゃああああああああああああああ!?

 

──────て

 

あの、アルフさんにリニスさんや、二人に挟まれるのとても嬉しいんだけど、せめては床に降ろしてくれない?逆さ宙吊りはキツいんだけど……え、除夜の鐘の刑?ああ、だからさっきから俺の頭を拳とステッキで交互に叩いてんのね。でもさ、ちょっとね、力加減間違ってきてないかな?最初ペシペシだったのがゴンゴンになってきてるからね。そろそろ止めよ?……え?今30回だから、あと78回残ってる?そっか~、でも思うにさ、このペースで強くなっていけばたぶん108回行かずにボクの頭砕けちゃうかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

 

そんな雄叫びと共に俺は、横たえていた身体をガバッと起こした。というより、自然と飛び起きた。さらに言うと、雄叫びと言うにはあまりに情けない叫び声だった。

 

「こ、ここは………」

 

ハァハァと荒く息を吐きながら周りを見渡すと、そこは久しぶりの自室だという事が分かった。そして、今まで横たわっていたベッドは低反発抜群な俺のベッドだ。

 

「そうか、俺は………」

 

帰って来たんだった、と今更ながら気付いた。

僅かな期間過ごした八神家から、俺は昨晩我が家へと帰って来たのだった。拉致られた感が無くも無いが、兎も角、俺は帰ってきたのだ。

 

久しぶりの帰宅に俺を待っていたのは、涙と鼻水で顔面が悲惨な事になったアリシア、走り寄りたいのをウズウズと我慢しているフェイト、何故かバリアジャケットを纏ってクラウチングの態勢を取っていたライト、この3人だった。

で、アリシアとライトは己が衝動のまま俺へとダイビング。涙と共に我慢していた犬のような、あるいは猫のようなフェイトへは俺が誘って抱きつき。

 

まあ正直な所、テスタロッサ姉妹の顔を見れたのは俺も嬉しかった。なんつったってコイツラは俺の癒し三姉妹だからな。気掛かりじゃなかったと言えば大嘘になっちまう。

 

片腕にアリシアを抱え、もう片腕にフェイト抱え、そして背中にへばり付いたのはライトという、見ようによってはプチハーレムなこの光景。コイツラの見た目がせめて高校生程度でもあれば、俺も小躍りしながらブラッドヒートしちまっていた事だろう。

 

(………ああ、そうだ。あそこまでは良かったんだ)

 

長期出張が終わった大黒柱の帰宅に喜ぶ子供達。

例としては、そんな感じ。

なんとも涙がちょちょ切れるような光景じゃねーか。家庭の茶の間を温かくしてくれるようなテレビドラマを一部抜粋したかのような光景じゃねーか。愛とか絆って字が当て嵌まりそうな光景じゃねーか。

 

だってぇのにその後の、あの地獄は…………。

 

「………ひぃ!?」

 

昨晩のあの地獄を思い出している最中、突然、ガタっと何かが落ちた音が聞こえ思わず声を上げてしまった。

恐る恐る確認すると、そこには何の変哲もない目覚まし時計。どうやらそれが机の上から落ちただけのようだ。

 

(お、脅かすんじゃねーよ!落ちちゃいけないモンがとうとう落ちちまったのかと思ったじゃねーか!)

 

俺は自分の首をすりすりと擦った。

 

(それにしても、今俺はどういう状況だ?)

 

取り合えずは、まだ生きている。いや、生かされているようだ。五体も満足にあり、髪の毛もあれば目玉もあり、手足の爪も剥がれてはいない。大きな出血も見当たらない。

地獄で失ったはずのいろいろが全て元通り。ここに帰る前の健康体そのもの。最中の要所要所でシャマルが死なないように治療を施していた記憶があるが、最終的に全て治してくれたらしい。

つまり現状、命の危険はないようだ。

 

「てか、なんで俺裸?」

 

詳しく言えば、ボクサーパンツ一丁の姿。我が愚息の自己主張が激しい(……この主張が朝の生理現象なのか命の危機による種の存続的なものなのかは考えない)。

これで隣りに裸の女性の一人でもいれば『祝・脱童貞』という文字も掲げたくなるだろうが、生憎と今は自分一人。その上、ヤったという記憶もない。……そもそもベッドに入ったという記憶もないんだが。

 

最後の記憶は確か……ああ、そうだ。理の奴にヘッドボックスを被せられた上で手錠で手足拘束されて椅子に座らされた辺りからの記憶が曖昧だわ。

 

(待てよ?だとしたら、そもそも今日って何日だ?昨晩、俺は久しぶりに帰宅した……という認識でいいんだよな?)

 

先ほど落ちた時計を見ると、時刻は午前6時半と分かる。が、何日の何曜日なのかは不明。

 

(ハァ~、勘弁してくれよ。酒飲んででの記憶喪失なら分かるけど、圧倒的物理攻撃と圧殺的精神攻撃によっての記憶喪失とかシャレになんねーっての)

 

よし、取り合えずこの部屋を出よう。こんな所にい続けても何も情報が分かんねえ。それに今は俺一人。周りには誰もいないんだ。だったら、むしろ部屋と言わず家を出よう。いやいや、もういっその事この地球を出よう。

皆の居ない世界へ旅立とう。

 

(俺は、童貞のまま死ぬわけにはいかないんだ!!!)

 

決意を新たに、俺はベッドから音をたてない様にゆっくりと降りる。そして四つん這いになり、赤ちゃんの様にハイハイ歩きでドアに向かう。

パン一でハイハイ歩きする成人男性、この姿を誰かに見られたら死ねるな。軽く致死、いや恥死レベルだ。それでも物理的に殺されるよりマシだ。

 

(今の時間ならシャマルは料理をしてるはずだし、シグナムとザフィーラは朝トレに行ってるはず。ロリーズは寝てるだろうし、夜天も自室のはず。テスタロッサ家もまだこっちには来てないだろう)

 

俺は息を殺し、ゆっくりゆっくりと慎重にドアに近づく。そして、出来るだけ最小限の音でドアノブを捻り、僅かずつ僅かずつドアを開けていく。その間も四つん這いで姿勢は出来るだけ低く、見つからないように。

 

この先に平和が待っていると信じて!!

 

そう、これは後退ではない!未来への前進である!!

 

「…………んン????」

 

ドアを開けた俺の目にまず入ったのは平和な未来などではなく、とても見慣れていた灰色のスリッパだった。

そこから段々と視線を上に上げていく。

次に目に入ったのは、脛から太ももにかけての綺麗な流曲線を描いた脚。スキニーのジーパンに閉じ込められたそれは、今にもはち切れんばかりだ。そこからまた上に行くと今度は、思わず口で下げてしまいたくなるようなジッパーのついた腰部分。そしてくびれ。

そして最後の視線の到達地は、マウント富士も真っ青な大きさの双子山。アングルの関係で、その双子山から上に位置するであろう顔が、その山の大きさによって完全に隠れている。なんという標高だ。是非踏破したい。

 

まさかこんなアングルで女性を見る事が出来るとは思いもしなかった。感涙ものだ。………本来ならば、な。

 

「おはようございます、我が主」

 

お胸様が喋った……アングル的にはそうだが、勿論そんなわけじゃなく、きちんとその言葉は口から吐き出されたのだろう。

まあどっちにしろ、些細な問題だ。一番の問題は、この女性が今目の前にいるという事なんだよ。

 

俺は、現体勢のままにズザーと部屋の壁限界まで下がった。

 

視界が潤んでくる。四肢が震えてくる。歯がカチカチと鳴る。

 

「や、やややややや夜天さんですか!?おはざぁーーース!」

 

声を聞くまでもなく分かっていたさ。彼女の脚を見た瞬間に、それが夜天なんだとは分かっていたさ。だから、その瞬間に膀胱が破裂しそうになったさ。

 

いつもだったら、その豊満なお胸様に飛び込みたい衝動に駆られるが、今はまったくの真逆だった。

 

「………あの"最初の晩"が原因だというのは分かっているけど、やはり主からこのような態度は傷つくな。私の自業自得ではあるのだけれど」

 

小声で何事か呟きながら、苦虫を噛み潰したような、困ったような顔を向ける夜天。

そんな夜天に俺はどんな顔を返しているのだろうか………十中八九、半泣き面だろうな。だって、きっと今から昨晩の地獄巡りの続きが始まるのだろうから。

 

「や、夜天さん、あの、ホント、もうそろそろ勘弁してくれませんかね?身体、マジで限界っぽいんですけれど」

 

人って恐怖を目の前にすると敬語になるんだな。漫画やアニメとかじゃよくある事で、そんなの見てると『技とらしく口調が変わるとか、ンなわけねーだろ』とか思ってたけど、ンなわけあるんだな。

 

卑屈になってでも、下手に出てでも生き延びたいという、一種の生命の防衛反応なんだろう。

 

さておき、そんな言葉を床に額を擦り付けながら言った俺に、夜天から返された言葉は。

 

「勘弁?限界?一体なんの事でしょう?」

「へ?」

 

いや、いやいやいや!何の事でしょうって、間違う事なく昨晩の拷問の事だと誰もが察せますよね!?

 

「皆目見当が付きませんが、兎も角、着替えてリビングにいらしてください。今朝は珍しく皆が早起きしたので、すでに朝食が出来上がっていますから。テスタロッサ家も、すでにこちらに来ています」

 

そう言って何事もなかったかのように、何事もしていないように部屋から出て行った夜天。

 

そんな彼女を俺は、股間部が少し濡れてしまったパンツ一丁の姿で呆然と見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よくテレビとかのドラマでさ、濡れ場って奴があるじゃん?そこまで行かないにしても濃厚なキスシーンとかさ。ああいうのをよ、家族の食卓の場で放映されてちょっとだけ変な空気が流れた経験ってない?無言になったり、逆に変に会話を交わしたりして、テレビを意識しないように努めたりさ。

 

ただ俺がまだ実家に居た時は、そんな空気になった事なんてなかったんだよ。そんな場面が茶の間に流れても『あー、そこはもっとガッツリ行けよ!まだるっこしいなぁ、オイ』とか『ヤるならさっさとヤれっての。ヤらないなら全カットしろよな、マジで時間の無駄だっつうの』などと平気でうちのババアはのたまっていたくらいだ。

だから、そういう空気を俺が味わったのは、実は夜天たちがうちに来てからだったりする。

 

さて、前置きはこれくらいにして、つまり何が言いたいのかと言うとだ。

 

今のこの朝の食卓、そのような空気になっても可笑しくは無いという事だ。だってそうだろ?昨晩はアレだけ俺に拷問というか地獄を見せたんだ。だってえのに、その被害者と加害者が和気藹々と食事出来るか?普通、気まずさMAXだろ?濡れ場を放映された時とはまた違った緊張感をかもし出していてもおかしくないはずだ。

 

なのにさ。

 

「ほらほらほら、主~!これ、今日ボクが早起きして作ったんだ~!9割くらいリニスに手伝って貰ったんだけど、でもボクが作ったんだよ~!すごい?すごい?だったら頭撫で撫でして褒めてもいいよ~。はい!」

「何が『自分で作った』ですか、ライト。9割はおろか10割がリニス作でしょう。あなたはただ醤油をかけただけで、その醤油だってどう見ても分量過多ですよ。主にそんな汚らわしいものを与えないで下さい」

「おい、待て貴様ら。王である我を差し置いて何故二人が主の隣に座しておるか!退かぬか、このウスラボケ臣下どもが!ええい、こなくそ!」

「あー!フラン、そこは私の場所です!」

 

無邪気に笑いながら頭を差し出してくるライト。

そんなライトに突っ込みつつ、俺の代わりに撫で撫でという名のアイアンクローを掛けている理。

理とライト、二人の挙動に憤慨し、テーブルを飛び越えて座っている俺の脚の上にドカっと居座るフラン。

膨れっ面になりながらフランをどかそうとするユーリ。

 

夜天の断章の3基と紫天の盟主は、なかなかどうして、仲が良いようだった。

 

「やれやれ、朝の一時くらいもう少し静かに出来ないのか、お前たちは」

「まったくだ」

「はっ、よく言うぜ、シグナムに夜天。お前ら、顔に書いてあんぞ?『私も主の傍に座りたい』ってよ。けっ、あんなバカのどこが好いんだか」

「とか何とか言ってるヴィータちゃんの顔にもデカデカと書かれてますよ?」

「……シャマル、お前もせめて3人のように顔に表すだけにしてくれ。静かに包丁を構えるのはやめろ」

 

夜天の騎士であり、俺の家族でもある面々もいつも通りの様子を見せている。

 

「ハァ、ハヤブサが戻ってきた途端、また喧しくなったものね。朝は低血圧なんだから、あまりイライラさせないでちょうだい」

「へへ、とか言ってるプレシアもいい笑顔じゃないさ。どのくらいぶりかねえ、あんたが楽しく笑ってるとこなんてさ」

「プレシアも確かに嬉しそうだけど、そう言うアルフも負けてませんよ?尻尾、残像が見えてます」

「リニスも耳パタパタさせて嬉しそうだねー。勿論私も!フェイトは?」

「え、ええっと私も勿論……あぅあぅ……」

 

お隣さんのテスタロッサ家も何があるわけでもない、普段通りの平常運転。いや、じゃっかんフェイトがどこか余所余所しい感じがするが、まあそこまで気にする程でもねーだろうし。

 

だから、本当に皆が皆いつも通り。変な空気なんてものはなく、何かに気まずさを感じているわけでもない、ただの食卓のいち風景。

 

……………って!

 

「いやいやいや、おかしいだろ!!!!」

 

ダンと勢い良く立ち上がる俺。その拍子に俺の脚の上で争いを繰り広げていたフランとユーリがテーブルに頭を打ちつけながら落ち、床で悶絶し始めた。が、無視。

 

「どうしたのよ、ハヤブサ。急に怖い顔して立ち上がったりして?」

「どうしたもこうしたもあっか!この光景っておかしいよね!?俺にあれだけの事しといて、昨日の今日で何で普通にしてるのかな君たちは!?」

 

昨晩だけで、俺は一体何度の死を体験したと思ってる?いくつの死に方を体験したと思ってる?殺してくださいと何度懇願したと思ってる?自分で言うのなんだけど、俺の心の強度がその辺の一般人レベルだったら確実に自殺か廃人と化してるからな!?

 

「どうしたんだよ、主ー。そんなに怒るとハゲちゃうよ?ご飯が足んない?だったらボクのは嫌だけどアリシアの分けてあげる」

「しょうがないな~、隼は。はい、あ~んして。あ~ん!」

 

そう言ってすでに一齧りされているベーコンを自慢げに差し出してくるアリシア。俺はあ~んと口を開き、その中にベーコンを入れてもらった。

 

「もぐもぐ、うん、美味い……って、違えよ!!乞食でもねえのに何で飯が足りないくらいで怒るんだよ!そうじゃなくてな、な・ん・でお前らはいつも通りなわけ?!」

 

びしっとプレシアの顔を指差しながら吼える。

 

「何でって言われても、いつも通りなんだからいつも通りなのよ。強いていつもと違う所を挙げるなら、あなたがこの前帰って来てから今日が、久しぶりの皆揃った食事だという事くらいね」

「いやいやいや!お前、昨晩俺にやった事を忘れた訳じゃあ………………………ん?"この前"?」

 

ちょっと待った。

 

"この前"ってなんだよ。俺が帰って来たのは昨日の夜だろ?ミッドに行った後、帰ってみたら八神家が無くなってて、それでプレシアたちに拉致られて、久々の我が家で3姉妹に抱きつかれ、そしてその後に地獄の始まり………そういう流れだったよな?

 

「隼、もう体はだいじょうぶ?いたくない?」

 

アリシアが不安そうな瞳でこちらを見つめてくるが、その意味がよく分からない。

いや、体は大丈夫じゃないさ。地獄を体験したんだからな。けれど、その地獄をアリシアは知らないはずだ。俺を拷問したなんて事、プレシアたちが幼いアリシアに言うわけがない。防音処理された別室に隔離されていたんだから、知っているはずがない。

 

俺が地獄巡りをしたと知っているのは、地獄の処刑人たちだけのはずだ。

 

「な、なんでアリシアは俺の体の心配するのかな?」

「だって隼、帰ってきてずっと寝てたんでしょ?」

「ずっと?」

「うん、ずっと。ママが『隼は疲れてるみたいだから、出来るだけ寝かしておいてあげましょうね』って」

 

プレシアの方を見るが、当人はそ知らぬ顔で食事を続けていた。他の処刑人たちも同様。

 

俺は、ここでちょっとだけ嫌な予感を感じた。

 

「あのさ、アリシア。俺ってどのくらい寝てた?それと、俺が寝てる時って部屋に入って俺の姿見た?」

「え~と、よく分からないけど何日も寝てたよ。部屋には入ってない。入っちゃ駄目ってママに言われたから」

「…………」

 

よし、ここでちょっと整理しよう。

 

俺は昨日の夜に我が家へと帰って来て、今朝がその翌日だと思っていた。だが、どうやらそれは俺の体感が間違っていたようで、事実はもうすでに何日か経っていたようだ。しかし、その間アリシアは俺の姿を見ていない。予想では、きっとフェイトやライトやユーリも見ていないだろう。

 

(だったら、俺は一体どこに居た?)

 

俺は一晩中拷問されたと思っていた。一夜の悪夢だったと思っていた。けれど、それでは日数が合わない。その一晩は確かにあったが、では他の夜は一体どこに消えた?

俺は、何も覚えがない。

しかし、可能性としてなら心当たりがある。

 

確信的な最悪な可能性が。

 

「これは何でもない話なんだけれど」

 

俺の胸中を見透かし可能性を肯定するかのように、ポツリと、味噌汁を啜りながらプレシアは喋りだした。

 

「私、この地球に来てからは娯楽にも興味を持ち始めたのよ。ヴィータやザフィーラと一緒にゲームだって何度もした事があるわ。で、その時のある一つのゲームの内容の一部が私には理解出来なかったのよね。それは、そのゲームの主人公がクラスメイトの女子とイチャイチャしていたのを、付き合っている幼馴染の女の子に見つかってすごく怒られるって場面」

 

ああ、そういうのってよくあるな。でも、男の身としてはその幼馴染の彼女の怒りは理不尽にも思う。いくら彼女持ちだろうと、男なら他の女とだって出来るだけ仲良くなりたいもんなんだよ。それを怒られるなんて、嫉妬深いにも程がある。別に一線を越えたわけでもなしに。

まあ俺個人としては、その手のゲームの主人公は殺意の対象なので、思う存分嫉妬されてろって話だが。

 

「まあその心理自体は私も分からなくはなかったのよ。女性は程度の差こそあれ、好いた男性には自分だけを見ていて欲しいものだから。自分の事だけを見て、自分だけを想っていて欲しい。イチャイチャと表現されるほど他の女と仲良くされるなんて、臓物が煮えくり返るわ」

 

プレシアの言葉に皆が力強く頷く。フェイトとライトとアリシアとユーリだけは、リニスちゃんとアルフに耳を塞がれて聞こえていないようだが。てか器用な。

 

「分からないのはね、その幼馴染の子が怒る場面なのよ。殴ったり蹴ったりという表現があるわけでもなく、ただ画面が暗転して『ボコスカ』『死を味わった』とか、そんな曖昧な表現だけで済ませてたの。幼馴染の怒り方だって可愛いもので、まるで真剣味がなくて、私はすごく萎えたわ」

 

いや、そりゃ過度な表現はないだろうよ。そういうゲームは、そんな所に重きを置くんじゃなくて、恋人になるまでの葛藤とか、なった後のラブラブを楽しむもんなんだから。

暴力表現を楽しみたいなら普通にアクションゲームやってろよ。なんでそのチョイスなんだよ。

 

「だから私は常々思っていたのよ。どういう動機であれ、仮に私が怒るなら本気で怒るってね。ゲームの中の女のように手緩い怒り方じゃなく、本気の怒りを。例えば、そうね………"たった一晩だけでは終わらないような、そして記憶までもなくすような、徹底した地獄を味あわせる"って」

 

あ、それってやっぱり……。

 

「………あ、あの、それって例え話だよな?」

「ええ、そうよ、例え話。だから、ハヤブサ?もしもだけれど……」

 

一呼吸置いて、プレシアは粛々と告げた。

 

「例えあなたにたった一晩の記憶しかなくても、ここ何日もの記憶がなくても、それは今の話と何も関係ないわ。………ふふっ、そう関係ないの」

「………………」

「あなたが帰ってきてから今日まで、実は何日も同じ部屋に居た。実は何日も地獄と死を体験してきた。………なんて事、あるわけないのよ?だって、そんな記憶はあなたに無いんでしょう?だったら、一晩限りの地獄は、きっと本当に一晩限りだったのよ」

「………………」

「ああ、勿論、今言った私の言葉の意味が分からないっていうならそれもいいわ。むしろ、あなたにはその方がいいのかもしれないわね」

「………………」

 

最悪の可能性は確信レベルで予想していたつもりだった。でも、そんなわけ無いと、まさかいくらなんでも、そう思っていだんだが。

 

あ……あ、あ………。

 

「ねえ、ハヤブサ、もう勝手に消えたりしないで頂戴ね?もうあんな地獄、たった一晩限りの記憶"しか"残っていないとはいえ、辛かったでしょう?だから、忘れていなさい。私も、私たちも、今回限りはあなたの馬鹿を忘れてあげるから」

「お、俺は、やっぱりもしかして、何日間も………」

 

その時、ポンと肩に手が置かれた。

ザフィーラだ。

 

「主、思い出されてはなりません。今、主の記憶している一晩が『いつ』の一晩かは分かりませんが、それ以上思い出すと本当に心が再起不能に陥ってしまわれます。特に最後の方など、プレシアと理のデュオで地獄が行われていたので。我らも流石に止めに入りましたが、もし止めなければ今頃主はまだあの部屋に………」

 

俺は、ザフィーラに抱きついた。

 

「ありがとう!止めてくれてマジにありがとう!」

「礼などよして下さい。我らも最初のたった一晩とは言え、大切な主に苦行を如いてしまったのですから」

 

今持っているあの一晩の記憶は、どうやら最初の一晩だったようだ。

確かにあの一晩も辛かったさ。普通の奴なら自殺もんだろう。それでも!

 

「構わん!確かに俺も悪かったんだ、すまない。あの程度の仕置きならいくらでも受けるさ!」

 

俺は、もしかしたら初めて心の底から自分の非を認め、頭を下げ、そして礼を言っているのかもしれない。

何とも俺らしくない行為かもしれない。けれど、それでもいい。

 

プレシアと理のタッグによる地獄を味わい続けるくらいなら、俺は頭も下げるし礼も言う。生きていてナンボの人生だ。

 

あのタッグの手による地獄の創造はあまりにもガチ過ぎる。それに比べたら記憶の中の一晩など児戯に等しい。

 

「ザフィーラ、ありがとう!そして、ありがとう!」

「主……もう、良いのです」

 

お互い抱き留め合う俺たち。

 

ザフィーラ、お前はあったかいな。

 

「あれ?こういうの、ボク知ってるぞー。ええっと、確かリニスが隠し持ってるマンガに出てた………そうだ、確か『BL』だー!!」

「ちょ、ラ、ライト!?」

 

ライト、感動の場面なんだからちょっと黙ろうな?

それはそれとしてリニスちゃん、あとで詳細を。

 

 

 

 



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21

 

 

さて、昨晩までの俺に何があったのか。真実の地獄は何がどうだったのか、それはもう今はすっぱりと忘れよう。そもそも、俺は過去には拘らない男なんだ。そんなモンよりも今を大切にしなきゃよ?………けっして過去からの逃避ではないので、そこは誤解しないように。

 

という訳で、現在だ。

 

今は昼過ぎの鈴木家居間。この場にいるのはアリシアとフェイトとライトと理以外の鈴木家、テスタロッサ家の面々+フラン+ユーリ。アリシアたちは学校に行っちまった。今日で今年最後の登校とか言ってたから終業式なのだろう。……という事は俺はあの部屋で……いや、忘れよう。

ともかく。

現在時刻は12時を少し回った所なので、だったらそろそろ帰ってくるはずだ。

 

「てか、ヴィータは何で学校行ってないわけ?お前も行きゃいいのに」

「嫌だよ、面倒臭ぇ。ンなとこ行ってるより、局でドンパチやってる方がまだ気楽だっての」

 

そういうヴィータだが、俺的には学校に行かせてやりたいな。ガキ=学校なんだから、局なんて行ってるよりも学校に行ってダチでも作って………って、そうだ。

 

「お前ら、何で管理局に入局してんだよ?マジ、いい迷惑なんだけど」

「いい迷惑なのはこっちの台詞よ。私だって、局になんて入る気サラサラなかったんだから」

 

プレシアが不満顔で文句を言い、次いで夜天も。

 

「主に無断で入局してしまったのは心苦しいですし、魔導による厄介事を好いていなかったのも知っていたので尚更だったのですが、流石にこちらとしてもこのまま何も出来ないのは我慢ならず。ではと、局を利用させて頂いています」

 

利用って、さらっと腹黒い事を。

まあ、こいつらが礼儀よく何かに従うとは思えないしな。アルフやクアットロの奴から聞いてた通り、いい様に利用してんだろうよ。

 

「じゃあ、今はどうなってんのよ?俺とお前らの関係ももうバレたんだろ?それで色々詰問されたって、なのはの奴が行ってたぞ?」

「いつ高町なのはと話したのか気になるところではありますが、まあ今は置いておきましょう。確かに詰問もされましたし、多少なりの罰もありました。ですが、我々の実力を考えれば逮捕、手放す事は出来なかったのでしょう。今は謹慎処分扱いとなっています。勿論、その間に悪さをしないよう、この家と隣のテスタロッサ家は監視されていますが」

 

シグナムが簡単に現状の報告をしてくれたが、ちょっと待とうか?

 

「監視ってダメじゃん!?俺がここにいるってバレてんじゃん!?え、もしかして俺、逮捕されちゃう流れ?」

 

待て待て!それは洒落にならんぞ。ここに来て逮捕って、俺にゃあまだやる事があんだよ。はやての奴を助けてやらにゃならんし、そもそも前科持ちになんてなりたかねえ!

 

「大丈夫ですよ、ハヤちゃん。確かに監視魔法が両家に働いていますが、そこから局に送られている映像はダミーですから。お馬鹿な局員はまんまと引っかかってくれてますよ」

 

焦っている俺に、シャマルが優しい笑みでその不安を消してくれた。けど、それでいいのか現役管理局員シャマル?お前ら、マジで黒すぎるよ。

 

「あー、そう。まあ、ンならいいや。どうせ後々局にはナシつけにゃならんし、だったら今は出来るだけ蚊帳の外にいてもらおう。で、だ、次に質問」

 

俺はポテチをぼりぼりと貪り、脚を組んで我が物顔でうちのソファを独占しているフランを見やる。ついでにその隣にはユーリが眠たそうに船を漕いでいた。

 

「テメエらは何でここいんだよ?」

「何故とは、これまた異な事を。当然、我は主の騎士であり王であるからの」

「ふみゅ……はやぶさとはずっと一緒です~」

「答えになってねーよ。てか、はやてと他のやつ等は?」

 

家なき子になった八神家+ロッテ。あいつらは今どこにいるんだろうか?まさか管理局だろうか?それだったらちと厄介だ。はやてを助けるのに局はぶっちゃけ邪魔だからな。あいつらの管理下ではやての救命を命じられてさせられるなんてムカつくし。

 

「心配しないでいいわよ。はやてちゃんって子とその騎士たちは隣の私の家に居てもらってるから。さっきも様子見てきたけど大人しいものだったわ。あとその紫天の盟主……ユーリちゃんは一応あなたの守護者で害もないようだからここにいて貰ってるわ」

「守護者じゃないですー。私はーはやぶさのー……むにゃ」

 

プレシアの言葉に何か反論しようとしたユーリだが、言い終えず眠ってしまった。まあこの時間、飯食った後はお昼寝してるしな。……しかしなんだろう、すごく命拾いした感があるんだけど気のせい?

 

「え、そうなの?ふ~ん、でもさ、あいつらよく逃げ出さねえな。シグナムかヴィータ……ああ、これはオリジナルの方な、その二人辺りはイの一番で蒐集に向かいそうだけど」

「ああ、実際何度か出ようとしたわね。でも、無駄。私の家はそう易々と破られるような作りはしていないから。外からも内側からもね」

 

おいおい、いったいどんな魔改造施したんだよ?てか、何時の間に?

 

「軽い軟禁状態ってところか。まあすぐ傍にいるなら何でもいいや。……いや、やっぱ良かねーよ。はやての家だよ、お前ら何しやがった?」

 

そう言えばと思い出したあの晩の光景。

八神家があった場所が数時間後には更地となるというドッキリ。アレ、お前らの誰かがやったんだろ?

 

「ああ、あの貧相な家ね。私が虚数空間へと吹き飛ばしたわ。シグナムたちは自分のオリジナルでストレス発散したようだけれど、私は都合のいい相手がいなかったから。あのようなあばら家なら、一つや二つ消えても問題ないでしょう。大丈夫、次の家が建てやすいよう均しておいてあげたから」

 

いや、あるよ。大ありだよ。あばら家だろうと思い出いっぱい詰まってんだろ。非情すぎだろ。そもそもはやて達はこれからどこに住みゃあいいんだよ。お前、面倒見てあげんの?俺は知らんからな。てか、今、夜天たちはオリジナルでストレス発散したっつったか?なに、あいつら喧嘩したの?オリVSコピーというお約束カードがいつの間にか実現してたの?観戦したかった。

 

なんかもう勝手し過ぎだろ?………俺が言うなって?うるせえよ、知った事か。

 

「それとさ、もう一人いただろ?リニスと同じ、猫素体の使い魔が。あいつは?」

「ああ、あれだったら局に突き出したよ。今回の件に結構深く噛んでるみたいだったから、きちんと尋問するように言っておいた」

 

アルフが『ざまあ見ろ』とでもいう様に愉快に話す。

お前はそこまでロッテが嫌いか?同じ使い魔同士、仲良くしろよな。

 

あ~あ、それにしてもこれでどうやらグレアム爺さんの企みは局に明るみになるな。ざ~んねん。俺のせいじゃないから恨むなよ、爺さんにリーゼたち。

 

「で、話は戻すけどフラン、お前は何でここにいるんだ?てか、夜天たちも何でコイツをいさせてるんだよ。知ってるかもしんねえけど、コイツが俺を拉致った張本人だからな?」

「ええ、承知しています。ですが、それについては理がもう話をつけたようです。今では断章の1基として、ユーリ共々鈴木家で迎え入れました」

 

と気楽に言う夜天だが、鈴木家の家長である俺を無視して勝手に迎え入れないでくんない?まあガキの一人や二人、増えたところでもうホント今更だけどな。

てか、驚きだな。理がナシつけたって、フランと話し合ったって事?すっげえ相性悪そうな二人だったけど、朝食の場面を見る限りではやっぱ元々仲は良かったのか?

 

そんな事を漠然と思っていると、横目にチラッとフランの震えている姿が入った。

 

「よ、よさぬか、理……ホント、ゴキブリ無理だから……銃創に指突っ込まないで……苦悩の梨はやめよおおおおお!!!」

 

なんかすっげえデッカいトラウマ出来ちまってる見てえなんだけど?話し合ってないよね。これ調教とか拷問とか、そっち系のアレだよね。

こいつをここまでヘコませるたぁ、ちっとだけ理の事を尊敬すんぜ。

 

「ハァ、まあフランはそもそも俺の持ってる写本の断章だから、まあいいけどよ。あれ?でも、今は正本の方に断章挟んでんじゃねーの?そこんとこどうなってんだよ、フラン」

「ガタガタブルブル……う?う、うむ、それはもう抜き取り、写本の方に正式に組み込んだ。主も、夢に正本の管制人格が出てくる事はなくなったろう?」

 

ん?……ああ、そういや八神家に行く前は何度か見た事があるな。けど、だいたい管制人格が出た後はユーリのいる場所に半強制で移ってたんで忘れてたわ。

 

「あれ、もしかしてお前のせい?」

「不可抗力だ。写本の断章である我が正本に挟まれていた事で、正本の方に何かしらの影響が出たらしい、どうにも魔力の流れが混線してしまってな。写本の主であるそなたにも多少の影響が出てしまっていたのだ」

 

それがなくなったのは、フランが在るべき場所に戻ったから、か。個人的にはこの変態王はずっと正本のほうにいて欲しかったが……いや、まあこいつがどっちにいようとも変態であることには変わりないか。

 

「まっ、いいや。おっけー、状況は大体把握した。何はともあれ、俺のやる事ぁ変わらないってわけだ」

 

それは勿論はやての救命。

こいつらと喧嘩する事になっちまったり、管理局が出張って来たり、第3勢力的なグレアムのおっさんも出現したりといろいろあったが、どうにかこうにか丸く収まった。……丸くはないかもだけど、まあ収まった。……けっして収まりが良いわけじゃないけど、押し込める事は出来た。

 

鈴木家とテスタロッサ家と八神家。

 

どうにかこうにか押し込めた。

 

ならば後はこのメンツで最後まで突っ走ればいいだけだ。……というかもう徒歩でも余裕だろ。むしろ俺は歩かなくて良くね?こいつらに担いでもらってゴール手前で降ろして貰えば良くね?

 

「あの、我が主。大変恐縮なのですが、我々にも事の次第を説明をして頂ければと。主の言う『やる事』とは一体なんなのでしょう?」

 

不意に夜天が申し訳なさそうにこちらを伺いながら言った。見ればフランを除く他の面々も同じようだ。

 

「あ?そりゃはやての命を救ってやるって事だけど……あれ?説明してなかったけ?」

 

と言って気づいたが、説明する間もなく地獄めぐりをしていた事を思い出した。

 

「聞いてねーよ。てかはやてって正本の主だろ?なに、あいつ死にそうなわけ?」

 

疑問と驚きを混ぜた調子でヴィータが聞いてきたので、俺は頷きながら続ける。

 

「まあな。闇の書の呪いみたいなもんなんだとさ。それで俺もいろいろあって向こうにいたわけだけど、まあその辺りはフランから聞いてくれや。こいつの方が詳しい」

 

面倒臭い説明はフランに丸投げし、俺は煙草を吸うべくベランダに向かい、そこで物思いに耽る。

 

(半年前の一件ぶりの面倒事の片付けの目処がようやっと立ったな。いや、まあまだまだ難所はあんだけどよ)

 

その一番の難所が、オリジナルの管制人格をどうするか、だ。

生かすのか、殺すのか。

己が犠牲を払って管制人格を助けるのか、それともいつも通り自己保身一択で管制人格を見殺しにするのか。……一応、グレアムのおっさんの案もあるがあんなもん却下だ。

 

とすると今んとこ1:9の割合で断然後者だが……。

 

(問題は……その1割の選択肢)

 

それを選択する気は今のところまずないが、それでも1割残ってる。それはいい。俺の中にもまだ僅かながら真っ当な良心があるという事だ。

選択する気はほぼないが、もしかしたら選択するかもしれないもの。

それは一見、1:9。けれど見方を変えれば5:5。あるいは9:1。

 

可能性が僅かでもあるものと比べた時、確率なんて当てにならない時がある。自分の感情を含める選択肢の場合尚更。特に気分屋の俺なら、土壇場で選択肢を鞍替えするなんて事やっちまうだろうし。

 

(けどその1割を問答無用でゼロにしちまう奴らがいる)

 

言わずもがな、ウチの奴ら。

もし今挙がっている案があいつらに知られたら、選択肢はなくなる。きっと問答無用で管制人格を殺す。俺の犠牲を黙って見ているあいつらじゃない。

 

(まぁフランや八神家のやつらには事前にその辺りは誰にも言うなっつっといたから、今もウチの奴らは知らないはずだが)

 

選択するのは俺。それがどう転ぶにせよ、選択肢もそれを決める権利も俺のモンだ。他の奴らに選択肢潰されてたまるかっつうの。

まあそれでも全部あいつらにゲロって選択肢無くすっつう選択もあるが……それはそれでやっぱ勿体無ぇよな。夜天、二人欲しいもんな~。

 

(だめだ、1割取った時のメリットがでかくて、やっぱまだ完全には腹決めらんねえわ。ギリギリまで粘ろ)

 

つうか考えるのメンドイ。いつも通り出たトコでいいわな。

 

(取り合えずいろいろ疲れたし、もう一眠りするかね)

 

そう考えていた時、玄関の扉が開く音が聞こえ、ついで何人かのドタドタと廊下を走る音。

程なく姿を見せたのは。

 

「ただいまー!」

「ただいま」

「満を持してボクただいま!!」

「ただいま戻りました」

 

アリシア、フェイト、ライト、理の小学生組みが帰宅したようだ。

タバコを消しベランダから出ると、件の4人のうち2人が皆への挨拶もそこそこに早速俺へと向かってくる。こりゃ一眠り出来そうにねーなぁと俺はため息とともに苦笑い。

 

「ただいま!はやぶさ!」

「おう、おかえりアリシア」

「主!ボクにもおかえり頂戴!!あとナデナデを所望する!!」

「はいはい、ライトもおかえりおかえり」

 

二人の頭を乱暴に撫でてやる。

 

「「にへへ~」」

 

その何とも嬉しそうなニヤケ面に俺も自然と口が笑みの形になるのを自覚する。ああ、八神家では味わえなかった癒しが漸く来た感じだ。

 

「ンだよ、二人とも、何かいい事あったのか?ああ、冬休みが嬉しいとか?」

 

そういや終業式だった事を思い出し言ってみるが、二人からは否定の笑顔。

 

「私がただいまって言ったら、隼がおかえりって言ってくれるのが嬉しいの!」

「そうそう!冬休みの嬉しさがご飯一杯分の価値だとしたら、主がいる事にはご飯三杯分の価値がある!もちろん大盛り!そしてナデナデはおかず一品分!」

 

アリシア、お前ホント可愛いな。マジ癒しだわ。対するライトも……うん、まあどうだろう、結構僅差な価値っぽいが嬉しいぞ?アホさに癒されるわ。

 

「騒々しいですよ、アリシア、ライト。ヘタレ穀潰し主がのうのうと生き恥晒しながら家でニートしてる程度ではしゃぎすぎです」

 

二人に続いてトコトコと無表情でやってきたのは、今日も毒が冴え渡っている理。こいつの毒舌も久しぶりに聞いたが……まあ、うん、今は気分が良いので見逃すが、いずれきっちり殺す。

 

そして最後の天使……もとい一人であるフェイトは。

 

「あれ?フェイトー?そんなとこで突っ立って何してんの?ほらほら、主にただいま言わなきゃ駄目だぞー」

 

ライトの言うとおり、フェイトは俺らから距離をとって近寄ってこない。扉の近くでもじもじしてる。しかし視線をこっちに寄越して………あ、目が合ったけど逸らされた。

え、なに、オコなの?

 

「俺、何かした?」

 

心当たりはあり過ぎるくらいにあるが、しかしフェイトはそうそう怒る子じゃない。そもそも会話自体、こっちに帰ってきてからほとんどしてない。何分、地獄めぐりしてたもんで。今朝飯食って学校行くまでにちょろっと程度?

 

「ちっ!」

「いや、唐突にマジ舌打ちとかどうしたよ理」

 

いつもの無表情はどこに行ったやら、今にも反吐を吐きそうな顔をしている理。

 

「いえ、あれを素でやれるフェイトに対して苛立ちが隠しきれず。天然とは恐ろしいものです。私なら一発であざといヒロインだと罵られるでしょうね」

 

ごめん、マジで意味が分からん。

まあとりあえずフェイトは怒ってはないようだ。ただ近寄ってくる気配もない。というか今にもどっか隠れそう。

というわけで、俺は腕に抱きついたアリシアと背中をよじ登ろうとしているライトを引っぺがし、フェイトの元へ。

 

当然というのも可笑しいが、フェイトは慌てた様子で踵を返して逃げようとしたが、それよりも速く俺が捕まえてソファへと連行。ドスンと腰を下ろし、膝の上にフェイトを乗せ、さらに逃げないようにお腹に両腕を回して完全ホールド。

 

「さて、どこぞのメタルなスライムの如く逃げようとすんのは何故かなぁ、はぐれフェイト?」

「あぅぁ……」

 

本気で逃げる気はないんだろうけど、それでももじもじと身じろぎをして腕の中から脱出を図ろうとする。そんな彼女の表情は恥ずかしさと気まずさを湛えているのが見て取れたのだが、それに俺は少々首を傾げる。

 

「お前、何恥ずかしがってんの?」

 

気まずいのは分かる。逃げようとして捕まったのだから当然だろう。ただ恥ずかしいのは分からん。

まぁ一般的に考えれば膝の上に乗せられて腕を回されているこの状態が恥ずかしいと見て取れるが、それはまず有り得ない。なにせ俺は今まで何度もフェイトを膝の上に乗せて来たのだ。確かに最初の頃は照れて恥ずかしがっていたが、1ヶ月もしないうちに慣れたのかそれもなくなった。

 

とすると、このフェイトの様子は一体?

 

「どうしたよ?黙ってちゃ分かんねーだろ?」

「うぅ……」

 

こちらの言葉には応えず、それでもまだこの状態が居心地が悪いのか身じろぎして俺から離れようとするフェイト。

その反応に俺はやれやれと思いつつ、そろそろ実力行使に出るべきかと考えは始めた時、不意に頭の中に声が聞こえた。

 

『隼が急に帰ってきて、嬉しい反面どう接していいのか分からないんですよ』

 

声の主の方を見ると、今まで様子を見守っていたのであろうリニスが微笑んでいた。さらに念話は続く。

 

『というか嬉しすぎて訳分からなくなっちゃってるんだと思います。私見ですけど、隼がいなくなって一番落ち込んでたのはその子ですから』

 

それを聞いて俺は少しだけ驚く。確かに落ち込んでいるだろうとは思っていた。ただフェイトは気に食わんがその辺りは年不相応に自制出来るガキだ。

 

『フェイトが?アリシアなら分かるけど……』

『確かにアリシアもすっごく悲しんでましたよ?でも、言い方は変ですがフェイトもそれは負けてません。なにせ、こんなに長い間隼と会えなかったのは初めてだったんですから』

 

ああ。と気づく。

そう言えば、よくよく考えればフェイトとは初めて会った日から攫われる日まで、この半年間、ほぼ毎日顔を合わせていた。ジェイルやダチんトコに泊まりに行く時はあったが、それもせいぜい1泊かそこらで長期間じゃない。いや、思い出せばその1泊程度の間でも電話やメールがあったりしたし、帰ってきた時はとても嬉しそうだった。そして俺がいない時どんな事があったとか、どんな事をしたとか話してくれた。

 

それを鬱陶しいと俺は感じていた。いちいち報告いらんがなと思っていた。真面目な奴だなと思っていた。

 

けど、そうか。フェイトはガキだ。ガキらしくないガキという面もあるが、それでもやっぱりガキはガキ。

 

『共有したいんでしょうね、隼との時間を。でも今回は開いた時間が長すぎた。言いたい事が一杯あって、思ってた事も一杯あって、感じてた事も一杯あって、とにかく一杯一杯構ってほしい。でもいざ隼を目の前にするとその全部がごっちゃになっちゃったんだと思います』

 

アリシアやライトならそんな状態だろうと思ったことややりたい事を好き勝手に実行するんだろう。けどフェイトは順序立てようとする。

そのプロセスが何ともガキらしくなく、しかし結局纏まらずにどうしていいか分からないまま固まっちまうのがガキらしい。というかフェイトらしい。

 

俺はリニスに向けていた顔をフェイトに戻すとバチッと目が合った。急に静かになった俺をどうしたのかと訝しんだのか、こちらを覗っていたようだ。けど目が合った瞬間にまたブンと音がしそうなほど顔ごと逸らした。

 

『あとは単純に気恥ずかしいんですよ。「隼と久しぶりに会う」なんて初体験ですからね』

 

なんだそりゃ?と思わなくもないが、揺れた髪の間から覗いた耳は少し赤くなっていた気がする。

 

(……ハァ。ったく)

 

伸ばしていた背筋を緩めてソファに身体を預ける。そうすると必然、抱き込んでいたフェイトもそのまま傾き、一層身体を俺に預ける形となる。

少し驚きながらもまだ身体を離そうと試みるフェイトだが、俺はさらに腕に力を込めながらも呟く。

 

「おかえり」

「っ」

 

少し息を呑む音が聞こえると同時に身じろぎも止んだ。しかし、身体は硬いままだ。そして返事もない。

 

「お・か・え・り」

「…………た、ただいま」

 

少し強めの俺の言葉に、ようやくフェイトは反応を示した。これを機とばかりに言葉を俺は紡ぐ。

 

「学校はどうよ?」

「え、ええっと……」

「学校だよ、学校。例えばダチとかよ、出来たかっつってんの」

 

俺の問いに少しの間のあと、おずおずと口を開き出した。

 

「……と、友達、いっぱい出来たよ。なのはとかすずかとかアリサとか、他にもいっぱい」

「そうか、流石だな。前も言ったけどダチは大事にしとけよ?いざって時は頼りンなるからな」

「うん」

「あ、だからって勉強を疎かにすんなよ。将来、俺にみたいになりたくなきゃな。俺ももっかい小学生からやり直したいぜ。というか今から通うか?お前と同じクラスに転入したりして」

「あはは、それは楽しそう」

「管理局はどうよ?あ、てか管理局で思い出したけど、半年前、お前に怪我負わせたクソガキ、取り合えず一発かましといたといたからよ。いや、今考えりゃ一発じゃ足りねえか?」

「あ、クロノが敵にやられたって言って怪我して戻って来た時あったけど、やっぱり隼だったんだ。え、えっとね、それはもう大丈夫だよ。クロノも謝ってくれたし、それにあの時は管理局と敵対してたんだから私も悪くて……」

「あ?知るか。管理局やお前の良い悪いじゃねえ。俺が、お前に怪我させたクソガキをムカついてんだよ。ちっ、思い出したらまた腹立ってきた。やっぱもう2~3発ぶち込んどくんだった」

「もうっ、駄目だよ隼」

 

気づくと、いつの間にかフェイトは動かなくなっていた。加えて力を抜いたのか、体に掛かる重さも幾分増した気がする。

腕の力を緩めても、もう逃げようとする気配はない。

 

(ハァ、やっと調子戻ったみてえだな。ったく、世話の焼けるガキだ)

 

いや、ガキだから世話を焼いてやるのは当然か。

 

「まっ、変わらず楽しくやってたみたいで何よりだよ。ガキはそうやって無邪気に───」

「違う!」

「おうっ?!」

 

今まで聞いたことがないような強い口調で、こちらの言葉を遮ぎりながら振り向いたフェイトに俺びっくり。というか、俺の言葉を否定した事自体が超びっくり。しかも、その目に湛えているのは……哀しみ?痛み?

 

え、なに、何か地雷踏んだ?何が『違う』なんだ?

 

「ええっと、急にどうしたよフェイト?なんでそんな──」

「……確かに」

 

俺から背中を離し、横向きに座り直すフェイト。手がそっと俺の胸に添えられた。

 

「確かにね、学校に行けた。なのはたちと友達にもなれた。一緒に遊べた。……それは、うん、嬉しかった。嬉しかったんだ。テレビとか本で知ってたけど、それを私自身が体験出来るなんて思ってなかったから。家に帰って母さんやリニスやアルフに言ったら、笑ってくれた。夜天たちも喜んでくれた。管理局の人たちもね、過去の事とか全部許してくれて、笑って迎えてくれて、優しい人たちばかりだった。良いか悪いかって聞かれたら、良い毎日だったよ。────でもね」

 

胸に添えられた手に力が入ったのが分かった。

 

「楽しく、なかった」

 

 

よー分からん。嬉しい事もあって、周りの奴らも優しくて、いい毎日だったんじゃねーの?

 

「あーっと、それを楽しいっつうんじゃねーの?いい毎日だったんなら、そん中に楽しい出来事だってあっただろう?」

「うん、そうかもしれない。楽しいもあったんだと思う」

 

でも、とフェイトは続ける。

 

「あんまりね、そう感じなかった。前みたいに……隼がいた時みたいな、暖かい楽しさはなかったんだ。……だから『幸せ』じゃなかった」

 

しあわせ……幸せ?なぜここにきて幸せ?

 

「前、隼言ってたよね。『母さんや私をずっと幸せにしてやる』って」

 

……ああ、言ったな。っぽい事言ったな。庭園で酒食らってた時。うん、素面の時改めて言われるとめっちゃ恥ずいわ。

 

「それでね、私、ずっと思ってたんだ。隼が幸せにしてやるって言ってくれたけど、じゃあ一体何が、どうなったら、どういう事が『幸せ』なんだろうって。私の『幸せ』って何かなって」

 

ええっと……え、何それ哲学?いや、マジでごめんけど、俺の酔い任せの言葉一つにそんな考えてたのコイツ?え、しかもずっと?いや、そりゃ別に口から出任せってわけじゃねえけどさ。多分にその場のノリも入ってたわけで。

 

「でもね、気づいたんだ。もう"そう"だったんだって。隼と会ってからずっとそうだったんだって。でも、そうじゃなくなって、やっと気づけた」

 

俺を見てくるフェイトの瞳には先ほどまであった哀しみも痛みもなかった。その代わりに、どこか暖かな温もりを湛えていた。

 

「嬉しいも面白いも楽しいも全部が合わさったものが『幸せ』で、それを運んでくれるのが隼だったんだって。隼が───私の『幸せ』なんだって」

 

まるで大切なものを慈しむような言葉に、不覚にもこの俺が呑まれた。ガキの瞳に一瞬意識を持っていかれた。

 

「だから、今はもう幸せ。楽しくて、嬉しくて、暖かくて、満たされてて……うん、また幸せになれた」

 

さて。

俺は今、どんな顔をしているだろう。フランの奴から初めて想いを打ち明けられたときもそうだったが、どうやら俺は純粋でストレートな想いには弱いようだ。正直なのには定評のある俺だし、耐性もあるはずだが、こういう邪念のない正直さにはどういう反応していいか分からん。

てか率直に言って恥ずかしい。多分、変な顔になってるわコレ。

 

そんな俺の内心や顔色で察したのか、フェイトの頬も朱が差し始めた。面映い、という状態を如実に表した顔だ。

 

「あの、それでね、えっと……おこがましいかもしれないけど」

 

それでもまだ言い足りないのか、恥じらいの表情のままフェイトは続く言葉を淀むことなく言う。

 

「隼もね、幸せにしてあげたいなって。私だけじゃなく、隼と一緒に幸せになれたらいいなぁって」

 

言い終えて満足したのか、はたまた恥ずかしさの限界に達したのか……いや、たぶん後者だ。その証拠にフェイトは俺の腕取り、顔を隠すように持っていった。髪の間から見えた耳、いや首まで真っ赤っかだ。「あぅ、なんだか恥ずかしいこと言っちゃった?……言っちゃったかも」と自問自答の呟きが聞こえる。

 

(ああ……)

 

と思う。

 

フェイト。このガキ。マジで可愛いなぁ。

 

いつぞやプレシアに「フェイトってマジ天使だよな」って言ったら「天使?あの複数の顔面からたくさん羽生やした神様万歳の気色悪いアレ?……あなた、美的感覚大丈夫?」などと、可愛い女の子に使う褒め言葉をバッサリ一刀両断する返答が来た事がある。加えて「フェイトが天使程度なわけないでしょう。妥協するにしても『女神』くらいは言って欲しいわね」だそうだ。

 

あの時はプレシアの親バカ加減に苦笑したもんだが、あながち間違いではなかったのかもしれないと今のフェイトを見て納得。

 

「うぅ……は、隼、あまりこっち見ないでっ……」

 

うん、なるほど。こりゃ女神だ。ああ、天界って存外近くにあるんだなぁと思った。

 

(まぁ、しかしだ……そろそろ不味いな、うん)

 

女神がいるなら悪魔や魔王や魔神だっているわけで。

天界があるなら魔界もあるわけで。

さらにウチはどっちかと言うと魔界寄りなわけで。

 

「おい、理よ、命乞いさせるような道具をいくつか見繕ってくれぬか?あの泥棒猫はここで断罪したほうが良かろう」

「駄目ですよ、フラン。フェイトに手を出すのはリスクが高いです。プレシアやリニスやアルフが黙っていません。よってここは主にしましょう。ほら、そこの柱。ホウ烙用に特別に設えたモノです。火はお任せください」

 

さて、フェイトの可愛さで癒しも補充出来たし、俺が熱した柱とハグする羽目になる前にさっさと次に進みましょうかね。というか進もう。この甘ったるいのか酸っぱいのか辛いのかよく分からん空気には俺もいろいろ限界だ。というか自分で言うのもアレだが、俺が身を置く空気じゃない気がする。

 

俺はぷるぷると震えているフェイトを膝から降ろし、殺気立っている理とフランを宥め、複雑な表情をしている夜天たちや微笑ましそうにしているテスタロッサ家をスルーし、何かを誤魔化すように声を張り上げる。

 

「よーし、最終決戦に向かって気張ってこー」

 

まだまだやる事は多い。

 

 




最近フェイト書いてなかったので、癒しがてら今回ピックアップしてみたらただのヒロインになってしまった汗

次回は最終決戦……の前の作戦会議。


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22

一昨年のクリスマスは酷いものだった。同じく独り身のダチら四人で居酒屋を3件、バーを1件ハシゴしたのは今でも明確に覚えている。

 

男だけで構成されたその飲みは、確かに楽しくもあったのだが、やっぱり同時に虚しさが去来した。でも、やっぱり男同士でバカをやれる事は楽しいもんで、お互い『来年は彼女作んぞ!』と励ましあったもんだ。

……そこまでは良かった。そこで、俺たちは道を誤ったんだ。あれはどこの馬鹿が言ったんだっけなあ───『最後にキャバクラ行かね?』と。

 

ああ、何も言ってくれるな。分かってる。俺だって今思えばどうかと思うさ。けどよ、そん時は酒も入ってて思考能力なんてもんがぶっ飛んでたんだ。

行ったさ。

キャバクラ行ったさ。

ええ、楽しかったですよ。女の子と楽しく喋りましたよ。クリスマスに、お店でお金だして、楽しく喋りましたがそれが何か?可愛い子は彼氏と過ごしてるらしく店にいなかったがそれが何か?…………2時間後、『俺ら、何やってんだろう』と店の前で極大の虚しさが去来したけどそれが何か?

 

そして時は進み、次に話すは去年のクリスマスだ。

今度もまた男同士でその日に集まったよ。ただ、それは別に飲もうという事じゃあなかった。そんな後ろ向きじゃあなかった。

『ナンパしようぜ』。

これだ。

せめてワンナイトカーニバルを楽しもうという思いの下に、クリスマス当日に俺たちはナンパを決行したんだ。確かにこの日はカップルの日だが、俺たちと同じようにあぶれている女の子もきっといると信じて街に出たんだ。………その前に彼女作っときゃいいじゃん、だって?作れたら苦労しねーんだよ。

結果はどうだったかって?ふふふ、聞いて驚け!

 

夜8時頃からナンパをし始めた俺たちだったけれど、気付いたら朝日をファミレスの中から眺めていた。勿論、男だけで!…………『俺ら、何やってんだろう』、この言葉と共に電車に揺られながら帰ったよ。帰ってシャワー浴びて不貞寝したよ。

 

と、まあこれが俺の一昨年と去年のクリスマスの出来事だ。

 

なんとも。ああ、なんとも空しくてむさ苦しいクリスマスだろうか。今思い返してもホント哀れな気持ちになる。敗者の極みだ。

そして当時、俺たちはこう思ったんだ──「……来年は大人しくしてようぜ。彼女、いなくてもよ」と。

そう、それは諦めのそれに近い。俺も、ダチも諦めることは嫌いな部類だがこれだけはどうしようもない。自分一人でどうこう出来るなら頑張るさ。だがこれは相手ありきだ。生まれ持った顔と形成された性格を受け入れてくる女ありきなのだ。

 

そう考えると同時に、俺は悟った。来年もきっと俺は一人なんだろうなぁと。何だかんだ言ってダチとまた外に出てるんじゃないかなぁと。

 

……そう思っていたんだ。つい半年前までは。

 

「ちょっと、もうちょい近づいて!じゃあ目線はカメラね。ちゅうも~く!」

 

携帯(俺のはぶっ壊されたので夜天の)に自撮棒をつけて撮影する俺。

今、この光景は去年までの俺の立場を吹き飛ばしてくれていた。

 

「はい、チーズ」

 

パシャリと撮られた画面にはだらしない顔の俺。そして右隣には少し頬を染めて恥ずかしそうにしながらも言いつけ通り腕をしっかりと組んでくれているシグナム。左には呆れた表情は隠さずに、しかし大人しく佇んでいるシグナム。

 

鈴木シグナムと八神シグナムという大輪の華をもった俺。

 

(去年までのクリスマスの俺、見ているか?確かに彼女はまだ出来ていないが……しかし今、お前は勝者じゃないにしても敗者に居続けてはないぞ!)

 

ナイスバディの二人に挟まれて幸せ絶頂です。

 

人生、何が起きるか分からないとはこの事だ。撮った写真、ダチに送りつけてやろ。

 

「よし、じゃあちょっと格好を変えてもう1枚だ!それとシグナム、出来ればもうちょっと笑顔をプリーズ」

「ハァ、なぜ私がお前の言う事を聞かねばならん。そもそも今こんな事をしている状況では……」

「おい、オリジナル。貴様も私なら主の願いは何に置いても最優先事項だろう。きちんとしないか。ほら、笑顔だ」

「私の主は八神はやてだ!……ああ、何が悲しくてこのようなだらけた表情を浮かべる自分を見なければならんのか。というか、私はそんな顔も出来るのだな。まったくもって知りたくなかったが」

 

美由希ちゃんお手製栄養ドリンクを飲んだ時のような苦悶の表情を浮かべる八神シグナム。それに反比例するように桃子さん特性のケーキを食べた時のような嬉しそうな表情を浮かべるウチのシグナム。

 

「ちょっとシグナム、もういいでしょ!次は私たちとハヤちゃんで撮るんだから!さあ、行くわよオリジナル!」

「あー、えっと、やっぱり私も入らなきゃ駄目なの?」

「当たり前でしょ!あなたもシャマルなら、ハヤちゃんの願いに貢献するのは当然よ!」

「ただ単純にあなたが隼さんと引っ付きたいだけでしょ……はぁ、ホント、なんでこうなったのかしら」

 

ぷんすかと怒るウチのシャマルとため息連発な八神シャマル。

 

(どうしてこうなったか、か……)

 

シャマルの言葉に少し思い返す。

 

最初はただ最後の喧嘩……最終決戦に向けての段取りをする予定だった。

プレシアんちに軟禁していた八神家をウチに呼び、皆で一緒に対策や方針を決めようかという運びだったはずだ。それが蓋を開けてみれば何故か撮影会となった。

 

(うん、まあ不思議っちゃあ不思議だが、こうなる事は予想も出来たな)

 

ウチに隣で軟禁していた八神家の面々を呼ぶ。つまりシグナムやシャマルが来る。とすると当然ウチのシグナムやシャマルとも相対する。これで単純計算でシグナム×2+シャマル×2となるわけだ。そうすると=俺歓喜となり、さらに=作戦会議とか後回しにして今この光景を写真に収めようとなるのは必然。

 

……何故でも不思議でもないな。当然の帰結だな。

 

「ハヤちゃんハヤちゃん!この服、どうですか!この冬の新作なんですって!すっごく暖かいんですよ、ほら!」

 

俺の手が掴まれ、シャマルの麗しい肉体を覆っているジャケットの内ポケットに入れられる。ちょっと手を動かせばいろいろ当たりそうな場所だ。もちろん、俺はそんな非紳士な事はしないが顔のニヤケまでは抑えられない。

 

「おい、まさかあたしらまで交ざるとか言わないよな?」

「は、はァ?なんであたしが隼の奴に写真撮られなきゃなんねーんだよ!………ま、まぁ、でも?隼の奴がどうしてもってぇーなら考えてやってもいいけどな?嫌々だけど、まぁ妥協して?」

「あ、いや、ヴィーターズはいらん。その辺でのろいウサギとごっこ遊びでもしてろよ」

「テメェ!このボケ主がぁ!!」

「……結局あたしもあたしかよ。てかヴィーターズって……ハァ、なんかもう怒る気も起きねえ」

 

と、相も変わらず喧しいヴィーターズ。いや、八神ヴィータの方は以前より少しトゲがなくなってる感がある。あるいはウチのがトゲトゲし過ぎでそう見えるだけなのか。

 

……しかし、なんだな。

 

(なんかこいつら、いつもより当たりが激しいな)

 

シグナムもシャマルも普段ここまで積極的ではない。いや、積極的じゃないっつうか、接触的?

俺のお願いとは言えシグナムが腕を組んでくれたのもそうだし、シャマルもここまで無防備じゃあない。なのに今日に限ってこれだ。

 

(やっぱフェイトと同じ、寂しかったクチか?)

 

意外と言えば意外だが、しかしそれくらいしか理由が思い浮かばない。

今のこいつらからはテスタロッサ姉妹と同じ、甘えたいオーラが出てる気がする。あのヴィータですら、何度もこっちをちらちら見て機を窺ってる感じだし。

なんとも主思いなこって。

 

(そんな中でもブレないザフィーラは流石だな)

 

あいつは一度俺の脚をふわりと尻尾で撫でた後、オリジナルと自室へ向かっていった。何でも『こやつに人生の真髄というものを教えておきます』との事だった。それが何なのか何となしに察せた俺は、とりあえずはやてや他の騎士たちに謝っておいた。

 

そして残る最後の一人。ウチの母的存在の夜天はどうしているかというと……。

 

「っ……~っ……~っ!」

(うわぁ、なんかめっちゃ我慢してる」

 

いつもの優しくて余裕を持った雰囲気を湛えた夜天はなりを潜め、欲しい玩具を買えずにずっと眺めている子供のような彼女がそこにはいた。

というかまんまライトやアリシアだ。

 

(口実がないから切り出せないんだろうなぁ)

 

口実、つまり写真撮影。

シグナムやシャマルだってそれがなけりゃこうやって積極的にはなってないんだろう。げんにオリジナルたちがここに来るまでは大人しかった。それがここに来て俺が写真撮影を提案した事で『好機!』と捉え、欲望のままに我がままに攻勢に出た。

が、夜天にはそれがない。オリジナルがこの場にはいない。写真撮影に加わる理由がない。見ているしかない。

 

(まっ、それが普通の大人だよな)

 

ガキじゃないんだ。理由など関係なく欲望のまま突っ走ることなんて出来ない。まとめ役の夜天なら特に。

 

しかし、だ。

 

「おい、夜天。お前とも写真撮りたいからこっち来いよ~」

 

今の我慢している姿はまんまガキのそれ。だったら大人が引っ張ってやるさ。というか、そんな夜天の姿見せられたらどうにでもしてあげたくなるし、なんでもいいから普通に引っ付いて写真撮りたい!!

 

「え、あのですが……」

「来いつってんの」

「───はい、我が主!!」

 

とびきりの笑顔を浮かべながら近づいてくる夜天を見て、俺はある一つの決心をした。

 

オリジナルの夜天、絶対助けよう。そして両側から挟まれて写真撮ろう。

 

男、冥利に尽きるってなぁこの事だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

俺の我欲(写真撮影)でまたしても本題から逸れそうになったのだが、見かねたプレシアのねちねちとした口撃&アリシアたち子供組みの『こっちも構え』攻撃に鬱陶しさを感じた俺は、忸怩たる思いで写真撮影を止めて本題に戻ることにした。

 

「簡単にこれからの事の段取りを決めとこうと思うんだけど」

 

言いながら周りを見回す。

現在、テーブルをとっぱらって直接床に座布団敷いて座っているのは俺とプレシア、八神家、理とフランだけだ。他の奴らは自室だったり料理したり買い物行ったりと我関せずで、ガキどもは隣の家に遊びに行ってる。まぁ、ガキどもの意見なんて必要ないから別にいいけど。てか出来ればはやても他のガキたちと遊んでて欲しかったが、まあ今回は当人の問題でもあるわけだから今この場にいさせてる。

 

逆にウチの奴らはこういうの参加しそうなんだが、曰く『主に任せておけば大丈夫だろうし、あとは出たとこ勝負で臨機応変に』という事らしい。その余裕なのか適当なのか分からないスタイルはいったい誰に似たのやら。

 

「まずは明日のクリスマスパーティだが、俺んちは汚したくないんで隣でやろうと思───」

「その前にやる事あるでしょ」

「ん?ああ、はやて助ける。障害はぶっ飛ばす。以上」

「簡単過ぎるわよ。もっと具体性のある話をしなさいよ」

 

ため息を吐きながらもいちいちツッコミを入れてくるプレシア。

 

「……いいわ、もうハヤブサは黙ってて。さて、私から現状の再確認とそれへの対応策の確認を行っていくわ」

 

たぶん、自分が間に入らないと話が纏まらないとでも思ってるんだろうな。うん、ずばり正解だ。仕方ないからタバコでも吸ってよ。

 

「と言っても、私自身もフランからさっき聞かされたばかりだから完全に把握してるわけじゃないけれど」

 

そう頭に置いて、まとめに入る。

 

「まずははやてちゃんの状態。闇の書の闇……防衛プログラムが蒐集を急かす為はやてちゃんの身体に時限を設けている。今は下半身麻痺だけれど、いずれはその麻痺が心臓にまでたどり着く。その解決に当初は単純に闇の書を完成させればいいと思われていたけれど、そうすると今度ははやてちゃんの存在ごと闇の書に奪われ、無為なる破壊を振りまいてしまう事が分かった」

 

そう、それがフランからの情報で分かった真実。というか俺がフランに攫われなかったらそうなっていたと思うとゾっとする。

 

「勿論、そんな事は望んでいない。だから新たに出された解決策が闇の書を夜天の書へ復元する事。方法としては一度書を完成させ、管制プログラムと防衛プログラムを切り離して管制プログラムだけ制御下におく。その後、分離した防衛プログラムを完全に破壊」

 

そうだ。ただし、そこには一つ問題がある。

 

「けれど、その過程で二つ問題がある」

 

ん?あれ?ふたつ?

 

「いや、一つじゃね?防衛プログラムの完全破壊だけだろ?」

 

闇の書の闇だけを完全に無くす。これが唯一にして一番の難所。そして俺を悩ませているところ。

 

どうやってオリジナルの夜天を助け、かつ俺が何一つ犠牲にならずに闇を消すか。

どっちか片方を捨てるならまあ簡単だが、今の俺の中にはそんな選択肢はない。今までの葛藤が嘘のように決意が固まっている。自分の犠牲はもちろんの事、オリジナル夜天だって見捨てはしない。必ず助け、そしてウチのと一緒にサンドウィッチしてもらうんだ!……このまま気分が変わらなければ。

 

「ハァ、異論や意見は最後に言えと言ってるでしょ。まあ期待してなかったけれど」

「ならいいだろ。おら、問題二つってなんだよ?はよ言え」

「ホントにこの男は……。ハァ、一つはあなたの言うとおり完全破壊。というより、今出てる案の『管制人格もろとも闇の書を消す』という案そのもの」

 

案自体が問題?そんなわけねーだろ。いや、問題は問題よ?確かにオリジナルが消えるなんて大問題よ?けれど案の構想自体は問題ねーだろ。なにせ闇の書に詳しいフランの奴が出したもんなんだから。

 

「どこに問題があるのだ?闇の書の闇は書全域ではなく、それを司る管制ユニットにおもに侵食しておる。ならば闇を消せば管制ユニットもまた道ずれになるのは道理ぞ」

 

おお、なんだろう、フランの奴が変態的発言をせずに普通に喋ってるぞ。場違いだと分かっていても軽く感動だ。これも理の教育のおかげか?

 

「ところで主よ、幼女プレイと中学生プレイ、どちらが好みだ?」

「無理やり変態性を出してんじゃねーよ」

 

脈絡無さ過ぎるわ。それともなに、お前、成長する魔法でも身につけたわけ?

 

「理、その断章を黙らせておいて。それで話を戻すけど」

 

流石だな、プレシア、すでにフランの奴に耐性をつけてやがる。そして理も熟練の職人のように流れるように猿轡を噛ませて縛り上げるなよ。

 

「管制人格、つまりオリジナルの夜天を犠牲にするという事だけれど……」

 

ぐるっと俺たちを見回すプレシア。その顔は懐疑的なそれだ。

 

「何故、誰も納得していないのにその案を呑んでいるのかしらね?特にハヤブサ、あなたが黙ってそれを受け入れている事がまず可笑しいわ。あなたなら、是が非でもオリジナルの夜天を助けるはず」

 

そうだ。そのつもりだ。オリジナルの夜天は助ける。俺の犠牲を出さないような方法には未だ至っていないが、とりあえず助ける方向に決めた。

 

けれど、それをプレシアには言っていない。夜天を犠牲にせずに済む案を隠している。俺が犠牲になる案を隠している。

 

が、………こいつ、まさか。

 

「代案、あるんでしょ?それもあなたが少なからず損をするようなものが。そうでなければ夜天を犠牲にするあなたじゃない。そして代案が仮にあなたの命を犠牲にするものならば、確かに隠したいわね。そんな案、あなたの家族が許すわけないもの。まあ、あなたは何よりも、何者よりも自分の命を優先する人だから、きっとそこまで重いものじゃないんでしょうけれど」

「……」

 

ああ、クソ。まる分かりかよ。そりゃそうだよな。この俺の事をよく知ってる奴なら、その答えにたどり着くわな。

 

「ちっ、察しのいい女は嫌いだぜ」

「あら、だったらあなた、周りにいる女性はみんな嫌いって事になるわよ?」

 

どこか呆れたように微笑むプレシア。なんかムカつく。

んだよ、皆にも筒抜けかよ。いや、プレシアが察している時点でウチの奴らも簡単に察せるんだろうけどよ。

 

もうこりゃ隠してても意味ねーか。

 

「そうだよそうですその通りだよ。もう一つ、案がある。オリジナルの夜天は生きるが俺の犠牲のもとに成り立つ案がよ。確かに死にゃあしねーが、俺一人が一生ワリ食う案だ。けどだ。それ提案してみろ、どうなると思う?ちなみに理だったらどうするよ?」

「オリジナルの夜天を殺します。命の重みだとか等価交換だとか知った事ではありません。我々にとっては主がこの世で何よりも大切なのですから」

 

ほらな、即答だ。そういう事言われるだろうなと思ってたからこの案は言わなかったんだよ。

 

「いえ、そもそもそのような案が存在してしまう事こそ問題。問題の存在こそが問題。ならば、その案・問題に繋がる要素をここで全て消せば何事もありませんね」

 

ぶつぶつと何かしら呟いているが、生憎とかなり声量が小さく聞こえない。が、その顔でだいたいの事は分かる。

 

「おい、理」

 

手遅れになる前に注意しておく。

 

「どうしたのですか主?」

「俺が決める事だ。選択肢も選択権も俺んだ。だから大人しくしてろ」

「………察しのいい男は嫌いです。主以外ですが」

 

俺と理の言動がよく分かっていない八神家は疑問顔だが、プレシアは分かっているんだろう、疲れたようにため息を一つ。

 

良かったな、はやてたち。今、お前らなにげに命の危機だったんだぞ。

 

「で、ちなみにその案というのは?」

「ん?……あー、まー、気にすんな。どっちみちその案を取るつもりなんてねーし。もちろん、どうにかしてオリジナルの夜天は助けるけどな」

「そう……まぁあなたの好きにしたらいいわ」

 

まだ何か言いたそうなプレシアだったが、それ以上の追求はなかった。理も同様だ。

 

「それじゃあ、とりあえずこの問題は"置いて"おきましょう」

 

ホント、察しのいい女は嫌いだ。

 

「もう一つの問題。どちらかというとこっちの方が問題ね。まずこの前提をクリアしないと先に進まないのだから」

 

ん、前提?なんか同じような感じの言葉、この前誰かから言われたような……。

 

「闇の書の覚醒後、はやてちゃんによる管制プログラムの制御と闇の分離。それが果たして本当に出来るのかどうかよ」

 

その言葉を聴いて、ああ、と思い出した。そういえばグレアムの爺さんも同じような事言ってたわ。

 

「はやてちゃん、あなた、あまり魔法には関わってこなかったと聞いたのだけれど本当?」

「え、あ、はい、そうです。基本的な事も全然で……」

「そう」

 

プレシアに急に話を振られたからか、幾分緊張した声色と顔で答えるはやて。おそらくプレシアの言いたい事、問題点が分かっているのだろう。

 

自分が本当に制御出来るのか、分離出来るのか、疑われている。

 

しょうがない、ちっと助け舟出してやるか。

 

「おい、プレシア、あんまはやて苛めんなよ。ちょん切るぞ」

「どこをよ!?というか苛めてないわよ!は、はやてちゃんも違うわよ?別に私ははやてちゃんを苛めてるわけじゃ……」

 

おろおろとするプレシアを他所にはやては小さく微笑んだ後、強い眼差しをもって答えた。

 

「分かってます。それでもこれは私にしか出来んことやし、絶対にやらなあかん事なんです。書の中で寝てる管制人格の為にも、私なんかの為に力になってくれてる皆さんの為にも。せやから、信用できひんかもしれませんが、それでもどうか信用して下さい」

 

ああ、ホントむかつく。何ともガキらしくない言い様に強い気持ちの入った顔。……けど。むかつくけど、いい面構えだ。

 

「おい、はやて、プレシアになんて信用してもらわなくてもいいぜ?なにせ、すでにこの俺がお前を信用してんだからな。それだけでその問題なんて問題じゃねーんだよ」

「隼さん……」

 

だから最初から言ってんだろ?問題は一つだけだって。グレアムもプレシアも、その辺がまるで分かってねえ。

たとえ俺以外の奴がはやてを信用しなかろうと、俺が信用してGOサイン出せば問答無用で皆GOなんだよ。

 

「プレシアもだ。ガキがここまで言ってんだぜ?それを大人が信じてやらなくてどうするよ?信じてやって、それが出来たら褒めてやる。出来なかったら叱るか慰めるかして、最後は大人がケツ持つ。そういうもんだろ?」

 

賢い大人だったら『そういう問題じゃない』だとか物事の大小であーだこーだ言うだろうけ、生憎と俺は賢くない。シンプルに『信用する・しない』、そのどっちかだ。

 

「俺ははやてを信用してる。そして何より俺は俺自身を超信用してる。だったらプレシアも、他の奴らも黙って信用してろや」

「ホント、清々しいほど滅茶苦茶ね」

「まぁ、いつもの主ですね」

 

やれやれと言わんばかりのプレシアと理。しかしその顔に浮かんでいるのが批判的なものではないのは確かだ。

その証拠にプレシアははやてに向かって頭を下げ、理も気持ち柔らかい表情になった。

 

「ごめんなさいね、はやてちゃん。私の勘違い。確かに問題は一つだけだったわ」

「プレシアさん……ありがとうございます!」

「主が信用するというのなら私も信用しましょう。とりあえず殺さないでおいてさしあげます」

「理ちゃんもありが……って、殺す気満々やったん!?」

「ご安心を。あと半日は我慢しますので」

「もうちょっと我慢強く生きよ!?」

 

やいのやいのと騒ぎ出すはやてと、それを一見冷たくあしらう理。けど理のやつ、ありゃちっとばっか楽しんでやがんな。ふ~ん、アリシアやライトやフェイトと生活して多少柔らかくなったのは確かだが……。

 

(人徳かねぇ、はやての)

 

人懐っこく芯が強く場を和ませる。ヴォルケンズを始め、はやてには人を惹きつける、あるいは心を動かす何かがあるんだろうな。将来、すっげえ出世しそうなタイプだ。

 

「はいはい、はやてちゃんも理もその辺でストップ。まだ話は終わってないんだから。続きは後でね」

 

ぱんぱんと手を打ち、ガキ共を諌めるプレシア。ふん、こいつも改めて柔らかくなったもんだ。

 

「じゃあ取り合えず、流れに問題はないとしておくわ。次に確認しておきたいのは現在の闇の書の蒐集率。残りは後何ページあるのかしら?」

「ああ、残りは100ページもないくらいだ。我らと同程度の魔導師3~4人分といったところだろう」

 

そのシグナムの答えにプレシアが頷き、顎に手を当て少し思考する。

 

「そう……もし今から全員で蒐集に向かうとしても数日掛かるでしょうね」

 

だろうな。ここまで他世界の魔法生物相手に数ヶ月掛かってんだ。テスタロッサ家とウチが出てもそんくらいは掛かるはず。

 

そして勿論、俺はそれに異の声を上げる。

 

「それ、駄目。明日はクリスマスパーティやんだよ。それが終わったら年越しのパーティもあるし、年始のパーティもあんだよ。ちまちまやってらんねーの。今日中にカタぁつけるぞ」

「「「「…………」」」」

 

ヴォルケンズからかなり冷たい視線を寄越されたが、こちとら当然の言い分だろ。

な~にが悲しくて年末のこの楽しい時期にいつまでもリアルモンスターハンターしてなきゃなんねーんだよ。勘弁しろよ。

 

「ぷっ、あははは!隼さんらしいわぁ~」

「流石、自己中を極めた主です」

「何となくそう言うとは思ってたわ、この馬鹿は」

「それでこそ我の愛した主だ。そこに我との乱交パーティも予定に組込ゴハッッ!?!?」

 

はやて、理、プレシアは俺の言い分を分かってくれているようだ。けっして俺の影響を受けて染まってしまったとは考えたくない。それと理、今度から変態王の対処はお前に一任するわ。ナイスブロー。

 

「魔導師3~4人分なんだろ?だったらプレシア、お前くれてやれよ。大魔導師(笑)なんだから」

「そこはかとなく馬鹿にされた気がするけれど、まあいいわ。ただ守護騎士クラス3~4人分の魔力となると私一人じゃ心もとないわね。出来ればもう一人欲しいわ」

 

そこで静かに手を上げたのは理だった。

 

「フランが適任でしょう」

 

あ、お前のはあげねーんだ。

 

「というか、おそらくフラン一人で賄えますよ。オリジナルの私やライトを取り込んだおかげで、今のコレの魔力量は夜天に匹敵してますからね」

 

コレ、と言って踏ん付けているフランを見下ろす。

というかいつの間にオリジナルの断章取り込んでんだよ?それユーリに言った?あいつ、オリジナルの断章に会えるの楽しみにしてるっぽいんだけど?

 

「てか、夜天ってそんな魔力持ってんの?え、あいつって魔導師として実はかなり凄い感じ?」

「あなたね……それ本気で言ってるの?」

 

プレシアに呆れた目で見られた。それを受け継ぐように理から説明が入る。

 

「魔導師としての単純なスペックならば、別格であるユーリを除けばここの誰よりも上です。彼女に勝てる魔導師など極僅かでしょうね」

「……マジで?」

「マジで。もっとも本人は自分を最弱だと信じて疑ってませんが。あれ、もう嫌味を通り越してただのスットコドッコイですよ」

 

スットコドッコイかどうかは兎も角として。

へ~、夜天ってそんな強い魔導師だったんだな。知らんかったわ。だってあいつ魔法全然使わないし。使っても飛行魔法くらいで、後はもっぱら殴り蹴りだし。

 

そしてそんな夜天よりもやっぱり上なんだな、ユーリの奴。いっつもぽわぽわしてて、今も隣で無邪気に遊んでいるであろう姿からは想像もつかない。

 

「また話が逸れそうになってるから戻すけど、それじゃあフラン、あなたに魔力提供してもらうという形でいい?」

「むっー!むっー!」

「あらん限りの魔力を絞り取ってくれ、と言っていますね」

 

フランの顔面を脚で床に押さえつけて喋る事をさせないまま、しゃあしゃあと代わりに理がのたまう。

なんだろう、今日だけで俺の中で理の株が右肩上がりだ。あとで褒めてやろう。

 

「そう、それじゃあフランに任せましょう」

 

プレシアもフランにはちょいちょい冷たいな。気持ちは大変分かるが。

 

「待ってくれ」

 

と、スムーズに進んでいた話に割って入ったのはシグナムだった。

なによ?

 

「流石にそこまでされるのは心苦しい。だから……せめて私の魔力を使ってくれないだろうか?」

「シグナムだけじゃないわ。私もお願い」

「あたしのもだ」

「無論、俺もだ。俺たち4人ならおそらく丁度賄えるだろう」

 

決意を秘めた表情のヴォルケンズ。その反応に俺は少し訝しむ。

 

それもありっちゃあありなんだろうけど……しかし、何故今?もっと前から蒐集させておけばよかったんじゃ?なによりその覚悟を決めたような顔はなんだ?

 

そこまで思って、一つ、ぴんと来た。

 

「お前ら、蒐集されたらどうなるんだ?……もしかしてだけど、魔力だけじゃなく存在自体を完全に取り込まれちまうんじゃねーのか?もしくは記憶がまっさらになるとか?よく知んねーけど」

「「「「………」」」」

 

俺の予想の言葉に返ってきたのは、肯定の沈黙。

だろうな、そうだろうよ。だから限界まで自分の蒐集させなかったんだろうよ。詳しいデメリットがどんなんか知らねえが、プログラム的にあれか、『新しいフォルダ』と『新しいフォルダ(2)』みたいな?……いや、それもそれでよく分からんな。

 

ただ、それが駄目なのは分かる。何となくだろうと駄目なのは分かる。だから、それを真っ先に否定したのは──

 

「あかん!」

 

こいつらの主であるはやてだった。

 

「もちろん、私も心苦しい。最後の最後まで隼さんたちに迷惑かけて、おんぶにだっこなんやから。それでも、シグナムたちのそれはちゃうやろ!それは迷惑掛けてる上に更に迷惑を掛ける行為や!」

「主はやて、申し訳ありません。我等が非力なばかりに……」

「そ、そういう事言うてるんやない!」

「いえ、事実なのです。隼の騎士たちと戦い、その強さを実感しました。悔しいですがとても敵う相手ではありませんでした。加えてテスタロッサ家に断章にユーリと戦力は十分。むしろ、ここでフランを蒐集してしまっては戦力が落ちてしまいます。今、必要なのは数の強さではなく個の強さ。しかるに我らは足手まといです。しかし、そんな我らが少しでも役立てる場があるならば、主はやての一助となれる時があるならば、これに勝る喜びはありません」

「やからそうやないって……こ、の、分からず屋!!」

 

顔を真っ赤にして怒るはやてだが、それでもシグナムたちの覚悟は変わらないようだ。

自分たちが蒐集されて事がより良く運ぶのなら、それに越した事はない。今まで誰も成し得なかった闇の書の闇の完全駆逐……その可能性を1%でも上げる為ならば、その覚悟は当然なのだろう。

 

ホント、ハンパない良い覚悟だ。

 

だ~が、しか~し。

 

「皆、落ち着きなさい。でないとハヤブサが……って、もう遅かったわね」

 

俺ははやてとシグナムたちが口論しているうちに背後に回りこんでいた。拳は既に振りあがった状態だ。

 

「舌噛むなよ~………このクソ馬鹿野郎共がぁああ!!!」

「「「「「っづっ!?!?!?」」」」」

 

華麗なるドラムさばきの如く、リズミカルかつパワフルに八神一家の頭に握りこぶしを叩き込んだ。

 

「ってーな!なにすんだ!」

「なにすんだじゃねーよ、ドアホロリータ。てかドアホども」

 

タバコを口の端で咥え、腕を組んで仁王立ちで見下す。

 

「俺は、はやてを助けるっつってんだよ。助けて、笑ってすごさせるっつってんの。なのに命助けてもテメエらが消えちゃ笑えねーだろ。ったく、なんでどいつもこいつも土壇場になると自己犠牲愛溢れさすのかねえ。なあ、プレシア?」

「……耳が痛いわ」

 

だろうな。お前も過去、ジュエルシードの後始末の為に局に出頭しようと考えたからな。

 

自己犠牲?んなの『自殺』をマイルドに言い換えただけだろ。

 

「それとはやて、テメエもざけた事言ってんじゃねーよ。心苦しい?迷惑?ガキが大人ぶってんじゃねーぞ。おんぶにだっこ上等だよコラ。こちとらテスタロッサ姉妹のおかげでおんぶもだっこも肩車もプロ級なんだよ」

 

はやても、シグナムたちも賢くて嫌になる。正義感溢れてて嫌になる。

OK。

だったら俺が代わりに馬鹿になってやる。悪心を溢れさせてやる。

 

「もうお前らなんも考えんな。しゃべんな、クソうざってえ。黙って俺の言う通りにしとけ。でねーとウチと隣は一切力貸さねえぞ」

「お、おい、隼……!」

「はい、お口チャ~ック!おい、プレシア、段取りはテメエに任せる。最低条件ははやての笑顔の未来。あとヴォルケンズも力になりたいみてえだから何かいい役回り考えてやれ。他に何か気になるとこあんなら適当に決めとけや。あ、晩飯食ってから最終決戦入るから、それまでにな」

「ハァ~~~~……せっかく効率よくする為にこの場を設けたのに、全部台無しね。ホンッッットに自分勝手なんだから!」

 

プレシアの愚痴を無視し、俺ははやての脇の下に手を入れて担ぎ上げ肩車をする。

 

「わわっ!?ちょう、隼さん!?」

「どうだ、肩車マイスターの肩は?うし、それじゃあ退屈な話し合いも終わったからフェイトたちと遊ぶかぁ」

 

フェイトたちは隣だよな、なんかゲームでもしてんのかな?取り合えず晩飯出来るまであっち行ってよ。

 

「主」

「ん?」

 

不意に理から呼びかけられ脚を止める。と頭上で「んがっ!?」とうめき声が聞こえた。タイミング悪く扉をくぐろうとしてたとこだったから、はやてが縁にぶち当たったのだろう。「どこが肩車マイスターや!?」と喧しいがスルー。

 

「管理局への対処はどのように致しましょう?」

「あー、それがあったか」

 

事が事なんで協力を仰げば了承の返事があるだろうが……でもなぁ。

今回の件って俺と八神家の喧嘩であって、部外者にちゃちゃ入れられるのもなぁ。よしんば首突っ込んでいいと言える奴といったら当人たちの知り合い───つまりウチとテスタロッサ家。

そこに割って入られてもなぁ。しかもお役所様だから我が物顔で命令してくるだろうし。はやてを助けるのは俺の意思であって、命令されてやってたまるかよ。

 

ふむ……。

 

「そうだな、引っ込んでてもらおう。土壇場で出張ってこられても迷惑だし、あらかじめこっち来ないよう言っといてくれや」

「来るなと言っても我が物顔でしゃしゃり出て来るのが管理局というものですよ。……ただ、そうですね、"私なりのやり方"でお願いすれば理解してもらえるかもしれませんね」

 

なんだろう、すごく不安だがこのさいしょうがない。

 

「……なるべく穏便にな」

「お任せを」

 

わぁお、いい笑顔。

 

「あの、なんだ、プレシア、すまない。無力で弱い私たちのせいであなたに、いや皆に迷惑や負担を……」

「気にしないでいいわよ。というか別にあなたたちは悪くないわ。気持ちも分かる。それにハヤブサのアレはいつもの事だから。むしろ出たトコ勝負で突っ走らないで丸投げしてもらえただけマシ」

「……本当にあいつの在り方はどんな状況でも変わらないのだな」

 

お褒めに預かり光栄だ。さて、では改めて隣行こ。

 

(そうだ、なのはたちも呼ぶか。あいつら管理局寄りだけど、はやてのダチでもあるからな)

 

局として助けるなら仕事だが、ダチとして助けるなら友情だ。そしてなのはたちなら仕事より友情を優先するだろう。

 

「……隼さん」

 

家を出て隣の家のドアに手を掛けようとした時、不意にはやてが声をあげた。

 

「ホンマにごめんなさい」

 

顔は見えない。しかし声の調子で分かる。今コイツがどんな顔をしているのか。

 

「始まりは私なのに、過程も結果も全部全部面倒見させてしまう事になって……隼さんや会ったばかりの人たちに面倒押し付けて……迷惑かけて……甘えてばっかでホンマにごめんなさい」

 

その言葉には後悔の色が滲み出ている。

たぶん、出るときシグナムとプレシアの会話が聞こえたんだろう。それでまた割り切っていた自分の中にある感情が零れ出てんだろうよ。

 

これだから聡いガキは嫌いだ。ガキらしくないガキは嫌いだ。

 

「クソボケがぁ。いっぱしなクチ聞いてんじゃねーよ。言っただろうが。テメエらはもう何も考えんな、黙れってよ」

「で、でも……」

 

でももストもあるか。

 

「ガキは面倒起こしゃあいいし、迷惑掛けてりゃいいし、甘えてりゃいい」

 

なんもかんも全部はやてに押し付けるのは酷だ。ガキはガキらしく。

 

「もちろん、いつだってケツ持つわけじゃねーぜ?毎回ンな事してやったら、『結局頼ればいい』とか思う駄目人間になっちまう。ケツを拭われてんのに涼しい顔でいるようなクソ野郎になっちまう」

 

そして、そんなクソな奴を作り出すのはたいていクソな大人だ。その行為が、あるいは好意が、過ちを学んだり、責任を持つ機会をガキから奪っちまってるのに気づけない大人。

 

「だけど今回の件はテメエでケツ拭くにも、捻り出す糞がデカ過ぎてこびり付き過ぎちまうだろうからな。流石に荷が重いだろ。だから今回だけは特別」

 

ただし、と付け加える。

 

「自分で出来る事、出来そうな事まで人にやらせんなよ?というか奪わせるな。───『自力で克服する力を養う』という事を奪わせるな」

 

俺はガキは好きだし、甘いというのも自覚がある。……けど、クソな奴を作り出すクソな大人にはなりたくない。

俺ははやてをクソな奴にしたくはない。

 

けれど今回は例外。

 

「弁えろ、分かれ、諦めろ。今回はテメエらだけじゃ無理だ。出来る事でも出来そうな事でもねえ。無理。力を養う前に潰れちまう。だから、そうなる前に頼りゃあいい。出来る奴に、出来そうな奴に。俺らに。その方が自滅するよかよっぼどマシだ」

「………」

「で、ここまで言われてまだお前はお利口なガキでい……おっと?」

 

不意に視界が塞がれ、後頭部が暖かく包み込まれる感触がきた。

 

「隼さん、ホンマにごめ……ありがとう。それと改めて、私たちの明日を、未来をよろしくお願いします」

「おう、任せろい」

 

テスタロッサ家の扉を開く。この先にある光景が、これから先はやても加わるであろう事を思って。今だけじゃなく、明日からもずっと。

 

「はやぶさが来た~!あ、肩車してるー!いいなぁはやて!次、私の番!」

 

取り合えず、難しい事は無視して今は遊ぶか。

 

 




話数ではリメイク前を追い越してますが、物語的にもこの辺りで追いつきました。

完結までの残り話数的にはたぶん6~7話です。ただプロット?というものがなく行き当たりばったりで思いついた事を書いているので、もっと増えるかもしれませんが(汗

次回は最終決戦……の前のぐだぐだ回。


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23

年末でリアル多忙のためいつもより短めです。


 

何事も、緩急というものが大事だ。

なんでもかんでも、いつでもどこでも平坦に平静に平凡に物事を進めていくなんて退屈だ。平らな道ばっかじゃ嫌気が差す。

人間、締める時は締め、しかし緩める時は緩める。

 

ひるがえって今、この時はどちらかと言われれば当然『緩める時』だろう。

 

今晩は闇の書の闇を除去するため、そして負の連鎖と雌雄を決する決戦だ。

しかし、今まで誰も成しえなかったそれを、果たして本当に成せるのだろうか?もしかしたら誰か傷つき、取り返しのつかない事態に陥ってしまうのではないか?あるいは、死者も出てしまうかも?最悪、俺たち全員闇の書の闇に負け、はやては暴走し、この世界が終焉してしまうという可能性も?

 

心配だ、不安だ、怖い。

 

皆、そう思ってしまってるかもしれない。いや、きっと思ってる。なにせこの俺だって怖いのだ。そりゃもうおしっこちびっちゃうくらい怖い。ああ、もう俺に明日は来ないのかもしれないなぁ、なんて思ってる。緊張でどうにかなってしまいそうだ。

 

しかし。

いや、だからこそ。

こういう時だからこそ『緩める』が必要なのではないだろうか?大局でヘマをしないように、強張った身体、精神を落ち着ける為に。

 

……あるいは。

 

「そう、後悔のないように。最後に楽しい思い出を作っておきたいんだよ。今が最後の平和なのかもしれないんだから」

 

あたかも今の幸せとこれから訪れるであろう辛い現実をかみ締めるように。しみじみと、滔々と俺は語る。

 

「ええっと、隼……」

 

隣にいたリニスが俺の吐露された心情を聞き───

 

「びっくりするほど心が篭っていない、口から出任せもここまでくれば芸術的にすら思える言葉に説得力なんて欠片もありませんよ?」

 

───しかし、麗しい彼女の口から出た言葉は同意のそれではなかった。

 

「そんなバカな!?これは俺の嘘偽りのない気持ちだぜ?───はい、7渡し」

 

リニスに向けていた顔を手元に戻し、持っていた7のペアを場に出したあと隣にいるライトに手札の中から雑魚カードを渡す。

 

「うわーー!?ここに来て何て事するんだ主は!これ、ボク絶対上がれないやつだああ!?」

「わはははっ!ざまぁ!いや~、やっぱこういう嫌がらせ行為ってスカっと───」

「ここやな。えっと、8切りしてから、ほい革命や」

「はやて、てめえええええ!!!」

「はやて、大好きだああああ!!!」

「あの、ごめんねはやて……えっと、革命返し」

「フェイト、愛してんぞおおおお!!!」

「フェイト、大ッ嫌いだああああ!!!」

「あ、上がりました!」

「しれっと!?って、俺の都があああ!?ユーリてめえ!!くそったれが!!」

 

やってらんねーとばかりにカードをぶん投げる。都落ちしたら継続する意味ねーし。

ため息を吐きながら懐からタバコを出して着火。そして、あらためてリニスに向き直った。

 

「で、何だっけ?緩急が大事なんだっけ?」

「いえ、もういいです。う~ん、これを頼もしいと言えばいいのか、いい加減だと諌めればいいのか。状況が状況ですし、でも子供たちも楽しんでますし……悩ましいですね」

 

むむっ、と顎に指を当てて悩む仕草をするリニス。

言葉の内容はどうでもいいが、その顔はめっちゃ可愛いわ。

 

「主~、早く次やろうよ~。今度こそはボクがお金持ちになってやる!!」

 

俺がリニスを眺めていた時間は短くはなかったのか、ゲームはいつの間にか終わっていたらしい。

どうやらライトはまた貧民のようだ。大富豪はユーリで富豪がはやてで平民がフェイトか。ちっ、フェイトとはやてはさっきから富豪と平民で安定してんな。逆に俺とユーリが大富豪と大貧民を行ったり来たり。そして不動の貧民ライト。

 

「んじゃ、もう1戦だ!次、賭けるのは明日の3時のおやつ───」

「賭け事は感心しませんよ。それと隼、お隣にお客様です。今、アリシアと遊んでもらってますけど」

「あ?客ぅ?」

 

誰だ?このクソ忙しい時に……ん?アリシアと遊んでる?……ああ!

 

「なのはたちか」

 

そういや結局呼んだんだったな。ウチの方じゃなくてこっちに呼んどくんだったか。まぁ、アリシアの相手してくれてるみたいだからいいか。というか、むしろありがたい。アリシアの奴、最初は一緒にトランプやってたんだが、全然勝てないからってぷんぷん膨れてウチに行っちまったからな。

 

「え、なのは来てるの?」

 

言ってガキ共が立とうとするのを俺は手で制して止める。

 

「全員で行くとまたあっちが狭くなるし、お前らはここで待ってろ。連れてきてやっから」

 

じゃ隣に顔出して来るかねと思い、重い腰をどっこいしょと上げて立ち上がる。と、そこで傍のリニスが苦笑いを浮かべているのが目に入った。

 

「なに?どした?」

「ええっとですね、言っても無駄でしょうけどあまり勝手しちゃ駄目ですよ?」

「え?勝手?協調性の化身と言われる俺が?」

 

ワザとらしくとぼける俺に、リニスのみならず皆が揃ってワザとらしくため息を一つ。

ひでえ奴ら。

 

「なのはちゃんたちの事です。隼に呼ばれたって言って急に来たので驚きました。プレシアもボヤいてましたよ?『丸投げしたなら、もう大人しくしてて欲しいわ』って」

「いやぁ、頭じゃ分かっちゃいるんだけどな。あ、けど大丈夫。ちゃんと局には黙っとけってなのはたちには言っといてるからな」

 

最低限、浅慮になっちゃ不味いとこは弁えてる。

なのはには『もし今の俺んチの状況を局に流せば隼地獄スペシャル年末verをくらわせる。その上ですぐ俺んチ来い。来なきゃ同地獄』と。

 

まぁ、今理のやつが局とナシつけてるみたいだから、それもいらん事だろうけど。

 

「もうっ、隼ったら。ほどほどに、ですよ?」

「あいよ」

 

リニスも俺の性格は分かっているんだろう。いや、だろうじゃなく断言レベルだろうけど。ともあれ、言うほど俺を攻めていない。おそらくボヤいていたというプレシアも。

理解があって俺ぁ幸せモノだね。

 

「んじゃ、俺ぁちょっと抜けるぜ。リニス、俺の代打ちよろしく」

「はい、わかり………って、そう言えば大貧民スタート!?そんなぁ~!」

 

リニスの悲痛の叫びを背中に、俺は隣へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスタロッサ宅から出て10歩も離れていないお隣。つまり自宅。

 

リビングに入ってまず見えたのは椅子に座った3人のガキの背中。

なのは、すずか、アリサだ。

なのはには「すずかたちも連れて来い」といっておいたが、どうやら言いつけは守ったようだ。ユーノがいないが、まあおそらく局のほうなんだろう。

 

そして、その3人の対面に座っているのは、今日も愛らしいお耳と八重歯が光っているアルフだ。しかしいつもと違い、その耳は萎れた様に垂れ下がり、八重歯が覗いている口元も力なく呆けた感じだ。表情全体を言い表すなら、そう、疲れ果てたような顔。そしてアリシアの姿も見えない。

 

どうしたんだ?と思い、3人の背後に向け足を進めると合点がいった。

 

「いつもいつも急なんですよね。ええ、いえ、それはいいんです。というよりそれこそあのハヤさんだし?それにここ最近はハヤさんの無茶振り出たトコ思い付き行動の間隔が短かったから驚く事もなかったの。人間慣れって凄いですね。もちろん、だからって文句がないわけじゃないんですよ?むしろアリアリですよ?というかもうね、アリすぎて何から文句つければいいか分からないくらいですよ?だからね、せめていつかギャフンと言わせようと思ってるわけですよ。今までの分全部まとめてギャフン砲をお見舞いしてあげようと思ってるわけですよ───アルフさん、聞いてます?」

「あ、ああ、うん、ちゃんと聞いてるよ?あー、でもそろそろ口は閉じたほうが……」

 

なるほど。どうやらなのはの奴が俺に対する不平不満をアルフにぶち撒けてるようだな。しかもあの様子だと結構な時間聞かされているんだろうな。それで疲れ果てているんだろう。アリシアの奴は早々に撤退したんだろうな。あいつ、その辺けっこう聡いし。

 

……ふむ。

 

うん、これはなのはの本心を聞くいい機会だな。お兄さん、ちょ~と気になっちゃいました。だからアルフ、ちょっとばかしの間『シッ~』な。

 

「すずかちゃんもアリサちゃんもホントにごめんね、無理やり連れてきちゃって。でもハヤさんが一緒に来いって言うからさ。そうすると私には『YES』という選択肢しかないの。だから文句はハヤさんに言って。というか、うん、やっぱり言うべきなの。一度きつく言ったほうがいいよね?よし、3人で力を合わせてハヤさんをナッノナノにしてやるの!」

「え、ええと、私は別に、隼さんが呼んでるなら……」

「う、うん、そうね、まあその内に?というか、そろそろ落ち着かない?」

 

愚痴の矛先が今度は親友である二人に向く。

位置的に二人の顔は見えないが、おそらくアルフと同じ表情を浮かべている事だろう。

 

「甘い!二人とも、お母さんの作るケーキより甘すぎるの!糖分過多なの!甘々ギネス認定狙いなの!?糖ハヤ病になっちゃうよ!?いい、二人とも!その甘さが、ハヤさんをじょーちょーさせる要因になってるんだよ!そんなのじゃどうしようもないよ!すずかちゃんもアリサちゃんもどうしようもないよ!アルフさんもどうしようもないよ!一番どうしようもないのはハヤさんだけどね!!」

「「あ、あははは……」」

「……なのは、ホント、もうホントそのへんで……ホント、もう黙った方が」

「黙れないよ!むしろハヤさんこそが黙った方がいいと私は常々思ってます!アルフさんも協力してください!ハヤさんを沈黙させるために!」

「……ああ、あたしゃ知らないよ。もう知らない。……ぽんぽん痛い」

 

3人の反応を他所に、まだまだ『うに゛ゃ~!』と叫びまくって留まるところを知らないなのは。

仕方ない。そろそろアルフの胃も限界だろう。なにせ彼女はなのはが喋る度に俺の顔に増える青筋を見ているのだから。

 

「決めた!私は言うの!ビシッと!ぐぅの音とぎゃふんの音をハヤさんの口から───」

「ぐぅ。ぎゃふん」

「「………え?」」

 

決して大きくはなかった俺の声に、すずかとアリサがいち早く反応した。振り返ったその表情は驚いた顔で、しかし徐々に『これヤベえ……』という顔になる。またアルフも同様だ。そして、そんな顔を向けるのは、つい今までゴキゲンで喋り散らかしていたなのは。

 

そして、そんななのはは───。

 

「…………………………………………………………………………………………」

 

間。

 

長い間。

 

こちらに振り返ることもなく、微動だにせずに背筋を伸ばして座っているなのは。硬直、という言葉を体言したような状態だ。

今、コイツがどんな心境かは俺にはまったく分からないが、彼女の顔を見ているアルフの表情はまるで『刑が執行される直前の死刑囚の遺言を聞いている神父』のようなそれだ。

 

「違うの」

 

俺が何かを言う前に、なのはが口火を切る。

 

「今まで言った事は全部違うの。これはこのダメなお口が勝手に喋っただけで、それは私の意見じゃないの。きっと誰かに操られてたの。だって私、ハヤさんの事好きだもん。酷い事言うわけないよ。もしハヤさんの悪口言う人がいたら私がとっちめて────」

「なのは」

 

俺の声にびくりと身体を震わせて反応。

 

「取り合えず何か話す時は相手の顔見ようか?ん?」

「……………」

 

先ほどよりは短い間。───ほどなく。

ギギギッ、と。

まるで油を長年差し忘れてしまったブリキの玩具のようにぎこちなく振り返るなのは。その顔色は、雲一つない晴天のように真っ青だ。

 

「よぉ、なのは。こんにちは」

「ハイ、ハヤサン。コンニチハ」

「おいおい、どうしたんだ?そんなに震えて?暖房は効いてるはずだぞ?寒がりだなぁ、なのはは」

 

俺はぽんぽんとなのはの頭を撫で、それから腕を掴む。その腕から震えがいっそう伝わってきた。

 

「じゃ、ちょっと俺の部屋行こうか?あっちで一緒にお喋りしながら温まろうぜ」

 

その瞳に涙を溢さんばかりに湛えて首を横に振るなのは。

どうしたんだ?そんな怯えた表情して?まったく可愛いやつだ。

 

「心配しなさんな。何もしないから。ちょ~とお話するだけだから。マジで」

 

微笑みを浮かべて優しく言う。

それでもなのはの怯えの表情は消えない。むしろ色濃くなった。

 

「ほ、ホントだよね?『考えうる限りの恥辱と苦痛を与えてやるよ』ていう副音声が聞こえるんだけど、気のせいだよね?」

「ハハハッ」

「ひっ!?」

 

おいおい、人様の顔見て「ひっ!?」はねーだろ。失礼なやつだなぁ。こりゃあ腰を据えてお話しなきゃな。

 

「すずか、アリサ、隣でフェイトたちが待ってるから先隣行ってろ。俺となのははちょっと時間掛かる。アルフ、案内してやれ」

「す、すずかちゃん、アリサちゃん、アルフさん、助け───」

「え、えっと、えっと……」

「それじゃなのは、先行ってるわ。ほらすずか、神に触って祟られる前に行くわよ」

「隼、言っても無駄だろうけど、ほどほどにしてやりなよ?」

「みんなぁぁああ!?」

 

世は儚く、人の情けもなし。

嗚呼、無常かな、無情かな。

 

《隼》

 

しかし、それでも希望があるとしたら、それは何者にも屈しない、不屈の心を持つものだけだろう。

 

《マスターも口が滑っただけです。けっして本心からではないかと。ですので、どうかここは相棒である私に免じて許して頂けないのでしょうか?》

「レ、レイジングハート!……私、信じてたよ……ぐすん、レイジングハートぉ!」

 

なのはの窮地を救うべく声を上げたのはレイハちゃん。

それは何とも勇ましく心優しい事か。本当にご主人様思いのデバイスだ。主冥利に尽きるというものだろう。

 

彼女こそがなのはの希望。星の光の如く輝く最後の希望。

 

ならば俺は、その希望には真摯に応えなければならないだろう。

 

「じゃあレイハちゃんも加わるか?俺はいいぜ?なのはを庇う心意気は買うが、だからって容赦しないよ?デバイスにも不快さやら苦痛やらを感じる事を分からせてやるよ?どうする?ん?」

 

ゴキッ、ゴキッと拳を鳴らす。その希望をへし折るぞと言わんばかりに。

 

《……………》

 

レイハちゃん、しばし沈黙。そして出した答えは──

 

《グッドラック、マスター》

 

鮮やかなまでに我が身を優先。

 

「うわぁ~ん!レイジングハートの裏切り者ぉぉおお!?!?」

 

なのはの胸元から繋がれていたヒモを引き千切り緊急離脱、玄関の方へと向かっていった。

迅速だな。流石は俺の相棒でもある子だ。

 

改めて。

嗚呼、無常かな、無情かな。

 

「なぁ、なのは?もう無駄に足掻くの止めようぜ?………俺を怒らせた時点でお前に救いはないんだよ」

 

絶望の表情を湛えたなのはをひょいっと肩に担ぎ、俺は死刑場である自室へと脚を進めた。

 

───程なく。

 

「いやっ!こ、こないで!……ふぁっ……っ!?……ひぅっ……!?ひゃっ、ひゃめてぇ……ごめんなさいぃ……もうバカな事は言わな……うに゛ゃぁぁぁあああああああ!?!?!?!?」

 

我が家に哀れな子猫の泣き声が響いたのだった。

 




なのはに施したのは健全な教育です。
それにしても前々話のフェイトとなのはのこの差……どうしてこうなったのか汗

次回はこんな馬鹿話ではなくきちんとストーリーを進ませます。


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24

仕事で文字通り親指潰して新年早々1ヶ月入院してました。皆様も怪我や病気にはお気をつけください。


嘆かわしい。

 

まったく。ああ、まったく、いつからなのははあんなに生意気になっちまったんだろうなぁ。

昔は……といってもまだ数ヶ月前だけど、会ったばっかの頃はフェイトやアリシアに負けず劣らず可愛かったのになぁ。ガキらしくない面もあるにはあったが、それを踏まえても、だ。

 

それが今じゃアレだよ。人がいないところで陰口のようなもんを叩くなんて……ああ、お兄さんショックだよ。

 

いや、まあ?それでも理やフランに比べたら大分マシだけどよ。言えばきちんと聞いてくれるんだし。その辺はまだ救いがある。変に遠慮しなくなったのも○。でもな、無礼なのは頂けないだろ。

だから今回ちょっと強めに心と身体に言い聞かせてあげたんだよ。そしたらすぐに元の素直で元気な可愛いなのはに戻ってくれたよ。

 

うんうん、ハヤさん満足。

 

「隼、あんたが満足げなのはいいけど、それに反比例するようななのはの状態はなにさ?」

 

お話を終え、なのはを担いでお隣さんへと戻った俺を迎えたのはアルフのそんな言葉だった。

 

「ん、いや、ちょっとばかし教育をな」

 

担いでいたなのはを床に降ろす。……ぴくりともしない。口は固く結ばれ、目に光はなく、肌に生気がない。まるで人形のようだ。

 

「うわぁ……あんた、私の友だちに何してくれてんのよ?加減ってもんを知りなさいよ。ぱっと見死体みたいで怖いわよ」

「見捨てた奴がよく言うぜ。まあ心配すんな、アリサ。きちんと加減はしてやったぜ?かろうじて生きてるよ」

「まだゾンビの方が元気があるような状態のコレが?」

「今はきっと話し疲れてんだよ。すぐにリビングデッドしてくるさ」

「あの、隼さん……それってやっぱり死んでるってことじゃ」

 

あまりない貴重なすずかのツッコミは華麗にスルー。

というかアリサもすずかもなのはの親友のはずなのに反応がえらい淡白だな。まあ、あれだな、慣れだろうな。俺となのはたち3人が集まって遊んだりする時も、俺はとりわけなのはを弄るし。アリサはともかく、すずかも今じゃ慌てる事もなくなった。

 

(……それはそれでちょっとばかし責任を感じるな)

 

いつだったか忍ちゃんに「すずか、最近たくましくなったのよね~。精神的に」なんて言葉と共に呆れ笑いを向けられた事思い出す。

 

まっ、変わる事はいいことだろ。特にすずかなんてちょっと後ろ向きなとこあったからな。多少、図太くなったほうがいいさ。

 

しかし、中にはやっぱり変わらない稀有で純粋なやつもいる。

 

「な、なのは、しっかり!?傷は浅いよ!」

 

首や手首の脈を測っている、稀有で純粋筆頭のフェイトを見て思う。俺と接するようになった奴で唯一変わらない子なんじゃないだろうか、と。

コイツだけはホント、どこまでも優しくて、そしてド天然だ。変わる事はいい事だけど、しかし変わらない事もまたいい事だ。その代表例のような奴。

 

テスタロッサ姉妹、一番の癒しっ娘。

 

ちなみに他の姉妹はというと。

 

「う~ん、これは隼地獄スペシャルかなぁ?」

「いや、これはきっと隼地獄スペシャルMAXエディションだね!ボクも1回やられたから分かる!」

 

ツンツンとなのはの頬を突いて反応を見るアリシアと、自身の経験を省みて分析しているライト。

うん、ライトは変わってないがアリシアはちょっと図太くなったかな……いや、最初からこんな感じだったか?なんというかこう、抜け目がないというか、強かさのようなものは姉妹の中で一番だったからな。将来、人をおちょくる小悪魔になりそうで不安だ。

 

「隼さん、あんまなのはちゃん苛めたらあかんよ?」

「ですよ~、隼。愛のない弄りは苛めです」

 

車椅子をカラカラと転がして俺の腕にしがみついてくるはやてと、フヨフヨと浮いてもう片方の腕に抱きついてくるユーリ。

 

なんだよ、お前ら。あんま引っ付くなよ。

 

「おいおい、なに言ってんだよ。苛めじゃねーよ。人聞きの悪い。きちんと愛あるっつうの。というか相思相愛?なー、なのはー」

「ウン、ワタシ、ハヤサン、ダイスキ」

 

俺の呼びかけに意思と力のない返答がなのはの口から紡ぎ出された。その顔を見れば、貼り付けられたかのような笑顔。

 

うんうん、ハヤさんも嬉しいよ。

 

「むぅ!私の方がなのはより相思相愛なんですー!」

「わ、私だってそうや!ほら、隼さん、私を弄り倒しぃ!めちゃめちゃにしぃ!カマン!」

 

何が気に入らなかったのか、ユーリとはやてが一層力を込めてしがみ付いてくる。

だから、なによ?

 

「あー!ずるい!ボクも主とくっつきもっつきしたい!よし、いくぞフェイト!」

「う、うん、分かったからライト、いつも言ってるけど引っ張らないで!?」

「ほら、すずか、あんたも我慢してないで行きなさいよ?」

「え、べ、別に私は我慢なんて……ア、アリサちゃん、押さないで!?」

 

はやてとユーリに触発されたライトがフェイトを無理やり伴い、俺の身体に飛びついてきた。さらにはすずかもアリサに押されて俺の方へにじり寄り。

 

ああ、なんだろうな、ここ数ヶ月でこういう状態を何度体験しただろうな。クリスマスツリーならぬロリツリーてか?犯罪臭過ぎて笑ねえよ。てか、いくら俺がガキ好きとはいえ流石に鬱陶しいわ。まぁ、ここに理とフランが加わっていないだけマシか。あの二人が加わると犯罪臭じゃなく完全完璧な犯罪に走り出すし。

 

「モテモテですね、隼?ハァ、これじゃまたプレシアが嫉妬してご機嫌ナナメになっちゃいますね」

 

ガキにモテても1ミリも嬉しくないからね?リニスちゃんも一緒に隼ツリーの飾りになってくれるなら嬉しいけどさ。マジ、ジングルベルだけどさ。

 

「どうでもいいけど、いやよくはないけど。なのはをそろそろ復活させてあげない?流石にあれは不憫すぎだよ」

 

アルフの視線の先には未だ死体のように転がっているなのは。

 

とはいってもなぁ、もう俺にやってやれる事はない。というかやりたい事はやり終えてる。教育は完了しているのだ。これ以上は詰め込み教育になっちまう。

 

「大丈夫だ、アルフ。人間の治癒力はハンパないから」

「うわぁ、やるだけやってポイ捨てとか最低だね」

 

言い方酷くね?

 

「それに理にも呼ばれてるしな」

 

さっきこっち来る時、『局との交渉が終わったので、ソレを隣に遺棄してきたらすぐに戻ってきてください』とか言ってた。

交渉。

さてさて、平穏無事終わったのかどうか。あいつの表情から察するに万事上手くいったという感じじゃなかったな。どこか不満顔だった。それも欲求不満のそれ。

 

「というわけで、オラお前ら、いい加減離れろ」

「「「ぶぅ~、ぶぅ~!」」」

「「ぶ、ぶぅ~……」」

 

はやて、ユーリ、ライトからブーイングが飛ぶ。フェイトもすずかも恥ずかしいなら無理にノらなくていいからな。

 

ともあれ、本当にいつまでもこのままでいると痺れを切らした黒ロリが隣から乗り込んできそうなので、俺はガキ共を引っぺがして玄関に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ハァ。ったく、今日一日で一体何往復させるつもりだっつうの)

 

胸中でボヤき、先ほどのロリツリーのお陰で凝った肩やら首やらを揉みながらすぐ隣の自宅におかえりなさい。

 

(忙しいったらありゃしねえ。いっそ壁ぶち抜いて直通にしてやろうか)

 

というかこの際、隣もう一部屋買って三部屋ぶち抜きの家にしちまったほうがいいんじゃね?人数も多くなったし、それに比例して客も多くなるだろうし。今でさえ手狭感ハンパねえもんな。

 

(プレシアの奴に言ってみるか。勿論、掛かる費用は全額あいつ持ちで)

 

そんな事を考えながら自宅の扉を開け、玄関でため息を吐きながら靴を脱ぎ捨てて上がろうとすると──────ピンポ~ン。

 

「あん?」

 

不意に来訪を知らせるチャイムの音が響き、それに対し俺は首を傾げる。

 

(誰だ?隣の奴の誰かか?)

 

しかし、それはないかと即座に否定。

ウチとテスタロッサ家はお互いがお互いの家の鍵を全員が持っている。だからチャイムなんて鳴らさずに普通に出入り出来るのだ。とすれば考えられるのは、ただの来訪者。お客。

 

「ちっ、このクソ忙しい時にどこのボケだ。はいはい、ちょっと待ってろ。今開ける」

 

悪態を吐きながら俺は玄関を開けた。

 

果たして、そこにいた人物は………。

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん!あなたのドゥーエさん、ただいま参じ──────」

 

────俺はゆっくりと扉を閉めて鍵を掛け、踵をかえして部屋へと向かう。

 

今、俺は何も見なかった。何も聞かなかった。いいね。

 

「ちょっと隼!閉めないでよ!コラ、鍵掛けるなあ!開けなさいよー!」

 

さて、そろそろおふざけは終わりにして最終決戦へ向けた心の準備しなければならないだろう。

理から報告を聞いて、晩飯食いながらプレシアの考えた段取りを皆で聞いて、そして正念場へと突入だ。

 

「聞いてるんでしょ!まだそこにいるのは分かってるのよ!開けない気!?ああそう!そっちがその気ならいいもん!だったら実力行使してやろうじゃない!こんな扉なんて私にかかれば一発で粉々なんだから!とりゃー……ってイッタ!?カッタっ!?なにこの扉、堅っ!?ホント何コレ!?いったいどうなって……へ?ゴ、ゴーレム?なんでゴーレムが出て来て……ちょっ、まっ、きゃあ!?」

 

ああ、でもその前にアリシアを寝かしつけなきゃな。ガキ組の中でも一番ガキなあいつにバイオレンスな場面は見せない方がいいだろ。まあ、普段俺たちの喧嘩を見てるから今更な感じもするが。それでも一応ね。

 

「うわっ、ま、待って!?くっ!こ、こいつ、よく見れば庭園にあるのと同じ、迎撃用のゴーレムじゃない!何でただのマンションにこんな物が……プレシアさんね!あの人、自分とこだけじゃなくこっちにもこんな防犯を!?というかやりすぎでしょ!?ちっ、こんのぉ……戦闘機人舐めるなこなくそおおおお!!」

 

まっ、アリシアの面倒はアルフかリニスあたりに任せとけばいいだろ。というかガキども全員だな。実を言うとぶっちゃけ、なのはたちを戦わせる気ないし。

 

「はぁ、はぁ、ど、どんなもんよ!戦闘機人にその人アリといわれたドゥーエ様にかかればこんなものね!さて、それじゃあ改めて扉を………………Oh…………………あの~、隼~、ちょっとマジでここ開けてくれない?流石の私もさ、あんなデカいのは相手に出来ないっていうか、むしろアレ撃たれたらこの建物自体半壊必至だと思うんだけど」

 

……………ハァ。現実逃避も限界か。

 

「……お前、マジ何しに来たんだよ」

 

がちゃりと扉を開けると、そこにはOL風のスーツを身にまとった満身創痍のドゥーエ。あたりの通路には壊れた歩兵型のゴーレムの残骸がチラホラ。そしてマンションの外に浮かぶ、今にもデカいのをぶちかまそうとしている特大サイズの砲撃型ゴーレム。

 

「お邪魔しますっ!」

 

今だと言わんばかりに開いた扉に身体を滑り込ませてウチに入ってくるドゥーエ。

 

俺はまた一度ため息を吐いて扉を閉めた。

 

「本当に邪魔だよ。マジなんなの?」

 

肩で息をしているドゥーエの体には焦げた跡や擦り傷がちらほら。歩兵型のゴーレムにやられたんだろう。本来のこいつの実力ならあんくらいの相手は苦もないはずだが、いつかの姉妹大喧嘩のせいで本調子じゃないらしいからな。なんでも有り合わせで身体を急造したらしいというのを前の宴会の時聞いた。

 

「大丈夫か?」

 

心の込めていない心配の声を掛けると、赤子なら大泣きするであろう目をギョロリと向けられた。

 

「はぁ、はぁ……だ、大丈夫じゃないわよ!ねえ、ちょっとなんなの!?どうして一般家庭のマンションにゴーレムなんて設置してるのよ!」

「プレシア曰く、防犯だと」

「行き過ぎでしょ!?過剰防衛でしょ!?一体どんな凶悪犯を想定してるわけ!?」

「さあ?自分くらい強いやつ?」

「マンションに入るようなコソ泥程度でプレシアさん並みに強い奴なんてそうそういないわよ!」

 

ああ、俺もその意見には賛成なんだけどな。フェイトやアリシアの安全の為、あれでも最低限なんだとよ。過保護なやつ。

 

「それに人に見られたらどうするのよ!?というかあのデカいゴーレムは絶対見られてるでしょ!?」

「ああ、それも問題ねえらしい。理屈は知らんがゴーレム共は外から見えないようにしてるらしいぜ」

「ふ~ん……あれ?でもそれって中からは見えるって事?」

「まーな。でもこのマンションの管理人と住人全員、俺んちやプレシアんちが魔導師一家だって事知ってるから問題はねえ」

「……はい?」

 

ここに越して来た時、その辺りはきちんと説明しておいた。無用なトラブルは避けたいからな。隠して探られ広められるより、こっちから先んじて言っときゃ大事にはならんだろ。

 

もちろん最初は大なり小なり驚かれたが、それも少しして落ち着いた。むしろ適応力の高い住民から、後にゴーレムを見て「そのゴーレム?というやつ、ウチにも防犯用で1台譲ってくれない?」とお願いされたほどだ。もちろん、俺は今後のよりよい関係を見据えて了承。さらに後には管理人が「どうせならマンション全部にその防犯用ゴーレム置けない?」という話しを持ち出し……そして何やかんやあって現在、このマンションの売買情報に《1家に1台ゴーレム完備(2台目からは応相談)》という世にも珍しい謳い文句が掲載されている。

 

遠見市民、たくましいね。

 

「あんたねぇ……よくプレシアさんたちが許可したわね」

「ん、ああ、そりゃ事後承諾だからな。俺の独断で住民にぶっちゃけた」

 

そん時は皆に盛大なため息を吐かれたもんだ。

 

「ハァ……」

 

そうそう、そんな風。

 

「……隼ってさ、魔導師としての常識とか暗黙のルールとかホント無視するわよね~」

「あ?魔導師の常識やルールなぞ知るか。俺の常識がルールだ」

「ぷっ、意味分かんないけど隼らしい~」

 

カラカラと笑いながら俺に持っていたカバンを押しつけ、履いているヒールを脱ぎ捨てる。

って、おい。

 

「こら、待てや。誰が上がっていいっつった?帰れや。しっしっ。回れ右」

「やっだよ~。ほらほら、堅い事言わず、お邪魔させてよね~。柔らかくいこうよー」

「うるせえよ。こちとら忙しいんだよ。テメエに構ってる暇はねえんだよ」

「あ、ところで知ってる?ヒール履くとお尻の突出率って履いてない時の25%増しなんだってー」

「今、何故その情報を教えてきたのかは定かではないが、取り合えずもう一度ヒール履いて3分程横向こうか。帰るのはその後でいい」

「見るのはいいけどぉ……ふふ、隼はこっちの方がいいんじゃない?」

 

可愛さと美しさ、それに僅かばかりの嗜虐を乗せた笑顔で腕を組んでくるドゥーエ。ついでとばかりにもう片方の手で俺の頬を「うりうり~」言いながらぷにぷに。さらにトドメに耳元に顔を近づけ、ささやく様に「おねがぁい、(家の)中にイ・れ・て」との魅惑ボイス。

 

(あざとい。なんてあざとい奴だ)

 

アルフも気安くボディタッチしてくるがあっちは天然。しかし、こいつはこれを狙ってやっている。これが男心を擽ると分かってやっている。しかもワザとらしいセリフつき。すこぶるタチの悪い女だ。

 

そんな顔を向けられて断れる男が果たしてこの世に何人いるだろう?そんな豊満で柔らかなモノを腕に押し付けられて振り払える男が何人いるだろう?至近距離でウィスパーされて蕩けない男が何人いるだろうか?

少なくとも、俺の知る限りではいない。

 

(しかし、舐めてもらっては困る……俺はノーと言える日本男児だ!)

 

俺はドゥーエにキメ顔をつくって言う。

 

「いいか、ドゥーエ。いつもいつもこの俺がそんな誘惑に負けるとでも思うなよ!さあ、さっさと出て行け!」

 

言ってやったぜ!

 

「ぷっ、くくっ……あ、あのさ、隼~?思うに自分じゃキメ顔して言ってやったぜ的な感じなんだろうけど、私から見るとトロ顔でイっちゃってるぜ的に見えるんだけど?」

 

ノーと言える。しかし、言えるだけである。ちくしょう。

 

「……ハァ、おっけ。分かった。どうぞお好きにお邪魔してくださいな」

 

帰る気ゼロなドゥーエに俺は折れる。

意地の張り合いは俺も得意だが、それが事こいつ相手だと強くなれない。最初は攻勢に出られんだけど、最後は絶対こいつの言いようにされる。

 

(俺ともあろうものが、情けなさ過ぎるのは分かっちゃいるが……)

 

チラリと横を見るとガッチリと、それでいてヤワヤワとホールドされている腕。そこから伝わる暖かい体温。目と鼻の先という距離に美女がいるというなんたる視覚効果。高揚感。

 

くそ、これだから男ってやつは!

 

「この悪女め。男誑しめ。てめえ、碌な死に方しねえぞ」

「ちょっとちょっと人聞き悪いなぁ~。この私がそんじょそこらの男にベタつくわけないじゃない。隼・だ・け・よ♪」

「リップサービスありがとよ」

「素直じゃないな~」

 

例えお世辞でもそれにニヤついちまう自分がムカつくぜちくしょおおおお!

 

「まぁまぁ。今度有名女優に変身して一緒に写真撮ってあげるから」

「……水着?」

「んふっ、際どいのはNGよ?」

 

くそ、これだから男ってやつは!(2回目)

 

「……で、マジ何しに来たわけ?お前は知らんだろうけど、正直、今マジで忙しいんだよ」

 

いつまでも玄関でコントしてるわけにもいかんので、話を進めよう。

 

「今晩、闇の書とカタ付けるんでしょ?知ってるわよ?だから私も来たんじゃない。あとからウーノも来るし」

 

え?何で知ってんの?というか姐さんも来んの?え、なに、助っ人的な?

 

「いや、別にお前らまでいらんだろ。うちとプレシアだけで十分だっつうの。寧ろ過剰戦力だろ」

「ん?何言ってんの?私もウーノも別に戦いに来たわけじゃないわよ?ただ手伝いに来ただけ。プレシアさんもシャマルさんも戦いに行くってなったら忙しいだろうし、疲れもするだろうしねぇ。なによりお呼ばれされるだけされて何もしないってのもアレだし?ならちょっとは出来る私とウーノが今日のうちから手伝おうって話になって……って、なに、もしかして何も聞いてないの?」

 

ああ、なっんも聞いてないな。なんの手伝い?

 

「明日のクリスマスパーティの下準備」

「………」

 

確かにクリパするとは言ったがよぉ……ノリノリか!?あいつらも楽しみにしてたのか!?段取り良すぎだろ。

 

自分で言うのもあれだが、ウチはどんな時でも平常運転を心がけるらしい。

 

「もうお好きにどうぞ……」

 

反論する気も失せた俺は、腕にぶら下がったドゥーエを連れてリビングに戻るのだった。

 

 




ドゥーエも原作の面影が消し飛びました。イノセント版寄りのようで寄ってない、ただのノリのいいエロ姉さんです汗

次回、夕食での雑談シーンを挟んでからの最終決戦予定。


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25

 

さて、前回俺はウチの奴らに対して「何でこんな時でも平常運転なんだ」みたいな事を言ってため息を吐いたのだが、しかしよく考えればそれが駄目だというわけじゃあないだろう。

 

平常運転。つまりいつも通り。そう、いつも通りはいい事だ。

往々にして物事というのは焦ったところで良くはならない。むしろ悪くなる。大事の前であれ小事の前であれ、いつも通り過ごす事こそ重要なのではないだろうか。

 

とどのつまり何が言うたいかというと……人間、晩飯時になりゃあ腹が減るという事だ。そして腹が減れば飯を用意し、食わなければならない。当たり前にいつものように。

 

「おい、そこの肉俺が狙ってたんだぞ!横取りしてんじゃねーぞアルフ!」

「世の中弱肉強食!早い者勝ちだよ!」

 

時間は夜の7時前。

現在、鈴木家では焼肉パーティが催されていた。

 

いや、別にパーティのつもりはねえが、人数が人数だから騒がしいのなんの。ウチとお隣さんに加え八神家になのは、アリサ、すずか、ウーノ、ドゥーエという大所帯。パーティといっても過言じゃねーよな。テーブル、大きいやつ買っといてよかった。

 

「ほら隼くん、こっちの焼けてるからどうぞ。あ、熱いから気をつけてね」

「どもっす、姐さん」

「ちょっとウーノ、それ私が焼いてたのじゃん!何勝手にあげてるわけ!」

「はいはい、あなたにはこれあげるわよ」

「見事に丸こげになってるやつ寄越すな!しかもピーマン!妹労わりなさいよ!ピーマン嫌いなの知ってるでしょ!」

「そうだ隼くん、食後にプリンもあるからね。もちろん、私の手作りよ」

「無視するな~!」

 

機械姉妹の長女と次女もここにいるのは予想外だが、まあ別に嫌というわけじゃない。姐さんは優しいし、ドゥーエはちょっとアレだが絡みやすいし。

 

「我が主、どうぞ」

「お、サンキュ、夜天」

「……ハヤブサ、この後まだやる事あるのにお酒なんて飲んでるんじゃないわよ。夜天も普通に酌しない」

「あ?何言ってんだアホかプレシア。酒を飲んじゃいけない時間なんてこの世に1秒たりとも存在しねえだろ」

「どんな時であれ、主にお酌をする事こそ我が使命です」

 

俺たち主従の言葉に眉間を押さえながらため息を返すプレシア。よく見れば同席のヴォルケンリッターの面々もどこか疲れたような表情をしている。

 

「なんだよ、お前ら。せっかくの焼肉なんだからもっと楽しめよ。ガキども見習え」

 

人数が人数なので大人組とガキ組(+世話役のリニス)に分かれて焼いてるが、隣の部屋のガキ組はわいわいと楽しそうに騒いでる。それに焼肉開始してまだ30分くらいだが、ガキ共にくらべて箸の進みが遅い。現状、こっちのテーブルで気楽に楽しんでるのは俺んちと機械姉妹だけだ。

 

「楽しむのはいいけど、私としてはその前にこの後の段取りを皆に説明しておきたかったのよ。なのにあなたったら『それよりまず酒と肉』とか言って勝手にやり始めて……!」

 

ああ、この後の段取りね。つってもなぁ、ぶっちゃけ俺がそれ聞いてもしょうがないっつうか?喧嘩する前からああだこうだと説明されても、いざその時になると好きなようにやりたくなるのが俺だし?

 

「あー、じゃあその段取りとやらは飯を終わった後に俺以外の奴によろしく。俺ぁ臨機応変に出たトコ勝負でいいから。あ、シャマル、そこにある牛タンとって」

「こ、この男、私に考えとけと丸投げしといて結局自分はガン無視って……!」

 

わなわなと震えて今にも拳をテーブルに叩き付けそうな雰囲気のプレシア。そしてその胸中を察しているのか、ヴォルケンズは何とも可哀相なものを見る目をプレシアに向けている。

 

怒るなよ。ほら、皆はプレシアの指示で動いて俺は遊撃手みたいな?

 

「そうカッカすんなよ。やる事は決まってるし、結果だって決まってる。なら問題ねえ。準備は大事だろうけど、楽しむ時にはきちっと楽しむ事も大事だぜ?ほら」

 

ビール瓶を差し出す。

プレシアは大きなため息を吐きながら、コップを持った。そこに躊躇いはない。諦めはあるけど。

 

はい、トクトクトクっと。

 

「飲み過ぎる事だけは控えなさいよ」

「あいよ」

 

如何な時であれ、あるいは如何な事が待ち受けている時であれ、飲んで食って楽しく騒げる今に勝るものはない。

 

(ああ、でも局の動向だけは聞いといた方がいいか)

 

結局、まだ理のやつから聞いてなかった。なにせ部屋に戻った時、俺の腕にぶらさがってるドゥーエを見て喧嘩になっちまったからな。

 

酒の肴代わりとしちゃあ不味い話題だが、まっ適当に聞いとくか。

 

「お~い、理、ちょいこっち来い」

 

俺の呼びかけに隣の部屋からトコトコとやって来た理。

 

「何ですか主。そろそろシメのお茶漬けに入ろうと思っていたので、お話なら手短にお願いします」

「いや、局との交渉の結果の事だよ。まだ聞いてなかったからよ」

「ああ、その件ですか。ではちょっと失礼」

 

手近にあった椅子に座っていたドゥーエを蹴り落として座る理。

 

「ちょっと何すん───」

「自主的に一時だけ大人しくしているか、それとも私の手によって永遠に大人しくなるか、どちらがいいですか?」

「……どうぞお座りください」

 

さっきの喧嘩でボコボコにやられた事をまだ引きずっているようだ。潔いドゥーエがそこにはいた。

 

「で、局との交渉の結果ですよね。まあ言うまでもなく主の意のままとなりました。今晩に限りですが、局にはこの世界へ不干渉を約束させました」

 

約束させた、とか不穏だなぁ。

まあ、でも局がちゃちゃ入れて来ねえなら来ねえに越した事はないし、そこはいいんだが……。

 

「じゃあなんでそんな不満そうなんだよ?」

 

そう、何故かコイツは不満そうなのだ。滞りなく交渉が纏まったなら、そんな表情はしない。なら何かがあったという事。

 

「もしかして何か条件飲まされたとかじゃねーよな?」

 

もしそうならちょっと面倒臭ぇ。まあ、理の事だから滅茶苦茶な条件を了承するとは思えんが。

 

「ん?ああ、いえ、違います。無条件でこっちの言い分は聞いてもらえました」

 

違うらしい。じゃあ何が不満?

 

「不満なのは管理局の反応です。脅し……もとい交渉のカードをいくつか持っていたのに、たった一つ切っただけで折れましたからね。張り合いがなく、肩透かしもいいとこです」

 

こいつ今、脅しっつったな。ほとんど隠す気なく、わざとらしいほど脅しっつったな。

 

つまりこいつが不満だったのは……。

 

「徹底的に脅し倒し、絶望の淵に立って貰いたかったのですが。これでは消化不良です。まったくもって脅し足りませんよ」

 

今度は言い直すこともなく脅しと言い切ったよ。わざとらしくでもいいからもうちょっと隠していてほしかった。

 

「へえ、ちなみにどんなカードを切って、他にはどんなカード持ってたの?」

 

……姐さん、それ聞いちゃうんだ。

まあきっと今後の参考に聞いときたいんだろうね。いちおう、局に追われる犯罪者だし。

 

「大したものではありませんよ。アースラに行った時、そこの端末からぶっこ抜いた職員のデータをチラつかせたて『邪魔するようなら、このデータを局に恨みのある裏組織に流しますよ?』と言っただけです。そのデータには当人だけでなくその親類なども載っていたので」

「ああ、なるほど。本人だけじゃなく身の周りの人も危害が及ぶようにするのね」

「そうです。屈強な局員ならそんな脅しには屈しないかもしれませんが、そこに無関係の親族などもが標的となると話は別と思いまして。案の定、このカードだけで折れてしまいました」

 

理がクズい事は知ってるが、改めてこいつは本当にクズだな。流石は目的の為に手段を選ばず、またある時は手段の為には目的を選ばないクレイジーロリだ。

 

「なるほどね。強い個を下すのではなく、その周りにいる弱い群集を人質にとるという事ね。他のカードもそいう類なの?」

「そうですね。もう少し直接的なのは、例えば『炭疽菌爆弾を爆発させるぞ』とかですかね。あれ、やり方次第で1~2gで2000万人くらいはヤれるので」

「あら、炭疽菌なんてものも持ってるの?」

「シャマルがここの世界の研究機関と秘密裏にいろいろやってますから」

 

そう言えばシャマルが言ってたっけ。『魔法技術を提供する代わりにこっちの世界の技術やら科学、あと資金だったり場所だったりを提供してもらって、で兵器の共同開発してるんですよ~。流石に個人じゃ爆弾とか生物兵器つくれませんから。あ、もちろん、絶対バレませんよ♪』だとか。

 

あの時は冗談半分に聞いてたが、どうやらガチらしい。俺も魔法のことは特に隠さない方だが、あいつも人の事言えねえだろ。てか俺よりタチ悪いわ。マジでバレない事を祈る。

 

「あとは逆の使い方もあります」

「逆?」

「ええ。私たちがこの世界の刑務所にいる犯罪者を逃がし、重火器を与えてミッドに送ればどうなります?」

「大混乱でしょうね」

「加えて今、私たちの身分は管理局局員。犯罪者を逃がす映像を録画しておき、ミッドのテレビ局にそれを送れば?」

「おそらく管理局は非難轟々。『管理局員、管理外世界の刑務所を襲い犯罪者をミッドへ』なんて見出しで放送?」

「すると当然、民衆や世論が敵に回る。これほど組織にとって恐ろしいことはありません。ついでに見せしめに脱獄犯を装って2~3人市民を殺せば倍率ドン。本局の周りは暴徒で溢れる返るでしょうね。ほら、弱い群集から一転、強き群集の完成です」

 

俺はお前が恐ろしいよ。そして姐さん、お願いだから丁寧にメモ取らないでください。

 

「といっても、これらは時間も掛かりますし、所詮はただの脅し、ブラフだと切って捨てられる場合もある。だから結局は物理的に直接黙らせるしかないのですがね。最終的に交渉に必要なのは話術ではなく、純然たる力とそれを行使する覚悟ですから」

「確かに」

 

ああ、管理局が早々に折れてくれてよかった。下手したら闇の書との三つ巴喧嘩コースになってたよ。あるいは管理局なくなってた。

 

「もっとも管理局相手に実力で捻じ伏せる事が出来るなんて、あなたたち家族くらいでしょうけれど」

「いえ、別に真っ向勝負でなくてもいいんですよ。それに今回黙らせる対象は一部隊のみ。すでにアースラ艦内の机や椅子の裏に小型の爆弾を仕掛けておいたので、それを起爆させればいいだけです」

「ああ、トラップね」

「そうです。あとは余談ですが食堂の調理器具や食器類に毒を塗っておいたり、通風孔などで幻覚を誘うガスや毒草を炙ったりするのも有効ですかね。あ、ここで注意点が一つ。けして殺さないという事。重症や瀕死状態が好ましいです」

「あら、そうなの?」

「時間を稼ぐ場合や混乱を招く場合、死体より怪我人や病人の方が都合がいいので」

「なるほど」

 

なるほど、じゃないです姐さん。ホント、今後その知識を使わないでくださいよ?そして理、頼むからお前はもう少し自重してくれ。それかせめてテロリストじゃなく魔導師らしい知識を披露してくれ。ヴォルケンズ見てみろ、ドン引きしてんじゃねーか。……ウチのやつらは特に引いてないのは見なかった事にしておこう。

 

「本当に用意周到ね、理ちゃんは。感服するわ」

「いえ、それほどでも。いつ、いかなる時、どのような事態に陥っても対処出来るようにしておくのは基本ですから」

 

うん、まぁ理の言い分は分からんでもない。でもこいつはやりすぎだ。

以前家の掃除中、アルフが悲鳴を上げた事があった。何事かと思ったら、花瓶の水を替えようとしたら中から袋に入った手榴弾が出てきたのだ。それだけでなくその後、テーブルの裏やらエアコンの中、冷蔵庫から隠された銃やナイフが出るわ出るわ。

もちろん、犯人は理。曰く『もし魔法が使えない時に室内に攻め込まれた時用』だそうだ。

 

どんな時だ。いや、そんな時なんだろうけど、敢えて言う。どんな時だ。平和な日本のマンションでそんな時があってたまるか。

 

というか途中から脅しのカード云々じゃなくて、ただの管理局壊滅計画になってるのは気のせいか?

 

「というわけで主、大丈夫です」

 

大丈夫?うん、まあ大丈夫……大丈夫?大丈夫ってなんだ?まあいいか。うん、大丈夫だな。

 

「もっとも、このようなカード自体そも無用だったようですが」

 

はい?

 

「どういう事よ?」

「それはこちらの台詞です。交渉の後、リンディが『聖王教会の方からも「なるべく鈴木隼の意思を汲んでほしい」と通達があった』と言っていました」

 

聖王教会?それって確かこの前魔法世界に初旅行行った時に知り合ったカリムがいる所だよな?……もしかしてあいつが口添えしてくれた?そんな事が出来るなんて、もしかしてあいつって結構偉い立場?予言なんて事も出来るくらいだし。グレアムの爺さんとの話の場も用意してくれたし。

 

「何故、教会が主の名を知っているのか。何故、擁護するような通達があったのか不思議でしたが、その様子だとどうやら心当たりがあるようですね。一体いつ繋がりを持ったのですか?」

「ん、まあこの前ちょっと旅行に行った時な」

「そうですか。主の突飛な行動に今更突っ込む事はしませんが……ただ、一点気になる事が」

 

ぎらりと急に理が睨みつけてきた。まとう雰囲気も何だか怖い。というか背筋が寒いのは気のせいか?

 

「リンディが通達とは別に主個人宛に教会の女騎士から伝言を預かったと。『4~5年後を心待ちにしています』という事です」

「女騎士ってぇとやっぱカリムか。でも4~5年後?なんじゃそりゃ?」

 

よく分からん。俺、カリムのやつに何て言ったっけ?あいつに関しては夢見がちで頭がお花畑な少女という印象しか残ってなく、会話の内容なんて覚えてないぞ。

 

(……ただ、なんだろう、多分余計な事を言ったんだろうなぁという感じはするな)

 

その証拠に──

 

「ふむ。主の様子を見るに、教会全体ではなく主にその女騎士が"主の為"を思って"自発的"に管理局に通達したみたいですね。……これは匂います。ぷんぷん匂います」

「どうやら近く教会に挨拶に伺ったほうがいいのかもしれないですね」

「そうだな、主が世話になったようだ。きちんと礼をしなければな」

「その時は私特製のお料理を振舞ってあげちゃいましょう。魂まで吹っ飛ぶような美味しい料理を」

 

理、夜天、シグナム、シャマルが何故か聖王教会への訪問計画を立て始めたのだから。それもちょっと背筋の寒くなるような雰囲気を湛えて。

 

(……よく分からんが、とりあえず無性にカリムに謝りたくなってきたな)

 

まっ、いいや。

肉食お。

 

 




無印編に続き、As編でも最終決戦で管理局に出番なし。クロノやエイミイやリンディ好きな人、すみません。
そしてカリム、ピンチ。


次回はロリ組の食事場面。


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26

次の更新、ちょっと遅くなりそうです。


理たちの聖王教会訪問計画が、いつの間にか大人組全員に蔓延し白熱してきた為、蚊帳の外となった俺は隣のガキ組の元へ。まぁ俺自身に飛び火する前に避難したとも言うが。

 

「あ、隼こっち来たー!」

 

迎えたのは、口の回りに焼肉のタレと油をつけてテカらせたアリシアの満面の笑みだった。

 

ああ、癒される。むこうの殺伐とした空気を吸った五臓六腑に染み渡って洗浄されるわ。

 

「アリシア、美味いか?」

「うん!もにゅもにゅしてて美味しいー!」

 

ああ、ホルモンね。美味いよね。けどちゃんと焼けよ?前焼肉した時、半生食って翌日お腹痛いってびぃびぃ泣いてたからなこいつ。まあ今はリニスが取り分けてるから大丈夫だとは思うが。

 

「よいしょっと。邪魔するぜ」

 

こっちは向こうと違い、椅子じゃなく床に直に座ってテーブルを囲っている。目の前にはなのはとフェイトとすずかが並んでおり、詰めりゃあ一人くらいスペースが空くが……。

 

「え、わっ、は、隼!?」

 

フェイトを持ち上げ、そこに胡坐を掻いて座る。そしてフェイトをその胡坐の上に。

 

「は、隼、こっち!こっち空いてます!」

「主よ!そのような貧相な奴の身体より我のを所望せよ!我の尻は中々に柔っこいぞ!」

「隼さん、そこはゲストの私を優先する場面やと思うな!」

「はいはい、また今度な。今日はフェイトな気分なんだよ」

 

ぎゃあぎゃあと喧しいユーリとフランとはやてはスルー。

昼間の様子を見るにフェイトには寂しい思いさせたみたいだし、今日くらいは贔屓してやらんとな。それにこっちから行かなきゃ自分からは来んやつだし。

 

「フェイト、お前、また野菜ばっか食ってるな?肉食え、肉。まだ入るだろ?おら、箸貸せ。はい、あ~ん」

「え、あの……あ、あ~ん」

「よし。あと白飯も食えよ?日本人なら……ってお前はじゃないか。まあ日本で過ごすなら白飯は必需品。はい、お肉と一緒にあ~ん」

「あ、あ~ん」

 

恥ずかしそうに、しかし拒否する事はなく、フェイトは俺に餌付けされる。ただ程なく皆に見られていると気づいたのか、赤くなって縮こまった。

うんうん、こういう普通?純粋?な反応を示ししてくれるのはコイツだけだ。ライトを見てみろ。あの脇目も振らず、タレが飛び散るのを構わず肉を貪ってる姿。あいつは本当にフェイトのコピーなのか疑いたくなる。

まっ、それもガキらしいと言えばガキらしいのかもな。

 

「すずかもアリサも遠慮せずいっぱい食えよ。人の金で食う飯ほど美味いもんはないからな」

「あ、あはは、はい、頂いてます。もうお腹一杯なくらいです」

「あんたの金だったらもっと美味しく感じたんでしょうね」

 

相変わらず謙虚なすずかと減らず口なアリサだが、まあ何だかんだ言って楽しく食ってるようだ。しかも育ちがいいのか、口とか皿の回りとかも全然汚れてない。

それに対して──。

 

「あ?ンだよ、見てんじゃねーぞ」

 

アリシアと同じように口の周りをテカらせ、ライトのように皿周りがぐちゃぐちゃなウチのクソロリ。満腹なのか椅子に背を預け、爪楊枝を片手に「ふい~」とダラけている。オヤジか。

 

なんだろう、何故か俺がちょっと恥ずかしい。隣のオリジナルヴィータの方は綺麗に食って、ガキらしい笑顔を浮かべてはやてと談笑しいてるので尚更恥ずかしい。

 

「……お前、今度リニスにテーブルマナー習え」

「は?存在マナー違反のお前がマナー云々とか、チャンチャラ可笑しい事言ってんなよ」

「今晩はこれからいろいろあるから見逃してやるが、明日覚えてろ」

「返り討ちだよバカヤロウ」

 

俺とクソロリの間で火花が散り、その間に挟まれる形となっている膝の上のフェイトがおろおろ。

ふん、今は預けといてやる。

 

ところで。

 

「なのは、お前、ずいぶん大人しいけど何かあった?ほら、よく分からんが元気出せ」

「……わぁ、類い稀な白々しさだー」

 

隣に座っているなのはは俺が来た時から何の反応も示さず、機械のように黙々と肉を食う作業をしていたが、こちらの声にようやく生気の宿った反応が返ってきた。

 

「人にあれだけの事をしておいて……」

「はてな?俺、何かしたっけ?」

 

ワザとらしく惚ける。

 

「ハヤさんにキズモノにされた!もうお嫁いけない!」

 

対するなのはも『うわー!』とワザとらしい泣き真似で反撃。そしてその言葉に一部から俺に白い目や罵声や殺気が飛ぶが、それを無視してなのはに言う。

 

「なのは、それ意味分かって言ってねーだろ?」

「うん。ハヤさんに酷い事されたら、取りあえず皆の前でこう言えってお姉ちゃんが」

 

よし、美由希ちゃん、今度会ったら隼地獄ジェノサイドスペシャル決定。

 

「まっ、確かにちょっとやり過ぎたかなぁとは思ってたけどな。許せ許せ」

「ふ~んだ!許してあげないもん!」

 

つーん、とそっぽを向くなのは。その姿はわざとらしい程……というか確実に狙って『不機嫌アピール』をしている。

うんうん、やっぱこうでなくちゃな。ガキらしくないのは頂けないし──何よりもイジり甲斐がない。

 

「あ゛?許さねえだぁ?もっかい地獄行くか?今日、丸一晩」

 

なのはの目の前でゴキンと拳を鳴らしながら握りこむと、何かがフラッシュバックしたのか、彼女は強気の姿勢から一転、涙目となった。

 

「ごめんなさい許しますから許してください!」

「ん?何か不愉快な敬語の全然可愛くない謝罪の言葉だなぁ」

「ご、ごめんねハヤさん!なのは、いい子になるから許して!」

 

うるうると瞳を潤わせながら何とも嗜虐心を煽る弱気な表情で懇願してくるなのは。ああ。いい顔だ。

最近、周りにいる奴らのせいで忘れがちだが俺もドSなんだなぁと改めて自覚する。

 

「ハ、ハヤさぁん……」

 

ぷるぷると震えるチワワなのは。

うんうん、隼お兄さん満足。

 

「ふふん、しょうがない。可愛いお前に免じて特別に許してやろう。ありがたく思え」

「うん、ありがとうハヤさん!………………………ん?んん?あれぇ?」

《ああ、御労しい。マスターが隼のせいでポンコツチョロおバカに……》

 

レイハちゃん、そこは純粋なガキになったって言ってあげようぜ。

 

ともあれ。

さて、どうやらこっちはいい感じで皆腹ごしらえは終わりつつあるようだな。まあアリシアとライトはまだのようだが、アリシアはこの後の事には参加しないから別に食い続けていいし、ライトはあるもの全部食い尽くすかこっちで止めないかしないと終わらない奴だから無視。

向こうも殺伐とした空気が消えて談笑しているようなので、ここらがいい頃合だろう。

 

「それじゃフェイトの癒し成分やらなのはのイジり成分やら貰ったし、そろそろ掛かるとしようかね。最終決戦ってやつによ」

「私とフェイトちゃんの成分格差が酷い……」

 

ほろほろと泣くなのはを無視し、脚の上のフェイトを降ろして立ち上がる。

 

「お?やんのか?」

「ふん、我的には小烏の命なぞどうでも良いが、それが主の願いならば致し方ないか」

「任せてください。隼は私が守ります!」

「むしゃむしゃばくばくもぐもぐ!」

 

テンションの差こそあれヴィータ、フラン、ユーリ、ライトが続く。いや、ライトは続いてなかった。

 

「はやて、絶対、絶対助けるから!闇の書の闇なんてあたしたちがぶっ飛ばしてやるから!」

「うん、ありがとう、ヴィータ。よろしくな」

 

八神ヴィータもやる気十分。はやてにも昼まであった気負った感じがない。

 

「私だって、私だってハヤさんにイジられるだけじゃない!」

「うん、なのは、頑張ろうね」

「すずか、特訓の成果を見せる時が来たようね!片っ端から大炎上させてやるわ!」

「う、うん、えっと、ほどほどにだよ、アリサちゃん」

 

なのは、フェイト、アリサ、すずかのやる気も十分。見てて微笑ましいテンションだ。なんというか、こう、『頑張ろう、おー!』って感じの雰囲気が漂っている。

 

そんなガキ共に俺も一言だけ声を掛けておこう。

 

「いや、お前ら留守番だからな?」

「「「「………え?」」」」

 

おお、綺麗にハモったな。声もそうだけど、その呆けたツラも揃ってる。写真に収めたいくらいだ。

 

「な、なんで!?私も戦えるよ!イジられ専門じゃないってとこ見せるもん!」

「そうよ!ここに来て何で留守番してなきゃならないのよ!なのはのイジ専は兎も角として」

《マスター、私はイジ専も良いかと》

「アリサちゃん!?レイジングハート!?」

 

なのはとアリサが抗議の声を上げる。(なのははイジ専なのかそうじゃないのかの議論の余地はない)

 

「隼、なんでそんな事言うの?私だってはやての力になってあげたいよ!」

「わ、私もです!微力ですけど、それでも……!」

 

フェイトとすずかもか。

まあ予想通りだな。しょうがないわな、友達が危ないのに黙って留守番を良しとする奴らじゃないのは分かってる。

 

だけどな。

 

「アホか。あのな、普通に考えてみろ。動ける大人がこんだけ雁首揃えてんのに、その上さらにガキまで出張らせる?ねーから」

「で、でも私たちだって戦える力があるし……管理局のお仕事だってやってきたし」

「そういう問題じゃねーの」

 

てかガキのくせに普通に『戦う』とか言うな。どんな小学生だ。

 

「あのよぉ、管理局のルールとか魔法世界の常識じゃあガキでも力がありゃあ戦わせるのかも知んねーけど、生憎とここは平和な日本なわけ。そして、そんな日本で育った俺の常識の中には『9歳児を戦わせる』なんて選択肢はねーんだよ」

 

どこぞの紛争地帯なら兎も角、日本で『少年兵』『少女兵』なんて有り得ぇだろ。

 

「これが管理局のお仕事だとかテメエの命が掛かってるだとかなら好きにすりゃいいさ。だがな、今回のコレはただの喧嘩だ」

 

はやての命が掛かってはいるが、それは俺が救うと決めた時にもう救ったも同然。なら残るは『喧嘩』という事のみ。

 

そしてこの喧嘩に参加出来るのは、はやてやヴォルケンズのような一端を担った当事者か、喧嘩に参加する我が侭な理由の有る奴だけ。ブルーメの『俺の力になる』やユーリの『俺を守る』、ライトの『面白そう』、理の『取りあえず血が見たい』みたいな、な。……はやての命とかわりとどうでもいいとか考えてるウチの奴らもどうかと思うが。

 

まっ、ぶっちゃけ極論すると俺が『四の五の言わず手伝え』と言った奴だけ参加OK。だからこいつらはダメー。

 

「お前らは喧嘩をしたいわけじゃねえだろ。ダチを、はやてを助けたいって想いからここにいるんだろ。なら大丈夫だ。はやてはもう"助かってる"。だから大人しく留守番してろ」

「だ、だったらハヤさん、何で私たちを呼んだの!?」

 

あ?んなの決まってんだろ。

 

「知らねえ内にダチのいざこざが終わってました、じゃ嫌だろ。だから呼んだ。ついでにはやてに笑って『頑張れ』って言って送り出して、帰ってきたら笑って『おかえり』って一番に迎えさせる為」

 

応援してくれるダチがいる。待っててくれるダチがいる。───学校にも通わず、今までダチらしいダチがいなかったはやてにとって初めてのダチ、そいつらが傍にいる。

 

はやてにとって、これ以上心強い味方はいねえだろ。

 

「それにな、はやての奴、俺らに対してさえ今回の件を申し訳なく思ってたんだぜ?なのにお前らダチまで傷つくかもしれない戦いをするなんてなったら、まーたネガティブ思考になっちまうだろうが」

 

そうなったらまたはやてには面倒臭ぇ説教しなきゃなんねえ。勘弁しろ。

 

「て訳でお前らはお留守番。大丈夫、中継くらいはしてやるよ。それでももしまだ何か文句があるなら、全員まとめて隼地獄スペシャルを見舞ってやるぜ?」

 

そんな俺の言葉にしばしの沈黙が下りるが、ややあってそれぞれが反応した。

 

アリサは大きなため息の後、勝手にしなさい言わんばかりの表情を。すずかは複雑そうな表情をしながらも、アリサと内心は同じなのか反論はない。フェイトは流石にこの中で一番俺の事を分かっているのだろう、これはもう何を言っても無駄と悟った顔をしている。

 

(うんうん、どうやら納得してくれたようだ。文句やら言いたい事はあるんだろうけど)

 

──残った一人のように。

 

「う゛~……っ!」

 

眉間に皺を寄せ、自分の中で何かと葛藤している様子のなのはが俺を睨んでくる。どうせ気持ち的には自分も一緒にはやてを助けたいと思ってるけど、それをどうやっても許さない俺を相手にどうすればいいか悩んでるんだろう。

 

俺の反感を買えばどうなるかあれだけ分からせてやったのに、それでもこうやってまだ反抗してくる根性は見上げたもんだ。

ホント、こいつは頑固者だ。それは短所だが……長所でもあるか。

 

(まったく、可愛いガキだよ)

 

ぽんっとなのはの頭に手を置く。

 

「お前の気持ちは分かる。けど駄目なもんは駄目。俺がその気持ちだけ持ってってやっから、お前はガキらしくいい子に応援してろ。はやてもだけど俺だって、お前らが怪我するかもって思うと気分悪ぃしな」

「ハヤさん……」

 

勿論、これが仮に俺自身の命が掛かってるとかだったら、問答無用で老若男女問わず総出で狩り出すけど。

当たり前だろ?俺の命はこの世の何モノよりも重いんだからな!

 

そんな事を思いながらなのはの反応を待つ。

しばしして、なのはの眉間から皺がなくなり、代わりに特大のため息が零れ落ちた。

 

「ハヤさんってホント自己中で我が侭で独りよがりで自分勝手──」

「意味重複しまくってんな?てか売ってる?前哨戦として買うぞ?」

「──だけど、やっぱり大人なんだね。ちょっとだけカッコいいなぁ」

「はっ!たりめえだろ?カッコつけるのが男ってもんだ」

 

頭に置いていた手でそのままガシガシと撫でる。

 

「まっ、身体張って助ける事だけがダチの役割じゃねえ。そっちは大人に任せろや」

「分かった……うん、頑張ってね」

「そりゃはやてに言ってやりな」

「うん!」

 

最後になのはらしい良い笑顔を浮かべ、はやての元へと向かっていった。他の3人もそれに続いて激励しに行く。

 

(さて、ンじゃまっ、やってやろうかね)

 

偉そうにガキどもに見得切ったはいいが、結局やる事は変わらない。

 

いつも通りに、俺らしく───さあ、今年最後の喧嘩だ。

 

 




原作主人公、AS編でも最終決戦不参加。すずか、アリサ、魔導師になったのに特に活躍なし。
……ちょっと批判ありそうですが、これがこの作品だということでご納得を汗


追記
次回更新が遅くなりそうなので、代わりというわけではないですが短編を投稿。
暇つぶし程度に読んで頂ければ幸いです。


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27

 

「う~、さっぶ!」

 

12月も終わりに近い夜だとめちゃくちゃ寒い。0℃は下回ってないとは思うが、それでも今俺がいるこのマンションの屋上は高度とそれに伴う風のせいで体感温度は余裕で0℃以下だ。タバコを吸ってる口からは煙とは別の白いモヤが吐き出される。

 

こんな日は部屋に篭って熱燗片手にゲラゲラとテレビでも見ていたいが、そうはいかない………んだけどぉ。

 

「なぁ、やっぱ明日の昼ごろにしねえ?もう戻ろうや」

「気分屋も大概になさい」

 

プレシアに窘められる。

うん、まあね。分かってるさ。ここまで来てそりゃあねえってのはさ。何せ皆も準備万端なんだ。

 

飯を食った後、俺たちが赴いたのはマンションの屋上。

現在、この屋上にいるのは俺んちとプレシアとリニス、そして八神家だ。なのはたちガキ組は言ったとおりお留守番。そのお守としてアルフと姐さんとドゥーエも部屋にいる。一応、何かあった時の為にこっちの様子は中継されてるけど。

 

「さあ、ちょっと皆聞いてちょうだい。今から段取りを説明するわよ」

「あ、俺は言ったとおり臨機応変にやるからさ、だから説明の間だけ部屋に戻って………ってバインド!?てめえ、プレシアぁあ!」

「それじゃあ説明に入るわね」

「無視すんなや!てめえらもだよ!」

 

プレシアの非道な行いに誰も文句言わないってどうよ!?ウチも八神家も総スルーすんな!?ユーリ、今こそ護る時だろ!?フラン、「縛られてる主もこれはこれで」じゃねーぞ!?

 

「まずやらなければならないのは闇の書に魔力を蒐集させる」

 

うっわ、マジでこのまま説明始めやがったよ。

 

「──けど、その前にもう一つ手順を踏みましょう」

 

手順?

 

「闇の書の覚醒後、はやてちゃんが管制プログラムを制御し分離する……そこに保険を掛ける。あ、もちろん、はやてちゃんの事は信用してるわよ?はやてちゃんならやってくれるって。でも、はやてちゃんはどう?不安じゃない?」

「そ、それは……」

 

言いよどむはやてだが、まあそれは当然だろう。

信用もしてる。信頼もしてる。だがそれはぶっちゃけそうするしかないからだ。そこばっかりは、俺たちは力になれない。闇の書の、いや夜天の書の主であるはやてにしか出来ない。はやて一人の力でやり遂げなきゃなんねえ………はずのそこに、しかしプレシアは言った。保険を掛けると。

 

「勿体ぶってんじゃねーよ。保険ってなんだよ」

「簡単な事よ」

 

続けてプレシアはオリジナルのシグナムたちに向けて言う。

 

「あなたたちもはやてちゃんと一緒に闇の書の中に入ってもらう。そしてはやてちゃんが闇に呑まれないよう守護してもらう」

「そ、そんな事が出来るのか!?」

「フランに聞いた限り、理論上はね」

 

その言葉に皆がフランを見ると、それが鬱陶しいとばかりに一つ鼻を鳴らす。

 

「フラン、本当なのか!?」

「プレシアの言うとおり、理論上はだ。手順は簡単だがな。まず貴様らのプログラムを半分だけ主の写本に移して正本との繋がりを作る。その後、残った半分を正本に蒐集させるだけだ。普通なら蒐集されれば何もかも消え去るが、写本からのバックアップによりかろうじて意識くらいは残ろう」

 

正本と写本を繋げる……ああ、フランが正本に挟まれていた時、正本と僅かに繋がっていたとか言っていたが、これはその応用か?

……そのさらに応用で正本を写本のバックアップで修復する事が出来るんじゃね?お約束的に。

とも思ったが、いつだったかそれは否定されたっけ。ちっ、悪い方向でご都合かよ。

 

「もちろん、それは絶対ではないわ。意識がどれだけ残るのか分からないし、もしかしたらそもそもバックアップが受けられないかもしれない。消滅してしまう可能性もある。でも、もし成功すればそれは私たち以上にはやてちゃんの力になる」

 

それが俺が言ってプレシアの考えた、ヴォルケンズでも力になれる役回りか。

一度シグナムが提案したただ書を完成させるための自己犠牲な蒐集は俺も反対だが、きとんと利のある蒐集ならやってみる価値はある。

 

ただ問題ははやての意思だ。

昼間もシグナムたちが自らを蒐集してくれと言い出した時、声を荒げて反対したはやて。今挙がった案は昼間のそれとは違うが、それでもシグナムたちに危険があるのは変わらない。

見ればやっぱり、はやては難しい顔をしていた。今にも「そんなん駄目や」と言わんばかりだ。

 

──しかし。

 

「主はやて」

 

はやてが拒否の意を示すのを遮るようにシグナムが声を挙げた。そして彼女は、いやヴォルケンリッター全員がはやての前に跪く。

 

「昼にも言いましたが、再び言わせて下さい。───我らが少しでも役立てる場があるならば、主はやての一助となれる時があるならば、これに勝る喜びはありません」

「シグナム……でも私はやっぱり」

「───いえ、申し訳ありません。やはりこの言い方は適切ではありませんね」

 

すっと立ち上がるヴォルケンズ。そして何故か俺の方を力強い目で見てきた。しかしそれも数瞬で、シグナムたちははやてに言葉を向けた。

 

「言ってください、主はやて……いえ、"はやて"。子供らしく、あなたの想いを遠慮なく我が侭に。私たちはそれに応えてあげたい……『家族』として、あなたの力になりたい」

「っ!」

 

シグナムのその言葉にはやては驚き、内心で俺も驚く。

主従関係の下、主であるはやてを助けたい──それが今までのこいつらだった。だが、今シグナムは『はやて』と言った。『家族』と言った。跪くのを止め騎士として主に傅くのではなく、微笑みを浮かべただ家族として助けたいと。

 

(……ちっ、ンだよ)

 

こいつら。いつの間にか、きちんとぶっ生き返ってんじゃんよ。

 

「おう、はやて。ぼさっとしてんな」

 

俺ははやてに近づいてその頭を軽くはたく。プレシアの奴が「いつの間にバインド破壊なんて覚えたのよ」なんて小声で突っ込んでくるが無視。

 

「今更言わなくても分かってると思うが、まっ教えといてやる。ガキや大人関係なく、好き放題我が侭言っていい相手ってのが一つだけあんだぜ?──それが『家族』……"身内"ってやつだ」

「っ………」

 

俯き、肩を震わせるはやて。そして少しの沈黙の後、弱弱しくゆっくりと言葉が紡がれる。

 

「本当はな、ちょう怖かったんよ。隼さんやプレシアさんは信用しとる。でも、それでもやっぱり私一人で頑張らないけん事もあって、上手く出来るかなぁ、失敗したらどないしよぉって。不安で不安で……せ、せやから皆───」

 

顔を上げたはやての瞳には涙が。それが流れ落ちると共に本心も零れ落ちた。

 

「傍に、おって!わ、私を助けて!……一人は嫌やぁ!」

 

ガキらしい、無駄な装飾のない純粋な想い──我が侭。

 

この尊い想いを受け取る事が出来るのはこの世で4人だけ。もちろん、その4人からの返答は聞くまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、八神一家が落ち着いたのを見計らってプレシアは段取りの説明に戻った。

とは言っても、そこまで長ったらしいもんじゃあない。

 

まず前言の通り、保険を掛け、その後に闇の書を完成させるために魔力を蒐集。ただ本来ならそこでフランがその魔力を賄う予定だったが、ヴォルケンズたちも蒐集する事になったのでそれはなくなった。

次いでそこからが本番。はやてたちが中で防衛プログラムを制御し分離するまでの時間を俺たちが稼ぐ。なんでもはやてがユニゾンしてる間、外に出てくるのは闇の書の闇に制御された管制人格で、そうすると勿論すべてを破壊するために暴れまわるらしい。それを殺さない程度に抑えなければならんということ。つまり喧嘩だ。

 

『ここにいる全員であらかじめはやてをバインドで雁字搦めにしておけばよいのでは?ついでに縄や手錠も使って』

 

とは理の意見だが、勿論却下。そんな空気読めない事はしない。何より喧嘩したい。

んで、目出度くはやてが防衛プログラムの切り離しに成功したら残るは総仕上げ。その防衛プログラムを消し飛ばす。

 

しかし、何度も言うにこれが問題。

 

オリジナルの夜天を助け、防衛プログラムだけを消す。

ここに至っても未だに俺の中でそれに対する案は浮かんでこない。このままじゃオリジナルの夜天ごと消すか、もしくは俺が大損するか、そんな最低な未来しかない。

 

『……一応、まだ"置いて"おくわ。でも後悔のないように、ね』

 

段取りの説明の最後にプレシアにそう言われた。

ふん、分かってるっつうの。

 

「さあ、それじゃあ始めましょう」

 

プレシアのその言葉がスイッチになったように、この場が僅かな緊張感に包まれる。しかし、その緊張感を物ともせずに一人の少女が進み出た。

 

「皆さん……よろしくお願いします」

 

車椅子の上でぺこりと頭を下げるはやて。気負いも憂いもないその姿は、例えそれが強がりだったとしても見てて頼もしくなるほどだ。

それに応える準備はとうの昔に出来ている。

 

「任せときな。てか、そんな肩肘張らず気楽にいけや」

「あはは、そやね。なら夜天さん、早速頼みます」

 

まずは俺の写本にオリジナルを蒐集させる。まぁ俺はやり方知らんからそこは夜天任せ。

 

夜天は一つ頷くと写本を出し、足元に魔法陣を展開させた。

 

「写本、ヴォルケンリッターのリンカーコアより魔力の半分を蒐集、およびそのコアから守護騎士システムへ介入、連結を実行。同時に正本からの侵食を防ぐ為にプロテクト実行」

《Jawohl》

 

その言葉ともにオリジナルのリンカーコアから俺の写本へ魔力が蒐集されていく。

八神家にいるとき何度か魔法生物相手に蒐集作業したことあるから知ってるが、蒐集される際は結構な痛みを伴うはずだ。なのにシグナムたちは眉一つ動かしていない。おそらくはやてに苦痛の表情を見せまいと我慢してるんだろう。

まったく、いい根性だよ。

 

「───蒐集完了。写本と正本の守護騎士システムとの間にリンクの構築確認されました。成功です」

 

どうやら保険は無事掛けられたようだ。てか気味の悪いほどすんなりと行ったな。後から大きなしっぺ返しがなきゃいいが。

 

(……あるいは、どっかの誰かがこうなるかもと読んで写本を作った、か)

 

脳裏に忌まわしい記憶と共に一人のクソ野郎が浮かび上がるが、精神衛生上かなりよろしくないので再封印。

まぁ、なんでもいいさ。結果オーライなら。

 

さて、お次は。

 

「………シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ」

 

はやてが闇の書を出しながらカラカラとシグナムたちの方へと車椅子を進める。

その顔には、もう先ほどまでの哀しみもなければ遠慮もなく。あるのは笑顔と気合いの入った様相だけ。

 

「皆、お願いな。一緒に頑張ろう」

「「「はい!」」」

「うん!」

 

なんとも簡素なやり取りだとも思ったが、今更気負う事なんてないからそのくらいが丁度いいかと思い直す。

 

そして闇の書がシグナムたちの蒐集を開始した。時間にして僅か。写本に蒐集された時と同じくらいの時間だが、しかし今回シグナムたちの身体はもうそこにはない。完全に闇の書へと還元された。身に着けていた衣服だけが、そこには落ちている。

 

…………。

 

もしかして下着もある?

 

「ハヤブサ、流石に空気読みなさい」

 

俺の内心を見事に見透かしたプレシアに睨まれた。

はいはい、分かってますよ。………ちっ。

 

回収しようかと思っていたが、仕方ないので後ろ髪引かれながらも消沈しているはやての方へ。

 

「しょげてんなよ。またすぐに会える」

「そうだよ、八神はやて。写本からのバックアップも確認出来てる。騎士たちは無事だ」

 

夜天もはやての心情を慮ってフォローする。はやては一度だけ悲しそうに目を瞑って俯いたが、次顔を上げた時その瞳には強い光が湛えられていた。

 

「うん、ありがとう隼さん、夜天さん。大丈夫や。ほな、次は私の番やね」

 

目の前に浮かんでいる闇の書を見る。シグナムたちの魔力を蒐集して完成したのだろう、生物の鼓動のように全体を脈打たせている。今にも何かが生まれてきそうな感じだ。

 

「いい、はやてちゃん。時間はないけど最終確認よ。今からはやてちゃんは闇の書の封印を解放し起動。そうすると闇の書の主として、闇の書の闇『防衛プログラム』に従わされた管制人格に体を乗っ取られる。勿論、表面上に出てくる意識も彼女のもので、あなたの意識は沈み込むわ。けど消えるわけじゃない。一端眠りに着くだけだ」

 

プレシアが念を押すようにはやてに説明する。

 

「そこからが正念場ぞ。小烏、お前は書の中でまず意識を戻せ。烈火の将どもの援護もあろうが、肝心なのはお前自身。闇に喰われる前に自分をしっかり保て。そして闇の中で夢うつつに諦観している管制人格を叩き起こし、防衛プログラムと切り離すのだ。そうして初めて夜天の主として覚醒する」

 

フランも珍しく念を押す。

言うほど簡単じゃあねえというのが分かってるんだろう。そんなに簡単に行くなら歴代の主たちだって成功してたっておかしくねえからな。むしろ、はやては不利だ。まだまだ精神が未成熟なガキに『自分を持て』なんて事、難しすぎると思う。

 

「まっ、心配すんな」

 

けど、歴代の主とはやてじゃ明確に差がある。絶対的で覆せない差が。

 

「この俺がいる」

 

ぺっとタバコを吐き出し、火を踏み消しながら言う。

 

「俺が何とでもしてやる。この俺がきっちり助けてやる」

「……うん」

「けっ、辛気臭ぇ顔してんなよ。任せときな、もしもお前がいつまでも起きて来なかったら、俺が直々に管制人格諸共叩き起こしてやっからよォ?そん代わし、俺のモーニングコールはちぃっとばっかしアダルトだぜ?」

「……ぷっ、あははは。それは楽しみにしとくわ。ううん、今回は大丈夫やから次お願いな」

 

そうだよ、テメエは笑ってろ。今から助かるって奴が渋い顔してたんじゃ、助ける側も張り合いがねえだろうがよ。

 

「主よ、我もそのアダルティなモーニングコールとやらをされたいぞ!そうさな、まずは主の逞しく元気に朝勃ぐぶふぉあべ!?!?」

「学習能力のない変態ですね」

 

理、気持ちは分かるし止める気も微塵もないがほどほどにな。

 

「それじゃあ、行ってくるわ!」

 

はやては静かに目を閉じた。すると間もなく、車椅子の下に白い三角形の魔法陣が現われた。そこからさらに魔法陣の輝きに変化が。白い雪のような輝きのそれが、徐々に闇を髣髴とさせる紫色へと変化していく。

 

「そうだ、はやて。ちょっと待て」

 

ふと、俺はある事を思いついた。

 

「お前、何か欲しい物とかあるか?お誂え向きに今日はクリスマスイヴだしよぉ」

 

胸中に『世間じゃ恋人と過ごすこの日、この時間に俺は何やってんだろうな』という空しさを伴った思いが去来するが、強靭な精神力でスルー。

 

「それか願い事。あるなら俺が叶えてやんぜ?ああ勿論、叶う事が決まってる『生きる事』以外でよぉ」

 

ガキはプレゼントに弱いからな。後々こういう楽しみが待ってると分かってれば、はやてももっとやる気見せるだろ。

 

俺の言葉にはやては微笑んだ。子供らしく無邪気に、ささやかな夢を慈しむように……。

 

「願い事は一つだけや。────このままずっと、みんな一緒にいられたらええなーって。ずっと同じ幸せな今日が続いたらええなーってな」

 

そうかいそうかい。そりゃ小っさくも暖かい願いだな。

だったら俺は改めてこう断言しよう。

 

「今日の幸せは続かねーよ。今日の幸せは今日だけ」

「え?」

「昨日より良くて、明日より悪い……これからは、そんな"今日"を続けさせてやる」

 

もう言葉はいらない。行って来い、と俺は目で促す。

はやても言葉を返さず、頷くこともなく、ただ一言だけ口にした。

 

「封印、解放」

 

さあ!今年最後の大喧嘩の始まりだぁ!!

 




というわけでようやく決戦の時です。

リメイク前は確かここまでだったはず。続きは書き残してますが、前回とはだいぶ変わったので遅々と修正中です。来月頭には投稿予定。


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28

融合事故。

本来ユニゾンすれば表に出てくる姿も意思もマスター側になるが、その融合事故が起これば融合騎の方が表に出てくるという、デバイス側がマスターを乗っ取り支配して起こる現象。

 

かつて俺はこの現象を故意に起こさせ女風呂への侵入を夢見たこともあったが、夜天が「故意に起こす事も出来ますが、やはり『事故』というだけあって危険があります。我が主に僅かであれ危険が孕む行いをさせるわけにはいきません」と頑なに拒否された事がある。さらに「それにしても、融合事故など起こしてどうするのですか?」と続けられたので閉口せざるを得なかった。トドメに「……まさか邪な目的ではありませんよね?」とジト目で見られたので即座に退散した。

 

閑話休題。

ともあれ。

つまり俺の目の前で闇の書の封印を開放して光に包まれたはやてだが、次に姿を現した時にはやての姿はなく、そこにいたのは夜天と同じ顔をした管制人格。

 

融合事故で主であるはやてを乗っ取った結果がそこにいた。

 

銀髪に赤い目、頭に一対の小さな羽根と背中に2対の羽。両手にフィンガーレスグローブをつけ、片腕と両足には赤いベルトや鎖が巻かれている。服装はぴったりフィットのシャツに黒の上着を羽織り、下はミニスカに腰マントという出で立ち。そして目を引くのは顔と腕に施された赤い刺青。

 

俺もはじめて見るユニゾンした夜天の姿。

 

「って、おいおい、刺青はやめといた方がいいぜ?しかも顔って、お前将来絶対後悔すんぞ?この俺でさえ、流石に刺青はやってねーってのに。体に傷をつけるのはイカンよ」

「ブーメランって言葉知ってっか?お前の両耳にガッツリ開いてるその穴は?言ってる自分も十分傷つけてんじゃねーか」

「…………ハァ、ヴィータよぉ、なんでもかんでも突っ込みゃあいいってもんじゃねーぜ?空気読めよ、今はシリアス場面だろ?」

「テメエが突っ込みどころ満載な言葉を振ったんだろ!」

「いやぁ?俺はただの独り言のつもりだったんだけどなぁ。いちいちそれを拾うなんて、この構ってちゃんめ。おー、よちよち。寂しかったでちゅか~?」

「……おう、そうだな、だったら構ってくれや。この殺意を含めてなあ!!」

 

拳を握って俺に飛び掛ってくるヴィータをシグナムたちが呆れ顔で押しとどめた。

さて、猛るヴィータは無視してそろそろ物語と真面目に向き合おうじゃねえの。

 

目の前の存在、闇の書の意思。夜天のオリジナル。

うむ、美人だ。おっぱいデカい。……は置いといて、やっぱりその姿は夜天とクリソツ。ただやっぱ違和感があって、どうにもコイツの顔は夜天と違い覇気がない。生気がない。プログラム的っていうか、諦めた顔してるっていうか。初めて会った頃の理みたいだ。そして隣に浮かんでいる魔導書と何かぐるぐるの丸い束になった蛇。

 

取りあえず俺は第一コンタクトを図る事にしようとした。まず最初は喧嘩腰ではなく柔らかに、気さくに、フレンドリーに。

 

「どっも~、初めまして、でいいのよな?いや、夢の中で会ってたっけか。まぁいいや。改めて俺ァ鈴木隼、気さくにハッちゃんとでも呼んでくれや。で、貴方の名前はなんてぇの?」

 

無駄に緊張感を出すのもあれだし、努めて気楽に話しかけてみる。

しかし、そんな俺を認識しているのかいないのか、オリジナルは虚空を見つめていた。

 

「……また終わってしまったか」

 

その独白の呟きには力も気持ちも篭っていない。ただただ空しさだけを響かせている。そしてスルーされた俺の胸中にもちょっと空しさ到来。

 

「何故、お前たちは逃れられぬ運命に抗う。我が主に無駄な希望を───」

 

と。

そこまで言った時──ズガン、と。

 

唐突に轟音が響いた。それはまるでオリジナルの発言を遮るようなそれで、発生源は俺の少し後方で佇んでいた夜天。その足元が爆ぜていた。

あれ?デジャヴ?

 

「私の聞き間違いかな?ん?我が主が質問しているのに、それを無視して喋っているように聞こえるよ?まさかその距離で聞こえていないなんて事ないよね?ね?それとも耳が機能していないのかな?飾りかな?飾りならいらないよね?それとも口かい?もし、そんな簡単な質疑応答も出来ないような口ならいらないかな?うん?」

 

淡々と、しかし重く圧し掛かるような夜天の言葉でシンと辺りが静まり返り殺気が満ち満ちる。きっとここをモニター中継している部屋内でも皆カタカタと震えているだろう。

 

「……あっ」

 

ただ夜天も空気を重くしてしまったこの自分の言動にすぐにハっと我に返り、縮こまって恐縮するように顔を伏せた。

 

「も、申し訳ありませんっ。自分と同じ存在が我が主に無礼を働いたと思うと、ついムッとしてしまって……」

 

そ、そっか。うん、まあ個人的にはちょっと嬉しい気持ちもあるけど、今は場面が場面だからさ。俺が言うのもなんだけど空気の読み方には気をつけてね。

 

「ええっと、悪ぃ。あー、もう名前はいいから、どうぞ喋っちゃって」

「………」

「あのホント、気まずいとは思うんだけね。このまま沈黙されるのもあれだしさ。あ、大丈夫、もう『人を殺す(断定)殺気』は出させないから。夜天、分かった!?」

「は、はいっ。申し訳ありません」

「というわけだから、続きをどうぞ」

 

先ほどまで無表情だったオリジナルの顔はやっぱりどこか気まずい。さらに言うなら横に浮かんでいた蛇と本がビビったのか、オリジナルの後ろに隠れるように移動していた。

 

ホント、ウチのモンが悪いね。

 

「……すまないが私に名はない。好きに呼べばいい」

 

へ?……あっ、ちゃんと答えてくれた!?……この子ええ子や!

 

「それに、そもそも無意味だ。私がこうやって表に出た以上、私の名を含め何もかもが無意味。お前たちが何を企み、無理やり希望を作り出そうとも無駄だよ。終わりは、もう始まってしまった」

 

諦め、疲れている表情。その諦観の姿勢は闇の書による長年の破壊と転生で作られたものだろう。

同情する。そして怒りもある。夜天と同じ顔でンな表情されると、歴代の主やら書を改竄したクズをボコボコにしたくなる。だが今更それはどうにも出来ないし、過去を悔やんでも仕方ねえ。だから今出来る事をするしかない。

 

「そうだな、終わりが始まったのかもな。……ただし、そこからさらに終わらせる。そのクソッタレな連鎖を永遠によぉ」

「……無理だよ」

 

そうだろう、コイツならそう言うだろう。今まで生きてきてそれが叶わなかったからこそ、自分がここいるんだからな。今更外野が「大丈夫」やら「任せろ」やら言った所で信用するはずもねえ。ヴォルケンズみたいにある程度一緒に過ごせばそうもならないだろうがな。

 

だったらもう無理やりで行くしかない。相手の言い分やら気持ちやら無視して我を通すだけ。………お互いに。

 

「好きなだけ抗えばいい。結果は変わらないのだから。……私は主が我が内で眠っておられる間に全てを終わらせるだけだ」

 

片手を天へと掲げたと思ったら、足元に魔法陣が出現した。何かしら魔法攻撃をしてくるのかと警戒したが、魔力の集まりは一向にない。

なんだと思い訝しんだが、それもすぐ判明した。

 

「おい、アレ!」

 

後ろでヴィータが叫んだが、言われずとも皆気づいているだろう。オリジナルのずっと後ろの空に大きな魔法陣が浮かんでいるのだから。数は3つ。

 

そして程なく、その3つの魔法陣からそれぞれデカい何かが姿を現した。

 

「って、おいおいおい、なんじゃありゃあ!?ロボット!?」

 

そう、魔法陣から出てきたのはロボットだった。2体は轟音と共に着地し、1体は鳥のように羽ばたいて宙に浮いている。

 

「かぁっくいい!!」

 

ライトが目をキラキラさせながら興奮しているが、気持ちは大変よく分かる。

アーマードコアっぽいロボットが3体とかめちゃくちゃ興味引かれんだけど。あれ、乗れんのかな?

 

「夜天、夜天!俺の写本にもあのロボットあんの!?」

「い、いえ、ご期待に沿えず申し訳ありませんが写本にあのような物はありません」

「えー」

 

もしかしたら魔法少女物からロボット物になれるかと思ったのに。男の子的には魔法よりロボットに憧れるものなんです。

 

「てことはアレも闇の書に改竄された時加えられた機能ってわけか」

「いや、アレは闇の書の機能ではないぞ」

 

フランが俺の隣に来てボソリと呟いた。その顔を見れば何故かバツの悪い顔をしている。

 

「なんだ、お前、何か知ってんのか?」

「うむ。あれは『機動外殻』と呼ばれるオートマタ。夜天の機能でも闇の機能でもなく、紫天の機能の一つ。我ら断章の僕よ」

「ほ~ん。……でも、どう見ても向こうの僕として動いてるっぽいけど?ていうか、何でも紫天のモンが向こうにあるわけ?」

 

こいつの表情と雰囲気でだいたいの予想はついてるが、いちおう聞いてみる。

 

「うむ、それはな……我が向こうから離れるさい、ついうっかり書の中に置き忘れて来たというわけぞ!どうやら支配権も取られてしまったらしいなぁ!」

「案の定かよ」

 

ため息しか出ない。まさかここに来て敵の増援で、しかもそれがこっちのうっかりのせいだと言うんだから笑えない。思わず原因のフランに思いっきり拳骨を落とそうかと考えたが、それはこいつが悦ぶだけかと気づいたので無視。

だからフラン、物欲しそうにバッチコイと言わんばかりの顔で頭を差し出すな。ドヤ顔ならぬドM顔引っ込めろ。期待には応えん。

 

「どうする?写本の主とその仲間たち。無駄に抗うというのなら相手になるが、せめて最後は心静かにして待つというのなら手は出さない」

 

オリジナルの腕に蛇が巻き付いたかと思うと、そこに大きく無骨な手甲が付けられていた。いや、先端から杭のような物が出ているので手甲というより杭打機か?第七聖典、いやリボルビングステーク?ここに来て管制人格までまさかのロボット押し?ちょっとそれ欲しいんだけど。

 

まぁ、なんであれ、どうやらあちらさんは俺らがヤるつもりなら応戦する気らしいな。ただし、どっちを選択しても結果は変わらないとでも言いたげな余裕が感じられる。……あるいは諦め。

 

「上等!」

 

闇は終わらない?救いなどない?無駄な足掻き?諦め?……馬鹿言ってんじゃねーよ。

その考え、態度、全てが間違ってると教えてやる。

 

俺はタバコに火をつけ、後ろにいるやつらに向かって声をかける。

 

「おう、誰かあの機械相手したい奴いるか?」

 

その言葉に真っ先に声を上げたのは戦闘(お遊び)大好きな子。

 

「はいはいはーーい!ボクやりたいやりたーい!」

 

右手を挙げてぴょんぴょん跳ねながら詰め寄ってきたライト。その顔はうきうきという表現がぴったりなほど輝いていて、ツインテールが上に下に右に左に揺れ動き、爛々と煌く瞳と小さく覗く八重歯が眩しい。まるで遊具を前にした子犬だ。

そんなワンコの気持ちを無視するほど俺は鬼じゃない。まぁ自ら進んで行ってくれるんだから無視するわけもねえけど。

 

「はい、ライト決定」

「やったあ!それじゃあ行って来る!スプライト、ゴー!!」

 

返事するや否や、こちらの反応も見ずに我慢ならないといった感じで蒼い魔力光をともなって元気よく飛び立っていった。一人で行ってしまったが、まぁ大丈夫だろう。あのロボットがどれだけ強いか知らんが、まぁ断章の僕というからライトよりは弱いだろ。

 

それじゃあロボット一体につき一人が相手するとして残るは……

 

「フラン、テメエも一体片して来い」

「なに!?我がか!?」

「ったりめえだろ。元はと言えばテメエの不始末なんだからよぉ」

「むぅ……」

 

渋い顔でフランは押し黙る。

はやてにも言ったようにガキのケツくらい拭いてやるが、テメエで拭ける分は拭かせる。フランならロボットの相手くらいポケットティッシュ1枚で余裕だろ。

 

「ちっ、仕方がない。己が蒔いた種の処理くらいするか。……いや、そうだ、丁度良い」

 

そう言ってフランは徐に傍にいたユーリの腕を掴んだ。

 

「貴様も来い、ユーリ」

「え!?なんで私もです!?」

「あれはコアさえ破壊しなければ永遠と自動修復する。サンドバック代わりに力の制御の練習をせよ」

「い、嫌です!戦いたくありませんー!私は隼の傍にいて隼を護るんです~!」

 

じらを言いながらフランの腕を振り払い俺の腰に抱きついてくるユーリ。ついでに魄翼を広げて引っ剥がそうとしてくる奴らを牽制している。

 

ふむん。

確かにユーリに力の制御は必要だ。これからもなるべく戦わせないようにするつもりだが、それとこれとは別。しておいて損はない。ウチの奴ら相手に練習をすればいいとは考えていたが、それでも相手が生身なら嫌がるだろう。けど今回は相手が何の感情も持たない機械。罪悪感もほとんど感じないはず。

 

「ユーリ、フランと一緒に行って来い」

「は、隼まで!?で、でも……」

「戦うのは嫌だろうけど、これから先の事を考えて今は辛抱してくれ。……今だって翼が広がり過ぎて被害が甚大な事になってんぞ?」

 

ぶんぶんと縦横無尽に振られる翼に皆が対応……というより応戦しているのが視界の端に映る。

あ、オリジナルが吹っ飛んでった。重ね重ね、なんかゴメン。

 

「これで分かったろ?てか早いとこ力の加減覚えねえと今回は翼だけで済んだけど、次はお前本体がああだぜ?」

 

翼はユーリが収めるよりも早く、夜天が握りつぶしシグナムが斬滅しヴィータが殴り消した。そして3人の怪しく光る目に見つめられて怯えた表情で息を呑むユーリ。

 

「ユーリ、お前の力加減の練習相手、あのロボットがいい?それともウチの奴らがいい?ちなみに容赦しないのはウチの奴らだけど……」

「フラン、行きましょう!」

 

3人の『おう、存分に相手してやんぞ?生死度外視で』という視線から逃れるようにフランを引っ掴んでロボットの方へと飛んでいった。

懸命な判断だ。その潔さ、早くもウチに馴染んできたな。

 

「さて、んじゃ残る1体の相手は──」

「私は嫌です」

 

ここは紫天組で染めていこうと思っていた俺の考えを先読んだ理は、俺が言い終わる前に断固拒否の声色で反応。

 

「何故、私が血も叫び声も上げず命乞いもしないモノの相手をしなければならないのです。しかも甚振り甲斐のないクセに自己修復持ちとか面倒極まりないですし」

「判断基準、物騒過ぎだろ」

「私が好むのは『殺す』ことであって『壊す』ことではありません。だから、ヤです」

 

口をへの字にしてジト目を向けてくる理。

表情は可愛いのに言ってる事は相変わらず殺戮的だ。

しかし、こうなるとコイツは曲がらない。緊急時ならいざ知らず、今は自分以外にも戦える奴がいるからな。拘る時はとことん拘る奴だ。

 

しかし、さて。なら誰に行かすか。

 

「それじゃあ私が貰おうかしら」

「プレシア?」

 

テキトーに誰か行かそうと思っていた矢先、思わぬ奴が名乗り出た。

 

「急にどうしたよ?言っとくが率先して手を上げたからって先生からのよくできましたスタンプは貰えねーぞ?」

「いらないわよ、そんなもの。ただ最近運動してなかったから丁度いいと思っただけよ」

 

プレシアが何かを気にするようにお腹に手をやってさすりさすり。

 

「………………ああ、もしかして太っ──」

「それ以上言ってみなさい。理の拷問も生ぬるいほどの地獄をあなたに刻む」

 

夜天の怒りにも劣らない底知れぬ恐怖の波動をプレシアの瞳から感じられた。

ラスボスの貫禄を垣間見た気がする。

 

「隼、女性に体重の話はダメですよ?」

 

リニスが俺に耳打ちしてプレシアの傍へと向かっていった。そして、その手には1本のステッキのような物が……ん?

 

「え、もしかしてリニスも行くの?」

「はい、もちろんです。プレシアが戦いに赴くとあれば使い魔である私が傍で仕えるのは当然です」

「そっか。老人介護も大変だな」

「あの機械より先にあなたをぶっ飛ばすわよ?」

 

プレシア・リニスの主従タッグかぁ。研究してる時とかはよく見るが、戦う時にってのは初めてだな。普段の喧嘩の時もプレシアはともかくリニスは参加した事なかったし。

 

「ん~……ちょっと心配だけど、まぁリニスが自分でそう言うなら。おいプレシア、お前の命はリニスの命より軽いんだからな。その辺きちんと弁えて戦えよ?」

「主従の関係性を考えると普通は逆よ。もちろん、私はどんな関係性だろうと命に重いも軽いもないと思ってるけど」

「身体はお前の方が重いけどな(笑)」

「次、体重関連の事言ったら……コロス」

 

ラスボスの雰囲気をそのままに、しかしその表情は不快なゴミクズを見るかのように冷め切っていた。

何の飾り気もないシンプルな言葉ってのはここまで怖いんだなぁと他人事のように実感。

 

煽るのはここまでとしとくか。

 

「何時まででも駄弁っててもしゃあねえし。任せた。それじゃ、いってら」

「……行くわよ、リニス」

「は、はい。ええっと、では隼、行って来ます」

 

気まずそうなリニスが俺をガン無視するプレシアと一緒に飛び立っていく。

プレシアの奴、そんな怒んなくても。しょうがない、最後くらいはエール送ってやろう。

 

「頑張ってカロリー消費して脂肪燃焼してこいよ~(爆笑)」

「むぅぅおどったら覚えてなさいよぉぉおおおおおおお!!」

 

ドラップラー効果とともにプレシアたちは夜空へと消えていった。

最後までゴキゲンなプレシアに拍手だ。ぱちぱちぱち。

 

「さて……」

 

なんやかんやとあったが、これで露払いの相手は全員送り出した。残るはユーリの翼によってどこかに吹っ飛んでいったオリジナルの相手だが……。

 

「んじゃ、やりますかね」

 

その相手とはもちろん俺だ。

当たり前だろう?俺が始めた喧嘩で、俺の喧嘩だ。大トリを俺が飾らなくて誰が飾る。

 

さあ、ようやく本当にガチで……俺の今年最後の大喧嘩、始まり──

 

 

 

 

 

「我が主、お願いがあります」

 

 

 

 

 

──ません。




まだ戦わない汗

次回、ユーリの特訓・プレシアのダイエット・ライト、AHO
の短編3本立てのような形。

本格的に戦いになるのは次々回?です。


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29

投稿遅くなり申し訳ありません。


王様が王様してます。あとは平常運転。


 

 

 

『機動外殻』とは。

もとはとある世界で工事現場でなどの作業のさい、人間の補佐として使われる自動機械である。それを紫天の書の製作者が対魔導師として造り上げ書に組み込んだもの。

数は3機。

 

大地を踏み砕き、行く手を阻む者を蹂躙する『城塞のグラナート』。

高出力のビーム兵器で数多の障害を藻屑と化す『海塵のトゥルケーゼ』。

絶対の制空権を誇る天空の覇者『黒影のアメティスタ』。

 

どれも高ランク魔導師十数人分に匹敵する戦力である。的確にコアを砕かない限り、真正面から戦って勝てる相手ではない。

もとより設計時の基本コンセプトが単機による一定範囲の制圧なのだ。自動修復と頑強な装甲を前に一人二人が相手取れるものではない。

 

───であるからして。

 

「うわ~ん!また消し飛んじゃいました~!?」

 

たった一撃で半身を粒子レベルで吹き飛ばし、アメティスタを地に落として『天空の覇者(笑)』にする魔導師は規格外もいいところである。しかも手加減をして。

 

「たわけ!制御が甘すぎると何度言えば分かる!砂粒を指先で1cm弾くほどの加減で撃てと言うとろうが!」

 

そんな規格外であるユーリはその凶悪なまでの攻撃力とは打って変わり、言動はべそを掻いた幼子のそれ。

 

「うぅっ……で、でも最初の頃よりは成長しましたよね!?」

「『人を一撃で100回くらい殺せる』から『人を一撃で90回くらい殺せる』になったのは成長とは言わん。誤差の範囲だ」

 

こやつに力の加減を覚えさせる為、自動修復を持つ機動外殻は打って付けの相手と踏んで連れて来たは良いが、実践すること早20分余り。

成果はご覧の有様。

確かに最初よりは成長した。初めの一撃などコアごと全身消滅させるところであったからな。我が咄嗟にシールドを張って機動外殻を護ってやらねば早々に訓練が出来なくなってしまうところであったわ。

 

「目指す『一撃で運が良ければギリギリ死なない』には程遠いな」

 

目標としては低いが、それでもこやつのスペックを考えたら先は長い。

 

「あの、やっぱりフランが書を使ってエグザミアを制御してくれればこんな訓練なんて必要ないんじゃ……」

「甘えるな。己が力を人に制御してもらい発揮しようなど愚の骨頂ぞ。全力も手加減も自分で思いのままに御してこそ力であろう」

「じゃ、じゃあせめて非殺傷設定の魔法で訓練を……」

「それもならん。生かすも殺すも己が加減一つで成してこそ。裁量をシステムに任せようなど片腹痛い」

 

無論、それらがどれほど難しいのかは我も分かっている心算だ。こやつの力は強大過ぎる。50%、いや30%の出力もあれば我の全力モードである『トリニティブラッド』にも勝てるだろう。

それほどの力を制御するのがどれほど大変か。医者がルーペを使わず繊細な手術を成功させる方がまだ難易度としては低いのではなかろうか。

 

それでも。

 

「これから先も主の傍にいたいのなら頑張る事だな。いつ暴走するかも分からん奴を傍に置いておける程、主の周りは優しくはないぞ?」

 

我の言葉で出発前のシグナムたちを思い出したのか、見る見るうちに顔が青くなっていくユーリ。

それを見て思わず笑みが零れる。少々脅しすぎたか。……というか魔導師として極致にいる存在のユーリを心底恐怖させるあやつらはどんだけだ。

まぁしかし。

 

「ふっ、まぁそう心配するな。奴らも今すぐお前をどうこうしようなど考えてはいまいよ」

 

何だかんだと言ってあやつらは優しい。甘い。ある一つのラインを踏み越さない限り、笑って受け流せる度量があるように見える。

ただし。逆説。

その"ライン"を踏み越した場合、慈悲も躊躇いもないのがあやつらだ。

 

「しかし覚えておけ。心に留めておけ。仮にお前が暴走し誤って主を傷付けようものなら、奴らは容赦せぬだろう」

 

それが。

"主"があやつらの中の不変で不動のライン。侵してはならない聖域。

 

もっとも、それはあやつらのみならず、我も、そして……

 

「私は絶対隼を傷つけません!それだけは絶対です!何があろうとも、それだけは!」

 

で、あるか。で、あろうともよ。

 

「分かっておるわ。そして、万一もそうならぬようこうやって我が見てやっておるのだ」

「フラン……ありがとうございます!」

 

……ふん。

 

「感謝の言葉などいらぬ。貴様は紫天の盟主。癪だが名目上は我ら断章の上におり、主と同格でもある。なれば相応のモノを身に着けよ。いや、そもそももとよりこれは主の為だ。貴様の為ではない」

 

などと言ってみるが、我ながらどうもしっくり来ない。後半はともかく前半の言葉が特に我らしくない。しかし、その原因には何となく心当たりがある。

それは我のオリジナルである断章たちの盟主を敬う思い。力を取り込んだ際、どうやらそれまでも僅かばかり付随されたようだった。

 

「フラン、違いますよ」

「む?」

「フランと私に上も下もありません。ただ『隼の傍にいたい』と思ってる者同士です」

「………」

 

本来ならそのような言葉など戯言だと一蹴しているだろう。主と一緒にいて良いのは我だけだと怒鳴っているだろう。

それが出来ないのはここに主や他の者がおらず、こやつと二人っきりだからか。

 

(……ちっ、面倒な感情を押し付けおって)

 

このようなもの、我のキャラではないわ。

 

「ふん、無駄話はそろそろ仕舞いだ。ほれ、修復が終わったようだぞ」

「あ、本当ですね。よーし、今度こそ!」

「さっさと加減を覚える事だな。でなければ戻るのは我らが一番最後になるぞ?」

 

グラナートの方に誰が行ったかは知らぬが、トゥルケーゼの方はいの一番にライトの奴が向かっていた。そして驚くことに我らがアメティスタと相対する前に決着がついたようだった。強大な魔力の高まりのあと何か大きなものが爆発するような破砕音がここまで届いたのだ。おそらく我のジャガーノートクラスの高ランク魔法を撃ってすぐに決着つけたのだろうと予想するが。

 

(……しかし解せんな。あの戦闘好きが遊びもせず一撃で終わらすなど)

 

先の魔力の高まりから今まで、ライトの奴の魔力は感じない。であれば早々に終わらせたという事だ。返り討ちにあった可能性もなくはないが、それは限りなく低い。同じ断章としてライトのスペックは知っている。いや、鈴木家で暮らしていた分、我の知っているそれよりもさらに強くなっていよう。オートマタ如きではどう頑張っても倒せはせぬだろう。

 

(まぁ良い。早く終わらせた所で結局は小烏待ちになるのだ。奴が出てくるまでこちらはゆるりとやっておってもよかろう)

 

頑張って手加減を覚えようとする悪戦苦闘するユーリ。その姿を見て思うのは呆れと……少しばかりの扶翼の気持ち。

 

「そぉ~っと、そぉ~っと……ハート以外ブレイクマトリクスぅ~、とりゃ~!……って、ああ!?今度はコア以外無くなっちゃいましたー!?」

 

ハート以外ブレイクさせれば、それはそうなるだろう。

やれやれ。

 

「励むが良い」

 

その言葉は誰に聞かれる事もなく、ユーリの泣き声と共に夜空へと解けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てえええええい!!」

 

空気の澄んだ夜空の下、一人の女性の怒号ともとれる声が響き渡っています。そして、その顔は必死とも呼べるべき形相です。

 

「はぁ、はぁ、くっ……のぉお!!」

 

氷点下を下回っていそうな気温なのに、彼女の顔には珠の様な汗が浮かび上がっていて、口から吐き出される白い吐息はとても荒い。

 

「まだ……まだぁあ!!」

 

普段の彼女は、とある一人の男性への態度を除いては知的でクール。冷静沈着という言葉がぴったり当てはまります。よって今の彼女を彼女の子供たちが見たら何事かと目を剥いてしまうでしょう。

かく言う私も、彼女がそうなっている原因を知っているから苦笑を浮かべるに留まれていますが、知らなかったらきっと仰天する事でしょう。

 

「もう、少しぃ……!」

 

猛る女性。私のマスター。プレシア・テスタロッサ。

そんな彼女が相対しているのが、闇の書から召還された機動外殻という全長数十mを越えるオートマタ。

 

「これなら、どう!」

 

今、この場にいない人が声だけ聞けば『プレシアが機動外殻と戦っていて苦戦を強いられている』と思う事でしょう。さらにプレシアの実力を知る人が聞けば『機動外殻とはよほど強いのだな』と勘ぐるでしょう。

 

では、現場で立ち会っている私から事実を述べておきます。──上記の事柄は何一つ合っていません。

 

機動外殻は確かに強いです。並みの魔導師では1対1ではまず歯が立たないでしょう。私もきっと無理です。ですが相手はプレシア。やろうと思えば一撃の下、瞬く間に撃破出来ます。鈴木家の人外魔境集団の影に隠れがちですが、彼女の実力とは本来それほどの物なんです。

 

ならば何故、汗を掻いて荒い息を吐き苦戦を強いられているかのように聞こえるのかというと答えは簡単。

 

わざわざプレシアは鞭による近接攻撃を仕掛けているからです。しかも時には無駄に走ったり、時には無駄に飛び回ったりと、無駄に忙しなく。

 

本来、プレシアの戦い方は中距離や遠距離からの一方的な魔法攻撃。あるいは私が前衛で時間を稼ぎ、後ろからプレシアが一撃必殺の魔法を撃ち込む形です。

間違ってもこんな無駄のある無駄に洗練されてない無駄な動きの戦い方ではありません。

 

では今は何故こんな効率の悪い戦い方をしているのか?……これも答えは簡単。

 

「はぁはぁ……有酸素運動もたまにはいいわね」

 

カロリーの消費、脂肪燃焼……つまりダイエット。

 

(……プレシアぁ)

 

圧倒的、健気!

隼に体重の事を言われたのが余程堪えたんですね。

けれど、そう考えるとプレシアも変わりましたね。前までなら体型もそれに付随する他人からの評価もさほど気になんてしないタチでしたのに。……いえ、今でも他人は気にしてませんね。気にしてるのは、きっとたった一人からの評価だけ。

だから、こうやって頑張ってるんですよね。

 

(ふふ、プレシアもれっきとした女性だったというわけですね)

 

近所の奥さんから化粧の仕方を学んだり、雑誌から流行のファッションを学んだり、こっそりとエステに通ったり、いわゆる女磨きというものをするようになりました。かつての研究一筋だったプレシアからは考えられない行動。

しかも、それがただ一人の男性の事を想っての行いだというのだから、これを健気と言わずして何と言いましょう。

マスターには幸せになって欲しいです。今でも昔に比べたら十分幸せなのでしょうが、もっと、もっと。

 

(あ、そう考えると今のプレシアはいわゆる『幸せ太り』というやつ?)

 

だったらこれから先も危ないですね。正直、私の目から見ても今のプレシア、確かに前より少しふっくらと──

 

「私は太ってないわよ」

「わひゃう!?」

 

いつの間にか背後にいたプレシアに声を掛けられ変な声が出てしまった私。

振り向くとそこには顔から汗をしとしとと滴らせてほのかに頬を赤く染めた彼女が、ジト目で私を睨んでいました。

 

「べ、別に体型の事は考えていませんよ?」

「嘘おっしゃい。目というものはね、口以上に雄弁に物を語る器官なのよ。特にあなたは」

 

そ知らぬ顔で通そうという目論見はどうやらバレバレのようでした。私、そんなに分かりやすいのでしょうか?いえ、きっとこの場合プレシアの勘がいいんでしょうね。女の勘というやつでしょうか?前まではこんな事もなかったのに……隼のおかげでプレシアが女性らしくなっていく事は嬉しいですが、こういう弊害も増えていきそうで怖いです。

 

「えっと、それより機動外殻の相手をしなくていいのですか?」

「今は小休止よ。またすぐに再開するわ」

 

地上の機動外殻を見るとプレシアの召喚魔法で呼び出された大きな鎖で縫い付けられ、ガシャガシャと僅かに駆動音を響かせながらも完全に固定されていました。

今ならどう料理するも自由自在の有様ですね。

 

「まだダイエット運動続けるんですか?」

 

一応聞いてみると。

 

「ダイエット運動?何を言ってるのよあなたは。私は別に太ってないのだからダイエットの必要もないわよ。むしろ標準よりやせ気味だからもっと食べたほうがいいはずよ。でも言ったように最近運動してなかったからこれはいい機会なのであって決してダイエットとかいう行いではないわ。もう一度言うわよ。私は太ってない。分かった?分かったら返事なさいコロスワヨ」

「は、はい、もちろんプレシアは太ってなんかいないです!」

 

肯定しなければ酷い目に遭う。

過去、時の庭園でプレシアから受けた責め苦、それに伴う怒気やら殺気のような威圧感を今の彼女から感じます。

 

「ええ、そうよ。私は太ってない。あのロクデナシ馬鹿男の思い違い。私はただ健康的に運動したいだけなのよ」

 

ついさっきまで、トルクやパワーが車の数百台分はあるであろう機動外殻と綱引きをしていたはずですが、あれも『健康的な運動』の範疇なのでしょうか?

 

「あなたも見てばかりじゃなく、一緒に運動しない?あ、別に他意はないわよ?私もあなたも太ってはいないんだから。でも、まぁもし万が一億が一、体型が変わりそうな時の予行演習も必要でしょ?」

 

台詞の後半部分の言い訳がましい必死さは聞こえなかったとして。

誘っていただけるのは嬉しいですし、使い魔として付き従う気持ちもありますが……。

 

「いえ、今回は遠慮しておきます」

「そう?」

 

私にそこまでのガッツはありません。

それに。

 

「ここ半年で気づいたんですが、体質なのか、私っていくら食べても体型は全然変わらないみたいなんです」

 

その時、私は思いました。

目は口ほどに物を言う、けれどやっぱり口には勝てないんじゃないかって。特に浅慮な事をつい言ってしまうこのお口には。

 

「………………………………………………………………………そう」

 

かつての時の庭園で感じたあの威圧感、それが優しいそよ風だったんだと感じる程のプレッシャーがプレシアから噴出されました。

気のせいでしょうか、彼女の背後に『ゴゴゴゴッッ』という文字が浮かんでいるのは。

気のせいでしょうか、彼女の瞳から赤い涙が流れているように見えるのは。

気のせいでしょうか、彼女の口元が歪んでノコギリで鉄板を無理やり切ろうとするような嫌な歯軋り音が聞こえるのは。

 

……気のせいだったらいいなぁ。

 

「あ、いえ、あ、あの、その」

 

特に運動もしていないのに体中から汗が吹き出てくる感じがして、さらに背筋がゾクゾクとします。

改めて、私は地雷を踏み抜いてしまったんだなぁと思いました。

 

「……それじゃあ私は一人でまた行って来るわね。ただリニス、次からは言葉には気をつけなさい?」

 

しかしプレシアは地雷の爆風を受けて尚、私には一言だけの忠告ですませ、平静を装ってまた機動外殻の方へ。『……確か自動修復機能がついてるんだったわよね』、そう呟きながら眼下へと降りていきました。

ほどなく、轟音と破壊音が夜空に響き渡りました。もちろん、コアを破壊しないように攻撃箇所は調整しているようです。

 

(……機動外殻さん、ごめんなさい)

 

ダイエットマシーンのみならず、私の不用意な発言でストレス解消のサンドバックにも成り果てた機動外殻には謝ることしか出来ない私。

 

加えて。

 

(……プレシア、ごめんなさい)

 

そのやり方もダイエットにはなるでしょうけれど、それ以上に筋肉が上量して結果的に体重は増えてしまうと思いますよ。

なんて、必死に頑張ってるあなたに言い出せない弱い私を許してください。

 

最後に。

 

(……プレシア、もう一つごめんなさい)

 

プレシアには幸せになってほしい。これは紛れも無い本音ですが……私、隼×ザフィーラも見てみたいんですっ!ザフィーラ(写本)×隼×ザフィーラ(夜天)でも可!むしろ応です!

 

この可能性を捨てきれない罪深い私を許してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スプライト、ゴー!!」

 

主からのお任せコールを貰ったボクは一直線にロボットの元へとフライアウェイ!

 

見たところロボットたちはそれぞれが別方向に向かってる。たぶん、ボク達の張った結界の外に出る気だ。きっと外で街を破壊するんだろうなぁ。結界の中でいくら壊しても直っちゃうし。

 

「だけどそうはボクが卸さなーい!」

 

外に出られたら遊べなくなっちゃう。

前、主から遊ぶ時は異世界か結界内だけだって言われたからね。

 

「今日は思う存分遊んじゃうもんねー!」

 

さっきフランから念話があって、どうもあのロボットには『じどーしゅーふく』なる機能があって、コアを壊さなきゃ足とか手とか壊してもすぐに直っちゃうらしい。

それはつまり、ずっと遊んでいられるということ!ずっとボクのターン!夜天ソウル発動!

 

「やったね!最近、遊び相手はフェイトとかシグナムばっかりだったから飽きてたんだよねー」

 

しかもフェイトはすぐに遊び疲れちゃうし、シグナムは殺気ビンビンで斬ってくるから楽しくないし。

だから今晩はボクの心行くまでいっぱい楽しもう!

どうせはやてが帰ってこなきゃ先に進まないし、進んだ先も主が独占しちゃうだろうし。遊べるのはきっと今だけ。

そう考えると、他の2つのロボットに誰が行ったのか知らないけど、たぶんその人たちも時間かけて遊ぶだろうなぁ。よし、ならやっぱりボクもそうし──

 

「いや……いやいやいや、待て待て待てよ?」

 

──瞬間、ボクの天才的頭脳にピシャーンと閃き来たる。

 

他の人たちも遊ぶ。するとロボットの破壊に時間が掛かる。

けれど。

ボクは遊ばずロボットを倒す。すると一番早く主のところに戻れる。

つまり。

一番乗りで颯爽と主の下へボク到着。すると主がそれを褒めてくれる。

 

『流石はライトだな。俺が一番信頼し、信じていて、頼りにしている、最高に愛しい子だ。さあ、俺の、俺だけのライト。こっちにおいで、ご褒美をあげよう』

 

結果。

頭を超わしゃわしゃ撫でられる。

 

「じゅるり、にへへへ~……ハッ!?いかんいかん」

 

ソロバンもびっくりな高度な演算によって導き出された未来を想像して涎が。

 

「こうしちゃいられない!そうと決まれば遊ぶなんて却下だ!」

 

何して遊ぼうかと考えていた頭を切り替える。テキトーに飛行していたギアを切り替える。

誰よりも早くロボットを壊し、誰よりも早く主の下へ!そしてこの頭にわしゃわしゃを!!

 

「届け、うんようの速さまでー!!!」

 

ボクが出せる最高速度でロボットへと爆翔。爆接近。

目標は一番近いやつ!

手にはバルニフィカスがすでに大剣状態。さらにそこから刀身をぐぐぐ~んと伸ばし、真一文字に構える。

ロボットがボクの接近に気づき身体を向けようとしてくるが遅いトロイ鈍間!

 

目標はロボットのど真ん中。なぜなら、弱点は中心にあると相場は決まってるから!

 

「バルニフィカス───一文字斬り!どっせぇぇええい!!」

 

ロボットの横を翔け抜けざまに一刀両断。まるで木綿豆腐……あれ?絹だっけ?汲み出し?揚げ出し?まぁいいや。とにかく柔っこいシャマル特製豆腐を斬るようにズバッと真っ二つ!

 

けれどしかしまだまだボクのターンは終了していない!なぜなら、弱点は頭部にもある可能性がある事を思い出したから!!

 

急停止してロボットの下に急下降。バルニフィカスを右脇に構え直して剣先も下げる。

そして。

 

「やっさいもっさい!もってけダブルだぁ!ちょっせぇぇええい!!」

 

弧を描くように斬り上げながらボク自身も急上昇。人で言うところの股下から頭にかけて、今度は縦に一刀両断。

 

ロボットは、さっきの一刀と合わせて綺麗に十字に分断された。

切り口からバチバチとスパーク音が聞こえ、ほどなく4つに分かれたロボットは大きな音を立てて崩れ落ち──。

 

「ヒートゥ……エンド!」

 

大・爆・発!直る気配は……なし!

 

「くぅ~、やっぱりボク最強!イエイ!」

 

まっ、ボクがちょ~っと本気を出せばこんなもんだよね!主のもとから飛び立ってまだ数分しか経ってないよ。

さてさて、それじゃあさっさと戻って主に撫で撫でしてもらっちゃお!他の所は……うん、どうやらまだ遊んでるみたいだ。つまりボクの一番乗りは間違いな~し!!

 

「それじゃも~どろ!」

 

身体を反転させ、目指すは主のいる方角へ。魔力はまだまだ十分残ってるから、ここに来た時と同じ……いや、それ以上の超速で主の下へ。

ボクは今日、光を超える!!

 

「スプライト、マッハゴーゴーゴー……はっ!?」

 

───その時、ボクの身体に電流奔る!!ざわざわ!?

 

(……もし、仮にボクが怪我をして戻った場合、主はどう反応してくれるだろう?)

 

ボクは今まで怪我らしい怪我をしたことがなかった。普段の生活では言うに及ばず、皆との喧嘩の時でさえかすり傷くらいしか出来たことがない。それは我ながらすごいことだと思う。まぁ、最強だから当然なんだけど。

でも。

ここで思い出してほしい、ボク。以前、アリシアが主と一緒に折り紙をして遊んでいた時の事を。

あの時、アリシアは紙で指を切っちゃって泣き出した。ボクはドジだなぁなんて思ったけど、そこで主が慌てた様子でアリシアを抱きかかえてソファに座らせ、指の傷口を舐めて絆創膏を張り、泣き止むまで膝の上でひたすら頭やら背中やらを撫でていた。

その時、ボクは思ったはずだ。───なにあれ天国だ、と。

 

つまり、ここでボクが怪我をして帰ったらあの時のアリシアにしていた事をボクにも?いや、指を切る程度じゃなくてもっと大怪我をしたら?

 

『そんな、俺の最強のライトが怪我なんて……。大丈夫か?痛むか?よし、すぐに治してやるからこの膝の上においで。……ん?舐めて欲しい?撫でて欲しい?ああ、もちろんだとも。お菓子も欲しい?たんと召し上がれ。そうだ、夜も心配だから今日は一緒に寝ようか。ああ、子守唄&腕枕つきだ』

 

なんて事になる可能性、極めて高し!

 

「ボクって……天才?」

 

天才とは99%の才能と1%の努力と1000%の主愛!By天才・ライト!

改めてこうしちゃいられない!早く怪我しなくちゃ!!

 

「バルニフィカスで首切る?いや、お腹あたりかな?……だめだめ!あんまり大怪我過ぎると病院に連れてかれちゃう!病院やだ~。うーん、程よい怪我はどうすれば……」

 

ふと、ロボットの残骸が目に入った。

 

……あれだ!

 

「あれを頭に……いや、頭は撫でてもらうから額だ!額に落としてタンコブをつくろう!」

 

そうと決まれば即実行。

ボクは壊れたロボットへと近づいて手ごろなのがないか探してみると、ちょうどボクの頭くらいの大きさの残骸が落ちていた。まるで「ようこそ。私はあなたの額にジャストフィットですよ」と言わんばかりだ。

天が味方してる!

ボクはバルニフィカスを傍に置き、代わりに残骸を持った。

 

「よいしょっと!むっ、お、おお……なかなかの重さだ。でもこれなら!」

 

言ったようにボクは今まであまり怪我をしてこなかった。それはつまり頑丈だということだ。なら多少重めの方がいいはず!

シグナムとかはやれ「紙装甲」だ、やれ「回避特化」だって言ってるけど、そんなわけがない!

 

「よし、いっくぞ~!」

 

自分の類い稀なる頑丈さを少しでも軟くするために騎士甲冑は全部脱ぎ脱ぎ!さらに魔力強化を残骸を持ち上げるこの腕以外カット!

さあ、時は来た!いざ、主が迎える天国へ!!

 

「とぅおりゃああああああ!!」

 

ありったけの力を込めて真上へと放り投げる。残骸はおよそ5メートルの高さで僅かに滞空、そして重力に従って落ちてきた。

ボクは額で迎え撃つべく位置を調整。天を仰ぎ見る。

 

「さあ、バッチこ~~~~~~~」

 

───着弾。同時に

 

「~~~~~~い゛ぎ!?!?!?!?!?!?」

 

額からバキンって音がして、そして首からメギャって音がして、さらに多大なる衝撃も襲った。一瞬、目の前がチカチカと明滅したと思ったら、何故か急速に意識が遠のいていっているのを感じる。

 

「はにゃ、ひにゃ」

 

身体が自分のものではないような。あるいは地震でも起きているのかと思うほど、足元が定まらず身体に力が入らず右にふらふら。左にふらふら。

 

あ、これダメだ。倒れる。……そう思ったとき、たぶんボクはもう倒れてて。

 

「ふやぁ~~……がくり」

 

意識もなくなった。

 

《………AHO》

 

最後にそんなバルニフィカスの呟きが聞こえたような、聞こえなかったような。

 

無念。ばたんきゅ~。

 

 



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