やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ (丸城成年)
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第1章 出会い……英雄は八幡という男を知る
プロローグ


 出席を取る面倒な講義が終わり、一息つくために至高の飲み物であるMAXコーヒーを飲みながら歩く。するといつの間にか大学の敷地を出ていた。今日はまだ出席しないといけない講義があるのだが、無意識のうちに帰巣本能が働いたのか教室ではなくアパートに向かって足が動いてしまったようである。俺の中の野生が溢れ出し理性を凌駕したのだ。ヒッキーマジワイルド!!……違うな。

 一瞬大学に戻ろうかと考えたが、別に毎週欠かさず出席しなくても単位は取れるみたいだし、このまま帰宅してしまおうか。

 

「まだ焦る時間じゃない」

 

 この頃独り言が増えた気がする。

 大学に進学して半年、一人暮らしにも慣れバイトも始めたが親しい人間は未だに一人もいない。そもそも作ろうともしていないのだから、終身名誉ボッチである俺に自然発生的に友人が出来るなどありえない。

 最近ふと考え込むことがある。かつて俺は雪ノ下と由比ヶ浜に「本物が欲しい」と言った。だが同時に俺の望む「本物」など存在しないとも半ば理解していた。

 自分自身でも己が望む「本物」がどんなものか明確に示すことの出来ない。そんな曖昧なモノ。あるかどうかも分からないモノ。

 なにより例え存在したとしても今の俺にそれを手に入れることは出来ない。出来るはずがない。自分からその可能性を投げ捨てたのだから。

 俺は間違ったのだろう。「本物が欲しい」と言いながらみんなとの距離を置くことを選んだ。自分が望む「本物」が何なのかを真剣に考えず目をそらし、手を伸ばさず、距離を置いておいてどうやって手に入れるというのか。

 当初進学先の大学は実家から近いところを考えていた。だが最終的にあえて遠方の大学を選んだ。理由はいくつかあったが結局のところ俺の臆病さが原因だった。なぜか?

 手を伸ばして手に入れることが出来なかったら辛すぎるからだ。しかし失敗を怖れて求めることをしなかったその結果、それは望んだものとは真逆のものとなった。

 奉仕部……あの場所にいたころの俺は愚痴や文句ばかり言っていた。それでも本当はあの場所が好きだった。雪ノ下や由比ヶ浜との関係も気に入っていた。全部もうない。俺はどうすれば良かったんだろう。

 かつて雪ノ下との会話で俺は「誤解は解けない。もう解は出ているんだからそこで問題は終わっている」と言った。それに対して雪ノ下が言ったのは「それなら、もう一度問い直すしかないわね」だったと思う。

 誤った解を出して全てを失った俺は、もう一度同じような選択を問い直されることがあるのだろうか? そんな考えがふと頭に浮かぶことが最近増えた。

 答えの出ない考えを一旦止め、飲み終わったMAXコーヒーの缶を捨てる為にゴミ箱(缶用)を探す。ちょうどいい事に自販機を見つけた。自販機の横にはきちんとゴミ(缶用)があった。そちらに向かって歩道を歩く。

 いきなり近くでドーンという激しい衝突音が聞こえた。

 反射的にそちらを向くとトラック同士がぶつかり片方のトラックがこちらに弾き飛ばされるよう……に……。凄まじい衝撃が……。い、た……か、だ……。

 

 自分がどうなっているのか分からない。

 視界がぼやけ、痛みで体をまともに動かすことも出来ない。

 いや、体を動かすことが出来ないのは痛みのせいではないのかもしれない。体が重く酷く息苦しい。

 ずっとヒュー、ヒューと煩わしい音が聞こえていたが、今やっと自分の呼吸音だったことに気付く。

 体はどんどん重く息苦しさも増していく。

 こんな終わりなのか?

 全て捨てて逃げ出した先で何の意味もなく死ぬのか?

 そんなことってないだろ。

 やがて意識も薄れていく。

 

 事故だった。珍しくもない交通事故だった。被害者の少年にとっては何の意味もない死だった。彼は最期に倒れたまま右手を虚空に向かって上げた。

 それは何かを求めるような姿であった。

 

 

 

 

 

 

==================================

 

 

「ちょっと其処のお嬢さん、貴方面白い相が出ているわよ」

 

 陣留の刺史である華琳は腹心である春蘭と秋蘭と共に街を視察していたところ、突然怪しげな占い師に声をかけられた。

 

「なんだ貴様は!華琳様は貴様のような怪しい占い師に用はないぞ!」

 

 頭巾を被り顔もまともに確認できない占い師を春蘭は怪しみ華琳の前に出る。

 得体に知れない相手であった。

 分からないのは顔だけではない。年齢も分からず、何よりも強いのか弱いのかも測れないことに春蘭は警戒心を強めた。しかし華琳は警戒するどころか面白そうなものを見つけたと占い師に近づいた。

 

「……面白い相ね。どの様にも解釈の出来る曖昧な言で誤魔化す様なら承知しないわよ」

「華琳さま~。こんな胡散臭い占い師など放っておきましょう!」

 

 春蘭の言葉も一度興味を惹かれた華琳を止める事は出来ない。

 

「春蘭、話を聞くだけ聞いてみましょう。……どうなの、貴方に私を楽しませる自信はあるかしら?」

 

 占い師はゆっくりと頷き、右手で天を指す。

 

「これよりしばらく後、天より二人の御使いが降り立ちます。彼らの内、いづれかを得れば貴方は天下を獲るでしょう」

 

 聞いていた三人は唖然とする。

 天の御使いという者が降り立つということもさることながら、現在ただの刺史である華琳が「天下を獲る」というのは荒唐無稽であるし、現皇帝に対して不敬どころか反逆者と断じられても可笑しくない。おべっかとしても不穏なものである。

 唖然としていた三人であったが、直ぐに慌てて周囲を見回す。今の発言を誰かに聞かれていれば厄介なことになる。幸い周囲に人は無く安堵した。そして、華琳は占い師を睨みつける。

 

「貴方、自分の言葉の意味を理解しているのかしら。不敬罪、もしくは反逆罪で処刑されてもおかしくないわよ」

 

 華琳の言葉にも占い師は気にしている様子はない。

 

「問題ありません。近く今の世は終わりを告げ、乱世となりますので」

 

 確かに今の世は既に乱れ始めている。政も官も腐敗がすすみ皇帝もその実権は失って久しいとは言われている。しかし、ここまではっきりと言う者を三人は初めて見た。華琳はこの占い師にさらなる興味を持ち出していた。

 

「先程言っていた二人の天の御使い。どちらか一人でも得られたらその乱世を勝ち抜くことが出来るという事?」

「はい、その通りです」

「それでは二人とも手に入れれば?」

 

 占い師は首を横に振る。

 

「二人は相反する者。今はまだ並び立つことは出来ません」

「そう、では二人はどのような者なの?」

 

 占い師は左手で西の方向を指差す。

 

「ここより西に進みし地に降り立つは白き御使い。白き御使いは仁愛の御使い。多くの者を愛し、多くの者に愛される者。彼の周りには自然と人が集まり、そこに大きな和を創るでしょう」

 

 次に右手で東を指差す。

 

「ここより東に進みし地に降り立つは黒き御使い。黒き御使いは智謀の御使い。多くの者に理解されず、多くの者に背を向けし者。その濁りし眼の前ではいかなる虚言、虚飾はおろか、仁も愛も意味を失う。彼の謀からは何者も逃れられない」

「白い御使いでいいんじゃないでしょうか。いい奴っぽいので」

 

 占い師の言葉を聞き春蘭は特に何も考えず、白の御使いを勧めた。しかし、妹の秋蘭は違う意見だった。

 

「しかし姉者、黒き御使いは即戦力のようだぞ。私も文官の仕事は出来なくはないが、基本は武官だ。うちに不足している優秀な文官ならば是非欲しいところだぞ」

 

 二人の言葉に華琳はどちらの御使いを選ぶか決めた。

 

「黒き御使いにするわよ。多くの者に愛される天の御使いなんて、事と次第によっては邪魔になるわ」

 

 春蘭がどういう意味なのか理解できずに首をひねる。それを見た秋蘭が説明する。

 

「我々の陣営の中に華琳様より白き天の御使いの方が好きだ、という者が多くなると厄介だろ」

「そんなことは許さん!!」

 

 春蘭と秋蘭姉妹のやりとりを微笑ましく見ていた華琳は頷く。

 

「まあ、単純に言うとそう言うことね。では東に向かうわよ」

 

 歩き始める前に華琳は秋蘭に目配せする。秋蘭はその意を汲みとり占い師に金銭を渡そうとする。しかし、占い師はこれを断った。

 

「お代は結構です。貴方達の行く末を陰ながら見させていただくだけで十分です。あと、黒き御使いはなかなか厄介な者ですよ」

「私には扱いきれないと?」

「いいえ、貴方なら上手く使うでしょう。ただ私はその先を期待しているのです。貴方が彼を理解し、彼を変えることを……」

 

 占い師は意味深な言葉を残し、微笑みながら去っていった。

 比企谷 八幡が三人の英雄と出会う少し前の話であった。




読んでいただきありがとうございます。

2017年9月26日若干修正


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零れる想い

 人は皆迷子である。

 人は自分だけでは直ぐに迷ってしまう。どうすれば良いのか迷ってしまう。どちらに向かえば良いのか迷ってしまう。だから雑誌やテレビに占いが溢れる。車にはナビ、街には看板や標識が溢れる。何か指標が無いと人は自分が何処にいるのかも分からなくなってしまう。

 だから俺がこの何も無い荒野で独り迷子になっていても何も可笑しくない。……いや可笑しいだろ。何処だよここ?

 俺の中の千葉魂が言っている。ここは千葉ではない(確信)

 少し前に目が覚めて辺りを見回すとそこは荒野だった。何処までも抜けるような青い空、遥か先に見える岩と山、逆方向を見ると地平線が見えそうなぐらい広い平野。千葉はもちろん日本ですらないのではないか。

 俺は確かトラックに轢かれ死にかけていたはずである。だが今は怪我した事が夢であったかの様に、体の何処も痛くない。もちろん傷も傷跡すら無かった。

 

 ここで唐突に八幡クイズ!!!参加者は俺一人。

 問い、この状況は何なのか?

 

①夢

②ついに頭がおかしくなった

③死後の世界

 

 夢にしては意識がはっきりしているし定番の「頬を抓る」もやってみたが痛かった。夢ではないだろう。

 ②の「ついに」ってのは何なんだ。まるでその内おかしくなりそうだったみたいじゃないか。頭なら随分前からおかしいって評判だったよ。主に奉仕部の二人や小町からだったけど。

 ③の死後の世界……何も無い荒野。天使も居なけりゃ悪魔も鬼も居ない。嫌われたものだ。実はこれが一番正しいんじゃないかと俺は思っている。トラックに轢かれて死にかけたのは覚えている。そして気が付くと見知らぬ場所で傷も無くなっている。考えれば考える程に正解のような気がしてきた。

  混乱していた。でも薄々そうなんじゃないかと早くから気付いていた。努めて明るい感じで考えていたが……。視界が暗くなったような気がした。自分の中が空っぽになってしまったような感覚になる。

 

 俺は死んだのか

 

 何の意味も無く

 

 タダ ソコニ イタトイウダケデ

 

 ゲンジツハ ザンコクダ ソンナコトハ トックニシッテル

 

 ・・・・デモ

 

「なんで・・・。俺なんだよ」

 

 掠れた声が漏れる。

 

「なんでだよ。なんで俺ばっかり・・・。こんな目に・・・」

 

 孤独は苦しくなかった

 それは本当だ

 むしろ望んでいた

 自ら泥を被り嫌われた

 元々だと、認識されただけ良いと嘯いた(うそぶいた)

 泥塗れの自分に触れて大切な者達が汚れないように距離をとった

 孤独は苦しくなかった

 それは本当だ

 だが、大切な者達の目を見るのが苦しかった

 離れていく俺を見るあの顔と目を見るのが、苦しくて仕方がなかった

 

 俺は「みんな」が持っているモノを持っていない事が多かった。高校時代の俺はそれを「だからどうした」という態度を貫いた。しかし、最初から欲しくなかった訳ではない。それらの多くを得られないから諦めただけだ。

 

「どうすりゃ良かったんだよ。離れなければ良かったのか。小町や雪ノ下達と!!」

「俺と一緒に居ればあいつらも嫌われる、傷付けられるだろ!」

「それでも一緒に居れば良かったのか。俺のせいで傷付けるって分かっているのに!」

「出来るわけないだろ!!!!」

 

 漏れ出した声はいつしか大声になり叫び声になった。足元の石を蹴り飛ばし、勢い余って尻餅をついてしまう。傷付けたくないと言いながら距離をとり、その事によって彼女達は傷ついていた。どうしようもない矛盾。

 

「ダセェな」

 

 座り込んで暫く、ぼうっとしていると自分の服装に違和感を覚えた。 

 服装は半年前まで毎日の様に着ていた総武高校の制服であった。もちろん事故に遭った時は別の服装だった。目が覚めて怪我を確認した時に、普通気付くものだが混乱し過ぎである。念の為にポケットを探ると財布とスマホが出たきた。もしやと思いスマホの電源を入れてみたが圏外だった。

 スマホをポケットに入れ顔を上げると、そこには頭巾を被った怪しげな人間が立っていた。

 正直びびった。最初に目が覚めた時に周囲は確認している。かなり遠くに岩と山が少しあっただけで遮蔽物のない荒野であり、人っ子一人居なかったはずである。恐る恐る尋ねる。

 

「あんた、誰だ?」

「貴方をここに連れてきた者よ」

「!? ……どういう事だ。俺は自分が死んだと思っていたんだが」

 

 頭巾を被った人間の声は、女のそれであった。女は口元に笑みを浮かべる。

 

「それは貴方次第」

「言う事聞かなきゃ殺すってことか?」

 

 俺の言葉に女は声を出して笑った。

 

「ふふっ、違うわ。生きたいなら生きればいいわよ。好きなように」

「意味が分からん。俺は死ぬような怪我をしていた筈だ。どうやってこの状態になっているんだ」

「説明していたら何日掛かるか分からないし、そもそも説明することに意味もないわ」

 

 目の前の女はまともに状況を説明する気がないようだ。同時に悪意もないようだ。どうしようかと考えていると、いきなり右手を握られ握手するような形をしてきた。

 えっ何、混乱しているところにこんな事をされたら好きになっちゃうだろ。その後、告白して振られるまである。えっ振られ……。そういや前にもこのネタやったな。

 俺が下らない事を考えているうちに、女は話を進める。

 

「手を伸ばしたでしょ、貴方。だから私は掴んだ。貴方が続きを望んだから繋いだのよ。ここに。ここには貴方を必要とする人がいるの。そして彼女は貴方が必要とする人になるかもしれない」

 

 全く言っている意味は分からんが助けてくれたようだ。しかし、もう少し分かり易く説明して欲しい。すると彼女が荒野の一画を指差す。そちらを向くと土煙が上がっていた。少しずつこちらに近づいている。

 

「あれがあんたの言う俺を必要とする人間か?」

 

 そう言って女の方を振り向くと其処には誰もいなかった。ナニソレコワイ。

 姿は見えないが囁くような声が聞こえる。

 

「貴方は枝よ。でも他の樹と繋がればその樹の枝にもなれるし、地に足をつけて根を張れば樹にもなれる」

 

 やはり分からない。だが俺は誰かも分からないナニかに「もう一度問い直されている」のかもしれない。それは神様なのか悪魔なのか。




思ったより話が重いので分割しようと思います。そもそも今回の内容は一話に入れておけよというものです。私はどうも前置きや説明が長くなる傾向があるようです。

残りの分も月曜になる前に更新する予定です。そちらでやっと華琳達と出会います。ほんとにやっとです。


ここまでお付き合いいただき有難うございます。


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邂逅

 俺をここに連れて来たと言った女性が姿を消し、彼女が「俺を必要とする人」と指差した土煙が直ぐ傍まで来ていた。数十人の馬に乗った人達が俺を囲む。古代の兵士の様な格好でかなりの迫力だ。

 何なんだこの集団は?

 騎馬の集団の中から3人の女性が歩み出た。3人以外は同じ格好をしている。恐らくこの3人が集団のトップなのだろう。周りの態度を見れば分かるし、何より本人達に他とは違う存在感があった。

 特に真ん中の少女は凄まじい。3人の中では一番小さいのについ跪きたくなる様な貫禄みたいなものを感じる。

 いや、小さいというのは全体的な話であって胸のことではないよ?

 中央の少女は3人の中では一番背が小さい。金髪で青い瞳なので日本人ではないだろう。あとドリルが2つ頭についている。俺から見て左にいる女性は赤を基調とした服を着ている。瞳も赤っぽい。カラコン? 髪は黒髪で腰の辺りまである。俺から見て右にいる女性は青を基調とした服を着ている。髪も青みがかっている。染めているにしては自然な色合いだ。

 全員似合ってはいるが奇妙な出で立ちだ。少なくとも千葉でこんな格好をした人間を俺は見たことが無い。しかしコスプレの様な仮装といった感じは一切しない。とても自然である。それに3人とも非常に美しかった。そして3人それぞれ違ったタイプの美しさだが2つ共通点が有った。

 1つ目は髑髏のデザインの物を身に着けている。よくよく見れば周りの兵士みたいな人達も髑髏のデザインの兜や肩当をしていた。

 2つ目は怖いという事だ。俺は人間観察が趣味のような所がある。むしろ集団の中にいる時、俺は基本1人だから周囲の人間を観て察する事しかしないし出来ない。だから観察眼だけは自信がある。そして、その観察眼が告げている。

 

この3人はヤバい。

 

 怒らすと大変な事になる。絶対に。陽乃さんと初めて会った時も危険を感じたがこの3人はより物理的な危険を感じる。

 3人の中でもリーダー格だと思う中央の金髪美少女が話しかけてくる。

 

「貴方が黒き御使いかしら?」

「いや違う……と思います。御使い? って何の事だか」

 

 

 つい敬語になっちゃった。だって怖いんだもん。それと何その滅茶苦茶中二臭い呼び名。仮に俺がそう呼ばれる者だったとしても頷きたくないぞ。中学時代の俺や材木座……材ナントカと言う奴なら喜びそうだが。俺が否定すると黒髪の女性が掴みかかる勢いで怒鳴ってくる。

 

「嘘を言うな。頭巾を被った占い師がこちらに黒き御使いがいると言ったのだ。それに貴様の服装は見たことも無い様な物だ。天から来た黒き御使いに違いない」

 

 天って……天って何処だよ。

 そんな地名聞いたこと無いぞ。それとも空の上に人が住んでいるとでも思っているのか? そんなこと本当に信じている人とはちょっと仲良くする自信が無いです。あっ、そもそも人と仲良くする事自体少なかった。

 仲良く出来そうにない黒髪の人が詰め寄ってくるが青い人が止める。

 

「まあ、待て姉者。そんな調子では話が出来んぞ」

 

 この青い人とは仲良く……出来るとは言えないが話はし易そうだ。あと、今姉者って言ったか。凄い呼び方だな。やっぱこの人とも仲良く出来ないわ。素で姉者とか言っちゃう人はちょっと無理だわー。

 

「私達は頭巾を被った占い師に天の御使いが此方に降り立つと聞いたのだ。そして占い師は天の御使いを得れば天下を獲れるとまで言ったのだ」

 

 う、嘘だろ。それ信じちゃったの。ねえ本当に? 普通信じるかそんな言葉。俺が普通とか言っちゃうくらい可笑しいぞ。

 

「私達も頭から信じていたわけではない。もしかしたらと思ってな」

 

 怪訝な顔をしている俺を見て青い人が弁解する。

 そらそうだ。でも貴方の姉者は絶対信じてたよ。それにしても頭巾を被った占い師か……。多分俺をここに連れて来たって言っていた女かその仲間だろう。何を言っているのはさっぱりな女だった。アイツに比べれば青い人は話が通じそうだ。

 

「天は兎も角、頭巾を被った怪しい女には俺も会いましたよ。少し前までここにいましたし、貴方達を指差して俺を必要とする人って言ってました」

「嘘を吐くな!我々は占い師と話して直ぐ馬でここまで来たんだぞ」

 

 口を開くたび怒鳴るのは止めて欲しい。反射的にビクッとなってしまう。

 

「まあ仲間がいた可能性もあるし、同一人物とは限らないん……じゃないかと」

「確かに」

 

 意外と素直だな。いや意外ではないか。単純そうだし。

 青い人と金髪の少女は生暖かい目で黒髪の人を見ていた。

 アホの子なんだろうな。同じアホの子でも由比ヶ浜と違って肉食系、いや肉食獣といった感じだが。

 

「落ち着いて話したいから街に付いて来てもらっていいかしら?」

 

 金髪の少女の提案に頷く。

 こんな所でいても仕方が無いので当然である。それに提案の形だったが兵士に囲まれている状態で断り様がない。断ったが最後彼女達が態度を豹変させて力づくで、となっては目も当てられない。

 

 街に着くと料理屋(たぶん)に入った。時間帯の関係か客は少なかったが青い人が店の人に声をかけるとその客達を帰らし貸切状態にした。やっぱり偉い人なんだろう。

 金髪の少女の対面に座ると青い人が質問を始めた。

 

「では、先ず名前は?」

「比企谷 八幡」

「比企谷 八幡。おぬしの生国は?」

 

 ショウコクって何だろ。こちらに意味が伝わってないのが分かったのだろう。

 青い人が言い直す。

 

「生まれた場所は何処だ」

「日本の千葉です。」

「この国に来た目的は?」

「意識がない間に頭巾の女が連れて来たみたいです」

 

 あの女、色々言ってたけど只の誘拐犯じゃね。

 

「天の御使いという呼び名に心当たりは?」

「ないです」

「……華琳さま」

 

 青い人が溜息を吐いて金髪少女に振り向く。

 華琳って名前なのか。意外と普通の名前だった。もっとこう、カトリーヌとかそれっぽい名前を名乗っちゃうかと思っていた。

 その華琳が首を横に振る。

 

「日本や千葉なんて地名聞いたことないわ」

 

 日本語喋っているのに日本を知らない? どういうことだよ。しかも、この人達にスマホとお金を見せたが初めて見ると言っていた。スマホ知らないとか何処のど田舎だよ。お金に関してもやはり初めて見る物で細工が緻密だと驚いていたし。

 そういうキャラ設定なの。痛い子なの?

 

「この貨幣の細工は凄いわね。細工が細かいうえ寸分も違わない精度で作られているわ」

 

 華琳は硬貨を何枚か並べて見比べてしきりに感心していた。

 少し面白い事を思い出した。

 

「お酢と汚れていい布を用意してくれませんか」

 

 理科の授業かテレビで観た情報なのかは忘れたが、この人達なら驚くんじゃないかと少し悪戯心が出た。

 布に酢を染み込ませ十円玉を擦って見せた。十円玉は瞬く間に美しい銅本来の色と輝きを取り戻した。

 

「どういうこと!?」

「すごいな」

「華琳さま、お下がりください! こ奴、妖術使いかもしれませぬ」

 

 華琳と青い人は驚いただけだったが黒髪の獣は剣を抜き立ち上がった。

 

「待ちなさい春蘭!斬っては駄目よ!」

 

 あっぶな。華琳が止めなきゃ斬られていた。ちょっと驚かしただけで命の危機かよ。

 

「これは妖術じゃない。誰でも出来る事です」

 

 酢を染み込ませた布を机に置いて他の十円玉を渡す。

 

「やってみれば分かります」

 

 3人は代わる代わるに試して歓声を上げた。

 一番喜んでいたのは春蘭だった。なんとなく分かった。こいつアホの子だわ。

 そして代わりに3人が持っていたお金を見せてもらった。それを見て俺は嫌な予感を覚え始めた。見せてもらったのは銅貨だった。真ん中に四角の穴が開いていた。

 俺はこれと似た様な物を見た事がある。それは世界史の資料集で、古代中国で作られた貨幣として写真が載っていた。時代は確か秦だったか、漢だったか正確なことは分からない。ただ一つ確かなことは千年以上前の貨幣という事だ。だが目の前にある銅貨はそんなに古い物には見えない。

 この3人が妄想癖のあるガチのコスプレイヤーで、この銅貨もレプリカである可能性も考える。しかし、どう見てもそういう類の人間には見えない。

 

 まさか……俺はタイムスリップしたのか?

 

「今の王朝は何王朝ですか?」

「何を言っているの。漢王朝に決まっているでしょ」

 

 おう……マジか。

 3人が俺を呆れた顔で見ていたが、そんなは事気にならなかった。3人とその護衛っぽい人達に囲まれた時から可笑しいと思っていたんだ。鎧等を身に着け馬に乗るわ。街についても車一台見なかった。

 どうすんだよ、これ。

 俺が呆然としていると華琳に袖を引っ張られる。

 

「ねえ、聞いてるの? この貨幣を何枚か譲って欲しいの」

 

 どうやら俺が呆然としている間に話しかけていたらしい。

 

「ああ、何だったら全部あげますよ……。その代わりここの事をもっと教えて欲しいです。あと当面住む場所も、行く所が無いんですよ」

「いいわよ。元々、貴方を探して連れて来たのは部下にする為だったから。ただ実際貴方に会って部下にするのを止めようか迷っていたのよ。目が敗残兵みたいだったから。」

 

 あの女、傷は直しても目は治さなかったんだな。だがあっさり住む場所は確保できた。そういえば俺の事を得られれば天下が獲れるとか何とか言われて真に受けたんだったな。

 

「名前をまだ教えていなかったわね。私の名は曹孟徳。それから彼女達は、夏侯惇と夏侯淵よ」

 

 ん? 今なんて言った。

 

「えーと。もしかして曹操さん?」

「ええ、何処かも分からない様な所から来たのに私の名を知っているのね」

 

 曹操と夏侯惇と夏侯淵のセットってそれ何ていう三国志。但し、全員女。

 タイムスリップではないかもしれない。余計に混乱してきた。何なんだここは?

 

 




3人が初対面で八幡の目について何も反応しなかったのは占い師から事前に目が濁っているって聞いていたからです。書き忘れたわけじゃないんだからね。








いい掛け合いを思いついたら修正するかも




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持たざる者

 曹操が用意してくれた住む場所というのは曹操の屋敷の部屋だった。これも所謂同棲ってやつなのか。そして専業主夫になった俺は幸せに暮らしました。 完

 

 

 

 

 という訳には行かないことが分かった。部屋で一休みした後、曹操の許可を得て色々見て回った。曹操や夏侯惇や夏侯淵がやっている仕事を見て、街の方も確認した。そして国の状況を曹操から聞いた。

 そうやって俺が出した結論は、ここは過去の世界ではないという事だ。俺のいた世界の中国・後漢に良く似ている異世界ではないだろうか。確証はないがそうとしか思えない。

 そのせいで俺は今後の方針で困っている。もしここが後漢に似た状態であれば、これから黄巾の乱のような紛争が起こり、それが鎮圧されてもより大きな戦乱の時代になるはずだ。その時俺はどうすればいい。

 曹操の部下としてここにいれば戦乱の中心にいることになる。逆にここから出ていけば何時(いつ)何処で乱に巻き込まれるか分からない。大きな戦いについては多少場所と順番くらいは把握しているが小さな物は分からない。それに俺の知っている通りになるとも限らない。なにせ曹操が女になっている位だ。何が起こるか分からん。

 二つを比べた場合、曹操の下で働く方が今のところ安全に思える。何故ならここから出て行って生きて行く事が俺に出来るかどうか怪しいからだ。右も左も分からん所で衣食住と仕事にありつけるだろうか。

 いや無理だろ。早々と野垂れ死にする姿が想像出来る。

 曹操の部下として働く場合一番の問題は戦乱の中心にいることになって必然的に俺も戦う事になる事だ。正直剣を持って戦うというのは全く自信が無い。曹操も俺にそんな事を期待していない筈。えっ、してないよね。無理だよ。絶対。だから就くとしたら軍師や参謀のような位置がベストだ。

 

 しかし……俺に出来るだろうか。

 自分の策一つで敵も味方も大量に死ぬことになる。この戦乱の世界は自分が泥を被れば味方も敵も助かるなどという甘い所ではない。

 

 俺に耐えられるのか。

 トラックに轢かれ死にかけていた時を思い出す。あの痛み。何も為さず意味もなく死んでいく絶望。あれに比べれば自分を殺そうとする敵を策に嵌める事くらい大した事ではない。味方に関しても俺が干渉しなくても死ぬなら少しでも減らすと考えよう。ある程度割り切るしかない。

 どうせ綺麗事を言っても俺は殺す位なら殺されるなんて思えない。それに、ここには死んでも助けたいような人間はいないしな。

 それは覚悟なのか諦観だったのか。とりあえず気持ちの整理がついたので軍師か参謀になる為に部屋から出て曹操を探しに行く。

 

 

 

 

 

=====================================================

 

 曹操、夏侯惇、夏侯淵の3人は庭園の東屋で休憩をとっていた。俺が近づくと気付いた曹操が声を掛けて来た。

 

「あら、比企谷。どうしたの?」

「少し曹操様に聞きたい事がありまして……自分は文官として働けばいいんですよね?」

「そうなるわ」

 

 これで一安心だ。武人として最前線に行けなんて言われないとは思っていたが実際に言質が取れた。だが俺が文官として働くには足りないものがあった。これが無いと働き様が無い。それについて曹操に頼まないといけない事がある。

 

「自分は此方の字が分からないので教えて貰える人か、祐筆を用意して貰いたいのですが」

 

 俺の言葉に曹操達が不思議そうな顔をする。

 

「祐筆というのは何? 天で使われている道具か何かかしら?」

「簡単に言うと代筆する人です。必要な文書を作成したりする事務職です」

 

 それを聞いていた夏侯惇が手を挙げる。

 

「華琳様! それなら私も欲しいです!!」

 

 凄い食い付きである。どんだけ書類仕事が嫌いなんだよ。曹操は夏侯惇にも俺にも応えず何かを考えていた。

 

(祐筆とやらを付けるのは問題ない。何だったらその人間に文字の教育も任せれば良い。だが、この比企谷という男がそこまでするほど有用かどうかが正直分からない。占い師の言う通り頭は悪くなさそうだ。しかし敗残兵の様な目が問題だ。いくら能力があっても心が折れた負け犬では使い物にならないわ。少し試してみようかしら)

 

 何か凄く嫌な予感がする。目の前の曹操が黙って此方を見ながら何かを考えている。こういう時は大抵無理難題を押し付けられる。そして予感は当たる。

 曹操の口からとんでもない発言が飛び出した。

 

「比企谷、あなた春蘭と戦ってみなさい」

「いやいやいや、俺文官って言ったじゃん。ついさっき。絶対無理だって、死んじまう」

 

 何言ってんだコイツ。ついつい素で答えちゃったよ。

 

「貴様ぁ! 華琳様に向かって何だその口の利き方は! しかも命令に逆らおうと言うのか!!」

 

 夏侯惇が大激怒である。剣を抜き今にも斬りかかって来そうだ。

 メッチャ怖い、こんなのと戦うなんて無理。しかし、曹操は俺の言葉も夏侯惇の怒りも気にする様子もなく理由を告げる。

 

「正直言って貴方が使い物になるのか分からないのよ。これから私が進む道は過酷な物よ。例え文官であろうとも、それ相応の気概も持たないような者では使い物にならないわ。だから貴方にどれだけの覚悟と闘志があるのか試したいのよ」

 

 要約すると「お前ショボそうだから仲間にして欲しければ気合を見せろ」という事である。

 

「もし断ったらどうなりますか?」

 

 念の為に確認をする。

 

「そんな者は要らないわ」

 

 曹操は即答した。それを聞いた俺のテンションは地の底まで落ちる。「覚悟と闘志を試したい」って言っているけどアンタの部下は()る気満点じゃないですか。受ければ夏侯惇に殺され、断ればここから放り出されて野垂れ死に……。

 

 どうする?

 くそ、どうすればいい。死ぬような思いをして、気が付けば訳の分からない所に連れて来られて、どうしろってんだよ。分からないことだらけで、命の危険まで晒される。理不尽な状況続きでイライラがつのり爆発しそうだ。

 いっそコイツらに一泡吹かせられないだろうか。戦えと言うなら見せてやろうか。暴力だけが戦いではないと。幸い相手は馬鹿そうだ。嵌めてやる。

 策を考える。

 一つ目は子供騙しの詐術。これで終われば儲け物だが、もし駄目なら……出来れば使いたくないが二つ目の策でいく。

 二つ目の策は下手をすれば成功しても、その後のリスクが高い内容だ。しかし熱くなった頭ではその先までは考えが巡らない。

 一応、考えの纏まった俺は曹操に自分の選択を言う。

 

「やりますよ。それで戦いと言ってもどうするんですか?」

「2人には模擬刀で戦ってもらうわ」

 

 曹操は召使いを呼び刃の付いていない模擬刀を用意するように命令した。

 俺達は庭園の中でも障害物が無く、二人が戦うのに十分な広さのある広場に移動する。

 着いた時には模擬刀が既に用意されていた。刃こそ付いていないが鉄で出来たそれは、硬く重く先端は尖っている。刃は付いていなくても突けば簡単に刺さるだろう。

 夏侯惇が模擬刀の感触を確かめるように振っているのを見る。風切り音がビュンビュン鳴っている。当たれば絶対に無事には済まないと確信した。やはり策を使うしか切り抜ける道は無い。

 

「やる前に決まりを作って置きませんか。二人の内どちらかが死ぬまでやる訳ではないでしょう。どちらかが『参った』と言えば負けという事でどうでしょう?」

「それでいいでしょう。……分かっているわね? 春蘭」

 

 俺の提案に曹操が頷く、計画通りだ。

 曹操が夏侯惇へ目配せしてから開始の合図を発する。

 

「では、始めなさい!」

 

 俺は合図の直前に出来るだけ夏侯惇から距離をとっていた。そうしないと策など関係なく一瞬で切り伏せられる危険性があった為だ。そして俺の予想通りに開始の合図と同時に突っ込んで来ようとする夏侯惇に声を掛け出鼻を挫く。

 

「そんなに慌てないでくださいよ。俺に比べて貴方は強すぎるんだから勝負にならないでしょう。これはあくまで俺の覚悟とかを試す為のものなんですから、一瞬で倒しちゃったら意味ないですよ」

「おっ、そうか? しかし試すと言われても私にはどうすればいいか分からんぞ」

 

 ちょろいな。これなら1つ目の子供騙しの策だけでどうにかなりそうだ。

 戸惑う夏侯惇に親切そうな口調で聞いてみる。

 

「始める前に決めたでしょう。この勝負の勝利条件を」

「おう、そうだったな。【参った】と言わせればいいんだったな」

 

 マジでチョロい。何だろう彼女の今後が心配になってくるレベル。まあ、今は敵だから好都合なんだけどな。

 

「そうそう、ただあくまで根性試しみたいなものなので単純に言わせるのではなく、軽く痛めつけて直ぐに言わないかどうか試して欲しかったんだと思いますよ。曹操様は」

 

 おれはそう言いながら曹操達の方へと普通に歩いていく。それを見て夏侯惇が慌てる。

 

 

「そうだったのか……って、ちょっと待て。何処に行くまだ終わってないぞ」

 

 それを聞いて俺は嗤う。

 

「いーや。終わってる。アンタ言ったじゃないか。【参った】ってな」

 

 完全にただの子供騙しだが、これが俺の考え付いた中で一番穏便に済ませる事が出来る策だ。これで済めばいいんだが。当然、夏侯惇は収まらない。

 

「き、きさまああ。そんな話が通用するか!!!」

 

 怒り狂った夏侯惇が俺に斬りかかろうとするが既に俺は曹操達に傍に移動しており、今怒りに任せて斬りかかると彼女達を巻き込みかねない。その位、俺は曹操達に近づいていた。

 曹操達は何か嫌そうな顔をしているが今彼女達から離れると夏侯惇に殺されそうなので無視する。

 怒りながらも斬りかかれない夏侯惇を見て曹操は溜息をつく。そして俺に向かって死刑宣告をした。

 

「こんな決着は認められないわ。貴方自身も言ったでしょ。これは根性試しみたいな物だと。今ので貴方の根性を試せたと思うの?」

「そうだ、華琳様の言う通りだ。お前はさっさとわたしに斬られればいいんだ」

 

 いや、斬っちゃ駄目だろ。根性試しだって言ってるのに死んじゃうだろ。

 

「春蘭」

「はい、華琳様っ! なんでしょうか?」

「斬っては駄目よ。比企谷も言っていたでしょう。これはあくまで【試し】なのよ。それも武人として雇うわけではないのだから、加減をしなさい。加減を」

 

 ですよねー。

 流石に曹操もこのまま進めると、夏侯惇が主旨を忘れて俺を斬りかねないと判断したのだろう。夏侯惇へ注意を入れた。さらに夏侯惇へ近づいて何か小声で指示を出している。残念ながら俺には聞こえないが、ろくな事では無いだろう。

 一応加減はしてくれるようだが、模擬刀とはいえ金属で出来ているのだ。あんな物で殴られるのかと思うと背筋が凍る。

 何より俺は夏侯惇を信用出来ない。こいつがちゃんと手加減出来るのか甚だ疑問である。それにその疑問を自分の体を使って解き明かそうと思える程、俺は奇特ではない。

 使いたくは無かったが、仕方がないので二つ目の策を使う事にする。せっかく穏便に済ませようとしてやったのに……お前等が悪いんだからな。見せてやるよ。俺の全力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手に警戒されないようにゆっくりと屈み、模擬刀を手放した。そして正座し両手の手の平と額を地に付ける。土下座である。

 どうだ、見事なもんだろ。

 

「勘弁して下さい。許して下さいお願いします。勝負にならないです。本当に申し訳ありません」

 

 全力である。恥や外聞? そんなもんに何の価値があるんだ。この程度で命が助かるなら安いもんだ。

 俺に蔑みや呆れの混じった視線が注がれているのが分かる。

 普段から顔も上げずに周りの顔色伺っているんだ。この位普通に察することが出来る。ボッチ舐めんな。

 顔を上げずに様子を伺っていると曹操の溜息が聞こえてきた。

 

「あなた、自分で根性試しみたいなものだと言っておいて、いくらなんでもそれは無いでしょう? 例え文官であっても、口先だけで自分の言動に責任も持てない者を重用する人間がいるかしら。多少口が回るというだけでは雇えないわよ」

 

 曹操の辛らつな言葉にも俺は顔を上げず地に額を擦り付ける。

 アホか? 脳筋に鉄の棒で殴り殺されて証明する根性ってなんだよ。安心しろ。俺の覚悟ならすぐに見せてやるよ。吠え面かくなよ、曹操もどき。

 

「所詮、口だけの男か」

 

 夏侯惇は馬鹿にした様に吐き捨てた。夏侯淵は1人無言だったが呆れているのが分かる。やがて3人は俺に対する興味を失ったのかこの場を立ち去ろうとする。そこで曹操は思い出したかの様に言った。

 

「お前の様な男を飼う気はないわ。貰った貨幣の代わりに少しだけど路銀を用意させる。ここから出て行きなさい」

 

 言い終わると曹操は土下座したままの俺に背を向け歩き出す。夏侯惇と夏侯淵もそれに従う。

 俺は顔を上げないまま3人が完全に俺から意識を外すのを待つ。

 意識が外れたのを感じると模擬刀を持ち立ち上がる。不自然にならない様にゆっくりと気配を薄めていく。そして音も無く三人の後を追い、模擬刀の鋭い切っ先を曹操の背中に突きつける。

 

「動くな」

 

 俺が静かに告げたその言葉に曹操はその歩みを止め、夏侯惇と夏侯淵は此方を向き驚愕の表情を浮かべる。

 

「夏侯惇と夏侯淵は五歩離れろ」

 

 俺たちの位置関係は、先頭を歩いていた曹操の右後ろに付き従っていた夏侯惇と左後ろにいた夏侯淵。その間に俺がいる状態だ。下手に慌てた夏侯惇と夏侯淵が左右から掴みかかって来ると曹操を刺すしかなくなってしまう。そして曹操を刺してしまうと俺はこの場で殺されるだろう。そこで、一旦場を少し落ち着ける為に二人には距離をとらせた。

 離れたのを確認すると夏侯惇に言う。

 

「お前の急所は直ぐ分かった……で、降参するか?」

「貴様ぁ! 今すぐ華琳様から離れろ!!」

「姉者落ち着け、華琳様の命に関わるのだぞ!」

 

 激昂した夏侯惇に対して夏侯淵は落ち着くように促しているが、本人も動揺しているのが分かる。

 俺はもう一度同じ事を告げる。

 

「降参するか?」

「分かった。参った、降参する。だから華琳様を放せ!!」

 

 夏侯惇は剣を捨てて叫ぶ。ちらりと夏侯淵の方を見ると彼女も武器を捨てていた。この場で落ち着いていたのは俺と曹操の二人だった。

 曹操は人質になっている状態だったが、怯えてたり動揺している素振りは全く無い。

 

「春蘭、貴方の負けね。ねえ、もう動いていいかしら?」

 

 曹操の問いに俺は頷き、模擬刀を降ろす。

 即座に夏侯惇が俺へ襲いかかろうとする。しかし、それを曹操が一喝した。

 

「おやめなさい!! 春蘭、貴方は勝負が終わった後に不意打ちを仕掛けて恥の上塗りをするつもりなの!?」

 

 曹操の言葉に春蘭はシュンっとなっている。

 そうやっていればちっとは可愛げがある。

 曹操がこちらを向く。その表情はお世辞にも機嫌が良いとは言えない。それはそうだろう。つい先ほどまで人質にされていたのだから。

 

「まずは見事な手並みと褒めておくわ。武術の心得も無さそうなのに私達三人相手にここまで出来るなんて……貴方が暗殺者なら一流と言っていいわね。ただ……」

 

 俺を見る曹操の目が鋭くなり、威圧感が増す。

 

「うちには暗殺者は要らないわ。次からはやり方をもう少し考えなさい」

 

 【次】ね。どうやら首の皮一枚繋がった様だ。

 曹操は余程俺のやり方が気に食わないのか未だ文句を言っている。

 

「私は汚い勝ち方など求めない。私が求めるのは誇りある勝利よ。貴方も私の部下になるなら其処を理解しなさい。」

 

 【汚い勝ち方など求めない】そう言えば高校時代も俺のやり方は雪ノ下達に(ことごと)く不評だったな。そして、あいつ等から離れる事になった。俺はまた同じ過ちを繰り返しているのだろうか。俺が思考の渦に飲まれそうになっていた時、それが聞こえた。

 曹操がまだ言い足りないのか何かを言っている。

 

「汚い勝ち方で生き残る位なら死んだ方がマシよ。もし貴方がそのまま私を刺し殺すつもりだったとしても、私はその場を凌ぐ為に跪いたりはしない。誇りある死を選ぶわ」

 

 コイツは何を言っているんだ。死を選ぶ? 誇り? 何だそれは。

 

「ふざけるなよ」

 

 俺の口から漏れ出した声は普段より低くく唸り声の様だった。

 俺を見ていた三人が一歩後ずさった。

 

「お前、今死を選ぶって言ったか?」

 

 俺の問いに誰も答えない。

 大事なモノを捨てる事になった自分。

 捨てた先で何の意味も無く死んだ自分。

 短い付き合いだが曹操が夏侯惇と夏侯淵の忠誠心は凄いものだと感じていた。

 それなのにコイツはこんなに大事にされているのに、お前は俺と違って持っているのに。

 

「お前は死を選ぶって言ったよな。お前はこんな所で死んでいいのか。お前を大切に思っているコイツらを放り出して、俺みたいな下らない奴にこんな所で意味も無く殺されて本当に良いって言うのか?」

 

 怒りで神経が焼き切れそうだ。

 これは八つ当たりだ。醜い嫉妬だ。俺が失ったモノを自ら捨てると言うコイツに対する逆恨みでしかない。そして選択を間違い全てを失った自分への怒りだった。

 

「お前にはそんな価値しか無いのか! お前へのこいつ等の思いもこいつ等自身も簡単に捨ててしまえる程の価値しかないのか!」

 

 吐き出した。これは曹操に対するものだけではない。俺自身に対する思いでもあった。そして吐き出してしまえば少し落ち着く事が出来た。

 三人は呆然としていた。やらかした。俺は三人から視線を外すと自分の部屋へと歩き出す。

 

 

「……怒鳴って悪かった。部屋にいる。俺が気に入らないなら言ってくれ。出て行くから」

 

 無礼な事を大分言った。いつもの調子なら今すぐ殺されてもおかしくないと思う。ただもう何かをする気力もない。本当ならこの屋敷からさっさと逃げ出すべきなのだが、そうする気が全くおきない。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


お気に入り登録や感想を書いてくれた方々、評価してくれた方々本当にありがとうございます。



次々回ぐらいから重くない話も出来ると思います。


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諦めの終わり

 最初は比企谷八幡が使い物になるかどうかを少し試すだけのつもりだった。本気で春蘭と闘わせるつもりなど無かった。

 比企谷は絶望と恐怖に心を折られた敗残兵の様な目をしていた。これから私の歩む道は過酷なものになる。心の折れた人間では役に立たない。だから圧倒的な戦力差のある春蘭を前に、闘志や覚悟の様なものを少しでも見せればそれで良いと考えていた。

 しかし、思惑が外れた。比企谷は闘志や覚悟など見せるまでも無く話術で春蘭を容易く翻弄して見せた。それは子供騙しの手管だったが彼にとっては春蘭を騙すくらい児戯にも等しいということだろう。だがこれでは肝心の精神面を全く測れていない。

 

「こんな決着は認められないわ。貴方自身も言ったでしょ。これは根性試しみたいな物だと。今ので貴方の根性を試せたと思うの?」

「そうだ、華琳様の言う通りだ。お前はさっさとわたしに斬られればいいんだ」

 

 頭が痛くなる。予想外だったのは比企谷だけではなかったようだ。

 文官として勧誘しようとしている者相手に、春蘭が本気で斬りかかってどうするというの? 勝負の前に春蘭へ目配せして念を押したつもりだったが、彼女は何も察していなかったようだ。もしくは記憶の彼方へ消え去ったのか。

 

「春蘭」

「はい、華琳様っ! なんでしょうか?」

「斬っては駄目よ。比企谷も言っていたでしょう。これはあくまで【試し】なのよ。それも武人として雇うわけではないのだから、加減をしなさい。加減を」

 

 私が春蘭と話している間に、何か考え込んでいた比企谷の目の濁りは、先程より増した様に見えた。そして、ゆっくりとした動作で跪いてしまった。

 

「勘弁して下さい。許して下さいお願いします。勝負にならないです。本当に申し訳ありません」

 

 比企谷は地に額を擦りつけ許しを請う。その姿は憐れで無様なもので見ていられなかった。

 私の心に失望感が広がる。

 

「あなた、自分で根性試しみたいなものだと言っておいて、いくらなんでもそれは無いでしょう? 例え文官であっても、口先だけで自分の言動に責任も持てない者を重用する人間がいるかしら。多少口が回るというだけでは雇えないわよ」

 

 この勝負の主旨が覚悟を試すものだと理解し、自らの口でも言っておいてこの行動。これでは試す以前の問題である。自分から私の誘いを放棄しているようなものだ。

 

「所詮、口だけの男か。斬る価値も無い」

 

 春蘭も馬鹿にした様に言っている。言葉こそ無いものの秋蘭も呆れているのが分かる。こんな男にこれ以上時間を使ってやる程暇ではない。この場を立ち去ろうとしたが珍しい貨幣を貰っていた事を思い出した。

 

「お前の様な男を飼う気はないわ。貰った貨幣の代わりに少しだけど路銀を用意させるわ。ここから出て行きなさい」

 

 貰った物の対価は支払わないと筋が通らない。それとせめてもの情けである。用意する路銀位は少し多めにしておこうと考えながら歩き始めた。

 庭園を抜ける直前、背後から突然声を掛けられた。

 

「動くな」

 

 それは比企谷の声だった。背中に何かを突きつけられている。

 どうなっている気配などしなかったはずだ。とにかく慌ててもどうにもならない。

 私は努めて平静を装い、状況の把握に努める。

 

「夏侯惇と夏侯淵は5歩離れろ」

 

 比企谷の言葉に春蘭と秋蘭は従った。二人が離れた事を確認すると比企谷が春蘭に話しかけた。

 

「お前の急所は直ぐ分かる……で、降参するか?」

「貴様ぁ! 今すぐ華琳様から離れろ!!」

「姉者落ち着け、華琳様の命に関わるのだぞ!」

 

 春蘭の急所、それは私だった。身内贔屓ではなく春蘭を相手にまともに戦える相手など滅多にいない。その春蘭相手に最も有効な手は私を抑えることだ。春蘭よりは弱く人質にとってしまえば春蘭には手が出せなくなってしまう私は、正に春蘭の急所だった。それを短い時間で看破し的確に突いて来るとは恐ろしい男だ。しかし、安心もした。どうやら私を殺す気はないらしい。先程までの勝負の一環としてやっているのが比企谷の言葉で分かった。慌てている春蘭や秋蘭は気付いていない様だが……。

 

「降参するか?」

「分かった。参った、降参する。だから華琳様を放せ!!」

 

 春蘭と秋蘭が武器を捨てる。

 人質になっている身としては腹立たしいが負けを認めるしかない。

 

「春蘭、貴方の負けね。ねえ、もう動いていいかしら?」

 

 私の言葉に比企谷は頷き模擬刀を下ろした。

 その瞬間、春蘭が比企谷に襲いかかろうとしたので一喝する。

 

「おやめなさい!! 春蘭、貴方は勝負が終わった後に不意打ちを仕掛けて恥の上塗りをするつもりなの?」

 

 元々、この勝負は命を賭けた一騎打ちなどではなく、比企谷の気概を確かめる為のものだ。そ

 れを比企谷が此方(こちら)の思惑を超え、此方が負けを認める事になったからと言って勝負がついた後に怒りに任せて斬り殺したとあってはそれこそ恥辱の極みだ。

 私の叱責に春蘭がシュンとなっている。こういう所は本当に可愛いと思う。春蘭を少し可愛がりたいけれど先に比企谷に言っておかなければならない事がある。

 

「まずは見事な手並みと褒めておくわ。武術の心得も無さそうなのに私達三人相手にここまで出来るなんて……貴方が暗殺者なら一流と言っていいわね。ただ……」

 

 

 そう、本当に見事としか言い様が無い。私が最も信頼する春蘭と秋蘭が傍にいる状態でたった1人の人間に出し抜かれて命を握られるなんて想像もしていなかった。とっさの機転とそれを行動に移す肝の太さは、ぜひ私の部下に欲しいと思わせるものがある。ただ能力の高さは認めても、その能力の使い方は私の望むものではない。だから注意しておかなくてはならない。

 

 

「うちには暗殺者は要らないわ。次からはやり方をもう少し考えなさい」

 

 暗殺によって得られる勝利など私は求めない。比企谷のやり方は認められない。変えさせる必要がある。これからの私の勝利や栄光が汚されるなどあってはならない。私が行くのは王道であり、覇道である。私と共に行くのであれば、それを理解させる必要がある。

 

「私は汚い勝ち方など求めない。私が求めるのは誇りある勝利よ。貴方も私の部下になるなら其処を理解しなさい。」

 

 私が【汚い勝ち方など求めない】と言った辺りから比企谷は俯いてしまった。素直に聞いているのだろうか、それとも何か思うことがあるのか。

 私は言葉を続ける。

 

「汚い勝ち方で生き残る位なら死んだ方がマシよ。もし貴方がそのまま私を刺し殺すつもりだったとしても私はその場を凌ぐ為に跪いたりはしない。誇りある死を選ぶわ」

 

 その時、黙って私の言葉を聞いていた比企谷の口から獣の唸るような声が漏れ出した。

 

「ふざけるなよ」

 

 顔を上げた比企谷を見て私達は後ずさってしまった。

 彼の目は出会った時と同じ死んだ魚の様だった。しかし今の彼の目は生気のない、何かを諦めた様な目ではなかった。元の目に強烈な怒りの様な物が混沌と混ざり合い形容しがたいものになっていた。

 その姿は私には天の御使いなどではなく、まるで生者を妬み地の底から這い出して来た亡者に見えた。

 

「お前、今死を選ぶって言ったか?」

 

 亡者の問いに私達は一言も発せなかった。背中に模擬刀を突き付けられていた時はほとんど感じなかった恐怖という感情が湧き上がる。今、比企谷が私に向けている牙は模擬刀より鋭く、私の根幹に関わる部分を深く抉ってしまうのではないか。

 

「お前は死を選ぶって言ったよな。お前はこんな所で死んでいいのか。お前を大切に思っているコイツらを放り出して、俺みたいな下らない奴にこんな所で意味も無く殺されて本当に良いって言うのか?」

 

 比企谷の声はだんだんと大きくなっていき、叫びに変わる。その代わりに目に宿っていた怒気などが薄れていった。まるで言葉と共に怒りを吐き出している様だった。

 

「お前にはそんな価値しか無いのか!お前へのこいつ等の思いもこいつ等自身も簡単に捨ててしまえる程の価値しかないのか!」

 

 全てを吐き出すような比企谷の叫びが終わる。その時、彼の目に残ったのは寂しそうに揺れる黒い瞳と充血した白だけだった。

 

「……怒鳴って悪かった。部屋にいる。俺が気に入らないなら言ってくれ。出て行くから」

 

 そう言って立ち去る彼を止める言葉をその時の私は持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達3人は呆然と立っていた。しばらくすると視線を感じた。秋蘭がこちらを見ていた。

 

「華琳様、いかがなさいますか?」

 

 秋蘭の問いに私は直ぐには答えられなかった。分かっていることは二つ。

 一つ目は私と比企谷の考え方は相容れないという事。

 二つ目はそれでも比企谷を手放す気はないという事だ。私は欲しいものを手に入れる事に躊躇したりはしない。

 

「……比企谷を部下にするわ」

「かっ華琳様! あのような無礼者を部下にするのですか!?」

 

 私の答えに春蘭が慌てる。確かに無礼ではあった。本来であれば即、首を刎ねてもおかしくないほどに無礼な言動だろう。しかし……。

 

「それは大した問題じゃないわ。礼儀正しい無能な人間より、礼儀を知らないが有能な人間の方が私は好きよ」

「しかし、華琳様と比企谷の考え方は相容れぬ、矛盾したものではありませんか?」

 

 私の言葉に春蘭は押し黙ってしまったが、代わりに秋蘭が痛いところを突いて来た。そう私と比企谷の考え方は全くと言っていい程違う。私が彼の考え方に合わせるなど論外であるが彼もまた考えを変えたりしないだろう。

 

 矛盾した互いの考え方。

 どうすればいいのか。矛盾矛盾……そうだ。難しく考える必要などなかった。そもそも矛と盾が戦わなければいい。

 

「春蘭、秋蘭、しばらくしたら比企谷の所に行くわよ。あの男を私の仲間にするわ。絶対に」

 

 私の決意が固い事を悟ると二人は反論せず頷いた。

 

 

=======================

 

 

 俺は曹操達を相手にやらかしてしまった後、部屋に戻って寝台に寝転がっていた。悶えていると言ってもいい。勢いで色々言ってしまったが後から冷静になると「やらかしてしまった」としか言えない。

 

「やらかしたー。ここまでやらかしたのは何時以来だ? 雪ノ下達相手に【本物が欲しい】って言ったとき以来か?」

 

 こんなの圧迫面接でトラウマ刺激されてブチ切れて試験官を怒鳴り散らした挙句、控え室で待ってると言って会場飛び出して来た様なもんだろ。あの時の怒りは俺にとって抑え難いものだったが、だからとあの場ですべき言動ではない。

 言った内容そのものは俺の正直な気持ちだが……は、恥ずかしすぎる。ない、ないわー。ただでさえボッチの俺は本音を誰かに言う事自体少ないのに、会って大して経っていない人間にアレだけブチ撒けてしまうとは。しかも下手したら彼女達とまた顔を合わせるかもしれないのだ。それに十中八九ここを出る事になるだろうが、もしも曹操が何かの間違いで俺を部下にしてしまったら俺は彼女達とこれから何度も顔を合わせる事になる。

 想像するだけで悶絶物だ。寝台の上で右へ左へ転がっていると

 

「……何をしているのかしら?」

 

 呆れたような声が部屋の入り口の方から聞こえて来た。曹操達がそこにいた。

 俺は驚きのあまり声も出せずに目を見開いていた。

 お前等うちの母ちゃんかよ。ノックもせずに入って来んじゃねえよ。

 ただでさえ顔を合わしたくない相手に見られたくない所を見られてしまったショックで放心してしまう。

 

「大事な話があって来たのだけど、大丈夫かしら?」

 

 曹操さん、全然大丈夫じゃありません。俺のライフはもうゼロよ!! とはいえ話は後にしてくれなんて言える筈も無く俺は寝台から立ち上がった。

 

「あー大丈夫……です」

 

 色々とボロボロだがそれだけ何とか搾り出した。

 

「結論から言うわね。貴方を私の直属の部下にするわ」

「えっ?」

 

 そんな馬鹿な。曹操は短い付き合いだがプライドの塊みたいな人間だと俺は確信している。その曹操にあそこまで言って許されるどころか直属の部下にするなんて言われるとは思ってもいなかった。まあ、出て行けと言われても困るんだが。

 

「良いのか? 俺なんかを部下にして」

「問題ないわ。先程の言動については不問にするわ。限度はあるけど有能であるなら多少の無礼は許すわ。あと今後は今みたいな喋り方で良いわ。貴方の敬語、慣れていないのか何だか気持ち悪いわ」

 

 なんか分からんがこっちにとっては凄く都合の良い話になってきた。

 それと気持ち悪いって言われたが……。何だかって何だよ。理由になってねーよ。

 

「ただし、条件があるわ」

 

 曹操がこちらに近づきながら言った。

 そうですよねー。上手い話には裏がある。どんな条件が飛び出るのか。

 

「貴方は別に卑怯な手を使う事自体が好きな訳じゃないわよね」

「まあ、必要も無いのにわざわざやらないな」

「それなら私と共に学びなさい。軍師として必要な軍略、知略、政治を」

 

 曹操と一緒に学ぶ? どういう事だ? 俺が曹操のやり方に合わせるという事なら、こんな言い方はしないだろう。

 

「敵が常に正々堂々と立ち向かってくるとは限らないわ。汚い手を使って来る相手も多いでしょう。私は貴方と学ぶ事でそういった考え方に対しての理解が深まる。そうすれば対処もし易くなるわ。逆に貴方は私と学ぶ事で王道や正道といったものを全力で身に着けなさい。そこまでやって私と貴方が卑怯な手でしか勝てない、生き残れないといった状況に陥ったのなら……その時は貴方の判断に任せるわ」

 

 今、俺が自分の顔を鏡で見たらさぞ間抜けな顔をしているだろう。曹操の口から飛び出たのは想像すらしなかった内容だった。曹操が俺から学び、俺が曹操から学ぶ? 俺は夢でも見ているのか。しかも、どうにもならなくなったら俺に任せる? そんな馬鹿な話があるか。知り合ったばかりの人間にそんな事を言うのか。

 

 

「……任せるっていいのかよ。そんな事言って」

「私にとってはその時点で負けよ。だから貴方に決定を委ねても問題ないわ」

「そんな簡単に……」

「簡単ではないわ。私は勝利を掴む為なら例え自分の命を削ることすら厭わない。どれだけの犠牲を払ったとしても勝利を目指す。ただ誇りを捨てては生きて行けないというだけ。誇りを失えば私が私でなくなってしまう。それは死と同じ事よ」

 

 誰にも憚る事無くそう言い切った曹操の蒼く美しい目には覚悟があった。俺の様な諦めたふりをして生きている人間よりも彼女の方が【本物】に近いのかもしれない。彼女と共に学び、共に進めば俺は変われるのだろうか。

 

「それで聞きたい事はもう無いかしら?」

 

 俺は頷く。

 

「これからは私と共に歩むことにならわね。それじゃあ、貴方の真名(まな)を教えてくれるかしら?」

「はあ? マナって何だ?」

「「「真名を知らないの(か)!?」」」

 

 マナってゲームとかでたまに出て来る魔力的な物の事か? 三人が滅茶苦茶驚いている。この世界では常識なのか?

 俺が全く分からないといった様子なのを見て夏侯淵が説明してくれた。

 

「真名とは心を許した者だけに呼ぶ事を許す特別な『真』実の『名』前の事だ。これは私達にとって非常に大事な物で仮に許可無く呼んでしまった場合、斬り殺されても文句は言えん」

 

 こわっ。えっ、それって曹操達が互いに呼んでいた名前の事か。あれってあだ名か何かだと思ってたぞ。まあ、俺が自分から他人のあだ名なんか呼ぶ事は無いから、誤って呼ぶ心配は無いだろう。それに俺の場合、苗字すらまともに呼ばれる事なんて無いしな。曹操は正しく呼んでいるが、正直まともに呼ばれるのが久しぶり過ぎて何か違和感すらある。

 

「俺には真名は無いな。あえて言うなら八幡だけど……」

 

 俺が八幡と呼ぶ事を許していたのは戸塚だけだ。そう言う意味では俺の名前は真名と同レベルと言っていいかもしれない。材なんとか? あいつに俺の名前を呼ぶのを許した覚えなんてねえよ。

 

「貴方、初対面で真名を名乗っていたの!?」

「正気か?」

「ふむ、我々に呼ばれても良かったのか?」

 

 俺の言葉に三人が驚いている。

 

「教えても呼ぶ奴なんていないし、嫌なら呼ぶなって言うから」

 

 言っても勝手に呼ぶ奴もいたけどな。

 

「私は呼んでもいいかしら?」

 

 呼びたいの? ……マジで? お、お、女の子に名前を呼んでも良いか聞かれた。信じられない事態である。これは絶対裏がある。

 

「えっ、後で『呼ぶわけ無いじゃん。冗談だしキモっ』て言わない?」

「言うわけ無いでしょ、そんな事。どれだけ無礼なのよ。そんな人間がいるわけないでしょ」

「……ぉぅ、そうだな」

 

 いるんだよなー。それが。

 俺の反応からそれを察した三人はドン引きしている。

 

「……私は貴方の名前を軽んじるような真似はしないわ」

 

 曹操が気を取り直して言う。

 

「でも良いのか? 俺なんかと真名を呼び合うなんて」

「これから命を預け合う事もあるんだから当然でしょ」

 

 確かにその通りだ。負ければ死ぬ事もあるだろう。その位、信頼関係が重要になるという事だ。

 

「分かった。これからは八幡と呼んでもらって良い」

「私の真名は華琳よ。これからはそう呼ぶように。二人も良いわね?」

 

 春蘭と秋蘭が頷く。正直春蘭が素直に頷くのは意外だった。絶対文句を言うと思っていた。

 俺が春蘭を見ていたら春蘭がその考えを察したのか説明する。

 

「お前が華琳様の役に立つと分かったんだ。反対する理由など無い」

 

 春蘭の行動原理は単純明快だった。

 

「それに私はお前の周囲にいた名を軽んじるような奴とは違う。もし、これからお前の名を汚すような輩がいたら私が斬ってやる」

 

 本当に気持ちが良い位に言い切った。男前過ぎる。そしてそれは春蘭だけではなかった。

 

「そうだな。もし姉者から逃げても私が弓矢で仕留めてやろう」

「いいえ、殺さず私の前に連れて来なさい。八幡への侮辱は私への侮辱よ。首を刎ねてあげるわ」

 

 冗談みたいな口調だがこいつ等ならやりかねん。いや、やるだろう。俺は蔑ろにされる事には慣れていた。だが誰かが俺を蔑ろにする事について怒ってくれるなんて今まであっただろうか。

 自然と笑いがこみ上げて来る。

 

「くっくっく、ははっ。じゃあ華琳達を侮辱する奴がいたら俺がそいつを嵌めてやる。華琳の希望だから汚くない罠でな」

 

 部屋が笑いに包まれる。

 

「ふふっ、汚くない罠とはどんな罠かしら」

「きっと敵が引っ掛かるとスカっとする罠ですよ。華琳さま!」

「姉者は敵が引っ掛かれば綺麗とか汚いとか関係なくスカっとすると思うぞ」

 

 かつて俺は変わることを逃げだと言った。だが手に入れたい物が変わらなければ手に入らないのであれば、俺は変わる事を選択しよう。例え、それが過去の俺を否定する事になったとしても。

 

 

 

 

 

 




本当はこれは5話と6話に分けて投稿しようと思っていたのですが、別々に上げた場合に5話の読み終わった時の感じが消化不良っぽくなりそうだったので何とか1つにまとめてみました。

今回の話で自分の表現力の低さに何度か絶望しました。イメージは出来ているのに文章に表せないもどかしさ。元のイメージの何割を読む人に伝えられているのか。上手くなりたいです。



読んでいただいた方々、ありがとうございます。


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感謝を

 華琳達と真名を呼び合うことになった日の夜のこと。

 

「八幡、少し良いか?」

 

 俺が部屋でもう寝ようかと寝台に寝転がったところ、ちょうど秋蘭が部屋へとやって来た。

 えっ、もしかして早くも仕事? 正式に雇われる事になったらその日の内から寝る間も惜しんで働けと?とんだブラック企業に就職してしまった様だ。だが行くあての無い俺にはそれを断るという選択肢は無い。

 

「どうしたんだ。急用か?」

「少し話したい事があってな」

 

 これは仕事じゃないっぽい。やったぜ。しかしそうなると次は緊張してくる。だってこんな美人と夜に自室で2人で話って、緊張するなって方が無理がある。

 

「昼の事で言って置かないといけない事があったのでな。華琳様を人質にとった事だ。最初から華琳様に危害を加える気が無かったのは今では分かっているが、ああいう事は二度とするな」

 

 おう……仕事ではなかったが、色っぽい話でもなかった。説教でした。

 秋蘭の立場からすれば当然の話ではある。あれに関して俺に罰は無かったが、主に武器を向けられた彼女としては文句の一つも言いたくなる気持ちは分かる。

 

「そんな目をするな。華琳様に対して無礼だとかそういう話だけではなく、これはお前を思っての話でもあるんだぞ」

 

「いや、目は元々だから。それより俺の為ってどういう事だ?」

「あの時、下手をすればお前は死んでいたぞ。華琳様が怪我を覚悟で抵抗していれば、私と姉者がお前の事を一瞬で殺していた。見たところ武の心得は無いだろう」

 

 秋蘭の言う通り、今から考えればあれは相当危険な賭けだった。あの時は生き残る為に必死だったが、逆により危険な道に飛び込んでいたのだ。

 

「もっと慎重な立ち回りを覚えないと早死にするぞ。まあ、説教の様な話はここまでだ。ここからが本題だ」

 

 今更ながら俺が恐怖を感じていると秋蘭がそう言った。今の話より重要な話があるのか。俺からしたら十分以上に重い話だったんだが。

 俺が戦々恐々としていると秋蘭がいきなり頭を下げた。

 えっ、なんで……。

 

「ありがとう」

 

 困惑する俺に秋蘭は顔を上げ正面から目を合わせて言った。

 

「華琳様に対して怒鳴った件は別として、華琳様の為に怒ってくれた事に感謝を。私や姉者の想いを酌んで怒ってくれた事、私は嬉しく思う」

 

 あの時の事を思い出して顔が赤くなる。俺にとってアレは本音であるが、だからこそ恥ずかしい。アレをこんなに真正面に受け止められ感謝されるなど恥ずかしがるなと言う方が無理がある。

 

「あ、あ、あれはほとんど八つ当たりみたいなもんだ。感謝されても困るぞ」

「単なる八つ当たりだけなら私も姉者も……そして華琳様もお前を認めたりしなかった。あの時の私達全員に感じる物があった」

 

 この世界の人間はストレート過ぎるんじゃないか。それとも華琳達だけなのか。

 

「八幡、お前が来てくれて良かった。華琳様は優秀な方だ。私はあの方ほど才に溢れた人間を他に知らん。しかし華琳様も人間だ。どれだけ優秀でも完全な存在ではない。だから華琳様を思って怒れる人間が傍に居てくれるのは良い事だと思う。私や姉者ではどうしても華琳様の考え方を優先してしまう」

「いやいや、俺だって華琳を怒るなんて無理だぞ。怖すぎる」

「大丈夫だ。私はお前を信じているぞ」

「おい、無茶言うな。あと顔が笑ってるぞ」

 

 秋蘭は「また明日な」と言って帰っていった。 

 信じているか。冗談みたいに言っていたが、正直重い。それだけ俺にとって秋蘭達の存在が軽いものではなくなってきているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回、凄く短いですが今日か明日にもう1話軽めの話を投稿します。



読んでいただきありがとうございます。


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陽の光の如く

 俺は今、春蘭と秋蘭の買い物に付き合っていた。正確には店へ華琳の服を見に来ている春蘭達に半強制的に連れてこられたのだ。

 

「なあ、八幡はこの服をどう思う?」

 

 秋蘭がピンク色を基調とした可愛らしい服を見せてきた。華琳は秋蘭や春蘭に比べれば小柄だが、いくらなんでもこれは子供っぽいだろう。

 

「流石に可愛らし過ぎだろ」

「な~に~、お前は華琳様が可愛くないと言うのか!!」

「そういう意味じゃねーよ。その服がちょっと子供っぽいって意味だ」

 

 男の視点で助言が欲しいと連れて来られたのに、意見を言うたび訳の分からん解釈で春蘭が絡んできて、俺は疲れ切っていた。女の買い物に付き合うってだけでも面倒なのに、勘弁して欲しい。

 

「うむ、確かに」

「店主、とりあえずこれを一着貰おう」

「待て何故買う。没になったんじゃないのか」

 

 今の話の流れで何故春蘭は買う事にしているんだ。

 訳が分からないよ、とゲスいマスコット風に心の中で呟く。

 

「本当に似合うかどうかは試してみるまで分からんだろ」

「じゃあ、本人連れて来いよ」

「お忙しい華琳様をこんな雑事に連れて来いだと~。貴様はそれでも華琳様の部下か!?」

 

 言いたい事は分かるが、わざわざ試したい服を買って行くのは贅沢過ぎるぞ。セレブか、いや普通にセレブだな。しかし、女って買い物その物を楽しむ所があるしな。

 

「華琳も自分の服は自分で買いに来たいんじゃないか?」

「はあ? 何を言っているんだ。もちろん華琳様の服は華琳様と買い物に出た時に買うぞ」

 

 今、買ったじゃん。今、服買いましたよね。

 春蘭の言葉に怪訝な表情をしている俺に秋蘭が説明してくれる。

 

「言っていなかったが、今回は下見だ。それと買った服は華琳様に似せて作った人形に着せてみて、似合うようなら華琳様と買い物に来た時にそれとなく勧めるのだ」

 

 め、面倒くさい。こいつ等が華琳のことを好き過ぎるのは知っていたが、ここまで面倒臭い奴らだったのか。一周半回ってキモいまである。

 

「人形に着せた位で印象って変わるか?」

「姉者の作った人形は凄い出来だ。人形と馬鹿に出来んぞ。着せ替えをしている所は見せられんが一度服を着せた状態を見せてやろう。驚くはずだ」

 

 春蘭が作ったのか。細かい作業をしている姿が想像出来ん。しかし、秋蘭がここまで言うんだったら本当に良い出来なんだろう。

 

「さて、そろそろ次に行くか」

「姉者、今日は何軒位回るとしようか?」

「今日はまだ時間がある。最低でも10軒は回らんとな」

 

 げえっ、あと十軒・・・だ・と!? その時間を使って華琳の仕事を手伝って、空いた時間で華琳を連れてくるんじゃ駄目なのか?

 

「姉者……」

 

 秋蘭が春蘭へ責めるような視線を送る。

 あと十軒とか無理だから、秋蘭ガツンと言ってやれ。ガツンと。

 

「少な過ぎるだろう。もう五軒は行ける」

「ちょっ、おまっ」

「そうだな。十軒はいくら何でも少な過ぎたな。すまん。よし、では二十軒を目指して行こう」

 

 うっそだろ秋蘭、お前もかよ。二十軒ってそれ今日中に終わるの? 八幡もう帰って良い?

 

「では次に行こうか、八幡」

「回れるだけ回るぞ」

 

 そうこうしているうちに秋蘭と春蘭に挟まれて逃げられなくなった。そして、引っ張られるようにして目ぼしい店という店を回るはめになってしまった。

 

◆◆◆

 

 日が落ちて開いている店が無くなって、やっと買い物は終了となった。

 

「今日はイマイチだったな姉者」

「そうだな。華琳様に相応しい服はあまり無かったな。何処かに腕の良い職人はいないものか」

 

 【イマイチ】、【あまり無かった】嘘だろ。何十着買ったと思っているんだ。その抱えきれない位の服を今、俺が持っているんだぞ。

 

「八幡、どうした元気が無いな。お前の天の御遣いの知識か何かで何とかならんのか?」

「無茶振りだな、俺は職人でも何でもないんだぞ」

 

 服なんて縫えないし、デザインを考えるのも無理だ。制服とかメイド服、あとドレス姿なんかは見てみたいけど。

 

「何か無いのか、我々を陽の光の如く照らす気高き華琳様に相応しき服は!!」

 

 陽の光の如く……か。

 

「それならキュ〇サンシャイ〇だろ。日光だし」

「「きゅ〇さんしゃい〇?」」

「そうだ、俺のいた国にはプ〇キュアという人気者達がいるんだよ。キュ〇サンシャイ〇はその中の1人で、サンシャイ〇と言うのは日光という意味だ」

 

 陽の光ならサ〇シャインだなトゥイ〇クルは星だから違うだろう。

 

「ほう、人気者で日光の名を冠する者か。その者の衣装であれば華琳様が着るのに相応しいかもしれん。職人に作らせて見よう。細かな形や色は覚えているのか?」

 

 ハー〇キャッチ〇リキュアか。もう5年位前のものになるのか。それを覚えているかどうかだと。フッ、愚問だな。

 

「馬鹿にするなよ。どんな角度からだって描ける位に覚えているぞ」

 

 録画して何回見たと思っているんだ。

 

「よし、では今から職人に依頼しに行くぞ」

「今からか!?」

「当然だ。兵は拙速を尊ぶと言うからな」

 

 秋蘭は春蘭に比べて大人しいかと思っていたがこいつも大概だな。しかし、華琳のコスプレ姿は俺も見たい。今回は全面的に協力しよう。本当に楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




軽い話の方が書き易いかな。

それにしても話が進まない。完結に1年位掛かりそうです。

お読みいただき、ありがとうございます。


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両翼

 今、俺の周りでは兵士達が慌しく盗賊討伐の遠征準備をしている。それに比べて俺はと言えば、偶に意見を求められるだけで特にする事は無かった。

 大まかに何が必要なのか、どういう手順で準備をするのか、遠征中にどういう事態に陥る可能性があるのか、そういった事を想像する事は出来る。しかし行軍の日数や装備、糧食の具体的な数などは経験が無いので予測のしようも無い。華琳もいきなり俺がそんな事まで出来るとは思っていないようで指示を出したり、必要事項を確認している所を横で見ているよう言われた。

 しばらくすると春蘭が二人の少女を連れてやって来た。

 

「華琳様、連れてきました」

「曹子孝ならびに曹子和、命により参上いたしました」

 

 二人の少女は華琳の前で片膝をついて頭を下げた。

 

「二人共、そこまで畏まる必要は無いわ。従妹なのだからもう少し楽にしなさい」

 

 華琳がそう言っても二人は顔を上げなかった。華琳ってすげえビビられてるのか? まあ、気持ちは分かる。偶に何か覇気というかオーラの様な物が見える気がするしな。

 それにしても、この二人が華琳の従妹……誰だろうか。夏侯惇や夏侯淵がいるという事は曹仁辺りだろうか。三国志はゲームで少しやった位であまり知らないから分からん。

 

「八幡、当分の間はこの二人を貴方の補佐に就けるわ。祐筆とやらが欲しいと言っていたでしょう。彼女達は文官ではなく武人なんだけど武芸の心得の無い貴方の補佐としては好都合でしょう?」

 

 華琳の突然の決定に二人の少女も驚き、顔を上げている。華琳の従妹だけあって二人共、顔が整っている。その折角整っている顔を少し歪ませて俺を見ていた。

 そらそうだろ。いきなり俺みたいな訳の分からん人間の補佐に就けと言われても嫌だろうよ。こんな目の腐った上司、俺でも嫌だ。

 何だかテンション下がってきたからもう部屋に帰っても良いだろうか?

 

「二人共、不満かしら? こう見えて彼は今の所唯一の軍師候補よ。それに天の御使いという大層な肩書きも持っているわ」

「「えっ!!!」」

 

 驚いてる、驚いてる。急に天の御使いなんて言っても驚くだけだろう。

 華琳は分かっていてやっている。二人の驚く顔を見て楽しそうにしているし。良い性格してるなあ。

 

「まだ天から来たばかりで、こちらの世の事はあまり知らないのよ。だから貴方達の様な信頼の置ける身内をその補佐に就ける事にしたの。まだ何か問題があるかしら」

「い、いえ、その様な役目を与えていただき光栄です」

 

 二人のうち大柄な少女が華琳に恐縮しつつ答えた。そして少女達は俺の方に向き直った。

 

「私の名は曹仁。真名は夏蘭。この真名、天の御使い様に預けます」

「私は曹純です。真名は冬蘭と言います。私の事も真名でお呼び下さい。姉の夏蘭共々よろしくお願いします」

 

 夏蘭は赤毛で大柄な少女で気の強そうな目をしている。おそらく俺と同じ位の年齢だと思う。冬蘭は小柄で俺より二、三歳年下だと思う。髪の色は灰色で優しげな顔つきだった。

 

「おいおい、いきなり真名を預けていいのかよ? 自分で言うのも何だが、大抵の人間は俺の目を見て第一印象は最悪になるもんだぞ」

「確かに胡散臭いな。そう言えば、斬首される寸前の盗賊がこんな目をしていた」

「おい、待てこら」

 

 夏蘭の辛辣な例えに流石の俺も不満の声を上げる。

 

「姉さん、流石に言い過ぎですよ。せめて盗みを働いて腕を斬り落とされた盗人位でしょう?」

 

 ニコっと微笑みながらそう言う冬蘭は可愛かった、とても。しかし言っている事は相当酷かった。小町の三馬身位後ろに位置してるかな。あれ結構競ってない?

 

「さて、冗談はこの位にして置きましょう。私達の真名は呼んでもらって問題ありません。軍師候補に挙げられる程、姉様方から信頼されている天の御使い様なら真名を預けるのに否はありませんよ」

「そ、そうか。俺の名は比企谷 八幡だ。……八幡と呼んでくれて構わない」

 

 冬蘭相手にどもりそうになった。俺はどうも年下で妹属性のある奴に弱いみたいだ。それにしてもキツイ冗談だったぞ。思わず跪いて許しを請うレベル。

 

「八幡、夏蘭と冬蘭はうちでも春蘭と秋蘭に次ぐ実力者よ。本来であれば一軍の将としてやっていける人材だから有効に使いなさい」

 

 権利と言う物はそれと同等の義務を伴う物だ。この二人が補佐になるという事はどれだけの義務が生じるのだろう。春蘭達に近い実力を持った者の補佐が心強いような、怖いようなどちらとも言える様な複雑な心境だった。

 

 




オリキャラ出す気なかったけど初戦から八幡を活躍させるには、直属の部下が欲しくて出してしまいました。オリキャラと言っても史実の武将なんですが・・・・・。


正直言って曹仁は加入させるには強すぎるかとも思いましたが曹純がいるのに曹仁がいないというのも可笑しいかな?と思いまして急遽出すことにしました。

今回登場した曹仁、曹純をオリキャラと上で書きましたが公式でこの2人の情報が公開されているのを読者さんからの指摘で私も確認しました。

私の調査不足でした。ただ今からこの話の曹仁、曹純を公式の曹仁、曹純へ変更しようにも私の持っている情報が少なすぎて書けません。そういう理由でこの「やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ 」では今の私が考えたキャラ設定のままで進めたいと思います。



今回、凄く短いのは本来投稿予定だった話を3~4分割する事になったからです。すみません。見積もりが甘過ぎでした。ざっと計算し直してあと最低でも10時間位は書くのに時間が必要でした。


桂花の登場シーンは来週の日曜より前に投稿出来る様に頑張ります。


読んでいただきありがとうございます。


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王佐の才

 夏蘭達と少し話していると兵が1人、華琳に帳簿を持って来た。受け取った帳簿に目を通している華琳は目に見えて機嫌が悪くなっていった。

 

「これの責任者を直ぐに呼びなさい」

 

 華琳は見ていた帳簿を叩きながら帳簿を持ってきた兵に指示を出した。かなり機嫌の悪そうな華琳に兵は怯えながら返事をして、直ぐに責任者を呼びに走って行った。

 あれは怖い。もし、バイト先の店長があんなんだったら俺は絶対にそのまま家に帰っちまう。まあ、華琳相手にそれをすれば家まで追っ手をかけられそうだが……って詰んでるじゃねーか。

 

「な、なあ、どうしたんだ。何か問題でもあったのか?」

 

 恐る恐る、華琳に聞いてみる。下手に関わってとばっちりを食うのは嫌だが放って置いてより機嫌が悪化すれば、結局良く一緒にいる俺に被害が来る可能性が高い。多少の火の粉が降りかかっても、華琳の怒りを鎮火させて置かないとえらい事になるかもしれん。

 

「責任者が来れば分かるわ」

 

 にべもなく華琳は言った。

 華琳が確認していた帳簿に何が書かれていたんだ。余程の内容じゃないとここまで機嫌が悪くなる事はないだろ。

 内心ハラハラしている間に夏蘭と冬蘭が体を寄せてきた。

 

「これ、どうすれば良いんだ?」

「華琳姉様がここまで不機嫌になるなんて……ここはそっとこの場を離れた方が良いかもしれません」

 

 夏蘭と冬蘭が俺の耳元に顔を寄せて小声で話しかけてきた。出来る事なら俺も冬蘭の案に乗りたいところだが、後が怖いから無理だ。あと耳元で囁くのは止めて欲しい。惚れてしまう。

 居心地の悪い時間をしばらく我慢していると、先程の兵が一人の少女を連れて戻ってきた。

 

「おまえが今回の糧食調達の担当?」

 

 華琳が開口一番に厳しい口調でそう聞いた。自分の事ではないのに胃が痛くなりそうな状況だ。

 

「はい。必要な量を用意しております。何か問題があったでしょうか?」

「必要な量? ……指定した量の半分しか用意されていないじゃない!」

 

 華琳と少女の会話で何故華琳が不機嫌になったかは直ぐに分かった。用意された食料が半分では怒って当然だろう。しかし、少女は怒る華琳相手に平然としている。これは何か思惑があるのかもしれないな。

 

「思惑ですか?」

 

 冬蘭が突然俺に聞いてきた。

 

「えっ、口に出てたか?」

「いえ、声にならない程度でしたが唇の動きで分かりました」

 

 華琳や少女には聞えない、小さな声で冬蘭は言った。

 何それ怖い。ほんとに油断ならない奴だ。

 

「それで思惑というのは?」

「……もしかしたら、わざと目立つ間違いをして自分に注目させようという策かもな」

「それではもう目的は果たせていると?」

「あくまで可能性の話だ」

 

 冬蘭の問いに俺が答えている間に、少女の斜め後ろへ夏蘭が静かに移動していた。いつでも少女を斬れる位置だ。

 怖っ、ここにいるのは怖い人間ばっかりか。俺と冬蘭の話を聞いていて少女が華琳に対して何か良くない事を企んでいるのではと危惧したのだろう。

 

「このまま出撃すれば、私達は行き倒れになる所だったわ。その場合、あなたはどう責任をとるつもりかしら?」

「いいえ、そうはなりません。理由は三つあります。聞いていただけないでしょうか?」

 

 華琳の詰問に少女は即座に答え、逆に理由を聞いて欲しい言った。

 

「……いいでしょう。それ相応の理由があるのなら許しましょう」

 

 華琳の言い方では相応の理由が無ければ本気で斬りかねない。流石にそんな所は見たくないんだがな。必要なら多少フォローする事も考えないといけないか。

 

「もし理由を聞いても、ご納得いただけなければ斬り捨てていただいて結構です」

 

 少女が自ら命を賭けた。それだけ三つの理由とやらに自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。

 

「まず一つ目。曹操さまは慎重なお方です。糧食に関してもご自分で最終確認をなさいます。問題があれば、こうして責任者を呼ぶはずなので行き倒れになる事はありません」

 

 馬鹿の方だったかな。華琳に会う為にわざと間違えたなんて自分から告白してしまうとは……。

 華琳が夏蘭に目配せして「斬れ」と言った。

 

「待て、待て、待て、ストップだ。ストップ。落ち着け華琳。理由はあと二つあるんだから」

 

 慌てて止めに入ると華琳は驚いた顔で俺を見た。

 

「八幡、いきなり現れないで。驚くじゃない」

 

 俺ずっとここに居たんですけど、それどころか少女が呼ばれて来る前に会話してるんですが。

 

「俺は最初からここに居ただろ。それより残り二つの理由を聞いてからでも斬るのは遅くないだろ」

「……そうね。それで残りの二つは何?」

 

 何とか止められた。もしこの場に居たのが夏蘭ではなく春蘭だったら止める間も無かったかもしれん。嫌な汗が流れる。あと助けてやったのに少女が俺の事を恨みの篭った目で見ている。何でだよ。

 

「はい、二つ目は糧食が少なくなれば、身軽になった輜重(しちょう)部隊の行軍速度が上がります。それによって、遠征そのものにかかる時間は大幅に短縮出来ます」

 

 少女の語る二つ目の理由には少し無理がある。糧食を半分にして身軽になっても、遠征にかかる日程まで半分にはならないだろう。

 そんな事は華琳も承知だと思うが、最後まで聞いてから判断すると決めたので、華琳は途中で止めたりはしなかった。

 

「……で、三つ目の理由は何かしら?」

「はっ、三つ目は……私を軍師として使っていただければ遠征にかかる時間はさらに短くなるでしょう。よって、糧食はこの量で必要分を満たしております。どうか、この荀彧(じゅんいく)を曹操さまの軍師としてお使い下さい!」

 

 華琳に促されて少女・荀彧(じゅんいく)が自分を軍師にしてくれと懇願した。

 じゅんいく? ゲームかなんかで聞いた事があったような。かなり能力値が高い軍師キャラだったと思う。

 

「荀彧、貴方の真名は?」

桂花(けいふぁ)と申します」

 

 華琳の問いに荀彧は躊躇もなく真名を明かした。それだけ、この機会に賭けているのだろう。何せさっきは命も賭けていた位だ。

 

「桂花……私の事を試したわね?」

「はい」

「私は他人に試されるのが嫌いよ」

 

 華琳の声が低くなる。これはマズイ流れだな。フォローした方が良いな。

 

「華琳、ちょっと待ってくれ」

「……何かしら?」

 

 華琳の声がさらに低くなった様な気がする。うん、すっごく怖い。でもここで俺が引けば、目の前で荀彧の首がポロりしちゃう。

 

「試された事が気に喰わないのなら、こちらも荀彧を試してみたら良いんじゃないか? 相当自信があるようだし、こういう類の人間は無礼だと言って斬られるより、無能だと言って斬られる事の方が効くんじゃないか?」

 

 俺の言葉に華琳は少し考えてから頷いた。

 

「桂花、私を試した度胸と、智謀によって私との面会を勝ち取り自身を軍師として売り込む事を果たしたその手腕、気に入ったわ。あなたを仮の軍師として受け入れるわ。ただし今回の遠征であなたの立てた作戦が有効で無かったり、あなたが十分だと言った糧食に不足があった場合はその命で(あがな)ってもらうわよ」

「御意に!」

 

 荀彧は華琳に返事をすると、元の仕事も残っているので輜重部隊が物資の積み込みをしている現場に戻って行った。その去り際に何故か俺の事を睨んでいた様な気がする。まあ、気のせいだろう……気のせいだよな?

 

「八幡様、睨まれてたぞ。何かしたのか?」

 

 夏蘭にも桂花が俺の事を睨んでいる様に見えたのか。気のせいじゃ無いっぽいな。面倒な。

 

「何もしてないぞ」

「「ホントに?」」

 

 夏蘭と冬蘭の疑うような声が重なる。この姉妹は俺の事をどういう風に見てるんだ。

 

「八幡、何かしたなら早めに白状しなさい。これから長い付き合いになるかもしれないのよ」

 

 華琳お前もか。

 

「それで……貴方から見て桂花はどう見えたかしら?」

 

 華琳の声のトーンが変わった。ここからは真面目な話の様だ。

 

「……無能には見えなかったな。華琳に軍師として仕えたいという願いにも嘘は感じなかった。むしろ、華琳の事を試した割には華琳を見る目は信じ切っているような目だったぞ。まあ、俺はその辺りに危うさを感じたが」

 

 俺の言葉に華琳は頷いている。夏蘭と冬蘭は意外そうな顔で俺を見ている。

 

「ちゃんとした軍師みたいだ」

「今は有能そうに見えますよ」

 

 こいつ等。こんな2人と上手くやっていけるんだろうか。いや、無理だな。そもそも生まれてこのかた上手くやれる奴なんて俺にはほとんどいなかったわ。荀彧には嫌われているみたいだし、今回の遠征は気の重い旅になりそうだ。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

明日も更新出来ると良いなと思っていましたが無理っぽいです。

しかし、半分位は書けているので次の更新は1週間もかからないと思います。


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嫉妬

尻が痛い。いや変な意味ではないぞ。だから腐女子の皆さん、ウォーミングアップは始めないでくださいお願いします。これは馬に乗るという慣れない事を長時間やっているせいで痛くなっただけで、深い意味はないからね、ホント。

 それにしても周りの連中が平気な顔をしている所を見ると、訓練次第で何とかなるんだろう。今の俺は乗馬の練習をこちらの世界に来てから始めたので、未だ馬の上に乗っているだけの状態だった。

 まあ、出発前から色々あったが、今回の遠征はここまでは順調だった。俺の尻以外は。

 秋蘭がこちらを気遣って近寄って来た。

 

「八幡、辛そうだが大丈夫か?」

「……尻がかなり痛いぞ」

「ん? ……ああ、それは慣れるしかないな」

 

 いっそ荷物だけ馬に載せて俺は馬から降りて行きたい。今のところ行軍速度は歩兵の足に合わせた小走り程度の速さなので、それでも付いていけるだろう。その事を常に俺の傍に控えている夏蘭や冬蘭にも言ったのだが、即却下されてしまった。

 曰く、馬に乗れないのではこれから困る。早く慣れる為にも辛くても乗り続ける必要がある。

 夏蘭に真顔でそう言われては我慢するしかない。車や電車が恋しい。自転車でも良いから欲しい所だ。

 

「それにしても大変な事になったな」

「荀彧の事か?」

「そうだ。八幡が華琳様に桂花の事を試してみた方が良いと進言しなければ斬っていたと夏蘭が言っていたぞ」

 

 秋蘭の言う通り、あのままだと荀彧は斬られてしまっていたかもしれん。

 

「それと、何故八幡は桂花の事を真名で呼ばない。華琳様に私達は真名を呼び合うように言われたではないか」

「だって荀彧本人が俺に真名を呼ばれるの、すげえ嫌がってたじゃないか。嫌がられてるのにわざわざ真名で呼ばなくても良いだろ」

 

 真名を呼ぶ前から俺は荀彧になんか睨まれてたからな。火に油を注ぐような真似はしたくないぞ。

 俺の場合、人に嫌われる事は今更あまり気にならない。だが、接点の無かった相手にここまで敵意を向けられるのも珍しい。これから同僚として長い付き合いになるかもしれないのに面倒な事だ。いっそ無視してくれた方がやり易い。

 

「何か嫌われるような事をしたのか?」

「華琳にも同じ事を聞かれたが、俺にも分からん」

 

 秋蘭は何でそんな疑わしげな目で俺を見るんだ。俺が嫌われる様な事をすると思うのか? えっ、思う? でもな秋蘭、俺はアイツとは接点ゼロだぞ。

 

「気になるなら本人に聞いてみよう。おおーい、桂花!!」

 

 近くで黙って俺と秋蘭の会話を聞いていた夏蘭がいきなり大声で荀彧の事を呼び始めた。

 止めろ、マジで止めて、止めてください。

 

「いや、呼ぶなよ。面倒だから……って来ちゃったし」

「曹仁、私に何か用?」

 

 荀彧がこちらに近付いてきた。嫌われているみたいだからって、普通いきなり直接本人に理由を聞くのかよ。何考えてるんだ。いや、特に考えて行動している訳ではないんだろう。出会ったばかりだが夏蘭は春蘭に負けず劣らず短絡的な所がある。今回も本人の言う通り、分からないから聞いてみようと言う事だろう。

 

「桂花は何で八幡の事を嫌っているんだ?」

「「……」」

 

 ホントやめろ。いや、止めてください夏蘭様。いくら何でも直球過ぎるだろ。せめて俺のいない所で聞いてくれよ。荀彧も含めて全員固まってしまったぞ。しかも沈黙が気まずいし。

 

「……別に、生理的に受け付けないだけ」

 

 沈黙はかなり長い時間だったが、荀彧が最終的に言った内容はこれまた酷い物だった。奉仕部の頃に雪ノ下が挨拶代わりに言っていた毒舌に慣れていなかったらショックのあまり引き篭もっていたかもしれん。

 

「ふーん、じゃあ仕方がない」

 

 仕方ないってなんだ。納得するなよ、夏蘭。そしてこの気まずい空気を何とかしろよ。お前のせいだぞ。

 

「桂花、八幡は華琳様も認めた軍師候補だ。お前も華琳様の下で軍師をしたいのなら、仮に生理的に受け付けなかったとしても態度には気をつけろ。味方の軍師同士が不仲だと士気に関わる」

「わ、分かっているわよ」

 

 

 秋蘭の言葉に荀彧が理解はしているが、感情的には受け入れ難いといった感じで答えた。特に秋蘭が「華琳様も認めた」と言った所で忌々しげな表情をしていた。

 

「用がこれだけなら私はもう行くわよ」

 

 そう言って荀彧は離れて行った。

 何か視線を感じて周りを見回すと秋蘭、夏蘭、冬蘭が俺の顔を見ていた。

 

「……何だよ」

「気にしない方が良いと思いますよ。生理的に受け付けないと言うのなら仕方が無いですよ」

 

 冬蘭、それはどういう意味かな。どんな人間にも生理的に受け付けないタイプの相手がいるから気にしても仕方がないって意味か、それとも俺の顔が生理的に受け付けなくても仕方がない顔って意味なのかな。これでも顔の造形は整っている方だと……そうだ。この世界は時代も元いた所とかなり違うし、好まれる顔のタイプが違うのかもしれん。

 

「目さえ何とかなれば大丈夫だ」

 

 夏蘭が俺の肩に手を置き何の気休めにもならない事を言った。

 この目は治らないからどうしようも無いだろ。それに先程の荀彧の様子を見る限り、『生理的に受け付けない』というのとは別の理由もあるみたいだ。

 俺が華琳に認められている事が気に喰わないらしい。命がけで自分を売り込む位だから余程華琳の軍師になりたかったんだろう。だから、先に軍師候補になっている俺が妬ましいという事か?

 

「なあ、秋蘭。荀彧は自分を軍師として売り込む為に糧食を半分しか用意しないなんて無茶をやった訳だが、他に軍師になる方法は無かったのか?」

「軍師の募集はしていないから軍師になりたいのなら一文官として地道に出世していくか、武将として名を上げたうえで作戦立案や領内の統治などで軍師としての適性を見せていくしか無いだろうな」

「軍師の募集していなかったのか!?」

 

 俺の疑問に秋蘭は驚愕の事実を告げた。

 今の華琳の陣営には軍師はいなかったはずである。いるのは候補である俺だけだ。それなのに何故募集をしていないんだ。まさか、軍師の仕事は俺1人で全てやれって事なのか……。

 これはアレだ。見習い・研修期間中だから報酬は少なめで済むしね。どんだけブラック企業なんだよ。

 

「軍師の募集は難しいのだ。経歴を偽る者が多いし、実力を見ようにもある程度仕事ぶりを見てみないと分からないのでな。かと言って軍師としての重要な仕事を仕官して来たばかりの人間にいきなり任せる訳にもいかん」

 

 秋蘭の言葉を聞く限り、やはり荀彧が俺を嫌っている理由は嫉妬もあるようだ。俺だけ一足飛びに軍師候補になっている事が腹立たしいのだろう。まあ、特別扱いされている奴がいれば腹も立って当然だ。俺だって自分以外の奴が優遇されていたら心の中で呪う。でも優秀で俺の仕事を黙って勝手にやってくれる奴なら特別扱いで軍師になって欲しい。何だったら俺がそいつを特別扱いするまである。

 

「八幡……そんな軍師はこの世に存在しないぞ」

「そんな奴がいたら八幡はクビになるんじゃないか?」

「寝言は寝てから言って下さいね。あっ、でも目の方は永眠してる方と同じ様な見た目なので……」

 

 秋蘭、夏蘭、冬蘭の3人が口々に俺の心の中の考えを否定した。それにしても夏蘭と冬蘭の俺に対する言葉が辛辣過ぎて帰りたくなって来た。と言うのは嘘だ。この2人に関しては荀彧から感じる様な敵意は感じない。だから大して気にはならない。それにしても───────

 

「もしかして口に出ていたか?」

「ああ、優秀で俺の仕事を黙って勝手にやってくれる奴が欲しいとかブツブツ言っていたぞ」

 

 俺の問いに夏蘭が呆れたような調子で答えた。

 なんだよ。居れば絶対便利だろ。ただ夏蘭の言う通り、そんな奴がいたら俺が不要になってしまうかもしれん。それはマズイ。などと下らない事を考えていると春蘭が急いだ様子でこちらに向かって来た。

 

「華琳さまがお呼びだ。前方に正体不明の集団がいるらしい」

 

 春蘭の『正体不明の集団』という言葉にその場の空気が引き締まる。こういう場合、だいたい相手は賊と相場は決まっている。

 

「うむ、すぐに行こう」

「承知」

「分かりました。向かいましょう」

 

 秋蘭達は直ぐに返事をし、華琳の元へと向かう。だが、俺はその場に止まってしまった。

 戦いになるかもしれない。そう思うと緊張が高まっていく。華琳達が強い事は知っているが、今から命のやり取りをするかもしれないと思うと気分が悪くなっていく。もしかしたら自分が、もしくはつい先程まで会話をしていた誰かが死ぬかもしれない。全身が強張るのが分かる。

 ただ、いつまでもここに居る訳にもいかない。俺は先に華琳の所へ進んでいる春蘭達の背を追った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お待たせしました」

「いいわ。丁度偵察からの報告を受けるところよ。報告を」

 

 華琳の元に着くと先ず秋蘭が声を掛けた。華琳の前には片膝を付いた兵士が1人いた。その横には荀彧が既に控えている。

 

「はっ! 前方にいる正体不明の集団は三十人程で、旗も無く不揃いな服装や装備から野盗かと思われます」

「……もう少し様子を見るべきかしら」

「再度、偵察隊を出しましょう。今度は夏侯惇と比企谷の指揮で兵の人数も増やして行いましょう」

 

 兵士の報告を受け華琳が思案していると荀彧がそう提案した。

 余計な事をするな。未だに緊張の取れない状態なのにいきなり実戦は勘弁してくれ。

 

「そうね。兵は五十連れて行きなさい。あと八幡には冬蘭も付いて行くように」

 

 俺の願いもむなしく華琳はそう命令した。

 行くのは嫌だが断る事も出来ない。それと確認しておかないといけないことがある。

 

「なあ、その数と春蘭を連れて行くって事は偵察は偵察でも威力偵察ってやつだよな?」

「いりょく偵察? ……何かしらそれは」

 

 やっぱり通じないか。華琳でも分からないという事はこちらの人間にはこういう言葉は通じないんだろう。普通に日本語で会話が成立しているから、この時代に無いような言葉でも通じるかと思ったんだが。

 

「えーと、相手から隠れて情報収集するんじゃなくて、戦ってみて情報を得ようって事だよ」

「そういう事ね。威力偵察……分かりやすいわね。今回はその威力偵察で良いわ。具体的な方法は貴方に任せるわ」

 

 これで戦う事はほぼ確定だ。また荀彧が俺を睨んでいるが気にする余裕など今の俺には無い。

 

「緊張しているんですかぁ?」

 

 冬蘭がニコニコしながら俺の顔を覗き込んできた。天使の様な笑顔だ。これを別の奴がやってたら煽ってんのかと思うが。

 

「してるよ。これが初陣だからな」

「安心して良いですよ。春蘭姉様がいれば三十人程度の盗賊なんて勝負にならないです。そ・れ・に、八幡さんには私が付いてますから」

 

 冬蘭が当然の事のように言う。これは惚れる。手に持った矛が怖いが頼もしい。自分より小さな女の子に守られて情けなくないのかって? アホか、絶対この子も俺より何倍も強いから。

 初陣に恐怖や緊張は未だある。しかし、少しだけ体が軽くなった様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


話が進まない。時間が無い。文才が無い。

ないない尽くしですね。戦いまでが遠いです。

2月に比べて時期的にも忙しくて時間がなかなか取れませんが、なんとか最低でも週1更新は維持したいです。


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片鱗

「三十人程度の相手ならわたし一人で十分だろうに……何故八幡達まで連れて行かねばならんのだ」

 

 華琳から偵察を命じられて本隊から先行している間、さっそく春蘭が愚痴り始めた。実際春蘭なら一人で三十人位相手出来そうではある。しかし、放っておくわけにはいかない。

 

「おい、春蘭。いきなり突っ込むんじゃないぞ。まだ相手が野盗とは決まっていないんだからな。まずは様子見だからな」

「うっ……わ、分かっている。お前に言われるまでもないわ!」

「春蘭、声を張り上げても誤魔化せないぞ。俺が忠告しなければ絶対相手が見えた瞬間突っ込んでいただろ」

 

 春蘭が俺の言葉を聞いて反論出来ずに何か呻いているが、そんなものは無視だ。それより今は重要な事がある。傍に居る冬蘭に指示をしておかないといけない事があった。俺が冬蘭の方を見ると「何ですか?」と冬蘭が首をかしげた。

 

「目の良い奴を用意してくれ。相手が野盗だった場合、何人かをわざと逃がしてそれを遠距離から監視しつつ追えば本拠地が分かるだろう。それと逃がす奴以外でも出来るなら生かして捕まえてくれ」

「わかりました。でも、情報収集なら一人捕まえれば十分だと思いますよ。……なるべく相手を殺したくないなんていう甘い考えなら早めに捨てて下さいね。殺すより生かして捕らえる方が難しいんですよ」

 

 いつもにこやかな雰囲気のある冬蘭だが、甘い考えを捨てるように言った時の目は真名にある「冬」というのがぴったりな凍えるような冷たいものだった。

 

「確かになるべく相手を殺したくないというのもあるが、情報源は多い方が良いからだ。一人を尋問するより三人を尋問した方が確実だろう。まあ、難しいなら逃がした奴を追うだけで良いぞ」

 

 俺の考えに一応納得したのか冬蘭の目はいつもの状態に戻っていた。

 本気で怖かった。何とか表情に出さないように気をつけたが、滅茶苦茶怖かった。ここの人間ってやっぱり怖い奴しかいない。ただ自分や仲間の命がかかっているのだから厳しい判断を迫られる事もあって当然か。

 俺がそんな事を考えている間に冬蘭は部下へと指示を出していた。

 その時、先頭の兵がこちらに走って来た。

 

「前方に正体不明の集団が見えました! 何かと戦っているようです!」

 

 確かに目を凝らすと前方に土煙が見えた。春蘭、冬蘭と共にもう少し近付いてみると三十人程度の集団が何かを囲んでいるようだった。

 その集団の中心辺りから何かがはじき出された。それは人で出来た囲いを軽々と飛び越え、その後重力に従い地面に落ちた。

 

「おい……あの吹っ飛ばされたのって人間じゃねーの?」

「ええ、私にもそう見えました」

 

 俺の独り言の様な言葉に冬蘭が答えた。

 人間ってあんなに飛べるものなんだな。今回の場合は「飛べる」というより「飛ばされる」と言った方が良いかもしれないが。あの集団が戦っている相手はとんだ化け物だな。

 これ以上近付きたくない。

 

「どうやらあの集団と戦っているのは一人のようです……それも子供です!」

 

 先程こちらに報告へ来た兵とは別の兵が報告に来ていた。しかし、その内容は信じられないものだった。俺がその報告内容を疑っている間に、春蘭は放たれた矢のように戦闘状態の集団へ向かっていた。

 

「ちょっと待て……あ~行っちまったか。冬蘭、春蘭の援護をっ! あとはさっき話した通りの手筈で頼む」

 

 俺の指示を聞いて冬蘭は部下達を春蘭の援護へ向かわしたが、冬蘭本人はその場に残った。

 

「私は貴方の護衛も兼ねていますからここにいますよ。それとも私達も直接戦闘に参加しますか?」

「いや、いい。遠慮する」

 

 冬蘭の問いに即答した。

 俺達は戦闘の様子を見ながらゆっくりとそこに近付いていった。戦いは直ぐに終わった。三十人位いた野盗らしき集団は突然襲い掛かってきた春蘭に成す術も無く蹴散らされた。

 半分程度が春蘭に切り伏せられたところで彼らは散り散りに逃走した。その逃げ出した連中を俺の指示通りに数人の兵が距離をとりつつ追っている。これで本拠地の場所も分かるだろう。

 

「逃がすか。子供相手に集団で襲う様な卑怯者は全員切り捨ててくれるわっ!」

「待て待て、春蘭。深追いするな!」

「邪魔をするな!賊を殲滅する好機だぞ!」

 

 逃げ出した連中を追おうとしている春蘭を止めると烈火の如く怒り始めた。その様子を見て知らず知らずのうちに溜息が出る。

 

「はあー、俺達は偵察が目的なんだぞ。殲滅したら何の情報も得られないだろうが。しかも、いきなり突っ込むなよと言っておいたのに一人で突撃するし……はあー」

 

 溜息に始まり溜息に終わる。元々、春蘭に偵察なんて無理だったのだ。今度からこういう役割が春蘭に割り振られない様にしよう。俺はそう心に決めた。

 

「お、おいっ、八幡! 敵に逃げられるぞ!」

「問題ない。相手に気付かれない様に追跡させている。これであいつらの本拠地も分かると思うぞ」

 

 史実の夏侯惇はこんなに頭が悪……もう少しがんばりましょうな出来ではないと思うのだが、どうなってんだ。それともここの夏侯惇が史実からかけ離れているだけなのか。兎に角、史実はあまりあてにしない方が良いのかもしれない。

 

「あのー。助けてくれてありがとうございます!」

 

 華琳よりも小柄な見知らぬ少女が春蘭に近寄りお礼を言った。

 えっ、まさか、この子がさっきの集団と戦っていたのか。ありえんだろう。あいつらと戦っていたのは人間を数メートルも吹っ飛ばす化け物のはずだろ。

 少女を観察しても特別おかしい所は無かった。巨大な鉄球を持っている事以外は至って普通だった。多分武器だと思うが、俺の体より確実に重そうな鉄球を少女は軽々と持っているのだ。やっぱり、この子がさっきの集団と戦っていた化け物なのだろう。こんな小さな体でどうやって持っているのか全く分からない。物理を無視しているだろ。

 

「怪我は無かったか? なぜこんな所で戦っていたのだ。あいつらは何者だ?」

「あ、はい、怪我はかすり傷程度です。あいつらは」

 

 春蘭が少女に事情を聞いていると本隊が到着した。

 

「八幡、賊らしき集団はどうなったの?」

 

 本隊が到着すると華琳が早速自ら状況を確認しに来た。

 

「春蘭に半分位やられた時点で逃げ出したよ。逃げた連中には気付かれないように追っ手を付けているから本拠地の場所も分かると思う」

「流石ね」

 

 華琳に報告していると兵が一人走って来た。

 

「報告ですっ! 曹純様の指示通り数人の賊を生け捕りにしました」

 

 兵の報告を聞いて華琳が冬蘭の方を見ると冬蘭は顔の前で手を振る。

 

「私が指示はしましたが、八幡さんの考えですよ」

 

 冬蘭が華琳に説明している横で先程助けた少女の表情が曇っていくのが俺から見えた。

 

「お姉さんは国の軍隊なの!?」

「一応、そうなるな、ぐわぁっ!」

 

 少女の問いに春蘭が答えた瞬間、少女の持っていた鉄球が春蘭へと振り下ろされた。

 春蘭は何とかこの攻撃を受け止めていたが余裕は無さそうだ。

 

「お前達、国の軍隊は税金は持って行くくせに盗賊からは守ってくれない。村で一番強いボクがみんなを盗賊やお前達から守るんだっ!」

「くっ、なかなか……やるなっ!」

 

 少女が怒りに任せて叩き付ける攻撃を春蘭は何とか受け止めていた。春蘭が本気で倒しにいっていないのも理由ではあるが、少女の方が押している様に見える。

 それにしても、少女の言っている事が本当なら酷い話である。盗賊と国の両方から搾取されてはまともに生きていけないだろう。そう本当の話だったらな。

 

「なあ、冬蘭。華琳が盗賊とかを野放しにするとは思えないんだが、あの子の言う事は本当なのか?」

「この辺りは、華琳姉様の管轄ではないんです。今回は華琳姉様の治める土地で暴れた盗賊をここまで追って来たという名目で遠征しているだけなので。この辺りの統治状況についてまでは華琳姉様も大きな干渉は出来ないです」

 

 あの少女から見れば俺達も搾取しかしない国の軍隊の一部なんだろうな。とはいえ管轄が違うのなら下手に華琳も手を出せないだろうし、華琳はこの状況をどうするんだ。

 俺が何とかするべきなのかと考えていると華琳が二人の方へと進み出た。

 

「二人とも、止めなさい!」

「はっ、はいっ!」

 

 華琳の気迫の篭った一喝で少女の動きが止まった。春蘭は警戒を解かずにゆっくりと剣を引き、少女と華琳の間に直ぐ割って入れる位置へと移動した。

 

「あなたの名前は?」

「きょ、許緒……です」

 

 許緒と名乗った少女は完全に華琳の風格に飲まれていた。

 

「許緒、あなた達の村が苦しみは私たち国の官の責任よ。ごめんなさい」

「えっ!」

 

 華琳が頭を下げて謝っている。許緒も驚いているが、それ以上に俺達の方が驚いていた。誇り高い華琳が初対面の相手にいきなり頭を下げて謝罪するなど考えられない状況である。

 

「私は山向こうの陣留で刺史をしている曹操よ」

「山向こう? あっ、え? ご、ごめんなさい。山向こうの街の刺史さまの話は聞いています。税金も安くなったし、盗賊も少なくなって街がすごく良くなったって聞きました。そんな人に……その、ごめんなさい」

 

 華琳が名乗ると突然、許緒が謝りだした。どうやら華琳の陣留における統治は随分と評判が良いみたいで、許緒も自分達の村を治めている人間とは違うという事をしっかり知っていたようだ。

 

「構わないわ。酷い官が多いことは私も良く知っているもの。国の軍隊と聞いて許緒が怒るのも無理は無いわ」

 

 恐縮してしまった許緒に華琳は優しく声を掛けている。

 

「ねえ、許緒。酷い官の多い腐ったこの国を変える為にあなたの力を貸してくれないかしら?」

「ボ、ボクの力ですか?」

「そう、今の私は一介の刺史でしかない。でも、もっと上に行けばもっと多くの事が出来る。あなた達の村も、それ以外の多くの者も守る事が出来るようになる。その為に貴方の力を貸して欲しいの」

 

 熱く語る華琳を見る許緒の目には一片の疑いもなかった。

 これは落ちたな。華琳の勧誘は成功するだろう。それにしても許緒か。確か武力特化な武将だったな。春蘭との戦いでも俺の持っている常識では測り切れないような強さを発揮していたし、頼りになるだろう。ただ、この子も春蘭と同じで脳筋っぽいのがちょっと不安でもある。

 

「今からあなたを襲っていた盗賊達を根絶やしにするわ。とりあえず、そこから力を貸してくれないかしら?」

「あの、私達の村も守ってくれるなら、喜んで力を貸します」

 

 許緒が華琳の誘いを受けて仲間になる事になった。

 そうなるとさっさと盗賊達のアジトの場所や規模なんかを突き止めないとな。

 

「華琳、俺は生け捕りにした盗賊達の尋問をしてくる。尋問が終わる頃には逃げた連中を追った兵も戻ってくるだろう」

「そうね。秋蘭、賊が近くにいるかもしれないから周囲を哨戒しつつ、それ以外の者には休憩を取らせておいて」

「はっ」

 

 さて、仕事の時間だ。

 捕らえた盗賊達のいる場所へ行く途中で春蘭に斬り殺された者達の死体が転がっていた。血塗れになった死体を見て俺はただただ気持ち悪いと思った。いや、恐怖も感じていたのかもしれない。俺はソレを視界に極力入れないように歩いていった。

 

 

 

 

===========================================

 

 

 

 盗賊達を拘束している場所は薄汚れた天幕の中だった。この天幕は尋問をしている所を一般兵には見せられないだろうという事で急遽組み立てられた物だ。中に後ろ手に縛られた者達が三人いた。現在、天幕の中には彼ら以外には俺と冬蘭の二人しかいない。

 盗賊は俺から見て右からヒゲ面の大男、顔に傷跡のある男、粗末な鎧を着た男の順に並んで座らされていた。盗賊達は冬蘭の姿を見ると下卑た笑みを浮かべた。

 

「なあ、お嬢ちゃん。俺達を逃がしてくれたら気持ちいい事してやるぞ」

「へっへっへ、そりゃ~いいや」

「そっちの貧相な男よりぜってえ俺達の方がいいぜえ~」

 

 明らかに武の心得が無さそうな俺と冬蘭のような少女が相手なので自分達の立場も忘れて調子に乗っているのだろう。そして、彼らはその代償を直ぐに支払う事となるとは気付いていなかった。

 冬蘭が彼らに背を向け天幕から出て行った。それを見て三人は囃し立てていたが、俺からすればコイツらはとんでもない間違いを犯した確信を持って言える。何故なら天幕から出て行こうとした時の冬蘭の表情は、とても楽しげだったからだ。

 

「ねえ、あれの準備もう出来ているかしら?」

「はっ!こちらに用意してあります!」

 

 そんな冬蘭と兵士の声が天幕の外から聞こえたきた。俺はもう嫌な予感しかしていないのだが目の前のアホ三人はまだその事に気付いていない様だ。

 

「うん、良い感じね。これなら彼らも素直になると思います」

 

 弾んだ声で何かに対して感想を言いつつ冬蘭が天幕の中に戻って来た。

 その手には指位の太さの長い鉄の棒が握られていた。その先端は熱せられて赤くなっていた。

 

「尋問をすると聞いていたので、貴方達を捕らえた時から焚き火で温めてもらっていたんですよ」

 

 笑顔の冬蘭に流石のアホ三人もやっと自分達の置かれた状況を理解したのか慌て始めた。

 

「おいおい、冗談だろ……なあ?」

「アンタみたいなお嬢さんがそんな物、使えやしないだろ」

「か、勘弁してくれえええ」

 

 動揺するアホ三人の様子に、冬蘭はとても満足げに笑いかける。

 

「折角、私の部下が用意してくれた物なので当然使いますよ」

 

 冬蘭は笑顔のままヒゲ面の大男の足に赤くなった鉄の棒を押し付けた。

 

「ぐっぐううあわああああああ!!!!!」

 

 野太い悲鳴が上がる。天幕内に肉の焼けた匂いが充満する。

 色々な意味で吐き気を催すような状況だったが、ここで顔色一つでも変えようものなら、侮られてこの後の尋問に影響するかもしれない。俺は表情を変えないように細心の注意を払う。そして、悲鳴が止んだのを見計らって盗賊達に提案をする。

 

「お前達が今から出来る事は少ない。一つ目は情報を売って助かる事。二つ目は拷問で無理矢理情報を吐かされ殺される事。三つ目は今すぐ死ぬ事。どれが良いか選べ」

 

 二や三はほとんどハッタリだが、俺がやらなくても冬蘭がやりかねない。

 俺の提案に顔に傷跡のある男と粗末な鎧を着た男はキョロキョロと自分以外の仲間の様子を窺っていた。こいつ等は少し揺さぶれば簡単に情報を吐きそうだ。ヒゲ面の大男は憎しみの篭った目で冬蘭を睨みつけている。こいつに関してはもう自発的に情報を出す事は無いだろう。

 さて、ちょろそうな二人から揺さぶるか。

 

「実はな、お前達を置いて逃げた連中には追っ手が付いているんだよ。そいつらがお前達の本拠地の場所を特定して戻ってきたら……お前達が売る事の出来る情報の一つの価値が無くなってしまうんだよ。早めに売らないと売れる物が無くなるかもよ」

 

 顔に傷跡のある男と粗末な鎧を着た男は、俺の言葉を聞いて完全に落ち着きを失っていた。今にも情報を吐きそうだったが、そこで邪魔が入る。

 

「てめえら、裏切ったらどうなるか分かってんだろうな!」

 

 ヒゲ面の大男が低い声で二人に脅しをかけた。これによって二人は怯えてしまった。

 この男はそろそろ黙らせた方が良いかもしれない。

 

「どうもなりませんよ。どうせ貴方達の盗賊団は今日で全滅なので」

 

 冬蘭が当然の事の様に言った。

 仕掛けるか。

 粗末な鎧を着た男に近付き肩に手を置く。

 

「ここでは言い辛い事もあるだろう。立て、他で話そう」

 

 男を立ちあがらせ天幕から出る。念の為に天幕の見張りをしていた兵士の一人を伴って、声の届かない所まで移動する。

 

「お前は幸運だな」

 

 俺がそう言うと粗末な鎧を着た男は顔を歪めた。

 

「どこがだよ!?」

「お前が一番高く情報を売れるだろ? 盗賊なんてしていて捕まったのに逃がして貰えるかもしれないんだ。幸運だろ?」

「うっ……」

「まあ、この好機を逃したいのなら好きにしろ。他の奴に聞くだけだからな」

 

 俺が天幕の方へと戻る素振りをすると男は慌てた。

 

「待て、待ってくれ。本当に助けてくれるのか?」

「お前が有益な情報を出して、盗賊からも足を洗うのなら助けてやる」

「分かった。教える! 全部教えるから助けてくれ!」

 

 聞きたかった言葉が聞けて自然と笑みが零れる。だが一応言っておかないといけない事があった。

 

「もし、情報が嘘だった場合……大変な事になるぞ」

 

 俺がそう言うと男はどうなるのか想像したのか震えていた。何故か付いて来てもらった兵士まで怯えた様子で俺の事を見ていた。

 

「それで、お前等の本拠地は何処で人数は何人位いるんだ?」

「こ、ここから北に、行った所の山陰に砦がある。そこがそうだ。人数は三千人位だ。これで俺は助かるんだな!」

「これが正しい情報だったらな。ここでちょっと待っていろ。答え合わせをして来る」

 

 俺は粗末な鎧を着た男と兵士をそこに待たせておいて天幕へと戻った。

 

「どうでした?」

「ああ、吐いたぞ」

 

 冬蘭の問いに簡潔に答えると二人の盗賊はそれぞれ激的な反応を見せた。ヒゲ面の大男は怒りに顔を真っ赤に染め、顔に傷跡のある男は酷く焦った様子だった。

 

「あの野郎ぶっ殺してやる!!!」

 

 ヒゲ面の大男が喚き始めたが、俺や冬蘭だけでなく顔に傷跡のある男もそれを無視していた。

 

「なあ、あいつは何を言ったんだ?お、俺の方がもっと詳しい事を知っているぞ!」

 

 顔に傷跡のある男の言葉を聞いてヒゲ面の大男がもっと五月蝿くなったが、冬蘭が鉄の棒で黙らせた。

 

「じゃあ、本当に有益な情報か確かめてやる、言ってみろ」

「ここから北にちょっと行った所に俺達の砦があるんだ。俺達は全員で大体三千人くらいだ」

 

 顔に傷跡のある男の言っている事は先程、粗末な鎧を着た男が言っていた事と同じであった。ということは情報としてはそこそこ信頼出来る物だろう。他にも何か良い情報が無いかもう少し揺さぶってみるか。

 

「既に聞いている話だな。それだけならお前の運命もここまでだ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ。他は……えー、そうだ! うちの首領は俺より頭1つ分位でかいんだ。それで黒い馬に乗ってるから戦場でも目立つぜ。あと、俺達はまともな訓練とかしてないから戦いっていっても正面から突撃するか、数の少ない相手を囲む位しか出来ないんだよ」

 

 なかなか有益な情報と言って良いだろう。これだけの情報があれば戦いは有利に運べる。

 

「なあ、これで俺も助けてもらえるか?」

「ああ、いいぞ」

 

 顔に傷跡のある男の問いに笑顔で答えてやる。すると何故か助かる事になったのに男は怯えていた。

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


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選択

冬蘭視点

 

 

 今私は天の御使い、軍師候補などと華琳姉様に説明された目の腐った男の補佐として、傍に控えながら観察している。華琳姉様は高く評価しているようだが実戦は未経験のようなので、未だ本当に使えるかは分からない。無能な味方軍師など如何なる強敵よりも恐ろしい。実戦を通してその能力を見極めておく必要がある。

 盗賊の本拠地を割り出す手腕を見る限り頭は切れるようだ。気になるのは慎重過ぎる程に情報の精度を気にする所と実戦経験の無さから来る甘さだろうか。

 わざわざ複数人の盗賊を生け捕りにし尋問し、逃げた者にも気付かれないように尾行させて本拠地の場所を探らせるという何通りもの手段を講じる神経質なまでの慎重さ。これに関しては実際に盗賊の本拠地の場所だけでなくその人数や頭目の特徴、戦術の水準、本拠地が砦である事など有益な情報を入手した点から彼の長所と言って良いだろう。それにこういった事をその場で直ぐに思い付き、差配出来る人間が今の陣営には少なかったので希少である。

 華琳姉様ならどうだろう。智謀に関しても優れている華琳姉様でも、これほどまで緻密に情報収集をして、ここまでの情報を得られるか。華琳姉様の場合、盗賊如きにここまで慎重にはならないだろう。しかし、相手は雑魚とは言え戦えばこちらにも被害が出る。私が大切に育てた直属の精鋭達にも死傷者が出るだろう。今回得られた情報があればそれを最小限に出来る。そう考えれば比企谷 八幡というこの男は有益な人材だと言える。

 甘さに関しては良く分からない。盗賊の死体を見た時は動揺している様に見えた。その動揺を周りに悟られない様にしていたが、目を逸らし気味にしているのが分かった。ヒゲ面の下品な盗賊に私が焼けた鉄の棒を押し付けた時も表情が固くなっていた。これらの点だけ見ると、まだ少し甘さの抜けない新兵に近い感じだった。

 しかし、それに反して自ら尋問する様子は手馴れたものであった。チグハグな印象を受けて、彼がどういう人間なのかさらに分からなくなる。

 何より情報を売った盗賊が「これで俺も助けてもらえるか?」と聞いて来たところで答えた彼の顔は、盗賊達より余程邪悪に見えた。

 濁りきった目、皮肉げに歪んだ口元、盗賊に笑いかけたその表情はまともな人間のする顔ではなかった。それは今までも人の心をえぐり、陥れ、追いつめてきた者のソレであった。

 正直、少しだけ恐怖を感じてしまった。そんな邪悪な笑顔を向けられた情報を売った盗賊は震え上がっていた。

 後で部下から聞いた話だが、先に天幕から連れ出された盗賊の方も彼に怯えきっていたそうだ。

 

「もし、情報が嘘だった場合……大変な事になるぞ」

 

 そう盗賊に言った彼には一緒にいた兵士も恐怖を感じたと言っていた。その腐った目がどんな嘘も通用しないと、そして情報が嘘だった場合には地獄を見せると雄弁に語っていたと。

 比企谷 八幡という男に関してはもう少し観察を続ける必要がありそうだ。

 

 

 

 

========================================

 

 華琳に尋問と逃げた盗賊を追わせた兵から得た情報を報告しながら先程までの事を思い出す。

 生け捕りにした盗賊の尋問は凄まじく気分の悪い仕事だった。未だに焼けた肉の臭いが鼻に、悲鳴が耳に残ってかのようだ。これからもこんな事を続けないといけないのかと思うと気が重いどころではない。

 そんな気分の乗らない俺を余所に華琳の方は俺が得た情報について満足しているようだった。

 

「思った以上に良い情報が手に入ったわ、お手柄ね。八幡、桂花もこれなら策も立て易いんじゃない?」

「……はい。最小限の損耗で、より短時間で敵を殲滅出来る策を既に考えてあります」

 

 華琳が俺の手柄について言った所で桂花がまた嫌な顔をしていた。

 どんだけ俺の事が嫌いなんだよ。ただでさえ気分が悪い時に、こういう態度を取られると流石に腹が立つ。まあ、腹が立つと言っても何かをする訳ではないが、このままでは仕事に支障が出るかもしれない。早めに手は打っておくべきか。

 俺がそんな事を考えている間に桂花が自分の策を披露していた。それは端的に言うと華琳を囮にして敵を砦から誘き出し、そのまま華琳が兵を後退させる。それを追ってきた敵を隠れている春蘭と秋蘭が背後から襲うというものだ。俺はこの桂花の策が有効だと思ったが、異を唱える人間がいた。

 その人間とは当然、春蘭であった。

 

「華琳さまに危険な囮役をさせるわけにはいかん!」

「それでは、あなたなら他にどのような作戦が良いと言うの?」

 

 春蘭からしたら華琳を囮にするなどという行為は、感情的に認められないのだろう。

 それに対して桂花が何か他に代案があるのか聞いた。

 

「盗賊相手に策など不要。正面から叩き潰してくれる!」

「「……」」

 

 春蘭は威勢良くそう言ったが、聞いていた全員が呆れて沈黙してしまった。

 もう呆れを通り越して尊敬してしまいそうだ。

 

「逃げる相手を追いかけている所に背後から襲われれば、どんな者達でも混乱するわ。混乱した状態の敵はより倒し易くなる。そうなればより早く、より少ない兵の損失で敵を倒せるわ。無駄に時間と兵を消費する事はないでしょう?」

「お、囮に食い付かなければどうするんだ」

 

 策の有用性を桂花が説明すると春蘭は苦し紛れに相手が乗って来ない可能性について指摘した。それを桂花は鼻で笑っていた。

 このままでは埒が明かないので面倒だが間に入ることにする。これで少しでも桂花の心証がマシになればちょろいのだが。

 

「もし、囮に食い付かなかったら俺が何とかする」

「何とかとは何だっ!」

「手はいくらでもある。生け捕りにした賊はまだ拘束してあるし、相手の頭がどんな奴なのか分かれば挑発もしやすいしな。これで問題無いだろ華琳」

 

 食い下がる春蘭を黙らせる為に華琳に話を振る。春蘭相手には華琳が最も有効だ。というか華琳くらいしか春蘭を止められない。

 

「ええ、それで問題無いわ。桂花の策でいきましょう。もし相手が誘いに乗って来なければ、その時は八幡に任せるわ」

 

 華琳が認めてくれれば話は早い。春蘭も華琳の決定には逆らわないだろう。一息ついていると華琳が俺の事を見ていた。

 何か貫禄の様なものがある華琳に見詰められるとどうにも落ち着かない。

 

「他にも何か考えがあったりするのかしら?」

 

 考えはある。桂花の策は良いと思うので、大まかな流れは彼女の言う通りで問題ないだろう。それに付け加える形でやれる事はまだある。ただここで俺が自分の考えを言えば、それによって人が死ぬのだ。成功すれば俺の考えた策で相手を殺す事になる。

 誰かの人生を俺が終わらす、それが現実のものとして目前まで来て怖くなった。だからと言って負けても良いとは全く思わない。俺は死にたくないし───────

 

 こいつらを死なせたくない。

 

 俺は華琳達の顔を見て自然とそう思った。彼女達の余裕の様子を見ると相手の数はこちらより多いが、取るに足らない相手なのだろう。それでも命の危険はある。ここで俺が策を出し渋って仲間が死ねば俺はそれを一生後悔するだろう。それなら、もうやるしかない。

 俺は華琳に自分の考えを説明し、華琳はそれを聞いて頷いた。これが俺にとって誰かを殺す為の策を巡らせた初めての経験だった。

 命は大事だ。そんな事は分かっている。だが俺にとってこいつらと盗賊の命なら比べるまでもない程に価値が違う。俺は我が侭に、傲慢に選んだのだ。正しい事なのかどうかは知ったことではない。ただ、こいつらを選んだ事に後悔はしない。それは確かな事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




 読んでいただきありがとうございます。


 それにしても話が進まない。盗賊を1団潰すだけでどれだけ話数を使うのかと自分でも驚いています。短い話に関しては統合した方が良いのかと少し考えています。

 ただ自分が読む場合、1話ごとの文字数が多いと読むのしんどいなーとか思ってしまう人間なので迷う所です。

 俺ガイルの2期を見ていて思ったのですが、もうちょっと八幡を元の八幡に寄せたいなと考えているので書くのに時間が掛かりそうです。


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戦い

 尋問と逃げた盗賊を追わせた兵から得た情報通りの場所に盗賊団の砦はあった。山の陰にひっそりと建てられた砦は闇雲に探していたら発見までにかなりの時間を要しただろう。その事を考えると許緒と盗賊達が戦っているところに丁度遭遇したのは幸運だった。

 盗賊団の砦を遠目に見ながら当初の予定通り二手に分かれる。

 囮となる華琳がいる本隊の兵数は七百人で俺、夏蘭、冬蘭、桂花が付く。

 囮に誘き寄せられた盗賊団の背後を突く予定の別働隊の兵数は五百人で春蘭、秋蘭の2人が指揮をとり、許緒もこちらに参加する。

 別働隊が配置に着いた頃を見計らって本隊が砦に向かって移動を開始する。戦う前から疲れても仕方が無いので、本隊はゆっくりと砦へと近付いていく。

 一歩砦に近付くたびに緊張が高まっていく。しかし、緊張しているのはここでは俺だけのようだった。華琳は当然の事として、夏蘭、冬蘭、桂花達も緊張している様子は無かった。彼女達の余裕が妥当な物なのかどうか分からない俺としてはどうにも落ち着かない。そんな俺の様子に気付いたのか華琳が近寄って来た。

 

「八幡、貴方にしては落ち着きが無いわね。たかだか盗賊程度なのに緊張しているのかしら?」

「……あのな、俺は今回の遠征が初陣なんだぞ。さっきの許緒と戦っていた盗賊は数が少なかったし、その【たかだか盗賊程度】って奴がどの程度の強さなのかイマイチ分からないんだよ。勝つ為の最善は尽くしたつもりだけど、実際のところはやってみないと分からないから緊張して当然だろ」

「少なくとも貴方が私の事を人質にした時よりも安全よ」

「「っ!!!!?」」

 

 華琳の言葉にその場の空気が固まる。夏蘭達が驚いた顔をして俺と華琳を見ていた。

 春蘭と戦ってみろとか言われた時の事だな。こんな所で言うなよ。周りの連中が凄い目で俺の事を見ているだろ。詳しい事情を知らない人間が聞いたら、何か俺が悪い事したみたいじゃないか。実際褒められた事ではないし、秋蘭にもあの後色々言われたしな。何よりあの時俺が言った言葉を知られたら、恥ずかしすぎて死ねる。

 

「あ、あの、華琳様。人質ってどういう事ですか?」

 

 夏蘭が慌てた様子で華琳に聞いた。

 陣営のトップが軍師候補に人質にされた事があるとか急に言われたら普通驚くわな。

 

「私や春蘭達はこの男に一度してやられてるのよ。貴方達は未だ八幡の実力に半信半疑の様だけど、智略と肝心な時の行動力は見所があるわ。あと、今は時間が無いから詳しい事が聞きたければ後にしなさい。砦が近くなってきているわ」

 

 華琳に詳しい事は後と言われて全員押し黙ったが、チラチラとこちらを窺っている。

 面倒な事になった。うちの陣営は本当に華琳の事が好きな奴が多いから逆恨みとかされないか不安になるぞ。あと夏蘭と冬蘭……戟と矛の柄の部分で俺の事を突っつくのをやめなさい。

 

 そうこうしている間にもう砦は目の前である。目の前と言ってもまだ二、三百メートルは離れているが、こちらは銅鑼を鳴らして隊列を整えて本格的な戦闘準備をする。

 さて、どういう挑発の仕方で盗賊共を砦から誘き出そうかと考えていると、砦の正面扉が開き盗賊共がこちらに向けて突撃して来た。

 

「どうなっているの?」

 

 想定外の事態に華琳も唖然としていた。

 砦に籠っての防衛する側とそれを攻める側。セオリーとして砦に籠って防衛する側の方が有利なのだが、そのアドバンテージを賊がいきなり捨てるとは考えていなかった。

 

「こちらが使っている銅鑼の合図を自分達の突撃の合図と間違えたのではないかと……」

 

 桂花が自信無さげにそう言った。

 本当の事は分からないが、もしその通りなら予想以上に馬鹿な相手だろう。作戦の成否に関する不安は軽くなった。

 

「まあ、勝手に出て来てくれたのなら好都合だ」

「……ええ、その通りね。夏蘭は殿を」

「はっ、お任せを」

 

 俺の言葉に華琳は何だか納得がいかない様な表情をしつつ、夏蘭に指示を出して本隊の後退を指揮する。

 後退するこちらに盗賊団が追い縋るが追い付くには到っていない。全体の数はこちらより多いが、騎馬の数が少ない。騎馬だけが追いついても殿の夏蘭に軽くあしらわれて、本隊のケツに食いつけない状態が続いている。

 

「本当に相手は何も考えていない様な戦い方だな」

「盗賊なんてそんなものですよ」

 

 俺の呟きに冬蘭が律儀に答えた。

 まあ、冬蘭の言う通りなのだろう。数で劣り逃走している様に見せかけた此方に対して、何の疑いも持たずに自分達が一方的に狩る側だと思って追いかけて来ているようだ。

 二キロメートル程度後退した所で別働隊が動く。

 

「賊を一匹残らず殲滅しろ。かかれええええ!!!!!!!!」

 

 春蘭の号令がこちらまで聞こえてきた。盗賊団の無警戒な背後を春蘭、秋蘭が率いる別働隊五百人が強襲する。

 元からまともな隊列も組んでいなかった盗賊団は混乱に陥っていた。慌てて此方を追うのを止め、春蘭達の別働隊の方へと向きを変えようとするが、足並みが揃わず味方同士がぶつかって混乱は増すばかりだ。

 そこへ春蘭達が突っ込んだ。単純な数の上では五百対三千だが、盗賊団の方でまともに戦えている人数は五百もいないだろう。倒されている者のほとんどが盗賊団の者だった。

 混乱する盗賊団に対して俺のいる本隊も後退を止め、反転して攻撃を開始する

 本隊の攻撃は夏蘭が先頭をきって行った。

 夏蘭の振るう戟の前に立っていられる盗賊は一人たりともいなかった。

 前にも後ろにも進めなくなった盗賊団に、生木と枯れ木を混ぜて縛った束をいくつも火をつけた状態で放り込む。生木は火に入れると大量の白煙を生む。油を軽く染み込ませたそれらは大量の煙を出しつつ、なかなか鎮火しなかった。

 

「盗賊共が逃げ出しているぞっ!」

「左翼の連中が逃げているぞっ!」

 

 煙に巻かれ視界を奪われていた盗賊達にそんな声が聞こえてきた。盗賊達の中でも中央付近にいる者は現状をほとんど把握していなかった。自分達の方が罠にかかって不利な状況なのだと朧げに感じているだけだった。そこで煙で視界を奪われ、仲間が既に逃げ始めている事を知った盗賊達は、我が身可愛さに逃げ出そうとする者が後を絶たなかった。

 当然、煙や盗賊達が聞いた声は俺の策略である。元々、この盗賊団はまともな訓練もしておらず(かしら)以外に混乱を収拾して指揮をとれる様な人間はいない。それにその頭に関してもこれだけ混乱している集団の全体を掌握出来るほどの器はないと、尋問で得た情報で知っていた。

 盗賊達の聞いた声を欺瞞だと否定し、混乱を収拾し、反撃を実行するだけの能力がこの盗賊団にはない。その事は捕虜にしている盗賊に対する最初の尋問で予想していたが改めて確認をとり、この策を実行している。抜かりは無い筈だ。

 ここまでは全てがこちらの思惑通りである。

 逃げ出した盗賊もこちらの騎兵が追って仕留めている。歩兵は当然の事として、相手の数少ない騎兵もこちらの騎兵から逃げられない。馬の質も兵の質も此方の方が比べ様が無い位、優れていた。

 見る間に盗賊達はその数を減らしていく。その中で一騎の敵騎兵が此方へ突進して来ているのが見えた。黒い馬に乗った他の者と比べて一回り大きな体格の盗賊だった。恐らくアレがこの盗賊団の頭だろう。だが、その盗賊団の頭が俺の元まで来る事はなかった。あっという間に此方の兵達に囲まれ四方から槍で貫かれ馬から落ちる。

 馬から落ちる瞬間、目が合った様な気がした。その目は俺と同じで濁っていた。

 

 まもなくして盗賊団は殲滅された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。



集団戦は初めて書くので戸惑いますね。


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帰還

 

 

 目の前に広がる光景は死体、死体、死体、死体の山だった。

 目を逸らしたくなる様な光景である。だが、この光景から目を逸らしてはいけない。この結果は俺自身が生み出したものである。直接手を下したわけではないが、敵の情報を収集して戦術の一部も考えたのは俺なのだ。

 さっき、盗賊の頭だと思う奴が討ち取られる寸前に目が合った様な気がした事を思い出す。その目は酷く濁っていた。俺の目も他の人間から見ればあんな感じなのだろうか。そして、いつか俺もあんな風に死ぬのだろうか。

 そんな事を考えると強烈な吐き気を覚えた。

 

「……っぅ!」

「顔色がわるいわよ。大丈夫なの?」

 

 俺の様子がおかしい事に気付いて華琳がこちらを窺っていた。華琳だけでなく、夏蘭や冬蘭もこちらを見ていた。俺は何とかせり上がって来たものを抑えて小さな声で「大丈夫だ」と答えた。

 しかし華琳に俺の強がりは通じなかった。

 

「そう? 随分調子が悪そうよ」

「ちょっと気分が悪いだけだ……問題無い」

 

 それでも問題無い。俺は自分の命と華琳達を選んだ。俺は自分とこいつ等の生存率を少しでも上げる為に策を華琳に教えた。そして盗賊達の視界を奪い混乱させ、何が起こっているのかも分からない状態になったアイツ等の命を刈り取らせた。

 これは俺が選んで手に入れた望み通りの結果だ。成功したのだから喜べば良い。そう頭で考えても────────

 

「……喜べねえーな」

「例え嬉しくなくても、勝ったら喜ばないと士気に関わりますよ」

 

 誰にも聞こえない位の小さな俺の呟きに、いつの間にか傍にいた冬蘭が注意してきた。

 まあ、冬蘭の言う通りだ。命懸けの戦いに大勝して皆喜んでいる時に、一応軍師候補という上位の人間である俺が辛気臭い面をしていたら盛り下がってしまうだろう。俺の場合、普通にしていても周囲は盛り下がりそうだしな。ただ、今は喜べるような気分でもないし、そもそも俺はこういう時に皆と喜び合うような事が苦手だ。

 

「嘘でも喜んでください。折角勝ったのに上の者がそんな顔をしていたら、下の者が喜べません」

「分かってる。でも気分が乗らねえし、苦手なんだよ。皆でこう……喜ぶとか祝うみたいなのは」

 

 俺の言い訳に冬蘭が呆れた様子で首を横に振った。華琳達も何とも言えない表情をしている。

 仕方がないだろ。色んな意味で慣れてないんだから。俺が何年ボッチやってると思ってんだ。叩き上げのベテランだぞ。

 

「いいから、ちょっと笑ってみて下さいよ。ほら、ほら」

 

 冬蘭が俺の頬を手で押し上げて無理矢理笑顔にしようとしてくる。

 こいつは俺が嫌がらないからか、どんどん遠慮が無くなってくるな。それにしても何でかこのノリを受け入れてしまう俺がいる。仕方なく口角を上げてみせる。ぎこちない作り笑顔は恐らく引きつって見えるだろう。

 

「これで良いか?」

「「……」」

 

 何故か皆無言になった。何だよ。やらせるだけやらして無視かよ。流石に酷い。目から心の汗が出ちゃうだろ。

 

「……八幡、その表情を直ぐに止めなさい」

 

 華琳が真剣な表情をしてそう言った。

 訳が分からん。

 首をかしげていると冬蘭が俺の頬を突っついてきた。

 

「尋問の時も思っていたんですけど、八幡さんの笑顔って凶器ですね」

「どういう意味だよ」

「初めて見る人からしたら普通に怖いと思いますよ。まるで、未だ殺し足りないから他の盗賊を探しに行こうとか言い出しそうな顔でした」

「言わねえし、むしろ逆だよ。戦わなくても良いなら、それに越したことはない。何だったら直ぐにでも帰りたいまである」

 

 軽い調子で言ってみたものの、かなり本音である。それと冬蘭がワザとらしく俺の事をいじってきているのは気分の重そうな俺を気遣ってのものだろう。有能過ぎて俺の部下扱いなのが申し訳なくなってくる。

 そんな風に冬蘭と馬鹿な話をしている間、ずっと華琳が俺の事を見詰めていた。

 

「私と共に歩むことにしたのを後悔しているのかしら?」

 

 短い付き合いだが常に自信満々だった華琳の言葉とは思えない様な発言だ。むしろ「この位で音を上げるの?」とか言いそうだと思っていたんだが。

 

「後悔はしていない。自分の選択が間違っていたとも思ってないし、この結果も俺の望んだ通りだ」

 

 華琳の部下になった事だけでなく、今回の作戦に自分の策も提案した事についても後悔していない。その気持ちが伝わったのか華琳は頷いた。

 

「とにかく良くやったわ。八幡は今回の遠征が初陣だったから戦場の空気に慣れるだけで十分だと思っていたのだけれど、情報収集や作戦への意見も役に立ったわ」

「……役に立てたんだったら良かったよ」

 

 こうまで真っ直ぐに褒められると照れ臭いな。つい目線を逸らしてしまう。

 華琳は他の者達にも声を掛ける。

 

「夏蘭も良い戦い振りだったわ。また強くなったわね」

「個人の武に関しては春蘭姉にだって負けるつもりはありません」

 

 確かに夏蘭の戦い振りは凄かった。特に春蘭達が盗賊の背後を突いた後、本隊が囮を止め、反転して混乱する盗賊達に突撃した時は、一騎当千という言葉が思い浮かぶ様な強さだった。夏蘭が戟を振るう度に盗賊達の悲鳴が上がり、血が飛び散っていた。

 

「冬蘭も八幡の補佐を良く務めてくれたわ」

「いえいえ、私は八幡さんの指示に従っていただけですよ」

 

 冬蘭はこう言っているが、実際のところ俺がいなくても冬蘭がいれば上手くやったと思う。素人みたいな俺でも分かる位に、戦場での冬蘭は慣れた感じだった。

 

「桂花の作戦も見事なものだったわ。こちらの損害もほとんどない完勝よ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 そして、華琳に褒められて桂花が頬を染めている。

 なんか百合百合しいな。まあ、とりあえずこれで荀彧の命も助かるだろう。当初の予定より早く盗賊を捕捉、殲滅出来た。まさか、ここまで上手くいっているのに糧食が足りなくて処刑なんて無いだろ。……無いよな。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 無理でした。もう華琳の治める街は目の前だが、既に俺達は二食分メシを抜いている。流石に二食程度で飢え死にはしないが、長時間の行軍も相まってフラフラである。

 糧食が足りなくなった原因はハッキリしている。自軍の死亡者が想定より大幅に少なかった影響で必要な糧食の量も想定より増えたのだ。そのうえ、新たに華琳に仕える事になった許緒……いや真名を呼ぶ事になったから季衣か。その季衣が一人で十人分もの食事をする大喰らいだったのだ。

 さて、まさか本当に華琳は荀彧の事を処分するのだろうか。想定より少ない損害で済んだ事に加え季衣という頼もしい新戦力も加入して良い遠征になったのに、最後の最後で作戦立案者が処刑なんてどうかしているぞ。

 

「桂花、私はとてもお腹が空いているのだけれど……何が言いたいか分かるわね」

「は、はい、しかし想定外の事が」

「人は誰しも完璧な予測など立てられない。但し、不確定な要素に対する備えをして置くのが戦場での常識ではないかしら」

 

 華琳の言葉に桂花は押し黙ってしまう。

 華琳の言い分は正しい。神ならぬ人の身では完全な未来予測など不可能だ。だからと言って想定外の一言で全てが許される訳ではない。

 まさか、自分には完全な未来予測が出来るなどと荀彧も思っていないだろう。完全な未来予測が出来ないと分かっているなら、不確定要素に対して何らかの備えはしていて当然だ。

 今回の問題は用意する糧食の量に余裕が無さ過ぎた事と、もし足りなくなった時の為に途中で補充する手段を確保してなかった事だ。

 前提条件としての「糧食は半分の量」だが、そんなもん誤魔化しようは幾らでもある。

 一食分の量を減らすなり、最初から遠征先の地域の村や街の商人なんかと話をつけておいて途中で補充すれば良い。華琳に「話が違う」と言われたら「出発時に用意する糧食の量が半分」なだけだと言えば良い。現地調達が出来るのなら嵩張る糧食を出発時に多く持つ利点は無い。糧食を多く持てば行軍の速度は落ちるし、糧食を運ぶ人員も多くなってしまう。その辺りの利を強調して、結果さえ出せばこの程度の屁理屈なら目を瞑ってくれるだろう。俺が荀彧の立場なら、なんだったら土下座もするし、足だろうが靴だろうが舐める。

 しかし、俺が見る限り、華琳は言葉こそ厳しいものだったが二食メシ抜きの割に機嫌は悪く無いようだ。助け舟を出すべきだろうかと考えていたが、その必要は無さそうだ。

 

「……問題はあったけれど、今回の遠征における貴方の功績は大きいのも確かね。だから特別に命は助けてあげる。帰ったら私の部屋に来なさい。可愛がってあげるわ」

「そ、そ、曹操さまっ……」

「これからは華琳と呼びなさい。これからの働きに期待しているわよ」

「華琳さまぁー!」

 

 

 何これ、どうしたの? すっごく百合百合しい。この場にいるのが滅茶苦茶気まずいんだけど目が離せない。

 それと華琳の傍に控えている春蘭や秋蘭の表情が曇っている。

 えっ、もしかして荀彧に嫉妬しているとか? こいつ等そういう関係なの?

 俺が驚いて華琳達を見ていると両腕に鋭い痛みを感じた。

 

「邪な目で華琳様達を見るな」

「そうです。いやらしい顔になってましたよ」

 

 右腕を夏蘭、左腕を冬蘭が抓っていた。

 多少そういう目で見ていたかもしれない。だが、そういう雰囲気をこんな所で出す奴が悪い。だから俺は悪くない。

 反省の色が見えない俺に対して夏蘭達の折檻が激しさを増す。そんな下らない事をしている間に到着した。

 現在の『我が家』に。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。



俺ガイルのアニメや原作を見ているとやっぱり面白いですね。

そして、自分の書いている物を振り返って全然八幡の良さが出ていないと落ち込む日々。

八幡の良さ・・・八幡の考え方・・・八幡の性格・・・八幡の仕草・・・八幡とは何ぞや・・・・はちま・・・ゲシュタルト崩壊を起こしそう。

次の更新はかなり先になるかもしれません。


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独りではなかった

 

 遠征から帰って来てから一週間経ち、事後処理も大体終わり、陣営全体が落ち着きを取り戻した。

 日が沈み肌寒くなってきたところで俺は仕事を終えて自室へと帰ろうと廊下を歩く。俺は未だにこちらの世界の事を良く分かっていないので、仕事と言っても大した物ではない。

 華琳や秋蘭の傍で仕事振りを見て色々な事を覚えている最中だ。はっきり言って、今の俺はあまり役に立っていない。しかし、この前の遠征での働きが評価されたのか文句を言ってくる奴はほとんどいない。

 そして運悪く、その“ほとんどいない”文句を言ってくる奴の一人と鉢合わせになってしまった。

 

「何よ?」

 

 荀彧が機嫌の悪そうな表情でこちらを見ている。「何よ?」と聞かれても、偶々鉢合わせになっただけで何の用事も無い。俺には態々(わざわざ)自分を嫌っている相手に話しかける様な特殊な性癖は無い。ホントダヨ。

 

「……俺は部屋に帰る途中だ。特に用事は無いから。じゃあな」

「ちょっと待ちなさい」

 

 さっさと部屋に帰ろうとする俺を荀彧が呼び止めた。

 何で呼び止めるんだよ。俺の事が嫌いなら一々構うなよ。お互いストレスが溜まるだけだろ。もう聞こえない振りして帰って良いかな。

 

「何、無視しているのよ」

 

 荀彧の声色にイラだちが目立つ。

 やっぱり駄目か。それで何の用だ。仕事なら今日はもう終りだぞ。

 

「何か用でもあるのか?」

「ええ、あんたに言って置きたい事があるの」

 

 め、面倒くせえ……絶対、また文句だろ。そんなの荀彧の表情を見れば誰でも分かる。その不機嫌そうな顔と声色から、楽しい雑談が始まる可能性はゼロに限りなく近いと見たね。

 

「華琳様はあんたを随分買っているみたいだけれど、私はあんたに負けるつもりはないわよ」

 

 ズビシッと荀彧はコチラを指さして宣言した。

 はいはい、分かったから、俺はもう帰るぞ。むしろ、勝ってくれ。応援するよ。そして、明日から俺の分まで仕事をしてくれ。ただ本音を言う訳にもいかない。

 

「ああ、そうか」

 

 荀彧に冗談は通じないだろうから、それだけ言ってさっさと帰ろうとする俺の行く手を荀彧が遮る。中ボスからは逃げられない。

 

「待ちなさいよ。話はまだ終わってないわ。兵糧の件は想定外の出来事のせいで計算がズレてしまったけれど、これから先は私の方が有用であると証明してみせるわ」

「……証明するまでも無いだろ。俺はこっちの一般常識すら未だ覚えきれていないんだぞ」

 

 俺は未だに荀彧と同じ土俵に上がりきれていないと、自分では思っている。そう、まだまだ俺は軍師としては見習いだ。それなのに、えらくライバル視されたものである。ここまでライバル視される程、俺は活躍してないと思う。

 最初はうちが軍師の募集をしていなかったので、荀彧が自分を売り込むのに苦労していたのに「天の御使い」などという胡散臭い人間が軍師候補に収まっていたから不快に思っていたのかと推測していた。しかし、今の荀彧の様子を見るとそれだけでは無い様な気がする。

 

「……華琳様はそう思って無いじゃない」

「どういう事だ?」

「あんただけ特別扱いでしょ。男で唯一真名を呼ぶ事を許され、それどころか敬語すら使わせていないなんて特別扱い以外の何物でもないじゃない」

 

 それついては俺も不思議に思っていた。

 華琳は部下に必要以上の媚へつらいを求める性格では無いが、上下関係に甘い人間でもない。何故、華琳に対して敬語を使わなくなったのか少し思い返してみる。

 あれは確か春蘭との一騎打ちモドキをやらされた後、正式に華琳が俺を部下すると言って来た時の事だ。華琳が俺に敬語を使わないよう言ったのだ。そして、その理由は「何だか気持ち悪い」だった。

 おい待て。酷くない? いやいや、聡明な華琳の事だから何か他にも理由があるはずだ。あって欲しい。あるべき。

 俺が一人で精神的ダメージを負っていると荀彧が勢い込む。

 

「ほら、反論出来ないじゃない。華琳様があんたみたいな男に気を許すなんて……」

 

 荀彧が背景にぐぬぬぬぬっという言葉が浮かびそうな表情をしている。

 ああ、そう言えば荀彧は華琳とユリユリな関係だったか。そちらの嫉妬もあるのなら荀彧のこのしつこさも納得である。そして、それなら俺は関係ないと言っても過言では無い。華琳が俺に恋愛感情を持つなんて有り得ないし、その兆しも無い。

 

「言いたい事は分かったから、もう行くぞ」

「待ちなさいよ。勝手に行こうとしないで」

 

 何これボス戦? それともイベント戦? 逃げられないんですけど。

 

「私が華琳様から兵糧が足りなくなった事について叱責されていた時……自分ならもっと上手くやったって思っていたでしょ」

 

 本来であれば荀彧の単なる言いがかりだが、実際あの時の俺はそういう事を考えていたから言い訳し辛い。まあ、するけど。

 

「いや、お前の気のせいだろ」

「それは無いわ。あの目は絶対、私を馬鹿にしてる目だった」

 

 あ、はい。その通りです。俺なら何とかしたとか思ってました。それにしても、また目かよ。どんだけこの目は嫌われるんだ。この目は呪われてんの? 不遇の事故死を遂げたボッチの呪いか何かか? ってそれ俺の事だし。ボッチ過ぎて恨む相手もいなくて自分を呪っちゃったか。

 下らない冗談にもならない事を考えていたら気分が落ち込んで来た。死に直面したあの時の事は俺にとってもトラウマに近い記憶だ。

 気分が落ち込んでいると自然と顔も下を向いてしまう。そして、顔を上げると不機嫌そうな荀彧が目の前にいる。独りで落ち込んでいても状況は変わらない。何か言い訳しようにも荀彧が聞くとも思えない。何とか誤魔化せないものか。

 

「それより結局、どこで計算が狂ったんだよ。季衣がいくら大メシ喰らいだって言っても兵士十人分程度だろ」

「うっ……それは損害が想定していたより少なかったから」

「それ、他の所では言うなよ。もし聞かれても思ったより日数が掛かったとか言っとけ」

 

 荀彧は自分の言っている事の意味が分かっているのだろうか。荀彧が俺の忠告に不満そうな表情をしている。

 

「はあ? あんたにそんな事を言われる筋合いは無いわ」

「あのな、お前が言っているのは思ったより味方が死ななかったせいで予定が狂ったって言っている様なもんだ。兵が聞いたら気分悪くするぞ」

「別にそういう意味では」

「兵から見ればって話だ。作戦立案者であるお前がそんな事を不満げに言っていたら流石に兵も気分が悪いだろ。自分達にもっと死んで欲しかったのかってな」

 

 そんな噂が流れ始めたら軍師としてやり辛くなるだろう。目上の人間に対する陰口や愚痴なんかは盛り上がり易い。学校の生徒なら教師への、会社なら上司に対するそれらは日常的にされる話題だ。しかも兵達からすると荀彧は突然現れた上司である。まだ信頼関係も無い荀彧に対して不信感を兵達が持ち始めると厄介な事になりかねない。

 話を逸らせたのは良かったが別の問題が出てきやがった。

 荀彧自身、それは理解している様子だが俺の言葉に素直に頷くのは嫌みたいだ。

 

「……軍師は時に冷徹な判断も下す必要があるし、謀略なんかの汚れ仕事もあるのよ。嫌われるのを恐れていては軍師は務まらないわ」

「それは必要ならって話だろ。必要も無いのに嫌われる様な事をしてどうすんだ」

 

 皮肉な話だ。かつて自分から汚れ役をやったせいで大切な関係を、場所を壊してしまった俺がこんな事を言うなんてな。だが、黙ってはいられない。ここが史実とどの程度同じなのかは分からないが、こいつは華琳にとって重要な人間になるはずだ。万が一でも、かつての俺みたいになって貰っては困る。

 

「なあ、これは俺が知ってる奴の話なんだが……ソイツは元々、いつも独りで友人もいないからと言って自分から汚れ役をやっていたんだ。自分なら汚れ役をやってもどうせ傷つく様な人間関係も評判も無いってな。まあ、ソイツは馬鹿だったんだよ」

「……そうね」

 

 荀彧が頷く。

 そう馬鹿だったのだ。あの頃、自分は独りだと言っていたが、本当に独りだったわけではなかったのだ。

 

「いつも独りって言ったがソイツにも大切に思う人間はいたんだ。でも、ソイツは汚れ役をやり過ぎた」

 

 小町や雪ノ下達が俺にはいたのだ。

 

「ソイツはソイツのいた場所でも一番の嫌われ者になった。そんな人間の傍にいたらどうなる。ろくな事にならない。ソイツは自分の大切に思う者達が、自分の傍にいる事で傷付くのではないかと考えて自ら距離を置いたんだ」

 

 俺という人間は俺一人で完結している訳ではない。その事を距離を置いて初めて実感する事になった。月並みな言葉だが、失って初めて分かる大切さだった。

 

「……それでソイツはどうなったのよ」

「死んだよ。独りで、何の意味も無くな」

 

 荀彧が黙り込んでしまった。実際に俺があの事故で死んだのかは分からないし、確かめようも無い。だが、俺の中ではあの時に一度死んでいる。あの時の痛みと喪失感は死以外のなにものでもなかった。

 

「軍師には汚れ仕事もあるだろうが、汚れ過ぎた手で華琳に触れられるのか? 華琳まで汚れる事になるんじゃないか? ……まあ、難しく考える必要はない。要は極力周囲から嫌われる様な事をするなって事だ」

 

 俺の言葉は余計なお節介かもしれないが言わずにはいられなかった。これにどれだけの意味があったのかは分からないが、言わずに後悔するよりは良いだろう。これ以上言う事も無いので、黙って歩き始める。

 今度は荀彧も引き止めなかった。

 

「助言のつもり? なんで私に……」

 

 荀彧が何か言っているが良く聞き取れなかった。しかし、荀彧の元へ戻って聞き直す様な重要な事でも無いだろう。

 嫌な事を思い出して精神的に疲れたからさっさと自室に帰って休みたい。歩く速度を上げ、荀彧から距離が離れた俺の背に声が掛かる事はなかった。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。



弁当2個とラーメンとアイス1箱食べたらお腹壊してしまいました。今日はもうポカリしか飲んでない。カフェインを摂りたいが悪化しそうなんですよね。


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比企谷 八幡という男

 去って行く比企谷の後ろ姿を私は見詰めていた。何故、アイツは私に助言なんてしたのか。出会ってから終始、私はアイツに対してきつく当たっている。そんな嫌われる様な事をし続けている私に何故助言なんてするのか理解出来ない。そんな事を考え込んでいると、周囲に何者かの気配を感じた。慌てて周囲を見回すと、背後の物陰から曹純が顔を覗かせていた。

 

「あっ、見つかってしまいましたね」

「盗み聞きしていたの?趣味が悪いわよ」

 

 悪びれる様子のない曹純へ文句を言うが、曹純が気にする素振りなどない。私がその態度に注意をしようしたところで、曹純の背後から華琳様と曹仁までもが姿を現した。

 

「趣味が悪いと言われても、廊下であれだけ声を荒げていれば聞かれても仕方ないじゃない?」

「いっ、いえ、それは華琳様に言ったのではっ!」

「……ふふ。分かっているわ。興味深い話をしているものだから、つい聞いてしまったのよ」

 

 華琳様は私の言葉を気にしていないみたいだが、私としては恐縮してしまう。そんな私に華琳様は微笑みを向けている。ただし微笑んではいたが、その目が笑っていないのを私は見てしまった。

 

「それで桂花……あなたは八幡を随分と意識しているみたいだけれど、身内同士の足の引っ張り合いなんて無様な事が私の軍で起こらないでしょうね?」

「と、当然です。公私混同は致しませんっ!」

 

 軽い調子で紡がれた華琳様の言葉。しかし、私には重く感じられた。冗談めかした言い方であるが実際にそんな無様を晒したら最後、躊躇(ちゅうちょ)なく処断されるだろう。華琳様は私の「悪趣味」という言葉を気にしたりはしていなかった。ただ、あの男とのやり取りについては思う所があった様だ。

 華琳様の元に現在いる文官の中で、私とあの男は最上位にある。その2人の関係に問題があるのなら気にして当然である。それなのに私には華琳様があの男を特別気にかけている様に思えて、言葉に言い表せないもやもやしたものが胸に浮かぶ。そんな私の思いなどお構い無しに曹仁が私と華琳様の間へ割り込んできた。

 

「華琳様、私も桂花が先程言っていた事と同じ事が前から気になっていたのですが……何故、八幡に真名を許すだけでなく敬語すら使わせないのですか?」

 

 私が直接訊きたくても訊けなかった事を曹仁はあっさりと訊ねてしまった。そんな曹仁へ複雑な思いもあるものの、華琳様の口からどんな答えが出るのかが気になって私は知らず知らずの内に華琳様を見詰めていた。

 

「貴方も私が八幡を特別扱いしているみたいで不満だ、と言うのかしら?」

「いやー。そういう訳でもないです。ちょっと疑問に思っただけなので」

 

 華琳様の問い掛けに曹仁は頭を掻きながらそう答えた。

 ちょっと、何でそこでさらに突っ込んで質問しないのよ。いっつも空気も読まずにズケズケ発言するんだから、ちゃんと聞きなさいよ。あんたは『ちょっと疑問に思っただけ』かもしれないけれど、私は気になって仕方が無いのよ。

 私のそんな思いを察した訳ではないだろうが、曹純から援護が入る。

 

「私も気になってはいたんですよ。もしかして八幡さんを配下にする時に何かあったりしたんですか。ほら、この前の遠征の時にも華琳様を人質にしたとか言っていたじゃないですか」

 

 そう、確かにそんな話をしていた。あの時は時間が無いから詳しい話は後で、と言われたが結局まだ何も聞いていない。あの男の特別扱いに何か関係があるのかもしれない。姉とは違って察しの良い曹純だけあって良い質問よ。

 

「そう言えば結局あの後も詳しい事は話してなかったわ……そうね。この際だから今話して置きましょうか」

「ええ、是非」

 

 曹純が華琳様に笑顔で頷いている。よくやったわ。姉とは違って気の回る()ね。

 

「あれは八幡を正式に雇う前の事よ。最初は私も八幡が本当に使い物になるのか半信半疑だったから、少し試してみたの」

 

 私が心の中で曹純を褒めていると華琳様の話が始まった。誇り高い華琳様があの男のぞんざいな口の利き方を許しているという事はそれ相応の理由があるはずだ。私はその内容を一字一句聞き逃すまい身構えた。

 

「あー、分かります。目に生気が無いですし……」

 

「敗残兵か、処刑寸前の罪人の様な目だからなあ……使い物になるか疑問を持って当然でしょう」

 

 曹純と曹仁がそう言いながら頷いている。直属の上役という扱いになっている人間に対する評とは思えない程、辛辣な言葉だった。ただしあの男にとって幸か不幸か、2人に悪意がある訳ではなく思ったままの感想を言っているだけの様だ。

 

「そうね。私も貴方達と同じ感想を持ったから八幡の気概を試してみたの。春蘭と刃の付いていない剣で戦わせようとしたのよ」

 

「えっ、それは無茶で……いえ、何でもありません」

 

 私は驚きのあまり口を挟んでしまい後悔した。しかし、無茶であるというのが私の率直な感想だった。双方に力の差があり過ぎ、そのうえ夏侯惇は上手く手加減が出来るような人間では無い。いくら刃が付いていない剣を用いたと言っても、夏侯惇がそのままあの男を殺してしまっても不思議ではないと思う。それについては華琳様も分かっているようだ。

 

「ええ、確かに人選を間違えたかとも思ったのだけれど、春蘭のような見て分かり易い剛の者に立ち向かえるか、どうかで気概を確かめようと思ったのよ」

 

 気合の入った状態の夏侯惇を前にすれば新兵どころか、大抵の一般兵は大なり小なり気圧されるだろう。そこで立ち向かう意思を示せれば、確かに気概があると言える。かなり乱暴だとは思うが、それぐらいはやって当然という期待の現われだろうか。

 

「そして、あっさりと八幡が勝ったわ」

「「ええええええええええええええええ」」

 

私と曹仁達は、華琳様の口から紡がれた衝撃の言葉に叫んでしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。ありえないですよ。春蘭姉が負けるなんてっ!!」

 

 曹仁は華琳様の告げた内容をどうしても信じられず、そう言い募っていた。その気持ちは理解出来る。夏侯惇の強さは本物である。他陣営に属した経験もある私から見ても、夏侯惇と同等以上の武人などそうはいない。その彼女がまともにやって比企谷に負けるなど考えられない。

 

「いいえ、負けたわ。八幡の話術にあっさり(はま)ってしまって、闘うまでもなく勝負は終わったわ」

「ああ……」

「春蘭姉様……」

 

 簡単に言いくるめられている夏侯惇の様子が、容易に想像出来る。それは曹仁達も同じなのか、呆れているのか納得したのか微妙な表情をしている。夏侯惇が一対一で比企谷と闘って負けるなど考えられないが、口先で丸め込まれたというのならば納得である。

 

「ただ、それでは八幡の気概を試したことにはならないから、もう一度闘わせようとしたのよ。そうしたら八幡はすぐさま跪いて許しを乞うたわ。それはもう無様で見ていられない位の勢いで命乞いをしていたわ」

「うわあ」

「うーん」

 

 曹仁は普通に引いていた。曹純の方は何か思う所があるようで考え込んでいる。私も曹純と同じで華琳様の言葉を素直にそのまま受け取れない。私の見た所あの男は非常に狡猾であるし、捻くれた性格をしている。何か裏があるのではないかと思ってしまう。

 そして、その予想は当たっていた。

 

「私が呆れてその場を立ち去ろうとしたその時、八幡は私の背後に忍び寄り剣を突き付けて人質にして春蘭を降伏させたのよ」

「そんな事、許されないわ」

「春蘭姉が付いていながら、そんな暴挙を許すとは」

 

 まさか、本当に華琳様を言葉通りの意味で人質にしたなんて信じられないし、許されない。その気持ちは曹仁も同様なのか憤りの声を漏らしていた。しかし、曹純の方は違う感想を持ったのか落ち着いた面持ちだった。

 

「まっ、その状況では八幡さんに取れる手なんて限られていますし、良く冷静に事を運べたものですね」

 

 信じられない事に曹純はどうやら感心しているようだ。それを見て頭に血が上ってしまう。

 

「曹純、貴方どういうつもり?華琳様を人質にとるなんて暴挙に感心するなんて!!」

「今現在、華琳様に仕えているという事は問題無いという事では?」

 

 私が曹純を責めても彼女は気にした様子もなく、しれっと答えた。その反応が余計に私をイラつかせるが。

 

「冬蘭の言う通りよ。この件に関して八幡への処罰などはしていないわ。人質と言っても本気で私に危害を加える気は無かった様だし、こちらが試そうとしておいて想定の上を行かれたからといって処罰したのでは私の器量が疑われるわ。だから貴方達もこの件に関して八幡を責めては駄目よ」

「ううう……」

 

 曹仁が華琳様の言葉に唸っている。華琳様を人質にしたことを不問と言われても簡単に納得は出来ないのだろう。

 

「華琳様はそれで八幡さんの実力を買って特別扱いしているという事ですか?」

「簡単に言えばそうね。その後にも色々あったのだけれど、そちらは内緒よ」

「えええ、教えてくださいよ。気になるじゃないですか」

 

 華琳様と曹純は唸っている曹仁を放っておいて話している。

 それにしても華琳様と比企谷との間にまだ他にも何かあったようだ。華琳様が意味ありげな笑みを浮かべて話を濁すあたり、そちらの話の方が重要なのではないか。しかし華琳様はこれ以上話すつもりはないらしい。ここで無理に聞こうとして不興を買うより、夏侯惇から聞き出す方が簡単だろう。

 

「そちらは八幡か秋蘭に聞きなさい」

「えっ、夏侯淵にですか?」

「ええ。秋蘭もその場にいたし、あの一件以来八幡を随分評価しているみたいだから。彼女から見た、あの一件の話を聞ければ面白いかもしれないわね」

 

 混乱している。華琳様の告げた内容に気になる部分が多過ぎて、頭の中の情報を整理しきれない。

 

 夏侯淵もその場にいた?

 

 では、あの男は夏侯惇だけでなく夏侯淵までいたにも関わらず華琳様を人質にとったと言うの?

 

 華琳様自身、文官である自分やその辺りにいる兵などに比べれば相当お強いはずなのに!?

 

 油断していただけでどうにかなる状況ではないはず。

 

 実際にこの目で見ていれば……私もその場にいられたら良かったのに。

 

「兎にも角にも私は八幡に想定の上を行かれたのよ。同じ相手に一日で二度も敗北するなど私にとっては初めての事よ。そんな相手に敬語を使わせるのは私の趣味に合わないわ」

 

 そう語る華琳様の目は優しげだった。誇り高い華琳様がご自分の敗北をこんな風に語るなんて信じられない。あの男はなんなのよ。訳が分からない。この胸のもやもやは、あの男の事をもっと知れば無くなるのだろうか。

 

「うーん、やっぱり面白い人みたいですね。八幡さんは」

「冬蘭は八幡を気に入ったみたいね。夏蘭は違うみたいだけれど」

「い、いえ、そのような事は少しやり方が……」

「その辺りは私からも注意しているし、貴方達も傍についているのだから何かあれば上手く修正してあげなさい」

 

 華琳様と夏蘭達の会話を聞きながら私は心に決めていた。比企谷八幡という男をこれからもっと注意深く観察していかなければならないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなって申し訳ありません。過去最長の時間が掛かってしまいました。

1つのシーンに複数のキャラがいるというのは本当に書くのが難しいです(私の場合

読んでいただきありがとうございます。


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第2章 軍師に
新たな仕事


 俺の勤め先がブラック企業なんだが、どうすれば良いのだろう。

 

 朝早くから華琳に呼び出され、いきなり手渡された書類は、城壁内の街の治安維持についての草案が書かれたものだった。華琳は俺にこれを3日で完成させろと言う────────

 

 街の現状もまだ完全には把握していないうえに、初めてやる仕事である。その為、どの位時間を要するのか、検討もつかない。だが、それでも分かる事がある。これを3日で、というのは短過ぎだよな。だって華琳が3日と言った時に、春蘭以外全員が驚いた顔をしてたぞ。

 

 

「あー、ちょっと待ってくれ」

 

「なにかしら?」

 

 

 華琳、可愛らしく小首を傾げても誤魔化されないぞ。

 

 

「3日って少なくないか」

 

「貴方なら出来るでしょう?」

 

 

 華琳が事も無げに言う。期待が重い。しかも、厄介なのは単純に過大評価されているのでもなく、かと言って嫌がらせという訳でも無いという事だ。そう、華琳の言葉には、「貴方なら(ギリギリ)出来るでしょう?」というニュアンスが含まれていたのだ。

 

 部下の力量を把握し、その能力を余す事無く使い尽くそうとする、管理職の鑑。だが、俺も簡単には首を縦に振ったりはしない。NOと言える日本人になりたいが、華琳相手にNOとは言えないので苦し紛れの言い訳をしてみる。

 

 

「待ってくれ。街の現状や使える人材、資材もはっきりしないのに、安請け合いは出来ないぞ」

 

 

 言い訳ではあるが、一応正論なので華琳も少し考える素振りを見せる。

 

 

「……では、何日あれば出来ると言うの?」

 

「とりあえず、現状を確認する為に1日、2日欲しい。それで何日掛かるか、大まかな計画を出す」

 

「現状確認くらい1日でやりなさい」

 

「分かった。すぐに取り掛かる」

 

 

 出来るだけ簡単な仕事だったら良いな。そんな事を考えながら夏蘭を伴って街へと向かう。本当はこういう仕事も出来そうな冬蘭を連れて行きたかったが、他に急ぎの仕事を割り振られた為、連れて来れなかったのだ。夏蘭と冬蘭は、俺の護衛兼秘書みたいな扱いになっている。しかし、2人共一軍を率いる事が出来る程の人材でもある。その為、ちょくちょく今回の様に別の仕事を任せられている。

 

 

 

 

============================

 

 

「……うー」

 

 

 街へと向かっている間、何故か夏蘭が唸りながら、俺の方をチラチラと見て来る。なんか落ち着かないから、止めて欲しい。夏蘭に恨みを買うような事をした覚えは無いぞ。

 

 

「むー」

 

 

 まだ唸ってやがる。これは放っておいたら、いつまでも続けてそうだ。

 

 

「おい夏蘭、さっきから何なんだ?」

 

「ん、どうかしたか?」

 

 

 夏蘭は俺の問いにキョトンとしている。何を聞かれているのか、まるで分かっていないようだ。先程までのおかしな挙動に、自覚は無かったみたいだ。

 

 

「いや、どうかしたかじゃないだろ。さっきから唸りながら俺をチラチラ見て、何か言いたい事でもあるのか?」

 

「べ、別にお前の事なんか見ていない……」

 

「何だ、言い辛い話なのか。言い辛い位、面倒な話ならしなくて良いぞ。俺も聞きたくない……面倒だからな」

 

 

 夏蘭が呆れた表情で俺を見ている。しかし、俺の話はまだ終わっていない。

 

 

「だがな、今相談しなかったせいで状況が悪化して、より面倒くさい事になってから話を持って来られるのは、もっと面倒だ」

 

「……捻くれた言い方だな。もっと素直に言えないのか」

 

「よし、聞いて欲しくないし、何かあっても自分で何とかするんだな。俺の仕事を増やすなよ」

 

 

 そう言って足を速めると、夏蘭が慌てて俺の手を掴んで来た。俺に気安く触るんじゃない。勘違いしちゃうだろ。

 

 

「待て待て、聞いて欲しいと言うか、八幡に聞きたい事があって……ちょっとこっちに来い」

 

 

 夏蘭が掴んだ俺の手を引いて、人の少ない所へと移動した。中学時代の俺なら、「もしかして告白!?」などと勘違いしただろう。しかし、今の俺だと身の危険を1番に心配してしまう。とにかく逃走ルートを確認しておかないと。

 

 俺が周囲を見ていると、夏蘭が俺の両肩をガッチリと掴んできた。に、逃げられねえ。

 

 

「聞きたい事というのは……だな……」

 

 

 普段、空気も読まずに言いたい事を言う夏蘭が、言い難そうな様子を見せている。それだけで嫌な予感しかしない。そして、その予想は的中した。

 

 夏蘭が聞きたかったのは、俺が春蘭と闘うハメになり、華琳を人質に取った時の事らしい。より正確に言うと、華琳を解放した後のやり取りが聞きたいようだ。どうやら華琳本人から人質になったという話は聞いたらしい。それで興味を持ったようだ。

 

 絶対言いたくない。絶対にだ。あの時、華琳達へ怒鳴った内容は、俺の人生でも3本の指に入る黒歴史だ。言った内容を取り消すつもりは無いが、態々この話を広めようとも思わない。しかし、俺の両肩は夏蘭にガッチリと掴まれている。どうする?

 

 

「なあ、今は時間が無い。この仕事が終わってから話そう。そうしよう」

 

 

 都合が悪い時は、とりあえず仕事を理由に後回し。これが社畜にのみ許された特殊スキルである。あれ、俺って社畜だったっけ?

 

 

「分かった。後できっちり聞かせてもらうからな」

 

 

 夏蘭が渋々といった感じで引き下がる。効果はバツグンだ。しかし、問題を後回しにしただけで、何の解決にもなっていない。今回の仕事だけでも頭が痛いのに、どうすれば良いんだ。

 

 

 

 




更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。

お読みいただきありがとうございます。



次の更新は2週間以内でなんとかしようと思っています。


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新たな仕事2

 街の治安維持に関する計画を任される事となった為、先ずは現状把握をしようと、夏蘭と共に街へと出たのだが───────────

 

 状況を詳しく知れば知るほど、頭が痛くなりそうだ。街を一通り巡回し、警備部隊の詰め所で色々情報収集したが、思ったより厳しい状況だ。

 

 元々、街の治安に関しては警備部隊が担当しているのだが、とにかく部隊の人数が少ない。広い街を管理するには、どう考えても人手が足りない。それも影響しているのか、小さな犯罪にはあまり介入しないようだ。じゃあ、大きな犯罪には全て対応出来ているのかと言えば、正直こちらも心許ない。

 

 役に立たないなどと言わないであげて、人手が足りないのが全部悪いんだ。いや、本当に。警備部隊もサボっている訳ではない。むしろ、サボる様な奴等なら華琳がとっくの昔に処分している。それでも手が回り切らないのが現状である。

 

 それと一部スラム化して治安が特に悪い区域も存在する。これも警備部隊はほぼ放置しているみたいだ。警備部隊の戦力が足りず、抑え付けても暴発するだけで、最終的に抑えきれなくなると考えているようだ。

 

 うん、これ必要なのは治安維持じゃないな。そもそも治安があまり良くないから、維持じゃなくて先に治安を良くする必要がある。つまり、当初の想定より大仕事という事だ。実はこれでも、他の街に比べると治安は良いとの事だ。

 

 

「どうするかなー……」

 

「流石の天の御使い様でも、これは難問ですか?」

 

 

 俺の呟きに夏蘭が笑顔で聞いてくる。急に丁寧な言葉遣いになりやがって、煽ってんのか。

 

 

「おい、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。こっちは困ってんのに」

 

「天の御使いなんていうんだから、天の不思議な力か、道具で何とかすれば良いんじゃないか。むしろ、それが見たい。八幡は天の御使いらしさが足りないと思う」

 

 

 【天の御使いらしさ】ってなんだよ。不思議な力なんてないし、あればとっくの昔に使ってる。便利な道具なんて無いし、ナニえもんだよ。比企えもんは四次元的なポケットなんて持ってないぞ。それに天なんて周りが勝手言っているだけで、そもそも天じゃないし、特別な事なんて……。

 

 

「あっ……」

 

「ん? 何か良い道具があるのか」

 

 

 夏蘭、目を輝かせるな。そんな物ないからな。

 

 都合の良い力や道具なんか無くても、知識ならある。ここより治安の良い現代日本を手本にすれば良い。そのまま使えなくても応用すれば良いだけだ。一から考えなくて良いと分かると、途端に気持ちが軽くなった。

 

 

「道具は無いが、良い考えなら浮かんだぞ。ただ大掛かりな計画になるから、一度華琳と相談したい。一回帰るぞ」

 

「はあー、道具は無いのか」

 

 

 夏蘭が溜息を吐く。

 

 えっ、不思議な力や道具って冗談で言っていたんじゃないのかよ。やっぱり昔の中国だし、そういう物を信じていたりするのか。そういえば華琳達にも出会って直ぐの頃、妖術使いじゃないかと警戒されたな。10円玉の汚れを取ったくらいで凄い驚き方だったな、あいつ等。

 

 こいつにも何か小学生向けの理科や科学の実験的なものを見せてやろうか。それで大人しくなるなら、やる価値は十分ある。華琳を人質にした時の事を後で話すと約束したが、それを誤魔化すのに使えないか?

 

 俺はそんな事を考えながら、夏蘭を伴って華琳の所へ戻る為に歩き始めた。

 

 

 

 

 

===================================

 

 

 執務室を覗いて見たが、華琳は既に今日の仕事を終えて、自室に戻っているようだ。かなり遅い時間なので仕方が無い。もう明日で良いんじゃないかとも思うが、【現状確認は一日で】と言われているので先延ばしには出来ない。この【一日】というのが、開始から24時間という意味とは限らない。こういう所をハッキリさせず、自己判断でやっていると痛い目を見る。そもそもきちんと最初から確認しておけば良かったのだ。

 

 うだうだと考えているうちに、華琳の部屋の前に着いた。扉をノックする。

 

 

「華琳、治安維持の件で少し話したいんだが、今大丈夫か?」

 

「……少し待ちなさい」

 

 

 俺の問い掛けに少しの間があり、華琳の少し不機嫌な声が返ってきた。俺は一緒について来た夏蘭へと顔を向け、小声で聞く。

 

 

(俺、なんかマズイ事したか?)

 

(うーん、朝会った時は普通だったし、何かしていたのでは……あっ!)

 

 

 夏蘭に何か思い当たる事があるらしい。

 

 

(八幡が何かしたとかじゃなくて、もしかしたら間が悪かったのかも)

 

(間? まだ寝るには早いし、趣味の最中だったとか?)

 

(いや、寝るというか……趣味でも間違いではないんだが)

 

 

 夏蘭が言いよどむ。何か言い辛い内容の様だ。今日は厄日だ。朝一番に厄介な仕事を与えられ、夜には何か地雷を踏んでしまうとは。俺に出来るのは、踏んでしまった地雷が少しでも小さい事を祈るだけである。

 

 俺が信じてもいない神様に祈っていると、華琳から部屋へ入って来るように言われた。入りがたいが、ぐずぐずしていると余計に華琳の機嫌を損ねそうだ。覚悟を決めて華琳の部屋へと入る。

 

 意外にも華琳の部屋は俺の部屋と同じ広さだった。置いている家具などは、俺の部屋の物より上等だと素人目でも分かる。そして、俺の部屋の物より一回り大きい寝台に華琳と秋蘭が腰掛けている。二人は普段より薄着で、ちょっと汗ばんで……。あっ、これはマズイ。

 

 

「あー……邪魔したか?」

 

「ええ」

 

 

 俺の質問に華琳が良い笑顔で答える。それが逆に怖い。

 

 華琳がソッチ系の趣味を持っているのは、なんとなく察していたが、まさかこんな形で()の当たりにするとは思わなかった。それにしても、凄まじく居た堪れない。直前まで行われていたであろう行為を想像してしまうと、落ち着かない。これで華琳の機嫌が悪くなければ、ある種のご褒美なんだが、そう甘くない。

 

 

「……それで貴方の用件は、私の楽しみを中断させるだけの価値がある話なのかしら?」

 

 

 ここで華琳の質問にNOと言えば首が飛ぶ。そう思わせる位の威圧感が、今の華琳からは発せられている。実際、本当に首を飛ばされる事はないだろうが、俺の話の内容次第で信用を失う可能性はある。

 

 信用や信頼というものは、一度得たらそれでOKというものではない。それは証明し続けないと直ぐに失われてしまう、あやふやなものである。そして、信用や信頼を失えば、立場も危うくなるだろう。

 

 かつての俺は、【ぼっち】だからといって、学校内に立位置などないと思っていた。だから、失うものなど最初からないと嘯いて、安易に嫌われ者を買って出た。そして、奉仕部とあいつらの側という立位置を、居場所を手放すはめになった。

 

 あの時の様な失敗を繰り返す訳にはいかない。取り敢えず華琳を納得させるだけの計画を示さなければならない。

 

 治安維持計画について、大体の方向性は俺の頭の中で出来上がっているが、未だ不確定な要素が多々ある。しかし、ここはその不安を見せても何も良い事は無いだろう。自信無さそうに話して、失敗した時の予防線を張るなんて華琳にはそもそも通用しない。

 

 俺の考えでは、今回の計画は相当大掛かりなものになる。金も人も、最初に出すのは華琳だ。ここで華琳を納得させなければ、スタート地点でこけることになる。笑え不敵に、俺の話には万金の価値があると思わせろ。

 

 

「価値? あるに決まっているだろう。用件はさっきも言ったが、治安維持に関することだ。華琳達が天と呼ぶ、俺の故郷のやり方を教えてやる」

 

「……それはなかなか興味深いわね」

 

 

 掴みは上々といった所だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
次回更新は一週間前後を予定しています。


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新たな仕事 3

 俺の言葉に興味をもった華琳は、居住まいを正す。

 

 

「それじゃあ、天のやり方というものを聞かせて貰いましょうか」

 

 

 華琳の目からは苛立ちが薄れ、真剣にこちらの話を聞こうとする意志が感じられた。これはこれで緊張する。それを表に出すほど、俺も甘くはないが。

 

 

「ああ、基本は単純な話だ。警備部隊の人員を増やし、詰め所も街の各所に新規で建てる。これで大分、治安は改善されるだろう」

 

 

 街のいたる所に日本の交番の様な詰め所を作れば、治安は改善するはずだ。態々警備隊の目の前で犯罪を犯そうという人間は少ないだろう。しかし、俺の言葉に華琳が溜息を吐く。あからさまにがっかりした表情をしている。

 

 

「そんな事、誰だって分かるわ。それが出来たら苦労しないでしょう。人材や資金も無尽蔵に湧いてくるものではないのよ」

 

「もちろん華琳の言った問題については、既に俺の方でも想定している。全てを同時に解決する良い手があるんだよ」

 

 

 当然、華琳の反論は想定済みだ。むしろ、俺の計画の肝はここからだ。

 

 

「華琳も知っていると思うが、この街には治安が特に悪い地域がある」

 

「ええ、そのうち何らかの対応はするつもりよ。それが何か今の話に関係するの?」

 

「そうだ。その地域を段階的に解体、再開発する。一番治安の悪い地域がなくなれば、それだけで街の治安に良い影響がある。そして、そこには警備隊の詰め所だけではなく、城外からの来訪者用の宿泊施設を作る。残りの土地で市を開けるようにして、そこへの出店料で資金を集めると良い。詰め所の近くなら安全なうえ、客となる人間も多くいる場所なら商人は放って置かないだろ?」

 

 

 俺の提案に華琳は少しの間、沈黙する。理に適っているのか、実現可能かを考えているのだろう。

 

 

「城外からの来訪者用の宿泊施設というのは、どんなものなのかしら?」

 

「近隣の村からの買出しや物を売りに来た人間だったり、遠方から来た行商人が主な客になると思う。少し街を見回ったが宿は少ないうえ、料金が高過ぎるように見えた。城壁外で野宿している人までいたぞ。それに遠方から来た者は街に詳しくない。しかし、街を治める者が運営する宿なら安心して泊まれるだろ。宿泊者がそのまま市の客であり、出店者にもなれるしな」

 

「私に宿屋の主人にでもなれと言うの?」

 

 

 華琳は皮肉っぽく言っているが、完全に駄目という感じでもない。もう一押し二押し必要か。

 

 

「安心で安い宿があれば城外からの来訪者が増える。人が集まれば物も集まる。そして、人と物が集まり市があれば金が動く。城外との交易を活発にして、街を発展させる。宿なんて計画の一部に過ぎん」

 

 

 華琳が目を見開く。当初の考えより規模の大きな話であると分かったのだ。その目の真剣さが増す。

 

 

「宿で儲けるつもりがなく、街が発展して税収が増加するのを期待すると?」

 

 

 俺が頷くと華琳は矢継ぎ早に質問を続ける。

 

 

「税収が増えるにしても、最初に使う資金を回収するのにどの位掛かるかしら?」

 

「宿に使う土地以外を必ずしも、全て市にする必要は無い。一部を街の商人に売ったり、貸しても良いだろう。店を出すには好条件だから良い値がつくはずだ。元は治安の悪い区画だから安く手に入るし、差額は大きくなる」

 

 

 ここまで俺と華琳の話を黙って聞いていた夏蘭が、「大きな仕事だな」と呟くのが聞こえたので振り返る。

 

 

「仕事は出来るだけ少なくしたい。特に自分の分はな。でも仕方が無いだろ。罪人を捕まえて裁くだけなら、今もやっている。今より治安を良くしたいなら、プラスで何かやる必要がある」

 

「「ぷらす?」」

 

 

 華琳と夏蘭が怪訝な表情をしている。プラスの意味が分からないのか。普段、普通に日本語が通じているから、こういう時戸惑う。

 

 

「ああ、今回の場合は【追加】って意味で良い」

 

「天の言葉なの?」

 

「まあ、そうだな」

 

 

 話は少し逸れたが、その間にそっと華琳の様子を窺ってみる。その真剣な表情から、こちらの話に引き込む事は成功していると分かる。この調子なら上手くまとめられそうだ。

 

 

「それと今回の計画で再開発する地域の住人には、土地代を支払うだけでなく、希望者には新しい住居と働き口を用意するつもりだ。まあ、働き口といっても再開発の為の人手になるんだけどな。街を見回りながら話を聞いてみたが、あの地域の人間も好きであの場所にいる者は少ないようだ。まともな働き口が無くて、仕方なくってのが多いらしいな」

 

「そう、ただ排除するのではなく労働力としても使うの。貧困層が減れば、治安も悪い方へは向かわないでしょう。衣食足りて礼節を知ると言うものね」

 

 

 華琳は一つ頷くと、ある程度納得したようだ。

 

 俺としては住民の立ち退きについて、もっと慎重な話の展開になるかと思っていたが、そうはならなかった。現代日本と違って施政者の権限が大きく、住民達の権利という概念も薄いのだろう。

 

 それに華琳は民を虐げている訳ではない。この前、討伐した大規模な盗賊なども跋扈している時代である。そんな中、治める土地の住民一人一人の権利うんぬんより、陣営として力を付けることを優先した方が回りまわって住民を守る事にも繋がるだろう。程度にもよるだろうけど。

 

 まあ、当然俺はそんな危険な状況、さっさと終わってくれた方がありがたいんだがな。

 

 俺がそろそろ話も終わりかと考えていると、華琳がゆっくりと立ち上がった。

 

 

「これが最後の質問よ。貴方の計画をそのまま遂行すると、私が当初考えていたより大規模な仕事になるわ。貴方にこれをやり遂げる事が出来るかしら?」

 

 

 正直に言ってしまえば【分からない】という答えになる。例え頭の中でどれだけ考えを固めても、やった事のない仕事、それも今回の計画は一大事業なので簡単に出来るとは即答出来ない。しかし、自信はある。

 

 完全に一人でやる訳ではない。俺には優秀な助けがある。振り返れば夏蘭がいるし、ここにはいないが冬蘭もいる。短い付き合いだが二人の優秀さは分かっている。

 

 

「なあ、冬蘭は他の仕事をやっているが、それが終わったらこっちを手伝ってもらえるんだよな?」

 

「……夏蘭だけでは不満なのかしら?」

 

 

 俺の質問に華琳は悪戯っぽく聞いてきた。若干、夏蘭の方から重苦しい空気が流れて来ているから、そういうのは止めて。

 

 

「不満と言うかな……今日、夏蘭と二人で色々と動いていたんだが、警備部隊の連中や街の住民が何故かこっちに怯え気味なんだよ。これから交渉ごとも多くなるだろうし、人当たりの良い冬蘭がいてくれたらと思ってな」

 

「八幡の目が不気味なんだろうな」

 

 

 夏蘭がぼそっと失礼な事を呟いているのが聞こえた。自覚しているから、一々言わなくて良い。それに───────

 

 

「確かにそういう面はある」

 

「認めるのね」

 

「でもな。夏蘭、お前にも確実に怯えていたからな。お前が強いのは街の人間なら誰でも知っているんだ。そのお前が俺の話している間、俺の後ろでずっと無言のまま腕を組んで突っ立っているんだから、威圧感ありすぎなんだよ」

 

 

 目の事について認める俺へ華琳が呆れた様子である。しかし、問題なのは俺だけではない。

 

 今日の夏蘭は護衛役として俺についていただけで、警備隊や街の人間と俺が話していても積極的に話へ加わって来なかった。それだけならまだしも、何か考え事をしているのか腕を組みながらブツブツと呟きながら俺の方をずっと見ていたのだ。恐らくは、後で話してやる事になっている華琳を人質にした件について考え込んでいたんだろう。しかし、事情を知らない人間からすると、自分が睨まれている様に感じたのだろう。かなりプレッシャーを感じていた様に見えた。

 

 華琳が大きな溜息を吐く。

 

 

「何をやっているのよ。分かったわ。明日から冬蘭を付けましょう」

 

 

 優秀な人材をゲット。これで少しは俺の仕事が減るはず。元々、冬蘭は部下なんだけどな。

 

 

「計画の全てが完了するには一年くらいの時間が必要かもしれんが、計画を開始した時点で雇用も増えるし治安にも好影響が出始めるはずだ」

 

 

 俺の言葉に華琳が頷く。これでとりあえず今日の仕事は終わりだな。

 




読んでくれてありがとうございます。

それにしてもサブタイトルが悪いですね。新たな仕事って、字面を見るだけで頭が痛くなりそうです。

今回、八幡が提案した計画ですが、大分粗があります。そもそも、もっと内容を細かく詰める予定でしたが、それをやっていくと何ヶ月掛かるか分かりません。よってかなり簡略化しました。話の展開によっては、本文中で補完していくかもしれません。


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かつての夢 それは専業主夫

 当初は治安を改善するという話だったはずが、いつの間にか街の再開発と経済政策にまで規模が拡大してしまった。それに関しては不本意ではあったが、とりあえず華琳へのプレゼンは成功だ。

 

 まあ、今日出来る事は全部やったし、先の事は明日の俺が何とかするだろう。冬蘭もいるし。任せたぞ、明日の俺と冬蘭。

 

 それより今問題なのは、この場から速やかに立ち去る事だ。華琳を人質にした時の話をしてやる約束を夏蘭としてしまっているのだが、俺は絶対話したくない。あの時、華琳達へ怒鳴った内容を自分の口から話すなんて耐えられない。だから夏蘭が約束を思い出す前に立ち去る必要がある。

 

 

「具体的に動くのは明日からだな。それじゃあな」

 

 

 口早にそう言うと俺はすぐ華琳の部屋から出ようとする。そんな俺に背後から華琳が声をかけて来た。

 

 

「今回の案、なかなか面白かったわ。確かに聞く価値のあるものだったわ。成功したら相応の褒美をあげるから、貴方の方でも何か欲しい物を考えておきなさい。それとも、もう欲しい物が決まっているのかしら?」

 

 

 不意の言葉に俺は華琳へと振り返ってしまう。俺の示した案は思いのほか好評だったようだ。お褒めの言葉だけでなく、成功が条件とはいえ褒美まで約束してくれるとは驚きである。しかし、華琳の顔を見ても本気で言っているのが分かる。

 

 欲しいものか。急に言われても困る。こういう場合、やっぱり金や名品の(たぐい)が普通なのだろうか。俺にとっては、こんなにストレートに褒められるだけでも珍しいのに褒美とか……どうするよ。

 

 華琳の蒼い目が答えはまだか、とこちらを見ている。三国志なのに金髪で蒼い目ってどうなんだろう。それにしても綺麗な蒼だなって、そうじゃなくて。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくりゃっ」

 

 

 噛んじまったよ。恥ずかしい。ヤバい動揺しまくってる。

 

 待て待て落ち着け。慣れない事だからって、この位で浮かれるな。今回の仕事は相当規模がデカいんだ。これを成功させたら相当な功績だ。そう成功したら、だ。あくまで成功報酬なんだ。

 

 それに口で褒めるだけならタダだ。この位で喜んでいたら安く使われるぞ。って、既に浮かれてるじゃねーか。社畜になりかかってるよ。ここは初志を思い出すんだ。そう俺の目標は────────────

 

 

「専業主夫になり……あっ!」

 

「せんぎょうしゅふ、それは何かしら。秋蘭は分かる?」

 

「いえ、初耳です」

 

 

 動揺してかつて言っていた本気半分、冗談半分な目標を口走ってしまった。

 

 華琳の疑問に秋蘭は首を傾げている。2人の視線は夏蘭へと向くが、夏蘭も首を横に振っている。そして、華琳達の視線が俺へと集まり、華琳が口を開く。

 

 

「せんぎょうしゅふが欲しい物で良いのね。それで【せんぎょうしゅふ】というのは天の言葉だと思うのだけれど、どんな物なの?」

 

 

 やっべ、どうしよう。俺がどう言い繕えば良いのか悩んでいると秋蘭が横から華琳へ話しかける。

 

 

「華琳さま、お待ちを。先程八幡は【せんぎょうしゅふ】になりたいと言おうとしたのでは?」

 

 

 お、おう。作り話をするにしろ、少し条件が狭まってしまったぞ。再度、俺に視線が集まる。もういっそ正直に話して冗談にしようか、華琳も機嫌直ってるしな。下手な嘘は後々、自分の首を絞める事になるかもしれん。

 

 

「あー……専業主夫というのはだな。妻に養ってもらって、自分は家の事へ専念する夫の事だ」

 

「あら、それならもう叶っているじゃない」

 

「えっ?」

 

 

 俺の説明に対する華琳の言葉で驚いて、アホみたいな声を出してしまった。それにしてもどういう事だ。

 

 疑問に思っている俺へ華琳が微笑む。

 

 

「貴方が住んでいる場所は何処かしら?」

 

「華琳の屋敷」

 

 

 俺の返事に良く出来ましたとばかりに、華琳が頷く。それからまだ華琳の質問は続く。

 

 

「貴方の食事は誰が用意しているのは?」

 

「華琳ノヤシキノリョウリニン、ソレトタマニ華琳ジシン」

 

「貴方の普段使っているお金を渡しているのは?」

 

「華琳サンデス」

 

「貴方を養っているのは?」

 

「カリンサマデス」

 

 

 いや、何か違うから。専業主婦とは違うって。養われるってこういう事じゃないから絶対。

 

 

「ちょっと待て。華琳は妻じゃないし、今の俺は養われているわけでもないだろ。今の俺の状態はどっちかと言うと住み込みの仕事じゃねーか」

 

「そうね。でも、それなら貴方は仕事もせずに衣食住を与えてくれる妻が欲しいと言っているの?」

 

 

 その言い方ではまるで、かつての俺がクズみたいじゃないか。断固として抗議する。

 

 

「待ってくれ。別に何もせずに養って貰う訳ではないぞ。さっきも言ったが家の事に専念するのが」

 

「必要無いわよ」

 

 

 俺がまだ説明途中だったのに華琳はバッサリと斬る。

 

 

「屋敷の管理は使用人がいるでしょ」

 

 

 華琳サマの仰る通りでございます。かつての俺は使用人になりたかった訳でもないし、今の世界で使用人を雇えない位の経済力だと将来に不安が付きまとう。社会福祉どころか、社会基盤そのものが揺らいでいるんだから。

 

 ぐうの音も出ない俺へ華琳は言葉を続ける。

 

 

「貴方がもし絶世の美少女で、目が腐ってなくて頭が良くなければ愛玩動物として飼ってあげなくもないけれど、ねえ?」

 

 

 条件厳し過ぎやしませんかね。

 

 

「貴方に向いている職なら他にあるわ。貴方のその頭脳と目が活かせる良い職がね。私の軍師として励みなさい。私が偉くなれば必然的にその軍師である貴方も偉くなるわ。そうすれば妻の1人や2人すぐ手に入るわよ」

 

「お、おう」

 

 

 なんか逆に俺が妻を養う事へ変わっているんだが。それと何故か凄く真面目に励まされているし、なんでこんな話になったんだろうな。いや、俺がアホな事を言ったのが原因だけどな。

 

 なんだろう。専業主夫なんて昔言っていた馬鹿な事を話していたせいか、それとも華琳とのやり取りが切っ掛けなのか、ふと昔を思い出す。

 

 ある高校のある部室を、暖かく眩しい既に無くした光景を─────────俺が捻くれた事を言って、雪ノ下が毒舌で返す。そこに由比ヶ浜が抜けた事を言ったり、ちょっと引いていたりしていた。そんな過去が脳裏をかすめる。

 

 俺は改めて華琳達を見る。ここは華琳を中心に強い結束と勢いがある。かつて俺がいた、そして失ったあの場所とは似ているとは思えない。しかし、それなら今俺が感じている郷愁のようなものはなんなんだ。

 

 俺はあの場所の代わりをこの場所に求めているのだろうか。いくら考えても答えは出ない。

 

 

 

 

 ただ一つ確かなのは、あの時の様にこの場所を失いたくない。その想いは本物だ。

 

 

 

 

 そろそろ部屋を出よう。感傷的になり過ぎている。このままだとまた変な事を言ってしまいそうだ。

 

 

「それじゃあ邪魔したな。俺は戻るぞ。欲しい物はまた考えておく」

 

 

 話を突然切り上げ、足早に部屋から出て行く俺は不自然だったと思う。しかし、好都合にもそんな俺を引き止める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

============================================

 

 

「ねえ、失いたくないって八幡は言ったのよね?」

 

「はい。あの時の様に、と言ったのも聞こえました。かなり小さな声でしたが」

 

 

 華琳の疑問を秋蘭が肯定する。八幡は気付かなかったが、知らない間に想いが口から漏れていた。部屋から出て行く八幡を誰も呼び止めなかったのは、彼の口から漏れ出たそれに気を取られていたからだった。

 

 

「過去に何かあったんでしょうか。そうでなければ、あんな目にもならないでしょうし」

 

 

 夏蘭が腕を組みながら自分で言った内容に納得しているのか頷いている。

 

 華琳と秋蘭も夏蘭の考えに概ね賛成なのか反論はしない。華琳達も八幡の過去をほとんど知らないとはいえ、八幡が華琳を人質にした後の口論で本音の一端を聞いている。それも合わせて考えれば、八幡の過去に辛い思い出があるのは察せられる。

 

 神妙な空気が流れる。

 

 華琳は本人のいない所でこの件をいくら話し合っても、何の解決にもならないと分かっていた。それに勝手な解釈で古傷へ触れられては八幡も不快だろうし、それは自分の流儀でもない。そのうち本人に聞くか、八幡の方から語ってくれたら、その時に力になろう。そう思いつつ、八幡ならそんな手助けなどなくても自分で乗り越えてしまうのではないかとも思っていた。

 

 だから、神妙な空気を振り払うように華琳は話を変える。

 

 

「それにしても、あれ程の計画を提言してきた軍師なのにね。最初に言った欲しいものが養ってくれる妻だなんて、ふふっ。どうかしているわ」

 

「「確かに」」

 

 

 笑いを堪え切れない華琳へ秋蘭と夏蘭も同意する。

 

 華琳には八幡が本気なのかは分からない。しかし、自分を感心させる程の案を出せる者の要望としては完全に想定外であった。それは秋蘭達も同様なのか、思い出して笑っていた。

 

 

「褒美に財や地位などを求める者は多いですが……ふっ」

 

「雑兵の中には戦いの後に捕虜の女を欲しがる下卑た奴もいるらしいが、自分を養ってくれる妻が欲しいなどと言う人間は初めて見ました」

 

 

 秋蘭が八幡と華琳のやり取りを思い出したのか、小さく微笑む。夏蘭は呆れ半分といったところだ。

 

 華琳は功績にはそれに見合った報酬があってしかるべきだと考えている。そして、今回八幡の提言した計画が成功すれば妻の一人くらい用意するのも(やぶさ)かではない。

 

 優秀な部下を当主の縁戚の誰かと婚礼を挙げさせて、完全な身内にして陣営強化するというのは珍しくも無い。しかし、それで働かなくなったら本末転倒である。

 

 それに華琳自身、そういう手を使いたいとは思わなかったし、八幡も好まないだろうと感じていた。結局、八幡への褒美についてはうやむやとなってしまったが、八幡が改めて何を欲しがるのかは興味があった。

 

 華琳がそんな思索をしている横で秋蘭と夏蘭の会話は、また真面目な方向に戻っていた。

 

 

「夏蘭、良いか。もう分かっていると思うが、八幡はこれからさらに重要な存在となるだろう。八幡はどうも自分を軽く見ている向きがあるうえ、本人に武の心得が無い……何が言いたいか分かるな?」

 

「もちろん、我々姉妹とその部下達が守ってみせましょう」

 

 

 八幡自身は自分を軍師の見習いと考えていたが、既に華琳の陣営で押しも押されぬ軍師の地位を得ていた。




読んでいただきありがとうございます。


二週間に一回は更新したい。難しいけど。



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楽進、李典、于禁

 良く晴れた日、俺は街の大通りから三本外れた通りを華琳と冬蘭の二人と一緒に歩いていた。

 

 本日はデートですか? いいえ、仕事です。

 

 なんか最近仕事ばっかりやっている気がする。ちなみに今日の仕事は街の視察だ。荀彧と夏蘭は留守番、季衣は新たに発見された山賊の討伐へ出発している。そして、残りの面子で街の視察に来ているのだ。

 

 視察は手分けして行う手筈となったのだが、その際の組み分けで華琳と冬蘭の二人と組む事となった。ボッチのトラウマの一つである班分け。今回は幸いな事に俺はあぶれずに済んだ。と言うのも最初から俺達は一緒に行動する予定だったのだ。

 

 今回の視察では既に計画がスタートしている治安維持計画改め、都市再開発計画の進捗状況を確認するのも目的の一つである。その為、この計画の責任者である俺と担当の一人である冬蘭が華琳と共に行動し、現地を確認しながら状況説明や今後の予定など細かな話を直接華琳へする事となっている。

 

 ちなみに華琳は刺史から州牧へ昇進したらしい。偉くなって仕事も増えたが、この都市再開発計画は重要な案件なので直接確認したいとの事だ。

 

 しばらく歩くと計画の一環として新たに開かれた市へ着いた。市は人で賑わい活気に溢れている。

 

 

「なかなか盛況ね」

 

 

 華琳が満足そうに言った。市はまだ小規模ではあるが、今のところ順調に機能している。まだ面積としては計画の対象となる地域の約一割程度ではあるが、一部でも上手くいけば今後の展開も楽になる。住民の立ち退きと再開発の成功例が目に見えて現れれば、出資したがる商人も出てくるだろうし、今後の各所への交渉も楽になるはずだ。

 

 

「この辺りは元々比較的大通りに近かったし、立ち退きでごねる住民も少なかったから思ったより早く形になったな」

 

 

 当初ごねていた住民も俺達が直接話をすると意外に何とかなった。夏蘭の威圧感十分な立ち退き勧告と冬蘭の優しい懐柔。そして俺の丁寧な立ち退きに対する補償と断った場合のリスクの説明によって、すぐに皆快く立ち退いてくれた。それと立ち退いた住民の一部はそのまま労働力として雇ったが、特に不満の声も上がらず、こちらも上手くいっている。

 

 

「あとの問題は時間だな。出来ればもう少し計画を前倒ししたい」

 

「兵は拙速を尊ぶと言うけれど、あまり急ぎ過ぎると余計な問題が生じかねないわよ」

 

「それは分かっているが……」

 

 

 俺の言葉に華琳は懸念を示した。俺もそれに関しては分かっている。立ち退き交渉で強引になり過ぎると住民の不満も溜まるだろうし、住宅の解体などの現場を急かすと事故に繋がりかねない。しかし、この計画は早く片付けたい。

 

 何故なら戦乱の時代まで時間が無いかもしれないのだ。俺の知っている歴史から大きく変化していなければ、これから世は大きく乱れる。しかも俺は大まかな流れこそ覚えているが、残念ながら歴史の詳しい年代までは記憶していない。悠長に街作りをしていられる期間は長くないかもしれないのだ。

 

 そして、それより不安なのは歴史通りに事が運ばないのではないか、という可能性である。なにせ華琳……曹操達が女になってしまっているという大きな違いがあるのだ。他にも歴史から外れた部分がいっぱいあっても不思議ではない。

 

 今の俺に出来るのは何かあった時の為、華琳の陣営を強化するなどの準備だけである。だから、この計画は出来るだけ早く完了したいのだ。

 

 

「八幡さんが仕事を前倒しにしたがるなんて……頭は大丈夫ですか?」

 

「どういう意味だよ!」

 

 

 冬蘭が驚愕の表情で俺を見ている。

 

 いや、お前は俺をどういう人間だと思っているんだ。そこまで驚く事じゃないだろ。俺だって仕事を急ぐ事ぐらいある、例えば華琳の前だと書類作業は三倍速だ。だって怖いんだもん。

 

 それにしても、こっちの世界に来てから一度も仕事をサボってないのに何でこういう扱いなのか。あれか、いつも「休みたい、面倒くさい」なんて言っているのがいけないのか。印象って怖いなー、と考えていると市の売り子が元気な声を上げているのが聞こえてきた。

 

 

「おーい、そこの兄さん。可愛い女の子を二人連れた色男の兄さん、ちょこっと買い物していかへん?」

 

 

 可愛い女の子を二人か。羨ましくはない、羨ましくないが。しかし、俺が仕事と謂れ無き偏見を相手に戦っているというのに、両手に花とかリア充爆発しろ。

 

 

「チッ、何処の誰かは知らんし、何を売っているのかも分からんが買ってやれよ。皆に幸せを分けてやれ」

 

「いやいや、兄さん。あんたの事やで」

 

「はあ?」

 

 

 舌打ちをした後、吐き捨てるように俺が言うと思わぬ言葉が飛んできた。

 

 俺は華琳と冬蘭の顔を見る。可愛い女の子が二人だ。周囲を見回しても女を二人連れている男は俺以外いない。

 

 

「そうそう、あんたの事や。うちの商品見ていって」

 

 

 声をかけてきた売り子へと振り返る。

 

 そこには山、ではなく豊かな双丘があった。客引きの為なのか、売り子の女は露出度が非常に高い。そして胸がデカイ。しかも、その豊満なる胸を包むビキニ(の様な物)が丸出しである。服の隙間から覗いているとかいうレベルではない。完全に曝け出(さらけだ)している。

 

 な、なんなんだコイツ。この世界へ来てから俺の持つ常識は揺らぎっぱなしだが、これは衝撃的だ。ここは本当に後漢の頃の中国なのか。

 

 

「痛っ!?」

 

 

 俺が混乱していると背中に痛みを感じた。振り返ると冬蘭と華琳がジトっとした目で俺を見ている。ちなみに背中の痛みは冬蘭が(つね)っているのが原因だった。

 

 

「視察すべき対象はそこじゃありませんよ」

 

「…………」

 

「お、おう」

 

 

 にこやかに、但し目は全く笑わっていない冬欄と黙っている華琳。二人の威圧感に俺はどもってしまった。そんな俺達の状態を気にした様子もなく、売り子はしつこく話しかけてくる。

 

 

「よっ色男! モテモテやね。そんな色男にはこれがお奨めや」

 

「ただのカゴじゃねーか!!!」

 

 

 売り子の前に並んでいるのは普通のカゴ、カゴ、カゴ、そして最後もカゴ。何がお奨めだよ。色男にカゴがどう関係するんだよ。

 

 

「まあまあ、ちょっとでええから見て行って」

 

「いや、カゴなんて……何だ、これ」

 

 

 執拗な勧誘を断ろうとした俺の目におかしな物が映った。カゴが積まれている横に奇妙な箱の様な物が置かれていた。それは木で出来た歯車などを組み合わせたゴテゴテした物であった。

 

 

「ほう、これはお目が高い! こいつはウチが開発中の全自動カゴ編み装置や!」

 

 

 売り子が満面の笑みでソレを指した。もし本当に全自動というのならオーパーツも良いところだが、どうなのだろうか。不機嫌そうだった華琳と冬蘭も興味があるようで、装置を覗き込んでいる。

 

 

「ここに細く切った竹を突っ込んで……こっちの取っ手を回してやれば」

 

 

 売り子がそう言って装置の側面にあるハンドルの様な物をグルグルと回すと、ゆっくりと編み上げられたカゴの側面部分が装置から吐き出された。

 

 どう見ても完全に手動である。

 

 華琳もそこは気付いているだろうが、突っ込まず別の質問をしている。

 

 

「側面部分以外はどうするの?」

 

「あ、それは手編みです」

 

「そ、そう。全て手編みで作るよりかは効率的ね」

 

 

 売り子の答えは予想の斜め下であった。華琳も少し反応に困っている様子だ。冬蘭も微妙な顔をしている。分かる。分かるぞ、二人の気持ちは。それを俺が代弁しよう。

 

 

「全自動(笑)」

 

「ちょっ、兄さん。酷いわー。そこはアレ、雰囲気っちゅーやつやで」

 

「雰囲気って、ただの嘘だろ。まあ、それでも凄い物なのは確かだけどな」

 

 

 この時代としては画期的な装置だろう。この技術力なら色々応用が利きそうだ。俺は感心して動きを止めている装置のハンドルを試しに回してみる。

 

 

「あっ、アカン!」

 

「えっ?」

 

ミシミシベキッ、ズバアアアッッーンンンン!!!!!

 

 

 売り子が慌てた様子で俺を止めようとした瞬間、凄まじい音と共に全自動カゴ編み装置が弾け飛んだ。

 

 

「八幡っ!」

「八幡さん、大丈夫ですか!?」

 

「……お、おう大丈夫だ」

 

 

 俺を心配している華琳と冬蘭に無事を告げる。

 

 それにしてもビビッた。マジでビビッた。心臓が止まるかと思った。

 

 

「あちゃー、開発中って言うたやろ。まだ強度が足らんから良く爆発してまうんよ」

 

「こわっ、そんな物を街中で試すんじゃねえええ」

 

 

 売り子はしれっと言っているが、完全に危険物である。俺がさらに文句を言おうと売り子に詰め寄ろうとした時、背後から大きな声が聞こえてきた。

 

 

「あー、やっぱりあの爆発はウチの出店だー」

 

「真桜、何をやっているんだ。何故竹カゴを売っていて爆発が起こるんだ」

 

 

 俺が振り返ると二人の少女が呆れた様子で売り子を見ている。どうやら知り合いのようだ。一人は眼鏡をかけていて、もう一人は全身傷跡だらけである

 

 

「もー、真桜ちゃんは店番も出来ないのっ?」

 

 

 眼鏡っ子が売り子に呆れながら文句を言っている。すると売り子が俺を指差した。

 

 

「ウチのせいやないよ。そこの兄さんがやったんや」

 

 

 不用意に装置へ触れたのは悪かったと思うが、爆発するような物を街へ持ち込むなよ。

 

 眼鏡っ子と傷跡の多い少女が俺を見て、次に俺の手元へ視線を移す。そこには全自動カゴ編み装置の残骸があった。それを見て二人は状況を理解した様だ。

 

 

「あー、それ村にいた時も爆発してたヤツでしょ」

 

「ちゃうちゃう、あれは試作品二号でこっちは三号や」

 

 

 爆発は初めてでじゃないのかよ。恐ろしいな。

 

 俺がドン引きしていると傷跡の多い少女が俺に頭を下げた。

 

 

「申し訳ありません。私の名は楽進。連れが迷惑をかけました」

 

「いや、いいよ。勝手に触った俺も悪かった。でも、街中に危ないモンを持ち込まないでくれよ」

 

「はい、真桜に……いえ、李典にもきつく注意しておきます」

 

 

 楽進は俺の言葉に頷き、キッと売り子改め李典を睨む。凄い目力で怖すぎる。

 

 しかし、楽進と李典と言えば三国志でも聞く武将名である。まさかとは思うが一応確認して置くべきか。

 

 

「楽進と李典か、そっちの子は何ていうんだ?」

 

「わたし? わたしは于禁っていうの」

 

 

 眼鏡っ子が軽いノリで答えてくれた。

 

 楽進、李典、于禁とくれば、もう確実にだ。偶々三国志に出てくる武将と同じ名前の人間が三人も揃うなんてないだろう。それにしても、やはり名だたる武将は軒並み女になっているか。

 

 俺は冬蘭の手を引いて声を潜める。

 

 

(なあ、ぱっと見で強さとかって分かるか?)

 

(んー、大まかになら分かりますね)

 

(あの三人は強いんじゃないか?)

 

 

 俺の質問に冬蘭は意外そうな顔をする。

 

 

(分かりますか? 三人ともそこらの賊では話にならない位には強いと思いますよ)

 

 

 冬蘭のお墨付きである。それに楽進、李典、于禁は三国志系のゲームでも結構有能だったと思う。これはぜひ勧誘しておきたい。しかし、俺にとってそれは高いハードルだ。

 

 どうやって勧誘すれば良いのか全く分からん。「良い仕事があるよ~。楽で未経験者でも歓迎。アットホーム(百合の園)な職場だよ」とか言えば良いのか?

 

 

(頭を抱えて何を悶えているんですか。気持ち悪いですよ)

 

(今大事な事を考えているんだよ。ああ、どうすりゃ良いんだ)

 

 

 ああでもない、こうでもないと思案していると冬蘭が気遣うように俺を見ている。しかし、心配している風だけど素で酷い事を言うなよ。傷つくし、そのうち癖になったらどうするんだ。

 

 

「二人して何をしているの?」

 

 

 華琳が俺達を見て呆れている。

 

 唐突に二人で内緒話を始めて、片方が頭を抱えて悶えていたら呆れもするよな。いや、しかしこれは好都合かもしれない。いっそ華琳に勧誘して貰えば良いのではないか。華琳なら魅力の能力値も高いはず。完全にゲーム脳である。

 

 

「華琳、あの三人を勧誘しないか?」

 

 

 俺の言葉を聞いた華琳が楽進達へ視線を移す。じっくりと三人を観察する。

 

 李典が両腕を組んでいる。そうすると豊満な胸が下から押し上げられ強調される。つい目が引き寄せられるが、バレると面倒なので無理矢理視線を外す。そして、視線をズラした先には冷たい目で俺を見る華琳と冬蘭の二人がいた。

 

 

「胸ね」

「胸ですね」

 

「違うからな。あの三人は多分優秀だからだぞ」

 

 

 俺の弁解に冬蘭は首を横へ振り、言い訳は聞かないという構えである。華琳も俺の弁解に懐疑的な様子である。

 

 

「本当かしら。別の意図があるように思えるのだけれど……」

 

「無い無い。冬蘭にも確認したが、あの三人は結構強いんだろ」

 

「まあ、武の心得はあるでしょうね」

 

 

 華琳も異論を挟まず三人が強い事を認めた。華琳もちょっと様子を窺っただけで相手の強さが分かるんだな。俺には三人とも普通の女の子にしか見えないんだが、やはりある程度実戦経験を積むと分かるようになるのだろうか。

 

 まあ、それは今関係ないから置いておくとして、もう一押しだな。

 

 

「それにあの装置だよ。あれは試作品で問題があったが、技術力は凄いと分かる。戦いに使える物も作れると思うし、街の生産性が上がる様な発明も出来るんじゃないか」

 

 

 華琳も今度は俺の説明に納得したのか、反論が無い。華琳は少しの間、思案していたが直ぐに楽進達へと顔を向けた。

 

 

「貴方達、楽進、李典、于禁と言ったわね。私はここの州牧である曹操よ。貴方達は私の部下に欲しいわ。優遇するわよ」

 

 

 華琳の直球で唐突な誘いに三人が混乱状態に陥る。

 

 

「えっ、州牧様? ど、どうしよう真桜ちゃーん」

 

「いや、急に言われても……凪、どないする?」

 

「ちょ、ちょっと待て……という事は州牧様のお連れに怪我をさせてしまったのか」

 

 

 楽進の言葉で李典と于禁が顔を青くする。三人が慌てて膝をつこうとしたので俺はそれを止めた。

 

 

「怪我はない驚いただけだ。謝らなくて良いし、畏まらなくて良いから」

 

「「はあ……」」

 

 

 気が抜けたのか三人とも大きく息を吐き出している。しかし、肝心の用件の方は何も片付いていないから気を抜くのは早いぞ。ほら、華琳が返事を待っているぞ。

 

 

「それでどうかしら。私の下で働くのは不満?」

 

「め、滅相もありません。ただ私達は村の使いでカゴを売りに来ているので、一度村に戻らないといけません。だから直ぐにはお答え出来ません」

 

 

 三人の中では一番落ち着いている様子の楽進が華琳へ返事をした。

 

 この楽進、表情があまり変わらず無骨な感じがするが、その頬を伝う汗を俺は見逃さない。表情に感情が出にくいだけでかなり緊張しているのだろう。こちらに悪い感情はなさそうだし、言っている事も本当だろう。

 

 

「まあ、今すぐ答える必要もないだろう」

 

「そうね。心が決まったら私の所へ来なさい」

 

 

 華琳もこの場で無理に決めさせる気はない様だ。そして、華琳が冬蘭へ目配せすると冬蘭が李典へお金を渡した。

 

 

「これは?」

 

「商売の邪魔をしてしまった詫びよ」

 

「こんなに貰えませんよ……。あー、それやったら代わりにカゴを持ってって下さい」

 

 

 冬蘭が渡したお金は結構な額だった。李典は最初恐縮して返そうとしたが、全く受け取る気配の無い冬蘭を見て代わりに重ねたカゴを渡してきた。華琳の方を見ると頷いている。俺が持つのか。

 

 正直、こんなにカゴはいらんと思う。

 

 

「それじゃあ、良い答えを期待しているわ」

 

 

 そう言って歩きだした華琳へ俺と冬蘭も付いて行く。その時、騒ぎを聞いて駆けつけた警備兵と鉢合わせになった。

 

 

「そ、曹操様っ!? そ、そう言えば今日は視察でしたね。あの……この辺りで騒ぎがあったようなので駆け付けたのですが、何か問題がありましたか?」

 

「それならもう大丈夫よ。持ち場に戻りなさい」

 

「はっ!」

 

 

 華琳と直接話す機会など無い警備兵は、緊張の為か上ずった声で答えると直ぐに詰め所へ走っていった。華琳が俺の方へ顔を向ける。

 

 

「増やした警備隊の詰め所も機能しているようね」

 

 

 視察という意味では良かったが、爆発はもう勘弁だな。あとカゴがかさ張って歩き辛い。冬蘭に少し持って貰おうとしたが、「自分は何かあった時にお二人を守らなければならないので、身軽でないといけません」と言って断られた。そして、華琳に頼むほど俺は蛮勇ではない。

 

 

 

 

 ちなみに秋蘭と合流した時、ちょうどカゴが欲しかったのだと喜ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ

沙和「それにしてもビックリしたねー」
真桜「せやな。まさか州牧さまから誘われるなんてな」
凪 「連れの方に怪我が無くて良かった」
真桜「ホンマやで、心臓止まるかと思うたで」
凪 「お前が言うな。原因は真桜の発明品だろ」
沙和「ちょっとくらい怪我してても大丈夫だと思うよ」
凪 「?」
真桜「?」
沙和「真桜ちゃんの胸をチラチラ見てたし、触らしてあげれば許して貰えるよ」
凪 「////////」
真桜「相変わらず凪はこういう話、苦手なんやな」






読んでいただきありがとうございます。


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黄巾の乱

 数ヶ月前に俺が提案し、その流れで責任者となった都市開発計画もある程度軌道に乗った。大規模な計画なので完遂はかなり先になる。ただ、ここから先はこれまでやった作業の繰り返しである。住民との立ち退きや仕事の斡旋などの交渉をして、買い取った土地の開発を行い、出店者を募る。それらは計画初期から関わっている文官もおり、俺自身が見なくても彼等で何とかなる。これでやっと楽が出来ると思ったのだが─────────。

 

 

 

 

 俺は夏蘭姉妹と行きつけの料理屋で注文した料理が来るのを待っていた。遅めの昼食である。かなり遅い時間なので店内には俺達以外の客はいない。それを確認すると俺は大きな溜息ともに愚痴を吐く。

 

 

「働けど、働けど我が暮らし楽にならず」

 

「八幡さん……気の滅入る様な事を言わないで下さい」

 

 

 俺の啄木先生的な呟きに対して冬蘭が力なく言った。普段であれば挨拶代わりの毒舌が飛んで来ても可笑しくないのだが、冬蘭も疲れているので完全に素である。夏蘭に至っては机に突っ伏している。

 

 俺達にも立場があるので流石に他の客がいれば、こんな醜態は晒せない。しかし、今は他の客もいないし、店員の方は知った顔なので多少の事なら外へ漏らす心配も無い。その為、俺を含め全員が気を抜いていた。

 

 何故、俺達がこんなに疲れているのか。

 

 それはここ最近、各地で多発している暴動が原因だった。一件一件は取るに足らない小規模な暴動である。それも騎馬隊が突撃しただけで蜘蛛の子を散らすように逃げていく雑魚である。しかし、どれだけ討伐しても直ぐに別の場所で暴動が発生するのだ。捕まえた暴徒を聴取しても動機がイマイチはっきりせず、まるで終わりの無いモグラ叩きである。

 

 俺は暴動の討伐部隊には参加していないが、多くの将が各地を駆けずり回っている分、彼女達の普段やっている仕事の中から書類関係の処理が俺へ回ってくるのだ。冬蘭は俺に付いて補佐、夏蘭は討伐に出ている将の担当している軍事関連全般を受け持っている。

 

 机に突っ伏していた夏蘭が顔を上げる。

 

 

「なあ……八幡さんよぉ、こんなのが何時まで続くんだ?」

 

「うーん、原因が分からんからな」

 

 

 夏蘭もここで簡単に答えが返ってくるとは思って聞いている訳ではない。それでも口に出さずにはいられないのだろう。その思いは冬蘭も同じようだ。

 

 

「暴動が偶々立て続けに起こっているなんて話ではないですよね?」

 

「偶然でここまで暴動が続いてたまるかっ……でも、それぞれの暴動に共通点が無いんだよな」

 

 

 確認するように聞く冬蘭の言葉を俺は否定する。偶然と呼ぶには数が多すぎる。普通暴動が起こった場合、政治の乱れや扇動者の存在が原因だ。しかし、今回はそこがまったく分からない。これでは対処のしようも無い。

 

 俺はお手上げだと両手を広げて見せた。だが、そこへ夏蘭から訂正が入る。

 

 

「いや、それは違う。さっき戻って来た討伐隊の話では共通点が見つかったらしい」

 

「それを先に言えよ」

 

 

 俺の突っ込みに冬蘭も頷いている。それでも夏蘭は何処吹く風である。

 

 

「あくまで【らしい】というだけだったからな。なんでも幾つかの暴動で、暴徒全員が黄色の布を身に着けていたという話だ」

 

 

 黄巾の乱じゃねーか。最悪だ。この時代で黄色の布を身に着けた暴徒と言えば、真っ先に黄巾の乱が思い浮かぶ。

 

 夏蘭の言っている事が本当なら、ここ最近の暴動は黄巾の乱の兆しだったという事だ。そうなるとここから本格的に現王朝が傾き始め、一気に乱世へと向かっていくだろう。

 

 恐れていた事態である。俺としては、乱世となる前にもっと陣営を強化しておきたかった。華琳はあの性格と才覚である。ここが俺の知っている歴史などと関係の無い世界で、華琳が乱世の奸雄曹操とは完全に別の存在だったとしても、彼女が乱世の中心となっていくのは明らかである。それなら陣営は強いに越したことは無い。

 

 それにしても、これからの事を思うと気が重い。歴史小説やマンガとかなら、乱世は面白い題材だ。しかし、自分が生きる世界としては最悪だ。成り上がりたいとか、歴史に名を残したいという野心があれば別だと思うが、残念ながら俺にそんな気持ちは無い。出来る事なら波風立てず、平和に養われていたい俺としては、乱世など害しかない。

 

 

「……おーい、大丈夫ですかー?」

 

「えっ?」

 

 

 気付いたら冬蘭が俺の顔を間近で覗き込んでいた。

 

 

「姉さんの言った内容がそんなに気になりますか?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 俺は咄嗟にどう答えたら良いのか迷ってしまい、口を濁した。

 

 俺の考えをそのまま伝えるのは、色々と拙い。もし全てを語るとしたら、俺の知っている三国志演義や歴史についても説明しなくてはいけなくなる。それは極力避けたい。何故なら、この世界は俺の知っている三国志演義や歴史と類似性こそあるものの、同一という訳ではないからだ。

 

 その違いの最たるものは曹操達の性別だが、その容姿や服装なども見過ごせない。華琳は金髪碧眼なうえに髪がロールしている。着ている服も後漢時代にあったとは思えないデザインだ。これは人種的、文化的、2つの差異を示している。これで俺の知っている三国志演義や歴史の通りに、この世界が進んでいくと信じられる程、俺は暢気ではない。

 

 さらに俺という存在が事態を複雑にしている。当然ながら演義や三国志に俺は登場しない。その俺がここには存在し、行動しているのだ。仮に演義や歴史の通りに世界が動こうとしていても、俺の行動で違った結果へと変化するのではないか。

 

 これらを考えると、俺の知っている演義や歴史の情報は酷く不確かなものに感じてしまう。その不確かなものを彼女達へ教えてしまうのは、どうしても躊躇われる。華琳へそれとなく話してみようかとも思うが、正直迷っている。

 

 どちらにせよ、ここで話せる内容では無い。ここの店員はある程度信用出来るとはいえ、流石に部外者なので聞かせられる話ではない。

 

 さて、とりあえず冬蘭達を誤魔化さないとな。

 

 

「気になって当たり前だろ。黄色の布を全員が身に着けていたというなら、その幾つかの暴動が全て繋がっているのは確定だ。つまり……」

 

「「つまり?」」

 

「それぞれの暴動が自然発生的なものではなく、何らかの意志のもとに集まった連中が行っているという事になる。そうなると今後はさらに厄介な事態になるだろう」

 

 

 俺の話を聞いて冬蘭は真剣な表情になってるが、夏蘭の方は首を傾げている。夏蘭、お前は春蘭を馬鹿に出来ないぞ。

 

 

「まあ、分かり易く言えば、早く中心となっている奴を押さえないと、より面倒な事になりそうだって話だ。1つ1つを見れば少人数の暴動かもしれんが、合わせて考えると馬鹿に出来ない数だからな」

 

 

 俺の懸念に冬蘭が大きく頷いている。

 

 

「そうですね。今はバラバラに暴れているので鎮圧自体は簡単ですが、もし彼等が集まって千や万単位で行動されたら……村や小さな街なら為す(すべ)なく飲み込まれちゃいますね」

 

 

 このままでは冬蘭の言う通り、村や小さな街が襲われた場合、そこの警備隊や住人だけでは対応出来ないなんて事態が起こりそうだ。

 

 話に夏蘭が加わって来ないので俺が夏蘭の方をちらっと見る。すると、真剣に話し合っている俺と冬蘭をよそに、夏蘭はまだ首を傾げている。こいつ、これで千人以上の部隊も指揮しているんだぞ。本当に大丈夫なのか。

 

 

「……しかし、数が多くなっても烏合の衆は所詮、烏合の衆だ。そんな奴等は私や春蘭姉が気合を入れて一当(ひとあ)てしただけで瓦解する。素人をいくら集めても、直ぐに軍としては機能しないぞ」

 

 

 夏蘭の脳筋発言に俺と冬蘭は顔を見合わせてしまう。

 

 

「お前の意見も一理あるがな。俺達の本拠地であるここから離れた村なんかが襲われたらどうするんだ? 春蘭やお前と同等の将がそんな村にいるとでも思っているのか」

 

「ぐっ……す、すぐ私が軍を率いて向かえば」

 

「お前が着く前に村は壊滅してるだろうな。あと、俺が厄介だと言っているのはそれだけじゃない。これから先は、今までより面倒な手に出てくる可能性が高いんだよ」

 

「どうしてそんな事が分かるんだ?」

 

 

 俺の予想に対して夏蘭は怪訝な表情で聞いて来る。こういう所で素直に聞いて来るのは夏蘭の良い所だな。

 

 

「それは今発生している暴動が簡単に鎮圧されているからだ。良いか、首謀者の気持ちになってみろ。簡単に鎮圧されて大した成果も挙げていないんだぞ。そろそろ普通なら違う手を打ってくるだろう。単純に規模が大きくなるだけでも面倒だが、搦め手を使ってこられたら対応が難しくなるぞ」

 

「そこまでの敵じゃなかったらどうする?」

 

「どうするも何も、俺達は楽が出来て良いじゃないか。馬鹿の一つ覚えみたいに、今のやり方を続けて成果も挙げず、鎮圧され続けてみろ。そんな奴等に誰がついて行くんだ。勝手に自滅するだろ」

 

「……そうだな」

 

 

 夏蘭も納得したようだ。そして、タイミング良く料理が運ばれて来る。熱々の料理へ俺が手を付けようとしていると、店員が話し掛けてきた。

 

 

「あのー、今話していたのって最近の暴動についてですよね?」

 

「そうですよ」

 

 

 店員の質問には俺より先に冬蘭が答えた。すると店員は勢い込んで話を続けた。

 

 

「あのっ、うちへ良く来てくれていた旅芸人の()達が次に行くと言っていた村の方でも暴動があったみたいなんです。大丈夫なんでしょうか?」

 

 

 聞けば若い三姉妹の旅芸人なので心配していたようだ。向かったと言う村の付近では確かに暴動が起こっていた。

 

 

「小さな規模だったので既に鎮圧され、被害も少なかったと報告は受けていますね」

 

 

 冬蘭の言う、少なかった被害に旅芸人達が入っていないとは言い切れない。村の有力者ならともかく、外から来た旅芸人の被害まで態々報告は上がってこない。大丈夫だろうと言うのは簡単だが、そんなものは単なる気休めだ。

 

 冬蘭も俺と同じ考えなのか、旅芸人達の安否について、明言は避けていた。

 

 

「……そうですか。長女の張角さんと私って同い年なんですよ。店に来てくれた時には良く話してたから、無事だと良いんですけど」

 

 

 知人の安否を心配している店員だったが、俺はそれ所ではない。店員が口にした名前に俺は聞き覚えがあった。

 

 張角と言えば黄巾の乱の首謀者である。俺の知っている張角は、とある宗教の教祖なのだが、ここでは旅芸人なのだろうか。同名なだけで全く関係の無い人間かもしれないが、彼女が向かうと言っていた村で暴動が起きたとなると看過出来ない。

 

 

「なあ、ちょっといいか? その張角さん達が向かうと言っていた場所は、その村だけなのか? 他に何処か言っていなかったか?」

 

「えっ、それはまあ、色々言っていましたね。確か……そこの村の後は北へ向かうみたいな話を聞きました」

 

 

 俺の矢継ぎ早な質問に店員は戸惑いながらも答えた。俺は店員の言っていた村から北方向にある村や街、それと最近暴動が発生した場所を頭の中から引っ張り出す。

 

 重なっている。旅芸人・張角の移動先と暴動の発生は、全てではないが無関係というには重なり過ぎている。

 

 黒か? 確定ではないが、かなり疑わしい。

 

 

「その張角と他の姉妹について詳しく聞かせてくれるか? 俺の方で無事か確認するよう手配しておくから」

 

「えええっ! よ、よろしいので?」

 

「気にしなくて良い。仕事のついでだから、あんまり期待しないでくれよ」

 

 

 店員は畏まりながらも、三姉妹の特徴などをこと細かく説明した。

 

 それによると長女張角は大らかな性格で胸が大きいらしい。次女は張宝という名で気の強い娘らしい。三姉妹の中で一番胸が小さいとのこと。三女は張梁、物静かだけれど姉妹の財布は彼女が管理している。ちなみに胸は普通らしい。

 

 なんでこいつは一々胸の情報を付けるんだ。俺がそこに興味があるって思われているのか。冬蘭の視線が、その名の通りに凍えてくるから止めて下さい。お願いします。

 

 店員の説明を聞き終えると、かき込むように料理を食べ席を立つ。代金を払って店を出た俺に夏蘭達も慌てて付いて来る。

 

 

「何を慌てているんですか。そんなに旅芸人の胸が気になるんですか?」

 

「自分で整えた警備隊に捕まる日も近いかもな」

 

 

 冬蘭、お前は俺がそんな人間に見えるのか。それと夏蘭、絶対お前がケンカで捕まる方が早いはずと断言しておく。

 

 

「そう言えば養ってくれる女を探しているんだったな。しかし、旅芸人では生活が安定しないと思うぞ」

 

「えっ、その話は初耳なんですが」

 

 

 夏蘭の養ってくれる女発言に冬蘭が食い付く。俺の後を付いてきている二人へ振り返る。ややこしい話になりそうなので先手を打っておく。

 

 

「ここで話せる内容じゃないから華琳と合流してから話す。近いうちに遠征へ出る事になるかもしれないから覚悟しとけよ」

 

 

 華琳を交えて話すと聞いて冬蘭達も押し黙る。茶化す様な話ではないと分かったようだ。

 

 街を足早に歩いていると、どす黒い雲が空を覆い始めた。まるで、この先を暗示しているようで気の滅入る。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


今回で最低でも戦闘シーンの直前までは行けると思っていたのに、全然駄目でした。

八幡のこの世界に対する認識を書いておきたかったので、長くなりました。もっと簡潔にまとめられると良いのですが、難しいものです。


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†御使い†

「……その張角という旅芸人が各地で発生している暴動の原因だと言うの?」

 

「ああ、多分な。彼女とその姉妹達の向かうと言った先々で暴動が起こっている。それも偶然と呼ぶには重なり過ぎている」

 

 

 俺は夏蘭達と共に行きつけの料理屋から戻ると、華琳へ張角三姉妹が暴動に何か関係しているのではないかと説明した。ただ話を聞いた華琳は、あまり納得した様子ではなかった。

 

「根拠としては薄弱ね」

 

 

 華琳だけでなく、夏蘭と冬蘭も訝しげな表情をしている。俺としてはほぼ確信を持っているが、その理由の全てを華琳達へ説明出来ないのでもどかしい限りだ。とは言え俺の知っている歴史をそのまま教える訳にもいかない。

 

 まあ、それならそれでやりようはある。簡単な話だ。華琳達が納得出来る根拠を作ってしまえば良い。

 

 

「暴動を鎮圧した時に捕まえた奴らが何人かいるだろ。そいつらで確かめれば良い」

 

「いくら尋問しても首謀者に関しては、頑なに喋らなかったと聞いたわよ」

 

「大丈夫だ。こういう取っ掛かりさえあれば手はある」

 

 

 俺の言葉に華琳達はどういう事か見当もつかないといった表情である。そこで俺は華琳達にも分かるよう簡単に説明する。

 

 

「いいか、別に口を割らせる必要なんて無いんだよ。こんなのは軽く揺さぶって、そいつの反応を見れば大体分かるもんだ」

 

「そんなに上手くいくものなのか?」

 

 

 夏蘭が疑いの眼差しを俺に向けている。こういうのは口で言うより、実際に見せた方が早い。

 

 

「ふっ、疑うならお見せしましょう。天の尋問というヤツをね」

 

「「うわぁ……」」

 

 

 その場のノリで少し芝居がかった口調で言ってみると、三人ともドン引きである。いや、ちょっとふざけただけで、その反応は酷くないか。

 

 

「怪しさ倍増です。……やたら変な石を買わせたがる占い師くらい胡散臭いです」

 

 

 冬蘭が呆れている。しかしな、冬蘭。ゼロに何を掛けてもゼロなんだぞ。つまり、俺は普段から怪しい所など無いのだから倍にしても怪しくないんだぞ。

 

 それにしても、こっちの世界にも霊感商法なんてやっている奴がいるんだな。いや、むしろこっちだからこそか。初めて華琳達に会った頃に妖術使いだ、なんだと騒いでいたし、こちらは迷信深い者が多いのかもしれない。そういう所は時代の差なのか。これは今からやる尋問にも活かせるんじゃないか。

 

 最初は軽く鎌をかけて反応を見るだけで良いと思っていたが、試してみる価値はあるな。今後も使えるかもしれないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

==============================================

 

 早速夏蘭が暴徒を一人、牢から連れて来る。連れて来るというか、持って来たと言った方が正確か。両手両足を縄で縛られた暴徒を夏蘭が担いで部屋へ入って来た。

 

 

「私が付いているから暴れても問題無いがな。念の為に縛っておいた」

 

 

 夏蘭がそう言って元暴徒、現在芋虫状態の男を俺の前に転がした。男を担いでいる姿はまるで人攫いであったが、余計なことは言わないでおこう。

 

 さて、先ずは床に転がされた男を観察してみる。

 

 男はしばらくの間、牢に入れられていたせいか薄汚れているが、それ以外はいたって平凡な見た目だ。中肉中背で顔も特別柄が悪いわけでもない。以前、冬蘭と尋問した盗賊に比べると何処にでもいそうな見た目である。突然縛られて牢から連れ出され、知らない人間達の前に転がされて若干の怯えも見てとれる。

 

 これはチョロそうだ。

 

 男が不安そうに視線を泳がせていると、丁度目の前にいる俺と目が合った。

 

 

「な、なんだ、お前。お、お、おれは何も喋らんぞ」

 

 

 男がどもりながら言ったセリフ、それは完全にフラグである。

 

 こういうのは演出が重要だ。なるべく、それっぽく見える様にした方が効果は高いだろう。男から不気味に見える様、不敵な笑みを浮かべてみる。男が一瞬目を逸らした。

 

 

「……俺はお前達のような罪人を裁く天の御使いだ」

 

 

 イタタタタ、自分で言っていて鳥肌が立った。名前の前後に【†】とか記号を付けそうな名乗りだ。元の世界でやったら良くて失笑、下手すりゃオツムを心配されるレベルである。しかし、目の前の男は失笑するどころか震えだしそうな様子だ。結構本気で天から自分達を裁きに御使いが現れたと思っているのだろう。

 

 

「お、おれは罪、罪人なんかじゃねえ」

 

「村を襲い、人を傷つけ略奪をしておいて良く言う。これから、お前とその仲間を罰を与えるが……もし自分の行いを悔い改め、俺達に協力するなら罰も軽くなるぞ」

 

「おれに何をさせるつもりだっ」

 

 

 男の声は震えている。

 

 

「お前達が何故暴れるのか、その理由と首謀者を教えるだけで良い。簡単だろ?」

 

「……ハッ、天の御使いだとか偉そうに言っておいて、そんな事も分からないのか」

 

 

 俺の問いを聞いて男は急に態度を変えた。天の御使いというのがインチキだと判断したのだろう。俺が本物の御使いでないなら怖くないといったところか。

 

 男が俺を馬鹿にしたような目で見る。それもすぐに終わる。こいつを奈落の底へ落とす言葉を俺は告げる。

 

 

「償いをする気があるか試しただけだ。しかし、無駄だった様だな。お前も、お前が庇う首謀者もより重い罰が妥当なようだ」

 

「ば、馬鹿にするなよ。脅したって、おれは何も教えんぞ」

 

 

 強がる男へ俺は意識的に口元を歪めて見せる。もったいぶる様にポケットからスマホを取り出す。もう充電する手段が無い為、普段は切っているスマホの電源を久しぶりに入れる。

 

 

「お前から何かを聞き出す必要は無いんだよ。こいつでお前の魂の一部を抜き、心の内を暴いてやるからな」

 

 

 男は俺が何を言っているのか正確には理解していないだろう。俺も自分で言っていて良く分からん。とりあえずヤバそうだと思わせられれば良い。

 

 華琳達も俺の邪魔をしないように黙って見ている。夏蘭が話したそうにしているが、冬蘭に口を押さえられているのが視界の端に見えた。

 

 俺はスマホを男に向け、カシャっと写真を撮る。きちんと撮れているか画面を確かめた後、男にその画面を見せつける。

 

 

「ほら、お前の魂の一部を抜き出してやったぞ」

 

「ひぃぃぃっ! お、おれが、おれが板の中に入ってる。どう、どうなってるんだ!?」

 

 

 俺は男の肩へ手を置き、初めて見るカメラにビビりまくる男へ追い討ちをかける。

 

 

「さあ、首謀者の名前を暴き出してやろう。……ほう、見えるぞ。張という字が見えてきた」

 

 

 男は目をぎゅっとつぶり、脂汗をダラダラと流しながら俺の声を聞かないようにしているようだ。しかし、そんな事は許さない。

 

 

「どんなに耐えようとしても無駄だ。もう既にお前の魂の一部は抜き出しているのだからな。……ほら、もう分かったぞ。首謀者の名前は張角というのか」

 

 

 俺が張角と言った瞬間、男はビクリと身を竦める。その顔は唇まで蒼ざめている。その反応から誰が見ても俺の言葉が当たったのは明らかだ。だが、まだ終わりではない。

 

 

「……他にも見えるぞ。そうか。張角には姉妹がいるんだな。はあ~姉妹揃って重罪か。どんな罰が相応しいかな。天の裁きは厳しいぞ」

 

「お、お赦しを……どうかご慈悲をっ! あの()達は何も悪く、悪くありません。おれ達が勝手に暴れただけなんです」

 

 

 もう完全に俺の言葉を信じ切ったようで、男は必死である。ここまでくれば、まな板の鯉である。

 

 

「慈悲と言ってもなあ~。自らの罪を償う気も無い奴にかける慈悲など存在しないだろ。折角一度は機会をやったのに、お前はそれを無駄にしてしまったからな」

 

「どうかっ、どうかお赦しください御使い様! なんでもしますからっ!」

 

「そうか、それは良い心がけだな」

 

 

 思いの外上手くいった為、つい笑みを浮かべてしまう。すると男は今日一番の怯え方を見せた。どういう事だ。

 

 

 

 

 男は知っている事を洗いざらい喋った。用済みとなった男は兵を呼んで牢へ戻す。男がいなくなると華琳達が口を開いた。

 

 

「インチキ占い師どころでは無かったわね。どちらが悪人か分からないわ」

 

「今のを見ていると、この男をここで斬っておいた方が世の為ではないかと思ってしまうな」

 

 

 いや、そんな物騒なこと思うなよ夏蘭。それと華琳は部下が仕事を頑張ったんだから褒めろよ。

 

 

「うーん。こういうの、本当に板に付いてますね。外道な感じの八幡さん、私は嫌いじゃないですよ」

 

 

 冬蘭が俺の腕を抱えながらニコっとしながら言った。破壊力抜群、でも俺は外道じゃないから。

 

 とにかく欲しい情報は大体得られた。特に有益だったのは張角三姉妹の居場所である。これで終わりの無いかに思えたモグラ叩きもすぐに終わらせられる。─────────そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 結論から言えば、先にやらなければならない事が出来てしまった。張角三姉妹の居場所から少し離れた場所で大規模な暴動が起こったと報告が入ったのだ。今までのものとは規模が違い、戦力を分けて討伐する事も出来ない。素早く暴動を鎮圧し、張角達が移動する前にそちらにも向かわなければならない。

 

 直ぐに出発出来る兵を率い、季衣と秋蘭が偵察隊として向かった。後から華琳自ら本隊を率いて合流する予定である。ちなみに俺も本隊組だ。そして俺達本隊組の出発間際、今更ながら官軍から一連の暴動が黄巾党の仕業であり、これを鎮圧するようにと各諸侯へ通達がなされた。その諸侯の中にはもちろん華琳も含まれていた。

 

 黄巾党と官軍、それに官軍の要請を受けた諸侯達の激しい戦いの波がやって来る。しかし、既に首謀者やその行先を把握し、討伐の行軍準備を終えて出発しようという俺達は、確実に彼らより一歩も二歩も先んじているはずだ。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
お待たせしました。省略する予定だった所を書いてしまい、また遠回りしてしまいました。短くいくつもりが、どんだけ尋問好きなんだよという……。



夏蘭「俺は†天の御使い†だ(笑)」
冬蘭「お前の罪は天から使わされた俺が裁く」ズビシッ(指差し)
八幡「やめろおおおおぉぉ」


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戦いの合間

 厳しい状況だ。今、私達の状況を一言で表すなら四面楚歌である。敵に囲まれ逃げ場も無い。

 

 時は少し遡る。

 

 私と季衣は大規模な暴動が起き、華琳様の(めい)により先遣隊として現場へと向かった。最初から兵数の少ない先遣隊だけで討伐出来ない事は分かっていた。

 

 その為、先遣隊の主目的は暴動に参加している者達の正確な数であったり、進行方向などを見極めるなどの情報収集と足止めだった。それらは成功したと言えばしたのだが、今の状況は当初の予定とは大きく異なっていた。

 

 今の私達は暴徒の進行先にあった村で篭城している。しかも、篭城とは名ばかりで村には城壁などという立派なものはなく、即席で作った防御柵が村を囲んでいるだけだ。当初の予定では足止めは、機動力のある小部隊での攻撃と離脱の繰り返しで行う予定だった。

 

 村で篭城戦を行うつもりは無かったのに、こうなってしまったのには理由がある。暴徒の統制が思ったより出来ており、進行速度が予想を上回っていたのだ。そのせいで村の住民を逃がす時間が無く、本隊への伝令を出した後、即席の柵などを用意して村で迎え撃つ流れとなった。

 

 そんな中で数少ない幸運は、村に義勇軍が存在して腕の立つ者も何人かいた事だ。特に楽進、李典、于禁の三人の存在には助けられた。彼女達とその仲間の協力のもと暴徒達の攻撃を二度防ぐと、敵は村を囲みつつ一旦休憩している様である。

 

 その彼女達と季衣が通りの向こうから手を振りながら駆け寄ってきた。

 

 

「秋蘭さま、壊れた柵の補修が終わりましたっ!」

 

 

 この厳しい状況にも元気を失わない季衣、彼女の存在も篭城戦となった理由の一つである。

 

 実は村を見捨てて一時撤退するという選択肢も私の頭にはあった。しかし、その場合季衣は絶対に反発する。もし私に従ったとしても純粋な彼女は、今の様に屈託の無い姿を見せなくなっていただろう。それに私達だけで勝つ見込みは無いが、時間稼ぎをして華琳様の本隊を待つ事くらいは出来ると踏んだからこその篭城である。

 

 後は本隊の到着が何時になるか、である。

 

 

「楽進、義勇兵達の状態はどうだ?」

 

「はい、負傷者の手当ては済みました。動ける者も半分は休憩させています」

 

「そうか……正直に言ってくれ、義勇軍は後何戦やれる?」

 

 

 私の質問に楽進は少し考え込む。義勇()とは言っても、その実は素人に近い。余り期待は出来ない。楽進達のような手練れの方が珍しいのだ。

 

 

「二戦、いえ三戦まではなんとか……」

 

「うむ、上出来だ。それなら姉者達も間に合うだろう」

 

 

 予想したより良い答えに、少し気が軽くなる。この規模の村の義勇軍としては中々のものである。

 

 

「いやあ、運がええのか、悪いのか。急いで鍛えとった甲斐があったな」

 

「ホントだよー。私達がいなくても大丈夫なようにって猛特訓したからねー」

 

 

 李典と于禁が頷き合っている。何の話か分からない私へ楽進が説明する。

 

 

「私達三人に仕官の誘いがありまして、近々村を離れる事となったのです。その為に我々が抜けても大丈夫なよう鍛え直していたのです」

 

「確かに貴公らの腕なら仕官の話が来てもおかしくない。うちに欲しい位だ」

 

 

 この戦いが終わったら勧誘しようかと思っていたのだが、先に彼女達を見出した者がいたようだ。私が残念がっていると、楽進は少しばつが悪そうな表情をしてた。

 

 

「その……私達を勧誘してくださっているのは曹操様です」

 

「えええっ!? それじゃあ、これからも一緒なんだ。先に言ってくれたら良かったのに」

 

 

 楽進が言い難そうに告げると季衣は驚きの声を上げた。私も季衣ほどではないが内心驚いていた。それと同時に嬉しくもある。楽進達の力は共に戦って分かっている。彼女達が華琳様の元に仕官するなら頼もしい。

 

 

「いえ、誘われはしましたが、返事を待ってもらっている状態で正式に決まった話では無いので」

 

「ところで華琳様と何処で知り合ったのだ? こちらの村へ視察に来たりはしていないと思うのだが」

 

「少し前に村の者達が作ったカゴを売りに街へ赴きまして、その時に」

 

「ああ、八幡が抱えていたカゴはその時の物か。私も使っているが、しっかりした作りで気に入っている」

 

 

 名前こそ聞いていなかったが、八幡の目を付けた有望な人材に声を掛けたと華琳様も言っていた。それが楽進達だったのだ。

 

 

「えっ、あのカゴを夏侯淵様が!?」

 

 

 意外な所で話が繋がり、楽進は目を見開いた。私は頷いてみせる。

 

 

「ちょうど使っていたカゴが壊れていたから八幡……いや、比企谷に譲ってもらったのだ」

 

「曹操様が連れていて、しかも夏侯淵様とも親しげ……もしかして、あの人結構偉い人だったりするの?」

 

「ああ、うちで最古参の軍師だな。最古参と言ってもまだ軍師は二人しかいないが」

 

「「……」」

 

 

 恐る恐るといった感じで聞いてきた于禁へ、私が答えると于禁は楽進と顔を見合わせた。そして、こそこそと小さな声で内緒話を始めた。

 

 

(あ、危なかったねー。あの時の爆発で下手したら真桜ちゃんの首が飛んでたかもしれないよ)

 

(そうだな。今度あの人と会ったら改めて真桜に謝らせておこう)

 

(それが良いのー)

 

 

 いくら小声とはいえ距離が近いので大体の内容は聞こえていた。そういえば、あの時の八幡は少し疲れた顔をしていた。カゴを抱えて視察で歩き回ったせいかと思ったが、それだけでは無かったようだ。本人は否定するだろうが、八幡はよくよく面倒事に縁がある。あの時に詳しい話を聞いておけば良かったな。

 

 于禁達の内緒話は聞こえない振りをしつつ、面白そうな話なので後で八幡に聞いてみようと考えていると。

 

 

「ほ、報告っー!!!! 敵がまた近付いて来ています」

 

 

 大声を上げながら兵が走り込んで来た。息の荒いその兵はさらに報告を続ける。

 

 

「敵は全軍を挙げてこちらの防御柵へ寄せて来ています。一気に勝負を付ける気かと」

 

 

 季衣や楽進達を見回す。先程まで軽口を叩いていたとは思えないくらい全員表情は既に引き締まっている。

 

 

「聞こえていたな。敵に柵を越えさせる訳にはいかん。この村の中は敵に侵入されて守れるようには出来ていない」

 

「「はっ!!!」」

 

 

 この村は敵の侵攻を考慮して形作られた要塞などとは訳が違う。中に入られてしまえば為す術なく陥落する。なにより、村の中には戦えない者達もいるのだ。それが分かっているから、季衣達の答える声も気迫が篭る。

 

 

 

 さて姉者、それに八幡も出来るだけ早く来てくれよ。

 

 

 

 

 

 

 




読んでくれてありがとうございます。


この辺りは一話にまとめるつもりでしたが、短く切って投稿する事にしました。その分投稿間隔も短くなるはず。

長文はしんどいです(今更)


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統率

 不安とは心が安らかでない状態である。人はすぐ不安になる生き物だ。

 

 金銭面、健康、人間関係、将来に対する不安。挙げ始めるとキリがない位、人は不安と隣り合わせである。

 

 俺なんか中学時代、教室で周囲からクスクス笑い声が聞こえただけで自分が笑われているんじゃないかって不安になったもんだ。気のせいではなく、実際に笑われていたが。

 

 あれは女に告白した翌日、その内容が全てクラスメイト達へ知れ渡ってたんだから驚きだ。折本のヤロー……あっ、野郎じゃなかったな。野郎だったら高二の時のクラスメイトが喜んじまう。

 

 あの時はこの世の終わりのように感じた。しかし、今俺が抱えている不安に比べればカスみたいなもんだ。

 

 慣れない馬に乗って行軍しながら、少し前に俺や華琳のいる本隊に伝令が到着し、報告した内容を思い出す。

 

 暴動の鎮圧の為に先遣隊として現場に向かった秋蘭達からの伝令が到着した。伝令の報告では秋蘭達は現在、自分達の五倍から六倍の敵を相手に篭城戦をしているとの事だ。完全に包囲される前に伝令は出せたが、事情があって彼女達自身は残ったそうだ。

 

 篭城と言っても秋蘭達が陣取っているのは、防御柵で囲っただけの中規模な村だ。そこの村人達を守る為に残ったらしい。ハッキリ言って、秋蘭達はかなり危険な状態にある。

 

 この報告を聞いてから俺は不安で仕方が無い。もし、俺達が間に合わなかったら。そんな疑念が何度も湧き上がる。秋蘭達を失う。そう思うだけで心が揺れる。心無しか周囲も重苦しい空気である。

 

 表には出さないが、俺ですら不安に思っている状況だ。他の人間はどうだろうか。

 

 華琳はもっと心中穏やかではないだろうと思い、横目で確認してみる。しかし、華琳の表情からは不安の欠片も見出せない。

 

 動揺を表に出すと兵達の士気に関わるから隠しているのか。それとも秋蘭達ならこの状況でも大丈夫だと信頼しているのか。後者であるなら、何故そこまで信じられるのかを知りたい。俺にはそれが出来なかったから。

 

 誰かを信じ、頼り、任せ、自分の思いを伝える。俺はそれら全てを放棄し、全てを失った。もし、先程抱いた疑問の答えを得られたなら、俺は変われるのだろうか。

 

 

「華琳様っ、やはり私と騎馬隊だけでも先行させて下さいっ!!!」

 

 

 突然聞こえてきた大声で深い思考から呼び戻される。声の主は春蘭だった。単純で気が短く、それでいて情の深い春蘭は、少しでも早く秋蘭達の元へ駆けつけたくて仕方が無いのだろう。(はや)る気持ちを抑えきれなくなったみたいだ。

 

 春蘭は歩兵達に合わせた今の行軍の遅さに痺れを切らして、先程の華琳への嘆願となったのだろう。

 

 春蘭の気持ちは分かる。しかし、華琳が頷く事はない。

 

 

「駄目よ。敵の数が多いわ。あなたと騎馬隊だけを先行させるのは危険よ」

 

「秋蘭達の方がもっと危険です!」

 

 

 普段であれば華琳の言葉に異を唱える事などない春蘭だが、妹の危機とあっては平静ではいられない様子だ。

 

 分かる、分かるぞ、春蘭。俺も小町が同じ状況なら、いつ何時(なんどき)、どんな相手でもあらゆる手を使って排除する。例え地球破壊爆弾を使ってでもだ。っと、つい興奮して我を忘れてしまっていた。

 

 春蘭の気持ちは分かるが、春蘭の言った騎馬隊の先行は手段として認められない。華琳も言っているが、敵の数が多いのにわざわざ少数でぶつかるなんてリスクしかない。急ぎたいのは俺も同じだが、負けてしまえば秋蘭達を助ける事も出来なくなる。少しでも勝つ確率を上げて事に望む必要がある。

 

 なかなか納得しない春蘭に、華琳の傍に控えていた荀彧が口を挟む。

 

 

「少数で先行してどうするつもり? 何か策があるとでも?」

 

「決まっているだろう。秋蘭達を包囲しているという敵を蹴散らすだけだ!」

 

 

「「……」」

 

 

 春蘭の単純明快な答えに皆もにっこり……な訳もなく、何とも言えない沈黙が周囲を包んだ。

 

 別働部隊を出すと言うのは必ずしも悪手ではない。情報収集や撹乱など有効な役割を果たす事も出来る。しかし、今回の春蘭はそんな器用な真似は出来ないし、しないだろう。それは今の言葉だけでも分かる。

 

 

「(馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど)ここまでとは。少数の部隊を策も無く突撃させても各個撃破されるだけでしょ」

 

 

 一瞬唖然としていた荀彧が責めるような口調で指摘する。ちなみに前半の【馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど】という部分は小声だったので春蘭には聞こえていなかった。ただでさえ気が立っている春蘭に聞こえていたら大変なことになっていた。

 

 荀彧さん、今だけで良いからその毒舌を封印しておいてください。仲間割れしている場合じゃないんで、ホント勘弁して下さい。

 

 と言うか、荀彧に余計な事を喋らせない方が良いな。

 

 

「あー……春蘭、お前の気持ちは分かるが戦いの基本は相手より兵を多く用意することだ。少数でただ突撃するだけではどうにもならんだろ」

 

「ぐっ……」

 

 

 春蘭は反論しようにも咄嗟に言える言葉が無い。言葉に窮して華琳の方を見るも俺の言葉に頷いている華琳を見て押し黙ってしまう。これがまさにぐうの音も出ないというヤツだな。ただ、何故か春蘭だけでなく荀彧まで不満そうな顔をしている。

 

 

「チッ。男なんかと同じ考えだなんて……でも、そいつの言う通りよ。相手より多く兵を用意するのは基本中の基本でしょ」

 

 

 おい、舌打ちしただろ。今、舌打ちしたよね。ったく、こいつは何時になったらデレるんだ。

 

 それにしても、これで春蘭が納得してくれれば良いんだがな。春蘭は強い、強いからこそ自分より数の多い敵でも蹴散らせると思っているんだろう。しかし、数の多さという物は、ただそれだけで厄介なものだ。俺は今まで少数派……どころか一人のことが多かったので骨身にしみている。戦いは数だよ兄貴!

 

 

 春蘭が黙った事で一応の決着と見た華琳が口を開く。

 

 

「先行部隊は出さないわ」

 

「くっ、私達が到着するまで秋蘭達が持ち堪えていられるよう祈るしかないのか……」

 

 

 悔しそうに呻く春蘭に華琳は首を横に振る。

 

 

「出来る事はあるわ。戦場に着くまで時間はあるのだから、その間に作戦を練れるでしょう?」

 

 

 華琳が春蘭だけでなく、周りの人間全員に聞こえるような声で続ける。直接話に加わっているのは俺を含めても数人だが、隠れて話している訳ではない。周囲にいる護衛の兵も聞いているだろう。

 

 

「敵は私達が来る事を知らない。村への援軍、もしくは自分達への討伐隊を警戒していても詳しく何時、どの様な軍が来るかまでは知らないはず。それに対して此方は、敵の規模や地形と戦況を伝令から聞いている。冷静にやれば此方が圧倒的優位よ。それに秋蘭や季衣が名も通っていない様な相手に時間稼ぎすら出来ないとでも?」

 

 

 春蘭は当然として、他の者達も秋蘭達の危機に多かれ少なかれ不安を感じている。それも考慮に入れての言葉なのだろう。

 

 この軍において秋蘭は要の一人であり、華琳の腹心である。その秋蘭が危機に陥り、もう一人の腹心で武力ではトップの春蘭が動揺していては士気が維持出来なくなる。そこでわざと周囲の兵にも聞こえるように言ったのだ。

 

 重苦しく感じた空気が晴れる。

 

 周りを見回しても一兵卒ですら不安そうな顔している者は一人もいない。

 

 大切な者の危機にも揺らがず、たったあれだけの言葉で部隊を完全に統率する。これが英雄と呼ばれるようになる人間なのか。

 

 それとも俺が気付かないだけで、華琳も不安を感じていたのだろうか。そして、それに呑まれず、人の上に立つ者としての役割を果たしたという事なのか。いくら考えても答えは出ず、俺は華琳を見詰め続けていた。

 

 

 

 

 




冬蘭「華琳さまー、八幡さんが熱い視線を送っていますよ」
桂花「はあ? 死にたいの? 誰の許可を得て華琳様のことを見ているのよ!」
華琳「盛るのは時と場所を考えなさい」

八幡「ぬ、濡れ衣だ」




読んでいただきありがとうございます。


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黄巾の乱 前哨戦1(作戦会議)

 秋蘭達の危機に一時は軍の士気が低下しそうになる。

 

 自分達が到着するまで秋蘭達が持ち堪えている事を祈るしかないのかと嘆く春蘭。そこで華琳は到着するまでの時間を逆に利用して、作戦を立てる事が出来ると言って鼓舞した。

 

 それに【秋蘭や季衣が名も通っていない様な相手に時間稼ぎすら出来ないとでも?】という言葉にはその場の誰もが納得した。

 

 分厚い雨雲がかかった様な雰囲気の行軍だったが、華琳は見事にその雨雲を晴らして見せた。そんな華琳が俺と桂花を見る。

 

 

「それで、軍師として何か考えはあるかしら?」

 

 

 何かと言われても俺の戦術に関する知識なんて、ゲームや歴史などで学んだ程度である。とはいえ今の春蘭よりはまともな策を出せるだろう。先程伝令が報告した内容を思い返す。

 

 

 敵の数は四千から五千程度。

 

 今回の敵は今までの暴徒より統制されている。ただし、正規兵ほどではない。

 

 秋蘭と季衣が率いる兵は五百。そこに村の義勇兵三百が合流している。

 

 本隊であるこちらは七千五百。数の上ではこちらが有利である。

 

 戦場の状況は、防御柵によって囲まれた村で秋蘭達が防衛戦を行っている。

 

 柵の内側は何の変哲も無い村なので、敵に入り込まれると守り辛い。

 

 村の周囲は見通しの良い平野。

 

 

 そもそも選択肢は少ない。秋蘭達も何時までも耐えられるわけではない。大掛かりな仕掛けをする時間は無いと考えた方が良いだろう。

 

 

「……そうだな。必要なのは出来るだけ早く村へ着く事と、村を包囲している敵を引き離す事か」

 

 

 状況を整理しようと、一度口に出す。特に誰かに聞かせる為に言った訳ではないが、俺の言葉に華琳と桂花は頷いていた。それに比べ春蘭の方は首を傾げている。

 

 

「訳が分からんぞ。騎馬隊で先行する以外に早く着く手段があるのか? それに何故敵を村から引き離すのだ? 村にいる秋蘭達と我々で挟み撃ちにしてしまえば良いではないか」

 

 

 俺としてはただの独り言だったのだが、こうもハッキリ聞き返されると答えない訳にもいかない。

 

 

「例えばだが、直ぐに使わない糧食や装備を少数の見張りを付けてここに置いていけば進軍速度は上がる。但し、今から戦う予定の相手以外に賊がこの辺りにいたら物資を奪われる危険性があるがな」

 

「賊の心配は少ないでしょ。何度か周囲に斥候を出したけれど、それらしい報告はなかったわ」

 

 

 意外な事に桂花は俺の物資の一部を置いて行くという案を否定しなかった。むしろ肯定的に見える。何も言っていないが華琳も特に不満は無さそうだ。

 

 春蘭は俺の言っている内容を本当に理解しているのか怪しいが、一応頷いている。

 

 

「そちらについては分かったが、村から敵を引き離すというのは、どういう意味があるんだ?」

 

「秋蘭達が守っている場所が、俺達の街の様な城壁に囲まれているのなら、そのまま攻めても問題無いんだがな。報告を聞く限り柵自体、即席で作った物らしいし。こちらが突撃をして圧力をかけた結果、柵が耐えられずに破られるかもしれん」

 

 

 即席の柵では数千人分の圧力に耐えられないかもしれない。現物を見た訳ではないが、楽観視する事は出来ない。

 

 まだ何か言いたそうな表情の春蘭へ、俺はさらに説明を続ける。

 

 

「万が一にも敵に村へ侵入されると厄介だ。それに乱戦になれば秋蘭達の危険も増えるし、今回は開けた場所での野戦の方が良いだろう」

 

「知らない村の中で乱戦なんて避けるべきね」

 

「それに将の能力だけでなく、兵の数と練度まで勝っているのだから、余計な要素が絡まない方が良いという事ね」

 

 

 桂花と華琳が確認するように言ったので、俺は頷いた。それにしても流石華琳である。説明していない部分まで察してくれるので話が早い。

 

ただ、約一名付いて来れているか不安な者がいる。チラっと春蘭の方を見てみると、案の定理解出来ていない様子だ。完全に固まっている。フリーズしたパソコンかよ。

 

 固まってしまった春蘭を見た桂花が、呆れた様子で首を横へ振っている。

 

 

「夏侯惇、貴方は余計な事を考えなくていいわよ。どうせ貴方の仕事は主攻なんだから。敵を村から引き離すのは……」

 

 

 何故か桂花が俺の方へと視線を移す。凄く嫌な予感がする。

 

 

「そこの男と曹純が適任でしょ」

 

 

 嫌な予感はすぐに的中した。よりにもよって囮かよ。そら、憎まれ役はお手の物だが最前線なんかに行きたくないぞ。

 

 桂花はそんな俺の不満そうな顔に気付いたのか。春蘭ではなく俺の方を向いて説明を続ける。

 

 

「仕方が無いでしょ。私だってアンタなんか使いたくないけど、これが適材適所よ」

 

 

 こうもハッキリ言われてしまうと、俺も否定しづらい。俺だって最初から分かっているんだ。春蘭と夏蘭は小細工をさせるより、ここぞというタイミングで突撃してもらった方が力を発揮するってのはな。

 

 今回は張角三姉妹のいる黄巾党の本隊との戦闘が控えているのだ。コチラの被害を最小限にするのは当然として、中途半端に叩いて残党狩りに時間がかかってしまうなどという事態も避けたい。出来れば一気に片を付けたいのだ。

 

 大きな策を仕込む時間が無く、それでも早く敵を殲滅したい。そこで春蘭と夏蘭の突撃である。うちの軍で最大の攻撃力を誇る二人の突撃を最善のタイミングと状況で敵にぶつける事が出来れば、勝負を一気に決められる。

 

 それと華琳には春蘭が突撃するまで近くにいてもらう必要がある。何故なら秋蘭がいないので春蘭の手綱を握れる人間が華琳しかいないのだ。春蘭が入れ込みすぎて突撃のタイミングが早くなり、十分に村から離れる前に本格的な戦闘になってしまっては困る。

 

 そして、そうなると必然的に囮役は冬蘭と俺へ回ってくる。

 

 桂花が残っているって? 俺と桂花では戦力的に不安過ぎるうえ、二人しかいない軍師が揃って最前線で囮役をやるなどありえない。それと、これまで俺が見た限り、冬蘭と桂花はどうも相性が悪い。一見するとノリの軽い冬蘭を桂花は好きになれない様だ。冬蘭の本質は【軽く】など無く、普段の態度の半分くらいは演技だと俺は思うのだが……まあ、今言っても桂花がすぐに納得することはないだろう。

 

 結局、囮役を冬蘭と俺でやるのが一番妥当だろう。俺が敵を誘き寄せる策を立てて大まかな流れを指示し、実際の兵の統率を冬蘭がこなす。不本意ではあるが、まさに桂花が言った通りの適材適所だ。それにしても、なんでこうヤバイ役どころばっかり俺が適材なのか。

 

 

「はあー、気は乗らないが仕方ねえか。それじゃあ、後は本隊のぶつけ方だな」

 

「何を言っているんだ。お前が誘き出した敵を私と夏蘭で粉砕する。それだけの話だっただろ」

 

「大雑把に言えばな。だが、態々馬鹿正直にぶつかってやる必要はない」

 

 

 そう、大掛かりな策を仕掛ける時間は無いが、馬鹿正直にいくこともない。俺は天邪鬼なんだよ。

 

 俺が口を歪め笑みを浮かべて言うと華琳が続きを促す。

 

 

「何か考えがあるようね」

 

「大したものじゃない。本隊の一部を伏せておけば良いんだよ」

 

(ひら)けた平野でどうやって伏兵を隠すと言うんだっ!」

 

 

 華琳へ答えた俺に春蘭が噛み付くような勢いでツッコミを入れてきた。

 

 

「伏せると言っても伏兵じゃない。実際にうつ伏せになっておくんだよ。縦に長い陣形を敷いて、前列を騎馬隊で固める。それで後方の兵が地面に張り付いていれば、丘や高台の無い開けた平野では近付くまで敵からは見えない。敵がこちらを侮って向かって来たところで……うつ伏せになっていた兵達を立たせて陣形を横に広げれば」

 

「敵からすれば突然、大軍が現れた様に見える……のか? そんな子供騙しでは相手を一瞬動揺させるくらいではないのか」

 

 

 俺の説明を聞いて春蘭が首を傾げる。そこで俺は挑発するように鼻で笑う。

 

 

「その少しの動揺で十分だろ。お前達ならな」

 

「っ! 当然だ!!!」

 

 

 春蘭は一瞬ムッとしたが、直ぐに気合の入った返事が返って来た。春蘭の扱い方が最近分かってきた気がする。というか分かり易過ぎだ。

 

 

「フンっ、面白いじゃない」

 

 

 俺と春蘭のやり取りの横で、何故か桂花まで気合の入った表情で俺を睨んでいた。いやホント、何でだよ。俺は何も面白くないんだが。

 

 

「その作戦だと伏せていた兵を立てさせ突撃させる機を見極めるのが重要じゃない。少しでも早ければ此方の攻撃より先に相手が動揺から立ち直ってしまい、遅ければこちらの陣形が整う前に相手の攻撃を受け止める羽目になってしまう。並の軍師には難しい事だけど、華琳様の軍師ならこれくらいの見極め出来て当然と言いたいわけね。その挑発、乗ってあげるわ」

 

「お、おう」

 

 

 ええ……挑発? した覚えなんてないんだが。まあ、やる気になっているのなら良いのか? これ以上何か言って藪蛇になったら困るしな。やる気が()る気に変わって俺へ向けられたら大変だ。こいつの場合、冗談抜きでそれがありえるからな。

 

 俺に言いたい事を言った桂花は華琳へ「任せて下さい完璧に差配して見せますから」と意気込んでいる。

 

 触らぬ神に祟りなし。桂花の意識が華琳へと移ったのを良い事に、俺は闘志に火が付いた桂花を刺激しないよう、気配を消してゆっくりと距離をとっていく。自然にその場からフェードアウトするボッチの特殊スキルである。久しぶりに使ったが良い出来で、上手く逃げられたと確信を持った。しかし、この世界はそう甘くはなかった。

 

 小さく笑う声が聞こえる。

 

 

「本隊組は気合十分のようね。……それに囮役の方も桂花の言う通り適材ね」

 

 

 視線を感じて華琳の方を見ると、ばっちり目が合う。彼女は笑みを浮かべていた。

 

 

「焚きつけるだけ焚きつけておいて、逃げる手管も完璧と言ったところかしら?」

 

 

 元の世界でも高い効果を発揮したフェードアウト術が、全く効かなかった。所詮一般人相手にしか使っていなかったスキルである。同じ様に効くと考えるなど甘い考えであった。

 

 華琳のせいで見事に桂花と春蘭の意識がこちらへ向く。おかげで目的の村の近くに付くまで、延々と二人の相手をする羽目になった。こいつら一人ずつならまだ扱い易いのだが、二人揃うと凄まじく面倒くさい。あっちを立てればこっちが立たず、どちらか一方を宥めても、もう片方が混ぜっ返す。そのうえ性格が真逆なので、二人同時にあしらうのも難しい。本当に面倒臭い奴等だ。

 

 俺は秘かにステルス技術の向上を心に誓う。

 




本当は短くするつもりだった秋蘭達の救出と凪達との合流。
今後の展開的に早く軍師としての経験を積むエピソードを入れる必要があったので、長くなっています。もっと駆け足で行きたいのですが、なかなか思い通りにはいきませんね。


今回、ボッチステルスが華琳によって破られました。八幡は自分が甘かったと思っています。しかし、華琳は一度八幡の気配隠蔽にしてやられているので、対応出来ただけです。注意して使えば、初見という条件込みで武将クラス相手でもそこそこ効くだろうと思います。

読んでいただきありがとうございます。


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黄巾の乱 前哨戦2(口上)

 秋蘭達の立て篭もる村が近付くと、俺と冬蘭は囮役を務める為、冬蘭の直属部隊と共に本隊から離れた。機動力が必要なので、俺も含めて全員騎乗している。

 

 慣れない乗馬に苦労しつつ、ふと空を見上げると薄い雲が空に広がっていた。雨を降らすような雲ではなく、これから始める戦いに影響を及ぼす事もないだろう。

 

目線を前方へと移すと、敵部隊の展開している様子が窺える。囮であるこちらに比べてかなり多い。そのうえ敵は村を包囲しているという話なので、ここから見える部隊以外にもいるはずだ。

 

 

「多いな」

 

 

 つい本音が漏れてしまう。その声が聞こえたのか、冬蘭が俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「怖気づいたんですか?」

「そう見えるか?」

 

 

 質問を質問で返すなと、漫画で言っていたキャラがいたけれど、話を誤魔化したい時についつい使ってしまう。幸い冬蘭は気にしていない様子で、俺の質問について考える素振りを見せている。

 

 

「ん〜八幡さんの表情って読みづらいんですよねえ。いやらしい事や下らない事を考えている時以外は」

「うぐっ」

 

 

 う、嘘だろ。冗談だよな。それが本当なら大変なんだが。そういう事を考えてる時、バレバレだったの? いや、俺は普段からバレて困るような事なんて考えてないから問題無いんだが……うんダイジョウブナハズ。

 

 冬蘭は慌てる俺を気にもせず、俺を安心させるように微笑む。

 

 

「大丈夫ですよ。そういう時も、普段よりちょっと目の腐り具合が酷くなっているだけですから」

 

 

 全然大丈夫じゃない。戦う前から味方の精神攻撃が俺を激しく襲う。ねえ楽しい? 俺の精神を(えぐ)って楽しいの? コイツの場合、普通に楽しいって言いそうだから、八幡怖くて聞けない。だから話題を変えます。異論は認めん。

 

 

「……それで敵は今、何をしているんだ? 村を攻めているようには見えないぞ」

 

 

 言い訳とか誤魔化すとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。最初から俺達は作戦について話していただけだ。それ以外の話など一切していない、いいね?

 

 

「一時休憩といったところでしょう。村を囲んだ柵周辺に激しい戦闘の跡が遠目にも確認出来ますし、敵陣から炊事の煙が出ています」

「そうか。それなら次の戦闘が始まるまでに仕掛けたいな」

 

 

 不自然どころではない話題の転換だったが、冬蘭は雑談している時間が無いのでスルーしてくれたみたいだ。さらにタイミング良く斥候へ出していた兵が帰って来た。兵は早速敵の情報を報告する。

 

 

「相手は今こちらの前方に展開している部隊でほぼ全てのようです」

「はあ? 村を包囲しているんじゃないのか」

 

 

 敵に包囲されて大ピンチだって聞いたから、慌てて救援に来たんだが違うのか。首を傾げる俺に兵はより詳しい説明を続ける。

 

 

「敵はあちらにいる部隊を除くと、他は必要最低限の見張りを配置しているだけです。騎馬が七百位はいたので、主力のいる逆方向から逃げたとしても追い付けると考えているのかもしれません」

 

 

 秋蘭達は全員で五百。敵は騎兵だけでも秋蘭達を上回っているのか。義勇兵は三百という話だが、騎馬なんて贅沢なもんを多くは持っていないだろう。秋蘭達が義勇兵と村人を伴って逃げた場合、直ぐに追い付かれて背後を突かれる。仮に村人達を見捨てても追い縋る敵騎兵に背後から攻められ続けるし、反転して戦おうとすれば敵歩兵まで追い付いてくるだろう。

 

 

「村から逃げ出しても追い付ける自信があるから、下手に兵を分散させていないのか」

「やはり無秩序に暴れるだけの暴徒ではないようですね。これは少し面倒な事になるかもしれません」

 

 

 俺が自分の推測を口に出すと、冬蘭はそれに頷き、表情を曇らせた。だが俺は冬蘭の危惧を否定する。俺からしたら面倒どころか好都合だ。

 

 俺は斥候の報告を聞くまで、敵は村を包囲する為に兵を分散させていると考えていた。その為、分散した敵を集めて此方の本陣まで誘き寄せる方法を色々考えていたが、その第一段階である【集める】という手間が省けるなら幸いだ。

 

 

「いや、今回に関しては兵が分散していなくて好都合だ」

「そうですか? 相手が多少頭の回るようなら、私達が囮となっても簡単には追って来ないかもしれませんよ。それに私達囮部隊は相手より明らかに少ないですから、挑発だけして直ぐに逃げたりしたら罠だって見破られる可能性も……」

 

 

 冬蘭の心配は至極もっともなものだ。しかし、俺は相手が追ってこないという可能性をほとんど考えていない。彼等が確実に、それでいて死に物狂いで追いかけて来るアイデアが俺にはある。

 

 

「何か策があるんですか?」

 

 

 俺が囮役を失敗する事を全く心配していないのを見て、冬蘭は察したようだ。

 自慢出来る事ではないが、挑発して相手を怒らせたりするのは得意中の得意だ。

 

 

「まあな。こういうのは昔から得意なんだよ」

 

 

 しかし、それでかつては痛い目を見た。高校時代、憎まれ役をやった結果恨みを買い、大切な者達に迷惑をかけないよう距離を取る羽目になった。だから余り気は進まない。だが、止めるという選択肢は無い。

 

 村を見る。俺達が住んでいる街と比べると、本当に小さな村である。今にも攻め落とされそうな、あの村の中に秋蘭達がいると思えば躊躇っている暇は無い。とにかく敵には村から離れてもらう必要がある。それに高校の文化祭の時、相模に対して行った挑発と今回では事情が違う。今回の相手はここで倒してしまうべき敵である。恨みを買ったからといって、大した問題はないはずだ。

 

 自分にそう言い聞かせて馬を敵陣の方向へ進ませる。少しずつ敵部隊へ近付くと相手もこちらに気付いたようだ。敵陣が少し慌しくなっているのが見える。

 

 

「これ以上は危険です。既に弓の射程ですよ」

「こんな距離でも狙えるのか?」

「狙って当ててくるとは思いませんが、凄腕の射手ならあるいは。ただ届いてもこの距離なら払い落とせるので、安心して下さい」

 

 

 敵との距離が百五十メートル位の所で冬蘭が俺を止め、片手剣を構える。

 

 えっ、払い落とせるの? 弓矢を? そんなのアニメや漫画でしか見た事なんだが、やはり冬蘭も名のある武将という事か。もし払い落とされる弓矢が、俺に向かって飛んで来ている物じゃなかったら見てみたい気もする。しかし、現実はそう甘くないし、むしろ今から狙われるような事をするのだから望むべくも無い。

 

 そうこうしているうちに敵陣から一人騎兵が現れた。うちの武将連中ほどではないが、そこそこまともな装備をしている。こいつが頭だろう。これは本当にもう暴徒とは言えないな。

 

 敵のリーダーはこちらが少数なのを確認すると大声で嘲った。

 

 

「おいおい、どこの軍かは知らんが、そんな数で勝てると思っているのか。身ぐるみ全部置いて行くなら命だけは助けてやっても良いぞ」

 

 

 リーダーの言葉を聞いて他の敵兵達が一斉に笑う。完全に(あなど)られている。こちらの兵数は半分以下なので、当然といえば当然である。まあ、笑っていられるのも今だけだがな。

 

 

「逆だ、逆っ! お前等こそ武器を捨てろ。俺達はお前達に対して降伏勧告をしに来ているんだよ」

「くはっ、本気か? おい聞いたか、お前等。あの人数で俺達に降伏勧告だとよっ!!!」

 

 

 俺の言葉に敵リーダーは、笑いを堪え切れないといった様子で後ろに控える仲間達へ振り返る。敵陣でドッと笑い声が上がる。

 

 俺はその笑い声が治まるタイミングを見計らい、彼等を惑わす毒を放つ。

 

 

「お前等は降伏するしかないんだから、人数なんて必要ねえんだよ。いいか、他の場所で暴れているお前等の仲間は既に鎮圧されている。もちろん首謀者達も押さえてある。お前等はこの村を落とせても、もう進むべき先が無い状態だ。ここで降伏しなければ、あての無い逃亡生活の末、人数もすり減って最期は戦死か処刑というのが関の山さ」

「なにぃ? 俺達の本隊は二十万にも届こうかという大軍だぞ。負けるわけが……」

「今ここに来ている俺達は少数でも、こっちの本隊まで少ないわけないだろ。別に何の不思議も無い」

 

 

 敵リーダーは俺の言葉を否定しているが、完全に嘘とも言い切れない様子だ。この世界には電話やネットなんて便利な物は存在しない。今現在、本当に自分達の本隊が無事なのか確かめる術が無いのだから戸惑うのも仕方が無い。しかも、俺達の余りの少なさと、それに反比例した態度のデカさが信憑性を生む。

 

 中途半端に考える頭があるものだから迷ってしまう。俺の言う事が真実でなければ、こんな態度は取れないのではないか。いや、数的不利を誤魔化す為にハッタリをかましているのではないか。しかし、この人数差で完全に事実無根なハッタリを言えるのか。可能性を考え出すとキリが無い。迷いは増える一方である。

 

 俺の嘘という名の毒で敵リーダーは迷い、一時的に正常な思考能力は失われている。俺は次に火種と油を放り込む。

 

 

「さっさと降伏しろ。俺は忙しいんだよ。これから首謀者である三姉妹の処分に立ち会う予定だからな」

「まさか……あの方達をどうするつもりだっ!」

 

 

 俺は怒声を上げる敵リーダーを見て確信する。これは完全にハマッたな。さり気なく首謀者が三姉妹だという恐らく官軍などには知られていない情報を入れ、嘘に信憑性を持たせる。本当は三姉妹を捕らえるどころか、まだ姿すら見ていないのだが、冷静さを失った相手にこのハッタリは有効だった。俺は一気に勝負へ出る。

 

 

「乱を起こした首謀者だぞ。処刑に決まっているだろ。それにしても処刑するには、おしいよな。長女の張角は胸もデカいし、妹達も可愛いしな。これは処刑する前に……いや、何でもないぞ」

 

 

 何でもないと言いつつ、俺は何でもなくない顔する。出来るだけ嫌らしく笑みを浮かべる。遠いから実際に表情まで見えるとは思えないが、雰囲気くらいは伝わるだろう。

 

 敵リーダーは言葉を失ったかの様に、しばらくの間沈黙していた。騒がしかった敵陣も静かになっていた。これは煽り足りなかったか? もう一言二言追加してやろうかと、新たな挑発の言葉をかんがえていると敵リーダーが怒声を上げてこちらへ馬を走らせ始めた。それに続くように敵陣からもワラワラと兵が現れ、こちらへ向かってくる。

 

 

「きさまァァアアアアアアッ!!! ぶち殺してやらあああ!!!」

「「ウォォオオオオオオオオオオオ」」

 

 

 怒号と共に敵が迫ってくる。俺は慌てて馬を操り、華琳達の待ち伏せする方向へと急ぐ。

 捕らえた捕虜の話と首謀者が若い女旅芸人という事実から、俺は三姉妹が【アイドル】的な扱いを受けていると予想した。アイドルの狂信者を挑発するには何が有効か? 古今東西、アイドルのご法度は性的なスキャンダルだ。偶像を汚された狂信者達は、我を忘れて襲い掛かってくるはず。そこでこの俺の策である。

 

 鬼気迫る勢いで追って来る敵を尻目に、俺は馬を急かして逃げの一手である。しかし、悲しいかな付け焼刃の乗馬技術では、もたついてしまう。そこをスッと横に並んだ冬蘭が手助けしてくれる。俺の馬の手綱を横から持って巧みに操る。

 

 

「た、助かる。ありが……」

 

 

 礼を言おうと冬蘭の方を見ると、彼女は俺をジトーっとした冷たい目で見ている。

 

 

「最低ですね……」

「うっ」

 

 

 冬蘭の冷え切った声に俺は怯んでしまう。

 

 やってしまったのか。俺はまた昔みたいにヘマをしたのか。確かに漫画やアニメのヒーローがやるような手ではないが、この位の挑発でも駄目なのか。卑怯だと、汚いとまた否定されるのか。また居場所を失ってしまうのか。トラウマを刺激され、体の芯まで一気に冷たくなるような思いをしている俺の横で、冬蘭はまだブツブツ何かを言っている。

 

 

「胸がデカいと処刑するのもおしいんですか。大きい事がそんなに偉いんですか……」

「そっちかよ」

 

 

 体中に溜まった冷たい物と一緒に力まで抜けているような感覚。

 

 

「女の価値を胸の大きさでどうこう言うのは良くないです」

「いや、あれは挑発の為にだな……ご、ごめんなさい」

 

 

 冬蘭の冷たい視線を受け、俺は謝るしかなかった。情けなく思うかもしれないが、謝罪と感謝をちゃんとしないと大変な事になる。具体的に言うと小町を怒らせて謝罪しなかった時、次の日から三日くらい口を利いてくれなかった。ちなみにその間、俺が声を発したのは授業で教師に当てられた時だけだった。謝罪大事、例え自分に非が無くても……泣いてない。俺は泣いていないぞ。これは心の汗だ。

 

 自分達の倍以上いる敵が、怒り狂って追いかけて来る中、俺は全く関係の無い苦い記憶を思い出していた。気落ちしていても馬は走ってくれるし、速度が落ちたり方向が逸れそうになると冬蘭が手綱を取ってくれるから追い付かれたりはしない。感謝しないとな──────────そもそも気落ちしている原因はお前だけどな。

 

 

 

 

 

 




冬蘭「女の価値を胸の大きさでどうこう言うのは良くないです」
八幡「いや、あれは挑発の為にだな……」
冬蘭「華琳様に報告します」
八幡「止めロッテマリーンズ」
冬蘭「ふざけているんですか」ボコーッ
八幡「いや、千葉県民にとってマリーンズは特別な……」


読んでいただきありがとうございました。お待たせしてすみません。


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黄巾の乱 前哨戦3

「追えーッ! あの男を捕らえて八つ裂きにしろーッッッ!!」

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」

 

 

 地鳴りの様な怒号と共に敵が追って来る。作戦的にはここまで大成功だが、怒り狂った五千人の軍勢に追われるのはかなり肝が冷える。しかも俺の下手くそな手綱捌きではなかなか距離が開かない。見かねた冬蘭が手助けしてくれているお陰で何とかなっている状態だ。

 

「こ、これは、ハァハァ……キツいな」

「相変わらず馬の扱いは下手ですね」

「お前らと一緒にするな。最近乗り始めたところなんだぞ」

「その言い訳があちらの人達に通用すれば良いですね」

 

 

 冬蘭が追って来る敵を指して言った。まったくもってその通りで反論のしようも無い。馬に乗るのが苦手です、などと言えば敵はむしろ喜ぶだろう。それにしても騎乗に関しては最優先で鍛えないと拙いな。これが終わったらもっと練習しようと心に誓う。

 

 俺は必死で馬に掴まっているだけだったが周囲の兵達は違った。馬に乗った状態なのに器用に体を捻って後方へ向けて弓矢を放っている。

 

 

「すげーな」

「私の直属ですから当然です」

 

 

 感心する俺へ冬蘭は少し誇らしげに答える。しかし、冬蘭の言葉には続きがあった。

 

 

「ただ、この数の弓矢では気休め程度でしょう」

「流石にちょっと位は効果が……うわぁ」

 

 

 悲観的な冬蘭の予想を聞いた俺が半信半疑で後ろを振り返って見ると、そこには矢で射られながらも鬼気迫る形相で追って来る敵軍勢があった。

 

 俺が見ている間も、矢をその身に受けている敵が何人もいた。

 

 ある者は肩に矢が刺さったまま、気にする素振りもなく追って来る。

 

 ある者は顔に矢が刺さり落馬した。あれは即死だろう。

 

 ある者は乗っている馬に矢が当たり、馬が転倒して周囲の仲間を巻き込んでいる。

 

 

 俺の目から見て、敵軍へ少なくないダメージを与えているように思う。しかし、その勢いは止まるどころか衰える気配すらない。止まってしまったら、それはそれで困るのだが牽制位にはなって欲しいところだ。正直、敵の勢いが予想以上でビビッている。あの挑発は効くだろうとは思っていたが、まさかここまでとは想像していなかった。

 

 

「もう少しですから頑張ってください」

 

 

 俺が戦々恐々としていると冬蘭が前を見るよう促す。そこにはこちらの本隊の姿があった。どんなキツイ事でも終わりが見えてくれば頑張れるものである。少しずつ本隊が近づき、春蘭と荀彧の姿が確認出来るまでになる。彼女達に向けて俺は声を張り上げる。

 

 

「すまんっ! ちょっとやり過ぎた。敵が怒り狂って思った以上に勢いがついちまった!!!」

 

 

 俺の声は聞こえていると思うのだが、春蘭達からの反応は無い。その間にも本隊と俺達の距離はどんどん近づいて─────────────。

 

 ついに本隊の横をすり抜ける形となる。

 

 

「どれだけ勢いが付こうとも雑兵は雑兵でしかない」

 

 

 ちょうど春蘭とすれ違うところで彼女の声が聞こえた。それから間もなくして次は銅鑼(どら)の音が鳴り響く。俺がそれに釣られて振り返ると、まさに敵と春蘭が率いる主力部隊が敵と衝突する瞬間だった。敵軍は冷静さを失い全力で俺を追いかけて来た為に、騎兵と歩兵が離れてしまっていた。

 

 当初の作戦通り、敵との衝突の直前に敵の戸惑いを誘おうと、こちらの主力は兵達を横に広げていた。敵から見て壁の様な陣を敷いて見える筈だ。そして、こちらの主力へ敵騎兵が激突する。

 

 

「どうなったっ!?」

 

 

 俺からは味方主力の背しか見えない。俺は手綱を引いて馬の速度を少し落として目を凝らす。冬蘭も俺に合わせて速度を落として横へ並んで来る。

 

 

「こちらの兵達が前進している様なので、恐らく優勢で進んでいると思います」

 

 

 冬蘭にも確信は無いのか断定はしなかった。しばらく様子を見ていると味方主力右端の方の列を割って敵騎兵がこちらへ向かって来る。一、二……今突破して来たのは八騎か。

 

 

「マジかよ……」

「陣を横に広げた為に隊列が薄くなり、そのうえ敵の勢いが強かったせいで抜けられたのかもしれません」

 

 

 策が裏目に出てしまったようだ。

 

 

「作戦は失敗かっ!」

「いえ、突破した敵の数は少ないので大きな問題無いと思います。戦列全体で見れば大きな乱れもありませんし」

 

 

 冬蘭の言う通り突破された所以外、こちらの主力部隊はびくともしていない。しかし、問題は突破した敵騎兵がどういう行動に出るか、である。少数とはいえ背後を取ったのだ。撹乱などを仕掛ける可能性も考えられる。

 

 たった八騎なので主力部隊が自らすぐに対応するだろうか、それともこちらで対応した方が良いだろうか。そんな思案をしていると、その敵騎兵の一人がこちらを指差した。

 

 

「見つけたぞっ! おい、あの男はあっちだ!!!」

 

 

 敵騎兵達はこちらの主力部隊を放置して、俺達……というか俺へ一直線に向かって来る。

 

 

「げっ」

「人気者はつらいですね」

「はあー、人気者なんて言われたのは生まれて初めてかもな。全く嬉しくないが」

 

 

 俺は冬蘭の皮肉に溜息を吐きながら答えた。

 

 

「数も少ないですし、迎え撃ちましょう」

 

 

 冬蘭が馬を止めるとその部下達もそれに従った。俺もたどたどしい手綱捌きで冬蘭の隣へと並ぶ。冬蘭の部下達は先ほども使っていた弓を敵へと放つ。先程とは違い、立ち止まった状態なので命中率も上がっているようだ。見る間に敵騎兵達は全身至る所へ矢を受け、ハリネズミのようになる。だが止まらない。どんどん距離が詰まって来る。人馬ともに血に塗れながら、それでも突進は止まらない。

 

 

「嘘だろ。あれでまだ止まらないのか……信じられねえ」

 

 

 鬼気迫る形相で俺へと向かってくる敵騎兵達に気圧される。俺は震えそうになる体を抑える。どうすれば良い。軍師扱いされていても、こんな時に指示の一つも出せないのでは意味がねえぞ。どうする、どうすれば、何か手はないのか。焦る頭では良い考えなど浮かばない。

 

 そんな時、冬蘭の部下の一人が進み出た。

 

 

「ここは(わし)が」

 

 

 左目を眼帯で覆った厳ついおっさんだ。見た目的にはこの人の方が春蘭より余程夏侯惇っぽい。そんなおっさんが単騎で敵へと馬を進めだした。

 

 

「え、おい早まるな」

「あー大丈夫ですから見ていてください」

「何言ってんだ。一人では」

「大丈夫ですって」

 

 

 慌てる俺とは逆に冬蘭は落ち着いたものだ。

 

 見る見るうちにおっさんと敵騎兵の距離は縮まり、ゼロとなって激突した。おっさんが刀と呼ぶには分厚すぎる剣を振るうと敵騎兵の先頭を走っていた男の腕があるぬ方向へ。返す刀で二人目も一刀のもとに頭を叩き割られた。先頭を走っていた腕を潰された男は傷口を押さえながら落馬していた。もう戦えないだろう。

 

 残る敵騎兵六人のうち四人は斬られた仲間へ目も向けず、一心不乱に俺へと向かって来た。残りの二人はおっさんに斬りかかったが、その剣ごと頭を叩き潰された。もう刀と言うより鈍器である。

 

 おっさんは俺へ向かって来ている四人を追い、背後から襲い掛かる。おっさんは簡単に敵騎兵に追いつく。敵騎兵はしこたま矢を撃ち込まれている。そして弓矢を受けたのは兵だけではない。乗っている馬もまた相当数の矢傷を負っている。その影響が出ているのだろう。

 

 間近まで来ていたので敵騎兵の武具や体が砕ける音がこちらまで聞こえる。俺に固執しておっさんへ背を向けたのが災いした。生々しい音と共に四人は瞬く間に片付けられた。

 

 さっきまで狂気を感じる勢いで俺を追って来ていた敵が、まるで相手にならない。夢でも見ているような気分だ。

 




謎のおっさん現る。ここで明かされる衝撃の事実。
このおっさんはモブです。

次回こそはもう少し早い投稿を……。

読んでいただきありがとうございます。


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黄巾の乱 前哨戦4

 鬼気迫る勢いで俺を追い掛けて来た敵騎兵。春蘭率いる主力部隊を突破し、さらに数え切れないほどの矢をその身に受けても止まらなかった化け物じみた彼らが、たった一人のおっさんによって秒殺されてしまうという信じられない光景を見て俺は少しの間唖然としていた。

 

 

「滅茶苦茶つえー……」

「ほら大丈夫だったでしょ」

 

 

 冬蘭は事も無げに言うが、俺からすると驚きしかない。あのおっさんは絶対名のある武将に違いない。冬蘭の部下にこれほど凄い人材が隠れているとは予想外だった。しかし、よくよく考えると有名武将の中には名家の出ではない、下から成り上がった者もいるだろう。俺は三国志の武将の生い立ちまでは知らないし、そういう事もあると思う。

 

 

「それにしても凄いのが部下にいるんだな。近いうちに優秀な将になるんじゃないか」

「彼の場合、うちでは普通くらいの強さですよ」

「はあっ? いやいやいやありえねーよ。普通って、あんなのが普通なわけあるか!?」

 

 

 冬蘭が嘘を吐いているとまでは言わないが、話をちょっと盛り過ぎだ。あのおっさんが普通なら冬蘭の部下達はどんな人外集団なんだよ。ありえない、ありえないと俺がハッキリ否定すると冬蘭が少しムッとして周囲の部下を呼び寄せた。

 

 

「皆さん、あの位のことなら出来ますよね?」

「うちの部隊では出来ない者の方が少ないでしょう」

 

 

 冬蘭の呼びかけに応じて集まった数人の部下のうち一人が当然の事のように言った。集まってきた彼らは賊と比べて体格が良く、戦いの素人である俺から見ても強そうである。さっきのおっさんと比べても遜色の無い実力がありそうだ。と言う事はマジで冬蘭の部下はあんなのばっかりなのか。

 

 恐ろしいな。

 

 元々冬蘭の物腰が柔らかいのは半分くらい演技だと俺も思っていた。しかし、冬蘭の部隊がまさかバリバリの武闘派だったとは意外だ。俺が恐々と冬蘭を見ていると、

 

 

「私の部隊は精鋭ですけど、先程の敵をあっさりと倒した理由はそれだけではありませんよ」

「えっ?」

「よく考えてみてください。冷静さを失い全力で私達を追いかけ、こちらの本隊に激突し何とか突破したところをありったけの矢で射掛けられたんですよ。いくら狂気に近いまでの闘志を持っていたとしても動きは鈍くなっています。冷静に当たれば問題ありませんよ」

 

 

 冬蘭の説明の八割、九割は納得できるが「冷静に当たれば問題ない」という部分に関しては怪しいものだ。それって【ただし冬蘭隊に限る】とか注意書きがあるんじゃねえの? まず、あんな狂人じみた相手に冷静でいられるか。さらに一人で複数人を相手にするとなればハードルは上がるだろ。

 疑わしげな俺の表情を読み取ったのか冬蘭の語気が少し強くなる。

 

 

「それにですね。私の部下は元々腕利きを集め、特別な訓練を経て、幾つもの実戦も潜り抜けているんです。素人に毛が生えたような賊相手に遅れをとったりしませんよ」

 

 

 完全に初耳である。腕利きを集めて特別な訓練って、それ何て言う特殊部隊。冬蘭達は俺の補佐ということになっている。つまり実は知らない間に俺の周辺が特殊部隊で固められてたのかよ。これからは気軽に声なんてかけられねーな。元々彼らへ気軽に声を掛けた事など皆無だが。厳ついおっさん達と気軽に喋ることが出来るようなコミュ力なんて、ボッチの俺にあるわけが無い。

 冬蘭と話していると本隊の方から歓声のようなものが聞こえてきた。

 

 

「「おおおおおぉぉぉぉぉぉ」」

 

「こちらの勝ち鬨ですね。どうやら終わったみたいです」

 

 

 冬蘭の言葉を聞いて、俺は体が軽くなった。それだけ緊張していたのだろう。戦場は初めてではないが、やはり実際に相手から直接狙われるのはキツかった。ほっと一息つくと、そのまま座り込みたくなるが、その欲求を抑える。

 

 

「ふぅ……華琳達に合流するか」

「ええ」

 

 

 一応今回の戦いは終わったみたいだが次もあるし、何より秋蘭達の無事を早く確認したい。馬を本隊の方へ向けた。冬蘭達も後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達が本隊と合流してすぐ、秋蘭達もやって来た。こちらから向かおうとしていたのだが、秋蘭達は秋蘭達で俺に誘き出された敵の背後を突こうと村から打って出ていたので、そのまま合流する形になったのだ。そして秋蘭達には意外な同行者がいた。それは以前勧誘した楽進、李典、于禁の三人だった。

 どういう事情なのか聞きたいところだが、先に華琳が仲間を労う。

 

 

「皆無事のようね。秋蘭、季衣、私達が着くまで良く持ち堪えたわ。他も者も賊の殲滅、おおむね見事だったわ。それで、そちらの三人は?」

 

 

 緊張気味な三人に代わって秋蘭がまず話し始めた。

 

 

「華琳様、こちらの三人はあの村の者です。三人は義勇兵として村人を良く指揮し、おかげで被害が抑えられました」

「そう……確か以前私の街で会ったわね。楽進、李典、于禁という名前だったわね。あなた達の働きで私の大切な部下が助かったわ。ありがとう」

 

 

 華琳も三人を覚えていた。俺が覚えていたのだから当然と言えば当然か。それにしても楽進達の村だったとは凄い偶然だ。

 華琳の感謝の言葉に、楽進が恐縮しながら一歩前に出て頭を下げる。

 

 

「礼を言わねばならないのは我らの方です。村を助けていただきありがとうございます」

「民を守るのも私達、官の務めのうちよ」

「あ、あの、それでお礼というわけではありませんが先日のお誘い……受けようかと」

 

 

 楽進の申し出は有難いものだったが、華琳はすぐ受け入れたりしなかった。

 

 

「理由を聞いても良いかしら?」

「はい、今回村を襲った連中には他にも首謀者や多くの仲間が別の場所におり、これから曹操様達はその討伐に向かうと聞きました。そこで曹操様達に我らも同行し協力して討伐を成功させれば、今回のように村が賊の大軍に襲われる心配も無くなると思いまして」

 

 

 今回の賊は殲滅したといっても、大本が残っていたのでは何時また襲われるか分かったものではない。それと先程俺達が賊を瞬く間に殲滅した実力を見て勝機を感じたのだろう。

 

 

「分かったわ。実力の方は秋蘭が褒める程なら問題ないでしょうし、頼りにしているわよ」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします。我が真名は(なぎ)、この真名と命を曹操様達にお預けいたします」

 

 

 楽進が頭を下げると李典、于禁の二人もそれに続く。

 

 

「うちは真桜(まおう)言います。ほな今後ともよろしゅうお願いします」

沙和(さわ)は沙和なのー。お手柔らかにお願いなのー」

「ええ、あなた達も期待しているわよ」

 

 これから敵の首謀者と本隊を叩きに行くというタイミングで、実力者の新加入は有難い。華琳も満足そうに三人を見つめていたが、ふとその視線が俺へと移り、目が合った。

 

 

「それはそうと、彼女達を見込んだ目に間違いはなかったみたいね」

 

 

 三人の勧誘を華琳へ勧めたのは確かに俺だ。持ち上げられて悪い気はしないが、楽進達の勧誘を勧めた一番の理由が知っている武将の名前だったというものなので複雑な気持ちだ。

 

 

「八幡の目は濁ってはいるが、曇ってはいないのだな」

 

 

 なんか上手いこと言ったという表情をしている夏蘭に少しイラっとくる。曇りより濁りの方がイメージ悪いし。つーか夏蘭の言葉を聞いて皆笑っているのが納得いかな……いこともない。色々あったせいで奉仕部に入った頃に比べて濁りは酷くなっているだろうし、こればっかりは仕方が無い。逆に今更俺の目が少女マンガみたいなキラキラお目目になっても困るだろ。

 

 

「まあ、白河の清きに魚も住みかねて、なんて話も俺の住んでいた国ではあったからな。澄み切った状態より、ちょっと濁ったくらいの方が良い事もあるんだよ」

 

「「……?」」

 

「清らか過ぎる水では魚も棲みづらい、ということね」

 

 

 俺の話を聞いて何のことだかさっぱりだ、という面を晒している春蘭・夏蘭コンビとは違って華琳はある程度分かったみたいだ。

 

 

「ここで言うところの魚は人で、清廉潔白ではあるが厳しすぎる政治を行った者への皮肉だな。つまり俺の目の濁りは良いことであるという結論に至る」

「濁りすぎて沼みたいになっていたら、魚も棲みにくいと思いますよ」

「沼にだって雷魚(らいぎょ)(なまず)ぐらいいるだろ」

 

 

 冬蘭の茶々に俺が言い返すと華琳がニッコリと俺へ微笑みかけた。笑顔ではあるが、どうも猫が獲物をいたぶる時のような雰囲気も感じる。

 

 

「それなら貴方を好んで傍に置いている私達は雷魚や鯰といったところなのかしら?」

「い、いや、それは……」

 

 

 口ごもる俺に、華琳は「冗談よ」と軽く流す。そして茶化すような空気を改め、真面目な表情でこう続けた。

 

 

「今回の仕事も見事なものだったわ。ここまで巧みに相手を操るなんて流石は天の御使いといったところね」

「その呼び方は止めてくれ。まるで仙人かなにかみたいだ」

「そうか、賊を挑発して村から引き離したのは八幡の手管だったのか。村からでは八幡の姿までは見えなかったが、敵が瞬く間に陣から飛び出していなくなった時は驚いたぞ」

「今回の第一功はあなた達囮部隊よ」

 

 華琳と秋蘭の賛辞がこそばゆい。それに俺としてはあまり上手くやれたという実感が無い。何故なら俺の印象では、作戦中の大部分が必死に逃げている時間だったからだ。

 

 

「褒めてもらえるのは有難いが、こっちは必死こいて逃げているだけだったからな」

「策ばかり弄して、普段から鍛えていないから慌てることになるんだ」

 

 

 自嘲気味な俺に春蘭が苦言を呈する。それは逃げている最中に俺自身痛感したことなので、ぐうの音も出ない。ホント、乗馬はもっと練習しないと敵から逃げるのすら覚束ない。剣? 矛? 何それ美味しいの? 直接闘う方はとっくの昔に諦めている。季衣と初めて会った時、季衣の攻撃で賊が宙を舞っているのを見て俺は悟った。

 

 あっ、これ次元が違うわと。

 

 鍛えてどうにかなる話ではない。当初こちらの世界に来てすぐの頃は、ほんのちょっぴりだが剣を学ぼうと思ったりもした。しかし、そんなものは全く役に立たないとハッキリ思い知った。こっちの武将と俺との力の差は、地球人とサイバイマン位ある。クリリンや天津飯? 鼻が無かったり三つ目の人間がいてたまるか。あいつらは地球人にカウントされねえ。

 必死こいて鍛えてもヤムチャってしまう未来しか見えない。それなら自分を鍛える時間で強い兵士を増やす算段をした方が効率が良い。

 

 

「本来戦いというものはだな。正面からガツンっとぶつかって気合で叩き潰す力、それが一番大事だ」

「そりゃいくらなんでも極論過ぎるだろう。正面から無策で突っ込むなんて被害が増えるだろ」

「私だって何の考えも無く言っているわけではないぞ」

 

「「えっ???」」

 

 

 春蘭と新規加入組の楽進達以外の全員が驚きの表情で固まった。春蘭と【考え】という言葉は相容れないもの、それが彼女のことを知っている俺達の共通認識だ。

 

 

「待てお前達、その反応はどういう意味だ? それに華琳様まで何で驚いているんですかっ!?」

 

 

 流石に華琳にまでそんな反応をされてはショックを隠しきれない春蘭だった。でもな春蘭、お前の普段の言動を省みれば仕方がないことだぞ。軍議でのお前はいつも【正面から叩き潰す】や【気合】などのお決まりの言葉しか言っているイメージが無いからな。多分みんな、お前の頭の中には筋肉が詰まっていると思っているぞ。

 しかし、華琳もこの流れで春蘭へその厳しい現実を突きつけるつもりはないようだ。

 

 

「……ゴホン、それで春蘭、貴方の考えとはどういうものか聞かせなさい」

 

 

 誤魔化した。あの華琳が誤魔化した。言いにくい事でもズバっと言いそうな華琳ですら誤魔化すしかないとは、春蘭恐るべし。まあ言いづらいわな。どうでも良い奴が相手ならともかく、本気で自分を慕っている相手だとな。

 

 

「……はい、分かりました。良いか、八幡。敵の不意を打ったり、策で弱らせた敵を相手に勝つのは当たり前だ。そんなことを繰り返しても強くなれるわけがない。いつも策を張り巡らせ、準備万端で戦えるわけではない。いざという時に困ることになるぞ」

 

「「……」」

 

 

 意外、春蘭の説明はまともだった。予想外だった為か、皆コメントに困って黙ってしまう。

 

 

「な、なんなんだ。その反応はっ! 普段お前達は私をどういう目で見ているんだ」

 

 

 正直に言ってしまっても怒らないなら言うんだが、春蘭はまず間違いなく激昂する。だから俺は何も言わないし、他の者も何も言わない。

 

 

「ぅぅ……なんなんだ。とにかくっ! 厳しい実戦を経ていない兵は、大事なところで脆いぞ。策を弄してばかりではいかんのだ」

 

 

 俺達の反応に困惑しつつも、春蘭はそう言い切った。とっさに言葉が出なかった俺だったが、思いがけない所から助け舟が現れる。

 

 

「もっともらしい事を言っているけれど、そこの男が無様に逃げ回っていた原因の半分はアンタでしょ」

 

 

 荀彧がぶすっとした表情で春蘭へ毒舌をかます。

 それは別に構わないんだが、今の【無様】ってわざわざ言う必要あった? お前の毒舌は挨拶代わりかよ。荀彧の毒舌には文句を言いたい。今までの分も含めてガッツリ言いたい。しかし、それより気になる部分があった。

 

 

「俺が逃げ回っていた原因の半分というのは、どういう事だ?」

「今回あんたの仕事は敵を私達本隊のもとへと誘き出すところまでよ。でも、あんたは本隊とすれ違った後も追われていたでしょ」

「ああ、敵の一部がこちらの本隊を突破しやがったからな」

 

 

 怒り狂った敵に追いかけられ、命からがら逃げ切ったと思ったのに敵が突破してきた時は、絶望しそうだったぜ。

 

 

「その突破された原因が夏侯惇なのよ」

「はあっ!?」

 

 

 荀彧の衝撃的な発言に、俺は思わず声を上げながら春蘭の方を見る。そこで春蘭は目を逸らしやがった。

 おい、本当なのかよ。春蘭の反応を見るに、何かやましいことがあるのは確実みたいだ。

 

 

「あんたが誘き出した敵を、私達本隊が迎え撃つ。その際にこちらの兵数が少なく見える様に布陣し、機を見計らって兵を横へと展開させて突然大軍が現れた様に見せかけ、敵の動揺を誘うという作戦だったでしょう?」

「ああ……そ、そうだな」

 

 

 なぜか異常なまでにヒートアップして説明を始めた荀彧に、俺は圧倒されて少しどもってしまう。どういうこと? ここで怒るとしたらお前じゃなくて俺だろ。そんな風に釈然としない中、荀彧の説明はその熱を高めていく。

 

 

「そこで重要なのは兵を展開させる時機を見極めることでしょ。早すぎても遅すぎても駄目、この私が細心の注意を払って機を窺っていたのに……何処かの馬鹿がよりにもよって、兵が横へと展開する前に突撃を始めたのよ。それに釣られて一部の兵まで前進を開始したせいで、兵が十分に展開しきれないまま敵と接触、影響の大きかった右翼を突破されてしまったの」

 

 

 荀彧が怒りのあまり、今にも地団太を踏みそうな様子で春蘭を睨んでいる。

 そういえば作戦会議の時に、兵を展開するタイミングの見極めについて荀彧はかなり気負っていた。作戦を立案した俺からの挑戦とか、挑発だとか言っていたと思う。

 実際のところ、俺には荀彧へ挑発などの意図は無かった。あの時は春蘭に発破を掛けたつもりが、そこに荀彧まで反応してしまっただけである。しかし、荀彧としては兵の展開のタイミングを完璧に見極め、俺を見返すつもりだったのだろう。それを春蘭に水を差されて怒っているようだ。

 まだ文句を言い足りない感のある荀彧をとりあえず放置して、俺は気になった事を春蘭に聞いてみる。

 

 

「それにしても何でいきなり突撃なんてしたんだよ?」

「お前が敵に勢いを付けすぎたと言っていたから……だな。こうガツンと一発、出鼻を潰してやろうと思って」

 

 

 俺の疑問に春蘭は言い辛そうにしながらも理由を告げた。

 

 

「それで敵に突破されたら意味ねえーだろ!」

「出鼻どころか、ほぼ全体を潰すことに成功したのだから問題無い」

「あるわっ、問題大有りだ! 俺が追われてるだろっ!」

「冬蘭の部隊が付いているのだから多少の追っ手くらいで慌てるなっ!!!」

 

 

 怒り狂った敵に追い回された恐怖の分、俺の語気は荒くなった。それに春蘭が怒鳴り返す。

 

 

「冬蘭の部隊は最精鋭だぞ。数人の賊相手なら物の数ではないはずだ。つまりお前を追った敵など数のうちに入らん、存在しないも同然ということだ」

 

 

 その実力の一端を垣間見ているから冬蘭隊が精鋭なのは理解している。リアル夏侯惇っぽいおっさんは滅茶苦茶強かったし、そのおっさんが部隊の中では普通レベルというのだから驚きだ。でも春蘭の理論は飛躍しすぎである。存在しないも同然って、言い訳にしてもブッ飛んでいる。

 

 

「いくら冬蘭隊が強くても、敵が突破した事実までは無くならないからな」

「はあー……春蘭」

 

 

 俺の指摘にバツの悪そうな表情をしていた春蘭だったが、華琳が長い溜息と共にその名を呼ぶと身を(すく)ませた。

 

 

「今回は全体に大きな影響を出さなかったことを鑑みて、多くの敵を倒した功績で失態を相殺にするわ。だから罰は与えないわ……但し今後は軍師陣の指示は守るように」

「はい……」

 

 

 罰は無いとの華琳のお達しである。しかし、華琳の呆れた様な表情を向けられてションボリしながら返事をしている春蘭は、既にそれ自体が罰を受けているみたいなものだ。春蘭の場合、物理的な罰より華琳に責められる方が余程効きそうだ。

 

 

「それと八幡、貴方も慌てる程のことではないわ。貴方に付けている冬蘭の部隊は私の軍でも特に精鋭よ。あの程度の賊に追われたくらいでどうにかなる様な者達ではないわ」

「まさかあそこまで強いとは思っていなかったんだよ」

「将についてはある程度把握しているようだけれど、貴方の立場なら各部隊の実力や特徴も知って置かなければならないわよ」

 

 

 華琳の言うことは正しい。今までの俺はその辺りが曖昧な認識だったと思う。春蘭達はともかく、兵達もその辺の賊よりは強いだろうな、くらいにしか考えていなかった。春蘭達については既にある程度分かっているが、それぞれの部隊にまでは目が向いていなかった。思い返してみると、どんな部隊かも知らない相手に命を預けていたのか。背筋が寒くなるな。

 

 考えが足りていない。

 

 俺には戦闘能力が無いのだから、頭で勝負しなければならない。それなのに味方の兵についてすら把握しきれていないとは危機感が足りなかった。気を引き締めなくてはいけない。

 華琳が天下を望むなら、将来的には関羽や諸葛亮なんかを相手にする可能性が高い。関羽は春蘭や夏蘭がいるからそんなに心配していないが、俺の相手は諸葛亮だぞ。羽扇(うせん)片手に悪辣な罠を仕掛け、「今です!」とか言って俺を陥れようとするんだろう。勘弁してくれ。正直俺は知力勝負で勝てる気がしないぞ。

 かくなる上は─────────────

 

 

「味方の実力の把握は当然として、そこからさらに強化していかなくては」

「あら、随分やる気じゃない。それなら丁度良いわ。そういう事は冬蘭が一番得意よ。参考になさい」

 

 

 超他力本願な俺の方針だったが、華琳は何をプラスに捉えたのか普通に助言をくれた。

 

 

「冬蘭は幼い頃から部下や使用人の扱いが上手かったのよ。だから優秀な兵を与えていたら、今では私の軍でも最精鋭部隊にまで育ったの」

「すげえな」

 

 

 冬蘭の見た目、どう見ても俺より年下なのに人の扱いや育てるのが上手いってのは稀有な能力である。人使いの荒い奴なら何人か知っているが、育てるのが上手いって、むしろ自分自身がまだ成長途上なのにな。

 

 

(褒められているのに何故か侮辱された様な気がするのは気のせいでしょうか?)

 

 

 冬蘭がぶつぶつ小声で何か言っている。何を言っているのか分からないが、気のせいだと俺は思うぞ。まだ慌てるような時間じゃない。

 

 

 

 

 

 

 




八幡 「やめて……私を罠に掛ける気でしょう? 横山光輝三国志みたいに」
???「はわわ……」




長い、長すぎる。私には五千字超えの話はキツイっす。しかも登場人物が多いのが、またキツさを増幅します。可愛い女の子は多ければ多いほど良いんですが、それを書くとなると難易度が……。

この話に入れる予定だった冬蘭隊のおっさんとの会話は、次の話でやります。

読んでいただきありがとうございます。


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黄巾の乱 野営

 負傷者の手当てや襲われていた村の状況確認など、事後処理をしていると日が傾き始めていた。兵達の疲労も考えて今日はもう野営の準備をして休むことになった。

 秋蘭達の危機だったので最低限の休憩しかとらずにここまで行軍し、さらに戦いまでこなしたのだ。特に歩兵連中の疲労はかなりのものだった。

 

 ちなみに何故村が目の前にあるのに野営かというと、楽進達の村は規模が小さく、兵達を収容することが出来なかったのである。そこで戦いの後の慌ただしい村の中にあえて泊まるより、野営が選択された。

 

 今は食事の準備がなされている。食材の一部は村から助けた礼として提供された物である。兵士達にはもう戦いの余韻もないのか、調理担当以外の者達の様子は和気藹々としたものだ。

 そんな彼らを見つめながら俺は、先程の春蘭とのやり取りを思い返す。

 

 

 策で弱らせた敵を相手に勝つのは当たり前だ。

 そんなことを繰り返しても強くなれるわけがない。

 いつも策を張り巡らせ、準備万端で戦えるわけではない。

 厳しい実戦を経ていない兵は、大事なところで脆いぞ。

 

 

 春蘭の言った内容は、一部の極端な部分を除けば俺も無視出来ないものだった。

 

 

「だが味方の被害を少なく出来る策があるかもしれないのに、あえて正面からぶつかるなんてのはなぁ……」

 

 

 気が進まないどころではない。長い目で見れば必要な事かもしれんが、簡単に割り切れるものでもない。少なくともこうやって兵達の姿を見ていると、そんな判断を下すことなど考えられない。

 

 気分が沈んでいく。そんな俺へ背後から足音が近付いて来る。

 

 

「春蘭姉様が言っていた事を気にしているんですか?」

 

 

 掛けられた声の方へ振り返ると冬蘭が立っていた。俺の独り言に対して、まるで話し掛けるきっかけを待っていたかのようなタイミングである。

 

 

「まあ……な。戦いに犠牲は付き物なのは分かっちゃいるが、だからと言って簡単に割り切れるもんじゃねえよ。それに戦いを通して兵士が強くするなんてこと、俺は考えもしなかった」

 

「春蘭姉様の言う事を一々取り合っていたらキリが無いです。あまり気にし過ぎても良いこと無いですよ」

 

「いや、そうは言ってもなあ……つーか様付けで呼んでるのに、春蘭姉様の扱いヒデェな」

 

 

 冬蘭のあんまりな言い草に、ついツッコミを入れてしまう。人が真剣に悩んでいるって時に茶化すなよ。

 そんな俺の非難じみた視線を感じたのか、冬蘭は口を開く。

 

 

「あのですね。春蘭姉様の言っていた事も間違ってはいませんよ。間違ってはいないんですが、唯一の正解というわけでも無いです」

 

「どういうことだ?」

 

「確かに楽な戦いしか経験していない兵士をいきなり厳しい戦いへ放り込んでも、あまり使いものにはならないでしょう。でも厳しい戦いでは死傷者が増えますよ。折角育てた精鋭の兵士が死傷してしまうと、また新しい兵士を育てないといけなくなるじゃないですか。元々いた精鋭の代わりに部隊へ新しい兵士を入れると、一時的に戦力が下がりますし、部隊は強くなるどころか弱くなるかもしれません」

 

 

 冬蘭の説明はとても分かり易かった。部隊に死傷者が出れば戦力低下は免れない。新しい兵を補充したとしても精鋭揃いの冬蘭部下と同じ様になるには時間が掛かる。そして、兵が死傷して部隊から離脱するペースが、補充の兵が育つペースより早くなれば、部隊はどんどん弱体化していくだろう。

 

 冬蘭の考えを咀嚼しながら頷く俺に、彼女は言葉を続けた。

 

 

「厳しい戦いの中でしか得られないものが存在するのは確かです。ただし、毎回毎回激戦では部隊を維持出来なくなりますよ」

 

「結局どうすりゃ良いんだ……その辺りの兼ね合いは俺には難しいぞ」

 

「はあ、何の為に私がいるんですか? 元々、剣も矛も使えない八幡さんに兵の練度関係では期待していませんよ。心配しなくても私がビシバシ鍛え上げますし」

 

 

 ビシバシってのは何の音なんでしょうね。近くで食事の用意をしていた兵士達の一部が身を(すく)めているぞ。実は鬼軍曹的なキャラなのか。

 

 

「出来る人間に任せて置けば良いんですよ。貴方はそういう立場ですから」

 

「そういうもんか。しかし、こういう事で悩んでいるようでは先が思いやられるな」

 

「むしろ私は八幡さんのそういう所、結構気に入っていますよ」

 

「えっ?」

 

 

 こうもハッキリと言われると反応に困る。でも冬蘭さん、それってからかっているのか、もしくはお世辞でしょ。私騙されないから。照れ隠しに面倒くさい女っぽく否定してみる。もちろん心の中だけで。

 

 

「将はともかく兵に関しては、簡単に代えがきくと思っている人が多いですよね。私、そういう考え方嫌いなんです。人を育てるには時間と労力がかかりますし、連携なんかを合わせるのも大変じゃないですか? 何より、手塩にかけて育てた人を簡単に手放したりしたくないです。まあ、損失を恐れて務めを果たせないようでは論外ですが」

 

 

 そら死傷者が出るのを怖がって戦えないってなると本末転倒だからな。それにしても俺は冬蘭のことを少し誤解していたのかもしれない。普段はニコニコ、物腰も柔らかだが本質はもっとドライなのかと思っていた。以前見た、賊から情報を引き出す為に拷問していた冬蘭の表情は情の欠片すら感じなかった。実はそれこそが彼女の本質ではないかと俺は勘ぐっていた。しかし、もしかしたら部下を大事にする彼女も、賊を拷問する彼女も等しく【冬蘭】なのかもしれない。

 

 人は一言で表せるほど単純ではない。そんなことすら意識しないと忘れてしまい、相手に勝手なイメージを押し付けてしまう。

 

 俺が軽い自己嫌悪を覚えているとは思いもしていないだろう冬蘭。

 

 

「それに優秀な部下は大事にすればちゃんと結果で答えてくれるものです。ねえ?」

 

 

 冬蘭の最後の問いかけは俺ではなく、俺の隣へ向けられていた。(いぶか)しんだ俺がそちらへ振り向くと、そこには眼帯をした大男が突っ立っていた。

 

 こわっ、いつの間に近付いていたんだよ。いや、普通に怖いから。あれ? このおっさん見覚えがあるぞ。って、さっき黄巾賊に追いかけられた時、最後に一人で八人を倒した化け物みたいなおっさんじゃねえか。

 

 

「まあ、そうですな。優秀な上官がこちらを信頼し、そのうえ大切に扱ってくれるとなったら身を粉にして働かねばなりませんな」

 

 

 冬蘭の問いかけに、おっさんは頷きながらそう言った。しかし、待って欲しい。優秀で部下を大事にする上官って、それ誰のことだよ。あまり期待値が高すぎても、俺はそれに答える自信が無い。

 

 

「優秀な上官なんて言われてもなー。評価してくれるのは有り難いが、期待され過ぎるのもしんどいぞ」

 

「……くくっ、はははは」

 

 

 いや、なんでこのおっさんは笑い始めたんだ。訳が分からん。面白いことなんて何も言ってないつもりなんだが。

 

 

「冗談も一流とは恐れ入りますな。聞きましたぞ。曹操様自ら、この度の戦いでは囮を務めた我々が第一功だと仰られたとか」

 

「ああ、確かにそう言っていたな」

 

 

 俺達は村を攻めている敵を、これ以上村に被害が出ないように根こそぎ誘き出すという面倒な仕事を完璧にこなした。それに直接敵を殲滅するというメインの役割を果たした春蘭は、同時に失態も犯した。その結果、俺達が一番の功績を上げた形になったわけだ。

 

 おっさんがにやりと笑う。

 

 

「今回、うちの部隊から死人は出とらんのに第一功っ! これで優秀でないなら、優秀な上官とはどんな化け物なんでしょうかな?」

 

「あー……」

 

 

 結果としてはおっさんの言う通りなんだが。俺のさっき戦いの感想は【やったぜ。俺天才】という感じではなく、【はあ……ヤバかった。もうダメかと思った】である。戦いの最中の俺は綱渡りをしているかのような心地だった。もちろん命綱無しの。

 

 歯切れの悪い俺の肩をおっさんが叩く。

 

 

「儂等は金や名声を求めて命を懸けとるんですわ。大きな功を上げさせてくれる上官で、そのうえ儂等の命まで大事にしてくれる、これで文句を言う奴なんておりませんぞ。もっと胸を張ってくだされ」

 

「お、おう」

 

 

 こういうノリは慣れてないから、どう反応して良いものか戸惑ってしまう。何かさっきから「おう」とか「あー」とかまともな受け答えが出来ていない。だが、冬蘭やおっさんとの会話で沈んだ気分もいくらかマシになった。

 

 話している間に食事の準備は終わっていた。他の部下達が食事を持ってくる。最初に野菜の入った汁物を渡される。口の中を火傷しないよう慎重に一口飲むと、温かいものが体中に染み渡るようだ。秋蘭達の救出の為、ここのところ強行軍が続いていた。のんびりとした食事が久々だからか、代わり映えのしない料理の味も格別に感じる。

 

 あー、これで後は風呂にでも入れれば最高なんだが。その後風呂上りの良く冷えた一杯、そう俺のソウルドリンクMA●コーヒーが飲めれば言う事ない。






読んでいただきありがとうございます。


マックスコー●ーを登場させましたが、コーヒーはブラック派です。ただし、ミルクティーはゲロ甘なのが好きです。午後茶や紅茶花伝を牛乳で割ったり、時には生クリームを入れます。


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黄巾の乱 野営2

食事が終わった後、俺は自分に割り当てられた天幕へと向かう。

 

 

「あら、少しはマシな顔になったわね」

 

 

 突然かけられた声に驚き、其方へ振り返ると華琳が立っていた。俺と華琳の天幕は近い場所に設置されているので、偶然俺を見かけて声を掛けたのだろう。

 

 

「戦功を上げたと言うのに浮かない顔をしていたから、夏蘭辺りが気合を入れておきましょうか? なんて言っていたのだけれどその様子では必要なさそうね」

 

「は、ははっ……冬蘭の部下にももっと胸を張ってくれって言われたよ」

 

 

 華琳の言葉に俺は自分の頬が引きつるのを感じる。俺の腑抜け表情を周りの連中みんなに見られていたなんて思うと苦笑いするしかない。それに夏蘭の気合注入なんて身の危険しか感じない代物は、謹んで辞退させていただきます。うちの軍で春蘭と並ぶ超脳筋キャラだからな。気合の入れ方も確実に(物理)な感じだろ。命がいくつあっても足りないぞ。

 

 

「良い部下ね。でも部下にそんな事を言われているようでは先が思いやられるわよ」

 

「ああ、気を付ける」

 

 

 言葉自体は厳しいが、華琳にしては柔らかい口調での注意に俺は頷いた。

 俺なんかを頼りにしている者達がいる。彼、彼女達の前での自分の立ち居振る舞いがどういった意味を持つのか、それは俺も理解している。俺の態度一つ、言葉一つが士気に関わることもある。しかし、理解しているからと言って、【頼りになる軍師】でいつもいられるわけでもない。

 そんな俺とは違い、華琳は秋蘭達が黄巾賊に包囲されていると知り、急いで救援に向かっている時も決して動揺する姿を見せたりしなかった。

 

 この軍において秋蘭は要の一人であり、華琳の腹心である。あの時はその秋蘭が危機に陥って、俺も含めて軍全体が重い空気に包まれていた。春蘭に至っては冷静さの欠片も無い状態だった。そんな中、華琳という主柱が一切揺らがなかったことがどれ程大きな意味があったか。それを俺はこの目で目の当たりにした。あの時の華琳の振る舞いこそ、俺達が士気の高い状態で戦いに臨めた一番の理由だったと思う。

 

 何故、華琳はこうも冷静でいられるのか。英雄は自身の大切な者が危機に陥っていても、心を乱したりしないのか。それとも心中穏やかでなくとも、それを表に出さないようにしているのか。あの時の疑問を今なら聞けるのではないか、その想いが口からついて出る。

 

 

「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

 

「そう。こんな所で立ち話もなんだから、私の天幕へ付いて来なさい」

 

 

 俺の雰囲気から直ぐ済む内容ではなさそうだと華琳は判断したようだ。華琳の天幕も俺のそれと見た目は同じだった。中も大した違いは無い。違いと言えば細々とした物のセンスが良さそうな事くらいだ。華琳に促されて椅子に腰かけた。つーか椅子までわざわざ持って来ているのか。

 

 華琳も俺の正面の椅子に座り、こちらを見据えた。

 

 

「それで聞きたい事というのは何かしら?」

 

「なあ、さっき俺が浮かない顔をしていたって言っていたが、俺はそういうのが分かり易い方なのか?」

 

「いいえ、普段は分かり辛い方よ。ただ、さっきは夏蘭ですら分かる程度には沈んだ表情をしていたわ」

 

 

 本題に入ろうとする華琳だが、俺としては考えていることが表情に出易いのかを先に聞いて置きたかった。こうも周囲の人間に心配されるということは、もしかして俺は考えが顔に出やすいタイプなのだろうか。もしそうなら由々しき事態である。考えていることが筒抜けだなんてヤバ過ぎる。ちなみにラブとかエロとかそういう方面の話ではなく、軍師として立場的なアレだからな。

 

 

「そういうのが顔に出ちまうのは良くないよな」

 

「時と場合によるわ。私達の立場上、弱みを見せてはいけない場面は多いでしょう。でも、常に無表情で何を考えているのか分からない人間がいたとして、貴方はそいつを信用出来るかしら?」

 

「ああ……それは、まあ」

 

 

 俺の質問に対する華琳の答えは至極ありきたりなものだった。ただ、ありきたりだからこそ共感しやすくもあった。

 

 人の心の奥底を見通せれば苦労はしない。だが、その場その場でのちょっとした感情の動きくらいなら、注意していればある程度分かる。ハッキリとした言葉だけでなく、小さな表情の変化や言葉の抑揚などからも人は様々なものを読み取る。しかし、それが全く出来ない相手がいたらどうだろう。信用どころか不気味でしかない。それにちょっと人間味があった方が親しみやすいだろう。

 

─────────で時と場合による、の見せてはいけない場面の方で思い浮かぶのは直近のアレだろう。

 

 

「弱味を見せていはいけない場面というのは、例えば敵に包囲されている秋蘭達の救援に向かっていた時みたいな状況か」

 

「そう。あの時私が取り乱した姿を晒していれば、部隊の士気は酷いものになっていたでしょうね」

 

「俺からは華琳が冷静に見えた。それはそうする必要があったから、ああ振る舞ったのか? それとも秋蘭達なら危険は少ないと思っていたのか?」

 

「あの状況で秋蘭達に危険は無いだろうと本気で考えていた者がいたとすれば、その者の頭はどうかしているわ」

 

 

 私がそういう者に見える? と無言で華琳の目が問いかけてくる。それに俺も無言で首を横に振る。

 

 

「……ということは不安を抱えながらもそれを周囲にも見せず、冷静な判断力を保っていたってことか。すげえな。英雄って呼ばれるような人間はやっぱり元々の出来からして違うのかもな」

 

 

 歴史上の偉人と自分との違いに溜息しか出ない。俺より秋蘭と深い関係である華琳が、その秋蘭達の危機に不安を感じつつも必要だからとそれを表に一切出さない精神力。こうも差があると嫉妬や羨望なども感じない。それらを通り越して一種呆れにも似た感情が湧いて来る。

 

 しかし、俺の言葉に華琳の眉がぴくりと上がる。

 

 

「確かに私は生まれながらに傑出した人間よ」

 

「お、おう」

 

 

 躊躇いもなく自分が傑出した人間だと言い切る華琳。その姿はまさにその通りなんだろうな、としか言いようがない。

 

 

「だからといって最初から全てを兼ね備えていたわけではないわ。秋蘭達が危機に陥っている時でも冷静な対応が出来たのは、これまで積み重ねてきた彼女達への信頼と私自身の誇りによるものよ」

 

「信頼と……誇り?」

 

 

 華琳が言った信頼というのは、まあ分かる。しかし、誇りのお陰で冷静な対応が出来たのいうのは良く分からない。俺の訝し気に呟いた言葉を受けて華琳は一度頷いた。

 

 

「そう、誇りよ。秋蘭達は命を懸けて私に仕えているわ。当然末端の兵達も含めてね。私がこれまで積み重ねてきたもの、私が歩んできた道。それらを目にし、彼女達は私を仕えるに値する主と認めて忠誠を尽くしてくれている。それなのにその主が狼狽え、軍の統率を乱すという無様を晒すなど私の誇りが許さないわ。それは彼女達の忠誠を、私の積み重ねてきたものを汚すことに他ならない」

 

 

 今の華琳の言葉は俺にはキツかった。さっきの「確かに私は生まれながらに傑出した人間よ」という言葉の百倍は効いた。持って生まれた才能や出自で今の華琳があるのではない。彼女の言う通り、積み重ねてきたものが、覚悟が俺とは違い過ぎる。

 

 俺の知っている華琳という人間は文武両道である。ここまで高い水準で何でも出来る人間に俺は、華琳以外ではまだ出会ったことが無い。もちろんそれらの能力は降って湧いたように得たものではない。それらも彼女が言うところの『積み重ねてきたもの』の一部なんだろう。目指しているものに必要だからなのか、単なる向上心からなのかは分からないが、これまでどれだけのものを積み重ねてきたんだ。どれだけ高みにいるんだ。

 

 それに引き換え俺は───────

 

 

「俺は情けねえな」

 

「また腑抜けた顔をしているわよ」

 

 

 華琳の指摘にも俺は愚痴を止められない。

 

 

「俺はお前達とは違う。命のやり取りをする為に自分を鍛えた事なんてないし、華琳みたいに高みを目指して自分を磨いてきたわけでも無い。自信や誇りなんて……」

 

「これまで何もしてこなかったわけではないでしょう?」

 

 

 俯く俺に華琳が投げ掛けた声色は優しくも厳しくも無い、単なる事実確認のような響きだった。

 

 こちらに来てからは必死だった。与えられた役割も俺なりに果たせていると思う。むこうにいた頃の俺にも誇りはあったはずだ。むこうにいた頃はあまり人から称賛されるような事をやっていたわけではない。それでも俺なりにちっぽけなプライドを抱えて生きていた。だが華琳達と比べるとどうだ。ほとんど惰性となっていた勉強、大学に入ってからは運動をする機会も無くなった。人間関係など完全にリセットしてしまった。俺に何がある。

 

 

「俺が向こうでやってきたことなんて……誇れるようなもんじゃねえよ」

 

 

 苦いものを吐き出すように俺は言った。しかし、華琳がそれに納得した様子は無い。

 

 

「でも私の知っている貴方は幾つもの功績を上げたわ。あれは幻だったのかしら?」

 

「……」

 

「戦いにおける幾つかの作戦立案。街の治安回復と開発。あれらを赤子の頃の貴方が行う事が出来たと思う?」

 

「……無理に決まっているだろ」

 

「それなら貴方が誇れるものではないと言った日々も、糧になっているということよ」

 

 

 赤ん坊の頃に出来ず、今出来るというならそれまでの時間が糧だったと、そんな華琳の極論に俺はどう反応していいのか分からなかった。喜び? 驚き? 分からない。分からないが少しだけ自分の頬が緩むのを感じた。

 

 華琳の言葉は続く。

 

 

「それに貴方が誇るべきものが少なくとも一つはあるわ」

 

「なんだ?」

 

「この私の軍師を務めているということよ」

 

「くくっ、決まり過ぎだろ。ついうっかり惚れちまいそうだ。そして振られるまである」

 

 

 今度は頬が緩む程度では済まなかった。いや本当に恰好良すぎるだろう。今のは。笑いを堪えられなくなってきた俺に華琳の追撃は止まらない。俺は「振られる」という言葉にリアクションが来ると思ったが、華琳は斜め上に行く。

 

 

「あら、まだ惚れていなかったの?」

 

 

 素で言っている辺りやはり華琳は凄いとしか言いようがない。まあ、華琳の部下達は春蘭姉妹や荀彧を筆頭にみんな華琳が好き過ぎるからな。そういう発想になっても仕方がないのかもしれない。でも流石に彼女達と一緒にされても困る。




読んでいただきありがとうございます。


次回あたりから蜀陣営を出せたら……。

あと私はとっくの昔に華琳に惚れています。


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黄巾の乱 所属不明の軍と黄巾党の戦い

 敵に包囲された秋蘭達の救出と敵の殲滅が無事終わり、俺たちは張角三姉妹のいる黄巾党の本隊を目指して行軍していた。つい先ほどまで。では今はどうしているのか。

 

 

「ふむ、やはりあの砂煙は戦闘の影響で舞い上がっているようだな」

 

「マジか……」

 

 

 秋蘭の告げた内容にげんなりする。今俺達は行軍を一時停止している。それは先程俺達の進路上、ここから大体1km以上離れた辺りで大規模な砂煙が上がっているのを確認したからである。

 

 まあ、黄巾党の本隊にも大分近付いているはずなので、十中八九戦闘による砂煙だと予想はしていた。それは華琳達も同じで軍を一時停止させ情報収集と対応の協議をしようとしたのだが、偵察を出す前に遠目が利く秋蘭が先の言葉を告げたのだ。

 

 ちなみにこの場にいるのは俺、華琳、秋蘭、冬蘭の四人だけだ。他の面子は直ぐ戦闘になっても良いように陣形を組むなど兵の指揮をしている。距離はあるとはいえ砂煙の原因が俺達の敵で、さらにこちらに攻撃を仕掛けてくる恐れもある。こっちから見えているのだがら、あちらからも見えていても不思議ではない。その為、陣営の主だった者を全て一か所に集めて悠長に話し合う余裕はなかった。

 

 

「それにしても秋蘭は良くこの距離で見えるな」

 

「ふっ、遠間の敵を射るには先ず相手が見えていなければならないからな。他の者よりは眼は良い方だ」

 

 

 感心する俺に誇るでもなく秋蘭は言った。

 あれか、アフリカの狩猟や家畜の遊牧で生活する人達がめちゃくちゃ視力が良いのと同じやつか。俺からするといくら遠くの物がハッキリ見えても、米粒みたいに小さくしか見えないと思うのだが。もしかして望遠鏡みたいに拡大して見えるのか。もうそれ自分と同じ人間なのか疑問なレベルである。

 

 

「戦っている奴らの片方は多分黄巾党だろ。もう一方は官軍か、それとも義勇兵か……」

 

「ああ、片方は黄巾党で間違いない。見たところ数が多いのは黄巾党側だが押されているようだ」

 

 

 俺の推測を聞いて秋蘭が目を凝らす。そしてもたらされたのは久々の朗報だ。黄巾党側が劣勢ならこちらも楽が出来るかもしれない。しかし、肝心な事をまだ聞いていない。

 

 

「戦っているのは黄巾党の本隊か?」

 

「いや、それはないな。黄巾党の本隊は数十万人もいるらしい。あれはどう見てもそんな規模ではない」

 

 

 秋蘭がかぶりを振る。

 はあーめんどくせえ。まだメインディッシュはおあずけのようだ。どうせなら前方で戦っているのが黄巾党本隊で、しかも倒される寸前なら最高だった。それでトドメという美味しい所だけ持って行けたら言う事無しなのに。俺の淡い夢が露と消えたかと思ったが、そこで良い事を思い付く。

 

 前方の戦いは俺達の本命である黄巾党本隊のものではない。そのうえ放っておいても黄巾党側が敗けそうである。つまり─────────

 

 

「ん? じゃあ面倒だからゴホッ……ではなく、ここはもう一方の奴らが勝っているみたいだし手柄は譲って、俺達は先を急ぐってのはどうだ?」

 

 

 黄巾党と戦っているのが官軍か義勇兵かは知らんがここでの手柄は君達のものだ。ほら、せっかくの手柄を横取りしちゃマズイからね。俺たちは遠慮しておこう。

 その遠慮深い俺の提案に待ったをかけたのは華琳だった。

 

 

「そういう訳にはいかないでしょう。あそこで戦っている連中がこちらを認識しているかは分からないわ。けれど、もし戦っているのが官軍でそれなりの地位を持っている者だった場合、後でバレたら非協力的だったと責められる可能性があるわ」

 

「あと八幡さん、本音が漏れてますし」

 

 

 華琳の懸念に冬蘭が何か小声で付け足している。さっきの俺の発言は半分以上冗談だから、ホントだぞ。それにしても確かに華琳が言うような事態もありえる。しかし、そういう文句を言う奴は援護したらしたで、手柄を横取りしようとしたとか言うんじゃねえの?

 

 ったく、厄介だな。色々なしがらみってやつは。やっぱしがらみの無いボッチが最高ってことだな。と言いつつ最近の俺はそのしがらみにガッチリ絡まれている感がある。まあ、この乱世を一人で生きていくなんて無理ゲーだから仕方ないっちゃ仕方ないが、これでは終身名誉ボッチの名が泣くな。

 

 うだうだと愚痴を脳内で垂れ流しつつ、華琳の危惧する事態を回避しながら出来るだけ楽な対処法を考える。

 

 

「んー……それじゃあ、とりあえず黄巾党の背後を取るように動くってのはどうだ? 後は乱戦に巻き込まれないように遠距離から弓でチクチクやってりゃ良い。既に官軍(仮)が優勢みたいだから、それくらいで勝負は決まるだろ」

 

「おおぉ、官軍(仮)に協力すると見せかけながら最小限の労力で事を済ませようという非常にいやらしい策です。それとカッコカリって響き、そこはかとなく馬鹿にした感じがありますね。流石は八幡さん」

 

 

 冬蘭から【さすおに】ならぬ【さすはち】を頂きましたー。しかし全然褒められている気がしない。あと、人をいやらしいとか言うな。そこだけ聞いたら何だかエッチな人みたいだろ。

 

 

「人聞きの悪い言い方は止めろ。効率的と言え、効率的と。この厳しい現実を生き抜く為にはこういう(かしこ)さも必要になるんだよ」

 

「賢さと言うより小賢しいと言った方が正しいでしょう」

 

 

 華琳のツッコミは激しいものではなかったが、素で言われた方が何かダメージが大きい。

 

 

「ぐっ……それなら他にどういう策があるんだ?」

 

「はあ? 何を言っているの。貴方の策でいくつもりよ」

 

「おい」

 

 

 ついジトーっとした目を華琳に向けてしまう。さっきの小賢しいってのはダメ出しじゃなかったのか。俺の非難がましい視線にも華琳はどこ吹く風である。

 

 

「別に小賢しいからといって悪い考えというわけでもないわ。むしろ今の状況には相応しい策よ。神算鬼謀を発揮するような場面でもなし、損失覚悟で蛮勇を示す場面でもない。とても妥当な考えだと思うわ」

 

 

 ええ……じゃあ小賢しいとかマイナスイメージのある事を言わなくても良いんじゃないですかね。などと心の中で愚痴っている俺をよそに華琳は何故か舌なめずりをしそうな蠱惑的な表情を浮かべる。

 

 

「それより気になるのは少数でありながら黄巾党相手に優勢な軍の方よ。貴方の案ならあの所属不明の軍の実力を測りやすいわ。もし見所がありそうなら……」

 

 

 華琳は優秀な人材の収集に貪欲だ。そのうえ相手が見た目の良い少女ならなお良い。今のところ官軍(仮)は前者の条件を満たしそうなので華琳も注目しているのだろう。その目つきは肉食系のそれである。

 

 それじゃあ、まあ華琳さまの望み通りの人材なのか確かめに行きますか。

 

 俺が提案した策を実行へ移すべく冬蘭へ目配せする。すると冬蘭はニコっと無言で微笑み返してきた。キュンっと来た。もう一度視線を送る。今度は首を少し(かし)げながら微笑み返された。MOTTO!MOTTO!

 

 

「い、いや、そうではなくて」

 

「はい、各部隊への指示ですね。黄巾党の背後を取り、攻撃は牽制程度で十分と」

 

 

 混乱気味な俺が改めて意図を説明しようとすると、冬蘭は真顔でそう言った。おい……。

 

 

「ちゃんと伝わっているならさっきのは何だったんだよ」

 

「話の流れからどうして欲しいのかは分かりますよ。しかし言葉も無く、何かをして貰おうとか何処の熟年夫婦ですか。段階を飛ばし過ぎなので少し」

 

 

 ぐぬぬ、咄嗟に気の利いたことが言えずに顔をそらす。伝わっているんだから良いじゃねーか。言いたいことがあるなら最初から口で言え、口で。完全にお前が言うな、である。しかし、年齢=彼女がいない歴の男に美少女の笑顔とか反則だから。画面下に【こうかはばつぐんだ!】と出てもおかしくないくらい効くから止めて。

 

 俺が全国の魔法使い予備軍を代表して冬蘭へ物申すべく顔を向けると、残念ながら彼女はいなくなっていた。残っているのは呆れた表情の華琳と生温かい目をした秋蘭だけだった。

 

 

「冬蘭なら春蘭達へ指示を伝えに行ったわよ。冬蘭とは上手くやっているようね。その調子で桂花ともそろそろ上手くやりなさい」

 

 

 荀彧に関しては完全にあっち側の問題だと思うんだが。一方的に嫌われているからな。それでも最近はそこそこ上手くやっているぞ。話し掛けても罵詈雑言が三回に一回しか飛んでこない。なんか悲しくなってきた。

 

 

 

 

==========================================

 

 

 

 俺の発案通りこちらの軍は、戦闘中の黄巾党の背後へと回ろうと動き始める。そこからの戦闘の展開は早かった。既に劣勢な状況でどう見ても味方ではない軍勢(俺達黄色い布なんて付けてないから)に背後を取られそうになれば、当然黄巾党は焦る。元々まともな隊列も無いような状態だったので、背後に備えようとする兵とそれ以外の兵で押し合いへし合いである。

 

 官軍(仮)はそこを見逃さない。なんと中央突破を敢行する。こちらと挟み込む形になっていたのでジワジワいくのかと思ったが、一気に勝負を決めに来た。彼らは易々と黄巾党を真っ二つに切り裂き俺達の方へと抜けて来た。だが彼らはさらに反転、混乱状態の黄巾党へ再度突撃する。彼らはそれを何度も繰り返す。

 

 それは小魚の群れに襲い掛かるサメなどの捕食者のようだ。小魚の群れは何度も切り裂かれ散り散りになる。こちらはバラバラに逃げようとする敗残兵の対応だけで良かった。

 

 

「勝負にならないな」

 

「ええ、そうね。……見なさい」

 

 

 華琳が指差した方向を見る。長い黒髪をなびかせ薙刀のような武器を振るい黄巾党の兵達を蹴散らす美女がいた。混乱状態でまともな抵抗も出来なくなった黄巾党相手なので官軍(仮)の戦っている誰もが活躍している。しかし、彼女はその中でも突出した存在感を示している。彼女が武器を振るうたび、賊は刈られた草のように薙ぎ倒されていく。近くにいる黄巾党の兵は恐れおののき、彼女に付き従う兵達は奮い立つ。まるで彼女を主役とした劇だ。

 

 フッと華琳は笑う。

 

 

「取るに足らない雑魚相手でも真に秀でた者は実によく輝くものね。……欲しいわ」

 

 

 華琳は背筋がぞくぞくするような笑みを浮かべている。何処の誰かは知らないけれど、黒髪さん逃げてー。うちの華琳さまはノンケでも平気で喰っ……いや流石にレイ●はしないか。そういう話は聞かないよな。俺が知っている百合相手は皆合意のうえのはず。

 

 面倒なことにならなければ良いが。華琳を見てそんな事を考えていたら、華琳がこちらに目を向けた。

 

 

「どうかした。心配そうな顔をして、もしかして妬いているの?」

 

 

 妬いてないから。ホントのホントに妬いてなんかいないんだからね。うん、男のツンデレは気持ち悪いな。戸塚? 戸塚は性別・戸塚だからOK。そもそもツンデレじゃないし。

 

 

「嫉妬とかそういうのではなくて、面倒な事になりそうだなーと思っただけだ。嫉妬するのは他の奴らだろ」

 

 

 この後、俺が思っていた以上の面倒事が待っているのだが、この時の俺はまだ知る由もなかった。

 眼前の戦い自体はこちら側にはほとんど死傷者は出ず、無事に終了した。しかし、剣や弓でやるものだけが戦いではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


いやー黒髪の美しい少女かー。持っているのは薙刀みたいな武器かー。どんな青龍偃月刀でしょうねー。
ダレナンダロウナー(棒)
官軍(仮)って実は官軍ではなく、どこの義勇兵なんだろー。


エロゲ版の華琳さまも強姦はしていないはず、多分。確か。……してませんよね?
記憶が曖昧です。


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白き御遣いと黒き御遣い 1

 所属不明の軍が黄巾党を蹴散らし、散り散りに逃げようとする残党も俺達が対応して、戦いはあっけなく終わった。戦闘が終わると同時に所属不明の軍、俺が官軍(仮)と呼ぶ相手に使者を立てた。戻って来た使者の話では、相手は官軍ではなく義勇兵ということだ。それと話があるなら会いに来てくれれば時間は作るとのことだ。それを聞いた春蘭がブチ切れた。

 

 

「何処の馬の骨とも知れぬ義勇兵風情がっ! 華琳様を呼びつける気か!!!!」

 

 

 すさまじい怒声を春蘭が上げていたが、実は既に義勇兵達の陣の目の前である。これでは今更な話である。華琳は最初から相手が自分達と会うと確信を持っており、使者を出すのとほぼ同時に義勇兵の陣へ向かっていたのだ。

 

 まあ、無名の義勇兵が仮にも官職に就いている華琳を相手にする態度として、褒められたものではない。だから春蘭の気持ちも分からないではない。ただ、華琳自身が先程戦場で見かけた黒髪の美女に会いたくて、待ちきれずに自分から出向いているのだから、春蘭の怒りはここではお門違いだろう。

 

 

「落ち着いてください春蘭姉様。華琳様が問題にしていない事を私達が殊更騒ぎ立てるのは、華琳様の意に反する事になるかもしれませんよ」

 

「うっ、いや、しかしだなぁ」

 

 

 怒りで暴れ出しそうな春蘭を冬蘭が(なだ)める。付き合いが長いせいか、冬蘭も手慣れたものだ。そんなやり取りをしている春蘭達を置いて、華琳はずんずん義勇兵達の陣の中へと進んでいく。それに俺と夏蘭が付いて行く。他の者達は留守番だ。まさか主要なメンバー全員を連れていくわけにもいかない。荀彧が恨みがましい目つきをしていたが気にしない。この職場でこれ位の事で一々気にしていたらハゲるか胃に穴があく。ブラックな職場で働く社畜は、時に鈍感であることを求められる……ん? 俺って社畜なの?

 

 それにしても今の華琳は遠慮というものが欠片も無い。義勇軍の下っ端っぽい兵士が「上の人間に取り次ぐのでお待ちください」と必死に言い募るが、気にせず義勇軍の陣地中心へ足を進める。華琳の立ち居振る舞いや服装などを見れば、義勇兵達から見て自分達より立場がかなり上な人間なのは明らかである。その為、力ずくで止めるわけにもいかず、華琳の歩みを止められる者はいなかった。

 

 華琳に付き従いながら、俺はさりげなく義勇軍の陣の様子を観察する。率直な感想を言うなら、うちの軍と比べてひどくみすぼらしい。武具などの身なりだけでなく、全てが貧弱である。

 

 まず、一人一人の兵の体格からして違う。うちの兵は見るからに鍛えられているのが分かる姿だが、ここの兵達は一般人っぽいのが多い。さらに食事が足らないのか痩せ気味な者が目立つ。ただ士気は低くない。勝ち戦の後というのもあるだろうが、目に力がある。

 

 物資面でも差が大きい。武具だけでなく、物自体が少ない。物資の集積場所らしきものも見えたが、軍の規模の割に小さい。うちならこの規模でも、もっと集積場所を大きくする必要が出るくらい食料や資材を用意する。まさかこの戦力で、俺達が想定しているより短期間で黄巾党を殲滅出来るとは思っていないだろう。単に用意出来なかっただけだと思う。

 

 どんどん進んでいく華琳、それに付いて行く俺と夏蘭。周囲の様子を観察しているだけの俺とは違い、夏蘭の方は華琳や俺を護衛する役目がある。ここの義勇兵達が敵対してくるとは思えないが、馬鹿正直に無防備な状態でいられるほど世の中甘くない。その為、夏蘭はかなり緊張感を持って華琳の斜め後ろの位置を歩いている。少し遅れていた春蘭と冬蘭も足早に追いついて来る。

 

 そして、ついにこの義勇軍のトップ連中と思わしき集まりを発見する。

 

 若い女が二人、そのうちの一人が華琳がご執心の黒髪の君。それと小柄な少女が三人、若い男が一人の計六人が集まって何か話している。そこで黒髪の女がこちらに気付き、警戒を露わに誰何(すいか)の声を上げる。

 

 

「何者だっ!?」

 

 

 こちらを睨んでいる黒髪の女に、華琳は気分を悪くするどころか嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

「我が名は曹操。世を乱す黄巾党討伐の為に軍を率いている者よ」

 

「ええっ、曹操さんっ!? さっき使者の人が帰ったばっかりなのに!?」

 

 

 華琳の名乗りに黒髪ではない方の若い女が驚く。そら驚いて当然だろう。まさか使者が帰るとほぼ同時に、その主が到着するなんて普通は考えない。

 

 

「相手の返事を聞くまで何もせず、ただ待ち呆ける人間などこの乱世に飲まれるだけよ」

 

 

 威厳に満ちた大物らしいセリフを恰好良く言っている華琳。いやいや、お前はそこの黒髪の女目当てに急いだだけだろ。少なくとも理由の9割はそうだと断言出来る。さっきからずっと黒髪の女から視線を外さないし、そんな様子を見ていれば分かるからな。

 

 

「まるでこちらの返事なんてどうでも良いみたいに聞こえるな」

 

 

 この場にいる俺以外で唯一の男が口を挟む。そちらへ視線を移す。

 あちらの美少女達の中心に変わった服装の男が混じっている。まるで学園物のエロゲー主人公が着ていそうな白い学ランっぽい制服である。何者なんだコイツ。どっかのコスプレ会場から紛れ込んだと言われても信じてしまいそうだ。だが、改めて周囲を見てみると華琳達の服装もかなりキテいる。実際の三国志の時代にこんな格好をした者はいなかったはずだ。そう考えると、あの男の服装もこちらの世界では普通なのかもしれない。

 

 俺があーだこーだと考えているうちに、その男へ華琳が言葉を返す。

 

 

「今回の場合、私達に会わないという選択はありえないでしょう。未知の軍が近くに現れ、その軍から接触があった。そこで無視を決め込むなんて考えられない。そんな愚者なら最初から私も会おうと思わないわ」

 

 

 後半は挑発するかのような華琳の言い様に男は沈黙する。空気が悪くなりそうなところで、さっき驚いていた若い女が流れを変えようと割り込んでくる。

 

 

「あ、あの、はじめまして曹操さん。私は劉備と言います」

 

 

 りゅうび、まさか劉備じゃないよな。劉備と言えば曹操のライバルだぞ。こんな自信無さげな表情で名乗った女が、まさか、ありえないと凝視する。優しそうな、ともすれば気の弱そうな顔、少し視線を下げると豊かな胸……何故か一、二歩分彼女の体が遠ざかる。不思議に思い視線を上げ、彼女の顔をみると困ったような表情でこちらを見ている。

 

 

「ぅぅ、何か私変ですか?」

 

「いや名前を聞いたことがあるような気がして、な」

 

 

 俺は何気ない様子を装ったのだが、不意に尻に痛みを感じた。何者かが抓っている、というか冬蘭だ。こんな事をするのは冬蘭しかいない。後ろへ振り向くと、呆れたような顔をした冬蘭がやはりいた。

 

 

「(何をやっているんだ)」

 

「(それはこちらの台詞です。怯えさせてどうするんですか)」

 

「(えぇぇ、あれって怯えてるのか)」

 

 

 冬蘭と小声で言い合う中、ショックなことを知った。ちょっと見ていただけで女から怯えられるってどういう事だ。俺が凶悪な性犯罪者にでも見えたのか?

 

 

「劉備と言ったわね。怯えることはないわ。彼は私の軍師で……まあ、敵対でもしない限り害はないわ」

 

 

 うんうん、華琳の言う通りだ。こう見えても俺はうちの陣営では一番無害だぞ。多分俺が一番弱いしな。だから、りゅうびを庇うみたいに前に出てきた黒髪さん、そんな目で睨まないで良いんだぞ。いやホントに怖いので止めてください、お願いします。

 

 

「ああ、いえ、気にしないでください。急にじっと見られて動揺しちゃっただけだから」

 

 

 りゅうびが困ったように笑顔を作って、そんなの気にしないでくださいと両手のひらを振る。こちらに来てからは出会ったことの無いタイプの人間だ。こちらに来てからは極端な人間ばかり相手にしていたので、なんだか和んでしまう。ここでコミュ(りょく)のある人間なら、冗談や自虐ネタでも挟んで自己紹介をするところだろう。しかし、残念ながら俺はそんなものを持った覚えはないので「うっす」と小さな声で返しただけだった。

 

 そんなコミュ障な俺を見かねたのか、それとも場の空気が悪くなるのを嫌ったのか、冬蘭が軽い感じでりゅうびへ話し掛ける。

 

 

「初対面だとちょっと戸惑いますよねぇ、この人の目。でも中身の方は見た目ほど腐っていないので安心してください。あっ、私は曹操姉様に仕える曹純と言います。よろしくお願いいたしますねっ」

 

 

 フォローしてくれているのは分かるが、その言い方だと中身も多少腐ってますよね。ええ確かに腐ってますが、性根とか。ともかく、冬蘭の被った猫は出来が良く、りゅうびの緊張は解れたみたいだ。

 

 

「曹純の姉で曹仁だ」

 

「夏侯惇」

 

 

 しかし、ここで友好的とは言えない夏蘭と春蘭の名乗りである。春蘭に至っては名前しか言っていない。折角和みかけた空気を台無しにしかねない夏蘭と春蘭の脳筋コンビに、溜息を吐きたくなる。まあ、俺も人のことは言えないがな。

 

 

「鈴々の名前は張飛って言うのだっ!」

 

 

 俺の心配は、ちょうひと名乗った少女の明るい声によって杞憂に終わる。ピリピリした空気になりかけていたのが少し和らいだ。しかし別の心配事が再燃する。【りゅうび】と【ちょうひ】ってのは、やはりあの劉備と張飛なのだろうか。しかし、この小柄な少女が張飛なのか。こちらの陣で留守番中の季衣も同じ位の身長だから、ありえなくはない。

 

 それにしても劉備と言えば三国志における最大のビッグネームである。さらに将来、曹操の前に立ちはだかるラスボス的な相手とも言える。こんな所でいきなりラスボス登場とか勘弁してもらいたい。

 

 まさか、こんな厄介事が突然発生するとは思っていなかったので、心の準備も出来ていない。それにどう対応すべきか少し考える時間が欲しいところだ。それとも、とりあえず確認をとるのが先決か。

 

 黒髪の女へ目を向ける。彼女がもし五虎将、もしくは諸葛亮あたりの名を名乗れば確定と考えて良いだろう。黒髪の女はまだ固い表情をしているが、ちょうひが自己紹介を催促するように彼女へ笑顔を向けている。少しの間を置いて渋々といった感じで彼女は名乗る。

 

 

「……私は関羽雲長だ」

 

 

 もうこれ絶対劉備様御一行だ。確定だよ。まだ名前の分からない男と二人の少女もどうせ大物なんだろ。

 

 

「わたしは諸葛亮、軍師をやっていましゅっ、あっ、か、嚙んじゃった。はわわ、こ、こんな時に噛んじゃうなんて!」

 

「お、落ち着いて朱里ちゃん。むしろ緊迫した空気がやは、和らいだからよ、良かったよ! あっ、わた、私はほーとうです。同じくぎゅ、軍師でしゅ」

 

 

 何だ、この可愛い生物は。噛み噛みな二人の少女の自己紹介に頬が緩んでしまう。うちに欲しいな。ハッ、いや待て、それどころじゃない。諸葛亮に鳳統だとっ! この小学生みたいな少女達がっ!! この世界は張飛も含めてどうなっているんだっ!!!?

 

 いかん、とにかく一旦落ち着こう。こいつらが三国志で有名なあの劉備達なのはもう間違いないだろう。そして、この小学生みたいな二人が諸葛亮と鳳統……頭がおかしくなりそうだ。しかし…、もうこの世界はこういうものだと切り替えた方が良いのだろう。曹操達で納得していたつもりだったが、流石に漫画とかで印象に強く残っている関羽や諸葛亮が女性化している方がショックがデカい。

 

 関羽といえばヒゲだろ、ヒゲ。それに諸葛亮は権謀術数や軍略に長けた軍師だろ。何かある度に孔明の罠だと言われるくらい狡猾な人間のはずだ。こんな可愛らしい小学生みたいな少女が、敵にわざと弓矢を撃たせて10万本の矢を手に入れたり、空城の計で敵を騙したりするのか。にわかに信じがたい。信じがたいが、こちらの季衣も同じくらいの身長で、大人の男を空高くブッ飛ばしたりする。その実力を低く見積もるのは危険だ。

 

 それと未だ名乗っていない劉備側で唯一の男も気になる。こちらに来てから出会った有名な武将や軍師は全員女だった。もしかしたら特別な何かがあるのかもしれない。俺が男に注目していると、劉備が男の隣に来た。

 

 

「それでこちらが私たちのご主人様ですっ」

「はあ~? ご主人様ぁ?」

 

 

 語尾にハートマークが付きそうな劉備の紹介に、俺はつい声を漏らしてしまう。劉備達のご主人様って何者だよ。つーか、ご主人様って呼び方はなんなんだ。もしかして、この男がそう呼ばせてんのか。キモっ、だがそこにシビれる! あこがれるゥ!

 

 

「貴様、我らの主に何か思うことがあるのか?」

「気を悪くしたならすまない。俺はそちらの劉備さんやアンタがこの軍のまとめ役かと思っていたからな」

 

 

 関羽は俺の反応に不快感を覚えたようだ。低い声で詰問してきた。ただそれだけで心臓を握りしめられるような緊張を覚える。それを表に出さず、とりあえず謝っておく。ビビったのがバレるのは今後、敵対する可能性も考えて好ましくない。弱味を見せるのは避けた方が無難である。でも関羽の睨みがマジで怖いので謝っておく。口だけの謝罪はタダだしな。

 

 俺の心のこもらない謝罪は関羽にはあまり効果が無いみたいで、その表情は未だに厳しい。だが、他の者には効いたようだ。ご主人様とやらが場を取り持ってくれる。

 

 

「いや、気にしないでくれ。実際に俺は飾りというか象徴みたいなもので、この義勇軍を動かしているのは劉備達さ」

 

 

 爽やかイケメンである。それにしてもコイツは何者なんだ。ゲームやアニメ、あとは横山光●三国志をパラパラっと読んだ程度の知識では見当もつかない。

 

 

「象徴ね……どこぞの名家の人間なのか?」

 

「違う違う。俺の名前は北郷一刀、自分では普通の人間だと思ってるけど、周りから天の御遣いだって言われているんだよ」

 

 

 俺の疑問に男は苦笑しながら答えた。

 いやいやいや、天の御遣いって言った? 目の前の男が一気に怪しく見えてくる。あっ、天の御遣いなんですか実は俺もなんですよ、などと軽くは考えられない。普通なら胡散臭(うさんくさ)い事このうえない。しかし、同時にこの男が名乗った【ほんごうかずと】という日本人のような名は、俺と同じ境遇なのではないかとも思わせる。分からん。どうなっているんだ、この劉備の義勇軍は。俺をここまで混乱させ続けるなんて。

 

 考えがまとまらず、一旦落ち着こうと息を深く吸う。そして、混乱し自然と狭くなっていた視界を拡げるように周囲をゆっくりと見回す。そこで気付いたのは華琳と春蘭の二人と、夏蘭姉妹の反応が違うということだ。四人とも多かれ少なかれ驚いているように見えるが、前者は比較的落ち着いており、後者は視線が俺と華琳の間を行ったり来たりしている。華琳はともかく春蘭が落ち着いているのは不自然だ。もしかしたら何か知っているのかもしれない。俺の考えはすぐ本人によって肯定される。

 

 

「……ふむ、では貴様が白き御遣いということか」

 

 

 春蘭が何気なく呟いた言葉に、俺は華琳達と初めて会った時のことを思い出す。あの時、確か華琳達は俺を【黒き御遣い】と呼んだ。【天の御遣い】ではなく、わざわざ色を付けて呼んだのは、他にも御遣いが存在すると知っていたからか。

 

 劉備の方は無邪気に春蘭が白き御遣いを知っていることを喜び、屈託ない笑顔を浮かべる。

 

 

「あっ、ご主人様のことを知っているんですね。もしかして黄巾党や盗賊の討伐で名声が広まってきているのかもっ!」

 

「喜んでいるところ悪いのだけれど、貴方達の噂は耳にしていないわ。ただ、私達は以前占い師から白き御遣いと黒き御遣いについて話を聞いただけよ」

 

 

 自分たちの働きが評価されたのかも、と喜ぶ劉備だったが華琳はそれを否定する。「ええぇ……そうなんですか」と残念そうな劉備だったが、ふと真顔になる。

 

 

「それじゃあ曹操さん達もあの頭巾を被った占い師さんと会ったんですね。私達もあの人から話を聞いてご主人様と会えたんですよ」

 

「そう。あの怪しい女は方々(ほうぼう)で同じような事を言っていたみたいね」

 

「あっ! でも私の聞いたのはほとんどがご主人様についてでした。黒き御遣いさんは既に他の人の所でお世話になっているみたいだったので」

 

 

 華琳と劉備の会話で黒き御遣いへ話が及ぶと、張飛が話に入って来る。

 

 

「もし黒い方の御遣いさまが他の人の所に行ってなくても、鈴々達とは上手くやれないと思うのだぁ」

 

「り、鈴々ちゃんっ!?」

 

「桃香様、鈴々の言う通りです。あの占い師の説明によれば黒き御遣いは、ご主人様とは対極の存在とのことです。さらに、多くの者に背を向けただの、仁や愛が無意味だの不穏な内容の説明も多く、共に歩んでいくのは難しいと思われます」

 

 

 張飛の言葉に驚く劉備だったが、そこに関羽の追い打ちがかかる。その追い打ちは見事に俺の精神へのダイレクトアタックとなった。多くの者に背を向けたねぇ、その通りだから反論のしようもないが、あのクソ占い師はアッチコッチで俺の過去を言って回っているのか。しかも、それが回りまわって本人である俺の目の前で語られるとか。い、嫌すぎるぞ。

 

 

 劉備は張飛と関羽を「黒き御遣いさんも天の御遣いなんだから、悪い人じゃないと思うよ」と(たしな)めている。それを視界の端に収めつつ、劉備のおかげで少しだけ回復した俺は、華琳に近付き小声で耳打ちする。

 

 

(おい、そんな話は聞いていないぞ)

(そうだったかしら?)

 

 

 平然と返す華琳へ俺は少し語気を強める。

 

 

(他にも御遣いがいるなんて重要な情報を言っていないのは問題だぞ。軍師にとって情報がどれだけ重要か、分からないお前でもないだろ)

 

(私は貴方を選んだ。この件に関して重要なのはそれだけよ)

 

 

 華琳が耳打ちしている俺へと顔を向け、互いの視線ががっちりと絡む。俺が華琳へ耳打ちする為に近寄っていたので、顔が触れそうな距離だ。顔が熱くなりそうで、俺はすぐに視線を逸らしてしまう。華琳がフッと微笑んでいるのが雰囲気で分かる。

 

 

(まあ、これからは情報をなるべく共有するようにしましょう)

 

 

 俺と華琳の会話が一応の決着しようという時、春蘭がとんでもない爆弾を場に落とす。

 

 

「張飛と関羽と言ったか、貴様たちは黒き御遣いが仲間に相応しいかどうか考える必要など無い。黒き御遣いは曹操様に仕えているのだから、元々貴様らの下につく可能性は存在せん」

 

「「えっ、えええええええええええ!!!!!」」

 

 

 劉備達が驚愕する中、華琳と冬蘭が小さく溜息を吐いている姿が見える。その気持ちは痛いほど分かる。わざわざ相手にこちらの手札を晒してどうする。華琳を含めて、うちの陣営は情報の取り扱いについて、一度きちんと話し合う必要がありそうだ。などと半ば目の前の状況から現実逃避をしている俺がいた。




読んでいただきありがとうございます。

当初の予定ではこの話でもう少し進むつもりでしたが、長くなり過ぎたので前・後編に分けます。場にキャラが多いと話が長引く、長引く。


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白き御遣いと黒き御遣い 2

 春蘭が黒き御遣いは自軍にいると言ってしまった。もうそれ自体はどうしようもない。あそこまでハッキリと言ってしまったら誤魔化しようがない。そして今、この場は微妙な空気が支配している。

 

 こいつ言っちゃったよ、といった感じで春蘭を見ている俺や華琳、それと冬蘭。そんな俺達の雰囲気を察して、原因は分からないが何かマズイことでもあったのかと慌てる春蘭と夏蘭。まさか、この場で何が悪かったのか春蘭に教えてやるわけにもいかず、俺も次の行動に踏み出せない。

 

 劉備達もかなり気まずいようだ。何せ、つい先ほどまで否定的な評価をしていた相手が、眼前にいる人間の仲間だと知ったのだ。そりゃ気まずい。劉備が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「ご、ごめんなさい。鈴々ちゃんたちも悪気があったわけではないんです」

 

「謝る必要は無い。あの占い師が言ったことをそのまま言っただけだろ? それに大体合っているから本人も気にしないだろう、なあ?」

 

 

 春蘭が劉備の謝罪に鷹揚な態度を見せ、その後に俺へ視線を移す。

 おい、こっち見んな。この話の流れでお前が俺の方を見ると、俺が黒き御遣いってバレバレじゃねえーか。

 

 

「仲間が失礼なことを言っちゃって、ごめんなさい。黒き御遣いさん」

 

 

 劉備が申し訳なさそうに俺へ頭を下げた。

 こうなるよな。出来れば誤魔化したいところだったが、既に手遅れ状態だと思う。もう劉備は完全に俺が黒き御遣いという前提で謝っているし、どうすりゃいいんだよ。

 判断に迷い華琳を見る。そこで俺の視線に気づいた華琳は、判断は任せるといった感じに小さく頷いた。

 正直言って任せられても困る。この状態から誤魔化すことは難しい……いや、ここは発想を転換した方が良いかもしれない。

 今後敵対する可能性を考えて、俺が御遣いであることを隠そうとしていたが、まず敵対しないことを優先して動いた方が良いかもしれない。それなら俺が御遣いだと知られたこともプラスに使える。アチラのご主人様こと、【ほんごう】と同じ御遣いだと知られていた方が親近感を得やすい。それに友好的な関係を今結んでおけば、彼らの情報も得やすい。最悪、将来敵対してもそれらが役立つだろう。

 

 

「さっき春、夏侯惇が言った通り、あんたが謝ることじゃない。それにそういうのは慣れているしな」

「そ、そうなんですか?」

 

 

 俺の言葉に引きつった表情を劉備は浮かべた。

 自分でもどうかと思うが、悪い噂なんて気にしていたら俺は中学、高校もまともに通えなかった。それに大体の人間は良い噂話より悪い噂話の方が多いだろう。みんな人の悪口が大好きだからな。

 

 

「ああ、だから気にするな。それと一応自己紹介しとくか。俺は比企谷、軍師をやっている」

「……なあ、ヒキガヤも御遣いってことは、もしかしてお前も現代の日本から来たのかっ!?」

 

 

 俺が名乗るとホンゴウが少し興奮した様子で話し掛けてきた。

 お前も、ということはコイツも現代日本から来た人間なのだろうか。ホンゴウは勢いこんで俺に詰め寄って来た。

 

 

「違うのか?」

「ん……いや、俺も日本人だ」

「そうか、ハハッ、やっぱり俺と同じだったんだな! 桃香から俺以外にも御遣いがいるって聞いていたから、もしかしたらって思っていたんだ。まさかこんな所で会うとは思ってなかったよ」

 

 

 俺が質問に答えるとホンゴウの口調はだんだん熱を帯びてきた。

 その気持ちは分かる。こんな訳の分からん世界に連れて来られて苦労していて、突然同じ境遇の人間が目の前に現れれば色々話したいこともあるだろう。しかし、時と場合を考えてもらいたい。

 

 

「まあ、待て。お互い聞きたいことはあると思うが、俺達はそれ目的で訪ねて来たわけじゃないからな」

 

 

 俺が視線で華琳の方を示す。今回は、あくまでウチのトップである華琳がこの義勇軍、とりわけ関羽に興味を抱いて尋ねて来ているのだ。それを差し置いて俺達がくっちゃべっていたのでは、華琳の立場がない。そして、それを放置して華琳の機嫌をそこねてしまうは非常にまずい。ホンゴウは直ぐにでも話の続きをしたそうにしているが、頼むから空気を読んでくれ。

 

 

「あら? 貴方達の話は私も興味があるからそのまま続けても良いのよ」

「そうですね。私も聞きたいです」

 

 

 華琳と冬蘭が小悪魔のような笑みを浮かべ、話を本来の目的へ戻そうとする俺の言葉を否定する。冬蘭はともかく、あれだけ関羽に執着を見せているのだから華琳が本気で言っているとは思えない。華琳に気を使って、話を本題に戻そうとしているのに、その華琳自身に梯子(はしご)を下ろされて戸惑う俺を見ようという悪戯だろう。良い趣味ですね。

 

 

「それは本気で言っているわけじゃないだろ」

「半分くらいは本気よ。でもそうね。先に本題から済ませましょう」

 

 

 やはり軽い茶目っ気だったようだ。華琳が劉備に向き直る。

 でも半分は本気か。あまりアッチでの話はコイツ等に聞かせたくないんだがな。というか悲しいかな、聞かせたいような良い思い出なんてあまり無い。こういう何でもないようなやり取りを自然に出来るくらいに打ち解けてきたとはいえ、言いたくない事もある。むしろ、これからも密接に関わっていく相手だからこそ恥ずかしい話なんてしたくない。

 劉備へ向き直った華琳は、先程までの柔らかな雰囲気を引っ込めた。

 

 

「先ず聞いて置きたいのは、貴方達が何を目的として義勇軍を率いているのか、ね」

 

 

 華琳は殊更強い口調や険しい表情をしているわけでもないのに、威圧感のようなものを感じる。ある程度華琳との付き合いも長くなった俺でもそう感じるのだから、初対面の劉備はより強い重圧を感じていることだろう。

 劉備の瞳は緊張した様子で揺れている。

 

 

「兵を率いて戦うからには理由があるでしょう? 自分達の村や町を守る為、名を売り中央や有力な豪族に自分を売り込む為……さて、貴方達の瞳は何処に向いているのかしら」

 

 

 心の奥まで見通そうとするような華琳の問い掛けに、劉備は一瞬気圧(けお)されたかに見えた。だが直ぐに意を決して一歩華琳へと近づく。

 

 

「私たちはこの乱れた世を、みんなが笑っていられる平和な世にしたいと思って戦っています」

 

 

 一見気弱さそうな劉備だが言う事は言う。そこには弱さも戸惑いも感じない。流石は劉備といったところか。

 しかし、随分ふわっとした目標だ。もっと具体的な話が出るかと思ったが、えらく抽象的な話である。本気で言っているのなら凄まじくデカいスケールの理想であるし、劉備達が今持っている戦力から考えると現実味が無く、大き過ぎるとも言える。どちらにせよもう少し詳しい話を聞かないことには、判断のしようがない。

 それに対して華琳の方は表情一つ変えない。

 

 

「そう……それで先ずは黄巾党相手に戦っていると」

「はい、彼らのせいで多くの人達が傷ついて苦しんでいます。絶対そのままにはしておけないって、みんなで立ち上がったんです」

「とりあえずの目的は黄巾党の討伐ね。丁度良い。私はこれから黄巾党本隊を叩きに行くわ。貴方達も私達と共に来なさい」

 

 

 劉備達は目を見開いたり、ぽかんと開けて驚いている。だが、劉備はすぐ我に返り慌てて華琳へ聞き返す。

 

 

「えっ、それってどういう、いえ、それより本隊を叩きに行くって何処にいるのか知っているんですかっ!?」

 

「ええ、ここから近いわ。貴方達も知っていてここまで来たのかと思っていたのだけれど、そうではないの?」

 

「は、はい。恥ずかしながら偶然です」

 

 

 華琳から聞き返された質問に、劉備は少し顔を赤らめる。華琳に幻滅されたのでは、と考えたのかもしれない。俺から見る限り華琳が気にした様子は全く無いし、先程の誘いを引っ込める気もなさそうだ。

 

 

「それで、貴方はどうするのかしら」

「えっ……」

「私と共に行くのかどうか、ということよ」

 

 

 劉備は華琳の問い掛けを受け、助言を求めているのか【ほんごう】や諸葛亮達の方をチラチラ見ている。ただ彼らはそれに軽く頷くだけだった。

 そして、意思が固まった劉備は視線を華琳へ戻す。

 

 

「私達も一緒に戦います!」

 

 

 劉備はハッキリと宣言した。劉備の仲間達に驚いた様子はない。もしかしたら彼らは、劉備が出す答えに見当がついたのかもしれない。そして、それで良いと考えたから何も言わなかったのではないか。そうだとしたら強い信頼関係である。

 単に劉備へ丸投げしただけかもしれないが、ここは桃園の誓いでお馴染みの義兄弟としての信頼関係と考えておこう。ん? でも劉備達は女だから姉妹になるのか。何だか百合の花が見たい気分だな。そういうの嫌いじゃないよ俺。

 

 

(痛っ!?)

 

 

 また尻に痛みを感じる。何とか声を上げるのは我慢し、振り返ると犯人はまた冬蘭だった。ジトーとした目で俺を見て「また目の濁りが酷くなってますよ」と注意をしてきた。身内以外の者がいる場所では、そういうのは控えてくださいと言い含められる。

 確かにほんのちょっと、ホントにちょっとだけ邪な考えが頭に浮かんだ。それは認める。でも、毎回尻をつねられるのは勘弁してほしい。そんな風に俺と冬蘭がごちゃごちゃやっていると、何を勘違いをしたのか華琳が俺へ話を向けてくる。

 

 

「これで劉備達と共に黄巾党本隊の討伐へ向かうのは決定なのだけれど……八幡、貴方何か意見があるの?」

 

「あっ、いや……」

 

 

 急に話を振られても正直反応に困る。しかし、正直にガチ百合妄想をしていて注意されましたとも言い辛い。そこで先程、二人の会話でもう少し詳しい話を聞きたいと思ったことについて質問する。

 

 

「あっさり決めてしまって良かったのかと思ってな。お互いにとって重要な話だろ」

 

 

 俺の発言で周囲がしんと静まり返る。場の空気が重くなった。話がまとまった直後なのに、それを疑問視するような発言なので当然の反応だろう。だが聞くなら今が一番良いタイミングだ。黄巾党本隊との戦闘中、もしくは直前になって考え方の違いから連携が崩れたりしたら最悪である。何せ、あの曹操と劉備だからな。

 今回の共同戦線において何か問題が発生して被害が出たら困る。さらにそれが原因で劉備達との関係が悪化しては目も当てられない。

 まあ、劉備達との関係は俺の発言のせいで、現在進行形で悪化してるけど。

 

 

「あの、何か私達に問題がありましたか?」

「そちらから振った話ではないか。どういうつもりだ」

 

 

 劉備は少し不安そうに問い、関羽は低い声で不快感を示した。

 関羽こえええ、ハチマンおうちかえる。関羽からのプレッシャーに晒され一瞬幼児退行してしまった。キレてるだろアレ。えっ、キレてない? いいや絶対キレてるぞ。

 そこで関羽の俺へのプレッシャーを遮るように、夏蘭が俺達の間に無言で入って来て重圧がかなり軽くなる。助かった。

 美人に睨まれるとかご褒美だろ、と言う奴もいるだろうが俺には無理。ただでさえコミュ障なのに相手が美人とか凄い重荷、しかもそこに強い奴特有の威圧感までプラスされたらお手上げだ。

 本当、このままUターンして帰りたいところだが、もちろん帰る事は出来ない。何より、このまま夏蘭の背に隠れたままなのも格好が付かない。

 俺は一度目を閉じ大きく息を吸い、ゆっくり吐く。そして、目を開きもう一度夏蘭の背を見る。

 

 

 

 

 落ち着いた……ちょっとだけ。

 

 俺は夏蘭の右肩に左手を置き「大丈夫だ」言って左にどくよう軽く力を込めて促す。夏蘭は前方の関羽を視界に収めたまま脇へと退いた。

 

 

「問題があるかどうか以前の話だ。さっきの話だけでは判断材料として足りないんじゃないかってことだ。あれだけの会話で何が分かるんだ。いざ本番という時に考え方の違いで足並みが乱れるなんてことになったら最悪だろ?」

 

 

 俺は劉備と関羽へ話し掛けながら、最後に華琳へも視線を飛ばす。

 俺が疑問を呈したのは、劉備達だけに向けたものではない。うちの陣営において華琳の意見は絶対に近い。とはいえ今回の話は簡単に決めすぎていると思う。それは俺が三国志の曹操と劉備の将来的な衝突を知っている為、警戒心が強まっているから、そう感じているだけかもしれない。しかし、この世界は現代日本とは違う。警戒し過ぎるくらいで丁度良い。

 

 

「気にしすぎよ。黄巾党討伐という目的が一致しただけの今だけの関係なのだから、考え方なんて多少違っていても問題ないわ」

「そうは言ってもな……」

 

 

 華琳の意見も間違っているとは思わない。しかし、どうしても曹操と劉備と言えば宿敵というイメージが付きまとう。

 それに俺がこれだけ今回の件に難色を示して見せれば、華琳は逆に俺を積極的に関わらせようとするはずだ。ちょっと天邪鬼なところがあるからな華琳は。さっきもいらん茶目っ気出していたし。

 俺の言葉を受け、少し考え込む華琳。そして、何か思いついたのかニコっと微笑みかけてきた。

 

 

「そんなに気になるなら貴方が劉備達との交渉役よ。貴方が言ったような問題が起きないように、貴方自身で調整しなさい」

「えぇぇ……(よし)」

「問題提起した貴方自身で確かめた方が良いでしょう? それに貴方が一番適任だと思うわ」

 

 

 表面上少し嫌がっている俺を見て、華琳は本当に良い事を思い付いたと満面の笑みである。

 一応望み通りの展開である。これで劉備達の情報を直接得られる。誰かからの又聞きより、自分の目と耳で確かめた方が安心できる。何より将来、華琳の敵にならないよう誘導出来るチャンスでもある。

 とりあえず企みが一つ上手くいって気が緩みかけていた俺に、誰かが近寄って来る気配がした。

 

 

「あ、あの、本当は私達が足手まといになる心配をしているんじゃないですか? 曹操さん達に比べたら兵隊さん達の数も装備も負けているかもしれないけど、私たちは……」

 

「ああ、いや、違う違う。戦力に関しては心配していない。さっきの戦いも見ていたしな。俺が恐れているのはさっき言った通り、連携が乱れたりすることだ」

 

 

 厳しい表情の劉備がさらに言い募ろうとしたところで、俺は慌てて遮った。

 この思いのほか強い反応は劉備自身、自分達の戦力に内心不安や不満を抱いている裏返しかもしれない。下手にコンプレックスを持たれても厄介であるし、今のフォローで納得してくれれば良いのだが。あと共同戦線について文句を言ったみたいになったが、悪意や害意からのものでは無かったと判断してくれると有難い。

 

 

「良かった……それじゃあ、連携が上手くいくようにちゃんと打ち合わせして、みんなで頑張って黄巾党をやっつけましょうっ!」

「お、おう」

 

 

 劉備は俺のフォローに気を取り直し、元気良く声を上げる。

 ここは俺も元気良く拳でも振り上げて「おおう!!!」とでも言った方が良かったのか。でも、そういうのは俺のキャラではない。

 歯切れの悪い返事をした俺に、劉備は不思議そうな顔をしている。

 

 

「私、何かおかしなこと言いましたか?」

「いや俺はそういう【みんな】ってやつに含まれたことが無いから分かんねえーな、て思ってな」

「「プッ……クッ」」

 

 

 俺の自虐発言に慣れているうちの陣営の奴らは、小さく吹き出し、そのあと笑いを堪えているようだ。俺のことを笑っているというより、一見すると頭がお花畑っぽい劉備とネガティブな俺との会話の全く噛み合ってないところが、ツボにはまったようだ。

 劉備達はドン引きしている。好意的に見るなら反応に困っているだけかもしれない。どちらにせよ、こういう時は笑ってくれた方がドン引きされるよりはマシだ。

 うわぁマジかよ、この人……って顔される方がダメージがある。ソースは今の俺。

 こんな状態で、劉備達と上手くやっていけるのかねえ。

 

 

 

 




八幡「計画通り」



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白き御遣いと黒き御遣い 3

 みんなで頑張って黄巾党をやっつけましょう、と張り切る劉備に返した俺の言葉により微妙な空気が漂う。うちの連中には受けているんだが、劉備達は俺のネガティブな発言へどう反応して良いのか分からないようだ。

 うん、笑えば良いと思うよ。それかスルーして下さい。お願いします。

 

「さて、そっちは戦い終わってすぐだから兵を休ませる必要があるし、こっちも今ここにいない軍師と少し打ち合わせをしたいから話は一旦ここで終わりで良いだろ。後でまた来るから続きはその時に」

「ちょっと待ってくれ。聞きたい事がっ」

 

 微妙な空気に耐え切れず、口早に言って場を解散させようとする俺を北郷が引き留める。そこに華琳も加わる。

 

「確かニホンがどうとか言っていたわね。貴方達は天から来たはずではないの。それとも私達の天と呼んでいる場所がニホンなのかしら?」

 

 華琳は矢継ぎ早に聞いて来る。非常に厄介な流れだ。

 華琳はこれまで俺の過去について深く詮索することはなかった。それを良い事に俺も偶に馬鹿話として黒歴史を少し明かすくらいで、詳しい話をしたことはなかった。それは現代日本や三国志関連の話をして、歴史が大きく変わってしまうのを恐れたからだ。さらに根本的な問題として、ここと俺の知っている歴史の関連性自体かなり怪しいのも警戒を強める一因になっている。

 これらの話題は俺にとって触れるとどうなるのか全く分からない、正直避けたい話題なのだ。が、誤魔化すのにも限界がある。北郷や華琳だけでなく、この場にいる全員から注がれる視線に、逃げ道が無いことを悟る。

 

「天と日本は違う。日本ってのは俺達が住んでいた国の名前だ。一回死んでこっちに転生したから、あの世から来たって扱いで、天の御使いなんて言われているんじゃないか?」

 

「「えっ!!???」」

 

 俺の説明に全員が驚愕する。

 天の御使いというのは、そのまま天国から来たって人という意味だと俺は考えていたんだが違うのか。

 事故死からの異世界転生って設定、一時期流行ったし俺も似たような状況だと思っていたんだがな。あれ? そういえば異世界転生モノの定番である特典を俺は貰ってない。超絶強くなったり、イケメンになったりするアレだよ、アレ。あんな痛い思いしたのに何も無いとか、やはり俺の異世界転生は間違っている。

 それにしても北郷まで驚いているはどういうことだ。

 

「なんで北郷まで驚いているんだ。お前も俺と同じだろ?」

「……いや、俺は寝て起きたらこっちに来てた」

「はあ?」 

 

 俺と北郷はお互いに何言ってんだ、こいつという表情で見詰め合う。

 もしかしたら北郷は自分が死んだ自覚が無いのかもしれない。寝ている間に死んだり、本人が意識する間もなく即死してしまった可能性もある。その場合苦しんだ記憶が無いのは羨ましい。

 北郷はまだ信じられないようで、呆然としている。

 

「なあ、何かの間違いじゃないのか?」

「少なくとも俺はトラックに轢かれて体も動かせないくらい酷い怪我をして、そのまま意識が無くなった。そして気付いたら事故に遭う半年以上前の姿でここにいたからな。死んだって考えるのが自然じゃないか」

 

 

 北郷はかなりショックを受けている。いや北郷だけでなく、この場のほぼ全員が困惑している。唯一あまり動揺していないのは意外にも春蘭だ。

 

「ふむ、どうりで死人の様な目をしているわけだ。一回死んでいるからなんだな。あと【とらっく】とはなんだ?」

 

 アホだから俺の言った事をそのまま信じて戸惑わない。逆に他の奴は死人が生き返ったり動いたりするはずがないとか、天からの御使いなのだからそれ位あり得るのではなどと考えてしまっているのだろう。

 

「しかし、流石は天の御力といったところか。息もしているし、体も温かくて死体とは違う。これで一度死んでいるとは」

 

 春蘭、ぺたぺた触るな。頬を引っ張るな。

 春蘭はうっとうしいが、今はそれよりショック状態の北郷をどうするべきか。人を気遣うなんて柄ではないんだが仕方がない。

 

「……まぁ、あれだ、知らない間に死んでしまったのかもしれないのはショックだよな。でも今、こうして生きているんだからそんなに落ち込むなよ」

「あ、ああ、そうだな。まだ実感はないけど大事なのは今とこれからだよな」

 

 自分で言っていてむず痒いが、一応効果はあったらしい。顔色は悪いが北郷が答えた。後ろで冬蘭と華琳が小声で「相手を追い込んでおいて次に優しい言葉を掛けて懐柔する」「ずいぶんな悪党ね」と囁き合っている。

 そこまで計算してないから、悪党と評した言葉とは裏腹に楽しそうな目で俺を見るのは止めろ。何を期待しているんだ。

 

「……日本に帰るのは無理そうだな」

 

 北郷が大きな溜息と共に呟いた。このイケメンリア充なら俺とは違い、向こうでもさぞ楽しく生活していたことだろう。帰れる見込みがなくなればショックも大きかろう。それでも泣き喚かない分、神経は太いのかもしれない。

 

「俺をこっちに連れて来た者だと名乗った奴がいたから、そいつと話せれば何とかなるかもな。頭巾を被っていて顔は分からんが、多分さっきも話に出ていた占い師と同一人物だと思う。探して見つかるかどうかは怪しいもんだが」

「ありがとう、今は桃香達の手伝いの方が大事だから、時間が出来たら探してみるよ」

「じゃあな、また後で」

 

 今度こそ一旦自陣に戻るべく歩き出す。ちらっと劉備達の様子を窺うと、北郷を囲んで何か話しかけている。ショック状態の北郷を気遣っているのだろう。占い師が見つからなくても、どうせ今みたいに周りの美少女達が慰めてくれるんだから気楽にいけよ。それに比べてこっちはなんだ。さっきから華琳達が無造作に体を触ったり引っ張ったりするんだが。

 

「春蘭の言う通り死体ではないわ」

「しかし、死んだ魚みたいな目をしている理由は分かりましたね」

「ふと気になったのですが、もう一回死んだらどうなるんでしょう?」

 

 

 華琳、死体ではないのは見れば分かるだろ、分かるよな?

 夏蘭、目は元々だから。

 冬蘭は恐ろしいことを言うなよ。春蘭辺りはマジで試しかねんぞ。

 歩きながらもう一度北郷の方を見る。劉備達は北郷を甲斐甲斐しくフォローしているようだ。うらやましくなんてない。うらやましくなんてないんだからね。俺もイケメンだったら、あちらさんのようにハーレム系ラノベ主人公みたいな扱いになっていたのだろうか……いや、ないな。全く想像出来ん。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「───────────というわけだ」

「ぐぎぎぃぃぃぃ」

 

 自陣に帰って来た俺が荀彧に劉備達の陣営でのいきさつを説明すると、荀彧は奇妙な鳴き声を上げた。他人にはお見せできない(つら)をしている。華琳が関羽や劉備に興味を抱いているということまで教えたのがいけなかった。とはいえ黙っていてもすぐに気付くだろうし仕様がない。

 

「ぶち壊しなさい。その協力関係、今すぐぶち壊しなさい」

「華琳の意向を無視すんのか?」

「うぐぅ……」

 

 華琳第一の荀彧なので激しい葛藤に苛まれている。華琳の望みに応えたいという思いと嫉妬心がせめぎ合っているのが、手に取るように分かる。そして、荀彧は葛藤の末に絞り出すように言う。

 

「……劉備や関羽とかいう何処の馬の骨とも知れない女は、華琳様が注目する程の人物だったの?」

「あ、ああ、少なくとも関羽の武力は春蘭にも引けを取らない、と思う」

「劉備の方は?」

「武力や智謀が優れているようには見えなかったな。その代わり人柄が良い」

「ひとがら~?」

 

 そんなものが何の役に立つんだと言わんばかりの荀彧。だが人柄が良い、人に好かれるというのも一つの能力だ。どんな戦いでも多数派の方が有利な場合が多い。数は力だよ荀彧!!

 

「人気者ってのはそれだけで厄介な相手だよ」

 

 終身名誉ボッチの俺が言うんだから間違いない。学校でそういう奴らに嫌われると針のむしろになるからな。ソースは俺。

 そして、何より厄介なのが華琳が劉備に何を望んでいるか、だ。関羽のことは自分のものにしたがっているのが丸分かりだが、劉備については違う。そういう目では見ていない。かと言って取るに足らない相手とも思っていないはずだ。もし、劉備をただの甘ちゃんだと思っているのなら、さっさと関羽を引き抜きにかかっているだろう。むしろ華琳は劉備が強くなって自分のライバルとして立ちはだかることを望んでいそうで怖い。

 

「敵ってのは弱ければ弱いほど良いし、少なければ少ない方が良い。解決しなければならない問題は簡単なほど良いよな」

「当たり前でしょ。あんたと同じ考えだなんておぞましいけど」

「……華琳も同じだと思うか?」

 

 俺の問いに荀彧は黙り込む。華琳はアホで弱い敵より、(さか)しく誇り高い強敵を望んでいるような気がしてならない。荀彧も思い当たる節があるようだ。

 

「まさか華琳様は劉備に自分の好敵手となるのを期待しているとでも言うの!?」

「本人の口から聞いたわけじゃないから分からん。分からんから俺は勝手に出来るだけ劉備達と敵対関係にならないように動くし……敵対した場合も考えて準備がしたい」

「その口振り、私に何かさせる気?」

 

 含みを持たせた俺の口調に荀彧は眉をひそめ、自分の体を隠すように抱きしめ距離を取ろうとする。この流れでエロい事を要求するわけないだろ。そんなのキ●ガイか、薄い本の住人くらいだろ。

 

「大したことじゃない。ちょこっと糧食を持ち出したいだけだ」

「ああん!?」

 

 怖い。めっちゃメンチ切られてる。しかし、俺の作戦に糧食が必要であるし、黙って持っていくと糧食の管理をしている荀彧はもっと怒るから引くに引けない。仕方ないので俺のやろうとしていることの一部を説明することにした。

 話は単純。相手は将の数こそ揃っているが、末端の兵と物資は質、数ともに乏しい劉備陣営である。少量の糧食でも有難がるはず。それに場合によっては陣営の切り崩しにも使える。ずっと物資に乏しい状態でも今までは耐えてきたのだろう。しかし、一度贅沢(ぜいたく)を味わってしまうと、元の貧しい状態がより辛くなる。あちらの名のある将はともかく兵に対してウチの影響力が強くなるって寸法だ。

 まあ、最初は敵対行動にならない程度の情報を得るのと、友好的であるというアピールに使うだけだ、と笑っていると耳元に何かの気配を感じる。

 

「悪い人ですね~」

 

 耳元でねっとりとした声がして、ぎょっとする。慌てて振り返ると笑顔の冬蘭がそこにいた。

 

「おまっ、いつからいたんだ!?」

「最初からです」

 

 荀彧へ確認するように視線を送ってみるが、荀彧も俺同様驚いているようで首を横に振る。冬蘭は動揺している俺達にお構いなしに。

 

「面白い話ですが、一つ致命的な問題があります」

「「えっ!?」」

「八幡さんに敵の懐柔なんて出来るんですか。脅したり挑発したりするのは得意でも、ねえ?」

 

 その指摘は正しい。友達一人作れない俺にはハードルが確かに高い。いや待て、作れなかったんじゃない。必要ないから作らなかっただけだから。あと敵って言うなよ。敵対しないのが第一目標だからな。

 

「でも安心してください。こういう時の為に隠れて聞いていたんです。私なら怪しい見た目の貴方と違って警戒されないでしょう」

「あ、はい」

 

 笑顔の冬蘭に俺は頷くしか出来ない。正直今は劉備達よりお前の方が怖いぞ。心臓が止まるかと思った。




読んでいただき、ありがとうございます。
投稿が遅くなってすみませんでした。


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臥龍と鳳雛の憂鬱

 突然比企谷さんと曹純さんがやって来た。何かと思えば、糧食を分けてくれるそうだ。物資に乏しい私達にとってこれほど嬉しい贈り物は無い、そう最初は思っていました。曹操さんの所の兵隊さん達が、運び込んだ糧食を全て見た私は愕然とすることとなる。

 

「こちらはお近づきの品です」

「ほわぁ、こんなに豪華な食料が軍の糧食なの? うちでは考えられないね」

 

 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた曹純さんに、桃香様は曹操陣営から運び込まれた糧食を前にただただ感心している。資金面で困窮する内情を一番良く知る私としても、その気持ちは誰よりも分かる。でも軍師を務める身で無邪気には喜べない。

 

(朱里ちゃん、これって……)

 

 私と同じく軍師である雛里ちゃんが小声で話し掛けてくる。その曇った表情を見れば私と同じ危惧を抱いていることが分かる。

 比企谷さんと共にやって来た曹純さんが、お近づきの印だと言って運び込んだ糧食に、私達の仮ごしらえの陣は歓喜に包まれた。資金に乏しい私達は、当然糧食の確保にも困っている。普通に考えれば感謝の言葉しかないのだが、そこに私と雛里ちゃんを悩ませる点があった。しかも、とびきり扱いに慎重を期す類の……。

 

(まず問題なのが運ばれて来た糧食の内容だよ)

(うん、質は良いけどこの量ではすぐになくなっちゃう)

 

 雛里ちゃんの言葉に小さく頷く。質は桃香様の言葉通り私達の陣営では手が出ない、ご馳走と言って間違いない物だ。しかし、量は少ない。少しずつ食べて五食、目一杯(めいっぱい)食べれば三食持つか怪しい。陣営の糧食不足を解消する事は出来ないうえ、一度こんな贅沢な物を食べた兵が今後も貧しい行軍生活を続けられるか不安しかない。

 雛里ちゃんが意気消沈した様子で俯く。

 

(私達の財政状況では当分こんなに良い糧食は調達出来ないです)

(これに慣れちゃうと今後兵隊さん達から不満が出てくるかもしれないね)

(それにこれだけの物を無償で貰えるとは思えないです)

(うん)

 

 雛里ちゃんの予想に同意する。今回提供された糧食は安い物ではない。曹操さんに関する噂や実際に会った感触からして、純粋な優しさからの施しとは思えない。何か要求される可能性が高い。物資に乏しい私達に要求するとしたら戦闘に関すること以外にない。危険な役目を割り振られるのではないだろうか。

 

(もし無茶な要求をされたら……)

(曹操さんの性格上、極端に理不尽な要求はしないと思います)

 

 確かに曹操さんの場合、性格上道理に合わない様な要求をする可能性は低い。それに今回の差し入れが曹操さんの意向なのかは分からない。

 まあ、仮に曹操さんではなく比企谷さんや曹純さんだけの権限で出された物なら、それはそれで怖いのだが。三食分と言っても数千人の糧食なので金額にすれば相当な額となる。これだけの物を曹操さん以外の人でもポンと出せるとしたら、陣営としての地力に差がありすぎて、あちらの意図しない行動でも私達の陣営が大きく揺らぎかねない。今の私の心中のように。

 そして、私があれこれと頭を悩ませる最大の要因は、曹操さん達が敵ではないという点だ。今回の糧食も対応に困る内容ではあるが、【とても贅沢な贈り物】である。何か受け入れがたい理不尽な扱いをされたり、攻撃されたのなら話は変わるが、【とても贅沢な贈り物】をされておいて私達が文句などつけられる立場ではない。

 ゾッとする想像だが、いっそ敵であれば対応に悩む必要はなくなる。取れる方策は逃走しかない。彼我の戦力差はそれ程までにある。しかし、曹操さん達は味方なのだ。それも【とても贅沢な贈り物】をくれた【とても良い味方】なのだ。少なくとも今この義勇軍で私や朱里ちゃん以外の人達は、全員がそう思っている。私と雛里ちゃんが危惧する問題を言ったとして、それを受け入れる人がこの義勇軍にいるだろうか。ゆっくりと丁寧に根気強く説明すれば、ご主人様達は理解してくれるかもしれない。しかし話はそう簡単ではない。

 

(貰った糧食を返すなんて言えないよね)

(絶対無理です。曹操さん達に対して失礼になるし、こちらの兵隊さん達も納得するとは思えないです)

 

 兵隊さん達は既に【とても贅沢な贈り物】を目にしている。今更それを貰わないなんて私達が言い出したらどうなるだろう。お腹を空かせている時に目の前に美味しそうな料理を出し、食べようとしたところで引っ込めれば大抵の人は怒る。追加の糧食が貰えるのなら、それが一番良いのだが。

 

(もっと貰えれば良いんだけれど)

(流石にそうなると曹操さんでも、かなり重い要求をしてきますよ)

 

 私のほとんど愚痴の様な言葉に、雛里ちゃんは顔を青くする。雛里ちゃんの危惧は私も同感だった。結局八方塞がりである。

 

(今回の件、曹操さん達の意図が読めません)

 

 ぼやく私に雛里ちゃんは黙って頷く。

 私達を潰すつもりなら、もっと簡単なやり方は幾らでもある。では何の悪意も無く、ただただ純粋にお近づきの品と言って持ってきた物が私達をこれ程悩ませているのか。もしそうなら、完全な笑い話だ。軍師は楽観的では務まらないが、共同作戦をとる仲間が善意で分けてくれた糧食でいちいち頭を抱えていたのでは、心労で倒れるのも遠い未来ではない。それに推測だけでは限界がある。

 何か手掛かりが他にあるとしたら、それは糧食を運び込んだ後、まだ帰らず桃香様と話している比企谷さん達だ。少しでも彼らの考えを見通そうと観察してみる。桃香様との会話は基本曹純さんがしている。表情は柔らかく、人好きのする人柄に見える。彼女を見ていると本当に善意からの差し入れだと思えてくる。

 比企谷さん方は最初の顔合わせの時とは違い、ほとんど口を開かない。曹純さんに対応を任せ、彼女の後ろで黙って腕を組んでいる。その姿は一見ぼうっとしている様に見えるが、視線は動いている。

 比企谷さんも此方の陣営を観察している? 差し入れた糧食に対する反応を見ている? 純粋な善意からの差し入れなら、こそこそ観察する必要はないのではないか。ダメ、どうしても悪い方に考えちゃう。頭を振って先入観を捨てようとしていた、その時─────それとなく周囲を観察していた比企谷さんの視線が、私の視線と絡んだ。その濁った目で見られていると、こちらの心の中まで見透かされているようで落ち着かない。

 私が居心地の悪さに視線を外そうとした時、比企谷さんの口角(こうかく)がゆっくりと吊り上がる。背筋を強烈な寒気が這い上がって来る。分かった。分かってしまった。理屈や感情など関係ない、本能が告げている。その表情は獲物を前に舌なめずりする餓狼(がろう)

 震える手で雛里ちゃんの手を握る。

 

(えっ、どうしたの?)

(分かりました。あちらの意図が)

(ほ、本当ですか!?)

(私達を飲み込む気です。何故こんな簡単な事に今まで気付かなかったんでしょう)

 

 こちらの弱い部分、物資面を的確に突く援助。しかし、こちらの抱える問題を解決する程の量ではない。もっと欲しいと私達は当然考える。それと同時にあちらには簡単に差し入れが出来るくらい糧食に余裕があるのだろう、と私達は今回の差し入れで理解している。まず立場と彼我の戦力差的に奪うなど不可能。

 ではどうするか。自分で餌が獲れない飢えた犬が餌を得る為には、主人にしっぽを振るしかない。

 

(曹操さん達……いえ、比企谷さんは今回の差し入れの引き換えに何かを要求するのではなく、こちらが【次】を期待して擦り寄るのを狙っているんだと思います)

(策としてあまりに回りくどくありませんか?)

(あくまでこちらから望んで、という形にしたいのだと思います)

 

 こちらからの反発をなるべく少なくする為だろう。立場の違いを笠に着て、上から目線で傘下に入れと言われれば誰でも良い気はしない。自分から傘下に入りたいと言って行くのとは大きな違いがある。

 

(既にこちらの兵隊さん達の気持ちは、かなりあちらへ流れていると考えた方が良いでしょう)

(将の皆さんが残っても兵隊さん達がいなくなってしまっては、手足を()がれたも同然です)

 

 もし、こちらの兵隊さん達が自発的に曹操さんの所へ移りたいと言い始めたら、陣営としては末期だ。糧食もまともに用意出来ず、下の者が離れていくなど、上に立つ者として失格である。

 

(ここからは対応を間違えると一瞬で終わります。ただ黄巾党に勝つだけでは駄目です)

(うん、黄巾党討伐によって名を上げて官職を得るか、後援者を見つけて財政面を安定させるのが当座の目標だったけど、そこまで兵隊さん達が付いてきてくれるだけの物資をすぐにでも確保しないと)

(これ以上曹操さんから貰うのは出来るだけ避けたいね)

 

 雛里ちゃんの挙げた目標に同意する。但し、曹操さん達からこれ以上の物を得ようとするのは危険だ。こちらに対する曹操さん達の影響力が大きくなり過ぎて、アリ地獄のように抜け出せなくなる。

 

(そうなると黄巾党の物資を奪うしかありません)

 

 雛里ちゃんの言う通り、それしかない。糧食を買うお金も無いが、そもそもこの辺りには村や街が無い。であるならば、近くにいるという黄巾党の物を奪うしかない。

 

(それにしても……未だほとんど無名の私達相手にここまでするなんて、黒き御遣い侮れません。情報を集めておいた方が良いですね)

 

 私の呟きに雛里ちゃんも深く頷いている。

 




八幡「なあ」
冬蘭「なんです?」
八幡「仲良くするには笑顔が大事だよな」
冬蘭「え、ええ、まあ」
八幡「諸葛亮が俺の事を見ていたから、なんとか笑顔を浮かべようとしたんだが」
冬蘭「キモ……いえ八幡さんにしては珍しい行動ですね」
八幡「おい今なんつった? まあ、それは一旦置いといて」
冬蘭「ずっと置いておいてください」
八幡「頑張って笑顔を作ったら、諸葛亮が震えながら目を逸らしたんだが」
冬蘭「……」
八幡「(卯月ちゃんが)言ったよね!?『笑顔なんて、笑うなんて、誰でも出来るもん』って。俺馬鹿みたいじゃん」
冬蘭「いいえ、その(腐った目では)結果は当然のものです」
八幡「当然?……酷い、なんで、俺の目が腐っているから?俺アイドルやめる」


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劉備陣営との作戦会議

 黄巾党本隊との交戦を前に、劉備達と最終的な作戦会議をすることとなった。劉備達との初顔合わせでは俺達が彼女達の陣を訪れた。そして、今回は劉備達がこちらを訪れる予定だ。もう少しすれば到着するだろう。

 こちらの会議に参加するメンバーは楽進達三人を除く主要な面子で、もう全員揃っている。楽進達には周辺の警戒をしてもらっている。

 俺と荀彧、劉備側は諸葛亮達の軍師同士でお互いの戦力や装備については既に確認が済んでいるし、大まかな案も幾つか出し合っている。後はそれらを踏まえて華琳達、トップによる最終判断がこれから為される。これはとても大事な作戦会議である。しかし、俺のテンションは地を這うようだった。

 そんな俺とは対照的に冬蘭はニコニコしている。

 

「ふふっ、華琳様聞いてくださいよ~」

「随分ご機嫌ね。何か良い事でもあったのかしら?」

「良い事ではないですが、面白い事があったんですよ」

 

 俺を見ながら冬蘭が華琳の耳元に、ここだけの話ですよ、と内緒話をするように話し始める。但し声量の方は内緒話とは言えない大きさで。

 

「あちらにちょっとした贈り物をしたんですけど、その時に向こうの軍師が八幡さんに怯えて震えていたんですよ」

「……今から共に戦おうという時に何をしているのよ?」

 

 華琳は一瞬唖然とし、その後呆れながら聞いて来た。ここで俺が黙っていても冬蘭がバラしてしまうだろうし、隠しても仕方がない。仕方のない事だが、進んで言いたいことでもないので自然と沈んだ口調になる。

 

「お近づきの印にと心ばかりの贈り物を劉備達に持って行ったんだが」

「それは桂花から聞いているわ。貴方に限って単なる善意というわけではないのでしょう?」

「まあ、な」

 

 華琳の口振りから察する。荀彧は俺の策、劉備達への友好アピールとあちらの兵への影響力アップなどを狙う意図までは説明しなかったらしい。荀彧に視線を移すと、彼女は小さく頷く。俺の行動が華琳の命令に反しない限り、荀彧はこの件で俺を邪魔しない。この前の説明で理解は得られている。

 

「一応無償で渡したが、俺達にとって利のある行動だ」

「そう、劉備達との折衝は貴方に任せているのだから好きにしなさい。で、何があったの?」

「糧食をあちらに運び込んだ時、何故か諸葛亮が俺をずっと見ていたんだよ」

 

 ええー自意識過剰だろ、みたいな空気に場が包まれる。いや本当、めっちゃ見られてたって。ボッチは他人の視線に敏感なんだぞ。分かるから、プロだから。

 

「実際に諸葛亮が貴方を見ていたとして、何故怯えるのよ?」

「どうすりゃ良いのか分からなくて、引きつりながらだがなんとか笑顔を作ったんだよ」

「そうしたら諸葛亮が震えながら目を反らしたそうです。しかも私が見た時は龐統(ほうとう)の手を握って怯えていました」

 

 冬蘭が割り込んで最後まで言ってしまった。テンションだだ下がりの俺と、何が楽しいのかニコニコしている冬蘭以外は全員微妙な表情になってしまう。

 

「通りで……事前の打ち合わせの時、変な空気になるわけね」

「今からする作戦会議では気をつけなさい」

 

 荀彧が呆れ、華琳は一つ溜息を吐いた後、それだけ言った。代わりに秋蘭と春蘭が口を開く。

 

「慣れていない者からすると八幡、お前は分かり辛いからな」

「いやあ、舐められるよりは良い。義勇兵如き、こちらを畏怖する位で丁度良いぞ」

 

 秋蘭のフォローと能天気な春蘭に若干気が軽くなる。

 

「ここはさっさと気持ちを切り替えていこう。よし、作戦会議では極力何もせず、大人しくしているから後は任せたぞ」

 

 俺の決意にその場の全員が何とも言えない顔をする。

 

「切り替えると言う割に後ろ向きね。貴方らしいと言えば貴方らしいけれど」

 

 華琳が呆れていると劉備達がやって来たと伝令が走り込んできた。

 さて、あまり悪い印象を持たれていなきゃ良いんだがな。

 

 

◇◇◇

 

 

 劉備達の陣では二人の軍師が頭を抱えていた。

 

 私は先程から自分の不明を恥じていた。軍師として有力者の情報は敵味方関係なく把握しておかなければならない。自分は広い視野を持っているつもりだったが、とんでもない見落としがあった。曹操さんの情報は少なからず持っていた。若く才能に恵まれ、向上心もある人物で今まさにその名を中華全土へと広めんとしているという認識だ。しかし、認識を改めなければならない。凄いのは曹操さんだけではない。その配下である黒き御遣い、比企谷さんは下手をすれば曹操さん以上に注意しなければならない相手かもしれない。

 比企谷さんの危険性に気付いた私は、同僚の雛里ちゃんと共に彼の情報を慌てて集めることにした。と言っても現状で出来る事は、曹操さんの所の兵から得られる噂話の収集くらいのものだった。それでも無いよりはマシだ。

 

 曰く、曹操さんが何処からともなく連れて来てた。

 曰く、曹操さんと夏侯惇さんと夏侯淵さんの三人相手に戦って勝ったことがあるらしい。

 曰く、曹操さんの縁戚である曹仁さん、曹純さんが直属の部下である。

 曰く、拷問好きで熱した鉄を押し付けるのが最近のお気に入り。

 曰く、あの人の尋問で吐かなかった者はいない。

 曰く、魂を抜き取る術が使えるらしい。

 曰く、(まつりごと)をすれば貧民街を瞬く間に人で賑わう市へと変える。

 曰く、兵を率いれば部下を一人も死なせず第一功を挙げる。

 曰く、天からの遣いと言っているが、本当は地獄からの使者。

 

 集めた情報は玉石混交で、にわかには信じがたいものも多かった。しかしその中で共通しているものがある。それはこの噂を語る曹操さんの兵達の、彼を恐れつつもまるで自慢話をするような口調だ。内容は話半分に聞いておいた方が良いが、末端の兵達にこのように言わせるだけの何かがあるのは確かだろう。

 

「雛里ちゃん、集めた噂のどこまでが本当だと思う?」

「全て嘘であれば嬉しいのですが」

「逆に全てが事実であれば完全にお手上げです」

 

 私の質問に対する雛里ちゃんの答えは、何の根拠も無い単なる希望だけど私も同じ意見だ。とりあえず魂を抜き取るとか地獄からの使者というのは置いておいて、それ以外の内容も驚異的である。知力だけでなく、戦いにも高い適正を持っているというのか。それに曹純さんが彼の補佐に付いているのは、私もこの目で見ている。彼が曹操さんの陣営で非常に重要な立場なのは確かだ。

 問題は彼の優秀さだけではない。こちらが取れる手が少ないのも辛い。

 

「とにかく今はご主人様達に、あちらとの接近を慎むように言うくらいしか出来ないでしょう」

「下手な事をして敵愾心を持たれると大変です」

「現状での勝算は限りなく低い、むしろ無いと言った方が正しいからね」

 

 雛里ちゃんの言った事態は、最も避けなければならない。今のところ比企谷さんは懐柔策をとっているので、何か無い限り突然強硬策に出るとは思えない。つまりあちらを刺激しないよう、但し確実に距離をとっていけば良い。

 さあ、これから黄巾党本隊襲撃の作戦会議の時間です。あまり出しゃばらず、それでいて無茶な役割を押し付けられないよう細心の注意を払わなければ。

 

 

〇〇〇

 

 劉備側の会議への参加者は、劉備、北郷、関羽、張飛、諸葛亮、龐統の六人がやって来た。

 軍師同士で事前の打ち合わせは終わっているので、幾つかの案から最終決定を選ぶだけなのだが、どうにも話が進まない。打ち合わせで決まった内容を軍師陣の中の誰かが説明して、華琳や劉備にどの案を選ぶか話し合って貰うだけなのだが、軍師陣の誰も率先して話そうとしない。

 俺はこの会議では目立たないようにしておこうと決めていたので、最初から口を閉ざしていた。そうしたら何故か荀彧や諸葛亮達も何も言わない。

 まあ、黙っていれば三人のうちの誰かが仕切るだろう。軍師って生き物は何でも仕切りたがるものだ。完全に偏見である。

 しかし、誰も口を開かない。どうして誰も口火を切ろうとしないのか、首を捻りつつ三人の顔色を窺う。原因不明のお見合い状態で妙な空気が漂う。

 

(荀彧、おい荀彧!)

(何よ)

(向こうは仕切るつもりが無いみたいだから、お前が仕切ってくれ)

(気安くお前って言わないで! それにあちらとの共同作戦に関しては貴方が担当でしょ?)

(さっきも言っただろ。目立ちたくないんだよ。頼む、一生のお願いだから)

 

 俺の人生で何度目かも分からない一生のお願い。しかし、一回死んだから一生のお願いもリセットもされているはず。小声で拝み倒すと荀彧は嫌々ながらも受け入れた。

 

「……では黄巾党本隊討伐における作戦会議を始めましょう。事前に軍師陣でいくつかの案を出しているので、それを紹介します」

 

 話し始めてしまえば荀彧は淀みなく説明を進める。

 軍師同士での話し合いで出た案は大きく分けて三種類。誘き出して罠にかける、夜襲、火攻めである。

 誘き出してというのは俺の案だ。前にも使った策でワンパターンと思われそうだが、今回は少し違う。黄巾党本隊は二十万人にも達するらしい。まあ、その中にはまともに戦える状態ではない者達もいるらしいが、それを差し引いてもこちらより人数が多いのは確かだ。そんな大軍を破るには、過去の偉人の手法を真似でもしなければ難しい。そこで参考にしたのが戦闘民族島津の誇る釣り野伏せだ。

 内容は先ず正面から一度当たり、敗走に見せかけて後退する。追って来た敵軍を伏兵により左右から挟撃、後退中の部隊も反転して攻撃、これにより敵軍を半包囲状態にする。少数の兵で多数の相手を殲滅するには、非常に有効な作戦らしい。今までも似たような作戦を使っているが、誘き出した相手を攻撃する際に二方向から攻撃することはあっても、三方向からというのは初めてだ。

 そして、火攻めは荀彧、夜襲は諸葛亮達が提案した。まともに戦うのは避けたいという認識で共通している。

 三種類の案を聞いて最初に華琳が反応を示す。

 

「私はこの一戦で黄巾党の基幹を壊滅させ、この騒乱の大勢を決するつもりよ。つまり今回の目的は相手戦力を消耗させることでも撃退することでもなく、殲滅することにあるわ」

 

 一切の反論を許さない断言。この場の力関係的に最も有力である華琳がここまで言うと、それはそのまま決定事項となる。そして、すぐに華琳至上主義者の荀彧が追従する。

 

「それでは夜襲は少し主目的から外れますね。寡兵(かへい)で大軍の戦力を削るには合っています。でも闇夜では敵情を把握しづらいので敵上層部を逃す可能性があります」

 

「そ、それを言うなら火攻めも同じではないでしゅ、すか」

 

 諸葛亮が慌てた様子で反論する。数十万にも及ぶ大軍に深刻なダメージを負わせる程の火攻めなら、炎と煙でこちらも多かれ少なかれ全体の状況を把握しづらいのは確かだろう。

 三つの案のうち二つが議論に上ると、次は残った一つに目が向けられる。というか残った一つを提案した俺へ軍師連中の視線が集まる。自分の案の優位性を説明をするなり、他の案の問題点を挙げるなりしろといったところか。

 だが断る。積極的に議論へ参加して目立つつもりはない。今の俺は例えるなら学芸会などの演劇における木の役である。ただただ黙して立っているだけ、メインキャストの方々のお邪魔は致しません。それに戦術眼は華琳や諸葛亮達の方が上だろう。現代人として彼女達には無い視点からアイデアを出すのは有効だと思うが、この規模の作戦全体を采配するのはまだ荷が重い。

 口を開く気配の無い俺を見て、荀彧が面倒そうに俺の案についても分析しだす。

 

「誘き出したところを三方向から攻撃する、考えとしては理解出来るけれど実際可能なの? 寡兵で大軍相手を包囲するというのは、包囲網が薄くなるんじゃないの?」

「そうです。数の差がここまでなければ何とかなるかもしれませんが」

「少し難しいと思います」

 

 荀彧の指摘に諸葛亮達も同調する。俺の案に彼女達が問題ありと思うなら、特に反論するつもりは無い。上手く実行すれば有効らしい、俺自身その程度の認識だ。なにせ聞きかじった程度の知識なので、自信満々に勧めるのは気が引ける。俺がガチのミリオタだったり、もっと軍師として指揮した経験が豊富であれば話は別かもしれないが。

 そんなこんなで俺の案は却下かな、と黙って聞いていると意外なところから待ったがかかる。

 北郷が首を捻りつつ俺に聞いてくる。

 

「もしかして、この案って比企谷が考えたんじゃないか?」

「ああ」

「それじゃあ、これって島津の釣り野伏せ?」

 

 こいつ戦国マニアか? いや、マニアでなくても今時戦国時代をモチーフにした漫画やゲームなんかが溢れているのだから、知っていてもおかしくないか。ともかくここで無視するのは流石に感じが悪すぎるので肯定しておく。

 

「まあな」

「そっか。それなら効くんだろうなぁ」

 

 北郷がうんうんと頷き、納得した顔をする。それを見て劉備陣営の連中がざわざわし始める。北郷をご主人様なんて呼んでいるくらいだ、影響力は大きいのだろう。

 

「あ、あのご主人様。シマヅノツリ、何て言いました? それって凄いんですか?」

 

 劉備が初めて聞く言葉に困惑している。他の劉備陣営の連中も北郷を見詰めている。ちなみに俺にもこちらの陣営の連中の視線が集まっており、非常に居心地が悪い。しかし、どうせ北郷が今から説明するのだから俺が言う必要は無い。

 

「釣り野伏せは、俺達の国の歴史上の偉人が使った戦術だよ。その人は戦上手の島津義弘という武人で、この戦術を使って大軍を破っているんだ」

 

 思いの外に熱く語る北郷。やはり戦国時代マニアという奴か。絡むと面倒臭そうだな。そっち系の話題はなるべく振らないようにしよう。

 引き気味の俺とは違い、他の連中は北郷の話に興味を持った。特に劉備陣営の連中には好感触のようだ。最初難色を示していた諸葛亮と龐統も北郷に色々質問している。

 

「島津という人はそんなに有名な武人なのですか?」

「実際に使われた時の状況を詳しく教えてもらえますか」

「俺のじいちゃんの地元の偉人だから俺は良く知っているけど、そこまで有名でもないかな」

 

 地元ね。鹿児島辺りか? それなら詳しくてもおかしくないな。北郷が諸葛亮達に色々説明している。この分だと俺の案が採用されそうだ。その流れは誰の目にも明らかで、春蘭ですら察したようだ。面倒臭い事に。

 

「どうやら八幡の案が選ばれそうだな。フッ、華琳様の一の軍師なのだから当然と言えば当然か」

 

 春蘭が日頃折り合いの悪い荀彧を見ながら余計な事を言いやがった。普段弁が立つ方ではないくせに、煽りだけは一人前である。春蘭の煽りにこめかみを痙攣させる荀彧。どっちかと言うと煽る側であることの多い荀彧が、逆にやられている姿は新鮮である。

 止める気も起こらない。引き合いに出されているのが俺でなければ。いやほんと止めろ。いや止めてください。俺まで恨まれるから。元から荀彧は男嫌いなのだが、俺には特に当たりが強い。これ以上悪化しては堪らない。それに今は劉備さんの所の孔明さん達もいるんですよ。あちらにも煽りが効いちゃったらどうするんだ。なんか既に空気が重くなってきた気がするし。

 どこぞの強化外骨格をまとった人が昔、集団をまとめるのに一番有効なのは敵を作る事って言っていたけど、今回は俺が恨まれるのはマズイ。

 必死過ぎてふいに昔の思い出がフラッシュバックする。ある合同クリスマスイベントの助っ人に駆り出された時に出会った他校の生徒会長、彼が覚えたてのビジネス用語をこねくり回してお茶を濁していた姿を。

 

「ひ、一つの案に固執し過ぎない方が良いと俺は思うぞ……ほら、あれだ、どれか一つを選ぶんじゃなくて、組み合わせて、シナジー、そう相乗効果を狙うってのはどうだ?」

 

 苦しい、苦しいながらもそれっぽく言い募る。乗り切れるか? まさか、あの意識高い系(笑)の言動がこんな形で役に立つとは。いや、まだ役に立ったかどうかは分からないが。

 噛み噛みなうえ、適当な俺の提案に華琳がいち早く反応する。

 

「しなじ? は分からないけれど、それぞれの案は相反するものではないから同時に使えなくもないわね」

「そ、そういうことだ」

 

 華琳が都合よく解釈してくれたお陰で何とかなりそうだ。華琳は一、二秒目を瞑るとすぐに考えがまとまったようだ。

 

「先ず別働部隊が夜のうちに接近して情報収集。敵の指導者と燃えやすい場所などを把握、出来るなら油を撒いたり仕込みをする。夜明け直前に火を放ち襲撃。この際、一方向を除く敵陣全周に火が回るようにする。これならすぐに日が昇るから闇夜に紛れて逃げられることもないわ」

 

 華琳が一度話をきって他の者達の反応を見る。口を挟む者は誰もいない。

 

「夜明け前の火攻めによって混乱する敵を火をつけなかった方向からこちらの本隊が攻撃を開始。それと同時に火をつけた別働隊は敵のふりをして大声で火の無い方向を叫んで敵を誘導する。本隊は陣から打って出て来た敵に一当てした後、敗走するふりをしながら後退。追って来る敵を伏兵で左右から挟撃する。そして本隊も反転し攻撃。これで問題無いでしょう。後はそれぞれの役割を誰がするか、ね」

「は、はいっ! 別働部隊はぜひこちらで」

 

 華琳の話が役割分担へと移った瞬間、突然諸葛亮が手を挙げた。

 

「即席の連携では不安が残ります。私達は最初から別働部隊として動いた方が良いかと」

「そうね。それで良いと思うわ。他に意見のある者は?」

 

 諸葛亮の意見を華琳はすぐに受け入れた。他に意見のある者はおらず、スムーズに役割が振られていった。

 伏兵の右部隊が春蘭、秋蘭。左部隊が夏蘭、荀彧。本隊に華琳を中心に俺、冬蘭、それから季衣と楽進達で固められた。

 伏兵部隊の割り振りは、その意図が分かり易い。秋蘭が春蘭の、荀彧が夏蘭の面倒を見るといったところだろう。伏兵部隊は攻撃開始のタイミングを間違えるわけにはいかない。完全な同時攻撃が必要なわけではないが、春蘭達だけだと先走る可能性が無きにしも非ずという判断なのだろう。

 うちが誇る二大脳筋の脳みそに本来の働きを思い出させるにはどうしたら良いのだろうか、そんな事を考えていると困惑した様子の楽進が会議の場に現れた。

 

「重要な会議中失礼します。想定外の事態で華琳様の指示を仰ぎたく、参りました。周辺を警戒中、黄巾党らしき者数人を発見、攻撃しようとしたところ保護を求めてきました。交戦の意志も無く、武器も捨てたので見張りを付けて留めているのですがいかがいたしましょう?」

「「保護?」」

 

 その場全員が怪訝な顔をした。

 降伏でも命乞いでもなく保護? 全く意味が分からん。




おまけ

桃香「朱里ちゃん、なんで慌てて別働部隊を受け持つなんて言ったの?」
朱里「桃香さま、うちにはもうご飯を買うお金も無いのです」
桃香「えっ、でも比企谷さんと曹純さんが分けてくれたよね?」
朱里「全然足りません」
桃香「でもそれがなんで別働部隊の話に繋がるの?」
朱里「食べ物が無いなら、ある所から貰えば良いのです」
桃香「別働部隊で頑張って、曹操さんから追加の食料を貰うんだね?」
朱里「いえ、火に巻かれて混乱している黄巾党から頂きます」
桃香「それって火事場ど」
朱里「違います。いいですか? 不幸にも黄巾党のクズ共に捕らわれた食料達」
朱里「彼らがクズ共とともに地獄の業火に焼かれるなど不憫でならないでしょう」
朱里「私達には食料達をそこから救い出すという使命があるんです」

読んでいただきありがとうございます。


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飛んで火にいる-

 保護を求める黄巾党らしき者達。それ以外の大した情報も無く、判断基準が全くない有様なので直接本人達に会ってみようと北郷が提案した。

 俺もそれに異論は無い。ここらはもう、黄巾党本陣に近い場所だ。こんな所にいるのなら、そこから来た可能性が高い。今から攻める相手の最新情報が得られるなら好都合だ。

 危険ではないのか、軽率なのではないか、そんな意見もあった。しかし、俺から言わせれば春蘭達に加え、あの関羽や張飛までいるのだ。もし襲い掛かって来ても相手に呂布でも混ざっていない限り、数人の相手程度問題にならないだろう。一応隠し武器を持っていないかは厳重に調べてもらったが、そちらも問題無かった。

 しばらくすると楽進達に連れられた四人組が現れた。

 

「お待たせしました。こちらが例の者達です」

 

 楽進が頭を下げる。

 四人組は女が三人、男が一人。女は旅芸人風、男は頭に黄色い布を巻いた一般的な黄巾党の恰好をしている。その男がいきなり(ひざまず)いて頭を地に付けた。

 

「どうか、どうか、この方々をお助け下さい!」

 

 自分の命乞いならともかく、このような行動に出るとは思っていなかったので咄嗟にどう反応して良いのか分からない。黄巾党なんて暴徒の集まりじゃないのか。

 ん? ちょっと待てよ。旅芸人風の女の三人組?

 

「まさか、そっちの三人……三姉妹で長女は張角って名前だったりするか?」

「ええ~なんでわたしの名前知ってるの?」

「ちょ、ちょっと、もしかして質の悪い追っかけなんじゃ」

 

 俺の質問に胸の大きな女、恐らく張角が不思議そうにしている。そして、その横にいる体の一部が板っぽい少女は人聞きの悪い事を言う。

 うん、あながち間違ってもいない。こいつらこそ俺達が追っている黄巾党のトップのはずだ。向こうからこんな形でやって来るとは予想外だが、飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。

 張角の名を聞いてうちの連中はざわついているが、劉備達は何の事だか分からないといった表情をしている。北郷を除いて。

 多分北郷は三国志に関する知識で張角の名を知ってるが、それを彼女達に話していないのだろう。

 俺の視線に気づいた北郷が近寄って来る。

 

「なあ、黄巾の乱で張角って言ったら」

「まあ、考えている通りだと思うぞ」

 

 張角達に聞こえないように小声で話す北郷。妙に馴れ馴れしくて距離感に困るんだが、何とならんもんか。

 

「あのーもしもし? わたしの話聞いてます?」

「おう聞いてる聞いてる。で、助けて欲しいってどういう事だ?」

 

 張角の質問に適当に答える。いきなり「お前が賊の首謀者だろ」と言っても良いが、とりあえず話を聞いてみようと思う。

 俺の問いに答えたのは張角ではなく、跪いている男の方だった。

 

「こちらの方々は数え役満・姉妹(かぞえやくまん・しすたぁず)という人気の旅芸人でして─────────」

 

 はあ? 意味が分からん。こいつ本気で言ってんのか? 役満だか倍満だか良く分からんが、男は勝手に説明を続ける。

 男の話が真実であるなら、この張角三姉妹は人気の旅芸人とのこと。そして、ある時客の一部が暴れ始め、姉妹の制止も聞かず暴徒と化してしまう。そこに野盗などのならず者達が加わって今の状態になってしまったらしい。それからは逃げても逃げても彼らが付いてきてしまい、最近ではならず者の中から黄巾党を仕切ろうとする者まで現れ始めたとのことだ。彼らは三姉妹を掌握し、黄巾党を自分の物にしようと画策していると男は主張した。

 三姉妹の身を案じた男は彼女達を連れ出し、他の黄巾党の連中に捕まらないように軍へと保護を求めて来たということだ。

 こんな話、にわかには信じられない。そう考えてたのは俺だけではない。特に三国志を知っている北郷は、三姉妹を微妙な顔で見ている。

 

「今の話、本当だと思うか?」

あの(・・)張角が黄巾の乱に巻き込まれただけってのは、ちょっとな」

 

 北郷の質問にハッキリとは答えず、含みを残した。

 男の話は疑わしいが、実際姉妹達が黄巾党のトップであった場合、このタイミングで保護を求めて来る根拠があまり無い。黄巾党がもっと敗北を繰り返し、その人数をすり減らして組織が崩壊し始めているのなら責任逃れで説明はつく。沈む船から脱出する鼠よろしく、自分は被害者ですと逃げ出してきただけだ。しかし、現実では今の黄巾党は数十万とも言われるほど膨れ上がっている。俺達は今から潰す気満々だが、彼女達の視点で見れば黄巾党は今が絶頂と言っても良いくらい勢いがある。それをみすみす手放すとは考えづらい。

 では、他に何が考えられるか。この男が一部真実を言っているならどうだ。

 ならず者の中から黄巾党を仕切ろうとする者が現れ始めた。そいつが姉妹を掌握しようと画策している。この部分が本当だった場合、彼女達のこの行動に一応の説明がつく。黄巾党を乗っ取られ、殺されるか傀儡にされそうになって逃げて来たと考えれば納得出来る。

 俺が思考を巡らせていると、北郷は直接本人達へ探りを入れるつもりのようだ。

 

「客が勝手に暴れ出して、そこに野盗が加わってこんな大規模の乱に発展するなんて出来過ぎじゃないか?」

 

 実は現代日本ではあまり無いケースだが、世界的に見れば珍しい話ではない。集会やデモ、人気スポーツの試合などがきっかけで暴動が起こるのなんて良くある話だ。まあ、こんな規模かつ長期にってなると珍しいかもしれんが。

 さて、北郷の指摘に三姉妹達はどう反応するか。

 

「そ、それは姉さんが」

「違うよー、ちーちゃんが『大陸獲るわよっ』って歌の合間に言っちゃったからだよ!」

 

 貧乳が張角に責任を押し付けようとして反撃を受ける。

 それにしてもこの場で言うか? 普通。これって即斬首になっちまうんじゃ……アホ過ぎるだろ。

 見かねた残りの少女がフォローをしようとする。

 

「ちょっと、ちぃ姉さん黙って。紛らわしい言動があったのは確かだけど、私達は本当に乱なんて起こすつもり無かったんです」

 

 嘘を言っているようには見えない。しかし、歌の合間に『大陸獲るわよっ』と言っただけでここまで酷い事になるだろうか。

 俺と同じ疑問を持ったのか、北郷が詰問する。

 

「大陸獲るというのは単なる意気込みだろ。そんな事で客が村や街を襲うなんておかしいだろ」

「それは……私達を応援してくれているという人に貰った太平要術っていう書を参考にしたら、客達が異常なまでに興奮するようになってしまって」

「今、太平要術と言ったっ!?」

 

 突然華琳が声を荒らげる。その語気の強さに少女は驚き口をつぐんでしまう。華琳はもう一度、今度はゆっくりと低い声で聞く。

 

「あなた、今太平要術の書と言ったわよね?」

「は、はい」

「それは今も持っているの?」

「天和姉さん?」

 

 少女が張角へ振り返ると、張角は首を横に振った。

 

「あんな物に頼っちゃったのが、そもそもの間違いだったんだよ。だから私達がいた天幕に置いて来たの」

 

 少女の顔色が悪くなる。華琳が執着を見せている太平要術という書物を差し出せば、首の皮一枚繋がるかも、と考えたのかもしれない。だが、肝心の太平要術とやらは手元になく、その思惑は外れてしまったみたいだ。

 雲行きが怪しくなり張角三姉妹は黙ってしまう。そこで荀彧が華琳へ質問する。

 

「太平要術の書とは何なのですか?」

「私が所蔵していた書で、様々な術について記述されていたわ。内容の信じ難いものであったし、そもそも私には必要無い物だったから蔵に放り込んでそのままだったの。それが八幡が私のもとに来る少し前、何者かによって盗まれてしまったのよ」

「術……ですか?」

「怪我や病の治療法から天候の操作、それと人心掌握の法についても書かれていたわ」

 

 人心掌握ねえ。異世界から来た俺が言うのもなんだが、かなり胡散臭い。しかし、黄巾党という結果を見る限り、効果は本物だ。そんな物を死蔵していたなんてもったいない。まあ、華琳の場合怪しげな術に頼る気はさらさら無かったんだろうな。

 しかし、華琳自身が必要としていなくても、荀彧にとっては敬愛する主人の持ち物である。

 

「なんにせよ華琳様の物ならば取り戻さなければなりませんね」

「いえ、その必要はないわ。黄巾党の本陣ごと灰にしなさい」

「よろしいのでしょうか?」

「あの書の内容が本物ならば、世に出回って良い物ではない。人の身に余る物よ」

 

 荀彧の質問に華琳は一切の迷いを見せない。

 俺ならそんな物があれば間違いなく使う。俺だけじゃない。大抵の人間は使うと思う。だからこそ、世に出してはいけないのだろう。まず間違いなく今回のように世を乱す原因となる。

 華琳が劉備へ視線を向け、さっき荀彧に言ったのと同じ指示を念押しする。

 

「聞いていたわね。敵本陣の全てを灰へと変えなさい。もし仕損じれば、それが新たな世の乱れの原因になるわよ」

「は、はい」

 

 劉備は華琳に気圧されつつも、しっかりと請け負った。

 さて、話は一段落ついたっぽい感じになったが、実のところ張角三姉妹の処遇については何一つ決まっていない。

 結局三姉妹の言い分が正しいかどうかをハッキリさせる手段は現時点では無い。これから行う敵本隊討伐で確保出来るであろう捕虜達相手に時間を掛けて尋問していけば判明するだろう。だから俺個人の感想としては彼女達の処遇については保留で良いと思うが、他の者達はどうだろう。反逆しようとした訳ではなくとも、世を乱したという理由だけでも処刑されかねない時代だからなぁ。

 本人達もかなり気になっているようで、先程からずっとそわそわしている。

 

「あ、あのそれで私達って、どう、なるんでしょう」

 

 恐る恐る張角が尋ね、視線が彼女へ集まる。当然ながらその視線に好意的なものはない。

 冷たい視線にたじろぐ三姉妹とプラスα、彼女達に厳しい現実を突きつけるのは荀彧だった。

 

「乱の直接的な原因である貴方達に処刑以外の道があるとでも?」

「そ、そんなっ、私達がやったことじゃないのに」

「自らの手で殺したり奪ったりしていない、それだけのことでしょう?」

 

 直接手を下さなくても罪は罪だと荀彧は取り合わない。それと荀彧は張角達の話を信じていないのだろう。彼女達を巻き込まれた被害者ではなく、あくまで賊のトップとして扱っている。

 荀彧の言葉に張角は打ちのめされ、へたり込んでしまう。

 

「賊たちが貴方達を旗印として集まったのは確かでしょう。その者達が暴れているのを止めもせず、自分達には何の責も無いと?」

「止めたわっ、止めたわよっ! でも、もう全然言う事聞いてくれないんだから!!!」

 

 自失状態の張角の代わりに平らな胸族の女がヒステリックな声を上げる。涙を浮かべ必死の形相だが、対する荀彧は顔色一つ変えない。

 

「それを信じろと?」

 

 荀彧がハッと鼻で笑う。

 他の者達も口には出さないが、似たような感想を持ったのだろう。口を挟む者はいなかった。一人を除いて。

 

「あの~、この人達の言っていることが嘘っていう確証も無いですよね」

 

 劉備が遠慮がちに言う。

 荀彧の目つきがさらに厳しくなる。

 

「では貴方は彼女達を信じるの?」

「ほ、本当かどうかは分かりません。でも信じたいです」

 

 劉備は荀彧のプレッシャーに気圧されながらも、意見を引っ込める様子は無い。

 三国志のイメージに反して大分頼りなさそうな少女と見ていたが、俺はこの少女を今まで侮っていたかもしれない。それ相応に秘めたものを持っているようだ。

 しかし、感心してばかりはいられない。これ以上二人の睨み合いが続くのはマズイ。劉備陣営と友好を深めようとしている俺にとっては。

 それに……張角は呆然とし、その妹達は涙を瞳に溜めながら耐えるような顔をしている。既に罪人に対しての罰が開始されているかのような有様だ。

 劉備の言う「信じる」なんて言葉は俺には言えないし、言ってもペラッペラな薄っぺらいものにしか聞こえないだろう。でも、まだコイツらが嘘をついていると確定したわけでもない。このまま放っておくわけにもいかない。

 さて、今の話の流れを止めるにはどうすべきか。荀彧と劉備のどちらに賛同しても角は立つ。

 と、なると荀彧とも劉備とも違う第三の意見を出すしかない。昔の俺ならこういう時、自分から憎まれ役になって場を収めるところだが、それをやってしまうと非常に困ることになる。主に俺の生活とか命とか命とか命に関わる。かなり切実に。だから憎まれるのとは別方向になんとかする。

 

「落ち着けよ、荀彧」

「何? まさかアンタも甘っちょろいこと言うんじゃないでしょうね」

「それこそまさか、だ。むしろ逆だ、逆」

 

 気の昂った相手にただ落ち着けと言っても効果は薄い。大事なのはインパクト。ちょっと引くくらいの事を言ってやれば冷静になるだろう。特にコイツの場合、感情的な発言は多いがその実、完全に冷静さを失っているわけではない。いや、まあ、そうじゃなきゃ軍師なんて務まらないか。

 荀彧をドン引きさせる為に、低い声でいかにも外道っぽい悪役キャラを意識したセリフ回しをする。

 

「殺してしまったら……もう使えないだろ」

「なっ、どういう」

「例えば今からやる黄巾党本隊襲撃にも使えるし、あれだけの人間を集めた能力も使えると思わないか?」

 

 ごくり、と荀彧が唾を飲み込む。

 視界の片隅では張角姉妹が肩を寄せ合って震えているように見える。この際張角達の好感度は下がっても気にしない。

 

「思いがけず手に入った手札だからって、雑に使わなくても良いだろ」

 

 今度の荀彧はすぐに言い返したりしない。俺の言葉を聞き、考えを巡らせている。

 その間に俺は劉備の方へ話を向ける。

 

「それにまだ張角達に全ての責があるとは限らないからな」

「そ、そうですよね」

 

 なぜだか引きつった表情をした劉備だったが、一応同意してくれる。

 俺は劉備には聞こえないように荀彧や華琳に少し近づいてから小声で付け足す。

 

「張角達の話についてはどうせ本隊を潰した後に捕虜は手に入るから、そいつらを尋問して事実確認をすれば良いだけの話だ」

 

 二人が小さく頷くのを確認し、俺はもう一度劉備へと向き直る。そして劉備陣営の者達、張角達、最後にうちの連中と視線を交わした後、大仰に両手を広げる。

 

「俺に良い案がある。なぁに、ここにいる人間全員にとって悪い話じゃない」

 




八幡「ころしてしまったら、そこで使用終了ですよ…?」


読んでいただきありがとうございます。

あと皆さんに少しお聞きしたい事があり、活動報告にて登場キャラの名前の変更もしくは維持についてのアンケートをしています。

1、目次などにある私の名前『丸城成年』の部分をクリック
2、切り替わった画面の左にある『活動報告一覧』をクリック

これで私の活動報告へと行けます。あとの詳細はそちらに書いてあるので、回答もそちらで『コメントを書く』で行ってください。お願いします。


【注意】アンケートの回答は感想には書かないようにお願いします。サイトにおける禁止事項になります。
受付は今月末までです。




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39話

 俺の思わせぶりな言葉で視線が集まる。正直注目されるこの感覚は好きではないが、自分の意見を通すには都合が良い。

 

「張角と……えー名前は」

「私が張宝でこっちが妹の張梁よ」

 

 張角の妹達の名前が分からず、張宝の気分を害してしまったようだ。まあ、どうでも良いが。それより思わせぶりな振りをしといて話の流れが止まってしまったことに華琳達が少し呆れている方が気になる。

 いや直接名前聞いたことないし仕方ないだろ。三国志で【張】って名前に付く人物多すぎなんだよ。覚えられねえよ。

 咳払いを一つして気を取り直す。

 

「張角、張宝、張梁の三人には歌を歌ってもらう」

 

 俺の発言に華琳と両軍の軍師達以外は首を傾げている。そこで北郷も俺の意図に気付いたのか手を一つ叩く。

 

「あっ、そうか。四面楚歌か」

「正確にはちょっと違う。流石に今から兵達に張角達の歌を覚えさせるのは難しいと思う。だから当初の予定通り奇襲を掛け、最後の本隊が攻撃に転じる時に兵達を鼓舞するように歌ってもらう」

 

 北郷の言う通り、四面楚歌を完全模倣(まるパクリ)出来れば効果抜群なんだろう。しかし、いかんせん準備に時間が掛かる。今からうちの兵士全員に張角達の歌を覚えさせるのは現実的ではない。それにわざわざ黄巾党の陣を囲んで歌わなくても効果はある。

 別働部隊が火攻めによる夜襲を仕掛け、続いて本隊の攻撃、そこから敗走すると見せかけてからの一転攻勢と畳みかければ敵は、既に円滑な組織行動を行えない状態に陥っているだろう。そこにトドメの精神攻撃として奴らのアイドルがこちらを歌って応援する姿を見せつければ、敵の心をへし折るには十分だと思う。下の連中は大混乱だろうし、 姉妹達を利用しようとしている黄巾党の上の方の奴らですら、この怒涛のコンボにはショックが大きいはずだ。

 俺が黄巾党の奴らの立場だったら、立て続けにそんな目に遭ったら思考停止して呆然としている間に殺されちまいそうだ。

 

「相手は自分達の象徴である三姉妹が敵に回っている事実を突然突き付けられるわけですか」

 

 いやらしい策ですね、と冬蘭がとても良い笑顔を見せる。褒められ……褒められているんだよな。これ。

 気を取り直して張角達を見据える。

 

「これでお前達は自分達が賊の首謀者でも協力者でもなく、官軍の要請で動いている俺達を応援する者だと示せるわけだ」

「あの人達は、わ、わたし……わたし達の歌を好きだって言ってくれた人達なのに」

 

 消え入りそうな声で張角が嘆く。

 関係無い、賊は討つと俺の立場的に言うべきなのだろう。ただ現代の感覚が抜け切らない俺は、すぐにそう言えなかった。代わりにそれを言ったのは華琳だった。

 

「その貴方の歌を好きと言った者達が村を焼き、街を襲い、略奪を繰り返して無辜(むこ)の民を踏みにじった。もし貴方達が彼らを上手く(ぎょ)し、罪を犯させなければこうはならなかったはずよ」

「わたし達が……」

「そう、例え貴方達が言う通り暴動に巻き込まれただけだったとしても、彼らを集めたのは貴方達でしょう? そうする力はあるはずよ。そして、力ある者にはそれ相応の責があるわ」

 

 華琳の言葉は「だから証言の真偽に関わらず張角、お前達は罪人である」と責めているというより、まるで人の上に立つ者の心得を教示しているようだった。

 張角は華琳の言葉を消化しきれないのか黙って考えこんでしまっている。仕方が無いから三姉妹で唯一冷静そうな張梁に話を振る。

 

「とにかく俺の合図で歌えば良い。出来るな」

「それで私達の処遇について斟酌してもらえるのでしょうか?」

「協力に対しては何らかの形で報いる」

 

 今の段階で罪を免除するなどと言うとややこしいので、具体的な話は避ける。それでも張梁は断れる立場ではなく、それ以上の質問はせずに頷いた。

 後は反対意見が出ず、華琳の裁可が下りれば準備にかかれる。集まった主だったメンバーの顔を見回して反対者がいないことを確認し、最後に華琳へおうかがいを立てる。

 

「これで良いか?」

「ええ」

 

 短いやり取りであっさり裁可が下りる。

 まあ、最初から却下されることは考えていなかった。問題点があるならさっさと指摘しているだろうしな。とりあえずこれで準備に取り掛かれる。

 張角達を連れて来た楽進を手招きする。

 

「李典の手を少し借りたいから連れて来てくれ」

「はっ、直ちに」

 

 生真面目な体育会系っぽい楽進はうちにいないタイプでなんだか新鮮だ。李典を呼びに行く楽進の後ろ姿を見つつ、李典にやってもらう仕事について考える。

 李典には攻城兵器を改造して貰わなければいけない。こちらでは井闌車(せいらんしゃ)と呼ばれている移動式の(やぐら)のような物を張角達が歌うステージに改造する。と言っても大した事はしないし、時間が無いので出来ない。ちょっとした飾り付けで目立つようにするだけだ。

 

「部下のお尻に興味津々ですか?」

「ハア?」

 

 去っていく楽進を見送りつつ考え込んでいるところに、突然冬蘭から質問されて間の抜けた声を出してしまう。そして、遅れて質問の内容が頭に入って来て焦る。

 

「いやいや、ちが、違うからな。俺は今後の仕事について考え」

「へえー、部下のお尻が眺めながら考える仕事ってどんな仕事なんでしょうね」

 

 俺の言い訳へ冬蘭が被せ気味に皮肉って言う。ニヤニヤしている様子から本気ではないようだが、なんで今なんだよ。劉備さんちの子達もいるんですよ。

 北郷と劉備は微笑ましいものでも見るような目をしている。

 関羽はゴキブリを見つけた時の小町と同じ顔をしている。

 張飛は何も分かっていない表情だ。

 諸葛亮と鳳統は北郷と劉備の後ろに隠れている。

 なんだこれ。うちの連中にいたっては、総スルーで戦いの準備を開始しているし。

 

「戦う前から俺の精神削ってどうすんだよ」

(諸葛亮達が八幡さんに怯えているみたいなんで、印象を変えようかと)

 

 冬蘭が小声で答えた。

 

(ほら情けないすが、いえ親しみやすい姿を演出しようとしたんですよ)

(逆効果じゃねーか。怖い人からエロくて怖い人になっちまってんだろ、あれ)

 

 諸葛亮達の方を指差しながら小声で怒鳴るという器用な真似をするはめになる。真面目な話し合いが終わってすぐのこのタイミングですることかよ。頭が痛くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




おまけ

雛里「ね、ねえ朱里ちゃん、比企谷さんがこっち指差してない?」
朱里「もしかして私達のこと……はわわ」

〇月×日午後3時ころ、曹操陣地内において、少女2名を指差し、何か話している男が目撃されました。男は十代後半から二十代前半位。



読んでいただきありがとうございました。重ねてアンケートにご協力いただいた方々、本当にありがとうございます。登場キャラの名前はこのままという結果になりました。

釣り野伏せにマクロス方式を追加、ただマクロスみたいに楽しく歌ってとはいきませんが。
あと井闌車に乗った張角が覚醒し「俺の歌をきけええ」と突っ込んで行くマクロス7スタイルも妄想しましたが、色々無理があるのでお蔵入りです。


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黄巾燃える

 日の出前、ほのかな月明りと星の輝きしかない闇の中、俺達は物音を立てないように行軍する。本来騎兵である部隊も馬に乗らずに手綱を引いている。誰もが獲物を狙う肉食獣が息を潜めるようにただ進む。本隊である俺達は、別働隊の劉備達が黄巾党本陣に火攻めを開始するまでに所定の位置に着く必要がある。それももうすぐそこだ。

 先導役は楽進が部隊を率いて行っている。それから李典は于禁と共に俺達から離れた後方で三姉妹と井闌車を連れている。ああいう仕掛けは李典が一番扱いに長けているので任せていた。

 俺は本隊の中心に位置する辺りで華琳と一緒にいて、そのすぐ前を冬蘭とその直属部隊が固めている。

 前方を行く冬蘭達が足を止める。

 

「着いたか。後は劉備達が火をつけるのを待つだけだな」

「そうね。貴方も戦に慣れてきたのか、今までより落ち着いているんじゃない?」

「そうかぁ? 俺はいつも通りに緊張しっぱなしで気が重いし、なんだったら今すぐ帰りたいまである」

 

 華琳と声を潜めて話す。華琳以外には聞こえない小さな声で冗談めかして、結構本心が混じった事を言う。これから戦闘が始まるのにこんなネガティブな発言は本来許されない。だが、俺はなんとなく言ってしまった。言った後、すぐにまずかったのではと冷や汗をかいたが、華琳からのお叱りはない。

 

「そう? 私には随分余裕があるように見えるわ。冗談を言える程度には」

 

 結構マジで言ったのだが、華琳は完全に冗談だと思っているようだ。映画やアニメで歴戦の軍人が戦闘シーンで小粋なジョークを言っている感じで受け止められているなら、過大評価も良いところだ。しかし「俺ホントにビビっているんです」なんて言う訳にもいかず、苦笑いするしかない。

 その苦笑いをどう取ったのかは分からないが、華琳は機嫌が良さそうだ。なんにせよ上の機嫌が良いのは良い事なのだが素直に喜べない。

 

「見なさい。始まるわ」

 

 華琳が前方を指し示す。そちらの夜空がほのかに赤く染まっている。それは太陽の光ではなく、炎によるものだった。劉備達の火攻めが始まった。

 華琳の指揮で本隊も再び動き出す。ゆっくりとした歩みから少しずつ駆け足に変わっていく。ガチャガチャと走る振動で兵達の鎧や武器が鳴る。

 

『うおおおおおお』

 

 前方から敵のものと思われる雄叫びが聞こえてくる。武器のぶつかり合う音、悲鳴、激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。緊張から口に溜まった唾を飲み込む。

 

「引くわよ」

 

 華琳が手を上げると銅羅を打ち鳴らすような音が響き、本隊の後退が始まる。俺や華琳がいる位置から、黄巾党とこちらの前衛の戦闘状況を知るには音くらいしか判断材料が無いと思うのだが、華琳には俺とは違う何かが見えているのか一切迷いを感じなかった。

 

「敵がつよいぞっ!」

「数が多すぎる」

「引けえええ、引けええ」

 

 前衛の方から悲鳴が聞こえる。これは敵を釣るために最初から予定されていた演技だ。前衛は必死に逃げている(てい)を装い後退しているが、それ以外の部隊は整然と後退していく。敵はそれに気付かずちゃんと付いてきている。

 もう敵は陣から完全に引きずり出せた。反転し攻勢に転じる予定の場所に近付く、と空も白み始める。夜明けだ。

 

 

◆◆◆

 

 黄巾党本陣はその日突然の夜襲によって大混乱に陥った。もうそろそろ夜明けといった時間、陣の周囲に立っている歩哨も気が緩んでいたところを襲撃された。今の黄巾党本陣は各地の盗賊や食い詰めた難民まがいの集団を吸収して巨大になっている。今回はそれが災いした。指揮官クラスに敵襲の報が届く頃には、本陣のあちこちから火の手が上がっていた。

 消火する間もなく敵の大軍が陣に近付いていると指揮官に報告が上がる。この火は陽動だと判断した指揮官は、消火と火をつけた敵の陽動部隊に対応する為の兵だけを残して、敵の大軍を迎撃しに出陣を決意する。

 本陣で防衛戦を行う選択肢もあったが、合流したばかりの人間が多く、統制の取りづらい状況では余計な混乱を招くと恐れた。守勢に回ると烏合の衆は弱い。攻められている状態を劣勢と感じやすく、それでも踏み止まろうとする理由も烏合の衆にはないからだ。それに本陣と言っても人数ばかり多いうえ、その大量の人間を収容するための天幕が乱立しているので防衛には向かないのも理由だった。そして、その出陣が黄巾党にとって致命的な失策になった。

 黄巾党は出陣して間もなく、敵本隊と思われる部隊と衝突。敵前衛は容易く崩れ、逃げ惑う醜態を晒す。黄巾党はそれをさらに追撃する。敵の数は黄巾党の半分にも満たない様子で、よくもまあ攻めて来たものだと嘲りながら追撃の手を緩めない。だが、追撃は長くは続かなかった。

 

『わああああ』

 

 敵の(とき)の声と同時に黄巾党の左右から伏兵が襲い掛かる。突然攻撃を受けた黄巾党は元々ほとんどなかった統制をさらに失う。

 左右にいた兵のうち一番外周にいた兵は初撃でズタズタにされた。そのうえ伏兵に立ち向かおうとする者達、当初追いかけていた敵を追おうとする者達、前に進もうとする者達、逃げようとする者達、各々好き勝手に行動しようとする者達で押し合いへし合いの大混乱に陥る。

 そこに逃げていたはずの敵本隊が反転して向かってくる。黄巾党の兵の中でも戦意の高い者達は、伏兵など関係ない、先程と同じように敵本隊を粉砕してしまえば敵の伏兵も逃げ惑うだろうと侮っていた。先程の敵本隊の後退が自分達の実力だと思いあがっていた。

 

「ちくしょう、舐めやがって」

「また蹴散らしてくれるっ! 雑魚は雑魚らしく逃げ惑え!!!」

 

 武器を振り上げ怒鳴る黄巾党の前衛。しかし、次の瞬間絶望することになる。敵兵の間をすり抜けて、敵の騎馬隊が眼前に現れたのだ。

 敵騎馬隊の先頭を駆ける少女が灰色の髪をなびかせながら刃を振るう。

 

「馬鹿ですねえ、先程逃げたのは演技ですよ。え・ん・ぎ」

 

 少女は一人(ひとり)二人(ふたり)と冷静に黄巾党の兵を斬り伏せながら、手振りで部下に指示を出す。少女に追随していた彼女の部下達は、まるで草を刈るかのように黄巾の兵を狩っていく。

 騎馬隊の黄巾党への蹂躙は止まらない。騎馬隊の兵が馬上から武器を振るうたびに、黄巾の兵が数人血をまき散らしながら地に倒れ伏す。

 戦列を整え、長槍で迎え討てば結果は逆だっただろう。だが、統制を失い無秩序に前進していた歩兵など騎馬隊の格好の獲物である。しかも、その騎馬隊が精鋭中の精鋭であったのだから結果は明白だった。

 

「ひぃぃぃ、こんなの無理だぁ。止められねえ」

「どうなってんだ!?」

「敵に突っ込んで、ぎゃあああ」

 

 ただの寄せ集めの素人兵。まともな訓練を受けていない彼らは、眼前に迫る馬の巨体と蹄が地を蹴る音に怯えることしか出来ない。

 ある者は馬に弾き飛ばされ、ある者は馬上の兵に切り飛ばされ、ある者はつまづき倒れたところを馬の蹄で踏み砕かれた。

 本陣から打って出た黄巾党本隊は恐慌状態になっていた。前方と左右の三方向から攻められ、唯一の空いている後方に見えるのは火の勢いが止まらないのか煙が増したように見える本陣。さすがに火の手が上がる本陣に逃げ込もうとする者はいなかった。

 すでに戦える状態ではない黄巾の兵達だったが、ちょうど日の出が始まり明るくなったことで視界が広がり、さらなる衝撃的な光景を目にする羽目になる。

 前方の敵の中心に大きな攻城塔がそびえ立っている。その上で三人の少女が歌っている。

 

『~~♪♪』

 

 彼女達こそ黄巾党の象徴である数え役満・姉妹(かぞえやくまん・しすたぁず)だった。しかも彼女達は敵を鼓舞するように歌を歌っている。

 黄巾の兵の多くは、何が起こっているのか理解できない。彼女達の為に戦っていたはずなのに、何故彼女達と相対しているのか。敵に捕まっているのか。

 

「ど、どうすりゃいいんだよ……」

「俺に分かるか、そんなもん」

「にげ、逃げるしかねえ」

「どこにだよっ!」

 

 黄巾の兵達は完全に戦意を失い、ことここに至って武器を放り出して戦いを放棄する者が続出し始める。戦いは終局へと向かう。

 ここに黄巾党本隊は壊滅。生き残った者達は降伏した。双方の戦死者は合わせて万に達したが、その大半が黄巾党側だった。

 なお黄巾党本陣で消火と陽動部隊への対応の為に残った黄巾の兵は半数が戦死した時点で、非戦闘員と共に降伏。彼らは黄巾党本陣から連れ出され、自陣が灰になる光景を目にする。そして、これからの自分達の行く末を想い、誰もが暗い表情で俯く。




読んでいただきありがとうございます。
誤字報告していただいた方、ありがとうございます。

黄巾編、これで終わったと思った方。ごめんなさい。
楽しい事後処理の話が残っております。


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後始末

 黄巾党本隊との決戦跡を遠目に眺める。離れて見るからこそ分かる戦いの規模の大きさ、激しさ。広範囲に渡り死体や武器が転がっている。動くものは餌を求めるカラスくらいのものだ。血がこちらまで匂ってきそうだ。

 

「八幡、護衛くらい付けなさい。生き残りは全て捕虜にしているとはいえ、万が一見逃しがあれば戦えない貴方では」

「死ぬな。間違いなく」

 

 背中越しにかけられた声に振り返ると華琳と夏蘭が立っていた。

 

「分かっているって。だからこんだけ離れた所から見てんだよ」

 

 二人に言われるまでもなく危険なのは分かっている。その為、戦場になった場所からしっかり距離を取っている。見晴らしの良い平原なので、もし敵の残党がいてもすぐ気付くし、近づかれる前に逃げられる。逃げ足には自信がある。いつも辛い現実から逃げているからな。暴走トラック相手にはアレだったが。

 

(がら)にもなく感傷に浸っていたのか?」

「あら、八幡は意外と繊細で深刻に考え過ぎる方よ」

「意外ってなんだよ。華琳」

 

 華琳に抗議してみるが、全く意に介した様子が無い。つーか、その通りなんだが改めて言われると恥ずかしい。

 

「へえ」

 

 凄まじく興味の無さそうな反応の夏蘭。一応俺、上司なんですけど。

 華琳が俺の横に並び、夏蘭は少し離れた所で周囲を警戒する。

 

「それで、今度は何を思い悩んでいるのかしら?」

 

 なんか華琳には情けないところばかり見られている。まあ、華琳と俺では格が違い過ぎて見栄を張る気すらおきないので、気を抜いてしまうのかもしれない。だから、ついわざわざ言わなくても良いことまで言ってしまう。

 

「別に悩んでいるわけじゃない。ただ……」

 

 見ておきたかっただけ、いや見ずにはいられなかっただけだ。自分の行動の結果を、自分が死なせた相手を。

 黄巾党のやつらは自業自得であるし、こちらの兵はそれが仕事だと完全に割り切ってしまえれば楽だろう。しかしそうなった時、行き着くところまで行ってしまうんじゃないかと思う。

 

「もっと他のやり方があったかもしれない。もっと上手くやれたんじゃないか。そう思ってな」

「終わった作戦の分析や反省ね。良い心がけよ。次に生かせることもあるでしょう……でも、それだけかしら?」

 

 俺は嘘を言ったわけではない。ただ全てを語ったわけでもない。まさか黄巾党の戦死者に対してまで感傷的になっていたとは言えない。しかし、こちらを見詰める華琳にはそれすらお見通しなのかもしれない。

 

「大分戦死者が出たからな」

「彼ら()救いたかった?」

()? 何の話だ」

 

 あえてどちらにとは言わなかったが、華琳は察したようだ。それどころかさらに深く踏み込んできた。

 俺は咄嗟にとぼけたが、華琳には通用しない。

 

「黄巾党の連中のことよ。彼らも張角達のように救いたかったの?」

「いやいや、そんな訳ないだろ。それに張角達は助けたんじゃなくて、利用価値が」

「貴方が真実、言葉通りのことを考えている人間なら、こんな所で浮かない顔なんてしていないでしょう」

 

 華琳の言葉に反論のしようがない。せめてもの救いは、華琳に俺を責める様子が無い事か。華琳なら俺の甘さを責めてきてもおかしくないと思うのだが、それどころか華琳の懸念は別方向にいく。

 

「貴方に限って情けを逆手に取られて不覚をとるなんてことはないと思うけれど……崇高な慈悲の心も、それを理解しない凡愚共には毒にしかならないわよ」

「逆手に取られる危険は分かっているけど、情けを掛けられる側に毒ってのはどういうことだ?」

 

 うーん。あれか、【情けは人の為ならず】の誤用の方の意味だろうか。

 

「情けをかけることが、連中の為にならないってことか」

「概ねその通りよ。どれ程尊い想いや行為も、その価値を理解しない連中に対しては無意味どころか逆効果になるわ。罪を犯しながら、その罪に相応しい罰を下されなければ、その罪人達は味をしめるでしょう」

「後は坂道を転がるように落ちていくだけか」

 

 助けてやったからといって恩義を感じて改心し、恩返しをするなんて美談は多数派ではない。珍しいからこそ美談として扱われるのだ。それを俺は痛いほど身に染みている。

 

「好意や善意に対して、確実に好意や善意が返って来るなんてのはガキの妄想だ。そんな事は俺も分かってる。今まで告白すれば晒しものにされ、二人一組でやる仕事では俺と組むことになっただけで相手の女が泣いたあげく、何故か俺が謝る展開になったりしたからな。だから俺がそういう事をする時は損得勘定からか、ただの自己満足だよ」

 

 仕事と言っても小学校でよくある○○係、みたいなやつだ。帰りの会で俺を吊るし上げにした三橋さんについては末代まで恨みを語り継ぐ、と当時心に誓ったものだ。俺自身が末代になりそうだが。

 華琳と夏蘭は、俺の黒歴史に呆れている。

 

「前から思っていたのだけれど、貴方の周りにはまともな人間が存在しなかったの?」

「類は友を呼ぶと」

「いや、俺に友なんていないから」

 

 夏蘭への俺のツッコミを聞いて、華琳と夏蘭は大きな溜息を吐いている。

 

「これまで痛い目を見て来ている分、自分の手に余るような事はしないさ」

「それだけの問題ではないわ。周囲への影響も考えるべきね」

 

 あまり好ましくない今の話題を、終わらすつもりで言った俺の言葉を華琳が拾う。

 

「信賞必罰、それが守れない集団は瞬く間に秩序を失うわ」

「それは……」

「集団を維持し、機能させるには決まりが必要になるわ。そして、決まりを破っても罰せられないのでは、誰も決まりを守りはしないでしょう」

「そうだな。昔そういうので苦労した」

 

 耳の痛い話だ。高校時代の文化祭を思い出す。それは俺が数少ない知人から距離をとる事になった原因。文化祭実行委員会での出来事だった。

 

「その時は祭り? みたいなものをやることになってな。俺は運営側の下っ端だったんだが────────」

 

 実行委員長(笑)が委員会でサボりを容認するような発言をし、そのうえ自らサボって見せるという笑えない暴挙に出たことから端を発した喜劇。実行委員長自らそんな有様なのだから、他の委員もサボっても罰せられることは無い。こうなると当然の如く委員会の出席率は劇的に悪化していった。

 そういう当時の状況を俺は華琳達にも通じるように、幾つかの名詞を変えながら分かり易く説明した。

 

「上に立つ者が自ら組織を崩壊へと導くなんて、度し難い愚者がいたものね」

 

 華琳の言う通りではあるが、実行委員長(笑)はそういう風に誘導されたという理由がある。まあ、まともな人間なら引っかからない手だったとは思うが。あと誘導した張本人である雪ノ下さんについて話し始めるとややこしいので、華琳達への説明ではカットで。

 俺が雪ノ下さんの出番を削っていると、夏蘭が真顔で尋ねてくる。

 

「で、その愚か者を八幡はどんな酷い手で陥れたんだ?」

「なんで陥れたの前提なんだよ」

 

 俺がいつも人のこと陥れてるとでも思ってんのか。人聞きが悪いから止めてくれ。

 俺は非難がましい目を夏蘭に向けるが、彼女には効果が無い。それどころか話の続きを求めるような視線が返って来る。

 

「それでどうなったんだ?」

「大したことはしてねーよ。会議の時、そいつに対して仕事をしていない事を皮肉ってやったら怒りでプルプルしちゃって、その隙に俺の……知り合いが話の主導権をとって軌道修正したんだよ」

「あら、貴方にしては意外と大人しいわね」

 

 華琳が本当に意外そうな顔をしている。

 現代日本でこっちと同じようなノリでやっていたら一発アウトだから。実行委員会で他人の仕事まで回されて来ていた時には学校燃えねーかな、とか思ったけどな。焼き討ちとか許されないから。

 それに俺の話はそこで終わらない。

 

「まあ、それで話が終われば良かったんだけどな」

 

 その後、崩壊寸前までいった実行委員会は何とか立て直したものの、今度は実行委員長が賞の発表に必要な投票結果と共に行方不明になってしまう。自分の失敗で居心地が悪くなったのと、かまってちゃんな部分の発露が原因だったのだろう。結局屋上にいるところを俺が発見し、何だかんだと面倒なやり取りを経て俺が悪役になることで全てが丸く収まった。

 あまり良い思い出ではないので、感情的にならないように淡々と話す。そこで華琳から質問が入る。

 

「悪役とはどういうこと?」

「逃げたそいつを激しく責めたてることで同情されるよう促したわけだ。そして、そいつは必要以上に責められた可哀想な奴、で俺は必要以上に酷い言葉を投げかけた嫌な奴と周囲の連中に思わせたってことだ」

「登場人物全員馬鹿しかいないみたいね。貴方も含めて」

 

 苦笑する華琳に反論の余地は無い。実際、あの出来事が俺の運命を分けた。学校での俺の評判はゼロからマイナスに突き抜けてしまった。俺は自分に向けられる悪意が知り合い達に向かわないように、彼女達から距離をとることになった。俺は結局何かを得たわけでも無く、ただ居場所を失っただけだった。

 

「なぜそんな奴を助けたんだ?」

 

 夏蘭が不思議そうにしている。

 何故と聞かれても困る。俺自身良く分からないからだ。実行委員長の相模に好意を抱いていたわけではない。むしろ嫌な奴だった。正義感からの行動でもなかった。あえて言うなら、そう。

 

「義務感と……あとは俺にはそれが可能だったから、だろうな」

「義務?」

「その逃げた馬鹿に仕事を全うさせるというのが、俺の仕事だったんだよ」

 

 マンガやアニメなら頭上に?マークが乗っていただろう夏蘭に答える。奉仕部で相模が実行委員長を務められるようにサポート役を受けてしまったからだ。

 苦々しい思い出を語る俺は、さぞ不機嫌な顔をしている事だろう。それを目の前にしているはずなのに華琳は心なしか愉快そうな表情になってきている気がする。

 

「華琳、今の話で面白い所なんてあったか?」

「ええ、馬鹿を助けた理由がまあまあ良かったわ」

「はあ?」

「出来るから、仕事だから、ね。貴方気付いているのかしら、その考え方はなかなか不遜で非常に結構」

 

 華琳に不遜と言われた理由も、不遜と評しながら何故褒める口調なのかも分からない。

 

「貴方はその愚者と同じ目線の高さに立っていないでしょ。形としてはその愚者を助けてはいるけれど、さっき貴方自身が言った通りあくまで自己満足からの行動ね。どうでも良い相手を、出来るからと救って見せる、それは傲慢な行為よ」

「いや、なんで嬉々として俺の悪口言ってんの?」

 

 冬蘭もそういう所あるけど、君ら親族ってみんなそうなの。そういうの友達なくすよ。ボッチ有段者の俺が言うんだから間違いないぞ。

 納得いかない俺に華琳は笑いかける。

 

「悪口ではないわ。裕福な者や力のある者が、弱者に施しを与えるのは良くあることよ。でも、施しを与えるという事は、相手を下に見ているということよ」

「俺はそんな、つもり」

 

 俺は言葉に詰まる。それは事実だったからだ。当時俺が解決手段として悪役を演じたのは、実行委員長である相模が自分で立ち直る見込みが無いと判断したからだ。言い換えれば、俺はあの時相模を見限っていた。

 

「責めている訳ではないわ。情に流されて判断力を鈍らしたのなら愚かだけれど、そうじゃないなら良いのよ。話を聞く限りその愚者が自分の愚かさに自力で気付き、改心するなんて期待出来ないでしょう。その局面を切り抜ける為に貴方は必要な手を打ったと言えるわね。ただ今後、自己満足による行動をする場合、今の貴方の立場上多くの者に影響が出ることを覚えておきなさい」

 

 華琳の考えでは愚者や弱者に施しを与えるのはOKだが、まともな思考があってこそということだろう。可哀想という感情だけで与えるだけ与えるのでは、本質的には何の解決にもならない。それに今の俺には立場上の責任がある。

 

「分かっている。優先順位は忘れないさ」

「そう願うわ。ではそろそろ戻りましょう。まだやらないといけない後始末が残っているでしょ」

「へいへい」

 

 先に歩き出した華琳に生返事をしながら早足で追いつく。後始末と言えば三姉妹と捕らえた黄巾党の連中の処遇である。それについて華琳と話しておかなければならない要件がある。

 

「華琳も報告は受けていると思うが、捕虜達を尋問した結果、三姉妹の言っていた内容が正しかったみたいだな。あいつらが進んで黄巾党を扇動していたわけではないらしい」

「聞いているわ。さて、貴方は彼女達をどうするつもりなの?」

「それは華琳が決めることなんじゃ……」

 

 華琳の質問に困惑気味の俺に対して、華琳は「何を言っているのかしら、こいつ」みたいな顔をしている。

 

「彼女達が【使える】から殺さないように、という話をしたのは貴方なのだから、どう【使える】のかを考えるべきなのは貴方でしょ?」

 

 確かに言い出しっぺは俺ですね、はい。

 俺の反論を封じた華琳は俺へニヤリと笑いかけてくる。

 

「で、どうするのかしら。あの娘達は貴方の好きにして良いわよ」

「待て待て、その言い方止めろよ。なんだかいかがわしいぞ」

「いかがわしく聞こえるのは貴方の心が汚れているからよ。貴方が彼女達の価値を証明する限り、その扱いは貴方に一任するつもりよ」

 

 美少女三姉妹げっちゅ~。いや、違う。そうじゃない。一瞬邪な考えが頭を(よぎ)ったが、気のせいということにしておく。しかし少し表情に出ていたのかもしれない。

 

「今、悪い顔をしていたわね」

「な、何かの見みゃちが、見間違いだ。ゴホッ、アイツらがいれば捕虜にした黄巾党の連中を引き込める。兵士と労働力、どちらに活用するにしろ、あの数は大きい力になる」

「フフ……そうね」

 

 華琳の指摘でしどろもどろな俺の咄嗟に出た誤魔化しだったが、それ以上の追及はなかった。

 

「それが成功したら、また大きな功績を挙げたことになるわね」

「なんだ。褒美でもくれるのか?」

「ええ、何か希望はあるかしら」

「え、マジで! いや急に言われても」

 

 まさか軽口がそのまま通ると思ってなかったせいで、素になってしまう俺。

 華琳はそれを茶化すこともなく、真顔で言う。

 

「さっきも言ったでしょう。組織をまとめるには信賞必罰が重要よ。罰についてばかり話していたけれど賞もまた、蔑ろに出来るものではないわ。功を挙げた者が賞されない組織では、誰もやる気なんて出さないでしょう。貴方は功をこれまでも挙げて来た。その貴方に何の褒美も与えないような主に、誰が付いて来るというの?」

 

 なかなか悩ましい。褒美をくれると言うならモチロン有り難くいただく。しかし、欲しい物があまり無いのが正直なところだ。俺に物欲が無いという話ではなく、現状で欲しい物は大抵用意してもらえるのだ。衣食住全てが揃っており、しかもあらゆる分野に造詣が深い華琳が関わっているので、何もかもが高水準になっている。さらにこれまで小遣いと称して給金も貰っているので、お金にも困っていない。

 

 悩んでいる間にうちの野営地に着く。褒美は何が良いのか話しながら華琳に付いて行くと、華琳用の天幕前まで来てしまう。華琳は気にせずそのまま天幕に入って行く、それに俺も続く。夏蘭は外で待つようで、中には入ってこなかった。

 華琳用の天幕の中は、相変わらず物は多くないが野営の為の仮宿とは思えないくらい小奇麗だった。華琳はシンプルな作りの寝台に腰を下し、視線でイスを示す。

 そのイスに俺が座ると、華琳は話の続きを再開した。

 

「それで、結局貴方は何が欲しいの?」

「うーん……」

 

 欲しいものか。欲しいもの、欲しいもの。分かんねえ。そら欲しい物はあるけど、現実的な物、用意してもらえそうな物だと思いつかない。

 頭の中が煮詰まったみたいな感覚に陥る。

 

「ああ、じゃあ休み」

「却下よ」

「仕事を代わりにしてくれる人材」

「夏蘭や冬蘭がいるでしょう。彼女達とその部下を上手く使えば良い話よ」

 

 うーん、そういう事じゃないんだが。俺が使うのではなく、寝ている間に仕事を勝手にやってくれる小人さんみたいなのが欲しい……これそのまま言うと怒られそうだな。

 

「それにしても部下かぁ。めっちゃ優秀で面倒見が良くて巨乳でボッチにも優しい何でも知っているクラス委員長やってそうな部下がいたらなあ」

 

 それ何処のナニ川翼さんかな?

 華琳の視線が少し冷たくなった気がする。

 

「はあ、体つきなら夏蘭は良い方でしょう?」

「でもあいつは俺へのリスペクトがないんだよなぁ。部下っぽくないし、脳筋だし」

「りすぺくと? それなら冬蘭はどうなの。人当たりは良いわよ」

「確かにパッと見、優しいそうなんだがなぁ。実はうちで一番こわ……この話は止めておこう」

 

 なぜか寒気がしてきた。

 羽川さんみたいな人材がいればなあ。何でもは知らないとか言いつつ、必要な事は大抵知ってるというチート。この命の危険が多い厳しい世界では喉から手が出るほど欲しい人材だ。誰が敵かも良く分からないこの世界では、あらゆる情報が命運を左右する可能性がある。

 

「貴方の住んでいた所ではそんな仙人のような人間がいるの? 流石は天と呼ばれる場所ね。いえ、にほんという国だったかしら」

「えっ、声に出てた?」

「ええ普通に。一度会ってみたい人物だけれど、部下に欲しいとは思わないわね」

 

 そらそうだろうな。華琳が目指しているのは、自分主導の覇道だ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、という位のチートキャラの部下がいると、その前提が崩れてしまう。

 まあ、華琳には不要でも、俺には必要だ。心のオアシス的役割と、情報源としてあれ程有能なキャラは他にいない。彼女なら三国志についても詳しいだろう。有用な情報をいっぱい持っているはずだ。しかし、重大な問題が一つある。それは───────

 

「残念ながら会うのは無理だ。彼女は実在しない。架空の物語の登場人物だからな」

 

 物語シリーズだけに。

 華琳が不意に剣を手に取ろうとする。

 

「真面目な話をしているのに、おとぎ話の登場人物が部下に欲しいなんて戯言を言っていたの? 度胸があるとは思っていたけれど、思っていた以上ね」

「ちょ、ちょ、ま、待った待った。無駄話ってわけじゃないから。今までの話で俺に必要なもの、いや俺達に必要なものが分かったから」

 

 だから剣を置こう華琳。俺では三国志式の肉体言語には付き合えない。

 

「つまり、俺が欲しいのは癒しと情報なんだよ。それに、それは陣営にとっても重要だ。この二つを一度に解決出来る案がある」

 

 チラッ、チラッ、と華琳の反応を確認する。こちらに向けられた視線は冷たいが、一応話の続きを聞く態勢にはなっているようだ。

 

「先ずはあの三姉妹を歌って踊れるアイドルにする」

「あいどる?」

「旅芸人の強化版みたいなもんだ。息抜きには娯楽が良いが、俺から言わせればこの世界は娯楽が少な過ぎる。民衆は娯楽に飢えているはずだ。その娯楽を俺達の管理下に置けるんだから、人心掌握にもってこいだろ。三姉妹のアイドル化が成功したら次はその模倣、三姉妹を真似した集団をうちの陣営との関係を隠して作る」

 

 俺はこの時代の秋元康になる。のではなく本来の目的は別にある。

 

「模倣集団には全国を巡業してもらう。各地で情報収集をすると同時に、場合によってはこちらの意図した噂を流したりもしてもらう」

「旅芸人を諜報に使うというのは、珍しい手では無いわね。でも、それを大規模に実行するとなると相応の手腕が必要よ」

「誰に物を言っているんだ。俺は数多のアイドルを手掛けた敏腕プロデューサーさんだぞ」

 

 ゲームの中で。

 まあ現代のアイドルの手法をパク、リスペクトしたやり方で問題無いだろう。いつの時代も人の欲求の本質は変わらないからな。

 とりあえずの算段が付いたところで華琳の反応を改めて確認すると、にこやかな表情。

 

「褒美の話だったはずなのに、結局仕事の話になるのね。仕事熱心なのは良い事だけど、それこそ偶には息抜きした方が良いわよ」

「そ、そういえば……あ、ありのまま今、起こったことを話すぜ。俺は褒美を貰う話をしていたと思ったら、いつのまにか自ら新しい仕事を作っていた。な、なにを言っているのか分からないと思うが、俺も何が起こったのか分からない」

「何をぶつぶつ言っているの? 疲れが溜まっているんじゃない?」

 

 どうしてこうなったのだろう。また自分で自分の仕事を増やしてしまった。この身に流れる呪われた社畜(親父)の血がそうさせるのか。

 地味に精神的ダメージを負った俺へ華琳が声を掛ける。

 

「なんだったら(ねぎら)いとして、今日は貴方を可愛がってあげましょうか」

 

 華琳は腰かけた寝台をポンポンと叩いて微笑んでいる。

 華琳が本気でそんな事を言う訳は無い。これまでの春蘭姉妹や荀彧とのやり取りを見る限り、華琳はレズだ。俺の事を突然誘うなんて明らかにおかしい。俺をからかっているのだろう。勘違いしてはいけない。しかし、あり得ないと分かっていても、内心ドキッとしてしまうのは、悲しい男の(さが)である。

 

「からかうのは止めてくれ。それに荀彧が聞いたら発狂しちまうぞ」

 

 必要な話も終わったので俺は手をヒラヒラと振り、勘弁してくれと天幕を後にする。その背中に華琳の声が掛かる。

 

「あら、あの娘のそういうところも可愛いんじゃない?」

 

 悪いがそこに魅力を感じるのは、悪趣味だと思う。

 戦略的撤退をする俺だったが、華琳の天幕から出るとそこには夏蘭と冬蘭が待っていた。

 

「おっと、何か用か?」

「はい、少々報告を。それより良いんですか?」

「何がだよ」

 

 夏蘭はともかく先程までいなかった冬蘭がいた事を疑問に思った俺の質問に、冬蘭は答えて質問を返してきた。しかし、その質問の意味が分からない。

 首を捻る俺に冬蘭はとても良い笑顔を向ける。

 

「華琳様のお誘いを断って良かったんですか?」

「ブホッ……待て、あれは俺をからかっているだけだ。というか聞いていたのか?」

 

 冬蘭の不意打ちに驚いてしまったが、すぐ自分を落ち着ける。盗み聞きなんて、はしたなくてよ冬蘭さん。

 

「姉と一緒に戦々恐々としながら聞いていましたよ」

「八幡をご主人様とか旦那様と呼ぶ必要が出てくるのでは、と固唾を飲んで待機していたぞ」

 

 特に悪びれるわけでも無く、冬蘭と夏蘭は状況を明かす。

 おいおい。華琳の冗談だったから良かったものの、コイツらは親族のアレを固唾を飲んで見守るつもりだったのかよ。ひでえ姉妹がいたもんだな。引くわ。千葉で五本の指に入るシスコンと自負する俺でも小町のそんなところを見守ろうなんて思わない。むしろ、相手を殺すまである。

 

「まあ幸い何事も無かった訳ですが。それより報告が」

 

 冬蘭はそれこそ何事も無かったかのように話題を変える。盗み聞きしていたのがバレたのに気まずさや罪悪感など微塵も見せない。ここまで来るといっそ清々しい。

 冬蘭は内緒話をするようにそこからは小声で話す。

 

(劉備の兵が黄巾党本陣から何か運び出していた、と監視に付けていた部下から報告がありました)

 

 素で友軍に監視を付けてある辺り、冬蘭らしいと思う。

 それにしても面倒な。華琳の耳に入ったら劉備達との関係は確実に悪化する。事前の作戦会議で、新たな乱の原因になりかねない太平要術書は、黄巾党本陣ごと全て灰にすると決めたはずだ。まだ運び出された物が太平要術書とは限らないが、既にかなり拙い状況である。

 

(どうすっかなあ。劉備達も余計な事しやがって……いや、待てよ。これを交渉材料に使えるな)

(弱味に付け込むんですね)

(違うぞ。ちゃんとあいつ等にとっても良い方向に持っていくさ)

 

 冬蘭、俺が人の弱みに付け込むような外道に見えるか。そう聞いたら普通に頷きそうなので止めて置く。それより夏蘭に一つ指示を出す。

 

(何か書く物、そうだな、紙を用意して置いてくれ)

(紙? そんな物をどうする。結構高い物だぞ)

(だから良いんだよ。頼むぞ)

 

 とりあえず必要な話は済んだので、一度自分の天幕に戻ろう。歩き始めた俺の右手首を誰かが掴む。振り返ると冬蘭だった。

 

「少し聞きたい事が残っているんですよ」

「お、おう」

「華琳様のとの会話の中で私のことを、何と言っていましたか。実はうちで一番こわ……この続きが聞こえなかったんですよね」

 

 分からないか。今、俺の顔に浮かんでいる表情そのままの言葉だよ。

 不意に左肩も重くなる。そちらを向くと夏蘭が俺の左肩に手を置いている。置いているだけなのだが、鉛のように重い。

 

「私も聞きたいのだが、りすぺくとやのうきんとはどういう意味だ?」

 

 はちまん、むずかしいことばわからない。おうちかえる。

 俺の脳内にドナドナの音色が響く。これから俺を待ち受ける試練は、とても厳しいものになるだろう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 夏蘭と冬蘭はとても良い部下です。いやあ、俺にはもったいないくらい良く出来た部下ですよ。彼女達に不満? まさか、そんな事あるわけないですよ。ハッハッハッハッハ。

 さて、何かとても辛い事があったような気がするが、劉備達の陣に到着だ。劉備達の陣はこちらの陣から百メートル程離して設置されている。ちなみに俺には過ぎた部下こと、夏蘭と冬蘭は当然付いてきている。

 俺が夏蘭と冬蘭を伴って劉備達の陣地内に踏み込むとアットホームな空気は鳴りを潜め、戸惑いと緊張感が高まる。俺達に気付いた兵が慌てて呼んできたのだろう。劉備、諸葛亮、鳳統の三人が小走りでやって来た。

 劉備が心配そうに尋ねてくる。

 

「比企谷さん突然どうしたんですか。何か問題でも?」

「ああ、ちょっとな。はあ~……お前らやばいぞ」

 

 俺は思わせ振りに大きな溜息を吐き、深刻な顔をしてそう告げると、劉備達がビクリと肩を震わせた。説明する前から俺の言わんとするところに、すぐ見当がついたのだろう。

 

「あ、あの、あれは」

「作戦会議で敵本陣は全て灰にする、そう決まったはずだよな。」

 

 冷静になる時間など与えない。劉備の発言を切り、前提である作戦会議での決定事項を確認する。俺達の突然の訪問と追及に戸惑い、劉備達の反応はまだ鈍い。今がチャンスだ。

 

「そうしないといけない理由も話したはずなんだが……それなのに敵陣から物を持ち出すなんて、何を考えているんだか。はあ~」

 

 これ見よがしにもう一度溜息を吐いて見せる。劉備達の視線が揺れている。

 

「張角が敵陣に残してきた太平要術書は、新たな乱を引き起こしかねない危険物ってことで、そちらも本陣ごと処理するという案で引き受けただろ」

「でも、あの、私達は太平要術書なんて持ち出してないです」

「何かを持ち出したのは確認している。それ自体が既に問題なんだよ」

 

 受け答えに詰まる劉備に代わり、諸葛亮が割って入るが追及の手は緩めない。

 諸葛亮は言い辛そうにしながらも、弁解を続ける。

 

「私達は……物資に乏しく、食料が不足していたのでそれを」

「論外だな。仮に盗ったのが本当に食料だけだとしても、それはそれで問題なんだよ」

 

 諸葛亮の言葉は最後まで言わせない。どんな巧みな話術でくるかも分からない相手なので、馬鹿正直に弁解を全て聞いたりしない。

 

「第一に、作戦会議で決めた事を破っている。第二に、賊からの略奪はうちの曹操が認めない」

「りゃ、略奪だなんて、元々略奪していたのは」

「そう、アイツ等はどこかの村や街から食料などを略奪している。しかし、お前達から奪ったわけじゃないだろ。つまり奪われた物を取り返したのではなく、賊の戦利品を横取りしたと言えるんじゃないか。まさか、被害者を探して過不足なく返して回るわけじゃないだろ」

 

 実は俺自身、賊の物資を利用するのに感情的な抵抗は無い。しかし、それはあくまで俺個人の感情であって、うちの陣営の方針的にはアウトだろう。

 さて、劉備達がこれ以上反論したり、万が一の展開として開き直られたりしたら厄介なので、こちらから救いの手を差し伸べる。

 

「まあ、俺もそちらが苦しい懐具合なのは察している。悪いようにはしないさ」

「「えっ」」

 

 俺が急に態度を軟化させたのが余程予想外だったのか、劉備達は揃ってきょとんとしている。隙だらけである。

 

「そちらが運び出した食料はすぐに処分しよう。後、そちらの不足している分の糧食は、こちらで用意する」

「良いんですかっ!?」

「ただし、やってもらいたいことある。夏蘭、あれを」

 

 驚きと喜びに満ちた表情の劉備を前に、俺は一つの条件を出す。俺に付き従い、ここまで無言で待っていた夏蘭に向けて右手を出す。ズッシリとした固い物を手渡される。

 

「は、はわわ」

「あ、あわわ」

 

 諸葛亮と鳳統が腰を抜かす。

 俺の手に握られていたのは剣だった。

 

「って剣じゃねえか!? 夏蘭ッ!!!」

「ん、けじめを付けるんだろ?」

「ちげえええ。なんでそうなるんだよ。さっき書く物を用意しろって言って置いただろうが。紙だよ、紙!!!」

「はい、こちらに」

 

 俺が夏蘭に怒鳴っていたら、最初から分かっていたとばかりにタイミング良く冬蘭が紙と筆を差し出した。いや、分かってるんだったら姉の暴挙を止めろよ。諸葛亮達が半泣き状態になっちまっただろうが。

 俺が姉妹に悪態を吐いていると、劉備が恐る恐る質問してきた。

 

「あ、あのぅ、命をもって償えとか言う話では無いです……よね」

「ないない。ちょっと署名して欲しいだけだ」

 

 書面で残しておきたいことがあった。黄巾党本隊討伐の顛末(てんまつ)と張角達の無実? を証明する文書を作り、そこへ劉備に署名してもらう。

 現段階では大した意味の無い物だが、後々劉備が世に名を馳せた時に真価を発揮する。黄巾党本隊討伐が華琳主導のもとに行われたという事実を、劉備が証言する文書。それは華琳の名声を上げるだけではなく、華琳と劉備の立ち位置を明確に表す。華琳に劉備は付き従ってたと。

 張角達については、無いとは思うが後で彼女達が乱の首謀者で、俺達がそれを庇っているなどと言われない為の保険である。

 重要な事はキチンと文書にして残して置かないとトラブルの元になる。それにこの時代、まだ高価な紙で残して置けば、より重要なものと感じるだろう。

 

「紆余曲折はあったものの円満に済んで良かった」

 

 これで黄巾党にまつわる厄介事も一段落、ホッと一息ついての俺の言葉に同意する者は何故かいなかった。




おまけ

捕虜にした黄巾党を引き込むことにした八幡。問題はやはりその数。またもや糧食問題が持ち上がる。

荀彧「ちょっと! こんな人数を今引き入れるなんて、糧食はどうするつもりよ」
八幡「お前ならなんとか出来ると思ったんだが無理か」
荀彧「ぐぅぅ……」
八幡「その程度ってことか」
荀彧「出来らあっ!」
八幡「あ、そうそう。劉備達にも糧食分けてやるんだった」
荀彧「え!!」
八幡「うちと同じ質のうまい糧食を用意しておいてくれ」
荀彧「え!!同じ質の糧食を!?」



読んでいただきありがとうございます。黄巾党の話はとりあえず終了です。張角三姉妹についてのその後は、幕間として追々。


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 仕事、それはやりがい。

 仕事、それは社会との関わり。

 仕事、それは高みを目指す為の手段。

 

 全て違う。仕事は生きる為にやらざるを得ないものである。

 そう、誰が仕事なんぞ()(この)んでやるんだ。やらなくて良いなら一生したくない。むしろ働いたら負けまである。しかし残念なことに俺は早くも敗北した。

 

「遠征後の休み? 一日で十分でしょう」

 

 華琳様の有り難いお言葉で、休みは一日と決定してしまった。そして、その一日も寝て起きたら終わっていた。

 今の俺は仕事に向かう哀れな社畜。一つ救いがあるとするなら、今日の仕事は単調で面倒な事務仕事ではないことだ。今日の仕事は張三姉妹のアイドル化である。

 護衛兼助手兼お目付け役の冬蘭と共に華琳の屋敷から歩くこと十分ちょっと、街の外れの空地にポツンと小さな建物があった。能楽堂の様な屋根付きの舞台とそこに併設されるように頑丈そうな小屋が建っている。小屋の方が我が比企谷プロの事務所になる。つまりここが張三姉妹をアイドルにする為の拠点であり、今日の仕事場である。

 

「元からあった建物を改造しただけとはいえ、良く半日でこれだけの物を」

「李典さんの工作技術は凄いですね」

 

 感心する俺に冬蘭も相槌を打つ。

 我らのジェバンニこと李典が半日でやってくれました。そのうち小さな砦くらいなら一夜で造りそうだな。

 李典脅威の技術力に慄きつつ事務所の扉を開ける。中では既に張三姉妹が待っていた。

 

「よお、待たせたか」

「い、いえ大丈夫です」

 

 三女で眼鏡っ子の張梁(ちょうりょう)が声を震わせ、俺に答えた。彼女だけでなく張角や張宝も萎縮気味で、視線を俺から逸らしている。

 どうもかなり怖がられているようだ。まあ少し前まで敵だったし仕方ないか。プロデュースを続けていれば、そのうち慣れるだろう。

 

「大まかな今後の予定はもう聞いてると思うが、お前達にはアイドルになってもらう」

「あの……あいどるというのは何ですか?」

 

 張梁の質問を受けた俺の脳裏にアイマス、ラブライブ、プリパラ、そして戸塚が思い浮かんだ。まさに彼、彼女達はアイドルとは何かを体現している。

 

「アイドルってのは愛と希望の象徴であり、人々の憧れの的だ。これからお前達には歌と踊りで人々を魅了する一流のアイドルになってもらう」

「それなら今までとあまり変わらない活動で良いという事ですか?」

「まあな。ただこれからは俺の出す指示に従ってもらう」

 

 三姉妹は多かれ少なかれ不満が顔に表れている。

 今まで自由気ままにやってきたのが、人の下に付くことになるのだから窮屈に感じるのだろう。しかし俺の指示を受ける事は彼女達にとってもプラスになるはずだ。

 

「もちろん出すのは口だけじゃない。この事務所、それと併設している舞台を手始めに支援もしていく」

「あっ、やっぱり隣の舞台って私達の為なんだぁ。すごーい!」

「姉さん単純過ぎでしょ。美味しい話には裏があるって決まってるから」

 

 つい先ほどまでビビりまくってた張角だったが、一転して明るい笑顔になった。

 それに対して張宝は「美味しい話には裏がある」というこの世の真理と言うべき忠告をしている。しかしそれを俺の前で言っちゃったらダメだろう。姉の張角とは違う方向のキャラだが、抜けているのは一緒のようだ。

 長女と次女が愛すべきアホキャラなのは分かったけど、肝心の話が進めにくい。そこで残った張梁へ視線を移すと。

 

「姉さん達は少し黙っていて。もちろん指示は聞きます。でも私達は出来ればもう危険な事は……」

 

 打てば響く。張梁はこちらの意図をくみ取り控えめな調子で意見を言った。

 張梁の心配している事については問題ない。物理的な戦力ではないし、囮などをやらせる予定もない。

 

「こちらの要求としては、人気者になってくれればそれで良いだけだから危険は少ない。それに人を集めて歌や踊りを披露する際には、うちの兵を配置するから、あんたらが旅芸人をやっていた頃より安全だと思うぞ」

 

 宣伝、ライブ、物販と全てこちらが主導でやる。当然、投入される人員は兵が中心になる。例えライブで客が興奮して暴れても、うちの怖い人達に鍛え上げられた屈強な兵士達にかかればどうとでもなる。

 しかし、張宝は違う印象を受けたようだ。

 

「それって監視……」

 

 張宝は俺に見られている事に気付いて途中で口を(つぐ)んだ。

 実はあながち張宝の誤解とも言えない。なにせ黄巾党の前科がある。三姉妹の扱いは慎重にしなければならない。とはいえ余り悪い印象ばかり持たれては今後がやりにくくなる。

 

「護衛だ」

「ええ、護衛です」

 

 完全に言い切った俺と冬蘭へ、三姉妹の反論は誰からも出なかった。

 納得して貰えたようで良かった、良かった。さて、そろそろ話を先に進めないと仕事が終わらない。

 

「問題無いみたいだから具体的な話に移るぞ。二週間後に隣の舞台で客を集め、新生数え役満・姉妹のお披露目をする」

「いっぱい集まると良いな~」

 

 張角が小さく呟く。

 こちらが全て主導するのだから、その辺りは抜かりない。

 

「心配はいらない。確実に客は集まる。だがその時、新生と銘打つのだから新曲が欲しい。そこで今日から新曲の歌と振り付けを練習する」

「し、新曲、ですか。急に言われても用意するのに時間が……」

 

 現実的な張梁が難色を示す。しかし、そもそも前提を勘違いしている。

 

「曲はもう用意してある」

 

 というか既存の曲だ。ただこの世界で知っているのが俺だけなので、新曲として出して問題ないだろう。デレマスの曲なので、オタクっぽくない北郷は知らないだろう。それにこの時代には著作権もジャスラッ〇も存在しないのだ。

 ドヤ顔で用意してあると言ったまでは良かった。だが、ここで一つ大きな問題に気付く。この世界ではスマホが繋がらない。

 あ、あれ、オフライン状態で、で、出来たっけ? そもそも電池切れ間近なんですが。どうすりゃいいんだ。 

 結論、俺が歌って振り付けも実際にやって見せる必要がある。

 俺が歌うのか。ここで、こいつらの前で。

 張三姉妹は端的に言ってプロだ。プロを前にしてぶっつけ本番で歌を振り付け有りで歌うのか。素人の俺が。冗談としても笑えない。

 さらにもう一人厄介なのがいる。冬蘭である。俺を弄る事を趣味にしているような少女だ。何を言われるか分かったものではない。いや、この場で何か言われるだけなら憤死するだけで済む。あらヤダ死んでるじゃないですか。しかし、この件を華琳辺りに……想像しただけで震えが止まらん。

 

「ん? どうしたんですか?」

 

 俺の様子がおかしいと気付いた冬蘭は小首をかしげて尋ねる。普段なら小悪魔的な印象を受けただろう。しかし今の俺には「どうした。早くやって見せろよ」と嗤う悪魔にしか見えない。

 苦境、しかしこういうのは恥ずかしがればより弄られるもの。ここはアイドルになったつもりで歌うしかない。やってやる。大事なのは笑顔、そして笑顔。

 

「鮮やかな色まとう波紋は~~~~♪」

 

 両手の動きに注意、しなやかに軽やかに。

 集中しろ。恥ずかしがっている余裕なんて無いぞ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「眩しい空へと♪」

 

 ここは屋内なので空は見えない。しかしそこに空があるように指差す。

 気付けば曲は終わりを迎える。

 ゆっくりと指を下す。

 

「はあ、はあ、はあ、疲れた」

 

 なんとかやり終えた。いろんな意味で終わってしまった。

 乱れた息を整えながら冬蘭と三姉妹の様子を窺う。冬蘭はなんとも言えない表情をしている。

 

「あ~……これを戦闘時に敵の前でやって戦意を喪失させるんですね。分かります」

「違うっ!」

「絶対効きますよ。なんだか気持ち悪くなってきましたから」

 

 おいおい、例えそれが事実だとしても口に出さないでくれ。八幡泣いちゃうだろ。

 これはダメだったか、と思っていると意外な意見が出た。

 

「良いと思います」

「えええっ! 正気なの、人和ッッッ!!?」

 

 張梁が落ち着いた声で俺の歌を認める。それに張宝が声を荒げた。

 俺の歌を認めた張梁を正気なのか疑うとは失礼な。千年以上先に進んだ歌なんだぞ。

 

「姉さんもおかしいと思うでしょ!?」

「う~ん、難しいことはちょっと」

「全然難しくないでしょっ!」

 

 張宝が張角に話を振ったが、思ったような反応ではなく声を荒げている。見かねた張梁が割って入る。

 

「姉さん落ち着いて。さっきの歌は私達用の歌だから、男が歌うと変に感じただけよ」

「うん、歌自体は良かったと私も思うよ~」

「そ、そうかな?」

 

 張梁と張角の言葉で張宝の態度が軟化した。まあ、本人が嫌だって言ってもやらすけどな。俺にここまでさせておいて、拒否するなんてことは許さん。

 俺はこちらに注目させる為に二回手を叩く。乾いた音に三姉妹の視線が集まる。

 

「納得したなら時間に余裕はないから、早速歌を覚えてもらうぞ」

「「……はーい」」

「アイドルは一に笑顔、二に笑顔、三四がなくて、五に笑顔だ。客の前でそんなしけたツラ晒す気か」

 

 士気の低い三姉妹に喝を入れる。俺はこの瞬間からプロデュースの鬼になる。これも全てはアイドルによる士気高揚と諜報戦を行う計画の為だ。けっして先程歌を披露させられたうえ、酷評された恨みではない。断じて違う。

 

 二週間後、ライブは大成功を収める。広場を埋め尽くす客、客、客の海。俺が教えた新曲も大好評だった。予想外だったのが物販である。職人による似顔絵をウチワへ貼り付けた物が、相当高値にもかかわらず飛ぶように売れた。これなら金銭面でも大きな役割を果たせるかもしれない。




おまけ

張宝「私達にかかればこんなもんね」
張梁「比企谷さんの指示は大体出来るようになりました」
張角「これでもう完璧なアイドルだね」
八幡「アイドルはそんなに浅くないぞ」

張宝「他に何かやる事があるって言うの?」
八幡「ああ。キャラ作り、個性的な人柄を演じるんだ」
張梁「想像もつきません」
八幡「例えばこんな感じだな」

八幡「アイドル目指してウサミン村からやってきたナナですよぉっ、キャハ☆」
八幡「え、年齢ですか? 永遠の十七歳ピチピチです。キャハッ☆」
張宝「うわキッツ……でも十七って事は一番近い張梁で決まりね」
張梁「えっ!?」
八幡「いやこのキャラをやるとしたら張角だ」
張宝「なんでよ?」
八幡「ナナさん十七歳だから」
姉妹「???」

知らなくて良い事ってあるよね。
安部菜々さんは二十七歳説が有力らしい(私には分からん)
ちなみにデレマスはアニメ勢でゲームはやったことない。ガラケーだから(涙)

何故使用曲がTrancing Pulseなのか。何故トライアドプリムスなのか。
その答えに至るヒントは「千葉」

あと真・恋姫†夢想 -革命-を予約しているんですが、華琳の胸なんか萎んでませんか?大丈夫ですか。貧乳は好きですが、華琳の胸は美乳です。

読んでいただきありがとうございました。


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中央からの使者

 黄巾党討伐は無事終わった。今は華琳の本拠地であり、我が家でもある陳留に帰還して数週間経っていた。たった一日の休日を消化し、新たに仲間となった張角三姉妹もとい天和、地和、人和のプロデュースを開始し、それも最近やっと軌道に乗った。

 ちなみに天和、地和、人和というのは張三姉妹の真名だ。別に仲良くなったから教えてもらったとか、そんな甘い話では無い。一応対外的に彼女達は黄巾の乱に巻き込まれた被害者という扱いだが、黄巾党と呼ばれる集団にいたのも事実だ。その時に名乗っていた名を使っていると、あらぬ誤解を招く恐れがある。そう、あくまで誤解を避けるために普段から真名を使うことになっている。こちらの世界では真名を不特定多数の人間に教え、その名で呼ばれるなど考えられないという者が多い中、大雑把な性格が幸いしたのか三姉妹は普通に順応した。

 

「……だるい」

 

 日々仕事に勤しむ俺にとって数少ない幸せを感じる瞬間、その一つである二度寝を邪魔され「すぐに謁見の間に来るように」と華琳からの言付けを女官に伝えられた俺は、現在嫌々ながら急いで身だしなみを整えている。

 この世界に来た時に着ていた高校時代の制服に似せて作った服へ腕を通す。既に卒業しているので学生服を着るのはコスプレっぽくて少し抵抗を感じ始めているのだが、華琳の指示で軍師として働いている時はこの服装をすることになっている。立場に見合った認知度を得る為らしい。つまりは天の御遣いアピールによる箔付け、宣伝である。

 俺は目立ちたくないのだが、誰だか良く分からない人間が要職に就いていると住民や末端の兵が不安がると言われては仕方が無い。今考えるとこれ、そういう声が実際にあったのかもしれない。「あの怪しい人誰?」みたいな感じで。テンションだだ下がりである。しかしテンションが下がったてもダラダラしている訳にはいかない。華琳が「すぐに」と言ったのなら急ぎの要件のはずだ。

 

「謁見の間という事は来客か?」

 

 独り言を呟きながら自室を出て足早に謁見の間へ向かう。が、急いでいたために廊下の曲がり角で人とぶつかってしまった。

 

「うおっ!?」

 

 まるで壁かデカい岩にでもぶつかったみたいな感触で、相手はビクともしない。そして俺だけが廊下に倒れ込んでしまう。やばい相手に当たってしまったかと思い、慌てて顔を上げて相手を見る。

 そこにいたのは見たことの無い少女だった。こんな俺と同じくらいの少女が相手だったのに、自分だけ倒れてしまうなんて情けないなと自嘲しそうになったが、こっちの世界の女は見た目通りではないと思い直す。

 改めて少女を見る。浅黒い肌をしておりウチでは見かけない特徴だ。この辺りの出身ではないのだろう。もしかしたら華琳の要件が来客ではないかという俺の予想が当たっていて、彼女がその客なのかもしれない。

 少女が屈んで俺へ手を差し出した。

 

「……大丈夫?」

 

 俺の顔を覗き込みながらほぼ無表情の少女は言った。何を考えているのか分かり辛く、一瞬怒っているのかと心配したが、彼女からはこちらを気遣う気配を感じる。感情の表現が苦手なタイプのコミュ障かもしれない。お前が言うなと天の声が聞こえそうだが。

 それにしても少女の手を取るのは恥ずかしい。しかし差し出された手を断って立ち上がるのも彼女に嫌な思いをさせてしまいそうで悩ましい。そんなコミュ障特有のジレンマにさいなまれる。

 

「ん? 大丈夫じゃ、なさそう?」

 

 俺が少女の手をいつまで経っても取らないせいで、彼女に勘違いさせてしまったようだ。悲しいことに彼女より俺のコミュ障の方が重症だった。しかし、いつまでも呆けていても仕方が無いので差し出された手を掴む。

 

「いや、平気、だ」

 

 少女は重さを一切感じないみたいに軽々と俺を立ち上がらせると、何故か間近からじぃーと俺の顔を見詰めている。表情の薄い、しかし整った少女の顔に俺の体温が上がりそうだ。惚れてまうやろ。そして想いを告げる勇気がなくて心の奥にしまってしまい、数年後にあの時告白していればなあ、と後悔しかけるが「確実にフラれていたから」と自分でツッコミを入れて納得してしまうまである。

 俺が悲しい想像をしていると少女が自分の懐から小さな布袋を取り出し、俺へ渡してきた。

 

「元気ない。お腹空いてる」

 

 ビックリするくらい良い人じゃないか。こ、こんなに優しくされたのは初めてかもしれん。それは流石に言い過ぎか。

 袋を開けてみると中身は木の実だった。別にお腹が空いているわけではないが、少女の厚意を突き返すは気が引ける。とはいえ、このまま貰うだけというのも悪いので何か良い物を持っていなかったかとポケットを探るも何も無い。後で部屋に戻った時に何かお返しでも用意した方が良いだろうか。ってそうだ。華琳に呼ばれていたんだ。

 

「これ、ありがと。それから俺今時間が無いから」

 

 後でまた会えないかと言おうとしたところで少女が口を開く。

 

「私も急いでた。人と会う予定」

「もしかして相手は、曹操だったりするか?」

 

 まさかそんな偶然は無いだろう。そう思いつつ一応聞いてみる。

 

「……そんな名前だったような、気がする」

 

  都合が良いのか悪いのか。ともかく二人そろって華琳を待たせているのは、かなりよろしくない状況だ。

 

「俺も呼ばれているから一緒に行くか?」

「……助かる。案内とはぐれて、どこに行けば良いか、分からなかった」

 

 迷子かよ。案内役の人も慌ててるぞ、それ。

 

「じゃあ、ちょっと急ぐか」

「ん……」

 

 表情一つ変えずに頷いた少女は、そのまま歩き出した俺に付いて来る。良い人っぽいが、ぼうっとしている所もあり、どういう用件で華琳と会うのか全く想像出来ない。

 

 謁見の間の近くまで来た所で、少女の案内役らしき女官が右往左往しているのを見つける。こちらに気付いた女官は一度ホッとしていたが、すぐ床に頭が付くんじゃないかってくらい深く頭を下げて謝り始めた。

 正直見ていられなかったし、少女自身怒っている様子ではなかったので止めさせ、さっさと謁見の間に繋がる廊下まで移動した。そこには見知らぬ幼女が立っていた。

 あっ、こっち見た。許してください決して怪しい者ではないです。通報だけは勘弁してください。

 幼女は俺を無視して少女に駆け寄る。

 

「恋殿~どこに行っていたでありますか!?」

「庭にいた鳥、見てたらねねたちいなくなってた」

 

 少女の言葉を聞いて案内役の女官へ同情する。そんな状況は想定しないよな、普通。

 まあ目的地は目前、連れとも合流出来たようなので俺はお役御免だろう。

 

「曹操のいる謁見の間は、そこだから案内はもう良いな?」

「ん」

 

 俺が謁見の間の入り口を指して聞くと、少女は言葉少なに頷いた。

 そっけなく感じるが、フレンドリーにされても対応に困るので俺としても有り難い。俺も小さく頭を下げ、先に謁見の間へ入る。そこには陣営の主だったメンバーが勢揃いしていた。華琳は当然として、春蘭姉妹や夏蘭姉妹、桂花と楽進達三人組もいる。

 どうなっているんだ。来客の対応にこんな面子が必要なのか。

 不思議に思いながら華琳の方へ小走りで行く。急いで来たんですよ~というさり気ないアピールである。あくまでさりげない位なのがポイント。あからさま過ぎれば、男を喰いまくっている癖に合コンで「私、男の人と話すのってちょっと苦手なんですぅ」と初心アピールをする清楚系ビッチのごとく女子から嫌われる。あらヤダ、合コンなんて無縁の人生だったのに知ったかぶっちゃった。てへっ。

 うん、吐くほど気持ち悪いな。下らないことを考えながら華琳の(もと)に辿り着く。

 

「遅かったわね」

「急いだつもりなんだがな」

 

 華琳は俺の言い訳にもなっていない言葉に突っ込まず「そう」とだけ言った。

 不機嫌、いやテンションが低めと表現した方が近いか。

 

「それで用件は? 来客か?」

「良く分かったわね。ええ来客よ。……中央からのね」

 

 最後の方は隠しきれない面倒事臭が漂っていた。

 明らかに華琳は良いニュアンスで言っていない。招かざる客なのだろう。いや、しかしちょっと待てよ。客はさっきの少女だろ。そんなに悪い奴には見えなかった。むしろ口数が少ないだけで良い人だと思うんだが。

 俺が頭を捻っていると、先程廊下にいた少女の連れの幼女が謁見の間に入って来た。

 

「呂奉先殿のお着きですぞ~」

 

 幼女の口上と共に俺が案内した少女が現れる。

 リョホウセン、んー? 聞いたことがあるよな。リョって言ったら呂布とか呂蒙とかか? 馬鹿か、あんな良い子が呂布は無いだろ。呂布は。あんな良い娘()が裏切りマイスター呂布であるわけがない。

 リョホウセンは俺と一緒にいた時と同じで無表情なまま広間の奥側、いわゆる上座側へ進む。それも普段華琳がいる位置に、そして華琳は少し謁見の間の出入り口近くに移動している。つまりはこの場で少女が一番偉いという訳だ。マジかよ。

 

「曹孟徳殿、黄巾党鎮圧においての活躍見事であったと呂布殿が仰せですぞ」

 

 幼女がリョホウセン改め、呂布の側に立って彼女を代弁するように告げた。

 呂布でした。信じられん。こちらの世界に来て、曹操達三国志の武将達が女だと初めて知った時並のインパクトだ。

 ショックを受けている俺をよそに、幼女が話を進める。

 

「天子様より褒美として西園八校尉に任ずるとのお達し、呂布殿に代わりこの陳宮が伝えしますぞ」

「は、ありがたく。謹んでお受けいたします」

 

 陳宮の完全に上からの物言いで、華琳のこめかみがピクピクしているのが俺には見えてしまった。

 官位は呂布達の方が上なのだろうが、実際にどれ程有能なのかも分からない幼女から偉そうにされて、プライドの高い華琳にとっては相当なストレスになっているようだ。

 しかし、それを知ってか知らずか幼女の口は止まらない。

 

「新たな官職に相応しい働きを期待している。精進するように、と呂布殿が仰せですぞ」

 

 もうやめて、華琳の堪忍袋の緒のライフはゼロよ。

 あくまで自分は代弁しているだけという(てい)で超上から目線のセリフを連発する陳宮、謁見の間に入ってからここまで一言も喋っていない呂布。華琳にとってみれば馬鹿にされているように感じているのだろう。

 

「では多忙なのでもう失礼する、と仰せです」

 

 良かった。もう帰るようだ。頼む。もうこれ以上何も言わずにさっさと帰ってくれ。

 そんな俺の想いが伝わったのか幼女陳宮は、出入り口へ黙って向かった。しかし呂布は歩き始めてすぐに立ち止まり、俺へと顔を向けた。

 

「……うち、来る?」

 

 謁見の間がざわっと騒がしくなる。

 ナニコレ、逆ナン? ヘッドハンティング? こんな場でアグレッシブかつ大胆過ぎる。そもそもどちらが目的にせよ、接点が先程のちょっとした会話しかないのにおかしいぞ。もしかして想像を絶する程のビッチなの? 肉食系なの? そうは見えないんだけど。

 

「いやちょっとアレなんで」

「……分かった」

 

 言葉を濁して首を横に振ると、呂布は何を考えているのか分からない表情のまま小さく頷いた。何が分かったのか全く俺には理解できないが、あっさり納得した様子で出入り口へと歩みを再開した。

 そういえば木の実のお返しを上げるつもりだったのだが、今呼び止めると話が余計にややこしくなりそうである。ここは控えた方が良さそうだ。呂布は何を考えているのか全く分からなかったが、物わかりの良い奴で良かった良かった。

 呂布が謁見の間から去り、姿が見えなくなって数秒後それは始まった。

 

「今のはどういうことかしら?」

 

 マンガなら背後にゴゴゴゴゴゴゴと描かれているような威圧感を発する華琳。さらに彼女だけでなく、この謁見の間にいる全員の視線が俺へ集中している。

 皆の視線独占だ。いや~まいったな。小町、お兄ちゃん異世界に来て、やっと人気者になっちゃったみたいだぞ。これから始まる異世界転生ハーレム物語『やはり俺の異世界転生はハーレムものだった』を期待してくれ。集まった視線がどうも冷たい気がするが気のせいだろう。ハハッ。

 渇いた笑みを浮かべるしかない俺に、この後長い長い試練が訪れたのは言うまでもない。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「れ、恋殿~、先程の言葉はどういうことでありますか!?」

 

 陳宮は謁見の間を出てすぐの廊下で恋へと詰め寄る。

 用件の済んだ陳宮がさっさと帰ろうとしていた所、恋が曹操の部下の男に「うち、来る?」と言っていた件についてだ。

 陳宮は自身が敬愛する恋に限って、男へ言い寄るなどという浮ついた話ではないと確信している。しかし恋は有能な人材を勧誘したりすることも皆無。そもそも自分から話し掛けること自体稀である。まさに青天の霹靂であり、恋の意図が全く分からない。

 

「元気なかった。家に連れて帰る」

「え?」

「ご飯いっぱい食べる。しばらく休む、元気出る」

「あれは犬や猫ではありませんぞ!?」

 

 陳宮はやっと恋の意図を理解した。理解して頭を抱えたくなった。

 恋は怪我をした動物を見つけると、家に連れて帰って面倒を見る。それに例外は無く、犬猫どころか虎や熊まで連れて帰って来る。それはもう恋と共にいる陳宮にとっては日常茶飯事といって良い位、ありふれた日常である。しかし、まさかその対象が人間、しかも男にまで及ぶとは思いもよらなかった。それに相手が行き倒れていたならまだしも、変わった格好をしていたとはいえ、あの男はそれなりの文官だろう。拾って帰る必要を呂布が感じるのはおかしいはずだ。

 

「うち、犬や猫以外もいる」

「そうではありません。男は狼、危険なのですぞ」

 

 確かに象や猪も飼っているが、陳宮が言いたいのはそういう問題ではない。

 曹操に引き抜き行為と見られるのは、まあ良い。どうせ恋に比べれば低位の者であり、どうこう言ってくることも無いだろう。だが家に男を連れて帰るというのは看過出来ない。もし万が一、無いとは思うが、間違いがあっては大変である。

 しかし、どうにも恋に陳宮の想いは伝わらない。

 

「狼じゃない、人間だと思う」

「いえ、人間ではありますが、狼というのは例えですぞ」

「ん?」

「男は恋殿のような魅力的な女性を見ると、狼のように襲ってくるのであります」

「狼? ……私より弱い」

 

 狼どころか、この国で恋より強いモノなど存在しない。少なくとも恋はそんなモノに会ったことが無い。

 恋の強さを誰よりも知っていると自負する陳宮も、こう言われてしまうと否定のしようがない。まさか男女の営み的な話を一から説明するわけにもいかないし、お手上げである。

 今回は男が断ったので事は収まったが、次に同じような事態になった時どうすれば良いのか、陳宮の悩みは尽きない。




オマケ
華琳「これより、比企谷 八幡の法廷を開廷します」
桂花「準備完了しております」
八幡「い、異議ありっ、何で俺が責められ」
華琳「却下、では早速証人の話を聞きましょう」
桂花「被告人・比企谷は女と見れば誰にでも言い寄る変態であり、死刑が妥当です」
八幡「異議あり! 言いがかりにも程がある」
桂花「いいえ、被告人は女であれば誰でもいいというケダモノです」
八幡「待った! 俺にそんな積極性はない」
桂花「……! それは…普段の振る舞いは演技、そう演技です」
華琳「そうかしら? 八幡にそんな甲斐性はないわ」
八幡「おい」
桂花「でも呂布に誘われていた事実は動きません」
八幡「ちょっと待て、それは俺が言い寄ったという直接的な証拠にはならないだろ」
桂花「異議あり! じゃあ、あの女は初対面でアンタを誘ったと?」
八幡「いや、ここに来る途中に会っている」
桂花「ほら見なさい。その時毒牙にかけたんでしょ」
~以下略~
華琳「まあ、誘いを断ったから良いわ」
八幡「おい、じゃあなんで俺は責められてたんだよ?」
華琳「さあ? 自分で考えなさい……ばか」






読んでいただきありがとうございました。
恋姫の新作の新キャラ良いです。眼鏡属性皆無の私が陳登のおかげで生まれて初めて眼鏡っ子を好きになりました。それと親子丼美味しいでげす。


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虎豹騎 表

 暑かった夏も終わりに近づき、その日差しは幾分弱くなってきた朝。華琳が治める陳留、その城壁の外に向けて俺と冬蘭は歩いていた。

 今日は城外で冬蘭の直属部隊が訓練するところを見学する予定である。文官の俺が直接兵達の調練をすることは未来永劫無いと思うのだが……無いよね? 無いはず? 無ければ良いなあ。

 まあ、とにかく訓練内容くらいは知っておいて損はないからと冬蘭に押し切られた結果だ。あくまで見学であって参加しろというわけではないので、気楽なもんだ。

 しかし、しかしである。さっきからどうしても気になって仕方がない事が三つある。

 まず一つ目、冬蘭が妙に浮ついていること。いつもより微妙にテンションが高い気がする。機嫌が悪いよりは良いが、どうにも嫌な予感がする。

 二つ目は冬蘭が手に抱えた木箱。縦30㎝×横40㎝×高さ10㎝くらいの箱を今日会った時から既に持っていた。中身を聞いても冬蘭はニコっとするだけでまともに答えない。

 うーん、これが所謂天使のような悪魔の笑顔ですか。えっ違う?。

 三つ目は彼女の身に着けた虎柄の外套、マントといった方が分かり易いだろうか。その猛虎魂(あふ)れるマントは彼女の趣味なのか。もしかして阪神ファンなの? 千葉教原理主義者である俺の前で阪神アピールとは恐れ入る。千葉にもプロ球団はあるんだぞ。ついでに言うとユニフォームは阪神と同じ縦じま、だからいっそロッテファンに鞍替えしてはどうだろう。

 冗談は置いておいて、冬蘭のファッションセンスは大阪のオバちゃんとは違う。こんなマントを着けているのも初めて見る。しかし、もし機嫌が良さげな理由がこのマントだった場合を考えると、下手に弄れない。というかあえて弄らない。ほら良く言うだろ。触らぬ神に祟りなしって。

 

 

 俺の考えは浅かった。こっちに触れる気が無くても、向こうから全力でぶつかって来る可能性を失念していた。

 今日の訓練を行う城壁外の平原に到着した俺は、目の前の光景に戸惑っていた。

 トラ、トラ、トラ……。

 もちろん、かつての大戦において用いられた電信ではない。冬蘭の部下達数百人が先に平原に着いていたのだが、彼らと彼らの騎乗する馬の恰好が完全に虎柄で揃っていたのだ。鎧や馬具のデザインが虎をイメージさせるものに新調されていた。

 

「なにこれ、今から阪神の応援にでも行くのか?」

「ハンシン?」

「あ、いや、気にしないでくれ……それと一つ聞きたいことがあるんだが」

 

 冬蘭の虎柄のマントについて触れないようにしていたが、ここまで来るとスルーするのも限界である。しかし、どう切り出して良いものか分からない。必然、俺の問いは歯切れの悪いものとなる。

 

「あー……装備を、アレだ。部隊まるごと新しくしたんだな。えーと、なんて言えば良いのか、その、凄いな」

「でしょっ!!」

 

 我ながら酷い会話のフリだと思うが、冬蘭は食い気味で反応した。こいつがこんなテンションで反応するなんて初めてだ。

 

「私達の活躍が華琳姉様に認められて、固有の部隊名とこの新しい武具を賜ったんです」

「へ、へえ……」

「新しい部隊名は【虎豹騎(こひょうき)】で虎豹はトラとヒョウのことです」

 

 この時代のことだからそれらには大きな意味があるのだろう。現代に育った俺には分かりにくいが、普段見られない冬蘭の様子から余程名誉なことのようだと察する。

 

「虎に豹か、強そうだな。でも全員虎柄じゃねえーか。豹はどこに行ったんだ?」

「ふふっ、よくぞ聞いてくれました。ちょっと」

 

 冬蘭が呼ぶと彼女の部下が数人すっ飛んできた。良く調教、もとい教育されている。

 冬蘭は持っていた木箱を部下の一人に持たせ、自分はその蓋を恭しく持ち上げる。中には豹柄の布が納まっていた。

 

「じゃじゃんっ!!」

 

 今時、口でそんな効果音言うやついるんだな。

 待てよ、ここは三国志の時代だぞ。それを考えると逆に彼女はとんでもなく進んでいるのではないか。これは大発見だ。よし、すぐに学会に発表するために俺は一度帰るぞ。

 

「なんで来た道を戻ろうとしているんですか?」

「ちょっと用事を思い出して」

 

 冬蘭が回り込んで俺の退路をふさいだ。その手には豹柄の何かがあった。

 現実はいくら目を逸らしても眼前に立ちふさがってくる。厳しい現実程しつこく付きまとってくるのは何故だろう。

 仕方が無いのでとっくの昔に気付いていたが、あえて考えないようにしていた点を聞いてみることにした。

 俺は冬蘭が手にした豹柄の布を指さす。

 

「もしかして、それって」

「はい、八幡さんの物です」

 

 おう……だと思った。

 冬蘭が楽しそうに布を広げて見せる。

 豹柄の外套である。というかよく見ると布ではなかった。それは豹柄の布とは違い本物の豹の毛皮っぽい。

 

「毛皮?」

「はい」

「すげえな」

 

 でもいらん。ファッションとしてもどうかと思うが、毛皮というのがチョット引っかかる。飼い猫と豹は全く別物だが、同じ猫科なのは無視出来ない。猫好きとしては遠慮したい一品だ。

 

「待て、それ虎豹騎を象徴する装備だろ。なんで俺の分があるんだよ」

「はあ?」

 

 冬蘭が口をポカンと開けて、何言ってんのこの馬鹿という表情をしている。というか彼女はそのままの言葉を口にした。

 

「馬鹿ですか?」

「なんでだよ。当然の疑問だろ」

「いいですか。私は元々貴方の補佐ですよね」

 

 それは事実だ。

 

「その流れで前回の戦いでも私と私の直属部隊は、貴方の下で戦いましたよね」

「囮をやった時はな。それにしたって言っても、俺は敵を挑発しただけだろ。黄巾党本隊相手の時は別行動だったし」

「それはそれ、これはこれです」

 

 ええ……(困惑)

 冬蘭は俺の言い分を聞く気が最初からなかった。結論ありきで話を進める気だ。

 

「そもそも補佐ということは直属の部下じゃないですか。私は八幡さんの部下、虎豹騎は私の部隊。つまり虎豹騎隊は八幡さんの専属と言っても過言ではないのです」

 

 過言です。超理論で言い切った冬蘭にそう言ってやりたいが、この調子だと多分言ってもスルーなんだろうなあ。なんでこんなに拘るのか分からない。ただ一つ確かなのは、彼女が引きそうにないことだ。

 

「では早速、こちらを」

 

 冬蘭が豹の毛皮で作られた外套を押し付けもとい、恭しく俺へ差し出した。俺に拒否するという選択肢はなかった。NOと言えない日本人だから。

 豹の外套を手に入れた。装備しますか? はい/YES。

 俺は外套を羽織り、体を捻って冬蘭に見せる。しかし彼女より早く虎豹騎の兵達が反応した。

 

「「おおおぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 虎豹騎の兵達が歓声を上げている。

 うん、意味が分からん。むさ苦しい男達に受ける要素がどこにあった?

 

「お似合いですよ」

「そうかよ。俺ハウレシサノアマリ涙ガデソウダゾ」

「まことにおめでとうございます。今後ますますのご活躍をなされるよう、私共も微力ながら手足となって支えましょう」

 

 俺の皮肉にもどこ吹く風、冬蘭は慇懃無礼に仰々しい言葉を返してきた。あまりに大げさなのでちょっと恥ずかしかった。

 それにしても似合っているというのは絶対に嘘だ。俺の今の恰好は、高校時代の制服っぽい物と豹の毛皮の外套というトンデモファッションである。

 いっそ今着ている服の裏地にこれを使えば……あらやだヤンキー御用達の改造制服じゃないですか。しかしブレザーの改造服ってのもおかしいか。

 

 現実逃避を試みる俺の目の前で、虎豹騎の訓練が開始される。

 俺がぼーっと眺めている間、冬蘭の指示に従い一糸乱れぬ動きを見せる騎兵達。基本的な動きを確認した後は、部隊を分けて複雑な動きを試し始めた。それでも部隊の動きに乱れは感じない。その姿は集団というより一匹の生き物のようだった。冬蘭は俺の専属だなんだと言っていたが、俺にはもったいない精鋭だ。

 間に小休憩を挟みながら訓練は一時間くらいで終わった。

 訓練時間が意外に短いなと冬欄に聞くと、兵はともかく馬が潰れる危険があるらしい。完全装備の兵を乗せて今回のような激しい動きをさせる場合、短時間に抑える必要があるとのこと。

 へえ~、と思うと同時に兵達はまだいけるんだと呆れに近い感心を覚えた。あれだけ激しい騎乗をしたら俺ならケツか腰が大変な状態になるだろう。彼らには付いていけそうにないのでこの豹の毛皮は返上する方向で、えっダメ?

 悪あがきが失敗に終わった俺は、一人とぼとぼ街へと帰る。冬蘭から昼飯に誘われたがテキトーに言い訳して断った。

 ボッチの食事はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか気兼ねなく出来なきゃダメなんだ。独りで静かで豊かで……さて、最近ハマっている料理店へ急ごう。

 そこは常に客が多く騒がしい店で、当初俺にとって居心地の良い店とは言い難い所だった。しかし余程俺が嫌そうな顔をしていたのか、気の良い店員さんがメニューにはない持ち帰り用の料理を作ってくれるようになった。

 不景気なツラしてんじゃねえ、迷惑だからさっさと帰れ。そんな意味かと邪推したこともあったが、あの子に限ってそれはないだろう。とにかく料理を受け取って静かに食事が出来るベストプレイスでメシにしよう。




おまけ

冬蘭「今日ご用意したのはこちら、豹の毛皮で作られた外套です」
八幡「コレハスゴイ」
冬蘭「しかも今なら有能な部下である私が付いてきます(別料金」
八幡「ナンテコッタ」
冬蘭「さらにさらに今だけ、騎兵好きな方には欠かせない虎豹騎もセットです」
八幡「ウーンスゴイナー。デモオ高インデショウ?」
冬蘭「それがですね。今なら八幡さんが保留していた褒賞分と」
八幡「ト?」
冬蘭「これから挙げるであろう功績三年分を前借して」
八幡「エッ、チョッ!?」
冬蘭「契約完了です」

(注意)あくまで冗談なので八幡が三年間タダ働きになったりはしません。


次回、VVVビクトリーな少女登場。

読んでいただきありがとうございます。




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虎豹騎 裏

 中央からの使者によって色々あったがそれも落ち着いた頃、私は華琳様の呼び出しで華琳姉様の執務室へやって来ました。

 

「今回あなたを呼んだのは、籠城する秋蘭を助ける為に囮を務めた功績についてよ」

「私など大したことは。八幡さんや部下達の働きです」

 

 謙遜ではなく事実あの時私が何かをする必要はなかった。

 八幡さんの挑発で我を忘れた敵から自陣へ向かって逃げただけである。部下は追手を多少削ったが、私はあの戦いで功績と言うほどの仕事をした覚えはない。

 

「八幡一人では無事に帰って来れたとは思えないから、大事なく彼を連れて帰ったあなたとあなたの部下達の果たした役割は大きいわ」

「ありがとうございます」

 

 私が鍛えぬいた部隊にとって大した労力ではなかったが、もたらした結果は大きいのは確かだ。謙遜も過ぎれば鼻に着くし、華琳姉様は話を進めるつもりのようなので称賛を素直に受ける。

 

「その件で与える褒賞をいくつか考えているのだけれど」

 

 いくつか? 戦いの直後に第一功とお褒めの言葉は頂いていたが、今回の褒賞は普通に金銭のみだと思っていたので驚きである。

 

「あなたの部隊に固有の名とそれを示す武具を用意するつもりよ。それとも別の物が良いかしら?」

「ッ!? そんな、まさか、恐れ多いです。名をいただけるなんて光栄です」

 

 望外の喜びである。部隊に名をいただけるだけでも身に余る名誉なのに、さらにそれを示す武具まで下賜されるなど想像もしていなかった。春蘭姉様達ですらそのような栄誉はまだ得ていないのだ。

 

「ほ、本当によろしいので?」

「二言は無いわ」

 

 華琳姉様は本気だ。

 私個人の武力は春蘭姉様達に及ばないが、部隊全体の練度で見れば最精鋭である自負がある。いつか勇名を国中に轟かせられれば良いなと願っていた。その一歩をこんなにも早く踏み出せるとは。

 

「実はもう名前は考えているのよ」

 

 ごくりと唾を飲み込む。どんな名をいただけるのか、緊張が高まる。

 

「虎豹騎、虎や豹のように猛々しい騎兵で虎豹騎よ」

 

 騎兵は戦場の華である。そのうえ虎豹という勇猛さを象徴するような部隊名までいただけるなんて、この喜びをどう表現すれば良いのでしょうか。

 感動に打ち震える私に華琳姉様は満足そうに微笑みを浮かべる。

 

「それだけ喜んでもらえれば私としても満足よ。では武具の方もすぐ手配させるわ」

 

 私の心は歓喜に染まっていた。しかし一つだけ引っかかることがあった。

 

「この場合、八幡さんの扱いはどうなるんでしょうか? 策の発案者であり、実行の核心部分を担当しているのですが」

「そうね……」

 

 華琳姉様が思案する素振りを見せる。

 

「八幡は俗物的な物言いをするけれど、休み以外に何かを欲しがる事が少ないのよね。八幡にも何か用意するとして何が良いかしら」

 

 華琳姉様が悩むのも無理はない。おかしな話で、本人が褒賞を受け取るのに乗り気でないようなのだ。

 何度も功を上げ、その都度華琳姉様から褒美は何が良いのか、と聞かれているにも関わらず大した物は貰っていない。そのくせ普段仕事が嫌だ、面倒だと言う割に厄介事へ首を突っ込み、仕事を増やすという矛盾した行動も取っている。それらは仲間想いの彼が仲間の負担を減らす為にやっている心遣いかと思ったこともあったが、彼は仲間相手でも距離をとる傾向がある。

 彼の行動原理は理解に苦しむ。何か大きな歪みを抱えている気がしてならない。しかし彼の軍師としての能力は高いと思う。それに今まで監、観察してきた結果彼が華琳姉様を裏切る可能性は低い。実力があり、裏切る心配も無い。人材として言う事の無い人物のはずだが、私はその歪みに不安を抱いていた。

 ただの優秀だがちょっとおかしな軍師であるなら、大した問題ではない。私が不安に思うのは、彼がただの軍師で終わらないかもしれないからだ。

 私は華琳姉様の様子を窺う。八幡さんへの褒賞について思案に暮れる姿は、絶対君主より年相応の少女に見える。それこそが最近の私にとって最も大きな懸念である。

 華琳姉様もいつかは後継ぎをお作りになられる。そして現在華琳姉様の近くにいる男性は八幡さんだけである。恋愛感情の有無はハッキリしないが、華琳姉様の相手として一番可能性が高いのは彼である。

 他に候補となる相手などいない───────いや同じく天の御使いである北郷なら肩書に不足は無い。劉備達との共闘時に接した感じとしてはあまり有能そうではなかったが、八幡さんと違って社交性は高かった。人好きのする笑顔で誰でも分け隔てなく話しかけていた。お飾りや調整役には適しているかもしれない。候補として悪くはない。ただ華琳姉様の眼中にはほぼ入っていなかったので進展の見込みは無いだろう。

 それにもし北郷が華琳姉様の夫となったとして、華琳姉様と共に玉座へ座る光景を思い浮かべる。

 

(ない、許容出来ない。あの者が姉様の隣に座すなど認められない)

 

 さらにその場合私は北郷に仕える立場となる。あの男にそれほどの価値があるとは思えない。想像しただけで吐き気を催す。何より私が手塩にかけて育てた部下の生き死にを預けられる能力を持っているようには、劉備達との共同作戦で観察した限り見えなかった。

 では八幡さんならその価値があるのか自問するとそれは判断し難い。北郷と違いその状況を想像しても不快ではないし、能力的にも問題ないが、自信を持って姉様にお薦めするのも……。

 

(いっそ八幡さんの値踏みをするより、調、しご、成長を促すのはどうでしょう)

 

 錯綜(さくそう)する思考をまとめるように口の中で呟く。一度言葉にしてみると、存外それが良い考えに思えてきた。

 

「華琳様、八幡さんへの褒美は私達と同じものにしてはいかがでしょう」

「同じもの……名と武具を与えるというの。それは八幡を虎豹騎に入れるということ?」

「逆です。虎豹騎が八幡さんの剣になるのです。騎兵はその特性上本陣から離れ、細かい意思疎通がとれない状況になりがちです。そこで戦場全体の流れを読める戦術眼のある策士がいれば、その場で臨機応変に対応出来る強味が得られるのではないかと」

 

 咄嗟にでっち上げた理由付けだが、実現されれば有効だと思う。

 

「八幡に虎豹騎を与える、ね。それほどの裁量を与えるだけの手柄を……まあ立てているわね」

 

 華琳姉様は私の考えを受け入れてくれそうだ。

 そうなると八幡さんを前線に連れていくなら少し馬術を鍛える必要がありますね。戦場のど真ん中で置いてけぼりになっちゃうかもしれませんから。

 私が八幡さんの訓練を計画している間に、華琳姉様は結論を出されたようだ。

 

「分かったわ。問題無いでしょう。でも八幡に死なれてはたまらないわ」

「ええ、もちろんその辺はお任せください。もし死ぬとしても八幡さんは虎豹騎の中で一番最後です」

 

 華琳姉様が微妙な表情をされている。私は何かおかしな事を言っただろうか。

 

「八幡の役割は小さな戦場の勝ち負けより重要なものよ。最悪八幡を失えば私の覇道の歩みが数年以上遅れると思いなさい」

「はいっ、承知しました」

 

 華琳姉様の八幡さんへの評価の高さは私の想像以上かもしれません。でも、やはりそこに思慕の念が含まれているかは現時点では分かりません。ならば私の手で八幡さんを育てましょう。華琳姉様がその気になる様な男に。

 ただ心の片隅でこのままで良いのでは? 今の関係を続けた方が良いのではないか、という思いが一瞬浮かんで消えていった。その理由は私が今の陣営の空気を気に入っているから……それだけのはずだ。




読んでいただきありがとうございます。


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第3章 董卓討伐
戦乱の兆し


 虎豹騎の訓練を見終わった俺は、一人昼食を摂るべく行きつけの料理店にやってきた。店は俺が再開発を進めた区画内にあり、この店を含め周囲は真新しい建物が並んでいる。通りは人で賑わい、町は活気に満ちている。その光景に俺は再開発計画の成功を実感する。

 店の前に立つと食欲をそそる香りがしてきて食欲を掻き立てる。店内に入ればほとんど埋まっていた。

 すでに客の帰ったテーブルを忙しなく片付けている店員の一人が俺に気付いて近づいてきた。その頭に大きなリボンを付けた小柄な少女は、俺も知っている店員だった。というか彼女こそ店に本来存在しない持ち帰り用メニューを作ってくれる気の良い店員さんである。

 

「お兄さん、いらっしゃいませ。いつもので良いんですか?」

「ああ」

 

 今のみたいなやり取りで俺ももう常連だなあ、と感じる。これがコンビニだったら店員の間で変なあだ名とかつけられていただろう。うん、コンビニじゃなくて良かった。

 店員の少女は俺のお世辞にも愛想が良いとは言えない対応にも嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で応えてくれる。

 

「それじゃあ、ちょっと待ってくださいね」

「おお、外で待ってるから」

 

 混んだ店内で突っ立っているのは居心地が悪いので、外で待つと告げて店から出る。しばらく待っていると先程の少女がやって来て、竹皮を編んだ弁当箱っぽい物を差し出した。

 

「お待たせしました。はい、これ」

「おう」

 

 弁当箱っぽい物を受け取り、フタを開けて中身を確かめる。もあっと湯気と料理の香りが広がる。中身は小さめの肉まんが六つ入っていた。

 

「美味そうだな」

「はい、今日も良い出来になってますよ」

「いつも悪いな。手間になるだろ」

「いえいえ、それより、あの……」

 

 少女が何か言い辛そうにしている。

 どうかしたのだろうか。ん? 

 

「悪い、代金がまだだったな」

「それは後でも良いんですが、ありがとうございます。それとですね……」

 

 俺から代金を受け取った少女はまだ何か言いた事があるようだ。というか少女の用件は別だったようだ。

 

「この料理を他のお客さまにも出して良いですか?」

「……? わざわざ俺に聞かなくても出せば良いだろ」

「そんな訳にはいきません。お兄さんが考えた料理じゃないですか」

 

 何を隠そう肉まんの生みの親は俺、比企谷八幡であったのだ。嘘です、ごめんなさい。単にみんなお馴染みのコンビニ肉まんが食べたくなって、この店員さんにポロっと漏らしたところ作ってくれただけだ。大雑把な説明だけで完全再現、いや本物より美味しく再現してしまった店員さんマジ神。

 そういえば嘘か真か分からないが、饅頭を考案したのはあの諸葛孔明って話がある。手柄を取ってしまったみたいで申し訳ない。俺は肉まんや饅頭の起源を主張しないから許してほしい。

 

「いや俺が創作した料理じゃないから気にすんな。俺の故郷では誰でも知っているやつだから」

「えっ、そうなんですか。じゃあお言葉に甘えてお店で出しますから、たまにはお店で食べていってくださいね」

「まあ、気が向いたらな」

 

 客が少なければ店で食べるのも悪くないんだがな。せめて店にカウンターがあれば一人でもあまり気兼ねしないのに、この店はテーブル席しかない。一人でテーブル席を占拠するのも、相席するのも気が進まないんだよ。

 

「あれ、兄ちゃん何やってんの?」

 

 急に声を掛けられ、そちらへ振り向くと季衣がこちらに歩いて来ていた。

 季衣は裏表の無い性格で、距離感とかも気にせずガンガン来るタイプだ。こっちがその対応に戸惑ってどもったりしたとしても、一切気にせず普通に自分が話したいことを話し続ける。最初ちょっと苦手だったが、気を使う必要がないので今では比較的会話の多い相手である。

 

「ん、おお季衣か。何って料理屋の前にいるんだからメシに決まっているだろ」

「そっか。ここ美味しいって評判だよね! ボクもちょっと食べていこうかな」

 

 明るく笑う許緒はお腹をさする。

 小柄な許緒だが実はフードファイター顔負けの大食いだ。それは人並外れた怪力が影響しているのかもしれない。許緒は戦闘になればデカい鉄球を振り回して敵を文字通り吹っ飛ばす。その怪力の源が桁外れの食事なのではないか。

 ちなみに彼女の攻撃によって賊が空へ旅立つ所を見た時、転生モノでありがちな【俺TUEEE】という幻想は完全に崩れた。いや、こっちに来た時点で俺自身強くなっていたわけじゃないから、最初から無双なんて出来ないだろうと思っていたよ。でもあれで完全に認識した。こっちの世界の強い連中とは、まともに戦ったらダメだと。

 どの位の差があるかと言うと「戦闘力たったの5か……ゴミめ」とか言われてしまうレベル。

 

「そうだ、おすすめの料理があるぞ。なあ……」

 

 ちょうど良いし、季衣にも肉まんを試すさせてみよう、そう思って店員の少女に話を振ろうとそちらへ視線を移す。すると少女はプルプル震えているではないか。それは何かを我慢しているようで、その口からは押し殺した声が漏れてきた。

 

「季衣……」

「あれ、流琉? いつまでも来ないから心配してたのに、こんなところで何してるの?」

「はあっ!? 季衣が手紙にちゃんと何処で働いているのか、書いてないからでしょ!!」

「書いたよ。 曹操様の所で働いているって!」

「いい加減なこと言わないでよ。季衣なんかが州牧さまに仕えているなんてあり得ないでしょ!」

 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! 俺が行きつけの料理店の店員と会話しているところに俺の同僚が話しかけてきたと思ったら、いつのまにか店員と同僚が盛大に口喧嘩を始めていた。何を言っているのか分からねえと思うが、俺も何が起こっているのか全く分からん。

 季衣が背に担いでいたデカい鉄球を手に持つ。

 えっ、ちょ、まさか……?

 

「嘘なんてついてないっ! この分からず屋!!!」

 

 季衣が鉄球を店員の少女に向かって振る。

 やべえ、大惨事だ。でも止める間もねえ。

 

「そっちこそホントのこと言いなよっ!」

 

 驚く事に季衣の放った鉄球を、少女は何処からともなく取り出した巨大な円盤で難なく弾く。

 嘘だろ、おい。誇張抜きでカスっただけでも人間をミンチにしそうな鉄球なんだが、焦る様子もなく防ぎやがった。

 

「本当だって!」

 

 季衣が怒鳴りながら再び鉄球を振りかぶる。が、そうはさせないと少女が先に鎖の付いた円盤を投げつけた。

 季衣は攻撃モーションを途中で止め、横にステップして避ける。

 円盤が地面に叩きつけられた時、俺の足元まで小さく揺れた気がしたんだが、マジかこれ。とりあえずちょっと距離取った方が良いな。

 少女が鎖を引いて円盤を手元に戻している。くいっと手首を返しただけでデカい円盤が手元に戻る光景は、まるで巨大なヨーヨーみたいだ。

 

「季衣にお役人さんの仕事なんて務まる訳ないでしょ!!!」

 

 少女が言葉と円盤による激しいツッコミを放ち、季衣が鉄球で受ける。

 少女よ。華琳の下で働いてるって言っても季衣は荒事専門だから、今も見せている怪力で大活躍だぞ。って、そんな場合じゃない。

 

「お、おい止めろって」

 

 グワアシャアアーンン!!! ドッゴゴオゴオオオ!!!!

 鉄球と円盤のぶつかり合う音で俺の制止なんて聞こえるはずもなく、戦闘は続いている。

 無理だってこんなの。口でどうにか出来ないなら手がない。二人の間に割って入るなんてただの自殺行為だし。なんであんなにデカい鉄球を風切り音を立てるくらい振り回せるんだ。物理法則を無視しているだろ。

 俺が二人から離れて春蘭と秋蘭でも呼ぶしかない。そう思案しているとそこに一人の女性がスタスタ近づいていく。

 

「やばっ、おい」

「店の前で暴れてんじゃねえ! 店に入れないだろっ!!!」

 

 女性は飛び交う鉄球と円盤を大剣で叩き落とした。虚を突かれた季衣達の動きが一瞬止まった。

 すっげ……おっと呆けている場合じゃない。急いで季衣達へ駆け寄る。

 

「二人ともそこまでだ。季衣、事情は聴くからとりあえず止めろ」

「あっ、兄ちゃん。でも」

「こんな所で暴れて華琳の評判を下げるつもりか?」

「そんなつもりじゃ……」

「季衣は町の平和を守るのも仕事だろ。自分が暴れてどうすんだ」

「うっ」

 

 季衣に反論する隙を与えずまくし立てる。厳しい言葉に季衣はシュンとする。

 なんかイジメているみたいで嫌なんだが、ここでキッチリ止めておかなければ季衣自身、後で華琳に責められかねない。ここは心を鬼にして止めなくては。

 そこへ季衣達を止めた女性に声を掛けられた。

 

「ちょっと良いかい」

 

 頼むから好戦的な人じゃありませんよーに。やっとこの場が収まりそうなんだよ。

 

「……何かな」

「あんた、もしかして曹孟徳殿の部下?」

「そうだけど」

「よっしゃ、ついてるー。斗詩ー」

 

 女性がいきなりガッツポーズをして誰かを呼ぶ。近くにいた大人しそうな黒髪の女性が駆け寄ってきた。

 

「斗詩も聞いていたよな。あたいの言った通り先にメシ屋に来て良かっただろ。一石二鳥ってやつだ」

「うん聞いてたよ。あの」

 

 黒髪の女性は俺に向き直り姿勢を正し、軽くお辞儀をした。

 

「私は顔良と申します。主である袁本初よりの使者として参りました。お目通りを願いたく」

「ああ、本人に聞いてみる。……二人はこの店へ食事に?」

「ええ恥ずかしながら町に着いたばかりで」

「それなら俺が曹操に話を通しに行くから、その間この店でゆっくりしていると良い」

「ありがとうございます」

 

 顔良は小さく頭を下げ礼を言った。

 ちょっとした所作だけで育ちが良いのが分かる。こっちは問題ないな。さて、次は季衣達か。

 気落ちした様子の季衣の肩へ手を置く。

 

「事情はちゃんと聞くから、ここは俺についてこい。ほらコレやるから元気出せ」

「うん……分かった」

 

 俺は肉まんを一つ季衣に渡した。

 季衣達の喧嘩は俺なら十回位死にそうな激しさだったが、殺意や憎悪は感じられなかった。どちらかと言えば友達同士のそれだった。一度間をとってやれば案外すぐ仲直りするかもしれない。

 店員の子の方にも声を掛ける。

 

「仕事抜けっぱなしで大丈夫か?」

「あっ! でも……」

 

 俺の指摘に店員の子は顔色を変えて店の方を見る。しかし季衣も気になるのかソワソワしながら視線を行き来させている。

 

「ちゃんと後でまた来るから、な。落ち着けって」

「あっ、はい……あの、ご迷惑を……すみませんでした」

「俺は何も迷惑なんて掛けられてねえーよ。気にすんな」

 

 ぶつけ合っていた武器はエグかったが、それ以外は子供同士の喧嘩みたいな言い合いで可愛いもんだった。どこぞの小学生のイジメなんかと違って陰湿な感じは一切なく、気分を害したりはしなかった。

 とりあえず肉まんを食いながら華琳の所に向かおうか。

 

 顔良達がとんでもない厄介事を持って来ている事を、この時の俺はこれっぽっちも想像していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ

冬蘭「俺TUEEEがしたいと?」
八幡「あっ、そういうのいいんで(断り」
冬蘭「力が欲しいならあげます」虎豹騎ドーン

于禁「ウジ虫のくせに俺TUEEEがしたいだと?」
于禁「良いだろう。一人前の転生主人公に鍛え上げてやるなの」
于禁「返事の前と後には、さーをつけろなの」
于禁「背筋を伸ばせ! じじいの〇ンポでももうちょっと元気なの!」
八幡「我々の業界でもブラックです」


読んでいただきありがとうございます。
感想と誤字報告もありがとうございます。助かっています。


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戦乱の兆し2

 肉まんをパクつきながら華琳の執務室へ歩く。あまり行儀が良いとは言えないが、顔良達を待たせているのでゆっくり食べてから向かうという訳にはいかない。

 えっ、先に華琳への取り次ぎを済ませれば良いって? それじゃあ折角の出来立て肉まんが冷えちゃうだろ。お前それ材料になった豚さんの前で言えんの? 冷えてて美味しくないなあって言えんのか。俺は言えない。だから食う。

 自分に言い訳をしている間に華琳の執務室に着いてしまった。まだ一つ残っているが、華琳の執務室の前で立ったまま肉まんを食べるのは流石に変か。自分でその姿を想像して、あまりのシュールさに止めておくことにした。

 俺はうるさくならない程度に執務室の扉をノックする。

 

「俺だ、ちょっと良いか?」

「入りなさい」

 

 中からすぐに返事があり、俺は扉を開けて部屋へ入った。

 華琳は忙しく竹簡(ちくかん)(紙の代わりにする為、竹を短冊形に削った物)に書かれた内容を読み、別の竹簡に何かを書いている。読んでいる竹簡と書いている竹簡、どちらも山積みである。

 

「今やっている作業がもう終わるから、少しそこで待ちなさい」

「忙しい時に悪い」

「良いわ。ほとんど報告の確認だけだから」

 

 華琳はそう言うと凄まじいスピードで竹簡の山を処理していく。それでもまだ余裕があるようで、俺との会話も続ける。

 

「手に持っているのは何かしら?」

「ああ、これは俺のちょっと遅い昼飯の残りだ」

「あら。昼食を摂る間もない私への差し入れかと思ったのだけれど、気が利かないわね」

 

 華琳が冗談めかして微笑む。

 俺も人のことは言えないが、ゆっくり食事をする時間もないとか働きすぎじゃね? ここで一番偉い華琳が一番働いているんだから頭が下がる。でもトップが働いていると他の人が休み辛いからほどほどにしてくれ。つーか俺が休み辛くなるから休んでくれ。

 

「食べるか?」

 

 俺は弁当箱もどきのフタを開けて中の肉まんを華琳へ見せる。

 ちらっと視線を寄越した華琳は肉まんを見て少し眉を上げた。

 

「見たことの無い物だわ」

「俺のいた所ではありふれた物だけどな。行きつけの店で再現してもらったんだよ」

「へえ……貴方の住んでいた所ね」

 

 華琳が興味深そうに肉まんを見つめている。華琳はかなりの美食家であり、時間があれば自分でも作る。当然その舌と腕は一流だ。こだわりがある分、初めて見る料理に興味を惹かれているのだろう。

 

「食べさせてちょうだい」

「ん、ほら」

 

 俺が箱ごと華琳の前に差し出すと、彼女は楽しそうに首を横に振った。

 

「貴方の手で、よ。ほら私、手が放せないの」

 

 華琳は筆と竹簡を見せてアピールしてくる。

 絶対からかいたいだけだ。しかし、ここでの経験上抵抗は何の意味も無いことを俺は知っている。何故なら華琳は俺の反応を見て楽しんでいるだけだから、あたふたして断ってもそれはそれで彼女にとって期待通りの反応なのだ。ドSだからな、華琳は。だから傷を浅くしたいならあえて前に進むのが正解である。

 そう、人間諦めが肝心だ。恭しく肉まんを華琳の口元へ運ぶ。

 

「これで良いか?」

「……どうして私に食べさせるというだけで、そんな鮮度の落ちた魚のような目になっているのよ」

「元からだ」

「酷くなっているわよ。食欲が無くなったらどうしてくれるの?」

 

 マジ理不尽。が、仕方が無い。今の俺はさぞ辛気臭い顔をしているだろうから。多分俺でも食欲無くなる。

 待てよ。じゃあ、もし太っても俺を見るだけでダイエット出来ちゃう。わー超便利、一家に一台欲しい。今ならなんと数十年分の衣食住を用意するだけで貰えるよ。

 大きく溜息を一度吐き出して気を取り直し、肉まんを華琳の口へゆっくり近づける。

 

「ほら」

「ん……これは美味しいわね」

 

 肉まんを一口食べた華琳の顔がほころぶ。華琳はもう一口、二口と小さな口で上品に食べる。

 一人で食事が上手く出来ない幼児相手ならともかく、華琳に食べさせるというのはなんだか変な気分だ。

 

「中に入った肉や野菜などの旨味と熱を白い皮が閉じ込めているのね」

 

 内心では動揺している俺をそっちのけで、早くも俺をからかうのに飽きたのか、華琳の意識は料理の分析に向いている。美食家としての血が騒ぐのだろう。自分でも作ってみようと思っているのかもしれない。

 マイペースだなと呆れる反面、今弄られるとおかしな反応をしてしまいそうだったので助かったとも言える。

 

「これは何という料理なの?」

「肉まんだ」

「これは良いわ。間違いなくすぐ国中に広がるでしょうね」

 

 そらそうだろ。元々中国から日本に伝わったものだしな。

 何気なく最後の一口を食べさせようとした時、俺の手が華琳の唇に一瞬触れた。柔らかく滑らかな感触に少しドキっとする。なにか言われるのだろうか。いや、勘違いしてはいけない。ラブコメ漫画の主人公とヒロインじゃあるまいし、甘酸っぱい青春の一コマみたいな展開なんて起こるわけないから。

 

「貴方のその知識。もしかしたらこの案件に最適かもしれないわね」

 

 華琳はちょうど処理途中だった竹簡を俺に差し出した。

 ほらな、現実はこんなもんだ。そんな簡単に桃色展開になるのは創作物の中か、頭の中がお花畑な奴らだけだ。子供の頃、こういうちょっとしたきっかけで恋の始まりを予感(錯覚)して、相手を見つめていたら「なんでコッチ見てんの。キモッ」と言われて学習済みだ。

 さて、クールダウンしたところで華琳から受け取った竹簡を確認する。

 

「……開発が遅れている村関連の対策についてか」

「主要な街は既に出来ることをやっているわ。それに比べ規模の小さな村は数が多くて、手が回りきっていないのが現状よ」

 

 都市部と田舎に格差が生まれるのは、ある程度仕様が無い。しかし、既にやれることを大体やっている都市部に比べ、手つかずの田舎の方が伸びしろがあるのも確かだ。

 華琳としては、自分が治めている地域周辺の治安が小康状態である今のうちに国力の底上げしておきたいことだろう。

 

「今の話の流れだと俺の知識にある肉まんみたいな物を、それぞれの村の特産品にして発展させろってことか?」

「他に良い案があるなら、そこに拘らなくても良いわよ」

 

 そうか。ならばMAXコーヒーだな。至高の飲み物であるMAXコーヒーで中華全土を席巻して……ハッ、そういやコーヒーが無いんじゃないか。練乳もどうやって作るんだ?

 ああああちくしょおおおおおお!!! 駄目だあああ!!!

 

「ど、どうしたの。そんなに難問だったかしら?」

 

 気付けば華琳が心配そうに話しかけてきていた。俺はいつの間にか頭をかき乱していた。

 

「悪い、向こうで俺が愛してやまなかった飲み物があってな。それなら良い特産物になると思ったが、材料が手に入りそうに無いことに気付いてしまったんだ。クソー、あれが再現できればなあ」

「そ、そう」

 

 痛恨の極みである。MAXコーヒーが駄目だなんて、もうだめだ……おしまいだぁ。

 他に何か、何か無いのか。そうだ千葉名産の落花生なら……いや落花生もこっちの市場で見たことが無い。大豆ならあったんだがなあ。待てよ、大豆があるならもう一つの千葉名産・醤油が作れるんじゃないか。小麦は普通にあるし、いけるかもしれない。それに探せば他にも良い物があるかもしれない。

 良いアイデアがやっと浮かんで意識が周囲に向くと、華琳が俺の顔を覗き込んでいた。

 

「(頭は)大丈夫?」

「ぇっ、ダイジョーブダイジョーブ。ある程度方向性は掴んだから、後で文章にまとめておく」

「……分かったわ。これで私の仕事は一段落ついたわ。それじゃあ貴方の方の用件を聞かせてちょうだい」

 

 MAXコーヒーと千葉への愛ゆえにおかしなテンションになっていた。危うく頭の可哀想な奴だと華琳に勘違いされるところだった。

 俺の用件は顔良が華琳との面会を求めている件についてだが、顔良は誰の使者って言っていたかな。えー……。

 

「えん、ほんしょ? の使者として顔良という人が華琳に会いたがって」

「袁本初~?」

 

 俺が用件を言い終わる前に、華琳は不機嫌そうな声を出した。それどころか舌打ちしそうな勢いである。

 

「あーそんなに嫌な奴なのか?」

「れ……袁紹は嫌な奴というより、関わるのがひたすらに面倒な人間なのよ」

「うへっ、じゃあ適当な理由を付けて使者の人には帰ってもらおう」

「良い案ね。出来ればそうしたいところだけれど、居留守なんて私の品格を疑われるから駄目よ」

 

 袁本初って袁紹のことだったのか。袁紹って言えば三国志序盤では、かなり有力な勢力だったはずだよな。それにしても華琳がここまでの反応をする相手となると、怖いもの見たさで興味を覚える。しかし好奇心は猫を殺すという格言もあるし、ボッチ危うきに近寄らずとも言うので極力接する機会は減らしたいものだ。

 だが、そんな俺の考えを知ってか知らずか、華琳は無情な現実を突きつける。

 

「あれと関わるのは面倒だけれど、放っておくと決まってもっと面倒な事を引き起すのよ」

 

 なにそれこわい。

 しみじみと語る華琳の言葉には、これまで色々経験してきたのであろう感慨がこもっていた。

 今日は厄日かもしれない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その後、結局華琳はすぐに顔良達と謁見した。彼女達が持ってきた話は、都で権力を握った董卓が圧政を敷いており、その討伐を共に行おうという提案だった。

 ちなみに華琳や荀彧が言うには、董卓が圧政を敷いている事実は確認出来ない、というかそんな事実は無いっぽい。二人は都で権勢を誇る董卓に袁紹が嫉妬したのではないかと予想していた。それが当たっていたら、袁紹は本当にどうしようも無い奴だな。

 しかし華琳はそんな袁紹の提案に乗った。俺と二人の時に話したように、袁紹は放っておくととんでもない事を仕出かしかねないのと、董卓の施政に問題が無いわけでもないのが理由とのこと。

 華琳の考えでは、董卓の場合討伐の連合軍を簡単に組まれてしまう程度の器なのが問題らしい。討伐軍が少数ならともかく、今回の討伐軍は有力なメンツが相当集まっている。その原因は董卓がこの国の施政者として認められていないせいだと、華琳は断じた。器の無い人間が分不相応な立場に立てば、国は乱れ民も苦しむことになるのだと。

 華琳の考えが意外に民主的で正直意外だった。多くの者に認められるかどうかなんて関係なく、自分を中心に有能な人間が指し示す方向に、大多数の人間は従っていれば良いという考え方かと思っていた。

 いや、俺が勝手に変な印象を持っていただけだな。華琳が普段から見せている、何でも自分で出来てしまう有能さと気位の高さから独裁的なイメージを漠然と抱いていたのかもしれない。

 元々華琳は誇りは大切にしていても、民に対して威張ったりするような人間ではない。季衣と初めて会った時も、ちょっとした行き違いから、

 

「国の軍隊は税金は持って行くくせに盗賊からは守ってくれない」

 

 そう言って怒る季衣に華琳は頭を下げた。華琳は自分の治める地域をきちんと守っていたにも関わらず、だ。

 季衣はすぐ華琳が他所の地域の管理者(この時は刺史)だと気づいて逆に謝ったのだが、華琳は季衣を責めることなく、むしろその怒りに理解を示した。それが華琳が抱く、上に立つ者の在り様だったり責任感なのだろう。

 もし華琳の治める陳留を中心に選挙を行ったら、華琳は圧倒的な得票率を誇るはずだ。

 その点、董卓は……まあ直接会ったことがないから良く分らんが、少なくとも有力な諸侯の支持は得られなかったようだ。

 しかし、これでまた大きな戦いに向かわなければならなくなった。気が重くなる話だ。やはり今日は厄日だったな。





嘘次回予告

華琳から村々の開発を任された八幡。彼は各村々にネギ、にんじん、大根など千葉がシェア上位を誇る野菜を広めていく。その際に新しく開墾した土地に千葉の地名を付けていった。いつしか国には千葉の名で溢れていく。
名の無い山があれば愛宕山、鹿野山、清澄山、富山、伊予ヶ岳 、鋸山 と名付けた。
川には利根川、長門川、花見川と名付けた。
そう、それは比企谷八幡という男が秘かに進める野望の布石であったのだ。

中華全土千葉化計画

八幡の暴走は止まらない。ついにはアノ禁断の領域に手を出してしまう。

ネズミーランド建設

それはあまりにも危険な所業であった。そして、その過ちはアノ者を呼び寄せることとなってしまう。

「ハハッ、例えどの時代、どんな場所だろうとボクのチョサク剣からは逃れられないよ」

そのあまりにも巨大な敵に、八幡はどう立ち向かっていくのだろうか!?

208年夏公開予定。



読んでいただきありがとうございます。誤字報告ありがとうございました。


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仲直り(恋姫式)

 袁紹の使者である顔良達と華琳の会見が終わり、董卓討伐が決定した。大規模な遠征になる予定なので、すぐにでも準備に取り掛かりたいが、先に済まさなければならない事があった。それは季衣と俺の行きつけの料理屋の店員の少女の喧嘩の仲裁である。

 二人とも一応落ち着いていたから大丈夫だとは思うが、俺だけでは万が一の時に止められないので華琳に相談した。華琳は一度きちんと思いをぶつけ合った方が、わだかまりが無くて良いだろうと言う。その結果、街外れの原っぱで激しく戦う季衣達を、俺は華琳と春蘭姉妹と共に見守ることとなった。

 何その昔の熱血漫画みたいなノリ。河川敷で不良同士がタイマン張って、夕日をバックに互いを認め合っちゃうの? 今時そんなの……ん、そういや今は漫画すらまだ無い時代だった。じゃあ、これは彼女達にとって時代を先取りした仲直り方法になるのか。俺は歴史的な瞬間を目撃してしまうのだろう。

 アホな事を考えているうちに、季衣の鉄球攻撃が店員の少女に襲い掛かった。

 鎖の付いた鉄球が凄まじい速度で少女へ向かう。

 

「ボクが手紙出してからどれだけ経っていると思ってんの!」

「曹操様の所で働いているとしか書いてない手紙なんて、季衣から来て真に受ける訳ないでしょ!」

 

 店員の少女は手に持った巨大な円盤で鉄球を難なく弾き返す。そして季衣の元へ戻っていく鉄球を追うように、手に持った円盤を投げつける。

 

「せめてもうちょっと詳しく書きなさいよっ」

「手紙なんて書いたことないから、ムリッ!」

 

 季衣は凄まじい勢いで弾き返された鉄球を受け止めると同時に、その鉄球でお返しとばかりに円盤を弾き返した。

 

流琉(るる)の方こそ、なんでのん気に料理屋で働いてんの!」

「お金がそんなに無いんだから仕方ないでしょ!」

 

 俺ならちょっとでもカスッただけで死にそうな攻撃の応酬を、まるでテニスのラリーのように季衣達は続けている。

 正直俺はドン引き状態なのだが、華琳と春蘭姉妹は平然としている。それどころか、どこか微笑ましいものを見るかのような表情である。何を考えているのか全く理解出来ない。せめて一番常識を持っていると思う秋蘭に声を掛けてみることにする。

 

「なあ、これ危なくないか?」

「ん……そう見えるのか? 安心して良い。どちらもまだ余裕がある」

 

 俺の質問に秋蘭は不思議そうな顔をしたが、事も無げに恐ろしい事実を告げた。

 ば、馬鹿な。これでまだ余裕を残しているだと。にわかには信じがたいが、秋蘭が嘘を付くとも思えない。こんなテニヌみたいなバトルを繰り広げているのに、まだ上があると言うのか。

 まさか鉄球の打ち返し方が百八式まであったりするんだろうか。

 

「なんだ八幡はそんなことも分からんのか」

「やっぱ百八式まであんの?」

「何を言っているんだ?」

 

 ちょっと得意げな顔をした春蘭が話に割り込んできたので、自問自答していた内容をそのまま口に出してしまった。しかし流石にテニヌは通じなかった。

 ドッカン、ガッシャンと普通では考えられない音が鳴り続ける。だが、まだこれでも余裕があるということは─────────

 

「お互いに手加減してるのか?」

「そうなるな」

「子供がじゃれ合っているだけだ」

 

 俺の問いに秋蘭が頷き、春蘭は何でもないことのように言った。

 例えじゃれ合っているだけでも、俺からすれば怪獣同士のじゃれ合いだ。

 

「言葉だけでは納得出来ない……これが若さだな」

「秋蘭、俺達も十分若いだろ」

「たまにはこういうのも良いかもしれん。なあ」

「なんで目を輝かせて俺を見るんだ、春蘭。俺の場合、あのノリで来られたら死んじゃうからな」

 

 ちゃんと言っておかないと春蘭はやりかねない。なんだったら言ってもやりかねない。え、もしかして命の危機?

 

「三人とも、もう終わるわよ」

 

 華琳の呼びかけに俺達は意識を季衣達へ戻す。

 

「お腹空いたぁ。そろそろ、ハア、ハア、降参しろぉぉぉおぉ!!!」

「季衣の方こそ、はあ、はあ、はあ、謝りなさい。そしたらご飯作ってあげる!!!」

 

 先程までテニヌ界の住人と化していた季衣と少女も、俺達が話している間に体力の限界が来たようだ。二人共呼吸が荒くなり、動きも最初より鈍い。

 互いに手加減しているらしいと聞いていたが、それでも体力は減るようだ。あんなデカい武器を振り回しているのだから疲れて当然である。いや、あんな物を振り回せる時点で異常なのだが、最近俺の中の常識が完全におかしくなっているな。

 さて、数十回程休みなくラリーを続けていた二人は、体力だけでなく(わだかま)りもちゃんと吐き出せたのだろうか。

 

「もう……しつこ、い、ハア、ハア」

「そっちこそ、くっ」

 

 季衣達の体力が尽きる。

 季衣は鉄球を振りかぶろうとしたものの、よろけて尻もちをついた。

 店員の少女の方は片膝を地について顔を歪めていた。

 華琳が二人に歩み寄る。間を取り持つつもりだろう。これで上手く仲直り出来れば良いんだが。

 

「二人共、もう気が済んだかしら。お互い悪気があった訳ではないのは分かっているのでしょう?」

 

 華琳の声に反応して二人が顔を華琳の方へと向ける。

 華琳の肩越しに見る限りだが、二人共怒りが継続しているようには見えない。しかし、ここまで暴れた分自分から折れにくいのか沈黙が続く。

 あんまり俺のキャラじゃないんだが、俺も少しフォローするか。超人的な力があるといっても、こんな小さな子達がギスギスしているのは見たくないしな。

 

「季衣、お前はそっちの子を手紙でこっちに呼び寄せたんだよな?」

「……うん」

 

 季衣達が料理屋の前で争っていた時、確かそう言っていた。今も季衣は頷いている。

 

「どうして呼んだんだ?」

「うん、流琉(るる)なら華琳様も雇ってくれると思ったから、一緒に頑張れたらって」

 

 季衣のたどたどしい、しかし本音の言葉に少女の表情が緩んだ気がした。

 まあ、こんだけ強ければ間違いなく華琳も雇いたがるだろう。

 

「そっちの子も季衣の知り合いって事は結構遠い所から来たんだろ」

「はい」

「わざわざ喧嘩しにきた訳じゃないだろ」

 

 少女はコクンと小さく頷き、季衣へと顔を向ける。

 

「……ごめんね。嘘つき呼ばわりなんてして」

「いいよ。ボクの手紙の書き方が下手だったんだよ」

「あの、お兄さんも、ご迷惑をおかけしました」

「ありがと兄ちゃん」

 

 仲直りしたのは良いが、少女が俺の方にまで頭を下げてきた。小さな子にガチ謝りされるのは気まずくて視線をズラしてしまう。

 

「ん……俺を兄と呼んで良いのは最愛の妹、小町だけだ」

 

 つい照れ隠しで持ちネタのシスコンアピールをしてしまった。いや持ちネタじゃねーし、マジだから。

 季衣は最初きょとんとしていたが、すぐいつもの笑顔になった。

 

「じゃあ今度からハッチーって呼ぶね」

「止めろ。それじゃあまるで、みなしごハッチみたいじゃねえか」

 

 俺以外全員が【?】な表情を浮かべている。

 通じなくて当然か。なんだったら元の世界でも平塚先生くらいにしか通じなかったかも、世代的なアレで。それに今の俺はある意味本当にみなしご状態なのでシャレにならない。

 

「まあ、それはそれとして」

「あっスベッたのを流そうとしてる!」

 

 季衣が何やら言っているが、そんな事実は無い。

 

「うちの軍でも一、二を争う力自慢の季衣と互角な人材がここにいるわけだが」

 

 言葉を一度切って華琳に目配せする。

 華琳は話を逸らそうとする俺に対して呆れた顔をしたが、溜息を一つ吐いた後すぐに真面目な表情に戻した。

 

「貴方、名前は?」

「は、はい、典韋です」

「私はこの地を治める曹孟徳。貴方、私に仕える気は無いかしら」

「え、あっ、私なんかで良ければ。季衣も信頼しているようですし、私の真名をお預けします。私の真名は流琉(るる)です」

「では貴方も私を華琳と呼びなさい」

「はい!」

 

 季衣と典韋の喧嘩も収まったし、頼りになる戦力も増えて、めでたしめでたしといったところか。董卓討伐の遠征を前にして良いタイミングだ。

 その後、典韋に俺や春蘭姉妹も名乗ったのだが、「お兄さん」呼びは固定のようだ。さっきは兄と呼んで良いのは小町だけと言ったが、典韋の場合兄と妹というのとはニュアンスが違うので特別に許す。他意はない。




おまけ

華琳「八幡、貴方子供には優しいのね」
八幡「にはって言うな。誤解をまねくだろ」
華琳「ふーん、そう?」
八幡「傷ついたわ、もう今日は働かない」
八幡「働きたくないでござる!!! 絶対に働きなくないでござる!!!」


読んでいただきありがとうございます。


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袁紹

 文明や文化は長い年月を経て進歩してきた。多くの技術が開発され、多様な思想が生まれて世界はその姿を千変万化させてきた。例えば俺が生まれた現代から見て二千年位前なんて、同じところを見つける方が難しい。

 スマホもねえ、PCもねえ、自動車も全く走ってねえ。コンビニねえ、サイゼもねえ。何だか無性に東京へ行きたくなってきた。あ、人ごみ嫌いだからやっぱいいや。

 ともかく、ぱっと見では現代と俺がいるこの時代は違う所だらけだ。しかし現代でも人間自身が遠く離れた相手と交信する能力を身に着けた訳でもないし、自動車のように速く走れる訳でもない。それが出来る道具を生み出しただけで人間自身が革新的な進化をした事実はない。つまるところ、人間はどこまでいっても人間でしかない。

 そして人間の本質が変わらないのであれば、いつの時代、どの場所でも同じ様な事が起こるのは必然だった。例えば無能なリーダーによってちっとも作業が進まない文化祭やクリスマスイベントのようなことが、この世界でも起こりうる。

 都で暴政を敷いている董卓を討つ為、袁紹の呼びかけで有力者達が集まった董卓討伐軍、反董卓連合、呼び方はどうでもよいが、その集合場所に華琳達と共に俺はやって来た。そこで出会ってしまった。

 

「お~ほっほっほっほぉ!」

 

 凄まじく頭の悪そうな笑い声を上げる成金っぽい恰好の女性が目の前にいる。コレが袁紹だと聞いた時点で頭を抱えたくなった俺を誰が責められる。なんだったら責めてくれても良いが俺の代わりにこの討伐軍に参加してくれ、俺は帰るから。

 俺には分かる。会話や詳しい観察は必要ない。こいつは無能だ。それも周囲の足を盛大に引っ張るタイプの無能だ。賭けても良い。そういえば華琳が袁紹について【関わるのがひたすらに面倒な人間】と評していた。この一瞬の邂逅で華琳の言いたい事を理解出来てしまった。

 ここは討伐軍の合流地点、その中の袁紹の陣内にある天幕である。討伐軍の主要なメンバーが集まっている。これは各陣営との顔合わせが目的である。現在天幕の中には十数人集まっているが、十分な広さなので物理的な息苦しさは感じない。そう、物理的には。

 うちからの参加面子は俺、華琳、春蘭、秋蘭の四人だ。しかし半ば予想していたが、各陣営の参加者は女ばっかりだ。例外は顔見知りである劉備の所の北郷くらいか。コミュ力の高そうな北郷が「よっ」と手を上げて挨拶してきたのにどう答えれば良いか分からず、小さく頷くだけしか出来ない。なんかこういうの妙に恥ずかしいよな。

 無能、もとい袁紹は俺達のやり取りには興味が無いようで、華琳と話している。

 

「随分遅い到着ですわね。華琳さんが最後ですわよ、お~ほっほっほ」

 

 袁紹は馬鹿した様子で再び高笑いを上げている。

 ひぇっ、何てことを……華琳にそんな煽り、命がいらないのか。

 恐る恐る華琳の顔色を窺ってみると、意外なことに華琳は全く怒っている様子は無かった。

 

「そう、それで?」

 

 華琳は「それが何か?」と開き直った返しを気だるげにした。一番怒り狂いそうな春蘭も大人しくしている。

 どうなっているんだ。華琳達らしくない反応に調子が狂う。

 袁紹は袁紹で普通に話を進める気のようだ。

 

「では初めて会う方も多いですから最初の軍議は自己紹介からにしましょう。到着がビリの華琳さんは、これも最後でよろしくて? 問題無いですわね。お~ほっほっほ」

 

 煽りを忘れない三流ヒールの鑑だな。

 これは流石に華琳の我慢も限界だろう。そう思って身構えていたが、いつまで経っても場は静かなままだった。徹底したスルー。

 華琳らしからぬ様子に俺が困惑していると、それを察した秋蘭が他の者に聞こえないよう小声で教えてくれた。

 

(ここで下手に反応すると余計面倒な事になる)

 

 諦観まじりの秋蘭の言葉は、恐らく経験則からくるものなのだろう。

 めんどくせえ奴だな。しかもこの場では袁紹が一番偉いときた。マジでめんどくせえ。

 

「……私からで良いか?」

 

 赤毛の少女が遠慮がちに聞いた。

 それに対して袁紹は少し考え、平然と失礼な発言をした。

 

「そうですわね。最初は当たり障りの無い地味な方からが良いでしょう」

 

 袁紹の煽りは華琳限定ではないんだな。全方位? 天然?

 まあ確かに赤毛の少女は地味だが。なんというか普通なのだ。顔は普通に整っており、背格好も普通、物腰も尊大でも謙虚過ぎることもなく普通。ここにいるという事は、それなりにハイスペックなはずなのだが、他の者と比べるとなんだか印象が薄い。

 ポテトチップスに例えると、うすしお味である。わあい、うすしお。八幡うすしお大好き。

 閑話休題。

 さて、あっか……赤毛の少女の自己紹介が始まる。

 

「私は幽州の公孫賛だ。顔見知りもいるが、これからよろしく頼む」

 

 普通だな。顔見知りのくだりで劉備の方を見ていたので、普通に知り合いなのだろう。

 

「やはり地味ですわね。次の方はもう少し場を温めて欲しいですわ」

 

 袁紹の煽りもなんだか地味である。そして次の人に無茶ブリをかましている。次の人、ご愁傷様。

 その不幸な犠牲者は俺も知っている奴、立っている位置的に公孫賛から一番近い劉備であった。

 

「ふぇ? 私? あ、あの平原からきた劉備です。こちらは天の御使いであるご、北郷様、こちらが軍師の諸葛亮です」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 劉備は今、ご主人さまって言いそうになっていたな。まだその呼び方させているのか、北郷の奴良い趣味してるな。うらやましくなんて、ないんだからね。

 嫉妬に狂いそうな俺と違い、袁紹は劉備達に興味が無さそうな表情だ。ん、やっぱり羨ましいんじゃないか。

 

「そちらが噂の天の御使い……パッとしませんわね。はい次の方」

 

 積極的に煽った華琳への対応とは違い、熱量を感じない袁紹の塩対応。

 ホントどうしようもない奴だな。俺から見ればイケメンリア充の北郷も、袁紹にとっては平凡に見えるのか。まあ本人が恥ずかしげもなく悪趣味な金ピカの鎧を着ているのだから、彼女の美的センスではパンチが足りないのだろう。

 俺の自己紹介の時にはどんな酷評が待っていることか。いっそ存在感を消して自己紹介せずにスルーされるのを狙おうか。華琳も袁紹を下手に刺激したくないだろうから、今回に限り見逃してくれるかもしれない。

 自己紹介は次の人へ移る。劉備達の隣にいたポニーテールの女性が口を開く。

 

「涼州の馬騰の名代として参じた馬超だ。馬騰は西方に不穏な動きがあるので涼州を離れられない。その為今回は娘の私が代わりを務める」

「隣人が蛮族なんて僻地の方は大変ですわね」

 

 このポニーテールの女が馬超なのか。快活そうな雰囲気で分かりやすい武将タイプだろう。

 それと気づいたのだが、袁紹の悪態は素なんだな。特に悪意が無くても出るっぽい。だから問題ないという話ではないが。

 馬超は先ほどより低い声で一言二言応えている。気分を害したのだろうが、それをあからさまには出来ない位に袁紹の権勢は強いということか。怖い怖い。

 そんな袁紹を無視して金髪のチビッ子が名乗りを上げる。

 

「わらわは袁術、江南を治めておる。まあ改めて名乗るまでもなく、わらわの事は知っておろう? ほほほ!」

 

 最初子供だから空気が読めないだけかと思ったが、袁術といえば袁紹と同じ袁家だったはず。それがあって気後れしないのかもしれない。しかし、こんな小さな子まで参加するのか。いやでも諸葛亮も良い勝負だな。チラっと諸葛亮と見比べ、大差ないと納得する。変な意味じゃないから通報はしないで、お兄さんとの約束だよ。

 

「ほれ次は七乃の番じゃ」

 

 袁術が自分の後ろに控えている副官っぽい女性に振り返る。

 

「はいー、私は美羽様の軍師兼武将兼側仕え兼愛人の張勲です」

「ん? 今何かおかしなのが混ざっておらなんだか?」

「いえいえ、気のせいですよー。それでこっちが客将の孫策さん」

 

 明らかに気のせいではないが、誰も突っ込まない。紹介されたのは孫策、また有名どころだな。褐色の肌がエ、健康的な美人である。その孫策も無言のままだった。

 袁家以外の空気が重い。この天幕に集まってからそれほど長い時間は経っていないが、ここの人間関係は微妙そうだ。ごめん表現が控えめ過ぎたわ。こいつら絶対仲悪い。

 そんな空気を感じていないような袁紹が華琳へ笑顔を向ける。

 

「先ほどは華琳さんが最後と言いましたが、寛大な、か、ん、だ、い、な、わたくしが最後に回って差し上げますわ。ですから次は華琳さんどうぞ」

 

 凄まじく恩着せがましい物言いだが、単に自分がトリを務めたいだけな気がする。なんというか非常に分かりやすい性格のようだ。

 

「私は曹操、右から我が軍の夏侯惇と夏侯淵、それから軍師の比企谷よ」

 

 事務的に告げる華琳の紹介に先んじて、袁紹から見て秋蘭の影にさりげなく隠れるよう少し動いておいた。全身を隠すことは出来ないが、向こうからは肩や腕位しか見えないはず。

 頼む袁紹、俺に無関心でいてくれ。

 

「あら華琳さんの所にも天の御使いがいると聞いていたのですが、連れてきていませんの? 噂では怪しげな道具で人の魂を抜き取り、その呪われた目は見つめられると寿命が縮み、口からは炎を吐いて黄巾党の本陣を焼き尽くしたそうね。どんな姿をしているのか見てみたかったですわ」

 

 袁紹は軍師として紹介された俺が、そのモンスターだとは思いもよらないのだろう。そんな化け物がいたら俺も見てみたい。というか、その話が本当なら会うと寿命縮んじゃうんじゃね? 大丈夫?

 劉備や北郷が微妙な顔でこちらを見ている。こっち見んな、バレたらどうする。華琳もお願い、余計な事は言わないで何でもしますから。

 

「そんな面白い生き物は飼っていないわね」

 

 セーフ。馬鹿らしいといった感じに切って捨てた華琳マジかっこいい。

 何とか一山越えた感がある。しかしこれは董卓討伐の為の集まりであるのに、その本題はまだ何一つ出ていない。それなのにこの疲労。先行きの不安をひしひしと感じる。




読んでいただきありがとうございます。




おまけ

袁術「ゴクゴク、甘~い。やはり蜂蜜水は美味なのじゃ。誰かお代わりを持ってまいれ」
八幡「結構な甘党のようだな。そんな君に良い物がある」
袁術「なんじゃ宦官の孫のところの下男か」
八幡「まあまあ、これをとりあえず飲んでみなって」
袁術「ん? なんじゃこれ…あっま~い!!のじゃ!!!」
八幡「どうだ俺特製代用MAXコーヒーの味は?」
袁術「うまいのじゃ。もっと欲しいのじゃ」

説明しよう。八幡特製代用コーヒーとは煎った大麦、牛乳、蜂蜜、砂糖から作ったパチモンMAXコーヒーである。

八幡「くくっ、袁家の一角もちょろいもんだな」
華琳「貴方またこんな小さな子を……」
八幡「え、いやこれは陣営の為を思って」
華琳「最近世間の目は厳しいのよ」
袁術「うーん世の中、世知辛い…のじゃ!」


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袁紹2

 華琳の(もと)にいる天の御使いについて、色々尾ひれの付いた噂を聞いていたらしい袁紹が、見てみたいと言い出した時はハラハラした。だが華琳が気を利かせてくれたおかげで何とかなった。

 

「残念ですわ……それはさておき、ついにわたくしの番ですわね」

 

 袁紹は少し残念そうにしていたが、すぐに気を取り直して、むしろテンション爆上げで自己紹介を始めようとした。そこにすかさず横槍が入る。

 

「必要ないでしょ。貴方を知らない人間なんてここにはいないわ」

 

 華琳が至極当たり前の事のように言った。

 それは袁紹を立てる言葉だったが、華琳の意図は別だろう。ぶっちゃけ袁紹の名乗りなんて聞きたくないのが本音ではないか。今までの様子を見る限り、どうせ誇大妄想に取りつかれた感じの自己紹介になるだろうし、それを聞きたいなんて奇特な人間はいない。もちろん俺も嫌だし、同意見の人間が他にもいた。

 

「そうだな」

「私達が住む涼州のような僻地(・・)ですら、袁紹殿の名は知れ渡っているからな」

「自己紹介と言われても今更じゃのう」

「あ、私も袁紹さんについては聞いています」

 

 公孫賛、馬超、袁術の三人は悪意などおくびにも出さず話を合わせている。いや馬超は涼州を僻地扱いされた恨みが少し漏れちゃってるな。気持ちは分かる。俺も千葉を僻地なんて呼ばれたら絶対許さない奴リストに書き込む。

 その三人に追従するように声を上げた劉備については、完全に素なのだろう。あれが演技だったらどんだけタチの悪い腹黒女だってレベル。女性不信になるぞ。あっ、俺既に女性どころか人間不信気味だったわ。

 

「この日の為にずっと考えてた名乗りですのに」

 

 残念そうな袁紹。それで、名乗り以外についてもちゃんと考えいるんだろうな。今後の計画は大丈夫なのか。

 

「残念ですわ……しかし未開の地と思っていた所までわたくしの名が広まっているのは素晴らしいですわ」

 

 また袁紹が余計な事を言っている。うあ、馬超の表情が固い。早く、早く次の話に移って。

 

「では早速にっーーくき董卓討伐を始めましょう。まとめ役はこのわたくし、名門袁家の当主であるこのわたくしが行いますわ。よいですわね」

 

 いや良くねーよ。一番駄目なヤツだろ。文化祭とクリスマスイベントの悪夢が(よみがえ)る。無能がリーダーになったら上手くいくもんもいかん。しかも今回は文化祭なんて目じゃない、命の掛かった戦いなのだ。失敗しましたじゃ済まない。

 そんな俺の危惧とは裏腹に、怪しい雲行きになっていく。

 

「良いんじゃないか」

 

 興味無さそうに言った馬超だったが「好きにすれば、ぺッ」という心の声が聞こえた気がした。実は俺にも転生特典があったのか!? まあ、ありえない。単に馬超が分かりやすいだけだ。それより嫌な方向に流れが行っている。ここは華琳に止めてもらうしか─────

 

「それで問題ないから話を進めなさい」

 

 ちょっ、ま、華琳さんマズいですよ。

 ギョッとして華琳の方を向いてしまう。そのまま声を掛けそうになったが、隣の秋蘭に制止されてしまう。

 

(ここは大人しくしていろ)

(いや、しかしな)

(今は駄目だ)

 

 他に聞こえないように小声でのやり取りだったが、秋蘭の声には確固とした意志が込められていた。

 

「反対意見も無いようですし、わたくしが董卓討伐軍の長で決定ですわね。このわたくしが皆さんを率いて」

「軍の進路はやはり汜水関と虎牢関を通る形かしら」

 

 討伐軍のトップ就任を意気揚々と宣言し、さらに言葉を続けようとしたところを華琳が割り込んだ。そこに張勲が乗っかる。

 

「そうですね。この大所帯なので開けた所から進むしかないですからー。その経路しかありませんね」

 

 もしかして袁紹に話の主導権を与えないように、さっさと話を進めてしまおうとしているのか?

 そんな疑問が頭に浮かんでいる間に次は劉備が手を挙げる。

 

「じゃあ汜水関の偵察はわたし達がやりましょうか? うちは兵数が少ないし、そういう役回りが今は良いかなって」

「ええ、そうしてちょうだい。では小休止の後、出発しましょう」

「とりあえずこれで話は終わりだな。解散しよう」

 

 劉備の申し出に華琳が答え、馬超が解散を告げた。

 流れるような連携で袁紹が喋る隙を与えず、軍議は終了した。下手にグズグズしていて袁紹に絡まれたら嫌なのか、皆さっさと天幕を出ていく。俺もその流れに乗る。

 ともかく袁紹をリーダーにしてしまった件について華琳と話さないといけない。このままではロクな事にならないはずなので、天幕を出てすぐ華琳に近寄る。

 

「華琳」

「言いたい事があるのは分かっているわ。でもここでは駄目よ」

 

 俺の呼びかけに一度足を止めた華琳だったが、また歩き出した。

 周囲に人がいる状態で袁紹をディスるような話題は流石に拙い。その程度の事すら失念するほど俺は焦っていたらしい。つーか華琳はそういう話題と話す前から分かったのか、凄いな。いや、そうでもないか。先ほどの不穏な自己紹介と軍議を目のあたりにして、慌てた様子の俺が話しかけて来れば、おのずと話題は予想出来るだろう。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺達の陣に戻るとすぐに華琳専用の天幕へ入った。華琳の指示で人払いがされ、春蘭と秋蘭が天幕の外を見張っている。そこまでする必要があるのか疑問だが徹底している。

 

「話は袁紹についてかしら?」

「そうだ。あんな奴を一番上に置いたらやばいことになるぞ」

 

 俺の経験上まず間違いなく大変なことになる。例えば文化祭の時……うっ、頭が。

 

「今はあの対応で良いわ」

「無能な味方は有能な敵より怖いもんだ。しかもそれが上の人間ならなおさらな」

「その通りね」

「分かってんなら……まさか無いとは思うが、袁紹があれで実は有能だったりするのか」

「もしそれを本気で聞いているのなら貴方の目はくも、いえ腐っているわ」

 

 言い直さなくて良いから。

 馬鹿をリーダーにするリスクが分かっていて、さらに袁紹が馬鹿なのも分かっているのにそれを止めない。そんな非合理的な選択を華琳がするなんて不自然過ぎる。何か理由があるのだろう。

 

「待てよ、今はあの対応で良い。今は?」

 

 俺の呟きに華琳が頷いた。

 

「あの時麗羽を強く否定した場合、短絡的な麗羽は董卓より先にこちらへ牙をむくわ」

「董卓討伐の為に集まったばかりでそれは」

「無いと言い切れるかしら。少なくとも貴方より麗羽と付き合いの長い私が断言してあげる。あの()に我慢や思慮なんてものを期待しては駄目よ」

 

 それはいくらなんでも無いんじゃないかという俺の予想を、華琳はバッサリ切り捨てた。マジでそこまでヤバい奴なのか?

 引き気味の俺に華琳はさらなる追い打ちをかける。

 

「現状でそれは私達にとって最悪の流れよ。麗羽に足りないのは本人のおつむだけで、他は全て持っているわ。名門袁家の資金力、治める領地の国力、親交のある有力者の数、どれをとっても私達を上回っているのよ」

「それで【今は】か」

「そう。数の面で互角とまでいかなくても勝負になる位まで差を詰めれば、質で勝っているからどうとでもなるわ」

 

 袁紹の奴はあんなにアホっぽいのに、陣営としてはそこまでの力があるとはな。有力者なのは知っていたが予想以上の勢力だ。

 

「あと董卓を倒してしまえば麗羽がこの国で一番の有力者になる。そうなればあの娘の性格上拡大戦略を始めるはず。つまり私達とも戦うことになるわ」

 

 そして華琳の性格上黙って従うわけもないし、大人しくやられるタマでもない。それに俺もあの袁紹の部下にはなりたくないし、かといって死にたくもない。戦いは不可避だ。

 

「この董卓討伐中にも麗羽との差を詰める必要があるわ」

「ああ」

 

 袁紹本人が来ているのだし俺達の方へ侵攻するにしても準備期間はある。董卓討伐直後にそのまま侵攻開始という訳ではないだろう。しかし悠長に構えていられる余裕は無さそうだ。

 まいったな。袁紹がリーダーになるのを止めなかった華琳の意図は理解した。それは良かったのだが、問題は俺が思っていたよりさらに深刻なものだった。




おまけ1

 麗羽は激怒した。必ず、自分より権力を持った董卓を除かなければならぬと決意した。麗羽には政治がわからぬ。麗羽は名家のボンボンである。実務は部下に任せて遊んで暮らしてきた。けれど自分より成功している者には、人一倍敏感であった。

おまけ2

八幡「はあ…馬での長時間運動はしんどいな」
??「それなら俺に任せろ!!」
八幡「なっ! この声は材木座!?」振り向き

黒塗りのGT-Rデーーーン

??「さあ乗れ!!」
八幡「く、車? それとアンタ誰?」
??「リアサイドについてるRのバッジは不敗神話のRだ!」
八幡「それフラグぅぅぅう!!!」




読んでいただきありがとうございます。ポプテピピックの4話好き。


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51話

 劉備達が偵察から帰ってきたところで、再び前回と同じ面子で軍議が開かれることになった。劉備達が持ち帰った情報を基に、自己紹介がメインだった前回とは違い、より具体的な作戦会議になるはずだったのだが……。

 

「りゅう、りゅうき、りゅ、あー劉備さんだったわね。汜水関はそのまま攻め落としておいて下さいまし」

「えっえええ!!? む、無理ですよ。私達の人数で攻め落とすなんて!」

「汜水関に董卓はいないのでしょう? わたくし前座の相手なんてしていられませんわ」

 

 袁紹のとんでもない言葉に悲鳴を上げる劉備の図。

 袁紹の言い分は下らない戯言なのだが、彼女の勢力が現在この場において最有力であるため事態を厄介にしている。ぶっちゃけ止める人間がいない。

 袁術と馬超は巻き込まれてはかなわないと我関せずの姿勢をとっている。公孫賛は取りなそうとしているが、勢力としては力不足のようで袁紹には鼻であしらわれているし、話術でどうにかするスキルも無さそうだ。

 俺はこちらに来てからずっと華琳達と仕事をしてきた。彼女達は良く言えば個性派、悪く言えばおかしな所を抱えている。春蘭と夏蘭は筋肉バカだし、荀彧は……言わずもがなである。それでも得意分野があり、それらに関しては驚異的な実力を持っている。そんな彼女達が華琳を中心に協力して堅固な組織を形作っている。

 俺はどこかで思い込んでいた。三国志に出てくる武将や君主と同じ名を持つ他の陣営の連中も、個性的だが優秀なんだろうと。まあ、そんな幻想は上条さんの右手なんてなくても簡単にブチ壊されたわけだ。

 今までの状況を見る限り、董卓討伐後にみんな仲良く清く正しい施政を行いましょう、なんて展開はまず期待できない。所謂乱世がこの後には待っているわけだ。そして、それを治められるのは華琳くらいしか俺には思いつかない。目の前のこいつらに任せられるか?

 さて、肝心の華琳はというと劉備に熱視線を向けていた。ええ、そういう趣味───────でしたね。そういえば。しかし今回に限ってはソッチの趣味で見ている訳ではないっぽい。この苦境を劉備がどう乗り越えるのか、お手並み拝見という期待の視線のようだ。

 今の劉備は三国志を知る俺と違って、まだ華琳が意識する根拠はないはずだが、何か惹かれるものでもあるのだろうか。まあ華琳期待の劉備の手腕が発揮されるのは、今回お預けになる。ここからは俺が介入するつもりだからだ。

 この前の華琳との話で、董卓討伐後に袁紹がこちらに牙を剥くのはほぼ確定であると結論が出ている。よって袁紹の兵力は削っておきたい。それと劉備達には恩を出来るだけ売っておきたい。三国志を知る俺からすると、将来価値が上がるのが分かっている相手だから今のうちにやっておけばお得である。この二つを同時に叶える一石二鳥の良い手がある。

 単純に言えば汜水関攻略は袁紹に主力として頑張ってもらう。もちろん袁紹自身の意思、でだ。

 やり方は簡単。袁紹は厄介な存在ではあるが、それと同時に分かりやすい奴なので対処法には自信がある。こういう自分大好きで自らを過大評価している奴に、ああしろ、こうしろと言っても反発される。だから逆にその過剰な自意識を刺激するのが有効である。

 俺は小さな、しかし袁紹に聞こえるように独り言を呟く。

 

「栄えある討伐軍の先陣は劉備のところか」

 

 劉備にしつこく汜水関の戦いを押し付けようとしていた袁紹が一瞬止まり、俺の独り言が聞こえていないかのようにすぐ再開させた。当然、聞こえているし気になっている反応だ。

 今までの言動と派手な金ぴか装備から見て、袁紹が目立ちたがり屋なのは確定的明らか。ほらほら、栄えあるとか先陣って言葉好きだろう? 

 

「勇猛な武将も揃っているし、名を轟かせることになりそうだなー」

 

 俺が更に独り言を続ける。それに袁紹が明らかにピクピクっと反応を見せた。袁紹は少しの間沈黙し、足りない頭で考えを巡らせているようだ。

 羞恥心や思考力のある人間なら、俺の独り言のような内容を聞いてもその場で手のひら返しなんてしない。他の奴も聞いているだろうに、あからさまにそんな事をしたら手柄欲しさに言葉を翻したと思われるからな。しかし、自分以外の奴が目立って、名声を上げるなんてお前に耐えられないだろう? 

 

「……まあ劉備さんが、どーーーしても無理とおっしゃるのでしたら、戦いそのものはわたくしの軍が受け持ちますわ」

 

 釣れたな。

 これでもかって位に袁紹は恩着せがましい。しかし劉備はそれを不快に思うより、ホッとしているようだ。だが甘いぞ劉備。華琳が心の底から面倒くさい相手だと評価した袁紹が、このまますんなりいくわけがない。

 

「では、劉備さんには汜水関から相手の兵を誘き出す役をやってもらいますわ」

「えっ」

「攻城戦なんて泥臭いこと、わたくしには似合いませんから」

「いや、でも」

「そ・れ・と、あくまで戦いの主役はこのわたくしです。あなたは誘き出すだけでしてよ」

 

 無理難題のレベルは下がったが、無茶な話であるのは変わらない。うちの軍も賊相手に砦や陣地から誘き出す、という手は使ったことがあるが、今度の相手はその辺の野盗やごろつきとは違うので簡単ではないはずだ。

 劉備は目に見えて困っているが、これ以上の手助けは俺にも厳しい。俺の方が袁紹に目を付けられる事になるのは避けたいし、下手をすれば華琳達に迷惑をかける可能性もある。後はそちらで何とかしてくれ。あの無敵軍師孔明もいるし何とかなるだろ。ちょっと小っちゃくなったうえ、女の子になってるけど。

 その諸葛亮孔明の様子を窺うつもりで劉備の後ろに控えている少女へ視線を移動させると、何故か目が合った。諸葛亮は小さなその身をビクリと震わせ一拍置いて、こちらへ小さく頷いた。どういう意味か正確には分からんが、とりあえず俺も頷いておいた。多分、もう大丈夫です。後はこちらで何とかしますってことだろう。

 目と目で通じ合っちゃったな。中学時代の俺ならすぐ告白している所だった。そして次の日からあだ名がロリヶ谷になってたはずだ。いや、その呼び方だとまるで俺がロリみたいじゃないか。じゃあセーフだな。事案的には、絵面的にはアウトかもしれんが。

 

「……桃香様、誘き出す算段ならあります」

「ホントッ!?」

「はい」

「問題無いようなので、後はそちらにお任せしますわ」

 

 困惑しきりの劉備を諸葛亮がフォローした。算段あるんだ!? さすが孔明。

 袁紹は自分の思惑通りに話が進むと分かると劉備達への興味を失ったようで、さっさと場を終わらせるつもりのようだ。側に控えていた顔良を呼び寄せた。

 

「斗詩さん、大事な所はもう決まったので、後の細かい事は詰めて置いてくださいまし」

「はっ、はあ……じゃあ後はこちらで」

 

 袁紹はその場を顔良に任せて立ち去ってしまった。まさにフリーダム。ただ顔良を含め袁術以外の全員が、袁紹の退場によって話がまとまり易くなったと喜んでいるのは内緒である。

 そういえば高校時代の文化祭でえらい目にあった時、雪ノ下姉が言っていたな。集団を団結させる存在は敵であると。今まさに俺達は袁紹という敵を得てだん……ん? そもそも董卓という敵を倒す為に集まっているのにイマイチ団結出来てない時点で駄目じゃねえか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 その時の諸葛亮孔明こと朱里はハラハラしながら劉備を見ていた。袁紹の言う劉備陣営単独での汜水関攻略は、兵力的に不可能である。しかし、そんな弱小陣営である自分達が袁紹の要求を正面から否定するのは後が怖い。

 

「栄えある討伐軍の先陣は劉備のところか」

 

 男性の呟きが聞こえてきた。ご主人様の声ではない、この場にたった二人しかいない男性のうちの一人。ご主人様と対をなすもう一人の御使いである比企谷さんのものだった。

 その呟きは小さな声だったのに不思議と良く通った。一瞬天幕内の喧騒が息を止めた。そして場の流れが変わった。

 桃香様に無理矢理先陣を押し付けようとしていた袁紹さんの勢いが急に止まった。そこへさらに比企谷さんの声が続く。

 

「勇猛な武将も揃っているし、名を轟かせることになりそうだなー」

 

 今度こそ完全に袁紹さんは止まり、

 

「……まあ劉備さんが、どーーーしても無理とおっしゃるのでしたら、戦いそのものはわたくしの軍が受け持ちますわ」

 

 方針を大きく転換させた。

 

「では、劉備さんには汜水関から相手の兵を誘き出す役をやってもらいますわ」

「えっ」

「攻城戦なんて泥臭いこと、わたくしには似合いませんから」

「いや、でも」

「そ・れ・と、あくまで戦いの主役はこのわたくしです。あなたは誘き出すだけでしてよ」

 

 袁紹さんの言い分は相変わらず我儘放題だが、要求の難度は大分下がった。比企谷さんの呟きによって出来たこの流れ。これは彼に助け舟を出されたのだろうか。

 比企谷さんの方を見ると、ばっちり目が合ってしまった。こっちを見てた!? 比企谷さんは無表情でもう何かを言うつもりも無いようで、口を真一文字に閉じている。これは……お膳立てはしてやった。これ以上は手は出さない。後はお手並み拝見といこうか。そんな彼の意思表示なのではないか。

 私が恐る恐る頷いて見せると、彼も頷き返してきた。やはりそういう事だったのですね。あの厳しい状況を一言、二言呟くだけで打開してしまった比企谷さんの驚異的な手腕。ここから先くらいは私の策で対応しなければ、彼の所属する曹操さんの大陣営に取り込まれてしまう恐れがある。いや、あの陣営の影響力は既に私達の陣営に浸透し始めている。

 ただ幸いな事に汜水関から敵を誘き出す目途はたっている。偵察で分かった相手武将華雄は、非常に直情径行な武将なのだ。誘き出す自信はある。

 

「……桃香様、誘き出す算段ならあります」

「ホントッ!?」

「はい」

「問題無いようなので、後はそちらにお任せしますわ」

 

 私の言葉を聞き、無邪気に喜ぶ桃香様。その場を立ち去る袁紹さん。残った人達で具体的な作戦を詰めていく作業が進んでいく。しかし、この中に話の流れを誘導した比企谷さんの恐るべき手腕を理解している人間が何人いるだろう。策略というものは本来多くの下準備によって成立する。それなのに、あんな何気ない呟きでこの討伐軍の作戦要点を変更出来てしまう能力が、どれほど驚異なのか分かっていれば平気な顔でいられるわけがない。




おまけ

朱里視点

比企谷さんがした袁紹さんの誘導…
これは…これは最善の一手ではない
最強の一手でもない…
私がどう打ってくるか試している一手だ!
私の力量を計っている…!
遥かな高みから


当時は(陣営が)小さく(曹操さん陣営の)協力が必要でした。たった一度(嘘)の借りであり二度と同じことはしません


読んでいただきありがとうございます。
本当は日曜日に上げたかったんですがモンハ…ごほっごほっ色々あって遅くなりました。ごめんね。





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52話

 穏やかな日差し、頬に感じるそよ風。馬上で空をゆっくりと流れる雲を眺める俺。こう言うと優雅でハイソな響きだが、実は俺の頭の中にはさながらあのドナドナの陰鬱なBGMが流れているような気分だ。

 何故かって? 今回の戦いから精鋭騎兵部隊・虎豹騎に付いて行かなければならないのだ。はい、ムリー。馬に乗るのがやっと慣れてきただけの俺が、虎豹騎の戦闘に付いていくなんて自殺行為である。

 テンションだだ下がりの俺に気を使ったのか、冬蘭が自身の乗る馬をこちらへ寄せてきた。

 

「気負わなくても、普通にしてれば大丈夫ですよー」

「お前の普通と俺の普通は絶対違う」

 

 マジでドラゴンとスライムくらい差があるからね。俺達。

 取り付く島もない俺に冬蘭は肩をすくめる。

 

「基本さえ守っていれば、周りは精鋭揃いだから危険は少ないですよ……多分」

 

 多分って聞こえてるぞ。命にかかわるのに多分で安心出来るか。

 胡散臭いものを見る目で冬蘭を見ていると、別のやつが近づいてきた。青鹿毛(あおかげ)の馬に乗った夏蘭が冬蘭に茶化すように声を掛ける。

 

「あまり無茶させるなよ。八幡は私達と違って貧弱なんだから」

「そうだ。俺は繊細に出来ているから大事に扱ってくれ」

 

 女に貧弱呼ばわりされて悔しくないのか。そう思うやつもいるだろう。しかし俺は自分自身を客観的に見ることが出来るんです。あなたと違うんです。

 冬蘭があきれ顔である。

 

「なんで反論するどころか同意してるんですか。しかもちょっと偉そうに」

「俺は自分の弱さを認められる人間を目指しているからな」

「自分の弱いところを認めるのは良いですけど、後でちゃんと努力して成長するんですか?」

 

 うーん、冬蘭鋭い。弱くても良いじゃない、にんげんだもの。はちまん。

 俺が心中で情けないアレンジをした名言を思い浮かべているとは露知らず、冬蘭は意外にもそれ以上追及をしてこなかった。その代わりに少し呆れ混じりの顔で冬蘭が言う。

 

「まあ八幡さんなら何だかんだ言いながら、何とかするんでしょうけど」

「えー」

「へー意外と信頼されているんだな」

 

 簡単に何とかするなんて言われても困る。あと夏蘭、意外とってなんだ。一応俺仕事はちゃんとやってるから、信頼されていても不思議じゃないだろ。むしろこれで全く信頼されていなかったらショックだわ。これは精神的苦痛を受けたって訴えて、でも聞き入れられずに孤立して引きこもりになっちゃうわ。

 

「出来なければ死んじゃうじゃないですか。八幡さんはそんな簡単に死にませんよー」

「高すぎる信頼度が俺を追いつめる!?」

 

 冬蘭の不穏な言葉に、俺は悲鳴を上げる。妙な信頼が俺をピンチへ突き落そうとしている。縋るような思いで夏蘭を見る。

 気づいた夏蘭が数秒間目を瞑り思案する。そして夏蘭は目を開き俺を見て言った。

 

「まあ大丈夫だろ。多分」

「こ、この姉妹は」

「んーアレだ。助言するなら戦場では止まるなってこと位か」

「言われなくてもそれくらいッ!?」

 

 テキトーな夏蘭に抗議しようとしたがそれを中断してしまうほど夏蘭は真剣な表情だった。

 

「騎兵の強みは機動力と突破力だ。馬の足を止めてしまえば、ただの的になるからな」

「強みってのは分かるが、的は言い過ぎだろ」

「敵の近くで止まると、敵が群がって来ますよ」

 

 夏蘭に反論した俺へ、冬蘭が甘い考えですねーと笑った。

 普通の歩兵からしたら脅威である騎兵に、わざわざ群がってくるというのはイメージしにくいのだが、何か特別な理由でもあるのだろうか。

 

「納得できないって顔ですね」

「まあな」

「良いですか、騎兵と歩兵では価値が違うんですよ。戦力として、何より打ち取った時の手柄が段違いです」

「歩兵は基本徴兵された民が多い。でも騎兵は違う。一般の歩兵として手柄を立てたか、自分で軍馬を用意出来る家柄の者や名の通った者達だ。当然それを率いる人間もそれ相応の地位だったり格のある者が多い」

 

 冬蘭の言う事がイマイチ分からず首を捻っていると、夏蘭が詳しい説明をしてくれた。

 

「ここまで言えばもう分かるな。手の届く所に敵騎兵が止まっていれば、木の蜜に群がる虫のように……」

「俺は蜜かよ。苦い思いばっかりしてきたから、俺の大部分は苦い何かで出来てるぞ」

「まあ蜜ってのは違ったな」

「食べたらお腹壊しそうです」

 

 俺はノロウイルスか大腸菌か? そういや小学校の頃クラスメイトがやってたなー「ハイ、タッチー!」「バリア」「比企谷菌にバリアは効きません~」とか。なんだよ、そのチート級の感染力。

 

「まあ、とにかく突破出来ないくらい分厚い敵隊列や障害物の多い場所へ無暗に突っ込むな。死ぬぞ」

 

 ちぃ、覚えた。つーか知らずに実戦へ向かってたのが怖すぎる。とりあえずやってみるの精神で戦なんてしてたら、命が何個あっても足んねーよ。

 

「冬蘭も先にこういう事をもっと教えてくれよ」

「えっ、こんなことも知らなかったんですか?」

 

 なんで知っていると思ったの? もうヤダ。チュートリアルが欲しい。不親切過ぎるだろ現実。やっぱリアルはクソゲーだわ。難易度も設定間違ってるし。

 何か疲れがどっと出てきた。戦う前から俺の心はボロボロだ。

 そんなうな垂れた俺に気付かず、夏蘭は思い出したように言った。

 

「そういえば華琳様が後で話があるそうだ」

「俺に?」

「ああ」

「後っていつだよ。そろそろ戦いになってもおかしくないぞ」

「急ぎの用ではないそうだから、戦いの後でだろう」

 

 この戦いが終わったら話があるって、それなんてフラグ? ただでさえ今ナイーブになってるから止めてくれ。

 夏蘭の告げた内容に縁起の悪さを感じた俺は、その話とやらをさっさと済ませることにした。

 

「まだ敵は見えてないし、今から話してくる」

 

 

◇◇◇

 

「あらら、慌てて行っちゃいましたね」

「……八幡にあまり無理をさせるなよ」

 

 夏蘭姉さんが先程と同じ忠告を、先程より真剣な調子で念押ししてきた。

 それにしても華琳姉様の話は急ぎではないとのことなのに、八幡さんは随分急いでいましたね。これはやはり……八幡さんをしっかり鍛え上げなければいけませんね。それに無理と言われるほど厳しいつもりはないんですけど。

 

「そんなに無茶させているように見えますかー?」

「八幡は軍師だ。前線に連れ出すのは十分無茶と言える」

「軍師として後方にいるだけでは得られないけれど、知っておくべき経験があるでしょう?」

 

 私の反論に夏蘭姉さんは腕組みをして考え込む。

 八幡さんにはもっと成長してもらわなければならない。それには知識や想像だけではなく、実地での経験が必要なのだ。

 

「それにしても、だ」

「いえいえ、華琳姉様の隣に立つにはこのくらい」

「ん? 隣? なんの話だ」

 

 おっと危ない危ない。八幡さんを華琳姉様のお相手に相応しくなるように鍛えているのは内緒である。春蘭姉様や荀彧さんに知られると大変なので。夏蘭姉さんの場合、口外するつもりがなくてもポロっと言っちゃいそうだから教えられません。

 

「私がついているから心配しなくても問題ありませんよ」

「むしろ八幡が冬蘭の水準に付いていけるかが問題なんだがな」

 

 夏蘭姉さんが溜息を吐く。

 心外ですね。その辺りの調整ぐらいちゃんとします。

 

 

◇◇◇

 

 

 俺は手綱を操り馬を速歩(はやあし)で進める。華琳は隊列の中央におり、すぐに見つかった。華琳も馬に乗っていて、俺はそこに並走するように馬を寄せた。

 

「そんなに急いでどうしたの?」

「夏蘭に聞いた。話があるんだろ」

「そこまで急いでいた訳ではないのだけれど」

 

 急ぎでないのは聞いていたが、この戦いの後で話があるなんて、そんなフラグっぽいのは即潰す。これがアニメなら実は戦いの後に告白するつもりだったのに、どちらかが死ぬパターンだ。

 華琳に限って告白なんて楽しいイベントはないだろう。しかしそうなると死亡フラグだけが残り、俺と華琳どっちが死にそうかと考えれば9割5分俺だろ。ただでさえ今回から危険な立ち位置になってしまったのに、そんなフラグ早々にへし折ってやる。曹操だけに。

 トン、と肩に軽い衝撃を感じた。華琳による肩パンだった。力を抜いていたようで全く痛くなかった。

 

「何故かしら、無性に殴りたくなったわ」

「理不尽だ。謝罪と休暇を要求する。で、話って?」

「こんな所でする話ではないのだけれど……」

 

 華琳が周囲を見回して言った。華琳の近くにいるのは春蘭や桂花のような主要なメンツだが、行軍中で周囲には兵が多数いる。

 どうやら華琳の話はあまり他の人に聞かせられない内容のようだった。

 俺が周囲の兵に距離を開けさせようかと考えていると、華琳は別の手段をとった。並走する互いの馬の距離をさらに近づけ、上半身をこちらへ乗り出すように寄せた。至近距離で小さな声で話せば、周囲の兵に聞かれる心配はない。

 

「先刻の軍議の件よ」

「お、おう、何か問題があったか?」

「麗羽の兵力を削ぐには良い手だったわ。でも同時に麗羽へ功を得る機会を与え、私達が功を得る機会を失ったとも言えるでしょう?」

 

 袁紹がアホなのは疑いの余地がないが、その戦力的に汜水関の戦力相手に負ける事はないだろう。つまり袁紹は今回功を上げるわけだ。袁紹の兵数は減らせても名声面で差を付けられるのは好ましくないというのが、華琳の不満なのだろう。しかしそれについても俺には考えがある

 

「何の為に張三姉妹達のような旅芸人を支援していると思っているんだ」

「そう言えば彼女達の活動は順調のようね」

「ああ、あいつらに今回の戦いについての噂を流させる」

「……そういうことね」

 

 俺の意図は華琳に伝わったようだ。

 

「そう、流す噂は俺達の活躍についてだけだ。知られなければ無いも同然だろ」

 

 ついでに軍議で袁紹が我儘言いまくってたのも流してやろうかと思ったが、華琳はそういうのは好きではなさそうなので予定には入れていない。

 袁紹達も自分の活躍を喧伝する可能性があるが、より大きな、多くの声でこちらの活躍を触れ回れば相対的に効果を減少させられる。人気者の張三姉妹の口から出る噂話、それは瞬く間に広がるはずだ。

 華琳は納得して乗り出した上半身を戻した。そしてとても良い笑顔を浮かべた。

 

「とてもいやらしい手ね。良いわ、そのまま進めてちょうだい」

 

 満足げな華琳に俺は頷く。

 その時、強烈な殺気を感じて振り返ると───────────

 

「ぐぬぬ」

「ぐぬぬ」

 

 血の涙を流さんばかりの鬼気迫る表情の春蘭と桂花がいた。いつの間にか俺と華琳の話が聞こえる距離まで近づいて来ていたのだ。

 

「とてもいやらしい手だと~!?」

「そのまま進めて~!?」

「そういう意味じゃねーから!!!」

 

 敵と戦う前に味方から刺されそうな危機だった。

 吸引力の変わらないただ一人のヘイト集め役、それがこの俺比企谷八幡。いや駄目だろ、それ。こっちに来てからヘイトはなるべく集めないようにしているのに、味方からヘイト集めてどうすんだよ。

 その後、二人は華琳が簡単に宥めてしまった。

 ありがてえ、あり……そもそも華琳の紛らわしい言動が原因じゃねーか。

 




おまけ

八幡「袁紹、てめーらの手柄話は流してやんねー!!! くそしてねろ!!!!」
華琳「まさに王道(大嘘)」


読んでいただきありがとうございます。


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53話

 華琳と話し死亡フラグをへし折った俺は、再び冬蘭と共に虎豹騎隊として行軍している。

 今回の汜水関攻略の筋書きは単純明快、敵を誘い出して討つという俺達もお馴染みの手だ。

 劉備達が汜水関から敵を誘い出して袁紹が主力として迎え討ち、その他の支援などを残った者達で担当することになっている。しかし本当に敵を誘い出せるのだろうか。

 城などの防衛を目的としてきちんと準備された拠点を攻める場合、攻める側が数倍以上の兵力を用意するのが定石らしい。それほど攻城は難しい。逆に考えれば防衛側はそんな有利な状況をわざわざ手放す道理はない。今度の敵はこれまで俺達が相手にしてきた賊とは質が違うだろう。

 

「ホントに上手く敵を引きずり出せると思うか?」

「劉備さんたちが出来なかったら、八幡さんが代わりにやれば良いじゃないですか」

「えっ」

 

 冬蘭、お前なんで俺がやれば良いとかナチュラルに言っちゃってんの。俺はよろず屋でもなければ、猫型ロボットでもないぞ。面倒事は出来るだけスルーを希望する。

 抗議しようとする俺より先に、冬蘭が前方を指差した。

 

「それに心配する必要は無かったみたいですよ」

 

 劉備の旗を掲げる一軍が凄い勢いでこちらに向かってきている。というか逃げて来ている。劉備達を敵軍が追走している。劉備は少数勢力なのでまともに今回の敵とぶつかったら壊滅しかねないので、これは仕方が無い。ここからの主役(笑)は袁紹だ。

 

「簡単に釣れたなー。もしかして相手の武将はアホなのか?」

「汜水関に入っていた敵将は……えーと、猛将と名高い華雄さんでしたね」

 

 猛将ねえ、うちの春蘭も猛将って評判だからなー。この世界の猛将って筋肉バ……いやこれ以上は言うまい。

 

「じゃあ俺達もサボったと思われない程度に働くとしますか」

「どう動きますか?」

「袁紹軍が敵と衝突後、俺達は敵軍の背後への回り込みを試みて、退路を断とうとしているように見せるか」

「見せる、ですか?」

「ああ、実際に相手が撤退しようとしたら一旦退路を開ける。で、相手が通り過ぎたところで背後からチクチク削る」

 

 夏蘭からも騎兵の特性について教えられたばかりだ。逃げようとする敵の前に立ちふさがるより、こっちの方が向いているだろう。なにより逃げるのに必死な相手なのだから、攻撃に抵抗するよりも少しでも進みたがるのではないか。

 

「チクチクですか」

「そこは復唱しなくて良い。おい、突くな」

 

 チクチクと俺の背中を突っつく冬蘭に抗議するも効果は薄い。

 やっている側とやられている側が逆だったらセクハラだからな。この世界初の人権団体作って抗議活動するぞ。覚悟しろよ。あっ、でもボッチだから団体にならねえわ。

 

「……まあ合格ですね」

 

 ボソッと冬蘭が呟いたのが聞こえた。

 えっ、俺なんか試されてた? 変な指示出していたら何かあったの? 不合格だったら処されてた?

 

「抜け目のない立ち回りで悪くないですね。逃げている敵は必死なので、その前に立ち塞がるのは此方の被害が大きくなるだけです。そこであえて一旦通してしまうのは一つの手ですね」

 

 俺の作戦について冬蘭が講評している。

 本人の目の前でそういうのは止めてもらえませんかねえ。

 

「さっさと行くぞ」

「やる気ですね。なんだったら逃げる華雄軍を追ってそのまま汜水関を抜いてしまいますか?」

「勘弁してくれ」

 

 冗談にしてもキツ過ぎる。汜水関に撤退する敵に喰らいついてそのまま城門が閉まる前に突入出来る可能性はある。さらにそこから門を閉められないように確保しつつ、味方を引き入れればワンチャンあるだろう。これが成功すれば大戦果だが、そんな賭けに賭けを重ねるような冒険は絶対にやりたくない。

 

「そういうのは英雄志望の死にたがりがやればいい」

「辛辣ですね~」

「今回は無理しなくても確実に勝てる戦いなんだから、あえて危ない橋を渡る必要ないだろ?」

「無欲ですね。功を稼げる所で稼いでおくというのも大事ですよ」

「俺の理想は安全第一だから、安全のためなら命だって掛けられる」

「何ですか、それ」

 

 冬蘭は俺が冗談を言っていると思っているかもしれないが、かなり本気である。俺の労力の半分以上は、自分の安心の為に支払われている。自分の命、華琳達の命、陣営維持などは最重要事項だ。

 

「名誉や誇りに興味はありませんか」

「こういう言葉がある。誇りで飯が食えますかってな」

「……まあ、そういう考え方もありでしょう」

 

 冬蘭が普通に肯定するとは予想外だった。春蘭とかに比べれば現実派な冬蘭でも小言ぐらいは言われるかも、と思ったがアリらしい。

 

「しかし華琳様は名誉や誇りを重んじる方ですよ」

「華琳の名誉を汚すような真似はしないから安心しろ。俺には必要ないだけだ」

 

 むしろ邪魔になる恐れすらある。他人から高く評価されるのが嫌いな人間は少ないだろう。俺だって褒められれば良い気にだってなる。豚もおだてりゃ木に登る。褒められ慣れていないボッチならなおさらだ。しかし高く評価されれば当然求められる水準も上がる。期待されてもいつも応えられるわけではないし、期待を裏切って失望されるのも辛い。

 

(八幡さんがそれで良くても私の計画に……)

 

 冬蘭が何かブツブツ言っている。内容は分からないが正直怖い。

 不穏な空気を感じたが、戦い自体は俺の想定内で進行していく。

 劉備達を追ってきた敵軍と袁紹軍が正面から激突する。

 俺達は敵軍を迂回し背後を取りに行く。当初敵軍は将の華雄が猪突猛進なせいか、こちらへ何の対応も見せず袁紹軍との戦いに集中していた。その為俺達は簡単に華雄軍の背後を簡単に取れてしまった。その頃になってやっと華雄軍の後衛がこちらへ対応しようと動き始めた。しかし、その動きも遅きに失した。華雄軍先鋒部隊がまだ大して時間もたっていないのに、まさかの総崩れを見せたのだ。

 

「おいおい、どうなってんだ?」

「囮役の劉備軍の一部が反転し、華雄軍にぶつかった後すぐに華雄軍の動きが大きく乱れたので」

「ので?」

「華雄本人かそれに近い地位の者が討たれたんでしょう」

「はやっ」

 

 華雄軍の先鋒の乱れは一気に全体へと伝播し、間もなく敗走を始めた。

 俺達は予定通り敗走する華雄軍の進路を開けて通らせ、再び背後をとって襲い掛かった。敵からの反撃はほとんどない。

 俺は自部隊の真ん中を馬で走っているだけなので戦っている感覚は無い。

 

「なんかあっけないな」

「安心してください。次は必ず激しい戦いになりますから」

 

 冬蘭が確信を持って言い切った。

 何一つ安心できないんですがそれ、もう帰っても良いですかね。

 汜水関目前まで来た頃、春蘭が三千の兵を連れて追いついてきた。そして春蘭は自分たちに被害が出ないようほどほどに戦っていた俺達を追い抜いて汜水関へ突入してしまった。止めようかと思ったが、華雄軍が汜水関をさっさと放棄してそのまま虎牢関へ逃げてしまった為、止める間もなく汜水関は陥落した。

 こうも順調に事が進むと逆に不安になってしまうのは、俺が小心なせいなのだろうか。

 

 

◇◇◇

 

 小心なのは関係なかった。俺のシックスセンスが危険を予知したようだ……してしまったのだ。

 汜水関攻略後に開かれた軍議では、袁紹が自分を差し置いて汜水関に一番乗りを果たした春蘭について不満たらたらで鬱陶しかった。それで虎牢関では逆にうちが主攻を担当し、トドメは袁紹に譲ることになってしまった。

 

「良い感じのところで華琳さんは後ろに下がってくださいまし」

 

 袁紹の相変わらずな無茶ぶりにも皆そろそろ慣れてきたのか、特に波乱も無く軍議は終わった。そして今、うちの身内だけで開いている軍議で厄介な事実が明らかになった。

 軍議を行う用に机や地図などを用意した天幕に、華琳を中心に春蘭姉妹、夏蘭姉妹、荀彧、そして俺といういつもの面子が集まった。ちなみに楽進達三人組と季衣は警備などを担当している。流琉は食事の用意だ。

 軍議は次に攻略する虎牢関を守る敵将の情報を荀彧が話し始めたところで、やばい感じがしてきた。

 

「虎牢関の将は呂布と張遼です。どちらも名実ともに華雄より格上の武将なので、これを討てば華琳様の名声はさらに高まるはずです」

 

 はい出ました。三国志系の創作で一騎当千、チート級の強さの呂布。

 

「特に呂布は黄巾の乱にて一人で数万の賊を撃退したと有名で、現在武人として頂点に位置する者です。これを討ち取れたなら計り知れないほどの功績になるでしょう」

 

 一騎当千どころじゃなかった。数万ってもう意味分からんレベルなんだけど、君どこのサ〇ヤ人的な戦闘民族なの? ドラゴンボー〇の世界に帰ってどうぞ。

 そんな戦々恐々としている俺とは違い、華琳はその情報に心惹かれるものがあったようだ。

 

「欲しいわね。捕らえれば説得出来るかしら」

 

 ポ〇モンゲットだぜ、なんて簡単にはいかないぞ。どうやって捕獲すんだよ。誰かモンスターボ……いやマスターボール持ってきて。

 沈黙が天幕内を覆う。いつもなら春蘭あたりが「私が捕まえてみせます」と声を上げる所だが、それも無い。

 姉の代わりに秋蘭が沈黙を破った。

 

「もしどうしてもとおっしゃるなら何とか致しますが、私や姉者を含めた主だった武将のうち半分は死ぬと思っていただきたい」

 

 重々しく告げた秋蘭の表情は硬く、(いさ)めるために大袈裟に言っているわけではないのが分かる。

 今日まで普通に話していた人間の半分が一気に死んでしまうなんて想像すら出来ないし、したくもない。それに心情的なものを横に置いておいたとしても、指揮が出来き、個人の武でも代わりのいない武将を半分も失ってしまえば陣営は壊滅状態である。

 

「そう……残念だけれど仕方ないわね。張遼の方も無理なの?」

「いえ、呂布ほど超越した武人ではないので一騎討ちに持ち込めば姉者が何とかするでしょう」

「……ん? えっ、なにをっ」

 

 本当に残念そうな華琳は諦めきれない様子だ。

 秋蘭はさらっと安請け合いしたが、自分で相手しないのか。

 一方突然自分の話が出た春蘭は驚いて秋蘭へ抗議しようとしたが、それは華琳によって遮られた。

 

「難しいかしら?」

「出来ます! なんとしても華琳様の前へ連れて参ります」

 

 流石華琳命な春蘭。華琳から聞かれた瞬間食い気味に答えた。

 よく考えもせず宣言してしまって大丈夫なのか、そう俺が内心考えていると思わぬ方向から話は俺自身へ移る。

 荀彧が意味ありげにこちらを見ながら口を開いた。

 

「そう言えば呂布と懇意にしている者がいましたね。その者なら呂布も引き込めるのでは?」

 

 場の視線が俺に集中するのが分かる。ナズェミテルンディス。

 呂布と俺は呂布が中央の使者として華琳に会いに来た時しか接点が無い。これで懇意と言えるなら生前の俺ですら実は交友関係の広い社交的な人間になっちまう。人類総陽キャ説とか唱えちゃう?

 

「どうなの八幡?」

 

 華琳が何か言っているが、俺は日課の現実逃避をしているところだから後にしてくれ。

 華琳がじぃーとコッチを見続けている。目を合わせないようにしているが圧が凄い。しかし耐えろ。耐えるんだ俺。ここで屈してしまっては大変なことになってしまう。

 

「無理」

「やる前から諦めてどうする! 呂布の力は飛び抜けているが、忠誠心はどうかは分からんではないか」

 

 華琳大好き春蘭が余計なことを言う。

 呂布は三国志的に見れば忠誠心は低そうではある。が、説得って声が聞こえる距離まで近づくんだぞ。分かってんのか春蘭。

 

「呂布は八幡に任せるわ。説得に関しては例え失敗しても責を問わないから試してちょうだい」

 

 任せるって便利な言葉。俺も上手く使えるようになりたい。いや、ね。どうしてもやりたくないわけでもないんだよ。確かに危ないから嫌なんだけど、話したことがある呂布と殺し合いなんてしたくないから説得出来るならベストである。

 ただなあー、呂布は表情が薄いうえ言葉足らずな感じで何考えてんのかイマイチ分からなかったからなあ……そもそもコミュ障同士で交渉になるのだろうか。

 




あ! やせいじゃない
りょふがとびだしてきた!

絶望感ハンパない。
もうね、水素水飲めば良いんだよ。水素水飲んでれば説得出来るし、彼女も出来るし、宝くじも当たる。なお3万買って当たるのは3千のもよう……。


読んでいただきありがとうございます。


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呂布その1

あらすじ
汜水関を攻略した董卓討伐連合の次なる目標は虎牢関だった。虎牢関攻略が八幡達、華琳陣営の主導となる中、八幡は華琳から呂布の調略を頼まれてしまう。


 

 

 

  虎牢関、関とは名ばかりで実際には城塞や要塞といった方が正確な堅牢な城壁を誇る。今の俺と冬蘭は虎豹騎を率いて華琳達本隊の左翼にいる。俺達はその城壁を遠目で確認出来る距離で進軍を一時止めた。遠目なので正確には分からないが、俺がかつて通った総武高校の校舎より高く見える。

 

「デカいな」

「この辺りは昔からの要所ですから」

 

 隣にいた冬蘭が至極当然と答えた。

 要所なのだから防衛の備えは万全だろう。あの城壁が張り子の虎だったらなあ。そうだったら嬉しいんだが、ありえない話だな。

 

「なあ、外から呼びかけるだけで呂布が降伏してくれると思うか?」

「八幡さんの巧みな話術でなんとかなるでしょう」

「ええ……」

 

 本当に巧みな話術なんて持っていたら、俺の人生はもうちょっとマシなものになっていたと思うぞ。こんなこといいな。出来たらいいな。ド〇えもーん、無茶振りが酷くてどうにもならないよー。それに話術うんぬんより大きな問題がある。

 

「そもそも話を聞いてくれるのかってことだよ」

「相手は天下無双の呂布と堅固な虎牢関の組み合わせなので防衛に自信を持っていることでしょう。ですから、現状ではこちらと交渉する理由はないですね」

「話術無意味じゃねえか」

 

 俺のツッコミに冬蘭は「ふふっ、そうですね~」とのん気に微笑んでいる。何一つ面白いことなどないんだが、もしかして立ちはだかる障害は高ければ高いほど、大きければ大きいほど良いなんて言う特殊性癖の持ち主なの? ひくわー冬蘭さん、ひくわー。

 俺は大きな溜息を吐き出す。

 

「やっぱりまずは攻城戦からか。……出てきてくれねえかな」

「天の御使いの力でこう、ババッと城門を開けたり出来ないんですか?」

「開けゴマってか?」

 

 冗談めかして幼い頃に読んだおとぎ話の呪文を唱えてみせた。しかしおとぎ話とは違い、門が開いても中に存在するのは、財宝じゃなくて最強と名高い敵というところが悲しい現実だ。あのおとぎ話、アリババと四十人の盗賊を読んだ時、子供ながらにそんな美味い話があるかよと思ったのは俺が可愛げのないガキだったからだろうか。

 呪文を聞いた冬蘭が不思議そうな表情で首を傾げた。

 

「胡麻? あの小さい種の胡麻ですか?」

 

 開けゴマのゴマが何なのかなんて気にしたことも無かった。事実は分からないし、気の利いた返しも思いつかなかったので正直に知らないと言おうとした俺だったが、冬蘭はそれ以上深く聞いてこなかった。

 冬蘭はそれどころではない様子で前方を指差す。

 

「城門が開いて……ますよ」

「えっ、うそだろ」

 

 冬蘭の指す先で虎牢関の城門が開いており、遠すぎて豆粒みたいにしか見えない敵が出てきている。

 

「「え?」」

 

 嘘から出たまことに驚く俺とそれに驚く冬蘭の声が重なる。

 

「自分でやっておいて、なんで驚いているんですか!?」

「いや何もやってないから!?」

 

 俺にそんな便利な能力があると思ってんの? あるわけないから。

 状況が分からず、とりあえず出てきた敵を観察する。

 

「相手は何で出てきたんだ」

 

 わけがわからないよ。と、ある魔法少女アニメのマスコットのごとく困惑するしかない俺。それに比べて、魔女堕ちしたらマジでやべーやつになりそうな冬蘭は何か分かったようだ。

 

「あの旗印は……華雄軍です、ね」

「関羽に負けはしたけど生きてたんだな」

「こちらは春蘭姉様が対応するみたいです」

 

 虎牢関から出て来た敵軍と同数くらいに見える味方が本隊から突出した。あれが春蘭の部隊だろう。

 

「なんで春蘭のやつは先走ってんだ? 汜水関の時と違って出て来た敵は数が少ないし、本隊の弓矢の一斉射で終わるだろ」

「うわぁ。八幡さん、それは八幡過ぎて駄目です」

 

 何やってんだよ、と呆れる俺だったが、逆に冬蘭は俺にドン引きしていた。

 八幡過ぎるって何なの。うちの陣営では八幡が何かの隠語なの? 地味に傷つくし恥ずかしいから止めて欲しい。

 

「良く見てください、八幡さん。相手はこちらに比べ少数、さらに将の華雄さん自らが先陣を切ろうとしてます。これに付き合わず離れた所から弓矢でなぶり殺した場合、対抗出来る将がいなくて近付かれるのを恐れた、なんて言われるかもしれません」

 

 め、めんどくせえ。しかも冬蘭の話はまだ続いている。

 

「虎は死して皮を留め、人は死して名を残すと言います。全ての場面で相手に付き合う必要はありませんが、勝ち方にも優劣があるのを覚えておいてください」

 

 ゲームのクリアリザルトのS判定とA判定みたいな違いか。言いたい事は分かるが。

 

「状況によるな。危険が少ないならそれで良いけど、俺が指揮している場合ちょっとでもヤバそうならより確実な手を使うぞ」

「それはっ」

「今回みたいに華雄の相手が出来る春蘭がいるなら良いが、俺と普通の部隊の組み合わせだった場合、正面からぶつからなければいけないなんて不公平だろ?」

「不公平、ですか?」

「どうせ華雄は力自慢の武将だろ? 俺みたいな貧弱な文官に正面から殴り合えって、それもうイジメだから。恥ずかしくないのひ弱な文官イジメて楽しいの?」

「うっ」

 

 熱のこもった俺の弁舌に冬蘭がたじろいだ。

 これ系の意見の違いについては、もう何度か話しているがしつこいくらいした方が良い。なにせコイツら基準だと要求されるハードルが高過ぎて普通に死ねる。考えを少しでもこちらに寄せておきたい。

 

「その理論だと文官の八幡さんが武将の私を言い負かして良い気になっているのもイジメですね。ひっど~い」

「お前は文官の仕事も出来るから当てはまらない」

 

 起死回生の反論を思いついたと冬蘭が俺の言葉を逆手にとってきた。しかし詭弁を扱わせたら俺の右に出る者はいないぞ。

 俺達が話をしている間に虎牢関の城門から更なる敵が出て来る。

 

「おいおい、敵はどういうつもりなんだよ? 籠城した方が有利だろ」

「策というより華雄の突撃に釣られたか、もしくは華雄を連れ戻すつもりじゃないですか」

 

 言っている冬蘭自身半信半疑な様子だったが、それ以外の可能性はあるだろうか。どうせ俺達は城壁に近づくのだから誘き寄せる為のエサではない。勝負を早くつけたいから打って出たとか。うーん、いくら考えてもしっくり来ない。

 

「いくら考えたところで想像の域は出ないな」

「そうですけど……あっ春蘭姉様が華雄の部隊を蹴散らしましたよ」

「早いな、おい」

「単純な力勝負なら春蘭姉様に勝てる者なんて、そうはいませんから」

 

 後でその滅多にいない化け物を相手にしなくてはいけない予定であるという絶望。呂布がすぐ話を聞いてくれたら良いんだが、少し話した事があるだけの相手なので全く見込みは無い。

 

「後から出て来た敵ですけど、呂布と張遼の旗がありますよ!」

 

 冬蘭が驚きとともに本命の登場に色めき立つ。俺はと言えば三国志では最強キャラでお馴染みの呂布を説得しなければならないという難題に気分が急降下中である。

 

「はあ、向こうから出て来てくれるなんて好都合だな」

「言っている内容と表情が合ってませんよ。凄く嫌そうな顔なんですが」

「そんなことねーよ。ハピハピハッピーだ」

 

 何言ってんだコイツ、と冬蘭が思ってそうだが珍しいことではないので放置する。

 呂布を説得する糸口が今のところ思いつかない。おいしい料理でみんなハピハピハッピーってならねえかな。呂布の頭が春蘭並だったらワンチャンあるんだが。いや春蘭並だったら話を切り出す前に俺の体が輪切りになりそうだから駄目だわ。

 

「一応色々用意はしてるんだが、アレで何とかなればなあ」

「もっと自信をこもった言葉が聞きたいんですけどね」

 

 注文の多い冬蘭である。俺はそのうち食べられるかもしれない。クリームや酢を塗らされたらいよいよ危ないから気を付けよう。

 

「もう良いです。私は先に周りを片付けてきます」

 

 冬蘭が右手を上げると部下が馬を引いてきた。冬蘭がその馬に騎乗し虎豹騎の半分を率いて前進する。

 その冬蘭に先行するのが春蘭だった。華雄を蹴散らした春蘭の部隊に本隊から秋蘭の部隊が加わり、そのまま呂布と張遼の軍を攻撃しに行く。彼女達の役割は張遼から軍を引き剥がし、春蘭が一騎討ちで屈服させることにある。

 呂布担当の俺達が虎豹騎だけでは寡兵過ぎるように見えるが、呂布は元々引き剥がすべき兵がいないのだ。普通将軍である呂布を守るように兵が周囲を固める、もしくはすぐ後ろについていくものだが、呂布はあまりにも強すぎて一緒に動けないらしい。黄巾党相手にも呂布は一人で数万の敵を討伐したというのだから、自分以外は全て足手まといなのだろう。馬すら必要無いとの判断なのか呂布は徒歩(かち)である。

 それでも呂布が壊滅させた後の弱った敵狙いの兵や戦場の混乱で意図せずこちらへ近づいてくる兵もいるかもしれない。それらへの対応を冬蘭が担当する。

 春蘭達の部隊と敵が近づく。正面から衝突するかに見えた両者だったが、春蘭達は寸前で右へ少し進路をズラした。おそらく呂布とまともに戦うのを避ける為だろう。敵の左翼を削りながら走り抜けてから反転し、背後や横っ腹を狙う姿勢を見せた。

 対する敵も部隊の大半が向きを変え、春蘭達に対応しようとした。例外はただ一人、呂布がこちらの本隊を目指して一騎駆けをしてきている。

 

「どこの真・三〇無双だよ」

 

 大勢の敵を蹴散らすのが爽快なゲームだよなあ。ただし蹴散らされる側を自分がやるのは勘弁して欲しい。

 こんなこともあろうかと俺は準備をしておいた策の一つを使う事にした。李典に長槍を即席で改造してもらって出来た、柄の長い刺又を持たせた数十人の虎豹騎達が呂布へと向かう。包囲して全方向から刺又を突き出し動きを止めるのが狙いだ。

 なぜ柄が長いのか?

 近づいたら殺されるだろ。数を減らされなければ交代で戦い続ける事が出来る。最初からこの一手で決めるつもりはない。これは呂布を消耗させる一手である。

 呂布はこの前会った時とほぼ同じ格好だった。唯一違うのは槍と薙刀を組み合わせたような武器を持っているところだけである。あれは方天画戟(ほうてんがげき)というらしい。

 呂布は自分を包囲していく虎豹騎達を見ても焦ったり、闘志を燃やすような様子を見せない。表情一つ変えず足も止めない。

 虎豹騎達が包囲の輪を縮めて襲い掛かる。

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

「うげっ!?」

「ぐえええ」

「あいたたたたた」

 

 呂布が無言で体をねじりながら方天画戟を振り切ると三百六十度近寄っていた全ての虎豹騎の動きが止まった。

 呂布に対して突き出された刺又全てが半ばから折れるか斬られていた。手にした刺又がただの棒と化した虎豹騎は、迷わずそれを呂布へ向けて投げ出して距離をとった。いくら呂布でも騎兵の足には追い付けないので人的被害は怪我だけで済んだのは幸いだ。

 

「こんなこともあろうかと他にも策は用意してある」

 

 第一の策は考えていたより簡単に破られてしまったが、破られるのは想定内である。俺の用意した策はまだまだある。

 第二の策は投網だ。人間相手に投網なんて馬鹿らしい。そう思うかもしれないが四方八方から複数の網を投げつけられれば避けきれないし、絡まれば動きも鈍るはずだ。これも李典に一晩で作ってもらった。

 虎豹騎が今度は投網を持ち呂布へ挑む。先程より距離をとった包囲からの投網。呂布からは何重もの網によって全てが覆われたかのように見えただろう。

 

「これは上手く……は?」

 

 完全に投網が呂布を捕らえたかに見えたその時、信じられない光景がそこにはあった。

 呂布は体や方天画戟に絡まった網を引き千切っている。簡単に、とはいかないまでも手で引き千切るなんて、もう人間じゃないじゃん。

 虎豹騎たちはすぐに包囲を解いてこちらへ戻った。精鋭の彼らでもこちらへ向ける目に不安の影が見える。ここで俺まで狼狽えてしまえば士気は著しく落ちる。

 一度深く息を吸って吐く。この程度想定内だと落ち着きを装う。

 

「こ、こんにゃ、こんなこともあろうかと次の手を準備したある」

 

 虎豹騎達は精鋭の集まり、大事な所で噛んでしまった上司の恥ずかしい失敗も顔色一つ変えずにスルーしてくれる。

 一メートルほどの縄と粗雑な作りの袋が組み合わされた物を虎豹騎に持たせる。第三の策はトリモチを応用した道具である。袋の中にはニカワや米が原料のネバネバした何かが入っている。これも李典に一晩で作ってもらった。

 虎豹騎達はその縄の端を持ち頭上でグルグル回し、遠心力を利用して呂布に向かって投擲した。

 呂布は回避しながら体に当たりそうな物を方天画戟で切り払っている。しかし切り払ったことで袋の中身のネバネバが飛び散ってしまい、呂布の身にも少なからず付いた。その強い粘着性の影響で切り払った袋や縄の残骸が呂布に絡みつき、ついに動きを鈍らせることに成功した。




おまけ

八幡「ちょっと作って欲しい物があるんだけど、刺又っていうやつで────」
李典「まあ、単純な構造やし任せときっ!」

八幡「もう一つ用意して欲しい物があってな。投網を────」
李典「ちょい待ちい、投網なんて一から作る時間ないで」
八幡「漁師とかが使っているのを改造すれば良いんじゃないか」
李典「人間相手を想定してないから、大分手直しせんと」

八幡「実は今思いついたんだけど、トリモチって────」
李典「ファー(白目」
八幡「こう、こう、こういうヤツだから頼んだぞ」
李典「流石に時間的に無理や。」
八幡「無理というのは、嘘吐きの言葉だ。途中で止めてしまうから無理になるんだぞ」
李典「ヒェッ」


読んでいただきありがとうございます。


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呂布その2

あらすじ

 様々な手段を講じてついに呂布の動きを鈍らせることに成功した八幡達。作戦の目的である呂布の説得に八幡自ら動き出す……かに見えたが。


 呂布に絡みつくネバネバしたトリモチ。さらにトリモチが入っていた袋やそれを縛っていた縄までもが絡みつき、呂布の行動を阻害している。呂布もどうにかしようとしているが、縄や袋は取り除けてもトリモチ自体は完全にとることは出来ない。

 俺はすかさず次なる手を使う。

 

「そろそろ出番だぞ」

 

 俺が振り向き後ろで黙って待っていた関羽と張飛に声を掛けた。

 そう、こんなこともあろうかと劉備達に頼んで力を借りておいたのだ。無茶な願いだったが、劉備達には色々恩を売ってあるので何とかなった。

 三国志関係のゲームにおいて呂布の武力は大抵トップである。しかし関羽と張飛もそれに準ずる位置にいる。例えば呂布が百なら関羽と張飛は九十七と九十八みたいな感じだ。つまり何が言いたいかと言うと、力の差はほぼなくベストな状態ではない呂布相手なら時間稼ぎくらいなら問題なくこなせるのではないか。そんな計算である。実際関羽の戦うところは見たことがあって、凄まじい強さなのを知っているのも大きい。

 

「というわけで先生方、お願いいたします」

「せ、先生?」

「軍師のにいちゃん、何言ってるのか分からないのだ」

「まあまあ、手筈は事前に説明した通りで」

 

 時代劇の悪徳商人が用心棒に主人公を襲わせる時みたいなノリで言ってみたが、二人には全く通じなかった。それでも二人は首を傾げながらも呂布との戦闘に向かう。呂布相手でも臆するところはないようだ。流石の関羽と張飛である。

 呂布は体にまとわりつくトリモチをどうにかすることを諦めて前進を再開した。いくら拭っても綺麗にトリモチが取れず、表情が乏しい呂布でもウンザリしている様子が分かる。

 

「効いているのは分かるな。どうせなら戦う気を無くしてくれても良いんだぞ」

 

 もちろんそんな都合の良い展開にはならない。呂布は虎牢関へ引き返すことはなく、関羽と張飛が呂布の前に立ちはだかった。

 作戦が終盤に差し掛かっているので俺も前進し、トリモチを投げ終えた虎豹騎達と合流し、関羽達の声が聞こえるくらいの距離まで近づく。

 

 

◇◇◇

 

 

 関羽達は天下無双と名高い呂布を前に闘志を漲らせていた。二人はそれぞれ愛用の武器、関羽は青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)、張飛は蛇矛(だぼう)を構えて呂布に口上を告げる。

 

「我が名は関羽雲長、そちらは呂奉先殿とお見受けする。少々つきあっていただこう」

「鈴々もいるのだ!」

「……邪魔」

 

 関羽達が名乗るも呂布は興味無さそうに方天画戟を関羽へ振るう。

 関羽は青龍偃月刀でそれを受け止めた───────が、呂布が勢いよく武器を振ったせいでその身にへばり付いたトリモチの一部が飛び散り関羽の頬に付いてしまった。

 一瞬互いに動きが止まる。

 呂布の方が先に動きを再開し、方天画戟を握る手に力を込める。関羽は力負けして押し込まれそうになった。そこへ横から張飛が割って入る。張飛が蛇矛を呂布めがけて振り下ろす。しかし驚異的な反応速度で呂布は飛びのく。

 

「助かるっ! 鈴々、相手は想像以上だぞ」

「うん、一騎討ちでやってみたかったけど軍師のにいちゃんの言う通りにした方が良さそうなのだ」

 

 たった一瞬の攻防で関羽と張飛は、眼前の敵が格上だと認識した。そして事前に八幡から受けた指示の正しさを認めた。

 八幡の指示というのは単純なものだった。無理に勝負を決めに行こうとせず、時間を稼いで欲しい。ただそれだけだ。武人としての自負がある関羽達からすれば、あまり気持ちよく頷ける指示ではない。二人は内心可能であるなら呂布を倒すことも視野に入れていたが、それがあまりに楽観的な考えだったと今痛感した。

 関羽達は慎重に呂布を挟むよう移動する。呂布がどちらかを攻撃すれば、もう片方がその隙を突く。これならば呂布も不用意に仕掛けられず、時間を稼げるはずだ。

 呂布はそんな関羽達の思惑など歯牙にもかけず、躊躇いなく張飛の間合いに踏み込むと同時に方天画戟を振る。

 

「面倒。のけ」

 

 最初から倒されないことに専念していたおかげで張飛は蛇矛(だぼう)で方天画戟をかろうじて受け止められた。それでも呂布が関係ないとばかりに方天画戟を振りぬけば、張飛の体はよろめいてしまう。

 

「ち、力負けっ!?」

 

 小柄ながらも劉備軍随一の力自慢である張飛は驚きをあらわにする。慌てて関羽が呂布を攻撃しようとした。

 呂布は方天画戟を振り切った状態で隙だらけに見えたが、刃とは逆にある柄の先端(石突き)を関羽へ突き出すことで素早く対応して見せた。

 関羽は呂布を攻撃しようと振り上げた青龍偃月刀の行き先を、呂布ではなく突き出してきた柄に変える。

 耳障りな金属同士の擦れる音が響き、呂布の攻撃は逸れた。───────が、またトリモチの一部が飛び散り関羽の髪にべちょりと付いてしまう。

 関羽と張飛はすぐさま間合いをとった。

 

「比企谷殿には借りがあるとはいえ、この相手ではいささか安請け合いだったかもしれんな」

「ご馳走一年分くらいじゃないと割に合わないのだ」

「それにあのトリモチ? とやらは何とかならんのか」

 

 想像を遥かに上回る呂布の実力、そのうえ呂布はトリモチ塗れなので闘っていると飛び散ってくる。呂布にとってトリモチが邪魔になっているのは確かなので、無かった方が良かったとは思わない。だが自分の髪や頬に飛び散ったネバネバに関羽はウンザリもしていた。

 それでも関羽と張飛は愚痴をこぼしつつも気を一層引き締めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 関羽達と呂布の闘いが始まり、しばらく一進一退の状況が続く。関羽と張飛を同時に相手して互角なんて規格外の強さだ。こちらへ来てから戦術などについては華琳達に学ばされた俺だが、戦闘技術に関しては素人なのでその程度の感想しか思い浮かばない。剣や弓を少し触れた程度なので彼女達の闘いを見ても分かることは少ない。

 一時的に蚊帳の外状態だった俺のもとへ伝令の兵がやって来た。虎牢関から打って出た敵軍の制圧がほぼ完了したのと、張遼がこちらの軍門に下った(くだ)という内容だった。これによって作戦は最終段階へ移る。

 呂布を刺激しないようにゆっくり近付いて行く。近付くといっても軽く十メートル以上離れているが。

 いやだって怖いし。

 

「おーい」

「ん? ……君は」

「前に曹操の所で会ったな」

「邪魔するなら君も斬る」

「ま、まあ、ちょっと待ってくれ。話があるんだ」

 

 呂布の喋り方は抑揚の少なくおっとりした印象を受けそうになるが、中身はこの危険な世界に相応しいものだった。それでもなんとか落ち着かせようとする俺の言葉に、一応攻撃は止めてくれている。たったこれだけのやり取りで、緊張から精神がゴリゴリ削れた。今も俺と呂布の間に関羽達がいてくれるおかげでギリギリ平静を装えているだけだ。

 その関羽が呂布への警戒からこちらに振り向かず、それも呂布に聞かれないように小声で話しかけて来た。

 

「勧誘するのでしょう? 成功させてください。我々はもう限界に近いです」

「えっ……上手く抑えてただろ」

「恥ずかしながら攻撃を逸らすだけで精一杯です」

 

 一気にプレッシャーが増した。自分でも脈拍が早くなっているのが分かる。心臓が暴れているようで、表情を取り繕えているのか自信が無い。とはいえ、このまま黙っていても事態は好転しない。緊張を飲み下すように唾を飲み込む。意を決して呂布に対して本題を切り出す。

 

「一緒に来ないか?」

 

 意を決したつもりでも、ハッキリとした言葉は躊躇ってしまって使えなかった。結果、主語の無い良く分からないセリフになってしまった。この場合董卓を裏切れとか、こちらの軍門に下れといったセリフが定番なのだろう。しかしどうにも口にしづらい。ちょっと遊びに行く誘いすら妹以外にはしたことが無いのに、こんな重要なお誘い俺には荷が重いぞ。怖いしね。

 

「どこに行くの?」

 

 あ、はい。ごもっともな疑問ですね。なんのことだか分らなかったですよね。

 

「いや、その、こっち側に、な。付かないか?」

 

 自分で言っていて全然ダメなのが分かる。いまだかつてこんなに酷い勧誘があっただろうか。いやない。普通であれば既に失敗確定だと思うが、何故か呂布は真剣に考え込んでいる。速攻で断られるよりは良い。しかし返事を待つこの時間がたまらなくキツい。

 呂布が口を開く。

 

「なんで?」

 

 呂布相手に質問を質問で返すなあーと言う蛮勇を俺は持ち合わせていない。平穏を愛する俺は波風を立てることを好まないので、当然呂布の質問に嫌な顔一つせずに答える。ビビッてるわけじゃないんだからね。

 

「戦いの勝敗はもう決まったも同然だからこれ以上やる必要ないんじゃないかなーって」

 

 視線を逸らしつつ言った俺の言葉に、呂布は理解出来ないといった顔をする。

 

「この二人では(れん)には勝てない」

 

 まあ、関羽も自分で限界が近いと言っていたし、それが事実なんだろう。ただそれでも勝負は俺達が勝つ。

 それにしても呂布は軽々しく一人称に真名を使うのは止めて欲しい。これは張飛にも言えるが、相手を良く知らなければ普通の名前と勘違いしてしまう。許可無く呼んではいけない真名をそんな風に使うなんて思わないぞ。

 心の中で愚痴り、口は別の言葉を伝える。

 

「関羽達だけなら、な」

 

 関羽の体がピクッと動いた気がする。というか後ろ姿しか見えないのだが明らかに不機嫌そうな雰囲気を感じる。ついさっき「攻撃を逸らすだけで精一杯」と自分で言ったばかりだが、改めて人に言われると武人のプライドが刺激されるようだ。頼むから抑えてくれ。そっちにまで気を遣う余裕は無いぞ。

 

「君や変な物を投げて来た騎兵がいても大して変わらない」

「俺を数に入れるな。大して変わらないどころか、全く変わらない自信がある」

 

 俺の自虐には誰も反応を示さなかった。このピリピリした緊張感を少し和らげたい俺の意図は無駄に終わった。こんな下らない戯言でも華琳達なら拾ってくれるだろうに。

 

「伝令が来て張遼がこちらへ下ったと」

 

 同僚の将がこちらに付いたと聞いても呂布の表情に変化は見られない。しかし少し思案しているようにも感じる。その証拠に呂布は俺の話を遮らず続きを待っている。

 

「それに軍自体もほとんど制圧している。もう一人でどうにかなる状況じゃない」

「それでも恋は負けない」

 

 呂布は強がるでもなく単なる事実を言っている様子だ。俺は絶望的な状況を突き付けたはずだが、呂布にとっては大した脅威ではないのだろうか。例えそうだとしても、まだ言葉は尽きていない。

 

「何人兵士がいてもアンタを倒すことは出来ないかもしれない。でもな、アンタも俺達に勝てないぞ」

 

 この()なら本当に倒せないかもしれない。それは認めよう。だが俺の目的は倒すことじゃない。こちらに引き入れることが俺の今回の仕事だ。その為に勝利を諦めさせたうえ、董卓に仕える理由を華琳に仕える理由に上書きしなくてはいけない。

 

「アンタが強いのはもう十二分に分かった。だからもうまともに闘わない。さっきまでみたいに離れた所から物を投げつけるだけで、アンタが近づいたらすぐに逃げる──────で、また物を投げる。その繰り返しを延々と続けるぞ」

「うっとうしい」

「しかも、今ここにいる兵以外にも万単位で兵がいる。交代でやれば本当にずっと続けられる。飯を食う隙も寝る時間も与えないぞ」

 

 流石の呂布でもこれを切り抜けるのは難しいだろう。これが横山三国志なら呂布の戦闘力と赤兎馬の機動力で包囲をぶち抜き、追撃を振り切れるかもしれない。しかし、幸いなことに目の前の呂布は赤兎馬に乗っていない。

 

「厳しい状況なのは分かっただろう? なあ、こんな状況でも董卓に義理立てする程の理由が何かあるか?」 

「ん、ご飯」

「一宿一飯の恩とかそんなヤツなのか? 良く分からん」

「家族、多いからご飯いっぱいいる」

 

 大家族か、それなら仕方な……なくねーよ。無双ゲーから飛び出してきたようなこの超人が、家族を養う為に董卓に仕えている? アホか、普通に報酬貰っていれば軍団規模で養えるわ。なんなら俺一人くらい混ざっても問題ないだろ。

 あ、この前会った時の「うち、来る?」ってお誘いはそういう意味? お、お、俺はもしかして、かつてあれほど夢見ていた誰かに養ってもらうチャンスを逃してしまった、のかaおあうjkそそふkソウkそう。

 いや待て落ち着こう。ああいう風に良く知りもしない男をガンガン誘って集めているのなら、それそれでドン引きだぞ。

 

「い、一応聞いとくけど、家族って何人くらいだ?」

「……百、くらい?」

 

 ま、マジか。百人ってガチビッチじゃねーか。人は見かけによらないとは言うが、コミュ障っぽいこの娘がそんな私生活を送っているとは予想外でショックが大きい。だが風紀的にはちょっと心配な面があるが、それに目を瞑れば百人分の食費で呂布が雇えるのは破格の安さだ。華琳なら十倍払っても雇いたがるはずだ。これで交渉は楽になった。しかしこれを朗報と言えるのだろうか。

 複雑な気分で頭をかく。

 

「あー、うちなら百人分なんてケチなこと言わないぞ」

「百人じゃない」

「実はもっと多かったとか?」

「人は恋とねねだけ」

「ほ、他は?」

「いろいろ」

 

 もう訳が分からん。頭が痛くなりそうだ。

 

「色々ってのは何なんだ?」

「いろいろはいろいろ。犬や猫や馬や熊やパンダとか」

「お、おう」

 

 動物かよ。なんか混じっていたらおかしい動物がいたような気がするんだが、この際気にしない。それより呂布のビッチ疑惑が晴れたのが大きい。【ねね】というのも響きから多分女だろう。これで懸念材料は無くなったし、勧誘もしやすくなった。

 

「それだと住む場所も広い方が良いだろ? 金や食料はもちろん十二分に用意するが、土地も相当広いものを提供出来るぞ」

 

 なにせ大都会千葉、大事なことなので二回言うが大都会である千葉と違ってこっちはとにかく土地に余裕がある。それに俺は街の再開発の責任者だった流れで土地の管理まで任せられている為、融通はかなり効く。なんだったら張三姉妹アイドル化計画で街外れに作った舞台や事務所の近くにも空き地はある。あの辺りも誠に遺憾ながら俺の管轄だ。いつの間にか仕事が増えているのは何でだろうな。涙が出ちゃう。だって社畜も人間だもの。

 

「どうだ。良い話だろ?」

「……分かった」

 

 呂布が少し考えただけであっさり頷いたので逆に心配になる。

 

「簡単に決めてしまって良かったのか?」

「恋が勝てないならもう出来ることは無い。(しあ)もいないなら、もう手はない」

 

 死守とか玉砕といった選択は元々呂布の頭に無いようだ。まあ能力に対して報酬が安いし、軽い主従関係だったのだろう。

 それにしても【しあ】って誰だよ。これも真名だよな。ホント不便な風習だな。というか呂布が平気で真名ばっかり使っているのが問題なんだよ。

 

「まあ、とにかくこれからよろしく」

「ん……名前」

「俺のか? 俺は比企谷」

「恋は恋」

 

 なんか哲学的。

 

「それって真名だよな? 知り合ったばかりで──「恋で良い」あっ、はい」

 

 距離感を考えて真名ではない名の方を使おうと提案しようとしたが、恋の一言であっさり手の平を返す。どういうヤツなのかまだ良く分かっていないから嫌とは言い辛い。もしこちらの意見を通そうとして機嫌を損ねて前言撤回されても困る。

 真名の風習的に相手から教えてもらったら、こちらも言うべきなんだよな。少なくとも友好関係を結んでいくつもりなら。

 

「じゃ、じゃあ俺もひゃ、は、八幡で良いぞ」

 

 噛みました。




おまけ

呂布勧誘成功後、劉備軍に帰った関羽達(愛紗&鈴々)を見た二人の軍師。

朱里「はわわ、信じて送り出した愛紗さんが」
雛里「あわわ、白くてネバネバした何かを顔や髪に付けて帰ってきました」
朱里「あ、愛紗さん、だ、大丈夫ですか?」
愛紗「危ういところはあったが、なんとかなった」
朱里「な、なんとかなってないんじゃ……いえ愛紗さんがそう言うなら」視線逸らし
雛里「そ、そのネバネバしたのはどうしんたんでしゅ、ですか?」頬赤らめ
朱里(雛里ちゃんそれ聞いちゃう!?)
愛紗「これは呂布に付いていたのが、な」
雛里「えっ呂布さんにですか?」
愛紗「ああ、比企谷殿の策でな」
雛里「ええ……(困惑」
朱里「なにそれ怖い」


読んでいただきありがとうございました。


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56話

 様々な苦労を乗り越え(れん)の説得に成功したところで馬に乗った冬蘭が戻って来た。

 

「上手くいったみたいですね」

「おう」

 

 冬蘭は俺に声を掛けた後、馬から降りて(れん)へ軽く頭を下げた。

 

「八幡さんの部下で曹純と言います」

(れん)

「え、それ真名じゃないですか。真名で呼んで良いんですか?」

「八幡の部下ならいい」

 

 冬蘭は困惑した顔でこちらを見る。その表情は「どんな非道な脅迫をしたら、この短時間で呂布を手懐けられるんですか?」とか考えてそうだった。

 違うよ。俺がやったのは虎豹騎に包囲させたり、投網やトリモチを投げさせて動きを阻害しようとしたり、関羽と張飛をけしかけただけだから。後は君はもう孤立無援なうえ、こちらに付かなければ延々と嫌がらせをすると言っただけだ。

 うん、疑いようもないくらいクソ野郎だな。もし呂布が女騎士だったら「くっ、殺せ」と言ってたはずだ。ちなみに姫騎士なら「あなたって本当に最低のクズね」と言ってくれただろう。我々の業界ではご……いや何処の業界だよ。そんな修羅の国に所属した覚えはないぞ。

 冬蘭のこちらを窺うような視線に結局俺は気付かないふりをした。

 冬蘭は一瞬呆れた表情をしたが、すぐににこやかな顔を恋へ向けた。

 

「では私のことは冬蘭とお呼びください」

 

 恋は小さく頷く。

 冬蘭と恋の顔合わせが終わったのを見て、関羽が声を掛けて来た。

 

「我々はそろそろ戻ろうと思います」

「そうか、今回は世話になったな」

「いえ、今までの借りを返したまでです」

「出来ればまた美味しい物が欲しいのだ」

「こら鈴々」

 

 俺と関羽の会話に割り込んだ張飛に関羽の軽い叱責が飛ぶも、お互いただの軽口だったようで険悪なものは感じない。作戦成功の達成感によって場の空気が弛緩しているのだろう。

 張飛の言った美味しい物というのは、多分黄巾党討伐の際に分け与えた糧食のことだな。どう見ても資金難な劉備達からすると、うちの糧食はご馳走だったようだ。しかし甘いな。あれから料理上手な流琉が加入して、うちの食糧事情はさらに向上している。それに俺の現代知識を利用すれば保存食の種類も増やせるので、今後俺達の糧食はさらなる高みへと登っていく予定だ。

 圧倒的じゃないか。わが軍は。あっ、これ死亡フラグだわ。というわけで少しでも生存率を上げる為、この頼りになる関羽達の好感度を稼いでおく。

 

「虎牢関の攻略が完全に済めば一旦休憩が入るだろ。礼としてその時に何か差し入れする」

「言ってみるものなのだ」

「……申し訳ない」

 

 満面の笑みを浮かべる張飛とばつの悪そうな関羽。

 また餌付けである。物で釣ってばっかりだが、他に有効な手段が無いから仕方ない。知ってる? 会って話をするだけで好感度が上がるのはゲームの中とイケメンだけなんだよ。なんなら俺の場合、会話をしただけで好感度は下がる。何それクソゲーなんだけど。アプデも無いしクソメーカーだな。

 

「では我々はこれで」

 

 関羽は一度頭を下げた後、恋へ視線を移す。

 

「機会があればまた手合わせを」

「今度は一対一でやるのだ」

 

 関羽は闘志が漲った目で恋を見つめている。そこに張飛の弾んだ声が割り込んだ。どちらも武人として絶対的強者である恋へ挑戦したいというチャレンジ精神からの発言のようだ。

 恋は二人を見た後、すぐ興味を失い視線を外した。

 

「何度やっても、同じ」

「なっ!?」

「むー、鈴々はまだまだ強くなるのだ!」

 

 関羽達を歯牙にもかけない恋に関羽は唖然とし、張飛は抗議の声を上げる。それでも恋が反応を示すことはなかった。流石に関羽達もキレるんじゃないかとハラハラしたが、それは杞憂に終わる。

 

「私達は今より腕を磨き、貴方に挑むのに相応しい強さを身につける。必ずだ」

 

 キレるどころか関羽は活き活きしている。平塚先生が好きそうな熱血少年マンガのノリで俺には付いていけない。拳で語り合ったり、強敵と書いて【とも】と呼んじゃう作風は俺とは相容れない。いや、マンガやアニメとしてなら良いよ。でも俺自身がやるのは勘弁である。平塚先生も合コンや見合いの場では、拳なんて無力だと気付いているはずだ。結婚出来ないという現実に、抵抗出来ますか。拳で。

 かつての恩師の身を案じる俺に気付くことなく関羽達は凄く良い顔で帰っていった。まあ、今のところ変に関係がこじれた訳じゃないから良しとするか。

 さて俺に任された仕事は終わり戦いの大勢(たいせい)も既に決している、とはいえ勝手に休むのも良くない。一応手伝いが必要な所は無いか確認して置くか。確認するだけで手伝うとは言っていない。

 

「などと言いつつ身を粉にして働く八幡さんなのであった」

「縁起でもない内容を付け足さないでくれ。って」

 

 不吉な未来予測をした冬蘭に俺は、ツッコミを入れた所でハッと振り返る。

 まさかコイツ、俺の心を。

 

「八幡さんの考えることなんてお見通しです」

「こわっ」

「嘘です。出来るわけないでしょう。普通に声が出ていました。ブツブツ呟くのは気持ち悪いから止めた方が良いですよ」

 

 心は読めなくても、心にダイレクトアタックは出来るのか。フレンドリーファイアは止めようね。俺のライフはもうゼロだから。

 俺の願いが届いたようで、冬蘭からの精神攻撃は終わった。

 

「それで、えーと、残っている敵勢力といえば、あとは虎牢関に籠っている敵兵だけですね」

「主力を失ったのにまだ抵抗しているのか」

「まあ戦力的に無理があるので、敵が愚かでなければすぐ撤退か降伏をするんじゃないですか」

 

 相手はもうほぼ詰んでいる状態だ。放っておいてもこちらに不都合はない。しかし相手の行動を待つのではなく、こちらから働きかけた方が色々利点があるかもしれない。

 名の知れた恋や張遼が離反したと知れば、虎牢関に立て籠もる敵もこちらに下るかもしれない。そうすればこちらの被害は減り、兵の補充にもなる。それに虎牢関を迅速に攻略出来れば、本命である董卓に態勢を整える時間をやらずに済む。あと、つい先ほどまで恋にとって味方だった者を討つところを見せなくて済むなら、それに越したことはない。

 俺はそんな事を考えながら傍らにいる恋の様子を窺うが、彼女のお世辞にも豊かとはいえない表情からは何も分からない。仲の良い者がいるとしたら、心配くらいしそうなものだが。

 

「なあ、虎牢関に恋の知り合いはいないのか?」

「……いる」

「あー……大して仲が良い相手じゃないのか?」

「ねね。家族、みたいなもの」

「それを早く言え」

 

 全く気にする様子が無いから多分親しい者は虎牢関にいないのだろうと思いつつ、一応確認したらまさかの答えでついツッコミを入れてしまった。

 コイツは何を考えているのか全く分からん。家族みたいな相手が不利な戦況に置かれているのに、なんで動揺もせず普通にしていられるんだ。のんき過ぎるだろ。

 

「急いで虎牢関の敵兵に降伏させに行くぞ。こっちの勝ちはもう揺るがない。いつまでも敵側に属していたら死んじまうかもしれん」

「ねねは賢い、多分もう撤退している」

「可能性の話だ」

 

 もし俺がその立場なら撤退しない。虎牢関に俺がいて、小町が外に残っていたら俺が先に逃げるなんてありえない。今の八幡的にポイント高い。溜まったポイントの行き場が無いのが悲しいところ。

 虎牢関にいる恋の家族みたいな奴も、恋が寝返ったことを知らなければ徹底抗戦するかもしれない。

 

 

◇◇◇

 

 結論から言えば、恋の家族みたいな奴は虎牢関に残っていた。それも俺が危惧した通り徹底抗戦のつもりで、だ。ただ幸いだったのは、恋がこちらにいるのを見た瞬間抵抗を止めたことだ。 

 

「恋殿~、ん、何かべとべとしているのです」

 

 小柄な少女が恋に抱き着く。彼女が恋の言っていた家族みたいな相手らしい。真名は多分【ねね】で、名前は陳宮。うーん陳宮ね。俺の微妙な三国志知識では詳しいことは分からない。聞いたことがあるような、ないような。確か呂布の軍師的なポジションだったか。

 

「で、何故陳宮は恋に抱き着きながら、俺を呪い殺さんばかりに睨んでいるんだ」

 

 恋がべとべとになってしまっている原因を作った事は素知らぬふりをし、陳宮に聞いてみる。バレなければセーフ理論。サッカーとかでファウルを取られなければ問題ないって奴、プロや部活ならそれで良いかもしれないが、体育授業のサッカーで服引っ張たりするのは止めとけ。嫌われるからな。ソースは俺。中学の頃の俺はまだ世の中を理解していなかった。運動神経は悪くなかったから体育で頑張り過ぎてしまった。プロの試合とかならユニフォームを掴むのなんて良く見る光景なので、ついやってしまったのだ。そして付いた渾名が【卑キョヶ谷】。あれ? ヒキガエルよりマシだから問題無いのか。

 

「そちらこそ誰の許可を得て恋殿の真名を呼んでいるのです!」

「恋」

「れ、恋殿ぉ~」

 

 陳宮が強い口調で俺に突っ掛かって来たが、恋の一言でその勢いは急降下した。

 ちょっと考えれば分かることだろ。恋本人が許可してないのに、俺が真名を勝手に呼んだら間違いなく肉塊へジョブチェンジしてしまうぞ。話しかけても「へんじがない、ただのしかばねのようだ」って表示されるようになる。

 

「恋殿、このような怪しげな男に気安く真名を預けるなど軽率ですぞ」

「いい。八幡はご飯や住む場所、用意してくれる」

「そんな物で釣られるのは駄目なのです」

「ご飯は大事」

「それはそうですが、簡単に信じるのは危険なのです!」

 

 陳宮が心配するのは分かる。正直簡単に信じ過ぎているきらいがある。とはいえ俺がもっと警戒しろと言うと、それはそれでおかしな話になる。

 

「疑うのは当然だと思うが、こっちは嘘を吐く必要なんて皆無だからな。最強の武将がこちらについてくれるなら、衣食住や金なんかを惜しんだりしないぞ。それにそちらはそちらで勝ち筋がもう無いんだから、特別な理由が無いなら条件を選べるうちに降伏した方が利があるだろ」

 

 俺の説明に陳宮が理解は出来るが納得は出来ないといった感じの表情をしている。そして縋るような目で恋を見る。

 

「しかし恋殿なら」

「……無理」

「恋が強いのは確かだが、時間稼ぎや嫌がらせならいくらでも出来る。そして、その間に他の連中が総崩れ。ついさっきまでの戦いでもそうだっただろ」

 

 無情にも恋は首を横に振った。さらにそこへ俺のダメ押しが入り、陳宮は諦めたようで肩を落とした。

 

「ねね」

「分かりました。恋殿が決めたのならねねはそれに従うのです」

 

 あくまで俺の言葉に説得されたのではなく、恋に従うという姿勢を陳宮は貫いた。子供特有の頑なさというより、何か別の要因を感じる。この反応は……嫉妬か。荀彧みたいな感じなのか。こんな小さな子まで百合百合していたりするのだろうか。仲の良い姉みたいな存在を取られるんじゃないかという子供らしい嫉妬なら可愛いもんなんだが、どうなんだろうな。

 

 陳宮は恋の説得によりうちへの加入が決まった。そして虎牢関に籠った残りの兵達も全員こちらへ下る。虎牢関に籠っていた者で一番上の立場なのが陳宮で、その彼女が率先して戦うのを止めてしまったのだから当然だろう。それに虎牢関にいた名前の通っている武将は三人だ。その三人の中で華雄が速攻で負け、恋と張遼はこちらに付いたと知らせた。虎牢関から打って出た主力が敗北したのは彼らも知っていたが、その中でも特に強力な二人の武将が寝返ったという事実はあまりに衝撃的だったようだ。末端の兵までもう董卓軍に未来は無いと見限った。




おまけ
収拾がつかなくなるので、絶対本編に出せない二人。彼女?達がもしこの外史に存在した場合。

八幡(三国志演技では呂布が董卓を裏切るのは、貂蝉の計略だったよな)
八幡(こっちにはいないのか?)
八幡「なあ恋、貂蝉っていう知り合いいるか?」
恋 「……いない」首横振り
八幡(有名どころは全員いるっぽいんだがな。美少女として)
八幡(美人で有名な貂蝉だから、いるなら想像も出来ない位の美人になっていそうだ)
八幡(まあ、美人だとしても俺には関係無い話だけどな)

貂蝉 「この外史では天の御使いが二人いるの? ご主人様だけじゃないのねん」
貂蝉 「イケメンかしら」
卑弥呼「実際に会わねばイイオノコかどうか分かるまい」
貂蝉 「うふふ。じゃあ会いに行きましょうか」
卑弥呼「ガハハハッ、うぬは本当に貪欲な漢女よ」

八幡(きゅ、急に寒気が……)

注意・原作をプレイしていない人達は、恋姫の貂蝉達がどんな姿なのか調べないことをお勧めします。


読んでいただきありがとうございます。
誤字報告いつも助かっています。感謝です。


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57話

 俺達は陳宮と虎牢関からの投降兵を連れて、先に戦い終えていた本隊が張った陣地へ向かった。投降兵は千人ちょっといる為、そのまま陣地内へ入れるのは躊躇われる。この兵達の投降がこちらに潜り込む為の手段であり、玉砕覚悟で内部から破壊工作をする可能性もゼロではない。そして限りなくゼロに近くても、ゼロでない限り警戒は解くわけにはいかない。

 うちの本隊からすれば千人程度ならまともに戦えば一瞬で全滅させられる戦力である。しかし内部から荒らされるとなると被害は大きくなる。それについ先ほどまで敵対関係にあった者同士なのだから、不用意に近づけると荒事に発展しかねない。元董卓軍の者達には、うちの陣の隣で休んでもらった方が賢明だろう。

 

「恋や投降した兵達はこの辺りに待機してもらって……ええと、細かい事は冬蘭に任せて良いか?」

「はい、お任せを。とりあえずは怪我人の手当てと軽い食事とかですかね」

「頼む。俺は華琳に報告してくる」

 

 俺が陣に入ると皆怪我人の治療など戦いの事後処理を進めていた。俺達は董卓討伐の為の連合軍だが、陣自体は袁紹達からは少し離れた所に置いている。仲間(仮)どころか仲間(狩り予定)な関係なので仕方が無い。そんな俺達の陣なのだが、勝利後の割に妙に空気が重い。規律正しい曹操軍でも普通勝った後は多少緩むか、盛り上がったりしているものだが、今は兵達の困惑したような雰囲気を感じる。

 嫌な予感が頭をよぎる。状況を確認しようとキョロキョロしていると丁度良い所に秋蘭がいた。

 

「秋蘭、何かあったのか? 兵の様子が……おいどうしたんだ」

「あ、あぁ八幡か」

 

 話し掛けてから気付いたが、秋蘭は顔色が悪く、俺の問いかけにも力ない反応だった。そのただならぬ様子に嫌な予感は強まる。

 

「何があった?」

「姉者が……姉者が怪我を」

「なっ」

 

 予想外の事態で言葉に詰まる。

 あの春蘭が怪我をしただと。いつも相手が大軍であっても先頭を走り、正面から粉砕して見せたあの春蘭が怪我をしただと。信じられん。しかも秋蘭の様子を見る限り、相当深刻な怪我のようだ。

 

「張遼がこちらに下ったという報告を受けた時には、そんな話は無かったぞ」

「将の怪我は士気に関わる。姉者は兵達が動揺して士気が落ちないように、傷を物ともしない姿を周囲に示したのだ」

「手当は?」

「済んでいる。しかし……」

 

 秋蘭が言葉を濁し目を伏せる。冷静な秋蘭が言いよどむほどの重傷なのか。

 

「そんなに、その、酷いのか?」

「左目に矢が、な。命に別状は無いが、こんな姿を華琳様には見せられんと塞ぎ込んでいる」

 

 華琳達は厚い信頼関係で結ばれた主従であるが、それだけではなく所謂【深い関係】だ。それゆえの苦悩だろう。春蘭は普段は脳筋マックスだが、あれで意外に華琳関係の事となると恋する乙女である。傷ついた顔を見られるのは辛いだろう。

 

「華琳には知らせたのか?」

「ああ、今姉者に会いに行っている」

「そうか……華琳なら大丈夫だな」

「当たり前だ」

 

 秋蘭が強く言い切る。今春蘭に必要なのは華琳の言葉だ。他の人間がどんな慰めを言ったところで春蘭にとっては意味をなさないだろう。それに華琳なら傷ついた春蘭を受け止め、支えられる器量を持っていると思う。人の心なんてあやふやなものについて、ああだこうだと断言出来る根拠は俺には無い。しかし華琳なら、と思う。

 誰かと時間を共有して、それでその誰かを知った気になって、勝手に期待して……そんな事はもうないと思っていたのにな。そうさせる程の何かが華琳にはあるのかもしれない。

 怪我をした春蘭に直接俺がしてやれることはない。なら今は俺にやれることをやるしかない。

 

「秋蘭、俺はやる事が出来た。華琳はしばらく手が離せないだろうから大変だと思うが陣については」

「任せろ。八幡の方こそ相手は呂布で大変だっただろうに、気が回らなくて済まない」

「こっちは問題ない」

 

 表面上は取り繕ってその場を離れた。

 華琳は将来、王になるだろう。それは三国志の知識からくる予想だけでなく、実際に華琳やこの世界の事を知った上での分析だ。袁紹や劉備といった三国志で有名な人物とその陣営を見て、それでも華琳がこの乱世を制する本命だという確信がある。

 だが華琳が王を名乗る頃、うちの陣営の面子は全員無事なのだろうか。皆優秀なのは確かだ。ただし不死身という訳ではない。この先今回のように怪我人は出るだろうし、考えたくもないが俺の直接知っている人間の中から死人が出る可能性もある。

 戦いの中では怪我や死が厳然と存在している。俺は今まで知り合いのそれらが嫌で様々な作戦を立案したり、陣営の強化に励んできた。しかし俺は心のどこかで油断していたのではないか。大して三国志に詳しい訳でもないのに、主要な面子は三国志の終盤まで生存が約束されているかのように考えてはいなかったか。

 それに恋をこちらへ引き込めた事からも分かるように、俺や北郷という存在によって歴史の流れは変化する。今まで大まかな流れは三国志の通りだったと思うが、これから先は大きく変わるのではないか。呂布が曹操の配下になるというのはかなり大きな影響があるはずだ。

 俺はどうすれば良い?

 頭がズキズキ痛む。

 俺はどうすれば良い?

 三国志を再現するように動く? 今更である。これまでの行動を無かったことには出来ない。それに三国志の流れ自体が俺にとって好ましいものかどうかすら分からないのだから論外だ。

 つまり俺に選択出来る手は一つ。今まで通り、いや今まで以上に陣営を強化するしかない。

 何処の誰が相手でも、俺の知っている奴が無事でいられるくらいの強さが必要だ。

 とんでもなく自分本位で、傲慢な考え。利害関係を調整し、利用し、誑かし、唆し、誘導する。俺にはそれ以外に取れる手段を知らない。だが必要ならやるしかない。

 それにしても頭痛が酷い。今から大事な仕事があるのに勘弁して欲しい。

 陣から出て、近くで休憩している投降兵達を見回し、ある人物を探す。一番目立つ恋の傍にいた為、そいつはすぐに見つかった。

 俺は近寄り前置きもせず本題を切り出す。

 

「なあ董卓ってどんな奴なんだ?」

「きゅ、急になんなのです!」

 

 陳宮が驚きに目を見開いている。

 こいつは何を慌てているんだ。仮にも呂布の軍師的なポジにいるんだったら、分かるだろう。董卓の情報が必要だから聞いているんだよ。




読んでいただきありがとうございます。

今年の夏は暑い、暑すぎる。しかもリビングのクーラーが壊れちまったアアアアア。
もう駄目だあ、お終いだああ。

まあ、すぐ買い替えたんですがね。手痛い出費でした。薄い本買えなくなっちゃうだろぉ!!


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58話

 虎牢関攻略が完了した俺達は、そこで一泊した。そこで見栄っ張りな袁紹は、休む俺達を見てこれ幸いと進軍した。ただ練度、士気共に微妙な袁紹軍は大した距離を稼げず近くで野営することになったようだ。荀彧が袁紹に斥候を付けていて分かったことだが、その報告を聞いてまた俺の中の袁紹株が暴落した。あっ、とっくの昔に底値だったわ。

 一晩明けて俺達はゆっくり出発の準備を整える。

 俺は昨日陣営強化のために董卓が使えるんじゃないかと思い付き、陳宮から董卓の情報を引き出した。その結果交渉する価値のある相手だと判断した。そのことについて早く華琳と話したいのだが、今俺の方から会いに行くのは控えたい事情がある。それは昨日片目を負傷した春蘭を華琳が慰めていたはずだからだ(意味深

 あいつらが特別な関係なのは陣営内では皆知っているし、昨日は俺以外の奴らも気を使って華琳の天幕には近付かなかった。流石にもう行為の最中ということはないだろうが、華琳の天幕を訪ねて事後の残滓を感じてしまったら気まずい。

 結局俺から華琳の所へ行くことはなく、出発の段になってやっと顔を合わせることになった。もちろん昨晩はお楽しみでしたか、なんて冗談は言えない。

 

「大事な話があるんだが」

「何かしら? そう言えば呂布の引き抜き、上手くいったようね」

「ああ」

「褒美は何が……大功をあげたのに不景気な顔ね」

 

 機嫌良く褒美について話そうとした華琳が俺の様子を見て訝しむ。

 恋を仲間に出来たのは俺も大きいと思うが、その後春蘭の負傷を知ってからは先行きの不安を感じてしまう。元来ネガティブな俺では「なんとかなるさ」という思考にはならない。どうしても強迫観念のごとく「なんとかしなければ」という考えに寄ってしまう。今から華琳に切り出そうとしている話題もそれゆえだ。

 今の段階で他の誰かに聞かれる訳にはいかないので声を潜める。

 

「董卓と交渉したい」

 

 俺の一言で空気が凍った。 

 俺達は何もその場の思い付きで董卓討伐の連合軍に参加しているわけではない。色々な理由から董卓と戦っているのだ。それなのに二つの難所を攻略して董卓本人とついに直接対決か、という時分に本来言い出すことではない。

 華琳は表情こそ変えなかったが、身にまとう雰囲気がピリピリしたものになった。他の者なら、それこそ春蘭辺りなら先程の俺の発言で大騒ぎし始めていただろう。

 

「董卓討伐を含め、今後の方針は既に話し合ったはずよ」

 

 華琳は確認するようにこちらを見つめる。

 董卓討伐の連合軍への参加は時流に乗り遅れない為と、連合の発起人である袁紹との敵対を先延ばしにする為だと俺達は以前話していた。にもかかわらず俺がそれをひっくり返すようなことを言い出したのだから、困惑しそうなものだ。まあ華琳は困惑というより真剣味が増しただけだが。

 

「何か方針を転換しなければならない理由でも?」

「ああ」

「まさかとは思うけれど呂布を説得するのにそういう条件でも付けたのかしら?」

「いや、それはない」

「では呂布に何か言われて絆されでもした?」

「本気で聞いていないだろ、それ」

 

 俺は肩をすくめる。俺が絆されたなんて理由でいきなりこんな事を言い出したら、華琳は現時点でブチ切れていると思う。少なくとも今の華琳は、そういう認識はしていないはずだ。

 

「そうでもないわよ。貴方は意外と優しい所があるから一応ね」

「まあ俺の半分は優しさで出来ているからな」

「残り半分はどんな猛毒で出来ているのかしら」

「なんで残りが毒確定なんですかねー」

「それで結局どういう理由で交渉したいの?」

 

 華琳は俺の質問を華麗にスルーして話を戻す。

 これ以上突っ込んでも藪蛇になりそうなので俺も蒸し返しはしない。

 

「もう董卓との戦いは決着がついたも同然だろ」

「まだ董卓本人とは戦っていないでしょ」

「聞いた話では董卓陣営の武は呂布、張遼、華雄の三人が担っていたらしいからな。その三人を失ったんだから戦闘に関してはもう決着がついていると言って間違いないだろう」

 

 陳宮の話では董卓は、恋や張遼のような武勇を誇るタイプの将ではないらしい。まだ都にはそれなりの数の兵がいるとのことだが、それを率いる武将はいない。正確には指揮が出来る者はいるが張遼レベルの指揮をとれる者はおらず、恋程強い武人も存在しないらしい。まあ、あんなのがその辺にゴロゴロいたら困る。

 戦いの趨勢が既に決まっているという俺の主張に華琳も異存は無いようだ。だが問題はそれだけではない。

 

「私はともかく他の軍は止まらないわよ。それともこの連合を裏切って背後から襲い掛かるとでも?」

「他の軍というか、袁紹だろ止まらないのは。それにそんな手が認められるなんて思うかよ」

 

 俺自身は袁紹を攻撃するのになんの抵抗もないが、今言ったような騙し討ちを華琳が良しとするわけがない。それくらいは俺にも分かる。しかし手段ならいくらでもある。

 

「董卓を死んだことにしても良いし、他に悪役を用意するなりやりようはある」

「やっぱり猛毒じゃない」

「どこがだよ。董卓は酷い政治をやっていた訳じゃないらしいからな。本当の腐敗と圧政の大元は十常侍や何進って話だからソイツらに責任を取ってもらう。筋を通すだけなんだから、これぞ正道・王道と言っても間違いじゃないだろ」

 

 元々董卓が圧政を行っているというのは、袁紹の主張と噂レベルの情報が根拠だった。俺の情報収集では確たる証言は無かったし、都に独自のコネがあるらしい華琳も董卓の情報はあまり無い。代わりに十常侍を中心に宦官と役人の腐敗についての情報は、それこそ腐るほど耳に入ってきている。それこそ俺の目より酷い腐り方で。 

 華琳はじぃーと俺を見詰めている。圧が凄い。それでも俺の言い分は即否定されてないことから、一考の余地くらい感じてくれているようだ。もう死に体の董卓陣営を討つことに華琳も大して魅力を感じてないので、その点に関しては納得してもらえると思う。

 

「……貴方は交渉によって何を董卓に求めるつもりなの?」

「出来ればこちらに引き込みたい。それが難しくても最低限協力関係にはなっておく」

「まがりなりにも相国(しょうこく)である董卓を相手に、引き込みたいとは大きく出たわね」

 

 華琳は口では揶揄するようなことを言いながら、どこか楽し気だ。

 相国とは皇帝に仕える臣の中で最高位である。しかしそれがどうした。俺の口角が自然につり上がっていく。

 

「どんな御大層な役職でも討伐される寸前の状態ではなあ」

「弱みにつけこむ詐欺師みたいな悪い顔になっているわよ」

「なってねえよ。窮地に陥った董卓に手を差し伸べてやろうって話なのに詐欺師はないだろ、詐欺師は」

「追い込んだ側でしょ貴方も」

 

 ごもっとも。董卓から恋や張遼を奪っておいて「手を差し伸べてやろう」なんてのは完全なマッチポンプだ。が、だからといって遠慮していたら、これからの乱世は渡っていけない。ほら、なんせ渡る世間は鬼ばっかりだから仕方ない。

 

「何か問題があるか?」

 

 俺の質問を聞いて華琳は距離を詰めて来た。反射的に体を逸らそうとした俺の服を掴んで逃がさない。こちらの目の奥まで覗き込んで覚悟を測ろうとしているかのようだ。華琳の真意は分からんが、普通に照れるから止めてくれ。

 

「貴方の方こそやれるの?」

「ま、まあ、なんとかする」

「そこはもっと自信を持って言うところでしょ」

 

 華琳はどもる俺に苦笑する。

 いや俺がどもっているのは董卓との交渉に自信が無いんじゃなくて、お前が急に近づいたからだからな。とは言えない。ドSな華琳の前でそんなことを言ったら弄り倒される未来しか見えない。

 華琳は大きく息を一つ吐くと、納得したのか俺を捕らえていた手を放した。

 

「良いわ。董卓との交渉は任せるから貴方はそれに専念しなさい。他の仕事は私と桂花でやっておくわ」

 

 華琳が任せて置けというのなら何の問題も無いだろう。そう思わせるだけの自信に満ち溢れている。これをさっきの俺に求めているのなら、ちょっとハードルが高過ぎるぞ。

 それにしても最近の俺は交渉事ばっかりやっている気がする。俺コミュ障なんだけど。とはいえ武器を持って戦う方が無理があるので仕方ないのか。やはり専業主夫が天職なんだよなあ。

 

「ただし交渉の事実が本初の耳に入れば……」

 

 まあ袁紹が知ればこの連合は即泥沼の仲間割れになるだろうな。だから今バレるのは拙い。最低でもこの連合が円満に解散する流れを確定させておかなければならない。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

今季のアニメ良いっすね。あそびあそばせ、すこ。オリヴィアのスパイシーなアレを確かめてみたい。


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59話

 董卓との交渉に向けて華琳と桂花、それに董卓の仲間だった恋と陳宮、張遼を加えて打ち合わせを行った。まず前提条件として俺達以外の董卓討伐連合軍にバレない、かつ本隊が都に到着する前に交渉する必要がある。そのうえあまりに重大な案件なので直接会って話さなければならない。斥候まがいの人間に、手を組む条件を記した書状を持たせて送っただけで成立するレベルの話ではない。

 この前提条件については、すぐにクリア出来る目途が立った。俺を董卓の所までは連れていく位なら簡単だと恋が請け負ったからだ。流石に俺を恋と二人だけで行かせるのは如何なものかと、桂花が冬蘭と夏蘭、それから少数の虎豹騎を付けることを提案して採用された。

 次に董卓に出せる条件の擦り合わせした。これは難航しそうな話だと思ったが、意外に早く終わった。董卓に対してこちらは圧倒的有利な立場なのできつい要求はしてこない、というより出来ない。よって華琳からは俺の判断に任せると言われた。陣営の運営に致命的な支障をきたさないのなら、俺の裁量で決めて良いそうだ。ややこしく無くて良いが、後で文句言わないでくれよ。

 

 

 

 俺達は戦闘を避ける為に目立たない服装をし、友軍からは偵察部隊にしか見えないよう気を付けて先行した。俺だけは手荷物の中に董卓との交渉時に着る用にいつもの制服と豹柄の外套が入っている。普通の偵察部隊の人間が着るような恰好で交渉するわけにはいかないので持ってきたが、制服に豹柄の外套ってやっぱ組み合わせとしておかしい。出来れば別の服が良いが、外套を用意してくれた冬蘭の手前そんなことは言えないし、制服の方もこれ以上董卓から見て特別感のある服は他に無いので変えがたいのだ。結局人間は見た目で判断する部分が大きい。この時代の人間が見たことが無い生地とデザインの制服を着ていれば、見た目で侮られる可能性が少しは減るだろう。なにせこれから会うのは一大勢力のトップが相手なのだから、小さな事かもしれないがやれる事はやっておくべきだ。

 と、いうことでやって参りました。都、都ですよ。城壁でけえ。見上げる位高い城壁が街を囲んでいる。まあ、今は夜なので月明りだけでは視界が狭く、近寄ってしまうと街の規模がデカ過ぎて囲んでいる全体像は見えないのだが。重機なんてないこの時代に、こんなものを作ってしまう人間の底力に驚いてしまう。

 

「それで恋、董卓への取り次ぎはどの位時間が掛かるんだ?」

 

 俺の質問に恋は不思議そうな顔をした。

 

「とりつぎ? このまま会いに行く」

「「えっ」」

 

 俺を含めて恋以外の全員の声が揃った。

 恋は散歩にでも行く位の調子で言ったが、いくらなんでも無理がある。会いに来ましたよー、と国の実質的なトップに直で会いに行けるもんなのか。いややはり無理だ。打ち合わせの時、恋があまりにも簡単そうに董卓の所へ連れて行くと言うので詳しいことを聞いていなかったのを後悔する。元々董卓側の人間だから、董卓の側近なんかにも顔が利くはず、その繋がりを使えば割とトントン拍子に交渉の場を用意してもらえるんじゃいかと思っていた。

 

「い、一応先に話を通さないと会えない……というか城壁内にすら入らせてもらえないだろ。敵対しているんだぞ」

「大丈夫、ここから入る」

「「えっ」」

 

 また俺を含めて恋以外の全員の声が揃った。

 恋は高くそびえ立つ城壁を指差している。これを登って忍び込もうだなんて考えもしなかった。

 さすが恋! 俺達には想像すら出来ない事を平然とやろうとするッそこにシビれる。あこがれ……ねえよ。それは拙いだろ。

 

「忍び込むのか!? こういうのはちゃんと手続きを踏んで、だな、やらないと拗れるから」

「八幡、時間が無いと言っていた」

 

 確かに時間について打ち合わせの時に言ったけどな。今回の交渉はとにかく時間との勝負だ。時間が掛かれば掛かるほど選択肢は少なくなる。董卓討伐連合軍が都に攻め入ってしまえば、小細工で何とかする余地が無くなってしまう。それに恋が行けると言うなら普通に行けそうな気がするのも確かだ。というか行けるだろう、恋を止められるレベルの奴はいないって話だから。しかし敵対している相手が夜中に忍び込んで来て「董卓ー交渉しようぜ」というノリが通用するのだろうか。それも呂布という戦力付き。完全に恫喝です。ありがとうございます。

 

「時間はおしいが忍び込むにせよ、力ずくで押し入るにせよ、交渉に悪影響が出るんじゃないか? いやこの場合効果的なのか?」

 

 想定外の展開に俺は戸惑いつつ、恋の案に疑問を呈した。このままでは話し合いで何とかするつもりだったのに、口ではなく武器を使った方法へ変更しそうだ。

 俺の疑問を聞き、恋はきょとんとした後、首を横に振った。俺の言った交渉に悪影響があるんじゃないか、という心配など思いつきもしなかったようだ。

 

「月なら話聞いてくれる」

 

 月というのは董卓の真名だろう。最低でも真名を呼べるくらいの信頼関係があるということだ。恋の言葉にも董卓の人柄に対しての確信が感じられる。董卓ってそんなに心が広いのか、意外だ。

 こうなると非常に悩ましい。直接会いに忍び込む場合、時間の短縮以外にもメリットがある。今回の件について人間がより少なくて済むという点だ。俺と董卓の交渉は裏工作だ。知る人間は少なければ少ない方が良い。都には董卓と非友好的な勢力だってあるし、董卓の下にいる連中も一枚岩とは限らない。横槍を入れられるのは勘弁だ。

 考えれば考えるほど良い案のような気がしてきた。出来るだけ内密にかつ、迅速に董卓との交渉に臨めるならそれにこしたことはない。だが大きな問題が立ちはだかっている。俺は城壁を指差す。

 

「これどうやって登るんだよ」

「簡単」

 

 事も無げに言う恋に俺の方がおかしいのかと他の連中へ視線を送る。虎豹騎達は流石に無理だと首を横に振る。普通これは道具も無しに登れないよな。冬蘭に至っては視線を合わせない。

 

「さて馬をここに放置する訳にはいかないので、ここに来る途中にあった小川辺りで私達は待機していますね」

「おい、なに自然に自分はやらない流れに持っていこうとしているんだ」

「だって私、こういうのは無理ですよ。それに実際馬を放置するわけにはいかないでしょう?」

 

 チッ冬蘭め、上手く切り抜けやがって。姉の夏蘭の方をどうだと見る。夏蘭は城壁に近づき手で触れて状態を確かめている。

 

「うーん、まあ大丈夫だろう」

「お前や恋は大丈夫でも俺は登れないぞ」

 

 俺が「無理だからな」と念を押すと恋が俺に背を向けて屈んだ。

 

「まさかと思うが……乗れってことか?」

 

 恋がこちらへ顔だけ向けて頷く。この歳で怪我をしているわけでもないのに女に背負われるのは抵抗がある。

 そんな困惑している俺を見て冬蘭はニヤニヤしている。

 

「折角の申し出なんですから、断ったりしませんよねえ」

 

 こいつホントに良い性格しているよ。夏蘭なんとかしてくれ、お前の妹だろ。

 俺の視線に気付いた夏蘭が首を横に振った。

 

「私では八幡を背負ってこの城壁は登るのは難しい」

 

 そうじゃねえよ。あと、まだ忍び込むかどうかは決めていないだろ。なんで決定済みみたいな流れにしているんだ。恋に至ってはずっと屈んだまま「乗らないの?」と無邪気な瞳で俺を見詰めている。止めろ、そんな目で俺を見るんじゃない。断りづらいじゃねえか。

 俺はやれやれと頭をかく。いつまでも悩んでいても時間の無駄だ。そして悲しい事に俺はノーと言えない日本人だった。

 

「分かった、ホントに大丈夫なんだよな?」

 

 恋は無言で頷いた。

 俺は恐る恐る恋の背に乗る。チート級の強さを誇る恋だが意外にも体は柔らかかった。なんか良い匂いするし……いや、やらしい意味ではない。ただ事実をあるがままに、ダメだ。何か別の事を考えよう。素数を、素数か数えよう。ん、0って素数だったっけ? スタートからつまづいて話にならない。

 真顔を保ちつつも内心では大混乱中の俺をよそに、恋が動き出す。いきなり剣を抜いて城壁に向かって投げた。目にも留まらぬスピードで投げつけられた剣は城壁のかなり上辺りに深々と突き刺さった。

 

「なにを」

 

 俺が恋に声を掛けようとして、しかしそれは激しい振動で出来なかった。恋は俺を背負っているとは思えない速さで地を駆ける。これ馬より速いんじゃないか。慌てて俺は恋にしがみつく。ヤバいこれ酔う。頭ががっくんがっくんしている。城壁が眼前に迫る。恋が速度落とさず飛び上がる。今すぐオリンピックで金メダルが獲れるジャンプ力だ。そのうえ二段ジャンプみたいに城壁を蹴ってさらに高さを稼ぎ、突き刺さった剣の柄を掴む。剣がミシミシいっているが、天下無双の将が持っている剣だけあって頑丈だ。二人分の体重でも折れたりはしない。折れたりはしないはず。お願いします、耐えて。

 剣の刺さっている高さから城壁の上までは一メートル位ある。恋は剣をしならせ反動をつけて城壁の天辺に飛びつくべく手を放す。それ届くか!?

 落下するかもしれない恐怖に体が縮こまる。しかし落ちていく感覚はない。上を見ると恋の左手、その人差し指と中指が届いていた。恋は指二本で重力を感じさせない余裕さで体を引き上げ城壁の上に到着した。

 

 こ、こええええ。ちびるかと思った。なんで城壁越えなんかを良い考えだと思ったんだ俺は。数分前の俺はアホだ。それにしても恋凄すぎるだろ。呂布には飛将なんていう渾名もあるようだが、これからは飛翔にした方が良いじゃないか。

 恐る恐る恋に掴まっていた手を放し、自分の足で立つ。まだ体が揺れているような感覚が収まらない。

 あまりの恐ろしさに混乱状態だった俺だったが、なにやらザクザクという突き刺す様な音が城壁の下から聞こえてきたのでそちらへ意識が向いた。そこには短剣を両手に逆手で持った夏蘭がいた。夏蘭は右、左、右、左と交互に短剣を刺しながら城壁を登ってきている。こいつら本当に人間止めているわ。

 夏蘭もあっと言う間に登りきってしまった。こんな簡単(錯乱)に忍び込めるなんて都の警備は大丈夫なのだろうか? 周囲を確認すれば城壁の上には所々かがり火があり、そこには見張りがいるようだ。しかし、かがり火とかがり火の間隔が広過ぎてザル状態である。これでは万全の警備体制からは程遠い。国の中心であり、もう少しすれば大きな戦闘が行われるであろう場所とは思えない状態だ。いや、むしろだからこうなのだろうか。汜水関、虎牢関の陥落、名だたる将も失い士気が落ちるところまで落ちてしまったのかもしれない。それなら交渉もしやすいぞ。

 一人ほくそ笑む俺の肩に夏蘭が手を置く。

 

「さあ行くか。時間を節約したいんだろ」

「はあ? 何言って……」

 

 夏蘭が恋に耳打ちし、何かの指示を与えると恋は城壁の街側へひらりと飛び下りた。この高さを何の躊躇も無く飛び下りるとは、流石としか言えない。で、なんで夏蘭は俺の肩に手を回し、もう片方の手で太もも辺りを抱えようとしているのだろうか。このままでは所謂お姫様抱っこ状態になってしまうのだが。

 

「おい放せ、何のつもりだ」

「城壁から一人で降りられないだろう?」

 

 嘘だよな。まさか。

 

「か、階段があるだろ」

「よく見ろ、階段には敵兵がいる」

 

 いや見えねえし。この暗がりで良く見えるな。

 

「ここから飛び下りるつもりかっ!?」

「まさか、人一人を抱えたまま飛び下りたら足が折れる」

 

 夏蘭は何を馬鹿な事を言っているんだとばかりに笑う。この高さなら人を抱えていなくても折れると思うんだが、どうにも話が噛み合わない。

 

「一旦しゃべるのは止めた方が良い。舌を噛む」

「ちょっ、待」

 

 夏蘭が俺を抱えて左右に振り勢いをつける。まるで重い物を投げる為の予備動作のようだ。そして夏蘭の手が離れる。一瞬の浮遊感。

 

「あっ」

 

 すぐに落下が始まった。頭の中が真っ白になる。高さ的に落下は瞬く間で終わるはずだったが感覚的には十秒位に感じ、それは唐突に終わる。俺は地面に叩きつけられることなく、恋の腕の中に納まった。

 

「はあー」

 

 恋の腕の中で大きな溜息を吐き出す。なんだろう何の感情も湧いてこない。俺の心は今、波一つない海のように静かである。人は許容範囲を超えたストレスを受けた時、感じる事そのものを拒否してしまうのかもしれない。今の俺ならどんな辛い状況に陥っても顔色一つ変えずに済みそうだ。

 さあ董卓の所へ急ごうか。この交渉は絶対に完遂する。絶対にだ。何が何でも、どんな手を使ってもだ。酷い目にあった恨みなんて関係ない。関係ない。

 俺に遅れる事数秒、夏蘭が城壁の上から飛び降りて来た。

 

「八幡は抱えられたまま真顔で何を呟いているんだ? 怖いぞ」

「怖いのはお前だよ。説明も無しに投げ落としやがって色々漏れたらどうすんだ」

 

 董卓も女なんだよな。粗相したまま董卓の所へ行けってか。そんな状態で夜に忍び込むなんてどんな変態だ。今でも黒の御使い関連で人聞きの悪い噂が流れているのに、そんな愉快なエピソードが追加されたら肩身が狭くなってしまう。ん、よくよく今までの人生を思い返してみれば肩身が狭くない事の方が少なかったわ。鬱だ。




読んでいただきありがとうございます。

八幡、お前夜中に女の子の所へ忍び込むような奴になっちまったのか……。


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60話

 城壁を越える事に成功した俺達は町の中を宮廷を目指して進む。この時代では城壁が町ごと宮廷を囲んでいる。その為外周である城壁を越えた先がすぐ皇帝の居住区画というわけではない。当然のごとく皇帝の座する宮廷に近い区画程、地位の高い者や名家の屋敷がある。

 ここ洛陽の夜は都とはいえ現代日本に生まれ育った俺にとって見れば正直暗い。一部、松明と思われる灯りはちらほら見えるが、身を潜めながら進むのに必要な暗闇はいくらでもあった。出歩く人間に会うこともなく、静かな夜道に俺達の足音と呼吸音だけがかすかに聞こえる。小走りで進んでいるが、なかなか目的地に着かない。

 洛陽が広過ぎなんだよ。よくもまあ、こんな広い所をあんな高い城壁で囲んだものだ。

 都の規模に感心半分、呆れ半分ながら歩みを進める。

 突然道沿いの民家から、コトッという音が聞こえた。すぐに俺達は足を止めて息を潜める。しかし高まった緊張はほどなく解ける。

 

「ミャ~」

「猫かよ、驚かせるなよ。よしよし」

「ゴロゴロ」

 

 猫が民家の(のき)から飛び下りて来る。俺の近くに来たので撫でてやると、猫は嬉しそうに喉を鳴らす。こんな事をしている場合ではないのだが、荒んだ心が癒される。名残惜しいがこんな所で油を売っているわけにはいかない。すぐ歩き始めれば夏蘭と恋も続く。

 

「慣れたものだったな」

「猫を飼っていた事もあったからな」

「恋の所にも、いる」

「へえ、どんなのだ?」

「これくらいの」

 

 恋が手をいっぱいいっぱいに広げて言った。

 そのサイズ、虎ですよね。まさかとは思うけど放し飼いにはしてませんよね。いやマジで怖いんだけど。じゃれつかれたら死ねる。

 和やかなのか剣呑なのか分からない潜入作戦は順調に進み、山場を迎える。

 塀と呼ぶには高すぎる壁が俺達の前に立ちはだかる。ついに宮廷に辿り着いたのだ。先程、恋と夏蘭のコンビプレイで越えた城壁に比べれば低いものの、俺の独力では越えられそうにない高さだ。しかし、だ。ちょっと待って欲しい。夏蘭、俺の肩に手を置くな。

 

「何をするつもりだ」

「さっきと同じことだが?」

「この高さなら抱えられなくても手助けだけで行ける……と思う」

 

 最後だけ聞き取れないような小声で付け足す。もうさっきみたいな越え方は遠慮したい。これ以上のダメージは、この後の交渉に響きかねない。だからお願い手を放して。

 

「先に恋を登らせておいて、夏蘭は壁に手をついて俺に背を向ける。そして俺が夏蘭の背中をよじ登って肩を踏み台にすれば、恋の手が届く高さまでいけるだろ。後は恋に引き上げてもらえば良い。この高さならこれで問題ない」

 

 途中からだんだん早口になっていた。必死過ぎだ。それも仕方ないだろう。あんな恐ろしい事は一回で十分だからな。

 そんな俺の様子に夏蘭はやれやれと溜息を吐く。

 

「女に踏み台になれと、いやはや良い趣味している」

 

 人聞きの悪い言い方止めてください。あなたの妹の耳に入ってしまうと、ニッコニコで弄ってくるから、ホント勘弁してくれ。いっそ悪意からの罵倒だったら大して気にならないんだが、ああいう美少女といっても問題ない相手からじゃれつかれるような弄られ方をすると戸惑ってしまう。いや、まあ表面上は無表情で通すけどな。

 しぶしぶながら夏蘭は俺の言う通り壁に手を付く。後は特に問題無く塀を越えることに成功した。

 

「ここからは慎重に行かないとな」

「八幡は気配が薄いからそのままで大丈夫」

「お、おう」

「……プッ」

 

 夏蘭が堪え切れずに小さく噴き出す。

 恋の言葉に他意は無いだろう。俺も不快に感じたりしない。むしろ生前から面倒事に巻き込まれたくなくて、出来るだけ空気であるように心がけていたから、恋のような超人にも効くのかと自分に感心するまである。全然気にしてなんかないんだからね。

 

 

 

 

 

 

 宮廷の一室、相国董卓とその側近である賈駆は憂いに満ちた表情で話し合っていた。この国の中枢である二人だが、その様子に威厳や自信のようなものは全く感じられない。

 

「まさか汜水関と虎牢関がこんなに早く陥落するなんて」

「詠ちゃん、残っている戦力で都の防衛は無理だよね?」

「……拠点としての防衛力はそこそこだけど、将の質と軍の士気が壊滅状態」

 

 これではどうにもならないと、詠こと賈駆は首を横に振る。

 洛陽は都の名に恥じない城壁や兵糧の貯蔵などの備えがある。しかし拠点として優れていても、それを守る軍が弱ければ意味が無い。それに純粋な軍事施設である汜水関や虎牢関に比べ、洛陽には防衛の足かせになる要素がある。それは大量の民を抱え、その住居や店などが存在することだ。

 平時ならともかく非常時に訓練をしていない民達は統制しきれないし、籠城するなら彼ら分の兵糧も供出しなければならない。当然、住居などは防衛の足しにはならない。それどころか戦いの余波で火が付いたりしたら大混乱に陥るだろう。

 苦しい状況を再確認した二人は顔をしかめる。

 

「もう手詰まりなのかな」

「何か、何か手があるはずよ」

「うん、ある」

 

 董卓と賈駆の会話に突然聞き慣れた、しかしここで聞こえるはずのない人間の声が加わり、二人はぎょっとして声のする方へ顔を向けた。

 部屋の扉がいつの間にか開かれ、そこには元味方の将であり、今は敵である曹操に寝返った呂布が立っていた。

 

「恋ッ!? 貴方寝返ったはずじゃッ」

「元気そうで良かったです」

「うん、(ゆえ)達も元気」

「ちょっと二人して何和んでいるのよ!」

 

 呂布が曹操側に寝返ったという情報は、すでに董卓達の耳に入っている。というか呂布と張遼の裏切りこそが、現在董卓陣営が苦境に立たされている主原因である。

 実力のある将がいないのも、士気がどん底まで下がっているのも二人の離脱が痛かった。そもそも呂布と張遼がいれば彼女達に軍を任せられるし、名だたる二人ならば兵達もまだ勝機があると信じられただろう。しかし現実は真逆なのである。その二人が敵になって攻めてくるのだから、堪ったものではない。

 

「なんで恋がここにいるの。警備は何してるのよ!」

「寝てもらった」

「あんたねえ……」

「詠ちゃん、待って」

 

 苛立つ賈駆を董卓が落ち着かせ、改めて呂布に向き直る。

 

「さっき言った手があるというのは本当なの?」

 

 呂布は頷き、部屋の外の暗い廊下に向く。

 出番を待っていたのか、廊下から二人組の男女が部屋へと入って来た。

 目を引くのは男の方だった。この多種多様な人間が集まった都ですら見たことのない意匠の黒い服を着て、その上から見事な豹の毛皮を羽織っている。趣味の良し悪しはともかく、それなりの地位にある者だろう。何故か疲れた様子だが、暗く濁った目で董卓と賈駆を値踏みしていて、油断ならない相手だと董卓達は感じ取った。

 

「恋、あんたどこの誰を連れて来たのよ」

「俺は曹操の軍師をやっている比企谷だ」

 

 賈駆の問いに答えたのは呂布ではなく、男の方だった。その男の名乗りを聞いて部屋の空気が変わる。

 

「噂で聞いたことがあるわ。曹操の所には黒の御使いという男がいると」

(でも詠ちゃん、あんな噂本当だとは思えないよ。魂を抜き取るとか、暴れる黄巾党をことごとく焼き殺したとか)

(ええ、でも見て月。賊なんて平気で丸焼きにしそうな顔じゃない?)

 

 本人を前にして言うのは躊躇(ためら)われる内容なので、董卓と賈駆は途中から声を潜めて話す。

 敵の情報を集めるのは基本中の基本である。もちろん董卓の軍師たる賈駆も董卓討伐連合の主だった者の情報を集めて、重要なものは董卓に報告してある。その中でも特に賈駆が注目したのが、連合の発起人であり連合内最大兵数を誇る袁紹と黄巾の乱で呂布を除けば最も名を上げた曹操だった。

 勢力としては大きいものの袁紹とその側近恐るるに足らず、文武共に自分達の方が上だと賈駆は分析していた。それに比べ曹操の優秀さは元々中央にいる自分の耳にも入っていた。さらに信頼のおける有能な縁戚にも恵まれ強固な結束を持っているらしい。そのうえ最近天の御使いを名乗る者が曹操に協力し、勢力を急成長させているとのことだ。

 天の御使いという名乗りは不遜極まりない。だが漢王朝の威光が薄れ人心が乱れる昨今、天の代弁者や仙人、占い師などと名乗って人や金を集める詐欺師まがいの人間はいくら処罰しても後を絶たない。そんな詐欺師まがいの中で曹操に協力しているという天の御使いは、多くの実績を重ねたことで“本物”ではないかと噂されている。

 ある時は荒廃した街を活気ある街へと作り変える知恵者。

 ある時は炎と魂を操る術を使い、罪人を焼死体や廃人に変える断罪者。

 曹操が治める土地の民達は、この天の御使いを畏怖の念から黒の御使いと呼んでいるとか、いないとか。

 これらの情報から賈駆は曹操と黒の御使いに対し強い警戒心を持っていた。そして懸念通り、いやそれ以上の打撃を、董卓陣営において一、二を争う将を二人共奪われるという痛恨の一撃を曹操達から与えられることとなった。

 

(あまり目を合わせない方が良いわ。あの濁った目には何か妖しい力があるかもしれないから)

(考え過ぎじゃないかな)

(月は甘いわ。情報収集させていた部下があの男に壊滅させられた盗賊の残党から話を聞けたの)

(その人が噂は事実だったと?)

(いいえ、何も聞けなかったらしいわ。あの男のことを聞いた途端泣きながら震えてまともに話が出来なくなったそうよ)

 

 董卓には言えないが、全く話を聞けなかったわけではない。その盗賊は震えながら「熱した鉄」「肉の焼ける匂いが」など良く分からない事を言った後は「助けてくれ」「嘘じゃない」とブツブツ言い続けるだけになってしまったそうだ。当初酷い拷問でも受けたのかと、話を聞いていた部下は思ったそうだ。しかし、その盗賊の体にはそのような跡は一切見られなかったとのこと。

 あやふやな噂ならともかく、当事者から聞いたにしてはあまりに不可解かつ気味が悪い情報なので賈駆は、詳しい内容まで董卓に教えることはなかった。




あとがき

恋 「この作戦が終わったら、うちの猫紹介する」
八幡(それ死亡フラグ。作戦が失敗するのか、それとも猫(虎)にかじられるのか)




八幡「潜入ということで秘密兵器を用意したぞ」
   段ボール+本(エロ)
というメタルギアネタをやろうかと思ったが、流石に段ボールは通用しないだろうと泣く泣く断念。そもそもメタルギアシリーズは一作しかプレイしていないし。


読んでいただきありがとうございます。


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董卓と賈駆

 宮廷内に侵入した俺達は恋を先頭に董卓の居室を目指す。敵の本拠地ということで俺の緊張度は天井知らずに上がる。上がっているのだが、先頭を行く恋はまるで自分の家かのようにずんずん進んでいく。廊下も普通に歩いちゃう。慌てた俺がもっと隠れながら進んだ方が良いんじゃないかと聞くと、恋は警護の兵がいても近付けば気配で分かるとのこと。何か色々気を回しているのが馬鹿らしくなる超人っぷりだな。

 ちなみに董卓の居室近くにいた警護兵は恋と夏蘭が優しく寝かしつけてくれました。まっすぐ走り寄り、腹にパンチ一発、ひるんだところを締め落とす。ねえ、簡単でしょう? うん、人間の枠を超えれば簡単なんだろうなあ。

 さて、そんなこんなで董卓の居室前に着いたが、どうしたものか。いきなり入っていくのは拙いよな。ちょっと中の様子を窺うか。

 扉に近づき耳をすませば、聞こえてくるのは少女の話声。

 

(まるで変態だな)

 

 夏蘭の小声の指摘に自分の状況を省みる。

 夜、知らない女性の部屋前、室内を様子を窺い耳をすます男。

 耳をすませばと言えばジブ〇映画に同名の作品があるが、今の俺の姿はジブ〇映画ではなく、さながらAVに出てくる変態男である。だが仕方が無い。これも仕事なのだ。

 部屋の中から聞こえる声は二人分で、どちらも少女である。恐らく董卓とその側近だろう。話の内容は自分達を討つべく進軍する連合軍への対応についてだが、かなり煮詰まっている様子だ。

 戦況は俺達連合軍が圧倒的有利なのだから当然である。彼女達に勝ち筋はほとんどもう無い。だからこそ俺の敵のトップを勧誘するという非常識な作戦が可能とも言える。俺にとっては都合の良い状況になっているのを再確認して、ついつい笑みが浮かんでしまう。

 

(まるで変態だな)

 

 先程と全く同じ言葉を夏蘭は繰り返した。

 まあ、今回に限れば反論の余地は無い。今のシチュエーションを省みて我ながら気持ち悪かったと思う。それからしばらく盗み聞きを続け、タイミングを見計らい董卓と知り合いである恋に部屋へ入ってもらった。いきなり見知らぬ男が入って来るより、ワンクッション入れた方が良いはず。そして恋がこちらを見たのを確認し、満を持して俺と夏蘭も董卓の部屋に入った。

 部屋の中には恋と二人の少女がいた。二人のどちらかが董卓のはずだ。一人は眼鏡をかけた気が強そうな少女。もう一人は優美な出で立ちだが、それとは逆に本人はどこか儚げな少女。

 単純に考えれば後者が董卓だ。お偉いさんという奴は兎角メンツを気にするものだ。特に宮廷のような権威の中心では、その傾向は強くなる。部下の方が明らかに出来の良い服を着ているなんてあまり考えられない。

 それにしても董卓という三国志のキャラとこの儚げな少女ではどうしてもイメージ的に結びつかない。この世界は美少女、美人揃いで見慣れていると言っても過言では無いのだが、こんな深窓の令嬢みたいなタイプは珍しい。

 うちのメンツはどいつもこいつも押しが強いからなあ。

 俺が相手を観察しているように、相手もまた俺を観察している。儚げな少女は俺を見定めようと静かに見つめている。

 眼鏡っ子の方は俺の視線に居心地が悪そうな顔をしていたが、そっと視線を逸らして恋を向く。

 

「恋、あんたどこの誰を連れて来たのよ」

「俺は曹操の軍師をやっている比企谷だ」

 

 自己紹介すらしていなかったことに気付き、すぐに名乗る。無言でジロジロ見てるだけとか、本当に夏蘭が言う通りの変態じゃねえか。心なしか董卓達の俺を見る目が冷たい気がするし。

 

「噂で聞いたことがあるわ。曹操の所には黒の御使いという男がいると」

 

 どうやら眼鏡っ子は俺のことを知っているようだ。うちは主要メンバーが俺以外女ばかりだし、目立つのだろう。

 董卓(仮)が話している内容がこちらに分からないように声量を抑えて、眼鏡っ子に訊く。

 

(でも詠ちゃん、あんな噂本当だとは思えないよ。魂を抜き取るとか、暴れる黄巾党をことごとく焼き殺したとか)

(ええ、でも見て(ゆえ)。賊なんて平気で丸焼きにしそうな顔じゃない?)

 

 内緒話のつもりだろうけど、本人の目の前では止めた方が良い。ボッチイヤーは地獄耳なのだ。

 説明しよう。ぼっちは基本見ざる聞かざる言わざるを実践している。

 リア充共がはしゃいでいても、それを堂々と見たりしない。チラ見くらいだ。絡んでこられては面倒だからな。

 リア充共がウェーイと言っていても、聞いていないフリをしつつ自分の悪口が言われていないか確認しているだけだ。絡んで……以下略。

 リア充共がキャッキャウフフ状態でも、リア充爆発しろと心の中で言うだけで直接言ったりはしない。絡ん略。

 つまりボッチは自分は関係無いという(てい)でしっかり相手を観察しているのだ。これは校内カーストにおいて下層に位置するボッチ達には、いち早く危険を察知する必要がある為である。この能力が低いと大小さまざまな面倒事に遭遇するハメになる。

 翻って俺レベルのエリートボッチだった者からすれば、同じ部屋にいる人間の会話に出てくる自分に関する悪口くらい一字一句聞き逃さず記憶出来る。そしてジャ〇ニカ暗殺帳に書き込み、その晩枕を涙で濡らすくらい余裕である。何の解決にもなってねえ。そういうことで全部聞こえているんだよなあ。それにしても人間を丸焼きにしそうな顔ってどんな顔だよ。俺悪魔か何かなの?

 全て俺に聞こえているとも知らず、董卓達の内緒話は続く。

 

(あまり目を合わせない方が良いわ。あの濁った目には何か妖しい力があるかもしれないから)

(考え過ぎじゃないかな)

(月は甘いわ。情報収集させていた部下があの男に壊滅させられた盗賊の残党から話を聞けたの)

(その人が噂は事実だったと?)

(いいえ、何も聞けなかったらしいわ。あの男のことを聞いた途端泣きながら震えてまともに話が出来なくなったそうよ)

 

 いや、それ冬蘭のせいじゃないですかね。真っ赤になるまで熱した鉄を押し付けたりしてたから。ん? でも押し付けられていた男は冬蘭があの後殺していたから、眼鏡っ子の話に出て来たのは情報を売ったから見逃してやった奴らのことなのか。見ていただけでもトラウマになってしまったのか。自業自得とはいえ哀れだな。

 

(他にも噂では黄巾党の本陣を火攻めした時は、それを眺めながら旅芸人に歌わせて楽しんでいたそうよ)

 

 比叡山を焼き討ちした信長もビックリな魔王ムーブである。確かに張角三姉妹に歌わせたけど、俺は歌を楽しんでいたわけじゃない。単に黄巾党の士気を落とす為だったのだが少し表現を変えただけで、あら不思議完全に鬼畜の所業である。

 

(それに捕らえた賊は生きたまま串刺しにして街道に並べて立てたらしいわ)

 

 ついには完全な事実無根だ。この眼鏡っ子は何処で情報を集めているんだ。ネットの情報を何でも鵜呑みにするタイプか? 俺はそんなドラキュラ公みたいな行動をやった覚えも、部下に命令した覚えも無い。噂というやつは本当に当てにならない。尾ひれが付くくらいなら仕方が無いが、全く事実に無い事まで言われたんじゃ堪らない。これ以上あることないこと言わせていても、俺にとっては何のメリットも無いので、こちらから話を振るか。

 

「で、そちらの名前を聞きたいんだが」

 

 眼鏡っ子に聞くと、彼女はムッとして元々きつかった目がより厳しいものになった。しかし同時に少し腰が引けている感じがする。

 

「ボ、ボクは賈駆、軍師を務めているわ」

「私は董卓です」

「やっぱりそっちが董卓か」

「ちょっと! 相国である月にその態度はなんなのッ!? 忍び込んで来たことといい非常識よ!!!」

 

 賈駆と名乗った眼鏡っ子が怒りを露にする。先程までの腰が引けていたのも、怒りで上書きされたようだ。これはこれで都合が悪い。あまり興奮されると交渉がしづらくなってしまう。予想が当たっていたことで、つい口に出してしまったが失敗だった。宥めるのにはどうすれば良いか考えていたが、その必要はなくなる。

 董卓が怒る賈駆の手に自らの手を重ね「詠ちゃん」と落ち着かせるように言っただけで、怒りの炎はとりあえず収まった。天使かな? 一応俺の方でも言い訳しとくか。

 

「常識的な礼儀正しい形式にのっとった使者として来たのでは、出来ない類の話をする為にこういう訪問の形になった。そこは悪いと思う。が、それを差し引いてもお釣りがくるような提案を持ってきたつもりだ」

「それが恋さんの言う、手があるという話なんですか?」

「ああ」

 

 董卓は賈駆と違い終始落ち着いた面持ちで、こちらを隙なく窺っているような気がする。彼女は皇帝がお飾りと化しているこの国において実質的トップである相国にまで登りつめた偉人なのだ。天使のような姿をしていても、相応の能力を持っているだろう。絶対にこちらへ引き込みたい人材である。

 

「もうそちらに今の状況を覆す手段は残っていない。少なくとも独力ではな。だが俺達ならその手段を用意出来る」

「討伐されかけている私達を憐れんで手を差し伸べる、などという話ではないですよね。何をさせるつもりですか?」

 

 俺が弱みに付け込むような交渉をするつもりだと、董卓は予想しつつ非難するでもなく問う。この状況で敵意も弱さも見せない董卓は、俺でもその内心を読みづらい相手だ。それに比べ賈駆の方は分かり易い。今も俺と董卓のやり取りを聞いて怒りに震えている。

 

「ま、まさか月を手籠めにしようと……そんなことボクが絶対ゆる」

「しないからな」

 

 手籠めってお前、いつの時代の人間だよ。あ、後漢だったわ。それにしても賈駆の俺に対するイメージは鬼畜で固まっているようだ。下手にもったいぶると勝手に変な解釈をしそうなので、さっさと話を進める。

 

「単刀直入に言うと俺は、君を勧誘に来た」

「「えっ」」

 

 一瞬董卓をどう呼ぼうか考えた結果、君になった。小柄で年下にしか見えない少女を「董卓様」や「董卓さん」と呼ぶのは抵抗があったし、呼び捨てや「董卓ちゃん」というもの可笑しい。こういう時の敬称はどうすれば良いんだろうな。

 

「勧誘、ですか?」

「はあっ!? 相国である月に自分達の下へつけって言うの!!!」

 

 董卓達の反応は対照的だった。俺の言葉を確認するような董卓、ありえないと強い拒否反応を見せる賈駆、どちらかと言えば賈駆の方が常識的な反応だろう。俺と董卓の立場を現代で例えれば県知事のアドバイザーと総理大臣みたいなものだ。もちろん董卓が総理である。それなのに勧誘しようというのは、かなり無理があるのだが、そこに一つ条件が加わることで状況が大きく変わってくる。

 

「その相国という地位は、もう意味が無いんじゃないか?」

 

 クビがほぼ確定した状態では、どんな高位の役職であっても出来る事は限られる。しかもここで言うクビは物理的に首が飛ぶ。

 

「最後まで戦い抜いて、この都を火の海にして一人でも道連れを増やしたいっていうなら話は別だけどな」

「そんな事は望んでいません」

「まあ、そういう人間じゃないと思ったから、こうして勧誘に来ている訳だが」

「じゃあ、なんでボク達を攻めたの。アンタ達の言い分では、ボク達が圧政を敷いているから討伐する為に立ち上がったんでしょ。でも本当は違うことを知っているのよね。今更こうやって勧誘に来るくらいなら、最初からボク達と手を組めば良かったじゃない」

 

 賈駆の憤りは理解出来る。立場が逆なら俺もそう思う。今回の討伐連合を袁紹が呼びかけた切っ掛けも恐らく相国となった董卓への嫉妬という下らないものであるし、彼女側からすると理不尽に感じるだろう。さらに今の段階になってまるで手を差し伸べるかのような体を装い近付いて来た俺は、あちらからすればハゲタカみたいなものか。

 

「こちらからすれば中央の権力闘争は宦官と何進の間で起きていたはずなのに、突然空位だった相国に就く者が現れた。どういう手を使ったのかは知らないが、今の状況を見る限り納得していた人間は少なかっただろ。そんな状態なのにすぐ手を組もうなんて言う奴がいるか? いたとしてもろくでもない奴だろ」

 

 色々思い当たる節があるらしく賈駆の勢いは弱まった。それでも言わずにはいられない思いがあるようだ。

 

「でも(ゆえ)この国を少しでも良くしようと……」

「上の人間がいくら高い志を持っていたとしても、そいつが組織を御する事が出来なければ結局破綻するんだよ」

「私達が力不足だったのが悪いという事ですか」

 

 董卓は事実を冷静に分析し受け止めている

 ダイの大冒険のアバン先生も正義なき力が無力であるのと同時に、力なき正義もまた無力と言っていたからな。小学生の時、男子は傘でアバンストラッシュの真似を一度はしたものだ。俺? 俺はザボエラ役だったな。なんでザボエラなんだよ。せめハドラーだろ。いや待てよ、黒の御使いの悪評があれば満場一致でバーン様に決定だな。全然嬉しくないけど。でも「今のはメラゾーマではない、メラだ」は言ってみたい。

 

「じゃあ曹操なら、天の御使いが認めた曹操なら良かったとでも言うの!?」

 

 賈駆の問いを聞いて、華琳が董卓の立場だったらと少し考えてみた。が、すぐに行き詰まる。

 華琳が充分な戦力もなく、根回しも不十分で周りが敵だらけになるような相国就任なんて手を使うだろうか。華琳は自信家ではあるが、意外と堅実な性格である。人の上に立つ者として名誉を重んじる言動を心掛けてはいるが、戦いにおいても一発逆転やハイリスク・ハイリターンな戦法は好まない。むしろ搦め手が好きな俺とは逆に正攻法を好む。つまり立場が逆だったらという前提条件で言うなら、そもそも董卓達と同程度の陣営状況で相国になんてならない、という風になるだろう。

 

「曹操は先ず戦いや政治で名声を高め、世に自分を認めさせようとする。一足飛びに天下を獲ろうとはしないと思うぞ」

「そ、それは、でもボク達は、だってそんな事をしている時間なんて、この国にはそんな時間……」

「詠ちゃん私達は最善を尽くしたよ。結果はついてこなくても」

 

 口惜しそうに俯く賈駆の肩に董卓が優しく手を置く。彼女達も自分達の取った手段のリスクを分かっていたのかもしれない。それでも行動に移すしかない董卓達の事情があったのだろう。今これ以上二人を凹ませても仕方が無い。

 

「まあ、待て。結果は出ていないだろ。俺の提案を受けた場合だけだがな」

「それは……仮に提案を受けたとしても、貴方達と私達では方針が違うのではありませんか?」

 

 董卓の表情にはかすかに戸惑いと疑念が混じっている。そういや彼女達がしていた先程の内緒話を聞く限り、俺の事を相当な鬼畜か外道と思っているもんな。彼女達的には悪魔に魂を売れと言われているようなものか。

 

「あー……ちなみにだが、俺は賊を生きたまま串刺しにしたりしないぞ。あと戦いで火攻めをすることはあっても楽しんだりはしないからな」

「「えっ」」

 

 董卓と賈駆の驚きの声は大きかった。特に賈駆は後ずさりする程である。

 

「や、やっぱり心を読ん」

「いや、普通に声が聞こえていたから」

「えっ嘘っ」

 

 賈駆は意外とリアクションが良いな。

 

「嘘じゃないし、自分で言うのも何だが、俺は軍師としてはかなり優しい部類に入ると思うぞ」

「……でもアンタの護衛はそう思っていないみたいよ」

 

 振り返ると夏蘭は首を傾げていた。

 夏蘭、君さあ、一応俺の部下なんだから空気読もうぜ。荀彧に比べれば俺優しいだろ、優しいよな? 黄巾の乱の初期、まだそれが黄巾の乱だと気付いてなかった頃に真っ白に燃え尽きる程仕事をさせたりしたけど、俺も頑張ってたし、他のみんなも頑張ってたからな。つらかったのはお前だけじゃないんだぞ。同調圧力をかけることに何の疑問も持たない社畜の鑑がここにいた。というか俺だった。この身に沁みついた社畜根性がつらい、就職したこともなかったのに何でだろうな。もしや学校というものが社畜を生み出す魔のシステムだったのだろうか。

 現実逃避の為、日本の社会システムについて考え始めるほどの圧倒的アウェー感。だが思わぬ所から援護射撃が届く。

 

「八幡は優しい」

 

 俺が部屋に入ってから、自分の役割は終わったとばかりにずっと黙っていた恋の声だった。皆の視線が恋へ集まる。それでも恋は顔色一つ変えず淡々と話す。

 

「恋は八幡の部隊と戦った。でも恋も八幡の部隊の兵も、どっちも無事。死人、なるべく出ないように工夫してた」

 

 恋に集まっていた視線が俺へ移ってきた。恥ずかしいから凝視するのは止めてくれ、ボッチは人の視線に敏感なんだよ。チラチラ見られるのも嫌だけどな。あと改めてこういう風に優しいって言われるのも恥ずかしい。なんだろう、凄まじくむず痒いし、居心地が悪い。これならチョット悪く言われるくらいのほうがマシだわ。まあ、さっきまでのはチョットどころじゃなかったが。

 しばらくの間、俺を見詰めていた董卓が意を決して口を開いた。

 

「実際に戦った恋さんが言うのなら私は信じます」

「月っ!?」

「私は詠ちゃんの事も信用しているけど、詠ちゃんが話を聞いた相手は」

「それは……」

 

 董卓の決断に賈駆は一度大きく溜息を吐いてから頷いた。

 

「素性の定かではない元賊の証言だからね。分かった。ボクも恋の言う事の方が信用出来る」

 

 こちらに対して完全に気を許したわけではないが、とりあえず前向きに検討してくれそうな感じだ。ん? 前向きに検討ってダメなフラグじゃね? とはいえ第一印象から考えれば劇的な改善である。




おまけ1
メタルギア式潜入作戦

八幡「このままじゃあ董卓の部屋周辺は警備の巡回が多くて近づけないな」
夏蘭「人数が多いから力ずくで行くと、騒がれて増援が来てしまうぞ」
八幡「こいつで何とかするか」

八幡はスマホを取り出す。画面のタイムアウト時間を10分に設定し直すしてエロ画像を表示する。そしてスマホを警備の巡回路へ置く。
しばらくすると通りかかった敵兵がスマホを発見する。

敵兵「!」
敵兵「なんだこれは」
敵兵「初めて見たぞ」
敵兵「良い物を見つけた」
敵兵達がスマホに近づき画像を凝視する。

八幡「今だ、気絶させろ」
恋 「わかった」
夏蘭「んー最低。華琳様に報告だな」

こんな感じのを前の話に入れようかと思ったけど、そろそろスマホの電池切れてんじゃね?と思い直して止めました。

おまけ2
ハチマン

賈駆「貴様何奴、何奴、何奴」
八幡「俺はボッチだ」
八幡「ボッチマン、ハチマン」

ひとりぼっちの名を受けて
何も持たず戦う男
ぼっちヴォイスは不協和音
ぼっちイヤーは地獄耳
ぼっちアイは腐ってる


今回も読んでいただきありがとうございます。


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62話

 董卓達から一応の承諾を得た俺は、今後の具体的な動きについて話を進めることにする。

 

「これから董卓を討とうとする連合軍をどうにかしないといけないんだが」

「どんな策を考えているんですか?」

「まあ、連合の自称まとめ役である袁紹は単純な奴だからな。分かりやすい結果をこちらで用意してやれば簡単に食いつくだろう。今は董卓を倒すことを目標にしているが、もっと派手で分かりやすいものがあればそちらへ目がいく」

 

 俺のここまでの説明に董卓達は異論を挟まなかった。董卓達からしても袁紹はそういう人間だと認識されているらしい。

 

「手段としては今のところ別の討伐対象を用意するか、死を偽装するのが良いと思う」

「そんなに都合の良く別の討伐対象なんて……」

「いくらでもいるだろ。今の宮廷は腐敗の温床、いや腐ってない所を探す方が難しいって噂は地方にまで伝わってきているぞ」

「確かにそうだけど、月以上に目立つ標的となると難しいわよ」

 

 不安をこぼす賈駆に即答するが、納得させるには至らなかった。この国は上も下も関係なく腐敗が進んでいるが、確かに董卓以上のビッグネームはなかなかいないか。だがそれでもゼロではない。

 

「何進か十常侍はどうだ?」

「それは……」

「十常侍はもう死んでいます」

 

 言い淀んだ賈駆に代わり董卓が感情のこもらない声で十常侍の死を告げた。可憐に見えても一国の実質的なトップに上り詰めた少女だ。単純な能力だけでなく清濁併せ呑む器を持っているのを感じさせる。油断はならないが、味方に出来れば大きいだろう。

 

「もう処分済みってことか」

「いえ私達がやったわけでは……」

 

 じゃあ何進にやられてんのか。都の権力争いはヤバそうで正直ドン引きだな。俺が拾われたのが華琳でホントに運が良かった。こっちで拾われていたら陰惨な暗闘に強制参加させられていたところだ。

 董卓は少し何か考える様子を見せた後、意を決した顔になる。

 

「何進は捕らえていますが、彼女に私の罪を着せるのは止めてください。国を立て直す為邪魔だった彼女を拘束しましたが、これ以上の処置は無用です。他の手があるならなおさらです」

「同情か?」

「いえ自分の罪を他人に着せるのは気が進まないだけです」

 

 とはいえ先に言っていた「他に手があるなら」というのが彼女らしさだろう。誠実さと必要ならそれを横に置いておける柔軟性。腐敗と権力争いに満ちた厳しい環境だからこそ、こういった優秀な人間が育つのかもしれない。

 えっ、俺? 俺は温室育ちだからデリケートに出来ているぞ。雨にも負け風にも負け、雪にも夏の暑さにも弱いからな。扱いには気を付けてくれ。

 董卓は続けて質問する。

 

「それで死の偽装とはどういった方法でしょうか?」

「追い詰められて火を放って自決って形でやるのが色々好都合だ。背丈が同じくらいの死体を用意して焼けば、判別出来ないだろ?」

 

 現在進行形で俺に集まった視線の温度がグングン下がっている。真冬の北風並に冷たい。本格的な冬将軍の到来だな。ああ、あったかいマッカンが飲みたい。世の中は俺に冷たく、人生は苦いことばかりだから飲み物くらいは、あたたかくて甘くあるべき。

 賈駆がボソっと呟く。

 

「……やっぱり火あぶりとか好きなんじゃないの」

「違うから、あくまで誤魔化しやすいからだから」

 

 めっ、人聞きの悪いことを言うんじゃありません。さっきまでのお前達みたいに俺のことを誤解する奴が出て来たらどうするんだ。そのうち俺に関する新たな噂が流れそうで本気で嫌なんだが。「ヒャッハー汚物は消毒だ!」と言って火炎放射器を構えている自分の姿を想像する。速攻で秘孔突かれて死にそう。でも秘孔なんて関係なくあんな筋肉ムキムキマッチョな暗殺拳伝承者に殴られたら即死する自信がある。北斗百裂拳とかあんな化け物に百発殴られたら大抵の奴は秘孔に当たらなくても死ぬよな。

 董卓は俺の言い分に一応納得した様子だ。

 

「火の勢いが強ければ死体は本人かどうか確認出来ない様な状態になる、と」

「まあな、背丈が同じ位の死体を用意しておけば良いだろう。本人かどうか疑う奴はいるかもしれんが、証明のしようがないから問題ない」

 

 現代ならDNA検査や歯医者の治療記録など本人確認の方法がある。しかしこの世界ではそれも不可能だ。こちらに来たばかりの頃の俺なら誰かの死体をこんな企みに使うなんてもっと抵抗があったはずだ。だが気が進まないからといってやらなければ、味方からより多くの死体が生まれることになる。まともに戦えば死人が出るのが必然、最悪俺自身や知っている奴が死ぬことだってある。そもそも董卓を勧誘するのも、陣営の戦力を盤石にして俺や知り合いの安全を得るのが目的だ。

 

「さて、この方法で良いならより細かい段取りを始めるぞ」

 

 董卓達は了承した。

 

「極力小さな戦闘で事を終わらせたいです」

特に都内(みやこない)での大規模な戦闘は避けるべきね。出火でもしたら大変よ」

 

 賈駆が俺をチラっと見た。

 火なんて付けないよ。ホントだよ。八幡嘘吐かない。

 

「そちらに裏切り者が出て、そいつの手引きで一気に宮廷へ侵入することに成功。追い詰められた君は自室に火を付けて自害というのでどうだ」

 

 董卓と賈駆が視線を一度交わしてから頷く。

 

「でもその裏切り者の役はボク絶対やらないから」

「ああ、別にその役は誰でも良い。助命と名を明かさないことを条件に裏切らせたとでも言えば良いだけだ」

 

 賈駆は大きく一度溜息を吐くと、関心と呆れが混じったような何とも言えない表情になった。

 

「はあ……良くもまあスラスラと案が出るものね。こんなところまで想定していたの?」

「全て想定内だと言えれば恰好がつくんだろうが、流石に無い」

「それはそれで凄いですね。天の御使いならではの力なのでしょうか?」

「波瀾万丈の人生だったからな。臨機応変にやっていくしかなかっただけだ」

 

 董卓の称賛を軽く受け流す。良く言えば臨機応変だが、小手先や口先で乗り越えて来ただけだ。一般人としては滅茶苦茶頑張っている方だと思うが、自信満々にこれが天の御使いの実力だ(ドヤァ)とは言い辛い。言ったら言ったで、夏蘭経由で華琳や冬蘭に伝わって弄られそうだからなあ。

 

「あと気を使う必要があるのは、都内の戦力を今回の計画に影響しないように宮廷から遠ざける事と董卓の自害を偽装した後の速やかな事態の収束ぐらいか」

 

 董卓が死んだと聞いて都にいる兵が全てすぐに降伏してくれれば楽なんだが、そう上手くいくだろうか。董卓を追いつめる役は少数精鋭での強襲なので、董卓側の残存兵が本気で反撃してくれば一溜まりもない。賈駆が速やかな投降を呼び掛けるのも問題がある。賈駆が董卓を特別慕っているのは周知の事らしいので敵討ちか、共に自害するかの二択以外の行動は不自然に思われる可能性がある。

 議論が煮詰まり俺は頭をかく。

 

「いっそ袁紹をおだてて強襲部隊に参加させちまうか。そのまま討ち死にしてくれれば」

「流石八幡外道過ぎて関心するな。だが袁紹を暗殺まがいの手で処理するのは華琳様が認めないだろう」

 

 今まで話に入ってこなかった夏蘭が珍しく意見した。

 気付くとまた俺に視線が集まっていた。だから視線が冷たいって、なんなの真冬なの? この部屋だけ北極にでも転移させられちゃったのかと思ったぞ。

 

「これは……あれだ、天の手法なんだよ。途中で出た案に対して批判をしないことで、とにかく自由に多くのアレを出すことによって固定観念をアレする手法だから」

 

 苦し紛れの言い訳は酷い出来だった。もう俺自身何回アレって言ったのか分からないし、当社比二倍くらい早口だった。

 正しくはブレインストーミングという手法だったはずだ。確か高校時代玉縄だか、しめ縄だかが言っていたような気がする。

 

「はあ、じゃあ天の(わざ)でも知識でも良いから手っ取り早く解決案を出してくれ」

 

 夏蘭の奴、投げ槍だなあ。自分が元から頭脳班ではなく肉体労働班だと割り切っているのでこちらへ丸投げだ。

 

「天の業や知識と言ってもそんな簡単にポンポン出ねえよ」

 

 知識にしても本来董卓は洛陽から長安へ拠点を移した後に討たれ……。

 

「あっ、その手があった。洛陽から長安への遷都を名目にして撤退命令出せば良いんだよ。連合軍は寄せ集めで長期的に維持出来ないだろうから時間稼ぎをする、と説明すれば一応理屈は通るだろう。忠誠心や戦意が高めの奴を長安へ先行させれば戦いに参加してこれない。そして撤退の間に合わなかった董卓は自害する」

 

 こんな所だろと董卓を見る。つい自分の考えにのめり込み過ぎて呼び捨てにしてしまったが気にしている様子は無い。

 

「問題無いと思います。先程は謙遜されていましたが、やはり天の御使いの実力は確かなものですね」

 

 今日初めて俺に対して董卓が柔らかい表情をした。うーん天使かな。純粋さと快活さが合わさった戸塚とは違うが、物静かな可憐さが眩しい。目が浄化されそうだ。俺アンデットだったのかな。

 董卓達が俺の案をすんなり受け入れたおかげで早く終わった。後は華琳の所へ戻って実行に移すだけだ。

 思い返せば年を経るごとにより波風が立たない生活を求めるようになってきたのだが、その思いとは裏腹にどんどん山あり谷ありになってないか俺の人生。

 奉仕部に強制入部させられてからの依頼による諸々の面倒事、ただのボッチだった時には関わる事がなかった人間関係のトラブルに頭を悩ませた。あげく奉仕部の連中とは距離をとることになり、大学進学後にトラックに轢かれ気が付けば異世界にいた。しかも三国志っぽいのに有名どころは揃って美少女や美女ときた。そこで俺なんかが軍師をつとめているんだから笑えてくる。




おまけ

八幡「なんで俺には転生特典が無いんだ」
八幡「やはり俺の異世界転生は間違っている」
八幡「と、いうことでFAして別の世界への行きたい」
八幡「何か良い移転先がないものか……やはり王道はファンタジーかな」
八幡「これなんかどうだろう。ゴブリン〇レイヤー、小鬼とかザッコw」
八幡「えーヒロインは初めての冒険でパーティー壊滅、仲間は食べられるかレイ…」
八幡「リョナグロはちょっと」
八幡「やはり舞台は日本が良いな。こっちにしようゴールデンカ〇イ」
八幡「アイヌ少女と旅しながら少女の父に会いに行く」
八幡「出版社は集〇社、ジャンプかな?」
八幡「主人公は不死身の元軍人、脱獄囚の皮を剥いで隠された金塊を探す…不穏になってきた」
八幡「脱獄囚は連続殺人犯や獣〇魔、あとヤク〇のホモ組長」
八幡「時々頭の中身が漏れ出るキチ軍人も出てくると、ホントにそこ日本?魔境じゃない?」
八幡「やはり日本は日本でも現代でないとダメだな」
八幡「抱かれたい男1位に〇されています。だ、ダメだ。タイトルから既に腐臭が」
八幡「海老名さんが鼻血で出血多量になっちまう」



読んでいただきありがとうございます。本作において今後新たな異世界への移動はありません。


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63話

 宦官と何進の激しい権力争いの隙をつき、董卓は国家の中枢を手中に収めた。董卓は権勢を欲しいままにし、圧政を敷いていく。多くの役人が粛清の嵐に悲鳴を上げ、民は重税に苦しんでいた。しかし董卓の暴虐も長くは続かなかった。義憤に駆られた諸侯達が立ち上がったのだ。諸侯らは難攻不落と言われた汜水関と虎牢関を傑出した武勇で突破し、都へたどり着く。

 形勢不利を感じた董卓は都から撤退しようとするも、諸侯達に機先を制され逃げ遅れてしまう。ついに巨悪董卓は追い詰められ宮廷内の自室にて自ら火を放ち自害する。

 

「と、めでたしめでたし」

 

 大仕事が一段落し、そうホッと一息ついた俺だったが、他の連中は何か異論があるようで誰からも同意は得られなかった。

 ここは洛陽の城壁外に設営された曹操軍の陣、その中でも厳重な警備が敷かれた中枢である。華琳を始め主だった将と荀彧、それと董……天使とその友人が集まっている。

 冬蘭が呆れ顔で呟いた。

 

「ここに自害したはずの人がいるわけですが」

「はあ? ここにいるのはエンジェルだから、董卓じゃないから」

「あの……えんじぇ、る? ではなく(ゆえ)と呼んでいただけませんか」

 

 冬蘭と俺のやり取りに困り顔で割って入ってきた天使・月。うーん可愛い。

 

「私達は董卓討伐連合軍なのにホントに本人連れて来ちゃうなんてねえ」

「それを今更言うか。文句があるなら作戦実行前に言え」

「えっ、華琳様が認めた策に文句なんてありませんよ」

 

 冬蘭がキョトンとした顔で首を傾げた。

 

「じゃあ今の意味ありげな発言は何だったんだよ」

「こんな事を考え付く頭の中身がどうなっているのか気になっただけですぅ」

「頭についてはうちで一番まともですぅ」

「それはないですねぇ」

 

 ふざけて冬蘭の語尾を真似たら両手で頬を挟まれた。手首を掴んで外そうとしたがビクともしない。力で俺が武将に勝てる訳ないだろ。卑怯だぞ。あと冬蘭の手スベスベ、なんで武器を素振りしたりして鍛えているのにスベスベなの? ドキドキするから自重しろ。

 とりあえず満足したのか冬蘭が手を放したので小声でボソっと皮肉る。

 

「お前と違って平和主義だし」

「ふふっ」

 

 俺の抗議にも冬蘭は「またまた~御冗談を」といった感じでにこやかに否定する。なぜだ、俺ほど死傷者を減らそうと知恵を絞っている人間は他にいないと思うのだが、どの辺りがおかしいと言うんだ。火か、火攻めが印象的に悪いのか? 今度からは水攻めにしようか。そうじゃない?

 

「先程の呼んで欲しいという名は真名でしょう。私達が呼んで良いのかしら?」

 

 華琳は俺と冬蘭の茶番には参加せず、董卓に話を向ける。

 董卓は迷いなく頷いて見せた。

 

「はい、私はこれから真名だけを使います。それを私の覚悟とお受け取り下さい」

 

 これには俺以外の全員がざわついた。

 真名だけを使う=誰に対しても真名を名乗るということだ。真名は信頼した相手や重要な相手にしか呼ぶことを許さないのがこの世界の慣習らしいのに、それしか名乗らないのでは誰にでも呼ばれてしまう。この世界の価値観的には相当ありえないことなのだろう。仲間に加わったばかりの董卓に対してまだ大した思い入れも無さそうな者達でさえ心配げな様子である。

 

「その覚悟受け取りましょう。(ゆえ)、貴方の働きに期待しているわ」

 

 華琳は満足そうに頷いた。

 董卓がこれほどの決意を持って傘下に入るのは想定外だったかもしれない。華琳は董卓が絶望的な状況から脱する為、一時従うふりをするだけの可能性も頭にあったはずだ。それがフタを開けてみれば皆が驚く程の覚悟を示した。

 普通敵だった者を引き入れた場合、元々の部下からの反発が懸念される。仲間に死傷者が出ているのだから当然の反応だが、内輪もめ程厄介なものはない。しかし今回董卓は自己紹介がわりに強烈な心意気を見せたことで、ここにいる主要メンバーの反発を封じてしまった。華琳からすれば董卓の覚悟と手腕を確認出来て大満足といったところだろう。

 

「八幡、良くやったわ。そろそろ貴方も土地と城を持っても良い頃だと思うのだけれど」

「遠慮する」

 

 華琳が示唆した褒美を俺が即座に断ると、先程董卓が真名だけを使うと言った時と同じくらいのざわめきが起こった。

 城といってもこの時代、それなりの街は城壁に囲まれていて一種の城塞都市である。多分この話の土地と城というのは大きめの街を中心にその周辺を任されるのだろう。これはちょっとした一国一城の主で男のロマンだ。普通の奴ならな。こちとら社会の荒波を嫌って専業主夫希望していたこともある人間だぞ。そんな責任重大なもん受け取れん。それにさ。

 

「俺は華琳の軍師だろ」

 

 俺は軍師であって他の事までやらないぞ。察しろよと華琳に視線を送る。

 領主的な仕事は俺の仕事じゃない。華琳の軍師ってだけで大変なのに仕事増やさないでくれますかねー。

 

『It's not my job』

 

 社畜の親父曰く、言ってみたいワード上位十位に入るこの言葉を遠回しに言ってみた。えっ、もっとストレートに言え? ば、ば、ば馬鹿怖くて言えない訳じゃないんだからね。天才華琳様ならこれでも察してくれるって。

 

「分かったわ。でもこれまで上げた功と褒美が釣り合っていないから、そろそろ相応の物を受け取って貰わないと私が吝嗇家(りんしょくか)の誹りを受けてしまうわ」

 

 ほらな、分かったってよ。さす華琳だな。代わりの褒美については少し考えがある。前々から華琳に頼みたい事があって機会を窺っていたので、それを代替案にしたら良いのではないか。

 

「料理を作って欲しい」

 

 俺の言葉にまた周囲のざわめきが大きくなった。城持ちになるチャンスを棒に振って料理を作ってくれなんて頼むのだから、驚かれるのも仕方ない。だが今回俺が頼もうとしていることは、ちょっと今日の晩飯作ってくれとかというレベルの話ではない。

 

「これは華琳にしか頼めないんだ」

「……どういう事かしら?」

「まず俺の故郷にある醤油という調味料を再現してもらう必要があるんだ」

 

 そう俺が華琳に頼みたかったのは醤油の再現、そして日本食を定期的に作ってもらいたいのだ。日本人海外旅行者の日本食が恋しくなるという現象を聞いたことがないだろうか。人間子供の頃から食べて育った料理が結局一番馴染むもので、いくらこちらで食べている物が美味くても日本食が食べたい時がある。あちらに戻れる見込みが無い現在、余計に欲求は強くなっていくばかりである。それに醤油の生産量ナンバー1は何を隠そう我が千葉である。つまり何が言いたいかと言うと日本食に必要不可欠な醤油、千葉の名産品である醤油は比企谷八幡にとって欠かせない物である。

 それから華琳でなければいけない理由は単純である。千葉県民の常識の一環として俺は醤油の大まかな作り方を知っている。小学校とかで良くある社会科見学や地域の産業についての授業おいて高確率で登場するからだ。しかし、俺が知っているのはあくまで【大まかな作り方】である。もしかしたらやってみたら意外と簡単にそれっぽい物が出来上がる可能性も無きにしも非ずだが自信はない。だが【大まかな作り方】だけでも高確率で製造を成功させそうな人物がいる。それが華琳なのだ。なんと天才華琳は趣味で酒造りをしており、その出来は一級品らしい。特に職人の下で修業したわけでも、手を借りた訳でもなく独学でやってのけたと春蘭が我が事のように自慢していた。この話から華琳は高い醸造の技術やセンス、それに加え道具や施設などを持ち合わせていることが分かる。

 あと、この件については俺の食欲だけが理由ではない。日本食を広めることが出来れば、それに欠かせない醤油の生産流通は一大産業に成長する可能性を秘めている。

 断る理由も無いので華琳はすぐに承諾してくれた。

 

「分かったわ。帰ったら作ってみましょう。それにしても褒美に料理なんて前代未聞よ。子供じゃあるまいし」

「単に食い気だけで言っているわけじゃない。詳しい話は帰りながら説明する」

「前に食べた肉まんも美味だったから天の料理には私も興味があるわ」

 

 醤油の製造は結構手間がかかると思うが、それを知るよしもない華琳は気軽なものだ。いや、まあ華琳なら気軽に作れちゃうかもしれないし、今水を差すようなことを言う必要も無いな、うん。

 俺と華琳の話はまとまった。そこで理由は分からないが荀彧がとんでもない顔でこちらを凝視していた。「とても怖かったですまる」と小学生の日記並の感想が出てしまった。何なんだアイツ?

 




幕間

八幡「料理を作って欲しい」
八幡「これは華琳にしか頼めないんだ」
華琳「……どういう事かしら?」

荀彧(こ、これはま、ま、ましゃか、一緒に家庭を築いてくれという話!?)
荀彧(盛りのついた変態男が華琳様と、だなんてゆ、ゆるさ)
あまりの衝撃に荀彧の頭には何も入ってこなかった。

その後、話し合いが終わったのに微動だにしない荀彧を不審に思った春蘭にシバかれ正気に戻り、呆然としていた間のやりとりを秋蘭に聞き勘違いだと気付く。

春蘭「華琳様が八幡と家庭を? 馬鹿か貴様」
秋蘭「私は一向にかまわんッッ」
春・荀「かまうわッッ!!!」
冬蘭(全ては私の手の平の上、お可愛いこと)


嘘次回予告2

 かつて闇に葬られた計画があった。その名は中華全土千葉化計画。黒の御使いと恐れられた男が進めた〇ッキーをも恐れぬ邪悪な企み。謎のネ〇ミパワーにより一度はこま切れにされた計画だったが、男は諦めていなかった。千葉が誇る全国シェアトップの生産量である醤油を手に入れ、食文化から侵略を再開する。
 計画が順調に進み、男はネズ〇ー面(暗黒面)にまたもや手を出す。都市開発と宿泊施設の運営ノウハウを活かし、海に面した景勝地にリゾート地を整備した。

レミング・シー

 天の知識を惜しげも無く盛り込んだリゾートは大当たり、リゾート王八幡の誕生であった。だが栄華は長くは続かなかった。似ても似つかない名前なのにブランドの使用料を払えと、ちゅーちゅー煩いクソフレンズが襲い掛かってきたのだ。

「お願い、負けないで八幡あんたが今ここで負けたら、レミング・シーはどうなっちゃうの? 言い訳はまだ残ってる。ここを耐えれば、ネズ〇に勝てるんだから!」

「次回八幡敗訴」

読んでいただきありがとうございます。


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平和

 董卓討伐の遠征は無事(?)終了し、俺たちは陳留へ帰って来た。論功行賞や損耗した部隊の再編などの事後処理も順調に進み、一時の平穏を満喫……出来たらいいな、出来るだろうか、出来るかもしれない、出来ないだろうなあ、出来ません。

 平和というのは次の戦争の為の準備期間なんて皮肉を言う者もいるかもしれないが、今の俺達はまさにそれ。遊んでいる暇なんてない。そう遠くない未来、袁紹と戦う事になるのは華琳との話し合いで確認済みで、俺達は次の戦いに向けてせっせと準備を進めている。

 ここで大活躍なのが董卓討伐遠征にて得た新たな同僚月と詠だった。月と詠はまさに董卓本人とその側近であり、一時はこの国の実権を握っただけあって内政面で多くの仕事を担える人材だった。文官不足が多少緩和されたおかげで、仕事に忙殺されそうだった俺も死ぬ二、三歩手前くらいの状態まで労働環境が改善した。

 あれ? おかしいな。気のせいか助かってない気がする。内政面での仕事が減った俺は、現在近隣の情報収集に力を入れている。やっぱり仕事全体でみると減ってないじゃないか。どうなってんだ、おい。

 それから情報収集には旅芸人改めアイドルを使っているのだが、思いのほか客から好評でグッズの売り上げだけでも相当な額となる嬉しい誤算があった。もしかして俺ってプロデューサーの才能があるんじゃないか。回収した資金で新しい衣装やイベントの準備も捗っている。このままいけば張角三姉妹はトップアイドル間違いなしだ。

 

 ドームですよ!ドーム!!!

 

 何か聞こえた気がする。幻聴か、やっぱ疲れているんだな。それはさておきトップアイドルならドームでのライブは当然経験させておきたい。しかしこの世界にドームは存在しない。ドームってどうやって作れば良いんだろう。まあ李典に頼めばなんとかなるだろ。

 さて本来の目的である情報収集では不穏なニュースが舞い込んできている。袁紹が公孫賛の領地へ侵攻し勝利したのと、更なる勢力の拡大を狙っているらしい二点だ。袁紹は新たに手に入れた領地の内政に専念するのではなく、兵や軍需物資をまだかき集めているのである。かくいう俺達も軍備は増強しているので人の事は言えないのだが。こうして両陣営の緊張が高まって戦争に発展するんだなあと世の非情を嘆くが、だからと言って軍備を緩めても袁紹は攻めてくるだろうし、仕方ないな。

 それにこの前の遠征で見た袁紹はアホ以外の何者でもなかったが、その陣営の戦力は侮れないものがあった。兵士の練度や士気、将の統率力はうちの方が完全に上と断言出来るが、とにかく兵数が多い。それに装備も悪くない。もし本格的にこちらへ侵攻してきた場合、その辺の野盗を蹴散らすように二、三人程度の将を派遣して対処しきれるほど甘くない。こちらも本隊を持って迎え討つ必要がある。

 俺は対袁紹戦にむけて話をする為、華琳の執務室へ向かう。廊下を歩いていると鋭い金属音が中庭から響いてきた。気になってそちらへ寄り道する。

 中庭では恐怖の光景がひろがっていた。秋蘭が弓を構えて春蘭を狙っている。ついに秋蘭がキレちまったのか。春蘭今度は何したんだ。まーた報告書を書くのをサボりでもしたのか。秋蘭が春蘭にキレるなんてよっぽどだぞ。とりあえず謝っておけって、申し訳なさそうな顔して説教聞いてりゃ何とかなるってベテラン社畜の親父が言ってた。そういえば俺のようになるなよ、とも言ってたような……ダメじゃねーか。

 

「さあ、もう一回だ」

「いくぞ姉者」

 

 春蘭に応えて秋蘭が手元が霞むレベルの速射で矢を三本放つ。それを春蘭が剣で全て弾いた。

 片目を失ってそれほど時間の経っていない春蘭が見せた神業に俺は唖然とするしかない。一歩間違えば大怪我、下手すれば命に関わる状況なので止めるべきなのだが、俺に止められるのか自信がない。

 俺が迷っている間に春蘭がこちらに気付く。

 

「おっ八幡、お前も一緒にやるか?」

「やるわけないだろ」

 

 矢を撃つ方か、弾く方なのかは分からんが、どちらも遠慮したい。

 春蘭は頭をかき呆れた顔をする。

 

「分からないのに先ず断るのか」

「むしろやりたい理由がない」

「良い訓練になるからお前も試してみろ」

「そうか、だが断る」

「なにぃ」

「待て姉者、八幡も忙しいのだろう」

 

 ヒートアップし始めた春蘭の肩に秋蘭が手を置く。その秋蘭の助け舟にすぐに乗っかる。

 

「今から華琳に話があるから無理だな」

 

 いやあ残念だなあ、仕方ないなあという空気を出して断る。それより今更春蘭の発言内容のおかしさに気付いて驚く。

 

「さっきやってたのは訓練なのか」

「見たら分かるだろ」

「分かってたまるか」

 

 矢を撃ってもらって剣で防ぐ訓練とか初めて見たし、聞いたわ。アホなの? アホだったわ。

 春蘭が眼帯に触れる。

 

「片目になって感覚が変わったから、慣らしがいるのでな」

「さっきのは慣らしとかいう生半可なもんじゃなかったぞ」

「当たり前だ。実戦で通用するようにやっているんだからな」

 

 確かにそうなんだが、だからといって実際にやるかね。開いた口が塞がらない。

 

「フッ、これは姉者に一本取られたな」

「取られてないから。片目だと距離感がおかしくなるとか聞いたことがあるんだが大丈夫なのか」

 

 笑う秋蘭に抗議を一言、春蘭には疑問を投げかける。確かスラムダンクで流川君が片目怪我して苦戦してたよな。

 春蘭はちょっと考えた後、事も無げに言う。

 

「集中すれば気配を感じるから問題無い」

 

 心配した俺が馬鹿だった。戦いに関しては俺の物差しで測れるような人間じゃなかった。ハハッ感じちゃうんだ気配。

 

「はいはい大丈夫そうで安心したよ」

「仮に両目が駄目になっても八幡よりは強い自信があるな」

「言ってろ」

「強いと言えば……呂布はどうしている?」

 

 茶化す様な表情をしていた春蘭の顔が引き締まる。

 呂布、恋はぶっちゃけ何もしていない。勧誘した時の条件である家族(百匹の動物含む)の生活に必要な金と土地を与えると、後はちょこちょこ華琳の屋敷に顔を出すだけでこれといった仕事はしていない。うらやましい。

 恋曰く文官のような仕事は出来ない。まあ接していてそれは分かる。

 本領である軍事についても兵の調練は本人との実力が違い過ぎて、ついていける兵がほとんどいない。これも分かる。

 結論、とりあえず今は好きにしていて良いと華琳から許しが出た。分からん、おかしくね? 俺が忙しいのはもう仕方が無い。だが他の奴が楽するのは納得いかん。しかし恨みがましい目で恋を見ていたのを華琳に諭された。「戦いになったら数万人分働いてくれるのだから」とこう言われれば俺は沈黙するしかない。

 

「のんびりしている」

「何だそれは、暇ならば手合わせしたいから八幡から言ってくれ」

「自分で言えよ」

「面倒だと断られたのだ」

 

 ええ……フリーダム過ぎんだろ。俺も言ってみたいわ。

 

「仲の良い八幡から言われれば聞くかもしれん」

「別に仲良くないんだが……言うだけ言ってみるが期待すんなよ」

 

 俺の人生の中で第三者から「〇〇と仲が良い」なんて言われたことがあっただろうか。いや、ない。小町見てるか、ごみぃちゃんとお前に呼ばれたこともある俺が生まれ変わった姿を。まあ仲が良いなんて事実は存在しないけどな。

 言いたい事は終わったと、春蘭は訓練を再開する。

 俺に向かって軽く会釈をする秋蘭へ目配せで応え、その場を後にする。

 歩きながら思う。春蘭の怪我は重傷ではあるが、今の本人に悲壮感は無いし、生活にも支障があるようには見えなかった。だがその眼帯を見ていると、もう元には戻らない取り返しがつかない傷だと再認識させられる。一歩間違えば先程のような馬鹿話すら出来ない結果になっていたかもしれない。気を引き締める。

 

 

 

 華琳の執務室に着くと、タイミングが良かったようで華琳は今日の仕事を終わらせたところだった。まだ昼過ぎなんだけど、早くない? 朝ちょっとした打ち合わせをした時に見た仕事量は、俺なら三日は掛かりそうな量だったぞ。上司が仕事いっぱいすると、こっちまでやらなければならないような気になるからホドホドにしてくれ。

 閑話休題、今後の袁紹についての分析を聞いた華琳に驚きや不安の色は無かった。

 

「では貴方は本初の次の目標が私達だと言うわけね」

「ああ、その可能性が高い」

「他を先に攻めるとは思わないの?」

「あいつ派手好きだろ。こっちの方がデカい勢力で知名度も高いから狙ってきそうじゃないか?」

「根拠としては弱くないかしら?」

 

 華琳の指摘は妥当なものだ。しかしそれは袁紹を直接見ていなければ、の話だ。

 

「この前の連合軍しか関わりが無くても袁紹が気分屋なのは分かる。それに論理的な予測なんて大して意味が無いのはアイツを俺より知っている華琳なら理解しているだろ」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔をする華琳。袁紹は普通の理屈で動くような人間ではない。

 

「兵をこちらに近い拠点へ集めだせばハッキリするが、今ならこちらから攻めるか、迎え討つかの選択肢がある」

 

 後手に回れば選択肢は少なくなる。今ならば攻めるか、迎え討つかの選択権がこちらにある。どちらにも利点と欠点があるが華琳はどちらを是とするのだろうか。

 

「迎え討つのなら大義名分を整える必要はない……でも私の領地を踏み荒らされるのは気分が悪いわ」

「先手を取るか」

「準備に掛かるのは何日位?」

「急げば三日位か、んーそういうのは荀彧の方が正確だからそっちに聞いてくれ」

 

 曖昧な答えになってしまったが、華琳がそこを責めることはなかった。

 

「後はこちらから侵攻する名目をどうするか、ね」

「私利私欲から公孫賛領を侵略して世を乱す袁紹成敗すべし、で問題ないだろ」

「良くもまあ、それらしい事を」

「これくらい誰でも考え付く」

「考えるまでもなく自然に出てきたでしょ。人間性が窺えるわね」

 

 人を嘘ばっかり吐いてる人格破綻者みたいにいうなよ。やれやれ心外だなと首を振る俺に華琳はもう一つ付け足すように言う。

 

「それと呂布は貴方に付けるわ。上手く使いなさい」

「良いのか? 切り札になる戦力だろ」

「あの娘、細かいことは出来ないでしょう。それに部隊を与えても虎豹騎以外の兵では付いていけないじゃない」

 

 頭の痛い話だが、普通の兵では恋には誇張抜きで付いていくことすら出来ない。だが春蘭といい、華琳といい、とりあえず俺に恋のことを任せようとするのは何なんだ。小学校の時にあったよな、生き物係。メダカとかクラスで飼ってたわ。不幸にもそのうちの一匹が死んだ時、帰りの会で生き物係の女子が泣いちゃって、何故か俺が謝ることになるという謎の展開に全俺が震撼。トラウマだからそういうの止めようね。

 




華琳「準備に掛かるのは何日位?」
八幡「急げば三日位か」
??「島津なら翌日ぞ」
八幡「あんたが参加すると話のジャンルが変わっちゃうんだよぁ」




読んでいただきありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。



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兵は拙速を尊ぶ

 俺達は現在、不穏な動きを見せる袁紹に対して先手を取るべく出兵準備を進めている。兵の招集編成や物資関連の指示は粗方出し終わっている。というか細かい実務は荀彧が担当している。必要な物資の具体的な数の計算とそれらの手配に関しては、俺より荀彧の方が優れている。むしろあんなの俺には無理。考えただけで頭がおかしくなる。正直兵站関連は俺みたいななんちゃって軍師には荷が重い。必要な物を必要な分、必要とされる時にその場所へ用意する。こういった言葉にすれば簡単そうだが、実際にやるとなると困難極まる。隣の街を攻める程度ならともかく、一日や二日で着くような距離に侵攻するわけではない。物資も一つの街で本隊全て賄える量を揃えられるわけではない。複数の街から集め、敵地へ送る。輸送の労力、時間、リスクと考えるべき要素は数多ある。

 こーんな重要で困難な仕事は特別優秀な軍師でなくてはやれないよなあ。

 前に華琳、俺、荀彧の三人での作戦会議中にそう独り言を俺が呟いたら、荀彧が「当然私がやるわ」と名乗り出た。ちょろい。

 そして今日の俺と華琳は二人で華琳の執務室で話し合っていた。

 

「精鋭の五千人位ならすぐにでも出立出来るだけの準備は進んでいるんだが」

「少数精鋭による急襲は決まれば派手だけれど、いくら麗羽相手でもそう簡単にはいかないわ。規模だけは随分大きくなっているから、準備する時間を出来るだけ与えず、最速で本拠地まで攻め込んだとしても相当な兵数がいるでしょう」

「流石に厳しいか」

 

 将は質と数どちらでも勝っていると思うが、兵数の差が大きすぎるとなると厳しいか。袁紹軍は流石にそこら辺の野盗とは練度と装備が違うしな。しかも敵地なので多くの面で相手に利がある。

 

「麗羽の兵力は分かっているの?」

「あちらさんも手に入れたばかりの領地にある程度兵を置いておく必要があるし、まあ出せて二、三万ってとこだろう。今すぐって話ならな」

 

 袁紹は今や并州、幽州、青州まで勢力を伸ばしているとのこと。何処それって俺も最初思ったんだが北の方で、現代で言う所の……あっ、そもそも俺現代の中国の地名も北京とか有名な所しか知らないわ。まあ地図(董卓討伐の時に荀彧がかっぱらって来た)を使って華琳に説明してもらったので、現在地との位置関係は把握しているから問題ない。荀彧は大変なものを盗んできました。国の管理する地図や各地域の様々な情報が書かれた台帳です。やっぱ軍師という人種はロクな人間じゃあないな。

 とにかく袁紹は急速に領地を拡げたから兵も分散しているはずだ。もちろん領地が拡がったのだから時間をかければ今まで以上の兵数を動員できるだろう。しかしつい最近まで戦っていた相手の領土なので、支配基盤がしっかりするまでそれなりの兵を配備しておかないとコントロールが効かなくなってしまう。旧公孫賛軍の敗残兵が野盗になっている可能性もある。手に入れたばかりの領地には番犬が必要だ。

 

「こちらはどうなの?」

「二万……経験の浅い兵達も全員連れて行くならもう五千くらいは出せるか。周りに攻めて来そうな勢力も無いし、各城の警備兵も半分ずつくらい集めればさらに」

「それは駄目よ。野心を持っていないように見えても、大きな隙を見せれば気も変わるというものよ」

「多少手薄にしても、うちに攻め込んで勝てるような陣営なんてそうは無いだろ」

 

 近くで有力な陣営と言えば劉備くらいか。だが劉備の所は優秀な将と軍師が揃っているが、規模はまだ脅威と言えるレベルではない。それに食べ物で釣って友好関係を築いているから積極的に攻めては来ることはないだろう。無いと良いなあ。まあ糧食を差し入れた時に劉備軍の兵隊達は凄く喜び、それをきっかけにとても友好的な者達が増えているし大丈夫だよな。中には色々な情報を教えてくれる親切な者もいるので、不意打ちされる心配は少ないし。

 あと陳留から見て南には劉表や袁術がいるが、そいつら同士が揉めているうえ、袁術の客将の孫策もどうやら袁術に対して含むところがあるらしく一枚岩ではない。孫策についてはほとんど面識が無いが、董卓討伐連合の自己紹介の際、ちょっと見ただけで袁術への忠誠心などこれっぽちも無いのは分かった。董卓討伐連合が解散した後、関係はさらに悪化し、孫策は袁術と袂を分かつような動きを見せている。つまり南の連中はこちらに構っている余裕は無いはずだ。

 他に大きめの陣営は劉……ひょ? しょ? 劉璋だったか? 印象が薄くて記憶にほとんどない。

 

「私達から見ればね」

 

 華琳の思わせぶりな言い方に、俺は首を傾げた。

 

「勝てるかも、少しくらいなら領地を切り取れるかも、そんな考えを持つ者もいるかもしれないわ。皆が皆私達程情報を集めている訳でも、軍略に明るい訳でもないわ」

「まあ人は自分の見たいものを見るしな」

「ふーん、言い得て妙ね」

 

 感心する華琳。

 まあありがちなフレーズだし。語源は知らん。

 相手が自分より賢いんじゃないかという心配はするが、自分より阿呆過ぎて予想外の行動をするんじゃないかという心配は普段あまりしないな。これも油断につながるか。そういった可能性も頭に入れて置く必要はあるな。

 

「世の中には想像を絶するようなアホもいるからな」

「これから戦う麗羽とかね」

「確かに」

 

 二人共くすりと笑ってしまう。共通の敵の悪口ほどすべらない話は無い。

 気を取り直して作戦についての話へ戻す。

 

「じゃあ陳留の留守に誰を残す?」

 

 春蘭姉妹など俺が関わりの多い将以外にも、華琳の下には何人も将はいる。しかし実力を含めた信頼度に大きな差がある。隙を見せないようにするなら、信頼度が高く対外的にも名がある程度通った者に留守を任せたい。

 

「夏蘭にするつもりよ。貴方に付けることが多いけれど、今回はこちらを任せようと思うわ」

「夏蘭か」

 

 夏蘭、曹仁は戦闘力がトップクラスなうえ、曹一族の人間で華琳の身内である。まさに条件を満たしている。脳筋のきらいがあるのは少し心配だが、補助を付ければ問題ないだろう。ちなみにこれが春蘭だと華琳以外の言葉では止まらない場合があるので、補助が意味をなさない可能性がある。

 

「適任だな」

 

 俺達の話し合いが一段落した時、ちょうど部屋の外から声がかかった。この声は荀彧か。

 

「華琳様、急ぎの報告があります」

「入りなさい」

 

 華琳が応えるとすぐに荀彧が入って来た。荀彧は俺の顔をチラッと見て一つ舌打ちをし、その後華琳の傍まで進んだ。

 今の舌打ち必要だった? ただここまでハッキリしているといっそ清々しいな。それに仕事の話は普通にするし、陰で足を引っ張ったりすることもないからコイツのこういった態度も俺は割り切って考えている。クレイジーサイコレズが男に舌打ちするのなんて挨拶みたいなもんだろ。

 

「袁紹が軍を率いて動き出しました。兵数は約三万です」

 

 執務室を沈黙が支配する。少しして華琳が俺に問うような目を向けて来た。

 

「公孫賛との戦いが終わって間もないし、軍備を整えている段階だったはずだ」

「私が得ている情報でも装備や糧食をまだ集めている途上のはずよ……ただ」

 

 俺に荀彧も同意したが、そこには続きがあった。

 

「袁紹だから自軍の状態をちゃんと把握しているかすら怪しいでしょう?」

 

 あぁ。ついさっき阿呆過ぎて予想外の行動する奴がいるかもしれないから、そこも気を付けなければいけないと考えていたところだったんだが。今か。

 

「いやしかし途中で糧食とか足りなくなったりするんじゃないか?」

「自領の通り道周辺の街や村に出させるでしょ。それに華琳様の領地に入ってしまえば、もっと無茶もするでしょうし」

「急に大量の糧食を出させたら民の生活が成り立たなくなるだろ」

「袁紹がそんなこと気にすると思う?」

 

 すごい説得力。連合軍の時も立場の弱い劉備に無茶振りしてたからなあ。参加した軍の中でも兵数の少ない劉備に偵察ついでに汜水関を落とせとか言ってたし。

 

「流石に餓死者が出ない程度には軍師が後で他所から補填するでしょうけど、、少しの間民が飢えるくらい袁紹自身は意識すらしないわよ」

 

 荀彧の辛辣な袁紹評に対して俺と華琳から反論が出る事はなかった。

 華琳は大きく溜息を吐き出した。それは袁紹に対する呆れか、予想出来なかった自身への自嘲か。

 

「仕方ないわね。迎撃はどうなるかしら」

「袁紹軍と対等に近い兵数を揃えてからの出立では州境は越えられます。いくつかの砦や街は一時的におさえられるかと」

「じゃあ少数精鋭を先行させて時間稼ぎしたらどうだ?」

 

 華琳の質問に荀彧はよどみなく答えた。ただその内容はあまり良い知らせではなかった。

 難しいとは思うが時間稼ぎを提案してみたら、荀彧は少しだけ考える様子を見せる。

 

「出来ないとは言わないけれど、各個撃破の危険性があるでしょ。兵数をあちらと同等にすること自体かなり無理しなくちゃいけないのに、兵力を分散するなんて……私だって華琳様の領地で袁紹に好き勝手されるのなんて腸が煮えくりかえ」

 

 最初は普通に見えた荀彧だったが、どんどん熱くなっていく。その様子は完全に触るな危険状態だったので俺は大人しく見守るにとどめた。

 先手を取られたのは痛いな。こんな事にならないように準備していたんだが、袁紹の阿呆が原因で予定を台無しにされるとは。頭を抱えたくなる。

 それに伴い対応が難しくなった。自領に入り込まれるのは今の荀彧のように精神的なストレスを受けるだけでなく、戦禍がそのまま自領に降りかかることを意味している。街を焼かれたら補修しなければならないし、農村を荒らされたら支援せざるをえない。放っておいて離散されればそのままこちらにとっては国力低下につながる。

 心配しなくてはいけないのは拠点を取られる事だけではない。戦っている場所付近の経済活動は当然平時のように上手く回らない。まあ逆に物を高く売りつけられる、もしくは買い叩けるチャンスだと見る山師もいるかもしれないが統治側からすれば良い事なんて無い。

 華琳は気持ちを切り替えるように拳を軽く執務机に置く。トンッという音に荀彧の独白は止まり、自然に荀彧と俺の視線が華琳へ集まる。

 

「こうなってしまったら正攻法しかないわね。小細工をしてもあの子は派手好きだから少数の敵との戦いを面倒がって付き合わずに、ここへ一直線で侵攻してくる可能性すらあるわ」

「下手な事をしても逆に読めなくなるか。これだから派手好きの阿呆は……ん?」

 

 袁紹は派手好きで想像を絶するレベルの阿呆だから常識が通じず、今回は予想外の事態になってしまった。だが逆に考えることも出来るんじゃないか。常識外れの策で対応しちまえば良いやって。普通の相手なら通用しないような手でも袁紹相手なら効くんじゃないか。

 

「何か面白いことを思いついたのかしら?」

 

 華琳はむしろ彼女の方が何か面白いイタズラでも思い付いた様な笑みを俺に向ける。

 別に袁紹に対する悪質な嫌がらせを思いついたわけじゃないから、そんな顔しても無駄だぞ。俺くらい善良な人間になると嫌がらせとか、そんなもん思いつかないから。思い付いたのは、もっと華琳が普段言っている王道的な手だ。

 

「袁紹に決戦の場所と日時を書いた果たし状を送ろう」

「「はあッ~!!!?」」

 

 華琳と荀彧の驚きがシンクロして部屋に響く。

 




八幡「やっぱ軍師という人種はロクな人間じゃあないな」
荀彧「アンタ頭に何か刺さってるわよ」



実は私、「阿呆」の語源を劉備の息子の阿斗だと思っていました。でも信憑性の薄い説らしいですね。びっくり。


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66話

 比企谷八幡、私に仕える死んだ魚のような目をした軍師。私に負けを認めさせた唯一の男。面倒くさい、休みが欲しいと言いつつ誰よりも長い時間働き続ける矛盾抱えていた変な男。その男がまた変なことを言いだした。

 

「袁紹に決戦の場所と日時を書いた果たし状を送ろう」

「「はあッ~!!!?」」

 

 八幡の考えに私と桂花の驚く声が重なった。柄にもない反応を見せてしまい気恥ずかしい。気を取り直すように小さく咳払いを一つする。

 

「コホンっ……それでどういうことなの?」

「そのままの意味だ。このままではコチラの懐奥深くまで攻め込まれるか、損害覚悟で時間稼ぎをする部隊を出すしかない。現状先手を取った袁紹に主導権があるんだ。こちらが切れる手札は何かしらの不利益が伴うものばかりになる。そこで発想の転換だ」

 

 八幡がとびきりの策を出す時に良くする意地の悪そうな笑顔を浮かべる。突飛で核心を突く考えをどこか卑屈で性根が腐ってそうな笑みで言う。そこもまた私は常々思う、矛盾していると、もっと自信を持って良いのにと。

 

「袁紹が主導権を持っているなら、あいつに選んでもらえば良いんだよ。俺達に都合が良い行動をな」

「そんなに上手くいくわけ……」

「阿呆で派手好きな袁紹なら受けるんじゃないか? それに董卓討伐連合の時に見た感じだと袁紹は華琳を結構意識していたみたいだったしな」

 

 普段他人になんて興味ないといった顔をしている割に良く見ている。それに私達が互いに真名を使っているのも特別隠している訳ではないから、その点からも察しの良い人間なら気付くだろう。

 あの阿呆を宿敵と呼ぶのはためらわれるけれど、路傍の石と呼ぶには大きすぎる存在だ。麗羽が私と同じように感じているかは分からない、ただ腐れ縁の彼女は幼い頃から事あるごとに絡んできた。そんな麗羽が私に喧嘩を売られて無視出来るはずがない。

 納得しかけている私とは違い、八幡に対抗意識を持っている桂花は素直に意見を受け入れられない様子だった。

 

「楽観的過ぎるでしょ。いくら袁紹の頭が空っぽでも、そんなに都合良く動くとは限らないわ!」

「もちろん果たし状を送るだけで上手くいくとは思ってねえよ。良いか、このことを大々的に喧伝するんだよ」

 

 麗羽を良く分かっている。そうなればもう麗羽の行動は決まったようなもの。

 

「二人の英傑が雌雄を決する一大決戦、真の覇者が誰か小細工無しの正面対決ってな。空気が読めない阿呆でも分かるくらい大々的に盛り上げれば乗って来るだろ?」

「さ、流石に側近の誰かが止めるでしょ」

「側近は止めても兵や民衆はどうだろうな。戦という命の危険が迫る中、冷静な判断力は普段に比べて下がっていく。末端に行けば行くほど現実逃避したがるんじゃないか。そんな所で威勢の良い話題があればどうなる?」

 

 一拍置いて

 

「直接袁紹を知らない末端の兵からすると、名門出身で率いる勢力は最大規模ときている。勘違いさせるには十分な要素だ。後はその幻想を後押ししてやれば良いんだよ。自分達を率いる袁紹は凄い、自分達の所属する陣営は凄いってな。そんな見せ掛けの安心感に縋るような奴は、こっちの思い通りに盛り上がってくれるさ。そして阿呆とはいえ袁紹も人間だ。人間ってのは意外と周囲の期待は裏切り辛い生き物だ。ましてや周囲の期待と自分の望む理想が近ければ抗いがたいものになる」

「あの娘の理想?」

「端的に言えば目立ちたい、活躍したい、ちやほやされたいってところだろ。違うか?」

 

 麗羽からかけ離れている理想という言葉が気になり聞いてみたが、そう言われれば納得である。彼女の行動は突飛なことも多々あり今回のように読みを外してしまう時もあるが、望むものは単純なものだ。

 

「でもそれだと敵の士気が上がるじゃない」

 

 桂花は苦々しい表情を隠しもせず指摘する。それは八幡への対抗意識だけでなく麗羽達を調子に乗らせること自体が嫌なのもあるだろう。私も麗羽が調子に乗っている姿を想像すると苛立ちは感じる。どうせまたあの高笑いをあげるんでしょう。

 八幡は桂花へ応えるのではなく、私へ視線を寄越してきた。

 

「戦う前に舌戦を仕掛けてボコボコにすれば良いだろ。華琳なら口で袁紹に負けることなんて無いよな?」

「そう問う事自体がもう侮辱よ」

 

 一つ溜息を吐き出した後、自然に笑みが浮かぶ。ここまでお膳立てをされて否やは無い。

 

「八幡の案を採用するわ」

「華琳さまッ!?」

「より良い案があるかしら?」

「ッ……いえ、ありません」

 

 桂花も八幡とは方向性は違うものの優秀な軍師だ。感情で理を見失うことはないし、思考の切り替えも早い。

 

「では決戦の場所と日時いかがなさいますか?」

「互いの軍が展開するのに困らない平野部で、日時はあちらが無理なく移動出来るように計算して」

「はいっ」

 

 打てば響く、私の要求に桂花は間髪入れずに応じる。

 奇策が多い傾向の八幡と軍師として基礎がしっかりしている桂花。桂花本人は嫌がるだろうが、意外と私の軍師陣は均衡が上手くとれていると思う。あとは八幡の奇策にもう少しだけ節度が加われば言う事は無い。流石に董卓討伐軍の行軍中にその本人の所へ交渉しに行き、出来れば引き込みたいと聞いた時には、気が確かなのか不安になったものだ。

 そんな私の気も知らないようで、八幡はまた常識外れの提案を始めた。

 

「ふと思ったんだが、敵に補給線の安全確保も約束したら良いんじゃないか。なんだったら物資を売ってやっても良い」

 

 何気なく言う八幡に桂花は額へ手をやり首を横に振った。桂花のそれは驚きとも呆れともとれる様子だったが、正直私も同じような状態だろう。

 

「あんたねえ……意図は分かるけれど誰がやるのよ、それ」

 

 桂花の言う通り、意図は分かる。

 確実な話ではないが、相手の補給線の安全を約束すれば、私の領地で略奪や半強制的な徴発が行われる可能性が減るし、儲けも出るでしょう。敵に物資を売るというのもおかしな話だが、相手が麗羽なら実現するかもしれない。金を惜しむような性格ではないし、そもそも細かい事を考えないので抵抗を感じないかもしれない。しかし、他に大きな問題がある。それはこちら側に安全確保と物資の販売には抵抗感を持つ者が多く出るであろう点だ。補給線を襲わないという約定だけなら問題ない。だがこの二点に関しては軽々に扱えない。

 私の領地は他に比べて治安が良いが、野盗の類が全くいないわけではない。相手の補給線の安全確保まで約束するなら、その為の部隊を派遣しなければならない。

 

「相手が仮に決戦の申し込みを受け入れたとしても、何の大義名分も無く攻め込んで来た事実は変わらないのよ。そんな相手を守るなんて大抵の者は忌避するでしょう。まして物を売るなんてどう思われるか」

 

 桂花の苦言に八幡の反応は薄い。

 

「そんなに気になるもんか?」

「理屈の上では理解出来ても、誰もが納得出来るわけじゃないわ」

 

 私の言葉を続けて桂花が「春蘭辺りが五月蠅いわよ」とこぼす。これには八幡も顔しかめた。

 桂花は語勢を強める。

 

「一々説明して回るの? 春蘭が理解出来るまで」

 

 流石の八幡もお手上げと身振りをする。

 今のやり取りは春蘭には言えないわね。いえ、春蘭と八幡の二人が揃っている時に揶揄う材料になるかしらと思考が少し逸れた。

 その時八幡の呟きが聞こえた。

 

「どうせすぐ潰すのに気になるか」

 

 それは麗羽が【どうせすぐ潰す】、【取るに足らない相手】だから何をしようと気にならない。気にする者を不思議がっているようだった。私はそれに麗羽と自軍の戦力を知りつつ気負いもなく言える頼もしさと同時に小さな危うさを感じた。

 

 

 

 

 

 

 その後、曹操は決戦を申し込む使者を袁紹に送り、袁紹は部下の制止を退けこれを受け入れた。ここに最大と最精鋭の勢力が正面からぶつかり合うことが決まった。この一戦に国中の視線が集まる。




袁紹陣営での一幕

袁紹(麗羽)
文醜(猪々子)
顔良(斗詩)

麗羽 「決戦の申し込みぃ~?」
斗詩 「ありえないですよね。使者には帰ってもらいますね」
猪々子「何言ってんだよ斗詩。受けるに決まってるだろ!」
斗詩 「せっかく不意打ちが成功しているのにおかしいよ」
麗羽 「猪々子さん……」
斗詩 「麗羽様からも言ってやってくださいよ」
猪々子「いいじゃん天下分け目の大戦だぞっ、燃えるじゃねえか」
麗羽 「素晴らしいですわ。まさに私に相応しい舞台! すぐに受けると伝えなさい」
猪々子「よっしゃー熱くなってきたー!」
斗詩 「えぇ(困惑)」




おまけ

お豊 「八幡、ぬしゃ、人ん頭ん内を読むのは、何でも見抜く」
お豊 「じゃっどん、人ん心ん中で思っちょる事を見抜けん」
八幡 「またドリフネタかぁ」
ノッブ「おみゃー何か儂と同じ匂いがするのう」
八幡 「一緒にすんじゃねえ」
ノッブ「そーかあ?」
ノッブ「問1、敵だけじゃなく味方からも怖がられることがある」
ノッブ「問2、家族もしくは近しい者達から日常的にうつけ扱いされていた」
ノッブ「問3、敵陣を見ると燃やしたくなる、または燃やしたことがある」
ノッブ「問4、人を煽るのが得意」
ノッブ「問5、なぜか周りは敵ばかり」
ノッブ「問6、傀儡にしていた者に反旗を翻されたことがある」
ノッブ「問7、妹の夫は殺す」
ノッブ「問8、こんなに可愛い子が女の子のはずがない。蘭丸カワユス」
ノッブ「いくつ当てはまったかにゃあ」
ノッブ「全部当てはまった者には第六天魔王の称号をやろう、ふっはっは」
お豊 「のっぶ以外でおらんだろ、業が深けえ」
八幡 「ぐぬぬっ」
ノッブ「全部当てはまったら……」
ノッブ「将来物理的に炎上しちゃうかもしれないので気を付けるように」


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決戦(笑)の序曲

 ある晴れた日、雲一つない青空の下俺達は大勢の仲間と共にお出かけ中である。ピクニックかな? 残念、今から君たちには殺し合いをしてもらいます。完全に死亡フラグですありがとうございます。

 俺のすぐ後ろには曹操軍二万ちょっと、前方遠目に袁紹軍三万が布陣している。さっきまで華琳と共に指揮所にいたのだが、場の空気が息苦しかったので袁紹軍の様子見を口実に今は前線まで来ている。開戦までには少し時間があるが用心の為、冬蘭も付いてきている。

 戦前(いくさまえ)の緊張を下らない脳内コントで紛らわしていると、傍にいた冬蘭が怪訝な顔でこちらを見ていた。

 

「何ニヤニヤしているんです。また型破りで悪辣な策でも考えていたんですか?」

「ニヤニヤなんてしてないし、人聞きが悪いぞ。危ない人みたいだろ」

 

 冬蘭が何が楽しいのか俺の肩をこそばゆい軽さでつついて微笑んでいる。

 

「ニヤニヤしていましたし、危ない人ですよ」

「おかしい。真面目で慎ましい生活をしているのに何故部下から罵倒されるのだろうか」

 

 存在が空気みたいな俺は人畜無害に決まっているだろ。俺は悲しいよ、部下から危ない人認定されるなんてな。何が悪かったんでしょうねえ。

 

「日頃の行いじゃないですか

ね。今回の決戦もお膳立てしたって聞きましたよ」

「案を出しただけだ」

「その案が突然侵攻してきた相手に果たし状ですか。普通出てこない考えですよ。まあ、受ける方がさらにおかしいんですが」

「ホント、そうだよな。決戦の申し込みを受けさせる自信はあったが、受けるくらいなら最初から奇襲なんてすんなよ、面倒くさい」

 

 愚痴る俺に冬蘭は呆れたような視線を向ける。

 

「やっぱり前言撤回します。どっちも同じ位変人です」

「悪化してるんですが、それは」

「それより早く華琳様の所へ行きましょう。そろそろ始まりますよ」

 

 冬蘭は俺の手を引き歩き出す。

 何が始まるのかって? そらもちろん口上戦だ。戦に際して自らの正当性や優位性を主張し、敵の非をあげつらう決戦前の弁舌による前哨戦みたいなものだ。

 口喧嘩みたいなもの? そんなチャチなものじゃない。味方を鼓舞し、敵の戦意や結束にダメージを与える事が出来、後の決戦にも影響を及ぼす大事な戦いだ。

 冬蘭に引っ張られて歩く姿はさながら親に連れられた子供のようだろう。気恥ずかしさはあるが、圧倒的な力の差があるので抵抗は無駄である。別に少女の手の平の感触に戸惑いを覚えて抵抗するのを忘れていた訳じゃないんだからね。

 

「……八幡さんのお膳立てのおかげで華琳様も意気軒昂といったご様子。またお手柄ですね」

「そうか?」

 

 果たし状を送ると決めた後、ずっと張り詰めた感じで話しかけ辛い状態が続いていたんだが。

 

「そうですよ。八幡さんに負けていられないと張り切っておられました」

「相手は袁紹であって、俺に勝つも負けるもないだろ」

「それはそれ、これはこれなんですよ」

「いや意味が分からん」

 

 冬蘭はふふっと柔らかそうな唇に微笑みを乗せて俺へ顔を向けた。

 

「ご褒美に夏蘭姉さんの胸をひと揉みするくらいなら許してあげますよ」

「……それ俺、死にませんかね?」

 

 とんでもない発言に俺は一瞬呆けてしまったが、すぐにツッコミを入れる。

 夏蘭が敵の突き出した槍を素手で叩き折っているところを俺は見たことがある。そして俺の手や首は槍より頑丈だったりしない。あとは分かるよね。

 

「姉さんならあんまり気にしないと思いますよ」

「仮に夏蘭が気にしなくても俺の評判は底値更新間違い無しだからな」

「そうですね。まあそういう事がしたければ今度功を挙げた時に華琳様にお願いしてみたらどうです」

 

 胸を揉むって俺が言い出した話じゃないのに、まるで俺の願望みたいに言わないでくれますかね。功を挙げた時に胸を揉まして欲しいと頼む、そんな部下なんて俺なら絶対関わりたくない。こいつは俺を何処へ導くつもりなんだ。

 

「やっぱ死ぬよ、それ。春蘭や荀彧の耳に入った時点で頭と胴体がお別れしちゃうだろ」

「へえ華琳様は怒らないという読みですか……」

「多分ゴキブリを見るような目をされるか、笑い飛ばされるかのどっちかじゃないか」

 

 どっちも嫌だ。想像しただけで背筋がゾクゾクする。決して興奮しているわけではない。美少女に冷たい目を向けられて喜ぶ趣味は……無い(小声)まああったとしても命を懸けるほどじゃない。

 何が楽しいのか冬蘭は蠱惑的な表情で囁く。

 

「私はもっと面白いことになると思いますよ」

「ふーん、もっと面白い死に方するってことだな」

「そういうことにしておきましょうか」

 

 俺イジりに満足した冬蘭から追撃は無かった。助かったな。あと少しで胃に開く穴が一つから三つになるところだった。戦いの前なのにヒットポイントゲージが赤色に変わりかけたが、無事華琳のもとに到着する。

 俺達が合流してからしばらくすると、ついに華琳と袁紹が自軍から進み出て舌戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 開始数分後。

 

『髪型パクリのくせにバーカバーカ!! 』

 

 

 顔真っ赤で涙ぐみながら自陣に引っ込んで行く袁紹の姿があった。

 これは酷い。数万人の前で口喧嘩に負けた小学生のような袁紹の振る舞い、俺なら恥ずかしさのあまり引きこもりになるレベルの黒歴史を見てしまった。それに舌戦の内容自体もなかなか酷かった。

 最初は袁紹が自身の生まれの高貴さと地位を理由に「俺の物は俺の物、お前の物も俺の物」的なジャイアン理論を振りかざした。それに対して華琳が漢王朝から認められ、この地域を治め発展させてきた自身の実績を理路整然と並べて正当性を主張、もうこの時点で差が大きく出ていた。そのうえ袁紹の弁舌が低レベル過ぎて華琳は途中から軽くあしらい始めてから、袁紹のイライラは誰が見ていても分かるくらい増していった。

 華琳は袁紹が何か言うたび「でも貴方文武どちらも私に劣っているわよね」「一騎討ちでもしましょうか?」と挑発を繰り返す。

 どうも子供の頃からの腐れ縁で事あるごとに袁紹は華琳にちょっかいをかけるも一度も勝てなかったらしい。途中から華琳は面倒がって今のように口で軽くあしらうようになったと近くにいた秋蘭が教えてくれた。

 そんなこんなで今日こそ決戦で華琳を打ち負かすんだと意気込んでいたのに、こんな大人数の前で言い負かさたうえ幼い頃からのコンプレックスを抉られてしまった為、さっきの負け犬袁紹の遠吠えが生まれたのだ。

 では舌戦で圧勝した華琳はご機嫌かといえばそうでもない。

 

「あの()と話していると疲れるわ」

 

 舌戦が終わり本陣に戻って来た華琳は、こめかみをピクピクさせながら吐き捨てるように言う。話が通じないレベルのアホと話すのはストレスマッハだったようだ。どれだけ理屈を述べても理解しない、もしくは聞く気すらない相手だと全てが徒労に終わる。やりたくもない無駄な事をするのは耐えがたい苦痛を感じるだろう。とある小説にひたすら穴を掘って埋めさせる拷問が書かれていたが似たようなものだろう。意味の無い事をやり続けるというのは、精神を著しく摩耗させる。俺も学生時代数学の授業中いつも感じてた。こんな何の役にも立たない数式になんの意味があるんだって、えっ例として合ってない? そんなことないだろう。まあいいや。

 それより舌戦が終わると同時に戦闘が始まるものだと思っていたが、そうはならなかった。舌戦が締りの悪い終わり方をしたせいで、流れに任せて突撃とはいかなかったのだ。特に大将が無様を晒した袁紹軍は遠目でもざわついているのが分かるくらいだと、華琳の護衛として近くに控えていた秋蘭が証言した。

 

「私の兵を目の前に随分呑気なものね。目を覚まさせてあげましょう」

 

 華琳が獰猛な笑みを浮かべ合図を出す。

 本陣から銅鑼の音が響けば華琳の剣、武力の象徴である春蘭率いる中央前衛部隊が前進を開始する。

 華琳麾下(きか)で最強の武人は誰かと聞かれれば多くは恋を挙げる。恋、呂布と言えば対象を漢全体に広げても最強であることに異を唱える者は少ないだろう。しかしこと華琳の武力の象徴という点で言えば、春蘭の方が相応しいと言う者が、少なくとも華琳麾下では多いはずだ。陣営が大きくなる前から華琳に最も近い場所で剣を振るい支え続けた春蘭こそ象徴足りえる。この一大決戦において春蘭が先陣を切ることは最初に決まり、異論も出なかった。

 そのおかげか作戦会議の時点で俺の前線での役割が今回はあまり無いと言われている。

 仕事が無い、これほど素晴らしい言葉はなかなかない。感激のあまり「よしっ」という声と共にガッツポーズをしてしまった。華琳は微妙な顔をし、荀彧は目を見開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

検証してみた。穴掘りに精神的ダメージを与える効果はあるのか?。

 

【挿絵表示】

 

 

実際に穴をいくつか掘って埋めるを繰り返してみたが、本編で挙げたような精神を摩耗させるような効果は認められなかった。これが想像力の限界なのだろうか。

 

予想された精神への効果が表れなかった原因はなんだろうか。

考えられる原因その一

暑さなど厳しい環境下での重労働によって身体的疲労が激しく、相対的に精神的疲労が矮小化された。

 

考えられる原因その二

運動によるストレス軽減効果。穴を掘って埋めるという運動によって精神的ストレスが多少発散された。

 

考えられる原因その三

暑すぎて精神を病むほど作業が続けられない。

 

考えられる原因その四

作者が穴を掘って埋めるという行為に快感を覚える変態だった。それによって「意味の無い無駄な」作業の繰り返しという前提条件が崩れてしまった。




今回の八幡に対する各キャラの評価

冬蘭→華琳様に対して脈があるかどうか揺さぶりをかけるも、判断材料がまだ少ない。

華琳→これさえなければ完璧なんだけど

桂花→なんなのコイツ!!!! 見てなさいよ。奇策だけが軍師の能力の決定的差ではないということを、教えてあげるわ!!!


読んでいただきありがとうございます。
暑い。


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68話

 俺は本陣で華琳達と共に戦況を見守る。

 まずは春蘭率いる前衛部隊が前進する。春蘭を先頭に軽い駆け足程度の速度で袁紹軍へと走っていく。徐々に徐々にその速度は上がっていき、あと百メートルくらいのところで春蘭は大剣を振り上げ咆哮した。そこからは一気に加速し、敵前線へ突撃を敢行する。その間、敵の反応は鈍く散発的な弓矢が放たれただけである。

 春蘭達が敵とぶつかった。目に見えて分かるほど春蘭達が敵を押し込んでいる。間髪入れずこちらから張遼の騎馬隊と秋蘭の弓隊が出陣し、春蘭達前衛部隊を掩護するように動き出す。

 華琳はその展開に淡白な感想を漏らした。

 

「敵の動きは思った以上に鈍いわね」

「はい、袁紹が無様を晒したのが効いているのでしょう」

 

 華琳の傍に控えていた桂花の言葉も間違ってはいないと思う。だがトップが口上戦で負けたことによる単なる動揺だけではないだろう。

 権力だけは超絶持っている我儘トップが、口喧嘩に負けて顔真っ赤で戻ってきたら、部下達は扱いに困るだろう。下手に触れると怒りが自身へ向けられるかもしれず、さりとて無視することも出来ない。あちらの配下の方々にとっては地獄だな。やはり働くって行為は不幸しか生まないな。ニート最高。社内ニートでも可。

 あちらに比べて俺の方は天国だ。ここからの作戦は華琳と荀彧主導で立てられており、なんと嬉しい事に俺の役割はほとんど無いらしい。今も主力の春蘭が敵前衛を押し込みつつある。そのうえ張遼が騎馬隊を率いて敵側面へ攻撃を仕掛け敵が態勢を立て直すのを遅らせ、秋蘭の弓兵が突出しつつある春蘭隊を包み込もうとする敵を牽制している。本当に見ているだけで良いかもしれない。

 順調な滑り出しに気を良くした荀彧が得意げに胸を張る。

 

「どう? あんたの活躍の場はもうなさそうよ」

「良いことだ」

 

 荀彧は俺に悔しがって欲しかったようで眉を歪めている。マンガだったら荀彧の左上辺りに【ぐぬぬっ】と書かれていそうだ。

 

「さっきも仕事が無いって聞いて、よしとか言っていたし、やる気あるのっ!」

「やらなくても良いなら、それで良いじゃねえか」

 

 ニートに対する皮肉の一つに、働かずに食べる飯は美味いかというものがある。だが俺はその皮肉に対してこう断言する。美味いに決まっている。働かずに食う飯は美味い。なんだったら他人の金で食う飯も美味い。当然だ。もし美味く(うま)感じないなら料理自体の味が悪いんだろ。

 

「荀彧は効果的な作戦を立てたことで功を上げれて嬉しい。俺は仕事をせずに済んで嬉しい。最高の関係だな。こういう関係を俺の住んでいた所ではウィンウィンの関係と言う」

 

 俺はにやりと笑い、「ウィンウィン」と言いながらダブルピースを作り人差し指と中指をくいっくいっと曲げて見せる。

 荀彧はそれを見ると、手で自分の口を抑えて顔を背けた。

 

「う、気持ち悪っ」

「八幡さん……いくら煽られたからって仲間を呪うのはどうかと思いますよ」

「呪ってねえよ!」

 

 近くに控えていた冬蘭の反応が結構本気っぽくて不安になる。また変な噂が増えそうだから止めてくれ。それに俺はまだ三十歳にはなってないから魔法使いじゃない。だから呪いなんて使えないぞ。

 

「でも、なにか奇妙な動きしていたじゃないですか。こう、うぃんうぃん?」

 

 冬蘭がやるとかわいいじゃねえか。呪い要素なんて無いな。

 気分が良いので荀彧に追加の称賛を送る。

 

「俺の仕事を減らしてくれるなんて、荀彧……お前最高に(都合が)良い奴だな」

「いやああああああ」

 

 荀彧が自分の背中や首を掻きながら「全身が痒くなる」と喚いている。

 まあ、いつものことだ。荀彧の男嫌いは今に始まったことではない。最初の頃の、一緒の部屋にいるだけで孕まされるとか言っていた状態を思い返せば大分マシになった。ちょっとしたアレルギーみたいなものだと考えれば特に問題ではない。

 だが何故か俺が無実なのは確定的明らかなのだが同意してくれる者はいない。そして何故か華琳が俺の右肩に手を置いて微笑んでいる。

 

「八幡も桂花を責める悦びに気付いてしまったのね。桂花はこう見えて責め立てられるのが好きなのよ」

 

 聞きたくも無い情報を得てしまった。お願いだから同好の士を見つけたみたいな顔で頷かないでくれ。

 こいつら百合な関係だけでなくSとMなアレも嗜んでいるのかよ。業が深い。俺も男だ。美少女達のそういう話は嫌いじゃない。しかし、どうせ触れることすら出来ないのに聞かせられてもただの生殺しだ。

 

 

 さて、そんなことより大事なのは戦況である。都合の悪いものは見ざる聞かざる言わざるが俺のモットーだ。

 袁紹軍もいつまでも混乱状態ではないはずだ。とは言え心配はしていない。事が想定通りに進んでいるのは、華琳や荀彧の余裕のある様子を見れば分かる。

 馬鹿話が終わってから何分経っただろうか、伝令が来る。

 報告内容は春蘭に対して相手が文醜を送り出して来たこと、それによって春蘭隊の前進が止まったことの二点だった。

 文醜は袁紹陣営では恐らく一番の武勇を誇る将だ。董卓討伐連合関連で一言二言話した事がある程度の関係だったが、印象としてはノリの良さそうな少女だったのを覚えている。まさか春蘭の前進を抑える程の力があるとは。この世界の女の強さは一見しただけでは全く分からないのを再確認させられる。

 ただまだ想定の範囲内である。袁紹軍で名の通った将は文醜と顔良の二人しかいない。こちらの主攻である春蘭隊が前進を続ければ、それを抑える為にこの二人のどちらかが出て来るのは必然である。そして、それは袁紹の片腕が塞がったことを意味する。

 秋蘭はこのまま春蘭のフォロー役に徹するにしても、張遼は自由に動けるし、他にも動ける将がこちらには何人もいる。総兵数こそ袁紹軍が上回っているが、将の質と量はこちらが上である。ゆっくり全軍同士で正面衝突すれば袁紹の兵数の利が生きるだろう。しかし張遼が実践している通り、この開けた平野では陣形の制約はなく、騎兵による機動力を武器にした横撃も可能だ。ヒット&アウェイに相手は対応出来ずに被害は増え続けている。

 そんなに都合良くいくのか、多勢に無勢ではないのかと思うかもしれないが、前提としてこの世界の有名武将とそれ以外の兵の間には戦力面で越えられない壁が存在する。百人くらい平気で倒す。恋に至っては万単位で黄巾党を狩ったらしいし。だから無理せず駆け引きをしながらヒット&アウェイを繰り返すくらいなら難なくこなせても不思議ではない。

 まあ、駆け引きなんて出来ない春蘭は正面からぶつかって前進を止められているみたいだが。押し込み続けている間は良いが、敵陣で止まってしまえば損害は大きくなる。春蘭隊が全滅するまでに張遼隊が相手を削り切れるかもしれないが、こちらにはまだ余裕があるのだからさっさと追加の部隊を出した方が良いだろう。

 

「そろそろ待機している隊を投入しないか」

 

 あ、もちろん俺と虎豹隊のことじゃないぞ。華琳達に届け俺の願い。

 華琳は蠱惑的な笑みを浮かべて首を傾げる。

 

「あら仕事が無くて嬉しいと言っていたのに、本当は打って出たかったのかしら」

 

 願いは届かず。いやこの顔は分かっていてあえてか。猫がネコじゃらしにじゃれ付くような戯れのつもりなんだろう。でもね、華琳さんや。陰キャボッチの俺からしたら、貴方は猫は猫でもライオンや虎だから軽くじゃれたくらいでも致命傷なっちゃうよ。自重しろください。

 

「投入するのは俺じゃない、他にもいるだろ」

「はい、華琳様っ! 私に案があります」

 

 さっきまで吐きそうな顔で体を掻きむしっていた荀彧が俺の言葉に被せ気味に声を上げる。

 頼むぞ荀彧。お前なら俺を仕事から遠ざけてくれるよな。俺達ウィンウィンな関係だろ。

 

「その気持ち悪い視線をこちらに向けないで、体中を虫が這いずり回っているような不快感があるわ!」

「虫が這っているように感じるって、ヤバイ薬でもやってんの?」

「やってないわよ!!」

 

 こいつ元気だなあ。反応が良いもんだからつい余計な事を言ってしまう。

 華琳がまた「分かるわ」というような表情で俺を見ている。本当に俺は同類じゃないから、その顔を止めろ。

 華琳は続けて俺へ向けて声には出さず、口だけ動かして「わ、た、し、の、よ」と伝えて来た。

 背筋がぞくぞくする。風邪かな? みんなにうつしたら悪いからもう早退すべき、そうすべき。仕事をしていないのに異常に疲れを感じる不思議。




読んでいただきありがとうございます。


荀彧「忌々しい比企谷と一緒に仕事をすることが多いからか、背中が妙にかゆい」
荀彧「朝起きたら背中だけでなく、腕にも腫物が出来ていた」
荀彧「夜、体中 あついかゆい」
荀彧「かゆい うま」
八幡「比企谷菌と呼ばれていたものは、実はTウイルスだった?」

バイオ発売当時に実際プレイしてこのファイルを読んだ人って、もうあんまりいないかなあ。寄る年波を感じる今日この頃。


>袁紹軍で名の通った将は文醜と顔良の二人しかいない。

そんな訳ないんですが、初期恋姫とかでは割とこんな感じ。


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決戦(笑)はやはり(笑)だった

 文醜によって前進を止められた春蘭部隊。このままでは部隊の損害が大きくなってしまう。それを避ける為、俺は待機している部隊の投入を進言した。すると華琳が揶揄い混じりに俺が戦いに参加したがっている(てい)で話し始めて俺は慌てることになった。だがそこに待ったをかける者がいた。

 

「はい、華琳様っ! 私に案があります」

 

 俺の窮地を救ったのは俺をライバル視していたはずの荀彧だった。

 ありがとう荀彧。強敵(とも)よ、お前は最高に(都合が)良い奴だよ。

 

「比企谷を右翼側から進撃させましょう」

 

 よくもだましたああああ。よくもおれをだましたあああ。期待させておいてこの仕打ち。俺の心の絶対許さない奴ノートに殿堂入りだぞ、てめええ。

 

「その際に比企谷の旗を目立つように掲げさせれば、この膠着は容易く崩れます。比企谷には曹純と呂布が付いているので、そちらの旗も並べれば確実なものとなりましょう」

「そうね、それで良いわ」

 

 華琳は即決で荀彧の案を認めてしまった。

 完全に話が決まってしまう前に俺はなんとか割って入る。

 

「待て待て、俺の旗なんて無いから」

「ありますよ」

 

 当然とばかりに冬蘭が大してあるわけでも無い胸を張る。俺の旗なんて本人である俺知らないし、自分の名前が入った旗とか恥ずかしいから止めて。何故そんな酷いことするの。

 

「なんであるんだよ」

「ちゃんと作ってあるに決まっているじゃないですかぁ。名を売るには重要ですよ」

 

 冬蘭のドヤ顔が憎たらしい。言葉にしなくてもあの顔が雄弁に語っている。優秀な部下を持てて幸せでしょうと。

 冬蘭の用意周到さが無駄に発揮されて俺の発言は潰されてしまった。俺の名なんて売らなくて良いから、ホント。俺が売るのはやりたくない仕事を前に油を売るくらいだから。名前なんか売れてしまったら無駄に標的にされる未来しか見えない。

 俺と冬蘭の茶番を呆れた目で見ていた荀彧が溜息を一つ聞こえるように吐いて、話の流れを戻す。

 

「……いい? アンタは余計な事をせず、敵本陣を狙う姿勢を見せるだけで良いの」

 

 どういうことだってばよ。と何処ぞの忍者みたいに頭にクエスチョンマークを浮かべる俺。華琳はすぐに荀彧の意図を察したようだが俺には良く分からない。そんな俺の様子を見て荀彧は愉悦の表情になる。俺のウィンウィンのジェスチャーを見た時は、ゲロ吐きそうな顔色だったのに顔色も良くなっている。忙しい奴だな。

 華琳の方は意外そうに小さく首を傾げている。

 

「ここまで情報があって分からないなんてどうしたの?」

 

 心配されてしまった。変な過大評価をされるのは面倒だが、これはこれで頭の心配をされているようで何か嫌だ。

 

「主力同士がぶつかり膠着状態になっている今、こちらが強力な別動隊が本陣を攻めようとすればあちらは対応に苦慮するでしょう。戦闘中の主力の一部を分けて本陣を守ろうとすれば膠着状態が崩れて劣勢に陥るし、本陣もしくは袁紹とその護衛だけ安全な場所まで後退させれば主力部隊は取り残されることになるでしょう」

「いや、それは別動隊が相手本陣より強いことが前提だろ」

「正確には相手がそう判断すれば良いということよ」

「じゃあ俺より適任がいるんじゃないか。俺より強そうな奴なんていくらでもいるだろ」

 

 何故か俺の言葉に全員微妙な表情で溜息を吐く。

 

「八幡、貴方に関する噂は色々流れているし、最近また増えているから心配しなくても大丈夫よ」

 

 別の心配事が今まさに生まれてたんですが。色々って何だよ。また頭のおかしい感じの悪い噂が流れているのか。小学生の時から比企谷菌とか言われていた事を考えると悪い噂を流されるのは、もはや俺の宿命と化している気がする。もしかして俺の運命呪われすぎ? 今度お祓いにでも行こうかな。

 冬蘭がにやにやと意味ありげに視線をこちらに飛ばしてきた。

 

「なんでもぉ黒の御使いの比企谷様って人は、天下無双の将軍呂布を屈服させて部下にしたらしいですよ」

 

 大きくは間違ってはいないが屈服なんて言うとまるで叩きのめして服従させたみたいじゃないか。実際は工夫と取引でなんとかしただけなんだが。

 

「それと董卓は黒の御使いの怒りを買ったせいで炎によって苦しんで死ぬことになったらしいです」

「何その天罰みたいな表現。董卓は自ら火を放って自殺したことになっているから、誰だよそんなこと言っているの」

「噂ですよ。う、わ、さ。黒の御使い比企谷の前ではいかなる悪も炎によって灰燼と帰すって話です。まあ私が流しているんですが」

「お前かよ! 何してくれちゃってるの。俺がヤバい奴だと思われるだろ」

「今更ですね。それに悪名は無名に勝るんです。多少盛ったくらいが丁度良いんです」

 

 冬蘭、全部お前のせいだし 自分で悪名って言っちゃってるし。それに盛り方が多少じゃない。チョモランマ並に超特盛りじゃないすか! やだー。ホントは盛っているんじゃなくて作り話じゃないかと言いたいところだが、董卓の焼身自殺偽装は俺の発案だから無関係と言えないのがつらみ。

 

「今回の荀彧さんの策だって名が通っているからこそ通用するものでしょう?」

「評判まで気にして手を回しておくなんて、良い部下を持ったわね」

 

 これには華琳もにっこり。でも俺はげっそり。

 評判上がるどころか下がってませんかね。これゲームの種類次第ではカルマ値が上がり過ぎて、カオスルートまっしぐらだぞ。こいつら俺を魔王にでもしたいの? 魔王なら華琳の方が似合って……。

 

「何か言いたいことがあるのかしら?」

「ないです」

 

 気付いたら華琳が俺の顔を覗き込むくらい近付いていた。びくっとしてしまった俺には目を逸らす間すらなかった。青い瞳が近づき続ける。吸い込まれそうな錯覚を感じたが長くは続かず、すぐ少しだけ横にずれる。

 華琳は俺の耳元に顔を寄せて。

 

「それじゃあ朗報を期待しているわね」

「……余計な事はするなって話だから、やるのは攻めるフリだけだろ」

「素直にそれで終わらすの?」

 

 華琳は荀彧には聞こえないよう囁く。悪魔が欲深い者を唆す時にするように甘く、心に深く刺さるような囁きだ。

 うん、でも俺は素直に荀彧が言う通り余計な事はしない。そういうのは春蘭みたいな戦意マックスな奴向けだろ。俺には意味ない。俺のことどういうヤツだと思っているんだよ。もし春蘭と同類だと思っているって言われたらショックだわ。

 さあ、荀彧の作戦の意図と俺の仕事内容が分かったのでさっさと出発しよう。もたもたしていると春蘭隊の被害が増えるし、このままここに居続けるのは何だか面倒事が増えそうな予感がしてしょうがない。周りは味方しかいないはずなのに、前線より危ない気がする。

 荀彧は俺が華琳の近くにいるのが気にくわないようで、グルルッと猛犬のように唸っているし。そのグルルッ言うのやめなさい! あなたも軍師なんだから馬鹿みたいな真似してちゃダメでしょ。ホント犬みたいに唸っている奴と仕事が無いと分かって「よしっ」とガッツポーズしちゃう奴の二人しか軍師がいない軍とか大丈夫?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「猪々子さんはいつまで手間取っていますの!」

 

 袁紹は主力部隊を率いて戦っている部下の文醜が、未だ戦勝報告を届けないことに苛立っていた。現在、戦勝どころか勝敗はどちらに転んでもおかしくない状況なのだが袁紹の頭の中では勝ちは決定事項なのだ。

 

「相手は武名の高い夏侯惇さんだから簡単にはいきませんよぉ」

 

 主人の勘気に顔良は困りながらも宥めようとする。だが我慢や冷静という言葉は袁紹の辞書には存在しない。

 

「夏侯惇なんて華琳さんのとこの力だけが自慢の馬鹿でしょう?」

 

 顔良は猪々子(文醜)も知力に関しては夏侯惇と似たようなものだと内心思ったが、それを言っても何の解決にもならないので沈黙した。

 

「だいたい数で勝っているのだから、がつんとぶつかってそのまま蹴散らしてしまえば――――」

 

 袁紹の言うだけは易しの見本のような独演会を、顔良は時々相槌を打ちつつ文醜へ本陣から増援を送るべきか考えていた。袁紹と付き合いの長い顔良にとってみれば、彼女の無茶な話くらいいつものことなので上手くやり過ごせる。

 だが状況が二人の予想しない形で変化の兆しを見せる。

 袁紹軍本陣の最前列辺りの兵達が騒めいている。その騒めきの波は瞬く間に本陣全体へと広がっていく。すぐに慌てた様子の伝令が袁紹達のもとへ飛び込んで来た。

 

「ご報告ッ、敵別動隊が前衛同士の戦いを迂回してこちらを直接狙う構えッッ!!」

 

 顔良はもちろんのこと、能天気な袁紹にも緊張が走る。

 顔良がすぐに問う。

 

「数は」

「およそ五百から六百」

 

 伝令の答えに緊張は一気に緩む。袁紹本陣にはその十倍は兵がいる。

 袁紹は鼻で笑い、軽く手でしっしと払う仕草をする。

 

「その程度で一々報告なんていらなくてよ。蠅ごときさっさと追い払いなさい」

「そ、そ、それが相手が」

 

 しかし伝令の様子がおかしい。顔は血の気を失い、体は小刻みに震えて続けている。

 

「なにをそんなに……」

「旗が、敵の旗は三種ッ! 呂、曹、そして中央にひと際大きな黒地の旗に比の文字です」

 

 訝しむ袁紹をよそに伝令は振り絞るように続ける。

 

「黒の御使いが呂布を率いてこちらへ向かっていますッッ!!!」

 

 最後は悲鳴になった伝令の報告を聞き、袁紹と顔良は押し黙る。

 顔良は報告内容を反芻する。曹操傘下の呂と言えば伝令の言う通り最強の武人である呂布だろう。董卓討伐の際、曹操の軍師である比企谷という男に勧誘されたらしい。その話を聞いた時には、まさかと驚いた記憶がある。董卓陣営の最有力武将が戦いの最中にあっさり鞍替えをするとは思いもよらなかったのだ。なによりその比企谷が御使いの一人で、黒の御使いと呼ばれる男だと後で知って驚くことになった。

 曹の旗は恐らく曹操本人ではなく縁者である曹仁か曹純だろう。曹操本人であるなら旗は中央に掲げるであろうし、率いる兵数がいくらなんでも少なすぎる。

 そして比という旗が比企谷の物だろう。あの呂布や曹家の者より大きな旗であることが高い立場の者であるのを示している。多分黒地なのは黒の御使いであることを表しているのではないか。曹操軍において該当する人物は他にいない。

 

「私が御使いを見てみたいと言った時には、華琳さんはいないと言ったのに! 嘘でしたのッ!!」

 

 董卓討伐の為に連合を組んだ際、主だった者達で自己紹介した。その時に袁紹は曹操の下にいると噂されていた御使いに会ってみたかったと言ったが、曹操はいないと告げたのだ。

 袁紹が嘘を吐かれたと立腹しているが、顔良はその時のことを思い返してはたと気づく。

 

「麗羽さま思い出してください。あの時麗羽さまが会ってみたいとおっしゃったのは、その呪われた目で見られたら寿命が縮んで、口からは炎を吐く御使いです。それに対して曹操さんはそんな面白い生き物は飼っていないわと答えたんです」

「……どういうことですの?」

「御使いがいないと言ったのではなく、寿命を縮めたり炎を吐くような生き物は飼っていないという意味だったんですよ」

 

 顔良がゆっくり言い聞かせるとやっと理解したのか袁紹は地団太を踏んで怒りを露にした。

 

「詭弁ですわ。あの娘らしいこまっしゃくれた言い方ッ! 今度こそどちらが上なのか思い知らせてやりますわ。まあ私の靴を舐めて【お助けください麗羽さまぅ】くらい言えば命だけは許して差し上げてもよろしくてよ。お~ほっほっほ」

 

 顔良は途中から妄想を爆発させ始めた主にドン引きしていた。知り合いに靴を舐めさせて何が楽しいのだろうか。自分だったら絶対遠慮したいと顔良は思った。それにそんなことを言っている場合ではない。

 

「麗羽さま、勝った後のことより今ですよ、今。どうするんですか!?」

 

 顔良の訴えかけに袁紹は「はて何の事かしら」と首を傾げるも何も思いつかない。

 顔良はもう泣きたくなってきていたが、そんな暇すらない。

 

「そもそも敵がこっちに来てるって報告だったじゃないですか!?」

「あら、そんなこと。斗詩さんがやっつけてくれば良いことですわ」

「ええ……む、無理ですよぉ」

「たかだか五百かそこらの相手に情けない」

 

 袁紹軍の本陣には六千以上の兵がいる。数の上では十倍以上。通常なら問題にならない状況なのだが敵将の顔ぶれに顔良は不安を感じずにはいられない。しかしそんなことは袁紹には関係なかった。

 

「さあさあ斗詩さん、栄えある私の軍を率いる将の一人なのだから赤子の手を捻るようにやっちゃいなさい」

 

 むしろ自分の方が呂布にそうされそうな気がしてならない顔良だった。しかしこのまま放っておいても状況は良くなる可能性はない。しぶしぶ兵を連れ迎撃に向かおうと顔良は動き始めたのだが遅すぎた。顔良は自分とは違ってノリと勢いを重視し、深く考えずに行動する人間が自軍にいることを忘れていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 袁紹軍前衛の将・文醜は自らの主と嫁(仮)のいる本陣へ向かう敵部隊に嫌な予感がした。夏侯惇と直接切り結んでいた文醜だったがそこに側近の一人が件の敵部隊の詳細を伝えた。伝えるといっても悠長に話していられるような状況ではない。側近は要点だけを自らも剣を振るいながら叫んだ。

 

「本陣を攻撃しようとしている部隊は少数ッ、しかし旗には比、曹、呂の字がッ!」

「呂ってまさか呂布か!?」

 

 文醜はここまで夏侯惇という強者相手に一歩も引かぬ奮戦を見せていたが、この本陣へ向かう敵部隊に呂の旗があると知るとすぐに夏侯惇と距離を取ってそのまま本陣救援の為方向転換を強行する。

 

「麗羽さまと斗詩じゃあ呂布の相手は荷が重い」

 

 その判断は間違ってはいない。しかし行動は正解とは言えない。曹操軍、袁紹軍共に半分以上の兵を投入した前衛同士のぶつかり合いの最中である。そんな時に片方がいきなり自軍の本陣に向けて下がりだしたらどうなるか?

 

 片や歴史的な大勝、片や見るも無残な敗戦。

 

 自陣へ戻ろうとする文醜部隊を夏侯惇が見逃すはずもなく、その背を攻めに攻めた。勝機と見た曹操は自らも兵を率いて前進、袁紹本陣へ総攻撃を試みる。

 袁紹本陣に辿り着く頃には文醜の部隊は既に多くは討たれ、また散り散りに逃げる者も多数おり、文醜に付き従うのは僅かな者だけだった。そして文醜と袁紹は合流こそ叶ったものの、追撃してきた夏侯惇隊の突撃をモロに受けることになってしまった。

 夏侯惇とその兵達からすれば文醜のソレは、敗走にしか見えなかった。勢い込んだ彼女達の闘志は止まる所を知らない。特に夏侯惇は細かい戦術を駆使する事は苦手だが、ことこういった勢いが物を言う突撃は得手としている。袁紹が有効な迎撃策を取れなかった時点で結果は火を見るよりも明らかだった。

 圧倒的な勝利と言える曹操陣営だったが全てが思い通りとはいかなかった。曹操は出来ればこの場で全滅もしくは敗残兵を投降させたかったのだが、袁紹の兵達が我先にとバラバラに逃げ出す方が早かった。それは夏侯惇隊の突撃の効果があまりにも大きく、袁紹軍の壊乱が早すぎたことが原因だった。無秩序に逃げるその多くは、ただの的や獲物でしかなく容易く討ち取られていったのだが、その混乱のせいで袁紹、文醜、顔良の三人の死亡を確認出来なかった。原型を留めていない死体も多く、死んでいるとも生きているとも断言出来ない状況となってしまった。




読んでいただきありがとうございます。

今年中にもう一回更新したなあ。


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やったね八幡、軍師が増えるよ

 袁紹本人の死こそ確認出来なかったものの、決戦において勝利した俺達。

 えっお前は何もしていないのに勝利者ヅラすんな? 本陣から少し出てウロウロしてただけで散歩みたいなもん?

 ばっか、俺が危険も顧みず敵本陣を攻める姿勢を見せたから相手が総崩れになったんだ。近所の公園をお散歩するのとはわけが違うぞ。

 例えば野球で九回裏一対一の同点ツーアウト満塁フルカウント、ここでボール球を見てサヨナラ押し出しを勝ち取ったバッターをニートと呼ぶのか。確かにサヨナラヒットやサヨナラホームランのような華々しい働きではない。フォアボールではヒーローインタビューもないだろう。しかし勝利を決めた仕事は最高の最低限と言える働きだ。つまり俺は仕事をした。というか不意打ちを喰らった危機を機転で挽回し決戦をお膳立てしただけで十分な功績のはずだ。だから俺の戦後処理の仕事は少なめで……。

 

「まだ昼よ。寝言を言うにはまだ早いわよ」

「例えが全く分からないわ。唯一の取柄である頭まで悪くなったんじゃないの?」

 

 さらっと流す華琳と嫌味たらたらな荀彧を前に俺は項垂れる。俺は願望を独り言としてさりげなく周りへ聞こえるように垂れ流していたのだが、ここには優しさや働き方改革なんて概念を持っている人間はいないようだ。世知辛い世の中だ。今日も仕事の山と格闘するはめになるのは確定である。恐らく今の俺は死んだ魚みたいな目をしているだろう。あっ、そこは元からだった。

 

 

 袁紹との決戦後、残党狩りも粗方終わって俺達は陳留に帰って来ていた。今は謁見の間で残った事後処理の為の会議中である。今回は陣営の主要な面子が勢ぞろいだ。これは特に重要な議題がある為だ。

 一つ目は袁紹軍の残党狩りにおいて非凡な才を見せた者がいたのでこの集まり(主要な面子、幹部的なアレ)に彼女達を加えようという話。ええ、はい、また女性です。対象となったのは二人の女性、幹部級では唯一の男である俺としてはそろそろ男が増えて欲しい。俺の名誉の為に言っておくが肩身が狭いからであって性的な意味ではないことを強調して置く。だからチラチラこっち見てんじゃねえぞ、腐女子とホモガキども。

 二つ目は元袁紹領への対応である。もちろん勝った俺達のものと言えばそうなのだが、色々問題があるのだ。勝手なことをしたら上からお叱りを受けるって? ないない、もう皇帝も官職もお飾りだから。この世は力こそパワーなビックリ時代で、なおかつ我らが曹操様率いる陣営はこの国の最大勢力である袁紹を撃退したのだ。誰が文句を言えよう。くっくっく、いい時代になったものだ。強者は心置きなく好きなものを手に入れる事が出来る。あっ完全にフラグだ、これ。

 

 と、いうわけで華琳の愉快な仲間達に新たに加わるのがこいつらだ。

 謁見の間の出入り口近くで待機している二人の女、ぱっと見は身長差があり凸凹コンビである。

 華琳が一声かけると片方の女性が頭を下げた。

 

「郭嘉と申します。以後お見知りおきを」

「……ぐー」

 

 眼鏡をかけたスタイルの良い知的な大人といった感じの女性が郭嘉と名乗った。その横に郭嘉と比べて頭一個分近く背の低い少女が並んでいる。少女の方は……立ったまま寝ているように見える。マジか。この場面で居眠りとかその度胸に痺れる憧れる!!

 郭嘉が少女の肩を揺する。

 

「起きてください、第一印象からこれでは拙いですよ」

「……おぉ!?」

 

 目を覚ました少女はゆっくり周囲を見回し華琳で視線を止めた。一応状況は分かったようだ。

 

「程昱と言います。これからよろしくですー」

 

 まだ眠そうな表情で程昱と名乗った少女はちょこっとお辞儀をして見せる。その態度を荀彧と春蘭辺りは華琳への不敬だと感じているようで今にも小言の一つでも飛び出しそうな様子だ。しかし華琳が鷹揚と構え、問題にしていないので踏みとどまっている。

 

「郭嘉と程昱、此度の袁紹軍残党への処理、見事なものだったわ。散り散りに袁紹領を目指す大小さまざまな敗残の集団を周囲の砦と連携して処理。町や村にも被害を許さない手腕、まるで袁紹が侵攻して来る前から全て見通していたかのような采配ね」

「いえいえーそこまでのものじゃないです。たまたま用意していた計画が上手く利用出来ただけですよー」

「事前に袁紹軍の侵攻時、中央からの指示や援軍が間に合わない場合は遅滞戦術を取ろうと周囲の砦の責任者と打ち合わせをしていました。それを入って来る相手に使うか、出て行こうとする相手に使うかの違いだけです」

 

 華琳の称賛に程昱はのんびり、郭嘉はクールな感じに応えた。と、思ったが郭嘉の方は何やら様子がおかしい。華琳への対応は途中から少し早口になっていたし、遠目にも顔が赤く息も乱れているような気がする。

 華琳はそれに気づかずご機嫌である。

 

「謙遜することはないわ。事前の用意と状況に応じた対処は評価されてしかるべきものよ」

「いやー準備と言っても実際には完全に想定外の展開になっちゃいましたからねー。まさか突然の袁紹軍侵攻という状況から、日時と場所を設定しての決戦へと袁紹を唆すだなんて読めなかったですよ」

「口が上手い詐欺……軍師がいるのよ」

 

 華琳、今詐欺師って言いかけたよね。はあー詐欺師がいるって、この陣営もしかして反社? 楽器箱に隠れて国外逃亡しないと俺まで捕まっちゃうかも。なんか皆俺のことを見てるし。

 

「黒の御使いと呼ばれている人ですよねー。軍師としては優秀だけど個性的な人らしいですねー」

「ええ、そして貴方達にもそこへ加わって欲しいと思っているわ」

 

 ねえ知ってる? 学校の通知表に書かれている個性的って表現は【変】とか【おかしい】という言葉をオブラートに包んで言っているんだよ。華琳も肯定しちゃってるけど、俺から言わせるとここに個性的じゃない人間なんていないぞ。もちろん華……いやこれ以上はいけない。謎の寒気が背筋を伝う。

 

「いやー神算鬼謀、悪辣無比と名高い方と肩を並べるのは恐縮しちゃいますねー」

 

 華琳の誘いに程昱は言葉上では謙遜しつつも、恐縮した様子など全くない。

 それにしても先程から程昱ばかり喋っていて郭嘉が会話に参加しない。おかしいなあ、へんだなと彼女をよ~く見てみると血走って目で華琳を見詰めているんですよ。私ゾクッ~としちゃいましてね。あっ、こいつやべえ奴だなって。

 俺が季節外れの脳内怪談を開いていると華琳達の話は進んでおり、大事な場面になっていた。

 

「では今日から程昱、貴方は私の軍師よ。私の真名である華琳を預けるわ」

「私のことは風とお呼びください」

 

 華琳と程昱の真名交換も無事終わり、新たな軍師の加入が正式決定した。華琳は残った郭嘉へ声を掛ける。

 

「随分大人しいけれど貴方は軍師として私に仕える気はあるかしら?」

 

 郭嘉の顔は真っ赤に染まり、心なしか体は震えているように見える。その様子を一言で表すならガンギマリ。相当不審ではあるが何か害のあることをしようとしても、ここにいる面子ならどうとでもなるので俺は何も言わず心の準備だけしておく。

 郭嘉はおもむろに口を開く。

 

「も、もちろん、喜んブッーーーーハッ!!?」

 

 郭嘉の鼻の穴から鮮血が噴き出した。

 軽々と予想の斜め上を行きやがった。海老名さんでもここまで見事に鼻血の雨を降らさなかったぞ。もしかして海老名さんの先祖だったりする? まあそんな訳ないか。




本編に書きたかったけど書けなかった分。

荀彧「か゛り゛ん゛さ゛ま゛あ゛、どぼじで軍師増やずんでずがあ゛!!!」
荀彧「私でば不足なんでずがああああ!!!!」
八幡「自分の仕事減るし最高じゃないか」
八幡「むしろこっちから頭下げてでも軍師になって欲しいくらいだ」
華琳「頭を下げてまでって貴方それは流石に…誇りは無いの?」
八幡「頭下げたくらいで無くなるならそれは誇りじゃない、傲りだ」ドヤァ
全員「( ´_ゝ`)フーン」
華琳「で、それ自分で考えたのかしら?」
八幡「仕事でしくじってヤケ酒飲んだ親父が言ってた」
冬蘭「……頭いっぱい下げたんでしょうね」
華琳「子は親の背中を見て育つというのは本当みたいね」
八幡「俺人生はしくじっても仕事ではしくじらないから(震え声)」


年末投稿したかったけど特番と酒の誘惑には勝てなかったよ。
読んでいただきありがとうございます。今年もよろしくお願いします。


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宣言

 突然の郭嘉の鼻血に場は騒然とする。医者を呼べ、いやとりあえず横になれる所へ移すべきなど色々な声が上がる。しかしそれを郭嘉の傍にいた程昱が止めた。

 

「慌てなくても大丈夫ですよー。いつものことなので」

「持病なの?」

「持病と言えば持病ですが、単に興奮し過ぎただけですよー」

「……重い病を隠しているわけでは無いのね?」

「はい、稟ちゃんはずっと華琳様の軍師になりたがっていましたから昂っちゃったんでしょうねー」

 

 華琳の確認に程昱はゆるふわヴォイスで答えた。なんか癖になりそうな声である。それにしても興奮して鼻血を出してしまうなんて本当に海老名さんみたいだな。海老名さんの方が勝手に俺を妄想ネタにして不穏な発言をバラまく分面倒ではあったが。

 くいっと袖を引かれるのを感じてそちらへ目を向けると冬蘭が声を潜めて聞いてくる。

 

(昂ったくらいでここまで盛大に鼻血を噴き出すものでしょうかぁ?)

 

 なっとるやろがい。まあ俺も海老名さんという前例がなければ、こんなにすんなり受け入れられなかった。鼻血ブーッていつの時代のマンガ表現なんだよと困惑してたはずだ。どこぞの独身教師世代のノリだろ。

 

(似たような奴を知ってるから本当なんだと思うぞ)

(へえー天の国の人ですよね。天の国って変わった人が多いんですかね)

 

 冬蘭はじいーと俺を見ながら納得したように頷いている。なんで俺の話みたいになっているんだ。鼻血の話だっただろ。あと天の国じゃなくて日本だ。天の国から来たなんてまるで天使みたいで違和感ありまくりだし、天使は戸塚だけだしその辺わきまえて欲しい。

 華琳は気を取り直して郭嘉に直接問いかける。

 

「私に仕えるということで問題ないのよね?」

 

 それに対して郭嘉は鼻を押さえながらなんとか首を縦に振って答えた。

 

「では真名を……いえ、そちらはまた今度落ち着いてからにしましょう」

 

 華琳は途中で真名についての話を止めた。それも仕方が無い。華琳が真名と言った瞬間から郭嘉は目を見開きガクガクし始めていた。そのうえ鼻を押さえた手の隙間から血が噴き出している。ガンギマリ状態である。そのまま話を進めた場合どうなるのかは誰にも分からないが、楽しい事にはならないだろう。少なくとも俺は試して欲しいとは一切思わない。嬉しいという感情でも人間って壊れることがあるんだな。

 

 

 郭嘉と程昱が軍師陣に加わり話は袁紹領の扱いに移る。戦略シミュレーションゲームのように袁紹を叩き潰してもその瞬間袁紹領がそっくりそのまま華琳のものになるわけではない。華琳が袁紹領を自分のものだと主張したとして、現状声高に文句を言う者はいないだろう。が、きちんと管理下に置くとなれば色々やらなくてはならないことがある。

 その辺りは元々袁紹陣営に伝手があったらしい荀彧が中心に動いているのだが、その荀彧のむすっとした表情からあまり望ましい状況ではないことがうかがえる。

 

「残っている袁紹領の有力者達がこちらの管理下へ入ると言って来れば話は早いのですが」

「いくらかそういう申し出はあったわよ。表で臣従を誓っても腹の底では何を考えているか分かったものではないのが問題だけれどね」

 

 華琳が口にした懸念は難しい問題である。敗者は勝者へ素直に従う? 世の中そう甘くない。自分の既得権益を最大限維持しようとあれこれ駆け引きを仕掛けてくる。負けは負けでも失うものは極力少なくしたいのが当然の感情だ。そこで面従腹背を決め込む者は特に面倒だ。表向きは忠実に従っている相手をぞんざいに扱えば、華琳の名に傷がつく。かといって一々全員の真意を正確に調べていくとなると、その時間と労力は計り知れない。それに元敵の領地であるし当分は信頼出来る兵を駐屯させて睨みを効かせる必要がある。

 荀彧がこちらをチラチラ見ながら口火を切る。

 

「ここにいる中の誰かを派遣して統治させてはどうでしょう?」

 

 なにその視線、もしかして俺に行けってことか。普通に嫌だけど。ついこの間まで敵地だった場所に俺みたいな戦闘力皆無な人間を放り込んだら命狙われたりしない? 護衛は付くんだろうけれどストレスが半端じゃなさそう。と、いうわけで。

 

「無理に袁紹領を全て管理下に置く必要はないんじゃないか。面倒く」

「はあー? 馬鹿なの? 死ぬの? むしろ死んで」

「はいはい、俺は馬鹿だし、人間だからいつかは死ぬから話を聞けって」

 

 俺の発言に猛犬のごとく噛みついて来た荀彧を宥めつつ、話を強引に続ける。ここで引いてしまったら後で面倒事が増えるのが目に見えている。

 

「俺達にとって袁紹領は大き過ぎる」

「だからって」

「桂花」

 

 興奮冷めやらぬ荀彧を華琳の一言が制する。

 

「八幡、もう少し詳しく説明しなさい」

「まず袁紹はこの国の最大勢力だった。土地、人口、経済などあらゆる規模がデカい。さっき華琳も言っていた通り袁紹領の有力者達はそのまま信用して使える訳でもないし、今いる人材だけで管理するなんて無茶も良いところだろ」

「だからといってむざむざ放置するなんて論外でしょ」

「まあな、だから美味しい所だけもらえば良いんじゃないか」

 

 場が沈黙に包まれる。その中で華琳が思考停止からいち早く復帰した。

 

「放置される地域を出すのは無責任ではないかしら」

「俺達は攻められたから返り討ちにしただけだぞ。袁紹領全ての面倒見てやる責任なんてないだろ?」

「では美味しい所は手に入れるというのは? 筋が通らないのではないかしら」

「名目なんてどうにでもなる。また攻められたら堪らないから要所を押さえておくとかな」

 

 元々はこちらから先制攻撃するつもりだったのだが、実現しなかったのだからあくまで俺達は攻められた被害者。良いね。

 華琳は大きな溜息を吐き、愉快さと少々の諦めを含んだ笑みを浮かべた。

 

「本当に口は達者なものね」

「詭弁は得意だからな」

 

 詭弁なのかよ、と話について来れていなかった脳筋連中は呆れている。

 

「むしろ俺の口から出る言葉は大抵詭弁と絵空事なんだが、何だかんだ形にしてしまう優秀な人間がいっぱいいるからな」

 

 ホント後から考えると結構無茶な案も多い。董卓勧誘辺りは相当危ない橋を渡ったと思う。良く華琳もあの案に乗ったもんだ。華琳の器のデカさは三国一だな。

 それに袁紹領の全てを今手に入れないメリットが他にもある。まあメリットというより全てを取った場合のリスクだ。

 

「袁紹領を今全て取らない理由は他にもある」

「言ってみなさいよ。私が論破してあげるわ」

 

 桂花が不機嫌そうに腕組みをする。こいつがもし現代に生まれていたら滅茶苦茶レスバ好きそう。ただ相手を論破出来ても「効いてる効いてる」や「顔真っ赤」、「めっちゃ早口で言ってそう」みたいな論理に関係ない煽りに発狂するだろうなあ。

 

「出る杭は打たれるって言うだろ。調子に乗っている奴を見れば足を引っかけ、引っ張り、地獄に引きずり込もうとするのが人の(さが)ってもんだ」

 

 冬蘭が「そこまでするのは八幡さんだけでしょ、一緒にしないで欲しい」みたいな感じで小声で文句を言っている。どう考えてもお前は俺と同じ側だから。何だったら足を引っ張るどころか切り落とすレベルだから。

 どうも皆の反応が悪いので良い例を挙げてみる。

 

「董卓なんてその最たる例だろ?」

 

 これには桂花、ぐうの音も出ない。しかし場の空気はかなり微妙なものになった。足を引っ張られて袋叩きにされた本人いるしね。

 居心地の悪い沈黙が嫌でちょっと早口で話を進める。

 

「袁紹を潰した今、俺達は既にこの国の最大勢力と言っても過言じゃない。妬んだり警戒する連中も出て来るはずだ。だから極力領土的野心が無いように見せて置いた方が良い。そして、そういう連中が実際に攻めて来ようとする頃までにどう転んでも勝てるように状況を整えておけば良い」

 

 ボードゲームとかで重要なのがこれだ。分かり易く勝負を決めにいけば当然相手は抵抗する。気付かれないように勝ち確状態に持っていく必要がある。簡単ではないが華琳陣営対その他勢力全部とかになるリスクを考えれば、どちらが良いかなんて分かりきっている。せめて劉備のとこくらいは味方もしくは中立にしておきたい。その為に良い物食わしてやったんだしさ。

 

「ふ、ふふふ。言うじゃない」

 

 何故か華琳が凄く良い笑顔で近付いて来て俺の肩に手を置く。

 

「まさかこの場で貴方の口からそんな言葉が飛び出すだなんて私でも読めなかったわ」

 

 なんか華琳が燃えていらっしゃる。萌えじゃない。燃えだ。全身から立ち昇るオーラが見える見える……気がするだけだが。また俺何かやっちゃいましたか?

 

「御使いのお兄さん、覇気のない感じなのに思い切ったことを言いますねー」

「ふがふが……これは忙しくなりそうですね」

 

 程昱、覇気に関してはお前には言われたくない。だが今の話し方には間延びした声で分かりにくいが感心したようなニュアンスが含まれていた。郭嘉の方は真面目な顔で言っているが、鼻を押さえながらでは格好がつかない。こいつら本当に俺の仕事を減らしてくれるのか。心配になってきたぞ。

 あと華琳、肩痛いっす。力強すぎ。




>>董卓の例を引き合いに出した後
 「袁紹を潰した今、俺達は既にこの国の最大勢力と言っても過言じゃない。妬んだり警戒する連中も出て来るはずだ。だから極力領土的野心が無いように見せて置いた方が良い。そして、そういう連中が実際に攻めて来ようとする頃までにどう転んでも勝てるように状況を整えておけば良い」


華琳 (ん?)
軍師陣(これってもしかして……)
華琳 (天下獲り宣言!?)
華琳 「よう言うた!それでこそ男や!」
脳筋陣 ボケー

八幡にそこまで積極的な意識はない。あくまで保身の為。
出る杭は打たれるという状態になるのを先延ばしにしたい。董卓討伐の時のような曹操討伐連合が組まれた時の対処を考えている。目立ちたくないが既に最大勢力なのでいつかは大なり小なり妨害は入ると考えている。


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