日本人のマセガキが魔法使い (エックン)
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原作前
1話


どうも、アットノベルスからマルチ投稿させていただきます、エックンです。
オリ主ものですが、原作にはなるべく忠実に行こうと思っています。
よろしくお願いします


今日は俺の十一歳の誕生日。皆さん、十一歳の誕生日に特別なことはありましたか?あると思いますか?

俺にとって、この後に迎える暖簾の奥にくぐれる十八歳の誕生日や、成人になる二十歳の誕生日の方が思い出に残ると思っていた。そう、思っていたんだ・・・・・

 

「実はな、君もワシたちと同じ、魔法使いなんじゃよ」

 

この爺さんに会うまでは・・・・・。

 

皆さん、俺にとって、十一歳の誕生日は、忘れられないものになりそうです。

 

どうしてこうなった・・・・。俺は朝から今日の出来事を振り返った

 

 

~~~朝~~~

俺は叔父さんと叔母さんの家に住んでいる。両親は俺が幼い頃に事故で亡くなったそうだ。だから、俺は両親の顔も知らないし、どんな人だったかもわからない。

俺の朝はそこそこ早い。まずは五時半に起きて自分の朝食を作る。使える食材は叔母さんが前の日に教えてくれる。今日は卵が一つに食パン二枚だった。調味料はある程度自由に使える。今日は誕生日ということで、調味料に牛乳を使ったフワフワなオムレツを作った。これは毎年の俺の楽しみである。叔母さんも誕生日ということだからか、あまり小言は言わない。実に幸せだ。睨まれるけどね。

自分の食事が終わると大体六時過ぎ。そこから、叔父、叔母、従弟の飯を作る。従弟の名は(きよ)。俺と同い年で、よく俺に突っかかってくる奴だ。なんでも、自分より成績も運動神経もいい俺が気に食わないらしい。ちょくちょく「養子のくせに」みたいな嫌味を言ってくる。そんなんだから、この間、好きな女に振られたんだよ。いい加減に気が付いてくれ。そして、嫌味をやめろ。 

話がそれたな。とりあえず、三人分の朝食を作ったら、大体、叔父と叔母がリビングに来るから飯をだす。そしたら、学校に行く準備をする。俺の私物は全て一階の物置においてあるから、すぐにとれる。便利だ。準備が終わったら、大体、三人とも食べ終わってるから食器を洗って、朝の仕事は完了。意気揚々と学校へ行く。

学校では友達もいるし、普通に楽しく過ごしている。その辺は、学校に通わしてくれている叔父さんと叔母さんに素直に感謝している。

異変が訪れたのは四限が終わった昼休み。給食を食べ終えた俺は放送で校長室に呼び出しを食らった。もちろん、俺も周りも驚いたが、呼び出されたなら仕方ない、と校長室に向かった。

そこであったのが、まあ見事な顎ヒゲを持つご老人。俺に話があるのはこのひとだそうだ。とりあえず、席に着かしてもらって、話を始めようとする。そして、話を始めた老人の第一声が

 

「実はな、君もワシたちと同じ、魔法使いなんじゃよ」

 

実におかしな話だろ?

 

 




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よろしくお願いします


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強制排除?

この目の前の老人曰く、俺は魔法使いらしい。

冗談としか受け取れない発言を鼻で笑う。

 

「冗談、ですよね? どうしたんですか、いきなり」

 

「いやいや、冗談ではない。君は正真正銘、本物の魔法使いじゃ」

 

「そうですか。私の知る魔法使いとは空想のものなのですがね」

 

「そうじゃな、実際に見せたほうが早いじゃろう」

 

「何を?」

 

「魔法じゃよ」

 

そういって老人は懐から杖を取り出すと、軽く振った。

その瞬間、校長室にある全ての物が、俺が座っているソファーさえもが、まるで無重力の中にあるように浮き始めた。俺はあわててソファーにしがみつき、老人を見た。それはもう、いたずらっ子みたいな目をして笑いながら、また杖を振った。すると今度は、宙に浮いたものが輪を描くように回り始めた。まるでメリーゴーランドのようだ。俺は必死にソファーにしがみついていたが、しばらくすると、浮いていたものは全て元の場所に静かに戻った。老人は相も変わらず、笑ったままだった。

そして確信した。この人は冗談抜きで魔法使いだ。体験して分かった。確信しないほうがどうかしてる。

 

「ええっと、すみませんでした、失礼なことを言って。……あなたが魔法使いだとはっきりわかりました」

 

非礼をわびつつ、どうしても心ここに非ずと言った感じになる。爺さんは気にした様子を見せなかった。

 

「そうかそうか。それでは、話を進めるとしよう。まず、君も魔法使いだ、ということはいいかな?」

 

「つまり、あなたと同じようなことができる、ということですよね?」

 

「そうじゃ。では、君の両親が魔法使いだったことは、聞いたことはあるかね?」

 

「いえ、そんな話は聞いたことがありません。そもそも、俺は両親の顔すら知りませんし、死因すら把握してません」

 

「そうか。では、まず、両親の話からするとしよう」

 

こうして、両親のことを知った。

要約すると、両親はそこそこ優秀な魔法使いだったそうだ。しかも、純血、由緒正しき家系の。死因だが、殺されたらしい。ヴォルデモート卿という、名前を言ってはいけないことになっている人が殺したとのこと。両親は本来なら、生きていたはずだった。しかし、マグル、魔法の使えない人間だが、をかばって、ヴォルデモートに殺されたそうだ。話を聞く限り、両親はかなりのお人好しで、学生時代から多くの人から慕われていたそうだ。

その両親が通っていた学校と言うのがホグワーツで、この老人、アルバス=ダンブルドアさんが現在、校長を務める学校らしい。ダンブルドアさんは両親が学生のころからの知り合いで、卒業後も交流があったそうだ。しかし、俺と会うのは初めてだそうだ。

 

「両親のことを話してくれて、ありがとうございます。要件とはこのことですか?」

 

「いや、違う。今日は、良き友人であった君の父の頼みを果たそうと思ってのう」

 

「頼み、ですか。それはなんですか?」

 

「君をホグワーツ魔法学校に入学させることじゃよ」

 

「……はあ」

 

 

自分が何を言われているのか、理解することは出来なかった。

まだ義務教育も終わってないのに、そんなところに行けるはずがない。第一、俺の教育費は叔父たちが払ってるんだ。進学先なんて簡単に決められない。

頭にかすったのはそんな考えだった。

 

「それは少々、無理な話では、と思うんですが……」

 

控えめに否定をしても、老人が動ずることはなかった。

 

「なに、問題はない。君の叔父たちも、すでに了解してくれている。この国の義務教育とやらも、すでに手を打ってある。これで君はホグワーツに来れるはずじゃ」

 

「……そうですか」

 

「君の将来のことも、両親がしっかりと遺産を遺しているから心配あるまい。魔法界に来れば、何もかもわかる。それに、君は今の状況をどうにかしたいと思っているように見えるがのう?」

 

と、何か確信を得ているような感じで俺に言った。

……そう、ダンブルドアさんの話は正しい。俺はこの状況を、叔父たちに頼りっきりの生活を何とかしたいとは思っている。もしかしたら、ほんとにもしかしたら、今の状況から抜け出せるかもしれないのだ。叔父たちに頼ることなく、自立した生活。それが、すぐにでも送れるかもしれない。

ダンブルドアさんを見た。ダンブルドアさんは、どう見ても嘘を言っているようには見えない。そう思うと、だんだん落ち着いてきた。

改めて、自分の状況を確認してみる。

俺は今、いうなれば人生の選択を迫られているのだろう。このままの生活をするか、新しい生活に全てを賭けるか。正直、新しい生活に全てをかけるのは危険な気がする。魔法があることは疑わない。さっき、あれだけのものを見た。もう十分だ。が、だからといって、うまくやっていける保障にはならない。

でも、このままの生活を選んでも、きっと、今と同じ問題に直面するだろう。義務教育は中学まで。中学を卒業すれば叔父たちは俺を学校に行かせる義務はなくなる。世間体を気にして高校まで通えたとしても、大学は分からない。就職が不安なのはどっちも同じだ。なら、少しでも、希望が持てる方を………。

 

「わかりました。ホグワーツに入学します」

 

言ってしまった。これでもう、履歴書に学校は書けない。そんなくだらないことが最後まで頭をかすめた。

 

 

 

 

 

了承の返事をしたことを、早くも後悔している。

確かにこの生活から抜け出せるなら抜け出したい。今、抱えてる最大の問題は、叔父と叔母の脛をかじってしか生きられないこと。その問題が解決できるなら、俺も、叔父たちも今よりずっと気分がよくなる。ホグワーツに通うだけでこの問題が解決できるなら、俺は通うべきなのだ。だが、ホグワーツを卒業した後は? 就職先はあるのか? 聞くに、ホグワーツは七年制。つまり、卒業時、俺は十八、九歳。少なくとも、魔法界から戻ってきても行くあてもないし、就職だって不可能に近いだろう。そうなると俺は魔法使いとして生きるのか、一般人として生きるのか、その選択を行ったことになる。その結果は言うまでもなく、「魔法使いとして生きる」だ。

 

もう一般人、マグルと結婚とかできないだろう。魔法を秘匿とするならば、魔法使いはどう見ても普通ではない。結婚どころか、最悪、マグルの友達すらできなくなるだろう。少年時代の思い出も、普段の生活も、仕事の悩み、住所や電話番号や職業さえも話せないのだから。中学・高校の勉強ができるかどうかもわからない今は、大学にすら僅かの希望も持てない。

そう落胆しながら家に帰った俺を待っていたのは、しかめっ面の叔父と叔母、にやにやしながらこっちを見る従弟。不覚にも涙が出そうだった。

 

「ヒゲ親父にはあったわね?」

 

恐らくダンブルドアのことだろう。頷いて肯定する。

 

「はい、会いました」

 

「で、あなたはどうするつもり?」

 

ここで、俺の考えを聞くのか。少し意外だった。

ダンブルドアによると、この二人はすでに承諾している。言ってしまえば、邪魔が消えるのだ。ならば、逆らうのも難しい。無駄に波風も立てたくない。万が一、ホグワーツ行きを拒否されたとしても、考える機会がもう一度与えられるとも受け止めることができる。

そこで正直な返答を返した。

 

「ホグワーツに、通ってもいいかな、と思ってます」

 

「そう。そうね、そうよね……」

 

ぶつぶつと、叔母は何かを呟き始めた。よく聞こうと耳を澄ますと、それは大声の罵倒に変わった。

 

「やっぱりあなたも両親と同類なのね! 魔法があるですって? そんなでたらめ言って、どこかに行くだなんて! 小さいころからあなたも変だった! 髪がすぐに伸びるわ、瞬間移動するは、何かを消すだッ!」

 

ダンブルドア、話が違う。明らかに了承を得ている相手の反応ではない。拒否反応でヒステリックになっている。

呆然と黙ってる俺に向かって、叔父は一言、

 

「明日に迎えと一緒に出ていけ。二度と帰ってくるな」

 

今後の雲行きが怪しくなってくるのを感じた。




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ロンドンだと思ったか?ダイアゴン横丁だ

十時くらいになった時に、インターホンが鳴った。恐らく、迎えだろう。叔父は警戒しながら、ドアを開けた。そこに立っていたのはダンブルドアだった。

 

「約束通り、刃を引きとりに来た。刃をこちらに連れてきてくれんかのう?」

 

「……少々お待ちを」

 

叔父は無言で俺を玄関まで引き連れ、ダンブルドアの前に突き出した。俺はされるがままになっていた。

 

「うむ、確かに」

 

「これでいいですね。それでは」

 

まるで荷物の引き渡しだ。

なんてことを思う前に、叔父はドアを閉めてしまった。あちらは一刻も早く俺のことを忘れたいのだろう。そんな確信があった。

それは、父さんたちのことを思い出して俺を恐れているからなのか、俺を追いやることへの罪悪感が原因なのかはわからないが、伊達に十年以上も同じ屋根の下で暮らしていない。そんな現実に軽くへこんでいると、ダンブルドアが声をかけてきた。

 

「さて、行くとするかのう。準備はいいかな?」

 

「俺の準備なんて関係ないでしょう?」

 

「ふむ、じゃが、できるものならしたほうがよいじゃろう?」

 

けんか腰の俺に特に気にした様子もなく、俺に準備を促す。準備なんて言っても鞄を拾うだけ。ため息を吐きながら、とりあえず今後のことを考えることにした。

 

「今から、何処に向かうんですか?」  

 

「ロンドンじゃ」

 

淡々と告げられる驚きの知らせ。頭痛を覚えたように頭を押さえる。

 

「俺、英語とか話せませんよ」

 

「大丈夫じゃ。これをつけて御覧」

 

そう言って、ダンブルドアは俺に指輪を差し出した。とりあえず、つけてみたが、何も変わった感じはない。

 

「何ですか、これ?」

 

「これは魔法がかけてあってな。これをつけていると、言語による心配はない。君は英語を読み、書き、聞いて話すことができる」

 

「はあ……。あと、どうやってロンドンまで? 飛行機とかも金がないので乗れませんよ?」

 

「それも、問題ない。準備はできたんじゃな? では、わしのローブをつかんで。そう、それでいい。では、いくぞ」

 

そうダンブルドアが言ったとたん、妙な浮遊感に襲われた。だが、次の瞬間には地面に叩き付けられた。何事だと、状況を把握しようと顔をあげたら目に入ってきたのは全く知らない裏路地の光景。これも魔法か? なんて一人で考えていると、ダンブルドアが話しかけてきた。

 

「ここで、君はホグワーツに必要なものをそろえてもらう。だが、買い物に付き合うのはワシではない。別の者が、付き添ってくれる。ついてきなさい」

 

そう言って、何やら古い店に入っていった。俺はその店の看板を見た。それは確かに英語で書かれていた。しかし、俺は何の苦も無く、英語で書かれたそれを、「漏れ鍋」と読むことができた。驚いた俺は、試に、指輪をはずして再び看板を見た。すると、看板の表記は変わっていないが、俺は何と書いてあるか理解できなかった。 なるほどだ、指輪の魔法は本物らしい。 そのことに若干の感動を覚えながら、急いで「漏れ鍋」の中へと入った。そこでダンブルドアは微笑みながら待っていた。外で何をしていたかお見通しのようだった。

少し不気味だった。俺の考えのどこまでをこの人は知っているのか、本当にわからない。俺が自分のことをあまり信用していないことは知っているのだろうか? 知らなくとも、子供相手には勝手な行動をしないよう、普通は釘を打つ。それとも、自分についてこさせる自信があったのだろうか? 

 

「どれ、子供には少し入りづらい店だったかのう? ここはバーじゃからな」

 

ダンブルドアが冗談を交えて俺に笑いかけた。つかみどころのなく、まじめなのか不真面目なのか。まったくわからない。それも不安の一端を担っていた。

そんな感じでまたもやへこんでいると、いつの間にか変なアーチができていて、奥に石畳の通路が伸びていて……

 

「さて、この先がダイアゴン横丁。君の買い物先じゃ」

 

行き先が、実はロンドンではないことがなんとなく分かった。

 

 

 

ダンブルドアに連れられて、ダイアゴン横丁に来た。そこは俺にとって、理解しがたいものばかりだった。道を往きかう人々も、店の商品も、建物の形すらおかしいものがあった。ドラゴンの肝と書かれた商品はどう見てもレバーにしか見えない。箒を見ながら「ニンバス2000の最新式か……」なんて興奮している子供は俺にとっては掃除用具に発情している変態。

そんな異様な光景の中、ダンブルドアは俺を巨大な、毛むくじゃらな男の前に連れてきた。どうやらこの人が俺の買い物に付き合ってくれる人の様だ。

 

「さて、刃。こちらが、君の買い物に付き合うものだ。」

 

「おお、お前さんがアキラの息子か。なるほど、あいつの幼い頃を見てるみてぇだ……。本当に懐かしい……」

 

「父をご存じで?」

 

「ああ、ああ、知っている。お前さんの親父さんはいいやつだった。俺とも気があった……。ああ、自己紹介がまだだったな。俺はルビウス=ハグリッド。ホグワーツの禁じられた森の森番をしてる」

 

「ご存じだと思いますが、俺はジン エトウです。よろしくお願いします、Mr.ハグリッド」

 

「そうかしこまらんでくれ。俺のことはハグリッドでいい。普通に話してくれ」

 

そう笑顔で言う男、ハグリッドは優しい笑顔で何となくその人となりが分かった。

少なくとも、どこか不思議な印象を与えるダンブルドアよりは安心感を与えてくれる。

 

「そうですか……。えっと、じゃあ、ハグリッド。この後はどこへ?」

 

「ああ、とりあえずグリンゴッツ銀行に行って、必要なものを取らんとな。金が無けりゃ、なんも買えん」

 

「では、ハグリッド、あとは君に任せるとしよう」

 

「ええ、お任せください、ダンブルドア先生!しっかりやりますだ!」

 

ダンブルドアの声掛けに、胸を張って答えるハグリッド。

こうして、ダンブルドアと別れてハグリッドとグリンゴッツ銀行に向かうことになった。

案外近くにあったその銀行は、小鬼が経営している物だった。その銀行は盗人が入ることが無いと思われる程守りが強固で、盗人に入った奴は狂気の沙汰と言われるほど。そのことは入口の二枚目の扉が物語っていた。ハグリッドはカウンターに向かうと鍵をだし、金庫への案内を頼んだ。ほどなくして、別の小鬼がやってきて、後ろの扉を開いてくれた。俺は小鬼についていきながら、ハグリッドに話しかけた。

 

「俺の両親の金庫にはなにがあるの?」

 

「ああ、お前さんに残した遺産と、確か手紙がある。遺産も金だけではない。まあ、見れば分かるわい」

 

「そう……」

 

なんて話しているうちに、トロッコについた。どうやらこれに乗って移動の様だ。三人で乗ったら、トロッコは急に動き出した。それもかなりのスピードで。

 

(……ジェットコースターってこんなもんかな?乗ったことないからわからんが)

 

なんて下らないことを考えていたら、割と早くに金庫についた。何やら吐きそうになっているハグリッドはそっとしておいて、俺は小鬼について行った。

小鬼が扉を開け、中を見てみると、中には金貨と銀貨と銅貨でできた山があった。驚いている俺に、回復したのか、ハグリッドが俺に話しかける。

 

「どうだ。これは、みんなお前さんのものだ! 驚いたろう?」

 

そう言うハグリッドに反応できず、俺はただその山を見ていた。そして、山とは別に鞄が部屋の脇に置いてあるのに気が付いた。

 

「これは?」

 

「おお、それはお前さんの両親が残したものだ。見てみるといい」

 

俺は鞄の中身を見ると、そこには手紙と本が数冊入っていた。

手紙を開けると、両親から俺宛の、遺書だと分かった。

 

『愛する息子 刃へ

お前に親らしいことをするどころか、思い出さえ作ってやれなかったことが本当に悔しくて、悲しくて、寂しくて、何よりお前に申し訳ない。もしかしたら、お前は私たちを恨んでいるかもしれない。寂しい思いも、つらい思いもさせることになった私たちをこの上なく恨んでいるかもしれない。でも、どうか、これだけは伝えたいし、知ってほしい。私たちがお前を愛さなかった時は一瞬もない。そして、死んでもなお、お前を愛している。わがままかもしれないが、お前は愛されていることを、どうか知ってほしい。それだけが伝えたい。お前をずっと見守っている

江藤 彰・加奈』

 

両親の遺書を見て、少し嬉しくなった。俺も子供だ。寂しくなる時もある。両親の愛はこの手紙で十分伝わった。それでいい。もう十分。

少し、淡白な反応かもしれないが、仕方ない。俺からしたら、知らん人からの手紙を両親の物だと判断しただけでも上出来だ。そう見切りをつけて数冊の本へと手を伸ばす。

本にも何やらメモのような物があった。

『これは私たちがホグワーツで学んだことの全て。あなたがホグワーツで役に立てて欲しくて作りました。これには、授業のこと以外にもホグワーツについても載っています。読んでみてね』

 

この本にはどうやら、ホグワーツのことも書かれているらしい。ものすごく助かる。魔法の学校と身構えているが、これがあれば何かと無駄に驚くことも少なくなるだろう。

そんなことを思いつつ、お金と鞄を持って、地上に戻っていった。ハグリッドは、あまり感動した様子を見せない俺に少し疑問を持っていたようだった。

 

「もう行くのか? 手紙もざっと目を通しただけだろうに」

 

「本もあるんだ。後でじっくりと目を通すよ。それに、買い物だってしなくちゃならないでしょう? 本の量も多いし、後でじっくりね。トロッコに行こうか」

 

ハグリッドはまたトロッコに乗ることが分かって青ざめている。  

ついでに、俺は、初めてここに来て良かったと思えた。

 




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杖、宿、確保

銀行を出たすぐに他の物を買いに行くことにした。買い物が終われば、丁度、お昼時になるそうだ。最初は制服の調達となった。制服は「マダムマルキンの洋装店」で買うらしく、近くにあるその店に入った。マダム・マルキンは俺を見ると少し驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑って俺に話しかけた。

 

「坊ちゃんもホグワーツだね?中国人かい? 珍しいね! 全部ここで揃いますからね。今、丁度、二人の若いお方達が丈を合わせているところよ」

 

そう言って俺を店の奥に連れて行った。そこには背の低い少しオドオドした少年と栗色のふさふさした毛をした少女がいた。少女はこちらに気が付くと笑いかけながら話しかけてきた。

 

「あら、東洋人よね? 珍しいわね! あなたもホグワーツかしら?」

 

「ああ、そうだよ。君達も?」

 

「私達もなの! ああ、ホグワーツに入学できるなんて、本当に嬉しくてたまらないわ! 最高の魔法学校って言うじゃない? そんな所でこれから魔法を学べると思うと楽しみで仕方ないわ! あ、私はハーマイオニー・グレンジャー。で、こっちは……」

 

栗色の髪の少女は明るい表情でそうまくしたてた後、後ろの方でオドオドしている少年へと話題を振った。

少年は一瞬、ビクリとこわばった様子を見せたが、何とか自己紹介ができたようだった。

 

「は、初めまして……。僕は、ネビル・ロングボトム……」

 

「ああ、初めまして。俺はジン エトウ。ついでに日本人だ。よろしく頼むよ」

 

「あら、日本人だったの? 私、一度は日本に行ってみたいと思っていたのよ! ねえ、日本ってどんなところか教えてくれない?」

 

「うん?そうだなぁ……。じゃあ、俺の住んでた所について話すか。俺が住んでた所は…………」

 

そんな感じで、グレンジャーとロングボトムに日本について話していると、二人は寸法が終わったようで、話を切り上げ、「また会えるといいね」なんて挨拶を交わしながら、ロングボトムは割と切実に言っていたが、二人は出て行った。

ほどなくして俺も寸法が終わり、外にいるハグリッドに合流した。その後は教科書など一通りそろえ、最後に杖を買いに向かった。杖は「オリバンダーの店」で購入することになった。ハグリッドは何やら他に買いたいものがあるらしく、店には俺だけが入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

そう柔らかい声が聞こえ、その方向を見ると、老人が立っていた。

 

「杖をお求めかな? ふむ、見たところ東洋人のようだが……。もしや、君は日本人かい?」

 

「ええ。ジン エトウと言います」

 

「おお、あの人たちのご子息か。なるほど、よく似ている」

 

「あなたも両親をご存じで?」

 

「ええ。よく覚えてますよ。私は誰がどんな杖を買ったかは決して忘れません。お二人とも、自分にぴったりの立派な杖を買っていきました。亡くなってしまったのが少々残念ですね。いや、申し訳ない。不謹慎でしたな。それでは、あなたの杖を選びましょう」

 

そう言って、俺の腕やらを測ると、箱から杖を持ってきた。何本か俺が握って試したのだが、あまりしっくりくる物が無いのか、オリバンダーさんはすぐに取り変えてしまう。そして、そろそろ十本目を超えるか?という時に、俺の杖は決まった。

 

「では、これはどうでしょう?桜に龍(たつ)のヒゲ。二十五センチ。固い」

 

そう言われて持った杖は、俺の手にしっくりとおさまった。試に振ると、杖からは綺麗な光の球が溢れる様に出てきて、店を照らし、宙に舞い、そして消えて行った。どうやら、これが俺の杖の様だ。

 

「ブラボー! 素晴らしい! いやいや、まさか、その杖がここまで合うとは……」

 

「この杖、何か問題でも?」

 

「いやいや、君には何の問題はないでしょう。ただ、この杖は少し気難しいのでね。恐らく、君にしか扱えまい……。いやはや、私が生きているうちにその杖の持ち主に会えるとは……。素晴らしい杖なのだが、今まで使い手が見当たらなかったんですよ……」

 

オリバンダーは満足そうに俺の杖を見つめた。何やら杖が生き物のような話し方をする。そこに職人の気質というものを感じながら、自分の杖を一撫でし、杖の料金を払って外に出た。するとハグリッドが丁度、向こうから出てきた。何やら荷物を持ているようだ。あれがさっき言っていた買いたい物だろう。

 

「ハグリッド、何を買ったんだい?」

 

「おお、そこにいたのか、ジン!いや、何、少し俺のペットの餌をな……」

 

そう言ってハグリッドが持っている袋は、何やらもぞもぞ動いている。

是非、ペットを見てみたいものだ。恐れ半分興味半分。そんな感じでハグリッドの荷物を眺めた。

これで、買う物は全て揃ったわけで、昼飯にしよう、ということになった。

昼飯は、周りの異様さを考えたらまともなもので、かえって異様に見えた。俺はミートパイにサラダ、かぼちゃのスープを頼み、とりあえずハグリッドと話すことにした。

 

「ハグリッド。そういえば、マグル出身の奴ってどれくらいくるんだ?」

 

「うん? ああ、お前さんが思ってるよりも多いと思うぞ。大体、えーー、三分の一位がマグル生まれだな。なんだ、どうかしたのか?」

 

「いや、ちょっとね。今日、ホグワーツに行くって奴らに会ったんだけど、ホグワーツに行くのが楽しみだって言うからね……。そういった奴らばっかりなのかなって気になって。なんだか、俺が場違いな気がするし……」

 

「何?お前さんはホグワーツに行きたくないのか?」

 

驚きと、不審そうなハグリッドの声に慌てて弁明する。

 

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、俺の場合は行くしかない状況だったから……。うまくやっていけるか不安なんだ」

 

そう言うと、ハグリッドは納得したような表情をした後、すぐに申し訳なさそうな顔で俺から目をそらし、何か考え始めた。恐らく、俺の気にさわるようなことを言ってしまったのを気にしているのだろう。

会って間もないが、ハグリッドが優しい人だというのがなんとなく分かった。ただ、考えるのは苦手な様で、今回みたいに言ってから後悔することが多そうだった。隠し事も向いてなさそうだな。

そんなどこか自分を棚に上げる感じでハグリッドの評価を下していたら、何か思いついたのか、俺の方に向き直り話し始めた。

 

「まあ、お前さんなら大丈夫だろ。両親も立派な魔法使いだったから、お前さんも立派な魔法使いに違いない。それに、お前さんと同じように両親が魔法使いでマグルに育てられちょるのを俺はもう一人知っとる。その子も今年、ホグワーツに来ることになっとる」

 

「へえ、俺と同じような子がもう一人いるんだ……。どんな奴なの?」

 

「ああ、その子は魔法界じゃちょっとしたスターみたいなやつでな、誰でも知ってる。なんでも、例のあの人から唯一、生き残った奴だからな。それだけじゃない。その子を襲ってから、あの人はいなくなっちまったんだ! だからお前さんの年頃の子は皆、その名前を聞いて育ったはずだ。」

 

「なんていう名前?」

 

「いいか? よく聞いとくんだぞ?その子の名前は……ハリーポッターだ!」

 

「……へえ、そう」

 

正直、名前だけ聞いてもなんもわからない。いや、通称「例のあの人」から生き残ったていうのがすごいのだろう。「例のあの人」に関しても両親の敵(かたき)以外は知らないに等しい。それに、今年にホグワーツに入学なら俺と同い年はずだ。ダンブルドアからは例のあの人がいなくなったのは十年近く前と聞いている。俺がまだ赤ん坊の時だ。それなら、「例のあの人」がいなくなったのにポッターが直接の原因なのは考えにくい。ハグリッドの言い方からすると、魔法界ではポッターが例のあの人を殺したことになっているのだろうが、俺からするとポッターはその場に居合わせただけという可能性の方が高そうだ。

しかし、ポッターにあってから「例のあの人」が姿を現さなくなったというのは事実らしく、ポッターに何かがあってもおかしくはないとも思えた。

 

「とりあえず、ポッターは例のあの人を倒した英雄ってことでいいのかな?」

 

とりあえずで出した結論に、ハグリッドは嬉しそうに大きく頷いた。

 

「ああ、そうだ」

 

「なら、なんでポッターはマグルに育てられてるの?」

 

「ああ……。まあ、お前さんと同じ理由だな」

 

「……そっか。ごめん」

 

ハグリッドは落ち込んだ様子でポッターの境遇のことについて声を漏らす。ハグリッドはポッターに思い入れが強いようで、まるで自分のことの様に意気消沈している。思わず謝ってしまった。

 

「いや、まあ、お前さんは悪くない。とりあえず、俺が言いたかったのは、お前さんと同じ境遇の子がいるってことだ。だからそう落ちこむな」

 

「……ああ、ありがとうハグリッド」

 

やはり、俺もハグリッドのこと言えないな、なんて苦笑いしていたら昼飯が来たので話をいったん置いといて飯を食べるのに集中した。食べ終えたら、この後、何をするかをハグリッドに聞くことにした。

 

「なあ、ハグリッド。この後は何かすることあるの?」

 

「いや、今日はこれで終わりだな。あとはお前さんが泊まる宿まで行くだけだ。あ、あと、これを渡しておかんとな」

 

「これは?」

 

「ホグワーツ行きの切符だ。詳しいことは切符に書いてある。さて、宿まで行くとするか」

 

俺が泊まる宿はもう決まっているらしく、「ゴードンの宿泊所」というところが俺の宿泊所になるらしい。ホグワーツ行きの列車が来る九月一日、今から約二か月はそこで生活するわけだ。時間はたっぷりあるし、両親が残したホグワーツについての本を読み切ることができそうだ。しばらく歩くと、建物も少なくなり、だいぶ静かなところに来た。ハグリッドがふと一つの建物の前で立ち止まった。

 

「ここが、お前さんの泊まるところだ」

 

そう言って俺を連れて宿に入っていった。宿に入ると、しかめっ面のおっさんが一人、カウンターに座っていた。おっさんはハグリッドを見ると、少し表情を和らげ話しかけてきた。

 

「おお、ハグリッドか。久しぶりだな。何の用だ?」

 

「ああ、ゴードン。アキラの息子を連れてきたんだ。ほれ、こいつだ」

 

そう言って俺をしかめっ面のおっさん、ゴードンさんの前に持ってきた。正直、しかめっ面のゴードンさんは中々の迫力があって怖い。ゴードンさんはカウンターから立ち上がり、俺をしばらく見ると、ポケットから鍵を取り出し、渡してきた。

 

「これは?」

 

「お前の両親がお前のために残した部屋の鍵だ。部屋は三階の一番奥だ。行ってくるといい」

 

それだけ言って、ゴードンさんはカウンターに戻った。とりあえず、俺はハグリッドにお礼と別れを告げて部屋に向かった。

部屋は両親が残したという割には普通の部屋だった。ベッド、机、タンスに棚にクローゼットと、家具一式は揃っており、生活には困らないだろう。俺が荷物を整理していると、部屋のノックが聞こえ、返事をするとゴードンさんが入ってきた。

 

「ここがお前の部屋だ。生活のことは気にするな。お前の親父と約束してある。飯は毎日、朝は六時から八時、昼は十一時から二時、夜は午後の六時から九時だ。シャワーは何時でも浴びていい。何か質問は?」

 

「いえ、特には」

 

「そうか……。何かあったら遠慮なく俺に言え。下のカウンターにいる」

 

そう言って、ゴードンは下に行った。ぶっきらぼうだけど、優しいと思えるような人だった。少し安心した俺は、とりあえず、夕食まで両親の本を読むことにした。

初めての一人部屋には違和感を感じながらも、初めての自由を感じていた。あと二か月、きっといい時間を過ごせそうだ。

 




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賢者の石編
キングズ・クロス駅


「ゴードンの宿泊所」に来てから、約二か月が経った日の夜。ホグワーツ入学も、とうとう明日だ。両親の本も読み終わり、教科書の予習、これは両親の本に強く推奨されていたことだが、もほとんど終わらせた。早いものだ、なんて感傷に浸りつつ、ある問題に向き合っていた。

 

「キングズ・クロス駅 九と四分の三番線 十一時発」

 

少なくとも、このような駅のホームは聞いたことも無ければ見たこともなかった。

最初はゴードンさんに聞けばいいと分かった瞬間に解決したと思った。だが、ゴードンさんに聞いたら期待した返答は帰ってこなかった。

 

「なんだこれは……。聞いたこともないな」

 

当然だが、両親の本にも何も書いてないし、ハグリッドに聞こうとしても連絡手段はフクロウのみ。絶対に間に合わない。必死に考えたが、何も手は思い浮かばず、気が付けば朝になっていた。当然、一睡もしていない。

時間も押しているので、とりあえずキングズ・クロス駅に向かうこととなった。

 

 

 

 

キングズ・クロス駅に着いた。当たり前だが、手掛かりは何もない。送ってきてくれたゴードンさんは心配そうにこっちを見ているが、あまり気にする余裕はなかった。

ホグワーツに行けなければ身寄りはなくなる。よしんば、ゴードンさんに面倒を見てもらえるとしても、それは一時的なもの。何も手が無ければ、自立の道は約四十分後に断たれるのだ。

途方に暮れていると、向こうに、見たことがある顔が見えた。一瞬だが、こちらを向いたとき、確信した。まだ手はあった。何も考えずに、ただ、走った。

楽しげに歩いているそいつの肩を後ろから掴む。楽しげだった様子から一転して体をこわばらせ、ヒッと短い悲鳴が聞こえた。

 

「グレンジャー!」

 

声をかけると、こちらを振り向いて顔を確認する。俺のことを覚えていたようで、顔を見た瞬間に安堵の様子は見られた。が、表情は硬いままだった。

 

「ど、どうしたの? えっと、ジン、よね?」

 

「なあ、どうしても確認したいことがあるんだ」

 

そう言って、逃がしはしまいと正面に回り込み肩をつかむ手に力を込める。

 

「え? ちょ、ちょっと待って!」

 

必死になるグレンジャーの声を聞いて、少し落ち着いた俺はグレンジャーを離し、向き合い直し、真剣に話しかけた。

 

「グレンジャー、どうしても聞いておきたいことがある」

 

「……ここじゃないとダメ?」

 

「ああ、今すぐ答えて欲しい」

 

「え、あの……大事なこと?」

 

「場合によっては、俺の今後に関わる」

 

これほど真剣な声と表情ができたのは生まれて初めてかもしれない。そんな感動を味わうこともなく、グレンジャーに思わず迫る。そんな俺を見て、グレンジャーはまたも肩をこわばらせる。

 

「お、落ち着くから待って!!」

 

そう言って、深呼吸するグレンジャー。落ち着いたのか、俺に向き直って、少し緊張した声で聞いてきた。

 

「落ち着いたわ。は、話って何?」

 

「ああ、それは」

 

ポケットから切符を取り出すと、グレンジャーに尋ねた。

 

「九と四分の三番線ってどうやって行くんだ?」

 

グレンジャーの呆けた顔を見たのは初めてだった。

 

 

 

無事に列車に乗り込み、同じコンパートメントに乗り込むグレンジャーへと話しかける。

 

「助かった。死ぬ思いだったんだ」

 

「駅のホームだけでずいぶん大げさね……。でも、確かに分からなければ焦るわよね。あなたに切符を渡した人、ずいぶんと抜けてるのね。説明もなしだなんて。……それにしても、ずいぶんと取り乱してたわね」

 

「忘れてくれ」

 

荷物を整理し、一段落したところで席に腰を掛けホグワーツの話をする。話題を変えたいという気持ちもあった。

 

「そういや、グレンジャーってどれくらいホグワーツについて知ってるんだ? ホグワーツが楽しみだってことはある程度知ってるんだろ?」

 

「……正直、ほとんど知らないわ。でも、教科書はほとんど暗記してるから授業で何やるかはばっちりよ。」

 

「授業のこと以外は知らないのか?」

 

「ええ。魔法界のこととか色々と知らなくちゃいけないことが多くて、ホグワーツのことまでは手が回らなかったの」

 

「もしかしてお前、マグル生まれなのか?」

 

少しばかり大きな声が出た。そんな俺にグレンジャーは不思議そうな目を向ける。

 

「ええ、そうだけど。なんでそんなに驚くの?」

 

「いや、ホグワーツに詳しそうだったし魔法が楽しみだって言うから。……そうか。なら、この本貸そうか? 生徒の目線でホグワーツについてまとめてある」

 

「そんな本があるの? ちょっと貸してもらえる?」

 

話題の転換には成功したようで、好奇心が勝ったのか俺が貸した本に意識を取られている。一安心していると、ドアにこれまた見知った顔が現れた。俺は少し戸惑った表情のそいつを歓迎するために立ち上がり、コンパートメントのドアを開いた。

 

「よお、久しぶりだな、ロングボトム」

 

「ひ、久しぶり、ジン。覚えてくれてたんだ……」

 

「ああ、そりゃそうだ。ホグワーツで一緒になる二人しかいない知り合いの一人だ。忘れるはずがない。入れよ。もう一人くらいは余裕で入るぞ?」

 

俺の言葉が嬉しかったのか、ロングボトムは少し顔を赤らめ、照れながらコンパートメントに入ってきた。中に入ってようやくロングボトムに気が付いたのか、グレンジャーは本から顔をあげ、話しかけた。

 

「あら、ネビル! 久しぶりね! 元気だった?」

 

「あ、うん、久しぶり、ハーマイオニー。元気だったよ。……何を読んでるの?」

 

「これ?ジンから借りたの。ホグワーツについて書かれてるわ。……これ、すごく解りやすい、いい本だわ。どこで買ったの?」

 

「ああ、それ、俺の両親が書いたんだ。俺がホグワーツに行っても困らないようにってな」

 

「そう……」

 

本が売られていないことを知ると、グレンジャーは少し残念そうな顔をした。しかし、すぐに明るい顔で俺に問いかけてきた。

 

「あなたの両親ってすごく優秀な方なのね! 何をしてる人なの?」

 

「さあ? ……両親は俺が小さい頃に死んだ。だから、何してたかなんて分からん」

 

予想通り、悪いことを聞いてしまったと思ったのかグレンジャーも、聞いていただけのロングボトムも少し暗い表情になってしまった。

 

「ああ、気にしないでくれ! むしろ聞いてくれてよかった。俺から両親が死んだなんて話しにくいしな」

 

「そう……。でも、ごめんなさい。嫌なこと思い出させてしまったでしょう?」

 

正直、思い出せるような記憶さえないが、それを言ったらまた暗くなってしまうと考えると何も言えなかった。俺が曖昧に頷いて誤魔化していると、列車が発車した。ホグワーツでの生活の始まりだ。

不安しかないがとりあえず、今は目の前の友人二人との会話を楽しもう。

 

 

 

 

 

「ねえ、ジンはどこの寮がいいの?」

 

列車が発車してしばらく、グレンジャーとロングボトムの二人とホグワーツについての話をしていたのだが、急にグレンジャーが俺に聞いてきた。

 

「俺か? さあな……。両親はグリフィンドールだったらしいし、両親と同じってもの悪くない。お前はどうだ、ロングボトム?」

 

「えっと……。僕もグリフィンドールがいいかな……?」

 

「二人ともグリフィンドールなのね? 私も絶対にグリフィンドールがいいわ! ダンブルドアもそこ出身だって言うし。レイブンクローも悪くないけど、二人もいるし、やっぱりグリフィンドールがいいわね!」

 

「まだどこって決まったわけじゃないし、僕たち、一緒になれるかなぁ……」

 

「なれたらいいな。そういや、本にも寮について載ってたな。えっと……これだ。そうそう、親父が書いた文だったな」

 

両親が書いた本だが、母さんと親父の二人が交互に書いている。だから、途中で文の口調が変わっている。俺はこれはこれでこの本に一層の親しみを持てていた。

 

「寮は四つに分かれている。ハッフルパフ・レイブンクロー・スリザリン・そして私たちが所属していたグリフィンドール。寮の組み分けは組み分け帽子によって行われるため、何が基準となって分けられるかはハッキリとわからない。家柄や血筋、才能といたる推測が成されているが確信に至るものは未だない。私見では、恐らく、組み分け帽子をかぶった人の性格が大きく関わっている。性格に重きを置いていると主張の文を引用すると

 

ハッフルパフに行く人は、自由を重んじる。自分の好きなことを見つける喜びをこの寮では手にするだろう。

 

レイブンクローに行く人は、知識を重んじる。物事を様々な方向で捕える広い視野をこの寮では手にするだろう。

 

スリザリンに行く人は、結果を重んじる。いかなる状況でも目的を達する狡猾さをこの寮では手にするだろう。

 

グリフィンドールに行く人は、勇気を重んじる。どんな時も誇りを持つ心をこの寮では手にするだろう。

 

君が自分の望んだ寮に入ることを願っている。しかし、どの寮に入っても、きっとホグワーツは楽しい所だと言っておこう。

 

 

……だとさ。意見は変わったか?」

 

「そうね……。やっぱり、レイブンクローもいいと思えてきたわ」

 

「僕は、ハッフルパフかもしれないなぁ……」

 

「なんだ、ハッフルパフは嫌なのか?」

 

「うん……。だって、あそこは劣等生の行く場所だって、よく聞くし……。きっと、僕はハッフルパフだ。僕、勇気と誇りなんて持てないし、二人と別々なっちゃう……」

 

「……ま、まあ、まだ決まったわけじゃないんだ。そう落ち込むなよ」

 

ロングボトムに寮の話は禁物だな、と心に刻んでおいた。

時間を見るとそろそろ一時。そろそろ昼食にしようというグレンジャーの提案に賛成し、昼食をとることにした。

 

グレンジャーはサンドイッチ。中身はツナで、グレンジャーの好物らしい。

ロングボトムもサンドイッチだが中身が怪しい……。ロングボトムの好物らしい。

俺はおにぎりだ。中身はツナマヨ。贅沢をいうならば、梅の方がよかった。しかし、ロンドンに梅なんてないだろう。むしろ、握り飯を用意してくれたことに感謝するべきだろう。

グレンジャーもロングボトムもおにぎりを珍しそうに見ている。グレンジャーに至っては

 

「日本食……」

 

と、感動してる。

 

「……弁当の中身を交換し合うか?」

 

と聞いてみたところ、二人とも喜んで承諾した。

俺はおにぎりを渡し、グレンジャーとロングボトムからサンドイッチをもらった。グレンジャーとロングボトムもサンドイッチ同士で交換し、結局は三人で交換する形となった。二人ともこんな感じで弁当を分け合うのが初めてらしく、すごく楽しそうにしている。三人とも話すことなく、ただ食べるだけの昼食となったが空気はどこか楽しげなものだった。

昼食も終わり、そろそろ降りる準備をしようという時にロングボトムが急に悲鳴を上げた。

 

「ああ! ト、トレバーがいない!」

 

「どうした、急に? トレバー? なんだそれは?」

 

「きっと、ネビルのペットよ。ホグワーツにはペットを持って来てもいいことになってるから。何を持って来たの?」

 

「ヒキガエル……。いっつも僕から逃げるんだ。せっかく、叔父さんからもらったのに……」

 

意気消沈と言ったロングボトムの様子は心に来るものがあった。グレンジャーと目を合わせる。

 

「……まだ時間もあるだろうし、探しに行くか」

 

「そうね。じゃあ、私はローブに着替えてから行くわ。先に探してて」

 

「ああ。行くぞ、ロングボトム」

 

「う、うん。ゴメンね……。ありがとう」

 

「気にすんな。俺はとりあえず後方から回るから、前方に行っててくれ。グレンジャーも着替え終わったら前の方に行ってくれ」

 

「分かったわ」

 

そう言って、俺は後方へ、ロングボトムは前方へ向かった。俺達がいたコンパートメントは後ろの方にあるので、割とすぐに一番後ろまで来た。一番後ろには、ヒキガエルが静かに座っていた。

一際大きいそいつは、ふてぶてしい態度で見返してきた。

こんなヒキガエルに逃げられるなんて、悪いがロングボトム以外にそういないだろう。とりあえず、こいつを捕まえて終了だな。

そう思って手を伸ばしたのだが、避けられた。偶然かと思ってもう一度捕まえようとしたが、また避けられた。なるほどロングボトムが逃がすわけだ、なんて考えつつカエル取りに専念しするが、こいつがまた避ける避ける。しかも、避けるだけ避けると、また最初にいた位置に戻る

疲れた俺はとりあえずヒキガエルを見た。その憎たらしいほど堂々と座っているカエルは、何処か渋谷のハチ公を想起させる。ヤケクソになって、カエルに話しかけた。

 

「おい、ロングボトムがヒキガエルを探してたぞ。お前の飼い主か?」

 

すると、驚いたことに、ヒキガエルは真っ直ぐにこちらを向いた。そんな動作にむしろ俺が戸惑ってしまい、動物の知能の有無について思わず考えをめぐらせた。試すようにヒキガエルに手を差し伸べて、

 

「ロングボトムのところまで連れて行ってやる」

 

と言ってみた。予想通りというか予想外というか、ヒキガエルはおとなしく俺の手に乗った。もし、このヒキガエルがロングボトムの物だったら、全ての動物に知性がある可能性が出てくる。そんなことになれば動物愛護に目覚めそうだ。

そんなくだらないことを考えながら、俺はコンパートメントへ戻ったのだが、誰もいなかった。

恐らく、前の方でまだ探しているんだろう。見つけたと報告しに行かなくては。

しばらく進むと、どっかのコンパートメントの中からグレンジャーの声が聞こえた。そのコンパートメントを覗くと、中にはロングボトムと知らない少年二人がいた。とりあえず、ノックをして中に入った。

 

「ちょっと失礼するよ。おい、ロングボトム、こいつか?」

 

「ああ、トレバー!ありがとう、ジン!」

 

「いや、いいよ。というか、お前らは何をしてたんだ?」

 

「ああ、この子が魔法を使うって言うから見学してたの。失敗しちゃったけど」

 

そこまで聞いて二人を見てみたが、黒髪の方はなんだか気まずそうにしているし、赤髪に至っては少し顔を赤くしてこちらを睨んでいる。どうみても友好的とは言えない空気に、ため息ひとつついて早々にここを出ることにした。

 

「すまないな、二人とも。こいつらが勝手に入り込んだようで。問題も解決したし、すぐに出ていくよ」

 

「あら、勝手じゃないわよ? ちゃんと見学の許可を取ったもの」

 

「はいはい、とにかく戻るぞ。ほら、ロングボトムもだ。さて、それじゃあ失礼するよ」

 

俺の物言いに少し不機嫌になったグレンジャーとおろおろしてるロングボトムを引きずり、呆気にとられている少年たちを残して元のコンパートメントへ戻った。

コンパートメントに着いたら、もうすぐホグワーツにつく時間のようで、グレンジャーには外で散歩してもらい俺とロングボトムはローブに着替え、荷物をまとめた。

荷物をまとめ終えると、グレンジャーが帰ってきて、その後すぐにホグワーツに到着した。

 

なんとも幻想的な風景に、俺は日本の街並みが何故だか恋しくなった。




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組み分け

列車を降りると、ハグリッドがいた。どうやら、一年生の案内を任されているようだ。全員、ハグリッドについていき、暗い道を歩き、船に乗り、大きな扉まで来た。ハグリッドが扉を三回叩くと、扉はぱっと開き、中からエメラルド色のローブを着た背の高い、厳しそうな顔つきをした魔女が現れた。

 

「マクゴナガル先生、イッチ年生の皆さんです」

 

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

今度は魔女、マクゴナガル先生が案内役となった。マクゴナガル先生は俺達をホールの脇にある小さな空き部屋に押し込んで話し始めた。見た目通り、厳しい物言いで注意を終えると、部屋を出て行った。そこでホッと一息つき、あたりを見渡した。ほかの生徒は何やら緊張しているのか、何処かそわそわしている人が多かった。何人かの話を盗み聞きしたところ、組み分けの方法が試験だと思っているらしい。グレンジャーもそれを聞いたのか、俺に話しかけてきた。

 

「ねえ、組み分けって、組み分け帽子が行うんじゃないの?」

 

「本にはそう書いてあったな。まあ、親父が入学したのも二十年以上まえだし、変わってても不思議じゃないな。そんなに時間がたってたら、帽子もダメになるかもしんないし」

 

「……そうね。試験かもしれないわね。」

 

そう言って、グレンジャーはブツブツと早口で教科書の呪文を唱え始めた。そんなグレンジャーの行動に一層緊張を強くする者もいた。確かに、まだ入学もしていないのに教科書の内容を覚えているものがいたら不安にもなる。それがクラス分けに響く可能性があるとしたらなおさらだ。

流石に、周りの目も気になったのでグレンジャーの頭を軽く小突きやめさせる。グレンジャーはなぜ俺に小突かれたのか分からないようで、俺を睨んで喰いかかってきた。

 

「ちょっと、何するのよ!」

 

「そう周りを緊張させるな。それに試験とは決まってないんだ。少し落ち着け」

 

「でも、準備するに越したことはないわ。呪文の復習くらい、やっておくべきでしょう?」

 

「普通は入学前に教科書を丸暗記しないんだよ。試験前にそんなことやられたら周りが緊張する」

 

まだ納得していないグレンジャーが反論しようと口を開いたとたん、いきなりゴーストたちが現れた。驚かなかったのは、両親の本のお蔭だろう。ゴーストたちは話しながら、こちらに見向きもせずスルスルと壁を越えていく。何人かは、こちらに気が付いて友好的に話しかけてきたが、すぐにマクゴナガル先生が戻ってきたので部屋の向こうへ行ってしまった。

マクゴナガル先生についていき、大広間へ入っていった。そこは不思議な光景だった。数えきれないほどのロウソクが宙に浮き、テーブルには金色の大皿とゴブレットがあり、天井は本物の空のように見える。本で読むのと実物で見るのは全く違っていて、すぐにその光景に魅せられた。しかし同時に、なんだか自分が場違いにも感じた。これだけの光景を目にして、驚くのは当たり前だろう。魔法界出身のロングボトムが、緊張を忘れて周りをキョロキョロ見渡しているのがそれを証明している。しかし、この光景を前にして、その魅力より、これが普通となってしまうことを心配する人はこの中に何人いるのだろうか。

この光景は、改めて、自分が魔法の世界に来たことを実感させるものだった。もちろんそれは他のマグル出身の人も同じだろう。しかし周りを見ても、この光景に感動したり魅了されたりと、不安な表情はしていない。皆が組み分けの不安を忘れて、この光景に魅入っている。そこにはマグルの世界への未練は見られない。それが、なんとなく俺に場違いだと思わせた。

マクゴナガル先生がぼろぼろの帽子、恐らく組み分け帽子だろうが、を持って来たので、周りは次第に静かになり、俺もそこで考えるのをやめ、帽子を見た。静かになると、本に書いてあった通りに帽子は歌を歌い、組み分けが始まった。組み分けはファミリーネーム、苗字の順番で呼ばれていて、俺は三人の中で一番最初だ。Eから始まる俺は、すぐに順番が来た。グレンジャーとロングボトムに軽く手を振って、俺は帽子をかぶった。すると、帽子の低い声が聞こえた。

 

「これはまた難しい。非常に難しい。今日、最も難しいかもしれん。

 

君は勇気があるわけではない。しかし、恐怖に対する強い心がある。

 

君は探究心が強いわけではない。しかし、知ることの大切さを知っている。

 

君は必ずしも物事に忠実ではない。しかし、他人への優しさを心得ている。

 

君は強くなりたいわけではない。しかし、目的をなすために狡猾さは必要だと思っている。

 

君は、どこの寮に入っても喜びと困難の両方を手にする。さて、何処にいれるか。君は、どんなところに行きたい?」

 

悩んでいるかと思えば、俺に話を振ってきた。

帽子がしゃべることにも驚きだが、自分に話を振られるとは思ってもいなかった。

両親の本には、どの寮になっても楽しめるとは書かれていた。しかし、少し気になるところもあったのだ。魔法界に来る前から、来てからずっと気になっていること。

とりあえず、その以前から思っていたことを口にした。

 

「一番、就職しやすいところにしてくれ」

 

俺の答えを聞いた帽子は急に黙り込んでしまった。何か、まずい答えでもしたんだろうか? そう焦るが思いあたる節はない。しばらくしたら、また、帽子が話しかけていた。

 

「……理由を教えてくれないか?」

 

帽子が再び声をかけてきたことに若干の安堵を覚えつつ、返答する。

 

「理由? ああ、俺はマグルに育てられてね。魔法界については詳しくないんだ。両親は魔法使いらしいけどね。だから何がしたいかも決まってない。そこで、卒業する時に就職の選択肢が多ければ多いほどいいと思ってな」

 

「……」

 

そういって、また黙った。が、次の瞬間、大きく叫んだ。

 

「スリザリン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハーマイオニーとネビルは驚いていた。まだ会って二日目だが、彼、ジンが優しい人であることは良くわかっていた。だからこそ、なぜ彼がスリザリンに入ったのかが分からない。二人はスリザリンについてはあまりいい噂は聞かなかった。狡猾で卑怯な生徒が多いと聞くし、何より「例のあの人」の出身の寮だ。列車での話でも、スリザリンという言葉は本以外では話題にすらならなかった。しかし、優しい彼はなぜかスリザリンに入れられた。

この事実は、二人を動揺させるのに十分だった。ジンのすぐ後にハーマイオニーの順番になったのだが、彼女のさっきまでの自信のあった表情はなくなり、不安そうに組み分け帽子をかぶった。しかし、組み分け帽子は彼女が被るとすぐに

 

「グリフィンドール!!!」

 

と叫び彼女の望んだ寮に入れた。

そこでようやくハーマイオニーはホッと安心した表情になり、嬉しそうに自分の寮の長机へと向かった。が、すぐに複雑な表情になりスリザリンの長机の方を、スリザリンの長机にいるジンを見た。

ジンもハーマイオニーの視線に気が付いたのか、彼女の方に向き軽く手を振る。ハーマイオニーはどうしたらいいか分からず、とりあえず手を振りかえすと今度こそ自分の寮の長机に向かった。

仲のいい友達と別々の寮になってしまったのは悲しいが今は自分が望んだ寮に入れたことを喜ぼう、と納得させて。

 

 

三人の中で一番最後となったネビルもまた、先ほどまでのハーマイオニーと同様に不安に駆られていた。

ネビルにとって、ジンは憧れだった。会って間もないが、それは確かなことだった。自分と違って落ち着きがあり、大人っぽく、優しい。そんな自分の憧れだからこそ、ネビルは、ジンが自分の憧れの寮であるグリフィンドールに入るものだと信じて疑わなかった。しかし実際には、ジンは最もネビルが入りたくない、それこそハッフルパフなんかよりも断然に入りたくない、スリザリンに行ってしまった。

 

…………もしかしたら、自分もスリザリンになってしまうかもしれない。

 

そう考えただけで、緊張せずにいられなかった。たとえジンがいるとしてもあの寮だけは嫌だった。もしスリザリンになってしまったら、おばあちゃんはなんていうか……。考えるのも恐ろしい。

自分の順番になった時、緊張で死ぬかと思った。彼は組み分け帽子をかぶった時、必死にスリザリンじゃありませんようにと祈った。祈りがかなったのか、組み分け帽子はしばらくしてから

 

「グリフィンドール!!!」

 

と叫んだ。喜びのあまり、急いで立ち上がりグリフィンドールの長机に向かっていき、帽子をかぶったままだと笑われ、恥ずかしい思いをしている頃にはすっかり不安もジンのことも忘れていた。もっとも、すぐに思い出し、どうやってジンに話しかけようか悩むはめになったが……。

 

 

 

 

「ポッター・ハリー!!!」

 

そう帽子に呼ばれて出てきたのは、列車でグレンジャー達が押し掛けた?コンパートメントにいた黒髪の少年だった。驚くと同時に名前を聞いておけばよかったと少し後悔した。

ポッターはグレンジャー達と同じグリフィンドールになった。ついでに、同じコンパートメントにいた赤髪の少年、ウィーズリーも同じくグリフィンドールだった。

組み分けも終わり、校長の挨拶?も終わり、食事が始まった。目の前のカラだった皿がいつの間にかおいしそうな料理で埋まっていた。驚きながら見ていたら、近くにいた金髪の青白い顔をした少年が話しかけてきた。

 

「やあ、東洋人か。中国人かい?」

 

「いや、日本人。そんなに珍しいのか?」

 

「そうだね。僕は日本人の純血は初めてだ。向こうではそれなりにいるのかい?」

 

「ああ、すまないが、俺の両親は俺が幼い頃に死んでね。俺はマグルに育てられたんだ。魔法界についてはあまり詳しくないな」

 

「……それは悪かったね。マグルに育てられるなんて、居心地が悪いなんてものじゃなかったろう?」

 

「……まあ、マグルは関係ないけど居心地は悪かった。というか、俺が純血ってよくわかったな?」

 

「何を言ってるんだい? スリザリンに入ったんだ。純血か、半純血の者に決まっているだろう? ああ、マグルに育てられてそこらへんが分からないのか。…………まあ、とにかく、君はスリザリンに入ったんだ。スリザリン生らしく自分の血に誇りを持つべきだよ。僕たち純血は選ばれた存在なんだよ?」

 

「はあ………」

 

なにやら、気取った感じで話す少年が俺に注意してきた。確かにスリザリンについて純血主義とかいう記述があったが、まさかこんな現代社会で血族による差別が本当に存在するとは。これも魔法界への認識の甘さなのだろう。

いらぬところでカルチャーショックに近い感情を抱く俺に、少年はぺらぺらと語り続ける。そんな少年に少し自分の話を理解してくれているのか疑問に思った。

マグル育ちなのだから、はっきり言えば純血や名家への理解など無に等しい。そのような中でいくらまくしたてられても、そんな意見があるのかという程度の認識を抜けない。反応のしようが無いのだ。

そんな俺の気持ちもお構いなしに、反応の薄い俺が気に食わないのか少年はより感情的になって話しを続ける。ため息を吐きながら耳を傾けていた俺に少し興味深い内容が入ってきた。

 

「この学校だって、入学を純血や半純血みたいに名門家族に限るべきだ。そう思わないかい? 僕らのやり方なんてわかるような育ち方をしていないんだ。まあ、君は不幸だったからね。仕方ないとして…。手紙をもらう前にホグワーツなんて聞いたこともないって連中が来るんだ。魔法なんて、信じていなかったなんて言う奴もいる。あり得ないよ。僕らは同じじゃないんだ。」

 

この言葉を聞いて、少し感動した。俺が持って来た常識が初めて他人と、それも魔法使いと一致した瞬間だったのだ。この瞬間に純血主義に興味を持った。

 

「なあ、純血主義について、もう少し詳しく教えてくれないか?」

 

少年はいきなり俺の反応がよくなったのに驚くが、同時に嬉しそうにした。いざ、話そうと口を開けたらダンブルドアが立ち上がり、話を始める。

思わず悪態を心の中でつきながら、話が終わるのを待つ。なぜか校歌を好きなリズムで歌うことになり、早く少年と話がしたい俺は早口言葉みたいに終わらせると、全員が終わるのを待った。

そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように、グリフィンドールにいる双子は信じられないほど遅いテンポで歌っている。ダンブルドアもノリノリで指揮をしていた。

呆れと苛立ちの半々の感情に支配された。

結局、話は寮に入ってからとなった。

 

 

 




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純血主義とは

校歌も終わり、監督生に案内されて寮に着いた。石造りの部屋は何処か落ち着きのある雰囲気で俺は気に入った。

寮は二人部屋になっていて、俺は成り行きであの少年、マルフォイがルームメイトとなった。話の続きもできるし、丁度いいと思った。思ったよりも広い部屋で荷物をまとめ終えると、ベッドに座り、マルフォイと話を再開する。

 

「さて、君に何を話せばいいのかな?」

 

「とりあえず、純血主義についてで頼む」

 

「分かったよ。そうだね、ちょっと長くなるけどいいかな?」

 

「ああ、悪いね」

 

「いや、そんなことはない。むしろ、純血である君がこの話に興味を持ってくれて嬉しいよ。それじゃ、話そう………」

 

 

時はホグワーツ創立までさかのぼる。純血主義の原点となった人物は、知っての通り、サラザール・スリザリンだ。彼は、魔法を学ぶ人間も使う人間も厳選すべきと主張した。その考え自体は、実は、昔からそこそこの人が持っていたのであった。それには当時の時代背景が関わる。

当時、魔法が人間界でも使われることは少なくなかった。それは占いであったり、薬学であったり、呪いであったり………。マグルの間では魔法は敬意を払うとともに、恐れられていて、一部のマグルでは魔法使いを疫病や災害の原因と考えられていた。そして、その考えは、徐々にマグルの間で広がっていった。

この事実をいち早く察したのがスリザリンであった。彼はマグルが魔法使いを滅ぼしかねないと考え、魔法の制約について主張した。これが純血主義の始まりだ。

スリザリンの魔法の制約については、ちょっとした魔法が当時のマグルの国に混乱を起こす例もあったため、賛同するものも多かった。そのため、人間界での魔法の使用は徐々に厳しくなっていった。しかし、マグルが魔法使いを滅ぼすとはあまり思われなかった。魔法を使う人間を厳選するのには賛同だがマグルについては放っておけばいい、というのがスリザリンと一部を除く者の掲げる純血主義の考えだった。

そしてついに、依然とマグルを危険視するスリザリンと他のホグワーツ創立者の間で争いが起き、スリザリンがホグワーツを去った。自身の意志を継ぐ者のためにある武器を残して………。

スリザリンがこのような行動に出たのも、彼の主張があまり賛同されていなかったことを示している。現在のように、彼の掲げる純血主義の支持者がホグワーツの四分の一を占めていれば、他の勢力と対抗できたため去る必要もなかったからだ。

それから三百年は、純血主義は現在のようにマグルへの差別ではなく、むしろ、魔法を使うものとそうでないものをはっきり区別し、魔法によって混乱が生じることを防ぐための考えとして広まった。

純血主義が現在のような形となったのには原因がある。

 

魔女狩りだ。

 

これにより、数名の魔法使いが死んでいった。もちろん、生き延びる者の方が圧倒的に多かったが、傷付けられた者や杖を奪われた者もいた。マグルには今までの魔法使いへの敬意はなく、見えるのは憎悪だけだった。

魔女狩りが広まるにつれ、多くの魔法使いはスリザリンの言葉を思い出した。

 

「マグルがいずれ魔法使いを滅ぼす」

 

当時、戯言として信じられなかった考えが、急に形になって表れた。確かに被害はほとんど無かったが、マグルが魔法を覚えることを恐れるには十分なものだった。瞬く間に、純血主義はスリザリンが掲げていたものへと変わり、賛同するものも増えた。

魔女狩りが終わった頃と現在では、魔法界の仕組みには大きな差が無い。というよりも、魔女狩りが終わって、現在の魔法界の仕組みが作られたのだ。ついでに、純血が重要な役所につきやすいのはこの名残だ。

不幸中の幸い、魔女狩りの犠牲者はマグル生まれの魔法使いだったためか、魔法界は魔女狩り後もマグル生まれの者を受け入れることは廃止にはならなかった。なにより、受け入れなければ魔法使いは絶滅の恐れもあったのは大きいだろう。しかし、マグル生まれが純血から白い目で見られることは避けられなかった。そしてそれは今も続いている。

 

 

 

 

「……これが、純血主義の大体の歴史かな? 何か質問はあるかい?」

 

「そうだな………。「例のあの人」ってのは純血主義だったんだろ? その辺は世間ではどう認識されてるんだ?」

 

この質問にマルフォイは少し苦い表情をし、少ししてから口を開いた。

 

「「例のあの人」は確かに純血主義だったけど、理想をかなえるために魔法界を乗っ取ろうとしている中で死んだ。世間では純血主義者というよりは反逆者として認識されている。」

 

「そうか」

 

マルフォイは俺の質問に答えているようで、微妙にずれた回答をした。恐らく、純血主義者も「例のあの人」は掘り返したくない話なのだろうか。予想はしていた。

 

「それより、この話を聞いて君はどう思った? 僕はそっちの方が気になるね。」

 

「俺か? そうだなぁ……」

 

俺の感想。それはマルフォイの期待に応えられそうにない。

マルフォイの言葉から期待したのは、魔法界におけるマグル生まれへの対応の改善だった。マグル生まれと魔法使いの間にある慣習の違いを問題視するのであれば、当然、いきなりマグル生まれを魔法界に連れてきて「今日から君も魔法使いだよ!」なんて現状を変える案があるのかと思っていた。しかし、実際に聞いてみると、マグル生まれを魔法界から追放し、純血や半純血だけで社会を成立させようという実現不可能な考えだった。

落胆。それが俺の答えだろう。

少なくとも、俺が期待したものは純血主義の中には形として存在していなかった。

しかし、収穫はあった。俺にとっては、慣習が全く違うマグルをあっさりと受け入れがたいという考えが存在することが分かったのは大きい。その考えが少し変われば、マグル生まれと魔法使いの関係を改善するものができそうだ。

しかし、こうもストレートに言ったらマルフォイとの関係は崩れるのは目に見えている。どう言ったものかと少し頭を悩ませた。

 

「ちょっと思想としては不完全なものかな? とは思ったな」

 

「不完全? いったいどこがだい?」

 

「マグル生まれを魔法界から消して、その後どうするんだ?」

 

「純血と半純血だけの理想の社会を作ればいいだろう?」

 

「無理だろ? 純血や半純血なんて限られてる。話を聞く限りね。それに社会を成り立たせるには役所の仕事だけやりゃいいってもんじゃないだろ。過疎化は深刻な問題だぞ。 今までマグル生まれの人達がしてきた仕事を半分近くの人数でどう補うんだ? ほら、ちょっと考えただけでこれだ」

 

「い、いや、それは………。君はスリザリンにいながらマグルとの共存を主張するのかい?」

 

逆切れに近い反応をされてしまう。やはり、こう遠回しに告げているのは正解だったと少しばかりの確信と、マルフォイの内面も分かった気がした。

 

「そんなはっきりとした意見じゃないよ、これは。ただ、純血主義の理想が実現不可能だと指摘しただけ。まあ、考え自体は納得できるところもあるし、具体性を作ったら周りも賛同する理論になるんじゃないか? 今のままじゃただの理想だろ。そう思わないか?」

 

俺の言葉に、マルフォイは黙り込んでしまった。俺の言葉に思うところがあるのか、予想よりも反論しない。しばらくして、マルフォイが口を開く。

 

「結局、君は純血主義に賛成なのかい? 反対なのかい?」

 

「今のままじゃ賛成はできないな。要するに、マグル生まれやマグルの追放にだけこだわるんじゃなくて、もっと未来を見据えた、広い視野を持った意見を組み入れるべきじゃないかって言いたい。そうしたら、賛同できるかもな」

 

俺の言葉に、考える表情のまま固まったマルフォイを放っておいて時計を見た。ずいぶん話し込んでしまったようで、すでに二時前だ。もう寝ようと声をかけようとしたら、マルフォイの方が先に口を開いた。

 

「すごいね、君は。そこまで純血主義について考えてくれるだなんて」

 

「いや、そうでもないだろ。普通のことだろ」

 

普通かどうかは分からなかったが、少なくとも、目の前の少年よりは考えをめぐらせているとは言えない。ただ、視点が違うだけだ。しかし、自分の持っていなかった意見を持つ俺は、マルフォイにとっては思慮深い人間に映ったようだった。

 

「いや。謙遜しなくてもいい。君となら理想の社会を作れそうだ!」

 

「そうか? まあ、あれだ。もう遅い。話は明日にしよう。お休み、マルフォイ」

 

何やら俺を過大評価、というか、勘違いしてマルフォイが俺にキラキラと尊敬のまなざしを送ってくる。なんか嫌な予感しかしない。

 

「ドラコだ。そう呼んでくれ。僕も君のことはジンと呼ぼう」

 

そういった後、嬉しそうにこう続けた。

 

「一緒に、マグルがいなくても成り立つ社会について考えよう!」

 

いつにない盛大な勘違いをただす気力はその日にはもう湧かなかった。

 




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悩みの種は尽きぬ物

朝食をとると、授業に向かう。

授業は予習を行っていた俺には簡単で、内容よりも先生がどんな人かを見極めるものとなった。

中でも、マクゴナガル先生は印象的だった。ほとんどの先生は最初ということでどこか甘いところが見られたが、この人は違った。

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で受けるようならば、私の授業では教室から出て行ってもらいます。二度とクラスに入れません。わかりましたね?」

 

そういって授業が始まった。他の授業ではどこかヘラヘラしていたドラコも、さすがにこの授業はしっかり聞いていた。先生の授業はわかりやすく、教科書では複雑に書かれている説明を数倍もわかりやすく説明してくれる。もっとも、予習をしていないものにはただの複雑な説明に聞こえるだろうが………。

ノートを取り終えると、マッチ棒が配られて、それを針にする練習が始まった。難しいというだけあって、しっかり予習をしてきたはずの俺でも多少の時間がかかった。しかし、練習開始の二十分後には俺はマッチ棒を銀の針に変えており、ドラコのアドバイスに回っていたが。

これにはマクゴナガル先生も驚いていた。俺の針をしっかりチェックした後、珍しく微笑みながら賞賛と十点の点数をスリザリンに与えた。この出来事で、俺はマクゴナガル先生にかなりの好感を持たれたようだ。

 

週の終わりである金曜日はグリフィンドールと初の合同授業だった。ドラコはどこか嫌そうな顔をしている。疑問に思った俺は、朝食をつまみながら聞いてみた。

 

「どうした、ドラコ? グリフィンドールに嫌な奴がいるのか?」

 

「うん、まあね。………それに、他の寮にはマグル生まれがいるし。だから、合同授業は嫌いなんだ。分かるだろう?」

 

「………人の好き嫌いはとやかく言わないが、そのマグル嫌いは直した方がいいと思うぞ?」

 

「どうしてだい? 君だって純血主義を望んでいるんだろ?」

 

いい機会だ。ここで誤解を解こう。そう思って口を開いたのだが、それは突然飛んできたフクロウによってさえぎられた。

 

「お、フクロウ便だ。僕宛だな………。父上からの手紙だ! ちょっとごめんよ。今、読ましてくれ」

 

そういって、嬉しそうに手紙を読むドラコに俺は何も言えず、またも機会を逃してしまった。幸い、まだいざこざは起きていないが、このままではグレンジャーに絡むのも一苦労だろう。いっそ、いざこざを起こして、その場で誤解を解こうか? なんて考えながら、魔法薬学の教室へ向かった。

魔法薬学の教室は地下にあって、何故か寒気がする。周りにおいてある動物の液体付けは先生の趣味だろうか?とにかく、気味が悪い。スネイプ先生はまず出席を取るところから始めた。その際に、ポッターの所で止まり、猫なで声で「ああ、さよう。新しい………スターだね」と言ったのにはドラコが嬉しそうに反応した。ドラコが嫌いなのはポッターなのだろうか?

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。」

 

 

出席を取り終えると、スネイプ先生はいきなり話し始めた。静かな声だが、どこか人を引つけるものがある。皆、一言も話さずに聞いている。静かな空間の中、先生の声だけが響く。

 

「……………諸君がこの見事さを真に理解することは期待しておらん。吾輩が教えるのは、名声をビン詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。ただし、吾輩がこれまで教えてきたウスノロ達より諸君がまだましであればの話だが」

 

話を終えると、授業に入るのかと思いきや、いきなりポッターの名を呼び、質問した。

 

「アスフォデル球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを何になるか?」

 

いきなりの抜き打ちテスト。指名されたポッターだけでなく、答えられないものはここの大半だろう。

そう思って周りを見ると、予想通り何を言ってるか分からないと言う顔をがたくさんあった。ポッターも「わかりません」としか答えられないようだ。唯一、グレンジャーだけが手を挙げて、自分は知っているということをアピールしている。

手を上げ続けるグレンジャーを見て、それを止めたくなった。先生の目的は質問の答えを聞くことではなく、別のことにある気がしていた。どこかで見た軍隊の慣習を思い浮かべながらそう思った。

グレンジャーに忠告してやりたかったが、あいにく席が離れていて声がかけられない。そうしている間にも質問は続き、三つ目でポッターがグレンジャーに聞けと言った。先生は不快そうにした後、グレンジャーに席に着けと叱り、質問の解説をする。そして、ノートを取る気配のない俺達を叱った。思った通り、さっきの質問は俺達に気を引き締めさせるためのものだったようだ。この授業の厳しさを体験する。

説明の後、おできを直す薬の調合を二人一組で行うことになり、俺はドラコと組んで作業をすることとなった。隣の席では、なんと、ロングボトムが調合することになった。ロングボトムも俺に気が付いたのか、嬉しそうにしている。が、どこかよそよそしい。やはり、違う寮になってしまったからだろう。そのことで少し感傷に浸りながらも、教科書通りに進め、作業を俺が指示しつつドラコと共同でやることであっさりと薬ができた。先生は回りながら生徒のダメ出しをしていたのだが、俺たちの席に来ると完成している薬を見てかなり驚いたようだ。そうして大きめの声で、周りに見習うように言った。それから先生はドラコを褒め、次に俺に向き直り、話しかけてきた。

 

「お前は確か、ジン・エトウだったな? 魔法薬の調合はやったことがあるのか?」

 

「いえ、これが初めてです」

 

緊張しつつもしっかりとした返事を心がける。俺の返答を聞いて、スネイプ先生は不審に思う様子を見せた。

 

「……信じられんな。それにしてはずいぶんと手際がいい。どうしてだ?」

 

「どうして、と言われましても……。教科書通りに進めただけですし。材料を切るのは料理をやっていたんで慣れてるんです。なにか似ていますし」

 

「………そうか」

 

俺の回答に、何やら考えるようにしながら次の席へと回っていった。さすがに薬品と食材を同列にしたのは失礼だっただろうか。調合も終わり、暇になったドラコはクラッブとゴイルの方へと向かっていった。アドバイスをしに行ったようだ。折角なので、俺は隣のロングボトムともう一人の知らないグリフィンドール生にアドバイスしようとそちらを見たら、あろうことかロングボトムが大鍋を加熱したまま山嵐の針を入れようとしていた。要するに、薬品を爆発させようとしているのだ。

 

「おい、ロングボトム! 火を止めろ!」

 

いきなり大きな声を出したのがいけなかったのだろう。ビクリっとしたロングボトムはそのまま持っていた針を大鍋の中に落としてしまった。俺は急いでロングボトムともう一人のグリフィンドール生を大鍋から強引に遠ざけ、火を消そうとした。

しかし、これもまた失敗だった。二人を遠ざけるまでは良かったが、火を消そうとしたのはいけなかった。火を消すと同時に、大鍋は割れて、必然的に、前にいた俺はその薬を頭からかぶってしまった。

薬は直前まで加熱していたので、相当熱い。熱さと痛みに一瞬意識が持っていかれた。どこからか悲鳴が耳を打った。自分の声だと気付いたのは少し経ってからだった。怒鳴る声も聞こえてきたが、目も開けられないので状況が認識できない。かろうじて、俺を医務室に連れて行けという先生の声と手を引っ張る感覚を感じたので、おとなしく誰かに誘導されていった。

痛みもなくなり、意識もはっきりしたら、そこはベッドの上だった。近くには医務の先生であるマダム・ポンフリーと心配そうに俺を見るドラコがいた。誘導してくれたのは、どうやらドラコのようだ。マダム・ポンフリーは話を聞いているらしく、俺の意識がはっきりしたのを確認すると話し始めた。

 

「とりあえず、どこか痛いところはありますか?」

 

「いえ、何処にも。もう大丈夫ですよ。ありがとうございました」

 

「薬によるおできと軽い火傷が全身にありました。火傷はもうほとんど引いたはずですが、おできの方はまだ少し残っています。今日はここに泊まってもらいます。明日には退院してもいいですが、しばらくは安静にしておきなさい。いいですね?」

 

反論は受け入れないという話し方に、とりあえず頷いて返事をする。おとなしくしとかないと、なんだかめんどくさそうというのは感じ取れた。すると今度は、ドラコが話し始めた。

 

「ジン、大丈夫かい? まったく、ロングボトムの奴………。あいつのせいでジンが怪我をしたんだ。先生がしっかりと叱ってくれていたらしいよ。グリフィンドールはニ十点マイナスだってさ。いい気味だ」

 

「まあ、そう悪く言うな。大したことなかったんだし」

 

「君こそもっと怒るべきだ! 怪我をさせられたんだぞ?」

 

自分よりも憤るドラコに苦笑いを向けつつ、返事をする。

 

「まあ、あいつが鈍いことはもう知ってる。でも、優しい奴だって知ってるからな。今頃、泣いてるんじゃないか? 怒るのは謝りに来ない時に考えておこう」

 

「………き、君はどこまでお人好しなんだい? 笑って許すなんて………」

 

「お人好しというのは違うな。まあ、ロングボトムは好きなんだ。好きな奴には、どうしても甘くなるだろう、誰だって」

 

「す、好きって……。……もういいよ。どうせ君のことだ。何か考えているんだろう?」

 

「変なこと言うな? さっき言ったこと以外、何も考えちゃいないよ。」

 

何処か期待を込めたようなドラコの言葉も一蹴する。ドラコは溜息をつくと諦めたように身を引いた。

 

「………もういいよ。夕方にまた来るよ。じゃあ、その時に。何か欲しいものはあるかい?」

 

「気にすんな。ありがとな、ドラコ」

 

「い、いいよ。当然のことだ!」

 

そう言うと、ドラコは少し照れながら医務室を出て行った。マダム・ポンフリーは部屋の奥に行っていて、暇になった。しばらくこの一週間を振り返っていると、医務室のドアがノックされた。マダム・ポンフリーが対応し、こちらに連れてきたのは、予想通り泣きそうな顔をしたロングボトムだった。ついでに、グレンジャーも一緒だった。それも予想の範囲内だった。最初に口を開いたのは、当然、ロングボトム。

 

「じ、ジン。ゴメンね。ほんとにゴメン。僕のせいで怪我をさせて。入院までさせてしまって………」

 

「そうだな。いいよ、気にするな」

 

あまりにもあっさりと許したのにはロングボトムだけでなく、グレンジャーも驚いていた。一言くらいの小言を言っても良かった、とロングボトムの様子を見て悪戯心がうずいた。泣きそうなロングボトムの顔を見て、少し弄りたくなってしまった自分を抑えていると、ロングボトムが食い下がってきた。

 

「で、でも、あれだけのことをして、気にするなってだけで………。僕もはいそうですかって言うわけにはいかないよ! 何か、僕にできることはない? 何でもするよ?」

 

「………なら、もうこういったことを起こさないように努力してくれ。まあ、反省してるならするだろ?」

 

「で、でも………。そんなことでいいの?」

 

「そんなことって言うけど、おまえにとっちゃ厳しいことだろ? 要するに、鈍さを改善しろって言ってんだぞ? できんのか?」

 

「そ、それは………」

 

「なんでもするんだろ? 期待してるよ」

 

微笑みとともにそう告げると、ロングボトムは何も言えなくなってしまった。

 

「安心したよ。もうトレバーを探すロングボトムは見ることはないのは残念だけど」

 

ついからかってしまうと、ロングボトムは真っ赤になって俯いてしまう。可笑しくて、笑ってしまった。グレンジャーもクスクスと笑っている。真っ赤になったロングボトムをいったん置いといて、俺はグレンジャーに話しかけた。

 

「久しぶりだな、グレンジャー。来てくれて嬉しいよ」

 

「ええ。だって心配だったんですもの。………それに、ネビルだけじゃ行きにくい雰囲気だったの」

 

少し陰のある物言いが気になり、追求した。

 

「雰囲気? なんかあったのか?」

 

「…………あなたがいなくなった後、スリザリンとグリフィンドールの間でいざこざがあったの。当然、先生がその場を収めたんだけど、ネビルだけじゃなくてハリーからも理不尽な理由で点数を引いたのよ。それで、皆、カンカンになっちゃって………」

 

「ああ、ニ十点も引かれたんだってな」

 

「ええ。しかも、そのことをスリザリンがはやし立てるから、その、えっと………」

 

「つまり、俺も嫌な奴だから見舞いに行くなと?」

 

言いにくそうにしているグレンジャーの言葉を引き受ける。それを聞いて、苦々しそうに頷いた。

 

「え、ええ。まあ。でも、全員がそういうわけじゃないのよ! 私たちの主張も聞いてくれる人は何人かいたし………」

 

「まあ、結局、お前らは見舞いに来てくれたんだ。気にしなくていいよ」

 

ロングボトムの時と同じように、グレンジャーも簡単には意見を受け入れられないようだった。

 

「でも、ジンは正しいことをしたのよ!? それなのに、あんなに悪く言われるんだなんて………」

 

どうやら、俺のグリフィンドールでの評価は相当悪いらしい。医務室に行ったのも、大袈裟にしてグリフィンドールから点数を引こうとしたのだとも言っている奴がいるらしい。それを気にして、ロングボトムとグレンジャーが反論しているようだがあまり効果は見られないようだ。なら、そう思いたい奴にはそう思わせておけばいい。無理に撤回させようとして、二人まで寮で気まずくなるのは嫌だからな。そのことを伝えると、グレンジャーは少し不機嫌な顔をし、ロングボトムは少し心配そうな顔をした。

 

「大丈夫。俺の寮はスリザリンだ。お前ら以外のグリフィンドールに嫌われても問題はない」

 

そこで、渋々と一応は納得してくれたのか、話は終わりとなった。時間もかなり経っていて、二人に急いで寮へ帰ることを勧めた。帰り際、ふとグレンジャーが振り返り、聞いてきた。

 

「あ、私は夕方にもう一回ここに来るけど、何か欲しいものはある?」

 

「気にすんな。ありがとな、グレンジャー」

 

「いいわよ。当然のことだし。」

 

そう言うと、グレンジャーは少し照れながら医務室を出て行った。

そんな光景に既視感を覚えて首をかしげると、一つのことに思い当たった。少し血の気が引いた。

今、一番会わせたくない二人が顔を合わせることになる。




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私の知らぬところで何を………

どうしたものか。先程のことを思い返し、そう考えを巡らせる。

あの二人、今はまだ絶対に会わせてはいけない。ましてや、俺と同時に会うなんて、絶対に避けたい。

ドラコはいまだに俺が純血主義者だと思い込んでいる。確かに、純血主義の考えに一部は賛同しているから純血主義者と言えばそうなのだろうが、マグルの追放なんてものには賛同していない。それをどうやってドラコに伝えるか………。あいつは頑固なところがあるから、いきなりマグルの追放に反対だと言ったら話がややこしくなるのは必須だろう。

グレンジャーもまた、やっかいだ。一度だけ列車の中で純血主義の話になったのだが、そんな考えは間違っている、許せない、と熱く語ってくれた。それはもう、純血らしい俺と純血のロングボトムがなんだか気まずくなるくらい。あいつもまた頑固だ。俺が純血主義の一部に賛同していることを知ったらややこしくなる。

そんな二人が、現状で、同時に俺のところに来ると俺がややこしい目に遭う。下手を打てばどちらか、もしくは二人とも俺と縁を切るとか言い出すだろう。そうなったら関係の修復は難しい。

こうして考えるとあの二人、何となく似てるように思える。場合によっては息の合う仲にもなれるのではないだろうか。

そんな楽観的な考えを頭の隅に追いやる。打つ手としては、先に来た方に状況を把握してもらい、もう片方を納得させるのを手伝ってもらうか納得するまで黙っていてもらうぐらいしかないだろう。とりあえず、一対一ならまだ話しやすい。対策と言えるほどのものではないが、現状で俺ができるのはこれくらいだろう。おとなしく、二人を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

夕食を食べ終えたドラコは、少し早足で医務室へと向かっていた。夕食後はあまり時間が無く、もたもたしていたら直ぐに門限の時間になってしまうからだ。

本当は、もっと早く大広間を出たかった。しかし、何故かしつこく絡んでくるパンジー・パーキンソンを振り切るのに思ったよりも時間がかかってしまったのだ。

ノロマなクラッブとゴイルは置いてきた。今はたった一人で人気のない廊下を小走りしている。思えば、ホグワーツを一人で歩くのはここ一週間で今日が初めてかもしれない。いつも、隣にはジンがいた。授業は退屈だけれども、移動時間、休み時間、いつも隣にいた彼のお蔭で毎日が楽しく感じられる。

ドラコにとって、従うのでもなく媚を売るのでもなく、素のままで傍にいる人というのは同年代に限らず少なかった。それは彼の家がそれだけ高貴なものであったということを物語っており、彼にとって少なからず誇りに思えることでもあった。だがやはり、それでも寂しくなる時があった。

その点、ジンはドラコにとって完璧な存在だった。

傍にいながら、全く嫌な気持にならない。落ち着いていて礼儀正しい彼の振る舞いは、家柄上、どうしてもそういったことが気になってしまうドラコにとっても立派なものだった。その上、愚痴や小言も受け入れてくれるし相談にだって乗ってくれる。冗談だって言い合える。

たまに感じていた寂しさはもうどこにもない。代わりに満足感があふれている。

素直になれないドラコだが、感謝の気持ちを伝えたいとは思っていた。だからこそ、彼が入院した時、怒りもしたのだが、これで何か借りを返せると安心した気持ちもあった。

何もいらないと言っていた彼だが、一人の間は退屈だろうと思いドラコが家から持って来た本を渡すことにした。何度も読んだお気に入りの本だが、彼になら渡してもいいと思えたし、感謝する彼の姿と本の内容で楽しく話す自分たちを思うと、むしろこのために本を持って来たのだとも思えてきた。

いつの間にか医務室までの道も、あとは角を曲がって階段を上るだけとなった。

明るい面持ちで角を曲がったドラコは、鉢合わせた人物を見てさっきまでの表情が嘘のようにしかめっ面になった。

 

 

 

 

 

 

ハーマイオニーは、医務室への階段を上ろうとした時に角から出てきたドラコを見て顔をしかめた。嫌な奴に会ったと素直に思った。ホグワーツが始まってまだ一週間しかたっていないが、ドラコがいけ好かない奴だとは感じていた。

いつもジンの隣にいるので、最初は良い人なのかと思っていたのだがむしろ逆だった。

どことなく傲慢な感じがして、よく人を馬鹿にする。その度にジンにたしなめられていたが、やめる気配もない。特に、今日の合同授業でそのことがよく分かった。ハリーが叱られたり、グリフィンドールが減点される度にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるのだ。どうしても好きになれない。

 

「おい、グリフィンドールがこんなところで何やってる?」

 

幸いか、ドラコはハーマイオニーのことを詳しくは知らない。知っているのはグリフィンドールということだけ。もしハーマイオニーがマグル生まれと知っていたらまともに会話すらできなかっただろう。

 

「あら、見てわからない? 医務室に行こうとしているのよ。」

 

「医務室? 今はジンしかいないはずだ。ジンに用があるなら僕が言っておく。さっさといなくなれ。」

 

予想通り、マルフォイもジンのお見舞いに来ているようだった。しかし、こちらも約束をしている身。行かないのは失礼だし、何よりマルフォイの言いなりになるのは抵抗を感じた。

 

「私はこの後、ジンと会う約束をしているの。自分で言うから結構よ」

 

「君が約束? ハッ、何かの間違いじゃないかい? この後は僕が会うのだから」

 

「ふーん。まぁいいわ。じゃあ、先に行くから。さよなら」

 

「なっ!? おい、待て! 人の話を聞け!」

 

相手にするのも無駄だと決めつけたハーマイオニーは足早に階段を上っていく。後ろの方でなんだか喚くような声が聞こえるが、すべて無視した。階段を上り終え、扉の前に立つとマルフォイが肩を掴んできた。

 

「おい! 話を聞け! 大体、グリフィンドールのお前がなんでジンに会う約束をするんだ?」

 

「それは、私が彼の友達だからよ! もうほっといてくれないかしら? 私はさっさとジンに会いたいんだけど?」

 

ハーマイオニーの言葉を聞いて、マルフォイは少し呆けた顔をした。が、すぐに嫌味ったらしい顔になり、声を出して嗤い始めた。

 

「何よ。何が可笑しいのよ。」

 

「フフフ…。 いや、何も。へぇ、そうかい、君が友達………。ハハッ!」

 

「だから! 何が可笑しいのよ!」

 

「いやいや、まさか、君みたいのが、友達だなんて。ジンがかわいそうだなぁ」

 

「………何よ。どう言う意味?」

 

「君みたいな礼儀知らずで頭でっかちに、他寮の友達なんて普通はできるのかい? いたら教えてくれよ。ああ、ジンがお友達なんだって? じゃあ、僕たちもお友達かな? 仲良くしようか」

 

「………あなたに何がわかるのよ」

 

馬鹿馬鹿しいとばかりに頭を振りながらため息を吐く。ジンに人は選ぶべきと忠告しなければと心にとめておいた。

 

「いや、そういえばお友達なのに何も知らないなぁ。これは失敬。君のお名前を教えてくれませんかねぇ」

 

「………もういいわ。なんであなたがジンの友達なのか、さっぱりわからない。」

 

「それはこっちのセリフだ。君にジンの何がわかるって言うんだい? まともに話したことすらないだろうに」

 

「お生憎様。ジンとはホグワーツに来る前から仲良くしていたわ。」

 

「………まて。もしかして、君、マグル生まれかい?」

 

「だったら何だって言うのよ?」

 

これ以上は言葉の無駄遣い。そうとしか思えないこのやりとりを終わらせるために背を向けたが、耳に付く嫌な笑い声とそれに伴う言葉がそれをさせなかった。

 

「ハハハハハ! まさか、マグル生まれがジンの友達だなんて、悪い冗談だ。君はジンのこと何も知らないんだな。」

 

「………何を言ってるの?」

 

「いや、マグル生まれが僕たち純血に関わりを持とうなんておかしくてね」

 

「ジンはそんなこと気にしないわ」

 

「へぇ、そうかい。じゃあ、確かめてみなよ。「あなたは、純血主義じゃないわよね?」って、スリザリン生に。まあ、ホグワーツに来てからの彼を知らないんじゃ、何も言えないか」

 

これに対しては何も言えなかった。マルフォイはホグワーツでのジンを知っている。

対して、自分はホグワーツに来る前の、それもほんの少しの時間しかジンと話していない。

それでも、ジンが自分を拒絶すること、ましてや純血主義を唱えるなんて想像もできない。

 

「いいわ。聞いてやろうじゃない。彼が純血主義を少しでも肯定しているなら、二度と彼の前に現れないわ」

 

そう言い切ると、目を丸くしたマルフォイを無視して、医務室の扉を押しあけた。

 

 

 




どうも、エックンです。

この小説を読んでくださって、ありがとうございます。

評価してくださった方、ありがとうございました。嬉しかったです。

今回から、にじファンにも投稿できなかった範囲になりますので、にじファン時代から読んでくださっている方にとっては最新話ですね。

更新は、不定期更新となってしまいますが、これからもよろしくお願いします。

あと、感想、質問、願望などありましたら、ぜひお願いします。大変励みになりますので、
「やってもいいよ(・∀・)」
な方は、ぜひ、お願いします。


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不幸とはこのことを言うのでしょうか?

扉を開いて、最初に出てきたのはマダム・ポンフリーだった。

マダムは二人を見ると、時計をチラッと見てから

 

「面会はあと五分だけです。一応、病人ですからね。早く寝かせないといけません。」

 

とだけ言うと、ジンのベッドに二人を案内した。

ベッドに着くと、ジンは二人が同時に来たのを見て驚いた顔をした。困惑していたようだが、すぐに我に返って二人に話しかけようと口を開いた。が、ハーマイオニーが話し出す方が早かった。

 

「ねぇ、ジン。純血主義の事、どう思ってるの?」

 

噛み付くような質問の仕方に、ジンは二人の間で既に一悶着あったことを悟った。

面倒なことになった。  そう思って顔をしかめて、どうすべきかと考える。しかし、さっきと同じで全くこれといった対策は思い浮かばず、とりあえずマルフォイに釘を指すことを優先した。

 

「ドラコ、とりあえず頼みがあるんだが「いいから質問に答えて!」‥‥‥お、おう。」

 

「余計なことは言わなくていいわ。YESかNOで答えて。あなたは純血主義に賛同しているの?」

 

「とりあえず落ち着けよ、グレンジャー。ちゃんと質問には答えるさ。」

 

「なら、今すぐ答えて。純血主義に賛同しているの?」

 

「………YESかNOなら、YESだな。」

 

そう言った瞬間、ハーマイオニーが固まった。

少し待って、いざ詳しく話そうとハーマイオニーの顔を見たら、今度はジンが固まった。

泣いていた。はっきりと。

混乱して、何もできずにいる間にハーマイオニーは医務室から走って出て行ってしまった。しばらくの間、沈黙が続いた。それを破ったのは今まで黙っていたマルフォイだった。

 

「よかったじゃないか、ジン。これでもうあの穢れた血とはおさばらできる。もう、話しかけてくることもないよ。」

 

「!!? お前、グレンジャーに何かしたのか!?」

 

「いや別に。ただ、君が純血主義を肯定するなら、二度と君に近づかないって約束しただけさ。」

 

そう言って、上機嫌に「それよりも」と本を持ち上げて話題を変えようとした。しかし、ジンの険しい顔つきで直ぐに固まってしまった。

 

「なんで、そんな約束したんだ?」

 

荒々しさはないが重い感じの声の響きに、確かに苛立ちや怒りが感じられた。そんな声を聞いたことがなかったマルフォイは「いや、だって………」としか返せなかった。

 

「なあ、俺はお前に純血主義云々はいいが人間関係については気を使ってくれって、前から頼んでただろ? それなのに、何で自分の友人ですらないのに、グレンジャーが俺に会う会わないを勝手に決めてるんだ?」

 

「そ、それは、あいつが勝手に………。一体どうしたんだ、ジン? いいじゃないか、マグルなんて。いずれいなくなるんだ。」

 

「俺はマグルの追放に賛同した覚えはない!!! お前の勘違いだ!!!」

 

ジンは直ぐにしまったという顔をしてマルフォイを見たが、もう遅かった。マルフォイの驚いた顔は徐々に怒りに染まり、こちらを睨みつけて、

 

「ああ、そうかい。そうだったのかい。君も、今までの奴と同じでただのご機嫌取りか。なんだ? 笑えばいいさ。友達ができたと浮かれた僕は、相当可笑しかったのだろう? 愛しのグレンジャー様に報告でもして笑いあえばいいさ。」

 

とだけ言い、振り返ることもなく医務室を出て行った。

ジンは今度こそ完全に沈黙した。しばらくして、マダム・ポンフリーが就寝時間になったからと寝かせに来るまで、身動きひとつ出来ないでいた。

 

今までで一番最悪な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、寮に帰ると待っていたのはゴイルだった。事情を聞くと、どうやらマルフォイはクラッブとゴイルの部屋におしかけているとのことだ。スリザリン寮は二人部屋だから代わりにゴイルが来たらしい。前までマルフォイの荷物が置いてあった所を見ると見事に何もなくなっていた。

昨日の夜にあれだけの荷物の移動を済ましたことに感心すればいいのか呆れればいいのか………と思ったが、それほど自分に会いたくないのかと思うと何とも言えなかった。

とりあえず、自分の荷物を整理して、その日の授業を受けに行った。

授業中でも、マルフォイはジンと顔を合わせようとしなかった。他のスリザリン生は何があったんだと遠巻きに見ているだけだった。ジンもほとぼりが覚めるまでは話しかけないほうがいいかと思い、そのままにしておいた。

 

 

そのまま一週間ほど時間が経った。

 

 

依然としてドラコは俺を無視していた。流石にこれはマズいと話しかけようとしたが、どうも上手くいかなかった。グリフィンドールとは合同授業は魔法薬学以外なく、グレンジャーともあれから会話をしていない。ため息をつきながら、朝食を頬張っていると久しぶりに誰かから話しかけられた。

 

「よう、お前、マルフォイと喧嘩したんだってな。」

 

「ああ、そうだけど。悪い、お前の名前、なんだっけ?」

 

「ああ、俺はブレーズ・ザビニってんだ。よろしくな、ジン・エトウ。」

 

「よろしく。というか、何で俺の名前を知っているんだ?」

 

「ああ、お前、一部の奴の間じゃ中々の有名人なんだぜ? 知らなかったのか?」

 

「あ、ああ。特に目立つような覚えはないんだが………。」

 

「そうかい。なら、教えてやるよ。名家でもないのにマルフォイと対等に話してんのが問題なんだよ。スリザリンってのはさ、学校に行く前からお互いを認識してる奴が半分近くなんだぜ? 名前だけ知ってる奴を含めると八割は知り合いだって言っていい。そんな中、特に名高いマルフォイ家と誰も知らない様な奴が初日から今までずっと仲良くやってたんだ。嫌でも目に付くだろ? みんな気になってんだぜ? あいつ、一体どんな手を使ったんだってね。」

 

「………別に特別なことなんかしてないさ。ただ、普通に接していただけだ。」

 

「あー、成る程ねぇ。つまり、いきなり対等に話しかけちゃったのか。そりゃ、大抵の奴には無理だな。」

 

「ドラコの家って、そんなに有名なところなのか?」

 

「おう、そうだ。魔法使いの間じゃ、知らない方が珍しいって。そんなことも知らなかったのか?」

 

「ああ、恥ずかしながらな。あいつ、家については珍しいことは自慢げに色々話してくれるけど、そう言った‘当たり前,みたいなの中々話してくれなかった。」

 

「ふーん。ま、あいつらしいっちゃあいつらしいか。」

 

「ドラコとはここに入る前から?」

 

「ああ。まぁ、家の付き合いでね。喧嘩したんなら、お前から謝るしかねぇぞ? あいつ、自分からは絶対謝らないから。」

 

「ハハ、そんな気がする。でも、中々上手くいかないんだよな………。」

 

「ま、でもそこまで気にしないでいいぞ? あいつ、お前のこと相当気に入ってたしな。そのうち話せるようになる」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんだよ! まぁ、あいつ素直じゃない所あるから分かりにくいだろうけど。」

 

「ツンデレってやつか?」 

 

「なんじゃそりゃ?」

 

「うーん。ま、本音の代わりに嫌味を言う奴、かな?」

 

「おお、正しくマルフォイだな! よし、あいつを今度からツンデレと呼ぼう。」

 

「やめてくれ。余計に仲直りができなくなる。」

 

「大丈夫だよ。あいつはちょっとからかう位の方が面白いんだ。ああ、そうそう。俺のことはブレーズって呼んでくれ。お前とかはよしてくれよ。」

 

「わかったよ、ブレーズ。俺のことはジンって呼んでくれ。みんなそう呼ぶんだ。色々教えてくれてありがとな。」

 

それからしばらくはブレーズと過ごすようになった。ブレーズのおかげで今までマルフォイぐらいしかいなかった知り合いが一気に増えた。ブレーズの言った通り俺は一部では有名人だったらしく、一人と話せば直ぐに色んな人が話しかけてきた。マルフォイ家が有名だったことも本当で、ドラコと対等に接していた人物は数える程しかいなかった。中でもセオドール・ノット、ダフネ・グリーングラスとはブレーズの仲介もあってそこそこ仲が良くなった。

しかし、依然としてドラコともグレンジャーとも話せずにいた。

 

談話室に新しいお知らせが届いていた。

「飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です。」

多くのものが飛行訓練の開始を喜び、グリフィンドールとの合同を嫌がった。

 

「まあ、飛行訓練って言っても最初はそこまで飛ばせてくれねぇだろうな。」

 

「ああ、ブレーズか。そんなものなのか?」

 

「さあ? ただ、お堅いこの学校のことだ。安全第一とか言って持ち方からやるに決まってる。ほとんどの奴は既に飛び回ったことがあるのによ。マルフォイとかがいい例だ。あいつは私有地で何回も飛び回ってたそうだ」

 

「ああ、そんなこと言っていたな。クィディッチが上手いとか。」

 

「まあ、クィディッチについてはホントかどうかは知らねぇが、飛んでたのはホントだろうよ。お手並拝見だな。」

 

「程ほどにな。」

 

そう言って、朝食を食べに大広間へ向かった。

いつものように、ふくろう便の時間になるとドラコのところにお菓子と手紙が落とされる。それを自慢げに広げ、グリフィンドールの席にいるポッターへ見せつける。俺と喧嘩してから毎日のことだ。ポッターも感づいているのか、イライラしながらスリザリンを睨んでくるときがある。

今日はドラコがクラッブとゴイルを連れてロングボトムの何やらガラスの球のようなものをめぐってチョットしたいざこざを起こしたこと以外は何もなかった。

 

午後三時、飛行訓練が始まった。ブレーズの言ったように、持ち方と乗り方から始めるようだ。

監督をしているマダム・フーチは箒にまたがる方法を見せて全員の指導に回っている。初めてやる俺は何点も注意された。ドラコは流石というか、持ち方以外は何も言われなかった。尤も、持ち方を注意されたときポッターとウィーズリーが笑っていたのは気になったが。

いよいよ、宙に浮かぶ練習に移った。

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴って、二メートルくらい浮上したらすぐ降りてきてください。笛を吹いたらですよ。――イチ、二の」

 

そう言った瞬間に、なぜかロングボトムが宙に浮かんだ。

 

「こら、戻ってきなさい!」

 

先生は大声を出すが、ロングボトムは完全に箒の制御ができていない。

 

「先生、あれ、魔法使わなきゃ戻すのは無理だと思います。」

 

とりあえず助言すると、先生は慌てて杖を取り出そうとしたが、遅かった。ロングボトムは真っ逆さまに落ちると、嫌な音を立てて地面にぶつかった。

先生も俺も、グリフィンドール生も顔を真っ青にしてロングボトムを見た。手首が折れていたそうで、先生はロングボトムを医務室に連れて行った。大したことではなくてホッとしていたら、朝に見たロングボトムのガラス球を見つけた。落としたのだろう。

後で渡そう、久しぶりに話もしたいし。

そう思って拾い、ローブにしまうと、後ろから尖った声が聞こえた。

 

「おい、今、盗んだものを返せ。それはネビルのだ。」

 

振り向くと、真顔のポッターが立っていた。

 

 

どうやら、とことん不幸なことが続くらしい。

 

 

 




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タイミングの悪さが重なる

「おい、今、盗んだものを返せ。それはネビルのだ。」

 

その声を聞いて、振り返ると、真顔のポッターが立っていた。どうも、盗んだと思われたらしい。周りはさっきまで騒がしかったのにシンとして、こちらの様子を伺っている。

 

「別に盗んだわけではないさ。この後、しっかりロングボトムに返す。話したいこともあるしね。」

 

「君がやる必要はないだろう? 僕がやる。こっちに渡してもらおう。」

 

「………それこそ、君がやる必要もないだろう? しっかり返すさ。ロングボトムは大事な友人だし。」

 

「スリザリンのお前なんかを信用できるか!!」

 

いきなり、隣のウィーズリーが怒鳴った。その言葉には多くのグリフィンドール生が賛同しているらしく、心なしかことらを睨む人数が増えた気がした。そんな中、グレンジャーは何を言うのでもなく、ただ顔を背けた。

ウィーズリーの言葉は同時にスリザリン生の反発も引き起こした。

結果、俺とポッターが向かい合っている周りで寮対抗の言い争いが引き起こされた。

俺はどうしたものかと何もできずにただ立っていただけだが、ポッターはしびれを切らしたらしい。

 

「こっちに寄越せったら!」

 

そう強く言うと、こちらににじり寄って来た。と、同時に手からガラス球の重みがなくなった。そちらを見ると、何とドラコがガラス球を持ってポッターを睨みつけていた。

ポッターが一瞬怯んだのを見て、すぐさま箒に乗り、樫の木の高さまで舞い上がっていった。

 

「どうした、ポッター。ここまで来てみろよ。」

 

挑発までしている。

突然のできごとに多くの人と同じように、俺も固まった。

ふと、視界に入ったブレーズを見ると、彼はウインク一つして口パクで

 

「ツ・ン・デ・レ」

 

と言った。俺が状況を理解するには、それだけで十分だった。

 

挑発を受けたポッターはグレンジャーの声も聞かず箒に乗ってドラコの所まで飛んでいった。その乗りさばきは見事なもので、ドラコもまずいと感じたのだろう。持っていたガラス球を高く放り投げた。

 

あーあ、後で弁償だな、ありゃ。すまん、ロングボトム。あとでしっかり謝る。

 

そんなことをのんきに考えながら。事の行方を見ていた。

正直、事の行方なんてどうでも良かった。

ただ、ドラコが俺の味方をしてくれたこと。俺のために、ポッターの相手をしてくれたこと。それだけで十分だった。

だから、ポッターが見事ガラス球をキャッチしたこと、直後、マクゴナガル先生に連行されていったことにあまり罪悪感はなかった。

ポッターが連行されてから、俺はドラコに話しかけることができた。

 

「ありがとな。おかげで助かったよ、ドラコ」

 

「別に、君のためじゃないさ。ポッターがムカついた。それだけさ。」

 

どことなく冷たい感じだが、ブレーズとの会話を思うとおかしく思えた。

ここで笑ってはいけないと腹筋に力を入れながら、本題に入る。

 

「なあ、誤解を解きたいんだ。聞いてくれるか。」

 

返事はなかったが、ドラコはここを動く気はない様だ。聞いてくれるのだろう。

 

「あのな、マグルの追放には反対だが、何も純血主義を嫌っているわけじゃないんだ。」

 

「何だい? 言っていることが矛盾しているよ?」

 

「してないさ。純血主義は何もマグルの追放だけじゃないだろう? 区別することも立派な純血主義だろ?」

 

「? どこがだい?」

 

「要は、俺が目指すのはマグルの環境に置かれていた者とそうでない者の区別を明確にするべきだと思っているんだ。魔法はさ、マグルにとっては危険すぎるんだ。魅力的すぎる。だから、いきなりそれを手にしたらどうなるかなんて誰も予想できない。………俺を含めてね。今は、まだいいさ。でもその内、今みたいに魔法使いがマグルの世界で好き勝手やって、知らない奴を魔法界に呼ぶなんてことをしていたら大きな問題になる。魔法界でもマグルの世界でもね。そして、もっとマグルとの溝が深まるんだ。それを止めたい。」

 

「………要は、魔法使いがマグルへの干渉を止めろと?」

 

「うーん。そんなものかな? 悪いな、上手くまとめられなくて。でも、これも純血主義に充分つながるだろ?」

 

「………まぁ、部分的だけどね。」

 

「なら、言いたいことは伝わった?」

 

「ふむ……。大体はね。そうか、魔法界に来るマグルじゃなくて人間界に行く魔法使いかぁ。まあ、純血主義の主張の一つではあるね。………まぁ、君が一応は純血主義者っていうことは認めるさ。」

 

「ああ、ありがとう」

 

「………確かに勘違いをしていたね。でも、僕はマグルを追放するべきだって考えているよ。そこはどう考えるんだい?」

 

「それは、これから一緒に考えていけばいいさ。初めて会った日に言っただろ? ただ、追放するだけの考えを止めようって。」

 

「………そうだったね。その時から勘違いしていたのかもね。………僕が悪かったよ。」

 

ドラコから謝罪が出たのには素直に驚いた。それは周りも同じで、ブレーズは

 

「マルフォイが謝った!!」

 

とつい叫んでしまい、ドラコに追いかけられる羽目になった。赤面しながら追いかけるドラコを見て、また仲良くやれそうだと確信した。

 

 

 

その日の夜は、まだゴイルが部屋にいた。荷物の整理とかで、帰ってくるのは明日だとか言っていた。ドラコの機嫌が直って、クラッブが久しぶりに安眠できると喜んでいたそうだ。

それを聞いて、密かにクラッブに何か奢ることを決意した。

朝になり、大広間に行くと、既にドラコたちがポッターに絡んでいた。何を言っていたかはわからないが、何事もなく終わったようだ。

その日は、久しぶりにドラコと行動した。前と違うことと言えば、ブレーズとパンジー・パーキンソン、ダフネ・グリーングラスの三人がちょくちょく加わるようになったことだ。

パンジーは以前からドラコにアタックしていたため、そこまで不思議ではなかったし、俺にとってブレーズはドラコの次に仲のいいスリザリン生なので大歓迎だった。ただ、ダフネ・グリーングラスは真意がよくわからなかったが、ドラコは彼女が気に入っているのか特に何も言わず、自然と話の中に入った。

この日を栄えに、たまに五人で行動するようになった。大きな進歩だと思う。

 

 

 

次の日、ポッターの前に大きな荷物が届いた。多くの人が気になってみていたが、ドラコは違った。

 

「ジン、こっちに来い。ポッターに追い討ちをかけるぞ。」

 

と、大広間を出て行った。急いであとを追い、しばらくするとポッターとウィーズリーが興奮した面持ちで大広間から出てきた。二人は俺たちを見て固まり、その隙にドラコが包みをひったくった。

 

「箒だ。今度こそおしまいだな、ポッター。」

 

ドラコは妬ましそうにそう言って包みを投げ返した。状況を把握すると同時に、箒が羨ましいんだな、となんだかドラコが幼く見えてきた。

 

「ただの箒じゃないぜ? なんたって、二ンバス2000だぜ!」

 

自慢げに語るウィーズリーとどこか誇らしげなポッターに「論点がずれてるぞ」とツッこみたくてたまらなくなった。しかし、ツッこむ間もなく会話が繰り広げられる。

 

「君の箒、コメット260かい? コメットは派手なだけで、二ンバスとは格が違うんだ」

 

「君に何がわかるんだい、ウィーズリー」

 

そうだ。ドラコの言いたいことはそんなことじゃないんだ。

 

「柄の半分も買えないくせに」

 

そんなことでもないと思う。

 

と、何も言えずにただ、目の前の口論を見ていると、フリットウィック先生が仲介に入った。

 

「先生、ポッターのところに箒が送られてきたんです。」

 

早速、先生に報告するドラコだが、

 

「いやー、そうらしいね。マクゴナガル先生が話して下さったよ。」

 

と、先生は怒る様子もない。どうやらポッターへの特別措置らしい。先生とポッターは箒について談笑した後に、こちらをニヤニヤながら見て

 

「実は、あの二人のお陰で買っていただきました」

 

と言ってきた。これには流石に俺もイラっときた。

何が俺達のお陰だ。お前がただ勝手に難癖つけてきただけだろ。規則破って自慢すんなボケ。

危うく口に出かけたが寸でのところで抑えた。ただ、顔には出ていたようだ。先生が心配そうにこちらを見ている。

胸糞が悪いとはこのことを言うのか。とりあえず、ドラコと荷物を取りに戻ろうとした。

しかし、そこで脇からグレンジャーが出てきた。

先程までの会話を聞いていたのだろう。何だか申し訳なさそうな表情で、しばらくこちらを見ていた。

そういえば、グレンジャーの誤解も解かないと、とは思うが、あいにく今はいい言葉が出てこない。口を開けば悪態が出そうだった。悪いとは思うが、何も言わずにドラコと通り抜けてしまった。

通り抜ける際、なんだかグレンジャーが泣きそうな顔をしていた気がした。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーは既に自分が勘違いをしていたことに気がついていた。実は、飛行訓練の際にマルフォイとジンの会話を密かに聞いていたのだ。

勘違いといっても、あれはジンの言い方が悪かったと思っている。あれはYESかNOでも限りなくNOに近いYESだ。純血主義だなんて揚げ足を取っていると言っても過言ではない。

しかし、YESかNOで回答を求めたのは自分。全部が全部、ジンが悪いわけではない。

そう思って、何とかジンとの誤解を解こうとしてチャンスを伺っていたのだが、昨日からジンの周りにいるスリザリン生が増えた。そこで楽しそうにしているジンを見て、「自分は彼にとってどうでもいい存在なのでは?」という疑惑が浮かんでしまった。加えて、その日の夜は三頭犬からの逃走劇もあって衰弱していた。そこに先程の睨みとともに何も言わずに去っていく彼の姿を見て、もう彼の友達かどうかの自信が持てなかった。

そんな苛立ちや悲しみが渦巻いて、いつも以上にきつく二人に当たってしまった。気がつけば、未だ談笑している二人に

 

「校則を破って、ご褒美をもらったと考えているわけね?」

 

という言葉をぶつけていた。

 

「あれ? 僕たちとはもう口を聞かないんじゃないの?」

 

そう言う二人の自分がまるで全く悪いことをしていません、という態度に、話す気も失せて、さっさとそこから立ち去った。

 

残ったのは虚しさだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、エックンです
これが、現時点での最新話となります(引越し完了)

ここに引っ越して早くも評価やお気に入りをしてくださった方がいらしゃって、とても嬉しです。
文章でうまく表せないのですが、本当に感謝してます

どうか、これからもよろしくお願いします。

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何かすると、何か起こる

未だにグレンジャーの誤解を解くことができずにいた。

ポッターが箒をもらってから、ドラコの機嫌は最悪だった。以前に増して、何かあるごとにポッターに突っかかるようになった。グリフィンドールへの対応も悪化した。

そんな中、グレンジャーのことを話題に出したら切れることは目に見えている。流石に、仲直りができてすぐ喧嘩の火種なんて作りたくない。

そもそも、スリザリンのほとんどはグリフィンドールとマグル生まれを嫌っている。その両方を満たしているグレンジャーについてなんて、誰にも相談できなかった。

唯一、知り合いで相談できるのはロングボトムだけだが、寮が違うので話す機会は無いに等しい。

特に解決策も思い浮かばず、時間だけが過ぎ、気がつけばもうすぐハロウィンという時期になった。

ハロウィンをとうとう前日に控えた今日、学校全体が浮かれていた。着ていくものや、でるであろうご馳走について盛り上がっている。

パンジー・パーキンソンもその一人だった。

談話室で一人、宿題をしている俺に話しかけてきた。

 

「あ、いたいた。ねぇ、明日ってハロウィンじゃない? ドラコって何か予定あるかしら?」

 

「ドラコ? いや、無いだろ。明日は楽しみだとは言っていたが。」

 

「じゃあ、お願い! 明日、一日中ドラコを貸して!」

 

「………まあ、二人きりになりたいなら協力はするよ。けど、ドラコに直接頼まないのか? 二人きりとは言わなくとも、一緒に過ごそう位はさ。」

 

「言えたら言ってるわよ! 恥ずかしくて言えないから、こうして頼んでるんじゃない!」

 

「そりゃそうだな (あれ? もっと恥ずかしいことしてなかったか? 腕組んだりとか………) 」

 

「言うのが恥ずかしいなら、ふくろう便でも使えよ。そっちのほうがロマンチックだろうし。」

 

そう言いながら、ブレーズが会話に入ってきた。

 

「今書けば、明日の朝か昼には届くだろ。そっちの方がいいんじゃないか?」

 

「ふくろう便って、学校の奴にも送れるのか?」

 

「何だ、そんなことも知らなかったのか? ポッターの箒の件を思い出してみろ。ありゃ、マクゴナガルからのもんだろ。生徒の間じゃ、告白とか秘密の呼び出しにはうってつけの方法なんだぜ。」

 

「それよ! あなたって天才!」

 

そう言って、ブレーズとパンジーは手紙に何を書くかについて盛り上がり始めた。が、俺はそれどころではなかった。

ふくろう便! その手があったか! 今書けば、明日の朝か昼には届くらしい。ハロウィン当日なら多少は気が緩んで俺の話を聞いてくれるかもしれない。

そう考えると、未だに話し込んでいる二人をおいて、急いで自室の戻り手紙を書いた。内容は、どうか会って話をしたいというメッセージだけだが、何とか思いが伝わるように慎重に書いた。

書くのに思ったより時間がかかってしまった。

場所は大広間から少し遠めの所にあるグリフィンの像の前を指定しておいたから、こっそり出ることさえできれば二人で話すことは可能だろう。

その日は手紙を出したら、直ぐに就寝時間になってしまった。

 

 

 

ハロウィン当日、朝から美味しそうな料理の匂いが漂ってきた。寮など関係なしに皆がウキウキしている。

午前の授業が終わり、昼食をとっている間にハロウィンのパーティーは用事があって少しの間だが抜けることをドラコたちに伝えた。ドラコは不満そうな顔をしたが、パンジーとブレーズは昨日のやりとりから俺がパンジーのためについた嘘だと思っているようだ。特に問題もないので何も言わずにスルーはしておいた。

午後の授業が終わり、皆が大広間に向かっている間に俺は手紙に書いた待ち合わせ場所に向かった。

 

「あ、ジン! ちょっといいかな?」

 

しかし、途中でロングボトムに声をかけられた。スリザリン生でなかったことにホッとしつつ、どうした? 返事をした。

 

「うん。実は、ハーマイオニーが午後から一切、姿が見えないんだ。昼食の時も大広間にいなかった。何か知ってるかなって思って。」

 

「グレンジャーが? そうか。俺は何も知らない。それより、昼の郵便の時もグレンジャーはいなかったのか?」

 

「? うん。見当たらなかったよ? どうしたの?」

 

「いや、実はな………」

 

ロングボトムにグレンジャーとの仲違いしたこと、昨日の手紙のことを説明した。喧嘩の要因については少しばかり説明に骨が折れたが、ロングボトムはすんなりと状況を理解してくれた。

 

「で、ジンはどうするの?」

 

「とりあえず、グレンジャーの捜索だな。手紙は読んでないに決まってるから、ここにいても仕方がない。」

 

「じゃあ、僕も一緒にさがすよ!」

 

「助かるけど、いいのか? 大広間じゃ、ハロウィンパーティーをしてるんだ。無理して協力しなくてもいいんだぞ?」

 

「うん。いいんだ。二人がずっと喧嘩してるのは嫌だし。それに、このまま帰ったって気になって楽しめないよ。」

 

「………悪いな。」

 

こうして、ロングボトムと一緒に行動することになった。手分けして探そうかとも思ったのだが、ロングボトムの鈍さを考えると、一人にするのはなんとなく気が引けた。

二人で思いついた場所を探しているうちに、大広間からだいぶ離れた女子用トイレからすすり泣きが聞こえた。

 

「この声って………」

 

どうやら、ロングボトムにはグレンジャーの声に聞こえるらしい。しかし、場所が場所だ。入るか悩んでいるとロングボトムは先陣を切って入ってしまった。

 

「お、おい!」

 

驚いて止めようとしても、遅かった。仕方なく、俺も遅れてはいると、ロングボトムが閉まっているドアの前に立っていた。そこにグレンジャーがいるらしい。

誰かが来たことがわかったのだろう。音を立てまいとしているのがドア越しでもわかった。

 

「ハーマイオニー?」

 

控えめな声でロングボトムがそう呼ぶ。これでもし違っていたら処罰ものだと思ったが、杞憂に終わった。

 

「ね、ネビル!? どうしてあなたがここにいるの!? ここ、女子トイレよ?」

 

慌てたように言うが、その声は少し涙声になっており先程まで泣いていたのが手に取るように分かる。

 

「俺が頼んで、一緒に探してもらってたんだ。」

 

俺の声を聞いたとたん、息を呑むのがわかった。流石に予想外だったのだろう。グレンジャーが何か言う前に、畳み掛けるように話す。

 

「誤解を解きたくてね。以前、純血主義かと聞かれた時にYESとは言ったけど俺の考えを聞いてもらってないから………。せめて、何を考えて純血主義に賛同しているかは知ってもらいたい。それで、できれば許して欲しい。多分、グレンジャーが思っているような考えじゃないと思うから。」

 

しばらくの間、沈黙していた。しかし、か細い声でグレンジャーが返事をした。

 

「知っているわ。飛行訓練の時のマルフォイとの会話、聞いていたもの。」

 

なら、と話をしようとしたが、グレンジャーの話はまだ続いた。

 

「で、でも、あなた達だって、私のこと影で疎ましく思ってるんでしょ? 知ったかぶりで、頭の固い、あ、あ、悪魔みたいな奴だって………。」

 

そう言い切ると、またすすり泣く声が聞こえた。なぜ、グレンジャーがこんなにも自棄になっているのか分からない。俺は言葉につまり、何も言えないでいた。しかし、ロングボトムは違った。

 

「そんなことない!!」

 

普段の様子からは想像できないようなはっきりとした口調でグレンジャーの言葉を否定した。

 

「僕、ドジでノロマだから、他の人よりたくさん失敗するんだ。でも、そんな僕の手助けをしてくれるのも、色々教えてくれるのも、いつだってハーマイオニーじゃないか。魔法薬学も、変身術も、飛行訓練の時だって、助けてくれた。いくら僕でもそのことを忘れるなんてしないよ。それに、僕は、ハーマイオニーのこと、大切な友達だって思ってる。」

 

だから、そんなこと言わないで………。そう言い切ると、ロングボトムまで泣きそうになってしまった。

 

ロングボトムの言葉を聞いて、ようやく、状況がつかめてきた。グリフィンドールで何かあったのだろう。大方、友達に絶交を言い渡されたか何か………。それで、色んなことに自信がなくなって、喧嘩中の俺とも仲直りできないと思い込んでしまったのだろう。

俺だって、グレンジャーのことを友達だと思っている。しかし、そんな言わなくてもわかるようなことも、言わないと分からなくなっているのだろう。だったら、言ってやろう。

 

「なあ、グレンジャー。お前のことを疎ましく思っているなら、わざわざハロウィンパーティーを抜け出してまで探しに来ないよ。誰に何を言われたか知らないけど、俺達がお前と仲良くしたいって思うのは別問題だろ? 俺達はその誰かさんじゃないんだ。お前のこと、本当に大事な友達だと思っている。だから、泣いてないで出てきてくれよ。せっかくのハロウィンだ。一緒に楽しもう?」

 

気がつけばすすり泣きも止まっていた。少ししてトイレのドアが開き、グレンジャーが出てきた。恥ずかしげにうつむいているが、もう泣いていない。ロングボトムも、先程までの堂々とした態度とは打って変わって恥ずかしそうにモジモジし始めた。

正直、俺もさっきの言葉を思い返すと「何言ってんだ、俺は」と恥ずかしい気持ちに襲われる。でも、恥ずかしがってる目の前の二人を見ると、なんだか、自分のことを棚に上げてるようだが、余裕が出てきた。

 

「もう落ち着いたか?」

 

「え、ええ。あの、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。」

 

「気にするなよ。それより、大広間に行こうか。急がないと終わっちまう。」

 

「そ、そうだよ。せっかくのご馳走だもの。食べたいよ。」

 

「そ、そうね。」

 

そう言って、トイレから出ようとした。が、出口に近づくと急にグレンジャーが立ち止まった。

 

「? どうかしたのか?」

 

「……ねぇ、何か臭わない?」

 

「トイレなんだ。当たり前だろ?」

 

「そうじゃなくて、何か別の………。」

 

「まあ、匂いなんて大したことないだろ。さっさと行こう?」

 

 

 

 

 

 

大したことがあった。

 

三人一緒にトイレから出たら、待っていたのは巨大なトロールだった。

 

 

 

 




感想、評価、アドバイス等、ありましたらよろしくお願いします。

次回の更新は、遅めになってしまいそうです。申し訳ないです。


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トロールからの逃走劇

更新、遅くなると言っておきながら過去最速の更新です(書きだめを抜きにして)

正確な更新日時を伝えられなくて申し訳ないです


三人がトロールに会う前………

 

 

 

 

 

大広間ではハロウィンパーティーが開かれていた。いつもは青空を描く天井はコウモリの群れで大部分が隠れ、壁やテーブルにはロウソクの代わりにカボチャのランタンがある。

そんないかにもハロウィンという飾り付に、マルフォイは親友が一人いないことを忘れ、見入っていた。

金色の皿にはご馳走が乗っており、空腹をこれでもかと刺激する。

マルフォイ、ブレーズ・ザビニ、パンジー・パーキンソン、ダフネ・グリーングラスの四人は早速、何を食べようか盛り上がり始めた。

 

「ねえねえ、ドラコ! あれ、美味しそうじゃない?」

 

「ああ、パンプキンパイか。ハロウィンの特別メニューだな。今食べないと、しばらくは食べられないな。」

 

「おい、ダフネ。あっちのローストチキン、取りに行こうぜ。」

 

「フフ、分かったわ。ちょっと行ってくるから、二人で待っててね。」

 

そうして、マルフォイはパンジーと二人きりになった。しばらくはパンプキンパイを頬張っていたが、パンジーは何か意を決したように話しかけようとした。が、ドアが乱暴に開かれる音で遮られた。

入ってきたクィレルはダンブルドアのところまで行くと、息を切らしながら話した。

 

「トロールが………地下室に………お知らせしなくてはと思って」

 

そう言って、クィレルは倒れた。大広間はパニックになり、どうにか騒ぎを収めることに成功したときにはダフネとブレーズは二人のもとに戻っていた。自身もパニックになり、せっかくの二人きりの時間を潰されたパンジーはひどく不機嫌だった。対し、ドラコは何か焦ったように周りを見渡していた。

 

「? どうしたんだ、ドラコ。パンジーならお前の隣にいるぜ?」

 

マルフォイの様子に気がついたブレーズが話しかけるが、ドラコはますます焦ったように周りを見渡していた。

 

「おい、どうしたんだよ? 何探してんだ?」

 

ブレーズがマルフォイの肩を掴んで問い詰めることで、ようやく話し始めた。

 

「ジンがいない! きっと、まだ用事が終わってないんだ! スリザリンの列のどこにもいないんだ!」

 

「はぁ? そんなはずは………」

そう言って、ブレーズ自身も周りを見渡すが、それらしい姿はどこにもなかった。スリザリンにいる東洋人はジンだけだ。加えて、彼は意外と長身なのだ。視界に入りやすく、入ればすぐにわかる。しかし、確かにどこにもいない。ダフネ、パンジーの二人も見つけることができないのだろう。徐々に二人の顔も青ざめていった。

 

「監督生に連絡しましょう。」

 

なんとか冷静さを保っているダフネが言った。四人で必死に人ごみをもがいて、先頭の監督生の所までたどり着いた。しかし、それは無意味に終わった。

 

「ジン? ああ、あの東洋人か………。今はここの生徒を寮まで送り届けるのが先だ。トロールは先生方が仕留めてくれるはずだ。心配することはない。」

 

「そんな! ジンがトロールに襲われているのかもしれないんだぞ!?」

 

「いいから! 先生には話を通しておく。お前らはさっさと列に加われ!」

 

そう言うと、列を率いて寮に向かい始めた。

 

「わ、私のせいだ! 私が二人にしてなんて頼み事なんかするから………」

 

「落ち着いて、パンジー。何も襲われたと決まったわけじゃないわ。」

 

「おい、どうすんだ? とりあえず、このまま寮に向かうか?」

 

パニックになるパンジーをダフネがなだめ、ブレーズはどうすべきかマルフォイに相談した。

既に、マルフォイの答えは決まっていた。

 

「隙を見て列を抜け出そう。ジンを探すんだ。」

 

流石にそう来るとは思っていなかったのか、三人から思わず否定と疑問の言葉が出る。

 

「お、おい、マジで言ってんのか?」

 

「そうよ。私達が行っても、何かなるわけじゃないでしょ?」

 

「ドラコもいなくなるなんて嫌よ!」

 

「行かないなら、僕一人でも行くさ。」

 

そう言うと、マルフォイは監督生の隙を伺い、いつでも抜け出せる準備をし始めた。

三人は呆然として、その様子を見ていた。

真っ先に我に返ったブレーズは、ドラコの隣に行くと同じように抜け出す準備をし始めた。

 

「お前も行くなら、俺も行くさ。もう一人増えたって別に変わんないだろ?」

 

その言葉に、ダフネとパンジーも抜け出す決意ができたようだ。

 

「私も行くわ。二人じゃ心配だもの。いいでしょう?」

 

「私も行く。もともと私のせいだもの。」

 

その言葉に、今度はマルフォイが呆然とした。

 

「いいのかい? トロールがいるんだぞ?」

 

「どうした? 皮肉にいつものキレがないぞ? その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。」

 

思わず口に出た疑問も、あっさり返されてしまう。

呆然とした表情は、次第に笑顔に変わり、少し嬉しそうに言った。

 

「じゃあ、合図をしたら一気に向こうの廊下まで行こう。いいな?」

 

三人は迷うことなく頷いた。

 

「よし、ちょっと待てよ………。今だ!」

 

その言葉に、四つの影が列から抜け、別の廊下を走り抜けた。

 

 

 

 

 

同じ頃、別の場所では。

 

 

「………ちょっと待って。ハーマイオニーだ。」

 

「あいつがどうかしたの?」

 

「トロールのことを知らない。知らせないと!」

 

「………わかったよ。でも、パーシーに見つからないようにしなくちゃ」

 

二つの影がまた別の廊下を走り抜けていた。

 

 

 

 

 

トイレから出ると、トロールが待ち受けていた。

突然のことに驚いて、立ち尽くしてしまったが、それは相手も同じことだった。

数秒見つめあった後に、トロールは唸り声を上げながら、持っていた棍棒を横薙ぎに振った。

棍棒が空気を切る音、壁が破壊される音、そしてグレンジャーの悲鳴が響き渡った。

ようやく動けるようになった俺は、すぐさまトロールから逃げようと二人に声をかけた。

 

「おい、二人共、走るぞ!!」

 

しかし、ロングボトムは反応できたがグレンジャーは腰が抜けたのか、座り込んで動けないでいた。

グレンジャーの腕を引っ張るも、一人ではあまりに遅い。

 

「ロングボトム! 反対側を頼む!」

 

二人がかりで何とかグレンジャーを引っ張り、立たせた瞬間、さっきまでいた場所に棍棒が振り下ろされた。

 

 

 

 

血の気が引いた。  そして、

 

 

 

 

「ウオオオオアアアアアァァァァ!!!!!」

 

「うわああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

 

「キャアアアアアアアアァァァァ!!!!!」

 

三人で叫びながら廊下を走った。

トロールは唸りながら、後をつけてきた。

 

 

 

 

 

 

「おい、今の声!」

 

「ああ、ジンに間違いない! 近いぞ! やっぱりトロールに襲われているんだ!」

 

「あそこの角からよ!」

 

パンジーがそう言った途端、ジン、ネビル、そして二人に引きずられるようにして走るハーマイオニーが角から飛び出してきた。

マルフォイは無事であったことに安心しつつ、声をかけようとする。

 

しかし、すぐ後に巨大なトロールが現れた。

 

それを見た四人は固まった。そして、

 

 

 

「「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

 

「「キャアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!」」

 

 

 

一緒に逃げ始めた。トロールに追われるのが三人から七人になった。

 

 

 

 

 

「な、なんで、お、お前らが、ここに、いるんだ、よ!」

 

「き、君を探しに来たんだよ!」

 

「来るの、お、遅い! つ、つか、やばい、い、息、が、続かん!」

 

俺の息絶え絶えの問いかけに、マルフォイが走りながら怒鳴って答える。

流石に、いつまでも走っていられず、ロングボトムなんかは意識が朦朧とし始めている。

 

「キャアァァ!!」

 

突然、鋭い悲鳴とともにパンジーがこけた。それに巻き込まれ、となりを走っているダフネもこけた。

トロールは直ぐに二人のところまで追いつくと、緩慢とした動きで、しかし、確かに棍棒を振り上げた。

とっさのことで、全員、何もできずに、ただ二人の恐ろしい未来を想像してしまった。

 

一人を除いて。

 

「ラカーナム・インフラマーレイ!!」

 

そうグレンジャーが叫ぶと、杖から明るいブルーの炎が飛び出し、トロールの顔を襲った。

トロールの皮膚は魔法を通さないほど頑丈だ。しかし、皮膚に覆われていない部分、目や口の中は、十分に魔法が効く。

顔を燃やされたトロールは痛みに標的を見失い、怒りに声を上げながら、あらぬ方向へ棍棒を振り回す。

 

「今のうちに!!!」

 

グレンジャーの声を聞いて、ドラコ、ブレーズ、俺の三人は足元にいる二人の救出に向かった。

二人を引き離すのが先か、トロールの視界が戻るのが先か。その勝負だった。

 

 

わずかな差で、トロールの視界が戻る方が早かった。

 

 

怒りに目を光らせながら、五人に増えた足元の標的を潰さんと棍棒を振り上げる。

 

「ロングボトム!!! 頼む!!!」

 

何も考えず、咄嗟に声が出た。藁にもすがる思いで、ロングボトムを見る。

なんでもいい。時間が欲しかった。

ロングボトムも何とかしようとしたのだろう。杖を振り上げ、誰もが知る呪文を唱えた。

 

「うぃ、ウィンガーディアム・レビオーサ!!」

 

そんな呪文で身を守れると思えず、思わず目を瞑り、衝撃に備える。しかし、棍棒は来なかった。

何かがぶつかる鈍い音がして、次に、大きな何かが倒れる音がした。恐る恐る目を開けると、ノックアウトされたトロールがいた。

 

「………何が起きたんだ?」

 

「………棍棒が浮遊して、トロールの頭に落ちた。」

 

「………ロングボトムか。」

 

状況が分かるに連れ、体から力が抜けて、その場に仰向けに倒れこんでしまった。

 

「じ、ジン! 大丈夫!?」

 

「ああ。でも、疲れた。力が出ない。」

 

駆け寄ってくるロングボトムとグレンジャーに、手を挙げながら答える。

全員、助かったことがわかったのだろう。緊張が切れて、パンジーが側にいたダフネと、なんとグレンジャーに抱きついて泣き始めた。

 

「ご、怖がっだあああぁぁぁーーーー!!! ありがと、ありがと、ありがとぉ!!」

 

それに釣られて、ダフネも、グレンジャーも泣き始めた。

ブレーズはうつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。「やべぇ、マジやべぇ」と呟いているから、気を失ってはいないのだろう。

さっきまで立っていたはずのドラコは壁にもたれるようにして座っている。乾いた笑いを上げながら。

ロングボトムは一番まともだ。倒れた俺たちの周りをウロウロしながらどうすればいいか分からないでいた。

 

 

その後、マクゴナガル先生達を連れたポッターとウィーズリーが到着し、事情を説明することになった。

俺とグレンジャーとロングボトムの三人がハロウィンパーティーに参加していなかったこと。

それを知った四人が監督生に報告するも、対応してもらえなかったこと。そして、どうしても心配で抜け出したこと。

最後に、どうやってトロールを倒したかを。

全部を聞き終えたマクゴナガル先生は顔を青くした。そして、抜け出した四人から、ついでにポッターとウィーズリーの二人から、罰として一人五点引いた。その後、もし抜け出していなかったら俺たち三人の命はなかったとして、運の良さと勇気を称え、その場にいる人全員に一人十点を与えてくれた。

グリフィンドールとスリザリンの両方に三十点もの点数が入った。

 

 

 

この日から、グレンジャーとロングボトムはドラコ達四人から、暖かくとまでは言わないが、それなりに歓迎されるようになった。

パンジー曰く、

 

「特別よ、と・く・べ・つ! だって、もしあの場にいたのが別の人だったら、私達は死んでたわけでしょ? 流石に、命の恩人を「穢れた血」呼ばわりしないわよ。事実でもね。ハーミーだからいいのよ!」

 

と、グレンジャーに愛称までつけて言い切った。ついでに、

 

「ねえ、なんであなた、ハーミーとネビルをファミリーネームで呼ぶの?」

 

「うん? いや、最初からそう呼んでたから。」

 

「それじゃ、あまりに他人行儀よ! いい? 私達はトロールを倒した仲よ? 名前で呼びなさいよ! もしくはハーミー!」

 

「あ、ああ………。じゃあ、名前で。」

 

というやり取りの後、名前で呼ぶようになった。二人が嬉しそうにしていたので、結果的には良かったのかもしれない。

 

グレンジャー改め、ハーマイオニーは無事、ポッター達と仲直りできたようだ。ポッター達も抜け出してまで助けに来てくれたのだ。当たり前と言ったら、当たり前かもしれない。

しかし、ポッター達がスリザリンと仲良くするのは別問題のようで、相変わらずドラコ達とは仲が悪いままだった。ハーマイオニーが苦笑いしながら言っていた。

 

トロールとの追いかけっこという最悪の事態は、俺にとっては最高の結果をもたらしてくれた。

ホグワーツに来て初めて、何の悩みもなく一日を終えることができた気がする。

 

 

 




感想、評価、アドバイスなど、ありましたらよろしくお願いします。



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秘密の約束

これから試験期間に突入するので、なかなか書けなくなりそうです。
いつもながら不定期なんですが、よろしくお願いします。


十一月に入るとクィディッチシーズンに突入した。

そうなると、ハーマイオニーはなかなかスリザリンには来なかった。寮対抗のイベントなので、やはりグリフィンドールの彼女がここに来るのには抵抗があるのだろう。「そんなこと関係ないのに………」と、パンジーが少しすねながらダフネに話していたのを聞いた。勿論、それ以外にも理由があるのを俺は知っている。

 

「そういや、土曜日はスリザリン対グリフィンドールだな。」

 

何気ない感じで、隣で宿題をするドラコに話しかけた。クィディッチシーズンだからといって宿題が減るわけではない。ドラコは魔法薬学の「半月草を用いた傷薬」についてのレポートを書きながら少し苛立った調子で返事をした。

 

「ああ。ポッターが出るんだろ? 箒から落ちて、怪我でもしてくれないかね。」

 

「まあ、そう言うな。そんなことになったらハーマイオニーが報われないだろ。」

 

「そんなの知ったこっちゃないね。大体、なんでグレンジャーがあんな連中といるのかが僕には疑問だ。どうせ、クィディッチを言い訳に自力で宿題をしようともしないマヌケ野郎だろ? そんなヤツに教えるくらいなら、もっと僕たちに教えてくれればいいものを………。」

 

「まあまあ、落ち着けって。」

 

 

 

いつだったか、ハーマイオニーが俺たちに宿題を教えてくれた時があった。正直、ドラコもできる方だとは思っていたのだが、ハーマイオニーはそれ以上だった。俺も、知識に関してはハーマイオニーには適わない。教科書を全部暗記している奴に適う気がしない。

以来、ドラコは「マグル生まれに負けるのは恥だ」などと言って、より一層勉強に励むようになった。ハーマイオニーを贔屓呼ばわりしなくなったのも、この時からだ。

そんなドラコの様子を見て、ハーマイオニーはポッターの愚痴を俺に言ってきた。スリザリンでまともにポッターの話ができるのは俺だけなのだ。

 

「ハリー達も、マルフォイみたいにしてくれたら教えがいがあるのに………。クィディッチで忙しいのは分かるけど、宿題くらい一人でできるようにならないと………。」

 

「ポッターの宿題も見てるのか?」

 

「ええ、まあ。もうすぐクィディッチシーズンでしょ? ハリーの初めての試合だし、少しでも力になれたらなって………。」

 

俺の質問に少し嬉しそうに答えたのを見ると、頼られるのは満更でもないようだった。

 

「だから、クィディッチが始まるとなかなかこっちに来られないかも………。ハリー、緊張して宿題どころじゃ無いみたいだから。」

 

少し、表情を曇らせて最後にこう付け加えた。

 

 

 

こういった事情を知っている分、俺としてはポッターにはいい成績を残してもらいたい。敵チームではあるが。そんな俺の態度が、ドラコにはクィディッチに興味がないように映ったのだろう。少し怪訝そうにこちらを見てきた。

 

「ジン、君はクィディッチに興味がないのかい?」

 

「興味はあるさ。クィディッチなんて見たことないしね。」

 

「クィディッチを知らないのかい!?」

 

「ああ。何度も言っただろ? 俺はマグル育ちなんだって。」

 

すっかり忘れていたのだろう。ドラコは少し固まった。そして、そんなんじゃダメだ! と言うと、立ち上がってどっかに行ってしまった。かと思いきや、直ぐにブレーズを連れて戻ってきた。

 

「ジン、お前、クィディッチを知らないんだって?」

 

「ああ、まあ。マグル生まれだし。」

 

「ドラコの言うとおりか………。そんなんじゃダメだ!」

 

「なんだよいきなり………。」

 

「お前は人生の半分、いや、全てを損している!」

 

「お前は俺の人生を何だと思ってんだ………」

 

「いいか? クィディッチというのはだな………」

 

そう言って、クィディッチの魅力をドラコとブレーズが語り始めた。

話を聞く限りは確かに面白そうではある。が、実物を知らない俺にとっては何といっていいのやら、といった感じだ。

二人共それを察したのだろう。顔を合わせて、ため息を吐き、

 

「とにかく、土曜日は一緒にクィディッチを見に行こう。話はそれからだ。」

 

と、ドラコが締めくくった。

 

 

 

そして、約束の土曜日。クィディッチ場には、ほぼ全校生徒が集まっていた。グリフィンドールにとっては重要な試合だ。これに負ければ、優勝にはまず望めないだろう。応援席も気合が入っている。

特に、ポッターへの期待が強いようだ。「ポッターを大統領に」と言うだいぶ凝った旗をハーマイオニーたちが持っていた。

 

「大統領って、魔法界にもあるのか?」

 

「大統領? なんだそれは。」

 

「ああ、無いんだ。そうだな………。マグルで一番偉い人って感じだな。」

 

「ああ、マグルの魔法省の大臣みたいな感じか。いいじゃないか、ポッター。なってくれよ、大統領に。そして二度と帰ってこないでくれ。」

 

「………とりあえず、お前の旗には「マルフォイを魔法大臣に」って書いといてやるよ。」

 

「フン、そんなものを持つよりも、一緒にプレーしてくれた方が僕は嬉しいよ。」

 

「………………なあ、ブレーズ。ここで少しトキメキを感じた俺は変か?」

 

「そういったことはパンジーに聞いてきくれ。俺はノーマルだから分かんねぇんだ。」

 

「ああ、変なのね………。」

 

そんな雑談をしながら、観客席につく。選手達にも近くて、いい席を取れた。

 

「クィディッチの魅力は、何といっても迫力とスピードだ。しっかり見てろよ。」

 

そうブレーズは言い、コートに集中し始めた。

選手達が入ってきて、マダム・フーチの合図で試合が始まった。

 

ブレーズの言っていたように、確かにすごい迫力とスピードだった。

あちこちでブラッジャーが飛び、それを避けたり跳ね返したり。

クアッフルを持った選手が勢いよく突っ込んだかと思いきや、ボールを奪われ、逆に決められてしまう。

ボールが奪われる、と思った瞬間に、矢のような勢いで味方に渡るボール。

それらが空中で、しかも、かなりのスピード(具体的にはバイク並みのスピード)で行われるのだ。

しばらくは、接戦が続いたが、実況の一言で一気にコートの展開が変わった。

 

「ベルをかわして、ものすごい勢いでゴー………ちょっと待ってください、あれはスニッチか?」

 

その言葉に、両チームのシーカーが動いた。

早かったのはグリフィンドール、ポッターの方だった。誰もがポッターがスニッチを掴むと思った。が、次の瞬間、スリザリンのキャプテンがわざとポッターを弾き飛ばした。

グリフィンドールからは怒りの声が、スリザリンからは歓声が上がった。

ファールと警告をくらったが、スリザリンのファインプレーだった。実際、アレがなかったらスニッチは取られ、負けていた。一気にスリザリンチームの士気が上がった。

一方、ポッターはまた選手たちから離れて、スニッチを探しに行った。しかし、そこで奇妙なことが起きた。ポッターの箒が、まるで乗り手を振り落とそうとしている様な動きをし始めたのだ。

他の人たちも気付いたのだろう。所々、悲鳴が聞こえる。

ついに、ポッターが箒に触れているのは片手だけになった。いつ落ちてもおかしくない状況だった。

 

「おいおい、何だありゃ?」

 

「分からない。箒のコントロールを失ったのか?」

 

「まさか。そんな滅多なことがない限り、ニンバスみたいな高級箒が暴走するものか………。」

 

もはや、試合には目が行かなく、全員がポッターを注目していた。

しかし、緊迫した状況はいきなり終わりを告げた。

俺たち三人のすぐ隣で、クィレル先生がブッ倒れた。と、同時にポッターの箒の動きが止まった。

そして、何故かわからないが、すぐ後ろでいきなりスネイプ先生のマントが燃えた。同時に、ポッターは箒にまたがり、急降下し始めた。

そして、口を抑える様にしてポッターが地面に倒れた。起き上がり口に何かを吐き出して、それを掴むと叫んだ。

 

「スニッチを取ったぞ!!!」

 

確かに、その手にはスニッチが握られていた。スリザリンの抗議も虚しく、試合はグリフィンドールの勝利で終わった。

 

 

 

 

 

初めて見る試合としては如何なるものかと思った。

ファールによるファインプレー、暴走する箒、いきなりスニッチを掴むシーカー。

しかし、確かにクィディッチは面白かった。

負け試合を見て、落ち込んでいるドラコに話しかけた。

 

「確かにお前らが言ってた通り、面白いな、クィディッチは。」

 

「! そ、そうだろう? まあ、君がそう思ってくれたなら今回は良しとしよう。どうだい? 一緒にプレーしたくなったかい?」

 

「そうだな。一緒にプレーするのも、面白そうだ。」

 

「だろう! 来年は、一緒に箒を買いに行こう! ニンバスシリーズの最新型が今度、販売されるんだ! ポッターが乗っている箒より、性能がいいんだ!」

 

さっきまで落ち込んでいたのとは打って変わって、明るくなり、来年の買い物を一緒にしようと約束した。勿論、ブレーズも一緒に。三人でクィディッチチームに入ることを話しながら、寮に戻った。

 

 

 

 

 

その日の午後、珍しくハーマイオニーが寮に来た。少し相談があるようだ。立ち話もなんだからと、図書室へと向かった。

 

「ねえ、その、誰にも言わないで欲しいんだけど、いい?」

 

「ドラコ達にもか?」

 

「ええ。できれば。」

 

「分かった。」

 

そう言うと、少し安心したように話し始めた。

 

「ねえ、今日のクィディッチでハリーの箒がおかしくなったのは知ってる?」

 

「ああ、見てたからな。結局、原因は分からず終いだったな。」

 

「その原因はね、スネイプ先生がハリーの箒に呪いをかけていたからなの。」

 

「スネイプ先生が呪い?」

 

ハーマイオニーの説明によると、試合中、スネイプ先生が何やら呪文を呟きながらハリーのことを瞬きせずにじっと見ていたらしい。これは、本に載っている呪いを行う人と全く同じ行動なのだという。それ以外にも、ニンバス2000が生徒のイタズラ程度では操れないこと、マントを燃やしたら呪いが止まったこと。以上のことから、犯人はスネイプ先生だと思ったらしい。確かに、そう考えてもおかしくはない。

 

「でも、動機がないだろ。呪いを使うなんて大事、それなりの動機がなきゃやるはずがない。確かに、スネイプ先生はポッターが嫌いなみたいだけど、殺すほどでもないだろ?」

 

「………有るとしたら? その動機が。」

 

「………何だ、その動機ってのは?」

 

「今から言うわ。………四階の立ち入り禁止の廊下に、何がいるか知ってる?」

 

「? いや、知ってるわけないだろ? ………もしかして、ハーマイオニー、入ったのか?」

 

「ええ、まあ………。そこにね、三頭犬がいたの。」

 

「………………は?」

 

「三頭犬。ケロベロスよ。」

 

「いや、それは分かるが………。」

 

「でね、ハロウィンの日にハリーたちが見たんだけど、スネイプ先生だけが地下に行かずに四階に向かったんですって。」

 

「は、はぁ………。いや、おい………。」

 

「そしたら、足にひどい怪我を負って帰ってきたの。そして、ハリーが「三つの頭に同時に注意するなんてできるか?」って先生が部屋でつぶやくのを聞いた。」

 

「………。」

 

「四階の廊下の三頭犬の足元には、扉があったの。きっと、あそこにある何かを守っているんだわ。そして、スネイプがそれを狙っている。それを知ったハリーを、口封じに殺そうとした。………どう? 辻褄は合うでしょ?」

 

「………………。」

 

急な展開に頭がついていかず、混乱した。

スネイプが何かを狙って、口封じにポッターを殺害? しかも、四階の廊下に三頭犬? ダンブルドアの忠告はこのことか? 

いや、そんなことより………。

 

「ねえ、どうしたの? 急に黙って………。」

 

ハーマイオニーが心配そうにこちらを見るが、こっちはお前の方が心配なのだ。

 

「ハーマイオニー。」

 

「? どうしたの?」

 

「もう、四階の廊下には近づかないでくれないか?」

 

「え? ど、どうして?」

 

「三頭犬に会ったって言ったけど、怪我はしなかったのか?」

 

「ええ。直ぐに部屋を出たもの。」

 

「………そうか。俺が思うに、四階の廊下は、三頭犬を置くほど重要で、危険な物が置いてあるはずだ。絶対に生徒に言えないような。」

 

「ええ。私たちもそう思っているの。だから、スネイプ先生を止めるため………」

 

「だから、無関心を装うべきだ。」

 

「………え?」

 

「ポッターが何かを知ってしまったから、殺されそうになった。そう考えているんだろ?」

 

「………ええ、そうよ。」

 

「だったら、自分は何も知らない、関係ないと装えば危険は何もない。そうだろ?」

 

「で、でも、そしたら、スネイプは誰が止めるの? こんなこと、先生の誰にも言えないし………。」

 

「何のための三頭犬なんだ?」

 

「それはそうだけど………。」

 

「なら、このことは三頭犬に任せていいと思うぞ。何か余計なことをして、お前が犯人に狙われるのは嫌だ………。」

 

そう言うと、ハーマイオニーは少し驚いた顔をした後、気まずそうに俯いてしまった。

俺が心配しているのは分かったのだろう。しかし、大人しくしているつもりもないようだ。きっと、俺に頼もうとしたことも、自分達でやろうとするに違いない。そう考え、協力した方がハーマイオニーは安全だと気がつく。溜息を吐いて、既にここを去ろうとしている彼女に声をかける。

 

「ごめんなさい。じゃあ、その………」

 

「待てよ。俺に何を頼もうとしたんだ? やってやるから言ってみろよ。」

 

そう言うと、ハーマイオニーは驚いたようにこちらを見上げてきた。

 

「え? でも、」

 

「俺が協力しなかったら、自分達でやるつもりなんだろ? だったら、俺が協力した方がいいに決まってる。」

 

「でも、無理しなくていいのよ? 危険だし………。」

 

「危険だから手伝うんだよ。俺がやらなかったせいで、お前が怪我するなんて寝覚めが悪すぎる。いいから言ってみろって。」

 

そういうと、また俯いてしまった。それなりに巻き込んでしまった罪悪感を感じているのだろう。それならやるなとも言ってやりたいのだが、頑固なところは既に知っている。ここは、何も言わずに協力するのが一番いいと思う。

 

「………二つあるの。頼みたい事が。」

 

「分かった。何だ?」

 

「一つは、スネイプ先生を見張っていて欲しいの。なるべく怪しまれないように。特に、一人でいるときは注意して………。二つ目は、ニコラス・フラメルって人物について調べて欲しいの。」

 

「ニコラス・フラメル? どんな人だ?」

 

「分からないの。ダンブルドア先生と何か作ったみたいで………。それが、きっと四階に隠されていると思うの。」

 

「了解。これを、ドラコ達に内緒でやればいいんだな?」

 

「ええ。大変だと思うけど、他に頼める人なんていないの………」

 

「いいさ。気にするな。」

 

「ありがとう。じゃあ、お願いね! 私、これからやらなくちゃいけないことがあるから!」

 

そう言って、出口まで走っていき、出る直前にもう一度振り返って、「本当にありがとう!」と言うと今度こそいなくなった。

………正直、もっと言いたいことがあった。自分達に秘密で、生徒を呪い殺そうとするような奴と戦っていたこと。四階の立ち入り禁止の廊下に入って三頭犬を見たなんてこと。どうして、今まで何も言ってくれなかったのか。

頼りないわけではないのだろう。現に、こうして頼ってきた。今まで黙っていたのは、あまり巻き込みたくなかったというのはなんとなくわかる。

でも、ハーマイオニーは分からないのだろうか? お前が俺達を危険に晒したくないのと同じように、俺達もお前を危険に晒したくないことが………。

ハーマイオニーの気持ちも分からなくない。俺だって、このことをドラコ達に話す気はない。結局、俺も同罪だ。

でも、全部が終わったら言ってやろう。お願いだから、俺たちの知らないところでそんな危険な真似をしないでくれって。このことをドラコ達に話して、どれだけ心配させるか分からせてやろう。

だから、それまでは俺が守ってやらなきゃ。ギリギリまで、無茶をしないように。もし無謀なことに挑戦するようだったら、先生に報告しよう。マクゴナガル先生や、ダンブルドアにでも。無理矢理にでも止めよう。俺がストッパーになるんだ。

そう、密かに心に決めて俺も図書室を出た。

少し、胸が重たかった。二つほど、余計な秘密が詰まっているせいだろう。

また、安心して寝れなくなりそうだ。

 

 

 

 

 




感想、評価、アドバイスなどお待ちしております。



しかし、自分の文章を読んでいて思ったのですが、なんだか展開と展開のつなぎが下手ですね。
急な展開が始まって、急に終わるがめちゃくちゃありますね。
どうしたらうまくまとめられるんでしょうか………。




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イタズラ、後に私の望み

テスト勉強のストレスをぶつけたら、完成してしまった。

投稿します。


もう直ぐクリスマス休暇になる。

ゴードンさんと何通か手紙のやり取りをして、今年はホグワーツに残ることにした。

ゴードンさんは帰ってきてもいいと言っていたが、ハーマイオニーとの約束もある。ゴードンさんの宿に戻ったら、そうそう調べ物なんてできないのは分かっている。スネイプ先生の見張りとやらもできなくなる。無茶をさせないと決めた手前、頼まれた仕事はきっちりやらなくては………。

ホグワーツに残る理由はそれだけではない。両親の遺した本に書いてある、秘密の通路などの確認もしてみたいのだ。

両親の書いた本は、「私たちのホグワーツの全て」と言うだけあって、かなりの量のものが書かれている。勿論、それは授業の内容であったり、ホグワーツの歴史であったり、秘密の通路であったり。

ゴードンさんも了承してくれて、「好きにしていい。帰りたくなったらいつでも帰って来い」と言ってくれた。

ついでに、ホグワーツに残るのは、スリザリンでは俺だけだった。クリスマス休暇に何をするかという話で、俺がホグワーツに残ると言ったらちょっとした騒ぎになった。

 

「何故だい!? 別に、帰る家がないわけじゃないんだろ!? ここにいたって、楽しいことなんて無いだろうに……」

 

「ドラコの言うとおりだぜ。何だったら、俺の家に来るか? お前だったら、お袋も大歓迎だろうよ」

 

「そうだ! 僕の家でも構わない! 母上も父上も手紙で、是非君に会ってみたいとも言っていたんだ! どうだろう? 君さえよければクリスマスは僕の家で過ごすようお願いしてみるよ?」

 

「あー……。気持ちは嬉しいが、そう気にするな。俺にとっては、ここは初めての魔法界なんだ。充分楽しめるよ。それに、両親の本に書かれている秘密の通路だとかも確認してみたいしね。ああ、そうそう。一緒に残らなくても大丈夫。お前らだって、家族に会いたいだろ? ありがとな、二人共」

 

それを言うと、二人は何も言えなくなってしまった。両親のこととなると強く言えなくなるのだ。親切を利用するようで悪いが、まあ、嘘ではないので許して欲しい。終わったら全部隠さず話してやるから……。

 

 

 

 

 

クリスマス休暇の前日となった。魔法薬学の最後の授業で、ポッターもここに残ることが分かった。そういえばハグリッドが以前、ポッターが俺と同じ境遇だと言っていたな。色々あって、すっかり忘れてしまっていた。

ドラコはポッターが学校に残ることをからかっていたのだが、俺が視界に入ると直ぐに口を閉ざしてしまった。俺のことを気遣ってくれるならポッターをからかうのをやめればいいのに、どうやらそれだけはしたくないようだ。本当に、犬猿の仲ってやつだ。

 

「ジン・エトウ。少し待て。話がある」

 

魔法薬学の授業も終わり休憩時間に入ると、珍しいことにスネイプ先生が俺に声をかけてきた。ハーマイオニーのことがあってから、どうも意識してしまう。少し警戒しながら振り返った。

 

「どうかしましたか、スネイプ先生?」

 

「お前はこの休暇はホグワーツで過ごすそうだな?」

 

「はい。なにか問題でもありますか?」

 

「いや、何もない。むしろ好都合だ。……今夜、お前の部屋を訪ねよう。校長に頼まれて、お前に見せなくてはならない物がある」

 

「見せなくてはならない物、ですか?」

 

「左様。そうだな、九時頃にお前の部屋に行く。その時間にはしっかり待機しているように」

 

「分かりました。見せなくてはならない物とは、一体何ですか?」

 

「……すぐに分かることだ」

 

スネイプ先生は言いたいことだけ言うと、すぐにいなくなってしまった。俺もすぐにドラコたちのあとを追った。

この日は昼食を食べ終えると、帰宅する生徒はすぐに荷物を持って列車に乗らなくてはならない。ドラコ達に軽く別れを告げて、さっさと自室に戻った。

 

 

 

 

 

スリザリンの寮内は閑散なんてものではなかった。俺以外、誰もいないのだから。

チラリと時計を見る。まだ四時過ぎだ。あと五時間ほど、ここで時間を潰していなければならない。

談話室の暖炉に火を点け、近くに椅子を持って行き、図書室から借りた本を読む。普段は誰かしらの騒ぐ声が聞こえるはずだが、今はパチパチと薪の燃える音以外、何も聞こえない。

どれくらい経っただろうか? 本を読み続けていると、外から話し声が聞こえた。これだけ静かだと寮の外の話し声も聞こえるのだな、と少し感心しながらその会話に耳を傾けた。どうやら、二人の男性が話しているようだ。

 

「おいおい、いいのか、フレッド? ここ、スリザリン寮だぜ?」

 

「おいおい、怖気づいたのか、ジョージ? 心配すんなって。スリザリンにはクリスマス休暇に残っているような奴はダーレもいやしない」

 

「でもそれじゃ、反応がなくてつまらないだろ?」

 

「だからこそ、存分に暴れられるってもんだ。クリスマス中は苦情がなきゃ、何やっても先生だって大目に見てくれるのさ。それに正直、パーシーをいじるのは少し飽きたんだ」

 

「それは言えてるな」

 

……会話を聞くに、どうやら暇を持て余した二人組がスリザリン寮にイタズラを仕掛けに来たらしい。

声が似ていることを考えると、兄弟だろうか?

 

「さて、合言葉だが、何かいいのはないか?」

 

「さあ? どうせ、スリザリンのことだ。嫌味ったらしい合言葉に決まってる」

 

「じゃ、思いついた言葉を片っ端から言っていくか」

 

「OK。 じゃ、まずは……「純血」!」

 

惜しいな。それは先月の合言葉だ。

しかし、俺はどうしたらいいのだろうか? 止めるべきだろうか? いや、今はここには俺しかいない。だから他寮の奴を二人くらい中に入れても問題ないだろ。本音を言うと、少し静か過ぎて寂しかったのだ。

 

「なんだよ、「半純血」ですらないのか……」

 

「はぁ、お手上げだな。他に何かないか?」

 

「他ねぇ……。スリザリンにふさわしい言葉なんて、「卑怯者」ぐらいしか残ってないぜ?」

 

ギギギギギ‥‥……

 

「「おいおいマジかよ、当てちまったぜ……」」

 

「……勘違いしないでくれよ? 合言葉は「栄誉な名誉」だ。扉が開いたのは、俺が内側から開けたからだ」

 

なんだか感動したような呟きが聞こえたので、否定しながら扉から出る。

そこには赤毛の双子が立っていた。

俺はこいつらに見覚えがある。確か入学式の時、ものすごく遅いテンポで校歌を歌っていた二人組だ。

 

「なんでスリザリンが残ってるんだ!?」

 

「何でって言われてもなぁ……」

 

「毎年、スリザリン寮は誰もいないって聞いたのによ。ビルの奴、嘘ついたのか?」

 

「いや多分、俺が初めてなんだろ、スリザリンでここに残るの」

 

片方は俺に対する驚きを、片方は情報源であろう人物に対する怒りを露に話しかけてきた。ここまで言って、双子はまじまじと俺のことを見てきた。なんだか探るような目つきで、警戒しているのがわかる。

まあ、いきなり寮から出てきて、合言葉まで教えるのだ。無理もないだろう。しかも俺はスリザリン生。罠か何かを疑っているのかもしれない。しかし、ここで何もしないのでは始まらない。思いっきって、なかに誘うことにした。

 

「立ち話もなんだし、折角だ。中に入らないか?」

 

「え? いいのか?」

 

「構わないだろ。残ってるの、俺だけだし。秘密にしといてくれよ?」

 

そう言って、二人をスリザリン寮に案内した。案内といっても、扉をくぐって直ぐの談話室までだが。

案外素直についてきた二人は初めて入る寮に心を奪われ、興味深げに辺りをキョロキョロ見渡していた。

 

「好きなところに座ってくれ。何だったら、椅子を動かしても構わないよ」

 

「あ、ああ」

 

「そういえば、自己紹介もしてなかったな。俺はジン・エトウ。皆からはジンって呼ばれてる」

 

「ああ、俺はフレッド・ウィーズリーで、」

 

「俺はジョージだ」

 

「フレッドとジョージな。了解。……? ウィーズリー? もしかして、ロナルド・ウィーズリーの兄弟か?」

 

「ロンを知ってるのか? そうだ。俺達はロニー坊やのお兄さんってな。……あれ? ていうことは、お前、一年生!?」

 

「そうだけど?」

 

自分の兄弟の知り合いということもあってか、また、俺が年下だと分かってか、ようやく二人の意識が俺に向いてきた。

 

「うわぁ……。全然そう見えねぇ」

 

「年上だと思ってたぜ……」

 

「ああ、よく言われるよ。ところで、さっき外でイタズラするみたいなこと言ってたけど何するつもりだったんだ?」

 

「ああ、そのことか」

 

「何、ちょっとした実験さ」

 

「実験?」

 

「そう。俺たちの発明品のな」

 

「他の奴らに迷惑かかっちゃいけないからな。スリザリン寮まで来たってわけよ」

 

「イタズラする奴が迷惑かけちゃ悪いとは驚きだな……」

 

「「それは言わないお約束さ!」」

 

それから、二人の発明品というのを見せてもらった。最初の警戒心も、自己紹介のおかげだろうか? 今は無くなっていた。

持ってきていたのは本物によく似た偽物の杖、食べたら炎を噴くポテトチップス、時限式のひどい匂いを発する爆弾など、かなり本格的なものばかりだった。これを二人で作ったというのだから、本当に驚いた。

一通り見せてもらった後は、感嘆して賞賛以外の言葉は思いつかなかったくらいだ。

 

「これ、ホントにすごいな……。販売だって、夢じゃないだろ」

 

「お、ありがとさん! しかしなぁ、研究もなかなか楽じゃないんだよな」

 

「そうそう。まずは見つからないように場所探しから始めないといけないし」

 

「どっか、先生とかに見つからないような広い場所って無いものかねぇ」

 

余程の苦労をしているのであろう。ハァ、と重たいため息をつく。

そんな二人に、

 

「場所……あるかもよ? 絶好の場所が」

 

俺はクリスマス休暇に実行しようとしていたことを思い出しながらこう言った。

 

 

 

 

 

「ここか? その本に載ってる廊下ってのは」

 

「ああ、多分。とりあえず、試してみたらどうだ?」

 

両親の本を片手に、フレッドとジョージを連れて八階の廊下まで来た。ここに、「必要の部屋」と呼ばれるものがあるらしい。

この「必要の部屋」というのは一般的には知られていない部屋だ。自分の目的を強く思い浮かべ、壁の周りを三回歩くことで開く特殊な部屋。両親の代でも、両親を含め知っている人は十人に満たないだろうと書かれていた。その上、先生は誰一人知らなかったらしい。

しかも、この部屋のすごいところはそれだけではない。この部屋は一回一回、自分の目的に合った構造に変化する。実験が目的なら実験用の機材が設置されるし、大量の物を収納したい場合は大きめの棚やクローゼットが設置される。夜の営みが目的なら、恐らく、大きめのベッドが設置されるだろう。欠点としては、食べ物や生き物は出てこないことくらいらしい。

早速、フレッドが廊下の周りを三回歩き回った。

すると、壁にヒビの様なものが広がり、扉が現れた。どうやら両親の本に偽りはなかった様だ。

嬉々として扉を開けた二人は、部屋の中を見るなり、こらえ切らずに歓声を上げた。

 

「最高だ! 申し分ない広さだ! しかも機材まである!」

 

「それだけじゃねえ! 材料を保管するための箱まで置いてある! これでコソコソとデカい袋を持たないで済む!」

 

二人は早速とばかりに、先程見せてもらった発明品を取り出すと、加工、実験を始めた。

実験には俺も付き合わされ、爆弾や花火を派手にぶちまけた。今まで派手に動けなかったためか、二人も遠慮なしに片っ端から発明品を使っていった。

もうやることがなくなった時点で、時間は八時すぎ。二人と会ってから、少なくとも三時間は経っている。流石にはしゃぎ疲れ、また、スネイプ先生との約束もあるので今日はここでお開きとなった。

 

「そろそろ俺は寮に戻るよ。この後、少し用事があるんだ」

 

「そうか。俺たちも、そろそろ戻ろうぜ? これからは何時でもここを使えるんだ。今日はここまででいいだろ」

 

「そうだな。流石に、そろそろ顔を出さないと怪しまれちまうし」

 

「ああ、できれば、ここのことは誰にも言わないでくれ。せっかくの秘密の部屋なんだ。あまり大勢に知られたくはない」

 

「勿論!」

 

「俺たちだってそうさ!」

 

そう言って、三人で必要の部屋から出て各自の寮に向かう。二人は必要の部屋が本当に気に入ったようで、別れ際、何かお礼をさせてくれと言ってきた。折角だから、たまに実験に付き合わせてもらうことにした。こんなに面白いもの、みすみす逃すのはもったいない。

約束の時間まで、まだ三十分以上ある。先程までの騒ぎの余韻に浸りながら、ゆっくり歩いて寮に戻った。

 

 

 

 

 

約束の九時前になると、スネイプ先生が寮にやって来た。来ると直ぐ、見せなくてはならない物の場所まで俺を連れて行った。

そこは今では使われていない教室だった。古ぼけた机や椅子が並んでおり、少し埃をかぶっている。そして何より特徴的なのは、その場に場違いな立派な鏡が置いてあることだ。

 

「見せなくてはならない物とは、あの鏡ですか?」

 

「間違いではないが、正確には、鏡に映る自分の姿だ」

 

「自分の姿? ……要するに、鏡の前に立てばいいんですね?」

 

「そうだ」

 

そう言われ、鏡の前に立つ。スネイプ先生への警戒心もあったが、好奇心の方が強かった。

鏡の前に立ち、見ると、予想していなかった光景に思わず声を無くした。

鏡に映っていたのは自分の姿ではなかった。もっと大人な、しかし、自分によく似た人だった。

その人の周りには同じ年ぐらいの人達が一緒にいて、楽しそうに仲良く談笑している。

少し髪がボサボサだけど、美人な女の人。ポッチャリしているが、見るからに優しそうな男の人。少し気取った感じの色白な男性に、ノリの良さそうな黒人の男性、少し派手な感じの女性とお淑やかなお嬢様風の女性など、どれも初めて見る人のはずなのに、どこか見覚えがあった。

少し見て、気が付いた。どれもハーマイオニーやネビル、ドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネといった俺の仲のいい友人の面影がある。そして、なぜだか分からないが、あることに確信を持った。

 

この俺によく似た人は、「俺」そのものだ。他の奴らも似ているんじゃない。本人なんだ。

 

辺りを見渡したが、やはり、部屋にいるのは俺とスネイプ先生のみ。

もう一度鏡を見ると、やはり、大人になった俺達が映っている。鏡の中の皆は楽しそうにしている。

 

……すげえ。夢みたいだ。

 

鏡の光景を見て、そう思った。

ここに来てから本当に色々なことがあった。どれも刺激的で、きっと大人になって色あせた記憶の中でも、輝いて残っていると思えるようなものばかりだった。そして思うのだ。大人になっても今みたいにこいつらと一緒にいられたら、どんなに素晴らしいだろうって。

ここに来てから、いや、ここに来る前からかもしれない。将来が不安なんだ。

安定した職に就きたい。マグルと魔法使いの抗争も避けたい。そのため、他の純血主義者との考えの折り合いもこの先にはつけないと。

そういったことを乗り越えて、どんな未来を望んでいるのか。その答えが、今、目の前にある。

 

「エトウ、何が見える?」

 

しばらく鏡に見とれていたが、スネイプ先生の質問で我に返った。同時に、なぜここに連れてこられたかを思い出した。正直に言うかどうか迷っていると、すかさず釘を刺された。

 

「嘘をついても無駄だ。吾輩には通用しない。正直に答えろ。何が見えた?」

 

そう言う先生の声は本気で、正直に答えるしかなかった。

 

「……少し大人になった俺が、ここにいる友達と談笑しています」

 

「そうか。それがお前のなんなのか、予想はついているようだな?」

 

「……俺の、願いでしょうか?」

 

そう言って、もう一度鏡を見る。見れば見る度に、俺は鏡の中の俺になりたくて仕方がなくなった。

 

「そうだ。この鏡は、見た者の心の底にある願望を映し出す。エトウ、鏡ではなく吾輩を見ろ。何故、校長がそれをお前に見せようと思ったか、不思議に思わんかね?」

 

「いえ、別に」

 

嘘だ。本当は気になる。しかし、それ以上に鏡から目を離したくなかった。

 

「エトウ、二度も言わせるな。鏡ではなく、吾輩を見るのだ。もう一度聞く。何故、校長がお前にその鏡を見せ、お前の願望を知りたいと思ったか、疑問に思わんのか?」

 

そう苛立ったように威圧され、ようやく鏡から目を離すことができた。視界にこれ以上、鏡が入らないようスネイプ先生に向き直り、質問に改めて答える。でないと、鏡から抜け出せない気がしたのだ。

 

「すみません、やっぱり気になります。」

 

「……そうであろう。説明してやる。何故、校長がこんなにもお前を気にかけているか」

 

俺を見据えながら、はっきりと言った。

 

「校長が、お前が第二の闇の帝王になると危惧しているからだ」

 

 

 




感想、評価、アドバイスなどお待ちしております


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混乱しました

テストが終わった(二つの意味で)

感想が今までの最大数! ありがとうございました

ここで、活動報告で行わせていただいたアンケートについて発表します。

Ⅲの2だけを書こうと思います。クリスマスの話なんで、次くらいにでも更新しようかと思います。アンケートのご協力、ありがとうございました。


スネイプ先生の発言は俺の頭の中から鏡のことを消し去るには十分な威力を持っていた。

 

「俺が第二の闇の帝王? それは、俺が、「例のあの人」のようになるということですか?」

 

自分の声が震えているのがわかる。それもそうだろう。名前さえ言うのを禁じられるほどの極悪人、それも自分の両親を殺したような奴になるかもしれない、と本気で言われて全く動揺しない奴などいるものか。

そんな俺とは対照的に、スネイプ先生は表情を眉一つ動かさず話を続ける。

 

「そうだ。だからこそ、校長はお前の望みを知ることでその可能性が今はどれ程のものかを確認したかったのだ」

 

「俺が闇の帝王になるっていう根拠は? そこまで言うなら、余程のものがあるんでしょう?」

 

たまらず、噛み付くように聞いてしまった。俺の将来が犯罪者などまっぴらゴメンだ。それも自分の望みを見たすぐ後に発覚するなど、冗談でもタチが悪い。

 

「……少し教えよう。まず、お前には闇の魔術に対する大きな才能がある」

 

「そんなもの、どうやって知ることができるんですか?」

 

「校長は人の才能を見抜くことにおいて、これ以上にないほどの能力を持っていらっしゃる。それに加え、お前の才能は吾輩にも分かる程のものだ。これは間違いない」

 

「……分かりました。俺には闇の魔術の才能がある。しかし、それだけですか? だったら、俺が闇の魔術とやらに近づかないように警戒すればいいだけの話じゃないですか」

 

「発言を慎みたまえ。人の話は最後まで聞くものだ。続いての理由だ。お前の生い立ちは闇の帝王に似ている。優秀な魔法使いの血を引いていながらマグルに育てられた。その上、魔法使いとしての大きな才能を持ち、優秀な成績を収めている。主席を取るには十分すぎる程のな」

 

「そんな人、これまでにもいたでしょう? 現に成績ならハーマイオニーの方が優秀だ! それにあいつもマグル育ちだ!」

 

「発言を慎め! お前は吾輩の話を聞きたくないのか? ならばいい。さっさと自室に戻って寝ろ。聞きたいのならば今から吾輩の話が終わるまで一切の質問を禁ずる」

 

「……」

 

怒鳴られ、何とか黙るだけの冷静さを取り戻す。しかし、なんとしてでも先生の口から間違いだったと聞きたかった。俺は先生の言葉を否定できるような材料を持ち合わせていない。それに、先生の話は戯言だと笑い飛ばすにはあまりに重すぎる。

 

「では、話を進めよう。先ほど言ったようにお前と闇の帝王は似ている。お前が道を踏み外せば、第二の闇の帝王になるほどな。……ついでに言っておこう。今まで純血、半純血でマグルに育てられた者は、お前を入れて両手の指の数にも満たない。それほど珍しい。さて、校長がこれを見せた理由だな。分かると思うが、お前が道を踏み外さないようにするためだ。そのために、まずはお前が道を踏み外していないことを確認しなくてはならない。既に確認のための措置は取られているが、最も手っ取り早いのはお前の心の奥底にある願望を知ることだ。……この鏡は便利な物だ。本人が自覚していようがいまいが、正確にその者の願望を映しだす。嘘はつけない」

 

そう言って、少し鏡から顔を背ける。まるでこの鏡は視界に入れるのも不快だと言わんばかりに。

 

「映ったもの次第では、早々に手を打たねばならなかった。その点、お前の願望を聞く限り現状ではお前が道を踏み外す可能性は極めて低いと言えるだろう」

 

この言葉で、初めて落ち着くことができた。ようやく先生の口から否定的な言葉が聞けたからだ。同時に周りを見る余裕も出てきた。スネイプ先生が妙に周りを気にしていることに気が付く。

 

「お前の願望は校長に伝えておく。これで少しは警戒がとけるだろう。……話は終わりだ。何か聞きたいことはあるか?」

 

そう言いつつもどこか少し落ち着かない。何か引っかかる。明らかに何かを避けようとしている。まるで俺が何かに気づく前に、話を終わらせたい様だ。

俺は一体、何に気づいていないんだ? いや、スネイプ先生は何を気にしているんだ?

 

「俺が第二の闇の帝王に成り得る理由は、似ているというだけですか?」

 

「……不満か?」

 

「ええ、まぁ。珍しいと言っても、もう一人くらい俺と似たような境遇の奴がどこかに……!」

 

ここまで言って、あることを思い出した。今日の魔法薬学の授業でのことだ。あの時もすっかり忘れていた。

 

「ポッターだ! ポッターはどうなんですか!?」

 

少しだが、先生が固まった。どうやら当たりを引いたらしい。先生はポッターが話題に出ることを気にしていたのだろう。ポッターが闇の帝王になる疑いが無いなら、俺にだって無くてもいいはずだ。

俺とポッターの違い。それが分かれば道を踏み外しても極悪人にならなくて済むかもしれない。

 

「あいつも、俺と似た境遇にいる! 立派な分類に入る血筋でマグル育ち! その上、才能に溢れている! クィディッチがいい例だ! むしろあいつは俺より……」

 

「あやつは違う」

 

一気に熱が冷めた。これよりも冷たい声というのを、俺は聞いたことがない。声だけで誰かを殺せそうだ。自分が当たりではなく地雷を踏んだことを今更ながら知った。

 

「あやつは箒と英雄気取りだけが取り柄の傲慢な奴だ。なんの関係もない」

 

ここで何か余計なことを言えば、俺の身の安全は保証できない。それ程のオーラを、スネイプ先生は纏っていた。突然のことに驚き、どうするべきかを考える。

俺には今、二つの選択肢がある。身の安全か、現状を詳しく知るための爆弾か。どちらを選ぶかなんて決まっている。俺の第二の闇の帝王になる確率が現段階において、極めて低い。今、それ以上の価値を持つ情報が果たして必要だろうか? 爆発のリスクを負うほど……。

俺は沈黙を決め込んだ。それで、何とか先生も落ち着きを取り戻した様だ。いつも通りの口調で俺に言ってきた。

 

「質問は終わりか? ならば、直ぐにここを去るぞ」

 

ポッターのことを聞きたい。でも質問できない。地雷確定だ。何があったかは知らないが、先生のポッターへの憎しみは生半可ではない。「殺す程ではないだろう」っていうのは大きな誤りだったようだ。

足早に部屋を出る先生。そのあとを追う。結局、寮に着くまで一言も話さなかった。

寮まで一言も話さなかったお陰で、多少なりとも鏡のことについて考えることができた。寮に着いて、先生との別れ際、ふと気になったことを聞いてみた。

 

「先生。先生が見た鏡には何が映っていたんですか?」

 

 

 

 

 

 

スネイプが今年にダンブルドアから頼まれた仕事は二つ。ハリーの保護とジンの監視。

ジンを監視するたびにスネイプは思う。

何故、彼はスリザリンに入ったのだろうか?

闇の魔術の才能が大きいことは認めよう。だが、ダンブルドアから彼は魔法界からマグルを追放したいと考えていると聞いていた。そして、それが組み分けの結果につながったと。しかし、彼の行動はそんなことを微塵も感じさせない。それどころかハーマイオニー・グレンジャーのようなマグル生まれとも仲良くやっている。純血主義の代表といってもいいドラコ・マルフォイとも純血主義を巡って対立したこともあった。正反対もいいところだ。もしあれが演技ならば、成る程、大したものだ。警戒を通り過ぎて敬意に値する。闇の帝王も学生時代は人あたりの良い立ち振る舞いをしていたという。彼の立ち振る舞いは余計にダンブルドアの警戒を煽ったのだろうか? ダンブルドアは既に警戒措置が取られているのにも関わらず、ジンに「みぞの鏡」を見せたがった。しかも既に取られている警戒措置というのはかなり強力で下手を打てばジンの命に関わるものなのに、だ。そこまでしているのに、わざわざ「みぞの鏡」を使うのには少しばかりの疑問が残った。あれは中々危険なものなのだ。

 

「校長。既にあの()()をしている彼に、わざわざ「みぞの鏡」を見せる必要があるのか少々疑問が残りますがな?」

 

「あの指輪の元々の効果はあの子の監視などではない。守るものじゃ。加えて、もしあの指輪があの子を滅ぼすなら、それはあの子が完全に闇に堕ちたということじゃ。力を欲することも、自らの価値を血筋に求めることも、あの指輪があの子を滅ぼす理由には成りえん。これでは警戒というにはあまりに雑なものじゃ」

 

「ですが、もし彼の願望が闇に近づくものであり、それを自覚してしまったら、状況は悪化しますぞ?」

 

「いや。自らの願望を知ることは、彼にとっても重要なことじゃ。たとえそれがどのようなものでものう」

 

「では、彼が闇の帝王になり、指輪で滅ぶことをお望みで?」

 

「そうではない。何も鏡を見せる理由は彼の警戒措置だけではない。彼自身が今の自分を理解するのに必要なのじゃよ。何かに立ち向かうのであれば、そのことをよく知らねばならん。それが自分自身の時もじゃ。セブルス、儂はかつて犯した過ちをもう一度犯したくはない」

 

スネイプはダンブルドアが自分の思っていたものとはまた別の意図を持っていることを悟った。ダンブルドアにとって、ジンが闇の帝王の素質を持っていることは、彼が自分の生徒である事に何の弊害にもならないのだ。そう、かつての闇の帝王と同じように。もしかしたら、ジンにかつての闇の帝王の姿を重ねているのかもしれない。彼が道を踏み外さないようにすることを、自分の過去の過ちの免罪符としようとしているのかもしれない。そう考えると、鏡を見せることはジンのためであり、ダンブルドア自身のためということになる。

ならば、スネイプが止める義理はない。

 

「では、お好きなように。校長の指示に従いましょう」

 

「そうしよう。そこで、セブルス。君に頼みたいことがある」

 

「何なりと」

 

「ジンにみぞの鏡を見せ、何が映ったかを聞き出して欲しいのじゃ」

 

予想はしていた。ダンブルドアは、監視も含め、何かとジンをスネイプの近くに置きたがる。これもその一環だろう。しかし、流石に次のことは予想していなかった。

 

「その際、彼に闇の素質についても、少しばかり伝えておいてくれ」

 

「……よろしいので? それはいささか、早すぎるかと」

 

「かまわぬ。これも必要なことじゃ。儂はまだ、何も言わずに彼を納得させるだけの信頼を得ておらん。彼は聡明な子じゃ。ここで事実を伝えねば、それは後に儂へ巨大な不信感になるじゃろう」

 

「しかし、それでは本当に闇の帝王の二の舞に……」

 

「セブルス、儂はかつて犯した過ちをもう一度犯したくはないのじゃよ」

 

ダンブルドアは先ほど言った言葉をもう一度言うと、話は終わったとばかりに不死鳥のフォークスの世話を始めた。

スネイプは黙って頭を下げ、校長室から出て行く。

 

 

 

鏡を見せるのは早いほうがいい。そう、今日の夜にでも……。そう思い、鏡を置いてある部屋まで案内した。

彼が鏡を通して見たものを確認し、闇の素質について話す。それだけのことだった。しかし部屋に入り、鏡を見た瞬間、それだけでは済まなくなった。

 

…………ああ、リリー、そこにいたのか。

 

鏡に映っていたのは、忘れるはずもない、愛した人の姿だった。突然のことに呆然としてしまったが、隣にいたジンが声をかけてきて我に返る。自身は鏡が見えない位置に移動して、ジンに鏡を見せる。

 

そうだ、あれはただの望み。リリーではない。リリーは死んだのだ。

 

そう自身に言い聞かせ、目の前の生徒と話を進める。さっさと話を終えて、こんな部屋から出たかった。このまま鏡を見つめたら、泣いてしまいそうだった。子供の頃の自分に戻ってしまいそうだった。だが、そんな気持ちを嘲笑うかのように、目の前の生徒は追い討ちをかけてきた。

 

「ポッターだ! ポッターはどうなんですか!?」

 

今はその名前を聞きたくなかった。自分の中に、フツフツと抑えきれない怒りが溢れてきた。気がつけば、声に出してポッターを罵っていた。それが父親か息子か、自分でも判断はつかなかったが。

幸い、それ以上の追求はなかった。何事もなかったかのように振る舞い、部屋からでていく。寮までジンを送った。その間ずっと沈黙していたため、鏡のことについて考えることができた。

 

何故、ダンブルドアは自分に鏡を見せる役割を頼んだのだろう? そもそも、ジンをそばに置きたがった理由は? 自分が鏡を見れば、リリーが映るであろうことは当然予想できた。しかし、それに何の意味がある? 彼の望みは今の仲間と一緒にいることだ。それを自分が確認して何になる?

 

ここまで考えて、ふと思った。自分がジンの年頃の頃、この鏡を見たら何が映っていたのだろう? 言うまでもない。この少年と同じものが見えたはずだ。

あの頃の自分はリリーのためにスリザリンであることを捨てられず、スリザリンであることのためにリリーを捨てられなかった。その自分が何を望んでいたか。その両方を捨てないでいることに決まっている。

今、過去に戻ったならば、自分はリリーのためにスリザリンであることを捨てるだろう。そして、目の前の少年は当時の自分と似たような境遇にいるのかもしれない。

言ってしまえば、彼がグレンジャーかマルフォイ、どちらを選ぶかということだ。このままでは、自分と同じ様な境遇になるかもしれない。それを阻止するために、ダンブルドアは自分のそばにジンを置くのかもしれない。自分が黙って見ていられないであろう事をあの人は知っているのだ。全て憶測に過ぎないのだが、何故かそうだと思えた。

 

この少年にだったら、自分の望みを話してもいいのかもしれない。闇に堕ちるとはどういうことなのか、自分を捨ててまで守りたいものとは何なのか、それを教えてやるのも悪くないかもしれない。

 

そう思っていたら、向こうから仕掛けてきた。

 

「先生。先生が見た鏡には何が映っていたんですか?」

 

この捉え様によっては不躾な質問、この少年には自分の答えがきっと必要になってくるだろう。だが、まだ早い。これからもっと自分で悩んで、苦しんで、どうしようもなくなった時に手を差し伸べてやろう。結局、自分で選んだ道でしか、受け入れることも突き進むこともできないのだから。

自分でも珍しいと思うほど、少し穏やかな気持ちになってきた。鏡にいたリリーのお陰か、目の前の少年が自分と同じであることへの同情か分からないが口から出た言葉は温かみがあった。

 

「それを話すのはまだ早い。お前がもう少し成長することができたら、困難に立ち向かうことになったら、話してやろう」

 

似合わんセリフだ。そう思わずにはいられなかった。目の前の少年も、驚いた表情でこちらを見ている。そのまま何かを言う気配もないので、何もせずに自室へと戻った。校長への報告は、明日で構わないだろう。今はただ、何となくこの穏やかな気持ちに浸っていたかった。

 

 

 

 

 

驚いた。今日はスネイプ先生の知らない面ばかりが見つかった。あの凍てつくような怒りを見せたかと思えば、どことなく父親を想起させる穏やかな表情をして去っていった。どちらが本当のスネイプ先生なのか分からない。

あの穏やかな顔をできる人が、誰かを殺すなんて出来ると思えなかった。しかし、ポッターの話をしたときの先生は誰を殺してもおかしくなかった。

フゥ、と一つため息をついて俺も自室に帰った。今日は色々ありすぎた。混乱した頭じゃ、何を考えても無駄だ。今日はもう寝てしまおう。

 

秘密で膨れたはずの胸は、不思議と以前よりも軽くなっていた。何か大きなものに支えられている気がする。

 

 

 




少しごちゃごちゃしているかもしれません。これでもわかりやすく書いたつもりです……。

スネイプ先生の心情、ジンが闇の素質についてどう思ったかなど、わかりにくいところがありましたら言ってください。なるべくネタバレしないように説明、修正しようと思います。


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番外編 クリスマス前

今までで一番長い。そして書くのが難しかった。


「ねえ、二人は好きな人とかいないの?」

 

クリスマス前に図書館に集まって勉強を教えていると急にパンジーがハーマイオニーとダフネに聞いた。

 

「どうしたの、急に? あなたがドラコのことが好きなのは周知の事実だから、ライバルがいたら誰か教えてくれるはずだけど……?」

 

ダフネが聞くが、パンジーはその返事では満足しないらしい。少し頬を膨らませると、二人をジト目で見ながら話を続ける。

 

「だーかーらー、好きな人! いないの? 気になる人でもいいわ!」

 

そう言われても、何故そんな話になるのか分からないハーマイオニーとダフネは顔を見合わせて首をかしげる。そんな二人の様子にパンジーはますますむくれ、話を続ける。

 

「だって、私だけ皆に好きな人が知られてるなんて不公平じゃない。せめて、どんな人が好みなのかぐらい教えてくれてもいいじゃない……」

 

「だ、大丈夫よ、パンジー。誰も教えないなんて言ってないわ。ちょっと急で驚いただけよ。ね、ダフネ?」

 

「え、ええ。ちゃんと教えてあげるから。心配しないで」

 

慌てて二人は笑顔でフォローを入れるのだが、内心では焦っていた。

 

――す、好きな人!? どうしよう、考えたこともない……。でも、ここで言わないとパンジー、怒るわよね……。

 

――まずいわね。こうなったら、パンジーは納得しないといじけるわ。それらしいことを言ってなんとか回避しましょう

 

そんなことも知らず、二人の返事を聞いたパンジーは満面の笑みで催促をする。

 

「ホント!? ずっと気になってたの! ほら、ハーミーとかそういうの興味なさそうじゃない? ダフネだって、モテるのに今までの告白全部断ってるし。ねえねえ、二人はどういう人が好みなの?」

 

「とりあえず、パンジーから教えて頂戴?」

 

「え? 私の好きな人はドラコだって、みんな知ってるじゃない?」

 

「ほ、ほら、どこが好きか詳しいことを聞いたことなかったし! 折角だから教えて!」

 

ダフネの提案にハーマイオニーが乗っかって、なんとか時間稼ぎに成功する。一方パンジーは、成る程……と呟いて考え始める。ウキウキしていうところを見ると、この手の話は大好物のようだ。

少しして、考えがまとまったのか満面の笑みでパンジーが口を開いた。

 

「うん、まず、キリッとしててカッコいいところ! ほら、ドラコってホントに色んなことができるじゃない? 勉強は流石にハーミーとジンには敵わないけど、箒に乗るのもうまいし、魔法界についての情報はピカイチ! 家柄もいいしね! あ、あと普段は気品があって優雅でしょ? でも、たまに見せる子供っぽさが可愛いの! もう最高!」

 

「……そ、そうね。いいと思うわ。ね、ダフネ?」

 

「……え、ええ、まあ、いいと思うわ」

 

二人は美化されたマルフォイ像に少し引き気味だが、幸い、話に夢中のパンジーは気付かない。話し終えて少し落ち着いたのか、フゥ、と一息つくとカップに入っている紅茶を一杯飲んで、今度はハーマイオニーに話をふった。

 

「で、で、ハーミーは? 好きな人はいる?」

 

「え、わ、私!? う~……。好きな人……。」

 

「そういえばハーマイオニー、ポッターと仲良しよね? 彼のことはどう思うの?」

 

悩むハーマイオニーにダフネが助け舟を出す。するとすぐさま、パンジーはその話題に反応した。

 

「ええ!? ポッター!? それはちょっと趣味悪いわよ?」

 

「ち、違うわよ! ハリーは普通の友達よ。別に好きとかそういうのじゃないわ。でも、趣味が悪いとは思わないけど……。パンジー、ハリーが嫌いなの?」

 

「嫌いっていうか……。あいつ、スリザリンってだけで何か白い目で見るし……。別にあいつに限ったことじゃないけどさ。それにドラコのことになると異様に気を張ってくるじゃない? だからムカつく」

 

「それは言えるかもしれないわね。いつも彼の隣にいる人って、ウィーズリーでしょ? スリザリン嫌いで有名じゃない。それに、マルフォイ家と相当仲が悪いし」

 

「そうなの? そういえば、ロンって何を言ってもスリザリンだからって理由でみんなを避けるのよね……。そのせいかしら?」

 

「まあ、家云々はもうどうでもいいわ! ハーミーの好きな人、教えてよ! ポッターとウィーズリーじゃないんでしょ?」

 

パンジーが少々脱線していた話を戻し、ハーマイオニーに回答を迫る。流石に諦めて、素直に答えることにした。

 

「好きな人はまだいないわ……。第一、仲が良い男子なんてハリーとロン、ネビルとジンだけだもの」

 

「ふーん。じゃあ、その中で誰が一番好き?」

 

「だ、誰って……。ちょっと待って……」

 

予期せぬ質問に戸惑い、慌てて考える。

 

――えーと、好きな人? うーん。悪いけど、ネビルは無いわね。好きというより、世話の焼ける弟みたい……。じゃあ、ハリー? ……うん、無いかな? 確かに仲がいいけど、そんなこと思えないもの。で、ロンとジン……。ロンは、なんというか、目が離せない感じ? でもネビルとはちょっとちがうのよね……。ジンは、こんなお兄さんが欲しいって人だけど……。でも、ちょっと不思議な感じ……。どっちが気になるかと言われると……

 

「あー、もう分かんない!」

 

急に叫びだしたハーマイオニーに、二人は戸惑い、恐る恐る声をかけた。

 

「ど、どうしたの、ハーミー? ……イヤな事でも思い出した?」

 

「何が分からないのかしら?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて……」

 

二人の反応に、自分が声を出していたことに気がついて顔を赤らめる。何も言えないハーマイオニーに、珍しくパンジーが勘を働かせ、

 

「分かった! 四人の中で気になる人が二人いたのね! どっちにしたらいいかわからないんでしょ!?」

 

と言い切る。かなり無茶苦茶な発想であったが、図星であるため何も言えない。その様子に、ますます確信を深めたパンジーは嬉々として追い込みに走った。

 

「ポッターとジン? いや、ポッターは無いんだったわね……。じゃあ、ネビルとウィーズリー? いやいや、流石にネビルはないわ……。この際、ジンは確定ね。それじゃ、もしかして、ジンとウィーズリー?」

 

当たりであったため、さらに顔を真っ赤にさせて俯く。一方、当たりを引いたパンジーは興奮しながら自分の考えを言っていく。

 

「断然、ジンの方がいいって! ほら、確かにジンはちょっと固くてオヤジ臭いところがあるけど、子供っぽくてピーピー言ってるよりは全然いいでしょ? 何を迷ってたのよ!?」

 

「パンジー、ちょっと落ち着きましょうよ。ハーマイオニーはグリフィンドールだから、私たちの知らないウィーズリーの一面を知ってるのよ」

 

流石に見かねたダフネがパンジーにストップをかける。パンジーは渋々ながら質問を抑え、ハーマイオニーは感謝の眼差しでダフネを見た。少し落ち着いてから、今度はハーマイオニーから切り出した。

 

「えっとね、パンジーの言う通り、ジンとロンで悩んでたわ……」

 

ほらやっぱり、と勝ち誇った顔をするパンジーをよそに、さらに続ける。

 

「でも、どっちもやっぱり気になるってこと以外は何も感じないわ。ちょっと、引っかかるだけ……」

 

「いいじゃない。きっと、恋愛なんてそんなものよ? 私もやったことないから分からないけど」

 

少し否定的な発言をするハーマイオニーに、ダフネが諭すように言う。そこで、パンジーの矛先が今度はダフネに向かった。

 

「そうそう、ダフネは何で誰とも付き合わないの? 中々付き合えないような人だっていたじゃない」

 

「別に、付き合いたいと思えなかったもの。名前と外見しか知らない人から告白されても、そんな人は私のことをしっかり見てくれているはずないもの」

 

これにはパンジーもハーマイオニーも納得したのか、あー……と声を漏らした。

 

「もし、付き合うとしたら、誰がいいかしらね?」

 

と、ダフネは話題をそらすつもりか少し茶化した感じでパンジーに聞いた。見事、パンジーは釣られていつの間にか話題が気になる人から男子の講評に移っていった。

 

「そうねー、スリザリンの同学年じゃ、結構ブレーズがモテるのよね」

 

「え!? そうなの?」

 

「知らないの、ハーミー? 見た目はいいから。背はそこそこあるし、結構体格もいいしね。細マッチョなのよね、あいつ。ああ、でもあいつは結構女にうるさいから中々彼女はできないわね。逆に、彼女が絶対にできないのはグラップとゴイルね……」

 

「それは言っちゃ可哀想よ。あなたから見て、ジンはどうかしら?」

 

「ジン? うーん。見た目は、まあ、平均ちょい上かしら? 背が高いのはプラスよね。体格もブレーズほどではないけどいい方だし。ただ、目つきがちょっと悪いかな? あと、さっき言ったけど、ちょっとオヤジ臭い。何かたまに同い年とは思えなくなるもの。そこが大人っぽいって感じる人は結構好みかもね。スリザリンではお父さんキャラよね。ある意味、ゴイルたちの次に彼女はできなさそうよね」

 

「あら、そうだったの?」

 

「ダフネも知らなかったのね。よく、パンジーは知ってるわね」

 

「まあ、色々情報が回ってくるからね。ポッターたちの評価だって回ってくるのよ。スリザリンじゃ、評価は低いけど」

 

「そうなの? ハリー、グリフィンドールではそこそこ人気らしいわ。グリフィンドール以外ではレイブンクローでも少し」

 

「見た目はイケメンだものね」

 

「どうせ見た目だけでしょ? それより――」

 

男子の講評で盛り上がり、結局、門限ギリギリまで話し込んでしまっていた。話が終わって一息ついた瞬間、図書館の司書、マダム・ピンスが三人を怒鳴って追い出したとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、二人共」

 

スリザリンの談話室でチェスをするドラコが、対戦相手のブレーズと隣で本を読むジンに神妙な顔で声をかけた。ジンは本を閉じ、ブレーズは手を止めドラコを見る。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

「いや、大したことではないんだが……」

 

「気になるなら言っちまえって!」

 

口ごもるドラコにブレーズが急かし、ジンは飲み物を、と三人分のゴブレットに紅茶を入れて持ってきた。そこで意を決したかのように、ドラコが叫んだ。

 

「す、好きな人はいるか!?」

 

ブレーズが紅茶を吹き出し、ジンが固まった。ドラコはそれを見て、だから嫌だったんだ……とブツブツ言い出した。

 

「ま、まあまあ、急で驚いただけなんだ。どうした? パンジーと何かあったのか?」

 

「何かというか……」

 

硬直からとけたジンが慌ててフォローを入れると、不貞腐れながらドラコは話し始めた。

 

「ほら、まあ、パンジーが僕のことを好きなのは皆が知るところだ。僕としても満更ではないのだが」

 

「なら付き合っちまえよ」

 

「うるさいな! そのことで悩んでいるんだよ!」

 

「と、言うと? 何か付き合えない理由でも?」

 

「ああ、うん……。その、もしパンジーが僕に好意を向けてくれていなかったら、こう言ってはなんだが、絶対に付き合おうとか思わなかったと思う。だから、ここで付き合ったら何だか自分が都合の良い奴に思えて……」

 

そう言い淀むドラコに、ジンは成程と相槌を打つ。しかしブレーズは何処か呆れた感じでドラコを、ついでにジンを見た。

 

「お前ら、何考えてんだ? 付き合いたいなら付き合えばいいじゃねぇか。嫌なら付き合わない。それで終わりだろ?」

 

「おいおい、ドラコの意見も聞いてやれよ? 要するに『付き合いたいけど体面が悪い』ってことだろ?」

 

「分かってるっての。だから、体面なんていいから付き合いたいって思うなら付き合えってことだ。そんなに体面が大事なら、こんな相談なんてしないだろ?」

 

「……一理あるな。そこの所どう思う、ドラコ?」

 

ブレーズの考えは随分とアッサリとしているが、そう外れてはいない。ジンはそう思ってドラコに話を振ると、案の定、顔を赤らめてハギレ悪く答え始めた。

 

「あー、いや、体面と言うのはだな、僕は付き合えれば誰でもいいみたいな軽い奴というか、好きでもない奴と付き合う奴というか、……あ、今の無し! あー、うん、まあ、そんな風に思われたくないということだ」

 

「……もう付き合っちまえよ」

 

今度は完全に呆れた感じでドラコに言う。流石のジンも、これには苦笑いしか返せなかった。

 

「今度、自分から話しかけてみたらどうだ? 勉強を教えるのでもいいしな。そしたら何か分かるんじゃないか? 焦ってもいいことないだろうし」

 

「告白しちまってもいい……。どう見ても、パンジーはお前にベタ惚れだしよ。お前がその気ならいつでも行けるだろうよ」

 

せめてものフォローを入れるジンと、投げやりに返すブレーズ。その二人を見て、ドラコは少し考えるような素振りをして、答える。

 

「うん、まあ、今度の機会にでも話しかけようと思う。告白は、もう少し先だな」

 

「なあ、ところでさ、なんで俺らの好きな人を聞いたの? 全然関係なくね?」

 

ドラコの結論を聞いて、ブレーズが疑問を漏らす。自分のことから話題が離れて冷静になったドラコはスラスラと答えを言う。

 

「ああ、参考にしようと思ってね。ほら、君達に好きな人がいるならどのような対応をしているか気になったんだ」

 

「あっそ、お前も素直じゃねぇな。もっと分かりやすい聞き方ってもんがあるだろうに」

 

「別にいいだろう? いきなりパンジーを好きになったと言ったら、君達は大騒ぎするじゃないか」

 

「まあな。でも、紅茶は吹かなかったはずだ」

 

「ふん、どうだか」

 

ドラコとブレーズがお決まりのじゃれあいを始めたので、ジンは閉じた本を開き続きを読もうとしたが

 

「ああ、でも、ジンの好きな人なら、ドラコの参考関係なく気になるな。なあ、ジン。教えてくれよ」

 

と話を振られ、またすぐに本を閉じる羽目になった。

 

「俺の好きな人か?」

 

「おう、お前の好きな人。いるの?」

 

「僕も気になるね。君の好みってどんな人なんだい?」

 

「ふむ、俺の好きな人か……。いないな。好みもわからん」

 

「いやいや、好みくらい分かるだろ?」

 

「そういうの考えたこと無いからな。小学校は何かと精一杯だったし」

 

「小学校?」

 

「マグルの教育施設の内の一つだ。ここに来る前、俺はそこに通ってたんだ」

 

「ふーん。そんな小さい頃から勉強して何か分かんの?」

 

「読み書きとか計算はそこで学ぶんだ」

 

「はぁ? 親は何してんだよ?」

 

「仕事じゃないか? 母親は家事とかあるし」

 

「考えらんねぇ。魔法界じゃ、読み書き計算は親が教えるんだぜ? 家事って言ったって、そんな家族に人数なんていないんだから一時間ありゃ全部終わるだろ。掃除なんて毎日やってりゃ杖一振りだ」

 

「マグルの家事は大変なんだよ。俺もやっていたからよくわかる」

 

「マグルの話はいいだろ。今はジンの好きな人の話じゃないのかい?」

 

何度目になるか、ズレ始めた話をドラコが溜息と共に戻す。ブレーズも小学校への興味を一気にジンの好みへと持っていった。

 

「好みって言ってもなぁ……。例えば、ドラコの好みって言ったらパンジーみたいな奴ってことか?」

 

「ああ、好きな奴がいる場合はそいつを言うだけでいい。むしろそうしてくれ」

 

「だからいないって。ブレーズはどうなんだ?」

 

「え、俺? まあ、俺も好きな奴いないけど好みぐらいは言えるぜ?」

 

「どんな奴?」

 

「そうだなぁ……。まずは、品がないとダメだな。あと、お淑やかなのがタイプだ。しかし裏表が激しいのはNGだ。顔は、可愛いのより綺麗な感じのほうがいい。ピンクより黒が似合う感じの。背は俺より少し低めがいいな。ベストは目線が俺の肩から胸。ああ、そうそう。胸はそこそこデカイほうがいい。こんなもんか? まだまだあるけどよ」

 

「……多いな。そんな奴、いるのか?」

 

「探せばきっといるさ。見つけ次第、俺は口説きにかかるね。さて、俺は言ったんだ。今度はお前の番だぞ?」

 

「俺ねぇ……」

 

「そこまで具体的な答えを望んではいないさ。君の答えられる範囲で構わない」

 

聞いてしまった以上、流石に答えなければ二人に悪い。それに、ドラコは答えやすいようにフォローまでしてくれている。しかし、マグル界にいた頃から女子と話す機会はそこまで多くなかった。それはここに来ても変わらない。今、仲がいい女子といえば、パンジー、ダフネ、ハーマイオニーしかいない。そんな中で好みを言えと言われて思いつく答えは限られており、結果、

 

「俺の好みはハーマイオニーだな」

 

ものすごく具体的な答えを出した。

 

「は?」

 

「え?」

 

予想していなかった答えに、二人は呆けた表情をした。そんな二人に、苦笑いを向けながら説明をする。

 

「別に、ハーマイオニーが好きなわけじゃないさ。ただ、現状じゃアイツが一番好ましいってこと。俺、女子との交流少ないから」

 

「意外だな。話しかけないのか?」

 

「必要も無いしな。お前らといれば楽しいし」

 

「……それは嬉しいが、それとこれとは別問題じゃないのかい?」

 

「そうなのか?」

 

「いや、普通はそうだぞ?」

 

自分の思考に少し呆れられている事が分かったジンは何も反論せず、

 

「まあ、今度じっくり考えてみるさ。まだ学校が始まって一年も経ってないんだ。時間はたっぷりあるさ」

 

と締めくくり、本に集中し始めた。

その後、図書室から帰ってきたパンジーとダフネにドラコ達がジンの好みを話すのは、また別のお話……。

 

 

 

 

 

 

そろそろ始まるクリスマス休暇は教師にとっても生徒同様、嬉しいものである。規則や勉強を強要する必要が無くなり、一年の中で思いっきりハメを外すことのできる数少ない時間の一つであるのだ。それは普段から厳しくあるマクゴナガル女史も変わらない。

 

「ミネルバ、どうですか? ここで一息、お茶とお菓子でも。もう仕事もほとんど終わったでしょう?」

 

「いいですね、ポモーナ。私も丁度、休憩にしようかと思っていたところです。フィリウス、あなたもどうです?」

 

「おお、いいですね。是非、参加しましょう!」

 

ポモーネ・スプラウト先生に声をかけられ、側にいたフィリウス・フリットウィック先生と共に休憩を挟むことになった。クリスマス前の恒例行事である。ここでスネイプ先生がいれば寮監全員がそろうのだが、それは高望みというものだろう。スネイプ先生はプライベートで人と関わることが本当に少ない。勿論、最低限の付き合いはしているのだがこの恒例行事に参加したことはない。

 

「さて、今年も優秀な生徒達が入学してきましたわね」

 

スプラウト先生の言葉を合図に恒例行事が開始された。この恒例行事、実はちょっとした寮監同士の生徒自慢なのだ。そして、他寮の生徒を評価する場でもある。

ハッフルパフ、レイブンクロー、グリフィンドール、そしてスリザリンの生徒自慢と評価(最も、スリザリン生は評価だけだが)が三人の間で行き交う。

 

「今年の新入生も、ハッフルパフは素直な子が多いですからね。是非、セドリック・ディゴリーの様になって欲しいものです」

 

「確かに、ディゴリーは稀に見る優秀な生徒ですね。妖精の呪文が本当に上手ですよ。優秀といえば、やはり、今年の新入生ではハーマイオニー・グレンジャーの右に出る人はいないでしょう。いやいや、ミネルバが羨ましい。彼女こそ、レイブンクローの模範生であると私は思うんです」

 

「そうですね、フィリウス。彼女は確かにレイブンクローの素質もあるでしょう。しかし、組み分け帽子は私の寮を選びました。きっと、彼女はその知性に劣らない素晴らしい勇気を私達に見せてくれます。ええ、私はそうなると期待しておりますとも」

 

「グリフィンドールといえば、ハリー・ポッター! 彼はどうでしょう? クィディッチを見せてもらいましたが、確かに素晴らしい乗り手でしたね。一年とは思えませんでした」

 

「おお、ハリー・ポッター! いやいや、彼は素晴らしい選手だ! その気になれば、プロとして十分に活躍できる素質を持っています。彼の父親も充分素晴らしかったが、しっかりその才能を受け継いでいる様ですね。父親以上の才能が見受けられます」

 

「それは嬉しいですね。是非、グリフィンドールを優勝に導いて欲しいものです」

 

「いいえミネルバ。優勝を狙っているのはハッフルパフも同じです。クリスマス後の試合が楽しみです」

 

「望むところです、ポモーナ」

 

マクゴナガル先生とスプラウト先生が火花を散らしていると、横からフリットウィック先生が入ってきた。

 

「まあまあ、二人共。そう熱くならずに! そうそう、優秀な新入生といえば、もう一人いましたな。スリザリンのジン・エトウ! 彼もグレンジャーに劣らない素晴らしい成績を残していますね! 浮遊の呪文を初回の授業で成功させたのはこの二人でした」

 

「ジン・エトウ? ああ、いますね、今年の新入生に。珍しい名前ですから、一度、授業で指名してみたんですよ。確かにスラスラと答えを述べてくれて、思わずスリザリンに五点あげてしまいました」

 

「変身術も大変素晴らしい成績です。セブルスがもしここにいたら、真っ先に彼の名前を挙げるのではないでしょうか?」

 

ここにいないもう一人の寮監を思い浮かべながら言う。他の二人もそう思うのか、彼の優秀さを思い出し話していく。

 

「スリザリンにしては珍しく、彼は社交性が高いですよね。この間、グレンジャーと話しているのを見ましたよ。純血主義が多い中、彼女と仲良くできるスリザリン生なんて……。何故、彼はグリフィンドールに入らなかったのだろうか? ミネルバ、どう思います?」

 

「ええ、私も疑問ですね。しかし、返って良かったのかもしれませんね。スリザリンは少し閉鎖的ですから。これを機に、他寮との関わりが持てるといいのですが」

 

「そういえば、昔いましたね、彼と同じようにマグル生まれの者と仲の良かったスリザリン生。確か……アンドロメダ・ブラックでしたっけ? 彼女はホグワーツ史に残る大恋愛をしてくれましたね」

 

フリットウィック先生が、ふと思い出したように言った。それに対し、スプラウト先生は懐かしそうに目を細め答える。彼女もそう言った類の話は好物なのである。

 

「ええ。今の姓はトンクスですけど。確かグリフィンドール生と結婚しましたね」

 

「彼もそうなるんでしょうか? いや、この場合はグレンジャーでしょうか? 彼といるときの彼女は、少し楽しそうですからね」

 

「おや? 私はポッターと仲がいいと思っていましたけど?」

 

ジンと仲がいいというフリットウィック先生、ハリーと仲がいいというスプラウト先生。どちらもハーマイオニーはお気に入りの生徒であり、その生徒の好きな人となれば興味を持たずにはいられない。その二人を見て、マクゴナガル先生は

 

「まあ、どちらにせよグレンジャーが決めることです。楽しみではありますが、気長に待ちましょう。まだ一年も経っていないのですから」

 

といい、仕事に戻る準備を始めた。

 

「ついでに、ミネルバ。あなたはどちらだと思います?」

 

最後にと、スプラウト先生が質問する。そんなスプラウト先生に対しマクゴナガル先生は

 

「私は残念ながら、ポッターよりもエトウの方がグレンジャーの好みかと」

 

少し不満げな顔をするスプラウト先生に、さらに言葉を続ける。

 

「ですが、ウィーズリーとエトウならばどちらがより彼女の好みかは分かりません」

 

 

 

 

結局、マクゴナガル先生もこの手の話は好物なのだ。そんな彼女が、ついつい生徒の恋愛についても意識して観察してしまうのは仕方がないのかもしれない。

 




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ドラゴンですか?

クリスマス休暇中は、特にこれといった進展はなかった。ニコラス・フラメルのことも分からなかったし、スネイプ先生に関してはもう監視をする気にはなれなかった。ポッターへの恨みがあるのは確かだが、それ以外に不審な点はない。むしろ信頼できそうとまで思えてしまう。

宿題にフレッドとジョージの発明を見ていたらあっという間にクリスマス休暇は過ぎ去っていった。クリスマスが明けて、何も進展が無かったとハーマイオニーに報告をすると少し残念そうな顔で無理をさせたと謝ってきた。

スネイプ先生については、内緒にしておいた。そもそも他人の願望なんてそうおおっぴらに言うものでもないし、言ってはいけないという気もしたのだ。結局、何だったのかは俺も知らないが。

新学期が始まって学校になれ始めた頃、またハーマイオニーが訪ねてきた。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

「うん、ちょっと聞きたいことができたの」

 

「何だ? ニコラス・フラメルか?」

 

「ううん、スネイプの方。実は、今度のクィディッチの試合の審判をスネイプがやることになったの」

 

「……それで?」

 

「警戒して欲しいの。また、ハリーが呪いをかけられるかもしれない……」

 

「その心配はないんじゃないか?」

 

「え?」

 

別に、スネイプ先生がポッターを呪い殺してもおかしくない。おかしいと思ったのは審判に名乗り出たほうだ。

 

「呪いをやるなら、審判をしないで観客席に紛れたほうがいいに決まってる。審判も選手と一緒に箒に乗るんだ。審判しながらポッターを殺すのは難しいと思うぞ?」

 

「そ、それは……」

 

俺がスネイプ先生のフォローに回るのを予期していなかったのか、それとも純粋に考えつかなかっただけなのか、ハーマイオニーは言葉につまる。

 

「まあ警戒するにこした事はないだろうが、そんなに気を詰めていたらお前も直ぐに参っちまうぞ? もっと周りを頼ったほうがいいんじゃないのか?」

 

「でも、これはもしかしたらハリーの命に関わるかもしれないし……。それに先生が生徒を殺そうとするなんて誰も信じないだろうし……」

 

「クィディッチの試合ってのは先生も見るんだ。スネイプが怪しい動きをしたら、マクゴナガル先生あたりに報告するといい。そしたら丁度、四階の廊下の話もできるだろ?」

 

この提案にはハーマイオニーも満足したのか、やっと表情を緩めお礼と共に少し別の話題に移った。

 

「そうね……。それなら十分な対策かも。ありがとう、ジン。やっぱりあなたに相談して良かったわ! そういえば、あなたもクィディッチを見るのね? やっぱり選手になりたいの?」

 

「ああ、面白そうだと思うな。ドラコ達と来年はクィディッチチームの選手試験に出る約束をしてる」

 

「へえ? そんなのがあるの?」

 

「聞いた話だとな。チームが有利になるなら誰でも選手にするのがスリザリンチームの特徴の一つだとよ」

 

「あなたなら、すぐに選手になれるんじゃない?」

 

「ご冗談。まだ箒に乗って一年足らずの人間がそうそう選手になれるかっての」

 

「でもハリーはレギュラーまで奪っているわ」

 

「そりゃ、あいつの才能だろ。あんなバケモノ級の天才と一緒にされたら困る」

 

クスクス笑いながら言うグレンジャーに肩をすくめながら答える。時間も見ると、そろそろ夕食の時間。ボチボチ寮に帰ろうという時に、ハーマイオニーが言った。

 

「あ、そうそう! ニコラス・フラメルなんだけど、誰だか分かったわ」

 

「そうか。結局何者だったんだ?」

 

「錬金術師よ。それもすっごく偉大な。「賢者の石」の創造に成功した唯一の者ですって」

 

「賢者の石……」

 

「知ってる?」

 

「一応な。不老不死だとか、黄金だとかの創造ができるってやつだったと思うが……」

 

何かで読んだ覚えがある。錬金術について調べれば真っ先に出てくる単語だ。全ての錬金術師の最終目。そんな感じだった気がする。

俺が知っていると答えると、ハーマイオニーは嬉々として続きを話し始めた。

 

「そう、それのこと! 私達はスネイプが狙っているのは賢者の石だと思うの。誰だって、永遠の命と無限の金だったら欲しがるでしょう? あ、ゴメンね、引き止めて。それじゃ、さよなら!」

 

時間も時間だったから、話したいことだけ話して行ってしまった。結局俺が分かったのは四階の廊下には賢者の石が守られているであろうということだけだった。

しかし、スネイプ先生がそれを欲しがるなだろうか? 永遠の命と無限の金。先生が鏡を見たときに映ったものはそんなものなのだろうか?

いや、確かにこの二つも魅力的なものだ。ハーマイオニーの言った通り、ほとんどの人が喉から手が出るほど欲しがるだろう。でも先生のあの表情、命や金を手に入れた人の表情だったのだろうか? 少し引っかかる。先生が賢者の石を狙っているとはどうも思えなかった……。

 

 

 

クィディッチの試合当日、ドラコは先に行っていると言って既に会場に向かった。俺も後から行こうと向かったのだが、会場に着いた時には試合が終わっていた。一体何があったんだか……。グリフィンドール側が盛り上がっているのが見える。どうやらポッターが開始五分でクィディッチを取ったらしい。史上最短記録だそうだ。きっと今頃、ドラコは機嫌が悪くなっているのだろう。そう思って探していたら、顔に痣を作ったドラコが向こうからやってきた。聞くに、ウィーズリーと乱闘になったらしい。本当に何があったんだ……。

 

「くそ、ウィーズリーの奴、覚えていろよ……」

 

とブツブツ呟いているドラコが、少し気味が悪い。適当に慰めつつ、寮へと戻る。しかし、まあ、それだけでは気がすまないらしい。寮に着いてもまだ文句を言っていた。

 

「ポッターもだ! くっそ、今に見ていろ、絶対に弱みを握ってやる! 絶対にだ! ジン、君がいくら止めようと聞かないからな! こっちは我慢の限界なんだ!」

 

そう言うと、ツカツカと何処かに向かって歩いて行った。その日から、ドラコのポッターへの追跡というかストーカーのような日々が始まった。

ハーマイオニーも関係していそうだし、賢者の石のこともあるし、少し心配だった。が、グラップとゴイルがいるから大丈夫だろう。…………いや、逆にダメか? だんだん心配になってきたので何日か経ってからブレーズ達に相談したのだが、

 

「ほっときゃ大丈夫だろ。それに、俺もポッターは気に食わなかったんだ。あいつが何かやってくれるなら大歓迎だね」

 

「いいじゃん! 何で止めるの? 折角だからドラコにポッターを任せればいいじゃない。きっとグリフィンドールから何点か減点してくれるわ。あ、ハーミーにポッターに近づかない様に忠告しとかなきゃ」

 

「無茶はしないように見守るだけでいいんじゃないかしら? 私としては止める理由なんてないと思うけど?」

 

と、ドラコに賛同的だった。まあ、確かにスリザリンからしてみればポッターは目の上のたんこぶだ。あいつがいるおかげで寮対抗の点数差は縮まり、逆転された。お蔭様でここ最近、残る二つの寮からも風当たりが少しばかり強くなっている。ポッターをシメたいというのはスリザリン共通の思いだろう。それにダフネの言う通りだが、ドラコの行動を止める強い理由が思い浮かばない。危険なんて承知の上だろうし、今のところ大きな問題にはなっていない。結局、一日の終わりにその日の成果を部屋で聞くことぐらいしか俺にはできなかった。

 

 

 

思ったよりも長く続いたドラコの奮闘についに変化が訪れた。監視を初めて二週間程だ。いつものようにその日の成果を聞くと、満面の笑みで話し始めた。

 

「聞いてくれ! 今日はついにポッターの弱みを握った! それも減点どころか奴を退学まで追い込めるようなでっかいやつだ」

 

「退学って……。ポッターは何をしてるんだ?」

 

「法律を破っている。それもヘタを打てばアズカバンへ送り込まれるような」

 

「……本当に何をしているんだ、あいつは」

 

「ドラゴンを飼っているんだ。今日、授業を抜け出して森の方へ行くから後を追った。そしたら、あのデカい森番のちっこい小屋でドラゴンを孵していた。間違いない、この目で見たんだ! ああ、だけど今はまだ行動するには早いな。ドラゴンは産まれたばかりだ。小さくて何処にでも隠せる。仮に見つかったとしてもドラゴンだけではポッターとの関係性が薄い。だが、いつまでもホグワーツに置いておくわけには行かないはずだ。二週間も経てばあの小屋に入らない大きさにまで成長するだろう。だから一週間以内に、必ずドラゴンを運び出す動きを見せるはずだ。その時に現行犯で捕まえる!」

 

ウキウキと話をするドラコには悪いが、全く笑えなかった。ドラゴンを育てている? はっきり言って正気とは思えない。ドラコが嘘を言っているとは思えないし、何かがあるのは間違いないのだろう。それに森番と言っていた。きっとハグリッドのことだ。動物好きの彼のことだ。もしかしたらドラゴンに似た何かかもしれない。ホグワーツではすれ違う時に手を振ったり会釈したりするだけだが、覚えてくれていると分かるには十分だ。時間を見て、ハグリッドのところへ行くことにしよう。

 

 

 

次の日からドラコは上機嫌だった。朝になって、ドラゴンの話は俺との秘密にしようと言ってきた。誰かに言っても信じられるものでは無いし、余計なことはされたくないと言っているあたりドラコの本気が伺える。

そんなドラコの唯一の悩みはハーマイオニーだった。何だかんだ言って、ドラコ達もハーマイオニーとは付き合いが長い。少なくとも、退学にさせるのは惜しいと思うくらいには認めているらしい。一度だけパンジーを通して警告らしきものをしていた。だが効果は見られない。時間があれば、ハーマイオニーはポッター達と一緒に森の方へ行く。きっとハグリッドの手伝いか何かをしているのだろう。それに対しドラコは、警告はしたぞ! 後悔するなよ? と言いたげな態度をとっている。やっと掴んだ弱みはそうそう簡単に手放してはくれなさそうだ。

昼休みになって、少しばかりの時間ができたのでハグリッドの所へ行くことにした。ドラコは相変わらずポッターの行動の予想を立てるのに忙しいしちょうど良かった。

森のすぐ側にハグリッドの小屋があった。窓はカーテンがかかっており、ドアも締め切っていて中の様子は分からなかった。近づいてみると、何かが壊れる音と誰かの話し声が聞こえる。ドラゴンのことは半信半疑だったが、ここまで来ると何かが起こっているのはどんなに鈍い奴でも分かる。とりあえずドアをノックすると、ピタリと話し声がやんだ。今更止めてもなぁ、と呆れながら返事を待っていると、窓からハグリッドの声がした。見ると、中が見えないようにカーテンから顔だけ出したハグリッドがいた。

 

「あー、申し訳ない。今、少し取り込み中なんでな……。中には入れられないんだ。用事ならまた今度にしてくれんか?」

 

「俺だよ、ハグリッド。ジンだ。中に入れなくていいから、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

「ジン!? どうしたんだ、急に? 何だ、聞きたいことって」

 

「なあハグリッド、小屋の中に何を飼っているんだ?」

 

ハグリッドの顔が面白いほど青ざめた。口をワナワナ震わせ、何か言おうとするが声が出てこないようだった。もしかしてと思いつつ、追い討ちをかける。

 

「まさかドラゴンじゃないよな?」

 

「お、お前さん、どこでその話を!」

 

何時だったか、ハグリッドのことを内緒ごとには向いていないと評したことがある。まさにそれが証明されたわけだ。とりあえず、どうにかドラゴンを手放すように説得しようとしたら中から別の声が聞こえてきた。

 

「ちょっとまって、ハグリッド! ジンなら大丈夫、中に入れてあげて。どうせドラゴンのこともバレてるんでしょう?」

 

ハーマイオニーだ。ハグリッドは一旦窓を閉め、しばらくしてからドアを開けると

 

「ほら、早く入ってくれ。これ以上誰かに見られたらいかん」

 

と俺を中に入れてくれた。

中は酷いものだった。辺りにはブランデーの空き瓶や鶏の羽が散らばっていて、掃除した様子が全く見られない。そしてハグリッドの腕の中にはドラコの言った通りドラゴンがいた。まるで人間の赤ん坊をあやすかのように抱きかかえている。その後ろに疲れたような表情をするハーマイオニー達がいた。

 

「ところでジン、ドラゴンのことは誰から聞いたの?」

 

家の中を見回していると、ハーマイオニーが聞いてきた。既にドラコのことを知っているのでは? と疑問に思いつつも、素直に答える。

 

「ああ、ドラコから。ハグリッドの小屋でドラゴンを見たって聞いたから本当かどうかを確かめに来たんだ」

 

「そう……。ねぇ、ドラコはなんて言ってた?」

 

ここで、ようやくハーマイオニーの目的がわかった。俺を通してドラコの動向を探ろうというのだ。恐らく、パンジーからの警告でドラコが何かすることは既に知っているのだろう。具体的な行動を知るために俺に質問しているのだろう。

正直あまり教えたくない。もしドラコの作戦が失敗して、その原因が俺だと知られたらまた揉め事になる。しかし、ここでの様子を見るにポッター達も巻き込まれただけのように見える。それなのにドラゴンの共犯扱いされるのも気の毒だ。どうしようか……。

少し考えて、ドラコの考えていることを教えることにした。そもそも、俺も何をするつもりか詳しく知らないし、揉め事になってもハーマイオニーを引き合いにすれば多少なりとも前回よりはマシな状態になると思ったからだ。

 

「ドラコは一週間以内にポッター達が何らかの行動を取ると予測してる。ポッターがドラゴンのことで言い逃れできないように現行犯で捕まえるつもりだそうだ。先生への告げ口はするつもりはないらしい。あくまで、自分で捕まえたいそうだ」

 

俺の答えに、ハーマイオニーは少し安心した表情を見せる。いつ先生が押しかけてくるかビクビクしていたのだろう。だが、対照的にウィーズリーは顔をしかめている。俺の言ったことが疑わしいと顔にありありと書いてある。ポッターは何とも言えない表情だ。信じるかどうか迷っているのだろう。

ハーマイオニーからの話はこれで終わりのようなので、俺はここに来た目的を果たすことにした。

 

「ハグリッド、ドラゴンを手放すつもりはないのか?」

 

「そ、そりゃあ、俺だっていつまでも飼えないことはわかっちょる。けど、今野生に放したらコイツは死んじまう! まだ赤ん坊なのに、そんなことできねぇ」

 

「何も今すぐ野生に戻せ何て言ってないさ。引き取ってもらう所とかないのか? 動物好きの知り合いに、ドラゴンの研究とかしている奴とかそういう類の動物を集めている奴とか……」

 

「……あ!」

 

俺とハグリッドが話していると、ポッターが急に何か思いついたような声を上げた。全員の視線がポッターに集まる。

 

「どうしたんだい、ハリー? 何かいい案が思いついたのかい?」

 

すぐさまウィーズリーが食いつくが、ポッターはそれに答えず気まずそうに俺の方を見る。俺がいると話しづらいようだ。確かにポッターからしてみれば俺はドラコの親友なわけで、信用できない奴だろう。俺が言ったことも信じているか微妙なところだ。

まあ、いい案が浮かんだのであれば俺が何かする必要もないだろう。やることといえば、それとなくドラコを止めるくらいだ。

 

「俺はもう戻るよ。授業も始まるし、言いたいことも言ったから」

 

そう言って、ハグリッドの小屋を出た。今の時間だと、ゆっくり歩いて充分に授業に間に合う。

一人になって、落ち着いて考えてみると色々なことが分かった。

ドラゴンのこと。最初はポッター達が面白半分で育てているのかと思っていたが、どうやら誤解だった。あいつらも巻き込まれただけのようだ。それと、ハグリッドのこと。あの様子だと、ドラゴンを飼い始めたのは彼だろう。そうなると認識を改めなくてはならない。なんというか、非常識というか、ブッ飛んだところがある人物のようだ。そして、ポッター。どうやら、俺はそこまでポッターに嫌われていないらしい。ただ、信用できるような人物とは映っていないようだ。まあ、そこは俺の周りの環境もあるし仕方がないだろう。ウィーズリー程でなければ、一応話はできそうだし。

いろいろ考えていたら、すぐに校舎についた。とりあえず、今はドラコを抑えることに専念しようと思う。無実の罪でポッター達を退学に追い込むのは目覚めが悪い。

 

 

 

 

 

「それで、ハリー、何を思いついたんだい?」

 

ジンがいなくなってすぐにロンはハリーに問い詰めた。ハリーはすぐにロンの兄であり、ドラゴンの研究をしているチャーリーにノーバートを預けたらどうだと提案した。すぐに名案だとロンとハーマイオニーに賛成され、ハグリッドも渋々ながら賛成した。これで話しは終わり、という時にハグリッドがふとハリーに質問した。

 

「そういや、ハリー。何でこのことをジンには言いたくなかったんだ?」

 

「それは、その……」

 

少し気まずそうに言葉を濁らせる。ハグリッドとジンが友人関係にあるのはさっきの出来事で十分わかったし、加えてここには彼をいい人だと主張するハーマイオニーもいる。流石にはっきりと彼が信用できないからだとは言いにくかった。チラリ、とロンを見ると代わりに答えてくれた。

 

「ハグリッド、あいつはスリザリンでマルフォイの親友なんだよ? ここでノーバートをどうするかあいつに教えちゃったら、絶対にマルフォイも知ることになる」

 

「あら、彼はそんなことしないわ! ここに来たのだって、ハグリッドにドラゴンを手放すよう忠告するためじゃない」

 

「あいつの言ったことが全部本当ならね。もし嘘だったら、僕たちは近いうちにドラゴンを手にダンブルドアと面会することになる」

 

「嘘だったらね。そうはならないわ」

 

「ふん、どうだか。とにかく、早くチャーリーに連絡を取ってドラゴンを渡そう。本当にいつ先生が来るかわからないんだから」

 

ロンの言葉にハーマイオニーは不満の様だが、ハリーも同意見だった。ジンが信用できないのもそうだが、一刻も早くドラゴンを手放したいのもあった。

その後、すぐにふくろう便でチャーリーに手紙を送り返事を待つことになった。ジンのいったことが本当かどうかハリーには判断がつかなかったが、その次の週は先生がハグリッドの小屋を訪れることはなかった。勿論、マルフォイのニヤニヤした笑いも収まらなかったが。水曜日の夜、待ちに待った返信をヘドウィグが届けに来た。内容は、土曜日の夜に立ち入り禁止の天文台にドラゴンを運んできてくれというものだった。こちらには透明マントもあるし、なんとかなる。そう判断し、この作戦を決行することに決めた。

 

 

 

 

「ジン、とうとう奴らが行動を起こす」

 

ハグリッドの小屋を訪れて、一週間ほどのことだ。いつも通り部屋で報告を聞いていたら、踊り出さんばかりの上機嫌でドラコが言った。ポッター達が何かやらかしたのか不安になるが、黙って耳を傾ける。

 

「今日、ウィーズリーが病棟に連れられたんだ。様子を見に行ったついでに、あいつの持っていた本を少しばかり拝借したらこんなものを見つけたんだ!」

 

そこには土曜日の夜にドラゴンを受け取りに来るというものだった。

 

「うまくいけば目にものを見せてやれるぞ!」

 

有頂天のドラコには悪いが、なんとか止めよう。……マクゴナガル先生にでも相談しようかな?

とにかく、土曜日の夜は眠れそうにないことだけは分かった。

 




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犯人像

投稿が遅くなってしまいました。

待っていてくださった方、申し訳ないです。


「やっぱり、冷え込むだろうから上着は必要だよな」

 

土曜日の夜、ドラコは遠足前のように浮かれた様子でポッター達を捕まえる準備を始めた。結局、先生には相談しなかった。というよりも、できなかった。ドラゴンのことを伏せて今日の出来事を話せるほど器用ではないし、下手を打てばポッター達が見つかる可能性を高めてしまう。そうなれば俺も共犯の疑いをもたれ、もっと面倒なことに巻き込まれてしまう。

一番いいのは、ここでドラコを抑えることなのだ。ダメモトながら、説得に移った。

 

「なあ、やっぱり行くのか? マクゴナガルに見つかったら減点じゃすまないだろ?」

 

「勿論さ! ポッターがこんなにでかい弱みを見せるなんて、この先いくつあるか分からないじゃないか。やっと手に入れたチャンス、逃すなんてできないね。危険なんて承知の上さ!」

 

「だがなぁ……。ほら、ハーマイオニーのこともあるし」

 

「……忠告はしたさ。それでもポッター達と一緒にいたいっていうのであれば、それは僕の知るところではない。それはグレンジャ-の問題さ」

 

「俺は嫌だな、ハーマイオニーを退学に追い込むのは」

 

「…………ハァ、君はそういう奴だったな。気に入った奴にはとことん甘い。ああ、そうさ。ロングボトムの時もそうだった。まったく、熱湯をかけられても笑って許すなんて……」

 

魔法薬学の時のことだろうか? 少し遠い目をしながら、ドラコが呟いた。何はともあれ、予想以上に効果があったらしい。さっきまでの興奮から覚めてしまったようで、少ししかめっ面でこちらに向き直った。

 

「安心しなよ。恐らく、上手くいって現行犯でポッターを捕まえてもアイツが退学になる可能性はそこまで高くない。むしろ低いくらいだ。ムカつくことにね」

 

「どういうことだ? ドラゴンの違法所持はアズカバン行き並みの犯罪なんだろ?」

 

「まあ聞きなよ。そうだね、まず言えることとしては今回の一件にあの森番が関わっていることさ。アイツの噂、聞いたことあるかい?」

 

「噂か? 悪いな、ハグリッドに関しては動物好きということくらいしか俺は知らない」

 

「まあ、噂もそんなものさ。ただ、動物じゃなくて怪物だけどね。アイツは人外とよろしくやっているらしい。人狼をベッドの下で育てたり、トロールと森で取っ組み合いしたりっていうのが専らの噂さ」

 

「そんな噂があるのか……。で、それがどういう風に関係するんだ?」

 

「ポッター達が言い逃れできるってことさ。不都合な事態になれば、あの森番に責任をなすりつければいい。噂が噂だから、主犯がアイツだっていうことを不審がる奴はいないさ。無理やり協力させられたとでも言えば、ポッター達は無実で終わる」

 

「成る程。でも、そうなるとハグリッドの責任が重くなる。ポッターの性格からすると、そういうのはやらなそうだけど?」

 

「本人はそうでも、周りは違うさ」

 

「うん? ……ああ、そういえば英雄だったな、アイツ」

 

「そうさ。その英雄様が名高いホグワーツを退学となれば大騒ぎさ。それはたかが学校ひとつで収められる問題じゃない。世間には、それこそポッターを神のように崇める連中が大勢いる。そいつらが黙ってはいないだろうからな」

 

それはそうだろう。名前を言ってはいけない例のあの人、ヴォルデモート卿。そして彼の率いる「死喰い人」。それらは調べれば調べるほど残酷さは増すばかり。文字を読むだけで吐き気がする出来事を知ったのは初めてだ。十年程前まで、俺達が赤ん坊だった頃までそんなことが続いていたというのだからゾッとする。それを終わらせてくれた人物だ。崇める人がいてもおかしくはない。しかも、魔法界はまだ例のあの人から受けた傷から完全に回復していない。そんな中でポッターの退学なんて、問題にならない方がおかしい。

 

「まあ、ポッターが退学にならないような理由は分かった」

 

「そうだろう? だから、ポッターと同罪のグレンジャーのこともそこまで気にする必要はなくなる」

 

「……そうなるな」

 

「ということは、君が僕を止める理由はなくなるんだ」

 

「……うん」

 

……最初の手ごたえはどうやら勘違いだった様だ。言いくるめられたのは俺の方だった。何とも虚しい感じがしてくる。

だが、正直に言おう。安心もしている。ハーマイオニー達の退学の可能性が低いこと、ドラコがそれを分かった上で行動していたこと。最初の目的は果たせなかったが、目的そのものに意味がなくなった今はどうでもいい。

再び、楽しそうに準備を始めるドラコだが止める気は起きない。ぼんやり眺めていると、今度はドラコから声をかけてきた。

 

「それじゃ、僕は行く! ポッターに目に物を見せてくる!」

 

高らかに宣言すると、走って部屋を出て行った。しばらく開け放たれた扉を見ていたが、悩み事が一応解決したので、俺はもう眠ることにした。ついでにドラコのベッドの中に俺が使っていた湯たんぽを入れておいた。遅くに疲れて帰ってきて、ベッドが冷え切ってたら嫌だろう……。

 

 

 

「――と、このように僕は何とかポッターから五十点、グリフィンドールから百五十点の減点に成功したんだ」

 

「流石ドラコ! 最ッ高よ!」

 

「そして、スリザリンから二十点減点」

 

「罰則のオマケ付き、ね。頑張って頂戴、ドラコ」

 

「う、うるさいな、二人とも! いいじゃないか、スリザリンがトップになったんだから!」

 

朝になり、掲示板に向かうとグリフィンドールは百五十点も失っていた。学校中が大騒ぎであった。昨日のことを知っている俺は、ドラコがやらかしたとすぐに分かり問い詰めると鼻高々に話し始めた。

そのことはすぐにブレーズ達に伝わり、そして数日でスリザリン中に広まった。今ではドラコはちょっとしたヒーローである。減点のことでいじられるが、よくやったというのが大半の声だ。

逆にハーマイオニー達は割と悲惨だ。寮対抗優勝まであと少しという希望を一年生にして粉々に砕いたのだ。自寮は勿論、他の寮からの風当たりもひどい。この数日、なるべく目立たないようにと図書室の隅で勉強するハーマイオニー達を見た。ドラコを止めればよかったと、少し後悔の念も出てきた。ハーマイオニーに関してはパンジーも同意見だったらしい。

 

「ハーミー、ちょっと可哀そう……。まったく、巻き込まれただけなのに何であんなにキツク当たるのかしら? 信じられない! 人格を疑うわよ!」

 

「まあ、優勝の機会を潰した原因の一人だからな……」

 

「ハーミーが今までに何点稼いできたと思ってるの? 五十点なんてマイナスにもならないわよ! ああ、やっぱり無理言ってでもハーミーとポッターを引き離すべきだったわ! こんな目にあうなんて……」

 

「……もうすぐテスト期間に入る。きっとほとんどの連中が気にしなくなるさ」

 

この会話をして一週間、テストまで一ヶ月を切った。少しは騒動が収まったが、予想していたよりも未だに原因の三人は肩身が狭そうだ。かと言って、俺達には何もできない。スリザリンの俺達が話しかけるのは逆効果だし、テスト期間が近づいて忙しいのはお互い様だ。時間も取れない。

本来ならハーマイオニーとネビルも参加していただろう勉強会は代わりにグラップとゴイルが加わって行われた。不満たらたらのパンジーはダフネが教え、グラップとゴイルはドラコとブレーズが、全員の補助を俺がやるという形で黙々と勉強する。これがなかなかの重労働で、全員が勉強以外のことに意識を向けられなくなっていた。そんな中、テスト一週間前でまた騒動を思い出させるような出来事が起きた。フクロウ便が、ドラコに罰則の通知をよこしたのだ。

 

「すっかり忘れていたよ。……今夜十一時だ」

 

「それじゃ、今夜は俺もあの二人に勉強を教えるとするか。途中で抜けるのだって面倒だろ? 今日は魔法史だな。どこまで進んだ?」

 

「君が貸してくれたノートの半分さ」

 

「……一週間前でそれはキツイな。どうしようか……」

 

「君に任せるよ。とりあえず、クラッブの方を頼んだ。帰りは遅くなりそうだしね」

 

「はいはい」

 

そう言ってドラコと別れる。

その日の勉強会では、ドラコが不在でますます機嫌が悪くなったパンジーがクラッブとゴイルに八つ当たりをして大変な目にあった。結局ドラコは最後まで帰ってこなく、ドラコに会うまで帰らないと言い張るパンジーの付き人として誰かが談話室で一緒に待つこととなった。クラッブとゴイルは言うまでもなく却下で、ブレーズは俺には関係が無いの一点張り。そしてダフネは

 

「女の子に夜更かしなんてさせるものじゃないでしょう?」

 

とウィンク付きで言うと、最初に部屋に帰った。

仕方がなく俺が一緒に残ると言って、残りの三人を帰した。談話室には、最初の方こそ勉強やらをする人達がいたが一時前になった頃には俺とパンジーの二人だけとなった。

 

「もう遅いし、会うのは明日にしたらどうだ?」

 

「嫌よ! 今日じゃなきゃ意味がないもの!」

 

「なんでだ? ドラコだって疲れているだろうし、良いことないと思うぞ?」

 

「ドラコのことだから、罰則の愚痴を誰かに聞いてもらいたがるわ! 私が受け止めてあげるんだから! そうすれば、私のことも意識してくれるだろうし」

 

少し意外だった。パンジーのことだから、きっとドラコに甘えるのだろうと思っていたのだが……。そう口にすると、パンジーは鼻で笑って答えた。

 

「勿論、甘えたいわよ。でもね、好きな男に甘えられて嬉しくない女なっていないわ。甘えたいし、甘えられたいものなのよ」

 

「そんなものか?」

 

「そんなものよ」

 

「甘えるのは迷惑だと思ってたんだが」

 

「それはあんたの偏見よ」

 

「そんなもんか?」

 

「そんなもんよ」

 

まさかパンジーに諭される日が来るとは思ってもいなかったが、そのことを考える暇はなかった。談話室の扉が急に開いたのだ。

 

「ドラコ? お帰りなさい!」

 

満面の笑みで迎えるパンジーだが、すぐにその笑顔が凍った。不思議に思って扉の方を見る。扉を開けたのは確かにドラコだったが、なんだか様子がおかしい。顔は真っ青で、少し震えている。もう寒くないはずなのに、震えは収まる様子がない。

 

「ど、どうしたの!? 何があったの?」

 

パンジーが急いで駆け寄るが、ドラコは口を開かない。とりあえず、落ち着かせるために椅子に座らせ紅茶を用意する。紅茶を二、三口飲んで、ようやく口を開いた。

 

「化け物がいた……。ホグワーツのすぐそこに、化け物が住んでいるんだ……」

 

「何があったんだ? 罰則に行ってきたんだろ?」

 

ドラコの話だとこうだ。

罰則の内容は禁じられた森の探索。最近、怪我をしたユニコーンが出現したことを受けて罰則としてその調査に行かされたらしい。付添はハグリッドとペットの犬。ペットの犬と、同じく罰則を受けたポッターがドラコと行動をして、森の少し奥でユニコーンの死体を見つけた。が、それだけでは終わらずユニコーンを殺したであろう黒いフードを付けた人物が現れて襲ってきたのだという。ドラコは一目散に逃げ、気が付けばネビルに校舎の中まで連れられていた。これがドラコの覚えていることだった。

 

「罰則でそんなことをさせるなんて! 一歩間違えれば死んでいたのよ!? この学校は何をしているのよ!」

 

怒りのあまりに叫ぶパンジーだが、その意見には賛成だ。罰則にしては重過ぎる。ユニコーンに怪我を負わすほどの、それも正体すら分からない者を生徒に対峙させるなんて、殺す気としか思えない。

しかし、パンジーの声はドラコに届いていないようでまだドラコはブツブツと呟いている。

 

「あの黒い奴、気が狂ってる……。ユニコーンを殺すだけじゃなくて、し、死体から血を飲んでいたんだ」

 

「ユニコーンの、なんだって?」

 

「血だ! 血を飲んでいたんだ!」

 

黒い奴の正体が、一気に分かった気がした。賢者の石の石を狙っている奴だろう。

ユニコーンの血には呪いのような効果がある。血を飲めば死の淵にいるどのような者でも生きながらえることができるが、死んでいるも同然の状態となる。言ってしまえば、体が崩壊し力を無くした状態で生きることとなる。

そのような状態になってでも、達成したい目標。それが賢者の石だろう。賢者の石さえあればユニコーンの血の効果を無くし、体を再生させることだってできるはずだ。だから最近になってユニコーンの死体がホグワーツに現れたのだ。賢者の石がここに置かれるようになったのは今年からだ。

しかし、一体誰なんだ?

ユニコーンの血を飲めばただでは済まない。しかし、飲んだ様子が欠片でも見当たる人物はいない。そもそも、血を飲んだ状態で授業などできるはずがない。じゃあ、全く関係ない第三者? いや、そんな奴が侵入できるほどホグワーツのセキュリティは甘くないはずだ。死にかけの奴ならなおさらだ。考えられるのは内部に協力者がいること。賢者の石を狙い、ユニコーンを仕留める。侵入のことを除いても、死にかけの奴一人でできることじゃない。

一体誰なんだ? 死にかけの奴のためにわざわざ罪を犯してまで石を求める人間。誰かに死んでほしくないと、そのためなら何でもやれるような人間。

ふと、一人の顔が浮かんだ。

 

「スネイプ先生……」

 

「え? スネイプ先生がどうかしたの?」

 

「え? ああ、いや、なんでもない」

 

「どうしたのよ、ジン? アンタまで黙り込んじゃって」

 

「いや、なんでもないんだ。ただ、ドラコが無事で本当に良かったと思っただけだよ。一歩間違えれば、どうなったか分かるだろ?」

 

そう言うとパンジーも少し顔を青ざめドラコの腕にしがみ付いた。怯えさせたようだが、何とかごまかせた様だ。

スネイプ先生。それが俺の真っ先に浮かんだ犯人像。

もしかしたら先生が見た鏡には、元気な姿になった例の死にかけの人の姿なのかもしれない。その人が先生にとってなんなのか……。家族か、友人か、まさか恋人か。どれでもいいが、とても大事な人だとしたら……。

おかしなことだが、急に俺の中で先生が犯人であると納得できた。そうすると、全てのことが噛み合ったように感じる。

時計を見る。もう二時を回っている。

 

「もう寝よう。明日も学校だ」

 

そう言って、三人で部屋に戻った。

ドラコもパンジーも、そして俺も顔を青ざめながら。それぞれの頭に最悪の事態を浮かばせながら。

 

 

 




次回で賢者の石編終了の予定です。

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受け入れる

長い
一万字を超えてしまった
とにかく長い


テストが始まり、全員が勉強以外に意識がいかなくなった。気が付けば減点騒動は騒がれなくなっており、このままいけばテスト終了後にはハーマイオニーと元通りになれる! とパンジーが嬉しそうに言っていた。

しかし、俺は試験に集中できずにいた。賢者の石がどうしても気になるのだ。四階の通路によく足を運ぶようになった。中から聞こえる獣のうなり声にようやく安心を得る。周りの変化にも気を配るようになった。特に、ハーマイオニー達の。誰かが行動を起こしたら、真っ先にハーマイオニー達が反応すると思ったからだ。

しかし、誰も妙な動きをしない。そのままズルズルと日が過ぎ、とうとう試験が終わってしまった。

試験から解放されたドラコ達は上機嫌で校庭へと出ていく。他の生徒も同じように友達としゃべりながら校庭や各自の寮へと進む。その中に、チラリとハーマイオニーの姿が見えた気がした。どこに行くのか見ようとした時にはもう見えなくなっていたので、気のせいかもしれない。

 

「どうしたの、急に立ち止まって?」

 

「ああ、今、ハーマイオニーが見えた気がして」

 

「本当!? そうだ! ハーミーを探しに行かない? 試験も終わったし、もう気にすることなんてないでしょ?」

 

「それもいいわね。でも、私は徹夜で寝不足なの。せっかくこんなにいい天気なんだから、校庭で昼寝でもしたいわ」

 

「お、いいね。俺も寝不足なんだ。あの芝生の上でダラダラしようぜ。試験結果が分かるまであと一週間もあるんだ。そんなに急ぐこともないだろ。おい、ドラコはどうした?」

 

「さっきゴイル達といるのを見たわ。二人の世話でもしているんじゃない?」

 

「ああ、ペットがトロイと飼い主は大変だな」

 

「お前ら地味に辛辣だな」

 

こんな軽口の言い合いも久しぶりで、穏やかな気分になる。張りつめていた気が、緩んでいくのが分かった。目的の芝生についた途端、ブレーズはすぐに欠伸をかいて横になった。

 

「ここで待ってりゃドラコも来るだろ。こんなに気持ちいいんだ、俺はちょっと寝るぜ。ジン、ドラコが来たら起こしてくれ」

 

「それじゃあ、私もそうするわ。芝生の上で寝てみたかったのよ」

 

「じゃ、俺はドラコを呼んでくるとしようか。パンジーはどうする?」

 

「うーん……。私も少し寝るわ。ここ三日間、一睡もしてないの」

 

「分かった、行ってくる」

 

「さっき魔法薬学の教室に向かう廊下で見たから、その辺にいると思うわ」

 

「了解、ダフネ」

 

ダフネに手を挙げて返事をし、ドラコを呼びに校舎に向かった。

魔法薬学に行く廊下に着いたのだが、生憎ドラコはいなかった。寮の方に向かおうかと方向転換した矢先に、懐かしい声を聴いた

 

「ジン! ちょっといいかな? 相談したいことがあるんだ」

 

ネビルだった。話をするのはいつ以来だろうか? 騒動前だから、一ヶ月ちょいだろうか? ドラコを探さなくてはいけないが、ネビルがせっかく話しかけてくれたのだ。断れるはずがない。

 

「ああ、勿論だ。どうした? 何かあったのか?」

 

「うん、まあ……。ハリー達のことなんだ」

 

「ポッター? ポッターで俺に相談したいことなんて珍しいな」

 

「いや、まあ、その……。本当はジンに相談するのも、おかしな話だと思うんだけどね……。でも、できる人が他に思い当たらないんだ……」

 

「ああ、別に不満とかそんなんじゃないんだ。ただ、純粋に思っただけ。なんでも言ってくれ」

 

「うん……。実はさ、僕、聞いちゃったんだ。ハリーと、ロンと、ハーマイオニーが、今夜、抜け出そうって相談しているの。石がどうとかって……。すっごく深刻そうに話しててさ。でも、ほら、僕達、抜け出したせいでグリフィンドールの優勝を潰しちゃったじゃないか……。それで……」

 

「…………止めたいんだな?」

 

「うん、そうなんだ。でも、どうしたらいいか分からなくて……。それに、怖いんだ、三人に嫌われるの……」

 

「……安心しろよ。俺はポッターのことは知らないが、ハーマイオニーのことは分かる。お前が三人を止めるのにどれだけ悩んだか分かってくれるさ。それに止めるのなんて簡単だ。入口見張って、三人が来たら大声を出せばいいんだ。後はお前の勇気しだいだけどな」

 

「……そうだね、僕もグリフィンドールだ。……ありがとう、頑張るよ! 行ってくる!」

 

そういうと、走って寮に向かっていった。廊下には俺一人が残された。

 

「……礼を言うのはこっちの方だよ」

 

どうやら、犯人が行動を起こすのは今日らしい。石を狙うのだろう。そして、それを止めるためにハーマイオニー達が自ら行くのだ。

だが、危険すぎる。ユニコーンを殺せるほどの奴に、一年の俺達が敵う訳がない。教師陣に任せるべきだ。

誰かに報告しよう。そう、マクゴナガル先生にでも。何だったら、ダンブルドアに直接言いに行ってもいい。だが、大事にするのはよくない。犯人に悟られないように、先生に話して警戒態勢を敷かせる。

……そんなことできるか? 先生の中に犯人がいるかもしれないのに?

それにハーマイオニー達も馬鹿じゃないはずだ。誰かしら信用できる先生に直接言いに行ったに決まっている。それなのに抜け出そうというのは、取り合ってもらえなかったということだ。

ならば、無理やり取り合わせるまでのこと。

今夜、俺も抜け出す。四階の廊下でわざと騒ぎを起こそう。できれば、犯人が来た直後。犯人が来た後ならば、中の獣、ハーマイオニー曰くケルベロスに何かしらの変化が見られるはず。それを教師陣に見せつけてやる。もし犯人が来る前に着いても、四階に誰か来ると聞いたと騒げば何かしらの処置は取ってくれるはずだ。少なくとも、抜け出したハーマイオニー達が四階の廊下にたどり着けない様な、そして犯人の行動に支障が出る程度には。

先ほどまでの穏やかな気分はなくなり、また不安と緊張が出てきた。

……ドラコを探しに来たのに、見つからず時間を食ってしまった。いったん戻ろう。もしかしたら、ドラコが合流しているかもしれない。

 

 

 

 

 

「で、なんだこれは?」

 

もとに芝生に戻ると、ドラコがいた。いたことにはいたのだが、芝生に横になって寝ていた。ドラコだけではない。待っていたブレーズ達も一緒になって寝ている。

 

「おいおい、俺は無視かよ……。そりゃ、道草食ってたけどさ」

 

少し悲しくなって寝ている奴等を見ていたのだが、不思議なことに、また穏やかな気分になってくる。

ノンキなものだなぁ。賢者の石が盗まれるかもしれないってのに……。そう思う。

知らないから仕方がないのだが、こちらとしてはどうしてもノンキに見えてしまう。

 

……そういや、抜け出せば五十点減点は確実だよな。今、二位のレイブンクローとは差が四十点くらいだったか? 少なくとも、五十点減点で優勝を不意にすることになる。こいつ等、俺が優勝を潰したって知ったらどんな顔をするかな? 今なら、ネビルの気持ちがよく分かる。嫌われたくないよなぁ……。

なら止めるか? 何を馬鹿な、賢者の石だぞ? そんな危険なもの、盗まれでもしたらどんな酷いことになるか。子供一人の学校生活なんて比べ物にならないほどの大きなものが壊される。見て見ぬふりをできる様な事態じゃない。

というか、全部終わったらこのことは全員に知れ渡るだろ? なら、優勝を潰したとしても分かってもらえるんじゃ……。いや、優勝を潰すことには変わりないんだ。非難轟々だろう。

 

「……やあジン、来たのかい? なかなか、芝生も気持ちいいものだぞ?」

 

寝ている奴等を眺めながら悶々と悩んでいたら、ドラコが話しかけてきた。起きたことに気が付かなかったので驚いてそちらを見ると、目をこすりながら少しだけ顔を上げてこちらを見ていた。相当眠いのだろう。目の下に隈ができている。こいつも徹夜した性質だろう。

 

「ああ、そうだな。でも風邪ひくなよ? 今日は暖かいけど、腹を冷やすと流石に風邪はひくぞ」

 

「問題ないさ、こんなに暖かいんだから……」

 

「お前、寝ぼけてるだろ……」

 

芝生の上に座り込み、ドラコに向き合う。そのまま何をするでもなく眺めていたら、また話しかけてきた。

 

「……君、何を悩んでいるんだい?」

 

「そう見えるのか?」

 

内心、ドキリとしながら平然を装って返事をする。寝ぼけているこいつは本当に突拍子もないことを言う。そのくせ起きたら全く覚えていないのだ。正直、起きているこいつを相手するよりも疲れる。

 

「悩みがあるなら話してごらんよ……」

 

俺の言葉も聞こえていないのか聞こえているのか、無視して話を進める。何も言わずに続きに耳を傾ける。

 

「君って、悩みとかあまり話してくれないから心配なんだ……」

 

本当に寝ぼけているのだろう。本音がダダ漏れだ。普段、ドラコはこんなことを思っていたのか……。

そりゃ、話せないことが多いのは認めよう。賢者の石、闇の素質、純血主義、話すにはまだ早いものばかりだ。上手く隠しているつもりだが、やはり小さなところで悩みがあることは分かってしまうのだろう。特にドラコは部屋まで一緒なのだ。俺の変化にはそれなりに敏感かもしれない。

どうせ寝ぼけているんだ。それなら、今夜のことを相談してみるか……。念のため、少しオブラートに包んで。

 

「なあ、もし俺がお前の大事なものを、例えば杖とかを壊したら、お前は俺を嫌いになる?」

 

「……杖を折ったのかい?」

 

「いや、もしもの話。何だったら、苦労して完成させた課題でもいい。いや、むしろそっちの方がいいか」

 

「そうかい、杖を折ったのか……」

 

「……聞いてる? 例え話だぞ?」

 

「……言い訳位は聞いてやる。そりゃ、ムカつくけど、君が意味も無くそんなことをしないって、僕が一番知っているんだ。しばらくは口をききたくないけど、落ち着いたら、話そう。また、僕の早とちりかもしれないし……」

 

「……寝ぼけていうことじゃないだろ。お前、寝ぼけていたら素直なんだな」

 

苦笑いで返すと、穏やかに寝息を立てている。話している途中で寝てしまったのだろう。

でも、おかげで決心がついた。ドラコには迷惑極まりない話だろうが、スリザリンの優勝を潰す決心だ。

 

「……エンゴージオ(肥大せよ)」

 

上着に魔法をかけて大きくし、寝ている奴等にかけてやる。薄い上着だから、暑いということはないだろう。腹を冷やさない様に、風よけ程度のものだ。相談の御礼だ。

俺も近くに寝そべり、寝ている奴らを眺めて楽しむ。

 

余談だが、この光景を見た何名かが俺を「お父さん」とからかう様になった。年上が何を言いやがる。

 

 

 

 

 

「そろそろ行くか……」

 

スリザリンの談話室に俺一人となった。本を読みたいから明りが邪魔になるだろう、と言い訳をつけて部屋から抜け出して割とすぐのことだった。ほとんどの生徒は普段からあまり夜更かしはしない。育ちがいい奴等が多いから自然なことなのだろう。今回はそれが役に立った。

今ならまだポッター達よりも早く四階につきそうだ。そうなればこっちのものだ。騒ぎを起こして、四階に行けないようにしてやろう。

少しの緊張と、罪悪感に近い申し訳なさを感じつつ扉を開ける。

扉をゆっくり閉め、真っ暗な廊下に出る。地下に近いここは明りと言えば蝋燭の炎だけだが、進むには十分だ。いざ四階に向けて歩き出そうとした瞬間、後ろから声がかかった。

 

「おや、意外と早かったのう? スリザリン生は早寝の子が多いようじゃな」

 

この面白がるような口調と穏やかな声色を持つ人物は、俺は一人しか知らない。振り返りながら杖に明かりを灯すと、予想通りの人物が立っていた。

 

「……ここで何をしているんですか、ダンブルドア先生?」

 

「不思議な事態じゃ。よもや、夜に抜け出した先生を生徒が叱るとは。きっと、ホグワーツ開校以来の大事件じゃろう」

 

「ふざけていないで答えてください。さっきの言葉を聞く限り、俺が抜け出すのが分かっていたうえでここにいたようですが……。それなら、俺が抜け出す理由を知っているはずです。知った上でこんな所にいるんですか?」

 

「おお、君が今夜に抜け出すであろうことは予想がついておった。その理由ものう。しかし、あくまで予想の範囲内じゃ。確信に至ったのは、君が出てきた瞬間じゃ」

 

「それは上げ足だ。予想がついておきながら、賢者の石が狙われていると分かっていながら、何故放置したままにするんですか? あなたが行けば、ハーマイオニー達が行く必要がないんだ」

 

「いや、ハリー達は、君でいうとミス・グレンジャー達かな? 行かねばならんのじゃ。賢者の石を狙う者に立ち向かわねばならん」

 

「……あなたの言っていることが全く分からない」

 

「それを説明するために、ここに出向いたのじゃよ」

 

俺が賢者の石について話しても、そして狙われていることを話しても全く動揺している様子がない。本当に知っているんだろう。

大人しくなり完全に話を聞く態勢になった俺を見て、ダンブルドアはようやく話し始めた。

 

「さて、今夜のことを説明する前に少しばかり君に確認しておかねばならないことがある。いいかね?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「よろしい。では、今夜に寮を抜け出した理由じゃが、君はハリー達が石を守るのを手助けしようとしたのかな? それとも、止めようとしたのかい?」

 

「……止めようとしました」

 

「賢者の石を狙う者の目的は何か知っておるかね?」

 

「死にかけている者を蘇えらせる」

 

「その死にかけている者は誰か分かるかね?」

 

「いえ、分かりません」

 

俺の答えを聞くと、満足そうに頷く。

 

「では、まず賢者の石を狙う者と死にかけている者について話をしよう。賢者の石を狙っている人物はクィレル先生じゃった」

 

「クィレル先生? あの人が? 失礼ですがそんな度胸があるとは思えません」

 

「うむ、普段のオドオドとした態度は演技なのじゃろう。現に、かなり大胆なことをしておる。さて、そして死にかけている人物じゃが、このことはいずれ多くの者に知れ渡る。君は少しばかり早く耳に入れるだけだということを意識して聞いて欲しい。死にかけている者、それはヴォルデモートじゃ」

 

「あの、名前を言ってはいけない人ですか?」

 

驚きのあまり聞き返す。ダンブルドアがヴォルデモートの名を呼んだこと、その名前が出てきたこと、その人が未だに生きていること、何もかも驚きだ。

 

「そうじゃ、その人物であっておる。ヴォルデモート、そう呼びなさい。少なくとも、私と話すときは。さて、ヴォルデモートはハリーによって滅ぼされたとされておるが、実はまだ生きておる。その復活のため、石を狙っておるのじゃ。急かすでないぞ? 君が知りたいことは、少なくとも、今夜のベッドの中で安心できるだけのことを教えるつもりじゃ。まずは儂の話を聞きなさい。続いて、何故ハリー達をヴォルデモートに立ち向かわせたかということじゃな。これは試練じゃ。将来、確実に訪れるであろう困難に向けての。ハリーは、これから様々な困難と立ち向かうことになるじゃろう。そのために彼にどれだけの仲間が、力が、勇気があるか……。それを知るために必要なことじゃ。故に、それを止めようとする君を儂が止めたのじゃ。何、死ぬことはない。儂がそうさせない。さて、大体のことは話し終えた。何か質問は?」

 

「もし、俺が協力するつもりだったらどうしたんですか?」

 

「今と変わらないじゃろう。見るに、君はミス・グレンジャーとは信頼関係にあるようじゃが、ハリーとあるとは言えん。そのような状態で試練に立ち向かわせるわけにはいかん」

 

「これからポッターが迎える困難とは、何ですか?」

 

「それは言えん。確かなことが何もないからじゃ。しかし、覚えていて欲しいのはヴォルデモートが動きを見せる時、ハリーは我々にとってかけがえのない存在となることじゃ」

 

「何故、ヴォルデモートが生きていると知っておきながら始末しようとしないんですか?」

 

「しないのではない、できないのじゃ。今、ヴォルデモートは死んでいるとも、生きているともいえない状態にある。ゴーストともいえない状態じゃ。そんな状態の奴に手を出すのはゴーストに手を出すのと同じくらい困難じゃ。質問はこれくらいかな?」

 

「…………あの、」

 

大体のことは納得した。賢者の石とハーマイオニーの安全は認めよう。目の前の人物は、現存している魔法使いの中で最も有能な人物であることを知っている。ダンブルドアの話も、大体は納得しよう。ポッターが何か重要なものを背負っていて、そのための試練に挑戦していることも分かった。「生き残った男の子」にしかできないことがあるのだろう。

でも、一つだけ、引っかかることがあった。言い出すのは怖くて、喉もとで引っかかってしまったが、どうしても聞きたいことがあった。だが、この質問は聞くと同時に自分の嫌なところを認めてしまうようなものだ。

俺の様子に何か感じたのか、ダンブルドアは顔を綻ばせ俺に話しかける。

 

「君の恐怖もよく分かる。自分と向き合うのは、時に敵よりも勇気のいることじゃ。焦らなくてもよい。君に聞く勇気ができたら答えよう」

 

俺が何を聞こうとしているのか、分かっているのだろう。待つように、俺を眺める。その様子に、少しだけ勇気がわいた。

深呼吸を一つ吐いて、質問をする。

 

「俺がポッターに協力できないのも、他の人より早くこのことを耳にするのも、あなたが俺にここまで気を配るのも、俺が第二の闇の帝王になるかもしれないからですか?」

 

ダンブルドアは俺の質問に嬉しそうに頷くと、口を開いた。

 

「君がそのことを受け入れてくれて、本当にうれしく思うぞ。よくぞ勇気を見せてくれた。さて、質問の答えじゃな……。答えはイエスじゃ。君は、ハリー同様、他と違うことを自覚しなくてはならない。今年はその一年と言っても過言ではない」

 

「そうですか……」

 

「そう気を落とすでない。スネイプ先生からも聞いたかもしれんが、あくまで可能性の一つじゃ。君がそうなるかどうかは、君自身が決めることじゃ。儂は君を信じておる」

 

キラキラと子供のような目で、話す。俺が本当に闇の帝王になると思っているかが疑わしい程、純粋そうに見える目だ。肩の力が抜ける。

寮に戻ってもいいかな……。そう思った時、ダンブルドアが話を締めくくった。

 

「そろそろ、儂も行かねばならん。ハリーが賢者の石にたどり着いたようじゃ。今夜のことは儂と君の間でとどめておきなさい。周りに話すには、まだ早すぎる。さて、この一年、君にとってはめまぐるしいものであったじゃろう。しかし、同時に始まりでもある。君が立ち向かうべき敵の姿はしっかりと見えたはずじゃ。忘れるでないぞ、その姿を。はき違えるでないぞ、敵の姿を」

 

そういうと、矢のようなスピードで四階に向かった。取り残された俺は、大人しく、寮に戻った。恐れていたことは無くなった。減点も、ハーマイオニーの危険も。恐れていたことを思い出した。俺が何かを。

しかし悔しいことに、ダンブルドアの言った通り、ベッドの中では安心して眠ってしまった。

 

 

 

 

 

あの夜が過ぎると、学校は大騒ぎだった。ポッター達が、見事クィレル先生から賢者の石を守り抜いたことで話題が持ちきりだった。当の本人と言えば、医療塔で眠ったままだという。

ポッター達の話が広まると同時に、ハーマイオニーと俺がパンジー達に内緒で何をしていたかがバレた。パンジーは話を耳にした瞬間、俺を殴り、ハーマイオニーに生きててよかったと泣きついた。何故殴るんだと、抗議をすると

 

「ハーミーに何て危険なことさせているのよ! 男なら守りなさいよ! ハーミーに頼ってばっかりで、何してんのよ!」

 

「……女は頼りにされるのが嬉しいんじゃなかったのか?」

 

「守ってもらう方が嬉しいに決まってるじゃない!」

 

「……そんなものか?」

 

「そんなものよ!」

 

以前の俺の感動を返して欲しくなった。

ハーマイオニーは泣きつくパンジーをオーバーだと笑いながら、抱きしめ返す。きっと、ハーマイオニーも怖かったんだろう。事が終わったら、危険なことに首を突っ込まないでくれと頼むつもりだったがその必要はなさそうだ。

減点騒動のことは誰も何も言わなくなった。それ以上のことをしたと、誰もが思っているのだろう。

そうしてあっという間に三日が過ぎ、学年度末パーティーとなった。

ポッターが遅れて入ってきた時には全員が注目したが、基本はスリザリンが優勝祝いで騒いでいる。

ポッターのすぐ後にダンブルドアが現れて、騒ぎが収まっていった。静かになると、ダンブルドアが話を始めた。

 

「また一年が過ぎた! 一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれのたわごとをお聞き願おう」

 

そうして、また少しふざけた挨拶をする。これを聞いて、何名かがクスクスと笑いを漏らす。

 

「それでは、寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。四位 グリフィンドール 三一二点 三位 ハッフルパフ 三五二点 二位 レイブンクロー 四二六点 そして、一位はスリザリン 四七二点」

 

結果を聞いて、スリザリン生が盛り上がる。特にドラコは、優勝に導いた人物の一人として盛り上がりがすごい。しかし、ダンブルドアの話はまだ終わりではない。

 

「よしよし、スリザリン、よくやった。だが、つい最近のことも勘定に入れなくてはなるまいて」

 

その言葉に、何名かの笑いが消えた。嫌な予感がするのだろう。

 

「駆け込み点を何点か与えよう。まずはロナルド・ウィーズリー君。この何年か、ホグワーツで見ることのできなかったような、最高のチェスゲームを見せてくれた。これを称え、グリフィンドールに五十点を与える」

 

グリフィンドールに割れんばかりの歓声が出る。スリザリンの連中から、ほとんどの笑いが消えた。

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢に、火に囲まれながら、冷静に論理を用いて対処したことを称えてグリフィンドールに五十点を与える」

 

ハーマイオニーが腕で顔を隠した。嬉し泣きでもしているのだろうか? スリザリンでは笑っている奴はもういない。ダンブルドアの次の言葉に耳を澄ます。点差はあと六十点だ。

 

「ハリー・ポッター君。その完璧な精神力と勇気に、六十点を与える」

 

グリフィンドールから大騒音が聞こえる。仕方がないだろう。点差がなくなった。引き分けだ。スリザリンから、苦笑いと、ため息が溢れる。ドラコはショックで固まっている。

しかし、ダンブルドアの追撃は止まらない。

 

「勇気にも色々ある。味方に立ち向かっていくのにも、大いなる勇気が必要じゃ。そこで、儂はネビル・ロングボトム君に十点を与えたい」

 

爆発が起きた。そう思うほどの大歓声だった。当のネビルは揉みくちゃにされている。他に二寮まで喜びで声を上げる。スリザリンは完全沈黙だ。今年最後の七年生の中に、半泣きの者もいる。七年連続優勝のための努力が報われなかったのだろう。

一向に収まる気配のない騒ぎの中、ダンブルドアがパンパンと手を叩いた瞬間、一気に静かになった。まだ何かあるのだろうか?

 

「さて、先ほどの続きじゃな。勇気にも色々ある。敵にも、味方にも、そして自分にも立ち向かうのに必要なものじゃ」

 

まさかと思い、耳を傾ける。他の者も期待したように次の言葉に集中する。

 

「今年、自分の中に抱える大きな問題を見事に受け入れて見せた者がおる。それを称え、儂はジン・エトウ君に十点を与えよう」

 

立場が逆転した。スリザリンから割れんばかりの歓声が出た。同点だが、負けるよりは良かったのだろう。先ほどまで泣いていた六年生が俺を叩きに来た。それに合わせて、みんな笑顔で俺を揉みくちゃにしに来た。ドラコには持っていたゴブレットで殴られた。

他の寮は、先ほどまでの盛り上がりはないが徐々に騒がしくなった。まあスリザリンの単独優勝を防いだし、祝うか的なノリの様だ。

気が付けば、周りの装飾はスリザリンとグリフィンドールの物で半々となっていた。誰も気にも留めていないみたいだったが。

学年度末パーティーは稀にみる盛り上がり様で終わったようだ。

 

 

 

 

 

全てが終わり、列車の中。俺とドラコ、パンジー、ダフネ、ブレーズは一年を振り返って盛り上がっていた。

特にテストの結果については凄かった。パンジーは何とか合格。ダフネはそこそこ優秀な結果で、ドラコは学年で三位。俺は二位なのだが、全てのテストが満点。それで二位とはどういうことだ? と先生に聞いたところハーマイオニーが百点中百十二点を取ったそうだ。一体何をしたのかとかなり盛り上がった。

 

駅に着くのはあっという間だった。皆に別れを告げ、ホームに出るとゴードンさんがいた。

 

「お帰り。学校はどうだった?」

 

「ただいま。楽しかったよ」

 

親子のような会話で、少し照れくさい気持ちになる。初めての感じで慣れないのだ。ゴードンさんも、何を話していいか分からないようだ。

 

「とりあえず、宿に帰ろう。荷物、重たいだろ?」

 

「ああ、うん。分かったよ、ゴードンさん」

 

帰ったら何を話そうか、そう思うのは子供らしいだろうか? 

 

少しずれた考えをしながら、一年分の荷物が入ったトランクを引きずって宿に戻る。

とにかく疲れたのだ。この一年以上に濃密な一年があるとは思えない。そんな一年だった。

欠伸一つ吐いて、ゴードンさんについていく。ふと気が付けば、荷物を全部持ってくれている。歩調も俺に合わせてくれている。人ごみを歩きやすいように盾にもなってくれていた。

 

そんなこと考えなくていいや、俺もガキだった。

 

そう思った。

 

 




これで賢者の石篇は終了。

次回から秘密の部屋編です

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秘密の部屋編
大人の事情(買い物前半)


秘密の部屋編、開始です

まだホグワーツに行けない……


夏休みがほとんど終わり、そろそろ新学期が始まる。

心休める休日というのは本当に久しぶりで、心置きなく羽を伸ばすことができた。

ホグワーツの友達とはフクロウ便でやり取りをしている。実は休暇中、魔法やら何やらを感じる機会というのは宿題をやっている時か手紙をフクロウが持ってくるとき以外にない。手紙の内容も近時報告に近いものだし、外に出てもここはダイアゴン横丁から少し離れた静かな場所で人が通るのも珍しい。どうしてこんな所に宿を立てたのか疑問に思うほどだ。しかし、客はちょくちょく来るのだから不思議だ。ふと思ったのだが、ここはマンションというよりホテルのような物なのだろう。長期滞在など、俺ぐらいのものだ。まあ、宿泊所だから当たり前か。

窓からスッとフクロウが飛んでくる。部屋に置いてある止まり木に止まると、手紙を落として入ってきたのと同じように去っていく。手紙を拾って見るとハーマイオニーからで、内容は珍しく相談であった。

どのような相談かというと、なんでもポッターからの返信がないそうだ。もう十通以上も送っているのに、音沙汰なし。ポッターも両親を亡くし、親戚に預かってもらっているのは聞いたことがある。しかし、どうにもその親戚が極端な魔法嫌いの様だ。で、もしかしたらホグワーツに関わるもの全てを廃棄しているかもしれない、何かできることは無いだろか? というものだ。

正直、そんなことを相談されても困る。ハーマイオニーの力にはなりたいが、ポッターが学校に来られなくなって困るのはむしろ俺よりダンブルドアとかだ。相談する相手を間違えている。学校にその実態を報告すれば、何かしらの対策をとってくれるはずだろう。もし魔法に関わるもの全てを廃棄されたとしても、それはポッターの責任ではない。理由を説明すれば、そこまで酷いことにはならないはずだ。宿題などの補修は免れないだろうが。

それに、ハーマイオニーは少し勘違いをしているようだが、俺はポッターに対してあまり良い感情はない。むしろ悪いくらいだ。

同情はしている。一歩違えば同じような境遇だったかもしれない身としては、当然のことだ。だが、それだけだ。

俺の中でポッターのイメージと言えば、スリザリン嫌いで、無鉄砲で、早とちりな奴。そもそも、ポッターと俺の関わりと言えば飛行訓練での一悶着とドラコの突っかかりだけ。ポッターの一面しか見ていないのは認めるが、知らない一面を考慮に入れてポッターの人格を考えるのはただの妄想にしかならない。ポッターの噂もよく聞くが、クィディッチやら賢者の石やらで兎に角スゴイということぐらいしか分からない。言い訳かもしれないが、見える範囲で判断するなら俺にとって嫌な奴に映る。

かと言って折角の手紙にまあこんなことを書けるわけもないので、当たり障りのないことを書いておく。

手紙を書き終え、宿の共通フクロウ便を使い手紙を出す。窓から飛んでいくフクロウを見て、そろそろ自分専用のフクロウを購入しようと思う。毎回、宿のフクロウを借りるのも迷惑だ。今度、ドラコとブレーズと買い物に行く約束をしている。その際、ついでにフクロウも買おう。

部屋に戻り、教科書を開く。遊び道具がない俺にとって、教科書の補助教材でも十分な暇つぶしになる。一年前まで何でも出来ると思っていた魔法が、実は法則や理論に基づいて発動していることを知るのは中々面白い。俺の成績がいいのも、きっとマグル育ちだからかもしれない。そう考えると、仮にも純血主義者としては複雑な気分になるのだが……。

いつの間にか暗くなっており、夕食を食べてベッドに入る。いつも通りの休日が今日も終わった。

 

 

 

 

 

ドラコ達の約束を前日に控えた今日、本格的にやることが無くなった。手持ちの教科書もほぼ完全に読んでしまい、手紙もない。たまに暇な時にゴードンさんと話をすることがあったのが、ゴードンさんも仕事がある。他の客がいる時は顔を見ることさえないのも珍しくない。

今日は暇だろうか? それなら少し話でもしたい。忙しいのであれば手伝いをするのもいい。そう思い階段を下りていく。

ゴードンさんと言えば少し気になるところがある。あの人はホグワーツに通っていなかった様だが、どうやって両親やハグリッドと知り合ったのだろうか? 本人はホグワーツに通っていなかったと明言している訳ではないが、キングズ・クロス駅のこともあるし、帰ってきてしたホグワーツの話に驚いたり興味津々だったりする。ここはホグワーツに通っていなかったと考えるのが普通だろう。では、なぜ通っていなかったのか? そう考えるとある答えが浮かぶ。

ゴードンさんはスクイブなのだろう。そういえば魔法を使っているところも見たことが無い。そうならばこういう、突っ込んだことは話しづらいし聞きづらい。いつか本人が話してくれるのを待つしかないだろう。

一階に着き、カウンターを抜けてリビングの様な場所に行く。普段、ゴードンさんは暇な時はここによくいる。

今日も暇なようで、ソファーに腰掛け新聞を読むゴードンさんがいた。俺に気が付いたようで、新聞を畳み話しかけてくる。

 

「どうした? 暇になったのか?」

 

「うん、まあ、そんなところ。忙しいなら何か手伝おうかなと思って」

 

「そうか……。生憎、こっちは暇でな。お茶にでもしようか? この間、ロンドンに行ったときに上手い茶菓子を見つけてな」

 

そういうと、立ち上がり紅茶と茶菓子を用意してくれた。ここでも魔法を使わないあたり、先ほどの考えは間違えていないのだと思う。

用意してくれた茶菓子を食べながら感想を言い合ったりして過ごしていたのだが、ふとゴードンさんが明日の話をしてきた。

 

「明日は確かマルフォイ家と学校用品だとかを買いに行くんだよな?」

 

「うん。ここも来る途中にあるからって迎えに来てくれるらしい。場所を知っているあたり、客だったこととかあるの?」

 

「いや、アイツはここを絶対に使わないな。そうか、迎えに来るのか……。悪いが、アイツが来たら対応はお前に任せる」

 

ゴードンさんが何か嫌悪に近いものを見せるのはこれが初めてだ。マルフォイさんに少し不安を覚える。

俺の不安が分かったのだろう。ゴードンさんは苦笑いしながら俺に言う。

 

「別にお前は心配しなくていい。そうだな、アイツはお前にとっては何も害はない。これは俺とアイツの問題だ」

 

「そう……」

 

「明日の準備は大丈夫か? アイツは名家だからな。しっかり身だしなみとか整えておかないとなめられるぞ?」

 

「分かった。じゃ、準備してくる。お菓子、ありがとう。美味しかったよ」

 

そういって立ち上がり。三階に上がる。

実はすでに準備は終わっている。ただ、なんとなくゴードンさんが一人になりたそうだったのでその場を去った。

ゴードンさんとマルフォイさんの間に過去に何があったかは知らない。しかし、それは今もゴードンさんを苦しめているのかもしれない。ドラコには悪いが、俺の中でマルフォイさんがブラックリストになった。

 

 

 

 

 

翌日、ドラコ達が迎えに来た。ブレーズとはダイアゴン横丁で落ち合うらしく、迎えに来たのはドラコとマルフォイさんの二人だ。

宣言通りゴードンさんはマルフォイさんに会おうとせず、マルフォイさんも俺だけ出てきても気にせず出発しようと声をかけてきた。

挨拶だけを見るならマルフォイさんは予想と違いかなり紳士的だった。もっとも、ダイアゴン横丁に着くまで俺はドラコと話をするのだがマルフォイさんは黙って前を歩くだけだったので何とも言えない。

 

「今回の教科書のリスト、君はもう見たかい?」

 

「ああ。普通は一年の教科書を引き続き行うはずだが、何を思ったか新しいのがドッサリと来るな」

 

「それも、ギルデロイ・ロックハートの本ばかりだ……」

 

「あれは教科書とかじゃなくて、小説の分類だと思っていたんだがな」

 

「まあ、腐ってもマーリン勲章を受賞するだけの奴が書いた内容の本だ。何か書かれていてもおかしくはないだろうが……」

 

「買ってからのお楽しみかな? まあ、最近は暇だったから丁度いいかもな」

 

こうしてダイアゴン横丁に着くと、マルフォイさんがブレーズと合流する前に用事を終わらせたいと言った。

 

「もっとも、少々家庭がらみのことだから家の者だけで済ませたいのだが……」

 

「ああ、それなら俺は先に銀行で金を下ろします」

 

「助かる。では、そうだな……。後程、銀行で落ち合おう。ザビニ君とも、そこで落ち合う約束をしているのでね。金を下ろしたら待っていてくれ」

 

そういうと、少し暗い横道へとドラコを連れて行ってしまった。俺もグリンゴッツ銀行へと行く。ここからは少し遠いところにあるので、店先に並んだ色んなものを見て楽しみながら向かう。

少々時間を食って着いたグリンゴッツ銀行。二回目なのだが、地下のトロッコは未だに圧巻だった。部屋までは少し時間がかかるはずだが、あっという間な感じだ。

部屋に着き、金貨や銀貨を袋に入れて戻る。そして地上に戻ると、声をかけられた。

 

「ジン! あなたもここに来てたのね!」

 

「ハーマイオニーか。久しぶり。元気そうだな」

 

「ええ、勿論! 誰も一緒にいないけど、一人で買い物するの? だったら、一緒に行かない? 私はハリー達とするんだけど、どうかしら?」

 

「悪いな、俺はドラコ達と来てるんだ。これじゃ、一緒にはいけないな」

 

「そう、なら仕方ないわね……」

 

ドラコが来ると聞いて少し残念そうに諦める。まあ折角だし、俺とポッター達の仲でも良くしておこうという所だろうか。ハーマイオニーを見ていると、スリザリンとグリフィンドールで少し板挟みになっているところもあるから。俺だけでもポッターと仲が良くなると楽になるのだろう。申し訳ないが、今回は厳しい。

 

「ハーミー、こちらは?」

 

ハーマイオニーの後ろにいた女の人が話しかけてくる。母親だろうか? 少し疲れている様だが、魔法界に慣れていないのだろうか?

 

「あ、お母さん! この人がジンよ」

 

「ああ、あなたがジン君ね。初めまして。娘から聞いているわ。スリザリンっていう寮にいるのに仲良くしてくれているんですってね」

 

「初めまして。こちらこそお世話になっています。それに、仲良くしてもらっているのはこっちの方です」

 

「あら、聞いた通りのいい子ね」

 

「でしょ?」

 

二人に微笑みながら言われ少し照れる。なんとなく自分だけ気まずくなっていたら、少し遠くの方で男の人の呼ぶ声が聞こえた。

 

「ハーミー、手伝ってくれ! 大体、いくら位必要なんだ?」

 

「待って! 今行く! じゃあジン、お母さん、ちょっと行ってくるわ」

 

どうやら父親に呼ばれたらしい。ハーマイオニーが駆け足で声のした方に行く。

友達の親と二人きりというのもなんだか気まずく、かと言ってここが集合場所なので動くわけにもいかない。沈黙よりなんでもいいから話そうと思っていると、向こうから声をかけてくれた。

 

「学校でハーマイオニーはどうかしら? 寮が違うから分からないかもしれないけど、あなたから見てどんな感じの子?」

 

「どう、ですか……。いい奴ですよ。さっきも言いましたが、やっぱり仲良くしてもらっているのはこっちです。知っているかもしれませんが、俺の寮とハーマイオニーの寮は特に仲が悪いんですよ。そんな中でも相手に声をかけたのは俺じゃなくてハーマイオニーです。他の奴とも仲良くできるのもアイツの人格のおかげですよ」

 

「そう、よかった……」

 

俺の答えに安心した様に笑みを浮かべるグレンジャーさん。やはり離れて暮らす娘が心配なのだろう。しっかり者だから、そこまで心配する必要はないと思うのだが……。

会話がまた途切れてしまい、沈黙が訪れる。やはり気まずくて、今度はこっちから話しかける。

 

「魔法界には慣れていないようですが、来てみての感想はどうですか?」

 

「驚きの連続ね。去年に初めて来たときは、これ以上驚かないぞって思ったんだけど……。今日来て写真が私にウィンクするのを見て飛び上がっちゃったわ」

 

だが、言葉とは裏腹にやはり疲れているようだ。俺も最初は意味不明な物ばかりで落ち着かなかったからよく分かる。

 

「ドラゴンの肝っていうのを見たんだけど、あれって食べるのかしら?」

 

「食べませんよ。安心してください。食べ物は普通ですから」

 

「あら、そうなの? また驚いちゃったわ」

 

ウフフと声に出して笑う。笑いながら、遠くで小鬼と何か話しているハーマイオニーを眺める。そんなグレンジャーさんを見て疑問がわいてきた。

どうしてハーマイオニーを魔法学校に行かせることを許可したのだろうか? 不安ではなかったのだろうか? 何を思って娘の進学先を魔法学校にしたのだろうか?

 

「どうしてハーマイオニーをホグワーツに通わせようと思ったんですか? 通わせての感想は? 悪口でも構いません。正直なものをお願いできますか?」

 

遠まわしに、不安じゃないのか? 後悔していないのか? そういったことを聞く。グレンジャーさんは少し驚いたように俺を見るが、少しして納得した様な表情になり答える。

 

「あなたも去年までは“普通”だったのよね」

 

“普通”という言葉が妙に胸に刺さった。グレンジャーさんの答えが続く。

 

「そうね……。本当はね、ハーマイオニーには医者を継いでもらいたかったのよ。歯医者なのよ、私の家。特に夫は「家族で営業していくのが夢だ」って言っていたの。ハーマイオニーもそのためにすっごく頑張って勉強していたわ。遊べなくなるワガママだって言わずに。嬉しかったわ、まだ小さい頃だけど「私、お父さんみたいなお医者さんになる」って言ってくれた時は……。夫なんて半泣きで抱きしめていたもの」

 

笑顔で話すグレンジャーさん。しかし、聞くに何故ハーマイオニーをホグワーツに送ったか全くわからない。

だが、ふとここで少し表情が暗くなる。

 

「でもね、それがいけなかったのかしら? こんなこと、あの子のいないところで話すのもあれなんだけど……。あの子、かなり前の学校で浮いていたらしいの。勉強はとってもできるのだけど、友達付き合いが中々上手くいかなかったみたい。私達、全然気が付かなくて……。あの子が中々笑わなくなって、どうしたんだろうって不思議に思っていたのに……。理由を知った時は後悔したわ。どうして気づかなかったんだろうって」

 

なんとなく分かる。ハーマイオニーには頑固で完璧主義なところがある。そのせいで、最初はポッター達とも仲たがいしていたのだから。

 

「そんな時ね、ホグワーツからの手紙が来たのは。あの子の笑顔が久しぶりに見れたの。すっごくキラキラした笑顔で、もう夢中になって説明に来た先生を質問攻めにして。先生、少し困っていたわ」

 

思い出したのかクスクス笑う。これも想像に困らない。説明に来た先生が誰なのか分からないが、ご愁傷様。

 

「それを見てね、思ったの。「ああ、この子はこんな風に笑うんだ」って。先生が帰った後にこう言ったわ。「ごめんなさい。私、医者よりも魔法使いになりたい」って。私には反対なんてできなかったわ。あの子があんな風に笑うんだって、初めて知ったもの。夫もそうだったみたい。それなら、ホグワーツに行こうって決まっていた進学先を取り消してくれたの」

 

「不安はなかったんですか?」

 

「勿論あったわ。でもね、あの子が嬉しそうにしていたからそれ以上に期待が大きかった」

 

「後悔は?」

 

「してないわ。だって」

 

チラリと、向こうを見る。俺もそっちを見ると、手続きを終えたハーマイオニーと父親が笑顔で話しながらこちらに来ていた。

 

「あの子、あんなに嬉しそうだもの」

 

微笑みながら言うグレンジャーさんに、俺は何も言えなかった。

 

 

 

 

 




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子供の事情(買い物後半)

グレンジャーさんとの話が終わると同時に、ハーマイオニー達が手続きを終わらせてこっちに来た。

 

「もうウィーズリーさん達があちらにいる。そろそろ行かなくては」

 

「そうなの? それじゃあね、ジン君」

 

「さようなら、グレンジャーさん」

 

「それじゃ、ジン! ホグワーツで会いましょう!」

 

「ああ、じゃあな、ハーマイオニー」

 

グレンジャーさん達と別れ、その後ろ姿を見送る。するとすぐに、俺の肩を叩く奴が現れた。誰だと振り返ると、ニヤニヤ笑っているブレーズがいた。

 

「よう、ジン。久しぶりだな」

 

「ブレーズ、久しぶりだな。今来たのか?」

 

「いや、かなり前。お前が出てきた時からいた」

 

「? 何で話しかけてこなかったんだ?」

 

「グレンジャーに先を越されてね。それで様子を見てたんだが……」

 

「盗み聞きか?」

 

「安心しろよ、何も聞いちゃいないって。様子を見てただけだって。それにしても、グレンジャーの母親は美人だな」

 

「そうだな。お前の好みか?」

 

「冗談。で、何を話してたんだ? 親攻略? 外堀から埋めてくタイプっぽいもんな、お前」

 

「そんなんじゃない。というか、俺はそういうのは直球で行くぞ」

 

「そうなのか? 意外だな」

 

「そうか?」

 

「ああ。なんだかんだ言って告白しない奴だと思ってた」

 

「好きな奴がいたら告白するさ、多分」

 

「どうだろうなぁ。で、何のお話だったん?」

 

「まあ、少し考えさせられる話だよ」

 

「どんなことを考えさせられたんだ?」

 

俺は周りのこともあってか、マグルと魔法使いの関わりを魔法使いの視点を基準に考えていた。やり方が違う、伝統を軽んじられる、危険性を分かっちゃいない。でも取り込まなければ魔法界は消滅しかねない。その上で、魔法使いのマグルへの対応に疑問を抱いていた。そう思うならマグルを魔法界に放り込まずにしっかりと時間をかけて馴染ませるべきだろうに、とか色々。

でもグレンジャーさんの話は、一般的に見ると少し特殊かもしれないが、マグルと魔法使いの関わりをマグルの視点から見たものだ。俺はどちらかと言えばグレンジャーさん側の立場なのに何を偉そうに一端に魔法使いの立場で物を考えていたのだろう。

 

「俺もマグル育ちだったんだなぁってことかな?」

 

「なんだそりゃ?」

 

こんな感じでブレーズと話していたら、いつの間にかマルフォイさん達も銀行に来た。話はすぐに止め、買い物の始まりとなった。

 

 

 

 

 

ドラコとブレーズと一緒にインクに羽ペン、羊皮紙にナイフなど必要なものをあらかた買って残すは教科書のみとなった。マルフォイさんは別に行動していて、教科書を買う時に落ち合うことになっている。

しかしフクロウ百貨店という店の前に来て、ついでにフクロウも買う予定だったことを思い出した。

 

「悪い、ここによってもいいか?」

 

「フクロウ百貨店? 君はフクロウが欲しいのかい?」

 

「ああ。いつまでも人のフクロウを借りる訳にはいかないからな」

 

「そうかい。なら行こう。折角近くにフクロウ屋があるんだ」

 

三人でフクロウ百貨店に入り、何がいいかを話し合う。白いのもいればトラ模様のフクロウもいる。ドラコ曰く、茶フクロウは安っぽいからやめた方がいいらしい。ブレーズ曰く、真っ白なのは綺麗だけど森フクロウの方が頑丈で値段的にもいいらしい。俺は特に拘りもないので、頑丈という森フクロウを見に行った。しばらく三人で見て周っていたのだが、急にブレーズが立ち止まった。

 

「コイツなんかいいんじゃないか?」

 

そう言ってブレーズが指したのは店でも五番以内に入るだろうデカいフクロウだった。堂々とした姿は確かに格好が良い。

 

「頑丈そうだな」

 

「だろ? フクロウは長持ちするに越したことはねえんだしよ」

 

「それに、コイツならある程度重いものも一匹で運べそうだな。値段は……。うん、そこらのフクロウよりは高いが良い買い物になると思うよ」

 

二人の勧めもあって、俺のフクロウはそのデカい森フクロウになった。店員のお勧めでもあったソイツは大人しく、新しい飼い主の俺をじっと見てくる。その様子に、少し愛着がわいた。

 

「なんか可愛いな、コイツ」

 

「そうか? 俺はカッコいいと思うが」

 

「名前、どうしようか?」

 

「君のペットだろう? 君が付ければいいじゃないか」

 

「いや、こう、いいのが思いつかなくてさ」

 

「適当でいいんじゃねぇか?」

 

「適当ねぇ……。なんかないか?」

 

「シファーとか?」

 

「由来は何だい?」

 

「どっかで聞いたことありそうな名前だからいいかなってさ」

 

「……流石に適当過ぎないかい?」

 

「今日からお前はシファーだ、よろしくな」

 

「……君はそれでいいのかい? 可愛いんじゃなかったのかい?」

 

いつも通りのじゃれ合いで決まった名前だが、不満は無いらしく森フクロウ改めシファーは相変わらず瞬きせずに俺を見つめる。そんなシファーを満足げに眺め、三人で本屋へと向かう。

多少の時間は食ったが、本屋の集合時間にはしっかりと間に合った。本屋の外ではすでにマルフォイさんがおり、俺達を待っていた。その本屋というと、なぜか大きな人だかりができており入るのにも苦労しそうだった。

 

「来たかい。それでは、教科書を買おう」

 

本屋にたどり着いた俺達を見ると、マルフォイさんは人だかりの中へ進んでいった。俺達も何とか付いていくのだが、いかんせん本当に人が多い。何度もぶつかりながら、やっとのことで店内にたどり着いた。

 

「一体、何だっていうんだ。去年はこんな人だかりはなかったぞ?」

 

「おい、あれ見ろよ」

 

思わず文句を垂れるドラコに、ブレーズが何かを指さす。俺もつられてそちらを見ると

 

「サイン会……。ギルデロイ・ロックハートって……」

 

「そ、あの有名人。どうやら、今日はサイン会らしいな」

 

迷惑な話だ。三人が口にしなくともそう思っていたら、突如大きな声が聞こえた。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは!?」

 

その声がもたらした変化は劇的だった。

ドラコは顔をしかめ、声の方を向く。前にいるマルフォイさんも同じ様に声の方を向き、何かを見て顔をしかめる。その顔が本当にそっくりで、ブレーズが必死に笑いを堪えながら俺の後ろに隠れる。笑っているのがバレたら面倒なのは承知の様だ。その後ロックハートが

 

「みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法学校にて、闇の魔術に対する防衛術担当教授職を引き受けることとなりました!」

 

と発表し、さらに騒ぎが大きくなり、ますますドラコが顔をしかめる。ポッターが目立つのが気に食わない、と見事に顔に書いてある。

このままここにいたら面倒なのは目に見えている。後ろを振り返り、ブレーズに小声で話しかける。

 

「おい、さっさと目的の本を買いに行こう」

 

「え? 何で? 面白そうじゃん」

 

「このままここにいたら、いざこざが起きるだろ?」

 

「まあなぁ。ドラコの顔を見りゃわかる」

 

「だからドラコがポッターにちょっかい出す前にここを離れるぞ」

 

そう言うとブレーズは少し吹き出し、ニヤニヤ笑いをしながら俺の後ろを指さして答える。

 

「……あのよ、言いにくいんだけどさ」

 

「何だ?」

 

「手遅れ」

 

急いで振り返ると、確かに少し離れた所でポッターに絡むドラコの姿があった。ついでに、ポッターだけではなくその近くにいた赤毛の少女とウィーズリー、そしてハーマイオニーにも絡んでいる。

今にも飛び掛かりそうなウィーズリーの姿から、既に一悶着あったことが読み取れる。ブレーズの言うとおり手遅れだ。

 

「どうするよ? ここからじゃ、遠くて声が聞こえないぜ?」

 

「……近くに行こう。もうさっさと買い物終わらせるぞ」

 

「ヘイヘイ。相変わらずお前は面倒事が嫌いだねぇ」

 

ため息をつき、問題を避けることを諦めさっさと用事を済ませることにする。ブレーズと一緒にドラコの隣へ移動する。何とか人ごみを避けて、ようやくギリギリ声が聞こえるところまで来た。すると、先ほどよりも人が増えていた。

マルフォイさんと、知らない赤毛の男性――恐らくウィーズリーさんだろう。

 

「これは、これは、――アーサー・ウィーズリー」

 

マルフォイさんがウィーズリーさんに向けるその薄ら笑いは、ドラコがポッターに向ける物と同じで二人の関係がどんなものかすぐにわかる。案の定、二人は向き合ったまま明らかに友好的ではない会話を始める。

 

「お役所はお忙しいようですなぁ。あれだけ抜き打ち調査をしたのですから。当然、残業代を……いや、どうもそうでないらしい。そのようでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ」

 

「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味か、私たちは意見が違うようだ」

 

「さようですな」

 

ここまで言うと、マルフォイさんはグレンジャー夫妻に目線を動かし、

 

「こんな連中と付き合っている様では、君の家族も落ちるところまで落ちたと思っていたんですがねぇ」

 

と冷たく嘲笑った。

その様子で、何故ゴードンさんがマルフォイさんを嫌悪するか分かった気がした。

根っからの純血主義。純血主義の一部どころか全部を肯定し、魔法界の存続に実質不可欠なマグル生まれを目の敵にする人達。マグルがまるで存在してはいけないというように過剰なほどの反発をする人達。いるのは知っていた、あったことは無かった。しかし、それはまさにマルフォイさんのような人ではないか。

ドラコがグリフィンドールと対立するのも専らこれが理由だ。俺と話し合ってから多少はマグルに対する見方が変わったとはいえ、それはあくまで「排除」から「利用」といった感じだ。きっと根本にあるマグル嫌いはこの人から来ているのだろう。

しかし、この場ではこれ以上深く考えることはできなかった。顔を真っ赤にさせたウィーズリーさんが飛び掛かり、乱闘へとことが発展したからだ。

 

「どうするよ? 本でも買いに行く?」

 

「いまさら何を言ってんだ……。別の場所に買いに行くしかないだろ……」

 

乱闘まで起こしては、もうここにはいられまい。どこからか現れたハグリッドが二人を引き離しあっさりと乱闘は終わったが、マルフォイさんとドラコはさっさと外へ行ってしまった。

もう一度ため息をつき、ブレーズと一緒にマルフォイさんを追いかけ店の外へと向かう。その際に、少しだけハグリッドの話声が聞こえた。

 

「みんな知っちょる。マルフォイ家の言うこたぁ、聞く価値がねぇ。そろって根性曲りだ」

 

スリザリンでは立派な家系と言われていても、どうやらグリフィンドール側では違うらしい。何となく分かる気もするが……。

 

「何か、難しいな」

 

「何がだ?」

 

「いや、家柄とか、主義だとか、考えとか色々」

 

そうブレーズに呟くと、少し呆れたような声で答えが返ってきた。

 

「別に難しくねぇよ。お前が難しく考えてるだけだろ」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。嫌いなのは嫌い。好きなのは好き。それでいいじゃねぇか。家柄とか主義だとか考えはそこまで関係ないだろ。利益不利益は関係あるだろうが」

 

ブレーズらしい考えだなと思うと同時に少し納得する。自分は少し難しく考えすぎていようだ。

 

「いいな、あっさりした考えで」

 

「これが普通なの。お前が考えすぎなだけ」

 

そうかもしれないな……。などと漏らしつつ、ドラコ達に追いつく。ご機嫌斜めな二人だったが、買い物が終わるころには直っており解散の時はにこやかに別れを告げた。

ブレーズは暖炉を使って帰るらしく、そこら辺の暖炉へと向かった。マルフォイさんは帰りも俺を送ってくれた。別れ際に

 

「それでは、エトウ君。君とも、いつかじっくり話をしたいものだ」

 

などと言われた。社交辞令にしては微妙なところを考えると、若干本気であったりするのだろう。俺の何が気に入ったか分からないが、普段ドラコがホグワーツの話をするときに俺が出てきたりするとかそういったところか。それ以外に思いつかない。

 

「そうですね。機会があれば、是非」

 

そう返す。こちらも聞きたいことがあるのは事実だ。ゴードンさんのことも、純血主義も。

急ぐことでもないとは思うが、ドラコと付き合っていく中でこの人の影響が大きいということは分かる。この人がどんな人かを判断することは必須だろう。

去っていく二人組を見ながら、考えることが増えたことを思う。ブレーズに考えすぎだと言われたばかりだが、自分は考えすぎの方が性に向いているようだ。こればっかりは仕方がないだろう。魔法界にいなかった十一年分、深く考えでもしない限り取り戻せはしないだから。

また考え事をしながら宿に入る。悩みを持つことにもそろそろ慣れた。

 

 

 

 

 

ジンを宿に送り、帰り道を歩くドラコとルシウス・マルフォイ。

今日、ルシウスがダイアゴン横丁に訪れたのはただ買い物の付添が目的ではなく『日記』をホグワーツへと送り込む下準備のためでもあった。最初、ドラコの友人である二人の内どちらかに何らかの理由をつけて日記を託そうかと考えていた。しかし、ドラコの話には聞いていたがジンという少年は確かに賢い。そして、想像以上に自分への警戒心も強かった。彼に『秘密の部屋』の鍵を託したらどうなるか……。面倒事を嫌う彼のことだ。『秘密の部屋』を開く前に処分するだろう。もう一人のブレーズという少年も無理だと悟った。この少年に古ぼけた日記帳を渡しても、捨てられるのがオチだ。よしんば『日記』の特異性に気がついても、必ずジンに相談をするだろう。そうなれば、ジンに渡すも結果は同じ。

何とも『日記』の行き場に困っていたら、幸運なことに混雑した書店にてウィーズリー家と出会った。そして、何とも内気で愚かな末妹がいたものだ。これ以上の好物件などありはしないだろう。早速、騒ぎに紛れ『日記』をその末妹の荷物に紛らわす。あの少女だったら古ぼけた日記を自分の物として使う確信もあった。ウィーズリー家はいつもみすぼらしいのだ。

目的を達成した後、ようやく人心地が付いた。いわば、連れの二人を息子の友達として見る余裕ができたのだ。

ブレーズは以前に何度か見たことがある。母子家庭であり、随分と自由に育ってきたようだ。しかし、家柄も人柄もさほど悪くはない。息子の友人としてはふさわしい分類に入る。

しかし、ジンは何とも言えない。親は知っている。何を隠そう、自分と同期だったのだから。家柄は悪くはない。両親を見る限り彼はグリフィンドールよりかと思っていた。彼の両親が純血主義を肯定することなど、一度もなかった。むしろ、マグルと仲良くしたりマグルの技術を褒め称えたり正反対に位置した。

……まあ、それが原因で目を付けられて殺されたのだが。

だがドラコの話を聞く限り彼は両親と異なるようだ(幼い頃に両親を亡くしている分、仕方がないかもしれないが)。その上、実に興味深い。何でも、マグルを糾弾しない純血主義を掲げるとか……。

そのような都合のいいものなど、あるのだろうか? ルシウスが純血主義を掲げるのは、偏に我が家の地位を確立させるため。そのためには純血主義は何かと都合がいい。しかし、その唯一の問題点はマグル賛同派との対立だ。それも、近年になってだいぶ増えてきている。もしドラコの言うとおりの物をジンが掲げるならば、彼は我が家にとって大きな問題の一つを解決してくれることとなる。

別にさほど期待している訳ではない。賢いと言っても子供だ。だが、その考えの根本さえ押さえれば何か変わるかもしれない。聞く価値はある。

 

「父上、今日はどうでしたか?」

 

ずっと横を歩いていた息子が問うてくる。

 

「ああ、実に有意義な時間だった」

 

そう答えてやると、少し嬉しそうにするのが分かる。

父親の心中など知る由もなく無邪気に友を誇る息子に愛おしさを感じつつ、その誇らしい友の有効活用に考えを巡らせる。

久しぶりに味わう、使える駒を見つけた時の満足した心持ちで家に帰る。実に有意義であった、ともう一度心の中で呟いた。

 

 

 




感想、評価などお待ちしてます


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噂の多い歓迎会

完成したので投下


夏休みが終わり、キングズ・クロス駅へと向かう。駅の入り口でゴードンさんに別れを告げ、去年よりも若干重たくなった荷物を持って柱に走り込み到着する。

少し早めに来たおかげでコンパートメントは空いており、楽に一部屋占領できた。

荷物を整理し、本を取り出す。『トロールとのとろい旅』だ。ロックハートの他の作品もほとんど読んだが、中々面白い。小説としては流行るのがよく分かる。例えばこの作品。トロールと旅を共にするもので、旅をしつつもトロールの引き起こす問題を面白おかしく解決していくものだ。一見、ありえないように見えるロックハートの行動も理論上は可能な事ばかりで、説明されれば納得してしまう。よく考えられているものだ。

……本当にやったかどうかは別だが。それにやっていることは派手だが模範的といえる行動ではない……。いや、読んでいて面白いけど。

取り出して読んでいるとコンパートメントのドアが開く音がした。そちらの方を見ると、ドラコとクラッブ、ゴイルの三人だった。

 

「ああ、やっぱりジンだったか。パンジー達はまだかい?」

 

俺を見て安心した様にドラコが言ってきた。少し疲れた様子を見るに、俺か誰かを探して歩き回ったのだろう。ドラコが探していなかったということはまだ来ていないのだろう。

 

 

「ああ。まあ、まだ少し時間があるしな。しかし、パンジー達が来るとしたら狭いだろ。もう一つコンパートメントをとったらどうだ? 向かいが空いてるだろ?」

 

「ああ、そうしようか。でも、二つに分けるのかい? じゃあ組み分けをどうしようか?」

 

「そりゃ、来たら決めりゃいいだろ。とりあえず、向こうに荷物を置こう」

 

そう言い、ドラコ達三人の荷物を向こうのコンパートメントに置いておく。荷物を置き終えると、クラッブとゴイルはそのままにしてドラコと元のコンパートメントへ戻る。

コンパートメントに戻るや否や、ドラコがウキウキとした様子で口を開いた。

 

「そういえば、ジン。君とブレーズにビッグニュースがあるんだ」

 

「何だ、それは?」

 

「いや、ブレーズが来たら言うよ」

 

話したくてたまらない、と言った様子だがもったいぶって言おうとしない。ブレーズにも関係しているようだから一緒に驚かせたいのかもしれない。

その後、夏休みの話をしていたらパンジー、ブレーズ、ダフネがそろってやってきた。

 

「おお、やっぱりいたか。探したんだぜ? 空いてたコンパートメントがあったが、スルーして正解だったぜ」

 

安心した様にそう言いながら、荷物を下していくブレーズ。しかし荷物を置いて、ふと気が付いたようにドラコを見て聞く。

 

「なあ、お前の荷物が無いけど、どうした?」

 

「ああ、そのことだけどね……」

 

ドラコが、二つのコンパートメントを占領していることを三人に説明する。

 

「成程、組み分けね……。ジャンケンでいいかしら?」

 

「私はドラコが一緒だったら何でもいいわ」

 

「じゃ、ドラコが代表でジャンケンだな。3:2に分かれるようにするか。で、2が向こうに行くと」

 

ダフネの提案に、ブレーズがパンジーの提案を組み入れてあっさりと方法が決まる。

 

「じゃ、やるぞ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういや、ロックハートの本はもう読んだか?」

 

「…………」

 

「……休暇中も、ドラコと行動してたのか?」

 

「…………」

 

「……今、食ってんのは何だ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「ジン、諦めろよ。こいつ等が食ってる時に返事をした試しがないんだ」

 

ジャンケンで負けた俺とブレーズがグラッブとゴイルのコンパートメントに来たが、さっきから沈黙の中にムシャムシャと物を頬張る音しかしない。沈黙が少し気まずくて、さっきから話しかけているのだが一言も返事が来ない。ドラコの気苦労が少しわかった気がした。

 

「ドラコは何時もどうやってこいつ等をコントロールしているんだ?」

 

「意外と簡単だぜ? そうだな……。何か菓子でも無いか?」

 

「チョコレートバーなら一本だけ。半分溶けてるけど」

 

「充分だ」

 

ポケットから駅のホームで買ったチョコレートバーを取り出すと、ブレーズはそれをかっさらう様に受け取りクラッブとゴイルに見せつける。当の二人は、今まさにプレーンマフィンに食い付こうとしている所だった。

 

「味なしマフィンに、ピッタリの物があるんだけどなぁ……」

 

「「何が望みだ?」」

 

確かに簡単だ。二人の目線がバーにくぎ付けになって動かなくなった。

呆れて二人を見ていたら、ブレーズがこちらにチョコレートバーを投げてきた。

 

「ほら、望みを言えよ。バー一本じゃ二人で取り合いという名の乱闘が起こるから上手くやれよ?」

 

「おい、バー一本で充分じゃなかったのか?」

 

「こいつ等が単純だって知るには充分だろ?」

 

それはそうだが、これでは下手に動けない。望みも思いつかないので、バーを左右に揺らして二人の顔を動かして遊んでいたらコンパートメントのドアがノックされ、開いた。

 

「ちょっとごめんなさい。何処かでハリーかロンを見なかったかしら? ……ってジン? 何しているの?」

 

「ハーマイオニーか? いや、まあ、ちょっとドラコの気苦労をな……」

 

思わぬ客に驚きつつ、バーをポケットに戻す。あからさまにガッカリした声が二つほど聞こえたが、無視してハーマイオニーの方に向き直る。

 

「何というか……珍しい組み合わせね」

 

「俺もそう思う。ついでに、パンジー達は向かいにいるから挨拶でもしてったら?」

 

しげしげとコンパートメントの中を見て、クラッブとゴイルを見つつハーマイオニーが感想を漏らす。まあ、同意見だが。

 

「うーん、挨拶はしたいんだけど、忙しくて……」

 

「ねえ、ハーマイオニー、いないんなら早く行きましょう。ロン達を探さなきゃ」

 

「……そいつは?」

 

ハーマイオニーの後ろから聞きなれない声がして覗き込んでみると、いつかの本屋にポッターといた赤毛の少女だった。恐らく、ウィーズリー妹。

 

「この子はジニー。ロンの妹」

 

「へー、コイツがウィーズリーの妹かぁ」

 

今まで黙っていたブレーズがいきなり会話に入り込んで、ウィーズリー妹を見物し始めた。

遠慮なくジロジロと見るブレーズが気に食わないのか、ウィーズリー妹は顔をしかめるとハーマイオニーの後ろに隠れてしまった。その様子を見たブレーズは、舌打ちを一つ吐くと同じように顔をしかめて座席に座りなおした。お互いに第一印象は最悪の様だ。

 

「ポッターは見てないぜ。ほら、探すんだろ? 早く行ったらどうだ?」

 

完全にへそを曲げたブレーズがハーマイオニーに八つ当たり気味にシッシッと手を振って追い出そうとする。

 

「悪いな、役に立てなくて。でも、そいつ妹だろ? ウィーズリーは一緒に来なかったのか?」

 

女のこととなったら物凄く面倒になるブレーズの様子に呆れながら、ハーマイオニーに返事をする。流石にここで黙ったままではハーマイオニーとも気まずくなる。

 

「一緒に来たらしいんだけど、いなくなったみたいなの。それじゃ、探しに行くわ。またホグワーツでね」

 

「ああ、ホグワーツで」

 

ウィーズリー妹のこともあってか、あっさりと姿を消すハーマイオニー。ブレーズは二人がいなくなっても不機嫌のままで、顔をしかめたまま座っている。

 

「そうへそを曲げるなって」

 

「誰が何を曲げてるって? ハッ! 同じ妹でも、ダフネのと比べると雲泥の差だな」

 

「ダフネにも妹がいるのか? 初耳だな」

 

「ああ知らなかったのか、お前。けっこうな美人だぞ。そもそも、グリーングラス家はお嬢様姉妹で割と有名だったんだ。確か来年からだぜ、そいつが来るの」

 

「そこは名家ならではの情報だな。そうか、兄弟かぁ……。良いもんなのかな?」

 

「さあ? 俺もいないし、よく分からん」

 

少しずつ機嫌も直ってきたのか、徐々に雰囲気も柔らかくなっていく。結局、ホグワーツに着くという放送が流れるころにはいつも通りのブレーズに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツに着くと、一年の頃とは違って馬車で移動することとなった。

馬車に乗って校舎へと進み、大きな門をくぐり校舎へと入り、大広間へと向かう。歓迎会の準備はもうできており、足りないものは新入生と帽子だけの状態だった。

全員が席に着いてしばらくしてから扉が開き、新入生が列をなして入ってくることで歓迎会は始まった。オドオドと初々しい様子で入ってくる新入生を、多くの者がかつての自分と重ねて拍手と笑顔で迎える。

周りを見ると、特に去年と変わったところは無い。本物の空の様な天井に宙に浮く無数の蝋燭、机の上にある金の皿にゴブレット。

唯一変わっていると言えば、教職員の席だろうか? クィレル先生の代わりにロックハートが座っており、本来いるはずのスネイプ先生は不在。どうしたのだろうか?

 

「なあ、スネイプ先生は辞めたのかな? 席はあるから、違うとは思うんだが……」

 

そう隣にいたドラコに聞く。ドラコの唯一のお気に入りの先生だから、いなかったら心配はするとは思うのだが……。ドラコも気になってはいた様だが、心配している様子は微塵もない。それどころか、嬉しそうな面持ちで俺の問いに答える。

 

「大丈夫さ。もし先生が辞めるのだったら、必ず僕の――と言っても僕の父上のだが――耳にその情報が入る。なにせ、先生にこの職を勧めたのは僕の父上だからね。それよりも、ほら! 見てみなよ、グリフィンドールの席を! 邪魔な二人組が消えてるぞ!」

 

言われるがままにグリフィンドールの席を見ると、確かにポッターとウィーズリーの姿が見当たらない。列車の中でハーマイオニー達が探していたのに加えてこの場にいないとなると、もしかして列車に乗り遅れたのだろうか?

それにポッター不在の話をする人はどうやら少なくないようで、あちこちで様々な憶測が流れている。スリザリンで流れる憶測のほとんどはポッターが学校を辞めたという願望に近いものだったが。スネイプ先生の不在も他寮ではスリザリンのポッター並みの扱いであった。もっとも、歓迎会が開始してしばらく、組み分けが終わった頃に扉を開けて姿を現した時にその希望が絶たれてしまいあちこちで溜め息が漏れた。

歓迎会も終わり、結局最後までポッター達が姿を現さなかったことに気分を良くしたドラコ達が知り合いを集めて、談話室でちょっとしたパーティーを開いた。家から持ってきたお菓子とクラッブ達が消える前に持ってきたケーキを使って、ポッター退学説を高らかに語った。

別にポッターの退学を本気で信じているのではなく、ただポッター不在の高揚した気分を分かち合いたいだけだった様だ。後半はもうただのどんちゃん騒ぎで、ポッターのポの字も聞こえなかった。疲れ切っていた俺はどこにそんな元気があるのかと半ば呆れ、半ば感心してありがたく差し出されたクッキーと紅茶を隅で大人しく味わった。

珍しくはしゃぐドラコとそれにくっつくパンジー、いつも通りのブレーズに少々お疲れ気味のダフネなどをぼんやりと眺めていたら、名前も知らない女の子が話しかけてきた。見ない顔ぶりから、新入生であることが分かる。

 

「ねえ、あなたがジンって人?」

 

何か期待するように目をキラキラさせ聞いてくる。別にそのこと自体は悪い気はしない。女の子に言い寄られる、というのは寧ろ一般では羨ましいシチュエーションの一つだ。その筈なのだが、何故か嫌な予感がする。

 

「ああ、そうだよ。東洋人が珍しいのか?」

 

努めて穏やかに返事をするが、警戒してしまうのはしょうがないだろう。この女の子の口振りでは俺の噂がそこそこ大きな規模で流れているように感じる。勘違いであったなら良いのだが……。ポッターやロックハートを見る限り、少なくとも俺は有名人にはなりたくない。碌なことが無さそうだ。

一方、俺が目的の人物と知ると女の子は益々目を輝かせ、質問を続ける。

 

「ねえ、去年はあなたがグリフィンドールの優勝を防いだんでしょ?」

 

「ああ、そのことか。まあ、運が良かったんだよ。偶然、加点されるタイミングが遅かっただけだ」

 

質問の内容に若干ホッとしつつ、当たり障りの無い様に答える。確かに、そのことは多少は噂になっても仕方がないかもしれない。七年連続優勝を引き分けといえども果たすことになり、今年に優勝すれば八年連続という状況を作ったことになるのだ。

しかし、まだ質問が続く。どうやら話は終わりではないようだ。

 

「ねえねえ、ダンブルドアから加点されたって本当?」

 

「うん? ……まあ、そうなるな。ただ、発表したのがダンブルドアなだけで加点自体はスネイプ先生かもしれないが」

 

「ふーん……。それじゃあ、」

 

ここで少しだけ声を潜め、囁くように聞く。

 

「アナタが裏でダンブルドアの指令を受けているって本当?」

 

「何の話だそれは?」

 

いきなり突拍子もないことを問われ、思わず問い返す。それに対し、女の子はどこか面白がるように話を続ける。

 

「だって、去年は『自らの問題に勇敢にも立ち向かった』んでしょ? それって一体どういうことなの?」

 

思い当たる節がある。確かに、ダンブルドアはその様なことを言って俺に加点した。あの時は対して気にも留めなかったが、冷静に考えると俺とダンブルドア以外には何の事だかサッパリだろう。変な噂が立つのも納得できる。

 

「ダンブルドアの指令って本当? それとも、他の噂かしら? 例えば――」

 

「止めてくれ、頼むから」

 

まだ続けようとする女の子の話を無理やりさえぎり、黙らせる。話を聞いていて少し頭痛がしてきた。この学校の噂にここまで悩まされるとは思いもしなかった。

 

「別に大したことじゃないんだ、本当に。ただ、まあ、偶然にダンブルドアの目に留まっただけだ。本当にそれだけ」

 

「どんなことが目に留まったの?」

 

「……ちょっとした家庭事情」

 

限りなく嘘に近いが、本当と言えば本当のことだ。それだけ言うと未だ納得していない女の子を残してその場から立ち去り、ドラコに疲れたから部屋に戻ると告げてパーティーから抜け出す。

自分の部屋に戻って、ようやく人心地が付いた。ベッドに飛び乗り、疲れた体を預けて天井を見上げる。

未だ学校が始まって一日も立っていないというのに碌なことが無さそうなこの感じは一体なんだろうか?

 

結局、ドラコが返ってくる前に眠ってしまいその後何が起こったか知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジンの女の子の質問に対する中途半端な対応によって、噂が少しだけ信じられてしまったという事実を知らずに済んだという点では少しだけ幸運だったのかもしれない。

 

 

 

 




春休みなので思ったよりも時間に融通が利いたのに加え、offの日に久しぶりに書いてみたらかなり筆がスムーズに進み、一話分が完成してしまいました。

タグの休止中を無くそうか悩み中。学校が始まったら、明らかに今ほど時間がかけられないのが明確なのだが……。休止していないという点では、活動報告とタグの内容を変えなくてはならないかもしれません。


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亀裂

春休み中にできるだけ書いてしまおうと決心した。


昨夜の出来事を深く考える前にベッドでそのまま寝てしまった。しかし、朝になって考えるとそこまで深刻な事でもない気がしてきた。デマなど放っておけば無くなる。そりゃ、最初の方は何かと言われるかもしれないが普通に過ごしていれば問題などないはずだ。

少々、思考が後ろ向きだった。それだけ疲れていたのだろう。グッスリ寝たおかげか、思考もハッキリしてきたし気分もいい。

上機嫌でドラコと途中で一緒になったブレーズ達と朝食の大広間に行く。今日は学校の初日。ということは郵便物が半端なく多いというのを去年に学んだ。ベーコンとトーストを摘まんでいたら、窓が開き予想通り大量のフクロウがなだれ込んできた。すぐさま皿とカップを持ち上げ、飛んでくる荷物とフクロウを回避する。一通り配達が終わって、何の被害もなく過ごせたことに満足しながら皿とカップを戻そうとしたが、

 

「車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね。車がなくなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか……」

 

という物凄い怒鳴り声が大広間に響き渡り、そのせいでカップを倒してしまいミルクをぶちまけた。

ゲラゲラと笑うブレーズをよそに未だに怒鳴り続ける者のいる方へと顔を向けると、そこには可笑しな光景が広がっていた。

怒鳴っていたのは人ではなかった。何やら一通の手紙のようなものがいつの間にか学校に来ていたウィーズリーに怒鳴り散らし、それをポッターと二人で肩身狭そうに聞いている。手紙の大声は近くにあるものは軽く振動させ、中身の入っていないゴブレットなどは倒れてしまっていた。

どうしてそのようなことになっているのか。それに対する説明は求めるまでもなく、ご親切に手紙がベラベラと公表してくれている。

 

「まったく愛想が尽きました。お父さんは役所で尋問を受けたのですよ。みんなお前のせいです。今度ちょっとでも規則を破ってごらん。私がお前をすぐに家まで引っ張って帰ります」

 

お陰様で、怒鳴り声がやむ頃にはポッター達の遅刻の理由も何をやらかしたかも全生徒が知ることとなった。

手紙の終了と共に何人かが笑い声をあげ、徐々にいつも通りへと戻っていった。

 

「最高だったな、今のは」

 

口笛を吹きながら、ブレーズが呟く。

 

「いいネタが入ったよ。それにしても、ここまでしてポッター達は退学にならないだなんて裏で何かあるとしか思えないんだけどね……」

 

同意しつつも、相変わらず甘く見えるポッターへの処罰に不満を漏らすドラコ。

俺はどうかというと、

 

「……やっぱ碌なことが無いな」

 

あんなことがいつか我が身に降りかかるのかと想像し、ゾッとしていた。

 

 

 

その日の午前の授業も終わり次の授業へと向かうためドラコと一緒に廊下を歩いていると、後ろから走ってきた人にぶつかった。衝撃はそこまで強くなかったが、急であったこととぶつかってきた人の重心が低かったことが合わさって思わず躓いてしまった。

 

「おい、どこに目をつけているんだ! 気を付けろ!」

 

すかさずドラコが後ろの人物に叱咤を飛ばす。すると直ぐに謝罪の声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい、急いでたんで。でも、わざとじゃないんです。とにかくごめんなさい」

 

声の主を見ると、薄茶色の髪をした背の低い少年だった。服装を見るにグリフィンドール。そしてなにより特徴的なのは小さな両手で抱えるように持つ少し不思議な形のカメラだった。それは全体的に大きめで、レンズの部分は大きく、そして前に長く飛び出しており、上部には小さなスポットライトのようなものが付いていた。

 

「……君、それはカメラかい?」

 

少々興味が湧いて、尋ねてみる。少年はまさか質問されるとは思っていなかったのか、キョトンとした顔をして不思議そうに答えた。

 

「え、ええ。そうです。魔法製の」

 

「へえ、しっかりと見るのは初めてだ。マグルの製品には見られない部品もあるな。機械類はホグワーツではダメになるとは聞いていたけど、魔法製は別なのかな?」

 

「はい、しっかり起動します。……あの、あなたは本当にスリザリンなんですか?」

 

「? ああ、まあ、少し訳ありのね」

 

確かにマグルのカメラを知っていて魔法製のカメラを知らないスリザリン生なんて後にも先にも俺ぐらいなものだ。不思議に思われても仕方ない。

 

「……あの、それじゃあ僕はもう行きますね」

 

少し控えめながらも、ハッキリとそういうと恐る恐る俺達から離れて行った。

 

「ああ、急いでたんだね。引き留めて悪かった。気を付けろよ」

 

そう言うと、今度こそ背を向けて走って行った。

 

「おい、良いのかい? そんなにあっさりと逃がしてしまって」

 

少し苦々しげに言うドラコだが、別にそこまで気にすることは無いと思う。しっかりと謝罪を受けたし珍しい物を見せてもらった。カメラ自体は何度か目にしたことはあったが、意識して見ると俺の知っている物と違っていて面白い。

 

「お前が叱ってくれたからもういいだろ」

 

「そうじゃなくてだな、こう、尊厳というか気品というか……。あんまり人がいいと舐められるぞ?」

 

ドラコの心配も、どうやら俺の思っていたものよりもズレていた。

 

「別に俺は名家ではないんだ。それに親切にしただけで舐められるなんてことはそうそうないぞ」

 

「君は名家でなくとも、僕等はそうなんだ。困るよ、しっかりして貰わなくちゃ。それに親切と甘いのは違う。どうも君はそこら辺をはき違えていそうで怖いよ」

 

溜め息と共に俺への愚痴を言われてしまい、少々反省する。

確かに俺は名家ではなくても周りがそうなのだ。ならば、しっかりと周りに合わせなくては。少々身勝手だったと反省しよう。

 

「まあ、何だ。すまなかった。お前らに対する配慮が足りなかったな」

 

「……まあ、分かったらいいさ。それに、君はその態度でも未だに舐められてはいないのだから杞憂かもしれないしね」

 

話はこれで終わりとばかりに少し歩調を早めるドラコ。それに付いていきながら、やはり配慮が足りなかったと反省する。

中庭に差し掛かると、急にドラコが立ち止まった。中庭にはポッターとウィーズリーが立ち話をしていた。近くの石段ではハーマイオニーが腰を掛けて本を読んでいる。

ハーマイオニーには確かに声をかけたいものだが、近くにポッター達がいるのではそう軽はずみに行動するのも考え物だ。今まさに威厳がどうとか指摘されたばかりではないか。

何もせずにそのまま通り過ぎようとすると、ポッターの方で何やら動きがあった。先ほどぶつかってきた少年だ。

 

「ハリー、元気? 僕、僕――コリン・クリービーっていいます」

 

クリービーはそう言うと、オズオズとポッターへと近づき話し始めた。

 

「あの、もし構わなかったら、写真を撮ってもいいですか? 僕、あなたに会ったことを証明したいんです」

 

戸惑いがちのポッターになおも近づき、熱く語り始めた。その変化をドラコが見逃すはずがなかった。素早くポッターの近くで、尚且つ視界に入らない位置に立つと耳を澄ませて会話を聞き始めた。

その様子が先ほど威厳がどうとか話していた人物とは思えず、思わず苦笑いしながらドラコのすぐ近くで同じように耳を澄ませる。

 

「あなたの友達に撮ってもらえるなら、僕とあなたが並んで立ってもいいですか? それから、写真にサインしてくれますか?」

 

「サイン入り写真!? ポッター、君はサイン入り写真を配っているのかい?」

 

からかいのネタとなる言葉を聞くや否や、待っていましたとばかりに大声を出して素早くクリービーの後ろに移動する。その際あたかも今通りかかりましたという雰囲気を出すあたり、ある意味だが威厳を感じる。最も、後ろで一部始終を見ていた先輩方は既にニヤニヤ笑いを抑えられていないが……。

ドラコが出て行ったのだから俺も、と少し遅れてドラコの近くへ移動する。

 

「みんな、並べよ! ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」

 

「僕はそんなことしないぞ。マルフォイ、黙れ!」

 

いつもの過激な口げんかが始まったところで、巻き添えを食らわないよう石段に座るハーマイオニーの方へ移動する。というより、ドラコと一緒に出てきたのも折角だからハーマイオニーに声をかけたかったからというのが大きい。他寮の生徒と話す機会というのは思いのほか少ないのだ。ハーマイオニーはロックハートの本を読んでいる真っ最中だった。

 

「よお、ハーマイオニー。それは勉強で読んでるのか? それとも娯楽?」

 

「あら、ジン? あなたもここにいたの?」

 

声をかけられてようやく本から顔を上げ、状況を確認する。ドラコ達の声は聞こえていた様だが、本に集中するあまり誰がその場にいるかなどは確認していなかったようだ。そういえば、いつもなら口げんかが始まった時点で無視をしろとポッター達に釘を刺しているはずだ。今日はそれがない。

 

「それ、そんなに面白いか?」

 

「あら、最高よ? あなたならこの面白さが分かると思っていたのだけれど……」

 

『バンパイアとばっちり船旅』を見ながら、少し悲しげに溜め息を吐く。どうやらあまり理解者がいないようだ。

 

「別につまらないとは言ってないさ。読み物としては十分面白い。教科書としては何とも言えないけど」

 

「そうかしら? でも彼って凄く素敵だと思わない? ほら、この本だって――」

 

いかに彼が素晴らしいか、勇敢かを嬉々として語るハーマイオニーに少し置いていけぼりにされる感覚を持ちながら何とか聞いていたのだが……

 

「今度ちょっとでも規則を破ってごらん!」

 

とドラコの甲高い声真似が聞こえてきて思わず俺が吹き出してしまったことで終わりを告げた。言っては何だが、少し似ていた。

思わず笑いながら俺が、会話を邪魔されて不機嫌にハーマイオニーが声をする方へと向いた。

 

「ポッター、ウィーズリーが君のサイン入り写真が欲しいってさ。彼の家一軒分よりもっと価値があるかもしれないな」

 

それを聞いて激怒したウィーズリーが杖――あまりにボロボロなので杖じゃないかもしれないが――を取り出してドラコに詰め寄った時、後ろからロックハートが現れた。ハーマイオニーは目ざとくそれに気が付き、本をパチンと閉じるとウィーズリー達に「気を付けて!」と囁いた。その顔が嬉しさ満点なのは見間違いではあるまい。

 

「一体何事かね? 一体どうしたのかね?」

 

ロックハートは大股でこちらに近づくと、少し演技かかった口調で話し始めた。

 

「サイン入りの写真を配っていたのは誰かな?」

 

そう言うが否や、口を開きかけたポッターを有無も言わさず自分の方に引き寄せると陽気な大声を響かせた。

 

「聞くまでもなかった! ハリー、また逢ったね!」

 

登場と同時に物凄い勢いで状況を(ポッターにとってだが)悪化させていくロックハートに堪えきれず、またも吹き出してしまう。流石にこの混沌とした状況に長居は無用と、ハーマイオニーに一言別れを告げ、人混みへと消えていくドラコの後を追った。後ろの方で「二人でサインしよう」という言葉にまた笑いの波が襲ってきた。

何とかドラコに追いつくと、ドラコも堪えきれずに笑っていた。二人で顔を合わせてお互いが笑いを堪えきれていないことが分かると、もう限界だった。二人して声を出して大笑いをした。

 

「見たかい、あのポッターの顔! 先生が来たと安心した瞬間、どん底に落とされた時の顔!」

 

「その先生も中々ギャグセンが高いもんだ! サインを嫌がるポッターに二人でサインしようだとさ。自信満々に何を仰る」

 

「そんなことを言っていたのかい? ああ、残念だ。あと少しでポッターのサイン入り写真が見れたというのに」

 

二人でひとしきり笑うと、少し落ち着いてようやく次の授業へと向かう。確か次は薬草学だ。笑いの余韻に浸りながら、授業の行われる温室へと向かった。

 

 

 

 

 

薬草学の授業はレイブンクローとの合同授業で行われた。マンドレイクの世話が内容だったが、クラッブとゴイルが倒れたお蔭で半分は授業を聞けずに終わった。

授業も終わり、夕食も食べ、談話室でドラコ、ブレーズと集まって話をしていた。すると、ドラコがわざとらしく咳払いをし、注目を集めた。

 

「そういえば、言っていなかったことがある。ジン、ブレーズ。君たちにビッグニュースだ」

 

「ああ、列車の中でも言っていたな」

 

すっかり忘れていた。もう一度咳払いをして、例のごとくもったいぶった話し方をする。

 

「さて、その前に君たちに質問だ……」

 

「その前にニュースが何かを教えろ」

 

「うるさいぞ、ブレーズ! 今話しているじゃないか!」

 

「もったいぶらずに教えろってことだよ」

 

「いいから質問を聞け! まったく……。さて、質問だ。明後日の昼、僕たちにとって重大なイベントがある。そうだな……。ジン、何があるか分かるかい?」

 

急に質問の的を俺に絞ってきた。何か裏があるのかと周りを見渡すと、全員がなんとなく思い当たる表情をしている。どうやら、ただ単に俺だけが何もわからない間抜け面だっただけの様だ。

 

「明後日だろ……? ……分からん、何かあったのか?」

 

「そんなことではいけないぞ、ジン!」

 

言葉とは裏腹に何処か嬉しそうに話すドラコ。ブレーズが後ろで溜め息を吐いているのは情報に疎い俺に対するものか嬉しそうなドラコに対するものか分からない。

 

「いいかい、明後日はクィディッチ選手の選抜試験だろう!」

 

そう言われて、去年にクィディッチの選手を目指す約束をしたのを思い出した。

 

「ビッグニュースってのはそのことか? それなら、俺以外はもう知ってたみたいだけど」

 

「甘いよ、ジン。僕が言いたいのはここからだ」

 

疑問をドラコにぶつけると、すかさず用意していたであろう言葉で俺の疑問に返事を返してきた。

すると、ブレーズが痺れを切らしてドラコに食いかかった。

 

「もう十分だ。随分と焦らされた。さっさとそのビッグニュースを教えてくれ」

 

「ここからが良い所なのに……。ハァ、分かったよ、随分とせっかちだな」

 

「誰のせいだ、誰の!」

 

ブレーズの苛立った様子に渋々とドラコがもったいぶった話し方を止めた。

 

「よし、単刀直入に言おう。君たちの競技用箒を僕の父上が一緒に用意してくれたんだ!」

 

「おい、マジかよそりゃ!」

 

ブレーズは一瞬前まで焦らされて苛立っていた様子が嘘のように一気にハイテンションになり、ドラコに問い詰めた。

 

「勿論。こんなことでは嘘を言う訳ないだろう」

 

「それで、機種は何だ? コメットの最新型か? それともまさか……」

 

何かを期待するように、含みを持った質問をドラコへとぶつけるブレーズ。それに対し、ドラコはニヤッと笑ってその期待へと答える。

 

「そのまさかさ! 先月出たばかりのニンバス2001、最新型さ!」

 

「おいおい、マジかよ! 最っ高だぜ、ドラコ!」

 

そう言って大笑いしながら抱き合う二人。正直ついていけない。

 

「どうしたんだ、ジン? あんま嬉しそうじゃないな?」

 

少し落ち着いたのか、椅子に座りなおすブレーズに聞かれた。

 

「いや、そんなことないさ」

 

慌てて否定の意を告げる。しかし、ドラコ達ほど嬉しいかと問われれば微妙だ。

 

「そんなにすごい箒なのか? ニンバスってのは」

 

「現存する箒の中でもトップクラスさ」

 

誤魔化す様にドラコに質問する。誇らしげに語るドラコの様子からその箒がトップの中でも一位、二位を争うレベルであることが覗える。

 

「そしてポッターの箒よりも優れたものなんだ!」

 

きっとドラコにとってこれが何よりも重要な要素なのだろう。

 

「という訳で、明日はその箒が届く。そして、そのまま選抜試験だ」

 

落ち着いたとはいえ、二人はまだ箒が届くという熱が冷めない。どんな試験が出るか、選手としては誰が上手いか等を夢中で話し合っている。俺は側で耳を傾けているだけだった。

嬉しそうに語り合っているが、俺は選手になれそうにない。去年の飛行訓練が上手くいかなかった訳ではない。むしろ初めてにしては上出来だった。筋がいい、ともマダム・フーチに褒められもした。しかし、クィディッチの選手になれるレベルには到底、達してはいないだろう。ドラコやブレーズの様にここに来る前から乗りこなしていたら可能性は十分あるだろうが、去年に初めて乗った俺には無いに等しい。

まあ、だからと言って何の対策もしなかった訳ではない。

 

「そうだ、君たちはどのポジションを狙っているんだ?」

 

思い出したかのようにドラコが聞いてくる。それに対し、ブレーズは待ってましたとばかりに答える。

 

「俺はキーパーだ。こう見えて、反射神経には自信があんだよ。お前は、聞くまでもなくシーカーだろ?」

 

「当然だ。ポッターに目に物を見せてやる」

 

「お前はそればっかだな」

 

胸を張るドラコにクスクス笑いながら言うと、質問の矛先はこっちに向いた。

 

「ジン、君が狙っているのはチェイサーかい?」

 

「いや、ビーター」

 

既に決めていた答えを返すと、少し意外そうな顔をされた。

 

「へえ、何故だい? チェイサーの方がやりがいありそうだが?」

 

「ああ、ビーターってポジション的に一番地味だしなぁ」

 

ブレーズも同じ様に不思議そうな顔をして俺を見る。

 

「一番、技術が要らないんだよビーターって。まあ上手い奴はそれなりに技術はあるが、素人で一番やりやすいのはビーターなんだ」

 

そう、調べて分かったのは俺が狙えるのはビーターだけだということだ。

チェイサーはパスやシュート、キーパーはシュートブロックや他のメンバーへの指示をする場合があるしシーカーは言わずともスニッチを捕まえるのには相当の飛行技術が必要だ。対し、ビーターは大げさに言ってしまえばブラッジャーを味方のいない方に打ち返すだけでいい。そしたら勝手に敵を襲ってくれる。

 

「まあ、何はともあれ三人ともポジションが被っていないんだ。思い切って試験ができる」

 

「ああ、そうだな」

 

満足げな二人を見て、とりあえず明日の試験は全力で挑もうと決めた。

 

 

 

試験は授業の終わった夕方、夕食前に行われる。

試験を控えた今日は、二人とも授業に身が入っていなかった。変身術の授業中、先生から注意を受けたのも一回や二回ではなかった。四回目にはマクゴナガル先生に医務室に行くかどうかを真剣に聞かれるドラコとブレーズがいた。

試験の時間はあっという間に訪れ、今はドラコから手渡された箒を手にグランドに立っている。俺ら以外に受ける人は数人で、全部で十人ほど。

試験は実技をやり、現レギュラーとの面接の後に結果報告。一人ずつやっていく。

実技はポジションごとに違っていて、ビーターはブラッジャーの打ち合い。飛んでくるブラッジャーを素早く、強く、正確に返すこと。ビーター志望は俺を含めて三人。時間ギリギリまでひたすらに打ち合っていた。

やれるだけのことはやったのだ。これで落ちたらしょうがない。

実技が終わって、面接へと移る。更衣室を少し改造してやるそうだ。面接はポジションが関係ないようで、適当に並んで一人ずつ受けていく。ブレーズは三人の中で一番初めで、その三人後に俺、ドラコは全体でも最後だった。

ブレーズの番になり、前の奴と入れ替わりに更衣室へと入っていく。前に入った奴はどうやら落ちた様だ。苛立った様子でスタスタと帰っていく。ここまで受かった様子の奴は一人もいない。全員、怒ったり苛立ったりして帰っていく。

しばらくして扉が開き、ブレーズが姿を現した。結果はやはりというか、落ちたようでふて腐れた顔で出てきた。

 

「最悪だぜ。受けない方が良かった」

 

こちらに来て吐き出すように言う。ただ落ちただけにしては随分と荒れている。

 

「何かあったのか?」

 

「……行きゃ分かる。俺は先に帰るぞ。胸糞悪い」

 

何か嫌な予感を感じながら、順番を待つ。よく見れば、出てくる奴は多少なりともブレーズと似たりよったりの様子だ。本当に何があるんだろうか。

考えているとあっさりと自分の番になり、入れ替わりに更衣室へと入っていく。更衣室の中は意外と広く、ロッカーは脇に寄せられていて長机の奥に先輩が六人、その前に椅子が一つ置いてあった。

 

「いいぞ、座りたまえ」

 

随分と気取った感じでキャプテンのマーカス・フリントが言ってくる。他の五人はニヤニヤ笑いをして俺を見る。とりあえず、警戒しながらも椅子に座る。俺が椅子に座ると、面接が開始された。

 

「君の実技を見たよ。まあまあと言ったところだね。しかし、君の強みが見つからないね」

 

事実である点、反論のしようがない。黙ったまま聞いている。

 

「どうだろうか? ここで君の強みというのをアピールしてくれないかい?」

 

「強みですか……」

 

「ああ、君の長所だ。君はチームにどのような貢献をしてくれるつもりだい?」

 

いわば自己紹介の様なものか。私の長所はこうでチームのために何をしますという。少し考えて、思いついたことを口にする。

 

「俺の長所は冷静なところですね。あと、視野が広いことでしょうか。どこに敵がいて、どこにブラッジャーを打てばいいかの判断ならそれなりに自信があります」

 

実際、実技中にブラッジャーを打ち返した回数なら俺が一番多いはずだ。箒の性能に頼った部分もあるが、これは長所として挙げても問題ないだろう。

 

「ふむ、それだけかい?」

 

即興にしては割としっかりとした意見だと思ったのだが、キャプテンには響かなかったようだ。あっさりと流すと、更に追及してくる。

 

「……ええ、それだけです」

 

残念ながら、他に思いつかない。手応え的にも落ちたと思うしこのまま終わりか。

 

「それでは、君の試験結果だね」

 

何故か満足そうにフリントが言う。気のせいか、他の五人も急にワクワクしだしたように見えた。

 

「君は失格だ」

 

まあ、予想通り。そのまま帰ろうとしたのだが、まだ話が続いた。

 

「君への講評を言おう。先輩からの有り難い言葉だ」

 

フリントがそう言うと、待ってましたとばかり右端のデカい奴が口を開いた。

 

「君は全然力がないね。何故、ビーターをやろうと思ったんだい?」

 

「……技術的に、一番向いていそうだったから」

 

「ほうほう、そうか」

 

右端の奴に反論すると、今度はその隣の奴が口を開いた。

 

「それじゃあ、君は僕達よりも断然上手い技術を持ってここに来たつもりなのか。レギュラーを奪いに来たんだ、自信満々だったんだろ?」

 

馬鹿にするような口調で言われ、ようやく気が付いた。

 

――ああ、これ、出来レースか

 

何のことは無い。最初から受かる奴はいないのだ。そもそも目の前に六人いる時点で、レギュラーに入れる可能性がある奴は一人ということだ。その一人も、既に決まっている可能性は大きい。

毎年試験があるということは、恒例行事だろうか? 伝統的な後輩いびりと言ったところだろう。だからブレーズはあんなに荒れていたのだ。そりゃ、張り切って試験を受けた後に、実は落ちることが最初から確定していたと言われたらああなる。何ともまあ、スリザリンらしいことで。

 

「おい、聞いているのか?」

 

何の反応もしない俺が癇に障ったのか、少しいらだった様子で誰かが俺に問い詰めた。

 

「ああ、はい、聞いていますよ、先輩の有り難いお言葉」

 

心にもないことを平然と言うと、舌打ちをして引き下がる。全く聞いていなかったが、ただの後輩いびりでは聞く価値もないだろう。聞き流して終わりを待つ。そんな様子が気に食わないのか、フリントがいやらしい笑顔で俺に言ってきた。

 

「いいのか、そんな舐めた態度で? 僕らは五年生。来年もこの試験の監督を務めるんだ」

 

暗に来年も試験に出たら落とすと脅された。これには何人か堪えたのだろうが、俺にとってはどうということは無い。

 

「では、来年もこのチームなんですね」

 

こちらもメンバーを変える気なんてないんだろ? と言ってやる。どうせ、クィディッチ以外では何もない奴らなのだろう、と心の中で毒づく。

 

「……もう君は終わりだ。さっさと出ていけ」

 

俺が考え事をしている間にあらかたの悪態は吐き終えていたのだろう。何を言っても無駄だと判断したフリントは追い出す様に手を振る。素直にそれに従って席を立ち、更衣室を出る。とんだ時間の無駄だった。

出ると、ドラコが期待半分、不安半分といった表情でこちらを見ていた。苦笑いをしながら、首を横に振ってダメだったと告げる。途端に、少し落ち込んだ表情を見せる。

 

「今回は厳しいかもな。来年も同じメンバーの様だし、本格的に狙えるのは四年からだな」

 

「そうなのかい? 毎年あるもんだから、簡単に空きがでるのかと思っていたんだが……」

 

「そう甘くはなさそうだ」

 

「……ブレーズも落ちた。残るは僕だけか」

 

そう言うドラコに出来レースであることを告げようとしたのだが

 

「父上に協力までしてもらったんだ。何もなしに引き下がれない。絶対にレギュラー陣に僕のことを認めさせてやる」

 

と息巻く様子に下手に忠告することを躊躇った。それでも、何とか警告じみたことは言おうとしたのだが

 

「安心してくれ、ジン。僕が受かったら、次は君たちを優先的に入れるよ! さあ、先に帰っていてくれ」

 

期待に満ちた顔をされて、結局何も言えずじまいだった。どうやら俺は純粋な顔というのに弱いらしい。壊すのをどうしても躊躇ってしまう。

そのままズコズコと引き換えし、寮の談話室へと向かう。談話室には既にブレーズの愚痴にパンジーとダフネが付き合っていた。ブレーズは俺に気付くと、近くの椅子に手招きした。

 

「よう、どうだった……って聞くのも野暮か」

 

「まあな。見事な出来レースだった」

 

椅子に座ると、分かりきった感じで質問された。俺も肩をすくめながら返事をする。

 

「あら、ジンまでそういうってことは本当に酷かったのね」

 

ダフネが意外そうに呟いたのを、ブレーズはすかさず突っ込む。

 

「さっきから言ってんだろ? 出来レースもいいとこだって。実技が終わって顔を合わせりゃ『失格』の言葉と悪態の応酬だ。試験なんて大層なもんじゃねえよ」

 

「間違ってないな」

 

「これが全てだよ」

 

相当頭に来ていたのだろう。俺の同意も物足りんと訂正する。一体、何を言われたのか。疑問に思っていると、パンジーが耳打ちしてきた。

 

「ブレーズ、『君は格好つけたくて受けたんだね? 残念、君は失格だ』って件が相当ムカついてるんだって」

 

「おい聞こえてるぞ、パンジー。その話はもうすんな!」

 

ブレーズはパンジーを睨みながら威圧してから、紅茶を一口飲んでため息を吐いた。そしておもむろに

 

「ドラコも、あの様子じゃ失格かねぇ」

 

と呟くと、今度はパンジーが食い付く。

 

「ちょっと、まだ結果は分からないじゃない! 」

 

「何だよ? 話、聞いてたか? 出来レースだったんだよ」

 

「それでも受かるかもしれないでしょ、あんたと違って!」

 

「……お前、馬鹿だろ」

 

「何よ、関係ないじゃない! この格好つけ!」

 

「んだと、テメェ。やんのか?」

 

「おい、もう止めろ。結果はドラコが来たら分かるだろ。それとパンジー、俺達は一応だが試験に落ちたばっかだ。そう傷をえぐる様なことは言わないでくれ」

 

本格的に口喧嘩を始めた二人の止めに入る。少しブレーズに肩を持ってしまうのは同じ被害者として仕方ないだろう。

 

「でも……」

 

「ほら、パンジー。ドラコが落ちたら慰めるんでしょ? そんなにピリピリしてたら難しいわよ?」

 

未だ納得がいかないというパンジーにダフネがフォローをする。何とも言えない雰囲気が場に広がる。すると、それをぶち壊すかのように談話室の扉が開き

 

「ここにいたか、皆!」

 

上機嫌なドラコが入ってきた。

 

「……おい、どうしたんだ、お前?」

 

あの試験の後に上機嫌なのはどう考えておかしい。そう思ったのかブレーズが探る様にドラコに質問した。すると、ドラコは

 

「受かったんだ、試験に! 僕が新しいシーカーだ!」

 

上機嫌にそう言った。一瞬、状況が把握できなくて固まる。全員そうだったようだ。だが、パンジーがいち早く硬直が解けると

 

「やった、流石ドラコ! 試験合格、おめでとう!」

 

と嬉しそうにドラコに飛びついた。続いて硬直の溶けたダフネが

 

「それじゃあ、お祝いでもしましょうか? クッキーなら、家から送られたのがあったはずよ」

 

と、祝福する雰囲気を作っていった。あの試験を知っている分、混乱が少し酷かった俺も何とか状況を理解する。

要するに、足りなかった一人がシーカーだったのだろう。そしてドラコが受かった。それだけだ。そう決めて同じようにドラコを祝福しようとしたのだが

 

「……ああ、そうか。テメェもグルか、ドラコ」

 

ブレーズが吐いた冷たい言葉が雰囲気をぶち壊した。

 

 

 

 




忙しい方が筆が進む。何なんでしょうかね、これ。
春休み中に書けるところまで一気に書こうと思います。


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更なる火種

切のいいところ見当たらず、長いものになってしまいました。


「テメェもグルだったんだな、ドラコ?」

 

もう一度確認するように、ドラコに睨みを効かせながらブレーズが詰め寄る。

対し、ドラコは本当に困惑しているようでドモりながらもブレーズに聞き返す。

 

「僕が、グル? 一体、何のことだい? 確かに、僕だけが受かったけど、君が落ちたことには僕は何の関係もないじゃないか? ポジションだって被っていなかったんだ」

 

「ばっくれんなよ、出来レースの黒幕が」

 

「出来レース? 何のことだい?」

 

いよいよブレーズの言っていることが分からなくなり、困ったようにドラコがこちらを見る。その様子から本当に出来レースには関係が無いようだ。ブレーズもそれは分かっているはずだ。ただ、ドラコが受かったことに何か裏を感じずにはいられないのだろう。

 

「俺達は最初から落ちることが決まってたんだ、ドラコ」

 

状況を説明してやろうと口を挟む。ドラコも何とかこちらの話に耳を傾ける。

 

「面接で入るや否や失格と言われて、その後に散々悪態を吐かれたんだ」

 

「いや、でも、僕にはそんなことなかったし……」

 

「だからグルだろって言ってんだ!」

 

説明の途中だが、ブレーズは堪える様子もなくドラコに吠える。流石にドラコも頭に来たのか、ブレーズと向き合い、怒鳴り合う。

 

「だから知らないと言っているだろ! 何だ? 自分は落ちたからって僻んでいるのか?」

 

「あ? 卑怯な手を使ってクィディッチに参加するような奴に言われたくねぇよ」

 

「何が卑怯だっていうんだ! 試験に受かっただけだろ!?」

 

「どうだかな。ああ、クソ、胸糞わりぃ!」

 

そう叫ぶとブレーズは自室に籠ってしまった。

ブレーズがいなくなると、途端に静かになった。ドラコは敵意で目を燃やしており、その様子に流石のパンジーも声をかけられなかった。ダフネはブレーズを追うか、ここに残るかで迷っているようでチラチラとブレーズの出て行ったドアとドラコ達を見ている。

 

「……ジン、君もブレーズと同じ意見かい?」

 

ドラコは未だ収まらぬ敵意の矛先を、祝福の言葉をかけ損ねた俺へと向けてきた。静かに、しかし何かを抑えるようにして聞いてきた。

 

「俺はお前が出来レースに関与していたとも、試験で卑怯な手を使ったとも思わないさ。ただ……」

 

「ただ?」

 

下手なことは言えない。しかし、それ以上に嘘は吐けない。なるべく冷静に、穏やかに話す。

 

「お前の意図しないところで、何かあっても不思議じゃない。それほど酷かったんだ、あの試験は。受かった奴がグルだと思われても仕方がないほどに」

 

「……そうか」

 

少し冷静になったのか、ドラコは敵意を収め静かに俯く。落ち込んでいるのだろうか? 祝福されると思っていた出来事で、何故か親友と仲違いをしてしまったのだから。

 

「……君達も僕がクィディッチの選手になるのに反対かい?」

 

やや自信なさげにこの場に残った俺達に尋ねる。本当にブレーズの言葉が効いているのだろう。先ほどの荒々しさは何処にもなく、今にも消えてしまいそうな印象を受ける。

 

「そ、そんな訳ないじゃん! ドラコは試験に受かったんだよ!? 何で反対するの?」

 

パンジーが慌ててドラコを励ますように言う。単純な言葉はよく状況を理解していないことを告げているが、本心から出たその言葉は多少なりともドラコを前向きにしたようだ。顔を上げ、ようやく俺達の顔を伺いはじめた。

 

「私も祝福こそすれど、反対なんてしないわ。何はともあれ選手になったんですもの。応援するわよ」

 

ダフネの言葉を後押しに、ドラコは俺を真っ直ぐに見つめる。期待と不安の混ざった様な、何か焦がれるような表情で俺を見る。今のドラコには、二人の言葉よりも俺の言葉が欲しいのだろう。

 

「俺も反対なんてしない。選手になったことを純粋に祝福するよ」

 

そう小さく笑いかけながら、安心させるように言う。

 

「……自分は落ちたのに?」

 

「ああ」

 

「卑怯な手を使ったかもしれないのに、それでもかい?」

 

「ああ、それでもだ」

 

「どうして?」

 

複雑そうにしながら聞いてくる。俺の言葉を信じたい。でも疑わしい。そう言っている。

 

「なりたかったんだろ、クィディッチ選手?」

 

反対しない理由など、俺としてはこれに限る。

一年からずっと側で箒に乗る選手たちを羨ましそうに眺めるのを見てきた。クィディッチへの意気込みを、情熱を、期待をずっと聞いてきた。そしてそれはホグワーツに来る前から溜め込んできた思いであることが伝わってきた。そんな俺が反対などできるはずがない。

俺の言葉に、無言で頷くのを見て言葉を続ける。

 

「なら良いじゃないか。多少卑怯な所があったとしても問題ない。あんなチームだしな、それぐらいがむしろ丁度いい。それに俺はどうしてもクィディッチ選手になりたかった訳じゃない」

 

「……じゃあ何故、試験を受けたんだい?」

 

「まあ、お前らとやるなら悪くないって思っただけだ」

 

これも本心。クィディッチをやりたくなかった訳ではないが、ドラコ達がいなくてもやりたいかと聞かれると答えはNOだ。

 

「……君らしいね」

 

ようやく笑みらしきものを小さくもらした。それだけでパンジー達も安心したのか一気に場の雰囲気が柔らかくなる。ホッと息をついて肩の力を抜くダフネが見られた。

 

「……でも、ブレーズもなりたかったんだろうなぁ」

 

ドラコが小さく呟いた。どうやらブレーズに対して思う所もあるらしい。

 

「まあ、あの様子じゃそうだろうな。案外、イラついていただけかもしれないが」

 

曖昧に頷くと、ドラコが首を横に振って否定してきた。

 

「君には分からないかもしれないけれど、クィディッチ選手って言うのは、誰しも一度は憧れる物なんだ。……ブレーズの気持ちも少しわかる。逆の立場なら、僕もきっとああなっていた」

 

もうすっかり敵意は無くなったようで、ドラコの口からブレーズを気遣う言葉が出てくる。もう大丈夫だろう。ようやく俺も安心して紅茶でも取りに立ち上がった。すると、後ろからドラコが声をかけてきた。

 

「……僕は、どうすればいいのかな? このままクィディッチをやってもいいのだろうか? 何か、裏であったかもしれないのに」

 

ブレーズとの仲を気にしての言葉だろう。クィディッチをするにあたって、裏で何もなければドラコはブレーズの非礼を水に流すだけでいい。しかし、裏で何かあったのなら仲直りはブレーズ次第になる。

 

「気にするなよ。ブレーズもそこまでガキじゃないだろ」

 

設置されているポットの紅茶をカップに注ぎながら答える。

 

「どうしても気になるなら、試合でお前の実力を見せればいいじゃないか。卑怯な手を使わなくても試験に受かる実力があるんだって、見せつけてやれよ」

 

紅茶の入ったカップを持ちながら、未だにモヤモヤしているドラコの最後の後押しをする。

 

「……そうだね、そうしよう」

 

自分なりの答えは出たのだろう。心なしかスッキリした面持ちをしている。話もこれで終わり、ドラコは自室へと戻っていった。パンジーも一緒に談話室を出ていき、残ったのは俺とダフネだけとなった。

しばらくは俺の紅茶をすする音しかなかったが、不意にダフネが口を開いた。

 

「ブレーズ、大丈夫かしらね……」

 

「ブレーズ? 何を心配してんだ?」

 

「ドラコに謝れるかどうかよ」

 

そう言って、ダフネも机に置いてある自分の冷めきった紅茶を飲んだ。

 

「ブレーズもプライドが高いから。あれだけの剣幕で怒鳴ったんだもの。そうそう頭を下げるなんてしないと思うわ」

 

ダフネの心配ももっともだ。でも俺はそこまで心配していない。

 

「時間と、ちょっとしたきっかけがあれば大丈夫だろ。去年の俺とドラコの仲違いだって、ちょっとした事で終わったんだ」

 

「……そういえばそうだったわね。すっかり忘れていたわ」

 

過去に似たような実例があって安心したのか、あっさりと引き下がる。

 

「まあ、それでも少し心配だから私はブレーズに構いっきりになるかしらね。ドラコにはパンジーとペット二匹がいるし、大丈夫でしょ」

 

そういうと、空になったカップを持って席を立つ。思えば去年の仲違いの時には随分と気を使ってもらったものだ。きっと俺の知らないところでこういった気遣いがあってこその仲直りだったのだろう。

 

「俺はなるべく普段通りに接するようにしよう。二人とも同じように」

 

「そうして頂戴。さて、今回の仲直りにはどれくらいかかるかしらね……」

 

「俺の時は二週間ちょいだろ? なら、一週間ぐらいだと思うがな」

 

「そう? 私は一ヶ月近くかかると思うわよ」

 

「そんなにか?」

 

「ええ、プライドが高い者同士だもの。それじゃ、お休み。私は寝るわ」

 

「ああ、お休み」

 

カップも片付け終わり、自室に戻るようだ。俺も席を立ち、扉の方へ向かう。明日から少し気を張る日々が続きそうだ。

 

 

 

翌日から、ドラコとブレーズは全く口をきかなかった。二人が同じ場所にいれば険悪、とまではいかないものの居心地の悪い雰囲気が場を満たした。互いに一歩も引く気配が見られないところ、ダフネの言った通り元通りには少しばかり時間が掛かりそうな気がする。それでも、切欠さえあれば何とかなると心の何処かで思っていた。

その切欠となりそうなシチュエーションがあった。ロックハートの授業だ。喧嘩した次の日の時間割は初めての「闇の魔術に対する防衛術」の授業があった。小説を教材に行う授業というのに少しばかりの興味を持ちながら出た授業だが、失望の連続だった。

少し遅れて教室に入るとブレーズとダフネが右端に、ドラコとパンジー達は左端に席を取っていた。俺はその二つが視界に入る中央の一番後ろを陣取って授業が始まった。

ロックハートは前に出ると大きく咳払いをし注目を集めると、一番前に座っていた奴の本を手に取って全員に見せるように掲げた。

 

「私だ」

 

その本についている写真と同じようにウインクをして自己紹介を始めた。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞――もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」

 

冗談のつもりで言ったのだろうが、全く面白くなかった。沈黙が場を満たすと、ロックハートは気を取り直すかのようにまた咳払いをしてプリントを配り始めた。

 

「今日は最初にちょっとしたミニテストをやろうと思います。心配はご無用。君たちがどのぐらい私の本を読んでいるか、どのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね。時間は三十分です。それでは、はじめ!」

 

いきなり始められたテストに戸惑いつつ、問題を読む。

 

1、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?

2、ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?

3.現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?

 

授業を舐めているとしか思えない。そして何問か答えが分かる自分に嫌気がさす。

白紙はまずいだろうと思い、二、三問だけ答えを書き後は眠りにつく。大半の人が俺と同じようで、残り十分になれば誰一人羽ペンを握ってはいなかった。三十分経ち、ロックハートが答案を回収してパラパラと捲りながらダメ出しをしていく。

 

「ダメですね、全部を埋めている人が一人もいません。もっと私の作品を読むべき人が多いようだ。――おやおや、私の好きな色がライラック色だと知っているのは一人だけですか?」

 

やべぇ、俺だ……。

何か言われるのかと、一瞬だけヒヤリとしたがそのままスルーしてパラパラと答案をめくり続ける。ホッと一息ついたが、直ぐにそれも潰された。

 

「ふむ……。他にも誰も正しい回答を書けていない様だ。おやおや、まさか、これは――」

 

ロックハートの顔が失望で染まっていく。テストの出来が悪いことなど分かり切っているが、それがそんなにショックな出来事なのだろうか? そう思っていたが、それが甘かった。

 

「たった一人を除いて、全員が0点とは! 本当に私の本を読んだんですか!? こんなクラス、他にありませんでしたよ?」

 

俺以外の全員が0だと! そう心の中で叫んだ。目立たぬようにとやったことが裏目に出るとは思ってもいなかった。

 

「全く、それでは、本のおさらいからやらなくてはなりませんね。では、助手を一人……」

 

そう言って周りを見渡すロックハートに嫌な予感を感じた。

 

「ミスター・エトウ! 前に出てきてもらえますか?」

 

やはり、と言うべきか唯一の点数を取った生徒である俺を指名してきた。拒否をするわけにもいかず、大人しく前に出る。他の奴等も、一体何が始まるのかとニヤニヤしながら前に出てきた俺とロックハートを眺める。

俺が前に出るとロックハートはおもむろに杖を懐から出し、演技かかった口調で話し始めた。

 

「それでは皆さん、私の書いた『狼男と大いなる山歩き』は持っていますね? 大変よろしい。では、それの148ページを開いてください。そう、私と狼男の2度目の決闘です。そのシーンを、この勇敢なる助手と共に再現していきましょう!」

 

ほとんどの者が何をやるかを理解した様だ。クスクスという笑いが出てきた。意地の悪い笑みを浮かべる者も、見間違いでないのなら明らかに増えた。

 

「それでは、君には狼男をやっていただこう。いいかい、まずはオオカミの様に荒々しく吠えて。ほら、早く」

 

一体、何が悲しくてクラスメイト全員の前でオオカミの真似なんぞしなくてはならないのだろうか。やる気など出るはずもなく、適当にボソッと

 

「……ワン」

 

と呟いた。何人かはこれがツボに入った様で吹き出すのが見えた。ロックハートはこれがお気に召さなかったのか、違う違うと言う様に首を横に振りながら俺に指摘をしてきた。

 

「もっと荒々しく。腹の底から声を出す様に、ガーッと吠えなさい。これでは授業が進みませんよ? ほら、もう一度」

 

「……ガァァァァァァァァァ!」

 

やけっぱちになり荒々しく叫ぶ。途端に、はやし立てるように笑い声、口笛、拍手が起きた。それのどれもが賞賛なんてものでなく嘲笑を含む人を小馬鹿にしたものだった。それに気が付かないのか、ロックハートは途端に上機嫌になり演技を進めていく。

 

「そう、まさしくこの様な凶暴な狼男が山を歩く私を襲ってきました! そこで、私狼男の気をそらすために杖から光を飛ばし、横を向いた狼男に対しすかさず『吹き飛ばしの呪文』を唱えたのです。さあ、ほら、後ろに倒れこんで!」

 

もうどうにでもなれ。そう思い、床に寝そべる。そしたらまたもロックハートの指摘が入った。

 

「違う違う! もっとダイナミックに。さっきの勢いはどうしましたか? ほら、もう一度。今度は思いっきりのけぞって倒れて」

 

倒れることにダイナミックも何もあったもんじゃない。立ち上がってもう一度、同じように寝そべってやる気のなさを主張する。しかし、ロックハートには全く伝わらなかったようだ。

 

「いけませんね、それでは……。そうだ、私が魔法でそのシーンを再現しましょう! 狼男がどのようにして倒れたかを」

 

魔法を使う、と聞いた途端にまたクラスが盛り上がり始めた。面白い物見たさにロックハートと俺をはやし立てる。それを聞いてまたも上機嫌になったロックハートは意気揚々と俺に向かって言う。

 

「ほら、もう一度立って。大丈夫、痛くありませんよ。ちょっと魔法で君を浮かし、落とすだけですからね」

 

それぐらいなら、と渋々と立ち上がってロックハートと向き合う。ロックハートは意気揚々と杖を振りかざし、大きな声で話し始めた。

 

「哀れにも私と向かい合った狼男は私の呪文にかかるとこのようにして宙に浮かび――」

 

そう言うと勢いよく俺に向かって杖を振りおろし、その瞬間――

 

バーーーンというデカい音と共に浮遊感と視界の反転を感じた。

何が起こったか分からないまま、急に目の前に広がる見覚えのない床を眺めていた。その内、床はグングンと離れていき、そしてドコッと言う鈍い音と共に背中に激痛を感じた。あまりの痛みに口からは声も出ず、身動きは一切取れなかった。

一瞬の沈黙の後、何人もが大声で口々に喚くのが聞こえた。少しだけ痛みが和らぎ周りへと意識を向けられるようになったので、聞こえてくる声を頼りに状況を分析してみる。

どうやら俺は相当の高さまで飛ばされ、そのまま落ちた様だ。さっき床だと思っていたのは天井だったようだ。多くの者が口々にロックハートを批判している。ロックハートからしてみれば、先程まで味方だった生徒たちが手のひらを返したように敵になったように見えているのだろう。オロオロと戸惑い、助けを求める様に周囲を見渡す。最初から味方など一人もいないこの状況で、助けなどあるはずないのに。

その様子のお蔭で、俺の怒りのボルテージは少しだけ下がっていった。少なくとも直ぐに起き上って掴み掛らないで済む程度には、だ。いつまでも寝そべっている訳にはいかないので、何とか立ち上がる。途端に批判は止まり、全員の視線が俺に集中する。

ロックハートは批判が止んで安心したのか、少し表情を崩しにこやかに俺に話しかけてきた。

 

「あー、どうですか、その、狼男の体験は? 体は、大丈夫ですかね?」

 

開口一番にそれ。謝罪などあったものではない。みるみる内に上がってくる怒りのボルテージを何とか抑えつつ、無言で頷き席に戻ろうとする。しかし、それでは終わらないのがロックハートだった。

 

「ええ、まあ、それでは大丈夫の様なので続きを――」

 

その言葉にとうとう怒りのボルテージが限界を振り切った。

ローブから杖を取り出すと、話も終わらぬ内に怒りのままに呪文を唱える。

 

「エクスペリアームズ(武器よ去れ)!」

 

杖から出た目も眩むような特大の閃光は相手の杖を奪うだけには収まらず、そのままロックハートを遠く離れた後ろの壁まで吹き飛ばした。一発で魔法が成功したとか、初めての防衛術の使用などの感動は無かった。ただただ、ロックハートへの苛立ちを伴う怒りだけがあった。

教室は一瞬、シーンと沈黙が制したが壁に衝突して無様に転げ倒れるロックハートを見て歓声が上がった。歓声をバックに意識があるかどうかを見ようと机や装飾などをまき散らして倒れるロックハートに近づくと、真に残念だが元気だった。

 

「いやぁ、ハッハッハ! 見事な防衛術でしたね! しかし、何をするか見え見えでしたよ。私がその気になれば……」

 

ロックハートは立ち上がり、得意の笑顔を振りまいて話し始めたが俺の顔を見て口を閉じた。今の俺は余程に酷い表情をしているようだ。正直、有り難い。流石に「失神呪文」は練習なしで成功する気がしない。

 

「ええっと、それでは、今日はこれぐらいにしましょう。少し早いですが、解散です!」

 

そう言うと、逃げるようにして奥の部屋へと引っ込んでいった。そこでもまた歓声が上がった。

その日のクラスメイトの話題は俺への賞賛とロックハートへの嘲笑で持ちきりだった。普段だったらここでドラコとブレーズが嬉しそうに駆け寄ってくれるのだが、こちらに来たのはダフネだけだった。

 

「お疲れ様。大変だったわね」

 

「そう思うなら、止めてくれても良かっただろ」

 

「あら、どちらのことかしら? 素直に前に出るあなたを? それとも目立ちたがり屋なロックハートを?」

 

クスクス笑いながらからかってくるダフネに溜め息を吐きつつ、話を本題に移す。

 

「なあ、ブレーズの様子は? お前が一緒ならこっちに来ると思ったんだが……」

 

「私もそう思ったんだけどね……。誘っても『ドラコがいるんだろ?』の一点張りで……」

 

どうやら状況は思っていたよりもよろしくないようだ。ロックハートの授業もきっかけになればとも思ったのだが、そうは甘くない。しかし、ダフネはそこまで気落ちしていない。

 

「きっかけならまだあるわよ。情報に疎いあなたなら、まだ知らないでしょうけど」

 

ドラコもダフネも、俺が世間に疎いと思っている様だ。実際そうだから何とも言えないが。

 

「何だそのきっかけって?」

 

「明日の朝はクィディッチの練習があるのよ。今朝、マーカス・フリントがスネイプ先生にドラコの特訓のために許可を求めていたわ。十中八九、承諾が得られるはずだからブレーズも連れて行こうと思うの。勿論、ドラコには内緒でね」

 

その提案は確かに魅力的だった。飛行訓練ではポッターがダントツ一位であったため他はあまり目立たなかったが、ドラコも飛行は上手かった。少し贔屓目があるかもしれないが、クィディッチ選手としては十分にやっていけるレベルであると思っている。そんなドラコの一生懸命に練習している様子を見たら、きっとブレーズも考えが変わるだろう。

 

「そうか、なら俺も行こうか。パンジーも誘って、四人で行くか?」

 

「いいわね、それ。じゃあ、明日の朝にブレーズを連れて門の前まで来て頂戴。ブレーズには話を通しておくから、連れてくるだけでいいわ」

 

そう言うと、上機嫌に去って行った。俺もこれで少しはこの状況が良くなるかもしれないと少し浮かれ気味で次の授業へと向かった。

 

 

 

 

 

土曜日の朝になって、朝食もそこそこにドラコは箒を持って競技場へと向かっていた。

ドラコはクィディッチを止めるつもりはない。ジンからも言われたが、試験に受かるだけの実力はあると自負している。しかし、ブレーズの言う通り裏で何かがあったであろうことも分かっていた。ドラコの家はかなりの名家だ。こういった場合に周りから妙な気遣いや遠慮の様なものが行われてきた。今回もそれに相当するだろう、と。

しかし、それでも――いや、だからこそクィディッチ選手を辞めたくはない。ここで辞めることは逃げだ。それこそ、家柄だけが取り柄の人間になってしまう。クィディッチで実力を示すことこそが周りの人間を納得させ、ひいてはブレーズと和解をする一番の方法だと考えている。

そう決心しての行動であったが、練習初日から出鼻を挫かれることとなった。少し早めに門へと着いた。そこには既に他のメンバーが全員そろっており、最後に来たドラコをにこやかに迎い入れた。――全員が手にニンバス2001を持って。

 

「やあ、集合時間にはまだ余裕があるんだが全員そろってしまったようだね。それでは、競技場へと行こうじゃないか」

 

マーカス・フリントはそう言い、ドラコの肩を組むと上機嫌に歩き出した。背の高いフリントに引きずられるようなりながら、周りを確認する。他のメンバーの様子もフリントと大して変わらない。全員がその手にある箒を眺めながら上機嫌に歩いている。

 

「……その箒は、父上の贈り物かな?」

 

答えなど分かり切っているが、精一杯の笑顔と共に質問する。

 

「ああ、そうさ。君のお父上が我々の勝利にささやかながら協力をしたいと仰ってね。何と、人数分のニンバス2001を贈ってくださった。まったく、ささやかだなんてとんでもない! 君のお蔭で、今年の優勝は間違いなしだ!」

 

フリントはそう予想通りの答えを述べる。

遠慮だなんてとんでもなかった。ブレーズの言ったことには、何一つ間違いなどなかったのだ。

ドラコは予想以上に自分が厳しい状況にあることを今更ながら悟った。ここで本当にチームのシーカーを担うだけの実力が無ければブレーズとの仲は絶望的とも言えるだろう。もう後に引けない。先ほど以上に気合を入れて、ドラコは競技場へと向かった。

後から四人が来ることを知らずに……。

 

 

 

 

 

朝食を終えると、約束通りブレーズを連れて門の前まで来た。既にパンジーとダフネの二人は到着していた。

 

「あら、案外早かったわね。ブレーズはもう少し粘ると思ったのだけど」

 

ブレーズを見るや、ダフネは少しほっとした様な表情で言った。

それに対し、ブレーズは少し肩をすくめ黙って歩き始める。

 

「あれでも結構、ドラコのことを気にしているんだろ。今朝も何も言わずについてきたし」

 

俺がブレーズに聞こえないよう囁くと、パンジーはどこか嬉しそうにブレーズの後を追いかけ何か話しかけに行った。内容までは俺とダフネのいる場所では聞こえないが、以前の様な険悪な雰囲気は感じずブレーズも顔をしかめながらもしっかりと返事をしているのを見て少し緊張を解いた。予想以上に良い雰囲気で練習場に向かうことができ、自然と頬も緩んできた。

 

「上手くいきそうね」

 

「ああ。これで仲直りができればいいんだが」

 

ダフネと軽く会話を済まし、後は成り行きに任せるだけで大丈夫そうだ、などと安堵に近い感情を抱きつつブレーズとパンジーの後を付いて行った。

四人ならんで競技場まで行くと、ドラコ達が見えた。まだ競技場に入っていない所を見ると、これから練習を始めるところなのだろう。

いいタイミングだ、と思いつつ競技場へと足を速めるが様子がおかしいことに気が付いた。

 

「どうやら、グリフィンドールのチームも来てるみたいだな」

 

少し離れたこの位置まで、争うような声が聞こえてきた。様子見のため、四人で少し離れた所で耳を澄まし会話を聞くことに専念した。

 

「ここは僕が予約したんだ!」

 

グリフィンドールのキャプテンだろう。フリントに向かって怒鳴り散らしていた。対し、フリントは飄々とした態度で全く気にもしていない様だった。

 

「こっちにはスネイプ先生の特別にサインしてくれたメモがあるぞ。『私、スネイプ教授は、本日のクィディッチ競技場において新人シーカーを教育する必要があるため、スリザリンチームが練習することを許可する』」

 

「新しいシーカー? どこにいるんだ?」

 

そうグリフィンドールのキャプテンが問い詰めると、ドラコが両者の前に出た。

 

「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」

 

顔が見えないが、何処か聞き覚えのある声がそう言うとフリントは得意げな声が聞こえた。

 

「ドラコの父親を出すとは、偶然の一致だな。その方がスリザリンチームにくださった有り難い贈り物をみせてやろうじゃないか」

 

そう言うと、スリザリンチーム全員が持っている箒を大きく掲げた。

 

「あ゛?」

 

箒を見た瞬間、今まで黙っていたブレーズから不機嫌な声が出た。一体なんだ、と目を凝らしてよく見てようやく事態が呑み込めた。

スリザリンチームの持っている箒が、全員同じものなのだ。そう、俺達がドラコからもらった箒と同じ、ニンバス2001。

 

「最新型だ。先月出たばかりの」

 

そうフリントが自慢する声が聞こえる。ブレーズはその様子を見て、ひとり納得したように頷き来た道を引き返し始めた。

 

「ちょっと、どうしたのよ!?」

 

いきなり帰ろうとするブレーズに、慌ててパンジーが静止をかけるがブレーズは冷たく返事をした。

 

「別に。期待した俺が馬鹿だったってだけだよ」

 

何処か残念そうにも聞こえる声色だったが、止まる様子もない。

 

「なあ、せめて練習だけでも見て行こうぜ? 帰るのはまだ早いだろ?」

 

何とか引き留めようと俺も声をかけるが、効果は無い。

 

「俺が間違ってなかったって分かっただけでもう十分だ」

 

舌打ちと共に繰り出された返事には取り付く島もないことを十分に示していた。

 

「ねえ、何で帰るのよ!?」

 

納得できていないパンジーがなおもブレーズを止めようとするが、

 

「ジンにでも聞け」

 

とだけ言うと、今度こそ帰って行った。

取り残された俺達はしばらく沈黙していたが、直ぐにパンジーが俺に食って掛かった。

 

「ねえ、どういうことよ! 何でいきなりアイツは帰るとか言い始めたわけ?」

 

どう説明するか迷っていたが、ダフネが代わりに説明し始めた。

 

「ドラコがチームに入ったのは、あの箒が原因だったってことよ」

 

「どういうこと?」

 

「選手の人数分の高級箒を賄賂に、ドラコがチームに入ったってことよ」

 

ダフネの説明に、パンジーは信じられないとばかりに目を見開きドラコと俺達を交互に見る。

 

「……嘘でしょ? ドラコはそんなことしないわ」

 

そう言うパンジーが見ていられず、直ぐにフォローをする。

 

「勿論、ドラコがそれに関与していたとは思えない。あの試験の後の喜び様から、全く知らなかったんだろ」

 

そう言うと、いくらか落ち着いたのかパンジーが期待を込めた様に話し始めた。

 

「じゃあ、ブレーズにも説明すればいいんじゃない? ドラコは絶対に賄賂に関与してないって」

 

「多分、ブレーズは知っているわよ」

 

溜め息と共にダフネが返事をする。

 

「じゃあ、何であんなに怒ってたのよ?」

 

全く理解ができない、と言った感じでパンジーが問い詰めてくる。

ブレーズが怒っていた理由、と言うよりも怒っているように見えた理由は十中八九、嫉妬であろう。ブレーズ自身、ドラコが実力で選手権を勝ち取ったのであれば諦めるつもりだったはずだ。しかし、実際は家柄と金による買い取りの様な物。どうしても納得がいかなかったのだろう。

どう説明するか悩んでいたら、ダフネが俺の肩を軽く叩き前へ出た。任せろ、と言うことなのだろう。

 

「ブレーズは理由がどうあれ、ドラコが実力以外でチームに入ったのが許せなかったのよ」

 

「でも、ドラコが関与してないのは知っているんでしょ? なら、どうして許せないなんてことになるの?」

 

「ブレーズもクィディッチがやりたかったのよ」

 

「それだけの理由で?」

 

そう言われると、ダフネは少し考えるようにしてから口を開いた。

 

「パンジーも、もし私があなたの知らない所でドラコとデートしていたら嫌でしょ?」

 

そう言われると、見る見るうちにパンジーの勢いがなくなった。想像してしまったのだろうか。少し涙目になってしまった。しかし、それでも少しばかりの反論がしたいのかパンジーはダフネに聞いた。

 

「……でも、ダフネはそんなことしないでしょ?」

 

ダフネは少し困ったように笑いながら返事をした。

 

「ブレーズも、ドラコに対してそう思っていたみたい」

 

これが決定的になり、パンジーは何も言わなくなった。ドラコをかばい切れないのも相当にショックなのだろう。俯いたまま、動こうとしない。

 

「私はパンジーを連れて帰るわ。あなたはどうする?」

 

ダフネに尋ねられ、少し迷ったが残ることにした。

 

「なるべく早く、事が悪化したことをドラコにも伝えないとな。原因は俺にあるわけだし」

 

俺がドラコにクィディッチをすることを勧めなければ、こうも悪化はしなかっただろう。

 

「……あなただけのせいじゃないわ。私にも原因がある」

 

申し訳なさそうに言うと、ダフネはパンジーを連れて学校へと向かった。

一人残った俺は、再び競技場の方へと意識を向けた。流石に、そろそろ練習が始まっているだろうと思っていたのだが違った。いつの間にか現れたハーマイオニーとウィーズリーが言い争いに参戦していた。

もっとよく聞こうと耳を澄ますと、丁度ハーマイオニーの声が聞こえた。

 

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」

 

事情を知らないハーマイオニーから、ドラコへと強烈な皮肉が炸裂した。対しドラコは、怒りに顔をゆがめ冷たく言葉を吐いた。

 

「ほう、そうか。……残念だよ、君は少し見所があると思っていたんだがね。やはり、穢れた血は何処まで行っても穢れた血だな」

 

その言葉に、グリフィンドール側から物凄い非難の声が聞こえた。

新たに生まれた争いの火種に、ただただ頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 




感想、評価などお待ちしています。

次回も不定期、亀更新となります。どうか、気長にお待ちください


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ハロウィン

ドラコの言葉によりグリフィンドールから非難が溢れ出る中、当の本人であるハーマイオニーはキョトンとした顔であたりを見渡している。何故こんなにも荒れた状況になっているのか理解できていないようだ。正直、俺も少し驚いている。まさか「穢れた血」と言うたった一言でここまでの乱闘が起こるとは思いもしなかった。

取っ組み合いが今にも起きそうな雰囲気の中、ウィーズリーが杖を取り出して

 

「マルフォイ、思い知れ!」

 

と叫びながらドラコに向けて突きつけた。途端にバーンというデカい音がして、何故かドラコではなく杖を突きつけた本人であるウィーズリーが吹き飛んだ。

 

「ロン、ロン! 大丈夫?」

 

ハーマイオニーが悲鳴を上げながら近寄ると、ウィーズリーは上体を上げ何かを吐き出した。それを見たスリザリンチームは大爆笑で、グリフィンドールチームはウィーズリーから一歩離れた。やがてポッターとハーマイオニーがウィーズリーを助け起こし、引き連れて歩き始めた。スリザリンチームとグリフィンドールチームはそのまま競技場へと入っていき、見えなくなった。

俺は競技場から学校へと繋がる一本道にいる。そのため、自然と競技場から移動するウィーズリー達と鉢合わせることとなった。俺はあえて隠れず、面倒事も承知でこの場でハーマイオニーに話しかけることにした。少しでも、ドラコの態度を弁明したいのだ。

俺が前に出ると、当然だがポッター達はいい顔をしなかった。ハーマイオニーでさえ少し困った顔をしている。ウィーズリーは俺を睨みながらも本当に辛そうに何かを吐き出している。その何かは、近くで見るとナメクジだと分かった。

 

「……僕らに、何か用かい?」

 

ポッターが前に立つ俺に対して尋ねてくる。俺は少し頷き、ハーマイオニーに向かって話し始めた。

 

「……ドラコのことなんだが、許してやって欲しいんだ。アイツ、今は少し面倒な状況にいて……。カッとなって、ついハーマイオニーに対して悪態を吐いただけなんだ。だから、頼む。さっきのことは大目に見てやってくれないか?」

 

少し戸惑いつつもハーマイオニーが頷きそうになった時、ウィーズリーがナメクジをまき散らしながら怒鳴り始めた。

 

「カッとなってついだって!? カッとなってつい君たちは「穢れた血」だなんて言葉を使うのかい!?」

 

その剣幕に、少し怯みつつも何とか言葉を紡いでいく。

 

「あ、ああ。……あいつ自身、「穢れた血」って言葉がどれだけ酷い言葉かっていうのをそこまで理解していないんだと思う」

 

「そんなはずはない!」

 

ここでまた大きなナメクジを吐き出しながら、ウィーズリーは怒鳴り続ける。

 

「お前も純血なんだろ!? だったら、この言葉の意味ぐらい分かってるはずだ! それを、つい言ってしまっただけだって!? 馬鹿にしているにも程があるよ! それとも本当に分かっていないのかい!?」

 

実際に分かってはいないのだがドラコがどれだけ失礼なことをしたかウィーズリーの態度で分かった。ドラコはきっと「穢れた血」を「馬鹿」と同等の意味ぐらいにしか捉えていないのだろう。しかし実際は、マグル界にもあるが、決して口にしてはいけない罵倒と言うものに相当する様だ。

完全にこちらに非があるのだ。いや、こちらにしか非はない。ウィーズリーの怒りももっともで、何も知らずに許してくれなどと言った俺が間違いだった。

何も言えず俯く俺に、同情したのかハーマイオニーが声をかけてくる。

 

「私、その、穢れた血って言う言葉の意味を知らないから、何も言えないんだけど……。ごめんなさい、今はとにかくロンをハグリッドの所まで連れて行きたいの」

 

「……ああ、引き留めてごめん。それに悪いな、変なワガママまで言って」

 

ハーマイオニー達に道を譲り、三人が通り過ぎ、いなくなったところで大きく溜め息を吐いた。

どうも上手くいかない。何も上手くいかない。

ブレーズとドラコの仲は悪化し、ハーマイオニーとも亀裂を作った。そのどれも、俺が余計なことをしたのが原因だ。頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまいたい。

それでも重たい足を引きずって、競技場に入りドラコの様子を見る。ドラコは、自分のいない間に何が起こったか知らず必死にフリントや他の選手が投げるボールをキャッチしていた。その様子に胸が締め付けられるように感じつつ、スタンドでジッと練習が終わるのを待つ。

どれ程の時間が経ったのかは分からないが、気が付けばスリザリンチームが全員集合しそのまま競技場の外へと向かっている。練習が終わったのだろう。追いかけようと急いでスタンドを下りると、こちらに向かってきたドラコと鉢合わせになった。

 

「やあ、ジン! 来てくれていたんだね! スタンドにいたのが見えていたよ」

 

「ああ、練習があるってダフネから聞いたからな」

 

嬉しそうに話しかけてくるドラコに、先程のこともありどうしても少し暗い口調で返す。俺の様子に気が付いたドラコは気遣う様にこちらを覗いながら尋ねてきた。

 

「どうかしたのかい? 少し様子がおかしいが?」

 

「……まあ、な」

 

「何があったんだい?」

 

「……最初はブレーズもいたんだ」

 

俺の言葉にドラコは驚いた顔になる。が、それも一瞬ですぐさましかめっ面になるとさらに問いただしてきた。

 

「それで? ブレーズは何だって?」

 

「……他の奴らが持ってる箒を見ると、練習も見ずに帰って行った」

 

「へぇ……。まあ、それでも僕のやることは変わらないさ」

 

予想以上に冷静な反応に驚き、ドラコの顔を見る。確かに迷いは無いように見えた。

 

「もともと、アイツは僕がズルをして入ったと思っていたんだ。さっきと何も変わらないよ。それに、そう思っているのはブレーズだけじゃないみたいだしね。そういった連中に、絶対に僕のことを認めさせる。そのためにも、クィディッチは辞める訳にはいかないんだ」

 

熱く語るドラコから確かな決意を感じる。そういえばコイツもかなりの頑固な性格だった、と思い出す。ブレーズのことも、ハーマイオニーのことも、ドラコにとっては決意を新たにする切欠となったようだ。

思ったよりも事態がプラスの方向に向いていて一種の安堵を覚える。ドラコとブレーズの喧嘩が始まってから、初めて仲直りの切欠らしい切欠を見つけた。

 

「そうか。なら、良いんだ」

 

「おや、止めないのかい? 僕は一歩も譲らないと言っているんだ」

 

「ああ。何だかんだ言って、お前が皆に認められる方が丸く収まりそうだしな」

 

ここでクィディッチを辞めたら、ブレーズとは寄りが戻せるかもしれないが周りの連中やハーマイオニーには誤解を生むだろう。逃げた、と思われるのは俺もドラコも本意ではない。

 

「話は終わりかい? なら、寮に戻ろう。今日はもうクタクタだ」

 

「ああ、少し待ってくれ。聞きたいことがあるんだ」

 

少し笑いながら寮に向かって歩くドラコだが、俺はそれに待ったをかけた。ドラコは不思議そうな顔をしながらも、律儀にこちらに向き直り話を聞こうとする。

 

「何だい? 大事な事なのかい?」

 

「ああ、大事なことだ」

 

そう答え、一息おいてから本題に入る。

 

「お前が認めさせたい連中の中に、ハーマイオニーは入ってるか?」

 

ドラコはビクリッとして固まる。

今のドラコにとって、ハーマイオニーの話題は明らかな地雷だ。折角の穏やかな雰囲気をぶち壊すことになるだろう。しかし、それでもこのことはハッキリさせておきたいのだ。実際のところ、ドラコがハーマイオニーをどう思っているのか。

 

「どうしてこんなことを聞くんだい?」

 

「お前がハーマイオニーを穢れた血って呼んだからだ」

 

今度こそドラコは動揺を隠せなかった。驚きで目を見開き、俺を凝視する。

地雷を踏むことへの戸惑いはなかった。何度も避けようとして踏んできたのだ。正直、少し開き直っている。

 

「お前の中で、ハーマイオニーはどうしても受け入れられない存在なのか? 穢れた血って言う言葉は、そういう意味もあるんだろ?」

 

ドラコは黙ったまま俺を見る。俺もドラコを見つめ返す。何でもいいからドラコの口から聞きたい。軽い気持ちで言ったというのでもいい。逆にどうしても受け入れられない存在だという言葉でもいい。このままにしていたら、いずれ大きな問題になってしまうだろうから。ここらでケリを付けたかった。

しばらくして、ドラコが小さく呟いた。

 

「……僕は何も、そんなつもりで言ったんじゃない。事実を言ったまでだ」

 

その言葉に少なからず安堵する。ハーマイオニーのことがどうしても受け入れられないのではない、と言っている。現状を改善する余地があるのだ。

 

「僕は純血だ。名家でもあるんだ。マグル生まれに馬鹿にされて黙っているなんてできない」

 

言い訳がましい口調で悪態を吐いた理由を説明する。いや、これはいっそ言い訳だ。悪態の根底にあるのは嫌悪や憎悪と言った感情ではなく、プライドだろう。名家としての立場、威厳、品格。以前もどこかで言っていた気がする。ドラコ自体はハーマイオニーのことを嫌悪している訳ではないようだ

 

「……ああ、分かったよ。安心しろよ。いつか、折り合いがついたらハーマイオニーとも仲良くやっていけるさ」

 

声色にも安堵した気持ちが出ていたのだろう。俺の言葉を聞くと、顔を赤らめ

 

「仲良くなりたいんじゃない! 認めさせてやるだけだ!」

 

そう叫ぶと、俺を置いてツカツカと校舎へと帰って行った。その後を追いながら、俺も同様に校舎へと戻って行く。

結局、事態はよくはならなかった。ハーマイオニーとも亀裂を生み、ドラコもブレーズも引くに引けなくなったことを考えるとむしろ悪化している。それでも、ドラコの本心に近づけたのは大きな収穫だと思う。名家の意地や穢れた血と言った問題があるが、解決の糸口が見えた俺は事態とは反対に気分が少し晴れていた。

寮に帰ると、喧嘩してからいつも通りのブレーズとパンジー、そして疲れた表情をするダフネがいた。ドラコが帰ってくると、ブレーズは部屋に帰りパンジーはドラコに話しかけに行った。クィディッチの練習後なので多少何かあるかと思っていたが、どうやらダフネが気を利かせて説得でもしてくれたらしい。

 

「お疲れさん」

 

「ええ疲れたわ、とても」

 

素直に労いの言葉をかけると、苦笑いと共にダフネにしては珍しく弱音を吐いた。

自分用のカップに紅茶を入れるついでに、空になったダフネのカップにも注いでやる。いつの間にかドラコとパンジーもいなくなっており、いつかと同じように俺とダフネが紅茶をすする音だけが談話室を支配した。

 

「思っていたよりも、状況は悪くないみたいだ」

 

「そう? 私達がいなくなってから何かあったのかしら?」

 

沈黙を破ったのは俺からで、競技場での出来事を掻い摘んで話していく。ハーマイオニーのことも、ドラコの本心も。

一通り話し終えると、ダフネは少し溜め息を吐いて紅茶を飲み干す。

 

「まあ、確かに賄賂云々の後に現状維持の形が取れているだけで収穫よね。でも、ハーマイオニーのことは正直甘く見すぎよ」

 

「そうか?」

 

「ええ。穢れた血って言葉はかなりの痛手ね。マグル育ちのあなたにはピンとこないでしょうけど」

 

「ドラコが撤回するだけじゃ収まらないのは分かるが、償いができないわけじゃないだろ?」

 

「さあ? ハーマイオニー次第ね」

 

「……穢れた血って、どれくらいヤバい言葉なんだ?」

 

何処か諦めの入ったダフネの言葉に、確認を取る。

 

「人によっては、絶縁ものね。唯一の救いは、ハーマイオニーがあまりその言葉の意味を知らないことかしら」

 

「でも、言葉だろ?」

 

たった一言。たとえそれが禁句だとしてもそれで崩れてしまうほど二人がもろい関係とは思えなかった。

 

「そうね、その一言で私たちの親の世代は何人もが死んでいったわ」

 

冷静に返された言葉に、少し冷や汗が出る。改めて、いや初めてその言葉の重みを感じた。言葉を失った俺にダフネはフォローをする。

 

「でも、それも十年以上も前の話よ。今では多少はその重みも薄れてきているもの。それに、ハーマイオニーなら分かってくれるわよ」

 

「……そうだな」

 

頷きつつも、少し疑問に思う。ダフネは、穢れた血という言葉の重みを理解しているようだがドラコはどうも違うようだ。二人の間に何の違いがあるのだろうか?

 

「ドラコは、どうして穢れた血って言葉を軽く受け止めているんだ?」

 

そう聞くと、ダフネは少し悲しそうに笑いながら答えた。

 

「こればかりは、家柄としか言えないわね」

 

同じ名家なのに、家柄の違いなどあるのだろうか? 疑問は深まっただけだが、ダフネがあまり話したくないようなので話をそらすことにした。

 

「ああ、そうだ。ここに来る途中に一つ思い出したんだ。仲直りの切欠になりそうなもの」

 

「またかしら? 言っては何だけど、私たちがそう言った物の全ては事態を悪化させているわよ」

 

「まあ、これは悪化しえないものだ」

 

「何かしら?」

 

「ああ、もうすぐハロウィンだ。去年も、ハーマイオニーと仲良くなれる切欠になったんだ。そう悪いことは起きないだろ」

 

「そうね。ハロウィンなら仲直りの切欠にならなくても楽しめそうだし。でも、去年みたいな目に遭うのは嫌よ?」

 

「あり得ないだろ。もしまたトロールが出てきたら、本格的に学校に訴えを出したくなるな」

 

「同感ね」

 

先程の悲しげな顔は成りを潜め、いつも通りになった。立ち上がると、空になったカップを運び、自室へと戻るようだ。

 

「あなたはハロウィンパーティー、どう過ごすつもり?」

 

「ああ、他の奴の邪魔はしたくないからな。気ままに過ごす。まあ飯を食って、飾りを楽しんで、ネビルにでも話しかけて、飽きたら自室に戻って本を読むさ」

 

「そう。別に私達といても邪魔になんてならないわよ?」

 

「そうか? ブレーズは、あれで結構人気だからな。女の先輩や、他の女子やらに話しかけられるだろ。ドラコとパンジーは言わずもがな、だな。馬に蹴られたくはない」

 

「馬に蹴られる?」

 

「恋路の邪魔ってこと。それに、ダフネだって知り合いに話かけられて忙しいだろ」

 

「まあ、否定はしないわ」

 

「そう言った相手もいないし、去年は散々だったし、最近疲れたし、ゆったりと過ごすよ」

 

「そう、なら良いわ。ハロウィンまであとどれくらいかしら?」

 

「あと十日ほど」

 

「分かったわ。今年は楽しめると良いわね。おやすみ」

 

「お前もな。おやすみ」

 

俺も紅茶を飲み干すと、自室に戻った。その日はベッドに入ると直ぐに眠りに落ちた。

 

 

 

ハロウィンまでの約十日間、変化は訪れなかった。ドラコはクィディッチで忙しく、ブレーズは相変わらずドラコには近寄ろうとしない。ハロウィンになった今日だって、それが変わるとは思えなかった。

朝から漂うご馳走の匂いに、去年と同じように多くの生徒がパーティーを今か今かと焦がれつつ授業を受けていた。授業が終わり、パーティーの時間になると全員が仲の良い者でかたまり大広間へと向かう。その中、めかし込んだブレーズと二人の女の先輩が楽しげに話しながら歩くのを見た。予想通りの光景に苦笑いを漏らしながら、周りを見渡して他に誰かいないか探してみた。ダフネの姿はすぐに見つかった。二人の女子と一緒に、何やら数名の男の先輩に話しかけられている。青春の一ページだろう。邪魔にならないよう、そっとその場を離れた。ドラコとパンジーは見当たらなかった。もしかしたら、もう先に行っているのかも知れない。二人の邪魔は一番したくない。もし、俺が一人の所を見られてしまえば気を遣わせてしまうかもしれない。見つからないよう、隅の方にいるのがいいだろう。ハーマイオニーの姿は見えなかった。あの出来事以来話していないので、今日くらいは話したかったがいないのでは仕方がない。そして目当てのネビルも見つけたのだが、側に他のグリフィンドール生がいるのを見て話しかけるのを止めた。折角ゆったりとできる機会なのだ。自分から面倒事は起こしたくはない。

結局一人で大広間に行き、去年は見ることのできなかったハロウィンの飾りつけに御馳走をなるべく目立たない隅の方で堪能することにした。傍から見たら随分と寂しいハロウィンパーティーだろう。まあ、少し寂しかったりする。それでも、羽を伸ばし疲れをとるには十分で気落ちすることは無かった。

食事も楽しみ、飾りつけも十分眺めたので早いが自室に戻ることにした。扉を開け、薄暗い廊下に出る。外に出てしまえば、パーティーの騒がしさは一切なくなり足音さえ聞こえる静かな空間だった。

欠伸をかみ殺しつつ、自室に向かっていると後ろの方で扉の開く音がした。俺以外にもいるパーティーを抜ける奴が気になって振り返ると、そこにはダフネがいた。

「丁度、あなたが出ていくのが見えたから追いかけてきたのよ」

 

余程、呆然とした俺の顔が可笑しかったのであろう。クスクスと隠す気もなく堂々と笑う。

 

「いいのか? 俺はこのまま帰るつもりだが。パーティーは終わってないだろ?」

 

「抜け出したあなたが言う言葉じゃないわね」

 

そのまま隣を歩き始めたダフネに、どうしても戸惑いを隠せない。俺自身が好きでこうしているのがダフネは分かっているはずだから、そこまで気を使う必要はないだろうに。そう考えたのが分かったのか、苦笑いをしながら説明をしてくる。

 

「流石に、ずっと名家や知り合いに挨拶するのは疲れるのよ。息が詰まるわ。嫌いではないけど、ブレーズみたいにずっと楽しめはしないのよ」

ああ、と納得して頷きつつもこの会話がハロウィンパーティー以来の初めてのものだと気が付く。そして、そんなことを気にしてしまう自分は、思ったよりも寂しがっていたのかもしれない。

 

「来年は……皆で過ごしたいものだな」

 

そう漏らすと、ダフネは少し驚いた顔をしたが直ぐに笑って

 

「そうね。私もそうしたいわ」

 

と賛同してくれた。

そのまま自室に帰ろうとしたのだが、次の瞬間に妙な声が聞こえた。

 

「……殺してやる……殺す時が来た……」

 

ゾッとするような声に、思わず声の方を振り向く。しかし、そこには何もいなかった。

 

「どうかしたのかしら?」

 

急に立ち止まった俺を不審に思って、ダフネが聞いてくる。

 

「なあ、声が聞こえなかったか?」

 

「声? 何も聞こえなかったわ」

 

嘘は言っていないようだ。しかし耳を澄ませると、確かに声が聞こえる。

 

「……腹が減った……何か殺そう……腹が減った」

 

徐々に遠ざかっていくそれは、どこかに向かって移動している様だった。

 

「こっちだ、こっちから聞こえる。間違いない」

 

こんな物騒な声を出す物を放っておくことはできない。しかし、移動しているそれは誰かに報告に向かったらすぐに見失うだろう。急いで音源を追う俺に、ダフネは心配そうに声をかけてくる。

 

「私は聞こえないわ。……疲れているのよ、帰りましょう?」

 

何処か恐怖も入った声色を聞いて、少し冷静になる。どうやらダフネには本当に聞こえていないらしい。

 

「先に戻っててくれ。ちょっとだけ様子を見てくる」

 

恐らく、危険を伴う。なら俺一人の方がいい。ダフネの静止の声に耳を貸さず、急いで音源を追う。階段を駆け上がり、声に耳を傾ける。

 

「……血の臭いがする……血の臭いがするぞ!」

 

嬉しげな叫びが聞こえると共に、確信する。

この声は危険だ。そして、誰かが狙われている。

杖を構え、いつでも逃げられるようにしながら声の聞こえた角をこっそりと覗き込むと、誰もいない代わりに壁の一部が光っていた。そーっと近づくと、それが文字であることが分かった。

 

 

秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

どういう意味かさっぱり分からないが、危険な事だけは分かった。しばらくそれを観察し、誰かに報告に行こうと決めた瞬間、次なる訪問者が現れた。

 

「……ジン?」

 

振り返ると、ポッター、ウィーズリー、そしてハーマイオニーの三人が立っていた。

 




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一歩後退、一歩前進

前回でようやく物語に入ったかと思ったが、今回であまり進まない


暗い廊下、濡れた床、壁に書かれた奇妙な文字。そんな中でたたずむ俺はさぞかし不気味に映ったことだろう。しかし、それだけならまだしも三人は俺が見落とした何かを見つけた様だ。

 

「……それは、君がやったのか?」

 

ポッターの何処か怯えた質問の意味が分からなく、指の示す方を向くと壁の下の方に何か黒い影があるのを見つけた。杖に光を灯し、その正体を確認すると驚きで息をのんだ。

猫だ。管理人の飼い猫の、ミセス・ノリス。目を見開いたまま板の様に硬直したそれは死体にしか見えなかった。

 

「違う、俺じゃない」

 

否定したのだが、疑わしげな視線が収まることは無かった。更にまずいことが起きた。ハロウィンパーティーが終わったのだ。ザワザワと人の話す声と何百人もの足音がすぐ近くまで来ていた。

三人に見られている手前逃げる訳にもいかず、しかし自分が犯人でない証明などできる訳もなく何もせず角から群衆を迎い入れることしかできなかった。

廊下の惨状を見た群衆の反応は面白い程に早かった。沈黙はあっという間に全体に広がり、足を止めて、多くの者が目を見開いていた。そして俺はポッター、ウィーズリー、ハーマイオニーとその後ろに控える群衆の好奇や恐怖の目線に晒されることとなった。唯一の救いは、その状況が長く続かなかったことだ。

 

「なんだ、なんだ? 何事だ?」

 

管理人のアーガス・フィルチがダンブルドアと数名の先生を引き連れてやってきた。フィルチは固まった猫を見るなり金切り声で叫んだ。

 

「私の猫だ! 私の猫だ! ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!?」

 

フィルチのすぐ後ろをついてきた先生方もハッと息をのむのが聞こえた。ダンブルドアは素早く俺の隣に吊るされている猫の所まで来ると、それを手に取りしばらく見つめ周りに指示をし始めた。

 

「アーガス、こっちに来なさい。エトウ君、ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャーさん、君達も一緒においで」

 

そうダンブルドアが言うと、ロックハートがいそいそと進み出てきた。

 

「校長先生、私の部屋が一番近いです、すぐ上です、どうぞご自由に」

 

「ありがとう、ギルデロイ」

 

ダンブルドアの後をポッター達三人、ロックハート、スネイプ先生、マクゴナガル先生が続き左右に割れた人垣の中を進んでいった。群衆の目から逃げられるならどこでも良かった俺も、文句も言わずに黙って付いて行った。

ロックハートの部屋に着くと、ダンブルドアはミセス・ノリスを机の上に置くと顔をくっつけるほど近づき眺めた。俺達、生徒四人は椅子に腰かけ事の行く末を見守っていた。

ダンブルドアはミセス・ノリスを杖でつついたり何かブツブツ呟いたりしながら全身をくまなく観察していた。マクゴナガル先生も同じ様に、触れはしないものの猫を注意深く観察している。スネイプ先生は何をするでもなく、隅に立ったままだ。ロックハートはそんな中、うろうろと歩き回りながら好き勝手に意見を述べたてている。

 

「猫を殺したのは呪いに間違いありません。恐らく、異形変身拷問の呪いでしょう。何度も見たことがありますから。私がその場に居合わせなかったのは誠に残念です。猫を救うピッタリの反対呪文を知っていたのですが」

 

ロックハートの話しに耳を貸す者はおらず、フィルチのすすり泣きが聞こえるような雰囲気とは不釣り合いな陽気な声が部屋に響いていた。

ふと、ダンブルドアは顔を上げフィルチにやさしく言った。

 

「アーガス、猫は死んでおらんよ」

 

ロックハートは直ぐに口をふさぎ、ようやく静かな空間が帰ってきた。

 

「死んでいない?」

 

フィルチは声を詰まらせながら、信じられないとばかりにミセス・ノリスを覗き見た。

 

「それじゃ、どうしてこんなに、こんなに固まって、冷たくなっている?」

 

「石になっただけじゃ。ただし、どうしてそうなったのか、ワシには答えられん」

 

「アイツのせいだ!」

 

ダンブルドアの話を聞くと、フィルチはいきなりがなり立て始めた。一瞬、自分のことかと思ったが何故かフィルチは俺ではなくポッターを指さしていた。それには俺だけでなく、その場にいた全員が不思議に思ったようだ。

 

「……二年生がこんなことを出来るはずがない。最も高度な闇の魔術をもって初めて」

 

「あいつがやったんだ! あいつ以外に、私を狙う理由がある者なんていない!」

 

ダンブルドアの弁解も虚しく、顔を真っ赤にしながらフィルチは叫んだ。

 

「あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう! あいつは知っているんだ、私が、私が……。できそこないのスクイブだって!」

 

やっとのことでフィルチが言い切ると、今度はポッターが言い返した。

 

「僕、ミセス・ノリスには指一本触れていません! それに、僕はスクイブがなんなのかも知りません」

 

「馬鹿な! あいつはクイックスペルからの手紙を読みやがった!」

 

「校長、一言よろしいですかな」

 

過激を辿っていた会話を遮り、今まで黙っていたスネイプ先生が声を出した。

 

「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな」

 

スネイプ先生は全くそう思っていない様な意地の悪い笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。大体、連中はなぜ三階の廊下にいたのか? なぜ三人はハロウィンパーティーにいなかったのか?」

 

「なら、エトウはどうなんですか!?」

 

堪えられなくなったのか、ウィーズリーがそうスネイプ先生に叫んだ。

 

「そいつは僕達よりも前にあの場にいたんだ! どう考えてもそいつの方が怪しいじゃないですか!」

 

「君達と違い、エトウにはミスター・フィルチを狙う理由などありはしないのだ」

 

「それなら、僕達にだってありません!」

 

「おやおや、本当にそうなのかね?」

 

スネイプ先生はウィーズリーの反論も涼しい顔で流すと、笑みを深めながら猫なで声でウィーズリーを追い詰めにかかった。

 

「そう言えば、ミスター・ウィーズリー。君が最近に受けた罰則はミスター・フィルチが担当していたのだったね。目立った登校の罰として、マグル式の盾磨き。さぞや苦労したのだろう。そう、彼の可愛いペットをちょっと石にしてしまおうと思うくらいに……」

 

「おやめなさい、セブルス。疑いすぎです。それにウィーズリーの言うことにも一理あるでしょう」

 

今にも殴りかからんばかりのウィーズリーを見ていられなくなったのか、マクゴナガル先生が口を挟んだ。

 

「その場にいただけのウィーズリーを疑うのであれば、同じ様にエトウにも疑いをかけるべきです。何はともあれ、まずは全員からなぜあの場にいたのか事情を聴くことが先決でしょう」

 

そうマクゴナガル先生が言うと、ポッター達はいっせいに「絶命日パーティー」とやらに出席していたことを話し始めた。

 

「ゴーストが何百人といましたから、私達がそこにいたと、証言してくれるでしょう」

 

ハーマイオニーがそう締めくくると、何か言いたげなスネイプ先生を抑えマクゴナガル先生がこちら向き直り問いかけてきた。

 

「それではエトウ、あなたは何故ハロウィンパーティーに出席せずにあの場にいたのですか?」

 

「ハロウィンパーティーには出席していました。途中で抜け出したんです」

 

「……何故?」

 

「お腹も満たせましたし、パーティーも退屈になったので自室に行こうとしていたんです」

 

嘘だ! と叫ぼうとするウィーズリーと、それを抑えるハーマイオニーの姿が視界の端に映った。マクゴナガル先生もこれにはどう反応してよいか困ったようだ。ダンブルドアの方を向き、指示を仰いだ。ダンブルドアはじっくりと見透かすように俺達を見た。

 

「疑わしきは罰せずじゃ」

 

そうきっぱりと言った。しかし、これにはフィルチが憤慨した。

 

「私の猫が石にされたんだ! 刑罰を受けさせなければ収まらん!」

 

「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ」

 

ダンブルドアはなだめるようにそう言った。

 

「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したらすぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょう」

 

「私がそれをお作りしましょう!」

 

ロックハートが突然、口を挟んできた。

 

「私は何百回作ったか分からないくらいですよ。「マンドレイク回復薬」なんて眠ってたって作れます」

 

「お伺いしますがね、この学校の魔法薬学の教師は吾輩のはずだが?」

 

スネイプ先生がそう言うと、何とも気まずい雰囲気が流れた。

 

「帰ってよろしい」

 

そう言うダンブルドアの言葉に救われ、足早に部屋を抜け出す。ポッター達三人も同じ様に直ぐに部屋から出て行った。ドアを出ると、三人に声をかけられる前にさっさと寮に向かった。どうせ、ここでも寮でも詰問されるのは目に見えている。身の潔白を証明するものがない以上、無駄なやり取りになるそれはやる回数は少ない方がいい。小走りでたどり着いた寮の扉を開けると、いつも閑寂としている談話室には多くの人たちが溜まっていた。俺が入ってきた瞬間に、少しだけ静かになったが直ぐに元の騒がしさを取り戻した。いや、元のというのは語弊がある。俺の噂話をしているのだろう。チラチラと視線を寄せる奴らが多数いる。そんな中、急ぎ足でドラコがこちらに近づいてきた。

 

「話がしたいけど、とにかく部屋に戻ろう。ここじゃ目立ちすぎる」

 

そう言うと、俺を部屋まで引っ張って行った。

部屋に入ると、ようやく一息つくことができた。ベッドに腰掛け、深く溜め息を吐く。

 

「どうも参った。これは明らかに俺が犯人って疑われているだろ」

 

「そうだね。多くの奴が君をスリザリンの継承者だと思っているよ」

 

「スリザリンの継承者? 何だそれは?」

 

愚痴を吐くと、ドラコはさも当然のように聞きなれない言葉を言った。聞き返すと、ドラコの方が驚いた顔をした。

 

「知らないのかい? はら、壁に書かれていただろう? 「秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ気をつけよ」ってさ。あれはどう考えても秘密の部屋の伝説のことさ」

 

秘密の部屋の伝説。聞き覚えは確かにある。両親の本だったか、ホグワーツの歴史だったか、確か書かれていた。スリザリンがホグワーツを去る時、他の創設者に気付かれぬよう秘密の部屋を作りそこに武器か何かを置いていったという話だ。

 

「まさか、俺がスリザリンの子孫とでも? 勘違いも甚だしい。第一、俺は日本人だぞ」

 

「スリザリンがいたのは千年も前のことなんだ。今更、誰が継承者でもおかしくない状況さ」

 

確かにそうだが、俺というのはありえない。二年前は魔法のまの字も知らなかった人間が他の創設者が見抜けない様な魔法を扱い切れるとでも思っているのだろうか? 苛立ちと共に少しだけ荒い口調で話す。

 

「俺じゃないぞ、猫を襲ったのは」

 

「知ってるさ。少なくとも、君を知っている人は全員、君だとは思っていない」

 

ドラコにきっぱりと言ってやると、見事にきっぱりと返事を返された。驚いて目を見開くと、ドラコは呆れたように返してきた。

 

「いいかい? スリザリンの継承者というのは、マグル生まれは魔法を学ぶのに適さないと判断し追い出す考えの持ち主さ。君は確かにマグル生まれに対して問題視はしているが、追い出すのは間違っていると僕に言っていたじゃないか。それに君がグレンジャーとよろしくやっているのは多くの人が知るところだ」

 

驚きと共に、少しの嬉しさが込みあがってくる。少なくとも、ここには俺が継承者ではないと考える奴らがいるのだ。ドラコだけではない。ブレーズにパンジー、ダフネも俺が継承者だなんて馬鹿らしいと思ってくれているのだろう。

疑惑以外の感情を向けられたのは、あの出来事以来初めてだ。自然と頬も緩んでくる。

 

「ありがとうな、信用してくれて」

 

そう言うと、ドラコは少し顔を赤らめて話を逸らした。

 

「それはそうと、問題は周りの奴等さ。君はよく目立つ。噂なんて一瞬で広まるだろうさ」

 

そう、問題は周りの奴らだ。談話室でもそうだったが、これから好奇の目で見られることになるのだろう。

 

「僕もできれば近くにいてやりたいけど、これからクィディッチの試合もある。難しいだろうなぁ」

 

そうドラコが気遣ってくれる。ドラコなりに一生懸命なのだろう。眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 

「俺は大丈夫だ。それに、まだブレーズとは仲直りしてないんだろ?」

 

「それはもうすぐ決着がつく」

 

「……ああ、もうすぐクィディッチの試合があるな」

 

「そうさ。そこで、僕は実力を見せる。それをブレーズが認めれば終わりさ」

 

そう、ハロウィンパーティーの後にはグリフィンドール対スリザリンの試合がある。上手くいけば、悩みの一つがきれいさっぱり無くなるのだ。

 

「なら、なおさら俺のことは気にせず頑張れよ。俺はしばらく一人でも大丈夫さ」

 

笑いながらそう言って、その日はそのまま寝てしまった。次の日から疲れるのだから、なるべく休めるうちに休んでおきたかった。

 

 

 

 

 

次の日から猫のことで話題が持ちきりだった。そして当然、生徒たちの関心は秘密の部屋について集中していた。秘密の部屋なんてただの作り話だという者もいるのだが、その数は少なく大半の者が秘密の部屋についての情報を欲しがった。ホグワーツの歴史は常に貸出し中となり、ハーマイオニーなど歴史の授業では秘密の部屋について質問する始末。そして様々な憶測が話し合われ、飛び交った。

ハリー、ロン、ハーマイオニーもまた秘密の部屋について話し合う者の一人だった。グリフィンドールの談話室の隅で目立たぬように話し合っていた。

 

「だけど、一体何者かしら?」

 

ハーマイオニーが呟いた。

 

「できそこないのスクイブやマグル出身の子をホグワーツから追い出したいって願っているのは誰?」

 

「それでは考えてみましょう」

 

ロンはわざとらしく首をひねり、演技かかった口調で話し始めた。

 

「我々の知っている人物の中で、マグル生まれは屑だと考えている人物は誰でしょう?」

 

「あなた、もしかしてマルフォイのことを言ってるの?」

 

ハーマイオニーはまさかという感じでロンを見た。

 

「勿論さ! アイツ以外に誰がいるっていうんだ。忘れたのかい? 競技場で何のためらいもなく君を穢れた血って罵倒したのを」

 

「マルフォイがスリザリンの継承者?」

 

自信満々に言い切るロンだったが、それでもハーマイオニーの疑わしいという表情は収まらなかった。

 

「僕はあのエトウって奴の方が怪しいと思うけどな」

 

ハリーは事件のことを考えると、どうしてもあの暗い廊下で猫を見つめていたジンの姿が頭から離れなかった。ハリーからしてみれば、どうして彼が第一の容疑者として出てこないのかが不思議だった。

 

「あの時の光景は、どう見てもあいつが犯人ですって言っている様なものじゃないか。周りの人達だって、あいつが犯人だって言ってるよ」

 

「彼はそんなことしないわよ」

 

いつものようにハーマイオニーが弁護するがその口調は弱弱しく、そうだと思うというよりもそうあって欲しいと考えているのが手に取る様に分かった。

 

「こんなのはどうだい?」

 

ロンが閃いたという様に話し始めた。

 

「スリザリンの継承者はマルフォイで、猫を石にしたのはエトウってことはどうだろうか?」

 

「どういうこと?」

 

ハリーが聞きなおすと、ロンは声を潜めて説明し始めた。

 

「要するに、二人が手を組んでいるってことさ。マルフォイの家系を見てごらんよ。全員がスリザリン出身さ。あいつなら何世紀にもわたって秘密の部屋の鍵か何かを預かっていくことが可能だ。でもそれを使うにはマルフォイだけじゃ力不足だった。そこでマルフォイが親友のエトウに頼み、エトウがその手伝いをしているってことさ」

 

ハリーはその説を聞いてすっかり納得した。確かに、それならエトウがあの場にいた説明もつく。それに親友が困っているときに助けたいという気持ちはよく分かるつもりだ。

ハーマイオニーは否定したがっているが、良い考えが思い浮かばない様だった。

 

「でも証拠がないよ。どうやって証明するんだい?」

 

ハリーが顔を曇らせて言った。

 

「方法は無いこともないわ」

 

今まで否定的な意見を出してきたハーマイオニーが急に乗り気な意見を言い出した。ハリーとロンが驚いてを振り向くと、ハーマイオニーは考えながら話し始めた。

 

「勿論、とっても難しいわ。何をしなければならないかというとね、私達がスリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイ達に正体を気づかれずにいくつか質問するの」

 

「不可能だよ、そんなの」

 

ハリーは言い、ロンは笑った。

 

「いいえ、そんなことないわ。ポリジュース薬が少し必要なだけよ」

 

「それ、なに?」

 

二人が同時に聞くとハーマイオニーは少し呆れたように説明した。

 

「数週間前にスネイプがクラスで話していたじゃない。自分以外の誰かに変身できる薬よ。考えてもみてよ! 私達がスリザリン生の誰かに変身するの。何も知らないマルフォイは、きっと知っていることを全部話してくれるわ」

 

「そう上手くいくかな? エトウが口止めしていたりしたら、無理だと思うけど」

 

ハリーがそう言うと、反論はハーマイオニーではなくロンから返ってきた。

 

「そうかい? 僕はマルフォイが誰かの言いなりになる方が驚きさ。少なくとも、腰巾着の二人にはベラベラ自慢しているだろうさ」

 

「決まったわね。それじゃあ、必要なものを集めるわよ」

 

そして、三人の話し合いが続いていった。

 

 

 

 

 

クィディッチの試合が近づくまでの何日間は、正直に言うと辛かった。ひそひそとした話し声が自分の周りで後を絶たないのだ。この時ばかりは、パンジーもダフネも俺に気を使ってくれていた。ブレーズも以前のように何かと話しかけてくれるようになった。しかし運悪くドラコと鉢合わせようものならば、そこに気まずい雰囲気を作り出したが。結局、そんな雰囲気の中にいるのなら一人の方がマシだったので普段以上に目立たぬようふるまって過ごした。

しかし、事件から時間がたち被害者も出ず、クィディッチの試合が近づくと意外とそのような事態は収まって行った。加えて、クィディッチの試合でドラコ達の仲が直るのなら今まで以上に過ごしやすくなるはずだ。期待を込めた土曜日の朝は、何とも曇りで幸先の悪さを暗示しているようで不快だった。朝食からしばらく、そろそろクィディッチの試合が始まるという時間になるとブレーズ、パンジー、ダフネと競技場に向かうことになった。

 

「……なあブレーズ、何かあったのか?」

 

「今のお前に心配されたくはないな。……まあ、試合前のドラコと少しな」

 

大人しくついてくるブレーズに疑問を持ち質問すると、少し濁した答えを返された。何はともあれ、試合を見るというのだから好都合ではある。

ポツリポツリと降り出した小雨と同時に、ある種の命運を握る試合の開始の合図が高らかになった。

 

 

 

ドラコは試合開始の合図と共にすぐさま上空へ高く飛び上がると、スニッチを探しに目を凝らした。ドラコ自身、この試合の結果がブレーズとの仲を取り持つ可能性があることを重々に承知している。絶対に負けるかと、気合だけは今までにない程に昂ぶっていた。

が、いつまで経ってもスニッチが見つからないと流石に焦りが出てきた。相手はグリフィンドール。認めたくはないが、ハリーは史上最短記録でスニッチを取るほどの実力を持っている。こうもしている間に、相手はスニッチを見つけているかもしれない。そう思いハリーの姿を探したドラコだが、見えたのはブラッジャーに追い回されて逃げ惑うハリーの姿だった。その姿に余裕を取り戻したドラコは、改めてフィールド全体を見渡す。スリザリンは最新型の箒を十全に使い六十対〇でリードしている。全てにおいてこちらが優勢だ。しばらくするとグリフィンドールがタイムアウトを取った。ドラコもそれに従い、他のメンバーの所に行く。キャプテンのマーカス・フリント含め全員が上機嫌だった。

 

「見たか、ニンバス2001の威力を! 連中は手も足も出まい。このままドンドン点差を伸ばしていくぞ」

 

フリントの掛け声におお、と全員が答える。フリントはその返事に満足すると、ドラコの肩を叩き話しかけてきた。

 

「いいか、後はお前がスニッチを捕まえれば我がチームの完全勝利だ。なぁに、簡単さ。何故か向こうのエース様はブラッジャーから猛烈なアタックを受けている。お前は悠々とスニッチを探せばいいさ」

 

「当然さ」

 

言うまでもない。そうドラコの返しを聞くと、フリント達は未だに話し合うグリフィンドールチームを野次りに行った。

間もなくして再開された試合でも、相変わらずハリーはブラッジャーに追い掛け回されていた。ハリーのその姿にドラコは余裕と自信、そしてやる気が生まれてくるのを感じた。

 

「バレエの練習かい、ポッター?」

 

そう野次ってやると、憎々しげにこちらを見る。その姿に満足し、改めてスニッチ探しを始める。そして、ふと妙な羽音が聞こえてきた。すぐ側だ。見渡すと、自分の目の前をスニッチが飛んでいた。

チャンスだ! そう感じたドラコはすぐさまスニッチを掴もうと手を伸ばすが、スニッチは巧みな動きでドラコの手を避け続けた。ハリーもスニッチに気が付いたのか、勢いよく突っ込んでくるのがドラコの視界に映った。すぐ後ろに、ブラッジャーを引き連れて。

それに反応したかのように、スニッチはハリーが飛んでくる方へと逃げて行った。慌ててドラコもそちらに飛ぶ。

 

逃がすものか! あれは絶対に捕まえるんだ!

 

迫るハリーも、ブラッジャーも気にはならなかった。少しずつ少しずつ近づくスニッチに手を伸ばす。

あと二センチ、あと一センチ、一ミリ……。指先がスニッチに触れた。

しかし、ドラコがスニッチを掴むことは無かった。一瞬早くハリーがスニッチを奪っていった。そして代わりに、ドラコの正面にはブラッジャーが迫ってきていた。

強い衝撃と共に、ドラコは意識を失った。

 

 

 

ベキッという鈍い音が聞こえてくるようだった。

ドラコとブラッジャーの正面衝突には全員が試合を忘れ注目していた。甲高い悲鳴と、どよめきが競技場全体から沸き起こった。ドラコは地面向かって真っ逆さまに落ちて行った。パンジーが泣きそうな悲鳴を上げた。

その悲鳴を合図にか、地面に向かうドラコのスピードがゆっくりになり、地面に着くころにはまるで羽毛が落ちるかのようなスピードだった。ジンがダッシュでドラコの所に向かおうとすると、一瞬早くブレーズが走り出した。その様子に驚きながらも、直ぐに頬笑み後を追いかけた。

ドラコの所に辿り着くと、それは酷い有様だった。鼻は折れているだろう。鼻と口から血をまき散らし、顔全体を赤く染めていた。そんなドラコにいそいそと近づく人物がいた。ジンもブレーズも、その人物を見ると苦い顔をした。ロックハートだ。

 

「ああ、これは酷い! 大丈夫だ、直ぐに私が治してあげよう。なぁに、心配いらない。もう何十回と使った魔法だからね」

 

そう言い、杖をドラコに向けた。ジンとブレーズがキレたのは同時だった。

二人一斉に前に進め出ると、杖をロックハートに向けた。

 

「おい、いい加減にしろよエセ教師。目立ちたいんなら向こうに行きやがれ。こっちはさっさとそいつを医務室に連れて行きたいんだよ」

 

ブレーズの脅迫を聞くと、ロックハートは大げさに驚いてしゃべり始めた。

 

「おやおや、私はただこの子を治してあげようとしているだけだよ。なに、ほんの数秒、簡単な呪文で……」

 

「黙れよ」

 

今度はジンが脅迫すると、ロックハートは直ぐに口を閉じて顔を真っ青にした。初授業での出来事はまだ覚えていたらしい。

 

「あー、それでは……えー……こちらは大丈夫なようなので、ええ、お言葉に甘えて」

 

などとキョドリながらグリフィンドールの方へと移動していった。その様子を見送って、ブレーズは溜め息を吐きながらドラコに近づいて行った。ドラコは意識が無いようで全く反応しない。

 

「ああ、全くこいつは」

 

そう呟いたブレーズだが、その声色はどこか嬉しげだった。ドラコを担ぎ上げながら、ジンに話し始めた。

 

「こいつ、試合前に俺の所まで来てわざわざ宣言しやがったんだ。「僕は必ずスニッチを取る。そうなれば、君は僕を認めざるを得ないんだ」ってな」

 

「そんなことしてたのか……」

 

「ああ。まったく、こんな姿になっちまってよぉ。……悪かったと思ってるよ。別にこいつに対して怒ってたわけじゃないんだ。……まあ、なんだ。少し羨ましかったんだ」

 

「意識がある時に言ってやれよ、そういうことは」

 

「分かってるって。……こんなことしなくても、認めてんだけどなぁ」

 

そうブツブツ言いながらドラコを運ぼうとすると、向こうからダフネとパンジーが担架を持ってやってきた。

 

「これに乗せましょう。そっちの方が早いわ」

 

「おお、そりゃいいな」

 

ダフネが担架を差し出すと、ブレーズは笑いながらドラコをその上に置いた。そして、何か思いついたようにローブから真っ白なハンカチを取り出すとジンに渡した。

 

「これを魔法で大きくしてくれないか? このままじゃ惨めだ。顔を覆ってやろう」

 

「ああ。エンゴージオ(肥大せよ)」

 

ジンが魔法をかけて、ハンドタオル程度の大きさにするとブレーズに返した。ブレーズはそれを受け取るとドラコの顔の上に置き、笑い出した。

 

「死体みてぇだ」

 

ケラケラ笑うその姿は、もういつも通りだった。

 

 

 




次回も、なるべく早めに更新できそうです。

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ドラコを連れて医務室に行くと、マダム・ポンフリーは顔をしかめた。ベッドに乗せたドラコの様子を見ながら、クィディッチなんて危険な競技など廃止になるべきだ、という様にブツブツと何か言っていた。治療に移ると、俺達は邪魔だと外に追い出されてしまった。ブレーズもパンジーも何とか残ろうと粘ったのだが、結局、治療に燃えるマダム・ポンフリーには敵わなかった。しかし、夕食後には意識があるだろうからその時には面会が許可された。意識が戻ればまたいつものように過ごせるだろう。

夕食を終えると、ブレーズはドラコの所へ向かった。パンジーも付いて行こうとしたのだが、何とか俺とダフネで引き留めた。流石に仲直りの時は二人きりにしてやりたかった。

 

「私だってドラコが心配なのよ!?」

 

「ああ、俺も心配だ。でも、何時までも二人を喧嘩させるわけにはいかないだろ?」

 

「仲直りしたんじゃないの? ブレーズ、謝ってたじゃない」

 

「ブレーズが謝った時はドラコの意識が無かったのよ」

 

「……で、でも、ちょっと顔を出すくらいなら良いでしょ? ブレーズが謝れば終わるんだから、仲直りなんて直ぐじゃない!」

 

「いや、この際だから二人きりにしてやれよ。一ヶ月近くも喧嘩してたんだ。二人とも言いたいことが随分と溜まっているだろうし」

 

「私も言いたいことがあるわ! 随分と溜まってる!」

 

「……ああ、俺の言い方が悪かった。頼む、ここでスッパリ終わらせてくれ。俺が疲れた」

 

「私も疲れたわ」

 

渋々といった感じだったが、パンジーは何とかその場に止まってくれた。頬をふくらまし少しいじけた様にしていたので、それを見かねたダフネが近くで菓子を貪るクラッブとゴイルからクッキーを貰ってきて、女子を数名集め、ちょっとした女子会を開き始めた。

その場はもうダフネに任せきりにして、談話室の隅に移りブレーズの帰りを待った。

ブレーズの帰りは意外に早かった。何でも、マダム・ポンフリーが十分ほどしか面会させてくれなかったそうだ。それでも仲直りには支障はなかったらしく、笑顔で帰ってきた。

 

「お前らにも迷惑かけたな。明日からはまた一緒に騒ごうぜ。ああ、あと、課題も教えてくれ! いやぁ、この一ヶ月は我ながら頑張ったぜ。お前のアドバイス抜きで課題を仕上げたんだからな!」

 

「魔法史のレポートは見せないぞ」

 

「そう言うなって! ちょっとばかし、あの何故か血生臭いのに退屈で眠気を誘うゴブリンの戦争について教えてくれてもバチは当たんねぇよ。ドラコもあの課題には参ってるそうだ。どうだ? 俺達の仲直りの祝いに少ーし、サービスしてくれよ」

 

「馬鹿言うな。……ハァ、少しは考えといてやるよ」

 

「流石、話が分かる。ありがとよ!」

 

上機嫌にそう言うと、女子会を開いているダフネ達の所へ向かっていった。報告とお楽しみをしに行ったのだろう。どちらがメインか聞きはしない。報告に喜ぶパンジーと安心するダフネ、そして本当に楽しげなブレーズを眺めて、いつも通りに戻るのなら課題の一つくらいは見せてやってもいいか、と思った。

 

 

 

翌日になってドラコがあるニュースと一緒に退院してきた。

 

「また秘密の部屋の被害者がでた?」

 

「うん、どうもそうらしい。今朝になってベッドがもう一つ埋まっていたから見てみたらクリービーが、あのポッター信者のカメラ小僧のことだけど、石になっていたんだ。どうやら、僕が寝ていた間に運び込まれたらしい」

 

「ああ、そりゃまた何とも……」

 

そう言ってブレーズがチラリと俺を見る。言わんとしていることは分かる。折角収まりかけていた秘密の部屋騒動がまた動き始めたのだ。勿論、周りの疑惑の目が俺に向いたまま。

 

「しかし、クリービーか……。スクイブの次にマグル生まれが石化したとなると、学校は本格的に調査に乗り出さざるを得ないだろうな。少なくとも、悪戯の域は完全に越してしまったわけだから」

 

そんなことが何ともないかのように、ドラコの話題に乗って話をする。

 

「そうだね。人を石化、となると相当強力な闇の魔術だ。……サラザール・スリザリンは秘密の部屋には何を隠したんだろう?」

 

「化け物だって噂だが、襲われる頻度を考えると野放しにされている訳ではなさそうだしな。犯人が侵入者でもなく、教員にいることが考えにくいとなると生徒になるわけだし……。そんな簡単な魔法で制御できるような化け物で、人を石化させるような強力な奴なんているのか? 案外、武器だったりな。化け物の一部を使った」

 

推測を重ねていくとブレーズがドラコに質問を投げかけた。

 

「なあ、お前の親父さん、そういうことの専門だろ? 何か知ってたりしないのか?」

 

「いや、専門ではないんだが……。勿論、手紙で聞いたさ。何か知っているみたいだったけど、手紙には『スリザリンの継承者が現れたら関わるな』としか書かれてなかった」

 

「それは危険だから、って意味か?」

 

「……それもあるだろうけど、邪魔をするなって意味の方が大きいだろうね」

 

俺の追及に、ドラコは少し気まずそうにしながら答えた。

 

「ほら、父上は純粋な純血主義者だ。君が違うのは知っているけど、純血主義の思想と言ったら、第一はやはりマグル生まれの追放なんだ。ああ、勿論それだけじゃないよ! 君みたいに魔法界の規律を第一におくといったものもある。現魔法大臣のコーネリウス・ファッジがそうだね。血族には配慮しつつも、優秀なマグル生まれも重要なポストに置いたりするんだ。それでもマグル生まれが減るのは、純血主義者としては喜ばしいことなんだ……」

 

言い訳がましくそう言うと、ドラコは黙ってしまった。

 

「まあまあ、純血主義の一般論だろ? お前も親父さんの意見には、やっぱり賛成か?」

 

ブレーズが黙ってしまったドラコの助け船を出した。仲直りの直後だからか、いつも以上にドラコの肩を持っている。

 

「ああ、うん。勿論、マグル生まれがいなくては魔法界が成立しないことは認めるよ。でも、やっぱり父上の言葉も正しい気もしてきて……。僕としては、このまま放っておいてもいいと思うんだ。襲われないにしても、化け物の近くは危険だろうし……。それに死人も出ていないだろう?」

 

「……そうか」

 

ドラコはブレーズの言葉もあってか、俺の様子を覗いながら言った。

マグル生まれやスクイブの石化を軽く受け止められるか否かは、やはり根っからの純血主義者であるドラコと一部しか賛同しない俺の違いだろうか……。

――いや、魔法界育ちとマグル育ちの違いだ。石化しても死んでないから大丈夫とはマグル育ちでは考えられない。そう言った意味では、マグル生まれと変わらない俺もスリザリンの継承者の排除対象となるのだろう。このことをドラコが知ったらどうなるのだろうか? 自分の考えの一部を撤廃してくれるだろうか? 

俺とドラコの煮え切らない様子にしびれを切らしたのか、ブレーズが話を終わらせた。

 

「まあ、いいだろ! ドラコの親父さんも何もしゃべる気は無さそうだし、生徒が犯人だったら近いうちに捕まんだろ。そう考えすぎんなって!」

 

「それもそうだな」

 

ブレーズの言葉に賛同して、そのまま別の話題へ移る。ドラコもブレーズも、ずっと話せていなかったお蔭かクィディッチについて話している内に熱くなっていき次第に秘密の部屋のことは忘れて行った。

それからは、あまり秘密の部屋の話題には触れないようにした。すぐ終わるであろう事件に対し熱くなってドラコと溝を生んでしまうのは気が進まなかった。ハーマイオニーのことも関わってくるため問題の先延ばしではあるだろうが、何も仲直りの直後に対面すべき問題でもない。

ドラコが退院してからは何も問題なく過ごすことができた。気まずい雰囲気になることが無く、一緒にいられる友達がいるというのは改めてありがたいことだと感じた。特に、周りの視線が疑惑に満ちている時は。しかし、問題はなくとも事件は発生した。

 

「ふくれ薬、というのはこんな感じでいいんだろうか?」

 

「いいんじゃないか? 教科書に書いてある特徴と変わらないし。後は煮込んで少し水気を飛ばすだけかな」

 

魔法薬学の課題であるふくれ薬の作成の時だった。いつものように作業の片手間にドラコへのアドバイスを行っていた。作業も終わり、ほっと一息ついた瞬間にゴイルの鍋が爆発した。未完成とはいえそれなりの効果を持つふくれ薬が周囲に降り注いだ。幸い、俺には被害が及ばなかったもののドラコはもろに被り急いでスネイプ先生に「ぺしゃんこ薬」を貰いに行った。騒ぎが収まると、スネイプ先生はゴイルの鍋から出てきた花火を取り出し怒りをあらわにしていた。

 

「これを投げ入れたものが分かった暁には……吾輩は間違いなくそやつを退学にしてやる」

 

何となく犯人が、というよりも疑われている人間が分かった瞬間でもあった。その後は、特に何かが起こるのでもなく普段通りに作業が進んでいった。気になってポッターの顔を盗み見たら、案の定、真っ青な顔だった。十中八九、あいつが犯人であろうが何がしたかったのか結局は分からずじまいだった。

 

 

 

それから一週間後、掲示板に新しい通知が来ていた。

 

「決闘クラブが始まるらしいんだ!」

 

ドラコが掲示板を読んで興奮しながら言った。こう言った物が好きなのだろう。ブレーズも乗り気らしく、目を輝かせながら掲示板を読んでいた。

 

「今夜が第一回目だ。決闘がやれるって言うんなら出る価値があるな」

 

ブレーズがそう呟いた。周りにいる人達も九割が参加する意気込みらしく、口々に誰が教えるのか、どんなことをするのかを話していた。

 

「やったじゃねえか、ジン。お前の得意分野だろ? 前みたいに、誰かを吹っ飛ばせるんじゃないか?」

 

ロックハートのことを言っているのだろう。確かに、武装解除は戦闘における基礎呪文だ。恐らく決闘クラブでも最初にやることになるだろう。だが、俺には関係のないことだ。

 

「乗り気なところ悪いけど、俺は行かないぞ」

 

「ええ、どうして!?」

 

俺が行かないことを告げると、ドラコは驚いて聞いてきた。

 

「いやな、目立ちたくないんだ。こういうイベントでも、下手打てば注目を集めることになるわけだし」

 

特に今みたいな時は。そう言わずとも汲み取ってくれたのだろう。

防衛術において、二年の中では実力的に頭一つ出ている自信がある。スリザリンの継承者だとかそう言った嫌疑がかけられている状態で、何も自ら目立ちに行くこともない。特に、優秀だとかの方面ではますます自分の立場を危めてしまう。

 

「お前の気持ちも分からんでもないな、うん。まあ、好きにすりゃいいさ。俺とドラコは行くし、パンジーとダフネも誘うつもりだ。お前も、気が変わったら来ると良いさ」

 

無理に来ることもない、という感じでブレーズが言うとドラコも何も言わず引き下がった。その後、パンジー達と合流し俺を除く四人で決闘クラブへと赴くことが決まった。周りの声を聴いても行かないという人物は見当たらない。恐らく、生徒の九割近くは出席するだろう。猫の石化事件以来、群衆の中はどうも落ち着かない。やましいことなどないのだが、やはり視線が集中すると気になってしまう。人気のない所でゆったりするのも悪くない考えだと思った。

 

 

 

そして夕方、約束通り四人は決闘クラブへと向かった。出席しない生徒は本当に少なく、談話室に残っていたのは俺だけだった。ちらほらと出席していない生徒は見かけたものの、直ぐに自室へと籠ってしまう。群衆の中は嫌だったが、いざ一人になると少し暇を持て余す。本を読む気分でもないし、何をしようかと考えをめぐらす。

去年の今頃は、何をしていたっけ? と、思い返す。そして、――正確には、今より少し後の時期なのだが――ハグリッドのドラゴン事件を思い出した。ポッターの弱みを握ろうと、あわよくば退学させようとしたドラコのお蔭でハーマイオニー達が随分と散々な目に遭ったものだ。今となってはかなり昔の様に感じる。

そう懐かしんでいたが、ふと頭にある考えがよぎった。

 

――まさか、今回の秘密の部屋にハグリッドは関係していないよな?

 

秘密の部屋には、サラザール・スリザリンの残した化け物がいるとの話だ。ハグリッドがその化け物で生徒を襲っているとは考えられないが、そう、狭い部屋に閉じ込められていた生き物を出してやろうとする彼の姿は生々しい程に想像できた。

ドラゴンを飼おうとするほどの人物だ。そんなことがあってもおかしくはない。

しかし、同時にありえないという考えも出てきた。

ハグリッドが犯人だった場合、壁に文字を書く理由が見当たらないのだ。そして、いくらハグリッドと言えどここまで騒ぎになって感づかないほどに鈍いとは思えない。

頭では完全に否定しつつも、一度出てきた疑惑は時間が経つと共に主張が激しくなってきた。時間もあるのだ。少しばかり、ハグリッドの話を聞きに行ってもいいだろう。

そう思い立ってローブを着こみ外へと出かけた。クリスマスが近づいているからか、外は随分と冷え込んでいた。吐いた息が白く染まった。

ハグリッドの小屋に向かいながら、ホグワーツに来てからこうして外を出歩いたことがほとんどないことに気が付いた。たまにはこうして外に出るのも悪くない。森に近づくにつれ深くなる茂みを眺めながら歩いていると、不意に前の方からガサガサっという音が聞こえてきた。驚いてそちらを見ると不自然に散らかり、少し揺れている葉や枝があった。明らかに何かがいた痕跡があるのだが、その何かは姿を現そうとしない。

不思議に思って近づいたのだが、何もいなかった。代わりと言っては何だが、一冊の古ぼけた本が置いてあった。拾って表紙を確認するとこれが日記であること、名前と五十年前の日付が書かれていることが分かった。

 

「……T・M・リドル」

 

聞き覚えもない。中身を見たが、どのページも白紙のままであった。手書きの名前に五十年前の日付と来たものだから、さっきまでここにいた人の所有物とは思えない。もしかしたら、さっきの人もこれを偶然見つけて中を見ようとしていたのかもしれない。そこに俺が来たものだから驚いて逃げた、というのが妥当だろうか? いや、ただ単に野生動物のいた場所にこの白紙の日記が置かれていただけかもしれない。

いずれにせよ、これは五十年前のリドルという人物の物であり今ではもうゴミ当然の扱いをされているということだ。そのままここに置いて行こうとしたのだが、どうもその気にはなれなかった。なんだか、日記を手にしている内に手放すのが惜しくなってきた。

どうせゴミなら、ノートの代用にでも使わせてもらおう。

そう思い、この日記は持ち帰ることにした。日記をローブに入れ、改めてハグリッドの小屋へと向かう。

ハグリッドの小屋の近くに着くと、ハグリッドは何やら畑の方で作業をしていた。

 

「ハグリッド、何をしてるんだ?」

 

「ん? おお、誰かと思えばジンか! 珍しいな、え? お前さんはホグワーツに来てからはちっとも会わんからな。部屋に閉じこもっとるのか? たまにはこうして外に出たらどうだ?」

 

「ああ、ここに来ながらそう思ったよ。で、その手に持っているのは? 死んだ鶏みたいだけど、クリスマス用にしては早すぎないか? まだ一週間近くあるぞ」

 

「ああ、こいつか。いやな、どうやら何かに襲われたらしく今朝見たら死んでおったんよ。可哀そうに。まあ、狐か吸血お化けの仕業だろうが、いずれにせよ新しい雄鶏を探さにゃならん。それよりもお前さん、こんな所で何をしちょるんだ?」

 

「ああ、まあ、少し聞きたいことがあってさ」

 

ここまで来て、秘密の部屋について聞くのに抵抗が生まれてきた。別にハグリッドを疑っている訳ではないが、秘密の部屋について知っているかといきなり聞くのは気を悪くさせるかもしれない。しかし、ここまで来て何もせずに帰るわけにもいかない。思い切ってストレートに聞くことにした。

 

「秘密の部屋の化け物について、何か知ってることは無い?」

 

ハグリッドは驚いてこちらを振り返った。気を悪くさせたのかもしれない。何か言おうとしては、口を閉じ、それを何回か繰り返してようやく返事をした。

 

「……何で、俺にそんなことを聞くんだ?」

 

「深い意味は無いさ。ただ、ほら、ハグリッドほど動物に詳しい人もホグワーツには心あたりが無いし」

 

慌ててそう言うが、黙ったままだった。やはり、何か知っているのだろうか?

ハグリッドは少し考えるようにしてから話し始めた。

 

「秘密の部屋の怪物について、俺は何も知らない。そりゃ、確かに前に秘密の部屋が開かれたのは俺のいた代だったが……」

 

「ちょっと待ってくれ。以前にも秘密の扉が開かれたのか?」

 

突然の暴露に、思わず話を遮ってしまった。驚いた俺を見た、ハグリッドはさらに驚いた。

 

「なんだ、お前さんはそのことを聞いて確認しに来たんじゃなかったんかい?」

 

「ああ、言っただろ? ただ、ハグリッドが動物好きだから聞きに来ただけだって……」

 

「そうか。てっきり、俺はお前さんが事情を知ってここまで来たのかと……」

 

「事情? 何かハグリッドに関係があるのか?」

 

そう聞くとハグリッドはまた黙ってしまった。やはり何か知っているのだろう。そう思って答えを待った。

 

「……いいか、これは誰にも言わんでくれ」

 

話すことを決めたのか、ハグリッドは表情を固めるとそう声を潜めて言った。俺は無言で頷いて続きを待った。

 

「俺が三年生の時だ。俺は珍しい生き物を飼っとった。卵から孵して、ずっと箱の中に入れて育てたんだ。アラゴグっちゅう巨大蜘蛛よ。アイツは俺によく懐いてくれた。俺も、アイツのことは親友だと思っとった。勿論、今でもだ。しかしそんな時だ、秘密の部屋が開いたのは。状況は今と変わらん。次々と生徒たちが石にされとった。秘密の部屋が開いてから、アラゴグはそれまで大人しかったのがウソみたいに外に出たがった。よく覚えちょる。『出してくれ、ここにはもういたくない』と叫んどった。俺は何とかアラゴグをなだめたんだ。まだ小さなアイツが外に出たら、たちまち他の奴らに殺されちまう。そう言って何とか抑えこんどった。……そして、とうとう事件が起きた」

 

ここまで一気に捲し立てると、落ち着くかのように大きく息を吸って話し始めた。

 

「一人の生徒が殺された。石化じゃねえ。完全な殺しだ。俺はとうとうアラゴグを外に出してやる決心をした。殺しが起きたホグワーツも、安全だなんて言えなかったからだ。生徒が殺された日の夜、俺はアラゴグの所に行くと、待ち伏せていた奴がいた。そいつは、アラゴグが秘密の部屋の怪物だと思いこんどった。アラゴグを殺して、学校に引き渡すと言ったんだ。冗談じゃねぇ! まだ赤ん坊だったアイツに、一体何ができるっていうんだ! だが、誰も俺の話を聞いてはくれなかった。何とかアラゴグは逃がしたが俺は犯人として捕まり、罪に問われ、ホグワーツを追放された……」

 

「……追放?」

 

「退学になり、魔法の使用を禁止されることだ。俺の杖は真っ二つに折られた」

 

ここまで言い切ると、大きく息を吐いた。

 

「俺の知っとるのはこれだけだ。どれも秘密の部屋には関係ない。俺は何も知らん」

 

それから、急にソワソワしてこちらを見始めた。どうしたのかと問えば、先程よりももっと小さな声で頼んできた。

 

「お前さんを信じて、このことを教えたんだが……。このことは、本当に誰にも言わんでくれ。また容疑にかけられるのも、俺には耐えられん……」

 

「……勿論。誰にも言わないさ」

 

そう頷くと、少し安心した様に別れを告げて逃げるように小屋へと戻って行った。

暇つぶしと疑惑を解きに来ただけだったが、思いがけない収穫だった。以前に秘密の部屋が開かれたこと、ハグリッドがホグワーツを追放されたこと、そして、このままでは死人が出るであろうこと。

知れば知るほど、どうにかしたい気持ちが溢れてきた。事件に関しては傍観を決め込むつもりだったが、そうはいられなくなってきた。ハグリッドとハーマイオニー。どちらも秘密の部屋の被害者になり得る人物。そして俺の大事な友人だ。何でもいいから、出来ることをしたいと思うのは自然なことだ。

何か知っていることがあれば、手掛かりがあれば、直ぐにでもダンブルドアに渡そう。そして、自分からも関わりに行こう。スリザリンの継承者だとか疑われてもいい。問題が解決するなら、些細なものだ。ドラコは傍観を決めるであろうが、それでもだ。いや、死人が出ると聞けば協力してくれるかもしれないが……。

兎に角、そう心に決めた。

 

 

 

寮に辿り着くと、明るい表情のドラコ達が俺を待っていた。

 

「ジン、聞いてくれ! 君の疑いが晴れたかもしれないぞ!」

 

「……お前らは決闘クラブに行ったんじゃないのか? どうして俺の疑いが晴れたりするんだよ」

 

相変わらず、ここは何が起こるか分からない。少し呆れながら聞くと、ブレーズが話し始めた。

 

「コイツがポッターと一騎打ちすることになったんだ。まあ、随分な見ものでな。で、コイツが魔法で蛇を呼び出したわけだが、そこで新事実が発覚したわけよ」

 

「何が分かったんだ?」

 

ドラコが少し興奮しながら後を引き受けた。

 

「ポッターはパーセルマウスだった。つまり、蛇語が話せるんだ。皆、君からポッターへと疑いの目線を動かしているよ! これで、ジンも楽になるはずさ!」

 

蛇語使い、パーセルマウス。曰く、闇の魔法使いとしての揺るぎ無い才能の一つという。蛇語を扱ってきた者の多くは、闇の魔法使いとして名を上げている。かのサラザール・スリザリンも、名前を言ってはいけない例のあの人も蛇語使いだそうだ。

そんな人物がこの時期に現れたら疑われるのは当然だ。ポッターには気の毒だが、確かに俺は楽になるだろう。

 

「次から、君も決闘クラブに参加したらどうだい? まあ、あの惨事じゃ次があるか分からないけど……」

 

「随分と色々あったんだな」

 

「ああ、これでクリスマスまでは話題の種が尽きない程さ」

 

愉快そうに決闘クラブの惨事を話すブレーズとドラコに耳を傾け、相槌を打ちながら過ごした。ロックハートが主催だったことを聞いた瞬間、行かなくてよかったと心底思った。

話もそこそこに、時間も遅くなったことでそれぞれの自室に戻って行った。自室に着くとドラコは直ぐに眠りについた。疲れがたまっていたのだろう。対し、俺は少し寝れなかった。今日で得た情報が頭をぐるぐると回るのだ。そこで、丁度拾った日記のことを思い出した。日記を書けば、少しは落ち着くかもしれない。折角、手に入ったのだ。有効活用させてもらおう。

そう思い、日記を取り出し開く。用意した羽ペンにインクをにじませ、文字を書いていく。

 

『秘密の部屋について、追求していくことを決めた。今はとにかく、情報が欲しい』

 

そう書いて、いざ今までのことを纏めようとしたら不思議なことが起きた。

書いた文字が光りだし、日記へと溶け込んでいった。それだけでも驚きなのに、日記には新しい文字が消えた時を逆再生するように浮かび上がってきた。

 

『こんにちは。僕の名はトム・リドル。秘密の部屋について知っています』

 

 

 

 

 

 




次の更新はいつになるやら……。

不定期です


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襲撃

少し短め。
原作通りなところが多い。


『こんにちは。僕の名はトム・リドル。秘密の部屋について知っています』

 

驚いて羽ペンを落としかけた。直ぐに我に返り、返事を書きつけていく。

 

『あなたは何ですか? これは何ですか? 秘密の部屋について、何を知っているのですか?』

 

最初と同じ様に文字は一瞬だけ輝き、日記に溶けて行った。そして、返事が浮かぶ。

 

『僕はかつてホグワーツに通っていた者です。僕の通っていた日付は、表紙に書かれているはずです。そしてこれは、僕は、僕が十六歳の時に封じ込めた記憶です。僕は秘密の部屋の怪物と、それを解き放った人物を知っています』

 

返ってきた答えに、驚きを隠せなかった。まさかこんな所に秘密の部屋の騒動を収める手掛かりがあるとは。文字を読み、それが消えぬ内に続きを書きつけていく。事件が解決するかもしれないという期待が、筆を進ませる。

 

『教えてください。あなたの知っていることを、誰が何を解き放ったのか、どのようにして事件が終わったか。私は今、ホグワーツにいます。そして、ホグワーツでは再び秘密の部屋が開き、その猛威を奮っているのです。生徒が襲われ、石化しました。私はこの事件を解決したいのです。死人が出る前に、何としても』

 

書きつけた文字は消え、答えが浮かび上がってくる。心なしか、そのスピードが上がっているように思えた。

 

『あなたがよろしければ、事件が終わった夜の記憶にお連れ致しましょう。僕が犯人を捕らえた時の記憶です。僕の言うことを信じるか信じないかは、あなたの自由です。どうしますか?』

 

迷いはない。読んだ瞬間に答える。

 

『お願いします、見せてください』

 

そう書き込んだ途端に、日記が強風に煽られるようにパラパラとめくれ、あるページで止まった。そのページには何やら画像が浮かび、動き始めた。もっとよく見ようと顔を近づけると、引き込まれる感覚と共に自分が落下するのを感じた。座っていたはずの椅子の感覚は無くなり、目の前は真っ白になった。

 

 

 

 

 

地面に足が付く感覚と共に視界が開けて行った。そこは見たことのない円形の部屋だった。壁は本と絵でいっぱいで、真ん中には知らない老人が椅子に座って溜め息をついていた。その顔色はお世辞にも良いとは言えない。

ここが記憶の中か……。確かめるように目の前の積まれた本へと手を伸ばす。手は本に触れることなくすり抜けてしまった。まるでゴーストになった様な気分だ。

ドアがノックされた。

 

「お入り」

 

老人がそう言うと、十六ぐらいの少年が入ってきた。背が高く、少し青白い顔をした黒い髪のイケメンだった。

 

「リドルか」

 

「ディペット先生、何か御用ですか?」

 

「お座りなさい。丁度、君の手紙を読んでいたところじゃ」

 

「あぁ」

 

リドルはそう呟くと、言われたとおりに椅子に座った。緊張しているのか、両手は強く握りしめられていた。

 

「リドル君、夏休みの間は学校に置いてあげることはできないんじゃよ。休暇中は家に帰りたいだろう?」

 

「いいえ、先生」

 

老人が優しく問うと、リドルは即座に否定した。

 

「僕はホグワーツに残りたいんです。その、あそこに戻るよりは……」

 

「君は休暇中はマグルの孤児院で過ごすと聞いとるが?」

 

「はい、先生」

 

「君はマグル出身かね?」

 

「ハーフです。父がマグルで、母が魔女です」

 

「それで、ご両親は?」

 

「母は僕が生まれて間もなく亡くなりました。僕に名前を付けるとすぐに。孤児院ではそう聞きました。父の名前を取ってトム、祖父の名を取ってマールヴォロです」

 

老人は何とも痛ましいという表情で頷いた。

 

「しかしじゃ、トム。特別措置を取ろうと思っておったが、しかし、今の状況では……」

 

「先生、襲撃事件のことでしょうか?」

 

この言葉に、思わず身構えた。これから、どうやって事件の終わりまで持っていくのだろうか?

 

「その通りじゃ、分かるじゃろう? 学期が終わった後、君が城に残るのを許すことはどんなに愚かな事か。特に、先日の悲しい出来事を考えると……。可哀そうに、女子学生が一人死んでしまった。孤児院に戻った方が安全なんじゃよ……。それにな、実は、魔法省はこの学校の閉鎖さえ考えとるんじゃ……」

 

「先生……もしその人物が捕まったら、もし事件が起きなくなったら……」

 

「どういう意味かね?」

 

老人は姿勢を正すと、上ずった声で聞いた。

 

「リドル、何かこの襲撃事件について知っているとでも?」

 

「いいえ、先生」

 

リドルの慌てた答えに、老人は失望したような表情になり、椅子にもたれかかった。

 

「トム、もう行ってよろしい」

 

リドルは一礼すると、部屋から出て行った。後を追うと、リドルは螺旋階段を下りて廊下をスタスタと歩いて行くところだった。何が起こるのか分からず黙って後を追う。リドルは急に立ち止まり、何か思い悩むような表情をした。唇をかみ、額に皺を寄せ、手を握り締めている。それから、決心したかのように急ぎ足で再び移動し始めた。そのまま玄関ホールまでは誰とも会うことは無かったが、そこで誰かがリドルを呼び止めた。

 

「トム、こんな遅くに歩き回って何をしているのかね?」

 

長いふさふさしたとび色の髪に豊かなひげを蓄えた背の高い魔法使いが立っていた。パッと見で分かる。これは五十年前のダンブルドアだ。その面影はありありと浮かんでいる。

 

「はい、先生。校長先生に呼ばれておりましたので」

 

「では、早くベッドに戻りなさい。この頃は廊下を歩きまわらない方が良い」

 

そう言うと、ダンブルドアは大きく溜め息を吐きお休みと言ってその場を去った。リドルはダンブルドアが見えなくなるまで立ち止まっていたが、視界から消えた瞬間、再び急ぎ足で移動し始めた。

リドルの行先は魔法薬学の地下教室だった。リドルは教室のドアを完全に閉め中に潜んだため、視界には廊下と暗闇に見えるリドルの輪郭しか映らなかった。そして、そのままリドルは何かを待つかのようにジッとしていた。

そのままの状態がかなり長く続いた。十分ほどその状態に耐えていたら、何やら廊下から足音が聞こえてきた。リドルは足音が教室を通り過ぎると、すぐさま影のように教室から抜け出し足音を追い始めた。そして、ギーッというドアが開く音と共に話し声が聞こえた。

 

「おいで……。お前さんをここから出さなきゃなんねぇ。さあ、こっちへ。この箱の中に……」

 

その声を聴いた途端、リドルはパッと物陰から飛び出した。部屋の中では、どでかい少年が大きな箱を持ち、開いた扉の前に立っていた。

 

「こんばんは、ルビウス」

 

「トム、お前さん、こんな所で何しとるん?」

 

慌てた様に少年が反応し、後ろにある扉を閉めた。

 

「観念するんだ」

 

リドルはそう言いながら少年にじりじりと近づいて行った。

 

「ルビウス、僕は君を突き出すつもりだ。襲撃事件が止まなければ、ホグワーツの閉鎖の話だって出ているんだ」

 

「お、おれは何が言いてぇのか……」

 

「君が誰かを殺そうとしただなんて思わないさ。だけど、怪物はペットにふさわしくないんだ。君はそいつをちょっと運動させようとしただけなんだろうけど」

 

「コイツは誰も殺してねぇ!」

 

少年は扉の方へと後ずさり、その奥からガサゴソと何かが暴れる音がした。

 

「さあ、ルビウス」

 

リドルはもう一歩近づきながら、呼びかけた。

 

「死んだ女子生徒のご両親が、明日学校に来る。娘さんを殺した奴を確実に始末するんだ」

 

「コイツじゃねぇ! できるはずがねぇんだ! 絶対にやっちゃいねぇ!」

 

「どいてくれ」

 

リドルは少年の叫びを無視すると、杖を取り出した。リドルの呪文は燃え上がる様な光で廊下を照らした。すると、少年の後ろの扉が物凄い勢いで開き中から化け物が飛び出してきた。それを見た瞬間、思わず一歩身を引いてしまった。

毛むくじゃらな胴体に絡み合った黒い足、ギラギラ光るたくさんの目にデカいハサミ。それがものすごいスピードで低い位置を走っていく。

リドルはもう一度杖を振り上げたが遅かった。その生き物はリドルを倒し、大急ぎで廊下へと消えて行った。

リドルは起き上って追いかけようとするも、少年がリドルに飛び掛かった。

 

「やめろおおおおおおお!」

 

それを見届けた所で、また視界が霞んでいき、妙な浮遊感を感じた。

 

 

 

 

 

気が付けば、椅子に座っていた。手を机に伸ばす。今度は通り抜けることは無かった。記憶から帰ってきたということか。

あれがリドルの記憶。考えるまでもない。明らかにハグリッドの話と同じだ。リドルは勘違いをしていたということだ。あの耳も貸さなかった人というのがリドルなのだろう。

新しい情報は何一つなかった。死んだという女子生徒についても、分からずじまいだ。物のためしに書き込んでみた。

 

『リドル、お話しできますか?』

 

『ええ、勿論です。他に聞きたいことがあるのですか?』

 

答えはすぐに返ってきた。

 

『死んだ女子生徒について、詳しい情報を教えてください』

 

書き込むと、今までと違い少しだけ答えに時間がかかった。まるで悩んでいるかのようだ。

 

『死んだ女子生徒はトイレで発見されたそうです。外傷は無く、まるで死の呪文にかかったかの様だと聞きました』

 

『死の呪文、とは?』

 

見覚えのない単語に、思わず質問する。この答えはすぐに返ってきた。

 

『許されざる呪文の一つです。反対呪文の存在しない、不可避の死を与える恐ろしい呪文。アバダ・ケダブラです』

 

答えを聞いて驚いた。そんな呪文が存在するのかと。そして日記を改めて見る。これが十六歳の少年の記憶だという。これだけ高技術に記憶を封じ、五十年もそれを衰えさせない。そして、闇の魔術に関する知識さえも貯蓄されている。これが十六歳の少年の遺したもの……。今更ながら、日記の特異性に気が付いた。

明日、ダンブルドアに届けよう。なるべく早い時間に。初めからそうするべきだったのだ。俺では、どの道この日記の情報を十全に扱えはしない。五十年前の情報を得た所で、全く犯人逮捕には繋がらなかった。その点、ダンブルドアなら十分に役立てるだろう。

日記を鞄にしまい、灯りを消して眠りにつく。これが少しでも犯人逮捕に繋がればと思いながら。

 

 

 

 

 

翌日、幸運なことに吹雪で休校だった。自由な時間が多くなり、日記を届けるのに都合がいい。鞄から日記を取り出すと、そのまま談話室を抜け、届けに行こうとした。

 

「ジン、どうしたんだい? 今日は授業が無いはずだが? これからブレーズ達とカードゲーム大会を開くんだが、参加しないのかい?」

 

談話室を出ようとした俺に気が付いたドラコが声をかけてきた。そう言えば、誰にも日記のことを話していなかった。

 

「少し用事がな。直ぐに戻ってくる。カードゲーム大会とやらには、後で参加させてもらうよ」

 

そう言って、少し不満げなドラコを置いてさっさと廊下へ出る。

持っている日記を眺めながら、校長室を目指す。日記は不思議と手になじむ。昔から持っていたような錯覚に陥り、渡すのが少し惜しくなってくる。しかし、これで事件が解決するのならばそれに越したことは無い。古道具に沸く物欲など、大事な友達の助けになることに比べればどうということは無いはずだ。

そう考え事をしながら、校長室に繋がる人気のない廊下に入る。記憶にあったように、この廊下を抜け螺旋階段を登れば校長室だったはずだ。と思い出していると、こちらに走ってくる足音が聞こえた。考え事をしていたせいか、足音は気づかぬ内にすぐ側まで来ていた。

こんな所を使う奴もいるんだな、と特に気にすることもなく先に行こうとしたが、足音が真後ろに来た瞬間、腰に強い衝撃が来た。思わず膝をつく。何が何だか分からぬまま、背中に、頭にと次々と衝撃が襲ってくる。何とかしようとローブの中の杖に手を伸ばすが、打ち所が悪かったのか、頭に来た衝撃のせいで上手く動けない。振り向くこともできず、そのまま廊下に倒れ、相も続く衝撃によって意識が遠のいて行く。そして、トドメとばかりに頭にデカい衝撃が来て、完全に意識を失った。

 

 

 

 

 

ジニーは息を切らしながらトランクを抱え、廊下に倒れて動かなくなったジンを見下ろした。頭から血を流しているジンは生きているのかさえ怪しく見えるが、かすかに聞こえる荒い呼吸音が確かに生きていることを示している。

やってしまった。日記のために、とうとう本当に人を襲ってしまった……。

そう混乱しながら、当初の目的の日記をジンの手からもぎ取る。リドルは自分の秘密を目の前で倒れているスリザリン生に教えてしまっただろうか? いや、今はそんなこと関係ない。とにかく、日記をしっかりと手元に保管しておくのだ。誰にも見られないように。

昨日、ジニーは気が付けば校庭にいて血まみれになっていた。そんな時にジンが通りかかり、慌てて茂みに隠れたのだがその際に日記を落としてしまった。後で拾おうと思っていたが、彼は何を思ったか拾った日記をローブに入れて持ち帰ったのだ。リドルが自分の秘密をペラペラ話すとは思えない。しかし、この少年は明らかに校長室へと向かっていた。この本にはジニーの言えない秘密がたくさん入っている。皆を襲っているのが自分かもしれないこと、事件の起きた時の記憶が自分には丁度ないこと、そして、ハリーへの思いも。

日記を握り締め、トランクを持って自分の寮へと向かう。ジニーにとって幸運なことに、今日は吹雪で休校だった。廊下を歩く人もめったにいない。誰にも見つからず自室に戻るのも難しくなかった。

部屋に着いたジニーは直ぐに日記を開き、リドルに聞いた。

 

『トム、知らない男の子がこの日記を拾ったの。彼は何か書き込んだりした?』

 

いつものように文字は光って溶けていき、逆再生のように返事が浮かぶ。

 

『ええ。彼は僕に対して興味を持ったようでいくつかの質問をしました』

 

『私のことは教えたの?』

 

震えた手で質問すると、答えはあっさりと返ってきた。

 

『いいえ。彼には君のことは一切教えていないよ。でも気を付けて。僕は所詮、魔法のかかった日記だ。でも、この魔法はとても珍しい。彼の様に興味を持った人が手にすると、無理やり魔法を調べようとして、僕の中の情報を全部持って行ってしまうかもしれない。君が教えてくれた、君の知られたくない秘密も全部』

 

日記の返事を読んで、安心と恐怖がジニーを襲った。今は手元にあるが、彼がこの日記を校長へと渡して調べられでもしていたら、自分はホグワーツを退学で済んだかどうか……。幸い、彼は何も知らない。

このまま、絶対、誰にも打ち明けず、秘密を貫き通す。

ジニーは改めて決意を固め、日記を抱きしめた。そのまま、徐々に意識が薄れて――

 

 

 

 

 

目が覚めれば、ベッドに横たわっていた。俺はどうやら医務室に運び込まれたらしい。首だけ動かして、周りを見渡す。できれば、二度来たくはなかった場所だ。大きく溜め息を吐く。

本気で、厄介ごとに関わりに行くのを止めようかと思う。まだ二年目だというのに、何故かこのままでは安全な学校生活送れる気がしない。

俺が意識を取り戻したのが分かったのか、マダム・ポンフリーがこちらに来た。何故か、マクゴナガル先生も一緒にいた。

 

「大丈夫ですか? 吐き気や眩暈は? まだ安静にしていなくては」

 

「ああ、はい。……あの、俺、どうなったんでしょうか?」

 

心配そうに体の具合を聞くマダム・ポンフリーに質問してみる。

 

「頭骸骨骨折と脳震盪、それとアバラが一本折れていました」

 

症状を聞くに、少し危なかったんじゃないかと思う。それが顔に出ていたのか、マクゴナガル先生が言った。

 

「もう少し遅ければ、命に関わってきたでしょう。幸い、発見がそこまで遅くならなかったので後遺症も何も心配はないそうです。ただし、今日明日は絶対安静だそうです」

 

曖昧に頷きながら、目を閉じる。もう一度寝てしまおう。そう思ったが、マクゴナガル先生の話はまだ続いた。

 

「あなたから聞かなければならないことがあります。あなたは、自分を襲った物の正体を見ましたか?」

 

「いいえ。しかし、恐らくですが、化け物の類ではなく人間だと思います」

 

「何故そう言えるのです?」

 

「襲われる前に、足音がしました。それと、もし俺を襲ったのが一連の化け物の仕業なら、石化して終わるはずです」

 

マクゴナガル先生は、俺の返事を聞くとしばらく黙ってしまった。それから、静かに話し始めた。

 

「我々も、同じ考えです。何か手掛かりがあれば、と藁にもすがる思いでしたが……。事件は悪化を辿っています。あなたが気を失っている間に、ハッフルパフの生徒が一人、ゴーストが一体、襲われました。手掛かりがないのは残念ですが、とりあえずあなたが無事であったことを喜びましょう」

 

手掛かり、という言葉に日記のことを思い出した。

 

「先生、俺が倒れているところに本はありませんでしたか? 持っていたはずなんですが……」

 

「いいえ、ありませんでした。無くしたのですか?」

 

「……ええ、多分」

 

日記が無かったということは、犯人の目的は日記だろう。しかし、ならなおさら俺は死んでいなければおかしい。日記にある五十年前の記憶を隠そうとするのは、秘密の扉を開けた犯人以外にいるとは思えない。なのに、こうして石化もせずに生きている。 いや、秘密の部屋を開けた犯人にとってあの日記の情報は立派なデコイになる。広めたいと思ってもおかしくない。ならば、俺を襲ったのは全く関係のない人物なのだろうか? 考えれば考えるほど、泥沼化していく。

マクゴナガル先生は退出していき、マダム・ポンフリーに面会は本日中は禁止だと言われ、必然的にベッドに横たわって一人になることとなった。考えても考えても考えはまとまらず、退院したらダンブルドアに相談しようと決めていったん考えるのを止めた。ドラコ達に心配をかけていることを思うと、少しだけ胸が痛んだ。できれば、このことは知らずにカードゲーム大会を楽しんでいて欲しい。

 

 

 

 




前回の後書きで書こうとしていたこと

「次回、ジニーがジンに熱烈なアタックを仕掛ける! あまりの強烈さにジンは頭痛を覚えます」

やらなくてよかったと心の底から思ってる。深夜テンションの恐ろしさを顧みた。

感想、評価、アドバイスなどお待ちしてます



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ポリジュース薬

半分近くが主人公不在


襲われてから翌日、ドラコ達が見舞いに来た。怪我が大したことが無かったことに、全員がホッと一息を吐いた。

 

「純血だよな、お前? 何で襲われたんだ?」

 

「それは俺が知りたい」

 

ブレーズの疑問に返答する。心当たりはあるが、日記に関してはおいそれと口に出すべきではないだろう。少なくとも、日記が原因で襲われたのであれば話す相手は慎重に選ぶべきだ。

 

「……君を襲ったのは継承者ではない、というのは考えられないのかい?」

 

「ドラコ、心当たりがあるの!?」

 

しばらく黙っていたドラコが、俺に質問してきた。何か気になることでもあるのか、その表情は何処か浮かない。そんなドラコの質問に、パンジーは素早く食い付く。

 

「いや、心当たりということでもないよ。例えばさ、君が継承者だと勘違いした何処かの馬鹿が先走って君を殴りに来たとか……」

 

「どうだかなぁ……」

 

ありそうで、ない意見だと思う。日記のことが無ければ十分に候補の一つとして挙げても良かっただろう。もし俺を継承者だと勘違いした奴の仕業ならば、わざわざ日記みたいな襲った証拠を持ち帰ったりしないだろう。日記が無くなった時点で、目当ては俺より日記だったと考えるのが自然だ。そしてあの日記を必要とする人間は、少なくとも継承者と無関係とは言えない。

 

「継承者には、君を襲う理由なんてないと思うんだ」

 

弁解じみた言い方に、ドラコは継承者が俺を襲ったとは思いたくないように見える。

そう言われて、継承者が俺を襲う理由を考えてみる。マグル生まれやスクイブを排除したい人にとって、純血の俺を排除したい理由。

 

「その辺は、無いようであったりするから困る……。むしろ、石化していない時点で継承者が襲ったって考えられなくもない」

 

「普通は逆じゃないのかい?」

 

「いや、俺が純血だから石化しないで済んだとかさ」

 

そう答えるとブレーズやダフネは納得した様な声を出した。ドラコはそれでも納得していないようで、パンジーは何の話しか分かっていないようだ。

 

「それじゃあ、君が襲われる理由は?」

 

「ああ、その辺は微妙だが、俺がマグル育ちとかさ。そう考えたら、他にもあるだろ」

 

今度こそドラコは沈黙してしまった。それからしばらくして、ドラコ自身が控えめな声で付け足した。

 

「そうだね。マグル生まれの排除にも反対だった」

 

「それは継承者が俺を襲うとしたらはネックな部分になるだろうな。まあ、結局犯人は分からず仕舞いだけど」

 

ドラコがようやく継承者が俺を襲ったという可能性を肯定すると、少し暗い顔になって立ち上がった。

 

「その……、君が何ともなくて本当に良かったよ。僕は少し先に寮に戻る。やりたいこともあるしね」

 

そう言うと、パンジーと一緒に病室を出ていってしまった。残ったブレーズとダフネに質問してみる。

 

「ドラコに何かあったのか? あんまり元気がないみたいだが……」

 

「さあ? 強いて言うならお前が襲われた位だろ」

 

ブレーズも心当たりがないらしく、俺と同じように首をかしげる。

 

「あなたが襲われたからでしょう、元気がないの」

 

何も分からない俺達にダフネが言った。

 

「どういうことだ?」

 

何か知っているようなダフネに、質問を重ねる。

 

「純血のスリザリン生で成績も優秀、そんなあなたが襲われたのがショックなんじゃない」

 

「それがどうした? 少なくとも、襲われる理由は無いわけじゃねぇだろ」

 

ブレーズの反論にも、ダフネの主張は曲がることは無い。

 

「ドラコはサラザール・スリザリンに少し妄信的な所もあるから、襲われる理由が分かっても納得しきれないのが余計にショックなんでしょう。ドラコ自身も、マグル生まれに対して考えが変わってきていたでしょう? あなたとハーマイオニーが原因で。もしあなたを襲ったのが継承者なら、それが否定されている気分なのよ、サラザール・スリザリン自身に」

 

少し納得がいった。ドラコがマグル生まれに対して軟化したのは十分に分かっていたが、それがこんな所で裏目に出るとは思わなかった。

 

「何となく分かるわ、それ」

 

ブレーズも同意の声を上げた。

 

「俺も何だかんだ言って、マグル生まれとかあまり考えなくなってきてたしな。昔は今回みたいな事件が起きてたら、はしゃいでたかもしんねぇ。今はお前もいるし、むしろ心配ごとの方が目につくようになったな」

 

お前の苦労体質が移った、と笑いながら言った。そんなブレーズの言葉を聞きながら、いつの間にか入っていた肩の力を抜く。ダフネも少し笑った。

 

「あいつも俺も、ちょっと変わった。まあ、あいつは依然とファザコンだが……」

 

そこで、ブレーズは気が付いたかのように声を上げた。

 

「分かったぜ、ジン。あいつがお前を気に入った理由!」

 

「何だよ、いきなり」

 

苦笑いと共に聞くと、ブレーズは笑いながら言った。

 

「あいつ、お父さんが大好きなんだよ。だから、お前も大好きなんだ」

 

これにはダフネが大笑いだった。俺も少し呆れながら、やっぱり笑ってしまった。

 

「あいつが落ち込んでる時に、何を言ってんだよ」

 

「もしかしたら、落ち込んでいるというよりも迷っているのかもしれないわね」

 

「……今の考えと昔の考え、どっちを取るかを?」

 

「そうね、そうというよりは……」

 

人差し指を口に当てて考えるような仕草をしてから、こちらを向いて悪戯っぽく微笑み

 

「二人のお父さんの、どっちを信じるかじゃないかしら?」

 

そう言った。

 

 

 

 

 

ブレーズもダフネも帰って行った後、暇を持て余したままボンヤリと寝ていたら新しい訪問者が現れた。

 

「調子はどうかね?」

 

ダンブルドアだった。驚くが、予想はしていたので直ぐに姿勢を正して対応する。

 

「もう大丈夫です。石化もしていませんし、怪我も大したことが無く済みました」

 

「それは何よりじゃ」

 

ダンブルドアは微笑みながら、近くの椅子に座った。

 

「残念ながら、君を襲ったのが何者か我々には分からない。そして、君にも分からないじゃろう。しかし、君に聞きたいことがあるのじゃ」

 

ダンブルドアは少し真面目な顔で話した。

 

「初めて秘密の部屋が開かれた時、君は一番初めにその現場におった。今回、君は他の犠牲者が出ると同時にこうして医務室へと送り込まれる形になった。どうも、君が事件とは無関係と考えにくい部分がある」

 

そう言われ、ダンブルドアに対して警戒心を抱かずにはいられなかった。

 

「去年、儂と君が話したことは覚えておるかね?」

 

「ええ、勿論です」

 

闇の素質、第二の闇の帝王のことだろうか? 忘れるはずもない。

 

「結構。それでは聞こう」

 

ダンブルドアが俺から視線を離すことは一切なかった。俺も、ダンブルドアを見返す。

 

「君は何かこの事件に関して知らんかね? 儂に、何か言いたいことは無いかね?」

 

ダンブルドアがこんな聞き方をしているのはわざとだろうか? 青い瞳から感じる強い意志は、ダンブルドアが俺を疑っているようにしか見えなかった。そして、何故かハグリッドのことが頭に浮かんだ。

冤罪によってホグワーツを追放され、魔法を奪われ、森番を強いられた、一部の人達から蔑みの眼で見られている優しいハグリッド。

急に何もかも打ち明けるのが怖くなった。日記のことも、突然聞こえてきたあの声も、話してしまえば、俺を犯人と誤解させるかもしれない。日記には闇の魔術が少なからず知識としては含まれていた。誰にも聞こえない声が聞こえる、ということは魔法界では気が触れる前の兆候として有名だという。そして、闇の素質を抱える俺は、どうすればいいのだろうか?

頭が真っ白になった。何も考えられない。目をそらすことも、打ち明けることもできない。

 

「……いえ、何も」

 

嘘をついてしまった。ダンブルドアは何も言わなかった。しばらく俺を見つめたままだった。それから表情を緩め、

 

「そうか。では、お大事に。しっかり休むんじゃよ」

 

と言って病室を去って行った。

ダンブルドアが病室を去ってから後悔した。正直に話すべきだった。ダンブルドアは問答無用で切り捨てる人間ではなかったはずだ。疑わしきは罰せず。そう言って猫が石化した時も直ぐに開放してくれたではないか。

それでも言うのは怖かった。日記を持ったこと、声が聞こえたこと。二つとも、秘密の部屋が開かれていなかったら俺の抱える問題に直接に関わってくる。打ち明けたとしよう、ダンブルドアに何もかも。しかし、それで秘密の部屋とは別に、むしろ俺の闇の素質が問題視されるようになったら俺はどうすればいいんだ? 俺はどうなるんだ?

決意したはずだった。死人が出るということを知って、疑われるのは覚悟の上だったはずだ。それでも、ダンブルドアからの疑惑には堪えるものがあった。自分の中の闇の素質が、恐怖や不安を駆り立てるのだ。

思考は堂々巡りとなり、結局はダンブルドアに何も言えず、犯人が捕まるのをジッと待つしか自分には出来ないことを悟った。それはダンブルドアが来る前にしようとしていたことじゃないか。何も変わらないんだと、自分を納得させた。

事件のことは考えるのを止めて、ベッドに潜り込む。そう言えば、もうすぐクリスマスだ。

 

 

 

 

 

 

ジンが襲われた、という噂はドラコ達には勿論、ハリー達にも衝撃的だった。

ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人の中では最も疑わしかった人物の犯人である可能性が無くなったのだ。

 

「襲われたふりじゃないかな? 実は元気とか……」

 

ロンがそう言うと、すぐさまハーマイオニーが反論した。

 

「マクゴナガル先生に私が確認するのを聞いたでしょ? 少なくとも、誰かに襲われたのは間違いないって」

 

「それはそうだけど……」

 

ロンとは対照的にハーマイオニーは晴れ晴れとした表情だった。胸の重りが取れた、といった感じだ。

 

「言ったじゃない! 彼がそんなことをするはずないって」

 

得意げなハーマイオニーの様子を、ロンは白い眼で見た。

 

「それで、ポリジュース薬はどうするの? 捨てちゃう?」

 

ハリーが聞いた。ジンが犯人じゃないと分かった今、ポリジュース薬で何をするべきか分からなくなったのだ。

しかし、ロンとハーマイオニーの意見はハリーとは違った。

 

「これだけ苦労したのに、捨てるなんてとんでもないわ!」

 

「それに、マルフォイに聞きたいことは残ってる。エトウが犯人じゃないとしても、マルフォイが犯人じゃなくなったわけじゃないんだ。怪しいだろう? あいつがクリスマスにホグワーツに残るだなんて。去年はそのことで散々、君を馬鹿にしてきたのに」

 

「それに、ハッキリさせておきたいでしょう? 疑わしい人間が本当に犯人かどうか、しっかり自分の眼で」

 

ここまで言われ、ハリーは反論する気にはならなかった。それにマルフォイの疑いが晴れたわけではない、というのには同意見だった。

 

「ポリジュース薬の調子はどう?」

 

「長くお待たせしないわ。間もなく完成よ」

 

自信満々にハーマイオニーは答えた。

 

 

 

 

 

クリスマスはここに残ることにした。というのも、クリスマス前にあった廊下での会話が原因だ。

 

「よう、ジン」

 

「今年は、ここに残らないのか?」

 

声をかけられ振り返ると、フレッドとジョージが立っていた。

 

「久しぶりだな、二人とも。部屋の調子はどうだ?」

 

「絶好調さ。今日は、その話もしようと思って君に声をかけたんだけどね」

 

「クリスマス、実家に帰って何かしなくちゃならないことでも?」

 

「いや、特に何も決めてない。騒ぎのこともあって、一応は帰っておこうと思っただけだ」

 

そう返答すると、二人は顔を見合わせニヤリと笑った。

 

「なあ、クリスマスは俺達と熱い夜を過ごさないか?」

 

「身も心も震わせる、素敵なクリスマスにしてやるよ」

 

「……悪戯グッズの新作ができたのか? その言い方から、花火系統だな。それも音の馬鹿でかいやつ」

 

「当たり!」

 

「察しが良くて助かるよ」

 

そう言いながら、改めて俺に向き直る。

 

「君さえよければ、俺達と一緒に発明にでも取り組んでもらおうかなってね」

 

「部屋代、俺達は十分に払ってないからな」

 

笑いながら誘ってくれる二人に、どこか救われるような感じがする。それに丁度、笑い話や刺激が足りていなかったところだ。秘密の部屋の騒動のことなど、忘れてしまいたかったのだ。

すぐさま承諾すると、ホグワーツの居残りリストに名前を書きつけた。その際に気が付いたのだが、ドラコも残るというのは驚きだった。本人に直接尋ねると、

 

「ああ、まあ、やりたいことがあるんだ。少しね。父上からも許可はある」

 

そう濁してどこかに行ってしまう。以来クリスマスの話題になると、いつもそうなった。結局はドラコに深く追求することなく、クリスマスはフレッドとジョージと悪戯グッズを開発することとなった。

クリスマスに楽しみがあるお蔭で、残りの授業も大した苦にはならなかった。ブレーズ、ダフネ、パンジーなどの実家に帰るメンバーを見送りクリスマス休暇に入ると、必要の部屋で双子と新しく作ったという新作花火の実験と改良に取り組んだ。

 

「音がデカイはいいが、もっと見た目にインパクトは出ないのか? 閃光を走らせるとか」

 

と俺が言えば

 

「いや、閃光を使いすぎるとかえって花火の派手さを損なうんだ。それだったら、もっと火の量を増やした方がいい」

 

とジョージが反論する。

 

「ならロケットみたいな物じゃなくて、ライオンとか動物をかたどって音をその鳴き声に近づけさせるとかは?」

 

「それ、良いな」

 

「しかし、火を形づけるのはかなり大変だよなぁ」

 

俺が新しく提案すると、フレッドはかなり乗り気になった。ジョージは未だ否定気味だ。

 

「形が崩せない分、動きも単調になっちまう。やっぱロケットでもいいんじゃないか? 形を固定した方が、複雑な動きをしやすい」

 

「まあどっちにしろ、改良の余地はあるんだ。そこは要研究だろ」

 

こうしてワイワイ騒ぎながら、研究を重ねて行った。図書室から本を借りたり、新しく魔法を使ったり忙しかったが、それだけ充実していた。花火は理想の型にはいかなかったが、双子からは研究が進んだと感謝された。

こうしてクリスマスまではあっという間だった。

クリスマス前日、二人にクリスマスも必要の部屋に来るのかどうかを聞いた。

 

「悪いけど、流石にクリスマスは家族で過ごそうと思ってる」

 

「最近、末っ子が元気ねぇんだ。だから悪戯グッズの新作で元気出してやろうかと思ってね」

 

ならば、俺も寮にいようと決めた。

クリスマス当日、フクロウ便からいくつかのプレゼントが送られてきた。

ゴードンさんからは和菓子が。醤油煎餅に羊羹に緑茶が入っていた。ロンドンでも入手困難であろう品を態々手に入れて送ってくれたことに感謝した。ついでに、俺からゴードンさんへは魔法製の汚れ落としを。この間、試したら強力すぎて拭いた壁の色まで落ちていた。

ブレーズからはセンスのいい黒いグローブを。着け心地も良くて着けると暖かい。冬に丁度いい物だった。ダフネからは知らない魔法薬が送られてきた。ラベルには「疲労回復・リラックス・気分爽快 ストレスで倒れそうなあなたへ」というキャッチフレーズが書いてある。クリスマスでも心配かけていることを謝りたい。パンジーからはチョコレートケーキだった。何でも有名な菓子店の物らしい。少し甘かったが、おいしく食べ切れた。ドラコからは本が。神話に関する本で、興味深い物だった。しばらくはこれのお蔭で楽しく過ごせそうだ。ハーマイオニーからも本が。ロックハートの、教科書に指定されていない数少ない本の一つ。ハーマイオニーのロックハートへの思い入れが強いことだけは伝わった。ネビルからも本だった。薬草学に関する本で、授業にも役に立つ参考書。ネビルがこの手の物をプレゼントするとは驚いたが、役に立つことにもっと驚いた。他の分野もこうやって調べることが出来たら成績はメキメキと上がるだろうに。

ドラコはプレゼントを渡すと、今日もクラッブとゴイルを連れてどこかへと行ってしまった。やりたいことがある、と言っていた。しかし、それにしては必要以上に俺を避けている感じがする。ダフネの言うことが正しいのなら、迷っているのだろう。自分の意見をどうするか。ホグワーツに残ったのだって、親のいない所でじっくり考えたかったというのかもしれない。ならば無駄な声掛けは寧ろ邪魔になってしまう。そう思い、自室でドラコから貰った本を開いて大人しく読み進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー達はクリスマスディナーを終え、無事にクラッブとゴイルの一部を手に入れてマートルのいる女子トイレに集まっていた。

 

「はい、これに髪の毛を入れて。そしたらきっかり一時間、あなた達はクラッブとゴイルになれるわ」

 

渡されたポリジュース薬に大人しく髪の毛を入れる。ハリーもロンも、食後にこれを渡されるのは如何なるものかと思ったが口に出すことは無かった。

ハリーの持つゴイルのエキスは鼻くそのような色をしていた。鼻をつまみ、意を決して飲むと煮過ぎたキャベツの様な味がした。それから全身が溶けるような気持ち悪さに襲われて、しばらくしたら本物と全く変わらないゴイルになっていた。

 

「二人とも、大丈夫?」

 

口から出たのはゴイルの声だった。

 

「あぁ」

 

右から、クラッブになったロンの声が聞こえた。

 

「急がなくちゃ。ハーマイオニー、スリザリンの談話室まで案内してくれよ」

 

しかし、ハーマイオニーが個室から出てくる気配がない。

 

「私、いけないと思うわ! 二人だけで行って!」

 

「君が案内してくれなきゃ、行きたくても行けないじゃないか。ハーマイオニー、ミリセント・ブルストロードがブスなのは分かってるよ。誰も君だなんて思わないさ」

 

ロンが呆れながら声をかけるが、頑なにハーマイオニーは出てこない。

仕方なくハリーとロンの二人で歩くも、散々だった。重い体で十五分も歩き、やっと見つけたと思ったスリザリン生は実はレイブンクロー生だったり。そして今、何故かクリスマスなのに巡回しているパーシーに捕まっている。

 

「こんな所で何している? そこにいるのはクラッブだな?」

 

「え? あ、ああ、ウン」

 

「近頃は危険だ。夜の廊下を出歩くものじゃない」

 

「自分はどうなんだよ……」

 

いつもに輪をかけての傲慢さに、ロンは呆れながらも反論を漏らす。静かな廊下で、パーシーがそれを聞き逃すはずがなかった。

 

「僕は監督生だ! 僕を襲うものなど、居はしまい! 君達はさっさと自分の寮に帰りたまえ」

 

パーシーの詰問に戸惑い、ボロが出そうなところで困っていたら後ろから声が聞こえた。

 

「こんな所にいたのか、お前達」

 

いつも通りの気取った声で、ドラコがこちらに向かって歩いてきたのだ。ハリーは生まれて初めて、ドラコに会えて嬉しいと思った。

 

「二人とも、また広場で馬鹿食いでもしていたのか? 探していたんだぞ。さっき父上から面白いものが届いた。それを見せてやろうと思ってな」

 

それからパーシーをチラリと一瞥すると、鼻で笑った。

 

「ウィーズリー、お前はこんな所で何をしているんだ?」

 

「監督生に少しは敬意を示したらどうだ? 君の態度は気にくわん!」

 

ドラコは憤慨するパーシーを無視して、ハリー達について来いと合図をしてスタスタと廊下を進んでいった。ハリー達は急いでドラコの後を追った。角を曲がって、完全にパーシーが見えなくなって、ようやくドラコは口を開いた。

 

「あのピーター・ウィーズリーの奴――」

 

「パーシー」

 

思わずロンが訂正してしまうが、ドラコは特に気にしない様だった。

 

「どっちでもいい。最近、コソコソと嗅ぎまわっている様だが……。何が目的なのか、僕には分かっている。スリザリンの継承者を一人で捕まえようというんだ」

 

ハリーとロンは緊張と期待に目を見交わせた。ドラコは鼻で笑うと、話を続けた。

 

「この僕でさえ、未だに手掛かりすら掴めていないのに。アイツなんかに捕まるものか。せいぜい、石にされるか、気絶させられて終わりだな」

 

今度は驚きで目を見交わせた。ドラコもスリザリンの継承者ではない。それどころか、事件に一切の関わりが無いと言っているのだ。

ハリーは直ぐに問い詰めたかったが、何とか押し留まった。ここで問い詰めたら怪しまれる。自分で話すのを待つべきだ。既に口を開いているロンの足を踏み、黙ってドラコの後を追うことにした。

石壁にある隠し扉をくぐり、地下にある談話室へと辿り着く。ドラコは迷わず暖炉の近くの椅子に進み、ハリー達にその近くの二つの椅子を勧めた。

 

「ここで待っていろ、今持ってくるから」

 

一体何を持ってくるのか。そう訝りながら、出来るだけくつろいでいる風に見えるよう努力した。ドラコは直ぐに戻ってきた。

 

「ほら、見ろよこれを。傑作だぞ」

 

そう言い渡してきたのは新聞の切り抜きだった。内容はハリー達が自動車で登校したため、ウィーズリーさんが五十ガリオンもの罰金を課せられた上に、職まで危ぶまれているというものだった。

 

「どうだ、おかしいだろう?」

 

待ちきれない様に聞くドラコに、無理やり笑みを引っ張り出して笑って見せる。笑顔というには歪で、随分と反応が遅れたがドラコは気にしない。本物のクラッブとゴイルもこれだけ鈍いのだろう。

 

「いい気味じゃないか。あれほどマグルびいきの連中なんだから、いっそ杖を折ってマグルの仲間入りしたらどうだい?」

 

ドラコは一通り嘲笑ってからもう一度新聞を手に取り、しみじみと話し始めた。

 

「それにしても日刊預言者新聞がこんなニュースではなく、これまでの事件を未だに報道していないとは驚きだ。恐らく、ダンブルドアが口止めしているのだろう。こんなことが公になってしまったら彼のクビが危ないからね。しかし、それも長くは続くまい。父上が何かしらの手を打っているそうだ」

 

ダンブルドアのクビが危ないと聞いて、ハリーは今までで一番の不安を感じた。ダンブルドアがいなくなれば、きっと犠牲者は一日に一人は出るだろう。ハリー達はそう確信していた。

 

「父上は継承者についてのことも知っておられるようだし、それを利用して何か大きなことをなさろうとしているのかもしれないね。ただ、慎重に事を運びたいそうだ。僕にでさえ、継承者の正体についてはほんの少しの情報も与えてくださらない」

 

「それでも誰が陰で糸を引いているか、君には考えがあるんだろう?」

 

「いや、無い」

 

ハリーの問いかけにも、ドラコは即答する。それからハリーを睨みつけるようにして見た。何かマズイことを言ったのかもしれない、と緊張でハリーの心臓が飛び跳ねた。

 

「何度言わせる気だ、ゴイル? 知っていたら、こんなに苦労していないだろう。何のために僕がわざわざ学校に残ったと思っている」

 

怪しまれていないことにホッとしつつも、全く見えてこない話に呆然とする。ロンも同じだった。その様子を見て、ドラコは頭痛を抑える様に頭に手をやった。

 

「いいかい、僕はどうしても継承者と話がしたいんだ。スリザリンの継承者となれば、サラザール・スリザリンが一体何を思って武器を残したのか理解しているだろうからね」

 

何やら説明を始めたドラコに、二人は黙って耳を傾ける。

 

「ジンが襲われた。ジンも言っていたが、襲った犯人は継承者かもしれない。それが本当なのか、そして、それが本当なら何故襲ったのか。それを確かめたいんだ……。と言っても、大方の予想はついているけどね」

 

溜め息と共に区切り、そして顔を上げる。

 

「ジンは穢れた血に近づきすぎたのかもしれない。いや、それだけじゃない。一番マズイのは、マグル生まれの追放を反対したことだろう」

 

これを聞いた瞬間、ロンが信じられないと目を見開いた。物凄い驚きっぷりであったが、ドラコは話に夢中で気付かない。

 

「勿論、それは理にかなった上でのことだ。魔法界の人員不足の解消にはマグル生まれは重要な役割を果たすからね。それを無駄にするのは勿体ない、というジンの主張も多くの人が理解するだろう。加えて、彼自身は純血の威厳を貶める気はない。純血とマグル生まれの明確な区別はハッキリと必要としている。マグル生まれを追放するのではなく利用する……。この考えも中々捨てたものではない。しかし、だ。そういうある程度は明確な考えを持っていたにも関わらずジンは襲われている。僕が納得いかないのはそこなんだ」

 

追放ではなく利用。それを聞いたロンはいくらか冷静さを取り戻したようだが、未だに動揺は隠せないでいた。ドラコはますます熱くなって、握り拳を作りまるで演説かの様にペラペラとしゃべる。

 

「サラザール・スリザリンとジン。どちらが正しいのか、継承者に会って確かめたいんだ。そしてジンが継承者の排除対象となるなら、僕は今までの考えを曲げてはいけない。ジンも、正しい道へと戻してやらないといけないからね」

 

そしてドラコは熱弁を止め、今度は少し不安げになった。

 

「……そして、あまりゆっくりしている時間は無いだろう」

 

「どういうことだい?」

 

思わずハリーが詰問する。ドラコは少し面食らったようだが、直ぐに答えた。

 

「僕が知っていることは少ない。以前、秘密の部屋が開かれたのは五十年前ということ。そして、その時に穢れた血が一人殺されたということだ。つまり、このままでは時間の問題だ。取り返しのつかないことになる」

 

「君がそんなことを言うとは意外だな」

 

ロンがそう言うと、今度こそドラコはハッキリと疑惑の目を向けた。

 

「何だ、クラッブ? やけに突っかかるな?」

 

そう言われて、余計な事を言ったと自覚したロンはしどろもどろに弁解を始めた。

 

「いや……君なら、ほら……マグル生まれが……あー……死のうと、関係ないと思うじゃないか?」

 

ドラコもしばらくは疑惑の目を向けていたが、また目を伏せると溜め息交じりに話し始めた。

 

「ああ、以前ならね。でも、そう、ジンと話してから思う所もある。マグル生まれの追放を掲げていたころよりも、より現実的だと実感できるものが見えてきたんだ。それに、グレンジャーだ」

 

ここでハーマイオニーの名前が出てきたことに、二人は思わず動揺する。

 

「どうした、二人とも。さっきから落ち着かないな?」

 

「いや、腹痛が……」

 

ドラコの疑惑にハリーが反射で答えるが、正解を引いたらしい。直ぐに納得した様子を見せた。

 

「食べすぎか、まったく。お前らが聞くから教えてやっているんだぞ? どうせ、三日も経たぬ内に忘れるのだろうが」

 

「ご、ごめん……。続けてくれ」

 

「……まあいい。で、何だったか……。そう、グレンジャーだ。言っておくが、僕はアイツが嫌いだ」

 

顔をしかめながらキッパリと言うドラコを見て、ハリーは今日初めて目の前の人物が自分の知るドラコと完全に一致した。

 

「しかし、ジンもパンジーも、加えてダフネまでアイツのことを気に入っている。……ブレーズは、まあ、よく分からないけど他人以上とは認識しているはずだ。事実、アイツは僕らの恩人だ。もしグレンジャーが死んでみろ。ジンもパンジーもダフネも、ショックがでかい。少なくとも、良いようにはならないだろう。忌々しいことにね。でも、もっと忌々しいのはアイツがかなり優秀であることだ。僕が掲げるものがマグル生まれを追放ではなく利用と変えた今……失うには惜しい、と思う」

 

ロンとハリーは顔を見合わせる。一体、エトウはマルフォイに何を吹き込んだのだろうか? 言葉にしなくとも、お互いがそう思っているのは分かった。そして、時間切れが迫っていることも。クラッブの髪に赤毛がちらほら出始めているし、ゴイルの鼻も高くなってきている。

二人は大急ぎで立ち上がった。

 

「い、胃薬だ」

 

とだけ呻いて、後は振り返りもせずに談話室を抜け廊下を走った。ローブが足に引っかかり、靴がダボダボになるのを感じながら、マートルのトイレまで急いだ。

人気のない所まで来て、二人はやっと落ち着いた。ゼェゼェと息を整えながら、トイレへと入った。

 

「しっかし驚いたなぁ。僕ら以外にもポリジュース薬を作ろうなんて考える奴がいたんだなんて。あのマルフォイに化けていた奴、一体誰だと思う?」

 

ロンがそんな軽口をたたくが、ハリーも同じ気持ちだった。二人が知っているドラコは、もっとこの事態を楽しんでいるはずだった。

 

「ポリジュース薬を作れるのなんて、スネイプしかいないだろうね」

 

「ああ、ウン、じゃあスネイプもポリジュース薬を飲んだ誰かなんだ。そしてグリフィンドールに優しく、ハリー、君がお気に入り。君の作った魔法薬を見て言うんだ。『いい出来だ、ポッター。グリフィンドールに十点やろう』」

 

「ああ、さっきのが本当にマルフォイなら十分あり得るね」

 

そう言って、溜め息を吐きながらハーマイオニーの入った個室をノックする。

 

「ハーマイオニー、出てきておくれよ。君に話さなきゃならないことが山ほどあるんだ」

 

数分後、マートルのトイレから驚きの声が上がった。

 

 

 




次の更新もいつになるやら……

ついでに、秘密の部屋はあと4話ぐらいで終了予定

感想、評価などお待ちしています。


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討議討論

やっと投稿できました。
待ってくださった方々、ありがとうございます


ジニーは人気のない廊下を慎重に歩く。そして目的地であるマートルのトイレに着くと素早く個室に潜り込んだ。ポケットから震える手で日記を取り出すと、それを目の前のトイレへと投げ込み迷わず流す。その一連の動作を終えると、来た時と同じように慎重に来た道を帰る。

ジニーが日記を捨てようと決意したのは、ジンを襲って日記を取り返して割とすぐ後のことだ。二人、と言っても一人はゴーストだが、の犠牲者が出た時も今までのように記憶が無く、気が付けば知らない場所に立っていた。その場にいたはずの、日記であるトムに自分は何をしていたかを問いただしたが明確な答えは返ってこなかった。それどころか話をはぐらかしている様にすら思う。ジニーの意識が無い時は、いつも日記に何かを書き込んでいる時だった。何か知っていてもおかしくないのに、答えはいつも知らないの一点張りだった。日記を疑い始めた理由はこれだけではない。日記を手にしてから、学校に来てからずっと感じていた疲労感が蘇ったのだ。ジンが日記を手にしてから感じていた不安とは違い、力が抜けるような感覚がジニーを襲った。その脱力感はどうも安心からくるものとは違い、時間と共に否応なしにジニーを衰弱させていった。

日に日に痩せて、目の下にも隈ができた自分を心配する兄弟たちを見て、ふと父の言葉を思い出したのが決定打だった。

『脳みそが何処にあるか分からない物には気をつけなさい。闇の魔術がかかっているかもしれないからね』

それからは日記を手にしていることが、そして感じる疲労感が怖くて耐えられなくなった。日記が本当に闇の魔術がかかった物かどうかなんて、ジニーには判断のしようがなかった。かと言って、自分の秘密を詰め込んだ日記を誰かの手に渡すなんて考えたくもない。しかし、跡形もなく消してしまおうという考えは直ぐに消え去った。日記はどんな刃物でも貫けなかったし、暖炉の中に放り込んでも焦げ目一つさえつかなかったのだ。トイレに流すのだって、苦渋の選択だった。誰かに見つかれば、何と言っていいのか分からないし考える余裕もない。

しかし、全てを終えたジニーの気分は少しずつ晴れていった。グリフィンドールの寮に戻った頃には、安心感と共に肩の荷が下りたような解放感すら感じていた。もう日記には誰も手が出せまい。水道管を流れ、それこそ日の光すら浴びない様な場所に流れ着いているはずだ。そう考えると、安心感からか久しぶりに食欲が湧いてきた。もう夕食が終わってしまった時間だけれど、フレッドかジョージなら何か食べ物を持っているかもしれない。そう思い、何か食べるものが無いか尋ねてみることにした。自分から誰かに話しかけるのも、本当に久しぶりだ。

 

「ねえ、フレッド、ジョージ……」

 

何度も心配してくれた二人を無意識とはいえ無下に扱ってきたのだ。声をかけるのが少し躊躇われた。しかし、二人はそんなジニーの心配を吹き飛ばす様に、手に持っていた新作の悪戯グッズであろうものを机に投げ出して嬉しそうにジニーに笑いかけた。

 

「どうした、ジニー? 俺達に頼みごとか?」

 

「それとも、やっと相談する気になったのか? 何でもいいから話してみろよ。何でもするぜ?」

 

「ううん、大したことじゃないんだけど……」

 

今も変わらず親身になってくれる二人に、罪悪感に似たようなものを抱きつつお願いする。

 

「何か、食べるもの持ってない? その、お腹すいちゃって……」

 

二人は一瞬、呆気にとられたようだったが直ぐに大笑いすると立ち上がって、演技かかった口調で会話を始めた。

 

「何たることだ! 今日は記念日だぞ! 骸骨以外、何を目標にしているのか思い浮かばなかった妹のダイエットが幕を閉じたのだ!」

 

「そして、太るのも気にせずお夜食をお求めになられた! ああ、妹は気付いたのだ! 愛しの彼が、食べるなら骨より肉が好みだと!」

 

笑いあう二人に思わず赤面し言い返そうとするが、いきなりフレッドに頭を撫でられて完全にタイミングを失ってしまった。

 

「まあとにかく、食欲が戻ってよかったよ。最近、まともに食事をしてなかっただろ?」

 

声色から、本気で心配していたことが分かり口をつぐむ。言われてみれば、何かを食べた記憶がほとんどない。いつ倒れてもおかしくなかった。

 

「ちょっと待っていろよ。直ぐにご馳走を持ってくるからな」

 

ジョージはそう言うと、走って外へ行ってしまった。その間、フレッドが悪戯グッズの説明をしくれた。ここ最近の開発は謎の協力者のお蔭で随分と進んだのだと楽しげに教えてくれた。謎の協力者については教えてくれなかった。何でも物凄い恥ずかしがり屋で自分の正体は誰にも教えないでと頼まれたらしい。そんなことをふざけながら話していると、ジョージがパンやらチキンやらローストビーフやらが入った鍋を両手で抱えて持ってきた。こんなに食べ切れない、というと俺達も食べるからと言い張り三人でちょっとしたパーティーになった。パンに目一杯の肉を挟み頬張る。久しぶりに美味しい物を食べたお蔭か、思わず涙が出そうになる。

そして例のごとく、フレッドとジョージが騒いでいる所にパーシーが注意をしに来た。本当は三人で食べている物をどこから調達してきたのか尋問したくて堪らないような顔をしていたが、ジニーがパンを頬張っているのを見ると、直ぐにその勢いはなくなった。

 

「ああ、まあ、規則に違反していないなら、ウン、何も問題はない。二人とも、何もしていないよな?」

 

「当たり前だろ、パース?」

 

「俺達の日ごろの行いを見てないのか?」

 

パーシーは二人を無視して、ジニーを軽く撫でると何処かへ行ってしまった。自分がどれだけ周りに心配をかけていたか、この数分で嫌というほど伝わった。鍋の中身をあっという間に食べ終えると、二人に感謝の意を込めて抱きつき、お休みと挨拶をする。二人も抱き返してくれて、同じようにお休みと返してくれる。それから自室に戻ると、直ぐに眠りについた。入学前からずっと待ち望んでいた生活へ、一歩近づいた気がした。学校に来て初めて朝が来るのが待ち遠しいと思えたのだ。

ジニーは知らない。日記が今、一番渡したくない人の手にあることを。

 

 

 

 

 

パンジーが、ハーマイオニーがいないと騒ぎ始めた。クリスマス休暇が終わって自宅に帰っていた奴らが戻ってきて直ぐのことだった。魔法薬学の授業を休んでいたので体調不良かと思っていたらどうやら医務室にいるとのこと。聞いた時はまさかハーマイオニーまで石になったのかと焦ったものだが、何やら実験で怪我をしただけらしい。

 

「どうせ今回も裏でポッターが関わっているんでしょ? アイツがでしゃばるからハーミーにまで危険が及ぶのよ! そんなことも分かってないのかしら?」

 

談話室で珍しくパンジーと二人になった時、ハーマイオニーについての報告をしたらこう言ってきた。納得がいかない、と表情にまで出ている。確かにパンジーの考えが当たっている可能性は無視できないが、それはハーマイオニーが石化した時のみだ。あくまで医務室で治る程度の負傷なら、自己責任の可能性が高いだろう。今回の事件に巻き込まれたなら、石化してしまうのだから。

そう思いパンジーの意見に否定もせず賛同もせず、ただ聞き流していたら矛先がこちらに向いた。

 

「言っとくけど、あんたも容疑者なんだからね」

 

「何のだよ……」

 

「ハーミーを巻き込んだ犯人のよ!」

 

一体いつハーマイオニーが巻き込まれたのか、何に巻き込まれたのか、そもそも犯人とはなんなのか。疑問は山ほどあるが、暴走したパンジーに質問も追及も尋問も意味を成さないのは了承している。なるべく穏やかに会話を済ませるのが最善なのだ。

 

「俺は何もしてないぞ」

 

「嘘ばっかり! 去年のことをもう忘れたの?」

 

「去年?」

 

話が見えない方向へ飛んで行った。聞き返すと、ますます機嫌を悪くして食い付いてきた。

 

「賢者の石とかいう変な物のことよ! ハーミーが例のあの人に逆らうのを手伝ったんでしょ?」

 

そう言えばそうだった。パンジー達には内緒で、ハーマイオニーに協力をしていた。しかし、どちらかと言えばあれは俺も巻き込まれたものだ。どうやらパンジーの記憶の中で都合のいい改変が行われている様だった。

 

「前回だって、ハーミーを危険にさらしたくせに。あんたは今回も守れないってわけ?」

 

「まあ、守る以前に俺が襲われてるしなぁ……」

 

苦笑いと共に返事をするが、フッと疑問がわいた。パンジーは継承者についてどう思っているのだろうか?

話をするに、継承者については否定的に聞こえる。しかし、それでいてドラコが継承者に賛同的なのに反発や不満があるようには見えない。しかもブレーズやダフネのように継承者への不安を聞いた覚えもない。

 

「なあパンジー。お前はこの事件についてどう思ってるんだ?」

 

「はぁ? 何よいきなり」

 

「継承者について、どう思う?」

 

少し真面目な声色で聞くと、パンジーは呆けた顔をした後にそのまま答えた。

 

「……別に、どうでもいいと思ってるけど?」

 

肩すかしを食らった気分だった。あれだけハーマイオニーにべったりの割には、淡白な答えだ。

 

「ハーマイオニーも、マグル生まれだろう? そうなるとスリザリンの継承者に狙われていることになるんだが……」

 

「ああ、そのこと?」

 

パンジーは、まるでお前はこんな簡単な問題も解けないのかと馬鹿にするような目でこちらを見てきた。

 

「私達と一緒にいればそんなのどうってことないでしょ? 私達は純血よ? 襲われる訳がないじゃない」

 

単純だと言わんばかりの態度に思わず頭痛を覚える。

 

「あのなぁ……。そういう問題じゃねぇよ。現に、俺は襲われてるだろ」

 

「そんなの、あんたが悪いんでしょ? 知らない所で何か気に障る様なことでもしたんじゃない?」

 

確かに日記のことを考えると反論はできない。しかし、だからと言ってハーマイオニーにべったりのパンジーが襲われない理由にはならない。話の通じないことに若干の苛立ちを覚える。

 

「簡単に言うぞ? ハーマイオニーといることはスリザリンの継承者に反することだし、それは今のドラコに異を唱えるのと同じだ。逆に、ドラコが正しいというならハーマイオニーが襲われても文句は言えない。選択を迫られたら、お前はどっちを選ぶんだ?」

 

パンジーは質問に対し、唖然とした表情を見せる。やはり話が分かっていなかったのかと溜め息を吐きつつ、答えを待つ。しかし、パンジーの答えはすぐに返ってきた。

 

「言ってる意味が分かんない。何でハーミーとドラコの両方と一緒にいちゃいけないの?」

 

ここまで来ると、苛立ちを通り越して呆れる。

 

「あのな……。継承者がいれば、無理だって」

 

「何が? そりゃあ、ドラコはハーミーがあんまり好きじゃないけど、何も追い出そうだなんて考えていないわよ」

 

「ドラコはな。けど、スリザリンの継承者は違うだろ?」

 

「それが何? 私達は会ったことが無いどころか顔も知らないのよ? ドラコにもハーミーにも関係ないじゃない」

 

返事に詰まった。確かに、顔も知らなければ名前も知らない人間に振り回されているのが現状だ。それを真っ向から認識させられた。そんな俺に構わず、パンジーはなおも話を続けていく。

 

「さっきから話を聞いてれば、訳の分からないことでピーピー騒いで。何を考えてるのよ? ハーミーが危ないんなら守ればいいじゃない! それだけでしょ?」

 

そう、現状の解決法など簡単に思いつく。スリザリンの継承者をぶちのめして、ドラコを説得して、ハーマイオニーと仲良くやっていればいい。そうすれば、スリザリンの継承者がいなくなったドラコは一つの呪縛から放たれるし、ハーマイオニーと上手くやってればその内ドラコも感化される。ドラコ自身は、既に追放なんて考えていないのだから。要はドラコがまた以前の様な考えを持たないようにすればよいのだ。

尤も、それが到底出来るようなものではないから困っているのだが。しかし、最善な状況とは何かと問われれば間違いなくパンジーの意見が通るだろう。

何も返せない俺にパンジーは勝ち誇った顔をして言い放つ。

 

「大丈夫! あなたの言いたいことも、十分に分かったから。あなたはこう言いたいんでしょう?」

 

「……言ってみろ」

 

確実に伝わっていない。そんな確信と共に問い返す。

 

「詰まる所、あなたはハーミーが心配なのよね? 分かるわよ、ええ。無様にノックアウトされた自分じゃ、守れないものね。ああ、頼りないわぁ」

 

ニヨニヨと嫌らしい笑みを浮かべながら煽ってくる。しかも言っていることが当たらずとも遠からずなのが凄く苛立つ。少し睨むと、ますます笑みを深くする。

 

「なぁに? 言いたいことがあるなら、どうぞ? いくらでも聞いてあげるわ」

 

「……別に。ただ、お前が純血主義者じゃないことに驚いただけだ。あれだけドラコにくっついてたんだ。お前もマグル追放に賛成かと思ってたからな」

 

継承者云々の話から少し遠ざける。少なくとも、パンジーがハーマイオニーを避けることが無いと分かっただけで十分な情報だった。

 

「何を言ってるの? 私はドラコと同じ純血主義者よ?」

 

ホッと安心している俺に、爆弾を投下してきた。いよいよ、コイツが何を言っているか分からなくなってきた。

 

「お前が何を言ってるんだ。継承者からハーマイオニーを守るんだろ?」

 

さっきから矛盾ばっかりが出てくる。ハーマイオニーを贔屓するかと思えば、ドラコのことも贔屓をする。守ると言えば、追放に賛同だとも言う。こいつは何を考えているのだろうか?

 

「ええ。だから、純血主義者の私がいれば、ハーミーは安全でしょ?」

 

ここに来て、ようやくことの真意をつかんだ。

パンジーは、目の前の馬鹿は、純血主義も継承者も何もわかっていないのだ。要は自分の都合のいい物だけを並べて、それ以外には目を向けない。ハーマイオニーとも一緒にいたいし、ドラコとも一緒にいたい。純血主義も、継承者も、パンジーの中では何の意味もない。ただ自分の好きな相手といられるようにと、好きなように捻じ曲げられる都合のいい理屈でしかない。

 

「……なあ、もしマグル生まれの追放が唱えられて、ハーマイオニーがどこかに行かなきゃならないとしたら、お前はどうするよ?」

 

試しに聞いてみた。何を馬鹿な事を、という態度を崩すことなくパンジーは即答する。

 

「私達がいれば、追放なんてされないでしょ? 私達が純血主義者なんだから!」

 

もはやそれは純血主義者ではない。しかし、そんな考え方があったかとどこか思い知らされる気分だった。純血主義とか、マグル生まれとか、そんなもの関係なしに仲良くできる。自分がどうするべきかではなく、どうしたいかを第一優先。今まで聞いた考えの中で、それこそ好きなように振る舞うと言っていたブレーズなんかより、身勝手だけど自由で縛られない、真っ直ぐな考えだった。もしかしたら、どんな状況でもハーマイオニーを味方だと言い張れるのは俺なんかじゃなくてパンジーなのかもしれない。今までパンジーの馬鹿さ加減には頭を痛めていたが、馬鹿ゆえの考えというのも中々捨てたものではないと思った。

 

「ハーミーが危険だって言うなら、私が会いに行くのがいいわね! 私がいれば襲われないし、ハーミーも嬉しいし、一石二鳥ね!」

 

そう浮かれるパンジーは、何というか、ある種の魅力があった。

 

「羨ましいな、お前」

 

「さっきから何? あんただってハーミーと仲良いじゃない?」

 

相変わらずポイントがどこかずれている。けれど、これだけ身勝手なコイツは自分のやりたいことを見失うことなどないのだろう。対して俺は、自分から色んなものに縛られにいっている。本当に羨ましい。

 

「いや、何というか……。初めてお前が魅力的に見えた」

 

褒め言葉のつもりでそう言ってやる。するとパンジーはまるで寒気がしたかのように身を震わせ、両手でしっかりと体を抱きかかえて少し俺から身を引いた。

 

「気持ち悪い……。言っとくけど、私にはドラコがいるし、あんたは私にとって付き合うのはNGな人間よ? 爺くさいし、考えてること訳わかんないし」

 

「……もういい。何でもない」

 

俺がパンジーを心から見直す日は、きっと永久に来ないように思えた。

 

 

 

それから数週間、何事もない新学期を送ることが出来た。継承者はなりを潜め、日に日に生徒たちは表情を明るくさせて行った。典型的な人間はロックハートだった。まるで自分が事件を解決したかのような振る舞いで、今の学校に足りないものは警戒ではなく生徒を明るくさせるイベントだと言い張り始めた。

そんなロックハートの思惑を知ったのは、二月十四日、バレンタインの朝だった。いつも通り朝食を取るために大広間へと向かうと、そこはもはや別の空間となっていた。

壁一面は目に優しくないピンク色で覆われていて、あたり一面に色鮮やかな紙吹雪が飛んでいる。それも全てがハート型。一緒に入ってきたドラコは顔をしかめてウザったそうにロックハートを睨み、ブレーズは笑いと呆れが同時に半分ずつ来たような顔をしていた。席に座り、何とか朝食を取ろうとする。後から来たパンジーとダフネも、大体の反応が周りと同じで呆然としていた。

 

「これ、どういうこと?」

 

パンジーが呟くと、俺達三人は無言でロックハートを指さした。本人は自慢げにこの惨状を解説している所だった。

 

「バレンタイン、おめでとう! そうです、私が皆さんを驚かせようと計画させていただいたのです! しかも、これだけではありませんよ!」

 

長々と、しかも他の先生も巻き込んでバレンタインの雰囲気で学校を染め上げようという恐ろしい計画を話し始めた。しかもわざわざキューピッドの格好をさせた小人達を連れて、他人のバレンタインカードをばら撒くというのだ。

 

「パンジー、バレンタインカードをドラコに渡すなら手渡しにしろ。もし小人の手に渡ったら、訪れるのは破局だ」

 

ブレーズが面白半分で、真面目な声色をしてパンジーを脅しにかかった。パンジーは顔を真っ青にしてポケットを両手で押さえるとブンブンと首を縦に振った。カードは持っているらしい。

キューピッド達は授業中だろうと構わず目的の人物を見つけると、捕まえてバレンタインの手紙を読みはじめた。不幸なことに捕まってしまった生徒は公衆の面前で愛の歌を叫ばれるのだ。皆が小人から逃げるようになった。こうして午後の授業に差し掛かる頃、廊下で新たな犠牲者が出た。

 

「オー、アリー・ポッター! あなたにです」

 

ポッターという名が聞こえたら、ドラコが脊髄反射でそこに向かうのはもはやお約束。声がする方へと向かうと、丁度、小人が抵抗するポッターを取り押さえて無理やり歌を聞かせている所だった。歌を聴くなり、その場にいた全員が爆笑し、涙を浮かべている者さえいた。

 

「恐らく、あそこにいるウィーズリーの妹の歌だな。いい気味だぜ」

 

ブレーズが面白そうに指をさしながら呟いた。指を差された方向には、確かに顔を真っ赤にして俯くウィーズリー妹がいた。嘲笑うブレーズの様子から、列車でのことをまだ気にしているだろうことが分かる。ウィーズリー妹も勇気を出して書いたバレンタインカードがこんなことになるとは夢にも思っていなかったのだろう。その光景の可笑しさに少し笑いつつ、散らばったポッターの荷物を見て思考が停止した。

明らかに、見覚えのあるものが一つ混じっていた。恐る恐るそれに近づき、拾い上げると思った通りの物だった。トム・リドルの日記。何故ポッターが持っているのだろうか?

 

「それを返してくれ。僕のなんだ」

 

顔を上げるといつの間にか小人から解放され、こちらに手を伸ばしているポッターがいた。そう言えば、ポッターにはパーセルマウスでスリザリンの継承者だという噂が流れている。本当にコイツが犯人なのだろうか? それとも、俺と同じように偶然にこの日記を拾ったんだろうか?

鎌をかけよう。咄嗟にそう思って、少し大きめの声で話す。

 

「T・M・リドルって書いてあるけど、本当にお前のなのか? 拾ったんだろ?」

 

そう聞くと、ポッターは動揺した様子を見せた。そして日記を取るかどうか迷うような素振りを見せ、手を下した。それから俺の顔をジッと見る。それだけで十分だった。

コイツは白。多分、拾っただけ。

少なくとも、日記を取り返すために人を襲うような奴がこんな質問で動揺して取り返すのを止める訳がない。古道具で買っただの何だのいくらでも理由がつけられる。それにポッターの顔を見れば、何となくわかる。襲ってでも取り返そうという様な激しい気持ちではなく、どこか不思議そうに、そして疑わしげにしている顔だった。恐らく、どうして拾い物だと分かったのかが疑問なのだろう。

ポッターが白だと分かった瞬間、周りに素早く目を向ける。日記を見て、奪おうと目を光らせるような奴を探してみる。しかし、誰も日記に注意を向けている奴はいない。皆が日記ではなく俺とポッターのやり取りに目を向けている。

 

「おい、君もさっさと教室に戻りたまえ」

 

その場にいた監督生に注意される。時間がないが、ここで俺に一つの選択が生まれた。ポッターにそれとなく言って、これをポッターの手で先生の元へ届けさせること。もしこれが成功したら、俺は疑われることなく、事件は解決へと向かわせることが出来るかもしれない。やってみる価値はある。周りが聞く分に不自然でない会話で、ポッターが日記の特異性に気づかせて、真っ先に俺の言ったことが理解できるような言葉。必死に頭を回転させて捻り出す。

 

「もし拾い物なら、そうだな、ダンブルドア先生に届けるのをお勧めするよ。落し物の管理ぐらい、やってくれるだろうさ」

 

日記をゆっくりと差し出しつつ、まだ考える。これでは足りない。もっと、核心を突いた言葉で言わなくては。戸惑いつつ日記を受け取ろうとするポッターにさらに言葉をかける。

 

「中身が白紙なら使ってみろよ。書いて分かることもあるだろうし。ああ、誰かが使った物だって分かったらすぐに先生に届けろよ? 窃盗になっちまうからな」

 

ポッターは俺の顔をジッと見ながら一歩踏み出し、とうとう日記を掴んだ。あと少し、もう少しだけ。

 

「他人の記憶が封じ込められているなら、しかるべき場所に渡すべきだと思わないか?」

 

これが限界。日記を受け取ったポッターが不思議そうにこちらを見る。もし継承者がここにいるなら、恐らくポッターも危ないだろう。ポッターにだけ聞こえるように、口早に小声で囁く。

 

「襲われない様に気を付けろよ」

 

ギョッとした目でこちらを見るポッターに対して、最後に皮肉を交ぜた言葉を浴びせる。

 

「お前が日記を渡したら、先生も喜ぶぜ? やっと自白してくれたのかって。安全なホグワーツが帰ってくるってな」

 

そこでスリザリンの先輩が何人か笑い始める。念のための予防線。しかしこれも、日記の特異性に気がつけば意味を分かってくれるだろう。

ここで皮肉の一つでも言わなかったら、不審がる奴も出てくる。事実、俺が何を言ってるんだとヒソヒソと相談し始めている奴がいた。スリザリンとグリフィンドールが何もなく会話をするなんて、周りからしたら不自然極まりない光景。この場にハーマイオニーがいればもっと楽だったのだが……。ハーマイオニーと俺の仲が良いのは一部の人は既に知っている。しかし、ポッターとなれば話は別だ。ポッターとスリザリンが犬猿の仲なのは、もはや学校の共通認識と言っていい。ただでさえ俺は意味深ギリギリな発言をしているのだ。不信と思われる点は一つでも多く潰しておくべきだ。

やるべきことを終えて、ドラコ達と一緒にその場を離れる。そこで緊張が解けてドッと汗が噴き出てきた。今になって思うと、随分と無謀な賭けに出たものだ。それも、自分の尻拭いを他人に押し付けるために。

 

「珍しいな、お前があんなこと言うなんてよ」

 

流石にいつも一緒にいるドラコ達には不審がられていた。ブレーズが俺にそう聞いてきた。

 

「深い意味は無いさ。あの日記がポッターの物とは思えなかったからな。皮肉はまあ、周りの視線が痛かったからつい口に出ただけだ」

 

そう弁解すると、あっそう、とあっさりした答えが返ってきた。それよりもポッターに送られた歌の方が気になっているのだろう。ブレーズがウィーズリー妹役、ドラコがポッター役で寸劇の様なものをして周りを笑わせていた。それを横目に、日記のことを思う。どうか無事にダンブルドアにでも届けて欲しい。

 

 

 

 

 

その日の夜、インクを被ったはずなのに以前と変わらない姿の日記に不審を抱いたハリーは日記の特異性に気がついた。トム・リドルと話して、記憶を見せてもらった。そして、ロンとハーマイオニーを集めて話し合いが行われている。

 

「犯人はハグリッドだったんだ。五十年前に扉を開いたのはハグリッドだったんだよ!」

 

見たばかりの記憶を話しながらハリーは推測を重ねていく。ジンの言わんとしていることにも薄々ながら勘付いていた。

 

「エトウは知ってたんだよ! この日記に何が書かれているか。だから僕に言ったんだ。日記の中を見て、誰かの記憶を『封じ込めている』なら、先生に渡すべきだって!」

 

「でも、エトウは何で知っていたんだい? 知ってたなら、どうしてそのことを先生に報告したりしないんだ?」

 

ロンの疑問に、ハリーは頭の中を整理しながら答えていく。

 

「きっと、僕と同じように、以前にこの日記を拾ったんだ……。だから、僕が拾ったっていうのも直ぐに分かったんだ。先生に報告しなかったのは……」

 

「実物が、手元になかったから」

 

ハリーの後を、ハーマイオニーが請け負って話し始める。

 

「記憶を物に封じ込めるなんて、とても普通の学生にはできない技術よ! そんな物が学校に存在するって、実物もなしに言ったって誰も信じるはずがないじゃない。しかも、内容が内容よ。下手すれば、ジンがハグリッドを貶めようとしてるとしか思えないわ」

 

ロンは話を聞きながらも、どこか納得のいかない様子だった。

 

「その日記が、エトウの作り物っていう可能性は? 自分の罪を、ハグリッドになすりつけるための」

 

ロンのジンに対する疑いはなおも続いている。確かに三人の手元にはジンが白だと考えられるだけの情報はあった。しかし、だからと言ってジンが信用できる証拠があるかと言えばそれは依然とハーマイオニーの証言以外にめぼしいものなどなかった。

 

「でも、この日記が事実だとしたら辻褄が合う。ハグリッドがホグワーツを追放されたっていうのは僕達も知っているし、トム・リドルが表彰されている証拠は君自身が見つけたはずだよ。それにあの時のエトウの表情も少しおかしかった。上手く言えないけど、僕に何かを伝えようと必死だったんだ……」

 

少し事実とズレながらも、ハリーにとっては納得のいく考えだった。

 

「オーケー、分かった。この際だからハッキリとさせよう。エトウは信用できるかどうかだ」

 

ロンの提示した問題は、三人の中でたびたび話題になることだった。ホグワーツに来る前からの友人であり信用できるというハーマイオニーと、スリザリンであるということで受け入れられないロン、二人の間で揺れ続けるハリーの全員が意見を一致させたことは無い。一年生の時の賢者の石の騒動だって、スネイプの監視にジンを付けたのはほとんどハーマイオニーの独断だった。比較的中立であるハリーですら、これには文句を言われても仕方がないことだと思っている。ハリーとロンの二人はジンとまともに会話をしたことが無いし、いつもドラコが傍らにいるため印象は良いとは言えない。

 

「スリザリン生で、マルフォイの親友、純血主義者の優等生の何処が信用できるってことになるんだい?」

 

ロンの言葉にハーマイオニーが反論するのも、この話をする度に見る光景である。

 

「あなたは勉強ができる人が嫌いなだけでしょ? 何度言ったら分かるのよ。ジンは少なくとも、血で人を差別するような人じゃないわ」

 

「そんな人間が穢れた血って言葉を使うものか」

 

クィディッチ競技場でのやり取りを引き合いに出すのもお約束。ロンの頭の中にはそれが強く残っている。躊躇いもなく穢れた血という言葉を使うドラコと、それを悪びれた様子もなく擁護するジン。どうしても、ハーマイオニーの言っているように血で人を差別しない人間のやることには見えないのだ。

 

「でも私には親切だし、ネビルとハグリッドだって彼の友達じゃない。他にそんな人いる?」

 

「さあ? でも、もしかしたらアイツは仲が良い振りをして君を利用しようと思っているのかもしれないよ」

 

ポリジュース薬を使って潜入した時に聞いた会話。それはハリーにも勿論、ロンにはあまりに衝撃的だった。ハリーですら、たまに勘違いか何かだったのではと疑ってしまうこともある程だ。

そんなロンが唯一ハッキリと事実と言えるのは、ドラコが言っていた、ジンがマグル生まれを利用するべきだと主張しているということだった。それにすがって、ロンは今まで通りの考えを何とか貫き通している。そんなロンにハーマイオニーは苛立ちが隠せなかった。

 

「言っておきますけど、あの人は次席ですからね! あなたと違って、私に頼ることなんてほとんどないわ。あなたはジンの何が気に入らないのよ!」

 

「何がって、アイツはスリザリンじゃないか! 信用なんて、出来る訳ないだろ!」

 

「あなたの方が、よっぽど差別してるじゃない!」

 

強烈な反撃に、ロンは言葉に詰まった。いつもならこんな事態になる前にハリーが仲介役となるのだが白黒つけようと言った手前、ハリーは割り込むかどうか躊躇われた。

 

「……ああ、分かったよ。君は分かってないんだ」

 

ようやく絞り出す様に言ったロンの言葉は、ハーマイオニーを満足させる物では無かった。

 

「私が何を分かってないっていうのよ!」

 

より熱くなるハーマイオニーに対し、ロンは何処か達観した様子を見せていた。

 

「例のあの人と、その仲間が何をしてきたかをさ……。実際の傷跡なんて、見たことないんだ」

 

「貴方は見たことあるって言うの?」

 

「ああ、あるさ。僕がまだ、多分六歳ぐらいの頃さ。未だによく覚えている」

 

今までにないロンのハッキリとした主張に気圧され、ハーマイオニーも口を閉じて耳を傾ける。ようやく落ち着いた雰囲気に、ハリーもホッとしながらロンの話しを聞いた。

 

「ある日、パパが突然僕達を連れて何処かへ行くって言ったんだ。ほら、僕の家って、その、貧乏だからさ……。旅行なんてまず無理だし、そんな遠くない所まで家族で遊びに行くことも珍しいんだ。だからどこかに行くって聞いた時、僕達は嬉しくてはしゃいでたんだけど、パパとママはあまり嬉しくなさそうだった。それで翌日、約束通り家族全員で出かけた。いつもはいないはずのビルも、わざわざ家に帰ってきてさ。それで行先は何処だったと思う?」

 

返事を期待しての言葉ではないのは確かだった。ロンは何も言わずに話の続きを待つ二人を見て、少し溜め息を吐きながら続けた。

 

「墓場さ。例のあの人やその仲間に殺された人達のね。しかも、そこにいたのは僕達だけじゃない。パパの友人や遺族の人達がたくさん集まってさ。皆で祈りを捧げるんだ。この時ばかりは、フレッドもジョージも黙ってて……。祈りが終わってからパパが言うんだ。仲間に自分達は幸せだって、彼らのお蔭だって、伝えたいから、今日は僕達を連れてきたって。それから墓の前に立たされてお祈りさせられるんだ。何を祈ったかなんて覚えちゃいないけど、遺族の人達の様子は覚えてるよ。泣いてる人もいた。悲しそうに笑いながら、墓石を撫でて話しかけている人もいた。僕達によく来てくれたって、死んだ人に顔を見せてあげてって言う人もいた。ああそう、ネビルもいたっけ? おばあちゃんに連れられて、一つ一つの墓に御祈りを捧げてた。顔をグシャグシャにして泣いてたけど、僕もそんな気持ちだったさ。うん、多分、泣いてた」

 

ロンの話に重たい空気になって、ハーマイオニーは鎮火した様に大人しくなった。ハリーもロンの口からこんな話を聞かされるとは思ってもいなかった。ロンは、今度はハッキリとした疑問を二人にぶつけてくる。

 

「知っているだろう、スリザリンの大半が例のあの人に加担していたって。今でも、あんな光景を見ても、腹心として潜んでいる奴だっているくらいなんだ。そんな奴等を、僕はどうしたって信用できないよ。どう信用しろって言うんだい?」

 

ハーマイオニーは反論しなかった。できなかったのだろう、とハリーはハーマイオニーの様子を見ながら思った。口を開き何かを言いかけたが、結局、言葉は何も出てこなかった。俯いたまま、動かなくなった。

しかし、言葉にしなくても分かる。ハーマイオニーは未だにジンを信用できると思っていた。ハリーにもロンにも、それが伝わった。

 

「ハーマイオニー、エトウのこと、教えてよ」

 

その様子を見ていられずにハリーがそう促すと、驚いたように顔を上げた。

 

「どうしてエトウが信用できると思うのかさ。僕達、エトウとまともに話したことないんだ」

 

ハリーの言葉に、ロンは口出ししなかった。言いたい事を言えて、それが伝わって、余裕が出来たのだろう。

 

「……勝手に言っちゃいけないことだとは思うの」

 

しばらくの沈黙から、ポツリポツリと話し始めた。

 

「詳しい話は、私も知らないわ。あのね、ジンの両親って、ジンが幼い頃に亡くなっているの。両親のことは、何も覚えてないって……。ハグリッドに聞いたら、ずっとマグルの親戚に育てられていたんですって。それも、あまり良い環境じゃなかったみたい」

 

ハリーは驚いたように目を見開いた。自分と全く同じ境遇だったのを、初めて知った。

 

「列車の中では、両親はグリフィンドールだったから自分もそうなるだろうって言ってたの。私もネビルも、ジンは絶対にグリフィンドールだって疑わなかったわ。組み分け帽子は彼をスリザリンにした時は、思わず聞き間違いだと思ったもの。それから、少し不安になったの。ジンがスリザリンに行っても仲良くやっていけるかしらって。最初は寮も違って少し壁を感じたけど、話してみると相変わらずのジンで、色々あったけど、今も彼は列車の中と、スリザリンに入る前と同じ態度で私達に接してくれるの」

 

そこで言葉を切って、気まずそうにロンの方を見た。

 

「だから、私はジンがスリザリンだって、実感が湧かないの。だって、ジンの周りにいる人達だって、パンジーやダフネも、とってもいい人よ? 少なくとも、私には優しいの。確かにスリザリンの連中は嫌な奴が多いわ。でも、全部がそうじゃないはずよ。スリザリンの全員が例のあの人に加担した訳じゃないんでしょう?」

 

「それでもパパ達と一緒に肩を並べて、例のあの人に立ち向かった人はいないんだ。僕は聞いたことは無い」

 

ハーマイオニーは今度こそ何も言えなくなり、話も終わると思われたが、ハリーが思わぬ言葉をかけた。

 

「ロン、ハーマイオニーの言うエトウのこと、少し信用してみない?」

 

ロンの主張ももっともだ、とハリーは思っていた。もしもハリーがロンの立場なら、ジンのことは決して信用しようとはしないだろう。しかし、それは飽く迄もロンの立場での話だ。

ハリーの立場なら、ジンを信用してもいいかもしれないと思えてきた。幼くして両親のことを知らず親戚に育てられたという、全く自分と同じ境遇にいたことがどうしてもハリーには他人事と思えなかった。もしかしたら自分が今のジンの立場にいたかもしれないし、その逆だってあり得たのだ。

自分と同じという考えから、どうしても無下にはできなかった。スリザリンに入れられたことに同情もした。もし自分が組み分け帽子に「スリザリンは嫌だ」と言っていなければ、ロンと出会ってなければ、ハリーはまさにジンと同じ立場だったのだから。

 

「エトウも僕と同じで、どこぞのいい血統なのに何も知らずにホグワーツに来たなら、スリザリンに入れられたっておかしくないんだ」

 

「……でも君はグリフィンドールにいるじゃないか」

 

「それは、僕には君がいたから。でもエトウには誰もいなかっただろう? スリザリンなんか行かない方がいいって教えてくれるような人がさ」

 

ハリーの擁護もあってしばらくロンは黙っていたが、溜め息を吐くと諦めた様に声を上げた。

 

「分かったよ。エトウは白。これでいい?」

 

「ありがとう、ロン、ハリー」

 

渋々と言った感じだが、ようやく三人の意見がまとまった。ハーマイオニーが感謝を述べて、張りつめた空気も緩み改めて話が進んでいく。

 

「……それじゃあ、話を戻すわ。ジンはハリーより以前に日記を拾って、どんな物かも知っていた。でもそれはジンの手元から紛失して、今度はハリーが女子トイレで拾った。こんなところかしら?」

 

「……それじゃあエトウが日記を女子トイレに捨てたってことになるだろ? 日記が勝手にトイレに行くわけがないし、その日記の前の持ち主がエトウってことなんだから」

 

ロンがそう聞くと、ハリーは反論した。

 

「多分違う……。日記は、誰かがエトウから奪って、それから女子トイレに捨てたんだ」

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「エトウは僕にこう言ったんだ。『襲われない様、気を付けろよ』って……。そうだ! 誰かがエトウを襲ったのも、この日記を取り戻すためだったんだ!」

 

徐々にジンの求める結論へと届きそうだったが、そこで待ったがかかった。

 

「ねえ、ジンを襲ったのって、もしかして……」

 

ハーマイオニーの呟きに、三人の思考が固まる。日記の記憶を読まれたら都合の悪い人物は、一人しかいない。三人とも何と言っていいか分からなくなった。

 

「本当に、その、日記の記憶は正しいのかしら?」

 

「何が言いたいんだい? 作り物じゃないってことは、最初の会話で済んだだろ? ご丁寧に君が解説までつけてくれた」

 

「ううん、そうじゃないの。皆を襲った怪物って、他の生き物なんじゃないかしらって……」

 

「ホグワーツに、一体何匹の怪物がいれば気が済むんだい?」

 

ハーマイオニーとロンが堂々巡りの議論に陥りながら、ある決断で落ち着いた。

 

「とにかく、次に誰かが襲われるまで様子を見よう。もしかしたら、日記の勘違いかもしれない。それに、もう四か月近くも誰も襲われていないし。怪物だって、もういなくなってる可能性だってあるんだ」

 

ハリーが出したものは楽観的な意見だったが、ロンとハーマイオニーも賛成だった。大好きなハグリッドを疑うのも尋問するのは考えたくもないのだ。それから、ハーマイオニーが言った。

 

「ジンにも、話を聞くべきよ。もしかしたら何か知ってるかもしれないし」

 

「いつ話をするんだい?」

 

「直ぐにはダメ。大勢の前で、日記のことをペラペラしゃべったんですもの。ここで私達がジンに接触したのが犯人にばれたら、警戒されるわ」

 

ハリーの問いにハーマイオニーはじれったそうに答える。一番話を聞きたいのは、恐らくハーマイオニー自身なのだ。

 

「失敗すれば、最悪、四人ともノックアウトか石化だね……」

 

ロンの呟きが、妙に響いた。

 

「……私が、時期を見てジンと話をするわ。それまで、この話はお預け。いいわね?」

 

ハーマイオニーがそう言って話を終わらせた。ジンの望みもかなわず、話は余計に拗れていく一方だった

 

 

 




次は早めの更新めざします。
そろそろ秘密の部屋もラストに差し掛かっているんで。仕上げてしまいたい


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沈黙の限界

短めですが、思ったより短時間でできて、きりが良かったのであげます。

前回の半分以下の文字数ですが、このぐらいでも大丈夫ですかね?



復活祭の休暇に、二年生には選択科目の決定が義務付けられていた。選択と言ってもそう幅があるものではない。

マグル学、魔法生物飼育学、数占い学、占い術学、古代ルーン文字学。

この五科目の中から二科目を選ぶだけ。今までの教科に二科目も加わるのは大きいが、そう悩むものでもないというのが第一印象だった。配られた科目のリストから自分が学びたい科目にチェックをつけていくため、いつも通りのメンバーで集まっての会議が開かれた。

 

「といっても、こんなものを深く考える必要はないさ」

 

少し自慢げにドラコが話した。

 

「この教科が続くのは三年間。五年生になったら、また科目を選択する必要があるからね。今回のは、まあ、科目選択のノウハウを知る練習と言ったところだね」

「また選択するのか?」

 

「ああ、五年生の方は重要だね。就職に大きく関わってくるからね。まあ、それでも僕達にはあまり縁のない話だ。実力さえあれば、父上達が何とかしてくれるしね」

 

ドラコのこの言葉は多くのスリザリン生の本音でもある。家のコネがあれば、余程のことが無い限り食いあぶれることはない。魔法省の何処かには就職ができる。実力が伴えば若くしてトップにも立てるチャンスなどいくらでもある。それほどコネの力は大きい。その辺は素直に羨ましいと思う。

 

「ま、やりたいことをやるってのも良いが、無難なものを選ぶのが一番だな」

 

そう言うと直ぐにブレーズは二個チェックを付けた。

 

「魔法生物飼育学、占い術か……」

 

ブレーズがチェックしたものを見て呟く。この二つが無難というのだろう。

 

「占い術に関しちゃ、別に数占いでも構わねぇよ。占いなんて、授業以外に使わねぇお遊びみたいなもんだし。逆に魔法生物飼育学は、ほとんどの奴が取るはずだぜ。なんせ、これを取んなきゃ魔法生物に関しちゃ知る機会が全くなくなるからな。古代ルーン文字はなぁ……。面倒な科目だぜ? と言ってもマグル学よりかは幾分もマシだと思うがな。マグル学みたいに必要かどうかも分からん科目よりはずっとためになる」

 

ブレーズは欠伸交じりで説明しながら、羽ペンを置く。選択に関しては全く興味が無いようだった。

 

「個人的には、古代ルーン文字を推したいわ」

 

ダフネもチェックを入れながら、自分の意見を言う。

 

「マイナーなものが主だけど、これを理解してないと全く分からないって魔法もあるし。魔法生物飼育学は微妙ね。少なくとも、女子はあまり好んでとらないわ。魔法生物に触れ合うことなんて、経験しなくてもいいって言う考えもあるし。占い術と数占いなら、私は数占いね。占い術は不確かで才能によるものが多いから、できない人はとことんできないわ。対して数占いは誰でもできるみたいだし」

 

ダフネもアッサリと選択を終える。

 

「僕は魔法生物飼育学と数占いだね。占い術は、上級生の意見では取り科目だそうだけど……。成績点はほぼ満点近くを狙えるそうだ。しかし、O・W・Lの試験ではかなり苦労する羽目になる」

 

「O・W・L? フクロウ(owl)か何かか?」

 

「ああ、通称『フクロウ』とよばれる試験のことだよ。Ordinary Wizarding Levels(普通魔法レベル試験)の頭文字をとってO・W・L。5年生の学期末に受ける重要なテストのことさ。仕事にも影響がある重要なテストだよ」

 

ドラコはそう言うが、ブレーズは占い術学を止める気は無いようだった。

 

「学校の成績も、仕事に影響を与えるっての。何でも、担当教師が不幸自慢をすれば成績をくれるメシウマな人間なんだってよ。要するに、でっち上げれば満点くれるんだよ。最高じゃねぇか?」

 

周りが呆れた様にしながら目配りをする。ブレーズはその隙をついて、俺に軽く耳打ちをした。

 

「ダフネもさっきは立派に何か言ってたが、不幸自慢が好きじゃないから数占いにしてんだ。皆、似たようなもんだって。あんまり深く考えんなよ」

 

どうやら、俺が悩みすぎることを心配したらしい。

 

「私はドラコと同じね!」

 

相変わらずぶれないパンジーはいそいそとチェックをつけていく。残るは俺だけとなった。

 

「まあ、お前もほとんど決まった様なもんだろ? 選択肢なんて、そう無いしよ」

 

ブレーズの問いに、少し考えてから答える。

 

「話を聞く分には、魔法生物飼育学。それと古代ルーン文字学かな? どうも、占い術では立ち回りが上手くいきそうにないし」

 

「でっち上げとか、君は苦手そうだしね」

 

ドラコの同意通り、俺は何処かでボロが出てしまいそうだ。それに、不確かなもので成績をつけられるのも腑に落ちない。

全員がチェックをつけ終えると、用紙を脇に置いて雑談に入った。

 

「そろそろ、クィディッチも最終試合に入るな」

 

ブレーズがふと思い出したように声をかける。ドラコは顔をしかめながら答えた。

 

「今年のスリザリンはほぼ二位確定。グリフィンドール以外には、勝ったのにな」

 

「グリフィンドールが次の試合でハッフルパフを負かしたら、グリフィンドールの優勝。ハッフルパフは六十点以上の差をつけて勝ったら優勝。グリフィンドールの優勢だな」

 

溜め息と共に、ブレーズは呟いた。クィディッチの話題に入ると、負けたことを蒸し返して少しドラコが落ち込む。そんなドラコに嬉々として声をかけるパンジーは、もはや流石と評するしかない。

 

「土曜日の試合はどうするの? ドラコは見に行く?」

 

そんな感じで出かける約束を取り付けようとしている。ドラコはそれに気づいているのかいないのか、少しへこんだ様子のまま見せながら返事をする。

 

「そりゃ、見に行くさ。ポッターが負けることを祈りながら観戦さ」

 

「それじゃ、私も行く!」

 

土曜日には全員でクィディッチ観戦ということになり、話も一段落する。後は各々、宿題をしたりチェスをしたりと気ままに過ごす。パンジーは自分の課題を終わらせようとダフネの課題を見せてもらって、ダフネはそれを楽しそうに見ている。ドラコとブレーズはチェスを始めている。茶菓子や銀貨などをベットに賭け事をしている様だった。穏やかな休日に癒されながら、手に持った本を読み進める。秘密の部屋の騒動や、日記のことはほとんど頭になかった。騒動はすでに多くの人が収まっていると思っていたし、事実、事件らしい事件もその予兆もなかった。あの不気味な声は欠片も聞こえない。日記のことは杞憂だったかもしれない。

 

「土曜日が楽しみね!」

 

課題を写し終えたパンジーがはしゃぎながらそう言った。

 

 

 

 

 

土曜日の朝、目を覚ますとドラコは既に部屋にいなかった。机の上に書置きがあり、「ブレーズと先に行く。一番上の席を取っておく」とだけ書かれていた。軽く伸びをしてから着替え、大広間へと食事をしに行った。

天気はカラッと晴れていて、クィディッチをやるのにも見るのにも申し分ない。食事を終えてクィディッチ会場へと向かう途中、パンジーとダフネに遭遇した。

 

「あら、あなただけ? 他の二人は?」

 

「先に行った。席を取りに行くんだと」

 

眠気の混じった声で、ダフネの質問に返す。まだ少し眠気が覚めないのだ。先に行ったと聞いた瞬間、パンジーはあまり良い顔をしなかった。

 

「何よ、私は聞いてないんだけど?」

 

「俺も書置きを見て初めて知った。まあ多分、ブレーズかドラコのどっちかの気紛れだろ。もしくは両方の」

 

そう説明するも。若干膨らませた頬は萎む様子を見せなかった。しかしそれも一瞬で、前方から小走りでこちらに来る人物を見た瞬間に顔を輝かせた。

 

「ハーミー! 久しぶり、元気?」

 

パンジーはハーマイオニーに向かって飛びついた。何か考え事をしていたのか、パンジーに気がつかなかったハーマイオニーはいきなり抱きつかれ驚きの悲鳴を上げた。

 

「きゃあ! って、パンジーじゃない。久しぶり! えーと、これからクィディッチ?」

 

「そう、ドラコとダフネと一緒に!」

 

「俺とブレーズもいるがな……」

 

思わず突っ込むと、ハーマイオニーはようやく俺とダフネにも気がついた。

 

「久しぶり、ダフネ、ジン」

 

「久しぶりね、ハーミー」

 

ダフネがクスクス笑いながら返事をする。それからハーマイオニーがこちらに向かって何か言いかけたが、パンジーが気付かずにそれを遮った。

 

「ハーミーはクィディッチ見ないの? 競技場は反対方向よ?」

 

そう聞かれると、ハーマイオニーは慌てて口を閉じてから少し戸惑いつつ返事をする。

 

「えっとね、少し図書室で調べなきゃいけないことがあるの。クィディッチには間に合うと思うから、その後に行くわ」

 

「なら私も手伝う!」

 

突然のパンジーの宣言に、ハーマイオニーだけでなくその場にいた全員が驚いた。

 

「あの、でも、悪いわ。もしかしたら遅れちゃうかもしれないし……」

 

ハーマイオニーが控えめに遠慮をしても効果はなかった。

 

「大丈夫! 私が手伝ってあげるから直ぐに終わるわよ! その後、一緒にクィディッチ見ましょ!」

 

既にノリノリで退く気のないパンジーに、ハーマイオニーは押され気味だった。どう止めたものかと思案していたら、ダフネが先に動いた。

 

「それじゃ、こうしましょう。パンジーはハーミーと一緒に行って、邪魔をしない。終わるまでジッとしてるって約束する」

 

「何よ、失礼ね!」

 

ダフネの物言いに不満を覚えたのか、反論するが直ぐに崩される。

 

「はいはい。課題を一人で出来るようになってから言いなさい」

 

ダフネは反論できないパンジーをそのままハーマイオニーに笑顔で押し付ける。

 

「ハーミー、お願いね」

 

ハーマイオニーは助けを求める様にこちらを見るが、顔を背ける。申し訳ないが勝ち目はない。

 

「わ、分かったわ。じゃあ、早く図書室に行かなきゃ」

 

ハーマイオニーも諦めたようで、パンジーを連れて図書室に向かう。

 

「さ、行きましょ!」

 

パンジーは上機嫌に、ハーマイオニーを引っ張っていく。ハーマイオニーもやれやれと言った感じだが、微笑みながらそれに答える。満更でもなさそうだった。

二人が見えなくなってから、改めて競技場へと向かう。移動中、ダフネが疑問を投げかけてきた。

 

「そう言えば、ハーミーがあなたに何か言いかけていたけども、結局なんだったのかしらね?」

 

ダフネも気づいていたらしいが、スルーしたようだった。そう言えば、聞けず仕舞いだった。ハーマイオニーは何を言おうとしたのだろうか?

日記のことが頭をかすめたが、直ぐに追い出す。日記の特異性に気がついたなら、きっと先生に届け出しているはずだ。何も俺に報告する必要はない。それとも、何か聞きたいことでもあったのだろうか?

 

「俺も分からない。聞けばよかったかな……」

 

「まあ、大した事ではなさそうだったし気にし過ぎることもないんじゃないかしら?」

 

ダフネにそう言われ、無言で同意する。事件のことはなるべく蒸し返したくなかった。疑われるのも、逃げるのも、誤魔化すのも、もうコリゴリだ。

 

「そういや、ダフネまでハーミーって呼ぶようになったんだな」

 

話をそらしてそう聞く。不思議に思っているのは確かだが。

 

「パンジーと一緒にいるうちに、ね。中々癖になるわよ、愛称呼びも。あなたもやってみる?」

 

「いや、遠慮しとくよ」

 

そうしてついた競技場では、既に多くの人がいた。上の方にいるという情報をもとにドラコ達を探すと、意外にも直ぐに見つかった。

 

「よう、遅かったじゃねぇか」

 

「パンジーはいないようだが、どうかしたのかい?」

 

ブレーズが大きく手を振りながら場所を示す。隣に座りながら、ドラコに先程のことを話す。

 

「途中でハーマイオニーと会ってな。図書室でやることがあるって言うから、パンジーが手伝いに行ったんだ。最初は引き止めようとしたんだが、聞かなくて。諦めてハーマイオニーに押し付けてきた」

 

「そりゃいいね。パンジーは調べ物の強力な助っ人だしな。アイツがいれば退屈しない。作業スピードは地に落ちるけど」

 

笑いながら言うブレーズに、ドラコも賛同した。

 

「以前パンジーと魔法薬学のレポートを書いていたんだが、三日月草について調べようとしたら何故か『月の満ち欠けと明るい未来』という本を持ってきた。彼女曰く、『役に立つと思った』だそうだ」

 

「おう、今になってようやく役に立ったな」

 

爆笑しながらブレーズがドラコの肩を叩く。そんな様子を眺めながらパンジーとハーマイオニーの帰りと試合開始を待っていたが、一向に始まる様子がない。それからしばらくして、マクゴナガル先生が拡声器を持って足早に競技場へとやってきた。

 

「この試合は中止です!」

 

そう言った途端、競技場は怒号や野次で溢れかえった。しかし、そんな声が聞こえないかの様に先生は話を続ける。

 

「全生徒はそれぞれの寮の談話室へ戻りなさい! そこで寮監から詳しい話があります。皆さん、できるだけ急いで!」

 

不満たらたらに多くの生徒が移動を始める。ブレーズもドラコも、不満を呟きながらその列へと加わる。

何故、試合が中止になったのか。それを考えると、不安に襲われた。もしかしたら、また何か起こったのかもしれない。日記のこともある。犯人がやけになって何か起こしたとしたら……。もしそうなら、最初に日記を手にしていた、日記の存在を知りながら保身のために隠していた自分のせいだ。血の気が引くのを覚えながら、列に加わる。

どうやって寮に着いたかはあまり覚えていない。談話室は大勢が集まって少し窮屈だった。ザワザワと一体何事かと話し合う生徒の声が絶えなかった。しばらくすると、スネイプ先生が現れた。全員が見えるであろう位置に立つと、そんなに大きくない、それでいて何故か響く声で話し始めた。

 

「また犠牲者がでた。二人同時だ」

 

途端に、水打ったように静かになる。スネイプ先生は相変わらず平坦な声で話を続ける。

 

「これから全生徒は夕方六時までに各寮の談話室に戻るように。それ以後の外出は一切禁ずる。移動時には必ず教師が一人引率する。トイレに行きたい場合も教師が引率する。また、クィディッチや全てのクラブも一切行ってはならない。話は以上だ。寮の中で大人しくしていろ」

 

話が終わると、再びザワザワと声が出始めた。スネイプ先生は外に出ず、こちらに向かって歩いてくると俺たち全員に話しかけてきた。

 

「マルフォイ、エトウ、ザビニ、グリーングラス。ついて来い。お前達には見せなければならないものがある」

 

いきなりそう言われ、戸惑いを隠せない。疑われている訳ではないようだが、何かあるようだった。

 

「あの、先生。僕達が一体何か?」

 

ドラコが質問すると、スネイプ先生はこちらをチラリと見ると進みながら返事をした。

 

「マクゴナガル先生の御判断だ。お前達は知る権利があると判断なされた。それと、何か聞きたいことがあるようだ」

 

足早に進むスネイプ先生に付いて行かなければならないお蔭で質問はそれっきりとなった。向かった先は医療室だった。そこには既にマクゴナガル先生がいた。石になった者達でベッドが埋まっており、そのベッドはカーテンで囲われていた。その静かな光景は霊安室を想起させる。

 

「セブルス、ご苦労様です。さて、あなた方四人には見せた方がいいと判断してここに来ていただきました。ショックが強いかもしれません。覚悟してください。こちらへ」

 

そう言うとベッドを隠すカーテンの内側へ入って行った。嫌な予感しかしない。無意識に唾をのみ込み、マクゴナガル先生を追ってカーテンの内側へと入る。そこには最悪の光景があった。

 

「パンジー、ハーミー!」

 

ベッドに横たわる二人を見て、ダフネが思わず声を上げる。いつも冷静なダフネが取り乱す様は見ていて痛々しい。隣でブレーズが息をのみ、ドラコが呻き声を漏らした。

 

「二人は図書館近くで発見されました」

 

マクゴナガル先生はローブから何か取り出しながら説明する。

 

「二人の側にこれが落ちていました。これが何だか、あなた方には分かりますか?」

 

そう言って見せられたのは、折り畳み式の丸い何かだった。マクゴナガル先生から受け取って開いてみると、少し洒落た手鏡であることが分かった。

 

「これ、パンジーの手鏡!」

 

「ミス・パーキンソンの?」

 

「ええ、いつも持ち歩いているから見たことあるの。間違いないわ!」

 

ダフネの言葉を聞いて手鏡を見たドラコが驚きで声を漏らす。

 

「これ、僕のプレゼントだ……」

 

それを聞いたマクゴナガル先生は視線をドラコへと移す。

 

「これをあなたが?」

 

「……ええ、今年のクリスマスに。希少ブランド物ですから、そうそう二つも持っているとは思えないし」

 

ドラコの返事を聞いて、マクゴナガル先生は考えるようにしながら手鏡を受け取り観察する。

 

「どうやら、これは今回の事件とは関わりがないようですね……。何か他に、知っていることは?」

 

この質問に、思わずビクリと反応する。

日記のことがどうしても無関係だとは思えなかった。ポッター達の前で日記のことを話したのはついこの間。俺が持っていた時も襲われて、今度はハーマイオニーが襲われている。無関係なはずがなかった。その考えが自分の中で否定できなくなった瞬間、黙っていることの限界を迎えた。

 

「あの……」

 

かすれた声が出た。マクゴナガル先生だけでなく、ドラコ、ブレーズ、ダフネ、スネイプ先生の視線も集まる。

 

「……俺、ダンブルドア校長に、伝えたいことが」

 




少し短いところで切ってしまったので、秘密の部屋完結までもう少し話数を重ねることになりそうです。

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決意

ここまでが前話で書こうと思っていた話。
さりげなく久しぶりに主人公がフルで登場


何とか声を振り絞って伝える。マクゴナガル先生はジッと俺の顔を見て、それから頷いた。

 

「分かりました。エトウ、貴方を校長室にお連れします。では、他の三人は寮へと戻りなさい。スネイプ先生、お願いします」

 

残りの三人はスネイプ先生に連れられて寮へと戻った。三人とも何か言いたそうで、聞きたそうな顔をしていたけど有無も言わさず、スネイプ先生が医療室から追い出した。

三人が出ていくと、マクゴナガル先生は移動をする前にマダム・ポンフリーに声をかけた。

 

「これから石化した人達は面会謝絶です。許可された人達以外の入室は禁じて下さい。トドメを刺しに継承者が現れるかもしれません。十分に警戒態勢を敷いてください」

 

それからようやくこちらに向き直り話しかけた。

 

「それでは、行きましょう」

 

それだけ言うと、マクゴナガル先生はスタスタと歩き始めた。てっきり何を話すのかを問いただされると思っていたものだから、拍子抜けだった。そのままマクゴナガル先生の後ろまで付いて行き、螺旋階段を上って、廊下を渡り、ガーゴイルのいる扉の前まで来た。

 

「フレア・チップス」

 

マクゴナガル先生がガーゴイルに触れながら言うと、まるで命を吹き込まれたかのようにガーゴイルが動きだし、ピョンと脇に飛んで扉を開けた。扉の先には、リドルの記憶で見た通りの部屋が広がっていた。

円形で美しく、本があちこちにあり、何やら小道具まで置いてある。しかし、校長が座っているべき場所は空白だった。

 

「校長先生は今、お客様がお見えになられているのでその対応をしています」

 

キビキビとマクゴナガル先生は言いながら椅子を持ってくる。

 

「どうぞ、お掛けなさい。ここで待っていればいずれ先生がお見えになるでしょう。それまでここで大人しくしていてください」

 

そう言うと、マクゴナガル先生はここから立ち去ろうとした。

 

「あの!」

 

あまりにスムーズに行き過ぎていることに違和感を覚え、思わずマクゴナガル先生を引き留めてしまう。

マクゴナガル先生は外へ行こうとする動きをピタリと止まると、こちらに向き直り問いかけた。

 

「何か質問ですか、ミスター・エトウ?」

 

「……何も聞かないんですか?」

 

何を伝えるのかも追求しない。何故今まで黙っていたのかも叱責しようとしない。それらを覚悟したうえで名乗り出たのに、なんというか、あっさり行き過ぎていて逆に怖い。

そう考えているのが伝わったのか、マクゴナガル先生は質問に答えてくれた。

 

「校長の指示です。校長先生は、貴方が何かを知っていると思っておられました。そして、それをいつか自分で話すとも。その際には、貴方に無理に問いただすことは無いと。自分に伝えたいのであれば、そのまま自分に通すようにと」

 

「……ダンブルドア先生の指示?」

 

思い当たるのは、医療室でのやり取り。何か言いたいことは無いか。そう言うダンブルドアに対し、黙秘を決め込んだ。ダンブルドアには、隠し事をしていたのはバレバレだったのだろう。

 

「ですから、私からあなたに聞くことは何もありません」

 

キッパリと断言するその声には迷いは無い。ダンブルドアにいかに絶対的な信頼を置いているかがよく伝わってきた。

 

「……引き留めてすみませんでした。質問は、もうありません」

 

そう謝罪すると、マクゴナガル先生は再び動き始めた。扉を開け、外へ踏み出す。それからこちらに振り向いた。

 

「貴方が何を迷っていたかは知りませんが」

 

既に外に踏み出し、閉まりかけの扉から早口で声をかけてくる。

 

「貴方は私が知る中で、最も優秀な生徒の一人です。もっと自分に自信を持ちなさい。少なくとも、校長先生は貴方を信頼しております」

 

それだけ言うと、今度こそ扉を閉めていなくなった。一人、静かな空間に取り残され、先生の先程の言葉を噛みしめる。

ダンブルドアは俺を信頼している。ならば、信頼していなかったのは俺の方だった。ダンブルドアが何を考えているかなんて知らない。それでも、俺が何か隠していることを知りながら尋問もしなかった。捕まえようとも、犯人と疑うことも、ダンブルドアはしていない。ただ、俺が事件と無関係だと知っていることをほのめかし、俺に質問しただけ。話すかも黙るかも、その選択肢さえ俺にくれた。

間に合うだろうか? 死人が出る前に、俺の持っている情報でダンブルドアは犯人までに辿り着くだろうか……?

かつてした決心を思い出す。自分が疑われても、犯人捜索に協力をする。ダンブルドアを目の前にしてあっさりと崩れたその決心を、もう一度固めなくてはならない。今度はどんなことが目の前に来ても崩れないように、だ。

目を閉じながら、深呼吸をする。もう後には引けないのだ。

こうして名乗り出てしまったし、何より、ハーマイオニーと、パンジーまで石となった。そうなると、ドラコがかつての考えに戻るかもしれない。マグル生まれと慣れあうことはできない、と継承者への恐怖から深く思い込んで抜け出せなくなるかもしれない。そうなってしまえば、今まで保ってきた危ういバランスが直せないほどに壊れてしまう。以前にパンジーへした質問が、今度は俺に返ってくるわけだ。ドラコとハーマイオニー、どちらを選ぶかという。そんなこと、出来るならばしたくない。

それにそれ以前の問題として、継承者を何とかしなければ、名乗り出ようと出まいと、先に待っているのは同じような末路だ。ホグワーツが閉校になれば俺は行き場を失う。身寄りなどないに等しい俺を引き受けてくれる先があるのかは、きっと絶望的だろう。

結局どんなに考えても、いつも通りの日常を取り戻すには継承者を何とかする他ないのだ。ならば、覚悟を決めるのも容易い。選択肢が一つしかないなら、迷いなど生まれない。

決心ともいえる心持ちになった時、校長室の扉が開いた。入ってきたのはダンブルドアだけではなかった。何故か、マルフォイさんと知らない人が一人、一緒にいた。

 

「あの、校長先生……。実は、話したいことがあるのですが……」

 

そう言いながら、チラリとマルフォイさん達を見る。言外に二人きりになりたいことを含ませても、二人は動く気配がない。どうやら用事というのは終わっていないらしい。

 

「用事が終わってからで構いません。以前に言わなかったことを、お伝えしようと思ったので……。よろしければこの場で待っていたいのですが、邪魔でしたら、その、一旦外で待っています。時間が空いたらお呼びください」

 

そう言いながら席を立つ。しかし、退室しようとする俺をダンブルドアはやんわりと引き止めた。

 

「どうやら、時間が無いようでのう。校長を退かねばならなくなったのじゃ」

 

そして、衝撃的な事実を発する。一瞬、何を言っているのか理解が出来なかった。

 

「あ、貴方が? 校長の座を?」

 

「その通り。理事会からの要求じゃ」

 

穏やかに微笑みながら言うダンブルドアの神経が理解できない。どうしてこのような事態に笑ってこの場を去ることが出来るのだろうか?

 

「貴方がいなければ、誰がこの事態を収められるって言うんだ!?」

 

熱くなって食い付くと、返事は他から来た。

 

「エトウ君。これは我々理事会の決定事項だ。変更は出来ないのだよ」

 

穏やかに、キッパリとマルフォイさんが俺に向けて言った。それだけで、この人がダンブルドアの排除に一役買っていることが分かる。そして、それを覆すには自分では絶望的であることも。怒りと失望が沸々と湧き出てきた。

 

「何も本当に去るのではない」

 

ダンブルドアは心を見透かしたように、俺が何か言おうとするのを遮って話し始めた。

 

「儂が本当にこの学校を離れるのは、儂に忠実な者がここに一人もいなくなった時だけじゃ。ホグワーツで助けを求める者には、必ずそれが与えられる」

 

呆気にとられた俺に、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま告げる。

 

「覚えておくがよい」

 

それを聞いたマルフォイさんは何処か苦々しげな表情を隠しきれないまま、無理に笑ってダンブルドアに話しかける。

 

「貴方の立派な理念も、幾度と繰り返せば陳腐に聞こえますよ。ここは黙って指示に従うことをお勧めしましょう」

 

このままでは本当にいなくなってしまう。ダンブルドアの言葉も意味深だが、それを考えている暇はない。知っていることを告げて、現状を打破できるものを出さなくてはならない。

 

「秘密の部屋についてです、先生!」

 

焦った考えと共に出た言葉は、この場の空気を凍らせた。ダンブルドアを追い出そうと必死なマルフォイさんでさえ、固まってこちらを見た。明らかに、今から話そうとしていることに意識が向いている。

このまま押し切れば、あわよくば、状況をいっぺんに変えられるかもしれない。そんな淡い希望と共に一気に話を進める。

 

「先生なら、きっと……」

 

「それは君がやるべきことじゃ、ジン」

 

ダンブルドアに向けた淡い希望は、ダンブルドアによって壊された。

犯人を捕まえることが出来る。そう言おうとしたら、それを否定した。綺麗な青い目が、真っ直ぐに俺を見る。

 

「君が望むものは、君自身がやらねば手に入らん。誰でもなく、君自身がやらねばならんのじゃ」

 

それは、俺にスリザリンの継承者を倒せと言うことだろうか? 犯人すら分からない俺に、何ができると言うのだろう?

この人は、本当に何が言いたいのか……。怒りや驚きや焦りなどで麻痺した頭でボンヤリと考える。意味深な発言といい、もうしっかりと頭を回すことも難しかった。それでも、ダンブルドアの話は終わらなかった。

 

「儂が以前に言ったことを、覚えておるかね?」

 

医療室でも、似た質問を受けた。あの時は闇の素質についての話だと思っていたが、今になって思うと少し違っていた気がする。

否定も肯定もせず、ただ沈黙を決め込むとダンブルドアから切り出した。

 

「君は去年、立ち向かうべき敵の姿を、ハッキリと見たはずじゃ」

 

去年、夜の廊下で話したこと。自分が闇の素質を持つからこそ、色々と教えられた。他と違うことを自覚し、それに立ち向かう。その時にハッキリ見えた敵は、継承者などではなかった。

 

「後は君の問題じゃ。勇気を出して立ち向かえば、助けが来る。ホグワーツでは、求めればそれが与えられるのじゃよ」

 

穏やかにダンブルドアが言い切って、会話はそこまでとなった。

マルフォイさんのわざとらしい咳払いを合図に、今まで黙っていた白髪頭の割と年を食った男性が口を開いた。

 

「あー、ダンブルドア。君がペットの不死鳥に餌をやりたいと言ったから、我々はこうしてここにいる訳だが……。我々も暇ではない。餌をやるなら早くして、早々にここを立ち去らねば」

 

「おお、コーネリウス。分かっておる」

 

そう言うと、ダンブルドアは部屋にいた不死鳥へと近づき、懐から何かを取り出して与え始めた。不死鳥がその何かを食べ終えるのを黙ってジッと見る。なんだか、ダンブルドアと不死鳥が内緒話をしているようにも見えた。食べ終えたのか、ダンブルドアは不死鳥から離れると俺の方に軽く顔を向けた。

 

「さあ、今日はもう自分の寮へお帰り。ゆっくりと休むとよい。迎えにはマクゴナガル先生がいらっしゃるじゃろう」

 

優しくそう言うと、三人でゾロゾロと退出した。再び一人となった校長室で、大人しく椅子に座る。マクゴナガル先生が来るまで何もしようがなかった。

周りを眺めると、歴代校長の絵画が飾ってあり、全員が寝息を立てていた。そう言えば魔法界の絵は動くのだった。絵が寝ているという、改めて見れば奇妙な景色も今は頭の中に入らなかった。きっとこれから入ることも出来ないであろう校長室にいながら、同じように寝てしまおうかともさえ思った。

マクゴナガル先生が来たのは直ぐだった。どこか焦った様子から、ダンブルドアの話を耳にしたことが分かる。

 

「これからは、危ないことは一切できません。貴方も心してくださいね」

 

部屋に来るや否や、俺にそう釘を刺した。他意は無いのかもしれないが、俺にはこれからの行動の牽制に聞こえた。しかし、マクゴナガル先生はダンブルドアに俺が何を頼まれたのか恐らく知らないのだろう。知っていたら、もっとあからさまに俺に釘を刺していたはずだ。

マクゴナガル先生は真っ直ぐと俺を寮まで送り、今日は大人しく寝るように指示して自分は直ぐに別の場所へと移動していった。疲れていた俺も直ぐにベッドに入るつもりだったが、そうはいかなかった。寮の扉をくぐり、談話室を通るとドラコ達三人が待っていた。時計を見ても、十二時前。談話室には三人以外いない。表情からも、相当心配かけてしまったことが分かる。無下になどできるはずもない。

 

「……教えてくれ、君は何を知っていたんだ?」

 

ドラコが代表するように話し始めた。慎重に、疑り深い声だった。どう聞き出すか、相当三人で話し合ったのだろう。結果、率直な質問が一番となった様だ。

 

「俺が継承者に襲われた理由、そして恐らく、ハーマイオニーとパンジーが襲われた理由だ」

 

こちらも返事を率直に返す。返事を聞いた途端、三人は驚いた顔をした。しかし、ドラコは驚いた次の瞬間には怒りの表情を露にした。

 

「なんで僕達には何も教えてくれなかった! 君が教えてくれれば、きっと……」

 

その後は怒りで言葉が出なかったのか、それとも自重したのかは分からない。しかし、言いたいことなど手に取る様に分かってしまう。

 

「パンジーもハーマイオニーも、襲われなかったかもしれない。そう言いたいのか?」

 

「……ッ! ああ、そうだ!」

 

問い詰めると、一瞬の躊躇いの後にあっさりと答えを吐いた。後ろの二人を見ても、戸惑いの表情を浮かべているだけ。俺が何も言わなかったのは不思議なようだ。少しだけ湧いた虚しさと共に溜め息を吐く。

 

「俺が教えなかったのは、これを知ればお前らも襲われると思ったからだ」

 

俺の回答に、ドラコは固まる。ショックを受けたような表情だった。

 

「現にハーマイオニーは、多分俺が襲われた理由を知った。それで、今日になって襲われたんだろうって思った。だから名乗り出たんだ」

 

「……でも、何で今更?」

 

ダフネが聞きにくそうに質問した。確かにこれはあまり答えたくない質問だった。

 

「……俺が犯人じゃないかって、疑われるのが怖かった」

 

話すと、三人は今度こそ驚いて固まった。さっきの回答より、この言葉の方が三人を驚かせた様だった。

 

「貴方が犯人だって、疑う訳ないじゃない。私達だって疑ったことは無いし……」

 

「まあお前が名乗り出た時は、もしやとは思ったが……。あ、ああ、一瞬だ! 一瞬だけだって!」

 

ブレーズがボソッと言うと、すかさずダフネが睨みつけた。慌てて否定するブレーズを見て、少しだけ笑えてきた。心なしか、少し気が楽になった。

 

「きっとダンブルドアだって、貴方を疑ったりしないでしょう? 最初の事件の時は貴方をすぐ解放したし、何より、貴方自身が襲われているんですもの」

 

ダフネが気遣ったように話すが、その気遣いが痛かった。ダンブルドアも疑っていない、そのことに気付かなかった自分が情けなくなる。

 

「それに、もうダンブルドアには伝えたんだろ? だったらいいじゃねぇか! お前が知ってたことは、事件の核心を突けるもんなんだろ? 解決も時間の問題だ!」

 

先程の言葉を気にしてか、元気づけるようにブレーズが俺を鼓舞する。しかし、それはある種のトドメだ。

 

「手遅れだった」

 

「……へ?」

 

「ダンブルドアは学校を去る。理事会の決定だそうだ」

 

先程のことを言うと、ブレーズは呆けて動かなくなった。ダフネは慌てた様に俺に質問する。

 

「待って! それじゃあ、今はここにダンブルドアはいないの?」

 

「ああ。さっき出て行った。マクゴナガルが危険な事は何もするなって釘を打つんだ。間違いないだろう」

 

ワナワナと口を震わせるダフネだが、言葉がでないようだった。ドラコの方を見ると、顔を青くさせていた。

 

「……もしかしてなんだが、父上は、その場にいたのか?」

 

か細い声での質問だった。ドラコに意識を向けていなければ、きっと聞き逃していただろう。青い顔のドラコには、なるべく事実を伝えたくはなかった。しかし、隠していてもすぐにバレることだ。

 

「……ああ、その場にいた」

 

「なら、それは父上の決定だ」

 

細い声で、キッパリと断言する。それから、ドラコは警告するように俺達三人に言った。

 

「父上が何かをなさろうとしているのは明確だ。手を出さない方がいい。僕も散々、継承者には手を出すなと言われていたんだ。巻き込まれるかもしれない。……パンジーのように」

 

俺達三人は、ドラコの何処か切羽詰った様子に何も言えなかった。全員が黙ったまま、しばらく時間だけが過ぎた。

 

「もう寝ましょう。もう、これ以上話すこともないでしょう? ジンが校長室から無事に返ってきた。それでいいじゃない。明日になれば、先生から何か報告があるもの。何か話すんだったら、それを聞いてからにしましょうよ」

 

ダフネが時計を見ながら言った。もう本当に遅い時間だった。誰も否定の声も上げず、それぞれ挨拶をしてから自室に戻った。

ドラコと俺は部屋に入ると、直ぐに寝る準備をした。寝巻に着替えて、ベッドに潜り込む。直ぐに眠りに落ちると思ったが、そうでもなかった。

 

「なあ、ジン」

 

暗闇の中、ドラコの声がした。

 

「なんだ?」

 

返事をすると、垂れ幕越しに向こうでモゾモゾと動いているのが分かった。

 

「……パンジーが襲われたのは、あのグレンジャーといたからなのだろうか?」

 

その言葉に、ヒヤリとしたものを感じた。一番心配していたことが、まさに現実となって身に降りかかりそうだった。

 

「そうだろうな。でも、ハーマイオニーが襲われたのだって、マグル生まれだからって訳じゃないだろう。知っちゃいけないことを、知っちまったんだ。俺が襲われたのと同じように」

 

「でも、君は石になっていない」

 

俺の言い訳じみた言葉もあっさりと切り捨てた。

 

「君が襲われてから、ずっと考えていた」

 

長くなるであろうドラコの独白を、止める気にはならなかった。今のドラコの本音は、眠気なんて吹っ飛ぶほど聞きたくてたまらなかった。

 

「やはり僕は、僕達は、スリザリンの教えを反するのはどうかと思う。君の考えは立派さ。今まで教えられてきたどんなことより、現実味を帯びていて、真剣で、将来が見えたって思えた。でも、それは逃げなんじゃないかって、思う様になったんだ。答えの難しい問いに、妥協で出した答えなんじゃないかって。……君を侮辱するつもりはない。でも、君の考えに従った結果があれさ。パンジーは石になった。父上に従っていればどうなったかって、そのことも考えたんだ。きっと、パンジーは石になっていない。君も、襲われていなかったんじゃないか? 純血なんだ、僕らは。なら、それにふさわしい考えを主張するのがその摂理だと思わないかい? 理想を語った結果はどうだい? 君は襲われた。君は間違っていると思う」

 

悩んだ末の答えだろう。何処か揺るぎ無い、決意の様なものを言葉の節々で感じた。しかし、だからこそ否定したかった。これを肯定してしまえば、ハーマイオニーとドラコは一生分かり合えない。あの選択は、したくなかった。

 

「なあ、お前がそう思うのは、継承者が現れたからか?」

 

確認するように問う。ドラコはしばらくの沈黙の後に答えた。

 

「ああ、そうさ。継承者が、僕に教えてくれた」

 

「教えてくれた、ねぇ……」

 

ドラコの言葉を考える。継承者さえいなければ。そんな思いが強くなる。

 

「じゃあ、継承者がいても、俺が襲われなくてパンジーが石にならずに済んだら、お前はその考えに至ったのか?」

 

俺の質問に、グッと息詰まった様な声を漏らしたが、返事はすぐに返ってきた。

 

「仮定の話をしてもしょうがないだろう? 君は襲われた。それを受け止めるべきだ。それが継承者からの教えじゃないか」

 

「継承者は、お前に何を教えてくれたんだ?」

 

「言っただろう!」

 

ドラコの声は段々と過激になってきた。

 

「マグル生まれの追放を、穢れた血の追放を、否定してはいけないことだ。その末路が、パンジーだってことをだ!」

 

「そんなもん、脅しと変わらない。逆らえば石にするぞって、言われたのと変わらない。教えでもなんでもない」

 

ドラコの言葉を真っ向から否定する。どうしても、ドラコの口から言わせたい言葉ができた。ドラコは少し面食らったのか、勢いがなくなった。そんなドラコに畳み掛けるように質問する。

 

「考えてみてくれ」

 

「……何をだい?」

 

「継承者がいなくて、マグル生まれの追放に反対しても誰も石にならない、殺されない。そんな中でも、お前は今みたいに考えを翻したか? 声高に俺にマグル生まれの追放を推して、考えを否定したか?」

 

ドラコはしばらく黙りこんだ。考えてくれているのだろう。もしかしたら、と。継承者がいなければ、と。自分の本当の考えは何なのか、見つめなおしてくれている。

 

「……僕は」

 

答えが出たようだった。震えた声で、沈黙を破った。

 

「君の考えを、否定なんてしなかっただろう。出来るなら、君と理想を目指すのも悪くないって、思っていたんだ」

 

勝った。思わず拳を握る。ドラコが考えを変えたのは、継承者への恐怖からだ。それをドラコの口から聞けた瞬間、ダンブルドアが俺に言った言葉の意味が一つだけ分かった。

俺は証明しなければならない。継承者にあらがっても、石化しない。自由に意見を述べても、咎める者はいない。継承者をぶちのめして、自分自身でそれを証明しなければならない。

考えを曲げない。曲げたくはなかった。マグル生まれの追放を声高に反対し、その上で継承者を倒す。ドラコを継承者の、純血主義の恐怖から解き放つにはそれ以上に効果のあることは無いだろう。

 

「なら良いんだ。それが聞ければ、俺は満足だ」

 

話を終わらせた。ドラコもこれ以上、何も言わなかった。何を言っても無駄だと、思ったのかもしれない。それでもいい。それが正しいのだ。

決意は固まった。きっと、この決意は崩れない。自分の理想のためにも、俺は継承者に抗おう。

 




秘密の部屋完結まであと三、四話といったところでしょうか?(何度目かの終わる終わる詐欺)

以前はこの辺で番外編を書いたのですが、今回はどうしましょう……
本編を進めようと思いつつ、日常編をあまり描写できていないので、書こうか迷っています。

活動報告にその旨を書くんで、よかったらご意見ください。

感想、評価などお待ちしております


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秘密の部屋へ

一話を短くして、ちょくちょく投稿するスタイルにしてみます

時間が余ったのもあって、早めの投稿


翌日、朝一にダンブルドアが校長の座を退いたこと。そして、ハグリッドが容疑者としてアズカバンへ連行されたことが発表された。またも友人が被害に遭ったことに心を痛めつつ、それでも自分はやるべきことを遂行しようとした。

先ずは情報の整理から。襲われたのは猫、クリービーというグリフィンドールのカメラ少年、ハッフルパフ生とゴースト、そしてハーマイオニーとパンジー。加えるのであれば俺も。しかし、それらの共通点など些細な物だった。人気が少ない場所、時間帯で襲われたということだけ。それ以外には何も見当たらなかった。

唯一、有力だと思える情報はかつて少女の殺された場所は女子トイレであったということ。それだけを頼りにするならば、手掛かりはその女子トイレにあるということになる。スリザリンが遺した物が化け物だか知らないが、その少女が殺された女子トイレのみが能力を発揮するのに都合がよい場所であったということになるのだから。

ということは、人気の少ない女子トイレ。それが調査の第一優先にするべき場所。その中で有力候補は二つ。一つは去年のハロウィンでハーマイオニーが泣いていたトイレ。以前にパンジーだかダフネだかが言っていたが、滅多に通らない廊下という立地上の問題に加え、トロールが襲ってきたこともあり今ではほとんど使われていないそうだ。もう一つは「嘆きのマートル」と呼ばれているゴーストの住み着いているトイレ。これも聞いた話だが、ただトイレを済ますにはそれに見合わぬ数々の障害を乗り越えねばならないとして一切使われていないらしい。

しかし、調査の目星がついたところで実際に行う機会というのは全くなかった。教室移動では常に先生が付き添っていたし、自由時間でも何処かで先生が目を光らせていた。いつになく、ホグワーツには厳重ね警戒態勢が敷かれているのだ。

ダンブルドアの不在。それが皆の不安を煽るのだろう。ダンブルドアがいなくなった報告を受けてから、ほとんどの生徒どころか先生までもが表情を暗くさせた。スリザリン生ですら、パンジーが襲われたことにある種の危機感を募らせている。唯一の例外は、ロックハートだった。

 

「皆さん、何をそんなに暗い顔をしているのです? 事件は終わりました! 犯人はハグリッドです。魔法省が勇敢にも先日、アズカバンへ連行していったでしょう?」

 

何人かがその自身の根拠を探ってみたが、返ってきたのは意味も無い言葉だけ。魔法省は根拠もなくハグリッドを連行しない。ダンブルドアがいないのに事件が起きないのは犯人がいない証拠。誰もがロックハートの言葉を信じるに値しないと判断していた。

また、様子が変わった一人として、ドラコがいた。

どこかピリピリしていて、隙あらばマグル生まれを中傷する。

 

「まったく、マグル生まれが未だに荷物をまとめていないとは……。恐れ入ったよ。次は殺されるかもしれないのにね。一緒にいるだけで狙われる僕達の身にもなって欲しいものだ」

 

昼食時の大広間でのこの言葉は、危うく騒動になりかけた。ドラコの言葉を支持するスリザリン生と、怒りを覚えるマグル生まれの生徒達。その場に先生がいなければ乱闘になっていたかもしれない。

ドラコが中傷を口にして、威張る様に自分の純血を強調する様はドラコをよく知らない者からしたら随分と奇妙に映った様だった。

 

「あのドラコ・マルフォイの奴、随分とこの状況を楽しんでいるみたいじゃないか……。僕は、アイツが継承者なんじゃないかって思うんだ」

 

名前も知らないハッフルパフの同期がそう言うのを聞いた。しかし、ドラコを知る者からしたら、ドラコの行動には心配以外の感情は湧かない。

カラ元気なのは一目でわかる。不安と恐怖に駆られているのは、話をすれば直ぐに分かる。そんな中で自分が、そして周りが石にされないように、何処にいるのかも分からない継承者に向かって叫ぶ様子は知る者からしたら本当に痛々しい。

本当は直ぐにでも押さえつけて、止めさせたかった。しかしドラコの言葉に賛同する者がいるのも事実だし、なによりそうでもしないとドラコ自身の不安が紛れることは無いのではないかと思わせられた。もともと、人をからかうのが好きな所為もあるのだろう。ドラコが安堵らしい安堵を表情に出すのは自分の考えが周りに賛同された時ぐらいだった。

ブレーズは、そんなドラコの様子にヤキモキしていた。

 

「そりゃ、俺達の立場が下手すりゃ危険なのは分かるさ。グレンジャーとは、まあ、他人とは言い難かったしな」

 

薬草学の授業で熟成したマンドレイクを植木鉢に戻しながらドラコの様子を横目に、ブレーズは俺とダフネに言った。ドラコはクラッブとゴイルと一緒に作業をしていた。

 

「でも、あんなに躍起になって自分の考えまで否定しなくてもいいだろ……。手を出すなって言うなら、黙ってりゃいいのに。何がアイツをそうさせるんだか……」

 

溜め息を吐きながら疑問を口にするが、そんな物は分かり切っているつもりだった。スリザリンの継承者と、ドラコの父、ルシウス・マルフォイ。父が来ていた、と聞いた時のあの顔の青くなりよう。悪い事がバレる寸前の子供のそれだ。ダフネも同じ考えだったようだ。

 

「父親のこともあるんでしょ。ダンブルドアを追い出したのも、ドラコのお父さんでしょう? 責任を感じているのか、それとも、ただ父親の体裁を気にしているのか」

 

「どっちでもいい」

 

苛立たしげにブレーズが吐き捨てた。

 

「どっちにしろ、アイツがあんなことをする理由にはなんねぇよ」

 

マグル生まれの追放を主張しながら苦しげなドラコの様子を、ブレーズも見ていられなくなっているのだろう。

 

「もう少しの辛抱だ。この問題が解決すれば、いつも通りになれる」

 

ブレーズとダフネに向かってそう言うと、二人はもう一度ドラコを見ながら頷いた。

だが正直、このまま事件が解決するとは、俺は一切思っていない。必ず、もう一度継承者が動く時が来る。その時は俺も全力で止められるように準備をするつもりだった。

継承者を俺の手で潰す。いや、俺の手でとは言わない。俺が考えを曲げず、抵抗して、継承者に狙われたり対峙したりした上で、どんな形であれ無事でいることが大事なのだ。

そのために、監視の目を潜り抜けるタイミングを見計らっている。いざという時、真っ先に動けるように。生徒を監視する教師を、俺が監視する生活が続いた。

 

 

 

 

 

何も起きず、ドラコも変わらずマグル生まれに厳しい態度のまま、何日かたった。その日の朝食で、マクゴナガル先生が新たな知らせをよこした。

 

「皆さんに、良い知らせです」

 

普段から騒がしい大広間が、その言葉でますます騒がしくなった。

 

「継承者が捕まったのですか!?」

 

「ダンブルドアが戻ってくるんだわ!」

 

「クィディッチだ! クィディッチが再開されるんだ!」

 

口々に良い知らせへの期待を叫ぶ中、マクゴナガル先生は少し歓声が収まったところで知らせの内容を伝えた。

 

「スプラウト先生のお話で、とうとうマンドレイクが収穫できるとのことです。今夜、石にされた者達を蘇生させることが出来るでしょう。言うまでもありませんが、その内の誰かが、誰に、何に襲われたのかを話してくれるかもしれません。この恐ろしい一年が、犯人逮捕で終わりを迎えることが出来るのではないかと期待をしております」

 

歓声が爆発した。皆が期待に胸を膨らませている。ブレーズもダフネも言うまでもなく、安心した様に笑っていた。しかしドラコは、何やら複雑そうな顔だった。それはそうだろう。あれだけ純血主義を唱えておいて、その原因がこうもアッサリと終わりを迎えるかもしれないのだ。どのような態度でいたらいいかと、混乱しているのかもしれない。

これで事件が解決するならそれに越したことは無い。ドラコには杞憂だったと、いつも通りに戻ってくれと言うだけで、時間が解決するだろう。パンジーに関しては、何とも言えない。石化してしまったのだ。曲がりなりにも、ハーマイオニーといた所為で。俺の責任もあるが、こればっかりはパンジーに任せるしかない。パンジーが元に戻ってどのような反応を取るか、それによって今後の対応が変わってくる。

だが、それは全てこれで事件が解決したらの話だ。俺は、事件が解決するなど全く信じていない。むしろ、逆のことを確信している。

継承者が動き出すとしたら、今日しかない。

動かない理由がないのだ。今日を逃せば、被害者は蘇生する。そうなれば被害者はいなくなり、ダンブルドアが帰ってくるのも時間の問題となる。継承者にとって不利な状況になっていく一方だ。

ならば、俺がやることも決まっている。体調不良で今日は授業を欠席する。時間を十分に作る。寮を抜け出し、継承者を追い詰める。例の女子トイレ二つを中心に巡回しよう。きっと、いや、必ず見つけ出してやる。

 

「悪い、今日は体調不良で授業を休むよ。寮で寝てる。先生にそう言っておいてくれ」

 

隣にいたブレーズにそう話を振る。驚いた様子のブレーズをよそに、ドラコへと近づく。言っておかねばならないこともある。ドラコはクラッブ、ゴイルと一緒に朝食を取っていた。

 

「ドラコ、ちょっといいか?」

 

こうしてまともに話すのも、あの夜以来かもしれない。ドラコは少し戸惑ったような顔をしていた。

 

「あ、ああ、ジン、どうしたんだい?」

 

「いや、継承者が捕まるかもしれないってことで少しな」

 

あの夜での問答を蒸し返したようで、ドラコは少し顔をしかめた。

 

「……僕は態度を変えないよ。確かに、君の理想も悪くは無いと思うが、やはり、こうして起こった事実を受け止めないと。あの夜にも話しただろう?」

 

ドラコの意見はあの時と変わらない。それが恐怖や不安によって構築された考えであることも。

 

「俺も言ったはずだ。継承者は脅してるだけで、お前に何も教えちゃいない」

 

「そうさ、そうかもしれない」

 

ドラコは俺に向かって、少し強気になって言い返してきた。

 

「それでも、僕達に何ができる? 抵抗して無残に石になるか?」

 

「ああ、そう言うと思ったから、宣言と、ちょっとした話をしに来たんだ」

 

「……何だい?」

 

「俺も考えは曲げない。断固、マグルの追放に反対だ。そして、俺は絶対に継承者なんかに石にされない」

 

そう言った俺の顔を、ドラコはあんぐりと口を開けて見た。驚いた表情と焦った様な表情。そんなことが許されるのか? そう物語っていた。そんなドラコにさらに話を続ける。

 

「それでだ。俺が無事で、継承者が捕まったら、その時は――」

 

「……その時は?」

 

「その事実を、受け入れてもらおうと思ってね」

 

ドラコは依然して驚いた表情のまま固まっている。言いたいことも終わった。席を外して寮へと向かう。これで俺はもう絶対に後戻りはできない。自分で密かに残った逃げ道を、継承者に屈するという逃げ道を潰した。

しかし、それが返って清々しい気持ちにさせた。やることが一つだけなら、全力が出せるというものだ。

寮に帰ってからの準備は直ぐに終わる。杖を確認、念のためのナイフを持参、時計を確認、それだけだ。後は授業が始まって廊下に先生の見回りがいなくなった時に行動開始。例の女子トイレへと向かうだけ。

 

 

 

 

 

意気込んで調査したものの、目ぼしい物など何もなかった。ハーマイオニーが去年に襲われたトイレで扉の一つ一つにスペシアリス・レベリオ(化けの皮 剥がれよ)を試したり、時にはレダクト(砕けろ)で壁を砕いたりもした。色々調べたが、結果は変わらず。誰かが来る気配もない。午前中の約一時間をかけて、このあり様だ。

午前の授業もそろそろ終わりに差し掛かってきたため、今移動しなければ廊下は教室移動の生徒で溢れ、マートルのトイレに行く機会を無くしてしまう。

これ以上やることも思いつかないので、早々に最初のトイレを去る。むしろ、次が本命なのだ。

なるべく駆け足でマートルのトイレに向かう。そして、ようやく着いたトイレの前の廊下に人影が見えた。慌てて角に隠れて様子を覗う。

この時間帯、先生と生徒は基本授業でいないはず。人影がゴーストではないのは、影があるし足も地に着いていることから明確だ。では、そいつの正体は? そんなの、一つしか思い浮かばない。

興奮を押さえつける。角から顔をだし、慎重にその人影が誰かを確認する。壁に何やら書き込んでいるらしいそいつは赤毛の長髪の少女だった。髪に隠れて顔は確認できないが、何処かで見たような覚えがある。

ジッと観察していると作業が終わったのか振り返り、背後にあったマートルのトイレへと入って行った。その際、チラリと横顔が見えた。

人影の正体、スリザリンの継承者は、ウィーズリーの妹だった。

驚きで息をのむ。ウィーズリー妹がマートルのトイレへと姿を完全に消したのを確認してから、何か書かれていた壁へと近づく。そこにはこう書かれていた。

 

『ジニー・ウィーズリー 彼女の白骨は永遠に秘密の部屋で横たわるであろう』

 

これを自身で書いていた、ということは間違いなく彼女がスリザリンの継承者ということだ。ということは、今し方彼女が入って行ったマートルのトイレにこそ、何かがあるのだ。

姿を消したマートルのトイレに耳を澄ます。何やらギギギと錆びた車輪の回る様な音がする。中で何かやっている様だった。

飛び込むか? 今なら、現行犯で捕まえられる。

そういう考えが興奮した頭によぎったが、冷静な部分で待ったがかかった。

殺された女子生徒は、トイレにいた。間違いなくこのトイレだろう。ここで無闇に動けば、俺は死ぬ。

背筋にヒヤリとしたものが走る。焦ってはいけない。あと一歩という所でこそ、慎重になる必要がある。

結局、物音が完全になくなるまでトイレの外で待機した。

そして、やっと静寂が訪れてから少し待ち――思い切って突入する。

真っ先に目についたのは、大きな穴が開いた蛇口。それは地下へ続く滑り台のようだった。丸い穴の先には、真っ暗な闇が広がっている。

間違いない。秘密の部屋の入口だ。

 

「ルーモス(光よ)」

 

杖に光を灯し、穴の中をのぞき込み、耳を澄ます。穴は奥まで見えないほど続いている。音もなし。風が耳元を通り抜けるだけだった。

行くか? このまま、継承者を追うか?

秘密の部屋の入り口を目の前にして、考える。自分で行くのではなく、先生に任せるべきなのでは? 俺の役目は、ここまでで十分じゃないか?

しかし、その瞬間に色んな事が頭に過った。

 

石になったハーマイオニー、パンジー。何処か辛そうに、必死に純血主義を唱えるドラコ。それらを見て怒るブレーズ、悲しむダフネ。そして、ダンブルドアの言葉。

 

『君が望むものは、君自身がやらねば手に入らん。誰でもなく、君自身がやらねばならんのじゃ』

 

迷いは無くなった。秘密の部屋へと繋がる穴へ飛び込んだ。

 




番外編のアンケートに答えてくださった皆さん、ありがとうございます。
とりあえず、本編を進めることにしました。
番外編は今回は無しという形で。日常編は、夏休みでの話を書くことで補完することにします


感想、評価などお待ちしております


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トム・リドル

穴はパイプのようだった。滑り落ちながら、まるでアリの巣のように枝分かれしているのを目で確認する。自分が滑っているパイプが、どうやら一番太いようだ。

しばらく滑っていたら、急に終わりを迎えた。放り投げられる形で、地面に激突する。散らばっている石で軽く擦りむいた。

顔を上げて見渡す。どうやら地下に来たようだった。薄暗い洞窟が目の前に広がっている。

 

「ルーモス(光よ)」

 

立ち上がって、ローブに着いた汚れを払い先へと進む。ヌメヌメとした壁のトンネルを通り抜け、しばらく進んだ先に何か巨大な生物が横たわっていた。

ギクリと身を強張らせたが、それが動く気配がない。

寝ているのか?

そう訝しんで、物音を立てずに慎重に近づく。触れるほど近づいて、ようやく分かった。

これは蛇の抜け殻だ。脱皮して、残った皮。そしてこれが、スリザリンの怪物の正体。ゆうに八メートルは超える巨大な蛇だ。

この蛇の化け物が、人を石化させる能力を持っている。しかし、どんな方法で? 毒? それとも別の何か?

記憶をひっくり返しても、該当する生き物はいない。

考えてもしょうがない。怪物の正体が分かっただけでも良しとしよう。

更に先へと進む。一本道であるため、迷うこともない。この先に、継承者であるジニー・ウィーズリーがいるのだ。

進みながら考える。俺に勝算はあるのか? ハッキリ言えば無い。スリザリンの怪物を出された瞬間に俺の負けは確定する。しかし、一対一では? まだ一年生の彼女がそんなに魔法が上手いとは思えない。怪物を操っているのだって、何か道具を使っているはずだ。気付かれないように、背後から武装解除もしくは失神呪文。気付かれても、彼女が動く前に一撃で素早く仕留められる可能性もある。そのためにこの先は慎重に動かなくては。

トンネルも終わり、杖の光を消して、開け放たれたままの蛇の装飾が施された円形の扉をくぐる。

細長く続く道と、その両脇に蛇が絡み合った彫刻が彫られた柱が綺麗に並び天井を支えている。

若干緑に染まったその部屋を柱の陰に隠れながら移動する。そして細い廊下を抜けた先の広い空間に、年老いた魔法使いの巨大な彫刻と、そこから少し離れた場所に倒れているジニー・ウィーズリーがいた。ジニー・ウィーズリーの姿を見て、素早く柱の陰に完全に身を隠す。しかし、目の前の光景は混乱せざるを得なかった。

なぜ、ジニー・ウィーズリーが倒れている? それに怪物は何処だ? そもそもこの空間で、アイツは何をするつもりだったんだ?

柱の陰に隠れながら横たわるジニー・ウィーズリーを見て、考えをめぐらす。しかし、答えなど出てこない。

そして、声をかけられた。

 

「出ておいでよ、隠れている少年」

 

男の声だった。聞き覚えのある声だがその正体は思い出せない。しかし、それを思い出そうとする余裕などない。

気付かれた。ここにいる誰かに。ここにいる時点で、そいつは間違いなく敵だ。ジニー・ウィーズリーが倒れているのを見ると、コイツが黒幕か?

杖を構え、息を潜める。鎌をかけられている可能性だってある。声の主が気を緩めたら、その隙に――

 

「手前から二番目の僕から見て右の柱。場所も分かっているんだ。ずっと後をつけていただろう? 入口に入る前から。大人しく出てきた方がいい」

 

隙など出来るはずがない。このまま隠れていても飛び出ても結果は同じだろう。男は少なくとも、今すぐこちらに何かをする気はないようだ。ならば、姿だけでも確認するべきか……。

柱から顔だけ出して声の主を探す。

 

「やあ、また会ったね」

 

ジニー・ウィーズリーのさらに奥、彫刻の足の横にその人物はいた。こちらを向いて微笑みながら立っている彼は、確かに知っている人であった。しかし、同時にここにいるはずもない人。

 

「……トム・リドル?」

 

秘密の部屋について教えてくれた人物。日記に詰め込まれた記憶の塊に過ぎない物だったはず。何故、ここにいる? こいつが黒幕とでも言うのか? しかし、それならどうやって?

リドルは相変わらず微笑みながら、俺を手招きする。

 

「君とは一度、話したいと思っていた。ここに来るといい。心配はいらない。すぐには何も来やしない」

 

リドルの何か確信めいた物言いは、何処となく違和感を与える。一体、何を知っているのだろうか? 秘密の部屋について、俺に見せたもの以外に、何か知っているのだろうか?

ここでジッとしていても、何も変わらないのは明確だ。周りを警戒しながら、ジニー・ウィーズリーを境にトム・リドルと向き合う場所まで移動する。

 

「結局、君の名前を聞けず仕舞いだったね」

 

まるでパーティーに参加している時の様な会話を、柔らかい声と穏やかな物腰で切り出した。

 

「教えてもらえるかい? 流石に、名前も聞かずに話をするのは不便だろう」

 

「……ジン・エトウ」

 

短く答えながら、警戒心を剥き出しにトム・リドルを睨みつける。

どうも変だ。ここが何処なのかも知らないはずがない。なのに、この悠長な態度は何だ? それに、ジニー・ウィーズリーが倒れているのをまるで当然の光景かのように気にもしない。

チラリとジニー・ウィーズリーを見る。倒れた彼女の手には、例の日記が握られていた。

 

「それでは、ジン。僕に何か聞きたいことは無いかい? 何でも教えてあげよう」

 

クスクスと笑みを漏らしながら催促するリドルにありったけの質問をぶつける。

 

「リドル、お前は何故、秘密の部屋にいる? 何故、日記から出ている? 何故、ジニー・ウィーズリーがお前を持っている?」

 

多くの質問は微笑みと共に返される。

 

「成程、そこのおチビちゃんは後回し。冷静で賢明な判断だ」

 

リドルの言葉は揶揄するようなものではなく、むしろ逆の、期待通りだという歓喜を含んだものだった。

 

「質問には答えよう。しかし、順番通りという訳にはいかないね……。君が質問した逆の順番で、君の知りたいこと全てを補完しよう」

 

そう言うと、彫刻にもたれかかりながらどこか懐かしむように話し始めた。

 

「さて、ジニー・ウィーズリーが僕を持っている訳だが、これは簡単な事さ。そもそも、この学校に僕を連れてきたのは彼女だったということさ」

 

「……お前の所有者は、ジニー・ウィーズリーだったということか?」

 

「その解釈でいいだろう。彼女は学校に来る前から、僕に様々な事を書き込んでいた。心配事や悩み事、不満を洗いざらい書き込んでいたのさ。兄達が自分をからかう、お下がりのもので学校に行かなきゃならない、そして――」

 

リドルはここでクスクスと笑いをこぼした。

 

「かの有名なハリー・ポッターが自分を好いてくれることなど有り得ない、等とね」

 

「……それで?」

 

「ああ、下らないといった感じだね? そうさ、まさに下らない。十一歳の小娘の戯言を聞くのは、まったくウンザリだった。それでも、僕は辛抱強く返事を書いた。同情し、慰め、励まし、親切にしてやった。ジニーは、それはもう日記に夢中になったさ。『トム、あなたぐらい私を分かってくれる人はいないわ……。何でも打ち明けられる日記があって、どんなに嬉しいか……まるでポケットの中に入れて運べる友達がいるみたい』」

 

部屋に響き渡る甲高い笑い声は、気味が悪かった。もうリドルが善良な人間だなんて考えは、何処にもなくなった。

 

「愚かなジニー。彼女は僕に心を打ち明け、魂を注ぎ込んだ。僕の、最も欲していた物をね。そして僕は力をつけた。おチビちゃんとは比べ物にならないくらいの、強い力だ。そして、僕が十分に強くなった時、今度は僕の秘密を打ち明けて、僕の魂をおチビちゃんに注ぎ始めた――」

 

「体を乗っ取ったのか?」

 

鋭く聞くと、少しばかりリドルは驚いた顔をした。それからより一層に笑みを深めると、俺を貪る様に眺めはじめた。

 

「ああ、そうだ。厳密にはそうではないが、やっていることはほとんど同じ。ただ、ジニーの魂を乗っ取り、命を糧に、僕はこうして体を得ることが出来るんだ。君の二つ目の質問の答えだね。さて、最後に残った質問は……答えは必要かい?」

 

そう言われ、自分の与えられた情報から答えを導き出す。それは疑惑が確信に変わっただけのものだった。

 

「……お前が、スリザリンの継承者」

 

「その通り!」

 

我が意を得たり、とばかりに俺の言葉を肯定する。

 

「その答えに辿り着いたのは、おめでとう、君が初めてだ! ……もっとも、ダンブルドア先生は、ずっと僕を疑っていた。以前に部屋を開いた、五十年前からだ。……今となっては、意味のない話だがね」

 

リドルはつまらなそうにそう呟いたが、俺に突きつけられた質問によって直ぐに意識をこちらに戻した。

 

「最後の質問はまだ、完全には答えていない。お前の目的は、何なんだ?」

 

「僕の目的?」

 

リドルは面白そうに聞き返す。ワクワクしている子供の様だった。

 

「何故、俺に秘密の部屋のことを教えた? 嘘を信じさせたかったのか? じゃあ、何のために? それに、お前は人を殺す気なんて、ないんじゃないのか? 現に誰も死んでいない。俺ですら、ここに立っていながらどれくらいの時間が経っている? 人を殺そうと思っている奴のやることじゃない。それなら何故、秘密の部屋なんてものを態々開く? もう一度聞くぞ。何故、お前は秘密の部屋にいる?」

 

リドルはしばらく俺を見ているだけだった。

 

「簡単な事だ。僕の目的が、穢れた血の殺害じゃないというだけのこと」

 

「それなら何だ? 継承者のお前が、それ以外に何をしようって言うんだ?」

 

「ハリー・ポッター」

 

簡潔に答えられた言葉に、思わずビクリとする。何故、ポッターの名前が出てくる?

 

「トム・マールヴォロ・リドル(Tom .Marvolo .Riddle)……僕の名だ。ではそれを並び替えるとどうなると思う? "I am Lord Voldemort” 私はヴォルデモート卿だ」

 

リドルが言い終えた後、沈黙が訪れる。

目の前の事実を受け入れられない気持ちだった。目の前にいる人物が、スリザリンの継承者であり、かのヴォルデモート卿。

 

「……それじゃあ、お前はポッターを殺そうとしていたということか? しかし、それも失敗しているようだが?」

 

目の前の現実を受け入れきれず口から出た皮肉に、初めてリドルは顔を嫌悪で歪ませた。

 

「僕の計画はまだ終わってはいない。ダンブルドアを追放した。後は、ハリー・ポッターがノコノコとここに現れるのを待つだけさ。先に君が来た。それだけじゃないか」

 

「俺が来ることは計算外だとでも? なら何で俺に秘密の部屋の情報を渡した?」

 

リドルは俺の言葉を聞くと、打って変ったように明るい笑顔で話し始めた。

 

「君が日記を手にした時、僕はね、柄にもなく歓喜したんだ」

 

「何に?」

 

「君の才能にさ」

 

口を半開きに、一瞬呆ける。コイツは今、何と言った?

 

「……俺の才能? 何だっていうんだ?」

 

「闇の魔術の才能さ。君が持つ、巨大な才能。僕には分かる。君は僕の同類だ」

 

言葉が出なかった。ダンブルドアにも言われていた、俺の才能。闇の帝王までもが、それを肯定するというのか?

 

「それに何の関係がある? 俺が何を抱えていようが、お前とポッターの因縁には関係ない」

 

「ああ、それには関係ないさ。でも、僕にはある。考えてもみたまえよ。僕は復活のためとはいえ、こんなおチビちゃんの魂を使わなければならない」

 

そう言いながら、地面に横たわるジニー・ウィーズリーを指さす。

 

「しかしだ、それだけで、僕は以前の僕の姿に戻れると思うかい? 以前のように、強大な力を取り戻せるとでも?」

 

返事はしない。しかし、そう思えないのは事実だった。

 

「君の才能を感じた時、まさにこれだと思ったよ。君こそが、僕の復活にふさわしい魂だと」

 

「俺を乗っ取ろうとしたと? ジニー・ウィーズリーのように」

 

「ああ、そう試みた。……勿論、失敗したがね」

 

肩をすくめ、仕方がないという様にそう付け加えた。

 

「君がここに来たことは、僕の予想の範囲内さ。そして、嬉しいことでもある。君に提案があるのさ」

 

「……提案?」

 

「そう。ジン、僕に魂を寄越す気はないかい? 闇の帝王の復活のため、その身を捧げようとは思わないかい?」

 

「断るに決まってるだろうが。何を言ってやがる」

 

「別に、不思議な事じゃないさ。君に死に方を選ばせようというだけの話さ」

 

俺が死ぬのは当然のこと。そして、この話は親切なことだ、というような口調だった。

 

「お前に何ができる?」

 

余裕な態度のリドルに挑戦的な口調で言葉を叩きつける。

 

「杖は無い。それに――」

 

横たわるジニー・ウィーズリーをもう一度見る。明らかに、息をしている。

 

「ジニー・ウィーズリーは生きている。お前の話を聞く限り、命を糧に蘇えるなら、お前はまだ不完全だ。そして完全に命を奪っても、十全の状態ではない」

 

俺の言葉を静かに聞いてから、リドルは少しからかう様に答える。

 

「それでは、君は何かできるとでも?」

 

「レダクト(粉々)!」

 

唱えた呪文はリドルに向かって直進していく。しかし、リドルが指ではじく様な動作をした瞬間、呪文は大きく反れ、何もいない方向へ飛んでいった。誰もいない空間に飛んで行った呪文は奥の壁に直撃した様で、壁が壊れる音がした。

 

「君が僕を出し抜けるとは思わないことだ」

 

呪文を唱えてから睨み合っている中、リドルは静かに、ハッキリと宣言した。

 

「杖が無くては、僕は何もできないとでも? 生憎、君の稚拙な魔法ならば回避する手段はいくらでもある。そして、お忘れかもしれないが、僕はスリザリンの継承者だ。それが何を意味するか、分からないほど愚かでもあるまい?」

 

怪物を呼び寄せるつもりだ。呪文が効かないことにショック受けている暇はない。何か対策を立てなければ詰みだ。

必死に頭を巡らせる。怪物を呼び寄せる前に、アイツの動きを封じる方法。何かないか? 呪文は使えない。しかし、何かしなくてはならない。そして、あることに気がついた。

 

「お前に魔法が効かないなら……」

 

杖先を、リドルから下げ、そして、ジニー・ウィーズリーに向ける。

 

「コイツはどうだ?」

 

思いついたその案は、随分と無謀な賭けだった。しかし、リドルは動きを止めた。確かな手ごたえと共に、脅しをかける。

 

「コイツが死ねば、お前はどうなる?」

 

「……君に、そいつが殺せるとでも?」

 

「質問に答えないあたり、これは当たりだな」

 

リドルが固まっている隙に、そう言うが否やすぐさまジニー・ウィーズリーに近づき、抱き上げる。それから、杖先をジニーの首に固定する。

 

「怪物を呼び寄せるのと、俺が呪文を唱えるのと、どっちが早いと思う? それにこれだけ密着した状態で、スリザリンの怪物は俺だけを正確に殺せるか?」

 

リドルは変わらず動かない。怪物を呼ぶ様子もなければ、俺に何かする様子も見せない。しばらく睨み合いの状態が続く。

 

「……露骨な時間稼ぎだ。僕が体を得るその間に、助けが来るとでも?」

 

リドルは冷たい声でそう言う。先ほどの声にはない、明らかに危険な色を孕んだ声だった。背筋が凍る。

 

「……ホグワーツでは、それを望めば与えられるらしい」

 

震えそうになる声を抑え、精一杯の虚勢をはる。ダンブルドアの言葉を信じるならば、何かしらの助けが来る。縋る様にそう思っていたが、リドルはそれを冷たく嘲笑う。

 

「あの老害の言うことをまともに受けているのかい? アイツに何ができる? 何をしてくれる? 君が死にかけている今でさえ、助けどころか何も来るようには見えないが?」

 

リドルの言葉に、今度は俺が黙り込む。それを見て、リドルは再び笑みを漏らす。

 

「君の提案に乗ってあげよう。その小娘がただのゴミになる前に助けが来るかどうか。勝ち目の見えた、出来レースだ」

 

リドルはそう言うと彫刻にもたれ、目を閉じる。

リドルの言う通り、ダンブルドアの言うことを信じられない俺がいる。助けなど来るのだろうか、という思いは時間が過ぎるたびに大きくなっていった。そしてその度に、手の中の杖が少女を殺すのに必要な呪文が頭を掠る。

何も起きない。動かない少女の首に杖を突きつけているだけの時間が過ぎていく。その少女も、徐々に脈が弱くなっている。呼吸も浅くなり、顔色も気のせいでなければ青い。死に近づいていることは、否定しようがない。

コイツを殺せば、全てが終わる。

そんな考えが、フッと浮かんだ。そうではないか。殺せば、恐らくリドルは消える。俺は日記を持ち帰り、ジニー・ウィーズリーはこれに乗っ取られていたと話すだけでいい。継承者はいなくなり事件はこれ以上、起こることもない。俺は生きて帰れる。継承者に刃向っても死ななかったことの証明としてはこれ以上にない結果ではないか。

 

「……殺すのかい?」

 

いつの間にか目を開けていたリドルが声をかけてくる。何か、俺に起きた変化を察した様だった。

殺そうか? 殺せば、この事件は解決するのだろう? ドラコは継承者に捕らわれることは無くなる。ハグリッドは無罪と判明する。ハーマイオニーが死ぬ恐れだって、これで無くなる。

殺そう。杖の先を一層、深く喉に突き刺す。ディフィンド(裂けよ)。たった一言だ。喉を掻っ切れる。殺せば、ドラコは純血主義にとらわれず、きっと考えを変えてくれて、そして――

 

「……いや、殺さない」

 

杖をジニーの首から外す。殺して、そしてどうなる? 俺が望んだものは、何一手に入らない。

確かに、ドラコは継承者から解放され、ハグリッドは無実となり、ハーマイオニーは安全となる。しかし、俺が望んだ、ドラコともハーマイオニーとも、共にいられるという未来は無くなる。俺は、人殺しのレッテルを張られる。才能も明るみに出れば、もはや同情の余地は無い。そうなればどうなる? ドラコはハーマイオニーとも仲良くやっていけるとでも? 

 

「コイツを殺すのは、最後の手段だ」

 

ジニー・ウィーズリーはまだ脈はある、息もしている。弱ったと言えど、それは安定している。時間はもう少しある。それまで、助けを求めていてもいいだろう。

コイツを殺すのは、命一杯、時間を使ってから。助けが来ないと分かった瞬間。

再び、沈黙が訪れた。リドルは目を瞑ろうとせず、ジッと俺を観察する。俺はジニー・ウィーズリーの脈と息に気を配る。

今は殺さない。しかし、息や脈がほとんど止まりかけた時、俺はコイツを殺さないとならない。

汗ばむ手で杖を握り直す。すると、洞窟の方から何かが崩れる大きな音がした。

明らかに、何かが来た証拠だ。助けが来たと期待して、やや気持ちが明るくなる。リドルは、変わらず無表情だった。失望も、焦りもそこには見えない。

崩れた音からしばらく、扉の 開く音がして、足音が近づいて来る。そして、とうとう足音の正体が姿を現した。

 

「――さあ、これで役者はそろったわけだ」

 

リドルの楽しげな声が響いた。

足音の正体は、ハリー・ポッターだった。

 

 




次話か、その次で秘密の部屋完結ですね

感想、評価などお待ちしております


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決着

まだ最終話じゃないです


「ジニー!」

 

ポッターが真っ先に取った行動は、俺が抱きかかえている人物の安全の確認であった。

 

「エトウ、何で君がここに? ジニーは? ジニーは生きてるの?」

 

焦ったようにそう俺に聞く。あまりに無防備だ。リドルはさらに笑みを深めた。

 

「……まだ、死んじゃいない。でも、時間の問題だ」

 

短く答え、リドルから視線をずらさない。そんな俺の様子からか、ポッターはようやくリドルの存在に気がついた。

 

「……リドル? 何で君がここに?」

 

「コイツがスリザリンの継承者だってことだ。加えて、ヴォルデモート卿でもある」

 

同じ会話を繰り返すのも時間の無駄だと、簡潔に結論を伝える。しかし、それは返ってポッターを混乱させたようだった。

 

「……え? リドルが……スリザリンの継承者? それに、君、今、ヴォルデモートって……。いや、あり得ない……。それに、リドルは記憶のはずだ……。待って、言っている意味が、サッパリだ!」

 

それからしばらくは目線を俺とリドルに彷徨わせる。リドルは面白い物でも見るかのように、ニッコリとその様子を見学する。

 

「詳しくは、後で説明する。とにかく、リドルが継承者で、黒幕だってことだ」

 

誤解を生まぬよう、ハッキリと伝える。ポッターはそれに対して何も言わない。リドルもただ、微笑んでいるだけだった。

 

「……何で、ジニーは目を覚まさないの?」

 

「リドルが魂を奪っているからだ。コイツの命を糧に、アイツは肉体を得ている」

 

ポッターの質問に簡潔に答える。ポッターは何とか状況を理解した様で、一応はリドルに意識を向けた。しかしそれは、警戒心というよりも疑惑としての色が強かった。ポッターが未だに混乱しているのは目に見えている。俺の説明も悪い。仕方がないことだが、何処かもどかしかった。

 

「その少年の言うことは本当のことさ」

 

しかし、何を思ったか混乱しているポッターに向かって俺の後押しのように、リドル自身がそう宣言した。ポッターは目を見開き、驚きを露にする。俺も驚きを隠せなかった。コイツは何をするつもりだ?

 

「でも、君は、僕に秘密の部屋のことを……。あれは、嘘だったのか? 僕は、君が勘違いしているのだと、てっきり……」

 

「ハグリッドを信じるか、僕を信じるか。二つに一つだったんだよ、ハリー」

 

リドルの言葉を聞いて、今度こそポッターはリドルに対し敵意を向けた。しかしそれすらも、リドルは涼しげに、むしろ嬉しそうに眺める。

 

「さて、ハリー、君はここに来た。僕の望みどおりに。そこのおチビちゃんを守るために」

 

リドルはポッターに向かって囁くように語りかける。

ポッターは顔を顰めながら杖を構えた。向けられた杖すらもリドルは面白そうに眺める。

 

「そうだ、ハリー。そこのおチビちゃんを守るために、そうだね?」

 

「そうだ、それがどうした!」

 

繰り返し囁かれた言葉に、怒りを交ぜてポッターが怒鳴り返す。その瞬間、この会話をこれ以上進めてはいけない様な危険な感じがした。

 

「知っているかい、ハリー? そこの少年が、今さっき、何をしようとしていたか。そして、これから何をするか」

 

この言葉を聞いた途端に、リドルの全ての企みが分かった。コイツはポッターを使って俺を止めようというのだ。そして、俺にはそれを止める手立てがない。リドルはただ、事実を話すだけだから。それを止めるのも、遮るのも、むしろリドルに有利に働くだけだ。

ポッターは急に話に出てきた俺に、意識を向けてくる。敵意は無かった。かといって、信用している訳でもない。今から伝えられる事実を知っても敵意が湧かないとは思えなかった。

 

「……君を倒そうとしていたんじゃないのかい?」

 

「間違ってはいないね。そう、僕を滅ぼそうとした。賢明な方法でね」

 

着々と進んでいく会話を、黙って聞くしかなかった。リドルはそんな俺に決定打を放つ。

 

「彼はそこのおチビちゃんを殺そうとしたんだよ。自分が生き残るためにね」

 

今度は俺に向かって驚きの表情を向ける。しばらく黙っていたが、恐る恐ると言った感じで俺に確認を取った。

 

「……ねえ、どういうこと? 君はリドルを、継承者を倒そうとしてたんじゃないの? だからここにいるんだろう? 君は、何をしようって言うんだい?」

 

肯定するべきか、それとも黙殺するか。どちらも大して変わらない。リドルに喋らせるより、自分で話す方がいいに決まっている。むしろ、最初から全ての事態を話すべきだったのだ。俺の行動を理解できるように。

 

「……今から、出来る限りの説明をしてやる。でも時間がないから、少しばかり簡潔にだ。まず、アイツはスリザリンの継承者で、闇の帝王だ」

 

「それは分かったよ。事件の犯人は、リドルなんだろ?」

 

「そうだ。しかし、それ以前にアイツはただの日記に、記憶の塊にすぎなかったはずだ。じゃあ、何でああして実体をもって存在していると思う?」

 

ポッターは不思議そうに俺とリドルに視線を泳がせる。許容量を超えた情報を整理しようと必死の様だ。

 

「……君が言っていた。ジニーの魂を使って、体を得ているって」

 

「その通り。しかし、リドルは完全に肉体を得ていない。まだジニー・ウィーズリーは生きているからだ。リドルが完全に肉体を得るには、ジニーから完全に魂を、命を奪わなくてはならない。分かるか? ジニーが日記にすぎないはずのリドルを実在させているんだ」

 

「……それじゃあ、君は」

 

「多分、お前の考えであってる。ジニーを殺して、リドルを記憶の形に戻そうとした。そうすれば、事件は解決だ」

 

「それは駄目だ!」

 

予想通り、ポッターは俺に食い付いてくる。杖を持っている俺の右手に掴み掛った。分かってはいたことだが、実際にやられると決意が鈍る。

 

「それじゃあ、事件は解決したことにならない! ジニーが死んだら、意味がない!」

 

「意味はある。事件は解決する。継承者はいなくなり、俺達は生きて帰れる。それに、他に手は無いだろう?」

 

「助けが来る!」

 

「俺はその助けを、ずっと待っていたんだがな」

 

ポッターの反論も冷たくあしらう。何とか、説得は出来そうだ。リドルの方を見る。こちらに口出しをする気はないのか、黙って事の成り行きを見るだけだった。

 

「冷静に考えろ。俺達に何ができる?」

 

変わらず俺に右手を握ったままだが、ポッターは何も言えずに黙り込んだ。それに畳み掛けるように、言葉を投げかける。半ば、自分を正当化するかのように。

 

「言っておくが、リドルは、ヴォルデモート卿は、現存する魔法使いで最も強力だ。復活させたらどうなるか、お前だって分かるだろ?」

 

反論できないだろう。そう思い、ジニーの呼吸と脈に意識を向ける。もう、時間はほとんどないだろう。助けが来るかなんて、希望は持たない方がいい。ポッターとの討論で、その考えが固まった。

右手に力を入れ杖をジニーに向けようとするが、それをポッターが邪魔をする。

 

「……なんだよ、代わりにやってくれるのか?」

 

「殺させない。ジニーは、絶対に殺させない!」

 

「……まるで、俺が殺したくて仕方がないみたいな言い草だな」

 

ポッターの態度に苛立ちが湧いた。策もないのに、どうしようもないのに、まるで俺が悪役のように責め立てる。自分だって、ここでジニーを殺さなければ死んでしまうだろうに。

 

「離せよ。俺もお前も、コイツを殺さなきゃ死ぬ。それこそ意味がない。俺はスリザリンの継承者に立ち向かって、その上で、生きて帰らなきゃならないんだ」

 

「嫌だ!」

 

「じゃあ、お前に何ができる! 死にたいのか?」

 

「人を殺してまで、僕は生きたいとは思わない! そんなの、アイツと同じだ!」

 

冷水をかけられたように、一気に興奮から覚めた。

闇の帝王と同じ。

俺が、何よりも恐れていた言葉だった。

ダンブルドアの言葉を思い出す。俺を信じていると、俺自身が敵に立ち向かうべきだという言葉。そして、夜の廊下で話した、俺が何に立ち向かうか。

闇の才能を持つ、俺自身。それが、ダンブルドアの言っていた俺が見失ってはいけない敵だった。

 

「……俺だって殺しなんてしたくない」

 

震えた声で、そう言う。先ほどまでの勢いは、何処にもない。

 

「なら助けを待つべきだ! 助けは来る! それに君は間違っている! 最も強力な魔法使いは、偉大な魔法使いは、アイツじゃない! ダンブルドアだ!」

 

今度はポッターが捲し立てる番だった。無言で立つ俺に、ポッターは強く言葉を投げかける。

 

「ダンブルドアは言った! 望めば助けが来るって! だから助けは来る! 僕はダンブルドアを信じる!」

 

迷いのない、真っ直ぐな言葉。ポッターも俺も、何も言わずに睨み合いになった。それから、俺が根負けして右手から力を抜いた。

 

「あと少し待つ。まだ殺さない。もう少し待って、助けが来なければ、何もなければ、俺はコイツを殺す。助けが来ても間に合わないと判断したら、だ」

 

ポッターは一瞬だけ迷ったようだが、俺の右手を離した。解放された俺の手は、ジニーに向くことなくダラリと下がる。

 

「俺は、殺しなんてしたくない。本当だ」

 

確認するようにそうポッターに言った。ポッターは無言で頷いて了承の意を表す。

 

「だから他に手があるなら、俺はそれに従うさ。たとえそれが、成功する可能性が低くても、そっちを選んでやる」

 

「……ありがとう」

 

そう返事すると、ポッターは今度こそリドルに向き直った。リドルは、少し不満そうな顔をしていた。

 

「また、助けが来るとでも言うのか? ダンブルドアは、既にホグワーツにいない。何ができるっていうんだい?」

 

「ダンブルドアは、君が思っているよりも遠くには行っていない!」

 

ポッターが宣言した途端、何処からともなく、音楽が聞こえてきた。がらんとした部屋の何処にも、音を鳴らすものなんていない。しかし、音楽は徐々に高鳴っていく。

不思議な音楽だった。この世のものとは思えない旋律で、興奮とも勇気ともいえない感情が胸に満ちてくる。

そして音楽が最高潮に達した瞬間、何かが飛んできた。

 

「……不死鳥か」

 

リドルの呟きで、ようやくその正体が分かった。真紅と黄金に輝き美しい姿のそれは、何かボロボロの荷物を持っていた。

 

「……フォークス」

 

ポッターが不死鳥の名を呼ぶと、不死鳥――フォークスはボロボロの荷物を俺達の近くに落とし、俺とポッターの間に降り立った。

 

「これは、組み分け帽子?」

 

ポッターが荷物を拾い上げ、それが何かを確認する。

しばらくの間、誰もしゃべらない無言の状態が続いたが、リドルの甲高い声がそれを引き裂いた。

 

「良かったじゃないか! 待ちに待った助けが来た。ペット一匹に、古い帽子が一つ。なんて心強い助けだ! これで、何も怖くないのだろう?」

 

あざける言葉を耳にしながら、助けに来たその二つを眺める。ダンブルドアはこれを送ってきて、一体何をしろというのだろう。ポッターも分からないようで、ただボンヤリとその二つを眺めていた。

 

「さあ本題に入ろう、ハリー。君には聞きたいことはたくさんある。いかにして未来の僕を――ヴォルデモート卿を打ち破ったんだい? 大した魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いを如何様にして? なぜ、片や力を失い滅んだのにもかかわらず、君はたった一つの怪我だけで済んだんだい?」

 

欲望でギラギラと光った眼でリドルは問い詰める。ポッターはしばらく黙っていたが、口を開けばハッキリとした声が響き渡った。

 

「君がどうして滅んだかなんて、僕にも、誰にもわからない」

 

リドルを見据えながら、そう断言する。ポッターも、先ほどよりも強い意志で目が爛々と光らせていた。

 

「けど、君を滅ぼしたのは僕じゃない。僕の母だ。普通の、マグル生まれの母だ!」

 

リドルの顔から、表情が消えた。それから、ゾッとするような声で話す。

 

「……成程、そうか、呪いに対する強力な反対呪文。分かったぞ。結局、君自身には何も特別なものは無い。それが分かれば十分だ」

 

それから、リドルは能面のような表情のまま俺に向き直る。

 

「ジン、君に最後のチャンスだ。僕に屈服しろ、魂を捧げろ。そうすれば、君はこの後の世界で最高の名誉と共に名を残すことになるだろう」

 

リドルはもう行動することを決めたらしい。グッと腕に力を入れる。これが、ジニーを殺す最後のチャンスだ。

 

「君にはできない」

 

杖を振り上げようとしたら、リドルが釘を刺した。

 

「さっきのやり取りを見て、それが分からないほど僕は愚かではない。君にはもう、そのおチビちゃんを殺す度胸は無い。もっとも、ハリーが来なければ分からなかったが……。僕に脅しは効かない。やれるなら、やるがいいさ。僕は止めはしない」

 

リドルの言葉通りだった。ポッターの言葉で、人を殺したくないという気持ちを自覚させられた。

もう迷わずにジニーを殺すことはできない。殺すには、自分の意志を固めなくてはならない。自分の確固たる意志で人を殺す。それが何よりも恐ろしいことに感じた。

動けない俺に、リドルはあっさりと見切りをつけた。

 

「それが答えか。何もできないまま、小娘を抱いて死を待っていろ」

 

それから振り返り、石像に向かって話し始めた。

 

『スリザリンよ! ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ』

 

シューシューという音なのに、何故か意味が取れた。

リドルの言葉を受けて、石像が動き出す。石像の口がだんだん広がって、大きな穴となった。その穴から、何かが這い出てくるのが分かった。

 

「バジリスクだ!」

 

ポッターが叫んだ。

 

「目を瞑って! バジリスクの目を見たら死ぬ!」

 

そう言われ慌てて目を閉じる。しかし、何か巨大なものが現れる気配は伝わった。巨大な蛇が、スリザリンの怪物がとうとう現れたのだ。

 

『アイツを殺せ』

 

リドルの発するシューシューとした音が聞こえた。それからバジリスクが動き出した。すぐ横のポッターを狙っている。ポッターは直ぐに後ろに向かって走ろうとした。

しかし、俺がそれを引き留めた。咄嗟だった。驚いて固まるポッターを強引に引き寄せて、ジニーと密着させる。

 

『……ッ、止まれ!』

 

バジリスクが動かなくなるのを確認する。ホッと一息を吐いて、ポッターとジニーを抑える腕にさらに力を入れる。

 

「……なんの真似だ?」

 

リドルの冷たい怒りを伴った声に対して、冷静に返事を返す。

 

「俺はもう、コイツを殺せない。お前の言う通りだよ。でも、お前もコイツを殺せないのは変わらない。……俺が、何もせずにただ突っ立っているだけだと思ったか?」

 

リドルの苛立ちが、見なくても伝わってくる。胸に優越感が湧いてくる。

だがこれが時間稼ぎにしかならないのは分かっている。行き詰っていることには、変わりない。現状は何も変わらない。

しかし変化はいきなり訪れた。止まったはずのバジリスクが動き始めた。苦痛による悲鳴を伴って。

何が起きているのか、目を閉じているから分からない。しかし、明らかに事態はいい方へと進んでいる様だった。

 

「フォークスだ! フォークスが、バジリスクの眼が潰した! もう、目を開けても大丈夫だ!」

 

ポッターの歓喜の声を聴いて、ようやく事態を飲み込む。そして、チャンスが訪れたことも分かった。何か手を打つとしたら、今しかない。そんな思いから、目を開き、周りに巡らせる。そして床にポツンと落ちている日記に目がいった。一つだけ賭けを思いついた。この場の全員が生きて帰れる賭けが。

 

「ポッター」

 

フォークスを噛み千切ろうと躍起になっているバジリスクから目をそらさずに、近くにいるポッターに話しかける。ポッターは息をのんでこちらを向くのが分かった。

 

「杖を使って、デカい音を出せるか? リドルの声を、バジリスクに聞こえないようにさせるぐらいの」

 

「……多分、出来る。それで?」

 

「リドルは声で、バジリスクを操っている……。さっきも、リドルが『止まれ』と叫んだ瞬間にバジリスクが止まったんだ。間違いないだろう」

 

バジリスクから、日記へと視線を移す。距離はそんなに無い。

 

「何をする気なの?」

 

「リドルを、今度こそ消滅させる。ジニーを殺さずにだ」

 

「どうやって?」

 

興奮と喜びの入り混じった声でポッターが聞いてくる。

 

「日記を破壊する。あれが、リドルの本体のはずだ」

 

「……でも、何で音を出す必要があるの?」

 

「俺がここから離れた瞬間、バジリスクが俺を襲わないようにだ」

 

ポッターは俺の計画を理解した様で、直ぐに杖を構える。

 

「いいか? 俺が離れたら、出来るだけ長く音を出し続けろ」

 

「……分かった」

 

ポッターが準備を出来たと分かった瞬間、ダッシュで日記に向かう。リドルは直ぐにそれに気づいたようで、バジリスクに向かって指示を出そうとする。

 

『小僧が動いた! アイツを――』

 

リドルが言い切る前に、火薬が爆発した時の音が連続した。恐らく、ポッターが杖から出した音だろう。

直ぐに日記を手にして、ローブからナイフを取り出し、力一杯突き刺す。しかし、日記は壊れなかった。ナイフは一ミリも突き刺さらず、傷一つつかない。

ならば魔法で。

ナイフを捨てて、杖を取り出し、呪文を唱える。

 

「ディフィンド(裂けよ)!」

 

しかし、呪文ははじかれた。日記は先程と変わらない姿でそこにある。

 

失敗だ。

 

そんな考えが、頭をよぎった。それから、爆発音が途絶えた。ポッターの方を見ると、音に反応したバジリスクがポッターに襲いかかっている。ジニーを引きずりながら必死に避けているポッターがいた。

 

『そいつじゃない! 違う方の小僧だ! 臭いで分かるだろう!』

 

リドルの声がした。それから、バジリスクはポッターを襲うのを止めてこちらに向かって動き出した。

日記を握り締め、走る。先ほどまでいた場所に、バジリスクが尾を振り下ろした。

今更、ジニーの所にはいけない。バジリスクが完全に俺とポッター達を遮断していた。

何とかしなくては。何が出来る?

必死に走り回り、バジリスクの攻撃を避けることしかできなかった。何か、変化が欲しかった。フォークスが目を潰したような、状況を変える変化が。

振り回された尾が、体をかすめた。それだけで物凄い衝撃で、軽く宙を舞いながら吹き飛ばされた。壁に衝突し、ゴシャッという嫌な音が体からした。ズルズルと地面に倒れる。意識を失わなかったのは幸運だった。しかし、壁にもたれて、朦朧とした意識の中でバジリスクに向き直るのがやっとだった。バジリスクがこちらに大きく口をあけながら今にも飛び掛かろうとしているのが見える。万事休すだ。そう思った。

しかし、バジリスクは襲ってこなかった。開いた口からは、またもや苦痛による悲鳴が漏れた。

今度は何か? その原因は直ぐに分かった。ポッターが、何処からか取り出した銀の剣をバジリスクに突き立てていたのだ。必死に振り回しながら、バジリスクの太い胴体を切断しようともがいていた。

バジリスクは頭を振り回し、暴れはじめる。これが正真正銘の、最後のチャンス。何でもいい。何かしなければ。痛みで意識が引っ張られる中、そんな思いから、呪文を唱える。

 

「レダクト(砕けろ)!」

 

呪文は真っ直ぐとバジリスクの顔に飛んでいき、口に直撃した。砕けた牙がいくつか足元に落ちてきた。それからの行動は、ほとんど無意識だ。

牙を拾い上げ、日記に突き立てる。たちまち日記からインクが血のように溢れ出し、惨い悲鳴が耳をうった。それから直ぐに、ポッターがバジリスクの体を切断した。力が抜けた様にバジリスクはその場に崩れ落ち、俺の目の前に目を失ったバジリスクの顔がきた。

 

『……すまない、サラザール』

 

そんな呟きが聞こえ、同時に意識を手放した。

 




次でエピローグとなり、秘密の部屋編は終了です。

そして更新は、これから二週間以上はできなさそうですね。申し訳ないです。

感想、評価などお待ちしております!


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エピローグ前編・報告と告白

エピローグが長くなったので、二つに分けました


背中に何か滴るような感触で目が覚め、床のひんやりとした感触が徐々にハッキリとしてきた。

 何が起きたのか? 意識を失う前のことを思い出そうと状況を整理してゆき、巨大なバジリスクの死体と、真ん中に穴の開いた日記の残骸が目に入った。お蔭で全てを思い出し、慌てて飛び起きた。

 トム・リドルは? ポッターとジニー・ウィーズリーは? いや、そもそもどうして俺の怪我が治っている?俺が気絶している間に、何が起きた?

 混乱しながら周りを見渡すと、真っ先に不死鳥のフォークスが目に入った。毅然とした美しい立ち姿だが、その眼には涙が浮かんでいた。それを見て、一つだけ謎が解けた。

 

「……お前が、怪我を治してくれたのか」

 

 不死鳥の涙。この世に存在する癒しの力の最高峰。全ての毒の解毒剤になり、病気の薬になり、怪我の治療薬になる。お目にかかるだけでも素晴らしい幸運なのに、その力を体験できたのは今年一番の幸せかもしれない。強くぶつけた筈の背中は、全く痛くなかった。ローブが少しはだけているのは、バジリスクだけが原因ではなかったようだ。

 それから横に目をやると、泣いているジニー・ウィーズリーと慰めるポッターがいた。ポッターは俺が立ち上がったのを見て、安心した様な表情でジニー・ウィーズリーに何か二、三言うとこちらに来た。

 

「……無事で、良かったよ。フォークスが君の怪我を治してくれたんだ」

 

 ポッターはどこか気まずそうにそう俺に言う。事件が終わったのはポッターを見れば分かるが、それ以外の状況はサッパリだった。

 

「ああ、知ってる。不死鳥の涙のお陰だろ? それよりも、俺が気絶している間に何があったんだ? バジリスクは……お前が倒したんだろう? じゃあトム・リドルは?」

 

「覚えていないのかい?」

 

 少し驚きながら、ポッターが言った。

 

「君が、リドルを倒したんだ。バジリスクの牙を日記に突き刺して、リドルを消滅させた。ほら!」

 

 穴の開いた日記を拾い上げ、俺に突きつける。

 

「君が日記に牙を突き立てた瞬間、リドルは悲鳴を上げて消えた。バジリスクも、この剣が倒してくれた。それから直ぐに君は気を失って、ジニーが目を覚ましたんだ。そしてフォークスが君に涙を垂らして、傷を治した。君が気を失っている間にあったのはこれだけさ」

 

 ポッターは俺に状況を説明して、それから、未だにすすり泣いているジニー・ウィーズリーにチラリと目をやってからもう一度俺に話しかけた。

 

「……ジニーは、日記に乗っ取られていたんだよね? つまり、トム・リドルが彼女を乗っ取って、無理やり皆を襲わせたんだよね? だから、つまり、その……」

 

「ジニー・ウィーズリーは悪くない、って言いたいんだろ?」

 

 言いにくそうにしているポッターの後を受け持つ。ポッターはもう一度だけ彼女に目をやってから無言で頷いた。俺もチラリとジニー・ウィーズリーの方を見る。座り込んで、ただ泣いていた。

 

「……それは、俺達が決めることじゃない。事件は終わったから、ダンブルドアが帰ってくる。そしたら直々に決断が下されるだろうさ」

 

そう返すと、ポッターは相変わらず気まずそうにしながら聞いてきた。

 

「……ダンブルドアなら分かってくれるよね?」

 

「……多分な」

 

 それだけ言い、この場から移動を始める。こんな場所に長居はしたくは無かった。ポッターと共に座り込んでいるジニー・ウィーズリーの方へ向かい、立たせてから出口へと向かう。

 

「ジニー、大丈夫だよ。君は悪くない。ダンブルドアなら、分かってくれる」

 

ポッターは相変わらず慰めを続けていた。それを聞いてか、少しずつすすり泣きが止まり静かになる。俺は隣で羽ばたいているフォークスに目をやった。ゆっくりと歩く俺達の歩調に合わせて、時には旋回しながら同じようにゆっくりと進んでいた。

 

「お前に、御礼を言わないとな」

 

言葉が分かるかどうかは知らないが、そう声をかける。フォークスの意識が、こちらに向いたような気がした。

 

「怪我を直してくれたのもそうだが、俺が無茶しようと思えたのはお前の歌のお陰だ。不死鳥の歌は聞くのは初めてだったが、今まで聞いた歌の中で一番素晴らしい歌だったよ。ありがとう」

 

フォークスに向かってそう言うと、返事をするように俺の上を二度、旋回して少し前を飛び始めた。それを見たポッターは少し歩調を速めてフォークスを追い始めた。ポッターも、フォークスに向かって何やら礼を言っていた。

思いのほか長く続く廊下を歩きながら、隣を俯きながら歩くジニー・ウィーズリーを見る。泣きはしていないが、泣きそうではあった。

 

「……ごめんなさい」

 

 不意に、ジニー・ウィーズリーから声をかけられた。突然のことで、自分に向かって言われたことだと分かるのに少しだけ時間がかかった。

 

「……私、貴方に謝らなきゃいけないの」

 

 震える涙声でそう言う。それを出来るだけやんわりと否定した。

 

「バジリスクのことなら、気にしないでいい。トム・リドルのこともだ。いずれにせよ、俺にとってこれはいつか必要になる事だった」

 

「……そうじゃないの」

 

 助けたことへの謝罪かと思えば、どうやら違ったらしい。ジニー・ウィーズリーはただでさえ泣きそうなのに、今はもう目に涙を溜めて泣き出す寸前にまでなっていた。

 

「……貴方を襲ったの、トムじゃなくて私なの」

 

「……どういう意味だ?」

 

 聞き返すとまた泣き始めた。前の方を見ると、ポッターはまだフォークスに話しかけていた。泣かせたのが知られたら面倒だと、少し会話を急かす。

 

「もう少し、詳しく言ってくれ。それだけじゃ何を謝りたいかサッパリだ」

 

「……私、貴方を襲った時は操られてなかったの」

 

 怪訝な表情を向けると、怯えた様に口を噤んでしまった。顔に出したのは失態だったと悔やみながら、なるべく穏やかに先を促す。ポッターはまだこちらに気付いていない。

 

「それじゃあ、お前は何で俺を襲ったんだ?」

 

「……日記を取り返したかったの」

 

 それから、堰が切れたように喋り始めた。黙っているのも苦しいのかもしれない。

 

「日記に、人には言えないことをたくさん書いたわ。それから、私が皆を襲ってるんじゃないかって……。怖かったの。秘密が知られるのも、犯人として捕まるのも。だって、皆を襲った覚えなんて私にはなかったから。でも薄々、私なんじゃないかって思い始めて……。日記が誰かの手に渡って、私が犯人だってことになったらって思うと、いても立ってもいられなかったの」

 

 要するに、俺を襲ったことに関しては操られていたという言い訳が効かないということか。考えてみれば納得がいく。俺が石化しなかった理由も襲われた理由も手口が違ったことも。

 

「私、退学になるんだわ……。皆を襲って、それで……」

 

 後は泣いて言葉にならなかった。良心の呵責と退学の恐怖。一気に襲ってきて混乱しているのだろう。その気持ちは分かるつもりだった。

 犯人と疑われる恐怖も、自分の所為だという責任も、両方とも味わってきた。そして、その上で自分が取った行動は彼女と変わらない。日記の存在の黙秘。自分にはジニー・ウィーズリーを責める資格は無いのだ。

 だからと言って、俺の判断でなかったことにできるか際どいところだ。責めることも許すこともキッパリと出来ない、居心地の悪い気分だった。

 

「……ダンブルドアなら、お前に責任がない事を分かってくれるだろう。自分の意志でやったことじゃないんだから」

 

「でも、貴方を襲ったのは自分の意志よ……」

 

「……俺を襲った時のお前の気持ちは、分かるつもりだ。俺も似たようなことをしてきたから」

 

それでも泣いているのを見てられず、少しだけ慰める。そんな俺に驚いて、ジニー・ウィーズリーは目を見開いて俺を凝視する。

 

「自分が犯人だと疑われるのが怖くて黙っていたのは俺も同じだよ。もう一つ言うなら、相手を自分の意志で殺しかけたのも同じ。ポッターが来なければ、俺はお前を殺してたよ」

 

 そう言うと、ジニー・ウィーズリーはビクリと体を震わせた。見開いた目に少しだけ恐怖の様な色が浮かぶ。慰めにはなっていないかもしれないが、効き目は抜群だった。今はもう泣いてはいない。

 ジニー・ウィーズリーが何か言いかけて口を開いたところにポッターが戻ってきた。開いた口は音を出さずに、曖昧に誤魔化して閉ざされた。それから誰も話さずトンネルの奥まで歩いた。トンネルが崩れて壁になっていた所は、そこで待っていたウィーズリーが切り崩して人一人が何とか通れる隙間を作っていた。

 ウィーズリーは俺がいるのを見ると混乱した様に食い掛かってきた。

 

「なんでお前がいるんだよ! 一体、ここで何をしてたんだ!」

 

「ロン、エトウのことなら大丈夫。ジニーを助けるのを手伝ってくれたんだ。説明は後でするから、とにかくここから出よう」

 

ポッターがウィーズリーを抑えてくれたが、俺としては傍らに立っている虚ろな目をしたロックハートの方が気になっていた。

 

「……あいつはどうしたんだ?」

 

「あー……それも後で説明するよ」

 

 そうしてフォークスの足に掴まることで全員が秘密の部屋から脱出し、マートルのトイレまで戻ることが出来た。トイレに着くや否や、フォークスが誘導するように飛び始めたのでそのまま全員で付いてゆく。フォークスの後に従って歩くと、目的地はマクゴナガル先生の部屋だった。ポッターは一瞬の躊躇いの後にノックしてドアを押し開けた。部屋には四人の人がいた。本屋で見たウィーズリーさんと恐らくその奥さん。それから奥の方にマクゴナガル先生とダンブルドア。

 

「ああ、ジニー!」

 

 ウィーズリー夫人が泣きながらジニーに駆け寄り、抱きしめた。それからすぐにウィーズリー氏も自分の娘を抱きしめた。フォークスは抱き合っている三人を飛び越え、奥にいるダンブルドアの所まで飛んで行った。ウィーズリー夫人はポッターやウィーズリーも抱きかかえながら混乱した様子で聞きだした。

 

「あなた達がこの子を助けてくれたのね! この子の命を! でも、一体どうやって?」

 

「私たち全員が、それを知りたいと思っています」

 

 マクゴナガル先生もそうポツリと呟くと、ポッターが代表して説明を始めた。姿なき声を聞き、ハーマイオニーがその正体がバジリスクだと気付き、森に入り蜘蛛と話し、そこから「嘆きのマートル」が秘密の部屋の犠牲者だと分かり、トイレに秘密の部屋があると勘付いて……といったポッター自身の秘密の部屋までの経緯、それから秘密の部屋での一部始終を語った。ロックハートの真相も、その時に分かった。話の際、日記の正体やジニー・ウィーズリーが加害者であることに関しては触れないようにしているのが分かった。俺がジニー・ウィーズリーを殺しかけたことも言わなかった。

話し終えて、ポッターは緊張した面持ちでダンブルドアの顔色を窺った。ダンブルドアは穏やかな笑みで話した。

 

「儂がこの事件で最も気になっているのは、ヴォルデモート卿がいかにしてジニーに魔法をかけ、操ったかということじゃな」

 

「この日記なんです」

 

 ポッターは安心しきった顔でようやく日記のことを話した。日記に記憶が封じこまれていて、それがジニーを操ったこと。それを話すと、ダンブルドアはじっくりと日記を観察した。

 

「ミス・ウィーズリーは医務室に行きなさい。今はじっくりと体を休めるのじゃ」

 

日記を見終えると、ダンブルドアはジニーに向かってそう言った。未だに泣きそうな表情のジニーに対し、ダンブルドアは慰めの言葉をかける。

 

「君よりももっと年上で、賢い魔法使いでさえヴォルデモート卿に騙されたのじゃ。そのことで、君を処罰することは無い」

 

 穏やかなその言葉は慰めそのものだが、どこか引っかかる物言いだった。その考えは当たっていて、それからダンブルドアは初めて俺に話を振った。

 

「ミス・ジニーの被害者であるのはそこの少年だけじゃ。彼が処罰を望まない限り、君は罰せられることは無い」

 

 部屋の人の視線が一気に俺に集まった。卑怯な言い方だ。そう思わずにはいられなかった。別にジニーが罰せられることを望んではいない。蒸し返さない限りは不問に帰すつもりだったし、こんな形で聞かれなくとも答えは変わらない。

 

「……彼女の処罰は望みません」

 

 黙っている訳にもいかずそうキッパリと宣言すると、ジニーは安心からか再び泣きはじめ、彼女の母親からは両手を握って感謝をされた。

 

「ああ、ありがとう! ありがとう! この子の命を救ってくれて、助けてくれて、その上、許してくれるなんて……!」

 

 居心地の悪さは尋常じゃなかった。手をブンブンと上下に振られながらボンヤリと思う。この人は俺が娘を殺しかけていたことを知っても、それでも同じように感謝の念を向けるのだろうか? 俺の所為で娘は帰ってこないどころか継承者として名を残し、犯罪者として語り継がれることになった可能性だってあったのだ。しかも、そうならなかったのはポッターのお陰であって、処罰を望まなかったのはその罪悪感故に過ぎないというのに。

 事実とかなりズレた感謝の念を向けられながら、それを否定する良い言葉が思い浮かばずにただされるがままにされる。マクゴナガル先生にウィーズリーとロックハートを含めた五人が医務室へと促されるまでそれは続いた。

 マクゴナガル先生たちが出て行った後、部屋には俺とポッター、ダンブルドアの三人だけとなった。

 

「さて、二人ともお座り。君達には聞きたいことがあるのじゃ」

 

 ダンブルドアはそう言いながら俺達に椅子を勧めた。二人で大人しく座ると、ダンブルドアは話を続けた。

 

「さて、まずはお礼を言おう。君達は儂に真の信頼を示してくれた。そうでなければ、フォークスは君たちの所に呼び寄せられなかったはずじゃ」

 

 またもズレた感謝を向けられて、とうとう耐えられなくなった。

 

「お礼は受け取れません。真の信頼を示したのはポッターです。俺は……」

 

 言葉に詰まってしまったが、ここまで言ってしまえば後は一緒だと気持ちを吐き出す。

 

「俺は、助けは来ないと思っていました。最後まで、貴方に真の信頼を向けていません。ジニー・ウィーズリーを助けたのもバジリスクを倒したのもポッターで、俺は何もしていません」

 

言い切れば、その場を沈黙が満たした。ポッターは何とも言えない顔で俺とダンブルドアに視線を泳がせたが、ダンブルドアは穏やかな表情を一ミリたりとも動かさなかった。

 

「たとえそうだとしても、儂は君にお礼を言いたい」

 

「何に対してでしょうか? 俺は最初から最後まで、自分のことだけを考えていました。お礼を言われることは何もしていません」

 

「君が言うことは事実かもしれぬ。しかし、君がジニー・ウィーズリーを助けたのも事実じゃ」

 

「……それも、事実じゃありません」

 

 否定するのが怖いという気持ちは確かにあった。本当の事を言うのも。しかし、それで今年はずっと痛い目に遭ってきた。本当のことを話そうと思うには十分な程に。しかし話そうとすれば乱暴に扉の開く音がそれを遮った。

 扉から現れたのは怒りの形相のルシウス・マルフォイだった。包帯でぐるぐる巻きになったしもべ妖精を伴ってダンブルドアの眼前まで迫った。

 

「それで! お帰りになったわけだ! 理事が停職処分をしたにも拘らず、自分が校長にふさわしいと!」

 

「はてさて、ルシウスよ。儂がここにいるのは、理事会の決定じゃ。今日、君以外の理事会が儂に連絡をくれてのう。儂に直ぐに戻ってきてほしいとのことじゃった。君に脅され、仕方なくやったと考えておる人も何人かおった様じゃ」

 

 ダンブルドアが穏やかにはなった言葉にルシウスさんは顔を蒼白にしたが、毅然とした態度は崩さずに話を続けた。

 

「それでは、事件は解決したと? 犯人を捕まえたと? では、犯人は誰なのかね?」

 

「犯人は前回と同じ人物じゃ。ヴォルデモート卿が他のものを使って行動した。これがその証拠じゃ」

 

 ダンブルドアが日記をルシウスさんに見せつけると、少しだけルシウスさんの顔が強張るのが分かった。するとポッターがすかさずルシウスさんに食らいついた。

 

「マルフォイさん。ジニーがどうやって日記を手に入れたか、気になりませんか?」

 

「馬鹿な小娘がどうやって日記を手に入れたかなんて、どうして私が知らなくてはならない?」

 

「日記をジニーに与えたのはあなただからです」

 

 ポッターがそう宣言すると、ルシウスさんの表情がなくなった。俺も驚きはしたが、何処か納得できる気持ちもあった。

 

「……ポッター、証拠はあるのか?」

 

 俺がそう聞けば、答えはダンブルドアから返ってきた。

 

「誰も証明できんじゃろう。しかし、ルシウスよ。忠告だけはさせてもらうぞ。これ以上、ヴォルデモート卿の学用品やその類の物をばら撒くのは止めることじゃ。さもなくば、他ならぬアーサー・ウィーズリーがその入手先をあなただと突き止めるじゃろう」

 

 ルシウスさんは杖に手を伸ばすような仕草をしたが、何もせずに荒々しく去って行った。一瞬の静寂の後、ポッターがダンブルドアに向かって話し始めた。

 

「先生、その日記をマルフォイさんにお返ししても?」

 

「よいとも、ハリー。君との話は、またの機会としよう。それと急ぐのじゃよ。これから宴会じゃ。忘れるでないぞ?」

 

 ポッターが日記を鷲掴みに外へ飛び出てゆき、部屋には俺とダンブルドアだけになった。

 

「さて、君も望むなら話をまたの機会とするが? 君も話したい人がたくさんいるはずじゃからのう」

 

「いえ、それには及びません」

 

 ダンブルドアが穏やかに申し出るが、それを断った。勘違いを正したいのもそうだが、秘密を隠さず話したいという気持ちもあった

 

「そうか。では、聞こう。君は儂のお礼を拒み、ジニー・ウィーズリーを助けたという事実を否定するという訳じゃな?」

 

「はい」

 

「それは何故?」

 

 改まって話すと、少し迷いが生じる。それでもそれを押し殺して真実を口にする。

 

「……俺は、ジニー・ウィーズリーを殺そうとしました」

 

 ダンブルドアは相変わらず穏やかな顔で静かに耳を傾けていた。

 

「ジニー・ウィーズリーを殺せば、トム・リドルは日記の姿に戻る。後はそれを持ち帰るだけでよかった。助けは来ないと思っていました。だから生きて帰る方法はそれしか思いつかなかった……。ジニーの処罰を望まなかったのは、殺しかけたことと俺も日記の存在を黙秘したことの罪悪感からです」

 

 一気に話すことが出来て、少しだけスッキリした。ダンブルドアの顔を見ると、表情は話す前と変わらなかった。それから静かに口を開いた。

 

「君の言った言葉が事実でも、儂は君にお礼を言わせてもらおう。君がジニーを助けたのは、紛れもない事実じゃ」

 

「いいえ。ポッターがいなければ、殺していたんです」

 

「そうかもしれぬ。しかし、事実はそうではない。君はバジリスクに立ち向かい、トム・リドルを見事に滅ぼしてみせた」

 

それでも納得いかない俺に、ダンブルドアはさらに声をかけた。

 

「大事なのは君を引き留める人がいて、君がそれに応じたことじゃ。君はヴォルデモートとは違うことが十分に証明できた」

 

 ダンブルドアの言葉に目を見開く。自分がヴォルデモートと同じだという不安を打ち明けた覚えはなかった。ダンブルドアは穏やかな調子を崩さずに話を進める。

 

「改めてお礼を言わせてもらおう。君は確かに、儂に真の忠誠を向けることはせず、ジニーに杖を向け、恐ろしい未来へとことを導きかけたのじゃろう。しかし、結果は違った。他者の言葉に耳を傾け、己の敵に立ち向かい、君は見事に打ち勝った。儂の期待に応えてくれた。そして、事件を解決してくれた。お礼をどうか、受け取ってくれんかのう?」

 

 そう言われては、もう否定することが出来なかった。黙ったままながら頷くと、ダンブルドアは顔を綻ばせた。

 

「それでは、もう行きなさい。君と話したい人が山ほどいることじゃろう。石になった者達は、既に治っておるはずじゃ。大広間での宴会も、既に始まっておるはずじゃよ」

 

 そのまま大広間へと行っても良かったが、少しだけ話したいことが出来た。

 

「……先生は俺がヴォルデモートと違うと仰いました」

 

「いかにも。今回のことでそれを確信した」

 

「しかし、ヴォルデモートからは俺は同じだと言われたんです」

 

 ダンブルドアの表情に変化はない。何かしらの動揺が見られるかとも思っていたが、穏やかな顔には一ミリの変化もなかった。

 

「今は、それが間違いだと思っています。しかし俺には闇の魔術における才能があります。その事実も同じ様に確信しました」

 

 ダンブルドアは話を促す様にジッと俺の顔を見た。そこで、ついさっき発覚した事実を投下した。

 

「先生。俺はパーセルマウスです」

 

 確信したのはポッターの説明で姿なき声がバジリスクであったことを言われた時だった。自分がパーセルマウス、つまり蛇語使いだとすれば色々と納得がいった。トム・リドルの奇妙な声も、気を失う前に聞こえた声も。

 ダンブルドアはしばらくの間黙っていたが、口を開けば変わらず穏やかな声が出てきた。

 

「歴史に残る偉大な魔法使いの中にも、パーセルマウスはおった。それがあることが問題なのではない。それをどう使うかが問題なのじゃよ。君は既に、それを分かっておるはずじゃ」

 

「はい。しかし、言っておきたかったんです」

 

「そうか。……君が打ち明けてくれたことを、心から嬉しく思う」

 

 隠し事はもう嫌だった。今回のように疑われるのなら、まずはダンブルドアを信じてみようと思ったのだ。パーセルマウスだという告白は、ダンブルドアへの信頼も込めていた。ダンブルドアも、それを分かってくれているように感じた。

 

「さあ、宴会じゃ! 今夜は嫌なことは全て忘れて、存分にはしゃぐとよい。君はその権利を勝ち取ったのじゃ」

 

 笑顔で言われるまま、大人しく部屋を出て大広間へと向かった。先ほどダンブルドアが言った通り、話したい人は山ほどいるのだ。嫌な事を忘れるにはまだ早い。まだやらなくてはならないことがある。気を引き締めて、大広間の扉を開けた。

 

 

 

 




後半は出来れば今日中に。感想、評価などお待ちしてます


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エピローグ後編・和解と会話

これにて秘密の部屋編完結です


扉を押し開け入った大広間はいつにない熱気に包まれていた。全員がパジャマ姿で騒ぎ、テーブルにはクリスマスやハロウィンの時にも劣らないご馳走が並んでいた。食べて飲んで歌って騒ぐ中を潜り抜け、スリザリンのテーブルに行くと、真っ先に俺に気がついたブレーズとダフネがこちらに駆け寄ってきた。

 

「おいジン、お前だろ? スリザリンの継承者を捕まえたのはよ! マクゴナガルから聞いたぜ、部屋にお前がいなかった理由。今日一日中、何をしていたかを一つ残らず教えてもらうぜ!」

 

「どうやって解決したの? 犯人は誰? ああ、何から聞けばいいか……!」

 

興奮した面持ちでブレーズとダフネが詰め寄ってくる。それを少し笑いながら受け流す。ここで二人と盛り上がるのも魅力的だが、やらなければならないことがあるのだ。

 

「後で、嫌になるほど話してやるよ。それよりも、ドラコは何処だ? ハーマイオニーとパンジーはどうした? 石化は治っているんだろう? ちょっと話したいことがあるんだが……」

 

「パンジーとドラコならあそこにいるぜ。パンジーがドラコに話しかけてる」

 

ブレーズに示されたところを見ると、上の空のドラコにパンジーが一生懸命に話しかけていた。近づくと、ドラコが俺に気がついたようで表情を引き締めてこちらに向き直った。パンジーは急なドラコの変化を見て驚いたが、俺が来るのを見ると不満そうな顔をしてこちらに向かってきた。

 

「あんた、ドラコに何した訳?」

 

いきなり食らいついてくるパンジーに返答する。

 

「継承者について話しただけだ。それと、そのことでドラコと話そうと思ってね。ちょっと二人にしてもらっていいか?」

 

ハーマイオニーのことも聞きたいが、ここはドラコの方を優先するべきだろう。そう考え、パンジーは軽く流す。パンジーはむくれながらダフネの方へ向かった。ドラコと向き合うと、ドラコは複雑そうな表情だった。

 

「さて、俺の宣言通りになったわけだが……」

 

そう話を切り出す。ドラコは硬い表情のまま頷いた。

 

「俺は石にならなかった。そして継承者は捕まった。お前はこの事実を受け入れて、どう思うんだ?」

 

しばらくの沈黙の後、ドラコは渋々と言った感じで話し始めた。

 

「嬉しいとは思うさ。これでもし、君と一緒に理想を唱えられるならね」

 

まだ心残りがあるようだった。いまだ、マグル生まれの追放を否定することは快く出来ないらしい。

 

「君に聞きたいことがあるんだ」

 

そう質問するドラコは、何かに縋る様な表情だった。

 

「君は、スリザリンの継承者に会ったのだろう?」

 

「ああ。ついでに、少しばかり会話もしたな」

 

「それじゃあ、継承者が何を考えていたか分かるかい?」

 

ドラコの質問に少し混乱した。継承者が、ヴォルデモートが何を考えていたかを、どうして気にするのだろうか? 戸惑った様子の俺に、ドラコはなおも質問を畳み掛ける。

 

「継承者がマグル生まれの追放に拘る理由さ。彼の考えが聞きたかったんだ。どういう思想を持っていたか、千年も長く残り続けた偉大な思想とはどのようなものか。知りたいんだ、僕が今まで信じてきたものがどんなものだったか」

 

ドラコにとって、俺の考えに賛同することは今までの考えを捨てることと同義なのだろう。そう考えると、ドラコにとっては一世一代の決断になるのかもしれない。闇雲に信じてきたことを否定するのは厳しい事だろう。

俺が見てきたこと、思ったこと。そのまま話すしかないが、ドラコにはキツイことかもしれない。そう思いながら話し始めた。

 

「もし継承者が崇高な目的で動いていると思っていたのなら、それは間違いだ」

 

キッパリと宣言してやると、ドラコはやはり驚愕の表情を作った。

 

「継承者が動いていたのは、要は自分の目的のためだった。そこには世のためなんて思想は無い。なあ、継承者の正体と、そいつの目的が何だったか分かるか?」

 

「……分からない」

 

「継承者の正体はヴォルデモートだ」

 

ドラコは顔を蒼白にさせた。俺が名前を呼んだこと、そして自分の思っていたのと事態が随分と違っていることで混乱している様だった。

 

「そして、その目的は自分の復活とハリー・ポッターへの復讐だった。マグル生まれの追放を唱えたのも、生徒を石にしたのも、ポッターを誘き寄せるためだ。パンジーが純血であることなんて眼中になかった。アイツは、自分が石にした人間がどんな奴だったかなんて興味なかったよ。ただ、ポッターが自分の所に来てくれさえすれば良かったんだ」

 

ドラコは何も言えずに黙っていた。ショックだろう。盲目的に信じてきた継承者が、理想とかけ離れた存在だったのが。

 

「継承者は、欲望にまみれた最低な野郎だった。お前はまだ、そんな奴のことを気にするのか?」

 

問いかけると、ドラコは俯いてしまった。ドラコの気持ちは、正直量りかねる。俺は盲目的に何かを信じたことなどないし、信条と言えるものだって抱いたことは無い。それが否定される気持ちなど、分かるはずもなかった。

 

「……正直に言えば、僕はどうすればいいか分からないんだ」

 

だから、困った様に言うドラコに何と声をかければいいか分からなかった。

 

「生まれてこの方、ずっと純血主義を信じてきたからね。それが自分の身を守るものだと思っていたし、名家たる所以だとも思っていた。矛盾なんて、見てないふりをするのが楽だった。けど、君と話して、初めて自分の理想を見つけたんだ。素晴らしいじゃないか。マグルを受け入れた上に、名家たるまま魔法界に存続できるなんて。けど、父上は許さないだろうなぁ。父上の教えに、つまり継承者の教えに反することは……。その継承者の教えが、今となってはサッパリなわけだけど……」

 

乾いた笑い声を出しながらそう言った。どういったものか悩んでいたら、ドラコが質問してきた。

 

「君は、僕はどうするべきだと思う?」

 

「……どうするべきか、じゃなくて、どうしたいか、で考えてくれないか?」

 

月並みな言葉だが、それしか出なかった。ドラコはキョトンとした顔でこちらを見た。

 

「何も今までの考えを捨てろって言ってるわけじゃないんだ。俺の考えに従えとも言ってない。別に、決断を迫ってるわけじゃない。ただ、考えて欲しいんだ。お前に何かを強要する奴はいないって。それを考えた上で、お前は本当にマグル生まれの追放を唱えるのかって。……そりゃ、俺としては同意してくれた方が嬉しいが」

 

言葉を濁らせながら言うと、ドラコは少しだけ笑った。それを見て、もう少しだけ話を続ける。

 

「お前が本当は何をしたいかを考えて欲しい。それでお前が今まで通りの考えを通すって言うなら俺は何も言わないよ」

 

そう言うと、ドラコはしばらく考え込んでから答えた。

 

「……僕のやりたいことは、単純さ。君達と一緒にいたい。君達と楽しくやっていきたい」

 

驚いてドラコを凝視すると、顔を真っ赤にさせてアタフタと話し始めた。それに思わず笑ってしまった。

 

「まあ、つまりだ、あれだ……。大人になっても、君達とは良い関係を築いてゆきたいんだ! そうさ、何も恥ずかしいことじゃない! 何が可笑しい!」

 

「いや、可笑しくないよ。ただ、嬉しかっただけだ」

 

笑いながら言うと、ドラコはジト目でこちらを見てきた。それからドラコは肩の力を抜いて、ポツリポツリとは話し始めた。

 

「分かってはいるんだ。継承者の考えが自分のやりたいこととは裏腹なものだって。ただ、何が正しいのかは分からない。やりたいことは分かっても、やるべきことが分からないんだ」

 

未だに迷っているようだが、そこにはもう継承者の恐怖は無かった。望んだ回答は得られなくとも、俺がやりたかったことは十分にできている。それが分かった。

 

「僕は君達と一緒にいたい。そしてパンジーやダフネや君は、その感情をマグル生まれのグレンジャーにも向けていることも知ってる。……たまに思うんだ、グレンジャーさえいなければって」

 

「そりゃまたどうしてだ?」

 

「だってそうだろう? グレンジャーがいなければ、僕が純血主義を唱えても君達が傷つくことは無いじゃないか。マグル生まれの追放を嫌うのは、グレンジャーがマグル生まれだからだろう?」

 

「……まあ、それもあると言えばあるな。俺のやりたいことは、お前ともハーマイオニーとも一緒にいる事だからな」

 

「それじゃあ、考えてみてくれよ。グレンジャーがいなかったら、君はどうなっていたか」

 

俺の口調をまねてドラコが聞いてきた。少し笑いを堪えながら、わざと考える素振りをする。

 

「そうだな……。去年のハロウィンに死んでた」

 

 そう笑いながら回答すると、ドラコは苦笑いと溜め息を同時にやってみせた。

 

「……そうだね、分かったよ。僕は君達と一緒にいたい。だから、グレンジャーを追い出そうとは考えないよ」

 

 諦めかけていた時に、望んだ回答をドラコから得ることが出来た。これ以上に嬉しいことは無かった。自分でも珍しいと思えるほどはしゃいで、近くのゴブレットをドラコに握らせて無理やり乾杯をした。

 

「そう言ってもらえると、継承者を潰した甲斐があるって感じるな! ありがとよ!」

 

「……そんなに喜ぶとは思わなかったよ」

 

ドラコは若干呆れながらも、しっかりとゴブレットの中身を飲み干してくれる。しばらく笑い合っていたがもう一つやり残していることがあった。

パンジーに、ハーマイオニーをどう思っているか確認しなければ。万が一だが、パンジーが巻き込まれたことでハーマイオニーと距離を取ってしまえば今のやり取りも無駄になってしまうかもしれない。少しだけ笑みを引っ込めて、今度はパンジーを探す。当の本人はダフネにべったりだった。

 

「パンジー、用事は終わった。ありがとな」

 

そう声をかけると、顔をこちらに向けてしかめっ面を見せた。

 

「長いわね。どんだけ話してたのよ」

 

「大事な話だったんだ、そうむくれるな」

 

パンジーは興味なさげに頷き、ドラコの方へと向かおうとする。そこで、さりげなく探りを入れた。

 

「なあ、ハーマイオニーはどうした?」

 

若干緊張した声でそう聞いた。なんて返ってくるのか……。返答を構えながら待っていたら、随分とあっさりと返ってきた。

 

「ハーミーはまだ医務室。聞いてよ! 本当は一緒に来ようと思ったんだけど、ハーミーは薬の効きが遅いんだって。あれ? 私が早いんだっけ? まあいいや。そう、だから待ってようとしたら、マダム・ポンフリーに追い出されたの。酷くない? 結局、あれから会ってないし……」

 

パンジーは何も考えていなかった。危惧したことは何一つ起こらない、ただの杞憂だった。

コイツが馬鹿でよかった。ホントよかった。手を握り締めながら、心の底からそう思う。

 

「そうか……。まあ、治ったらこっちに顔出すだろ」

 

「そうよね。でも、ちょっと遅いなぁ……」

 

パンジーはそう呟きながらドラコの方へと向かった。安心して肩の力を抜いたところに、ダフネが笑いながら話しかけてきた。

 

「あなたの心配も分かるわ。パンジーがハーミーと距離を取る様になったらどうしようって、思ってたんでしょう? 大丈夫よ、パンジーはそんな人じゃないもの」

 

「……ただ、何も考えていないように見えるがな」

 

「それがパンジーの良い所よ」

 

俺の回答にクスクスと笑いながらダフネがそう言い切った。溜め息を吐きながらゴブレットの中身を飲み干すと、視界の隅にハーマイオニーが映った。

そちらの方を向くと、ハーマイオニーが来るか来ないかで迷っているようにしているのが分かった。ゴブレットをテーブルに置き、ハーマイオニーの方へ向かう。

 

「元気そうだな、ハーマイオニー」

 

そう声をかけると、少しびっくりした様に振り向いた。声をかけたのが俺だと分かると安心した様に笑い、話しかけてきた。

 

「ジン! 聞いたわ! あなたが継承者を倒してくれたんでしょう? ハリーと一緒に!」

 

「あー、まあな、うん。色々やらかしたけど」

 

「マクゴナガル先生からも、ハリーからも聞いたわ。とにかく、ありがとう! あなたのお陰で、私はまだホグワーツにいられるんですもの!」

 

そう言いながら俺の手を取って上下に振った。ウィーズリー夫人の時とは違って、素直に感謝を受け取ることが出来た。

 

「まあ、お前が元気になって何よりだ。こっちに来るか? パンジーとダフネもいるぞ?」

 

そう誘うと、ハーマイオニーは途端に表情を暗くさせた。

 

「どうかしたのか?」

 

「ねえ、その……」

 

ハーマイオニーは少し言い辛そうにしながら聞いてきた。

 

「……パンジー、怒ってない?」

 

……ああ、普通はそう考えるよな。どこか安心した気持ちでそう思った。俺が心配性すぎるのではなかったのだ。

 

「……大丈夫。全く気にしてない」

 

そう断言したが、ハーマイオニーの表情はあまり晴れなかった。しかし、間の悪い事にここでパンジーの声が聞こえた。

 

「ハーミー! 来てたのね!」

 

パンジーは以前と変わらず飛びかかり、抱きつく。ハーマイオニーはまたも軽く悲鳴を上げたが、パンジーはお構いなしだった。

 

「遅かったわね! どうしてたの?」

 

「あ、パンジー……。ちょっとね……」

 

言葉を軽く濁すハーマイオニーにパンジーは不思議そうな顔を向ける。そんなパンジーへハーマイオニーは思い切って質問した。

 

「……怒ってないの?」

 

「え? 何を?」

 

「だって、ほら……。継承者に……」

 

「ああ、あの訳の分からない、継承者とかいう奴に石にされたこと?」

 

スリザリン生にして、スリザリンの継承者を訳の分からない奴呼ばわりする神経はもはや尊敬に値する。そんなことをぼんやりと思いながら事の結末を見送った。

 

「大丈夫! ジンが潰してくれたんだって! 知らなかったの?」

 

「あ、ち、違うの。そうじゃなくて……」

 

「あ! もしかしてハーミーも継承者に一発入れたかった?」

 

笑いながらそう言うパンジーは、もうどこがスリザリン生か分からなかった。ハーマイオニーは混乱しながらも、一番聞きにくいことを聞いた。

 

「……私に対して、怒ってない?」

 

パンジーはキョトンとして言い放った。

 

「……私が、ハーミーを? 何で? 怒るわけないじゃん」

 

それを聞くと、ハーマイオニーはポロポロと泣き始めた。パンジーはアタフタとしながらどこか痛いのか、と的外れなことを心配し始めた。ハーマイオニーは無言で首振ってパンジーに抱きついた。パンジーはかなり面食らった顔をしていた。ハーマイオニーから抱きついたのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。

 

「……パンジー」

 

「な、何、ハーミー?」

 

「私、パンジーが大好き!」

 

嬉しさのあまりの言葉だろう。ほんの一瞬だけパンジーはポカンとしたが、直ぐに笑顔でハーマイオニーに抱きつき返した。

 

「私もハーミーが大好き!」

 

そう言いかえしながら、手をつないで仲睦まじくパーティーを楽しみに行った。一部始終をボンヤリと眺めていたら、肩を叩かれた。振り返ると、ブレーズがいた。

 

「知ってるか?」

 

「何を?」

 

いきなり質問してきたブレーズに端的に答えると、ブレーズはケラケラ笑いながら言い放った。

 

「このパーティーの主役、お前ら事件解決した奴等ってことになってんだけど、誰もそのこと覚えちゃいないんだ!」

 

ちょっとだけ寂しくなった。しかし、それも直ぐに忘れることになった。ブレーズやドラコ達とどんちゃん騒ぎに加え、試験が中止になったことやロックハートのクビ通告、そして俺のホグワーツ特別功労賞の授与と騒ぐにはもってこいの知らせがたくさん来た。何もかもが上手くいった日だった。誰もかれもが嫌な事を忘れ、今までにない最高の盛り上がったパーティーで今年の事件は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

残りの日々はあっという間に過ぎ去って行った。寮対抗は、グリフィンドールの勝利で終わった。スリザリンには残念がった雰囲気はあったが、それも直ぐに風化した。秘密の部屋の騒動の方が、インパクトとして十分に大きかった。

いつものように列車に乗り込んで、ドラコやブレーズ、ダフネ、パンジーと帰りの時間を目一杯に楽しんだ。秘密の部屋での出来事は、ジニーに関しては少しだけ伏せながら詳しく話をした。何度も質問されたり、繰り返し聞かれたりと随分と話し込んでいたが、キングス・クロス駅が近くなったので、話を切り上げた。

駅には、去年と変わらずゴードンさんがいた。俺に気がつくと、軽く手を挙げて呼び寄せた。

 

「今年は、随分と大変だったそうだな。ダンブルドアから直々の手紙が来た」

 

ゴードンさんは可笑しそうに笑いながらそう言う。もう何度も話したことで、今更、もう一度なんて少々キツイものがあった。

 

「また、後で話すよ。今日はもうクタクタだ」

 

「ああ、そうだろうな。ほら、帰るぞ」

 

去年よりもスムーズに支度を済ませ、宿へと向かう。疲れ切った体で思う。どうか、来年は平穏がありますように。

 




次回から、夏休みの話に入ります。

感想、評価などお待ちしております!


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アズカバンの囚人編
夏休み編・グリーングラス家からの招待状


黒木アギトさん、推薦ありがとうございました!

大変遅くなりましたが、この場でお礼を言わせていただきます!


夏休みが始まって割とすぐのことだった。夕方にフクロウがダフネからの手紙を持ってきた。去年と同じように近状報告かと思い、レポートを書く羽ペンを片手に封筒を開く。中身はいつもよりも高級な羊皮紙で書かれた手紙に、紙幣ほどの大きさで少々厚みのある銀の板が同封されていた。銀の板をひっくり返して見ると、それはグリーングラス家への招待状だった。何故これが送られてきたのか知るために、手紙を広げる。

 

『ジンへ

 

お元気? まだ最後に会ってからそう時間も経っていないから、きっと元気よね。あなたのことだから、宿題をやっているか本を読んでいる途中だったかもしれません。邪魔をしてしまったらごめんなさい』

 

ここまで読んだ時点で羽ペンを置いた。なんだか、とても失礼なことをしていた気分に陥った。椅子の背もたれに体重を預け、楽な姿勢で手紙の続きにざっと目を通す。中身は近状報告と招待状についてだった。招待状の部分をじっくりと読みなおす。

 

『それでは、本題に入らせてもらいます。同封されている招待状は見ましたか? それを送ったのはドラコ、ブレーズ、パンジー、それとあなたに私の家へ泊まりに来てもらおうと思ったからです。日程は招待状に書いてあります。都合が良ければその三日間、私の家で過ごしませんか? 急にこんなことを申し出たのは、少しだけ訳があります。私に妹がいることは知っているかしら? あなたには言ってなかったと思うのだけれど……。夏休み明けから一緒にホグワーツに通うことになるの。でも、その子が学校に行くのがちょっとだけ怖いというの。多分、上手くやっていけるか不安なんだと思うわ。そこで、あなた達に妹の不安を拭ってあげて欲しいの。私だけじゃ話に説得力がないもの。でも、どうせ家に来るのなら楽しみたいじゃない? だから、皆で俗にいうお泊り会というのを開きたいの。それって授業のない学校の様なものでしょう? きっと楽しいと思うわ。それでは、来られるかどうかの手紙を早めにください。来てくれたら、とっても嬉しいです。お返事、待っています

 

PS、課題を持ってくるなんて、野暮な真似は止めてね?

 

ダフネ・グリーングラスより』

 

手紙を読み終えて、招待状に目を向けた。確かに、日付が書かれている。今日から四日後だ。別段、予定のない俺としては即答でOKだった。書きかけのレポートをしまい、手紙のための羊皮紙を買いに出かける準備をする。招待状や手紙を見る限り、名家からの招待の返事に普段の手紙で使う安い紙では失礼な気がした。

財布を持って、部屋に鍵をかけて下に降りる。出口のすぐ前の受付にはゴードンさんがいた。ゴードンさんを見て、流石に相談抜きで外泊をするのはマズイと思い手紙のことを伝えることにした。

 

「ゴードンさん、四日後に友達の家に招待されたんだ。そこで三日間、泊まりたいんだけど行ってもいいかな?」

 

「友達の家にか? いいぞ、泊まってこい。まあ、相手から招待してきたなら断る方が失礼だしな。相手は名家か? ……まさか、マルフォイじゃあるまいな」

 

マルフォイと言いながらちょっとだけ嫌そうな顔をするゴードンさん。それを俺は笑いながら否定した。こうして軽口を叩きあえると、この人とも随分と馴染んだものだと思わせられる。

 

 

「違う違う、グリーングラスだよ。知ってる?」

 

「ふむ、グリーングラスか……。名前は聞いたことはある気がするが、客だったことは無いな」

 

「へえ、そうなんだ。あ、あと、これから返事を書くための羊皮紙を買いに行くんだ。何か買う予定の物があればついでに買ってくるけど?」

 

「いや、特にないな。羊皮紙なら確か余っていたはずだからそれを使わないか?」

 

「あー、いや、ありがたいけど、新品でなるべく高いのを買いたいんだ。……招待状がね、銀の板だったんだ」

 

「……そうか。金粉入りの羊皮紙でも買ってこい。夕食までには帰ってこいよ?」

 

ゴードンさんは苦笑いと共にそう言って送り出してくれた。

外は夕方なのにも拘らずジリジリと焼けるような暑さだった。流石夏だと思わせられる。ダイアゴン横丁まで、徒歩で大体三十分。その間の道のりは既に見慣れたものだ。

去年は友達とは手紙だけのやり取りだったので、こうして顔を合わせるのは今年が初めてとなる。といっても、まだ二回目の夏休みだが。友達の家に泊まるというのも初めての体験だ。相手が名家では、気軽に遊びに誘い辛いのだ。ハーマイオニーやネビルも同様に手紙だけのやり取りだった。ハーマイオニーは純粋に予定が合わなかった。家族旅行に行っていたらしい。ネビルとは一度は遊びに行こうかという話が挙がった。しかし、ネビルからおばあちゃんがどうとかなんとか、分かりづらい返事が返ってきて有耶無耶になった。面倒事になるから、と言いたかったらしい。俺がスリザリンに所属していることで、何か問題があるようだった。こういったこともあって、去年の夏休みは淡々と過ごした。羽を伸ばすにはいい機会ではあったが、物足りないと思う所もあった。

ここでのダフネの誘いは願ったり叶ったりだった。楽しみでしょうがない。要するに、浮かれているのだ。

目的地に着くと手短に用事を済ませ、上機嫌に帰路につく。歩きながら、そう言えば、と考える。

ダフネは、妹がホグワーツに行くのを不安がっていると書いていた。それを見た時はそんな奴もいるのかと驚いてしまった。ホグワーツに来る奴は、何となくだが、希望に満ち溢れているようなイメージがあったのだ。魔法を望み、学問を志し、初めての経験にマグル生まれも魔法使いの家系も心を躍らせる。そんなイメージ。しかし、ダフネの妹の話でそれが崩れてしまった。それから何を不安がっているのだろうかという好奇心も沸いた。俺も入学は不安だったが、それはマグル育ちということに加えて行き場がここしかないということから生まれる不安だった。ダフネの妹が抱きようのない物だろう。いろいろ考えたが、思いつくものは無かった。

宿に着き、部屋で招待への了承の返事を書き終え、シファーに括り付けて送り出す。窓から飛び立つシファーを眺めながら、向こうに行けば分かることだと結論付けて考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

それから四日経ち、ダフネの家へと行くこととなった。

行き方は簡単で、暖炉から指定された場所まで飛べば後は案内が来てくれるらしい。準備を整え、宿に常備されているフルーパウダーを少し貰う。フルーパウダーを使うのは初めてだった。暖炉の火に向かって投げ入れると、たちまち火は緑色となった。その火に入り込むと視界が緑に覆われ、回る様な感覚と共に妙な浮遊感が体を襲う。それがしばらく続くと、浮遊感は弱まり地に足がつく感覚がした。徐々に視界が開け、見たことのない場所が目の前に広がっていく。よろけながら暖炉から出ると、そこに見覚えのある後姿があった。俺に気付いたのか、その人がこちらを振り返える。その人の顔を見て、俺は驚きで口を半開きに、呆然と呟いた。

 

「……ルシウスさん」

 

「やあ、エトウ君。しばらくだね」

 

微笑みながら挨拶してきた人はルシウス・マルフォイだった。この人が来るとは思ってもいなかったのだ。

去年、秘密の部屋の黒幕がルシウスさんだと分かってから、俺はこの人に対して敵意を抱くようになった。この人がいる限り、ドラコが心から変わることが無い気がしてならない。ドラコの父に対する思いの深さは一緒にいればわかる。

また、ルシウスさんの計画を潰すのに協力したこともあってルシウスさんも俺に対して敵意を向けているのではと危惧していた。それとなくドラコに聞いたところ、ドラコはそんなことは無いと手紙で否定してきたがその答えを信用してはいなかった。

今、こうして目の前で何事もなかったかのように微笑みかけられているが、何か裏があるのではと訝しんでしまう。そのせいか、隔たりがあるような息苦しい雰囲気が漂う。

 

「……ルシウスさんが案内してくださるんですか?」

 

「ああ、そうだ。ドラコを送った後、折角だからと名乗りださせてもらったのだよ」

 

「お手数をおかけします。ここからグリーングラス邸までどれくらいでしょうか?」

 

「徒歩十分と言ったところか。さほど遠くは無い」

 

つまり、十分間は一対一の状態だ。十分間、この気まずい状況に耐えねばならない。

 

「そうですか……。では、出発しませんか? ダフネやドラコを待たせている訳ですし」

 

その十分間を一秒でも縮めようと出発を促す。ルシウスさんは頷き、そのまま歩き始めた。

ルシウスさんの誘導のもと、着実にグリーングラス邸へと向かう。しばらくは沈黙の状態が続いたが、ルシウスさんがおもむろに話し始めた。

 

「こうして、君とじっくり話す機会は前々から望んでいた」

 

「……ええ、去年にそう仰ったのを覚えています」

 

やや身構えながらも、受け応える。話しかけられるのは覚悟していた。

 

「ドラコから君の話はよく聞く。去年は私の後始末をしてくれたそうだね? 私の身勝手な行動が君にまで迷惑をかけてしまって申し訳なかった。まさか、あんなことになるとはね。私も驚いていたのだよ、五十年前の事件の再来には」

 

「……いえ、御気になさらず。過ぎたことですから」

 

返事をしながら、そう来たか、と安堵する。

ルシウスさんが意図的に秘密の部屋を開いたのは明確だが、それは表立って言えることではない。ドラコや理事会の様に一部の事情を知る者にはこのようなスタンスを取ると決めた様だ。つまり、何か企みを持っていたのは認めるが、それがこのような形になるとは思わなかったということ。だからこそ理事会からの処罰が除名のみでことが済んでいるのだろう。

ルシウスさんにとって問題なのは、全貌を知った俺がどのような態度を取るか。

俺はそのスタンスに異議は無い。そう意味も込めた返事は、ルシウスさんを満足させたようだった。俺の同意は、俺の口からルシウスさんの企みが漏れないことを意味する。

ルシウスさんがこういったスタンスを取る限り、俺に対して感謝や謝罪を向けることはあっても敵意を向けることは無い。俺にとってもありがたい話だ。ドラコはこのルシウスさんの言うことを鵜呑みにしたのだろう。

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

ルシウスさんは微笑みながらそう言い、更に会話を続ける。

 

「ドラコは君に教わったことを、家では私達に教えてくれる時があるのだよ。君の聡明さには、しばしば舌を巻く時がある」

 

「……光栄です」

 

「魔法史、薬草学、闇に対する防衛術……。中でも、魔法薬学と変身術は君の得意分野だそうだね? 君の父親もそうだった」

 

「父をご存じで?」

 

少しだけ驚いて、ルシウスさんの顔を見る。俺の驚いた顔を見て、ルシウスさんはニヤリと笑みを漏らした。

 

「私はね、君の両親とは同期だったのだよ」

 

まるで俺が食らいつくのを誘うような口調で言葉を漏らす。

 

「君の父は魔法薬学と変身術が大の得意でね。その科目では、いつだって一番だった」

 

それから、俺の反応を覗う。両親について、質問するのを待っているかのようだった。ルシウスさんの意図が純粋に会話を盛り上げようというのではないは明らかだ。

 

「……自分は、一番を取れてはいないのですがね」

 

こちらは両親の話を意図的に避ける。ルシウスさんの反応は素早かった。

 

「ドラコから聞くのは勉強だけではない。そう、ドラコから聞いた話の中でも最も興味深かったよ、君の唱える純血主義とは」

 

話を切り替え、今度は純血主義の話へ。無駄なく進む話から、この人は徒歩十分の間に出来る限り俺を見極めようとしていることが分かった。

 

「マグル生まれを追放ではなく利用する。マグル生まれを含めた社会の中で、純血家系を優位におく。実に合理的な意見だ。君の意見に賛同するものも、少なくないだろう」

 

ルシウスさんの俺の反応を覗う様子は変わらない。探る様にしながら話をしてゆく。

 

「しかし、疑問に思う所もある」

 

「……所詮は人一人の、それも子供の理想です。問題点や疑問点なんて、数え切れないのは自覚しています」

 

「いやいや、そういう話ではないのだよ」

 

俺の言葉を穏やかに微笑みながら否定しても、目は笑ってはいなかった。

 

「君の立場の問題だ」

 

「……立場、ですか?」

 

オウム返しに質問すると、ルシウスさんは頷きながら答えた。

 

「君は純血主義を謳いながらマグル生まれを受け入れる。言っていることは正しく純血主義だ。しかしやっていることは対立的だ……。君の本質は、どちらに属すのかと思ってね……」

 

味方か敵か。単純に言ってしまえばそんな質問だ。純血主義と反純血主義。どちらとも言えぬ考えを持つ俺をどう位置付けるか。そのための質問。

 

「……明確にさせる必要は、ありますか?」

 

質問に対して、質問で返す。随分と無礼な事だとは自覚している。しかし、それが答えであり本心なのだ。

純血にもマグル生まれにも捨てがたい人物が属している俺からしてみれば、これほどおいしい立ち位置は無い。どちらにも属せる、架け橋となれる立ち位置。立場を明確にさせることなど、不利にしかならない。

しばらく沈黙が流れた。それから、ルシウスさんが答えた。

 

「いや、ただ興味があっただけだ。答える必要はない」

 

それっきり、お互い何も話さなくなった。ルシウスさんの中で回答は出た様だ。

それからすぐにグリーングラス邸の前に着いた。デカい家だ、というのが第一印象。名家からしたら普通かもしれないが、俺からすればそれはまるで小洒落た宿泊施設だ。

敷地内に入り、ルシウスさんが扉をノックする。

 

「ルシウス・マルフォイだ。エトウ君を連れてきた」

 

ルシウスさんがそう言うと、扉はガチャリと開かれた。扉の向こうには、ダフネが立っていた。ダフネはルシウスさんに向かって軽く会釈をした。

 

「お疲れ様です。本来なら、私が行くはずだったんですが……」

 

「いや、私が頼んだことだ。気にすることは無い。それでは、私はこれで。お父上によろしく頼む」

 

挨拶を済ませるとルシウスさんはダフネからは目線をそらし俺に向き直った。

 

「それでは、エトウ君。またの機会に」

 

「ええ、さようなら」

 

握手をしながら別れを告げる。ルシウスさんは俺に対する評価を保留にしたらしい。スタスタと敷地の外へと出て行った。

ルシウスさんが完全にいなくなってから、ダフネに声をかける。

 

「お招きいただき、光栄です」

 

「堅苦しいのは止めて。普通でいいわ」

 

少しだけ茶化す様に挨拶すると、ダフネは手を顔の前で振りながら苦笑いで返す。ルシウスさんとの間に会った緊張が緩んでいくのが分かった。

それから、思い出したかのように俺に手を差し伸べる。

 

「招待状、持ってきてくれた?」

 

「ああ、ほら」

 

カバンから取り出して、招待状を手渡す。ダフネはそれをじっくりと見てから頷き、俺を家の中へと招いた。

 

「ようこそ、グリーングラス家へ。お待ちしておりました」

 

「……堅苦しいのは、なしじゃなかったのか?」

 

「これは別なの」

 

笑いながら、グリーングラス邸へと上がる。夏休み初めてのイベントが始まった。

 

 




グリーングラス邸は大体三話ほど。その次に気が向けばハーマイオニー編を一話ほども。

夏休みの話は大体四話ぐらいになりそうです。
原作から遠くなってしまいますが必要な部分もありますのでお付き合いお願いします

感想、評価などお待ちしております!


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夏休み編・アストリア・グリーングラス

さっさと終わらせたいと思う反面、執筆スピードは下がるばかり
ちょっと困ってる



長い廊下を案内されながらリビングへと通される。そこでは既にドラコとパンジーがソファーに座って待っていた。そしてその向かいにはダフネに似た少女が座っていた。これが妹なのだろう。

 

「やあ、ジン! 早かったな。父上が直々に迎えに行ったから話でもしているのかと思っていたが……」

 

ドラコが俺に気付いて挨拶がてらに手を振る。手を振り返し、荷物を足元に置きドラコの近くに腰を掛ける。

 

「歩きながらで済む話だったからな。ブレーズはまだなのか?」

 

「アイツはもうじき来るって。まあ、一番遠いからしょうがないと思うわ」

 

パンジーが肩をすくめながら俺の質問に返事をした。それを聞いてから、目の前の少女へと視線を移す。金髪に碧眼とダフネに似ていると言えば似ているが、雰囲気が違った。ダフネが堂々とした態度なのに対し、妹の方は明らかに気が弱そうな、控えめな印象を受ける。ダフネが妹の隣に移動して、軽く妹の肩を叩いて俺に紹介をする。

 

「ジン、紹介するわ。この子が妹のアストリア。手紙で話したから予想はついていたと思うけど。……アストリア、ご挨拶は?」

 

ダフネに促され、アストリアが俺に挨拶をする。

 

「初めまして。アストリア・グリーングラスです」

 

そう言ってアストリアは握手をしようと手をこちらに差しだす。感じた雰囲気とは違ってハッキリとした声だった。握手に応えながら、こちらも自分の名前を言う。

 

「初めまして。ジン・エトウだ」

 

握手をしながら、アストリアが興味深げに俺を見るのが分かった。自分が東洋人で初対面、加えて聞いたこともない家名と好奇心を刺激するには十分すぎるのは分かっているので気にはならなかった。ホグワーツでもほとんどの者達が同じような反応だ。

握手を解き、ソファーに座りなおす。同時に、ドアがノックされる音がした。

 

「ブレーズが来たみたい」

 

ダフネが立ち上がり、迎えに行った。ダフネがいなくなってから、まだ興味深げに俺を観察するアストリアに話しかける。

 

「ドラコやパンジーとは面識はあるのかな? スリザリンは入学前から大半が知り合いだっていうのは聞いたことがあるけど」

 

「あ、はい……。パーティーで皆さんと何度か顔合わせを……」

 

急に話しかけられて驚いたのか、顔を強張らせ若干声に不安を混ぜながら答えた。それをフォローするように、ドラコが会話に加わった。

 

「会ったことがあるのは今日で四回目だ。初めて顔を合わせたのは、我が家主催のクリスマスパーティーを開いた時だったかな? 四年前の話だ」

 

「私もそれ覚えてる! アストリアは隅っこでダフネにくっついてたのよね!」

 

ドラコの話題に嬉々とパンジーが食らいつく。アストリアも覚えているのか、表情を緩め少し笑みを漏らしながら返事をする。

 

「はい。ダンスが出来ない私に、気を遣ってくれました」

 

「ああ、あの様子は見ていられなかったからね。断られても誘っている連中が見苦しかった」

 

思い出す様にドラコが話していると、ダフネがブレーズを連れて帰ってきた。俺達を見て、ブレーズは嬉しそうに声をかけてきた。

 

「よお! もう揃ってたか。久しぶりだな……って程でもねぇや。っと、こっちは久しぶりか。よお、アストリア」

 

ブレーズとも面識があるらしいアストリアだが、ドラコと話す時とは違い若干緊張した様子で返事をした。

 

「こんにちは。お久しぶりです」

 

「……相変わらずだねぇ」

 

それを見て苦笑いを漏らしながらブレーズは俺の隣にドカッと荷物を下ろす。ダフネがアストリアの近くに移動して、俺達と向き合う形を取った。

 

「とりあえず、挨拶はこの辺にしましょうか。部屋に案内するわ。男性陣はこっち。パンジーはアストリアが案内してくれるわ」

 

ダフネがそう言うと、アストリアがパンジーを連れて二階の方へと向かった。例のごとくパンジーが嬉々としてアストリアに構うので、パンジーがアストリアを引きずっているようにも見える。

それを見届けてから、ダフネが俺達に話しかけた。

 

「三人同じ部屋がいいかしら? それとも別々が良い?」

 

「俺は三人一緒を希望。お前らは?」

 

ブレーズが真っ先に答え、俺とドラコもそれに賛同する。

 

「俺も三人部屋だとありがたい」

 

「僕もそれでいい」

 

満場一致で三人部屋に決まり、ダフネに案内されて三階の広い部屋に案内された。ベッドだけでなく棚やクローゼットまで人数分完備されており、綺麗に装飾もされている。部屋は三人部屋だと言っていたが、六人以上が寝泊まりしても何ら問題が無さそうだった。

 

「荷物は好きなように置いて。荷物が整理出来たら下に降りてきてね。全員が下に集まったらお昼にするから」

 

そう言うと、ダフネは部屋を出て行った。時計を見ると一時半。確かに昼飯時だ。

ブレーズは荷物を持ったまま真っ直ぐに三つあるベッドの真ん中に配置されている所まで行って腰を掛けた。

 

「じゃ、俺はここにするぜ」

 

「それじゃ、僕はこっち」

 

ドラコは左に位置するベッドへ向かっていった。残った俺は自然と右側のベッドへ移動する。荷物の整理には時間はかからなかった。各々が着替えをまとめるだけで、直ぐに三人そろって一階へと降りてゆく。

一階には既にパンジーとアストリアがおり、ソファーに座ってじゃれ合っていた。もう打ち解けているらしい。

 

「あー、やっぱり可愛い! 私、妹が欲しかったの!」

 

そう言われながらパンジーに撫でまわされているアストリアは、クスクスと笑いながら答える。

 

「お姉ちゃんから聞いたよ。パンジー、年下扱いなんでしょ?」

 

「そんなことないわよ! ……たまにダフネに頭撫でられるけど」

 

「私も撫でられるわ。やっぱり同じ!」

 

「もう君達も下にいたのか。ダフネはどこだい?」

 

「あ、ドラコ! ダフネなら食堂に行ってるわ。準備が出来たら呼びに来るって!」

 

二人にドラコが声をかけ、パンジーが気付いたように返事をする。

俺達も空いているソファーに腰を掛け、各々で適当に時間を潰す。ダフネは直ぐに来た。

 

「お待たせ。昼ご飯にしましょう」

 

案内された食堂には縦長のテーブルに人数分の椅子と食事が置かれていた。そして、先客が一人だけ。席には座らずテーブルの横に立っている女性がいた。一目で、それがダフネたちの母親だと分かる。ダフネにもアストリアにも似ていた。俺達に向かって微笑むと、歓迎の言葉を投げかける。

 

「いらっしゃい。ゆっくりしていってね。私は用事があるから食事は一緒に取らないけれど、是非、楽しんで頂戴」

 

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

そのままドラコが前に進み出て二、三言返事をし、挨拶はあっさりと終わった。グリーングラスさんはそのままいなくなり、食堂には俺達だけになった。

 

「さ、好きな席について。早く食べないと、料理が冷めるわ」

 

ダフネに促され、ドラコが端に座る。すぐさまその隣をパンジーがキープして、パンジーの隣にダフネが腰を掛ける。アストリアがドラコの正面に座り、その隣に俺、次にブレーズと全員が席について食事が始まった。

料理はスープとサラダ、肉料理と魚料理、加えてパンという高級レストランのフルコースの様だった。見た目もよく、美味しいもので直ぐに料理に夢中になる。目の前の料理に舌鼓を打ちながら、話をする。

 

「この後、何するか決めてるのか?」

 

「別段、そんなことは無いわね。気ままに過ごしましょ」

 

俺が質問するとダフネが答え、ブレーズがそれに反応した。

 

「なあ、箒ってあるか? 軽く飛びてぇんだが……。ほら、俺とジンはクィディッチやってねぇからよ。ボール持って軽くフリースローだけでもやりてぇんだ」

 

「ああ、それはいい! 僕もやりたいね!」

 

ドラコがブレーズの提案に乗っかると、パンジーも乗り気になる。

 

「それじゃ、私も! ねえダフネ、いいでしょ?」

 

「勿論よ。確か、箒なら予備が結構な数であったはず。移動用だから、競技用ほどスピードは出ないでしょうけど」

 

食後はクィディッチをやろうという話で盛り上がっていく。盛り上がっているのはいいのだが……っと隣で料理を頬張っているアストリアに目を向ける。

ここに集まったのは、アストリアの不安を拭うのが目的だったはずだ。確かにまだ打ち解けてもいない状態では悩みも聞くに聞けないが、周りの盛り上がり様を見て忘れているんじゃないかと危惧してしまう。

 

「アストリアは何かやりたいことはあるか?」

 

そう声をかけると、アストリアはちょっとだけビクリッと体を震わせてから答えた。

 

「あ……いえ、特には……」

 

随分と警戒されたものだと苦笑いしながら、もう少しだけ会話を続ける。

 

「クィディッチは得意? ダフネがクィディッチについて話すのは聞いたことないけど……。やったことはあるか?」

 

「……いえ、ないです。箒も、乗るのは苦手なんです。だからクィディッチは……その……見ているだけにします」

 

アストリアはちょっと恥じ入ったようにそう言う。箒が一つの移動手段となり得る魔法使いにとっては、箒が苦手というのは確かに恥ずかしい事なのかもしれない。だが正直、そこの感覚はよく分からない。自分も箒なんて数えるほどしか乗っていないので、苦手だと言われても特に驚くこともなかった。

 

「俺も箒なんて授業でしか乗ったことないしなぁ。正直、クィディッチはちょっと苦手かもな」

 

「え? そうなんですか?」

 

驚いたようにこっちを見るアストリアに苦笑いで頷く。

 

「ダフネから聞いてない? 俺、マグル育ちなんだ」

 

「あ、いえ……知ってます」

 

アストリアは納得した様子を見せ、頷く。緊張や不安も薄れたのか、先程の様なあからさまな警戒心は無かった。そのまま、見ているだけにすると言っていたクィディッチを誘ってみる。

 

「じゃあ、箒の練習がてら一緒にクィディッチをやるか。見てるだけじゃつまんないだろ? ドラコとブレーズ以外、飛行技術なんて似たり寄ったりだしな。遠慮することはないさ」

 

「え? いいの?」

 

少しだけ目を輝かせながら聞いてきた。口調も、無意識だろうが丁寧なものから素のものに変わっている。実はやりたかったのであろうことは明白だ。

 

「ああ、勿論。パンジーも参加するんだ。足を引っ張るなんてことはあり得ない」

 

「ちょっと! 聞いてるわよ!」

 

笑いながら答えると、パンジーが前の方から突っかかってくる。

 

「言っとくけど、私の方があんたより絶対に上手いわよ! あんたなんて、クィディッチに関してはクズもいいところよ!」

 

「……酷い言い様だな。なんなら、勝負するか?」

 

「いいわ! 賭けましょ! 負けた方が今日一日中、相手の言うことに従う!」

 

「いいよ、やってやる」

 

徐々にヒートアップしてゆく俺とパンジーのやり取りに、ドラコが口を挟む。

 

「ジン、ちょっと言いにくいが……」

 

「何だ?」

 

「パンジー、結構なやり手だぞ?」

 

「……マジで?」

 

「もう遅いわよ! 止めたなんて聞かないから!」

 

俺とパンジーのやり取りを、アストリアはクスクスと笑いながら聞いている。だいぶ、打ち解けることが出来た様だった。

そのまま昼食を終えると、ダフネが人数分の箒を用意して庭でクィディッチをやる。アストリアの飛行の手伝いをしたり、三対三に分かれてミニゲームをしたりで盛り上がってゆく。ブレーズとドラコの上手さは言わずもがなだが、パンジーと俺はまさに同レベルと言ったところだった。パンジーは勢いがあるが正確さは無く、逆に俺は正確な方だがスピードはさほど出ない。ダフネはあまり飛ぶのは得意じゃないらしく、アストリアと一緒に軽く飛び回る練習から始めていた。

日が暮れるまで全員で飛び回り、最後に俺とパンジーの一騎打ちでシメとなった。

五回づつのフリースロー対決。お互いがキーパーとフリースローを行い、多く取った方の勝ち。四人のギャラリーに下から煽られながらの真剣勝負。賭けの内容もあって、パンジーはギラギラと闘志で目を輝かせ、俺も俺で負けたくないと必死だった。一回一回にキャーだのオォーだの歓声が起こる。そして、勝負がついた。

 

 

 

 

 

「まあ、予想通りだな。気分はどうだ?」

 

「……うるせぇ」

 

「ちょっとー、力弱いんだけどぉ?」

 

「……想像以上に屈辱的だな、ちくしょう」

 

肩が凝っただのほざくパンジーの命令に従って、自棄になりながら肩を揉む。ブレーズが爆笑しながらそれを見ていた。

結果は敗北。あと一歩という所で負けた。ダフネ曰く、勝つか負けるかの緊迫感はここ最近の最高の見世物だったらしい。

クィディッチの汗を流すために夕食より先にシャワーを済ませることになった。今はシャワーを終えて、ダフネとアストリアが夕食に呼びに来るのを待っているのが、のんびりさせてもらえない。

 

「しっかし、最高の見世物だったな。なあドラコ、明日は俺達が勝負すっか?」

 

「いいのかい? 今のジンを見てそれが言えるとはたいしたものだけどね」

 

「負ける気がしねぇしな」

 

「……いいだろう。明日は、僕とブレーズだ」

 

「ああ、是非ともやってくれ。負けた方は笑い飛ばしてやる」

 

明日の楽しみが出来た所に、ダフネが夕食だと呼びに来た。夕食にはグリーングラス夫人も同席した。昼と同じように挨拶を簡単に済まし、料理へと取り掛かる。

あれだけ運動した後なので、全員が言葉少なめに料理に集中していた。それでも、いくらか腹具合が落ち着くと会話が飛び交う様になる。今日の出来事や、この後どうするかといったこと、明日に控えるドラコとブレーズの対決の話もした。俺の負け試合の話もパンジーが嬉々として語り、場を盛り上げる。アストリアがグリーングラス夫人に今日のことを楽しげに話し、グリーングラス夫人が微笑みながら相槌を打つのがいかにも親子という感じで微笑ましかった。

夕食は和やかに終わり、その後は男部屋に集まってカードゲームやボードゲームで遊ぶこととなった。カードゲームで一通り遊び散らかして、飽きたらボードゲームに移る。

そのボードゲームは自分が知っているのとは違っていた。人生ゲームと言われていたものなのだが、集めるものが金だけでなく地位や名声もあり、それがなくては進めないルートがあるなどかなり凝っているゲームだった。そして、何よりの違いはゲーム中盤で発覚した。

 

「……あ、死んじゃった」

 

アストリアがそう呟くと、サイコロの数だけ進んだアストリアの駒が粉々になった。何事かと止まった駒の説明を見ると、確かに「人違いで暗殺されました。この駒に止まった人は死ぬ」と書かれていた。

 

「……すげぇな、死ぬのか」

 

そう呟くと、隣にいたブレーズがちょっと驚いたように言った。

 

「何言ってんだ? 人生ゲームだ。死ぬに決まってんだろ?」

 

そこまで再現しなくてもいいだろうに。そう思っていたが、口には出さずにゲームを進める。暇になったアストリアはダフネと一緒にゲームを続けることとなった。

しばらくして、今度は俺の駒が死んだ。先程と同じように、駒が粉々になりゲームの終了を告げる。

 

「今日のお前はついてねぇな。死亡マスなんて、ほんとは滅多に止まんないんだぜ?」

 

「まったくだ。パンジーにも負けるしな」

 

ケラケラ笑うブレーズに肩をすくめながら返し、立ち上がって散らかしたカードゲームを片付けに向かう。

 

「あ、やらなくていいわよ? 後で私もやるから」

 

「いや、暇なんだ。気にすんな」

 

「そうそう! 気にしない気にしない! どの道、後で私がやらせるつもりだったもん!」

 

ダフネの気遣いを何故かパンジーが遠慮させる。苦笑いと共にそのまま片づけに取り掛かれば、アストリアがこちらに協力に来た。

 

「パンジーもああ言ってたし、本当に気にしなくていいんだぞ?」

 

「大丈夫だよ。私も暇だもん」

 

クィディッチを一緒にやったお蔭か、アストリアもここにいるメンバーにはだいぶ打ち解けて話し方も随分と堅苦しさが抜けてきた。一緒に片付けながら、話をする。

 

「お姉ちゃんからね、皆の話をよく聞くんだ」

 

「へぇ、成程ね。道理でパンジーの扱い方を知ってる訳だ」

 

種類ごとにカードをまとめながらそう返すと、声を出して笑いながらアストリアが答えた。

 

「そういう訳じゃないよ! でも、パンジーって話通り面白い人だよね」

 

「ダフネは、他にはなんて言ってるんだ?」

 

興味が湧いて聞いてみると、アストリアは考えるようにしながら楽しそうに話してくれる。

 

「うーん……。ドラコはね、ちょっと捻くれてるけど優しくて純情だって。でも親切なのは知ってたよ。パーティーで会ったことあるから」

 

「ああ、言ってたな。助けてくれたんだって?」

 

「うん。ちょっと困ってるところをね」

 

だから俺とブレーズが警戒されている中、ドラコには多少打ち解けていたのだろう。納得しながら話の続きを促す。

 

「他には?」

 

「うん、ブレーズはね……気を付けなさいって。引っかからないようにしなさいって言われた」

 

どこか申し訳なさそうに、声を潜めて言うアストリアの言葉に、今度は俺が声を出して笑う。

 

「ああ、そうだな。ブレーズには気を付けた方がいい。特に甘言にはな」

 

そう言うと、ボードゲームの駒が飛来して頬をかすめた。

 

「聞こえてんだよ、馬鹿野郎! 何を吹き込んでんだ!」

 

「わるいな、冗談だ」

 

怒鳴ったブレーズに笑いながら離れた所に落ちた駒を拾い投げ返す。舌打ちしながらブレーズは駒を受け取ってゲームを再開する。アストリアはやはり申し訳なさそうに、けれど少しだけクスリと笑った。

 

「それと、ジンの話もよく聞くよ」

 

「俺については、何て言ってるんだ?」

 

今度は邪魔されないように、こちらも少し声を潜めて聞いてみる。アストリアはちょっと悩むようにしてから答えた。

 

「うーん……。ジンはね……一言で表すなら、複雑だって言ってた」

 

「……ああ、まあ、そうなのかもな」

 

家庭事情、立場、内面などなど。確かに自分にはほぼ全てを通して複雑という言葉は当てはまるような気がした。納得してでた俺の同意の言葉が、マイナスな言葉に聞こえたのだろう。取り繕う様にアストリアが話を続ける。

 

「でもね、凄い人だってこともよく聞くんだ。成績もいいし、魔法も上手いんでしょ?」

 

「まあ、確かに上手い方ではあるな」

 

「うん。それにね、学校が楽しくなったのはジンのお陰だって言ってた」

 

「俺のお陰?」

 

カードの最後の束を箱に入れながら意外な言葉につい聞き返す。アストリアは頷いてそれを肯定した。

 

「ジンと仲良くなってから、退屈した例がないって。見ていても面白いし、話しても面白いって。友達が出来たのもジンのお陰って言ってたよ」

 

「……そう言ってもらえるのは嬉しいが、友達が出来たのは俺のお陰じゃないだろう」

 

随分とオーバーな評価に苦笑いと共に否定をすると、アストリアは首を横に振る。

 

「ううん、そうじゃなくてね。なんて言えばいいのかな……。本当に打ち解けられたのは、ジンのお陰って」

 

それを聞いて少しだけ言いたいことが分かった。確かに、スリザリンにとって自分は割と異様な存在だった。家柄に縛られず、名家とかに対する引け目や遠慮というものが自分には欠けていたのだ。そのお蔭でいざこざもあったが、結果的にはここにいる奴等とは打ち解けることとなったのだと思う。仲良くなる切っ掛けは、確かに俺にあったかもしれない。

 

「ダフネが本当にそう言ってたのなら、嬉しいね」

 

「私、嘘は吐いてないよ?」

 

「いや、疑ってるんじゃなくてだな……。少し気恥ずかしいんだ。そんなこと、言われたことなかったから」

 

少し笑いながら答えると、アストリアは意外そうな顔をしていた。アストリアからしてみれば、よく聞くはずの話なのかもしれない。それを本人が知らないのだから、おかしな話に聞こえるのだろう。カードを全てしまい終え、ホッと一息を吐く。

 

「ねえ、ジンは皆のことをどう思ってるの?」

 

今度はアストリアの方から質問された。どう答えたものか、一瞬躊躇したがまだボードゲームが終わりそうにないのを見て、正直に答えることにした。

 

「パンジーは……馬鹿だと思ってる」

 

「うん、知ってるよ」

 

クスクス笑いながら、アストリアは相槌を打つ。

 

「でも、憎めない奴でもあるな。何だかんだ言って、見てて面白い。ヒヤヒヤする時も多々あるがな……」

 

「じゃあ、ドラコは?」

 

「ドラコは、そうだな……。色々と手がかかる。でもその分、こっちも教えられることが多いな。遠慮もいらないし、一緒に馬鹿もやれるし、いい友達だ」

 

アストリアはへぇ、と納得した様な声を漏らしてから次の質問へと移る。

 

「ブレーズは?」

 

「アイツは、遊びたい時にはもってこいの人材だな。ホグワーツでのドンチャン騒ぎには、大体がアイツを中心に行われてたりするんだ。アイツがいるといないじゃ、場の盛り上がりが違うしな。良い奴だと思うよ。さっきはああ言ったけどな」

 

先程の発言もフォローするつもりで言うと、アストリアはそれを了承しているかのように軽く頷く。それから、最後にちょっとワクワクした様子で質問してきた。

 

「ねえ、お姉ちゃんはどう思ってる?」

 

これが一番聞きたかった質問なのはアストリアの態度で明白だった。今日一日の様子を見て、アストリアにとってダフネが自慢の姉なのはよく分かったつもりだ。本当に仲の良い姉妹だと何度も思わされた。

 

「ダフネはな……」

 

ちょっと考えながら答えると、アストリアは期待しているように頷きながら先を促す。苦笑いと共に答える。

 

「真面目で頼りになるな。いざこざが起きた時も、よく助けられてるよ。そうだな……俺が一番、信頼している相手だ」

 

俺の回答に、アストリアは満足そうに頷く。自慢の姉への褒め言葉が嬉しいのだろう。

ここでゲームが終了したらしく、向こうからお呼びがかかる。新しく別のゲームを始めるらしい。話を打ち切って、アストリアと共にまたボードゲームに参加する。

ボードゲームも遊び散らかすと、だいぶ遅い時間になっていた。アストリアがウトウトし始めたのを機に今日はお開きとなった。遊び足りないと駄々をこねるパンジーをダフネが説得して、三人とも部屋に戻ってゆく。

ブレーズもドラコも、さっさと寝る準備をしてベッドに腰掛ける。かなりの疲れがたまっている上に、既に遅い時間だからこのまま起きているつもりはないようだ。かといって、直ぐに寝るつもりもないらしい。

 

「おい、アストリアと何を話してたんだ?」

 

「大したことじゃない。アストリアに、俺がお前らをどう思っているかを聞かれただけだ」

 

ブレーズの質問に答えると、それが二人の興味を引いたらしい。

 

「君は何て答えたんだ?」

 

「まさかお前、あれ以上に変な事を吹き込んでねぇだろうな?」

 

「そんなことしねぇよ。……明日、アストリアに聞いてくれ。というか、今回のこの集まりってアストリアの不安を解消するためのものじゃなかったのか? 普通に遊んじまってるけど」

 

追求が面倒臭くなる前に切り捨てる。そして新たに提示した質問に、二人が一瞬固まる。忘れていたらしい。溜め息を吐くとドラコが言い訳を始めた。

 

「いや、まあ、良いじゃないか。今日で随分と打ち解けただろう? 結果オーライさ! その問題は明日だ明日!」

 

「んじゃ、明日の予定はアストリアの不安解消でいいか?」

 

ブレーズがそう言い、ドラコが力強く頷く。俺もボンヤリと話していた時のことを振り返る。あの様子だと、悩み位だったら話してはくれそうだ。

そのまま灯りを消せば直ぐに全員が眠りに落ちた。一日目がアッサリと終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

眠たそうにしているアストリアの手を引きながら、ダフネはどうにか部屋に着く。パンジーとアストリアのお願いもあって、三人一緒の部屋で寝ることになった。部屋に着くと、パンジーがアストリアを巻き添えにベッドに飛び込んだ。それからダフネに向かって手招きをする。

 

「ほら、今日は皆でこのベッドに寝ましょ! ね、アストリアもそうしたいでしょ?」

 

パンジーがアストリアに問いかけると、アストリアは笑いながら頷く。アステリアの様子に、ダフネは随分と皆に懐いたなと少し感動した。アストリアの人見知りは、ブレーズが呆れるくらいに酷かったのだ。

パンジーに言われるまま大人しく同じベッドに入る。大きめのサイズとはいえ、やはり三人はちょっと窮屈だった。体をくっつけながら布団にもぐりこむ。疲れが溜まっているのもあって、直ぐに眠りにおちそうだった。パンジーはそうはさせまいとしてか、アストリアの頬をつついて話しかける。

 

「ねえ、さっきはジンと何を話し込んでたの?」

 

それはちょっと興味がある。ダフネもそう思い、同じようにアストリアに話しかけた。

 

「私も知りたいわ。何を話してたの?」

 

そう言うと、アストリアはだいぶ眠たそうにしながらも答えてくれた。

 

「ジンが、皆をどう思ってるか聞いてたの……」

 

それを聞いて、思わずダフネとパンジーは目を合わせる。パンジーの眼が光るのを、ダフネは見た。

これは使える! とパンジーが思ったのは明白だった。アストリアをダシにジンの本音を聞きだすことが出来そうだとでも考えたのだろう。ジンの弱みを、パンジーはいつも密かに探していた。

 

「それで、ジンは何て言ってた?」

 

パンジーがどこかウキウキしながら聞いた。アストリアは寝ぼけている調子で答える。

 

「パンジーはね……馬鹿だって」

 

眠気が邪魔してか、だいぶ省略しての答えだった。ダフネにはそれが分かったが、パンジーは言葉そのままに受け取った。

 

「……あー、ダメ! やっぱアイツはムカつくわ! 今日、もっと痛い目に遭わせればよかった!」

 

「まあまあ、落ち着いて。……アストリア、私については何だって?」

 

もう眠る直前だろう。それを察して、最後にとばかりに質問を投げかける。アストリアはやはり眠そうだが、こちらに笑いかけながら答える。

 

「うん、お姉ちゃんにはね、色々と言ってくれたんだ……」

 

嬉しそうに答える妹を少しだけ可愛く思いながら、質問の回答を得られなかったのを少し残念に思う。もうアステリアは限界だろうと思い、まだ追求しようとするパンジーを抑えて灯りを消す。それから、アストリアが呟くように答えるのを聞いた。

 

「ジンはね……俺が一番、信頼している相手だって、言ってたよ」

 

いきなり投下された答えにダフネは思わず硬直する。自分との扱いの差に文句を言うパンジーをよそに、アストリアは眠りについたらしい。静まった空間で、ダフネはどうにも火照った顔を枕に押し付けて冷静さを保つ。灯りを消しておいてよかったと密かに思った。

 

 

 




修 羅 場 確 定


次回の投稿は結構、遅くなるかも
感想、評価などお待ちしてます


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夏休み編・お悩み相談

お久しぶりです
色々と忙しく、こんなに期間があいてしまいました
待っていてくださった方々、本当に感謝です


寝返りをうった時に得た妙な違和感から目が覚め、見覚えのない部屋が真っ先に目に映った。目覚めたばかりであまり冴えない頭を使い、しばらく時間が経ってようやくここがダフネの家であったことを思いだす。時計を見ると、朝の六時前だった。

それから、隣で寝る思いのほか寝相の良いブレーズを横目に一人黙々と着替えを始める。寝巻を畳み普段着に着替えた所でドラコが目を覚ました。ドラコは上体を起こし、眠そうな顔のままこちらに目をやり、言葉少なめに話す。

 

「……早いね」

 

「上手く寝付けなくてな。俺にとってはベッドが上等すぎるんだ。贅沢を言えば、寝るならもう少し硬い方がいい」

 

「……贅沢を言って安物を要求するとは、可笑しな話だ」

 

それだけ言うと、ドラコも着替えを始める。ブレーズが寝たまま二人で着替えを済ましてしまう。まだ眠気から覚めぬため、二人して喋ることなくベッドに腰掛けボーっとしていると突然ドアが開け放たれた。

 

「おはよう! あ、ドラコは起きてるのね! 流石だわ! 朝食、七時からだって! 七時になったら下に集合!」

 

昨日の疲れを感じさせないほど元気なパンジーが部屋に突入してくる。そして、未だに眠っているブレーズを見て目を光らせた。

 

「ふふん、私の前で眠るなんていい度胸ね!」

 

そう言うと、俺のベッドから枕を奪い取って思いっきりブレーズの顔に叩きつけ、押さえ付ける。ブレーズのくぐもった悲鳴とパンジーの甲高い笑い声が部屋を埋めた。

ドラコが見かねてそれを止めようとするも、ブレーズの反撃をドラコが喰らいそのまま三人の乱闘へと移ってゆく。それをボンヤリと眺めていたら、今度はアストリアが開け放たれたドアから顔をのぞかせているのに気がついた。

 

「おはよう、アストリア」

 

声をかけると、少しだけ驚いたようだが直ぐに笑って返事を返してくれる。

 

「おはよう、ジン。皆、元気だね」

 

「ああ、朝っぱらからこれだ。理解できない」

 

朝は苦手だ。そんなことを思いながら枕を投げたりぶつけたりする三人を眺める。アストリアも部屋に入り、騒動の起きている二つのベッドを避けてこちらに移動してくる。

 

「ダフネは?」

 

「後でくるって。水を飲みたいって言ってたよ。多分、疲れてるのかな?」

 

アストリアは俺の質問に答えながらも目線は三人の騒動の方へ釘づけだった。目を輝かせている所を見ると、もしかしたら混ざりたいのかもしれない。クィディッチをやっていた様子も楽しげだったし、意外とお転婆な所があるのだろう。

側にある枕をアストリアへ放り、アストリアは驚きながら反射でそれを受け取った。

 

「アイツらに投げてやったら?」

 

そう言うと、アストリアは一瞬だけ事態が呑み込めずに呆然としていたが直ぐに笑顔になって頷き枕を三人に向かって投げた。

アストリアの投げた枕は見事にパンジーの顔面に直撃した。パンジーは予期せぬ襲撃に目を白黒させたが、襲撃犯が分かると直ぐに笑顔になってブレーズのベッドから布団をもぎ取りアストリアに襲いかかった。すぐ横でキャーキャー言いながらアストリアがパンジーに布団で丸め込まれてゆく。その様子を眺めていたら、勢いよく飛んできた枕が二つ、俺に直撃した。

ボフッという音と共に思わずベッドに倒れ込むと向こうにいたドラコとブレーズが今度は俺に襲いかかってきた。

 

「テメェだけ傍観とは良い御身分じゃねぇか!」

 

「僕だけは理不尽だ! 君も巻き込む!」

 

それぞれの言い分を叫びながら二人して俺に攻撃を加える。

結局その場にいた五人全員が乱闘に参加して、それはダフネが朝食に呼びに来るまで続いた。

 

 

 

 

 

朝食はトースト、ベーコンエッグ、サラダ、オニオンスープにオレンジジュースと一般的なものであった。グリーングラスさんも含めた七人が席に着き、ワイワイと賑やかに食事が始まる。

食事の始めに、隣に座るダフネから呆れたように声をかけられた。

 

「随分と暴れたのね。部屋がメチャクチャだったわ」

 

「正直、すまないと思っている」

 

「……まあ、いいわ。パンジーが向こうに行った時点で予想できたし。それよりも、今日は何をする?」

 

意外と小言はあっさりと終わり、今日の予定について話を進める。アストリアは疲れているのかもと言っていたが、微塵もそんな気配は感じなかった。むしろ珍しいくらいにウキウキとしている。

そんなダフネの様子を不思議に思いながら何をしようかと考えを巡らせ、昨日の夜にアストリアの不安を解消しようという話をしたのを思い出した。

 

「ああ、そうだ。今日はさ、ダフネの手紙の要件をこなそうと昨夜に男部屋で話してたんだ」

 

アストリアもこの場にいるため表立っては言えないので、少し遠まわしな表現で伝える。ダフネは俺の言葉を聞いてしばらく考えるようにしていた。それから合点がいったのか、ハッとした様な表情で声に出した。

 

「……ああ、アストリアのことね!」

 

幸い、ダフネの声はアストリアには届かなかった。しかし俺はそんなことは気にならず、ダフネの反応に思わず身を固まらせていた。

 

「お前まで忘れてたのか?」

 

ドラコやブレーズならともかく、提案者のダフネが忘れているとは思わなかったのだ。俺の様子を見て、慌ててダフネが取り繕う。

 

「あ、違うのよ、そう、あの……。ちょっと、昨日のことで色々あったの」

 

「何かあったのか?」

 

「えーと、まあ、色々……」

 

ダフネは咳払いと共に誤魔化し、頭を軽く振る。やはり、アストリアの言った通り疲れているのだろうか。そう訝しみながらダフネが落ち着くのを待つ。しかし、どうも落ち着かないようで何度かの咳払いをしてから俺に朝食を勧める。

 

「とにかく、朝食を片付けましょう。話はそれからでもいいでしょう?」

 

「ああ、構わないが……」

 

それからようやく朝食に手を付けた。朝食は美味しく、ゴードンさんの出す料理とはまたどこか違う感じがして楽しむことが出来た。そのまま黙々と料理を片付けてゆき、結局、ダフネが落ち着いたのはデザートを出されてからだった。

グレープフルーツのシャーベットを掬いながら、ダフネが声を潜めて話し始めた。

 

「一度皆で集まって話したいのだけど、流石に今更になってアストリアに一人でいろって言うのも酷だと思うの……。それに、悩み事を聞くために全員で押しかけるのは逆効果でしょ? だから、何人かに分かれて話をしてゆこうと思うの」

 

「まあ、確かにそうだな。パンジーはドラコと組ませとけば文句は言わないだろうし、残りは俺とブレーズが組めば問題ないだろう」

 

それからアストリアの方をチラリと見る。アストリアはパンジーと何やら楽しげに話していた。

 

「朝食後はパンジーとアストリアをドラコに押し付けよう。俺とブレーズが話を聞くよ」

 

「なら、続きは朝食後ね」

 

そう締めくくって一旦、話を終わらせる。

朝食後にざっとドラコに事情を説明し、アストリアとパンジーの様子を見てもらうことになった。リビングでドラコが二人とカードゲームをしている間にダフネとブレーズと共に男部屋に集まり話を聞くことになった。

 

「ドラコにもそれとなく悩みについて聞く様に頼んだから、上手くいけばもう終わってるかもしれないが……」

 

そう言いながらベッドに腰掛けるが、ダフネにその楽観的な意見は否定された。

 

「難しいと思うわ。まあ、それについても今から話すのだけど」

 

「なあ、アストリアの悩みって何なんだ? ホグワーツに行きたくねぇのか?」

 

ブレーズが俺も疑問に思っていたことを聞くと、ダフネは困ったような表情になった。

 

「まあ、悩みって言うのはその通りなのだけどもね。ホグワーツに行くのが怖いって。原因はいろいろあると思うの……。まず、あの子は人見知りが激しいでしょ?」

 

「ああ、それは分かる。最初は俺とブレーズには警戒心が剥き出しだった」

 

相槌を打ち、先を促す。ダフネは気まずそうに話を続けた。

 

「だから、ホグワーツで上手くやっていけるか心配だっていうのが大きいと思うわ」

 

「だったら、もう解決済みじゃねえか?」

 

ブレーズが不思議そうにそう言った。

 

「だってよ、人見知りが原因なら、それが治ったとは思わないがマシにはなってるだろ? それにホグワーツには俺達もいるんだ。万が一のフォローはあっちに行ったってできるだろ? 心配し過ぎじゃねぇか?」

 

ブレーズの指摘には同感であった。ダフネは増々気まずそうにしながら言った。

 

「アストリアが入学を怖がっている原因は色々あるのよ。……それにね、実は、アストリアが怖がっているのは私のした話の所為かもしれないの」

 

それを聞いてブレーズも俺も驚くが、同時に何故ここまでアストリアに気を配るのかも理解できた。要は、可愛い妹が自分の所為であらぬ不安に駆られているのがいたたまれないのだろう。俺もブレーズもどこか納得した様に口を閉じてダフネの話に耳を傾けた。

それからダフネは俺の方を向き、付け加えるように見て話した。

 

「それにね、多分、アストリアの不安を解消するのにはジンがうってつけだと思うの」

 

「どうして?」

 

「私のした話って言うのが、貴方についてだからよ」

 

これには首をかしげるだけだった。昨日、アストリアと話した時にはそんな話は聞かなかった。

それに自分の素行を思い返しても、俺は新入生に対して何かをした覚えはない。しばしば起こる嫌がらせや悪戯からも一歩引いたところにいるつもりだった。

 

「……俺、何かしたか?」

 

「さあ? 何かしたんじゃねえの?」

 

混乱しているのは俺だけではなく、ブレーズも一緒だったようだ。ダフネは溜め息を吐きながら続ける。

 

「ジンが何か悪い事をしたわけじゃないのよ。簡単に言えば、打ち解けられたのはジンのお陰って言ったのよ。ジンみたいに、あー、うん、家柄とか関係なく接することの出来る人って、純血の家には少ないのよ」

 

「ああ、そういうことか。そうだな。そんなことするのは、スリザリンじゃ変人扱いは必至だからな」

 

「ちょっと待て。俺は変人扱いされてるのか?」

 

聞き捨てならないことを耳にしたが、二人はまるで聞こえなかったかのように話を続ける。

 

「じゃあ、あれか? アストリアは家柄絡みのことが嫌だからホグワーツに行きたくないのか?」

 

「そうかもしれないわね。他国の学校に行けば、少なくともアストリアの顔見知りの名家はいなくなるもの。そうなれば、アストリアも名家扱いされずに済むと考えてるんじゃないかしら?」

 

ブレーズの質問に、ダフネは煮え切らない答えを返す。

 

「アストリアには、ホグワーツに行きたくないってことは他の人に伝えないでって、口止めされているのよ。これよりも詳しい話は私からじゃなくてアストリアから聞きだしてちょうだい。とにかく、ホグワーツはそう悪いところじゃないってことを教えてあげたいのよ。じゃないと、本格的に学校を変えたいとか言い出すかもしれないの。でも、ホグワーツほど設備の整っている学校はイギリスには無いしフランスやドイツへ国境をまたぐのも色々と面倒なのよ」

 

思ったよりも事態は深刻な様だった。ダフネとしては、アストリアには何としてもホグワーツに通ってほしいようだ。

ここでブレーズが、時計を指さしながら話に割り込んでいた。

 

「あまりここで時間つぶしてっと、アストリアが勘付くぞ。とにかく、一回下に降りる。ドラコとパンジーはまた次の機会に話せばいいだろ」

 

確かに、そろそろ三十分が経ちそうだった。

三人で下の階に降りると、ドラコ達はカードゲームの真っ最中であった。俺達が下に降りてきたのに気付いたアストリアが、声をかけてきた。

 

「遅かったね。三人で何してたの?」

 

「お話だよお話。別に大したことじゃねぇ」

 

ブレーズが手を振ってあっさりと誤魔化し、そのままカードゲームへと参加してゆく。その際、俺はドラコの隣に座って声を潜めて現状を聞いてみた。

 

「アストリアの悩み、何とかなりそうか?」

 

「……正直、どう切り出せばいいか分からなくてね。本人から話してくれる気配は微塵もないし」

 

ドラコはやや諦め気味にそう言った。了承の意味を込め頷き返し、配られたカードを受け取ってゲームを始める。

その後、カードゲームやボードゲームをしながらドラコとパンジーに先ほどの話を説明することも終わり、ドラコとパンジー、俺とブレーズ、ダフネと別れてアストリアから何か聞き出そうと奮闘してみたがアストリアから何か言いだす気配はない。遠まわしながらも、何か悩みでもないか、とか、困ったことは、とか、聞きたいことは、等と問いかけても困ったように笑うだけだった。しかし単刀直入に切り出すことも出来ないままズルズルと時間が過ぎて行った。

 

「俺とドラコの勝負も、このままじゃお預けかねぇ……」

 

クィディッチでもやるか、というブレーズの提案で昼飯後に再び外で箒を持って集まり全員が自由気ままに飛んでいる。ドラコに飛行技術を教わり、パンジーとダフネと一緒に鬼ごっこをしているアストリアを眺めながらブレーズが呟いた。

 

「別に、やればいいだろう? 何もそこまで遠慮することはないだろうし」

 

「いや、集中できねえよ。このまま悩みも解決できずに明日になって、それで入学式にアストリアがいませんじゃなあ……。胸糞悪い」

 

「まあ、確かになぁ……」

 

「いっそ、単刀直入に聞いてみるか? 案外、あっさりとことが済むかもな」

 

「どうだかな。ここまで遠まわしに聞いてきたが全部、聞かぬふりだ」

 

「それならなお、直接いくしかもう手はねぇだろ?」

 

ブレーズの言うことも一理ある。半ば諦め気味にそう思った。

結局、ブレーズとドラコの試合はお預けとなった。昨日と同じように箒を片付け、シャワーを浴びてから夕食を食べるために食堂へ集まる。

席順は少し変わって、ドラコとブレーズの間に座ることとなった。言うまでもなく、アストリアのことで少し話を聞きたかったのだ。

 

「アストリアは、ドラコにも何も言ってないのか?」

 

「……言うとしても、何で僕に?」

 

「この中じゃ一番、お前が懐かれてる」

 

飛行術のノウハウやカードゲームを熟知しているドラコは、それらを教えるため必然的にアストリアと話す機会が他の人よりも多かった。そのお蔭か、少なくとも男三人の中では一番ドラコに懐いているというのは明白だった。

 

「ついでに、俺は未だに何処か警戒されている……」

 

ほんの少し寂しそうにブレーズが隣で呟いた。それを聞いてか聞かぬか、ドラコは短く溜め息を吐いて話し始めた。

 

「……実は、アストリアからほんの少しだけホグワーツについて聞き出せた」

 

「本当か?」

 

思ってもいない言葉で、やや食い付き気味に聞くとドラコは困ったような表情を浮かべた。

 

「いや、聞き出せたというのは語弊がある。そうだな、アストリアが本音をもらしたという方がしっくりくる」

 

「もっと詳しく話せよ」

 

言いよどむドラコにブレーズが一喝する。少し嫌そうにドラコは続きを口にする。

 

「三つに分かれて、アストリアの聞き取りを行ってきただろう? 僕はパンジーと組んでいたが、正直に言うと、聞き取りにパンジーは極力関わらせないようにしていたんだ」

 

「まあ、そりゃ正解だな」

 

ブレーズが相槌を打ち、俺も無言で頷いて先を促す。

 

「しかし、それが一回だけ裏目に出てね。パンジーがアストリアに言ったんだ。アストリアがホグワーツに来るのが楽しみでしょうがないって。正直焦ったよ。アストリアも、表情を変えるのだからね」

 

「それで、アストリアは?」

 

「躊躇いながら、私はそうじゃないかな、の一言だけ。それから付け加えるように、だって怖いもん……だとさ。それで会話は打ち切り。あの様子じゃ本当に入学式にいませんでした、でもおかしくないように感じたね」

 

ドラコは溜め息を吐きながらナイフで切った肉を口に運ぶ。しばらく、三人の間に食器のぶつかる音以外聞こえなくなった。

確かにダフネの話やドラコの話を考えると、アストリアはやはりホグワーツ以外の学校への進学を真剣に考えているように感じた。やや危機感を募らせる。

口の中に肉がなくなったのか、またドラコが話し始める。

 

「ダフネの話が本当なら、やはりジンが話すべきだとは思うけどね。僕達としては、家柄絡みの話は学校入学の必須科目だからね。それを抜きにスリザリンで立ち回っているジンが直接話す方が、アストリアも納得してくれるだろうし。アストリアから話すのを待つのは、得策ではないよ」

 

「そう、それだ。俺が疑問に思ってるのはよ」

 

ドラコの言葉に、ブレーズが小声ながら喰らいついた。

 

「なんで、アストリアはホグワーツのことを話したがらないんだ? 不安なら、なおさらホグワーツの話を聞きたいと思わないのか? そうしてくれたら俺達としても話が早いんだがな。俺にはアストリアが何をしたいのかサッパリだ」

 

「……アストリアが話したがらないのは、恐らくだが、後ろめたいんだろ」

 

ブレーズの問いに、推測ながら自分で出した答えを伝える。

 

「本気でホグワーツに行かない気なのかもしれん。だからアストリアは自分がホグワーツに行くような素振りを見せたがらないじゃないか? 思わせぶりな態度を取っといて実は行きませんじゃ、かなり印象が悪いからな」

 

「そんな心配するなら、ホグワーツに来いよ」

 

「それだけ行きたくないんだろ、ホグワーツに」

 

ブレーズはそれ以上何も言わず、溜め息を吐いて料理に取り掛かった。

自分でブレーズに言ったことだが、アストリアの中でホグワーツに対する評価はかなり低そうだった。それが大きな問題として立ちはだかっているのが現状である。

別に、アストリアをホグワーツに行かせるのは手段を選ばなければ割と簡単に出来る。アストリアに直接ホグワーツに行きたいかどうかを問い詰めて、行きたくないと答えたら、いかに姉妹を別々の学校に行かせることが面倒な事か、国境を越えて設備のいい学校に行かせるのが大変か、刻々と訴えればいい。反論は論破して、他校の利点は語らず、都合のいい事実を淡々と告げる。

誰もそれをしようとしないのは、全員がアストリアを可愛がっているからだろう。俺も正直、そんなことをする気はない。しかし、そう言ってアストリアから話してくれるのを待つのはもうこれ以上は無駄だろう。

やはりストレートに問いかけるしかなさそうだ。口止めされていることをダフネがばらしてしまったというのはこの際、しょうがない。アストリアの意志でホグワーツに来させるには、やはり原因と思われる俺が話すのは必須なのかもしれない。

ストレートに問い詰めようと決め込んで夕食を終える。そして、昨夜と同じようにドラコ達と一緒に男部屋へ集まろうとするアストリアを話があると言って呼び止める。一対一ではということで、ブレーズも同伴してもらった。他の三人が三階に上がっている間、リビングのソファーでアストリアと向き合う形で俺とブレーズが座る。

 

「……それで、話って?」

 

やや警戒心を剥き出しにアストリアが問いかける。

 

「ホグワーツのことだ」

 

そう切り出すと、アストリアは諦め半分呆れ半分で溜め息を吐いた。

 

「……皆、そのこと話したがるよね。お姉ちゃんが、何か言ったの?」

 

「ダフネからはアストリアがホグワーツに本気で行かないつもりだって聞いた。原因が、俺かもしれないってことも」

 

俺の言葉を聞くと、アストリアは本気で驚いた顔をした。ブレーズは予想していたのかさほど驚いた様子はなかったが、やや眉をひそめた。

 

「……違うよ、ジンの所為じゃないよ。それに、お姉ちゃん、言わないでって言ったのに……」

 

本気で恨めしそうにしているアストリアにブレーズが明るくフォローする。

 

「ダフネはダフネでお前のことを心配してたんだよ。俺達を呼んだのだって、お前がきっかけだ。別の学校に行こうとしたんだろ? どこに行こうとしたんだ?」

 

「……ボーバトンに行こうと思ったの。フランスの。でもまだ、お母さんにだって話してないよ……」

 

具体的な学校名まで出してくるあたり、アストリアがいかに本気だったかが覗える。

 

「……別に、お前が本気でそうしたいなら止めないよ。むしろ、応援してやりたいぐらいだ」

 

「おい、そんなこと言っていいのかよ……」

 

いきなりアストリアに賛同し始めた俺に驚いてブレーズが口を挟む。それを手で抑えて、同じく呆気にとられているアストリアに話しかける。

 

「ただ、アストリアはまだホグワーツについて何も知らないだろ? 勘違いをしたまま学校を変えるのもダフネに迷惑をかけるだけだからな。だから何で、わざわざ学校を変えようと思ったのか教えてくれないか? 手助けぐらいは、俺達にもできるぞ?」

 

そう切り出せば、ブレーズは納得した様に口を閉ざす。それからアストリアは観念したのかポツリポツリと切り出した。

 

「ジンは知らないと思うけどね、ホグワーツの入学前に名家で集まってパーティーをすることがあるの。ホグワーツでの七年間、よろしくお願いしますって意味を込めた」

 

チラリとブレーズの方を向けば、ブレーズは頷いてそれを肯定した。

 

「私の代も、それをやったんだ。去年のクリスマスだよ。そこでね、色んな人が話しかけてくれたの。同期の子や先輩はよろしくねって、親御さんは私の子と仲良くしてねって。形式的だけどほとんどの子にとって大事なパーティーなんだ。ホグワーツに行ってからの自分の地位を決めるようなものだもん」

 

「俺達の代も、それがあったぜ。ドラコ達も出席してた。お前が一年の時にドラコとつるんで目立ったのはそのパーティーにいなかったってこともあるんだ」

 

「成程な。それで、そのパーティーがどうしたんだ?」

 

「……私ね、そのパーティーで……へましちゃったの」

 

やや泣きそうになりながらアストリアはそう言った。

 

「変に突っかかってくる男の子がいたの。よく分かんない自慢ばっかりしてきて……俺の祖父は真の研究者だとか、その血を継いでるとか……」

 

「なんだ、よくあるナンパじゃねえか。モテモテだな、アストリア」

 

ケラケラ笑いながらブレーズがそう言うと、アストリアは一層、泣きそうな顔をした。

 

「私、ナンパって気付かなかったの……。だからね、適当に相槌を打って直ぐにその場を離れようとしたの。でも全然引いてくれなくて、逃げてたら、壁際に追い込まれて……。何人か目があったけど、誰も助けてくれなくて……」

 

何とか和ませようと笑っていたブレーズも、ここまでくると流石に笑顔を引きつらせた。この時点で既に、アストリアがボーバトンに行きたいと言った気持ちがなんとなく分かってしまう。

 

「それでね……ベタベタ触ってくるのが嫌になって、思い切って突き飛ばしたの」

 

ワーオ、とブレーズは声には出さず口だけ動かした。顔には笑顔らしきものは残骸しか残っていない。何となく先が読めるような気がして、俺も全く同じ心境だった。

 

「そしたら、その男の子が……思いっきり壁の装飾品にあたってね……高価なお皿を、何枚か粉々にしちゃったの」

 

あーあ、と言わなくてもそう思っているのが分かるほど俺達は顔をしかめ、見合わせた。

 

「派手な音がしたから、皆こっちを向いて……。でも、いつの間にか男の子はいなくなってて……。皆、私とわれたお皿を見てヒソヒソ話をするの」

 

思い出したのかグスッと鼻をすすって、アストリアは俯き既に泣きの態勢に入っている。ブレーズも俺も、顔を見合わせたまま何も言えなかった。お互いが目で、どうするよ? と伝え合っていた。

 

「私、頭が真っ白になって、気付いたら、家にいたの。パーティーから逃げ出したみたい……。結局、誰ともお話しできなかったし、散々だよ……」

 

アストリアの話は終わった。もうほとんど泣きながら、俯いている。ブレーズが、どうしようか迷いながらだが、そっと声をかけた。

 

「あー、アストリア? まあ、パーティーは確かに、これ以上にねぇ失敗だが……。ホグワーツの全部が、パーティーで決まるわけじゃねぇぞ? お前の話を聞く限り、そうやり直せないことじゃない。ダフネだって、割とどっこいどっこいの状態だったんだ」

 

俺はブレーズの暴露に目を丸めるが、一方でアストリアはブンブン首を振りながら反論する。

 

「知ってるもん。だから、お姉ちゃんもホグワーツに行きたくないって言ってたもん。ジンみたいに、家柄関係ない人がいて助かったって、言ってたもん」

 

何だか知ってはいけないことを知ってしまった気持ちでいっぱいになりながら頭を押さえていると、ブレーズにど突かれた。

 

「おい、お前が落ち込む要素はねぇよ! さっさと励ませ! お前が発掘した秘密だろうが!」

 

ブレーズがアストリアに聞こえない声で俺に急かす。俺はまだ考えの纏まり切らぬ頭でとりあえず話をする。

 

「……なあ、アストリア。このことは、ダフネは知ってる?」

 

そう質問すると、アストリアは大人しく頷く。

 

「……一番に話した。皆には言わないでって。お姉ちゃん、このことは話してなかったんだね」

 

「ああ、まあな」

 

アストリアの返事で、ようやくダフネが俺に押し付けようとした理由を納得する。確かに、パーティー成功したであろうブレーズやドラコ、失敗はしてないであろうパンジーではあまり説得力はないかもしれない。それに、俺は今のアストリアと似たような状況に陥ったことがある。

落ち着くために二、三回咳払いをしてから、その話を切り出す。

 

「……実はな、俺も今のアストリアとほとんど同じ状態になったことがある」

 

「……どんな状況?」

 

「スリザリンの継承者っていう、まあ言ってしまえば、殺人鬼として扱われてた。わりと短い間だけどな」

 

興味が湧いたのか、アストリアは顔を上げて俺の方を見た。目は真っ赤で濡れていた。

 

「原因は、たまたま事故現場に居合わせたから。まあ他にもあるんだろうけど、一番の理由がこれだな」

 

そう言うと、少し落ち着いたのか座る姿勢を正して完全に話を聞く態勢に入った。

 

「……それで、どうなったの?」

 

「まあ、色々と面倒な目にはあったな。ヒソヒソ話や陰口や、よく分からん疑惑の目で見られたり。良いことはないな。でも、その状況もあっさり終わった」

 

そう告げると、アストリアが身を乗り出して食い付いてきた。

 

「どうやって?」

 

「俺が犯人じゃないって、周りが理解しただけだ。まあ、これもちょっとしたきっかけがあったんだが……。要は、俺の主張は聞かずにまた勝手に周りが判断したんだ」

 

そう告げると、ガッカリした表情でアストリアは座りなおした。

 

「……じゃあ、ジンは何もしてないんだね?」

 

「ああ、そうだな。何もしなくても、周りの評価は勝手に変わる。そんなもんだよ?」

 

俯いているアストリアに向かって話す。

 

「事件の一つや二つ、案外、周りはあっさり忘れていくんだ。俺なんて、既にデカいのを二回ほど起こしているがそれが日常生活で引っ張られたことなんてそうそうない。普通に飯は食えるし、授業は受けられるし、軽口だって叩き合える。何かの拍子に引っ張られることはあっても、そんなの皆あることだ」

 

「……そのデカいのって?」

 

「トロールに追われたり、殺人鬼扱いされたり、寮対抗で美味しいところを奪ったり」

 

「……それだけで三回はあるけど」

 

「数えたくないんだ。まだあるから」

 

そう答えると、アストリアは俺の巻き込まれた事件が他にも聞き覚えがあるのか、ほんの少しクスリと笑った。

 

「いつも通りにしてれば、後で周りが勝手に変わるさ。それ相応の評価に。お前は悪くないんだろ? なら自信持てよ。お前は明るくて面白い、いい奴だぞ? きっと直ぐに、人気者にでもなるさ」

 

「……じゃあジンって、どんな評価なの?」

 

ちょっとだけ明るくなったアストリアからの質問に、今朝のことを思い出す。

 

「……俺は変人らしい」

 

「もしかしてお前、今朝のことまだ根に持ってんのかよ」

 

落ち込み気味にそう答えるとブレーズから呆れ半分で言われた。

 

「いや、実際のところどうなんだよ。……マジの変人扱いなのか?」

 

「あー……割とな。まあ、悪い奴とは思われてねぇから安心しろよ」

 

「やっぱ変人なのか? なあ、何で?」

 

「さっき自分で言っただろうが。日頃の行いだ、ボケ」

 

俺とブレーズのやり取りに、今度は隠すことなくクスクスと笑いを漏らす。ようやく笑う様になったアストリアにブレーズも安心したのか話しかける。

 

「ナンパ野郎のことなんざ気にすんな。土壇場で逃げるような奴は、陰でぐちぐち言うしか能がねえ奴だ。しかもそういう奴に限って、ナンパの失敗談なんか、冗談で語りたくもねぇ黒歴史になるんだ。向こうから突っかかってくることはもうねぇよ。陰口は無視しとけ」

 

「流石だ、ブレーズ。説得力が違う。まるで本人の言葉の様だ」

 

「うっせえ!」

 

今朝のことの意趣返しでからかってやると軽く拳が飛んできた。アストリアも、話をしてスッキリしたのか、表情にかげりはなくなった。

 

「ねえ、ホグワーツってどんなところ? やっぱり、勉強は厳しいの?」

 

アストリアからホグワーツの話を切り出されたのはこれが初めてだ。まだ行くと決めたわけではないが、最初よりはアストリアの中でややホグワーツに対しての評価が上がっているように感じた。目的の達成と安心を感じながら質問に答える。

 

「俺はそうでもないとは思うが、パンジーにとっては相当厳しいだろうな」

 

「嫌味かよ。その類だとジンの話は全く参考になんねぇ。上いくぞ、アストリア。パンジーの話の方がまだマシだ」

 

まだ少し怒っているのか、それとも純粋にそう思っているのか、ブレーズはアストリアを上へと押しやる。アストリアは大人しくそれに従い三人で男部屋へと向かった。

男部屋ではドラコとダフネ、パンジーがベッドに腰掛けながら話をしていた。俺達が来たのを見て、ダフネは気遣わしげにアストリアへと声をかけるが、当人はいつも通り、明るく返事を返すのを聞いて安心した様に、昨日と同じようにボードゲームやカードゲームへと移って行った。

 

「ねえ、パンジー。ホグワーツの勉強って、難しい?」

 

「え、勉強? そんなの気にしないでいいわよ。何とかなるから」

 

ボードゲームをしながら、アストリアがそうパンジーに聞いた。パンジーが答えている間、ダフネとドラコは驚いた顔で俺とブレーズを見るが、俺達は肩をすくめるだけで何も言わなかった。

しばらくは、アストリアが俺達五人にホグワーツのことを色々と聞きながらボードゲームを進めていった。だが時間が経てばアストリアはホグワーツの話から離れ、日常の話へと移ってゆく。その際に、ダフネから小声で問い詰められた。

 

「ねえ、一体、どんな話をしたの?」

 

「俺は何も。アストリアが話しただけだ。スッキリしたんじゃないか?」

 

「……それじゃあ、アストリアは何を話したの?」

 

「パーティーで失敗したこと」

 

そう返すと、ダフネはまだ納得しきれない顔で質問を重ねる。

 

「本当に、貴方は何も言ってないの?」

 

「まあ、何もって訳じゃない。お前も言ってそうな事を少しだけ。パーティーの失敗なんて気にするなってこと」

 

「それじゃあ、何で私の時とはこんなに違うの?」

 

姉としてのプライドなのか、ダフネはアストリアがホグワーツに関心を持ったことが嬉しいような悔しいような、複雑な気持ちなのだろう。そんなダフネの様子に苦笑いと共に返事をする。

 

「お前も言ってたが、説得力の問題なんじゃないか? ダフネだと、可愛さ余って嘘もつくと思われてんだろ。パンジーもドラコも似たり寄ったりかね。その点、俺とブレーズだとアストリアを慰めるためにでも嘘を言うことはないって、思っているのかな?」

 

ダフネは納得した様なしたくない様な表情だったが、溜め息を吐いただけで新しく始まったカードゲームへと移って行った。

そんなダフネを見て、気になったことを聞いてみた。

 

「なあ、そう言えば、気になることが一つできたんだ」

 

「何? また悩みでもできたの?」

 

不思議そうな顔でこちらを向くダフネに対し、悪戯半分に爆弾を投下してみる。

 

「ダフネは、パーティーで何をやらかしたんだ?」

 

ダフネの変化は凄かった。顔を赤くしたり青くしたり、怒っているのか泣きそうなのか、一度にこんなに感情を表現できるのだなと感心するほどだった。

ダフネはほんの少しの間百面相をしていたが、立ち直ったのか、やけに落ち着いた声で逆に聞いてきた。

 

「それは、アストリアから? ブレーズから?」

 

ここでブレーズだと言えば、ブレーズは殺されるな。そんなことをボンヤリと思い少しおかしくなって笑いながらも、冗談が過ぎたことを謝る。

 

「さあな。言いたくないなら、深くは聞かないよ。変なこと言って悪かった。俺は忘れるとしよう」

 

「……そうして頂戴」

 

ひどく疲れた声でダフネはそう言った。

それからは昨日と同じように、カードゲームとボードゲームを遊び散らかした。アストリアの悩みは出来る限りのことはしたのだ。ホグワーツの話をしながら、その場にいる全員がきっとアストリアがホグワーツに来るであろうと確信していた。

その日も、アストリアが舟をこぎだしたのを合図に解散となった。

男部屋に男だけが残ると、少しだけ話をした。

 

「今日は一体アストリアに何を吹き込んだんだい?」

 

ドラコの質問は予想通りのものだった。ブレーズが欠伸交じりに答える。

 

「別に、ほんとに、大したことじゃねぇ。強いて言うなら、まあ、俺達が言った方が説得力のあることだったんだろうよ」

 

俺がダフネにしたような返事をブレーズがドラコに返すと、ドラコはそれ以上聞く気はないのか食い掛かっては来なかった。

 

「まあ、アストリアがホグワーツに来るというならそれでいいさ。ダフネも心配ごとがなくなるだろうし、また一つ楽しみが増えるというものさ」

 

ドラコとしては、事態が解決すればそれで良しという様でどう解決したかもあまり興味をそそるものでは無いようだった。

 

「来年は、僕達もホグズミードに行ける。ゾンゴの悪戯店にハニーデュークの菓子店……。色々と楽しめると思うよ」

 

ドラコも眠そうにしながら、ホグワーツでの楽しみを語る。ブレーズはそれを受けて、あれをしようこれをしようと色々な提案をしていた。魔法の話、お菓子の話、悪戯の話……。あまり話さないうちに眠気が襲って、そのまま灯りを消して眠ることになった。

グリーングラス邸での最後の夜だが、あっけなく幕を閉じた。

 

 

 

 

 

翌日、朝食を終えると荷物の整理をして、クィディッチの様に汗をかくことに抵抗があったので室内で遊ぶことになった。

最後にトランプをしながら、ダフネにその後のアストリアの様子を聞いてみた。

 

「別段、変わったことはないわね。ただ、ホグワーツに少し興味は持ってくれたみたい。あの後も、いろいろ聞かれたわ。どんな子がいるかとか、どんな寮があるかとか。まあ、あの様子だときっとホグワーツに来る気になってくれると思うの」

 

「そりゃ、一安心だな」

 

「相談してよかったわ。ありがとね」

 

「どういたしまして」

 

ダフネから心配事がなくなったことの感謝を述べられた。それから間もなく、昼食と解散の時間。

解散も、あっけなかった。全員が荷物をまとめて玄関に立ち、ダフネ、アストリア、グリーングラス夫人に感謝と別れの挨拶をドラコが代表でつらつらと述べる。それが終われば、敷地を出て四人で暖炉へ歩くだけだった。

 

「楽しかったわ、お泊り会!」

 

パンジーはご満喫なようで、この三日の思い出を、まるで昔のことの様にドラコに語り始めた。ドラコは相槌を打ちながら、時折間違った記憶を正しつつ、楽しげに会話をしている。俺とブレーズはその一歩後ろを歩きながら軽く会話をしていた。

 

「お前さ……」

 

「ん?」

 

ブレーズがやや遠くを見ながら俺に問いかけた。

 

「ダフネに、俺が口を滑らせたこと、言った?」

 

これだけ聞いた時は一瞬だけ何の事だか分からなかったが、パーティーでの失敗談だと直ぐに気付いた。

 

「あー……お前から聞いたとは、一応は、伏せたんだけどね。何かあったのか?」

 

「……ダフネに脅された。余計なことは言うなって。割と本気で怖かったぞ」

 

ブレーズはそのことを思い出したのか、ブルッと体を震わせた。

ブレーズのそんな様子を見て、余計にダフネが何をやらかしたのか気になってしまった。

 

「なあ、ダフネは何をしたんだ? 本人に聞いたが、教えてはくれなかった」

 

そう言うと、ブレーズはギョッとした顔をして俺を見た。

 

「これ以上、俺から何か聞こうってのか? 冗談じゃねぇ!」

 

ブレーズの反応を面白がりながら何とか口を割らせようとしたが、結局口は割らず、俺の追及を嫌ったブレーズが暖炉に着くや否や急ぎ足で帰っていくこととなった。そんなブレーズの様子を、ドラコとパンジーは目を丸めて見ていた。

 

「……君、ブレーズに何したんだい?」

 

「冗談が過ぎたんだ。今度、謝るさ」

 

呆れ気味にそう言うドラコに対して、クツクツと笑いながら答えた。パンジーはそれをジト目で見てきただけだった。

そんな二人にも別れを告げて、暖炉から直接ゴードンさんの宿屋まで飛ぶ。来た時と同じように、視界は緑に染まり浮遊感と共に回転する感覚を覚えたが、足がおぼつかないことはなかった。暖炉から出ると、ゴードンさんが迎えてくれた。

 

「そろそろ来るころだと思った。お帰り。どうだった、名家の家は?」

 

「ただいま。本当に楽しかったよ。またやりたいぐらいだね、友達の家に泊まるの」

 

「そりゃ、何よりだ」

 

ゴードンさんは笑いながら、飲み物と菓子を渡してくれる。

 

「部屋で食うといい。そう言えば、宿題は進んだか?」

 

「上々。まあ、持ってくるなと言われてたから向こうではしてないよ」

 

「ほう、そうか。お前のことだ。てっきり向こうでもやっていると思ったがな」

 

しばらくゴードンさんと笑いあいながら、適当に切り上げて部屋に戻る。部屋は綺麗で、止まり木には鳥籠から出されたシファーがとまっていた。

 

「ただいま、シファー」

 

そう言いながら撫でると、普段からクールなペットからの返事は嘴をカチカチと鳴らしただけだった。

 

「楽しい三日間だった。聞いてくれるか?」

 

そう聞くと、シファーは少しだけこちらに顔を向けた。そんなシファーに、三日間の思い出を話しながら久しぶりの自室で過ごした。

 

 




次回からアズカバン本編へ
と言っても、二話ほどホグワーツに行くまでのお話を挟みます


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両親の遺品

ハリーポッターの原作を読む機会があって、懐かしさのあまり筆を進めました。
楽しんで書くので、楽しんでいただけたら幸いです。


夏休みも終盤に入る頃だった。友人達とは変わらず手紙のやり取りを続け、ダフネからアストリアがホグワーツの入学を決めたという報告を受けて間もない頃。新聞が号外で大々的にあるニュースを呼びかけていた。

極悪人シリウス・ブラックの脱獄。

例のあの人、ヴォルデモートの信望者であり、右腕と言わせしめた人物。逮捕される直前に十二人ものマグルと一人の魔法使いをたった一つの呪文で殺す程の実力者でもあるため、そのような人物の脱獄と、また、アズカバンからの脱獄は不可能という魔法界の常識を覆される形となり魔法界では緊張が走った。魔法省はすぐさま対策を講じ、調査のために闇払いから特別チームが作られ、現在では一人での外出などは避けるようにと言った呼びかけまでも行われている。

十数年前の時代を生きてきた人々にとっては、これは恐ろしい事態だろう。ヴォルデモートの右腕が脱獄し、今もどこかに身を潜めているのだから。しかしこういった大騒ぎは自分の様な人間には、どこか対岸の火事の様な感覚が抜ききれなかった。魔法界に来てまだ三年目。十年ちかくも前のことは、言ってしまえば教科書で習う戦国時代や、もっと近くても、過去の戦争の様にどこか現実味のないものとして身に降りかかっていた。

友達との手紙の話題も、全てシリウス・ブラックに持っていかれた。全員がシリウス・ブラックについて知っていることや考察を、時には親からの情報も手紙に書き記している。

このニュースにもっとも動揺を受けていたのはネビルであった。他の囚人が脱獄するのではないかと、気にかけている様だ。魔法省の対策がどこまで信頼できるものなのか、といった議論は主にハーマイオニーとダフネと重ねた。ブレーズとドラコとはブラックがどうやって脱獄したのかが主な話題だった。二人は親の影響か、闇の魔術については多少なりとも知識があるようで、こういった方法はどうかという提案が多い。パンジーと、最近に手紙を寄越すようになったアストリアは束縛される事への不満が多かった。

それでも、何か大きな事故が起きることはなく無事に時間は流れ新学期前にはいつものようにドラコとブレーズと買い物に行くことになった。

そのまま時間は流れ、新学期の知らせと準備品のリストを携えたフクロウが部屋を訪れ、去年と同じようにドラコとブレーズと共にダイアゴン横町へと買い物をすることとなった。ただし、今年の引率はブレーズの母親であった。

ゴードンさんにその旨を伝え了承を得た。

 

「……そうだな。行くのは構わないが、帰りは何時頃になりそうだ?」

 

「警戒体制も敷かれているし、そう遅くはならないよ。六時ぐらいだね」

 

「そうか……」

 

そう言い、ゴードンさんは少し考えるような素振りを見せた。やはりシリウス・ブラックの事が気がかりなのだろう。そう思い、心配させまいと声をかけた。

 

「心配しないで。日中に用事は終わらせるし人気のないところにも流石に行かないよ。日が落ちるまでには必ず帰ってくる」

 

そう言うと、ゴードンさんは少し考えた様子を見せたが何も言わずに頷くとそのまま寝室へと向かった。了承は無事に得られたようだ。

買い物当日、今年は迎えが無く現地集合であったため、集合時間よりもやや早くに到着する時間に出発する。

集合場所であるグリンゴッツ銀行には到着したが、案の定、見知った顔は無かった。金を引き出しても尚時間はありあまり、壁に背を預けながらボンヤリと考え事をした。言わずもがな、シリウス・ブラックのこと。

何が目的なのか、どうやって脱走したのか、それなりに考えを巡らせたが大した案は浮かばず、気がつけば集合時間になっていた。ドラコと、母親を伴ったブレーズが姿を現した。ブレーズもドラコも相変わらずの様子で安心させられた。

ブレーズの母親は、息子のブレーズが褒めるのも分かるほどの美人であった。ブレーズの女性への評価の厳しさにこの女性が起因しているのは明らかだった。豊かな金髪と整った眉毛に長い睫、化粧っ気を全く感じない真っ白い肌。目つきはキツメだが、それがより彼女を印象強くした。

 

「貴方がジンかしら?」

 

やや高飛車な口調でそう問われた。頭を軽く下げ、名乗る。

 

「はい。初めまして。ジン・エトウです」

 

ほんの数秒値踏みするような目で見られたが、彼女の中の妥協点は得られたようで、彼女は一人頷き傍らにいる息子へと声をかけた。

 

「このしっかりした子と、ドラコが一緒なら安心ね。私は少し買い物をするわ。待ち合わせは、そうねぇ……行きつけの、服屋でいいかしら? 必需品集めなんて昼には終わるでしょう? お小遣いもあるわね? 四時に来ればいいから、それまで遊んでいなさい」

 

「あいよ。それじゃあ、俺達も行こうぜ」

 

ブレーズは母親に短く言葉を返すと、俺達を連れて悠々と歩き出した。やや慌てながらブレーズに付いてゆき、数歩進んだ所で振り返れば、そこには既にブレーズの母親の姿はなかった。

 

「結構、いい加減だろう?」

 

俺が振り返ったのを見て、ブレーズが笑いながら声をかけてきた。呆然と頷いて返すと、ブレーズは言葉を続けた。

 

「まあ、それだけお前とドラコが信用されてるってこった。お袋なりの歓迎の印だ」

 

「……奇抜だな」

 

「僕もその歓迎を受けた時は驚いた。しかしまあ、悪い気はしないだろう?」

 

ドラコの言葉に賛同しながら、いつものように会話を繰り広げて行った。印象的なブレーズの母親のお陰で、話は出会い頭から随分と盛り上がった。そしてブレーズの母親の話から最近発売された箒の話へ移り、まるで生き物の様な教科書、去年に買ったペットのシファーの話まで話題を広げていった。しばらく歩き回り、必需品をそろえ終わる頃には昼食時でもあったため、少しダイアゴン横丁から離れた所にある飲食店へと足を運んだ。

ベルを鳴らしながらドアを開け、空いた窓際の席に三人で座りメニューを開く。少々値が張るが牛肉のステーキとライスを頼み、他の二人も似たような注文をして店員が引き下がったところでブレーズが話を切り出した。

 

「そういやよ、シリウス・ブラック! アイツの調査って、今、どうなってんのかね?」

 

今日、シリウス・ブラックの話題はこれが初めてだ。ブレーズが調査の現状を聞いてきたが、手紙で十分話し合っていたお蔭で話すことはそう多くはなかった。しかし、ドラコは更に新しい情報を仕入れてきたようだ。

 

「目撃情報というのは未だに掴めていない。しかし、奴の目的というのは、やや明るみになってきているな」

 

「へえ? 親父さん情報か?」

 

「ああ、まあね」

 

ブレーズの質問にドラコは誇らしげに答えながら、その新情報を教えてくれた。

 

「しかし、聞いたところアイツの目的というのは少なからず僕等にも関係してくる。僕が話さなくても君達の耳に入るのは時間の問題だろうね」

 

「と、言うと?」

 

例のごとくもったいぶった話し方をするドラコに、続きを促す。それを受けて、ドラコはアッサリと白状した。

 

「アイツの目的地が、ホグワーツということが分かったのさ」

 

この情報は俺とブレーズには衝撃的だった。ブレーズと俺で目を丸くしながら顔を見合わせる。

 

「その根拠はあるのか?」

 

ブレーズが、無意識であろうが、疑わしげな声色でそうドラコに尋ねた。その様子を見て、ドラコは愉しそうに笑う。

 

「ブラックが脱走した夜のことだ。実は偶然にもその日、ファッジがブラックの監獄を視察していたんだよ。そこでね、ファッジが聞くにはブラックはいつも同じ寝言を言うんだそうだ。『アイツはホグワーツにいる……アイツはホグワーツにいる』ってね。そして、この脱走だ。ブラックがホグワーツを目指しているのは明らかだろう?」

 

「しかし、そんなこと新聞には一言もなかったが……」

 

情報源が情報源なので、信憑性は高いもののそんな重大な情報が秘匿にされている理由が分からなかった。しかし思わず漏れた俺の疑問に対する答えも、ドラコは既に用意している様だ。ドラコは上機嫌な声のままスラスラと答えを述べる。

 

「ファッジはブラックの件で目立つことを嫌うのさ。犯罪者一人に振り回されて、その上、目的地まで掴めているというのに目撃情報すら集まらないこの体たらく。少しでも隠したいと思うのは自然だろう?」

 

随分と説得力のあるドラコの説に、声を失う。対しブレーズは他の部分に疑問を持ったようだ。

 

「しかし、その話が本当ならよ、シリウス・ブラックがホグワーツにいる誰かに執着しているんだろう? 魔法省はどうするんだよ? なんか対策は立てねえのか? それにその誰かっていうのは分からねぇのか?」

 

ブレーズの質問にドラコはやや眉をひそめた。しかしそれに不快感は見えず、むしろブレーズの疑問に疑問を抱いているようだった。

 

「対策は既に立てている。今年は警備として吸魂鬼を学校に配置するらしい。まあ、本当かどうかは知らないがね」

 

「吸魂鬼? おい、それまじかよ……」

 

ドラコの話を折る形になるが、ブレーズが嫌そうにそう呟いた。

吸魂鬼については知っている。アズカバンの看守であり、最悪とも言える魔法生物の一つ。生き物の幸福と言える感情や生きる気力を糧とする。魔法使いの間では、死神の様に忌み嫌われているとのこと。

ブレーズの嫌悪に満ちた表情も理解できる。ドラコは溜め息を吐いて話を再開させた。

 

「吸魂鬼は魔法省の管理下に置かれているんだ。そう忌み嫌うこともないだろう。それよりも、ブレーズ。本当にシリウス・ブラックの目的が分からないのか?」

 

ドラコの斬り返しに、ブレーズは困惑の表所を浮かべる。予想のつけようがないという感じだった。困ったような表情をこちらに向けてくる。

俺はというと、シリウス・ブラックがホグワーツを目的地にしているという話を受けて目的の予想はなんとなくついていた。

 

「俺でも予想はつく。お前もちょっと考えれば思いつくんじゃないか?」

 

そうブレーズに投げかけると考えるような仕草をしたが、直ぐに両手を挙げて降参の意を示した。

 

「あー、サッパリだ。答えを教えてくれよ」

 

「ちょっとは考えたらどうだい?」

 

完全に呆れの入ったドラコの言葉のすぐ後に、注文された三人分の料理が運ばれてきた。三人とも空腹であったため、質問の答えは先送りに、とりあえず料理に取りかかりる。半分ほど料理を消費してから、ブレーズが口を開いた。

 

「それで、シリウス・ブラックの目的ってのは何だ?」

 

ドラコは自分の料理である白身魚を口に運んでいる真っ最中であった。そのため、俺が口を開いた。

 

「まあ十中八九、シリウス・ブラックの目的はポッターだろうな」

 

それを聞いた瞬間ブレーズが頭を押さえた。

 

「そりゃそうか! 何で気が付かなかったんだ、俺は!」

 

オーバーなリアクションをとるブレーズに、ようやく食べ物を飲み込んだドラコが口を開いた。

 

「まったくだ。それ以外に、何が考えられるって言うんだい?」

 

嘲笑の入った言葉を受けて、ブレーズがややムキになって言い返す。

 

「いや、だってよ、もっと他のことだと思ってたんだ。ほら、マグル生まれとかさ、それを殺しにかかるのかねって……。今、魔法界に滞在してるマグル生まれがこぞって引っ越しを始めたのって知ってるか?」

 

「それ、本当か?」

 

ブレーズの口からは、今まで聞いたシリウス・ブラックに関わる情報の中でも一、二を争うレベルの衝撃的な知らせだった。

まさか、事態がそこまでとは予想もしていなかったのだ。一人の犯罪者がここまで世界を震撼する。今まででは考えられなかった。俺の食い付きが予想外だったのだろう。ほんの少し詰まりながらブレーズが肯定する。

 

「おう……。あー、引っ越しって言っても、事が収まるまで帰省だとかマグル界への長期滞在だとかやってるだけだ。中には、本当に引っ越しをしている奴等もいるだろうがな」

 

「まあ、当然の事だろう。しかし、今回に限ってはシリウス・ブラックもそんな奴等に目も向けていないようだがね」

 

シリウス・ブラックについての情報はそれ以上なかった。あとは手紙で話した通りのことだけ。闇の魔術について、俺が知らないことが多い分、ドラコとブレーズの二人が存分に講釈を垂れていた。

そのまま食事を終え、店を出て、散策を始める。買い物は終わっているため、のんびりとアイスを食べながらダイアゴン横丁を歩いて回った。楽しく話をしながら過ごし、四時前になると約束通りブレーズの行きつけの服屋へと足を運んだ。

そこには既にブレーズの母親の姿があった。何やら買い物袋と思われるものを右手に下げていた。ブレーズはそれを見ると、茶化すような口調で母親に話しかけた。

 

「御眼鏡にかなうものは見つかったのか、珍しい。それ、いくら?」

 

「五十ガリオンよ。まあまあってところね。そんなことより、もう帰るわよ。最近、警戒態勢が敷かれてるから遅くなると面倒なのよ」

 

そう言いながらブレーズの母親はブレーズを引き寄せると、ブレーズの服に目を止めた。

 

「あら、汚れがついてるわ。それに、着崩れてるわね。ほら、こっち来て。直してあげるから」

 

そう言いながらブレーズの服に手をかけると、不機嫌そうにブレーズがその手を振り払った。

 

「そんなことすんのは止めてくれ! アイツらだっているんだ!」

 

母親はブレーズの抗議を受けて、あら、と言いながら残念そうに手を引っ込める。それから俺達の方を向いて声をかけてきた。

 

「あなた達もすぐに帰りなさい? ドラコはそこの暖炉を使えばすぐでしょう? あなたは……」

 

「すぐそこに住んでいるんで、歩いて帰れますよ」

 

「そう? なら、気を付けて帰るのよ。今日はご苦労様」

 

そう言うと、ブレーズの母はブレーズに構いながら帰って行った。ブレーズは度々それを拒否しながらも、相手をしつつ近くの暖炉へと姿を消した。

チラリとドラコの方へと顔を向けると、ニヤニヤと笑みを浮かべていることが分かった。俺の視線に気づいたのか、その表情のままこちらを向いてドラコが言ってきた。

 

「見たかい、あの恥じ入ったブレーズの様子。中々見れるものじゃないね」

 

「そうだな。レアものだった」

 

同時に、母親が放任することが本当に俺達への信頼を示していたのだということが分かった。ブレーズの母親は、ブレーズのことを目に入れてもいたくないほどに可愛がっているのが十分に分かったのだ。ほんの少しだけ、羨ましく思えた。

それからすぐにドラコとも別れて、帰路につく。

宿泊所に着くと、ゴードンさんは奥の方に座って新聞を読んでいた。帰宅の挨拶と共に自室に向かう。それから、荷物の整理をしていたら机の上に放り出された紙が目についた。

ホグズミートへの許可証。すっかり忘れていた。

急いで紙を手に取ると階段を下り、先程と同じようにして座っているゴードンさんに声をかける。

 

「ゴードンさん。ちょっといいかな?」

 

「ああ、何だ?」

 

ゴードンさんが新聞から顔を上げて俺の顔を覗う。

 

「いや、大したことじゃないんだけど……。三年生になれば、休みの日に学校の近くの村に行けるようになるんだ。でも、そのためには許可証が必要でさ。保護者のサインが必要なんだ」

 

「……保護者のサインか」

 

「そう、これに」

 

そう言いながら、許可証をゴードンさんに渡す。ゴードンさんはそれを受け取ると、しばらく眺めていた。そのまま固まってしまいサインする様子のないゴードンさんに、不審に思って声をかける。

 

「あー……ダメかな? ……シリウス・ブラックのことで、心配なのは分かるけど、学校側も対策を講じてくれてるはずだし」

 

そう言うと、意外なことにゴードンさんはあっさりとそれを否定してきた。

 

「いや、シリウス・ブラックの事は確かに心配だが、それほど心配はしていない。お前も、まさか危険な事をするつもりじゃないだろう?」

 

内心、驚きながらポロリと声をこぼす。

 

「……まあ、ね」

 

一年生の頃も二年生の頃も安全とは言えない学校生活を送っていたため、少しは釘がさされるのかと思ったが思いのほか、信頼されていたらしい。うれしい誤算ではあった。

しかし、それではゴードンさんが何に悩んでいるのか分からず、許可証と向き合ったままのゴードンさんをじっと見つめるしかなかった。しばらくして、ゴードンさんがポツリとつぶやいた。

 

「サインをする前に、お前に少し見せたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」

 

ゴードンさんのいつになく神妙なその言葉に、少し緊張する。うなずいて返すと、ゴードンさんは立ち上がってどこかへ行ってしまった。それから直ぐに小さな袋を手に持って戻ってきた。

 

「それじゃあ、ちょっとこっちに来てくれ」

 

ゴードンさんが手招きする方について行くと、ゴードンさんは暖炉の前で立ち止まった。それから袋を開けて中身を一掴み取り出した。袋の中身はフルーパウダーだった。

意外だった。二年以上ここに住んでいるが、暖炉を移動に使ったところは見たことがなかったのだ。

ゴードンさんは残りフル―パウダーを袋ごとこちらに押しやると、こちらの顔を見ながら声をかけてきた。

 

「使い方はわかるな?」

 

「うん、大丈夫。行先は?」

 

袋から一掴み分取り出しながら素直にそう返すと、ゴードンさんは懐から小さな、それでいて高価そうな箱を取り出して俺に渡した。

 

「行先はその箱の中にある紙に書いてある。読んでくれ」

 

なぜそのような遠回しなやり方で教えるのかわからなかったが、言われた通りに箱を開ける。

中には小さな紙きれが一枚はいっていた。紙切れには、今となっては懐かしい日本語で「ジンの部屋」と書かれていた。

 

「俺の部屋?」

 

意外な行先名に思わずつぶやくと、ゴードンさんは少し苦笑いしながら話した。

 

「そういう名前の場所なんだ。今、お前が住んでいる部屋とは別の場所だ」

 

それからゴードンさんは暖炉に向かうと、フルーパウダーを投げ入れながら目的地をつぶやいた。

 

「ジンの部屋」

 

暖炉はたちまち見慣れた緑色の炎で包まれた。ゴードンさんがその中に消えていくのを見守ってから、続けて自分も同じようにして向かう。

もう慣れた浮遊感に視界の回転を感じながら、足が地に着く感覚を待つ。両足で立っている感覚が戻ったら、そのまま真っ直ぐ歩く。視界が開けた先は、見慣れない部屋だった。床は絨毯で敷き詰められていて、部屋の中央にはテーブルに椅子、ソファーにクッションとくつろげるような部屋づくり。奥のほうにはミニキッチンと思える設備と食糧庫があった。そして何より特徴的なのは、窓はおろか扉が一つもないことだった。

 

「ここは特殊な部屋でな……」

 

ゴードンさんはそう言いながら、懐かしむように部屋を見渡した。

 

「さっき見せたメモを見たものしか、ここに来ることはできない。お前の両親が作った部屋だよ。いつかお前に引き継ごうと思っていた」

 

ゴードンさんはそう言いながら、部屋にあった椅子に座り、向かいの席に俺を座るように促した。

俺はおとなしく座りながら、ゴードンさんの話を聞く態勢になった。

 

「この部屋を引き継ぐ前にな、お前に話そうと思っていることがある。俺がお前を引き取って保護者となった経緯についてだ」

 

ゴードンさんのところに初めて来た日、父との約束で俺の面倒を見ることとなっていると話をされた。

しかし、その約束の経緯も内容も、自分は一度も聞いたことはなかった。

 

「お前の父親との約束の話をする前に、少し俺の話をしなくてはならないな」

 

ゴードンさんはそう言うと、少し言い淀むような素振りをしてから話を切り出した。

 

「……俺はいわゆる、スクイブというやつだ。魔法使いの家庭に生まれておきながら、魔法の才能が全くなかった人間だ」

 

ゴードンさんがスクイブ。予想していたことではあった。一緒に暮らしている中で、杖を振る姿も、魔法らしきものを使う姿も一度も見たことがなかった。

 

「……ゴードンさんがスクイブなのは、なんとなく予想してたよ」

 

そう言うと、ゴードンさんは少し微笑みながら話をつづけた。

 

「そんな気はしていたよ、お前は気付いているんだってな。……言わせてもらうとな、スクイブというのは、魔法界において立場はかなり悪い。まともな職にありつくのが難しいくらいにな。そんな俺がこうして宿泊所を経営しているのはな、お前の父親、アキラの協力があったからだ」

 

少し懐かしむようにしながら。ゴードンさんは話を続ける。

 

「アキラと知り合う前、俺は魔法界に持ち込まれたマグル製品などの処分の手伝いをしていた。まあ、いわゆる魔法省の下請け雑務だ。アキラは、俺が処分しているマグル製品に少し興味を持っていてな……。洗濯機や、掃除機や、コンロや電気スタンド……。そういったものを、魔法が使えない人間の生活が楽になるものとして気にかけていた」

 

父親の話を詳しく聞くのは、これが初めてかもしれない。

マグル界の家電や機械について興味を持っていたといのは、かなり意外な情報であった。

マグル界の道具について興味を示すことは、魔法界であまり一般的ではないことを知っている。

俺が意外そうな顔をしていたのか、ゴードンさんは俺の表情を見てうなずいて見せた。

 

「そうだ、魔法使いがマグルの製品について興味を持つことはあまり一般的なことではない。アキラは、少し変わり者という評価がされていた。スクイブの俺にも、よくしてくれていたことがそれに拍車をかけていたとも思う。……俺の宿屋はな、アキラの研究の成果がたくさん置いてあるんだ。アキラが作った、洗濯機や掃除機を模倣して作成した道具で、俺はこの宿屋での仕事をたった一人でまかなうことができている。……まあ、客が少ないということもあるがな」

 

ゴードンさんは自嘲気味に最後に付け加えた。

父の協力で宿屋ができたということの意味が分かった。

スクイブであるゴードンさんが魔法界で宿屋を経営するには、魔法に代わる何かが必要だった。それを用意したのが自分の父親だということなのだ。

 

「俺がまともに生活できているのも、ひとえにアキラのお陰だ。アキラには、返しきれない恩がある。だからこそ、俺はアキラにもしものことがあればお前の面倒を見るという約束もしたし、それをきっちりと果たすつもりだ」

 

父とゴードンさんの関係が理解できた。

今まで、ゴードンさんの宿に住ませてもらい、それを当たり前のように享受してきた。しかし、その経緯をしっかりと知ったのは、一緒に住んで二年もたってからだった。

こういったことを知らずに生活していたことがなんだか申し訳なく、バツの悪さを感じてしまう。

それをゴードンは察したのだろう。俺に優しく、そしてどこか申し訳なさそうに笑いかけながら、話しかけてきた。

 

「俺が話そうとしていなかったからな。こういったことは、本来は早く教えるべきだったと思っていたが……。俺も少し気後れをしていたんだ。お前の面倒を見るというアキラとの約束、お前が十一歳になるまで果たせなかったからな」

 

そう言われ、はっとした。

確かに、自分はホグワーツに来るまでマグル界にいる親戚に引き取られていた。父との約束があったというゴードンさんの話とは、少し矛盾が生じている。

 

「俺はどうして、十一歳までマグル界で預けられていたんだろう?」

 

そう聞くと、ゴードンさんはますます申し訳なさそうな顔をしながら話した。

 

「詳しいことは、俺も分かっていない。ただ、ダンブルドアの指示だったんだ。お前がある程度しっかりするまでは、マグル界の方にいたほうが安全だっていうことしか俺は言われなかった。……ダンブルドアからは、何か聞いていなかったのか?」

 

「いや、何も……。ただ、ホグワーツに連れていくことが、俺の父との約束だってことしか……」

 

ダンブルドアと初めて会った二年前のことを思い起こしても、それ以外のことは言っていなかったはず。

ゴードンさんは少し不思議そうな表情をして、俺の手についている指輪を指さした。

 

「お前がしているその指輪、ダンブルドアから渡されたものだろう? それは、お前の両親の形見のはずだ……。お前の母親、カナがしていた、結婚指輪だ」

 

驚いて、自分の指にはめている指輪を見る。左手の人差し指につけていた指輪。確かにダンブルドアに渡されたものだが、言葉が分かる為のものと言って渡された。両親の形見だとは、一言も言われなかった。

 

「……今度、ダンブルドアに話を聞いてみるんだ。お前は知る権利があるし、ダンブルドアも教えてくれるはずだ」

 

一年生の頃から、ダンブルドアは俺を気にかけていた。それは俺が第二の闇の帝王になる可能性があるからだし、二年生の時に至っては事件の渦中にいたからだ。

ダンブルドアを信用しよう、と去年の事件の後に思った。ダンブルドアが俺に何か隠し事をしているかもしれないことを知った今でも、それは変わらない。隠しているからには何か理由があるはずだ。ダンブルドアが意味もなく、両親のことを隠すとは思えないのだ。むしろ俺が知らない方がいい秘密の可能性が高い。

黙って考え始めてしまった俺に、ゴードンさんはこれで話は終わりだと言わんばかりに少し明るい口調で話しかけてきた。

 

「話が長くなってすまないな。さあ、ホグズミードへの許可証はサインをしておこう。それと、この場所へ来るためのメモはお前に引き継ぐ。友達との秘密基地にしてもいい。暖炉があれば、どこからでもここに来れるからな。それに今は警戒が必要だ。安全な避難場所として使ってもいい。ただ、この場所を教える相手は本当にしっかりと選んだ方がいいぞ。何せ今やこの場所に来れるのは、俺とお前だけだ。ダンブルドアでさえ、この部屋の存在は知っていてもここに来ることはできない」

 

そう言って、ゴードンさんはメモの入った箱を俺に渡してきた。

ホグズミードに行けること、そしてドラコ達と会えること。ホグワーツへの楽しみは確かにあるが、同じように、少しばかりの不安も生まれてしまった。

 



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吸魂鬼

多くの感想をありがとうございました。
すごく励みになります。


三年生用の教科書とゴードンさんからもらったホグズミードへの許可証、そして両親の形見の部屋へのメモを入れたカバンを持ち、キングズクロス駅に着いた俺はゴードンさんに別れを告げて列車へ乗り込んだ。

空いているコンパートメントを探していると、見知った顔があって足を止める。ダフネとアストリアが二人でコンパートメントにいるのを見つけたのだ。ノックしてからコンパートメントへ入り、二人に声をかける。

 

「久しぶりだな、ダフネ。アストリアも。二人とも元気そうだな。他の奴は見なかったか?」

 

二人に会うのは夏休みにグリーングラス家へ訪れて以来だ。

俺に気づいたダフネは、少し笑いかけながら返事をした。

 

「あら、ジン。久しぶりね。あなたも元気そうね。ドラコ達ももう少しで来るはずよ。ドラコとパンジーは一緒に来るはずだし、ブレーズも同じ時間に来るはず。向かいのコンパートメントも、取っておきましょうか」

 

ダフネはそう言いながら、向かいのコンパートメントの様子を気にかけた。

俺はそれにうなずき返し、俺の荷物をとりあえず向かいのコンパートメントへ置き、他の奴らが来るまで待つことになった。

ダフネの言った通り、他の奴らもすぐに来た。ドラコはパンジーと一緒にてぶらで現れた。荷物はクラッブとゴイルに任せたそうで、二人が別のコンパートメントで預かっているとのことだ。その後すぐに、ブレーズがやってきた。

一つコンパートメントに入れるのは精々四人と荷物。いつものことながら、組み分けをどうするか話し合いが始まった。

 

「まあ、こうなるだろうと思ってな。ほれ、今回はくじ引きを用意した」

 

ブレーズはそう言いながら懐から六本のクジを取り出した。

それから、ブレーズはニヤリと笑いながらパンジーへ目配りをした。

 

「先が赤いクジと何も書かれてないクジが三本ずつ。今回はよ、全員公平にクジを決めようぜ」

 

どうやら今回はパンジーがドラコと絶対に一緒になるようにする気はないらしい。

パンジーもそれが分かったのか、不満そうにしながらブレーズをにらんだ。

 

「ほれ、アストリア。新入生のお前が最初だ。引いてくれよ」

 

しかし、ブレーズはどこ吹く風ですぐさまアストリアにくじを引かせた。アストリアは組み分けをクジで決めるのを少し面白がっているようで、嬉々としてクジを引いた。パンジーも、流石にそんなアストリアに文句を言うつもりはないらしい。しぶしぶと自分のクジを引いた。他の奴は全員、クジでの組み分けも一興だと思いおとなしくくじを引いて組み分けを決めることとなった。

 

 

 

クジの結果、組み合わせは俺とドラコとアストリアというものになった。

パンジーはやはりドラコと一緒ではないクジの結果に不満があったようだが、クジで組み分けをすることにワクワクしていたアストリアがいた手前、文句は強く言えず大人しくダフネの手を引きながら向かいのコンパートメントへ消えていった。

それを苦笑いで見送ってから、ドラコはアストリアに話かけ始めた。

 

「しかしアストリア、君がホグワーツに来ないかもしれないと聞いたときは本当に驚いた。こうして来てくれることになって嬉しいよ」

 

そう言われ、アストリアは恥ずかしそうにしながら返事をした。

 

「みんながいるし、パーティーでの失敗も、まあいいかなって思っちゃったんだ。今はね、ホグワーツが楽しみなの」

 

明るい返事を受けて、ドラコは満足そうに笑いながら頷いた。アストリアがホグワーツに通うのを嫌がっていた話は、もうどこか懐かしい話となっていた。

それからひとしきり夏休みの思い出話に花を咲かせ、俺とドラコでアストリアへホグワーツの話をした。途中にきた車内販売で昼ご飯を買い、食べ終えたところ、ドラコは思い出したように俺に話を振ってきた。

 

「ジン、今年から僕たちはやっとホグズミードへ行ける。ハニーデュークスのお菓子店やゾンコのいたずら専門店、ここの二つは絶対に行くべきだ。今から、楽しみでならないな!」

 

ドラコはホグズミードに詳しいようで、行きたい場所の名前を挙げながらワクワクした様子を見せた。一方でまだホグズミードへ行くことのできないアストリアは少し寂しそうに、わざとらしく拗ねてみせた。

 

「みんながホグズミードへ行っちゃうと、私は一人になっちゃうね……」

 

この様子にドラコは少し焦ったようだ。慌ててアストリアへフォローを始めた。

 

「アストリア、君へのお土産もみんなで買ってくるさ。それに、夕方にはみんな戻ってくる」

 

「そうだな。それに俺らがホグズミードへ行く頃には、アストリアも友達に囲まれているだろうさ。賭けてもいいぞ」

 

ドラコのフォローに加える形で俺もアストリアへ声をかけると、アストリアはわざとらしく拗ねるのをやめて、今度はいたずらっ子っぽく笑って見せた。

 

「本当? それじゃあ、お土産楽しみにしてるね! それにジン、もしみんながホグズミードへ行く時に私がまだ一人ぼっちだったら、何か一つお願いをきいてもらうから! 賭けてもいいんでしょ?」

 

そんなアストリアの様子に、俺とドラコは苦笑いをしながら互いに目を合わせる。

初めて会った時よりも随分と明るく話すようになった。それにあざとい面も出てきたのは、恐らく夏休みでパンジーと仲良くなった影響だろう。パンジーがアストリアのことを特別可愛がっており、アストリアもパンジーに懐いているのは周知の事実であった。

そうして汽車での旅を楽しんでいると、いつの間にか外はずいぶんと暗くなっていた。雨も強くなり、窓は風でガタガタと揺れて音を出している。そんな中、汽車は急にスピードを落とし始めた。

 

「もうすぐ着くのかな?」

 

アストリアは無邪気にそう言ったが、俺とドラコは汽車がまだホグワーツに着いておらず、止まるにしては早すぎることが分かっていた。

 

「変だな、まだ到着は先の筈だが……」

 

ドラコがそうつぶやくと列車は完全に止まり、そして前触れもなく全ての灯りが消えて辺りは何も見えない真っ暗闇に覆われた。

明らかに何か異常な事態が起きている。何かに備えて杖を構えようとしたが、生憎、俺の杖はローブと一緒にカバンの中に入っていた。ドラコやアストリアも同じらしく、明かりをつけられず真っ暗の中で声を掛け合うことでお互いの無事を確認するしかなかった。

 

「ジン、アストリア、大丈夫かい?」

 

「俺は大丈夫だ」

 

「わ、私も大丈夫……」

 

ドラコの問いかけに対し、俺とアストリアも返事をする。俺たちの無事を確認できたことに、ドラコの安心したような雰囲気を感じた。しかし、アストリアは不安がぬぐえないようだった。

 

「……ねえ、何が起きてるの?」

 

「……わからない。とりあえず、ブレーズ達の無事も確認しなくちゃな」

 

俺はアストリアの不安な問いかけに対し正直に返事をしながら、手探りでドアを開け向かいのコンパートメントへ声をかける。

 

「ブレーズ! そっちは大丈夫か?」

 

俺の問いかけにはすぐブレーズから答えが返ってきた。

 

「ジンか? こっちは問題ない! クッソ、一体何だってんだ……」

 

同じように手探りでドアを開けたのだろう。ブレーズの声がした方からガサゴソと動く音がする。他のコンパートメントでも同じように知り合いの無事を確認しているのだろう。辺りから不安の声や無事を確認する声が聞こえてくる。

 

「何が起きたかはわからないが、怪我しないように下手に動くのはやめておこう。すぐに解決するだろうから……」

 

言葉をすぐに切った。急な寒気が襲ってきたのだ。気が付けば、辺りから音が一切消えていた。寒気はどんどん強くなる。吐き気にも似た不快感と、まるで体の中に氷を詰め込まれたような息苦しさが襲ってくる。そして気が付いた。何かが、列車の中を歩いている。

 

「ブレーズ……」

 

声を何とか振り絞り、向かいにいる親友へ声をかけた。

 

「コンパートメントのドアを閉めろ……。何か来る……。中でじっとしてるんだ……。ダフネと、パンジーを頼む……」

 

「……あ、ああ、分かった」

 

ブレーズも俺と同じように、正体不明の寒気に襲われているのだろう。普段と比べてものすごく弱々しい声で返事をすると、俺の言ったとおりにコンパートメントのドアを閉めるのが音と気配で分かった。

俺もコンパートメントのドアを閉めると、通路から離れるように奥に移動する。

中にずっといたドラコとアストリアも、寒気に襲われているのだろう。二人で固まっているようだった。

 

「ジ、ジン……一体、何が起きているんだ……」

 

ドラコから震えた声で質問をされるが、俺も分からないことが多かった。

 

「分からない……。だが、何かが来るんだ……。中でじっと……」

 

その何かが、すぐ近くに来たのが分かった。真っ暗闇の中に、さらに暗い影がコンパートメントの窓に映ったのだ。

天井にも届きそうなほど背の高い、それでいて細身な人間のような影だった。

その影は俺たちのコンパートメントの前に来ると足を止め、こちらを振り向いた。

その瞬間、俺は意識が遠のくような感覚に襲われ、何か不思議な光景が目の前に広がった。

 

 

 

――目の前で、女性がこちらに微笑みかけていた。見覚えのない女性だ。茶髪で髪の長い、若い日本人の女性。その女性が俺に向かって何かを言っているようだったが、聞き取れない。しかし、俺は女性に対して頷き返すと杖を持ち上げた。そして、震える手で呪文を唱える。視界一面が緑の光でおおわれる。女性は崩れ落ち、俺は女性に手を伸ばして――

 

 

 

「ジン! おいジン!」

 

体を揺らされるような感覚で目が覚めた。いつの間にか灯りが戻っていたようで、こちらを揺さぶる心配そうなドラコの顔が目に映った。

 

「お、俺は一体……」

 

いつの間にか倒れていたらしい俺は、何が起きたのかドラコに問いかける。

 

「君は……さっき来た影が目の前に来た時、急に倒れたんだ。いや、倒れる音がしただけで、見えたわけではない……。影はそのまま、奥の方へ進んでいった……。君は影が去ってからも、うなされている様子で……」

 

ドラコは俺に何とか説明しようとしておるようだが、あまり要領が得なかった。

アストリアはよほど怖かったのか、コンパートメントの隅で震えながら少し泣いていた。

俺は未だに収まらない体の震えを何とか押さえつけながら起き上がろうとするも、あまり体に力が入らなかった。

だが、体の不調よりも気になことがあったのだ。先ほどの影を目の前にした時に見た光景。見覚えのない女性に向かって、杖を振り上げ、そして女性が崩れ落ちて――。そこまで思い返して、胸のあたりが締め付けられるような苦しさと、なんとも言いえない吐き気に襲われる。頭を振って思考を停止させる。それ以上は考えないようにした。

すると、ここでコンパートメントがノックされ誰かが入ってきた。

 

「失礼、どうも具合の悪い子がここにいるようだ」

 

入ってきたのはぼろぼろの服をまとった、やつれた男性だった。男性はコンパートメント内を見渡すと、いまだ床に座り込んでいる俺に目線を合わせるようにしゃがみ込むと穏やかな口調で話しかけながら、懐から何かを取り出し俺に差し出した。

 

「もう大丈夫だ。寒気はまだ引かないかい? ほら、これをお食べ」

 

差し出されたものはチョコレートであった。俺はそれを受け取りはしたが、口にはできず手に持つだけであった。そんな俺の様子を見て、男性は微笑みかける。

 

「大丈夫、毒なんて入ってないよ。一口でいいから、かじってごらん。今よりもずっと気分が良くなる」

 

そう言われ、ようやく俺は手に持ったチョコレートを一口かじった。

途端に、体温が戻ったかのようだった。震えが止まり、指先の感覚が戻ってきて体に力が入るようになった。

俺の様子が安定したからか、ドラコと、隅っこで震えていたアストリアはようやく人心地が着いた様子だった。それからドラコは改めて男性に目をやったが、そのみすぼらしい身なりに不信感を抱いたらしい。

 

「……あなたは、一体何者だ?」

 

不信感を表に出しながら聞くドラコに対して、男性は涼しげな顔をしながら答えた。

 

「私はリーマス・ルーピン。今年からホグワーツで教師をすることになっている」

 

ドラコは教師、という単語にピクリと反応をしたがルーピン先生の身なりがドラコの不信感を完全になくすことはできなかったようだ。

一方でアストリアには、俺を回復させたルーピン先生が頼りになる大人として映ったようだった。アストリアはルーピン先生へ問いかけた。

 

「もう、大丈夫なの? あの影は、もういなくなったの……?」

 

不安そうなアストリアに、ルーピン先生は安心させるように笑いかけながら答えた。

 

「ああ、もう大丈夫だよ。あの影は、吸魂鬼は、もうこの列車には入ってこない。ホグワーツまでもう安全だ」

 

「吸魂鬼……あれが吸魂鬼だっていうのかい? なら何故、僕らを襲ったんだ? 吸魂鬼は、魔法省の言うことを聞くはずだろう」

 

ドラコはルーピン先生へ食いつく。ルーピン先生はそれに対し、今度はやや顔をしかめながら答えを返した。ルーピン先生はドラコに、というよりもこの事態に思うところがあるようだった。

 

「ああ、確かに生徒を襲うようなことはあってはならないことだ。……しかし、奴らは魔法省の言うことを素直に聞くような生き物ではない。手あたり次第、人の幸福や魂を吸い取るような、危険極まりない奴らだよ」

 

ルーピン先生はそう言うと、いまだにチョコを一口しかかじっていない俺に向き直り優しく声をかけた。

 

「さあ、チョコを全てお食べ。それと、君の名前も教えてくれないかい? これから君の先生になるんだ。生徒の名前も知らないのは、良くないからね」

 

「……ジン・エトウです。……所属の寮はスリザリンです」

 

俺は大人しくルーピン先生の質問に答えながら、言われた通りにチョコを全て食べる。気分はずっと良くなり体の震えは完全に止まった。

ルーピン先生は俺の返事を聞くと片眉を上げて少し怪訝な顔をした。しかしそれも一瞬で、すぐに元の優しい表情に戻ると、俺達に無理はしないように声をかけてコンパートメントから出ていった。

ルーピン先生がコンパートメントを出てすぐ、向かいのコンパートメントからブレーズ、ダフネ、パンジーが入ってきた。

 

「おい、大丈夫かお前ら?」

 

ブレーズは心配そうに俺らを見渡す。ブレーズ達に変わった様子はない。どうやら気絶するほど体調が悪くなったのは俺だけのようだった。

 

「ジン……あなた、大丈夫? 顔色が随分と悪いわよ……」

 

「……大丈夫だ。ルーピン先生――さっきまでいた男の人のことだけど――のお陰で、だいぶ回復した」

 

いつまでも床に座り込んでいる訳にもいかないと思い立ち上がる。チョコを食べたおかげで、さっきと違って体に力を入れることができた。しかし、寒気と倦怠感が完全に抜けきることはなかった。

俺以外の全員は、元通りとは言わずとも体調に問題はなさそうではあった。ホグワーツに着くころには、パンジーとアストリアは吸魂鬼への怒りで盛り上がっていたし、ドラコとブレーズは吸魂鬼をコントロールしきれないホグワーツや魔法省に文句を言っていた。ダフネは、いまだに顔色の優れない俺をしきりに心配していた。

汽車が駅についてから、一年生のアストリアは俺達と別れ、ハグリッドに連れられてホグワーツへ向かった。俺たちは馬車に乗ってホグワーツに向かい、新学期のパーティーをするべく大広間へ入る。しかし、大広間で俺はマクゴナガル先生に呼び止められた。

 

「エトウ! こちらに来なさい! 今すぐです!」

 

名指しである。マクゴナガル先生のどこか焦ったような声色は緊急事態を想起させる。しかしマクゴナガル先生に呼び出される心当たりはない。

心配そうな顔をするドラコ達と別れ、マクゴナガル先生の事務室へと連れられた。そこではマダム・ポンフリーが何故かポッターの診察を行っており、傍らでハーマイオニーがそれを見ていた。ポッターもハーマイオニーも、俺が入ってきたことに驚いた様子であった。

そんな二人をおいて、マクゴナガル先生がマダム・ポンフリーに声をかけた。

 

「ポッピー、この子の診察もお願い致します」

 

「まあまあ、あなたも吸魂鬼に……。おいでなさい。かわいそうに、すっかり凍えて……」

 

ここで呼び出された原因が分かった。汽車の中で気絶したことで、特別に診察が必要であったようだ。マクゴナガル先生が、俺をマダム・ポンフリーの向かいに座らせながら俺に話しかけてくる。

 

「ルーピン先生から事前にご連絡をいただいていたのです。あなたも、吸魂鬼から少なからず影響を受けたと。体調はもう大丈夫なのですか?」

 

「……ええ、何とか。ルーピン先生がチョコをくださったので、だいぶ良くなりました」

 

俺がマクゴナガル先生の質問に答えている間もマダム・ポンフリーは俺の脈を取ったり、目をのぞき込んだりしながら診察を行った。特に問題はないようで、診察自体はすぐに終わった。

 

「二人とも、今のところすぐに医務室へ泊める必要はなさそうです」

 

「……わかりました。それではお二人とも、外で待っていなさい。私はミス・グレンジャーと時間割について少しお話をします」

 

マダム・ポンフリーからのお墨付きで、マクゴナガル先生は安心をしたようであった。

俺とポッターはマクゴナガル先生に言われた通り、事務室の外に二人で待機をすることとなった。事務室の外に二人で並んで待っている間、ポッターはこちらをしきりに気にしているのが分かった。俺が気になるが、どう声をかけたらいいか分からないといったようだった。それは俺も同じで、ポッターのことが気になるものの、どのように声を掛けたらいいかわからなかった。お互いに意識をし合った、少し気まずい空気が流れる。

ポッターと二人きりになったのは、実はこれが初めてであった。去年の秘密の部屋の騒動では二人でトム・リドルとバジリスクに立ち向かったし、俺はポッターのお陰でジニー・ウィーズリーを殺さずに済んだ。そんな劇的な出来事もあって、ポッターへ少なからず仲間意識と感謝の意を持っていたが、ついぞ話す機会は訪れなかったのだ。そして俺はポッターへしっかりとお礼を言っていなかったことを少し気にしていた。

 

「……なあ、ポッター」

 

沈黙は俺から破った。ポッターは俺に話しかけられたことに少し驚いたようだった。

 

「去年、秘密の部屋では、ありがとうな。お前のお陰で俺は、ジニー・ウィーズリーを殺すことなく、生きて帰ることができた。……お礼を、しっかりと言ってなかった」

 

ポッターは口を開けて呆然とした。お礼を言われることなんて、考えてもいなかった様子だった。戸惑ったようにもごもごと返事を返す。

 

「……いや、僕こそ、その、なんというか」

 

言葉に迷っていたようだが、それでもポッターは俺の方を向いてしっかりと返事をしてくれた。

 

「僕こそ、ありがとう。君がトム・リドルの日記を壊してくれたから、バジリスクを倒すことができたんだ」

 

「……そう言ってくれると、助かるよ」

 

またしばらく沈黙が続いたが、先ほどよりは気まずくはなかった。

それから、今度はポッターから沈黙を破った。

 

「……君も、その、吸魂鬼に襲われたのかい?」

 

「襲われたというか……目の前に立たれただけで、気を失ったんだ」

 

俺の返答を聞くと、ポッターは目を見開いた。かなり驚いた様子であった。それから、少し躊躇してから俺にさらに質問をしてきた。

 

「その、君は気を失う時、何か悲鳴を聴かなかったかな……」

 

「悲鳴? いや、声は聞こえなかったな……。見知らぬ光景は目の前に広がったが……」

 

吸魂鬼の影響で、俺が見た光景とはまた別の何かをポッターは感じていたようであった。ポッターは吸魂鬼のことで共感を得たかったようだが、見たものが違うため共感はできなかった。ポッターは俺の返答に少し不満げな様子であったので、もう少し詳しい話をするかどうか迷った。しかし事務室のドアが開き、マクゴナガル先生とハーマイオニーが出てきたところで話が中断された。

ハーマイオニーは何やら上機嫌な様子であった。それから俺とポッターが話をしていたのを見て、さらに機嫌をよくした。ハーマイオニーが俺とポッター達が仲良くなるのをずっと望んでいたのを知っている。寮対抗のイベントやドラコ達とポッター達のいがみ合いが起きる度に、ハーマイオニーがどこか板挟みになっているのを俺は感じていた。

マクゴナガル先生に連れられ、四人で大広間へ向かう道中にハーマイオニーは上機嫌なまま俺に話しかけた。

 

「久しぶり、ジン! 会えて嬉しいわ! 元気だった?」

 

「ああ、久しぶりだなハーマイオニー。……ホグワーツに着く直前までは、元気だったんだがな」

 

ハーマイオニーに苦笑いと共に返事をする。ハーマイオニーはそこで俺が事務室に呼ばれた理由を思い出したようだった。すぐに顔を赤らめ、恥じ入った表情をした。ポッターはそんなハーマイオニーを非難を込めた白い目で見ていた。そんな光景がおかしくて、少し笑ってしまう。

 

「あの、ごめんなさい。私、今、少し舞い上がってて……。あなたも、その、吸魂鬼に会って具合が悪くなったの? 大丈夫?」

 

ハーマイオニーは、今度は心配そうな表情で俺の顔を見る。そんなハーマイオニーに対して、安心させるように笑いかける。気分も体調も良くなっているのも確かだった。

 

「もう大丈夫だ。チョコレートを食べてからな、気分もずっと楽になった」

 

「そう、なら良かった……」

 

ハーマイオニーはもっと話をしたいようであったが、大広間に着いてしまいそれは叶わなかった。俺はハーマイオニー達と別れ、スリザリンのテーブルへ移動をする。すでに組み分けは終わっているようで、テーブルにはドラコ達と一緒にアストリアもすでに座っていた。俺が戻ってきたことで、話を聞きたそうにドラコがこちらを向いたが、ダンブルドアの話が始まった。吸魂鬼のこと、ルーピン先生のこと、そしてハグリッドが魔法生物学の教鞭をとることなど重要な知らせが続き、話が終わってから御馳走が目の前に並ぶ。

食べ物を目の前にすると、急に自分が空腹であったことを自覚した。食事を平らげながら、ドラコ達にマクゴナガル先生に呼び出された内容を教える。それから、アストリアが無事にスリザリンに配寮されたことを祝い、みんなで盛り上がった。

食事を終え寮に戻ると、荷物を整理し着替えてすぐにベッドに身を沈めた。

ホグワーツに来るまでで、色々なことがありすぎた。

吸魂鬼のことも気がかりだが、吸魂鬼が近づいてきた時に見えた光景も気になっていた。あの女性は、一体誰なのだろか……。

それからゴードンさんに言われた、ダンブルドアが俺に隠していること。俺がマグル界で十一年間過ごさなくてはならなかった理由、指輪が両親の形見だと教えられなかった理由。

様々なことが頭をよぎってきたが、結局、疲れていたのかベッドに体をうずめるとすぐに眠ってしまった。今学期初めてのホグワーツの夜はこうして終わった。



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ボガート

ホグワーツにきてからの最初の日の朝、今年の時間割が配られた。いつものメンバーで、それぞれの時間割を朝食を食べながら共有した。

選択授業によって少しずつ時間割が違っており、俺が選んだのは古代ルーン文字学と魔法生物学。古代ルーン文字学はダフネと一緒で、魔法生物学はドラコとブレーズとパンジーと一緒に受ける時間割であった。

ドラコと全ての授業を一緒に受けるパンジーは満足げな表情をしており、何度も時間割を見直してはニヤニヤをしていた。一人で占い学を受けるブレーズは、一人だけ違う科目を選んだことを少し後悔したようだ。しかしすぐに元の調子を戻し、授業後に俺達の未来を占ってやると軽口を叩いてきた。

そんないつものじゃれ合いをしていた初日の午後、早速魔法生物学の授業があった。ハグリッドの初授業。楽しいものになるといいな、という期待はあったが教科書を見ると何とも言えない気持ちになる。まるで生きているような、『怪物的な怪物の本』。この教科書のせいで、ドラコ達の魔法生物学への前評判は最悪であった。俺もこの本についてはいい印象はない。暴れださないように、縄で縛っている。とはいえ、授業を受けてみないことにはまだ何もわからない。魔法生物学を受けるメンバーで授業が行われる禁じられた森の近くへと向かった。

 

「なあ、あの森番が授業をするなんて正気と思えるか……?」

 

「僕も、こんなことになるならこの授業を取らなかったさ。見なよ、この教科書。本当に、どんな授業をするつもりなのか……」

 

ドラコとブレーズは移動をしながらも文句を言っている。その気持ちはわかるので、何も言えずに授業が行われるハグリッドの小屋の近くまで移動をした。

授業がグリフィンドールと合同授業であるのを、小屋の前に来て初めて知った。ハグリッドや教科書のことでうんざりしていたドラコ達の表情は、より一層険しくなった。

一方でハグリッドは授業をできるのが楽しみなようで、生徒たちが集まると、ワクワクしたような表情で授業を始めた。

 

「それじゃあ、お前さんたち、まず始めに教科書を開くんだ!」

 

楽しげな声でハグリッドが授業を始めるが、ドラコがそれに冷たい声で水を差す。

 

「どうやって? こんな本、どうやって開けっていうのですか?」

 

冷たい声に反応して、ハグリッドがこちらを見る。そして批判の声を上げたドラコだけでなく、グリフィンドールも含めた全員が教科書を開いていないことを確認すると愕然とした表情でつぶやいた。

 

「お、お前ら……教科書を誰も開いていなかったのか? ただ、こいつらは、撫でれば大人しくなるのに……」

 

ハグリッドの呆然としたつぶやきをフォローできる人は誰もいなかった。この教科書に対する不満はスリザリンは勿論、グリフィンドールにも溜まっていたらしい。

生徒たちの様子にすっかり意気消沈をしてしまったハグリッドは、モゴモゴと魔法生物を連れてくる、と言うと森の方へと入っていった。

教科書も使えないのではこの授業は普通に行われるのは難しいかもしれない。ドラコとブレーズとパンジーは授業への不満とハグリッドへの冷やかしを口にしていた。他のスリザリン生も多くがそんな感じだったし、大半のグリフィンドール生も言葉にはしないものの同じようなことを考えているのが分かった。そんな光景を見ながら諦めに近い感想を抱いていたが、ハグリッドが森から連れてきた生き物を見て吹き飛んだ。

ヒッポグリフだ。馬の胴体に鷲のような頭に羽と鋭い鉤爪。体表を覆う羽毛は日を浴びて美しく照っていた。その姿を見たグリフィンドールのラベンダー・ブラウンが甲高い悲鳴を上げた。

 

「ほれ、どうだ。美しかろう!」

 

生徒たちの反応を見て、少し自信を取り戻したらしいハグリッドは声を大きくしながら授業を再開させた。

ヒッポグリフを連れてきてからのハグリッドの授業は、結論から言うと、中々に良かった。冒頭でポッターがヒッポグリフの背中に乗り飛び回って見せた。それに感化された多くの生徒たちが、ヒッポグリフへの抵抗が薄れたらしい。ヒッポグリフと触れ合い、ハグリッドがヒッポグリフの生態から特徴、個々の性格まで話をして授業は終了となった。

とはいえ、一部のグリフィンドールと、半分近くのスリザリンはヒッポグリフに近づこうとはせず、柵の外で授業を終えた。ドラコはポッターへの対抗心から、ポッターが背中に乗っていたヒッポグリフへ向かおうとしていた。しかしブレーズが

 

「ほら、あの鉤爪を見ろよ。俺達の頭なんて、卵みたいに割れるんだろうな……」

 

とつぶやいたのを聞いて、パンジーと並んで柵の外で見学に移った。一緒に授業を受けたメンバーの中で、ヒッポグリフと触れ合ったのは俺だけだった。

上々の結果で終わった魔法生物学だが、ドラコは不満げな様子であった。パンジーに、そもそもヒッポグリフを三年生で扱うのは危険すぎると文句を言っていた。パンジーは話をよく分かっていないようだったが、ドラコの言うことは間違いない、というように相槌を打っていた。ドラコの魔法生物学への不満は、しばらく続きそうであった。

 

 

 

それから数日たった。変身術、魔法薬学、呪文学、薬草学に魔法史とおなじみの授業をこなし、とうとうルーピン先生の闇の魔術に対する防衛術の初授業を受ける日になった。

ルーピン先生のスリザリンでの評価は低い。みすぼらしい身なりに、不健康そうなやつれた顔。ふるまいは優しく紳士的だが、とても闇の魔術に防衛を教えられるほど強くは見えなかった。俺は汽車の中で助けてもらったこともありとても好意的には思っているが、周りの評価を跳ね返すほどの情報は持ち得ていなかった。

そんな中で始まった授業。初回から教科書をしまい、実施訓練をするようだった。相変わらず顔色の悪いルーピン先生に連れられた教員室には、ガタガタと動くタンスが一つ置かれていた。

多くの生徒が、不審に動くタンスを警戒していつもより真剣な表情になった。

 

「この中にはまね妖怪、ボガートが入っている」

 

ルーピン先生は杖を持って待機をする俺達に静かに話しかけた。

 

「誰か、ボガートについて説明できる子はいるかな?」

 

ルーピン先生はそう言いながら俺達を見渡した。ガタガタ動くタンスを前に委縮をしているのか、誰も手を上げそうになかった為、俺が手を挙げた。ルーピン先生には恩を感じている。授業を円滑に進める為の協力に抵抗はなかった。

ルーピン先生は少し嬉しそうに微笑むと、俺を指名した。

 

「それではジン。説明してくれるかい?」

 

「はい。……ボガートは形態模写妖怪。人の最も恐れるものに姿を変え、その恐怖の感情を糧にします。変身前の姿は、未だ確認がされていません」

 

「素晴らしい説明だね、ありがとう」

 

ルーピン先生は笑みを深め、そう言って褒めてくれた。それから丁寧な口調でボガートの撃退方法を生徒達に説明をする。そして自分の中で最も恐ろしいと思うものを思い浮かべ、それをどうすれば滑稽な姿にできるか考えるよう、生徒たちに指示を出した。

俺も真剣に課題に取り組もうとしているのだが、この課題は意外と難しい。まず、自分が最も恐ろしいと思っているのは何なのか分からなかった。考えすぎると泥沼にはまり、それらしい答えがどんどん出てこなくなった。

隣で考えているドラコをチラリと見る。怖いものは考えついているようで、それをどう滑稽にするかいくつかの候補を挙げているようだった。

そんなドラコを見て、ふと思い出した。吸魂鬼のこと。正確には、吸魂鬼に近づいて見えたあの不思議な光景のこと。見覚えのない女性に対し杖を振り上げ、そして緑の閃光が視界いっぱいに広がり、女性が崩れ落ちる。そんな光景。

説明はできないが、その光景を思い返す度に胸が締め付けられるように苦しくなる。俺が最も恐れているのは、この光景を見ることなのかもしれない。

 

「さあ、それではみんな考えはまとまったかな? では、名前を呼ばれたものは前に出て! ボガートと戦ってもらおう!」

 

ルーピン先生の合図で、時間切れであることを悟る。怖いものは思い浮かんだが、滑稽な姿へ変える想像はできていなかった。見知らぬ女性が崩れ落ちる光景を、どうやったら滑稽にできるのだろう……。

 

「では、ミリセント! 前へ!」

 

ルーピン先生に呼ばれたミリセント・ブロストロードは前に進み出る。

それを確認したルーピン先生はタンスを開け、ボガートを外に出す。

タンスから出てきたのは、三メートル近くある巨体のトロールであった。棍棒を持って、今にも襲い掛かってきそうな形相であった。

そんなトロールにミリセント・ブロストロードは杖を向け呪文を唱える。

 

「リディクラス(ばかばかしい)!」

 

呪文を受けたトロールは、フリルの付いた可愛らしいスカートを身にまとい、手に持ったこん棒は色鮮やかな花束になっていた。その確かに滑稽な姿に、多くのスリザリン生が声を上げて笑った。

 

「よし、いいぞ! よくできた! さあ次、パンジー!」

 

呼ばれたパンジーはビクッと体をはねさせたが、すぐに杖を構えて前に出た。

パンジーを認識したボガートは滑稽なトロールの姿から、皮膚が土色のゾンビへと変身をした。ゾンビは緩慢な動作でパンジーへにじり寄ったが、パンジーの呪文を受けて健康的な肌とふさふさの髪を手に入れて、怖さが一気になくなった。

それから数名、名前を呼ばれては呪文を唱えてそれぞれの恐怖の対象を見事に滑稽な姿へと変えていく。ドラコのヒッポグリフは羽をむしられほぼ焼き鳥に、ダフネのバンパイアは入れ歯のように牙が抜けて、ブレーズのケルベロスは三つの顔のチワワになった。

ほぼ全員がうまくやった後、ルーピン先生はとうとう俺を指名した。

 

「さあ、ジン! 次は君の番だ!」

 

ルーピン先生に言われて、とっさに前に出たが滑稽な姿のイメージがまだできていなかった。そしてボガートは俺を認識したようで、姿を変えた。その姿は、やはりというか、吸魂鬼の影響で目にした女性の姿をしていた。

周りには不審がった声が上がった。俺がどうしてこの女性を怖がっているのか分からないようだ。

吸魂鬼が見せた光景と同じように、女性は微笑みながらこちらに何かを話しかけている。聞き取れないその言葉が終わった瞬間、俺は自分が見たくない光景が再現されることが分かっていた。明確なイメージを持たぬまま、慌てたように呪文を唱える。

 

「リディクラス(ばかばかしい)!」

 

滑稽な姿を思い浮かべぬまま呪文を唱えるとどうなるか。ルーピン先生が教えなかったことの答えが分かった。――恐れていることが、少し形を変えて現れるだけであった。

俺の呪文を受けたボガートは、緑色の閃光へと姿を変えて周囲へと迸った。何人かの生徒が悲鳴を上げる。そして、光が収まった後、俺の目の前には地面に横たわった女性の姿があった。

 

「……死んでる?」

 

誰かがそうつぶやくのが聞こえた。それは、あえて自分が考えないようにしていたことだった。目の前の女性が死んでいる。俺はそのことを考えるのが、何よりも恐ろしくて目を背けていたのだ。

 

――つまり、吸魂鬼の影響で見た光景は、俺が誰かを殺した場面であるということ。

 

吐き気を覚え、反射で口を押さえる。そんな俺の前に、ルーピン先生は躍り出た。

 

「さあ、こっちだボガート!」

 

ルーピン先生の声に反応してか、ボガートは女性の死体から銀色の丸い物体へと変身した。

ルーピン先生が呪文を唱えると、それは風船へと姿を変え、空気を吐き出しながら宙を舞い、ポンと音を立てて消えた。それが、ボガートの最期となった。

少し落ち着かない生徒達に、ルーピン先生は明るく声をかけた。

 

「さあさあ、みんなよくやった! ボガートに立ち向かった子達には、一人五点をあげよう! ジン、君も五点だ。私の質問に、見事に答えてくれたからね」

 

それからレポートの宿題を出され、授業は終了。解散となった。

ぞろぞろと生徒たちが教室から出ていく中、ルーピン先生は俺を呼び止めた。優しく、それとない口調ではあったが、ボガートのことで俺を心配しているのは明らかだった。ドラコ達も俺と一緒に残ろうとしていたが、ルーピン先生が微笑みながら穏やかな口調でそれを止めた。

 

「友達の心配をするのは、素晴らしいことだ。……そうだね、君たちに一点ずつ、四点をスリザリンにあげよう。その優しさを評価して。でもみんな、次の授業に遅れてしまうからもう移動しなさい。遅刻で減点されてはせっかくの加点も意味がないからね」

 

点数をあげるから大人しく移動しなさい。ルーピン先生の言葉をドラコはそう捉えたようだった。ルーピン先生のことが気に食わない、とドラコの表情にありありとでていた。しかし結局、ドラコは不満げな表情をより強くしながらも黙ってルーピン先生に従った。他の奴らもドラコにならって大人しく教室から出ていった。

全員が教室を出たのを確認してから、ルーピン先生は机といすを用意すると俺に座るように促し、ルーピン先生も机をはさんで向かいに座った。

 

「ジン、すまなかったね。私の注意が足りていなかった。……もし、体調がすぐれないのなら次の授業は休んでも構わないよ。私から、先生へ連絡をしよう」

 

ルーピン先生は、俺とボガートの対面をもっと早く防げなかったことを本気で悔やんでいるようだった。

 

「いえ、大丈夫です……。確かに気分は悪くなりましたが、授業を休むほどではありません」

 

俺はそう返事をした。ボガートによって嫌な光景を目の前にしたが、吸魂鬼と対面した時と比べて体調はずっと良い。俺の返事を聞いて、ルーピン先生は少し考える様子を見せてから、了承したように頷いた。

 

「分かった。しかし、あまり無茶をしないように……。それから、もし答えられるなら、答えてもいいと思ってくれているなら、教えて欲しい。ボガートが君に見せた光景はなんなのか、君は分かるかい?」

 

ルーピン先生は踏み込みすぎないように細心の注意を払っているようだった。俺が言いたくないことならば言わなくて済むように。そんなルーピン先生だから、俺は隠さず話すことができた。

 

「……あの女性が崩れ落ちるのは、汽車の中で吸魂鬼が近くに来た時に見えた光景です。でもそれが何なのか、実は全く分からないんです。あの女性が誰なのかも……。俺が見た光景の中では……その……俺が彼女に杖を向けて魔法を使ったようでした。つまり……俺が……彼女を殺したようでした。なんでそんなことになったかも、分からないんです……」

 

俺の話を聞くと、ルーピン先生はなぜか少し悲しげな顔をした。それから、優しい口調で俺に話しかけた。

 

「言いにくいことを教えてくれてありがとう。……あまり深く考えすぎないようにね、ジン。吸魂鬼の影響で、奇妙な音や幻を見る人も少なくない。君が弱いわけでもなんでもない。誰しもに起こりうる、自然なことだ」

 

これが、ルーピン先生が俺にできる精一杯のフォローであるのが分かった。俺が見た光景に対して考えないように、気に病まないように。

そして、ルーピン先生はボガートが見せた光景に対して何か心当たりがあるのではないかとも思った。ルーピン先生はボガートが見せた光景に対し、『あれは何だったのか?』とは聞かなかった。『あれが何か分かるか?』という確認をしたのだ。そして俺が分からないと答えると悲しげな表情をし、深く考えないようにと釘を刺した。

踏み込みすぎないための配慮ともとれるが、意図的にあの光景から俺を遠ざけているようにも感じた。

 

「ルーピン先生は、ボガートが俺に見せた光景に心当たりがあるんですか?」

 

思わず質問すると、ルーピン先生は少し驚いた顔をした。

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「いえ、ただ、なんとなくそう思っただけです……。俺があの光景に対して、深く考えたりするのを止めさせたいようにも感じたので……」

 

ルーピン先生は俺の言葉に対して、すぐには何も言わなかった。こちらを見ながらしばらく考えるようにして、ゆっくりとした口調で答えた。

 

「残念だけど、あのボガートが見せたものが何なのか私にはわからない。しかし、あれが吸魂鬼の影響で見たものならば、それは君の恐怖の体験や感情に基づいているはずだ。それを無理に思い返したり、考えたりしてしまうのは君にとって良い事とは言えない。深く考えるのを止めさせたいと思ったのは、そういうことだよ」

 

ルーピン先生の返答に少しばかり落胆をした。あの光景について分かることがあれば、何でもいいから知りたかったのだ。そんな俺の様子をルーピン先生は可哀想に思ったのだろう。優しい口調でさらに話しをした。

 

「もし、吸魂鬼の影響でまたあの光景を見るようなことがあったら、きっと力になれるから教えておくれ。君が吸魂鬼の影響を受けないで済む方法を教えられるかもしれない」

 

そして話はそれで終わった。身に覚えのない、自分が誰かを殺したかのような光景。この光景が何なのか確かに気にはなっているが、思い返すと苦しさに襲われる。どんなに考えても答えが出ないのであれば、ルーピン先生に言われた通り深く考えず忘れてしまう方がいいのかもしれない。

ルーピン先生に促され、教室をでて足早に次の教室へ向かう。次の授業は古代ルーン文字学だった。教室に入ると、既に授業は始まっていた。古代ルーン文字学の教授であるバブリング教授はチラリとこちらを見ると、席に着くように一言だけ言って授業を再開させた。

座れる席を探すとダフネと、なんとハーマイオニーが席を空けてくれていた。どうやら古代ルーン文字学もグリフィンドールと合同授業らしい。手招きされて空けてくれている席に座りながら、二人に声をかける。

 

「ありがとな、席を空けてくれて。ハーマイオニーも、古代ルーン文字学を取ってるんだな」

 

「ええ、そうなの。嬉しいわ、ダフネとジンと一緒に、この授業を受けられて!」

 

ハーマイオニーは嬉しそうに答えた。スリザリンとグリフィンドールの合同授業では、ドラコ達とポッター達が対立するため、ハーマイオニーと話す機会はほとんどない。しかし、古代ルーン文字学ではドラコもいなければポッターもいない。気兼ねなくハーマイオニーと話せる、貴重な場ができた。もっとも、授業中の為しっかりと話すことは難しいが。

ダフネもそんなハーマイオニーに微笑みかけながら、一方で心配そうに俺に声をかける。

 

「ジン、ボガートが変身した姿について、聞いても大丈夫? その、心配なの……」

 

「ボガート? ルーピン先生の授業で何かあったの?」

 

二人は声を潜めながら俺に質問をするが、バブリング教授がこちらを意味ありげにチラリと見たのに気が付いて、すぐに口を閉ざした。授業に遅れた挙句、雑談までしていては目をつけられてもしょうがない。

 

「授業が終わったらな……。今日はこれで、授業は終わりだろ?」

 

ダフネは頷いたが、ハーマイオニーは少し難しそうな顔をした。しかし授業中であるためこれ以上の会話はできず、三人で並んで大人しく授業を受けることになった。

授業が終わり教室を出ながら話をしようと思っていたが、いつの間にかハーマイオニーがいなくなっていた。ダフネもハーマイオニーを見失ったようで、不思議そうにあたりを見渡している。

 

「おかしいわね。さっきまで隣を歩いていたはずなんだけど……」

 

廊下の人ごみに紛れてはぐれてしまったのだろうか。しかし、それにしては近くにいる気配もない。

仕方なくハーマイオニーを探すことを諦め、ダフネと共にスリザリンの談話室に戻りながらルーピン先生と話したことを教えた。ダフネは俺への心配を強めたようだった。

 

「あなたは吸魂鬼の影響で気絶しているわけだし……。先生も吸魂鬼の見せた光景をあまり思い返しても良い影響がないって言うのでしょう? ……吸魂鬼の影響を受けない方法、今度といわずにすぐに教えてもらったらどうかしら?」

 

「うーん、まあ、ルーピン先生も忙しいだろうからなぁ。新任であれだけの授業をするの、相当準備が必要だったろうし」

 

ルーピン先生の顔色が悪いのは、あまり休めていないからだとも思う。そんなルーピン先生の時間を奪うのも気が引けた。俺の言葉を聞いたダフネはなんとも言えない表情をした。

談話室に着いてからドラコ達と合流し、ダフネにした話をドラコ達にもした。話を聞いたドラコは顔をしかめた。どうも、ドラコにはルーピン先生が信用できる人と映っていないようだった。点数を餌にドラコ達を教室から追い出したこともその要因の一つのようだ。そしてとどめは、ルーピン先生のみすぼらしい格好だという。

 

「だって、ほら、あの服装を見なよ。ここに来る前、一体何をしていたのか……。まともな職に就いていたとは思えないだろう?」

 

「でも、教えるのは上手いし授業は面白いだろう?」

 

「それはそうだが……」

 

「それに、またあの光景で悩むようなことがあれば対策を教えてくれるって言ってくれた。汽車の中でも俺のことを助けてくれた。俺は、あの人のこと頼れると思うけどな」

 

俺がそう言うと、ドラコはまだ何か言いたげではあったがうまく言葉にはできないようだった。ブレーズとパンジーは、俺が今後気絶をしないのであればルーピン先生が前にどんな仕事をしていたかなど気にはしない様子であった。

いつまでも暗い話題ではと思い、俺は話を変えることにした。

 

「そういやドラコ、クィディッチの練習が来週には始まるんだろう? 今年は優勝してくれよ」

 

話題の変更に成功したようで、ドラコはルーピン先生への不満を忘れ、すぐさま熱意に燃えた表情となった。

 

「当然だとも! 今年こそ、ポッターを負かしてあの伸びた鼻をへし折ってやるさ」

 

「見ものだな、今年の試合は。去年は散々な負けっぷりだったからなぁ…」

 

「ブレーズ、君の鼻も明かしてやるからな! 見ていろよ、今年は勝つのは僕だ!」

 

「ドラコは夏休みも練習してたのよ! 負けるはずないわ!」

 

「……パンジー、それは内緒にしてくれと言ったじゃないか」

 

「あら、内緒にしてたの? 私との手紙でドラコがクィディッチの練習をしているのを随分と詳しく教えてくれていたけど」

 

「パンジー! 僕の手紙をよく読んでなかったのかい!? 誰にも言うなといったじゃないか!」

 

「ああ、ダフネ! 私、秘密にしてって言ったのに!」

 

ブレーズがドラコを挑発し、パンジーが馬鹿をやり、ダフネがそんなパンジーをからかう。いつものじゃれ合いが始まっていくその光景を見て、吸魂鬼への不安も薄れていくのが分かった。ルーピン先生に言われた通り、吸魂鬼の見せた訳の分からない光景について考えを巡らせるより、目の前の光景を見ている方がずっと健全だと、心の底から思った。

 

 

 



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楽しいハロウィンを……






ホグワーツでドラコ達と過ごしているうちに、吸魂鬼が見せた光景のことはほとんど気にならなくなっていった。友達と授業を受け、授業後に一緒に馬鹿をやる。そんな時間を壊してまで気にするべきこととは到底思えなかった。

授業といえば、闇の魔術に対する防衛術の授業はボガート以外にも様々な生き物たちを相手に実践的な授業を行われてきた。ボガートの次は赤帽鬼という小鬼に似た生き物。血の匂いを消す消臭の呪文で簡単に追っ払えることを知った。醜悪な生き物たちへの立ち向かい方を実践的に教えてくれるこの授業は、今や多くの生徒にとって一番楽しみな授業へとなっていた。

魔法生物飼育学も派手さでは負けていなかった。ハグリッドはヒッポグリフの後は火蟹を連れてきた。甲羅が宝石でおおわれた美しい蟹で、これにはパンジーも文句の言葉は出なかった。もっとも、尻から火が出ることを知るまでだが。ハグリッドは宝石がちりばめられた甲羅よりも火を噴くことの方が面白いと思っているのは誰の目からも明確であった。

火蟹の火でローブを少し焦がしたドラコは、魔法生物学の授業への恨みを一層に深くさせていた。

だが、それぞれの授業の内容もさることながら、俺達の間で最も話題になったのはハーマイオニーの時間割であった。聞くに選択授業の全てを履修しているようであった。普通は二科目しか選べない選択授業を五科目も受けている。一緒に受ける古代ルーン文字学ではいつもカバンを教科書でパンパンにさせている。そして授業が終われば気が付けばどこかに消えていた。そして日に日にハーマイオニーは授業と課題に追われるようになっているのが分かった。人の二倍は授業を受けて課題を行ってそうな追い込まれ様だった。

気になって俺とダフネで、古代ルーン文字学の授業中に時間割について聞いても、ハーマイオニーははぐらかすだけで絶対に教えてはくれなかった。パンジーはハーマイオニーが秘密を話してくれないことに少し不満げで、いつか自力で秘密を暴こうとウズウズしているのが分かった。

そんな新鮮ながらも充実した生活の中、楽しい知らせが更にでてきた。ホグズミードへの外出許可の知らせが掲示板に張られたのだ。

ブレーズと共にでかでかと掲示されたお知らせを見ながら、楽しみを抑えきれず声をかけた。

 

「初のホグズミードは十月末、ハロウィンだな……。昼間はホグズミード、夜は宴会か。豪勢な一日だ。遊び倒す日になるな」

 

ブレーズも俺の言葉に大いに賛同をしてくれた。

 

「間違いない。今から待ち遠しいぜ。おいドラコ、その日はクィディッチの練習も流石にないだろう?」

 

あっても休め、と言わんばかりに興奮した様子でブレーズが少し離れたところにいたドラコに声をかけた。

 

「当然ないさ。他のメンバーも、ホグズミードを楽しみにしているんだからな」

 

ドラコはパンジーとダフネを連れてこちらに近づきながらそう返事をした。ドラコもホグズミードはとても楽しみにしていたことを知っている。仮に練習があったとしても、本当に休んで一緒にホグズミードへ行っていたかもしれない。

 

「私、バタービールを絶対に飲んでみたい! ね、ダフネ! いいでしょ?」

 

「ああ、私も飲んでみたいと思ってたのよ。いいわ、三本の箒へ絶対行きましょう」

 

こちらも興奮した様子で、パンジーが近くにいたダフネに懇願していた。ダフネもバタービールが気になっていたようで、すぐさまパンジーの意見に賛同した。

そんな浮かれる俺たちに、ちょっと不満げな様子でアストリアが近づいてきた。

 

「いいな、みんな……。私なんて、あと二年も待たないといけないのに……」

 

アストリアは、俺が汽車の中で言った通り、普段は同年代の友達に囲まれて楽しそうに過ごしている。しかし、時折俺達のところに来ては甘えるようにじゃれてくることがある。そんなアストリアを、パンジーはいつも歓迎した。

 

「ああ、アストリア! あなたへのお土産も絶対買ってくるからね! 楽しみにしてていいわ!」

 

「パンジー、ドラコと同じこと言ってる」

 

すぐに構ってくれるパンジーに、クスクスと笑いながらアストリアはそう言った。

ドラコと同じ、と言われて一層機嫌をよくしたパンジーはアストリアに何が欲しいかグイグイと追求し始めた。

 

「ジン、あなたはどこか行きたいところはある?」

 

「うん? そうだな……」

 

ダフネにそう聞かれ、少し考えを巡らせる。魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズ、いたずら専門店ゾンコ、ハニーデュークスのお菓子に、それ以外の場所も全てが気になっていた。行きたいところは、と聞かれたら、全部というのが正直な答えであった。

 

「どこに行っても、絶対楽しめるからな。時間があったらさ、全部の場所に行ってみたいよ」

 

「いつになく贅沢なことを言うのね」

 

笑いながらそう言われたが、ダフネも同じことを思っているのがなんとなく分かった。

その後も全員がホグズミードの週末を楽しみに、浮足立って過ごすこととなった。

 

 

 

そして待ちに待ったハロウィン当日、朝からホグズミードへ出発を楽しみに朝食を終えてすぐに外出許可証をもって玄関ホールへ並んだ。

そんな中、俺たちの学年で唯一ホグズミード行きの許可がないポッターの姿が目に入った。ハーマイオニーとウィーズリーの見送りに来たのだろう。

ドラコはすぐにポッターをからかいに行こうとしていたが、それとなく止めた。ドラコとポッターの因縁に口を挟むつもりはないが、俺の目の前で行われるのは気分がよくない。去年から生まれたポッターへの仲間意識がそれを強くしていた。

ポッターへのからかいを止められたドラコは、一瞬だけ機嫌を悪くしたがホグワーツの外へ一歩出ると、すぐにそんな考えは吹き飛んだようだった。

ドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネ、そして俺の五人でホグズミードを片っ端から楽しもうと意気込んで足早に移動を始めた。

真っ先に向かったのはいたずら専門店のゾンコであった。看板商品のくそ爆弾をブレーズは大層気に入っていたが、俺を含めた他のメンバーからは不評であった。誤爆して自分がひどい匂いの液体を被ることがあると説明を聞いたことが大きい。パンジーは引き寄せ袋という商品に興味を示していた。引き寄せ袋は、引き寄せたい物に向けて袋の口を開くと、引き寄せ呪文が発動したように対象物が袋の中に入るというものだ。そんなに大きなものは引き寄せられないが、これがあれば相手に気づかれずに小物を盗むことができそうだ。パンジーが良からぬイタズラを考えているのはなんとなく分かった。

次に向かったのは郵便局。あまりに大きいのでちょっと見てみようと立ち寄ったのだが、中々に楽しめた。何百羽ものフクロウが棚に止まっている光景は圧巻であった。ダフネは手のひらに収まるサイズのフクロウを愛おし気に撫でていた。ドラコは自分の腰くらいまでの大きさもあるフクロウを見て一歩引いていた。鋭い鉤爪を見て、どうも嫌いな授業のことを思い出したらしい。

お昼前になったので、少し早いが三本の箒で昼食を食べることにした。混みそうな時間を避けて早めに向かったつもりだが、それでも随分と多くの人がいた。カウンターには美人な女性が飲み物を提供していた。マダム・ロスメルタという名前だとブレーズが教えてくれた。巷では有名な看板娘とのことだ。そして全員がバタービールを注文し、乾杯をした。念願のバタービールにパンジーは歓声を上げた。確かにバタービールは一口飲むと体の隅々が温まる、最高の飲み物であった。歓声を上げる気持ちもよく分かった。

三本の箒で昼食を済ませてからも、行くところはたくさんあった。

叫びの屋敷に少し離れの方の廃れた通り。ダフネは気味悪がって、二度と来ないと言っていた。一方で俺達男三人は秘密基地のようで気に入っていたことをひっそりと共有した。

食べ歩きのできる、飲食店が集中した通り。そこではクラッブとゴイルが二人で往復している姿が見えた。朝からずっとここにいたらしい。ドラコは呆れてものが言えない様子であった。

ハニーデュークスのお菓子専門店では、パンジーが嬉々としていろんなお菓子を買いあさっていた。ほとんどがアストリアへのお土産とのことだ。ドラコと一緒、というアストリアの言葉の効果を思い知った。ダフネも可愛い妹へのお土産を考えていたが、パンジーがあまりに多くのお菓子を買うので、別の物を買うことにしたらしい。

魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズで、ダフネはアストリアへのお土産を買うことに決めた。店内を歩き回り、ゆっくりと物色していた。俺も何かアストリアへのお土産を買おうといいものがないか探してみた。しかしこれといったものが思い浮かばず、かろうじて便利だと思ったのは、自動修正羽ペンであった。レポートの誤字脱字をチェックし、修正をしてくれる羽ペン。実用性もある為、これを渡そうと決めた。ダフネがお土産として選んだのは、記憶の花というものだった。見た目はバラを模した綺麗な手のひらサイズのガラス細工なのだが、ちょっとした魔法がかかっているらしい。買った後、ダフネが実演してくれた。

ダフネが杖で記憶のバラの中央を叩くと、花から光る球体が出てきた。ダフネは球体に向かって笑いながら言葉をかけた。

 

「アストリア、私からのお土産よ。喜んでくれたら嬉しいわ」

 

そう言ってからもう一度杖でバラの中央を叩くと球体が花の中央に戻っていった。

そして今度はバラの底の部分を杖でたたくと、中央から映像が飛び出てきた。球体に向かって話しかけていたダフネの映像だ。

 

『アストリア、私からのお土産よ。喜んでくれたら嬉しいわ』

 

映像のダフネは、本物のダフネが言った言葉を全く同じように繰り返した。どうやら録音録画機能が付いた置物らしい。

気が付けば夕方で、もうホグワーツに戻らなくてはならない時間であった。

全員が後ろ髪引かれる思いでホグワーツへ向かったが、ハロウィンの宴会が待っていることを思い出しすぐにまたハイテンションに戻った。

ホグワーツに着いてすぐ、全員でアストリアへのお土産を渡した。パンジーからの大量のお菓子にアストリアは喜びの悲鳴を上げていた。ダフネからの記憶の花に、どんな映像を残そうか随分と悩んでいる様子だった。ホグワーツに来てから、アストリアも記録に残したい楽しい思い出がたくさんあるようだ。ブレーズは、いつの間に用意したのか、いたずら専用の魔法の杖をアストリアに渡した。本物のように見える杖を使おうとしたら、蛇になって使用者を驚かすものであった。お転婆なところのあるアストリアは、後でルームメイトに使う様子であった。意味ありげにブレーズと目を合わせ、二人でニヤリと笑い合っていた。ドラコからのお土産は、おしゃれなクリスタル性のインク入れだった。アストリアはすぐにそれにインクを入れて明日から使えるようにしていた。少し持ち上げていろんな角度でインク入れを眺め、見惚れているようだった。随分と気に入ったらしい。俺からの自動修正羽ペンは、正直、アストリアに気に入ってもらえたかは分からなかった。他のメンバーのお土産と比べると、実用的ではあったが、お土産としてはいまいちな自覚はあった。こういった人への贈り物を買う機会は今までほとんどなかったから、苦手意識を持っている。それでもアストリアは、俺らしいお土産だと笑いながら、来週までのレポートに早速使ってみると言ってくれた。

それから皆で食堂へむかい、ハロウィンのご馳走を楽しんだ。食堂では、クラッブとゴイルが一日中食べ歩いていたはずなのに誰よりも最初にご馳走に食らいついていた。ドラコはもうそちらを見ないようにしているのが分かった。しかしクラッブとゴイルが食らいつくのも分かるくらい、ハロウィンのご馳走は魅力的であった。満腹になるのが惜しいと思う程、どの料理もおいしかった。

朝から晩まで、楽しく過ごした一日であった。全員で寮に向かいながら、満足げに今日一日の感想を言い合った。こんなに最高な一日はもうないのではないかと思うくらい、文句のない一日であった。あとはもう、寝るだけだった。

思い返せば、こんなに楽しいハロウィンは生まれて初めてであった。特にホグワーツに来てからは毎年必ず、何か怪物に襲われてきた。

疲れた体を引きずり、すぐにでもベッドへダイブしようと思ったところ、待ったがかかった。生徒全員が、大広間に集合するよう号令が出たのだ。

学校内にシリウス・ブラックが出たらしい。

この学校はハロウィンに呪いをかけているのだろうかと本気で考えた。

 

 

 

 

大広間には寮関係なく、全生徒が集められた。ダンブルドア先生から、今日はここで全員寝泊まりするように指示が出された。ダンブルドア先生が杖を一振りしただけで生徒全員分のフカフカとした茶色の寝袋が大広間の床に敷き詰められた。

あれだけ楽しかった一日に、とんだオチがつけられたものだと怒りに近い感情を抱いた。

朝から一緒にいた五人で固まって、早々に寝る準備をした。

ため息をついてへこむ俺とは対照的に、パンジーは少しワクワクした様子であった。

 

「なんか、ほら、ダフネの家にお泊りした時みたい」

 

どうやら殺人鬼が学校内を闊歩している事態に、あまり危機感を抱いていないらしい。少し呆れてしまう。しかし、パンジーの抱いた感想は、ドラコやブレーズ、さらにはダフネまで抱いているようであった。

五人全員で寝袋にくるまり、頭を突き合せるようにして横になる。

こうしていると、確かに楽しかったグリーングラス邸での夜を思い出す。

 

「心配しすぎだぜ、ジン。こんだけ人が固まってりゃ、シリウス・ブラックも襲ってこないって」

 

ブレーズは少し不安げな顔の俺を見て、笑い飛ばすようにそう声をかけた。お泊り気分を楽しんでも罰は当たらないという態度であった。

それからすぐに消灯となり、喋ることを禁止された。しかし、誰も彼もがひそひそとシリウス・ブラックのことで噂話をするもので、完全に静かになることはほとんどなかった。俺達五人も、漏れなくひそひそと話をしていた。

 

「シリウス・ブラックは、グリフィンドールの寮へ無理やり押し入ろうとしたそうだ」

 

ドラコは他のところからの噂話を器用に聞き拾って、俺達に教えてくれた。

 

「ほうほう。いよいよ、ブラックの狙いがポッターだって話が現実味を帯びてきたな」

 

ブレーズがドラコの報告を聞いてそう漏らした。ブラックの狙いがポッターという話を初めて聞いたダフネとパンジーが少し驚いた様子を見せたので、ドラコは夏休みに俺とブレーズにした説明を二人にもした。二人はすぐに納得した様子を見せ、それからパンジーは少し怒った様子でこう話を切り出した。

 

「ねえ、このままだとハーミーが危険な目に遭うんじゃない? 私、常々思うのよ。ハーミーは付き合う友人を選ぶべきだって。ポッターと縁を切った方がいいと思うのよ!」

 

ハーマイオニーはポッターとは縁を切るべきだ、というパンジーの意見に快く賛同する者はいなかった。

 

「……グレンジャーがポッターと縁を切らないというのであれば、危険な目に遭うのはしょうがないことだろう? パンジー、君が気に病むことでもないよ」

 

ドラコはそうパンジーに優しく声をかけた。ドラコはそもそも、ハーマイオニーのことを多少認めていても仲良くなるつもりはないらしい。だからハーマイオニーがポッターと仲良くやっていて危険な目に遭っても自業自得としか思わないようだった。

 

「ま、グレンジャーにポッターと縁を切れっていうのも面倒だろう。俺もドラコに賛成だな。グレンジャーが危険な目に遭っても、自業自得ってことで……」

 

ブレーズも淡白であった。ブレーズもハーマイオニーのことは認めているし、なんなら毛嫌いしていない分、ドラコよりも接点がある。しかし、ハーマイオニーがブラックに襲われないようポッターから引き離そうという話には面倒だという態度であった。ドラコと同じように、危険な目に遭っても自業自得と思っているようだった。

 

「確かに、ハーミーのことを思うとポッターと離れた方が安全なのは確かよね。でもパンジー、ハーミーにポッターと縁を切れっていうのはちょっと無理じゃないかしら……。ハーミー、グリフィンドールで過ごしにくくなっちゃうわよ?」

 

ダフネは、ハーマイオニーがポッターと縁を切るべきという意見には唯一賛同的であった。ホグワーツに来てからの二年間、ハーマイオニーがポッターと関わって危険な目に遭ったことを軽視してはいなかった。しかしハーマイオニーにポッターと縁を切れということがどんなに残酷なことか理解をしていたので、快く賛同はできないというのが本音のようだった。

 

「ハーマイオニーにとって、ポッターは大事な友人だろう? パンジー、あんまりハーマイオニーを困らせるもんでもないと思うぞ」

 

俺はというと、この中で唯一ポッターに対して好感情を抱いていた。更にはポッターが「生き残った男の子」として重要な役割を果たすために信頼できる仲間が必要であり、その仲間の一人こそハーマイオニーであると知っている。だからパンジーの意見には賛同はできなかった。それに、ハーマイオニーに会うとポッター達の話になることが多い。その度にハーマイオニーがグリフィンドールで生活する中で、ポッター達の存在がいかに大きいかを感じさせられる。ハーマイオニーにはポッター達が必要であることも、十分理解していた。だから俺はポッターと縁を切った方がいいとも、縁を切れとも口が裂けても言わない。

誰からの賛同も得られなかったことにパンジーはひどくむくれた。何とかダフネが宥めるが、あまり効果はなかった。パンジーは少し意地になって、今度ハーマイオニーに会いにグリフィンドールへ突撃しかねなかった。

しかしそれから話は一転二転し、ブラックの侵入方法や吸魂鬼への文句、果てはクィディッチの試合がもうすぐであることなどブラックにもハーマイオニーにも関係ない話へと脱線していった。そして疲れがピークに来たのか、一人一人と眠りに落ちていき、俺もいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

それから数日は生徒たちの話題はブラックのことでもちきりだった。そして、ブラックの狙いがポッターであるという噂も流れ始めた。親が魔法省に勤める者からしてみれば、もう随分と今更な話らしいが。

しかしブラックの襲撃は衝撃的ではあったものの、ホグワーツにおいてずっと話題となり続けるには被害が小さすぎた。グリフィンドールの絵画が一枚切り裂かれただけでは、バジリスクの襲撃を経験した生徒達にとって警戒には値するがずっと話題にするにはつまらないものであった。

そしてすぐに別の話題が学校でもちきりになった。クィディッチの第一試合。グリフィンドール対スリザリン、ドラコ念願のリベンジ試合である。

試合が近づくにつれて天気は悪くなり、練習に出かけた選手たちを容赦なく雨でずぶぬれにした。しかし、それでもドラコの闘志が衰えることはなかった。週に三回はクィディッチの練習に赴き、息を切らしながら談話室に帰ってきた。ドラコが練習に帰ってくるたび、パンジーはタオルを持ってドラコの世話を焼きに行った。去年クィディッチの件でいざこざのあったブレーズもドラコの気迫を前に、この時ばかりはからかうのを止めて純粋な応援をした。やれ体を冷やさないための道具や、濡れても飛行に影響が出ない方法など練習以外のところでドラコの力になれるよう調べ事をしていた。

俺も課題の協力などをしてドラコがクィディッチに集中できるよう手助けをした。選択授業で俺がフォローをできない数占いについては、同じ授業を取っているダフネがドラコの課題を肩代わりしていた。全員が、ドラコの応援に手を回していた。

ついでと言わんばかりに、クィディッチの試合を週末に控えた授業でこれまたちょっとした事件が起きた。

ルーピン先生が体調を崩し、一時的にスネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の教鞭をとることとなったのだ。スリザリン生の中にもルーピン先生の授業を楽しみにしていた生徒も多かったため、これに戸惑う者は多かった。

 

「諸君、席に着き、大人しくしたまえ」

 

代理で授業を行うスネイプ先生は不機嫌な様子であった。教室に入ってスネイプ先生がいたことに戸惑いを隠せない俺達に、どこか冷たい声色でそう指示をした。

自身が寮監を務めていることもあり、スリザリンには甘いところがあるスネイプ先生だが、今日は勝手が違った。

 

「ルーピン先生がこれまで諸君に教えてきたものは、ボガート、赤帽鬼、河童、水魔……。どれも三年生が習うには少しばかり幼稚なものだ。今日、吾輩が諸君に教えるものは……」

 

機嫌の悪いスネイプ先生独特の危険をはらんだ声色で、教科書の最後の方のページを開きながら話を進める。

 

「人狼である。諸君、三九四ページを開きたまえ」

 

スリザリン生は、多少なりともスネイプ先生との付き合いを心得ていた。この状態のスネイプ先生に対しては、物音一つが命取りになることをみんなが知っていた。

大人しく全員が教科書を開き、人狼に関する教科書の記述の書き写しを始めた。

授業は誰も発言することなく終了し、二週間後を期日に羊皮紙二枚分のレポートの作成を課題として出された。

これには試合を控えたドラコだけでなく、全員が困った表情になった。

 

「ジン、この厄介な課題、お前がドラコの課題を肩代わりして少し大変なのは分かってるんだが……助けてくれよ……」

 

ブレーズがほとんど懇願する表情で俺に頼み込んできた。パンジーは勿論のこと、ダフネもだいぶ困惑していた。ダフネは数占いの課題をドラコだけでなくパンジーの分も協力しているため、珍しくあまり余裕がない。ドラコは自分に協力をしてくれている親友達が、自分の課題の肩代わりで苦しむのを気に病んでしまっていた。これではクィディッチの試合に影響が出てしまうと思った俺は、ため息をつきながら、全員に言った。

 

「いいよ、俺が簡単にまとめとく。お前らが写して終わるようにしといてやるよ。ドラコ、気にすんなって。その代わり、試合には絶対に勝ってくれよ」

 

そう鼓舞をしたことが功を奏したのか、試合前の練習に臨むドラコは今までにないくらいに気合が入っていた。

そして俺は約束をした手前、人狼についての羊皮紙二枚分のレポートを早急に仕上げる必要があった。俺を含めて五人分のレポートだ。五人が全く同じものを提出しては、いくらスリザリンに甘いスネイプ先生でも流石に何かを言うかもしれない。他の者が写す際に違いが出せるよう、いつも以上に多くの情報が必要であった。

ドラコが練習に行くのを見送ってすぐ、図書館へ直行をした。人狼に関する本をかき集めるためだ。しかしそこには既に先客がいた。俺が欲しい本を山積みにして、鬼の形相で課題を仕上げにかかっている、ハーマイオニーであった。

図書館であることと、ハーマイオニーの形相に、やや遠慮がちになりながら俺は小声で話しかけた。

 

「よお、ハーマイオニー。それ、闇の魔術に対する防衛術の課題だろ? 横に積んである本、借りてもいいか?」

 

ハーマイオニーは突然話しかけられたことに飛び上がらんばかりにビックリしたが、声をかけたのが俺であると分かると、ほっと息をついた。

 

「ああ、ジン……貴方だったの……。ええ、いいわ、ここにある本、私ほとんど読んでしまったから……」

 

そう言いながらも、ハーマイオニーは少しばかり落ち着かない様子であった。

ハーマイオニーの手元を見ると、既に羊皮紙四枚分のレポートが作成されていた。ただでさえ人よりも授業を多くとっている中で、与えられた課題の倍の量のレポートを仕上げるのは流石としか言いようがない。

 

「すごいな、ハーマイオニー。もうスネイプ先生からの課題、済ませてるのか」

 

素直に称賛をするが、ハーマイオニーの表情は晴れない。心ここにあらずといった感じであった。

 

「ええ、まあ……頑張ったから……。ねえ、あなたはこの課題を今からやるのよね?」

 

「ああ、そうだよ。他の奴らも今、手いっぱいでさ。俺がこの課題の肩代わりをすることになってるんだ」

 

ハーマイオニーにそう答えると、どこか安心したような表情をした。俺は課題を肩代わりすると言ったことに、それは良くないことだ、という表情をするものだと思っていたばかりにちょっと驚いた。

ハーマイオニーはまだ晴れない表情のまま、俺に話しかけた。

 

「ねえ、ジン。あなたが闇の魔術に対する防衛術のレポートを終えるまで、私、待っていてもいいかしら? その、レポートについて、あなたの意見を聞きたいのよ」

 

これには本当に驚いた。ハーマイオニーが課題について他の誰かの意見を聞こうとしたのは、少なくとも俺が知る中では初めてだった。

 

「あ、ああ。構わないよ。そういうことなら、俺も早めにこの課題を仕上げるように頑張るよ」

 

そう言いながら俺はすぐに課題に取り掛かった。

ハーマイオニーの横に積まれた本を読みながらレポートを仕上げていく。本を読み、レポートを仕上げていく中で、ハーマイオニーが不安そうな顔をする理由が少しばかり分かってきた。

 

「人狼の変化の周期、昼間の人狼の体調の変化……。人狼と普通の人を見分けるのに中世で使われた手法の一つは銀色の水晶玉を見せた時の反応だという、ね……」

 

教科書には載っていない、より専門的な人狼の情報を織り込み、レポートをほとんど仕上げながら、ハーマイオニーが気になっているであろう部分を読み上げる。ハーマイオニーは重々しく頷きながら、本題を切り出した。

 

「私、ルーピン先生が人狼なんじゃないかって、疑っているの。いえ、疑っているんじゃなくて、ほとんど確信しているの……」

 

確かに、ルーピン先生の行動と人狼の特徴が驚くほど酷似している。加えて、ルーピン先生を前にしたボガードが銀色の球体に変身したことは多くの人が見ている。

さらに、ハーマイオニーはとっておきの証拠を持っていた。

 

「ルーピン先生は、ハロウィンの時期にスネイプ先生から薬を与えられていたの。その薬の特徴、ハリーから聞いた話だけど、脱狼薬の特徴と全く同じなの」

 

俺もレポートを作り、ハーマイオニーの話を聞いてルーピン先生が人狼なのではないかという疑いを持ったのは確かだ。

それでも確信を得るには情報が少ないという気持ちの方が強かった。

 

「ハーマイオニー、ルーピン先生の体調不良と月の周期が合致しているのは確かだし、銀色の球を怖がっているのも確かだ……。でも、決定づけるのはまだ早くないか? せめて、そうだな……十二月いっぱいまで様子を見てみよう。もし、ルーピン先生が月の満ち欠けと関係なく健康な姿だったらさ、俺達はひどい誤解をしていたってことで終わる話だ。薬の件だって、ポッターから聞いた話だけでは決定的な証拠とは言えないだろう?」

 

ハーマイオニーは俺にそう言われ、最初よりは表情を明るくさせて頷いた。

たった一人で、大好きな先生が人狼なのではないかと疑うのは辛かったのだろう。同じように事態を理解し、否定してくれる人が欲しかったのかもしれない。

少しばかり晴れた表情でハーマイオニーは俺の話に乗っかった。

 

「そうね、うん。きっと、私の勘違いかもしれない……。それに考えれば、この課題を出したのだって、スネイプ先生がわざとルーピン先生が人狼に見えるように仕向けただけかもしれないし……」

 

ここでハーマイオニーは初めて笑顔らしい表情を見せた。

俺もハーマイオニーが笑うのを見て、少し肩の力を抜いた。レポートも確かに時間がかかったが、ハーマイオニーが必要な資料を全て揃えていたため思ったよりもずっと早く出来上がった。お互いに、課題から離れた話をする余裕が生まれたのだ。

 

「そういえばハーマイオニー、この間のホグズミードはどうだった? 俺達はだいぶ長い時間、魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズにいたんだ」

 

「ああ、ホグズミード! 最高だったわ! 私達はハニーデュークスに長くいたわ。ほら、試食品を多く配っていたでしょう? ハリーがね、ホグズミードへ来られないからお土産もたくさん必要だったの」

 

ハーマイオニーは今度こそ、心から笑ったようだった。多くの悩みを忘れて、楽しいことを思い出したらしい。それからホグズミードのどこを回ったか、何が面白かったかをお互いに報告し合った。それから、クィディッチの試合に向けてドラコとポッターが頑張っていることを共有した。

 

「ドラコがクィディッチを頑張ってるのを見てさ、課題を肩代わりしようと思ったんだ。ハーマイオニー、お前がポッターに協力的だった気持ち、今ならよく分るよ」

 

俺の言葉に、ハーマイオニーは懐かしそうに微笑んだ。去年、一昨年の試合直前にハーマイオニー自身がポッターの課題を肩代わりしていたのを思い出したのだろう。

 

「今週末は、グリフィンドール対スリザリンね……。流石に、しばらくパンジー達には会えそうにないわね……」

 

ハーマイオニーは今度は寂しそうにした。

もうずいぶん長い事、ハーマイオニーはパンジーに会っていなかった。

俺とダフネは古代ルーン文字学でハーマイオニーと授業がかぶっているため、多少なりとも話す機会はある。しかし、パンジーはそうではない。

ハーマイオニーは課題に随分追われていて、会う時間を作れないのはなんとなく知っている。

パンジーもハーマイオニーに会いたがっていたが、なぜかパンジーはハーマイオニーを不思議なタイミングで見失うらしく、まともに話したのはもうずっと前のことだという。

そんな中で寮対抗のイベントが始まってしまえば、二人が話すのはもっと難しくなるのが目に見えていた。寮対抗のイベントが始まる度に、グリフィンドールとスリザリンは普段の倍以上は関係が悪化するのだ。衝突が激しい時は、廊下でお互いを呪い合ったりする時もあるほどだ。

昨年の秘密の部屋の騒動の後から、ハーマイオニーにとってパンジーがポッター達の次に、いや、ある意味ではポッター達以上に特別な存在であることをなんとなく察していた。

二人には仲良くしていて欲しい。それは俺の都合も勿論あるのだが、それ以上に、大事な親友二人が気を落としているのを放っておけないという感情が強かった。

 

「今度さ、良ければパンジーも図書館に連れてきて、一緒に課題をしよっか。俺も手伝うし、一人でやるよりもずっと楽しいだろ?」

 

思い切って、ハーマイオニーを誘ってみた。ハーマイオニーは俺の誘いに驚いたようだが、すぐにとても喜んでくれた。ほとんどはしゃいでいた。

 

「いいの? 私、課題を一緒にしようなんて誘われたの、初めてよ! 嬉しい……すっごく嬉しいわ!」

 

課題で追い詰められていたハーマイオニーにとって、俺の課題への誘いは遊びの誘いよりもずっと魅力的であったようだ。満面の笑みでそう答えてくれた。誘った俺の方が嬉しくなってくるほどの喜びようだった。

話し込んでいたのもあって、そろそろ夕食の時間だった。二人で図書館を出て、お互いの寮に戻ることにした。

 

「それじゃあ、クィディッチの試合が終わって、しばらくしてから……。クリスマス休暇前に一度、一緒に課題をしようか」

 

「ええ、喜んで! じゃあ、日が近づいたらまた時間を話しましょ! 私、本当に楽しみにしているから!」

 

今日で仕上げたのであろう大量の課題を両手いっぱいに抱えながら、それでも笑顔でハーマイオニーは去っていった。

そんなハーマイオニーを見送ってから、俺もスリザリン寮へ足を運ぶ。

外の天気は相変わらず最悪なのだが、心の中は対照的で、不思議と一切の曇りがなかった。

俺は、ハーマイオニーと一緒に課題ができることをとても楽しみにしているのを自覚した。

 



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ドラコのリベンジ

とうとう、スリザリン対グリフィンドールのクィディッチの試合の日がやってきた。

天気は最悪。暴風雨の中で行われることとなった。それでも、多くの観客がスタンドで今か今かと選手の登場を待ち構えていた。

俺達は緊張した様子のドラコに対し、激励を飛ばしてから雨の中を走って競技場へ向かった。観客の多くが傘を風で吹き飛ばされたため、ローブを頭からすっぽりかぶって雨と風と寒さに耐えながら試合開始を待った。

 

「この雨の中だ……! 試合は相当もつれ込むだろうな……!」

 

ブレーズは風に声掛けされないようにいつもより大きめな声で俺達に話しかけた。

 

「あれだけ練習したんだもの! ドラコが負けるはずないわ! 私、ドラコの手助けをしに一番前の席に行ってくるわ!」

 

パンジーは意気揚々とそう宣言をし、雨の中を軽やかに走っていった。雨の中でも、ドラコの勝利を確信してか晴れたような笑顔であった。

一方でダフネは、風に髪を持っていかれそうになりながら、体を丸めて強風に何とか耐えており話す余力はあまりなさそうだった。一緒に来たアストリアは、そんな姉に寄り添いながらも、自分も飛ばされまいと踏ん張っていた。

そんな中で、とうとう試合が始まった。雨の中で視界は最悪だが、マダム・フーチの試合開始のホイッスルは全員が聞き取った。ドラコのリベンジが、幕を開けたのだ。

 

 

 

ドラコは激しい雨と風の中、凍えそうになりながらも手がかじかむ事はなかった。ブレーズがくれた防寒用のグローブが役に立っていた。視界は最悪だが、飛べないほどではない。しかし、スニッチを見つけるのは当然のことながらいつもよりずっと困難であった。

ドラコはスニッチを探して雨の中を飛び回るが、一向に成果はない。さらに試合展開は最悪だったと言っていい。グリフィンドールが点を決め続け、点差は六十点にも広がっていた。

たまらず途中でキャプテンのマーカス・フリントがタイムアウトを取った。ひどい暴風の中、大きな傘の中でスクラムを組むようにして、チームのミーティングを始めた。マーカス・フリントは怒鳴るようにドラコへ激励を飛ばした。

 

「こんな天気だ! 最悪だ! だがいいか、スニッチだ! スニッチを取れば我々の勝利だ! なんとしても、あのイカれポッティーよりも早く取るんだ!」

 

そんなこと、わざわざタイムアウトを取って言われなくてもドラコには分かっていた。だが、このタイムアウトは無意味ではなかった。タイムアウト中、パンジーが駆け寄ってきて乾いたタオルと温かい飲み物をくれた。一時とはいえ雨風をしのぎ、体を温められたことはドラコの戦意の後押しとなった。

試合が再開した後も、変わらず視界は悪い。そのせいで、いつもなら気になるポッターの姿も正直曖昧だ。最早スニッチを見つけられるかどうかは運次第だとすら思った。試合展開はタイムアウト後、硬直した。ドラコは点差が広がらなくとも、縮まりもしていないことを実況の声を頼りに何とか把握した。一方で天気はどんどん悪くなった。雷すらなり始めたのだ。

試合開始からゆうに三十分。ひときわ大きな雷が鳴り辺りを一瞬だけ照らした瞬間、ドラコはとうとう見つけた。金に輝くスニッチが、自分の上方を飛び回っていた。すぐさま箒を向け、スニッチに向けて飛びつく。視界の端に、こちらに飛んでくる赤い物体が見えた。恐らくポッターであろう。だが位置は自分の方が有利。勝てる自信があった。

旋回しているスニッチに、箒を飛ばしてどんどん近づく。何度も練習した動きだ。ミスすることも不思議と考えられなかった。集中しているからだろうか。周囲の音もドラコの耳には全く入らなくなった。そしてとうとうスニッチを、念願の勝利を手にしたのが分かった。握った手の中に、バタバタと暴れるスニッチの確かな感触がある。

ドラコは勝利の雄たけびを上げた。その叫びは、スタジアム全体に大きく響き渡った。

 

 

 

タイムアウト後の試合展開はグリフィンドール有利のまま、点差は広がらず、されど縮まりもせず、そのまま展開をつづけた。俺達は視界も悪い中でドラコに向けて、本人に届くいているかどうかも分からない声援を送り続けていた。

天気が悪くなるにつれ、観客のボルテージもどんどん上がっていった。天候が悪くなればなるほど、勝利した時の興奮が大きくなることを誰もが感じ取っていた。

そしてひときわ大きな雷が鳴った後、両チームのシーカーが全く同じ方向に向かって飛び始めた。どうやらスニッチを見つけたらしい。

両チームの点差は四十点でグリフィンドールがリード。スニッチを取った方の勝利となるのは明確であった。決着の瞬間が近づき、競技場の興奮が最高潮に達した。

それと同時に、二つの恐ろしい影が競技場に乗り込んだ。

その影が競技場に乗り込んでから、辺りの音が一斉に消えた。応援も、歓声も、怒号も……。誰もが二度と幸せになれないのではないかという感情に襲われた。その影の正体が吸魂鬼であることも、全員が悟った。

そして俺は吸魂鬼が近くを通った際、またも視界が暗転しその場に倒れこんでしまった。

 

 

 

――目の前で、女性がこちらに微笑みかけていた。前と同じ女性だ。女性が俺に向かって何かを言っている。相も変わらず聞き取れない。それから、俺は前と同じように女性に対して頷き返して杖を持ち上げた。そして、震える手で呪文を唱える。視界一面が緑の光でおおわれる。女性は崩れ落ち、俺は女性に手を伸ばして、崩れ落ちる女性を抱きかかえた。俺は泣いていた。そしてもう動かない女性を抱き寄せながら、俺は――

 

 

 

ここで、揺さぶられて目を覚ました。

体の震えが止まらなかった。寒さだけのせいではないだろう。

顔を上げ、辺りを確認する。俺を揺さぶっていたのはダフネだった。

ダフネはほとんど泣きながら、俺の肩を揺さぶっていた。俺が目を覚ましたことに気が付くと、安心したようで泣きながら抱きついてきた。体にうまく力が入らない俺は、されるがままだった。

 

「ああ、よかった……。貴方、急に倒れて……。そのまま死んでしまうかと……」

 

泣きながらダフネはそう言った。隣ではブレーズが心底心配そうにこちらを見ていた。

ブレーズとダフネは汽車の中で俺が倒れたことを知ってはいたが、実際には見ていなかった。なので余計に心配だったのだろう。一方、一度は見ていたアストリアは二人よりは少し冷静ではあった。しかし、それでも不安そうに体を震わせながら、事前に手に持って用意していたのであろうチョコを俺に差し出した。

 

「ジン、これ……。パンジーからのお土産、ポケットに入れてたの。チョコレートだよ。ほら、汽車の中で、チョコレートを食べたら元気になったから」

 

そう言いながら、俺にチョコを握らせた。俺は震える手でチョコの包み紙を開けようとしたがうまくできなかった。その様子を見てじれったいと思ったのかブレーズは俺からチョコを取り上げると乱雑に包み紙をむしり取り、包み紙から完全に出したチョコを俺の口の中に押し込んだ。

前回同様、チョコの効果は劇的であった。体温が急激に戻るのが分かり、体の震えが少し止まる。しかし相変わらず外は大雨で、ただでさえ気絶して弱った俺の体から容赦なく体力を奪っていた。

 

「だめ、完全に震えは止まらないわ。医務室に連れていきましょう。ね、ジン? 立てる?」

 

心配からか俺から離れようとしないダフネが、少し冷静さを取り戻したのか俺に気遣ったように声をかける。うなずいて返事をし、何とか立ち上がるとダフネとブレーズに肩を借りる形で医務室へと送り込まれた。

医務室には先客がいた。グリフィンドールのクィディッチ選手の女性三名が一つのベッドを囲いながら、心配そうにそこに倒れる人の様子を見ていた。名前は確か、アリシア・スピネット、アンジェリーナ・ジョンソン、ケイティ・ベルだったはずだ。

ベッドにはポッターが横たわっていた。どうやら、ポッターも俺と同じように吸魂鬼の影響で気絶をしたらしい。しかし、ポッターは俺と違い気絶をした時に箒に乗ってかなりの高度をかなりの速度で飛んでいた。空中に放り出される形になったのだろう。生きているのは奇跡ともいえるはずだ。

 

「マダム・ポンフリー、診て欲しい人がいるんです!」

 

そんな中ダフネは、人がたくさんいるのも関係ないとばかりに医務室の奥にある事務室に向かって声を張り上げた。ハリーのベッドを囲んでいた人達は驚いてこちらを振り向いた。俺達に今気づいたようだった。事務室のドアがぱっと開き、直ぐにマダム・ポンフリーは飛んできた。

マダム・ポンフリーは俺の様子を見て、すぐさま事態を把握したようだった。

マダム・ポンフリーは俺に向かって三回杖を振った。一回目でびしょ濡れだった服が乾き、二回目で俺の服についていた泥や汚れが落ち、三回目で俺自身がしっかりと乾かされ、そのままベッドに横たわっても何も支障がなくなった。それからマダム・ポンフリーは戸棚からマグカップを取り出し、中にたっぷりのチョコレートとミルク、それにいくつかの薬草を入れて杖で叩いた。たちまちマグカップの中身が混ざり、特製のホットチョコレートができあがった。俺をベッドに座らせ、特製のホットチョコレートを持たせるとせかすように声をかけた。

 

「さあさあ、これを全てお飲み。それから、ほんの少し診察をしますからね。無茶なんて、絶対させませんから」

 

それからポッターの方の様子を少し覗くと、まだ意識が戻っていないのを確認し、ベッドの周りの人達へポッターの目が覚めたら呼ぶように指示を出し、すぐさま事務室へ引き返した。

マダム・ポンフリーに渡されたホットチョコレートは、チョコの甘さだけでなく調合された薬草のお陰でスパイスに似た辛さも感じた。飲み干すと体は完全に温まり、気絶する前よりも調子が良くなったと思えるほどに回復した。

俺の体調が完全に復活したことを察したのだろう。一緒に来たダフネとブレーズ、アストリアはホッと息をついた。俺は三人に、何が起きたのかの確認をした。

 

「吸魂鬼の影響で俺がまた気絶したのは分かった。……競技場では、何があった?」

 

返事はブレーズから返ってきた。

 

「お前が気絶したすぐ後、ポッターも気絶して箒から落ちた。それから、ドラコがスニッチを取って試合は終了。で、ダンブルドアがすぐに出てきて吸魂鬼を追っ払った。起きたことといえばそれだけだ。お前は割とすぐに目を覚ましたからな。……まあ、試合結果がどうなるかは、審判と選手たちで協議をしてるみたいだな。それと、ドラコはお前が気絶したことは多分まだ知らん。ついでに、パンジーもまだ知らねぇだろうな」

 

それからブレーズはチラリとポッターが眠っているベッドの方を見た。

ベッドの周りを囲っている三人のグリフィンドール生がこちらの話に耳を澄ましているのが分かっているようだった。

ブレーズは舌打ちを一つ打つと、俺に急かすように話しかけた。

 

「元気になったんなら、医務室にいる必要はねぇだろ。ほれ、マダム・ポンフリーを呼んでさっさと診察してもらおう。そしたら、ここからおさらばだ」

 

グリフィンドール生の聞き耳や、先ほどの試合結果がまだ分からないことのストレスなど、ブレーズがここにいたくない理由は多そうだった。

ブレーズはそう言うと事務室にいるマダム・ポンフリーを呼びに行った。

一方でダフネとアストリアはそんなに焦ることはないのに、という態度であった。俺の体調の方が大事だと思ってくれているようだった。

ブレーズに呼ばれてきたマダム・ポンフリーの診察によればすぐに戻っても問題ないが、大事をとって医務室で安静にする為に泊まることを勧められた。俺は試合の結果が気になっていたこともあり、スリザリンの談話室へ戻ることを希望した。

俺の返答を聞いてマダム・ポンフリーはいい顔をしなかったが、俺がしっかりと自分の足で立ち、マグカップを丁寧に返したのを見て、マダム・ポンフリーは俺を強くは止めなかった。それよりも、未だに目を覚まさないポッターの方が気になっているようだった。

結局俺は体調も戻り、ブレーズに急かされたこともあってすぐにスリザリンの談話室へ戻ることとなった。

談話室への帰り道、ダフネから心配そうに声をかけられた。

 

「ジン、あまり無理しなくても……。医務室で寝ていてもいいと思うのだけど……」

 

「あの医務室にいろってのは酷だろ、ダフネ。あの後、ポッターの見舞いでグリフィンドールがわんさか来るんだぞ。マダム・ポンフリーも許可を出したんだ。そう心配しすぎんなよ」

 

ダフネの言葉にブレーズが反応したが、どこか刺々しい物言いであった。返事を受けたダフネは、少し眉をひそめた。少し険呑な雰囲気にたまらず口を挟む。

 

「ダフネ、俺は本当に大丈夫だ。マダム・ポンフリーからもらったホットチョコレートのお陰で、なんなら気絶する前よりも気分がいいくらいだ。それにブレーズの言う通り、対戦相手がたくさんいる医務室よりも自室の方が心が休まるよ」

 

「……そう、ならいいけど」

 

ダフネは俺の返事を聞いて、表情を戻した。

一方でブレーズは未だどこか刺々しかった。先ほどの試合結果が分からないことが相当ストレスなようだ。頭をガシガシと搔きながら、舌打ちをしている。

そんなブレーズの心情を察してか、アストリアがブレーズに話しかけた。

 

「ブレーズ、きっとスリザリンの勝ちで試合が決まってるよ。ほら、ドラコがスニッチを取ったのは間違いないんだし。きっと今頃、談話室でパーティーをしてるよ」

 

「……ああ、そうだな。それなら、さっさと談話室に行ってパーティーに参加すっか」

 

アストリアに心配そうに声をかけられ、流石にブレーズは自分の態度を反省したようだった。

ブレーズは少し表情をやわらげ、近くのアストリアの頭をガシガシと撫でてから、改めて談話室へと向かい始めた。

そして四人で医務室からの階段を降りたところで、曲がり角から二つの影が飛び出してきた。

ドラコとパンジーであった。

俺達四人は意外な人物の登場に驚き固まっているが、ドラコとパンジーは俺達を見つけると安心したようにほっと息を吐いた。それからドラコは、俺に声をかけた。

 

「ジン、他の奴から聞いたよ。また倒れたんだって……。もう、体は大丈夫なのかい?」

 

「あ、ああ……。もう大丈夫だ。マダム・ポンフリーに貰ったホットチョコレートのお陰で、気絶前よりも気分がいいくらいだ」

 

ドラコ達の驚きから回復しないまま、返事をする。

俺は試合に勝っていれば談話室で祝勝会をしている為、ドラコが俺の見舞いに来るのは先の話だとも思っていた。一方で試合が無効になれば荒れてちょっとした騒ぎになっているはずで、見舞いに来るとしてもこんな穏やかな表情をするとは思えなかった。ドラコが穏やかな表情でこの場にいる事に、試合結果がどちらになったのか予測がつかず戸惑ってしまったのだ。

俺と同じようなことを考えていたのであろうブレーズが、ドラコへ問いかける。

 

「おいドラコ、こんなところで何をしてるんだ? 試合の結果は、どうなったんだ?」

 

ブレーズの問いかけにドラコは少しキョトンとした顔をしたが、直ぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「そうか、君達は医務室に行っていて試合の結果を知らないんだね。いいかい? 確かに吸魂鬼なんていうアクシデントはあった。でも僕がスニッチを取ったのは動かぬ事実だ。なら、試合の結果がどうなったかは言わずともわかるだろう?」

 

いつものドラコのもったいぶった物言い。しかし、表情と言い方から結果はよく分る。

ブレーズも顔に笑顔を浮かべ、軽くドラコの肩を殴りつけながらからかうような口調で話しかける。

 

「おいおい、こんな時でももったいぶった言い方しやがってよ……。おら、分かりやすく言えよ! 試合の結果をよ!」

 

ブレーズの拳と言葉を受けて、ドラコはニヤリと笑いながら改めて俺達に向き直りはっきりとした口調で俺達に告げた。

 

「ああ、そうだな、ハッキリと言おう……。僕達は勝った! スリザリンの勝利だ! 僕は、ポッターを打ち負かしたんだ!」

 

ドラコの言葉を受けて俺達は歓声を上げた。

嬉しかった。ドラコに協力したことが報われたということもあったが、それ以上に、ドラコが一年の頃から燃やしていたポッターへの対抗心を、そして昨年に惨敗を喫して刻まれたリベンジの執念が報われたことが嬉しかったのだ。

俺もドラコに駆け寄り、軽く肩を殴りつけて祝福の言葉をかける。

 

「おめでとう、ドラコ。やったじゃないか、念願のリベンジ達成。嬉しいよ」

 

「ああ、ジン。君には世話になったな。……ジンだけじゃないな。ブレーズもパンジーも、練習を手伝ってくれて、ダフネも練習できるように協力してくれた」

 

ドラコはどこか感慨深いような表情をして俺達を見まわした。

 

「……ありがとう。僕が勝てたのは、君達のお陰だ」

 

しみじみとしたドラコの素直なお礼。少し驚いて目を見開く。

ポッターへの勝利はドラコの念願で、目標であった。やっとつかめたそれを、ドラコが俺達のお陰と評することに驚きを隠せなかった。

ブレーズは呆然とし、隣でスリザリンの勝利を喜びあっていたパンジー達も固まった。

ブレーズはマジマジとドラコを見ると、少し心配そうに声をかけた。

 

「なあ、ドラコ。悪いものでも食ったのか?」

 

「何を言う! 失礼な奴だな、君は!」

 

ドラコはそんなブレーズに顔を赤らめて食いつく。ドラコはブレーズを少し睨みつけていたが、ため息を吐いてまた話し始めた。

 

「……雨の中、ブレーズ、君のくれたグローブが役に立った。パンジー、君のくれたタオルと飲み物、嬉しかった。ダフネにジン、君達が僕が練習に集中できるように手伝ってくれたことも忘れてなんかいない。ああ、アストリア。君はいつも、僕の練習前に応援をくれたね。……勝ったという話を聞いた時、君達に伝えたいと思ったんだ。変なのは分かっているが……」

 

ドラコは顔を赤らめたまま、俺達への想いを吐露した。

ドラコの想いを聞いて、ブレーズとダフネ、アストリアはより驚いた顔をし、パンジーはドラコの言葉に顔を輝かせた。感動を抑えられなかったのだろう、パンジーは満面の笑顔でドラコに飛びついた。

 

「ドラコ、そんなのお安い御用よ! これからいくらでもやってあげる! 練習の時も、いつでもタオルも飲み物も用意するわ!」

 

「あ、ああ……パンジー……。いや、別に毎回でなくてもいい……。ありがたいが……」

 

パンジーの飛びつきにドラコは面食らった様子だった。ドラコが戸惑いながらパンジーへ返事をする。そしてパンジーがドラコに飛びついた際、俺はパンジーが何か袋を持っているのに気が付いた。袋は揺れてガチャガチャと音を鳴らす。

気になって、つい声をかけた。

 

「なあ、パンジー。その袋はどうしたんだ?」

 

「袋? ……ああ、これ? そうだ、すっかり忘れてたわ」

 

パンジーは俺に声をかけられ、ドラコに飛びついたまま、思い出したかのように袋を持ち上げた。

 

「これ、ドラコからの餞別よ。ほら、あんたが医務室に行ったって聞いて、祝勝会ができないのを心配して見繕ってきたのよ。ドラコに感謝しなさいよ」

 

そう言いながら袋を広げて中身を見せてくる。中身はバタービールの瓶数本にお菓子が詰め込まれていた。

 

「どうする、ドラコ? ジン、元気そうだし、これ持って談話室戻る? でも祝勝会に誘うマーカスを振り切ってこっちに来ちゃったものね。ちょっと気まずいわよね」

 

「お前、祝勝会を蹴ってこっちに来たのかよ! 本当にどうしちまったんだ?」

 

ドラコが祝勝会にでもせずにこちらに来たというパンジーのセリフに、ブレーズは心底驚いたという感じで食いつく。そんなブレーズの様子に、ドラコはもう恥ずかしがるのを通り越してどこか達観したような表情で答えた。

 

「言ったろ、君達に勝利を伝えたかったって……。まあ、愚かなことをしたとは思うさ……。自分で、栄誉ある立場から抜け出してきたんだからさ」

 

そんなドラコの様子を見て、胸にこみ上げてくるものがあった。

ドラコが勝ったという報告を聞いた時と似ているが違う、感動にも近い感情。心の底から嬉しいと思ったのだ。ドラコが俺を、俺達を探して祝勝会を蹴ってまでここにいる。ドラコが俺達のことを、本当に大事な友人だと思っていてくれていることが伝わってきたのだ。

 

「さて、どうしたものか……。祝勝会に今から参加して、マーカスにやっぱりなって顔されるのも癪に障るのは確かだな……」

 

これからのことを考えて悩む様子のドラコを見て、一つ案が思い浮かんだ。

俺はパンジーからバタービールとお菓子の入った袋を受け取りながら、ドラコ達に向かって提案をする。

 

「なあ、お前らさえよければ、俺達六人で祝勝会をしないか? お菓子も飲み物もドラコのお陰でここにあるし、人気のない場所も知ってる」

 

「……それもいいね。うん、君達と祝勝会をするのも、悪くない」

 

ドラコは俺の提案にすぐに乗ってくれた。他の奴らも俺の提案に乗り気だった。

 

「お、いいねぇ。俺も、遅れて祝勝会に参加するってのは気が向いてなかったんだ。それに、俺達だけってのが気に入った」

 

「私も賛成! 今日のドラコの活躍について話しましょ!」

 

「私も、大勢より少人数の方が落ち着くし賛成よ。アストリアは大丈夫? 友達のところに帰ってもいいのよ?」

 

「ううん、私もこっちにいたい! こっちには皆もいるし、こっちの方が面白そう!」

 

満場一致で六人での祝勝会の実施が決まる。俺は五人を連れて、祝勝会をするべくある場所へと向かった。

 

 

 

向かった場所は天文台のある塔の最上階。階段が多く上るのが面倒なこともあり、普段あまり人が来ない。その為、今回のような人目を避けた密会などにはうってつけの場所である。最上階に着いた俺は、早速魔法で広げたハンカチをシート代わりに床に敷き、袋からバタービールとお菓子を取り出して配る。

全員にバタービールがいきわたったことを確認してから、ドラコは明るく乾杯の音頭をあげた。

 

「それじゃあ皆、祝勝会をするとしよう。……今日はとうとうポッターを、グリフィンドールを負かし、素晴らしい日になった! 祝おう、僕らの勝利を! さあ、乾杯だ!」

 

ドラコの乾杯を合図に、全員でバタービールの瓶をぶつけ合う。キンッと軽快な音を鳴らしてから全員でバタービールを飲み干す。

アストリアは初めてのバタービールに感動したようであった。しきりにバタービールのおいしさを俺達に伝えていた。

パンジーは今日のドラコのどこが素晴らしかったかを語り、ダフネはそれを聞いてたまにパンジーをからかいつつ楽しそうに笑っていた。

ドラコは今日の試合の内容を劇的に語ってみせ、俺とブレーズがところどころで感心したり、茶々を入れたりした。それを受けてドラコが仕返しにと、俺が吸魂鬼に気絶させられたことや、ブレーズのクィディッチチームの入団試験のことを引き合いに対抗してきて、じゃれ合いが始まった。

そうしてしばらく、祝勝会も盛り上がった後、袋の中身も完全になくなってしまってお開きとなった。

ハンカチを元のサイズに戻し、ごみも片付けて談話室に帰る準備をすませる。片づけを済ませ天文台を去ろうという時、ドラコが天文台から外を眺めて動く様子がないのに気が付いた。

 

「ドラコ、どうした? もう行こう。そろそろ、門限もある」

 

そうドラコに声をかけるが、ドラコは天文台の外を眺めたまま、去ろうという様子はなかった。

 

「……晴れていれば、きれいな夕焼けが見えただろうね」

 

ドラコにそう言われ、ドラコの隣に移動して同じように外を眺める。外は試合の時と同じように激し豪雨が降り注いでおり、いい景色とは言い難かった。

 

「まあ、そこは残念だったな。夕焼けが見えたら最高だったな。……また、天気がいい時にここで宴会をするか?」

 

そうドラコに声をかける。ドラコはクスリと笑って俺に返事をした。

 

「いや、いいんだ夕焼けは。……うん、この景色が気に入った」

 

「そうなのか? まあ、中々に趣があるとは思うが……」

 

ドラコを見るともう外に目線はやっておらず、後ろで談話室に帰る準備をする他の奴らを眺めていた。

ブレーズ、パンジー、ダフネ、アストリア。四人を眺めながら、ドラコは言った。

 

「この景色が、本当に気に入った。……いい景色だ」

 

そう言うドラコの顔は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「……俺も、この景色が好きだよ。また、いつでも見れる。今日はもう帰ろう」

 

俺はそう言いながらドラコの肩を叩いた。

それから、もう一度外を見る。天文台から見える外の様子は、豪雨に襲われていて暗く、いい景色とは言えない。でも、この景色を忘れることはないだろうと思えた。俺にとって、そして多分ドラコにとっても、今日が特別な日になった。

 

 



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デートへの協力

クィディッチの試合のあった次の週、まだまだスリザリンは勝利の余韻に浸っていた。スリザリン生がグリフィンドール生へ勝利の喜びをひけらかし、グリフィンドール生はそれを見て忌々し気にするという場面をそこら中で見かけた。

ドラコは絶好調だった。ポッターへ念願のリベンジを果たし、さらにはポッターが吸魂鬼によって気絶したという弱みを手に入れて上機嫌だった。また、スリザリン生の多くが試合中に気絶をしたポッターをネタにしていたこともあり、ドラコのポッター弄りがしばらくはスリザリンの風物詩と化していた。一方で不思議とスリザリンの中で俺が吸魂鬼で気絶したことをいじられる機会というのは少なかった。一部の上級生達から揶揄されるのみで、大々的に弄られることはなかった。これまたドラコが周囲へ牽制をしているようだった。ドラコは周囲へ、俺が吸魂鬼によって気絶させられることがないよう対策をすでに身に付けているようなことを言いふらしていた。

まだルーピン先生から対策を教えてもらう前なのだが、俺をかばう為にドラコは嘘をつくことに決めたらしい。もっとも、いつまでも嘘のままにしておく気はないみたいで、闇の魔術に対する防衛術の授業の前にドラコは俺に強く念押しをした。

 

「いいかい、すぐにでも吸魂鬼を克服するんだ。君だって、ポッターみたいに弱虫扱いは嫌だろう?」

 

そうドラコにけしかけられながら教室のドアを開ける。教室には復帰されたルーピン先生がいた。相変わらず体調は悪そうではあったが、授業に支障はないようであった。

ルーピン先生は授業を始めると、まず初めに言ったのはスネイプ先生の出した課題の免除だった。

 

「他のクラスでも同様の指示を出したが、人狼に関するレポートは提出しなくても結構。君達はまだ人狼について十分に学習をしていないからね。そんな課題を出すのはアンフェアだという意見が多かった」

 

課題の免除に多くの生徒がホッとした表情となった。まだ少し猶予があったとはいえ、課題に手を付けていた生徒はほとんどいなかったようだ。

俺も仕上げてしまったレポートは提出することなく、他の奴らに見せる必要もなくなったそれをカバンの奥へしまった。今後、人狼に関するレポートの提出があれば使いまわそうと思った。

それから、ルーピン先生から吸魂鬼の対策について教えてもらう約束はすんなりと取れた。

授業の終わりに吸魂鬼の影響でまた気絶することがあった旨を報告し、対策を教えて欲しいとお願いしたら、クリスマス後に時間を作ってくれるとのことだった。

どうやら、ポッターも同じように悩んでいたらしく、二人一緒に対策を教えてくれるとのことだった。クリスマス後にポッターと二人でルーピン先生の特別授業を受ける事となった。ルーピン先生との約束を取れたことで悩みの種が一つ消えそうだという安心があったが、それと同時に残念な出来事があった。

ハーマイオニーとクリスマス前に課題を一緒にする約束が延期になってしまったのだ。

闇の魔術に対する防衛術の授業の後、古代ルーン文字学の授業の中でハーマイオニーから小声で切り出された。

 

「その、前に話していたクリスマス前に課題を一緒にしようって話、ちょっと難しそうなの……」

 

「どうした、何かあったのか?」

 

少し驚きながら、授業を受けているふりをしつつ小声で返事をした。

 

「あのね、この間のクィディッチの試合でハリーの箒が暴れ柳にぶつかって粉々になっちゃったのよ。ハリー、それですごい落ち込んでて……。それに加えて、学期末最後の週末にホグズミード行きが許されるでしょう? ほら、ハリーはホグズミードに行けないから一人になっちゃうし……。しばらくは、ハリーに励ましが必要だと思うの……」

 

ポッターの箒が粉々になったのは知らなかった。加えてホグズミードの件もあり、確かにそんな中で俺達と一緒に課題をやるのは気が引けるというのはよく分った。特に、パンジーはポッターを毛嫌いしているし、隙あらばハーマイオニーをポッターから引き離そうとする。そんなパンジーとの会合を延期したいと思うのは、ポッターを励まそうと決めたハーマイオニーにとって自然なことだった。

幸いにも、まだパンジーにはハーマイオニーと課題をする約束の話をしていなかった。ここで延期になっても、話がややこしくなることもない。

申し訳なさそうにするハーマイオニーに、努めて明るく声をかける。

 

「分かった。まあ、仕方ない。箒が折れたポッターも気の毒だしな。パンジーにはまだ話をしてなかったし、問題ないよ。クリスマス休暇が明けて、落ち着いたらにしようか」

 

ハーマイオニーは終始、申し訳なさそうにして授業を終えた。

授業後、相も変わらずよく分らないタイミングで消えるハーマイオニーを見失うことに慣れつつ、ダフネと共にスリザリンの寮へ戻る。

ハーマイオニーとの約束が延期になってしまったことは残念だった。しかしクリスマス休暇が近いことやホグズミード行きを控えていることもあり、そんなには気落ちをしなかった。

スリザリンの談話室に戻ると、ブレーズとドラコ、パンジーが先に集まっていた。なにやらブレーズがすごく上機嫌な様子だった。

 

「よお、ブレーズ。何かいいことでもあったのか?」

 

そうブレーズに声をかけると、ブレーズ達は勢いよくこちらを振り返った。

ブレーズは上機嫌な様子のまま、俺達に声をかけた。

 

「ようよう、お二人さん。授業、お疲れさん。なに、ちょっくら俺にいい週末が舞い込んできただけさ」

 

「舞い込んできた? 私のお陰でしょう?」

 

ブレーズの返事に少しばかり不満げにパンジーが声をあげた。そんなパンジーにブレーズはへらへらと笑いながら同意をした。

 

「まあ、ちょっとはお前のお陰ではあるかな。ちょっとはな」

 

「……ブレーズ、これは貸しよ。今度、絶対返してもらうから」

 

あまり恩を感じていなさそうなブレーズに、パンジーはジト目でにらみながら釘を刺した。

しかし、ここまでの会話で話の内容が全く分からない俺とダフネは首をかしげるだけだった。そんな俺達を見て、ドラコが説明をしてくれた。

 

「ブレーズに、今度のホグズミード週末にデートの約束が入ったのさ。相手はパンジーが焚き付けてその気になった人だ。もっとも、相手からブレーズを誘ってきたから、相手はそもそもその気だったのかもしれないって話さ」

 

ドラコの簡潔な説明を聞いて、事態を把握した。ダフネは早速、楽し気にブレーズに質問を始めた。

 

「あら、よかったわね。お相手は誰かしら?」

 

「レイラ・フォートリア。ほれ、黒髪ロングの人。俺達の一つ上の学年だ。去年のハロウィンにも少しばかり話をしてた」

 

ブレーズは上機嫌なまま返事をする。ブレーズの返事を聞き、去年のハロウィンパーティーの時にブレーズが上級生の女性と一緒にいたのを思い出した。

 

「それじゃ、次回のホグズミード週末はお楽しみなわけだ。どこ行くかはもう決めたのか?」

 

「まあ、相手が行きたいカフェがあるらしくってな。まずはお昼をそこで済まして、後はクリスマスの飾りつけを楽しみながらブラブラするかな」

 

俺の質問に肩をすくめながらブレーズは返事をする。俺達はまだ一回しかホグズミードへ行ったことがなく、相手の方がホグズミードのことをよく知っていることもあるのだろう。デートコースは相手に任せるようだった。

ここでブレーズは残念そうな表情をした。

 

「まあ、お前らとホグズミードを回れないのは少しばかり残念だな。前回は一通り回れたけどよ、まだまだじっくり見たいところは多かったしな」

 

「おや、らしくないね。君はデートのお誘いにすぐさま飛びついていたようにも見えたが」

 

ドラコのからかいに対し、ブレーズはややムキになりながら答える。

 

「そりゃお前、クリスマスだぜ。いい思いをしたいってのは当たり前だろうが。それはお前だってそうだろう?」

 

「否定はしないさ。でも、君ほど露骨に食いつきもしないさ」

 

ドラコはブレーズの反論も涼し気な表情で受け流す。

そしてこの会話を聞いたパンジーが目を光らせた。俺とダフネはそんなパンジーに手招きされ、ドラコとブレーズから少し離れたところに呼び出された。

ドラコとブレーズがこちらの会話を聞こえないのを確認すると、パンジーはウキウキとした様子で俺とダフネに話を切り出した。

 

「ねえ、これってチャンスなんじゃない?」

 

「何がだ?」

 

唐突の話に少し困惑していると、パンジーは呆れたような表情で俺を見てため息をこぼした。

 

「あんた、ドラコの話聞いてた? クリスマスにデートしたいって、ハッキリと言ってたじゃない」

 

ドラコが言っていたのは、「否定はしない」の一言である。確かに、デートをしたいという風に解釈できるが、少々話が飛んでいるようにも感じた。

パンジーのセリフに俺も俺で呆れた表情となる。一方でダフネはすぐにパンジーの意図に気が付いていたようだ。クスクスと笑いながら俺とパンジーのやり取りを見ていた。

 

「パンジー、つまるところ、次のホグズミードに貴女とドラコが二人きりになるように協力して欲しいってことね?」

 

ダフネが未だクスクス笑いを引きずりながらパンジーに質問をした。

パンジーは呆れた表情から打って変わって、嬉しそうに頷いた。

 

「そうなの、流石はダフネ! この鈍い奴とは全然違うわ! ね、いいでしょう? 私、このチャンスを絶対ものにするから!」

 

パンジーは甘えるようにしながらダフネの腕に縋る。ダフネは面白がるようにしながら、じゃれてくるパンジーに返事をした。

 

「いいわ、パンジー。協力してあげる。ジン、貴方も構わないでしょう?」

 

「……まあ、俺も別に構わないが」

 

ダフネに投げかけられ、特に断る理由もないので了承の返答をする。

パンジーは俺達の返事を聞くと表情を輝かせ、ダフネに抱き着く。

 

「ありがとう、ダフネ! 頼りになるわ! ダフネに借りができちゃった!」

 

俺への借りはカウントする気はないらしい。そんなパンジーの様子にため息をつく。

ダフネはそんなパンジーの頭をなでながら、俺に話しかけてきた。

 

「パンジーとドラコを二人きりにする方法だけど、ホグズミードにいる途中で何か理由をつけて別れましょう。理由とかは私が考えておくから。貴方、こういうの苦手でしょう?」

 

少しからかうような口調であったが、図星であるため何も返せなかった。

無言でうなずき、ダフネの意見に従う意を示した。パンジーはそれを見て満足げな表情をすると、すぐに立ち上がってドラコとブレーズのもとへと戻っていった。

自由気ままなパンジーの態度に俺は呆れつつ、ダフネは面白がりながら、パンジーの後に続く。ドラコとブレーズは俺達が少し離れていたことを全く気にしていない様子であった。デートを楽しみにしているブレーズに、パンジーに絡まれてまんざらでもないドラコ。パンジーに頼まれた時は渋々といった姿勢になってしまったが、この二人にとってもいいクリスマスになるのであれば、多少の協力は惜しむ気にならないのは確かだった。

 

 

 

クリスマス休暇前のホグズミード週末まではあっという間であった。

ホグズミード週末当日、朝食を終えるとブレーズは例の女性と待ち合わせをしているらしく、直ぐに外出許可書を持って玄関口へと向かっていった。

残された俺達四人は前回の様に玄関口へ駆け込みはせず、ゆっくりと支度を済ませてホグズミードへと向かった。

天候は生憎の雪な上に風が強かったが、ホグズミード全体に飾られた飾りやキャンドルが美しく光り、建物に積もった雪を美しく照らしていた。そんな幻想的な景色がクリスマスの特別感をより強くしていた。

ホグズミードの景色を楽しみつつ、四人で前回は入れなかったお店を見て回った。雪と風に煽られながらもクリスマスに染まったホグズミードを堪能し、体が冷え切ってしまったところで、近くにあった少し洒落たカフェでお昼にすることにした。

温かい店内の空気にホッとしつつ、席についてそれぞれの注文を済ませる。そして運ばれてきた温かい紅茶を飲みながらダフネが話を切り出した。

 

「そう言えば私、みんなへのクリスマスプレゼントを買ってしまおうと思うのよ。ジン、ちょっと量が多くなりそうだから持つのを手伝ってもらってもいいかしら?」

 

「ああ、いいぞ。お安い御用だ」

 

ダフネのこの誘いが、パンジーとの約束を果たすためのものだとすぐに分かった。即答で了承をする。ダフネは俺の返答を聞いて満足げに笑いながら、ドラコとパンジーにさらに話を続ける。

 

「ねえ、ドラコにパンジー。あなた達へのクリスマスプレゼントも買おうと思うわ。渡す前にプレゼントの中身が知られてしまうのは興醒めだから、午後から別行動をしてもいいかしら?」

 

「ああ、まあ、僕は問題ない…」

 

「私も! ねえ、ドラコ! 午後にはどこに行こうかしら?」

 

ダフネの提案に、ドラコはどこか歯切れを悪くしながら了承し、パンジーは食いつき気味に賛同して午後から別行動をすることに決まった。

昼食中、午後の計画を楽し気に話すパンジーから少し逃れ、ドラコが俺に心配そうに声をかけてきた。

 

「ジン、女性の買い物の荷物持ちとは中々な重労働だと聞く……。君は大丈夫かい?」

 

どうやら、ダフネの俺に荷物持ちをさせるという大義名分がドラコに引っかかっていたらしい。

俺もそうだが、ドラコも女性の荷物持ちなどで買い物に付き合ったことはない。ブレーズは何度かあるようで、俺達に女性の買い物の荷物持ちは結構な重労働だと文句を漏らしていたのを聞いたことがある。ドラコは、折角のクリスマスをそんな重労働で潰してしまっていいのかと俺を心配してくれていたらしい。

ドラコの心配は嬉しいが、ダフネの提案がドラコとパンジーを二人きりにするもの。その心配が杞憂であることを俺は知っている。この状況をどこか可笑しく思い、俺は少しクツクツと笑いを漏らしながらドラコに返事をする。

 

「大丈夫だよ、心配しすぎだ。ダフネも流石に俺にそこまで重労働は課さないだろ。お前の方こそ、パンジーに振り回されるんだ。頑張れよ」

 

「……まあ、君がいいというなら。じゃあ、夕食で合流しよう」

 

ドラコは少し納得したようにしながら席に戻り、改めてパンジーと午後の計画づくりを始めた。

 

 

 

昼食を終えると、ドラコはパンジーに引きずられるようにしながら、二人で雪の中へと消えていった。

俺はそれを見送ってから、隣にいるダフネに話しかけた。

 

「ダフネ、この後はどうする? クリスマスプレゼントを買いに行くか?」

 

「そうね……。実はクリスマスプレゼント、もうほとんど用意してしまっているのよね」

 

「ああ、なら、さっきのはドラコとパンジーを二人きりにするための方便か?」

 

「いいえ、全部が嘘ってわけではないわ。ドラコとパンジーのクリスマスプレゼントを買うつもりなのは本当よ。とりあえず、魔法用具店ダービシュ・アンド・バングズへ行かない? ほら、あそこにはいろんなものがあるでしょう?」

 

ダフネは少し上機嫌にゆっくりと歩き始めた。そんなダフネの隣を歩きながら、何気ない話をする。

 

「俺はプレゼントとか、そういうの選ぶの苦手なんだ……。この間のアストリアへのお土産も、正直俺のだけ喜ばれていたかよく分からなかった」

 

「あら、アストリアは喜んでたわよ。便利だって言って、今も使っているみたい。……まあ、でも、確かに自動修正羽ペンは色気がなさすぎかしらね」

 

「色気ねぇ……。今度、ブレーズにでもプレゼントの選び方をご教授いただこうかな」

 

「あら、なら私が教えてあげるわ。それも、今度とは言わず今から」

 

ダフネはいいことを思いついた、というような表情で俺の方を見てにっこりと笑った。

 

「素敵なクリスマスプレゼント、一緒に選びましょう?」

 

そう言うと、ダフネは俺の手を引いて少し足早にダービシュ・アンド・バングズへと入っていった。

 

 

 

ダフネと一緒にダービシュ・アンド・バングズを回りながら、プレゼントの選び方を教えてもらった。女の子がどんな小物を使っているか、どんなデザインが良いか、そして参考にとダフネの好みも。

 

「そうね、例えば私はインク入れなら、ダイヤ型よりも丸形が好みよ。ほら、可愛いでしょう?」

 

そう言いながら、ダフネは薄く空色に発光をしている丸形のインク入れを手に持って微笑んだ。俺はなるほどと頷きながら、他の物も物色をしていく。

髪の長い子用に髪飾りもいいし、羽ペン入れや、手帳、鞄、手鏡にハンカチなどなど。自分じゃ思いつかないものが多く、すごく為になった。

それからダフネは、ダービシュ・アンド・バングズだけでは他の奴らへのクリスマスプレゼントを選びきれないと言い、近くの雑貨屋やアクセサリーショップ、服屋へと俺を連れて回った。

雑貨屋では、櫛や髪留め、化粧ケースなどを一緒に見た。ダフネはパンジーへのクリスマスプレゼントを、ピンクを基調としたデザインの化粧ケースにしたようだった。

次に行ったアクセサリーショップでは、ネックレスやブレスレッド、イヤリングといろいろなアクセサリーに興味を示していた。ダフネは普段あまりアクセサリー類をつけていないので意外であった。そう正直に伝えると、ダフネは少し笑いながら俺に言った。

 

「確かに普段は私もあまり付けないわ。でも、そうね……。特別な日にとか、少しでも自分を綺麗に見せたい時ってあるじゃない?」

 

「そういうものか……」

 

説明を受けて納得をしている俺に、ダフネは苦笑いであった。

それから服屋では、濃い緑色のマフラーに目を止めた。

 

「これ、ドラコにいいかもしれないわね」

 

「これか? 確かに、寮のローブと色も合うしな……」

 

「それにほら、ドラコって緑が特に好きでしょう? でも、パンジーとプレゼントが被らなければいいけど……」

 

悩まし気にしながらも、ダフネはマフラーをドラコのプレゼントとして決めた。

ドラコとパンジーへのクリスマスプレゼントを揃えると、ダフネはどうやら満足したようだった。

 

「クリスマスプレゼントはこんなものかしらね。それに、そろそろいい時間ね。そういえばジン、貴方は行きたいところとかなかった? もう一つくらいなら帰る前によれると思うけど……」

 

ダフネにそう聞かれ、少し考える。十分に楽しんだため、このまま帰ってもいいとは思っていた。しかし尋ねられて考えてみると、行きたい場所が一か所思い浮かんだ。

 

「ハニーデュークスに寄ってもいいか?」

 

「ハニーデュークス? 貴方がお菓子を欲しがるなんて珍しいわね」

 

ダフネはそう言いながらも、帰り道の途中にあるハニーデュークスへしっかりと立ち寄ってくれた。

ハニーデュークスでは相変わらず大量の試食品が配られており、甘くておいしそうなお菓子からゲテモノまで種類豊富に揃えられていた。

俺がハニーデュークスに寄りたいと思った理由は二つ。

一つは、先日の六人の祝勝会でドラコが多くのお菓子を持ってきてくれたことを思い出したから。俺は普段それほどお菓子を食べる方ではないが、お菓子をいくつか持っていることの魅力を確かに感じた。また同じようなことをしたいと思った時の為に、お菓子を持っているに越したことはない。

二つ目は今日一日、俺にプレゼントの選び方を教えてくれたダフネに何かお礼を買おうと思ったのだ。本人にそれを告げなかったのは、遠慮してしまうと思ったから。

店内を物色しながら、いくつかのお菓子を買いそろえる。その内の一つ、中にイチゴ味のクリームがたっぷりと入った小粒のチョコレートをプレゼント用にラッピングしてもらう。買い物はあっさりと終って余裕を持って店を出ることができた。

ホグワーツへの帰り道、雪道の中を荷物を抱えながらダフネと歩く。隣を歩くダフネに、先ほど購入したばかりのラッピングしてもらったチョコを差し出した。

 

「ダフネ、これは今日の授業料。プレゼントの話、参考になった。ありがとな」

 

そう言って渡されたチョコを、ダフネは目を丸くして受け取った。

ダフネはしばらく呆然と渡されたチョコを見つめていたが、ポツリと言葉を漏らした。

 

「……あなた、プレゼントは苦手って言ってたわよね?」

 

「うん? ああ、だから今日はすごい参考になったよ」

 

ダフネの質問の意図が分からずに言葉を返す。ダフネはそれを受けて、クスリと笑ってから俺に満面の笑顔でこう言った。

 

「このサプライズ、とっても素敵よ。これ、今までで一番素敵なプレゼント。ありがとう、嬉しいわ」

 

「そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。そう言って貰えるなんて、買ってよかったよ」

 

サプライズのような渡し方がお気に召したようであった。お礼のプレゼントを渡してからのホグワーツまでの帰り道、ダフネはスキップしそうなほどに上機嫌であった。ここまで上機嫌なダフネは珍しく、サプライズの効果は偉大だと頭に刻みながら後を追うようにゆっくりと一緒にホグワーツへと向かった。

 

 

 

ホグワーツに着いて、ダフネは荷物を置きに自室へと戻った。夕食までのしばらくの間、俺は談話室で時間をつぶしていると、うなだれた人影が二つ、こちらに向かって歩いてきた。

ブレーズとパンジーであった。

デートをしていたはずの二人の落ち込んだ様子。何かあったのかと気になり、声をかける。

 

「ブレーズ、パンジー。お前らどうしたんだ? デートしてた割には、随分と暗い様子だが……」

 

そう言うと、二人は俺に気づいたようでこちらにやってきた。

まず先に話し始めたのはブレーズであった。

 

「よお、ジン……。まあ、見れば分かんだろ。俺達二人ともデートが上手くいかなかったってだけの話だ」

 

「そうか……。まあ、座れよ。話くらい聞くさ」

 

そう言って二人を向かいに座らせる。ブレーズはため息をつきながら話を続けた。

 

「レイラ、俺のデート相手だが、随分と悪趣味だった。行きたいって言われたカフェはピンクでハートがふわふわと浮いてるような装飾ばっかりだ。そして付き合っている訳でもないのに、一つのグラスからストローが二つ飛び出たやつを一緒に飲もうと誘ってくる。極めつけは、俺を可愛いブーちゃんと呼びやがる……。趣味が悪かったんだ。悪い奴ではなかったが、ことごとく趣味が悪かった。二度と付き合いたくねぇ……」

 

「……随分と疲れる一日だったんだな。お疲れさん」

 

恐らくブレーズが今言ったことは、今日で味わった苦痛の十分の一にも満たない内容であっただろうが、いかに厳しい一日を過ごしたか分かるには十分な内容であった。

一方で、同じように落ち込んでいるパンジー。こちらはドラコがデート相手なこともあって、ブレーズほどひどい一日を過ごしたとは思えなかった。

 

「パンジー、ドラコと何かあったのか?」

 

「……何もなかったのよ」

 

「……そうか」

 

こちらはこちらで根が深そうな話だと思った。

今度はパンジーが堰を切ったように話を始めた。

 

「……私、ドラコと一緒にクリスマスに定番のお店って言われてるカフェに向かったわ。……そこはブレーズと似た感じのお店で、ドラコはあまり気に入らなかったみたい。ひきつった顔をしてたからすぐに分かったわ。でもそれから、気を取り直すように外でクリスマスの飾りを見ましょうって誘ったの。一緒に外を歩いて回ったのだけど、ほら、この雪でしょ? あまり飾りも見れなくて……。ドラコが気を遣って雑貨屋に行こうとしたけど、途中でクラッブとゴイルを見かけたのよ。あいつら、この雪の中でも食べ歩きをしてた。で、ドラコがそれを見てられなくて、腹を壊す前にどこかに屋内に入れとか、世話を焼き始めて……。最後の方はもう、四人行動をしてたわ……」

 

「ああ……。まあ、不幸だったな……」

 

軽く聞いただけで分かるが、パンジーのデートも酷い失敗だったようだ。

パンジーは立ち直ることができないようで、暗い表情のまま俺に問いかけた。

 

「あなたはダフネと一緒に行動してたのよね? ダフネは、もう帰ってる?」

 

「ああ、自室に荷物を置いてくるそうだ。部屋に戻ったらいるんじゃないか?」

 

「分かった……。ダフネに会いに部屋に戻る……」

 

パンジーはそう言い残して、ゆらゆらと重い足取りで談話室から去っていった。

残ったブレーズはひたすらに今日の愚痴を俺に言い、俺はそれを聞きながらブレーズを慰めることに尽力をした。

落ち込むブレーズには悪いが話の内容自体は面白く、いつか傷が癒えたら笑い話にしたいと思いながら聞いていた。

親友の上手くいかないクリスマス。こんなクリスマスも一度くらいはいいかな、と思ってしまった。

 

 

 

 

 

ダフネは自室に戻って、荷物を片付けてからベッドの上で一息ついた。

それから、ポケットに入れていたジンからのプレゼントを取り出す。

ピンクの袋にリボンでラピングされたチョコレート。それを眺めて、思わず表情を緩める。

不意打ちで渡されたこれは、ダフネにとってこれ以上にないプレゼントだった。勿論、これを渡してきたジンの様子からプレゼントに深い意味はなく純粋なお礼として渡されたのは重々承知をしている。しかし、それでも嬉しいものは嬉しい。

勿体なくて、いつまでも食べられないかもしれない。そんなことを考えながら手の中にあるプレゼントを眺めていたら、突然部屋のドアが開いた。

驚いて思わずポケットの中にプレゼントをしまいドアの方を見ると、パンジーが落ち込んだ表情で立っていた。

パンジーはダフネが部屋にいるのを見ると、直ぐに飛びついてきた。

 

「ダフネ! 今日、すごいダメだった! 聞いてよぉ……」

 

ダフネはパンジーのその様子から、何があったのか大体のことを把握した。抱き着いてくる可愛らしいルームメイトの頭をなでながら、優しく声をかける。

 

「パンジー、何かあったの? ドラコが貴女を蔑ろにするとは思えないけど……。もしかして、邪魔が入った?」

 

「そう! クラッブとゴイル! あいつらのせいで後半はほとんど台無し!」

 

ヒートアップしたパンジーが、クラッブとゴイルへの文句、天候への不満、果てにはホグズミードのカフェにまで文句をつけて、ドラコとのデートが上手くいかなかったこと嘆いた。

流石にパンジーも今回の失敗は流石に堪えたのか、いつもよりも強い口調で愚痴が続いた。

しかし、ダフネはそれが長続きしないことを知っている。

 

「パンジー、今日はだめでもまたすぐにチャンスが来るわ。ほら、クリスマスが終わったら次はバレンタインがあるわよ」

 

「……そうね。うん、次があるわ! 去年はバレンタインに何もできなかったけど、今年は何かカードと一緒にプレゼントを送ってもいいかもしれないわね!」

 

散々愚痴を言い、ダフネの少しの励ましを受けて、パンジーはすぐに調子を戻した。早速、次のデートのことやドラコへのアピールの作戦を考え始める。

ダフネはそんなパンジーを眺め、やっぱりな、という気持ちになる。そして、少し羨ましいと思った。

ここまでまっすぐに相手に好意をぶつけることができて、それが上手くいかなくて落ち込んでも数日たてばケロッとしてまた好意をぶつける……。

普通、散々アピールして上手くいかなければ、多少なりとも気まずさや恥ずかしさを覚えるものだろうが、パンジーにはそれがない。そしてアピールを続けていれば、ドラコがいつかは自分に振り向いてくれると信じてやまないのだ。

ダフネとしては、パンジーが純粋なのか単純なのか判断に迷うところだが、一種の魅力があるのは確かであった。

ダフネは既に立ち直っているパンジーへ、夕食へ向かうべく声をかける。

 

「さあ、パンジー。そろそろ夕食に行きましょう。明日からクリスマス休暇ですもの。今学期、みんなとの最後の食事になるわ」

 

「そうね! うん、スッキリした! やっぱりダフネに話して正解だったわ!」

 

ニコニコと返事をするパンジーを見て、ダフネもつられて笑う。

二人で談話室へ向かう途中、パンジーがダフネに話しかけた。

 

「ねえ、ダフネ! ダフネの悩みも私に相談して! 今度は私がダフネの力になるわ!」

 

「あら、ありがとうパンジー。それじゃあ、私が悩んだら相談にのってね」

 

「今は何も悩んでないの?」

 

「ええ、嬉しいことに悩みはないわ」

 

パンジーからの申し出を、ダフネはやんわりとかわす。

悩みがないというダフネに、パンジーは少し不満げであった。そんなパンジーを横目に、ダフネは談話室で談笑しながら自分たちを待つジン達へと目を向ける。ジン達もダフネ達に気が付いて、手をあげて手招きをするのが分かった。

ダフネはその様子を見てから、パンジーに向き直り笑いかける。

 

「だって、毎日が楽しいわ。パンジーもそう思わない?」

 

そう言われたパンジーは少し納得したような表情をしてから、満面に笑みでダフネを引きずってジン達の方へと向かった。

こんな日がずっと続けばいいのに。陳腐ながら、ダフネはそう思った。

 

 

 



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箒とネズミと喧嘩

夕食中、ドラコからクリスマスについて聞かれた。

 

「君は今年も、ホグワーツでクリスマスを過ごすのかい?」

 

「ああ、そのつもりだ。ホグワーツでクリスマスを過ごすのも、そう悪いものじゃない」

 

「……そうかい。まあ、君が良ければそれでいいさ。明日の朝にみんな帰省をする。次は新学期でだな」

 

毎年のこととなるが、俺はクリスマスにはいつもホグワーツに一人で残っており、ドラコはそんな俺を少し心配していた。それは全くの杞憂だと、三年目にしてなんとなく察してきたらしい。

現に俺はクリスマスにホグワーツに残って、後悔したことは一度もない。

一年生の頃はフレッドとジョージとの出会いのきっかけとなった。二年生の頃は秘密の部屋の事件の渦中にいて憔悴していた中、二人との研究に救われるところがあった。今年はまだ必要の部屋に訪れておらず、クリスマス休暇には行こうと考えていた。久しぶりに二人と会うのを、密かに楽しみにしていた。

 

 

 

翌日のクリスマス休暇初日、ドラコ達の帰省を見送った後、早速必要の部屋へと向かった。

必要の部屋では期待していた二人の姿はなく、中央の机の上に書置きが一つといくつかの新作らしきいたずらグッズが置いてあった。

書置きはフレッドとジョージから俺に宛てたものであった。二人はどうやら今年は実家の方で過ごすそうで、クリスマス休暇には会えないという旨の内容であった。そして、代わりに弟のロナルド・ウィーズリーとハーマイオニーがホグワーツに残ること、ロナルド・ウィーズリーにも気が向いたら仲良くしてやってくれという内容が記されていた。

フレッドとジョージに会えなかったのは残念だった。二人は会う機会が少ないものの、大事な友人であることは確かであった。昨年の事件の中、二人は俺に気を遣って努めて明るく接してくれたし、いたずらグッズの開発で俺の気を紛らわせてくれた。そのことをしっかりとお礼を言いたかったのだ。

しかし、二人がいないのではしょうがないと気を切り替え、机に置いてある新作のいたずらグッズに目をやる。

花火も随分と改良されていた。他にも食べたら体の色が変わったり、体の一部が大きくなったりするお菓子や、すれ違いざまに相手を転ばせるマントなど説明書きと共に置いてくれていた。相変わらず二人の高い技術力に驚かされつつ、それらを自分で試す気にはなれなかった為、いくつかをポケットに忍ばせて、グッズへのお礼と新学期に時間が合えば必要の部屋へ訪れることを書きおいて必要の部屋を出る。

必要の部屋を出て、途端にクリスマスが退屈に感じてしまった。今までのクリスマス、いかにフレッドとジョージによって楽しませてもらっていたかを実感した。今まで深くは考えていなかったが、あの二人と出会い、仲良くなれたことはとても幸運なことであった。

やはり、新学期には二人に会いに必要の部屋へ行こう。そう心に決めて窓から外の景色へ目をやる。積もった雪が日に照らされ、きらきらと美しく輝いていた。

今年のクリスマスには、ハリー・ポッターだけでなくロナルド・ウィーズリーとハーマイオニーもいるらしい。長い休みの時間だ。ポッターやウィーズリーと交流を深め、グリフィンドールの親友とスリザリンの親友の二つに板挟みとなっているハーマイオニーの悩みを少しでも解決してあげるのは悪くない考えだろう。

三人は今、どこで何をしているのだろうか……。

 

 

 

 

 

ハリーは怒りに燃えていた。

フレッドとジョージからもらった秘密の地図でホグズミードへ抜け出し、ロンとハーマイオニーとホグズミード週末を楽しむところまでは良かった。

しかし、そこでシリウス・ブラックが両親の仇であるという事実を知った。シリウス・ブラックは父の親友でありながら、「秘密の守り人」となりながら、両親を裏切り死に至らしめた人物だとも。

それを知ってじっとしていられるほど、ハリーは薄情ではないし、冷静でもなかった。

自分が今もダーズリーの家に住み苦しい思いをしているのも、自分が両親に抱きしめられることも抱きしめることも叶わないのも、吸魂鬼が近づくたびに聞こえる母の断末魔に苦しめられることも、全てシリウス・ブラックが原因なのだ。

今までハリーが背負ってきた苦しみのほとんど全てがシリウス・ブラックのせいであると知って、ハリーは居ても立っても居られなくなった。

ハリーと一緒にホグワーツに残ったロンとハーマイオニーは、何とかハリーの気を紛らわせようと躍起になっていた。

 

「ハリー……そうだ、チェスをしよう! うん、気晴らしになる。ハニーデュークスのお菓子を賭けて、どうだい?」

 

「ハリー、クリスマス休暇の課題、手伝ってあげるわ。課題を早く終わらせればその分、休暇ももっと楽しいものになるでしょう?」

 

二人の慰めも、ハリーの耳には入らなかった。かといって、二人にシリウス・ブラックへの怒りをぶつけることもできなかった。二人がクリスマス休暇にホグワーツに残っているのは、自分を心配してくれているからだとハリーはよく分っていた。

怒りを燃やし、しかしそれを解消できず、ハリーはモヤモヤとした気持ちを抱えたまま漫然とクリスマス休暇を過ごすことしかできなかった。

そんなハリーの転機は、クリスマスの朝に訪れた。

ロンに起こされたクリスマスの朝、ベッドの下にプレゼントが小山になっていた。ロンも、ハリーがプレゼントを見れば気を緩め、張り詰めた空気が少しでも和らぐと思い一緒になってプレゼントの包みを開けていった。

ウィーズリーおばさんからの手編みのセーターに、ミンスパイ、小さなクリスマスケーキにナッツ入りの砂糖菓子。ウィーズリーおばさんは手料理が上手く、プレゼントはどれも確かに魅力的であった。それでも、ハリーの気を完全には和らげることができなかった。

ウィーズリーおばさんのプレゼントを全てわきにやると、まだ一つ、長くて薄い包みが置いてあるのに気が付いた。

 

「それ、なんだい?」

 

「さあ……」

 

ロンに問われても、ハリーには心当たりがなかった。ハリーは気のない返事をしながら包みをひろげ、中を見て息をのんだ。

炎の雷 ファイアボルトであった。これを一目見るためにダイアゴン横丁に通い詰め、果てには夢にまで見た箒である。

ロンもファイアボルトに気が付いたらしい。驚きで口を開きながら、本物のファイアボルトが目の前にあることを感動して言葉も出ないようであった。

 

「これ、誰からだろう?」

 

ハリーのつぶやきを受けて、ロンがファイアボルトの包みを調べるもカードは入っていなかった。二人は送り主を想像で考えるしかなかった。

 

「ダンブルドアじゃないかな? ほら、透明マントも送ってくれたし」

 

「透明マントは父さんの持ち物を返してくれただけだし、ダンブルドアは生徒のために何百枚の金貨を使うようなことはしないよ」

 

「それじゃあ……ルーピンだ!」

 

「ルーピン? うーん……それだったら、新しいローブを買うと思うなぁ」

 

そんなことを話しながらも、二人はファイアボルトに夢中になった。

流石のハリーも、この時ばかりはシリウス・ブラックのことを忘れることができた。

そんな二人のもとへ、ハーマイオニーがやってきた。

ロンはハーマイオニーの抱えているクルックシャンクスを見て、顔をしかめた。

 

「おい、その猫をこっちに持ってくるなよ!」

 

ハーマイオニーはロンの話を気にも留めず、二人が大事そうに扱っている箒を見て驚いた表情をした。

 

「……ねえ、ハリー、この箒を一体誰が?」

 

「さあ? それを今、ロンと話してたんだ。カードも何もないんだから」

 

ハリーの気のない返事に、ハーマイオニーは表情を曇らせる。

 

「そう……。ねえ、この箒って相当いい箒なんでしょう?」

 

「そうさ! スリザリンの箒が束になっても、この箒には敵わないよ!」

 

ハーマイオニーの質問にロンが嬉しそうに答えた。

ハーマイオニーはますます不安そうな表情を強めた。

 

「そんな高価な箒をハリーに送って、しかも自分が送ったなんて話さない人なんて、一体誰なの?」

 

「いいじゃないか、誰だって。ねえ、ハリー! 僕も後で試しに乗ってみてもいいかな?」

 

「だめ! まだ誰もその箒に乗ってはいけないわ!」

 

ここにきて、ハリーとロンはハーマイオニーの異常に気が付いた。

二人はどうしたのか聞こうとしたが、そんな暇はなかった。クルックシャンクスがロンに――正確には、ロンのポケットに隠れているスキャバーズに襲い掛かって、話が中断された。

 

「やめろ、このくそ猫! ハーマイオニー、そいつをここから連れ出せよ!」

 

ロンがクルックシャンクスを蹴り上げるようにして追っ払った。流石のハーマイオニーもそれを見過ごすことはできずに、クルックシャンクスを抱き上げると、蹴り上げようとしたロンを睨んでから急いで部屋から出ていった。

それから、ロンとハーマイオニーの間のムードは険悪。ハリーは新しい箒を心のよりどころに平穏を取り戻し二人の仲を取り持つ側に回ろうとするも、箒を大事そうにするハリーもハーマイオニーは気に食わないようだった。とうとうハーマイオニーは談話室から出ていき、ハリーとロンはお昼まで二人で談話室で過ごすこととなった。箒を抱えながら、チェスに興じて――。

 

 

 

 

 

クリスマス、談話室で読書をしていたところ、談話室をノックする者が現れた。

フレッドとジョージとの出会いを思い出しながら談話室のドアを開けると、そこにはハーマイオニーがいた。

ハーマイオニーは息を切らしながら、すごく悩み、混乱していた様子であった。

 

「ジン……。私、貴方がクリスマスはホグワーツにいるって知ってて……。あの、私は、ハリーのことが心配で今年はホグワーツに残ったんだけど……。それで、どうしても相談したことがあって……」

 

ハーマイオニーのただならぬ様子に、とりあえず場所を変えて話をすることにした。今年のスリザリンでホグワーツに残っているのは自分の他に上級生がもう一人いる。その上級生は部屋にこもって出てくる様子はないが、流石に談話室に入れることは危険だと踏んだ。

仕方なく近場の空き教室に入り、そこで机を挟んで座ってハーマイオニーの話を聞くことにした。

移動中にハーマイオニーは少し落ち着いたようで、悩み事をポツリポツリと話し始めた。

 

「今朝、ハリーのもとにとっても高価な箒が届けられたの。あの、たしかファイアボルトっていう……。貴方は知ってる?」

 

「ああ、名前はな。ドラコもブレーズも随分と欲しがっていたが、あまりに高くて手が出ないようだった。……ポッターはそんな箒を手に入れたのか。これは、休暇明けのドラコの機嫌が怖いな」

 

「ええ、その箒で間違いないわ」

 

俺はポッターが新しい箒を手に入れたことを知り、ドラコの機嫌の心配をする。

そんな俺の様子を見て、ハーマイオニーは少し笑みをこぼした。しかしそれも束の間で、すぐにまた思い悩んだ様子で話を続けた。

 

「でもね、そのファイアボルトには差出人のカードもなく、誰が送ってきたのか全く分からないのよ。……ねえ、これってとても危険だと思わない? ハリーは今、あのシリウス・ブラックに狙われているのよ? ……その箒はシリウス・ブラックが呪いをかけて、ハリーに送ってきたものじゃないかって、私は思ってるの」

 

「ああ、成程なぁ……」

 

「ハリー、シリウス・ブラックのことですごい悩んでて……。その箒が、やっとハリーをシリウス・ブラックのことから引き離してくれたの……。でも、ハリーに身に何かあったらって思うと……」

 

ポッターは送られてきた箒に喜び、自分の箒を失ったことやシリウス・ブラックのことから立ち直ることができたのだろう。そんなポッターから箒を取り上げることは、折角立ち直ったポッターをまた落ち込ませることにもなるし、最悪友情にヒビを入れてしまうかもしれないと危惧している様だった。

 

「……シリウス・ブラックのことを考えたら、箒が危ないのは確かだろう。ウィーズリーは一緒になって箒を危ないと説得してくれるんじゃないのか?」

 

「……ロンは、箒のことをハリーと一緒に喜んでるの。箒を取り上げようって言ったら、きっと反対するわ。……それに、その、今はロンとは気まずいの」

 

箒の件ではウィーズリーはポッターの味方らしい。これはドラコとブレーズのことを考えると想像に容易い。ポッター、ウィーズリー、ドラコ、ブレーズの様にクィディッチに熱中している者からすればファイアボルトという箒がいかに魅力的かはなんとなく分かっているつもりだ。

ドラコやブレーズでも、多少の呪いがかかっていてもファイアボルトを手放したくないと言うだろう。

それに加えて、どうやらハーマイオニーにはウィーズリーと箒の件以外にも衝突することがあるようだった。

 

「箒の件以外にも、何か悩みがあるみたいだな。相談に乗るから、話してみないか?」

 

ハーマイオニーは俺の申し出に乗ることに躊躇した様子だったが、恐る恐るという感じで話を始めた。

衝突の原因は、ハーマイオニーとウィーズリーのお互いのペット。ハーマイオニーの猫がウィーズリーのネズミを執拗に襲い、ウィーズリーとの仲違いの原因になっているらしい。

今朝もウィーズリーのネズミを襲いかけて、話が中断されてしまったとのことだった。

ただハーマイオニーは自分の猫のことを悪いとは思っていないようで、話の端々に猫をかばう様な言葉が見受けられた。

ハーマイオニーはペットの話をし終えると、俺の様子を恐々と窺った。

そんなハーマイオニーの視線を受けて、少しため息を吐きながら返事をする。

 

「……まあ、猫はネズミを襲うものだからな。仕方ないとは思うが、その、危険と分かった上で猫を近づけるのは良くないと思うぞ?」

 

「……ええ、分かっているわ。今は、クルックシャンクスは私の部屋に入れてるの。折角のクリスマスだけど、今朝にあんなことがあった後だから……」

 

ペットの件は、ハーマイオニーも自身に非があるのは感じているらしい。それでも自分のペットへの可愛さのあまり、本当はペットを自室に閉じ込めるようなことをしたくないようだった。ペットのことはどうしたらいいか本当に分からないようで、ハーマイオニーは終始しおらしくなっていた。

ここでハーマイオニーの悩みの全貌が分かってきた。

ハーマイオニーの悩みは、安全の為にポッターから箒を取り上げたい。しかし、取り上げることでポッターと仲違いをすることは避けられない上に、ウィーズリーとは別のことで問題を抱えている。正しいことをすれば一人ぼっちになってしまうと、怖がっているのだ。

この問題は難しい、と正直に思った。

箒の件ではハーマイオニーは正しいが、ポッターへも同情するべき点はある。

事故で大事な箒を失った上に、普段はシリウス・ブラックなどという大量殺人犯に狙われているのだ。新しく手に入れた箒を心のよりどころにしたくなるのも、理解はできる。

一方で、ペットの件ではハーマイオニーは折れなければならない。

ウィーズリーの言い分を聞き入れて、自分のペットを檻にでも閉じ込めておく必要がある。それをせずに相手には箒を取り上げられても我慢しろというのは、いくら理が通っていても感情的に相手も納得はいかないだろう。

かといって、ハーマイオニーがペットを檻に閉じ込めたから貴方も箒を我慢しなさいと言っても、ポッターが納得するとは思えない。反発は少なからずあるだろう。

どうやっても、丸く収まる未来が見えないのだ。

考え込み、思わず黙り込んでしまう。そんな俺を見て、ハーマイオニーは少し怯えた表情になっているのに気が付いた。

ここで俺に責められれば、本当に一人になってしまうと思っているようだった。

そんなこと、できるはずもない。

安心させるように笑いかける。

 

「ハーマイオニー、箒の件はお前が正しいよ。……まあ、ポッターの箒を手放したくないっていう気持ちは理解できるけど、命の危険がある以上、箒は使うべきじゃない」

 

ハーマイオニーは俺の返事に安心したようで、やっと表情を明るくさせた。

そんなハーマイオニーを見て、俺は全面的にハーマイオニーの味方になることに決めた。

ハーマイオニーはもっとクリスマス休暇を楽しむべきだ、と思ったのだ。

最近ハーマイオニーは大量の授業と課題に追われて暗い表情をしていることが多かった。

そんな自分も余裕がない中で、ハーマイオニーはポッターのことを思ってクリスマスもホグワーツに残った。そして今度はポッターのことが心配で、自分が責められると分かった上で箒を取り上げようとしている。

報われて欲しいのだ。ここまで頑張っている彼女が、一人ぼっちでふさぎ込んでクリスマスを過ごすことを見過ごせないのだ。

 

「ハーマイオニー、箒の件は俺から先生に言おうか? 俺は元々ポッター達とは対立関係だ。関係が悪化しても、そこまで問題じゃない」

 

ハーマイオニーにそう申しでる。ハーマイオニーは俺の申し出に驚いたが、少し考え、首を横に振って断った。

 

「……先生に言ったのが貴方でも、貴方に教えたのは私だから、私が言ったも同然だわ。ハリー達が納得しないわよ。……それに貴方は、ハリーと仲が悪いってわけではないでしょう? 貴方とハリーの仲が悪くなるのも、その、あまりいい事だとは思えないの」

 

ハーマイオニーは悲しそうにそう言う。それはもっともな意見であった。

どうにかしてハーマイオニーがポッター達と仲違いをしないように事態を収めたかったが、いい案は思い浮かばない。答えが出ずに悩み考える。

そんな俺の様子を見て、ハーマイオニーは落ち着きを取り戻していった。

 

「……ありがとう。貴方に相談してよかったわ。箒の件、私からマクゴナガル先生に言うわ。ハリー達も、分かってくれるはずだもの」

 

ハーマイオニーは決心をしたようだった。たとえ自分が責められても、ポッターの安全を第一に考えようと。

心配そうにしながらも何も言えないでいる俺を見て、ハーマイオニーは少し微笑んだ。

 

「あのね、ジン。たとえ貴方に相談ができなくても、私はきっとマクゴナガル先生に箒の件を報告していたわ。……でもね、貴方がいてくれるから、ちょっと怖くないの」

 

「……そうか。何もできてないけど、力になれているならよかった」

 

ハーマイオニーは俺にお礼を言ってくれるが、笑った顔はどこか寂しそうだ。

それはそうだろう。クリスマスに親友との仲違いを喜ぶ人間など存在しない。

少しでもハーマイオニーの気持ちが晴れればと思い、話しかける。

 

「もし、箒の件でポッターと仲違いして寮で居心地が悪くなったらさ、図書館においでよ。俺は多分、クリスマス休暇は大体図書館にいる。……ほら、俺も一人でクリスマスを過ごすのは寂しくてさ。ハーマイオニー、お前が来てくれたら嬉しいよ」

 

ハーマイオニーはパッと明るい笑顔を見せてくれた。例えポッター達と仲違いをしても、クリスマスに一人で過ごすことがないと分かったようだった。

ハーマイオニーはクスクスと笑いながら、俺に返事をした。

 

「ありがとう、嬉しいわ。貴方がいてくれるの、本当に心強い!」

 

ハーマイオニーの悩みは解決できなかったが、不安は解消できたようだった。

そして気が付けば時間も経っており、いつの間にか昼食の時間であった。

二人で空き教室を出て一緒に昼食の為に広間へと向かう。

昼食へ向かう道中、ハーマイオニーは俺に期待を込めた声で話しかけた。

 

「……ねえ、もし、私がハリー達と喧嘩しないで済んだら、その、貴方も私達と一緒にクリスマスを過ごさない? ハリーもロンも貴方のことを知れば、絶対に仲良くなれると思うの。ね、きっと良いクリスマスになるわ」

 

ハーマイオニーがこの提案を、期待半分不安半分でしているのが分かった。

そもそも、ハーマイオニーがポッターから箒を取り上げても対立しない可能性は極めて低いと踏んでいる。それはハーマイオニーも思っているようだった。

それでもハーマイオニーがこういった提案をするのは、どこか期待をしているのだろう。

シリウス・ブラック、ウィーズリーとのペット、呪われているかもしれない箒。それらの問題がポッター達との対立無しで解決されるのではないかと。

 

「……ああ、そうだな。そしたら、グリフィンドールにお邪魔させてもらうよ」

 

ハーマイオニーの期待に乗っかるように返事をする。内心では、そんなことにはならないだろうと考えながら。

大広間に着き扉を開けると、使われているテーブルは一つだけであった。

ダンブルドア先生、マクゴナガル先生、スネイプ先生、スプラウト先生、フリットウィック先生、管理人のフィルチさん。加えて、緊張で固まっているハッフルパフの一年生が二人。今この場にいるのはそれで全員。まだポッターと、スリザリンの上級生は来ていないようであった。

 

「おお、メリークリスマス、二人とも! 今、ホグワーツにおる者は少なくてのう……。寮のテーブルを使うのは、大がかりすぎると思っての。ささ、席にお座り。みんなが来てから、食事を始めよう」

 

ダンブルドアは微笑みながら、俺とハーマイオニーを机に手招きをした。

俺とハーマイオニーは顔を見合わせた。

 

「俺は、あそこの席に座るよ。食事が終わったら図書館にいるから、何かあったらおいでよ」

 

ハーマイオニーは俺の言葉に頷き、俺の席の向かいの三席並んで空いている席の一つに腰かけた。

それからすぐにスリザリンの上級生が広間に来て、その後にポッターとウィーズリーがやってきた。これで全員のようで、ポッターとウィーズリーが席に着いたら食事が始まった。

昼食は豪華で、クリスマスらしいご馳走であった。ダンブルドアが一年生へ食事を勧め、一年生が緊張で震えあがったり、途中でトレローニー先生が来たりといったことがあったが、食事は楽しい雰囲気で終わった。

食事が終わると、ポッターとウィーズリーが真っ先に立ち上がり、大広間から出ていった。後を追うようにスリザリンの上級生はすぐに席を立って出ていった。談話室に戻ったのだろう。

ハッフルパフの一年生二人は緊張しながらも先生に挨拶をしてから大広間から出ていった。

そうして残ったのは先生方と俺とハーマイオニーのみ。

ハーマイオニーは緊張しているようであった。これから箒の件をマクゴナガル先生に報告することを。俺の方をチラリと見てから、意を決したようにマクゴナガル先生へと話しかけた。

 

「マクゴナガル先生、相談したいことがあるんです」

 

ハーマイオニーに話しかけられ、マクゴナガル先生はハーマイオニーに向き直った。それから周囲を確認し、まだ大広間にいる俺に声をかけた。

 

「エトウ、貴方もそろそろ談話室に戻られてはどうでしょう? 他の皆様も、もうお戻りになられるようですし」

 

マクゴナガル先生なりのハーマイオニーへの気遣いだろう。相談内容が他の者に聞かれないように。

ハーマイオニーの方に目をやると、俺に向かって頷いて見せた。大丈夫、という意味だろう。相談をする際に一緒にいようと考えたが、必要はなさそうであった。

俺は大広間から出ていき図書館へ向かう。ハーマイオニーには悪いが、十中八九、ポッター達との仲違いは発生するだろう。この後はハーマイオニーへの慰めが必要になりそうだ。

図書館に着いてからは、適当な本を読み漁る。内容はそこまで頭に入ってこない。ハーマイオニーが来るまでの時間つぶしだ。

 

 

 

「必ず守らせる契約の魔法」の本を読み流していると、予想通りにハーマイオニーが現れた。表情は暗い。どうやら、箒の件でポッターとの対立は避けられなかったようだった。そんなハーマイオニーを隣の席に招く。

クリスマス休暇の間、図書室の司書であるマダム・ピンスは不在である。多少、騒がしくしても注意する人はいない。普段はあり得ないが、図書館で話をすることにした。

 

「やっぱり、ポッターとは喧嘩になったか?」

 

「ええ……。ハリーもロンも、ファイアボルトを取り上げて調べるだなんて、とんでもないってことを言うの。呪いがかかっているかもしれないっていうのに……」

 

ハーマイオニーは、ポッターとウィーズリーの反応に少なからず怒りを覚えているようであった。ポッターを思っての行動が、ポッターによって批判をされているのだ。当然のことだと思う。

ハーマイオニーの愚痴は止まらなかった。

 

「そもそも、ハリーは危機感が足りないわ! だって、シリウス・ブラックはホグワーツへの侵入を成功させて、グリフィンドール寮に押し入ろうとしたのよ! それなのに、送り主不明の箒に乗ろうとするだなんて……。それも、クィディッチの試合中に吸魂鬼に襲われて死にかけたばかりだっていうのに……。箒に乗ること自体、注意しなきゃって思わない? それに、外出だって控えなきゃいけないのに……。ロンもロンよ! 箒にうつつを抜かして、ハリーより箒の方が大事だって言うの? それに、クルックシャンクスを目の敵にして……。ひどい偏見よ。猫がネズミを襲ったからって、当然のことなのに、まるでクルックシャンクスが狂っているかのように扱うのよ。……私だって、スキャバーズのことは気にはしているのよ」

 

ハーマイオニーは愚痴を言いながら、どんどん落ち込んでいった。ポッター達との対立は、本意ではないのだ。

愚痴を言い終わると、ハーマイオニーは怒りがとりあえず収まったようだった。しかし、スッキリしたというよりは、落ち込んだ表情をしている。無言になってうつむいてしまった。

なんでクリスマスにこんなことになってしまったのだろうか、と思っているようだった。

俺は本を閉じて立ち上がる。ハーマイオニーは驚いて顔を上げた。

 

「ハニーデュークスの、いいお菓子があるんだ。それを食べながら、ついでにクリスマス休暇の課題を済ませないか? 今日と、明日一日あれば大体終わるだろ。課題が終わったら、そうだな……ちょっとした魔法を使って、雪遊びでもしてみないか? 試してみたい魔法もある。折角ホグワーツにいるんだ。家にいたらできないようなことをしよう」

 

ハーマイオニーが来るまで、どうしたらクリスマスが楽しくなるかを考えていた。

ハニーデュークスのお菓子も、課題を一緒にするのも、魔法を使った雪遊びも、さっき思いついた提案だ。

ハーマイオニーは俺の突然の提案に呆けた顔をしたが、直ぐに顔を輝かせ始めた。

 

「ええ! 是非、やりましょう! ね、課題なんだけど、私、人より多くの授業を取っているから量も多くて……。貴方よりも時間がかかってしまうわ……。でも、その、雪遊びは一緒にやりたいの! ねえ、貴方の試したい魔法ってどんなもの? ああ、そうだ! ついでにハグリッドのところに行くのはどう? ハグリッド、貴方のことも気にしていたのよ? ほら、吸魂鬼で気絶しちゃったって話を聞いて」

 

「ああ、ハグリッドのところか。いいな、それ。俺はホグワーツに来てからほとんどハグリッドのところに行ってなかったからな」

 

「でしょ? ね、それなら課題に早速取り掛かりましょう? 私、早めに終わらせられるように頑張るわ!」

 

ハーマイオニーは本当に楽しそうに、クリスマス休暇の予定を提案してくれた。

それからお互い課題と俺は菓子と紅茶を持って、お昼前に話をした空き教室で一緒に課題をすることにした。

ハーマイオニーは、一緒に課題をしている間はポッター達との対立のことを忘れることができたらしい。表情が明るくなっていくハーマイオニーは、見ていて楽しかった。

質問をする度に、嬉しそうに返事をして教えてくれる。一息ついてお菓子を口にするたびに、美味しいと顔を輝かせる。ハニーデュークスのお菓子は、ハーマイオニーに好評だった。課題はハーマイオニーの助言もあり、スムーズにこなすことができた。クリスマス休暇一日目が終わるころには、課題が半分ほど終わらせることができた。

寮へ戻らなくてはならない時間になって、課題をまとめ、お菓子のごみを回収する。帰る準備をしているハーマイオニーは名残惜しそうであった。

 

「ハーマイオニー、明日もここでいいか? 朝食が終わったら、課題を終わらせようか」

 

そんなハーマイオニーに明日の約束を投げかけると、顔をあげて表情を明るくさせる。

 

「勿論よ! 明日には課題が終わらせられると思うわ。そしたら、ハグリッドのところに行きましょう!」

 

ハーマイオニーは、終始楽しそうにしてくれる。それが嬉しかった。

ハーマイオニーがポッター達と喧嘩をしたのは、もしかしたら俺にとっては良かったことなのかもしれない。

今朝に自分が想像していたクリスマスより、よっぽど楽しいクリスマスになりそうだと思うのだ。

 

 

 



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充実した日々

クリスマスの次の日は、ハーマイオニーと一日中課題をして終わった。

そのお陰で俺の課題もハーマイオニーの課題も全部終わった。

ハーマイオニーは俺の二倍近くの課題を同じ時間で終わらせてしまった。正直、呆気にとられた。もしかしたら談話室に戻ってからも課題を進めていたのかもしない。

ハーマイオニーは課題を終わらせると、晴れ晴れとした表情をした。流石のハーマイオニーも、課題が終わると嬉しいらしい。

 

「ね、明日は早速ハグリッドのところへ行かない?」

 

「ああ、そうしよう。お昼過ぎに、ハグリッドの小屋へ行こうか。……ハグリッドに会うのは久しぶりだな」

 

「ハグリッドも喜ぶわ、貴方が会いに行くと!」

 

ハーマイオニーと別れ際に明日の予定を話す。

ハーマイオニーがグリフィンドールの談話室にいる時間はほとんどないように感じた。グリフィンドールで残っているのはポッターとウィーズリーのみ。居心地が悪いのかもしれない。

一方で、俺はハーマイオニーのお陰でクリスマスが楽しくなっていた。

当初はフレッドとジョージと必要の部屋で研究をして過ごすことを考えていたが、ハーマイオニーと一緒に課題をしてハグリッドの小屋へ行くというのも十分魅力的な予定であった。

俺がクリスマスを充実させているのはハーマイオニーがポッター達と喧嘩をしているお陰だと考えると、罪悪感に近い感情が湧いてくる。それでも目の前での楽しそうにしているハーマイオニーを見ると、これも悪くないのではと思ってしまう。

翌日のハグリッドのところへ行く約束も、楽しみなのだ。

 

 

 

翌日、昼食を終えて玄関ホールに向かうと、ハーマイオニーはすでにそこにいた。動きやすそうな服装にマフラーと手袋をして、雪遊びに備えた格好であった。

二人で雪道に足跡をつけながらハグリッドの小屋へ向かう。

ハグリッドの小屋の周りはしっかりと雪がかき分けられており、ハグリッドがクリスマス休暇にもここにいる事を示していた。

ハーマイオニーはハグリッドがいることが分かると、嬉しそうに小屋へ駆け寄りドアをノックした。

ノックされ、ドアから出てきたハグリッドは俺とハーマイオニーを見ると驚いた顔をした。

 

「ハーマイオニー、それにジン! どうしたんだ、お前さん達?」

 

「私達、遊びに来たの。クリスマス休暇の課題を終わらせたから、時間があるのよ。ね、ジンはハグリッドの所にほとんど来たことがないでしょう?」

 

ハーマイオニーの遊びに来たという言葉を受けて、ハグリッドは嬉しそうだった。俺達を小屋に招き入れると、温かいコーヒーと拳ほどの大きさもあるロックケーキを出してくれた。

 

「ジン、お前さんがここに来るなんて驚いたぞ。ホグワーツに来てからは、話もほとんど出来とらんかったな」

 

「そうだね。でも、ハグリッドの授業は受けてるよ。知ってるだろう?」

 

「ああ、そうだな。スリザリンで授業をしっかりと受けてくれとるのはお前さんくらいだ。……お前さんは、スリザリンでは上手くやれとるか? スリザリンはあんまり、お前さんに合った環境じゃないと思っちょるんだ」

 

「大丈夫だよ、ハグリッド。うん、まあ、上手くやれてるよ」

 

ハグリッドがマルフォイ家をよく思っていないことは知っている。二年生の時、本屋でハグリッドがマルフォイ家のことをへそ曲がりだと評していたのを覚えている。

ハグリッドは俺がドラコと親友であることはすでに知っているはずだが、ここでわざわざ公言することもないだろう。

ハグリッドからの心配を誤魔化すように出してもらったコーヒーを飲み、ロックケーキを食べようとする。

ロックケーキにかぶりつくと、あまりの硬さに歯が変な音を立てた。痛みで思わず涙目になりながらハーマイオニーの方へ目をやると、ハーマイオニーは澄まし顔でコーヒーを飲んでいた。しかし、口元がピクピクと動いているのを見逃さない。俺がロックケーキに食いつくのを面白がっている。確信犯だ。

ハグリッドはそんな俺にあまり気を配らず、自分の分のロックケーキを食べ始めた。ボリボリと、本来食べ物からしないはずの音を立てながら。

俺はさりげなくロックケーキを戻しながら、ハグリッドを遊びへ誘う。

 

「なあ、ハグリッド。俺達は雪でちょっと遊ぼうと思ってるんだ。手伝ってくれると嬉しいんだが、どうだろう?」

 

「ああ、構わんさ。今日はもう、することもないからな。しかし、雪で遊ぶってのは? 雪だるまでも作るのか?」

 

「色々やろうと思うんだ。まあ、見ててくれよ」

 

そう言って、ハーマイオニーとハグリッドと共に外へ出る。

まず始めにやろうとしたことは、雪の彫像作りである。雪を魔法でかき集め、固め、様々なものに型取ろうとした。初めて使う魔法も多くて上手くいかず、ヒッポグリフにしようとした雪の彫像は不格好な羽の生えた馬のようなものになった。

ハーマイオニーは俺の魔法を見て、興味深げにした後にいくつかの助言をしてくれた。

もっと簡単なものを作ろうと、ウサギや猫、馬など輪郭だけの雪の彫像をハーマイオニーと共に作り上げていく。ハグリッドの庭は雪で作られた動物に囲まれた。ハグリッドは雪の動物たちを見て少し嬉しそうにした。

それから、雪の動物たちを魔法で動かそうとした。硬度が足りなかったのか、いくつかの動物たちは形が崩れてしまって上手くはいかなかったが、しばらくすれば簡単な動作をさせることができるようになった。ハーマイオニーは雪で作った鳥達を自在に操って見せ、少し誇らしげにしていた。

その後に雪玉を手を使わずにぶつけ合う雪合戦を始めた。杖で雪玉を飛ばし合ってハーマイオニーと勝負。最初の方は運動神経にものを言わせて雪玉をよける俺の方は有利であった。ハグリッドのロックケーキの硬さを黙っていたことの腹いせに、いくつかの雪玉をぶつけてやった。

しかし、ハーマイオニーがコツをつかんでからは、二十にもわたる雪玉が一斉に俺に襲い掛かり、雪に埋もれる羽目になった。雪に押しつぶされた俺を見て、ハーマイオニーとハグリッドは腹を抱えて笑っていた。

ここで雪に埋もれて凍えてしまった俺を温めるために、一度ハグリッドの小屋で暖を取ることにした。

俺はハグリッドが焚いてくれた火に当たりながら服を乾かし、暖を取る。ハーマイオニーも雪で濡れた手袋とマフラーを取り、隣で焚火に当たり暖を取り始めた。

ハーマイオニーは動き回ったおかげか、だいぶ疲れてしまった様だった。一緒に火に当たって暖を取っている内に舟をこぎ始め、しばらくして、こちらにもたれ掛るようにして眠ってしまった。

ハグリッドはそんなハーマイオニーを微笑ましそうに見ながら優しく抱き上げ、ソファーに横にさせると、暖かな毛布を掛けてやった。

ハグリッドはハーマイオニーを寝かしつけた後、俺の隣に座って一緒に焚火を眺め始めた。

パチパチと音を立てて燃える枝を見ながら、ハグリッドがおもむろに話し始めた。

 

「……なあ、ジン。お前さんも知っとるだろうが、今、あの子は色んなもんを抱えちょる。授業もいっぱい取って、ペットのことでも悩んどる。それに、シリウス・ブラックでハリーへの心配も絶えん。あの子は、今年に入ってから何度かここに来た。……俺の授業のことで助言をくれたり、ペットの猫の飼い方について相談に来たり」

 

「ハーマイオニーはペットのこと、ハグリッドにも相談してたんだ」

 

「おう、詳しいことも聞いとる。猫がネズミを襲わないようにする方法はないか、俺に聞いてきた。……残念だが、猫が猫らしく振舞わないようにするのは難しい。何か、他にもっと興味を持つものを与えたらどうかって言ってやったんだが、上手くいっとらんみたいだ」

 

ハグリッドは心配そうに、ソファーで寝息を立てているハーマイオニーを見つめた。俺もつられてハーマイオニーの方へ目をやる。

ハーマイオニーは起きる気配がない。

ハグリッドは少し気まずそうにしながら話を続けた。

 

「あの子があんなに楽しそうにしとるのも、久しぶりだ。ジン、お前さんのお陰だな。お前さんがハーマイオニーと仲良くしとるのは聞いとった。……だがな、お前さんがスリザリンってことで、ハリー達からはいい顔をされとらん。ハーマイオニーはそのことも気にしちょる。ああ、お前さんは全く悪くねぇ! お前さんがいい奴だってことは、俺もよく知っとる。そりゃ、つるんどる奴らはあまり好かんが……」

 

「……ああ、分かってるよ、ハグリッド。ハーマイオニーが板挟みになってるの」

 

ハグリッドは俺がスリザリンになったことでハーマイオニーが悩んでいることを打ち明けた。手を振り、俺をフォローしながら。

ハーマイオニーがスリザリンとグリフィンドールで板挟みになっていることは俺も分かってはいた。ハグリッドへそう返事をする。

ハグリッドは俺の返事を聞いて少し安心したような顔をしてから、俺に提案を続ける。

 

「お前さんがハリーやロンとも仲良くなれば、ちょっとはこの子の負担も少なくなるってもんだ。どうだ、ハリー達もここに連れてこんか? 俺が見張る。シリウス・ブラックの事も心配せんでいい」

 

「……ポッター達とハーマイオニーは、今は喧嘩中だ。俺とハーマイオニーだけで来たのも、そういうことだよ」

 

ハグリッドへ、ハーマイオニーとポッター達の仲違いの原因となった箒の件を教えた。

ハグリッドは説明を聞くと、深くため息をついた。

 

「ネズミの次は箒か……。いや、俺はハリー達が箒やネズミよりも友達を大事にする奴らだってことを分かっとる。今、この子達はすれ違っとるだけだ。ハーマイオニーも、まあ、追い詰められとって、あまり良い態度をしていたとは言えん。……すれ違っとるだけなんだ。それでずっと喧嘩しっぱなしなんて、あまりに可哀想だ」

 

ハグリッドは、ハーマイオニーだけでなくポッター達のことも心から心配しているようだった。ハーマイオニーとポッター達の友情が損なわれているこの状況を、何とかしてやりたいと思っているのが分かった。

ハグリッドの真摯な態度を見て、ハーマイオニーとポッター達の喧嘩を好都合だと考えていた自分が恥ずかしくなった。

本当にハーマイオニーのことを思うなら、ハーマイオニーが仲直りできるように尽力するべきだったのだ。

 

「……俺も、ハーマイオニーが仲直りできるようにもっと手伝うべきだったな」

 

俺のつぶやきに、ハグリッドは優しく微笑んだ。

 

「お前さんは良くやっとる。今、ハーマイオニーが元気なのもお前さんのお陰だ。お前さんが責任を感じる事なんて何一つない。ハリー達には、俺がちょっくら声をかけとく。お前さんは今まで通りハーマイオニーを元気づけてやっとくれ」

 

ハグリッドは大きな手で、俺の頭をぐりぐりと撫でた。強すぎる力加減に頭を持っていかれそうになるが、嫌ではなかった。

それから二人で、焚火を見ながら他愛もない話をした。

ハグリッドはヒッポグリフの群れを元の生息地へ帰したこと、次の授業はサラマンダーを出すつもりだということを話してくれた。ハグリッドは魔法生物飼育学をもっと面白いものにしたいと考えているようで、次にどんな生き物を連れてくるかワクワクしながら話してくれた。そんな中でマンティコアのような凶暴な生き物が候補として挙がった時は流石にヒヤリとした。冗談であると信じたい。

俺はハグリッドのロックケーキがとんでもなく硬くて食べられなかったことを告白し、ハグリッドを驚かせた。そんなハグリッドへ今度、俺が好きなお菓子を持って来ることを約束した。

ハグリッドと話し込んでいると、ホグワーツに帰るいい時間になった。

ハーマイオニーを揺さぶって起こす。ハーマイオニーは揺さぶられて飛び起き、時間を確認して、だいぶ眠ってしまっていたことを後悔したようだった。

ハグリッドはそんなハーマイオニーに、明日も来ればいいと明るく言い励ました。ハーマイオニーは明日もハグリッドの小屋に来れることを喜んだ。

ハグリッドに見送られ、俺とハーマイオニーはホグワーツへと帰った。

ハーマイオニーは、途中で寝てしまったことをまだ悔やんでいるようだった。

 

「私、あの雪のヒッポグリフをもっと綺麗にできると思ってたの。ね、明日もう一度挑戦しましょ?」

 

「ああ、それじゃあ明日にもう一度、ハグリッドのところへ行こうか」

 

そう返事をすると、ハーマイオニーは嬉しそうに微笑んで談話室に戻っていった。

そんなハーマイオニーを見送って、今日のことを少し考える。

ハーマイオニーが本当に元気になるには、やはりポッター達と仲直りは必須だ。

ハーマイオニーは俺の前では楽しそうにしてくれている。でも寮に帰ってからのハーマイオニーを俺は知らぬふりをしてきた。当然、楽しそうな姿なわけがない。

ハグリッドは俺に良くやっていると言ってくれた。でも本当にハーマイオニーのことを考えられていたかというと、そうではないことを自覚している。

ハーマイオニーと遊ぶのを楽しむだけでなく、ハーマイオニーが仲直りできるように俺ももっと協力するべきなのだ。

 

 

 

ハーマイオニーとポッター達の仲を取り持とうと考えたが、冬休みの間はハーマイオニーとハグリッドの小屋で楽しく過ごすことが大半だった。

ハグリッドが新学期に使用する予定のサラマンダーを俺達に見せてくれたり、俺がハニーデュークスの菓子をハグリッドにも分けたり、雪の彫像作りをハーマイオニーがすごく上手にできるようになったり、本当に楽しく充実した時間であった。

ただ、新学期が近づくにつれてハーマイオニーは不安そうな表情をする時間が増えてきた。

ポッター達との仲に進展はなく、新学期明けから課題に再び追われることも分かっており、休みが終わるのを怖がっているようだった。

新学期が始まってしまえばこうしてハグリッドの小屋でゆっくりすることも叶わない。グリフィンドールで過ごす時間が長くなれば、ポッター達と喧嘩していることも否応なく思い出されることになるだろう。

そんなハーマイオニーの不安を少しでも軽くしたく、前に延期になった一緒に課題をする約束を切り出した。

 

「なあ、ハーマイオニー。新学期になったらパンジー達もホグワーツに帰ってくる。そしたら、また一緒に課題をしよう。パンジーもハーマイオニーに会いたがってる」

 

この約束はハーマイオニーに効果的だった。パンジーと会える約束に表情が少し明るくなり、新学期への期待もできたようだった。

それでも完全にはハーマイオニーの表情を晴らすことはできず、そのままとうとう新学期を迎えることとなった。

 

 

 

新学期が始まる前日に、ドラコ達がホグワーツへと帰ってきた。

談話室もにぎやかになっていき、ホグワーツは元の喧騒を取り戻していった。

ドラコ達とはお互いのクリスマスを報告し合った。その中で、ポッターがファイアボルトを手に入れた話をしたら、案の定、ドラコとブレーズは驚きと共に悔しさと怒りを露わにした。マクゴナガルによって没収されたという旨を伝えて、何とか平静を取り戻したが、それでもファイアボルトがポッターの手に渡ったことは許しがたい事実のようであった。

しばらくは、ドラコとブレーズの機嫌取りが必要になってしまった。

そんな時間を楽しみながらも、とうとうクリスマス休暇が終わり、授業が再開された。

 

 

 

クリスマス明けから、ルーピン先生のもとで吸魂鬼への対策を教えてもらう約束をしていた。ルーピン先生に約束を確認したところ、木曜日の授業後にポッターと一緒に教えてもらうこととなった。

ポッターと二人で特別授業を受けるのはちょうどいい機会だと思った。

ハーマイオニーのことで少し話をしたかった。ハーマイオニーがポッター達の喧嘩を気にしていること、少しでも伝えようと思うのだ。

木曜日の授業後、ルーピン先生に言われ魔法史の授業の教室へ向かった。

魔法史の教室に着くと、既にルーピン先生とポッターがいた。そして机の上には荷造り用の大きな箱が置いてあった。

ルーピン先生は俺が教室に来たのを見ると、微笑み手招きをしてポッターの隣に座らせた。

ルーピン先生は俺とポッターが座ると特別授業を開始した。

 

「今日はボガートを用意した。こいつは君達の恐怖を形にする。吸魂鬼の練習にはうってつけだ」

 

ルーピン先生は机の上の大きな箱にポンと手を置きながら話を続ける。

 

「さて、今から君達に教える魔法は、言わゆる“標準魔法レベル(O・W・L)”資格をはるかに超える、「守護霊の呪文」と呼ばれるものだ」

 

「どんな力を持っているのですか?」

 

ポッターがルーピン先生へ質問をする。

 

「呪文が上手くきけば、守護霊が出てくる。守護霊が、吸魂鬼の間に立ち盾となってくれる。守護霊は希望、幸福、生きようという意欲などの一種のプラスのエネルギーだ。しかし、守護霊は絶望というものを感じないから吸魂鬼によって傷つけられない。守護霊は吸魂鬼の天敵、というわけだ」

 

ルーピン先生はポッターの質問に答え、一度話を切って俺達の方を見る。

 

「一言言っておくと、この呪文は大変難しい。一人前の魔法使いさえ、この魔法にはてこずる。君達には、まだまだ高度すぎるかもしれない。だから、上手くいかなくても気落ちしないで欲しい」

 

そうして教えられた呪文は「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)」。幸福な感情と共に唱えることで、守護霊を呼び寄せることができるという。

ルーピン先生から、自分が最も幸せだったと思う瞬間を思い起こし、呪文を唱えるように指示される。

俺が思い起こした記憶は、天文台で行った六人での祝勝会。あの時の記憶を思い起こし、幸福な感情を引き出す。

ポッターも何を思い起こすか決めたようだった。決意したような表情になり、ルーピン先生の方へと向き直っていた。

俺とポッターが思い出す記憶を決めたのを確認したルーピン先生は、早速ボガートを使って実践を始めた。最初はポッターからだ。

 

「いいかい、ハリー。幸せな記憶にしっかりと集中して……。さあ、行くよ!」

 

ルーピン先生は合図と同時に箱を開けてボガートを放つ。箱から出てきたボガートはポッターが近くにいるお陰で吸魂鬼へと姿を変えていた。

ポッターは杖を握りしめ、呪文を唱える。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)! ……エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

しかし呪文を叫べど、守護霊は出てこない。そして、ボガートが変身した吸魂鬼に近づかれたポッターは、そのまま意識を失い膝から崩れ落ちた。

ポッターが倒れた瞬間、ルーピン先生は素早く前に躍り出てボガートを箱の中へと押し戻す。

ポッターはすぐに目を覚ました。すぐに体を起こし、冷や汗を拭うと眼鏡をかけ直して姿勢を正した。それから少し顔を赤らめながら、俺とルーピン先生の方を見た。気絶してしまったのを恥じ入っているようだった。

そんなポッターに、ルーピン先生は蛙チョコレートを渡した。

 

「ハリー、これを食べなさい。食べたら、もう一度挑戦しよう。最初からできたら、それこそ驚いてしまう」

 

ルーピン先生に優しく諭され、ポッターはチョコを口に押し込むともう一度ボガートへ立ち向かう準備を始めた。

ルーピン先生はそれを確認するともう一度、ポッターへボガートをけしかけた。

吸魂鬼に化けたボガートは、さっきと同じようにポッターへと向かって動き始めた。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呪文を叫ぶも、やはり守護霊は現れず吸魂鬼に近づかれ、先ほどと同じように崩れ落ちる。

ルーピン先生はまたもボガートを箱にしまい、ポッターの様子を見るために近づく。

二回目となると先ほどよりもダメージが大きいようだった。ルーピン先生に揺さぶられて、ポッターはやっと起き上がった。

ポッターは起き上がると、ぼんやりとしながら話をした。

 

「……父さんの声が聞こえた。父さんが、母さんが逃げる時間を作る為に、一人でヴォルデモートに対決しようと……」

 

どうやらポッターは吸魂鬼の影響で、両親の死に際の声が聞こえるらしい。

ルーピン先生は、ポッターの話を聞くと、顔を強張らせた。

 

「……ジェームズの声を聴いた?」

 

「ええ……。でも先生は、父をご存じないのでしょう?」

 

「いや、私は、実はよく知っている……。ホグワーツでは、友達だったんだ……」

 

ルーピン先生は、ポッターが両親の死に際の声を聴いたということに少なからず動揺しているようだった。

ルーピン先生は少し悩んだようにしてから、話を切り出した。

 

「ハリー、今日はこのくらいにしておこう。……君には、とても酷い思いをさせている」

 

「大丈夫です!」

 

ルーピン先生の提案も、ポッターは気丈にはねのけた。まだまだやる気らしい。現に、ポッターは二度目に倒れてからチョコレートを食べていないのに震えてはいなかった。震えを気合で抑え込んでいるのだろう。

そんなポッターの様子を見て、ルーピン先生は悩んだ末に授業を再開させた。

ポッターの三度目の挑戦。ルーピン先生が箱を開け、けしかけられたボガートに対しポッターは呪文を叫ぶ。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

三度目にして、ポッターの杖から銀色の煙の様なものが出た。

銀色の煙はポッターとボガートの間にしっかりと壁を作り、ポッターと吸魂鬼を見事に分け隔てた。しかし長くは続かないようで、徐々に煙が薄くなっていく。

煙がなくなりそうな時、ルーピン先生が動いた。

 

「リディクラス(ばかばかしい)!」

 

呪文を受けたボガートはすぐに箱の中に押し込められた。

ルーピン先生は息を切らしながらもしっかりと立っているポッターへ嬉しそうに笑いながら声をかけた。

 

「ハリー、素晴らしい! よくやった、立派なスタートだ!」

 

ルーピン先生はポッターを座らせると、ハニーデュークスに売っている高級板チョコをポッターへ渡し、きっぱりと言った。

 

「さあ、これを全てお食べ。でないと、私がマダム・ポンフリーにこっぴどく怒られてしまう。それとハリー、今日の君の授業はここまでだ。これ以上の無茶はできないからね」

 

ポッターはまだ続けたいようであったが、確かな成果が出たことに安心したのか反対はしなかった。

そんなポッターの様子を見届けてから、ルーピン先生は俺の方に向き直った。

 

「さあ、ジン。次は君の番だが……。実は、最初はハリーのボガートで君も練習をと思っていたんだ。ハリーのボガートは吸魂鬼になるからね。でも、今日はハリーにはこれ以上の負担はかけられない」

 

少し申し訳なさそうに、ルーピン先生はそう言った。俺の練習が、ポッター程の環境を整えられないことを気にしているようだった。

それに関しては、全く気にしていなかった。たとえ順番を変えて先に俺がやっていたとしても、ポッターの授業に支障が出ていただろう。

 

「君のボガートは吸魂鬼にならないかもしれないが、君が最も恐れるものになる。恐怖の対象を前にしても守護霊を出せるようになれば、吸魂鬼に対しても十分、対応ができると思うよ」

 

ルーピン先生は励ますように俺にそう言って、俺に対しての授業を開始させた。

ルーピン先生は箱に手をかけ、俺の準備が整ったのを見ると箱を開けてボガートを俺にけしかけた。

 

ボガートは前回の授業の時と同じように、女性の姿になった。思わず体が強張る。

その女性が微笑みながら何か話しているのを見つつ、俺は呪文を唱える。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

守護霊は現れなかった。呪文が失敗し、自分がしっかりと幸せだった記憶を呼び起こせていないことに気が付いた。

女性は未だに話し続けている。話が終われば、また緑の閃光に包まれて死んでしまう。その時の光景を思い出し、吐き気がしてきた。

悪い想像を頭を振って追い出し、天文台でのことをしっかりと思い出しながらもう一度呪文を唱える。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

すると、杖の先から細々とした銀の煙が出てきた。が、それは湯気の様になって消えていった。ポッターの時の様に盾となってはくれなかった。

そこで時間切れがきた。緑の閃光がはしり、女性が崩れ落ちる。死体となってしまった女性を前に、しばらく呆然としてしまう。

 

「リディクラス(ばかばかしい)!」

 

見かねたのか、ルーピン先生は呪文を唱えてボガートを箱の中に詰め直した。

ルーピン先生は気遣わし気に、優しく俺に声をかけた。

 

「……この手の練習は、あまりいい気持になるものではない。無理だと思ったら、いつでも言うんだよ。ボガートと対峙し続けることは、吸魂鬼ほどでないにしても、精神をすり減らすことに変わりはない」

 

ルーピン先生はそう言いながら、俺を一度、席に座らせた。

吸魂鬼と対峙したわけではないため、俺はポッターと違ってチョコが必要になる事態ではない。しかし、休憩は必要なようであった。

席に着いて休憩を取ると、ポッターが興味深げにしているのが視界に入った。

ポッターは俺の視線に気が付いて、バツの悪そうな顔をしてから目をそらした。

ポッターはどうやら俺のボガートが変身した姿に興味を持ったらしい。そして、人のボガートの姿を興味深げに眺めていたことを少し気まずく思ったようだった。気分転換がてら、そんなポッターに声をかける。

 

「俺のボガートが変身した姿はな、俺が吸魂鬼に近づいた時に見えた光景なんだ」

 

ポッターに説明すると、ポッターは驚いたように顔をあげた。

そんなポッターに、少し笑いかけながら話を続ける。

 

「俺もよく分らないんだ。あの人が誰なのか、どうして死んでしまったのか……」

 

ポッターは俺の話に衝撃を受けたようで、固まってしまった。

そこまで驚くポッターをどこか可笑しく思いながら、ルーピン先生へ向き直り授業再開を依頼する。

ルーピン先生は頷いて、直ぐにボガートをけしかけられるように箱に手をかけた。

そして俺の二度目の挑戦。ボガートはまたも女性と同じ姿になったが、先ほどよりも動揺はしなかった。ポッターに話したことで少しスッキリしたおかげもあるだろう。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

今度はさっきよりも濃い銀の煙が出てきた。ポッターの時ほど明確に盾の役割を果たしていないが、ベールの様に薄い膜となってボガートと俺の間を漂った。

ボガートが変身した女性は、急に目の前が見えなくなったかのように戸惑った表情をした。

どうやら守護霊のエネルギーは、恐怖を糧にするボガードにも一定の効果があるようだった。

俺の作り出した守護霊が消えぬ内に、またルーピン先生がボガートを箱へしまう。

ルーピン先生は満足そうな表情だった。

 

「ジン、君も十分なスタートだ。……まだできそうではあるが、今日はここまでにしようか。いいイメージを持って、次回につなげようか」

 

俺の挑戦は二回で終了。俺はポッターの時ほど明確な守護霊は出せなかったが、ルーピン先生は十分だと判断したようだった。

 

「ジン、君も疲れがたまっている。チョコを食べなくてもいいけど、そうだね、しっかりと水分と休息をとっておくんだ。いいね?」

 

ルーピン先生は優しく声をかけると、授業を終わりとした。そして来週も同じ時間に授業の約束をし、今日は解散となった。

片付けなどをするルーピン先生を残し、ポッターと共に教室を出る。廊下をしばらくポッターと歩いていると、ポッターの方から話しかけられた。

 

「……君はどうして、僕に自分のボガートの姿の説明をしてくれたの?」

 

休憩中の会話をまだ気にしているようだった。俺としては、そこまで気にするのもよく分らなかった。

 

「気分転換に話をしたかったんだ。後は、まあ、俺もお前の吸魂鬼の姿を知っていたし、お前も俺のボガートを興味深げに見ていたしな」

 

俺の答えを聞いても、ポッターはまだ不思議そうな表情をしていた。

 

「……君は、その、自分が怖がっているものを人に知られても、気にしないの?」

 

そう言われて、やっとポッターの考えを察した。

ポッターは吸魂鬼のことをドラコによくからかわれている。そのお陰もあって、自分の怖がっているものが何かを人に知れるのも、恥ずかしいと思っているのだろう。

 

「ああ、まあ、俺があの女性のことをよく分っていないからな……。むしろ、人に話してスッキリしたいと思ってたんだ」

 

ポッターの疑問に答える。ポッターはこの答えには多少、納得したようだった。

そんなポッターに、今度はこちらから話を振る。

 

「なあ、ポッター。まだハーマイオニーとは喧嘩をしてるのか?」

 

直球に投げかけられた話に、ポッターは今日一番の驚いた表情をした。

俺からハーマイオニーの話を振られるとは思っていなかったのだろう。

 

「クリスマスの間さ、俺はハーマイオニーとよく遊んでたんだ。喧嘩の理由も聞いてる。ファイアボルトだろ? ハーマイオニーはクリスマスの間、ずっとお前らとの喧嘩を気にしててな」

 

そう言うと、ポッターは納得半分気まずさ半分な表情を器用にして見せた。

ハーマイオニーのクリスマスでの様子に納得し、喧嘩の件で俺に話を振られて気まずそうにしている、といったところか。

俺の問いかけに対して、ポッターは少し考えるようにしてからゆっくりと返事をした。

 

「……ファイアボルトは、僕が夢にまで見た憧れのものだったんだ。ハーマイオニーが善意でやってくれてたのは分かってるけど……。感謝しろって言われても……。ファイアボルトを分解してくれてありがとうっていうのは、口が裂けても言えない」

 

ポッターの返事は、予想通りの内容ではあった。

そして、俺としては納得がいくものではあった。

 

「まあ、ハーマイオニーが気に病んでるってことを言いたくてさ。ハーマイオニー、喧嘩しててもお前の安全を気にしてたよ」

 

ポッターは俺の言葉に、弱ったような表情になった。ハーマイオニーとの喧嘩については、ポッター自身悪いことをしたと思っているようではあった。しかし、それでも感情が追い付かないといった様だった。

それからすぐ、分かれ道となった。

言いたいことも言えて満足した俺はそのまま別れようとしたところ、今度はポッターから話しかけられた。

 

「君は、マルフォイと親友だ」

 

突然の話題に戸惑いながら、ポッターの方を見る。ポッターも難しそうな表情をしていた。

 

「……でも、ハーマイオニーとも友達なんだよね? ……その、利用しようとか、そんな考えなしで」

 

ポッターはポッターなりに、スリザリンである俺のことを受け入れようとしているようだった。

そうポッターが考えてくれているなら、素直に嬉しい。

 

「ああ、ドラコもハーマイオニーも、大事な友達だ。……ポッター、お前とも友達になれると嬉しいよ」

 

そう言うと、ポッターは少し呆然とした。しばらくしてから、ポッターはあいまいに頷いた。

 

「僕も、まあ、君がいい奴なら……。仲良くなれると思う」

 

そんなポッターの返事は、俺にとっては満足できるものだった。

俺はポッターに笑いかけ、今度こそ別れた。

吸魂鬼の件もハーマイオニーの件も、何とかなりそうだった。

俺はここ最近の生活がすごく充実していることを感じながら、足取り軽く寮へと戻った。

 

 

 



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秘密の契約書

クリスマス明けからしばらくたった。

クリスマス明け直ぐに行われたスリザリン対レイブンクローのクィディッチ試合は、スリザリンがわずかな差で勝利を収めた。スリザリンが優勝にリーチをかけて、ドラコはポッターがファイアボルトを手に入れたというショックから立ち直ることができたようだった。むしろ、上機嫌に過ごすことが多くなった。

一方、ハーマイオニーはとうとう課題と授業の多さに限界を迎え始めた。一緒に受けている古代ルーン文字学の授業でもピリピリしていて、ダフネも話しかけにくい印象を抱いているようだった。ポッター達との仲も上手くいっていないようで、日に日にハーマイオニーの目の下の隈が濃くなっていった。やはり、ハーマイオニーにも息抜きの機会が必要だと考えた。

そこでパンジーにハーマイオニーとの課題を一緒にする約束について話をした。俺の話にパンジーはすぐに飛びついた。

 

「いいじゃない! ハーミー、全然会いに来ないし話せてないのよ! うん、私はいつでもいいわよ!」

 

パンジーは上機嫌に返事をした。ダフネと、ついでにドラコとブレーズにも声をかけたところ、ダフネは予定が合えば参加、ドラコとブレーズは不参加とのことだ。後はハーマイオニーの予定次第となった。

早速、次の古代ルーン文字学の授業の時にハーマイオニーに予定を聞くと、疲れた表情ながらも少し嬉しそうにした。

 

「それなら、今週の土曜でいいかしら? 私は課題が溜まっているから、朝から図書室にいるわ。都合がいい時間に、いつでも図書室に来て」

 

そう言って笑うハーマイオニーは、課題をする時間よりも睡眠時間が必要なのではないかと思う程に弱っていた。

 

 

 

ハーマイオニーも課題に追われていたが、俺も忙しくはあった。

クリスマス明けからの吸魂鬼対策の特別授業。初日のスタート以降、俺もポッターも大きな進展はなかった。俺はボガートを前にしてベール程度の薄さでしか守護霊を呼び起こせなかった。それも調子がいい日で、ダメな日は守護霊を呼び出すことすらできない。

ポッターは安定して守護霊を盾の様に出せるようになっていたが、本人は満足していないようだった。

ルーピン先生は上手くいかない俺を励まし、成果を焦るポッターを宥めた。

 

「ジン、最初に話した通り、これはとても高度な呪文だ。呼び寄せるだけでも十分な成果なんだよ」

 

「幸せな時の記憶を思い起こしているはずなんですが……。上手くいかないみたいです」

 

「この呪文で必要なのは幸せな記憶ではなく感情なんだ。この手の呪文は、頭で考えるすぎる人は特に苦戦をする。ジン、君は少し考えすぎなのかもしれないね」

 

ルーピン先生はそうアドバイスをくれる。

俺が思い起こしているのは、天文台での祝勝会。ドラコ達と過ごしたあの時間を鮮明に思い起こすことで何とか守護霊を呼び起こしている。

しかし、あの時の幸せな思い出だけでは守護霊を呼び起こすのに足りないのは明白であった。何か他にも幸せな思い出が必要なのかもしれない。

一方で比較的うまくいっているが悩んでいるポッターへもルーピン先生はアドバイスをした。

 

「……僕は守護霊で奴らを消せるかと思ってたんです」

 

「本当の守護霊ならそれができるだろうね。でも、少なくとも次のレイブンクロー戦で吸魂鬼が来ても、君が地上に降りるだけの時間は稼げるようにはなったわけだ」

 

ルーピン先生がポッターにそう言ったのを聞いて、グリフィンドール対レイブンクローの試合が来週に迫っていることに気が付いた。ポッターが焦っていたのも、試合が近いからだとその時に分かった。

 

「ハリー、君はとても上手くやれている。守護霊を形にするだけでも、誇るべきことなんだよ。焦りは禁物だ」

 

ルーピン先生が、なおも不満な顔をするポッターを励ましながら今日はお開きとなった。

そして教室から談話室への帰り道、少しの間だがポッターと話す時間となっていた。

 

「そういえば、来週の試合までにはファイアボルトは手元に戻ってきそうなのか?」

 

「どうだろう……。僕、マクゴナガルに聞くんだけど、いつも決まってまだ待ちなさいの一点張りだ」

 

「そうか。早く戻ってくるといいな」

 

ファイアボルトのことを言うと、ポッターは何か複雑そうにしながら俺の方を見た。

 

「……僕がファイアボルトを手にすること、君にとっては嬉しくないと思うんだけど?」

 

「まあ、そうだな。お前がファイアボルトを手にすると、クィディッチ杯の行方も怖くなる。でもファイアボルトが手元に戻ってきたら、少なくともお前はハーマイオニーと喧嘩する理由はなくなるだろう?」

 

そう返事をすると、ポッターは少し納得をしながらも複雑そうな表情を強めた。

 

「あー……。それじゃあ、僕はここで」

 

ポッターは俺がハーマイオニーのことを聞くと話を早く切り上げて逃げるように別れることが多かった。ポッターは変わらず、ハーマイオニーを避けていることの負い目はあるらしい。

ポッターとハーマイオニーの仲を取り持つ為に、この会話が良いように作用しているかは実感がなかった。それでも、俺とポッターの距離が縮まっているのも確かではあった。少なくとも、お互いに悪印象はないと言い切れるくらいに。

ポッターと別れてから寮に着くと、直ぐにベッドに入る。特別授業の後は、特に疲れて眠たくなるのだ。

それに今週末は、ハーマイオニーとの勉強会を控えている。

 

 

 

土曜日、ハーマイオニーとの約束の日。

ダフネは他のスリザリン生とのお茶会もあって参加はできないとのことだった。

そのお茶会は多くのスリザリンの女子生徒が参加するようであったが、パンジーはお茶会には参加しないらしい。

パンジーにお茶会に参加しなくても大丈夫か確認したら、パンジーは自慢げに返事を返してきた。

 

「私、いつもお茶会には出てるから一日くらい別に不参加でも不都合はないのよ。……まあダフネは、普段はあんまり参加してないの。今日みたいなちょっと大きなお茶会は顔出さないと、少し面倒になるのよねぇ」

 

スリザリンの人間関係は家が絡むため、他の寮よりも多少面倒なのは知っている。

スリザリンの人間関係をあまり気にしないのは、ドラコの様に家柄が立派すぎる者、自分の様にもはや家柄がない者の二択である。いうまでもなく、この二つのどちらかに属する人は少ない。

パンジーは家柄が立派な部類でありお茶会などにも積極的に参加をしているので、スリザリンでの人脈は広く地位は高い。パンジーが情報通なところも、好き勝手振舞っても文句が言われないのも、こういった一面があるからだろう。

そんなパンジーは、ハーマイオニーと会えることを随分と楽しみにしているようだった。

 

「ハーミーと会うなんて本当に久しぶり。ね、あんたはハーミーと授業一緒なんでしょ? ハーミーは元気?」

 

「うーん……。どうも、課題が忙しいみたいでな。正直、あまり元気がない」

 

「ああ、そうなの……。じゃあ、今日はいっぱい遊んで元気づけなきゃね!」

 

「……今日は、課題をする約束だぞ?」

 

「……分かってるわよ。ちょっとした言い間違いよ」

 

少し先行きが不安ではあったが、パンジーがハーマイオニーを無理やり息抜きに参加させるのも悪くないとは思っていた。

そんなことを考えながら図書室に着いた。ハーマイオニーの居場所はすぐに分かった。一か所だけ、本が山積みになっているのだ。

パンジーはハーマイオニーの居場所がわかると、満面の笑みで近づいて行った。パンジーは後ろから驚かそうと思っていたようだが、ハーマイオニーの表情を見て固まってしまった。

ハーマイオニーは先ほどまで泣いていたかのような真っ赤な目をしていた。表情は酷く打ちのめされており、課題に打ち込むことで何とか嫌なことを忘れようとしているのが明白だった。

 

「ハーミー! どうしたの?」

 

図書室であることを忘れたパンジーが、思わず大きな声を出す。

ハーマイオニーは突然パンジーに声をかけられて驚き体を跳ねさせたが、声の主がパンジーだと分かると安心したような表情になった。

すぐさま、図書室の司書であるマダム・ピンスが鋭い目線を飛ばしてきたが、パンジーはお構いなしだった。泣いた跡が目立つハーマイオニーを立ち上がらせる。

 

「ハーミー、そこの空き教室に行きましょ!」

 

ハーマイオニーの課題も借りた本もそのままに、パンジーはハーマイオニーを連れて足早に図書室から抜け出していった。

マダム・ピンスは少し呆気にとられてパンジーとハーマイオニーの抜け出した後を見ていたが、直ぐに厳しい表情をして残された俺の方を睨んだ。

残された俺の前にはハーマイオニーが借りた本の山に机一面に広げられた課題。

俺は何も言わず、一人でハーマイオニーが借りた本を戻すことになった。

 

 

 

やっとのことで本をすべて本棚に戻し、ハーマイオニーが残した課題を両手に抱えて、ハーマイオニーとパンジーがいる空き教室を探して回った。

図書室からでてすぐの、俺がクリスマスにハーマイオニーと課題をやった空き教室に二人はいた。

ハーマイオニーはパンジーにすっかり悩みを打ち明けたようで少し落ち着いているが、パンジーは怒りに顔を染めていた。

パンジーは俺が入ってきたのを見ると、怒りの表情のまま俺に話しかけてきた。

 

「ジン! ポッターとウィーズリーを呪うわよ! いい呪文教えなさい!」

 

「……その前に、俺に状況を教えてくれ」

 

「ハーミーを泣かしてるのが二人だからよ! それ以外に理由はいる?」

 

パンジーは怒りで話が通じない。ハーマイオニーは怒りにあふれるパンジーと話がみえていない俺に戸惑いながら、目線を泳がせた。

パンジーと話してもらちが明かないと判断した俺は、落ち着いたハーマイオニーになるべく穏やかに声をかけた。

 

「ハーマイオニー、ポッター達と箒の件で何かあったのか?」

 

ポッターがハーマイオニーのことを感情的に受け入れ切れていないが、気にかけているのは知っている。そんなポッターがハーマイオニーを泣かせるようなことになるとは想像していなかったのだ。

ハーマイオニーは俺の質問に対して、ポツリポツリと説明をしてくれた。

ポッターの箒は結局、呪いがかかっていなかったこと。そしてハーマイオニーの猫がとうとうウィーズリーのネズミを襲ってしまったこと。ウィーズリーのネズミが消え、シーツに血の跡があり、シーツの周りにはハーマイオニーの猫の毛が散らばっていたらしい。

 

「……その、私はクルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったって、信じられないの。でも、ロンはクルックシャンクスがスキャバーズを食べたって信じて疑わないし、私の事、絶対に許さないに決まっているわ。スキャバーズもファイアボルトも、何もかも私が悪いって思われてる……」

 

状況がよく分った。

結局、ハーマイオニーのペットはウィーズリーのペットを食べてしまったようだ。ポッターの箒に呪いがかけられていなかったことも相まって、ハーマイオニーの立場は完全になくなった。

今までハーマイオニーとポッター達の間にあった対立は両者に非がある形であったが、今となってはハーマイオニーにだけ非がある形となっている。

こうなってしまえば、ハーマイオニーはもう許しを待つことしかできない。唯一できることは、ウィーズリーに真摯に謝罪をすることだけだろう。

しかしハーマイオニー自身がそのことを受け止めきれず、ウィーズリーにしっかりとした謝罪ができていないようであった。

俺はどう声をかけるべきか悩んでいるが、パンジーが止まらない。

 

「ハーミー、これで分かったでしょう? ウィーズリーなんて、貴女よりネズミが大事な馬鹿な貧乏人よ。それに猫がネズミを襲うものだってことも分からないだなんて、バカ丸出しよ。そんなにネズミが大事なら、守るように努力するべきだったわ! それにポッターも、箒以外の他の事なんてどうでもいい身勝手野郎よ! ほら、そんな奴らとは縁が切れて清々とするはずよ!」

 

パンジーがウィーズリーを罵倒すればするほど、ハーマイオニーは益々苦しそうな表情になった。ハーマイオニーは自分に非があることは分かっていて、自分が悪いのにウィーズリーがひどく罵倒されることを苦痛に感じているのだろう。

しかし、自分に非があると分かっていながらもハーマイオニーが素直にウィーズリーに謝れないのは、謝っても許されることではないとハーマイオニー自身が痛感をしているからだろう。

お互いのペットが散々問題になっていた。そんな中でのこの事態。当然、ウィーズリーがハーマイオニーの謝罪を受け止められないと言っても納得はいく。

ハーマイオニーが唯一ウィーズリーと円満に仲直りできるのは、ウィーズリーのペットが実は無事であった場合だけ。だからハーマイオニーは自分のペットがウィーズリーのペットを食べてしまった事実を受け入れられないのだ。その事実を認めてしまえば、ハーマイオニーは自分とウィーズリーの仲直りが絶望的であることを認めるのと同じだ。

そんなハーマイオニーにかけるべき言葉が分からない。それでも、かけるべき言葉がパンジーの様にウィーズリーへの罵倒ではないのは確かだ。

 

「なあ、ハーマイオニー。多分、お前も授業に追われて課題がたまってるせいで、ピリピリしてるんだ。課題、俺とパンジーで手伝うからさ。それが終わったらスッキリするだろ? そしたら、またどこか遊びに行こう」

 

ハーマイオニーは俺が露骨に話をそらしたことに少し驚いたようだが、これ以上パンジーがウィーズリーとポッターへの罵倒するのを聞きたくないためか、頷いて俺の意見に賛同した。

パンジーは少し納得できていないようであったが、課題が終わったら遊ぶという言葉につられてか抵抗はしなかった。

 

 

 

それから、もう一度図書室に戻って課題の為の本をあらかた借り出すと、先ほどの空き教室で課題を三人で始めた。

そこで分かったのは、ハーマイオニーの課題がとんでもない量であったということだ。

俺とパンジーが持ってきた課題が精々羊皮紙五枚分。一方でハーマイオニーは二十枚近くある。当然、俺達の課題が終わってもハーマイオニーの課題が終わらないという事態になった。

パンジーは時間を持て余し、ハーマイオニーにちょっかいを出し始めた。ハーマイオニーは最初の方は少し困った様ながらも楽しそうにしていたが、流石に課題が進まなくなると段々と耐えられなくなってきた。

そして、パンジーが誤ってインク瓶を倒してしまいハーマイオニーの課題の一つにぶちまけた。

ハーマイオニーは悲鳴をあげ、パンジーも流石に申し訳ないと思ったのかにインクに染まった羊皮紙を見て固まった。

すぐさま魔法でインクを吸収し事なきを得たが、ハーマイオニーは思わずパンジーに鋭い言葉をかけてしまった。

 

「ああ、パンジー! お願いだからジッとしてて! 私、課題の邪魔をされるのは耐えられないの!」

 

パンジーはハーマイオニーの言葉にショックを受けて黙ってしまった。

だがパンジー以上に、言葉を投げかけたハーマイオニーの方がショックを受けた表情をした。そして、なぜかハーマイオニーの方が泣き始めた。パンジーは泣き出したハーマイオニーを見て、ますます固まってしまった。

ハーマイオニーは泣きながら、パンジーへ言葉をかけはじめた。

 

「ご、ごめんなさい、パンジー……。……私、あの、分かってるの。貴女が私を元気づけようとしてくれてるって。ごめんなさい、貴女にキツイこと言って……。でも、私、今、本当に辛いの……。課題もこんなに、授業もあって、全く寝れないし、それに、私、グリフィンドールに居場所がない……。貴女にまで嫌われたら、私、本当に……」

 

そう言って、ハーマイオニーは自分の言葉に自分で傷ついてますます泣き始めた。

パンジーは戸惑いながらも、ハーマイオニーが自分に対して怒っているわけではないと分かって安心したのか、ハーマイオニーの背中を優しく撫で始めた。

 

「ハーミー……。課題、ごめんね、インクで濡らして。私、ハーミーの事、大好きよ? 嫌いになるはずないわ」

 

パンジーの言葉を受けて、ハーマイオニーは感激したようにパンジーに抱き着きすすり泣いた。

パンジーは抱き着いてきたハーマイオニーの頭をポンポンと叩く。パンジーは最初は戸惑っていたが、ハーマイオニーが自分を頼りにしているのを実感してきたのか徐々に満更でもない表情になっていった。普段、ハーマイオニーとダフネには課題のことなどで頼ることが多い為、自分が頼られるのが嬉しいのだろう。

ハーマイオニーが落ち着いたのを見計らって、パンジーがハーマイオニーに声をかける。

 

「ね、ハーミー。そんなに辛いなら、課題も授業も辞めちゃお! いっそのこと!」

 

パンジーの提案に、ハーマイオニーはひどく驚いた。

 

「でも、そんなことできない……。私、しっかりやるって約束をマクゴナガル先生としたの。全部の授業と課題をしっかりやるって約束して、だから全ての授業を受けられるように特別に措置をしてくださったの……」

 

「でも、ハーミー。このままだと、倒れちゃうわよ?」

 

パンジーの心配はもっともだ。それにパンジーの提案も、ハーマイオニーは突拍子がないように感じたかもしれないが、俺は悪くないと思った。

ハーマイオニーが限界なら選択授業のいくつかを今から無くすことはできるだろう。少なくとも、選択授業を必要最低数に減らすことは可能なはずだ。

それでも、ハーマイオニーは授業を減らすことは考えられないようだった。悩みこむハーマイオニーに、パンジーは更に提案を続けた。

 

「じゃあ、ハーミー。私達に、授業を取ってる秘密を話さない? ハーミーが辛いの、授業を人より取ってるからでしょう? ね、秘密を話せばスッキリできるし協力できるかも!」

 

パンジーの提案は、ハーマイオニーにとって魅力的であったようだ。

ハーマイオニーは口を開いて少し話しかけたが、首を振って話すのをやめた。

 

「……ごめんなさい、パンジー。私、とっても話したいのだけど、誰にも言ってはいけないって約束で、特別措置をいただいているの」

 

「私、誰にも言わないから! ね、そしたらマクゴナガルにバレるなんてことはないわよ!」

 

ハーマイオニーはどうしたらいいか分からないようだった。

秘密を話してスッキリしたいし、何か手伝ってもらえるなら負担が減るのは確かだ。でも、話をして万が一があれば、と不安がぬぐえない様子であった。

 

「パンジー……。その、貴女を信用しないわけではないけど、口が滑ってしまえば、とても重い罰があるって言われているの……」

 

重い罰、というのを聞いて流石のパンジーも怯んだ。でも、ハーマイオニーの為に何かをしたいという気持ちまではなくならなかったようだ。

パンジーはここで俺の方に向いて話しかけた。

 

「ねえ、あんたは何か提案ないの? 秘密を絶対に漏れないようにする方法!」

 

無茶ぶりである。

そもそも、パンジーは口が軽い。ハーマイオニーの秘密を知って、絶対に漏らさないという状態にするのは難しいだろう。

ハーマイオニーがパンジーに秘密を話して、絶対にそれがバレないようにする方法。

考えを巡らせる。そして、一つ思いついた。

 

「あー、まあ、ないことはない。ハーマイオニーがパンジーに秘密を漏らしても、それが絶対に他に漏れない方法」

 

俺の発言に、パンジーは喜び、ハーマイオニーは驚いた。

 

「あんた、そういうところは流石よね! さあ、その方法を言いなさいよ!」

 

意気揚々とパンジーは俺に答えを求めるが、俺はすぐには答えられなかった。

 

「準備が必要なんだ、パンジー。今からやっても、多分、今日中には終わるかどうか……。それに、結構ややこしい……」

 

「なら、私も手伝うから、さっさと準備するわよ! ハーミー、直ぐに秘密を話せるようにしてあげるからね!」

 

パンジーは詳しいことを聞くことはせず、俺の提案を実施することを決めたらしい。

ハーマイオニーは驚いた表情で、固まったままだ。

俺はパンジーとハーマイオニーを見て、少し考えてからその方法を試すことにした。

ハーマイオニーが、驚いた表情の中でもわずかに期待をしているのが分かったのだ。自分が秘密を話して楽になれ、協力者を得られるのではないかということを。

期待させてしまった以上、応えないわけにはいかない。

 

「じゃあパンジー、一度図書室に行くぞ。必要な本がある。それから寮に戻る。道具も必要だ。……ハーマイオニー、明日準備ができたら声をかけるからさ。明日も図書室で待っててくれよ」

 

「分かった! ハーミー、また明日! 待っててね!」

 

ハーマイオニーにそう声をかけて、俺とパンジーは空き教室を出る。

ハーマイオニーは少し呆気にとられた様子であったが、それでも期待を込めたような表情になって、俺達を見送った。

廊下に出ると、パンジーは張り切っていた。

 

「さあ、ジン! 何から始めるの?」

 

「とりあえず、本を借りてから談話室で作業。……あと、ハーマイオニーには言わなかったが、俺達は今から校則を破ることになる。バレたら多分、罰則だから気をつけろよ」

 

パンジーにそう告げる。

パンジーはバレたら罰則と言われてびっくりした様子だった。

 

「……珍しいわね。あんたが罰則受けるようなことをするなんて」

 

「まあ、今回ばかりは仕方ないだろ」

 

パンジーは俺の態度に呆気にとられたようだが、直ぐにニヤリと笑った。

それから上機嫌に俺に声をかけた。

 

「あんた今、良い感じ。うん、良い奴よ、あんた」

 

「……珍しいな、お前が俺を褒めるの」

 

「今回ばかりは仕方ないでしょ。あんたのこと、少し見直した」

 

そのパンジーの言葉を受けて、俺もパンジーに笑い返した。

俺とパンジーは馬が合うことは少ない。だが今は、パンジーとはこの上なく馬が合っている。

 

 

 

「……ねえ、この作業いつまで続くの?」

 

「羊皮紙に書き込んでいる情報が完璧と確信できるまで。……作業スピード考えると、あと四時間くらいかな」

 

「……日付変わるじゃない」

 

「そうだな。でも、ハーマイオニーの為に何でもやるんだろ?」

 

「……あんた、いつかこの手で刺すわ」

 

徹夜になる作業のお陰で、折角上がったパンジーからの俺の評価はまた地に落ちた。

パンジーにやらせているのは、図書室から借りてきた本から俺が言った文言が載っているページを探し出す作業。

パンジーはぶつくさ文句を言いながらも、手を休めなかった。ハーマイオニーのために頑張る、という意志は固いらしい。

最初の方は俺とパンジーの二人でいるのが珍しく、興味深げに眺めている人達もいた。しかし、俺達のやっている作業は本を読みながら羊皮紙に文章を書き連ねているだけ。一見するとレポートを仕上げているようにしか見えない。すぐに周りも興味を失って、詮索されることはなくなった。こちらとしては好都合だった。

談話室に誰もいなくなってから、パンジーは俺に質問をした。

 

「……今更だけどさ、私達は今何をしてるの?」

 

どうやら、バレたら罰則ということを気にして今まで質問を我慢していたらしい。

そんなパンジーの疑問に答えてやる。

 

「契約書を作ってる。これにサインをした人が秘密をバラしそうになった時、舌縛り呪文が発動して強制的に黙らせる」

 

「なにそれ、すごい。確かに、それなら秘密を知っても絶対に漏らしようがないわね!」

 

「だろう? ただ、効果を正しく発動させるためには、事細かい設定が必要なんだ。さっきからパンジーにやらせているのは、契約書の作成に必要な文言を探し出す作業だ。俺も契約書を作るのは初めてだからな。手伝ってもらえて助かってる」

 

「はいはい……。はぁ、眠いわ……」

 

作業の内容が何なのか分かったおかげか、多少パンジーの表情が和らいだ。作業スピードも、心なしか少し上がった。

そんなやり取りをしながら契約書の作成を進め、やっとのことで完成した頃には午前二時前だった。

作業が終わったことをパンジーに伝えると、パンジーは歓喜の声を上げた。

 

「やっと、本から解放される……。私、一生分の調べ物をした気分よ」

 

「大げさだな。……まあ、お疲れさん。後は俺がやっとくから、寝てていいぞ」

 

「……まだ、何かやるの?」

 

「仕上げだ。この契約書に魔法をかけて、完成だ」

 

「……私も完成までいる。さっさと完成させて」

 

パンジーは眠そうにしながらも、完成まで立ち会うようだった。

パンジーはハーマイオニーの為の作業を途中で投げ出したくないようだった。

ハーマイオニーがパンジーを大事に思っているように、パンジーもまたハーマイオニーを大事に思っているのが分かった。

そのことを嬉しく思いながら、羊皮紙に必要な魔法をかけていく。今度こそ契約書を完成させたら、パンジーは契約書を抱きよせた。

 

「これで、ハーミーも元気になるわね!」

 

そう言ってパンジーは嬉しそうに笑った。

 

 

 

翌朝、俺は徹夜の作業のお陰で眠気を引きずりながら朝食を済ませると、パンジーと共に図書館へと向かった。

パンジーは契約書を手に、意気揚々としていた。

 

「これがあれば、ハーミーが秘密を私たちに話しても絶対に漏れなくなるわけね。ほんと、便利な魔法知ってたわね。こんなの授業でやってたっけ?」

 

「偶然、最近読んだ本が契約の魔法に関する本でな。簡易的なものであれば一晩で作れると思ってたんだ。実際に作ることになるとは思わなかったが……」

 

「ああ、そう。契約に関する本なんて、あんたそんなものよく好んで読むわね。それでいてクィディッチのことはそんなに興味を持たないんだから、あんたって本当に変わった奴よね」

 

パンジーは俺が契約書の魔法を知っていたことを褒めながらも、本で知ったと聞くや否や少し引いたような様子を見せた。

そんなパンジーに肩をすくめるだけで返事をし、到着した図書室へと入ってハーマイオニーの姿を探す。

ハーマイオニーは昨日と同じ席で課題を進めていた。ハーマイオニーは俺達にすぐに気付いて、簡単に机の上を整理するとこちらへ駆け寄ってきた。

ハーマイオニーは俺達がどんなものを用意してきたのか、興味と期待を抑えられないようだった。

そんなハーマイオニーに、パンジーは満面の笑みで声をかけた。

 

「ね、ね、ハーミー! 私達、すっごいもの用意したんだから! なんだと思う? 当ててみて!」

 

「そうなの、パンジー? ええっと……なにかしら……」

 

ハーマイオニーはパンジーの言葉に驚きながらも、少し笑いながら律儀に考えてくれていた。

しかし、その場でハーマイオニーの答えを聞くのは難しそうだった。

マダム・ピンスがすでにこちらに向かっているのが傍目に見えた。二日も連続で図書室で話すのは、流石によろしくないようだった。

 

「……昨日の空き教室に行こう。このままじゃ、図書室の出入り禁止だ」

 

二人にそう声をかけて、マダム・ピンスに怒られる前に図書室の外へ出る。

空き教室に行くまでも、パンジーはニコニコとハーマイオニーの答えを待ち、ハーマイオニーは一生懸命考えていた。

空き教室に着くと早速、パンジーはハーマイオニーの答えを聞いた。

 

「ハーミー、答えは分かった?」

 

「降参よ、パンジー。私、本当に貴女とジンが用意したものが何か見当もつかないの」

 

ハーマイオニーは微笑みながら両手をあげて降参の意を示した。

そんなハーマイオニーに、パンジーは得意げに懐から契約書を取り出して目の前に突き付けた。

 

「これ! 作るのに一晩かかったの! ね、これを使えば絶対にハーミーの秘密は漏れないわ!」

 

ハーマイオニーはパンジーに突き付けられた羊皮紙が何なんか、最初は分からなかったようだった。不思議そうに目の前に突き付けられた羊皮紙を眺めていた。

しかし、羊皮紙に書かれた文章を読んでいくにつれてハーマイオニーの表情は驚いたものに変わっていった。

 

「ねえ、これ、契約書よね? それも、秘密を破ろうとした人に呪いがかかるようになっている……」

 

「見ただけで分かるのね、流石はハーミー! そう、これを使えば、絶対に秘密を話せなくなるんだって!」

 

「でも、パンジー……。これ、許されてないはずよ。生徒間で呪いを用いた契約なんて、バレたら罰則ものよ」

 

ハーマイオニーは見ただけで、契約書の内容とそれが罰則に値するものであることも分かったようだった。

驚きと心配を顔に浮かべながら、ハーマイオニーはパンジーと俺を見た。

そんなハーマイオニーに笑いながら声をかける。

 

「大丈夫だ、ハーマイオニー。ハーマイオニーさえ黙っていれば、俺がこの契約書を作ったこともバレないはずだ。それにハーマイオニーも、漏らせば罰則を受けるような秘密を俺達に話すんだ。お相子だな」

 

ハーマイオニーは俺の言葉に信じられないという表情をした。俺がこんなことを言うのを、想像もしていなかったようだ。

 

「ね、ハーミー。これで大丈夫よ。これからは私達が協力してあげられる! それに罰則なんて怖くないわ。罰則受けるときは三人一緒。むしろ楽しいわよ!」

 

パンジーは明るい口調でそう言いながら、契約書をハーマイオニーに手渡した。

ハーマイオニーは契約書を受け取ると、それをじっと見つめた。それから、少し涙目になりながらも満面の笑みで契約書を広げて机の上に置いた。

 

「今から、二人に私の秘密を話すわ! これにサインをすればいいのよね? ね、二人もサインして! 私、秘密を話したくてたまらなかったの!」

 

ハーマイオニーはすぐに契約書にサインをすると、俺達の方へ契約書を差し出した。

ハーマイオニーの満面の笑顔を見たのは、クリスマス休暇以来だった。

ハーマイオニーの笑顔を見て、パンジーも満面の笑顔になり契約書にすぐにサインをした。

俺もハーマイオニーが笑ってくれたことを嬉しく思いながら、契約書へとサインをする。

俺達がサインをしたのを見て、ハーマイオニーは待ちきれないというように秘密を話し始めた。

 

 

 

ハーマイオニーが話してくれた、逆転時計を使っての時間割。

説明を受けた時、あまりの衝撃で呆けてしまった。パンジーも何を説明されたか分からないような表情で聞いていたが、理解できた時は驚きで目を見開いた。

ハーマイオニーは秘密を話せてすっきりとした面持ちであった。

 

「私が貴方達に話をできなかった理由、分かったでしょう?」

 

驚きで固まる俺達を見て、ハーマイオニーは可笑しそうに笑った。

パンジーはまだ少し信じられない様子だった。

 

「でも、ハーミー。そうなると、ハーミーはじッ――アガッ――」

 

パンジーは確認の為にハーマイオニーの秘密を口にしようとしたのだろう。パンジーは話している途中に舌が動かなくなり、喋ることができなくなった。

ハーマイオニーは突然話せなくなったパンジーに驚き心配をしたが、俺は契約書がしっかりと正しく発動していることを確信し笑った。

 

「よかったな、ハーマイオニー。契約書は正しく効果を発揮している。パンジーが無意識でも秘密を口にすることはない」

 

ハーマイオニーは興味深げに契約書と話せなくなったパンジーを見て、俺に向かって微笑んだ。

 

「ジン、貴方って本当に優秀なのね。この契約書、作るの大変だったでしょう?」

 

「ありがとう。確かに大変だったけど一晩で済んだ。パンジーも手伝ってくれたしな。……この契約書は、ハーマイオニーが持っていてくれ。これは破れたり、文字が消されたりしたら効力がなくなるような簡易的なものだ。保管していてくれないか?」

 

ハーマイオニーにそう言いながら契約書を差し出す。

ハーマイオニーはそれを受け取ると、大事そうにローブにしまい込む。それから呪いが発動してふてくされた顔をするパンジーに微笑みながら抱き着いた。

 

「パンジー、本当にありがとう。秘密を話せたのもそうだけど、罰則も気にしないって言ってくれて嬉しかった。……授業も課題も辛かったけど、今なら頑張れるわ」

 

「いいわよ、ハーミー! これからも、困ったことがあったら何でも言って!」

 

パンジーはもう慣れたようにハーマイオニーの頭をなでながら、先ほどまで呪いがかかっていたことを忘れたように笑顔でハーマイオニーに声をかける。

そしてハーマイオニーは俺の方に向き直ると、俺にもパンジーと同じように抱き着いてきた。

驚きながら、何とか受け止める。

 

「ジン、クリスマスからずっと一緒にいてくれてありがとう。貴方がいてくれて本当に良かった。……最近、辛いことばっかりだったから」

 

「あ、ああ……。お安い御用だ、これくらい。それにクリスマスは、その、俺も楽しかった」

 

ハーマイオニーの行動に驚きの所為か、ドギマギしながらも返事をする。

ハーマイオニーはそんな俺を見上げながら話をする。

 

「私、ロンにしっかりと謝るわ。酷いことをしたもの。……もっと早く、クルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったって、認めるべきだった。……でも、もしかしたら、ロンは許してくれないかもしれない。……その時は、その、また一緒に遊んでくれる?」

 

「……いつでも呼んでくれ。もしウィーズリーと上手くいかなかったら……そうだな……次のホグズミードは俺達と行こう」

 

腕の中にいるハーマイオニーにそう声をかけると、ハーマイオニーは嬉しそうに微笑んで俺から離れた。

それからハーマイオニーはスッキリした面持ちで図書室に戻り、課題を再開させた。昨日の遅れを取り戻したいそうだ。

流石にパンジーは課題漬けの日が二日連続続くのは耐えられないらしく、また空いた時間にハーマイオニーに会いに行く約束をして今日は談話室に戻ることにしたらしい。

俺も、パンジーと共に談話室へ戻ることにした。一応、俺はハーマイオニーの課題の手伝いを申し出たが、その申し出は課題を全て自分の力でやりたいというハーマイオニーを困らせただけだったからだ。

パンジーと二人で談話室に戻りながら、ハーマイオニーのことを話す。

 

「ねえ、次はいつハーミーに会いに行こうかしらね」

 

「ポッター達との仲直り次第だが、次のホグズミード週末くらいにはまた遊べるんじゃないか?」

 

「そうね! ホグズミード、一緒に行けないかなぁ……」

 

「ポッター達と仲直りしてたら、難しいかもな」

 

「そうよね……。ああ、やっぱりハーミー、ポッター達と縁を切ってくれないかなぁ」

 

「そう言うなって。それに、いつかハーマイオニーとホグズミードに行く機会はあるだろ」

 

ポッター達を目の敵にするパンジーを宥める。

しかし口ではそんなことを言いながらも、俺も内心ではパンジーと似たようなことを考えてしまっていた。

ハーマイオニーがポッター達と喧嘩していたおかげで、俺はクリスマスをハーマイオニーと過ごすことができた。あの時間も、とても幸せだったのだ。

ハーマイオニーが仲直りをしてしまえば、クリスマスのようにハーマイオニーと二人で過ごすことなど早々ないだろう。

それがどうも、惜しいと思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 



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告げ口

ハーマイオニーに契約書を渡してから暫く経ち、次の古代ルーン文字学の授業でハーマイオニーは俺に嬉しそうに報告をしてきた。

 

「ジン、私、ロンにスキャバーズの事を心から謝ったわ。……可哀想だけど、クルックシャンクスをしばらくは部屋の中に閉じ込めておくよう努力することも約束したの。そしたらね、ハリーがファイアボルトのことも私が心配してくれてのことだって助け舟を出してくれて……。ロンもそれを聞いて、少し考えてくれるって。正直、絶対に許してくれないって思っていたわ。だから、考えてくれるってだけで嬉しいの。私、許して貰えるように頑張るわ」

 

どうやら、ハーマイオニーはウィーズリー達との仲に進展があったようだ。顔色も心なしか良くなっている。もう、ハーマイオニーの心配はいらないだろう。

一方で、今度はドラコが不機嫌となった。ポッターが没収されていたファイアボルトを、とうとう手にしたのが原因であった。

先日ファイアボルトを手にしたポッターが大勢のグリフィンドール生に囲まれながら大広間に現れた。今や、週末に控えたグリフィンドール対レイブンクローの試合ではポッターのファイアボルトが目玉となっている。

ドラコはポッターが目立つことも、良い箒を手にすることも何もかも気に食わないようだった。スリザリンの談話室でドラコはしきりにポッターをこき下ろした。

 

「あいつがどんな箒に乗ろうが、吸魂鬼が近づいたら何の意味もない。全くもって宝の持ち腐れだ。あのファイアボルトを、あのポッターが使いこなせると思うか?」

 

そんなドラコにブレーズは強く共感していた。

 

「まったくだ。それに次のレイブンクロー戦からシーカーはあのチョウ・チャンだ。怪我から復帰したらしい。順当にいけば、レイブンクローが勝ってグリフィンドールは優勝争いから脱落だ」

 

ブレーズもファイアボルトを手にして嬉しそうにするポッターが気に食わないようだった。ドラコとブレーズは一緒になってポッターとグリフィンドールをこき下ろし、溜飲を下げていた。

そんな二人を眺めて少し面白がりつつ、クィディッチの試合を見に行くことを約束した。

 

「それなら、レイブンクローの勝利を願って観戦に行くか。ファイアボルトがどんなものかも、興味あるしな」

 

「当然。今更グリフィンドールが勝とうが優勝の可能性は低い。ポッターの伸び切った鼻をへし折って、現実を突きつけてやりたいね」

 

そう敵意を燃やしながらポッターへの嫌がらせを画策するドラコをやんわりと抑えつつ、

遊びに行く約束を楽しみにする。

ドラコ達と休日を共に過ごすのは久しぶりだった。ポッターへの悪態をつくドラコと、それに賛同するブレーズ。ドラコとクィディッチを見に行けることに浮かれるパンジーとそれを面白がるダフネ。この四人と過ごすのが本当に心地よいことを改めて感じた。

 

 

 

グリフィンドール対レイブンクローのクィディッチ試合の当日、ドラコとブレーズに連れられ競技場へと向かう。

今日の試合はクィディッチ杯の行方に関わる試合でもあるが、ファイアボルトのお披露目でもある。その為、グリフィンドールとレイブンクロー以外の生徒も多くが観戦に来ていた。いい席を取る為に早朝に出かけたが、既に競技場への道は生徒で溢れかえっていた。

競技場へ移動しながらドラコ達と試合について話をする。

 

「今日の試合、多くの生徒がグリフィンドールの勝利を確信してるな。ファイアボルトってのは、やっぱりすごいんだな」

 

「すごいなんてものじゃないぞ、君。プロチームの多くがこぞって導入を考えているくらいだ。箒の理想形といっても過言ではないんだぞ!」

 

「ジン、流石にお前、箒について知らなすぎるぜ。チャンが乗ってる箒はクイーンスイープってんだが、性能の違いとか分かるか?」

 

試合の下馬評ではファイアボルトのお陰でグリフィンドールの勝利が濃厚であることをドラコとブレーズに伝えると、二人から呆れたような返事が返ってきた。

そんな話をしながらもすぐに競技場へと着いた。早朝に出かけたおかげで、上の方のいい席は取れた。後から来るダフネとパンジーの分の席も取り、クィディッチ杯の行方について話をする。

 

「今日の試合で勝った方が優勝争いに参加、負けた方が脱落って感じだったか?」

 

「そうだね。とはいえ、どちらのチームも一敗している。次のスリザリン対ハッフルパフが実質の決勝みたいなものさ。次の試合にスリザリンが勝てば優勝。ハッフルパフが勝てば、まあ、今日の試合の勝者と三つ巴さ」

 

俺の質問にはドラコから返事が返ってきた。

スリザリンの選手の一人であるドラコからすれば、今日の試合よりは次のハッフルパフ戦の方が重要であるのは言うまでもない。

 

「成程な。それじゃあ、今日の試合を見に来た生徒のほとんどはファイアボルト見たさに来てるのか」

 

「だろうな。特にハッフルパフの連中は最終試合にグリフィンドールと当たる。気になってしょうがねぇだろうよ」

 

ブレーズにそう言われ周りを見てみると、遠くの方にハッフルパフのクィディッチ選手たちが固まっているのが見えた。

ハッフルパフにとっては、ポッターがファイアボルトを手に入れたことは他人事ではないようだ。心なしか、険しい表情をしているように見える。

ここで試合もそろそろ開始される時間となり、ダフネとパンジーが現れ、周りを眺めるのをやめて観戦の準備に入った。

選手たちが入場するや否や、割れんばかりの拍手と歓声が競技場を包み込んだ。グリフィンドールの歓声がいつもより大きいのは気のせいではないだろう。

今試合の解説者であるリー・ジョーダンが実況と共に試合が開始され、選手達が一斉に飛び上がった。

試合はグリフィンドールの優勢。見た限り、ポッターだけでなく他の選手達も絶好調であった。点差はどんどん広がり、今や八十対ゼロ。レイブンクローの動きも悪くない。ビーターが巧みにブラッジャーを操りポッターがスニッチを手にするのを妨害し、シーカーのチャンがピッタリとポッターをマークしている。それでも、グリフィンドールの勢いを抑えることができていなかった。

そして、勝負はすぐについた。ポッターが箒を加速させチャンのマークを振り切ると、そのままトップスピードで急激に角度を変え、地面すれすれを飛びぬけてスニッチを掴み取った。二三十対ゼロ。圧倒的な差でグリフィンドールが勝利した。

ファイアボルトの影響が強くでた試合であった。大歓声のグリフォンドールを睨みながら、ドラコがつぶやいた。

 

「ふん、箒がなければ何もできないポッターが……。次の試合で僕らが勝てば今日の試合は意味がない。そうさ、今年勝つのは僕らなんだ」

 

今日の試合は、ドラコはお気に召さなかったようだ。終始、グリフィンドール優勢の試合展開にポッターの活躍。完全にへそを曲げてしまった。

そんなドラコにブレーズとパンジーが二人して声をかけ始めた。

 

「へいへい、ポッターをつぶすのは、あそこにいるセドリック・ディゴリーがやってくれるさ。あの伸びた鼻にはちょうどいいお灸だぜ」

 

「ポッターのあのだらしない顔見てよ。ほんと、暢気なものよね。シリウス・ブラックに狙われていること、忘れてるんじゃないの?」

 

二人が同調してポッターをこき下ろしたおかげか、少し機嫌を取り戻したドラコはすぐさま帰る支度を始めるよう、俺達に声をかけた。

 

「さあ、寮に戻ろうか。それと、マーカスにも練習の頻度を上げるように言わないとな。……ハッフルパフに勝てば優勝なんだ。今年こそ、優勝杯を手にしたいからね」

 

帰路につきながら、ドラコは次のハッフルパフとの試合で勝つための案を出していた。

夢にまで見たクィディッチ杯の獲得に、ドラコはいつになく燃えていた。

そんなドラコに、パンジーを中心に俺達が応援と協力を申し出て、スリザリン優勝に向けて熱く語り合った。優勝できたら、またお祝いをしようと約束をして――。

 

 

 

グリフィンドール対レイブンクローの試合の翌日、あるニュースが舞い込んできた。

シリウス・ブラックがとうとうグリフィンドールの寮に侵入を果たしたらしい。

襲われたのは何とロナルド・ウィーズリー。ポッターの寝室まで行きついたことになる。

これを受けて学校は更なる対策の強化に踏み切った。シリウス・ブラックの人相を生徒全員が覚えられるよう、廊下のいたるところに写真が張り付けられ、グリフィンドールの寮の入り口にはトロールが警備をするようになった。

 

「襲われたのがポッターじゃないのは驚きね。ポッターとウィーズリーを間違えたのかしら?」

 

「さあ? 俺は誰も殺さずにシリウス・ブラックが去った方が気になるな。まさか、大量殺人鬼が生徒一人を殺すのをためらうとは思わなかったぜ」

 

「俺もブレーズと同じことを考えていた。ブラックは噂よりも慎重な人間ってことなのか……別の目的があったのか……」

 

「ブラックの目的なんて、ポッターの殺害以外に何があるってんだ?」

 

「分からない。だが、寝室にまで入り込んで誰も襲わないってのは、聞いていたブラックの人物像からかけ離れててな。どうも、違和感がぬぐえない」

 

談話室でニュースを教えてくれたブレーズとダフネと一緒に話をする。

被害者が出なかったことを安心しつつも疑問に思った。ブラックの行動が、まるでポッターを殺すことが目的ではないように思えたのだ。

 

「考えすぎじゃないかしら? ブラックも、騒ぎを起こしたらホグワーツから脱出できないのが分かってたってことでしょう。自分の命が惜しかっただけだと思うわ」

 

「そうだぞ。それに、いかれた殺人鬼の頭の中なんて誰にもわかりゃしねえよ。考えるだけ無駄だ」

 

考えていたところダフネとブレーズにそう窘められる。二人の言い分ももっともで、俺も早々に考えを諦めた。ブラックは捕まってこそいないものの、誰も襲われずにもう半年以上が経つ。ブラックの身動きが自由に取れていないのは明らかだと思った。

この平和な半年間のお陰で、ホグワーツの警備が強化されている限り襲われるようなことはない、と思っている人が大半であった。

暫くして、クィディッチの練習を終えたドラコがパンジーを伴って帰ってきた。

ドラコは俺達がブラックがウィーズリーを襲った事を話しているのが分かると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ハッ、あのウィーズリーの言うことだ。どこまでが本当なのか怪しいものだ。しかし残念だよ。本当にブラックがグリフィンドールにいたのだったら、ポッターとウィーズリーを始末してくれると思ったんだがね」

 

「そう言うなよ。ここで仮に殺人が起きたら、クィディッチは十中八九中止だ。それは嫌だろ?」

 

「……それはそれだ。僕はポッター達を痛い目に遭わせたいだけさ」

 

俺の返事でより機嫌を悪くさせてしまったドラコは箒の片づけと着替えに部屋に戻っていた。スリザリン対ハッフルパフの試合は二週間後に迫っていた。先日のグリフィンドールの試合に感化され、ドラコの気が荒くなっているのだろう。

パンジーはそんなドラコを見送ってから、俺達の近くの席に座った。

 

「今日の練習でも、ドラコは絶好調だったわ。今年の優勝はいただきね! それに、今週末はホグズミードじゃない? ここ数日はいいこと尽くしね!」

 

パンジーは上機嫌だった。

パンジーがハーマイオニーの秘密を知ってからというもの、パンジーはハーマイオニーが逆転時計を使用する場所とタイミングを掴んだらしい。授業の合間の少しの時間、ハーマイオニーと二人で秘密の会合を行っているのをこの間知った。パンジーもハーマイオニーも秘密を共有していることやこっそりと会うことを存分に楽しんでいるようであった。

加えて、クィディッチの練習をするドラコの手伝いをすることでドラコとの距離を詰められていると実感しているようで、ここのところよく浮かれている姿が見られた。

そんなパンジーからホグズミードに関する提案があった。

 

「ホグズミード、今回はみんなで回らない? 雪も積もったままだし、カフェでゆっくりしましょ!」

 

「あら、ドラコとのデートはいいの?」

 

「悩みどころだけど、前回はあんましだったし、ドラコもみんなで回りたいって言うから……」

 

「そう。私はどちらでも構わないわ。全員で回るのも好きよ」

 

パンジーはダフネにデートにしなくていいのかと質問を受けて少し悩んだ様子であったが、今回は全員で遊ぶことに決めているようであった。

 

「俺もしばらくはデートはいいかなぁ……。結局、お前らと回れたのは一回きりだろ? また全員で行こうぜ」

 

「そうだな。ホグズミードでゆっくりしようか。ドラコも、ここ最近の練習で疲れもたまっているだろうしな。ゆっくりする方がドラコも嬉しいだろ」

 

ブレーズも俺も全員で回ることに賛成で、次回のホグズミードではまたいつものメンバーで過ごすことが決まった。

浮かれるパンジーを横目に、俺も週末を楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

ドラコ達とホグズミードで過ごすことを決めた日の夕方、ハーマイオニーが俺を訪ねてスリザリン寮近くまで来た。

 

「ジン、相談したいことがあって……。私、もうどうしたらいいか分からなくて……」

 

ウィーズリーとの仲が進展していたはずのハーマイオニーは、またも思い悩んだ表情をしていた。思い悩んだハーマイオニーが俺を訪ねてくるのも、もう見慣れたものに感じてきた。

とりあえず、俺は場所を移動し人通りの少ない所にあるベンチで話を聞くことにした。

ベンチに並んで腰かけ、少し落ち着いたところでハーマイオニーに話を切り出した。

 

「悩みはウィーズリーの事か? 正直、解決したと思ってたんだが……。また、何かあったのか?」

 

「そうなの……。でも、あの……詳しいことは言えないの……。虫のいい話だけど、それでも相談をしたくて……」

 

ゆっくりと言葉を選びながらも、ハーマイオニーは悩みを話し始めた。

 

「ねえ、ロンがシリウス・ブラックに襲われたって話は知ってる?」

 

「ああ。昨日、ブレーズとダフネから聞いた。結局、何もされはしなかったって話だと思ったが……」

 

「ロンやハリーに怪我はなかったわ。でも、シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に入ってきたのも間違いないの。警戒を強めるべきなのは、間違いないわ」

 

「まあ、それもすでに学校側が手配をしているがな。確かにシリウス・ブラックが捕まらずに半年以上が経つが、その間に誰も襲われていない。ここで警備が強化されれば、シリウス・ブラックも身動きが取れなくなると思うがな」

 

俺も人のことを言えないが、ハーマイオニーへ心配のし過ぎではないかと指摘をする。それでも、ハーマイオニーの心配がなくなることはない。

 

「……周りがどれだけ警戒していても、守られるべき人自身が危険なことをしていたらどうしようもないわ」

 

「ポッター達が何かしようとしているのか? 詳しくは言えないってのはポッター達の事か……」

 

悩みの本題だろう。

俺の呟きに、ハーマイオニーはぎこちなく頷きながら話を続けた。

 

「あの、今度のホグズミード週末、ハリー達も出かけようとしているの。ハリーは、許可証を持っていないのに……」

 

「ホグワーツを抜け出そうとしてるのか? どうやって? 出入り口は吸魂鬼が見張っているぞ」

 

「方法は言えないわ……。でも、今週末にホグズミードへ行こうとしているのは確かなの……」

 

ハーマイオニーの話しぶりから、ハーマイオニーはポッター達を止めたいと思っているのは分かった。しかし表立って行動ができないのは、まだ完全に仲直りができていないからだろう。

 

「ハーマイオニーは危険だって、二人を止めてるんだろう? ……ポッターとウィーズリーは、それを聞いて何て言ってるんだ?」

 

「自分達がホグズミードへ行く方法を、シリウス・ブラックが知っているはずがないって……。シリウス・ブラックも同じ方法を知っていたら、もっと大きな騒ぎになっているはずだから。それからロンは、私がハリーのホグズミードへ行く方法を先生にバラして、ハリーが退学になるようなことがあれば、私を一生許さないとも……」

 

ウィーズリーの言い分には正直、腹が立った。ハーマイオニーが二人の心配をして頭を悩ませているのに、当の本人達は退学になるようなことをしておきながら、バラしたら許さないとは。身勝手が過ぎる。

不快感が表情に出たのだろう。ハーマイオニーはウィーズリー達をかばうように慌てて話を続けた。

 

「あのね、ハリーは今年に入ってからずっと窮屈な思いをしてきたの。シリウス・ブラックに狙われて、吸魂鬼の影響を強く受けるし、その、ショックなことも多かったの。その上、一人だけホグズミードに行けないなんて、凄く惨めな思いに違いないわ。それが分かっているから、ロンもハリーをホグズミードへ誘うの。……二人は、安全だって思っているから」

 

「……だが、そのせいでハーマイオニーが嫌な思いをするのは話が違うと思うがな。お前も今年に入ってから、思い詰めてばっかりだ」

 

俺がそう言うと、ハーマイオニーは驚いた表情をした後に少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「……貴方はいつも私の味方でいてくれるのね」

 

微笑みながらそう言われ、少し顔が熱くなる。思わず目をそらしながら返事をする。

 

「ハーマイオニーがいつも正しい事をしているからな」

 

俺の返事を聞いて、ハーマイオニーは一層嬉しそうに笑みを深めた。

 

「私が正しいって、そう言ってくれるのが本当に嬉しい。……私が正しいと思っていることは、いつも誰かを傷つけてたから」

 

俺は、ハーマイオニーが自分の判断が正しいかどうか自信を持てなくなっているのを感じた。

 

「ハーマイオニー、お前はいつも正しいさ。今だって、正しいことをしようとしてるんだろ?」

 

「……迷っているの。ハリーを止めるか、一緒にホグズミードへ行くか。ハリーがホグズミードへ行くつもりなら、二人よりも三人の方が安全でしょ? でも、一番安全なのはホグズミードへ行かないことだっていうことも、分かってはいるの」

 

俺への返答は、ハーマイオニーらしくない内容だと思った。しかし同時に納得もした。

もう嫌なのだろう、ポッター達と対立することは。今年に入ってから、ハーマイオニーはグリフィンドールでずっと一人で過ごしてきたのだ。やっと手にした仲直りの切っ掛けを手放したくないのだ。

少し考えて、俺はある事を思いついた。

ハーマイオニーがポッター達と仲違いせず、この事態を収める方法を。

 

「ハーマイオニー、ポッター達と三人でホグズミードへ行ってこいよ」

 

「……え?」

 

「どうせ、ポッター達を止めても無駄なんだろ? なら、三人で行った方が安全だ。それに、これでウィーズリーとの喧嘩も終わるなら、悪くないだろ?」

 

ハーマイオニーは驚きで固まり、返事をするのにしばらく時間がかかった。

 

「私、止められるのかと思ってた……」

 

「まあ、正直それが正しいことだとは思うが……。ハーマイオニーがそれで苦しむ必要はないって、思っただけだ」

 

俺の返事にハーマイオニーはまだ戸惑っていた。それから、逆に背中を押されたことで段々と不安になってきたようだ。そんな不安を拭うように、後押しで声をかける。

 

「ハーマイオニー、お前が不安に思っているようなことにはならないよ。シリウス・ブラックはホグズミードには来ないし、ポッターも安全に週末を迎えられる。ハーマイオニーがポッター達と対立する必要もない」

 

ハーマイオニーはしばらく俺の言葉の真意を探ろうと考えていたが、諦めたようだ。

不安や考え込むような表情から、力を抜いたような微笑みに変わった。

 

「また、あなたが何かしてくれるの?」

 

「さあ、どうだろう?」

 

俺のはぐらかした答えに、ハーマイオニーは深く追及することはなかった。

クスクスと笑いながら、結局はハーマイオニーも俺の提案に乗ることにしたようだった。

 

「……私、ハリー達とホグズミードへ行くわ。止めても行くなら、一緒にいたほうがハリー達も安全だと思うの」

 

ハーマイオニーはベンチから立ち上がり、スッキリした表情でそう言った。ここで話も終わり、今日はお互いの寮に帰ることになった。

 

「ジン、いつもありがとう。……今年、あなたに助けられてばっかりね」

 

「お安い御用だよ、本当に。俺もこうして話をするのを楽しんでるからな」

 

「ジン、もし何か力になれることがあれば言ってね。私にできることがあれば何でもするわ!」

 

ハーマイオニーは別れ際、そう笑いながら言ってくれた。

ハーマイオニーを見送ってから、俺も自分の寮へと戻る。

寮へ戻りながら、少しため息をついた。俺が思いついたハーマイオニーとポッター達が仲違いせずにホグズミード週末を過ごす方法。それは、ハーマイオニーが想像したようなものではないはずだ。そして場合によっては、俺はポッターと本気で対立することになるかもしれない。

それでも、ハーマイオニーが孤立するよりはずっといいと踏んだのだ。

自室に戻り、ベッドに横たわりながら考えを巡らせる。実行に移すのは次の木曜日、闇の魔術に対する防衛術の特別授業の後だ。

 

 

 

 

 

 

ホグズミード週末の朝、ハリーは忍びの地図と透明マントを持ってホグワーツを抜け出す準備をしていた。

ハリーにとって意外だったのは、ハーマイオニーが同行すると言い始めたことだった。

 

「ハリー、あなた、とても危険なことをしようとしているのよ。それでも、止めても行くんでしょう? ……だから、私も同行するわ。少しでもあなたが安全になるように」

 

ハーマイオニーが、スキャバーズの件の埋め合わせをしようとしているのはハリーもロンも分かった。地図のことを先生へ告げ口をしないでいることも、ハリーが抜け出すことを容認するのも、ハーマイオニーの本意ではないことは感じてはいた。

ハリーもロンも、そんなハーマイオニーに対して少なからず罪悪感を持っていた。

それでも、ハリーとロンはホグズミードへ行かないという選択を取らなかった。

シリウス・ブラックがホグズミードへの抜け道を知っているはずはないし、ホグズミードから帰ってくる楽しそうな生徒達を指をくわえて見ているだけなのは耐えられなかったのだ。

ハリーはホグズミードへの準備を整え、抜け道のある四階の廊下の隻眼の魔女像へ向かう。その途中、意外な人物から声をかけられた。

 

「やあ、ハリー。少しいいかな?」

 

ルーピンであった。ハリーは今だけはルーピンに会いたくはなかった。

そんなハリーの気持ちを知ってか知らずか、ルーピンはハリーへ話を続けた。

 

「ハリー、今から私の部屋に来てもらえないかな? 君も、ホグズミードへ行けなくて暇をしていると思うしね」

 

ハリーはどうやって断ろうか必死に考えを巡らせたが、いい案はなかった。曖昧な返事と共に、大人しくルーピン先生の後ろへついて行くことしかできなかった。

いつかルーピンの部屋に招かれた時と同じように、ルーピンの部屋には河童や水魔が数匹、水槽に保管されていた。

ハリーは一刻も早く立ち去りたい気持ちを押さえつけながら、水魔や河童に興味があるふりをしつつ、ルーピンから差し出された紅茶を飲んだ。

ルーピンはそんなハリーを見つめながら、ゆっくりと話を始めた。

 

「実はね、ハリー。君に話したいと思っていることがあるんだ」

 

「何でしょう?」

 

ハリーははやる気持ちが抑えきれず、食い気味に返事をしてしまった。ルーピンはそんなハリーを気にした様子はなく、話を続けた。

 

「私が君のご両親と友達だったことは、以前に言ったね。……もう一つ、君に言っておこうと思ったことがあってね。シリウス・ブラックの事さ。私はね、ブラックとも友達だったんだ。……いや、友達と思っていたと言うべきかな」

 

ハリーは一瞬、ホグズミードへ行くことを忘れ、ルーピンの話に聞き入った。

ルーピン先生はそんなハリーに少し笑いかけた。

 

「君はすでに、ブラックが両親の仇だってことは知っているね。……実は君が、両親の仇を取る為にブラックの後を追うのではないかと勘繰っていたんだ。けどハリー、君は私が思っているよりもずっと強く、聡明だったね。危険なことはせず、憎しみにも耐えることができた」

 

ハリーはこれからホグワーツを抜け出そうということに恥じらいと罪悪感を持った。それでも、既に約束をしてしまったことを盾に、自分に後戻りはできないと言い聞かせた。

ハリーはジッと耐えながらルーピンの話の続きを待った。

 

「私は君のお父さんに大きな恩があるんだ。君のお父さんが、私の学生生活をとても輝かしいものにしてくれた。本当に、幸せな時間だったんだ。……私はね、君に魔法を教え、力になれる事を惜しまない。だからもし、先日侵入してきたブラックの事で思い悩むことがあれば何でも言っておくれ。ジェームズ達の忘れ形見である君を、守る為ならなんだってするさ」

 

ルーピンの話はそこで終わった。

ハリーはルーピンにお礼を言い部屋を抜け出すと、人気のない廊下で立ち止まってルーピンに言われたことを考えた。

ルーピンは今からハリーがすることを知ったら、きっとガッカリするだろう。それでは辞めようか? いや、既にハニーデュークスでロンとハーマイオニーが自分を待っている。それに、抜け道のある隻眼の魔女像は誰にも触れられていない。誰も抜け道の事は知らないのだ。現に三年以上も抜け道を使い続けていたフレッドとジョージは未だ捕まっていない。今日、ハリーがちょっと使っても大事にはならないはずだ。

ハリーはそう自分に十分言い聞かせてから、念のため透明マントを羽織って抜け道へと向かった。

そして抜け道に到着し、隻眼の魔女像に杖を向けて呪文を唱える。

 

「ディセンディウム(降りよ)」

 

像が割れて抜け道が露わになった。ハリーは鞄と一緒に抜け道へ滑り込もうとした。

しかし、ハリーが抜け道に入ることはなかった。

 

「アクシオ(来い)、忍びの地図」

 

ハリーは落ち着いた声で呪文が唱えられるのを聞いた。そしてハリーの手の中から忍びの地図が飛び出し、その拍子に羽織っていた透明マントもはだけてしまった。

思わぬ事態に固まりながら地図が飛んでいった方を見ると、なんと先ほど話をしていたはずのルーピンが地図を片手にこちらを見ていた。

 

「……君の反応からもしやとは思っていたがね、ハリー。残念だよ、君がこの地図を提出しなかったのは。……私はね、たまたまこの地図の事を知っていた。そこに、ホグズミードへの抜け道があることもね」

 

ルーピンの悲しそうな表情に、ハリーは内臓に氷をぶち込まれたかのような感覚に襲われた。

顔を真っ青にして何も言えないハリーに、ルーピンはため息を吐きながら言葉をかける。

 

「ハリー、私がどれだけ説得しても、君がシリウス・ブラックの事を真剣に受け止めることはないだろう。……私が伝えたいことはさっき言ったばかりだしね。私は、君を守りたい。だから、これを返してあげるわけにはいかないよ。……このことで、君を罰したりはしないし、校長へ報告することもない。でも、よく考えてくれ。君のご両親は、君を守る為に命をささげたんだ。それに報いるには、君の行動はお粗末だとは思わないかい?」

 

ハリーはこれほど惨めな思いをしたのは初めてだった。今なら、自分だけホグズミードに行けない事なんて大したことじゃないと断言できる。

ルーピンが去った後も、ハリーは俯いて動けずにいた。

大好きな先生を失望させたということがハリーに深く突き刺さり、ホグズミードへの熱を一気に奪い去ってしまった。

ハリーは寮に戻った後も、結局早めに切り上げてきたロンとハーマイオニーが返ってくるまで談話室でうなだれていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

俺が思いついたハーマイオニーとポッター達を対立せずに事態を収める方法は、端的に言えばルーピン先生への告げ口であった。

ルーピン先生へ、ポッターがホグズミードへ行こうとしているらしいということを相談した。そして、俺からの情報であることを伏せて、ホグズミードへ行くのを止められないかとお願いをした。

 

ルーピン先生は俺からの依頼を快く受けてくれた。

 

それからルーピン先生は、俺が知ったのはハーマイオニーからであること、表立って報告をしないのはハーマイオニーとポッター達の仲を気にしているから、と俺が気にしていることを言い当てて見せた。ルーピン先生は全てを把握した上で穏便に済ませると約束をしてくれた。

ルーピン先生がポッターに罰則を与えたり、俺からの情報であることを隠さずに強引にポッターを調べたりする可能性もあった。だからルーピン先生が穏便に済ませると約束してくれた時はほっとした。

 

そして、ルーピン先生は約束を果たしてくれた。

 

ポッターがホグズミードへ行けず大人しくしていたこと、今後抜け出すこともないだろうということをハーマイオニーから聞いた。そしてポッターは、偶然ルーピン先生にバレてしまったと思っていることも。その為、俺やハーマイオニーに敵意を向ける様子はないことも確認できた。

ハーマイオニーには俺がルーピン先生へ告げ口をしたことを言わなかったが、ハーマイオニーは察しているようだった。しかし、ハーマイオニーも俺に深くは確認をしなかった。手にした平穏を壊さぬよう、知らないふりをすることに決めたらしい。

 

ハーマイオニーはポッター達と仲直りでき、ポッターの安全は保障され、俺はポッターから恨まれることもない。全てが丸く収まった。

俺は正しいことをしたと、胸を張って言える。しかし、スッキリとはしなかった。

告げ口への罪悪感、ポッターへの同情と苛立ち、ポッターを落ち込ませたことで表情を曇らせるハーマイオニーへの心配――。スッキリしない理由はいくつも心当たりがあった。

俺はハーマイオニーが俺に相談に来た際に言っていた、ある言葉を思い出した。

――私が正しいと思っていることは、いつも誰かを傷つけてた――

今、まさにそんな気分だった。

もしハーマイオニーがずっとこんな気分だったのなら、さぞかし息苦しかっただろう。

俺は、ポッターと関わったことを少し後悔していることに気が付いた。

 

 



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拉致

ホグズミード週末から一週間、とうとうスリザリン対ハッフルパフのクィディッチ試合の日を迎えた。

この試合でスリザリンが勝てば優勝。

その為、スリザリンの選手全員が今までにないほど気合を入れて試合に臨んでいた。

選手以外のスリザリン生もその多くが試合の応援に駆け付けた。

競技場は今や、緑の横断幕があちこちに広げられている。

パンジーはドラコの名前が大きく刺繍された横断幕を俺とブレーズに持たせ、一番上の広い席を陣取らせていた。

 

「いい? 私達の応援が、ドラコの勝利に、スリザリンの勝利につながるんだからね! 半端な応援は許さないわよ!」

 

パンジーの気合に気圧される下級生を横目に、俺は横断幕を手にしながら試合開始を待った。パンジーほどではないが、俺も応援の気合は十分入っていた。

今年はこれがスリザリンの最後の試合だ。この試合で負けてしまえば、優勝争いから離脱はしないものの、結果は他寮任せとなる。

何としても勝ちたい。そんなスリザリン生の期待を背負って、スリザリンの選手達が入場した。同時に入場をしたハッフルパフの選手達と向き合い、キャプテン同士が握手をする。

そして審判であるマダム・フーチのホイッスルによって試合が始まった。

 

 

 

 

 

試合が開始してしばらく、試合展開は拮抗していた。どちらのチームも得点を許さず、ギリギリの均衡を保っていた。

それが崩れたのは、スリザリンのチェイサーが初得点をしてからだ。

初得点を機に、スリザリンは勢い付いた。多少の守りは捨てでも、少しでも多くのゴールを奪おうとすさまじい猛攻を見せた。

その結果、点差は九十対二十と大きくスリザリンがリードをした。

フィールドは今、スリザリンが支配している。後は、ドラコがスニッチを手にするだけだった。

そんな中で、ドラコは勝ちに焦らず冷静にプレーができていた。スニッチ探しを妨害するセドリック・ディゴリーを度々かわし、逆にセドリックがスニッチに向かう時は体を張って阻止をした。ドラコ自身、自分の実力が十二分に発揮できていることが分かった。

それでも、セドリックの方が一枚上手だった。

途中、セドリックは常に太陽を背にして飛び、ドラコの視界から消える時間を徐々に増やしていった。そして視界に現れたかと思うと、強烈なフェイントや妨害でドラコの集中力をとことん削りにいった。

そして時間が経ち、得点が一二十対四十とスリザリンがリードする中で、セドリックが勝負を仕掛けた。

セドリックが競技場を疾走するスニッチを発見し、ドラコの妨害を振り切ってスニッチ獲得に動いた。

ドラコは一瞬、セドリックを見逃しはしたもののすぐに後を追い始めた。箒の性能により、ドラコは徐々にセドリックとの差を縮めていった。そしてスニッチまで数十メートルというところで二人は並走する形となった。

二人は激しく体をぶつけ合い、お互いの妨害をしながらも確実にスニッチに近づいて行った。

今や、競技場の熱気は最高潮であった。競技場の全ての生徒達が声をからして自身の寮を応援した。

そして、決着がついた。

わずかな差で、セドリックがスニッチを取った。

最終スコアは一二十対一九十でハッフルパフの勝利。

ハッフルパフからは割れんばかりの歓声が上がった。

こうしてクィディッチ杯の行方は、グリフィンドール対ハッフルパフの最終試合まで持ち込まれた。

 

 

 

 

 

スリザリンが負け、ハッフルパフが勝った。

その事実にスリザリン生の多くが落胆し、暗いムードで競技場から去っていった。

先程まで歓声を上げていたパンジーも、流石に言葉を失ってしまったようだった。固まってしまったパンジーを慰めるようにダフネが抱き寄せていた。

俺と一緒に横断幕を持っていたブレーズは、悔しそうに拳を握っていた。

 

「ああ……。あと少しだったってのにな……」

 

ブレーズがそう呟いた。それは多くの生徒達の感想であった。

試合の流れは完全にスリザリンが持っていた。シーカーの実力は、誰の目から見ても接戦だった。本当にどっちが勝ってもおかしくはなかったのだ。

今、ロッカールームにいるドラコはやり切れない気持ちでいっぱいであろう。

優勝を誰よりも口にしていたドラコは結局、自分の手で勝利をつかむことはできなかったのだ。

 

「私、先に帰ってるわ。ドラコを慰める準備をしてくる! まだ少し寒いから、暖かい飲み物が欲しいと思うの」

 

ショックから立ち直ったパンジーは、ダフネを伴って先にホグワーツへと帰るようだった。

一方でブレーズはまだ動く様子がなかった。

 

「先に帰ってろよ。俺はまだ、ここにいるわ」

 

ブレーズは何か考えがあるようで、その場を動く様子はなかった。

俺はブレーズと共に残ることにした。ブレーズが何を考えているか、なんとなく分かったのだ。

試合の終わった競技場から生徒達はどんどん去っていき、あっという間に競技場に残った生徒は俺とブレーズだけになった。

俺はブレーズに、競技場へ残った理由を確認した。

 

「競技場に残ったの、ドラコを慰める為だろ?」

 

「なんだ、分かってたのか。……あの試合展開はなぁ、ドラコにはきつすぎるだろ。あいつの所為で負けたって、周りからも責められそうだしな。見てろよ、ドラコは絶対にロッカールームに閉じこもるからよ」

 

俺の確認にブレーズは特に否定することなく、肩をすくめて答えた。

それからドラコ以外のスリザリンの選手が競技場を去っていったのを確認したブレーズは、選手の控室でもあるロッカールームへと向かい始めた。

そしてロッカールームの前に到着したら、ブレーズは俺に話を持ち出してきた。

 

「俺達が慰めると、ドラコは八つ当たりしてくるに五ガリオン」

 

「じゃあ俺は、負けたのは自分の所為だって言うに五ガリオン」

 

「お、いいね。よし、それじゃあ確認だ」

 

俺がブレーズの持ちだした賭けに乗っかると、ブレーズは面白がるように笑いながらロッカールームを開けた。

ロッカールームは荒れていた。先ほど去った選手達は片付けもせずに帰ったのだろう。

そして荒れているロッカールームの中で、ドラコは俯いて座っていた。

ブレーズはすかさず、ドラコに声をかけた。

 

「よお、ドラコ。惜しい試合だったな」

 

ブレーズが陽気に声をかけると、ようやくドラコは顔をあげた。

ドラコは能面の様に感情のない表情をしていた。

ドラコの予想外の表情に、流石にブレーズは怯んだようだった。そんなブレーズへ、ドラコは冷たく声をかける。

 

「なんだ? 君達も笑いに来たのか? 勝てる試合をみすみす逃した、無能なシーカーだって」

 

ドラコの声に荒々しさはないものの、静かな怒りと悲しみがにじんでいた。きっと、俺達が来る前に他のメンバー達にコテンパンに言われたのだろう。

特にキャプテンだったマーカス・フリントは今年で卒業だ。学生最後のクィディッチが敗北で終わった彼がどんなに荒れていたかは、ロッカールームが示していた。

俺はドラコの隣に座り、肩を叩いた。

 

「俺とブレーズが、お前にそんなことを言うわけないだろ。本気で思ってるんだ。今日の試合は惜しかったってな」

 

「あのセドリック・ディゴリー相手に、お前はよくやったぜ。それに、マーカスのくそ野郎が何言ったか知らねぇが、他の試合は全部勝ったじゃねぇか。お前は立派にシーカーをやってたって」

 

俺とブレーズの励ましにドラコは返事をせずにしばらく固まっていたが、少しして体を震わせて表情を悔しさでにじませた。

 

「勝てる試合だったんだ。マーカスなんかに言われなくても分かってる。……今日の試合は僕の所為で負けたんだ」

 

絞り出すような声だった。そしてドラコにしては珍しく、自分を責めるような言葉だった。

そんなドラコに、ブレーズは辛抱強く声をかけた。

 

「そう腐るなよ。仮にお前以外の奴がシーカーだったら、もっと早くスニッチを取られてただけの話だ。なあ、俺にしては珍しく本気で言ってるんだぜ? 今日のお前は凄いシーカーだった。負けたのはお前の所為じゃねぇって。試合を見てた奴はみんな分かってる」

 

ブレーズの言葉を聞いて、ドラコは一層体を震わせた。そして、顔を俯かせて立ち上がると、ぶっきらぼうにこう言った。

 

「……シャワーを浴びてくる。待っててくれ」

 

顔は見えなかったが、ドラコが泣く寸前なのは震えた声で分かった。

そして荒々しくシャワー室に入ると、無駄に大きな音を立てながらシャワーを浴び始めた。

俺とブレーズは部屋のベンチに腰掛けながらドラコが戻るのを待った。

 

「時間かかるだろうぜ、このシャワーは」

 

「そうだな。まあ、気長に待とう」

 

ブレーズの言葉に相槌を打つと、ブレーズは面白がるように話を振ってきた。

 

「そういや賭けの内容は引き分けか? 結局、二人とも当てちまったな」

 

「そうだな。……浮いた十ガリオンで、ドラコに何か買ってやるか」

 

「お前はドラコに甘いよなぁ。……まあ、今回はその案に乗ってやるよ」

 

ブレーズはケラケラ笑いながら、ドラコを慰める俺の案に賛成をした。

ほどなくして、ドラコがシャワーを終えてロッカーに戻ってきた。目が少し赤くなっていたが、それ以外はいつも通りになっていた。

 

「待たせたね。……寮に戻ろう。正直、もうくたくたなんだ」

 

ドラコは疲れをアピールしながら、俺達を帰路へと促した。俺とブレーズは大人しく従い、三人で並んで寮へと戻った。

帰り道、ドラコは来年のクィディッチチームの話を切り出した。

 

「来年、チームの編成が大きく変わる。キャプテンはチェイサーのグラハム・モンタギューだ」

 

「まあ、マーカスの後釜って言ったらそうなるよな」

 

ブレーズがそう相槌を打つ。ドラコは少しためらってから話を続けた。

 

「……新しいキーパーはマイルズ・ブレッチリーが候補に挙がっている。でも僕は、ブレーズ、君を推す。そしてビーターも一人必要だが、それにはジンを推すつもりだ」

 

俺とブレーズは驚いてドラコを見た。ドラコは俺達に目を合わせないようにしながら、話を続けた。

 

「去年からずっと言っていただろう? 僕達三人でクィディッチをしようって。僕の実力は十分なんだ。君達二人が頑張ってくれないと、約束は守れないぞ」

 

ドラコは照れ隠しの様にそう憎まれ口をたたいた。

そこからの帰り道は、俺とブレーズでドラコを褒めたり茶化したり、ドラコが照れて怒ったり言い返したりで騒がしくなった。

ドラコがずっと俺達三人でクィディッチをやる事にこだわっているのが嬉しかった。

そんなドラコの期待に応えられる様に、クィディッチの練習と準備を欠かさないことを心に誓った。ドラコとブレーズとクィディッチができるのは、俺にとってもこれ以上にない幸せだ。

寮に着いてからは、パンジーがドラコのために用意したホットチョコレートとおやつによってドラコの機嫌は完全に直り、その日の夜にはドラコはもういつも通りだった。

 

 

 

 

 

スリザリン対ハッフルパフの試合後、優勝の可能性が残されたグリフィンドールチームが活気を出し始めたが、多くの生徒が学期末テストに向けてそれぞれの授業で多くの課題が出されたことの方が気になっていた。

イースター休暇を目前にして課題に追われていない生徒はおらず、あまりの課題の多さに、ドラコですらクィディッチがなくて良かったと心から思っている様子であった。

俺も普段よりも多く出される課題に苦戦をし、さらに木曜の夕方にある闇の魔術に対する防衛術の特別授業があって、他の奴等を手伝う余裕を作れなかった。

ポッターはクィディッチ最終試合に向けて練習と課題で忙しく、今日の特別授業に出席すらできないようだった。そのことはルーピン先生も了承をしていた。

ルーピン先生はポッターが出席できないことは気にしておらず、むしろポッターに教えることはもうないと思っているようであった。

 

「ハリーはもう十分に守護霊を出せるからね。本物の吸魂鬼を相手にしても、もう気絶することはないはずだ」

 

元々は吸魂鬼を相手に気を失わないようにするための授業であった。ポッターはすでに目的を達成している。

そしてルーピン先生は、俺に対しても特別授業は必要ないと感じているようであった。

特に今日の特別授業では俺は守護霊を盾のように呼び出すことに成功した。今までで一番の出来であった。

 

「ジン、君ももう吸魂鬼を前に気絶することはなくなっただろう?」

 

「ええ、多分。とはいっても競技場に現れて以来、吸魂鬼と対峙したことはありませんが……」

 

「それでも、列車で初めて遭遇した時のようにはならないはずだ。君も、十分に守護霊を呼び出せている。君はもっと自信を持つべきだ」

 

ルーピン先生は微笑みながら俺を褒めた。俺は褒められたことを嬉しく思いながらも、吸魂鬼に対応できる自信は持てず曖昧に頷いて誤魔化した。

今回の授業は、俺がルーピン先生にポッターがホグズミードへ行こうとしていることを告げてから何度目かの授業であり、初めて俺とルーピン先生が二人になった場でもあった。

ハーマイオニーからの報告もあり、ルーピン先生が俺の依頼通りに全てを丸く収めてくれたことは知っている。しかし、詳しい方法や経緯は全く知らない。

ポッターがどうやってホグズミードへ行こうとしていたのか、ルーピン先生はどうやって止めたのか、ルーピン先生はなぜ穏便に事を澄ましてくれたのか。確認したいことは山ほどあった。

しかし、ルーピン先生が詳しいことを話してくれることはなかった。

 

「ジン、君も課題が多くて忙しいだろう? 君も、もう守護霊の術の授業はもう十分だろう。……試験に向けて、準備をする方が大切じゃないかな?」

 

ルーピン先生は俺にそう特別授業の終わりを申し出た。

ルーピン先生の様子から、俺が望めば授業は続けてくれそうではあった。しかし、元々この特別授業はルーピン先生の好意で行われていたし、何より俺が試験に向けて忙しいということはルーピン先生はもっと忙しいということになる。そんな中で、授業を続けたいとは俺からは言えなかった。

 

「……ありがとうございました、ルーピン先生。確かに、吸魂鬼への対応はもう十分できると思います。この特別授業も、もう十分かもしれません」

 

俺がそう言うと、ルーピン先生はどこかホッとしたような表情でほほ笑んだ。

こうして俺の特別授業は終わり、結局、ルーピン先生からポッターのことを聞き出すことは叶わなかった。

胸に残ったしこりは解消されず、モヤモヤしたまま俺は教室から去ることになった。

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の特別授業がなくなっても、課題に追われることに変わりはなかった。スリザリンの談話室や図書室で、他の奴らと課題を一緒にすることが日課となりつつあった。

パンジーは知恵熱を出すほど追い込まれ、ブレーズは不機嫌で少し刺々しくなった。ダフネもアストリアからの課題の相談を断るほど余裕はない。ドラコはクラッブとゴイルの面倒を見る時間と八つ当たりをする時間が同じくらいになりつつあった。

それぞれが追い詰められながらも、イースター休暇が明けたら待ち構えているグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチ最終戦を気にしてはいた。

スリザリンは、優勝争いから脱落はしてはいない。とはいえ、スリザリンが優勝するような形で試合が終わる望みは薄かった。スリザリンが優勝するには、グリフィンドールが六十点差以内の差で勝った場合のみ。ハッフルパフが勝てばハッフルパフが、グリフィンドールが七十点以上の差をつけて勝てばグリフィンドールが優勝である。

スリザリンが優勝してもおこぼれでの優勝という印象は拭えず決まりの悪い展開であった。

イースター休暇の最終日、パンジーがクィディッチの事を切り出した。

 

「ねえドラコ、イースター休暇明けの最終試合は見に行くの?」

 

ドラコと出かける約束ができれば、というパンジーのすがる思いがにじみでた言葉であった。しかし、パンジーの希望がかなうことはなかった。

 

「……いや、今年はもういい。スリザリンが優勝しても、ポッターへは決まりが悪いからね」

 

ドラコにしては珍しく、クィディッチの試合に行く気がないようであった。課題に追い込まれているということもあるが、今年のクィディッチ杯にはもうそこまで興味がないようであった。

うなだれるパンジーをよそに、ブレーズは機嫌よさそうにドラコの肩を叩いた。

 

「来年こそは、やってやろうぜ。俺がキーパーを務めるんだからよ」

 

「まだ君だって決まったわけじゃないぞ。ブレーズ、君も実力をしっかりと磨くんだぞ?」

 

「任せろよ。マイルズにはキーパーの座を渡さねぇって」

 

ドラコが俺達二人をクィディッチ選手へ推すと言ってから、ブレーズは今年のクィディッチの結果を気にしなくなった。ドラコもそんなブレーズの様子に呆れながらも、感化されたのか、クィディッチの話をする時はいつも来年のチームの話を切り出すようになった。ドラコがクィディッチ杯に興味がなくなったのも、ブレーズの影響が大きいだろう。

とはいえ、ポッターが優勝することは気に食わないようで、ハッフルパフの勝利を願っているようではあった。

忙しいながらも平穏な日々が、俺達の中に流れていた。

 

 

 

 

 

課題に追われるイースター休暇が明けた。

イースター休暇明け直ぐにクィディッチの決勝戦が行われ、優勝はグリフィンドールとなった。初戦敗北からの大逆転劇。校内はグリフィンドールの勝利で盛り上がっていた。

当然ドラコはいい顔はしなかったが、癇癪を起こすほどでもなかった。とはいえ、グリフィンドールの優勝を聞いた日には、クラッブとゴイルのお菓子を取り上げるなど中々の荒れ具合を見せたが……。

そんな中、試験一週間前に掲示板に久しぶりの明るいニュースが舞い込んでいた。

試験が終わった翌日、ホグズミード行きが許されるとのことだった。

 

「試験が終わったら、今年最後のホグズミード。……それを聞いて、まだ頑張れそうと思うのは、学校側の策略に嵌るようで癪だね」

 

そうドラコはぼやきながらも、ホグズミード行きを楽しみにしていた。他の奴らも試験後の楽しみが生まれ、少し勉強にやる気が出たようであった。

 

そんな中で、ハーマイオニーが俺を訪ねてきた。

 

ハーマイオニーは誰よりも試験が多い為、忙しさは俺達の比ではないはずだった。

それでも時間を作ってわざわざ俺を訪ねてきた。不思議に思いながらも、例のごとく人気の少ないベンチで話をする。

ハーマイオニーは悩んだ様子ではなかったが、少しためらいがちに話を始めた。

 

「ねえ、ジン。試験が終わった次の日のホグズミード週末は、やっぱりみんなでホグズミードへ行くつもり?」

 

「ああ。今日、ちょうどその話をしてたんだ。どうかしたのか?」

 

ハーマイオニーは俺の返事を聞いてから少し考えるようにしていたが、意を決したように話を切り出した。

 

「ジン、ホグズミードへ行く前に、少しだけ時間をもらえないかしら? お昼を、貴方とハリーとロンと一緒にできないかなって思っているの……」

 

ハーマイオニーにこの提案を切り出された時は戸惑った。しかし、すぐに理解した。

ポッターはホグズミードへ行けない。そして、ウィーズリーもポッターに合わせてホグズミード行きを見送るようだ。そこでハーマイオニーは、かねてより願っていた俺とポッター達の親交を深める機会にしようと考えたようだった。

ポッターとは闇の魔術に対する防衛術の特別授業で距離が縮まっている。試験後の開放感のある時に顔を合わせれば、悪いようにはならないだろう。

しかし、ウィーズリーはその限りではない。俺はウィーズリーと接点は全くと言っていいほどない。印象もお互い悪いと言わざるを得ない。

ハーマイオニーが特に気にしているのは、俺とウィーズリーの仲だろう。

 

「……勿論、その、パンジー達とホグズミードへ行くのを優先してもらって構わないわ。でも、もし本当に良ければ、ハリー達と話をしてもらえないかしら……?」

 

ハーマイオニーは縋るような表情でこちらを窺っていた。ハーマイオニーとしても、分の悪いお願いだと思っているようだった。

俺は頭を掻きながら、少し考える。

ドラコ達に何と言おうか……。ポッター達と会うと言えば、ドラコと気まずくなってしまうだろう。しかし、ハーマイオニーと会うと言えばパンジーが付いてくると言いだしかねない。それでは台無しだ。思いつく言い訳としては、試験の質問や闇の魔術に対する防衛術の特別授業の事くらいだろうか。それでも、お昼まで終わらないというには不自然な言い訳な気もする。

面倒で断ろうかとも思ったが、ハーマイオニーの不安そうな表情を見て思い直した。

クリスマスにハグリッドからも言われた。俺とポッター達が仲良くなることで、ハーマイオニーが救われるのだと。

この機を逃したら、仲を深める機会は滅多にないだろう。

 

「……いいよ、分かった。それじゃあ試験が終わった次の日、一緒に昼ご飯でも食べようか」

 

俺が了承の返事をすると、ハーマイオニーは満面の笑顔になった。

 

「ありがとう! 私、貴方とハリー達が仲良くなれるって、本気で思っているの! いつか、パンジー達とも仲良くなれたらって思ってるから……。だから、貴方とハリー達が仲良くなってくれたら、私、本当に嬉しいわ!」

 

ハーマイオニーは、いつかパンジー達とポッター達とも一緒に過ごせることを夢見ているようだった。

壮大な計画だと思いながらも、それを茶化すことはしなかった。ハーマイオニーとドラコと一緒にいたいと思っている俺も、似たり寄ったりだろうから。

ハーマイオニーが嬉々として会う日の予定を話すのを聞きながら、俺は腹をくくった。

ポッター達はハーマイオニーがスリザリン生と仲良くすることにいい顔はしていないだろう。逆も然りで、ハーマイオニーがポッター達と仲がいい事についてパンジー達はいい顔をしない。ハーマイオニーはホグワーツに入学してから、いつだって板挟みになってきたのだ。

せめて俺だけはハーマイオニーの理解者でありたいと思った。目の前の頑張り屋な少女の力になりたいのだ。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーとの約束から一週間が経ち、試験が終わった。

試験が終わったその日は、ドラコ達と校庭に繰り出して解放感を味わった。そして翌日に控えた今年最後のホグズミード行きの話で盛り上がった。

俺が昼過ぎまで別件があることは、すんなり話が通った。闇の魔術に対する防衛術の特別授業があると誤魔化せば、深く追及されることはなかった。

 

そしてホグズミード週末の当日、出かけるというドラコ達を見送ってから、俺は談話室に戻ってハーマイオニーとの約束の準備をした。

今年一年もあと少しで終わる。シリウス・ブラックや吸魂鬼と厄介ごとはあったが、一年目や二年目と比べものにならないくらい平穏な一年だった。

後は、ポッター達との会合を済ませ、ポッターとウィーズリーと仲良くなればいいだけだ。

ハーマイオニーの提案で、暴れ柳のすぐ近くで昼食を持ち出して一緒に食べることになっている。昼食にハニーデュークスの菓子とお茶でピクニック気分を味わおうというのだ。

クリスマスにハーマイオニーやハグリッドと共にやった時は確かに楽しかったが、今回はどうなるか分からない。

ため息をつきながら、昼食と菓子を包んだ袋を持って約束した暴れ柳の方へと向かう。

今日で仲良くなれなければ、ハーマイオニーもきっと楽になるだろう。今までより、もっと堂々とスリザリンの方へ顔を出せるようになるかもしれない。

俺自身、ポッターやウィーズリーと仲良くなれればそれに越したことはないと思っている。

それでも気乗りしないのは、ルーピン先生へ告げ口をしたことがまだ尾を引いているからだろう。もやもやした気持ちが拭えずにいるのだ。

そんなことを考えていたら、約束の時間よりも随分早く集合場所に着いてしまった。

袋をわきに置き、芝生に横たわる。日差しが気持ちよかった。うたた寝をしてしまいそうだ。

暫くそうして横になっていると、袋の方からガサゴソと音がした。

目をやると、瘦せこけたネズミが昼食の入った袋に入ろうともがいていた。よほど腹が減っているのだろう。随分と必死な様子だ。追い払おうと手で払うが、ネズミは食料を諦めそうにない。袋を持ち上げて遠ざけても、しがみついて離れない。

このままでは、袋の中身を全て齧られてしまうだろう。それは勘弁して欲しい。

杖を向けて、簡単な呪文を唱える。

 

「ペテフィカス・トタルス(石になれ)」

 

呪文が命中して固まったネズミは、ポトリと袋から落ちた。

このままどこかに置いてもいいが、流石に少しかわいそうに思った。袋からお菓子をいくつか取り出し、ハンカチと一緒にくるめてポケットの中に入れる。どこか離れたところで、呪文を解いてやろう。

時間を確認すると、待ち合わせまでまだ少しある。少し離れたところにネズミを置いてくる時間はあるはずだ。

ポケットにネズミを入れたまま立ち上がり、森の方へと向かう。その時だった。

 

背後から黒い大きな影が襲い掛かってきた。

 

身構える間もなく押し倒され、手に持っていた杖は遠くへと弾き飛ばされた。

大きな影が何なのかはっきりと分からないままもみ合いになり、その大きな影に足を噛まれ引きずられていく。噛まれた痛みに悲鳴を上げながら、杖もない俺は大した抵抗もできなかった。

芝生を掴んで耐えようとするも、ものすごい力で引きずられるため芝生は掴んだ端から千切れる。藻掻いて逃れようとするたびに、牙が足に食い込んで痛みが増す。

ポケットの中をひっくり返し、道具を探すも何もない。ネズミを包んだハンカチも、いつの間にかポケットから零れ落ちたようだった。

何もできないまま、ただ引きずられて、俺はいつの間にか暴れ柳の下にある隙間に引きずり込まれた。洞穴を引きずられながら、痛みと恐怖に耐える事しかできなかった。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーはハリーとロンを引きずるように連れ、時間ピッタリにジンとの集合場所へ向かったが、そこには袋が置いてあるだけで誰もいなかった。

 

「ここに荷物があるってことは、ジンはこの辺にいると思うのだけど……」

 

ハーマイオニーは誰かがいた形跡を確認しながらも、人影が見えないことを不思議に思っていた。

ロンは欠伸をしながらそんなハーマイオニーに声をかけた。

 

「なら、直ぐに戻ってくるんじゃない? 待ちぼうけじゃなかったら……」

 

ハーマイオニーは困ったようにしながら、辺りを見渡すと少し離れたところに何かが転がっているのが見えた。近づいて確認すると、それは杖だった。

 

「これ多分、ジンの杖よ。どうしてここに……」

 

嫌な予感がしながらもより注意深く周りを確認すると、更に離れたところで小さな包みが転がっていた。

ハーマイオニーは拾い上げて中身を広げると、息をのんだ。

 

「ロン、見て! 信じられない! スキャバーズよ!」

 

ハーマイオニーの叫びを聞いて驚いたハリーとロンが駆け寄ると、確かにハーマイオニーの手の中にスキャバーズがいた。カチコチに固まっていながら目だけはキョロキョロと不安そう動かしているスキャバーズが、お菓子と一緒にハンカチにくるまれていた。

 

「スキャバーズ! でも、どうしてこんなところで……」

 

ロンは歓喜の声をあげながら、同時に不思議そうに呟いた。

ハリーも不思議に思って辺りを見渡すと、ある事に気が付いた。

 

「ねえ、これ見てよ。もしかして、血じゃ……?」

 

ハリーが指さした方には、点々と血の跡が続いていた。それはスキャバーズが落ちていた場所から暴れ柳の下にまで続いていた。

放り出された荷物に杖、魔法で固められたスキャバーズ、そして血の跡。

三人は何が起きたか分からないが、何かが起きたことだけは分かった。

 

 

 



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明かされる真実

放り出された荷物と杖、魔法で固められたスキャバーズ、そして血の跡。

それらを見たハリー達は、ジンの身に何かが起きたことは感じていた。

 

「ジン! ねえ、近くにいたら返事をして!」

 

ハーマイオニーは大きな声で周囲に呼びかけるが、返事はない。

近くに人影もない。今日はほとんどの生徒がホグズミードへ行っている。この辺りを通った人もいないだろう。

不安と心配で震えるハーマイオニーに、ロンは冷静に声をかけた。

 

「誰か呼ぼう。血の跡なんて、普通じゃない。誰かがけがをしたのは間違いないんだ」

 

ロンの言葉に、ハーマイオニーはすぐに頷いて了承をした。

対しハリーは、心配事を口にした。

 

「血の跡は暴れ柳の下まで続いている……。あの下にはホグワーツの外につながる道があるって、フレッドとジョージが言ってた。もしこの血が誰かのものなら、のんびりしている暇なんてないと思う……」

 

ハリーの言葉に、ハーマイオニーは顔から血の気が引いた。

 

「私、直ぐに先生を呼んでくるわ。マクゴナガル先生でも、誰でも……すぐにでも……」

 

ハーマイオニーは混乱しながらも、助けを呼びにホグワーツへ走ろうとした。

しかし、ハーマイオニーは走るのをやめた。

ホグワーツの方からこちらに向かって、走ってくる人影が見えたのだ。

 

「ルーピン先生!」

 

ハーマイオニーは走ってくる人影、ルーピン先生を見て安心したように声をあげた。

ルーピン先生は焦った表情でこちらに駆け寄ってきた。よほど急いできたのか、息を切らしていた。ルーピン先生はハリー達の所に来ると、息を整えながら確認をした。

 

「……君達、ここで何かあったのか分かるかい?」

 

そう確認するルーピン先生に、ハーマイオニーは食い気味に状況を説明した。

 

「私達、ここでジンと待ち合わせをしていたんです。でも、ジンはいなくて……。代わりに、彼の杖と血の跡が……」

 

ルーピン先生はハーマイオニーに差し出された杖を受け取り、それから血の跡が暴れ柳の下まで続いているのを確認すると顔をしかめた。

ハーマイオニーはそんなルーピン先生に必死に声をかけた。

 

「先生、血の跡があるんです! ジンかは分かりません……でも、誰かがけがをしてるんです!」

 

ルーピン先生は必死なハーマイオニーを冷静に眺めながら、少し考えるようにしていた。

そんなルーピン先生を見て、ハリーは不思議に思った。ルーピン先生はここで何が起きたか全くわかっていないようだった。しかし、それならなぜルーピン先生は焦ったようにこちらに向かってきたのだろうか? 

ハリーの疑問は、ルーピン先生の質問により更に深まることとなった。

 

「君達、ここでネズミと黒い犬を見なかったか? いや、どちらかでいい。心当たりはないかい?」

 

三人は顔を見合わせた。

ネズミならば、ロンがスキャバーズを拾った。血の跡を見て後回しにしていたが、魔法で固められたスキャバーズがお菓子と一緒にハンカチにくるめられたのも十分に変なことではあった。

ロンは不思議そうに、魔法で固められたスキャバーズをルーピン先生の方へ見せた。

 

「ネズミなら、スキャバーズがここに。こいつ、魔法で固められてここに転がってたんです。でも、それが一体……」

 

ルーピン先生は差し出されたネズミをまじまじと見つめると、驚きで目を見開いた。

それからルーピン先生は血の跡が続いている暴れ柳の下の抜け道を振り返り、呆然と呟いた。

 

「……まさか、本当にそうなのか? こんなことがあり得るのか……?」

 

ハリーはいよいよ分からなかった。ルーピン先生が一体何に気づいたのか。そして血の跡を見てもすぐに行動する様子はなく、スキャバーズを気にするのはなぜなのか。

ハリーは自分だけでなくハーマイオニーとロンも混乱しているのが分かった。そして、ルーピン先生に対する不信感が湧いてくることも。

三人が混乱する中、ルーピン先生はしばらくじっと動かずに考え込んでいた。それから、顔をしかめたまま、三人に語り掛けた。

 

「三人とも、落ち着いて欲しい。正直私も混乱している。ジンを襲ったのは、恐らくシリウス・ブラックだ」

 

シリウス・ブラックがジンを襲った。それを聞いてハーマイオニーは息をのんだ。

ルーピン先生はそんなハーマイオニーを気にせず、急ぐように話を続けた。

 

「だが、私の予想が正しければジンは無事だろう。怪我はしているかもしれないが、殺されていることはまずない」

 

「……なぜ、そう言い切れるんですか?」

 

こちらに言い聞かせルーピン先生に対して、ハリーは質問した。

ハリーはルーピン先生の断言に安心はできなかった。ルーピン先生が何かを隠していることは明らかだったのだ。

ルーピン先生は少し言い淀んでから、質問に答えた。

 

「それは、シリウス・ブラックの目的がハリーでもなく、ジンでもなく、そこのネズミだからだ。……そして、シリウス・ブラックは無実かもしれない。殺人犯などでは、ないのかもしれないんだ」

 

ハリーはルーピン先生の正気を疑った。シリウス・ブラックがアズカバンから抜け出してまで狙う相手が、よりにもよって弱ったネズミのスキャバーズだというのだ。

更には、シリウス・ブラックが無実だとも……。

信じられないという表情をするハリー達に、ルーピン先生はなおも話を続けた。

 

「君達の信じられない気持ちはよく分かる。だが、君達を完全に信じさせることは今の私にはできない。それに私自身、何が真実なのか見失っている。だから、真実を知りたければ自分の目で見て確かめて欲しい」

 

ルーピン先生はそう言い、暴れ柳の下の通路を指さした。

 

「あそこの抜け道は、叫びの屋敷へと続いている。ジンとシリウス・ブラックはあそこにいるだろう。君達が真実を知りたいというのなら、私と一緒に叫びの屋敷へと向かおう。……君達にはその権利がある」

 

「先生! ハリーをシリウス・ブラックと引き合わせるなんて……! 一体、何を考えているんですか!」

 

ハーマイオニーはルーピン先生の提案にたまらず声をあげた。

ルーピン先生はそんなハーマイオニーに宥めるよう、穏やかに話しかけた。

 

「勿論、君達はここで待っていてもいい。ジンは無事に連れて帰ることも約束する。ただし、そこのネズミは私に引き渡してもらう。それだけはどうしても了承しておくれ」

 

三人は混乱し、今度こそ完全に固まった。ルーピン先生がなぜ、そこまでスキャバーズに執着するのか分からなかった。

戸惑い固まるハリーに、ルーピン先生はゆっくりと語りかけた。

 

「ハリー、君の両親を殺した本当の犯人が誰なのか、確かめたくないか? 君の両親が死んだ日に一体何が起きたのか、知りたくはないか?」

 

混乱したハリーにとって、これはとどめの一言だった。

ハリーはもう何が何だか分からず、ただ疑問を口にすることしかできなかった。

 

「……僕の両親を殺したのは、シリウス・ブラックじゃないんですか?」

 

「それを確かめに行くんだ。ハリー、私と一緒に来るかい?」

 

ルーピン先生は確かに怪しかった。しかし、ハリーはルーピン先生が自分を殺そうだなんて、考えることもできなかった。

ルーピン先生はいつだって自分を気にかけ、吸魂鬼から身を護る術を教え、そして両親に恩があると言い切った。

ハリーは考えることを止め、ただルーピン先生を信じることに決めた。

 

「僕、知りたい。両親が何で死んだのか、確かめたい」

 

ハリーの返事に、ロンとハーマイオニーは驚いてハリーを振り向いた。

ハリーの表情を見て、ハリーの意志が固いことを知ったロンはすぐにハリーの後に続いた。

 

「僕も行く! 僕も、ハリーと一緒に行くよ!」

 

ハリーはすぐに自分について行くと言ったロンに驚いたが、同時に嬉しくも思った。

ロンが、ハリーを一人にしまいと考えているのが分かったのだ。

ハーマイオニーはそんな二人を見て不安そうにしながらも、結局はついて行くことに決めたようだった。

最後にと、ハーマイオニーはルーピン先生に確認をした。

 

「……先生、本当に、本当にジンは無事なんですよね?」

 

「ああ、それはまず間違いない。そうでなくては、説明がつかないことが多すぎる」

 

ルーピン先生の言葉を聞いて、ハーマイオニーはもう何も言わなくなった。

三人がついて行くことに決めたことを分かったルーピン先生は杖を振って枝を飛ばし、暴れ柳の木の節に当てて見せた。

枝を当てられた暴れ柳は普段の様子が嘘のようにピタリと動きを止めた。

驚く三人にルーピン先生は手招きをした。

 

「さあ、行こう。真実を確認しに……」

 

 

 

 

 

引きずられることが終わって、何かに噛まれていた足が解放されたことも分かった。しかし、直ぐには身動きが取れなかった。

噛まれた足は深く傷付いており、背中も擦り剝けているだろう。それにあちこちぶつけて全身が痛い。

それでも何とか顔を動かし、俺を襲った者の正体を見ようとする。

ここは古い屋敷の中のようだった。そして俺を襲った者の正体は、すぐそばにいた。

それは黒い犬だった。とても大きく、俺なんて食い殺してしまえるのではないかと思う程だった。

犬はひどく興奮したように荒い息をしながら、俺を食うことなく大人しく座っていた。

しかし、それも一瞬の事だった。

犬は体をゆがませながらどんどん形を変えていき、気が付けば二つ足で立ち上がって、人の形となった。

「動物もどき」だ。

マクゴナガル先生以外の「動物もどき」は初めて見た。しかし、変身した男の姿は見覚えがあった。

学校のいたるところに人相が張り出されていた人物、シリウス・ブラックだ。

痛みと驚きで呆然とする俺に、シリウス・ブラックは襲い掛かってきた。

抵抗をしようとするも、痛みでうまく体は動かない。シリウス・ブラックが俺に馬乗りになり、俺は完全に身動きが取れなくなった。

そのまま殺されるかと思った。でも、そうはならなかった。

シリウス・ブラックは俺のローブを漁ってきた。しかし、俺のローブに何もないことを確認すると犬のような唸り声をあげた。

 

「ネズミはどこだ? 持っているのは知っている。どこへやった」

 

しゃがれた声が聞こえた。一瞬誰が言っているのか分からなかった。

シリウス・ブラックが言うネズミとは、俺が魔法で固めたネズミの事だろう。

シリウス・ブラックは、俺ではなくネズミを狙っていたというのだろうか?

 

「さっさと答えろ! ネズミはどこだ!」

 

シリウス・ブラックの鬼気迫る声に気圧されながら、思わず返事をする。

 

「……ネズミなら、さっきの場所だ。多分、落とした」

 

俺の返事を聞いたシリウス・ブラックは固まった。しかし、直ぐに唸り声をあげると今来た道を戻ろうとした。

シリウス・ブラックが振り返っているのを見て、直ぐに思った。

このまま見逃せば、シリウス・ブラックはハーマイオニー達の待っている場所へ向かうだろう。ハーマイオニーとシリウス・ブラックが鉢合わせることになる。そんなこと、許せるはずもない。

俺は犬に変身をしようとしているシリウス・ブラックに掴みかかる。俺の不意打ちにシリウス・ブラックは驚きに身を固まらせ、犬に変身をせずに終わった。

俺に掴みかかられたシリウス・ブラックは唸りながら振りほどこうともがく。

 

「……離せ。離さなければ、お前を殺すことになる」

 

「離すわけないだろうが! 離せば、お前はあそこに戻るだろうが!」

 

凄みのきいた声だったが、何も考えずに罵声を返す。

シリウス・ブラックは唸り声を一層強くしながら、抵抗を強める。体の痛みなど、気にはならなかった。シリウス・ブラックにしがみつき、移動させまいと声をあげながら踏ん張る。

シリウス・ブラックの唸り声と、俺の雄たけびが響く。

暫くそうした膠着状態が続いていた。

だが、いつまでも続くわけがなかった。

シリウス・ブラックは動くことを止めた。俺はそれでもシリウス・ブラックが移動しないように掴む力は緩めなかった。そんな俺にシリウス・ブラックは言った。

 

「なぜ、ここまで抵抗をする? 私を捕まえて、英雄にでもなるつもりか?」

 

「あそこには、あいつがいるんだ! 行かせるかってんだ!」

 

唐突の問いかけに、考える余裕などない。ただ叫び返す。叫んで自分を鼓舞し、シリウス・ブラックを捕まえる力を維持し続ける。

シリウス・ブラックは俺の叫びを聞いて、しばらく動かなかった。

それから静かに、俺に言った。

 

「……離せ。でないと、お前を本当に殺すことになる。離せばお前をこれ以上傷つけない。お前の友達にも、手出しなどしない。誰も傷つけやしない」

 

何を言われたのか、意味が分からなかった。

そしてシリウス・ブラックの声は、不思議と冷静で殺意がなかった。

シリウス・ブラックは俺を殺さないという。俺以外にも誰も殺さないという。

混乱した。それでも、手を緩めなかった。離せば取り返しのつかないことになるという考えが頭から抜けなかったからだ。

梃子でも動かない俺に対し、シリウス・ブラックはゆっくりと動いた。

 

「……お前はすぐに誰かに見つけてもらえる。死にはしないだろう」

 

信じられないくらい強い力で、首を絞められた。息ができない。意識が遠のいていく。あと数秒も持たないだろう。

だが、俺が意識を失うことはなかった。

 

「エマンシパレ(解け)!」

 

閃光がはしり、シリウス・ブラックの手が俺から離れる。同時に俺の手も解かれ、俺とシリウス・ブラックは弾かれた様に離れた。

首から腕が解放され、やっと息を吸うことができた。

酸欠によるガンガンとした頭痛が収まり、呪文が飛んできた方へと目を向ける。

そこにはルーピン先生が、ポッターとウィーズリーとハーマイオニーを伴って立っていた。

 

「リーマス……」

 

「シリウス……君はやりすぎだ。悪いが、杖は下せない」

 

シリウス・ブラックはルーピン先生の名を呟く。ルーピン先生は苦い表情をしながら、シリウス・ブラックへ真っ直ぐ杖を向ける。

ルーピン先生はシリウス・ブラックへと杖を向けたまま、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

そして俺をゆっくりと起こし、優しく声をかけた。

 

「ジン、もう大丈夫だ。……足の怪我がひどい。後で医務室に行こう。だが、すまないがもう少し待ってくれ。真実を、明らかにしないといけないからね」

 

ルーピン先生はそう言いながらハーマイオニー達を手招き、シリウス・ブラックから守るように立ちふさがる。

ハーマイオニーは弾かれた様にこちらに駆け寄ってきた。

 

「ジン、大丈夫……? ああ、血が……足は、足は平気なの?」

 

「……なんで、ハーマイオニーがここに?」

 

「ルーピン先生が、真実を知りたいなら来いって……。ああ、貴方は無事だって、そう聞いていたのに……」

 

ハーマイオニーは泣きながら、血が出ていた俺の足を心配そうに持っていたハンカチを当てる。

しかし、俺の怪我よりももっと気になることが目の前で起きているのだ。

 

「なあ、ルーピン先生の言う真実って、何なんだ?」

 

「……シリウス・ブラックが無実だって言うの。そして、何人もの人を殺した本当の犯人が別にいるって」

 

ハーマイオニーの言葉に驚いて固まる。一体、ここで何が起ころうとしているのか。

俺達の目の前で、シリウス・ブラックとルーピン先生はしばらくにらみ合っていた。それから、ルーピン先生から話を切り出した。

 

「……シリウス、ピーターがそこにいる」

 

ルーピン先生が何を言っているか分からなかった。

しかし、シリウス・ブラックには効果覿面であったようだ。シリウス・ブラックは驚きで目を見開いた。

そんなシリウス・ブラックにルーピン先生は更に話を続ける。

 

「シリウス、落ち着いて話をしよう。私は真実を知りたい。そしてハリーにも、真実を話すべきだ。……もし、話に応じてくれるなら、座ってくれ。念のため、両手を挙げて」

 

バカげた提案だと思ったが、なんとシリウス・ブラックはその提案を飲んだ。

シリウス・ブラックは両手をゆっくりと挙げながらその場に座り込んだ。

ルーピン先生は満足げにそれを眺めてから、今度はウィーズリーの方へと向いた。

 

「ロン、君の持っているネズミをこちらに渡してくれるか?」

 

突然話しかけられたウィーズリーはビクリと体を震わせた後、戸惑ったようにネズミをポケットから取り出した。ウィーズリーが取り出したそれは、確かに俺が魔法で固めたネズミであった。

心配そうにするウィーズリーに、ルーピン先生は安心させるように声をかけた。

 

「大丈夫だよ、ロン。もし、これがただのネズミなら君にしっかりと返す。でもね、どうしても試さなくてはならないことがあるんだ。……そのネズミが、真実のカギを握っているんだ」

 

ウィーズリーの心配そうな表情は拭えなかったが、ネズミはしっかりとルーピン先生へと渡された。

ルーピン先生が持つネズミを、シリウス・ブラックはとびっきりの憎しみを込めて睨みつけていた。シリウス・ブラックがネズミを狙っているのは、どうやら本当の事だったようだ。

シリウス・ブラックは、ルーピン先生がいなければ間違いなくネズミに飛びかかっていただろう。

ルーピン先生は俺達やシリウス・ブラックの全員の目配りをし、固まって動かないネズミへと杖を向けた。

 

「いいかい、全員が約束して欲しい。真実を確認するまで誰も決して動かないと。何が起ころうとも、だ」

 

ルーピン先生はそう言うと、ネズミに向けて魔法をかけた。

閃光が迸り、ネズミは瞬く間に小柄なみすぼらしい男へと姿を変えた。魔法で固まったまま動けないのまま……。

ネズミが男に変わったのを見て、ハーマイオニーは悲鳴を上げ、ポッターとウィーズリーは驚きで息をのんだ。

ルーピン先生は、固まった動けない男にゆっくりと声をかけた。

 

「……ピーター、聞こえているね? 今から動けるようにする。逃げないことだ。逃げたら、容赦はしない」

 

ルーピン先生に似つかわしくない、ゾッとするような脅しの声だった。

それからルーピン先生は杖を振って、男にかけられた魔法を解いた。

魔法から解かれた男は起き上がるとビクビクと体を震わせながら、目線をせわしなく窓やドアの方に配らせながら話し始めた。

 

「やあ、リーマス……我が親友よ……助けておくれ……私は、そこにいる殺人鬼、シリウス・ブラックに殺されてしまう……」

 

「話の整理がつくまで、誰も殺させやしない。だからピーター、君も座るんだ。座って、大人しくするんだ」

 

ピーターと呼ばれた男は挙動不審ながらも、ルーピン先生に言われた通りに座り直した。目線は、変わらず窓とドアに向けながら。

ルーピン先生はシリウス・ブラックとピーターという男の退路を塞ぐように立ち、二人にじっくりと杖を向けながら話を始めた。

 

「さあ、まずはハリー達にピーターの紹介からだ。彼はピーター・ペティグリュー。ハリー、説明は必要かい?」

 

「……彼は、僕の両親を殺したシリウス・ブラックに立ち向かって死んだと聞きました。なぜ、生きているんですか?」

 

ピーター・ペティグリューと呼ばれた男は、どうやらシリウス・ブラックに殺されたはずの男であるようだった。それが生きているというのだから、確かにルーピン先生が混乱するのも無理はない。

ルーピン先生はポッターの返事に満足そうにうなずくと話を続けた。

 

「それを説明してもらおうと思ってね。ピーター、ハリーのご両親が、ジェームズ達が殺された夜、一体何をしていたんだ?」

 

「逃げていたんだ! シリウス・ブラックが私を殺しに来ることが分かっていたから! だから……」

 

「自分の死を偽装して逃げ切り、そして、今の今までネズミのふりをしながら隠れていた、と。……なぜ、無実の者がネズミの姿で十年以上もの間も隠れ住んでいたか、理解に苦しむよ」

 

ルーピン先生はピーター・ペティグリューの説明をそう断ずると、今度はシリウス・ブラックに向き直った。

 

「さあ、シリウス。今度は君の番だ。シリウス、君がジェームズの秘密の守り人だったはずだ。……あの夜、何があった?」

 

シリウス・ブラックは憎しみで目を燃やしピーター・ペティグリューを睨みつけながら、それでも冷静に話を始めた。

 

「……リーマス、恐らく君の予想通りだ。私は、直前でジェームズ達に勧めたのだ。秘密の守り人を、ピーターへ変えるように。……バカだった。私は、ヴォルデモートが私を狙い、ピーターには目もくれないと考えていたんだ。こいつがスパイだったなんて、考えもしなかった……」

 

「私がスパイだなんて……正気の沙汰じゃ……」

 

「私が勧めたから、ジェームズ達はお前を秘密の守り人にしたのだろうが! 私が、ジェームズを裏切るわけがない! ……ジェームズを裏切るくらいなら、私は死を選んだ!」

 

シリウス・ブラックは説明の途中に口を挟んだピーター・ペティグリューに対して怒りを抑えきれず、怒鳴りながら掴みかかろうとした。

しかし、それはルーピン先生によって止められた。

 

「シリウス! 説明が先だ! ハリーも聞いている。ハリーに、真実を伝えなくていいのか!」

 

シリウス・ブラックはルーピン先生の説得に体を固め、ポッターを一瞥すると、怒りに身を震わせながらなんとか座り直した。

ルーピン先生は、シリウス・ブラックを宥めながら話をまとめた。

 

「さあ、ピーター。シリウスは秘密の守り人に君がなったという。そう言われれば、納得がいくことが多い。シリウスがハリーに傷一つ負わせなかったこと……。あれだけ殺す機会があったのに、今更、シリウスがポッターを殺そうとしていたというのは無理がある。君が生きていること……。その欠けた指を切り落とし、自分の死を偽装したんだろう。そして、今まで身を隠していたこと……。君が本当にスパイだったとしたら、君の情報で闇の帝王は滅んだことになる。君は闇の帝王の仲間からも、憎まれていたことだろう。君はシリウスから逃げていたのではない、生きていることがバレた時に降りかかる、闇の帝王の仲間からの報復を恐れていたんだ。違うかい? そして魔法使いの家に忍び込んでいたのは、いつでも闇の帝王が復活してもいいように、情報がいつでも手に入れられようにする為だ。ピーター、ハリーの命を手土産に、いつでも自分の身を守れるように。……ここまでスパイの疑いが重なってしまうと、私は否定のしようがないと思ってしまう。何か、言いたいことがあるなら言っておくれ」

 

ピーター・ペティグリューはブツブツと言い訳がましく何かを呟いていたが、それは誰かの耳に入るわけでもなく、消えていった。

ルーピン先生はポッターへ、話を振った。

 

「さあ、ハリー。真実は分かったかい? ……君が真実を受け入れれば、その時、私は正しい行いをしよう。一片の疑問でもあるなら、ぶつけて欲しい。……君に、後悔をさせたくない」

 

突然に話を振られたポッターは面食らいながらも、シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューへ視線を泳がせた。

ポッターはピーター・ペティグリューを見た。オドオドと逃げ道を探すみすぼらしい男に、顔をしかめた。

そして、今度はシリウス・ブラックを見た。シリウス・ブラックはポッターの視線を正面から受け止め、真っ直ぐ見つめ返しながら言った。

 

「……ハリー、信じてくれ。私は、ジェームズやリリーを裏切ったことなどない。私はジェームズ達を裏切るくらいならば死を選ぶ」

 

二人の様子を見て、ポッターは何を真実とするか決めたようだった。

ポッターはシリウス・ブラックへと頷き返し、ルーピン先生へ返事をした。

 

「……僕、信じるよ。シリウス・ブラックを、ルーピン先生を、父さんの親友を……」

 

それを聞き、シリウス・ブラックは感激したように目を潤ませ、ルーピン先生は深く頷いた。

そして、ピーター・ペティグリューは絶望したように声を上げた。

 

「駄目だ、駄目だ! わ、私は、私は……ああ、ハリー、助けておくれ……」

 

「ハリーに話しかけるとは、どういう了見だ! お前が、ハリーに、命乞いをするとは!」

 

ピーター・ペティグリューはとうとうポッターへ命乞いを始め、シリウス・ブラックは怒りに怒鳴り散らした。

怒鳴られたピーター・ペティグリューは益々身を縮ませながら、それでも震えた声で命乞いを続けた。

 

「ハリー、仕方がなかったんだ、闇の帝王に逆らうなんて、死を意味したんだ……ジェームズなら、分かってくれたはずだ……頼む……あいつらを止めてくれ……」

 

とうとう、ピーター・ペティグリューは自白を始めた。

自白するまでもなくピーター・ペティグリューが真犯人であることは状況証拠と態度で明らかであったが、ピーター・ペティグリューはもう取り繕う余裕すらなくなってしまった様だ。

そんなピーター・ペティグリューを、ルーピン先生は冷たく見下ろした。

 

「……ピーター、知っておくべきだった。君が闇の帝王に寝返れば、私達が君を殺すことになることを」

 

命乞いを続けるピーター・ペティグリューに、ルーピン先生は冷たく返事をして杖を振り上げた。そんなルーピン先生に、シリウス・ブラックは声をかけた。

 

「……リーマス、私にやらせてくれ。君の手を、汚すわけにはいかない。自分のケリは、自分でつけたい」

 

「シリウス、これは君だけの問題ではない。私も、ジェームズ達の力になれなかった。……私も同罪なんだ。私にも、ケリをつけさせてくれ」

 

二人はそう言いながら目を合わせ、そして杖を二人で握った。

 

「やるなら二人で、だ。二人でケリをつけよう」

 

シリウス・ブラックがそう言い、ルーピン先生は頷き返した。それを見たピーター・ペティグリューはいよいよ、大声で叫び始めた。

 

「やめてくれ、嫌だ、いや、殺さないで……」

 

震えた惨めな男に、ルーピン先生とシリウス・ブラックは無慈悲に杖を振り上げた。

酷く醜い光景だった。ハーマイオニーは耳をふさいで目を背け、ウィーズリーは吐き気を覚えたようだった。俺も気分が悪く顔をしかめた。

そしてそんな光景を前に、ポッターは待ったをかけた。

 

「やめて!」

 

杖とピーター・ペティグリューの間に滑り込んだポッターを見て、ルーピン先生とシリウス・ブラックはショックを受けたようだった。

 

「殺しちゃだめだ……父さんは、二人が殺人者になるなんて、望んでない」

 

「ハリー……そいつは、君の両親を……」

 

シリウス・ブラックはそうポッターに投げかけるが、ポッターは頑なに殺すことを拒んだ。

 

「こいつは、アズカバンに入れるんだ。……あそこに相応しい人間がいるとすれば、それはこいつだけだ。……こんな奴の為に親友が殺人者になるなんて、そんなの父さんは望んでない」

 

ポッターの強い意志を見て、シリウス・ブラックは折れた。苦しそうに顔をゆがめながら、しかし、どこか嬉しそうに引き下がった。そして話は決まった。

ルーピン先生も杖を下ろした。

 

「……こいつを、吸魂鬼へ引き渡そう。動けないように縛っておく。しかし、変身しようとしたら殺す。それで、良いね」

 

ルーピン先生はそうポッターに確認を取り、ポッターもそれを了承した。

こうして、シリウス・ブラックの冤罪が明らかになり、真犯人であるピーター・ペティグリューは文字通り、お縄につくこととなった。

ルーピン先生のいう真実が、明らかにされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ピーター・ペティグリューを吸魂鬼へ引き渡す為、魔法で縄に縛られルーピン先生とウィーズリーの二人に繋げられた。

負傷した俺は足に添え木をして、ハーマイオニーの肩を借りながら歩くこととなった。背中や全身の軽い傷はルーピン先生が魔法で応急処置をしてくれたので痛みは少なく、歩くことに支障はそこまでなかった。

ハーマイオニーは拾ってくれた俺の杖とハンカチを返してくれながら、申し訳なさそうにしていた。

 

「ごめんなさい、私が待ち合わせの約束なんてしなければこんな事には……」

 

「それは気にしすぎだ。俺が怪我したのはハーマイオニーの所為じゃない。……まあ、でも、ブラックを責めるのも、なんかなぁ」

 

チラリと、俺達の後ろを歩くポッターとブラックに目をやる。

二人は、冤罪によって奪われた時間を埋めるように仲良く話をしていた。

 

「……シリウスはハリーの名付け親なの。ハリーも父親代わりの人を見つけて嬉しいんだと思うわ」

 

「それを聞くと、余計に何も言えなくなるよ……」

 

煮え切らない俺の様子に、ハーマイオニーは控えめに笑った。

 

「貴方って本当に優しいのね」

 

「……やめてくれ、本当に怒れなくなっちまう」

 

俺の返事を聞いて、ハーマイオニーは今度こそ声をあげて笑った。

そんなハーマイオニーに苦笑いをしながら、歩みを進める。随分と長い時間、事件に巻き込まれてしまった。もうホグズミードへは行けないだろう。

ドラコ達との約束を守れなかった。それが気がかりだった。

ハーマイオニーもそれを察していたのだろう。もう一度、俺に謝ってきた。

 

「……今日の件、本当にごめんなさい。やっぱり貴方が怪我してるのは、私のお願いが原因だもの」

 

「いいんだよ、本当に。……償いなら、ブラックにしてもらうさ」

 

そうハーマイオニーを慰めながら、この後のことを考える。

ペティグリューを吸魂鬼へ引き渡し、ブラックは冤罪を晴らされることになるだろ。ホグワーツの警戒態勢も解かれ、来年からは吸魂鬼がホグワーツからいなくなる。平和な学校生活が訪れるというものだ。俺にとっても、いや、ホグワーツ生全員にとっても悪い話ではない。

だというのに、妙な胸騒ぎがしていた。

こんなにすんなり終わっていいのだろうか、というどこか納得がいかないモヤモヤがあった。何か見落としているのではないか?

そう思い考え込むも、何も分からなかった。そうしている内に、先頭を歩いていたルーピン先生が外に出たようだ。

続いてペティグリュー、ウィーズリーが続き、俺とハーマイオニーも外へ出る。

そして、一番後ろを歩いていたポッターとブラックが外に出てきた。後は、吸魂鬼へペティグリューを引き渡すだけだ。

だがここで、ペティグリューが叫び声をあげた。

 

「シリウス・ブラックだ! ここにシリウス・ブラックがいるぞ! 吸魂鬼よ、来ておくれ! シリウス・ブラックだ!」

 

全員が呆然とした。ペティグリューが何を始めたのか、分からなかったのだ。何故、ペティグリューが吸魂鬼を集め始めたのだろうか?

しかし、直ぐに事態を把握して顔を青ざめさせた。

吸魂鬼が集まり始めたのだ。それも、数えきれないほど大量に。

まだ夕方というのに、日の光がなくなるほど辺りは暗くなった。息が白く凍るほど気温が下がり、思わず身震いした。

吸魂鬼にペティグリューを引き渡す。何故、それを簡単なことだと思っていたのだろうか。

吸魂鬼に話が通じないことは、今年一年で嫌という程に味わっていたはずなのに。

そしてシリウス・ブラックを殺して構わないと聞いた吸魂鬼が、シリウス・ブラックを守ろうとする者をただで済ますはずがないことも分かりきったことの筈だった。

 

「エクスペクト――」

 

ルーピン先生が呪文を唱え、守護霊を呼び出そうとした。しかし、ペティグリューはそれを許さなかった。素早くルーピン先生に体当たりをして呪文を遮る。

邪魔されたルーピン先生はペティグリューへ杖を向けようとするも、吸魂鬼達が迫っており、自分と一緒につなげられているウィーズリーを守らなくてはならなかった。

そしてペティグリューはその隙を見逃さなかった。ネズミへと姿を変えると、森の方へと走っていった。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

今度こそ呪文を唱えたルーピン先生は何とか守護霊を出すが、それは盾になってルーピン先生自身と近くのウィーズリーを守るので精一杯であった。

 

「シリウス、ピーターが森の方へ……!」

 

顔をゆがめながら、ルーピン先生はブラックへと声をかける。

声をかけられたブラックはすぐに犬に変身して後を追う。ブラックを追って、ほとんどの吸魂鬼が森の方へと流れていった。

残った数体の吸魂鬼も、ルーピン先生の守護霊によって身動きが取れないか、ここを離れていくかのどちらかで、俺達に危害を加えられる者はいなくなった。

しかし、息をつく暇などなかった。

森の方から悲鳴が聞こえた。ブラックの悲鳴だ。身の毛もよだつ、断末魔のような悲鳴だった。

吸魂鬼は、ブラックが犬の姿から人に戻らなくてはならないほど追い詰めていたらしい。

悲鳴を聞いて、ポッターは焦ってルーピン先生へ声をかけた。

 

「ルーピン先生! シリウスが危ない! 先生、助けてください!」

 

しかし、ルーピン先生は動かなかった。

いや、動けなかったというのが正しい。ルーピン先生は顔色が悪く、今にも倒れそうな様子であった。

吸魂鬼の影響だと考えるには、少しおかしい。一番影響を受けやすい俺とポッターがまだ意識を保てているのだ。では何なのか?

そこで思い出す。ルーピン先生が、何の病気を患っているかを。そして、今日が満月であるということを。

 

「……先生、もしかして今日が満月だから、動けないんですか?」

 

恐怖で声を震わせながら、俺は確認を取る。隣でハーマイオニーはハッと息をのんだ。

俺の確認に、ルーピン先生は目を見開き驚いた。

 

「……いつから、それに?」

 

「……疑っていただけです。確信したのは、たった今です。……先生、今日は薬を?」

 

「飲んでいない。私は、もう動けない。時間がないんだ。今すぐに、薬を飲まなくては……」

 

最悪だった。もう、ルーピン先生には頼れないのだ。

またブラックの悲鳴が響いた。悠長にしている時間はもうない。

事態が分からないポッターは、必死にルーピン先生に追いすがった。

 

「……何が、何があったんです? ルーピン先生、どうしてシリウスを助けに行ってくれないんです? 薬って、なんのことですか?」

 

ポッターの問いかけに、ルーピン先生は苦しそうに返事をした。

 

「ハリー、私はね……狼人間なんだ……。そして今日は、脱狼薬を飲んでいない。……私はもう、あと一時間もしない間に人を襲う化け物になってしまうんだ」

 

ポッターはそれを聞いて、絶望をしたような表情になった。

いまや、誰もブラックを助けられる人はいないのだ。森の中で百を超える吸魂鬼に囲まれているブラックを、助ける手立てはないのだ。

 

 

それでも、ポッターは森に向かって走り出した。

 

 

「シリウス! シリウス! 今、行くから! 助けに行くから!」

 

必死に叫びながら、ポッターは一切の迷いもなく吸魂鬼が待ち構える森へと走っていった。

 

「ハリー! だめだ、戻るんだ!」

 

ルーピン先生の必死の声も、ポッターには届かなかった。あっという間に、ポッターの背中が見えなくなった。

俺もルーピン先生も呆然と立ち尽くして動けない中、ポッターを追うように別の影が動いた。

ウィーズリーだった。

ルーピン先生は止めようと手を伸ばすが、それよりも早くウィーズリーは縄を解いて森へと走り出した。

 

「だめだ、ロン! 君まで死んでしまう!」

 

ルーピン先生の呼びかけに、ウィーズリーは顔だけ振り返って叫び返した。

 

「ハリーを見捨てろって言うのか? そんなの、ごめんだ! 僕は行く!」

 

ウィーズリーの背中もすぐに見えなくなった。

そして、俺の隣でも森にかけだそうとする影が見えた。すぐに分かった。ハーマイオニーも、森へ行こうというのだ。

俺はハーマイオニーの方へ目を向ける。ハーマイオニーはすでに走り出す準備をしていた。そして走り出す前に俺の方をジッと見ていたのだ。

 

ハーマイオニーは、どこか期待するような表情だった。

しかし、ハーマイオニーは俺の表情を見て驚いた顔をした。それから一瞬だけ少し悲しそうな顔をして、そして、決意に固まった顔へと変えて俺とルーピン先生に声をかけた。

 

「ルーピン先生、お願いです。ホグズミードへ戻って、他の先生へこの事態を……。ジン、ルーピン先生をお願い。早く、脱狼薬を飲ませて!」

 

そう言うとハーマイオニーも森へと走っていった。

俺は止めることもできず、呆然とハーマイオニーの後姿を見送った。

 

俺は、どんな表情をしていたのだろう。

不安か、恐怖か、嫌悪か、拒否か、その全てか――。それは分からない。

ただ分かるのは、「森へ行きたくない」という表情だったということだ。

そして、それがハーマイオニーの期待を裏切ったということ。

 

ハーマイオニーは、俺がポッターを追って森へ行くことを期待していた。しかし、俺が森へ行く気がないことを悟って驚き、悲しみ、最後には納得したのだ。

俺が森に行かないのは仕方がないと、納得したのだ。

 

俺は自分自身に腹が立った。

なぜ、俺はハーマイオニーを吸魂鬼の群れに中に行かせた? なぜ、俺はここに立っている? なぜ、俺は何もしていない? なぜ、ハーマイオニーにあんな顔をさせたのだ?

隣でルーピン先生が呻きながら、うずくまる。自身の無力さを呪うように。

そんなルーピン先生に、俺は声をかけた。

 

「俺も森に行きます。ルーピン先生、はやくホグワーツへ戻って、他の先生を呼んできてください」

 

「……君まで、行くのか? 死ぬようなものなのに」

 

「死ぬのは怖くない。今行かなきゃ、もっと後悔する」

 

本心からの言葉だった。それだけ、俺は自分自身に腹を立てていた。

ルーピン先生は俺の言葉を聞いて、固まった。

俺はルーピン先生を置いて森へと駆け出した。

 



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救出劇

森を走り抜ける。

奥に進むにつれて、冷気はどんどん強くなり明るさは失われていった。

それでも、俺は足を止めなかった。原動力は自分自身への怒り。それは吸魂鬼には奪えない感情だった。

そして森の奥にある湖のほとりに、四人はいた。

横たわったシリウスをかばうように、ポッターが守護霊の呪文を唱えて守っている。

そんなポッターの後ろで、必死に呪文を唱えながら守護霊を呼び出そうというウィーズリーとハーマイオニーがいた。

三人は身を寄せ合いながら、必死に吸魂鬼の猛攻に耐えていた。だが、もう長くはもたないようだった。

最初に意識を失ったのは、ウィーズリーだった。

ウィーズリーが倒れると同時に、ハーマイオニーも座り込んだ。もう動けないようだった。

今やポッターがたった一人で耐えているだけだった。

 

自分への怒りが爆発した。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッター達の所へ駆け寄り、呪文を叫ぶ。

俺の呪文に反応して、守護霊が姿を現した。銀色の靄となって、ポッター達を包み込んだ。

俺の守護霊に不意を打たれた吸魂鬼は、ポッター達から少しの間離れていった。

ポッターはその間に態勢を整えることができたようだ。突然現れた俺に驚いた表情をして、こちらを見た。

 

「どうして、君が……」

 

俺はポッターへ返事はしなかった。座り込んだハーマイオニーへと駆け寄り、支える。

ハーマイオニーは俺を見て驚いた表情をした。それから、少し安心したような表情をして、気を失った。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

もう一度呪文を唱え、守護霊を呼び出す。

先程よりも強い守護霊が現れて、その場にいる全員を包み込み。守護霊がカーテンのようになって、俺達と吸魂鬼を完全に隔てた。

ポッターは完全に態勢を整えることができたようだった。震えを止めて、俺の方へと向き直る。

そんなポッターに、俺は決意を告げた。

 

「生きて帰るぞ、ここから全員で。誰一人、死なせてたまるか」

 

このまま死ねば、俺はハーマイオニーの期待を裏切ったまま死ぬことになる。

ハーマイオニーの中で俺は、吸魂鬼の群れに怯え、立ちすくみ、人を見殺しにしようとした臆病者として終わることになる。

そんなこと、堪えられなかった。

俺を突き動かしたのは正義感でも仲間意識でもなく、ハーマイオニーが俺を見て悲しそうな顔をした時に感じた惨めな気持ちと自分への怒りからくる激情だった。

この激情を収めるには、誰一人死なせずにここから帰るしかないと分かっていた。

ポッターの目には、俺が全員を救うために奮起したように映ったのだろう。ポッターは強く勇気づけられたように頷いて、守護霊を呼び出した。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呼び出した守護霊は強い光を放ち、迫りくる吸魂鬼の多くを押し返した。

俺とポッターの守護霊が強く輝き、吸魂鬼の群れと対峙する。俺達の守護霊は吸魂鬼に押されはしないものの、完全に追い払うにはまだ力が足りていなかった。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

俺はもう一度、呪文を強く唱える。

守護霊は呼び出され、盾となって俺達を守る。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呪文を唱える。

ポッターの守護霊は、何か四足歩行の動物に似た姿をボンヤリと型取りながら吸魂鬼の群れを押し返し始めた。

二人で呪文を唱え続ける。吸魂鬼は押し返されては新たに現れ、また押し返されてはまた現れてと延々とそれを繰り返す。

汗がにじみ、のどが渇く。それでも一切の隙を作らずに守護霊を呼び続けた。

ポッターの守護霊が吸魂鬼を押し返し、俺の守護霊が全員を包み込む。そうして何とか吸魂鬼の群れに対抗をしていた。

 

その均衡が崩れたのは、一筋の光がさしてからだった。

 

スッと光が俺達の前を通り、吸魂鬼を蹴散らした。そして吸魂鬼を押し返すポッターの守護霊に寄り添うように佇んだ。

 

それは狼の姿をした守護霊であった。

 

狼の守護霊はポッターの守護霊に寄り添うように滑走し、吸魂鬼の群れを押し返すのに協力をした。

ポッターは突然の事に面食らったようだが、すぐに味方が増えたことを喜び、その喜びでさらに強力な守護霊を呼び出した。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターが呪文を唱えると、守護霊はよりはっきりとした姿になっていった。

四足歩行の、馬ほどの大きさの動物であった。

形を得た守護霊は森を駆け回り、吸魂鬼をさらに追い払っていった。

 

そうして少しずつ、少しずつ、吸魂鬼を追い返すようになっていった。

吸魂鬼が減る度にポッターはより強く守護霊を呼び出せるようになっていった。

いつの間にか狼の守護霊がいなくなっていても、ポッターの勢いは止まらなかった。

ポッターが守護霊を呼び出す度に、守護霊は大きく、強く輝くようになっていった。

吸魂鬼は今や俺達には全く近づくことはできず、ポッターの守護霊に追い回されていた。

 

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

ポッターがひと際大きく呪文を唱えた。

ポッターの守護霊は完全な動物の姿になると、踊るように森の中を走り回った。

大きな光を放つポッターの守護霊により、吸魂鬼の群れはたちまち森から姿を消していった。そして全ての吸魂鬼を追い払ったのちに、守護霊はポッターの前に戻ってきた。

ポッターの守護霊は、大きな雄鹿であった。

ポッターが自身の守護霊をなでるように触れると、守護霊はたちまち消えてしまった。

全員を覆っていた俺の守護霊も消え、森の中には気を失った三人と俺とポッターだけになった。

 

「……僕達、生きてる。シリウスも、ロンも、ハーマイオニーも、みんな生きてる」

 

ポッターはかみしめるようにそう呟き、その場に座り込んだ。

俺も吸魂鬼がいなくなったことを確信して気を抜いた瞬間、疲労感が一気に襲ってきた。たまらず、ポッターと同じようにその場に座り込む。

俺とポッターはしばらく荒く呼吸をすることしかできなかった。

そして、森の入口の方からがさがさと人がこちらに向かってくる音が聞こえた。どうやら、今になって助けが来たようだ。

 

「ああ、よかった……。これで、やっと……」

 

ポッターはそう呟いて意識を手放した。相当、疲労がたまっていたのだろう。

俺もそれを見届けた後、同じように意識を手放した。

吸魂鬼の群れから、生きて帰ったという安心感に包まれながら。

 

 

 

 

 

誰かが口論をする声で目を覚ました。

目を開けると俺は医務室のベッドにいて、足やら全身やらを包帯でぐるぐる巻きにされていた。すでに治療を終えたのか、体の痛みは全くなかった。

声のする方へ目をやると、ポッターが小柄でふくよかな男性に声を荒げていた。

 

「僕は錯乱なんかしていません! 僕は真実を――」

 

俺が目を覚ますほどの怒声だ。そんな声を患者が医務室で出すなんて、治療の鬼であるマダム・ポンフリーが許すはずもなかった。

なおも声を出そうとするポッターの口に無理やりチョコレートの塊を詰め込むと、ポッターが声を荒げた男性に向かって厳しい口調で指示をした。

 

「さあ、大臣! これ以上患者を刺激しないでください! お願いです、この子達には治療が必要なので、どうか、出ていってください!」

 

大臣と呼ばれた男は肩をすくめ、ポッターの肩を慰めるように叩くとそのまま医療室から出ていった。

大臣が出ていった後も、ポッターは口の中からチョコをなくすとマダム・ポンフリーへと食って掛かった。

 

「お願いです、ダンブルドア先生に会わせてください! どうしても、どうしてもお伝えをしなくてはならないことがあるんです!」

 

ポッターのそばにはハーマイオニーとウィーズリーもいた。三人は必死な表情でマダム・ポンフリーへ懇願をしていた。

言うことを聞かない患者達に、とうとうマダム・ポンフリーの堪忍袋の緒が切れそうになっていたところで新たな訪問者が現れた。

ポッターが会うことを懇願していた、ダンブルドア先生その人であった。

 

「すまないね、ポピー。しかし、わしはどうしてもこの子達に話があるのじゃ。ことは急を要する。どうしてもじゃ」

 

ダンブルドアは怒り心頭のマダム・ポンフリーを宥め、奥の事務室へと追いやった。

マダム・ポンフリーが奥の事務室へ追いやられ、医務室にはポッターとウィーズリーとハーマイオニー、ダンブルドア先生、そして俺の五人となった。

ポッター達はすぐさま、ダンブルドア先生へ話を始めた。

 

「先生、シリウスは無実です! 僕達、本当にペティグリューを見たんです!」

 

「ペティグリューはネズミで、吸魂鬼に襲われた拍子に抜け出して――」

 

「ペティグリューは死んでなかった! アイツは、自分の指を切って、それで――」

 

ダンブルドア先生は手をあげて勢いよく話をする三人を止めた。

 

「今度は君達が、わしの話を聞く番じゃ。頼むから途中で遮らんでくれ。何しろ時間がない」

 

ダンブルドア先生は静かな口調で話を始めた。

 

「シリウスの言っていることを証明するものは何もない。君達の証言だけでは誰も納得はできん。わし自身、事件当時にシリウスがポッター夫妻の秘密の守り人であったことを証言しておる。それに一緒にいたというルーピン先生は、今は自室で狼となってうずくまっておる。ルーピン先生が人間に戻るのを待っていては何もかも手遅れになっておるじゃろう。シリウスが無罪となるのは、もはや不可能じゃ」

 

ダンブルドア先生の宣言に、ポッター達は絶望的な表情となった。最後の頼みの綱が切れてしまったと、そう思った様だった。

しかし、ダンブルドア先生の話は終わらなかった。

 

「シリウスが無罪となるのは不可能じゃ。しかし、彼を助けることができる。その方法は、彼を我々の誰の手にも届かぬ場所へと逃がすことじゃ」

 

それを不可能というのではないだろうか? 話を聞きながら俺はそう思った。

ポッター達もそう思うのか、絶望した表情は変わっていなかった。

 

「彼が助かるには必要なものがいくつかある。一つは、時間。一つは、誰にも見られない為の道具。最後の一つは、誰にも行けないような逃げ場所じゃ」

 

ダンブルドア先生はそう言うと、ポッター達だけでなく俺の方にも目を向けた。

ポッター達はそれぞれ心当たりがあるのだろう。ハーマイオニーは息をのみ、ポッターとウィーズリーは、目を合わせた。

そして俺も必要なものの一つに心当たりがある。誰にも行けないような逃げ場所を、俺は持っている。

ゴードンさんから引き継いだ、両親が俺に遺した部屋だ。あの部屋に行くためのメモは、俺の鞄の中にある。

 

「必要なものは、君達は既に持っておる。後はそれを使うことを選ぶだけじゃ。選ぶのは君達自身じゃ。そして、それは今すぐに決めなくてはならない」

 

ダンブルドア先生はそう決断を俺達に迫った。

決断を迫られた俺達で、真っ先に動いたのはハーマイオニーであった。

ローブからネックレスのようなものを取り出して、俺達に見せた。

 

「私は時間、逆転時計がある! そしてハリー、あなたは透明マント! あと一つ、逃げ場所があるはずなの!」

 

そう言うと、ハーマイオニーは俺の方へ目をやった。ダンブルドア先生の言葉から勘づいているのだろう。ブラックが逃げるための場所を俺が知っていることを。

俺はそんなハーマイオニーに返事をした。

 

「……逃げる場所なら、俺が知っている。でも、それは移動用の暖炉があって初めて行ける場所だ」

 

「上々。それは行けるということじゃ。今、シリウスは西の塔の八階にある、フリットウィック先生の事務所に閉じ込められておる。あそこには移動用の暖炉がついておる」

 

俺の言葉に、ダンブルドア先生が返事をした。

ポッターの表情がみるみる明るくなった。ブラックを救うための必要なものが全てそろったのだ。

そしてダンブルドア先生は俺達に話を持ち掛けた。

 

「それでは、君達がシリウスを助けるためにそれらを使うことを了承するのであれば、わしは君達にちょっとした手助けをしてあげよう。君達がそれらをどう使うべきかを教えてあげよう。よくお聞き――」

 

こうして俺はブラックの救出へと協力することとなった。

 

 

 

 

 

ダンブルドア先生のアドバイスにより、逆転時計を使うことになったのは俺とポッターの二人。

戻る時間は、事件当日のお昼前である。

戻ってから、やることは単純だ。それぞれが自室に戻り、ポッターは透明マントを、俺は部屋へ行くためのメモとフルーパウダーを取りに寮へ戻る。

俺とポッターは二人とも、昼過ぎまでホグワーツにいたことを多くの人に見られている。この時間帯に自室に戻るのを見られても不自然に思われることもない。この時間の自分達にさえ出会わなければ、問題にはならない。ダンブルドア先生からの入れ知恵である。

そして二人が目的のものを手にしたら人気のない場所で合流。二人で透明マントに隠れながら、隙を見てブラックが閉じ込められる予定のフリットウィック先生の事務所に身をひそめる。後は、ブラックが閉じ込められるのを待つだけだ。ブラックが閉じ込められたら、タイミングを計って両親が遺した部屋へと逃がす。

両親が遺した部屋は移動用暖炉の監視から外れており、使用後に調べられても行先を特定できないことはダンブルドア先生からのお墨付きであった。

合流を果たし、フリットウィック先生の事務所へ潜り込んでから暫くはポッターと二人でマントにくるまって過ごすこととなった。

ポッターからは透明マントの説明を、俺からはブラックの逃げ場所に使う部屋の説明をお互いにしてもなお、時間は有り余っていた。

ポッターは俺に対し、話したいことがあるようだった。

 

「……ありがとう、シリウスを助けてくれて。今回の事も、森での事も。……僕、君のことを誤解してた。……君は、その、本当にいい奴だ」

 

フリットウィック先生の部屋に潜みながら、ポッターは小声で俺にそう言った。

ポッターは俺への評価を改めたようだ。確かに森でブラックの救出に命を懸けたし、今もこうしてブラックの為に危険を冒している。ポッターが俺をいい奴だと評するのも、当然だろう。

しかし、それは過大評価だ。

 

「……別に、俺はお前が思う程いい奴ではないよ。森での事も、ここでブラックを助けるのも、仕方なくって思いが強いんだ」

 

ポッターは、いい奴だと評されることを頑なに否定する俺のことが理解できないようだった。不思議そうに、気まずそうにして黙ってしまった。

しかし事実として、ブラックが無実であることも、ポッターの名付け親であることも、俺の行動の決定打にはなっていなかった。

 

森へ行くことを躊躇し、ハーマイオニーの期待を裏切った。

 

俺はひたすらに、そのことを気にしていた。

俺が何より気にしていたのは、あの瞬間、森に行くことを躊躇したのは俺だけだったということだ。

森に入ることを躊躇しなかったのはポッターだけではない。ウィーズリーも迷うことなく森へ入っていった。ハーマイオニーもだ。

ポッター、ウィーズリー、そしてハーマイオニーの三人は、無実の人を助ける為に命を懸けた。人を助けることが命を懸けるに値することだと、当然のように思っていたのだ。

そしてハーマイオニーは、俺もそう思うだろうと期待していた。

でも、俺はそうではなかった。

俺が動いたのはハーマイオニーに悲しそうな顔をされ、そしてハーマイオニーが森へ消えていったからだ。無実な人を助ける為でも何でもない。ただ、ハーマイオニーに失望されることが怖く、ハーマイオニーが死んでしまうことが怖く、俺のせいでハーマイオニーが悲しむことに耐えられなかったのだ。

俺は俺の利益のために動いた。ポッターの言うような、いい奴ではないのだ。

それからは特に会話もなく、お互いに息をひそめてひたすらにブラックが来るのを待った。

そして待つこと暫く、日が落ちる頃になって部屋の外からガヤガヤと誰かがこちらに向かってくると音がした。

そわそわとしたポッターを前に部屋のドアが開き、とうとうブラックが縛られた状態で部屋に閉じ込められた。

部屋に閉じ込められてから、ブラックは呆然と窓の外を眺めるだけだった。

思わず飛び出しそうになるポッターを押さえ、ダンブルドア先生に言われた助け出すタイミングが来るまで静かにする。

この後、魔法大臣などがブラックを尋問しにくる。ブラックを助け出すのはその後でなくてはならない。

ほどなくして、魔法大臣がダンブルドア先生を伴って尋問をしに来た。

聞いていた通り、ブラックは無実を訴えるも証拠はなく今夜にも吸魂鬼のキスを執行することを言い渡された。

魔法大臣達が立ち去り、完全に物音がしなくなったのを確認して俺とポッターは透明マントを脱ぎ去った。

 

「シリウス! 助けに来たよ!」

 

ポッターはそう言い、直ぐにブラックへと駆け寄った。

ブラックは驚き、開いた口が塞がらないようだった。それはそうだろう。先程まで一緒に気絶をしていた者が突然部屋に現れて助けに来たなど、幻覚だと思うに違いない。

混乱を始めたブラックに対し、ポッターは逆転時計を取り出しながら説明をした。

説明を聞いた後、ブラックは自分が助かることを確信して表情を明るくさせ、感激に震えポッターを抱きしめた。

 

「……すまないが、説明の通りあまり時間はない。まずは逃げることを先決して欲しい。これを見てくれ。読み方は『ジンの部屋』だ」

 

そう感動をするブラックへ声をかけながら部屋へ行くためのメモを渡す。

ブラックは慌てたようにメモを受け取り、それを見る。書かれている文字が日本語である為、ほとんどの人は読み方を俺から聞かなくては分からない。

それからフルーパウダーを二人に渡し、暖炉から部屋へと移動をする。

部屋に着いてから、ブラックにこの後の事を確認する。

 

「そこの箱の中に、フルーパウダーがある。それを使って安全な場所へ逃げて欲しい。この部屋を介することで、暖炉での移動で足が付くことはない。……移動先に心当たりは?」

 

「ああ、とっておきの移動先がある。誰も行くようなことがない場所がね。……しかし、君達こそこの後はどうするんだ? 透明マントがあっても、暖炉に火が付くのを誰かに見られたら台無しだ」

 

ブラックは俺の確認に対して微笑みながら返事をする。逃げることに問題はないようだ。それどころか、俺達の心配までする余裕が生まれている。

ブラックの質問には、ポッターが返事をした。

 

「戻る時はダンブルドア先生の部屋の暖炉へ戻るんだ。誰もいない時間も事前に聞いてる。……あと五分ほどしたら、僕達は行くよ」

 

「そうか。何もかも、ダンブルドアはお見通しだったのかな……」

 

そうブラックは呟くと、ポッターと俺に笑いかけた。

 

「ありがとう。君達には本当に助けられた。ああ、他の二人にもお礼を言っておいてくれ。君達のお陰で、私はこうして生きていられる」

 

ポッターは微笑み返し、俺は頷いてブラックへの感謝に答える。

それから、しばらくは会えないであろう二人の時間を邪魔しないように俺は少し離れることにした。

 

「時間になったら、俺とポッターは移動をする。……時間まで、俺は向こうにいるから」

 

そう言って二人から離れようとしたところでブラックから声をかけられた。

 

「君、本当にありがとう。そして君を襲ってしまったこと、本当にすまなかった。……名前を教えてくれ。私は、君の名前すら知らなかった」

 

「ジン・エトウ」

 

「エトウ……。アキラの息子か……」

 

名前を教えるとブラックは俺の名字に反応を示した。どうやら俺の父親と知り合いのようだった。

それから改めて俺に向き直ると、真っ直ぐとお礼を言ってきた。

 

「ジン、改めてありがとう。君には大きな恩ができた。いつかきっと、この恩を返させてくれ」

 

ブラックにそう言われ、なんとも言えない気持ちになった。

助けた相手に感謝をされ嬉しいが、助けた理由は利己的なものだ。

無言で頷いてブラックに返事をすると、少し離れたところにあるソファーに座って時間まで待つことにした。

ダンブルドア先生に言われた時間まで、ポッターとブラックは話し込んでいた。二人にとってはあっという間の時間だっただろう。ダンブルドア先生に言われた時間になっても、少し話したりない様だった。

 

「……それじゃあシリウス、元気で」

 

「ああ、ハリー。また会おう。いつか、君と暮らせることを楽しみにしているよ」

 

二人が笑顔で別れを言うのを見届け、俺はポッターと共にフルーパウダーを使ってダンブルドア先生の部屋へと移動をする。

ダンブルドア先生の部屋に着いてから、透明マントを二人で被ると医務室へと走る。ダンブルドア先生が医務室を出る前に、戻らなくてはならないのだ。

二人でマントからはみ出ないように注意をしながらなるべく早く移動をすると、ちょうどダンブルドア先生が俺達へのアドバイスを終えて医務室から出ていくところであった。

ダンブルドア先生が医務室から出てきたところで、俺達は透明マントを脱いでダンブルドア先生の目の前に姿を現す。

突然現れた俺達にダンブルドア先生は少し目を丸くしたが、すぐに微笑んで俺達に確認をした。

 

「さて、どうだったかね?」

 

「やりました! シリウスは無事です。僕もエトウも、誰にも見られてません!」

 

「大変よろしい。では、中にお入り。わしが外から鍵を閉めよう」

 

ダンブルドア先生はポッターの報告に嬉しそうに頷いた後、俺とポッターを医務室の中に入れて外から魔法で鍵を閉めた。

中ではハーマイオニーとウィーズリーが期待を込めた顔をしてこちらを見ていた。

そんな二人にポッターが声をかける。

 

「上手くいった! もう、大丈夫!」

 

そう言うと二人はほっと息をついた。

ポッターも俺も、それ以上は何も言えなかった。怒りに燃えたマダム・ポンフリーが事務室から戻ってきたのだ。

マダム・ポンフリーは俺とポッターがベッドから離れているのを見ると激怒した。縛り付けんとばかりに俺とポッターをベッドに追いやると、厳しい顔で俺達への治療を始めた。

それから患者四人が黙々とチョコを食べる時間が過ぎていった。その日は一言も言葉を発することを許されず、ただただ治療を受けて終わった。

 

ベッドで治療を受けながら思う。

これで、俺は胸を張ってハーマイオニーと話せるようになるだろうか? また、俺がいてよかったと思ってもらえるだろうか?

そんなことを考えてから、やはりどこまでも利己的だと自分が嫌になる。

そしてチラリとハーマイオニーの方を見ると目が合った。ハーマイオニーは俺に笑いかけてきたが、マダム・ポンフリーにそれが見つかり、特別大きなチョコのかけらを口に押し込まれてしまった。

そんな可笑しな光景を見て思わず小さく笑ってしまい、それがバレて俺もマダム・ポンフリーからチョコの塊を口に突っ込まれる。

ハーマイオニーに笑いかけられてから、心のどこかに刺さっていた針が抜けていくような感じがした。

それを自覚して、やはり俺は自分が利己的だと思う。

 

一年生の賢者の石を巡る騒動の時も、二年生の時の秘密の部屋の事件の時も、そして今年のシリウス・ブラックの救出の時も、俺は俺の為に動いていた。

ポッターやウィーズリー、ハーマイオニーのように正義感から動いたことは、一度もない。

いつかは俺も、誰かの為に動けるようになれるだろうか。

正義感に燃え、正しいことの為に命を懸け、自分の行いに胸が張れるようになれるだろうか。

全てが丸く収まったことの安心感と一緒に、俺の胸の中にはポッター達への小さな劣等感があった。

 

 

 

 



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胸を張って

ブラックを救い出した翌日、無事に退院した後はドラコ達に当然のように質問攻めにあった。

何をしていたのか、何故またも医務室に行くようなことが起きたのか。

当然全てを話すわけにはいかず、ハーマイオニーにポッター達と一緒にお昼に誘われたところでブラックに襲われ、森へ逃げたところを追ってきた吸魂鬼の群れに襲われ、ポッターが守護霊を呼び出したことで何とか窮地を脱した、という筋書きを話した。

ドラコ達は、納得はしたが不満があるようだった。

 

「君、年に一回は医務室に行かないと気が済まないのかい?」

 

ドラコは呆れながらも俺にそう言った。ドラコなりに心配をしてくれているのだろう。

 

「お前、マジでこれからは大人しくしてた方がいいぞ。ホグズミード行きをぶち壊しやがって……」

 

「本当にそう! まったく、ドラコとダフネが心配だって言って早めに切り上げたらあんたが医務室送りなんだから……。この償いは、絶対にさせるから」

 

ブレーズとパンジーは俺に不満をぶつけてきた。楽しみをつぶされたから当然だろう。

俺は二人に平謝りをするしかなかった。

 

「まあまあ、二人とも。ジンも巻き込まれただけみたいだし……。あまり責めたら可哀そうよ」

 

ダフネは俺が無事だということで安心した様子を見せてくれ、俺に不満をぶつける二人からかばってくれた。

俺は心配かけたことを謝りながらもいつものじゃれ合いを楽しんでいたら、ドラコから衝撃の事実を知らされた。

 

「しかし、吸魂鬼だけじゃなく狼人間にも襲われる、なんてことがなくて幸いだったね。……ルーピンの奴、まさか狼人間だったとは」

 

ドラコからルーピン先生が狼人間であったことを知らされ、驚いてしまった。

なぜ、ドラコが知っているのだろう?

 

「ドラコ、ルーピン先生が狼人間って……」

 

「ああ、そうか。君はまだ聞いてなかったのか? 昨夜、君が医務室に送り込まれている間に自白したそうだ。自分が狼人間であること、だからジン達を助けに行けないこと。それから自室でこもりっぱなしさ。脱狼薬があるからとはいえ、まさか狼人間に教師をさせていたとは……。ホグワーツは一体、どうなっているんだか。まあ、辞職を申し出たのは賢い選択だったね。明日には、ホグワーツを去るそうだ」

 

それを聞いていてもたってもいられなくなった。すぐに、ルーピン先生の所へと向かおうと決めた。

ルーピン先生は俺にとって、恩人でもあり尊敬できる先生だった。ここを去る前にどうしても今までのお礼を言いたいのだ。

突然に立ち上がった俺にドラコ達は驚いた顔をした。

 

「ジン、どうしたんだい? 突然、立ち上がったりして」

 

「ルーピン先生に会いに行くよ。俺、あの人にはお世話になったから。お礼が言いたくて」

 

「何もそんな……わざわざ……」

 

「直接、お礼を言いたいんだ。それと俺の考えが間違ってなかったら、ルーピン先生は俺達のことをしっかりと守ってくれてたはずなんだ」

 

そう言いながら、少し呆気にとられたドラコ達を置いて移動を始めた。

 

 

 

 

 

ルーピン先生の部屋をノックし入ると、すでに荷物がまとめられており、後はもう去るだけという状態であった。そんな部屋の中で、ルーピン先生は椅子に座りお茶を飲みながら座っていた。

ルーピン先生は突然押し掛けた俺を歓迎してくれた。まるで来ることが分かっていたかのように。

そんなルーピン先生に俺は今までのお礼を言った。

 

「ルーピン先生がここを去ると聞いて、今までのお礼をどうしても言いたくて……。ルーピン先生は、俺に守護霊の呪文も教えてくださり、いつも気にかけてくださりました。……今まで、ありがとうございました」

 

ルーピン先生は俺のお礼を嬉しそうに受け止めてくれた。

 

「こちらこそありがとう、ジン。ああ、教師冥利に尽きるとはこの事か……。生徒からのお礼とは、こんなにも嬉しいものなんだね」

 

そう微笑むルーピン先生は、言葉とは裏腹にホグワーツを去ることに未練はない様であった。

俺はルーピン先生を引き留められるとは思っていない。しかし、去らないで欲しいとは思っていた。

ルーピン先生を名残惜しく思い部屋を立ち去ることができないでいる俺に、ルーピン先生は椅子と紅茶を勧めてくれた。

 

「よかったら座って話をしよう。ちょうど私は、君と話したいと思っていたんだ」

 

思ってもない誘いに、俺は勧められるまま椅子に座る。俺が椅子に座るのを見て嬉しそうに微笑みながら、ルーピン先生は話を始めた。

 

「君は、私の正体に気づきながらもずっと黙っていてくれたんだね。それを知って嬉しかったんだ。私は、君が私の正体を知っていたことに全く気付かなかった。君は私が狼人間だと知っても全く変わらぬ態度で、良き生徒として接してくれていたんだね。……君のような人に会えることは、私にとってとても幸せなことなんだ。私からもお礼を言わせて欲しい。ありがとう、ジン」

 

俺がお礼を言いたくて来たはずが、俺が感謝をされてしまった。

感謝を向けられたことの気恥ずかしさもあり、慌てて返事をする。

 

「それは、先生がいい先生だったからです。狼人間であることが、気にならないくらい」

 

「狼人間であることが気にならない、というのは最高の誉め言葉だ。ジン、君は本当に私を喜ばせてくれるね」

 

ルーピン先生は茶目っ気たっぷりにそう返してくれる。

ルーピン先生は俺が褒められて照れるのを楽しんでいるようだった。

そんなルーピン先生に、俺はまだ言い足りないことがあった。

 

「……先生は、俺達が森に行った後にも助けてくれましたよね? あの狼の守護霊は、ルーピン先生の守護霊ですよね?」

 

俺の確認に、ルーピン先生は楽しそうにしていた表情に少し陰りを見せた。

 

「……ああ、そうだね。私は確かに、君達に守護霊を向かわせた。それしか、私にできることはなかったからね」

 

「そのお陰で生き延びることができました。ありがとうございました」

 

俺はそうお礼を言うが、ルーピン先生は今度はお礼を受け取れないという表情であった。

 

「……いや、私がしたことは些細な事さ。生きて帰ってこれたのは、君達自身の力のお陰だ。私はあの時、何もできずにうずくまることしかできなかった」

 

ルーピン先生はルーピン先生で、事件の夜のことを気にしているようだった。

俺はそんなルーピン先生に共感に近い感情を抱きながら、それでもお礼を伝えた。

 

「先生のお陰で生き延びたことは確かなんです。先生が、俺達の命の恩人なのは変わりません。それに先生は、自分が狼人間となって俺達を襲うことを恐れていただけです。……俺みたいに、自分可愛さで森へ入るのをためらったりはしていません」

 

自嘲の気持ちも吐露すると、ルーピン先生は優しく微笑えんだ。

 

「あの時、怖いと思うのは当然の事さ。それでも君は森に入って行ったじゃないか。君の責められるところなんて、どこにもないよ」

 

ルーピン先生の言葉は、すんなりと胸に入りこんできた。ルーピン先生の言葉を受けて、胸と目頭が熱くなる。

 

「胸を張っておくれ、ジン。君は誰もが怖がるような場面で、人の為に動くことができたんだ。そんな君が落ち込んでしまったら、私の立つ瀬がないじゃないか」

 

ルーピン先生は笑いながら俺を励ます。俺はルーピン先生の言葉に嬉しさを感じながらも、受け入れ切れないでいた。

 

「先生にそう言われると、凄く嬉しいです。……でも違うんです、先生。あの時俺は、俺の為に動いたんです。ブラックを助けようだとか、そんなことは考えてなかったんです」

 

自分の胸の中の葛藤を正直に話すと、ルーピン先生は驚いた表情をした。

それから優しく、俺に問いかけを投げた。

 

「それでは、君はなんで森へ向かったんだい? 死んでもおかしくなかった、いや、死ぬとしか思えなかったような森の中へ」

 

「それは……ハーマイオニーが俺を見て、失望したような表情をしたから。それが堪えられなかったんです。あのまま森へ行かなければ、俺は一生ハーマイオニーから失望されたままだって、思ったんです」

 

ルーピン先生に、俺の悩みを打ち明けた。この人になら話してもいいという信頼があったのだ。

ルーピン先生は俺の話を聞いてもなお、優しい表情は崩さずに俺に言葉をかけてくれた。

 

「君は自分のことを、自分の為にしか動けない自己中心的な人間だって、思っているようだね。私からすれば、君ほど自分を捨てて人を助けられる人はいないと思うよ」

 

「過大評価ですよ、先生。……それにポッターやウィーズリーは、迷わず森に行きました。そういう奴らのことを、自分を捨ててまで人を助けられる人だって言うんじゃないですか?」

 

俺の反論にも、ルーピン先生は可笑しそうに笑うだけだった。

 

「そうかな? じゃあ、想像してみてごらん。もし、森で吸魂鬼に襲われていたのがシリウスではなくハーマイオニーだったら、君はどうしていたかな?」

 

ルーピン先生にそう言われて、言葉に詰まった。

俺はどうしていただろうか? もしかしたら、俺は迷わずに森へ行っていたのかもしれない。

そう考えていたのが分かったのだろう。ルーピン先生は笑みを深めながら話を続けた。

 

「断言するよ。君は迷わず助けに行っただろう。君が自分を捨てて人を助けられると評した、ハリーやロンと同じようにね」

 

「……そうでしょうか?」

 

「おいおい、君はどこまで卑屈なんだい? 吸魂鬼の群れがどんなに恐ろしいものか分かった上で、君はハーマイオニーを追って森へ行ったじゃないか。ハーマイオニーから失望されるのが怖かったから、だって? それはハーマイオニーの為なら命を懸けられると言っているようなものじゃないか」

 

ルーピン先生にそう呆れたように言われ、今まで自分が言ってきたことや思ってきたことを自覚した。

ルーピン先生の言う通り、俺はハーマイオニーから嫌われない為なら命を捨てても構わない、とそう言っていたのだ

顔が急激に熱くなる。紅茶を飲むが、味が全く分からなかった。

そんな俺の様子を見て、ルーピン先生は声をあげて笑った。

 

「君のそんな表情を見れるなんてね。ああ、とても愉快だ。ホグワーツに残って君のこれからを見られないのは、本当に心残りだよ」

 

俺は恥ずかしさのあまり顔が今までにないくらい熱くなり、ルーピン先生の顔をまともに見れなくなっていた。

 

「あの、先生……。このことはどうか誰にも……」

 

「おや、誰にも言ってはいけないのかい? それは残念だ。いいよ、分かった。では、私だけの楽しみとして胸に秘めておこう」

 

クスクスと笑いながら、ルーピン先生は秘密を約束してくれた。恥ずかしくて死んでしまいそうだと、生まれて初めて思った。

ルーピン先生はひとしきり笑ったあと、俺に話しかけてきた。

 

「ジン、普通は誰もが自分のことが大切なんだ。自分の身を大切にしたり、自分の利益を優先したり、自分のやりたいことやったり――。それは何も、後ろめたいことでも恥ずべきことでもない。普通の事なんだ。だからこそ、人の為に動けることは称賛され、胸を張るべきことなんだよ」

 

俺は顔をあげてルーピン先生を見る。とても優しい表情をしていた。

 

「胸を張っておくれ、ジン。君は人のために動ける人間なんだ。君は、とても立派な人間だよ」

 

ルーピン先生の言葉は、俺の中のわだかまりをなくしてくれた。

ルーピン先生はホグワーツを去る最後の瞬間まで、俺にとって尊敬できる先生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーピン先生がホグワーツを去ってからしばらくのことだった。

いまだブラックの逃走劇の騒ぎが収まらない中、俺はダンブルドア先生に呼び出されて校長室にいた。

 

「まず君にお礼を言いたくてのう。君は、またも人の命を救ってくれた。シリウスだけではない。ハリーや、ウィーズリー君やグレンジャーさんも、じゃ。ありがとう、ジン」

 

「そう言っていただけて、恐縮です」

 

ダンブルドア先生のお礼に、俺は笑って返事をすることができた。

ルーピン先生と話していなければ、俺はこのお礼を素直には受け止められていなかっただろう。

ダンブルドア先生も俺に笑い返し、話を続けた。

 

「さて、お礼の他に君に言っておきたいことがあった。今まで君に伏せていたことじゃが、昨夜の出来事を経て、もう君に話すべきだと判断した」

 

ダンブルドア先生の話したいことは、なんとなく予想がついていた。

 

「両親の事、でしょうか? ゴードンさんから聞きました。俺がマグル界に預けられたのも、ダンブルドア先生の指示だったって」

 

「左様。今日は、君にご両親のことを話そうと思い呼び出した。君をマグル界に預けた理由を、話そうと思う」

 

そう言い、ダンブルドア先生はゆっくりと話し始めた。

 

「君は、不思議に思ったことはないかね? 君のご両親は準備が良すぎると」

 

「準備が良すぎる、とはどういうことでしょう?」

 

「君に莫大な遺産を残し、世話をする場所を作り、果てには君への手紙も用意をしておった。そのことを、君は不思議に思ったことはないかね?」

 

言われて初めて、疑問に思った。そうだ、確かに全ての準備が良すぎる。

ヴォルデモートが猛威を振るっていた時代は、誰もがいつ死んでもおかしくないと思っていたことは聞いていた。しかしそれにしても、俺に遺されたものを見るとまるで両親は死ぬことが分かっていたように感じる。

ダンブルドア先生は俺の表情を見て、俺が気づいたことを察したのだろう。頷いて話を続けた。

 

「そう。君のご両親は、自分達が死ぬことを分かっていた。予言されておったのじゃ。だからこそ、自分達が死んだ後も君が生きていけるように、多くの準備をしておったのだ」

 

衝撃的だった。

言われれば納得するが、にわかに信じがたかった。予言を信じ込む両親にも、死を宣告されてそれを受け入れてきたかのようなことにも。

固まってしまった俺に、ダンブルドア先生は悲しそうな表情を見せた。

 

「君にとっては、辛い話になるじゃろう。しかし、今の君になら受け止められるとわしは確信しておる。どうか、最後まで話を聞いておくれ」

 

そう言いながら、ダンブルドア先生は話を続けた。

 

「ご両親に関する予言の内容はこうじゃった。

 

『東洋の男がこの地で最も大切な者を失った時、彼の者は闇の帝王への大きな障害となろう。彼の者の死をもって、闇の帝王の野望は妨げられる』

 

これは、君のお父上が受けた予言じゃった。これを受けて、君のお父上は確信した。自分の最も大切な者である妻を失い、自分も死ぬことで闇の帝王の野望を止めることになるのだと。だがこの予言には、それがいつ起こるものなのか言及されておらんかった。だから、この予言を受けてから、君のご両親はずっと死んだ後の準備をしておったのじゃ」

 

「……両親は、予言を信じたんですか? 予言が間違うことも、疑わなかったんですか?」

 

「渡された予言が真の予言であること、そしてその対象が自分達であることを確信しておったのじゃ。疑うことはせんかったじゃろう」

 

俺の疑問にも答えながら、ダンブルドア先生の話は続いていく。

 

「さて、予言を受けてからゆうに二年、君のご両親は健全そのものであった。死を宣告されても、めげずに前を向いておった。君のお母上はわしにこう言ってくれた。『人はいつかみんな死ぬ。私は死因が分かっただけでもラッキーだわ』と。君のご両親は、わしが知る中でも最も勇敢で立派な人達であった。そんな彼らに転機が訪れた。そう、お母上が君を妊娠したのだ」

 

俺の妊娠。それは、死ぬことが分かっている両親にとってとても大きな決断だったに違いない。

 

「そして、それだけではない。新たな予言がでてきたのじゃ。この予言は、君のご両親の後の行動の全てを決めたと言っても過言ではない。さて、二つ目の予言はこうじゃ。

 

『東洋の男が、闇の帝王の後を追う。闇の帝王と同じ道をたどり、選ぶこととなろう。彼の者が闇の帝王となるか、自分となるか。どちらを選べど道は同じ。だが、終わりは違う』

 

お母上が君の妊娠した後の預言じゃった。そして、君のご両親は気付いてしまったのじゃ。予言の中の『東洋の男』の指す者が、君のお父上以外にもう一人、生まれようとしていることを」

 

思わず息をのんだ。俺の存在が両親の行動の決定打になったのだという。

身を強張らせて話に聞き入り、続きを待つ。

 

「だから、君のご両親は決断をした。一つ目の予言も二つ目の予言も、必ず自分達で終わらせようと。自分の子どもに、重荷を残さぬようにと。……行動に移したのじゃ。君の両親は、ヴォルデモート卿をおびき寄せた。おびき寄せ、その上で君のお父上は妻をその手で殺したのじゃ。予言を全て、自分達で終わらせようと。……この決断は、君のご両親二人で行ったものじゃ。君のお母上が、お父上に懇願したのじゃ。お父上にとって最も大切な者がお母上である内に、この予言を終わらせて欲しいと。もし最も大切な者が君になってしまえば、そんなことは耐えられないと。……お父上の苦しみは計り知れん。その瞬間、この世で最も不幸な人間であったに違いない。だが、君のお父上は、その願いを承諾した。……大切じゃったのだ、君のお母上のことが何よりも。だから、自分の思いを押し殺してその願いを聞いたのじゃ」

 

あまりのことに息をすることも忘れた。酷い話だ。これが、自分の両親の話だという。

ショックで固まる俺に、ダンブルドア先生は話を止めることはなかった。

 

「……だが、残酷なことにご両親の願いは完全には叶わなんだ。君のお父上は、闇の帝王となるか自分となるかの選択をすることはなかった。……二つ目の予言の対象は、君のお父上ではなかったのじゃ」

 

ダンブルドア先生の言いたいことが分かった。分かってしまった。

俺は、乾いた声で話の結末を引き受けた。

 

「だから、ダンブルドア先生は俺を気になさるんですね。俺が第二の闇の帝王になるかもしれないと。……俺がそんな選択を迫られることになると、信じているんだ」

 

ダンブルドア先生は俺の言葉を受けて深く頷いた。

 

「そうじゃ。わしは、二つ目の予言が君の事じゃと考えておる。……君が闇の帝王となるかどうか、決断を迫られる時が来ると考えておる。だからわしは、君をマグル界に預けた。ヴォルデモートがマグル界で育ったのと同じように、君が闇の帝王と同じ道をたどるように」

 

ダンブルドア先生に言われたことを、直ぐには消化できなかった。

ダンブルドア先生は俺が闇の帝王となる決断を迫られることを確信しているのだ。むしろ、そうなるように仕向けていると言ってもいい。

 

「恨んでくれて構わない。君が受けた苦しみに、わしは加担しておる。わしを責め、傷つけ、恨みを果たす権利は君にはある。だが、これだけは分かって欲しい。わしは、君が闇の帝王とならないことを確信しておる。だからこそ、わしはこのことを君に打ち明けたのじゃ」

 

「……なぜ、そう言い切れるんです? 闇の帝王と同じ道を歩むように仕向けておいて」

 

口の中が乾く。ダンブルドア先生を信じたいと思っているのに、上手く頭が働かない。

俺は、もしかしたらダンブルドア先生の手によって闇の帝王とされてしまうのではないだろうかと、恐怖までしている。

ダンブルドア先生は、そんな俺にきっぱりと言い切った。

 

「君は人を愛せる」

 

それが何よりも重要なことだと、ダンブルドア先生が思っていることが分かった。

 

「ヴォルデモートがついぞ持つことのできなかった愛を、君は持っておる。だからあの日、君は森の中へと行ったのじゃ。……わしはそのことを知って、君にこのことを打ち明けようと思ったのじゃ」

 

君は人の為に動ける人間だ。

そうルーピン先生が俺に言ってくれたことを思い出した。

そのことが、俺を少し冷静にしてくれた。

 

「ヴォルデモートがいかにして滅んだか? それはハリーのご両親がハリーにかけた、古くからある強力な魔法のお陰じゃ。そしてその魔法こそ、愛がなせるものなのじゃ」

 

ダンブルドア先生は、俺に説明をしてくれる。

愛を知ることが、人を愛することが、いかにヴォルデモートと違いを生むかを。

 

「君の苦しみの一端であるわしが、何を言っても響かぬかもしれん。だが、それでも言わせておくれ。わしは君を信じておる。君は、闇の帝王になることはない。君は、必ず君自身であることを選ぶはずじゃ」

 

俺は何も言えなかった。

ダンブルドア先生を恨んでいるとも、信じるとも、なにも返事はできなかった。自分の運命を受け入れて腹をくくることも、受け入れられないと泣き喚くこともできなかった。

だが一つ、思うことがあった。

 

人を愛せるということ。

 

それが俺とヴォルデモートの最大の違いなのだというのであれば、俺はこれからも、これまで以上に、大事にしなくてはならない人がいる。

俺が俺であるために、俺は人を愛さなくてはならないのだ。

 

 

 

 



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優しい罰則

テストの返却も終わり、いよいよ今年も終わりに近づいてきた。

テストの結果は、変わらず良好であった。そして変わらず、ハーマイオニーはいくつかの科目で百点満点を覆してきた。俺は永遠の次席になりそうだ。

ドラコもダフネも良い成績を残し、ハーマイオニーが断トツで一番の成績を取ったことを知ると軽く引いていた。

ブレーズは全体的にそこそこの成績であった。その中で占い学では満点の成績で、理由は親友が吸魂鬼に襲われると予言したかららしい。偶然、当たってしまったのだ。ブレーズはそんなことを言ったことすら忘れており、まぐれで取った満点に笑っていた。

パンジーは、何とか落第を避けることに成功した。ハーマイオニーと一緒に課題をした成果もあったらしく、パンジーはどこかでお礼を言おうと動いていたが中々会えないそうだ。逆転時計でいなくなるタイミングを掴んでいたはずが、いつもの場所と時間にいないらしい。パンジーは少し落ち込んでいた。

クラッブとゴイルは、奇跡的に来年も同じ学年となった。彼らの進学に一番頑張ったのはドラコだろう。ドラコのやつれた顔を見て、ドラコはもっと感謝されてもいいと思ってしまった。

 

 

そんな和やかに過ごしていた中で、不意打ちで嫌な出来事が発生した。

マクゴナガル先生から、俺とパンジーが名指しで呼び出されたのだ。

俺とパンジーが同時にマクゴナガル先生に呼び出されるなど、心当たりは一つしかない。

ハーマイオニーが逆転時計を使っていることを知り、秘密を守る為に契約書を作ったことだ。秘密を知ることも、契約書を作ることも、罰則に値する規則違反だ。

完全に怯えたパンジーと共にマクゴナガル先生の事務室へと行くと、予想通り、そこにはマクゴナガル先生だけでなくハーマイオニーもいた。そして、マクゴナガル先生の前には、確かに俺達が作った契約書が置いてあったのだ。

俺は言い逃れができない事を悟って諦め、パンジーは体の震えを大きくした。先にいたハーマイオニーは既に泣きそうであった。

俺達三人が並んで立ったのを確認してから、マクゴナガル先生は口を開いた。

 

「確認します。グレンジャー、あなたはこの二人に逆転時計について話をしましたね?」

 

「……はい。私から、話をしました。……その、私、とても辛くて、どうしても悩みを相談したかったんです。だから二人に話したいと、私から話をしました」

 

ハーマイオニーは事実を認めたが、かなり脚色されていた。ハーマイオニーは自分だけが責任を負うために、わざとそんな言い方をしているのが分かった。

俺は口を挟もうとしたが、それより先にパンジーが口を開いた。

 

「何言ってるの、ハーミー! 私達が秘密を聞き出したんじゃない! 契約書があるから大丈夫だって、そう言って話させたじゃない! ハーミーは最初、話せないって拒否したのよ!」

 

パンジーがそう言うと、ハーマイオニーは驚いた顔をした。それから泣きそうになり、マクゴナガル先生に食って掛かった。

 

「先生、本当に、本当に二人は悪くないんです! 私が、先生との約束を破ってしまったんです。二人は、ただ私を心配してくれていただけなんです。それに、パンジーは私に受ける授業を減らすように言ってくれました。そうするべきだったんです。……悪いのは、私なんです」

 

パンジーもパンジーで、マクゴナガル先生に食って掛かった。それも、かなり攻撃的に。

 

「ハーミーは大変だったの、知ってたでしょ? なのに誰も何もしようとしなかったじゃない! だから私が、ハーミーを手伝ってあげたの! それの何が悪いの?」

 

「私がお願いしたんです! 助けてって! パンジーは、私を助けてくれただけなんです!」

 

ハーマイオニーは何が何でも、自分で責任を負うつもりのようだった。パンジーがハーマイオニーを庇えば、同じくらい強くハーマイオニーがパンジーを庇った。

マクゴナガル先生は最初の問いかけ以降、黙ったままだった。

二人はお互いをかばい合いながら、マクゴナガル先生が黙ったままなのを見て次第に大人しくなっていった。

二人が大人しくなり、マクゴナガル先生がまだ話をしないのを確認してから俺も口を開いた。

 

「……先生、契約書を見てください。先生ならわかるでしょうが、それは俺が作ったものです。そして契約書を読めばわかるはずですが、秘密を守るには秘密を話す前にそれにサインをしなくてはなりません。ハーマイオニーの言っていることは、順番が逆です。秘密を話すから契約書を作ったのではありません。契約書を作ったから、秘密を話したんです。俺が、話させました」

 

「い、いいえ! 先生! 違うんです! ジンは――」

 

俺の話を聞いて、ハーマイオニーは俺のことも庇おうとした。

しかし、それをマクゴナガル先生が手を挙げて止めた。

マクゴナガル先生はハーマイオニーが口を噤むのを確認してから、俺達を見渡して話を始めた。

 

「あなた達がどんな主張をしようが、グレンジャーが話をしたのは事実です。ゆえに、グレンジャーを罰せねばなりません」

 

「このクソババア!」

 

パンジーは、とうとうマクゴナガル先生に暴言を吐いた。

俺は唖然とし、ハーマイオニーは息をのんだ。マクゴナガル先生は片眉を上げただけで表情に変わりはなかった。

パンジーは暴言を続けた。

 

「ハーミーが何をしたっていうのよ! 辛いから、私に助けてって言っただけじゃない! あんたが知らんぷりをしてたから、私が助けたんじゃない! 何で、あんたがハーミーを罰するのよ!」

 

パンジーは息を切らしながらそう言い切った。

沈黙が続いた。誰も何も言わず、パンジーが興奮して息を切らす音しか聞こえなかった。

そしてパンジーの息が整ってから、やっとマクゴナガル先生が口を開いた。

 

「パーキーソン。私の話を最後までよくお聞きなさい」

 

それは、暴言を吐いた生徒に向けるにしては優しい声色だった。

俺もハーマイオニーも、怒りに染まっていたパンジーも驚いて固まった。

固まった俺達に、マクゴナガル先生は話を続けた。

 

「グレンジャー。あなたは、逆転時計について二人に話をしました。あなたなら分かっているはずですが、これは大事故になりかねないとても重大な規則違反です。そして、パーキーソンにエトウ。あなた達は、その秘密を聞く為に呪いをかけた契約書を作成、使用しました。これもまた、大事故になりかねない重大な規則違反です」

 

俺達三人は、大人しくマクゴナガル先生の話を聞いていた。

全員に罪があるとハッキリと言われ、反論のしようもなかった。

そんな俺達に、マクゴナガル先生は厳しい口調で言った。

 

「あなた達はとても危険なことをした。見過ごすわけにはいきません。全員、罰則です。誰が何を言おうと、これは変わりません」

 

ハーマイオニーもパンジーも、うなだれて話を聞いていた。反論の余地を奪われ、先程の勢いもそがれ、ただ言われるがままになるしかないと諦めているようだった。

そんな二人に、マクゴナガル先生は先程よりも厳しい口調で話を続けた。

 

「そして、この全ての事態の責任は私にあります。あなた達に言い渡す罰則は、私自身も一緒に受けましょう。全員、罰則です」

 

驚いて、開いた口がふさがらなかった。ハーマイオニーとパンジーも、思わず顔を上げてマクゴナガル先生を見た。マクゴナガル先生は厳しい表情のままだった。

 

「グレンジャーに逆転時計を渡したのは私です。そして、そんなグレンジャーのケアを怠っていたのも私です。ええ、グレンジャーが秘密を話す事を防げなかった最大の責任は私にあるでしょう」

 

そう言い切ると、マクゴナガル先生は罰則の内容を伝えた。

 

「罰則の内容は書類、教材の整理です。……今年度も終わり、全科目、全学年の書類と教材が乱雑としています。あなた達は、それを家に帰るまでに終わらせなくてはなりません。いいですか? 今日これから、あなた達は学校が終わるまで自由時間などありません。全ての整理が終わるまで、家に帰ることも許しません。ええ、勿論、私もです」

 

罰則の内容はそれだけだった。先生を含めた四人で学校の大掃除。確かにきつい労働だが、肩透かしを食らった気分でもあった。

唖然とする俺達に、マクゴナガル先生は柔らかい口調となって話をした。

 

「グレンジャー。私は、あなたが全ての授業を受け続けられないと言えば、いつでも授業数を調整する準備ができていました。……なんでも一人でやろうとしてはいけません。一人で何でもできると思っている内は、何もできないものです。困ったら相談をする。あなたは、そのことをしっかりと覚えていなさい。……いいですね?」

 

「……はい、先生」

 

ハーマイオニーは恥じ入った表情で頷き、マクゴナガル先生へ返事をした。

それからマクゴナガル先生はパンジーの方へ向き直り、柔らかい口調のまま話をした。

 

「パーキーソン。あなたは危機管理に疎すぎます。自分がどんな危険なことをしたのか、しっかりと考えなさい。規則は無意味にあるものではありません。あなた達を守る為にあるものなのです。規則を守る以上に、自分の身を守ることもしっかりと考えなさい。……いいですね?」

 

「はい、先生!」

 

パンジーは元気よく返事をした。言われていることが分かっているのか不安になる返事だった。マクゴナガル先生は少し固まったが、そのまま何も言わずに俺の方へと向き直った。

 

「エトウ。あなたは、人に頼ることも危機管理についても、十分と心得ていたと思います。なのに、こうした行動にでたのはなぜなのか、自分でしっかりと考えなさい。慢心、プライド、私的な欲望……。あなたの判断を迷わせたものがあったはずです。そして、あなたもまた、自身の身を軽んじていますね。人の責任を負うには、まずは自分の事に責任を持ちなさい。それができて初めて、大人になれるのです。……いいですね?」

 

「はい、先生」

 

耳が痛い話であった。契約書を作った時、確かに俺の心の中に慢心があった。そして、何か起きれば俺が責任を取れるとも考えていた。今となっては、それはとても無責任なことだと感じる。

俺の返事を聞いて、マクゴナガル先生は深く頷いて話を終えた。

それから最後に、マクゴナガル先生はパンジーに声をかけた。

 

「パーキーソン。私は、あなたにお礼を言わなくてはなりませんね。グレンジャーが大変な時に、私がするべきだったことをあなたがしてくれました。……パーキーソン、あなたはとても友達思いの素晴らしい生徒です。あなたがそのままでいる事を、私は強く望んでいます」

 

恐らく、マクゴナガル先生がパンジーを褒めたのはこれが初めてだろう。

パンジーは褒められたことが嬉しいようで、満面の笑みだった。退出を言い渡されて事務室を出る時には、笑顔でマクゴナガル先生に手を振っていた。マクゴナガル先生はそんなパンジーに呆れたような表情であったが、口元は笑みを抑えるようにぴくぴくとしていた。

マクゴナガル先生はパンジーのことを、可愛い生徒だと思ったのかもしれない。

馬鹿な子ほど可愛い、というのはあながち間違いではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

それから、マクゴナガル先生の宣言通りに俺達三人は学校が終わるまで自由時間などなかった。膨大な量の書類と資料の整理に身を費やした。それでも気落ちすることがなかったのは、三人で一緒に作業をできたからだろう。そして、たまにマクゴナガル先生が整理を引き受けて俺達に休憩時間をくれたことも不満がたまらなかった後押しとなった。

ハーマイオニーはずっと、俺とパンジーにお礼を言い続けた。

パンジーはお礼を言われるのを喜び、罰則中でもハーマイオニーにべったりであった。

俺もハーマイオニーのお礼を嬉しく思いながら、笑って返事をする。罰則なんて、いくらでも受けていいと思った。

そしてホグワーツ最終日になって、やっと書類と資料の整理が終わった。終わった時は歓声を上げたくなるほどの感動であった。パンジーは実際に歓声を上げて、はしたないとマクゴナガル先生に怒られていた。

ハーマイオニーに別れを告げ、パンジーと共に疲れた体を引きずって談話室に戻ると、ドラコ達が待っていた。

ドラコは驚いて固まる俺達に、少し笑った。

 

「君達、最終日までお疲れ様。まあ、今日は君達を労おうと思ってね。ほら、紅茶とお菓子。今日は最終日なんだ。夜更かしくらい、いいだろ?」

 

思わぬサプライズにパンジーは今日一番の歓声を上げてドラコへと飛びついた。

ドラコは受け止めることができずにそのまま押し倒され、痛みに悲鳴を上げた。

俺はそこまでの元気はなく、ありがたく席に座って紅茶とお菓子を堪能した。

 

「お前はつくづく残念だよなぁ。ホグズミード行きの次は学期末の自由時間を奪われてよ。ほれ、食った食った。今日くらいは自由にやれや」

 

ブレーズがケラケラ笑いながら俺をからかいつつも、お菓子と紅茶を勧めてくる。

ダフネもブレーズに乗っかって、俺をからかってきた。

 

「そう言えば、私達のホグズミード行きを台無しにしてから、まだ何もしてもらってないわね。ね、何をしてもらおうかしら?」

 

「俺を責めたら可哀想なんじゃなかったのか?」

 

「それとこれとは話が別よ。私達全員に、償いは必要でしょ?」

 

ダフネはくすくすと楽しそうに笑う。

ホグワーツ最終日は、こうして五人で語り明かして終えていった。

この五人でいる事が、俺にとってホグワーツでの生活なのだと改めて感じた。

 

そして翌日の汽車の中では全員が寝不足の為、寝て過ごすことなった。

駅に着いてアストリアに叩き起こされるまで、誰も起きることはなかった。

座席で寝ていた為にガチガチに凝った体で荷物を運び、駅で待ってくれているゴードンさんの所へ向かう。

ゴードンさんは俺から荷物を受け取ると、笑いながら話しかけてきた。

 

「さあ、今年は何をしたんだ? またも事件に巻き込まれたろう?」

 

「宿に着いてから、話をするよ。今年も、話が長くなりそうだから」

 

ゴードンさんは慣れたように頷くと俺を宿まで送ってくれた。

 

 

俺はこれから、いつになるのか分からないが、大きな決断を迫られることになるのだろう。

だが、ハーマイオニーがいて、ドラコ達がいて、帰りを待ってくれるゴードンさんがいる。

そう考えると、何とかなると思っていられた。

柄にもなく、楽観的だった。

きっと、自分のことを認められ、少しは胸を張れるようになったからだろう。

自室に着いた俺はあくびを噛み殺しながら、先に部屋に送られていた森フクロウのシファーを撫でた。

こうして、また一年が終わっていった。

 

 

 

 




アズカバンの囚人編 終了です
書き終えるのに七年以上かかりましたね。
読んでくださってる皆様に感謝です。


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炎のゴブレット編
クィディッチ・ワールドカップ


俺にとって夏休みは学校での喧騒を忘れ、存分に休む時間であった。ダイアゴン横丁から離れたところにあるこの静かな宿を、俺は気にいっていた。一人で考え事をしたい時には、もってこいの場所だと思っている。

しかし、流石に休みが長いと少しの寂しさが湧いてくる。

友人との手紙のやり取りを存分に楽しんではいるものの、やはり直接会って話す方が楽しいのは間違いない。

 

そんな事を思っていた矢先に、ドラコから思いがけない誘いが来た。

クィディッチ・ワールドカップの観戦のお誘い。

なんでもルシウスさんがコネを使っていい席を取ってくれるとのことで、俺だけでなくブレーズ、パンジー、ダフネ、アストリアの五人も誘っているとのことだ。

誘いの日程は試合前日、当日、そして翌日の三日間。

ドラコの手紙では俺以外の全員は来る予定とのことで、ぜひとも参加をして欲しいとのことだった。

俺にとっては渡りに船のお誘い。早速ゴードンさんに報告をし、参加の許可をもらう。ゴードンさんは最初はルシウスさんの招待であることに嫌そうな顔をしたが、子ども同士が仲良くすることに口出しはしたくないらしく、楽しんで来いと快く了承をしてくれた。

 

クィディッチと言えば、今年はホグワーツでスリザリンのクィディッチチームに参加し、ドラコ達と一緒にクィディッチをする約束をしていた。

当然、実力がなければチームには参加ができない為、俺はチームに参加できるように密かにクィディッチの研究をしていた。

実際に箒で飛んで練習をするわけにはいかない為、やっていることと言えばクィディッチの試合映像を見て、上手いプレーの観戦が主だ。それでも、俺はずいぶんとクィディッチに詳しくなったと思う。クィディッチが好きなドラコとブレーズとは話したいことも沢山できた。

久しぶりに友達と会うことに心を躍らせながら、ドラコへ参加の旨の返事を書き、森フクロウのシファーへと括り付けて送り出す。

約束の日が、待ち遠しかった。

 

 

 

 

 

約束の日になり、待ち合わせ場所へと向かう。

待ち合わせ場所に指定されたのは、グリンゴッツ銀行の前。ドラコが迎えに来てくれるとのことだった。

指定された時間よりも少し早い時間に着いたら、そこには既にダフネとアストリアが待っていた。

アストリアが俺に気が付き、元気に手を振って俺を呼ぶ。

 

「ジン、久しぶり! 元気だった?」

 

「久しぶりだな、アストリア。元気だよ。ダフネ、久しぶり。二人とも元気そうで何よりだ」

 

「久しぶり、ジン。貴方も元気そうで何よりだわ。夏休みはどう? 手紙では静かで落ち着くって言ってたけど、流石にそろそろ退屈してきたんじゃない?」

 

ダフネに微笑みながらそう言われ、なんだか見透かされた気持ちになる。

そんなダフネに肩をすくめて返事をし、話をしながら他の奴らが来るのを待った。

ブレーズはすぐに来た。ブレーズはクィディッチ・ワールドカップを特等席で見れることに感動しており、ドラコへの感謝が止まらないようだった。

それからすぐにパンジーが来て、最後に集合時間ピッタリにドラコがやってきた。

ドラコは集合場所に全員がいるのを確認すると、満足そうに頷いた。

 

「うん、全員来ているね。よし、それじゃあ行こうか。今日は、クィディッチ・ワールドカップの開催場所でキャンプをすることになる。我が家自慢のテントも用意している。存分に楽しんでくれ」

 

「流石だぜ、ドラコ。ああ、俺、お前と出会えて本当に良かった。なんせ、ワールドカップを特等席で観戦だ! その上、テントまでご用意いただくなんてな! 頭が上がらないぜ……」

 

ドラコの自慢気な話し方に、いつもならからかうブレーズも今日ばかりは下手にでた。

感謝に震えるブレーズにドラコは悪い気はしないようだった。ブレーズの喜びように、誘った甲斐があったと思っているようだ。

一方でパンジーはマルフォイ家のテントに泊まることを楽しみにしていた。

 

「テント! 私、テントで泊まるのなんて初めてよ! ああ、ドラコのテント、楽しみだわ……。ねえ、ダフネ、アストリア。今日は一緒に寝ましょ!」

 

そうはしゃぐパンジーにアストリアとダフネは嬉しそうに頷いた。

全員ではしゃぎながらドラコに案内されてクィディッチ・ワールドカップの会場へと向かう。会場へは、移動キーを使って行くとのことだった。移動キーのある場所には既にルシウスさんと、金髪の綺麗な女性が立っていた。恐らく、ドラコの母親であろう。

ドラコは母親に俺の紹介をしてくれた。

 

「母上、彼がジンです。……何度か、お話はしていると思いますが、会うのは初めてかと」

 

「初めまして、ジン・エトウと申します。……お会いできて、光栄です」

 

ドラコの母親は、俺を一瞥した後に軽く会釈をしただけだった。

特に言葉を発することなく、そのままルシウスさんの傍へと行ってしまった。

俺は避けられているように感じ、チラリとドラコの方を見ると、ドラコは複雑そうな表情であった。

俺に続いてすぐにパンジーとダフネが挨拶をした。

 

「こんにちは、お母さま! 今日はよろしくお願いいたします!」

 

「お久しぶりです、ナルシッサさん。本日は妹ともどもご招待いただき光栄です。素晴らしい日を、ありがとうございます」

 

ドラコの母、ナルシッサさんは二人の挨拶を受けて少し表情を緩めて頷いた。

それを見届けたルシウスさんが、全員を見渡しながら声をかけた。

 

「さあ、皆。そろそろ時間だ。しっかりと移動キーを持ちなさい。はぐれてしまわないようにね」

 

全員がルシウスさんに言われた通りに移動キーの一部に触れる。そして間もなく移動キーが光りだしたかと思うと、フルーパウダーを使った時のような感覚に襲われ、視界が真っ白になる。

それからすぐに地に足が付き、移動が終わった感覚と共に視界が開かれる。

そこは霧が深く、森を奥に携えた荒れ地のような場所であった。

 

「さあさあ、クィディッチ・ワールドカップ会場にご到着だ。早速、我が家のテントのお披露目といこうか。諸君らにとって、これから数日間が間違いなく最上の時となることを私は確信しているよ」

 

霧で薄暗くなっているこの場所とは正反対の明るい声で、ルシウスさんは俺達を歓迎した。

自慢話をするドラコにそっくりな声だった。

そんなルシウスさんに言われるまでもなく、俺達はこれからの数日間への期待に胸を膨らませていた。

昨年のグリーングラス邸での日々のような楽しい時間が待っているのを、直ぐに確信したのだ。

 

 

 

 

 

移動キーに運ばれてきたところから歩くこと三十分ほどの場所、森の奥の方にマルフォイ家のテントが張ってあった。

それはテントと呼ぶには大きく、煌びやかで、あまりに立派すぎた。

なにせ二階建てになっており、窓もいくつかある。入り口こそ扉はないものの、立派な垂れ幕がよりテントを豪華に見せていた。なにより、その気になれば三十人は押し込められるだろう広さをもっていた。

それがなんと、二つも設置されていたのだ。

 

「こちらが女性用のテント、あちらが男性用のテントだ。垂れ幕の色で一目瞭然だろう? 赤が女性、青が男性だ」

 

そうルシウスさんがいい、俺とドラコとブレーズを男性用のテントへと案内した。パンジーらはナルシッサさんが案内をするようであった。

入ってすぐはリビングのようになっていて、何と風呂場にシャワールーム、キッチンまで設備されていた。これをテントと言い張るのは、もはや不可能とすら思ってしまった。

呆気にとられた様にしている俺に気づいたルシウスさんは、面白がるように笑いながら、まるで気心の知れた大人のように俺の肩を叩きながら話をする。

 

「ああ、エトウ君。どうやら、我が家のテントを気に入ってくれたようだね。いやはや、少々窮屈な思いをさせてしまうかもと心配をしていたのだよ。安心したまえ、ちゃんと全員の個室も用意してある。二階で、早速部屋分けをしてくるといい」

 

そうしてドラコ達と二階に追いやられると、二階にはなんと部屋が六つもあった。

とびきり大きな部屋が一つと、そこそこの大きさの部屋が四つ、他と比べれば小さいが十分な広さの部屋が一つ。

とびきり大きな部屋はルシウスさんの部屋であり、俺達は余ったところからそれぞれの部屋を選んで、荷物を置くことにした。

部屋に荷物を置きベッドに腰かけていると、ドアがノックされて開かれる。ドラコがブレーズを伴って、俺の部屋へとやってきたのだ。

 

「やあ、ジン。どうだい、我が家のテントは? 気に入っていただけたか?」

 

「ああ、ドラコ……。気に入らないわけがないだろ。これはテントと呼ぶには、立派すぎる。持ち運び可能なホテルと言われた方が、まだ納得がいくぞ」

 

そう返事をしながらベッドから立ち上がり、ドラコ達の方へと向かう。

ドラコは、俺の言葉に満足そうに頷いた。

 

「まあ、僕としては部屋が今一つ狭いと思っていたが……。君達がそう言うのなら、よしとしようか。さあ、それよりも外に行こう。ブレーズと話してね、この後は外でクィディッチでもしないかい? 箒だって、人数分も用意してきたんだ」

 

ドラコに連れられてテントの外へ行くと、外では既にパンジー、ダフネ、アストリアが俺達を待っていた。

三人も、マルフォイ家のテントに驚いていたようだった。

 

「部屋があったのよ、テントの中に! それに内装のすばらしさと言ったら……! ねえ、ナルシッサさんのドレッサーはすごいのよ! どれも一級品の衣服だったわ!」

 

「テントなのに個室がついてたの! ね、ね、男子のテントってどうだった? 個室はあった?」

 

パンジーとアストリアは興奮冷めぬ様で、男子のテントから出てきた俺達にはそうはしゃぎながら食いついてきた。

ドラコは二人の様子に嬉しそうにしながら、俺と同じ様にクィディッチに誘う。

 

「まあまあ、二人とも。テントを気に入ってくれたのは嬉しいが、それは夜になってからでもいいだろう。さあ、明るい内に外で遊ぶとしようじゃないか! 箒と、ボールを持ってきた。ワールドカップ前に、クィディッチとしゃれこもうじゃないか」

 

そして箒をドラコから渡され、六人でクィディッチを楽しむ。

クィディッチ以外にも、森の中を箒で追いかけっこをし、ブレーズが持ってきた嚙みつきフリスビーや殴りつけブーメランといったおもちゃで外を駆け回った。

ドラコとブレーズはいつぞやのクィディッチ対決の決着をつけようとした。木の隙間をゴールに見立てて対決をし、ブレーズが全てのシュートをブロックして見せた。ブレーズがキーパーとして練習を欠かしていないことの証明だった。

アストリアはずいぶんと箒が上達したようで、パンジーと共に森の中も怖がることなくすごいスピードで飛んでいき、ダフネを置き去りにしていった。

ブレーズは噛みつきフリスビーでダフネを追い回して恨みを買い、複数の殴りつけブーメランで女性陣から酷い反撃にあっていた。パンジーが嬉々として、ブーメラン両手にブレーズを追い回していた。

気が付けば日も暮れて、全員が泥だらけになっていた。

 

「一度、シャワーと着替えを済ませようか。食事は、折角だから外で食べようとお父上達が仰っている。準備は二人がしてくれるそうだ。早く、着替えを済ましてしまおう」

 

ドラコにそう言われ、それぞれがテントに戻り着替えとシャワーを済ませに行った。

暖かいお湯と良い香りの石鹸で身を清め、さっぱりしたところで外に出ると、既に食事の用意ができていた。

テーブルの上には焼き立てに見えるパンにサラダやローストビーフにチキン、カルパッチョや焼きエビやカニ、グラタンやミートパイなど豪華な料理が所狭しと並べられていた。八人でも食べきれるかどうか怪しい程の量であった。

ルシウスさん達は着替えを済まして綺麗になった俺達に笑いながら声をかけた。

 

「さあさあ、随分とはしゃいだものだね。あれだけはしゃげば、お腹も空いていることだろう。早速食事にしようじゃないか。この料理だけで足りるかな?」

 

そうからかうように笑いながら俺達に食事を勧め、全員で食事にありつく。

出された料理はどれも素晴らしく、遊び倒して空腹だった俺達は会話も少なく必死になって料理を口に詰め込む。

食べきれるかと不安だった料理は、あっという間に消えていった。

満腹になるまで食べきった子ども達を、ルシウスさん達は満足げに眺めていた。それから、食後の紅茶を飲みながら俺達に話を振った。

 

「もう外も暗い。遊ぶなら、テントの中で遊ぶといい。私は妻の部屋でくつろいでいるから、男性テントの部屋を自由に使いなさい。好きに騒いでもいい。どれだけ騒いでも、ここなら周りには迷惑は掛からないさ」

 

ルシウスさんの気遣いを受けて、俺達は早速ブレーズの部屋へと流れ込んだ。ブレーズが、最も多くのおもちゃを持ってきていたのだ。

それからは、カードゲームとボードゲームで遊び倒すこととなった。

 

「ああ、ルシウスさんってなんて紳士なのかしら。私達にもこんな気遣いをしてくれて……。その上、スマートでかっこいいわ。流石は、ドラコのお父様ね!」

 

カードゲームをしながら、パンジーはそうルシウスさんをべた褒めした。パンジーは随分とルシウスさんに好意的であった。もっとも、今日この瞬間はパンジーだけでなくこの場の全員がルシウスさんに感謝をしていた。

俺もルシウスさんには複雑な感情をいただきながらも、今日一日のおもてなしは文句のつけ様がなく完璧で快適であったと感じていた。

その後、父親を褒められ誇らし気にするドラコをブレーズがカードゲームでコテンパンに負かした。次のボードゲームではアストリアが圧勝をして見せて、俺はパンジーにカードゲームで勝つことで持っていたお菓子全てを取り上げることに成功した。

 

 

そうして楽しく過ごしていたら、ベッドに横になって休憩をしていたアストリアがいつの間にか眠ってしまっていた。

 

「あら、アストリア……。限界なら、部屋に戻りましょう? ここじゃ、ブレーズの寝る場所がなくなるわよ?」

 

寝てしまったアストリアに気づいたダフネがそう言って揺さぶるも、アストリアはいっこうに起きる様子がなかった。

 

「まあ、部屋はもう二つほど空いている。ここでアストリアは寝かしてしまって、ブレーズは空いている部屋へ移ればいいさ。今日は、もう解散とするかい?」

 

ドラコはそう困った様子のダフネに声をかけた。

ダフネはドラコの提案をのみ、アストリアをここで寝かせることにした。しかしパンジーは、部屋に戻らずにここでアストリアと寝ると言い張った。

 

「アストリアだって目が覚めて一人だったら寂しいわよ! 今日は一緒に寝ようって約束したし、私もここで寝るわ。ね、ダフネもどう?」

 

「そうね……。でもベッドは三人で寝るのはきついから、私は部屋で寝ようかしら……。いいわ、パンジーはアストリアと寝てあげて」

 

ダフネはそう言いながら帰ろうとするが、どこか名残惜しそうにしていた。

そんなダフネに、ドラコが声をかけた。

 

「ダフネも、もう少しここにいていいんじゃないかな? 僕もまだ眠くないし、飲み物でも飲みながら少し話でもしないかい?」

 

「いいわね、賛成! 私、ホットチョコレートが飲みたいわ!」

 

「おお、いいねぇ。俺は紅茶がいい。温かいやつな」

 

ドラコの提案にはすぐにパンジーとブレーズが食いついた。

俺も楽しい時間を終わらせるには名残惜しく、もう少し話すことに賛成であった。

俺は折角だと、飲み物の用意を名乗り出る。

 

「飲み物を用意するか。俺が行くよ。ドラコ、下のキッチンは使ってもいいんだろ?」

 

「ああ、構わない。僕も手伝おう」

 

「ああ、私が手伝うわ。ドラコはゆっくりしてて。ここのオーナーなんだから。ブレーズと同じ紅茶でいいかしら?」

 

俺が飲み物の用意を名乗りでると、ドラコが手伝いを申し出た。

そんなドラコを抑えてダフネが立ち上がり、俺とダフネで飲み物を用意しに下に降りる。

下のキッチンでお湯を沸かしながら、各人の飲み物を作る為にキッチンを漁る。

 

「おい、紅茶が何種類もあるぞ。……すごいな、どれもいい匂いだ。これがテントだなんて、いまだに信じられない」

 

キッチンにはアールグレイ、ダージリン、アッサムにウバと様々な種類の茶葉が収められていた。試しにいくつか蓋を開けると、ふわりと紅茶の良い香りが広がる。

俺が感動の声を漏らすと、ダフネがクスクスと笑った。

 

「確かに、ここまで大きくて豪華なものは中々見ないわね。私の家にもテントはあるけど、いたって普通なのよね。一階建てでシャワーなんてないし、中はただのリビングって感じの作りになっているわ」

 

「……普通のテントってのは、どうあがいてもリビングみたいな作りにはならないぞ」

 

久しぶりに感じる、マグル界育ちと魔法界育ちの感性の差。俺は魔法のでたらめさにあきれながら、大人しく紅茶を作りにかかる。

パンジーの為にホットチョコレート用に高級な板チョコを砕くダフネは、俺と他愛もない会話を続ける。

 

「あなたの知っているテントって、どんなもの?」

 

「そうだな……。針金やパイプとかで支柱を作って、布をかぶせたものって感じだ。床も、こんなにフカフカなんてしてないよ」

 

「それ、テントっていうの? ただの布の塊じゃない」

 

「マグルの間ではそう言うんだよ。俺の中のテントってのは、そんなものなの」

 

「そう言えば、あなたはマグル界育ちなのよね。もう、言ってくれないと忘れちゃいそうよ。ああ、でも……ここではあまり言わない方がいいわね。きっと、いい顔されないわ」

 

ダフネにそう言われ、俺は少し固まった。

俺がマグル育ちなのを、少なくとも親友達は受け入れてくれている。その為すっかり気を緩めてしまったが、俺の周りにはマグルやマグル生まれを嫌う人が多い。

今の発言を聞かれてしまったら、過激な純血主義であるルシウスさんを始めとする他の純潔家系に爪はじきにされてもおかしくない。

そんな俺に、ダフネは何も気になることがなかったかのように話を続けた。

 

「ね、いつかはあなたの故郷とか見てみたいわ。布の塊をテントだなんて呼んでいるような場所、ちょっと興味あるもの」

 

「……ダフネ、その発言もちょっと際どいぞ。マグル界に興味あるっていうのも、ここではあまり良くないだろ」

 

ダフネの発言に、少し驚いた。俺を注意したかと思えば、同じように危ない発言をダフネ本人がし始めたのだ。

呆気に取られている俺を見て、ダフネは笑いながら完成したパンジー用のホットチョコレートと自分用の紅茶を持つと、二階の部屋に向かっていった。

 

「あら、私、マグル界に興味あるとは言ってないわ。あなたの故郷に興味があるって言っただけよ」

 

そう言うと、軽やかに階段を上がっていった。

あまりに強引な屁理屈に呆れてため息をつきながら、三人分の紅茶を持って俺も二階に上がる。

 

 

 

それからはドラコ達と、アストリアを起こさないように小声で話をした。

ドラコとブレーズによる明日の試合の予想や、見どころ。ブルガリアのエース、ビクトール・クラムがいかに素晴らしい選手であるかの熱演が主であった。

そして俺が最近、クィディッチの試合を見始めたこと。戦術や技などはまだまだだが、選手の動きの良し悪しなどはずいぶんと分かるようになってきたことを言うと、ドラコとブレーズは嬉しそうに肩を組み合った。俺がやっとクィディッチに興味を持ったことを、誕生日のように祝い始めた。

ダフネは、マスゲームにも興味があるようだった。ワールドカップのマスゲームなら、相当の期待に値すると思っているようだった。

そうして気が付けば夜更け。流石にワールドカップを寝不足で迎えたくはないと、ブレーズが解散を意見した。今度は誰も残りたいとは言わなかった。

パンジーはアストリアの眠るベッドに潜り込んだ。本気でそのまま一緒に寝るつもりらしい。

ダフネも自室へ戻っていき、俺とドラコも自室へと向かう。ブレーズは、空き部屋へと向かった。

明日もこうしてみんなで集まれるのを、心から嬉しく思った。

 

 

 

 

 

翌日、朝をゆっくりと起きて身支度を済ませ下に降りると、既に他の人達は準備を終えて下にいた。

俺が下りてきたことに気づいたドラコが、声をかけてくる。

 

「おはよう、ジン。朝食はここで簡単なものを食べよう。それから、お昼前には出かけて競技場へと向かうよ。グッズを見て回るのも、面白いだろうからね」

 

そうドラコはウキウキした様子であった。

朝食をトーストにサラダ、ベーコンエッグと簡単なもので済ませ、直ぐに身支度を済ませると外へと繰り出す。

女性達の身支度が終わり、合流したら競技場へと向かって歩く。

競技場の方へ向かうにつれて、どんどん人が多くなっていく。周りは見ていて全く飽きなかった。

アイルランドのシンボルであるシャムロックを全身に付けた小さい子供が駆け回っていたり、若い魔女たちが紫の炎でキャンプ料理に挑戦していたり、少し向こうでビクトール・クラムの写真を掲げて歩く集団を見かけたり。

あと、ネグリジェを身にまとった年寄りの男性が役人か何かに羽交い絞めにされているのも見かけてしまった。ネグリジェがマグルの女性用衣服だと知っているのは俺だけで、それを見て笑いを抑えられないでいるのを他の奴らからは不思議そうにされた。

 

そんな道中も楽しみながら到着した競技場では、ドラコの期待していた通りに様々なグッズも売られていた。

ブレーズは早速とばかりに煌びやかに光るシャムロックのバッジを購入していた。今日はこれをローブに着けて試合観戦と意気込むらしい。

パンジーは応援用のアイルランドの国旗を購入していた。アイルランドが得点をするたびに、一緒に歓声を上げてくれる国旗とのことだ。

ドラコは試合がよく見えるようにと魔法性の望遠鏡を全員分、買って配ってくれた。なんでも、俺がクィディッチに興味が出たことのお祝い品だそうだ。魔法性の望遠鏡は録画機能だけでなくスロー再生やリピート再生までできる優れものであった。

全員で買い物を楽しんだら、とうとう試合開始時間も近くなり、ルシウスさんに連れられて競技場の観客席へと向かう。

ブレーズのテンションは今や最高潮だった。最高の席で最高の試合を見られることに、ドラコに感謝を捧げていた。

 

そして案内された観客席には、多くの先客がいた。

魔法省の重役達やその家族に、ブルガリアの重役たちと思しき人達、魔法界の有名人が数名。

そして、その中に知っている顔ぶれがあった。

ウィーズリー一家に、ポッターとハーマイオニーがいたのだ。

俺達に気が付いたハーマイオニーはハッと驚いたような表情をした。そしてパンジーはハーマイオニーを見つけ、喜びのあまり声をかけそうになったのをすぐさまダフネに抑えられた。昨日の夜も俺と話したが、招待してくださったルシウスさんの不興を買うようなことはなるべくしたくないのだ。

抑えられたパンジーは少し不満げな表情をしたが、自分が抑えられた理由は分かっているらしい。仕方なく、誰にも見えないようにダフネと二人でハーマイオニーに手を振っていた。

ハーマイオニーはそれを見て、少し嬉しそうに微笑んでから直ぐに目をそらした。ハーマイオニーも、自分と仲がいい事がバレると面倒になることは察しているらしい。

一方で俺は、久しぶりに会ったフレッドとジョージが俺がドラコと一緒にいる事に非難するような表情をしているのに気が付いた。各要人達に挨拶をするルシウスさんに向かって、フレッドは吐くような真似をして、ジョージなど隠す気もなく中指を突き立てていた。

俺はそんな二人に苦笑いを向けると、二人は顔を見合わせてからそろって俺にブーイングのポーズをするとそっぽを向いてしまった。

フレッドとジョージは心底マルフォイ家が気に食わないようだった。俺が一緒にいる事に対しても、あまりいい感情は抱いていないらしい。

二人とはどこかで話をしないといけないかもしれない、と思いながら俺も目線を外してそろそろ始まる試合へと意識を向けた。

クィディッチ・ワールドカップの試合が、そろそろ始まるのだ。

 

 

 

まずはブルガリアのマスゲームからだった。ブルガリアのマスコットはヴィーラであった。

マスコットがヴィーラであることを察したルシウスさんはすぐさま目線をそらして対処をしたが、ヴィーラについて詳しくない男性達はすぐさま魅了されて競業場へと飛び降りんとばかりに身を乗り出していた。

それを、一部の女性達は冷ややかな目線を送っていた。

アイルランドのマスコットはレプラコーン。金貨をバラまきながら、見事に空に絵を描いて見せた。アイルランドからの歓声は鳴りやまなかった。

そんな見どころ満点なマスゲームも終え、選手が順々紹介されて、いよいよクィディッチの試合が開始。

試合展開はアイルランドの優勢。ブルガリアで優位に立っていたのは、シーカーのクラムだけであった。しかし、このクラムが素晴らしい動きをして試合を大いに盛り上げた。

フェイントをかましてアイルランドのシーカーに大怪我をさせたところなど、思わず拍手をしてしまった。

しかし、シーカーだけでは試合は決めきれないようだった。どんどん点差を広げられ、最終的にはクラムがスニッチを掴んだものの、試合はアイルランドの勝利。周りでは大歓声だった。

アイルランドの勝利で試合が終わった瞬間、パンジーはダフネとアストリアの手を取って飛び回って喜び、ドラコは傍らの父親と肩をたたき合っていた。ブレーズは試合が最高の席で直接見れたこと、そして勝利したことに感動のあまり叫んでいた。そんなブレーズの肩を組み、俺も手を挙げて叫び試合の感動を表す。

とても楽しい時間であった。

その場の全員がアイルランドの勝利を祝う一体感に心地よさを感じていた。

試合が終わってからも長い時間、俺達は何度も何度も、叫び拳を振り上げ勝利を祝っていた。

 

 

 

 

 




沢山の感想や評価をありがとうござました。
嬉しく、ついつい筆が進みます。
今後もぜひ、楽しんでもらえたらと思います。


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闇の印

試合が終わった後、アイルランドの勝利の余韻に浸りながら俺達はマルフォイ家のテントへと歩いていた。

 

「アイルランドの完全勝利! ……まあ、流石にシーカーは向こうの方が一枚上手だったがな」

 

「一枚どころじゃないだろう。クラムは天才だ。三枚も四枚も上手だったよ」

 

ブレーズがアイルランドの勝利を祝いつつも相手のシーカーであるクラムの凄さを認めると、ドラコがクラムをかなり持ち上げた。クラムはアイルランドでも多くのファンを獲得しているようだ。

クィディッチにあまり興味のないダフネですら、今日の試合には感動していたようだった。

 

「すごい迫力だったわね。アイルランドのシーカーが地面と激突した時、私、音が聞こえたわ。地面と接触するような音。聞こえないはずなのに、可笑しいわよね」

 

「私も聞こえた! 気の所為じゃなくて、きっとそれだけ大きな音だったんだよ!」

 

ダフネは興奮で頬を染めながらも傍らにいるアストリアに声をかけた。

アストリアも同じように興奮した様子でダフネへ返事をした。

それからマルフォイ家のテントに着くとすぐに食事となった。食事は昨日と同じように外で豪華な料理を並べてみんなで食べることとなった。

全員が満腹となった後、今日は部屋には集まらずに焚火を囲みながら外で話をする。

今日の試合を振り返り、見どころや印象に残ったシーンを語り合ったり、望遠鏡の録画機能を見せ合って、試合の振り返りや解説を読み上げたり、今日のことを存分に話して過ごした。

それからあまり遅くない時間にドラコが大きなあくびをして、パンジーが舟をこぎ始めた。他の奴らも眠気を感じているようで、今日はすぐにお開きとなった。

ルシウスさんとナルシッサさんは、まだ起きているようだった。挨拶に来る人や、友人達と夜を更けるそうだ。

二人に挨拶をしてテントの自室へと戻る。

俺も随分と疲れていたせいか、直ぐに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

子ども達がテントで寝に行ったのを確認してから、ルシウスは上等なワインを取り出し、妻であるナルシッサと飲み始めた。

子守を終えた妻への、ご褒美のつもりであった。

 

「ナルシッサ、昨日今日と大変疲れたろう。随分と子どもたちの世話をしてくれたものだ」

 

「いいえ、私はなにも。引率は全て、あなたがしてくださったでしょう?」

 

ナルシッサはそう言いながらも労わられて嬉しそうにしているのを、ルシウスは心得ていた。

それから二人で他愛もない話に興じていたが、こちらのテントに数名の知り合いが押し掛けてきたのを確認して話を切り上げた。

 

こちらに来た者達は皆、ルシウスと特別なつながりがある者達だった。

自分の勤める部署の部下達。自分に多大な恩があり、考えに共感し、妄信的についてくると言っても過言ではない。

それから同僚。多くが学友であり、今でもお互いに硬い利益関係で結ばれている。互いの弱みも握り合っている。裏切ることも裏切られることもないと言える関係で、気兼ねなく話せる者達。

 

そして、中でも特別なのはヤックスリーとエイブリー。お互い元死喰い人であると認知しており、有罪を逃れて生きている者達。

 

彼らと酒を交わすことを、ルシウスは楽しみにしていた。

闇の帝王が姿を消してからゆうに十五年。今でもあの時代を生き抜いたことを誇らぬ時はない。ルシウスは自分を、暗黒の時代を生き抜き、あまつさえ利益すら勝ち取ってきた真の勝ち組であると思っている。そして、その感覚を共有できるヤックスリー、エイブリーには、戦友にも近い感情を抱いていた。

 

挨拶もそこそこに、ルシウスは友人達と火を囲みながら酒を飲みかわす。周囲の人間に妻を自慢したり、思い出話に花を咲かせたり、至福ともいえる一時を過ごしていた。

そんな中で、ナルシッサはルシウスの部下達に何やら愚痴を吐いていた。ワインを片手に、一目で酔っ払っていると分かるほど顔を赤くさせていた。

 

「ええ、私の息子は本当にいい子なのに、その取り巻きときたら……」

 

ナルシッサは、ドラコが友人と称して連れてきた子ども達に不満があるようだった。

 

「パーキンソンのお嬢さんも、グリーングラスの末っ子のお嬢さんも、はしたないわ。昨日は、男性用のテントで寝ていたというのよ」

 

「それはそれは……。ナルシッサ様は気苦労が絶えませんな」

 

「ええ、ええ。ドラコに変なことを覚えさせなければよいのだけど……。加えて、あのザビニのご子息。私は正直、ザビニさんは好みませんの。なんでも、七人と結婚をしては別れてと……。少々、お色が過ぎるのではなくて?」

 

「そうですねぇ。いやはや、確かにはしたない。しかし、そんな彼らにも優しく接するとは、本当にできた息子さんですよ。やはり、教育がいいのでしょうな」

 

部下達はナルシッサが気持ちよく話せるよう、持ち上げながら相槌を打っている。

ナルシッサも、それを受けてどんどんと饒舌になっていった。

 

「自慢の息子ですわ。しかし、この頃どうも取り巻きから悪い影響を受けているようで……。新学期前の買い物も、もう私と行ってくれることはないのよ? ああ、エトウという家名をご存じ? ホグワーツに通っていた東洋の純血で、そのご子息がドラコと同学年なのよ。彼の両親は、ほら、十五年ほど前には亡くなられているのよ。可哀想ではあるけれど……。でも、そんな子といるからかしら? 昔はあんなに親を大切にしてくれていたのに、どこか冷たいのよ……」

 

「ナルシッサ、ドラコは今でも十分、親思いのいい子だ。大人になったんだよ。君も、そろそろ子離れをしなくてはね」

 

ルシウスは息子のことで愚痴を言うナルシッサを宥める。事実、ナルシッサの過保護は直さなくてはと気になっていたのだ

ナルシッサは、そんなルシウスに食いついてきた。

 

「あなた、ドラコはまだ十五歳ですよ? まだまだ子供です。大人になったなどと……。まだ、危険なことなんてさせられる歳ではないでしょう?」

 

「まあまあ、ナルシッサ。そう言いなさんな。私やルシウスが十五の時など、もっとやんちゃをしていたさ。なあ、ルシウス?」

 

ルシウスに噛みつくナルシッサに向けて、いつの間にかそばに来ていたヤックスリーが宥めにかかった。

 

「十五の時など、我々も親と買い物に行かずに友人達とダイアゴン横丁を駆け回ったものだ。時には、ノクターン横町へと足を踏み入れた……。おい、ルシウス。なかったとは言わせないぞ? 我々のような家系で、あそこに足を踏み入れたものがいないなどあり得ないからな」

 

ヤックスリーがニヤニヤと笑いながら、ルシウスに話を振る。ルシウスはナルシッサの前で同意するわけにはいかなかったが、嘘をついてまで否定するのは野暮だと思い、肩をすくめてワインを飲み、ヤックスリーの言及をかわす。

ヤックスリーはそんなルシウスをニヤリと笑った後に、さらにナルシッサに話しかけた。

 

「なあ、ナルシッサ。ルシウスは、ホグワーツでも随分とやんちゃをしていたものだ。監督生になってからは、それがもっと酷くなったぞ。夜に寮を抜け出しては、監督生用のシャワールームへ女を連れ込んだことも、一回や二回じゃない」

 

「ヤックスリー、それは邪推だ。私はね、他の誰かと違ってそこまで節操がなかったわけではない」

 

ヤックスリーの発言に、今度はたまらず口を挟む。しかし、ナルシッサが既に冷たい目線をこちらに投げかけている為、効果は薄い様であった。

ヤックスリーは愉快そうに笑いながら、さらに話を続ける。

 

「ルシウス、君はイケていた。ああ、今でもそうだ。だがなぁ……昔の方が、もっととがっていて、そう、刺激的だった。親になって丸くなったのか、少しつまらなくなったかもな」

 

「この私が退屈になっただと? 良く言えたものだな、ヤックスリー。お前も、今は随分と大人しい骨なしになったろうに」

 

ヤックスリーの煽りを受けて、ルシウスは煽り返す。この応酬も、酔いが回っている所為か、随分と愉快に感じていた。

そんなルシウスに、ヤックスリーは益々笑いを大きくしながら返事をした。

 

「そうか? そうかもなぁ、ルシウス。私達は、随分と退屈になったものだ。しかし、それは最近の魔法界が退屈なのだよ。昔は良かった……。魔法界全体が、もっと自由で、活気にあふれていた。今はどうだ? こうしたクィディッチ・ワールドカップですら、マグルの目を気にしてこそこそとやらねばならん」

 

ヤックスリーは笑いこそすれ、不満はたまっているようであった。ルシウスはそんなヤックスリーのゴブレットにワインを注ぎながら、話を聞いていた。

 

「魔法省は厳しくなった。だが、意味のない規制ばかりだとは思わんか? マグルに魔法をかけることが、どんどん重罪になっていく。ところがだ、その魔法省は今日だけであの受付のマグルに何回忘却呪文をかけたと思う? 馬鹿馬鹿しい。皆、心の底では思っているんだ。マグルなんて、どうでもいいとね」

 

酔っ払ってきたのか、ヤックスリーの口は随分と回っていた。ルシウスはそれを、面白がりながら聞き続けていた。

ヤックスリーは上等なワインを煽り、酔いを深めていく。

 

「おい知ってるか、ルシウス。俺はな、昔、やんちゃをしてマグルの子どもに鹿の角を生やしちまった。それを一年間も隠ぺいしてたんだ。面白かったぞ、あれは。鹿の角が生えたってんで、マグルは大騒ぎ。簡単な呪いだってのに、まるで奇跡のように拝めるんだ。俺のいたずらをよう」

 

ヤックスリーは、へらへらと話を続けていく。

 

「だがな、とうとう足が付きそうになったってんで、俺はそのマグルにかけた呪いを解いてやったんだ。鹿の角を取ってやって、直してやった。そう、面白いのはその後だ。なんとな、鹿の角がなくなった子どもは、喜ぶどころか泣き始めた。そして親は、どこからか代わりの角を持ってきて、子どもの頭に付けやがる。そうさ、マグルは鹿の角を生やして喜んでやがったんだ。見世物にして、稼いでたってわけだ。マグルにとっては、俺の呪いが親切で、魔法省がやるような解呪が本物の呪いってわけだ」

 

ヤックスリーは我慢できないようにゲラゲラと大声で笑い始めた。ヤックスリーの話を聞いていた周りの人間も、大きな声を上げて笑った。

ルシウスも、それを聞いて思わずにやけてしまう。愉快な話だと、素直に思ったのだ。

ヤックスリーは笑いを引きずりながら、話を続けた。

 

「マグルは、やっぱり頭がおかしい。それを守ろうってんで、魔法省も頭がおかしい。俺はその時、そう確信したね。おい、ルシウス。君も一つや二つ、マグルに呪いをかけて遊んだことくらいあるだろう。だってのに、ここ最近はこそこそと裏でイタズラばかり。やっぱり、つまらなくなったよ」

 

あれだけ周りの笑いを取ったヤックスリーにつまらないと言われるのは、流石のルシウスも見過ごせはしなかった。

 

「ほう、つまらなくなった? 私がか? ならば、今日貴様らが期待しているこの後のお楽しみを当ててやろう。ここにいるマグルどもに魔法をかけて、パレードとしゃれこむ気だろう。いいだろう、私も参加しようではないか」

 

そう宣言すると、周りの盛り上がりは最高潮となった。

ゴブレットを掲げ、中身がこぼれるのも気にせずに騒ぎ、叫ぶ。

ルシウスはそんな連中の姿を笑いながら、魔法でマスクとローブを取り出す。気が付けば、全員が姿を隠せるものを用意していた。

そして自然と、全員がルシウスの言葉を待っていた。

ルシウスは高らかに宣言をする。

 

「それでは、クィディッチ・ワールドカップの最高の締めを飾ろうではないか。ここまで素晴らしい催し物を用意してくださった魔法省役員達への、ご褒美だ」

 

多くの者が歓声を上げ、列をなして移動をする。

祭りの余興に浮かれ、多くの者が浅ましいパレードを始めた。

この地の管理人であるマグル達に魔法をかけて、それを見世物にパレードを始めたのだった――。

 

 

 

 

 

外でとびきり大きな喧騒があって、目が覚めた。

驚いて外に目をやると、何やら色鮮やかな光が弾けながら、パレードのように集団が歩いて回っていた。

唖然として見ていると、部屋のドアが開かれて、ドラコが入ってきた。

 

「ああ、ジン。起きていたのか。……外で、何やら騒ぎがあるようだね。ブレーズも起きてる。確認しに行かないかい?」

 

ドラコにそう言われてから、もう一度外へ意識をやる。

祭りの喧騒、とは少し違うようだ。叫び声や、怒鳴り声も聞こえる。何か、事件のようなものが起きているのかもしれない。それも、そんなに遠くない場所でだ。

 

「……そうだな。ダフネ達も心配だ。固まって動こう」

 

そう言い三人で外に出ると、外では既にダフネ、パンジー、アストリアが固まっていた。

ドラコはそれを見て少し安心したようにしながら声をかけた。

 

「皆、特に問題はなさそうだね。……しかし、父上と母上がいないな。あの騒ぎの方にいるのだろうか?」

 

ドラコはそう呟くと、騒ぎの方へと目をやった。

今や参加者は最初に見た時の倍以上にはなっているだろう。離れているはずなのに、騒ぎの音はしっかりと聞こえてくる。

 

「見に行ってみるか? まあ、大した騒ぎじゃなくてただの行き過ぎたバカ騒ぎみたいだから、見る価値はないかもしれねぇが……」

 

ブレーズは自分達に危害がなさそうなのを確認すると、欠伸をして興味なさげにそう言った。ブレーズ自身は、そこまで興味はないのかもしれない。

 

「変に近づかなくていいわ……。でも、騒ぎが終わるまでは私達もあなた達の部屋へ行ってていいかしら? 何かあった時には動けるように」

 

ダフネは、騒ぎに近づくことは反対のようだ。万が一、ということも心配しているらしい。

俺はダフネの意見に賛成だった。

 

「騒ぎはどんどん離れていっている。俺達に危害もなさそうだが、まあ、近づかないに越したことはないだろう。俺の部屋で、また飲み物でも飲もうか。これだけ派手に魔法を使ってれば、魔法省にすぐにでも抑えられるはずだ。目も覚めてしまったことだし、落ち着くまで話でもしてよう」

 

俺の意見に特に反対はなく、直ぐに飲み物を用意して俺の部屋に集まることとなった。

特にカードゲームやボードゲームをする気にもなれない為、全員で座って話をすることになった。

アストリアは騒ぎを随分と怖がっていたようだった。パンジーとダフネがアストリアを宥めていた。

ドラコは、この騒ぎに自分の父親が参加していると思っているようだった。父親の姿が見えないことを気にかけながらも、心配をしている様子はなかった。

ブレーズとパンジーは、特に興味はなさそうだった。今回の騒ぎも、大きなイベントでたまに見るちょっとした見世物程度の認識であった。

そんな中でゆっくりと飲み物を飲みながら話をしていたら、外の騒ぎが収まったかのように静かになっていた。

 

「あら、終わったのかしら?」

 

そう言ってダフネが外の景色を見ると、息をのんで固まった。

そんなダフネの様子を不思議に思って全員で窓の外を見ると、そこには暗がりの中で変なものが浮かんでいた。

緑に光る、巨大な髑髏だった。口から舌のように蛇がはい出て、気味悪くあたりを照らしていた。

俺はそれに見覚えがあった。

 

「……闇の印」

 

前に何かの文献で見たのを覚えていた。ヴォルデモート卿と、その手下達が使っていた印。あの印が打ち上げられた時、そこには必ず死体があったのだという。

 

「なんで、あんなものが……」

 

思わずつぶやくが、誰も答える者はいなかった。

ダフネとアストリアは怯え、パンジーもただ事ではないと感じて不安そうにした。ブレーズは不快そうに顔をしかめ、ドラコは呆然としていた。

誰も、良いものを見たと思う者はいなかった。

全員が黙って、外で浮かぶ闇の印を眺めていた。

 

それからしばらくして、ルシウスさんとナルシッサさんがテントに帰ってきた。

ルシウスさんは俺達が全員固まっているのを見て、少し安心したような表情をしてから、もう騒ぎは収まったと言ってそれぞれの部屋に戻した。

それから、寝つきは悪かった。

 

誰かが死んだのだろうか? いや、そもそもあの闇の印は何のために出されたのだろう? ヴォルデモート卿と何か関係はあるのだろうか?

 

そんな答えが出ないことを考えて、落ち着けなかった。

結局、日が昇って辺りが明るくなるまで、俺は浅い眠りを繰り返すしかできなかった。

 

 

 

翌朝、早い時間にキャンプ場を去ることとなった。

テントやその他の備品はマルフォイ家で片付けておくとのことで、ドラコを含めたマルフォイ家に別れを告げて、俺達は自分の荷物だけ持って移動用の暖炉近くに来ていた。

ブレーズもパンジーもダフネもアストリアも、昨日の夜のことが心配であまり眠れなかったようだった。

それでも折角の楽しい時間を暗いまま終わらせたくないと思ったのか、別れ際にパンジーが明るく全員に声をかけた。

 

「それじゃ、この三日間、すごく楽しかったわ! またホグワーツで会いましょう! 楽しみにしてるから!」

 

そうパンジーの明るい声を聴いて、他の奴らも肩の力を抜いた。

 

「じゃ、次は俺が帰るわ。またホグワーツでな。おっと、ジンはまた新学期前に買い物に行くぞ。また、手紙を出す」

 

ブレーズはそう言うと、飄々とした様子で去って行った。

ダフネは、少し落ち着いたアストリアの手を引いて帰って行った。

 

「またね、ジン。私もすごく楽しかったわ。ホグワーツで会えるの、楽しみにしてる」

 

ダフネはそう笑いながら暖炉の中へと消えていった。

俺も、ダフネ達の消えていった後に暖炉を使用し、ダイアゴン横丁へと飛ぶ。それから、歩いてゴードンさんの宿泊所へと帰った。

ゴードンさんは新聞を読んでいたようで、帰ってすぐにクィディッチ・ワールドカップでの騒ぎに巻き込まれていないかの心配をしてくれた。

ゴードンさんへ怪我も何もなくただ楽しかったことだけを告げると、ゴードンさんは安心したように胸をなでおろした。

それから自室に戻り、部屋のベッドで横になる。

闇の印を見た時、嫌なことを思い出した。

俺に関する予言のこと。俺に、闇の帝王となるか自分自身となるか選択しなくてはならない日が来ること。

闇の印を見た時の親友達の反応は、良いものではなかった。そんなものに、俺がなりたいと思うわけがない。

別れたばかりだというのに、無性にまた親友達に会いたくなった。

俺は、俺が思っていたよりも寂しがり屋なのかもしれない。

 

 



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マッドアイ・ムーディ

クィディッチ・ワールドカップから暫く、新学期も近づきドラコとブレーズと準備のための買い物に行くこととなった。

今日は付き添いはなく、三人だけで行くこととなった。

ダイアゴン横丁を三人で練り歩き、必要な物を買って回る。

新しい羽ペンに羊皮紙、教科書や魔法薬の素材を少々。学校から送られてきた必要な物のリストはほとんど見慣れた物であったが、一つだけ特殊なものが書いてあった。

 

「今年は正装用のローブが必要なんだな……。俺、今まで正装なんて買う機会がなかったから一着もないぞ。何に使うんだろうな、これ」

 

ほとんどの買い物を済ませ、昼食を三人で取りながら俺はドラコとブレーズにそう言う。

すると、ドラコは得意げな様子で話を始めた。

 

「ああ、そうか。ジンはまだ知らないんだね。今年はね、ホグワーツで驚きのイベントがあるのさ。きっと、人生最大のイベントになるぞ」

 

ドラコはローブがなぜ必要なのかをすでに知っているようだった。しかし、例のもったいぶった話し方をして、直ぐには教えてくれなかった。

ブレーズはそんなドラコに呆れながら話にのった。

 

「俺はもう知ってるぞ、ドラコ。お袋から聞いた。知らないのはジンだけだ。こいつを仲間はずれにしたいってんなら、もったいぶればいいさ」

 

ドラコは自分の楽しみに水を差したブレーズを軽くにらんだが、一理あると思ったのかすぐにもったいぶった話し方を止めた。

 

「今年はね、三大魔法学校対抗試合が開かれるのさ! そう、それもホグワーツでだ!」

 

三大魔法学校対抗試合。それは二百年ほど前に中止になった伝統ある魔法試合である。教科書や本にすら載っている。今でも優勝者の栄光や試合での活躍は物語などで語り継がれるほど、魔法界では人気と知名度のあるイベントであった。

それは確かにすごい情報であり、俺達が歴史的瞬間に立ち会えることを意味していた。

 

「それは凄いな。歴史的瞬間の立会人になれるのか……。しかし、なんでそれで正装用のローブが必要に?」

 

「君、対抗試合が歴史的に大きな意味を持つイベントだって自分で言ったじゃないか……。それがホグワーツで行われる。当然、他の参加校、ボーバトンとダームストラングの二校を歓迎する義務がホグワーツにあるのさ。そんな中で行われるクリスマスパーティーがいつも通りの訳がないだろう? 正装が必要なほど、煌びやかなパーティーになるってことさ」

 

俺の質問にドラコが呆れたようにしながらも答えてくれた。

正装用のローブで行われるクリスマスパーティー。それは、俺が参加もしたことがないようなものだろう。

ブレーズは、対抗試合よりもクリスマスパーティーの方に興味があるようだった。

 

「今年は一生忘れられないクリスマスパーティーになるだろうな。正装用のローブってんだから、ダンスパーティーでも開くんだろうな。おい、誰と躍るか今のうちに考えておけよ? おっと、ドラコはパンジーで決まってるな。ドラコ、お前にはパンジーから、ハロウィンもまだなのにクリスマスのお誘いがくるぞ」

 

ブレーズはケラケラと笑いながらそうドラコをからかった。ドラコは肩をすくめて、余裕たっぷりに返事をした。

 

「踊る相手がいる、というのはいい気分さ。ブレーズ、君こそどうするんだい? レイラを誘うのかい?」

 

レイラはブレーズが去年にホグズミードでデートをした相手だったはずだ。趣味が悪いと言い、次はないとブレーズ自身が言っていた。

デートを思い出したのか、ブレーズは苦い顔をした。

 

「レイラはなぁ……。正直、もっといい相手を探したい。まあ、俺、引く手数多だから。いい奴探すさ」

 

ドラコの返しにブレーズは余裕そうに返事をした。それから俺の方に話を振ってきた。

 

「なあ、ジン。お前はどうするんだ? ぶっちゃけ、相手いないのお前だけの可能性有るぞ? パンジーはドラコと行くだろうし、俺とダフネは引く手数多だ。誘いたい相手とかいないのか?」

 

そうブレーズに言われ、少し考える。

俺は誰とクリスマスパーティーに行きたいだろうか?

 

真っ先に頭によぎったのは、ハーマイオニーであった。

 

去年、吸魂鬼の群れ中へハーマイオニーが走って行った時、俺はハーマイオニーの為なら命を懸けてもいいと思った。そして実際にそうした。

事件の後にルーピン先生と話し、ハーマイオニーへの想いも自覚した。

ブレーズの質問の答えは考えるまでもなかった。

俺がクリスマスパーティーに誘うとしたら、ハーマイオニー以外に考えられないのだ。

だが、俺の口から出たのは全く違う答えだった。

 

「俺は誘いたい相手がいないな……。折角のクリスマスパーティーにも、もしかしたら一人で参加するかもな」

 

自分でも驚くほどサラリと嘘をついた。

その答えを聞いて、ドラコとブレーズは呆れたような表情をした。

 

「そう言うなよ……。折角の歴史的クリスマスパーティーなんだ。羽目を外せって、な? 好みの奴とかいたら紹介するからよ」

 

「君の為に、お茶会でも開こうか? 君は名家のお茶会に参加したことはないだろう? 人脈を広げるいい機会だ。君が良ければ、いつでも開くよ」

 

ブレーズもドラコも、本気で俺が一人でクリスマスパーティーへ行きかねないと心配しているようだった。

そんな二人に、俺は苦笑いで返した。

 

「あまり気にするなよ。相手がいなくても、きっとクリスマスパーティーは楽しめる。お前らの邪魔はしないからさ。そうだ、正装用のローブを選ぶのを手伝ってくれよ。折角だ、良いものを買おうと思う」

 

俺の返事に、ブレーズとドラコは益々呆れた表情となったが、それ以上は何も言わなかった。

俺はとっさの事だったが、自分が嘘をついたのに驚いていた。無意識にハーマイオニーを誘いたいと言うのを避けていたのだ。

 

恥ずかしかったのだ。ドラコ達に自分にクリスマスに誘いたい相手がいる事を、その相手が誰かを言うことが。

 

初めての感情で戸惑っていた。ブレーズのように茶化して言うことも、パンジーのようにぺらぺらと話すことも、自分にはできそうになかった。

昼食を終えてドラコ達とローブを選びながら、自分の感情について考えていた。

俺は上手くハーマイオニーを誘えるだろうか? ハーマイオニーを誘う直前になれば緊張しているに違いない。まともに話せるかも自信がない。

だが、確信もしていた。

何事もなければ、俺はハーマイオニーをクリスマスパーティーへ誘うだろう。

まだ随分先のクリスマスの事を考えると、待ち遠しくもあり、一方でクリスマスがくるのが怖いという緊張もあった。

 

 

 

 

 

ドラコ達と買い物を終えてから数日、新学期開始はすぐであった。

荷物をまとめてキングズ・クロス駅に向かい、いつもと同じようにゴードンさんに別れを告げてホグワーツ行きの汽車へと乗り込む。

汽車の中にまだ知った顔がないことを確認したら、空いているコンパートメントに荷物を置く。そしたらすぐに、いつもの奴らが集まってきた。

ドラコは変わらず荷物をクラッブとゴイルに預けてきたようだ。手ぶらで現れた。

パンジーとダフネとアストリアは三人一緒に現れた。駅から既に待ち合わせをしていたらしい。

そして最後にブレーズが現れた。

六人がそろっていつもの様にコンパートメントの組み分けが必要となったが、今年はクジやじゃんけんをするまでもなくスムーズに分かれた。

パンジーがアストリアとドラコの手を引いて隣のコンパートメントへ颯爽と移動をしたのだ。その鮮やかな手際に、パンジーだけでなくダフネとアストリアもこの事に噛んでいることが分かった。

隣のコンパートメントへ消えていくパンジー達を、ダフネは笑いながら見送っていた。

 

「お前ら、さては図ったな?」

 

そうブレーズがダフネに確認すると、ダフネは肩をすくめた。

 

「パンジーが、今年はどうしてもドラコとクリスマスパーティーに行きたいみたい。だから誰かさんの意地悪で別々にされたら困るんですって」

 

ブレーズは呆れたように笑ったが、特に組み分けに不満はないらしく、三人でコンパートメントへ入ることにした。

ホグワーツまでの時間、夏休みの事の報告や、すでに全員が知っている三大魔法学校対抗試合についての予想について話をした。どんな試合になるのか、ホグワーツの代表選手は誰になるのか、そんなことを話して盛り上がった。

そして昼食をはさんでいる時に、ダフネが隣のコンパートメントを心配そうに眺めた。

 

「パンジー、大丈夫かしらね? ドラコも変な意地とか張ってないといいんだけど……」

 

「大丈夫だろ。前にクリスマスパーティーに誰を誘うか話した時、ドラコはパンジーに誘われるのも満更じゃなさそうだった。パンジーがちゃんと誘ってれば問題はねぇよ」

 

そんな心配そうなダフネに、ブレーズがそう返事をする。

ダフネは少し驚いたようだった。

 

「あら、そうなの? あなた達の前でそう言うのなら、問題はなさそうね。……あなた達、クリスマスパーティーに誰を誘うかなんて相談をしていたのね。ねえ、あなた達は誰を誘うつもりなの?」

 

ダフネは俺達のクリスマスパーティーの話に興味を持ったようだった。ワクワクしたように俺達にそう問いかける。

俺とブレーズは目を合わせて少し黙ったが、ブレーズは隠すことでもないと思ったのかすぐに話し始めた。

 

「俺は引く手数多だろ? 特に決めてはいねぇよ。まあ、レイラはちょっと嫌だって言ったくらいだ」

 

「あなた、随分と傲慢ね」

 

「事実だろ?」

 

「否定できないのが悔しいわ」

 

ダフネはブレーズの返事にクスクスと笑いながら納得はしたようだった。

それから質問の矛先を俺に変えてきた。

 

「ジン、あなたはクリスマスパーティーをどうするの? 誰か誘いたい人はいるのかしら?」

 

「いないんだ、誘う予定の奴は。最悪一人で行こうかなとは思ってるよ」

 

「こっちはこっちで随分と寂しいこと言うのね」

 

またすんなりと嘘を吐くことができた。どうやら俺は嘘が上手くなっているようだった。

俺の返事を聞いてダフネは先ほどよりも大きく笑った。

随分楽しそうなダフネの様子が気になって、今度はこちらから質問を投げかける。

 

「ダフネも随分と余裕そうだが……お前は行きたい相手はいないのか?」

 

ダフネは少し不意打ちを受けた様な表情であったが、すぐに笑顔になった。

 

「私の誘う相手、気になるの?」

 

その問いかけに、ダフネがすぐには答える気はないことを察する。

こういった腹の探り合いは、ダフネやブレーズの方が俺よりも一枚も二枚も上手だ。問い詰めてもすぐに煙にまかれてしまうのを重々承知している。

俺は聞き出すことを早々に諦めた。

 

「まあ、ダフネも引く手数多だろうからな。困ってるわけないか……。俺は自分の心配をすることにするよ」

 

俺が早々に諦めたことに、ダフネは不満そうであった。

しかし、すぐに気を取り直してまた別の話題へと話が移っていく。

気が付けばもうホグワーツへの到着の時間となり、着替えを済ませて全員で汽車を降りる。

 

駅で合流したパンジーは、かなりの上機嫌であった。クリスマスへのお誘いが上手くいったのだろう。

一緒にいるドラコも満更でもない顔をしており、特に大きな問題もなく無事にクリスマスパーティーに一緒に行くことが決まったのが分かる。

アストリアにその時の様子を聞き出そうとするも、頑なに口を割らなかった。

 

「パンジーと約束したんだ、誰にも言わないって。だからジンとブレーズには言えないの」

 

「おい、ダフネはいいのかよ?」

 

「お姉ちゃんはいいの。だって、パンジーの協力者だから!」

 

ブレーズの追及も跳ね返し、何も言わないままアストリアは同級生のもとへと消えていった。

俺とブレーズは目を合わせてため息を吐く。

こういう時、女子は物凄い結束力を発揮するものだ。それをよく分かっているブレーズは、もはや聞き出すことは諦めたようだった。

 

「仲間外れってのは寂しいものだぜ……。おい、ジン。俺はお前に協力することに決めたわ。何かあったら俺に相談しろよ。協力者になってやるよ」

 

「ああ、覚えておくよブレーズ」

 

ブレーズの申し出に、俺はクスクスと笑いながら返事をした。

ブレーズが根に持つ性格なのも、俺は良く知っている。今のブレーズなら、俺が持ちかけた相談を絶対に誰にも言わないだろう。

もしクリスマスの誘いが上手くいかないようであればブレーズに相談するのがいいだろう、と密かに思った。

 

 

 

それから馬のいない馬車に乗りホグワーツに向かい、自室に荷物を置いて新入生の歓迎の為に大広間へと向かう。

組み分けはいつも通りであった。組み分け帽子が歌を歌い、それが終わったら新入生が順番にかぶって所属の寮を発表される。

組み分けが終わったところで、ダンブルドア先生からいくつかの発表があった。

今年は三大魔法学校対抗試合が行われること。対抗試合の詳しい説明が行われ、十七歳以下の立候補ができないことをそこで知った。

そして、対抗試合開催の為にクィディッチが中止となることも発表された。

クィディッチの中止は流石のドラコとブレーズも知らなかったようだった。二人してショックを隠せない表情であった。

それから、ルーピン先生の後任となる闇の魔導に対する防衛術の先生として、アラスター・ムーディ先生が紹介された。

全身が傷だらけで、片足は義足、片目は義眼。鼻は欠けており歯も無事なものの方が少ないという中々な風貌をしており、まだまだ現役の戦士という雰囲気を漂わせていた。

彼は通称マッドアイと呼ばれているほど気が荒い人物でもあると噂で聞き、これまた授業が荒れそうだと密かにため息を吐いた。

 

それから食事が終わり、スリザリンの談話室で全員で新学期開始を祝い合った。特に話題になったのは、誰が代表選手となるかということだ。

全員が是非ともスリザリンから代表選手を出して欲しいと思っていた。しかし、代表選手となれるようなめぼしい人材がいないのも事実であった。

クィディッチチームのキャプテンであるグラハム・モンタギューが立候補の意を示したが、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーに勝てるとは誰も思っていなかった。

モンタギューのように立候補を口にしなくとも、こっそりと立候補をする人間がいるのは間違いない。だがスリザリンから誰かが選ばれるというイメージは、少なくとも俺は全くできなかった。

ドラコは自分が立候補できないことを歯がゆく思っているようだった。

自室で愚痴を言っていた

 

「正直、スリザリンで立候補できる者の中に有力者はいない。ああ、全く、僕が立候補できていればなぁ……。少なくとも、他の奴らよりはマシなはずだ。ジン、君だって審査員の目をかいくぐって立候補できるならするだろう?」

 

そうドラコは期待を込めた目で俺に問いかけてきた。

俺は少し笑いながらそんなドラコに返事をした。

 

「いや、俺は傍観を決め込むよ。代表選手に選ばれたら光栄だけど、命懸けなのはいただけない」

 

俺のそんな返事を、ドラコはあまり気に入らないようだった。

 

「そんなこと言うものじゃないぞ、ジン。いいかい、僕らに足りないのは年齢だけだって思うね。僕と君、あとまあ、ブレーズも入れてやっていい。今、スリザリンで十七歳の奴らよりもよっぽど立候補の資格があると思うんだ。ああ、なんで年齢制限なんて設けたんだか……」

 

ドラコは、立候補できない悔しさを誰かと分かち合いたくて堪らないようだった。

俺はそんなドラコを見て笑いながら、おやすみと挨拶をしてベッドのカーテンを閉めて眠る態勢に入る。

 

対抗試合の代表選手になりたいか、と言われれば答えはノーだ。厄介ごとはこの三年間で十分に味わった。

しかし、栄光が欲しくないというのとは少し違った。

栄光を掴みたい人の気持ちも分かる。誰もが羨む栄光を手に入れて、周囲の人間に認められる。それはさぞかし気分がいいだろう。

ただ、それに命をかける気はないというだけだ。

自分でも分からない内に疲労がたまっていた俺は、いつのまにか寝てしまった。

ホグワーツ初日というのは、毎回あっけなく終わっていくものだ。

 

 

 

 

 

翌朝、時間割が配られていつもと同じように授業が始まる。

魔法薬学、変身術、古代ルーン文字学などおなじみの授業を受けていく中、ハグリッドの受け持つ魔法生物飼育学の授業は常軌を逸したものであった。

尻尾爆発スクリュート、と名付けられた奇妙な魔法生物の育成が今年一年の授業だと言われたのだ。針や吸盤、時折起こす火花などから尻尾爆発スクリュートが危険な生き物であることは疑いの余地はなかった。ハグリッドが嬉しそうに話すのを見て何も言う気にはなれなかったが、普段は積極的に授業を受けているハーマイオニー達三人ですら苦い表情をしている。ハグリッドの授業をまともなものと思っている人間はどこにもいなかった。

 

だが、今年はそんなハグリッドを上回る人物が現れたと言っても過言ではなかった。

 

闇の魔術に対する防衛術の教授、アラスター・ムーディ先生。

彼の授業は、今までのどの授業よりも過激で凄味があった。

初授業、ムーディ先生はコツコツと義足を鳴らしながら教室に現れた。そして俺達が教科書を机の上に置いているのを見ると鼻を鳴らした。

 

「教科書なんぞしまっておけ。そんなもの、必要ない」

 

スリザリンでの初授業、ムーディ先生の第一声はくしくもルーピン先生と同じようなものであった。

ムーディ先生は魔法の義眼で教室を見まわすと、普段からしかめている表情をより一層しかめて見せた。

 

「さて、お前達は呪いの扱い方について非常に遅れている。――ああ、そうだ。お前達の親の中には、呪いの名手達がいるようだ。しかし、お前達は親が呪いをかけているところを間近で見たことはあるまい? ましてや、自分に使われるなどと考えたこともあるまい?」

 

魔法の義眼は一部の生徒達をじっくりと眺めていた。ドラコやクラッブ、ゴイルも義眼にじっくりと眺められていた。ドラコ達は気味悪そうに、肩身を狭くさせていた。

それを確認してか、ムーディ先生は鼻で笑うようにしてから授業を続けた。

 

「私がお前達に授業を教えられるのは一年間だけだ。この一年間で、闇の魔術への対策を少しでもできるようにならねばならん。その為には、敵の正体を正しく知っておかねばならん。魔法法律により、特に厳しく禁止をされている呪文だ。『服従の呪文』、『磔の呪文』、『死の呪文』。これらについて、お前達は知っておかねばならん」

 

ムーディ先生がそう言うと、唐突に三体のクモを机に放った。

生徒達が興味深げにクモを眺める中、ムーディ先生は一体のクモに呪文を唱えた。

 

「インペリオ(服従せよ)」

 

呪文を受けたクモは唐突に二本足で立ち上がったかと思うと、タップダンスのようなステップで踊り始めた。

何人かがクモの様子を笑っていると、ムーディ先生は唸るような声で話し始めた。

 

「面白いか? わしがお前達に同じことをしても、笑っていられるか?」

 

笑っている者は一人もいなくなった。

 

「服従の呪文。これは完全な支配だ。この呪文にかければ、自殺をさせることも、誰かを殺させることも、何だって思いのままだ。お前達の家族を、お前たちの手で殺させることもできるだろうな」

 

隣で話を聞いていたドラコはビクリと体を跳ねさせた。丁度、ムーディ先生の義眼がドラコを見つめていた。

それからムーディ先生はクモの魔法を解いて瓶にしまうと、二体目のクモに杖を向けた。

 

「クルーシオ(苦しめ)」

 

クモは呪文を受けるとひっくり返り、転げ始めた。苦痛から逃げるように、痙攣をしながら。そんなクモを見下ろしながら、ムーディ先生は説明を始める。

 

「これが磔の呪文だ。この呪文があれば、拷問に道具はいらない。人を廃人にするまで追い詰めることも、お手の物だ」

 

今や、面白がる人間は教室に一人もいなかった。誰もが、最後のクモがどうなるかを緊張した面持ちで見つめていた。

ムーディー先生はそんな俺達を見渡した後、杖を三体目のクモに向けて呪文を唱えた。

 

「アバダ・ケダブラ(死よ)」

 

緑色の閃光が、クモを打ち抜いた。呪文を受けたクモはひっくり返り机の上を滑っていった。誰もが動かなくなったクモを見つめ、確信した。死んでいるのだ。

 

「気分の良いものではない。そして、この呪文は反対呪文が存在しない。防ぎようがないのだ。これを受けて生き残った者は、たった一人だけだ」

 

ムーディ先生が誰のことを言っているのか、全員が分かった。

ハリー・ポッター。生き残った男の子。彼だけが、死の呪文を受けて生き残ったたった一つの例外だ。

 

「お前たちは知っておかねばならない。敵が何を使うのか、何が自分達を襲うのか、それらを知って備えなくてはならない。親が自分を守ってくれるなどと思うな。自分の身は自分で守るのだ。油断大敵!」

 

唐突の大声で多くの者が体を跳ねさせた。

ムーディ先生のその後の授業は、使用を固く禁じられている三つの呪文、許されざる呪文に関する記述で終わった。誰も話すことはなかった。

しかし授業後、誰もが興奮した様で授業の内容の話をした。

ドラコ達も同じであった。

 

「ぶっ飛んでる。授業で許されざる呪文を使うなど、正気の沙汰じゃない」

 

ドラコはそう言いながらも、妙に興奮した様子であった。

ブレーズも似たような表情だった。

 

「だが、今までの授業の中じゃ断トツで刺激的だった。マッドアイの言う敵が何なのかは知らねぇがな……。マッドアイは、狂ったごみ箱ですら自分を襲う魔物だと勘違いをするらしいしな」

 

ブレーズはそうムーディ先生を揶揄しながらも、面白いものを見たという興奮を抑えられないようであった。

パンジーも妙な熱に浮かされ、夢見心地であった。

ダフネは気分が悪いようで少し顔を青くさせていた。

俺は、複雑な気分であった。最後に見せられた死の呪文に見覚えがあったのだ。

 

昨年、吸魂鬼に襲われた時に見えた奇妙な光景。その時に見た女性を貫いた緑色の閃光は、まさしく死の呪文であった。

 

吸魂鬼が俺に見せた光景について、俺は何の心当たりもなかった。

しかし、あの光景が実際に起きた出来事であることは確信していた。

女性の顔、緑の閃光、崩れ落ちる瞬間。全てが現実味を帯びており、ただの幻覚だと流すには鮮明すぎたのだ。

現実に起きたことであると確信しながらも、何の光景なのかは全く分からない。だが、深く考えることもしなかった。

答えの出ない疑問を考えて、親友達との時間をつまらないものにするつもりはなかった。

 

それからムーディ先生の授業の感想から話はそれ、ドラコとブレーズと共に今年のクィディッチがないことを嘆きあったり、代表選手になりたいというドラコの想いにブレーズが賛同し、ボーバトンやダームストラングが来る日がいつかをパンジーとダフネがそわそわしながら話をしていた。

 

親友達と過ごして、ホグワーツでの日常に戻ってきたと実感をする。

刺激的な授業や三大魔法学校対抗試合などを話のネタにして、ご飯を食べながら笑い合っていれば、いつの間にか嫌なことは忘れていた。

許されざる呪文という恐ろしいものを見ていたはずなのに、ベッドに入れば俺はぐっすりと眠ることができた。

 

 

 



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屋敷しもべ妖精

学校が始まり暫く経ち先生も生徒もホグワーツでの日常になじんできた頃、ハーマイオニーが俺を訪ねてきた。

ハーマイオニーと会うのは、古代ルーン文字学での授業を除けば今学期始まって初めてであった。ハーマイオニーが訪ねてきたことは嬉しかったが、手に缶と羊皮紙を持ち毅然とした態度であったことから、あまり面白そうな話ではないことは察することができた。

例のごとく人気のないベンチへと移動をすると、ハーマイオニーは話を始めた。

 

「ジン、ホグワーツでは何百体もの屋敷しもべ妖精が不当な奴隷労働にあっているのを知っている?」

 

開口一番はそのような言葉。

ハーマイオニーの言葉の響きからは強い怒りが感じ取れたが、話の内容はすぐには理解できなかった。

 

「すまない、ハーマイオニー。俺は、屋敷しもべ妖精って生物がどんなものなのかもよく分かっていないんだ。……ホグワーツに何百体もいるなら、見たことないってのは不思議な話だよな」

 

そう言う俺に、ハーマイオニーは強い口調で説明をしてくれた。

屋敷しもべ妖精は学校の清掃から料理の提供、果ては部屋のシーツ替えや暖炉の火起こしまで、生徒や先生のホグワーツでの生活を支えている魔法生物だと。しかしその魔法生物は給料も休みも貰うことなく、まさに奴隷のように働かされており、黙ってそれを享受する俺達は奴隷労働の共謀者となっていると言うのだ。

ハーマイオニーは俺に屋敷しもべ妖精の説明をあらかたした後、手に持った缶と羊皮紙を俺に突き出した。

 

「私達はS・P・E・W、しもべ妖精福祉振興協会を立ち上げたわ。これは宣言文書。ね、あなたもこれに入って協力して欲しいの。何世紀も続いている不当な奴隷扱いを、私達が終わらせるの!」

 

「……その缶は?」

 

「これは活動資金の為の募金箱替わり。まずは一口二シックルから。それとこのバッジも渡しておくわ!」

 

そう意気込むハーマイオニーから宣言文書と空き缶とバッジを受け取る。半ば強引に押し付けられたと言ってもいい。

とりあえず渡された宣言文書を読み解いてく。

内容は、短期目標が屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件の確保。そして最終目的として屋敷しもべ妖精の社会的地位の確立とのことだ。例として、小鬼のようにその特技を生かした職と権利を確約することが書かれていた。

学生が描くにしては随分と壮大な夢物語であった。魔法生物の権利確約の為に、小鬼は戦争を起こしてケンタウルスは魔法使いへの制裁を行っている。魔法生物の権利確約とは、そこまでしてやっと認められるものなのだ。

宣言文書を読み解いてからチラリとハーマイオニーを見ると、一切の揺ぎ無い表情で俺を見つめていた。俺がこの活動を支持することを疑わない表情であった。

 

「ハーマイオニー、何で屋敷しもべ妖精の支援を始めようと思ったんだ? ホグワーツができてから千年以上、屋敷しもべ妖精は何一つ不満や反乱を起こしてこなかった。それなのに、何故?」

 

俺の問いかけに、ハーマイオニーは少しショックを受けたように返事をした。

 

「なぜって……。これは奴隷労働よ! 屋敷しもべ妖精たちは奴隷として洗脳をされて、社会的に虐げられているといっても過言ではないわ! とっても不当な扱いよ。彼らがこんな扱いを受けていいなんて、間違っているわ」

 

ハーマイオニーがそう言うのを聞いて、納得した気持ちになる。

もっとも、納得したのはハーマイオニーの活動内容ではなく、ハーマイオニーがこのような活動を始めた理由にだ。

 

ハーマイオニーは見過ごせないのだ。不当な扱いを受けている者達を、虐げられて苦しんでいるような者達を、そして倫理的に間違っているような事を。困っている者や助けを求めている者がいたら、手を差し伸べずにはいられない。間違っていることを見つけたら、声を上げずにはいられない。ハーマイオニーとは、そういう人間なのだ。

 

そんな彼女が屋敷しもべ妖精のことを知ってしまえば、何もしないでいられないのは想像に容易かった。

少し笑いながら俺は缶に二シックルを入れて宣言文書と共にハーマイオニーへ返した。

 

「いいよ、俺にできる事があれば協力するよ」

 

そう言われ、ハーマイオニーは満面の笑顔になった。ハーマイオニーが笑うのを見て、俺は少し肩の力を抜く。

 

「あなたなら、そう言ってくれると思ってたの! これから活動することがあれば、あなたも呼ぶわ! メンバーは、あなたを入れて四人。私とハリーとロンとあなたよ!」

 

予想通りではあったが、メンバーはほとんどいないも同然のようだった。

想像するに、ポッター達は嫌々での参加だろう。屋敷しもべ妖精の様に困ったものを助けることに賛成はすれど、屋敷しもべ妖精の社会的な地位の確立といったスケールの大きい話に嬉々として参加するような印象はない。

一方で俺もこの活動に参加をするのは、ハーマイオニーの活動に賛同する気持もなくはないが、それよりも大きいのはハーマイオニーと一緒に活動することへの下心だ。残念ながら、屋敷しもべ妖精の社会的地位の向上が実現するとは考えてはいなかった。

そんな俺の内心を知ることなく、ハーマイオニーは俺の参加を純粋に喜んでいた。

しかしそれから少しして、ハーマイオニーは落ち込んだ表情となった。

 

「……本当はパンジーやダフネにも協力してもらいたいけど、ハリー達と一緒って聞くと、絶対に協力はしてもらえなさそうだもの」

 

そう言いながら、ハーマイオニーは少し寂しそうにした。ハーマイオニーはパンジー達がポッター達と仲良くなることを望みながらも、それが難しいことだと分かっているようだった。

クィディッチ・ワールドカップの時ですら、ハーマイオニーはなるべくパンジー達と仲が良い事を周りにバレないように気を遣っていた。

俺は屋敷しもべ妖精のことから話をそらしたいこともあり、クィディッチ・ワールドカップの時ことを持ち出した。

 

「クィディッチ・ワールドカップの時も、ドラコ達とポッター達はにらみ合っていたからな。仲良くなるのは随分と先の話だろう……。そう言えば、ハーマイオニーもクィディッチ・ワールドカップの貴賓席にいたな。ウィーズリーのお父さんから招待を受けたのか?」

 

「ええ、そう。ロンのお父さんが是非って。あなたはマルフォイ家の招待でしょう?」

 

「ああ、そうだ。ルシウスさんとはなんだか気まずかったが、それ以外はいい時間だったよ。試合はどうだった? 俺はスポーツ観戦自体が初めてだったんだが、すごく感動したよ。あれを見て、俺もクィディッチをやりたいって思ったな」

 

「あなたがクィディッチを? 意外! あなたって、クィディッチ杯の行方にすら興味なさそうだったじゃない?」

 

「そんなことないぞ。ドラコがシーカーになってからずっと応援してる。去年だって、スリザリンが優勝を逃した時は本当に悔しかった」

 

そうして屋敷しもべ妖精から話をそらしたいという俺の目論見は成功し、それからしばらくはクィディッチ・ワールドカップの話や、夏休みでの出来事などを話し合った。

時間は直ぐに過ぎ、夕食前の時間になるとお互い寮に戻る為に解散することとなった。別れ際、ハーマイオニーはしっかりと俺に屋敷しもべ妖精の事を念押ししてきた。

 

「ジン、S・P・E・Wの活動は正直まだ何も決まってないの。でもね、近いうちに何かしようと思っているわ。その時また連絡するから待ってて!」

 

ハーマイオニーはそう言うと急ぎ足で自分の寮へと帰って行った。

残された俺は、ゆっくりと自分の寮へと戻りながらS・P・E・Wのバッジを手でもてあそぶ。

屋敷しもべ妖精のことは何も知らない。何も知らないが、千年も変わることのなかった屋敷しもべ妖精の立場がハーマイオニーの活動で変わっていく気はしていない。S・P・E・Wの活動は意義のあるものだろうが、意味のあるものになるかは確信がなかった。

そんなことを思いながら手の中にあるバッジを捨てないのも、S・P・E・Wの活動連絡を待ってしまっているのも、ハーマイオニーが関わっているからだ。

 

俺はどうやら、相当ハーマイオニーに入れ込んでいるらしい。

 

そんな自分に笑いながら、スリザリンの談話室にたどり着く。

夕食前ということもあって、ドラコ達も談話室に集まっていた。

俺はバッジをポケットにしまいながら、ドラコ達と合流し夕食に向かう。夕食に向かう途中、試しにとばかりに屋敷しもべ妖精の事をドラコ達に聞いてみた。

 

「なあ、お前らは屋敷しもべ妖精って知ってるか?」

 

俺のこの質問に、全員が不思議そうな顔をしたが答えてはくれた。

 

「ああ、まあ知っているが……。僕の家にもいたよ。でも、だいぶ前に解雇した。あまり、忠実なしもべ妖精じゃなかったから」

 

ドラコはそう苦々し気にそう言った。ドラコはどうやら、実物を知っているらしい。

そんなドラコの言葉を聞いて、ダフネが驚いたように反応した。

 

「あら、忠実じゃないしもべ妖精って珍しいわね。私の家にもいるけど……。彼らは一般的なしもべ妖精よ。しっかりと働いて、指示通り動く、まあ普通の屋敷しもべ妖精よ」

 

ダフネの家にも屋敷しもべ妖精はいるらしい。そしてどうやら、一般的な屋敷しもべ妖精というのは主人に忠実な働き者、というもののようだ

ブレーズとパンジーの認識も他の者達と大差はないようだった。

 

「屋敷しもべ妖精なんて、今度はまた随分と変なものを気にしてんだな。あいつらは、ほれ、働くことが生きがいの頭のおかしな生き物だ。自分から働かせてくれって、懇願してくるんだろ? 俺の家にはいないが、いたら便利だなとは思うな」

 

「私の家にはいるわよ! パーキーソン家に代々仕えてるっていう屋敷しもべ妖精。どう、凄いでしょう? きびきび働く便利な奴! あいつはパーキーソン家に仕えるのが最大の幸せだって、私のお父さんと話してるの聞いたことあるかも」

 

便利な奴ら、働くことが当たり前、それを本人達が望んでいる。一般的な屋敷しもべ妖精というのはそういうものらしい。千年もの間、なぜ彼らの地位が向上しなかったのか。その理由を垣間見た気がした。

 

「ホグワーツには百人位以上の屋敷しもべ妖精がいるらしい。ホグワーツの食事や清掃といった雑用は全て屋敷しもべ妖精が行っているらしいんだ」

 

「ああ、それで屋敷しもべ妖精の事を聞いてたのか。確かに、言われてみれば納得がいくね。そうか、屋敷しもべ妖精がホグワーツの雑務をね……」

 

俺がそう言うと、ドラコを始め他の奴らは少し納得をしたようだが、特別興味が引かれた様子はなかった。

そんな中で、ものは試しにと質問をぶつけてみる。

 

「屋敷しもべ妖精って、給料も休日もなく働いてるんだな。それって、どうなんだ?」

 

俺のこの質問に、他の奴ら全員が顔を見合わせた。心底、困惑していたようだった。

 

「屋敷しもべ妖精に給料や休日って……。そんなもの与えるなんて、屋敷しもべ妖精の意味がないだろう?」

 

「どうなんだって言われてもなぁ……。あいつらが、そんなもの望んでないというか……。お前、マジで屋敷しもべ妖精を見たことがないんだな」

 

ドラコとブレーズが俺に対してそう言う。

屋敷しもべ妖精に給与や休日といったものを与える、ということが一般的なものでないというのは十分に分かった。

 

「変なこと聞いたな。俺、屋敷しもべ妖精ってのを見たことがなかったから気になっただけなんだ」

 

俺がそう言うと、他の奴らはこれ以上屋敷しもべ妖精の話題に気に留めることもなく別の話題へと移っていった。

思うに、ハーマイオニーがパンジーやダフネを誘わなかったのは正解だった。

ハーマイオニーの思想を、少なくともスリザリンの親友達が共感することも理解することもないだろう。

ポケットに入れたバッジを手でいじりながら考える。

やはり屋敷しもべ妖精の地位向上というのはかなり現実的ではないのだろう。それでも、ハーマイオニーは諦めないのかもしれない。そんなハーマイオニーの手伝いをする、というのは悪くないかもしれない。

親友達と夕食を楽しみながら、どうやってホグワーツ生活を充実させようか考えを巡らせていた。今年は、随分と楽しくなりそうな予感があった。

 

 

 

 

 

時間が経つにつれ授業は難しくなり、課題も増えていった。

そんな中で、ムーディ先生の授業は特に過激さを増していった。ムーディ先生が服従の呪文を生徒達にかけ、それを解いて見せろと言うのだ。全員が、その過激な授業に興味と関心を強く惹かれていた。

誰もが服従の呪文にかけられると抵抗もできず、奇行に走った。ドラコは机の上で激しくタップダンスを踊り、ブレーズは片足飛びで教室を一周し、ダフネは猫の真似をしていた。クラッブとゴイルは普段の動きから想像もできないほど俊敏な動きをして見せ周囲を驚かせた。

そしてとうとう、俺の番となった。

 

「エトウ、お前の番だ。前に出ろ」

 

ムーディ先生はそう唸るようにして教室の中央に呼び出す。

ムーディ先生は俺に杖を向けながら、他の生徒の時の様に直ぐに呪文をかけるようなことはしなかった。その独特の唸るような声で俺に話しかけてきた。

 

「……お前は、アキラの息子だな? お前の両親は立派な戦士だった。わしが知る中でも、最も勇敢な者達の一人だ。お前がどこまでできるのか、楽しみにしている」

 

ムーディ先生はそう歯をむき出しながら言った。笑ったのかもしれない。

それから俺の方に杖を向き直すといよいよ呪文を唱えた。

 

「インペリオ(服従せよ)」

 

呪文に唱えられた途端、俺は心地よい感覚に包まれた。ふわふわとした幸福感に頭がボンヤリとし、思考が鈍っていく。そして頭の中にムーディ先生の声が響いた。

 

――その場で、歌を歌え

 

嗜好が定まらない中で口を開く。しかし、歌うことはしなかった。

何故、俺は歌う?

そう考えると、頭の隅で冷静な声が大きくなっていった。

そう、これは闇の魔術に対する防衛術の授業だ。そして、服従の呪文に抵抗をしなくてはならないはずだ。俺は今、服従の呪文にかかっているのだ。

 

――いますぐ歌え

 

そんな命令がもう一度響く。頭の冷静な部分が侵食されるような、判断力が奪われるような感覚に襲われる。これが服従の呪文かと、残った頭の冷静な部分で判断をする。

そうだ、ならば歌ってはいけない。

そんな意志で抵抗を続ける。

最後とばかりに、頭の中に大きな声が響く。

 

――歌え! 今すぐだ!

 

口から声が漏れた。しかし、歌声とは程遠いうめき声だった。

そこまでして、途端に意識がはっきりとした。どっと疲れが襲ってきて、思わずその場で膝をつく。

ムーディ先生はご満喫だった。

 

「見たか、お前達。そうだ、これだ。戦うとは、こういうことなのだ! エトウは見事に抵抗をしたぞ。もう一度やろう。こいつは、お前達にないものを持っている。よく見ておくのだ!」

 

それからしばらくは、俺がムーディ先生の呪文に抵抗をする時間が続いた。ムーディ先生は何度も俺に服従の呪文をかけ、俺が完全に抵抗をするまで繰り返した。

授業の大半はそれで終わり、多くの生徒達が授業後に呪いの後遺症を引きずりながら教室を出ていった。

俺も教室を出ようとしたが、ムーディ先生は俺を呼び止めた。

教室の隅の椅子に俺を座らせると、ムーディ先生は俺の向かいに椅子を持ってきてすぐ正面にどっかりと座った。

一体何なのか。そう思っていると、ムーディ先生が話を切り出した。

 

「ダンブルドアから聞いたぞ。お前には、素晴らしい闇の素質があるとな」

 

驚いて固まる。ダンブルドア先生は、ムーディ先生になぜその話をしたのだろうか?

そんな疑問の答えは、すぐにムーディ先生が話してくれた。

 

「ダンブルドアからわしにこの授業を任せた時、わしは生徒達に闇の呪文を直接見せる事を決めておった。しかし、お前に闇の魔術を見せる事をダンブルドアは危惧しておった。お前に、何か闇の魔術に魅せられるような予兆が現れないかとな」

 

そこまで言って、ムーディ先生は俺を観察するように眺めてから鼻で笑った。

 

「お前が闇の魔術に魅せられる、というのは杞憂だな。お前が闇の魔術を扱う気がないことは、見ればわかる」

 

ムーディ先生がそう言うのを聞いて、少し安心をする。ムーディ先生の目から見ても、俺が闇の魔術に惹かれているようなことがないのは心強い事実だった。

しかし、ムーディ先生の俺への興味は収まった様子はなかった。

 

「わしが気にしておるのはな、お前が闇の帝王の手から逃れたということだ。それも二年前に、ポッターと共にな。そうだろう、ええ?」

 

「……確かに、闇の帝王の手から逃れる機会はありました。しかし、それはポッターの助けがあって、俺達の運がよかったからです」

 

ムーディ先生は俺の返事に満足はしなかった。首を振って俺の答えを否定するようにしながら、唸るようにして話を続ける。

 

「わしが気になっておるのは、お前が逃れた方法ではない。お前が闇の帝王に狙われる理由の方だ。ポッターと共にお前が狙われた理由はなんだ? 闇の帝王は、お前の何を気にかけたのだ?」

 

「それは……」

 

そう言えば、俺はこの話をダンブルドア先生にしていただろうか? 闇の帝王が自身の復活の為に俺の魂に、闇の才能に目をつけていたことを。あの時は色々なことがありすぎて、忘れていたかもしれない。

言い淀んでしまったが、目の前に座るムーディ先生は俺が答えるまで逃がさないという態度であった為、正直に話をした

 

「俺に闇の才能があって、それを闇の帝王が自身の復活に利用しようとしていたからと……。闇の帝王自身が、そう言っていました」

 

「闇の帝王が復活に……。ふむ……」

 

ムーディー先生は俺の返事を聞くと考え込むようにして黙った。それから、突然立ち上がってごつごつとした指で出口を指した。

 

「わかった。聞きたいことはもうない。時間を取らせたな、エトウ。帰って良し」

 

そう言われて、俺はほっと息をついて席を立ちすぐに教室を出た。

談話室に戻ると、呪いの後遺症でまだぼんやりとしたままのドラコを夢見心地のパンジーが世話をしており、それを面白そうにアストリアが眺めていた。

俺が戻ったことに気が付いたブレーズは、まだピクピクと勝手に動く足を押さえながら俺に声をかけてきた。

 

「よう、ジン。あのマッドアイから何の話があったんだ?」

 

「ああ、大したことじゃない。俺の抵抗が上手くいったから、まあ、褒められてたような感じだ」

 

俺はそう言ってごまかす。

俺の闇の才能について、ひいては闇の帝王になるかもしれないということについてはダンブルドア先生から口止めされた。いつになれば話せるのか、話していいのか分からない。もしかしたら、一生話せないかもしれない

だが、それでもいいかもしれないと思った。

親友達のことを信用していないわけではない。そうではなく、俺が抱えている問題で心配をかけたくないのだ。

そう思いながら、ブレーズと話を続ける。

 

「そう言えば、ダフネは? アイツも呪いの影響が抜けてないのか?」

 

「ああ、ダフネな。あいつ、猫の真似させられてたろ? その影響かしばらく上手く口が回らなくて、恥ずかしいから部屋にこもるんだとさ。全く、酷い授業だぜ……。俺の足も、気を抜けばすぐに飛び跳ねようとする。お前はいいよな、上手く切り抜けられてよ」

 

「だが、五回も呪いにかけられた。めちゃくちゃ疲れたぞ」

 

「……どっちもどっちだな。ああ、実践的な授業だが、後遺症はいただけねぇな。一時間もすれば治るっていうけど、一時間このままなのはきついぞ」

 

ブレーズはそう舌打ちをしたが、少し面白がってはいるようだった。

話の通り一時間もすれば呪いの後遺症もなくなり、全員で夕食の為に大広間へと向かう。

闇の魔術ですら、親友達がいればちょっとした刺激になるのだから不思議だった。

 

 

 

それからもホグワーツでの生活が充実するような出来事は後を絶えなかった。

ダームストラングとボーバトンが来る日が決まったのだ。十月三十日の金曜日。ハロウィン前日である。その知らせを読んで、ダフネとパンジーはワクワクした様子であった。

 

「ダームストラングとボーバトンがとうとう来るのね。私、ホグワーツ以外の魔法学校と関わったことがないからすごく楽しみなのよ」

 

「ホグワーツ以外の生徒なんて、誰も見たことないと思うわ! ダフネ、ボーバトンとダームストラングってどこにあるの?」

 

「私もよく知らないわ。アストリアが言うには、ボーバトンはフランスにあるみたいだけど……」

 

そんなことを話しながら、どんな生徒がいるのか、どうやってくるのかということを二人で話しながら盛り上がっていた。

ブレーズはアストリアを捕まえて、ホグワーツに行くのが怖くてボーバトンへ逃げようとしたことをしばしばからかっていた。

ドラコはとうとう代表選手が選ばれることの方が気になっているようだった。自分達に立候補権はないが、自分よりもふさわしい代表者がスリザリンにはいないとヤキモキした様子であった。

そう思い思いに時間を過ごし、とうとう十月三十日の金曜日。ダームストラングとボーバトンを迎えに玄関ホールへと全校生徒で向かった。

全員が固唾を飲んで見守る中、まず現れたのはボーバトンであった。

ボーバトンは、十二頭の象よりも大きい天馬に引かれたパステルブルーの巨大な馬車に乗って現れた。馬車は大きな音を立てて着地をすると、中から巨大でありながら優雅な女性が生徒を引き連れて現れた。

 

「これはこれは、マダム・マクシーム。ようこそホグワーツへ」

 

ダンブルドア先生がそうボーバトンの先生、マダム・マクシームと生徒達に声をかけた。

マダム・マクシームがダンブルドア先生からの歓迎を受け止めていると、直ぐにダームストラングも現れた。

大きな言いようのない不気味な音と共に湖の水面が渦巻き、渦の中から巨大な船が現れた。船はすぐに錨を下ろして停泊すると、乗員である生徒達が下りてきた。生徒達は黒く厚いコートを羽織っており、今まさに寒い土地から現れたといった様子であった。

乗員の中で、一人滑らかな銀のコートを羽織っている者がいた。これがダームストラングの先生なのだろう。銀色のコートの男はダンブルドアへ朗らかに挨拶をした。

 

「ダンブルドア! やあやあ、暫くだ。元気かね?」

 

「元気いっぱいじゃよ、カルカロフ校長」

 

そうダンブルドア先生が返事をし、カルカロフ達をホグワーツへ招き入れた。

カルカロフは生徒達をホグワーツへ入れる中、一人の生徒を自分の所へ招き寄せていた。

 

「ダンブルドア、彼を暖かい所へと案内してくれるかね? ビクトールは風邪気味なんだ……」

 

そうカルカロフが言いながら連れてきた生徒を見て、多くの者が息をのんで色めきだった。

ドラコも興奮した様子で俺の肩を叩いた。

 

「見ろ、クラムだ……。ビクトール・クラム、彼はダームストラングの生徒だったんだ!」

 

今年のホグワーツは、本当に充実しそうなことで満ちている。

 

 

 



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代表選手

ダームストラングとボーバトンの生徒達を招き入れ、大広間で歓迎会を兼ねた食事が開かれた。

ダームストラングはスリザリンの席に、ボーバトンはレイブンクローの席に座ることとなった。多くの者の視線が集中するビクトール・クラムがスリザリンの席に来て、スリザリンの多くが胸を張り、喜ばし気にしていた。女性だけでなく男性もそわそわとクラムの方を気にしており、多くの生徒が入れ代わり立ち代わりとクラムに話しかけようと躍起になっていた。

ドラコとブレーズもその一人で、隙を見ては食事中のクラムへと話しかけていた。当の本人であるクラムはむっつりとした表情をあまり変えることなく、不愛想ながらも返事はしっかりとしていた。サインや握手は食事をしたいと断っていたが、食事に邪魔にならない程度の受け答えは誰にでも平等に、不愛想に行っていた。

クラムに話しかけようとしない人間は少数派で、俺の周りではダフネくらいだった。

クラムから少し離れた席で、ダフネと話しながら食事をする。

 

「クラム、すごい人気ね。流石は世界的クィディッチ選手だわ……」

 

「気持ちは分かるがな。俺もワールドカップを見た後だし、話ができるならぜひしたいよ。……ダフネは、随分と興味なさげだな。世界的スター選手だぞ?」

 

「興味がないわけじゃないわ。あんな人ごみをかき分けてまで話したいとは思わないだけ。貴方もそう思ってるから、ここで静かに座っているのでしょう?」

 

クラムに群がる人を見て少し笑いながら、ダフネはそう言った。

俺はダフネの言葉に頷きながら、いつもと趣向が違う料理に舌鼓を打っていた。

ニシンの酢漬けやミートボール、アンチョビのきいたポテトグラタンなど、ダームストラングの生徒向けに用意されたであろう料理はどれもおいしかった。

 

「このポテトグラタン、美味しいな。ダフネ、これおすすめだぞ」

 

「クラムよりもグラタンを優先するのは、スリザリンじゃ貴方くらいよ。貴方だって、クラムに興味なさそうじゃない」

 

「興味あるよ。クラムだけじゃなくて、他のダームストラング生やボーバトン生にもね」

 

そう答えながら近くでミートボールを取ろうと躍起になっているダームストラングの小太りな男子生徒へ向けて、ミートボールの乗った大皿を近くへ寄せてやる。

大皿を寄せられた男子生徒は少し驚いた表情でこちらを見たが、人懐っこい笑顔で俺にお礼を言った。

 

「ありヴぁとう。ヴぉく、これヴぁ好きなんだ。ここの料理ヴぁどれも美味しい。いい所だ、ヴォグワーツ」

 

予想以上に人当たりが良く優しげな人物であった為、思わず会話を続ける。

 

「俺もこれ好きだよ。ああ、このポテトグラタンも、ダームストラングではよく食べる料理? すごく美味しいよ」

 

「それヴぁヤンソンの誘惑という料理。ヴぉくも、それ好きだ。よく食ヴぇるけど、ここの方がずっと美味しい」

 

小太りの男子生徒は訛りながらも朗らかにそう言った。

クラムが不愛想なので他のダームストラング生も不愛想に見えていたが、どうやらそれは誤解のようだった。

ダフネもこの人当たりが良いダームストラング生に興味を持ったようで、話しに混ざってきた。

 

「ダームストラングは随分と寒い所にあるのね? まだハロウィンだというのに、みんな分厚いコートを着ているし……。ねえ、今日はどこから来たの?」

 

話しかけられたダームストラング生はダフネを見て少し呆けた表情になった。それから、慌てたようにハンカチで口元を拭うと、ダフネに向き直って質問に答えた。

 

「言えない。ヴぉく達、どこから来たかを言うのヴぁ、禁止されてる。でも、そう、とてもさヴい所から来た。だガら、ここ、すヴぉくすヴぉしやすい」

 

先程よりも訛りがひどくなっており、緊張しているようだった。

ダフネはそんなダームストラング生の話をクスクスと笑いながら聞いていた。

ダームストラング生はダフネが笑うので、少し困ったような表情でこちらを見た。

 

「ヴぉく、話すの下手かな? あまり、伝わってないかな?」

 

「そんなことない。少し訛ってるが、よく分かる。話すの上手だよ」

 

俺がそう即答するとダームストラング生は少し安心したようにし、思い出したかのようにこちらに右手を差し出した。

 

「遅くなった。ヴぉく、ポリアコフ・ベック。よろしく」

 

「俺はジン・エトウ。よろしく」

 

ベックは俺と握手を交わすと、今度はダフネに向けて手を差し出した。ダフネは微笑みながらベックの手を握った。

 

「ダフネ・グリーングラス。よろしくね」

 

「ああ、よろしく……」

 

ダフネに手を握られて、ベックは顔を赤らめていた。ダフネはクスクスと笑っていた。

そんなベックに、俺は少し質問をした。

 

「ダームストラングでは、今日来た全員が代表選手に立候補するとは思うけど、本命は誰だ? やっぱり、クラム?」

 

ベックは俺の質問に肩をすくめながら答えた。

 

「うん。というより、もう決ヴぁってる。カルカロフは、クラムにする気だ。ヴぉく達はおまけさ」

 

ベックはそう言いながらため息をついて、ミートボールを口に押し込んだ。代表選手の話はダームストラングにとっては気持ちのいい話ではないのかもしれない。それでも詳しく話を聞きたく、ベックに質問を投げた。

 

「おまけ、とは言うが少なくともダームストラングから選抜されてきた人達だろう? 誰が代表になってもおかしくないんじゃないか? ベックだって、立候補するんだろう?」

 

「するよ。でも、ヴぉく達を連れてきたのヴぁ、カルカロフが船員を欲しがってたから。ヴぉく達は、船を動かす為によヴぁれたんだ。それに、ヴぉく達も思ってる。クラムがふさわしいって」

 

ベックがそう言うのを聞いて、改めてダームストラングの生徒達を見渡す。

よく見れば、多くのダームストラング生はリラックスして、まるで旅行に来ているかのようなお気楽さを感じる。食器や食事に興味を持ち、生徒同士で談笑もしている。緊張らしい緊張をしているのは、クラムだけだ。

一方でボーバトンの生徒達は、多くの者がまだ緊張しているようだった。ボーバトン生同士でも話は弾んでいるようには見えなかった。お互いをライバルだと思っているようだ。

こうして比べると、ベックの言っていることが本当なのだということが分かった。少なくとも、ダームストラング生のほとんどはクラムが代表選手となることを疑っていないようだ。

そしてボーバトン生は誰が代表選手になるか決まっておらず、全員が自分が選ばれようと意気込んでいることもよく分かった。

 

「成程、色々と納得がいった。ありがとうな、ベック」

 

「どういたしまして、エトー」

 

ベックはまた人懐っこい笑顔を浮かべた。

それからベックは、少しもじもじとしながらダフネの方へ話しかけ始めた。

 

「君ヴぁ、立候補できるのかい? 君も、その、とても素敵だ。ヴぉく、君が選手なら、ヴォグワーツも応援する」

 

「ありがとう、ベック。でも、私は立候補できないの。まだ十七歳じゃないから。ジンも、立候補できないわよ。私と同い年だから」

 

そんなベックに、ダフネは微笑みながら返事をした。ベックは驚いた表情で俺の方を見た。どうやら、ダフネはともかく俺が二つ以上年下であることを知って驚いたようだった。

そんなベックにダフネは声を上げて笑い、俺は苦笑いを返した。

ベックは失礼なことをしたと思ったようで、慌てて俺に弁解する。

 

「エトー、ヴぉく、勘違いした。でも、それヴぁ、君が凄い奴だとおヴぉったから……」

 

「気にしてないよ、ベック。俺はよく歳を間違えられる」

 

そう返事をすると、ベックはホッとしたように息をついた。それから、ベックはまたダフネに向き直って話を始めた。身を乗り出し、声に熱がこもっている。ダフネは微笑みながらも、俺の方へ少し近づいてベックから距離を取った。そんな様子を、俺は少し面白いと思ってしまった。

 

「君ヴぁ、その、好きな料理ヴぁ何かな? ヴぉく、君の好きな料理ヴぉ知りたい」

 

「私の好きな料理? そうね……私も、このポテトグラタンが気に入ったわ」

 

「ヴぉくも好きだ! あ、ねぇ、君の国の料理でヴぁ、何がおすすめ?」

 

「私の国の料理……。強いて言うなら、ローストビーフかしら……。ねえジン、ローストビーフって、イギリス料理よね?」

 

「……俺、日本人だからイギリス料理とか分からない」

 

「やめて。貴方、今までそんなこと言ったことないのに、急にそんなこと言うのはやめて」

 

「いや、イギリス料理の話は……荷が重い……」

 

「……イギリス料理ヴぁ、あまり美味しくないのかい? それなら、ヴぉくの国の料理の話を……」

 

「……あ、お菓子! 私、スコーンが好きよ! デザートに出たら食べてみて? ね、ジン、お茶菓子の話は、貴方でもできるわよね?」

 

「まあ、ハニーデュークスにもいいお菓子がたくさん売ってるからな……」

 

「ハニーデュークス……お菓子の店? それヴぁ、どこにあるの? 君も、よく行くのガい?」

 

「いつでも行けるわけではないの。ホグワーツの外出が許された時だけ、たまに行けるわ。ホグズミードという村にあるの」

 

「そっか……。今度、ヴぉくも行きたいな……。ヴぉグズミード、ヴぉくも行けるかな?」

 

ベックは熱心にダフネに話しかけ続けた。ダフネは、しきりに俺を会話に絡ませ、二人きりになるのを回避しているようだった。俺はたまに会話に混ざりながら、そんな二人の様子を楽しんでいた。

そうして話をしている中、フラフラとブレーズがこちらに歩いてくるのが見えた。少し疲れた様子で、どうやらクラムに話しかけるのでやっきになり力尽きたらしい。

ブレーズは俺達がベックと話しているのを見ると顔をしかめた。

 

「おいおい、ダームストラング生ってのは敵だろ? 随分と仲良くなって……」

 

どうやらクラムと話すことができず、ブレーズは不機嫌となっているようだった。八つ当たり気味に俺達にそう言った。流石のベックも、少し顔をしかめた。

 

「ベックはいい奴だ。それに、対抗試合は他校との交流も目的としてる。そう、邪険にするなよ」

 

「そうは言うがよ……。対戦相手ってのには変わりないだろう?」

 

ブレーズを窘めるが態度を改める様子はない。ブレーズはだいぶイラついているようだった。

少し険悪になりかけた空気を収める為か、あるいは熱く語りかけるベックから逃れる為か、ダフネがスッと前に出てブレーズの腕をつかんだ。

 

「ベックがいい人なのは、本当よ。失礼な態度は良くないわ。喧嘩するくらいなら、向こうに行きましょ? ちょうど、貴方に話したいこともあるし」

 

ダフネはそう言うと、ブレーズを連れて離れていった。

置いて行かれた俺は、同じく置いて行かれたベックの方へ視線を向ける。ベックは、先程より熱い眼差しでダフネが去って行った方を見つめていた。

 

「彼女、素敵だ。ヴぉく、彼女をデートに誘いたい。ヴぉく、本気だ」

 

ベックはそう熱に浮かれたように言った。それから少し真剣な声色で俺に質問をした。

 

「ねえ、彼女は誰かと付き合っているのかい? さっきの男ヴぁ、彼氏?」

 

「……いや、あいつらは親友同士だ。付き合ってはいないはずだ」

 

俺がそう返事をすると、ベックはとても嬉しそうにした。

 

「それなら、ヴぉくが彼女を誘ってもいいよね? 君も、彼氏じゃないよね?」

 

ベックにそう聞かれ、返事に困った。

ベックのダフネへの態度は露骨であった。ベックがダフネに一目惚れしているのは確実で、止めなければすぐにでも告白をしそうだ。

しかしダフネの態度も露骨であった。俺を盾にして、何度もベックから逃げようとしていた。ダフネがベックの好意に困っているのは一目瞭然であった。もっとも、ベックはダフネに夢中なわりにそのことに気づいてはいないようだ。

俺は先程までは少し楽しんでいたが、今のベックに変な後押しをして、ダフネを困らせてベックを傷つけるのは本意ではない。

そんな何も言えないでいる俺を無視するように、ベックは一人で話を続けた。

 

「……ヴぉく、止められても彼女を誘う。彼女、すごい素敵だ。君、好きな人ヴぁいるかい? いるなら分かるだろう? 何もせずにヴぁいられない。何もせず、クリスマスに好きな人が別の人といるのヴぉ、堪えられない」

 

ベックの言葉に、少し動揺した。共感できる部分があったのだ。

ベックはそんな俺に全く意識を払わず、鼻息を荒くさせ自分の皿を持ち直した。

 

「エトー、今日ヴぁありがとう。ヴぉくは戻るよ。素敵な人と会えた」

 

ベックはそう言うと、ダームストラング生が集まっている方へと歩いて行った。

一人残された俺はしばらくぼんやりとニシンの酢漬けを味わっていた。ベックが言っていたことを、考えてしまっていたのだ。

好きな人がいたら、何もせずにはいられない。何もせず、好きな人がクリスマスに別の人といるのは堪えられない。ベックのこの言葉に、少し共感したのだ。

 

ハーマイオニーをクリスマスパーティーに誘いたい。

それは、俺の中で確固たる思いとしてあった。

 

ただ、悲しいことに俺一人ではどうすればいいかなど全く分からなかった。女性の喜ばせ方など全く分からず、思うままに行動すればベックの様に相手に避けられてしまう可能性すらある。

先日までは恥ずかしくて誰にも言いたくなかったが、いざ一人で考えていると誰かに相談したくてたまらなくなった。そして、その相談をするにふさわしい奴に心当たりがあった。

 

ブレーズ。あいつは、俺の協力者になることを約束してくれた。ブレーズの根に持つ性格から、俺の相談内容を他の誰かに話すこともないとも確信していた。

 

ブレーズに相談してみよう。そう思い、ブレーズがダフネと去って行った方に目をやると、都合のいい事にブレーズがこちらに向かってきていた。それも、ダフネを連れずに一人で。

ブレーズは俺のところまで来ると、ベックがいないことにホッとしたようだった。

 

「ナンパ野郎はいなくなったのか。よかったよかった、話が早いな」

 

「そう言うなよ。さっきも言ったが、ベックは悪い奴じゃない。まあ、ダフネはベックの誘いに乗り気じゃなかったみたいだが……」

 

「ああ、それはお前もちゃんと分かってたのか。さっき、ダフネから直接聞いた。お前が助けてくれそうになかったって、ちょっと拗ねてたぞ?」

 

「それは悪いことをしたな。でも、ダフネが少し焦ってるのを見るのは面白かったんだ」

 

「いい性格してるな、お前」

 

ブレーズはそう言いながらにやにやと笑っていた。ブレーズの考えていることは、俺と大差ないようだった。

そんなブレーズに、唐突だが俺は相談を持ち掛けた。

 

「なあ、ブレーズ。丁度お前に相談しようと思ってたんだ。前に協力者になってくれるって言ってたろ? 今年のクリスマスパーティーに向けて、協力して欲しいんだ」

 

「あん? ……ああ、もしかして、誘いたい奴がいるのか? 前はいないって言ってたが……」

 

「実はいるんだ、誘いたい奴。前に聞かれた時は嘘を吐いてた。誘いたい奴がいるって言うのが、恥ずかしくてな」

 

「……お前、実は嘘が上手いんだな。全く気付かなかったぞ。で、誰だよそれは?」

 

ブレーズは感心したような声色であった。そして、俺がクリスマスパーティーに誘いたい相手がいるということを聞いて、少しそわそわしていた。

 

「ハーマイオニーだ。……あいつをクリスマスパーティーに誘うのに、アドバイスをくれないか?」

 

ブレーズは俺の言葉を聞いて完全に固まった。ブレーズの表情を見たが、何を考えているか分からなかった。驚いているようで、困っているようで、悩んでいるような、そんな表情だった。

ブレーズはしばらくしたら硬直から解けたようで、表情をしかめたまま俺に質問をした。

 

「……なんでグレンジャーなんだ? アイツじゃなくても、もっといい奴はいるだろ? そうだ、グレンジャーよりダフネの方が何倍もいいだろ? なんで、ダフネじゃなくてグレンジャーなんだ?」

 

「なんで、か……。なんでだろうな……」

 

何でハーマイオニーなのか。そう聞かれて、自分でも考えてみる。

一年生の頃には一緒にトロールに追いかけられ、二年生の頃にはバジリスクに石にされ、三年生の頃には吸魂鬼に襲われた。考えてみると、一緒にいてろくでもないことに巻き込まれていたりはする。

しかし、それでも一緒にいたいと思ったのだ。一緒にいて楽しいのだ。

頑張り屋で、強がりで、真っ直ぐなのに不器用で、正しいことをしているのにいつの間にか一人になっていて、寂しそうなのに頑固に自分の考えを曲げないで……。

そんな彼女を元気づけると、輝くような笑顔を返してくれる。自分が彼女の力になれていることを実感する。それが嬉しくて、もっとハーマイオニーの力になりたいと思う。

だから、吸魂鬼の群れを前にしてハーマイオニーから失望したような表情をされた時、そんなハーマイオニーが吸魂鬼の群れの中へ走って行った時、俺は自分の命を顧みずに行動したのだ。ハーマイオニーを失望させたくなかったから、死んでほしくなかったから。

つまるところ、ハーマイオニーと一緒に過ごすことが幸せだったのだ。スリザリンの親友達と過ごすのと同じくらいに。命を懸けてもいいと、思えるほどに。

 

「……ハーマイオニーから頼られるのが、力になれるのが、幸せだって思ったんだ。うん、それが大きいな」

 

俺は自分の想いの少しをブレーズに打ち明けた。

ブレーズはそれを聞いて頭痛を収めるようにしながら話を始めた。

 

「……お前が、極度の世話好きだってのはよく分かったよ。……よし、相談には乗ってやる。それで成功しなくても、何も言うなよ? そもそも、俺はグレンジャーとはそんなに仲良くはねぇんだからよ」

 

「ありがとな、ブレーズ。お前には、どうやって誘えばいいかとか、女性は何が喜ぶかとか、そんなことを聞きたくてな。何も分からずに動けば、ベックみたいに避けられそうな気がしてな……」

 

「それで今になって相談してきたのか……。合点がいった……。ああ、安心しろ。このことは誰にも言わないし、言う気もねぇからよ。……お前も、誰にも言わない方がいいぞ?」

 

「助かるよ、ブレーズ。それに、俺も誰にも言うつもりはない」

 

ブレーズは気が進んでいないのかもしれないが、協力を約束してくれた。そして、誰にも言わないことを。俺自身も誰にも言わないということを伝えると、なぜかブレーズは少し安心したように息を吐いた。

気が付けば机の上にはデザートが出されており、食事も終わりに差し掛かっていた。

ブレーズもそれに気が付いたようで、ため息を吐きながら近くのプディングに手を伸ばした。

 

「まあ、詳しい相談はまた今度聞くわ。誘い方とか、喜ばせ方とか、何が知りたいのかとかよ」

 

話は切り上げられ、俺も大人しくデザートを楽しむ。

ほどなくして、食事も終わりダンブルドアから対抗試合の正式な開始が発表された。

各校の校長に加えて、審査員として呼ばれた国際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチ氏、魔法ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマン氏の二名が紹介された。

そして、代表選手を選別する方法として『炎のゴブレット』を紹介され、その周りに年齢線を引くという対処法も説明がされた。そして、明日の同じ時間に代表選手が選ばれることも。

説明が終わると解散を言い渡されて、生徒達がそれぞれの寮と、各学校の寝処へと移動を始める。ここでもクラムは多くの者の視線を集めており、クラムは表情を一層不愛想にさせていた。

俺とブレーズもスリザリンの寮に戻り、互いにお休みとあいさつを交わし、それぞれの自室へと向かう。先に自室に戻っていたドラコは、対抗試合が始まったことやクラムと話せたことに興奮を隠せないようだった。

 

「ジン、とうとう対抗試合が始まったな……。ホグワーツから誰が出るかも気になる……。ああ、あと、クラムだ。ダームストラングからは絶対にクラムが出る。僕は、クラムと少し仲良くなれたと思うんだ」

 

「クラムと話せたのか、凄いな。あの人ごみの中、よく行けたな」

 

「苦労したがね……。それよりも、代表選手だ! 誰がゴブレットに名前を入れるか……。これは、朝早くから見張らないとな!」

 

「どのみち、明日の夜には分かるんだ。そう焦らなくてもいいだろ」

 

興奮するドラコを宥めながら、俺は自分のベッドに横たわる。

俺は対抗試合が始まる事よりも、ブレーズに自分のハーマイオニーへの想いを打ち明けたことの方が気になっていた。思い返す度に妙な高揚感にかられるのだ。

そんな熱を冷ますように布団をかぶり、無理やり眠る態勢に入る。明日もイベントが目白押しだと分かっている。

 

 

 

 

 

翌日、大広間の前には常に数人が見張るように立っていた。その為、ゴブレットに名前を入れる人は、必ず誰かの目につく場所で入れることとなる。

ドラコはすぐさま情報収集に入り、誰がいつ名前を入れたかをすぐに把握した。

スリザリンからはモンタギューが宣言通り入れたが、他にもペレグレン・デリックル、ルシアン・ボールといった七年生も名前を入れたとのことだ。

それからハッフルパフのセドリック・ディゴリー、グリフィンドールからアンジェリーナ・ジョンソンが有力どころだという。

ドラコはパンジーとブレーズを伴って情報収集に駆け回り、俺はスリザリンの談話室で本を読みながら、ダフネと共にその結果報告を聞くに留めていた。しばらくして情報収集を終えたドラコ達と合流してきて、話を聞きながら一緒にカードゲームやボードゲームをして代表選手の発表を待った。

そうして過ごしている内にあっという間に日は過ぎて、大広間でハロウィンパーティーと代表選手の発表が行われることとなった。

ハロウィンのご馳走も、昨夜の歓迎会の食事と引けを取らないほど素晴らしものだった。しかし、多くの生徒は代表選手が誰になるのかに心を奪われあまり食事が進んでいなかった。

そして随分と早く食事の時間が終わり、ダンブルドア先生が立ち上がって辺りが一気に静かになった。誰もが耳を澄まし、ダンブルドア先生からの言葉を心待ちにしていた。

ダンブルドア先生はそんな中で、ゆっくりと落ち着いた声で話を始めた。

 

「さて、ゴブレットはほとんど決定をしたようじゃ。代表選手の名前が呼ばれたら、その者達は大広間の一番前に来るがよい。そして、教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るように。そこで、最初の指示が与えられるじゃろう」

 

そう言うと、ダンブルドア先生は杖を振り大広間の灯りをほとんど消した。そのお陰で大広間の中央にある炎のゴブレットの輝きが一層強く感じ、その存在感を強めた。

どれくらいたっただろうか。静寂の中、キラキラと青く光るゴブレットが急に赤く色を変えた。バチバチと火花を散らしながら、焦げた羊皮紙が一枚、吐き出された。羊皮紙を吐き出したゴブレットは再び色を青く戻し、静かに火をともし続けた。

ダンブルドア先生が吐き出された羊皮紙を掴み、それを読み上げる。

 

「ダームストラングの代表選手は、ビクトール・クラム」

 

それを聞き、大広間が拍手と歓声の嵐に飲まれた。

クラムは立ち上がると言われた通りにダンブルドア先生の方へ歩いて行き、そのまま隣の部屋へと消えていった。

それからすぐに、ゴブレットが再び赤く光りはじめ、辺りは再び静かになった。

先程と同じように、羊皮紙が一枚吐き出され、それをダンブルドア先生が掴む。ゴブレットはまた青い色に戻っていた。

 

「ボーバトンの代表選手は、フラー・デラクール」

 

名前を呼ばれたボーバトン生が立ち上がり、優雅なしぐさでクラムと同じように隣の部屋へと消えていった。

残すはホグワーツの代表のみとなった。

ゴブレットが再び赤く光り、焦げた羊皮紙を吐き出す。ダンブルドア先生がそれを掴んで、中身を確認した。誰もが、ダンブルドア先生の言葉を待った。

しかし、ダンブルドア先生はすぐには発表をしなかった。羊皮紙を見つめ、固まってしまったのだ。

誰もが不審がった。何故、ダンブルドア先生がホグワーツの代表選手の発表をもったいぶっているのか。

ダンブルドア先生が固まった時間はわずかな時間であった。しかし、それでも全ての人間が不思議に思い、今まで以上に耳を澄ますには十分な時間であった。

ダンブルドア先生は羊皮紙を見つめ、いつもと変わらぬ静かな声で発表をした。

 

「ホグワーツの代表生徒は」

 

それから、気のせいかもしれないが、ダンブルドア先生がわずかにこちらを見たように感じた。

そしてとうとうホグワーツの代表選手の名前が呼ばれた。

 

「ジン・エトウ」

 

俺は、頭の中が真っ白になった。

 

 



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分かって欲しかった

代表選手として俺の名前が呼ばれた。その事実を認識するのに時間がかかった。

 

「ジン・エトウ」

 

ダンブルドア先生が呼んでいる。それでも俺は動くことができなかった。

何か変だと感じた生徒達がザワザワと騒ぎ始める。俺が十七歳未満であることを知る者達が、驚き、怒り、不満、疑惑、様々な感情で話を始めたのが分かる。

俺は何をするでもなく、俺の名を呼ぶダンブルドア先生を呆然と見つめ返すことしかできないでいた。

 

「ジン・エトウ。ここへ来なさい」

 

ダンブルドア先生が、静かにそう呼びかけた。

そこでやっと俺はフラフラと立ち上がり、ダンブルドア先生の前へと移動をした。

周囲は、未だに混乱による騒ぎが収まっていなかった。多くの視線が、俺を串刺しにした。

何とかダンブルドア先生の前にたどり着いた俺は、震える体を抑えながら声を絞り出す。

 

「俺は、名前を入れていません、先生」

 

懇願するような声だった。しかし、ダンブルドア先生はそれに応えることはしてくれなかった。

 

「さあ、あの扉から隣の部屋へ」

 

真剣な表情で俺を見つめながら、静かに俺を隣の部屋へと促す。

俺は従うしかなかった。多くの視線から逃げるように、隣の部屋へと入る。

中では、フラー・デラクールとビクトール・クラムが暖炉のそばに立っていた。

俺に気が付いた二人は、体ごと俺の方へと向き直った。

クラムは相変わらずの不愛想な表情で俺を一瞥すると、直ぐに興味がないかのように壁に寄りかかり考え事を始めた。

デラクールは品定めをするように俺をじっくりと眺めたが、何も言うことはなく再び暖炉の火へと向き直って暖を取り始めた。

二人は、俺が十七歳以下だとは思わなかったようだ。それがありがたいことなのか、自分の首を絞める事なのか、今の俺には判断ができなかった。

俺は、何も言うことができずに二人から少し離れたところで壁にもたれた。

 

これは何かの間違いだ。俺は名前を入れていない。きっと誰かのいたずらか、何か致命的な欠陥がゴブレットにあったに違いない。

 

そう自分に言い聞かせるも、誰も何も言いに来ず、時間だけが過ぎていく。どうにかなってしまいそうだった。

そして、再びドアが開く音がした。

顔をそちらに向けてすぐに確認すると、そこに立っていたのはポッターであった。

なぜ、ポッターがここにいるのか? 当惑しながら眺めていると、ポッターのすぐ後に入ってきたバグマンがその説明をしてくれた。

 

「驚いたことだ、紳士淑女の諸君。ご紹介しよう、三校対抗試合の四人目の選手だ!」

 

その言葉を聞いてクラムとデラクールは強く反応した。

デラクールは笑いながら、それを冗談だと受け取ったようだ。

 

「とーても、おもしろーいジョークです。ミースター・バーグマン」

 

「ジョーク? とんでもない! ハリーの名前が、たった今、炎のゴブレットから出てきたのだ!」

 

クラムの表情が歪み、デラクールも顔をしかめた。

そして部屋の扉がまた開き、今度は大勢の人が入ってきた。

クラウチ氏、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、マクゴナガル先生、スネイプ先生、そしてダンブルドア先生。

全員がピリピリとした表情で、この立て続けに起きている異常事態を不愉快に思っているのは明らかであった。

そんな険しい表情の先生達へ、デラクールが恐れることなく食って掛かった。

 

「マダム・マクシーム! この小さーい男の子も競技に出ると、みんな言ってまーす!」

 

そう言いながらデラクールがポッターを指さすと、ポッターは怒りに顔を赤く染めた。

マダム・マクシームはその言葉を受け、ただでさえ威圧的な雰囲気を一層に強くさせ、ダンブルドア先生へと詰め寄った。

 

「ダンブリー・ドール、これは、どういうこーとですか?」

 

「私もぜひ、知りたいものですな、ダンブルドア」

 

カルカロフも冷たい笑みを浮かべながら、そうダンブルドア先生へと詰め寄った。

 

「ホグワーツの代表選手が二人? 事前にあれだけ会議に交渉を重ねたというのに、それを無駄にするのかね?」

 

「誰のせいでもない、カルカロフ。これは、ポッターが仕組んだことに違いない。ポッターは本校に来て以来、決められた線を越えてばかりいる――」

 

ダンブルドア先生へ詰め寄るカルカロフに、スネイプ先生が低い声でそう言った。

しかし、スネイプ先生の話をダンブルドア先生が手を挙げて遮った。

ダンブルドア先生が周りのものを鎮め静かになったところで、今まで黙っていたクラウチ氏が静かな声で話始めた。

 

「……魔法契約の拘束が働く。ゴブレットから名前を出された者は競わねばならぬ。例外はないでしょう」

 

それは、代表選手が四人の状況を肯定する初めての言葉だった。それにバグマン氏が明るい声で続いた。

 

「さすがだ、バーティ。規則集を隅から隅まで知り尽くしている! 私はバーティに賛成だね」

 

それに対し、二人の校長と代表生徒は不満げな様子であった。

 

「ダームストラングの生徒にもう一度、名前を入れさせる。ダームストラングの代表生徒が二人となるまで、それを続ける。それが公平というものだろう、ダンブルドア」

 

「ダンブリー・ドール、あーなたが年齢線をまちがーえたのでしょう?」

 

そんな二人を宥めたのは、先程からこの状況をよしとしていたバグマン氏であった。

 

「カルカロフ、そうはいかないんだ。先程、炎のゴブレットの火が消えた。次の試合まで、もう火が付くことはない……。そして、年齢線は誰がどう見ても正しく引かれていた。そうでありましょう、マダム・マクシーム?」

 

「次の試合にダームストラングが参加することはない! いや、次などと言っていられん! 今すぐにでも帰りたい気分だ!」

 

バグマン氏の言葉を受けて、カルカロフが爆発した。しかし。そんなカルカロフに冷たい声をかける者がいた。

 

「はったりだな、カルカロフ。代表選手を置いて帰るようなことはできん。そして、都合のいい事に選ばれた者は戦わねばなるまい。例外なく、全員がな」

 

ムーディ先生であった。ムーディ先生が義足を鳴らせながら、部屋へ入ってきたのだ。

カルカロフは、ムーディ先生へ挑戦的な表情を向けた。

 

「何を言っているか分かりませんな、ムーディ」

 

「簡単なことだ。ゴブレットから名前が出れば戦わねばならないと考え、誰かがポッターの名前をゴブレットに入れたのだ」

 

「もちろーん、だれかが、オグワーツにリンゴを二口も齧らせよーうとしたのでーす!」

 

「おっしゃる通りです、マダム・マクシーム。私は抗議しますぞ! 魔法省、国際連盟にも……」

 

校長二人がムーディ先生に向かって強く当たるも、ムーディ先生は動じる様子はなかった。唸るようにしながら、話を続けた。

 

「文句を言う理由がある者は、まずは不当に選ばれた者だろう……。真っ先に言うべきは、ポッターであろう」

 

「なんで文句言いまーすか?」

 

今度は、デラクールがムーディ先生へ食いついた。

 

「この人、戦うチャンスありまーす! 私達、みんな、何週間も何週間も、選ばれたーいと願っていました! 学校の名誉をかけて! 賞金の一千ガリオンをかけて! みんな、死ぬほどおしいチャンスでーす!」

 

本気で悔しがっている、怒っている形相であったが、ムーディ先生はどこまでも気にしなかった。魔法の義眼でせわしなくポッターと、俺と、その周囲の人間に目を巡らせた。

 

「あのゴブレットに四人も選ばせるとなると、これは相当腕のいい魔法使いの仕業だ。ゴブレットを錯乱呪文で欺き、三校しかない参加校を四校だと思わせたはずだ。そこまでして、何故ポッターを参加させる? 誰もが死ぬほど欲しいチャンスと、そう言ったな? そうだ。これは、誰かがポッターの死を望んでやったことだ」

 

「どうかしている、ムーディ。あなたは、誰かが常に自分の命を狙っていないと気が済まない人間だ!」

 

カルカロフがそう声を上げると、ムーディ先生はカルカロフを睨みつけた。

 

「何気ない機会をとらえて悪用する輩はいるものだ。闇の魔法使いが考えそうなことよ……。カルカロフ、君になら身に覚えがあるだろう」

 

「アラスター!」

 

ムーディ先生がこれ以上話すのを遮るように、ダンブルドア先生がそう呼び掛けた。

そして、まだ怒りにあふれている周囲の人間に向かって、落ち着かせるように話を始めた。

 

「どのような経緯でこんな事態になったのか、我々は知らぬ。しかし、結果を受け入れるに他あるまい。ジンもハリーも、試合で競うように選ばれた。したがって、試合にはこの二名の者がでるしかあるまい」

 

納得する者は少なかった。しかし、数少ない納得をした者であるバグマン氏がダンブルドア先生から話を引き継いだ。

 

「さあ、それでは開始と行きますか?」

 

場にそぐわない、明るい声であった。

 

「代表選手に指示を与えねばいけませんね? バーティ、主催者としてお願いできますか?」

 

声をかけられたクラウチ氏は、急に我に返ったように話を始めた。

 

「フム……。指示ですな、よろしい。最初の課題は、君達の勇気を試すものだ。ここでは、どのような内容かは教えないこととする。未知のものに遭遇した時の勇気は、魔法使いにとって非常に重要な資質である。最初の競技は、十一月二十四日。全生徒、並びに、審査員の前で行われる。選手は競技の課題を完遂するにあたり、どのような形であれ、先生方からの援助を頼むことも、受ける事も許されない。選手は杖だけを武器とし、最初の課題に立ち向かう。第一の課題が終了した後に、第二の課題について情報が与えられる。試合の為に、選手たちは期末テストを免除される」

 

そこまで言い切って、クラウチ氏はダンブルドア先生の顔を仰いだ。

 

「アルバス、これで全てだと思うが?」

 

「わしもそう思う」

 

ダンブルドアがそう頷き、全員がこの状況は覆されないと確信した。マダム・マクシームはデラクールの肩を抱き早足に部屋を出ていった。カルカロフもクラムに合図をし、二人黙って部屋を去った。

ダンブルドア先生は、ここで初めて俺達に声をかけた。

 

「ハリー、ジン。君達も寮に戻るがよい。グリフィンドールもスリザリンも、君達と一緒に祝いたくて待っておることじゃろう。せっかくのどんちゃん騒ぎをする格好の口実を、無駄にするものでもあるまい」

 

ダンブルドア先生は優しく微笑んでいた。

ポッターの方を見ると、未だ呆然とし、どうしていいか分からないようであった。俺も同じで、この状況を何一つ呑み込めていなかった。

動こうとしない俺とポッターに向かって、ダンブルドア先生は再び優しく声をかけた。

 

「……君達にとってはきっと気の毒なことじゃろうが、君達は試合に臨まねばならん。ホグワーツの代表生徒として、厳しい試験をこなさねばならぬ。ならば、せめて楽しい事は逃さぬ方がよい。今日は、もう寮に戻りなさい」

 

そう言われては、もう戻るしかなかった。ポッターと俺は黙って二人で部屋を出た。

部屋を出て、二人で少し歩く。そんな中、ポッターから話しかけられた。

 

「……君は、自分で名前を入れたの?」

 

ポッターからかけられたのは、疑惑の声だった。俺はその声に、少なからずショックを受けた。少なくともポッターは俺と同じ立場で、気持ちを共有できる相手だと思っていたのだ。

 

「そんなわけないだろ? 俺はお前と同い年だ。年齢線は越えられない。なんで、そんなことを言うんだよ……」

 

「皆、君が代表選手であることを受け入れていたじゃないか。皆、僕だけがまるでズルをして名前を入れたという態度だった……」

 

「それは、俺が十七歳以上に見えただけだ。俺も、お前と立場は変わらない。誰かにハメられたんだ」

 

ポッターは、気まずそうな表情であった。

俺がポッターも自分で入れたわけではないと思っていることを伝えると、それ以上俺に疑惑を向けることはなかった。しかし、ポッターの中で不満がなくなるわけではなかった。

確かにポッターにとって、先程の時間は俺以上に苦痛であったはずだ。巻き込まれただけなのに、周囲からは悪者であるかのように非難をされる。一方で同じ立場であるはずの俺は何も言われず、俺もポッターを庇おうとはしなかった。

 

「……ポッター、俺とお前がはめられたのは、何か理由があるはずなんだ。……俺は、お前をはめた奴と俺をはめた奴は、同一犯だと思ってる」

 

「誰かが僕の死を望んでいたとして、そいつはなんで君の死も望んでいるんだい? ……僕も、君が自分で名前を入れたとは思わない。でも、君は誰かに死を望まれるよう心当たりがあるのかい?」

 

俺はポッターと協力ができることを期待していたが、それは厳しそうであった。

ポッターはポッターで、自身に降りかかった不幸に立ち向かうので精一杯だという態度であった。

 

「……俺も、何も分からずに巻き込まれたんだ。心当たりはないよ」

 

そう返事をすると、ポッターは俺に同情する表情となった。それから、少し柔らかい口調になった。

 

「……僕も、君も、何はともあれ試練をクリアしないと。……試合だから、僕らは戦うことになる。協力し合うことは、きっとできない。……でも、お互い、無事でいよう」

 

ポッターの言うことは正論であった。

試験内容は分からないが、対抗試合というからには、俺とポッターが戦うことは想定しなくてはならない。できることはお互いの無事を祈ることだけ、というのもその通りであった。

俺とポッターはそれ以上話すことはなく、それぞれの寮へと戻った。

 

寮へと戻りながら、俺は不安と戦っていた。

誰かが俺の名前をゴブレットに入れて、俺を代表選手とするように仕向けた。それはきっと、ポッターを殺そうとしている奴と無関係ではないだろう。

ムーディ先生の言うことが正しければ、相手はゴブレットに錯乱呪文をかけられるほどの熟練した魔法使いだ。そいつが本気になれば、俺やポッターを事故と見せかけて試合中に殺すことも可能なのではないだろうか。

不安で仕方がなかった。相談する相手が欲しかった。

そんな思いで寮へとたどり着いたが、そこで待っていたのは、俺の代表選手就任を祝う大勢のスリザリン生であった。

そんな光景を前に呆けてしまった俺を、代表選手に立候補をしていたグラハム・モンタギューが引っ張って談話室の中央に用意されている椅子へと座らせた。

 

「さあさあ、我らスリザリンが誇る英雄よ! 教えてくれたまえ! 君は一体どうやって、代表選手に名乗りを上げたんだい?」

 

「君はダンブルドアを欺いたってことだよな? すげえよ! それで代表になったんだ! 誰にも文句は言わせないよ!」

 

「試験の内容は、一体何なの? 代表選手は、あの部屋で何を聞かされるのかしら?」

 

口々にそう俺を質問攻めにする。誰もが嬉しそうで、俺が代表選手となったことを祝っていた。

俺は何も言えなかった。立候補をしておらず、ましてや代表選手を辞められるのであれば辞めたいと思っている。

しかし、俺がどうやって立候補したかを聞かなけらば、周りは俺を解放してくれる様子はなかった。激しい質問攻めに、俺は耐えきれなくなり本当のことを話す。

 

「名前を入れていないんだ! 俺は、立候補なんてしていない! 誰かに、仕組まれたんだ!」

 

そう話すと、周りは静かになった。しかし、それは一瞬のことで、すぐにまた口々に好きなことを話し始めた。

 

「つまり、誰かが君の名前を代わりに入れたってことか? そいつは、自分より君の名前の方が選ばれると思ったってことか……」

 

「ポッターも、誰かに入れてもらったってこと? そんな手があったのね……。それが本当なら、一本取られたわ……」

 

「だが、スリザリンから代表生徒が出たことには変わりない! おい! ポッターにだけは負けるんじゃないぞ!」

 

俺の気持ちなど、誰も汲んではくれなかった。誰もが、俺が代表選手であることを嬉しいことだと語り合っていた。

様々な憶測や期待が流れる中、一際目立つ声で、大勢の視聴者を獲得している者がいた。

 

「私、エトウの名前を入れたのはダンブルドアだと思うの。ダンブルドアが、エトウとポッターを選んだのよ! 考えても見て? あの人は一年生の頃、ダンブルドアから得点をもらってスリザリンを優勝させたわ。そして二年生はホグワーツ特別功労賞を授与。去年には、吸魂鬼とシリウス・ブラックから逃げてきたのよ? 代表選手にしたいって思うのは当然でしょう?」

 

声の方を見ると、見覚えのある少女だった。いつだったか、俺がダンブルドアから秘密の指令を受けているとか妄想を話してきた少女だ。

彼女は、大勢の者が自分の話を聞いていることに酔っているようだった。

 

「私、彼に聞いたことあるの。ダンブルドアから特別な指令を受けているんじゃないかって。彼、そのことは話したがらなかった。きっと、何かあるんだって思ってたの。そして、この事態よ! 彼は、ポッターと同じくらい、ダンブルドアから気に入られている特別な存在なのよ!」

 

聞くに堪えなかった。こんな場所、早く立ち去りたかった。辺りを見渡すが、ドラコ達はどこにもいない。それが分かれば、ここにいる理由は一つもなかった。

座らされた席を立ち、自室に戻ろうとする。止めようとする連中を振り切って自室に戻った。

自室のドアを開けると、そこにはドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネ、アストリアがいた。五人は円になって座っており、俺が座れるスペースも空けていた。

固まっている俺に、ドラコは苦笑いを向けた。

 

「ドアを閉めなよ。どうせ、パーティーを抜け出したんだろう?」

 

呆然としていたが、言われるままにドアを閉める。ドラコは満足そうな表情をし、俺を手招きした。

招かれるまま、俺は開けられたスペースへと座る。何も言えないでいる俺に、ドラコは話を始めた。

 

「まあ、君のことだ。代表選手は面倒だって、思ってたんだろうね。騒がれるのは、きっと嫌だったろう?」

 

クスクスと笑いながらドラコはそう言った。俺はドラコの言葉に驚きで目を見開く。初めて、俺が代表選手になりたくないということを認めてくれたのだ。

見渡すと、他の奴らも笑ったり微笑んでいたりするが、ドラコの言葉に同意するように頷いていた。

 

「君は、自室でも立候補しないと言っていたからね。面倒だって。それが本気だったことくらい、僕はわかるさ」

 

胸が熱くなる。

こいつらは分かってくれる。そうだ、俺は誰かにハメられたのだ。命を狙われているかもしれない。そんな不安を、紛らわせてくれるかもしれない。

そんな期待を込めた視線を思わずドラコ達に向ける。俺の視線を受けて、ドラコはニヤリと笑った。

 

「君は本意ではないかもしれないね。だが、あえて言おう。おめでとう! 君は、歴史に名を遺すぞ!」

 

冷水をぶっかけられたかのように、興奮が冷め、頭が真っ白になった。

俺は今、何を言われているのだろう?

 

「僕が思うに、だ。誰かが君の名前で立候補したんだ。きっとそいつは、自分よりも君が選ばれる可能性があると思ったんだね。そいつの目は確かだったよ。こうして、君が代表選手になったんだから」

 

「まあ、これから大変だろうけど、俺達を頼れよ? なんだってやってやるよ。お前には、普段から借りがあるからな」

 

「タオルとか水とかの差し入れはドラコにしかしないけど、まあ、欲しいものがあったら言いなさい! 今年は、特別だから!」

 

「じゃあ、タオルと水は私が用意するね! ねえ、代表選手だよ、ジン! 流石だね!」

 

「代表選手は本位じゃないでしょうけど……。でも、私は貴方に優勝して欲しいわ。私もできることは何でもする。ね、何でも言って?」

 

こいつらは、俺が立候補したわけではないと本気で思ってくれている。それは、頭の鈍った俺でも分かる。

しかし、代表選手に選ばれたことが不幸なことだとは微塵も考えていなかった。

俺の代表選手選抜を心から祝福し、俺なら優勝できると、俺に優勝して欲しいと、前向きに考えている。

 

ああ、そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。

俺がかけて欲しい言葉は、向けて欲しい表情は、共有したい感情は――。

不安なんだ。怖いんだ。逃げ出したいんだ。

死んでしまうかもしれない、命を狙われているかもしれない、でも逃げることを許されない。

そんな不安や恐怖を一人で抱えられる程、俺は強くはない。

お前らには分かって欲しかったんだ――。

 

でも、応援する言葉を、期待している表情を、あふれんばかりの喜びを向けられて、それを壊す勇気も俺にはなかった。

俺は無理やりに笑って見せた

 

「ありがとうな。……俺が立候補したわけじゃないって、分かってくれて嬉しいよ。今日は、疲れた。また、協力して欲しいことがあったら言うよ。……寝かして、くれないか?」

 

ドラコ達は、少しバツの悪そうな顔をした。

 

「……すまない、そんなに疲れていたんだね。分かった。今日は解散にしよう。明日から、一緒に頑張ろう!」

 

そう言って、他の奴らは口々にお休みと挨拶をして部屋を去って行った。

ドラコも直ぐに部屋を片付けると、俺にお休みと挨拶をした。

 

「ジン、本当に何でも言ってくれ。僕、君なら優勝できるって信じてるんだ。……僕がクィディッチをする時、君がいつも協力してくれていること、忘れたことはないよ。僕に、協力させてくれよ」

 

「……ありがとうな、ドラコ。何かあったら、必ず言うから」

 

ドラコは俺の返事を聞くと、嬉しそうに笑ってベッドのカーテンを閉めた。

最後まで、俺の言葉を信じていた。

俺は、嘘が上手くなっていた。

 

 

 

 

 




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杖調べ

代表選手として発表されてから、学校生活は一変した。

スリザリンの誰もが俺を英雄のように扱い、他寮はおろか、他校にも俺の存在をひけらかす者もいた。

他寮からの風当たりは、経験したことがないほど強いものとなった。

グリフィンドールからは完全な敵として認識されていた。もう一人の代表選手であるポッターを有する寮である為、予想はできていた。

レイブンクローからも冷たい対応をされるようになった。彼らは俺が何か細工をして立候補をしたと確信しているようだった。俺を代表選手として持ち上げるスリザリンの態度が、それを助長させているのかもしれない。

そしてハッフルパフからはどこよりも強い敵意を向けられていた。ハッフルパフは、正しい選抜がされていればセドリック・ディゴリーが代表選手として選ばれることを確信していたようだった。ところが、ホグワーツの代表は十七歳に満たない二人が選ばれた。廊下でいきなり呪いをかけられてもおかしくないほど、一部のハッフルパフの生徒からの恨みは強かった。

 

せめてもの救いは、五人の親友は俺が自分の意志で立候補したわけでないことを理解してくれていることだった。

目立つことを嫌っているだろうと、朝食や昼食はなるべく人込みを避けてくれたし、俺を一人にしないようにと常に気にかけてくれていた。学年が違うアストリアでさえ、級友よりも俺を優先しようと頑張ってくれていた。

 

だが一方で、すれ違った感情はどこまでもすれ違ったままであった。

 

俺が優勝できると誰よりも信じていたのもまた、五人の親友達であった。

親友達は何においても協力的で俺を反発や恨みから強く守ってくれる一方で、優勝の期待を向けられる俺は心が休まる時間はなかった。

 

俺にとって優勝するかしないかなど、些細な問題でしかなかった。課題を生きて切り抜けられれば、それで良かった。元々代表選手に選ばれるつもりもなかった。不戦敗ができるなら、迷わずそうしただろう。

だが俺を支えてくれる親友達の存在が、それをよしとしないのだ。

 

すれ違った感情が、事件を起こしたこともあった。

俺がいない時に、もう一人の代表選手であるポッターをドラコが貶めた。

ドラコからの挑発に耐えられなかったポッターがドラコと呪いを打ち合った。

ポッターの呪いは近くにいたパンジーへ、ドラコの呪いはハーマイオニーへとぶつかった。

ドラコとポッターは、それぞれの狙いがそれて思わぬ人物に当たったことに動揺し、それ以上の争いにはならなかったようだ。

魔法薬学の授業にハーマイオニーとパンジーが現れない理由として、一部始終を見ていたブレーズが教えてくれた。

そしてその魔法薬学の授業を行っていたスネイプ先生は、ある意味ぶれなかった。変わらずポッターだけを異様に嫌い続けていた。きっと、ポッターが代表選手でなくても態度は変わっていないだろう。俺が代表選手であることは、あまり気にしていないようだった。

今日の授業では、ポッターがパンジーに呪いをかけた罰として解毒薬の実験台になるよう指示が出された。ハーマイオニーに呪いをかけたドラコへのお咎めは、勿論なしだ。

スネイプ先生が意地悪く笑いながら、いざ解毒薬の実験を実行しようとした時、それに待ったをかける人物がいた。

 

コリン・クリービーとアストリアが、授業に乱入してきたのだ。

 

邪魔をされたスネイプ先生は不機嫌そうに二人を睨みつけた。

 

「なんだ?」

 

「僕、ハリー・ポッターを連れてくるように言われました!」

 

「私は、ジン・エトウを……。代表選手が全員呼ばれているんです……」

 

何も考えていないかのように使命に燃えたクリービーに対し、アステリアはスネイプ先生の邪魔をしたことに気付いたようだった。アストリアは、恐る恐るといった感じでそう言った。

スネイプ先生は二人をじろりと見た後に、俺とポッターに目をやった。

 

「エトウ。貴様は、解毒薬を完成させているな?」

 

「はい」

 

スネイプ先生は不機嫌そうな確認に俺は即答した。事実、解毒薬は問題なく完成していた。

完成した解毒薬をスネイプ先生に見えるように持ち上げた。

スネイプ先生はそれを見て頷いた。それから、普段よりもさらに意地悪そうな表情をしながらポッターへ確認をした。

 

「ポッター。貴様は、解毒薬を完成させているか?」

 

「……いいえ」

 

ポッターは一瞬考えたようだが、正直に返事をした。

スネイプ先生は嬉しそうにしながら、代表選手を迎えに来たクリービーとアストリアに声をかけた。

 

「エトウは問題ない。グリーングラス、案内しなさい。クリービー、ポッターは魔法薬学の勉強が不十分の為、居残りも必要だと依頼主に伝えてこい」

 

スネイプ先生から怒られたくないアストリアは、俺の手を掴んで一目散に魔法薬学の教室から俺を連れだした。俺が教室から連れ出される時、クリービーが何としてもポッターを連れて行こうと無謀にもスネイプ先生に食って掛かっていた。

アステリアは廊下で俺を案内しながら、安心したようにため息を吐いた。

 

「ああ、怖かった……。ありがとう、ジン、解毒薬完成させていてくれて。私まで怒られるところだった……」

 

「まあ、確かに危なかったな。……アストリア、これから俺は何をするか分かるか?」

 

「杖調べと、写真撮影って聞いてるよ。杖に異常がないか、調べるんだって」

 

アストリアに案内されたのは、魔法薬学の教室から離れたところにある狭めの部屋であった。

アストリアとはドアの前で別れることとなった。

 

「じゃあね、ジン! 頑張って! きっとジンの杖が一番だよ!」

 

アストリアは笑顔でそう言った。アストリアは事あるごとに俺を褒めようと一生懸命だ。アストリアは俺が対抗試合に乗り気ではないのは自分に自信がないからだ、と思っているらしい。ダフネからこっそりそう聞いた。

俺はそんなアストリアに苦笑いを返しながら、大人しく部屋に入る。

部屋には既にデラクール、クラム、バグマン、カメラマンらしき男と、見慣れぬ派手な女性がいた。

バグマンは俺に気が付くと、陽気に声をかけてきた。

 

「やあやあ来たね、ホグワーツの代表生徒の片割れ君! 君もまさか、十七歳未満だとは知らなかったよ。ハリーはまだかい? 君はハリーと同級生なんだろう?」

 

「……ポッターは来るのに時間がかかるかもしれません。魔法薬学の教授が厳しい方なので」

 

俺がそう答えるとバグマンは少しつまらなそうにした。そして、これ以上俺に聞くことがないかのように話を打ち切った。

続いて俺に話しかけてきたのは、見覚えのない派手な女性であった。

きっちりとセットされた髪に、角ばった顎、宝石でふちが飾られた眼鏡をかけている。

 

「あたくしはリーター・スキーター。日刊予言者新聞の記者ざんす。あなたの事、二、三個、質問してもいいざんしょ?」

 

そう言うが早く俺の方へ詰め寄り、質問をまくしたてた。

 

「君は、どうやって立候補したの? どうやって、年齢線を越えて? もしかして、ハリーと協力したの? 君、ハリーとの関係は? 君は自分が、優勝すると思ってる?」

 

二、三個ではなかった。そして質問の内容は、即答できないような内容ばかりだった。

俺が何も答えられずに黙ってしまっていると、スキーターは興味が失せたように離れていった。

 

「……どうやら、話すこともできない案山子でざんした」

 

スキーターのその呟きを聞いて、デラクールが声を上げて短く笑った。

チラリとデラクールの方を見ると、挑戦的な表情でこちらを見返していた。

スキーターにデラクール。どちらも面倒だと無視を決め込んだら、また明らかな嘲笑がデラクールから聞こえた。

それからしばらくして、ドアがノックされてやっとポッターが現れた。かなり疲れた様子であった。

ポッターが現れて、バグマンとスキーターは色めきだった。

 

「ああ、来たな! 代表選手の四番目! ハリー、何も心配することはない。ほんの杖調べの儀式だ。他の審査員も後ほどやってくる。ああ、こちらはリーター・スキーター。この方が、試合について日刊預言者新聞に短い記事を書く」

 

「ルード、そんなに短くない記事かもね。あたくし、儀式が始まる前にハリーとお話ししても良いざんしょう?」

 

「いいとも! いや、ハリーさえよければだがね……」

 

「あの……僕……」

 

「素敵ざんすわ」

 

バグマンとスキーターはポッターを置き去りに盛り上がり、ポッターが何かを言う前にスキーターが部屋から連れ出した。折角部屋に来れたポッターは、あっという間に外に連れ出されてしまった。

それからまた、部屋は静かになった。

バグマンは時折クラムやデラクールに話しかけるが、二人の反応が悪いので、しばらくすればつまらなそうに話すのをやめた。そうなれば、話す者はいなくなった。

部屋が静かになりさほど長くない時間が経った頃に、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、クラウチ氏、そしてオリバンダーさんが現れた。彼らは指定された席に座ると、俺達代表選手にも席に着くように促した。

全員が所定の位置につき、残すところポッターとダンブルドア先生のみになったところで、二人が部屋に戻ってきた。

二人が席に着いて、やっと杖調べが始まった。

杖調べを仕切るのは、杖職人であるオリバンダーさんであった。

 

「では、マドモアゼル・デラクール。まずは貴方から、こちらに来てくださらんか?」

 

呼ばれたデラクールは軽やかにオリバンダーさんのところへ行くと、杖を渡した。

オリバンダーさんは杖を受け取ると、指に挟んで器用に回して見せた。杖からはピンクとゴールドの火花が散った。それから、オリバンダーさんはじっくりと杖を眺め始めた。

 

「ふむ……。二十四センチ、紫檀、しなりにくい……。杖の芯は……おお、なんと! ヴィーラの毛であるか?」

 

「わたーしのおばーさまのものでーす」

 

驚くオリバンダーさんに向かって、デラクールはそう誇らしげに言った。

デラクールにヴィーラの血が混ざっていることに驚きわずかに反応してしまう。隣で、ポッターも同じようにしているのが分かった。

オリバンダーさんは杖に夢中であった。

 

「そうじゃな……わし自身はヴィーラの毛を使ったことはない……。わしの見るところによると、少々気まぐれな杖になるようじゃが、あなたには合っておるなら……」

 

オリバンダーさんは丹念に杖を眺め、細かい傷やへこみまでしっかり指を走らせていた。

そして、無造作に杖を構え呪文を唱える。

 

「オーキデウス(花よ)」

 

呪文を受けて、杖の先からは花が咲き誇った。それを見て、オリバンダーさんは満足げに頷いた。

オリバンダーさんはデラクールに杖を返すと、次はクラムへと向き直った。

 

「さあ、続いてはクラムさん、よろしいかな?」

 

クラムは仏頂面のままオリバンダーさんの方へ行くとズイッと杖を突きだすように渡して、不機嫌そうにしながら杖調べが終わるのを待った。

 

「ふーむ……。これはグレゴロビッチの作と見た。クマシデに、ドラゴンの心臓の琴線。……あまり類を見ない太さじゃ。かなり頑丈……二十六センチ……。エイビス(鳥よ)!」

 

オリバンダーさんは杖を入念に調べ、先程と同じように呪文を唱え、小鳥を数羽杖から呼び出した。呼び出した小鳥が飛んでいくのを眺め、オリバンダーさんは杖をクラムへと返した。

 

「さあ、次はエトウさん。こちらへ」

 

続いては、俺の番のようだ。俺は大人しく杖をオリバンダーさんへ手渡す。

オリバンダーさんは懐かしそうに俺の杖を眺め始めた。

 

「これは、私が作ったものだ。よく覚えていますよ。二十五センチ、桜、龍の髭、固い……。気難しい杖でした。しかし、あなたには随分と馴染んでいるようだ。それなら……ふむ……インフラマーレイ(炎よ)」

 

オリバンダーさんは俺の杖から青い炎を灯した。炎が少し大きくなった後に消えていくのを見届けてから、俺に杖を返却した。問題はないようだった。

そして残すはポッターとなった。

 

「最後に、ポッターさん」

 

オリバンダーさんに呼ばれてポッターは杖を渡す。オリバンダーさんはポッターの杖を見て目を輝かせた。

 

「おおぉ、そうじゃ! そうそう、よーく覚えておる。この杖を買われたのを。ヒイラギ、二十八センチ、不死鳥の尾羽……」

 

オリバンダーさんがポッターの杖を恍惚といえる表情で丹念に調べ始めた。ポッターはそれを、どこか緊張した面持ちで眺めていた。

オリバンダーさんは長い時間ポッターの杖を調べていたが、特に問題はない様で、最後にポッターの杖からワインを迸らせると、満足そうにしながら杖をポッターに返した。

こうして、杖調べは終了。最後に集合写真と、選手たちの個人写真を撮影して解散となった。

解散する頃にはもう授業は終わっている時間であり、ダンブルドア先生からは夕食に向かうのがいいだろうと言われた。

 

俺は食欲もわかず、一人で大広間に行く気にはなれなかった。

一度寮に戻るふりをして全員から離れ、人気のない所を少し歩くことにした。

代表選手になってからというもの大勢の中は落ち着かず、寮の中ですら休まる場所はなかった。俺の味方でいてくれる親友達といるのも、億劫に思う時すらある。

一人になりたかった。

静かな廊下を歩きながら、対抗試合の事を考える。第一の試練は勇気を試すものだと言われていたが、結局何が待ち受けているかさっぱり分からないのだ。しかもそれは俺の命を狙っているものかもしれない。怖くてしかたがない。

一人になりたくて歩いているはずが、死ぬかもしれないと考え始めると、誰かといたくてたまらなくなった。

食欲は依然としてわかないので自室に戻ろうかとも思っていたが、どこからか微かに聞き覚えのある声がして足を止めた。

辺りを見ると、いつの間にか自分が去年にハーマイオニーとパンジーと共に秘密を共有するために契約書を使った空き教室の近くにいるのが分かった。そして、話し声はその空き教室から聞こえてきていた。

わずかに聞こえる二人分の話し声。それは間違いなく、ハーマイオニーとパンジーのものであった。

二人の話の邪魔をすることに一瞬だけ躊躇したが、ドラコがいるかも分からない自室に戻るよりここで二人と話したいという気持ちが強かった。ドアをノックして、教室へと入る。

教室に入ると、思った通りハーマイオニーとパンジーがいた。二人は突然の訪問者にビックリした表情であったが、入ってきたのが俺だと分かるとホッとした様子を見せた。

それからパンジーは、俺に食いついてきた。

 

「ちょっと、あんたなんでこんなところにいるのよ! 折角、ハーミーと二人でいたのに……」

 

「悪いな。ちょっと散歩をしてたら、二人の声が聞こえてな。邪魔するようだが、どんな話をしているのか興味があってさ」

 

「ほんっとに邪魔!」

 

「そう言うなよ。二人はどうして、こんなところに? 今はスリザリンとグリフィンドールが会うのはまずいだろ……?」

 

「偶然よ。あんたは知らないかもしれないけど、お昼にドラコとポッターが喧嘩したのよ。で、私とハーミーが呪いを受けちゃったわけ。さっき治療が終わったところなんだけど、折角二人になれたからってここで内緒話してなのに……」

 

パンジーはハーマイオニーとの密談を邪魔されて怒り心頭であった。一方でハーマイオニーはそんなパンジーを苦笑いしながら宥めた。それから、俺の方に心配そうに話しかけてきた。

 

「ジン、あなたは大丈夫? ……その、一人で歩き回るのは危険じゃない?」

 

「危険? こいつが?」

 

ハーマイオニーが俺の身を案じることに、パンジーは不思議に思ったようで聞き直す。そんなパンジーの反応にハーマイオニーは少し驚きながら答えた。

 

「だって、ジンも誰かに仕組まれて対抗試合に出ることになったでしょう? ……誰かに命を狙われているのかもしれないのに、一人になるのは良くないわよ」

 

ハーマイオニーのその言葉に俺は固まってしまった。急に、今まで感じていた息苦しさがなくなった。代表選手になってから初めて誰かに気持ちを分かってもらえた気がしたのだ。

パンジーはそんなハーマイオニーに対して可笑しそうに笑うだけだった。

 

「殺すために代表選手にするなんて、そいつは絶対に馬鹿だわ! 殺したい相手を喜ばせてどうするのよ!」

 

「でも、パンジー……。対抗試合には死人が出ることもあるのよ。事故に見せかけて殺すには、うってつけなのよ?」

 

「そこまでしてジンを殺したいって思う奴はいるの? 誰かがジンの名前を入れて、たまたまジンが選ばれただけでしょう?」

 

「……たまたまって言うには、不自然なことが多すぎるわ。四人目の選手も現れて、ホグワーツの代表生が二人とも十七歳未満。その内の一人はハリー……。それに、ほら、パンジーも見たでしょう? クィディッチ・ワールドカップの時に上がった闇の印。……不自然なことが多すぎるの。警戒するに越したことはないわ」

 

パンジーが否定しようと、ハーマイオニーは俺への心配を止めることはなかった。それが嬉しかった。

普通、誰かを殺すために代表選手にするなど馬鹿馬鹿しい考えなのだろう。そんなことを言えば、自意識過剰か頭が可笑しくなったと言われても仕方がない。スリザリンで過ごしていて、それは嫌というほどわかった。

事実として、スリザリンの親友達ですら俺が立候補をしていないことを理解しながらも、代表選手に選ばれることを喜びはすれど心配はしなかった。

 

俺の考えや気持ちを理解してくれる人は、ハーマイオニーしかいないのかもしれない。

 

ハーマイオニーになら俺の不安を話しても大丈夫ではないかと思い、俺はハーマイオニーに打ち明けようとした。

代表選手になることのプレッシャー、命を狙われているかもしれないという不安、逃げ出したいという恐怖。ハーマイオニーなら分かってくれると思った。

しかし、俺は話すことができなかった。

 

「ハーミー、心配が過ぎるわよ! 対抗試合に出るのが怖いだなんて、腑抜けもいいところよ。今年はただでさえ安全を気にしてるってダンブルドアが言ってたのに! それにジンは、吸魂鬼とシリウス・ブラックから逃げてきたのよ? それ以上に危険なこととか、あり得る? ジンに聞いてみたら? 怖くて震えているのかしらって」

 

パンジーの人を小ばかにするような言葉を聞いて思いとどまってしまった。

ハーマイオニーの心配は嬉しかった。しかしハーマイオニーには、ハーマイオニーだけには、弱気なところを見せたくないと変な意地が生まれてしまった。

俺は中途半端に開けた口を閉ざし、少し考えてから話始める。

 

「ハーマイオニー、心配してくれて嬉しいよ、本当に。……死なないように、何とかするからさ。心配しないで大丈夫だ」

 

ハーマイオニーは俺の言葉を聞いて、少し表情をやわらげた。

それからハーマイオニーはパンジーに向き直ると手を握り、お願いするように言った。

 

「パンジー。ジンに万が一があるかもしれないから……できるだけ、一緒にいて? 私はスリザリンの皆には関われそうにもないし、ハリーと一緒にいるわ。……ハリーも危険だもの。……パンジーも、気を付けてね?」

 

そうハーマイオニーから手を握られながら心配されたパンジーは、少しくすぐったそうに笑った。

 

「ハーミー、本当に心配のし過ぎ! 私なんて試合にも出ないのに! ね、大丈夫だって! こいつは試合なんて簡単にこなすわよ。きっと、ムカつくくらい飄々としてるわ!」

 

どこまでも気楽に考えるパンジーにハーマイオニーは少し困ったようにしたが、それ以上は何も言わなかった。

ハーマイオニーはチラリと俺の方を心配げに見たが、俺が安心させるように笑いかけると少し力を抜いたように笑い返してくれた。

ハーマイオニーに笑い返されて、ハーマイオニーの笑顔に違和感を覚えた。今までと、少し何かが違うように感じたのだ。

その違和感の正体が分からずハーマイオニーの顔を見て首をかしげていると、パンジーがそれに目ざとく気が付いた。

 

「あんた、気が付いた? 意外とやるじゃない! ハーミー、今日の事故で歯呪いを浴びちゃったでしょう? で、マダム・ポンフリーに歯を直してもらう際についでに少し綺麗にしてもらったんだって! ね、とっても素敵でしょ?」

 

パンジーにそう言われ、やっとわかった。少し大きかった前歯が今では全く目立たなくなっていた。

ハーマイオニーはバレたことが少し恥ずかしいようで、顔を赤らめながら言い訳をした。

 

「ほら、私、ちょっと前歯が大きかったでしょう? その、小さい頃から気にしてたから……。歯を直してもらう際に、マダム・ポンフリーに余計に小さくしてもらったの。大したことはしてないわ」

 

そんなハーマイオニーの様子がおかしく、思わず笑ってしまった。

パンジーには笑ったことを小突かれたが、それでもいい気分だった。代表選手に選ばれて、初めて心から笑ったと思う。

それから三人で少し話しをしていたら、夕食の時間を逃してしまった。

そのことをまた三人で笑いながら、お互いの寮へと戻った。

 

ハーマイオニーと話して、救われた気持ちになった。自分の気持ちを分かってくれる人がいるのがどれだけ心強いことか。それが身にしみてわかったのだ。

そして、そんなハーマイオニーを心配させたくなかった。ハーマイオニーも、俺が大丈夫だと言ったら少し安心した表情になった。俺なら何とかなると、ハーマイオニーも思ってくれているのかもしれない。

 

依然として対抗試合に出るのは嫌だった。命が狙われているかもしれないと、本気で思っていた。

それでも、先程までよりは少し前向きな気持ちになっている。

対抗試合でかっこ悪いところを見せたくない、という少し欲張った気持ちも生まれている。

俺は、結構単純な奴なのかもしれない。

 

 

 



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第一試合

杖調べから暫く経ち、俺の立場は変わらず厳しいものであった。

それでも試合に対する意気込みだけは生まれ、親友達はそれを感じ取って喜ばし気にした。

俺が腹をくくって、優勝を目指す気になったと映ったようだった。

 

実際には生き延びることが第一であったが、かっこ悪い姿を見せたくないという欲張った望みが生まれているのも確かであった。

 

少し前向きになった俺に対し、ポッターは随分と追い込まれていた。

原因は杖調べに立ち会った派手な女記者、リーター・スキーターの記事であった。

スキーターは日刊預言者新聞で対抗試合の記事を出していたが、内容はほとんどポッターのドキュメンタリーであった。それも、ポッターの事を知る者ならば一目で事実無根であることが分かる酷い内容。

その記事はドラコを始めとするスリザリン生だけでなく、他寮の生徒達のからかいの対象となっていた。

俺のことも一言だけ書かれていた。「ハリーに従順なでくの坊」。スキーターの記事の中では、ポッターが俺を使って二人で年齢線を越えたと書かれていた。事実無根であるが、この話を信じる人は何人かいた。

 

ハーマイオニーは宣言通りそんなポッターに寄り添うように一緒にいた。不思議なことにウィーズリーはポッターを避けているようで、いつもポッターとハーマイオニーの二人で行動をしていた。ポッターは日に日に苛立ちを抑えられなくなっており、廊下で誰かに怒鳴り返すこともままあった。

俺も、親友達が寄り添ってくれていなければ似たような状況になっていただろう。

しかし出たくもない試合の後押しをされる時は一人になりたいと思ってしまう時もあった。

結局、俺も酷い環境に身を置いていることには変わりないのだ。

 

そうして試合の内容も分からずに時間だけが過ぎ、試合が近づくにつれて生徒達の対抗試合への期待と興奮が高まっていた。

試合前日となれば、スリザリン生の多くが俺を囲い祭り上げた。準備はいいのか、負けることは許さない、ポッターだけは真っ先にぶちのめせ。そんな事を口々に、好き放題に言ってきた。

俺はそれが嫌で、移動も隠れて誰にも見つからないようにしていた。

他の代表選手も似たような状況であった。

デラクールは廊下を通る度に数々の男子生徒から応援を受けており、煩わしそうにしていた。

クラムはよく図書館にこもっていたが、前日となればクラム目当ての多くの女子生徒が押し寄せてきたため、図書館に入る事すら諦めたようだった。

ポッターは偶然か、スリザリン寮の近くを通っていたそうだ。それを見つけたスリザリン生がポッターに酷い罵りをし、ポッターはそれを受けてスリザリン生を睨みつけると足早に去って行ったとのことだ。それを見ていたドラコが面白そうに俺に報告をしてきた。

 

前日の夜は寝れそうになく、より一層食欲もわかなかった。

無理にでも食べないと駄目だとダフネが大広間からサンドイッチを持ってきた。俺を気遣ってドラコとダフネが一緒に俺の部屋で食事をすることとなった。パンジーとブレーズは俺の居場所が周りに分からぬよう大広間で俺を探す奴の足止めなどに徹してくれているらしい。

 

「大丈夫だ、ジン。君ならポッターよりもよっぽど上手くやるって僕は確信してるんだ」

 

ドラコは食事をしながらもそう俺を励ました。ドラコからの期待も、緊張している今の俺にとっては重荷でしかなかった。

ドラコからの励ましを受けて複雑そうにする俺の様子を、ダフネは失敗への不安と捉えたようだった。

 

「ジン、プレッシャーを感じるなって言う方が難しいでしょうけど……。私、本当に貴方なら問題ないって思ってるの。それにね、万が一上手くいかなくたって貴方が凄い人だっていうことは分かってるわ。貴方で駄目なら、他の奴らはもっと駄目だって本気で思うの」

 

ダフネは俺に失敗しても大丈夫だと、そう言ってくれる。しかし、失敗が死を意味するかもしれないと思っている俺からすれば、あまり気持ちのいい慰めではなかった。

親友達の励ましは嬉しかった。一人になってしまえば心細く、堪えられそうにもなかった。しかし、すれ違った感情を向けられるのだけはどうも居心地が悪かった。

 

ハーマイオニーと話せれば、また少し前向きになれるかと思えた。

しかし、今やスリザリンとグリフィンドールは一触即発で話すどころか近づくことすら許されなかった。

 

モヤモヤした気持ちは収まらず、結局はサンドイッチを水で流し込んで早々にベッドに入ることにした。

最後の最後まで、ドラコとダフネは俺の試合の健闘を祈っていた。

 

 

 

当日の朝、いつも通りに朝食を食べ、授業を受ける。授業は午前中で終わり、午後からは試合が開始されるとのことだった。

何度か吐きそうになった。死にたくないという気持ちがどんどん強くなる。試合への恐怖も鮮明になってきた。しかし同時に、逃げることは許されないという諦めと、無様な姿をさらしたくないという意地も同じくらい強くなっていた。

妙な高揚感と緊張により、地に足がついていない感覚に襲われる。

大広間での食事を避け、少し離れたベンチで水だけ飲んでいると、とうとうマクゴナガル先生から呼び出しがあった。

 

「……こんなところにいたのですね。……エトウ、第一課題が始まります。すぐに競技場へ向かいなさい」

 

試合は競技場で行われるようだった。全校生徒の見守る場で行われるとなると確かに競技場くらいしか場所がない、と妙に冷静な分析ができていた。

マクゴナガル先生に促され、大人しく移動を始める。マクゴナガル先生は終始、俺の心配をしてくれた。

 

「……エトウ、何かあれば事態を収める魔法使いたちが大勢控えています。安心しなさい。貴方はベストを尽くせばよいのです。そうすれば、結果はどうあれ、あなたを責めるものなどいはしません。……大丈夫ですか?」

 

「……ええ、大丈夫です」

 

心ここにあらず、という俺を心配そうにしながらマクゴナガル先生は競技場近くのテントまで俺を案内した。

テントの前に着くと、マクゴナガル先生は最後にと俺に声をかけた。

 

「……がんばりなさい。幸運を、祈っております」

 

純粋な心配をする声であった。しかし、俺は頷き返すこともできずに呆然と示されるままにテントの中に入った。

テントの中は、既に他の代表選手がいた。

デラクールはいつもの落ち着いた様子はなく、椅子に座りながらも顔を青ざめさせていた。

クラムはより表情をしかめて、腕を組んで部屋の隅に立っていた。

ポッターも椅子に座っていたが、緊張で顔が強張っていた。ポッターは俺が入ってくるのを確認すると、一層に顔をこわばらせ、心底気の毒そうな表情を俺に見せた。

選手全員がまともではない姿を見て、ほんの少し安心した。不安なのは俺だけでなかった。

バグマンはテントの中に選手全員が集まったのを確認して、上機嫌に話を始めた。

 

「さあさあ、全員集合したな。話を聞かせる時が来た!」

 

そう言うと、小さな袋を取り出して俺達の前で振って見せた。

 

「この中に、君達が対峙するものの小さな模型が入っている。ちょっとした違いがあるから、一人一人順番に取ってもらう。それから、君達の課題は、金の卵を取ることだ! そう、これで全てかな……?」

 

バグマンはそう言うと、まずはデラクールに袋を差し出した。

 

「レディーファーストだ! さ、ひきたまえ」

 

デラクールは震えた手を袋に入れて、中から模型を取り出した。

それは、ドラゴンであった。鮮やかな緑色をしたドラゴン。首には「2」という数字が書かれていた。

呆然とする。俺達は今から、ドラゴンと立ち向かえと言われているのだろうか?

デラクールは毅然とした態度を取り繕ったまま、席に戻った。デラクールはドラゴンが出てきたことに動揺する様子を見せなかった。

続いて、バグマンはデラクールの隣にいた俺の方へ袋を差し出す。

俺は呆然としたまま、それでも袋から模型を引き抜く。

俺の模型も、ドラゴンであった。赤いドラゴン。やや細身で、尻尾が異様に長い。首には「3」という数字が書かれている。

クラムが引いたのは「1」と書かれた青みがかったグレーのドラゴン。ポッターが引いたのは「4」とかかれた、金色の全身が鋭いとげでおおわれているドラゴン。

バグマンは全員が模型を引いたのを確認すると、楽しそうに笑った。

 

「よしよし。君達は、これからその手元にあるドラゴンと戦ってもらう。番号は、ドラゴンと戦う順番だ。さあ、クラム。君はホイッスルが聞こえたら真っ直ぐ競技場へ入っておくれ。さあ、間もなく開始だ! 私は、解説をしなくてはならないからね。失敬」

 

そう言うと、バグマンは意気揚々とテントの外へと出ていった。

そして間もなくホイッスルが鳴り、クラムは競技場へと消えていった。

競技場からは、大きな歓声とバグマンの解説が聞こえてきた。

しかし、どれも俺にはそれらが現実味のないものとして聞こえてきた。

手元にあるドラゴンの模型をもう一度見る。赤いドラゴンはくねくねと動きながら火を吐くような動作をしていた。

 

これと戦う。正気ではない。そもそも、金の卵とは何なのか。

 

目の前のことを受け入れるので精一杯であった。心を落ち着かせようとも、馬鹿みたいに早くなっている心臓の鼓動がうるさくて落ち着くこともできない。

気が付けば二回目のホイッスルが鳴って、デラクールが消えていった。

 

次にホイッスルがなれば、俺は競技場へ行かなくてはならない。

 

ドラゴンと戦う。考えなくては。俺がどうすれば、ドラゴンと渡り合えるのか。

しかし、考えても答えなどでるはずもない、呆然と時が過ぎるのを待つだけだった。

 

そして、その時はすぐに来た。ホイッスルがなったのだ。

 

いつの間にか、デラクールも試練を終えたらしい。

俺は未だ夢見心地で競技場の中へと入って行った。

競技場では何百何千の人がスタンドから俺を見下ろしていた。割れんばかりの歓声が耳を打つ。そしてスタジアムに囲われている競技場の中で、赤いドラゴンがいた。金の卵を、足元にしっかりと置きながら。

競技場はごつごつとした岩場に変えられており、広さもだいぶ抑えられていた。精々、直径百メートルくらいであろうか。岩がところどころ盛り上がっている為、より狭く感じていた。

ドラゴンは自分のテリトリーに入ってきた俺に対して、鋭い目線を向けてきた。警戒心が酷く高い。

ドラゴンを前にすると、もう逃げられないのだとやっと諦めがついた。そうして初めて、少し冷静になった。ドラゴンが向き合ってすぐ襲ってこないことを確信したのも、冷静になる手助けとなっていたのかもしれない。

 

ドラゴンと向き合いながら、下手に動かずににらみ合う。ドラゴンは突然入ってきた侵入者に警戒はすれど、一向に動かない様子の俺に積極的に襲う様な事はしなかった。それよりも卵の方が気になるようだった。

 

何ができるか。何をするべきか。考えを巡らせる。

まず自分がやるべきことは、ドラゴンから金の卵を奪うことだろう。その為にはドラゴンの気を卵からそらさねばならない。何か気をそらすようなものが必要だ。ドラゴンが好きな物。正しいものは知らないが、恐らく血や肉は大好物であろう。

ドラゴンに近づかないようにしながら、競技場の端を移動する。ドラゴンは俺から目をそらすことはしない。首を動かし、常に俺に目を向ける。まだ襲い掛かってくる様子はない。

試しに、と足元にある石を拾ってあらぬ方向に投げる。

ドラゴンは投げられた石の方へすこし顔を動かしたが、すぐにこちらに顔を戻す。

スタンドからは依然として大勢の声が聞こえる。声援なのか野次なのかまでは判別できないが、ドラゴンがそれを気にしている素振りはない。音では、気をそらせないかもしれない。

続いて試したいことがあった。左手の甲に向けて呪文を唱える。

 

「ディフィンド(裂けよ)」

 

手加減して唱えた呪文のお陰で、手の甲から丁度いいくらいに血が出た。

それを拾った小さな石にべっとりとつける。

そして、血の付いた石とそれ以外の石を数個混ぜて魔法で浮かせる。

それから、未だ動く気配のないドラゴンに向かってゆっくりと飛ばす。

ドラゴンは突然に飛んできた石に意識をそらし始めた。

いくつか、ドラゴンの近くまで浮かせて周りを旋回させる。

ドラゴンはそれらを煩わしそうに眺めた後、長い尻尾で叩き落そうとした。

それを魔法でなんとかかわし、血の付いた石をドラゴンの右へ、血のついていない石をドラゴンの左へと動かす。

ドラゴンは明らかに、血の付いた石の方へ強く意識が割かれていた。血の付いた石を睨みつけ、そして噛むことも尻尾で叩くこともできない事が分かると、苛立たし気に歯を鳴らした。そして次の瞬間、火の玉を吐いて見せた。

血の付いた石は一瞬で炭になった。

それを見てゾッとしながらも、未だ無事に浮いている血のついていない石の魔法を解いて地面に落とす。

 

やる事は決まった。

後は、いくつか準備をするだけだ。ドラゴンに警戒されないように。

意を決して、ドラゴンにゆっくりと近づく。ドラゴンは近づいてくる俺を見て歯をむき出した。

ドラゴンに集中しながら、細心の注意を払う。近づける限界を見極めたいのだ。

じりじりと近づく俺に、ドラゴンはカチカチと歯を鳴らし始めた。

そして十五メートルほどのところまで来ると、ドラゴンが口を大きく開いた。

俺は大きく横に跳びはねて近くの岩場の陰に隠れる。すぐ横で火の玉が炸裂し、火の熱気が俺の顔を叩いた。

ここが限界。そう見極めて、火の玉で焦げた位置からドラゴンを中心に円を描くように移動をする。ドラゴンは依然として高い警戒心を持って俺を睨みつける。俺は別の岩の陰に隠れると、準備に取り掛かった。

近くのそこそこの大きさの岩に魔法をかける。魔法で犬の形をとると、別の魔法をかけて動くようにする。犬が問題なく作動することを確認してから、ドラゴンの方へと意識を向ける。ギリギリの場所にいる俺に向かって、まだ火を吐こうとはしていない。

続いて、ローブを切り裂いて帯を作る。それができてから、最後の仕上げにかかる。

自分の二の腕辺りに、意を決して呪文を唱える。

 

「ディフィンド(裂けよ)!」

 

呪文を受けた俺の腕は、ぱっくりと裂ける。吹き出した血を犬の石像に塗りたくる。そして作った帯ですぐに止血をすると、全身に魔法をかける。

 

「デオドラント(消臭)」

 

自分の体から血を含めた全ての匂いを消す。準備が完了した。

俺の血がべっとりと着いた犬を岩の後ろに控えさせたまま、俺は岩の陰から飛び出す。

ドラゴンは俺の方へ強く意識を向けた。にらみ合い、俺から目を離さない。俺はすぐさま、左手で左目を完全に覆いながら呪文を唱える。

 

「ルーモス・マキシマ(強き光よ)!」

 

杖から閃光が迸り目をくらませる。視界が真っ白になった。左手を外して左目を開けると、不安定ながらに視界が戻った。

望んだ通りにドラゴンが目をくらませていて、怒りの咆哮を上げていた。

すぐに犬を動かす。俺とは別の方向に走らせる。ドラゴンは血の匂いのする犬に強く反応した。

 

ドラゴンの方へ全力で走って近づく。今や目の見えないドラゴンは血の匂いのする犬の方へと体を向けている。

 

犬をドラゴンに近づかせる。ドラゴンは噛みつこうと躍起になって暴れ始めた。

俺は巻き込まれないギリギリのところで身を潜ませ、犬を操って隙を窺う。

 

犬をドラゴンが噛める位置まで動かした時チャンスが訪れた。

ドラゴンは卵から完全に離れて、犬に飛びついた。

俺はすぐに金の卵へと飛びついた。

 

ドラゴンを出し抜いた! 金の卵を取った! 俺は、成功した!

 

そう思った。試合が始まって初めて、気を抜いたのかもしれない。

金の卵を両手で抱えた瞬間、顔を上げるとドラゴンと目が合った。

ドラゴンは、もう目が見えていた。目が見えていたからこそ、犬に正確に飛びついたのだろう。

体が恐怖で硬直した。それからすぐに、意を決してドラゴンから離れるように飛び退く。

 

次の瞬間、ドラゴンの尻尾が俺を襲った。

 

岩をまき散らしながら、俺の脇腹をえぐった。

 

視界が暗転する。衝撃で体が舞う。とてつもなく熱い感覚が全身を襲う。

何が起きたか分からなかった。

大きな音が耳を打ち、体温がどんどん抜け落ちていき、視界は依然として真っ暗。

何も分からなかった。

金の卵は無事なのか、俺の体はどうなっているのか、試練が終わったのか。

何一つ考えがまとまらなかった。

俺は、真っ暗の中で意識を手放した。

 

 

 

 

 

目が覚めた。医務室だった。

体は動かなかった。全身を包帯でまかれ、縛られていた。

身動きを取ろうとしたら、俺の意識が覚醒したことにマダム・ポンフリーが気が付いたようだった。

 

「ああ、エトウ! 意識ははっきりしていますか? 私のことが、分かりますか?」

 

焦った様子のマダム・ポンフリーに頷いて返事をすると、かなり安心した様子を見せた。

 

「……いいですか? 傷は全て治しました。完璧に、です。後遺症の心配など何一つありません。しかし、あなたは絶対安静です。一週間は様子を見てもらいます。どこか痛い所があれば、必ず言うのですよ? いいですね?」

 

そう言われ、俺は大人しく頷き返す。

辺りに目をやるが、誰もいないのが分かる。俺は隔離されているようだった。

 

何があったのか……。何故、俺は医務室にいるのか……。

 

そう考えることで、やっと今までの事を思い出した。

三大魔法学校対抗試合の事、代表選手に選ばれた事、ドラゴンの事、そして最後に尻尾で弾き飛ばされた事。

俺は体を思わず跳ねさせた。

 

体は無事なのだろうか? 俺は、どうなっているのだろうか? 動けないのは、包帯の所為だけなのだろうか?

 

不安と恐怖で一種のパニックになっていた。必死に身をよじり始めた俺を、マダム・ポンフリーは準備していたかのように必死に宥めた。

 

「エトウ、大丈夫です。あなたの体は全く問題ありません。大丈夫ですよ。もう終わりました。さあ、ゆっくり深呼吸をして……。これを飲んで……。大丈夫です、もう、大丈夫です」

 

そう宥められながら、ゆっくりと何か液体の入ったコップを握らされる。

次第に何とか落ち着いて、身をよじらせるのをやめる。震える体で言われた通りに飲み物を飲む。途端に、少し意識がボンヤリとして眠気が襲ってきた。

マダム・ポンフリーはそんな俺にゆっくりと語りかけた。

 

「包帯は緩めておきますよ。起きたら、あなたは問題なく体を動かせるはずです。しかし、無茶はしないでくださいね。体が痛むようなら、直ぐに言うんですよ?」

 

俺はぼんやりと頷きながら再び眠りについた。

意識が薄れる中で思ったのは、今までのことは全て夢で対抗試合なんて本当はないんじゃないか、という馬鹿馬鹿しい願いだった。

 

 

 

 

 

もう一度目が覚めた時には、随分と冷静になっていた。

自分に何が起きたのかしっかりと把握できており、包帯が緩められて動けるようになっていて自分の体が無事であることも確認できた。

俺は生きている。

そのことを強く実感して、やっと安心した。

息を深く吐きながら、体をベッドの中に沈める。そこまでして、ようやく自分の体以外の事を気にすることができた。

 

俺が二日間も寝たきりであったことを知った。運び込まれた時は危険な状態ではあったようだ。

他の代表選手達はほとんど怪我らしい怪我を負わずに試練を終えたことも知った。入院しているのが俺だけだったことからも、それはなんとなく察していた。

 

そう言えば、試合はどうなったのだろうか。俺の試合結果を見て、審査員が点数をつけたはずだ。こうして大けがを負っている。あまり良い点数ではないだろう。

点数が低く優勝が不可能ならば、試合を辞退することは可能だろうか? もし可能ならば、俺は安全な立場に戻ることができる。

優勝にこだわりはなかった。むしろ、試合を辞退できることを期待してまでいた。

 

目が覚めてしばらくしたら、ドラコ、パンジー、ブレーズ、ダフネ、アストリアが見舞いに来た。

ドラコ達は、試合後からずっと見舞いの為に足げなく医務室へと通っていたそうだ。本来は人と会うのは早いようだったが、マクゴナガル先生が特別に許可を出したらしい。マダム・ポンフリーは仕方なく、五人を俺のいるベッドまで案内してくれた。

ドラコ達の表情は暗いものであった。心配してくれていたのかもしれない。

 

「……心配かけたみたいだな。まあ、でも、ドラゴン相手に死ななかった。上出来だろ?」

 

そう俺が声をかけると、五人それぞれ違う反応をした。

ダフネは緊張の糸が切れたように俺に泣きながら抱き着いてきた。

ドラコはホッとしたようにしながらも少し難しそうな顔をしていた。

ブレーズは何かを言うか言うまいか、迷っているような表情だった。

アステリアは気の毒そうに俺を見ていた。

パンジーはなぜか呆れた様な表情だった。

ダフネは分からないが、それ以外は純粋に俺の安全を喜んでくれているような表情ではない事が分かった。

俺の腹のあたりに顔を埋めながら泣いているダフネをあやしつつ、少し不安になって質問を投げかけた。

 

「……何かあったのか? お前ら、揃いも揃って不安そうな表情をして」

 

そう言うと、ダフネ以外の四人が顔を見合わせた。それからドラコが代表して話始めた。

 

「何かあったというか……。君は……ほら……対抗試合で、その、上手くいかなかっただろう?」

 

ドラコが最大限、俺への気遣いをしてくれていることが分かった。

しかし、何が言いたいかは分からず大人しく話を聞く。

 

「しかも、他の代表選手は上手いことやった。あのポッターもだ。それで、君の優勝が難しいって、みんなが思っているんだ。だから、まあ、スリザリンのみんなは君に期待はずれだっていう感想を持っている……。その、君への風当たりが相当厳しいんだ」

 

「他の寮の奴らも、お前がズルをして代表選手になったのに醜態をさらしたって思ってやがる。お前が休みなのをいい事に、好き勝手言ってんだよ。……正直、かなりムカつくことになってる」

 

「私達は、ジンが凄いって知ってるよ! それに、ドラゴンを出し抜いたのだって本当は一番早かったんだよ! 審査員が止めるのが遅かったから怪我をしただけで、本当は一番だって分かってるの!」

 

ドラコ達が口々に言う話の内容から、不安げな表情の理由が分かった。どうやら俺は試合開始前よりももっと厳しい環境となったようだ。

生きて帰ってきた、ということを喜んでいたのは俺だけだったのかもしれない。

親友達も試合の結果が散々であったこと、それで立場が悪くなっていることを心配していた。

ドラコ達が俺へ励ましやフォローをする中で、パンジーはずっと呆れた表情だった。

 

「第一声が上出来だろって……。強がりなのか何なのかは知らないけどだいぶズレてるわよ、あんた。優勝どころか次の試合に出れるかも怪しいじゃない。……みんな、あんたが優勝できるって本気で思ってたんだから。その為に協力もしてたし、応援だってしてたじゃない……。その期待を裏切ったんだから、へまをしてごめんって、それくらいは言ったら?」

 

パンジーがそう言うと、ドラコが焦ったようにパンジーの口をふさいでそれ以上話せないようにした。

俺は、パンジーの言葉に刺された気持ちになった。

すれ違った感情を向けられていたのは知っていた。しかし試合の後は、生きていて良かったと言ってくれるものだと勝手に考えていた。

しかし俺の想いとは裏腹に、親友達の心の底には俺が上手く切り抜けられずにがっかりしたという感情があることを思い知った。

親友達が見舞いに来てくれたことの喜びが、どんどん薄れていった。代わりに虚しさと孤独が強くなっていった。怒りすら、湧いてきた。

俺の表情に変化があったのだろう。ドラコは慌てたようにパンジーの腕を引っ張って、外へ行こうとした。

 

「ジン、パンジーも君を心配して口が過ぎたんだ! 君が入院してから、パンジーだってずっと医務室に来ていたんだ。本当に心配してたんだ! ……大丈夫、まだ第一試合さ。巻き返せるよ! 優勝の可能性はなくなってない。君が退院したら、他の奴らにも思い知らせよう!」

 

そう言うと、ドラコはパンジーを連れて一足先に医務室を出た。

しばらく沈黙が続いた。ダフネは依然と泣き続けているし、アステリアは俺を見て怯えてしまった。そんな状況を見て、ブレーズがため息をついて沈黙を破った。

 

「なあ、ジン。パンジーの事、悪く思うなよ。……お前がいない間、お前のことで悪くいう奴が多くいた。スリザリンにも、それ以外の寮にも。パンジーはそいつらに食って掛かったし、お前の悪口を目の前で言うのを許したことは一度もなかった。パンジーもお前なら優勝できるって本気で思ってたんだ。……だから、パンジーも悔しいんだ。試合の結果、よくなかったこと」

 

ブレーズにそう言われ、少し溜飲が下がる。試合前もパンジーが俺の為に動いていたことは事実だったし、やはりすれ違っているだけなのだと分かったから。

だが、虚しさと孤独がなくなることはなかった。むしろ、ブレーズの言葉で一層強くさせた。

親友達とはすれ違っているだけだ。しかしどこまでもすれ違っていて、俺の気持ちを分かってもらえそうにないのだ。

ブレーズは俺の怒りがなくなったことを察したのだろう。まだ怯えがちなアストリアを引き寄せると、医務室から出ようとした。

 

「とりあえず、体を早く治せよ。お前がいないと、やっぱ寂しいわ。……ダフネ、俺達は帰るぞ?」

 

そうブレーズがダフネに言うが、ダフネは動く気配がなかった。

俺はダフネの肩を叩いて、離れるように促す。

 

「……ダフネ、今日は帰れよ。他の奴らも帰る。そろそろ、マダム・ポンフリーに怒られちまうだろうし」

 

そう言ったが、ダフネは変わらず俺の腹に顔を押し付けたまま、黙って首を横に振った。動く気がないようだった。

ブレーズはそれを確認して、またため息を吐いた。ダフネを置いて、自分はアストリアと帰ることに決めたらしい。

 

「ジン、ダフネを落ち着かせてやれ。ダフネは、お前が怪我してからまともに飯も食えてなかったんだ。……お前と一番面会したがってたの、ダフネだからよ」

 

そう言うと、ブレーズはアストリアと共に医務室から出ていった。

部屋に残ったダフネは、しばらく俺にしがみついたまま動くことも話すこともなかった。

ブレーズから落ち着かせてやれ、と言われたがどうすればいいか分からなかった。

仕方なく、腹のあたりにある頭を撫でる。頭に手を置いた時、ダフネはピクリと動いてしがみつく力を一層強くさせた。しかし反応はそれだけで、話すことはなかった。

俺も何も言わずに頭を撫で続けていたら、やっとダフネが言葉を発した。

 

「……死んじゃったかと思ったの。貴方がドラゴンの尻尾に打たれるの、目の前で見てたの」

 

少し掠れた声だった。

俺は、何も言わずに頭を撫で続けた。ダフネは話を続けた。

 

「二日も眠り続けてたの。命に別状はないって、マダム・ポンフリーがそう言ってたわ。でも、心配だったの。……貴方が寝てる間、誰も彼も、貴方の事を悪く言うの。ズルして出場して、勝手にへまをして、ホグワーツの名前に泥を塗ったとも……」

 

既に聞いた話であった。俺は特に反応はしなかった。

 

「……ね、ジン。私、貴方が失敗しても凄い人だって分かってるって言ったわ。今でもそう思ってる。貴方は、凄い人よ。……でもね、心配なの。貴方が死んじゃうんじゃないかって。この後の試合を続けたら、いつか死んでしまうんじゃないかって」

 

親友達にかけられた言葉の中で、俺が死ぬかもしれないと不安に思ってくれている言葉を初めて聞いた。

撫でていた手を思わず止める。ダフネはやっと顔を上げた。ダフネの目は真っ赤だった。

 

「貴方は凄い人よ。貴方以外の代表選手なんて、考えられないくらい。……ね、安心していい? 貴方は死なないって……」

 

ダフネが、本気で俺を心配しているのが分かった。親友達の中でも、最も俺の生死を案じてくれているだろう。

そんなダフネからかけられた言葉は、ダフネの中にある葛藤であった。

目の前で俺が死にかけたことの不安。一方で、安全を保障された対抗試合の中で代表選手が死ぬわけがないというダフネの中の常識。その二つからくる葛藤。

ダフネは、俺が死ぬかもしれないということを認めたくないのだろう。それを認めることは、ダフネが度々口にしている「俺が凄い人」だということを否定することになるから。

ブレーズの安心させてやれ、という言葉の意味が分かった。

俺の口から言って欲しいのだ。俺は大丈夫だ、と。死なないし、きっと優勝できると。

親友達が望んだその言葉は、俺の想いとは真逆の言葉だった。

 

「……大丈夫だよ。俺は死なない。安心して、見てていい」

 

それでも俺は言った。言うしかないと思った。本当のことを話してはいけないのだと、思ってしまった。

ダフネは俺の言葉を聞いて、少し笑った。それから、少し顔を赤らめながらやっと俺から離れた。

 

「……私も帰るわ。ジン、早く良くなってね。また、お見舞いに来るから」

 

ダフネはそう言って帰って行った。

ダフネがいなくなってから、入れ替わりでマダム・ポンフリーがやってきた。少し不機嫌なマダム・ポンフリーの様子から、本当は早く面会を打ち切って治療をしたかったことを悟る。

俺は、むしろそうして欲しかった。面会を早く終わらせてくれれば、嘘を吐かずに済んだ。強がらずに済んだ。本音を、親友達に言えたかもしれない。

でも、もう遅かった。すれ違った想いを直さず、俺は親友達の期待に応えることに決めた。分かってもらうことを諦めてしまった。

俺のことを最も心配してくれているダフネですら、俺が死ぬかもしれないと認めたくなかったのだ。それなのに、他の奴らが俺の命が狙われているかもしれないなど、信じてくれるとは思えなかった。

 

俺は今までで一番、孤独に感じていた。

 




多くの感想、本当にありがとうございます。
今後も楽しんでいただけたら嬉しいです。


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抱えた矛盾

医務室で意識を戻してから、マダム・ポンフリーに言われた通りに一週間は様子見の為に入院することとなった。

一週間ずっとベッドにいる羽目になったが、対抗試合が始まって以来初めて静かに過ごすことができた。

 

見舞いにはドラコとブレーズとダフネがよく来てくれた。授業の課題やノートを持ってくるという口実で、よく長居をして話し相手になってくれていた。

ドラコとブレーズは授業の課題の他にもボードゲームなども一緒に持ってきてくれ、時間があれば一緒にチェスなどもすることが許された。

ダフネはお菓子や本など、俺の気に入りそうなものを持ってきてくれた。アストリアもたまにダフネと一緒に顔を出して俺を元気付けようとしてくれていた。

パンジーは最初のお見舞い以来、顔を出さなかった。俺に対して思うことがあるようだった。

そのことをドラコは酷く気にしていた。

 

「……ジン、パンジーの事、怒っているかい?」

 

意識を戻してから三日が経った時、チェスをしながらドラコが俺にそう聞いた。

 

「いや、別に。正直、最初は怒りも覚えたけど……。ブレーズから聞いた。パンジー、俺の意識がない時もずっと俺のことを庇ってくれてたんだろ? それを知ってるから、今は怒ってない」

 

俺の返事を聞いて、ドラコは安心したように微笑んだ。

 

「よかった……。パンジーは、その、君に対して素直じゃない。だから、少しばかりきつい事も言う時がある。でも、本当に君の事を認めてるんだ」

 

「……パンジーが素直に接してる奴なんて、お前とダフネとアストリア……。後はハーマイオニーくらいだろ」

 

俺が呆れながらそう言うと、ドラコは声を上げて笑った。

 

「そうだね。君とブレーズには特に当たりがキツイかな? ……勘違いされやすいけど、パンジーは本当に優しい子だよ。ああ、今日もね、魔法生物学の授業で大暴れしたんだ。あのスクリュートっていう、森番が気に入っている気持ち悪いキメラがいるだろう? そいつらを全部、箱からぶちまけたのさ! もう阿鼻叫喚の騒ぎさ。グリフィンドールの馬鹿どもは、大慌てで逃げ回ってたよ」

 

「……なんでまた、そんなことを?」

 

俺がそう聞くと、ドラコは嬉しそうに説明をした。

 

「グリフィンドールの馬鹿の一人が、こう言っていたんだ。

『エトウはまだ入院か。あれだけ偉そうにしていて失敗したから、恥ずかしくて出られないだけじゃないかな?』

ってね。まあ、僕も僕で呪いをかけようとしたんだが……パンジーの方が早かったのさ。自分の箱の中身をそいつにぶちまけて、近くにいた奴の箱の中身も全部取り出して、あのキメラを片っ端から君の悪態をついた奴へ解き放ったんだ。痛快だったよ、悲鳴を上げて逃げていく馬鹿の様子は。パンジーがそいつに向かって言った言葉もよかった。

『偉そうなこと言うからどんな奴かと思えば、こんなキメラにも逃げ出す弱虫だったのね。あんた、代表選手じゃなくてよかったわよ。骨も残ってないわ』

ああ、今思い出しても笑えるよ」

 

ドラコはその様子を思い出したのか楽しそうにクツクツと笑った。

俺は、パンジーの意外な行動に呆然としてしまった。

それを見て、ドラコはもっと楽しそうに笑った。

 

「なあ、ジン。この間の事で、パンジーが君に謝ることはないだろうね。素直じゃないから……。でもね、君を傷つけたことはパンジーなりに償いたいとは思っているはずなんだ。パンジーの気持ちは、汲んでやって欲しい」

 

ドラコにそう言われ、俺の中のパンジーへの怒りは完全になくなった。

次にパンジーに会った時に憎まれ口をたたかれても、俺はそれを受け入れられるだろう。

 

分かっているのだ。親友達が俺の事を大事に思ってくれていることは。

俺の事を大事に思っているからこそ、俺を非難する奴らに怒りを示し、俺が優勝して周囲の人間を見返すことに期待している。

そして、それが分かっているから俺は本音を言えずにいる。

 

ドラコは黙ってしまった俺に、気を遣うように声をかけた。

 

「ジン、正直に言うよ。君は退院したら、相当嫌な思いをする。でも、僕達は君を信じてる。君が優秀で、他の奴らなんかに負けてないってね。だからさ、見返してやってくれよ、次の試練ではさ」

 

ドラコは優しかった。そして、心の底から俺の事を信じていた。

それが嬉しくもあり、苦しくもあり、息が詰まりそうだった。

チェスはいつの間にかドラコの優勢で、俺はどんどん追い詰められていた。

 

「さ、チェックメイトだ。僕の勝ち。今日はこれで終わりにしようか?」

 

ドラコはそう言いながら駒を置いて、ゲームを終わらせた。

盤上を見る。俺のキングはドラコの駒に囲まれて震えていた。一歩でも動いたら死んでしまうキングに、自分を重ねた。

そんなセンチメンタルになっている自分に呆れ、鼻で笑いながらチェス盤を片してドラコに返した。

 

 

 

ドラコとチェスをした翌日、ブレーズが見舞いに来た。

ドラコやダフネ、アストリアが俺の置かれている状況を話したがらないのに対し、ブレーズは冷静に俺の置かれている状況がいかに厳しいかについて教えてくれていた。

それが俺の為になり、ひいては俺がパンジーへの怒りを収める事になると思っているようだった。

 

「試合の点数の話からするか……。ポッターとクラムが四十点でトップ。デラクールが三十八点。で、お前が十六点。トップとダブルスコア以上だな。カルカロフなんてお前に一点付けてた。まあ、ダンブルドアへの当てつけだろうな」

 

「成程な……。他のスリザリン生が、優勝を諦めて俺に当たり散らすのがよく分かる」

 

「グラハム・モンタギューが特に暴走してる。お前を処刑する勢いだ。普段からポッターにはクィディッチで苦渋をなめさせられてるからなぁ……。そんなポッターが活躍して、お前が失敗して、何もかも気に食わねぇんだろ。ただの八つ当たりだ」

 

ブレーズはそう淡々と俺に説明をする。まるで気にすることではない、と言うように。

それでも時折心配そうに俺を見ることがあった。

 

「他の寮の奴らはさ、ポッターが本当の代表選手でお前が不正をして選ばれた代表選手だって思ってる。と言うよりも、そういうことにしたいみたいだな。結局はホグワーツに勝ってもらいたいんだ。だから、優勝の可能性が高い方を応援するのも当然だろうよ。あと、ハッフルパフの奴らには特に気をつけろよ。ディゴリーの取り巻きが、ポッターを責められない分までお前に当たり散らそうとしてる」

 

ホグワーツに味方はいないと、暗にそう言われているようなものだった。

どの寮も俺の事は応援していない。ブレーズから伝えられたのはそういうことだ。

 

「退院したらよ、なるべくドラコかパンジーといた方がいいぞ。少なくともスリザリンじゃ非難は浴びなくなる。パンジーは、まあ、お前にきつく当たるけどよ……。お前を庇ってパンジーまで非難を浴びることがあるんだ。大目に見てやれよ」

 

ドラコもブレーズも、俺の前でよくパンジーを庇った。パンジーに悪気はなく俺の為を思ってくれての行動だと伝えてきた。

 

「……俺はパンジーに対して怒ってない。本当だ。パンジーが俺のために動いてくれてるのはもう十分知ってる」

 

そうドラコに返した時と同じように返事をすると、ブレーズも安心したようだった。

 

「なあ、ジン。周りがなんて言おうが気にするなよ? お前は最高だ。俺が知る中でも、マジで一番優秀な奴だ」

 

ブレーズが俺を励ます。それは、去年のクィディッチ杯の決勝で負けたドラコを励ます口調と同じものだった。言い訳のしようがない失敗をした親友に向けて、心からの励ましをする優しい口調だ。

 

「耳が腐るほど聞いてるかもしれねぇが、俺達はマジでお前が優勝できるって思ってる。今でもだ。な、次は見返してやろうぜ?」

 

ブレーズはそう笑いながら俺の肩を叩き、医務室から出ていった。

その日は全く食欲がわかなかった。

 

 

 

ダフネは試合にも俺の厳しい環境にも関係ない話をよくした。

俺が授業に出られなくても困らないように気を遣って、授業の内容や課題も事細かに教えてくれた。

もっとも、夏休みの間に暇つぶしで教科書を読んで過ごしていたことが功を奏し授業に遅れを取るようなことはなかった。

目が覚めて五日目、ダフネは俺に感心半分呆れ半分でこう言った。

 

「あなたって、本当に先のことまで予習をしてるのね。普通、授業を受けてないと分からないと思うの……」

 

「暇なんだ、夏休みの間は。教科書もさ、俺にとっちゃ娯楽の一つだよ」

 

そう返事をすると、ダフネは可哀想な奴を見る目になった。

それから、少し明るい口調で話を変えた。

 

「ねえ、ジン。あと一か月もすればクリスマスよ。今年のクリスマス・パーティーは、間違いなく素敵よ! ね、流石に貴方も楽しみでしょう?」

 

クリスマス・パーティー。代表選手になる前は、あんなにも楽しみにしていた。今となっては、人と滅多に会うことのないゴードンさんの宿の方がずっと行きたい場所であった。

 

「どうだかな……。人込みは落ち着かないし……」

 

「クリスマスの時まで、貴方の事を気にする人なんていないわよ。ね、楽しみましょ?」

 

ダフネは随分とクリスマス・パーティーを楽しみにしているようだった。少し前までは俺もそうだったから気持ちは分かるつもりだった。

そしてダフネは、クリスマスが俺にとっても明るい話題になればと期待しているようだった。

 

「料理は期待できるだろうな。歓迎会の時も、ハロウィンの時も、料理はおいしかった」

 

「……貴方って、意外と食い意地張ってるわよね」

 

俺がクラムよりもグラタンを気にしていたことを覚えているようで、ダフネは呆れながらそう言った。しかし、少しクリスマスに対して前向きなことを言った俺に嬉しそうにもしていた。

 

「クリスマスにホグワーツに泊まるって、不思議な気持ちよ。貴方も、私達がいるクリスマスは初めてでしょう? きっと、楽しいわよ」

 

ダフネは、ひたすらに俺に明るい話題を持ってこようとしていた。茶菓子や本などで俺を元気づけようとすることも多かった。

今日もダフネはお見舞い品としてスコーンを持ってきていた。課題がひと段落し、休憩に一緒にスコーンを食べることにした。

一緒に食べたスコーンは味がしなかった。

 

 

 

親友達が各々の方法で俺を心配し、守ろうとし、元気づけようとした。

そして最後にはこう言うのだ。

 

大丈夫。お前なら優勝できる。

 

親友達の優しさは本物だ。俺の怪我も思いやってくれている。俺の体がよくなって、一緒に過ごせるようになることを待ち望んでいる。

それなのに、俺はどんどん追い詰められているような気持ちになっていく。温かい言葉をかけられても、気が楽になることはない。

しかし、それでは俺は親友達に何を言って欲しいのか……。それは自分でも分からなかった。

 

いいじゃないか。一試合目で点数の差をつけられても、優勝を信じてくれる親友達がいて。

いいじゃないか。周りの非難から守ってくれている親友達がいて。

いいじゃないか。自分を明るくさせようと一生懸命になってくれる親友達がいて。

 

そう納得をしたかった。しようとした。

でも、できなかった。

出たくもない試合に出続けることになって、死ぬ思いをして、周りからは非難され、誰にも俺の気持ちを分かってもらえない。

親友達に励まされる度に、俺はどんどん孤独になっていく感じがした。

 

だが、そんなことを思いながら、親友達の優しさを跳ねのける勇気もなかった。

ドラゴンに立ち向かうようなことがこれからも待ち受けている。命を狙われているかもしれない。俺の死を望んでいる人が、いるかもしれない。

そんなことを思いながら一人でいるのは、堪えられそうにもなかった。そこまでの強さは、俺にはなかった。

 

結局、俺は親友達の優しさを受け止め、期待に応えるしかないのだ。

死なないように課題をこなすだけでなく、優勝を目指して前に進むしかないのだ。

そうしなければ俺は本当に一人になり、死んでしまうかもしれないから。

 

 

 

入院最終日の夜、ベッドの中で横たわりながら寝れずにいた。

明日からは日常へと戻らなくてはならない。今まで以上に厳しい環境に身を置くのだ。

ため息を吐く。

ただ目をつむってベッドに横たわっていると、入口の方から物音がした。

ガチャガチャと扉を開けようとする音がして、しばらくすると鍵が開く音と共に扉が開かれるのが分かった。

誰かが侵入してきた。それも誰もいないような真夜中に。目を開けて杖を構える。

今、医務室に侵入するとしたら目的は間違いなく俺だ。誰にも見つからずに俺に会いたい人物。俺の命を狙っている奴かもしれない。

侵入してきた者は足音を立てないようにしながらこちらに近づいてくるようだった。そして俺のベッドの前に来たようで、仕切りのカーテンがゆっくりと開いていく。息を飲み、杖を向けて侵入者の姿が見えるのを待つ。

しかし、カーテンの向こうには誰もいなかった。

呆気に取られていると、誰もいないところからクスクスと笑い声が聞こえた。

幻聴だろうか、と自分の正気を疑っていると、何もない所から急に人が現れた。

ハーマイオニーが可笑しそうに笑いながら姿を現したのだ。

驚いた俺の表情を見て、ハーマイオニーは声を潜めて笑っていた。

 

「ハーマイオニー? 何をしに……どうやって……」

 

予期せぬ訪問者に、そう呟くことしかできなかった。

ハーマイオニーは笑いながら、自分の羽織っているマントを俺に見せつけた。それは、去年にシリウス・ブラックを助けるためにポッターが使用していた透明マントであった。

 

「ハリーから借りたの。ここに来たのは貴方のお見舞い。それと、話したいこともあって。……こうでもしないと、ここに来れそうになかったから。今ね、あなたに会いに来るのって本当に大変なの。あなたとの面会を許された人は、パンジー達だけ。……自由に面会できるようにすると、何が起きるか分からないからって」

 

ハーマイオニーはそう言うと、俺をまじまじと見つめてから安心したように息を吐いた。

 

「あなたが無事で、本当によかった。……あなたがドラゴンの尻尾に飛ばされた後、一瞬でドラゴンは取り押さえられて、あなたの治療が始まったわ。あなたが地面に着くよりも早く、ね。その場ですぐに、命に別状はないって報告もあったの。でも、万が一ってこともあったから……。医務室にいる間、誰かに狙われるってことも考えたの」

 

ハーマイオニーはただただ、俺を心配していた。俺は自分の中の緊張が解けていくのが分かった。

ハーマイオニーは安心した表情でほほ笑み、俺の手を取りながら言った。

 

「ジン、生きててよかった。あなたって、本当によくやったわ! ドラゴンに立ち向かって、生きて帰ってきた! 本当にすごいわ!」

 

それは慰めでもなく、励ましでもなく、純粋な感想であった。

その瞬間に、俺は親友達になんて言って欲しかったのか分かった。

 

生きててよかった。よくやった。

そう言われたかったのだ。

慰めでもなく、励ましでもなく、本心からそう言って欲しかったのだ。

 

誰かに命を狙われていて、ドラゴンを差し向けられて、その上で生きて帰ってきたのだ。

上出来じゃないか。それ以上、望むものなんてないじゃないか。

俺はハーマイオニーの言葉に感動していたのだと思う。頭がマヒしたように働かなかった。握られた手が温かかった。

 

「……ありがとうな。お前が来てくれて、本当に嬉しいよ」

 

手を握り返しながら、呟くようにそう言った。ハーマイオニーは驚いた顔をしたが、少し照れたように微笑んだ。

それから少しして、ハーマイオニーが真剣な口調で話を始めた。

 

「私、あなたに話したいことがあるの。あなたとハリーをハメたのが誰なのか……。警戒しなくちゃいけない人がいるから、そのことを伝えに来たの」

 

そうハーマイオニーに言われ、俺も少し正気に戻る。頭も回るようになっていた。

ハーマイオニーは俺の命が狙われていると本気で思ってくれている。試合の結果以上に俺の身を案じてくれている。そのことに舞い上がっていたが、ハーマイオニーが伝えに来たことは確かに重要なことで、大人しく耳を傾けた。

 

ハーマイオニーの話は衝撃的なものが多かった。ハーマイオニーはポッターを通じて、シリウス・ブラックより様々な情報を仕入れていた、

カルカロフが元死喰い人。ムーディ先生はカルカロフを警戒したダンブルドアによってホグワーツに呼ばれたということ。

行方不明となったバーサ・ジョーキンズ。彼女は三大魔法学校対抗試合の事を確かに知っており、犯人は彼女から情報を抜き取った可能性が十分にある事。

そして、ポッターだけでなく俺が代表選手に選ばれた事がとても気がかりだということ。

 

「シリウスが言うにはね、あなたを襲う理由がある人がいるとしたら、それはシリウスの救出にあなたが関わったと知っている人だと言うの。……シリウスはね、ピーター・ペティグリューも関わっているって思っているの」

 

少し合点がいった。なるほど、確かにそう言われれば納得がいく。俺を殺したい人と言えば、闇の帝王よりも先にピーター・ペティグリューが思い浮かぶ。

俺はシリウス・ブラックの無実でピーター・ペティグリューが真犯人であることを知っている数少ない人間の一人だ。

 

「それでも不可解な点は多いわ。狙われたのがロンや私ではなくあなたである事の説明もつかないし、ペティグリューに炎のゴブレットに錯乱呪文をかけられるほど魔法が上手い協力者がいるとも思わないって、シリウス自身が言っていたわ。……結局は、分からないの。あなたとハリーを狙う人が、一体誰なのか」

 

「……いや、色々と知れて助かるよ。ありがとうな」

 

言いたいことを言い終えた後、ハーマイオニーは心配そうな表情を俺に向けていた。

俺はそんなハーマイオニーにお礼を言いながら笑い返すことができた。しかし、笑ったのは久しぶりだった。上手く笑えていなかったかもしれない。

ハーマイオニーはそんな俺の様子を見て、少し気遣わし気にした。

 

「……ね、ジン。今、あなたって本当に理不尽な目に遭ってる。……周りからの批判も酷いわ。日刊預言者新聞も、あなたの事をこき下ろしてる。……あなたは、何も悪くないのに」

 

ハーマイオニーも俺の置かれている状況が本当にひどいことを心配していた。

他の親友達の言う通り、俺は本当に酷い立場にいるのだろう。

 

「あのね、パンジー達だけじゃないわ。私やハリーやロンも、あなたの味方よ。ネビルもそう。ハグリッドに、シリウスだってあなたを心配してたの。……心ないことを言う人達なんて、気にしないで」

 

ハーマイオニーはもう一度俺の手を強く握ると、そう言った。

 

「……ありがとうな」

 

ずっと感じていた息苦しさが、ほんの少し和らいだ。

ハーマイオニーと話している時だけ、俺は心からお礼を言うことができた。

ハーマイオニーは俺のお礼に微笑んだ。それから時計を確認して立ち上がり、ここを去って行く準備を始めた。

 

「私、そろそろ行くわ……。ジン、負けないで。死なない事だけを、考えて」

 

ハーマイオニーは俺の命が狙われていると本気で思ってくれているのが分かった。

だからだろうか……。俺は、無意識のうちにハーマイオニーの手を掴んで引き留めていた。

 

「なあ、ハーマイオニー……」

 

「……どうしたの?」

 

引き留められたハーマイオニーは不思議そうに俺を見ながら、大人しくまた椅子に座った。

 

「……俺さ、試合なんて出たくないんだ。……こんな、命懸けの事なんて、こりごりなんだ。試合の結果とか、優勝とか、そんなのどうでもいいんだ。……ただ、普通に生活したいんだ」

 

口から出た言葉は弱々しかった。自分でもらしくないなと思った。でもそれは、ずっと誰かに言いたくて、言えなかったことだった。

ハーマイオニーはそんな俺に唖然とした。それから優しく、やわらかい口調で少し俺に笑いかけながら言った。

 

「……分かってるわ、あなたが試合に出たくないことなんて。代表選手に呼ばれた時、酷い顔をしてたもの。それに、パンジー達だって、あなたの事を心配してるでしょう? ……あなたのこと、みんな分かってくれてるわ」

 

分かってくれていないのだ。俺が命を狙われているとは、思っていないのだ。俺がどれだけ恐怖に怯えているか、言えずにいるのだ。

何も言えずに押し黙った俺を、ハーマイオニーはどう思ったのだろうか。

心配そうに俺を見つめながら、未だハーマイオニーの腕をつかんでいる俺の手をそっと握った。

 

「……ジン、大丈夫?」

 

そう言われて、俺はやっと正気に戻った。自分がハーマイオニーの腕をつかみ、弱音を吐いて、心配をかけていることを自覚した。

 

「……ああ、大丈夫だ。引き留めて悪かった。それに、ありがとうな。校則を破ってまで、見舞いに来てくれるとは思わなかったよ」

 

ハーマイオニーの腕を話しながら、努めて明るく返事をした。

ハーマイオニーはまだ少し心配そうにしていたが、俺の返事を聞いて少し懐かしむように笑った。

 

「去年、あなたとパンジーは私の為に校則を破ったでしょ? そのことを思うとね、こんな事、大したことないわ」

 

ハーマイオニーはそう言いながら姿勢を正して、俺に向き直った。

 

「去年、私はあなたに本当に助けられたの。だからね、もし力になれる事があったら言って。なんでもするわ」

 

嬉しかった。俺の気持ちを分かってくれて、命が狙われていることも信じてくれて、そして俺が最も望んだ言葉をくれた。

このまま何もかもぶちまけて、スッキリしたいという気持ちも強かった。

しかし俺は、変な意地を持っていた。

ハーマイオニーだけには、心配をかけたくなかった。これ以上、情けない姿を見せたくなかった。

 

「ありがとうな、ハーマイオニー。でも、俺は大丈夫だ。……心配かけてごめんな」

 

俺はそう伝えた。ハーマイオニーはしばらく俺を心配そうに見つめたが、それ以上追求することはなかった。

 

「……それじゃあ、私は戻るわ。ジン、気を付けてね」

 

そう言うと今度こそ、ハーマイオニーは医務室から立ち去って行った。

俺は引き留めることはせず、黙って見送った。

 

 

 

俺の行動は矛盾だらけだった。

親友達に自分の気持ちを分かってもらいたいと願いながら、ハーマイオニーが自分の気持ちを分かってくれた時はそれを押し隠そうと誤魔化した。

ハーマイオニーに本音を漏らしてしまった後、後悔したのだ。心配をかけてしまったと、情けない姿を見せてしまったと。

吸魂鬼の群れの中に飛び込むことを恐れた時の様に、ハーマイオニーから幻滅されることが怖かったのだ。

 

もう、自分でもどうしたいか分からなかった。

苦しくて、誰かに助けて欲しいと思いながら、差し伸べられた手を取る事すらしなかった。

 

一人残った医務室で丸まり、布団をかぶる。

これしきの事、堪えなくては。明日からもっと、辛いことが続くのだから。

 

一人、医務室の中で震えていた。

 

 

 



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針の筵

目を覚ましてから一週間、マダム・ポンフリーからの診断も問題なく終わり、お昼過ぎには俺は無事退院することとなった。

退院後、まずバグマンに呼び出された。第二試合の事で説明があるとのことだった。

呼び出された部屋に行くと、バグマンは金の卵を持って俺を待っていた。

 

「やあやあ! 随分と大変な目に遭ってたね。しかし、無事に終わって良かった! 待機していた魔法使いの腕が良かったね。君が飛ばされてすぐ、治療をしてくれた。問題なしだ!」

 

バグマンは陽気にそう言った。その態度が妙に鼻についた。

バグマンは俺の機嫌など気にした様子もなく、持っていた金の卵を俺に差し出した。

 

「さあ、第二の課題の話をしよう! 次の課題は二月二十四日の午前九時。それまでに、この金の卵の謎を解くんだ。この金の卵は、そこの蝶番で開くようになっている。卵を開けて、中にある謎を解くと、第二の課題の内容が分かるってことさ」

 

バグマンは俺が卵を受け取ると、励ますようにウィンクしながらこう言った。

 

「まだ第一の課題が終わったばかりさ! 君は確かに失敗したが、優勝の可能性はゼロじゃない。頑張ってくれよ!」

 

「……どうも」

 

言葉少なめにそう返し、金の卵を受け取ると足早に部屋を去った。

それから金の卵を持って寮に戻る。談話室に入ると、多くの視線が俺を貫いた。

不快な視線だった。二年前に秘密の部屋が開いて、スリザリンの継承者だと疑われた時もこのような状況であったことを思いだした。

そしてその時と同じように、どこからかドラコが現れて俺を自室へと引っ張っていった。

ドラコは俺を部屋に入れると、少し安心したように息を吐いた。

 

「やあ、退院おめでとう。……それは、ドラゴンの卵だよね? 次の試合に使うのかい?」

 

ドラコは周りの様子なんて気にならない、といった態度を取り繕った。少しでも俺が不快な思いをしないようにと気を遣っているのだろう。

俺もそれに乗っかるように、金の卵を軽く持ち上げて返事をした。

 

「ああ。なんでも、中に次の課題につながる謎があるらしい。それを解けば、第二の課題の中身が分かるんだと」

 

「へぇ……。もう、開けたかい?」

 

「いや、まだだ」

 

「なら、開けてみないかい? 僕も、なぞ解きを手伝うからさ!」

 

ドラコはそう言いながら、ドラゴンの卵を興味深げに眺めた。

俺はそんなドラコの様子に、少し苦笑いをしながら頷いて金の卵を開いた。

中は空っぽで、代わりに絶叫が響き渡った。何かの甲高い叫び声が部屋に響き渡った。

慌てて、卵を閉じる。すると途端に声はやんで、部屋が静かになった。

ドラコは突然の事で尻もちをついていた。俺も驚きを隠せずにいて、お互いに呆然としながら顔を見つめ合った。

 

「……これが、その、第二の課題の謎だっていうのかい?」

 

「……みたいだな。これを、どうしろって言うんだろうな」

 

そう言いながら、卵が簡単に開かないように蝶番をしっかりと閉めて自分のベッドの上に置く。

卵の中の絶叫が部屋の外にも響いたのだろう。外も少し騒がしかった。

ドラコは外の騒ぎから俺の意識をそらすように、話を続けた。

 

「僕が思うに、これは、次の課題に待ち受けているものの正体の筈だ! ……声だけきくと、バンシー妖怪の声にも聞こえなくもない。いや、叫び声の対策が必要だということのサインかも。……何か、鳴き声が脅威になる怪物なんていたかなぁ」

 

ドラコはそうまじめに考えるように話を始めた。

暫くは卵の謎に関する考察を一緒にしていたが、それもすぐに打ち切った。夕飯になり、パンジーが俺達の部屋に来たのだ。

パンジーとは、一週間ぶりだった。初めてお見舞いに来た日以来だ。

パンジーは俺を見ると、一瞬だけ弱気になったような表情になったが、すぐにいつもの勝気な表情になると、俺にまくし立ててきた。

 

「あんた、退院したなら言いなさいよ! ドラコとダフネ、それにアストリアもずっとあんたのこと待ってたんだから!」

 

パンジーは俺に対して、やはりきつく当たっていた。

それを止めようとドラコが慌てていたが、そんなドラコを俺がやんわりと止める。

 

「……心配かけたな。もう、大丈夫だ。ありがとうな、気にかけてくれて」

 

パンジーが俺のために動いてくれている。それを忘れてはいけない。

パンジーに気にかけてくれたことに関するお礼を言うと、パンジーは少し呆けた表情になった。それから、ちょっと機嫌をよくして話をした。

 

「まあ、あんたが周りからなんか言われると、ドラコとダフネが悲しむから。しょうがないでしょ。……あんたも、他の奴らに言われてばっかになってんじゃないわよ。さっさと周りを黙らせてよ」

 

ドラコは俺とパンジーのやり取りを見て、ほっとしたように息を吐いた。

それから三人で、昼食を取りに大広間へと向かう。

俺は自分が思っていた以上に、パンジーとうまくやれていた。

 

 

 

周りの音、視線、人の気配。全てが不快だった。

集団で歩く者達も、俺が近くに来ると押し黙るかクスクスと笑うか、そんな反応を示す者ばかりだった。

ドラコはしきりに俺に話しかけ、俺が周りを意識しないようにしていることが分かった。

パンジーは口数が少なかった。途中で気が付いたが、パンジーは俺よりも周りを見ていている時間の方が長かった。周囲の人間を黙らせるように睨みつけていた。

大広間では、ブレーズやダフネ、アストリアも合流し六人で食事をすることとなった。

大広間での食事は異様だった。五人の親友達は俺の退院を祝い、次の課題のヒントについての考察や日常の関係ない話まで繰り広げていた。だが、周囲の人間の反応は冷たく、批判的で、嘲笑が織り交ぜられていた。俺と周りの五人だけ、まるで別世界にいるような、切り離された感覚に陥る。

全ての物音や視線が自分への当てつけのように感じるのは、自意識過剰ではあったと思う。しかし、完全な思い過ごしでもなかった。

事実グラハム・モンタギューは俺が一人でいれば間違いなく呪いをかけてきていただろうし、ハッフルパフの数名は明らかに俺を指さしていた。グリフィンドールの下級生は、ふざけたように脇腹を抑えて飛んでいる奴がいた。去年に吸魂鬼に気絶させられたポッターをからかうスリザリン生の様に。

そんな中で食欲などわくこともなかった。周りに合わせて食べたサンドイッチは、味なんてしなかった。

早々に食事を切り上げて、俺は自室に戻ることにした。親友達は誰も反対はせず、全員食事は終わってないはずなのに俺と一緒に大広間を出ることにした。それがありがたくもあり、苦しくもあった。

 

部屋に戻れば、金の卵の謎を解くというやらなくてはならないこともあった。それが救いになっていた。人込みを避ける大義名分となっているのだ。ただし開けば甲高い絶叫が響き渡る為、部屋で卵を開いて考えることはできなかった。

部屋に戻って、金の卵の謎に取り掛かろうとしたところブレーズが金の卵を取り上げた。

 

「まあまあ、まだ退院初日だ。折角だしよ、全員で今日は遊ぼうぜ。ほれ、遊び道具は充実してるからよ」

 

そう言いながら、ブレーズは用意していたであろうカードゲームをいくつか取り出した。他の親友達もブレーズの誘いに賛成し、退院初日はカードゲームで遊び倒すこととなった。

カードゲームに興じながら、俺はこの短時間で味わった自分の厳しい環境に考えを巡らせていた。

俺は堪えなくてはならない。次の課題まで三カ月近くある。その間に非難や嘲笑を受けながら金の卵の謎を解き、次の課題の準備を進める必要がある。そして課題当日には周りを黙らせるだけの実績を上げなくてはならない。

親友達しかいない部屋は、夏休みのテントの中のように平和で明るく楽し気な雰囲気であった。だが、そんなもの表面上のものであることくらいよく分かっていた。それが分かってしまうと、親友達の楽しげな姿ですら見ていて苦しくなった。

しかし部屋を出れば、非難と嘲笑に飲み込まれるだろう。それも嫌だった。八方ふさがりだ。

俺はこれに堪えなくてはならないのだ。俺が次の課題を完璧にこなすまで。しかし、次の課題も失敗すればどうなってしまうのだろうか……。考えたくもなかった。

カードゲームも終えて、親友達が各々の部屋へと戻っていく。

部屋はドラコと二人になると、言葉少なくすぐに寝る準備をした。

明日からは、金の卵の謎の解明に取り組もう。俺にとっては、それよりも重要なことなどないのだ。そう決心して目を閉じた。眠るのには、随分と時間がかかった。

 

 

 

授業をこなす。課題を済ませる。食事をとる。空いた時間は、全て金の卵と睨めっこ。

金の卵を開けると酷い絶叫がするので、俺は金の卵の謎を解く時は人気のない禁じられた森の方へ行くことにしていた。

金の卵の謎を解く時だけは親友達も遠ざけ、一人にしてもらった。

謎を解くのは代表選手一人の力でやらなくてはならないとのルールになっていたし、俺が一人の力でやらなくては意味がないと力説すると、ドラコ達はしぶしぶと了解した。そうして俺は、何とか一人きりになる時間を確保していた。

 

学校生活はどんどん憂鬱になっていった。

ドラコ達も俺のそばにずっと付いている訳にもいかなかった。それぞれの選択授業によってばらばらになる時もある。スリザリンでの人付き合いは随分と複雑で、顔出しや集会など名家にはあり、そっちに行かねばならないことも多々あった。そうなると、人込みの中にいる俺は針の筵だった。

 

俺は、三日で音を上げた。

 

人混みが嫌で、授業に行かなくなった。そもそも、授業の内容はほとんど分かっている。多少欠席しても課題さえこなしていれば問題がないことは自分で分かっていた。代表選手は期末テストを免除される。授業に出ないことで進級が危ぶまれることもないだろう。

 

他の者が授業をしている間に図書室で調べもの、放課後は一人で禁じられた森で金の卵とにらめっこ。

こうして俺は誰にも会わない時間を上手に確保することができていた。

 

しかし退院から一週間、一人でどれだけ時間を費やしても、金の卵の謎の解き方は一向に分からなかった。開けば絶叫が響くのみで、それ以外に何もない。絶叫にこそ意味があると考えるも、図書室にある本を片っ端から読み漁っても、叫び声に関するヒントは見当たらなかった。

叫び声いうヒントからは何も思いつかなくなり、もうやけくそで色々と試すことにした。

ドラゴンの卵ということで、思いつくことは色々やってみた。金の卵を開いたまま火であぶったり、生肉を中に入れて閉じて見たり、時には土の中に埋め見た。それでもヒントらしいものはつかめず、ただただ時間を浪費していた。傍から見たら、バカみたいな姿だと思った。

 

親友達は、俺が極力一人になりたいということを察してくれていた。なりふり構わず金の卵の謎を解くことに集中する俺を、止めないでいてくれた。

そして、陰で俺の事を庇ってくれていることも、思い知った。

日が暮れて、その日に金の卵の謎を解くことを諦めた俺が寮に戻った時に、モンタギューとドラコが言い争いをしているのを聞いてしまった。

 

「ドラコ、お前だって思ってるだろ? ……ポッターを増長させたのはアイツだ。俺は、アイツに一言言ってやらなきゃ気が済まねぇ。いいか? 不正で代表選手になっておきながら、全校生徒の前でへまをして、スリザリンの名に泥を塗ったんだ。俺達には、アイツに一言言う権利があるはずだ」

 

「随分と回る舌だな、グラハム。それに掌もよく回る。ジンが代表選手になった時、英雄だなんだと担ぎ上げていた奴だとは思えないよ」

 

「ああ、それはアイツがへまをしてスリザリンの名に泥を塗る前の話だ。アイツが上手くやってりゃ、俺もこんなこと言わねぇよ」

 

「なら、君ならもっとうまくやれたと? ゴブレットに名前を入れながらも、選ばれることすらなかった君が? 自覚したらどうだい? 君がジンよりも下だっていうことを。……君が怒っているのは、クィディッチで負けた憂さ晴らしの当てが外れただけじゃないな。ああ、そうか。君、さてはクリスマス・パーティーに誘う相手がいないんだね。ははぁ、それでジンを叩いて、目立って、あわよくば女の子をってことか……。ゴブレットの次は女の子に名前を呼ばれたくて必死なんだね。おーい! 誰か、グラハムの相手をしてやれよ! ゴブレットの次に君が好きだって、言ってくれるよ!」

 

ドラコはそう言って、談話室を笑わせていた。その後モンタギューがどれだけ喚き散らそうが、ドラコが俺を非難することはなかった。周りが何を言おうと、俺の事を責めなかった。

そして、最後に言うのだ。

 

「君達、見る目がないようだから言っておこう。ジンが試合から逃げてるだって? 優勝はもうないだって? 馬鹿馬鹿しいよ。彼は今、金の卵の謎を解き、次の課題の準備をしている。ポッターが悠長に遊んでいる間にね。見てればいいさ。次の課題の結果で、分かるから」

 

それはドラコの俺への信頼で、俺への擁護で、ドラコ自身の本心だった。

俺は金の卵を持って森へ引き返した。謎が解けてないと、ドラコに知られたくなかった。俺はドラコすらも避けるようになった。

 

 

 

日が暮れた森の中で、ひたすらに卵と向き合っていた。叫び声をあげる卵にはどんな呪文をかけても弾かれるだけだった。叫び声を黙らせようとかけた舌縛りの呪いは素通りした。卵には舌がないので当然の結果であったが、それに気づくことすら時間がかかった。俺は明らかに何も考えられなくなっていた。

ずっと卵と向き合っていたからだろう。近づいてくる人の気配に気づかなかった。

叫び声を上げ続ける卵が急に閉じられ、肩を掴まれてようやく人が来たのだと気が付いた。

驚いて顔を上げると、近づいてきた人物はマクゴナガル先生であった。

マクゴナガル先生は、いつもと変わらない表情だった。厳格そうに眉を吊り上げ、口を一結びにしている。ただ、心なしか不安げな目をしていた。

 

「……エトウ、そろそろ門限です。寮に戻りなさい」

 

時間を確認したところ、確かにもう夕食の時間はとっくに過ぎていた。

 

「ああ、すみません、先生。もう戻りますよ」

 

金の卵を拾って、大人しく寮に戻る準備をした。ここに残りたいと粘っても、下手にもめるだけだ。どうせ帰らなくてはならないなら、今すぐ大人しく帰った方がずっといい。

俺は変なところで冷静な判断はできるようだった。

帰る準備を黙々とする俺に、マクゴナガル先生は話したいことがあるようだった。

 

「……エトウ。ここ数日、全ての授業を欠席しているそうですね」

 

「ええ。でも、課題は提出しています。代表選手は期末試験もありませんし、進級には問題ありませんよね?」

 

「ええ、進級には問題ありません。しかし、代表選手の模範的行動としてはいささか外れすぎています。……遊んでいるわけではないのは承知しています。しかし、代表選手である以上、模範的行動は心がけなさい」

 

「分かりました」

 

俺の気のない返事で、はなから守る気のない事をマクゴナガル先生は察したのだろう。大きく、ため息を吐いた。しかし、今日はそのことで深く追及する気はない様だった。

代わりに、別の話を持ってきた。

 

「エトウ。貴方に話があります。クリスマス・ダンスパーティーについてです。代表選手とそのパートナーは、伝統にしたがい、ダンスパーティーの最初に躍らなくてはなりません。……クリスマス・ダンスパーティーまではあと二週間あります。それまでにダンスのパートナーを見つけなさい。よろしいですね?」

 

有無を言わせない口調だった。

そして突き付けられたそれは、金の卵の謎と同じくらい嫌な課題だった。

 

「……パートナーを連れずに、ダンスパーティーを迎えたらどうなりますか?」

 

「必ず、連れてきなさい。代表選手としての責務です」

 

聞く耳を持たないとはこの事か。俺もため息を吐いた。俺のため息を見て、マクゴナガル先生は顔をしかめた。

それから、本気で俺がダンスパーティーに人を連れてこない可能性を考えたのだろう。

少しばかりきつい口調で、俺を叱咤した。

 

「エトウ。はっきりと言いましょう。私は、私達教師は、貴方が何を言おうと、そして周りの者達が何を言おうと、貴方を代表選手として扱います。貴方は、ホグワーツの代表選手なのです。そして、貴方はその責務をしっかりと果たすのです。……人から逃げることで、ダンスパーティーにパートナーを連れてこないことで、貴方が救われるのならばそれもいいでしょう。でも、そうはなりません。それは貴方の首を絞め、自分で自分を追い込むことになるだけです」

 

叱咤の中には、マクゴナガル先生が俺を確かに心配する気持ちがあり、優しさが垣間見えた。俺は本当に変なところで冷静だった。

だが、人に立ち向かい、ダンスパーティーのパートナーを探しても、それが俺を救うことになるとは全く思わなかった。

 

「……わかりました」

 

俺は変わらず気のない返事をした。波風を立たせないように。マクゴナガル先生はそれ以上、何も言わなかった。

 

寮に戻ると、流石にもうドラコとモンタギューの言い争いは終わっていた。

俺がそれを聞いていたことも、ドラコにはバレていないようだった。

俺はいつもの様に談話室を素通りして、自室にこもる。自室ではドラコが疲れた様な表情でベッドに腰を掛けていたが、俺が入ってきた途端に顔を上げ、笑顔を浮かべた。

 

「やあ、今日もお疲れ。どうだい? 収穫はあったかい?」

 

ドラコの笑顔には期待があった。ドラコは大勢の前で啖呵を切ったことを俺に言う様子はなかった。ただただ、俺の今日の一日の成果を楽しみにしているような様子を見せていた。

 

「……少し、な。謎が解ける気がしてきたよ」

 

俺は何故だか分からないが嘘を吐いた。きっと、ドラコに失望されたくなかったのだと思う。

ドラコは笑顔を輝かせた。

 

「ああ、そうかい! やっぱりね! 君はいつだって、なんだってやる奴だって思ってたんだ! これで、周りの連中の鼻を明かせるね!」

 

ドラコは俺の言葉を信じた。そして俺を褒めちぎり、優勝できると期待を語った。

金の卵の叫び声を聞きすぎたのだろうか。耳が可笑しくなっているようだった。ドラコの声が妙に遠のいていった。そして俺の中で何かが壊れる音がした。

 

 

不思議な感覚だった。

自分の体が、自分のものではないような、そんな感覚。

翌日も俺は授業に出ることはせず、機械的に課題をこなし、食事をとり、金の卵の謎と睨めっこをしていた。それはダンスパーティーのパートナーが必要だと知っても変えることはしなかった。

今日も、金の卵に無駄なことをする。今日持ってきたのは、鶏の血とウィスキー。これを混ぜるとドラゴンの赤子のえさになるとのことだ。

ぼんやりと鶏の血をウィスキーに混ぜようとした。失敗してぶちまける。俺は血まみれになった。それがきっかけになったのかは分からない。俺の目の前が真っ赤になった。

 

気が付けば叫びながら地面を叩き、草をむしり、木に頭を打ち付けていた。

気がふれたのかと思った。いや、気がふれたのだろう。俺はもう、何もかも堪えられなくなっていた。

周囲の人間にうんざりしていた。陰口を言い、指をさし、非難と嘲笑を向ける。俺はただ、生き延びたかっただけなのに。

ドラコ達の優しさに苦しんでいた。すれ違った感情を向けるくらいなら、いっそ一人にして欲しかった。しかし、ドラコ達が守ってくれていなければ俺はもっと苦しむことになるのだ。

先生達を恨んでいた。守って欲しかった。しかし、それが叶わないことも分かっていた。代表選手への手助けは魔法的契約で禁止されている。授業に出ない俺をそっとしてくれているのも、先生達の気遣いであろうことを十分に承知していた。

 

ハーマイオニーに会いたかった。唯一、俺の気持ちを分かってくれた人だったから。

ハーマイオニーに会いたくなかった。唯一、こんな姿を見せたくない人だったから。

 

疲れ果てるまで暴れまわって、動くこともできなくなって、森の中で一人で横たわっていた。もう、何もかもどうでもよかった。

どれだけそうしていたのか分からない、少なくとも、いつの間にか降っていた雪が多少俺に積もるくらいの時間は、横たわっていたのだろう。

そうしていると、どこからか足音が聞こえてきた。ザクザクと雪を踏み歩く音。こっちに向かってきていた。

 

ボンヤリと思う。

ああ、もしかしたら俺を殺しに来たのかもしれない。それもいいだろう。こんな目に遭わせた奴の顔を拝めるのだ。願ったりかなったりだ。

杖を握りしめる。でも、立ち上がる体力なんてもうなかった。俺を殺したい奴がここに来たならば、一瞬で俺を殺せるだろう。

とびきりの憎悪を込めて足音の方へ目をやる。俺をこんな目に遭わせた奴を、心の底から憎んでいた。一目でも拝んでおきたかった。

足音がすぐ近くでして、がさがさと草むらをかき分ける音もした。そしてとうとう、そいつが姿を現した。

 

「……あんた、さっきからずっと変なことしてるよね。それに血の匂いが凄いみたい。この子達、みんなあんたの方に来ちゃった」

 

 

それは、ブロンド色の髪をしてバタービールのコルクをつなぎ合わせたネックレスをしている、奇妙な女の子だった。

 

 

 











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ルーナ・ラブグッド

草むらから出ていた奇妙な少女を見て、一瞬呆けてしまった。

 

「……お前、誰だ?」

 

思わず疑問が口に出る。しかし少女はどこ吹く風だった。

 

「あんた、怪我してる。体も冷えてて、良くないよ。怪我、看てあげる」

 

少女はそう言うと、木や地面を殴って血まみれになっていた俺の手の治療を勝手に始めた。

疲れて体を動かすのも億劫になっていた俺は、されるがままになっていた。

少女は水で俺の手を洗うと、持っていたハンカチで器用に傷口を巻いて見せた。

 

「私、ルーナ・ラブグッド」

 

「……あ?」

 

傷の手当てをしたかと思うと、唐突に名乗った。少しして、俺の問いかけに返事をしたのだと分かった。

 

「あんたは、ジン・エトウだ。知ってるよ。……ここ、セストラルがたくさんいるから火を焚きたくないなァ。動ける? さっきまであれだけ動いてたから、大丈夫だと思うけど」

 

「……お前、本当に何なんだよ」

 

ルーナ・ラブグッドと名乗った少女は俺が暴れまわっていたのを見ていたようだ。その上で俺の手当てをしてくれるようだった。訳が分からなくて拒否しようと体を動かそうとしたが、体が本当に冷えていたのだろう。かじかんで上手く動けず、のろのろと手をあげる事しかできなかった。

ラブグッドはそんな俺をまじまじと見ると、俺を動かすことを諦めたようだ。

 

「ちょっと待ってて」

 

そう言うと、持っていた袋からいくつか生肉を取り出す。それを持って何かを誘導するように歩いて行った。

そして遠くの方に生肉を袋ごと置くと、俺の方に引き返してきた。

 

「お待たせ。でも、あの子たちは火を怖がっちゃうから。うン、これなら多分大丈夫」

 

ラブグッドが何をしているのか、さっぱりだった。俺には見えない何かを操っているように見えた。俺はここまで奇妙な行動を見せられたお陰で、怒りも忘れて呆然としていた。

ラブグッドは俺の様子なんて気にした様子はなく、どこか夢見がちな表情のまま木の枝をいくつか持ってくると、それを組み立て、魔法で火をつけた。

傍で火を焚かれ、体が体温を取り戻していく。少しして、俺はゆっくりと体を動かせるようになった。体を起こして座り直し、ラブグッドの方に体を向ける。

ラブグッドは、遠くの方に置いてきた袋をぼんやりと眺めていた。

 

「……お前、ここで何してるんだ?」

 

傷の手当てをして焚火で体を温めてくれた。ラブグッドの態度から、それらの行動に悪意や打算がないのは確実であった。しかし、何を考えているのかは本当に分からなかった。

ラブグッドは夢見がちな表情で俺の方を見ると、返事をした。

 

「セストラルに会いに来たの」

 

「……セストラル?」

 

「うん。セストラル」

 

そう言うと、また目線を袋の方へ戻した。俺もそちらの方を見ると、そこには不思議な光景が広がっていた。

誰もいない場所でゴソゴソと袋が漁られており、中から取り上げられた生肉が齧られるようにして消えていった。見えない何かがそこにいるのだ。

 

「……あそこに、セストラルがいるのか?」

 

「うん、沢山。あんたは見えないんだね。大丈夫。大人しくていい子達だよ」

 

セストラルが何なのかは分からなかったが、生肉が透明な何かに齧られて消えていく様子は、奇妙な光景だった。。

ラブグッドにセストラル。どちらも意味が分からない上にだいぶ奇妙な存在だったが、悪い奴らではなさそうだった。俺はいつの間にか肩の力を抜いていた。

思い返せば、息苦しさを感じずに人と話すのは久しぶりだった。それだけ他のインパクトが強すぎる存在だったのだ。

ラブグッドはぼんやりとした口調で話を始めた。

 

「あんた、随分と苦しそうだね。あれだけ暴れたのに、まだスッキリしてないんだ。それに、凄く寂しそう」

 

ラブグッドは唐突に俺の急所を抉ってきた。あまりに唐突すぎて怒りを覚えなかったほどだ。俺は自然体で返事をすることができた。

 

「……知ってるだろ? 俺は、どこ行っても後ろ指さされる。周りは敵だらけ。……どうやったって、スッキリするわけないだろ」

 

「あァ、あんた、嫌々で代表選手をやってるもんね」

 

本当に奇妙な奴だった。思わずまじまじとラブグッドの事を見つめる。

着ているローブからレイブンクローの生徒であることは分かった。思わず目につくコルクのネックレスもそうだが、夢見心地でボンヤリとした表情がいかにも変人という雰囲気を醸し出していた。

 

「……俺が嫌々で代表選手をやってるって、よくそう思ったな。普通はそんなこと思わないだろ?」

 

「そうかな? あんたの顔を見たら誰だってそう思うよ。みんな、分かってるけど言わないだけだよ」

 

ラブグッドは、俺が誰かに信じて欲しかったことをあっさりと信じてみせた。そしてそれを、誰もが知っているような当たり前の事実として扱っていた。

気が付けば俺の中にラブグッドへの警戒心はなくなっており、口が軽くなっていた。

 

「……だとしたら、俺の親友達は俺の顔を見たことがないのかもな。俺が優勝目指してるって、本気で信じてるぞ。……俺が次の試合に出たくないなんて、思ってもいないだろうしな」

 

「そうなの? それは変だね。あんた、最初の試合で死にかけたのにね」

 

気持ちのいいくらいの正論が返ってきた。思わず笑ってしまう。笑いながら、自分の中のため込んでいた感情を吐き出した。

 

「そうだな、変だよな。誰も、俺が死ぬなんて思いもしてないんだ。あれだけ死にかけたのに、誰も疑っちゃいない。俺の親友は誰も、俺が死ぬなんて、思っちゃいないんだ……」

 

笑ながら言っていて、寂しさが湧いてきた。

そんな俺の言葉を聞いてか、ラブグッドは心なしか優しい口調になっていた。

 

「でも、あんたの友達はみんな、あんたのことが好きみたいだよ。私、パンジー・パーキンソンは嫌いだけど、彼女があんたにとってはいい人だってことは知ってるもン。他にもあんたのことが好きな人は沢山いるみたいだ。それなのに、あんたは寂しそうにするんだね」

 

変人という雰囲気とは裏腹に、ラブグッドが話していることはどれも的を射た事実だった。それが一段とラブグッドを奇妙な人間に仕立てていた。

俺が黙ってしまっても、ラブグッドはお構いなしに話し始めた。

 

「あんた、ずっと寂しそうだ。友達があんたを庇う時、あんたは傷ついたって顔するよね。不思議だなって思ってたけど、今日、あんたを見て分かった気がする」

 

「……何が、分かったんだ?」

 

「あんたって、あんまり人を信じないんだね。友達の事すら、信じきれてないんだ」

 

今までで一番心を抉ってきたセリフであった。しかし何故だか否定をせずにその理由を聞きたくなった。

 

「随分な言葉だな。なんで、そう思う?」

 

「だって、あんたは自分が思ってることを友達に言う気はないんだもン。正直に話せないのって、相手を信じきれてないからでしょ? だから、あんたはいつも寂しそう。自分の事を話さないのに、自分の事を分かってもらえてないって思ってるから」

 

俺は否定ができなかった。その通りだ、とすら思ってしまった。

誰も俺が死ぬなんて思っていない、と俺は言った。それはそうだろう。だって俺は一度も、親友達に死ぬかもしれないなんて話してこなかったのだから。

 

一度だけ、俺が死ぬかもしれないと心配してくれた親友がいた。

ダフネは、俺が死ぬかもしれないと泣いてくれていた。

そんなダフネに俺は嘘を吐いた。死なないから安心して見ていてくれと。

 

俺は分かってもらえないことを苦しんでいた。親友達の優しさに勝手に傷ついていた。

一度も本当の事を親友達に話したことがないくせに、だ。

 

ラブグッドの言い分は直球で俺への気遣いなどなかった。ただ俺の問いかけに事実を返しただけだった。それが逆に、今の俺にとって受け入れやすいものとなっていた。

俺はいつの間にか随分と冷静さを取り戻していた。

そして俺が味わっている苦しみを無くすために必要なことは、金の卵の謎を解く事でも、人込みを避ける事でも、対抗試合を乗り越える事でもないのを悟った。

必要なのは、親友達と正面から向き合うことだ。

ドラコ達に言うのだ。本当は対抗試合に出るのが怖いことを。命が狙われているだろうことを。そして、優勝なんてどうでもよくて、ただ俺が生き抜くことを望んで欲しいと。

 

俺は親友達の期待を受けて本音を隠し、しかし本音を言わないのに自分の気持ちを分かって欲しいと期待をしていた。随分と無茶なことを、願っていたものだ。

 

俺が本当に親友達に分かって欲しいと望むなら、俺は包み隠さずに本音を話すべきだった。親友達なら受け入れてくれると、親友達を信じて話すべきだった。

たとえそれが親友達の期待にそぐわなくても、不安にさせるような事であっても、親友達なら受け入れてくれると信じて話すべきだった。たとえ期待を裏切っても俺を一人になんてしないと、親友達を信じるべきだった。

 

ラブグッドの言葉を受けて、退院してから今までで頭の中が晴れてスッキリとした気持ちになった。自分が何をするべきか、ハッキリと分かったのだ。

しかし、それを初対面のラブグッドに言われて気づくことになったのはおかしな話だと思ってしまった。

 

「まるで、見てきたかのような言い草だな」

 

少しからかう様に言う俺に、ラブグッドは変わらぬ口調で話を続けた。

 

「見てきたよ。あんた、凄い目立つもん。それに、あんたの友達も。……友達があんたが死ぬなんて思ってないって言ってたけど、多分それは勘違いだよ。あんたが死ぬかもって言えないだけ。だって、友達までそんなこと言ったら、あんたを守る人がいなくなっちゃうもン。あんたの友達だけだよ? あんたが優勝するって言い続けてるの」

 

ラブグッドの夢見心地で、でも少し優し気な口調。それはすんなりと俺の中に入ってきた。

俺は、ドラコとモンタギューの言い争いをしていたところを思い出した。スリザリンですら俺の優勝はないと批判する中で、ドラコは一歩も怯まずに反論をしていた。俺への批判を許さなかった。

そんなドラコに、なにも言わず俺が死ぬかもしれないと分かってくれなどと、よく思えたものだ。

俺は、ラブグッドにわずかの反抗心すら抱かなくなっていた。ただただ、俺を息苦しさから救ってくれた感謝だけがあった。

 

「……ありがとうな、ラブグッド。お前の話のお陰で、凄いスッキリした。本当に、ありがとう」

 

ラブグッドはキョトンとした顔で俺の方を向いた。

 

「そう? 私、結構失礼なこと言ったと思ってたけどな」

 

「自覚あったんだ……。お前、ほんと凄いな」

 

最初から最後まで、俺はラブグッドに振り回されていた。俺は目の前の奇妙な少女の事を永遠に理解できないだろう。

でも、彼女は確かに俺の恩人で、俺を救ってくれた。気のふれた俺を正気に戻してくれたのだ。

 

焚火は随分と小さくなっていたが、体も温まり、俺にはもう必要はなかった。

ラブグッドはセストラルがいるであろう方を向いていた。まだセストラルを眺めていたいようだった。

 

「ラブグッドは、なんでセストラルを見に来たんだ?」

 

少し興味が出て聞いてみた。ラブグッドはセストラルの方を見ながら、返事をくれた。

 

「寂しかったから」

 

思ったより悲惨な理由が淡々とした口調で返ってきた。少しぎょっとした。

 

「寂しくなるとね、セストラルに会いたくなるんだ。あの子達、人の気持ちが分かるんだよ。だから誰かが寂しがってると近くに来て慰めてくれるの」

 

「……何か、あったのか?」

 

本人に自覚はなくとも、俺にとっては恩人である。何か力になりたいと、純粋にそう思った。

ラブグッドはセストラルの方を向いたまま、変わらず淡々と教えてくれた。

 

「うん。この間ね、友達だと思ってた子に頭がおかしいって言われたんだ。ルーニー、変な子って。多分、その子は面白がって言ったんだ。気になる男の子をクリスマス・パーティーに誘いたくて、何か気を惹こうって思ったんだと思う。でも、傷ついちゃった」

 

返事に困った。

俺もラブグッドを変な奴だとは思っている。しかし俺はその変な部分に救われたのだ。ラブグッドの変なところを、悪い部分だとは思ってはいなかった。

だが、ラブグッドは変だと友達に言われ傷ついているのだと言う。

 

「あんたも私が変だって思ってるよね。顔を見たらわかるよ。みんなそう言うから、慣れっこだよ」

 

ラブグッドはそう俺の顔を見ずに淡々と言った。声から感情は読めなかったが、なんとなく寂しそうにしているのだと思った。

 

「……まあ、変な奴だとは思ってるよ。今日の俺を見て、手当てをした上に話までしようなんて、まともな奴のすることじゃないだろ」

 

俺は、少し言葉を選びながら話をした。ラブグッドには嘘が通じない。それは今までの会話でなんとなく察していた。

 

「でもお前のその変なところに、俺は今日、助けられたんだ。……お前がいなきゃ、俺は今もずっと苦しんでたはずだよ」

 

自分の思っていることを正直に話した。親友達と向き合う予行練習のつもりで。

ラブグッドはセストラルの方から俺の方に顔を向けた。

 

「お前の事、変な奴だとは思う。でも、今日お前が俺に言ったことは何も間違ってなかった。言ってたこと、全部正しい。だから変な奴だとは思うが、頭がおかしいなんて微塵も思わん。それにお前はいい奴だ。それが分からない奴は、だいぶ馬鹿な奴だよ」

 

ラブグッドはしばらく俺の方を見ていた。それから、ポツリと呟いた。

 

「あんた、私をいい奴って言うんだね。そんなこと言われたの、初めてだ」

 

「そうか。なら、お前の周りは馬鹿ばっか。賢きレイブンクローが聞いて呆れるな」

 

そう返すと、ラブグッドは初めて笑った。少し嬉しそうだった。

 

「……あんた、優しいね。あんたの友達があんたを守ってた理由、分かったよ」

 

「そうかい。俺は、そこまで優しいつもりはないがな」

 

ラブグッドに返事をしながら、近くの薪を魔法で乾かして焚火に加える。火はまた少し大きさを取り戻した。これで暫くは暖を取りながらセストラルを眺められるだろう。

それを見て、ラブグッドはまた少し笑った。

 

「……セストラルって、どういう生き物なんだ?」

 

目の前の少女の事を理解することは諦めていたが、もう一つに奇妙な生き物についても少しばかり興味が湧いていた。

ラブグッドはセストラルを眺めながら説明をしてくれた。

 

「骨ばった馬に翼が生えたような姿だよ。空も飛べるし、馬車だって引ける。賢くて、優しいんだ」

 

「そうか。なんで、俺には見えないんだろうな……」

 

「セストラルは、死を見たことがある人だけ見れるようになるんだ。私はお母さんが死ぬのを見たことあるから」

 

ラブグッドは度々、淡々とした口調で悲惨なことを言う。俺はまた返事に困った。

 

「……無神経だった、すまない」

 

「いいよ、気にしてない。もう、昔の事だから。それに、お父さんがいるから寂しくない」

 

「……いいお父さんなんだな」

 

「うん、とっても好き。ゲルヌンブリの魔法や、しわしわ角スノーカックの研究をしてるの」

 

ゲルヌンブリやスノーカックとやらが何なのかは分からなかったが、何か魔法生物なのだろう。それも、セストラルに負けないくらい不思議な魔法生物だとなんとなく分かった。

 

「私、夏休みになればいつもしわしわ角スノーカックを探しにお父さんと旅行に行くんだ。でも、まだ見つからないの。いつか世界中を旅したいんだ。しわしわ角スノーカックを見つけに」

 

ラブグッドは不思議な魔法生物や父親の話をする時は、少し楽しげだった。

俺はラブグッドが何を言っているかよく分からなかったが、なんとなく相槌を打つことにした。

 

「……好きな人と旅をするって、素敵なことだな。いつか、見つかるといいな」

 

「ありがとう」

 

ラブグッドは満足げにそう言うと立ち上がった。もうセストラルの方は見ていなかった。

ラブグッドはそのまま帰るそぶりを見せた。

 

「もう、セストラルはいいのか?」

 

「うん。もう大丈夫だよ」

 

ラブグッドの返事を聞いて、俺も金の卵を持って立ち上がった。魔法で体に付いた血を洗い流し、ごみを片付ける。俺も寮に帰るつもりだった。

俺は焚火の後始末をし、ラブグッドが向こうに置いた袋を回収するのを待って、一緒にホグワーツへ帰ることにした。

帰り道でもラブグッドから話しかけられた。

 

「私、色んな人に変だってからかわれる。でも、変だってことを褒められたのは初めてだなぁ」

 

「俺も、変だって言いながら人を褒めたのは初めてだ。……案外、お前に変だっていう奴は褒めたつもりになってるのかもな」

 

「そうかな? パンジー・パーキンソンは私の事、よく頭がおかしいって言うけど、あれは褒めてる?」

 

「……ごめん。あいつ馬鹿なんだ。馬鹿だから、お前がいい奴だって分かんないんだ」

 

「そっか。なら、しょうがないね」

 

ラブグッドは楽し気に会話をしてくれた。

俺も気さくな会話は本当に久しぶりだった。久しぶりにする気さくな会話に、長らく人との話し方を忘れていたような気分になった。

ホグワーツに着けば、お互いの寮に向かうためにすぐに分かれることになった。

俺は別れ際、ラブグッドに手を差し出した。手にはラブグッドのハンカチが巻かれたままだった。

 

「今日はありがとうな、ラブグッド。いつか、お礼をさせてくれ。このハンカチも、駄目にしちゃったしな」

 

ラブグッドは、俺の手をまじまじと見てから握り返した、握手はあまりしたことがない様だった。

 

「ルーナでいいよ。それと、気にしないで。セストラルを見に来ただけだったし、ハンカチなんて大したことないから」

 

「なら、俺の事はジンって呼んでくれ。お礼はいつかする。必ずだ。その時、このハンカチも返すよ」

 

「うーん……。分かった。じゃあ、楽しみにしてるよ」

 

そう言いながら握手を交わす。ルーナは嬉しそうに笑った。

 

 

 

ルーナと別れてから、俺はすぐに寮に戻った。談話室では俺を非難するような視線は変わらずあったが、不思議と全く気にならなかった。それよりも、親友達と話したくてたまらなかった。

自室に戻るとドラコがいた。ドラコは少し早い俺の帰りに驚いたようだった。

 

「どうしたんだい、ジン。今日は随分と早いな。……休憩したいのなら、何か飲み物でも持ってこようか?」

 

ドラコはそう俺に気を遣った。

俺はそれに答えず、金の卵をベッドの放り投げると、ドラコの方に向き直った。

ドラコはいつもと様子が違う俺に、少し緊張しているようだった。

 

「ごめん、ドラコ。俺、お前に嘘を吐いてた」

 

「急にどうしたんだい? それに嘘って……何があったんだい?」

 

俺の急な話の切り出しに、ドラコは随分と混乱しているようだった。

そんなドラコに椅子を勧めて座らせる。俺も向かいに座ると、改まって話をした。

俺の本心を、包み隠さずに。

 

「お前に向かって、優勝するだとか、心配するなだとか、そんなことを言ったと思う。それは俺の本心じゃない。……対抗試合になんて、出たくなかった。死ぬかもしれないって、怖がってる。逃げられるなら今すぐ逃げたい」

 

ドラコは俺の言葉に固まってしまった。それでも俺はドラコが受け入れてくれることを信じて話を続けた。

 

「俺の名前を入れたのが、誰なのか分からない。そいつはポッターの名前を入れた奴と同一人物で、俺とポッターの死を望んでる奴だって、本気で思ってる。……だから俺は、対抗試合に出ることは命を狙われていることだって思ってる」

 

ドラコは何も言わず、じっと俺の話を聞いてくれていた。

 

「お前達に分かって欲しいんだ。俺の命が狙われているってこと。少なくとも、俺がそう思ってること。……俺、優勝に興味ない。ただ、生きていたい。試合が終わった後も生きていたいんだ。……それ以外何も望んでないってこと、お前達にだけは分かって欲しかった」

 

俺は言いたいことをまくしたてた。言い切った後に、ドラコが受け入れてくれなかったら、と心配する気持ちも生まれた。

しかし、もう言わずにいるのは堪えられなかった。冗談でなく気がふれたのだ。ルーナがいなかったら、俺はどうなってたか分からないのだ。

不安はあったが後悔はなかった。そんな気持ちで全てを聞き終えたドラコの顔をじっと見つめた。

話が終わってからも、ドラコは固まってそのまま動かなかった。

しばらくしてからやっと、固まった表情のまま、口を開いた。

 

「……どうして、今まで言ってくれなかったんだい? 君が命を狙われているとか、死ぬかもしれないとか。そんな大事なこと」

 

「それは……言っても信じてもらえないって、思ってた。言ったら、臆病だとか、頭がおかしいとか、そんなことを思われるって。そしたら、お前らが俺から離れていくって思った。……一人に、なりたくなかったんだ」

 

俺は、いつになく正直だった。ドラコに対しても、そして自分自身にも。

俺は弱音を吐いてドラコ達に失望されたくなかった。俺を守ってくれている親友達の期待を裏切りたくなかった。そんなことをしてしまえば、ドラコ達から見放され、一人になってしまうと思っていたから。

ドラコは俺のその言葉を聞いて、初めてショックを受けた様な表情になった。

 

「なあ、ジン。君、それ、本気で言ってるのか?」

 

俺が返事に窮すると、ドラコの表情に怒りが混じった。

 

「……君が代表選手に選ばれた時、僕が最初に言ったこと覚えてるかい?」

 

ドラコの質問の意図が分からず、首を傾げた。

 

「……おめでとう、君は歴史に名を遺す、だったか?」

 

「違う。君が自分で立候補したわけではないって、僕は分かってるって言ったんだ!」

 

そう言えば、と俺は思い出した。代表選手に選ばれた直後、この部屋で、ドラコは俺に最初にそう言った。その後に祝福の言葉をかけられて吹き飛んでしまったが、ドラコ達は俺が立候補したわけではないと理解してくれていた。

ドラコはそんな俺に少し怒りを混ぜて、嫌味っぽく話を続けた。

 

「なあ、ジン。僕はね、君が試合に出たくないなんて、そんなの分かりきってるよ。僕だけじゃない。他の奴らだってそうさ。そんなの、今更な話じゃないか。でも、だからと言って君が臆病だとか、卑怯だとか、能無しだなんて、かけらも思ってなかった。だから、君をそんな風に罵倒する連中が、心底気に食わなかったんだ! そうだろう? 君が今までどんなことをしてきたかなんて、今更語るまでもないじゃないか!」

 

俺はドラコに言われるがまま、黙ってその言葉を受け入れていた。ドラコはどんどんヒートアップしていた。

 

「僕達だけが、君を分かっていた。君が凄い奴だって。君が、罵倒をされるいわれなんてどこにもないって。僕達は君を信じていたんだ! ……なのに君は、僕達を信じてなかったって、そう言うんだね?」

 

「……ごめん、ドラコ。本当に、ごめん」

 

俺の口からは思わず謝罪が出た。それも、本心からの謝罪だ。

ドラコは怒っていた。俺がドラコ達を信じていなかったということに。

ドラコは、ドラコ達は、俺が思っている以上に俺の事を分かってくれていた。俺がただ、そのことを分かっていなかったのだ。

ドラコは俺の謝罪を受けてもなお、肩を怒らせていた。しかし、しばらくしたら落ち着いて、今度は少し落ち込んだように話を始めた。

 

「……いや、分かってるよ。君が僕達に、命を狙われているかもって、言えなかったことくらい。……舞い上がっていたからね、僕達は。君が代表選手に選ばれて。そうさ、嬉しいことだと思ったさ。だって、代表選手だぞ? 喜ばない奴なんて、いるものか」

 

ドラコはそう不貞腐れたようにブツブツと言った。ドラコは俺に怒りをぶつけた後、直ぐに冷静さを取り戻していた。

 

「……その時から、君は誰かに命を狙われているって思ってたんだろ? ……ああ、やっと分かったよ。君の浮かない顔の理由。目立つだとか、面倒ごとに巻き込まれたってだけじゃなかったんだな。……通りで、君はどれだけ励まそうが浮かない顔をするわけだ。さぞかし嫌だったろうね、試合に出ることを勧める僕達は。君からすれば、笑いながら処刑台に送るようなものだったんだから。それじゃ、あれかい? 君は自分が死ぬかもしれないって心配して欲しかったのかい? ……普通の試合でさえ死の危険があるって、そんなの僕だって重々承知だったさ。でも、君なら切り抜けられるって本気で思ってた。だってそうだろ? 僕らが信じなきゃ、誰が信じるって言うんだ。……そんな僕が、君が死ぬかもしれないなんて、言うわけないだろ」

 

ドラコは冷静さを取り戻しながらも、嫌味な口調は抜けなかった。

俺はただただ、ドラコの言葉を受けて肩身を狭くするだけだった。ルーナの言う通り、ドラコ達は俺が死ぬかもしれないと思っていなかったわけではない。言えなかったのだ。俺のためを思って、言えなかったのだ。

 

俺は勘違いをしていた。ドラコ達が俺を死ぬわけがないと思っていると。優勝を期待していると。俺の事を分かっていないと。そんなことはなかった。

ただドラコ達は俺を信じて、いわれなき中傷から守ろうとしただけだった。ドラコ達は俺を信じていた。俺がドラコ達を信じていなかった。そう言うことだ。

 

ドラコはひたすらに肩身を狭くする俺を見て、少し怒りの溜飲を下げたようだ。

呆れたようにため息をつきながら、俺に話しかけた。

 

「……僕らも、まあ、露骨すぎた。君が少しばかり自分に自信を持って、代表選手として胸を張らせたかっただけなんだ。君がふさわしいって、僕らは思ってたから」

 

ドラコの言葉には少しばかりの申し訳なさがあった。俺を追い詰めた、とも思ってくれているようだった。

 

「……でもさ、君が優勝しなかったからといって、その、僕らと君の関係には、何も関係ないじゃないか。……二年生の時、そう、君が秘密の部屋の騒動を終わらせた時、僕は言ったじゃないか。……その、僕がやりたいことは、君と大人になってもいい関係を築いていたいって。……今でもそう思ってる」

 

ドラコはそっぽを向きながらぶっきらぼうにそう言った。よく見ると、ドラコの耳が赤かった。

俺は嬉しくなった。

ドラコが、俺の言ったことを受け入れてくれたこと。そして、俺の本心を知ってもなお、親友として一緒にいてくれると言ってくれることに。

ドラコが言ってくれたことを噛みしめていた。嬉しくて、泣きそうだった。

ドラコは段々と自分の言葉に恥ずかしくなってきたのだろう。顔を赤らめたまま立ち上がると、少し荒い口調で俺に言った。

 

「僕、他の奴らも呼んでくる。どうせ、誰にもこのことを言ってないんだろ? 言ってたら、パンジーはもっと騒ぐし、ブレーズはもっと真剣だし、ダフネは君を一人にしないだろうね。……いいか、呼んでくるから、逃げるなよ。あと、謝れ。他の奴らに、心の底から。……全く、僕に何を言わせるんだか」

 

そう言って部屋を出ようとした。

ズカズカとドアの方へと進んでいく。

 

「……なあ、ドラコ」

 

そんなドラコに声をかけて引き留めた。

 

「何だい? まだ、何か言いたいことでも?」

 

ドラコは少し呆れた顔で俺の方を見た。

俺は、心を込めて言った。

 

「ありがとう。俺、お前と友達でよかった。お前と親友で、本当に良かった」

 

ドラコは、一瞬だけ呆けた表情になった。それからどんどん顔を赤らめさせ、俺に怒鳴り返した。

 

「誤魔化されないからな! 後で、本気で謝ってもらうからな!」

 

そう叫ぶと、ドアを荒々しく閉めて出ていった。

俺は声を上げて笑った。笑いながら、少し泣いた。人は嬉しくても泣けるのだと、初めて知った。

息苦しさを感じなくなっていた。出て行ったばかりのドラコが帰ってくるのが待ち遠しかった。久しぶりに、心から親友達に会いたいと思えた。

 

 

 



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朴念仁

ドラコが他の奴らを呼んで部屋に戻ってきた。連れてこられたパンジー、ブレーズ、ダフネ、アストリアは少し戸惑っていた。

俺は、ドラコへした説明を他の奴らにもした。

俺が対抗試合に出たくないこと。命を狙われていると、本気で思っていること。優勝なんてどうでもよくて、ただ生きていることを望んで欲しいこと。そして、それを言うのが怖くて、今まで言えなかったこと。

それらを聞いた時の反応は、それぞれ違っていた。

 

ブレーズは呆れた様な表情だった。俺の事を面倒くさい奴だと言いたげだった。

ダフネは少し泣きそうだった。俺の為に、と思っていたことが全て裏目に出ていたこと。そして、俺が親友達を信じ切れていなかったという事実にショックを受けていた。

アストリアは、納得したようだった。それから心配そうな表情で俺を見た。

パンジーは烈火のごとく怒った。パンジーが俺のためにしてきたことが、全て無駄だったと思った様だ。そして、俺がダフネを悲しませたと言って、怒鳴り散らした。

俺はパンジーに土下座をさせられた。

 

「あんた、これから話が終わるまで頭上げるんじゃないわよ! いいわね!」

 

反抗はしなかった。実際、俺はパンジーの思いやりを無下にしたし、パンジーが何よりも怒っていたのがダフネを悲しませた、という点であったことを承知していたから。

頭を低い位置に固定をする俺を眺めながら、パンジーはグチグチと俺を責めた。

 

「……あんた、ダフネが泣きながら心配してたの知ってたわよね? そんなダフネに、嘘を吐いたと? 何が、俺は死なないよ! 死にかけてたじゃない! そんで、命狙われてんじゃない! よくそんなことが言えたわね!」

 

「……お前らに、心配かけたくなかったんだ」

 

「はい、出ました! 責任転嫁! 何が心配かけたくなかったよ! 私達を信じてなかったって、自分で言ったじゃない! あんた、しゃべるのも禁止!」

 

反論も封じられ、俺は黙って頭を下げたままパンジーの叱責を受ける事となった。

途中、アストリアが口を挟んだ。

 

「でも、パンジー。私達、選手になっておめでとうって言っちゃってたよ。……ジンも、言いにくかったんだよ。ね、そろそろ許し――」

 

「アストリア、駄目だぞ、こいつを甘やかしちゃ。お前の大事なお姉ちゃんを泣かせたんだ。黙って見てような?」

 

俺を庇おうとしたアストリアを、ブレーズが面白がるようにしながら止めた。頭を下げているので見えないが、恐らく口をふさいだのだろう。

ブレーズが、今の状況を誰よりも楽しんでいるのが分かった。

 

「大体ね! 私達が、あんたが優勝するって、今も言い続けてたのは、あんたを守る為だったってのも分かんないの? 普通に考えて、一試合目ダブルスコアなのに、優勝信じてますって、正気じゃないでしょうが!」

 

一言一言に怒気を孕ませながら、パンジーは俺を責めた。それも、俺が恥ずかしい思いをするような責め方をしながら、だ。

 

「傲慢が過ぎるのよ、あんた! それでいて、今更、試合に出たくないですって? そんなの、ドラコに言われなくたって分かってたわよ!」

 

「あ、言われないと分からなかったのパンジーだけな。俺とダフネはなんとなく察してたぞ。アストリアも、まあ、多分察してた」

 

パンジーの説明にブレーズが茶々を入れるように補足する。俺がいかに親友達を信じていなかったか。それをブレーズなりに責めているのだと分かった。

ここまできて、流石にいたたまれなくなってつい謝罪を口にした。

 

「……本当にすまなかった」

 

「しゃべるの禁止!」

 

謝罪も許されなかった。ドラコとブレーズが爆笑していた。

それからブレーズは、猫なで声でパンジーに声をかけた。

 

「まあまあ、パンジー。こいつのこと、少しは許してやろうじゃないか。寛大な心でよ。可愛い奴だぞ、こいつは。俺達に嫌われたくなくて、必死に強がっちゃったんだ。なあ、ジン? 俺達に嫌われるのが、ドラゴンよりも怖かったんだろ?」

 

ブレーズが人をからかうことに長けているのを、今になって実感した。ブレーズとパンジーは、話の揚げ足をとることに関しては一人前だ。

パンジーは散々俺の事を辱めて、少しは気が晴れたようだった。

 

「……いいわ。ちょっとは許してあげる。ね、ダフネ? この屑に言いたいことは?」

 

パンジーからの屑呼ばわりは、そんなに気にならなかった。

それよりも、まだ一言も言葉を発していないダフネが気になっていた。

しばらく沈黙から、静かにダフネが話し始めた。

 

「……ね、ジン。私、貴方のこと追い詰めてた? 素直に心配だって、言うべきだった? ……嫌だったわよね、優勝できるだなんて試合に送り出して。……ごめんなさい」

 

ダフネは悔いるようだった。俺を励ますつもりでかけた言葉が、俺を追い詰めていたという事実に。

しゃべるのを禁止されていたが、俺はしゃべらずにはいられなかった。

 

「お前らは悪くない。本当に、俺が悪いんだ。……馬鹿だったよ、俺は。本当のことを言ったら、お前らが俺から離れていくって、本気で思ってた」

 

「……でも、言わせなかったのは、私達よね。それくらい分かるわ」

 

「……俺が、言えなかったんだ。お前らは俺を信じてくれたのに、俺がお前らを信じてなかったんだ。ダフネ、お前は悪くないんだ。本当にすまない」

 

暫く、誰も話すことはなかった。顔を上げることを許されていない俺は状況が分からない為、沈黙が辛かった。

耐えきれず、俺は謝罪を口にした。

 

「なあ、ダフネ。本当に、お前らは悪くない。俺が悪かった。……お前が謝ることはないんだ。俺が、お前に許して貰わなきゃならないんだ。……俺に何か、償わせて欲しい」

 

そう口にしてから少しして、ダフネが話し始めた。

 

「ジン。顔を上げて」

 

そう言われて、恐る恐る顔を上げる。ダフネがどんな表情をしているのか、分からなかった。

顔を上げてダフネの表情を確認すると、悪戯っぽい満面の笑顔だった。

 

「何をして、償ってくれるの?」

 

嵌められたのだと気づいた。

俺は親友達に、交渉術では一生敵わないと悟った。

 

 

 

 

 

 

 

俺が親友達に本音を打ち明けてから、俺はすっかり日常に戻ることができた。

周りの視線は変わらず批判的なものが多く、居心地が悪いと思うこともあった。しかし、親友達が俺の本心を知ってくれている今となっては、些細なことだった。

そして冷静に周りを見れば、俺の事を批判的に見ている人間はそんなに多くないことに気づいた。

グリフィンドールの活躍が気に食わないスリザリン生。セドリック・ディゴリーが代表選手になると信じていたハッフルパフ生。俺の不正を疑うレイブンクロー生。単純にスリザリンが嫌いなグリフィンドール生。

全ての寮に俺の事を批判的に見る生徒がいた。しかし全ての生徒が俺の事を批判的に見ているわけではなかった。

多くの生徒が俺のことは気にしながらも好奇心程度の感情しかなく、中には同情的な視線もあることに気が付いた。

今までこの程度のことを気にしていたのかと、俺は不思議な気持ちになっていた。

 

そして俺が気づいていなかっただけで、俺の周りには確かに味方がいたことも知った。

久しぶりに出席した魔法薬学の授業が終わっての事だった。

ネビルが、俺に話しかけてきた。

 

「ジン!」

 

緊張して上ずった声だった。声をかけられ、驚いてネビルの方を振り向く。今や、グリフィンドールもスリザリンも、ほとんど全員がネビルに注目していた。

ネビルは大勢に注目され緊張しながらも、俺に一言声をかけた。

 

「……ぼ、僕、君の事も応援してる。君にも、頑張って欲しい!」

 

そう言うと、ネビルは俺が返事をする前に走って逃げていった。

たった一言の応援。しかし、グリフィンドールとスリザリンが大勢いる中で、それを言ってのけた。並大抵の勇気ではない。

俺はその日の内にネビルへ手紙を送った。グリフィンドールにいながら俺を応援してくれることが、どれほど心強いか。感謝の意を込めて。それからネビルとは同じ学校にいながらも文通をするという少し不思議な交流が続くこととなった。

俺は、自分がどれだけ周りが見えていなかったのか痛感した。

 

 

 

今となっては周りの視線や批判よりも、気になっていることが二つあった

一つは、親友達から俺に与えられた贖罪。

ダフネを喜ばせろ。それが俺に与えられた贖罪だった。

ドラコ、ブレーズ、パンジー、アストリアへの相談は禁止。俺が人を、特に女性を喜ばせるのが苦手だと知っている親友達のささやかな嫌がらせだった。

期日は特に設けられなかったが、早くしないとパンジーに喚かれるのは目に見えていた。

そしてもう一つは、クリスマス・ダンスパーティーのパートナー探しであった。

今や、クリスマスパーティーまで一週間を切っていた。多くの人達がパートナーを見つけていることも承知していた。

 

そして、誘いたかったハーマイオニーにも、既に相手がいる事も知った。

 

古代ルーン文字学の授業で、少し話をしたのだ。

俺が古代ルーン文字学の授業に出るのは、ほとんど一カ月ぶりだった。入院中の一週間、そしてその後の二週間以上も俺は授業を欠席していた。

ハーマイオニーと話すのは、透明マントでお見舞いに来てもらって以来の事であった。

ハーマイオニーは俺が授業に出るようになって、感動した様子だった。

 

「ジン。良かった、本当に。……貴方、全ての授業を休んでたでしょう? 貴方が辛いのは分かってたのに……。ごめんなさい、何もできなくて……」

 

「……いや、心配かけてごめん。俺が色んなことを、気にしすぎてただけなんだ」

 

「気にして当然よ! ……良かった、本当に」

 

ハーマイオニーに謝られ、こちらが申し訳なくなる。グリフィンドールであるハーマイオニーがスリザリンの俺のお見舞いに来ることがどれだけ周りから批判されるような事か、俺は良く知っているつもりだった。

そしてそんな授業中のほんの少しの雑談の中で、ハーマイオニーにクリスマスパーティーのパートナーがいる事をダフネが聞き出した。

 

「ハーミー。もう、クリスマスパーティーのパートナーは決まった? ……ポッターと行くの? ポッターは代表選手だから、パートナーが絶対必要でしょう? 一緒に出てあげるの?」

 

「あー……。私ね、実は、ある人にクリスマスパーティーに誘われていたの。……ついさっき、オーケーの返事をしたわ。その、悪い人じゃないって分かったし、誘ってくれたの、その人だけだったから」

 

「あら、素敵。……その人、見る目があるわね」

 

ダフネがハーマイオニーにそう言うと、ハーマイオニーは少し恥ずかしそうに微笑んだ。その笑った顔を見て、ハーマイオニーはその人から誘われたことが満更でもないのだということを悟った。

 

 

 

それを知ってから俺は、クリスマスパーティーのパートナーは本当にどうでもよくなった。

ただ責務をこなすために、何も言わずに付き合ってくれる子がいればそれでよかった。

とはいえ、そんな子ですら今の自分にとって見つけるのが難しいこともよく分かっていた。第一試合でへまをした代表選手のパートナーだ。そんな者になりたがる奴は、酷い変わり者であろう。

クリスマス休暇前最後の授業が終わって暇になった午後、ブレーズと散歩しながら俺は少し愚痴を言った。ブレーズは、俺がハーマイオニーを誘いたかった事を知っている唯一の親友だ。

 

「なあ、ブレーズ。適当な女の子、紹介してくれないか? 金で釣れる奴でもいい。ほんと、誰でもいい」

 

「そう投げやりになるなよ……。というかだ、グレンジャーはグリフィンドールで俺達はスリザリン。そもそも、ハードルが高かったんだ。分かりきってた事だろ? そう落ち込むなよ」

 

ブレーズは呆れながら俺にそう言う。

ブレーズの慰めるつもりもない慰めを受けながら、ぼんやりと考える。クリスマスパーティーまでもう一週間もない。どうやって、パートナーを見つけたらよいのだろうか。

 

「そう難しく考えるなよ。誘いやすい奴をまずは誘うっていうのがいいと思うぞ。誘われて、嬉しくない奴なんていないんだ」

 

「誘いやすい奴、ねぇ……」

 

ぱっと思いつくのは、ダフネ、パンジー、アストリアだ。しかし、パンジーはドラコと行くし、ダフネは引く手数多、アストリアはへまをした代表選手と最初に躍って目立つなんて嫌がるだろう。そしてクリスマスパーティーを楽しみにしている親友達を俺に付き合わせるつもりはなかった。

加えて、俺には女性の親しい友人がそれ以外にいないことを悟った。

 

「俺って友達少ないよな」

 

「今更何を言いやがる……。贅沢言ってないで知ってる奴を誘えって。俺から言えるアドバイスは、心を込めて、そいつと躍りたいって言うことだな」

 

ブレーズはなんだかんだ相談には乗ってくれた。しかしブレーズのアドバイスに対して、俺はいまいちピンときていなかった。一週間以内に都合のいいパートナーが見つかる想像ができないのだ。

煮え切らない態度の俺に、ブレーズはため息を吐いた。

 

「ま、一人でしばらく考えるこった。相談は乗ってやるけど、俺に言われたからって理由でダンスパーティーに誘うのは、相手に失礼だろ?」

 

ブレーズの女性の扱いや敬意の払い方は、素直に尊敬をしていた。そんなブレーズからのアドバイスは素直に受けるつもりだった。

しかし、ブレーズのアドバイスを受ければ受けるほど、都合のいい相手を見つけることが難しく感じてきてしまった。そんなことをすること自体が失礼だ、と言われている気になってしまうのだ。

答えは出そうになく、深いため息が出る。それを見てブレーズも深い溜息を吐いた。こんな簡単な問題も解けないのか、と言っているようだった。

 

「あと、俺らからアドバイスが禁止されてるけど、ダフネを喜ばせる方法の目途は立ったのか?」

 

「それも、全く目途が立ってない。プレゼントを買って贈ろうにも、ホグズミード週末はまだ先だろ? それまで何もしないのもなぁ。……ああ、そうだ。クリスマス休暇の課題を一つ二つ、肩代わりするか」

 

「……これはアドバイスじゃなくて命令だからセーフな。課題の肩代わりはやめろ。それはマジでやめろ。だったら、ホグズミード週末まで待ってた方がマシだ」

 

「……分かった。課題の肩代わりはなしだな」

 

その場で思いついた課題の肩代わりは悪い案ではないと思ったが、ブレーズから禁止されたため提案することも許されなかった。俺は途方に暮れるだけだった。

 

贖罪の方法も思いつかなければ、クリスマスパーティーのパートナーもいない。そして、ずっと取り掛かっている金の卵の謎も解けていない。

せめてどれか一つだけでも解決してくれれば、少しは気が楽になるだろう。

 

「……時間も空いたし、俺はこの後、森に行って金の卵の謎を解きに行く。ブレーズ、お前はどうする?」

 

「あー……。まあ、俺も暇だし、謎解きに参加するわ。お前を一人にすると、ドラコとダフネがうるせぇんだわ」

 

「……まあ、俺も命が狙われているって言ったけどさ。事故に見せかけて殺したいから代表選手にされたと思ってる。よほどのことがない限り、試合じゃないところで殺されはしないと思うがな」

 

「そのよほどのことが起こるかもしれねえって言われてんだよ。……先に森に行ってろよ。俺も準備したら行くわ」

 

そう言って、お互い部屋に戻って準備をすることになった。

 

 

 

 

 

俺は卵を持つとすぐに森に向かった。授業が終わってクリスマス休暇に入ったばかり。多くの者が浮かれ、友達と楽しく時間を過ごしていた。そんな時に薄暗い森へと向かう者など、自分以外にいないだろう。

そう思っていたが、どうやら変わり者はどこにでもいるらしい。

 

ルーナが森にいた。生肉を持っているのを見ると、またセストラルに会いに来たのだろう。

 

「ルーナ、また会ったな。セストラルに会いに来たのか? ……何か嫌なことでもあったのか?」

 

声をかけると、ルーナは生肉を持ちながらこちらを振り向いた。ルーナは俺を確認すると、少し笑って返事をした。

 

「ジン、また会ったね。今日は寂しかったからじゃないよ。明日に家に帰る予定だから、この子達に挨拶に来たの。沢山お世話になったから、お礼がしたかったんだ」

 

沢山お世話になったということは、それだけ寂しかったということだろう。割と悲惨な状況にも聞こえるが、ルーナには不思議と悲壮感がない。どこまでも飄々としていた。

ルーナは生肉を足元に置くと、近くにいる何かを撫でるような仕草をした。どうやら、セストラルがそこにいるらしい。足元に置かれた生肉は、少しずつ齧られていた。

 

「セストラルの子どもがいるの。可愛いんだ。……ほら、凄い懐いてくれてる」

 

セストラルが見えたら随分と違うのだろうが、透明な何かとじゃれ合っているルーナは傍から見ると中々の変人だ。

本人が楽しそうなのでセストラルについては水を差さず、先程の発言で気になったことを聞くことにした。

 

「明日家に帰るって言ってたが……。ルーナは、クリスマス休暇はホグワーツに残らないのか? クリスマスパーティーもあるのに……」

 

俺がそう言うと、ルーナは不思議そうな表情で俺の方を見た。

 

「今年のクリスマスパーティーに出れるのは、四年生からだよ? 三年生以下は誰かに誘われないと出られないの。ジン、知らなかった?」

 

知らなかった。先生がどこかで説明をしていたかもしれないが、俺は最近まで授業にまともに出ておらず、親友との会話すら上の空だった。どこかで耳にしていたとしても、全く気に留めていなかっただろう。

失礼なことを言ってしまい謝ろうと思ったが、ふと思った。

ルーナならクリスマスパーティーのパートナーになることを了承してもらえるのではないだろうか、と。

帰る予定だったということは、クリスマスパーティーに誰にも誘われていないということだ。そして本人の性格から、へまをした代表選手のパートナーという立ち位置も気にしないかもしれない。それに俺も、下手なスリザリンの顔見知りよりもルーナの方がよっぽど気が楽だ。

加えて、ほんの少し悪戯心もあった。ルーナの様に行動が読めない者が代表選手のパートナーを務めているのを見たら、先生達はどんな表情をするだろうか。それは是非とも見てみたい。

そう考えて、俺はルーナを誘うことに決めた。

 

「それじゃあ、ルーナはまだ誰にも誘われてないってことだよな? なら、もしよければだけど、俺とクリスマスパーティーに行ってくれないか? ……俺は代表選手だから、パーティーの最初に全員の前で踊らなきゃならないが、それでも良ければ。一緒に行ってくれると、正直、すごい助かる」

 

俺の突然の誘いに、ルーナは目を丸くした。

 

「私が? あんたと?」

 

「……ああ、嫌じゃなければ。お前が一緒に行ってくれると、本当に助かるんだ」

 

驚いた様子のルーナに、少し弱気になる。会って二回目でクリスマスパーティーに誘っている。しかも一回目の出会いでは、俺は発狂していた。まともな奴なら、まず受け入れない誘いだ。

しかし、ルーナは良くも悪くもまともな奴ではなかった。

俺の誘いに驚いた顔をしていたが、少ししてルーナは嬉しそうに笑いながら返事をくれた。

 

「うん、嫌じゃない。ダンスは嫌いだけど、パーティーには行ってみたかったんだ。それに、あんたのことは嫌いじゃないもン」

 

俺はルーナが誘いを受けてくれたことにホッとした。それから、だいぶ気が楽になった。

心配事の一つが解決したのだ。

気が付けば、ルーナの足元の生肉はだいぶなくなっていた。ルーナもそれを見て、セストラルを一撫でするような仕草をしてから、ホグワーツに戻ることにしたらしい。

 

「お父さんに手紙書かないと。クリスマス、やっぱりホグワーツに残ることにしたって。クリスマスのホグワーツも初めてだなぁ。ナーグルが捕まえられるかも。じゃあね、ジン。パーティー、楽しみにしてる」

 

夢見心地にそう言うと、ルーナは軽やかにホグワーツへと去って行った。

途中、遅れてきたブレーズがルーナとすれ違ってこちらに来た。ブレーズは上機嫌に歩いていたルーナを珍しそうに眺めていた。

そして俺のところに来ると、やや驚いた様子でルーナの事を話題にした。

 

「……お前、ルーニー・ラブグッドと知り合いだったのか? 何かあいつ上機嫌だったな。なんか話でもしたのか?」

 

「ああ、クリスマスパーティーに誘った。一緒に行ってくれるらしい」

 

俺がそう言うと、ブレーズは固まった。それから、ひきつった表情で俺に確認をした。

 

「……お前が、ルーニーと? え? お前から誘ったのか?」

 

「ああ。ルーナには、まあ、借りがあってな。俺の恩人なんだ。それに、あいつならへまをした代表選手のパートナーってことも気にしないと思ってな」

 

ブレーズは完全に固まった。俺がルーナを誘ったことが相当な衝撃だったらしい。

俺は少し笑いながらブレーズに言った。

 

「本人には言えないけどさ、代表選手のパートナーとしてルーナを連れて行った時の、マクゴナガル先生の顔が見たくてな。ダンブルドア先生は面白がりそうだけど、マクゴナガル先生は気が気じゃなくなるだろうな。まあ、ちょっとしたご愛敬ってもんだろ」

 

俺は決してマクゴナガル先生を恨んではいないが、少しばかり悪戯をする資格はあると思っている。

俺はブレーズなら笑って同意してくれると思ったが、ブレーズの反応は思っていたものと違った。

ブレーズは、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

 

「……お前、マジでいい加減にしてくれ」

 

ブレーズの声は、酷く絶望していた。俺はただただ、首をかしげる事しかできなかった。

 

 

 

 

 






暫くはコメディ回が続きます。

多くの感想ありがとうございます。
本当に励みになってます。


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二転三転、そして躍る

膝から崩れ落ちたブレーズはしばらくそのまま動かなかった。

どうしたものかと首をかしげていると、ブレーズは深いため息とともに起き上がると、疲れた表情で話を始めた。

 

「……なあ、ジン。もう直球で言うわ。ラブグッドは断って、ダフネ誘ってこい。それでもう、万々歳だからよ」

 

「……なんでそうなるんだ?」

 

起き上がったブレーズの言葉は、あまり理解ができなかった。ブレーズの言う内容では、了承をもらったルーナを断って、クリスマスパーティーを楽しみだと言っていたダフネを誘う。二人同時に迷惑をかける行為に思えた。

ブレーズは疲れた表情のまま、こめかみ辺りに手をやりながら話を続けた。

 

「……お前が納得する理由をくれてやる。お前、ダンスはできんのか?」

 

「……いや、全くだな」

 

「だろ? で、ラブグッドもあんな感じだ。ダンスはそう上手くないだろ。代表選手で最初に大勢の前で踊るんだろ? 片方は踊れる奴じゃないと格好がつかねぇよ。そんで、また中傷の的だ。お前はいいかもしれないが、ラブグッドまでいらない中傷を受けるぞ?」

 

ブレーズの言葉に、はっとさせられた。ルーナが中傷の的になる誘いは、流石にまずかったと反省した。考えなしで動きすぎた。

 

「その点、ダフネはダンスに慣れてる。お前が踊れなくても、リードできるだろうな。それから、ダフネを喜ばせろってやつ、あったろ? ……あれ、ダフネをダンスパーティーに誘って、お前の思う女が喜ぶ行動を全部すればそれでいい」

 

「……いや、流石に雑じゃないか? ダフネをダンスパーティーに付き合わせて、その上、これで贖罪の件もチャラって言うのは」

 

「いいんだよ、それで。俺から他の奴らにも言っとく。それでチャラだ。というか、別に本気で償えって訳じゃなかったしな。ひたすら謝るお前を、ちょっとからかってやろうって全員が思っただけだ。……あのまま何もしなかったら、お前はずっと謝ってたろ? ただ落としどころが欲しかっただけだ。お前が真面目に考えすぎるから、俺達も悪ノリが過ぎた。これ以上は逆に面倒になりそうだから、もうこれで終わり」

 

ブレーズから呆れたように告げられる。

一応、ブレーズの話にも納得はいった。俺がダンスパーティーにダフネを誘って、ダフネを喜ばせようと頑張る。そうすることで、他の奴らも含めて贖罪だなんだと言っていたのはチャラになると。

 

「どうだ? ラブグッドを断って、ダフネを誘うのにメリットしかないだろ?」

 

ブレーズの提案は確かに俺が納得のしやすいものであった。

ルーナが気にしないからと言っても、わざわざ中傷されるような事に誘うのは軽率だったという反省があった。そして親友達が作った落としどころに大人しく収まることで、代表選手になってからのすれ違いはお互いに水に流せるということも理解した。

しかし、ブレーズの案にも問題があった。

 

「……しかし、それだとルーナがクリスマスパーティーに行けなくなる。元々帰る予定だったあいつを、わざわざ引き留めたんだ。今更、誘いを無しにするのは無理だ」

 

「誘いがなくなれば、わざわざ笑われに行く必要もない。ラブグッドもホッとするんじゃねぇの?」

 

「……いや、ルーナはパーティーには興味があるって言ってた。パーティーを楽しみにしてるとも。誘いを無しにする方が、ルーナに悪い」

 

「けど、このまま出てもいらぬ中傷を受けるだけだろ? ……ラブグッドの事を思うなら、断ってやれって」

 

ブレーズが呆れたようにそう言う。

ブレーズに言われたことを考える。要は、俺と躍る時にルーナが笑われるようなことにならなければいいという話だ。それならば、何とかできるかもしれない。

 

「……ルーナが無駄に中傷を受けない様にすればいいんだろ? ……クリスマスパーティーまであと一週間ないが、何とかするよ」

 

「……何する気だ?」

 

「マクゴナガル先生に相談して、ダンスの練習をお願いする。ダンスパーティーのパートナーは決まったが俺も相手もダンスの心得がないって言えば、何とかしてくれるだろ。……あの人も、俺の事はなんだかんだ心配してくれてたしな」

 

森でマクゴナガル先生に声をかけられた時を思い出した。

代表選手としての責務を俺に課したのはマクゴナガル先生だ。そんな俺からのダンスパーティーに関する相談なら、快く乗ってくれるだろう。

 

「最低限、俺がものになればルーナも悪い様にはならないだろ。……全員の前で踊ることはルーナも了承してるし、パーティーに参加できる代わりって割り切ってるだろうしな。少し躍った後はダンスを止めてパーティーを楽しめばいいわけだ。そうするのが、一番丸く収まる」

 

俺の返答に、ブレーズはまた深くため息を吐いた。

 

「……で、ダフネを喜ばせる件はどうするんだ?」

 

「それは次のホグズミードで頑張るさ。……俺が女性を喜ばせようと、頑張ればいいんだろ? なにもクリスマスをそれで潰す必要はない。ダフネもクリスマスは楽しみにしてたろ? 付き合わせるのは良くない」

 

俺としては、俺が最低限踊れるようになるのが全てを丸く収める方法だと思っていた。しかしブレーズは未だ難しい顔をしていた。まだ何か引っかかっているようだった。

それからブレーズは、確認するように俺に話しかけた。

 

「……なあ、お前はダフネを誘いたくないのか?」

 

「誘わずに済むならそれに越したことはないだろ?」

 

「なんでだよ」

 

「いや、なんでって……。俺のパートナーは貧乏くじ扱いだろ? 俺のパートナーになると、パーティーで俺以外のスリザリンと話すのは難しくなるし、大分からかわれるだろうな。そうなるとクリスマスパーティーを楽しめる状況じゃなくなる。……俺と躍るっていうのは、スリザリンじゃいい事ではないだろ」

 

ブレーズは突然、全て納得いったような表情になった。それから、すごく呆れた表情になった。

 

「お前、そんなことを気にしてダフネどころかアストリアにも声をかけなかったのか?」

 

「そんなことって……。ダフネも、クリスマスパーティーを楽しみだって言ってたからな。楽しませてやりたいだろ?」

 

「……だったらなおの事、ダフネを誘えよ。ダフネはお前と躍るのは嫌じゃないはずだ。それにあいつは、家絡みの付き合いは好きじゃないんだよ。お前が踊ってやれば、ダフネも面倒事を回避できる。お前から誘えば、ダフネも他の奴らを断る理由ができて助かるって話だ」

 

ブレーズから聞かされたことは、どこか心当たりがあった。二年生の時のハロウィンパーティー、抜け出した俺をダフネが追ってきた。家絡みの挨拶は疲れる、とも言っていた。

ブレーズにそう言われると、確かにダフネを誘うことが悪い事ではないように聞こえてくる。

 

「……なるほどな。また、俺の気にしすぎだっていうことか」

 

「そういうこと。だから、ダフネを誘って来いよ。それで丸く収まる」

 

「……だが、さっきも言ったがルーナをすでに誘ってて――」

 

しかし、ダフネを誘うことが悪い事ではないと分かっても、ルーナをすでに誘っていることに変わりはない。そのことを言おうとすると、ブレーズがとうとう叫びだした。

 

「分かったよ、分かったから! ルーニーも、クリスマスパーティーを楽しめればいいんだろ? 俺が、ルーニーと行ってやる! しっかりとあいつを楽しませてやるよ! それでいいだろ? お前は、ダフネを誘うんだよ!」

 

唖然とした。ブレーズがそこまでする理由が分からなかったのだ。

 

「……なあ、ブレーズ。それだとお前が楽しめなくなるだろ? なんでそこまでするんだよ」

 

「……このままじゃ、俺も楽しめねぇだけだ。こうなる方が、幾分かマシなんだよ」

 

ブレーズは達観したようにそう呟いた。

俺が知らないところで、何かあったのだろうか? 何が何でも、ブレーズは俺からダフネを誘わせようとしているようだった。

そう考えると、確かにブレーズが俺にしてくれたアドバイスの意味が急に納得できた。ブレーズは、俺がダフネを誘う様に誘導していたのだ。

 

「……わかったよ、ブレーズ。ちゃんと俺の意志でダフネを誘う。お前に言われたから、とかじゃなくて、俺が踊りたいからって理由でダフネを誘うよ」

 

そう言うと、ブレーズはやっと安心したように息を吐いた。少なくとも、ブレーズの想定する最悪の状況からは脱することができたようだった。

そんなブレーズに、疑問を投げかけた。

 

「……なあ、なんでお前がそこまでして俺とダフネを躍らせようとするんだ? 何かあったのか?」

 

「お前は察しが良いのか悪いのか、ほんとに分かんねぇな。……まあ、ダフネを誘えばわかる。お前の察しが良ければな」

 

ブレーズは投げやりにそう言った。答えてくれる気はない様だった。

何はともあれ、俺はダフネを誘わなくてはならなくなった。若干納得がいっていないところもあるが、一番意にそぐわないことをする羽目になったであろうブレーズが良しとしている以上、俺からは何も言えなかった。

今度はブレーズから俺に疑問を投げかけた。

 

「なあ、お前はラブグッドとは何があったんだ? 恩人だなんだって言って、随分とラブグッドの肩を持つじゃねぇか。お前、あいつと接点なんてあったのか?」

 

「……ついこの間、話す機会があったんだ。そこでルーナに言われたんだ。俺が、お前らの事を信じてないから本心を話せないでいるんだろって。……ルーナにそう言われたから、お前らに本心を話そうって思ったんだ。あいつのお陰で、俺は少し立ち直った。だから、俺はルーナに借りがあるんだ。……本人は、あまり自覚がないみたいだけど」

 

ルーナの事を少し話した。ブレーズは随分と驚いたようだった。

 

「ルーニーがそんなこと言ったのかよ……」

 

「そのルーニーって言うの、本人も嫌がってるからやめてくれ。少なくとも、本人の前では言うなよ」

 

「……へいへい。ああ、安心しろよ。お前がダフネを誘うなら、俺もちゃんとラブグッドを誘う。あいつを楽しませるってのも本気でやる。だから、クリスマスパーティーの途中にラブグッドのことを気にしたり、他の奴と躍ってるグレンジャーを気にしたりはするなよ? それ、ダンスを誘った相手に一番やっちゃいけないことだからな?」

 

「……お前のそういうところ、素直に尊敬してるよ。分かった。ルーナの心配はもうしない。俺も、ダフネを喜ばせるように全力を尽くすよ」

 

ブレーズは女性に対しての扱いは紳士的であった。そんなブレーズを信じることにした。そして、忠告にも大人しく従うことにした。少なくともクリスマスパーティーの間は、他の事を気にせずにしっかりとダフネと向き合うつもりでいる。

ブレーズはやっと、満足そうにした。

 

「なら、ラブグッドには俺から言っとく。……へんな律儀を起こすなよ? お前が今すぐにラブグッドに何か言う必要もない。ラブグッドを先に誘ったこと、絶対にダフネに知られるなよ?」

 

「……それは流石に分かってる。ダフネだって良い気にはならないし、最悪断られるだろうしな。……そうなると、お前も困るんだろ?」

 

「……まあ、上手くやってくれればなんでもいい。とにかく、ダフネを誘ってこい。俺はラブグッドの片をつけるから。……もう、今日は謎解きなんてできないだろ?」

 

ブレーズにそう言われ、俺は頷いた。金の卵の謎よりも、クリスマスパーティーにダフネを誘う方が優先すべきことだとはよく分かっていた。

俺は金の卵を拾うと、ブレーズと共にホグワーツに戻る。ブレーズはルーナを探しに、俺はダフネを探しに別々に行動をした。

 

 

 

ダフネはすぐに見つかった。スリザリンの談話室でパンジーと二人で談笑をしていた。できれば一人でいる時に誘いたかったが、そうは言ってもいられない。もうクリスマスパーティーまで一週間もないのだ。誘うのであれば、一刻も早く声をかけるべきだ。

俺は談笑する二人に近づき、ダフネに声をかけた。

 

「なあ、ダフネ。ちょっといいか?」

 

声をかけられたダフネは俺に気づき驚いたようだった。パンジーとの話を中断させ、俺に向き直った。話を遮られたパンジーは不満そうな顔をしていた。

 

「何かしら? 珍しいわね、貴方がこの時間に談話室にいるのは……。流石に今日は謎解きもお休み?」

 

「ああ、今日はそんな気分にもなれなくてな。……ダフネ、もしよければなんだが、クリスマスパーティー、俺と一緒に行ってくれないか?」

 

俺は、笑いながら話しかけるダフネに単刀直入で用件を切り出した。

ダフネは俺の誘いに驚きで目を丸くした。隣で聞いていたパンジーは、口をあんぐりと開けて呆気に取られていた。

少しして、ダフネが少し笑いながら俺に返事を返した。

 

「……それは、皆から私を喜ばせろって言われているから?」

 

ダフネは少し笑いながらもどこか試すような口調であった。俺は少し考えながら、返事を返した。

 

「……確かに、お前を喜ばせる約束はクリスマスパーティーで果たすつもりだ。クリスマスパーティーでは、お前を喜ばせるように努力するよ。でも誘った理由はそればっかりじゃない」

 

「それじゃあ、どういう理由?」

 

心を込めて相手と躍りたいと言う。ブレーズのアドバイスに従う為に、俺は俺がダフネと躍りたい理由をしっかりと考えていた。

 

「パートナーがお前なら、俺も少しはクリスマスパーティーが楽しくなる。……クリスマスパーティーは正直、気が進まない。ならせめて、踊る相手くらいは気心の知れた相手が良い。俺にとってそんな相手は、ダフネだけなんだ」

 

それは俺の本心だった。ダフネとなら気の進まないクリスマスパーティーも多少は楽しくなるだろうとも思っていたし、そんな相手が今ではダフネしか心当たりがないのもそうだ。

ダフネは俺の返事に少し考えるようにしてから、笑いながら返事をくれた。

 

「分かったわ。私、クリスマスパーティーは貴方と行くことにする」

 

「ダフネ、いいの? 今年の特別なクリスマスに、こいつと躍るだなんて!」

 

ダフネの返事に俺はホッとしたが、隣で聞いていたパンジーは驚きのあまり悲鳴に近い叫び声をあげた。

ダフネはそんなパンジーを可笑しそうに笑った。

 

「そう驚かないでよ、パンジー。私、まだパートナーを決めてなかったもの。ジンが誘ってくれて、ちょうどよかったのよ」

 

「でも、だって……。ダフネにはもっといい相手いるわよ……。もっとかっこよくて、気の利いた、スマートな人……。何人かダフネを誘ってた人いたじゃない」

 

パンジーはダフネが俺と躍るのは気に食わないようだった。パンジーにとって俺は、ダフネのパートナーには役不足らしい。

ダフネはそれを受けて益々可笑しそうに笑った。

 

「ね、パンジー。私が家絡みの関係が苦手なのは知ってるでしょう? クリスマスパーティーに誘ってくる人、殆どが私の事を名前と顔しか知らないのよ? 私、そんな人達よりジンがいいの」

 

そう言われ、パンジーは弱ったような表情で黙ってしまった。ダフネがいいと言っているので、強く言えないようだった。

代わりに、と言わんばかりに俺に強く迫った。

 

「いい? 絶対にダフネに恥をかかせちゃ駄目よ? ダフネがあんたと躍ってくれること、感謝しなさい!」

 

「……ああ、分かったよ、パンジー。……ダフネ、ありがとうな。一緒に行ってくれて、すごく助かる」

 

俺にきつく言いつけるパンジーに返事をしながら、ダフネにお礼を言う。

パンジーはまだ不満そうではあったが、ダフネが笑っているのでそれ以上は何も言わなかった。

俺は二人から離れて、自室へとまた戻った。曲がりなりにも人前で女性をパーティーに誘った気恥ずかしさもあったのだ。自室で一息ついてから、少し考えを巡らせる。

ダフネがクリスマスパーティーに行くことを了承してくれたおかげで悩みが一つ解決し、クリスマスパーティー当日にダフネを喜ばせることで更に悩みがもう一つ解決する。

残り一週間弱、金の卵よりもクリスマスパーティーの用意に力を入れるべきだろう。

ダフネが喜びそうなことは何なのか……。その日は考えてもいい案は思い浮かばず、ドラコが帰ってくるまで頭を抱える事になった。

 

 

 

 

 

ダフネが喜びそうなこと。俺なりに一生懸命考えた結果、一つだけ思いついたことがあった。それにはいくつか準備が必要で、準備のためには協力者が必要だった。

協力者を得るために、俺はある場所に向かっていた。

必要の部屋。俺は、フレッドとジョージに協力を求めようとしていた。

必要の部屋に来るのは、殆ど一年ぶりだ。昨年のクリスマス、必要の部屋へ顔を出したが二人には会えなかった。そして最後に会ったのはクィディッチ・ワールドカップの貴賓席だった。その時はマルフォイさんと一緒にいた為、かなり印象は悪かったはずだ。

二人から何と言われるか、少し怖かった。

緊張しながら必要の部屋のドアを開く。中には目的の二人がいた。二人は、驚いた表情で扉の方を振り返っていた。

二人は入ってきたのが俺だと分かると、少しほっとしたような表情になった。それから二人は嬉しそうに笑いながら話しかけてきた。

 

「ジン、久しぶりじゃないか! 僕達、てっきり君はもうここには来ないのかと思ってた!」

 

「君って優等生だからね。悪戯はもう卒業だなんて、つまらないことを思ってしまったのかとひやひやしてたよ」

 

フレッドもジョージも俺への態度は変わらなかった。友好的で気さくな態度。俺は安心した。

 

「……久しぶりだな、二人とも。去年のクリスマスは会えなかったからな。でも研究品はいくつか貰ったし、二人とはすれ違いだったけど、たまに俺も部屋には顔を出してたんだ。今年こそカナリアクリームを完成させるんだって意気込んでいたが、調子はどうだ?」

 

「ああ、あれか。どうもなにも絶好調! すでに完成してる。今、寮でこっそり販売してるよ。一つ七シックルでね。どうだい? 部屋代の代わりに一つ持っていくか?」

 

俺の質問に、フレッドが調子よく返答をした。差し出されたカナリアクリームを笑いながら流し、俺は今日来た本題を二人に話した。

 

「今日はいたずらグッズじゃなくて、別の事をお願いしに来たんだ。なあ二人とも、こんな物を作りたいんだが、協力してくれないか? ……これを、クリスマスパーティーまでに完成させたい。難しいかな?」

 

俺は事前に用意した作りたい魔法道具の内容を記した羊皮紙を二人の前に広げる。

二人はそれを興味深げに眺めた後、口々に意見を言った。

 

「これは……そんなに難しい魔法じゃないな。クリスマスパーティーまでっていうことなら、まあ、何とかなりそうだ」

 

「似たようなものはいくらでもあるからね。実現自体はできるんじゃないか? ただ、これは少し凝ってるから時間は必要だな……。なあ、これを何に使うんだい?」

 

二人の意見では、作ろうと思えばそんなに時間をかけずに作れるということらしい。そんな意見を頼もしく思いながら、ダフネの事を少し話す。

 

「色々あってな……。クリスマスパーティーのパートナーを、まあ、喜ばせなきゃならないんだ。その為の仕込みで使いたくてな」

 

そう言うと、二人は目を合わせた後にだいぶ意地悪な表情になった。

ジョージが楽し気に俺に声をかけた。

 

「君、クリスマスパーティーのパートナーには誰を誘ったんだい? 喜ばせたいだなんて、随分と隅に置けないことを言うね」

 

「ダフネ・グリーングラス。俺の同級生の。知ってるか?」

 

俺は二人の態度を少し面倒に思いながらも、協力を依頼している手前無下にはできず、大人しく質問に返事をする。

フレッドは俺の返事に口笛を吹いた。

 

「ああ、知ってるさ。君とよくつるんでる別嬪だろ? 彼女を喜ばせなきゃいけないなんて、つまりは、そういうことかい?」

 

明らかにからかっている口調に、思わず呆れた表情になる。

 

「どういうことかは知らないが、多分違うな。……彼女に、ちょっとしたお詫びが必要なんだ」

 

俺の返事に、フレッドとジョージは少しつまらなそうな表情になった。

 

「君、この手の話はだいぶ苦手なんだね。冗談の通じなさが、うちの愚弟と同等だ」

 

「それなのに、クリスマスパーティーに誘ってわざわざ自作の魔法道具で喜ばせようとする……。君、それを無自覚でやってたら重症だぜ?」

 

「……いや、本当に色々あったんだ。本腰入れてお詫びしないといけないんだよ。こうでもしないと、周りも納得させられないんだ」

 

「周りを納得……。君、何をした? 手でも出した?」

 

「でも、クリスマスパーティーでは踊ってくれるんだろ? だいぶ言ってることがちぐはぐだ。らしくない。錯乱呪文にでもかかっているじゃないか?」

 

二人は言いたい放題だった。詳しく説明をするのも面倒で、ため息とともに強引に話を戻した。

 

「とにかく、これを作るのに協力してくれよ。これ、いたずらグッズにも使えなくはないだろ? 俺だけだと実現が難しいんだ……。頼むよ……」

 

少し困ったようにお願いをすると、二人は顔を見合わせた後に肩をすくめながら了承をしてくれた。

 

「まあ、僕らにかかれば明日には仕上げられるんじゃないかな? 道具も揃えているんだろ? 君には大きな借りもあるしね。これくらいはお安い御用さ」

 

「これを使って何するか、ちょっと気になるしね。いいよ、手を貸してやろうじゃないか」

 

二人は結局、手伝ってくれるようだった。そのまま俺の持ってきた道具に魔法をかけて実験を始める。

俺は協力が得られたことに安心しながら、二人の実験に参加をした。

二人は自信ありげに言うだけあり、俺が望んだ魔法道具を着々と仕上げてくれた。宣言通り明日には完成品を作れそうだということで、今日はお開きとなった。

 

「明日の夕方には完成できると思う。好きな時に取りに来なよ。僕らもいつもここにいるわけじゃないから、完成したら机の上に置いておく。勝手に取って行って構わないよ」

 

「助かったよ、二人とも。ありがとうな、協力してくれて」

 

お礼を言うと、二人は笑って返事をした。

 

「いいよ、そんなお礼なんて。なあ、また気軽に来いよ。僕ら、君ならいつだって大歓迎だ」

 

「クリスマスパーティー、どうなったか報告はくれよ! 道具の結果も、楽しみにしてるからさ!」

 

二人は、俺が代表選手であることもスリザリンであることも気にした様子を一切見せなかった。ここにいる時、彼らはただ良き友人として俺に接してくれていた。それがとても嬉しかった。

 

「……また来るよ。二人の様子を見に。それに俺もいたずらグッズは結構気に入ってるんだ」

 

そう返事をして俺は必要の部屋を出た。フレッドとジョージは、何があっても俺の友人であることに変わりはなかった。そのことを少しでも疑っていたことを少し恥じた。

 

 

 

 

 

 

フレッドとジョージに頼んだ魔法道具は、翌日にはしっかりと完成されていた。それを受け取り、ダフネを喜ばせる準備を進めていると、クリスマスまでの時間はあっという間に過ぎ去って行った。

クリスマスパーティー当日、普段は閑静なホグワーツが多くの人でにぎわい、浮かれた雰囲気に包まれていた。夜のクリスマスパーティーまではスリザリンの談話室で親友達と過ごしていたが、夕方過ぎになるとダフネとパンジーとアストリアは準備があると言って部屋の方へと消えていった。

それを受けて俺達も自室で準備を始めることにした。自室で正装用のローブへと着替える。俺のローブは黒を基調とした銀の刺し色が入った大人しめのデザインのローブ。ドラコとブレーズに選んでもらったものだ。

ドラコは濃い緑を基調としたもので、ブローチなどの装飾品や髪の毛をセットし、かなり気品のある仕立てになっていた。

準備を終えて談話室に向かう。ブレーズは既に準備を終えて、談話室を出て行こうとしていた。

 

「じゃ、俺はパートナーを迎えに行くからよ。お前らはお前らで楽しんでくれや」

 

「ブレーズ、君は誰を誘ったんだい? 結局、教えてくれなかったが……」

 

「……見てのお楽しみだ」

 

ドラコの疑問に、ブレーズは肩をすくめて答えるとすぐに談話室を出て行った。

ブレーズは、ルーナをダンスパーティーに誘ったことは誰にも言わなかった。それを言ってしまえば、事情を話すうちに俺がルーナを誘っていたことがバレて面倒になるということで、俺も強く口止めをされていた。

ブレーズはクリスマスパーティーでも俺達に会わないように徹底するつもりらしい。

 

「なあ、ジン。結局、ブレーズは誰を誘ったんだろう? ……どうも、スリザリンにはいないみたいなんだ」

 

「……それよりも、ドラコ。今日はパンジーのエスコートだろ? お前もあまり周りを気にしてられないんじゃないのか?」

 

話を逸らすつもりで、ドラコにクリスマスパーティーの事を持ち出す。ドラコはあっさりと話に乗ってくれた。

 

「僕としては、君の方が心配だ。ダフネを喜ばせろなんて、からかうつもりで言ったけどさ。……君、ダンスパーティーすら初めてだろう? 君こそ、エスコートできるのかい?」

 

「努力するよ。……下手なことをするとパンジーに殺されかねんしな」

 

「ああ、違いない」

 

ドラコは面白そうに笑いながら、パートナーが来るのを待った。

二人はすぐに来た。

パンジーはピンクのフリルの付いたローブでかなり可愛らしく仕立てていた。パンジーは自分の仕上がりにそれなりの自信があるらしく、こちらに来るまで周りに見せつけるように堂々としていたが、ダンスローブを着たドラコを見てすぐにいつもの態度に戻った。

 

「ああ、ドラコ、貴方って本当に素敵! 早く行きましょ! 早く踊りたい!」

 

そうはしゃぎながらドラコの腕を引っ張った。ドラコは苦笑いをしながら、大人しく引きずられていった。

俺はそれを笑いながら見送って、こちらにやってきたダフネに向き直った。

濃い青を基調としたローブで、胸元はサファイアのネックレスが光っていた。談話室にいた多くの者がダフネに見惚れるほど、ローブを綺麗に着こなしていた。

 

「流石だな。すごい綺麗だ、ダフネ」

 

今日はダフネを喜ばせる。そう考えていたため、出会ってまずはローブ姿を褒めようと思っていたが、称賛の言葉はすんなりと口に出た。

ダフネは褒められて、恥ずかしそうにしながらも微笑んだ。

 

「……ありがとう。貴方も、素敵よ。その……うん、とっても素敵」

 

「ああ、ありがとう。……他の奴らも行ったし、俺達も行くか」

 

そう言ってダフネを誘い、大広間へと向かう。

大広間までの廊下は、多くの人でごった返しになっていた。色とりどりのローブで敷き詰められており、目がちかちかした。寮を越えてパートナーを選んだ者は相手を探すのに苦労しているようで、廊下をうろうろしているのが見受けられた。

そんな大広間前の廊下で、マクゴナガル先生の声が響いた。

 

「代表選手はこちらへ!」

 

代表選手は、他の生徒全員が入場してから列を作って大広間へ入場することとなった。代表選手とそのパートナーは、扉のわきで待つように指示された。

デラクールのパートナーは、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテンであるロジャー・デイビースであった。デイビースはデラクールに見惚れているようで、穴が開くほどデラクールの顔を見つめていた。

ポッターのパートナーは、パーバティ・パチル。ピンクを基調としたドレスを綺麗に着こなしていた。ポッターはかなり緊張しているようだった。

そして何より驚いたのは、クラムのパートナー。

ハーマイオニーだった。それも、クリスマスパーティーにむけてかなり綺麗に仕上げた。

普段ぼさぼさであった髪はキレイにまとめ上げられており、優雅に結い上げていた。ふんわりとした空色のローブを着こなし、振る舞いもどこか優雅になっていた。

俺もダフネも、クラムのパートナーがハーマイオニーであったことに驚き、呆然とした。ハーマイオニーは俺達に気づくと、くすくすと笑いながら話しかけてきた。

 

「こんばんは、ジン、ダフネ! ……パートナー、内緒にしててごめんなさい。でも、あまりからかわれたくなくて……」

 

「いいの、ハーミー。これは言い出せないわ……。……ハーミー、貴女、その、とっても素敵。すごく、綺麗よ」

 

「ありがとう、ダフネ! あなたもとっても素敵!」

 

ハーマイオニーはパートナーが誰かを隠していたことを謝ったが、ダフネはそれよりもハーマイオニーがかなり綺麗になっていることに驚いているようだった。事実、先に扉をくぐって大広間へと入って行く多くの生徒がハーマイオニーを凝視してしまうほど、とても綺麗だった。

しかし俺はと言えば、綺麗に仕上げたハーマイオニーも確かに気になっていたが、それよりもハーマイオニーの隣に立つ誇らしげなクラムの方が気になっていた。

今までクラムのことは、世界的クィディッチ選手であり、対抗試合のトップを走る、自分とはどこか次元の違う人間の様に思っていた。

しかし、今この瞬間はそれらを忘れた。

自分でも分からないが、どす黒い感情があった。目の前にいる不愛想な表情の男を、試合でも何でもいいからぶちのめしたいという、怒りに似たどす黒い感情。

クラムは、俺の感情に少し気付いたようだった。俺の視線を受けて顔をしかめ、受け立つように俺を見つめ返した。

俺とクラムの間に、少し険悪な空気があったのだろう。ハーマイオニーが慌てたように俺に声をかけた。

 

「ジン、あの、クラムって、悪い人じゃないわ! ……試験の事も、ハリーやあなたの事も、私から聞こうとはしなかったの。純粋に、その、好意で誘ってくれた人なの」

 

ハーマイオニーはそう俺に説明をした。俺が敵意を露わにするのは、クラムが対戦相手であることが問題だと思った様だった。ハーマイオニーの方を向くと、ハーマイオニーは不安そうな表情をしていた。

ハーマイオニーはクラムに誘われたことが満更ではなかった。そしてクリスマスパーティーも楽しみにしていた。それは、自分のよく分からない感情でぶち壊していいものではないと分かっていた。

俺は深くため息をついて感情を落ち着かせる。それからクラムに謝った。

 

「……睨んで、悪かった。驚いただけなんだ。……友達が、お前と躍ることになって」

 

クラムは特に返事はしなかった。しかし、少しばかり表情は緩くなった。少なくとも険悪な雰囲気はなくなった。

ハーマイオニーとダフネが、少し安心したように息を吐くのが見えた。離れた場所にいるポッターですら、胸をなでおろしたのが分かった。俺は、随分と敵意を露わにしていたようだった。

これ以上クラムが視界に映らないように視線を外し、ダフネへと向き直る。今日はダフネを喜ばせようと決めていたことを忘れてはいない。

 

「……悪かった、ダフネ。喧嘩するつもりはなかったんだ。ただ、クラムのパートナーがハーマイオニーってことに本当に驚いたんだ」

 

「……分かるわ。私も、言葉を失ったもの。……ハーミー、とても綺麗ね」

 

ダフネはダフネで、ハーマイオニーの変化に驚いているようだった。まだ少し呆然としながら、ハーマイオニーのことを見ていた。

当のハーマイオニーは、大広間へと入って行くパンジーがハーマイオニーに気づいて嬉しそうに跳ねて手を振るのを、笑いながら見送っていた。

俺が空気を険悪にした事は、そんなに気にしていないようだった。しかし、ダフネは不安そうな表情になって俯いていた。

なぜ不安そうなのかは分からなかった。傍目から見れば、ダフネはデラクールやハーマイオニーにも見劣りは絶対にしないと言い切れるほど、綺麗であった。本人もそれを自覚していると思っていたのだが、もしかしたら違うのかもしれない。

それから間もなく、代表選手が入場することとなった。マクゴナガル先生を先頭に、列になって。

まだ少し俯いているダフネの手を取った。ダフネは驚いたように、こちらを見上げた。

 

「まあ俺じゃ力不足だろうが、頑張ってエスコートする。……頑張って楽しませるよ」

 

ブレーズならもっと気のきいたセリフが出てくるのだろうな、と思いながら少しでもダフネを明るくさせようと言葉をかける。

ダフネは凄く驚いた表情になったが、すぐに満面の笑顔になって俺の手を取った。

 

「……期待してるわ。私、本当に楽しみにしてたのよ? 貴方と躍れるの」

 

ダフネが笑うのを見て、少しほっとする。俺は自分の中に未だ燻ぶるどす黒い感情を押し殺し、ダフネを楽しませることだけに集中しようと気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 



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クリスマスパーティー

代表選手は、審査員である各校の校長とバグマン、そしてクラウチ氏の代理であるパーシー・ウィーズリーと同じ席に座ることとなった。

席には金の皿とメニューがあるのみだった。料理はどうすれば良いのか。そう思って辺りを見渡すと、ダンブルドア先生が金の皿に向かって料理名を呟いており、その呟いた料理が皿の上に現れることで仕組みが分かった。周りもそれを見て、各々の好きなメニューを皿の上に呼び出した。

俺はフィレステーキとサーモンのマリネを頼むことにした。ダフネは白身魚のグリルを頼んだようだった。

 

「……ホグワーツの料理って、やっぱ美味いよな。歓迎会の時もハロウィンの時も、料理はいつも一級品だった」

 

「貴方って、やっぱり食い意地張ってるわ。そんなに料理に夢中なの、貴方くらいだと思うの」

 

俺の感想に、ダフネはクスクスと笑っていた。ダフネはクリスマスパーティーが始まってからは随分と楽し気にしていた。

 

「……一応、料理以外も楽しんではいるんだがな。飾りつけだって、本物の妖精に灯りをともさせてるんだ。すごいなとは思うよ」

 

「でも、見惚れたりはしてないわ。……私は、すごい素敵だと思うの。灯りも、装飾も、すごくロマンチックじゃない?」

 

そう言われて周りを改めて見渡す。

普段大広間を照らしているろうそくの代わりに、小さな妖精たちが灯りの代わりを担っていた。妖精たちはそのほのかな灯りであたりを照らしながら飛び回っていた。

そして雪や氷でできた彫像が飾られており、妖精の光を受けて色鮮やかに光っている。

天井には、魔法でオーロラのカーテンが広がっていた。

どこを見ても美しく、ダフネが見惚れるのも無理はないと思う。

それらをすごいの一言で片づけて、食事に舌鼓を打っていては確かに食い意地が張っていると言われてもおかしくはないだろう。

 

「ねえ、あなたは妖女シスターズは好き? 今日の演奏をするバンドマン達。曲は聞いたことあるかしら?」

 

「……ロックにパンクにジャズとなんでもござれだとは知ってる。曲は、あんまり聞いたことはないな」

 

「だと思ったわ。私はすごい好きなの。レコードもいくつか持ってるわ。今度、お気に入りの曲を教えてあげる」

 

「ああ、是非お願いしたい。……レコード、俺も集めてみるかな」

 

そんな他愛もない話をダフネとしながら食事を終えると、ダンブルドアが立ち上がり生徒達を席から立たせ、魔法で机やいすを壁際まで動かしダンスフロアを作り上げた。そして壁にはステージを立ち上げた。

作り上げられたステージに妖女シスターズが上がり、熱狂的な拍手が彼らを歓迎した。拍手や歓声が収まったところで、妖女シスターズが音楽を奏で始めた。

曲が始まると、代表選手とパートナーは全員立ち上がった。俺もダフネと共に立ち上がり他の代表選達と同じようにダンスフロアへ進んで踊りを始める。

ダフネの手を取り、腰に手をまわして、曲に合わせてターンをする。ダフネがダンスに慣れていることもあって、そこまで酷いことにはならなかった。

 

「……思ったより、とても上手。踊るのは初めてなんでしょう? 貴方って、ダンスのセンスはあるわ」

 

ダフネは踊りながら、上機嫌にそう言った。

気が付けば周りは多くの生徒達が踊り始めており、もう代表選手たちは注目の的にはなっていなかった。

代表選手の責務が終わったことを感じ、肩の荷が下りる。後は、パートナーになってくれているダフネを喜ばせれば、今日は何も言うことなしだ。

あっという間に一曲目が終わり、大広間にいる生徒達から妖女シスターズへ惜しみない拍手が送られた。ダフネも頬を上気させながら拍手を送っていた。

妖女シスターズは拍手に一礼を返すと、それからすぐに先程よりアップテンポで明るい曲を演奏し始めた。

またも大広間は盛り上がり、先程よりも激しいダンスをする人達が現れ始めた。

ダフネの方へと目をやると、ダフネはまだ踊り足りないようだった。チラチラと妖女シスターズと俺の方を見ながら、どうしようか迷っているようだった。

ダフネの手を再び取って、踊りに誘う。

 

「もう少し、踊らないか? 俺はこっちの曲の方が、さっきの曲よりも好きだし」

 

ダフネは顔を輝かせた。踊りに誘ったのは、正解だったようだ。

それから先程よりも速いテンポで踊りを始めた。ダフネは楽し気に時折ターンをし、音楽や装飾やこの部屋の空間全てを楽しんでいるようだった。

ダフネのダンスについて行くことに神経を使いながら、少し周りの様子にも目をやった。

一番目立っていたのは、フレッドがアンジェリーナ・ジョンソンのペアだった。暴れるように元気に踊っていて、そのあまりの激しさに多くの人が彼らを遠巻きに眺めていた。

ネビルのパートナーは、ジニー・ウィーズリーだった。ネビルが彼女の足を踏むので、少し躍りにくそうにしていた。

ドラコも見つけた。パンジーがドラコに見惚れるようにしながらフラフラ踊るので、ドラコはあまり激しく動かずにスローペースでリードしているのが分かった。

他にもマクゴナガル先生やムーディー先生まで踊っているのを見つけた。そしてスネイプ先生はいなかった。スネイプ先生はパーティーというパーティーが嫌いな人なのは知っていたので、驚きはしなかった。

二曲目が終わっても、多くの人達はダンスを続け、ダンスフロアの空気に当てられたように浮かれていた。

ダフネは、流石に二曲続けて踊ったので息が上がっていた。頬を赤らめながら、楽しそうに笑っていた。

 

「少し、のどが乾かない? 飲み物でも飲みましょ?」

 

「……そうするか」

 

踊ることに満足をしたらしいダフネから提案され、飲み物を取って近くのテーブルへ座る。

ダフネはフルーツジュースを美味しそうに飲んだ後、こちらに向き直った。

 

「ねえ、私、今日はすっごく楽しいの。こんな素敵なパーティー、生まれて初めてよ! あなたはどう?」

 

輝くような笑顔でそう聞かれた。

 

「ああ、俺も楽しいよ。……お前がパートナーでよかったよ。お陰で、俺も楽しい」

 

喜ばせよう、という気は確かにあった。しかし、本心でもあった。

代表選手になって気が休まらない中で一緒に踊りを楽しめる相手は、やはりダフネ以外には考えられなかった。

ダフネは赤かった頬をさらに赤くさせた。そして、少し恥ずかし気にもじもじとしていた。

気が付けば、ダンスフロアから消えている人達もいた。まだ終わっていないというのに、パートナーと一緒になって抜け出したり、つまらなくなって帰っている人達がいるのだろう。視界の隅に、ポッターとウィーズリーが二人で抜け出していくのが見えた。

流れている曲も、ゆったりとしたものになっていた。踊っている人達も、ただ揺られるように踊っており、熱も冷めて落ち着いた空気になっていた。

 

「……私もね、貴方がパートナーでよかった」

 

「そう言ってくれると、嬉しいよ」

 

ダフネにとっても俺と躍ることが嫌じゃない。それは俺がダフネを喜ばせるという贖罪がしっかりとこなせていることを示しており、俺の肩の荷を下ろす言葉でもあった。

完全に肩の荷が下りて、少し気が楽になった。俺は少し伸びをして、肩の凝りをほぐした。それからダフネに話しかける。

 

「もう少し踊るか? それとも、ここでゆったりとする?」

 

「……ここで、ゆっくりしたい」

 

ダフネはそう言いながら、こちらにもたれるようにしてきた。

少し驚いて受け止める。ダフネは俺の胸辺りに頭を預けるようにしながら、話を続けた。

 

「私ね、家柄とか血筋とか地位とか名誉とか、そういうのって嫌いなの。皆が形ばかりを気にして、自分と関係ないところに価値を置いているようで。だから、パーティーも苦手だったわ。息苦しかった」

 

「……それでも家同士の付き合いは上手くこなしてる。よくやってるよ、お前は」

 

唐突の愚痴に、少し戸惑いながらも励ます。ダフネは顔を上げずに、俺の胸のあたりに顔を埋めたままだった。

 

「……ホグワーツに来るのも嫌だったの。家柄から逃れられないから。みんな、私をグリーングラス家の令嬢として見てたから。息苦しかったの。……アストリアの事、笑えないわよね」

 

ダフネは話し続けた。励まして欲しいわけでもないようで、俺は黙って話を聞くことにした。

 

「……でもね、今は来てよかったって心から思ってる。だってね、貴方がいたから。私、貴方と会ってから毎日が楽しいわ。家柄も、血筋も、嫌なことを忘れられるから」

 

ダフネが俺といる理由。今日、俺と躍ってくれた理由。それを伝えてくれているのが分かった。

そして、俺がダフネに助けられているのと同じくらい、ダフネは俺に助けられているのだと分かった。

俺は、俺が思っている以上にスリザリンの親友達の力になれていたのだ。

 

「……そう言ってくれて嬉しいよ、本当に。俺はお前らに助けられてばかりだと思ってたから。……俺も、お前らに会えて良かったと思ってる」

 

純粋な感謝を込めて、そう言葉をかける。ダフネはしばらく動かなかった。

少ししてダフネは俺から離れた。

 

「……私、今日はもう疲れたわ。ねえ、寮まで送ってくれる?」

 

微笑みながらそう言うダフネは、どこか少し寂しそうだと感じた。

なぜ寂しそうなのかは分からなかった。

 

「……ああ、勿論だ」

 

返す言葉も分からず、ただ返事をしてダフネの手を取り立たせる。ダフネは微笑みながら立ち上がった。

ダフネの手を引きつつ、落ち着いた曲が流れる大広間を後にする。

クリスマスパーティーも、もうほとんど終わりに近づいていた。

 

 

 

 

 

大広間を出て寮までの廊下は静かで薄暗く、パーティーの熱を冷ますのにはちょうど良かった。

そんな空気の中で、ダフネはポツリと呟いた。

 

「……私ね、貴方にずっと謝りたかったの」

 

「お前が俺に? 何を謝りたかったんだ?」

 

「追い詰めていたこと。貴方が辛かったことに気づけなかったこと。……貴方に、辛い思いをさせたこと」

 

ダフネは未だ悔やんでいるようだった。良かれと思ってかけてきた言葉や行動が、俺を追い詰める結果になっていたことを。

 

「……それはさ、俺が本当の事を言えばよかっただけなんだ。対抗試合になんて出たくなくて、命を狙われているかもしれないって。そんなことを言いもしないで分かってくれってのは、無茶な話だろ。だからダフネが気にすることじゃないよ。お前達が俺の事を思って動いてくれていたのは、本当に分かってるんだ」

 

俺は本音を打ち明けた時に言った言葉を、もう一度投げかけた。

 

「貴方はそう言うわ。でも、私達は分かっていたの。貴方が試合に出たがっていないことを。それなのに私達は勝手に喜んで、勝手に期待して、勝手に慰めてたの。……貴方は、優しいから言い出せなかっただけよ。私達の行動が貴方を追い詰めていたって。……贖罪が必要なのは、私の方よね。今日もごめんなさい。貴方に無理をさせちゃって」

 

ダフネは微笑みながらそう言った。微笑んではいるが、どこか悲しそうで、やはり悔やんでいるように見えた。

見ていられなかった。

 

「確かに、俺はお前らの言葉や優しさに勝手に傷ついてたよ。でも、今は本音を知ってくれてる。お前らはもう、俺を無理に担ぐことも、ましてや責める事なんてしない。何より、俺が試合を怖がっていることを分かってくれている。それが俺にとって、どれだけ救いになってるか……」

 

そう言うが、ダフネの表情は晴れなかった。

足りない、と思った。

ダフネの表情を晴らすだけの言葉が、行動が、そして気持ちが。

寮の扉はほとんどすぐだった。帰り道ももう終わる。しかし、このまま終わらせてはいけないことは分かっていた。

このまま終わらせてしまえば、きっとダフネは今日一日を素敵な日だとは思えない。それどころか、これからもどこか自分を責める気持ちを持ち続けるだろう。

そんなのは本意ではない。

俺を心配し泣いてまでくれた親友が、俺の事で悩み続けるなど、あってはならない。

 

立ち止まって、ダフネを引き留める。

ダフネはキョトンとした表情で俺の方を見る。

 

「ダフネ、お前だけだったよ。俺のために泣いてくれたの」

 

ダフネは驚きで目を見開いた。

 

「お前は俺を心配してくれていた。俺の大丈夫って言葉を信じて応援をしてくれていた。周りからの批判も抑えてくれていた。……お前はいつだって、俺の為に動いてくれてただろ? そんなお前が俺に謝る事なんて何一つない。お前に負い目もなにも感じて欲しくないんだ」

 

ダフネは呆然と俺を見返していた。言葉が出ない様子だった。

そんなダフネの手を握り、言葉をかける。精一杯の気持ちを込めて。

 

「お前は俺がいてくれてよかったって言ってくれたけど、俺も同じだよ。お前がいてくれてよかったって、本気で思ってる。……だから俺を傷つけていたかもなんて、もう気にしないでくれ。そんなこと気にして、自分を責めないでくれ。俺はさ、今まで通りに一緒にいれればそれでいいんだ。そうしていたいんだ」

 

「……でも、貴方を傷つけたのは事実よ。貴方ばかり辛い目に遭って、何もしてあげられなかった」

 

ダフネはかすれた声でそう言った。

俺は首を振ってその言葉を否定する。

 

「周りがなんと言おうと、一緒にいてくれただろ? それが一番嬉しかった。一緒にいてくれることが、俺にとって何よりも支えだった」

 

ダフネは顔を伏せて、わずかに身じろぎをした。逃がさぬよう、少し手の力を強めた。ダフネは肩を跳ねさせた。

 

「これからも一緒にいてくれよ。負い目とか、償いとか、そんな考えなしにさ。……そうしてくれたら、俺は凄く嬉しい。これからも、お前と一緒にいたいんだ」

 

ダフネは俯いたまま、何も言わなくなった。それから肩を震わせはじめ、次第に震えが大きくなっていった。そしてとうとう、声を上げて笑い始めた。

突然の事で呆然としていると、ダフネは笑いながら言った。

 

「貴方って、本当にすごいわ」

 

「……何が、すごいんだ?」

 

「嫌よ、教えてあげない」

 

ダフネは意地悪そうに笑った。訳が分からず、今度は俺が黙ってしまった。

ダフネはそんな俺を見て、より意地悪そうな笑みを深めた。

 

「ねえ、ジン。私、貴方のお望み通りに負い目なんか感じない。感じてあげないことにした」

 

「……それは、なによりだ」

 

望んでいた言葉だが、思っていたの大分違った。戸惑いながら返事をすると、ダフネはまた声を上げて笑った。

 

「だからね、貴方も私に償おうとか、そんなこと思わないで。次にダンスに誘う時は、贖罪だとかそんなのは一切なしよ」

 

ダフネは少し躍るようにして歩き、寮の扉の前に立った。

 

「今日はありがとう。本当に楽しかったわ。でもね、私を喜ばせようと思っていたなら、残念だけど失敗よ」

 

ダフネは扉の前に立ちながら、楽しそうに笑う。

 

「私、貴方から言って欲しかった言葉があるの。……今の貴方じゃ、絶対に言いそうにない言葉。何だと思う? 最後にチャンスをあげる。当ててみて?」

 

そう笑うダフネの顔は、意地悪で、楽しそうで、でもやっぱり少し寂しそうだった。

俺は、何を言えばいいのか本当に分からなかった。

黙ってしまった俺を見て、ダフネはすぐに待つのをやめた。

 

「そうよね、分からないわよね。いいの、分かってたから。でも、気にしないで。今日は十分楽しかったから。……私はこのまま、部屋に帰るわ。貴方はどうする?」

 

「……少し、散歩でもするよ。実はまだ疲れてないし眠くもない」

 

なんとなく、自室に戻る気になれなかった。

ダフネがなんと言って欲しかったのか分からないまま、何もせずに一緒に寮に入って談話室で別れ自室で寝るのは、何か違うと思った。

ダフネはそれを察したようだった。少しだけ満足げに笑った。

 

「……散歩もほどほどにね。散歩しながら考えても、絶対分からないと思うわ」

 

そうからかう様に言われた。図星であったため、思わず苦笑いをする。

最後にやられっぱなしなのは癪だった。だから、ほんの少しだけ意趣返しのつもりで言葉を返した。

 

「お前は喜ばせるのは失敗だって言ったけど、まだ今日は終わってない。お前が部屋に戻ってから寝るまでの間、お前が少しでも喜ばなかったら俺の完敗だ」

 

「あら、それまでに何かしてくれるの?」

 

「さあ? ……すぐに気付くよ」

 

本当は言うつもりのなかった言葉。しかし、ダフネの面食らったような表情が見れたのでよしとする。

ダフネの表情は晴れていた。

俺に負い目も感じないと言ってくれた。

思っていた反応とはだいぶ違ったが、それでも先程よりもよっぽど明るい表情になっていた。

だから、今日はそれで満足とすることにした。少なくとも、ダフネが今日一日を嫌な思いで終えることはないと思ったから。

 

「それじゃ、おやすみ。俺は少し散歩する」

 

「ええ、おやすみなさい。……寝る前に何が起きるか、期待してるわ」

 

ダフネは笑いながらスリザリンの寮へと入って行った。

俺はそれを見届けてから少しため息を吐いて、フラフラと目的もなく歩き始めた。

夜道は寒く、頭を冷やすにはちょうど良かった。

 

 

 

 

 

 

気が付けば見覚えのある廊下を歩いていた。廊下の角にぽつんと一つだけベンチが置いてあって、人通りがほとんどない場所。

ハーマイオニーと二人で話す時に使う場所だ。

きっと、無意識に歩いていたのだろ。目的もなくフラフラと歩いていただけだから、よく来る道を無意識に選んだだけのこと。深い意味なんてなかった。

 

だが、なんとなくここを動く気になれず、ベンチに腰掛ける。

 

深く息を吐いて、ベンチにだらしなく背中を預けて楽な姿勢になる。

今日は凄く濃密で、忙しくて、疲れるし、心休まらず、分からないことも多かった。

だが、楽しかった。そう思う。

それでも部屋に戻ってすぐに寝る気になれないのは、別れ際のダフネの言葉の所為だ。

ダフネはダンスを終える時、少し寂しそうだった。そして別れ際も、やはり少し寂しそうだった。

きっと俺はダフネの気持ちを分かっていない。

だからダフネは寂しそうなのだ。自分の気持ちを分かって欲しいのに分かってもらえない辛さは、身に染みている。

 

それではダフネの気持ちとは?

 

正直、さっぱり分からなかった。いっそ直接言って欲しかった。しかしダフネは言う気がない様だった。

悔しいが、ダフネの言う通りどれだけ時間を費やしても答えにはたどり着けそうになかった。もう一度深いため息をついて、今度こそ帰ろうかと思った。

だが人影が現れて、思い直すこととなった。

 

ハーマイオニーが廊下に現れた。それも一人で。

 

突然の事に驚いた。そしてハーマイオニーも、俺がいる事に驚いていた。

お互い驚いたまま見つめ合い、しばらくそのままだった。

それから少し早く我に返った俺が話しかけた。

 

「……ハーマイオニー、なんでこんなところに?」

 

「私は、その、少し考え事をしたくて……。あなたこそ、なんでここに?」

 

「俺も考え事してた。気が付けば、ここにいただけだよ。……座るか?」

 

そう言ってベンチを詰めて、もう一人座れるスペースを作る。ハーマイオニーはすぐに空いたスペースに座った。

ハーマイオニーは一人だった。一緒に踊っていたクラムもそばにいない。それが分かると、何故だか少し気分が良かった。押し殺していたどす黒い感情が湧き出ることもなかった。

ハーマイオニーは考え事をしていたと言う様に、どこか思い悩んだ表情だった。

 

「……クリスマスパーティーはどうだった? 楽しかった?」

 

他愛もない質問は、すんなりと口に出た。

ハーマイオニーは唐突の質問に驚いたようだが、直ぐに微笑んで返事をくれた。

 

「ええ、とっても! 料理も、音楽も、装飾も、あの空間の全てが素敵だったわ。本当に楽しかった……。あなたも楽しかったでしょ?」

 

「ああ、楽しかったよ。……いいパーティーだったと思う。妖女シスターズは、ハーマイオニーも好きなのか? 俺は今日初めて聞いたけど、いい曲だった。特に、二曲目が良かった」

 

「私も、実は初めてだったの。魔法界の音楽って、聞く機会がなくて……。私も二曲目が本当に好きだったわ! 明るくて、楽しくて、素敵な曲だったわ」

 

ハーマイオニーはパーティーの時間を思い出してか、少し頬を赤らめながら楽しそうに話をした。

それをぼんやりと眺めながら、また質問をした。

 

「……考え事って言っていたが、何か悩みでもあるのか? 良ければ聞くぞ?」

 

軽い気持ちでの申し出だった。ハーマイオニーの言う考え事の内容も気になっていた。それに自分の悩みを棚に上げて人の悩みを聞くことで気が紛れるだろうとも思った。

ハーマイオニーは少し落ち着いた表情で俺の方をジッと見てから、話し始めた。

 

「……私より、あなたの方がずっと思い悩んでいると思うの。あなたも考え事をしてたのでしょう? 試合の事? それとも、あなたやハリーを巻き込んだ犯人の事? ……私が力になれる事はある?」

 

そう言われ、医務室での事を思い出した。

ハーマイオニーの腕をつかんで引き留めて、弱音を吐いてしまった時の事を。

今となっては、俺にとって恥ずかしい過去だった。

 

「……大丈夫だよ、ハーマイオニー。俺の考え事は、今回ばかりは試合の事じゃない。試合の事も、今は乗り切れる気がしてるんだ。安心してくれよ」

 

俺の言葉は医務室の時の様な強がりではなかった。今は、スリザリンの親友達が俺の気持ちを分かってくれている。

もうハーマイオニーの腕をつかんで弱音を吐くようなことはなかった。

俺はハーマイオニーに安心させるように笑いかけた。

 

「俺の事は、本当に大丈夫だ。それより、ハーマイオニーの悩みを聞かせてくれよ。俺で力になれる事があれば、なんでもするよ」

 

思い悩んだ様子のハーマイオニーに対して、何かしてやりたいという気持ちが強かった。

ハーマイオニーの表情を晴らしてやりたかった。

そんな気持ちでの言葉だった。

 

ハーマイオニーはしばらく俯いていた。

少しして顔を上げると、俺に微笑みかけた。

その表情はダフネの表情と似ていた。笑っているはずなのにどこか寂しそう。言って欲しい言葉を言ってもらえなかった、そんな表情。

俺はかける言葉を間違えたのだと悟った。

 

「……ありがとう、ジン。あなたはいつも私に優しいのね。私って、いつもあなたに助けられてるわ。一年生の頃からずっと。ホグワーツに来てから何回も」

 

言葉が出なかった。お礼を言ってくれて、感謝を向けられて、嬉しいはずなのに。

ハーマイオニーの表情は、言葉とは裏腹にどこか寂しそうだった。

 

「……あなたって、すごい人よ。いつだって色んな困難を乗り越えてきた。それも、たった一人で。今だってすごく辛いはずなのに、もう前を向けているのだもの」

 

ハーマイオニーの目には、俺はそんな風に映っていたのか。

不思議なものだ。

俺は一人で何かを成し遂げたことなど、一度もないのに。

二年生の秘密の部屋の事件ではポッターが俺を救ってくれた。

三年生の吸魂鬼の時だって、ポッターとルーピン先生がいなければ死んでいた。

そして今、対抗試合はスリザリンの親友達に支えられて初めて前を向けている。

だが、ハーマイオニーの言葉を否定する言葉が出てこなかった。話すことができなかった。

ハーマイオニーが、寂しそうに笑っているから。ハーマイオニーの求める言葉が、分からなかったから。

 

「……私の悩みはね、私が嫌な女だっていうこと。私は傲慢で、でしゃばりで、意地っ張りな、嫌な女なの。……皆に見せつけるようにクラムと踊る、嫌な女」

 

ハーマイオニーは話し続けた。

俺は黙り続けた。

 

「私がクラムと踊ることに決めたのはね、期待してたの。私の中の何かが、変わるんじゃないかって。……変わらなかったわ。私は依然と嫌な女なの」

 

俺はハーマイオニーの話のほとんどの意味を分からずにいた。

なぜ、寂しそうに笑ったりするのか。

なぜ、自分をそこまで卑下するのか。

なぜ、自分を嫌な女だと評するのか。

 

「……お前は良い奴だよ、ハーマイオニー。嫌な女だなんて、思ったことはない」

 

絞り出した言葉は、気の利かない愚直な言葉だった。

ハーマイオニーはまた寂しそうに微笑んだ。

 

「私って嫌な女よ。私なんかが何かするまでもなく、あなたはもう前を向いてる。それは喜ぶべきなのに、ちょっとがっかりしてる。……あなたが、私を頼ってくれたら嬉しいと思ったの」

 

俺の言葉は、届くことはなかった。

ハーマイオニーの表情が晴れることはなかった。

ハーマイオニーは立ち上がり、こちらを振り返りながら言った。

 

「……散歩してよかったわ。あなたと話せて、少し落ち着いた」

 

そうは見えなかった。笑ってはいるが、やはり寂しそうだった。

しかし、俺は依然と何を言えばいいのか分からなかった。頭が真っ白になり、上手く考えられていなかった。

 

「私は戻るわ。あなたも早く帰った方がいいわ。……夜は冷えるし、体に悪いもの。おやすみ、ジン。試合、頑張って。私、あなたのことも応援しているから」

 

「……おやすみ。またな、ハーマイオニー」

 

別れを言うしかなかった。

別れを言って、ハーマイオニーの背中を見送るしかなかった。

 

肌寒い廊下で一人になり、再びベンチにだらしなく背中を預けて楽な態勢になる。

ダフネもハーマイオニーも、何か言って欲しかったはずなのに、俺はそれが何か一切分からなかった。

しばらくベンチに座って考えていたが、答えは一向に出てこない。

ため息を吐く。

 

俺は一つだけ、決意した。

 

言いもしない自分の気持ちを誰かに分かってもらいたいなど、二度と思わない。

言われもしない気持ちを理解するのがどれだけ難しい事か、身に染みて分かった。

俺は本当に無茶なことを願っていたのだと、しみじみと思う。

 

 

 

 

 







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ブレーズの奮闘

ブレーズは深くため息を吐いた。

今日は歴史的なクリスマスパーティーだ。記念すべき日になるはずだった。

自分は理想のパートナーとダンスをして過ごし、親友達と話に花を咲かせ、誰もが笑顔で楽しむはずのクリスマスになるはずだった。

 

そう思っていたのに、現実は残酷だった。

お陰様で隣にいるのは理想のパートナーではなく、頭のおかしいちんちくりん。

 

ちらりと隣にいる少女、ルーナ・ラブグッドへ目をやる。

大きな目にブロンドの髪。普段つけているコルクのネックレスやカブのピアスはない分かなりマシな見た目になっているが、理想のパートナーというには、いささかブレーズにとって物足りなかった。

 

どうしてこうなった……。

 

そう思い、事の起こりであるハロウィン前日に行われた歓迎会での出来事を思い返した――。

 

 

 

 

 

歓迎会の日、ブレーズはクラムに話しかけようとドラコと共に躍起になって人込みをかき分けた。

流石は世界的スター選手。話しかけるも一苦労で、自分に興味を向けることなどできっこなかった。

結果、ブレーズは人込みから弾き飛ばされた。一方で、一緒にいたはずのドラコはちゃっかりとクラムの隣に座っていたりする。ブレーズにとって非常に腹立たしい状況だった。

クラムは諦め、どこかでのんびりしているだろうジンとダフネと話でもして気を紛らわそうと思った。

そして見つけた二人は、ダームストラングの男子生徒と楽しそうに談笑をしていた。それを見て、もっと気分が悪くなった。

 

「おいおい、ダームストラング生ってのは敵だろ? 随分と仲良くなって……」

 

そう突っかかるように声をかけた。二人の親友がいい顔をしないのは分かっていたが、八つ当たりでもしないと気分が収まりそうになかった。

ジンに諫められたが謝る気にはならず、ダフネに連れ出される形となった。

 

「ベックがいい人なのは、本当よ。失礼な態度は良くないわ。喧嘩するくらいなら、向こうに行きましょ? ちょうど、貴方に話したいこともあるし」

 

ダフネはそう言って、ブレーズを連れだした。

ブレーズからすればダフネもその場を離れたがっているようだったので、自分と一緒にその場を抜け出すための方便にしか思っていなかった。

ジンとダームストラング生と離れた後、ダフネは周りを見渡して、辺りに知り合いがいないことを確認すると声を潜めて話始めた。

 

「ブレーズ、貴方にちょっと協力して欲しいことがあるの」

 

「あん? なんだ、マジで話したいことあったのか」

 

ブレーズは少し驚いた。ダフネの話したいことがあるというのが嘘でなかったというのもそうだが、ダフネが誰かにお願いをすることが珍しかった。

基本的にダフネは誰かに借りを作りたがらない。誰かの力を借りることも、誰かの助けを受ける事も、極力避けるような人間だ。

そんなダフネが自分に協力の依頼。随分と興味のそそる話題だった。

ブレーズは一気に機嫌を直して、面白がるように質問をした。

 

「珍しいな、お前が頼みごとなんてよ。一体何だってんだ?」

 

ダフネは少し言いづらそうにしたが、すました表情を取り繕いながら相談を切り出した。

 

「ジンからクリスマスパーティーに誘われるように仕向けたいの。……ちょっと、手を貸して欲しいのよ」

 

ブレーズはここ数年で一番驚いた。それこそ、二年生の時にジンがスリザリンの継承者をぶちのめしただの、三年生の時にこれまたジンが吸魂鬼とシリウス・ブラックから逃げてきただの、そんな大事件に匹敵するほどの情報だった。

 

あのダフネが、ダフネ・グリーングラスが、男からクリスマスパーティーに誘われたいと思っているのだ。

 

ダフネが男になびかないのは有名だった。自分の家柄や見た目などに自信のある者が数名、ダフネにアタックをするも散っていく姿を見たことがある。知っている者は少ないが、現クィディッチキャプテンのグラハム・モンタギューもダフネに振られたことがあるのをブレーズは知っていた。それを知った時は腹を抱えて笑ったのを覚えている。

一方でダフネが誰かを気になっているなど聞いたことがなく、そんな気配など微塵も感じてこなかった。

 

そんなダフネの気になる相手。それがジンだという。

家柄なんぞないに等しい。名家らしい振る舞いは一切なし。マグル界育ちのスリザリン。寮じゃ知らない者などいないほど有名な、変わり者扱いの、愛すべき親友。

 

ブレーズは思わず笑った。

なんて面白い話なのだろうか。

 

ダフネはブレーズが笑ったのが気に入らなかったようだ。軽くブレーズを睨みつけた。

 

「……随分と楽しそうね。何か、言いたいことでも?」

 

「いやいや、不平不満は何一つねぇよ。……いいんじゃねぇの? 協力してやるよ」

 

ブレーズのあっさりとした協力への合意に、ダフネは少し面食らった。それから、少し疑う様な表情でブレーズを見た。

 

「貴方、何か企んでる?」

 

「失礼な奴だな、お前。協力して欲しいんだろ? 素直に喜べよ」

 

ブレーズは笑いはしたものの、悪意などなかった。

ダフネもそれが分かったのか、少しため息を吐いてから話を続けた。

 

「ジンから誘われたいだなんて、こんなこと、誰にも言ってないわ。パンジーにもドラコにも、アストリアにも。言ったらすぐ広まりそうだし……。変にジンの耳に入るのも嫌なの」

 

ブレーズは納得した。

確かに、特にパンジーの耳に入ろうものならばすぐに広まってしまうだろう。

今のところダフネの振る舞いからジンへの好意が読みとれた者などいないだろう。自分が気付かなかったのだ。他の者が気付くことなど、考えられない。

 

「……貴方に相談したのは、その、経験が一番豊富だから。パンジーはドラコしか見てないし、ドラコも女性関係には疎い方でしょう? 私も言い寄られたことはあるけど、誰かを誘ったりしたことはないし……。どうしたらいいか分からないの」

 

そうダフネは恥ずかしそうにしながら言った。

ブレーズはこれをモンタギューが見たら発狂するだろうなと思い密かに笑った。

そして、ダフネの悩みなど簡単に解決すると思った。

 

ジンはクリスマスパーティーに誰かを誘うつもりがないと言っていた。

ジンにダフネを誘えと一言言えばそれで終わり。

ジンがダフネをぞんざいに扱うことなどしないだろう、という確信もあった。

 

だからブレーズは、ダフネの依頼を安請け合いした。

 

「オーケー、分かった。ジンからお前を誘う様にすればいいんだろ? んじゃ、俺、ちょっとジンと話してくるわ」

 

「……余計なことは言わないでよ?」

 

「言わねぇよ。ちょっと話をするだけだ」

 

話をして、それで終わり。そんな気でいた。

しかし、事態は複雑だった。

 

ダームストラング生と別れて一人になっていたジンに話しかけたところ、ジンからも相談を受けた。

 

「なあ、ブレーズ。丁度お前に相談しようと思ってたんだ。前に協力者になってくれるって言ってたろ? 今年のクリスマスパーティーに向けて、協力して欲しいんだ」

 

「あん? ……ああ、もしかして、誘いたい奴がいるのか? 前はいないって言ってたが……」

 

「実はいるんだ、誘いたい奴。前に聞かれた時は嘘を吐いてた。誘いたい奴がいるって言うのが、恥ずかしくてな」

 

「……お前、実は嘘が上手いんだな。全く気付かなかったぞ。で、誰だよそれは?」

 

「ハーマイオニーだ。……あいつをクリスマスパーティーに誘うのに、アドバイスをくれないか?」

 

この話を聞いた時、ブレーズは思考が停止した。

なんで、クリスマスパーティーに誘いたい相手があのハーマイオニー・グレンジャーなのか。

ブレーズは別にハーマイオニーを嫌ってはいない。しかし好いてもいない。

友達の友達。そんな距離感だ。

命の恩人であることは認めている。パンジーやダフネに協力的で良い奴なのだとは思う。だが、勤勉で真面目で冗談が通じない。馬が合うと思ったことはない。

なんでそんな奴が気になるのか。

そうジン本人に聞いたところ、返事はこうだった。

 

「……ハーマイオニーから頼られるのが、力になれるのが、幸せだって思ったんだ。うん、それが大きいな」

 

その返事にブレーズは頭を抱えながら少し納得した。

ブレーズが思うに、ジンは世話好きだ。誰かから頼られた時にあまり嫌な顔をすることがない。むしろ、喜んで手を貸すような人間だ。お人好しと言ってもいい。

そんなジンが昨年、ハーマイオニーからずっと頼りにされていたのはなんとなく聞いている。それがきっかけにでもなったのだろう。

結局ブレーズはその場でそれ以上は何も言わず、適当に濁して話を切り上げた。

 

 

それが学校生活の崩壊の始まりだった。

 

 

ジンから誘われたいダフネと、ハーマイオニーを誘いたいジン。

思ったよりも面倒くさい事態だった。どうしようかと頭をひねらせていたが、翌日になったらそれどころじゃなくなった。

 

ジンが代表選手に選ばれた。

 

お陰で学校は大騒ぎ。その後に四人目の代表選手としてハリー・ポッターが選ばれるのだから、事態はさらに大事に発展していった。

誰もが二人に注目をした。

どうやって年齢線を越えたのか、本当の代表選手はどっちなのか、対抗試合をどうやって乗り越えるのか。

更に事を複雑にしたのが、当の本人が栄誉ある代表選手という立場を嫌がっていることだ。

スリザリン全体がジンを担ぎ上げ、自分達も代表選手に選出されたことを心から祝福した。

しかしジンの反応は薄く、それどころか顔をしかめたりため息を吐いたりする始末。

ドラコ達が励ましたり、代表選手であることを相応しいと評したりしても、曖昧に笑うだけだった。

 

ジンのいないところで、どうしたらジンが前向きになるか何度か話し合いがされた。

 

「ジンは、本気で代表選手になりたくなかったんだ……。どうしてかまでは分からないが、まあ、彼の態度を見るに明らかだろう」

 

ドラコの意見にブレーズは賛成だった。ダフネも驚いた様子はなく頷き、アストリアは悩んだ様子で話を聞いており、パンジーは呆気に取られていた。

アストリアが一生懸命考えて出したであろう答えを言った。

 

「……自信がないのかな? ジン、自分のこと凄いって思ってなさそうだもん。自慢するところとか見たことないし。自信を持たせてあげたら、やる気になるんじゃないかな?」

 

「そうかもね。元気づけてあげるのも、いい方法かもね」

 

ドラコは一生懸命なアストリアに微笑みながらそう言ったが、ドラコ自身はそうだとは全く思っていないようだった。

 

「僕としては、目立つことそのものが嫌なんだと思う。非難されることもそうだが、担ぎ上げられるのも本気で嫌がっているように見えるよ。……ジンは何も言わないけど、こそこそと噂されるのも相当嫌なはずだ。本人が言わない分、僕らが言い返した方がいいだろうね。こういうのは、何も言わないでいると調子づく奴らが多い」

 

「……過保護だなぁ、ドラコ。俺達が言い返すまでもなく、あいつが実力で黙らせればいいだろ?」

 

「実力で黙らせる一か月、ただ言われっぱなしになっていろってことかい? ジンには、試合に集中して欲しい。余計なことはこっちで排除するに越したことがないだろ? ……僕がクィディッチの試合に出る時、君達がしてくれていることと一緒だよ」

 

ドラコはこれを機に、普段感じている恩を返す気なのだとブレーズは察した。

ブレーズとしても、元々ジンに協力するつもりであったため反対意見などなかった。

ただ、ジンを守ることに張り切るドラコやダフネ、ジンに借りを作ってやろうと言いながらなんだかんだ心配するパンジー、自分達を兄の様に慕っているアストリアと、ジンの周りには協力者が多いことを悟り肩の力を抜いた。

悪い様にはならないだろうと思った。

協力者が多いし、何よりジンは今まで様々なトラブルを自力で潜り抜けてきた。今回も、きっと何とかなるだろうと楽観していた。

 

第一試合が終わり、その考えが甘かったと思い知った。

 

ジンが死にかけた。ドラゴンの尻尾に弾かれて。

意識を失ったであろうジンはすぐに治療され、医務室へと送り込まれた。命に別状はなく、試合も問題なく再開されることとなった。

だが、自分達の間には問題だらけとなった。

 

ドラコは悔しそうにした。他の選手が上手くやってジンだけが失敗し、周りがジンを非難するのに耐えられないようだった。

ダフネは悲しそうにした。何もできず、ただジンが意識を戻すのを待つことしかできない自分に歯がゆさを覚えているようだった。

パンジーは怒り狂った。周りの者がジンを非難し、囃し立て、それによってドラコとダフネが辛そうにするのが許せないようだった。

アストリアは不安そうにした。このままではジンだけでなく自分達の誰かも倒れてしまうのではないかと心配そうだった。

 

そしてブレーズは、誰よりも冷静であった。

ジンも心配だが、ドラコ達も心配だった。ドラコ達はジンを庇うあまり周りと酷く対立をすることとなった。

ドラコやパンジーはスリザリン生でジンの批判をする者を許しはせず、痛烈に言い返してみせた。お陰で寮内の雰囲気は殺伐とすることが多く、そんなドラコ達に不満を持つ者も現れた。

ダフネはひたすらにジンを案じていた。授業終わりには必ずジンの状況を聞きにスネイプ先生やマクゴナガル先生を問い詰めたし、面会も希望していた。ジンが意識を戻さないと聞く度に落ち込み、どこか痛々しい雰囲気を醸し出し、食事すら拒否した。その様子を見てダフネに夢中な一部の男子は更にジンへと敵意を増やし、それに気づいたダフネは悲しむ事すら我慢していた。

アストリアは誰もが苦しんでいるのを見てどうしたらいいのか分からないようだった。ダフネを励まそうとして上手くいかず、落ち込んでいるのもよく見かけた。また、同級生がジンに批判的であり友達ともうまくいかなくなってしまった様だった。

 

ブレーズからすれば、全員がジンの事を思って、全員が自分の首を絞めているように見えた。あまりいい事だとは思えなかった。

 

荒れるドラコを宥めた。ジンが帰ってきた時に気まずくならないようにするべきだと主張し、その意見に納得したドラコはむやみに人に噛みつくことを止めた。そして冷静になったドラコがパンジーを宥めることで少しばかりの平穏を取り戻した。

落ち込むダフネを励ました。ジンに命の別状がない事や、ジンが目を覚ました時に自分達まで落ち込んでいたらジンはもっと気にするだろうと言って、少しばかり気楽に考えることを勧めた。励ましの効果はなかったが、少なくとも断食を止めてくれた。

困っているアストリアを慰めた。アストリアが気にすることは何一つなく、友達と楽しくやっていろと言って同級生の輪の中へと押しやった。アストリアは友達との無用な対立は避け、日常へと戻る事ができたようだった。

 

こうして、表向きだけでもいつも通りの日常を取り戻していった。

そしてジンが目を覚ましてからも、その日常は何とか取り繕うことができた。

ジン本人以外は。

 

ジンが目を覚ましてすぐ、ジンが自分の試合での失敗を気にせずに飄々とした態度であったことをパンジーが咎め、険悪な雰囲気になった。

パンジーからすれば、ジンの名誉の為に身を粉にして動いていた自分やドラコ達の思いを無下にし、自分達の心配も気にしてないように見えたのだろう。自分達の気も知らないで、というパンジーの思いを少しばかり察した。

だからブレーズはパンジーを庇ったし、少しばかり肩入れもした。

ジンはすんなりとそのことを受け入れ、自身の状況も受け入れて見せた。自分達の誰かに当たることも、怒り散らすこともしなかった。粛々と、自分の置かれた状況を受け入れていた。

 

だからブレーズは、ブレーズ達は勘違いをしていた。

ジンが苦しんでいるのは周りのいわれなき非難や、代表選手になったせいで嫌に目立っているのが原因だと。

 

特にドラコはジンが苦しんでいるのを見抜いていたし、気にしてもいた。度々ジンのいないところでよく議論をしていた。

 

「僕らは、僕らだけはジンの優勝を信じよう。だって、そうだろ? ジンが次の試合で勝ちさえすれば、みんな掌を返すに決まってる。こんな批判なんて、すぐになくなる。だからさ、ジンにも立ち直ってもらわなきゃ。僕らが優勝を信じてるって言えば、きっと立ち直ってくれるさ」

 

全員がドラコの意見に賛成だった。全員がジンを励まそうと心した。

また下手なことを言いそうだからと、パンジーはジンへの見舞いに行かなかったが、周囲の人間が漏らすジンへの批判は一層、厳しく取り締まった。

 

だがジンの表情が晴れることはなく、むしろ日に日に弱っていった。

退院してから直ぐに、授業に来なくなった。日のほとんどの時間、卵を持って森の中へと消えていった。食事もろくに取らず、やつれていった。

ドラコ達は一層、強くジンを励ました。ジンは一層、弱っていった。

 

ブレーズはそんな状況に頭を抱えていた。

何かしてやりたかったが、何をすればいいのか分からずにいた。

いつまでもこんな状況が続けば、ジンが倒れてしまう。そう思った。

 

だが、そんな日は急に終わりを告げた。

ジンが、自分達を呼び出して本音を話した。

命を狙われていて、試合になんて出たくなくて、優勝なんてどうでもよくて、ただ生きることを望んで欲しい。

そう言われた時、ブレーズは自分達の行動がジンを追い詰めていたことを悟った。ジンが苦しんでいたのは、自分達がジンに優勝を期待して励まし続けたからだと。

 

ジンは真に受けたのだ。自分達の言うことを、喜びを、期待を、そして心配も。

 

ジンが代表選手になって喜んでいた自分達を思い、試合に出たくないなど言わなかった。

第一試合が終わって厳しい立場になったジンを励ます自分達の期待を背負い、無理をして強がった。

そして心配をさせまいと、弱音を吐く事すらしなかった。

 

くそ真面目な野郎だ。ブレーズはそう思った。

 

もしブレーズがジンの立場なら、代表選手になった時に話は終わっていた。

例え周りが喜ぼうと、ブレーズだったら一言、

「試合なんて出たくねぇ、ふざけんな」

と言って終わらせただろう。

目の前の親友はそんな一言すら言えない、不器用な奴だったと思い知った。

そしてそんなジンをからかってやろうと、謝り続けるジンにちょっとした罰を与えた。

自分達の中で一番ジンの身を案じていたダフネを喜ばせてみろ、と。ただの悪ノリだったが、悪くない案だったと思う。

女性を喜ばせようとするジンは見物だとドラコとブレーズは思っていたし、怒るパンジーを鎮める口実にもなるし、なによりジンからダフネをクリスマスパーティーに誘わせる絶好の機会だった。

 

ブレーズにとって幸運なことに、ハーマイオニーにはクリスマスパーティーのパートナーが既にいた。

誘う相手がいないことでジンが頭を悩ませているので、それとなくアドバイスをしてダフネを誘わせようとした。

だというのに、ジンはそれらを全部無視して、あろうことかルーナ・ラブグッドを誘いだした。

ぶん殴ってやろうかと思った。

しかし話を聞くに、あくまでジンはジンでダフネの事を思いやっていた。ものすごくすれ違っていたが。

ブレーズは呆れ果て、今となってはらしくないと思うが、自分の身を捨ててまでジンにダフネを誘うように仕向けた。

 

結果めでたくジンはダフネを誘い、自分は頭のおかしいちんちくりんと躍ることになった。

クソくらえだ。

 

 

 

 

 

ブレーズは大広間で席に着きながら、遠い目で今日までの事を振り返った。

そしてパートナーのルーナの方に目をやる。ルーナは大広間の特別な装飾や妖精や魔法に随分と興味津々だったが、何かを探すようにキョロキョロとせわしなく顔を動かしていた。隣で見ていたレイブンクローの六年生の女子がクスクス笑いを抑えようとしていた。

 

「……お前、何探してんの?」

 

「皆が呆けた顔をしてたから、ラックスパートがいるのかなって。人の耳に入るところ見たかったけど、よく見えないや。メラメラメガネ、持ってくればよかったかな」

 

「……持ってこなくて正解だ」

 

いよいよ隣の女性が笑いを抑えきれず、噴き出した。

それを見ても、別にルーナは気にした様子もなく再びラックスパート探しに精を出し始めた。ブレーズは深くため息を吐いた。

 

ブレーズはジンにルーナを楽しませると言ったが、その自信がどんどん折られていた。

生まれて初めて、女性を前にして困惑している自分がいた。

 

それでも約束は約束だと、ルーナを喜ばせようとした。

ジンの話では、ルーナのお陰でジンは立ち直った。自分達にできなかったことをルーナがやったのだ。だからブレーズもルーナに対して少しばかり恩は感じていた。

借りを作ったままなのは、癪だった。

 

「いつまでも呆けてないで、飯にしようぜ。ほれ、好きなメニューを言ったら出てくるみたいだ。好きなもん食えよ」

 

とりあえず、ルーナを現実に引き戻そうと食べ物で釣ることにした。

ルーナはあっさりと釣れて、料理を楽しそうに選びながら、ややデザートに集中したメニュー選びをした。

甘いものをニコニコと頬張るルーナを見て、ブレーズは少しばかり表情を緩める。口を開かなければ、ルーナは随分とマシな女性だとなんとなく分かった。

だがいつまでも食事が続くわけはなく、直ぐに踊る時間となった。

ブレーズは食事を終えたルーナの手を引き、ダンスホールを取り囲む群衆に混ざった。

代表選手達が、と言うよりも、ジンが踊るところは見ておきたかった。

ルーナは大人しく手を引かれ、どこか夢見心地な呆けた表情でついてきた。

 

ジンは、傍目から見ても問題なく踊ることができていた。

ハーマイオニーがクラムと躍っていることも見ないようにしているのか、気にしたそぶりを見せずにしっかりとダフネと躍っていた。

 

それを見届けて、ブレーズは安心から深く息を吐いた。

やはりジンはくそ真面目だった。

自分の言ったアドバイスにしっかりと従い、クリスマスパーティーの間はダフネを喜ばせる事だけに意識を集中さえていることが分かった。

 

それが分かれば、もう何も心配することはない。

ブレーズは手を引いたルーナを喜ばせることに集中することにした。ダンスでもして、楽しい思い出にでもしてやろうと。

ところが、ルーナは踊るそぶりを見せなかった。どこか夢見心地な表情で、代表選手の後をおって踊り始めた群衆を眺めているだけだった。

 

「……踊らないのか、ラブグッド?」

 

「うーん……。ダンスは好きじゃないんだ。それに、あんたも無理しないでいいよ。私を誘ったの、ジンの為でしょ? 本当は私を誘いたくなかったのに、無理をしてる」

 

ルーナは夢見心地な表情とは裏腹に、淡々とした口調でそう言った。

ブレーズは驚いた。ルーナはここに来るまでも口を開けば変なことを言うので頭の中がハッピーな奴だと思っていたが、随分と冷静で客観的な視点も持ち合わせていた。

ブレーズは踊ろうとするのを止め、ルーナを連れてもう一度席に座り直した。

 

「勘違いしてるようだから言うが、お前を誘ったのは俺の為だ。……ジンには、まあ、別の奴と躍ってもらわないと俺が困るんだ。だってのに、ジンはお前を誘ったって頑なだった。お前を楽しませるのが、ジンが別の奴と躍る条件だったんだよ。……だから、お前は何も気にせず楽しめよ」

 

ブレーズはありのままを話すことにした。ルーナから下手なごまかしが通じそうにない、不思議な雰囲気を感じ取ったのだ。

ルーナは少し驚いたようにブレーズを見て、笑った。

 

「あんた、優しいんだね。それもすっごく。あんた、さっきまでジンの事を心配そうに見てたよ。……ジンがダフネ・グリーングラスと躍らないと本当に困るのは、きっとジンとグリーングラスなんだね。それなのに、それが自分の為だなんて言うんだ。……あんた、本当にジンが好きなんだね」

 

「……気色悪いこと言うなよ」

 

ブレーズはそう言いながら、ルーナに対して感心していた。そして、ジンがルーナのことを気に入った理由がなんとなく分かった。

ルーナは変で頭がおかしい。しかし、客観的で冷静な視点も持ち合わせていた。なにより、普通は口にすることを躊躇う事実も堂々と口にする度胸を持ち合わせている。

 

そしてブレーズはそんなルーナに言われて気が付いた。

自分はジンを含めたスリザリンの友人達といる時間がとても気に入っていたのだと。

一生に一度の特別なクリスマスパーティーを不意にしてでも壊したくないと思う程、大事に思っていたことを。

 

不本意だが、ブレーズもルーナの事が少し気に入った。

思っていたよりも面白い奴だと、評価を改めた。

そして、そんなルーナがつまらなさそうに自分のパートナーをしていることが癪だった。自分のパートナーとなった女性がつまらなそうにしているなど、ブレーズにとってはこの上ない侮辱だ。

だから、ブレーズは今まで以上にルーナを楽しませようと本気になった。

 

「ラブグッド、お前はなんでダンスが嫌いなんだ?」

 

ルーナは突然の質問に不思議そうにしながらも律儀に返事をした。

 

「何度か躍ったことがあるけど、楽しかったことがないから。それに、私が踊ると笑う人達がいるもん。今だって、あんたまで後ろ指を指されてる。私とパーティーに来るの、ちょっとおかしいみたいだから」

 

ブレーズはそう言われてチラリと辺りを見渡した。

そして確かに、自分達を見てクスクスと笑っている奴らが確認できた。

ブレーズは呆れたように笑った。

 

「……いい事を教えてやるよ、ラブグッド。後ろ指を指したり、馬鹿にしたりする奴らには、何が一番効果的かって話だ」

 

ブレーズはそう言うと、立ち上がって軽くステップを踏み、音楽に合わせて回転し、跳び、優雅に踊って見せた。

ブレーズは自分の見た目が優れていることを自覚している。そして、自分のダンスが一流であることも。その証拠に、部屋の隅で軽く一人で踊っただけなのに、ボーバトンの女子数名が自分に熱い視線を送り始めたことに気付いていた。

 

「楽しめよ、ラブグッド。楽しむのが一番の仕返しだ。楽しめば、悪口は嫉妬に、嘲笑は強がりになる。それが一番、相手の品位を下げるんだぜ?」

 

ルーナは呆気にとられた様にブレーズを見つめた。ルーナのそんな表情を見て、ブレーズは満足だった。

呆気にとられたままのルーナの手を取り立ち上がらせ、優雅にダンスホールへとエスコートする。

 

「ダンスがつまらないってのは、相手に問題があるんだよ。本当にいい相手と躍るダンスは、マジで楽しいぞ。……好きに踊れよ、合わせてやる」

 

ルーナは戸惑っていたが、少しして夢見がちにステップを踏んでくるくると回り始めた。

ブレーズはルーナの調子はずれのステップに笑いながら、上手くカバーし、傍から見れば独創的ながらも美しいダンスに仕立て上げた。

気が付けば、後ろ指を指す奴はいなくなった。ルーナとブレーズを気にする者も、いなくなった。いたとしても、それは羨望の眼差しを送る者だった。

ルーナは段々とダンスを楽しみ始め、しまいには輝くような笑顔を浮かべて全身で踊っていた。

 

「こんなにダンスが楽しいの、初めてだ! あんた、本当にすごいんだね。ラックスパートの群れみたいに、輝いてるよ!」

 

「……それ、褒めてんのか?」

 

結局二曲目の途中から最後の曲まで、ブレーズはルーナに付き合って踊り続けることとなった。

踊り終わったルーナは息を切らしながら、満足そうに笑っていた。それは夢見心地な表情ではなく、年相応の少女らしい表情だった。

 

「あんたの言う通りだ。ダンスって、素敵な相手と躍ると楽しいんだね。こんなに楽しいのは、初めてだ」

 

「そうだろ? けど、もう休め。息も切らしてる。飲み物でも飲んで、落ち着けよ」

 

そう言ってブレーズはルーナを座らせて、二人分の飲み物を持って自分も椅子に座った。

ルーナはフルーツカクテルを美味しそうに飲みながら、息を整えた。

 

「あんたって、やっぱり優しいね。あんたの友達にだけじゃなくて、私にも。……初めてだなぁ、羨ましいって目で見られたの」

 

「癖になるだろ、羨ましがられるのは。……ま、今日だけだ。お前には借りがあったからな。これでチャラだ」

 

ブレーズはそう言いながら、今日の事を自分でも満足していた。

結果として、ルーナを心から楽しませた。自分の矜持と友人との約束を守れて、万々歳だった。

ルーナは不思議そうにしながら、そんなブレーズを見た。

 

「私、あんたに何もしてないけどなぁ。……多分ジンの事だよね、あんたが借りだって言ってるの。やっぱり、ジンのことが大好きなんだね」

 

「それ止めろよ。俺がジンを好きだとか、気色悪くてたまんねえ。……俺は、俺が楽しいようにやってるだけだ」

 

ブレーズは少し顔をしかめながら、そうルーナに苦言を呈した。ルーナはそれを聞いて少し微笑んだ。

 

「やっぱり、あんたはすっごく優しいよ。自分の為に、って言いながら誰かの為に動いてるもん。今だって、私が楽しめるようにずっと気を遣ってる。お陰ですごく楽しかったよ」

 

無粋なことを言う、とブレーズは思ったが口にはしなかった。

それを言われてしまえば、ブレーズが何を言おうと照れ隠しのように聞こえてしまうだろう。たとえルーナの言うことが事実じゃなかったとしてもだ。

だから、肩をすくめるだけにした。

ルーナはそれを見ながら、微笑むだけだった。

それから、ルーナは夢見心地な口調で話を始めた。

 

「楽しむのが仕返しって、素敵だね。あんたの事、誤解してたなぁ。あんたのやり方、誰よりも賢いって思うよ」

 

「……それな、お袋の受け売りだ」

 

「そうなんだ。あんたのお母さん、素敵な人なんだね」

 

ブレーズは返事に困った。

 

 

 

 

 

ブレーズの母親は随分と訳アリの人間だ。

七回の結婚に、七回の死別。その度に大量の遺産を手にして、今では名家との太いパイプを持つ魔法界有数の資産家だ。

そしてその衰えない美貌から、今でも幾人かの男を虜にしている。相手が既婚者だろうがお構いなしに、だ。それもうまいことやっていて、相手から自分に貢がせる方法を熟知している。たとえ問題になっても、ただ相手から言い寄られただけだと言い張れる状況を常に作り上げている。

 

そんな女性から生まれたブレーズも、随分と訳アリだった。

ブレーズは自分の父親が誰か知らない。集めた情報と自分の出生の時期を照らし合わせて、三番目か四番目の男の子どもだとは察しているが、確信も持っていない。母親も、言う気がない様だった。

そして小さい頃から今まで常に後ろ指を指されて生きていた。

やれ売女の息子だ、誰の子かも分からぬ穢れた子、インキュバスとのハーフと疑われたこともあった。

それが嫌で、幼い頃に何度か母親にきつく当たった。母親がそんなだから、自分が辛い目に遭うのだと。

母親はそれを言われる度に、笑いながらブレーズに言った。

 

「楽しみなさい、ブレーズ。人生、楽しんだもの勝ちだもの。いい? 楽しむことが何よりも大事なの。私達が楽しめば楽しむほど、私達を悪く言う奴らの品位がどんどん落ちてくのよ」

 

結局、少し経てばブレーズは母親の言っていたことが正しかったと思い始めた。

悪口を言っていた男の想い人が自分に夢中であることを知った時、得も言えぬ快感が自分を襲ったのも、母親の言葉を正しいと思うきっかけだったと思う。

お陰で少し歪んだ性格になったと、ブレーズは自覚している。

しかし、母親のことを尊敬し、心から慕う様になったのも覚えている。

自分も母親と同じように、人生を楽しむことを信条にするほどに。

 

母親はきっと、多くの人に嫌われているだろう。男たらしだと。

そして自分も、多くの人に嫌われているだろう。女たらしだと。

 

 

 

 

 

そんな母親を素敵な人だと言い、自分を優しいと言う目の前の少女に、ブレーズは何と言っていいのか分からなかった。

少なくとも自分に言い寄ってきた女の中で、自分を優しいと褒めた女はいなかった。

 

そしてルーナは、今までの女とは一味違った。

ブレーズのわずかな動揺すら、読みとって見せた。

ルーナは微笑みながら、ブレーズに言い聞かせた。

 

「あんたは優しいよ。あんたの友達は、あんたが友達で幸せだ。だってあんたは自分が楽しむには、友達も楽しそうにしてなきゃ嫌なんでしょ? それって、すごく素敵なことだ。それを教えてくれたお母さんも、やっぱり素敵な人だよ」

 

ルーナの言葉には不思議な説得力があった。

そんなものか、と思わず納得してしまう心地よい説得力。

 

「……今日は本当に楽しかったなぁ。まだふわふわしてる。ラックスパートにやられちゃったのかもね」

 

フフッとルーナは笑いながら立ち上がった。それが魅力的に見えたので、ブレーズは自分の目を疑った。

気が付けば随分と閑散としたダンスホールを、ルーナは夢見心地な感じで歩いて行った。

 

「ザビニ、あんたも楽しかったら嬉しいなぁ。あんた、友達の為にすごい頑張ったもんね。そんな素敵な人が、楽しめなかったら悲しいもん。それじゃあ、おやすみ」

 

ルーナは唐突に別れを言うと、名残惜しさなど微塵も感じさせずにスタスタとダンスホールを後にした。

ブレーズは少し呆気に取られていたが、直ぐに正気に戻って自分も帰る支度をした。

一瞬でもルーニーに見惚れたことは、墓まで持っていく秘密にするつもりだった。

 

 

 

 

 

ブレーズが寮に着くと、談話室の隅でダフネが座っていた。他の知り合いはいなかった。

ダフネが一人ということは、ブレーズにとってはいい事だとは思えなかった。

ダフネはすぐにブレーズに気が付いて顔を上げ、微笑んだ。

 

「お疲れ様、ブレーズ。……今日はありがとう。あなたのお陰で、素敵な一日だったわ」

 

そう笑うダフネは、確かに満足そうにしていたが少し寂しげだった。

ブレーズはすぐに気が付いた。ジンがダフネの好意に気付くことなく、今日一日が終わったのだと。

 

「満足してるならよかった。これは貸しだからな。しかし、ジンの奴は何してんだ? 先に寝てんのか?」

 

「散歩ですって。……最後に意地悪しちゃったから、きっと考え込んでるのよ」

 

「意地悪? 何したんだよ、お前」

 

「喜ばせるのは失敗よって、言ったの。私が言って欲しいことが何か当ててみて、とも。……彼、呆然としちゃったわ」

 

クスクスと笑いながらダフネは言ったが、ブレーズは呆れた。

いくら何でも、鈍すぎる。

ダフネは笑みを深めながら話を続けた。

 

「私ね、気付いたの。私すっごい脈なしよ。それも眼中にないレベル」

 

「……なんで、そう思うんだ?」

 

「ダンスパーティー中にね、彼に甘えてみたの。あなた言ったでしょ? ジンは頼られるのが好きだから、甘えてみろって。……彼の胸に頭を寄せて、会えてよかったって、囁いたの」

 

それを聞いて、ブレーズは呆気にとられた。

幼い頃からダフネを知る身としては、そんなことをするダフネが想像もつかなかった。

ブレーズの呆気にとられた顔を見て、ダフネは声を上げて笑った。

 

「私も、今思うと恥ずかしいわ。きっと、パーティーの熱に当てられたのね。……私、すっごくドキドキしてた。自分の心臓がうるさくて、落ち着いてなんていられなかったの。顔は見せられないくらい真っ赤だったと思うわ。だから、見られないように彼の胸に顔を押し付けてたの。……それで気付いたの。彼、一切ドキドキしてなかった。すごく落ち着いた鼓動だったわ。ムカつくくらい、聞いてて心地よかった」

 

ブレーズは何も言えなかった。

やっぱりジンはくそ真面目だ、と心の中で毒づいた。

ダフネに同じことをされる為ならドクシーの卵でも糞でも平らげる連中は山ほどいるのに、そんなこと気にもしないのだろう。

しかし、こんなことを言いながらもダフネは満足げにしていた。それがブレーズには不思議だった。

その答えをダフネはすぐに教えてくれた。

 

「私がもう帰ろうって思った時に、彼、私になんて言ったと思う? 一緒にいてくれるだけで嬉しいって、これからも一緒にいてくれって、そう言ったの。ズルいわよね。真っ直ぐな目で、本気で言うんだもの。……嬉しかったの。やましい気持ちも一切なしに、そう言ってくれるのが」

 

ダフネは少し頬を染めていた。

ブレーズは少し呆れた。

 

「難儀な奴だな、お前。苦労するぞ?」

 

「大丈夫、自覚してるから」

 

ブレーズはそれ以上何も言わなかった。

ダフネもそれ以上は話す気はない様だった。

しかし何かを思い出したかのようなハッとした表情になって、直ぐに話始めた。

 

「そう言えば、ジンは私が寝る前に何か喜ぶことが起きるって言ってたの。心当たりある?」

 

「あん? ……いや、ないな。あいつ、律儀に俺にも相談なしで考えてたからな。あいつが何しようとしてたかなんて知らねぇよ」

 

ブレーズの返事を聞いて、ダフネは少し悩まし気にした。そして身じろぎをした時に、何かに気付いたようだった。

ダフネがポケットを探ると、中から小さな立方体が出てきた。何やらリボンが巻き付けられた、ミニチュアのプレゼントボックスだった。

ダフネはすぐに、これがジンの言っていたものだと気が付いた。

試しにリボンを解くと、ポンッと音を立てて箱が手のひらサイズの大きさに変化した。

ブレーズとダフネは、目を丸くした。

 

「随分と凝った真似をしたな、あいつ。こんなプレゼントの仕方、どこで覚えたんだか……」

 

「……さあ、どこかしらね?」

 

ダフネは少し心当たりがあった。クスクスと笑いながら箱の中を開けると、中はインク瓶だった。丸形で、薄く空色に発光した。去年、ホグズミードでダフネが可愛いと言ってジンに見せたものだった。

ダフネは声を上げて笑った。

サプライズも、きっと去年に自分が喜んだから仕込んだのだろう。そして、去年に自分が教えたプレゼントの選び方を参考にして、インク瓶を選んだのだ。

何をしたらいいか必死に考え、頭をひねり、これを選んだ様子を想像すると、面白くて仕方なかった。

ダフネが声を上げて笑うのを見て、ブレーズはますます意味が分からなくなっていた。

 

「……インク瓶が、そんなに嬉しいのか?」

 

「ええ、とっても嬉しいわ」

 

うっとりとインク瓶を眺めるダフネを見て、ブレーズはため息を吐いた。

これから先の事は知らないが、少なくとも明日からは大丈夫そうだ。

ダフネも、そしてきっとジンも、いつも通りに戻れる。自分の求めた、楽しい毎日がかえってくるのだ。

 

しかしほんの少しだけ贅沢を言うのでれば、誰か客観的に、言いにくいことをズバズバと言ってくれる人が欲しくなった。

朴念仁と、それに夢中な女に、気持ちのいい言葉の斬撃を食らわせてくれそうな人。

そうすれば、もっと毎日が楽しくなるかもしれないと思った。

 

ブレーズはそんな自分を鼻で笑った。

きっと疲れてる。早く寝たほうがいい。

墓場まで持っていく秘密は、これ以上増やしたくなかった。

 

 

 







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広げられた視野

クリスマスパーティーが終わると、悩み事が二つなくなった。

ダンスパーティーも無事にこなし、ダフネを喜ばせろという件も水に流して貰えた。

ダンス中にポケットに忍ばせたサプライズが効いたようだった。

そして後は金の卵の謎を解くだけだったが、それもすぐに解決した。

応援しに来たアストリアが、不慮の事故でヒントをくれた。

 

アストリアは、パンジーがドラコにしか渡さないと言った飲み物とタオルを俺に差し入れるつもりで森に来た。

そんなアストリアに、少し驚かせるつもりで金の卵を開かせてみた。

水筒片手にアストリアは好奇心を隠せずにワクワクとした表情で金の卵を開いた。

そして叫び声を聞いて、驚いて水筒の中身を卵にぶちまけた。

すると驚いたことに、水筒の中身が金の卵にかかっていた少しの間の事だが、叫び声がなくなった。

それがヒントになった。

金の卵を水に沈めると、叫び声がしなくなった。そして、その水の中に顔を突っ込むと歌が聞こえるのだ。

 

『探しにおいで 声を頼りに

地上じゃ歌は 歌えない

探しながらも 考えよう

われらが捕らえし 大切なもの

探す時間は 一時間

取り返すべし 大切なもの

一時間のその後は もはや望みはあり得ない

遅すぎたなら そのものは もはや二度とは戻らない』

 

金の卵の謎はこれだと確信した。

この歌の意味を読み解いて準備をすれば、第二試合を乗り越えられる。

俺は嬉しさのあまり、アストリアを抱きしめて大笑いした。

アストリアは金の卵で驚かされたことで拗ねていたが、俺があまりに喜ぶので拗ねるのを止めて一緒に喜んでくれた。

 

金の卵の歌の意味を考え、第二試合は水中で水中人の声を頼りに宝探しでもすることになるのだということが予想できた。一時間という時間制限付きで、だ。

試合会場が水中となると場所は限られている。間違いなくホグワーツのそばの湖で行われる。

それが分かれば、十分準備ができそうだった。

少なくとも、前情報なしにドラゴンの目の前に立たされることと比べればはるかに簡単であった。

 

金の卵の謎が解けた日は、直ぐに謎解きを切り上げてアストリアと共にスリザリンの談話室へ戻った。そしてアストリアのお陰で謎が解けたことをドラコ達に報告し、全員でアストリアをもてはやした。

アストリアは、俺達全員が自分を大げさに可愛がるので少し恥ずかしそうに怒った表情を作ったが、なんだかんだ楽しそうに受け入れていた。

 

次の日からは、金の卵から離れて図書館へと入りびたるようになった。

水の中で呼吸をする方法や、素早く移動する方法、湖にいるであろう障害物に対する対抗策など、考えることは山ほどあった。

特に水の中で呼吸をする方法は難航しそうだった。魔法使いの多くが水の中で活動する事は好ましいと考えておらず、水の中に引きずり込まれないようにする方法を書いた本の方が圧倒的に多かったからだ。少しばかりマイナーな本にも手を出す必要が出てきた。

 

ドラコ達も水の中で呼吸をする方法を一緒に探してくれていた。

代表選手は一人で試合の課題に取り組まなくてはならないが、俺が試合で命を狙われていると話してからはそんなもの関係なしに堂々と手伝うようになった。

もし先生に何かを言われても、夏休みに海に行きたくて、などと適当なことを言って誤魔化すとのことだ。

もっとも、先生達もドラコ達の協力は黙認をしているようだ。

図書館近くでばったりと会ったマクゴナガル先生は、パンジーが大きな声で水の中で息をする方法なんて分からないと言ったのを確かに聞いたのに、何も言わなかった。

余談だが、マクゴナガル先生は昨年末からパンジーのお気に入りの先生の一人になった。廊下ですれ違う時、パンジーは笑顔で手を振る時もある。

しかし、この時ばかりはパンジーは怯えたようにマクゴナガル先生を見たが、マクゴナガル先生がパンジーに小さく微笑むのを見て、直ぐに満面の笑顔になった。

パンジーはマクゴナガル先生を粋な先生だと言う。

俺はパンジーを単純な奴だと思った。

変身術の宿題が多い時は鬼教師と罵っているのを知っているからだ。

 

金の卵の謎が解けてからほどなくして、ドラコが水の中で息をする方法を見つけ出した。

泡頭呪文。頭をシャボン玉の様な泡で包み、数時間息ができるようにする呪文だ。習得も簡単で、クリスマス休暇が終わる頃には二時間以上の呼吸ができる泡頭呪文に成功した。

俺は感謝を込めてドラコの肩を叩き、次のホグズミード週末で何か奢ることを約束した。ドラコは得意げに笑い、よほど良い物を奢らないと割に合わないと言って俺を煽った。

対抗試合の準備は凄く順調に進んでいた。

 

 

 

クリスマス休暇が明けて、対抗試合の準備とは別に気になることができた。

日刊預言者新聞である。

今までポッターの活躍や生い立ちなどを面白可笑しく書き綴っていたが、唐突に標的が変わった。

ハグリッドが半巨人であることを大々的に取り上げ、教職に就くことを問題視する記事が書かれていたのだ。ハグリッドの尻尾爆発スクリュートを使った授業内容への批判も書かれており、この記事は一部の生徒達に賛同と衝撃を与えた。

この記事を受けてハグリッドは休職し、グラブリー・プランク先生が代理として授業を行った。それにより、多くの生徒が喜びの声を上げた。授業内容が、実践的な内容から試験的な内容になったからだ。

ドラコもその一人だった。

 

「まさか、あの森番が半巨人だったなんてね。狼人間の次は半巨人ときたか……。ホグワーツの教師が人外で埋め尽くされるのは時間の問題じゃないか?」

 

ドラコは可笑しそうに笑いながらそう言った。

ドラコの言う狼人間も、半巨人も、俺にとっては尊敬と親しみを持っている人物だった。

この点においてはドラコとは意見が合うことはなかった。

しかし、直接的に対立をするつもりはなかった。

ドラコに悪気はなく、狼人間と巨人が魔法界にとって恐怖の対象であることは承知していたからだ。

だからハグリッドの事については詳しく議論するつもりはなく、別の気になる点を切り出した。

 

「……俺は、どうやってこの情報をリーター・スキーターが手に入れたのか気になる。こいつは確かホグワーツの出入りを禁止されていたはずだ。だというのに、これだけ緻密な内容の取材に、生徒の声まで書かれている。特に生徒の授業の様子なんて現場にいなきゃ知り得ない情報だ。……こいつ、何らかの方法でホグワーツに侵入してないか?」

 

部外者がホグワーツに侵入している。それは今の俺にとって看過できる出来事ではなかった。

そして俺は昨年の事を思い出していた。シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー。二人の魔法使いが、随分と特殊な方法ではあるが、ホグワーツを自由に出入りできていたのだ。

俺の勘繰りに対し、パンジーは気にしすぎだという態度だった。

 

「別に、この記事の内容なんてちょっと生徒に聞き込みをすればすぐに書けるじゃない。ただ面白くするために、あたかも見ましたみたいな書き方してるだけでしょ。私も、リーターに取材されたことあるし。ホグズミードでちょっとばかしお茶をしながら。ケーキも奢ってくれたし、ユーモアもあって、そんな悪い人じゃなかったわよ」

 

「……お前かよ、ハグリッドの授業を酷評したのは」

 

やや呆れ顔でそうパンジーに言う。パンジーは俺の反応が気に入らなかったようだ。

 

「何よ、事実を言っただけじゃない! ……でも取材を受けたのは随分前なのに、今更この話が記事になるなんてね。森番が半巨人だって特ダネをなんでわざわざ寝かせてたのかは、私も分かんないわ」

 

パンジーへの非難はそれ以上せず、話を打ち切った。ハグリッドの授業内容で痛い目を見たのは事実だと、俺も知っているからだ。

結局スキーターの情報収集の方法も曖昧なまま、話はいつもの他愛ない雑談へと変わった。

 

 

 

気になることは解決しなかったが、俺は雑談もそこそこにして湖のほとりへと向かった。

泡頭呪文を使って、本格的に水中を動く練習のためだ。

今日は付き添いとしてダフネとパンジーがいた。二人が暇だったのもそうだが、全員で見つけ出した魔法の成果を見てみたいという気持ちもあるようだった。

ダフネは水から上がったら寒いだろうからと焚火をしてくれた。パンジーはその焚火でマシュマロを焼いていた。パンジーは完全に物見遊山だ。

 

俺は服を脱いで泳げる格好になると、練習した通りに泡頭呪文を完成させ、ついでに耐寒の魔法を全身にかけて湖へと飛び込んだ。

 

泡頭呪文は、水の中で息をするには最適の魔法であった。

しかし同時に、問題もいくつか分かった。

一つは、泡頭呪文の強度の問題。何もしなければ崩れることはないが、簡単な切り裂き呪文をうけたり、勢いよく岩にぶつかったりするとシャボン玉が弾けるようにして壊れてしまう。

一つは、やはり泳ぎを強化する手段が必要であるということ。水の中は陸上と比べてはるかに動きにくく、体力も奪う。一時間も水中を自力で泳ぎ続けるのは至難の業であった。

そして最後の一つは、泡頭呪文の所為で水中の音がかなり聞こえにくいということだ。これでは、探し物の場所を示す水中人の声が聞こえない。聴力の強化か、少しの間だけ泡頭呪文を頭から外す手段が必要だった。

実際に泳いでみて分かることも多かった。そして長い時間を凍るような水中で過ごしたからか、体が上手く動かなくなっていた。耐寒の魔法も解け始めているようだった。

俺は急いで水面へ上がり、ダフネとパンジーの元へと戻ろうとした。

 

陸に上がり、疲れた体を引きずるようにして焚火の方に行くと、人が増えていた。

ダフネとパンジーだけでなく、ムーディ先生がいたのだ。

ムーディ先生は焚火に当たりながら俺を待っているようで、同じく焚火に当たっているダフネとパンジーは酷く気まずそうにしていた。二人は黙って俯きながら、マシュマロを齧り続けていた。

ムーディ先生は俺が陸に上がったのを見ながら、唸るように話始めた。

 

「するとお前は、見事に金の卵の謎を解いたわけだ。そして次の試合の準備も順調と見える。……良い友人を持ったな、ええ? 護衛、手伝い、そして観光か。よほど親しくなくては受け持たんだろうに」

 

魔法の義眼でダフネとパンジーの方を見ながら、ムーディ先生はそう言った。

ムーディ先生はダフネとパンジーの手伝いを咎める気もないようだった。それに安心した。

俺は服を着て焚火に当たり凍えた体を温めながら、ムーディ先生へ返事をした。

 

「ええ、自慢の友人です。まだまだ課題は残ってますが、まあ、準備は順調ですよ。……今日は何をしにここへ? 俺に何か用でしょうか?」

 

俺の返事を聞いて、ムーディ先生はクツクツと笑った。

 

「お前が気になっただけだ。少し前までは、警戒もせずに一人で森におっただろう。……ああ、わしは見ておった。こんな状況でお前を一人にする者など、おりはせん。ポッターも同様だ。お前達は、お前達が思っている以上に守られている」

 

俺が陰で先生方から守られていた。そのことに驚きはしたが、納得もした。マクゴナガル先生が常に俺の居場所を把握していたのも、無関係ではあるまい。

それよりも驚いたのは、ムーディ先生が俺と雑談をするために顔を出したことだった。

ムーディ先生は魔法の義眼を周囲にくるくると向けながら、話を続けた。

 

「わしはお前に興味がある。個人的にな。……代表選手になったからだけではない。お前の境遇や、能力も、非常に興味がそそられる。試させてもらいたい。お前がどれほどの者なのか」

 

ムーディ先生は獰猛な笑みを浮かべていた。

俺も杖を持ち直して身構え、ムーディー先生を警戒した。

ムーディ先生はそんな俺を見て嬉しそうにした。

 

「いいぞ、その気骨。お前を殺そうとする者は、随分と手こずるだろう。だが今日は杖を使わない。話がしたいだけだ」

 

杖を使わない、という言葉を聞いてダフネとパンジーが安心したように胸をなでおろすのが見えた。

俺は少し迷ってから杖を下した。疲れた体で杖を使う事態を迎えるのは、本意ではない。

俺が杖を下すのを確認してから、ムーディ先生は本題に入った。

 

「さて、わしは言ったな。お前とポッターは命が狙われていると。その為に、代表選手に選ばれるように誰かが細工をしたと。お前は、どう考える? 自分が代表選手に選ばれた理由と、一体誰がそんなことをしたのか。そして、この先の危険にどう立ち向かう?」

 

ムーディ先生の質問は随分と大雑把なものであった。事実を追求するのではなく、言っていた通り、俺がどこまで考えているのかを試したいだけなのだろう。

俺は少し黙って考えをまとめてから口を開いた。

 

「まず、俺が代表選手に選ばれた理由。先生と同じです。誰かが俺とポッターを事故に見せかけて殺したかった。……代表選手に選ばれれば、魔法的契約で試合に出ざるを得ない。試合の内容によっては、ちょっとした細工で簡単に殺せる。第一試合では、俺は危うくそうなりかけました。……死ななかったのは、運がよかったのだと思っています。または、試合形式が理由かもしれない。……俺が先に死んでポッターの試合が中止になれば、俺は殺せてもポッターは殺せなくなる。それはちょっと、犯人としても避けたい事態でしょうね。ポッターより俺を殺したい人間なんて、早々いるとは思えない」

 

ムーディ先生は黙って俺の話を聞いていた。

俺は話を続けた。

 

「次に、誰がそれを行ったのか。……正直、明らかな動機を持っている人が見当たらない。だから手段から逆算するしかない。殺害の方法として代表選手の選抜を選ぶ可能性が高い、または選ばざるを得ない人達。ダンブルドア先生を除いた、対抗試合の審査員。マダム・マクシーム、カルカロフ校長、クラウチ氏、バグマン氏。この四名が有力どころ。ホグワーツの出入りができて、かつ、対抗試合に細工がしやすい人達です。……この四名の中から更に絞るのであれば、一番の有力候補はカルカロフ校長でしょうね。俺はあの人が死喰い人だったという話を、たまたま知っているので」

 

カルカロフ校長が元死喰い人。俺がそう言うと、ダフネとパンジーの方から小さな悲鳴が上がった。ムーディ先生は特に反応はしなかった。

 

「審査員四名の次に有力な候補は、魔法省の誰か。……これでは幅広いので、もう少し詳しく言うと、国際魔法協力部と魔法ゲーム・スポーツ部の誰かで、特に地位の高い人。対抗試合のことを事前に知って、運営に関与できるのはこの二つの部署だと聞いています。そして、ある程度の地位にいないと対抗試合を殺害方法として成り立たせられない。炎のゴブレットに錯乱呪文をかけ、試合に細工をする。一介の役員程度では、そのどちらかを実行するのも現実的じゃない。だから、ある程度の地位が必要だ。少なくとも、人事決定権を持つ程度の。……まあ、そうなると、やっぱり有力なのはクラウチ氏かバグマン氏になってしまいますがね。……そして大穴は、全く関係ない外部の人間、侵入者」

 

犯人の候補として外部の侵入者を上げた時、初めてムーディ先生が反応した。

体をピクリと動かし、義眼が俺を捉えた。

 

「侵入者……。お前は誰かがホグワーツに潜り込んで、わざわざこんな大掛かりなことをしていると考えるのか?」

 

「可能性の話です。気になることがありました。……日刊預言者新聞のリーター・スキーターの記事。内容があまりに詳細で、まるで現場を見てきたかのような印象を受けました。スキーターがホグワーツに侵入する手段を持っている可能性があります。そして、もしそれが本当の話なら、誰もがホグワーツに護りの魔法を潜り抜けて侵入する手段を持っていることになる。……看過できる話じゃない」

 

ムーディ先生は唸るようにしたが、それ以上口は挟まなかった。

俺は自分の話を再開させた。

 

「誰が犯人なのか……。この手の話は、手段と同じくらい動機が重要だと思っています。しかし動機が分からない以上、犯行が実行可能な人間を犯人として考える他ない。そしてホグワーツへの侵入経路が存在する限り、実行可能な人間は数えきれない。……だからお手上げです。犯人は絞れない」

 

両手を挙げて、お手上げのポーズをとる。ムーディ先生の表情は読み取れなかった。顔が傷だらけの所為で、細かい表情の変化が分からないのだ。

 

「最後に、今後の危険にどう立ち向かうか。犯人の目的が、俺とポッターの試合中の事故死に見せかけた殺害なら、話は単純。……何が何でも、試合を勝ち抜く。試合への準備を万全にして、自分の身を守る。……こう言うと、他の代表選手とやる事は変わらないんですけどね。ただ、俺の目的は生き延びる事です。そこが普通の代表選手と決定的に違う。手段を選ばない。……最近、自分の取れる手段が増えました。頼れる友人がいる事に気付いたんです。幸せ者ですよ、俺は」

 

そう言って、ダフネとパンジーに目をやる。二人は緊張からか、カチコチに固まっていた。思わず、少し笑ってしまう。

 

「手段を選ばないっていうのは、人に頼るというのもそうですが、それだけじゃない。卑怯な手でも、聞こえの悪い事でも、生き延びるならなんだってする。優勝を人に譲ってもいい。それが犯人の思惑から逃れることになるのなら。……俺からは以上です。満足いただけましたか?」

 

俺が話しきっても、ムーディ先生はしばらく動かなかった。無言で焚火を見つめていた。もっとも、義眼はせわしなく周囲を窺っていたが。

パンジーが無言の空間に耐えきれずそわそわと体を動かし始めたところで、やっとムーディ先生が口を開いた。

 

「面白い。よく考えている。お前が持ち得た情報から、最大限の推測をしたと言ってもいい。……ここでお前に、新しい情報をやろう。それを受けて、お前がどう考えるかを知りたい」

 

「……何でしょうか?」

 

「今、ホグワーツにいる元死喰い人はカルカロフだけではない。セブルス・スネイプ。奴も元死喰い人だ。……さあ、お前はどう考える?」

 

一瞬、頭が真っ白になった。スネイプ先生が元死喰い人。衝撃的だった。

冷静になった俺の頭の中では、信じたくないという気持ちと納得の気持ちが同じくらい大きさで存在した。

スネイプ先生は、愛想は良くないが、俺の目から悪人には到底見えなかった。スリザリン贔屓なスネイプ先生に、日頃から優遇されていることもあるだろう。俺には、スネイプ先生が死喰い人として活動をする人とは思えなかった。

だがポッターが絡むと、話が変わる。スネイプ先生がポッターをとびきり憎んでいることは周知の事実だが、その理由は謎のままだ。もしスネイプ先生が元死喰い人であるならば、その謎が解けたと言ってもいい。死喰い人にとってポッターは、主君の仇なのだから。

俺は急速に口の中が乾いていった。そして口の中がカラカラになってから、話を始めた。

 

「もし、スネイプ先生が元死喰い人だというのなら、犯人の有力候補にスネイプ先生も加わります。ただ、それだけです」

 

「ほう、それだけか?」

 

俺の言葉に、ムーディ先生は挑戦的に言葉を投げかけた。

それを受けて怯む。それから、わずかな反抗心を込めて言葉を返した。

 

「スネイプ先生には、俺を殺す理由がないはずです。他の人と同様に。だから有力候補にはなりますが、カルカロフ校長よりも怪しい理由にはならない」

 

ムーディ先生は歯をむき出しにした。物凄い獰猛な表情であったが、ムーディ先生なりの笑顔であるのが分かった。

 

「まだまだ青臭いな、エトウ。お前が狙われているからこそ、スネイプが怪しいのだ。お前がポッターと一緒に命を狙われる理由はなんだ? 切っ掛けは何だったと考える? わしが思うに、最も考えられるのは、お前が二年生の時のことだ。お前が二年生の時に何をしたか、それを詳しく知っているのはカルカロフではなくスネイプだ。……下らん感情で視界を濁すな。お前の命を狙う理由が最もある人間は、セブルス・スネイプだ」

 

俺は黙ってしまった。反論をしたかったが、できなかった。

どんなに考えても、スネイプ先生が元死喰い人であるのなら、現時点で最も怪しいカルカロフよりも有力な犯人候補であるのは否定できなかった。

一方で、ムーディ先生は大層満足した様子だった。

重い腰を上げ、義足を鳴らしながら焚火から離れはじめた。ダフネとパンジーはやっと緊張から解放され、大きく息を吐いた。が、直ぐにムーディ先生が顔を振り返えらせたので二人は体を固くさせた。

ムーディ先生は顔だけ振り返って俺に声をかけた。

 

「エトウ、お前は手段を選ばないと言ったが、わしからすればまだまだ甘い。お前は十分、手段を選んでいる。スネイプを疑いたくないと思い、事実から目をそらしたように、見ないようにしている手段がまだまだある。……だが、お前はそのままの方がいいだろう。それがお前の弱さでもあり、強さでもある」

 

ムーディ先生は上機嫌だった。どこか楽し気な口調だった。

 

「そんなお前に一つ、一般的なアドバイスをやろう。自分の強みを生かす試合をしろ。第一試合の前に、ポッターにもしたアドバイスだ。……深く考えるな。老骨の戯言だと、聞き流しても構わない」

 

ムーディ先生はクツクツと笑いながら、そう言った。俺は呆然とその言葉を受け取るしかなかった。

そしてムーディ先生は思い出したかのように呟いた。

 

「ああ、そうだ。ポッターと言えば、あ奴は随分と出遅れているようだ。金の卵の謎を未だに解けていない。代表選手の中で、ただ一人な。お前にとっては好都合か? ポッターが死ねば、試合が中止になるかもしれんからな。……手段を選ばんというのは、こういうことだ」

 

ムーディ先生は去り際になって、俺に大量の爆弾を投下した。

俺がムーディ先生の言葉の全てを受け入れる頃には、ムーディ先生はもう湖からいなくなっていた。

ムーディ先生がいなくなって、ホッとしたのはダフネとパンジーだ。

ムーディ先生が確実に見えないところに行ったのを確認してから、パンジーは俺に八つ当たりの様に噛みついた。

 

「あんた、マッドアイに随分と気に入られてるわね。こんなことになるなら、来るんじゃなかった。……ああ、本当に最悪! 生きた心地がしなかった! あんたが言ってることも、ほとんど意味わかんなかったし!」

 

パンジーは頭を掻きむしりながらそう言った。

一方でダフネは、青い顔をしていた。

 

「……ねえ、ジン。私、その、あなたが巻き込まれた事、甘く考えていたわ。……カルカロフ校長のこと、スネイプ先生のこと、本当なの?」

 

ダフネは俺とムーディ先生の話の内容が、ある程度は分かったようだった。

荒れている二人を見て、俺はため息をつきながら、落ち着かせるように話した。

 

「……ああ、カルカロフ校長が元死喰い人っていうのは事実だし、スネイプ先生も元死喰い人っていうのは本当だろうな。でも、俺が話したことは全部推測だ。違う可能性もある。……心配するなよ。やる事は変わらない。それに、良いことも聞けたろ? 俺は俺が思っているよりも守られている。今も、誰かが見張っていてくれているんだろ」

 

そう言いながら、俺も俺で戸惑いはあった。

ムーディ先生が去り際に言った言葉。聞こえようによっては、こう聞こえる。

 

俺の才能である、闇の魔術を行使しろ。

 

勿論、ムーディ先生は一言もそんなことを言っていない。

話をよく聞けば、むしろ引き留めている。

俺が無意識に闇の魔術を自分の取れる手段から外しているのを指摘して、そのままがいい、それが俺の弱みでもあり強みでもあると言った。

要は、俺の視野を広げようと言っただけの言葉だ。最後に本人も言っていたが、聞き流していいアドバイスのつもりなのだ。

 

そして俺の視野を広げるついでに、選択をさせようというのだ。

ポッターの手助けをするかどうか。視野の広がった俺を試しているのだ。

ポッターが困っていることを知った上で何もしなければ、ポッターを見殺しにするのと同義だと言外に言っている。

ポッターを見殺しにして、自分が助かる確率を少しでも上げる。まさに、俺が見ないようにしてきた手段のいい例だ。

 

ムーディ先生は意地悪な人だと思う。

あの人は、俺がポッターを助けることを確信している。闇の魔術を使うつもりがないことも、確信している。

ただ俺を試しただけだろう。それも、個人的な興味でだ。

 

大きくため息をついて、未だ不安そうなダフネと、マシュマロをやけ食いするパンジーと共にホグワーツへと戻ることにした。

全て順調だという晴れ晴れとした気持ちをぶち壊したムーディ先生を、少し恨んだ。

 

 

 

 



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ビクトール・クラム

ムーディ先生と話をした次の日、俺は必要の部屋へと向かっていた。フレッドとジョージを介して、ポッターへ金の卵の謎の解き方を教えようと思ったのだ。

俺が直接ポッターの所へ押しかけて金の卵の謎をぺらぺらと話すのは、流石に問題だと思ったのだ。また、文通をしているネビルを介するのも俺がポッターへ金の卵の謎の解き方を教えた証拠を残すことになる為、避けるべきだと判断した。

それにフレッドとジョージにはクリスマスパーティー用のプレゼントを作るのに協力をしてもらった。その結果報告もしようと思っていたので、ちょうど良かったのだ。

 

必要の部屋を訪れると、二人は変わらず研究をしていた。

俺に気付くと、笑顔で手招きをした。

 

「やあやあ。クリスマスパーティーの結果報告かい? しかし、ちょっとばかし遅いんじゃないか? もう一月だぜ?」

 

「遅くなって悪かったよ。対抗試合の準備もあって、ちょっと忙しかったんだ」

 

フレッドがからかう様に俺に声をかけた。俺は肩をすくめて返事をし、そのままクリスマスパーティーの結果報告をした。

無事にサプライズが成功し、ダフネに喜んでもらえたこと。そして周りにも納得を得られたこと。二人に作ってもらった魔法具、ラッピング用のリボンを外すと元のサイズに戻る箱が上手く作用したこともしっかりと伝えた。

フレッドは魔法具が上手く作用したことを喜び、ジョージは喜んでもらって当然だという様に胸を張った。

 

クリスマスパーティーの結果報告を終えた後、俺は本題に入った。

 

代表選手が与えられた金の卵の謎の解き方を二人に教え、それを必要であればポッターにも共有をして欲しいと伝えた。

このことは二人を随分と驚かせた。

 

「こんなことを言いたくないけどさ、君がハリーに協力する意味が分かんないよ。だって、今やハリーはトップを走る優勝候補だ。君にとっては、出し抜かないといけない相手だろ? ……君の優勝の可能性だって、全くのゼロじゃないんだ」

 

「そうだぜ。なのに、もう優勝を諦めて自棄になったのかい? ……そりゃあ、正直に言うと、僕らはハリーに優勝して欲しいさ。グリフィンドールだしね。でも、君に優勝する権利がないなんて、思っちゃいないさ。正々堂々、君が勝ち取ったものなら、僕らは祝福するよ。……友達としてね」

 

二人は俺に暖かい声をかけてくれた。

それを嬉しく思いながらも、笑いながら俺は二人に返事をした。

 

「そもそも俺は、というか俺とポッターは、誰かの策略に巻き込まれただけだ。俺達の命を狙う誰かに嵌められたんだ。正式な代表選手じゃない。……先生達は代表選手として扱ってるけど、実際はそうじゃない。それに俺は、優勝が目標じゃない。俺の目標は生き抜くことだ。だから金の卵の謎の解き方をポッターに教えてポッターが優勝しても、何の問題もない。むしろ、俺がヒントを教えないでポッターが死ぬような事になれば、寝覚めが悪いくらいだ」

 

二人は俺の言い分に、理解はすれど納得はできないようだった。

顔を見合わせ、眉をひそめた。

 

「……優勝賞金一千ガリオン。それを獲得するチャンスも、いらないっていうのかい?」

 

「まあ、金より命が大事だしな」

 

俺の返事は、二人の気分を害するものだったらしい。

二人は全く同じ顔で顔をしかめた。

 

「……君って、お金で苦労したことないんだね」

 

そう言われ、フレッドとジョージがお金のことで困っているのだと察した。そして、フレッドとジョージなら、一千ガリオンを獲得するチャンスがあれば命を懸けることも分かった。

何も言えなくなってしまった俺に、フレッドとジョージは表情を緩めて、俺の依頼を快く受けてくれた。

 

「まあ、分かったよ。ハリーが謎解きで困っているんだったら、僕らから言っておく。君からの親切だっていうことは伏せておくよ。それとなーく、ハリーに気付かせる」

 

「君がお人好しだっていうのは、僕らは十分に分かってる。嘘を吐いてハリーを貶めようとも、思ってなさそうだしね。……君も試合、頑張れよ。生き抜く、だなんて言わず、いっそ優勝目指しなよ」

 

俺は確かに二人の気分を害したと思ったのに、二人は俺に優しかった。

俺はそんな二人にお礼を言って、必要の部屋を出た。また来ることを約束して。

 

 

 

必要の部屋を出て、廊下を歩きながら思う。これで、ムーディ先生も満足なはずだ。

少なくとも、俺が人を見殺しにしてまで自分が生きる確率をあげようとする人間ではないと判断するだろう。

 

だが、ポッターを救おうと思ったのはなにもムーディ先生の目を気にしているからではない。俺自身がポッターを見殺しにして自分の生きる可能性を上げるなどしたくなかったからだ。

生き抜くためには手段を選ばないつもりではあったが、ムーディ先生の言う通り、俺は十分に手段を選んでいた。どんなに追い詰められても人を殺すつもりはないし、闇の魔術に頼るつもりもなかった。それは俺の考えの根底に、闇の帝王であるヴォルデモートの様になりたくないという意識があるからだろう。

ふとした時に思い出す。俺にはいつしか、闇の帝王となるか俺自身となるかの選択をする時が来ることを。それがいつかなんて分からないし、どのような方法で選択を迫られるかも分からない。ただ、俺は少しでも闇の帝王にならない道を選び続けようとは思っている。

ムーディ先生によって視野を広げられ、より正しい道を、闇の帝王にならない道を選べるようになったと思う。

しかし一方で、ムーディ先生が俺にアドバイスをしなければ、俺は人の死を利用するだとか闇の魔術を使うだとかそんな発想自体思い浮かばなかっただろう。

より正しい道が分かるとともに、より間違った道というのも見えるようになってしまった。

ちょっとため息を吐く。

知らぬ方が良かったのか、知って選べるようになる方が良かったのか、実に判断に迷うところではある。

 

 

 

 

 

「すると、泡頭呪文は成功したけどまだまだ課題は山積みなんだね?」

 

「山積みってほどでもない。まあ、いくつか考えなきゃいけないことはあるが、最悪泡頭呪文だけでも十分に第二試合に挑戦できる。お前のお陰だな」

 

呪文学の授業中、追っ払い呪文でクッションを飛ばしながらドラコが俺に泡頭呪文の成果を質問してきた。

俺はクッションを目的地の箱の中に正確に飛ばして入れながら、返事をする。

ドラコとしては、自分が見つけた泡頭呪文が役にたって嬉しい反面、それだけでは力不足だとヤキモキしているようだった。

俺はそんなドラコにポッターの手助けをしたことは伏せていた。

ポッターに伝えたのはあくまで金の卵の謎の解き方。水中での息の仕方や問題点は伝えてはいなかった。これは俺だけでなくドラコ達と見つけたものなので、俺の判断だけでポッターに教えるのは気が引けた。

ポッターがどうしても水の中で息をする方法が分からないようであれば教えてもいいとは思っているが、本音を言えばドラコが見つけた魔法でポッターの手助けをすることはしたくなかった。

ドラコは俺に勝って欲しいのだ。優勝しようがしまいが生きていればいい、という俺の気持ちも理解はしてくれているが、それでも勝てるのならば勝って欲しいというのがドラコの本音だろう。

泡頭呪文を見つけた時など、俺よりもドラコが喜んでいたほどだ。ドラコは口にはしないが、この呪文で俺が優勝することを強く望んでいるのは分かる。そして、優勝を全く目指す気のない俺に少しだけヤキモキしているのも知っている。

そんなドラコに、ポッターを助けるためにドラコが見つけた泡頭呪文のことを教えていいか、など言えない。絶対にいい事にはならないだろう。

そんな自分の考えを誤魔化すように、対抗試合に前向きな話を続けた。

 

「泡頭呪文の改良と泳ぎを補助する呪文を探して、また図書館と湖の往復になるかな。今日は図書館に行くよ」

 

「そうか……。僕はまだ課題もあるし、今日は協力できないかな。何か成果があったら、教えてくれよ」

 

そうドラコは言いながらクッションへと追っ払い呪文をかけ、目的地の箱から離れたところに飛ばしてしまいため息を吐いた。最近は俺に構ってばかりいて、魔法の練習や課題もままならなかったのだろう。

俺の試合への準備がひと段落したのを感じ、ドラコも自分の事に集中をしたいようだった。他の奴らも同じだろう。

今日は一人で準備をすることになりそうだ。

 

 

 

 

 

ドラコ達は課題に追われている為、図書館に一人で調べ事をしていると肩を叩かれた。

振り返ると、そこには意外な人物がいた。

ビクトール・クラム。彼が俺の肩を叩いていた。

驚いて呆然とする俺に、クラムは無言で外に行くように示した。図書館にいるクラムのファンの女子生徒達が固唾を飲んで俺達を見守っていた。代表選手が二人で何をするのか、随分と興味深げだった。

クラムはそんな追っかけを一瞥すると、振り切るように早足で図書館の外に向かった。

俺はおいて行かれぬよう、同じく早足で後を追った。

 

クラムは禁じられた森の近くまで移動した。クラムは人からの逃れ方を熟知しているようだった。追いかけようとしてきたファン達を全員振り切って今は二人きりになった。

禁じられた森の近くに来ると、やっとクラムは口を開いた。

 

「誰にも聞かれたくヴぁない。ヴぉく、君と話をしたかった」

 

ビクトール・クラム。クィディッチの世界的スター選手で、対抗試合のトップを走る男だ。

そんな彼が、俺に何の用だというのか。黙ってクラムが話を切り出すのを待った。

クラムは普段から不愛想な表情を一層固くさせて、俺を見ながら話を切り出した。

 

「……知りたいのだ。君は、ハーミー・オウン・ニニーの、何なのだ?」

 

クラムからの質問には驚いた。

クリスマスパーティーにハーマイオニーと踊ったのは、俺ではない。クラムだ。

だというのに、クラムがこの質問を俺にするのはどういう訳なのか。

 

「……もし、パーティーの前に睨んだことを気にしてるのなら、謝るよ。本当に、悪気はなかった。ただ驚いただけだったんだ」

 

不愛想な表情のクラムへそう言葉をかける。しかし、クラムは俺の返事には満足しなかった。

 

「それヴぁ、君は彼女の何でもない、ということか?」

 

クラムは真っ直ぐに俺を見ながら、そう言った。

俺は何と言えばいいのか分からなかった。

クラムの質問の答えはきっと、「大事な友達」だ。お互いを大事にしている、友達だ。

そう言えば、クラムは満足なのだろうか? 

クラムの聞いているのはそういうことなのだろうか?

分からずに黙ってしまった俺を見て、クラムは一層表情を厳しくし、話を続けた。

 

「……ヴぉくは彼女を、ヴぉくの故郷へと誘う」

 

クラムの唐突の話に、俺はただただ驚いて黙って聞く事しかできなかった。

 

「第二の試合が終わったらすぐに。夏休みに来てくれと、誘う。……ヴぉくは本気だ。ヴぉくは、彼女にすごく惹かれている」

 

クラムの口調は、どこか挑戦的だった。俺を挑発するような、敵意に近い感情が込められていた。

俺は戸惑っていた。

クラムが俺に、敵対に近い感情を抱いていることに。そしてそんなクラムに、何故だか無性に腹が立っていることに。

自分でも、自分の感情がよく分からなかった。

クラムはそんな俺を無視するかのように、挑戦的な態度を崩さなかった。

 

「彼女にとって君が何でもないなら、問題はない。ヴぉくヴぁ彼女を誘う」

 

クラムはそう言い切ると、しばらく俺を睨みつけたまま動かなかった。

俺はクラムの視線を受けてしばらく動けなかった。

ただただ、戸惑っていた。

クラムがなぜ、俺を敵視するのか。そして俺はなぜ、腹が立っているのか。

クリスマスパーティーの時もそうだった。ハーマイオニーの横を我が物顔で立っているクラムに、怒りに似たどす黒い感情が湧いた。

自分でも分からない自分の感情に振り回されそうだった。

それはきっと、良い事ではない。

俺は深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせた。

 

「なんで、お前はそれを俺に宣言する? お前が何をするかなんて、俺には口出す権利はないだろ。……クリスマスパーティーの時の様に」

 

落ち着かせたつもりだったが、わずかに敵意が漏れていた。

クラムは一瞬、不可解そうな表情をした。それから、唸るようにしながら返事をした。

 

「……確認したかったのだ。君と彼女が、何でもないと」

 

クラムの目は真っ直ぐだった。

どこか怒っているようにも見えるが、真っ直ぐに俺の方を見ていた。

 

「君ヴぁ彼女の、何でもない。でも君にとって彼女ヴぁ、そうじゃない」

 

クラムはそう断言した。

俺は何も言えなかった。何と言えばいいのか、依然と分からなかった。

クラムは黙ったままの俺に、更なる質問を投げかけた。

 

「ヴぉくは言った。彼女をどう思うか。だから聞きたい。君が彼女をどう思うか」

 

そう言われ、俺はハーマイオニーをどう思っているのか考え始めた。

クリスマスパーティーに誘いたかった。一緒にいて、楽しいのだ。力になれて、幸せだと思うのだ。そして昨年の出来事を経て、ハーマイオニーの事が自分の命よりも大事なのだと自覚をした。

 

「……ハーマイオニーの事、自分の命よりも大事だって、そう思ってる」

 

それは恥ずかしくて誰かに言う気はなく、誰にも知られたくないと思っていた感情だった。

だが、クラムは俺にハーマイオニーへの気持ちを正直に言ってきた。ハーマイオニーに惹かれていると、恥ずかしげもなく。

それを受けて、気が付けば俺も自分の気持ちを吐露していた。

クラムは俺の言葉に目を丸くした。呆気にとられたようだった。

そんなクラム見て、少し我に返った。説明が足りないと思ったのだ。

 

「……去年ハーマイオニーに何があったかは、聞いているか? 吸魂鬼の群れに襲われたっていう話だ」

 

クラムは呆気にとられた表情のまま、首を横に振った。

それを見て、俺は説明を続けた。

 

「去年、ハーマイオニーは吸魂鬼の群れに襲われたんだ。そしてあいつが吸魂鬼に襲われてる現場に、俺もいたんだ。ハーマイオニーが吸魂鬼の群れに襲われるのを見て、俺は助けに入った。……その時に思ったんだ。ハーマイオニーを見捨てたら、死ぬほど後悔するだろうなって。ハーマイオニーに嫌われるのは死ぬほど嫌だって、そう思った。だから、俺がハーマイオニーの事をどう思ってるかを考えたら、自分の命よりも大事だって、そんな答えになったんだ」

 

説明をすればするほど、俺はだんだん恥ずかしくなっていった。

俺は大して親しくもない、なんなら対抗試合の対戦相手に、ハーマイオニーの事が自分の命よりも大事だと説明をしている。

クラムも、俺の説明を受けて呆然とした表情で固まっている。

そんなクラムの表情を見て、やはり恥ずかしいと思った。俺がこの気持ちを正直に言った相手はルーピン先生だけだ。ブレーズにすらここまで正直には言わなかった。

クラムが黙ってしまったので、今度は俺が話を振った。

 

「俺は正直に言ったぞ、満足か? ……誰にも言うなよ? こんな事、誰にも言ったことはないしな」

 

クラムは俺の言葉を受けて、益々驚いた表情になった。それから、ポツリと呟いた。

 

「……彼女にも、言ヴぁないのか?」

 

「ハーマイオニーに? お前のことが命よりも大事だって? ……なんでそんなこと言うんだ?」

 

「なんで、言ヴぁない?」

 

クラムは純粋に困惑しているようだった。俺が何で自分の気持ちをハーマイオニーに言わないのか、本気で理解できないようだった。

そんなクラムの態度に、俺もまた困惑していた。

 

「なぜって、そりゃ……」

 

返事に言い淀んでしまった。

なぜハーマイオニーに、自分の命よりも大事に思っていると言わないのか。

そんなこと聞かれるとは思っていなかった。聞かれるまでもないと思っていた。

 

「恥ずかしいだろ、そんなこと言うの」

 

クラムは俺に、理解できないものを見るような目を向けた。

俺は俺で、クラムがなぜ理解できないのか分からなかった。

 

「いや、だってそうだろ? 急に、お前のことが自分の命よりも大事だって言われたら、そんなの困るだろ? 言われる方は困るし、言う方は恥ずかしい。いい事はないだろ?」

 

クラムは、気難しそうな表情でしばらく黙ったまま返事をしなかった。

俺は、クラムが何を考えているのかさっぱり分からなかった。

少ししてクラムは気難しい表情をしたまま、再び俺に向かって宣言をした。

 

「……ヴぉくが次もトップなら、彼女を誘う。ヴぉくが、トップなら」

 

「……そうか」

 

今更、何故俺に宣言をするのかなんて聞く気はなかった。聞いても、クラムは答えてくれないだろうと思ったからだ。

クラムは俺の反応も意に介さず、勝手に話を続けた。

 

「……トップなら誘う。トップじゃなけれヴぁ誘わない。ヴぉくの決めたこと。誰にも文句ヴぁ言わせない。だから、もしヴぉくを止めたければ、君がトップになれヴぁいい」

 

「……お前は何を言ってるんだ?」

 

「君が言ヴぁないことだ。君が言ヴぉうとしないことだ」

 

フンっと短く鼻を鳴らしクラムはそう言い切った。今度は俺が呆然とする番だった。

クラムは今や、やや呆れた表情だった。

 

「君ヴぁ、ヴぉくがハーミー・オウン・ニニーを誘うのは、面白くない。なのに、君ヴぁそれを認めない。……ヴぉく、文句を言ヴぁれたくない。だから、君に言う。僕が勝てヴぁ誘う、君が勝てヴぁ誘わない。それだけだ」

 

そう言うと、クラムは去って行った。

おいて行かれた俺は釈然としなかった。クラムが好き勝手に話をし、質問をし、宣言をして去って行った。そんな感じだった。

 

クラムはハーマイオニーを誘うにあたって、執拗に俺が納得することにこだわっていた。

考えるに、ハーマイオニーとクラムの間に俺の事で何かあったのだろう。

ハーマイオニーがクラムの前で俺を庇ったか、気にしていたか、そんなところだろうか。それをクラムが気にして、俺が文句を言わなければハーマイオニーがクラムの誘いを受けやすいとでも思っているのだろうか。

 

なんだか馬鹿らしい。

 

俺にはクラムの誘いにも、ハーマイオニーの決断にも、口を出す権利などない。

二人の意志で決めたことに、俺が口を出す権利などないのだ。それを俺はしっかりと承知しているし、そのことはしっかりとクラムに伝えたつもりだった。

俺はクラムの態度に呆れた。

 

だがもっと馬鹿らしいことに、俺は次の試合に勝ちたくなっていた。

 

クラムはハーマイオニーに惹かれていると宣言をし、何か分かったような顔で俺に止めて見ろと挑発した。

喧嘩を売られたようなものだ。

これまでドラコに煽られて怒るポッターに呆れ、ポッターに煽られてムキになるドラコを宥めることはよくあった。

今、二人の事を笑えない。

喧嘩を売られることが、こんなにも猛々しい気持ちになるとは思いもしなかった。

これで俺が試合に勝ったら、さぞ気分がいいだろう。

喧嘩を売られて、相手を打ち負かす。しかもその相手は世界的クィディッチ選手ときた。想像するとぞくぞくする。

今までで一番、試合に対して前向きになっていた。

 

 

 

 

 

クラムからの宣言を受けてから数日、試合の準備に取り掛かかりいくつかの魔法を見つけた。

手足に水かきをつける方法。ちょっとした変身魔法で可能であることを知った。これで多少は泳ぎが早くなるだろ。水かきがあるとないとでは、泳ぎの速さが二倍以上違った。手に多少の水かきをつける程度であれば、杖を握ることにも支障はない。

耳をよくする聴力強化の魔法も見つけた。泡頭呪文をつけながら水の中の音を拾えるか試してみたところ、成功だった。ただ水から出る前に魔法を解かなければ、普通の話声すら耳元で叫ばれているように感じる為、普段使いはできるような魔法ではなかった。

準備はできた。後は、本番にどれだけうまく動けるかという問題だと思った。

談話室で課題をするドラコ達にそう報告をすると、安心したようにした。

 

試験まで残すところ一週間ちょっととなった頃、泡頭呪文を完成させただけでなく湖の中の探索も進めることができた。

湖は広大なため、試合前に湖の中を回りきるのは不可能だ。しかし陸からそう離れていないところの地形を熟知するには十分な時間があった。

どこでスタートをしても、地の利は取れそうだ。

しかし、どれだけ用意をしても満足できなかった。少し息抜きをしようと思った時には決まってクラムの顔が思い浮かぶ。自慢げに顔でこちらをあざ笑うクラムを思い浮かべると、ジッとしていられなかった。

きっと、ドラコがポッターの事を考える時もこんな感情になるのだろう。

そう思うと、もう少しドラコに優しくしてやってもいいかもしれないと思い始めた。

 

根詰めた様子の俺を、親友達は度々心配してくれていた。

 

「試験まで一週間ちょっとだが、明日はホグズミード週末だ。……君、今年に入ってまだ一度もホグズミードに行っていないだろ? 明日くらいは、ホグズミードで息抜きをしようじゃないか!」

 

ドラコがそう俺をホグズミードへと誘った。しかし、俺はそれを断ることにした。

 

「悪いな、ドラコ。試合まであと少しなんだ。やれることは、全部やっときたいんだ」

 

ドラコは俺の返事に複雑な表情だった。

ドラコはホグズミードへ行きたいようだが、俺が試合の準備をしているのを放っていく気にはならないようだった。そんなドラコの様子に少し笑ってしまう。

 

「ホグズミードへ行ってこいよ、ドラコ。それに、試合の一週間後もホグズミード週末だろ? 試合が終わったら一緒に行こう」

 

俺がそう言うと、ドラコは複雑そうな表情を崩さなかったがホグズミードへは行く気になったようだった。ドラコは既にパンジーと約束しているのだろう。談話室の向こうでパンジーが楽し気にダフネに話しているのを、ドラコは少し気にしがちに目線を送っていた。

クリスマスパーティーから何か二人の間に進展があったのかもしれない。次のホグズミード週末の際に探りを入れてみるのも楽しいかもしれない。

そんな楽しみを見出しつつ、俺は次の試合の準備に意識を向けた。

 

 

 

 

 

ホグズミード週末、変わらず湖で試合の準備をし続けた。

泡頭呪文と耐寒呪文、簡単な変身呪文を自分にかける。水中を泳ぐのも随分と慣れた。一カ月弱も泳ぎっぱなしだから当然かもしれない。

水草や岩場をくぐり、湖の探索を続ける。試合用の障害や俺を殺そうとする奴が罠を仕掛けそうな場所を探りながら、速く泳ぐ練習もする。

水面へ急上昇をする呪文や、逆に水底へ素早く沈む魔法も用意できた。

暫く泳ぎ、耐寒の呪文が解けかけたので休憩の為に水面へ上がる。

水面へ上がり、準備していたタオルで体をふくと用意していた焚き木に火をつける。もう手慣れたものだ。

火に当たりながら楽な姿勢で休んでいると、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

「やっと見つけた、ジン! 湖で泳いでるって言ってたけど、いっつも違う場所で泳いでるんだもん。見つけるのに苦労するよ」

 

アストリアだった。アストリアは嬉しそうに声を上げながら俺の方へ駆け寄ると、一緒に火にあたり始めた。今は二月中旬過ぎだがまだ冷える。俺を探して湖のほとりを歩き回っていたのなら、体はだいぶ冷えてしまっていただろう。

俺はアストリアが訪ねてきたことに驚きながら、少し嬉しく思い声をかけた。

 

「ああ、アストリア。また、応援に来てくれたのか?」

 

「そうだよ! 折角のホグズミード週末なのに、また試合の準備だって言って泳いでるって聞いたから」

 

アストリアは明るく笑いながら、袋を取り出した。中はチキンやサンドイッチと言った昼食に加えて、お菓子やケーキ、バタービールなどが詰まっていた。一人で食べきるにはあまりに多く、アストリアと二人でも食べきれるか分からない量だった。

少しばかり豪華な袋の中身に目を丸くする。アストリアはそんな俺の様子に可笑しそうに笑った。

 

「これね、ドラコがジンに持って行ってくれって用意してたの。でもね、全部ジンのじゃないよ。私のと、お姉ちゃんの分も入ってるんだ」

 

「ダフネの分?」

 

「そ、お姉ちゃん。後で来るよ。ドラコ達とホグズミードでお昼を食べてから。ねえ、私、お昼ご飯まだなんだ! 一緒に食べよ!」

 

そう言いながら、袋の中からチキンとサンドイッチ、バタービールを取り出して俺に渡した。

俺はそれを受け取り、アストリアと一緒にかぶりつく。アストリアは外でのランチを随分と楽しんでいるようだった。アストリアは焚火でサンドイッチとチーズをあぶり、トーストを作り始めた。最近読んだ冒険小説で主人公がやっていて、憧れたようだった。自分で作った、少し焦げたトーストを熱そうにしながら頬張るアストリアは見ていて楽しかった。

そんなアストリアに、少し探りを入れてみた。

 

「ダフネがこっちに来るってことは、パンジーとドラコはデートか? クリスマスパーティーで、二人の距離が縮まったんだな。アストリア、パンジーから何があったか聞いてるだろ? 俺にも教えてくれよ」

 

「教えないよ! クリスマスパーティーのことも口止めされてるの! パンジーもね、珍しく私とお姉ちゃん以外の誰にも言ってないから、本気で秘密にしたいんだと思うの!」

 

「と言うことは、何かはあったんだな。パンジーから口止めされるような事か……」

 

「あ、ずるいよ! そういう質問の仕方!」

 

拗ねて俺を叩くアストリアに声を上げて笑う。

 

「悪いな、アストリア。俺も気になって仕方ないんだ。……ブレーズから聞かれた時は気をつけろよ? あいつは俺より容赦がないからな」

 

「……分かった。でも、これ以上はジンも聞かないで」

 

「悪かったよ、アストリア。ハメるような質問をして。俺もこれ以上は聞かない」

 

完全に拗ねたアストリアに謝りながら、そう言って話を切り上げる。

去年にホグズミードに行って何もなかったと落ち込んだパンジーが、クリスマスパーティー以降に浮かれているのだ。きっと、何かいいことがあったのだろう。

今日、夜に談話室で直接聞いてみるのもいいだろう。

そんなことを考えて笑っていると、またアストリアが叩いてきた。

 

流石にこれ以上はまずいと思い、アストリアとは別の話を始めた。

最近のアストリアの同級生とのやり取りや、授業や課題の事。そして俺は湖の中の景色の事を説明してやった。試しにアストリアも泡頭呪文をつけて湖の中を泳ぐかどうか聞いてみると、思いのほか乗り気だった。

昼食を食べて一休みしたら、アストリアにも耐寒の呪文と泡頭呪文をかけて、一緒に水の中を潜る。アストリアは水の中を泳ぐのは初めてだったようだ。最初は水の中の感覚にじたばたしながら、水中なのに息ができることになれない様子だったが、直ぐに楽しみ始めた。水の中を泳ぐ魚や揺れている水草を眺めたり触ったりしながら笑っていた。

少しして、まだ名残惜し気なアストリアを水上へ引き上げる。水中は思っているよりも体力を奪う。初めての水中で泳ぎすぎると、陸上で立ち上がる体力がなくなるのだ。

アストリアを水上へ引き上げると、魔法で服を乾かしてやり、改めて焚火に当たる。アストリアは初めての水中に満足げだった。

俺達が水上へ上がってすぐ、ダフネがやってきた。アストリアの言った通り、昼ご飯をドラコ達と食べた後にこちらに来たのだろう。ダフネは俺とアストリアが水中から上がった様子なのを見て心底驚いていた。

 

「……あなた、まさかアストリアを湖にいれたの?」

 

驚いたダフネの質問にはアストリアが返事をした。

 

「うん! 泡頭呪文をかけてくれたんだ! あと、耐寒の呪文もだっけ? とっても楽しかったよ!」

 

「でもアストリア、あなた、泳いだことないでしょう?」

 

「ジンが教えてくれたから大丈夫だよ! 水の中で息もできるし、溺れる事なんてなかった!」

 

アストリアの明るい返事に、ダフネは戸惑いながら何も言いはしなかった。それでもアストリアを心配しているのが分かったので、安心させるように声をかけた。

 

「俺は何度も泳いでるから危険がないのは分かってた。大丈夫だよ、少しでも危険だったらアストリアを湖になんていれはしないさ」

 

そう言うが、ダフネは少し複雑そうな表情だった。難しそうな顔をして、焚火に当たり始めた。

俺とアストリアは顔を見合わせた。ダフネが心配そうにしているだけでないのはなんとなく分かったが、俺もアストリアも複雑そうな表情でいる理由は分からなかったのだ。

アストリアはダフネに恐る恐る声をかけた。

 

「お姉ちゃん、私がもぐりたいって言ったからジンは魔法をかけてくれたの。本当に楽しかったんだ。……危険なんて、本当になかったよ」

 

ダフネはアストリアに声をかけられて我に返ったようだ。ダフネは曖昧に微笑みながら話始めた。

 

「あなたが泳げるのが、ちょっと驚いただけ。……ほら、私も泳げないから。その脇に置いてある袋には、いつもの様にお菓子が入ってるの? 泳いで疲れたでしょう? 良かったら、今から食べない?」

 

ダフネが複雑そうな表情を止めて笑ったのを見て、アストリアは安心したように笑い嬉しそうに袋の中からバタービールとお菓子を取り出した。

暫くは三人で話しながらお菓子を食べて過ごした。

ダフネの話によると、ホグズミードでは予想通りパンジーとドラコがデートしているとのことだ。そしてブレーズはなんとボーバトンの女子生徒に誘われて途中で消えていったのだという。ボーバトンの女子生徒が言っていたこと全ては聞き取れなかったが、クリスマスパーティーのダンスが素敵だったとブレーズを褒めていたのだという。

ブレーズの情報にはアストリアも興味津々であった。談話室に戻ったらドラコとパンジーの事に加え、ブレーズのデートと聞きたいことがさらに増えた。

ダフネは手元にあるスコーンを食べ終えた後、俺に話を振ってきた。

 

「ジン、一週間後の試合の準備はどう? 足りないことや必要な物はあるかしら?」

 

「そうだな……。まあ、あらかた準備は終わってはいる。後は本番も動けるように、湖の中の事をよく知ることくらいかな」

 

「そう……。順調で何よりだわ。アストリアはどう? 一緒に泳いだんでしょう? 何か、ジンが気付かないようなことはあった?」

 

ダフネはそうアストリアに話を振った。アストリアはキョトンとした表情になったが、少し考えてから快活に言い切った。

 

「泡頭呪文があれば、私でも泳げたから大丈夫だよ! 気づけたことかぁ……。やっぱり、水の中って動きにくいよね。箒で飛んだ方が早くて正確だなって思ったよ」

 

「それじゃあ本末転倒ね」

 

アストリアの返事にダフネはクスクスと笑いながらそう言った。

俺もアストリアの返事に少し笑って湖の方に目線をやった。そして思った。

 

「……アストリア、それ悪くないな」

 

「え?」

 

「水に入らず飛ぶっていうのは気に入った。使える案だよ、それ」

 

呆気にとられた二人を見ながら、俺は笑った。

第二試合の準備にもう一つ用意したいことができたのだ。またしてもアストリアのヒントで。

俺は、次のホグズミード週末にはアストリアに大量のお土産を買うことに決めた。

 

 

 

 

 

第二試合の最後の準備が終われば、直ぐに試合当日になった。

第一試合の時ほど緊張はしなかったが、食欲が湧かないくらいの緊張は引き続きあった。

無理やりサンドイッチを流し込むと、直ぐに第二試合会場へと向かう。会場は、予想通り湖に設置されていた。

湖の周りに設置されるスタンドを眺めながら、選手控室へと入る。

控室には、クラムとバグマンがいた。バグマンは困った様子で、クラムは何やら憤慨した様子で席に座っていた。

クラムが何をそんなに怒っているのか。不思議に思っていると、バグマンが俺の方を向いて声をかけてきた。

 

「ああ、君か! ……君は、金の卵の謎を解いて何をするべきか分かっているね?」

 

「……ええ、準備はできています」

 

質問に答えると、バグマンは頷きながら話を続けた。

 

「よろしい。では、君が取り戻すべき大事なものについて説明をしよう」

 

そう言えば、試合の内容は一時間以内に大事なものを取り返すという内容だった。

あらかじめ取り返すものを教えてくれるというのは、予想外の親切だった。

少し面食らってバグマンの話の続きを待つ。

 

「君が取り戻すべき大事なものは、ダフネ・グリーングラス嬢だ。……気を付けたまえ? 一時間過ぎたら、二度と会えなくなると思って取り組んでくれよ」

 

対抗試合というのは、つくづく俺の癇に障るものだ。

反射で手を握りしめ、そう思った。

 

 

 

 



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第二試合

バグマンから伝えられた第二試合の内容は、ダフネを一時間以内に取り戻せというものだった。

そして一時間以内に取り戻さなければ、二度と会えないと思えという。

 

「……二度と会えない、というのは脅しですか? 試合とは無関係の人を殺す気か?」

 

「ああ、心配はご無用! まさか人質が命の危険にあるだなんて、そんなことは我々もしないさ。ただ君は失敗したら君の大事なものと二度と会えないと思った方がいいというだけの話さ」

 

俺の質問にバグマンは肩をすくめてそう言うと、自分の席に戻った。それ以上は話す気がないらしい。

分かったのはダフネに命の危険がないということ。しかし、それでは二度と会えないというのはどういうつもりなのか。

先に座っているクラムに目を向ける。クラムも俺と似たり寄ったりな表情だった。

クラムの苛立った表情から、俺と同じ状況であることが分かる。そしてクラムの人質が誰かも、容易に想像がついた。

 

「……ハーマイオニーが人質なのか?」

 

俺の質問には、クラムはむっつりとした表情で頷いた。それからこちらに視線を投げかけた。

 

「……ヴぉくが失敗すれヴぁ、ヴぉく、彼女と会えなくなる。嬉しいか?」

 

「……いや、お前が失敗してハーマイオニーに万が一がある方が心配だ」

 

「君ヴぁ、余裕だな」

 

「余裕じゃない。優勝する気がないだけだ。……まあ、今回ばかりは失敗するつもりもないがな」

 

「そういうところだ、君が余裕というのヴぁ。……ヴぉくだったら、君が負けたら嬉しいと言う」

 

クラムの言葉に返事に詰まると、クラムはつまらなそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いて黙り始めた。

俺もそれ以上は話す気はなく、大人しく試合開始を待つ。

次に控室に訪れたのはデラクールだった。そしてデラクールも俺と同じようにバグマンから取り戻すべきものが人質であることが告げられた。デラクールの人質は妹のガブリエルだという。そのことを告げられたデラクールは酷く取り乱していた。

 

「ガブリエルは無事なのでーすか? あの子に何かあれば、わたーし、許しません! 試合も、審査員も!」

 

怒りを露わにバグマンに食い掛り、バグマンを困らせていた。

バグマンは俺に言ったのと同じように、命の危険はない事が失敗すれば二度と会えないと思えと言う脅しをかけ、それ以上は話さなかった。

デラクールもクラムも、かなり苛立った様子でだんまりを決めた。俺も黙ったまま試合開始を待つ。

そしてしばらく、代表選手が第二試合の会場である湖の近くへと案内をされた。

ポッターが現れたのは、代表選手全員が湖へと案内をされてからであった。

試合開始前ギリギリ。息を切らして走りこんできた様子から、直前まで試合の準備をしていたのだろう。

ポッターが試合前に現れたのを見て、バグマンは酷く安心した表情になった。それから二、三言だけポッターに声をかけると意気揚々と試合開始の合図を始めた。

 

「さて、全選手の準備ができました。第二の課題は私のホイッスルを合図に始まります! 選手達はきっちり一時間の内に奪われたものを取り返します。では、三つ数えましょう。いーち……にー……さん!」

 

ホイッスルが響き渡った。

瞬間、クラムはすぐに水の中へと飛び込んでいった。

デラクールは泡頭呪文をかけた後にすぐにクラムの後を追った。

ポッターは靴と靴下を脱ぎ、ポケットから何かを取り出すと飲み込んだ。それからゆっくりと湖の中へと歩を進めた。

俺は、泡頭呪文と耐寒の呪文、そして手足に簡単な変身魔法をかけるとゆっくりと湖を見渡した。

何度か泳いだことがある場所だった。周辺の地形は頭に入っている。その中で人質が連れ去られそうな場所については、いくつか心当たりがあった。

数キロ離れたその場所に目星をつけて、呪文を唱える。

 

「デパルソ(除け)」

 

追っ払い呪文を自分に向けて発動をする。

衝撃と共に体が浮き、目星をつけた場所に向けて吹き飛んでいった。

吹き飛ぶ際に多くの観客の呆然とした表情なのが見えた。少し胸がスッとした。

軽くきりもみしながら吹き飛び、少しして目星をつけた場所に派手な水しぶきと共に着水する。

着水して気泡がなくなり視界がクリアになったところで辺りを見る。そこは望んだ通りの場所であった。深い所に広がる水草と岩場でできたアーチがある場所だ。

 

「ディセンディウム(降下)」

 

自分に呪文をかけて、一気に水底まで移動をする。降下しながら聴力強化の魔法をかけると、望み通り歌が聞こえてきた。

 

『探す時間は一時間。取り返すべき大切なもの――』

 

歌声が発する方はそんなに離れていないようだった。

運が良かった。本当はここで歌が聞こえなければ、同じことを二、三度繰り返すつもりであった。

水かきの生えた手足を動かし、歌声のする方へと泳いでいく。

岩場をくぐっていくと、時折、岩の壁に絵が描かれているのが分かった。

水中人と巨大イカのようなものが戦っている絵や、水中人が宴をしているような絵など。それらの絵を無視してひたすらに歌のする方へ泳いでいくと、藻に覆われた荒削りの住居が見え始めた。水中人の住居だ。そして、歌声はどんどんと大きくなっていた。

水中人の住居を越えると、突然に開けた場所に出た。

大広間の様な開けた場所の中央では大勢の水中人が歌を歌っており、大きな岩に四人の人が縛られていた。

ダフネ、ハーマイオニー、ウィーズリー、そして銀髪の幼い少女。誰が誰の人質であるかは、一目瞭然であった。

ゆっくりと人質の方へ泳いでいく。水中人たちは邪魔をすることはなく、ただ見ているだけであった。

人質のすぐそばまで行き、四人の顔色を窺う。

特に苦しむ様子はなく、眠ったような表情で口から細かい気泡が出ているだけであった。

そのことに少し安心し、まずは自分の人質であるダフネの縄を魔法で切る。縄を切られたダフネは、ゆらゆらと水中を漂い始めた。

続いてハーマイオニーの方の縄にも手をつけようとしたところ、今まで見ていただけの水中人に動きがあった。

数名の水中人によって素早く取り押さえられ、一際大きな体の水中人が二名、俺に槍を向けてきた。

 

「……自分の人質だけ、連れていけ」

 

しわがれた声だった。確かに、最初に着いた俺が他の選手の人質を連れて帰ることは試合の妨害行為に値する。見るに試合の運営に関わっているであろう水中人が俺を止めるのは納得がいく。

ならば、他の選手の手助けは問題がないはずだ。

そう思い、杖を上に向けて閃光を打ち上げる。

打ち上げた光のお陰で、この場所が遠目からでも分かるようになるはずだ。

そしてこの光は水上にまで届いている。俺が水中に上がった後でも、この光を目印にまたすぐに追っ払い呪文でこの場所まで飛んでこれる。

そこまでして、まずはダフネの安全を確保することにした。

クラムが上手くやれば、ハーマイオニーも安全の筈だ。

水中に漂っているダフネを引き寄せて、直ぐに水上へ向かう。

 

「アセンディオ(上昇)」

 

呪文により、すさまじいスピードで水面へ向かう。その勢いは水上に出てもとどまらず、大きな水音と共にダフネを抱えまま数メートル、水面から打ち上げられることとなった。

水面に出るとともに、どうやらダフネにかけられていた魔法は解けるようにあっていたらしい。水面から出た瞬間にダフネが目を覚ました。

 

「――な、何が……。あ、やだ、水――」

 

ダフネは水面に打ち上げられるとともに目を覚まし、次の瞬間に再び水面に打ち付けられる結果となった。

ダフネは相当驚いたのだろう。水に打ち付けられた瞬間、悲鳴を上げて体が強張り必死に俺にしがみついてきた。そしてしばらく溺れるように身じろぎをした。しばらくしてダフネは自分が溺れないと分かり、落ち着きを取り戻してから恐々と周りを見渡した。

そして俺に支えられて自分が水上にいる事が分かると、俺が試合をこなしたことを理解したようだった。

ダフネの表情が呆然としたものからみるみる輝くような笑顔に変わっていった。

 

「貴方、やったのね! 試合をこなしたんだわ! おめでとう!」

 

そう嬉しそうに言いながら俺に抱き着いてきた。水中なので上手く受けとめきれず、二人して再び水の中に沈む。そして再びダフネが悲鳴を上げた。

それが面白く、思わず声を上げて笑う。ダフネを沈まぬように支え、落ち着くまで待つ。

やっと落ち着いたダフネは、やはり水が怖いようでしばらく俺から離れようとはしなかった。

そんなダフネに、異常はないかを確認する。

 

「ダフネ、大丈夫か? 具合は悪くないのか? 何か呪いとか、かけられてないか?」

 

ダフネは俺の言葉に少し目を丸くしたが、微笑んで返事をした。

 

「心配しすぎよ? 人質だった私達の安全は、ダンブルドアが保証しているもの。私達に魔法をかけたのはダンブルドア。まさか、本当に私の身に危険があるって思ってくれてたの?」

 

「……バグマンに、失敗すれば二度とお前に会えないって脅されたからな」

 

「あら、酷い脅し。……だから必死になってくれたの?」

 

「……まあ、そうだな」

 

からかう様にダフネに言われ、少し恥ずかしくなり顔を背けながら答える。

ダンブルドアが人質の安全を保障している。それが何よりも俺を安心させた。未だ水の中のハーマイオニーも、もう心配はいらないだろう。

そう思い体の力を抜くと、ダフネが沈みかけてまた悲鳴を上げた。それを見て、湖でのほとりでの会話を思い出した。

 

「……そう言えば、ダフネは泳げないんだったな」

 

「泳いだことがないの。水の中に、入ったことがなかったから」

 

ダフネは恥ずかしそうにしながらも、少し顔を青くさせて俺にしがみついて離れない。

そんなダフネを支えながら、ゆっくりと岸辺の方へと泳ぐ。ダフネは水の恐怖を紛らわせるためか、しきりに俺に話しかけてきた。

 

「ねえ、第二試合はどうだった? 私の所に来るまで、何かあった?」

 

「実は言うと、水の中はほとんど移動しなかった。ここまでほとんど飛んできたから、水の中にある試合用の妨害は全部無視できた」

 

「飛んできた? 箒でも使ったの?」

 

「いや、追っ払い呪文を自分にかけて飛んできた」

 

移動方法を伝えると、ダフネは唖然とした。

 

「追っ払い呪文を自分にって、貴方、とんだ無茶をしたわね……。あれ、人にかけるような呪文じゃないでしょう?」

 

「そうかもな。でも、上手くいったよ。お陰でお前を連れてくるのにそんなに時間がかからなかった」

 

「上手くいったって……。怪我はないの?」

 

「ああ、全くない。練習もしてたしな」

 

「……貴方って、目を離すとすぐ無茶するのね。パンジーと同じくらい放っておけないわ」

 

「おい、それは言いすぎだろ」

 

クスクスと笑ったままのダフネを引っ張り、何とか岸辺へとたどり着く。

観客席では歓声とどよめきが上がっていた。多くの人が、まさか俺が最初に帰ってくるとは思っていなかったようだ。

審査員席の様子も、少し荒れていた。

カルカロフ校長が分かりやすく顔を怒らせ、文句を言いたげであった。俺が泳がずに飛んでいったことに不満なようだった。バグマンも酷く驚いた表情を隠すつもりもない様だった。ダンブルドア先生は微笑みながら、マダム・マクシームはただ無表情に俺を見ていたが。そして誰よりも取り乱していたのは、クラウチ氏の代理として出席していたパーシー・ウィーズリーであった。

俺がダフネを連れて帰ったのを見てかなり驚いた表情をした後に、何やら表情を青ざめさせながらこちらに向かってきた。

 

「なあ、君! ハリーの大事なものが何か、見てきたか? まさか、僕の弟じゃないだろうか? ロナルド・ウィーズリーが、水の中にいなかっただろうか?」

 

パーシー・ウィーズリーはそう叫びながら、服が濡れるのも気にせずに水の中へと走ってきた。

その様子に戸惑いつつ返事をしようとしたが、それより先にマダム・ポンフリーが現れてパーシー・ウィーズリーを引き留めた後、俺とダフネを水から引揚げて毛布にくるませて用意されていた焚火の近くまで誘導した。そして煎じた薬を俺とダフネに持たせると、それを飲み切るように指示された。

俺もダフネも黙ってマダム・ポンフリーの治療を受けていると、周りに抑えられてか先程よりも落ち着いた様子のパーシー・ウィーズリーがこちらに質問をしに来た。

 

「なあ、君……。頼む、教えてくれ。僕の弟は無事なのだろうか? ……歌では、一時間以内に戻ってこないと、二度と会えないと言っている。でも、まさか、そんなことないよな? 僕の弟は、無事だよな?」

 

心配げなパーシー・ウィーズリーには、ダフネが返事をした。

 

「大丈夫よ。人質の安全はダンブルドア先生が保証しているもの。どんな魔法をかけられるかも、しっかりと説明を受けたわ。……一時間以内にっていう歌は、ただの選手への脅し文句よ。一時間たっても、人質には何もないわよ」

 

そう言われ、パーシー・ウィーズリーはやや安心した顔をした。

 

「そうかい……。いや、すまない。常識的に考えて、まさか選手でもない生徒が危険な目に遭うなんて、あり得ない。取り乱してしまった。君、ありがとう。僕は戻らなきゃ。ほら、僕はなにしろクラウチ氏の代理なものでね」

 

パーシー・ウィーズリーは取り乱したことへの照れ隠しか、早口にそう言うと審査員席へと戻っていった。

パーシー・ウィーズリーの反応を見て、代表選手の大切なものとして生徒が人質に取られているのは公にはされていることではなかったのだと分かった。そして、誰もが対抗試合に巻き込まれたらただでは済まないと思っているようだった。俺が第一試合で死にかけた効果もあったのかもしれない。

パーシー・ウィーズリーが去ったすぐ後に、岸辺の方で水しぶきが上がった。

驚いてそちらの方を見ると、意識を失ったデラクールが水中人によって岸に上げられていた。デラクールはすぐさまマダム・ポンフリーによって治療を施されて意識を取り戻したが、意識を取り戻すとすぐに水の中に戻ろうと暴れ始め、マダム・マクシームに抑えられていた。

 

「ガブリエル! ガブリエール!」

 

そう人質の名前を叫びながら取り乱し、抑えるマダム・マクシームにフランス語で何やら捲し立てていた。人質を取り返そうと泣きそうになりながら必死に足掻く姿は痛々しかった。そんなデラクールをマダム・マクシームが何やら説き伏せ、大人しく毛布にくるませながら薬を飲ませて火の近くに座らせた。

デラクールはすすり泣きながらマダム・マクシームにしがみついていた。

そんなデラクールに同情をしたのだろう。ダフネは立ち上がると、すすり泣くデラクールに寄り添って手を取った。

 

「……貴女の気持ち、よく分かるわ。私にも妹がいるから。でも、安心して。私も人質だったから、貴女の妹がどうなっているかは知ってる。ただ眠っているだけで、怖い事なんて何一つないの。それに、私達は何があっても安全だって言われていたわ。……貴女の妹は、時間になったら帰ってくるわ。大丈夫」

 

デラクールはダフネの言葉を聞いて少し落ち着いてきたようだ。涙ぐみながらもダフネの手を握り返し、お礼を言っていた。

 

「……ありがとう。あなーた、とても優しいです。でも、心配でーす。ガブリエル、あの子は、とっても怖がりです。それに、二度と会えないと、いわれまーした。そして私、失敗しました……」

 

「大丈夫よ。絶対に会えるから。心配しないで」

 

溺愛する妹がいる者同士、何か通ずるものがあるのだろう。

ダフネの励ましを受け、デラクールは少しずつ冷静さを取り戻していった。

そんな様子を眺めながら、他の選手が戻ってくるのを待つ。手元の時計を確認すると、もう四十分以上が経っている。だというのに、ポッターもクラムも戻ってくる様子はない。

そして制限時間の一時間が過ぎた頃、未だに現れぬ選手達に観客席が不安げな声が漏れ始めた。

俺も水の中で何かがあったのではないかと不安になった。

ポッターは誰かに狙われているのだ。それにクラムが巻きこまれた可能性もある。

やはり、戻るべきだろうか? 一時間が過ぎだのだ。もう試合は終わったと判断してもいいだろうか? ポッター達に、ひいてはハーマイオニーに何かがあったかもしれないのだ。

チラリと審査員席の方に目をやる。ダンブルドア先生は真剣な表情ではあったが、何か動く様子はなかった。

このまま待っていていいのか、それとも水の中に戻るべきか、迷っていると遠くの方で水しぶきが上がった。

そして、何かがすごい勢いでこちらに向かって進んでくる。

目を凝らすと、サメの頭をした男がハーマイオニーを抱えてすごい勢いで泳いでいた。

クラムが魔法で変身をしたのだろう。頭部だけを頭にして、呼吸と泳ぎの補助の両方を賄ったのだ。その方法には驚きと感心があった。頭部だけとはいえ、動物への変化は高度な変身魔法だ。

クラムが戻ってきたことで観客席が盛り上がりを見せた。

クラムはハーマイオニーを気遣わし気に岸まで上げたが、ハーマイオニーは岸に戻ると俺が既に戻っているのを確認して嬉しそうに微笑みながらこちらへ駆け寄った。

 

「ああ、ジン! 貴方も試合をこなしたのね! 信じていたわ、貴方は大丈夫だって!」

 

そう俺の手を取りながら飛んで喜ぶハーマイオニーに、俺はやっと人心地がついた。少なくとも、ハーマイオニーには何もなかったようだ。

 

「お前も無事でよかったよ、ハーマイオニー。……水中でお前が捕まっているのを見た時は、肝を冷やした」

 

「そんなにひどい様子だったの? 捕まってる時って、眠ってるのと同じで特に感覚がないから分からなかったわ」

 

ハーマイオニーはクスクスと笑いながら返事をした。

クラムは酷くむくれた表情で俺の方を見ていたが、何も言いはしなかった。

ハーマイオニーはひとしきり喜んだ後に改めて辺りを見渡し、ポッターがまだいないこと、そしてデラクールの隣にいるのがダフネでありデラクールの人質が戻っていないことに気が付いた。

 

「……ハリーは、まだ戻ってないのね。ねえ、ハリーはどうだった? ハリーは昨日のお昼まで水の中で呼吸をする方法が見つかってなかったの。……水の中で溺れてるなんて、そんなことないわよね?」

 

「そうだったのか? 見たところ、ポッターも何かしらの準備はしていたみたいだが……。少なくとも、水の中を泳げるような準備は……」

 

正直、俺がポッターを見たのは何かを飲み込んで水の中でジッとしている様子だけだった。何かを待っているようにも見えたが、何の準備もできていなかったように見えなくはなかった。しかし、こうしてこの場にいないということは少なくとも泳ぐ準備はできていたということだ。

そう思いハーマイオニーを慰めようと思ったが、その必要はなかった。

水しぶきが上がり、ポッター達が姿を現したのだ。

ポッターと人質のウィーズリー、そしてデラクールの人質であるデラクールの妹もだ。

ポッターが現れたことで、観客達とハーマイオニーが歓声を上げて湖の方へと注目をした。

ポッター達は水中人に囲まれながらゆっくりと岸の方へと向かってきた。そして岸の方にたどり着くと、数名が駆け寄った。

まずはデラクールが妹のもとへ駆け寄り、パーシー・ウィーズリーが弟のもとへと駆け寄った。二人は大丈夫だと励まされながらも、やはり心配が絶えなかったのだろう。

そしてポッターの元へはハーマイオニーが駆け寄った。ハーマイオニーからすれば、水の中で息をする方法も分からないまま試合に挑み、命を狙われていたのに返ってきたのだ。感激するのもよく分かる。

そんなハーマイオニーの後姿を見送っていると、いつの間にかダフネが隣に戻ってきていた。どうやらデラクールが妹の方に行ってからこっちに戻ってきたようだ。

 

「そろそろ、結果発表ね。流石に、この試合は貴方がトップよ! 時間内に、それも制限時間を大きく残して帰ってきた唯一の選手だもの」

 

試合が終わり残されていた人質達にも何事もなかったことが分かり、ダフネは俺が勝ったことに喜びを隠すことはなかった。

どこかワクワクとした表情で協議をしている審査員達の方を眺めていた。

俺もそれをボンヤリと眺めながら、大人しく結果発表を待った。

 

「俺が帰ってきた時、カルカロフは随分と不満そうだった。前の試合も俺に0点をつけてたみたいだし、トップになれるかどうか……」

 

「今回ばかりはカルカロフにだって貴方に減点なんてできやしないわよ」

 

「そうか? 気に入らないって理由で容易に減点しそうに見えるが……」

 

「今回は誰がどう見てもあなたがトップ。それなのに露骨に点数を下げでもしたら、この対抗試合そのものを否定することになるわ。第一試合の評価だって怪しくなる。折角クラムがトップなのに、そんなことするはずないわよ」

 

「……それもそうか」

 

ダフネの嬉しそうな表情を見て、卑屈になるのをやめた。

俺は確かに、今回はトップの成績を上げた。あのクラムにも、俺は勝ったのだ。そのことを思うと胸がスッとして晴れやかな気持ちになっていた。

チラリとクラムの方に目をやる。クラムはポッターの無事を喜ぶハーマイオニーを憮然とした表情で見つめていた。それを見て、胸の重しがなくなったように気が楽になった。

そしてすぐに、結果発表が始まった。

バグマンが魔法で拡大した声を響かせた。

 

「審査結果が出ました。水中人の女長、マーカスが湖底で何が起きたかを子細に話してくれました。そこで、五十点満点で各代表選手は次のような結果となりました」

 

ここで一息挟み、バグマンは聞き手の高揚感を最大限に引き上げた。

隣で聞いていたダフネも、身を乗り出した。

 

「ミス・デラクール。素晴らしい泡頭呪文を使いましたが水魔に襲われ、ゴールにたどり着けませんでした。得点は二十五点」

 

「わたーしは0点の人でーす」

 

デラクールは傍らにいる妹を抱き寄せながら、のどを詰まらせていた。

バグマンの発表は続いた。

 

「ミスター・エトウ。彼は唯一、制限時間以内に人質を連れて戻ってきました。出だしの追っ払い呪文には度肝を抜かれましたが、これが効果的だった。さらに泡頭呪文、変身呪文で手足に水かきをつけて泳ぎも万全。移動魔法をいくつか備えており、人質を取り返してから戻るまでに常に迅速な動きを見せました。彼は文句なし、五十点満点です」

 

スリザリンから大きな歓声が沸いた。そして隣からダフネが飛びついてきて、はしゃぐように声を上げた。

 

「ほら、言ったでしょう? 貴方を減点なんてできやしないって!」

 

「……ああ、そうだな」

 

「もっと喜んでよ! それに周りの人達を見て!」

 

ダフネにそう促されて、観客席の方へと目を向ける。

スリザリン生は喜んで歓声を上げる者が多かった。そして他の寮生は呆然とした表情が多く、ただただ俺がトップの成績を出したことに驚いていた。

ダフネはそれを満足そうに見ていた。

 

「貴方が見返したのよ! あそこにいる人達をみんな! そして私達が正しかったの! 貴方が凄い人だって、全員に知らしめた!」

 

ダフネの言葉を聞いて、胸が温かくなる。

 

そうだ。試合に勝って、トップに立つことで、ドラコ達の期待に応えることができた。見返すことで、ドラコ達が俺を庇う必要もなくなった。

これまで以上に、過ごしやすく楽しい学校生活が送れるようになるのだ。

 

そのことを思うと、どんどん晴れやかな気持ちになっていった。

試合に勝って良かったと、自分でも思えるようになってきた。

 

そんな中、バグマンの発表は続いた。

 

「ミスター・クラム。変身術は中途半端でしたが、効果的なのは変わりありません。人質を取り戻したのは二番目でしたが、制限時間を五分オーバー。得点は四十点です」

 

ダームストラングから大きな拍手が送られていた。当の本人は喜ぶ様子はなかった。そして気の所為でなければ、むっつりとした表情を少し俺に向けていた。

拍手が収まるのを待って、バグマンは最後の発表を始めた。

 

「ミスター・ポッター! 彼の用意した鰓昆布の効果は特に大きい。戻ってきたのは最後で、制限時間を大きくオーバーしていました。しかし、水中人の長によれば、彼は十分制限時間内に戻れるだけの猶予があったのです。彼が遅れたのは、自分の人質だけでなく全員の人質を安全に戻らせようと決意したからです」

 

ここで観客からはがっかりしたような、囃し立てるような声が一部で湧いた。

多くの人が、ポッターの行為を試合を捨てた愚かな行為だと思った様だった。

ハーマイオニーとウィーズリーですら同情的な視線をポッターに送っており、ポッター自身も恥じた様子を見せた。

 

だが俺は、酷い敗北感に打ちのめされた。

 

俺は命を狙われていた。そしてポッターも命を狙われていた。

だというのに、どうして俺は人質が安全に地上に戻されるだなんて安易に思ったのだろう。

危険を仕組まれた試合の中で自分の大切な人を水中において戻ってくるなど、どうしてそんなことが出来たのだろう。

本当に試合の結果などどうでもいいというのなら、本当に命の危険を感じているというのなら、俺はあの場に残ってポッターと同じ行動をするべきだったのだ。

全ての人質が安全に戻れるよう、傍を離れるべきではなかったのだ。

 

バグマンの解説は耳に入ってこなかった。

なにやらポッターが良い点数を獲得したようだったが、そんなことはどうでもよかった。

隣で喜んでいるダフネも、俺に向けて暖かに拍手をするスリザリン生も、むっつりとした表情でいるクラムも、どうでもよかった。

 

笑顔でポッターへ拍手をするハーマイオニーを見た。

 

何が、命よりも大事だ。

早々に見捨てておいて、何が大切な人だ。

 

いつしかポッターへ感じた劣等感が、火をつけたように大きくなっていた。

俺は、結局は自分のためにしか動けない独善的な人間なのだと、そう思ってしまった。

 

俺は負けたのだ。

ポッターに、そして自分に。

 

 

 

 



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束の間の平穏

「今の君に最も必要な物は、なんだか分かるかい?」

 

「……分からんな。何だって言うんだ?」

 

「休息とご褒美だ! もういい加減、君は遊ぶべきだ! 君、今年に入って遊んだのは何回だ? いっつも試合だなんだと図書室やら森やら湖やらに行ってばっかりだ。いいか? 次のホグズミード週末は絶対に遊びに行くぞ! でないと、今やってるその課題を燃やしてやるからな!」

 

ドラコはぼんやりとレポートを書いている俺に対してそう活を入れた。

 

第二試合が終わって数日。

トップで終えた俺は、随分と過ごしやすくなっていた。

俺を馬鹿にしていた奴はなりを潜め、代わりに手のひらを返したように応援や俺の優勝の可能性を語る奴も出てきた。

ドラコ達はそれを、俺が周りを見返した結果だと喜んでいた。

そして俺を庇っていたドラコ達も、周りから持ち上げられるようになっていた。

スリザリンではドラコ達は、先見の明があるだとか、親友の事を信じ続けた義理堅い人だとか、真の友だとか、そうもてはやされていた。

ドラコとパンジーは悪い気がしないようで、鼻高々としている姿をよく見かけた。

 

しかし一方で、当の本人である俺はあまり浮かない気持ちでいた。

試合に勝ったことは嬉しい。

だが、どうしてもポッターへの敗北感は拭えなかった。

ポッターが他の人質を助けようと本気になっていたのに対し、俺は自分の人質であるダフネを助けてそのまま何もせずに暢気に火に当たっていた。

それを思い出す度に気持ちが沈んでいった。

 

ドラコは理由は分からずとも沈んだ俺の気持ちをどことなく察していたのだろう。

気分の晴れない様子の俺を疲れているのだと評して遊びに誘ってくれていた。

 

「それに君、次のホグズミード週末では僕とアストリアにお礼が必要だって言ってたじゃないか。もしかして、そのこともなかったことにしようとしているのかい?」

 

「そんなわけないだろ。俺も次のホグズミード週末はお前らと行きたいと思ってる。むしろ俺は、一緒に行ってくれるかどうか心配だったんだ。ドラコ、パンジーとクリスマスで何かあったんだろ?」

 

そうドラコに投げかけると、ドラコはやや顔を赤らめて黙ってしまった。

そんなドラコの様子に悪戯心がうずき、沈んだ気持ちが少し軽くなった。

 

「パンジーも珍しく、口が堅いしな。ブレーズも気にしてたぞ? これはとうとう、何かがあったなと」

 

「それなら、君だって噂の渦中にいるよ! 君とダフネだ! 君がダフネに片思いしているって、もっぱらの噂だよ!」

 

ドラコをからかってやろうとすると、思わぬ形でカウンターを食らった。

ドラコから繰り出されたそれは、覚えのない噂であった。

 

「俺がダフネに? なんでそんな噂が?」

 

「……君はここ数日、何を聞いてたんだい? 考えてもみなよ。ダフネは君のダンスパーティーのパートナーで、第二試合では君の大切なものになっていた。噂されない方がおかしだろ? そしてダフネはあの態度だ」

 

ドラコが指をさす方に目を向けると、ダフネが数名のスリザリン生に囲まれて質問攻めにあっていた。

ここ数日ではよく見る光景だった。

俺とドラコは耳を澄ましてその会話を聞いた。

 

「ねえ、水の底では本当に何があったの? エトウに救い出されたんでしょう?」

 

「ダンスパーティーに誘われて、エトウに何か言われたんでしょう? だからあなたがエトウの大切なものになったのよ」

 

そう色めきだっているスリザリン生に、ダフネは笑いながら返事をしていた。

 

「大したことはないのよ、本当に。私は水の底で眠っていただけだもの。それにクリスマスパーティーでは踊っただけで何も言われていないわ。ジンが何を考えているかは知らないわ。あの人、何を考えているのかしらね?」

 

ダフネの返事を受けて、女子生徒達は益々色めきだって好き勝手に話を始めた。

 

「あんな感じで、ダフネはのらりくらりと回答をかわしてる。なーんにもハッキリと言わないから、みんな好き勝手に噂してるのさ」

 

ドラコはダフネの回答を聞き終えた後、俺にからかう様にそう言った。俺への仕返しのつもりだろう。それに苦笑いを返す。

ダフネとの噂が流れるのは仕方ないことかもしれない。ダンスパーティーで踊ったのも、俺にとって大切なものであるのも事実であるからだ。

しかし片思いの相手というのは事実無根であった。周りが好き勝手に盛り上がっているだけの噂だが、代表選手に選ばれた時の卑怯な手を使っただとか第一試合が終わった後の無能な人間という噂や陰口に比べれば可愛いものだった。むしろ面白くすらある。

ダフネとの噂が俺に大したダメージにならないことを察したドラコは少し拗ねた表情になったが、ため息を吐いてすぐに別の話題を持ってきた。

 

「ま、君の噂もこれと比べると大したことないしね。これはもう読んだかい? 今日の週刊魔女という雑誌だ。ほら、これにもリーター・スキーターは記事を投稿しているのさ」

 

そう言われながら差し出された日刊預言者新聞は相変わらず対抗試合などそっちのけの記事が書かれていた。

記事の内容は、ハーマイオニーを巡るポッターとクラムの三角関係であった。

内容を読んだ時は度肝を抜かれた。俺以上に事実無根なゴシップが広がっていた。

 

「……なんだ、この記事?」

 

「クラムの大切なものはグレンジャーだったろ? そのことを面白可笑しく取り上げて、劇的なロマンスに仕立て上げてくれているのさ。この記事、ポッターの前で朗読してあげたいよ。……まあ、パンジーはちょっと気に食わなかったようだ。グレンジャーが悪く書かれてるからね。ポッターと関わるとろくな目に遭わないと、さっきから愚痴を吐いているよ」

 

「ポッターはいつものことながら、ハーマイオニーも大変なんだなぁ……」

 

ハーマイオニー達に同情しつつそう漏らす。

ドラコは話をそらせたことに満足したのだろう。笑いながら記事をしまうと、再びホグズミードの話を始めた。

 

「まあ、とにかくだ。次の週末はホグズミードに行くぞ。試合の準備はなしだ」

 

「……そうだな。俺も久しぶりにお前らと遊びたいよ。お前とアストリアには、たっぷりと礼もしないといけないしな」

 

ホグズミードに一緒に行く約束をすると、ドラコは嬉しそうに笑いながらホグズミードでの予定を話し始めた。

俺自身、ホグズミード週末は楽しみだった。

第二試合の後に第三試合に関する情報は話されることはなく、試合の準備などできようもなかった。今が試合の事を忘れて羽を伸ばすまたとない時間であるのは間違いなかった。

俺とドラコでホグズミードへの計画を話し合っているところで後から合流したブレーズやパンジーも交え、今週末の予定について話をし、盛り上がった。

 

 

 

ホグズミード週末当日、ドラコ達と約束通り朝食を済ませるとすぐにホグズミードへと向かった。

村を歩き回りながら、他愛もない話を続けた。

俺の第二試合での武勇伝を話し合ったり、ブレーズがボーバトンの女子生徒から言い寄られていることを自慢したり、そんなブレーズに対抗したパンジーがダームストラングの男子生徒から言い寄られたと自慢して次の瞬間にドラコへ言い訳を叫び始めたり、騒がしいながらも随分と楽しく過ごしていた。

三月の暖かくなった天候にのびのびとしながら、カフェで冷たい飲み物を飲んで涼みながら昼食にしようということになり、近くのカフェに五人で入った。

カフェでゆっくりとしながら話をしていると、ふと思い出したかのようにブレーズがダフネに話を振った。

 

「そういやよ、ダフネ。お前、随分とフラー・デラクールに気に入られたみたいだな。ボーバトンの女子達から聞いたぞ。今日だって、デラクールに一緒にホグズミードに行かないかって誘われてたんだろ?」

 

「……貴方って、本当に抜け目ないわね。もうそんなことまで耳にしてるの?」

 

「情報通なのが俺のウリなんでな」

 

ダフネは呆れたようにしながらブレーズに返事をし、ブレーズは少し得意げにしていた。

ダフネは困ったように笑いながら、ブレーズの言葉に驚いて固まっているパンジーとドラコに声をかけた。

 

「フラーは第二試合の時に失敗しちゃったでしょ? その時、フラーが人質を心配してすごく取り乱していたの。フラーの人質が妹のガブリエルだったから、他人事だとは思えなくて……。試合が終わるまでの間、励ましていたのよ。そしたら私の事を気に入ってくれたみたいで、それからよく声をかけてくれるわ。廊下で会った時とか、休み時間とかにね」

 

ダフネがデラクールを励ましていたのは知っていたが、そこまで仲良くなっているのは知らなかった。

ドラコとパンジーと一緒に俺も驚いていると、ダフネは少し気まずそうに俺を気にしていた。

 

「確かにフラーとは仲良くなったけど、私は貴方に優勝して欲しいって思っているわ。それは間違いないの」

 

ダフネがデラクールと仲良くすることを少し気にしている理由が分かり、フォローするように返事をする。

 

「ああ、別にそこは気にしてない。ただ、デラクールに気に入られるなんて、すごいと思っただけだ。ほら、デラクールに近づこうとした男子生徒はことごとく撃沈してるだろ? ホグワーツの男子も、ダームストラングの男子も」

 

俺が気にしていないと返事をすると、ダフネは少し安心したように微笑んだ。

そして、俺の出した話題にはドラコが嬉しそうに食いついた。

 

「そう言えば、知っているかい? ウィーズリーがダンスパーティーにデラクールを誘ったって話を!」

 

「おうおう、知ってるぞ。ほとんど何を言ってるか分からなかった上に、返事聞く前に逃亡したそうだな。デラクールからごみを見るような目で見られていたってよ」

 

「ああ、現場に居合わせなかったのが残念だ。彼の勇敢な姿を、詩にでもして広めてやりたいのに」

 

「勇敢なのは間違いないな。俺にはあんな真似できねえよ。恥ずかしくて死んじまう」

 

ドラコの話にブレーズが乗っかり、ウィーズリーを弄り倒すことで盛り上がった。

 

その後も、デラクールが実はセドリック・ディゴリーを誘って振られていた事や、ポッターがチョウ・チャンを誘って振られた事、そしてセドリック・ディゴリーとチョウ・チャンが踊っていたとクリスマスパーティーでのゴシップにまで話が広がっていった。

他にもスリザリンやそれ以外の寮でのゴシップをドラコとパンジーが楽しそうに話を持ち出し、昼食が終わる頃には俺はホグワーツのゴシップについて一通り知ることが出来た。

 

昼食後はホグズミードへ再び繰り出し、郵便局のフクロウの羽が一斉に生え変わるのを見学したり、ブレーズとパンジーがいたずら専門店ゾンコでいたずらグッズを物色し、俺がハニーデュークスでアストリアのお土産とドラコへのお礼を大量に買い込んだりと、充実した時間を過ごせた。ドラコへは最高級の茶菓子と紅茶のセットを、アストリアへはアストリアと同じくらいの高さになるほどお菓子を詰め込んだ袋を用意した。

ホグズミードにいる間も、ホグワーツに帰ってからアストリアにお土産を渡し喜ばせる時も、全員でホグズミードでのことを話しながら夕食を食べる時も、俺は試合の事を忘れすっかり楽しむことが出来た。

試合の事を忘れることが出来たのは、代表選手になってから初めての事だったかもしれない。それくらい、久しぶりにドラコ達と遊ぶのは楽しかったのだ。

 

その日の夜、自室でベッドに入ったところでドラコから声をかけられた。

 

「ジン、明日は談話室でボードゲームとカードゲーム大会だ。アストリアも誘う。君も、当然参加だ」

 

「随分急な話だな。前から計画してたのか?」

 

「いや、今僕が決めた。でも絶対にやる。他の奴らだって、絶対に参加させるさ」

 

ドラコは鼻歌交じりに上機嫌でそう言った。

ドラコの様子に驚いてると、ドラコは少し笑った。

 

「今日、楽しかったよな。でもさ、ホグズミード週末に出かけるなんて、そんな特別なことじゃないだろ? 去年だってこれくらいの事はしてたんだ。今年は色々あってできなかっただけさ。……ようやく、楽しくなってきたんだ。遠慮なんてするもんか」

 

今日が楽しかったのも、久しぶりに羽を伸ばせたのも、俺だけではなかったようだ。

ドラコは第三試合の内容が伝えられるまでの間、とことん遊び倒すつもりのようだった。

そんなドラコの誘いに、俺はすぐに乗った。

 

「分かったよ。俺は絶対参加する。けど、アストリアからお菓子を巻き上げるなよ? あれは俺からのお礼なんだ」

 

ドラコは乗り気な俺の返事に少し面食らった表情をしたが、直ぐに笑って話に乗った。

 

「なら、アストリアの負け分は君が肩代わりだ。精々頑張ってくれ」

 

そうドラコとじゃれ合って、夜を更けていく。

ドラコ達といると、嫌なことを忘れられた。

試合の事も、誰か分からぬ黒幕の事も、そしてポッターに抱いた劣等感も。

明日の遊びも、楽しみで仕方がなかった。

 

 

 

そうしてドラコ達と平穏に過ごしていたある日、久しぶりにハーマイオニーが俺を訪ねてきた。

リーター・スキーターの記事を気にしてかご丁寧にポッターの透明マントを羽織り、俺が一人になる時を見計らって廊下で声をかけてきた。

 

「……ジン、話したいことがあるの。少しいいかしら?」

 

話しかけられた時は、驚きで飛び上がりかけた。

周りを見て、誰もいないことを確認してから透明マントを羽織ってどこにいるか分からないハーマイオニーに小声で返事をする。

 

「……ハーマイオニー、だよな? 透明マントを羽織って、そこにいるのか?」

 

「そう。……ほら私、ちょっと面倒なことになってるから。雑誌の事、知ってるでしょ?」

 

いつしかドラコが持ってきた週刊魔女の事だろう。ポッターとクラムと噂になっているハーマイオニーが俺と一緒に歩こうものなら、来週の記事からは三角関係から四角関係となるだろう。

それは御免こうむりたいと思い、姿を消したままのハーマイオニーと人気のない廊下へ移動し、小声で話を続ける。

 

「それで、ハーマイオニー。話したいことっていうのはなんだ?」

 

ハーマイオニーは姿を消したまま、小声で話し始めた。

 

「この間のホグズミード週末で、私達はシリウスと会ってたの。シリウスから聞いた話、あなたにも話そうと思って。……あなた達が巻き込まれた理由にもつながることだと思うから、あなたも知っておくべきだって思うの」

 

「……そうか。まだ、この辺りに人が来ることもなさそうだ。今なら、じっくり話ができる」

 

そう言ってハーマイオニーから、いつかの医務室での時と同じように話の内容を聞くこととなった。

ハーマイオニーの話の内容は、多岐にわたった。

クィディッチ・ワールドカップでの闇の印を打ち上げた犯人についての考察、しもべ妖精のウィンキーがホグワーツで働いていて何かクラウチ氏の秘密を握っていること、クラウチ氏が病気な日の夜にスネイプ先生の研究室へ忍び込んでいたこと、バーサ・ジョーキンズが未だ見つからないこと、そしてクラウチ氏の息子が死喰い人であったこと。

どれもバラバラの情報でありながら、どこかでつながっていそうな、そんな印象を受ける話だった。

話を終えたハーマイオニーも同じような印象を持っているようだった。

 

「ハリーとロンは、スネイプ先生が怪しいって言うの。……あの二人は、いつだってスネイプ先生を疑うから、あまりあてになる意見だとは思わないけど。あなたはどう思う? これだけ色んなことが起きてるの。きっと、裏には何かがあるのよ。あなたやハリーの命を狙う以外にも、何かがきっと」

 

スネイプ先生が怪しい。そんなポッター達の意見を聞いて、ムーディ先生との会話を思い出した。少なくとも、スネイプ先生も怪しいと言えるだけの理由はあるのだ。

 

「……一度、ムーディ先生と話をしたことがあるんだ。今回の犯人が誰なのか。ムーディ先生の考えでは、スネイプ先生が容疑者の筆頭だった。理由は、俺が狙われているからだ。俺を狙う理由があるのは、俺が二年生の時に闇の帝王から逃れたことを知っている人物だろうって。そしてスネイプ先生が元死喰い人であることもあって、俺を狙うには十分な理由だと」

 

ハーマイオニーとしては、俺からスネイプ先生犯人説が出てくるとは思っていなかったようで不意打ちを食らったように黙った。

しかし、それでいて疑う理由には納得をしたようで、強い反論は返ってこなかった。

 

「……でも、ダンブルドア先生はスネイプ先生の事を信じているわ」

 

「そうだな。だから、あくまで可能性の一つな話だ」

 

スネイプ先生を疑いたくないような態度のハーマイオニーに、少し自分と重ねて笑ってしまう。感情に任せて視野を狭めてしまうのは、仕方のない事だとも思う。

そう思いながら、話を締めにかかった。

 

「これまでの話は全部つながっているとは思うが、それがまだ何か分からない。……次の試験内容を伝えられるのも、そろそろか。試験内容が分かったら、また準備で忙しくなるな……」

 

平穏な時間を名残惜しく思いながら、そう呟いた。

ドラコ達と何も気にせず遊んでいられる時間も、試合内容が伝えられるまでの間だ。

そんなしんみりとした気持ちをハーマイオニーはくみ取ったようだった。

 

「……大丈夫よ。対抗試合が終われば、またいつも通りに戻れるもの。それまでの辛抱よ。そうだわ! 次の夏休み、良ければ私の家まで遊びに来ない? あなた、いつも言ってたじゃない。夏休みはゆっくりできるけど、やる事が少なくて寂しいって。実は私もそうなの。……ハリーは、夏休みの間は外出が出来そうにないし、ロンはマグル界の事情に疎いから誘うに誘えないし、家族以外と夏休みを過ごす機会ってほとんどないのよ。ね、来てくれたら嬉しいわ!」

 

ハーマイオニーなりの、すこしでも俺を明るくさせようとした誘いなのが分かった。そして、その誘いは驚くと同時に俺にとってすごく嬉しいものだった。

 

「それはいいな。こっちこそ、喜んで行きたいよ。……なら、何が何でも次の試合を切り抜けないとな」

 

思わず笑いながら、そう明るく返事をする。ハーマイオニーも少し笑っているようだった。相変わらず透明のままで、表情は分からないが。

 

「貴方が来てくれるの、楽しみにしてるわ! ……じゃあ、そろそろ行くわ。ここに誰か来るかもしれないし。……頑張ってね」

 

ハーマイオニーは去って行ったようだった。ずっと透明だったため、不思議な感じだ。

俺も立ち上がり寮に戻る。

少し気が楽になった。試合前の楽しい時間だけでなく、試合後の楽しみもできたからだろう。

そして何より、嬉しかったのだと思う。ハーマイオニーから遊びに誘われたことが。

自分でも不思議なくらい、嬉しく穏やかな気持ちになっていた。

次の試合も、乗り越えられるだろうと思えるほどに。

 

 

 

ハーマイオニーからの話を受けた後も、しばらくはドラコ達と楽しく日々を過ごしていた。

それが終わりを告げられたのは、五月になってもうすっかり暑くなった頃だった。

呪文学の授業を受け終わった後、フリットウィック先生から指示があった。

 

「エトウ! 今夜九時にクィディッチ競技場へ行きなさい。第三の課題の説明があるそうです」

 

平穏な時間の終わりにため息を吐き、指示通りに夜になるとクィディッチ競技場へと向かった。

競技場は随分と様変わりしていた。

腰ほどの高さになっている曲がりくねった生け垣が四方八方に広がっており、まっ平であった競技場は見る影もなかった。

そんな競技場の真ん中には既にバグマンとクラムが立っていた。ポッターとデラクトールはまだらしい。

生け垣を乗り越えてバグマン達の所に行くと、バグマンは嬉しそうに笑っていた。

 

「やあやあ、今大会のダークホース! 前回の試合は見事だったね! 全く、君とハリーは盛り上げ上手だ。登場から世間を騒がせてばかりだよ」

 

「……ええ、ありがとうございます」

 

バグマンの事は、嫌いではない。しかし、好きにはなれそうになかった。バグマンはそんな俺の態度を気にも留めず、生け垣の生えた競技場を眺め始めた。

俺は隣のクラムの方へ意識を向ける。クラムは相変わらず不機嫌そうだった。

 

「……この試合が、最後の試合だ」

 

クラムは不機嫌そうな表情のまま、俺にそう言った。

突然に話しかけられ少し面食らったが、直ぐに返事をした。

 

「そうだろうな。……俺は清々するよ。やっと、この試合を終えられる」

 

正直な感想を口にすると、クラムはまだ不機嫌そうな表情のまま話を続けた。

 

「……ヴぉく、これが終わったら帰ることになる。……これが、最後のチャンスだ」

 

詳しく聞かなくても、チャンスとは何を指しているか分かった。ハーマイオニーを誘うことを指しているのだろう。

俺の感想は前と同じ。ハーマイオニーを誘いたいのであれば俺を気にせず誘えばいいのに、だ。

 

「なあ、なんでそこまで勝つことにこだわるんだ?」

 

そう素直に聞いた。クラムは俺の質問に少し眉をひそめて考えるような表情になった。それからゆっくりと返事を返した。

 

「……こうしよう。君が勝てヴぁ、その理由を言う。だから、君も全力で試合に挑む」

 

「……なんだよ、それ。そこまでしないと、教えてくれないのかよ」

 

不思議な返事に、少し笑ってしまう。ここまで理解できないことが続くと、可笑しくて笑えてきた。思わず、砕けた柔らかい口調になった。

思えば、クラムとここまで穏やかな気持ちで話せたのは初めてかもしれない。

以前に話しかけられた時はクラムもどこか喧嘩腰で、俺も攻撃的だった。

クラムは俺が笑ったことを少し不思議そうにした。しかし、顔をしかめるようなことはなく、どこか呆れた表情だった。そしてクラムの口調も、今までで一番柔らかいものになっていた。

 

「君ヴぁ、どういえば言いのか……。悪い奴じゃない。ただ、そう……天然、であってるか? そんな所が、あるだろう?」

 

「天然? 俺が?」

 

クラムからの言葉は予想外のものだった。天然、と評されたのは初めてだった。

 

「天然か……。変わり者だとか、そんなことは言われたことはあるが、天然って言われたのは初めてだな」

 

「……そうか。でも、悪い奴じゃない」

 

「……ありがとう。クラムも、表情は固いけど、悪い奴じゃない」

 

俺がここまで穏やかに話せているのは、やはりドラコ達と楽しく過ごせていたことや、夏休みにハーマイオニーと遊ぶ約束ができたお陰かもしれない。いつになく、心に余裕があった。

そしてクラムも、以前まで俺に向けていた敵意に近い感情が薄くなっていた。クラムにも何かあったのかもしれない。

こうして話していると、以前までの自分の態度が失礼なものであったとしみじみと思った。クリスマスパーティーでは睨みつけ、話しかけられた時は攻撃的な返事を返していた。そのことを謝りたくなった。

 

「……なあ、今までお互い、喧嘩腰だったろ? 俺も、ちょっと……いや、大分気が立ってたんだ。態度が悪かったよ。許してくれないか? ほんと、喧嘩なんてしたくないんだ」

 

クラムに向かってそう言うと、クラムは驚きで目を丸くした。それからどこか納得したように、そして呆れたように笑った。

 

「……君ヴぁ、天然だよ」

 

「……なんでそうなるんだよ」

 

「それも、君が勝てヴぁ教えよう」

 

どこかからかう様にクラムは笑った。そんな様子に俺も少し苦笑いをした。

それからクラムは、ふと思い出したように話を切り出した。

 

「君ヴぁ、気にならないか? ハーマイ・オウン・ニニーの、記事の事」

 

「記事? ああ、リーター・スキーターの記事か。俺は別に気にならないが、お前らは大変だよな。……気の毒だと思うよ」

 

「……記事の内容、事実か?」

 

クラムは少ししびれを切らしたようにそう言った。クラムが気にしているのは、記事の内容が事実かどうかのようだった。

俺からすれば事実無根の記事であるのは一目瞭然だったが、クラムからすれば事実である可能性がぬぐえないでいるのだろう。

 

「事実無根だとは思うがな。気になるならこの後、ポッターに聞いてみたらどうだ?」

 

そう返事をすると、クラムは少しむっつりした表情で頷いた。

そうしてクラムと話をしていると、ポッターとデラクールが現れた。二人は仲良さげに話しながら、生け垣を越えてきていた。

デラクールは第二試合以降、随分とポッターへの態度を軟化させていた。ポッターが妹を助けようとしたことに恩を感じているのだろう。

ポッターとデラクールが生け垣を越えてきたところで、バグマンが再び話を始めた。

 

「さあさあ、紳士淑女諸君! これが第三試合の内容だ! これが何かわかるかね?」

 

バグマンはそう言いながら生け垣を自慢げに指さした。そんなバグマンにはクラムが返事をした。

 

「……迷路」

 

「ご名答! そう、第三試合は障害物を備えた迷路だ。この迷路の中心に、優勝杯を置く。障害物と迷路を潜り抜け、それを手にしたものが優勝だ! 今までの点数で、スタート時間に差を作る。まずはハリーとクラムが、その次にミス・デラクール、そして最後にエトウが出発できるということさ。誰にでも優勝のチャンスがある、実に最終試合に相応しい内容だろう?」

 

クラムの返事を受けて、バグマンは上機嫌に試合の内容を解説した。

 

「さあ、質問がなければこれで話は終わり! みんな、城に戻ろうか。夜は流石に冷えるみたいだしね」

 

バグマンは上機嫌にそう言って、選手達に帰りを促した。

俺も帰ろうとすると、隣でクラムが動くのが分かった。クラムはポッターの所まで行き、肩を叩いた。

 

「少し話せるか?」

 

「え……。あ、うん、いいよ」

 

ポッターは戸惑いながらクラムの誘いを受けた。クラムは、やはりポッターに直接聞かなくては気が済まないようだった。

その様子に苦笑いをしながら、森の方へと消えていくポッターとクラムを見送る。

バグマンはそんなポッターとクラムが気になるのか、直ぐには帰らずしばらく競技場に残るようだった。

残された俺とデラクールは、特に話すことなく競技場を後にした。

デラクールからは、以前に感じていた見下すような雰囲気はなかった。しかし、友好的な雰囲気でもなかった。

デラクールは別れ際、チラリと俺を気にするように目線を向けただけだった。

 

対抗試合ももうすぐ終わる。次の試合が最後だ。

これを乗り越えれば、また今まで通りの生活に戻れる。

そう信じて、ドラコ達の待っている寮へと歩みを勧めた。

 



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第三試合

第三試合の内容が伝えられると、早速試合の準備に取り掛かった。

第三試合までの一カ月、様々な呪文の習得に費やすこととした。

盾の呪文に加え、相手の動きを妨げる妨害呪文。それ以外にも炎と水を呼び出す呪文、爆発を起こしたり、土を掘り起こして盾のように展開させる呪文。様々な戦闘に備えた呪文の習得に身を費やした。

 

そして第三試合が開始される前の一週間から期末試験でもある。

俺が試合の準備をするのと同じくらい、ドラコ達は試験勉強に追われていた。

だが、そんな忙しい中でもドラコ達は俺の試合の準備を手伝おうとしてくれた。

今日はドラコとダフネが準備を見に森に見てきてくれた。

 

「君の魔法を見るのは、良い息抜きさ。……随分と、戦闘向けの呪文を身に付けたね」

 

「まあ、何かと戦うことになるのは確実だからな」

 

ドラコは俺の魔法で焦げたり抉れたりしている地面をしげしげと眺めながら面白げにしていた。

ダフネは近くの木の株に腰を下ろしながら、気遣わし気に言った。

 

「これだけの呪文を覚えていたら、迷路の壁も壊せてしまいそうだけど……。そう単純にはいかないわよね。……不安よね? 試合の事とか、その、命を狙われているってこと」

 

「……まあな。でも、これで最後だと思うと清々するよ。早く終わらせたいってのが本音だ。さっさと試合もテストも終わって、何の気兼ねなくお前らと遊びたいよ」

 

俺の言葉にドラコは照れた様な表情になり、ダフネは嬉しそうに笑った。

 

「……どうせなら、やっぱり君が優勝して欲しいけどね。ほら、君が優勝してさっさと試合を終らせてしまえばいいじゃないか。そうすれば、君の命を狙う奴だって諦めがつくというものだ」

 

ドラコは照れ隠しか、少しそっけなくそう言った。

それに笑いながら返事をする。

 

「確かにそれが一番だよな。……第二試合の時みたいに、相手が手出しなんてする暇もなく試合を終えられたらいいんだけどな」

 

「ぜひそうして欲しいものだよ」

 

ドラコは肩をすくめながらそう言った。それからしみじみと、言葉を続けた。

 

「勝って帰ってきたら優勝祝い。生きて帰ってきたら生還祝い。なんだ、この試合が終わったらいいこと尽くしじゃないか」

 

俺とダフネは驚いてドラコを見る。ドラコは魔法で抉れた地面を眺めたままだったが、少し耳は赤かった。

 

「なら、何が何でも試合を切り抜けないとな」

 

そう笑いながら言う。ハーマイオニーが夏休みに遊びに誘ってくれた時と同じ返事をした。

ハーマイオニーもドラコも、試合を切り抜けたら俺が喜ぶような提案をしてくれる。

それがとても大きな支えになっていた。

 

「そうだわ! 試験後は確か、ホグズミード週末のはずよ。次のホグズミード週末は、ジンの好きなところに行きましょう。私、ケーキが絶品のお店を知ってるの。ジンもきっと気に入るわ」

 

「ケーキか。いいね、ダフネのおすすめだったら間違いはなさそうだ」

 

「……君って、結構単純だよね。ケーキで喜ぶなんてさ。そこはブレーズが知ってるファイアウィスキーを出す店とかさ、叫びの館に入るとかさ、もっとこう、あると思うんだ」

 

「どっちも規則違反だしなぁ……」

 

「……いい子ちゃんだよね、君って。……分かったよ、校則違反はなし。それで楽しいことをしよう」

 

「そう言う貴方もだいぶいい子ちゃんよ、ドラコ」

 

「やめてくれよ、ダフネ」

 

そう言って一緒にじゃれ合いながら試合前の準備を楽しんでいた。

試合まであと二週間だった。

 

 

 

そんな最後の試合の準備の最中、またもハーマイオニーが俺を訪れてきた。

変わらず透明マントで、誰もいないタイミングで話しかけてきた。二度目となると、少し慣れたものでそんなに驚きはしなかった。

何も見えない場所からハーマイオニーの声がするのも、誰もいない場所に返事をするのにも抵抗はなかった。

 

「試合の準備は順調?」

 

「ああ、何とか。生き抜くための努力はできてるかな」

 

「そう、よかった……。でも、油断はしないで。今日は、その事を伝えに来たの」

 

ハーマイオニーから伝えられたのは、クラムとクラウチ氏が襲撃されたという情報だった。それも試合内容が伝えられた日の夜、ポッターとクラムが二人きりになっていた時に、だ。そしてクラウチ氏は未だに行方不明だという。

クラウチ氏の行方不明は情報統制がとられており、一部の人間しか知らないとのこと。魔法省がリーター・スキーターの様な記者を警戒し、非公開を貫いているとのことだ。

ハーマイオニーが特に気にしている問題は、黒幕あるいはその協力者がホグワーツへの侵入を果たし、その魔の手をポッターのすぐ近くまで伸ばしていたことだ。

 

「試合を乗り越えるまで、あまり一人にならない方がいいと思うの。……まあ、といってもあなたってほとんど一人にならないから杞憂だとは思うけど。あまりに一人にならないから、この事を伝えるのに二週間かかったわ」

 

ハーマイオニーは少しおどけたように言ったが、心配してくれているのが声色に出ていた。

そんなハーマイオニーに、安心させるように返事をする。

 

「分かったよ。引き続き、一人にならないように気を付ける。ドラコ達も、なるべく俺といようとしてくれてるんだ。俺も、無茶はしない」

 

俺の返事に、ハーマイオニーは少し笑った様だった。

それから少しして、ハーマイオニーは明るい声で話始めた。

 

「私、あなたとハリーなら大丈夫だって思うの。だって、いつもあなた達は難しい状況を切り抜けてきたわ。きっと、今回だって大丈夫」

 

その言葉は、ハーマイオニーの本心でもあるが願望でもあった。ハーマイオニーも不安なのだ。最後の試合で俺やポッターに何かが起きないかと。

 

「ありがとう。……試合が終わったら、今度は堂々と会おう。パンジーやダフネも一緒に。少しくらい、羽目を外してもバチは当たらないだろ」

 

俺は、ひたすらに明るい話題を話し続けた。ハーマイオニーも、後ろ向きなことは決して言わなかった。

不安がなかったわけではない。恐怖だってあった。

それでも、最後の試合を乗り越えたら今までの苦労を忘れるほどの楽しい時間があるのだと思うと、前向きな気持ちになれるのだ。

 

 

そうして、試合当日まではあっという間であった。

 

 

試合当日になると、朝食の時にマクゴナガル先生から代表選手へ指示があった。

 

「エトウ。代表選手は朝食後、大広間のわきの小部屋に集合です。代表選手のご家族が招待され、最終課題の観戦に来ています。皆さんへのご挨拶が必要です」

 

家族の観戦。クラムとデラクールの家族は分かるが、俺とポッターには家族はおらず、観戦に来る人はいないはず。ただ、他の代表選手の家族への顔見せの時間となりそうだ。

そう思い、朝食後に指示された部屋へと向かう。

ドアを開けて部屋に入ると、他の代表選手はまだ誰もいなかったが、既にそこには代表選手の家族がいた。

鉤鼻が特徴の黒い髪の男性とその奥さんと思しき女性。この二人はクラムの両親であろう。

デラクールの家族は一目瞭然だった。デラクールの妹と手をつないでいるとびきり美人な女性。

そして意外な人物達がいた。

一人はウィーズリー夫人。二年生の時、秘密の部屋の騒動を終えた時に会っているので覚えている。ウィーズリー夫人は傍らに赤毛のとても美形な男性を連れてそこにいた。

ウィーズリー夫人も俺の事を覚えていたようだ。俺が入ってくるのを見ると、驚いた表情になった後、笑顔で俺に挨拶をしに来た。

 

「あなたがジンね。私はモリ―・ウィーズリー。ロンと、ジニーの母親よ。あなた、ほら、二年前に、ジニーを助けてくれたでしょう? その時に会っているの」

 

「覚えてますよ、ウィーズリーさん。お久しぶりです」

 

ウィーズリー夫人は俺の返事に安心した表情になり、それから嬉しそうに話を続けた。

 

「また会えて嬉しいわ! 私達はね、ハリーの保護者としてお呼ばれされたのよ。ハリーはもう、うちの子も当然ですから。ああ、こちらはビル。うちの子の長男よ」

 

ウィーズリー夫人はそう言いながら傍らに立つ青年を紹介してくれた。

ビルと呼ばれた美形な青年は牙のネックレスという奇抜なファッションをしていたが、表情はとても優しく人当たりがよさそうであった。

 

「ママ、僕らが話してると邪魔になるよ。君、ごめんよ。母は少し話好きでね。あの人が、君の保護者だろう? 先に話し込んでしまって済まないね」

 

ビルはそう言ってウィーズリー夫人を引き受け、傍らにいる男性を手で示した。

ビルが手で示した先にいたのはもう一人の意外な人物、ゴードンさんであった。

ゴードンさんがいるのは、かなり驚いた。俺の驚きが伝わったのだろう。ゴードンさんは苦笑いであった。

 

「まあ、ダンブルドアとは知らん仲ではないからな。お前の保護者として今日は招待された。スクイブの俺がホグワーツに来れるなんて、今日をおいてないだろうな」

 

「そっか……。そう言えば、ダンブルドア先生とは知り合いだったね。……てっきり、誰も来ないと思ってたから、ゴードンさんが来てくれて嬉しいよ」

 

そう言うと、ゴードンさんは少し嬉しそうに笑った。

その後、代表選手が部屋に集まってきた。各々が自分や家族や保護者と話し、最終試合へ意気込んでいた。

代表選手は今の授業は免除された。保護者にホグワーツの案内をしたり、一緒に過ごしたりと試合前に好きなように時間を使っていいとのことだった。

俺はゴードンさんにホグワーツの案内をしながら、いろんな話をした。

ホグワーツでの暮らしの事や、普段話している中に出てくる絵画やゴーストたちを紹介したり、ホグワーツにある様々な仕掛けや魔法、授業の事など。そして、この対抗試合には不本意で選ばれた事や、今までの試合の事、もしかしたら命が狙われているかもしれないこと。

ゴードンさんは言葉少なく、真剣に話を聞いてくれていた。

一通りホグワーツの案内と話を終えると、ゴードンさんはおもむろに口を開いた。

 

「……お前は去年も一昨年も、命からがらの所を逃げてきたな。その話を聞く度に、気が気ではなかった。だがな、不思議と思うんだ。お前なら、大丈夫だろうとな。……俺には魔法がないからだろうな。魔法が上手いお前や、お前の父は、俺から見れば全知全能に見える時もあるんだ」

 

ゴードンさんは優しく俺の肩を叩いた。

 

「今回も、お前なら大丈夫だ。今までと同じように切り抜けられる」

 

身近な大人の人に褒められるというのは、不思議な感覚だ。

大丈夫だと言われたら、大丈夫だと思える。

凄いと言われれば、俺は凄いのだと思える。

卑屈になることなく、言葉通りに受け止められるのだ。

 

「……ありがとう、ゴードンさん」

 

試合まで、もう間もなくだった。

 

 

 

試合前の夕食は、歓迎会の時と同じくらい豪勢であった。しかし、食欲はそんなにわかなかった。かといって、気力がないわけではなかった。むしろ逆で、とても気が高ぶっていた。

これが最後だというのが分かっているから。そして、乗り越えれば楽しいことが待っている。それがとても大きな心の支えになっていた。

ゴードンさんを観客席へ送り、夕食を終えたドラコ達と分かれ、指定された場所へ向かう。

 

競技場に代表選手が集まり、周りのスタンドを観客達が埋め尽くし、いよいよ最後の試合が始まろうとしていた。

競技場には、代表選手以外にも司会を務めるバグマン氏とマクゴナガル先生、ムーディ先生、フリットウィック先生、ハグリッドがいた。

代表選手に向かい、マクゴナガル先生が話をした。

 

「私達が迷路の外側を巡回します。何か危険に巻き込まれて、助けを求めたい時は空中に赤い火花を打ち上げなさい。私達の誰かが救出します」

 

代表選手全員が頷き、了承の意を示した。

それからバグマンが進み出て、スタンドに向かって声を響かせた。

 

「紳士淑女の皆様! 第三課題、三大魔法学校対抗試合の最期の課題が間もなく始まります! ホイッスルが鳴ったら、選手達は優勝杯を目指し、点数順に迷路に入ります! では、ホイッスルが鳴ればまずはポッターとクラム! いきますよ! いち――に――さん!」

 

とうとう最後の試合が始まり、ポッターとクラムが迷路へと入って行った。観客は大歓声で彼らを見送った。

二人が入ってしばらく、再びホイッスルが鳴り、デラクールが迷路へと入って行った。

深呼吸をして、気分を落ち着かせる。準備した呪文や、中で待ち受けているであろう妨害について考えを巡らせる。

生き抜くには、試合を真っ先に終わらせるのが一番だ。

そしてホイッスルが鳴った。俺の番だ。

観客たちの歓声を後ろに、迷路へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

夜であることも相まって、迷路の中は薄暗く視界は悪かった。

いくつもの曲がり角を越え、確実に迷路の中心へと向かっていた。

進んで暫くいった角を曲がった先で、迷路の障害に出会った。思わず息を呑む。

 

成長した尻尾爆発スクリュート。二、三メートルはあろう大きさをしたそれは、鋭い棘の生えた甲殻をこちらに向けて走ってきた。

 

「……レダクト(粉々)!」

 

甲殻を砕くつもりで唱えたそれは、確かに命中をしたがいくつかの棘を壊し、甲殻にひびを入れるにとどまった。

俺の魔法が脆弱だったのか、スクリュートの殻が堅かったのかを考える余裕はなかった。

スクリュートが尻尾から火を噴いてこちらに突進をしてきた。

後ろに飛び退き、何とかそれを避ける。距離を取る為に後ろに走るが、スクリュートは爆発による突進を繰り返し、中々距離を取らせてくれない。

スクリュートの殻に目をやる。呪文が当たった部分は確かに壊れかけているが、完全に壊すにはあと三、四回は呪文を当てなくてはならないだろう。そして、甲殻の下に体がむき出しの部分があるのを見つけた。

呪文を当てるなら、あそこだ。その為には、スクリュートをひっくり返すのがいいだろう。

 

「エクスパルソ(爆破)」

 

スクリュートの足元を爆発させる。結果、望み通りにスクリュートはひっくり返った。誤算としては、爆発した勢いでこちらに飛んできて、棘で足を傷つけられたことだ。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)」

 

倒れたお陰で目の前でむき出しになった体の部分に、失神呪文を当てる。ビクリと震えた後に、スクリュートは動かなくなった。

そこで一息を吐く。心臓が緊張でバクバクと鳴っていた。

この試合を乗り越えたら、ハグリッドには二度とキメラを飼うなと言おうと足の傷に誓った。

 

暫くその場で周りを窺い、他に罠がないかを確認する。物音ひとつなく、他に何もないのを確認した。

それでも油断をせずに進んでいると、今度は唐突に甲高い悲鳴が響き渡った。

女性の叫び声。デラクールだ。それも、そんなに離れていない。

何かがあったのだ。しかし、赤い火花は上がっていない。

 

 

ここで考える。デラクールは無事なのか。それとも、火花を上げる間もなく襲われたのか。

襲った者は試合用の障害なのか、それとも別の何かなのか。

 

 

数秒立ち止まり、そしてデラクールの方へ向かうことにした。

避けられない危険があるのなら、自ら飛び込んだ方がずっとマシだ。

 

そして何より、デラクールの身も心配だった。

 

これは最終試合だ。黒幕がなりふり構わず、危険な手に出る可能性だってある。

第二試合、他の人質を置いてきた時に感じた罪悪感を思い出す。

今度こそ、後悔しない選択がしたかった。

 

迷路を走り、声の方へと進む。何回か角を曲がったところで、デラクールの場所まで来ることが出来た。

デラクールは十字路で倒れていた。何かに飛ばされた様に仰向けになって倒れており、足元には彼女の杖が落ちていた。

意識がない様でピクリとも動かない。嫌な予感がして、直ぐに彼女の元へ駆け寄る。

 

デラクールは生きていた。気を失っただけのようで、特に大きな外傷はない。

しかし、何か不自然だった。

デラクールは明らかに失神呪文か何かを受けた様子だ。人為的なもののように感じる。迷路に設置されているであろう障害の所為だったら、そう、例えばスクリュートの様なもので気絶させられたのだとしたら、気絶だけで済むだろうか。そして悲鳴を上げるような目に遭ったのに、なぜこんなにも外傷がないのか。

周りに目を配りながら、まずはデラクールを起こすことにした。

 

「エネルベート(活きよ)」

 

杖から出た赤い閃光がデラクールに命中し、体を跳ねさせてデラクールは意識を戻した。

 

「……ああ……私は、一体……」

 

意識を混濁させているようだった。デラクールは意識を朦朧とさせながら、横たわったまま手探りで自分の杖を探し始めた。

俺はデラクールの近くに寄りながら、辺りの警戒を続ける。

 

「……ついさっき、お前は悲鳴を上げていた。俺が来た時には、既に気絶させられていて、この場にはお前以外の誰もいなかった。何があった? お前を気絶させたのは、何だ? この迷路の障害物か?」

 

デラクールは一瞬、動きを止めた。そして震えを大きくしながら、話を始めた。

 

「わ、わたーしを襲ったのは……男でーした……」

 

「男? それはどんな男だ? どこに行った?」

 

デラクールを襲ったのは迷路の障害物ではない。そのことに警戒心を一気に上げ、鋭く質問をする。

デラクールは這ったまま、指を指した。デラクールの杖が落ちていた方とは、逆の方向だ。

 

「あっちに……逃げました……」

 

「……そうか」

 

チラリとデラクールの方へ目をやる。

デラクールは自分の杖を見つけたようで、杖を掴もうと手を伸ばしていた。

俺は変わらず周囲を警戒する。デラクールの言葉やこの状況に、違和感を覚えながら。

 

何かが変だ。何か、致命的なことを見落としている気がする。

 

頭を回転させる。

悲鳴を上げたのに外傷もなく気絶していたデラクール、朦朧としたデラクールの様子、倒れていた杖の位置、示された敵のいる方向。

 

デラクールが杖を掴んだ。

次の瞬間、同時に様々なことが起きた。

 

「クルーシ――」

「プロテゴ(守れ)!」

「クルーシオ(苦しめ)!」

 

 

デラクールが杖を掴んだ瞬間、俺に杖を向けて呪文を唱えようとした。

しかし、呪文を唱え終えることはなかった。俺がデラクールの顔面を蹴り上げたからだ。

そして俺は、デラクールが示した方向と反対方向に向けて盾の呪文を展開させた。

そして思った通り、俺が盾の呪文を展開させた方向から磔の呪いが飛んできた。

飛んできた磔の呪いは俺の盾の呪文に当たり、バキバキとガラスが砕けるような音と共に

消えた。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

足元でうめいていたデラクールを呪文で気絶させる。

デラクールはビクリと体を震わせ、再び気絶した。

それに目もくれず、呪いが飛んできた方へと向き直り、呪いを飛ばしてきた人間と対峙する。

 

俺に呪いを飛ばしてきたのは、クラムだった。

 

「……お前まで、操られてるのかよ」

 

呆然とし、思わずつぶやく。しかし俺の声はクラムに届くことはなかった。

クラムはどこか虚ろな表情のまま、俺に向かって呪文を唱え始める。

 

「クルーシオ(苦しめ)」

 

「プロテゴ(守れ)!」

 

先程と同じ様に、クラムの呪文が俺の呪文に当たり相殺される。

いや、俺の動揺の所為で先程よりも盾がもろくなり、呪文の一部が腕をかすめた。

かすめた部分に鋭い痛みが走る。

それに顔をしかめながら、杖をクラムに真っ直ぐ向ける。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

クラムの動きは鈍かった。一瞬だけ抵抗するような動きを見せたが、呪文はクラムに命中し、クラムはその場で崩れ落ちた。

 

息を切らしながら、何とか落ち着く。

この場には、気絶したデラクールとクラム、そして疲弊した俺だけとなった。

そしてどこかに、クラムとデラクールに呪いをかけた黒幕が潜んでいるのだ。

 

いつだ? いつ、クラムとデラクールは呪いをかけられた?

デラクールが呪いをかけられたのは、きっとついさっきだ。悲鳴を上げた瞬間。あれは、クラムか黒幕に呪いをかけられた時に上げた悲鳴だ。

ではクラムは? クラムはいつ、呪いをかけられた?

デラクールより前の筈だ。デラクールが悲鳴を上げてから、そんな時間が経つ前に俺はここに来た。そうでなくては、デラクールと連携して俺を襲えない。

そうなると、この試合中にクラムは呪いにかけられたのか?

そんな短時間で、この障害物の多い迷路の中で二人を見つけて、呪いをかけて操れるのか? 俺をおびき寄せて襲う罠を仕掛けられるのか?

そして、そんなことが出来る人間とは、いったい誰だ?

 

答えにたどり着きそうだった。あと少しで、何かが掴めそうだった。

 

その何かを掴むため、賭けに出ることにした。

気絶した二人の杖を回収してから、行動に出る。

 

「……インカーセラス(縛れ)」

 

気絶しているデラクールとクラムを魔法で縛る。その上で、デラクールに対して蘇生呪文を打つ。

 

「エネルベート(活きよ)」

 

呪文を受けたデラクールは、再び意識を取り戻した。

そして俺のことを確認すると、まだ朦朧とした様子のまま身じろぎをし、杖を手探りで探し始めた。しかし、縛られていて動けない。

そんなデラクールに、俺は質問を投げかけた。

 

「……お前に呪いをかけたのは誰だ? クラムか?」

 

デラクールは俺を睨みつけるだけで答えない。身じろぎをさせ、俺を襲おうとする。

デラクールとクラムにかけられた呪文には心当たりがあった。

服従の呪文。ムーディ先生が授業で見せた、俺にかけた呪文だ。

二人の朦朧とした様子は授業で見た、服従の呪文にかけられ命令に従っている時の生徒達の様子と同じだった。

そして服従の呪文の呪文に抵抗する術を、俺は知っている。

冷静な判断力と強い意志だ。

自分が呪いにかけられていることを意識し、そして、誘われるような快楽や刺されるような恐怖にも負けないような、強い意志が必要だ。

 

「……答えろよ、デラクール。お前に、聞かなきゃならないことがある。じゃないと、俺達は死ぬかもしれない。……妹のガブリエルに、もう一度会いたいだろ? 死んじまったら、それも叶わない」

 

脅すように、そうデラクールに言い聞かす。デラクールはビクリと体を震わせ、焦点のあった目で俺を見返した。

俺には分かる。

今、デラクールは呪文と戦っているのだ。

 

「お前は今、服従の呪文にかかってる。お前に指示を出す声が聞こえるだろ? それが呪いだ。振り切るんだ。強く振り切れば、その声は止む。……妹を思い出せ。指示を出している奴は、その妹も殺すような奴だ。心を許すな」

 

デラクールは身を振るわせ続けた。数秒間、そうした状態がしばらく続いた。

そしてビクリと大きく体を震わせた後、大人しくなった。

杖を向けたまま、大人しくなったデラクールに再び声をかける。

 

「……服従の呪文は解けたか?」

 

デラクールは少しして、かなり怒った声で返事をした。

 

「……顔を蹴るなーんて、あなーた、本当にイどいでーす! 縄、といてくださーい。もう襲いませーん」

 

「……呪いが解けたようで何より」

 

元に戻ったデラクールに様子に安心をする。縄を解き杖を渡し、再び質問を投げかける。

 

「答えてくれ。お前に呪いをかけたのは誰だ? クラムか?」

 

「……クラムではありませーん。男でーす。オグワーツの、教師でーす」

 

望んでいた以上の回答だった。黒幕の正体をデラクールは見たのだ。誰が黒幕か、ここで分かるのだ。

そして、想像以上に酷い回答だった。デラクールの話が正しければホグワーツの教師に黒幕がいる。

 

「誰だ? 誰が、お前に魔法をかけた?」

 

焦りながら、詰問をする。デラクールは縄から解放された手で杖を握り、腕を伸ばして凝りをほぐしながら、怒った声色で返事をした。

 

「義足の、顔がぼろぼろの教師でーす! オグワーツを勝たせるように、呪いをかけたのでーす! 服従の呪文でーす!」

 

「……おい、嘘だろ?」

 

黒幕が、ムーディ先生。

一瞬、頭が真っ白になる。そして次の質問を投げかける。

 

「服従の呪文の指示はなんだ? 何を、指示された? どうして俺を、襲ってきた?」

 

デラクールは怒った表情を一瞬、困惑したものにした。それから、気の毒そうに俺を見ながら答えた。

 

「アリー・ポッターを手伝え。そして、あなーたを襲えでーす。……オグワーツの教師が、アリー・ポッターに肩入れしてまーした。……あなーたは、先生に襲われたのでーす」

 

ポッターを手伝え。

俺を襲え。

これが黒幕である、ムーディ先生の指示だ。

予想とかなり違っていた。

俺と、ポッターを殺すような指示かと予想していた。だがどうだ? ポッターは黒幕によって生かされようとしている。

 

「ポッターを手伝い、俺を殺すように指示されたのか?」

 

困惑しながらそう確認すると、デラクールは首を横に振った。

 

「あなーたを殺せ、ではありません。……襲え、でーす。そして殺すなと、明確に言われまーした」

 

ますます混乱した。

俺もポッターも、殺すことが目的ではなかったというのか?

 

様々な情報が頭を巡る。

 

対抗試合のことを知っていたバーサ・ジョーキンズが行方不明だった。バーサ・ジョーキンズを襲った者であれば誰でも、対抗試合を利用する計画を練ることが出来た。そう、ムーディ先生でもできる。

代表選手になるように仕組まれたのが俺とポッター。炎のゴブレッドに呪いをかけて、俺達二人を選ばせる。ムーディ先生なら可能だ。

俺とポッターの共通点は闇の帝王の魔の手から逃げたということ。闇の帝王の敵に近い人間であるということ。

しかし、目的は殺すことではない。優勝させること。

では何のために? 殺す以外に、何か使い道でもあるというのか? ムーディ先生は何をしたい?

 

そう考え、思い出す。ムーディ先生に話したこと。

二年生の時に、闇の帝王に言われた事。

俺が、闇の帝王の復活に必要な素材になり得るという話。

 

自分の中ですべてがつながった。

黒幕、ムーディ先生の目的は少なくとも俺の殺害ではない。

闇の帝王の復活だ。

俺を使って、闇の帝王を復活させるつもりなのだ。

だから俺を殺すつもりはないのだ。

 

黙りこくった俺を心配そうに見ながら、デラクールは声をかけてきた。

 

「……わたーし、もう行きまーす。卑怯な手を使われましたが、優勝は譲りませーん。助けてくれたこと、ありがとう」

 

 

優勝を譲らない。そうだ、デラクールに出された指示はポッターの手助けだ。

黒幕はポッターを優勝させたいのだ。ポッターを優勝させることが、黒幕の目的の一つなのだ。

 

すなわち優勝するということは、黒幕の手に落ちるということだ。

 

「駄目だ、デラクール! もう試合どころじゃない! 今すぐにここを出ないとまずい! 優勝は罠だ!」

 

叫び、デラクールを引き留める。

デラクールはかなり困惑した様子だった。

 

「優勝が罠……? あなーた、どうしてそんな……?」

 

「お前を襲った奴は、ポッターを優勝させたい。……優勝させることは、闇の帝王の手に落ちることを意味するんだよ」

 

「闇の……あなーた……何を……」

 

詳しいことを話せなかった。

話す暇はなかった。

コツコツと特徴的な足音が聞こえてきたからだ。

 

「……なるほど、素晴らしい。実にいいぞ、エトウ。それでこそ、闇の帝王に相応しいと言えよう」

 

しゃがれ声が響いた。

デラクールは声の主を見て震えた。

俺は声の主に、怒りすら湧いていた。

 

「……よくも騙したな、このくそ野郎」

 

声の主、ムーディ先生が迷路の中に立っていた。

 

 

 



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黒幕の正体

迷路の中に佇んだムーディ先生を睨みつける。

デラクールは怯えたように震え後ずさり、足元に転がっている気絶して縛られているクラムに躓いた。

ムーディ先生は満足そうに笑った。

 

「見事なものだ。優勝杯が罠だと、よく気が付いたな。……いや、わしのミスだな。証拠を残しすぎた。打つ手が強引すぎたか?」

 

デラクールはムーディ先生の言葉を聞いて、体を震わせた。しかしそれは恐怖ではなく、怒りによるものだった。

 

「あなーた……よくも呪いを……」

 

そう言い、デラクールは杖をムーディ先生に向ける。ムーディ先生は煩わしそうにした。

 

「……そうだな。呪いをかけたのは間違いだった。こうなるなら、最初から殺すべきだったな」

 

そう言ってムーディ先生は杖をデラクールに向けた。

とっさにデラクールを引っ張る。緑色の閃光が、デラクールのいたところを通り抜けていった。

 

本気で殺す気だ。

 

それが分かった瞬間、全身に冷や汗が湧く。杖をムーディ先生に向ける。

 

「エクスパルソ(爆破)!」

 

ムーディ先生と俺達の間に爆発が起きる。煙で視界が遮られた瞬間、デラクールを掴んで指示を出す。

 

「走れ! クラムを連れて逃げるぞ!」

 

デラクールは一瞬固まったが、直ぐに走り出した。デラクールは足元のクラムを魔法で浮かせ、浮いたクラムを連れて走り出した。

 

「プロテゴ(守れ)!」

 

俺も、盾の呪文を展開させながらデラクールを追って逃げる。紫色の閃光が飛来し、盾の呪文に当たってそれた。

何度か盾の呪文を張り直し、その度に呪いが盾の呪文を砕いていく。

 

デラクールと共に通路の角を曲がり、何とかムーディ先生の視界から抜け出す。

デラクールに走りながら指示をする。

 

「どこか遠くで、クラムの呪いを解いてやってくれ。それから、外にも連絡を……。いや、くそ……赤い火花はあいつに場所を教えるようなものだ……」

 

「……わたーしも、戦います」

 

「無理だ。さっきだって死にかけただろうが」

 

意気込むデラクールを抑え込む。

 

「あなーたなら死なないとも? 傲慢でーす! 私だって、死にません!」

 

「俺は死なない! アイツは俺を殺さずに、何か別の事に使いたいからだ! でもお前は違う! あいつはお前とクラムを、殺す気なんだ!」

 

反論しようにも言葉が出ないデラクールに、畳みかけるように声をかける。

 

「あいつと対峙できるのは俺だけだ! 殺す気のない、俺だけだ! お前は、クラムの呪いを解いて、ポッターを追えよ! あいつに優勝させたら駄目なんだ! 分からんが、優勝すると何かが起きる!」

 

デラクールは悔しそうにした。しかし、指示には従うようだった。

ここで再び、ムーディ先生が現れた。義足にしては足が速い。

 

「行けよ! 頼むから!」

 

デラクールはムーディ先生を見て、確かに怯えた表情をした。

そして、クラムを引っ張り通路の角を曲がって姿を消した。

 

通路に残った俺は、ムーディ先生と対峙する。

ムーディ先生は楽し気にしていた。

 

「いいぞ、エトウ。期待以上だ。追い詰められた状況下で、よく頭を動かしている。大局も見えているな。デラクールに出した指示も的確と言えよう」

 

「いつまで教師面してんだよ。……あんた、いつから闇の帝王についてたんだ? 死喰い人を何人も捕まえた闇払いなんだろ? 何でそんな人が、闇の帝王の味方をしてるんだよ」

 

俺の罵倒にも、ムーディ先生は涼しげな表情だった。

 

「なに、この姿も終わりだと思うと、不思議と名残惜しくてな。……ほぼ一年だ。一年も、俺はこうして姿を偽った。……癖になっているのだろうな、このしゃべり方も」

 

ムーディ先生は上機嫌だった。そして、話している内容も何やら倒錯的になっていた。

ムーディ先生はすぐには俺を襲う気はないらしい。時間を少しでも稼ぐため、俺は杖を構え警戒をしながら話を続けた。

 

「……教師が仮の姿って、ことか?」

 

ムーディ先生は可笑しそうに笑った。

 

「ああ、違う、そうじゃない。いや、それだけではない、か? 偽っていたのは教師という立場だけではない。……アラスター・ムーディという人間そのものを偽っていたんだ」

 

「人間を偽る……。それじゃあお前は、ムーディ先生ではなく、別の誰かっていうのか?」

 

「ああ、そうだ。……もう隠す必要はない。ここに、用はないからな。ポリジュース薬の効果がなくなるまで、あと少しだ。折角だ、姿を見せてやろう」

 

目の前の人物は、ムーディ先生ではない。

そんな衝撃的な告白をされて、一瞬呆ける。

しかし、同時に何か不自然だという気持ちがどんどん大きくなる。ムーディ先生の言葉に何かが引っ掛かる。

だが、それを確かめるよりも時間稼ぎを優先した。

 

「……なるほど。なら、納得した。聞いていたムーディ先生の人物像では、闇の帝王に加担するくらいなら自害しそうだと思ってたところだ」

 

「理解が早いな。本当に冷静だ。……まるで、自分が死なないと思っているようだ」

 

油断をしていたわけではなかった。杖を構え、目をそらすことなど決してしていなかった。

だが、それでも何もできなかった。

ムーディ先生に化けた黒幕が杖を振るい、次の瞬間、地面にたたきつけられていた。

そして態勢を変える間もなく、酷い痛みが全身を襲った。

たまらず絶叫を上げる。

ムーディ先生の笑い声が聞こえた。

 

「愚かだな。お前が生きているのは、俺の気まぐれだ。……そうだ、お前の推理通り、俺はお前を殺す気はなかった。場合によってはな。でも、今はもういいんだ。お前を殺そうが、殺すまいが、どちらでもいいんだ。……お前次第だ、エトウ。生きるか死ぬかは、お前の態度次第だ」

 

いたぶられている。そして、場合によっては本気で殺す気だ。

それが分かると、震えが止まらなくなる。急に逃げ出したくなった。

それが見透かされたのだろう。あざけるような笑い声がした。

 

「ああ、所詮はガキだな。命の保障がなくなった途端、急に怖くなったか? ……大丈夫だ、まだ殺さん。お前に聞きたいことがあるからなぁ」

 

そう言うと、杖を弾き飛ばされ、魔法で無理やり立たされた。ムーディ先生は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「さあ、質問に答えてもらおう。……お前は闇の帝王にその素質を認められたと言ったな。ああ、ダンブルドアも認めていた。だというのに、お前はそれを使いもしない。何故だ? なぜ使わない?」

 

熱に浮かされたように、そして危険な雰囲気をまとわせながらムーディ先生は俺に質問をする。

答えに詰まると、すぐさま全身を痛みが貫いた。叫び声をあげる。

 

「答えろよ、ガキ。言っただろう? お前を殺すのは簡単だ。質問に答えないのなら、殺したっていいんだ」

 

脅しに体が震える。それでも、妙に頭は動いていた。

痛みに震えた声で、返事をする。

 

「……使いたくないからだ。……俺は闇の帝王になんて、なりたくないからだ」

 

俺の答えに、ムーディ先生はご満喫だった。

 

「そう、それだよ! お前は疑ってもいない。自分が闇の帝王になれるとな。そしてあろうことかダンブルドアもだ! お前らは、何故そう思える? 傲慢にも、愚かにも、この俺に捕まり殺されそうになっているお前が、何故闇の帝王になれると思っている? ……お前には、何があるんだ?」

 

この男が、何を知りたいか分かった気がした。

この男は闇の帝王に心酔している。そして恐らくだが、憧れている。闇の帝王の様になりたいと思っている。

だから闇の帝王になり得ると評された俺が気になって仕方ないのだ。

どうすれば自分が闇の帝王に近づけるか、知りたいのだ。

そしてこの男は、俺の予言の事を知らない。ダンブルドア先生は、ムーディ先生に化けていたこいつにも話していない。ならば俺は予言の事は決して話すべきではないのだ。

 

「……闇の魔術の才能だ。ダンブルドア先生から聞いただろう? 俺からも話したはずだ。闇の帝王が復活のために使いたいほど、俺には闇の魔術の才能がある」

 

「それだけじゃないだろう!」

 

怒号が響き渡った。

びりびりと空気が震え、一瞬、全ての音がなくなり静寂になる。

それから、男は嫌に落ち着いた声で話を続けた。

 

「俺を見ろ、ガキ。……そうだ、もうすぐポリジュース薬が解ける。見せてやろう、俺の姿を」

 

男の言葉通り、ムーディ先生の姿が崩れ始めていた。

そばかすのある、色白な、薄茶の髪をした男だった。その顔立ちは、どこか見覚えがあった。

男はやけに興奮しながら、話を続けた。

 

「さあ、自己紹介だ。俺はバーテミウス・クラウチ・ジュニア。初めましてだな、ジン・エトウ」

 

そう言いながら、クラウチは魔法で無理やり立たされている俺に詰め寄った。

すぐ手の届く位置だ。

 

「お前の才能は、認めよう。全く妬ましい。……磔の呪いも、服従の呪いも、お前には効きが悪い。本能で抵抗する術を知っているのだろうな。あぁ、フラー・デラクールの呪いを解いたのも見事だ。教師に向いているんじゃないか、お前は?」

 

クラウチはそう言いながらいたぶるように杖で俺の体をなぞる。

 

「だがな、それだけでダンブルドアがお前を警戒するとは思えないんだ。だってそうだろう? あいつは、かのハリー・ポッターと同じようにお前を守ろうとした。同じように、だ。確信しているんだよ、ダンブルドアは。お前が闇の帝王になることをな」

 

クラウチの声にどんどん熱がこもってきた。目がギラギラと怪しく光っていた。

 

「……闇の帝王と俺は、共通点が多い。父親に失望し、その父親を殺すという楽しみを味わった。ああ、俺も闇の才能に恵まれた。お前ほどではないがな。上手い物だろう? 俺の呪いは。そして優秀でもあった。俺は、誰よりも素晴らしい成績でホグワーツを卒業した。あのお方と同じようにな。……なにより、俺は目的のためには手段を選ばない。お前とは、圧倒的に違う。……だというのに、この差はなんだ? 俺の方があのお方に近いというのに、なぜお前が? なぜ、お前が闇の帝王になるなどと信じられた?」

 

危険な声色だった。だが、何よりも本音で語っているのだと分かった。

クラウチは納得がしたいのだ。

自分ではなく、何故俺が闇の帝王になるなどと言われているのか。

そして、どうすれば自分が闇の帝王に近づけるのか、なれるのかと本気で考えているのだ。

そこに付け入ることにした。

 

「……試してみるか?」

 

危険な賭けだった。だが、このままでは嬲り殺されるのは目に見えていた。そして、この賭けの効果はあった。

クラウチの動きが止まり、俺をジッと見た。

 

「決闘でもしてみるか? そしたら、何かわかるかもな」

 

明らかな挑発。見え透いたものだが、今のクラウチなら効くと考えた。

クラウチは思考が倒錯している。一種の興奮状態だ。

そして、クラウチが本当に知りたいのは俺が闇の帝王になる理由ではない。クラウチ自身が闇の帝王になれる可能性だ。

俺を殺さないでいるのは、自身が闇の帝王に近づける可能性がないか縋るように探しているからだ。

 

これ以上の時間を稼ぐには、こうするしかないと思った。

クラウチは興奮のあまり、俺を殺しかねない勢いだった。

時間を稼げば、デラクールやクラムがポッターを助け出し、応援を呼んでくれるかもしれない。

 

クラウチはしばらく動かなかったが、奇妙に明るい声で話し出した。

 

「勇敢だなぁ、ガキ。……ああ、あのお方は勇敢さには常に敬意を払っていた。いいとも、そうしよう。ほら、杖を拾ってこい。逃げるなよ? 逃げるような臆病者なら、後ろから打ち抜いてやるよ」

 

俺を縛っていた呪いは解けた。

俺はゆっくりと杖を拾い、クラウチと向かい合う。ここからが正念場だ。

クラウチは笑いながら話を続けた。

 

「いいぞ、ガキ。さあ、向かい合おう。そして、礼だ。……そう、決闘なのだから、作法を守らなくてはな」

 

俺とクラウチは向かい合って礼をする。

そして、クラウチは顔を上げてニヤリと笑った。

 

「……さあ、始めようか」

 

クラウチが魔法を仕掛けてくる。今度は反応できた。

 

「プロテゴ(守れ)!」

 

クラウチが無言で仕掛けてきた呪いを、何とか盾の呪文で反らす。

そしてすぐさま攻撃へと転じる。

 

「レダクト(粉々)!」

 

足を狙った。例え負けても、移動を困難にしようと。だが、それはまたも無言の魔法で打ち消された。

続けざまに何度も呪文をぶつける。

 

「レダクト(粉々)! ステューピファイ(麻痺せよ)! エクスペリアームス(武器よ去れ)! ディフィンド(裂けよ)!」

 

いくつかの呪文も、クラウチに届くことはなかった。唯一最後の切り裂き呪文がクラウチのローブを割いて、携帯用酒瓶を落としただけだ。

クラウチは俺の呪文を杖を振るだけで消していくと、こちらに無言で呪いを飛ばした。

俺は地面に打ち付けられた。

 

「……無様だな。どうした? 何か見せてくれるんじゃないのか?」

 

クラウチからあざけるように、そしてどこか失望したかのように声をかけられる。

俺は地面に倒れたまま、呪文を唱える。

 

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

 

必死の抵抗で打った呪文も、簡単に反らされた。

クラウチは、決闘を通して少し冷静になったようだった。

俺を地面に打ち付けたまま、先程よりも落ち着いた声で話を始めた。

 

「……お前、時間を稼いでいるつもりか? 俺をここに縛り付けて、ハリー・ポッターの安全を確保し、誰か助けが来てくれるのを待っているのか?」

 

俺の考えを読まれていた。クラウチは随分と冷静になっていた。

しかしクラウチは俺の狙いが分かっても尚、すぐに俺を殺そうとはしなかった。

むしろ、面白がるように話を続けた。

 

「なあ、頭を働かせろよ。それが無駄な努力だって気づけよ。俺はさっき、なんて言っていたか覚えてないのか? ……よし、じゃあちょっとした答え合わせをしようじゃないか」

 

クラウチは遊んでいた。もう、俺から何か引き出すのを辞めたのだろう。代わりに、とことん楽しむようだった。

 

「さあ、問題だ。お前は、なんで自分が代表選手に選ばれたと思う? 簡単だろう? さっき叫んでたじゃないか。別の何かに使うつもりだってなぁ」

 

「……俺を使って、闇の帝王を復活させるつもりだったんだろ?」

 

「そうだ。大正解。じゃあ次に問題だ」

 

クラウチは楽しげに話しながらこちらに来て、俺の背中を踏みつけ始めた。

 

「俺は言ったな。お前が生きようが死のうが、どちらでいいと。なぁ、あれは本気で言ってたと思うか?」

 

すぐには答えられなかった。

分からなかったからではない。分かっていたから、答えられなかった。

 

クラウチは本気で言っていた。

だからこそ、考えなくてはならないことがあった。

 

闇の帝王の復活に必要なはずの俺は、もういらない。

それはなぜか。

クラウチは言った。「ここに用はない」と。

それはなぜか。

 

簡単な話だ。

もう、目的は達成したのだ。

それは、闇の帝王の復活に必要な物が揃ったのだ。俺以外の何かで。

 

そしてクラウチはこうも言った。

ポッターの安全を確保するための時間稼ぎが無駄な努力だと。

 

俺の上に乗ったままのクラウチが楽しそうに話をした。

 

「なあ、気付いたか? 気付いたよなぁ?」

 

何も言えなかった。だがクラウチは俺が答えを知ったことを感じ取っていた。

 

「そうさ、もうお前は用済みなんだ。……ポッターはもう、ゴールしたんだ。闇の帝王の元へと向かった。そうだ、闇の帝王はもう復活したんだよ!」

 

突き付けられたのは、絶望的な答えだった。

認めたくなかった。杖をクラウチに向けようとした。しかし、それすら許されなかった。

笑いながら手を踏みつけられた。

 

「可哀想に……。折角頑張ったのになぁ……。デラクールを助け、クラムを助け、死ぬかもしれないのに必死に抵抗して……。何もかも無駄で終わるんだ」

 

苦しく、悔しかった。

切り抜けられなかった。黒幕の野望を、阻止できなかった。

必死に杖を向けようともがくが、ただただ手を踏みにじられて痛みが続くだけだった。

クラウチはそれを可笑しそうに笑う。

 

「なあ、そう絶望するなよ。俺はこうも言ったろ? 生きるか死ぬかは、お前の態度次第だってなぁ」

 

クラウチは笑いながら囁いた。

 

「お前を闇の帝王の所へ連れて行く。お前が忠誠を誓えば、生かしてもらえるだろう。だってそうだろう? お前は闇の魔術の達人になれるのだから」

 

思わず動きを止める。

クラウチが笑みを深めるのが分かった。

 

「もうすぐ時間だ。さあ、闇の帝王に会いに行こうじゃないか。……見ものだなぁ、お前がどんな態度をとるか」

 

そう言いながらクラウチは俺から降りると、先程ローブから落とした携帯用酒瓶を拾いに行った。

俺はとっさに呪文を唱えた。

 

「デパルソ(除け)!」

 

呪文は携帯用酒瓶に直撃し、酒瓶は遠くへ吹き飛んでいった。

クラウチは体を強張らせた。

 

「……何の真似だ?」

 

「動きが不自然だろ。なんで今更、酒瓶なんて拾うんだよ。あれ、ポートキーか? あれで闇の帝王の元へってつもりだったろ? ……行かせるか。ホグワーツでは姿現はできない。ポートキーを失えば、お前は脱出方法はなくなる。お前はここで捕まるんだよ」

 

ただの意地だった。

突き付けられた事実に絶望した。自分の命も、もうないのだと悟った。

悔しくて、苦しくて、自分の上に乗った男を何としてもぶちのめしたかった。

どうせ死ぬなら、自分の上に乗った男を道ずれにしてやろうと思った。

 

クラウチは固まったままだった。迷っているようだった。ここで俺を殺すか、ポートキーを優先するか。

そしてそれが、転機へとつながった。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

 

あらぬ方向から、呪文が飛んできた。それもクラウチに向けて。

クラウチは俺から離れるように飛び退いて呪文を避ける。

俺は素早く立ち上がりながら呪文が飛んできた方へと目をやる。

 

クラムだった。

クラムが、憤怒の表情で杖をクラウチに向けていた。

 

「よくも……ここで捕まえる……!」

 

「ガキがよぉ……」

 

クラムが呪文を飛ばし、クラウチが防ぐ。それに合わせて俺も呪文を唱えてクラウチに応戦をする。

二対一だ。何とかなるかもしれない。

そう希望を持ちクラムと共にクラウチに呪文を唱える隙を与えないほどに果敢に攻める。

 

クラウチは酷く焦った様子だった。

 

確かな手ごたえと共に、呪文を唱え続ける。

クラムも更に呪文の勢いを強くした。

 

暫くクラウチの防戦一方の状況が続き、クラウチの表情がどんどんと焦っていった。

 

勝てる。そう思った。

 

そんな時、離れたところで変な音が鳴った。バシュッと、何かが消えるような、移動するような。そんな音だった。

 

その音を聞いた途端、クラウチの表情が変わった。

一切の焦りがなくなり、暗く淀んだ表情。冷たい、本気の怒りの表情だった。

 

そして、それに怯んだクラムが一瞬のうちに吹き飛ばされた。

 

「クラム!」

 

思わず叫ぶと、次の瞬間に俺も同じように吹き飛ばされた。

きりもみしながら飛び、クラムのすぐ横に転がりながら落ちた。

 

「……お前が望んだことだぞ? 俺をここに縛り付け、逃がさないようにした。ああ、おめでとう。お前のお望み通り、俺はもう帰る手段を失った」

 

クラウチの声は、酷く冷たかった。クラムは呻きながら立ち上がろうとしたが、体が動かないようだった。

 

「クラム……逃げろ……」

 

さっきの音がポートキーの作動する音だったのだろう。

そうなれば、もうクラウチは闇の帝王の元へ行けない。俺を生かす意味もない。

俺はもうすぐ死ぬ。体は動かず、逃げることも叶わない。

だが、クラムまで死ぬのは嫌だった。

ここでクラムが死んでしまったら、それは俺の所為だから。

俺の意地でクラウチを縛り付けたから。俺を助けようとクラムがここに来たから。俺が巻き込んだから、クラムが死んでしまうのだ。

それは堪えられなかった。

 

「頼む……起きて……逃げてくれ……死なないでくれ……」

 

クラムに懇願する。クラムは呻くだけで、動けないようだった。

クラウチは甲高く、気味の悪い声で笑った。

 

「いいねぇ、面白い。まずは目の前でこの男を殺そう。それからだ、お前を殺すのは!」

 

クラウチがクラムに杖を向ける。

クラムは呻きながらなんとか体を動かす。しかし、逃げられそうになかった。

 

「よく見てろよ、ガキ。お前のせいでこいつが死ぬ。人が死ぬんだ。お前のせいだからな! お前が、俺を、ここに縛り付けた! よく見てろ! お前のせいで死ぬ男の顔を!」

 

クラウチが杖を振り上げた。

俺はクラウチに飛びついた。クラウチと、クラムの間に割って入るように。

クラウチが杖を振り下ろした。

 

「アバダケダブラ(死よ)!」

 

緑色の閃光が俺を襲った。俺に直撃した。

 

だが、それで終わらなかった。

 

緑色の閃光が跳ね返った。そして、クラウチの胸を打った。

クラウチは凶悪な笑顔のまま、固まった。そしてそのままのけぞり、崩れ落ちた。

 

何が起きたのか分からなかった。

無理やり動かした体が悲鳴を上げていて、もう指一本動かせそうになかった。

意識を失いそうだ。全身が痛かった。

だが、特に痛いのは、左手の人差し指。

指輪をしている指が、信じられないくらいに痛かった。

 

しかし、指輪の状態を確認することはできなかった。

俺は痛みに限界を迎え、意識を失った。

 

何も分からぬまま、視界は真っ暗に落ちていった。

 

 




本当はGW中に炎のゴブレットを完結させたかったのですが、できませんでした。

後、四話ほどで炎のゴブレット編が終了予定です。


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覚悟を決める時間

目が覚めたら、医務室のベッドの横たわっているのが分かった。

ただ、いつも入れられている仕切りがカーテンしかない医務室ではない。個室だった。重病患者を隔離するための個室だ。

寝起きで、上手く頭が回らない。自分がなぜ、ここにいるのかも思い出せなかった。

 

「……目が覚めたようじゃな」

 

体が重く、顔を動かすのも億劫だった。

それでも首を動かし、声の主の方を向く。

 

ダンブルドア先生が、ベッドの横の椅子に座っていた。

 

ダンブルドア先生は意識を戻した俺に、ゆっくりと話しかけた。

 

「君はとても酷い目に遭った。……思い出せるかね? 自分が何を見て、何を聞いて、何を経験したか」

 

ダンブルドア先生に問われ、まだ回らぬ頭を動かす。

第三試合が始まって、迷路の中を走り、デラクールの叫び声を聞き、操られたクラムと戦い、そして――。

 

全てを思い出して、思わず体を起こす。傷の手当はされているようだが、まだ急に動かせるほど回復はしていなかった。ビキビキと鈍い痛みが走った。

ダンブルドア先生はそんな俺をそっと手で押さえ、優しく支えてくれた。

そんなダンブルドア先生に、俺は縋るようにしがみ付いた。

 

「先生、クラムは、どうなったんです……? あいつは、生きてますか? ……ああ、そうだ、それだけじゃない……。ポッター……ポッターだ……。先生、ポッターが、危ないんだ……手遅れかもしない……。闇の帝王が復活したって、そう言っていた……。ポッターが、闇の帝王の元へ行ったって……。ダンブルドア先生……闇の帝王が復活したんだ……」

 

俺は追い詰められていた。

自分がなぜ生きているかも分からない。一緒にいたはずのクラムがどうなったかも分からない。ポッターがどうなったかもわからない。闇の帝王が復活し、これからどうなるか分からない。分からないことが多すぎた。

そんな俺を落ち着かせるように、ダンブルドア先生は俺の背中を優しくさすった。

 

「大丈夫じゃ。クラムも、ハリーも、二人とも生きておる。治せぬ怪我もない。すぐに元通りになるじゃろう」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ、本当じゃ。大丈夫、誰も死んではおらぬよ」

 

クラムとポッターが生きている。それを聞いて安心した。肩の力が抜ける。

そんな俺に、ダンブルドア先生はゆっくりと話を続けた。

 

「君は傷つき、確かな休息が必要じゃ。だがあと少し、協力をして欲しい。まずはわしと話すことを優先させて欲しい」

 

ダンブルドア先生は俺が落ち着いたのを見計らい俺から手を離すと、椅子に座り直した。

 

「君は既に知っておるようじゃが、伝えねばならぬ。ヴォルデモートが復活した。それは揺ぎ無い事実じゃ」

 

ダンブルドア先生の話に体が震える。ポッターが生きていると聞き、わずかに抱いた希望が無くなるのが分かった。

ダンブルドア先生の話は続く。

 

「ヴォルデモートはハリーを使い、以前と同じ強大な力を取り戻した。……君が一年生の頃じゃ。わしが言ったことは、覚えておるかね?」

 

「……ヴォルデモート卿が動きを見せる時、ポッターがかけがえのない存在になる、ということですか?」

 

「そうじゃ。よく、覚えておってくれた」

 

俺の答えにダンブルドア先生は微笑んだ。

 

「ハリーは生きておる。再びヴォルデモートの魔の手から逃れた。……ハリーは、これから我々の希望となる。どうかそれを、これからも忘れないでいて欲しい」

 

それからダンブルドア先生は打って変わり、真剣な表情となった。

 

「君が見つけられた時、君はクラムと共に倒れておった。そして側にはバーテミウス・クラウチ・ジュニアの死体があった。君の身に、何が起きたのか。それをはっきりとさせねばならぬ。……包み隠さず、教えておくれ」

 

俺は全てを話した。

迷路であったこと。クラウチから伝えられたこと。そして、最後には死の呪文が確かに俺に当たり、跳ね返って、クラウチの胸を貫いたこと。

そしてそこで思い出し、指輪がはまっている左手の人差し指を確認した。

指輪は無事だった。だが、左手が少し変わっていた。

指輪をつけている部分から手の甲を通って腕に向かうように深い切り傷の跡のようなものが残っていた。

あれだけ激しい痛みがあったのだ。傷が残って当然だとは思っていた。気になるのは、何故指輪をした指が痛んだのか、だ。

ダンブルドア先生は俺の話を聞いた後、目を閉じて考え込むようにしていた。

そしてしばらくして、目を開けるとゆっくりと口を開いた。

 

「ありがとう。君は確かに、わしに伝えるべきことを全て伝えてくれた。さあ、今度はわしが君の質問に答える番じゃな。君が望むなら、わしは君の質問に答えよう」

 

俺も知りたいことがたくさんあった。

 

俺の身に何が起きたのか知りたかった。

ポッターの身に何が起きたのかも知りたかった。

俺の予言の事も知りたかった。

闇の帝王の復活によりこれからどうなるか知りたかった

俺はどうしていくべきか知りたかった。

 

だが、聞くのが怖かった。聞いてしまえば、避けようのない辛い未来が待っているのだと、薄々感じていた。

 

黙りこくってしまった俺に、ダンブルドア先生は優しく声をかけた。

 

「勿論、休んでも構わない。体を癒し、心を落ち着かせ、しかるべき時に話をするのも良い。君は、どうしたい?」

 

「俺は……」

 

話を聞きたくて、聞きたくなかった。答えに迷っていたら、ダンブルドア先生は悲し気に微笑んだ。

 

「……辛いのじゃな。君は実に聡明な子じゃ。わしとの話の先に何が待っているか、勘づいておる」

 

ダンブルドア先生は俺の中の恐怖を正確に読み解いていた。

 

「それでよい。今日は、ここまでじゃ」

 

ダンブルドア先生はそう言うと、立ち上がった。

 

「治療を受けながら、君が会いたい人達と、君に会いたい人達と、ゆっくりと話をしなさい。だが、約束して欲しい。今日の事は、まだ誰にも話さないと。そして、満足いくまで話したら、最後にわしともう一度話をすると」

 

「……はい、ダンブルドア先生」

 

ダンブルドア先生は最後に優しく俺の肩を叩くと、病室から出て行った。

そして少しして、入れ替わりでゴードンさんが入ってきた。

ゴードンさんは心配そうで、悲しそうな表情だった。

 

「……一週間もすれば、退院できると聞いた。今日はひどく疲れているとも」

 

ゴードンさんはそう言うと、椅子に座った。

暫く黙った後、再び話を始めた。

 

「……もう、お前は安全だ。ダンブルドアがいる。お前を守ってくれる。だから安心していい。……あと一カ月で、学校も終わる。そしたら俺の宿で、ゆっくりと休もう」

 

ゴードンさんはそう、俺に優しく言い聞かせた。

俺に何か聞くことなどしなかった。

 

「……何も、聞かないんだね」

 

そうゴードンさんに言うと、ゴードンさんは益々苦しそうな表情になった。

 

「……俺には、何もできないからな。だから、お前が話したいこと以外は聞かないさ。これ以上、お前を苦しめたくはない」

 

ゴードンさんは、自身がスクイブであることを気にしていた。

そして、ゴードンさんの中でできることとできないことの線引きがはっきりとされていることを感じた。

 

「……お前が話したいことがないのなら、話さなくていい。代わりに、ほんの少し俺の話をさせてくれ」

 

ゴードンさんは静かに話始めた。

 

「……俺はスクイブで、お前の父にとても助けられた。仕事を与えられ、生活の場所を与えられ、返し切れない恩をくれた。お前の父が闇の帝王と戦っていた時、その恩を返したかったんだ。……でも、何もできなかった。魔法使いの相手なんて、魔法使いにしかできないのさ。それを俺は、嫌と言うほど知っている。……俺は、俺が何もできないのは知っているんだ」

 

ゴードンさんは悲しそうな表情のままだった。

 

「だから、俺に気を遣うな。話せないことは話さなくていい。話したくないことなんて、話さなくていい。……俺といる時まで、辛い思いなんてしなくていい」

 

ゴードンさんの態度は、疲れ切っていた俺にはありがたかった。

 

「……ありがとう」

 

「……お礼なんて、言わなくていいんだ」

 

ゴードンさんは俺が疲れて寝るまで、くだらない話に付き合ってくれた。

ホグズミードのお店の話とか、和食が恋しいだとか、両親が遺した本に書いてあったホグワーツのゴーストや絵画についての話だとか。

ほんの少し、辛かったことを忘れられた。

 

 

 

翌日、体の痛みは随分とマシになっていた。ベッドの上で動くには何の支障もない程に。

そして、面会の希望者は沢山いた。

 

最初に来てくれたのは、ドラコ、ブレーズ、パンジー、ダフネ、アストリア。

俺の親友達だった。

全員が俺が生きていることに安心し、怪我を心配してくれていた。

 

「……ダンブルドアからは、試合の事は何も質問してはいけないと、そう言われている。学期末にダンブルドアから話をするから、と」

 

ドラコはそう言った。酷く心配している表情だった。

そしてパンジーは少し拗ねた表情だった。

 

「ちょっとくらい言ってくれてもいいんじゃない? どうせ話すなら、こんなケチな真似しないでさ! あんた、またなんかやらかしたんでしょ?」

 

パンジーはただ試合の事が秘密にされているのが気に食わないようだった。

いつも通りの様子に、笑ってしまう。

 

「そういじけるなよ。……どうせ、嫌でも知ることになるからさ」

 

含みのある俺の言葉に、ドラコは眉をひそめた。

ドラコが何かを言う前に、アストリアが声を上げた。

 

「でもジン、良かったね! 試合が無事に終わったよ! ……優勝できなかったのは、ちょっと残念だけど。でも、すごいよ! ねえねえ、歴史の教科書にジンの名前が載るのかな?」

 

明るく、俺を励ますような口調だった。笑いながら、アストリアの頭を撫でた。

 

「優勝してないから載らないんじゃないか? ……優勝したのは、ポッターでいいんだよな?」

 

「ああ、お前それも知らねぇのか。そうだよ、ポッターの優勝。けど、ポッターもすごい混乱してたみたいでよ。優勝した後はすぐに医務室送りだ。だからみんな知りたいんだよ、試合で何が起きたかよ。……なーんか学校全体がピリピリしてるしな、このところ」

 

俺の質問にはブレーズが答えてくれた。

そして、生徒達がまだ何も知らされていないことも知った。

どうやら生徒達は、ムーディ先生が偽物であったことすら知らないようだった。

 

「ブレーズ、聞き出そうとするのは野暮よ。それよりもジン、傷はどう? ……ホグズミード週末は来週だけど、無理かしらね?」

 

「いや、それまでには退院できると思う。……そっか、もう試験は終わったのか」

 

「今日で終わった。……クラッブとゴイルは、今日で同じ学年じゃなくなるかもしれない」

 

「おいおい、あいつら相変わらずだな」

 

話はどんどん試合の事からずれていき、結局はいつもの様に楽しく話すだけだった。

 

「私、今回の試験の出来は史上最高だと思うの! ジン、あんたの力なんて借りなくても私はいい点数取れるのよ! そして、もうあなたのノートからはおさらばよ。試合も終わり。つまり、ハーミーと会えるのよ! ハーミーから勉強を教わるから、あんたはもうお役御免ね!」

 

パンジーは調子にのった様子で俺の事をからかい、これからハーマイオニーと遊べることを楽しみに語った。

 

「ねえねえ、それよりも聞いてよ! 皆、忘れてるかもしれないけど、来年から私もホグズミードに行けるんだよ! ね、ね、来年はみんなで行こうよ! 私ね、周りたいところがいっぱいあるんだ……。郵便局もそうだし、ハニーデュークスも行きたい。一番行きたいのはね、悪戯専門店ゾンゴ!」

 

アストリアは来年の事を楽しそうに語っていた。皆で遊べることを心待ちにして、キラキラとした笑顔を浮かべていた。

 

「そういや言ったっけ? 俺、ボーバトンの女子から告白されちまった。俺とこれからも連絡を取りたいんだと。いやぁ、辛いねぇ。何がって、俺、遠距離はお断りだからよ。友達でいようって言うのは、いつだって辛いもんだよ」

 

ケラケラと笑いながら、ブレーズは最近にあった自分の幸運をひけらかした。それを俺達が突っ込んだりからかったりするのさえも楽しそうに笑って聞いていた。

 

「ねえ、ジン。前に言ってたホグズミードの美味しいケーキを出す喫茶店以外にも、あなたの好きそうなお店をいくつか調べてみたの。……まあ、食べ物ばかりになってしまったんだけど。でね、最近は暑いから、冷たいデザートを出すところがいいと思うの。美味しいアイスケーキ、気にならない?」

 

ダフネは前にした約束を果たそうとしてくれた。次のホグズミード週末をより良いものにしようと準備までしてくれていた。それをダフネ自身も楽しそうに話してくれた。

 

「……なあ、ジン。早く治してくれよ。君がいないのは、まあ、退屈なんだ。部屋だって、僕一人だとちょっと広すぎる。試験も終わって、もうあとは自由時間みたいなものだ。やりたいことは山積みだ。これからは、楽しい事しかないぞ!」

 

ドラコはそう俺に言った。

ドラコは、話をしながらもどこか不安そうだった。きっと、勘づいている。今、何か悪いことが起きているということが。

それでもその不安を振り切るように明るく、これからの楽しい予定について話していた。

 

「……ああ、これからが楽しみだな」

 

俺は笑って、ドラコの話に乗っかった。

それからずっと、学期末までをどう遊んですごすか、六人で楽しく話をして過ごした。

 

思うに、ダンブルドア先生が試合の事を誰にも話さないのも、俺に口止めをしたのも、俺の為なのかもしれない。

何も知らず、笑って過ごせる日常を奪わないように。その時間を、少しでも長く味わっていられるように。俺が覚悟を決める時間を作る為に。

 

 

 

次の日に訪ねてくれたのはハーマイオニーだった。

ハーマイオニーはスリザリンの親友達とは違い、暗い表情であった。

すぐに分かった。ハーマイオニーは既に何が起きたかを知っている、と。

だが、ハーマイオニーは試合のことを口にすることはなかった。

 

「……調子はどう? あなたも酷い目に遭ったって、その、ダンブルドア先生から聞いているの。勿論、何があったかは詳しくは聞いていないわ。……何が起きたか聞いてはいけないって、言われているの」

 

ハーマイオニーはたどたどしく話始めた。俺のことが心配で来てくれたが、何を話したらいいか分からないようだった。

俺は苦笑いをしながら返事をした。

 

「その内、嫌でも聞くことになる。学期末にはダンブルドア先生から話があるんだろ? それまでは、まあ、我慢してくれよ」

 

俺が笑いながら話すので、ハーマイオニーはどこか毒気を抜かれたようだった。

それから少しして、再び話を始めた。今度は先程よりもたどたどしさはなかった。

 

「……試合が終わって、良かったって言いにきたの。本当に良かったわ。あなたが生きてて」

 

「心配してくれてありがとな。嬉しいよ、お見舞いに来てくれて」

 

俺が試合の事を話す気がなく、何か聞く気もないことが分かったのだろう。ハーマイオニーは困ったようにしながら、視線を泳がせて話題を探していた。

そんなハーマイオニーに苦笑いしながら、他愛もない話題を振った。

 

「ハーマイオニー、試験はどうだった? 昨日までだったんだろ?」

 

ハーマイオニーは少し驚いた表情をしてから、考えながら返事をしてくれた。

 

「あー……悪くなかったと思うわ。ああ、でも、古代ルーン文字学では、翻訳を少し間違えてしまったかもしれないの。私、『根源的』と訳すべきところを、『模倣的』と訳してしまったような気がするの。それから、呪文学でも追い払い呪文が少し的から外れてしまって……。的に当たりはしたのだけど、中心から少しズレてしまっていたの。もしかしたら、減点されてしまったかもしれないわ。ああ、それから――」

 

試験のこととなると、ハーマイオニーは饒舌になった。そんな気にすることでもない事を気にして、不安げに語るハーマイオニーは見ていて楽しかった。

ハーマイオニーは試験の話をしている内に、いつもの調子を戻していった。

 

「ねえ、そう言えば、夏休みに遊びに来てくれるって話なんだけど、その、よかったらハリーとロンも一緒にどうかって思うの。……ハリーとは、その、試合を一緒に乗りきった仲間って、思えないかしら?」

 

ハーマイオニーは、夏休みもポッターやウィーズリーと一緒にいる事になるのだろう。

それを匂わせるような誘いだった。

俺はわざとらしく悩みながら返事をした。

 

「ポッターが仲間なぁ……。一応、優勝者と敗北者の関係だぞ、俺達? 仲良くできるかねぇ」

 

ハーマイオニーは少し笑ってくれた。

 

「あら? 優勝なんてどうでもいいって、泣きそうになりながら言ってたのは気のせいだった?」

 

「いや、それは……。くっそ、なんてことを掘り起こすんだ、お前は!」

 

ハーマイオニーは容赦なく俺の恥ずかしい過去を掘り起こしてきた。

本気で恥ずかしくて頭を抱えると、ハーマイオニーは凄く楽しそうに笑っていた。

 

「なあ、忘れてくれないか? その、前に医務室で弱音を吐いたのは……」

 

ハーマイオニーは驚いた表情をした。それから少し考える素振りをして、輝くような笑顔で返事をした。

 

「残念、お断りよ。私、一生忘れないわ。それに、あなただって私が弱音を吐いてるところを知ってるじゃない。それも何回も。私だけ忘れるなんて、フェアじゃないわ」

 

「一生、忘れてくれないのか……?」

 

「ええ、一生。何があっても忘れないわ」

 

ハーマイオニーは笑ったままだった。俺は諦めて肩を落とす。

ハーマイオニーはそんな俺を見て声を上げて笑っていた。

そして少しして、落ち着いてからハーマイオニーは口を開いた。

 

「私は、あなたが弱音を吐くところを知っているの。追い詰められて、泣きそうになっているところも知っているわ。……だから、隠すことなんてもうないわ」

 

からかいのない、落ち着いた声だった。

ハーマイオニーを見る。

ハーマイオニーも俺を真っ直ぐ見つめ返していた。

 

「これから辛いことがあっても、私には話せるはずよ。だって、私はあなたの弱いところもう知っているから。……言って欲しいの。辛いときは辛いって、助けて欲しい時は助けてって。私はいつでも、あなたの助けになるから」

 

確信した。

ハーマイオニーはもう知っているのだ。

これから厳しい戦いが避けられないことを。

俺がこれから先、とても苦しい思いをすることを。

 

色んな思いが溢れて、言いたいことがたくさんあって、でも、出てきた言葉は一つだけだった。

 

「……ありがとう」

 

ハーマイオニーは嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

その次の日に俺を訪ねてきたのは、なんとデラクールだった。

意外な訪問者に驚いた。

デラクールは相変わらずの強気な態度だった。

 

「なにを驚いてまーすか? お礼を言いに来たのでーす。……あなーたは、私を助けました。お礼はしっかり、言うべきでーす」

 

お礼を言いに来た、と言うにはどこか偉そうな態度に苦笑いを浮かべる。

そして、デラクールの顔に張られているガーゼが気になった。

 

「……その傷は、俺の所為か?」

 

仕方なくとはいえ、思いっきり顔を蹴り上げた。

そのことについてはしっかりと謝罪をするべきかもしれない。そう思っての質問だったが、デラクールを不機嫌にさせた。

 

「こんなの、何でもありませーん! あなーたとは、無関係です!」

 

どうやら謝罪すらさせてもらえないようだった。

困っていると、デラクールは椅子に腰かけながら話を始めた。

 

「お礼を、言いに来たのでーす。……わたーし、あなたに救われまーした。あなたがいなければ、死んでまーした。心から、お礼を言いたいのでーす」

 

「……大袈裟だ。そもそもお前に服従の呪いがかけられたのだって、ただ巻き込まれただけだ」

 

俺がそう言うと、デラクールは一層不機嫌な顔をした。

 

「あなーた、本当につまらない男でーす。お礼の言いがいがありませーん。断言しましょう。あなーた、モテません」

 

「……一応、お礼を言いに来たんだよな?」

 

デラクールの態度に思わず突っ込むと、デラクールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「そうでーす。お礼、言いに来ました。でも、あなたがお礼を言われようとしない。なら何の意味、ありますか?」

 

 

デラクールの言い分はもっともだ。

デラクールは不機嫌な態度のまま、話を続けた。

 

「お礼は受け取るものでーす。それ、礼儀です。……わたし、心から言います。あなたも、心から受け止めて欲しいのです」

 

デラクールは不機嫌ながら丁寧に、なるべく訛りのないように話していた。

俺はそれを受けて姿勢を正し、真っ直ぐ話を聞く姿勢を取った。

デラクールは真剣な表情で言った。

 

「ありがとうございます。あなたは、命の恩人です。それを忘れることはありません」

 

「……どういたしまして」

 

俺の返事を受けて、デラクールは満足そうに笑った。俺も力を抜いて笑う。

それからデラクールは、試合の事とは全く関係ないことを話し始めた。

 

「あなーたの話、ダウネからよく聞きまーす」

 

「ダウネ……? ああ、ダフネか。そういや、デラクールとダフネは仲がいいんだったな」

 

「ええ、そう。彼女、とてもいい子でーす。ガブリエルも気に入ってます。妹、アストリアも、とてもいい子でーす」

 

「そうだな。ダフネもアストリアも、良い奴だ」

 

「なら、隠し事はやめてあげてくださーい」

 

デラクールの言葉にギクリとした。思わず、体を強張らせる。

デラクールは呆れた表情だった。

 

「あなーた、言わないことが多すぎでーす。ダウネ、あなたの心配ばかりでーした。……言えない事、多いのは分かりまーす。ダンブリ―ドーアから、口止めされてるのも、知ってまーす。……でも、言えること、あるはずでーす」

 

 

「……隠してることがあるのは認める。でも、言えないんだ。口止めされてるような事、ばかりなんだ」

 

俺の返事に、デラクールは呆れたように首を振った。

 

「でも、信じてくれとは言えまーす。秘密は言えないけど、彼女を大事に思ってるとは、言えまーす。……秘密は、よくありませーん。でも、本心を言わないの、もっとよくありませーん」

 

デラクールは少し怒っているようだった。

 

「彼女、ほんとにいい子でーす。でも、あなたの所為で、悲しんでまーす。……言って欲しかったのです、本当の事を。言えないなら、せめて、どう思ってるかは、言うべきでーす」

 

デラクールは遠慮なくズケズケと俺を責めた。

 

「……反省はしてるんだ。この一年、隠し事をしすぎたって。デラクールの言う通り、秘密は話せなくても、本心は伝えるべきだって、痛いほど分かってる」

 

「分かればよろしい」

 

しおらしく返した俺の返事に、デラクールは胸を張って返事をした。

少し笑えた。

 

「言いたいこと、全部言えまーした。わたーしは、もう帰りまーす」

 

デラクールはそう言うと優雅に立ち上がった。

そして出口の前で立ち止まると、振り返ってこう言った。

 

「そう言えば、わたーしの事、フラーでいいでーす。わたーしも、あなたをジンと呼びまーす」

 

「……お、おう。じゃあ、そうさせてもらう」

 

突然の事に驚いて気のない返事をすると、デラクールは呆れた様な表情だった。

 

「あなーた、やはりモテません。これで喜ばない男、久しぶりでーす」

 

そう言い捨てると颯爽と出て行った。

どこまでも自分らしさを忘れない奴だと、感心した。

 

 

 

フラーの次に現れたのは、クラムだった。

こちらの訪問にも驚いた。クラムもまだ入院をしていると思っていたのだ。思わず怪我の心配をする。

 

「クラム、怪我はいいのか?」

 

「君ほどの、重症でヴぁない。もう、動いて問題ない」

 

安心した息を吐くと、クラムは緩く笑った。

 

「お礼、言いに来た。君ヴぁ、最後までヴぉくを守ろうとした。聞こえてた。君、自分ヴぁ死にそうなのに、ヴぉくに逃げろと言った」

 

「……死んでほしくなかったからな。お前が死んだら、俺の所為だって思ったから」

 

クラムは、少し呆れたように笑った。

 

「……礼ヴぁ、受け取るものだ」

 

「……そうだな。じゃあ、どういたしまして」

 

デラクールとのやり取りを思い出して、すぐに態度を変えた。

クラムは笑った。

それから話を始めた。

 

「お礼の他に、話そうと思った。約束の事。勝負にこだわる理由、言いに来た」

 

驚いてクラムを見る。クラムは話すことに何の抵抗もない様だった。

 

「……いいのか? 優勝したのは、ポッターだが」

 

「君、命の恩人だ。聞きたいのだろう? だから、話すよ」

 

クラムはどこか呆れたようにしながら話をしてくれると言い切った。

俺は大人しく聞く態勢に入った。

 

「ヴぉく、ハーマイ・オウン・ニニーをクリスマスパーティーに誘った時、一度、断られてる」

 

衝撃的な話であった。目を丸くしていると、クラムは少ししかめっ面になって話を進めた。

 

「理由ヴぁ、君だった」

 

「……俺?」

 

「そう。あの時、君ヴぁ入院してた。そして退院しても授業に来ないと、心配してた。彼女、こう言った。『誘ってくれたのは嬉しい。でも、だから受けられない。ジンが、今はとても辛い思いをしてる。助けてあげたい。彼を差し置いて、楽しむことはできないから』、と」

 

「ハーマイオニーが、そんなことを……?」

 

「そう。結局、君ヴぁ元気になった。君ヴぁ立ち直ったのを見て、ヴぉくが何度も誘って、やっと受けてくれた。それで気になった。君ヴぁ、彼女にとってなんなのか。……だから、君ヴぉ森へ誘った。確かめたかった。そして、君ヴぉ負かすことに、こだわった」

 

少し合点がいた。

ハーマイオニーがダンスパーティーのパートナーを見つけたタイミングは、確かに俺が授業に出るようになってからだった。

そして、クラムが執拗に俺との勝負にこだわる理由も。

 

「でも結局、彼女ヴぁ、ヴぉくより君が大事だった。……間違いないよ」

 

クラムはどこか寂しそうに、でも諦めがついたかのようにスッキリとした表情で話をしていた。

 

「……なにか、あったのか?」

 

「嫌でも分かる。……彼女、君やハリー・ポッターや、友達の話ヴァかりだった。……ヴぉくが湖から助けても、気を引けなかった」

 

クラムは微笑んですらいた。

俺は何と言っていいのか分からず、黙ってしまっていた。

クラムはそんなことを気にせず、話を続けた。

 

「君ヴぁ、苦労するよ」

 

「……なんだよ、急に」

 

「友達以上になるのヴぁ、大変だ」

 

クラムのからかうように言われた言葉に、困惑していた。

そんな俺を見て、クラムは酷く驚いた表情をした。

 

「まさか、まだ自覚ヴぁないのか?」

 

「何を?」

 

「君ヴぁ彼女のこと、好きだろう? 愛してるんだ」

 

一瞬、固まった。上手く言葉が出てこなかった。

ハーマイオニーに対して、好きだとか、愛しているだとか、そんな言葉を当てはめたことはなかった。

 

いや、当てはめたことはある。

昨年の終わりに、ダンブルドア先生との話の時だ。

 

俺は人を愛せる。

 

その証明を、ハーマイオニーを助けに行くことで行った。

すなわち、ハーマイオニーを愛しているというようなものだ。

 

だが、クラムから指摘された愛しているは、少しニュアンスが違うように感じる。

俺はその愛しているというのは、もっと限定的で、恥ずかしいものの様に感じた。

 

「確かに、俺はあいつを愛してるよ。でも、それは何というか……命に代えてでも守りたいというか……。お前の言う愛してると、違う気がする」

 

「……何が、違うのだ?」

 

「……ニュアンスが、違う気がする」

 

俺の言葉に、クラムは酷く呆れた表情だった。

それから少し考えるようにしてから、俺に爆弾を投げてきた。

 

「……ヴぉく、彼女とキスをした」

 

「はぁ!?」

 

思わずでかい声を出す。クラムはその返事を聞いて、声を出して笑った。

 

「本当にしたか、気になるか?」

 

「……そりゃお前、気になるだろ」

 

「そう言うことだ。何ヴぉ、違わないだろ?」

 

クラムは肩をすくめるだけだった。少し納得がいってしまい、悔しい気持ちになる。

そんな俺にクラムは、これは親切だと言わんばかりの態度で諭すように言った。

 

「君ヴぁ、恥ずかしがってるだけだ。自分の本心ヴぁ、自分が一番知っておくヴぇきだ」

 

少しの間クラムからの言葉を噛みしめ、反論の余地がないことを悟る。

 

ハーマイオニーへの愛しているが特別なものであることは、もう自分でも誤魔化しようがなかった。

 

クラムはそんな俺を見て満足げにした。そしてそのまま立ち上がり、帰ろうとした。

 

「君に会えて良かった、ジン」

 

名前を呼びながら俺に手を差し出した。

俺は少しそれを眺めてから、その手を握る。

 

「……俺もだ、ビクトール」

 

ビクトールは嬉しそうに笑った。

帰ろうと出口に手をかけるビクトールに、俺は最後にと声をかけた。

 

「なあ、本当にハーマイオニーとキスをしたのか?」

 

ビクトールは振り返ってニヤリと笑うだけだった。

無性に腹が立った。

 

 

 

 

 

それからも、色んな人がお見舞いに来てくれた。

 

 

ネビル。

俺が優勝を逃したことで、励まそうとしてくれた。すごく健闘をしていたとか、第二試合は感動したとか、一生懸命に俺を褒めてくれていた。

俺はネビルからの声援が本当にうれしかったことを伝え、改めてお礼を言った。ネビルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

それから他愛もない話を楽しんだ。

ネビルは、何があっても俺の友人でいてくれる存在だと改めて感じさせてくれた。

ただ、期末試験で落第だけは避けて欲しい。

寮だけでなく学年まで違うとなってしまえば、益々会えなくなってしまう。

そう伝えると、ネビルは申し訳なさそうな表情になった。

ネビルの為にレポートの手伝いを申し出ようかと本気で考えた。

 

 

フレッドとジョージ。

二人してお見舞いがてら、何やら悪戯グッズをたくさん持ってきた。

そして、試合中に俺に何があったかをしつこく聞き出そうとした。本人達曰く、秘密にされると暴かないと気が済まない性質らしい。

それでも俺が何も言わないので、しぶしぶながらに諦めてくれた。

そして、ほんの少し愚痴を聞いた。

悪戯グッズ専門店を開くための資金がなくなったらしい。理由はバグマンとの賭けでのとんずらされたらしい。

バグマンは借金返済の為、小鬼と賭けをしていたとのことだ。

ポッターが対抗試合で優勝すると、大金をかけていたと。

その賭けの結果はバグマンの勝利だが、何とバグマンは小鬼への借金を返済すると他の借金を踏み倒して逃亡。

それもそうだろう。バグマンからすれば対抗試合の責任を取らされて仕事も危うく、借金を返すと一文無しだ。

それなら、わずかな可能性をかけて海外に逃亡し、心機一転を図る方がいいというのは理解ができる。

バグマンは最後まで、好きになれる人間ではなかった。

フレッドとジョージの気落ちした姿を見て、むしろ嫌悪感すら持った。

 

 

モリ―・ウィーズリー。

彼女は家に帰る前に、俺に挨拶に来てくれた。

あまり長い時間はいなかったが、俺の苦労をねぎらい、無事を喜んでくれた。

それから慰めるように、励ますように俺を抱きしめた。

彼女がとても優しい人なのだと良く分かった。

いくら娘の命の恩人とはいえ、たった一度しか会っていない俺を本気で心配し、励ましてくれた。

なぜだか少し、泣きたくなった。

 

 

ハグリッド。

彼は俺を見て、不器用に励ました。試合の事を聞いてはいけない、話してはいけないと言われていたのだろうが、ところどころ口が滑りそうになっていた。

俺はその度に笑って聞こえないふりを続けた。

ハグリッドは俺に対して強く励ますように言葉をかけてくれた。

一方俺は、スクリュートによってできた足の傷への誓いを忘れていなかった。

俺は三メートル近くあるスクリュートによって襲われた事を話した。

そして、二度とキメラを飼うなと言うつもりだったが、三メートル近くあるスクリュートに出会ったことをまるで幸運だと言うような態度のハグリッドに言葉を失った。

時には諦めることも大事なのだと、ハグリッドから教わった。

 

 

お見舞いには多くの人が来てくれた。

それぞれの時間はとても楽しく、有意義だった。満たされる気持ちになっていった。

 

 

そして退院した後も、素敵な時間を過ごすことが出来た。

ドラコ達とホグズミード週末を楽しみ、ルーン文字学や魔法生物飼育学をハーマイオニーやネビルとも楽しみ、全ての時間も友人達と過ごした。

 

 

そして、本当に気が済むまで遊び、話し、笑いあってから、

俺は校長室へ訪れた。

 

 



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戦う理由

校長室に用意された椅子に座り、ダンブルドア先生と向かい合う。

ダンブルドア先生は穏やかに微笑んでいた。

 

「よく来てくれた。待っておったよ」

 

そう言い、ダンブルドア先生は俺を歓迎してくれた。

俺が椅子に座るのを見届けてから、ダンブルドア先生は話を切り出した。

 

「わしの考えが正しければ、君の聞きたいことというのは多岐にわたる。最終試合のあったあの日に、一体何があったのか。君の身に何が起きたのか。そして、これからどうなっていくのか」

 

俺は頷いてその言葉に肯定した。

 

「まずは最終試合の日に何があったか、それを話そう。君がクラウチから聞いた通り、ハリーはヴォルデモートの元へと運ばれた。クラウチは優勝杯をポートキーへと細工し、行先をヴォルデモートが復活するための場所へと変えたのじゃ。そしてヴォルデモートはハリーの血を使い、古き闇の魔術にて、昔と同じ力を取り戻した。今や、ヴォルデモートの復活はかつて彼を支持した者全員に知れ渡っておる」

 

「……元死喰い人は、全員知っているということですか?」

 

「左様。そうじゃ、ルシウス・マルフォイも知っておる」

 

ダンブルドア先生は俺が気にすること全てを把握しているようだった。

 

「ハリーの話では、ヴォルデモートが復活した時に死喰い人と呼ばれておった者達のほとんどがその場に集まったそうじゃ。ルシウス・マルフォイも、そこにおった」

 

「……では、カルカロフ校長と、その、スネイプ先生も?」

 

ダンブルドア先生は俺の質問に少しだけ固まった。それからため息を吐いて、質問に答えてくれた。

 

「カルカロフは招集には応じず、逃げ出したようじゃ。今も尚、逃走をしておろう。そしてスネイプ先生じゃが、彼もまた招集には応じなかった。彼はわしの指示で、招集がかけられてから数時間も後にヴォルデモートの元へと赴いた。スパイとしてのう」

 

この話はかなり衝撃的だった。

 

「……スネイプ先生は、生きています」

 

「おお、生きておる。彼は見事に仕事をやり遂げたのじゃ」

 

信じられないという俺の気持ちを、ダンブルドア先生はサラリと流した。

ダンブルドア先生にとっては、あまり話したくない話題なのかもしれない。

 

「さて、話を戻そう。問題はヴォルデモートの手下と言える者達は彼の者の復活を確信しておるのに対し、魔法省はその事実を受け入れられずにいる事じゃ。我々は、ヴォルデモートへ対抗するための第一歩が未だ踏み出せておらぬ。すなわち、団結ができておらぬのじゃ」

 

道理で、と思った。

ヴォルデモートの復活があまりに話題にならな過ぎたのだ。新聞にすら載っていなかった。

厳格な情報統制がなされているとしか思えなかった。

何のために、と思っていたが、何のことはない。隠蔽だったのだ。

ダンブルドア先生は少し疲れた表情をしていた。

 

「現魔法大臣であるコーネリウス・ファッジは、己の保身の為にヴォルデモートの復活が嘘であると決めつけておる。真実から目を背けておる。世間がヴォルデモートの復活を信じない状況は実に奴にとって都合がよい。可能な限り、この状況を維持するはずじゃ。……たとえ我が子でもまだこの事を話してはおらんじゃろう。今現在、この事実を知っておるのは、ほんの限られた者達のみとなっておる」

 

ドラコ達はヴォルデモートの復活を知らない。そのことをダンブル先生が保証してくれた。

 

「これから、わしはホグワーツにいる全ての者にヴォルデモートの復活を伝える。酷く困難な時を迎えることを、そして、団結しなくてはならぬことを伝える。寮を越え、学校を越え、全ての者が団結をせねばならぬのじゃ」

 

それがとても難しい事なのは、言葉にしなくても分かった。

ダンブルドア先生も、そう簡単にできる事ではないと確信しているようだった。ため息の様なものが、ダンブルドア先生の口から洩れた。

少しの沈黙があった。

それから気を取り直したようにダンブルドア先生が再び口を開いた。

 

「さて、続いて、君の身に何が起きたかを詳しく話さねばなるまいな」

 

口調はやや重く、先程よりも心なしか話しにくそうであった。

ダンブルドア先生はこちらに手を差し出した。

 

「君に渡した、指輪を見せておくれ」

 

俺は大人しく指輪をしている左手を差し出した。

指輪から走るようにできた傷は、治らなかった。未だに傷跡として指輪の付け根から左腕まで走っている。

ダンブルドア先生は俺の手を取り、傷跡をじっくりと見つめ、悲しそうな声で話の続きを切り出した。

 

「君には何と言えばよいのか……。この傷は、治ることはないじゃろう」

 

「……もう痛みもありません。大したことありませんよ、こんな傷」

 

事実、痛みが走ることは一切なかった。傷跡が少し気になる程度で、実生活には全く影響はなかった。

そんな俺の態度も、ダンブルドア先生は悲しそうにした。

 

「君は察しておろう。死の呪文が跳ね返ったことを。そして、その理由がこの指輪にあることを」

 

俺は黙ってうなずいた。

 

「わしは、この指輪をただの翻訳のための道具だと君に思わせた。……そうすることが、君がこの指輪を外さないでいるのに最も確実な方法であると思ったからじゃ」

 

「その通りです、先生。事実、俺は翻訳の機能を試して、それが本物であると確信してからは一度も外してはいません。……ゴードンさんから聞きました。この指輪は、両親の形見であると。ただ正直、両親の形見だとだけ言われて渡されても、肌身離さずつけていることはなかったでしょう」

 

ダンブルドア先生は悲しそうに微笑んだ。

 

「両親の遺品であると伝えなかったわしを、慰めようとしてくれているのかな? ありがとう。しかし、その件についてわしは責められてしかるべきじゃ。両親の遺品であることを伝えずにおったのは、その情報から君が指輪に隠された秘密をたどることがないようにするためじゃった。……君がその指輪にかけられた魔法と、その意味を読みとるのを避けたかった」

 

ジッと指輪を見る。この指輪に、何か大きな秘密が隠されているようだった。

反対呪文が存在しないはずの死の呪文を跳ね返すほど、大きな秘密が。

 

「その指輪には二つの魔法がかけられておる。一つは、死の呪文の反対呪文。愛の加護がかかっておる。君のお母上がかけた魔法じゃ。そしてもう一つ。これは信じがたい事じゃろうが、その指輪には最も邪悪とも言える闇の魔法がかけられておる。……その指輪には、君のお父上の魂が封じ込まれておる」

 

「……父の魂?」

 

「左様。そのような魔法を分霊箱と呼ぶ」

 

分霊箱。聞いたことのない魔法だった。そしてダンブルドア先生の話し方から、それが禁忌すべきものであるのはなんとなく察しがいった。

 

「最終試合の時、君の身に何が起きたのか。それを説明するには、君のご両親の死について事細かな説明が必要じゃ。去年にわしがした話は覚えておろう? 君のご両親が聞いた二つの予言のことじゃ」

 

『東洋の男がこの地で最も大切な者を失った時、彼の者は闇の帝王への大きな障害となろう。彼の者の死をもって、闇の帝王の野望は妨げられる』

 

『東洋の男が、闇の帝王の後を追う。闇の帝王と同じ道をたどり、選ぶこととなろう。彼の者が闇の帝王となるか、自分となるか。どちらを選べど道は同じ。だが、終わりは違う』

 

「君のご両親はこの二つの予言を自分のものとして終わらせようと尽力なさった。最初の予言を聞き、君のご両親は死を覚悟した。そして二つ目の予言を聞いて、君のお父上はヴォルデモートの後を追うことを決意し、実行しておった。……そして君のお父上は、ヴォルデモートが分霊箱を作ったと確信し、それを作ることでヴォルデモートと同じ道をたどろうと試みたのじゃ」

 

「分霊箱を作る……」

 

「そう、分霊箱を作る。分霊箱の作り方は複雑で困難を極める。そして分霊箱を作る上で最も重要なことは、殺人による魂の分裂じゃ。……ああ、察しておろう。君のお父上は、君のお母上をその手で殺し、指輪を分霊箱とした。そしてお母上は、死ぬ間際にお父上の魂へ強い魔法をかけた。それがその指輪の正体じゃ。愛の加護を持った分霊箱。……わしはこの事を奇跡としか表現できぬ。相反する二つの魔法が一つの指輪に存在した。この指輪は間違いなく、この世で唯一無二のものとなったのじゃ」

 

新しく、衝撃的な情報が多く困惑してしまった。

だが同時に、多くの謎が解かれていた。

 

「この指輪には、父親の魂が入っている……。……その……こんなことを聞くのは変かもしれませんが、そんな指輪をしていて、俺には何の影響もないんですか?」

 

ダンブルドア先生は少し眉を上げた。

 

「おお、良い質問じゃ。分霊箱を身に付けることは本来、危険なことではある。君は期せずして同じような状況にあった子を知っておる。ジニー・ウィーズリーじゃ。トム・リドルの日記はヴォルデモートの分霊箱じゃった」

 

「……それでは、俺は、父親の魂に乗っ取られかけていると?」

 

「誤解を生むような言い方をしてしまったのう。断言しよう。君のお父上の魂が、君を乗っ取ることはない。大きな理由が二つある」

 

俺の心配は即座に否定された。

 

「……わしが奇跡だと思ったのは、指輪の事だけではない。君にとてつもない闇の魔術の才能が備わったことも、奇跡の一つじゃ。わしは今までずっと、指輪をつけた君を見てきた。君は分霊箱による悪影響を一切受ける事はなかった。さらに君は極めて短い間だが、トム・リドルの日記を所持し使用しておったが、ジニー・ウィーズリー程の影響は受けなかった。分霊箱によってジニー・ウィーズリーの様に意識を取られることもないじゃろう。君は闇の魔術の才能によって、本能的に闇の魔術へ抵抗する術を分かっているようじゃ。君はその才能を持っている故に、ご両親の遺品である分霊箱を身に付けても何の問題もなく過ごすことが出来るのじゃ」

 

納得がいくような、いかないような。そんな気持ちだった。

俺の不満に、ダンブルドア先生はすぐさま気が付いた。

 

「君がお父上の魂に乗っ取られることはない理由は二つと言ったのう。もう一つの理由を話そう。……その分霊箱は、不完全なものじゃ」

 

「分霊箱が不完全?」

 

「左様。ここからはわしの推測じゃが、恐らく間違ってはおらんじゃろう。分霊箱によって分裂させた魂を元に戻す方法がある。それは良心の呵責じゃ。君のお父上は、お母上を殺すことで分霊箱を作ろうとした。しかし、全くの良心の呵責なしに成し遂げることは出来なかったのじゃろう。指輪に収まっているお父上の魂は不完全で、明確な意志はなく、残った記憶も断片的なものじゃ。……それも、最もつらい記憶の断片じゃ。見たことはないかね? 君のお父上が、お母上を手にかける瞬間の記憶じゃ」

 

それは吸魂鬼に襲われた時に俺が見たもので間違いないだろう。

そしてそれは、ダンブルドア先生も見たことがあるようだった。

 

「部分的にではありますが、見えたことがあります。吸魂鬼に襲われた時です。見知らぬ女性を手にかける光景が目の前に広がりました。……恐らく、それが父の記憶なんでしょうね。しかし、それではダンブルドア先生も見たことがあるのですね? この指輪に封じられた父の記憶の断片を」

 

「あるとも。その時の記憶も、君のお父上がお母上を手にかける瞬間に何を思っていたかも、わしはその指輪を通して経験しておる。見たことがあるというのなら、君も断片的にでも感じたことじゃろう。お父上がお母上を殺すときに感じた、悲しみと絶望、そして、深い愛情を。その記憶は良心の呵責による苦痛に満ちておった」

 

吸魂鬼に襲われた時、俺は見知らぬ女性、つまり俺の母だが、を殺す記憶を見た時、吐き気にも似た不快感があった。あれが父が母を殺す時に感じた感情の断片だとするなら、相当に酷い思いをしたのだと推測できる。

 

「使い方によっては、君はそのお父上の辛い記憶を明確に読み取ることが出来る。そして他者に共有することも出来よう。その時の光景と、お父上の感情を、指輪から引き出すことが出来るのだ。いずれその方法も教えよう」

 

ダンブルドア先生はそう言うと、椅子に座り直し、深いため息を吐いた。

 

「指輪はお母上の愛の加護とお父上の魂が込められておる。しかし、悲しき事か、それとも当然の事か、お父上の魂は不完全なもの。……お父上の魂は、君を自分の息子だと分かっておるかは不明じゃ。じゃが、何かしらの、共鳴に近いことが起きておるのは確かじゃ」

 

「……共鳴」

 

「そうじゃ。それは恐らく、君にしか起きぬ現象じゃ。そしてそれこそ、最終試合のあの日に君の身に起きたことなのじゃ」

 

ダンブルドア先生の話は、俺の身に何が起きたかの核心に迫っていた。

 

「お母上の愛の加護は、君のお父上の魂へとかけられておった。そして愛の加護がなすのは、完全な闇の存在からその身を護る事、そして、死の呪文の反対呪文となる事。……君に当たった死の呪文は、君のお父上の魂にかけられた愛の加護によって跳ね返された。その現象は、息子である君が指輪をしていたからこそ起きたことじゃ」

 

指輪を改めて見る。そして、そこから走るようにできた傷跡も。

成程。この傷は死の呪文を跳ね返した時にできたもの。ポッターの額にある傷と同じようなものだろう。

死を回避した代償としては安いものだと感じた。

しかしダンブルドア先生は、傷ができたことを深く悲しんでいるようだった。

 

「その傷は、いわばお母上の愛の加護によってできた傷じゃ。お母上の魔法が君の命を取り留めたのは確かじゃ。しかし、同時に治らぬ傷も残してしまった。……魂だけとなったお父上を守るためのお母上の愛が、息子である君を傷つける。できれば、そのようなことはさせたくはなかった」

 

ダンブルドア先生は、魔法だけとなった母と魂だけとなった父を気にかけているのだろう。

 

「命を救われたんです。傷を負ったくらい、きっと母も気にしませんよ」

 

俺がそう言うと、ダンブルドア先生は優しく悲しそうに微笑むだけだった。

俺はダンブルドア先生に質問を投げかけた。

 

「気になったので、質問をさせて欲しいのですが……」

 

「おお、何なりと」

 

「俺はこの指輪をつけている限り、死の呪文を受けないと思ってよいのでしょうか? また同じようなことが起きた時、死の呪文を術者に跳ね返すことが出来ると、そう思ってよいでしょうか?」

 

ダンブルドア先生は困ったような表情になった。

 

「その可能性は高い。しかし、確実ではない。……一度、死の呪文から君を守っておる。愛の加護は十分に残っておるが、果たしてどこまで力を残しておるかは見当がつかぬ。そして君の身が持つかどうかは、まだはっきりとはせぬ。まさかとは思うが、自分には死の呪文が効かないなどという無謀な考えは持たぬ方が賢明じゃ」

 

ダンブルドア先生が俺の手の傷を見ているのが分かった。

深い切り傷で終わったそれが、次はどのような傷になるのかと心配しているのだろう。

 

「元来、お母上の愛の加護はお父上の魂にかかっておる。お父上の魂が息子である君の魂に共鳴に近いものがなされ、お母上の愛の加護は君にまで及んでおるのじゃ。お母上の愛の加護は確かに君を守っておるが、時にそれが君を傷つけてしまうこともありうる」

 

愛の加護が俺を傷つける場合とは、どのような場合か。

想像し、思い当たる。

俺の表情見て、ダンブルドア先生は深く頷いた。

 

「……君に忠告せねばならぬな。愛の加護は、死の呪文の反対呪文であるだけではない。完全な闇の存在から身を護る効果もある。もし君が闇の帝王となった時、君は指輪の力で滅ぶこととなろう。お母上の愛の加護が、君を滅ぼすこととなる」

 

きっとダンブルドア先生は、この事実を俺に伝えるべきかどうか悩んでいたのだと思う。

俺が闇の帝王となれば、母の魔法で俺は死ぬ。そうなってしまえば、救いのない話だと思った。

ダンブルドア先生はこの事実を、俺にとって受け止めがたい事実だと思っていたようだ。

俺はそんなダンブルドア先生に笑いかけた。

 

「教えてもらえてよかったですよ。俺が闇の帝王になれば死ぬ。元々、なる気はないんだ。丁度いいじゃないですか」

 

俺の返事にダンブルドア先生は目を丸くさせ、それから微笑んだ。

 

「君は強い子じゃ。その強さがこれから多くの人を救っていくと、わしは信じておるよ」

 

少し大げさな表現に感じ、思わず苦笑いをする。

それから少しして、ダンブルドア先生は最後の話題に入った。

 

「最終試合のあの日に起きたこと、そして君の身に起きたことについて、わしはできる限りの説明を君にした。……最後に、これからのことについて、話をせねばならぬな」

 

これからどうしていくべきか。

この話をする覚悟をするために、俺に時間を与えたのだと思っている。

 

「君はとても複雑な立場におる。ヴォルデモートは少なからず君の存在を注視する事になろう。君はヴォルデモートにとって、自身の不死性をより確実にするための素材でもある。そして、有力な人材でもある。これから、君に対して手下となるよう何らかの働きかけが来るであろう。だが、一度君の予言の内容が知られれば、君はヴォルデモートにとって立場を危ぶむ存在となる。君はヴォルデモートにとって真っ先に滅ぼすべき人間の一人となろう。今後君は、予言の内容をヴォルデモートに知られないように注意をせねばならぬ。その為に、予言の内容は誰にも話してはならぬ」

 

それは既に心得ていることだった。頷いて了承の意を示す。

ダンブルドア先生は満足げに頷き、話を続ける。

 

「そして君に自覚をして欲しいのじゃが、君はヴォルデモートにとって脅威となる存在になれる。お母上の愛の加護。それはヴォルデモートを滅ぼしうる効果がある。指輪をした君がヴォルデモートに触れることで、ヴォルデモートはとてつもない苦痛に襲われることとなろう。だがこの事も、誰にも知られてはならぬ」

 

自分がヴォルデモートに対する有効打となる。それは驚きの事実であった。

そして、それは誰にも明かせぬのだという。

 

「……誰にも、言ってはいけないのですか?」

 

「そう、誰にもじゃ。わし以外の誰にも。予言の事も、君の指輪の魔法の事も」

 

ダンブルドア先生にはなにか考えがあるのだろう。

俺は深くは問わず、頷いてそのまま了解の意を示した。

ダンブルドア先生はそれに満足げに頷いた。

そして、とても真剣な表情になり、重々しく口を開いた。

 

「さて、君は闇の帝王になり得る上に、ヴォルデモートにとっての不死の素材でもあり、有望な闇の魔法使いにもなれるし、果てにはヴォルデモートへの強力な対抗手段でもある。そんな君にしか頼めぬことも多くある。君が了承してくれるなら、わしは君にこれから多くの事を指示するじゃろう。ヴォルデモートを滅ぼすために重要な仕事を、君にはこなしてもらわねばならぬ。……君にヴォルデモートに立ち向かう勇気があるならば」

 

ダンブルドア先生は、真っ直ぐと俺を見つめていた。

 

「君に問わねばならぬことがある。君は予言にある通り、とても困難な未来が待ち受けておる。闇の帝王となるか君自身となるか。その選択を迫られる時がこよう。だが、その選択をするその日まで、君はヴォルデモートに立ち向かう覚悟はあるかね? 死ぬかもしれぬ。酷い苦しみと恐怖に襲われるかもしれぬ。だが、それも乗り越え、いつの日かヴォルデモートを滅ぼすその日まで、君は戦い続けると誓えるかね? ……何があっても、じゃ」

 

ダンブルドア先生はそう、俺に問いかけた。

俺はダンブルドア先生を真っ直ぐ見つめ返しながら、返事をした。

 

「……正直にお答えします。何があっても、と言うのであれば難しいです」

 

ダンブルドア先生は何も言わず俺の話の続きを待った。

 

「ここ数年に何度も命の危機にさらされて、自分が死ぬ間際にどんな行動をとる人間なのか、よく知っているつもりです。俺は親しくもない人の為に命を張れるほど高尚な人間ではない。二年生の時、俺はジニー・ウィーズリーを殺しかけました。三年生の時、俺はシリウス・ブラックを見捨てようとした。……人の命を軽く見ているつもりはないんです。できることなら、俺は人の為に命を張れる人間になりたいって思っているんです。……でも、きっと難しい。そんな俺が、何があってもヴォルデモートに立ち向かい続けられるとは思っていません」

 

ダンブルドア先生の期待に応えられないかもしれない。

それでも、俺の答えは変わらない。

 

「こんな俺ですが、ヴォルデモートに立ち向かう覚悟はあります。立ち向かうだけの理由があるんです。……ここ数日を大事な友人達と過ごしました。それがすごく幸せだったんです。そして思いました。この日常を守る為なら、大事な友人達がこの日常を送れるのなら、俺は命をかけられると。俺がヴォルデモートに立ち向かうのは、俺の大事な人達との幸せな時間を守りたいからです」

 

そう、大事な人達との時間を守りたいから戦うのだ。

ヴォルデモートを滅ぼさねば、それが手に入らぬものだと分かっているから戦うのだ。

 

「ハーマイオニーが大事です。命に代えても、彼女を守りたいんです。ヴォルデモートが世界を支配したら、マグル生まれの彼女は真っ先に殺されるでしょう。だから、俺がヴォルデモートを支持するなんてことはありえない。他にもネビル、フレッドやジョージ、ハグリッド……。きっと、ヴォルデモートに立ち向かわなくては守れない人達がたくさんいます」

 

しかし、俺の大事な人達はそれだけではない。

 

「でも、俺の大事な人達の中には、ヴォルデモート側につくであろう人間もいます。ドラコは、死喰い人を父に持つ。パンジーは、マグル生まれの追放を主張する親を持つ。ブレーズ、ダフネ、アストリア。彼らの家族が生きていくには、ヴォルデモートの傘下に加わらなければならない時が来るでしょう。きっと、その未来は避けられない」

 

だが、彼らが俺の大事な人達であることには変わりない。

 

「それでも、俺は彼らを守りたいんです。彼らがヴォルデモートに協力することになっても、俺に杖を向ける事になっても、俺は彼らを守りたいんです」

 

俺の言うことは青臭く、わがままで、大義に反することだろう。

だが、これが俺の本心だ。偽りのない、心からの言葉だ。

 

「俺は俺の大事な人達の為に、ヴォルデモートに立ち向かいます。俺にできることは、何でもします、でも、すみません。もし、俺の大事な人達を犠牲にすることになれば、俺はきっと折れてしまう。立ち向かえない。……それだけはどうか、分かって欲しいのです」

 

ヴォルデモートに立ち向かいながらも、スリザリンの親友達を守る。

それがどれだけ難しい事かなんて、想像もつかない。

それでも、俺にはスリザリンの親友達を切り捨てることなんてできないのだ。

それこそ、何があっても、だ。

 

ダンブルドア先生は俺の答えを聞いて、しばらく黙ったままだった。

目を閉じ、じっくりと考え込むようにして。

そして、おもむろに目を開けると話を始めた。

 

「君はわしが思うてた以上に強い子じゃった。そして君自身が思っている以上に、君は強い」

 

ダンブルドア先生は、微笑んでいた。

 

「君の答えは、わしの期待以上のものじゃ。君の答えを聞いて、わしは確信した。君は何があっても、ヴォルデモートに立ち向かい続けられると。君は分かっておるのじゃ。大事な人達を守るには、ヴォルデモートを滅ぼさねばならないということを。そして君は、その為に命を懸ける覚悟がある」

 

ダンブルドア先生は嬉しそうだった。

俺の答えが、ダンブルドア先生にとっては望んだもの以上の答えだったようだ。

 

「それさえ分かればよい。わしは君に多くの仕事を頼みたい。ヴォルデモートを滅ぼすために。どうか、協力をして欲しい」

 

「勿論。全力を尽くします」

 

俺の返事に、ダンブルドア先生は微笑みながら頷いた。

しかしすぐに、気の毒そうな表情になった。

 

「君は、君の大事な人達の為に戦うという強い意志がある。しかし、これからその大事な人達とは、袂を分かつことになろう。……わしは、ヴォルデモートの復活をホグワーツにいる全員に伝える。そうなれば、ヴォルデモートに立ち向かう君は、大事な人達と一緒に過ごすこともままならぬ。……辛い時間が、続くじゃろう」

 

「ええ……。正直、あいつらと対立するのが一番辛い」

 

「君は、話せるならば全てを話したいじゃろう。しかし話せることは、正直に言うとほとんどない。君は大事な人達に多くの秘密を持つこととなる。時にはそれが不和の理由ともなろう。だが、どうか約束しておくれ。わしが話しても良いと言ったこと以外、誰に伝えはせぬと」

 

「……ええ、約束します」

 

秘密を持つことは辛い。だが、それが親友達を守るためにつながるのであれば、きっと堪えられる。

そんな俺にダンブルドア先生は優しく言った。

 

「ありがとう。それでは、君の秘密の一部を大事な人達に話すことを許そう。君の闇の魔術の才能について、そして、それがヴォルデモートの復活の材料となること、目を付けられる理由になっておる事。これは、君の大事な人達に話しても良い。勿論、おおっぴろげに言うのは感心せん。しかし、これらの事はヴォルデモートがすでに知っておることじゃ。君は何も気にせず、君の大事な人達にこの事を話すとよい」

 

闇の魔術の才能について。

思えば、俺はこうした秘密を一つも親友達に話してこなかった。

やっとこの事について話せるというのは、嬉しくもあり、怖くもあった。

 

「……いざ話していいと言われると、少し怖いですね」

 

俺の言葉に、ダンブルドア先生は可笑しそうに笑った。

 

「おお、そうじゃな。秘密というものは実に厄介じゃ。食べる前の百味ビーンズの様にロマンと魅力にあふれておるのに、いざ口にしたら大抵が苦い味。それでも口にせずにはいられない」

 

そんなダンブルドア先生のおどけた調子に、思わず笑う。

気が楽になるのが分かった。

ダンブルドア先生は優しく笑いながら俺に声をかけた。

 

「君は優しく、誠実で、真っ直ぐな子じゃ。そんな君だからこそ、君の大事な人達は君の言葉には必ず耳を傾けてくれる。そして何があっても、心の底では君を信じてくれる。だから、君も信じてあげなさい。彼らがなんと言おうと、何をしようと、君だけは、彼らを信じてあげなさい。彼らという人間を、彼らとの友情を」

 

俺は厳しく、辛い思いをする。それは避けようのない未来だ。

だが、その先に大事な人達と笑っていられる未来があるなら、何にだって耐えられる。

ハーマイオニー達とも、ドラコ達とも、笑っていられる未来。

どちらかだけでは駄目なのだ。

どれらもないと駄目なのだ。

俺の幸せのためには、彼らは必要不可欠なのだ。

 

 

 

この日から、俺の長く続く戦いが始まった。

 




感想や評価をくださった皆様、本当にありがとうございます。
とても励みになります。

炎のゴブレット編も次回で終了です。


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たとえ袂を分かつとも

「今年も、終わりがやってきた。今夜は皆に、色々と話さねばならないことがある」

 

ダンブルドア先生が対抗試合の最終日に何があったのか説明をしたのは、今年最後の日の夜であった。

 

対抗試合の中に仕掛けられていた、バーテミウス・クラウチ・ジュニアの陰謀。

代表選手達が襲われ、命を落としかけたこと。

そして、ヴォルデモート卿が復活したこと。

ポッターがまたも、ヴォルデモートの魔の手から逃れたこと。

これから多くの困難が待ち受けていること。

何より、全員が団結をしなくてはならないこと。

 

最後の日の大広間というのはいつも笑いと喧騒に包まれていたが、今年は誰も声を上げることすらなかった。

誰もがダンブルドア先生の話を聞くだけで精一杯であった。

 

ダンブルドア先生の話が終わり、大広間にいた全員が寝室に戻るように言われ、やっと様々な声が聞こえるようになった。

ダームストラング生も、ボーバトン生も、それぞれの国の言葉を話すので何を言っているかは分からなかった。

ただ、彼らはダンブルドア先生の話が信じがたいと思っているのはなんとなく分かった。

 

 

ダンブルドア先生の話が信じがたいと思っているのは、ホグワーツ生も同じだった。

 

 

レイブンクローの誰かが言った。

 

「……果たして、ダンブルドアの言っていることは本当なのだろうか? だって、ヴォルデモートが復活したと言っているのはポッターなんだろ? ポッターがどんな奴かって、新聞を読んだら分かるだろ?」

 

ハッフルパフの誰かが言った。

 

「こんな重要なこと、今まで新聞にすら載ってないなんて変よ。……もしかして、何か裏があるんじゃないかしら? 今日の話だけを鵜呑みにするのは間違ってるわ」

 

グリフィンドールの誰かが言った。

 

「ダンブルドアやハリーが信じられないんじゃないよ。ただ、突拍子もないというか……。なあ、ダンブルドアだって、間違う時はあるんじゃないか?」

 

スリザリンの誰かが言った。

 

「……この話が本当でも嘘でも、どっちでもいいわ。どっちに転んでも、被害を受けないようにすればいいって話でしょ?」

 

 

 

真実を受け入れられる人の方が少なかった。

これから困難が待ち受けていると覚悟できている人など、いないに等しかった。

 

ダンブルドア先生の言うヴォルデモートに対抗するための第一歩、団結をすることなど、先の先だ。

団結以前に、真実を受け止めることすらできていないのだ。

 

 

 

 

 

大広間を出て寮に戻ると、自然と談話室で親友達と集まっていた。

全員がダンブルドア先生からの話について、思うところがあるようだった。

 

「正直な話、私、これが本当の事だなんて思えないのよ」

 

パンジーはちょっと首をかしげながら言った。

 

「だって例のあの人が復活したとして、何でポッターは生きて帰ってこれたのよ? 選ばれた男の子だから? そんなの信じられないわよ。皆、新聞とか読んでないわけ?」

 

パンジーはポッターに関する出鱈目の記事を鵜呑みにしている節がある。

頭のおかしい目立ちたがりな子どもとポッターが評されていた記事に激しく同意をしていた。

 

「……でもジンが襲われたのって本当なんでしょ? クラウチって人に襲われて死にかけたって。ジンだけじゃなくてあのビクトール・クラムも襲われたって。やっぱり、何かあったんじゃないかな?」

 

アストリアは不安そうだった。

何が本当か分からないが、怖いことが起きているとは感じているらしい。

 

「そんな不安そうな顔すんなよ。この話が本当だったとして、ぶっちゃけよ、心配しなきゃならねぇのは俺だけだろ? お前らは血統書付きの歴史が証明する由緒正しき名家達だ。一方俺なんて、父親すら分かんねぇんだぞ?」

 

そんなアストリアを慰めるように頭をポンポン叩きながら、ブレーズは明るく言い切った。

ブレーズはダンブルドア先生からの話を重くは受け止めていなかった。

その話が事実だろうが、出まかせであろうが、自分達は大した被害に遭わないと高を括っているようだった。

 

「そうよね。あんた、良いこと言うじゃない。ほらほら、アストリア! そんな怖がらないで大丈夫よ!」

 

パンジーはブレーズの話に納得し、すぐにアストリアを元気づけようとした。

アストリアはちょっと笑ったが、直ぐに心配そうな表情でダフネの方を見た。

ダフネはダンブルドア先生からの話を重く受け止めていた。少し暗い表情で、ダフネは俺に質問した。

 

「……ねえ、ジン。あなたは、ダンブルドアの話を信じてる?」

 

「ああ、信じてるよ」

 

そんなダフネの質問に、俺は即答で肯定した。

俺の返事を聞いてアストリアは再び不安そうな表情を強くし、俺はブレーズとパンジーから空気を読めというように睨まれた。

そんな二人に苦笑いをしながら、俺は話を続けた。

 

「お前らに言おうと思うことがある。俺が何で、代表選手に選ばれたのか。なんで、闇の帝王に狙われるようなことになったのか」

 

パンジーもブレーズも、ダンブルドア先生の話を本気にしていない。アストリアとダフネは、半信半疑だ。ドラコはずっと黙ったまま。信じているか信じていないかは、分からなかった。

そんな中でも、俺は自分が闇の帝王に狙われる理由を話そうと思った。

 

「俺にはどうやら、とびっきりの闇の魔術の才能があるらしい。それがかなり厄介でな。闇の帝王からすれば、俺は捨てがたい人材だそうだ。色々と利用価値のある人間なんだってさ」

 

俺は軽い調子で説明をした。聞こえようによっては、冗談に聞こえるような言い方だ。

そんな俺の言い方にパンジーとブレーズは戸惑いながら、どこまで本気にしていいのか測りかねていた。

アストリアは不安そうに俺や周りの奴らの表情を窺っていた。

ダフネは俺の言葉を信じたようだった。そして信じたからこそ、俺達の中で一番怯えた表情をしていた。

 

「……それじゃあ、あなたは命を狙われないのね? ダンブルドアの話が本当だったとしても、あなたは安全なのね?」

 

ダフネはどこか縋るような声色だった。

 

「そうもいかないだろう。俺は何があっても闇の帝王に組することはない。邪魔になれば、命を狙われることになるだろうな」

 

俺は誤魔化すことなくダフネの質問に答えた。

いつになく不安を煽るようなことを言う俺に、ダフネは驚いたように固まった。

パンジーとブレーズも俺の態度に困惑を隠せないでいた。

そんな様子に苦笑いをしながら、俺は話を続けた。

 

「俺が言いたいのはさ、俺は命が狙われるかもしれないってことじゃない。俺には覚悟ができているってこと。そして、お前らに信じて欲しいんだってことを言いたいんだ」

 

「……何を信じろって言うの?」

 

呆然としたまま、ダフネは俺に問いかけた。

 

「俺はお前らの事が大好きだってことだよ」

 

軽い調子で笑いながら、なんてことないかのように話をする。

急な話についていけず、ダフネもブレーズもパンジーもアストリアも、唖然とした表情になった。

そんなことお構いなしに、俺は話し続けた。

 

「これから色んなことが起きる。闇の帝王絡みで色んな人が戦って、怪我をして、命を落とす。俺もきっと、命懸けで何かをすることになる。お前らに理解されないような行動に出たり、秘密にすることも多くなる。それでも信じて欲しいんだ。俺はお前らが大好きで、絶対にお前らに危害を加えるようなことはしない。加えさせるようなこともしない。何があっても、だ」

 

こんな話をしながら思う。

 

 

親友達を不安にさせたくない。

親友達に無茶をして欲しくない。

だから軽い調子で話した。重く受け止めさせたくなかった。

 

 

俺が闇の帝王に立ち向かい命の危機に瀕しても、親友達には安全な場所にいて欲しい。

だから俺が命を狙われる理由を話した。何もしなければ親友達には命を狙われる理由がないのだと、理解させるために。

 

 

もし俺を見捨てなくてはいけなくなったなら、迷わず見捨てて欲しい

もし俺に杖を向けなくなったのならば、迷わず杖を向けて欲しい。

だから伝えた。何があっても、俺は親友達が大好きなのだと。

 

 

そして、何より――

 

 

「信じて、待っててくれよ。全部が終わったら、お前らとまた楽しく過ごせるんだって、俺に思わせてくれ。……そしたら、俺はきっとなんだってできるんだ」

 

心の支えを失いたくなかった。

何に代えても親友達との友情を守りたかった。

だから伝えたかったのだ。

これから袂を分かっても、対立しても、俺が親友達を大事にしていることを。

それを親友達に信じていて欲しかった。

 

 

暫く誰も口を開かなかった。

各々が俺の話を受け止めるので精一杯のようだった。

 

そして十分な時間を沈黙が支配してから、声が聞こえた。

 

「……僕らを大事に思うなら、どうして闇の帝王に抵抗するんだい? どうして、一緒にいようとしてくれないんだ?」

 

ドラコが、やっと顔を上げて口を開いた。

ドラコの顔は能面の様に無表情で、そこから何を思っているかは読み取れなかった。

そんなドラコに、俺は困ったように笑いながら返事をした。

 

「言えないんだ。こればっかりは誰にも」

 

予言の事は誰にも言えない。

だから俺が闇の帝王に組することが不可能だということは、理解してもらえない。

潔く言えないのだと口にした。

俺の返事はドラコを納得させるようなものではなかった。しかし、ドラコから追求が来ることはなかった。

 

「……そっか。なら言わなくていいよ。僕も、もう聞かない」

 

ドラコはそう言って話を打ち切った。そして、まだ呆然としている周りの奴らを正気に戻すように唐突に明るい声で話を始めた。

 

「まあ、こんなところであれこれ考えても仕方ないだろう? なあ、ブレーズ。今日はホグワーツ最終日だ。どうせなら、また夜更かしでもしようじゃないか。部屋からカードゲームでも取ってきてくれよ。そうだ、アストリア。ジンからもらったお菓子がまだ随分と余っているだろう? 家に持ち帰るには、荷物になって邪魔だろう? 今日ここで、みんなで食べきってしまおうよ」

 

ドラコの声で、ブレーズは我に返ったようだった。すぐに立ち上がり、部屋にカードを取りに戻った。

アストリアは少し呆然としたままだったが、大人しくお菓子を取りに部屋に戻った。

呆気にとられたようにしているパンジーとダフネに、ドラコは微笑みかけた。

 

「ダフネ、パンジー。よかったら、紅茶でも入れてきてもらえないかな? レディーの入れてくれた紅茶の方が、自分で入れたものよりもずっと美味しいからね」

 

パンジーは少し驚いた表情をした後、直ぐに考えるのを止めて笑顔で紅茶を入れに行った。まだ固まったままのダフネを連れて。

そうして談話室の席には俺とドラコの二人だけになった。

ドラコは完全に二人になってから、口を開いた。

 

「……君は勝手だ。なら僕も勝手にするさ。文句なんて言わせない」

 

ドラコはそう言い切ると、そっぽを向いてそれ以上の会話を拒否した。

ドラコは何か、決意をしたような声色だった。

そして、それ以上何か話せることはなかった。ブレーズがカードゲームを、アストリアがお菓子を持ってきたのだ。

それからすぐにパンジーとダフネが紅茶を持ってきて、カードゲームが始まった。

 

カードゲームは、実に楽しい雰囲気で行われた。

何やら機嫌のよさそうなドラコにすぐにブレーズとパンジーが調子を合わせた。

少し暗い表情を引きずっていたダフネは、アストリアが不安そうな表情をするのに気が付いてからは、明るい表情を取り繕うようにはなった。そしてそれからは周りに引きずられるように、徐々に気持ちも明るくさせているようだった。

その日は誰も部屋に帰ることもしなかった。

朝早くに起きてきた上級生が談話室に来るまで、俺達はずっと遊び続けた。

きっと、楽しい時間を終らせたくなかったのだと思う。

全員がこれからの事を考えないように、少しでも長く親友達と一緒にいたかったのだ。

 

 

 

 

 

寝不足で迎えた帰宅日。

ダームストラングとボーバトンの見送りの日でもあった。

ところどころで、学校を越えて別れを惜しむ姿が見られた。

ダームストラングの男子生徒と涙ながらに分かれるホグワーツの女子生徒や、ボーバトンの女子生徒に言い寄るホグワーツやダームストラングの男子生徒。また、ホグワーツを去るのを嘆くダームストラングとボーバトンの生徒達も多くいた。

 

ダフネの所には、フラーが挨拶に来ていた。

二人は楽し気に会話をしながら、別れを惜しんでいた。

ブレーズの所には数名の女子生徒が押し掛けていた。ブレーズは楽しそうに笑いながら、それでいて全く別れを惜しむ様子はなかった。罪な男だと、本気で思った。

パンジーはダームストラングの男子生徒に何やら熱心に口説かれていたが、どこ吹く風だった。俺としては、本当にパンジーを口説くダームストラング生の存在に驚かざるを得なかった。

ドラコは、数名のダームストラング生とボーバトン生と、何やら簡単に挨拶をした程度だった。やや形式ばった挨拶だったので、恐らく家柄絡みの話なのだろう。

 

俺の所には、ビクトールが挨拶に来た。

眠たげにする俺の様子を、ビクトールは呆れたように笑っていた。

 

「ヴぉく、ホグワーツが好きだ。イギリスヴぁ、温かくて過ごしやすい」

 

「ああ、ダームストラングは、随分と寒い所にあるって話だからな。いつでも来てくれよ。お前なら、うちの全生徒が大歓迎だろ。……ま、ほとぼりが冷めるまではお勧めはしないけどな」

 

俺の言葉に、ビクトールは肩をすくめた。

ビクトールはダンブルドア先生からの話を全て信じていた。ビクトールも今回の件の被害者だ。ある意味、当然のことかもしれない。

そんなビクトールがイギリスには早々来ないであろうことは、予想が付いた。

これから大きな戦いが始まろうとしているのだ。そんな戦場ともいえる場所に気軽に訪れることなどないだろう。

ビクトールは名残惜しそうに暖かな空気を吸い込み、全身で夏前の晴天を楽しんでいた。

そんなビクトールに、俺は言いたいことがあった。

 

「……ビクトール、お礼を言わせて欲しいんだ」

 

「なんだ?」

 

不思議そうなビクトールに、俺は意を決したように伝えた。

 

「ハーマイオニーのこと。……気付かせてくれて、ありがとう」

 

ビクトールは少し目を丸くした。それから、楽しそうに笑うと俺の肩を叩いた。

 

「やっと、認めた。君ヴぁ、見ていてもどかしかった。……まあ、がんヴぁれ。苦労するぞ、君ヴぁ」

 

「……分かってる。お陰で色々と決心がついた。本気でお礼が言いたかったんだ」

 

「そうか。それヴぁ、よかった」

 

ビクトールは笑顔でそう言った。

それから俺達は握手をし、お互いに別れを告げた。

 

「また会おう、ジン」

 

「またな、ビクトール」

 

今年は嫌なことが多く、最悪な一年間と言ってよかった。

そんな一年間だったが、ビクトールとの出会いは数少ない幸運だった。

学校を越えた友情は、俺達の間に確かに存在した。

 

 

 

 

 

ダームストラング、ボーバトンを見送って、俺達もとうとう帰路につくことになった。

全員が汽車に乗りこみ、いつもの様にコンパートメントを確保する。

俺達は一つのコンパートメントに詰めて座ることにした。

誰かが言ったわけでもなく、自然と全員でそのようにした。

全員寝不足がたたってただ寝るだけの帰り道だった。

何かの拍子に目が覚めても、他の奴らは全員寝ているのを確認するだけだった。

正面ではブレーズが大口を開けながら寝ており、パンジーはドラコの肩に寄りかかるようにして寝ていた。ドラコも寄りかかっているパンジーに頭を預けるようにして寝息を立てていた。

隣ではダフネがややこちらにもたれながら寝ていた。そんなダフネの膝にはアストリアが横たわっていた。

 

もう一度寝ようかも思ったが、この光景を見ていたくなった。

 

なんてことはない帰宅の光景の筈だ。ただ、次のこれが見れるのはずっと先になるかもしれないのだ。

そう思うと寂しく、このまま寝るのは惜しかった。

 

結局、俺は駅に着くまでずっとみんなの寝顔を見て過ごした。

目に焼き付けるように。

 

 

 

 

駅に着いてから全員を起こし、それぞれの帰路につく。

俺も、駅に迎えに来てくれたゴードンさんと宿屋へ向かう。

 

 

 

不思議と、恐怖はなかった。

あるのは、確固たる決意だった。

 

俺はこの日常を守る為なら、何だってできるのだ。

 

 

 

 

 




炎のゴブレット編 終了です


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不死鳥の騎士団編
VS ルシウス・マルフォイ


不死鳥の騎士団編 開始です


夏休みにはいってしばらくは、不思議といつもの日常が続いていた。

友人達と手紙のやり取りをし、宿題を終らせ、時折ゴードンさんと話をする。

そんな日が二週間ほど続いてから、平穏が終わりを告げに来たことを悟った。

 

ルシウス・マルフォイが俺を訪ねてきたのだ。

 

 

 

 

 

宿屋の奥にある、応接室とも言える場所で俺はルシウスさんと向かい合っていた。

ゴードンさんには宿から出てもらい、今この宿にいるのは俺とルシウスさんの二人だけとなった。

ルシウスさんは変わらず高貴な身だしなみをしていて、振る舞いは紳士的であった。ゴードンさんの宿屋を一瞥し、鼻で笑うようにしていたこと以外は。

ルシウスさんは席に着くと、ゆっくりと話を始めた。

 

「元気そうで何よりだよ、エトウ君。君の事はドラコが随分と気にしていてね。君が楽しく夏休みを過ごせているか、心配していたよ」

 

遠まわしで、探るような言い方だった。

 

「遠まわしなのはやめましょうよ。あなたと腹の探り合いなんて、うんざりです。言いたいこと言ってくださいよ。こっちも言いたいこと言うんで」

 

俺がそう言うと、ルシウスさんはどこか呆れたように笑った。

 

「これは余計なお世話だが、君は政治に向いていないね。他愛もない話にこそ相手の真意がでるものだ。会話を楽しみたまえよ。世のほとんどの人間は容易く希望を口にしないものだ。私の望みや目的を知りたいのなら、君は知る努力をするべきだね」

 

「なら、何しに来たって話ですよ。俺に用があるんでしょう? それを口にしないで、俺の方から探れって言うのはちょっと傲慢だと思いますよ」

 

俺の返事に、ルシウスさんは言うことを聞かない幼い子供を見る様な、しょうがないという様な表情で笑った。

 

「ならば君は、私が口にしたことを一から十まで信じるというのかね? そして君の言葉を全て私に信じろというのかね? お互いそれは無理だろう? だから他愛もない話をするのだよ。お互いの事を探り、知って、確証を得るのだ。相手が本当のことを言っているか、嘘を言っているかをね」

 

ルシウスさんの言うことは一理あった。

確かに俺はルシウスさんの言葉の全てを信じることなどできないだろう。そして、その言葉の審議を確かめるためにお互いに探りを入れ合うというのも理にかなっていた。

 

何も言わない俺に、ルシウスさんは上機嫌になった。

 

「しかし、君が会話を望まないというのであればそれでよい。それもまた、探り合いだ」

 

ルシウスさんは微笑みながら、俺を品定めするように眺めていた。

 

「君は私と話をしたくない。それは何故か? 単純だ。話したくないことがあるのだよ。それも明確に、誰かに話してはいけないと口止めをされるような秘密を君が持っているということさ。おおむね、ダンブルドア校長からの口止めだろう? そして、君はその約束を律儀に守っている」

 

ルシウスさんは楽しそうに、俺を追い詰めるように話を続けた。

 

「ダンブルドア校長に忠誠を誓っているのだね。ああ、それはいいことだ。ただ、受けた指示は口止めだけだろう? だから君は私から情報を抜き出そうとしない。そもそも、そんな気すらない。知りたいことが山ほどあるはずなのに、君は探りもしない。何故なら、君が知っている情報はとても重要なものだからだ。そんな情報を漏らす危険を犯すくらいなら、君は沈黙を選ぶ。君は賢いからね」

 

ただ黙っていただけなのに、どうやらルシウスさんは俺の態度から多くの事を読み取ったらしい。

俺は少し怪訝な表情をした。ルシウスさんはそれすらも楽しそうに見ていた。

そして楽しそうに笑いながら、ルシウスさんは読み取った情報を俺に語った。

 

「君は交渉術が拙いようだ。ただ黙っていれば秘密が守れると思っているのかね? 表情や態度から、君の考えは浮き出るのだよ。そして君が何に怒って、何に焦っているかで、秘密はどんどん浮き彫りになる。だからダンブルドア校長も君に口止め以外の指示を出さなかったのだろうね。伝えられていたのではないか? 私のようなものが君を訪れるだろうと。だというのに、君に出された指示は口止めだけ。君はまだまだ子供だと思われているのさ。大事な仕事は任せられないと、そう思われているのだよ。しかし、君に期待をするようなことを言ったのではないか? 君が必要だとか、君が頼りだとか、協力して欲しいだとかね。矛盾していると思わないかね?」

 

揺さぶりと挑発をかけられる。

このまま揺さぶりに負けて何かを話したり、挑発に乗って反応をしたりしてもそこから何かを読み取られるだけだろう。

ルシウスさんは勝ち誇ったように笑っている。

 

「なぜ、ダンブルドア校長がこんな矛盾することをしていると思う? それはね、君を利用しようとしているからなのだよ。人を利用しようとする人間というのは、どこかで矛盾が生じるものだ。仕事を任せもしないのに頼りにしている言ったり、秘密を明かしもしないのに信頼していると言ったり、助けようともしないのに仲間だと言ったりね。……冷静に考えたまえ。ダンブルドア校長は本当に君を助けてくれると思うかね? 今まで君は、ダンブルドア校長に助けられたことはあったかね? ないはずだ。ダンブルドア校長が君を直接助けてくれたことなんて、一度もないはずだよ」

 

よく黙ったままの俺からこれだけの事を読み取れたものだと、感心してしまった。

ここまでのルシウスさんの話はどれも当たっており、下手な反論もすぐに論破されるだろう。

黙っていても読み取られ、話をしても読み取られる。こういった交渉の場は、ルシウスさんの得意とする戦場なのだろう。

 

ただ、俺は相手の土俵で戦うつもりがない。

まどろっこしいやり取りを終らせようと、俺は口を開いた。

 

「成程、あなたがしたいのは腹の探り合いじゃなくて格付けな訳だ」

 

ルシウスさんは少し笑みをひっこめた。

 

「俺を言い負かし、言いくるめ、格付けをしたいんだ。俺が下で、あなたが上だって。その上で本題に入りたいんでしょう? 俺に言うことを聞かせるために。自分の要望を通すために。だからあなたは律儀にも俺の反応から読み取ったことを口にする。わざとらしく挑発までして、黙っていることすら封じる。俺に負けたと思わせたいから。敵わないと思わせて、俺を従わせたいんだ」

 

少しの間だけ沈黙があった。

しかし、直ぐにルシウスさんは愛想のいい笑みを浮かべて話始めた。

 

「いやいや、一本取られた。まったく、見事に私の思惑を言い当てられてしまったよ。君を侮っていたわけではないが、君は私が思う以上に賢かった。いいだろう。もう腹の探り合いはなしだ。さっそく、本題に入ろうじゃないか」

 

ルシウスさんは一本取られたと言いながら、痛くもかゆくもないという様子だった。この人にとっては、ほんの小手調べぐらいのつもりだったのだろう。

そんなルシウスさんに嫌悪に近い感情をいだきながら、話の続きを待った。

 

「君も興味のある話だと思うよ。以前に聞いた、君の唱える純血主義の話だよ」

 

ルシウスさんは楽しそうに話を進めた。

 

「私は以前に聞いたね? 君の本質がどちらの属するのか。この際、ハッキリさせたいのだよ。マグル生まれを利用すると言っていたが、本当にそう思ってるのかね? ただマグル生まれを優遇するべく言葉遊びをしているのか、私達のような純血主義者と同じような思想を持っているのか、どっちなのだね?」

 

「……はっきりさせる意味はあるんですか?」

 

以前と同じ返事をすると、ルシウスさんは肩をすくめた。

 

「あるとも。君は今年で五年生になるのだろう? O・W・Lを受ける年だね。将来の事を考えるに最適の歳さ。そして、君はとても優秀だ。……まあ学校の成績を聞くに、だがね。そんな君が果たして我々と同じ志を持つ仲間なのか、それとも別の考えを持つ者なのか、私は大いに興味がある」

 

ルシウスさんの口調は随分と挑戦的なものであった。

 

「君が同じ志を持つ者ならば、私は君の力になれる。だが違う考えだというのであれば、残念だ。君の力にはなれないだろうね。いや、むしろ君の考えや希望を否定しなくてはならないかもしれない。何せ、我々の考えとは真逆の事をしようとしているのだからね」

 

これは分かりやすい意思表示だった。

ルシウスさんに、つまり闇の帝王に協力をする気があるかどうか。それを問われているのだ。

そしてここで協力を拒否することは闇の帝王と対立関係になると認めるようなものだと言われているのだ。

ただ、言い方が酷く遠まわしだった。

 

そのような言い回しになる理由は分かる。

 

魔法省は闇の帝王の復活を未だ認めない。新聞では、所々でダンブルドア先生やポッターへの中傷ともいえる記事が載っていた。闇の帝王の復活を支持する者には、容赦なく魔法省からの抑圧を受ける事になる。

そのような状況下で、魔法省で高い地位にいるルシウスさんが闇の帝王の復活などおいそれと口にするはずがないのだ。

 

ただ、俺はそんな遠まわしのやり取りをルシウスさんとする気はなかった。

ルシウスさんとは、もっと直接的に話をしたかったのだ。

変な言い回しなどせず、腹の探り合いなどせず、本心から話をしたかった。

 

「まだ腹の探り合いをしたいんですか? 俺の考えなんてどうでもいいでしょう? 聞きたいことはもっとシンプルな筈だ。最初に言ったでしょう。遠まわしなのはやめて、言いたいことを言ってください。こっちも言いたいことを言います」

 

ルシウスさんは俺の返事に、初めて笑顔を崩して怪訝そうな顔をした。それから少し周りに目線を泳がせた。

その様子を見て、俺はため息を吐いた。

 

「この会話を誰かが聞いていたり、録音していたりなんてことはありませんよ。だから本心で話してくださいよ。俺も本心で話をしますから」

 

ルシウスさんは少し困惑したようだったが、直ぐに笑顔を取りつくろった。聞き分けのない子どもへの、苦笑いといった表情だった。

 

「今まで私が本心で話していないようではないか。だから、本題の前に他愛もない話をしたいのだよ。お互いをもっと理解する必要がある。こんな誤解を受けるなんて、本意ではないからね。誤解をしたまま話をするなんて、お互いの為にはならないだろう?」

 

「どうだか……。他愛のない話をしても、誤解を重ねるだけでしょう? このままじゃ、あなたは本当の事なんて言いもしないんだから」

 

「だから、それが誤解だと――」

 

「闇の帝王が復活したんだ」

 

延々と体裁を取り繕うルシウスさんにしびれを切らして、俺はルシウスさんの言葉を遮って単刀直入に本題に入った。

ルシウスさんは驚いて目を見開き、固まった。

 

「あなたは俺に、闇の帝王に協力するか対立するかを選べって、そう言いに来たんでしょう? そして俺の答えも決まっている。協力はしない。とことん対立してやるよ」

 

ルシウスさんは数秒、驚いた表情で固まったままだった。

しかし、直ぐに穏やかな口調で話し始めた。

 

「君、大それたことを言うものじゃない。ダンブルドア校長がそう言っているとは言え、魔法省が正式に否定をしているのだ。どっちを信じるかは――」

 

「いい加減にしてくれよ!」

 

俺は再びルシウスさんの言葉を遮った。

 

「俺が話したいのは、この先の事なんだ! 俺はなんで対立するか話すから、あなたにも話して欲しいんだよ! なんで闇の帝王に協力をするのかってことを!」

 

ルシウスさんは黙ったままだった。何か探るように俺を見つめていた。

俺がルシウスさんから闇の帝王に協力しているという言質を取って、破滅させようとしていると思っているようだった。

そんな反応すらも、煩わしかった。

俺はルシウスさんの返事を待たずに自分の話を始めた。

 

「俺にとって、魔法界に来てからの四年間はかけがえのない時間だったんだ。誇張抜きで、俺の人生で一番幸せな時間だった。……ご存じの通り、途中で何度も死にかけたよ。一年生の頃にはトロールに襲われて、二年生の頃にはバジリスク、三年生の頃には吸魂鬼の群れで、四年生の頃にはドラゴンと死喰い人だ。年々、過激になってるよ。だというのに、俺は幸せだったんだ。何故か分かるか? 親友達がいたからだよ。親友達がいたから、俺は命懸けの日々だって幸せだって思えたんだ。分かるか? 俺は、親友達との日々が、自分の命と同じくらい大事なんだよ」

 

ルシウスさんは呆気に取られていた。

俺は舌打ちをしながら話を続けた。

 

「知っての通り、あなたの息子も親友の一人だよ。でも、それだけじゃない。他にも大事な人達がいる。その内の一人はマグル生まれで、闇の帝王が魔法界を支配したら間違いなく殺されるような人だ。だから俺は闇の帝王に対立するんだよ。闇の帝王は、俺の幸せを間違いなく潰す。俺の命と同じくらい大事なものを壊そうとしてるんだ。だから、命を懸けて闇の帝王に抵抗するんだ。当たり前の話だろ?」

 

ルシウスさんは俺の話が本心からのものであるとは感じたようだった。

しかし、だからと言って罠の可能性を捨てていなかった。注意深く、周りと俺の様子を探っていた。俺の事を、全く信じていないようだった。

そんなルシウスさんに、俺は質問を投げかけた。

 

「俺の話は終わりだ。今度は、あなたの話が聞きたい。あなたは何故、闇の帝王に協力する? 死にたくないから? それとも、利益になるから? どっちの答えでも、俺は納得できない」

 

ルシウスさんは俺の言葉に、少し反応した。

そして、ようやく口を開いた。

 

「死にたくないから闇の帝王に協力する、というのが納得できない? 君は、命を脅されても闇の帝王に協力することは納得いかないと言うのかね? 自分の命を守る為でも、闇に手を染めることは許されないとでも? 随分と立派な志だね」

 

「そんなんじゃない。俺は、あなたが死にたくないから協力したと言うのなら納得がいかないと言ってるんだ」

 

「私が言うと、かね? ……随分と目の敵にしてくれるね」

 

「ああ、そうだ。目の敵にするに決まってるだろ。……あんた、ドラコのこと考えたことあるのかよ」

 

俺は、この事をずっとルシウスさんに聞きたかった。

ドラコの事を考えたことがあるのかと、ずっと聞きたかった。

ルシウスさんは俺の質問に眉をひそめた。今日一番の、苛立った表情であった。

だが、苛立ちは俺の方が上だ。

 

「あんた、知らないだろ? 二年生の時、秘密の部屋の騒動にあんたが関わっていると聞いた時のドラコの表情。どんだけ苦しそうな表情だったか、分かるか? 闇の帝王が復活したと言われた時のドラコが、どんな表情だったか分かるか? 誇らしそうにするとでも思ったのか? 知らないようだから言ってやる。あんたがドラコを苦しめてるんだよ!」

 

俺の言葉に、ルシウスさんは明らかな怒りの表情をしていた。

耐えきれなくなったのか、やや粗い口調で俺に返事をした。

 

「随分と勝手なことを言ってくれるものだ。私がドラコの事を考えていない? ドラコを苦しめている? 私からすれば、君の方がドラコを蔑ろにしているとしか思えないがね。君こそ、ドラコを苦しめているのだよ」

 

今やルシウスさんに笑顔などなく、冷たい表情で俺を睨みつけていた。

 

「君は大事なマグル生まれがいると言っていたね。そして、その人の為に闇の帝王に立ち向かうのだと。それが誰なのか想像がつく。ハーマイオニー・グレンジャー、彼女の事だろう? 君は彼女とドラコを天秤にかけて、彼女を取ったのだ。そんな君がドラコの事を考えろなどと、よく言えたものだね。君は考えなかったのか? 親友が女の尻を追いかけて自分と対立することを選んだと知った時、どんな気持ちになるかとね」

 

ルシウスさんの反論には、容赦がなかった。

 

「質問に答えようか。ドラコの事を考えたことがあるか、だったかね? 私はいつもドラコの事を考えているよ。ドラコの未来の事も誰よりも考えている。私が闇の帝王に従うのだとしたら、それは家の為だ。そして、それはドラコの為でもあるはずだ」

 

初めてルシウスさんの本心に触れた気がした。

この人がこの人なりにドラコを、家族を大事にしているのだと、それが分かった。

 

だからこそ、闇の帝王に協力していることが許せなかった。

 

「家の為だって? それがドラコの為になるだって? これからあんたがやろうとしていることの、どこが家の為でドラコの為なんだよ」

 

「君に私の何が分かると言うのかね? たかだか四年間魔法学校に通っただけの子どもが、私がやってきたことの何が分かるというのだ。私が今までどれだけの苦労を重ね、どれだけの思いで家を継いできたか、それが分かるというのかね?」

 

「あんたのこれまでの苦労なんて知ったこっちゃない!」

 

静かに怒るルシウスさんに、俺は激しく怒りをぶつけ続けた。

 

「けど少なくとも一つ、あんたの事をよく分かっているつもりだ。これからあんたが、何をしようとしてるかってことだよ」

 

「何を分かっていると言うのだね?」

 

「あんた、人を殺すんだ」

 

ルシウスさんの表情から怒りが消えた。能面の様な、完全な無表情になった。

そんなルシウスさんに俺は苛立ちをぶつけ続けた。

 

「それも罪のない人を何人も殺すんだ。何人も何人も殺し続ける。闇の帝王に協力する限り、それは続くんだ。それがドラコの為だって? ドラコの未来をいつも考えてるだって?  冗談だろ?」

 

ルシウスさんは無表情で俺の話を聞き続けた。

 

「あんたが闇の帝王に協力し続ける限り、人殺しは続くんだ。闇の帝王が魔法界を支配しても、それは続く。闇の帝王が死なない限り、あんたは罪のない人達を殺し続けるんだ。そして、あんたが死んだらどうなるか。……分かるだろ? あんたの次は、ドラコなんだよ」

 

ルシウスさんの腕がピクリと動いた。

俺は、容赦なく決定的な言葉を放った。

 

「あんたは、ドラコを人殺しに育てようとしてるんだ」

 

次の瞬間、爆発音がして俺の視界が回転した。俺は勢いよく吹き飛ばされて壁にたたきつけられた。

痛みでうめきながらも、直ぐに立ち上がり杖を構える。

ルシウスさんは無表情で俺に杖を向けたままだった。

暫く二人でにらみ合っていたら、ルシウスさんがおもむろに口を開いた。

 

「……非礼は詫びよう」

 

そう言いながら、ルシウスさんは杖をしまった。

俺もそれを見届けてから、杖を下げた。

ルシウスさんは無表情でのまま、平坦の声で話を続けた。

 

「君の言い分は、よく分かった。どうやら、我々は決して相容れないようだ。……君はもう、後戻りはできない。精々、一日でも長く生きていられるように足掻くことだな」

 

そう言いながら、ルシウスさんは俺に背を向けて帰ろうとした。

そんなルシウスさんに、俺は言い残したことがあった。

 

「……一個だけ、俺はまだあんたの質問に答えてなかった」

 

ルシウスさんは足を止めて、チラリとこちらを見た。

 

「あんた、言っただろ? 俺がハーマイオニーとドラコを天秤にかけて、ハーマイオニーを選んだって。そして、そのことをドラコがどう思うか考えなかったのかって」

 

それは今日のルシウスさんとの会話の中で、俺に最も突き刺さった発言だった。

 

「考えたよ、ドラコのこと。そして、ドラコを傷つけることになるだろうって、それも分かってた。……でも俺が闇の帝王に立ち向かうのは、ハーマイオニーとドラコを天秤にかけて、ハーマイオニーを選んだからじゃない。どっちも捨てられなかったからだ」

 

「……戯言だ」

 

「違うよ。苦し紛れの言い訳でも、言葉遊びでもない。……俺が闇の帝王に立ち向かうのは、俺の幸せの為だ。そして俺の幸せには、ドラコの幸せも不可欠なんだ。俺は、はっきりと断言できる。俺が目指すものの先にはドラコの幸せもあるって。あんたはどうなんだ? なあ、あんただって分かってるだろ? ドラコの幸せのためには、何をしなくちゃいけないかって。……闇の帝王がいて、ドラコが幸せになるわけないだろ?」

 

ルシウスさんは答えなかった。少し間、立ち止まっただけだった。

そして今度こそ何も言わずに、ゴードンさんの宿を立ち去って行った。

 

 

 

俺は、ルシウスさんに何を言いたかったのか。

 

ルシウスさんに、寝返って欲しかったわけではなかった。

そんなことをすれば、ドラコの命が危うくなるのは目に見えている。

 

ルシウスさんに、懺悔と後悔をして欲しかったわけではなかった。

そんなもの、何の足しにもなりはしない。

 

俺はただ、ルシウスさんに考えて欲しかったのだ。

ドラコの幸せについて、本気で考えて欲しかったのだ。

ルシウスさんが人を殺し続けて、ドラコがどう思うのか。

闇の帝王が支配した世界を、ドラコがどう思うのか。

 

俺とルシウスさんは、互いに決して相容れることのない存在だ。今日、それがはっきりと分かった。

しかし、たった一つの共通点がある。

ドラコを大事に思っているということだ。

 

俺はきっと、ルシウスさんに願ってしまっているのだろう。

ドラコの幸せの為に、ルシウスさんが命を懸けてくれることを。

俺は分かっているから。

ドラコの幸せには、ルシウスさんも必要不可欠であることを。

ドラコがどれだけ、ルシウスさんを、家族を大事に思っているかということを。

そして、今のルシウスさんのままではドラコは苦しみ続けるだろうということを。

 

ドラコの幸せのためには、ルシウスさんにしかできないことがある。

そのことを、ルシウスさんに考えて欲しかったのだ。

 

 

 

 



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不死鳥の騎士団本部へ

ルシウスさんが訪ねてきてから、俺の状況は一変した。

ルシウスさんが訪ねてきた次の日に、ゴードンさんから話を切り出された。

 

「……ダンブルドアから、俺とお前に指示が出た。しばらくは姿をくらまして安全な場所に身を寄せるように、と。別々に過ごすことも推奨されている。俺はマグル界に、お前は両親の遺した部屋に隠れるべきだとな」

 

どうやらルシウスさんからの誘いを断ったことで本格的に俺の命が狙われる可能性があるそうだ。少しずつだが確実に事態が悪い方に動いていることを実感する。

ゴードンさんはダンブルドア先生からの指示には不満があるようだった。

 

「もしお前が望むならだが……」

 

ゴードンさんは顔をしかめながら、遠慮がちに口を開いた。

 

「俺もお前と同じ場所に身を寄せよう。安全とは言え、窓もなければドアもない場所にジッと一人でいるのは健全ではない。ただ身を隠すことだけを指示されて、次の指示が何もないのだ。いつまで身を隠せばいいのか、どうやって次の指示を受けるのか、そんなことも分からない。……仮にも命を狙われている人間を一人にするというのも、俺は納得がいかない」

 

そんなゴードンさんに、俺は安心させるように笑いかけた。

 

「俺は一人でも大丈夫だよ、ゴードンさん」

 

ゴードンさんは少し驚いた顔をした後、不満そうな表情になった。

 

「だがな……」

 

「本当に大丈夫なんだ。一人でいる事くらい、どうってことない。むしろ俺の所為でゴードンさんまで危険な目に遭う方が気が気じゃない。……ゴードンさんも、自分の身を大事にして欲しい」

 

俺がそう言うと、ゴードンさんはそれ以上何も言わなかった。

そうして話を打ち切ると、俺はすぐにでも部屋に隠れる準備を始めた。

部屋に持ち込むありったけの荷物を用意し、そのままホグワーツに行ける支度まで済ませる。

ペットの森フクロウであるシファーには、友人達への手紙を添えて送り出した。手紙の内容はいつも通りの近況報告に加えて、しばらくは連絡が取れなくなるが気にしないで欲しいというもの。

シファーにはグリーングラス家への手紙を最後に渡すように指示をした。そしてダフネへの手紙にホグワーツに行くまでの間、シファーを預かって欲しいとのお願いも付け加えておいた。

 

これで、部屋にこもる事の気がかりはなくなった。

 

ゴードンさんからの話を受けて翌日、俺は部屋にこもる準備が整った。

ゴードンさんも宿を閉め、マグル界へ亡命する準備が完了したようだった。

ゴードンさんは最後まで俺と一緒にいる事を申し出たが、俺がゴードンさんに自身の安全を第一にして欲しいという意志を変えなかった。

準備を終えたゴードンさんを見送る為に、俺は宿の外に出た。

ゴードンさんは荷物を持って宿の外におり、休業中の看板を張り付けた宿を見て寂しそうな表情になった。

 

「……お前とも、しばらく会えなくなるな」

 

「全部終わったら会えるよ。その時、また宿屋を再開して欲しいな。……俺、この宿をすごい気に入ってたんだ。静かで、落ち着く場所だから」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。……全部が終わるのが、いつになるかは分からないだろう?」

 

気楽な調子で話す俺に、ゴードンさんは寂しそうな表情のままだった。

 

「お前の父親との約束、俺は守れなかったな……」

 

ゴードンさんは、俺の父親との約束である俺の面倒を見るという約束にこだわっていた。

 

「もう十分、果たしてくれたと思うな。ゴードンさんがいなかったら俺は身寄りがなかったし……。一人で生きていくための場所まで用意をしてくれたわけだし」

 

俺の慰めは、ゴードンさんには何の意味もない様だった。

 

「だが、お前はまだ子供だ。そんなお前をたった一人で置いて行かなくてはならないなんてな……」

 

ゴードンさんは、そう言いながら辛そうに笑った。

 

「……不条理な世界だ。こんな子供に、一体何をさせようと言うんだ」

 

ゴードンさんの言葉は、思わず口から洩れたもののようだった。

 

 

 

ゴードンさんが宿を去ってから、俺はすぐに荷物を持って両親が遺した部屋へと引きこもった。

部屋に引きこもり続けるのは簡単な話だと思っていた。

しかし引きこもる時間が長ければ長い程、自分が想像していた以上の精神的な疲労は避けられなかった。

窓もなければドアもない。日の光を浴びずにいると時間感覚が麻痺してくる。時計がなければ夜なのか昼なのか分からなくなるのは、そう時間はかからなかった。

そして閉鎖された空間で過ごし続け、それがいつまで続くか分からないでいるのは確かに苦痛であった。外の事も分からず、ただ待ち続けるというのは気が休まるものではなかった。

本を読んだり課題をこなしたり時には軽く体を動かしたりと、気を紛らわせるために積極的に動くも、ふとした時には外の事を考え、何もできずにただ待っている時間が歯がゆく思う。

 

部屋にこもって一週間が経ち、数えきれないほどのため息をついて椅子に座っていた時だった。

唐突に暖炉から緑の炎が噴き出した。

驚き思わず身構える。警戒しながら暖炉の様子を見ていると、炎の中から男性が現れた。

 

「いやはや、ここに一週間も籠りっぱなしというのは辛い物だろう? 私も経験させてもらったことはあるが、家に窓が必要なのだと身に染みて分かったよ」

 

炎の中から出てきた男性は明るく陽気な声で話始めた。

それは知っている人物だった。呆然とその人物の名を呟く。

 

「……シリウス・ブラック」

 

名前を呼ばれたシリウス・ブラックはにっこりと微笑んだ。

 

「久しぶりだね。君に借りを返しに来たんだ」

 

 

 

 

 

両親が遺したこの部屋に来ることが出来る人物は、今のところ四人だけ。

俺、ゴードンさん、シリウス・ブラック、そしてポッター。

部屋にこもる俺に何か伝達をするには、俺以外の三人の誰かを経由しなくてはならないのは簡単な話だった。

マグル界に亡命をしたゴードンさんが暖炉ネットワークを使えるわけがなく、またポッターも普段はマグルの親戚の家で過ごしている為に暖炉での移動なんてできるはずがない。

必然的にシリウス・ブラックが俺への伝達役となるわけだが、俺はそこまで頭が回ってはいなかった。突然のシリウス・ブラックの登場に言葉を失ってしまった。

呆然とした俺をシリウス・ブラックじゃ楽しそうに笑った。

 

「そこまで驚いてくれるとは、来たかいがあったね」

 

「……いえ、考えてみればブラックさんしかここに来られない。俺への伝令役はブラックさんしかできないということに考えが回らなかったんです」

 

俺の返事を聞いてシリウス・ブラックは少し顔をしかめた。

 

「私のことはシリウスと呼んでくれないか? 家名で呼ばれるのは、好きではなくてね。それに君は私の命の恩人だ。そうかしこまらないでくれ」

 

「ああ、ではシリウスさんと……」

 

「敬称もいらない。シリウスでいい」

 

シリウスはそう言うと満足そうに笑ってから、部屋を懐かしそうに見渡した。感傷に浸っているようだった。

 

「思えば君がこの部屋を使わせてくれたから私はこうして生きていられるわけだ。……改めて、ありがとう」

 

シリウスはそう言いながら俺に微笑みかけた。俺はあいまいに頷いた。

 

「今度は君を助けるために我が家を使って欲しいと思っていてね。君を我が家に招待しようと思う」

 

「……これからあなたの家に行くんですか?」

 

「ああ、そうだ。そこはここと同じくらい安全な場所なんでね。さ、これを読んでおくれ」

 

そう言いながら、シリウスは懐からメモ書きを取り出して俺に渡した。

そのメモ書きにはこう書かれていた。

 

『不死鳥の騎士団の本部は ロンドン グリモールド・プレイス 十二番地 に存在する』

 

両親のメモに似たものを感じた。このメモを見たものでなければ、その場所に訪れることが出来ない魔法がかかっているのだろう。

メモの内容を確認してからシリウスへ返却すると、シリウスは陽気な口調のまま話始めた。

 

「ここが我が家だ。お察しの通り、このメモを見たものにしか入ることが出来ない。ああ、厳密には秘密の守り人であるダンブルドアから教えてもらわなければ、だけどね。この部屋よりも居心地は悪くなってしまうとは思うが、窓はあるし、外の状況も分かるようになる」

 

「……窓があるというのは、素敵ですね」

 

「そうだろう? ここは日の光が入らないからね」

 

シリウスはニヤリと笑い、俺も少し笑った。

久しぶりの人との会話だ。気持ちが段々と晴れていくのが分かった。

 

「それにここに来れば一人じゃなくなる。一人でいるよりもずっと健全だ。この場所には常に私やウィーズリー一家がいるからね。ロンやジニー、モリ―とも顔見知りだろう? そして、君にとってとても嬉しい人も待っている」

 

「俺にとって嬉しい人?」

 

シリウスはそう言いながら、少し意地悪そうな表情になった。

俺は少し怪訝な表情をしてしまったが、シリウスは気にした様子はなかった。

 

「まあ、ここで話を続けるよりも我が家に行った方が話が早い。早速行こうか」

 

そう言いながらシリウスは暖炉に向かってフル―パウダーを投げ込み、暖炉に緑の炎を灯した。

そしてこちらに手招きをした。

 

「ようこそ、わが家兼不死鳥の騎士団本部へ」

 

俺は招かれるまま、緑の炎へと足を進めた。

 

 

 

感じていた浮遊感がなくなると同時に、地に足が付く感覚があった。

そのまま歩くと視界が広がり、古いながらも豪勢な食堂に移動できたことが分かった。

そしてそこには何人かの人物がいた。

食堂にいる人を確認すると、そこにはシリウスの言う通り俺が会えて嬉しい人物がいた。

 

「ルーピン先生!」

 

驚きと歓喜で声を上げると、ルーピン先生もまた嬉しそうに笑い返してくれた。

シリウスの言う嬉しい人物とはルーピン先生の事だったのか。そう思いシリウスの方を見ると、シリウスは少し驚いた表情をしていた。俺がルーピン先生との再会をここまで喜ぶとは思っていなかったようだった。

そのことを不思議に思ったが、まずはルーピン先生との再会を素直に喜ぶことにした。

 

「また会えて嬉しいです、ルーピン先生」

 

「久しぶりだね、ジン。私も会えて嬉しいよ」

 

ルーピン先生は微笑みながらそう言うと、傍に立つ人達を手で示した。

 

「君に彼らの事を紹介しないといけないね。もっとも、ここにいるのは不死鳥の騎士団のメンバー全員というわけではないが……」

 

ルーピン先生がここにいる人達の紹介に入ろうとしていたのを、俺は少し困った顔になりながら止めた。

 

「すみません、ルーピン先生。そもそも、不死鳥の騎士団とは何なのでしょうか?」

 

俺の質問に、ルーピン先生は驚いた表情になった。

 

「おや、向こうでシリウスから何も聞かなかったのかね? 君がいた所も安全な場所だから、説明をしっかりと受けてからここに来るものだと思ったが……」

 

そう言いながらルーピン先生がシリウスの方を見ると、シリウスは肩をすくめた。

 

「いやなに、向こうであれこれ言うよりは実際に見せた方が早いと思ってね」

 

「……シリウス、君は説明が面倒で私に丸投げするつもりだったのだね?」

 

ルーピン先生は呆れた様に笑った。シリウスはニヤリと笑うだけだった。

ルーピン先生は俺に向き直ってから、少し真面目な表情をして話を始めた。

 

「それではここがどんな場所なのか、我々が何のために集まっているのかを説明しようか。……君の事も、みんなに紹介が必要だからね」

 

そうして、ルーピン先生は俺に不死鳥の騎士団について説明をしてくれた。

 

不死鳥の騎士団を簡潔に説明すると、ダンブルドアが率いる闇の帝王へ立ち向かうための秘密同盟。魔法省が闇の帝王の復活を認めない為、現在は秘密裏で活動をしている。

メンバーは前回の闇の帝王との戦争の際に立ち向かった人やダンブルドアの思想に賛同する人、ダンブルドアに恩義がある人と、何かしらでダンブルドアとつながりのある人達だという。

活動内容については不死鳥の騎士団のメンバーにしか話せないとのことで詳細は聞けなかった。ただ今も少しずつ闇の帝王復活を信じ共に立ち向かう仲間を増やしているとのことだ。

 

不死鳥の騎士団の総数は現在五十人を超えるが、俺の目の前にいるのはシリウス、ルーピン先生を含めて五人だった。ルーピン先生はこの場にいる初めて会う騎士団のメンバーの説明をしてくれた。

背の高いスキンヘッドの黒人の魔法使い、キングズリー・シャックルボルト。人を落ち着かせるような低く深い声をしていた。

気の強そうな堂々とした態度の魔女、エメリーン・バンス。俺の事を少し疑わしそうにしていた。

短く強烈な紫色の髪をして、キラキラと光る黒い目の整った顔の若い魔女、ニンファドーラ・トンクス。バンスとは対照的に、トンクスは俺に対してとても好意的な態度であった。

ルーピン先生は三人の紹介を終えると、今度は三人に俺の事を紹介し始めた。

 

「ジンの事も、少し話さなくてはならないね。彼はハリー達と同じ学年のホグワーツ生だ。アキラ達の息子だと言えば、分かるかな?」

 

父親の名を聞いて、シャクルボルトは納得したように頷き、バンスとトンクスは驚いたように目を見開いた。

そんな三人の反応をものともせず、ルーピン先生は俺の紹介を続けた。

 

「彼をここで匿うことになったのは、彼がルシウス・マルフォイからの誘いを断ったからだ。ここに匿わなくては彼は攫われるか殺されるか、よい事にはならないとダンブルドアはお考えだ」

 

「ルシウス・マルフォイからの誘いを断った? それは本当なのかい?」

 

バンスは疑うような口調で声を上げた。

それに対しては、シリウスが嬉しそうに返事をした。

 

「本当だろう。ダンブルドアからの情報だし、彼は信頼がおける人物だとは私も知っている。二年前に私を助けてくれたのは彼だからね」

 

バンスはなおも疑わしそうな表情であったが、トンクスは面白そうに笑った。

 

「ああ、だからシリウスは張り切ってたんだ。命の恩人を家に招くチャンスだものね。ねえ、バンス。私は彼が気に入ったわ! いい子なのは間違いないわよ!」

 

トンクスの言葉を聞いて顔を顰めたバンスに、今度はキングズリーが声をかけた。

 

「いずれにせよ、ダンブルドアが決めたことです。ダンブルドアが信じるというのなら、我々も信じる他ないでしょう」

 

バンスは他の二人から説得するように宥められ、それ以上声を上げることはなかった。

少し何か言いたげではあったが、ため息を吐いただけだった。

それを見てシリウスは満足げに笑うと、席を立ちあがり俺を手招いた。

 

「さて、これから多くの騎士団員がここを訪れる。ここで会議をすることになっているからね。君には悪いが、会議は騎士団員以外の人には参加させないようにしているんだ」

 

「……当然のことですね」

 

物わかり良く返事をする俺に、シリウスは苦笑いだった。

 

「そう言ってくれて、助かるよ。君の泊まる部屋は三階にある。荷物を運ぶといい。ああ、二階に上がれば案内してくれる人がいるはずだ。部屋は古くて少しばかり薄暗いが、窓もない部屋で一人いるよりはずっと楽しいはずだよ」

 

シリウスはそう言って俺を立ち上がらせ、俺を部屋の外へと追いやった。

俺は大人しく荷物を持って階段を上がっていると、バタバタと二階の部屋から人が出てくる気配があった。

顔を上げると、見知った顔がいくつもあった。

ロナルド・ウィーズリー、ジニー・ウィーズリー、フレッド、ジョージ。彼らは何か期待したような表情で階段の上から身を乗り出して俺を見ていた。

階段を上がる人物が俺であることを確認すると、全員が酷く驚いた表情だった。

 

「おっどろき! 君も騎士団の本部に呼ばれたんだ!」

 

フレッドが嬉しそうに声を上げて俺を歓迎し、その様子にロナルドとジニーが驚きで目を剥いた。

ジョージは俺を確認すると、一度に階の奥に引っ込んだ。

 

「おーい、出て来いよ。君も驚く人がここに来てるぜ!」

 

ジョージがそう言いながら連れてきた人物は、俺を見てひどく驚いた表情になった。

俺もその人物を見て、驚きで固まった。

 

「ジン! 貴方もここに呼ばれたのね!」

 

ハーマイオニーがいたのだ。ハーマイオニーが俺を見て驚きと喜びの声を上げた。

俺も驚きで固まったまま、曖昧に頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

俺の部屋は三階にあるフレッドとジョージの部屋の隣の部屋をあてがわれた。

部屋に荷物を置くと、直ぐにフレッドとジョージが部屋に押し掛けてきた。

 

「君が呼ばれるって言うのは、正直かなりの予想外だったんだ」

 

フレッドはそう言いながらベッドに腰かけた。俺の訪問を楽しんでいるようだった。

 

「そして兄弟達にとっては、僕らの仲がいいというのはもっと予想外だったんだろうな。君と僕らの関係、誰にも言ってなかったからね。ああ、ハーマイオニーにも言ってなかったよ、僕らが悪戯グッズ作成の共犯だってね」

 

ジョージは悪戯っぽくそう言った。ロナルドとジニーの驚いた表情を思い出してか、くすくすと笑っていた。

 

「まあ、もう隠すことでもないと思うね。むしろ話すべきかもしれない。君が冗談の分かる奴だってことを知ってもらうだけで、お互いに過ごしやすくなるってもんさ」

 

ジョージの言葉に、俺は少し笑った。

 

「そうだな。もう仲がいい事もバレたんだ。知り合った経緯くらい話してもいいな。……部屋の事も、二人が話したいなら話してもいいさ」

 

そう言うと、フレッドとジョージは全く同じ表情で顔を顰めた。

そして、ジョージが口を開いた。

 

「部屋の事は、まだ黙ってたいなぁ。あそこ、今や僕らの研究材料や成果の宝庫だからね。勝手に使われたら困るものも置いてるんだ……。兄弟に知らせようものなら、勝手に持ち出されるのが関の山だ」

 

「そっか。いや、ならいい。元々二人の研究に俺も参加させてもらう為に紹介した場所だしな。二人の意思を尊重するよ」

 

そう言うと、二人はホッとしたように笑った。

そして二人は立ち上がると、俺を下の階に連れて行こうとした。

 

「みんな、君の話を聞きたがってるんだ。君が本部に来ることになった理由」

 

「そう、僕らもそれが気になってる。それに折角の機会だ。弟や妹と仲良くなってくれよ。そっちの方が、僕らも気が楽なんだ」

 

誘いに少し躊躇していた俺を二人は容赦なく無理やり立たせると、部屋から追い出すように背中を押した。

 

「おい、引っ張るなよ……。分かった、行くから、自分で歩くから引っ張らないでくれ」

 

二人に引きずられる形で俺は下の階に行くことになった。

二人とじゃれ合いながら思う。誰かといることは気分を明るくしてくれる。

シリウスの言う通り、一人でいるよりもずっと健全な生活ができそうだった。

 

 

 

フレッドとジョージに追いやられ、二階のロナルドの部屋で俺は不死鳥の騎士団の本部に連れられた事情を話すことになった。

俺が闇の魔術の才能を持っていて、闇の帝王にとって利用価値がある事。

その為にルシウス・マルフォイから誘いがあったが、それを断ったため命を狙われている可能性がある事。

そのことを考慮したダンブルドアの指示でシリウスが俺を迎えに来て、ここで匿ってもらうことになった事。

一通りの話をハーマイオニー、フレッドとジョージ、ロナルドとジニーに話した。

 

反応は様々であった。

 

ルシウス・マルフォイの誘いを蹴ったと聞いた時、フレッドとジョージは口笛を吹いて囃し立てた。

ハーマイオニーは心配そうに気遣ってくれた。ルシウスと敵対することでドラコ達とも敵対する関係になり、それが俺にとって負担になるのではと優しく声をかけてくれた。

ロナルドは複雑な表情をした。この話をどこまで信じていいのか分からない、という態度だった。フレッドとジョージとの仲を隠していたことも気に入らないようだった。

ジニーもロナルドと似たような表情だった。困ったように顔を顰めて考え込んでいた。

 

「いずれにせよ、あなたも新学期まではここに滞在するってことよね? それ、すごくいい事だと思うの! ダンブルドアも仰っていたでしょう? 団結することが大事だって。まずは明確な味方同士で団結をしなくちゃ。ほら、私達、団結するにはまだまだお互いの事を知らなすぎるでしょう?」

 

ハーマイオニーは俺への不信感があるロナルドとジニーに向けるように、そう明るく言った。

そしてロナルドが何かを言う前にハーマイオニーは立ち上がり、俺に明るく声をかけた。

 

「荷物の整理がまだでしょう? 手伝うわ! それが終わる頃には夕食になると思うの。ウィーズリ-おばさまが呼びに来るまでに、あなたの荷物の整理を終らせましょう!」

 

そう言ってハーマイオニーは俺を部屋からだし、再び俺を三階へと連れて行こうとした。

部屋から出る際にチラリと部屋に残った奴らの顔を見た。

フレッドとジョージが俺にウィンクをし、ロナルドとジニーへと話しかけていた。

二人は俺への不信感を拭おうと動いてくれるのだと分かった。

 

階段を上がりながら、ハーマイオニーは俺に明るく話しかけてきた。

 

「あなたからの手紙、読んでいたわ! 私の家に届いた手紙は全部、両親がここに送ってくれていたの。最後の手紙にしばらく手紙を送れそうにないって書いてあったから心配だったのだけど、ここに来ることになっていたなんてね!」

 

ハーマイオニーは俺の訪問を心から喜んでくれていた。

それが嬉しく思わず笑みがこぼれる。

 

「俺もハーマイオニーがいてくれて嬉しいよ。ウィーズリー家がいるのは聞いていたけど、まさかハーマイオニーまでいるなんてな。……そう言えば、ポッターはいないのか? てっきりポッターも一緒かと思ってたんだが」

 

そう言うと、ハーマイオニーの表情が曇った。

 

「ハリーはまだマグルの親戚の家にいるわ。近いうちにハリーもここに来るとは思うのだけど……」

 

ポッターはまだここにはいないようで、そのことをハーマイオニーは気にしているようだった。

 

「ハリーは、きっと私達に怒ってる。……ハリーには今何が起きているかを教えてはならないとダンブルドア先生からきつく言い渡されているの」

 

「それは、魔法界でポッターとダンブルドアがやり玉に挙げられていることや、不死鳥の騎士団の事も知らないということか?」

 

「ええ、きっとそう……。手紙を出してはいるけど、それはハリーにとってあまり意味のないものになってるの。だから私達はハリーに早くここに来て欲しいの。早く説明してあげて、不安を取り除いてあげたい……。あなたが来た時、てっきりハリーが来たかと思ったの」

 

「ああ、だからあんなにバタバタと階段から覗いてきたのか」

 

どうやら他の奴らもポッターが来たと思って期待した表情だったのだろう。

そのことの合点がいった。

そうして話をしながら俺の部屋につき、荷物の整理を始める。

課題や教科書などをひっぱりだし、普段着をクローゼットにしまう。部屋は人が泊まれるくらいに整理はされていたが、所々の掃除や古い家具の整理が終わっておらず、荷物の整理にもやや時間がかかってしまった。

荷物の整理をしながらも、ハーマイオニーと騎士団本部での過ごし方について話をしていた。

 

「ここにいる間にロンとしっかりと話をして欲しいの」

 

「ロナルド・ウィーズリーと?」

 

「ええ、ロンと。……それと、多分ジニーとも話が必要だわ」

 

ハーマイオニーも、ロナルドとジニーの二人が俺に対して不信感を持っていることは感じ取ったらしい。

 

「二人ともあなたの事を知れば、仲良くなれるはずなの。私達、団結する必要があるわ。あなたにもロンとジニーの事をよく知って欲しいのよ。……フレッドとジョージとは、既に打ち解けてるのが気になるけど。一体、二人とはいつ知り合ったの?」

 

「ああ、フレッドとジョージとは一年生の頃のクリスマスからの付き合いだ。あいつらの作る悪戯グッズに興味があってね。時々、開発に協力させてもらってるんだ」

 

「嘘でしょう! あなた、悪戯グッズの開発に関わってたの?」

 

ハーマイオニーは随分とショックを受けたように声を上げた。思わず笑う。

 

「カナリアクリームは俺も関わってたんだ。あれ、随分と売れたんだって?」

 

「それは……売れてけど……。あなた、隠れて校則違反になるようなことをしていたってこと?」

 

「いや、俺が関わっている時は特に校則違反もしてはいなかったな。けど確かに、二人が校則違反をしているかは分からないな。そんなに危険なことをしている印象はなかったけどなぁ」

 

校則違反をしていなかったと聞いて、ハーマイオニーは少しほっとしたような表情になった。しかし、直ぐにまた不貞腐れた様な表情になった。

 

「でも隠れて悪戯グッズを作ってたのって、感心しないわ」

 

隠れて悪戯グッズを作っていたことに、ハーマイオニーは納得がいかないようだった。

そんなハーマイオニーに笑いかけながら鞄に残っていた最後の服をクローゼットに押し込むと、ちょうど部屋のドアが開いた。

ウィーズリー夫人だった。

ウィーズリー夫人は俺を見ると、優しく微笑みかけた。

 

「夕食ができたから呼びに来たのよ。ああ、エトウ君、お久しぶり。あなたの事は聞いていたわ。新学期までここに滞在するんですってね? 人手が増えるのは助かるわ。ここは広くて、まだまだ掃除の手が回ってないのよ」

 

「お久しぶりです、ウィーズリーさん。しばらくの間、お世話になります」

 

「そうかしこまらないで。それに、ここは私の家でもないのだから!」

 

ウィーズリー夫人は笑いながらそう優しく俺に声をかけてくれた。

ウィーズリー夫人は表情こそ明るいが、最後に会った時よりもやつれているようだった。そして目の周りがはれぼったく、まるで泣きはらしたかのような顔をしていた。

そのことについて触れることは出来ず、大人しくハーマイオニーと共に下の食堂へ降りる。

階段を下りながら、ハーマイオニーは俺に声をかけた。

 

「ねえ、ここは安全よ。色々と心配なことはあると思うけど、せめてここにいる間は楽しく過ごしましょう? ……折角の、夏休みですもの」

 

ハーマイオニーはそう言って、少し控えめに微笑んだ。

去年の対抗試合の時にした約束を思い出した。夏休みに一緒に遊ぼうという約束だ。

ハーマイオニーはその約束を、ここで果たそうと思っているようだった。

 

「……そうだな。分かった。ロナルド・ウィーズリーやジニー・ウィーズリーとも上手くやるよ」

 

そう返事をすると、ハーマイオニーは嬉しそうに微笑んだ。

そんな笑った顔を見て、少し嬉しくなる。俺はハーマイオニーの笑った顔に弱いらしい。

ハーマイオニーの笑った顔を見て、せめてここにいる間は他の人達と打ち解ける努力をすることにした。

 

 

 

 

 

ジニーにとって、ジンというのはひどく評価に困る人物であった。

命の恩人ではあるが、同時に強い苦手意識も持っていた。

ジニーとジンが話したのは、三年前の秘密の部屋の騒動の時だけ。その時の会話は、今も覚えている。

 

『ポッターが来なかったら、俺はお前を殺してたよ』

 

彼が何でそんなことを言ったのか、当時はよく分からなかった。今思えば彼なりの気遣いだったのだとは思う。自らの意志で彼を襲ってしまったことを嘆く自分に、気にするなと言うための。

ただ今も引っ掛かっているのは、その言葉がかなり本気であったということだ。

 

秘密の部屋の騒動以降、ジニーはジンの事が怖くてたまらなかった。何を考えているのか分からないのだ。

だが、そのことは誰にも相談はできなかった。命の恩人を貶めるようなことを言いふらすのはジニーとしても気が進まなかった。

時が経ちジンがハーマイオニーと仲が良く穏やかで親切な人であることをなんとなく知って、一層に気味が悪くなった。

穏やかな態度の裏で、人を殺しても平気なのではないかと勘繰ってしまうのだ。

 

ドラコの様に分かりやすく嫌な奴で、ブレーズの様に分かりやすく嫌いなタイプであればよかった。

それであれば嫌うことや苦手に思うことに罪悪感はなかった。後ろめたくもなかった。

そして、フレッドとジョージに壁を感じることもなかっただろう。

 

ジンが騎士団本部を訪ねてきた日、ハーマイオニーがジンを部屋へ案内している間にフレッドとジョージからジニーとロンに話をされた。

 

「お前達はジンの事、信用ならないって思ってるだろ? 大丈夫だよ。あいつは話が分かる奴だから」

 

フレッドからそう切り出されても、ジニーは納得がいかなかった。そして、それはロンも同じようだった。

ロンが不満げに、フレッドに返事をした。

 

「でもあいつはスリザリンで、マルフォイの親友だ。……ここに招くのだって、やりすぎなんじゃないかって思うよ」

 

「至極まっとうな意見だな」

 

ジョージはそう言いながら感慨深げに頷いて見せた。そんなおどけた様子も、ジニーは少し不満だった。

 

「けど、あいつ自身が言ってたろ? マルフォイと決別したんだ。あいつは完全にこっち側だって、思うけどなぁ」

 

「スパイだって可能性はないの?」

 

「ダンブルドアが信じてるんだろ? それに、僕達二人もその線は薄いと思ってるよ。……あいつは本当にお人好しの部類だから」

 

「なんでそんなに信じられるのさ」

 

ジニーが言いたいことは、ロンが代弁する形となっていた。ジニーも強く頷きながらロンの意見に賛同をする。

フレッドとジョージは少し困ったように顔を見合わせると、フレッドが口を開いた。

 

「そうだなぁ……。あいつがお人好しだって、ジニー、お前なら分かると思ってたんだけど」

 

「それは……そうだけど……」

 

命を救われたことを言われ、ジニーは弱った表情になった。

ジニーとしては命の恩人だと分かった上で信用できないと思っているが、それはあまりにも身勝手な意見だと思い言葉にはできなかった。

そんなジニーと、まだ顔を顰めているロンに今度はジョージが声を上げた。

 

「ジニーの命の恩人で、シリウスの命の恩人。ついでにロン、お前だって命を救われたんだろ?」

 

ロンもジニーも、フレッドとジョージの言葉を受けて返事に詰まった。

フレッドとジョージの言うことは正しく、二人にはきっと命を救われたのに信用しきれないジニーやロンが不義理な人間に映っているのだろう。そう思と、居心地が悪かった。

だが、いまだ納得しきれないジニーとロンにフレッドとジョージはそれ以上強く言わなかった。

 

「ま、時間はあるし、自分達でジンと話してみろよ」

 

「あいつが中々、話の分かる奴だってことはそれでわかるさ」

 

そう諭すように言ったフレッドとジョージに、ロンは不満げにポツリと呟いた。

 

「……僕は、あいつが良い奴かどうかじゃなくて信用できるかどうかが知りたいだけだ」

 

ジニーはその言葉にものすごく同意で、強く頷いた。

そんな二人にフレッドとジョージは苦笑いだった。

 

「なら、なおのこと話さないとな」

 

ジョージの言葉に、ロンとジニーはそろって苦虫を噛み潰したような表情になった。

それからジニーにとって、ジンが来てからの騎士団本部は少し息苦し空間になってしまった。

 

 

 

ジンは何かと、ジニーと話そうとしているのは分かった。

それも至極どうでもよく、ありふれたことをだ。

屋敷の掃除を任され、ジンとジニーが初めて二人になり掃除をしている時も、ジンの方から話しかけられた。

 

「……今年でお前は四年生か。そうすると夏休みの課題では、誘い薬のレポートがあったか?」

 

「……ええ、あったわ」

 

「ああ、そうだよな。あれは常温三日で気化し、甘い香りと共に効果が増幅される。そのことも踏まえて有用性と保存方法を書くと、加点されると思うぞ」

 

「……ご忠告、どうも」

 

ジンは話題に迷った挙句、課題や本の内容の話をした。

その時点でハーマイオニーと気が合う理由は分かったが、それ以上の事は分からなかった。

今のところ、フレッドとジョージが気に入るような話の分かる奴だとは思えなかった。

 

初めて二人になった時の会話はつまらなく、話した時の感想は「こいつモテないな」というものだけだった。

 

そうフレッドとジョージに伝えると、二人は爆笑するだけで何も言わなかった。

その態度が、二人がジンの事をとても信頼しているが故のものだと分かり、また少し兄弟との壁を感じて寂しくなった。

 

唯一ジンへの不信感を共感できるロンは、ジンが来てから気難しい態度で話しかけにくかった。

ロンはジンを話題に出すのもあまり気に入らないらしく、ジニー以上にジンに壁を張っていた。

ロンはそんな態度なので、ジニーとしてはジンへの不信感や愚痴というのはフレッドとジョージ以上に話しにくいものだった。

 

いつの間にか、ジンがいるというだけでジニーにとっては相当なフラストレーションになっていた。

態度は少し刺々しくなり、母親にまで注意された。それが気に入らなく、また一層に態度が悪くなってしまった。

 

そんなジニーが気兼ねなく話ができる数少ない人間が、トンクスだった。

仕事から早く上がったトンクスと食堂で二人になった時、ジニーは溜め込んだものを吐き出すようにジンへの不信感や不満を吐き出していた。

 

「私、エトウって何を考えてるか分からなくて苦手なの。……あの人が来てから、本部が息苦しいわ」

 

トンクスはそれを聞いて少し驚きながらも、ジニーを責めることなく笑いながら返事をしてくれた。

そんなトンクスの態度が、ジニーにとっては救いだった。

 

「確かに、あの子は表情が乏しいね。怒ったり苛立ったりした様子も見せないけど、楽しそうな様子もあまり見ないね」

 

「そう! あんまり笑わないから楽しいかどうかもさっぱり。よく話しかけてくるけど、なんか取り入ろうとしてるみたいであんまり気分良くないわ。それに、話もつまらない。ユーモアがないの」

 

「おお、そうなの? 私、あまり話したことがないから気になるなぁ。ねえ、ジンってどんな子なの?」

 

「掃除中にする話題が、魔法薬学のレポートの加点方法について。そんな話を淡々とする人よ」

 

「わぁ、すっごい。まさか本気でそんな話をするの? そのままじゃ彼、ビンズ先生の跡継ぎになっちゃうわよ」

 

「本当よ。掃除しながらレポートの話なんだもの。苦痛で仕方なかったわ」

 

ジニーの話にトンクスはケラケラと笑い、その様子にジニーは自分の中に溜め込んだストレスが消えていくのが分かった。そして、楽しく明るい気持ちが湧いてきた。

 

「でも私はいい子だと思うなぁ、あの子」

 

ただトンクスがジンに好意的な意見を述べ始めたので、その気持ちはすぐに萎んでいった。

そんなジニーの感情の機微を悟ったのだろう。

トンクスは声を上げて笑った。

 

「ジニー、本当にジンの事が苦手なんだね。そっかそっか。それじゃあ、本部も息苦しくなっちゃうなぁ」

 

ジニーはそう言って笑うトンクスに少し不満だった。

トンクスは笑った後、突然に立ち上がった。立ち上がった拍子に椅子を倒し、大きな音が鳴った。

ジニーが驚いて目を見開いていると、トンクスはキラキラとした笑顔でこう言った。

 

「よし、ジニー! ジンへの苦手を克服してあげる。ついでに、悪い子じゃないって教えてあげるよ!」

 

トンクスはそう言うと、ジンを呼びに食堂を出て行った。

ジニーはぽかんと口を開けて見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

部屋で本を読んでいると、突然のノックと共にドアが開けられた。

ドアの方を見ると、トンクスが輝くような笑顔で立っていた。

 

「よ、ジン! 暇だったら下で話さない?」

 

「……ええ、構いませんが」

 

「いいね、それじゃあ行くわよ! あと、そうかしこまらないでよ。私にはもっとフランクな態度でいいわ!」

 

そう明るく言い切ると、トンクスはスタスタと一階に向かっていった。

本を閉じて後を追い、トンクスに続いて食堂に入る。

食堂には相変わらず楽しそうに笑うトンクスと、呆然とした表情のジニーがいた。

ジニーがいたことに驚き俺も呆然として固まっていると、トンクスはもっと楽しそうにした。

 

「さあ、ジン、ジニー! 仲良くなるためのいい方法があるの!」

 

「……それは、何ですか?」

 

俺の質問に、トンクスは輝くような笑顔で言った。

 

「恋バナしましょう!」

 

頭の中が真っ白になった。

 

 



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恋バナ

「恋バナしましょう!」

 

トンクスのその衝撃的な一言に、俺もジニーも呆けたまま答えることは出来なかった。

そんな俺達二人の様子に、トンクスは満足げだった。

 

「まあジン、まずは椅子に座りなよ」

 

戸惑いながらも、言われた通りに椅子に座る。

俺とジニーが並んで座り、トンクスと向かい合う形となった。

座りながら、ニコニコと笑うトンクスへ質問を投げかけた。

 

「……なんで恋バナ?」

 

「仲良くなるのに手っ取り早いのよ。お互いを理解するには、まずは相手の好きなものを知るのが一番じゃない!」

 

トンクスが悪戯っぽく笑っているが、恋バナは本気でするらしい。

トンクスは俺とジニーの仲を取り持とうとしてくれているようだが、乗り気になる話題ではなかった。

 

「……いや、だったら何も恋愛についてじゃなくてもいいだろ?」

 

そう抵抗をすると、トンクスはちょっと意地悪な表情になった。

 

「ジニーから言われたの。あなたの事、だいぶ苦手みたい。それに、話がつまらないんだって」

 

不意打ちだった。俺は思わず固まり、ジニーはせき込んだ。

ジニーの方を見るとジニーはこちらから目をそらした。どうやらトンクスの言ったことは事実らしい。

その様子を楽しそうに笑いながら、トンクスは話を続けた。

 

「ジンの好きな話題にするとジニーが寝ちゃうから、私が聞きたいことを話そうと思ってね。ほら、好きな子や気になってる子の一人や二人はいるでしょう? 教えてくれたら、私も気になってる人を教えるよ!」

 

「……トンクスの気になってる人?」

 

トンクスの話に、ずっと黙っていたジニーが食いついた。どうやらジニーはトンクスの恋愛事情に興味があるらしい。

トンクスは反応をしたジニーに嬉しそうに微笑みかけた。

 

「そう、私の気になる人。でも内緒よ? 二人が教えてくれたら、私も教えてあげる」

 

トンクスの言葉に、ジニーは少し迷った様にしてからチラリと俺の方を見た。

ジニーとしては、トンクスに自分の好きな人を話すのは問題ないのだろう。問題は俺が聞いているということだ。

俺は気を遣って話を辞退してトンクスとジニーを二人にしようと思ったが、トンクスが先手を打った。

 

「二人じゃなきゃダメよ? 片方だけじゃ、私の気になる人は教えてあげない」

 

そう言われ、俺は立ち上がりかけていたのを止めて椅子に座り直した。

この状況に困ってしまいジニーの方を見ると目が合った。ジニーもこの状況に困惑しているようだった。

トンクスはただただ楽しそうに笑っていた。

 

笑っているトンクスを見て、トンクスは本気で俺とジニーの間にある不信感を取り除こうとしているのだと分かった。

どうしてここまでしてくれるのか分からないが、折角のトンクスの気遣いを無下にするのは辞めた。

 

未だ困惑をしているジニーを前に、俺は話に乗ることにした。

 

「いいよ、分かった。じゃあ話そうか、お互いの恋愛事情について」

 

俺の言葉にトンクスは嬉しそうに笑みを深め、ジニーは驚いて目を見開いていた。

 

「とは言っても、俺もいきなり気になってる人が誰かとかを言う気はない。……できる限りの話はするから、トンクスも話すのは俺の話に見合った情報だけでいいよ」

 

「うんうん、いいね。それでいいわよ」

 

トンクスは俺の提案にすぐに賛同をしてくれた。

気になっている人が誰かを言わなくていい。それは俺にとってもそうだが、ジニーにとっても救いになる約束だった。

ジニーもおもむろに口を開いた。

 

「……じゃあ、私も少しなら」

 

ジニーも、この場を作ったトンクスの顔を立てるためにも参加を決め込んだようだった。

俺とジニーの参加を取り付けて、トンクスは嬉しそうだった。

 

「ああ、二人の話を聞くのが楽しみ! さて、それじゃあジンに質問をしてもいい?」

 

「どうぞ」

 

ウキウキとした様子のトンクスにやや投げやりに質問を促すと、トンクスはとんでもない爆弾を投げてきた。

 

「あなたの気になる人って、ハーマイオニー?」

 

直球ど真ん中のストライク。

一瞬、呼吸を忘れた。

ただ表情は驚きのあまりか、全く動かなかった。

それが幸いして返事をする時には平坦な声を出すことが出来た。

 

「……なんでそうなる?」

 

トンクスは大した反応を示さない俺に、少し残念そうな表情だった。

一方でジニーは、トンクスの発言にショックを受けたようだった。唖然とした表情で俺の方を見ていた。

トンクスは残念そうな表情のまま、理由を話し始めた。

 

「あなたを迎えに行く前日、シリウスが言ったの。ハーマイオニーがいて、ジンは大喜びだろうって」

 

「シリウスが?」

 

「そ、シリウス。そんなことを言う理由も教えてくれたわ」

 

トンクスは肩をすくめながらそう言った。

ジニーはトンクスの話に興味津々のようで、食い入るようにトンクスを見つめて話の続きを待っていた。

トンクスはそんなジニーに笑いかけながら話を続けた。

 

「二年前、シリウスが間違ってジンを襲ったでしょう? ジンを襲った後、シリウスはジンを置いてハリー達の所へ行こうとしたんだけど、それをジンが必死の形相で止めにかかってたんですって。『あいつの所に行かせるか』って叫びながら。それがあってシリウスは、大量殺人犯が相手でも友達の為に体を張れる奴だって、ジンの事を随分と気に入っていたのよ」

 

そんなこともあったと思い返しながらトンクスの話を聞いていた。

ジニーは驚いたようにこちらをチラリと見た後、再びトンクスの方に向き直って話を聞き言った。

 

「で、シリウスはしばらくして気付いたらしいの。ジンが言う『あいつ』っていうのがハーマイオニーの事だって。ジンはハリーともロンとも、そこまで仲がいい訳じゃないんでしょう? だからシリウスは、ジンはハーマイオニーの事が好きなのだろうって。そうでもなきゃ説明ができないってことを言うのよ」

 

トンクスの話に納得がいった。

そしてシリウスが俺をここに連れてくる時に言っていた俺が喜びそうな人物というのが、ハーマイオニーであることに今更ながら気が付いた。

 

「まあ、シリウスは割と冗談交じりで言っていたみたいだけどね。でも、そうだったら面白いなって思ったのよ」

 

「面白い、ねぇ……」

 

トンクスとシリウスが俺で面白がっていることに気が付き、少し顔を顰める。

しかし、身近にいる人の恋愛事情が面白いというのは共感ができるので何も言えなかった。

俺も随分とドラコとパンジーの事で楽しんだものだ。

文句は何も言わず、溜息だけが口に出た。

そんな俺にトンクスは優しく微笑んだ。

 

「面白いよ、あなたがハーマイオニーの事が好きなのだとしたら。もしそうだとしたら、好きな人の為にルシウス・マルフォイの誘いを蹴ったってことじゃない。自分が助かる道を捨てて、好きな人の為に体を張る。立派で、素敵なことだと思うわよ」

 

トンクスが俺のことを気に入ったという理由が少し分かった。

自分を捨てて人のために動ける人だと、そう思ってくれていたのだ。

同じ行動を見ても、ルシウスさんとは真逆の評価であった。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

 

「あら、随分と歯切れが悪いわね?」

 

「全部が全部、トンクスの言う通りってわけじゃないからね。……それに、ルシウスさんからは真逆のことを言われたよ。親友を裏切って、女の尻を追いかけているってね」

 

ルシウスからの言葉を思い出し少し感傷的になった俺に対して、トンクスは少し呆れていた。

 

「ルシウスの言うことなんて、真に受けるものでもないわよ。敵対してるんだもの。あなたのやったことは立派よ。誰にでもできることじゃない。もっと、胸を張っていいと思うけどね」

 

いつしかルーピン先生に言われたことを、トンクスにも言われた。

この会話を通して、俺もトンクスの事を好意的に思えていた。

ジニーの前で俺が信頼できる理由を話し、ジニーの不信感を取り除こうとしてくれている。

その効果もあってか、ジニーがこちらに向ける視線も警戒するものから好奇心に近いものへと変わっていた。

トンクスに感謝の気持ちも込めて笑いかけると、トンクスもまた笑い返してくれた。

 

「で、あなたの好きな人はハーマイオニーってことでいいの?」

 

「……懲りないな」

 

「元々この話をするってことだったでしょう? 私、結構楽しみにしてるんだけどね」

 

そう言いながらトンクスはケラケラ笑い、俺は少し困って頭を抱えた。

 

「ジニーはどう思う? ジンって、ハーマイオニーの事を好きだと思う?」

 

突然に話を振られてジニーは驚いた表情になったが、少ししてから口を開いた。

 

「私、噂では違う人が好きだって聞いてた」

 

「へえ、ジンにも浮いた話があるんだ。益々興味深いじゃない。それって誰?」

 

「ダフネ・グリーングラス」

 

「……ああ、そんな噂あったな」

 

ジニーの話には心当たりがあった。

クリスマスパーティーでのダンスの事や対抗試合の事で、俺がダフネに片思いをしていると噂になっているのは知っていた。グリフィンドールにもその噂は流れていたようだった。

トンクスはその噂を聞いて驚きながらも嬉しそうにした。

 

「なんと、グリーングラス! 良い所のお嬢さんじゃない! ジンは彼女に何をしたの?」

 

「……グリーングラスはエトウのクリスマスパーティーのダンスパートナーだったわ。そして、対抗試合の人質になってた。クラムの人質はハーマイオニーだったし、それもあってエトウの片思いじゃないかって、話が上がってたの」

 

「おお、隅に置けないね!」

 

トンクスはすっかり話に夢中であった。

ジニーは俺の噂話をすることに少し引け目を感じていたようだが、俺が特に反応を示さなかったので再び口を開いて話を続けた。

 

「フレッドとジョージから聞いたわ。エトウはグリーングラスへのクリスマスプレゼントの為にフレッドとジョージに協力を求めたって。喜ばせようとして、手の込んだ魔法具を作ってもらってたって」

 

「あいつら、その話してたのか……」

 

「なになに、ジンも積極的じゃない! 本命がいたなら言ってくれればいいのに」

 

「あれは、そんなのじゃないんだよ。……ちょっと訳ありだったんだ」

 

「お詫びして周りを納得させる、でしょう? それもフレッドとジョージが言ってたわ。でも、二人はその説明で納得してなかったわ。あれは絶対、何かあったって」

 

「何もなかったんだよなぁ」

 

「じゃあ、なんで手の込んだプレゼントが必要だったわけ?」

 

ジニーは遠慮なしに俺に質問を始めた。

俺もジニーへ当時に起きた親友とのすれ違いの詳細を説明した。

ジニーと俺が話をするのを、トンクスはニコニコと眺めるだけだった。トンクスの望んだ通り、俺とジニーの間にあった不信感は薄れているようだった。

 

「……あんた、あの時は結構追い詰められてたんだ。外から見たら、結構平気そうだったけどね」

 

「そうか? 授業はサボるわ、人目は避けるわ、露骨に憔悴してたみたいだけどな」

 

「だから平気そうに見えたのよ。あんたが弱ってるところ、誰も見てないから。誰にも見られないように、あんたが隠れちゃうから」

 

ジニーは少し呆れたようにそう言った。そして、どこか納得したようだった。

 

「ハーマイオニーがあんたの心配するの、よく分かったわ。あんたって冷静に見えて、目を離すと無茶するタイプなのね」

 

「……なんかそれ、ダフネにも言われたなぁ」

 

ジニーとはいつの間にか、気軽に話ができるようになっていた。

トンクスは満足げだった。

 

「それにしても、ジンってスリザリンでは浮いてそうなのに名家ともつながりがあるのね。結構、世渡り上手よね」

 

トンクスは俺がスリザリンであることを思い出したかのように言い、軽い事として流していた。

それが意外だったので、またも話を逸らすことになったが思わず突っ込んだ。

 

「……俺がスリザリンである事、気にしないんだ?」

 

「あら、私の母親もスリザリンよ。それに父親はグリフィンドールで、私はハッフルパフ。寮なんて、結構どうでもいいと思っちゃうけどね」

 

トンクスの母親がスリザリンであること、そして父親がグリフィンドールであることに驚いた。

そしてトンクスのさばさばとした態度はとても心地よかった。

 

「私の両親、ホグワーツ史に残る大恋愛をしたって有名なのよ。純血のスリザリンとマグル生まれのグリフィンドールの結婚。正直、ちょっと憧れない? 大きな障害があっても、それを乗り越える。お互いが本気で相手の事を好きでないとできない事だと思うの」

 

トンクスは少し頬を染めながらにっこりと笑った。

純血のスリザリンとマグル生まれのグリフィンドールの大恋愛。興味があった。そしてトンクスと同じ様に、そのような恋愛を成し遂げた人へ憧れに近い感情は確かにあった。

 

「ああ、トンクスのご両親は確かにすごいな。……憧れるよ」

 

素直にそう言うと、トンクスは嬉しそうにした。

 

「そうでしょう? でも、そう言うってことはジンはやっぱりハーマイオニーかグリーングラスのどちらかが本命なの? どっちを好きになっても大恋愛だものね!」

 

トンクスの追及は事実が混ざっている為、下手に反論できず肩をすくめて受け流すことにした。

 

「……まあ、そうなったら応援してくれよ」

 

「勿論よ! その代わり、しっかりと私達に報告するのよ?」

 

「……そうなったらな」

 

そう返すと、今度こそトンクスは俺への話に満足したようだった。

トンクスの矛先はジニーへと向くことになった。

 

「ジンの話はもういいかしらね。面白い話が随分と聞けたし。さ、ジニー。次は貴方の番よ」

 

ジニーは少し顔を顰めたが、自身が俺の話をしたこともあり仕方なくトンクスからの追及を受けるようだった。

 

「ジニーこそ、誰かから言い寄られてたりはしないの? これだけ可愛いんだから」

 

にっこりと笑いながらトンクスはジニーにそう言った。それは妹を溺愛する姉のようで、二人の仲がいい事を察した。

ジニーは少し照れたようにした後、すました表情を取り繕いながら話を始めた。

 

「私、付き合ってる人いるわ。……トンクスにはその内、言おうとは思っていたの」

 

「ええ、そうなの! 知らなかったなぁ」

 

「まだ誰にも言ってないから。……ああ、でもハーマイオニーは知ってるわ。相談には乗ってもらってたから」

 

ジニーはそう言いながら自分の爪に興味があるように指をいじり、こちらを見ないようにしていた。

 

「それが誰か、聞いてもいい?」

 

トンクスがそう言うとジニーは指をいじるのを止めてチラリとこちらを見てから、素直に答えた。

 

「マイケル・コーナー。レイブンクローの、私の一個上」

 

「あら、ジン達と同い年じゃない。ジン、彼を知ってる?」

 

「知らないな。話したこともない」

 

俺がそう言うと、ジニーは少しホッとしたようだった。

トンクスは楽し気にしながら、ジニーへの追及を始めた。

 

「いつから付き合い始めたの?」

 

「去年の終わりくらいから。クリスマスパーティーで出会ったの」

 

「素敵な出会い方ね。そっかそっか、ジニーに彼氏がいたのねぇ。ねえ、彼のどんなところが好きなの?」

 

トンクスの質問にジニーは少し固まった。そして言葉を選ぶようにしてから、ぽつりと返事をした。

 

「……悪い人じゃないところ」

 

ジニーのその様子に、トンクスは何かを察したようだった。困ったようにして黙ってしまった。

何故トンクスとジニーが黙るのかは分からなかった。気まずい空気が流れたので、少し雰囲気を軽くしようと話に乗っかった。

 

「……悪い人じゃないってのは大事だな。特にこんなご時世だとな」

 

俺が話に乗るのは意外だったようで、ジニーは驚いたようにこちらを見た。

トンクスも少し驚いたようだったが、直ぐに笑った。

 

「確かにね。悪い人じゃないって、一番大事なことかもね」

 

トンクスが明るくそう言い、ジニーも少し肩の力を抜いたように見えた。

 

「恋愛では、ジニーはジンの先輩ね。もしかしたら、ここにいる子達の誰よりも進んでるんじゃない? 他の子達は付き合っている子なんていないでしょう?」

 

「どうだろうなぁ。……噂は聞いたことあるけどな」

 

「あら、意外と情報通なのね」

 

トンクスは意外そうな表情を俺に向けた。俺は肩をすくめながら返事をした。

 

「親友の一人がな、そう言ったことに詳しんだ」

 

「どうせザビニでしょう? あの野次馬野郎」

 

ジニーはブレーズへの嫌悪を隠そうとしなかった。そのことにどこか納得をしながら苦笑いを浮かべた。

 

「確かにブレーズからの情報だ。しかし、随分とブレーズの事が嫌いなんだなぁ」

 

「お互い様よ。あいつも私のことが随分と嫌いみたいよ」

 

「……何も言えんな」

 

ジニーが少し不機嫌になるので、トンクスも少し苦笑いをしながら話を変えた。

 

「ジンの聞いた噂ってどんなもの?」

 

「大した話じゃない。去年のクリスマスパーティーに誰が誰を誘ったのかって話だ。ロナルドがフラーを誘ったとか、ポッターがチョウ・チャンを誘ったとかな。……で、二人とも振られたって話だ」

 

トンクスは聞いたことがあるようで笑っていた。ジニーは少し強張った表情になった。

 

「……確かに大した噂じゃないわね」

 

「だろ? 俺の噂と同レベルだ」

 

ジニーの言葉に肯定しながら、そう返す。ジニーの表情は変わらず強張ったままだった。それが気になったので、少し話を振った。

 

「……二人の噂、気に入らなかったか? そりゃ、兄の振られた噂ってのは不愉快だったよな」

 

ジニーはまたも驚いた顔をしてこちらを見た。それから、少し気まずそうな表情で返事をした。

 

「そうじゃないけど……。ロンがフラーに振られたのは、むしろいいネタだと思うわ。フラーが今はビルと付き合っているのもあって、偶には本人にも思い出してやらないといけない話だと思うしね」

 

何気なく言われたフラーがビルと付き合っているという話は衝撃的だった。

驚いて呆けてしまうと、トンクスが声を上げて笑った。

 

「ああ、ジンは知らなかった? 今はフラーはグリンゴッツ銀行で働いていて、ビルから英語を教えてもらってるのよ。二人の仲は良好よ」

 

「ああ、そう……。あのフラーがね……」

 

フラーが誰かを気に入るということにかなり驚いたが、一度見たビルがかなりの美形であったことを思い出し、少し納得した。少なくとも、ビルが容姿でフラーに引けを取らないことは知っている。

 

「でもお似合いか。ビルには一度会ったことがあるけど、かなりの美形だよな。フラーが気に入るのもよく分かる」

 

ジニーは少し顔を顰めた。

 

「私、フラーが姉になるのはあまり嬉しくない」

 

その不貞腐れた様子が可笑しく、少し笑ってしまう。

 

「そうか? 妹のガブリエルを溺愛してるみたいだし、案外いい姉になるんじゃないか?」

 

そう言うと、ジニーはこちらをジトリと睨んだ。

 

「……どうせあんたも、あの人の見た目が気に入ってるんだ。男って大概がそうよね」

 

「そういう訳じゃないが……。なんか荒れてるな。すでに一悶着あったか?」

 

「……別に。私はフラーと、フラーのことが好きな男達が気に食わないだけよ」

 

不機嫌な様子のジニーに、トンクスはクスクスと笑うだけだった。トンクスは何か心当たりはあるようだった。

フラーとジニーの間に何があったかは気になるが、無理して聞き出すほどの事ではないと思った。だから異様にフラーを嫌うジニーへ、フラーのフォローを少しして話を切り上げようと思った。

 

「まあ、フラーは悪い奴じゃないと思うぞ。きつい性格だが、優しい所もあるみたいだしな。現に妹を救ったポッターには随分と柔らかい態度だ」

 

話を切り上げるつもりの言葉だったが、それはある種の地雷だったようだ。

ジニーの表情が強張り、トンクスが「あちゃー」と言わんばかりに片手で顔を覆った。

何が地雷だったのか。そう考え、一つ思い出した。

 

ジニーは、ポッターへ思いを寄せていた。

三年前のバレンタインにジニーがポッターへ手紙を書いていたことは周知の事実だった。

それを思い出して、ジニーの表情が強張っていた理由もなんとなく察した。

自分の兄の恥ずかしい噂ではなく、ポッターがチョウ・チャンの事が好きだという噂が気に食わなかったのだろう。

 

しかし、そう考えると納得いかないこともあった。

 

ジニーは既にマイケル・コーナーと付き合っているという。

ポッターの事はもう過去の事、ということではないのだろうか。

 

俺がそう考えているのが分かったのだろう。

ジニーは今日一番の不機嫌な顔で俺を睨んだ。

 

「……言いたいことがあるなら、言えば?」

 

逃げられないなと思い、素直に白状する。

 

「……ポッターの事が気になっているように見えるが、それが気のせいかどうか分からなくてな。昔の話を掘り返す様で悪いが、お前がポッターに思いを寄せてたというのは周知の事実だったろ?」

 

ジニーは顔を赤くした。

それが怒りによるものなのか羞恥によるものなのか、俺には判断が付かなかった。

少しして、ジニーは口を開いた。口調は不思議と穏やかなものだった。

 

「……そうね。私はハリーの事を好きだった。でも、もう諦めたの。だからマイケル・コーナーと付き合ってるのよ。分かる?」

 

どこか納得しにくかったが、これ以上の深追いをする気にはならなかった。ジニーが怒り爆発一歩手前なのは見るに明らかだった。

 

「……そうか。すまないな、変な勘繰りをして」

 

そう謝ると、ジニーは爆発しそうな感情をどこに向けたらいいか分からないようだった。

少し歯を食いしばるようにして黙った後、観念したかのように呟いた。

 

「……こういうことを誰かに言われるって覚悟していたわ。でもいざ言われると、すごく嫌な気持ちね」

 

「……すまなかった」

 

「……あんた、何に謝ってるの?」

 

そうジニーに問われて一瞬固まったが、直ぐに返事をした。

 

「事実と反する勘繰りをされて、腹が立ったんだろ? 無神経なことを言って悪かったと思ってるよ」

 

そう返事をするとジニーは固まり、深々と溜息をついた。

 

「あんた、どこまで本気で言ってて、どこまで惚けてるのか読めないわ」

 

「全部本気で言ってるつもりだがな」

 

「だとしたら、質が悪いわ。こっちが勝手に鎌をかけられている気分になるんだから」

 

ジニーはそう言いながら、徐々に表情は穏やかなものになっていった。

 

「もう隠すのも無理そうだから言うわ。そうね、あなたが思った通り、ハリーの事はまだ好きよ。想いが完全になくなったわけじゃないの」

 

ジニーは俺と目を合わせないようにしながら、そう言った。

ジニーの言葉に驚きながら、俺は黙って話の続きに耳を傾けた。

 

「でも、ハリーはチョウが好き。どうしようもないの。だから、諦めなきゃ。その為に、マイケル・コーナーと付き合ってるようなものよ」

 

ジニーの話は、先程の話よりも随分と納得がいくものだった。

そして、今まで不思議に思っていたトンクスの反応にも納得がいった。

 

「マイケル・コーナーは、悪い人じゃないわ。本当よ。それにマイケル・コーナーと付き合うようになって、確かに私はハリーとしっかり話ができるようにもなったの。少しずつだけど、吹っ切れているの」

 

そう言いながら、ジニーはどこか寂しげだった。

 

ジニーの話を聞きながら、俺はジニーの立場を自分に置き換えて想像をしてみた。

ハーマイオニーとビクトールがあのまま付き合うようになって、それでも俺は今まで通りの態度でいられるか、という想像だ。

 

想像してみると随分と嫌な気持ちになり、何か別の人や物に縋ろうというジニーの気持ちはなんとなくだが理解ができた。

 

そして、ジニーへは同情するような気持ちになっていた。

 

「……気に障るようなことを言って、悪かった。そりゃ嫌だよな、俺が言ったことは」

 

それは心からの謝罪だった。ジニーは少し笑った。

 

 

「あんたって、本当に読めない。鋭いのか鈍いのか、さっぱりだわ」

 

「……それは、ブレーズに言われたことがあるなぁ」

 

ジニーは少し鼻で笑って、黙ってしまった。

 

ジニーは正直に自分の話をした。

それは隠しきれないという気持ちも確かにあったのだろうが、俺を多少は信用してくれているということだろう。

そう思うと、ジニーの秘密を握って俺の秘密を話していないこの状況がフェアではないように感じた。

 

だから、俺も正直に話をすることにした。

 

「俺の好きな人はな、ハーマイオニーだよ」

 

唐突の俺の告白に、ジニーとトンクスは目を見開き唖然とした。

 

「シリウスの言ってたことは、大体当たってる。でも自分の気持ちをちゃんと自覚したのは、去年の終わりだ。……それまでは、ぼんやりとしか分かってなかった。自分の気持ちなのにな」

 

驚きで固まるジニーとトンクスを置き去りに、俺は話を続けた。

 

「けど俺が闇の帝王に立ち向かおうって思ったのは、ハーマイオニーが好きだからって理由だけじゃない。……俺はさ、スリザリンの親友達も同じくらい大事なんだ。だから、何かあった時にはあいつらを守ってやりたい。あいつらが闇の帝王に命を狙われた時、助けられるようになりたいんだ。……俺がここにいるのは、そういう理由だよ」

 

そう言い切ると、しばらく三人の間に沈黙が続いた。それからポツリと、ジニーが呟いた。

 

「……なんで、私達にそんなことを言うの?」

 

「だって、フェアじゃないだろ? 俺がお前の秘密を知って、お前が俺の秘密を知らないのは」

 

「……フェアじゃない?」

 

ジニーは納得がいかないように俺の言葉を繰り返した。

そんなジニーに苦笑いを浮かべた。

 

「トンクスは恋バナをしようとか言ってたけど、この話の目的は俺とお前の間にある不信感を取り除く事だろ? それくらい俺でも分かる。だからフェアであることは大事なんだよ。俺だけがお前の秘密を知ってる状況じゃ、お前の俺に対する不信感はぬぐえない。……お前が俺に秘密を言ってくれたのは、多少は俺を信じてくれてるからだと思った。だから俺もそれに答えただけだよ」

 

ジニーはまだ納得がいかないようだった。

そんなジニーに納得がしやすいように、話をすることにした。

 

「取引だと思えばいい」

 

「……取引?」

 

「俺が秘密を話すのは、お前の信用を貰うための対価だ。そして、今後の関係の投資みたいなものだよ。俺もお前の秘密という担保を貰った。これで、今後の関係は良好だろ?」

 

ジニーは今までで一番、納得した表情になった。

 

「……分かったわ」

 

ジニーは自分なりの俺の言葉を受け止めたようだった。

そして一部始終を見て固まっているトンクスに、俺は話を振った。

 

「さて、結果論だが俺とジニーは互いに想い人を言うことになった。後はトンクスだけだな」

 

そう言うとトンクスは硬直から解けて、ケラケラと笑った。

 

「正直さ、あんた達がここまで話すとは思わなかったんだよね。言ったとして、お互いの好みだとかで話を濁すだけだろうって思ってた。だから私も自分の秘密を話さなくちゃならないってなると、なんだか損をした気分よ」

 

損をした、と言う割には楽しげだった。

 

「でも、確かに私だけ何も言わないのはフェアじゃないわね。……二人にだけ、教えてあげる」

 

そう声を潜めて、トンクスは話を始めた。

俺とジニーは自然と身を乗り出して、トンクスの話を聞きいった。

 

「私ね、リーマスの事が凄く気になっているわ」

 

「ルーピン先生のことが?」

 

驚きのあまりそう聞き返す。ジニーに至っては、驚きのあまり身を乗り出した姿勢で硬直していた。

トンクスは輝くような笑顔を浮かべた。

 

「どう? 意外だったでしょう?」

 

「ああ……。正直、想像してなかった……」

 

そう思わず呟くと、トンクスは嬉しそうに笑った。

 

「ジン、私があんたのことをすごく気に入ったのって、これが理由よ。あんたって、本気でリーマスの事を慕ってるでしょう? 初めて会った日にそれがすぐに分かったわ」

 

「ああ。尊敬できる先生で、素敵な大人だと思ってる」

 

「そうでしょう? あなたはリーマスが狼人間でも、そんなことを気にしないのよ。だからすごく気に入ったの」

 

ルーピン先生が狼人間。それを分かった上でトンクスはルーピン先生の事を気になっているのだと分かった。

それが分かった途端、トンクスの話はとても素敵な話に思えた。

 

「……トンクスがルーピン先生の事を、だなんて想像してなかった。けど、想像してみるとすごくお似合いだと思ったよ」

 

「嬉しいこと言ってくれるね」

 

トンクスはクスクスと笑った。

そしてようやく硬直から解けたジニーがやや興奮したように声を上げた。

 

「トンクス、私もお似合いだと思う。二人に、上手くいって欲しいわ!」

 

「ありがとう、ジニー」

 

トンクスは微笑むと、話を続けた。

 

「これで三人とも、お互いの秘密を知ったわね。今日の事は、三人の秘密よ」

 

お茶目にトンクスは言った。

ジニーは興奮したように頷き、俺も静かに頷き返した。

トンクスはそれを見て満足げに笑い、それから椅子の背もたれに体重を預けるように伸びをした。

 

「さてさて、思ったよりも随分と話し込んじゃった。そろそろ、誰かが食堂に来ちゃうかもね」

 

そうトンクスが言うと同時に、食堂の扉が開かれた。入ってきたのはウィーズリー夫人だった。

ウィーズリー夫人は俺達三人がいるのを見て、少し驚いた表情になった。

 

「あらあら、珍しい組み合わせね。一体、何の話を?」

 

「現役ホグワーツ生の生活の実態を聞いてたのよ、モリ―。中々に面白かったわ」

 

トンクスはそうケロリと言い、こっそりと俺とジニーにウィンクをした。

ウィーズリー夫人は俺とジニーが同じ席に着いて話をしていたことにまだ驚きながらも、嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう。話も一段落したのなら、誰か夕食の準備を手伝ってもらえるかしら? ……ああ、でも、話し込んでいるなら、まだ楽しんでていいわ。ほら、エトウ君と交流を深める、いい機会だと思うの」

 

ウィーズリー夫人は夕食の手伝いお願いしたが、トンクスが張り切りだした様子を見てすぐに後悔したようだった。トンクスは嬉しそうに立ち上がって、座っていた椅子を倒していた。このままトンクスが夕食の準備を手伝えば、食器がいくつか駄目になりそうだった。

その様子に苦笑いをしながら、俺は立ち上がってトンクスを抑えた。

 

「俺が手伝いますよ。トンクス、今日は話に誘ってくれてありがとう。楽しかったよ。お礼代わりに休んでてくれよ」

 

そう言ってトンクスが何か言う前にウィーズリー夫人の方へ進み出て、夕食の準備をする為に奥のキッチンへと移動をした。

ウィーズリー夫人のホッとした顔を見て可笑しく思いながら、明るい気持ちで夕食の準備を始めた。

 

俺はトンクスの事を信用するようになっていた。そして、ジニーの事も信用できるようになっていた。

騎士団本部での生活が、思っていたよりも充実したものになりそうだと思えたのだ。

 

 

 

 

 

ジンがモリ―と夕食の準備の為にキッチンへ消えた後、食堂に残ったトンクスはジニーに再び話かけた。

 

「どうだった、ジニー? ジンの苦手意識、なくなったでしょう?」

 

「……そうね」

 

ジニーはトンクスの質問に頷いてみせた。

今回の会話で、ジニーはジンの事を信用できると思い始めていた。

話している時、ジニーはジンからの気遣いを感じたから。ジンが真面目で優しい人だと分かるには、十分だった。

そして、不器用な一面も感じたから。自分の気持ちを伝えたり表現したりするのが下手で、傍から見たら突拍子もない行動に出る人だと分かった。

それが分かれば、ジニーが引っ掛かっていた三年前の出来事は水に流すことが出来た。

 

ジンはハーマイオニーが好きだということを言う必要はなかった。

それなのにその秘密を明かしたのは、彼が真面目で不器用だからだろう。

あれには正直、ジニーは度肝を抜かれた。

 

一つ不思議なのは、トンクスがどこまで計算をして今回の話を始めたのかだった。

そう疑問に思って、ジニーはトンクスに質問をぶつけた。

 

「トンクス。こうなることが分かって、エトウと恋バナをしようだなんて言ったの?」

 

「いや、さっきも言ったけど、正直こんなことになるだなんて思いもしなかったわ」

 

ジニーの質問に、トンクスは明るく言い切った。

 

「ジンが良い奴だっていうのは、ジンがハーマイオニーの為に体を張ったって話ができれば十分だと思ってただけよ。まさか、こんなことになるだなんてね」

 

トンクスはクスクスと笑いながらそう言った。

ジニーは少し腑に落ちず、顔を顰めた。そんなジニーの様子を、トンクスは可笑しそうに笑った。

 

「でも、結果的に良かったじゃない。ジンの印象、変わったんじゃない?」

 

ジニーはトンクスの言葉に肩をすくめた。

トンクスの言う通りジニーの中でジンの印象はだいぶ変わった。

フレッドとジョージが話の分かる奴だというのも、少し分かった。ハーマイオニーが気に入るのも、分かった。シリウスやトンクスがいい奴だと言うのも、よく分かった。

 

そして同時に確信したこともあった。

 

「トンクス。エトウはロンと絶対にうまくいかないわよ」

 

ジンと同じくらい不器用な兄を思い浮かべて、新たに生まれた悩みの種を吐き出した。

 



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ロナルド・ウィーズリー

「君って中々の人たらしだよね」

 

「急にどうした?」

 

騎士団本部での日課である大掃除をしている最中、フレッドからそう言われた。

 

「お袋は、君を随分と気に入ってる。真面目でいい子だって」

 

「ああ。俺もウィーズリーさんの事、結構好きだぞ。すごく優しい人だよな」

 

「冗談。お袋が優しいだって? そりゃ言い過ぎだ。本当に優しい母親は、息子の夢を否定するものじゃないさ」

 

そう言いながら、フレッドは気絶させたドクシーをポケットにしまい込んだ。

それを見ていると、フレッドは声を潜めながら教えてくれた。

 

「今年はずる休みスナックボックスを完成させるつもりなんだ。ドクシーの体液や毒針は、いくつあっても足りないよ」

 

「……随分と研究を急ぐんだな。あれは副作用が強いから慎重にやるんじゃなかったのか?」

 

「ああ、まあね。でも、僕達がホグワーツにいる時間はそう長くない。今年いっぱいで辞めるつもりさ」

 

フレッドは何げなくそう言ったが、俺にとっては衝撃的な内容だった。

 

「今年で? お前達の卒業には二年かかるはずだが?」

 

そう言うと、フレッドは一層注意深く周りを確認してから、さらに声を潜めて話を続けた。

 

「詳しくは言えないけどさ、店を始める目処が立ったんだ。今は通信販売を始めてる。日刊預言者新聞を使って、広告も打った。中々の反響さ」

 

「……でも資金は? 去年のバグマンとの賭けで無一文になったはずだろ?」

 

「それこそ、僕が詳しく言えないものさ。……ああ、心配するなよ。法を犯してはいない。まったく綺麗な金さ。誓うよ」

 

疑わしそうな顔をしてしまったのだろう。フレッドが慌てたように付け加えた。

少し心配にはなったが、フレッドとジョージが何か法を犯したりすることはないと思った。少なくとも、詐欺や盗みはしていないという信頼はあった。

 

「……店をやるって言うのは分かったけど、何も卒業をしないってのは早まりすぎじゃないか? 卒業してからだって、そう変わらないだろ?」

 

「分かってないなぁ……。僕らの成績は、世間から見たら下の下。期待外れもいい所さ。でも気にしちゃいない。学業の成績って言うのは、僕らの将来には不要なのさ。だから学校を卒業しているかどうかは、そう大した問題じゃない。重要なのは、何を学んだかってことさ。そして、僕らはもう十分に学ばせてもらった。そうなれば、後は時間との勝負さ。僕らがやろうとしていることを他の誰かがやる前に始めるんだ。そう考えたら、一刻も早く動くべきなんだよ」

 

フレッドはそう言いながら笑った。

 

「悪戯専門店のゾンコや、他にもジョークグッズを売っているところは沢山ある。ダイアゴン横丁にだって、雑貨店を見たら糞爆弾や騙し杖に簡単な惚れ薬はおいてあるもんだ。うかうかしてたら、乗り遅れる。今がチャンスなんだよ。通信販売の売れ行きも悪くない。店を開けさえすれば、成功間違いなしなんだ」

 

フレッドとジョージは、自分達の将来の事がリアルに想像できているようだった。

それは羨ましく、尊敬できるものだった。

 

「……そうか。お前達が研究を急ぐ理由も、少し分かったよ」

 

羨ましい気持ちも込めてそう言うと、フレッドは嬉しそうに笑った。

 

「僕らは君のそういうところが好きなんだ。柔軟で、否定しない。このことをお袋に言おうものなら、学校は絶対に卒業しろってうるさいよ」

 

「いや、ウィーズリーさんの言うことの方がもっともだとは思うけどな。けどお前らも既に通信販売で成功していて、将来が見えているって言うのなら、お前らの意見も一理あるって思うだけさ」

 

そう肩をすくめながら答えると、フレッドは少し呆れた様な表情になった。

 

「君は、やっぱりいい子ちゃんだよな。……騎士団の会議の盗み聞きだって、しようだなんて考えてもいないんだろう?」

 

フレッドとジョージだけでなくジニーやロナルド、ハーマイオニーまで騎士団の会議や情報を聞こうと伸び耳を使ったり、盗み聞きに手を回したりしている。

そして俺はそれに一切参加をしていなかった。

フレッドはそれを度々不思議がっていた。

 

「俺が騎士団の情報を持つのは、俺自身の為にも良くないと思ってるんだ」

 

「そうかな?」

 

「ああ、そうさ。ホグワーツに戻れば、俺はスリザリンで生活をする。ドラコの様な、親が死喰い人だっていう連中がそれなりにいる。……そいつらと今までの様に一緒にいるためには、俺はあまり重要なことは知らない方がいいんだ」

 

そう返事をすると、フレッドは複雑そうな表情になった。

 

「君のホグワーツでの生活については同情する。……なあ、もし辞めたくなったら言ってくれよ? 君が助手として有能なのは知っている。店が大きくなれば、店員の一人は必要になるからさ」

 

「ありがとう。でも、俺はホグワーツを辞めるつもりはない。それに、スリザリンでの生活も気に入ってるんだ。……今年はきつい思いをするかもしれないけど、逃げたくないんだ。全てが終わった時に、今まで通りの生活ができるようにな」

 

そうフレッドに笑いかけながら返事をすると、フレッドはどこか理解できないような顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。

 

不死鳥の騎士団の本部にいる間、俺は余計なことを見聞きしないように努めていた。

俺が何も知らないでいることで、ホグワーツに戻った時にドラコ達と少しでも今まで通りの生活ができることを期待している。

例えドラコ達の親が死喰い人でも、ドラコ達自身が闇の帝王に従わざるを得なくとも、それを理由にドラコ達との友情を捨てることなどしたくなかった。

そして、俺が闇の帝王に対抗することを理由に生まれるドラコ達との溝もできるだけ小さくしたいと願っている。

その為にできることは、していたかった。

 

 

 

俺はホグワーツに戻ってからの生活を考え、騎士団本部での生活では自分なりに一線を引いていた。

とはいえ、闇の帝王と立ち向かうために仲間と団結する事も重要なことだとは思っていた。

すなわち、紹介された騎士団員の信頼を勝ち取り、ジニーやロナルドと打ち解ける努力が必要だということだ。

ウィーズリー夫妻、シリウス、ルーピン先生、トンクスを始めとする顔見知りの騎士団員からはそれなりの信頼を受け取っていた。騎士団の事を探ろうともしない態度が、より信用にもつながったようだった。

ジニーとは、トンクスのお陰で随分と打ち解けた。お互いに一緒にいても険悪にはならないほどに。

しかし、ロナルドとはそうはいかなかった。

度々ハーマイオニーによる仲介はあったものの、ジニーの時ほどうまくはいかなかった。

 

ある日、俺の部屋にハーマイオニーがロナルドを連れて話をしようと押しかけて来た。

俺とロナルドの煮え切らない態度にしびれを切らしたようだった。

ハーマイオニーはロナルドを連れてベッドに腰かけ、椅子に座る俺と向かい合うように座った。

 

「いい? 私はしっかりと話し合えば、あなた達が気の置けない仲間になれるって確信しているのよ」

 

そう強気で言うハーマイオニーに、ロナルドは白い目を向けていた。

 

「ああ、そりゃいいね。こいつがマルフォイの親友だって言うことは、些細な問題さ」

 

ロナルドにとって決定的だったのは、俺がドラコ達との友情を捨てきれずにいる事だった。

ジニーにも言った、俺がここにいるのがスリザリンの親友達にもしものことがあった時に守りたいからという事は、ロナルドにとって受け入れがたいものであるようだった。

そんなロナルドの態度に、ハーマイオニーはヤキモキしていた。

 

「ええ、そうよ。些細な問題よ。例えドラコ・マルフォイと友達でも、ジンはルシウス・マルフォイからの誘いを断った。ジンが間違ったことをしないという十分な証明でしょ?」

 

「どうして、こいつがルシウス・マルフォイの誘いを断ったって断言できるのさ。あいつらのスパイをしているって、思わないわけ?」

 

「だとしたら、ジンの行動はおかしなことばかりでしょう? 盗み聞きをしようともしないし、自分から秘密を遠ざけるだなんて、スパイ失格もいいところよ」

 

ロナルドはそれでも納得しないようだった。

そんなロナルドに、俺は声をかけた。

 

「……どうすれば、信用してもらえる?」

 

単刀直入の俺の質問に、ロナルドは狼狽えていた。

そんなロナルドに、ハーマイオニーは追い打ちをかけるように声をかけた。

 

「ジンが信用できないって、本気で思ってるの? 二年生の時にジニーを助けて、三年生の時にはシリウスや私達を助けた。そして四年生では死喰い人から命を狙われて、今年に入ってルシウス・マルフォイからの誘いを断って命を狙われている。……これ以上、何をしろって言うの?」

 

「それは……」

 

ハーマイオニーの言葉に、ロナルドは言葉を詰まらせた。そして、嫌そうな表情で口を噤んだ。

それだけで、ロナルドの答えは「信用できない」というのは分かった。

ただ、ハーマイオニーの言葉に反論するだけの意見や論理を持ち合わせていないのだろう。

感情的なものなのか、言いにくいものなのか。だが、ロナルドは確かに自分の意見を持っているようだった。

 

「……ハーマイオニー、悪いが二人にしてもらってもいいか?」

 

俺がそうハーマイオニーに言うと、ハーマイオニーは驚いた表情になり、不安げに俺とロナルドに視線をやった。

 

「喧嘩はしない。ただ、話すだけだ。二人きりの方が、俺もロナルドも話しやすいと思うんだ」

 

俺の意見に、ハーマイオニーだけでなくロナルドも驚いた表情となったが、どこか喧嘩腰なむっつりとした表情で頷いて俺の意見に賛同した。

ハーマイオニーはしばらく悩まし気にしていたが、不安げに喧嘩腰なロナルドを見てから、念を押すように俺達に確認をした。

 

「……喧嘩はなし。言い争いもしないのよね?」

 

「ああ、しない。話をするだけだ」

 

ハーマイオニーは俺の答えを聞いて、渋々とした様子でベッドから腰を上げると部屋を出て行った。

それを見届けてから、俺は改めて口を開いた。

 

「……別に、俺と仲よくしようって思わなくていいよ。ただ信用して欲しいだけだ。俺が本気で闇の帝王に立ち向かってるんだってこと」

 

ロナルドは顔を顰めたまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……なら、どうしてドラコ・マルフォイなんかのことを庇うんだい? 家族ぐるみで、例のあの人に協力している。本気で立ち向かうって言うのなら、あんな奴とつるむわけないじゃないか」

 

俺の事を庇うハーマイオニーがいなくなったお陰か、ロナルドは饒舌だった。相当に俺への不信感をため込んでいたようだった。

俺はその質問にできるだけ穏やかに返事をした。

 

「ルシウスさんはどうか知らないが、ドラコは闇の帝王がいない方がいいとは思ってる。それは確実だ。……ただ、ドラコは家族が大事だから闇の帝王に逆らえないんだ。ドラコが逆らうと、家族を殺すことになるだろうから。……ドラコは優しい奴なんだ」

 

俺がドラコの肩を持つことに、ロナルドは苛立ちを隠せないようだった。

 

「あいつが優しい? 冗談じゃないよ。お前だって覚えてるだろう? あいつがハーマイオニーの事を穢れた血と呼んでいること。それに本当に優しい奴が、人殺しをしている家族を庇うもんか」

 

ロナルドの主張は、的確に痛い所をついてくる。ドラコの事を受け入れられないという確固たる意志が伝わってきた。そして、そんなドラコを庇う俺の事も信用ができないのだと。

そんなロナルドの信用を得るためには、ロナルドの中のドラコの印象を少しでも変える必要があるのだと思った。

 

「ドラコにとって、父親が死喰い人で人殺しに加担していた事は随分と自覚のない事だと思う。そして、ルシウスさんは家ではきっといい父親なんだろうな。……そんなドラコが、家族を見捨てることなんてできないだろうさ」

 

「父親が死喰い人だって自覚がない? あり得ないよ! どうしてそんなことが言えるのさ!」

 

俺の発言は、ロナルドの癪に障ったようだった。激しい怒気を孕んだ声で俺に問い詰めた。

 

「……考えてみてくれよ」

 

そんなロナルドに、俺は辛抱強く、穏やかに話を続けた。

 

「俺達が物心ついた時には、闇の帝王はいなくなっていた。つまりドラコが物心ついたころには、ルシウスさんは死喰い人じゃなかった。きっと、自分の父親が闇の帝王に従っていた時の事なんて詳しくは知らない。元死喰い人であることを除けば、ルシウスさんは社会的に成功を収めた立派な人だ。……家柄も、地位も、名誉も収めた成功者だよ」

 

「あんな奴が成功者だなんて、間違ってるよ! 立派だって? 君が本当に例のあの人に、例のあの人に組する奴らに立ち向かうつもりなら、口が裂けてもそんなこと言えるはずがないんだ!」

 

ロナルドは声を荒げて立ち上がった。今や、ロナルドの怒りは抑えようのないものになっていた。

俺は思わず口を噤んだ。これ以上の説明は、ロナルドを刺激するだけだと分かったからだ。

ロナルドは黙った俺に、怒りを叩きつけた。

 

「なあ、あり得ないんだよ。今まで魔法界で生きてきた人間が、例のあの人と、その仲間が残していた傷跡を見ないでいるなんて。家族を殺された人が何人いたと思う? 今も墓に向かって語り掛けている人が何人いると思う? 今も苦しんでいる人が、どれだけいると思う? それを見ないでいるなんて、あり得ないんだよ」

 

魔法界で生きてきたロナルドの言葉は重く、心にくるものがあった。

ロナルドは俺に、挑戦的な口調で疑問を叩きつけた。

 

「ドラコ・マルフォイは優しい奴だ。父親が死喰い人で、今も例のあの人の下で動いていて、それを知りながらも父親を尊敬しているけど、優しい奴だ。……君、それを本気で言ってるのか? それを死喰い人に家族を殺された人達の前で、口にできるのか?」

 

答えられなかった。

ロナルドの言うことは正しく、重かった。

ロナルドの意志は否定できるものでも、間違っているものでもなかった。

俺は見ようとしなかったものを、ロナルドは正面から突き付けてきた。

俺が答えられない様子を見て、ロナルドは少しだけ怒りが収まったようだ。

 

「……とにかく、僕は君がドラコ・マルフォイ達と一緒にいる限り信用なんてできないんだ。あんな奴とつるんでる君を、信用する方がどうかしてる」

 

そう言い捨てて、ロナルドは言いたいことがあるなら言ってみろとばかりに腕を組んで俺を睨んだ。

俺は少しの間、黙りこくっていた。

ロナルドから突き付けられた、俺が見ようとしなかったドラコの一面を噛みしめていた。

そして、それから口を開いた。

 

「……俺達が二年生の時、秘密の部屋が開かれたよな。その黒幕は、ルシウスさんだった。知ってるだろ?」

 

ロナルドは呆けた表情になった。俺は話を続けた。

 

「それを知った時のドラコの表情はな、泣きそうだったんだ。父親が秘密の部屋の解放に加担したことに苦しんで、スリザリンの継承者の考えを必死に正当化して、自分の周りの人間が襲われないように必死だった。そして事件が解決した後に、言ってくれたんだ。ドラコはもう、マグル生まれの追放には賛同しないって。……俺が、それを望んでないからってな」

 

ロナルドは驚愕の表情を作って、固まった。

 

「三年生の時の話だ。クィディッチで、ドラコが初めてグリフィンドールを負かした試合があっただろ? まあ、吸魂鬼のアクシデントがあった試合だったのはよく分かってる。でもその後な、ドラコは寮の祝勝会を抜け出して医務室にいた俺の見舞いに来てくれた。寮のヒーローだったのに、誰もがドラコを祝福していたのに、そんな立場を抜け出して俺の見舞いに来てくれたんだ」

 

ロナルドは黙り続け、俺は話し続けた。

 

「そして去年の話だ。ドラコは俺が代表選手になったのは不本意で、命を狙われているってことを信じてくれた。俺が辛いときは一緒にいてくれて、庇ってくれた。第一試合でミスをした後、陰で俺がどんなに責め立てられても、ドラコが俺を責めることなんて一回もなかった。……陰で俺を庇っていたことさえ、ドラコは俺に言うことはなかった。ただ、俺を信じていると励ましてくれていた」

 

俺が見ようとしなかったドラコの一面をロナルドが突き付けた様に、ロナルドが見ようとしなかったドラコの一面を俺は突き付けた。

 

「ロナルド、お前の言うことは正しいよ。ドラコが信用できないってことも、そんなドラコを庇う俺が信用できないって言うのも、その通りだと思う。……でもドラコが優しい奴だってことも、まぎれもない事実だ。俺は知ってるんだ、あいつの優しさを。ずっと見てきたから。……あいつが優しい奴だって、俺は誰にだって言えるさ」

 

ロナルドはしばらく黙り込んだ。ロナルドの表情に怒りはなかった。ロナルドの表情にあったのは驚愕と戸惑いと、葛藤だった。

お互いが黙ったまま、少し時間がたった。

そして少ししてから、ロナルドは俺に静かに問いかけた。

 

「……それじゃあ、君はなんで例のあの人に立ち向かおうって言うんだ? そんなにドラコ・マルフォイが大事なら、あいつと一緒にいればいいだろ? その方が君だって安全だ」

 

俺は笑った。やっとロナルドが俺の話を聞いてくれているような気持になったのだ。

 

「ドラコが闇の帝王のいる未来を望んでいないっていう事もあるけど、それだけじゃない。闇の帝王に対抗する人達の中に、ドラコと同じくらいに大事な人達がいる。ハーマイオニーが大事なんだ。ネビルや、フレッドとジョージもそうだよ。……俺の大事な人達を守るには、闇の帝王が邪魔なんだ」

 

ロナルドは少し不満げに押し黙った。そして、少ししてから口を開いた。

 

「それじゃあ、ハーマイオニーとドラコ・マルフォイのどちらかしか助けられないという状況になったら、君はどっちを助けるんだ?」

 

「……本当に、お前は難しい事ばかり言うな」

 

ロナルドの問いに、思わず苦笑いをしてしまった。

そして、その質問の答えはすんなりと口に出た。

 

「選べない。それが俺の答えになるだろうな」

 

「……それじゃあ、僕は君を一生信用できないだろうね」

 

ロナルドはそう吐き捨てるように言った。

俺は少し困ったように笑いながら、話を少し付け加えた。

 

「ドラコとハーマイオニーの二人を天秤にかけられないんだ。でも、もし自分と二人を天秤にかけるというのなら、俺は迷わないよ。……ドラコとハーマイオニーの為なら、俺は命を懸けるさ」

 

ロナルドは再び驚いた表情になった。口を開いた表情で、呆然と固まった。

そんなロナルドに、今度は俺から質問をした。

 

「なあ、もしポッターとハーマイオニーのどちらかしか助けられないとしたら、お前はどっちを選ぶ?」

 

ロナルドの表情が固まった。引きつったような表情になって、俺を見た。

俺は少し笑いながら、ロナルドが答える前に話を続けた。

 

「別に答えなくていい。ただ、考えて欲しかっただけ。……お前の質問に、何で俺が選べないって答えたかをさ」

 

ロナルドはむくれた表情で、押し黙った。

そんなロナルドに、俺は最後とばかりに声をかけた。

 

「俺とは仲良くならなくてもいい。そして、俺が正義の為に戦ってるだなんて思わなくていい。事実、俺は正しいことの為に命を張れる人間じゃない。……そうありたいとは、思ってるけどね」

 

ロナルドは困惑した表情で、しかし、しっかりと俺の話に耳を傾けてくれていた。

 

「でも、俺がドラコの為に命をかけられるように、ハーマイオニーの為に命をかけられる。……それは信じて欲しい」

 

ロナルドは押し黙ったままだった。

そして不機嫌な表情のまま、立ち上がって黙って部屋を出た。

俺は引き留めはしなかった。もう十分に話が出来たと思ったから。

 

ロナルドが俺に心を許すことはないだろう。

ロナルドの抱いている、例のあの人や、マルフォイ家や、死喰い人達への感情は、そう簡単に拭えるものではないとよく分かった。そして、それを少しでも擁護する俺は、ロナルドにしたら許しがたい人間なのだろう。

 

だが俺の話全てを跳ねのけ聞き入れないほど、俺の事を拒絶している訳でもないようだった。

ロナルドの中での俺の落としどころが、まだ見当たらないのだろう。

ここに来て初めて、ロナルドとしっかりと向き合えた気がした。

 

 

 

 

 

 

ロンにとって、ジンというのはいけ好かない奴だった。

ドラコ・マルフォイやパンジー・パーキーソンとつるみながら、ハリーや自分とドラコ・マルフォイ達が巻き起こす喧嘩には我関せずを貫いている。

お高くとまった優等生。そんな印象だった。

 

二年生の時に曲がりなりにもジニーを助けたとしても、嫌な奴だという印象は拭えなかった。秘密の部屋の騒動を解決したヒーローになれたのに、すかした態度を貫いていたから。

三年生の時にシリウスや自分達を助けた時も、好きにはなれなかった。シリウスを助けて終えた後も、ジンが嬉しそうな表情をすることがなかったから。

四年生の時に代表選手に選ばれて、ロンの中でジンへの嫌悪は決定的なものになった。代表選手に選ばれて、ちやほやされて、それでもすかした態度を崩さなかった。

 

ロンが欲しいものをジンは手に入れて、ジンはそれを興味なさげに捨てていた。

そんな態度のジンが、ジンの何もかもが気に入らなかった。

 

そしてそんな奴をハーマイオニーが庇うのも、面白くなかった。

ドラコ・マルフォイとつるむような奴だ。ジンがハーマイオニーを気に入るはずがない。ジンは心の中ではハーマイオニーのことを、利用しようだとか、使える駒だとか、そんな風にしか思っていないのだ。

そう、思っていた。

 

ジンが騎士団本部に来て、話をして、そうしてロンは自分の過ちを認めざるを得なかった。

少なくともジンが本気でハーマイオニーを大事に思っているという事は、認めざるを得なかった。

ジンのハーマイオニーへの態度は優しかった。

ハーマイオニーもジンへの態度は心を許したものだった。

二人の間にある信頼関係が確かなものだと、見せつけられたようなものだった。

 

だから尚更、気に入らなかった。

そんなにハーマイオニーが大事だというのなら、ハーマイオニーを穢れた血だと罵倒をするドラコ・マルフォイをなぜ許せるのか。

それがずっと気にかかっていた。それがロンの中での、最後の壁だった。

 

その最後の壁すら、ジンは会話で壊しにかかってきた。

ジンが見てきたドラコ・マルフォイが、ロンの知っているドラコ・マルフォイではないと言い聞かせ、その上でロンを否定する事すらせず、受け入れてくれと示してきた。

ジンのどこまでも誠実で、正しく、寛容な態度がロンを苦しめた。

 

これは一種の暴力だと、ロンは思った。

ここでロンがジンを拒絶すれば、ロンが嫌な奴になるのだと言外に脅している。

情と論理で訴えかけ、反論をかわし、こちらの選択肢を奪う。

ジンはロンの事を間違っていないと言う。だがそれはロンにジンも間違っていないと認めろと脅しているようなものではないか。少なくとも、ロンにはそう感じられた。

 

そして最も嫌なのは、自分がジンの事を信用できるのだと考え始めていることだった。

少なくともジンがハーマイオニーの事を裏切ることはないのだろうと、感じてしまった。

そしてそれを認める事は、ロンがどれだけジンを嫌っても疑わしいと思っても、ロンがジンを責め立てることが出来なくなるという事だ。

 

窮屈だった。

騎士団本部が、ジンを受け入れる環境が、ロンには息苦しかった。

 

そして、ロンはそれを誰にも言えなかった。

 

 

 



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クリーチャー

ロナルドとの対話を終えた後、ロナルドは俺への敵意を表に出すことはなくなった。

しかし今まで以上に俺との会話は避けるようになっていた。

ロナルドなりに俺との会話を消化しているのだと思った。

ハーマイオニーはその状況を心配していたが杞憂だと伝えた。

 

「ロナルドとはしっかり話ができたと思う。多分、今は俺との話を考えてくれてるだけだ。だから、そう答えを急かさないでやってくれ」

 

ハーマイオニーはそれでも心配そうな表情を止めなかったが、ロナルドを急かすようなことはなかった。

ハーマイオニーはいつもと変わらぬ態度で、ロナルドとも俺とも接するようになっていた。

 

ロナルドとの関係以外にも、騎士団本部で生活する上で気になるものは沢山あった。

ウィーズリーおばさんの様子。ここに来た時から明るく振舞ってはいるが、無理をしているようにも見えた。そして最近では、陰で泣きはらす様子も多くなった。

夜に眠れず食堂で飲み物を取りに行こうと思った時に、食堂ですすり泣くウィーズリーおばさんがいたこともあった。それをトンクスとルーピン先生が宥めているのも、何度か目にした。

その訳は、ハーマイオニーから聞いた。

 

「パーシー、ロンのお兄さんの一人だけど、魔法省に勤めているの。……今の魔法省を、正しいと思っているのよ。それで、ウィーズリーおばさんやおじさんとはずっと喧嘩をしているの。疎遠状態の様よ」

 

「……パーシーは闇の帝王の復活を、信じていないのか?」

 

「まあ、つまりはそういう事……。おばさんはずっとパーシーに戻ってきて欲しいとお願いしてるけど、パーシーは話を聞こうともしないの。……おばさんは不安なのよ。もしかしたら一生、会えなくなるかもしれないから」

 

パーシー・ウィーズリーの事は、一度見たことがある。

対抗試合の時にロナルドの事を本気で心配し、俺に必死にロナルドの安全を確認していた。家族を大事にする奴だと、その時は思っていた。

 

「パーシーの事だけじゃないわ。ウィーズリー家は、ほとんど全員が騎士団にいるの。命を懸けて、例のあの人に立ち向かっている。……だから、いつも不安なのよ」

 

その話を聞いて以降、俺はウィーズリーおばさんの前で魔法省の話題は避けるようになった。少しでも辛い思いをさせないように。

 

そして、奇妙な生き物についても無視はできなかった。

クリーチャー。ブラック家に仕える屋敷しもべ妖精である。

屋敷しもべ妖精は、ハーマイオニーが助けようと活動している生き物であるのは知っていた。そして、スリザリンの親友達から聞くに随分と変わった生き物であるという事も。

ただ、実物は想像した以上に変わった生き物であった。

それを初めて目にしたのは、シリウスと共に部屋の大掃除に勤しんでいる時だった。

 

「――ああ、どぶ臭いにおいがする。罪人に血を裏切るもので溢れている。そして小悪党まで。奥様に何と申し上げれば。ああ、可哀想な奥様。この由緒正しきブラック家に、相応しくない人間が溢れかえっている。こんな家を見たら、どれだけお嘆きになられるか」

 

「クリーチャー。そこで立ち止まれ」

 

小さくみすぼらし格好をしたその生き物を、シリウスは鋭い口調で呼び止めた。

クリーチャーは立ち止まると、わざとらしく深々とお辞儀をした。

 

「おお、ご主人様。このクリーチャーめに、どのような御用でしょうか?」

 

そしてクリーチャーは深々とお辞儀をしながらも、確かな口調で悪態をついた。

 

「ご主人様はこの家に相応しくない。奥様がどれだけ、この方をお嫌いになられたか。ああ、可哀想な奥様。この方がどれだけ、奥様の心を傷つけたか……」

 

「クリーチャー。その手に持ったものを寄越せ。そのくだらない、家紋の付いた盾だ。そして口を閉じて自分の部屋に閉じこもれ」

 

クリーチャーの口調もさることながら、クリーチャーに命令をするシリウスの口調もかなりの悪意がこもっていた。

クリーチャーはとびっきりの憎しみを込めながら、のろのろと手に持った盾をシリウスへと差し出した。シリウスはそれをひったくると、手に持っていたごみ袋の中に容赦なく放り込んだ。それを見たクリーチャーは今にも叫びだしそうではあったが、シリウスの口を閉じて部屋に閉じこもれと言う命令が有効だったのだろう。

何も言わずにそのまま引き下がっていった。最後まで、目に憎しみを燃やしながら。

クリーチャーが完全に去ってから、シリウスは口を開いた。

 

「見苦しいものを見せたね。あれはクリーチャー。我が家の素晴らしい屋敷しもべ妖精だ」

 

「……屋敷しもべ妖精は、初めて見た」

 

「そうか。幸せなことだ。頭のおかしい生き物を、今まで見ないで済んだという事だからね」

 

シリウスはどこまでも、クリーチャーに冷たかった。

そしてクリーチャーもどこもまでもシリウスを憎んでいるようだった。

屋敷しもべ妖精は主人に忠実なものだと思っていたが、必ずしもそうではないようだ。

 

「クリーチャーに、随分と憎まれているようだね。屋敷しもべ妖精とは、主人に忠実なのでは?」

 

「あいつが忠実なのは、ブラック家だ。特に我が母君がお気に入りでね。母君の命令には、どこまでも忠実だった。……私は、この家ではいない者として扱われていた。それでよかった。こんな家、散々だったんだ」

 

シリウスはそう、どこか悲しそうに呟いた。シリウスは自分の家系について何か思うことがあるようだった。

家族に対し、ドラコとは真逆の何かを思っているようだった。

そして俺が気になったのは、屋敷しもべ妖精の実態だった。

屋敷しもべ妖精は、仕える家とその家族に縛られている。その家に仕える事を誇りに思い、主人には絶対の忠誠を誓うものだと思っていた。

ところが、例外はいた。クリーチャーはブラック家に忠実であるとは言うが、今やブラック家の正統継承者となっているシリウスの命令に歯向かえるのならば、確実に歯向かっていただろう。

屋敷しもべ妖精の言う主人というのは、魔法的制約の対象とは必ずしも一致しない。それが少し不思議に感じた。

 

そんな屋敷しもべ妖精に興味を持っているのは、俺以外にはハーマイオニーだけであった。

ハーマイオニーは、「S・P・E・W」の活動を忘れてなどいなかった。

俺の部屋に来ては、クリーチャーにきつく当たるシリウスを度々非難していた。

 

「シリウスは、クリーチャーに優しくするべきよ! クリーチャーは長い事、この広い屋敷で一人だったのよ? 少しくらい可笑しくなっても仕方がないわ」

 

「そのクリーチャーは、どうもシリウスには反抗的らしいな。……事前に聞いていた、屋敷しもべ妖精の実態からは少しズレてるように感じる」

 

俺の正直な感想に、ハーマイオニーは批判的だった。

 

「クリーチャーにも感情があるの! 寂しいと感じるし、辛いとも感じるわ。ずっと一人でこの屋敷に縛られていたクリーチャーが、やっと会えた主人から冷遇されて、忠実になれると思う?」

 

そうハーマイオニーに言われ、納得と疑問の両方が湧いてきた。

 

「クリーチャーがシリウスに忠実じゃない理由は、理解できるよ。……人間的な感情で考えればね。ただ、屋敷しもべ妖精の感情がどのような構成になってるか俺は知らない。良くも悪くも、屋敷しもべ妖精は全く違う生き物だ。考え方も、感受性も、生態も、人間とは全く違う。……屋敷しもべ妖精の生きがいというものを、俺はよく分かってない。だからクリーチャーが何に悲しみ、辛い思いをしているのか、確信がない。シリウスが優しくすることが、クリーチャーの傷を癒すことなのか確信がない」

 

ハーマイオニーは俺の意見にやや強く噛みついてきた。

 

「違う生き物でも、喜怒哀楽は人間とさして変わらないはずよ! 犬や猫やフクロウだって、一匹では寂しいと思うし、親切にすれば分かりあえるし、冷たくすれば嫌われる。……まずは、歩み寄る姿勢が大事だと思うのよ」

 

ハーマイオニーの意見を聞き、俺は少し考え直した。

 

「ああ、なら俺なりに歩み寄ってみるか」

 

「……何をするの?」

 

急な前向きな意見に、ハーマイオニーは戸惑った様だった。

 

「クリーチャーは何が悲しくて、何が辛くてシリウスに反抗するのか、直接聞いてみよう」

 

夏休みの課題もほとんど終わり、今日の掃除も終わった。やる事がなく暇になっているのもあり、俺はすぐに行動に移した。

ハーマイオニーは驚きながらも、慌てて俺の後についてきた。

 

厨房脇の納戸にあるボイラーの下。そこがクリーチャーの寝床だった。

小汚い扉をノックして開けると、運よくクリーチャーはそこにいた。

クリーチャーは突然訪れた俺とハーマイオニーに酷く驚いた表情をしたが、ブツブツと呟き始めた。

 

「ああ、穢れた血と、どこぞの分からぬ愚骨がクリーチャーに近づいてくる。おぞましい。まるで我がもののような顔でこの屋敷を歩く。クリーチャーは、決してこのような者達を認めませぬ。ああ奥様、クリーチャーめが、この屋敷を正しき姿に戻しましょう」

 

クリーチャーの様子に、ハーマイオニーは痛ましそうな表情になった。

俺はクリーチャーの言葉を気に留めず、話を始めた。

 

「その正しき姿というのは所謂、純血主義の事だろうか? なら、俺はまだ招かれるべき客かもな。一応、東洋の純血だ」

 

俺がそう言うと、初めてクリーチャーは俺を見た。

 

「……純血? この小僧が純血だと? クリーチャーは疑う。この小僧が本当に純血なのか」

 

「証明になるかは分からんが、ホグワーツではスリザリンに所属している。そして、ドラコ・マルフォイと親友だ。マルフォイ家は、知ってるか?」

 

クリーチャーは俺の言葉に目を細めた。

 

「奥様の姪御様のご子息でしょうか?」

 

「ブラック家とマルフォイ家は親戚関係なのか? そいつは知らなかった」

 

クリーチャーの言葉に驚くと、クリーチャーは疑いの色を強くした。

しかし、俺の言葉に対しては思うことがあるようだった。

 

「……貴方様は、ルシウス・マルフォイ様からのお誘いを断ったとか?」

 

それはクリーチャーがこの屋敷での会話を事細かに知っているという証明だった。

クリーチャーは可笑しくなっていても、能力の衰えは全くない様だった。そのことを確信しながら、俺は話を続けた。

 

「ああ、そうだな。ただ、ドラコ・マルフォイとの友情は続いている。……俺はね、血族というものに一定の敬意を持っている。歴史と、実績を持っているものだ。軽んじるつもりはない」

 

それは正直な言葉だった。俺は魔法界に来てから純血主義の一部を肯定している。それは今も変わらない。

そんな俺をハーマイオニーは複雑そうに見ていたが、今はクリーチャーとの会話を邪魔しないことを選んだようだった。

そしてクリーチャーは俺を物色するように眺め、評価を保留したようだった。

クリーチャーは改めて俺に向き直ると、初めて会話らしい会話をする姿勢を取った。

 

「それで、貴方様は私めに何の御用で?」

 

「お前の事を知りたいんだ、クリーチャー」

 

俺は話を聞く姿勢になったクリーチャーに、単刀直入に疑問をぶつけた。

 

「クリーチャー、お前は何に忠誠を誓っている? このブラック家の伝統か? それとも、お前の言う奥様個人にか?」

 

クリーチャーは少し押し黙ったが、ハッキリとした口調で答えた。

 

「このブラック家にでございます、旦那様。そして、それを正しく継いでいた最後のお一人である、奥様に、私は変わらぬ忠誠を誓うのです」

 

「なら、現当主がブラック家の存続の為に伝統を変えると言うのであれば、お前はブラック家存続の為に現当主に忠誠を誓うのか?」

 

クリーチャーは当惑したような表情になった。

 

「……存続の為に伝統を変える?」

 

「そうだ。ブラック家の血を残し、家系を残すために、現代に合わせた思想を掲げるというのであれば、お前はそれに従うのか? ブラック家の為に」

 

クリーチャーは困惑した表情でいたが、その後に明らかな憤怒と拒絶の表情を浮かべた。

 

「……なりませぬ。ブラック家を変えるなど、あってはなりませぬ」

 

「それは何故? お前はブラック家に仕えるんだろ? 家系を残すことが第一ではないのか? ……先代の意志を踏みにじることになっても、ブラック家を残すためには仕方がないとは思えないのか?」

 

俺の言葉に、クリーチャーは明らかなショックを受けていた。

そして、怒りも収まらぬ声で俺に返事をした。

 

「先代の意志なきブラック家など、それはブラック家ではありませぬ。ええ、ブラック家の存続とは、先代の遺志を継ぐこと。そうでなければ、あの方達の想いはどうなるのです? 奥様の願いは、レギュラス様の想いは……!」

 

そこまでの会話で、俺は知りたいことが知れた。

クリーチャーは家に仕えているのではない。個人に仕えているのだ。

奥様とレギュラス様と呼ばれる人に仕え、忠誠を誓っている。

そしてクリーチャーの喜びとは、奥様とレギュラス様と呼ばれる人達の遺志を受け継ぎ、後世に残すことだ。

 

「お前の事がよく分かったよ、クリーチャー」

 

俺はそう言い、怒りの表情を浮かべるクリーチャーを宥めた。

 

「約束するよ、クリーチャー。闇の帝王との戦いが終われば、奥様とレギュラス様の意志を尊重できるように、最大限の努力をしよう。シリウスの説得もしてやる。奥様とレギュラス様の意志が後世に残るように、お前の忠誠が二人に届くように、協力をする」

 

俺の考えは当たっていたようだった。

クリーチャーは電撃に打たれたように驚きの表情で固まり、ひきつった。

ハーマイオニーはそれを心配そうに見ていたが、クリーチャーは今までにない程に強い迫力を俺にぶつけてきた。

 

「……それは本当でしょうか? 本当に奥様とレギュラス様の意志を、貴方様は残すというのですか?」

 

「本当だ。なら、今からできる努力をしよう。……俺がここにいる間に限るが、掃除をしていてお前が捨てたくないものがあれば言ってくれ。俺から捨てないようにシリウスへお願いをしよう。ただし条件がある。何故それを捨てたくないのか、俺に教えてくれ。何故それを捨てたくないか分かれば、俺もそれを残そうと頑張れるからな」

 

クリーチャーの忠誠のような表情を初めて見た。いつもの様にどこか浮かれた表情ではなく、目を光らせて強く俺を見つめていた。

 

「……貴方様が約束を守られるなら、私は貴方様に仕えましょう。私の、出来る限りを尽くして」

 

ハーマイオニーは驚愕の表情を浮かべているのが分かった。

俺はそのままクリーチャーの元を離れ自室に戻った。ハーマイオニーは終始黙ったままついてきた。

そして俺の部屋に戻ると、ハーマイオニーは堰を切ったように話を始めた。

 

「あなた、どうしてクリーチャーの求めるものが分かったの? それに凄いわ! クリーチャーが初めて、誰かに忠誠を誓ったのを見た!」

 

「運が良かった。最後のクリーチャーの言葉がなければ、分からず仕舞いだったよ。……クリーチャーが何にこだわってるかは、おおよそ見当ついてた。奥様とやらの命令かこの家の伝統か。その二択だったから、揺さぶりをかけてみた。正直、奥様個人に忠誠を誓ってたのは意外だったな。あとレギュラス様とやらが何者なのかは知らんが、クリーチャーは随分と重い忠誠を誓っていたようだな。……ま、ここまで話が通じたのは俺が純血でスリザリンだからだろうな。自分の生まれと環境に感謝だな」

 

そう返事をすると、ハーマイオニーは少し複雑そうな表情をした。

 

 

「……クリーチャーが純血主義を唱えるのも、寂しかったからかしら? 今迄の主人への忠誠が、そうさせるのよね? ……あなたと接していたら、クリーチャーの考えも変わるかしら?」

 

「それはまだ分からないな。今後の展開次第だな」

 

俺の歩み寄りは成功し、クリーチャーの事がわずかに分かった。

ハーマイオニーはクリーチャーが純血主義の思想に囚われているのに複雑な思いを浮かべながら、少なくともクリーチャーとの関係が改善に一歩進んだことを喜んでいた。

 

「でも、これが「S・P・E・W」の第一歩ね! クリーチャーの様に、何かに囚われた屋敷しもべ妖精も、歩み寄れば変わってくれる。それができただけでも大きな進歩よ!」

 

ハーマイオニーはそうウキウキしながら言い、それを思わず微笑みながら見ていた。

 

「私からも、シリウスへお願いするわ! クリーチャーが望むものを残せるように!」

 

「そうだな。それが当面の課題だな」

 

そう張り切ったハーマイオニーに賛同しながら、次の大掃除の際にシリウスにクリーチャーが望むのものを残せないかお願いをしてみた。

これが中々骨の折れる作業だった。

 

「この家の物を残すだって? ゾッとするね。この家にある物で残す価値がある物なんて何一つないよ。それをクリーチャーが望むから? 悪いが、それは聞けないお願いだな」

 

「どうして? クリーチャーがやっと心を開いてくれそうなのよ? クリーチャーが可哀想だとは思わないの?」

 

「クリーチャーが可哀想だなんて、欠片も思わないさ。ハーマイオニー、クリーチャーは母の怨念に囚われているだけだ。そんなクリーチャーの望みをかなえることは、我が家の悪しき伝統を後世に残すことになる。長い目で見て、それはいい事じゃない」

 

シリウスの家への恨みは深かった。そしてハーマイオニーのクリーチャーへの気遣いとは相性が悪かった。

ピリピリとした嫌な空気になる前に、俺が口を挟むことになった。

 

「シリウス、俺からもお願いしたい。ただ、これは完全に俺の好奇心だ。屋敷しもべ妖精の実態が知りたい。屋敷しもべ妖精の忠誠の向ける先と、精神構造が気になるんだ。……クリーチャーの為にではなく、俺の好奇心の為に実験をさせてくれないか? それにクリーチャーが忠誠を誓うようになったら、便利なのは間違いないだろう?」

 

シリウスはどこか煩わしそうに俺を見たが、俺とハーマイオニーに視線を泳がせた後にどこか諦めるような表情になって了承してくれた。

 

「……分かったよ。ジン、君の好きにしたらいい。ただし、私は捨てられるものは全て捨てるつもりだ」

 

やっとのことでシリウスからの許可を得る頃には、ハーマイオニーは怒りで顔を赤くし、シリウスは冷たい目をしていた。二人の間に溝が生まれてしまったのは、避けようのない事実だった。

ハーマイオニーは俺の部屋でプリプリと怒って見せた。

 

「どうして、シリウスはクリーチャーにあんなにも親切にできないのかしら?」

 

「シリウスにとって、この家が苦痛に満ちたものだからだろうね。……それを遺したいだなんて、シリウスからすれば傷を抉るようなものだろうさ」

 

俺がシリウスを庇うので、ハーマイオニーはショックを受けたようだった。

 

「……ねえ、あなたはまさか本気で実験のつもりはないわよね? 本当はクリーチャーの為を思って、あんなことを言ったのよね?」

 

少し返事に困った。俺がクリーチャーへ歩み寄っているのは、ハーマイオニーと始めたS・P・E・Wの為、すなわちハーマイオニーの為だ。そして、屋敷しもべ妖精への好奇心もあった。俺の中でクリーチャーの為に、という気持ちは薄かった。

ただ、それをそのまま伝えるほど俺は愚かでもなかった。

 

「シリウスにクリーチャーの為を思って欲しいなら、俺達はシリウスの事を考えないとってことだ。……シリウスがこの家の物を遺すのがどれだけ苦痛なのか、考えても損じゃないだろ?」

 

ハーマイオニーの質問に返事はせず、深入りされない程度に話をそらした。

俺の言葉にハーマイオニーは少し悩まし気にはしたが、納得はしたようだった。

シリウスへの怒りは、少しは収めてくれた。

 

 

 

 

 

騎士団本部の掃除をしながら、ロナルドとの距離感を気にし、ウィーズリーおばさんへのケアを心がけ、クリーチャーとの約束を守り、そしてシリウスへの配慮を忘れずにいなくてはならなかった。騎士団本部での生活はどんどん忙しくなっていった。気を遣うことがありすぎる。

そんな俺の心の拠り所の一つは、偶に訪れるルーピン先生との会話だった。

ルーピン先生は任務終わりのどんなに疲れた状況でも、俺への気遣いを忘れることはなかった。

その日は俺が眠れずに食堂でココアを飲んでいたら、トンクスとルーピン先生がやってきて俺と話をしてくれた。

 

「何やらシリウスを上手く言いくるめたみたいだね。この家の物を遺したいとは、随分と大それたお願いだね」

 

ルーピン先生は俺とハーマイオニーがシリウスにしたお願いを聞いて、可笑しそうに笑いながらそう言った。

俺は力なく笑いながら返事をした。

 

「本当にギリギリだったんだ。多分、命の恩人じゃなきゃ聞いてくれなかっただろうな。……シリウスは本当にこの家が嫌いなんだね」

 

「嫌いどころか、憎んですらいる。……きっと家族だからだろうね。家族だからこそ、シリウスはこの家が特別許せないんだ」

 

ルーピン先生は同情するような表情を浮かべていた。

トンクスも、そんなルーピン先生の考えに共感していた。

 

「いい気分じゃないわよね。自分の家族が友達や仲間を殺しただなんて。……友の仇の血が自分にも流れてると思うと、ゾッとするわね」

 

そんなものかと納得をしながら、俺はココアを啜って話を聞いていた。

ルーピン先生はトンクスの言葉に頷きながら、さらに深いところまで考察を広げた。

 

「ああ、そうだ。シリウスはどれだけ努力しても、絶対に自分の中の血を好きになれない。それは呪いだと、感じているだろうね。……そしてこれは私の考えだが、大きな憎悪の始まりは小さな愛情だと思うんだ」

 

「……小さな愛情?」

 

思わず聞き返すと、ルーピン先生は悲しそうに微笑みながら話を続けてくれた。

 

「ああ、そうさ。シリウスはね、親友との絆を何よりも大切にしていた。ハリーの父、ジェームズや私の事を、自分の命よりも大事にしてくれた。そして今も、私達の友情は続いている。ただ、時々思うのだ。シリウスの絆への強い想いは、家族への想いの裏返しではないかとね。……シリウスはシリウスなりに、家族を愛していたのかもしれない。そしてそれが許せなくなったからこそ、憎しみが大きくなったのではないかとね」

 

ここまで話して、ルーピン先生は少し話しすぎたと思った様だった。

悲しそうな表情を取り繕うように、少し悪戯っぽく笑って見せた。

 

「そう言えばジン。君は随分と成長したね。ハーマイオニーは君を、とても頼りにしているそうじゃないか」

 

突然の流れ弾に、思わずココアをむせた。

トンクスは嬉しそうに声を上げて笑った。

 

「いやあ、あの話を聞いてからジンとハーマイオニーを見るのが楽しくて仕方がないわね。なんか、こう、もどかしくなっちゃう」

 

トンクスとルーピン先生の二人に俺のハーマイオニーへの感情を打ち明けたことは、随分と前に共有をしていた。

それから二人はそろって俺をからかう様になっていた。

 

「そう言えばシリウスが君とハーマイオニーの事を疑っていたね。仲が良すぎるんじゃないかって、私に言ってきたよ」

 

「それは、クリーチャーの件に関することでのちょっとした仕返しのつもりでしょう。……シリウスは、本気で思ってはいないはずですよ」

 

「あら、そうかしら? 意外と本気だったりしない?」

 

「……俺、そんなに態度に出てますかね?」

 

「安心していい。ビックリするほど態度に出ていない。しかし、それはそれでどうかとも思うんだよ」

 

珍しくルーピン先生にからかわれ、少し恥ずかしくなる。

しばらくはルーピン先生とトンクスからからかわれたが、ひとしきり笑うとルーピン先生は自然と話題を変えた。

 

「ああ、そうだ。君にとっても朗報かもしれないが、近い内にハリーがここに来る。ダンブルドアが、そろそろここに呼び出してもいい頃だと言うんだ。……何やら時期を見計らっていたようだけど、それも終わりの様だ。この話は、ダンブルドアから直接されるだろうね。明日か、明後日にはダンブルドアがここを訪れる」

 

「そうなんですか? そっか、ポッターがとうとうここに来るのか。……預言者新聞の事は、ポッターは知らないんでしたっけ?」

 

「ああ、そうだ。ハリーには魔法界での情報は一切、送らない決まりになっている。……それもやりすぎだとは思うが、ダンブルドアには何かお考えがあるのだろうね」

 

今やポッターとダンブルドアは世間からの攻撃の的である。

それを本人が知らないことは、幸せなことなのか不幸なことなのか、判断は難しかった。

 

それからルーピン先生は次の任務の前に休息が必要で、眠りに入るようだった。

俺も眠気を感じたので、大人しく自室に戻った。

トンクスはそのまま夜勤まで起きているようで、食堂に残っていた。

ルーピン先生とトンクスとの会話ですっかり気疲れの取れた俺は、ぐっすりと眠ることが出来た。

 

そして、ルーピン先生の話の通り、翌日の夜にダンブルドア先生が現れた。

ポッターに関する特大のニュースを持った上で。

 

 

 

 

 



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尋問とジレンマ

ダンブルドア先生が騎士団本部を訪れた。

それは少なくとも俺が騎士団本部に来てから初めての事であった。

そして、ダンブルドア先生が持ってきた情報は自身の訪問の衝撃を打ち消すほどの驚きの情報であった。

 

ダンブルドア先生はウィーズリー兄弟とハーマイオニーや俺、騎士団本部にいる子ども達を呼び出すと話を進めた。

ポッターへ吸魂鬼の襲撃があったこと。ポッターが自衛の為に魔法を使い、それによってホグワーツ退学処分を魔法省より通達されたこと。それを何とかダンブルドア先生によって阻止をしたが、ポッターには魔法省からの尋問が控えているとのこと。

騎士団員はそれらの事実を子ども達よりも早く共有をしていた。

既にウィーズリーおじさんとシリウスはポッターへの手紙を送っており、それぞれの役割を全うしているようだった。

そしてダンブルドア先生がここを訪れたのは、俺達にこの話をする為だけではなかった。

一通りの情報共有を終えたダンブルドア先生は、ポッターへの手紙を書くことを厳しく禁じ、特にハーマイオニーとロナルドに強く言い聞かせた。その考えの理由を語ることはなかったが、ハーマイオニーとロナルドは有無を言わさず誓わされていた。

そして、ダンブルドア先生の矛先はポッターの見張りをしているはずであったマンダンガスへと向かった。

ダンブルドア先生は酷く怒っていた。静かな怒りが全身から迸っており、マンダンガスを呼び出すと二人で部屋に閉じこもった。

二人がどのような話をしていたかは分からないが、あれほど怒り狂ったダンブルドア先生は初めて見た。フレッドとジョージですら冷やかす言葉が見当たらず、ハーマイオニーは怯えて言葉を失っていた。

 

ダンブルドア先生がマンダンガスと部屋で話している間は、それぞれの部屋で待機しているようにとの指示が出た。

重要な話をする為、盗み聞きを絶対にさせまいという騎士団からの強い圧力を感じた。

各々が不安を感じながら部屋にこもることになり、誰かの部屋に行って相談することも禁じられた。

誰もダンブルドア先生がいる中で何かしようとは思わないようで、姿現しができるフレッドとジョージも部屋を出ようとする気配はなかった。

俺も大人しく部屋で本を読んでいた。

本を丸まる一冊読み切るかどうかの時間が経った頃、俺の部屋のドアがノックされた。

もう部屋を出ていいと誰かが言いに来たのかと思いドアを開けると、ドアの向こうに立っていたのはダンブルドア先生だった。

 

「おお、すまぬのう。君の望んでいる知らせを言いに来たのではない。少しばかり、わしは君に用があったのじゃ」

 

「……俺に用事ですか?」

 

ダンブルドア先生は驚く俺に少し面白がるようにそう言った。

マンダンガスに向けていた怒りはもう見当たらなかった。そのことに安心しながらもダンブルドア先生がなぜ俺に用事があるのか分からず、怪しむような表情を浮かべてしまっていた。

ダンブルドア先生は穏やかに笑いながら、話の続きを始めた。

 

「新学期が始まってすぐに、君に特別授業を設けたい。教えるのはわしじゃ。内容は当日までの秘密。また、特別授業の事も誰にも言ってはならん秘密じゃ」

 

突然の事に体が硬直し返事に窮した。ダンブルドア先生が来てから驚きっぱなしだ。

ダンブルドア先生は長くは話すつもりはない様だった。

 

「じきにハリーがここに来る。ハリーは今、酷く怒っており、傷ついてもおる。ハリーと話す時は、わしの事は話すべきではないじゃろう。わしはハリーへ、酷い仕打ちをしておるからのう。……では、わしは行かなくては。これでも酷く忙しい身でのう。良い夜を、ジン」

 

それだけ言うと、ダンブルドア先生はにっこりと微笑んでから直ぐにこの場を去って行った。俺の返事を聞こうともしなかった。

少しして我に返ってから、俺は再び大人しく部屋に閉じこもって誰かが呼びに来るのを待つことにした。

 

しばらくしてウィーズリーおばさんがそれぞれに部屋を出ても良いと言い回ることでやっとお互いの意見を交換できるようになった。

ハーマイオニーは酷く取り乱していた。ポッターが退学になったらどうしようと、泣きそうになりながら自分が持ち込んだ本で調べ物をしていた。

ウィーズリーとジニーも不安がってはいたが、それ以上に怒りを露わにしていた。魔法省からポッターへの仕打ちに対し悪態をつき続けていた。

フレッドとジョージはそこまで不安がっている様子はなかった。二人にとってホグワーツの退学が大したダメージではないからだろう。二人はそれ以上に、何故ポッターに吸魂鬼が差し向けられたのか気になっているようだった。

全員がポッターの事を気にしていたが、ダンブルドア先生からポッターへの連絡が禁じられている以上、こちらから何かができるわけでもなかった。大人しくポッターが来るのを待つしかないのだ。

ポッターの事で気を滅入らせているハーマイオニーをウィーズリーやジニーが慰め、無理に情報を集めようとするフレッドやジョージをシリウスやウィーズリーおばさんらが抑えるのを横目に、俺は大人しくすることとした。

 

 

 

ポッターが騎士団の本部に来たのは、事件が起こってから三日後の事であった。

俺の部屋でフレッドとジョージと共に話をしていると、下の階から大きな叫び声が聞こえてきた。

 

「それじゃ、君達は会議に参加していなかった! だからどうだって言うんだ!」

 

ポッターの声が館中に響き渡っていた。

これを聞いた途端フレッドとジョージは顔を見合わせて、ニヤリと笑って姿現しをした。

下の階に行ったのだろう。

二人が下に行きポッターの叫び声が聞こえなくなった頃、俺も顔を出そうと思い移動を始めた。しかし、正直足取りは重かった。

ポッターが苦しみ、怒っていることは事前にダンブルドア先生から聞いていた。だが、予想以上のポッターの怒り様に少し尻込みをしていた。館中に響き渡る声で叫ぶのは尋常ではない怒り具合だ。

ポッターの声がした部屋に入ると、既に俺以外のメンバーが集まっていた。

ポッターは俺がいるのを見るとショックを受けたように固まり言葉を失った。それを見たハーマイオニーが慌ててフォローをするようにポッターへ声をかけた。

 

「ハリー、ジンもここに保護されているの。……ルシウス・マルフォイと争って、命を狙われているのよ」

 

ハーマイオニーの端的な説明で、ポッターは我に返ったようだ。

館中に響き渡る声で怒鳴っていた割には、ポッターは随分と冷静な判断ができるようだった。少なくとも、目に入った人間全員に噛みつくようななことはない様だ。

とはいえ俺に対し行き場のない感情は持っているようで、混乱し固まりながらも何かを言おうと口を開閉させていた。

 

「……学校が始まるまで共同生活になるな。よろしく頼む」

 

ポッターが混乱から回復する前に挨拶を済ませる。

そして丁度良いタイミングで下の階でドアが開く音が聞こえた。

会議が終わり、夕食の時間になったのだ。

 

「会議が終わりましたよ。もう降りてきて良いわ。さあ、夕食にしましょう」

 

ウィーズリーおばさんに呼ばれ、部屋にいた全員がぞろぞろと移動を始めた。

ポッターは何やら話足りない様子ではあったが、俺がすぐに移動を始めたので声をかけるタイミングを無くしたようだった。

それから客室に行くと、今日はルーピン先生にトンクス、マンダンガス、ビル・ウィーズリーとウィーズリーおじさんもいた。そしてシリウスがポッターへ温かく歓迎の言葉をかけ、ポッターもやっと表情を緩めて客席に着いた。

それから和気あいあいとした雰囲気で夕食が始まった。

マンダンガスのジョークにフレッドとジョージとロナルドが爆笑し、トンクスの七変化を使った顔芸にハーマイオニーやジニーが大喜びし、ポッターはシリウスと親し気に話をしていた。

俺も、ルーピン先生やビル・ウィーズリーと共に他愛もない事を話しながら夕食を楽しんでいた。

そしてそのまま和やかな雰囲気で食事終わり解散になるかと思いきや、シリウスがポッターに向かって爆弾を投げかけた。

 

「……ハリー、君には驚いた。ここに着いた時、君は真っ先にヴォルデモートの事を聞くだろうと思っていたんだがね」

 

部屋の雰囲気が一瞬で緊迫したものに塗り替わった。

シリウスの言葉を受けて、ポッターは部屋にいた時のような憤慨したような表情に戻った。

 

「聞いたさ! でも、ロンもハーマイオニーも、騎士団にいれてもらえないから、何も聞けないって!」

 

「そうよ、ハリー。あなた達は若すぎる」

 

ウィーズリーおばさんがそう厳しく釘をさすように言ったが、シリウスは話を続けた。

 

「騎士団員でなければ質問をしてはいけない、という決まりはない。ハリーは、何が起きているか知る権利がある」

 

「だったら、俺達にだってその権利はある筈だ! 俺達は質問をずっとしてきたが、何も教えてもらえてない! 若すぎるからってな! なのにハリーは良くて、成人している俺達はだめなのかよ!」

 

シリウスの言葉にジョージが食いついた。隣でフレッドも同意するように力強く頷いていた。

シリウスはそんな二人に静かに声をかけた。

 

「君達二人に教えるどうかは、君達のご両親が決めることだ。だが、ハリーの方は――」

 

「ハリーにとって何がいいか決めるのは、あなたではないわ!」

 

ウィーズリーおばさんがシリウスの言葉を遮り、鋭くそう言った。表情は険しく、今まで見たことがない程に怒っていた。

 

「ダンブルドアが決めたことです! ダンブルドアは、ハリーが知る必要があること以外は話してはならないと仰っていましたがね!」

 

「私は、ハリーが知る必要があること以外をこの子に話してやるつもりはないよ。しかし、ハリーはヴォルデモートの復活を目撃したものであり、大方の人間以上に知る必要があることが――」

 

「この子はまだ十五歳です!」

 

「モリー、ハリーは小さな子供ではない!」

 

「ええ、そうでしょうとも! そして、大人でもありませんわ!」

 

シリウスとウィーズリーおばさんは語気を強めていき、殆ど怒鳴り合いになっていた。

子ども達はオドオドとした態度で事の成り行きを見守っていた。

 

「シリウス、この子はジェームズではないのよ!」

 

「お言葉だが、私はこの子が誰なのか、はっきりと分かっているつもりだが?」

 

「そうは見えませんわ! この子はまだ学生で、責任ある大人がそのことを忘れてはいけないのよ!」

 

「私が無責任な名付け親だと?」

 

いよいよどちらかが杖を抜きかねない程にヒートアップした時、ウィーズリーおじさんがため息をつきながら口を開いた。

 

「……モリー、ダンブルドアも立場が変化したことをご存じだ。ハリーにはある程度の情報を与えるべきだと認めておられる」

 

「しかし、ハリーに何でも好きなことを聞くように促すのは全然別の事です!」

 

ウィーズリーおばさんは、ウィーズリーおじさんが少なからずシリウスの味方をしたことにショックを受けたようだった。

そしてそれに追い打ちをかけるように、ルーピン先生が口を開いた。

 

「私個人としては、ハリーは事実を知っていた方がいいと思う。何もかもというわけではないがね。だが、歪曲された話を誰かから聞かされるよりは、私達から全体的な状況を話した方が良いと思うよ」

 

ルーピン先生はそう言いながら、チラリとフレッドとジョージを見た。盗み聞きの事を指しているのだろう。

ウィーズリーおばさんは味方がいないことにわなわなと体を震わせながら、椅子に座り直した。

それを見てから、ルーピン先生は穏やかな口調で話を続けた。

 

「ハリー、君の意見も聞こうか。君はどうしたい?」

 

「僕、聞きたい。何が起きてるのか、教えて欲しい!」

 

ポッターがそうハッキリというのを聞いて、ウィーズリーおばさんはうめき声をあげた。

ポッターが騎士団の会議での話を聞くのは、もう決定的であった。

ウィーズリーおばさんは震えた声でハリー以外の子どもに指示をした。

 

「……分かったわ。それでは、ハリー以外の子はすぐにこの部屋から出て行きなさい」

 

「俺達は成人だ!」

 

すぐさまフレッドとジョージが食いついた。自分も情報を得ようと必死であった。

ウィーズリーおばさんの顔をゆがませた。そんなウィーズリーおばさんに、ウィーズリーおじさんが疲れたように声をかけた。

 

「……モリー、フレッドとジョージは止められない。二人は確かに成人だ」

 

ウィーズリーおばさんは更に顔を赤くさせたが、抵抗はしなかった。

そして今度はロナルドが声を上げた。

 

「どうせ、僕とハーマイオニーにはハリーがここでの話を全部教えてくれる! ……なあ、そうだろう?」

 

「……ああ、もちろん」

 

ロナルドが一瞬だけ不安そうにしながら、ポッターへ問いかけた。ポッターはロナルドの顔を見て、優しく笑いかけながらそう言った。ロナルドとポッターが笑い合い、二人の間にある確かな友情を証明していた。そのお陰で、ロナルドとハーマイオニーはその場に残る権利を得た。

ウィーズリーおばさんは溜まりに溜まった怒りを、ジニーにぶつけた。

 

「ジニー! あなたはもう寝なさい!」

 

そう言って無理やりジニーを追い出した。ジニーは激しく抵抗したが、ウィーズリーおばさんには敵わずそのまま部屋へと連行されていった。

そしてウィーズリーおばさんがジニーを連れて部屋を出た後、俺も席を立ちあがった。

 

「……俺はここでの話を聞かない方がいいと思いますので、退出しますよ」

 

周りの反応は驚くか納得するか、概ねそのどちらかだった。

ポッターは勿論驚きながら、俺の事を凝視した。フレッドとジョージ、そしてロナルドも俺の情報の遮断の徹底ぶりに驚きを隠せないようだった。

一方でハーマイオニーは納得したようにしながら、同情するような表情だった。後の大人達は納得の表情を示しながら、何も言うことはなかった。

俺はそのまますぐに部屋を出ると、ジニーを部屋に閉じ込めたウィーズリーおばさんとすれ違った。

ウィーズリーおばさんは俺が話を聞かずに部屋を退出したことを察すると、複雑な表情をした。俺がもっと早く退出していれば、こんなことにはならなかったのではと思った様だった。

俺はウィーズリーおばさんとは目を合わせず、三階に自室にこもった。

そのまま寝ようとベッドに横になり、目を閉じる。

 

騎士団の話に興味がなかったわけではない。聞けるのならば聞きたいが、やはり重要な情報を持ってしまうことが怖かった。

闇の帝王が知りたがる情報を持ったままドラコ達と気兼ねなく接するのは、それだけで一苦労だ。

だから下でどんな話をしていようが関係なく、俺はそのまま目を閉じて眠るにつくことが出来た。

 

 

 

翌日から、シリウスとウィーズリーおばさんの関係は最悪だった。

二人は必要以上に礼儀正しく話をし、平静を装っていたが、決して目を合わせて笑い合うような事はなかった。

一方でポッターはここに来た時に抱えていた怒りを収めたようだったが、今度は数日後に控えている自身の退学をかけた尋問に悩まされているようだった。ウィーズリーおばさんから与えられた仕事を積極的に行いなるべく考え事をしないようにしているようだったが、疲れた表情で押し黙っている時間も多く、その度に誰かがポッターの気を紛らわせようと話しかけていた。

ポッターは尋問以外の話題を好んで口にしたし、尋問以外の話題には積極的に話に参加していた。

そんなポッターにとって、俺の存在は尋問から気をそらすのにうってつけの話題だったのだろう。

俺と二人になった時、ポッターはよくしゃべった。

 

「君はどうやってここに?」

 

「暖炉を使って。二年前に、シリウスを逃がすために使った部屋を経由してな。……あれを使うと、暖炉移動で足が付かない。よく知ってるだろ?」

 

「ああ、それなら僕もそれを使わせてもらえればよかったのに……。そしたら、凍える思いをして箒で移動することもなかったし、誰かが危険な目に遭う可能性もなかったろうに……」

 

「そのためにマグルの暖炉を暖炉ネットワークにつなげることの方が、リスクが高かったんだろうな。暖炉の管理は魔法省がしているし、迎えに行く人物も限られるし、マグルの暖炉に火がついていたら最悪だしな。……箒での移動は、そんなにひどかったのか?」

 

「……箒というより、ムーディー先生が酷かった。警戒しすぎというか、なんというか……」

 

他愛もない会話をしながら、部屋を片付ける。他愛もない会話を続けていると、ポッターは段々と踏み込んだことを話し始めた。

俺が騎士団の事を聞かない理由や、俺とルシウス・マルフォイとの間に何があったのか、騎士団本部に来るまでの両親が遺した部屋での缶詰生活など話は多岐にわたり、ポッターはどれも興味深げに俺の返事を聞いていた。

そして、ポッターは少し気まずそうにある話題を打ち出した。

 

「……ねえ、あの日の事を聞いてもいいかな?」

 

「……あの日?」

 

「ヴォルデモートが甦った日。……君に何があったのか、僕は何も聞かされてないから」

 

ヴォルデモートが甦った日、俺に何があったのか。

ダンブルドア先生が質問を禁じていたこともあるが、そのことを俺に質問をしたのは実はポッターが初めてだった。今更な話だし、誰も気にも留めていないと思っていた。

ポッターは無意識か分からないが、尋問の事を忘れたい一心で話題を探し、この話題にたどり着いたのだろう。

俺はダンブルドア先生から口止めされている自分の予言の事と、両親が遺した指輪の事を触れないように注意しながら、返事をした。

 

「お前の身に起きたことと比べると、大したことはない。ビクトールと一緒にクラウチに襲われて、何とか生き延びただけだ」

 

ポッターは少し気まずそうにしながら、さらに踏み込んで質問をした。

 

「クラウチは事故で死んだって聞いてるけど……君とクラムで、その、倒したってことなのかな?」

 

言葉を選びながら、ポッターは気になっていることを探っていた。

俺とビクトールのどちらかがクラウチを殺したのではないかと危惧しているようだった。

俺は少し固まったが、冷静に返事をすることが出来た。

 

「……俺とクラムも殺される寸前だった。だから正直、何が起きたのかは分からない。気が付けば、俺は医務室のベッドで目が覚めたんだ」

 

「……ごめん、変なことを聞いた」

 

ポッターは俺の返事にどこまで納得したかは分からない。

ただ、自分のした質問が不躾であったと恥じているようだった。

それから少し気まずい沈黙が流れ、昼食に呼ばれた時にはポッターはホッと息をついていつもよりも少し足早に大広間へと向かった。

それからポッターが尋問を受ける日まで、俺に話しかけることはなかった。

俺からポッターへ話しかけることもなかった。

 

 

ポッターが騎士団本部に来てから数日後に、とうとうポッターの尋問の日が来た。

ポッターが早朝にウィーズリーおじさんに連れられて騎士団本部を出た後、騎士団本部では全員がいつも通りに過ごそうとしていたが、所々で気が張り詰めていた。

シリウスは確実に口数が少なくなり、ウィーズリーおばさんは同じ部屋を何度も掃除していた。

ハーマイオニーは不安で何度か皿やグラスを落として割ってしまい、ロナルドとジニーはそんなハーマイオニーにつきっきりだった

フレッドとジョージはみんなが上の空なのを見て、これ幸いとドクシーの毒針や呪いのかかった鉤煙草、灰皿などをかき集めては隠し場所に保管をしていた。

俺はそんなフレッドとジョージを横目に、シリウスと同じ部屋を粛々と掃除をして過ごしていた。

黙って掃除をしていると、隣にいたシリウスが話始めた。

 

「……そう言えば、君は昨日クリーチャーから何かを遺してくれと頼まれていたね。何を遺したんだい?」

 

シリウスからそんな質問をされるのが意外で驚いた。

クリーチャーと約束をしてから、クリーチャーは何度か俺に遺したいものがあると申し出てくることがあった。俺はクリーチャーが申し出る度にシリウスに確認をしようとしたが、シリウスは好きにしたらいいと言って何を遺すか確認しようともしなかったのだ。

こんな質問をするとは、やはりポッターの尋問にシリウスも少し気が滅入っているのだろう。

そんなシリウスに、俺は正直に返事をした。

 

「……家紋の入った、銀の懐中時計。シリウスのお父さんの部屋にあったもので、代々受け継がれたものらしい」

 

「ああ、あれか。代々などと言って、あれは曽祖父が職人に作らせたものだ。家紋がいつでも見えるようにと、いやらしく大きく刻ませてね。……まあ、先代からの趣向を受け継いだという意味では、クリーチャーの目にはブラック家の歴史ある物に映るのだろうね」

 

「……詳しいね」

 

皮肉ではなく、純粋な驚きとして口に出た。

俺は父親の部屋にあった銀の懐中時計としか言っていないのに、まるで実物を見たあの様に詳しく懐中時計の事を話し始めたシリウスに驚いたのだ。

シリウスは俺の返事に少し固まって、溜息を吐きながら話始めた。

 

「この家にいると、何度も無駄なことを口うるさく教えられる。やれ壁のタペストリーが何世紀からのものだとか、古時計にいかに偉大な魔法がかかっているか、マーリン勲章をいくつ受け取ったか、果てには父親のズボンがいかに素晴らしいかまで語られる」

 

最後の方には冗談めかしていたが、シリウスの声には隠しようのない寂しさが滲んでいた。

 

「……理解できなかったよ。この家にいる人間が誇る物も、それをありがたがる者も。差別と侮蔑で満ちた張りぼての誇りをかざして、どうして胸を張れるのか、私には理解ができなかったんだ」

 

ルーピン先生の言葉を思い出した。

シリウスが家族を愛していたのではないか、という事を。

理解できなかったという事は、理解しようとしたという事ではないだろか。

シリウスがこの家に何を思っているか気になったが、黙って背を向けてしまったシリウスにそれ以上声をかけられなかった。その背中からも哀愁が漂っていた。

 

その日の夜にはポッターが尋問から帰ってきて、無罪放免であったことを発表した。

ポッターの無罪放免を受けてハーマイオニーは泣きそうになりながら喜び、ロナルドは宙に拳を振り上げて大はしゃぎだった。他の面々も大きく喜びを表現していたが、シリウスだけは喜んだ表情をしながらも、どこか哀愁がぬぐい切れないようだった。

ほんの少し、シリウスの心情を察した。

シリウスは、ポッターが無罪放免となりホグワーツに行けるようになって、また一か月後には一人にこの家に閉じ込められることを憂いているのだ。

騎士団が命を懸けて仕事をしている中で、自分の辛い過去が詰め込まれた空間に押し込められ、いつ出られるか分からぬままにただ耐え忍ぶ。

俺にはシリウスが、なんだか迷子の子どもの様に見えてきた。

 

 



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監督生と勘違い

ポッターの無罪放免。

それ以降、騎士団本部でのポッターは晴れやかな表情で過ごすことが多かった。

相変わらず騎士団本部の大掃除は終わらず、夏休みも終わりに近づき課題に迫られている様子も見受けられたが、それでもこれからのホグワーツの生活や親友達との時間がポッターを前向きにしたようだった。

 

一方で、時間が経つにつれて気持ちが暗くなる者もいた。

 

気持ちが暗くなっている者の一人は、俺。

俺はホグワーツでの生活が迫るにつれ、スリザリンの親友達との再会がどうなるかを考えざるを得なかった。

親友達とはもう、一カ月近く連絡を取っていない。知り合ってから初めてのことだ。

そして、死喰い人や闇の帝王の支持者を親族に持つドラコやパンジー、騒ぎさえ起こさなければ安全でいられるブレーズやダフネやアストリアが、闇の帝王との対立を避けられない俺にどう接するのか、不安にならない日はなかった。

ルシウスさんからの誘いを断ったことは、もう周知の事実だろうか? ドラコは少なくとも知っているように思う。であれば親友達には知れ渡っているはずだ。

親友達から距離を置かれるのは覚悟をしているが、辛い事には変わりない。

そんなことばかり考え、日に日に憂鬱になっていた。

 

そんな俺の真っ先に様子に気が付いたのは、ハーマイオニーであった。

ハーマイオニーは俺の憂鬱の正体を察しているようで、一度でも親友達に手紙を出してみたらどうかと俺に勧めてきた。

 

「私の家に向かうフクロウを経由させれば、安全じゃない? 騎士団本部の事は、ダンブルドアが秘密の守り人なんだし、手紙一本でバレることはないわよ!」

 

いつも慎重なハーマイオニーらしくない楽観的な提案だった。

それほどまでに、俺が落ち込んでいるように見えたのだろう。

そう元気づけようとするハーマイオニーに、俺は笑いかけながらその誘いを断った。

 

「ありがとう。でも、遠慮するよ。俺からあいつらに連絡を取ること自体が、問題になるかもしれない。ルシウスさんは、俺からの連絡を確実に確認する。姿をくらましてるんだ。安全だって伝えるのも、結構なリスクだと思うよ。……それにお前だって、パンジーとダフネに手紙を書いていないだろ? 危険だって、分かってるから」

 

 

「……そうよね。ごめんなさい、軽率だった」

 

そう返事をすると、ハーマイオニーは一層俺に同情するような表情になり、それ以降も俺によく構うようになった。

 

そして俺以外にもう一人、日に日に表情を曇らせる人がいた。

シリウスだ。

シリウスはポッターの無罪放免を聞いてから、少しずつ塞ぎ込んでいった。

夏休みが終われば子どもたちは全員ここを去り、シリウスは再び一人きりで耐え忍ぶ生活だ。そして、まるで一足早く一人でいる準備をするかのように、あれだけ懐いているポッターにすら壁を作り始めていた。

ポッターとロナルドは、シリウスへの心配を強めているようだった。

二人が一緒になって、シリウスへの心配を口にするのを何度か耳にした。

シリウスもそれを自覚しているのか、みんなといる時は今まで以上に楽しそうにふるまうことが多くなった。そして、それと比例するように一人で部屋にいる時間も長くなっていった。

 

 

 

そうして迎えた夏休み最後の日、子どもたちの手元にホグワーツからの手紙が届いた。

ホグワーツの新学期開始の案内と、教科書のリストの二つが入った手紙だ。

部屋で一人それを見ていると、部屋の外でドタバタとする音が鳴り、ノックもなく俺の部屋のドアが開け放たれた。

ドアの方へ目をやると、興奮で息を切らしたハーマイオニーが頬を紅潮させながら勢いよく入ってきた。

 

「ねえ、あなたはどう? 貰った?」

 

「……一体何を?」

 

思わずそう返事をすると、ハーマイオニーは俺の手にある手紙を凝視し、少し残念そうな表情をした。

それから慌てて自分の封筒から一つのバッジを取り出した。

赤と金のグリフォンドールのライオンのシンボルの上に大きくPと書かれたバッジ。

 

「……ああ、そっか。今年は監督生が選ばれるんだったな」

 

呆然とそう呟くと、ハーマイオニーは勢いよく頷いた。

 

「そうなの! 私、監督生になれたわ! ……スリザリンの監督生は絶対にあなただって思ってたのに、違ったのね」

 

ハーマイオニーは自分が選ばれたことを喜びながら、俺が選ばれなかったことを気遣って少し複雑そうな表情をしていた。

俺はそんなハーマイオニーの様子が可笑しく、笑いながら賛辞の言葉を投げかける。

 

「監督生おめでとう、ハーマイオニー。それとスリザリンの監督生は、むしろ俺は絶対にないだろうな。……家柄重視の奴らを従わせる力は、俺にはないよ」

 

監督生になれなかったことは残念でも何でもなかった。

シャワールームを使えることは羨ましいが、それ以外は責務や業務まで降りかかる。

闇の帝王に狙われた状態で、そんな責務まで負いたくはなかった。

ハーマイオニーは、強がりでも何でもなく本当に監督生になりたくなかったという俺の気持ちを察したようだった。

少し残念そうな表情をしたが、素直に俺からの賛辞を受け取ることにしたらしい。

 

「ありがとう! ……でも、それじゃあスリザリンの監督生は誰だと思う?」

 

「十中八九、ドラコだろうな。あいつなら、先輩後輩問わずまとめ上げられるだろうし。……それで言うと女子は、パンジーが有力かな」

 

俺の予想に、ハーマイオニーは驚いて笑った。

 

「ええ、パンジー? ああ、もしそうだったらとっても嬉しいわ! でもあの子、落第ギリギリの成績なのに監督生だなんて、あり得るかしら?」

 

ハーマイオニーの素直な反応に俺は笑った。

 

「さあ、どうだろうな。でも、あいつはスリザリンでの地位は高いし、先輩後輩問わず従わせるだけの力はあるぞ。成績以外、監督生の要素としては満点だと思うがな」

 

「成績以外……。そうね、うん。パンジーが監督生なら、私、学校生活がもっと楽しみになるわ」

 

ハーマイオニーはそう嬉しそうにしながら言い切った。しかし、成績以外という言葉で少しハーマイオニーが表情を曇らせたのが分かった。まるで自分が成績で選ばれたと思っているようだった。

それはとんだ勘違いだ、と思い言葉を投げかける。

 

「ハーマイオニー、お前は成績以外でも監督生として満点だと思うぞ。……お前はホグワーツに来てからずっと、正しい事をしてきたしな。納得の人選だ」

 

ハーマイオニーは驚いた表情で俺を凝視し、それから少し照れたように笑った。

 

「……ありがとう。本当に嬉しい。……そうだわ! グリフォンドールのもう一人の監督生は誰だと思う? 私、きっとハリーだと思うの!」

 

照れ隠しの様に、ハーマイオニーはグリフォンドールの男子の監督生の予想を立てた。

 

「ああ、なら確かめに行ったらどうだ? ちょうど下に、ポッターがいるしな」

 

「そうね! それじゃあ行きましょう!」

 

そう言うが早く、ハーマイオニーは俺の腕を掴むと階段を下りて下の階にあるポッターとロナルドの部屋に突撃していった。

俺は行く気はなかったのだが、興奮のあまり自分が何をしているかもよく分かっていなさそうなハーマイオニーに何か言う気にもなれなかった。抵抗する間もなく引きずられ、気が付けばポッターの部屋に引きずり込まれていた。

ポッターとロナルド、そして二人の部屋にいたフレッドとジョージはいきなり突撃してきたハーマイオニーと、引きずられるようにしてきた俺に驚いた顔を向けた。

ハーマイオニーは部屋の中を見て、ポッターが監督生のバッジを持っているのを見て歓声を上げた。

 

「ああ、そうだと思った! ハリー、私も監督生なの!」

 

自分の予想が当たったこと、そして監督生としての喜びを分かち合える相手を見つけて、ハーマイオニーはご機嫌だった。

しかし、どうやらハーマイオニーの予想は外れだったようだ。

嬉しそうに声をかけられたポッターは急いでバッジをロナルドに押し付けた。

 

「違うよ。僕じゃない。ロンなんだ」

 

ポッターは早口でそうハーマイオニーに告げ、ハーマイオニーは一瞬固まってしまった。

 

「え、ロン? でも、確かなの? だって……」

 

「手紙に書いてあるのは、僕の名前だ」

 

ロナルドの挑むような表情に、ハーマイオニーは恥ずかしそうに赤面させた。

それからあたふたとしながら、言い訳がましく口を開いた。

 

「私……えーと……ああ! ロン、おめでとう! 私、本当に……」

 

「予想外だったよな」

 

ジョージがしみじみと頷き、わざとからかう様にハーマイオニーの言葉の後をつないだ。

ハーマイオニーは顔をさらに赤くした。

 

「違うの! ほら、ロンはいろんなことを……本当に……」

 

フレッドとジョージは慌てふためくハーマイオニーを楽しみ、ロナルドはため息を吐いた。

そんな中、ポッターは引きずられるようにしてやってきた俺に意識を向けていた。

 

「……君も、監督生に選ばれたの?」

 

話を振られて少し驚いたが、直ぐに返事をした。

 

「いや、違う。残念ながらスリザリンの監督生は俺じゃない。……あの寮の連中を監督しないで済むから、安心はしてるけどね」

 

俺の返事に、ハーマイオニー以外の全員が驚いた表情になった。

中でもロナルドはかなり驚いた表情をしていた。あんぐりと口を開けて、固まってしまった。

フレッドとジョージは少し嬉しそうだった。

 

「ああ、よかった。君がこれ以上、お堅くなったらどうしようかと思ったよ」

 

「石頭が鉄頭って具合にね。君に罰則権限を持たせるのは僕らにとって、ちょっとおっかないもんな」

 

「……よく言うよ。罰則なんて欠片も気にしてないくせに」

 

二人の軽口に苦笑いをしながら返事をする。

それからフレッドとジョージは一瞬のスキをついてロナルドから監督生のバッジを奪い取ると、囃し立てるようにしながら部屋を出て行った。

 

「ロニー坊ちゃんが監督生だ! 我が家で四人目! そーら、監督生のお通りだ!」

 

「……おい、やめろよ!」

 

フレッドとジョージを追いかけ、ロナルドは急いで部屋を出て行った。

取り残された俺とポッターとハーマイオニーは少し呆気に取られていたが、急にハーマイオニーもそわそわとしながらポッターに話しかけた。

 

「……ねえ、ハリー。ヘドウィグを借りてもいいかしら? あの、私もパパとママに伝えたいの。監督生って、二人も何か知ってるから」

 

「ああ、うん、勿論。おめでとう、ハーマイオニー! 使ってよ!」

 

そう言い、ポッターは白フクロウの入った籠をハーマイオニーへ渡した。

ハーマイオニーはそれを受け取ると、少しはにかみながら、そして少し心配そうにしながらポッターを見た。

ハーマイオニーの目には、ポッターが監督生に選ばれなくて落ち込んでいるように見えたのだろう。

俺もチラリとポッターを見た。ポッターはハーマイオニーへにっこりと微笑んでいたが、確かに無理して笑っているようにも見えた。どこか、ポッターの無罪放免を祝福したシリウスに似ていた。

ポッターへかける言葉が分からず、俺は大人しくフクロウを借りて出て行くハーマイオニーについて行って部屋を出た。

ハーマイオニーは、先程の事を少し気にしていた。

 

「……ハリーとロンに、悪いことしちゃったわ。ハリーだと思ってたから、その、気まずくさせちゃったわ」

 

「あまり気にすることでもないと思うがな……。ポッターも、そこまで気にしているようには見えないし」

 

「……それだったら、良いのだけど」

 

ハーマイオニーはそう言い、力なく微笑んだ。

それからハーマイオニーは両親へ手紙を書くと言い部屋に戻り、俺も部屋に戻りホグワーツへの荷造りを始めた。

 

 

 

その日の夜は、ハーマイオニーとロナルドの監督生祝いを込めて豪勢な料理が大広間に並ぶこととなった。夏休み最後の夜、という事もあるのだろう。晩餐会が開かれるようだった。

特にウィーズリーおばさんはここ一番の喜びようで、張り切って料理の腕を振るい、「ロン、ハーマイオニー 新監督生おめでとう」と書かれた横断幕まで用意していた。立食パーティーにしようと部屋をデザインし、大広間はいつになく素敵なパーティー会場となっていた。

その日は大勢が集まった。

ウィーズリーおじさんにビル・ウィーズリー、ルーピン先生、トンクス、マンダンガス、ムーディ先生にキングズリーも来ていた。

ウィーズリーおじさんがゴブレッドを掲げて、乾杯の挨拶をした。

 

「新しいグリフォンドールの監督生、ロンとハーマイオニーに乾杯!」

 

ロナルドとハーマイオニーがにっこりと微笑んで、そんな二人にみんなが拍手をして、晩餐会が始まった。

みんなが和気あいあいと楽し気に会話をしていた。

 

「私は監督生にはなれなかったなぁ。寮監がね、私にはお行儀よくする能力が欠けているって言っていたわ」

 

トンクスは明るくそう言い、ジニーが声を上げて笑った。

それからトンクスは傍らにいるシリウスに声をかけた。

 

「シリウス、あなたはどうだった?」

 

「私かね? 私を監督生にする者なんて、いるはずなかったさ。ジェームズといつも一緒に罰則を受けている問題児だぞ? リーマス、君はいい子だったからバッジを貰っていたね?」

 

「ダンブルドアが、私が親友達を大人しくさせることを期待したのだろう。……勿論、失敗したがね」

 

シリウスは楽しそうに声を上げて笑い、ルーピン先生と肩を組んでいた。ポッターもそれを見て、クスクスと笑っていた。監督生に選ばれなかったことなど、もう気にしていないようだった

 

ロナルドがご褒美として箒を貰ったことをトンクスに自慢し、ハーマイオニーが屋敷しもべの事をルーピン先生に意見していたり、ウィーズリーおばさんがビル・ウィーズリーの髪形でジニーともめて、シリウスはキングズリーとウィーズリーおじさんとお互いがやったことのあるホグワーツでのやんちゃについて笑い合っていた。

各々が好きなように過ごし、楽しんでいた。

俺はウィーズリーおばさんの料理を楽しみながら、屋敷しもべの話をするハーマイオニーから少し逃げるようにしてこちらに来たルーピン先生との会話を楽しんでいた。

 

「やあ、ジン。君が監督生にならなかったのは正直意外だ。……スリザリンでなければ、真っ先に監督生の候補に挙がっていただろうね」

 

ルーピン先生の少し励ましの入ったその言葉に微笑みながら、返事をした。

 

「そう言ってもらえると嬉しいですよ。……まあ正直、監督生にならなくて良かったと思ってます。スリザリンの連中をまとめ上げる自信はないですよ」

 

「私も自分が監督生だった頃は親友達に手を焼いた。悪戯好きの親友がいると、監督生という立場は辛いものだったしね。……唯一良かったと思えるのは、監督生とクィディッチ・キャプテンだけが使えるシャワールームだろうか。私は満月を過ぎると、特に汚れるからね。獣臭さを消すには、うってつけの場所だったよ」

 

ルーピン先生は俺に励ましが必要ないと分かると、にっこりとしながら監督生の思い出話をしてくれた。ルーピン先生なりの狼人間ジョークを交えて。

俺はクスクスと笑いながら話を聞きいった。

 

「監督生の仕事って、ちょっと厄介だったりします?」

 

「どうだろうね。まあ、下級生をまとめたり、寮監から見回りを指示されたり、雑用をこなさなきゃならないことは多々ある。同級生に罰則を与えなきゃいけないこともあるし、嫌なことがないわけじゃない。でも、先生や他の生徒からの覚えはいいし、ホグワーツの監督生というのは世間的にも評価されるような、大変栄誉なことではある。それが良いと思える人にとっては、監督生の仕事は全く苦じゃないだろうね。その程度の仕事さ」

 

「ルーピン先生はそつなくこなしてそうですね」

 

「おや、私の話を聞いていたかい? 私の親友に厄介者がいたのだ。お陰で私は監督生としては多忙な日々を過ごしたよ。それに私は、監督生として得られるものにそこまで魅力を感じなかったんだ。……親友達のいたずらに参加をしたいと、思うことも多かったよ」

 

ルーピン先生がそうお茶目に笑うので、少し意外な一面を見れた気になった。

そんなルーピン先生の言葉を聞き逃さなかったのが、ルーピン先生の親友であるシリウスだった。

シリウスは少し酔っているようで顔を赤くしながら上機嫌にルーピン先生の肩を組んだ。

 

「言うじゃないかリーマス! だが、私は忘れていないぞ。私とジェームズがピンズ先生を成仏させようとして、君からきつい罰則を食らったことを」

 

「……あれはシャレにならなかった。魔法は不発で、効果がなかったからよかったものの、一時的にピンズ先生の声が遠くなった時は本当に焦ったんだぞ? 君がいたお陰で、私は監督生として胃を痛めていたんだ。シャワールームがなければ、監督生など辞めたくて仕方がなかったよ」

 

「おやおや、そんなことを言うのか? 監督生として後輩からの覚えが良く、良い思いをしたこともあったじゃないか。中には可愛い子もいただろ? なんて言ったっけ、あの目のクリクリとした、ほら……」

 

「……シリウス、もう二十年以上も前の話だ。覚えていないよ」

 

ルーピン先生は少しため息を吐きながらシリウスを諫めたが、俺はシリウスの話に興味を持った。

シリウスもそれを見抜いたようだ。俺にニヤリと笑いかけ、肩を組んでいるルーピン先生の頬をつつきながら上機嫌に話を続けた。

 

「何人かいたのさ。監督生としてのリーマスに言い寄る子がね。監督生になると、シャワールームは使い放題。リーマスはやりたい放題だったよ」

 

「え、ルーピン先生が?」

 

シリウスの言葉を少し真に受けて驚いて聞き返すと、ルーピン先生が呆れたように口を挟んだ。

 

「私がそんな職権乱用をしたことは一度もなかったよ。シリウス、君もよく知っているはずだ。……付き合った子とは必ず、一カ月も持たなかったことをね」

 

「ああ、君は必ず満月の次の日に彼女と別れようとするんだ。あまりに露骨なんで、狼人間だと自白しているのかと思ったよ。私達が止めなかったら、もしかしたらバレていたんじゃないか?」

 

「……私も若かった。満月の次の日に別れを告げるのを止めてくれたことは、感謝しているよ」

 

この話はトンクスにしてあげようとボンヤリと思いながら、ぺらぺらとしゃべるシリウスに相槌を打ち続けた。

その後も、ルーピン先生の学生時代や、シリウスのイタズラの思い出話、ウィーズリーおばさんとジニーのビル髪型論争に巻き込まれ、ハーマイオニーがフレッドとジョージに監督生として早速脅しをかけているのを眺め、楽しんでいれば、気が付けばもう夜も更けていた。

 

 

 

各々が食事も終え、この晩餐会に満足して部屋に戻り始めた。

ロナルドはプレゼントの箒を大事に抱えながら自室に戻り、フレッドとジョージも何やらこそこそとしながら自室へと戻っていった。ジニーは本当に眠そうにしながら大広間を後にした。ハーマイオニーも周りに合わせて、自室に戻るようだった。ポッターはいつの間にかいなくなっていた。

俺も他の奴らと合わせて自室に戻ることにした。

自室に戻ると急な静けさに襲われ、少し寂しくなった。

晩餐会は楽しかった。色んな人と話しをし、興味深い話も多かった。

それだけに、明日以降に迎えることになるホグワーツでの生活に不安もあった。

 

親友達ともこんな風に話が出来たら、どれだけ良いだろうか。

 

そんな事を思いながら寝れずにいると、ドアがノックされた。

不思議に思いながらドアを開けると、立っていたのはハーマイオニーだった。

突然の訪問に呆然としていると、ハーマイオニーは少し心配そうに微笑みながら話をした。

 

「……あなたが、明日からの事が不安そうだったから。少し話でもしない?」

 

俺は晩餐会では純粋に楽しんでいた。だから、明日以降の不安を見抜かれたことに少し驚いた。だが、同時に少し嬉しかった。

 

「……実は不安だった。来てくれて嬉しいよ」

 

そう笑いかけると、ハーマイオニーは嬉しそうに笑った。

部屋に招き入れ、ハーマイオニーは椅子に、俺はベッドに腰かけて向かい合う。

 

「……不安よね。パンジーやダフネと連絡も取れず、明日いきなり会うのって」

 

「……そうだな。一カ月も音沙汰なしで、急に会うんだ。それに複雑な立場だしな。……俺と縁を切っても、おかしくない」

 

自分で言って、自分で傷ついていた。自嘲気味に笑うと、ハーマイオニーは俺に安心させるように笑った。

 

「……ね、いいもの見せてあげる。……パンジーとダフネには内緒にしてね?」

 

そう言いながらハーマイオニーは俺の隣へ移動してきて、ポケットから羊皮紙を取り出すと、慎重にそれを見せてきた。

それは、パンジーとダフネからハーマイオニーに宛てての手紙だった。日付を見ると、一週間前の物で、ごく最近までのやり取りの証拠だった。

ハーマイオニーが未だに二人と手紙のやり取りをしていたことに驚き、目をやる。

 

「ハーマイオニー、お前まさか、騎士団本部から二人に手紙を……?」

 

そんな危険なことを、と言葉を失った。

しかし、ハーマイオニーは悪戯っぽくそして誇らしげに笑った。

 

「残念、違うわ。私は騎士団本部から手紙を出してないの。……騎士団本部に来ることになってから、急いで夏休み中の二人あての手紙を全部仕上げたの。週に一回ずつ、フクロウ便で届けるように手配してね。手紙には、旅行中で私宛の手紙はすぐには確認できないからって言い訳をして、手紙の返事に齟齬が出てもごまかせるようにしたわ。それに、あたかも旅行先から出してるかの様に手紙の内容も偽装して。……パンジーとダフネとね、連絡がとれなくなって、疎遠になっちゃうのが本当に嫌だったの」

 

騎士団本部に来ることになってから、移動するまでに与えられた時間はわずかだったはずだ。それなのに、そのわずかな時間でここまで手の込んだことをするハーマイオニーに、彼女がいかにパンジーとダフネへの友情を大切にしているのか、感じずにはいられなかった。

驚いて固まる俺に、ハーマイオニーは羊皮紙を折りながら、手紙の一部を俺に見せた。

 

「……これはね、パンジーからの手紙。ついこの間の物」

 

その内容は、俺への文句だった。

 

『何度か書いてるけど、私は決めたことがあるの。新学期にジンに会ったら、一発殴ります。旅行先でもハーミーは欠かさず手紙をくれるのに、あのくそ野郎は一通もくれません。何通か書いても、返事なしです。私は怒ってます。ドラコもダフネも、アストリアも不安にさせて、のうのうとしてるあいつを許せない。絶対文句言ってやる』

 

それを読んだ俺の表情を見て、ハーマイオニはクスクスと笑った。

 

「パンジーらしいでしょ?」

 

「……あいつに会う時は、気を付けないとな」

 

言葉と裏腹に、俺への壁を感じさせないパンジーの手紙に嬉しさがこみあげてきた。

そしてハーマイオニーは次にダフネからの手紙の一部を見せてくれた。

 

『ジンから返信がないのはやっぱり不安。私の手紙も届いているか不安。もし、ハーミーに返信があったら、私にも教えてください。彼が無事だってことが分かるだけでいいの。折角の旅行の楽しい思い出を邪魔するような手紙でごめんなさい。勿論、新学期には何事もなかったかのようにしている彼と会えるって信じてる。ハーミーに会えることもとっても楽しみにしています』

 

ダフネの手紙に、少し後ろめたい気持ちになる。

ハーマイオニーは控えめに笑いながら言った。

 

「……この手紙を見ると、軽率でもいいからあなたからダフネへ手紙を出してもらいたくなったの」

 

「……だから、俺に手紙を書くことを勧めてたんだな。納得したよ」

 

ハーマイオニーからの提案を思い出し、そう笑いかけた。

ハーマイオニーは頷きながら返事をした。

 

「勿論、あなただって手紙を出したいだろうってことは分かってたから。……それに私は、二人からの手紙は受け取れるし、二人への手紙もすでに手配してたから、なんだかズルをしている気になって」

 

後ろめたそうにそう言うハーマイオニーに、俺は笑った。

 

「大変だっただろ、夏休み中の手紙を二人分も書くのは。これはズルなんかじゃなくて、お前の努力だ。……でも、なんで今更教えてくれたんだ? 手紙を書くように勧めてくれた時は、教えてくれなかったし。隠すつもりだったんじゃ?」

 

ハーマイオニーは困ったように笑った。

 

「……恥ずかしかったの。二人宛ての手紙を先回りして書いて、それを偽装して送ってるだなんて、言いたくはなかったわ。……でも、やっぱりあなたが寂しそうだったから、特別に。手紙を見せたこと、二人には言わないでね? 本当に特別なんだから」

 

そう言いながら、ハーマイオニーは二人からの手紙を大事そうにたたんでポケットにしまった。

 

「……ね、安心して。少なくともパンジーとダフネは、あなたと対立したり、距離を置いたりなんてしない。きっとマルフォイもザビニも一緒。……安心して、ホグワーツに行きましょ?」

 

そう微笑むハーマイオニーに救われた気持ちになった。

俺は心から、お礼を言った。

 

「……ありがとう。お陰で、今日はぐっすり寝れそうだ」

 

「それならよかった。来たかいがあったわ」

 

ハーマイオニーはクスクスと笑いながら立ち上がって、部屋を出る準備をした。

そんなハーマイオニーに、声をかける。

 

「本当に感謝してる。お礼に何でもするよ。……困ったことがあったらいつでも言ってくれ。力になるから」

 

ハーマイオニーは嬉しそうに笑った。

 

「お礼なんていいわ。私、あなたには随分と助けられてきたし。それに……」

 

「それに?」

 

ハーマイオニーは茶目っ気たっぷりに笑った。

 

「あなたが弱ってるところを見せるようになって、ちょっと嬉しい」

 

そう言って、ハーマイオニーは今度こそ部屋を出て行った。

残された俺は少し固まって、ハーマイオニーからの言葉をかみ砕いていた。

弱みを見せないようにしてきた今までの四年間を、ハーマイオニーは少し根に持っているのだろうか?

そして、弱みを見せることが嬉しいとは、随分と甘やかした言葉だとも思う。

ハーマイオニーは、何と言うか、男を駄目にする才能がありそうだ。

そんな取り留めのない事を考えてから、俺は布団に入った。

明日からの生活を少し楽しみにする気持ちと一緒に。

 

 

 

 



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