八幡と、恋する乙女の恋物語集 (ぶーちゃん☆)
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いろはす色の恋心【前編】



はじめましての方ははじめまして!

あらすじにも書いた通りの短編集です。

記念すべき第一回は、なんと『あざとくない件』お気に入り2000突破記念という事もあり、もちろんいろはすです☆


 

 

 

あー……クッソ……。さっきまで晴れてたのに、なんでよりにもよってこの時間だけ降ってくっかねぇ……。

 

 

俺は今、イヤホンを耳に突っ込んだまま、買ってきた惣菜パンをコーヒーで流し込んでいる。

とっとと食って机にでも突っ伏さないと、「なんで今日アレ居んのぉ?荷物置場ないじゃ〜ん……」と目で語っている皆様方に申し訳なくて、今すぐ死にたくなっちゃいそうだからな。

 

 

そんなアンニュイな気分でちゃっちゃか食い進めていた所……

 

「失礼しまーす」

 

との声と共に不意に教室の後ろ側の扉がガラリと開き、教室が一時騒然となる。

 

何事かと軽く後ろを振り向きチラリと視線を向けると、そこにはとても見覚えのあるあざとい後輩こと、一色いろは生徒会長様がキョロキョロと教室内を見回している姿があった。

 

 

おお……、マジであいつ頑張んなぁ……葉山に会いたくて二年の教室にまで押し掛けてくるとは、あいつは本当に強心臓の持ち主だな……と感心しながら視線を戻し昼飯の続きをはじめた。

 

「あっ!居た!せんぱーいっ!」

 

どうやらお目当ての葉山先輩が見つかったようだ。よかったねいろはす!

でも隣には女王様が控えておられるから気を付けてねっ☆

 

 

「やあ、いろは!どうしたんだい?」

 

「あんれー?いろはすどしたん?」

 

おっと!違う先輩まで反応しちゃいましたね。

この後の戸部への対応を考えると涙が出てくる……。

 

「あ!葉山先輩こんにちはです」

 

戸部はっ!?せめて名前だけでも呼んだげてよう!

 

そう戸部のご冥福をお祈りしながら我関せずパンを貪っていると、目的の相手が見つかったはずの一色がまだ先輩に呼び掛けている。

 

「あれ?先輩?おーい、せんぱーい。ちょっとー、せんぱーい?……………せんぱーいっ!」

 

 

「うひゃあ!」

 

びっくりして変な声出しちゃったよ!お願い通報しないで!

だって一色さんたら、急に俺のイヤホン引っ込抜いて耳元で大声で呼ぶんですもの!

 

「うわ……ちょっと先輩……さすがにそれは気持ち悪くて無理ですごめんなさい」

 

 

今日は告白どころか変な叫び声をたった一回出しただけなのに振られちゃいました☆

 

「……おい、葉山ならあっちだぞ……」

 

「なに言ってんですか。わたし先輩に用があってわざわざ来てあげたんですよ?」

 

自分が用があるのに来てあげた?

なんて俺様的な思想なんでしょ、この子。そんなジャイはすに淀んだ視線を向ける。

 

てかジャイはすって、いろはが跡形もなくなっちゃったよ!

 

 

「いや、別に頼んでねえし……。てか目立っちゃうからやめて欲しいんですけど」

 

「目立っちゃう?……まあ先輩なんかにこんなに可愛い後輩が訪ねてきたら、そりゃ目立っちゃいますよねー」

 

いや確かにその通りなんだけど自分で言うなよ。

それにお前が目立っちゃうのは可愛いからってだけじゃねえだろうが。

 

 

いまやこいつはこの総武高の中でも五本の指に入るくらいの有名人なのだ。

この容姿とあざと可愛い態度、さらには一年生にして生徒会長という知名度は伊達じゃない。

 

そんな有名人が総武高の中でも底辺中の底辺の名を欲しいままにしている、この比企谷八幡をそんなに堂々と訪ねてくるんじゃありません!

 

「まあそんなことより」

 

そんなことで済ますなよ。

 

「先輩ってガチでぼっちなんですねー!ヤバいウケるー!」

 

「いやウケねえから……」

 

やだなんだか折本と話してる気分になっちゃう!

 

「まったくぅ、なんか見てて痛々しいから、明日からはわたしがお昼くらいなら一緒に過ごしてあげてもいーんですよぉ?」

 

こらこら、上目遣いで覗き込むんじゃありません!

勘違いしちゃうでしょ!

 

「いやいらないから。あとあざとい。それとあざとい」

 

「なんでですか〜……せっかくこんなに可愛い後輩が誘ってあげてるのにー」

 

ぷくっと膨らませた頬が、これまたあざと可愛いから困るんだよな……こいつ。

 

気付けばこんなやりとりをクラス中が注目していた。

 

うおー!マジかよ……。俺がクラス中の注目を集めちゃうとか、路傍の石ころが厳重に保管されてルパンに狙われちゃうレベル。

もう帰りたい。

 

 

「てか用ってなんだよ。超目立っちゃってるから早くお引き取り願いたいんですけど」

 

お引き取り願えても、もう昼休みにここには居れんがな……。

 

「あ、そうそう!……もう!先輩がおかしな事ばっかり言うからすっかり忘れてましたよー!」

 

すっげえぷんすかするいろはすだが、俺になにか落ち度があったのん?

「うーん……」と顎に人差し指をあてて、周りをキョロキョロ見渡しキュッピコーン!と手をポンと叩く。

 

すげえな……。すべての所作があざといぜ……。

 

「ちょっとここではなんなんで〜、一緒に生徒会室来てください!」

 

と生徒会室の鍵をプラプラと揺らす。

………いやいや鍵を用意してたってことは生徒会室に行くのは最初から決定してたって事ですよね?

それが決定事項なら、さっきのあざとシンキングポーズからの良い事思いついちゃいました〜☆はなんの為なの?茶番なの?

 

 

くっ!しかしどうせこの好奇の視線の中でこれ以上ここで昼飯を食うことなど実質的に不可能!

 

見ろよ、川越さんなんてすげえ訝しげな視線を向けてきてますぜ?

アレ?川越さんて誰だっけ?

 

「わぁったよ……。んじゃ早く行くぞ……」

 

「はい!それではレッツゴーですよー!せんぱい!」

 

 

 

俺は食いかけのパンと飲み物を纏めると、クラス中からの視線を一身に受けながら、一色と生徒会室へ向かうのだった。

 

 

 

ふぇぇ……。昼休み終わっても教室帰ってきたくないよう……

 

 

× × ×

 

 

生徒会室に辿り着くと、一色が弁当を広げだした。

なんだこいつも今から食うのかよ。

 

「なに?お前もまだ食って無かったの?」

 

「そーなんですよぉ。職員室に行って生徒会室の鍵とか借りに行ってたんでまだなんですよー。めんどくさいから、こんど合鍵作っちゃおっかなー」

 

さらりと怖いこと言うんじゃありません!

勝手にそれやっちゃ流石にマズいだろ……。

 

俺はパンにかじりつきながら、一体何の用件があるのか問いただす。

 

「……で?何の用だよ……」

 

「まあまあ、とりあえずはお昼にしましょうよー!あ、なんか食べたいのありますー?」

 

そう差し出してくれた弁当は、とても彩り豊かで旨そうな弁当だった。

つっても一色の弁当分けてもらうなんて、なんだかちっと恥ずかしいっつうか照れくさいっつうか、なんかよく分からんムズムズした気持ちになるから丁重にお断りした。

箸だって一組しかねえし……。

 

「むー……、せっかく可愛い後輩の手作り弁当が食べられるチャンスだっていうのにー……」

 

「なに?これお前が作ったの?……一色って料理出来るんだな……」

 

「なんですか失礼な。わたしお菓子作りとかも超得意で、なにげに女子力超高いんですよー?はいアーン♪」

 

と一色はなんの前触れもなく、いきなり卵焼きをアーンしてきやがった。

 

「いらんっつうの!なに?俺を恥ずかしがらせて悶え苦しませたいの?」

 

「……先輩……。なに言ってんですか……。マジでキモいです」

 

汚物を見るような恐ろしく冷たい眼差し……。食っても地獄、食わなくても地獄が待っていました。

 

 

× × ×

 

 

飯も食い終わり、改めて一色を問いただす。

 

「んで?結局なんなんだよ……。わざわざウチのクラスまで来たって事は、なんかそれなりに急ぎの用なんじゃねえのか?」

 

「別に急ぎってわけじゃないんですけどー……。ってか先輩わたしの依頼の件てちゃんと覚えてますかぁ!?」

 

依頼?はてなんの事だろう。

俺こいつに依頼なんて受けてたっけ?

 

たぶん難しい顔して首を傾げていたんだろう。

そんな様子の俺を見た一色はぷくーっとご立腹。

 

ごりっぷくー

 

 

「もーっ!やっぱりですよこの人!……デートの件ですデートの件!ストレスの溜まった葉山先輩が気軽に遊べるリラックスデートプランを考えて下さいってお願いしたじゃないですかー!」

 

そんなに怒んなよ……。お前もう破裂しちゃいそうだぞ……?

 

「あ…あー、そういやそんな話あったな」

 

「ちゃんと真剣に考えてくださいよー!わたしずっと楽しみに待ってたんですよー!?」

 

「だから聞く相手間違ってるっての……。デートなんかした事ないのに、そんなプラン考え付く訳ねえじゃねーか……」

 

「だ・か・ら!だからこそ先輩に聞いてるんじゃないですかー!先輩ならどんな風にすれば気軽に楽しめますか?どんな風にすればリラックス出来ますか?ありきたりなデートプランじゃ無くって、先輩だったらどうなのかそれが聞きたいんです!」

 

 

めんどくせー……。

 

うーん、俺なら……か。

まぁ俺ならどこにも行かないのが一番楽しめて一番リラックス出来るんだが、たぶんそれを言っても瞬殺で却下だろう。

 

じゃあどこまで妥協出来るかだが、まぁまず休日に出かけたくはないだろ?

 

「あー、学校帰りに……」

 

そういや前に由比ヶ浜の件でちょっとストレス蓄まってた時に、天使がいや戸塚がそれに気付いてくれて、俺が楽しめるようにって学校帰りに連れ出してくれて結構楽しめたっけな。

戸塚たんマジ天使!

 

「適当にゲーセンでも寄って……」

 

あとはやっぱり俺が満足出来るって言ったらアレですよねー。

 

「腹が減ったらラーメン屋の開拓……とか?」

 

いろはすの方に視線を向けるとすげえ冷めた目で見られてます……。

 

 

「学校帰りにゲームセンター寄ってお腹すいたらラーメン屋さんですかー……。まぁ確かに制服デートって所はポイント高いかも知れませんけどー……」

 

だから聞く相手間違ってるって言ったじゃねえかよ……。

なんで親切に答えてやったのに、そんなに視線の磔《はりつけ》にならなきゃいけないんですかね……。

 

 

「確かにデートとは呼べないくらいにムードもへったくれもないプランですねー。さすがは先輩と言うべきか……」

 

「だからさぁ……」

 

「まぁ先輩ですしねー。……分かりました!それじゃあ仕方ないので、早速今日にでもそれを試してみましょう!」

 

 

あ…れ?それでいいのん?

 

 

「そ、そうか……。まぁ頑張れよ」

 

「は?なに言ってんですか」

 

わー……すっごくバカを見る目ですねー!

 

「そんなの先輩と一緒に行くに決まってるじゃないですかー」

 

 

…………………は?

 

 

「………………は?」

 

頭の中でも口でもダブルで「は?」と言っちゃうくらいに意味が分かりません。

 

「だって、そんなムードの無いデートコースなんて、わたしに分かるわけ無いじゃないですかー。だったら練習しなきゃダメですよねー?」

 

「なんでだよ。俺関係なくない?」

 

「……だって、……先輩依頼受けるって約束しましたよねぇ?はっきり口にしましたよねぇ?それともその約束は“本物”じゃないんですかぁ?」

 

 

言質を取ったり!と、すっげえ悪顔でニヤリとする小悪魔iroha☆

 

いや〜っ!もうやめてよう!

 

「て、てめえ……!」

 

 

「と!言うわけで、今日の放課後よろしくですー♪」

 

 

こうして誠に遺憾ながら、急きょ一色との放課後制服デート(仮)が決定してしまったのだった…………。

 

 

× × ×

 

 

「あ……そういやなんでいつもみたいに部室でその話出さなかったんだ……?」

 

 

「そっ……そんなの……、みなさんの居る所でそんな話しちゃったら……せっかくのデートなのに……あの二人絶対ついて来ちゃうじゃないですかー………」

 

 

 

 

…………………どうするどうなる初デート!

 

 

続く

 






ありがとうございました!

今回は完全にifモノです。
葉山デートプラン話からの分岐ですね。


実は10.5巻発売前まで、こんな風かな?と妄想していたものをそのまま文章化してみました!


後半は近日中に更新しますね。


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いろはす色の恋心【後編】

 

 

 

「せんぱーい、遅いですよー」

 

 

放課後、俺と一色は正門前で待ち合わせていた。

見られちゃうと恥ずかしいからイヤっ!と駄々を捏ねたのだが、「せっかくの制服デートなのに現地集合とか味気ないから嫌です。学校からの帰宅中も制服デートの醍醐味ですよ?」と瞬殺された。

待ち合わせデートは私服の時にしたいんですってよ!奥さん!

 

なので極力人に見られないようステルス全開ですぐさま移動だ!

 

 

帰宅途中の総武高生徒にあまりかち合わないようにするため、俺たちは学校から離れた千葉駅に足をのばしていた。

 

 

× × ×

 

 

一色のいつ終わるとも知れない一方的な女子トークを聞き流しながら適当なゲーセンに足を踏み入れる。

 

ゲーセン自体久しぶりなのだが、この大音響やこうこうと照らされる店内と、やはりこの非日常的な雰囲気は心踊るものがある。

 

「はぁぁ……わたしあんまりゲームセンターとか入った事ないんで、ちょっと緊張しますね〜……プリクラとか撮る分にはこんなガチなところに来なくてもいいんで……」

 

物珍しそうに店内をキョロキョロしながら、スッと制服の袖をちょこんと摘んできた。

だから意識しちゃうからやめてね?

 

「なに?緊張してんの?」

 

「あ、や、ゲームセンターって、なんか不良のイメージじゃないですかー」

 

昭和の家庭育ちかどっかのお嬢様かよ!

 

結局袖から手を離さないままちょこちょこ付いてくるいろはす。なんかちょっと可愛いじゃねえかよこのやろう。

 

 

しかしゲーセンっつっても、来たら来たで何すりゃいいのか分かんねえな。

なにせ女の子と二人で来たのなんて戸塚以来だからな。

 

はい!間違えました。戸塚は女の子じゃなくて天使でしたね。

 

 

一色横に置いて一人脱衣麻雀やるわけにもいかんし、格ゲーとかクイズやってもなぁ……

俺たちは特になにをするでもなく店内を見て回った。

 

まぁただ見て回るだけでも物珍しいのか「おぉー」とか「ほほぉー」とかキョロキョロと楽しんでるみたいだから良かったんだが、その間もずっと袖摘んだままですからね!この子。

 

マジでリア充と勘違いされちゃいますよー……。

 

 

「あ!先輩!せっかく来たからには、やっぱりアレは外せませんよねー!」

 

そう一色が指差す方向にはデートイベントとしてはベタ中のベタ、プリクラの機械がそびえ立っていた。

 

「……え?マジで……?」

 

いくらなんでも女の子と二人でプリクラはちょっと……。

 

「あったりまえじゃないですかー。記念ですよ記念!約束しましたよねー、今日は練習に付き合ってくれるって!……それともあの約束はやっぱり本も…」

 

「よしっ!いくらでも撮っちゃうぜっ」

 

 

もうやだこの子。なんか本物って言えば俺がなんでも言うこと聞くと思っちゃってませんかねぇ……。

はい。聞いちゃいますね!

 

「俺全然知らねえから、お前が全部やってくれよ」

 

「了解でーすっ」

 

その敬礼ポーズが尋常じゃなくあざといんだってば。

 

機械に入った俺は一色の成すがままだったのだが、なぜかさっきから一色が俯いて俺の方を一切見ない。

てかなんかすげえ緊張した顔して赤くなってやがる。

 

なに?恥ずかしいのはこっちなんだけど……。そんなに緊張するくらいだったら二人でプリクラとかやめようよう!

 

 

なんか良く分からん設定とかが終わったらしく、ようやく撮影が始まるようだ。

 

「……ほ、ほら先輩!こっちに立って下さい!絶対動いちゃダメですからねっ!」

 

「お、おう。」

 

そして撮影が開始されようかとした所で、真っ赤に俯いていた一色が「……ふぅ〜……」と覚悟を決めたように一息つくと、とんでもない行動に出やがった。

 

 

「…………えいっ!」

 

「なっ!ちょっ!おま…」

 

「う!動いちゃダメだって……言ったじゃないですか!このままですよー!」

 

 

やばいやばい近い近い柔らかい近いいい匂い柔らかい近いいい匂いやばらかいいにおい!

 

 

こいつ思いっきり抱きついてきやがった!

それはもうギューっと!

 

控え目だと思ってたのになんかすげえ柔らかいでやんの!

やばいやばい!なにがやばいってマジやばい!

 

 

硬直してしまった俺を置いて何時の間にやら撮影が終了し、そのまま落書きとやらをしにててっと逃げやがった……。

 

もう八幡マジで死んじゃう5秒前ですよ……。

 

 

× × ×

 

 

「いやー、いいプリクラ撮れましたねー♪」

 

 

ゲーセンを後にし、ご満悦で隣を歩くいろはすさん。

俺なんてまだドキドキしちゃってるんですけど……。

 

 

「……いや、いいもなにも俺見せて貰ってねえんだけど……。てかお前いきなりなんてことすんだよ……」

 

「やだなー!先輩ウブですか?小学生じゃないんですからー。練習ですよ練習!気持ち悪いんで勘違いとかホント勘弁してくださいねごめんなさい」

 

「俺今日は何回振られるんですかね……。てかだからなんで見せてくんねえんだよ……」

 

すると一色は頬を染め俯くと……

 

「だ、だってわたしちょっと変な顔しちゃってたから見せられないというか……。そ!それに先輩も超気持ち悪い顔しちゃってるから見ない方がいいですって!ショックで死にたくなっちゃいますよ!………はっ!まさか可愛い後輩とのハグツーショットのプリクラ見て変なこと考えて喜びに浸るつもりですかそしてそのまま彼氏ヅラでもしちゃうつもりですかいきなりそこまでは心の準備が間に合ってませんごめんなさい」

 

「すげえな……連続で振られちまったぜ……。もうプリクラはいいです……」

 

「初めからそういえばいいんですよー!」

 

なぜかぷんすかと頬を膨らましてっけど、気持ち悪がられて振られて怒られて、もう踏んだり蹴ったりだな、俺……。

てかついさっきいいプリクラ撮れたって言ってませんでしたっけ……。

 

 

× × ×

 

 

さて、そろそろ小腹が空いたからラーメンにでもすっかな。

ここ千葉駅には俺の魂の味なりたけがあったりするんだが、一色は葉山連れてくるかも知んねえし、外見的にももうちょい小綺麗な所にでもしとくか。

 

「お前マジでラーメン屋でいいの?」

 

「まぁ通常ならNGにさえも行き着かないレベルではあるんですが、今日は先輩エスコートなので百歩譲って我慢してあげます」

 

 

控え目な胸を目一杯張ってドヤ顔してますが、無理矢理連れてきといてなんでそんなに偉そうなのん?

 

……あ、控え目とはいえ、これはこれで結構ゲフンゲフン。

 

こら!八幡!思い出しちゃダメ!夜までは思い出しちゃダメ!

 

夜は思い出しちゃうのかよ。

 

 

「んじゃまあ、ソコにでもしとくか。あっさり系で初心者でも食いやすいだろうし、前々から一度入ってみたかったんだよな」

 

「はいっ!先輩の好きなとこがいいです♪」

 

 

 

ラーメンなんてたまに家でカップラーメンくらいしか食わないと言う一色は、ちゃんとしたラーメン屋で食うラーメンの美味さに面食らっていた。

そう。麺食らっていた。

 

さすがにこれはない。

 

 

「びっくりです!ラーメンてこんなに美味しいんですねー!ちょっとカロリー的にはアレですけど……」

 

「だろ?ラーメンなめんなよ?」

 

別に俺にはなんの手柄も無いんだが、なんかちょっと嬉しい☆

つい顔が緩んでしまった所を見られて通報されかけました。

 

× × ×

 

 

食事も終わりそのまま帰るのかと思ったら、なぜかその後も街をブラブラさせられた。

 

商業施設内のおしゃれな服屋やら雑貨屋やら、いろんなショップを冷やかしながら歩いていたのだが、いつぐらいからか一色の様子が少しおかしい事に気付いた。

 

楽しそうな笑顔で見て回ってはいるのだが、微かに緊張した様子でこちらには一切目を合わせてこない。

 

軽く先程のプリクラ撮影前の様子を思い出し緊張してきた……。おいおい、またなんか企んでんじゃねえだろうな……。

 

 

そしてデート終了の時がやってきた。

結局なにも起こらなかった。良かった〜……。

 

……なんかこれフラグじゃねえの?

 

 

「先輩っ!今日はありがとうございました!」

 

「おう、お疲れさん。こんなんでも少しは参考になったか?」

 

「まぁ正直あんま参考にはならなかったですかねー。さすがに葉山先輩とアレは無いですっ!」

 

「……だから言ったじゃねえかよ……まぁ、なんだ。役に立てなくて悪かっ……」

 

「でも!………ま、まぁ結構楽しめましたよ?こんなムードの無いのは先輩限定ってことでっ」

 

そう言うと悪戯っ子みたいな笑顔を向けてきてくれた。

……だったらまぁ、結果オーライとしますかね。

 

 

「そうか……。まぁ俺も思ったよりは楽しめたわ……」

 

ぐおぉ!なんだこれ!?なんかすげえ照れくせえんだけど!

笑顔の割には一色もさっきからずっと目が泳いでるわ落ち着かないわスカートをギュッと握ってるわで、もうどうしたらいいんでしょうかね……ぼく。

 

 

「ホントですかっ!?それは良かったです!……ふふっ、先輩が素直に楽しいと認めるなんて珍しいですねぇ」

 

「ばっか。思ったよりは、だかんな」

 

「はいはい!そーゆーことにしといてあげますよー♪………それではまた来週!」

 

「おう」

 

 

ぶんぶんと手を振りながらモノレールに向かう一色を見送っていたら、少し離れた所で立ち止まった。

あん?と思って見ていると、深く深く深呼吸をしている。

 

そして……

 

 

「あ!そうだ!せんぱーい!」

 

「ど、どうした?」

 

「ちょっとちょっと!」

 

 

と、ちょこちょこ素早く手招きして俺を呼び付けてきた。

 

「あ?なんだよ」

 

「いいからいいから!」

 

めんどくせえな……と思いながら一色のそばまで行くと、なんでかコソコソと耳打ちしてこようとした。

いや別に周りに知り合いがいるわけでもねえし、耳打ちする必要あんの?

と思いながら、尚もしつこく「いいからいいから」と迫ってくる一色の身長に合わせるように腰を屈めて耳を近付けたその瞬間、こいつは俺の耳ではなくて……素早く前に回り込んだ………

 

 

 

 

………………は?

 

 

 

 

そう口に出そうとしたのだがどうしたって言葉は出てこない。

 

なぜなら俺の口は一色の柔らかい唇に塞がれていたから………。

 

 

 

ほんの一瞬?数秒?数十秒?もしくは数分間?

頭が真っ白になり思考が停止してしまう。

 

 

え?俺なにやってんの?なんか固まっちゃってるんですけど。

 

 

ようやく思考が動き出した時には、一色はててっとバックステップでほんの少しの距離を取っていた。

真っ赤な顔で目を潤ませながらも、小悪魔笑顔で俺を見つめている。

 

 

「なっ、なっ、なっ!、お…お前!なんて事しやがる……!」

 

「へへぇ〜!……今日わがままを聞いてデートの練習に付き合ってくれたお礼です♪」

 

「お……おま……!い、いくらなんでもお礼でキ、キスって……!」

 

「だーかーらー!練習ですよっ、練習!……付き合ってくれたお礼のキスをする練習ですっ!今日は練習に付き合ってくれるっていう約束でしたよねっ?」

 

「だったらなお悪いわ!練習でキスとか意味分からん!」

 

こいつビッチだビッチだとは思ってたが、練習でキスとかどんだけだよ!

 

「……だぁってぇ、しょうがないじゃないですかー。わたしキスとかしたこと無いから、どんなタイミングでお礼のキスしたらいいか分からなかったんですからー……」

 

「…………は?お前バカなの?は……初めてなの?……アホか!初めてが練習とかなに考えてんの!?」

 

「もー、先輩ってばお子さまですかー?今どきキスくらいで何言っちゃってんですかー!初めても二回目も別になんにも変わらなくないですかぁ?」

 

 

だったら初めてを今の今まで取っとくんじゃねえよ!

大体言ってる事と今の顔が全然一致してねえじゃねえか……。

 

そんなに真っ赤になって泣きそうな顔して震えてんじゃねえかよ……。

 

たぶん俺もそんな感じなんだろうなとは思うけどもね!

 

 

このバカ、こんな事企んでたから、さっきからずっと様子がおかしかったのかよ……。

 

 

 

「さ、さて!それじゃあわたしもう帰りますねー!今日は一日ありがとうございましたー」

 

そう言うとそそくさと逃げ出すように駆け出した。

 

「おいこら!ちょっと待て!逃げんじゃねえっての!」

 

「それでは先輩さよならです!…………わたしの初めて奪ったからって勘違いしないでくださいねー」

 

 

一切こちらを見ず、そのまま猛スピードでモノレールの駅へと消えていった……。

 

 

いや……奪われたのはこっちだろ……。

 

どうしよう……。もう今夜は悶え苦しんで眠れないよう……。

 

 

× × ×

 

 

一色いろは。

こいつは本当に厄介なやつだ。

 

 

雪ノ下雪乃なら何人《なんぴと》にも汚される事のない清い純潔な白。

 

由比ヶ浜結衣なら暖かい陽射しと向日葵のような黄色。

 

女の子には、なんとなくイメージ出来る『色』ってものがある。

だが一色いろははイメージ出来る色が多すぎるのだ。

 

普段はピンクのようなイメージを醸し出しながら、時には白にも黄色にもなる。

 

すべての色を混ぜると最後には黒になると言うが、黒は黒でこれまた一色のパーソナルカラーの一つでもあるからそれもまた違う。

 

言うなれば透明という所だろうか?

いざ口にするまで何色なのか分からない無色透明ないろはす色。

 

 

本当になんて厄介な存在なのだろうか……。

 

 

だがいくら厄介とはいえ、人はその無色透明な水が無ければ生きてはいけないのだ。

だから下手したら俺も一色いろは無しでは生きて行けなくなっちゃうのかもな。…………ナンチャッテ☆

 

 

 

………!やだ八幡こうやって気付いたらいつの間にかいろはす色に染め上げられて告白して振られちゃう!

 

 

 

振られちゃうのかよ。

 

 

 

 

おわり

 





いろはす編いかがでしたでしょうか!?
楽しんで頂けたら幸いです☆


次回の更新日程は未定ですが、次は個人的に書いてみたかったヒロインで行ってみたいと思います!

そしてその次は………つまり次の次です!ついに皆さんお待ちかね?の中学生ルミルミを予定しております!

書き方が悪くてたくさん勘違いさせてしまったみたいで申し訳ありません!

それではまた読んで頂けたら嬉しいです♪


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めぐり愛、空



今回は以前から書いてみたかっためぐめぐめぐ☆りんSSになります!

というか、ただこのサブタイトルで書いてみたかっただけなんですが……。


サブタイはふざけてますが、中身は結構真面目となっております。
めぐりん好きな方に楽しんで頂けたら幸いです!


 

 

 

私が総武高校を卒業してから約二ヶ月。

 

まだ二ヶ月?もう二ヶ月?

どちらが私にとって合ってるのか良く分からないけど、あの楽しくて騒がしい日々がもう懐かしく感じてしまっていることから、まだ二ヶ月という方がしっくりくるのかも知れない。

 

「あ〜あ……。五月病かなー」

 

私、城廻めぐりは、今は大学生として慌ただしい日々を過ごしている。

慌ただしく……かぁ。それは違うか……。

 

別段忙しいわけでもないんだよね。

授業が終われば毎日のように飲み会に誘われ、それを体よく断り続けるだけの日々。

 

はるさんから「めぐりはコンパとか絶対にやめときなよ!」ってキツく言われてるんだよね。

ガードが緩そうだから狙われやすいんだって。

 

はるさん失礼しちゃうなー。私こう見えてもガードとっても固いんですよー?

心配してくれるのは有難いけどっ。

 

だからどうしてもサークルの飲み会を断れない時は、なぜか完全部外者であるはずのはるさんが乱入してきてくれるんだよね。

あんまり知らない軽そうな男の人ばっかりより、はるさんが来てくれた方が断然楽しいからいいんだけど、私どんだけ信用ないんだろ!

 

 

「大学生って……こんなものなのかなぁ……」

 

 

思えば総武高での毎日は楽しすぎた。

素敵な仲間達と色んなことを体験し色んなものを創りあげてきた。

 

だから、今の生活はあまりにも物足りない……。

 

でも物足りないのは、それだけが理由なんかじゃない……んだよね。

 

 

× × ×

 

 

日曜日の午後。私は今、うちから少し歩いたところにある公園のベンチに座っている。

この公園は昔からお気に入りの場所で、よくお散歩したりするんだ。

 

初夏の緑薫る心地の良い風を受けながらベンチに浅く座り、上を向いて空を眺めていた。

雲一つない、澄み渡るとても綺麗な青空だった。

 

 

最近はこんなに綺麗な青空、あの日と同じようなこんな青空を見ていると、いつもあの日の情景が頭を過る。

 

× × ×

 

 

「あれー?比企谷くんだー」

 

「城廻先輩、どーしたんすか?」

 

 

比企谷八幡くん。私の一つ下の後輩。

とても真面目でとても優秀で、……そしてとても悲しい男の子。

 

 

『残念だな……。真面目な子だと思ってたよ……』

 

『やっぱり君は不真面目で最低だね』

 

 

これはなんにも分かってない愚かな私が文化祭で比企谷くんに投げ掛けた言葉。

この無責任な一言で、私はどれだけ彼を傷つけたのだろう。

 

 

それが間違いだと気付いたのは体育祭の時のことだった。

 

比企谷くんは問題解決の為には手段を問わない男の子だった。

その優秀で真面目すぎる考え方で、いかに効率よくいかに人が傷を負わないで済むかを考え解決に全力を傾ける。

 

でも……その傷を負わない『人』の中には、悲しい事に自分は含まれてはいないのだ。

 

 

『比企谷くんって、やっぱり最低だね』

 

 

これはそれに気付いてしまった時に比企谷くんに投げ掛けた言葉。

 

文化祭の時とは違って悪戯っぽく投げ掛けたその言葉に、比企谷くんはほんの少しだけ頬を緩めた。

 

 

その緩んだ頬を見たとき、胸がちくんとした。

やっぱりこの子は文化祭の時の私のあの無責任な一言に、心の奥底ではいっぱい傷ついたんだろうな……って。

 

 

「んー。今日でこの学校ともお別れだから、色んなところを見て回ってたんだー」

 

……嘘。

本当は君を捜していたの。

私はなにも言わずに比企谷くんの隣にそっと腰掛けた。

比企谷くんはちょっとびっくりしてたけど、照れ隠しなのか私をからかうような事を言う。

 

「そうですか。でも城廻先輩は卒業してからもちょくちょく顔出しそうっすよね」

 

もう!私は君よりお姉さんなんだよっ!?

お姉さんをからかうなんて生意気な後輩くんにはお返ししてやんなきゃね!

 

「へへぇ〜、そうかもねー!遊びにきた時は比企谷くんもこうやってまた相手してねっ」

 

「いや相手って……まぁ暇潰しの相手くらいにはなりますよ」

 

ふふっ、赤くなっちゃった。

 

「わー!ありがとー」

 

 

言いたい事はたくさんあるはずなのに、どうしても言葉が出てこない。

でも言わなきゃだよね。せっかく見付けたんだから……。

 

「比企谷くん!……あのね?」

 

「なんすか?」

 

覚悟を決めたはずなのに、比企谷くんの顔を見たら違う言葉が出てきてしまう。

 

「……いろはちゃんを、総武高校をよろしくねっ」

 

「いや、それを俺に言われても……。でもまぁ、なにかの役に立つんならやれる事くらいはやりますよ」

 

とっても困った顔をしながらも、私の言葉を受け取ってくれる。

でも本当はこの子にこんなお願いをしちゃいけないのに……。

責任を背負わせてしまったらこの子はまた……。

 

 

「うん……。よろしくね」

自分の言いたい事と自分の口から出てきた言葉のあまりの違いに顔をあげる事が出来ない……。

情けなくて俯いてしまった私に勘違いしたのか、比企谷くんはとても照れくさそうに頭をポリポリ掻くと、優しく声を掛けてくれた。

 

「えーっと、その……なんつうんすかね……。あの、城廻先輩。ご卒業おめでとうございます」

 

ごめんね。情けなくて愚かな先輩で……。

そんな私におめでとうなんて言ってくれて……。

 

「うん!ありがとー!」

 

 

私は比企谷くんの隣で上を向いて空を見上げた。

 

私の心と違って、雲一つないとても澄み切った青空だった。

 

 

「今日はいいお天気だねー!空がとっても綺麗……!」

 

「…………そうっすね」

 

 

× × ×

 

 

結局私はあの日なんにも言えなかった。

そしてそれ以来総武高校には顔を出せずにいる。

 

 

私は謝ろうと思って捜していたんだよ、君のこと。

でも謝れなかった……。

 

たぶん謝りたくなかったんだと思う。

謝ってしまったら、比企谷くんが自分自身を傷付けるそのやり方を認めてしまうような気がして。

 

 

だったら、私はどうしたかったんだろう……。

ホントは怒りたかったのかな?自分を大切にしてよって。

ホントは救いたかったのかな?自分を大切にしないあの子を。

 

 

ベンチに座りあの日と同じ空を見上げながら、私は無意識に思わず一言呟いていた。

 

 

「……比企谷くん、か……」

 

「うわっ!びっくりしたっ……」

 

その時すぐ横で、ずっと思い描いていた声がした。

びっくりして横を見ると……、そこには比企谷くんが驚いた顔をして立っていた……!

 

「ひ!比企谷くん!?なっ、なんで居るの!?」

 

「あ、や、公園入ってきたら城廻先輩が空見上げたままぼーっとしてたんで、声掛けたもんか迷ってたら急に名前呼ばれて……」

 

わ、私……名前呼んでたの!?

そういえばなにかを口にした気が……。

 

「あ、あはは〜……。あのね!?なんかこんな綺麗な青空見てたら卒業式の時のこと思い出しちゃっててね?……最後に比企谷くんとお話したなぁ……って……」

 

く、苦しいかな……?

変な子って思われちゃったかな……?

 

「……あー、そういう事っすか……。マジでびっくりしましたよ」

 

ふぅ〜……なんとか納得してくれたみたい……

 

「ところで比企谷くんはなんでここに居るの!?もしかしてお家が近いとか?」

 

「あー、そういうわけじゃないんですけどね。たまに足を延ばしてこの近くの書店まで来るんすよ。……で、この公園が結構良いとこなんで、天気の良い日なんかは買った新刊をここで読んだりしてて」

 

そういうと見覚えのある駅前の大型書店さんの紙袋を掲げてくれた。

 

「そうなんだー!私はうちがここの近くなんだよ〜。私もこの公園がお気に入りで、よくここにお散歩にくるんだー」

 

本当にびっくりした。まさか比企谷くんもこの公園によく来てるだなんて……。

 

私は席をずらし、少し開いたスペースをポンポンと叩く。

頭上に疑問符浮かんでるけど、お隣どうぞ?って事だよっ!

 

「えっと……それじゃ失礼します」

 

あの日と同じように照れた様子で、私の隣に腰を掛ける比企谷くん。

 

 

私達はあの日の卒業式以来、二ヶ月ぶりにいろんなお話をした。

あれから生徒会のみんなはうまくやっているかとか、奉仕部のみんなは元気?とか、あとは私の大学生活の愚痴とかね。

 

 

なんだかとっても穏やかな時間が流れた……こんなに安らぐのは本当に久しぶり。

 

 

× × ×

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。

もっといっぱいお話したいな……。

 

「比企谷くんは……さ、……またここに本を読みに来たりするのかな?」

 

思い切って聞いてみる。

 

「……そっすね。ここ結構気に入ってるんで」

 

「そっかぁ。へへー!いいとこでしょおー!別に私はなんにも偉くないんだけどねーっ」

 

でも子供の頃からのお気に入りの場所を比企谷くんも気に入ってくれてるなんて、なんか嬉しいな。

またここでお話したいな……。

 

あ!そうだ!

 

「比企谷くん比企谷くん!せっかくだから連絡先交換しようよー!」

 

「え……、連絡先っすか……?」

 

「あー!なによー、その嫌そうな顔ー!まったくぅ。失礼しちゃうなぁ」

 

ちょっと頬っぺたを膨らませて怒ってみせる。

うーん……。こういうのってあざといって言うのかなー……?

昔から自然としちゃってたんだけど、前にいろはちゃんが比企谷くんにあざといあざとい言われてたから、もしかしたら私もそうやって見られちゃうのかも。

気をつけなくっちゃっ。

 

 

「いや!そんなこと無いっすよ……ただ俺なんかの連絡先なんか知ったって別にいいことなんてないですよ」

 

「いいのっ!私が交換したいって言ってるんだから、おとなしく言うこと聞くんだよー?」

 

すると比企谷くんは「了解っす」と、スマホを手渡してきた。

 

「え!?私がやるの!?」

 

「あんまり人の連絡先なんか登録する機会ないから使い方分からないんすよ。なのでお願いします」

 

「え、えーっと……困ったな……。その……私も機械に弱くてあんまりやり方が分からないんだよー」

 

「マジですか……。先輩は俺と違って友達多そうだから、こういうの慣れてるんじゃないんですか?」

 

「えへへ……、だから私もよく友達にやってもらうんだぁ……」

 

なんか情けない先輩だなぁ……。

どう考えても今どきの女の子じゃないよね。

 

「んー……。じゃあ一緒にやってみよっか!?二人で頑張れば出来るかもっ!よーし、頑張るぞー!おーっ」

 

むっ!比企谷くん引いてるな!?私はこんなに張り切ってるんだよ!?

じゃあやってくれるまでやっちゃうもんねっ!

 

「頑張るぞー!おーっ」

 

「お、おー……」

 

真っ赤になりながらも、仕方ないなぁ……って顔で一緒に手を上げてくれた!

なんか可愛いなぁ……。

 

それからすぐそばで肩を並べて座りながら、ああでもないこうでもないと悪戦苦闘して、ようやくお互いの連絡先の交換が終わった。

 

「へへ〜!やったね比企谷くんっ!」

 

私がえっへん!と胸を張ったら、

 

「ぷっ!そうっすね」

 

比企谷くんが思わず笑った。

もう!完全に馬鹿にしてるでしょーっ!

 

 

 

でも……ようやく比企谷くんがちゃんと笑ってくれた……。

 

さっきからだって何度かチラチラと笑顔は見せてくれていたけど、どこか緊張したり照れたりしてた。

だからこんなに自然な笑顔を見られたのが素直に嬉しかった……。

それと同時に気付いてしまった。

 

 

私は…………比企谷くんに謝りたかったわけでも怒りたかったわけでも、ましてや救ってあげたいだなんて偉そうな事を思っていたわけでもなかったんだ……。

 

 

ただ……ただ笑顔でいて欲しかったんだ。

 

 

『最低だね』

 

 

同じ一言でもあんなに辛そうな顔したりあんなに嬉しそうな顔をした比企谷くんに、ただ心から笑っていて欲しかったんだ。

 

 

そして今は、比企谷くんを笑顔にする……そんな役目を担うのが自分だったらいいのに……なんて、大それた事まで頭を過ってしまっている。

 

 

比企谷くんの周りには、そんな役目をしたいと思っている素敵な女の子達が何人もいる。

そしてあの子達なら、いつか比企谷くんを本当の笑顔にしてあげられるだろう。

そして比企谷くん自身も心の奥底でそれを求めてるんだろう。

 

それが分かっちゃってるから、私は卒業してから総武高に足を運ぶのを躊躇っていたのかもしれない。

 

 

「いやぁ!成せば成るもんだねぇ」

 

「そんなに大したことでも無くないっすか?」

 

でも……今はこんなに自然に笑ってくれてる。

 

「そんなこと無いよー!たとえ小さな一歩でも、これは私達にとっては偉大な一歩だよー」

 

「ぶっ!アームストロングかよっ。めちゃくちゃ大それた事になっちゃってんじゃないすかっ!」

 

 

比企谷くんのこんなに楽しそうな笑顔を見てたら、段々と図々しい思考が頭の中を駆け巡り始めちゃったよ!

 

 

比企谷くんにはとても大切な場所がある。とても大切な人達が居る。

そこに私が居ないのは分かってる。

 

でも……私だって笑顔にしてあげたい。比企谷くんに笑っていて欲しい。私の隣で……。

 

 

「大それた事だよー!それに似たようなものでしょ?だって、空はこんなにも青かったんだから!」

 

 

だから、ちょっとは夢見ちゃってもいいよね?ちょっとは頑張っちゃってもいいよね?

 

 

「それはガガーリンっすからっ!」

 

 

 

だって……あの日と同じ、こんなに澄んだ青空が、こうして私と比企谷くんをめぐりあわせてくれたんだからっ!

 

 

 

 

おわり

 






今回もありがとうございました!

めぐりんは一度あざとくない件のオマケ編で出した事があったのですが、きちんと書くのは初めてでした。
いかがでしたでしょうか……?


そして次回こそはようやくルミルミの出番です!

それではまた!


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美しきぼっちの姫の初恋は、格好悪いぼっちヒーロー

 

 

 

「鶴見さん!好きです!付き合ってください……!」

 

 

「ごめんなさい。私あなたのこと知らないし興味ないから」

 

 

 

……なんだか中学に上がってから、こういうことが多くなった。

 

女子はほとんど話し掛けてこないのに、男子から声を掛けられたかと思ったらこんなんばっか。

 

「バッカみたい……」

 

私、鶴見留美は、名前も知らない男子に呼び出されて告られたあと、教室に荷物を取りに戻る為に廊下を歩きながらぼそりとそう呟いた。

 

 

私は男子なんて大嫌い。バカでガキで軽薄で。

私に告白してくるような男子って本当にガキ。

全然喋った事も無いのに、何が好きなの?

見た目が好みってだけなのは好きって言えるの?

 

 

そもそも私は恋愛なんかに興味ないし。

同性とも上手くやれないのに、異性となんか上手くやれるわけないじゃん。

だから私は男になんかこれっぽっちも興味はない。

 

 

私が唯一興味があるのは、目の淀んだ格好悪いぼっちのヒーローだけ。

ただ憧れてるだけで、好きとかそういうんじゃ決して無いけど。

第一、歳が離れすぎてるし……。

 

「あっ!鶴見さーん!お疲れー!また振っちゃったの?入学してから何人目!?」

 

「あ、小野寺さん。……もう。からかわないでよ」

 

 

この子は小野寺さん。

中学に入ってから出来た私の唯一の友達。

 

 

私は六年生の時に仲良くしてた子たちからハブられてぼっちになった。

でもそれは自分にも責任がある事だから、別にハブってきた子たちに恨みとかそういうのは全然無い。

 

でもそれ以来、他人と関わるのが面倒くさくなっちゃって、一人で何でも出来るように努力して一人で生きていこうと決めていた。

 

そんな時に出会ったのが小野寺さん。

この子も他の子たちとはなんか違うなって直感があって、この子も私にそれを感じ取ったみたい。

やっぱり小野寺さんも私と境遇が似ていて、私達はお互いに唯一の友達となった。

 

それでも前の経験から、信じたり信じられたりするのがちょっと恐いんだけど、この子とならなんとか上手くやっていけそうな気がする。

 

「ホント男なんてバッカみたい。全然興味ないし大っ嫌い」

 

「へへん!嘘ばっかー!だって明日の放課後、憧れのヒーローに会いに行くんでしょー?」

 

「……!えっと……あいつは別。……男とかそんなの関係なくて、ただ憧れてるだけだもん」

 

「そっかそっかー!じゃあなんかあったらまた教えてね!んじゃ帰ろっか?」

 

「うん」

 

 

そうなんだ。私は明日、ようやくあいつに会う決心をしたのだ。

 

 

私は少しは強くなれたと思う。一人でも生きていけるくらいに色んな努力をした。

そして……一人だけだけど友達も出来た。

 

だから、これでようやくあいつに会いに行ける。

あいつにありがとうって言えるんだ……!

 

 

× × ×

 

 

翌日の放課後、私は総武高校という高校の校門の前であいつを待っていた。

 

中学生になってから初めて知ったんだけど、総武高校ってすごい進学校らしい。

あいつ……頭よかったんだ。なんかムカつく……私ももっと頑張んないと……!

 

 

私はあいつを絶対に見逃しちゃわないように、校門から出てくる男子生徒をキョロキョロと見ていた。

 

んー……やっぱりすごく視線を感じるなぁ……。

そりゃ中学生が校門の所で男子をキョロキョロ見回してたら異質だよね。

 

 

ちょっと居心地悪いけど仕方ないよね。あいつがいつ出てくるか分からないんだもん。

 

 

すると、自転車を押しながらどこか見覚えのある猫背の男子が出て来るのが視界に入ってきた。

その男子もチラリと私に視線を寄越すと、またプイッと向こうを向いてしてしまった。

 

……あれ?違うのかな……いや、そんなはずない!私があいつを見間違えるわけないもん。

少し近付いてジーっと見てると、なんだかばつが悪そうな顔して行っちゃおうとした。

 

間違いない!やっぱり私のヒーローだ!私はドキドキして逸る気持ちを押さえながら、逃がさないように駆け寄った……!

 

 

「八幡!」

 

そう名前を呼ぶと、八幡はすっごくびっくりした表情で私をまじまじと見た。

 

「お前、ルミルミか……?」

 

むっ!クリスマス以来の再開なのに、第一声がルミルミなの!?

八幡にルミルミって言われるのはなんだか嫌い。

 

「だからルミルミっていうの、キモい」

 

私が不機嫌にそう伝えると、八幡は苦笑いしながらも私を迎え入れてくれた……。

 

 

× × ×

 

 

「ほいよ」

 

「ありがと」

 

私と八幡は、高校から少し離れたところにある公園に来ていた。

八幡は私をベンチに座らせて待たせておくと、近くの自動販売機で飲み物を買ってきてくれた。

 

コレってMAXコーヒーってやつだ……。

八幡てこんなの好きなんだ。私のこと子供扱いするくせに自分だって子供じゃん……。

 

缶を開けて飲んでみる。……あっまい……。

 

 

「んで?今日はどうしたんだ?」

 

一息つくと、八幡が早速訊ねてきた。そりゃ急に来たらびっくりするよね。

 

「八幡……。ごめんね。本当はもっと早く会いに来たかったんだけど、ちゃんと自分の事は自分で出来るようになるまでは会いにこないように決めてたの」

 

そう。私はずっと八幡に会いたかったの。

林間学校の後は諦めてたけど、クリスマスで奇跡の再会をはたしてからは、ず〜っと会いたかった。

 

「ん?なんで謝るんだ?謝られるような事をした覚えはないぞ」

 

「私ね、八幡にずっとありがとうって伝えたかったの。林間学校の時もクリスマスの時も言えなかったから」

 

「俺はお前に礼なんて言われるような立場じゃねえよ」

 

……むっ!

 

「おい、聞いてるか?」

 

八幡はなんで私が怒ってるのか気付いてない。

前に会った時、あんなに注意したのに……!

ホント八幡ってばか。

 

「……お前じゃない。……留美」

 

「お、おう悪い……。えっと留美」

 

「……ん」

 

うん……。留美って呼ばれるのはなんか嬉しい……かも……。

でもちょっとだけドキドキする……。

 

「だ、だから俺は留美にお礼を言われるような…」

 

八幡はそう言い掛けたけど、途中で遮ってやった。

だって……まずは私の気持ちを聞いてよ。

 

「それは違うの。八幡の言いたいこと、確かに分かる。でもそれは八幡の問題で、私は八幡にありがとうって言いたかったの」

 

私の真剣な声に、今度は真剣にちゃんと耳を傾けてくれた。

だからそんな八幡に、私は思いの丈を語った。

 

「確かに八幡のしたやり方は最悪。小学生の女の子を怖がらせてバラバラにさせるなんて、本当に最低。……でもね、でもそのおかげで私は惨めな思いをしなくなった。結局あのあとも一人だったけど、もう惨めさは感じなくなれたの……。だからこれからは一人でなんでも出来るようになりたくて頑張った。勉強も、運動も。そしたらもっと惨めさなんか感じなくなった。私も八幡みたいになれた」

 

自分が少しでも八幡みたいになれたって思える事が、なんだかすごく嬉しい……。八幡はちょっと困惑気味だったけど。

 

どうせ俺みたいになっちゃダメだろ……とかって思ってるんでしょ?

 

八幡なんて単純だから、すぐに分かっちゃうんだから。

でも私が嬉しいんだからそれでいいの!

 

「そしたらね、私、中学生になってから友達が出来たの。一人で出来るようになったから。自信もてたから。ホントはいつまた裏切るかも、裏切られるかもって怖くて、まだそこまで踏み込めてないんだけど、でもその子も私と同じような境遇でね。その子となら本当の友達になれそう……。だからもっと惨めじゃなくなるの」

 

自分の気持ちを話しきると、八幡はとっても優しい笑顔でポンポンって、優しく頭を撫でてくれた……。

 

「そっか……。良かったな」

 

「……うん。……だからありがと」

 

すごく嬉しいのに、なんか八幡の顔が見れない……。

熱い……たぶん顔が真っ赤になってる。なんだろ?これ……。

 

私は恥ずかしくて顔をあげる事が出来ず、ただコクンと頷いた。

 

 

× × ×

 

 

私が恥ずかしくて俯いていると、八幡も何も言わずに黙ってしまった。

 

どうしたんだろ?

八幡に見られちゃわないように、少しだけ……ほんのちょっとだけチラリと覗き込んでみた。

 

 

「八幡……?どうしたの?」

 

とっても難しい顔してたから、恥ずかしいのも忘れて思わず聞いちゃった。だって……なんか心配になっちゃったんだもん。

 

「いや、なんでもねえよ……留美、ありがとな」

 

するとなぜだか急に憑き物でも取れたかのように、とってもいい表情になって私にお礼を言ってくれた。

私はキョトンとして八幡を見つめる。

 

「?……なんで八幡がお礼を言うの?」

 

私がお礼を言いに来たのに、八幡がお礼を言う意味が分かんない。………でも、

 

「……でもなんかいい顔になったし、まあいっか」

 

たぶん八幡はまたなんか悩みを抱えてるんだろうな。それも自分の悩みじゃなくって他人の悩み。

私を助けてくれた時とおんなじように。

 

でも今はとってもいい顔になって、なんでか私にお礼を言ってくれた……。

良く分かんないけど、私も八幡の役に立てたのかな……

 

 

× × ×

 

 

やっぱり八幡は私が知ってる人たちとは全然違う。こうして話してると良く分かる。

なんだかとっても楽しくて嬉しくて……だからちょっと切なくなる……。

 

私は思わず溜め息をついてしまった。

 

「どうかしたのか?」

 

八幡が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

だってさ……

 

「だって……私、八幡と歳が離れすぎてるんだもん。八幡と一緒の学校に通えたら、つまんない学校も少しは楽しくなるかもしれないのに、私が高校生になるころには八幡は大学生だし、私が大学生になるころには社会人」

 

 

 

まだ小学生の頃も中学生になってからもずっと思ってた。

八幡と一緒に学校に通えたら楽しいだろうな……って。

 

他には誰も居なくても、たぶん八幡が居てくれればそれだけでなんにも問題ない気がする……。

 

 

「あのな、留美……。それはいくらなんでも恥ずかしいんだが…」

 

八幡はなんか照れくさそうに缶コーヒーを口につけた。

私は今ふと頭を過った希望的観測を八幡に伝えてみる。

 

「ねえ、八幡」

 

「ん?」

 

「留年してよ」

 

「ブフォッ!」

 

もう!きたないなぁ。八幡てばコーヒー吹き出さないでよっ!やっぱり八幡て子供。

えっと……ハンカチハンカチ……。

 

「ゴハッ!ゴホッ!おま、急になんてこと良いやがんだよ!死ぬかと思ったわ!大体何回留年すりゃいいんだよ……」

 

「だってつまんないんだもん」

 

さすがに無理かぁ……。当たり前だよね。

でもそうすれば八幡と一緒に居れると思ったんだもん……。

 

……一緒、に?

だったら別に同じ学校に通わなくても、一緒に居れるの……かな……?

 

「うーん……でもなぁ……私が大学生になるころには…うーん」

 

……どうなんだろう。でもこれなら……。

ちょっと恥ずかしいけど、思い切って聞いてみよう!

「ねぇ、八幡ってさ……彼女いるの?」

 

「ブハァッ!……ゴホッ!な!なんだよ急に……。まぁ別に居ねえけど」

 

また吹き出しちゃった……。コーヒー無くなっちゃうよ?

また八幡にハンカチを渡してあげた。

 

でも良かった!彼女居ないんだ……

なんだか自分でもすっごくテンションが上がっちゃてるのが分かる。

 

「そりゃ八幡なんかに彼女なんて居るわけないよね」

 

そう……この方法があるんだ。八幡と私は男と女なんだもん。

全然変な事じゃ……ないよね……

 

 

「…………だったらさ、私が高校生とか大学生になってもまだ彼女いないんだったら、私が彼女になってあげる……」

 

勢いで言っちゃってから、すっごい顔が熱くなってきちゃった……!

でも……別に八幡が恋愛対象とかって言ってるわけじゃないもん!

 

「お、おい……」

 

「だってさ、八幡なんてずっとぼっちでしょ?で、私だっていつまたぼっちになっちゃうか分かんない。……でもぼっち同士でも二人になればぼっちじゃなくなる……。だから仕方ないから、私が可哀想な八幡を引き受けてあげる……」

 

そう!これは可哀想な八幡に、私がしてあげられるお礼であり、ぼっち同士の義務みたいなもん……。

 

仕方ないから私が八幡をもらってあげる……!

 

真っ赤になった私をなんとも言えない苦笑いで見ると、また頭をポンポンって、撫でてくれた。

 

 

「ありがとな、ルミルミ。ルミルミに余計なお手数かけないように頑張って彼女作るわ」

 

「ルミルミゆーなっ!………それに、別にそんなに無理して頑張んないでもいいし……」

 

もう!八幡てホントばか。私がもらってあげるって言ってるんだから、彼女なんて作んなくてもいーのっ!

彼女が出来た八幡を想像したらなんかムカつくし……!

 

 

それにやっぱり八幡にルミルミって言われるのは嫌い。

私は八幡と対等で居たいのに、なんだか子供扱いされてるみたいだから……。

 

 

× × ×

 

 

その後もちょっと話してたら結構遅くなっちゃって、八幡は家の近くまで送ってくれた。

「ありがと……。もうすぐそこだから、ここまででいい」

 

「おう。そうか」

 

八幡と離れるのはなんか辛い。もっと一緒に居れたらいーのに……。

 

私は駆け出しながらいい事を思いついた。

またこうやって八幡と会える口実を作ろう!

 

家のすぐ近くの角まで来たところで、私はくるりと八幡に向き直った。

 

 

「八幡!また会いに行くから、その時はあんな甘ったるい缶コーヒーじゃなくて、パフェとかおごってよ」

 

言っちゃったあとにすごく緊張してきた……。

八幡めんどくさがりだから断られちゃったらどうしよう……。

 

でも八幡は……優しく頷いてくれた。

 

「おう、パフェくらいいくらでもおごってやるぞ」

 

「うん!やくそく!」

 

 

やった!やった!八幡とまた絶対に会える約束を取り付けた!

 

私は嬉しくって、八幡が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

× × ×

 

 

夕ご飯を食べてお風呂に入って、パジャマに着替えて自分の部屋に戻る。

 

 

部屋のドアを開けてすぐ目に飛び込んできたのは、机の上に大事に置いといた黄色と黒の派手な空き缶。

私はその空き缶を手に取るとベッドにちょこんと座り、もう片方の手で今日二回も撫でて貰った頭をそっと撫でてみた。

 

「えへへ……」

 

なんだろう?すっごく嬉しくって、すっごくドキドキして、すっごく暖かい……。

なんか変なの。バッカみたい……。

 

「そうだ!」

 

私は貯金箱を開けた。

よし!これだけあれば八幡とあそこに行けるっ!

 

 

「さっきあんなに話したばっかりなのに、早く会いたいな……へへぇっ」

 

 

私は空き缶を胸に抱き、なんだかベッドの上をごろごろと転がっていた。

 

 

 

そんな時、ふと壁ぎわに置いてある姿見に映りこんだ自分の顔が見えてしまった。

 

 

「なに……このだらしない顔……キモい」

 

 

そこに映った私の顔は、どうしようもなく緩み切った情けないゆるゆるの笑顔だった……。

 

 

「バッカみたい……っ」

 

 

そう言う私の顔は、さらに緩み切った笑顔になっていた。

 

 

 

 

…………ああ、そっか………私、恋しちゃってたんだ……!……あのぼっちのヒーローに……!

 







今回の物語は、知ってる方は知ってると思いますが、以前書いていた相模SSの鶴見留美回に出したルミルミを、そのままルミルミ視点にしたものです!

なので夕べ二時間弱で書き上げられました(笑)


ずっと待っていたルミルミ回がただの焼き増しかよ!?とご不満な方もおられる事でしょう。


ではなぜ焼き増しにしてまでこの話を使ったのか!?
それは他でもない、この話の続き、つまりはこの後のルミルミが約束を取り付けたデートを書きたかったからに他なりませんつ!

でも、これを見てくださっている方の中には相模SSを読んでない方も居るでしょうし、それなのにいきなりこの回の続編的デート回をぶち込んでもポカン状態の読者様もおられるでしょうから、相模のを読んでなくてもここから入っていけるように、あえてこのストーリーをそのままルミルミ視点に置き換えて更新しました!


というわけで、更新日は未定ではありますが、次回は八幡視点に変更しての中学生ルミルミとのデート回になりますよっ!


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ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に【前編】



お待たせしましたっ!みんな大好きルミルミとのデート回です!





 

 

 

季節は7月へと移り変わり、まだまだ梅雨は明けないものの、切れ間に降り注ぐ陽射しは次第に本格的な夏へと空気を変えていく。

 

 

本日も滞りなく部活と言う名の受験勉強を終え、俺は帰宅の途に就くべく駐輪場から自転車を取ってくると校門へと向かった。

 

 

校門まで愛車を押して行くと、校門の外にはいつもと違う光景が待ち受けていた。

てかデジャヴ?

 

 

そこには、いつぞやと同じように黒髪ロングのとても可愛らしい女子中学生が、帰宅中の総武高生徒たちにキョロキョロと視線を向けていた。

 

 

あのセーラー服美少女戦士もといセーラー服美少女中学生は、確実に俺を待っているのだろう。

 

……やばい。またしても奇異と好奇の視線に晒されるのか……。

また一色にバレたら尋問待ったなしだな……。

 

「おう、留美」

 

まぁそうは言っても仕方が無い。

わざわざ留美が会いに訪ねてきてくれた事は素直に嬉しいし、今度はこっちから声を掛けてやった。

 

「!……八幡っ!」

 

ぱぁぁっと笑顔になって嬉しそうに駆けてくる留美。

 

あれ?前に訪ねてきた時よりすげえ嬉しそうに寄ってきてくれてるんだけど。

なんか心なしか顔が超赤いが、まぁ暑っついからな。

 

「よう、半月ぶりくらいか。元気にしてたか?」

 

「うんっ!……久しぶり……っ」

 

あんなに嬉しそうに駆け寄ってきたのに、今は俯いてもじもじしちまってる。

なんかその反応ちょっと恥ずかしいんですけど……。

 

 

「今日は……どうしたんだ?……とっ、とりあえずまた場所変えるか!」

 

 

くっ!やっぱり視線が痛いよぉ!

留美が無駄に可愛い分、このシチュエーションが超目立つ!

 

「ううん?今日は誘いにきただけだからいい。話、すぐ終わるから」

 

「誘い?」

 

つい今しがたまでもじもじと俯いてたのに、急に留美はムッとする。

大人びた女の子が子供っぽくムッとするのってなんか可愛いですよね。

キモいと言われた時のような謎の高揚感が蘇る!

 

「前に奢ってくれるって約束したでしょ。忘れちゃったの!?ホント八幡てばか」

 

くっ!謎の高揚感の連続攻撃かっ!

やばいなんか俺変態まっしぐら。猫まっしぐらの雪ノ下さんといい勝負しちゃう!

 

「いやちゃんと覚えてるぞ?……そっか。それでわざわざ会いに来てくれたのか。んで今からどっか行くのか?」

 

「誘いにきただけって言ったでしょ。ちゃんと人の話聞いててよ、ばか八幡」

 

おいおいルミルミ。この短時間でどんだけ俺をいけない道に引きずり込もうとしてくれんだよ。

 

なんか俺、将来いいお父さんになれそう!

小町に超ウザがられる我がクソ親父をつい思い出しちまった。やはり血は争えないのか……。

 

「次の日曜日、10時に駅で待ち合わせだから」

 

あっれぇ?俺の予定とかの確認はないのん?

 

「いや待てルミルミ。俺の予定の確認……」

 

「だからルミルミってゆーなっ!学習しないわけ?」

 

この罵倒のコンボは、もうまじミニ雪ノ下さん。ミニノ下さんと呼んでもいいくらい!

いやルミノ下さんか?

 

「大体日曜日に八幡に予定なんて入ってるわけないじゃん。だからもう決定してんの!」

 

「そうすか……」

 

中学生に完全にやり込められてる俺まじクール。

いやホント自分に感動して泣いちゃう!

 

 

「……じゃあ、そういうわけだから……。まぁまぁ楽しみにしてんだから、遅れないでよねっ……!」

 

 

また頬を赤らめてプイッとそっぽを向くと、そのままタタッと走っていってしまった……。

 

嵐のように現れて嵐のように去っていってしまった留美に呆然としていると、近くでドサッ……という音が……。

 

 

「いや比企谷……さすがにこれはないでしょ……」

 

 

お前かよ……。

 

恐る恐る視線を向けると、今のやりとりに好奇の視線を向けていた烏合の衆の中に、カバンを落として戦慄の眼差しを向けている相模がいた……。

 

 

俺はこのあと、雪ノ下たちに話を広められないように相模に事情をすべて説明し必死に説得するのだった……。

 

 

× × ×

 

 

そして日曜日。

相模に弱みを握られたものの、なんとか無事この日までは通報されずに済んでいた。

てか別にやましいこととか一切してないのに弱みとかなんなのん?

 

 

さすがの俺でも中学生の女の子を炎天下の中待たせとくようなマネは出来ないので、かなり時間に余裕を持って家を出た。

スマホで時間を確認する。

 

「うわっ……まだ30分近くあるわ。早く着き過ぎちまったな。プリキュア見てから出発の準備すれば良かった……あれ?」

そこには待ち合わせまでまだ30分もあるというのに、すでに留美らしき女の子が待っていた。

 

マジかよ……早く来て良かったわ……てか待ち合わせ時間間違えてないよね!?

 

 

留美は、首周りやスカートの裾に上品なレースがあしらわれている白のノースリーブワンピースに七分丈のデニムレギンスを合わせ、足元はコサージュ付きの編み上げサンダル。

髪は肩くらいの位置でワンポイントのお洒落なのであろうサンダルに付いているのと同じコサージュの付いたヘアゴムでサイドにひとつにまとめ、前方片側に垂らしている。

 

落ち着いた色合いのリボンが付いたカゴバックを両手でブラブラさせているその姿は、全体的に見てなんというか大人っぽい。

 

 

 

……これはマズい……。

 

留美は確かに大人びている。だがそれは態度や仕草、持ち合わせている雰囲気すべて加味した上での総合的印象での話だ。

 

なにが言いたいかというと、今の留美は対外的に見たら背伸びして大人っぽい格好をした可愛い女子中学生にしか見えない。

いやそれで間違いはないのだが……

 

もっと子供っぽい服装で来てくれれば、いくら可愛くても小町と同じように兄妹として見られる可能性が高かったのだが、これでは『ヤバい目をした大人の男が、背伸びして大人っぽい格好をしている女子中学生を連れまわしている』という図にしか見えない……。

 

これは職質待ったなし☆

……ぼくは今日捕まらずに無事に過ごせるのでしょうか……?

 

 

× × ×

 

 

「八幡っ!」

 

俺の姿を確認すると、またまた嬉しそうに駆け寄ってきた。

俺の人生で、こんなにも女の子に嬉しそうに駆け寄ってもらえる日が来ようとは……。

 

今まで俺に満面の笑顔で駆け寄ってきてくれたのは戸塚くらいなもんだ。

なにそれ最高に幸せじゃん!

 

「八幡早いね!どうせ八幡のことだから、時間ぴったりくらいにダラダラ歩いてくると思ってたのに」

 

「いや、さすがに女の子を待たせちまうのもアレかと思ってな。しかし留美はさらに早く着いたんだな。結局待たせちまったか」

 

「うん。ちょっと楽しみだったから早く着いちゃった。でも私が勝手に早く着いちゃっただけだから八幡は気にしないで」

 

嬉しそうに頬を赤らめるルミルミ。今日の留美はすげえ機嫌がいいな。

そんなにパフェが楽しみだったのか。

 

「そっか。じゃあ行くか」

 

「うんっ」

 

さて、しかしパフェってどこ行きゃいいんだ?サイゼでいいの?

それともこんなに楽しみにしてたんだから、どっか行きたい店でもあるんだろうか。

 

いや待てよ?よくよく考えたら、たかがパフェ食う為だけに、なんで待ち合わせがこんなに早いんだ?

 

「ほら八幡。早く行くよ。時間がもったいないでしょ!」

 

どうやら留美には明確な目的地があるようだな。

まぁ今日はお礼も兼ねて留美に喜んでもらう為に来たわけだから、大人しく行きたいとこに着いてくか。

 

と、なぜか留美は改札へと向かう。

 

「あれ?電車乗んの?ここら辺の店じゃないのか」

 

「いいから早く」

 

簡潔な一言で指示を出し、プイッとそっぽを向いてしまう。

やっべぇ……俺マジでいろはすに対する戸部状態!

ま、まぁ男は年下の女の子には弱いっつう事でオナシャス!

 

 

どこに行くかも分からないまま電車に揺られ、留美の方を見てもずっとそっぽを向いている。

でもたまにチラチラと上目遣いで覗き込んでくるんですよね……。

なんか言いたい事があるなら言いなさい?と思っていると、

 

「八幡……さぁ、なんか悩み事抱えてたでしょ?……あれ、なんとかなったの……?」

 

「悩み事……?」

 

正直驚いた……相模の件か……。

ダメだな、俺は。こんな小さな少女にもバレバレな態度だったのか……。

 

「ああ、なんとかなった。しかも留美のおかげでな。サンキューな」

 

すると真っ赤に染まって驚いたように目を見開いたが、でもその次の瞬間にはとても柔らかい笑顔になった。

 

「そっか……よく分からないけど、私が八幡の役に立てたんなら良かった……!我慢して待ってた甲斐があった………八幡、お疲れさまっ……」

 

 

「お、おう。ありがとな」

 

なんだよ照れくせえな。

てか我慢して待っててくれたのか?たかがパフェ奢るって口約束しただけの事なのに……。

 

 

たくしゃあねえな……じゃあ今日は思いっきりルミルミに楽しんでもらえるよう、いくらでも奢ってやりますかね。

 

 

× × ×

 

 

……あれ?なんで?

 

 

留美に言われるがまま着いた先はなぜか舞浜だった……。どゆこと?

 

さらに連れてかれるままにディスティニーリゾートラインとかいうモノレールに乗せられることものの数分。

 

 

気がつくとなぜか俺は留美と一緒にディスティニーシーのチケット売場……いや、夢の国的に言えばパスポート売場に並んでいた……。

 

「いやいやなんで?パフェ食いにきたんじゃないの?」

 

すると留美は気まずそうに目を泳がせ口を尖らせる。

 

「は?パフェ『とか』って言った。中にパフェあるか分かんないけど、ソフトクリームとチュロス食べれば似たようなもんでしょ」

 

なにその理論!

あれー?どっかでパフェ奢るつもりで家出てきたのに、いつの間にかディスティニーシーで遊ぶことになってるみたいですよ?

 

俺が驚愕の表情を向けていると、

 

「私お父さんとお母さんにランドは何回か連れてってもらった事があるんだけど、シーはまだ行ったこと無かったから来てみたかったんだもん……ほら、練習にもなるし……」

 

耳まで真っ赤にして完全にそっぽを向いてしまった……。

 

そっか。それじゃしょうがないな………なんてなるかよ!無茶苦茶ですね、この子は……。

 

まさか……留美とディスティニーに遊びにくることになろうとは……。

でもまぁ、まだ一緒に来られる程の友達が居ないのだろう。一人出来たらしい友達もまだそこまで踏み込めてないとか言ってたしな。

 

留美のご希望だ。いざ一緒に来られるようになった時の予行練習って事で付き合ってやりますかね。

 

 

× × ×

 

 

パスポート購入の順番が回ってきた為、販売員さん……キャストさん?に声を掛けた。

「大人一枚と中人一枚で」

 

財布を取り出し二枚分の金を取り出そうと中身を確認する。

あれ?今日手持ち大丈夫だよね……?一応一万くらいは入れといたはず……。

あとは園内のATMでおろせばいいか。

ふぅ……スカラシップ錬金術で貯めといて良かったぜ。

 

 

しかし留美は金を払おうとした俺を制した。

 

「なんで八幡が私の分まで払おうとしてんの?自分の分は自分で払うからいい」

 

「いやでも中学生には高くねえか?それに今日は俺の奢りだって……」

 

「奢ってもらうのはパフェとか!ちゃんと話聞いてよね。それに貯めてたお小遣い持ってきたから平気」

 

 

 

そう言いながら留美は自分の分のパスポート代をキャストさんに手渡した。

 

大人が奢ってやるって言ってんのに、まだ12歳くらいの女の子がきちんと拒否するなんて、……こいつ将来イイ女になりそうだな……。

 

っと、ヤベっ!思わずニヤっとしちゃった所をキャストさんににこやかに見られちまった!

お願い通報しないでっ!

 

 

 

パスポートを購入しゲートから園内に入ると、そこには別世界が広がっていた。

さすがは夢の国だぜ!金の掛け方もドリームクラス!

 

 

 

しかしやはり混んでるな……。

留美の為じゃなかったら即引き返してるレベル。

 

 

これははぐれないように気をつけないとな。

迷子なんかにさせちまったら大変だ。

 

そんな事を思っていたら、なんか左手が柔らかいなにかに包まれた……。

 

 

は?

 

 

左手を見るとなんか手が繋がれている……。

 

「ちょっ!留美?」

 

「……だ、だってこんなに混んでるんだもん……八幡が迷子になっちゃったら……めんどくさいし……」

 

一切俺を見ずに手だけをギュッと握るルミルミ……。

もう顔は林檎みたいに赤い。

 

「……それに」

 

より一層ギュッと握り、より一層真っ赤に染まり、より一層俯きながらもとんでもない事を口走りやがった……!

 

 

「……ど、どうせあと何年かすれば恋人同士になるんだから……練習みたい……な……もんでしょ……っ!?」

 

 

 

 

練習ってそっち!?

 

 

 

 

 

続く

 






ありがとうございました!

たぶん誰しもの予想を裏切ったであろう、まさかのシーデート!しかも前・後編!
パフェ食いに行くんじゃねーのかよっ!?



それでは後編をお楽しみにー!


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ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に【中編】




中編……だと……?


スミマセン……細かく描写してたらなんだか長くなっちゃいましたっ……


シーに詳しい方も行った事ない方も、ルミルミとの疑似デートをお楽しみくださいませっ!





 

 

 

「うわー……すごい……」

 

 

 

ウォータースフィアという地球儀の噴水のあるエントランスからイタリアの街並みを模した土産物店街のあるメインストリートへと入り、そこを抜けると一気に視界に広がるその景色に留美が感嘆の声をあげた。

 

 

眼前にそびえる火山と、その火山を囲むように広がる海に、俺も思わず目を奪われた。

こんな作り物の狭い海ごとき、いつも海沿いを通学している千葉県民を舐めるなよ!

……とかって思っていたのだが、地中海の名を冠するらしい、このメディテレニアンポートとやらの景色は、目の前の火山、周りのイタリアの街並みと相まって、とても千葉……いや日本とは思えないこの風景はあまりにも異国情緒漂い非日常的であり、作り物と分かっていてさえ心踊らずにはいられなかった。

 

ルミルミは初めてのそんな景色に大興奮のご様子で、もっと近くに行きたのだろう、ぴょんぴょんと駆け出す。

 

「ねぇねぇ!八幡っ!あの火山、プロメテス火山っていってね!?一日に何度か噴火するんだって!で、ちょうど噴火してる時にベネチアゴンドラに乗ってると幸せになれるんだってっ!後で一緒に乗ろ!?」

 

「ねぇねぇ!八幡っ!あっちに見える要塞みたいになってる所と海賊船みたいな所、中を探検できるらしいよっ!?後で一緒に探検しよっ!」

 

「あっ!八幡っ!今火山の所からジェットコースター落ちてきたよっ!あれってセンターオブジマウンテンっていって、超楽しいらしいよっ!あれも絶対乗りたいっ!」

 

 

入り口ですでにこのはしゃぎようである。

なんか事前に色々と調べてきてるみたいだし、よっぽど楽しみにしてたんだな。

 

こういう留美を見てると、普段の年不相応に落ち着いた姿は本当の留美じゃないんだな……と嫌でも気付かされる。

 

こんなふうに12歳くらいの女の子らしい自然な振る舞いをしている留美は、本当に可愛らしい普通の少女だった。

いつもこうしてりゃ、友達なんかに困るような子じゃねえんだけどな……なんかもったいねえなぁ……

 

おっと!いかんいかん!せっかく留美がこんなに楽しんでんだ。

一人で勝手にしんみりしてないで俺も楽しまないとな。

 

 

なんだか小さい頃の小町を遊びに連れてってやった時の事を思い出し、つい留美のはしゃぎまくる幸せな光景に頬を緩ませていると、俺の視線に気付いた留美がはっとなり真っ赤に俯いた。

 

「……なに見てんの……?八幡キモい……」

 

どうやら普段と違う自分のはしゃぐ姿を見られていた事が恥ずかしかったらしい。

ったく……気にしないで自然にはしゃいでりゃいいのによ。

 

 

× × ×

 

 

「八幡。私今日絶対に行きたいとこがあるんだっ!」

 

少しだけ落ち着いたようだが、それでも興奮を隠しきれない様子で嬉しそうに話し掛けてきた。

 

「そうか。もうこの際どこにでも付き合うぞ」

 

「うんっ」

 

どうやら留美が行きたい所というのは、このエリアの隣のアメリカンアクアフロントというエリアにあるらしい。

 

とりあえずそちらに向けて歩きだしたのだが、留美が急に爆弾を投下してきやがった。

 

「すごいねっ!ランドも好きだけど、シーの方が綺麗で好きかも!……八幡もシーって初めてだよね?」

 

ぐおっ!……ま、まぁいずれその質問は来るんだろうなとは思っていたのだが。

なんかこういう事言うの照れくせえんだよな……

 

「……いや、今日で二回目……だな」

 

 

すると留美はピタリと立ち止まると、急に声のトーンが落ちた。

 

「……初めてじゃないの?……八幡のくせに誰かと一緒にきたの?」

 

「おう、ちょっとな……」

 

「…………あっ!そっか。八幡て仲の良さそうな妹居たもんね。妹と来たんでしょ」

 

「い、いやー……小町じゃなくてだな……えっと由比ヶ浜、って覚えてるだろ?あのちょっとバカそうな、頭に団子乗ってるやつ……」

 

「………………二人で?」

 

あ、あれ〜……?

 

「お、おう。ちょっとした成り行きでな……」

 

「……………へー。八幡って、ああいうのが好みなんだ」

 

 

なんか留美さん激おこモードです……

ぷくーっと膨らんだ頬っぺと半目になった表情をこちらに向けもせず、横目で睨んでます……

 

「いやいや、別に好みだとかそういうんじゃなくてだな、去年の文化祭でちょっと奢ってもらっちゃった代わりに、一回行ってみっか!って話になってたんだ」

 

正直あん時はお互いに妙に緊張しちまって全然楽しめなかったんだよなぁ……

いや、まぁ楽しかったっちゃ楽しかったんだが、なんかすげえ探り探りだったんですものっ!

あれだったら、それこそハニトーを奢り返すくらいの方が良かったかもしれん……

ちょっとプロぼっちの俺には背伸びだったな、アレは……

 

「………………へー」

 

うわー……留美さん超不機嫌ですよ……

 

しっかし、このぷくっと膨らんだ頬っぺといい拗ねた感じといい、普段よく部室で目にするのとはマジ別もんだな。

なんつうか超可愛い。

 

あざとい後輩と違って、どちらかといえば戸塚とかめぐり先輩的なほわっとした気分になるようなぷくっと頬っぺ。

下手したらそれ以上?

 

 

ああ、そうか!アレだ……

まだポイント制を導入する前の小さかった小町を相手にしてるかのような、そんな気分だ。

つい本気でゲームやって負かしちゃった後の「もう小町お兄ちゃんとなんかやんないもんっ!」って涙目で怒ってた時と同じような、そんな感覚。

 

いや、そりゃ今だって小町はめちゃくちゃ可愛くて仕方ないんだが、やっぱあの頃とは別ものの可愛さなんだよなぁ……

 

 

と、こんな風に心の中ではルミルミ可愛い可愛い言っててもさすがに本人に言えるワケもなく不機嫌モードは継続中。そんなん言ったら確実にキモがられちゃうっ!

 

まぁ留美的には、私だって行く友達なんか居なくて今日初めて来たのに、なんで八幡ごときが友達と二人で来てんの!?キモい!……ってな所なのだろう。

あれ?自分で勝手に留美の思考を想像しただけなのになんだか涙出てきた☆

 

まぁ別にガハマさんは友達じゃねぇけどな。

 

 

と、激おこルミルミはもう俺をほっといて、とっとと目的地へと向かう模様なので、あんまり刺激すると余計にぷんぷんしちゃうだろうから黙ってついてく事にしよう。

 

ってか、ついてくもなにもゲートに入ってからずっと手は繋ぎっぱなしですからね?ついてくと言うよりは連れてかれるって感じですかね。

こんなに不機嫌なのに手は離さないんですね!ルミルミ。

 

 

しばらく黙って歩いていると堪り兼ねたのか、留美がこちらも見ずに急に喋りだした。

 

「……八幡。その一回だけ……なんだよね……?」

 

え!?急に?

 

「……お、おう。あれだけだな……」

 

「……………許すのは、一回だけだからね……っ!」

 

やったー!ルミルミに許してもらえるっ☆

 

 

…………なにが?

 

 

一回だけ?留美より先に友達と遊びに行っちゃうのが?いや友達じゃねぇけど。

 

良く分からんが、これはまた深く追及しちゃったら怒りだすパターンだろうか?

なんかせっかく機嫌直りそうだし、ここは言う通りにしといた方がいいか。

 

「分かった。了解した。一回だけだ」

 

すると留美はようやく俺に顔を向けた。

いや、まだ膨れっ面だし目だけはそっぽ向きっぱなしだけどね。

 

「じゃあ今回だけ許したげる。やくそく」

 

「お、おう。約束だ」

 

「…………ん」

 

 

ふぅ……まだ口は尖んがってるものの、どうやら許してもらえたようだ。

 

 

ふぇぇ……小さい女の子って難しいよぅ……

大きい女の子も全然分かんないけどねっ!

 

 

一番分かりやすいのが大きすぎる独神と言うね……ゲフンゲフン

 

 

× × ×

 

 

激おこルミルミに引っ張られるように連れられていたら、気付けば街並みはイタリアから古き良きアメリカの街並みに。

 

二回目とはいえやっぱすげえな……マジでこの一瞬で違う国、違う時代に来ちゃった気分だぜ……

いやホント千葉の誇りでしょ、この夢の国!

頭に東京って入ってる所は気にしたほうが負けな。

東京とは違うのだよ東京とはっ!

 

 

古き良きアメリカの街並みを抜けると、今度は目の前にタワーオブキラーという巨大なタワーがそびえ、さらにその近くには豪華客船までもが停泊している。

 

いやまじ夢の国はアメリカンドリーム!ここだけでいくら掛かってんの?

夢の国なのにこんなん見ちゃうとこぼれ出るのは夢の無い話ばかり……

 

 

「すっごーい……八幡!この建物フリーフォールなんだって!後で乗ろっ!……わ〜……あっちのおっきい船はレストランになってるんだって!すっごーい……」

 

ああ……俺にもこんな風に純粋な頃あったのかな……

なんかルミルミの心からの感動に心洗われました。

 

 

さらに橋を渡り進んでいくと、ようやく留美の目的地があるようだ。

そこはケープゴットという、アメリカ田舎街の小さな漁村をイメージして作られたエリアのようだ。

 

その漁村を進んでいくとひときわ混んでいる店舗があった。

どうやらあそこが留美の目的の場所らしい。

 

 

店内に入ると熊、クマ、くま!

なんかもうもふっとした熊まみれっ!

ちょっと猫みたいのもあるが、基本は熊だな。

そういやさっきから、老若男女がこんなような熊のぬいぐるみを抱えて歩いてたな。

 

ふと隣の留美を見ると、すっげえ目をキラキラさせてる。

 

「八幡!ここはねっ?シーにしか売ってないダッフルくんとシェル・メイちゃんっていうテディベアのお店なのっ!」

 

もうはしゃぐ姿を見られるのなんて気にしないくらいの大はしゃぎ。うわーっうわーっと目を輝かせては、あっちこっちと走りまくる。

手を繋ぎっぱなしなもんだから、俺もあっちこっちと走らされまくり。

 

「ホントはこっちまで来なくてもエントランス近くとか途中のお店でも買えるみたいなんだけど、やっぱりこっちがメインのお店らしくって、どうしても来たかったんだ……!」

 

 

 

……ホントに普通の女の子なんだな、こいつは。

なんだかこんな留美を見れて嬉しくなってきちまったよ。

 

すると留美はそのぬいぐるみを品定めしながら語りだした。

 

 

「……前にね、親戚のおばさんがおみやげだよってダッフルくんを買ってきてくれたの……今も私の部屋に居るんだけどね、友達居なくて一人ぼっちなの……今までは私もぼっちだったからそれでも良かったんだけど、……最近私がぼっちじゃなくなっちゃったからさ、ダッフルくんにも友達あげたいな……って。……だからシーに来たら、絶対メイちゃん買おうって思ってたんだ……!」

 

 

そういう留美はとても優しい笑顔でぬいぐるみを選ぶ。

今も部屋で一人ぼっちの友達に、最高の相棒を選んであげようとしているのだろう。

 

「……そうか」

 

「……うん……。でもダッフルくんは男の子でメイちゃんは女の子だから、友達というよりは恋人って感じなんだけどね。……まぁだから私と一緒で丁度いいかな……」

 

 

…………え?なんだって?

 

 

なんかとんでもない発言しませんでしたかね、ルミルミさん。

 

よし。取り敢えず落ち着こう!聞き間違えのハズだしなっ!

 

 

あたりを見渡して見ると、その熊のグッズが所狭しと溢れかえっている。

雪ノ下には申し訳ないが、パンさんグッズよりもよっぽど力が入れられていそうだ。

 

今ルミルミが吟味しているのと同じ形のちっちゃいぬいぐるみの付いたキーホルダーみたいなのやストラップなんかもあるんだな。

売れると見るやこの力の入れよう。マジでドリームは商魂逞しいぜ。

 

 

そうこうしてる内に、留美の選別が済んだようだ。

まぁ選別と言っても念で殴り付けて兵士にする訳ではなさそうだが。

 

「うん……!この子に決めたっ!」

 

バトル前のポケモントレーナーのような決めゼリフで、むふ〜っと満足した様子でひとつのぬいぐるみを抱える留美。

そして俺は留美からそのぬいぐるみをヒョイっと奪い取る。

 

「ちょっ……八幡なにすんの!?」

 

「買ってくっからちっと待ってろ」

 

「……はぁ?別に私は八幡にそういうの求めてない」

 

「いいから外のベンチにでも座って待ってろ。子供はそういう遠慮とかすんじゃねーの!」

 

「ばか八幡っ!子供扱いしないでっ!ばかっ!知らないっ」

 

むくれて外に出て行っちまった……

いやそれにしてもバカバカ連呼しすぎじゃないですかね……中学生の女の子にこの仕打ち……さすがの八幡でも泣いちゃうよ?

 

 

× × ×

 

 

ぬいぐるみを購入し、外に出るとむくれっツラの留美がベンチに座っていた。

 

「ほれ」

 

ぬいぐるみを渡そうとしたが留美は受け取らない。

ふーんっ!て感じでそっぽを向いたままだ。

 

「……いらない。私は八幡に買って欲しくて連れてきたわけじゃないから。なんかそういう女きらいだし」

 

ホントにしっかりした子だな……思わず笑っちまいそうになるわ。

でもここで笑ったら完璧に激おこになっちゃうから笑わんけどね☆

 

「そう言わずに貰ってやってくれよ。俺はホントに留美に感謝してんだよ」

 

そう。俺は留美に返したくても返せないほどに感謝しまくっている。

相模の件だけではない。

千葉村での俺のどうしようもない失策で救えなかった留美が、自分の力でこんなに元気にこんなに笑顔なってくれている事に、他でもない俺自身が救われているのだ。

 

「それに留美の中学進学祝もあげられてないしな。それにあれだ、友達が出来たお祝いとかも全部含めたらこれじゃ足んねぇくらいなんだし、せめてもの俺からのプレゼントっつう事で……なっ」

 

すると留美はむくれたままだが俺の手からぬいぐるみを奪いとると、顔を半分うずめてギュッと抱きしめた。

 

「ばかはちまん……じゃあしょーがないから貰ってあげる……」

 

そうは言いながらも、半分だけ見えてる顔からのぞく瞳はとても嬉しそうにしてくれてるから、一応正解って事でいい……のかね。

 

こんな女の子の態度を見ちまうと、また俺の溢れ出るお兄ちゃんスキルが発動しちゃうぜ!

 

俺はそっと頭を撫でて、この素直になれないお姫様に感謝の意を伝えた。

 

「そっか。貰ってくれてありがとな」

 

すると留美はより一層ぬいぐるみに顔をうずめてギュッと抱きしめると、真っ赤になりながらもいつものこいつらしく、一言の悪態と一言の感謝の気持ちを伝え返してくれるのだった。

 

 

「だから子供扱いしないでっ!ばか八幡っ…………でも……ありがと……。大切にする……」

 

 

 

 

続く

 





やばいですね……ルミルミ可愛いですね……


ルミルミデートお楽しみ頂けましたでしょうか!?
今回は無駄にシーの描写を多くして長くなってしまったので、次回はシーはあっさり終わらせて帰り道メインで(笑)

次回で留美編は終わらせますねー!
といってもその次はまだ何も考えてませんが><


それでは今度こそ!今度こそ後編になりますので、ルミルミファンの皆様はのんびりとお待ちくださいませ♪


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ぼっち姫の初デートは、運命の潮風と共に【後編】

 

 

 

お姫様に感謝の贈り物を無事に手渡たせた俺は次に向かう為に出発しようとしたのだが、そのお姫様に止められた。

 

「八幡。私買い忘れてたのがあるから買ってくる。ちょっと待ってて」

 

「おうそうか。だったら俺も着いてくぞ?」

 

「八幡は座って休んでて。どうせ普段は引き籠もってて、今日は慣れない外出で疲れてるだろうからちょっと休んでなよ」

 

「いや、それ分かってんなら連れてくんなよ……しかもまださっきシーに着いたばっかなんだけど」

 

とまぁそんな俺をあっさり無視し、留美はまた店に入っていった。

マジで俺中学生に舐められすぎィィィィーっ!

 

 

涙を隠して座って待っていると、しばらくしてルミルミがルンルンで帰ってきた。

 

「ほら八幡。時間もったいないから早く立って」

 

いやまじ酷くね?このルミノ下さん……

楽しそうだからいいけどね。

 

立ち上がって歩きだしたのだが、なぜか留美がついてこない。

あれ?っと振り向くと、留美は右手を見て左手を見てう〜ん……とお困りのご様子。

いや、困って見てるのは手じゃなくて、その手に持っているものか。

右手にはカゴバッグ、左手には胸に抱き抱えたぬいぐるみ。

 

「留美、どうした?」

 

するとちょっと恥ずかしそうに上目遣いで答える。

 

「……これだと……両手が塞がっちゃって……手……繋げない……から」

 

 

と、そこまで言い切るとカァッと赤くなって俯いちゃった!俺が。

俺がかよ。

 

 

とまぁ冗談はさておき……いや半ば冗談でもないのだが……真っ赤に俯いている留美に右手を差し出してやった。

 

「ほれ……そのバッグ持ってやっから」

 

「うん……ありがと」

 

 

こうして右手にカゴバッグ、左手にはルミルミの手、そしてルミルミの左手にはぬいぐるみという構図が出来上がり、新たな仲間を加えた俺達はまたシー探索に身を投じるのだった。

 

なんか八幡のお兄ちゃんスキルレベルがここにきて急上昇ですね!

 

 

× × ×

 

 

その後は各エリアをとにかく探索しまくった。

くっ……さすが中学一年生だぜっ……体力有り余ってんな……

 

あっち行きたいこっち行きたいあれ乗るこれ乗ると、もうとにかくこれでもかってくらいに遊びまくった。

 

食事はそのダッフルくん?てののショーを見ながら食べられるっていうレストランで取り、歩きながら留美待望のソフトクリームとチュロスも食った。

 

いや……待望だったのはたしかパフェだったはずなのだが、そんな昔の事はもう忘れちまったぜ……

 

 

夕方になり、どうしても乗りたがっていたベネチアゴンドラに乗っていた時には、本当にタイミング良くプロメテス火山が噴火したりとルミルミ大興奮!

いやマジ持ってるわ、この子!

 

 

そして今は夜の水上ショー・ファンタジアミュージック!を待つべく、二人でメディテレーニアンポートの一角に陣取っている。

どうやら早めに場所取りをしておかないと綺麗に見られないお花見スタイルらしい。

 

そんな疲れたサラリーマンが花見の場所取りをしているかの如くショーを待っていると、ふと気付いた事があった……

 

「わー……楽しみだね、八幡っ」

 

隣で目を輝かせまくっている留美にその気付いた疑問を投げ掛けた。

 

「……あのよ留美。今さらなんだが、時間って大丈夫なのか……?すっかり夜になっちゃってんだけど、親御さん心配とかしてたりしねぇの?……ちゃんと遅くなるって言ってあんだよな……?」

 

ホントに今さらだな俺……

こんな当たり前の事に今気付くくらい遊び惚けてるなんて保護者失格ですよ!

 

「え?うん大丈夫。今日は八幡とシーに行くから遅くなるって、ちゃんとお母さんに言ってあるから」

 

「おうそっか。それなら安心だな……」

 

 

………………?

 

 

え?今なんつった?こいつ……

 

 

「え?いやいやちょっと待て。誰とって言ったのかな?」

 

「は?なに言ってんの?誰もなにも、今私は誰と来てんの?ばかなの?」

 

ですよねー。僕と来てるんですもんねー…………っておいっ!

 

「え?なに?母ちゃんに俺とシー行くって言ってあんの!?……いやいや俺お前の母ちゃんと面識もなにもねぇんだけど!?」

 

いやマジで意味分からん!え?なに?こいつ俺をどうしたいの?母親に通報してもらうの?

 

俺は驚愕の視線を向けたのだが、急に不機嫌モードに入る留美。

ムッと睨み付けてきたかと思ったら、

 

「……お前じゃない……留美」

 

「あっ……わりい、留美……」

 

ってそれどころじゃねぇだろ……!

 

「大丈夫。お母さんには八幡の事教えてあるから」

 

「教えてあるってなにを!?」

 

やべぇ俺まじパニック!

 

「全部。林間学校での事もクリスマスでの事もこないだ再会した時の事も全部。……最初は心配してたけど、八幡がどういう人かって……八幡がなにをしてくれたのかって……全部話したらお母さんも八幡がどういう人か分かって安心してくれたの」

 

は?……いやいや千葉村での事とか全部話したらヤバい印象しかなくね?

 

「私しっかりしてるから、結構お母さん信用してくれててね?そんな私が一生懸命に話した八幡の事も信用してくれたの。あ、でもまだお父さんには内緒にしときなさいって。八幡殺されちゃうってさ」

 

すでに死にそうなんですけど僕……

 

「だから八幡とシーに遊びに行くって言ったら、気を付けて行ってらっしゃいって。お父さんには上手く言っといてくれるみたいだから安心してね」

 

わーいそりゃ安心だー☆

 

……おいおい母さん。……危機感足りなさすぎだろ……こんな可愛い娘になにかあったらどうすんだよ……

 

「八幡どうしたの?顔青いけど……。あ!でね?今日シーに行くのは許してくれたんだけど、その代わり近いうちに絶対連れてきなさいって言われてるんだった!だから次はうちに行くからね?八幡」

 

なにこれ詰んでんの?

逮捕まっしぐらなのん?

 

「ちなみに行かないとどうなるのかな……?」

 

「なんか良く分かんないけど、通報しますって伝えといてって言われてる」

 

はい!詰んでました☆

 

「そ、そっか……ははははは…」

 

「だから今度会う時はうちに来るんだからねっ。お母さん料理すっごい上手だから期待しててね!……私も……八幡に、なんか作るし……」

 

すっごいモジモジして言ってますけど、俺はモヤモヤが止まらないです……

 

「そうか……期待しとくわ……」

 

「うんっ」

 

 

 

その後ようやく始まった水上ナイトショーは、ウォータースクリーンや電飾に煌めく船などを使った光と音楽の見事なショーだった。

大音量の音楽が空一杯に響き渡り、ウォータースクリーンに写し出される映像や船の煌めきが水面に反射するさまは正に幻想的。

そこに花火や火山の競演者も加わり、圧巻な夢のひとときは幕を閉じた。

 

夢であったのなら良かったのに。

 

 

× × ×

 

 

ディスティニーシーを後にし、京葉線から見える遠ざかるディスティニーリゾートを、留美はとても名残惜しそうに見つめていた。

 

「なんか寂しいね。また来たいな……。八幡!その……今度は……ランドにも行こう…ね」

 

寂しそうに窓の外を見つめる留美の頭を優しく撫でる。

 

「そうだな。また今度……な」

 

俺が無事に来られればねっ!

 

「……うんっ、やくそく」

 

俺の不安など知ってか知らずか、すげえ笑顔で俺を見上げる留美を、またポンポンと撫でてやった。

 

 

混んでいた車内も、数駅を過ぎるとポツポツと席が空きだした。

近くの席が二つ空いたのでそこに腰掛ける。

 

しばらく揺られていると、そっと肩に重みを感じた。

そりゃあれだけはしゃげばな……

 

疲れ切って眠ってしまった留美の幸せそうな寝顔を見つつ、ここで俺まで寝ちまうとマズいな……!と己を鼓舞しながらも意識は闇へと落ちていった……

 

 

× × ×

 

 

やべっ!寝ちまったっ!

 

焦って周りを見渡したら、目的の駅まであと数駅というところだった。

 

「あっぶねー……」

 

未だ幸せそうに寝息を立てている留美だが、可哀想だけど起こすか。目ぇ醒ましとかないと危ないからな。

 

「留美、もうちょいで着くぞ」

 

「……んー……あれ……?私寝ちゃってたんだ……。八幡……寝顔……見た……?」

 

なんか恥ずかしそうにむくれてんなコイツ。

こんな小さな女の子でも、寝顔とか見られんの恥ずかしいのかな?

 

「俺の肩を枕にして、気持ちよさそうに寝てたぞ?」

 

さっきまでの留美の状態をニヤリと教えてやると、

 

「ばか八幡……キモい」

 

寝起きに罵倒されました☆

 

「あっ!そうだっ!」

 

寝起きの中学生に罵倒されて傷付いている俺には目もくれず、ガサガサとバッグを漁りはじめた。

すると、バッグからディスティニーの土産物袋をひとつ取り出した。

 

「八幡。これあげる」

 

土産物袋から取り出したのは、さっき土産物屋で見たダッフルくんのストラップだった。

 

「え?くれんの?なんで?」

 

「……八幡がこの子買ってくれたから、その分浮いたお金で買ったの」

 

抱き抱えたぬいぐるみを優しく撫でながらそう言ってきた。

 

「いや、でも中学生の女の子に貰い物すんのも……」

 

すると土産物袋から、もうひとつストラップを取り出す留美。

それは俺にくれようとしてるダッフルくんの友達のストラップだった。

 

「私がこれ付けるからお揃い……。この子達は八幡と私が別々に持ってたらぼっちになっちゃうけど、だから私達が一緒に居ればぼっちじゃなくなるでしょ?……だから……この子達が可哀想になったら、また私と八幡が会えばいいの……だから、お揃い……」

 

今までで一番てくらいに真っ赤に俯く留美。

いやマジで恥ずかしいのはこっちですから。

 

「お、おう……んじゃ有り難くもらっとくわ……サンキューな、留美」

 

「……………うん」

 

 

 

ちょうどその時、電車は目的の駅に到着した。

 

 

× × ×

 

 

時間が時間だし、もちろん留美を家まで送り届けた。今は留美んちの玄関前だ。

 

「八幡、今日はありがと。……まぁまぁ楽しめた」

 

「おう、俺も結構楽しめたぞ」

 

「…………ん」

 

すると留美は思い出したかのように訊ねてきた。

 

「あ!せっかくだからお母さんに会ってく?」

 

 

いやぁぁぁぁぁぁっ!

 

なんか帰り道がほっこりと平和すぎて、そんな危険な事すっかり忘れてたわっ!

 

「ま……また今度な……」

 

「そっか。まぁ今はお父さんも居るから、八幡殺されちゃうかもしんないしね」

 

いやんホントに殺されちゃうかもっ!

 

 

「じゃあね、八幡。また会いに行くから!」

 

そういうとストラップとぬいぐるみをぶんぶん振って玄関に入っていく。

 

「おう、じゃあな」

 

身の危険を感じつつも、そんな留美の笑顔に笑顔で答えた。

 

「……あっ!」

 

すると留美はなにかを思い出したかのようにたたっと引き返してきた。

 

「ん?どうかしたか?」

 

すると留美は軽く俺を睨むと口を開いた。

 

「八幡……約束覚えてる?」

 

「約束……?」

 

さっき今度ランドにも行こうねって言ってたやつか?

 

「あ、ああ……覚えてるぞ」

 

「……絶対だからね。約束破ったら許さないからっ」

 

するとまた玄関へと引き返し、扉の前まで行くとこちらへ振り向きとんでもない事を口にしやがった……

 

 

「やくそく!許すのはあの一回だけだからね!今度浮気したらお母さんに言い付けるからねっ!」

 

 

 

その恐ろしい一言を放ち、バタンっという音と共に消えていった留美……

 

 

『…………許すのは、その一回だけだからね……っ!』

 

『じゃあ今回だけは許したげる……』

 

 

え………?あんとき言ってた一回って、そういう事なのん?

 

いやいや浮気もなにも俺ルミルミと付き合ってねぇし……

由比ヶ浜とシー行ったの浮気じゃねぇし……

 

 

え、どうしよう。これ本格的に詰んでませんかね。

 

 

× × ×

 

 

…………でも……まぁ留美の人生はまだ始まったばかりだ。

 

昔の俺と同じように、あんなに小さいうちから人を諦め自分を諦め、一人で生きていく事を決心して努力して、そして新しい生き方を自分自身の力で見つけだした留美。

 

そんな留美にはもう友達だって出来つつある。

まだ心を許し切れてないたった一人の友達かもしれないが、今日の留美を見ていたらそれも無用な心配なのかもしれない。

 

今の留美なら、ちゃんと分かってくれる、ちゃんと分かりあえる素敵な友達が集まってくるだろう。

かつて同じようにすべてを諦めていた俺や雪ノ下と同じように。

 

 

だから留美にも、今に俺みたいのじゃなくもっとあいつに相応しいイイ男が現れんだろ。

あんなに素敵な笑顔が出来るお姫様に相応しい素敵な王子様ってやつがな。

 

だからまぁ、それまでは留美の勘違いに付き合ってやりますか。

近いうちにやってくるその日くらいまでは……な。

 

 

 

 

 

 

………大丈夫……だよ……ね?

 

 

 

 

 





はい!八幡詰みました!


という訳で、まさかルミルミだけで計四回になってしまうとは……
そんなルミルミ回、今回を持って終了となります。

次回は八幡がルミルミ家に地獄のご訪問回ですねっ(大嘘)

でも留美はまた書いてみたいですね〜。すごい楽しかった♪
今回のデート回の留美視点とかってのも、需要あるんでしょうかね〜?


次回以降はまだなんにも決めてないんですが、誰書こうかなぁ……


【一応内容の補足です】
留美の母ちゃん危機感ヤバくない?と思われた方もたくさん居るかとは思いますが、裏設定なのか誰かの妄想が広まったのか知らないんですけど、よく留美の母親は教師をやってるって話がありますよね?原作でそんな設定ありましたっけ……?

なので今回はその話に乗っかって、留美の母親は平塚先生とは信頼関係がある知り合いで、事前に比企谷八幡という人物を平塚先生から聞いていた……的な感じで読んで頂けると助かります☆………なんて酷い作者だ……


追記

留美の母親が教師ネタは、一巻に出てきた総武高の『家庭科教師が鶴見』から来たらしいですね〜!
たくさんのご意見ありがとうございました!


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最近姉の川崎沙希の様子がすこぶるおかしい件について【前編】




今回は初サキサキでありながらかなりの変化球です。

正直面白いと思ってもらえるのかは不安たっぷりなのですが、書きたかったので書いちゃいましたっ☆テヘペロッ


 

 

 

どうもっす!千葉市在住で現在中学三年の受験生、川崎大志っす!

 

俺には2つ上の姉ちゃんが居るんすけど、最近その姉ちゃんの様子がなんだかおかしいんす。

 

 

俺の姉ちゃん、川崎沙希は県内有数の進学校でもある総武高校に通う高校二年生なんすけど、ちょっと恐くても真面目で優しかった姉ちゃんが二年生になったあたりから夜出歩くようになったんす。

朝帰りなんかもちょくちょくあったんすけど、実はそれは俺が受験生……つまり中三になった為に出費が多くなり、もともと裕福では無かったウチの家計の負担にならないようにと、時給の高い夜のバイト……ち、違うっすよ!?夜のバイトって言ってもエロいやつとかじゃないっすよ!?

なんか高級シティホテルのバーでバーテンダーってのをやってたらしいんす。

 

うちの姉ちゃん、弟の俺が言うのもなんなんすけど結構美人で大人っぽくて、年齢を誤魔化せられたらしいんすよね。

 

 

結局そのバイト問題自体は、なんか塾のスクラップ?とかって制度を使って解決したみたいなんすけど……ていうか進学塾ってのは廃棄工場みたいなこともやってんすかね……?

 

まぁそれはともかくとして、夜のバイトはしなくて済むようになったんすけど、それからしばらくして……特に数ヶ月後、高校で文化祭が行われたっていう日から本格的に姉ちゃんの様子がおかしくなっていったんす……

 

 

なんていうんすかね、なんか……妙に可愛いいんすっ……

鼻歌まじりに食事の準備したり、鏡の前で笑顔の練習したりと、なんというかもう乙女なんす!恐いっす!

 

ちなみに笑顔の練習してる時に出くわしちゃった時は問答無用に蹴られたっす……

 

 

× × ×

 

 

「大志〜!ほらっ!弁当忘れてるよ!」

 

「あっ!姉ちゃんありがとー!……あっぶねぇ」

 

「まったく、あんた朝からダラダラしてんじゃないっての。遅刻するよ」

 

「いや、だって姉ちゃんが朝から鏡の前でニヤニヤして洗面所占領してるから……」

 

「殴るよ」

 

「……………すみませんでした」

 

 

とまあ朝からこんな感じなんすけど、実は姉ちゃんの様子がおかしい理由は分かってるんすよね。

 

理由はズバリ、恋っす!

 

まさかあの姉ちゃんが恋する乙女になるなんてビックリっすよ。

そしてその恋のお相手と言うのが、例の夜のバイト問題を終息させてくれた姉ちゃんの同級生であり、俺の塾の友達である比企谷小町さんの兄でもある比企谷八幡先輩、通称お兄さんっす。

あ!ちなみにお兄さんと呼ぶのに他意はないっすから!比企谷さんとは本当にただの友達っすからね!?

すごく明るくて可愛くて人気者なんすけど、もし付き合えたら超幸せかもしんないすけど、あくまで友達っすから!

 

 

と、とにかくそのお兄さんと知り合ってから、姉ちゃんは次第に女らしくなってったんすよねー。

姉ちゃんとの会話の時にちょっとでもお兄さんの話題を出すとピクっとして一言一句逃さないように集中して聞いてるし、かと思えば「姉ちゃんやっぱりお兄さんの事が気になんの〜?」とちょっとでも茶化すと空手の練習相手にさせられるんす……一方的なサンドバッグっすけど……

 

姉ちゃんとお兄さんと一緒に何度か食事の席が設けられた事もあるんすけど、次第にお兄さんの方には視線をやらなくなり、去年の年末の総武高校生徒会選挙問題の時なんかは、もうずっと目を合わさないようにしてテーブルの下では制服のスカートをギュッと握ったりなんかしちゃって、見てるこっちが心配になるほどだったんす!

 

 

こんなこと初めての事っすからなんとか協力してあげたいんすけど、その姉ちゃん自身が非協力的というかなんというか。

 

 

たまに弁当作りながら顔を赤くしてウンウン唸ってる事があるんす。たぶんお兄さんに弁当作ってあげたいな〜……とかって思ってるんすね!アレは。

だから姉ちゃんが朝から弁当作ってた時に

 

『たまにはお兄さんに作ってったら喜んでくれるんじゃないの〜?』

 

ってアドバイスしてあげたんすよ!

そしたらその日、俺の弁当無かったっす……

 

 

でももしこの二人が上手く行けば俺も比企谷さんとより一層仲良くなれるから、なんとか上手くいって欲しいっす!

なんなら俺と比企谷さんで協力体制を取れれば、こっちはこっちで絆が生まれるかもしんないっすよね!

 

 

……アレ?でももし本当に上手くいっちゃって、将来的にお兄さんがホントのお兄さんになった場合は、比企谷さんとは兄妹になるんすか!?

うーん……なんか複雑っす……

 

 

× × ×

 

 

2月のとある日曜日。

今日は姉ちゃんと妹のけーちゃんと3人で近くのららぽに来てるっす。

 

けーちゃんが遊びに連れていって欲しいとねだった結果、ららぽに落ち着いたんすよね〜。

 

「さーちゃん!たーちゃん!ひといっぱいだねぇ!」

 

「うん、そうだね〜!今日は日曜日だからね。けーちゃんどこ行きたい?」

 

うちの姉ちゃんはこう見えてかなりのシスコンなんす!

普段はあんなに恐いのに、妹のけーちゃん相手にはこんな風にデレデレなんすよねー。

前にお兄さんにブラコンって言われて殴りそうになってたっすけど、俺には殴る蹴るの暴行をするこの姉ちゃんのどの辺がブラコンなんすかね……

 

ちなみにお兄さんは自他共に認める極度のシスコンっすけど。

そのおかげでお兄さん俺の当たりが超厳しいんすよね!

よく消えろとか羽虫とか言われるんすけど、その度に姉ちゃんに睨まれて小さくなってるんす。

あれ?やっぱり姉ちゃんはブラコンっすね。

 

てか姉ちゃんに暴行されたりお兄さんに罵られたり、比企谷さんにはず〜っと友達って言われたり、実は俺ってかなり可哀想なヤツなんすかねっ!?

なんか切ないっす!

 

 

「ねーねーさーちゃん!なんでこんなにおみせがぴんくいろなのー?なんかかわいくてけーちゃんたのしー!」

 

あぁ、そういえばそうっすね。今日はららぽ全体がなんかピンクピンクしてるっす。

 

「ん?それはね〜、もうすぐバレンタインだからだよ〜?」

 

「ばれんたいんー?それなーに?」

 

「えっと……バレンタインって言うのは……う、うう……ちょ、ちょっと大志、けーちゃんに説明してあげな」

 

なんでバレンタインの説明を妹にするだけでそんなに恥ずかしがってるんすかね……ウチの姉ちゃんは……

 

「たーちゃんたーちゃん!ばれんたいんってなにー?」

 

「バレンタインって言うのはね、んーと女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日なんだよ?」

 

「ちょこれーと!?けーちゃんたべたいっ!」

 

うーん。姉ちゃんじゃなくてもやっぱりけーちゃんは可愛いっす!なんか和むっす!

 

「でもけーちゃんは女の子だから、好きな男の子にあげる方かなー」

 

けーちゃんが好きな男にチョコをあげる……!

なんか黒い感情が芽生えた気分っす……!

 

これっすか!?この気持ちっすかお兄さん!?

じゃあ俺が羽虫呼ばわりされるのも仕方ないっすね!

 

「えー……けーちゃんちょこれーとたべれないのー?ばれんたいんつまんなーい…………でもでもじゃあけーちゃんはたーちゃんにちょこれーとあげるねー?」

 

ああ……なんか幸せっす。お兄ちゃんに生まれて良かったっす!

 

「あとねー、けーちゃんはーちゃんにもちょこれーとあげるー」

 

は、はーちゃん!?

確かはーちゃんってお兄さんの事っすよね。

なんでかけーちゃんはお兄さんに懐いてるみたいなんすよねー。

姉妹って好みも似るんすかねー?

 

ふと姉ちゃんを見ると、そのけーちゃんの発言に気まずそうに真っ赤になってたっす……

いやいや姉ちゃん……幼女の発言ひとつでそれって、いくらなんでも純情乙女すぎっすよ……

 

「さーちゃんはー?さーちゃんはだれにあげるのー?」

 

うおっ!けーちゃんがまさかの爆弾発言!

なんと保育園生の妹相手にあたふたしてるっすよ!ウチの姉ちゃん!

 

「わわわわ……けけけけーちゃん!?な、なに言ってんの!?べっ!別にさーちゃんは誰にもあげないよっ!?」

 

「そーなのー?じゃあさーちゃんもはーちゃんにあげればいーよっ!」

 

目をキラキラさせて小さくガッツポーズ!力強くそう提案するけーちゃん。

でもそれはダメっすよ!けーちゃん!

もう姉ちゃん完全にあわあわとテンパってるっすから!

 

「ななななに言ってるの!?けーちゃんっ!さーちゃんとアイツはなんの関係もないからぁっ!」

 

……………大丈夫っすかね、この姉は……

幼女相手に目をバッテンにして真っ赤にさせられてるっすよ……

我が姉ながらなんとも心配になるっすね……

 

「えー?だってさーちゃんこないだはーちゃんすきっていって……むぐっ!」

 

そこまで言うとけーちゃんは姉ちゃんに口を塞がれたっす。

姉ちゃん……まだなにも分かんないと思って、こっそりけーちゃんにそんな事言ってるんすね……

 

ちなみにそのあと殺意のこもった涙目で睨まれたっす……

はいっ!俺はなんにも聞いてないっす……!

 

 

× × ×

 

 

それからしばらく姉弟3人でららぽを巡ったっす。

 

あんな事があったからか、姉ちゃんはチョコが売ってる店の前を通る度に頬を染めてチラチラ見てたっす。

 

まったく……買いたいなら買えばいいじゃないっすか……

仕方ないっすね。

 

「けーちゃん!たーちゃんちょっとトイレ行ってくるけど、けーちゃんも一緒に行く?」

 

「いくー!けーちゃんもおといれいくー」

 

「だったらけーちゃんはあたしが連れてくよ」

 

ぐぅ……姉ちゃんはどんだけニブいんすかっ!

 

「いーよ姉ちゃん。俺が一緒についてくから、姉ちゃんはそこら辺でなんか“買い物でも”してればいーよ」

 

するとようやく姉ちゃんは閃いたみたいっす。

これはチャンスとばかりに目をギラつかせたっすからね。

 

「そ、そう?んじゃあよろしく」

 

俺はけーちゃんと手を繋いでトイレに向かいながらばれないように後ろにチラリと視線を向けると、すでに凄い勢いで走り去って行ってたっす……

ゆっくり帰ってくるっすかね……

 

 

× × ×

 

 

「けーちゃんちゃんとお手手洗った?」

 

「うんっ!けーちゃんちゃんとおててあらったー」

 

「じゃあそろそろ行こっか」

 

「ゆっくりしてておそくなっちゃったねー!さーちゃんまってるかなー?」

 

「むしろもっと遅くてもいいと思うよー?」

 

「???」

 

けーちゃんはこてんっと首をかしげでキョトンとしてるっす。

まだけーちゃんには早いっすもんね。

 

手を繋いで先ほど姉ちゃんと別れた場所まで戻ると、姉ちゃんはなんでもないような顔をして待ってたっす。

でも姉ちゃん?肩で息してるっすよ!

 

「遅かったね。大丈夫だったの?」

 

冷静な顔して冷静な台詞を吐いてるっすけど、すっげえハァハァ言ってるっす!

 

……姉ちゃん!そのバッグからちょっとだけ覗いてる可愛いラッピングのモノ、ちゃんと渡せるといいっすねっ!

 

 

そんな時、急にけーちゃんが俺の手を離して駆け出したっす!

 

「はーちゃんだっ!はーちゃーん!」

 

けーちゃんがてけてけ走って抱き付いた足の持ち主を見ると、とてもビックリした顔でけーちゃんを見てたっす……

 

「あ……れ?けーちゃん……か?」

 

 

なんとそこには最近姉ちゃんの様子をおかしくしている張本人、比企谷八幡お兄さんが立っていたっす!

 

恐る恐る姉ちゃんの姿を確認しようと振り向くと………

 

 

 

「むりむりむりむりむり……」

 

 

真っ赤になって涙目の姉ちゃんは……首が取れちゃうんじゃないかってくらいに頭をぶんぶん振って、身を縮こまらせて俺の背中に隠れてたっす…………ね、姉ちゃん……

 

 

 

 

続くっす!





まさかの大志視点でした!
いやいや大丈夫っすかね?これ。
書いてる分には楽しかったんですけど、読者さんは楽しめたんですかねぇ?これ……

サキサキ好きなんですけど、ただヒロインにするには単体だと作者の理解度がちょっと弱いな〜、と。
でも一度は書いてみたかったんで、こんな形にしてしまいました(苦笑)
なんか第三者視点の方がサキサキの照れっぷりが可愛い気がして(笑)


ところでこの『八幡と、恋する乙女』で、次のヒロインに関するアンケートを取ってみようかな〜?とか思いました!
まぁいわゆる次は誰を読んでみたいかってヤツですね。

本日中(というかこのあとにでも)活動報告にて何人か候補をあげておきますので、もしお暇であれば冷やかしだけでも来てみてくださいませませ!

こういうのって、期間は3日くらいあればいいんですかね〜??



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最近姉の川崎沙希の様子がすこぶるおかしい件について【後編】




スミマセン!一回違うの挟んじゃってお待たせしました!

今度こそ間違いなくけーちゃんSSです!………………………………サキサキSSですね、はい。




 

 

 

「はーちゃんはーちゃん!」

 

 

はーちゃ……お兄さんとの思いがけない遭遇に大はしゃぎの妹と、お兄さんとの思いがけない遭遇に縮こまっている姉に挟まれ、俺はお兄さんに声を掛けたっす。

 

「お兄さん、こんにちはっす!」

 

「けーちゃん、こんな所で一人でどうしたんだ?」

 

「無視っすか!?お兄さん酷いっす!」

 

「あ?どちら様でしたっけ」

 

どちら様か分からないのに「あ?」と威嚇するお兄さんマジ恐いっす!

 

「大志っす!川崎大志っす!」

 

「………………………………………ああ、毒虫か」

 

すっげぇ間があったっすけど、本気で忘れてたわけじゃないっすよね!?

もうこの際羽虫や毒虫扱いはどうでもいいっす!

忘れられるのが一番キツいっす!

 

「アンタ、いい加減うちの弟からかうのやめときな」

 

おおっ!姉ちゃんが、突然の遭遇によるテンパりよりもブラ魂の方が勝ったっす………と思ったけど、やっぱり目が泳いでるっすね……

 

「お、おう……すみませんでした。……なんださーちゃんも居たのか」

 

「だぁっ!?……だだだからアンタにさーちゃんなんて呼ばれる筋合いはないっての……」

 

お兄さんそれはないっす!急なさーちゃん呼びで、姉ちゃん声が裏返っちゃったじゃないすか!

せっかく立ち直った我が姉が目に見えてしぼんで行くっす……なんか指と指をグルグルもじもじさせて真っ赤な顔して下向いてぶつぶつ言い出したっすよ……

 

「す、すまん。けーちゃんからの流れでな。……で?今日は姉妹二人でショッピングかなにかか?」

 

「お兄さん!俺もいるっす!三人っす!」

 

「チッ!うっせーな羽虫が……」

 

俺もう泣いていいっすかね。

 

「ねーねーはーちゃんはなにしてるのー?」

 

姉ちゃんはしぼんでるし、もう頼りになるのはけーちゃんだけっす!

けーちゃん頼むっす!

 

「ん?今日は妹に買い物たのまれてな。あいつ受験生だから、頼まれたことくらいはしてやんなきゃな」

 

そう言うお兄さんは、しゃがんで目線をけーちゃんに合わせると、優しい兄の目でけーちゃんの頭を撫でてるっす。

俺にもたまにはその眼差しを向けて欲しいっす!

 

「じゅけんせー?たーちゃんといっしょだー!いもうとのおかいものなんて、はーちゃんえらいねー」

 

目をキラキラさせてお兄さんを見つめるけーちゃん。

ホントに大好きっすね。なんか複雑っす……

 

「ははっ、ありがとなけーちゃん。そういや大志も受験生じゃねぇか。こんなとこに居て大丈夫なのか?」

 

まさかの俺への心配っす!

デレ期っすか!?まさかのデレ期っすか!?

やっぱりお兄さんはこう見えてちゃんと優しいんすよね。

 

「なんとか大丈夫っす!ちょっとした息抜きっす!」

 

お兄さんの優しさに俺が元気に答えると

 

「チッ……そうか……小町と一緒に受かるんじゃねぇぞ……?」

 

前言撤回っす。期待はいつでも一瞬っす。

 

 

「うしっ。んじゃ俺は行くからな。じゃーな川崎。またな、けーちゃん」

 

「ひぇっ!?う、うん。じゃ、じゃあ……」

 

うちの姉はいつまでこの調子なんすか……

そしてやっぱり俺は無視っすね……

 

「あー、あと受験生なんだから風邪には気を付けろよ」

 

……お兄さん!俺一生ついていくっす!

 

「まぁ受験がんばれよ。応援してるぞ、第二志望」

 

「……………………」

 

飴と鞭で俺が陥落されかけている横では、立ち去ろうとするお兄さんをけーちゃんが離さなかったっす!

もう川崎家はお兄さんに攻め落とされる寸前っす!

 

「えー……!はーちゃんいっちゃうのー……?けーちゃん、はーちゃんといっしょにあそびたいー!」

 

目をバッテンにしてはーちゃ……お兄さんを離さないけーちゃん。

うーん。これはどうしたものかと困っていると

 

「こらっ!ダメでしょ!?けーちゃん!はーちゃんが困ってるでしょ!?」

 

おお、姉ちゃんが立ち直ってけーちゃんを(たしな)めてる!と思ったのはほんの一瞬だったっす。

期待を込めて振り向くと、けーちゃん以上に目をバッテンにして、真っ赤にテンパってたっす。

 

どうやらけーちゃんを嗜めてたんじゃなくて、これ以上一緒に居る事が『むりむりむりむり……』らしいっす。

てか姉ちゃん気付いてないっすね……

俺は悪いとは思いながら、これ以上ドツボにハマらないようにそっと耳打ちして教えてあげたっす。

 

「姉ちゃん姉ちゃん……はーちゃんって言っちゃってるよ……」

 

 

「……………っ!○×◇☆□△〜〜〜っっっっ!」

 

 

なにかよく分からない言葉を絶叫しながら走ってっちゃったっす……

気付かないままの方が幸せだったっすかね……ごめん姉ちゃん……

 

「お、おい大志……川崎のヤツ、なんか変なもんでも食ったのか……?」

 

お兄さんドン引きっす!

こんな姉ちゃんでごめんなさいっす!

 

「さ、さぁ……たぶんトイレにでも行ったんすよ……」

 

 

言ったあとに気付いたっす。

これって……フォローの仕方、合ってるっすかね……?

 

 

× × ×

 

 

結局涙目でいそいそと帰ってきた姉ちゃんと一緒に、お兄さんも一日付き合ってくれる事になったっす。

だって、けーちゃんがお兄さん離さないんすから。

 

あ、ちなみに帰ってきた姉ちゃんにトイレに行ったって誤魔化しといたって言ったら殴られたっす。

なんとなく予想は付いてたけど理不尽っす!

 

それにしてもけーちゃんがあそこまでお兄さんに懐いてると、実の兄としては正直複雑っすけど、まぁもしかしたらお兄さんもそのうち本当の家族になるかも知れないっすからね。

 

もしお兄さんが本当の家族になるとした場合のシミュレーションをしてみたっす。

 

 

①お兄さんと姉ちゃんが夫婦に

 

②俺と比企谷さんが夫婦にっ!

 

③お兄さんとけーちゃんが夫婦に……

 

 

…………うん。オススメは②っすけど、残念ながら①っすかね……

てか③はさすがにマズいっすね……!

 

でも目の前で楽しそうに手を繋いでぶんぶん振ってるけーちゃんを見ると、結構あり得そうだから恐いっす!

 

「はーちゃんっとおっでかっけはーちゃんっとおっでかっけ♪」

 

なんかもうけーちゃんを寝取られた気分っす……NTRってやつっす!

 

「あの……比企谷。なんか悪いね、こんなことになっちゃって……」

 

「おう、気にすんな。まぁ暇だしな」

 

「そ、そっか」

 

なんか会話は弾まないなら弾まないなりに上手くいってるみたいっす。

照れっ照れでお兄さんと頑張って話している姉ちゃんは、本当に恋する乙女っすね!

それにお兄さんと姉ちゃんでけーちゃんを挟んで手を繋いでいる姿は、なんだか夫婦みたいっす。

でも言ったらたぶんサンドバッグっす。

 

 

そして今気付いたっす!これって俺、空気じゃないっすかね!?

姉ちゃんはともかくけーちゃんまでも取られちゃって、俺切ないっす!

 

だったら今から比企谷さんと二人で遊んでも誰にも文句は言われないっすね……………ダメでしたっす……なんだかお兄さんにすげぇ睨まれたっす……

シスコンパワー恐るべしっす。

 

「あー!はーちゃんはーちゃん!けーちゃんあれほしー!」

 

そんなシスコンにけーちゃんが何かをねだってるっすね。

何事かと思って見てみると、どうやらけーちゃんはゲームセンターのUFOキャッチャーを指差してるようっす。

 

「けーちゃんあのぴんくのうさぎさんがほしー!はーちゃんとれるー!?」

 

「UFOキャッチャーか……俺苦手なんだよなぁ……でもまぁちょっとだけやってみっか」

 

「ごめん比企谷!別に無理とかしないでいいから。もう、けーちゃんダメでしょ!」

 

「ああ、気にすんな。ちょっとだけだ。川崎はなんか欲しいのあんのか?」

 

「は、はぁ?バ、バッカじゃないの!?あたしがこんなの欲しがるわけないじゃん!」

 

なんかイチャイチャしてて楽しそうっすね……どこの新婚さんっすか。

俺消えた方がいいっすかね……

あと姉ちゃん?こんなのって、姉ちゃんの部屋ぬいぐるみだらけじゃないっすか。買ったやつから作ったやつまで。

 

恥ずかしがってないで、こういう所で女の子アピールしなきゃダメじゃないっすか……

でもそんな事言ったら恐ろしい目に合うと思って口を塞いでいると、またけーちゃんが爆弾を落としたっす!

 

「なんでー?さーちゃんのおへや、くまさんとかわんちゃんとかうさぎさんでいーっぱいなのに……むぐっ」

 

けーちゃん恐ろしい子っす……!

もう姉ちゃんのハートはブレイク寸前っす!

 

茹でダコみたいに真っ赤になって涙目の姉ちゃんを気付かってか、聞かなかったことにしてUFOキャッチャーを始めるお兄さんは大人の男っす!憧れるっす!

 

 

「あー……クソっ!だめか。もう一回」

 

「おぉぉ……はーちゃんがんばれー!」

 

「が……がんばれ……」

 

何度目かのチャレンジっすけど、戦況は思わしくないみたいっす!

そして姉ちゃんの応援は蚊の鳴くような声すぎてお兄さんには届かないっす!

 

「お!え?ま、まじで?お、おーっ!こいこいこいこい!」

 

「おー!はーちゃんすごー!」

 

「うそ……」

 

な!なんと六回目のチャレンジで、まさかの二個取りっす!けーちゃんご希望のピンクのうさぎと、姉ちゃんが好きそうな茶色の熊のダブルゲットっす!

 

「よぉしっ!」「やったー!」「……うん」

 

どうやら戦果は上々のようっす!

いやぁ、愛の力は偉大っすね!

 

「ほい、けーちゃん」

 

「やったー!はーちゃんありがとー!」

 

けーちゃん大喜びっす!よかったっすね!けーちゃん!

 

「んでこっちはほれ。さーちゃんにやる」

 

「だからアンタにさーちゃん呼ばわりされる筋合いないって言ってんでしょ!そ、それにそんなのも要らないっての!」

 

まったく……大人しく貰えばいいじゃないっすか。

そんな物欲しそうな顔しちゃって……

 

「そうか。じゃあ俺も要らんから捨てるっきゃねぇな」

 

「なっ!?そんなの勿体ないじゃん!……じ、じゃあ仕方ないから、あ、あたしが貰っといてやるよ……」

 

「おう、そいつはあんがとよ。ほれ」

 

「う、うん……」

 

そうやって姉ちゃんに戦利品を渡すお兄さんはニヤリとしてたっす!

すでにあの姉ちゃんを手玉に取ってるっす!さすがっす!勉強になるっす!

 

そして姉ちゃんは乱暴に受け取りながらも、嬉しくて我慢ならない笑顔をなんとか抑えようと、こっそりと太ももをつねっていたっす!

よかったっすね!姉ちゃん!

 

 

× × ×

 

 

それからあっちこっちと三人で遊び回って、今は帰路に着いてるっす。

え?一人足りてないって?それは言わない約束っす。

 

遊び回ってる最中、やっぱりけーちゃんは何度か姉ちゃんのメンタルをゴリゴリとブレイクしにきたっすけど(バレンタインの話題とか家でお兄さんの話題を出すとかっす!)、さすがに姉ちゃんももう神経尖らせて警戒してたのか、なんとか未然に防いで事なきを得たようっす。

 

「なんか悪いね。わざわざ送ってもらっちゃって……」

 

「まぁお前んちとウチは意外と近いみたいだから気にすんな。あと……これだしな」

 

けーちゃんは遊び疲れたのか、今はお兄さんの背中で幸せそうに寝息をたててるっす。

ホントに楽しそうだったっすもんね!

 

 

 

 

ウチに到着すると、お兄さんはけーちゃんを部屋まで運んでくれたっす。

やっぱりこういう時のお兄ちゃんスキルの高さは見習うべき所っすね。

 

お兄さんをウチに招き入れてしまってめちゃくちゃ照れまくりの姉ちゃんだったんすが、さすがにこのまま帰すワケには行かないからと、なんとか声を絞りだして「お茶でも……」と誘ったっす。

でもお兄さんは比企谷さんの買い物を届けなくちゃならないからとお断りしてきたっす。

 

「比企谷……今日は本当にありがと。けーちゃん大喜びだったよ」

 

「お、おう。俺も結構楽しめたしな。それにちょっと前に約束したじゃねぇか。今度こういう機会があったら、またけーちゃんと遊んでやってくれってよ」

 

そういうお兄さんの顔は、普段見せないような男前の笑顔だったっす。

 

「アンタ……そんなの覚えてたんだ……そ、その……ありがと」

 

もう姉ちゃんデレッデレっすね。お兄さんはまじでジゴロっす!

そんなジゴロが照れた様子で「じゃあな……」と帰ろうとしたところ、姉ちゃんがまさかの呼び止めっす!

 

「あっ……!ひ、比企谷っ!」

 

「ん?どうした?」

 

すると姉ちゃんは俯いてしばらく黙り込んでいたっすが、おもむろにバッグをゴソゴソしだしたっす。

 

「……はい。……これアンタにやるよ……」

 

「は?なんだこれ?なんで俺が貰い物すんの?」

 

「……アンタバッカじゃないの?見て分かんない?……その……チョコレートだよ……バ、バレンタインのっ……!」

 

「え?……マジで?くれんの?……てか今日ってまだバレンタインじゃなくねぇか?」

 

「別にそんなのいつだっていいでしょ。ただの今日のお礼だから……!べ、別に大志用に買っといたってだけのやつだから気にしないでいいよ……!」

 

姉ちゃんバカっすか!?なんで余計な一言加えるっすか!?

てかそんなの弟用とか言ったらまたブラコン扱いっすよ!?

 

「あ、そうなの?てか大志用を俺が貰っちゃっていいのかよ」

 

「いいよ……大志にはあとでチロルでも買っとくから……」

 

姉ちゃん……今年はチロルっすか……

 

「そ、そうか……じゃあ有り難く貰っとくわ……その……サンキューな」

 

「…………うん」

 

あ、甘酸っぱいっす!なんすかこれ!

弟の前でこの青春ラブコメ劇を見せ付ける姉ってどうなんすかね!?

あ……!もしかして俺って存在してないっすか!?

 

 

 

そしてお兄さんは帰って行ったっす。

幸せそうな顔して見送った姉ちゃんは、次の瞬間俺を睨み付けてきたっす……

 

『大志……今見た光景は忘れろ……』

 

目は雄弁にそう語っていたっす……

 

 

× × ×

 

 

「ふ〜っ……あったまったぁ」

 

やっぱり冬場の風呂は極楽気分っね。

俺は風呂上がりに牛乳をコップ一杯飲んでから姉ちゃんの部屋に向かい、ガチャリとドアを開け一声掛けたっす。

 

「姉ちゃ〜ん。風呂あいたから入っちゃえ……ば……………あ"っ……」

 

「………………あ」

 

 

やばいっす……俺、もう死んじゃうかも知れないっす……

 

「たぁいーしぃぃ……なぁんーでぇノックしぃなぁいーんーだぁぁぁ」

 

 

はぁ〜っ!!もう目の前に半泣きで真っ赤に染まった姉ちゃんが、殺意のこもった目を向けて迫ってきてるっすぅぅぅ〜……!

 

 

 

 

俺は……俺はもうここまでみたいっす……

 

でも姉ちゃん安心するっす!

もし!もし俺が生き延びたとしてもさっきの光景、姉ちゃんがヤバイくらいのニヤケ顔でお兄さんからもらったぬいぐるみを抱き締めてベッドの上をゴロゴロ転がり、あまつさえチューしかけていたなんて事は、絶対に!絶対に誰にも言わず墓場まで持っていくっすからぁぁぁっ!

 

 

ああ、意識が遠退いていくっす……みなさん……おやすみなさいっす……

 

 

 

 

 

最近俺の姉ちゃんの様子がすこぶるおかしいんすけど、まぁなんか幸せそうだからいいっすよね。

 

 

 

 

おわりっす!

 





初めてのサキサキだったのですがいかがでしたでしょうか!?

なんかサキサキの気持ちを知っている大志目線だと、サキサキがスゴい可愛く感じてしまいました(笑)
てか私って、ベッドで悶えさせんの好きすぎwww


あとこのお話のヒロインは決してけーちゃんでは無い事を、この場を借りて高らかに宣言しておきますっ!



そして次回は…………………です!

たぶん明日更新しますんでお楽しみにっ!


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チョコレートと紅茶 〜宝物のシュシュで着飾ったわんことにゃんこの恋模様〜



サキサキだと思った!?残念っ!ゆきのんとガハマさんでしたっ!


スミマセン……深夜のおかしなテンションになってしまいました。


今回はちょっと短めなお話でブレイクタイムです☆

集計結果を発表したかったので、思いついたものを速攻で書き上げました!


後書きは結果発表になりますので、前書きにてこちらのSSの説明をば……


もともと正ヒロインの二人のSSは書くつもりはなかったのです。どうしてもどちらかが切ないので……

でもこういう内容であればいいかな?と思い立ち書いてみました!

急きょ書いたモノですが、楽しんでもらえたら幸いです☆




 

 

 

二月某日。

今日は朝から由比ヶ浜さんが私の家に遊びに来ている。

 

いえ、遊びに来ていると言うのは語弊があるのかしら。

今日は数日後に迫ったバレンタインデーの為に、由比ヶ浜さんにチョコ作りの特訓をお願いをされている。

 

正直由比ヶ浜さんに料理を教える……いえ、料理をさせるというのは余りにも非現実的であり非論理的であり甚だ遺憾なのだけれど、あのような潤んだ眼差しで見つめられてしまっては……断れないじゃない。

やっぱりあなたは卑怯だわ……

 

「よーしっ!がんばるぞー!ゆきのーん!まずはなにから始めればいいのー?」

 

「由比ヶ浜さん。あなたは決して頑張らなくてもいいのよ?ただ、言われたことを言われたまま遂行すればいいだけのこと。むしろ頑張らないで頂戴」

 

「ひどいっ!?ゆきのーん!あたし頑張るからーっ!」

 

由比ヶ浜さんは愕然とした表情のあと、泣きそうな顔ながらも力強くガッツポーズを決めて、その強い意志を私に見せ付ける。

 

私はこめかみに手をあてる。あなたが頑張ると、味見をする私の死期が早まってしまうのよ……

 

「由比ヶ浜さん。せめて私の意識が保たれているあいだに、なんとか人が口に出来るものを完成させて頂戴」

 

私は最高の笑顔で、その由比ヶ浜さんの強き意志に応えた。

 

「ひどいっ!?」

 

 

……………なぜかしら?

私が死の覚悟さえも決めて、こんなにも素敵な笑顔を向けたというのに。

甚だ心外だわ……

 

 

× × ×

 

 

「で?まずなにから始めればいーかなぁ?なにから始めればいーかなぁ?」

 

「落ち着きなさい。正直な話、あなたにも可能な手作りチョコレートは、溶かして型に入れることくらいだと思っているわ。だからまずはお湯を沸かしなさい?」

 

はっきり言って、そんなものは手作りなどとは呼べない代物。

そう。偽物ね……

 

ただしこれに関しては致し方のないこと。尊い人の命が掛かっているのだから。

ふふっ……もっともあの腐り目の男の命が尊いかどうかは別の問題だけれども。

 

でも……甚だ遺憾ではあるのだけれど、もしもあの男の存在がこの世界から消えてしまうのだとしたら、ほんの……ほんの微々たるものではあるけれど、私にも悲しい気持ちが生じる可能性も……なきにしもあらず……ね……

 

そういった意味では、あの男の命が尊いものであるという認識は、正しくないとは言いきれないとも言えるのかもしれないわね……まことに遺憾ではあるのだけれど……

 

「ゆきのん!それってただ市販のチョコを溶かして固めただけのやつじゃん!それって手作りって言っちゃいけないやつなんじゃないの!?」

 

「黙りなさい!まずは己の力量に合った、己の可能な範囲での挑戦をしなさい。初めから己の力量にまったく合わない夢見がちな事をするのは挑戦とは言わないわ。ただの無謀な愚策、自殺行為でしかないの」

 

「あたしはチョコを溶かすのも挑戦なんだっ!?」

 

「ええ、ギリギリのラインでね。本来であれば、キッチンにさえ立って欲しくはないのよ?」

 

そう。私はあなたが心配なの。

初めて出来たとも言える心ゆるせる友人に、みすみす危険を冒させたくはないのよ……

 

「ひどいっ!?」

 

私がこんなにもあなたの事を思ってあなたの身を心配して、こんなにも優しげな笑顔を向けているというのに……甚だ心外だわ……

 

 

× × ×

 

 

「お湯が沸いたようね。それではまずはチョコレートを溶かしましょう。いい?由比ヶ浜さん。流石に解っているとは思うのだけれど、このお湯はあくまでも湯煎用であって、決して直せ…つ……」

 

「ん?なーに?ゆきのん。もうお湯にチョコは入れたよー?このあとはグチョグチョ混ぜてお湯とチョコを混ぜ合わせればいいのかなぁ?」

 

これは明らかに私の責任ね。由比ヶ浜さんを甘く見すぎていたわ。

まさかこんなお約束的な展開をこの目で見られるとは思わなかったわ……

 

「ごめんなさい由比ヶ浜さん。まだあなたには難しかったわね……」

 

「チョコ溶かすのも諦められたっ!?」

 

 

はぁ……これは長丁場になりそうね。まぁ予想していたことではあるのだけれど。

 

 

それから私は試行錯誤し、何度目かの死線を乗り越えながら、なんとか由比ヶ浜さんに食べ物としての体をなすものを教え込んだ。

その横で自分用のチョコレートを作りながら。

 

「いいなぁ……あたしもゆきのんみたいなの作れたら喜んでもらえるのになー……」

 

「大丈夫よ。あの男が自分で言っていたんじゃない。男は単純なのだと。美味しく出来た物だから嬉しいのではなく、心を込めて作ってくれたからこそ嬉しい生き物なのだと。だから、あなたのそのたくさん込めた心は伝わるわ」

 

………そして、私の作ったチョコレートに込めた心ははたしてあの男に伝わるのかしら……?

ほんの少し、ほんの少しだけれどこの私が心を込めてあげたのだから、伝わるとよいのだけれど。

 

「……へへーっ!そうだよね!伝わるよねっ!あたし達の気持ちっ」

 

 

とても嬉しそうな、とても照れくさそうな幸せな笑顔で完成したチョコレートを眺める由比ヶ浜さん。

その手は、自然と髪を留めているブルーのシュシュを撫でている。

 

ふと気付くと、私も自然と髪を纏めているピンクのシュシュを撫でていたことに気が付いた。

 

私は今、どんな顔をしているのだろうか……

自分では分からないけれど、きっと、目の前で頬を染めている可愛らしい少女と同じような顔をしているのだろう……

 

 

 

 

彼女は彼に溢れるほどの好意を寄せている。

その件について直接話したことはないのだけれど、わざわざ言葉を交わさなくても理解できるくらいの溢れる想い。

 

 

そして、私も……

 

 

もし……もし彼に土下座でもされて交際して欲しいと涙ながらに懇願されるようなことでもあれば、哀れで惨めなあの男を可哀相だと思い、交際の願いを考えてあげることもやぶさかではないくらいには……彼に……好意を……寄せているのだろう……

 

 

 

もしも彼が由比ヶ浜さんと交際するようなことになったとしたら、私たちのこの関係はどうなるのだろうか……

 

もしも……もしも彼が……その……わ、私と……その……交際するようなことに……なったとしたら、私たちのこの関係は……一体どうなってしまうのだろうか……

 

 

正直それはまだあまり考えたくはない。

なぜなら私は……今のこの関係性が、嫌いではないから。多少なりとも心地好く感じてしまっているから……

 

 

だから私は、この想いが思考の迷宮に囚われてしまわないように、まだこの気持ちは封印しておこう。

 

それは彼が嫌う欺瞞なのかもしれない。

それは彼が求める本物とは真逆にあるのかもしれない。

 

でも、今はまだ……この考えから目を背けていようと思う。

まったく……なんて私らしくないのかしら。

 

自嘲気味ではあるけれど、それでも不快ではない感情が込み上げそうになるのを誤魔化していたところを由比ヶ浜さんに見つかってしまう。

 

 

「あーっ!ゆきのん笑ってるー!へへーっ!届くといいよねっ」

 

「な!なにを言っているのかしら!わ、私は笑ってなんかいないわ!まったく…………んん!ん!そ、そんなことよりも……紅茶でも淹れましょうか。せっかく作ったチョコレートの味見をしなければね」

 

「うんっ!しよーしよー!」

 

 

× × ×

 

 

リビングは先ほどまでのチョコレートの香りと淹れたての紅茶の香りが交ざりあい広がっている。

 

由比ヶ浜さんと私。チョコレートと紅茶。

 

とても暖かで優しい空気と香りで、常であれば寒々としたこの空間が、とても幸せな空間へと変化していく……

 

 

ついつい頬が緩んでしまう。

もしこの空間に彼も居たのならば、いつものように気だるそうに……でもいつものように優しい微笑みで、私達を見てくれているのだろうか。

 

 

「よーしっ!じゃあ食べてみよー!」

 

「そうね。いただきましょう」

 

私と由比ヶ浜さんは、彼女が作り上げたチョコレートに口をつけた。

 

 

 

「………!?」

 

 

私は余りの衝撃に目を見開いた……

なぜ……?私がほんの少しだけ席を外したあの一瞬に、この子はなにをしたというの!?

 

「おー!結構いけるー!もしかしてあたしって才能あるかもっ」

 

そんな馬鹿な……

この子は一体なにを言っているの……?

 

「ゆ、由比ヶ浜さん……あなた、一体なにを入れたの……?」

 

「えへへ〜!さっすがゆきのん!気付いちゃったぁ?じーつーはーっ!隠し味に七味唐辛子を入れてみましたー!」

 

か!隠しっ……!?

由比ヶ浜さん……隠し味というのは、もっと隠すものよ……?

 

「……な、なぜそんなものを……」

 

「えー、だってなんか海外の“ぱてしえ?”とかいう人達が作る超高いチョコレートで、わさびとか胡椒とかを隠し味にしてるヤツとかあるっていうじゃん?だからあたしも和風テイストを取り入れてみましたー!」

 

お願いだから取り入れないで頂戴……

 

「由比ヶ浜さん……そういうアレンジを取り入れるパティシエは、きちんと基本が出来ているからこそそういう革新的な挑戦が出来るのよ……基本もなにも出来てはいないあなたがこんなことをするのは、革新ではなくて革命よ……一分で失敗して全滅するような、ね……」

 

「みんな死んじゃうんだっ!?」

 

 

はぁ……まったく。

なぜこの子はすぐにアレンジを加えたがるのかしら……

私は頭痛を押さえるようにこめかみに手をあてながら思うのだった。

 

 

今夜は長くなりそうね……

 

 

 

おしまい

 





たくさんのご投票、まことにありがとうございました!
投票総数48票になりました!(アンケートはやった事も参加した事も無いので、これが多いのか少ないのかは知りませんがっ汗)
いつも感想をくださる読者さま♪アンケではじめてご意見頂いた読者さま♪そして中にはこのアンケに投票する為にハーメルンに登録して下さったという読者さままで!しかも香織1択という徹底ぶりっ!
本当にありがとうございます☆


それでは結果発表です!ドンドンドン!パフッパフッ!!


一位⑦家堀香織35票←衝撃的!!

二位③折本かおり17票←まぁ順当?

三位①あーし12票←順当?もっと上かと思ってた

同率四位②腐れ姫⑥独神10票←姫菜ちゃんはまぁ順当。先生はびっくり!心しか乙女じゃないのにっ

五位④さがみん8票←思ったよりも入ってびっくり

六位⑤遥&ゆっこ4票←www


以上の結果になりました!
かおりワンツーフィニッシュです(^ω^)v


いやぁ、マジでびっくりしました……だって投票者さん48人中35人がオリキャラを選択するって……

てっきりあーしさんと折本あたりが一位二位に入って、三位くらいに海老名さん。で、もしかしたらマニアックな読者さんが四位……上手くいけば三位くらいにウケ狙いで香織を押してくれるかな〜?なんて予想をしていたので、あまりにも衝撃的でしたΣ( ̄□ ̄;)

いやぁ、ホントに嬉しくて涙でちゃいますよっ……
まさかあの香織ちゃんが、こんなにも皆さんに受け入れてもらえるなんて……(感涙)
香織も作者も幸せものです☆

あとさがみんにも8票も入ってびっくりです!
皆さん相模SSで、少しはさがみんを好きになってもらえたのかなぁ……と、こっちも感涙ものです!


そして遥ゆっこに票が入るとはっ!
さすが私の好みを分かってらっしゃいますね(ニヤリ



今後の計画ですけど、上位二名を書こうかと思ってたんですが、あまりにも香織に票が集まりすぎたので、上位三名にしようかと思いました。
票の少ない順に、あーしさん→折本→香織の順番で行きたいと思いますがいかがでしょうか!?

でもちょっぴり腐海の姫も書いてみたくなっちゃった☆


それでは、本当に本当にありがとうございましたっ!!!!!
今後ともよろしくお願いします!

ぶーちゃん☆でしたつ


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18回目のバースデーは、あたし達の開戦記念日!

 

 

 

 

「結衣先輩!お誕生日、おめでとうございまーす!」

 

「結衣さんおめでとうございます!」

 

「由比ヶ浜さん、おめでとう」

 

「……おめでとさん」

 

 

「わー!ありがとー!」

 

 

あたし由比ヶ浜結衣は今日6月18日、18回目の誕生日を迎えた!

いつものように部室の扉を開いたら、みんなでお祝いの準備をしてくれてたんだっ!

 

部室もちょっと飾り付けとかされてるしっ!

そっか……!だからゆきのん、「たまには外で食べない?」って、今日のお昼あたしを連れ出したんだっ!

 

だから、その間にヒッキー達が準備しといてくれたのかな!?

ううっ……嬉しいよーーー!

 

 

思わず目頭を熱くしてると、小町ちゃんに手を引かれてあたしは本日の主役席に!

 

「はいっ!結衣さんの席はここですよー!いやいや、めでたいですなぁ!」

 

「えへへ、ありがとねっ!小町ちゃんっ」

 

席につくと、目の前にはとっても綺麗でとっても美味しそうなホールケーキが置いてあり、HappyBirthday!MyFriend.Yui☆って書かれたチョコレート製のプレートが飾られていた。

 

「すっごーい!超うまそー!コ、コレってまたゆきのんが作ってくれたのっ!?」

 

「ふふっ、違うわよ由比ヶ浜さん。私じゃなくて私達で作ったのよ?」

 

ゆきのんが笑顔でそう言うと、いろはちゃんと小町ちゃんもにひっとした。

 

「そーなんですよぉ、結衣先輩!昨日わたし達三人で作ったんですよぉ?ほら、わたしってお菓子作り超得意じゃないですかぁ?」

 

「へへー、一応小町も手伝ったんですけど、雪乃さんといろは先輩が上手すぎて、あんまりお役には立てなかったですー」

 

そっか……みんなで作ってくれたんだ……

やばい、超嬉しい……!

 

「ありがとー!!ゆきのーん!いろはちゃーん!小町ちゃーんっ!」

 

あたしは思わず三人にダイブしちゃった!

だって、超嬉しいんだもん!

 

「あ、暑苦しい……」

 

「ちょっ!結衣先輩!苦しいですー!」

 

「おおっ!結衣さんボリューミーっ」

 

ふとチラリと視線を向けると、ヒッキーはそんな抱き合ってるあたし達に呆れた顔を向けていたが、その腐った瞳はいつもよりずっと優しく輝いていた。

 

 

× × ×

 

 

「うんまーいっ!これマジでお店開けるよーっ!三人とも凄ーい!いつかみんなでケーキ屋さん開こうよっ」

 

「そうね。それも楽しいかもしれないわね。由比ヶ浜さんがケーキに一切触れさえしなければね」

 

とっても優しい笑顔であたしを見つめるゆきのん。

たはは……な、なんでゆきのんはそんなにひどいセリフをそんなに素敵な笑顔で言えるのかな……?

 

「そうですねー!そんな将来も面白そうですよねぇ!結衣先輩が厨房に立ったら1日でお店潰れちゃいそうですけどぉ♪」

 

「結衣さんだと危なっかしくてレジにも立たせられないんで、1日外で呼び込みがいいですねー」

 

「みんなひどいよっ!?」

 

 

うぅ……ひどすぎる……黙って聞いてるだけのヒッキー見たら、なんかキモい顔してニヤニヤしてるし……

 

「なんかヒッキーキモいっ!」

 

「いやなんでだよ……俺なんも言ってないのに俺だけ罵倒されちゃうの?」

 

だって……ヒッキーがキモいんだもんっ!

むぅ!いつかヒッキーが美味しいって言ってくれるようなケーキが作れるように頑張ってやるんだからねっ!

 

 

そんな風にあたしをバカにしながらも、美味しいケーキを頬張りながら美味しい紅茶を飲み、楽しく幸せな時間が流れていく……

ああ、あたし最高に幸せだなぁ……

 

 

「さてさて、それでは大プレゼント会へと移行しようではありませんか!みなさんっ」

 

プレゼント会!?

こんなに嬉しいのに、みんなプレゼントも用意してくれてるんだっ……!

 

「それではまずは司会のわたくしめから……結衣さんっ!おめでとうございますっ」

 

「ありがとー!」

 

小町ちゃんは、可愛くラッピングされた包みをくれた。

開けてみると、とってもオシャレで可愛らしい写真立てが入っていた。

 

「高校生活もあと僅かですが、結衣さんにとっての最っ高の青春の一枚を飾ってくださいねっ」

 

そう言うと、ニヤリと視線をヒッキーに向けた。

うぅ……小町ちゃん!……恥ずかしいからやめてっ!

 

「それでは次はわたしから。結衣先輩っ!おめでとうございまーっすぅ」

 

「いろはちゃん!ありがとー!」

 

いろはちゃんから受け取ったプレゼントには、とても綺麗で可愛らしい色のネイルセットが包まれていた。

 

「結衣先輩っ!オシャレは指先からですよー?いつも可愛らしい結衣先輩を、さらに可愛く磨きあげてくださいねっ」

 

えへへ!自分磨きを怠らないいろはちゃんらしいなっ!

 

「んんっ!そ、それでは私の番ね。その……由比ヶ浜さん、お誕生日おめでとう」

 

信じられないくらいの素敵な笑顔でゆきのんから渡されたプレゼントは、とても綺麗な猫のストラップだった。

な、なんかスワロフスキーとかで出来てて高級そうだー!?

 

「あ、あの……一応、私と……お揃い、なの……」

 

そう言いながらゆきのんは自分のスマホをすっと出した……

 

「ゆきのーん!」

 

「だ、だから暑苦しいと言っているでしょう……!?」

 

えへへ〜っ!そんな事言いながらもあたしを引き剥がそうとしないゆきのん大好きー!

 

 

「おいおい……な、なんか話違くね……?お前ら、そんないいもん用意してたの……?」

 

ん?話?

 

「お兄ちゃん?なにワケ分かんないこと言ってんの?ホレホレ、次はお兄ちゃんの番だよー?」

 

「くっ……なんなの?軽い虐めなの?……出し辛ぇわ……」

 

どしたのかな?

別にどんなモノでも、ヒッキーがあたしのこと考えて、あたしの為に用意してくれてた物ならなんだって嬉しいよ……?

 

「ほら……よ。おめでとさん……」

 

 

「……え……?」

 

 

そういってヒッキーが渡してくれたプレゼントは……………一冊の参考書だった……

 

 

× × ×

 

 

「さ、参考……書?」

 

「いや、お前のやばい受験対策……ってやつ?」

 

「あ……ありがと……」

 

 

参考書……かぁ……

 

いや、別にヒッキーがあたしの為に色々考えて用意してくれた物なら、本当になんでも良かったんだ……

でも、でも参考書……かぁ……

 

でも……ヒッキーはちゃんとあたしのこと心配してくれて、あたしの為を思ってコレにしてくれたんだよね……?

 

あはは……ありがとね、ヒッキー……

 

 

 

 

 

…………………ごめん……ヒッキー。

……プレゼント貰っといて、その中身でこんな風に考えたくないんだけど……あんまり……嬉しくないよ……

 

なんか、あたしはプレゼントを選んでくれてる時にあたしのことをどう考えてくれたのかなぁ?とか、どう想って選んでくれたのかなぁ?とか……そういうトコが重要なんだと思うんだよね……

だから、どんなモノだって、ヒッキーがあたしのことをこんな風に考えてくれたのかなぁ?とか想像できるモノだったら、本当になんでも良かったの。

 

でも参考書って、あんまりそういう想像が出来ないよ……

なんかすごい適当に考えられちゃったみたいで……すごい適当に想われちゃったみたいで……なんだか……嬉しくないよ……

 

 

うぅ……どうしよう……せっかくヒッキーがプレゼント用意してくれてたのに……なんか涙が滲んできちゃったよぉ……

 

 

「ごみぃちゃん……いくらなんでもそれは無いよ……」

 

「は?」

 

「先輩……さすがにそれは引きます無理ですキモいですごめんなさい」

 

「いやちょっと?」

 

「最低ね、ゴミ谷くん……」

 

「いやちょっと待て!お前らが参考書くらいでいいんじゃない?って教え…」

 

「ごみぃちゃん煩い!」「先輩は黙ってください」「黙りなさい」

 

……………え?どゆこと……?

 

 

「あーあ、お兄ちゃん!こんなに結衣さんを悲しませちゃってー……これは罰が必要ですなぁ」

 

「そうですねー先輩。わたしもう先輩にはガッカリですよー!これは結衣先輩に対しての埋め合わせが必要ですねー」

 

「その通りね。あなた、このあと改めて由比ヶ浜さんのプレゼントを買いに行ってらっしゃい……次はおかしな物を買って来ないように、由比ヶ浜さんを連れて由比ヶ浜さんの趣味で、ね」

 

えっ!?えっ!?

 

「お、お前らっ!まさかそれ…」

 

「ごみぃちゃん煩い!」「先輩は黙ってください!」「黙りなさい」

 

ど、どゆこと!?なんかあたしいきなりヒッキーと二人で買い物行くことになっちゃったの!?

 

「ごめんなさいね由比ヶ浜さん。せっかくの誕生日なのにこんな事になってしまって……部長の私の監督不行届きだわ……申し訳ないのだけれど、今からそこの男を連れて行ってしまってくれないかしら……?」

 

「え!?ゆき……のん?」

 

「ほらほら先輩!とっとと出てってくださいよー。結衣先輩は、このどうしようもない先輩に思いっきりワガママ言って罪滅ぼしさせてやんないとダメですよっ!」

 

「いろは……ちゃん?」

 

嘘……これって……

 

「くっそ……お前ら覚えてろよ……おい由比ヶ浜、行くぞ」

 

「う、うん!」

 

あたしはとっとと部室を出て行こうとするヒッキーの背中を追い掛けるように走りだす。

 

「お兄ちゃん!ちゃんと結衣さんが喜ぶもんプレゼントしてあげなきゃダメだからねー!ケチるようなら、小町はお兄ちゃんがスクラップで内緒で貯めたごみぃちゃん貯金をお母さんにバラしてしまうのです!」

 

「スカラシップだっつうの……今更だがよくお前総武受かったな……」

 

 

そう言いながら部室を出て行ったヒッキーを追って、あたしも複雑な気持ちを抱えながらも部室を出た。

 

 

× × ×

 

 

ヒッキーと並んで廊下を歩きながら、あたしはみんなの気持ちに思いを馳せていた。

 

だって……これって……

 

「……ヒッキーごめん!あたし部室に忘れ物しちゃった!先に自転車持ってきて校門で待ってて!」

 

そう……あたしはすっごい忘れ物をしてきてしまった。

 

「そうか。じゃあ先行ってるぞ」

 

ヒッキーと別れ、あたしは部室へと引き返した。

 

 

× × ×

 

 

部室に戻ると、三人はパーティーの後片付けをしていたが、急に戻ってきたあたしに驚いているようだ。

 

「由比ヶ浜さん?どうしたのかしら。忘れ物?」

 

そう。忘れ物……とても大事な……

あたしはみんなにちゃんと言わなくちゃいけない事があるから。

 

「あの……その……」

 

言葉がなかなか出てこない……いろんな感情が複雑に絡み合う。

 

でも言わなきゃ……わざわざパーティーの準備までしてくれたのに……わざわざみんなでケーキまで作ってくれたのに…………なにより、本当はこんなことしたくないはずなのに……それなのに全部を台無しにしてまでここまでの事をしてくれたみんなに……

 

あたしは胸に溜まった息を吐き出した。

よしっ!大丈夫!

 

「みんな!ありがとう!あたしの為にこんな事までしてくれて……本当にありがとう!……あたし……ヒッキーのこと大好きっ!……でも、みんなも大好きだからっ!」

 

 

うー……顔が熱いよ……とうとう言っちゃったよ!

どうせバレてるとは思ってたけど、あたしの気持ち。

 

すると、まず小町ちゃんが口をひらいた。

 

 

「へへーっ!これは小町の作戦なんですよっ!?ああでもしないと、うちのダメダメな捻デレさんはなかなか動かないですからね〜!………でも結衣さんごめんなさい……ちょっとだけ悲しい想いさせちゃいましたよね……」

 

「んーん?……そんなことないよっ!小町ちゃんありがとう!」

 

だからそんな顔しないで……?あたしは小町ちゃんに抱きついた……

 

 

「結衣先輩……」

 

いろはちゃんがあたしを呼んだ。とてもとても真剣な声で。

小町ちゃんから離れていろはちゃんに視線を向ける。

 

「いろはちゃん……」

 

「…………いまさらかも知れませんけど……どうせ皆さんにはバレバレだとは思いますけど……」

 

いろはちゃんは、顔を真っ赤にして、唇も震えてる……

スカートをギュッと握りしめながらも、あたしの目をまっすぐに見つめる。

 

「わたしは……先輩のことが……比企谷先輩のことが……大好きですっ……この気持ちは誰にも負けませんっ……わたしが先輩の本物になりたいですっ……」

 

そしてひとしずくの涙をポロリと零した。

感極まっちゃったんだろうね。ずっとしまい込んできた本物の気持ちを吐き出すのって、自分を全部曝け出すみたいで恥ずかしいし緊張しちゃうもんね……

あのヒッキーでさえ感極まっちゃうくらいだもん……

 

そしてあたしをキッと睨み付ける……

 

「だから……こんなサービスは今回だけです……!高校生活最後の誕生日だから、一番長く先輩を見つめてきた結衣先輩だから、今日だけは特別に貸してあげます……!でも!今後は、絶対に絶対に……ぜーったいに!先輩は譲りませんからっ!」

 

そこまで言うと、悔しそうだった顔を精一杯笑顔にしてみせた。

 

「だからっ!今日だけは……今日“だ・け”は!……せいぜい楽しんできてくださいねっ♪結衣せんぱいっ」

 

 

無理に作った小悪魔な笑顔で、可愛らしく余らせたピンクのカーディガンの袖でくしくしと涙を拭う……

いろはちゃん……だったら……だったらあたしもちゃんと気持ち返さなきゃね!

 

「ありがとうね……いろはちゃん!……でもね?この気持ちが負けないのはあたしだって一緒だよ!あたしはずーっとヒッキーを見てきたんだから!……たから、いろはちゃんは大好きだけど……あたしだってぜーったいに譲らないからっ!」

 

「えへへっ……勝手に言っててくださいっ!どうせ最終的に勝つのはわたしなんでっ」

 

えへんと胸を張るいろはちゃんをキュッと抱き締めた。

 

「由比ヶ浜さん……」

 

あたしはいろはちゃんから離れ、ゆきのんに向き直る。

 

「もう……私の言いたい事は一色さんが言ってくれたわ」

 

ゆきのんは優しく……でもとっても意思の強い眼差しであたしを見据える。

 

「だからあなたに言いたい事は特にないのだけれど……でもこれだけは言っておくわ。…………私、こう見えても結構負けず嫌いなのよ」

 

「いやいや雪ノ下先輩は負けず嫌いが服着て歩いてるようなもんじゃないですかー」

 

「黙りなさい」

 

「ひゃ……ひゃいっ!」

 

へへ……ゆきのんが負けず嫌いな事なんてみんな知ってるよ!

 

「だからもうこんな事は二度としないわ。塩を贈るのは今回だけよ?」

 

塩?

 

「だから今日“だけ!”は思い切りあの男を振り回して楽しんでくるといいわ。さぁ、行ってらっしゃい」

 

たはは……いろはちゃんにしてもゆきのんにしても、『だけ』を強調しすぎだってば……(笑)

でも、そう言うゆきのんは、本当に本当に優しい笑顔だった!

もう可愛くて可愛くて、思いっきりダイブしちゃった♪

 

「ゆきのーん!あたし楽しんでくるねっ!ヒッキーを思いっきり振り回してくるっ!……あとよく分かんないけど、塩を贈ってくれるんなら料理もがんばるからーっ!」

 

 

「え……?」「は……?」「うっわ〜結衣さん……」

 

顔をあげると、三人とも可哀想な眼差しであたしを見つめていた…………

 

 

……あ、あっれぇ〜?せっかくの感動的なシーンだったのに、どうしたのかな〜……?

 

 

× × ×

 

 

校門までたどり着くとヒッキーが待っていてくれた。

 

「ずいぶん遅かったな。忘れ物、ちゃんとあったのか?」

 

「うんっ!もうバッチリ!ごめんね?遅くなっちゃって」

 

「いやいい。ほんじゃとっとと行くぞ。早く終わらせて早く帰りたいからな」

 

「行く前から帰る気まんまんだっ!?」

 

 

 

…………えへへ、ヒッキーもありがとね!

小町ちゃん達の作戦だって気付いてるのに、なんにも言わずに付き合ってくれて……

 

 

ヒッキー………大好きっ……!

 

 

「で、まずどっから行くんだ?」

 

「えーっと、じゃあまずはパセラにハニトー食べに行くでしょっ!?そしたら次はららぽとか寄って色んなお店回ろうよっ!」

 

「いやお前、さっきあんなにケーキ食ってたのに、さらにハニトーなんか食うのかよ……しかもスタートがカラオケのそのコースじゃ、帰り遅くなっちゃうじゃねぇかよ……」

 

「いーじゃんっ!だってせっかくの高校生活最後の誕生日なんだもんっ!プレゼントに参考書なんてくれようとしたヒッキーには、死ぬまで付き合ってもらうんだからねっ!」

 

「……へいへい」

 

 

 

 

 

 

……ヒッキー?今日はね、あたしの誕生日でもあるんだけど、ついさっき、あたしとゆきのんといろはちゃん、そしてヒッキーの開戦記念日にもなったんだよ?

だから今日は……今日だけは…………

 

 

思いっきりワガママ言わせてねっ!ヒッキー♪

 

 

 

 

おわり☆

 

HappyBirthday!ガハマさん♪

 






と、いうわけでぇ………………

ガハマさん!お誕生日おめでとー!
ガハマさんのお話を書いたことなかったんで、この機会にちょうど良いかな?……と。
たまにはこんなんもいいですねっ!

でもこんな風に女の爽やかな戦いみたいなモノ書いたけど、原作の方はドロドロと暗い感じになっちゃうんだろうな〜……
当のガハマさん自身が不穏な空気出しまくってるし……



くっそぅ……この短編集を4月から始めていれば、こうやっていろはすの誕生日記念SSも書いてお祝い出来たのにっ(血涙)


でも超久しぶりにいろはす書けたぞーーーーーー!!
超きもちいーーー!!



…………ガハマさん誕生日記念SSなのに、いろはすでテンションの上がる作者なのでした☆まる。



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あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ【前編】




(注!)

今回の物語はヒロインがオリキャラとなっております!

そういうのが嫌いな方、嫌いじゃないけどそういうの求めてねーよって方、そして『最近友達の一色いろはがあざとくない件』を読んでいない方にはオススメ出来ませんので引き返してくださいませ。





さて!それでは遂に例の彼女の登場です!

え?アンケート結果ヒロインの最後じゃなかったのかって?


まぁそういう頃もありましたね………(遠い目)




 

 

 

 

「………うぅっ……グスッ……」

 

 

やっばい……恥ずかしい……

涙が止まんないっ……

 

 

 

 

私は自室でダラダラと横になり、恋愛ラブコメ物ラノベを読みながら号泣していた……

やだホント恥ずかしい☆

 

 

涙まみれで読み終わった9巻をそっと起き、次巻へと手を伸ばした時ふと思った事が口から漏れてしまった。

 

「はぁ〜……次で終わりか〜……もう返さなきゃな……」

 

手に取った10巻をそっと顔に近付ける。

すんっ……と匂いを嗅いでみた。

紙独特の香り。あと古本独特の香りとも言えるかな。

 

 

「これ返しちゃったら……もうなんの繋がりも無くなっちゃうんだよなぁ……」

 

ボソリとそんな言葉を吐きながらラノベを胸にギュッと抱く。

 

 

 

 

私、家堀香織は、只今絶賛恋をしている。

いや、この気持ちを恋だなんて言っちゃったら、世の恋する乙女さん達に失礼か。

そして誰よりもその恋にまっすぐ生きているあの子にもね……

 

まだ恋とも呼べない程度のこの気持ちは、『ちょっと気になってる人が居る』くらいに留めておこう。

 

てかコレを恋だと認識してしまうのは非っ常〜にマズい!

だって………………ねぇ?

 

 

「はぁ……まだ、返したくないな……」

 

またそうボソリと呟き私はページをめくった。

早く続きが読みたい衝動に駆られながらも、出来るだけ、ゆっくりと……

 

 

× × ×

 

 

私は今まで、燃えるような恋をした事がない。

 

まぁそりゃ人並みの恋心を持ったことくらいはありますよ?

でも燃えるようなと言うと……まったく思い浮かばない。

実はその恋心と思ったナニカも、単なる錯覚だったんじゃないかとも思う。

 

 

 

意図した事ではないにせよ、はっきり言って見た目はなかなかの美少女ですし?

性格も明るく元気よく、誰にでも分け隔てなく接する社交性も持ち合わせてますんで?

そりゃまぁまぁモテますよ。ええ。

 

中学時代に一番仲良くしてた男の子に卒業式に告白されて、彼氏彼女の関係にだってなった事もある。たった半年程度だけど。

 

正直、本当に仲のいい男友達だったから、このまま仲のいい友達の延長線上で付き合えるかなぁとか思ってた。

 

でもそんなことは無いんだよね。だって男と女だもん。

そりゃ相手も年頃の健全な男子高校生だし、付き合い出した途端にスキンシップを求めるようになってきて、でも私はそれが嫌で嫌で、受け入れられた事といえばたまのデートでちょっと手を繋ぐことくらい。

ちょっとでも良い雰囲気に持ってかれそうになると、すぐにそこで『またね』って、バイバイしてた。

 

ああ……やっぱりこれは恋じゃなくて情だったんだなって気付いてすぐに別れた。

もちろん相手はすぐに納得なんかしなかったけど、『どう頑張ったって友達としか見られないから』って、『また前みたいに友達としてなら』って言ったら、次第に離れていったっけ。

 

 

何度男の子に告られても振り続けてきた私の唯一の恋愛体験がコレですよ?手ぇ繋いだだけとか中学生かよ。

そりゃ乙女成分が深刻に不足してるとか言われちゃいますよねー。

 

 

そんな私が、まだ数える程しか会った事もない、数える程しか言葉を交わした事もない、そんな人相手に恋なんかするわけないじゃん。

 

ただ、今まで会ったことないタイプの人だったからちょっと気になってるってだけの、そんなお話……

 

 

でも……あの捻ねた態度もめんどくさそうな眼差しも、それでいて可愛い後輩の為に『仕方ねぇな……』って助けちゃうとことか黙って本を読んでる横顔とか、なんか良くわかんないけどドストライクなんだよなぁ……しつこいナンパから助けてもらった時なんて、最っ高にカッコ悪くって最っ高にカッコ良かったもん……

 

 

そもそもあの先輩に興味を抱くのに難しい事なんて一つも無かった。

なにせあの一色いろはが夢中になってるんだから。

 

私の友達一色いろはは常に自分磨きに生きている。

どうしたら周りに自分を可愛く見せられるか?

どうしたらみんな(男)に愛してもらえるか。

 

そのまっすぐな姿勢は自分磨きの探求者ともいえるだろう。

やだ!なんかここら辺一帯が厨二臭いわっ!?

 

 

だからいろはにとって男なんてのは、ただ自分を飾り立てる為のアクセサリーに過ぎなかった。

飾り立てるアクセサリーは多ければ多いほどいいし、その中でも高価な物は特にステータスになる。

だからアクセサリーは高価であればあるほど周りから羨望の眼差しを受けられ、自分磨きの探求者たる一色いろはにとっては譲れない物であるはずなのだ。譲れない物だったはずなのだ。

 

そんな一色いろはがステータスの塊たる葉山先輩への想いをあっさり棄てて、なんのステータスにもならない……ともすれば周りの目から磨いた自分を曇らせかねない、そんな学校一の嫌われものに夢中になった。

磨き上げてきた自分さえもあっさり棄てるほどに。

 

 

これで興味を持つなと言うほうが無理あるよね。

で、実際に会ってしまった。言葉を交わしてしまった。趣味が合ってしまった。

どんな人なのか“知ってしまった”

 

 

そりゃ気にもなっちゃいますよ。

恋ではないけど!恋なんかではないはずだけども!

 

 

 

はっ!いかんいかん!私、最近気付いたらそんな事ばかり考えてる!

 

きっと……この本の香りがいけないんだ……

あの先輩の、このラノベの香りが……

 

 

× × ×

 

 

翌日の放課後。

私は新しいラノベ発掘の為に千葉にきていた。

 

え?なんでわざわざって?

 

そんなの、学校の人に見られたら困るからに決まってるじゃないですかっ!

 

私、決してオタクとかじゃないんですっ!

ただちょっと少年漫画や深夜アニメや幼女先輩向けアニメ、ゲームなんかがちょ〜っと好きなだけの、普っ通〜のリア充女子高生なんですよっ。

 

たまに紗弥加たちに頼みごとされた時に、ついついかしこまっ☆とかやっちゃう程度のライトなオタなんです。

ライトなオタって言っちゃてるし。

 

ちなみにかしこまった時の友人からの可哀想な物を見る視線に相対する戦術は無視☆です。気にしたら負けですよ?

 

 

そんなライトなオタの私でも、まだラノベには手を出して無かったんだよね〜。

てかもうオタ否定はしないのかよ。

 

 

なんか小説にまで手を出しちゃうとすっごい時間を取られそうだったのと、なんかラノベって漫画とかアニメよりもワンランク上なんですよね〜。なんかこう色々と精神的なものが!

ちなみに本屋さんで物色してる際の難易度や周りの目の気になり具合なんて、ワンランクどころじゃないですよねっ!みなさんっ♪

 

でもずっと読んでみたいなぁって密かに思ってて、偶然あの先輩にオススメを聞いてしまったのが運の尽き……すっかりハマってしまったわけなのですよ!

 

でもそのオススメのは最初の1巻を買っただけで、あとは全巻貸してくれたんだよねー。あざっす!

 

んで、そろそろ読み終わっちゃいそうだから、なんか他に楽しそうなの無いかな〜、と。

 

 

ホントのこと言えば、先輩にまたオススメを聞きたいし借りれるもんなら借りたい。

で、感想なんかを言い合えたらもう最高!

あの人にはアニメとかラノベの感想を言い合える友達居ないし、もちろん私にだってそっち方面の友達は居ない。

だからめちゃくちゃ楽しいんだろうな〜。そんな事が出来たらっ。

 

 

でも、ちゃんと自覚してる。あんまり深みにハマっちゃいけないって。

だから……もうあんまり近付かない方がいいかな〜……って。

 

 

だから借りてる本を返して、それで終わりにしよう。

そうすればラノベを貸してる後輩、ラノベを借してくれてる先輩っていう、ほんのちょっぴり特別なおかしな関係から、ただの後輩の友達、友達の先輩っていうなんてことない無関係の関係に戻れるもんね。

 

 

でも!それはそれとして、やっぱり礼は尽くさなきゃだめじゃないですか!ほら、私って結構そういうとこちゃんとしてますから。

つい先日たまたま手作りチョコ練習会やったし、本を返す時についでにチョコ渡したいとか思ってるんだよね〜。

 

 

この私が!乙女が仕事しない事に定評のあるこの私が!

…………せっかく上手く出来たんだもん……

 

 

でも、手作りチョコなんて渡せる気しねぇぇぇ〜……

てか本だっていろはを介して借りてんのに、どうやってチョコ渡すのよ!?

いや、でもさすがに借りた本を返すのに人を介すワケにもいかんし、ちゃんと自分の手で返してちゃんとお礼を言って、そしてちゃんとチョコレート渡したい。

 

 

あ〜……でもさすがに二人では会いたくないなぁ……なんか危険な香りがぷんぷんするもん。

でもいろはが一緒に居るときなんかに手作りチョコ渡すとか無理ゲーっしょ……

 

 

………………………うっがぁぁぁぁぁぁっ!

 

なんでこんなことで悩んでんの!?私っ!

 

乙女かっ!乙女じゃん!?

 

 

× × ×

 

 

「ふむ……さっぱり分からん……」

 

楽しすぎた本がもう終わっちゃいそうなのと、その本を返さなくちゃいけないって事の現実逃避から特に調べもせずに勢いで本屋さん来ちゃったんだけど、なにが楽しいのかなにが売れ筋なのかなんて分かるわけがなかった。

 

とりあえず今期アニメで楽しんでるのは今期終了してから読みたいしぃ〜、じゃあやっぱり前期かもっと前に終わったヤツで楽しかったヤツから選んでみようかなぁ〜……

でも活字にしてみたら全然イメージと違ってガッカリ〜!とかも嫌だしお金も勿体ないしなぁ……

 

アニメから原作行って内容にガッカリするかもぉ……とか心配するなんて、ニワカ丸出し過ぎワロタw

 

 

ご丁寧に草まで生やして一人脳内スレッド消化を楽しんでいた時、ふとしょーもない考えが頭を過った。

いや、さっきまでのも充分しょーもなかったですけどっ☆

 

 

……こんな時、ご都合主義のラノベとかだったら、同じコーナーを夢中で物色している他のお客さんとお互い気付かず肩と肩がぶつかっちゃって、「あっ……スミマセン……」とかって相手と目を合わすと、その人は今一番会いたくない……でも、本当は今一番会いたい人だったのだ!

的なお約束な展開が待ってんのよね〜。

 

 

アホか。現実と創作をごっちゃにすんなっての!

てかこの考え自体がフラグっぽくてなんか恐い。

 

 

 

どんっ!

本の物色に夢中になるんじゃなくて頭の悪い思考に夢中になっていたちょうどその時、隣のお客さんとぶつかった……肩同士じゃなくてお尻同士が……

 

 

嘘……でしょ……?

 

私は恐る恐る……本当に恐る恐るそちらに視線をやった。

そんな事あるわけないのに……ただのご都合主義の妄想のはずなのに……

 

『な、なんだ……違うじゃんっ』

 

『あはははは、そんなわけないですよね〜!』

 

そう言いたかったのに、そのはずだったのに……

それなのになぜか確信してしまっていた……このぶつかった相手が誰であるのかを。

 

 

 

「……あ、すみませ………あ、家堀か……」

 

 

 

視線の先ではあの人が……比企谷先輩が………

可愛い女の子のお尻に触れてしまったからなのか、若干キョドった様子でかったるそうに立っていた……

 

 

 

 

続く






いやいや遂に書いてしまいましたよ。自己満足なオリキャラヒロイン><
楽しんでもらえていたなら幸いなのですが……


なぜ最後と言ったのに最初に書いてしまったのか!?

それは11巻が発売されてしまったら暫らく更新が途絶えてしまうかも知れず、いつになったら書けるのかの目星がつかなかったからです!
偉そうに言っても結局詐欺ですねごめんなさい。


てかそのつもりで書いたのに、11巻の発売が延期(18日から24日“頃”に変更)ってマジなんでしょうか……?
18日……休みにしたんですけどね……(涙)


それでは中編(たぶん三話くらいになる予定)をお楽しみに!

あっ!あとコレにはいろはす出しませんから!
出しちゃうと香織SSが薄まっちゃうんでっ><


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あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ【中編①】




中編①っておかしくね……?






 

 

 

マジか………まさかホントにこんなことになるなんて……

やばいやばいやばい!……ドキドキがやばいって!

 

 

ここのところ無駄にこの人を意識しすぎてた分、このご都合主義のラノベ的出会いが、とんでもなく運命を感じてしまう。

こんなに目が腐ってるのに、こんなにキモくキョドってるのに、なんでこんなにカッコ良く見えちゃってんのよ私っ!

 

「……あ、比企谷先輩……こ、こんにちは……」

 

こ、こんにちは……じゃないっての!な〜にが、こ、こんにちは…よ!

 

なんでこんな時ばっか仕事すんのよ乙女ぇ!

 

 

あまりの動揺で顔がカッカしていると、相変わらずキョドりながらも比企谷先輩も赤くなっていた。

 

「お、おう、奇遇だな……その……スマン」

 

 

……………ん?

ケツドンしちゃったからこんなに照れてんの?

ちょっとお尻触っちゃったくらいで!?

 

 

……………な、なにこの人………やばいっ………可愛いっ………

 

ちょ…ちょっと勘弁してよ〜!なに萌えちゃってんのよ私〜……!

 

でも……さっきまでの動揺のドキドキが、このキュンキュンでちょっと軽減された気がする。

これはある意味ラッキーなのかな……?いやいやラッキーではないだろ……

 

「お、おい家堀?」

 

「あ……あ〜、いやいやこちらこそ奇遇ですね、比企谷先輩っ!きゅ、急にお尻触られちゃったから、ちょっとビックリしちゃいましたよ〜」

 

「……おい、人聞き悪い言い方はよせ……まるで俺が意図してお前に痴漢行為をはたらいたみたいになっちゃってるじゃねぇかよ……人に聞かれたらリアルに通報されちゃうからお願いだからやめてね」

 

ぷっ!……まったく。ホントに面白いな、この人。

こんな人、やっぱ今まで出会ったことないや……

 

「いやいや、先輩が可愛い女子のお尻を触った事に間違いはありませんよ〜?まぁでも仕方ないですねっ。今回のお触りだけは無罪放免にしてあげますよっ」

 

いろはの気持ちがすごい分かっちゃったよ。

この先輩は、なんかからかいたくなる♪

 

「お触りってお前な………自分で可愛いとかそのムカつく表情とか……やっぱり一色の友達だな……」

 

呆れた視線を向けてくる先輩もなんだか可愛い。

でもおかげでお互い突然の遭遇での緊張感がとけたみたい。

 

「ちょっと比企谷先輩!いろはと一緒にしないでくださいよっ!」

 

そりゃまだちょっとドキドキするけど、それよりもこうしてる楽しさの方が勝ってきた!

 

………いやいや顔合わせたく無いとか言っといて、それって逆にやばいでしょ……でもしょーがないかぁ……会っちゃったもんは致し方ない!

 

 

だから私は覚悟を決めて比企谷先輩と向き合うことにした。

 

ん?今だけはって意味よ?

 

 

× × ×

 

 

「先輩がまっすぐ帰らないでお買い物なんて珍しいんじゃないですか?まぁいろは情報ですけどねー」

 

「あのバカ……マジで人の悪口ばっか言ってんのな……」

 

まぁ悪口っていうよりノロケなんですけどね。

いろはの場合、比企谷先輩の話はどんな内容でもホント楽しそうに話すからなぁ。

ま、おかげで私も比企谷マニアになりつつありますよ(笑)

 

「まぁ今日はちょっと買いたい本があってな。家堀も本を物色か?」

 

「はい。先輩のラノベ、もうすぐ終わっちゃいそうなんで、なんか他に楽しそうなのないかな〜?って」

 

「マジで?もう読み終わんのかよ、早えーな。……なんか随分とハマっちまったんだな」

 

「まったく……比企谷先輩のせいですよ?あんなに面白いのオススメされちゃったら、そりゃラノベにハマっちゃいますって!」

 

「そ、そうか……」

 

うわ〜、すっごい嬉しそう!

自分がオススメした本を面白かったって言ってもらえる……そんなあたりまえの事が、この人にはこんなにも嬉しいことなんだ……

 

思わず顔がほころんでしまった。

こんな事で……こんなにも嬉しそうにしてる比企谷先輩は、やっぱり反則だな……

どうしよう……もっと話をしたい。もっと色々とお話して、もっと一緒に笑い合いたい……

 

なにこれなにこれ?……私って、こんなに乙女思考だったっけ?

 

 

いや、でもダメでしょ。落ち着け香織!乙女が仕事してる場合じゃないでしょ……

これ以上ハマるのは、確実にやばい……

 

こんな思考は胸の奥の方に閉じ込めなきゃっ……深い深い奥底に……

 

 

× × ×

 

 

その後、比企谷先輩はお目当ての本を購入したが、結局私はなにも買わなかった。

なんかもう胸がいっぱいでいっぱいで……

 

レジで買い物を済ませた比企谷先輩と本屋さんを出て、そのまま商業施設を後にする。

 

「さむっ……」

 

やっぱり施設内で暖まりきった身体には2月の夕方の空気はマジぱない。

冷たい手をはぁはぁしながら、無言で駅へと向かう。

ふと隣を見ると、比企谷先輩も私と同じポーズで手を暖めながら肩を並べて一緒に歩いてる。

 

「ぷっ!」

 

なんだかおかしくってつい笑いがこぼれてしまった。

……やばいやばい!

私は暖めてるその手で、口角の上がってしまった口を覆い隠した。

 

チラリと横目で覗くと……

ふぅ……良かったぁ。笑っちゃったこと、気付かなかったみたい。

 

 

今まで全くかかわり合いの無かったひとつ上の先輩と、なぜか偶然本屋さんで会って、なぜか一緒に商業施設から出て、そして隣で同じような格好で一緒に手をはぁはぁ暖めてる。

しかも本屋さん出てからお互い無言でやんのっ!でもそれでも気まずさを感じない。ってか居心地いいまである。

 

 

変なの……ホンットに変っ。

でもなんだか可笑しい!思わず顔が緩んじゃうくらいに可笑しい……

 

 

 

可笑しさを堪えてると、気付けばいつの間にかこの場所まで来てた。しつこいナンパ君から助けてもらったこの場所に。

 

……これは神様がくれたチャンスかもしんない!

ずっと悩んでたけど、これはチャンスだ!

どうやってラノベを返すのか?どうやってチョコを渡すのか?

 

たった一回……たった一回だけだぞ香織!覚悟を決めろ!

 

「あのっ……比企谷先輩っ」

 

「どうした?」

 

 

 

「……あの!明日も放課後ここで会えませんか!?」

 

 

× × ×

 

 

言ってもーた!うち、言ってもーたよ!おかあちゃんっ!

 

いやいや落ち着け香織!あんたは生まれも育ちも千葉でしょうがっ!!

どこのキャラが降臨したのよ!?

 

ほらぁ!比企谷先輩も唖然としてるっての!

と、取り敢えずこの爆弾発言に対しての説明回をしなければ!

いやいや説明会ね!?水着回みたいな言い回しになっちゃってんよ!

 

え?香織ちゃんの水着回はまだかって?

それはいつだってみんなの、コ・コ・ロ・の・な・か・に……だよっ☆

 

 

んん!ん!

ふぅ……己のアホ妄想の寒さで己をクールダウンさせて落ち着ける私って超クール。

クール過ぎて、もしもこういう時の自分の頭のなかを誰かに覗かれてるのだとしたら恥ずかしすぎて余裕で死ねるレベル。

クールどこいった?

 

「え……なんで?」

 

「へ?」

 

やっばい!クールダウンしたとか言いながらトリップしっぱなしだったでやんの私!

 

「いや……えっと……そ、そう!ラノベ!先輩から借りてたラノベがもう読み終わるんで、それをお返ししようかな〜?って……」

 

「いや、別にそんなに無理に急いで返してくれんでも……それに一色に渡しといてくれればいいぞ?」

 

ぐぅ……そりゃそうなりますよねー。

でも違うんですよ!そういうんじゃなくってですねー……

 

「いやぁ……お返しする時まで人を介するのはさすがに失礼ですしー……」

 

「別に全然構わんぞ……それに、だったら学校でもよくねぇか?」

 

ぐぅ……そりゃごもっともです……

だがしかぁーし!その程度の反論に屈する私では無いのだよ比企谷君!

 

「いや、だって学校じゃ恥ずかしいじゃないですかぁ?」

 

いやんいろはみたいになっちゃった!

 

「ああ、まぁそりゃ俺と一緒に居る所とか友達に見られるのは恥ずかしいわな」

 

ちっがぁぁーう!ホントこの人卑屈すぎぃー!

守ってあげたくなっちゃうからやめてくださいっ!

 

……はっ!……くっそう……不意打ちで母性をくすぐってきやがってこの男っ……だからいろはに陰口(天然スケコマシ)叩かれんのよっ!

いや別に今現在私がスケコマされてるって意味ではないんですよ奥さん!

 

「違いますからっ!そうじゃなくってですねぇ……私って、こうみえて上位カーストなんですよ。なので周囲の目もありましてですね?…………えっと……こういうの読んでるとかバレるの、ちょっと恥ずかしいかな〜……なんて」

 

まぁうちのグループはみんな知ってっけどね。

 

「あぁ……隠れオタってやつか」

 

いやんハッキリ言い過ぎっ☆

 

「けけけ決してオタクとかではああありませんけどもっ?」

 

「ああそう。じゃあ家堀がそういう趣味持ってんの知ってんのは、一色と……前に一緒にいた襟沢?って子くらいってことか」

 

……ああそう。って!絶対オタクだと思ってるでしょっ?

 

「まぁそういうことになりますね。あと二人居ますけども……。んん!……ま、そういう事情がありますんで、あまり学校ではお返ししたくはないかな〜……と」

 

「いやでもわざわざ千葉まで出てくる必要性なくね?俺早く帰りたいし」

 

……ぐぬぬ、やはり手強い……こんなに可愛い後輩にここまで誘われてるってのに!

強敵すぎるよいろはさーんっ!

 

だが残念だったね比企谷君。私はあなたの心をくすぐっちゃうよっ♪?

 

「私……こういう趣味で語り合える人が居ないんで、せっかくの機会だから一度だけでも比企谷先輩と語り合ってみたいな〜……って。ラノベ批評についても、プリっプリでキュアっキュアなやつとかについても……なんてっ」

 

ちょっと恥ずかしかったけど、ばちこーん!っとウインクしてみたよっ?

うう……もう火照って仕方ないわ……

 

どうだね比企谷君!面倒見の良すぎる先輩のウィークポイントを的確に突いたこのお願いの仕方は!

しかも趣味について語り合えるチャンスのオマケつきだよ!?お得だよっ!?

 

 

…………私、必死すぎじゃね?

 

 

「はぁ〜……仕方ねぇな……。明日の放課後、ここまで来りゃいいんだな?」

 

よしっ!HIT!!

まったく……手間取らせやがって……

 

「はいっ!お願いします!別に何時でも構わないんでこの場所でっ」

 

「……了解した」

 

やった………明日も話せる……!明日も会える……!

 

「あっ!重要なことがひとつ!」

 

「お、おう、どうした」

 

「その……明日ここで会うことは……だれにも内密でお願いします……」

 

そう。これは非常にマズい行為なのだ。

バレたらマズい……いろはの耳だけには、絶対に入らないようにしなければならない。

 

「あぁ……まぁ別に話す相手も居ねぇけど……一色にもか?」

 

「絶っっっ対ダメですっっっ!!いろはには絶っ対内緒でっ!!」

 

てかいきなり本丸をあげんな!

なに?大将の首から取っていくスタイルなの!?

 

「お、おう……ど、どうしたいきなり……?あぁ、まぁ外で自分の友達と俺が会ってたとか知ったら、は?なんで先輩がわたしの友達とわたしの知らないところで会ってんですか?はっ!まさかそうやって外堀から埋めていって最終的に断れないように企ててから告白するつもりですかすみません正直マジでキモいです無理ですごめんなさい……とか言われそうではあるけどな」

 

 

Oh……すでに完コピなされてますよこの人……

あの子、今まで何回比企谷先輩振ってきたんだろ……うらやまけしからん!

 

「あははは〜……ま、まぁそんな感じです。はじめっからいろはも居ればいいじゃんって話かも知れませんが、いろはが居るとあんまりソッチ系の話が盛り上がれないじゃないですかぁ……?」

 

「まぁそうだな。お前よっぽどオタ話してぇんだな……言っとくけど、俺別にオタクじゃねぇからそこまで詳しくねぇからな……?」

 

くぅっ……えらい誤解を受けている気がするぅっ……

この人、私のことガチオタだと思ってんじゃないの!?

 

曲がりなりにも好……ちょっとだけ気になってる人にガチオタと誤解され、『仕方ねぇからオタ話に付き合ってやるか』状態の私……

うぅ、なんて惨めっ……泣いてもいいですかね……

 

 

 

でもっ!まぁいっか!!

そのおかげでこうして約束取り付けられたんだもんねっ!

おっといけない!油断すると口がっ!

 

「なんか大きな誤解がありそうですけどまぁいいです!……それではまた明日この場所で!」

 

「ああ」

 

 

 

そうして私は比企谷先輩の背中を見送ったあと、ダッシュで買い物に出掛けるのだった。

まだバレンタインまでは日にちがあるというのに、フライングで明日渡す為の手作りチョコの材料を揃える為に……

 

 

 

 

ふふっ!今夜は忙しくなりそうだぞっ……

 

 

 

 

続く

 




ありがとうございました!
自己満足オリキャラヒロインの第二話でした!

ここで訃報です。いや中編①の時点ですでにおかしいんですけど、前中後編の三話予定が四話に延びてしまいそうです……orz
どんだけ自分の作ったオリキャラを優遇してんだって話ですよね(白目)

しかしいつもの香織らしさと、珍しく仕事熱心な乙女かおりんの両立、ちゃんと出来てるでしょうかね〜……??




あ、ちなみにアニメ最新話はAパート視聴開始数秒でやめました。
11巻の発売延期して、先にアニメでやっちゃうってどういう事だってばよ(`Д´)アホなんでしょうかね!?

こっちはその内容次第であざとくない件の続きが書けるのかどうか、不安な毎日を送ってるっていうのにっ(^ω^#)ピキッ


11巻読了後に録画見るのでネタバレはNGでオナシャス(=・ω・)/


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あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ【中編②】

 

 

 

「あ、お母さん。夕飯食べおわったら台所借りるよー」

 

 

私はご飯をあと少しで食べおわりそうな所で、お母さんに台所の予約をとっておいた。

とっとと作業を始めたいから、ついでに速攻で洗い物も済ませてしまおう!

 

「そうなの?珍しい!なに?なんかするの?」

 

「ああ、いや……ちょっとお菓子作りをしようかな……と」

 

うん。母がポカンとしてますね。

 

「お菓…子?なに?今夜の趣味の夜更かしのお供にポテトチップスでも揚げるの?」

 

どうも。母にお菓子作りするからと宣言すると、夜食のポテチを揚げるのかと聞かれる年頃の娘でお馴染みの家堀香織です。

 

あと趣味の夜更かし発言はスルーでオナシャス。

 

「なんでやねん。だったら買ってくるわ!ちょっと手作りでトリュフとか作ろうかなぁ、と」

 

母のあまりの無慈悲な返しに思わずベタベタなツッコミを入れてしまった私は、まだまだ修行が足りないようですね。

 

「………え?トリュフって世界三代珍味の?まさかチョコのほうじゃないわよね……?」

 

…………なんで夕ご飯後の台所でキノコ育てんのよ私。

 

てかその発言の感じだとまだ有り得るって比重がキノコ>チョコなんですけど。

え!?私の場合、今からチョコ作る方がキノコ育てるよりも異常な行為なのん?

 

「さすがに今から高級食材を台所で作ろうと思い立つわけないでしょうが……チョコの方よチョコの方!」

 

するとお母さんはとってもいい笑顔になって、あらやだ!って感じに手をちょいちょい振った。

 

「いやいや香織さん、またまたご冗談をっ!」

 

 

……あっれぇ?年頃の娘って、母親からこういう扱い受けるものなのん?

なんなの!?この母親っ!ぷんぷんっ!……てかそう思われてる私が一番ヤバイ☆

 

「ほ・ん・と・う・だっつの!!……もう!めんどくさいなぁ……ホ、ホラ、もうすぐバレンタインでしょ……?だからちょ〜っと手作りチョコを作ろうかなってさ……」

 

「うそ……でしょ……?」

 

ふぇぇ……もうやだよこの母親〜……

なんで驚愕の表情なのよぉ……

 

「え?ちょ?か、香織!?あんたどうしたの!?そんな女の子みたいな真似して!」

 

スミマセン……一応女の子なんですよ、こう見えて。

 

「こないだいろはんちでチョコ作りしたの!言っとくけどすっごい上手く出来たんだよ!?」

 

「はぁ〜……香織がねぇ……あぁっ!……あ、あんたもしかして彼氏でも出来たっ!?」

 

「はっ?い、いやいや彼氏とかでは…」

 

「そっかぁ!良かったねぇ!直哉くん以来じゃない!直哉くんと付き合ってた頃だって、そんな乙女チックなことしたことなかったのにねぇっ!」

 

ぐはぁっ!ア、アイツの名前を出さないでぇ〜!

あれマジ黒歴史なのよっ!あれを親に付き合ってただなんて思われたくないのよ〜!

 

「だっ、だから別に彼氏とかでは…」

 

「ちょっとまて!直哉って誰だ!?父さん初耳だぞ!?」

 

いやアンタ居たのかよ!?

てか一緒に夕飯食べてたわ。

 

 

 

このあと、ひとりで上手く出来るかどうかまだ分かんないから早く作りたいってのに、このめんどくさい両親から根掘り葉掘り聞かれました……なんかお父さん、すっごい笑顔なのに額に血管浮いてたりするし……

 

もうやだよぉ……この親ども……

 

 

× × ×

 

 

ふむふむ。生クリームを少しづつ加えながら丁寧に混ぜてっと……

 

丸めて冷やして固まったらココアパウダーまぶしてっと……

 

 

よぉっし!やっぱ上手くできた〜!

いやぁ、やっぱ私って意外と乙女の才能あんじゃね?

 

そしてここからは初挑戦っ!

余ったココアパウダーを使ってチョコクッキー作りに移行しましょうかね。

 

ふっふっふ。さっき本屋さんに引き返して、手作りお菓子の本買ってきちゃったんだよね〜っ!

手作りトリュフとチョコクッキーの詰め合わせとか、すっごい女子力高そうじゃね?へへ〜!喜んでくれるかなぁ……

さてさて始めますかね〜。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

………あ…れ?

なに私、お菓子作りながら鼻歌とか歌っちゃってんの……?

 

 

私は今の自分の現状に愕然とした。してしまった。

これじゃ私……まるで恋する乙女じゃん……

ダメでしょそれは。ただ……ちょっと気になってる先輩に、本を借りたお礼をするだけって事にしときたかったのに……

 

 

お菓子作りの最中だというのに私はしばらく動けず固まっていた。

そんな私をようやく動かしたのは、オーブンレンジから漂ってくる焦げ臭い香りだった。

 

 

× × ×

 

 

お菓子作りを終えて自室のベッドで横になりながら読みかけのラノベを読んでいた。

もう少しで終わっちゃう……終わらせたくない……でも明日返すんだから読み終わらなきゃ……そっか、明日返すのか……返したくないな……

 

せっかくここまで楽しく読んできたのに内容が頭に入ってこない……明日せっかく語り合うんだからちゃんと読まなきゃ。

こんな機会はこの一回だけなんだから。

 

そう。一回だけ。たった一回だけの逢引。

 

だから私は頑張って誘ったんだ。たった一回だけだったら……許して貰えるかなって。

 

 

大丈夫!私ってこう見えていろは並みにリアリストなのだ!

これなら大丈夫、これ以上はヤバイって線引きの仕方は心得てる!リスクマネジメントもいろは並み!

もういろは並みとか連呼してる時点で死亡フラグがビンビンに立ってるっていうね。

 

 

 

……まいったなぁ……これは……恋だわ……うん……どうやら……恋らしいです……

 

乙女が仕事しない事に定評のあるこの私が!

現実主義者で有名なこの私が!

……どうやら、友達の一色いろはが自分らしさを忘れてまでご執心になっている相手に、比企谷八幡先輩に……恋をしてしまったみたいです……

 

 

「最っ悪だ……」

 

 

自然と漏れたため息とその一言。

すんっ……とラノベの香りを嗅いでそっと抱き締める。

 

大丈夫……この香りがいけないんだ。

明日になればこの香りから解放されるから、この唯一の繋がりから解放されるから、だから大丈夫。

 

 

私は両手で両頬をバチンっと張ると、この唯一の繋がりを断ち切るべく、そのラノベのラストシーンに向けて心を旅立たせた。

 

 

× × ×

 

 

うぅ……やっぱラノベ10冊をまとめて持ってくると結構な荷物になるわ……おっも!

しかもゆうべはなんだかグダグダ色々考えたり本を読み切ったりしなきゃだったりで超寝不足……

いやだお肌に悪いわっ!?

 

 

しっかし……冷静に考えると……超〜〜〜学校行きたくないっっっ!

 

だってさぁ、今日は放課後誰にも内緒で比企谷先輩に会うのよ!?

絶対顔に出ちゃうっしょ!

 

いつかの天使先輩事変でのいろはの女の勘の恐怖を思い出して身震いした……

や、やっべぇ……私、大丈夫……?

 

 

ぐぅ……でもなんとか乗り切らねばっ!

今日一日乗り切れば……比企谷先輩と二人で会えるんだから!

やばいやばい!思わず顔がニヤけるっ!

 

いやいやゆうべの悩みはどこ行ったよ!?今日で繋がり断ち切んのよ!?私っ!

 

 

でもさぁ、やっぱ目の前に迫ってきてる楽しみにはかなわないのでありますよ!先の心配なんてっ!

 

せっかく楽しいことが待ってんのに悩んでるのなんてなんか勿体なくない?とりあえず“今”を楽しめっ!!

悩むのはあとあと!ちゃんと楽しんでから悩めばいーじゃんっ!

 

 

このまま暗っらい感じで行くと思った?残念っ!私は家堀香織ちゃんでした!

この超ポジティブさが家堀香織の魅力なのー☆

 

 

誰に向けて言ってんのかも分かんないようなしょーもない脳内妄想ではあるけれど、これが私なのよね〜!

 

ま、そんなわけで差し当たっての悩みは今日いろはと相対して無事生き残ること……

いややっぱヤバいですわ。

 

 

× × ×

 

 

「おっはよー!」

 

私は教室へとたどり着くと、平静さを装って我がグループへとてけてけ歩いて行った。

 

「おーす」「おはよー」「香織ちゃんおはよぉ!」

 

ふぅ……ちょっと緊張したけど、まだいろは来てないみたい。

 

「お、今日もいろははまだ来てないのかー」

 

若干棒読みになってしまいました。やはり私には演技の才能は皆無のようです。

 

それにしてもあの子サッカー部のマネージャー業をサボり始めてから、あからさまに通学時間ダラケてるのよね〜。

最近で早く来たのなんてマラソン大会の翌日くらいね。ええ。私は遅刻しましたけどもっ!

 

まぁちょっとだけ処刑台にのぼるのが延びて助かったからいいけどね!

てか処刑されちゃうの確定してんの?諦めんなよっ!熱くなれよっ!

 

「あれ?香織には連絡行ってないん?いろは昨夜から熱出ちゃったみたいで、今日は休みだってさー」

 

「うっそ?まじで?」

 

今日は荷物が多いわ重いわで全然スマホチェックしてなかったわ。

荷物を置いてスマホを取り出すと、やっぱりいろはからメールが来てたみたい。

 

[香織やっはろー!ゆうべから熱出ちゃった☆テヘッ(*> U <*)今日休むねー]

 

 

 

…………………元気いっぱいじゃん。

 

 

思わず白目になりそうだったが、でもまぁ……………助かったぁ……

思わずへなへなと力が抜けた。でも友達が熱出して学校休むってのに、それを喜んでしまった自分に罪悪感がすぐさま襲い掛かってきた……

ごめんねいろは!

 

「香織ちゃん?どしたのぉ?なんかホッとしたり凹んだり」

 

「んーん!なんでもー?」

 

病み上がりにちゃんと埋め合わせするからねっ!

 

 

× × ×

 

 

4時限目終了のチャイムが校内に響き渡り、本日のお昼タイムが始まる。

私達はいつものメンバーマイナスいろはでお弁当の準備を始めた。

 

「なんかいろはが居ないと静かだよねー」

 

「そうだねぇ。最近例の件とかで思うトコとかあったろうから、知恵熱でも出ちゃったのかなぁ?いろはちゃん」

 

いや、知恵熱ってなんか馬鹿にしてね?襟沢のくせに。

 

「例の件?そっか、バレンタインイベントの事かー。あの子どうすんだろうね〜?……あ!バレンタインイベントと言えばとも君がさぁ!」

 

コイツ……どっからでも持ってくんな……

ま、たまには聞いてやるか。

 

「ふむふむ」

 

「え……あれ……?」

 

なぜか智子がキョトンとしてる。

ん?早く話しなさいっての。私は目で煽った。

 

「あ、うん……総武って生徒会主導でバレンタインイベントなんてやるんだー!すげー羨ましい!俺もともちゃんと一緒に参加したいなぁ!って言ってたのぉ!」

 

「そっかぁ。まぁさすがに学校違うから参加は無理なんじゃない?でもそういうのも楽しいかもねー!」

 

 

…………………あれ?なに?この沈黙……私、なんか変なこと言った?

なんか三人共、目を見開いてるんですけど。

 

「ど、どぉしたの……?香織ちゃん……」

 

へ?なにが?

 

「か、香織が智子のウザバナをちゃんと聞いて、あまつさえまともな返しをするなんて……」

 

「いや紗弥加ウザバナって酷いよっ!?私ととも君の…」

 

「だって普段なら智子のウザバナなんて、うっさい死ねくらいの目で見て即打ち切ってんのに……」

 

なん……だと?私が、智子のウザバナをちゃんと聞いてた……だと?

でも確かに、普段は黙れ爆発しろくらいにしか思ってない智子の話に、なぜだか興味を持ってる私がいた。

 

これじゃまるで……リア充の余裕さを醸し出して心が広くなっちゃってるみたいじゃん……

私、今現在リア充とかけ離れてますけど……?むしろ死亡寸前☆

 

まいったな……今日これからちょっと会えるってだけで、こんなにもリア充精神が旺盛になっちゃうのかぁ……

でも……

 

「いやさすがに死ねとまでは思ってないって」

 

「それに準ずることくらいは思ってたんだっ!?」

 

 

嘆く智子を尻目に、恋ってすげーな……と思わずにはいられなかった。

だって……この私が!あの智子のウザすぎて何度死ねよと思ったか分からないような恋バナに耳を傾けていただなんて……ちょっとだけ興味を示してしまっていただなんてっ……

 

………てか私の智子の扱いェ……

 

 

× × ×

 

 

むぅ……恋に落ちるってのは、なかなかに深刻なのかも知んない。

今日、完全に繋がりを切ってしまったら、自分の気持ちを整理するのになかなか苦労するのかもな〜……

 

「いやぁなんかさぁ、こないだいろはの気持ちをあんなに熱く語られちゃったから、ちょっと触発されたのかもね〜」

 

真っ白な砂と化してる智子を放置して会話は進む。

 

「マジでぇ!?もしかしてもしかして香織ちゃん、好きな人とか出来ちゃったぁ?」

 

声でけーよ襟沢……

クラスの連中が聞き耳立ててますやん!私らトップグループでしょうが!

 

「そーゆーんじゃないっつの!そういうアンタはどうなのよ?やっぱ中西君にあげんの?」

 

せっかくだからコイツらの恋愛事情でも聞いてみますかね。

なんか自分が恋しちゃったからか、なぜか人様の恋愛事情も気になっちゃう今日この頃♪

だからこないだのチョコ作りの時から気になってたことを聞いてみた。

 

「なななっ!?わわわ私が中西くんにぃ!?そっ、そんなワケ無いじゃぁん!」

 

ふぅ……やはりこいつの恋愛脳レベルは小学生クラスかぁ……

あんたが中西君狙いだなんて、みんな知ってるってのに。

 

「せっかくあんなにお菓子作り上手なんだから、あげれば喜ぶんじゃない?彼、いろはに相手にされなくなって抜け殻状態だから、今ならチャンスかもよ?」

 

「中西君をおこぼれみたいに言わないでよぉっ!……うん……でも香織ちゃんがそこまで言ってくれるんなら……あげるのを考えてみよう……かなぁ?」

 

おっ!なんか私が背中押しちゃった感じ!?

Ohワタシセキニントリマセーン。

まぁどうせ考えてみた=考えただけで実行に移せませんでした!だろうけどね。

 

「てか香織がこんなに恋バナに食い付くなんて珍しいよね。いつも爆発しろって罵ってんのに。……あんたまさかホントに……」

 

「だから違うってば!そういうんじゃ無くってですね?」

 

てか私って、そんなにいつもやさぐれてるんすかね……

 

「大体紗弥加はどうなのよ?あんたも最近音沙汰無いじゃん。モテんのに」

 

そう。紗弥加も私並みにかなりモテんのに全然男っ気ないのよね〜!

確か私と同じく10月くらいまでは彼氏居たハズなのに、彼氏居た期間も全っ然そっち系の話しなかったし。

 

「私〜!?んー、私はしばらく男はいいかなぁ。なんか色々めんどくさいし。ホラ、夜も寝たいしさぁ」

 

 

………………うん。そうですね…………

 

 

あっぶね!一瞬意識が飛んでたわっ!ちょ、ちょっと大人の階段のぼっちまったZE☆

ホラっ!小学生脳が真っ赤になって鼻血出しそうだからもうやめたげてっ!

 

紗弥加先輩。なんか私と同じレベルだと思っちゃっててホントすみませんでした。

もう恋バナに花を咲かせるうら若き女子高生など、とっくに卒業してらっしゃったんですね……

 

 

そのあとは、私と襟沢がなぜか紗弥加さんに妙によそよそしくなりながらの食事を黙々と続けるのだった。

 

「あっ!それはそうとさぁ!今日の放課後いろはんちにお見舞いでも行かない!?」

 

いつの間にか復活していた智子が急に提案を投げ掛けてきた。

この子も存外タフよね。

 

「あ!私行きたぁい」

 

「んー。いんじゃない?冷やかしに行こっか。香織は?」

 

 

まさか今日の放課後に限ってそんな話が出てくるとはなぁ……私も行ってあげたいんだけど、今日ばっかりは……

でもお見舞いを冷やかしとは言わないであげてね紗弥加さん。

 

「ごめんね紗弥加さん!今日はちょっと!……部活が忙しいかもっ」

 

目をばってんにして手を合わせる。ホントは今日部活サボるんですけど。

 

「そっか、じゃあしょうがないね。じゃあ今日は三人で行こっか。……てかなんでさん付け……?」

 

おっと……つい紗弥加さんに対して大人な距離感を感じてしまっていましたぜ!

 

 

 

そしてその日は何事もなく無事に過ぎていき、時計の針は運命の放課後へと刻を進めた……

 

 

× × ×

 

 

「うぅ〜……さっぶっ」

 

私ってマジで馬鹿!

何時でもいいので放課後にこの場所でっ!って待ち合わせの仕方はいくらなんでも無くない!?

 

だって比企谷先輩は奉仕部だってあるし、もしかしたら今日は部活動を休んで来てくれるかも知んないし、何時までやってから来てくれるのかも分かんないってのにっ!

 

それなのに私は舞い上がって張り切って部活サボってまで早くきちゃったりしてさぁ!

これ下手したらあと何時間もここで待たなきゃいけねーじゃんっ!

 

 

くっそ〜!……でも待ち合わせで待ってる時間てなんかちょっと幸せ感じちゃってなんだか楽しいぞ☆

って馬鹿!寒さにやられちゃってんよ!私の頭!

 

 

そしてここにたどり着いてから何度目かのコンパクトによる髪型チェックと荷物チェックに勤しむ私。

 

よし!今日も可愛い可愛い!

大丈夫っ!チョコとクッキーはちゃんと可愛くラッピング出来てる♪

 

 

はぁ……いつ来るのかな……なんて期待もせずに駅の方に視線を向けた時……

 

『どくんっ……!』

 

……私のあまりにも不足しているはずの乙女成分が、今日に限っては力一杯盛大に心臓を鳴らした……

 

……来た!……せっかくのなかなかに整った顔立ちを台無しにするかのような淀んだ目と、なかなかにスマートな佇まいを台無しにするかのような猫背のひとつ年上の先輩の男の子。

 

 

 

 

たぶん私は今すごくニヤニヤしちゃってる……抑えようにも抑えきれない程に。

 

良かった、今が冬で……

だって…………口元にまで上げたこのマフラーが、このだらしなく緩んだ顔をしっかりと隠してくれるから…………

 

 

 

 

続く

 






恐ろしい……なにが恐ろしいって、オリキャラしか出てないよ、今回……
大丈夫なんすかね……これで……?


と、とりあえず香織の三話目でした!
次で香織編は終了しますっ!



あ、ところであざとくない件本編でも度々出てくる香織の『部活』なんですけど、特になにかは決めてません!
読者さんが、香織はこんな部活かな?と思ったモノでいいと思います(丸投げ過ぎだろ……)


でも敢えて何部か決めろと聞かれたら、答えてやるのが世の情け!


てなわけで、私的には吹奏楽部とかって思ってます。パズーに触発されて、好きなアニソンをトランペットで吹いてみたいっ!と軽い気持ちで入部したら、予想外の体育会系で昇天寸前……みたいな(笑)

私、たぶん誰も知らないでしょうけど、一昔前にジャンプSQでやってたらしい『放課後ウインド・オーケストラ』って漫画が結構好きなんですよね〜♪
数年前にたまたまブックオフで立ち読みしたらすごい好きな感じで、まとめ買いして帰ったんですけどね。
なんか地味すぎて打ち切りされたらしいんですけど(笑)

私って派手な設定とか斬新なシチュエーションとかより、そういった地味な作品が大好物なんで、おのずと私の書くSSも地味になるというデススパイラルwww


おっと!無駄話が過ぎました!
それではまた次回お会い出来たら幸いです!


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あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ【後編】

 

 

 

比企谷先輩がまっすぐに私のもとへと歩いてくるのを、私はニヤつきを抑えようともせずにジッと見つめる。

こんなシチュエーションは二度と無いんだし気持ちを抑えちゃうのもなんだか勿体ないもんね!

 

どうせ口元は隠れてるんだし、欲望のままにしっかりと目に焼き付けておこう。

比企谷先輩と待ち合わせをして、比企谷先輩が私を見つけて、比企谷先輩がまっすぐに私へと向かってきてくれているその姿を。

 

どくんどくんと早鐘のように鳴り響く鼓動を掻き分けて、先輩は私の目の前へとたどり着く。

 

「おう、悪い。待たせちまったか」

 

「いえいえ、さっき来たとこなのでお構い無くっ。そもそも何時でもいいって言ったのはこちらなんですから」

 

実際は結構待ってたけど、正直最悪な想定よりは遥かに早い。

もしかしたら、私が待ってると思って奉仕部を早めに抜けてきてくれたのだろうか?

 

「そうか。……ところで家堀」

 

「はい?」

 

「さっき家堀が目についた時からずっと気になってたんだが……」

 

……え?なになに?どうしたの!?もしかして私が可愛くて惚れちゃった!?なにそのラッキースケベ!

スケベではない。

 

「なんでそんなにすげぇニヤついてんの?」

 

……………ふぇ?

 

「俺、登場した瞬間から、なんかお前に笑われるような感じだったか?」

 

 

………………………!!

 

 

ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!

私は脳内でムンクのように叫ぶっ!

 

私バカなの?死ぬの?

マフラーで口元隠れてるからって油断してたけど、思いっきり目元は丸出しじゃんっ!

 

『良かった、今が冬で……だって………口元にまで上げたこのマフラーが、このだらしなく緩んだ顔をしっかりと隠してくれるから…………(キリッ』

 

じゃねぇぇぇよぉぉっ!!

超〜〜〜恥ずかしいっ……!目が合った瞬間から、超ニヤついてたのがバレバレだったって事じゃないのよぉぉっ!

てか目元だけでニヤニヤがバレてるって、私どんだけ緩みきった顔してんのよっ!?もう完全に変態顔じゃないっ!

 

 

お、落ち着け香織っ!あんたは出来る子!あんたなら大丈夫っ!

 

 

「あ、いやぁ……ただ比企谷先輩と待ち合わせしてるってこのシチュエーションの異常さに思わず笑っちゃったといいますか……」

 

え?なにこれ?フォローになってんのこれで?

すると比企谷先輩はすっごい呆れ顔で睨めつけてきた。

 

「お前に呼び出し食らったのに異常ってひどくね?……まぁいい。てっきり『うわっ、あいつマジでノコノコ来やがったよ(笑)』っていう俺のトラウマを抉りにきてんのかと思ったわ」

 

……ふぅ……どうやら誤魔化せたみたい……あっぶね!

てかそんな黒歴史満載なトラウマを堂々と公開しないでっ!?ギュッと抱き締めてあげたくなっちゃうっ!

 

「いやいやまさかまさか!……えっと、今日はご無理を言ってしまい申し訳ありません。そしてわざわざ本当に来てくださってありがとうございます!」

 

私は恭しく頭を下げた。

知ってるかもしんないけど、私ってホントこういう所はしっかりしてんのよ?

 

「家堀って一色の友達の割には、そういうとこちゃんとしてんのな。ま、あいつも締めるとこはちゃんと締める奴ではあるが」

 

「ふふっ、私こう見えてちゃんとわきまえるタイプですのでっ」

 

「トップカーストで、俺みたいなのにも丁寧に接っせられて、そのうえ隠れガチオタか。なかなか表情豊かな奴だな」

 

褒められてんの?貶されてんの?

好きな人に隠れガチオタと誤解(誤解のはずっ!私オタクとかじゃ無いですからっ)されてるのに、そう言う先輩の悪い笑顔を見てると、まんざら悪い気がしてこない私はなかなかのMのようですね☆

 

 

こうして私と比企谷先輩の一日ぶりの再会は、ドキドキと恥ずかしさと情けなさと、そしてお互いに自然な笑顔で幕を開けるのだった。

 

 

× × ×

 

 

しかし比企谷先輩に会った以上、あの事はきっちり言っとかねばならないよね。

確かに今日はこんな卑怯な真似してるけど、私はそこまで落ちぶれちゃいない。比企谷先輩がそっちを選ぶんなら、最初から私は気持ち良く見送る気でいたのだから。

 

「あ、ところで比企谷先輩。今日っていろはが熱を出して学校休んだのは知ってますか!?」

 

「そうなの?全然知らなかったわ。どうりで今日はやたら静かだと思った」

 

知らなかったんだ……いろは、私達には熱出たって連絡してきたのに……心配、させたくないのかな……?

絶対にお見舞い来て欲しいくせに……

 

「あの……別に今日私は大丈夫なんで、なんでしたらいろはのお見舞いに行きますか?」

 

私はどうやら比企谷先輩が好きらしい。でも、いろはの恋の応援をするというスタンスを変えるつもりなどさらさら無いのもまた事実。

私がこの人に片想いしてるのと、いろはの恋が上手くいくのを想う気持ちは全くの別問題だもん。

 

だから比企谷先輩がいろはが心配でお見舞いに行きたいのなら、それでいろはが喜ぶのなら、私は喜んで送り出すつもりなのですよ。

 

「てか家堀は行かなくていいのか?お前が行きたいのなら俺はもう帰るが」

 

「はへ?帰る……?」

 

思わず変な声出ちゃったわ!

いろはのお見舞いだっつってんのよ!?私はっ!どこに帰るって選択肢があったの!?

 

「いやいや比企谷先輩!なんで帰るんですか!いろはのお見舞いはっ!?」

 

「いや、そもそもなんで俺が一色の見舞いに行くって選択肢が用意されてるんだ?やだよ」

 

やだよってあんた……

 

「あいつんちなんか行った事もねぇしめんどくせぇし、そもそも俺が行ったってキモいだけで悪化しちゃうだろ。どんな罵り受けるか分かったもんじゃねぇっての」

 

……いろは……あんたそろそろ素直に接した方がいいって……

 

「いや、でも比企谷先輩が来てくれたら喜ぶと思いますよ……?」

 

あんなにも比企谷先輩との密会を超超楽しみにしてたのに、なんで私こんなにもいろはの肩持っちゃってるのん?本当は行ってほしく無いのに……

うぅ、だってなんか余りにもいろはが不憫すぎて……

 

くっ!親友ポジションスキルの高さが恨めしいぜっ……私のいい奴ステータスの高さは最大の弱点だったのか!

 

「喜ぶと言うよりは悦ぶってイメージだけどな。罵倒的な悦びで」

 

うん!いろはすゴメン!今日は比企谷先輩と楽しんでくるねっ!

 

「そ、そうですか!んじゃあ当初の予定通りにしましょうか!」

 

なんだよ私。結局テンション上がっちゃってんじゃんっ!

 

「そうか。家堀は行かなくてもいいのか?」

 

「いやぁ、私は友達に部活だって嘘ついて断わっちゃいましたんで!お見舞いはあの子達に任せときます」

 

「了解した。しかしそんな嘘ついてまで、内緒でオタ話したかったんだな……」

 

 

……………………。

 

 

ふぇぇ……つらいよぉ!このガチオタ疑惑はつらいよぉ!

 

「ま、まぁいいでしょう……べ、別にオタクってワケじゃないんですけどね…………さて!それでは行きましょう!」

 

よーしっ!それでは気を取り直してれっつらごーっ!!

 

「で?行くってどっか行くのか?」

 

 

ありゃ……そっからか。

そういえばここで集合ってだけで、どこに行くとかって言ってなかったっけな。

 

 

私には……ううん?私にも、好きな人と一緒に行きたいところがあるんだっ。

 

 

× × ×

 

 

「えっと、私はアールグレイとクリームブリュレで!先輩は決りました?」

 

「……じゃあ俺はコーヒーとモンブランを」

 

注文を終えるとソファー席に深く腰をおろした。

 

私達は今、例のお気に入りのカフェに来ていた。

新入生が入ってきてあのフリペが出回ったら、このカフェも総武生で混んじゃうのかしら?

いろははいくらこのカフェに比企谷先輩と一緒に来たいが為の口実だったとはいえ、フリペにこのカフェを掲載するってのは些か早計だったんじゃないの?

 

「こないだ来たばっかなのに、またここに来ることになろうとはな……しかも家堀と」

 

「あはははは……すみません……どうしても来たくなっちゃったもので」

 

いつかのいろはの言葉が頭を過る。

 

『いいな〜!彼氏……んー。彼氏とまでは言わなくても、大好きな人とこのお店でデザートつつきあったり他愛の無いおしゃべりたくさんしたりして、まったり幸せな時間過ごしたいなぁ』

 

そりゃ私だって女の子ですから?いろはのあの台詞に心が動かされないわけはないですよ?

いろはのあの日の台詞を聞いた瞬間から、それは私の夢にもなっていたわけなのですよ。ホンっトにちんまりとした乙女心な夢なんですけどね。

 

だから……比企谷先輩と一回きりのひとときを過ごせるんだって思った時に、すぐに頭に思い浮かんだのがここだった。

いざ来てみると、やっぱりすっげー背徳感に押し潰されそうで胸がズキズキ痛むけど、でも……今日だけは……私のちんまりの乙女心な夢を叶えさせちゃうことを許してね……

 

 

「むふふ〜!それでは比企谷先輩!待望のトークタイムをはじめましょー!」

 

「張り切りすぎだっての……こんな小洒落た店で話すような内容でもないだろうに……」

 

「気にしない気にしない!学校内でもあるまいし、旅の恥はかき捨てですよっ!」

 

「どこに旅立つんだよ……」

 

 

そして私は、夢にまで見た恋する人との語らい(オタトーク……)に身を投じたのだっ……!

 

 

× × ×

 

 

「いやー!超盛り上がっちゃいましたね〜!」

 

「お前興奮し過ぎだっての。マジで他の客からの視線が痛かったわ」

 

 

盛り上がったぁ!盛り上がっちゃったぁ!

超〜〜〜楽しかったぁぁっ!

 

『やっぱり……が……ですよね〜っ!』『バッカ、お前……は……だろうが』

 

 

『先輩先輩!……とか……って……でしたよねっ!』『おう。お前分かってんじゃねぇか。やっぱ……………………だろ!』

 

『私は……ぷしゅー……かしこまっ☆』『いやいやお前………ちゃんこー……ぷりっ……』

 

 

『あそこで……ハート……キュアで………だったら!』『いやホントそう!………が……プリンセス……………だろっ!』

 

 

お気に入りのカフェから千葉駅へと並んで歩く帰り道。

寒さも忘れて、さっきまでの最っ高のひとときを思い出してはニマニマがおさまらない私。

 

「なーに言ってんですかっ!比企谷先輩だって後半の方は超ハイテンションになっちゃってたじゃないですかぁ」

 

「……ぐっ!つ、ついな……くそっ、あんな店であんなんなるなんてな……また黒歴史だわ……」

 

今までずっとしてみたかったオタトーク。

それを好きな人と好きな空間であんなに盛り上がれるなんて…………夢、叶っちゃった……♪

 

でも何よりも嬉しかったのが、この腐った目の先輩が私の話であんなにも目をキラキラさせて楽しんでくれたこと。

 

 

「へへ〜っ!あ〜楽しかったぁ!」

 

「ま、まぁ予想外に俺もなかなか楽しめたわ……」

 

照れくさそうに頭をガシガシ掻く比企谷先輩。良かった……

 

 

肩を並べて帰り道を歩く二人の距離は、行きよりも随分と近付いている。

ちょっと手を伸ばせば繋げちゃうくらいの距離。

 

 

一応彼氏彼女の関係になったあいつとの手繋ぎデートはあんなにも違和感しかなかったのに……全然繋ぎたいなんて思わなかったのに……今は……すっごく繋いでみたい……

 

このたった10センチの距離が……果てしなく遠い。

そしてこのたった10センチの距離は、あとほんの数分後には、もうどんなに手を伸ばしても決して触れる事のない距離へと離れてしまう。永遠に触れられない距離へと……

 

 

ああ……想像していたよりも、ずっとずっとキツいな……ずっとずっと胸が苦しいな……

 

 

そして私達はあの場所へとたどり着いた。

あの日偶然出会って、そして昨日別れたこの場所に……

 

 

× × ×

 

 

カフェで盛り上がりすぎて、すっかり陽が落ち暗くなってしまった駅前で、私達のお別れの時がやってきた。

今日だけじゃない。手も心も永遠に触れ合えない距離へのお別れ。なんの繋がりもなくなるお別れ。

 

 

「比企谷先輩……今日は、本当にわざわざありがとうございました。とても有意義な時間を過ごせました」

 

私は恭しく頭を下げる。

数時間前、比企谷先輩を迎えた時とおんなじ格好なのに、その心は真逆の温度。

 

「お前、ホントにそういうとこちゃんとしてんのな」

 

数時間前と同じ返しをされたのに、私は同じ笑顔は作れない。

 

「あはは、まぁそれが私のウリなんで!」

 

たぶん今、顔に張り付けてある顔はどうしようもなく歪んでる。涙が零れてしまわないように、必死で力を込めてるから。

今が冬で本当に良かった。あたりが暗くなるのがこんなにも早いから。

情けなく潤んでしまった瞳を闇に紛れ込ませられるから。

 

でも……まだ儀式が残ってる。唯一の繋がりをこの手で断ち切る為の儀式が。

 

「あ!比企谷先輩!危うく忘れるところでしたよっ!はいこれ!」

 

私は手提げの紙袋を先輩に差し出す。

この人との唯一の繋がりの、あの香りのするラノベが入った紙袋を。

 

「もうホンットにめっちゃ楽しかったです!ありがとうございましたぁ!」

 

なんだよ。私って意外と演技力あんじゃね?

気持ちと態度が真逆なのにちゃんと対応出来てんじゃんっ……

 

「おう。喜んで貰えたんなら良かったわ」

 

「はいっ!いや〜ホント比企谷先輩には感謝感謝ですよ〜」

 

 

 

差し出した紙袋に比企谷先輩が手を伸ばしてくる。

 

……嫌だな……ホントはまだ返したくなんかない……

 

比企谷先輩の手が袋の持ち手を掴む。

 

……やめて……持ってかないで……!唯一の繋がりを……

 

比企谷先輩が紙袋を私の手から引き剥がす。

 

……やだ……離したくない……この手が離れてしまったら……

 

 

しかし無情にも紙袋の持ち手からは私の指が一本、また一本と離れていき、そして最後まで抵抗していた人差し指から、持ち手はするりと抜けた……

 

朝も放課後も、あれだけ重くてあれだけお荷物だと思っていたラノベの重みが幸せの重みだったのだと今気付く。

その幸せの重みを失った私の右手は、力なくダラリと落ちていった。

 

 

× × ×

 

 

これで最後だ。これで本日の私の目的はすべて終了する。

私は鞄から可愛くラッピングされた包みを取り出した。

 

「……で!ですねー。コレはほんのお礼です♪」

 

力も気力も失ってしまったけど、それを悟られちゃいけない!元気に振る舞わなきゃね……

 

「いや、別に礼とか要らんぞ?」

 

「まぁまぁそう言わずにどうぞどうぞ!せっかく美味しそうに出来たので!」

 

これで受け取って貰えなかったら死ぬに死にきれないもん!

これだけは受け取ってよ……先輩。

 

「美味しそうに?出来た?……えっと……なにそれ」

 

「ふっふっふ!チョコですよチョコ!まだちょっと早いですけど、手作りバレンタインチョコですよ!」

 

「へ?マジで?……いやいやなんで?」

 

まったくこの先輩は……チョコ貰うのになんでも何もなくない?

 

「あー……実はこないだいろはんちで女子会みたいなことしてチョコ作りしたんですよ。ホラ、いろはは手作りチョコあげたい人が居るじゃないですか」

 

「ああ、葉山な。あいつもホント打たれ強いよな」

 

あんただよあんた!まぁこれに関しちゃいろはも悪いけど、いい加減比企谷先輩も気付きなさいよっ。

 

「まぁそれは置いといてですね、その時私も教わって作ってみたんですよ。んでコレはその余りです!……ですからせっかくなのでお礼として受け取って貰えると助かるかな〜?って。だからバレンタインとか一切関係なく……単なる余り物として貰って頂けませんかねっ」

 

私は精一杯の笑顔を比企谷先輩に向けた。

なんにも意識とかしないでいいからね?っていう、なんの気負いもない笑顔を無理矢理作り上げて。

 

「そうか。……じゃあせっかくだから有難く戴くわ」

 

「余り物とはいえこの私の手作りなんですから、味わって食べてくださいよねっ!」

 

差し出したチョコをおっかなびっくり受け取ろうとする先輩に、両手で包みをギュッと押し付けた。

 

「そんなビビんなくても、変なものとか入ってませんって!ホラホラ、もう遅いんだからとっとと受け取ってとっとと帰ってくださいよ!」

 

「……へいへい、サンキューな」

 

「……はいっ」

 

この瞬間、私と比企谷先輩は、ただの後輩の友達と友達の先輩という、無関係の関係へと戻った。

 

「それでは!さよならです。比企谷先輩っ……」

 

よっし!本日の儀式は滞りなく全て終了致しました!

私は歪みかけてる顔を隠すべくクルリと背を向けた。

 

 

しかし……

 

 

「ああ、家堀。俺もすっかり忘れるとこだったわ。ホレ、これ持ってけ」

 

背を向けた私に先輩が差し出してきたのは、ズシリと重い持ち手付きの紙袋。

 

「……はい?あの……これは……」

 

「ああいや、お前昨日新しいラノベ探しに来てたってわりにはなんも買ってなかったろ。だからまぁ幾つか見繕ってきてみた。一応ラノベだけじゃなくて、読みやすくて面白いと思った一般文芸なんかも入ってるぞ。全部一巻だけだから、面白いと思ったもんがあったら言ってくれりゃ続きも貸してやっからよ」

 

 

紙袋を覗き込んで見ると、五冊くらいのラノベや一般文芸やらが入っていた。

 

頭が真っ白になった。

 

だって……借りてたラノベ返して唯一の繋がりを断ち切って終わりにするはずだったのに、なんで私の手にはまた幸せの重みの繋がりが握らされているの……?

 

「あ……比企谷先輩……こ、これは借りるわけには…」

 

「まぁ気にすんな。コレもあんなに楽しんでもらえたからな。つまんなかったらそのまま返してくれりゃいいし。それじゃあな」

 

呆然と立ち尽くす私を残して、比企谷先輩は駅の中へと消えていった。

 

 

 

さっきまでの私の覚悟を嘲笑うかのように、あの人の手により意図せずにまた繋がってしまった……

 

これって……これでいい……の?

ついさっきまで歪んでた顔が……涙で滲んでた瞳が、ポカンとしたまま固まってしまった。

 

 

しかし私は、なんだか妙な視線を強烈に感じて強制的に我に帰らされた。

 

え?なに?今のこの状態で妙な視線って、すげぇ嫌な予感しかしないんですけど……

 

私は恐る恐る妙な視線の先へと顔を向ける。

そこには………

 

「あ、いや、さすがにこれは……ねぇ?」

 

「えっと……さ、さぁて!私達はなんにも見なかったし……よっし、帰ろっ!」

 

「うん!……って、ちょっ!ちょっと待ってよぉ!紗弥加ちゃん智子ちゃん!私だけ置いてかないでぇっ!」

 

………………え?嘘?やばくね……?

 

 

「いぃぃやぁぁぁぁっ!!ちょっ!ちょっと待って!?これは!これは違うのぉっ!はな……話を聞いてぇぇぇっ!」

 

「やべぇ!略奪愛が追っ掛けてきた!みんな逃げてぇっ!」「捕まったら消されるーっ!」「か、香織ちゃんっ!さすがにコレはマズいと思うけど誰にも言わないから許してぇっ!」

 

 

うっさい!中西の恨みでいろはを陥れて生徒会長にさせようとしたお前にだけはマズいとか言われたくないわぁっ!!

 

 

 

はぁ……どうやらラブコメの神様はこの私、家堀香織には、物語をシリアスで締めさせてくれるような優しさは無いみたいです☆

 

 

 

× × ×

 

 

「ひどい目にあった……」

 

私は自室のベッドで力なく横たわる。

 

結局あのあと、いろはには黙っててくれるという条件付きで、全てを、す・べ・て・を!洗いざらい吐かされた……もう死にたい……

 

なんでよりによってアイツ等に見つかるかなぁ……でも見付かったのがアイツ等で良かった……もう死にたい……

 

あぁ……明日からどんな顔してアイツ等と顔合わせて、どんな顔して一緒にいろはの比企谷先輩トークを聞けばいいのよ……もう死にたい……

 

 

私はぐでぇ〜っと横になったまま、ベッド脇に置いといた紙袋からごそごそと一冊のラノベを取り出した。

 

「いろはの言ってた通りだぁ……マジであの男あざといわ……」

 

まさか……あのタイミングで……私が一番欲してた……この繋がりを渡してくるなんて……

 

私はごろんと仰向けになり、その新しい繋がりをペラペラと捲る。一枚一枚紙が捲れる度に、あの香りが鼻腔をくすぐる。

紙独特の香り。あと古本独特の香りとも言えるかな。

いけないとは分かっていても、ついつい口元が緩んでしまう。

 

 

ふと、意味の無い想像をしてみた。よくいうタラレバというヤツだ。

 

もしも、私がいろはよりも先にあの人に出会っていたなら、この関係はなにか変わっていたのかな?

こんな風に辛かったり諦めたりせずに、ちゃんと自分の気持ちを思い切りぶつけていけたのかな?

 

「ぷっ!やっぱ意味ないじゃんっ」

 

本当に無意味。

だって私は、いろはからあの人の話を聞いていなければ、あの人の魅力なんて気付きもせずにただ横を通り過ぎていただけだろう。

仮に気付けたとしても、いろはのようにあの奉仕部の特別な空気に身をさらせる程の勇気もなければ、たぶんそこまでの想いもない。

 

結局どれだけタラレバを繰り返してみたところで、私にとっての比企谷先輩という存在は、いろはの存在無くしては何一つ語れないのだから。

 

「だったら……まぁ今はまだこれでいっか♪」

 

少なくとも今の私にはこの繋がりがある。

いろはだって、雪ノ下先輩だって、由比ヶ浜先輩だって持ってない、この『ラノベを貸してる後輩、ラノベを貸してくれてる先輩』っていう、ちょっと特別で、ちょっと可笑しな繋がりを私だけが持ってるんだから……その可笑しな繋がりをまた持てたんだから……

 

 

「よぉっし!明日からは、また今まで通りの家堀香織に戻るぞぉぉぉっ!」

 

 

 

 

 

だから今夜だけは、今夜までは、この繋がりをこっそりと胸に抱いておこう。

 

 

そして私はこの新しい繋がりを顔に近付け、すんっ……とその香りを胸いっぱいに吸い込むと、そっと胸に抱き眠りにつくのだった……

 

 

 

 

おわり

 






自己満足なオリキャラヒロイン短編を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました!

今回の香織編も書き始める前の構想段階で、すでにこの最終話の流れは頭のなかでは出来上がっていたんですけど、いざ文章にしてみたら香織らしからぬシリアスさと切なさと心強さになってしまいました。
まさに誰特シリアス!

香織にこんなん求めてねーよって読者さまには大変申し訳ないです(-人-;)

たぶん皆さんはいろはす加えてのドタバタ修羅場劇場を期待されていたんじゃないかな〜?とか思いながらも、そんなの一切気にせず書き上げちゃいました(笑)
だってこれが書きたかったんだもの。みつを


しかし……ここまで乙女でここまで切ない香織ちゃんを書いといて、あざとくない件でいろはすの恋の応援をさせるなんてマネ、私に出来るのでしょうか!?いや出来ない!作者香織ちゃんに対して鬼畜すぎんよっ!

というわけで、次回のあざとくない件からはエリエリ主人公でお贈り致します!!そんなバカなっΣ( ̄□ ̄;)


まぁ冗談はさておき、本当に有り難い事にヒロインアンケートで圧倒的一位を勝ち取った家堀香織と!いつかそんな香織ちゃんを幸せにしてあげたい作者がお贈りしました!それではまた!



あっ!そしてようやく明日は11巻の発売日ですねっ!楽しみ半分不安半分です。
たぶん次回は更新が遅れるとは思いますが、かおりちゃんかあーしさんで行きますね☆


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あたしの記憶の中のアイツは【前編】




今回からついにあの人が登場での新シリーズとなります!シリーズと言っても三話くらいだと思いますが(笑)



 

 

 

 

夜の町並みを進み、数多くある飲食店の中、とある目的の店へと向かう。

 

「おっ、ここか」

 

店名を確認し、暗闇の中こうこうと照らされる扉をガラリと開くと、香ばしいソースの香りとジュージューと響く音が、とても空腹な食欲をこの上なくそそってきた。

 

ここは自宅からの最寄り駅の近くにあるお好み焼き屋さん。あたしは程よく込み合う店内を見渡し、目的の人物達を探す。

すると奥の座敷席から、先に声が掛けられた。

 

 

「かおりー!こっちこっちー!」「おー!折本キター!!すげー綺麗になってんじゃん!」「マジで!?うわマジだっ!」「キャー!かおり久しぶり〜!」

 

 

「お前らうっさい!まじウケるんだけどー!……へへー、みんな久しぶりーっ!」

 

 

年も明けていくつかの週を越えた一月のある日。

本日はあたし折本かおりの中学の同窓会である!

 

 

× × ×

 

 

さかのぼる事一週間ほど前。

この日、あたしは高校で出会った親友の仲町千佳と、学校帰りにいつも通り道草していた。

シェイクをひと啜りしながら千佳が訊ねてくる。

 

「ねぇねぇかおりー!次の日曜、パルコに服買いに行こうよー」

 

「ほれあるー」

 

チーズバーガーを頬張りながら答えた為、変な言い方になってしまった。ウケる!

 

「バーゲンもそろそろ落ち着いて来ただろうし、モノによっては80%引きくらいになってっかもねー!」

 

「そうそれっ!」

 

やっぱ女子たるもの、バーゲンでのお得ないい買い物は外せないでしょー!

早くも来たるバーゲンショッピングにウキウキしてると、あれ?と千佳が一言。

 

「かおり?携帯鳴ってるよー」

 

「およ?電話?誰だっけコレ」

 

スマホの液晶には由香との表示。

ん?どこの由香ちゃん?

あたしはここ最近では見覚え聞き覚えのない、そのどこぞの由香ちゃんからの電話に出てみた。

 

「もしもーし」

 

『もしもしー!かおりー?超久しぶり〜!』

 

声を聞いて、ようやくその名前に古い記憶から検索した顔がヒットした。

 

「おー!由香かぁ。マジ超久しぶりじゃーん!ウケるんだけどー」

 

『卒業以来だよねー!ってかかおりは相変わらず速攻ウケすぎ!』

 

「それあるっ!」

 

『なにがあんのよっ!相変わらず適当すぎっしょ!まぁいいや。ところでさー……』

 

それは中学卒業以来の友人からの同窓会のお知らせだった。

電話を終えて千佳に向き直る。

 

「千佳ごめーんっ!次の日曜に同窓会入っちった!」

 

ついさっき買い物の約束をしたばかりの千佳に顔の前で手を合わせた。

 

「へー!そうなんだ!いーよいーよ行ってきなよー!同窓会なんてめったにあるもんでもないしさっ。あ!だったら土曜に行く?」

 

「それあるっ!いやー、週末が急に忙しくなっちゃった!まじウケるー!あー、でも久しぶりだなー。なんか超楽しみなんですけどっ」

 

そしてあたしは来たる同窓会に想いを馳せた。

同窓会……絶対来るわけないけど……

 

「あいつ来たらまじウケんだけどなー……」

 

あたしは来るはずのない、ある人物のめんどくさそうな顔を思い出して思わずニヤケてしまった。

 

「ん?比企谷君の事でしょー!」

 

ありゃ?今声に出てたんだ!ウケる!

 

「そ!あいつ来たら絶対笑えるんだけどなーっ」

 

「ふふっ!だねー」

 

くくっ!っと笑いを堪えてるあたしを見て、なぜだか千佳が優しい笑顔を向けていた。

 

 

× × ×

 

 

あたしはブーツを脱ぎ、座敷席へと上がった。

 

「ほらほら!かおりはそこー」

 

どうやらすでにあたしの席は決められてるみたいだ。

人気者はツライねっ!

 

コートを脱いでハンガーに掛けると、案内された座布団に座りながら本日のメンバーを見渡す。

 

ふむ。元うちのクラスのほとんどが来てるみたいだな。

でも……やっぱ居ないかぁ……ま、そりゃそっか。クリスマスの時、絶対行かないって言ってたもんなー。

うーん。ちょっとだけつまらん。比企谷ー、それはウケないって!

 

 

しかし比企谷が不在だろうがなんだろうがお構い無しに、同窓会は盛り上がり滞りなく進んで行った。

なんかこうやって昔の友達と一緒にワイワイお好み焼き焼いて食べて、くだらない昔話や近況なんかをゲラゲラ笑って喋ってると、あの頃がまるで昨日の事みたいだ。

あー、なんか楽しーっ!

 

 

全体がひとつとなって盛り上がりを見せる中、あたしはふとウケる話題を思い出した!

あの時の映画館でも、あいつとそんな事話したっけ。

 

「そーそー!ところでさぁ!あたし比企谷に会ったんだぁ!」

 

あたしはドヤ顔で語りだした。

 

「でさー、ダブルデートってヤツ!?あたし比企谷と隣同士で座って映画とか見ちゃってんのー!まじウケない!?」

 

さぁ!盛り上がりも最高潮だよあたし!

あたしはさらに畳み掛ける。

 

「しかもまた別の日なんだけどさー!他校との合同生徒会のイベント手伝いに行ったらさー、アイツも超偶然居合わせてさぁ!まじウケるよねー!しかもなんかアイツ、すっごい面白いの!うちの意識高い系生徒会長と正面からガチバトル!ちょーウケる!」

 

ひーっ!もう苦しー!

 

でもこの時お腹を抱えて呼吸出来なるくらいに笑ってたあたしはまだ気付いていなかった。

この中で笑っているのが自分だけだということに……

 

 

× × ×

 

 

……あれ?なんで?ウケてんのあたしだけ?

笑いすぎて涙で滲んだ目であたりを見渡すと、なぜかみんなが微妙な表情をあたしに向けていた。

 

「えっと……かおり?」

 

向かいに座っている由香が訊ねてきた。

 

「へっ……?どしたの?てかなにこの空気?」

 

「あのさ、かおりさっきから誰の話してんの……?」

 

は?なに言ってんのこの子。だからさっきから言ってんじゃん。

 

「だから比企谷だよ比企谷」

 

は?なんでそんなにキョトンとしてんの?

てか周り見渡したらみんなキョトンとしてるし……は?意味分かんないんだけど……

 

「は!?なに!?覚えて無いの!?比企谷だよ?比企谷八幡!」

 

 

一瞬の沈黙……

そして誰か一人がクックックと笑いを漏らし始めると、次第にその笑いはクラス全体に広がり大爆笑になった。

 

よかったぁ……なんかあたしだけ違う世界に来ちゃったのかと思ったよ。違う世界とかなんかオタっぽくて比企谷が好きそう!ウケる!

 

「あー!ようやく思い出したわ!ハチマンてあれでしょ!?ヒキタニ!」「そうそうヒキタニヒキタニ!誰の事かと思ったよー!」

 

あー……みんなヒキタニで覚えてんのかー。

まぁウケて良かったわ。

 

「あー……居たなぁ!そんなやつ。暗いしキモいし、存在自体忘れてたわー!まじっべー!」

 

…………は?

 

「ねー!居たよねー!そんなヤツぅ!まじキモくて脳内消去しちゃってたっ!」

 

…………え、なに?

 

「ぷっ!言えてるー!なんかいつもニヤニヤしてて超キモいのっ!そーいえば折もっちゃん、あのキモいのに告られてたよねーっ!超可哀想ー!」

 

…………なに……これ?

 

「てかかおりちゃん、あれとダブルデートで映画って、どんな拷問プレイなのよー!超ウケるんですけどぉ!しかもそのあと偶然って!……ちょ、ちょっとかおりちゃん大丈夫?ストーキングされてんじゃないの??」

 

「うっわ……まじそれあるわ!折本大丈夫か!?」「ヤバイってー!」「俺折本超心配だわー!帰り送ってやろうか!?」

 

さっきまでの比企谷を心から馬鹿にした吐き気のする大爆笑から、一転あたしを心配する声………は?なんでみんな真顔であたしの心配してんの……?

 

「いやいやそんなことないから。比企谷はそういうんじゃないから」

 

なんだろう……この場がすごい不快……

 

「いやいやでもさぁ」「かおり相変わらず優しすぎだよー」「だってアレだよ?アレ」「アレってなんだよ!まじウケるわ〜」

 

そしてそこからはまた比企谷の話題で持ちきりになった。

やれアニソンのラブソング録音したやつを告白代わりに渡して校内放送で流されただの、やれ誰かに告って翌朝黒板に書かれてただの、やれ教室でオタっぽい本読んで一人でニヤついててヤバかっただの、やれあたしに告白して翌日にはクラス中の笑い者になってただの、と……

 

「……ねぇ、今日の同窓会ってさ、アイツ誘わなかったの……?」

 

「いや呼ぶもなにも存在忘れてたしー!」「それな!」「てか来られてもねぇー」

 

 

……なに、あんたら。

あんたらに、比企谷の何が分かんの……?

なんも知んないくせに、なんであんたらがこんなに馬鹿にしてんの……?

なんでアイツがこんなに馬鹿にされてんの……?

 

 

 

『次、同窓会とかあったら、比企谷も来れば?』

 

『いかねぇよ、絶対』

 

 

あたしバカだ。来るわけないじゃん。

アイツは、ずっとこんな空気に晒されてたんだ。

 

同窓会の席は、尚も比企谷の話題で盛り上がっている。

さっきまであんなに楽しく笑い合ってた元クラスメイトの笑顔が、今はグニャグニャに歪んで見える。まるで妖怪かなんかみたい。

 

「……ごめん。あたしもう帰るわ」

 

あたしは財布から同窓会費を出してテーブルに置くと、そのまま無言でコートを取り座敷席からおりてブーツを履く。

気持ち悪い。もうこの場に一秒だって留まっていたくない。

 

「え!?ちょっと待ってよかおりー!せっかく久しぶりに集まれたのに帰っちゃうの!?」「え!?折本帰っちゃうの?なんでだよ〜!せっかく盛り上がってきたのにさぁ」「折本帰んなよー!俺あとで話あったのにー……」

 

背中で喚く妖怪達の声はもう聞きたくなかった。

もう黙ってよ。吐き気がする。

 

「……ごめん。気分悪くなったから」

 

引き止めようとする声に自分でも驚くくらい低い声でそう答えると、あたしはそのまま家路についた。

 

 

最悪だ……なんなのこの不快感。

あいつら、比企谷の事なんも知らないくせに……

 

 

『君たちが思っている程度の奴じゃない…………表面だけ見て、勝手なこと言うのはやめてくれないかな』

「そりゃ葉山くんが怒るわけだ……」

 

意識もせずにボソリと呟いていた。さっきのあいつらは、あの時のあたしそのものなわけだ。

 

あの時だけじゃない。

あたしは中学の頃からあの日まで、あいつらとおんなじだった。

比企谷の事なんてなんにも知らないくせに、表面だけ見て笑ってたんだ。あのグニャグニャに歪んだ顔で……比企谷の事を……

 

なんにも知らないくせに、ほとんど覚えてなかったくせに、あたしの中にあるアイツのちっぽけな記憶は、そういえばいつも辛そうな苦笑いしてたっけな……

今の今まで忘れてた。情けないことに、自分の馬鹿さ加減を自覚した今の今まで。

 

 

「………なにそれ……ぜんっぜんウケないんだけど……」

 

 

× × ×

 

 

翌日、未だにゆうべの事を引きずっていたあたしは、登校してから机に突っ伏していた。

あー……ダメだ……ぜんっぜん気分乗んない……

 

 

「かおりおはよー!……ってあれ!?どしたの!?」

 

「……べっつに〜……?なんでもなーい……」

 

「もしかして昨日の同窓会、楽しくなかったの!?……おやおや〜?さてはやっぱり比企谷くん来なかったなぁ?」

 

なんかニヤニヤしてる千佳をジロリと睨めつける。

たぶん今のあたしの目の腐れ具合はアイツにもひけはとらないだろう……。やばっ、気分は最悪なのにちょっとだけウケる。

 

「ヒッ!そこまで怒んなくても〜……てかホントになにかあったの……?」

 

 

あたしは昨日あった事を千佳にすべて話した。

正直思い出したくもない出来事だけど、誰かに愚痴りたかった。千佳なら大丈夫だし。

 

 

「…………ホントあいつらなんかに何が分かんのよ……なんも知んないくせに……」

 

「……そうだよね」

 

「もちろんこの不快な気持ちはあいつらに対してだけじゃないんだよ。自己嫌悪もめちゃくちゃ入ってる…………でも……それでもなんでだろ……?なんでここまでムカつくのかな……あたし。一晩経ってもまだこんなにモヤモヤするなんて……」

 

「うーん。まぁそりゃそうでしょ。かおりがそうなっちゃうのは仕方ないと思うよ。だって自分の好きな人を目の前でそんなに馬鹿にされたんだもん」

 

「そっかー。そうだよねー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………ん?

 

 

 

「いやいやちょっと待って!?なに!?好きって!?」

 

いやマジもうびっくり。

こいつ急になに言い出してんの?ウケるとか思ったの!?

 

「え?いやだって………………え!?は!?も、もしかしてかおり、自分で気付いて無かったの!?」

 

いやホントにウケないから!

なんでそんなに真顔でビックリしてんの!?

 

「いやいや千佳さんや?あなたはなに言ってんのかな?あたしが比企谷を好きだっての?ぜんぜんウケないって!」

 

すると千佳は本当に心から驚いている様子であたしにこう言ってきた。

 

「うわっ……マジなんだ……」

 

「いや、うわって……」

 

「…………かおりさ、葉山くんに怒られた日からしばらく沈んでたじゃん?それは私も一緒だけど……でもさ、生徒会が総武と合同でクリスマスイベントやるって誘われた時、めっちゃ乗り気になったじゃん。……で、向こうの生徒会の手伝いで比企谷くんが居たってすっごい大喜びでさ、それからは『昨日比企谷がさ〜!』とか『ほんとアイツ凄いんだって!』とかって毎日毎日比企谷くんの話をめちゃくちゃ楽しそうに話してて、イベント終わったあとも比企谷が比企谷がってずっと言ってたからさ、私てっきり分かってノロケられてんのかと思ってたよ……」

 

 

…………うそ………あたしが比企谷を……?

 

確かに……葉山くんに怒られたあとは反省して凹んでたし、クリスマスイベントの誘いが来た時は総武だって事で張り切ってたし、そこで比企谷を見掛けた時は超ウケたし、イベント準備中はアイツの一挙手一投足に毎日笑ってた気はするけどさ……

 

「あのデートのあと、確かに私も反省はしてたけど、でもなんであんなヤツの事で私がこんな目に合わなきゃなんないの!?って、正直やっぱりムカついてるトコあったんだよね……でもさ、かおりの心からのノロケを聞いてるうちに、私も比企谷くんに対する見方が変わったって所もあるんだよね」

 

 

 

 

嘘でしょ……?あたしが?比企谷を……?

 

 

そしてあたしはあの日の事……あの日葉山くんに責められてから、クリスマスイベントでアイツに再会し、そして気付いたらアイツを見ていた時間の記憶に思考を巡らせるのだった……

 

 

 

続く

 





というわけで待望?の折本SSでした!思わずかおり連チャンになってしまいましたね。
家堀香織は折本かおりを書いてみたいなぁと思って作ったキャラだったりします。
まったくの別モノになってしまいましたが(笑)


実はこれ、さがみんSSを書く前に、さがみんにしようかこっちにしようか迷っていた作品だったんです。

まぁこっちはどう考えても長編には出来ないだろうと思ってさがみんにしたんですけど、もしヒロインアンケートでヒロインを勝ち取ったら書いてみたいな〜、とか密かに思っておりました。


それではまた中編で!


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あたしの記憶の中のアイツは【中編】

 

 

 

 

 

最悪だ……なんでこんなことになっちゃったの……?

 

あんなに楽しみにしてたのに……実際あんなに楽しかったのに……彼だって、あんなに楽しそうにしてたのに……

 

 

……でも、彼は本当は全然楽しくなかったんだろう。あんなオマケみたいな人の為に、わたし達に対して当て付けみたいにあんな子達まで用意してたんだから……

 

……ああ駄目だ。わたしなんてほぼ初対面みたいなものなのに、それなのに一方的にオマケみたいに思って軽く扱っちゃってたこういう所に、彼は……葉山くんは頭にきていたのだろう……

 

「………か」

 

「……ちか」

 

「千佳っ!」

 

ボーっと考え事をしてたら、どうやら呼び掛けられていたみたい。

 

「……あっ、ごめん……なに?」

 

わたし達は、あの最悪の瞬間を味わったカフェから出ると、無言で駅へと向かいそのまま電車に乗り帰宅の途へとついていた。

わたしに呼び掛けていた友達、折本かおりは、申し訳なさそうな弱々しい目でわたしを覗きこんでいた。

 

「千佳……今日はホントごめん……千佳、あんなに葉山くんと遊べるの楽しみにしてたのにね。あたしが調子に乗ったから……」

 

「そ、そんな事ないよっ……むしろわたしの方が問題でしょ……よく知らない比企谷くんの事を笑ってたりしたんだからさ」

 

「だってそれってあたしのせいじゃん……おな中のあたしがイジリキャラみたいに扱ってたら、千佳だって同じような扱いになっちゃうのは当然だよ……」

 

「………」

 

確かにそれはあるけど……でもそれにわたしは乗っちゃいけなかったんだよ。

 

「でもさ……あんな子達を用意してたって事は、そもそも今日のお出掛け自体、葉山くんにとってはあの瞬間だけが目的だったって事だよね……比企谷くん呼ぶけどいいかな?って話になった時にはもう、わたし達のこういう所は見透かされてたわけだ……」

 

「………だね」

 

 

本当に最悪だ……待ち合わせからの葉山くんのあの笑顔はずっと作り物だったわけだ……わたし達のはしゃいでる姿はさぞ滑稽に見えた事だろう。

 

 

そのあとわたし達は無言のまま、それぞれの家へと向かい帰路についた。

調子に乗ってた自分に対する反省と、なんであんなヤツの為にこんな気分にさせられなきゃいけないのかという微かな憎しみ。

そんな相反する感情がグルグルと渦巻きながら。

 

 

× × ×

 

 

結局土日はなにもする気が起きずにダラダラと過ごし、気が重いまま月曜日に登校してもやはりかおりは沈んだままだった。

もちろんわたしだって明るくは振る舞えなかったが、かおりの落ち込みようは思いの外深刻みたいだった。

 

わたしと違ってこの子は別に葉山くんにはさして興味が無かったから、たぶん罪悪感と自己嫌悪に苛まれてるんだろうな。

普段から特に深く物事を考えたりせずにノリと勢いで感情をストレートに表現する子だから、知らず知らずのうちに昔の友人をバカにしていた自分に嫌悪感を抱いてるんだろう。

 

 

かおりはそれから何日かはこんな感じだったが、日が経つにつれて少しずつマシになってきた。

 

ようやく会話の端々にウケるという単語が出てくるようになってきたそんなある日、一年の時わたし達と同じクラスだった友人の瑞希が、お昼休みにフラっとやってきたのだ。

 

「よっす!かおりー、千佳ー」

 

「あれ?瑞希じゃん。どったのー」

 

「んー、ちょっとねー!かおり達なら……特にかおりならノリいいから一緒にやってくれるかなぁ?って思って誘いにきましたー!……ねぇねぇ、生徒会と一緒にクリスマスイベントやんない!?」

 

瑞希は生徒会役員の一人と付き合ってるんだけど、どうやらウチの生徒会が他校の生徒会と合同でクリスマスイベントを企画しているみたいで、その彼氏に誘われたらしい。

で、出来れば生徒会以外のメンバーを有志として何人か集めて、より多くのマインド?を集めてよりたくさんのシナジー効果?を生み出したいんだそうだ。

 

最近発足したウチの生徒会って、ちょっと変り者の集まりなんだよねぇ……特に会長なんかは……

他の高校生で、あの会長と渡り合える(悪い意味で)人なんているのかなぁ……?

 

同じような人種でもなければ、よっぽど頭の回転が良くて、よっぽど臨機応変で、よっぽど口が上手くなきゃ、とてもじゃないけど渡り合えなさそう……なんか振り回されて諦めちゃう未来しか見えない。相手の生徒会の人たち可哀想だな。

 

「……んー、どうしよっかなぁ……あ、そーいえば相手の高校って?」

 

かおりもあまり乗り気じゃないみたいだけど、一応聞くだけは聞いてみるみたい。

 

「あー、それがさぁ!総武高校らしいよー!なんか生徒会メンバー、負けらんないってみんな張り切っちゃってるみたい!」

 

 

……………!

 

 

まさか……ここで総武高校が出てくるとは……

かおりに視線を向けると、わたしと同じく心底驚いていたみたいだが、次の瞬間その瞳がキラリと輝いたように見えた。

 

「あたし参加でっ!」

 

その目を見た時、たぶんこう答えるんじゃないかとは直感したものの、あまりの即答っぷりにちょっと苦笑してしまった。

 

「千佳はっ!?」

 

いや、さすがにねぇ……?

 

「うん……わたしはちょっと……」

 

「だよねー。それじゃ瑞希、あたしだけ参加ってことで!」

 

「了解ー!サンキューね、かおり!千佳も気が変わったら教えてちょー」

 

瑞希はそう言うと満足気にウチの教室をあとにした。

 

「……かおり、相手は総武だよ?ひき……比企谷?くんは絶対居ないだろうけど、葉山くんとかあの子達とか居たらどうすんの!?」

 

「うーん。どうだろ?まぁ比企谷は居ないだろうし、もしかしたら葉山くんは居るかもね。そういうのに参加してリーダーシップ取りそうなタイプだし。ホントは居ない方が助かるけどねー」

 

「だったらなんで?」

 

するとかおりは本当にこの子らしい面白いモノを見つけちゃった子供のようにニヒッと笑いこう言うのだった。

 

「リベンジだってリベンジ!だってこのまま総武高校に暗いイメージ持ったままなんてつまんないじゃん!?それに、絶対有り得ないけど、もし比企谷とか居たらウケるしっ!」

 

 

そっか。もし仮に誰かしらと会っちゃって気まずかったとしても、このまま悶々としてるのなんてかおりらしくないもんねっ!

ま、もしも葉山くん辺りが居たとしても、せいぜい気持ちぶつけてウケてきなさいよねっ!

 

 

× × ×

 

 

あれから数日経ち、昨日はかおりが例のイベントの有志として初参加した日だ。

かおり、どうだったのかな?なんて朝から考えてたんだけど、あの子の事だからなんか面白い事があったんなら、ゆうべのうちに電話なりメールなり入れてくるよね。つまり大したことは何もなかったんだろう。

 

 

そんな事を思いながら教室の扉を開けると、なんだかワクワク顔しちゃってるかおりがわたしの席を陣取ってました。

ニヤニヤしながら目だけで早く来いと急かすかおりを見ながら席へと到着すると開口一番。

 

「千佳やばい超ウケる!昨日イベントの会議に行ったらさ、なんと比企谷居んのっ!まじウケんだけどぉ!」

 

と、お腹を抱えて大爆笑。

でも実際わたしもビックリした。まさかあの暗そうで存在感も無さそうな彼が、そういう場に来てるなんて。

 

「そうなんだ……えっと、比企谷?くんは総武の生徒会かなんかなの?」

 

「………は……はぁ…はぁ…………へ?」

 

いやいやかおりさんウケ過ぎですよっ!?どんだけ面白いのよ!?

 

だからぁ……ともう一度訊ねると……

 

「いや、なんか手伝いに来ただけみたい」

 

これまた意外だ。なんかの間違いで生徒会に入っちゃったって言うんならまだ分かるけど、手伝いってそれって有志って事でしょ?

あんな人に友達から誘いが掛かるのも不思議だし、それを大人しく受諾するのも不思議……

 

でも、悔しいけどあの葉山くんにあそこまでの事をさせる存在なんだよね、あの人って。

もしかしたら……実はなんかすごい人なのかも……

 

「でさぁ!比企谷が好き好んでそんな手伝いに来るって謎すぎるから、あたしてっきりあの子達と一緒に来てんのかと思ったわけ!でさぁ、比企谷ひとり?って聞いたらさー、アイツなんて答えたと思う!?」

 

いや知んないから……

すると爆笑してた顔を一瞬でキリリとさせてこう一言。

 

「ああ、だいたいいつもな……………ブーっっ!!だ、だって……さ!……くくく……プーッ!あははははっ!……ああ、だいたいいつもな………ブハっ!まじウケんですけどー!」

 

なにがそんなにウケるのかしら……?

ヒィーヒィーとお腹を抱えて苦しそうに涙を流してるかおりを見て、この子大丈夫かしら?と思う気持は強かったけど、なんか元気になって良かったな……って思う気持ちもほんのちょっぴりだけ芽生えてきた……!

 

 

× × ×

 

 

それからのかおりは、朝イチはほぼ比企谷くんの話しかしなくなった。

 

『千佳ー!昨日比企谷超ウケんの!だってあの比企谷がだよ?あの比企谷が、ウチの生徒会長に話合わせて、『フラッシュアイデアなんだが』とか『それだとイニシアティブがとれない』とかって超真顔で言ってんだもんっ!あれヤバいって!』

 

『千佳ー!なんか比企谷向こうの生徒会メンバーに超頼られてんだけど!向こうの生徒会長って一年の美少女でさぁ、最初は比企谷がその子狙ってるから手伝いに来てんのかと思ってたんだけど、見てたらどうやら違うっぽくてその生徒会長が頼って連れてきたらしいんだよねー!しかも最近じゃ他の生徒会メンバーも明らかに比企谷頼りになっちゃっててさー!もう裏の生徒会長って感じなんだよねー!あの比企谷が裏の生徒会長とか!まじウケるっ!』

 

『千佳ー!昨日さぁ!比企谷が超可愛い小学生女子と二人でなんか作業してんのー!ヤバいウケる!あと一歩で捕まるっての!しかもその小学生に『他にやることないわけ?暇人』とか罵られてんだよ!?もう面白すぎてあたし死んじゃうよー!』

 

『千佳ー、昨日さぁ、ついにあの子達が登場したよ。いよいよウチの会長達が末期だから助け呼んだのかなぁ……』

 

『千佳ー!昨日ついに比企谷達とウチの生徒会が正面衝突しちゃってさー!ウチの会長、比企谷とあの黒髪ロングの美人に叩きのめされちゃってさー!まじウケるっ!………でさ、帰りに比企谷と二人になれたからちょっと話したんだよね。やっぱアイツ面白いよ。あたしさ、昔は比企谷なんか超つまんないヤツとか思ってたのに。でもそれは見る側が……あたしが悪かったのかなって思ってる。たぶんあたしがつまんないヤツだったんだよ。今のアイツとなら……ってか今のあたしなら、アイツと友達になりたい……かな?……なんつってー!超ウケる!』

 

 

そしてクリスマスイベントは無事終了し冬休みも終わり、新学期が始まってからもかおりは事あるごとに『比企谷がさー』『アイツ今ごろどんなウケる事してんのかなー?』なんて話ばっかりしてたっけな。

 

こんな話ばっか毎日聞いてたら、そりゃこの子は日に日に比企谷くん好きになっていってるんだな……って事くらい気付くし、もちろん自分自身が比企谷くん大好きって理解してるから、毎日こんな話ばっかわたしにしてくんだろうなって思ってた。

まさか自分で気付いてないとはねぇ……

 

 

そんな少し前の記憶を手繰り寄せていたら、かおりもたぶん同じ頃の記憶を辿っていたんだろう。

 

ちょっとだけ頬を染めて居住まいを正して、気まずそうに苦笑いを浮かべながらわたしに話し掛けてきた。

 

 

「あ、あははは〜……参ったな〜……そんなわけ無いじゃんとか思ってたけど、色々思い出してたら結構思い当たる節があるね、こりゃ……ウケるっ……」

 

かおりがこんな風な恥じらいの表情を見せたのなんて初めてじゃない?超レア!

 

顔を真っ赤にして居心地悪そうにモジモジしながら頬をポリポリ掻いているかおりは、なんだかとても可愛いらしく見えた。

でも!それでもまだ納得はしてないみたい。

 

「で、でもさぁ、確かに比企谷ウケるし嫌いでは無いけどさ、きゅ、急に好きとかなくない!?……だって、友達ならアリだけど、付き合うのは無理とかって思ったし!」

「いやまぁそれならそれでいいんだけど…」

 

「だからさぁ、あたし決めた!次の土曜あたりにでも比企谷とデートしてくるっ!」

 

「はっ?えっ?きゅ、急にっ!?」

 

この子マジで直感で生き過ぎでしょっ!思い立ったが吉日じゃあるまいし!

 

「だってさぁ、あたしが納得してないのに千佳に勝手にそこまで思われてるなんてやっぱ納得いかないじゃん?なんか悔しくない!?だから会ってデートして確かめてくる。ホントにあたしは比企谷のこと好きになっちゃってるのかどうかを!」

 

 

 

未だ若干頬を赤らめながらもニヒッと楽しそうにガッツポーズしてみせるかおりには、さっきまでの昨日の同窓会で沈んだ様子など一切無く、まさにかおりらしく大いにウケて輝いてる、そんな笑顔だった。

 

 

ふふっ、あんたホンっト無茶苦茶だけど、まぁそっちの方がかおりらしいよね!

 

 

「じゃあ楽しんで来てよ!報告楽しみに待ってるからさっ」

 

「おうっ!」

 

 

 

 

続く

 





ありがとうございました!

ホントはこのシリーズは折本視点で済ますつもりだったのですが、千佳視点も欲しいとのご意見頂いたので、中編のみ千佳視点にしてみました!

というわけで、後編はまた折本視点に戻しての八幡とのデート回となります。
折本は一体どうやってあの八幡をデートに誘うのか!?
そこはもちろん折本らしくGoing My Way!我が道を行く!ですよっ(笑)


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あたしの記憶の中のアイツは【後編】

 

 

 

 

「やっほー比企谷。デートしよっ♪」

 

「…………は?」

 

 

今あたしの目の前には、心の底から「は?」って顔した比企谷が立っている。

うん、そりゃ意味分かんないよね。

 

だからあたしは、もっとゆっくりと聞き取りやすいように言ってやる。

 

 

「だからさー。比企谷、デートしよっ♪」

 

「いやなんでだよ。突っ込む所が多過ぎて、もう言葉もねぇよ……」

 

 

ふむ。物分かりの悪い奴め。ここは一旦整理してみっか。

 

 

× × ×

 

 

はぁ……なんだろ?結構緊張すんなぁ。

あたしは比企谷の家のインターホンを押すのを少し躊躇っている。

 

あたしが比企谷に会うってだけで、こんなにらしくもなく緊張してるだなんてなんだかウケる。

 

押そうと伸ばす指は小刻みに震えてるし、よくよく見たら足も震えてやんの!

これは全部千佳のせいだな。

 

でもいくら緊張してるからって、なんにも確かめもせずにこのまま帰るだなんて、そんなのあたしらしくないでしょ!あたしはそういうウケは求めてないから。

 

 

あたしは覚悟を決めてインターホンを押した。

足は笑ってるのに顔は笑ってないとかウケるでしょ……

 

しばらくすると、よく見覚えのある淀んだ目で猫背の男が、スウェットにカーディガンを羽織った姿で玄関を開けて、声もなく大層驚いた顔をしていた。

 

だからあたしは開口一番言ってやったのだ。

 

 

「やっほー比企谷。デートしよっ♪」

 

 

× × ×

 

 

少し状況を整理したところで、比企谷から声が掛かる。

 

「大体なんでお前ここに居んの……?」

 

「ああ、そういう事か。いや、一色ちゃんに電話して聞いたからさ」

 

すると比企谷はさらに「は?」って顔をした。

 

「いやいや意味分からん。なんで一色なの?」

 

「だってクリパん時、一色ちゃんウチの生徒会の連中と連絡先交換したじゃん?だから生徒会の連中から一色ちゃんの連絡先聞いたんだー。んで一色ちゃんに比企谷んち聞いたら、超渋々だったけど中学ん時の用事があるからどうしてもってお願いしたら教えてくれたよっ」

 

「いやそもそもなんで一色がウチの住所知ってんだよ恐えーよ……」

 

ありゃ?そっからのツッコミなの!?

やっぱ一色ちゃんて侮れないな。ウケるっ!

 

「ま、今はそんな事どうでもいいじゃん!あたしはそんな事知んないし!……だからそれは一先ず置いといて、比企谷ー!デートしようぜー?」

 

「だが断る」

 

「だよねウケる!」

 

「いやウケないから」

 

ぶっ!このやり取りってなんか好きっ。

中学ん時もこんな感じで喋れてたら、なんか違ったのかな……?

 

「ま、ウケてもウケなくてもなんでもいいや。とにかく早く行こ?」

 

「だからなんでだよ。俺は土曜の朝はアレがアレして忙しいんだよ」

 

「どうせアニメとか見るくらいでしょ?ウケる」

 

やっぱなかなか強情だな比企谷のやつ。

でもなんだかんだ言っても比企谷は優しいから、こういうお願いの仕方をすれば来てくれるってのは知ってるよ。

 

「じゃあ先に行って待ってっかんね、来るまで。この寒空の下、比企谷が待ち合わせの場所に来るまであたしずっと待ってるからー」

 

そう言うとあたしは手を振って駅へと歩きだした。

 

「それもう脅迫じゃねぇか……おい、ちょっと待て。待ち合わせってどこだよ……」

 

脅迫とは失敬な!お願いだよ?お・ね・が・い!

でもやっぱ簡単に釣れたよ比企谷の奴!超ウケる!

面白かったから、あたしはすごい笑顔になっているであろう顔を比企谷に向けてこう答えた。

 

 

「千葉駅のヴィジョン前っ!」

 

 

× × ×

 

 

「比企谷おっそい!」

 

あたしがヴィジョン前に着いてから20分程度でやってきた比企谷に、一応文句を言ってみた。

ホントは思ってたよりもずっと早くてびっくりしたくらいなんだけどね!

 

「そこは今来たトコって言う所なんじゃねぇの……?」

 

「バカじゃん?あたしの方が同じ場所から早く出発したんだから、今来たトコなわけ無いじゃん、ウケる!」

 

「それあるー」

 

むっ!比企谷め!それあたしの真似じゃん!しかも超棒読みでやんのっ。

一応ジト目で比企谷を睨んでみたんだけど……ダメだっ!なんだか楽しすぎて口元が勝手に上に歪むんですけど!

 

ヤバいなあたし!なんか滅茶苦茶テンション上がってきた!

 

「……しっかし、なんでいきなり家来ていきなりデートなんだよ」

 

比企谷それ全っ然ウケないから!

せっかくのデートであたしのテンション上がってんだから、比企谷も楽しみなさいよねっ!

 

「……まぁちょっと確かめたい事あんのよ」

 

「確かめたい事ってなんだそりゃ。それと俺と……デ、デートって……なんか関係あんのかよ……?」

 

「大アリだからわざわざ来て貰ったんでしょー?……もぉ!今はそんな事どうでもいいからとりあえず楽しもっ!」

 

そう言うとあたしは比企谷の腕を掴んで歩きだした。

さすがのあたしでも、いきなり手は難しいや。

 

「おいっ。手を離せ……で?どこ行くんだよ」

 

「へへ〜。映画っ」

 

 

あたしは手を離したりもせず笑顔でそう答えると、目的の映画館へと比企谷を引っ張っていった。

 

 

× × ×

 

 

映画館に付くと、なんと比企谷はそれぞれ別の見たい映画を見ようと提案してきた……

こいつマジで言ってんの?と驚愕の表情を向けたらマジだった……

 

却下!と頭をゴツンと叩くと、本当に渋々と同じ映画を見る事を了承し、今あたし達は隣同士で上映を待っていた。

 

「まさか比企谷と二人っきりで映画館に来て隣同士で座ってるとはね〜!前四人で来た時もウケたけど、今日はさらにウケるっ」

 

「そりゃこっちのセリフだっつの。無理やり連れてきたお前がウケんな」

 

「だよねー」

 

あたしの左側に座る比企谷は、左側の肘掛けに体重を掛けて一定の距離を取っている。

そういえば前に来た時も比企谷はこうやって反対側に体重を掛けて、あたしとの距離を取ってたような気がする。

 

あの時は右側に座っているあたしも右側の肘掛けに体重を掛けて座ってたっけな。

そうしてお互いに近付く事の無い距離感を保ってた……

 

でも今日はあたしは左側の肘掛けに体重を掛けている。近付かないハズの距離感をあたしから縮めてやった。

 

チラリ横目で比企谷を覗き見ると、なんだか近めなあたしとの距離感に所在なさげにキョドってて吹き出しそうになったけど、ちょうどそのとき劇場の証明が落ち、そのオドオドしてる比企谷の顔が暗がりで見えなくなってちょっとだけ残念に感じてしまったあたしは、どうやら比企谷と一緒に居るのがどうしようもなく楽しいらしい。

 

 

× × ×

 

 

「ていうかマジで比企谷最っ高!何回ビクッとすんのよ!ビビりすぎだっての!」

 

「いや思ってたより音でかかったから」

 

なにこれデジャヴ?

なんか前ん時もこんな感じじゃ無かったっけ!?

比企谷どんだけビクッとすれば気が済むのよ!マジウケる!

 

「いやー、でも映画もなかなか面白かったよねー」

 

「まぁそうだな。……で?このあとはどうすんの?帰る?」

 

 

…………ホント比企谷って……あたしがジト目で睨んだままだったから、その間に気まずくなったのか

 

「それあるー」

 

「いや無いでしょ。てかセルフでそれあるとか禁止だから」

 

「え……?なに、そういうルールがあんの?」

 

「たく……ほら、バカやってないで次行くかんね!そもそもあたしの真似禁止っ」

 

あたしは嫌がる比企谷の腕をまた捕まえてとっとと進みだす。

ふむ……もし比企谷と付き合うとしたら、こういうトコ大変かも。

 

「わあったって……引っ張んないでも行くから。……で?次はどこ連れてかれるんだ?」

 

比企谷のその質問に、待ってましたとばかりにニヒっと答える。

 

 

「パルコっ!」

 

 

× × ×

 

 

パルコに着いて、各フロアで洋服や雑貨、おしゃれなインテリアなんかを見て回る。

インテリアの店では展示品のソファーで比企谷を隣に座らせて赤くさせたり、服屋ではセールになってる服で比企谷相手に一人ファッションショーを開催したり、雑貨屋では、どう使うか分からないという顔で雑貨を見る比企谷に、隣同士肩を並べて、これはこう、あれはこうと説明してあげたりした。

 

ああ……千佳との買い物とも前に葉山くん達と来た時ともまた違ってメチャクチャ楽しいなぁ。

あたし、やっぱり比企谷と一緒に居る時間は堪らなく楽しいんだ。

 

 

ただ比企谷は……あたしが次の行き先をパルコに決めた時から、たまに訝しげな表情をするようになった。

勘の良い比企谷の事だ。今日のデートコースになにかしらの意図があるんだと気付いているんだろう……

 

 

二人っきりの買い物デートを満喫し、あたしは比企谷にこう切り出した。

 

「比企谷ー、あたしお腹減った!」

 

「そうか」

 

もうあたしの次の目的地を理解しているのであろう。比企谷は一言そう言うと、無言でパルコを出て次の目的地へと向かう。

 

 

 

そう。今日の比企谷とのデートは、あの日のやり直し。

 

あたしはどうしてもあの日をやり直したかった。比企谷と二人で。

あの日、比企谷の存在も意味も全く意識せずに過ごしたあの日を、知らず知らずのうちに比企谷をバカにして比企谷を傷付けて、そんな愚かなあたしを葉山くんに見透かされてしまっていた最悪のあの日を、今のあたしが比企谷と二人で一緒に過ごしたら一体どう感じるのかを、どうしても確かめたかったのだ。

 

確かめてみれば答えが出ると思った。

あたしは本当に比企谷の事を好きになってしまっているのかを。

 

 

そして、その答えは……

 

 

× × ×

 

 

無言の食事が終わり、今は二人してコーヒーを飲んでいる。ホントは楽しくお喋りしながら食べたかったんだけどね。

 

沈黙の中、ようやく比企谷が口を開く。その口が出したのは予想通りの言葉。

 

「……で?どういった目論みだ?」

 

ま、そう来るよね。だからあたしは正直に答えよう。

 

「そうだね……目論みってか、今日の目的は二つある……かな。……まずは一つ目」

 

すぅ……と一息ついてから、あたしは頭を下げた。

 

「ごめんなさい。あたしは比企谷の事、全然知らなかった。何にも知らない癖に、勝手に比企谷を笑ってた……何にも知らない癖に、比企谷に告られた事を仲の良い友達に話しちゃった。話した事で、それがクラス中に広まって比企谷が笑い者になっちゃうなんて知りもしない癖に……そして興味無かったから、その事で比企谷が笑い者になってた事さえも知らなかった……クラスのイジられ役の子が、違うネタでまた面白くイジられてるってくらいの認識しか無かった……」

 

そこで一旦言葉を切り、ふぅ〜と深く深呼吸をする。

 

「何にも知らない癖に知ったつもりになって、勝手に判断して相手を知らずに傷付けているなんて一番最低で一番無責任な行為だよね。だから本当にごめんなさい」

 

改めて頭を下げたあたしを比企谷は否定した。

 

「別にお前に謝られるいわれはねぇよ。俺だって、お前に勝手な理想を押し付けて勝手に惚れたつもりになって、勝手に告白したってだけの話だしな。だから気にすんな」

 

やっぱ比企谷は優しいね。自分の考えを引き合いに出す事で、一発であたしの気持ちを楽にしてくれたんだもんね。

ホントはまだまだ自分のバカさ加減に納得なんていってないけど、ここでさらに「そんな事ない!」って比企谷の考えを否定したら、それこそ比企谷の優しさを無下にしちゃうね。

だからあたしが返す言葉はこれ以外には見つからなかった。

 

「……そっか。じゃあお互いがお互いを知らなかったって事で、どっちも悪かったって事でっ」

 

するとあたしの意図を理解したんだろう。比企谷はニヤリと口元を歪ませて一言こう言った。

 

「おう、そういう事だな」

 

「じゃあこの話はここまで!」

 

よし!これで過去を振り返るのはもうおしまいっ!

ここからはあたしらしく、前だけ向くかんねっ!

 

 

× × ×

 

 

「で?もう一つってのは?」

 

一つの目的が終了したわけだから、比企谷が当然のことながら話題を次の目的へといざなう。

 

ふぅ…………ヤバい!どうしよう!……ここにきてすっごい緊張して来ちゃったよ……

 

今さっきあたしらしくって思ったばっかなのに、こんなのあたしらしく無いよね。

だからここは思いっきりあたしらしく、なんの変化球もなく、どストレートにこの気持ちを伝えてやろう!

 

 

「……比企谷。ん!んん!ふぅ〜……うーんと……オッケー!」

 

「……………は?」

 

親指を立てたあたしの渾身のオッケーポーズに、比企谷がこの上ないくらいに馬鹿を見るような顔を向けてきた。

 

「だからぁ……オッケー!」

 

「いやだから何がだよ」

 

くそ……比企谷のクセに今日は何度も白い目を向けて来やがって!

直球で行き過ぎたかな?いや、かなりの変化球だったねこれは……

照れ隠しもここまでくるとウケないから!今度こそちゃんと言ってやろう。

 

「……二年越しになっちゃったけど、比企谷の告白……オッケーだから……あたし」

 

うわっ……かっこ悪っ……どストレートだのちゃんと言ってやろうだのと強気に思ってたのに、あたしから出てきた声は笑っちゃうくらいの小さな小さな声……

 

恐る恐る比企谷の顔を覗き込むと、本日一番の「は?」って顔して固まってた。

 

 

 

しばしの沈黙……

 

うう……なんか言ってよ比企谷……

次の瞬間、比企谷から出てきた言葉はムードもへったくれもないこんな一言。

 

「……え?なにそれ?罰ゲームかなんか?」

 

罰ゲームって……

 

ぷっ!あまりにも比企谷らしい返答に思わず吹き出してしまった。ホントこいつウケるよね!

 

「あははっ!なんで罰ゲームなのよ!本気よ本気!あたしはどうやらあんたが好きみたいだから、あんたの告白にオッケーしたのっ」

 

比企谷の発言のおかげで緊張もなにも無くなっちゃったよ。

残ったのは笑える面白さと、ちょっとだけ心地のいいドキドキだけ……

 

「……今日確かめたかったってのはコレなんだよね。なんか悔しいんだけどさ、クリスマスイベントで再会した後、あたし千佳に比企谷の事ばっかり話してたらしくってさ、ついこないだかおりって比企谷くん好きでしょ?って言われちゃってさ。ウケるっしょ!?……でもいまいちピンとこなかったから、あの時と同じコースを二人で巡れば、自分の気持ち分かるかなぁ?って思ってさ……で、結果は……………超楽しかった!んで超嬉しかった!どうやらあたしは比企谷が好きみたい!だからオッケー」

 

 

唖然とした様子であたしの独白を聞いてくれていた比企谷が慌てて口を開く。

 

「ちょ、ちょっと待て!何年前のこと言ってんだよお前!別に今付き合ってくれとか頼んでねぇし!」

 

訳分からんと真っ赤な顔で必死にあたしを説得する比企谷の顔は超傑作!

 

「だよねー!ウケる」

 

「いやウケないから」

 

まぁそうくる事はもちろん分かってたっての。

でもここからが本番♪

 

「でもさ、いくら昔とはいえ、比企谷があたしに告ってあたしはそれを了承した。つまりその時点であたし達は恋人同士になったってわけよ」

 

「なにその理論……」

 

「……で、比企谷が今あたしを振った事によってその恋人同士が解消されたわけだから、今のあたし達の関係は……」

 

あたしは人差し指を立ててウインクしながら比企谷に笑い掛ける。

 

「元カレと元カノって事っ!」

 

「なにその超理論……ウケる」

 

「ねっ!超ウケる!」

 

「いやウケないから……」

 

そしてあたしは佇まいを正すと、比企谷に上目遣いで迫ってみた。

 

「……だからさ、比企谷っ……ヨリ戻そう……!」

 

「いやなんでだよ」

 

 

 

 

そのあとも比企谷は「意味が分からんそれはお前の一時の勘違いだ」とかって抵抗してたけど、それこそ意味分かんないし、勘違いって何?ってまくし立ててやった。

だって、今こうしてあたしが比企谷の事を好きだって思えてる気持ちは間違いなく本物で、そこには他に意味もなければ勘違いもない。

ただ純粋に好きだって思えたこの気持ちに、他に意味を見出だす必要なんて何にもないでしょ?

 

 

「とにかく!あたしはこういう気持ちだから、比企谷がヨリを戻してくれるって言うまでガンガン行かせていただきますのでっ!」

 

失礼にも超嫌がってる比企谷に、あたしはあたしらしく、ニヒっと力強くそう宣言したのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしの記憶の中のアイツは、いつだって辛そうな苦笑いばかりを浮かべてた。

 

 

だから今度は……あたしがあたし自身の力で、あたしの記憶の中のアイツを笑顔でいっぱいにしてみせる!

記憶の中の辛そうな苦笑いなんか掻き消しちゃうくらいに、たくさんたくさん笑顔にしてみせる!

 

 

だからさっ、これからは二人でたくさん面白い事してたくさん色んな経験して、そしてたくさんウケようよ、比企谷っ!

 

 

 

 

 

終わり

 






ありがとうございましたっ!折本かおり編のラストでした!

ようやくこの話が書けて感慨深いです。
構想はさがみんSSと同時期でしたからね〜(しみじみ……)

もっと長編にして一つの作品にする事も考えたんですけど、色々とやりすぎて(あざとくない件と短編集と戸塚と同時進行はさすがにヤバい……)収拾が付かなくなっちゃいそうだったんで、この短編くらいがちょうど良かったです(笑)


今まで色んなヒロインを書いて来ましたが、やはりこの折本は他の誰よりもフリーダムで楽しかったです!

それではまたお会いしましょうっ(*´∀`*)ノ~~
次はみんな大好きあーしさんですよぉ?


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本物の顔と偽物の顔【前編】




ついに彼女の登場となります!




 

 

 

 

「それでも、知りたいか?」

 

目の前に座るこいつは、あーしに一言、こう訊ねた。

 

「知りたい。……それでも知りたい。……それしかないから」

 

だからあーしは答える。別にこいつに答えたわけじゃない。

ただ、あーしの本心を、あーしの覚悟を声に出して自分を納得させたかったから。

そしたら、目の前のこいつは……ヒキオは即答でこう答えた。

 

「わかった。なんとかする」

 

こんなやつに……ヒキオなんかに何が出来るのかなんか全然分かんない。なにを偉そうに言ってんの?ってちょっとイラっともする。

 

それなのに……そう即答したヒキオの顔を見たら、なぜだか安心した。なぜだか信頼できた。

 

だから油断した……さっきから頑張って堪えてたのに、涙がポロポロ出てきてしまった。

 

結衣と雪ノ下さんもあまりの返答に困惑する中、ヒキオはもう一度断言した。

 

「いずれにしても正確性には欠けるが……、それでもいいならなんとかする」

 

「優美子、それでもいい?」

 

ヒキオの言葉に結衣があーしに優しく問い掛ける。

 

「……うん」

 

たったの一言答えると、もう止める事を諦めた涙を袖で拭う。

あーしともあろう者が、ヒキオなんかに泣いてる姿を見られてしまうなんて……でも、不思議と悪い気分ではなかった。

 

『わかった。なんとかする』

 

あの、心を感じられる、本物の表情を見てしまったからなのかな……

 

 

× × ×

 

 

「うわっ……超ヒドいし……」

 

あーしに気を遣ったであろう、ヒキオが立ち去ってくれた奉仕部の部室で、泣き止んでから鏡で見た自分の顔に愕然とした。

 

「最悪だし……こんな顔ヒキオに見られてたとか……」

 

なんだか無性に顔が熱くなってきてしまった。

ただ泣き顔を見られたってだけでも恥ずかしいのに、こんなパンダみたいな顔でヒキオの目をしっかりと見つめてたのか……こんな顔見たヒキオ、まじ許すまじ……

 

 

ここ最近、あーしはずっと悩んでいた。

隼人が……他校の女子二人と遊んでいる所を目撃してしまってから、あーしはずっと隼人との距離を測りかねていた。

 

あーしは隼人が好き。優しくて格好良くて、誰からも愛されてて。

そんな隼人の隣に居たくて二年になってからずっと傍に居たけど、隣に長く居れば居るほど、隼人がどこを向いて居るのかが分からなくなってきていた。

 

それでもっ……それでも隼人に一番近いのはあーしなんだって自負があった。

隼人の優しい笑顔は皆に分け隔てなく向けられる。

それでもその有象無象の中でも、あーしだけは少しは特別だと思ってた。

でもあの日、見たこともない他校の女に向けられていたその笑顔は、毎日あーしに向けられるものと確かに寸分違わぬものだった……

 

そしてここに来ての雪ノ下さんとの噂。

そして決して明かそうとしない進路。

 

だから……あーしは隼人との距離を測りかねている。

 

 

……隼人にとってのあーしって何?

 

 

でもこんなのは嫌だ。だってあーしが隼人を好きな気持ちは本物なんだし……だからこのままクラスが分かれて疎遠になるのは絶えられない……

せめて、もうほんの一時の間だけでも隼人の隣に居て、隼人の特別になりたい。

 

だからあーしは奉仕部にお願いに来た。知りたい事があるから。

雪ノ下さんとの事?明かさない進路?

 

違う。ただ、気持ちが知りたい……

 

 

× × ×

 

 

それにしても……ヒキオって、あんなんだったっけ……?

誰とも喋らず誰とも関わらず、いつも一人で居るアイツ。

なんで結衣があんなのに惚れ込んでるのか全然分かんなかったのに、さっきのあの表情には……悔しいけどちょっとドキリとさせられた。

 

 

トイレに駆け込んでメイクを直し、結衣と二人で帰る帰り道。

あーしは結衣にちょっと聞いてみた。

 

「……あ、ね、ねぇ結衣」

 

「ん?どしたの?優美子」

 

「……ヒ、ヒキオってさぁ……部活ではいつもあんなんなの……?」

 

すると結衣はポカンとした顔で首をかしげる。

 

「あんなん……って?」

 

「あ、いや……ヒキオってさぁ、普段は暗いしキモいし情けないしキョドってっし、どーしようもないじゃん?」

 

「や、やー……あはははは」

 

うわ……あーしヒドいな……

隠してるつもりとはいえ、友達から好きなヤツをこんな風に言われたら嫌だよね。

 

「でもさ……さっきあーしの相談乗ってる時のヒキオは、なんて言うかちょっとカッ……いやいや!……ちょっと頼りがいありそうってかなんというか……」

 

あ、あーしなに言ってんだし!?危うくヒキオなんかの事カッコいいとか……っ!

 

またキョトンとした結衣だが、その表情がみるみると破顔した。

 

「えへへ〜!そーなんだよっ!ヒッキーって普段はホントどーしようもないヤツだけどさっ、いざとなると急に頼れるというか格好良くなるというか……ってあれ!?あたしなに言っちゃってんのかなー!?……たはは〜」

 

真っ赤な顔で手と顔をぶんぶんする結衣だけど……あーしもついさっきそうなりかけたから何とも言えないし……

 

 

そっか……アイツのああいうとこに結衣は惹かれてんのか。

あーしも、明日からヒキオの見方も接し方も変えてみっかな。

 

 

× × ×

 

 

結論から言うとダメだった……

あーしは翌日から、なぜか恥ずかしくてヒキオの顔を見れなくなってしまった……

 

休み時間も授業中も、とにかくヒキオの居る席とは反対側に頬杖を突いて、視界にヒキオが一切入らないようにしていた。

 

は?意味わかんないし!なんであーし、こんなんなってんだしっ……

これはあれだ。ヒキオなんかに泣き顔見られたからだ。ヒキオなんかにあんなパンダ顔見られたら、そりゃ恥ずかしいっしょ。

 

だからちょっとでもヒキオを視界に捉えただけで、熱くなったりドキドキしたりしちゃうに違いない。

ヒキオまじ許すまじ。

 

結局、その日からヒキオとの接触を一切しないまま、依頼である進路希望調査表の提出期限限界とも言えるマラソン大会の日を迎えてしまった。

 

 

× × ×

 

 

あーしは今、男子がスタートするのを最前列から見ている。

でも最近はめっきり距離が開いてしまった隼人に、応援の声を掛けられないでいた。

 

学校中の女共が葉山くん葉山くんと苛つく声をあげる中、あーしだけは声が出せない……しかしその時すぐ隣で……

 

「葉山先輩がんばってくださーい!……あ、ついでに先輩も」

 

有象無象の中でもひときわ勘に触る一年生のこの女が声を張り上げ、隼人は軽く手を振りそれに応えた。

 

どうよ?とでも言わんばかりに横目であーしをニヤリと一瞥する。

 

「は、隼人。……が頑張ってね!」

 

ムカついたあーしはこのムカつく一年に反発するように声を出す。あーしらしくもないか細いか細い声で……

はぁ……こんな小さな声じゃ隼人には届かない……そう諦めかけた瞬間、隼人はあーしだけに手を上げて応えてくれた……

 

嬉しいっ……やっぱ、隼人は優しい……

なんだか隣の一年が満足そうな微笑みを浮かべてあーしを見てたけど、なんかムカつくから気にしない。

 

 

ようやく隼人に声を掛けられた。ようやく隼人があーしに応えてくれた。

その嬉しさから周りが見える余裕が持てたあーしの目に飛び込んできたのは、全っ然らしくないアイツの姿。

 

……なんでヒキオが?マラソン大会なんて興味もないであろう、適当に流すであろうヒキオが、なんで最前列に陣取ってんの……?

 

 

× × ×

 

 

マラソン大会は当たり前のように隼人の優勝で幕が下りた。

やっぱり隼人は凄い!隼人は格好いい!

 

そして隼人は今、表彰式で優勝者のコメントをしていて、あーしはそれを惚れ惚れと聞いている。

 

「途中ちょっとやばそうな場面もあったんですけど、良きライバルと皆さんの応援のおかげで最後まで駆け抜けられました。ありがとうございます」

 

やっぱり隼人は素敵だな……あーしは、こんな隼人の特別になりたい……

 

そんな事を考えて油断していた時…

 

「特に優美子と、いろは……、ありがとう」

 

 

……隼人……!

やっぱり、やっぱりあーしは隼人の特別で居られたんだ……!

あーし今、最高に幸せだし!

 

 

表彰式を終えて壇上から降りてきた隼人を迎え入れる。

 

笑顔であーしに真っ直ぐ向かってきてくれる隼人。

笑顔で迎え入れる事の出来たあーし。

 

もうそこにはここ最近の距離感なんて無かった。

ちょっと戸部が五月蝿くて邪魔だけど、そんな些細な事はもうどうでもいいと思える幸福感で溢れていた。

 

 

……でも……そんな幸せな瞬間なのに……またもあーしの視界に飛び込んで来たのはアイツの姿……

 

なんで?なんでヒキオはあんなにボロボロになって足を引き摺って、こんなにも楽しく華やかな空間から一人去っていくの?

 

 

× × ×

 

 

「そっか……。隼人、文系行くんだ」

 

「うん。たぶん、って感じなんだけど」

 

マラソン大会の帰り道、あーしは結衣たちと一緒に歩いていた。

詳しくは知らないけど、いつの間にか調べてくれていたらしい。

 

「じゃ、あーしもそれでいーかなー」

 

そういうあーしに雪ノ下さんは「それでいいのか」と咎めるように諭してきたが、あーしにはこれしかないし。

だからあーしの進路はそれでいい!

そんな決意表明をしていると、キモく後ろを付いてきていたヒキオが、苛つく一言をあーしに投げ掛けた。

 

「大変だぞ、アレの相手は」

 

ヒキオムカつく……

ちょっとあーしが見なおしてると思って調子に乗ってんじゃないし。

だからあーしは久しぶりにヒキオの顔を見て、苛立たしげに言ってやった。

 

「は?ヒキオに言われるまでもないんですけど。そういう、なに……めんどくさいのも含めて、さ……やっぱいいって思うじゃん」

 

そうだ……大変だろうがめんどくさかろうが、あーしにはそれしかないから……!

 

「結衣、ありがとね……あー、あとヒキオも」

あーしは依頼を完遂してくれた奉仕部にお礼を言った。ヒキオなんかにもお礼を言ってやった。

こいつが何の役にたったのかなんか知んないけど。

 

「あと……、雪ノ下さん?もさぁ……。その、なに、なんか…………ごめん」

 

あぁぁぁっ……ホントあーしらしくないっつの!

でも、なんか良く分かんないけど、あんま悪い気しない……かも。

 

 

そしてあーしらは、このあと隼人の為に開かれる打ち上げへと向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

打ち上げと言う名の隼人祝勝会は大いに盛り上がった。隼人を中心にいつものメンバーが集まり、あーしも今までの胸のつかえが取れていたから、とても最高の一時だった。

 

ただ、会が始まって早々ヒキオが帰って行ったのがなんだか気になってしまった。

どうせアイツがこういう場に慣れてる訳なんかないし、居心地悪くてすぐ帰ったんだろう。

 

そうは思うんだけど……なんか最近ダメだなあーし。

隼人との距離感に悩んでいたからか、ちょっと変になってんのかなー。

たまに頭ん中チラチラすんだよね……ヒキオの奴が……

 

 

盛り上がりまくる打ち上げも二次会へと進み、そして三次会どーする?となった所で、明日も学校だしな、という事でお開きになる。

 

隼人と名残惜しい別れを済ませ、今あーしは結衣と二人で帰宅していた。

 

「いやー、今日は疲れたけど楽しかったよねー!」

 

「ん、まぁね。結衣……今日はホントにあんがとね。マジ助かったし」

 

すると結衣は慌てて顔の前で両手をぶんぶんさせる。

 

「いやいや!さっきも言おうとしたんだけど、あたしは何もしてないし何も出来なかったしっ!お礼ならヒッキーに言ってあげてよっ」

 

……ヒキオ?あいつが進路を聞き出してくれたん……?

 

「ま、まぁ一応さっきヒキオにも礼言ったしいんじゃね?……あ、そーいやさぁ、マラソン大会の後、ヒキオなんでボロ雑巾みたいになってたん?ケガもしてたっぽいし」

 

柄にもなく頑張っちゃってすっ転んだんだろうけどさ。ダサッ!笑える!すると……結衣の表情が一変した。とても悲しそうな表情に……

 

「やー……具体的にどうやったのかは知んないけど、たぶん隼人くんから進路聞き出す為に……また無茶しちゃったんだよ……」

 

「……は?」

 

え……?なに……?どーいうこと……?

あーしの依頼の為に、ヒキオがあんなボロボロになってたっての……?

 

「……ヒッキーってさ……いっつもそうなんだー。誰かの為にすぐ自分を簡単に犠牲にしちゃうの……本人は効率がーとか、犠牲なんかになってる覚えはねぇー、なんて言って、いつも平気な顔してんの……それはとっても凄くて、とっても格好いい事なのかもしんないけど……なんか、とっても悲しいの……」

 

 

こんな結衣の顔は初めて見た……とても悲しそうな笑顔。

いつも楽しく笑う結衣にこんな顔をさせるヒキオの顔が、あーしの頭にも過った。

 

 

『わかった。なんとかする』

 

 

なんだこれ?胸が苦しい……!

ヒキオの、あの時の心がこもった本物の顔を思い浮かべてしまい、あーしの胸がどうしようもなく締め付けられた……

 

 

あーしはその瞬間から、その顔とこの訳わかんない気持ちを、あーしの中の奥深く深くに封じ込めた……

 

 

× × ×

 

 

もう暦の上では春だというのに、まだまだ季節外れの真冬の如き寒さが続いている今日この日は、総武高校二年生最後の日。

明日からの春休みが終われば、休み明けには最上級生としての最後の一年が始まる。

 

 

あーしはそんな二年生最後のこの日、終業式後の誰も居ない教室で、もうここからは見る事のないであろう外の景色を眺めながらある人物を待っていた。

 

どうしても伝えたい事があるから。

どうしても伝えたい気持ちがあるから。

そして……どうしても聞きたい事があるから。

 

 

 

 

カラリ……静かに静かに開く教室の扉の音に、あーしの鼓動が激しく脈打つ……

 

もう心臓が爆発しそうだ……顔も身体も信じられないくらいに熱く火照ってるし……

 

 

「どうしたんだ?こんな所に呼び出して」

 

 

その声に……あーしは震える足をなんとか押さえつけ、そして、覚悟を決めて振り向いた。

 

 

 

 

続く

 






という訳で今回は皆さん待望のあーしさんでした!

私の書くSSは結構真面目系(めぐりん回とか?)かアホなおふざけ系(大志とか大志、あと大志とか)に分かれますが、たぶん今回のあーしさん編には特にお笑い要素はありません!
期待ハズレだった場合はスミマセン><
読者さんはどっちも好きだと信じて、今回は真面目系で攻めたいと思います。



それではまた次回っ


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本物の顔と偽物の顔【中編】




おかしい……前・後編の2話で済ますはずだったのに……


 

 

 

「どうしたんだ?こんな所に呼び出して」

 

 

その声に震える気持ちを押し殺して振り向く。

そしてあーしはその問いに答える事なく、彼の名前を呼ぶ。

 

 

「……隼人」

 

 

振り向いたあーしの表情、そして震える声を聞いた葉山隼人は、ほんの一瞬……とても苦い顔をしたように見えた……

 

 

× × ×

 

 

「優美子……一体どうしたんだ……?ほら、早く行かないとみんな待ってるぞ」

 

わざわざあーしが誰も居ない教室に呼び出した以上、意図なんかとっくに理解してるはずなのに、隼人はあーしの言葉を……あーしの気持ちを言わせないよう最後まで悪足掻きをする……

 

その時点で、んーん?……そんなの始めっから分かり切ってた事。どんな結末が待っているかって事くらい。

 

分かってっけど!ホントはこのままの関係がいいのかも知んないけど!

 

……でも、もうこのままは嫌……

 

「隼人……聞いて」

 

その決意の表情に覚悟を決めたのか、隼人は何も言わずただ耳を傾ける。

 

「なんかクラス変わっちゃったら、なんとなくだけどあんま会えなくなるような気がして……だから、今日はちゃんと言います。……あーしは……隼人が好き……」

 

隼人は何も言わない。

ただ、苦しそうに俯くだけ……

分かってたけど……覚悟してたけど……すでにあーしの心臓は叫んでる。あーしの心は泣いている。

でも、今日は全部言わなきゃなんない。たぶん、隼人と一緒に居られる時間はもうあと僅か。この瞬間だけだろうから。

 

「隼人、はさ……あーしの気持ちなんか、とっくに知ってたよね……なんで?なんで知ってんのに、ずっと気付かないフリしてんの……?あーしって、隼人にとってのなに……?なんだったの……?」

 

「……優美子は……俺にとって……大事な、友達だ」

 

友達……か。

あーしの気持ちにずっと気付いてた癖に、見て見ぬフリして一緒に居るのが……大事な友達……なんだ。

 

「だよね……隼人なら、そう言うって分かってた……」

 

すると隼人は悲しそうな瞳をあーしに向ける。

 

「だったら……だったらこのままじゃダメだったのか……?分かってたんなら……このままで、皆で楽しかったじゃないか」

 

 

 

「………………は?」

 

……なにそれ?なに言ってんだしっ……

 

「……振られるのが分かってたんなら、自分の気持ち押し殺して、仮面被って仲良しこよしやってりゃ良かっただろ……って、こと?」

 

……最悪だ……拒絶される覚悟はしてたけど、こんなのってあんまりだっ……!

 

「そんな事な…」

 

「だったらぁっ!!……だったらなんで隼人はあんなこと言ったんだしっ!!……なんでマラソン大会の時!みんなの前であーしにありがとうなんて言ったんだし!!」

 

あーしはもう……感情も押し殺さずに泣き叫ぶ。

たぶん、ずっと蓄まっていたであろう感情が爆発する。

 

「あんな大勢居る中でぇっ!!あんな風に特別扱いされたらぁっ!!……………あーしの気持ち分かってたんならぁ……ちょっとは期待しちゃうかもとか……隼人は…考えも…しなかった……の……?」

 

燃え上がって爆発する感情なんてほんの一時だけで、あとは萎んでいくだけ……あーしは力なく崩れ落ちる。

 

「ただ……噂を、雪ノ下さんとの噂を……かき消す為に、利用しただけ…なの……?あーしは……隼人の女避け…なの……?」

 

その場にへたり込みそうになったあーしを支えようと、隼人が駆け寄ってきてくれる。

でも、その手はもう要らない。欲しいのは真実だけ……

 

「触んなぁっ!」

 

その手を払い退けたあーしに、隼人が一言声をかけた。

 

「すまない……」

 

 

………すまない、か。

それは何に対してなの?望まれない手を差し伸べて拒絶された事に対して?

それとも……それがあーしの気持ちに対する全ての答え……?それが、真実なの?

 

 

結局、あーしは隼人にとって、特別どころか大事な友達とやらでもなかったんだ。

ただ、葉山隼人という人間が作りあげる世界の、歯車のひとつ。

みんなが平等で、みんなが幸せの……そんな素晴らしく素敵な世界の……

 

「隼人はさ……みんなが楽しくって良く言うけどさ……それって……」

 

でも、あーしはそこで言葉を止めた。

だって……それが葉山隼人なんだもん。それがあーしが好きになってしまった葉山隼人だから。

……だから、あーしに否定する資格、ないし……

 

「んーん……なんでもない。……隼人、ひとつお願い聞いてくれる……?」

 

「…………」

 

「隼人……お願い」

 

「……分かった。出来る事ならなんでもする」

 

「あんがと。……じゃあさ」

 

今日振られる事なんかとっくに知ってた。

だから、振られたあとに、これだけはお願いしようって、ずっと決めていた。

どうしても……知りたい事があったんだ。

 

 

「笑顔………もっかい笑顔見せてよ」

 

あーしのそのお願いに、隼人は驚きの表情を隠せずにいる。

そりゃ当り前だっつの。この状況で笑ってくれだなんて、意味分かんないし。

 

「……優美子……いくらなんでもこの状況で…」

 

「お願い!……もう二度と言わないから……これで、最後だから……」

 

あーしのその言葉で隼人は理解したんだろう。“これで最後”。これは、決別の言葉なんだと。

 

だから隼人は苦しく歪む顔で、精一杯笑顔を“作って”くれた。

 

 

その笑顔を見て、あーしはようやく理解した。

こんな時でさえ、あーしに見せる笑顔は普段と変わらない素敵で爽やかな、いつもとおんなじ笑顔だったから。

 

いつもあーしに向けてくれた笑顔。いつもみんなに向けてた笑顔。

そして見知らぬ他校の女子に向けてた笑顔。

どんな相手にも、どんな時にでも、等しく向けられるその笑顔は……………偽物の笑顔だったんだ……

 

それを理解したのと同時に、いつか見た本物の顔が一瞬だけあーしの脳裏を過った気がした。

 

 

 

よし。あーしの求めていた真実がようやく分かった。

だから……この恋とはそろそろお別れにしよう……

あーしは立ち上がり隼人に笑顔を向けた。たぶん隼人のと一緒、おんなじような偽物の笑顔だと思うけど。

 

お別れの言葉は前から決めていた。

うまく言えるかな……

 

 

「………ありがと」

 

 

どうやらうまく言えたみたいだ。

そうして、そのたった一言だけを残して、あーしは隼人と、偽物の恋とさよならをした。

 

 

× × ×

 

 

あーしは、なんで隼人が好きだったんだろ?

どうして好きになったんだろ?

 

優しいかったから?

 

格好良かったから?

 

人気者だったから?

 

 

今となってはもう分かんないけど、ひとつだけ分かることがある。

 

あーしに隼人の笑顔を偽物呼ばわりする資格はない。

隼人の選んだ生き方を否定する資格はない。

 

 

だって……そんな隼人を、なんで好きになったのかも分からないくらいに薄っぺらい理由で隼人を選んだこのあーし自身が、紛れもなく偽物なんだから……

 

 

× × ×

 

 

今日から新学期が始まる。

特に何もやる気が起きずダラダラと過ごしていたら、気付いたら春休みが終わっていた。

 

くっそ……せめて受験勉強くらいしとけば良かったなぁ……

あとあと後悔すんのかなぁ……ま、別に今となっては特に目標もなにもないし、行けるトコ行って適当に大学生活満喫すんのも悪くないか。

なんかもうどうでもいいし。

 

隼人との事は結衣と海老名には伝えたし、もうあのグループが集まる事も無い。

もう一緒に遊ぶのも結衣達くらいだろうし、新しいクラスで新しいグループでも作っかな……でも面倒くさいし、もうそういうのもいっか。

適当にやってれば適当に人なんか集まってくっし。

めぼしいの居なかったら、結衣達だけと遊んでればいっか……

 

 

学校に到着したあーしは、自分の割り当てられたクラスに向かった。

どうやら残念ながら結衣とも海老名ともクラスが別れてしまったみたいだ。戸部達は知んないけどどうでもいいし。

ただ、隼人ともクラスが別れたのは正直助かったかな……

 

 

新しい教室に入るとあーしに視線が集まった。

まぁ中学くらいんトキからこんなのいつもの事だし、特に気にはしないけど。

 

 

あーしは気にせず自分の席につくと椅子に座った。

新しいクラスの連中は、あーしに声を掛けようかどうしようか躊躇しているみたいだけど…………あーしはもう、そんな事はどうでも良くなっていた……

窓際後ろのあーしの席からは真逆の、廊下側前方の席で机に突っ伏しているヤツが視界に入ってしまったから……

 

「アイツ……今年も同じクラスなんだ……」

 

あーしは自分でも気付かないくらいの独り言を呟いていた。

 

一瞬の油断?一瞬の気の迷い?

 

『わかった。なんとかする』

 

あの時のあのセリフ。あの時のあの顔。

 

ワケ分かんないから、あーしの心の奥深くにしまいこんで蓋をしていたハズのあの光景が、ふとした瞬間に顔を覗かせた。

そして……ちゃんと閉めていたハズなのに、その蓋が徐々に外れていくのを、あーしは止める事が出来ない。

 

 

そしてその蓋が完全に開いてしまった時、あの時のあの本物の顔があーしの脳裏に鮮明に浮かんでしまった。

 

 

× × ×

 

 

ヒキオは三年になってからも、当り前のようにぼっちだった。

それどころか、進級初日からヒキオへの当たりはとても強かった。

 

「ねぇねぇ、アイツって文化祭んときのヤツじゃね!?」

 

「うっわ、マジだマジ!ついてねぇなー」

 

 

ウッザい……!ムカつく……!

なんでああいう連中は、わざわざ本人に聞こえるようにああいう事言うんだし……

 

確かにF組んトキも文化祭からしばらくはこんな感じだったけど、なぜだか今はどうしようもなくムカつく……

あの時はヒキオになんの興味も感心も無かったから、ただ騒いでる連中が五月蝿くてウザいくらいにしか思わなかった。主に戸部。あと相模と相模の取り巻き。

 

あんな事のあとも結衣は変わらずヒキオと接してたから、文化祭の騒ぎにもなんか理由があったんだろうなとは思ってたけど、興味無かったから別に理由は聞かなかった。

 

 

でも……今は知ってしまった。ヒキオという人間を。

あの本物の顔を見てしまったから。心を感じてしまったから。

 

たぶんアイツはマラソン大会の時と同じように自分を投げ出したんだろう……結衣の悲しそうな笑顔が頭を過る。

 

「ホントついてねぇよなぁ」

 

「ねっ!最後の一年なのにあんなのと同じクラスになるなんてねっ」

 

五月蝿い……!

ヒキオの事をなんも知んない烏合の衆が、ヒキオを悪く言うな……!

 

「あー……なんかうっさい……」

 

あーしの一声で騒いでる連中がだんまりと俯き沈黙する。

ちょっとあーしが声に出したくらいで黙んなら、始めっから騒ぐなし。

 

でも結局クラス替えから一日経っても二日経ってもヒキオを陰で嘲笑う連中の存在が消える事は無く、どうしようもなくあーしを苛立たせた。

 

 

だったら……

 

 

× × ×

 

 

進級から一週間ほど。

その日のあーしは柄にも無く朝から緊張していた。

 

もう次のチャイムが鳴れば作戦の決行なんだと思うと、緊張で指先は震えるし心臓はバクバクするし……なんか顔が熱っつい……

 

大丈夫。今日は購買じゃなくって朝からコンビニでパン買ってきたから。準備は万端……

 

 

運命の鐘、四時限目終了のチャイムが鳴り響いたと同時にあーしはバッグを手に席を立つ。早く行動しないとすぐどっか行っちゃうし!

 

 

逸る気持ちを抑えながらあーしは“そこ”へと真っ直ぐ進む。まだ立つな!そこに居ろ!

 

 

なんとか間に合った……目的の地へと辿り着いたあーしは、そいつの机の上にドサッとバッグを置いて一声告げてやった。

 

 

「ヒキオ。あーし今日から昼はアンタと食べっから。分かってっと思うけど、ヒキオに拒否権とかないし」

 

 

唖然とした表情で見つてるであろうヒキオの顔を、あーしは見る事が出来なかった。

なんか知んないけど身体中火照りまくってて、真っ赤になってそうな顔をヒキオから逸らしてたから……

 

 

 

 

続く

 





あーしさん中編でした。


ふむぅ……まさかとは思いますが……私って葉山が嫌いなんですかねー?



それでは後編でまたお会いしましょう!



追記……予想はしていましたが、やはり葉山に対してのご意見が多かったので、ここから先は作者の葉山に対してのスタンスを語らせて頂きますm(__)m
作品を読んでご不快に思われてしまった方々、誠に申し訳ございませんでした。


確かに私は葉山が嫌いです。
理由はありきたりながら幾つかありますので、私のスタンスの元として下記のように主な所を記載しておきます。


①修学旅行
自分では何もせず(何もしようとせず逃げて)、厄介事を奉仕部に押しつけた→それなのに依頼の邪魔→最終的に八幡に頼る→自分は逃げて八幡に頼ったくせに、自らを傷つけてまで依頼を遂行した八幡に哀れみの視線を向ける


②マラソン大会
あーしさん→あーしさんが自分に好意を向けてる事を知らない訳が無い→大勢の前で特別扱い→あーしさんがそれで期待しないと思わなかった?頭が切れる葉山がそこに考えが至らない訳ないよね。

いろはす→いじめに近い原因で生徒会長に立候補させられた経緯を知っている→先日振ったばかり→マラソン大会で大勢の前で特別扱い→振ったばかりの女の子を利用すんの?→すでにいじめに近い状況があるのを知っているにも関わらず、大勢の前で自分が特別扱いしたら、妬みでさらにクラスの女子からのいじめがエスカレートするかもとは考えなかったの?自分がモテ過ぎて争いが起こる事が分かってるからチョコを受け取らないスタンスの葉山が、そこに考えが至らない訳ないよね。


結局自分は逃げ回って、自分の周り“だけ”の平穏しか考えてないと思われる上記の行動をした上で、俺は選ばないと胸を張って言ってしまえた葉山がとても嫌いになりました。


と、ここまでは嫌いな理由なのですが、私の作中で葉山を出す場合、だからと言ってわざわざ葉山をディスりたいから出している訳ではありません。
むしろ、こうなる事が分かってるので極力出したくはありませんでした。


なのでここからが私のスタンスなのですが、原作内でも描かれている通り、八幡と葉山は正反対。真逆な対比として扱われていると思っております。

雪乃(八幡大好き、葉山大嫌い)しかり、結衣(一年の時点で八幡が好きだから、葉山には一切惹かれず)しかり、サキサキ(葉山・なんかキラキラした嘘臭い奴。八幡・大好き)しかり、ルミルミ(始めから葉山には一切好感持たず、始めから八幡に好感)しかり。

なので、私は葉山の表面上だけの格好良さ・表面上だけの優しさに惹かれる女の子は、八幡には好感を持たないという考えがあるんです。

つまり八幡に好感を持つ女の子は、葉山の表向きだけじゃない顔を見抜く力がある……というスタンスです。


そして私は八幡に好感を持つ女の子視点からの話を書くことが多いので、物語上どうしても葉山を出さなくてはいけない場合、原作の法則の通り、葉山の内面を見させないと八幡への好感に繋がらないと考えております。

つまり

葉山(くん・先輩)格好良い!=比企谷(くん・先輩)素敵

にはどうしても繋がらないんです。


なので、別に葉山をディスりたいから出している訳ではなく、本当は出したくないけど、物語上出さなくてはいけない時には葉山の内面を見させなくちゃ話が書けない……という訳です。


そして今回の話はあーしさん視点だから“こそ”単なる綺麗事で終わらせるんじゃなくて、葉山のおこなってきた行為を真正面から見つめさせてあげて、葉山の表面上への恋心から卒業させてあげたかったという事になります。



長々と語ってしまいましたが、葉山好きな読者さまにご不快な思いをさせてしまった事に違いはありません。誠に申し訳ありませんでした。

ただ私は葉山を出す以上はどうしてもこういうスタンスになってしまうので、今後葉山は極力出さない方向でいきたいと思っております。


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本物の顔と偽物の顔【後編】




私の責任で荒らしてしまったあーしさん編もこれにて終了です><

前話の後書きに私の葉山に対する考え方を追記しときました。





 

 

 

 

「…………は?」

 

あーしの宣言から固まること数秒。ようやくヒキオから出た言葉はたったの一文字。

 

真っ赤になっているであろう顔を頑張ってヒキオに向けてみると、唖然と疑問と馬鹿にしたような感情が織り混ぜになった、なんともムカつく顔であーしを見ていた。

 

ヒキオの分際でマジムカつく……!

でも……ムカつくんだけど、なぜだか不快では無い。だってそこには嘘がないから。

 

「……は?聞こえなかった?だからアンタは今日からあーしと一緒に昼食べればいいって言ってんだし」

 

「いや意味分からん……そして断る」

 

そう言いながらも声ちっちゃいよヒキオ。なんでこんな美少女相手にビビってんだし。

 

「あーし最初に拒否権ないからって言ったよね」

 

そう言いながら、ヒキオの前の空いてる椅子……つーかあーしがヒキオと話してる間に持ち主が逃げ出して空いた椅子に座ると、そのままヒキオと向かい合う形で机にパンを広げる。

 

あまりにも有無を言わさぬあーしに対して固まっていたヒキオがようやく口を開いた。

 

「あ、いや、俺購買行かなくちゃアレなんで……」

 

「これヒキオの」

 

そう言うだろうと思って、ヒキオの分も買っといてるに決まってんじゃん。

もちろん後で請求すっから。

 

「あ、いや、飲みもんとか買いに行かなきゃアレなんで……」

 

あーしは黙ってカバンから水筒と紙コップを取り出す。

ヒキオが何かと理由をつけて逃げ出そうとする事なんか分かり切ってたから、逃げ道は塞いどく。

あーしは無言で紙コップに紅茶を注いで、ヒキオの前に置いた。

ヒキオの顔が超引きつってて笑える!

 

「……どうも」

 

引きつりながらもパンと紅茶を受け取るヒキオが、なんか可愛く思えてきちゃったし。

 

そしてヒキオとあーしの、初めての二人きりの時間が静かに始まった。

 

 

× × ×

 

 

「……」

 

「……」

 

無言……

 

なんだしこれ……こんな昼ごはん初めてだ。

 

クラス中が何事かと息を潜めている分、余計にヒキオとあーしの無言の空間が一際強調される。

 

二人でもしゃもしゃとパンを食べ続けていたが、そんな気まずい無言の空気についに痺れを切らした。あーしが。

 

「ヒキオ。なんか面白いこと喋れし」

 

「おい、いきなりの無茶振りだな。三浦、ぼっちのコミュ力舐めんなよ」

 

「そんなん知んないし。つーか喋れ」

 

愕然とするヒキオ……だってしょーがないじゃん……こう見えてあーしさっきから結構緊張してんだから……

 

「なんで頬膨らませてんだよ……一色かよ」

 

べ、別に脹らませてないし……!てかあんなんと一緒にすんなし!

あーしが無言で睨んでると、ヒキオが根負けした。

 

「いやホント、君の睨みはぼっち程度なら簡単に殺せるんだからね?」

 

「……あ?」

 

「ごめんなさい…………チッ、しゃーねぇなぁ。んじゃ質問だ。なんで俺とメシ食ってんの?」

 

いきなりその質問!?あーしだって良く分かってないし……!

 

「別に……なんとなく?」

 

なんとなくでヒキオ分のパンとかコップまで用意してあるとかおかしいんだけど……

 

「なんで疑問形なんだよ……つうかお前なんていくらでも一緒にメシ食うヤツ居んだろ。由比ヶ浜は……まぁ雪ノ下とか……海老名さんとか」

 

「あー、海老名な昼はクラスのお仲間と食べるんだってさ。休み時間とか放課後はあーしと一緒だから、昼くらいは新しいクラスメイトと打ち解けた方がいいし」

 

本当はあーしが海老名にそう言ったんだけど。

卒業したら、ずっと一緒に居てあげられるワケじゃないし。

 

「海老名さんのお仲間とか、なんか恐ええんだが……ツッコミ役が一緒に居てやんなくていいのかよ」

 

「……は?誰がツッコミ役だし」

 

「ごめんなさい……まぁ休み時間はいつも三人で廊下でくっちゃべってるしな」

 

「いつもとか、なにあーしらの事いつも見てんの?キモいんですけど」

 

「便所行くといつも廊下に居んだろうが……」

 

そういえばヒキオがトイレ行く時、よくチラチラ見てんね。

 

「でも他にも居んだろメシ食うヤツなんて。昨日とかだって、クラスの連中と食ってたろ?」

 

ヒキオって、ホント良く見てるよね。

他人がなにしてっか興味津々のくせに、なんで関わろうとはしないんだろ。

ま、こいつにも色々あんだろうし、それは聞かないけど。

 

「ああ……別にあーしが一緒に食べたかったワケじゃないし。なんか勝手に集まってきただけ」

 

ホントただ苛々するだけだし、あんな連中。いつも媚びるような偽物の顔しかしない。

それに……ヒキオの陰口ばっか言ってる連中と、今さら仲良くするつもり無いっての。

 

「このクラスに、別に仲良くしたいヤツ居ないんだよねー。なーんか気分悪いし」

 

「おいおいクラスの皆さんが聞いてるぞ……」

 

「どうでもいいし。だからヒキオ、今日からはあーしの相手に決定ね」

 

「なんで俺なんだよ……お前と二人でメシとか、目立ち過ぎちゃってぼっちには難易度高す…」

 

「何度も同じこと言わせんな……」

 

ギロリと睨みを効かせると、やれやれと溜め息をつき一言。

 

「はいはい……拒否権は無いんだろ。わーったよ……でも面白い事は喋れんからな」

 

「……………ど、努力しろしっ」

 

 

ヒキオがようやく二人の昼ごはんの了承をした途端、なんだか胸がキュっとなってポカポカした。

なんかニヤけそうになっちゃったから、サンドイッチをかじって誤魔化す。

 

 

 

こうしてこの日からあーしとヒキオは、昼休み限定の友達?になった。

 

 

× × ×

 

 

あれから二週間。今では昼休みが結構楽しみになってる。

 

ま、ヒキオは相変わらず面白いことなんてなんも言えないし、やっぱり無言の時間が長かったりすっけどね。

でもまぁ、意外とそんな時間も悪く無いんだよね。

 

そしてあーしがヒキオとグループを組んだ事により、ヒキオの陰口も無くなったように思う。

 

「〜〜〜♪」

 

あーしは自分の影響力ってのを結構理解してる。

影響力って言っても、別にあーしが何かするワケでも何かを求めるワケでもない。

勝手に周りがあーしの顔色を伺って勝手に動くだけだし、今まではさして興味も無かった。

 

でも“それ”が厳然と存在してる事は理解してたから、今回だけはそれを利用してやった。

別にヒキオが可哀想とかヒキオを助けたいとか、そんなん全然興味ない。

ただあーしがムカついてたからやっただけだ。

 

「〜〜〜♪」

 

ま、裏では知んないし、なんならあーし含めて悪口言ってっかも知んないけど、関わりあいの無い連中が裏でコソコソやってたとしてもどーでもいいしね。聞こえたらキレっけど。

 

「あー、そういや前に雪ノ下さんが言ってたっけなー」

 

あれは進路希望調査表の件で依頼に行った……つうか雪ノ下さんに喧嘩売りに行ったトキだっけ……

 

『私は近しい人が理解してくれているならそれだけで構わないから』

 

……成る程ね。こういう事なワケだ。

あの頃のあーしは、分かってるようで分かってなかったのかも知んない。

 

「〜〜〜♪……よしっ!完成っと」

 

へへっ。たまにはこういうのも悪く無いんじゃね?

 

 

そしてあーしは用意したソレをしまい、登校の準備の為に自室へと戻った。

 

 

× × ×

 

 

四時限目のチャイムが鳴り響き、あーしはヒキオの席へと向かう。

 

「ヒキオ早く行くし」

 

「おう」

 

最近は空気が気持ちいいし、昼休みはヒキオ曰くベストプレイスとやらで昼ごはんを取る事が多くなった。

 

始めはベストプレイスってなんだし(笑)くらいに思ってたんだけど、購買の裏だし風が気持ち良いしで結構気に入ってんだよね。

ただ真冬も一人であそこで食ってたとか狂気の沙汰だけど。

 

ヒキオと並んでベストプレイスに向かう道すがら、隣のヒキオをチラ見してふと笑ってしまった。

 

「……あんだよ」

 

「いや、だって最初の頃は二人で購買行くのなんて超嫌がってたのに、二週間もしたらアンタも慣れんだね」

 

「……全然慣れてねぇから。毎日視線とか超痛いから……お前が認めてくれんなら超一人で行きたい」

 

そんなん認めないけどねー。

そんなくだらない雑談をしながら購買を“通り過ぎる”。

 

「おい三浦。購買行かないのかよ」

 

「いーから。今日は用意してきてっし」

 

「は?」と訝しむヒキオを無視していつもの場所へ。

階段の段差に座って、ヒキオが隣に座るのを待つ。

ぷっ!そういや最初はここで隣に座るのも躊躇ってたっけなコイツ。

もちろん強制的に座らせたけど。

 

ヒキオが隣に座ったのを見計らって、あーしは早起きして用意しておいたモノを取り出した。

 

「へへっ!じゃ〜んっ!」

 

そう。取り出したのはあーしが初めて作ったお弁当!

 

「いや、じゃ〜んっ!て……え?なにそのキャラ」

 

「……は?驚くとこはソコじゃないっしょ」

 

まったくコイツは……

あーしがギロリと睨み付けると慌てた様子で釈明する。

 

「いやいやちゃんと驚いてるから!……え?三浦料理なんか出来たの?」

 

「最近ちょっとだけ始めてみたんだよねー。バレンタインの時チョコ作ったじゃん?お、結構料理楽勝かもーってさ!」

 

ヒキオ……チョコ作りんトキどう見ても楽勝そうじゃなさそうだったろ……って顔で見んのやめろし。殴るよ?

ホンっトこいつの顔は嘘つけないから、なんだか一緒に居て楽なんだよねー。ムカつくけど。

 

そしてこの嘘をつけない顔が、弁当箱を開けて分かりやすく歪む。

 

「たっ……確かに見た目はまだアレだけど、味は保証すっし……!」

 

「そ、そうか……頂きます……」

 

警戒しながらも、いい感じに焦げ目が付き過ぎた卵焼きをパクりと一口……

うわっ……目が離せないっ……結構緊張するもんなんだ、これ……

 

するとヒキオは「あれ?」と首をかしげ、次はいい感じに歪んだ形のミニハンバーグに箸を伸ばしてパクり。

 

「どう……?」

 

てかヒキオ早く感想言えしっ!なんで最初の一口でなんも言わないし!

 

「……あれ?……普通に旨いわ」

 

「……は?そんなん当たり前っしょ!あーしが早起きしてわざわざ作ったんだから、美味しくないワケなくない!?」

 

そうは言うけどなかなか嬉しいぞ!?これっ。ヤバいニヤけるっ!

 

あーしはニヤけを誤魔化すように自分の分のお弁当をパクつきながらヒキオに憎まれ口を叩きつけた。

 

「つうか普通にってなんだし普通にって……あとで五百円ね」

 

「金取んの!?」

 

「はぁ?当たり前だし!むしろあーしの手作り弁当が五百円とか、超お得っしょ!」

 

 

なんか…………いいな、こういうのも。

 

 

× × ×

 

 

ヒキオは食べ終わると隣で横になる。最近の昼休みは大体こんな感じ。

 

ヒキオが寝てる間はあーしはスマホ弄ったり、すぅすぅと寝息をたてるヒキオの寝顔を見てたりする。

つうかコイツ油断しすぎじゃね?

ヒキオもあーしと同じように、この時間が結構安らいだりすんのかな……

 

「やっぱ……目ぇ瞑ってっと、ヒキオってまぁまぁイケメンなんだよね〜」

 

最近はヒキオの寝顔を覗き見んのが日課になったりしてる。覗き見るってか、結構近くで見ちゃってたりしてっけど……自慢のゆるふわロールがヒキオの顔に当たっちゃわないように気を付けながらね。

 

「……今度、伊達眼鏡でも掛けさしてみっかな……」

眼鏡を掛けたヒキオを想像して、思わず吹き出しそうになった。

いやでも案外似合うかも!

 

 

そんな想像しながら結構近くで見てたらヒキオが急に目を覚ましそうになった。

 

「くぁっ……結構寝ちまったか?まだ時間て大丈夫か?」

 

あっぶな!危うく覗いてんのバレるとこだった!

そういえばついこないだ、覗いてるトコ結衣に見つかって放課後に超怒られたんだよね〜……

それから若干監視の目が厳しいし……

 

「うん。まだもうちょい時間ある」

 

「そっか」

 

ま、ヒキオとあーしはただの友達だし?

そんときもただの友達だからって何度も言ってようやく納得してくれたけど。

 

 

友達………か。

そういえば、あーしとヒキオって友達……なのかな?

 

別に昼休み以外はほとんど喋んないし、もちろん放課後に一緒にどっか行った事もない。

 

ホントは前からちょっと気になってた……あーしとヒキオって、なんなんだろ……でもなんかちょっと聞くのを躊躇ってたんだよね。だって、コイツ普通に否定しそうだし!

 

 

よし。せっかくだし、ちょっと聞いてみよう。

 

………………でも聞くとなったら聞くとなったで……緊張してきた……

ううっ……なんか顔が熱くなってきた……

 

「あの……さ、ヒキオ……」

 

「ん?どうした?」

 

あーしは所在なげに震えてる手に、ギュっとスカートを握りこんだ。

 

「…………あーしらってさ……なに?」

 

「……は?」

 

だから少しくらい表情隠せし!

あ、いや、ヒキオは隠さなくていいや……

 

「いや、だからさ……あーしらって、どんな関係なんだろってさ」

 

「………は?うん、なんだ。……いや?……なんだ?……昼飯を一緒に食う、クラスメイト……?」

 

 

ガクンと肩が落ちるあーし……

悩んだ末の答えがソレか……やっぱ友達でさえ無いんじゃん……

 

 

…………まぁいっか!だったらこっから始めればいいだけの話だし!

 

「じゃあさ、ヒキオ」

 

あーしはヒキオの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「お、おう」

 

急にあーしに見つめられたもんだから、ヒキオはキモくキョドっててなんか可愛いしっ。

 

 

「あーしらさ…………友達になんない?」

 

 

そう。あーしとヒキオは友達っ。まずそっから始めよう!

今後のことなんて知んないし先のことなんてどうだっていい。

まずは今っ!あーしはヒキオと友達になりたい!

 

すると困惑気味の表情を浮かべるヒキオが、予想通りの言葉を口にする。

 

「ちなみに拒否権は……」

 

「あると思うん?」

 

「ですよねー……」

 

 

 

 

嫌っそうに面倒くさそうに歪ませるそのムカつく顔は、本当の感情がたっぷり詰まった本物の顔。

嘘も偽りもなんにもなく、心から嫌そうな顔を浮かべるヒキオの本物の顔を見てると心から思う。

 

 

隼人も……こんな風にいつも本物の顔が出来たら、もっと楽に生きられるんだろうな……って。

 

あーしはバカだから、隼人の悩みも隼人の苦しみも……なんにも分からない。なんにも分かってあげられない。

 

そしてたぶん……これからもそれはあーしには一生分からないことなんだろう……

 

だからせめて思う。いつの日か隼人も、目の前のコイツみたいにいつも本物の顔が出来るように……楽しければ心からの笑顔を、辛ければ心からの嫌そうな顔を気にせずに人に見せられる、そんな心安らげる人生を送れますように……

 

 

「ねぇヒキオー!もうすぐGWじゃん。あーしら友達になったんだからどっか遊び行こうよ!」

 

「……いや、GWはちょっと用事が……アレがアレしてな……?」

 

「オッケー暇って事ねー。んじゃあGWまでに何か色々考えとくしっ!」

 

「いやいや三浦さん?俺の話聞いてます?大体俺ら受験生だぞ。お前成績とか悪そうだし今が大事な…」

 

「……………………は?」

 

「了解しました……」

 

 

 

GW、ヒキオと二人で遊びに行ったりなんかしたら、まーた結衣に怒られんだろーなぁ。

まぁ別にいっか!あーしとヒキオは友達だしっ!

 

 

 

あーしは心の底から嫌そうに顔を歪めるヒキオの脛をゲシゲシ蹴りながら、来るべきGWへと心弾ませるのだったっ!

 

 

 

 

 

終わり

 





というわけで、初?の友達ENDでした!(大体友達のまま終わってますが(苦笑)、ヒロインが友達を選択するのは初かな?と)
まぁ普通に考えて、あのままいきなり付き合いに発展するとか有り得ないと思うんで。


ホントこの度は私の不用意な対応で各読者さまにご迷惑・ご不快な思いをさせてしまいましてスミマセンでした><

前話の後書きの追記でも述べたように、今後は葉山には触れないようにしようかと思ってます(汗)
なにぶん自分の中で決めてあるスタンスは変えられませんので……


そして次回は!………スミマセン!ちょっとだけお休みするかもですm(__;)m
この後、あざとくない件の方も一応の完結(新刊まで休載)となりますので、それの執筆が終わったらたまには一週間くらいは何も書かないでいてみようかな?と前から思ってました(笑)
この数ヶ月、ちょっと生き急ぎすぎたかな?ってくらいの勢いで書いてたんで(笑)
ま、もう何かしら書いてるのが習慣じみちゃってるんで、もしかしたら書いちゃうかも知れませんけども(苦笑)


それではまたお会いしましょう!


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再会の約束はまたねとおよめさん




短編集ではご無沙汰となります!


皆様、“純粋”な目でご覧くださいませ。





 

 

「ばいばいヒッキー!またねー」

 

「さようなら、また来週」

 

「おう、またな」

 

 

いつからだろうか?こんな風に次の再会を約束する挨拶を他人と普通に交わせるようになったのは。

少し前までの俺なら、とてもじゃないが想像出来なかった事だろうな。

 

いまの俺には友達なんかでは無いにせよ、そんな関係性を持てている連中が何人か居る。

たまにちょっとむず痒い事もあるが、そんなに悪くはねぇな。

 

 

そういった意味では、駐輪場に向かっている俺を目の前で止めようとしているコイツも、そんな関係性の中に含まれているのだろうか?

 

× × ×

 

 

「うおっ……ビックリしたー」

 

「……ごめん」

 

駐輪場に向かっている俺を急に呼び止めたのは…………川、川……川越か。

しかしなんだってそんなに真っ赤になってモジモジしてんだよ川島。勘違いしちゃうだろうが……

 

「なんか用か?さーちゃん」

 

「さーちゃん言うな!蹴るよ?」

 

「ごめんなさい」

 

ん?さーちゃん?

 

さ?

あ、川サキサキか。なんだよ川サキサキって。

 

「で、なんだよサキサキ」

 

「サキサキ言うな!殴るよ?」

 

なにこれエンドレスな会話なの?ローラ姫は連れて行って貰えるまで決して折れないのん?

 

「あの、さ……その……比企谷に……お、お願いがあんだよね……」

 

「は?川崎が俺にお願い?」

 

川崎になんかお願いされるような間柄だったっけ?

 

「あのさ……明日の土曜日……………一日だけ、けーちゃん預かってくんないかな……?」

 

 

× × ×

 

 

「はーちゃんだー。はーちゃん!」

 

玄関を開けた俺に気付いた川崎京華は、てけてけと走ってくると俺の腰あたりにひしっとしがみ付いた。

そんな愛いヤツなけーちゃんの頭を小町にしてやるばりにわしわしと撫でる。

 

「おう、はーちゃんだぞ。久しぶりだなけーちゃん」

 

「ひさしぶりー」

 

 

翌日、教えた住所に従って朝一で川崎がけーちゃんを連れて家にやってきた。

どうしてこうなった?と言えば川崎からの依頼だからだな。

あの時の会話を思い出す。

 

『は?なんで?』

 

『ホントにごめん。他に頼れるヤツ居ないんだ……ホラ、うちって裕福じゃないからさ、あたし未だに時間ある時は極力バイト入れててさ……あ、もうああいうんじゃなくて普通の昼間のバイトなんだけど……』

 

『お、おう』

 

『明日は暇だったからバイト入れといたんだけど、両親とも急に仕事入っちゃってさ……あたしもバイト断ろうかと思って連絡入れたらもう無理って言われちゃって…………大志も卒業旅行行ってて、このままだと明日一日けーちゃん一人で留守番する事になっちゃって……』

 

『そうか。そういや小町も卒業旅行中だったな……で、理由は分かったがなんで俺なんだ?』

 

『けーちゃんがあんなに懐いてんのアンタだけだし、その……安心してけーちゃん任せられんの……アンタだけなんだ……』

 

 

普通ならもちろんお断りを入れる所なのだが、川崎のけーちゃんを心配する泣きそうな顔とけーちゃんの笑顔を思いだしちまって、断るに断れなくなっちまったわけだ。

てか卒業旅行って、まさかうちの天使と毒虫一緒に行ってねぇだろうな!?

 

 

「比企谷……今日はホントごめん」

 

「まぁ気にすんな。俺もけーちゃん一人で留守番させんのは忍びないからな」

 

「きょーうははーちゃんっとおっるすばん〜♪」

 

おお……さすが子供だな。なんでも歌の材料になっちまう。

 

「比企谷、コレ。けーちゃんのお気に入りの絵本とお絵描きセット。これで遊ばせといてあげて。あとお昼は悪いんだけどなんか出前とか頼んでくれれば後で払うから……」

 

「昼飯代くらい気にすんな。ちゃんと食わせとく」

 

「……ありがと。じゃああたしもう行かなきゃ。夜までには帰ってくるから」

 

「おう」

 

「さーちゃんいってらっしゃーい!」

 

「うん。けーちゃん行ってくるね。いい子にしてるんだよ?」

 

川崎は普段では想像出来ない程の優しい笑顔でけーちゃんを優しく撫でる。

こいつホントにシスコンだな。

 

「うん!けーちゃんいいこにしてるー」

 

 

こうして俺とけーちゃんの、二人のお留守番な一日が始まった。

 

 

× × ×

 

 

とはいえ、一体なにしたらいいのか全然分からん。

小町のおかげで年下の扱いとお兄ちゃんスキルはかなりハイレベルだが、ここまで小さい子相手だと、どう接していいか分かんねぇんだよな……

 

とりあえずけーちゃんをリビングに案内すると、けーちゃんは炬燵へと一直線。

ちなみにカマクラは異常な気配を察知したのか、早々に小町の部屋へと退散しているようだ。

 

「けーちゃん、なんかするか?テレビでも付けるか」

 

「けーちゃんおえかきしたーい!」

 

お絵描きか。そういやけーちゃんと初めて会った保育園で、自作の絵を自慢されたっけな。

 

ならばと、先ほど川崎から預かったバッグからお絵描きセットを取り出す。

 

「ほい。炬燵に入りながら書くか?」

 

「うん!けーちゃんおこたでおえかきするー」

 

けーちゃんは俺から受け取ったお絵描きセットを炬燵に広げると早速スケッチブックを開き、下書き無しでいきなりクレヨンで大胆なタッチでお絵描きを始めた。

 

あれ?お守りを依頼されたが案外楽なのかもな。

どうやらお絵描きしてるのをたまに見ながら本でも読んでりゃいいっぽいな。

 

よし、ひとまず本でも取ってくっかと立ち上がろうとすると……

 

「はーちゃんうごいちゃだめー!」

 

と、けーちゃんにメッとされた。

あっれー?俺いつの間にモデルになってたのん?

まぁモデルとは言え本読んでりゃ終わんだろ、とけーちゃんにお断わりを入れる。

 

「ちょっと本取ってきてもいいか?」

 

「うごいちゃだめー」

 

アーティストは無情でした。

 

結局それからたっぷり一時間ほどモデル業を営んでいると、ようやくけーちゃんがむふーっと満足気に。

そして完成した作品を誇らしげに見せてくれた。

 

「はーちゃんはーちゃん!けーちゃんじょうずにかけたー!これがはーちゃんでー、これがけーちゃん!んでー、こっちがさーちゃんなの!」

 

けーちゃんの芸術作品は、ずっと動けずにいたモデルの俺の他に二人ほど追加されていた。

真ん中に俺とおぼしき物体。その右側にはけーちゃんらしき物体が、左側に川崎らしきアメーバが、太陽らしき色合いの地図記号(工場)の下で笑顔で万歳しているという、芸術が爆発寸前のなんとも温かみのある素敵な絵だった。

いやでもモデルの意味なくね?

 

「けーちゃんすごい?すごい?」

 

俺の前でエヘンと胸を張るけーちゃんの頭を優しく撫でてやる。

 

「おう。けーちゃんは天才だな!すごいぞー!」

 

するとエヘヘ〜と抱き付いてきた。

なにこの純粋すぎて可愛すぎる生き物!生徒会長に爪の垢飲ませてあげてっ!

 

「これはーちゃんにあげるー!」

 

「マジで!?ありがとな、けーちゃん」

 

これは本当に宝物だな。

また頭を撫でてやると、けーちゃんは嬉しそうに気持ちよさそうにニコニコしていた。

 

 

× × ×

 

 

それからしばらく遊んでいたが、時計を見て思い出した。

 

「けーちゃん、そろそろお腹空かないか?」

 

「っ!!すいたー!けーちゃんおなかすいたー!」

 

どうやら腹が減った事を自覚したらしい。

 

「よし。じゃあはーちゃんご飯作ってくるから、ちょっと待っててな」

 

「わかったー!けーちゃんまってる!」

 

どうやらいい子で待っててくれそうなけーちゃんをリビングに置いて、俺はキッチンへと向かった。

実は昨日の帰り道、けーちゃんの為に昼飯の材料を買って置いたのだ。

 

俺は冷蔵庫からその材料を取り出すと、青色のタヌキ型ロボットよろしく高々とその材料を掲げて、テッテレーと脳内効果音と共にボソリと一言。

 

「うなぎー」

 

けーちゃんは確かうなぎが好きだったからな。

今日はけーちゃんにうなぎを食わせてやろう。

 

テレレッテッテッテッテっ!とキューピー的なBGMを頭の中で流しながら八幡クッキング〜を始めるとしよう。

 

まずこのうなぎ。酒を軽く振り掛け、アルミで包んでグリルへ投入。こうすると柔らかくふっくらと温まるのだ。

温めている間に錦糸卵を焼き海苔も刻んでおく。

 

タレを混ぜといたご飯に錦糸卵を敷き、温まったうなぎを細かく切り刻んで乗せて、さらに上からタレを掛けた後に刻んだ海苔を散らす。

後は出汁……まぁ出汁と言ってもめんつゆを良い塩梅に薄めて温めただけのモノだが、その出汁を急須に入れとけば、簡単ひつまぶし風の完成だ。

 

スーパーで買ってくるような安いうなぎは小骨が多く子供が食べるにはかなり気になるから、こうやって小骨を断ち切って出せるひつまぶしはうなぎ好きな子供には最適だ。ちらし寿司では無いから普通錦糸卵は使わないが、彩りと子供の好みとして今日は入れといた。

 

 

「けーちゃん、ご飯出来たぞー」

 

するとけーちゃんはてけてけ走ってきて、目をキラキラと輝かせた。

 

「うなぎー!これはーちゃんが作ったのー?」

 

「そうだぞー。はーちゃんが作ったんだぞー。さっきの絵のお返しだな」

 

まぁほぼ出来合いの物を温めて刻んだだけだけどな。

 

「はーちゃんすごーい!」

 

まぁこんなに喜んでくれんならそれでもいいか。

 

「じゃあけーちゃん食べるぞー。いただきます」

 

「いただきまーす」

 

いつもは小町としてるいただきますだが今日はけーちゃんとだ。けーちゃんはちっちゃい手を一生懸命合わせていただきますをしている。

さすが川崎だな。こういう所はちゃんと教えてんだな。

それではおあがりよっ!

 

けーちゃんは夢中でもしゃもしゃとひつまぶしを喰らう!

 

「どうだ?うまいか?」

 

「うまーい!はーちゃんすごーい!まえにたべたうなぎとちがーう」

 

「これはひつまぶしって言うんだぞ?」

 

「ひまつぶしー?ひまつぶしひまつぶしー♪」

 

ひつまぶしを語る上でのお約束もしっかりと済ませ、けーちゃんは見事に完食したみたいだ。

おそまつっ!

 

「ごちそーさまでした」

 

またちっちゃい手を一生懸命合わせてペコリとしているけーちゃんを見て、思わず微笑んでしまった。

 

 

× × ×

 

 

さて、昼飯も終わった事だし、後は何すりゃいいんだ?

またお絵描きだろうか?

 

食器をシンクに片付けて(こうしとけば後で洗うだろう。親父が)、どうしたもんかとけーちゃんに目をやると、なんか目がトロンとしていた。

ああ、これはアレだ。お腹一杯でおねむってヤツだな。

 

「けーちゃん、お昼寝するか?」

 

そう訊ねると目を擦りながらも、けーちゃんはトコトコとバッグから絵本を持って、ソファーに座る俺の膝にチョコンと乗ってきた。

 

「はーちゃん、ごほんよんで?」

 

そういや子供って本を読み聞かせて寝かすもんなんだっけか。

だったらベッドに持ってった方がいいのでは?とも思ったのだが、けーちゃんはどうやらここでいいらしい。

どうやら俺がソファーの上で胡坐をかき、そこにけーちゃんがスッポリと収まって絵本を読んでもらう形が気に入ったみたいだ。

 

まぁお姫様がこれをご所望とあれば家臣の俺がとやかく言えるわけもなく、そのまま絵本を読んでやる事にした。

 

 

絵本を読み始めてほんの数分で、けーちゃんはコクリコクリと船を漕ぎだした。

これたぶん本とか関係なく一瞬で寝るんだろうな。

 

完全に眠りについたらベッドに運んでやるか……と思っていたのだが、俺も腹一杯なのに加えてけーちゃんの体温の温かさ、そして普段なら得られない安らぎの時間に包まれてしまい、そのまま睡魔に抗うことなくソファーに横になった…………

 

 

× × ×

 

 

ピンポーンと呼び鈴の音に目を覚ます。気が付けば辺りが薄暗くなっていた。

 

やべっ!っと起きようとすると、俺の胸ではけーちゃんがひしっと抱き付いたままスヤスヤと安らかな寝息を立てていた。

 

おいおい……お守り頼まれたのに、一緒に寝ちゃっただけじゃねぇか……てかコレ人に見られたら警察のご厄介になっちゃうんじゃね?

それにしてもピンポンピンポンうるっせぇな。セールスかなんかか?

 

すると呼び鈴からドアをダンダン叩く音に変わり「ひきがやー」と聞こえた気がした。

 

「うおっ!なんだ川崎か!」

 

あのシスコンさんめ!心配なのは分かるが、ドアが吹き飛びそうだからやめてっ!

 

「けーちゃん起きろー。さーちゃんが帰ってきたみたいだぞ」

 

俺の胸に顔を埋めて眠るけーちゃんの頭をポンポンと優しく叩くと、「んー……?」と寝呆けまなこなお姫様が目を擦りながらもようやくお目覚めのご様子。

 

まだボーっとしてるけーちゃんをソファーに残して、ドアが蹴破られる前に川崎の元へと急ぐ。

 

ドアをガチャリと開けると心配そうな顔した川崎が、今にもドアを蹴破ろうとする態勢だった。あっぶねーなコイツ……

 

「ひ、比企谷!アンタ早く出てきてよ!なんかあったのかと思って心配になんじゃん……!」

 

「わりー、つい二人して寝ちまってたわ」

 

「そ、そっか……ならしょうがないね」

 

心配なのは分かりますけど、恥ずかしそうに人んちの玄関を破壊しようとしないでね?

 

とりあえず川崎を玄関に残してけーちゃんを呼びに行き、絵本やお絵描きセットをカバンにしまっていると、ようやく完全に目を覚ましたけーちゃんを連れて川崎の元へ。

 

「さーちゃんおかえりー」

 

川崎の姿を確認するや否や、てけてけと姉のもとへと駆け寄るけーちゃん。

どうやら本日の依頼は無事に終了だな。

 

「ただいまけーちゃん!いい子にしてた!?」

 

「うんっ!けーちゃんいいこにしてたよー!はーちゃんとおえかきしたりはーちゃんとひまつぶししたりはーちゃんといっしょにねたりしたのー」

 

いやいや京華さん?一緒に寝たとか言われちゃうと通報モノだからあんまり言わないでね?

すると川崎は訝しげな表情を浮かべる!やばい殺される!

 

「ひまつぶし……?」

 

ああ、気になったのがそっちで良かったです。

 

 

× × ×

 

 

「比企谷……今日はホントにありがと。助かった」

 

「おう、気にすんな。俺もけーちゃんのおかげで中々楽しめたしな」

 

「そっか。良かったねー、けーちゃん!よしっ、帰ろっか」

 

シスコン川崎が母性溢れる笑顔でけーちゃんの頭を優しく撫でているのだが、なぜかけーちゃんはむーっと不満顔だ。

どうしたのかと思って見ていると、けーちゃんはてけてけと俺に向かってきて、腰のあたりにひしっと抱き付く。

 

「えっと……」

 

俺が困惑していると、けーちゃんが泣きそうな顔で一言。

 

「けーちゃんかえりたくない……はーちゃんといっしょがいい……!」

 

……えー……?なんかすごい懐かれてしまってるんですけど……

 

「ちょっ!?ダメでしょけーちゃん!はーちゃ………比企谷が困ってるから!」

 

「やだーっ!」

 

結局そのまま泣き出してしまったけーちゃんを川崎が必死で宥め、なんとか帰る事を納得させた。

それでもまだまだ渋るけーちゃんを見て、俺はなんだか胸が熱くなってきてしまう。こんなにも純粋でこんなにもいい子が、俺なんかにこんなにも懐いてくれるなんてな。

 

だから俺は、けーちゃんの頭をわしわし撫でて、再開を約束するあの言葉を言ってやった。

 

「けーちゃん、またな」

 

するとけーちゃんは潤んだ瞳を俺に真っ直ぐ向けてくる。

 

「またあえる?」

 

「おう。また会えるぞ」

 

するとにこぱーっと笑顔の花が咲く。

 

「うん!はーちゃんとまたあうー!」

 

ふぅ……ようやく一段落だな。

俺と川崎がやれやれと苦笑いを浮かべていると、けーちゃんから思いもよらぬ再開の約束の言葉が投げ掛けられた。

 

 

 

「けーちゃんねーけーちゃんねー!おっきくなったら、はーちゃんのおよめさんになるー!」

 

 

 

へ?なに言ってますのん?

ふと殺気を感じてしまい、恐る恐るそちらへ目をやると、シスコンが真っ赤な般若になっていた……

 

「ひ、比企谷〜っ!アンタけーちゃんになにしたぁ〜……!?」

 

「なんもしてねぇわ!」

 

 

その後荒らぶるシスコンになんとかお帰り願い、ようやく静寂が訪れた我が家のソファーで、俺はニヤニヤと先ほど手に入れたばかりの宝物を見ていた。

 

「ほんっといい絵だな」

 

 

『またね』

再会を約束するその言葉はとても優しくとても甘美な響きだ。

仮にその約束が果たされなくとも、『またね』と言われたその瞬間はどうしようもなく優しい気持ちになれる。

ぷっ!しかもまたねどころか、再会の最上級の約束までされちまった!

 

 

 

俺はけーちゃんから貰ったこの宝物を眺めながら、先ほど交わされた『またね』との再会の約束がちゃんと果たされるといいな……と、柄にもなく思うのだった。

 

 

あ、およめさんの約束の方はノーカンでオナシャス。

 

 

 

 

終わり

 






ありがとうございました!

短編集復帰の第一段は、まさかのけーちゃんヒロインでした!
いやホント純粋な目で読んでくださいね?


1週間以上なにも更新しなかった期間にゆっくりまったりストックしといたSSは本日までの四日連続更新であっさりと尽きました(笑)

今後は気が向いたらのんびりと更新していけたらなぁ……と思っております☆


それではまたお会いしましょう!



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深い腐海に身を委ね

 

 

 

 

「……おーっ」

 

俺は改札を出て見渡す景色に思わず感嘆の声をあげる。

所狭しと立ち並ぶビル群。行き交う人並み。そして行き交うメイドさん。

 

そう。俺は普段なら地元の書店で済ますものの、以前から本日発売のラノベの店舗特典が気になっていた為、何年ぶりに来たか分からない秋葉原に来ていた。

患っていた頃はたまに来てたんだが、最近はすっかりご無沙汰だ。

 

まぁ別にわざわざアキバまで来なくてもなんとかならなくはないのだが、せっかくだしたまにはこういうのもいいかなと。

 

未だどこの店舗特典がいいか悩んでいた俺は、電気街口から一番近いゲマから攻めて、とらやメイトを巡りながら気が向いた店で購入しようと考えていた俺は、さっそくゲマに向かう。

取り敢えずゲマでは一旦保留にし、ゲマを出て中央通りを歩いていた時、不意に声は掛けられた。

 

「あれ!?ヒキタニくんじゃん」

 

 

× × ×

 

 

向かいから掛けられたそのうっすらと聞き覚えのある声の方へと視線を向けると、そこには白いワンピースに空色のサマーカーディガン、カンカン帽姿の美少女が立っていた。

そのどこぞの上品なお嬢様然とした美少女は赤いフレームの眼鏡を光らせる。

 

「…………あ」

 

「はろはろー!いやぁヒキタニくん!すっごい偶然だねー」

 

くっ……まさかアキバに来て知り合いに遭遇するとは……しかもその知り合いが、よりにもよって腐界に堕ちたお嬢様……だと?

 

「……お、おう……海老名さんか……じゃ」

 

俺は流れるような動作で右手を上げると静かにその場を離れた。

 

 

…………が、やはり問屋は卸さない。あっさりと捕まってしまった。

 

「ヒキタニくんつれないなー。せっかくこんな所で偶然会えたっていうのにー!でもそのやさぐれた所がまた……ぐ腐っ。あ!そういえば隼人くんは?」

 

「何気なく俺と葉山が休日を一緒に過ごしてる前提で話を進めるのはやめてもらえませんかね……って、あれ?」

 

腐海の姫に気を取られすぎていて気が付かなかったのだが、ここに居たのは海老名さんだけではなかった。

なんと海老名さんの隣には見知らぬ男が一人、俺を邪魔そうに見ていたのだ。

 

は?マジで?デートとかなの?この人、彼氏とか居たのかよ!?

……戸部、強く生きろよ。

 

「……あー、なんだ。なんか俺ジャマみたいだからもう行くわ」

 

せっかくのアキバデートを邪魔するほど俺も無粋では無い。

それじゃと喜び勇んでその場を離れた。

 

 

………が、やはり問屋は卸さない。あっさりと捕まってしまった。

ちなみに無限ループではないはず。

 

「ちょっとヒキタニくん!そういうんじゃ無いからね?今日はちょっとオフ会があってね。この人はオフ会の人なんだよ。集合場所に向かおうと思ったら偶然改札で会ってね」

 

ほーん。オフ会、ねぇ。

 

 

…………いやちょっと待て!オ、オフ会だと……?

え?海老名さん参加のオフ会って事は、え?この男、え?ふ、腐界の住人……?

 

やばいやばいやばい!恐い恐い恐い!たぶん俺は人生で一番の恐怖を感じているッ!

逃げなければ!!

 

固い決意ですぐさま逃げ出そうとした俺の手首をガッシリ掴まれてしまった。

 

ああ……せめて相手が戸塚だったのなら……

と諦めかけたのだが、掴まれてる手は男の手ではなく海老名さんの手だった。

 

「ヒキタニくん大丈夫だよー。今日のオフ会はノーマルな集まりだから。そっち方面の集まりだったら大概池袋で集まるんだよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

いやマジで一瞬だけ死(男としての)の覚悟を決めちゃったよ。

胸を撫で下ろそうと油断した途端……

 

「なんなら今度一緒にそっち行く?ヒキタニくん絶対モテモテだよー!……ぐ腐腐っ」

 

「いや、勘弁してください」

 

こんなんが大量に発生してる腐海にダイブしたら八幡溺れて浮かび上がってこれなくなっちゃいますよ(白目)

 

「ま、どっちにしろ俺はお邪魔だろうし、そろそろ行くわ」

 

さっきからこの男の視線が痛てぇんだよ……

 

「そだねー。じゃあお別れにしようかな?」

 

「そんじゃ」

 

そして俺は海老名さんに背を向けて手をひらひらさせながら歩きだした。

 

 

× × ×

 

 

「えっと……なんで?」

 

「え?なにがー?」

 

いやいやなにが?じゃねぇだろ……オフ会行くんじゃねぇのかよ……なんであっちに別れを告げてこっちに付いてくんだよ……

 

「だって、オフ会行くよりヒキタニくんと遊ぶほうが楽しそうなんだもーん」

 

いや心読むなよ……

 

そう。お別れにしようかな?とか言うから、普通に俺と別れてオフ会に向かうのかと思ったら、なぜか海老名さんはオフ会メンバーの男に別れを告げて俺に付いてきてしまったのだ。

 

「いやいや、オフ会行かなくてもいいのかよ」

 

「大丈夫大丈夫。もう何回か集まってる会だし、そっちよりもあり得ない場所で偶然会ったクラスメイトの方がよっぽど重要でしょ!」

 

ったく……よく言うぜ。本当の狙いはそこには無いくせによ。

 

「さいですか。まぁもう偶然会ったクラスメイトの役割は十分に果たしたろ。それじゃあな」

 

つまりはそういう事だ。

偶然会った事を理由としてさっきの男から離れたかったワケだ、この人は。

たまたま改札で会ったから一緒に現場に向かおうって話も大方嘘だろう。

さっきの男は以前から海老名さん狙いで、改札で海老名さんが来るのを偶然を装って待っていたってとこだろうな。

そのちょっとずつ距離を縮めて行こうって魂胆が気に食わず、たまたま会った俺を利用したってこった。

 

「…………へぇ。やっぱりヒキタニくんは面白いねー……」

 

眼鏡が反射していて海老名さんのその目元は見えなかったが、口元を見るかぎりは中々に腐った目をしていたんだろう。

 

おーこわ……んじゃまぁ話も付いた事だし、とっとと新刊買いに行きますかね。

 

「じゃあまぁそういう事で」

 

俺はくるりと踵を返し海老名さんに背を向けた。

しかし話は付いたはずのお腐れ様から声が掛かった。

 

「待ってよヒキタニくん。ま、確かにキミの想像通りではあるんだけどさ、でもやっぱりせっかくこんな所で偶然会えたんだから一緒に遊ばない?」

 

は?なんで俺が海老名さんと一緒に遊ばにゃならんの?

 

「だが断る……ってちょっと!?」

 

あまりにも流れるような動作過ぎて俺は固まってしまった。

なんと背を向けた俺の左手に自らの右手を絡ませて来て……つまりは恋人繋ぎってヤツか……その繋がれた手を二人の顔の近くまで掲げると、この腐海の姫はその様子を自分のスマホで自撮りしやがったのだ。

もちろん二人の顔が思いっきり写り込むように。

 

「なっ!なにを?」

 

慌てて繋がれた手を振りほどきはしたものの時すでに遅し。

海老名さんのスマホには、薄っすらと頬を染め恋人繋ぎをする海老名さんと俺がバッチリ写り込んでいた……

 

すると海老名さんは一色みたいな小悪魔なんてもんじゃない、悪魔の微笑みを浮かべて俺に選択を迫ってきた。

 

「ふふっ……恋人繋ぎでアキバデートする私とヒキタニくんの様子がバッチリ写っちゃったねー。どうするー?このままデートする?それともこの写メ送信しちゃう?」

 

誰に送信するとか言わない所がマジで恐い……なんだこの女……

 

「……いや、別にやましい事があるわけでもねぇし……」

 

「そうだよねー、別になんの問題もない“かもね”。腐腐……あの部室ではどんな風に責められるのかなー」

 

「くっ……こ、このままデートすりゃ、その写真は消去すんだろな……?」

 

「もっちろーん!そういう感じかなー」

 

「あんたなにが目的だよ……」

 

「あれ?さっき言わなかったっけ?ヒキタニくんと遊ぶの楽しそうなんだもんっ」

 

そう言う海老名さんの笑顔は、いつものどす黒いなにかを孕んだ様子も無く、純粋で素敵な笑顔だった。

 

 

× × ×

 

 

結果から言うと後悔している。

海老名さんと不本意ながらアキバデートすることになってしまった俺は、さっきから各オタショップのBLコーナーをハシゴさせられていた。恋人繋ぎで……

 

『ちょ!海老名さん?なんで手ぇ繋ぐ必要あんの!?』

 

『いーじゃーん!せっかくなんだし。どうせ誰にも見られる心配も無いんだし、思いっきりラブラブデートしちゃおうよ。……アレ?私のお願い聞いてくれないのかなー』

 

と、渋々デートを受諾した次の瞬間には手繋ぎデートを強要されたのだ……

はたから見れば羨ましい事この上ないのだろう。

 

なにせ海老名さんは中身を除外すれば小柄で清楚系な知的美少女。

そんな女の子とアキバで手ぇ繋いでデートしてりゃ、間違いなく羨望の眼差しで見られるに違いない。

 

だが違うのだ!そんな羨ましいとか羨望とか言う、ぐぬぬな世界とは違うのだよこの状況!

 

まずこいつの目的が全く分からん!なぜここまでしてデートを強要するのか?そこに海老名さんにはなんの利益があるのか?

普段から頭おかしい海老名さんだけど、今日はホントに意味分からん……

そしてなんでこんな清楚系美少女と恋人繋ぎでデートしてるのに、なんで二人でBL祭りなんだよ。

周りの視線が好奇から奇異に変わんだよ、さっきから……

 

「キマシタワー!ブハァっ!」

 

「……海老名さん鼻血拭け……」

 

「ありがとー」

 

BLコーナーで同人誌やPCゲームのパッケージを手に取る度に奇声をあげて鼻血を吹き上げる清楚系美少女にティッシュを渡す恋人繋ぎをする俺。

なんだこれ?まじヤバくね?なにがヤバいってまじヤバい。

そんな危険な状況に慣れてきてしまっている俺がヤバい。

 

こんな時に想うのはあのお方の偉大さだな。

……三浦、お前毎日毎日マジですげぇよ……

 

 

× × ×

 

 

結局その後も至るところに連れ回された。

中学の患ってる頃の俺とは違い、今の俺はちょっと漫画やラノベが普通より好きなくらいで、特にオタクという程にサブカルチャーに興味はないのだが、今日海老名さんに連れ回されたショップ巡りは悔しいが中々に楽しく思えてしまった。もちろんBL系以外限定だが。

 

好きなアニメやゲームのキャラのフィギュアなんかを売っている店では、「おお……すげぇ……」なんて、恥ずかしながら声をあげて興奮してしまったりした。

そしてそんな俺を嬉しげで優しげな眼差しで見ていた海老名さんと目が合ってしまった時はちょっとだけドキッとしてしまったり。

ま、次の瞬間には俺の好きなキャラ同士のカップリングを鼻血を吹き出しつつ語る海老名さんに引いていたのだが……

 

 

実はラーメン激戦区のアキバで、前から行ってみたかった店があると言った時なんかは、なんと海老名さんも進んでついてきてくれたりもした。

その代わりと、その後に連れてかれたBLバーとやらでは地獄を見たが……

 

 

そんなこんなで、意外にも……本当に意外にも、腐海の姫とのアキバデートは俺に取ってかなり楽しい1日となってしまった。

……くっ……ハチマンなんだか悔しいっ!

 

 

そして現在は帰りの電車内。

なんか知んないがデートが終わる頃にはお互いに手を繋いで歩いているのが自然だと思える程に感じてしまっていて、帰りの車中でも気が付いたら手を繋いでしまっていた。

 

「いやー、ヒキタニくん!今日はありがとねー。ホントに楽しかったよ」

 

「あ、や、その……なんだ。なんか俺も意外と楽しんでたわ……」

 

なんだか照れ臭すぎる……俺は照れ隠しに頭をガシガシと掻く。

まさか海老名さん相手にこんなんなるとはな……

 

 

「……そっか。それは良かったよ。ぐ腐腐っ……今日は嫌がるヘタレ受けなヒキタニくんを脅して強引に攻めた甲斐があったねー」

 

清楚系腐女子の悪魔のようなその台詞とは裏腹に、その表情は本当ににこやかな笑顔で、思わず見惚れてしまいそうになった。

 

うおっ!あぶねぇ……見惚れてる場合じゃねぇだろ!危うく忘れるとこだったわ。

 

「てかアレだ!あの写メ、ちゃんと消してくれよ」

 

「もちろん。ホラこれでしょ?……約束だもんね。“このデータは”消してあげるねー」

 

海老名さんがバッグから取り出したスマホには、先ほどの危険な写メが写し出されていた。

そしてちゃんと俺の見ている目の前で、その危険な写メを削除した。

海老名さんの先ほどのセリフのイントネーションが若干気になったのだが……

 

「これでよしっ!っと。……じゃあそろそろ私降りるころだね」

 

「そうだな」

 

以前ディスティニーの帰りに海老名さんが降りていった駅まではあと一つか二つくらいか。

これで今日の不可思議な一日も終了するわけだ。

 

ただなぜだろうか?なんだか少しだけ名残惜しく思えてしまっている自分が居る……

ハッ、くだらない。俺はこの期に及んでまだ勘違いを繰り返すのか。

 

こんなのはただ意外と楽しめてしまった今日に勘違いしてしまっているに過ぎない。

意外と自然に手を繋げてしまっている今日に勘違いしてしまっているに過ぎないのだ。

結局最後まで海老名さんの目的も分からないままだというのに。

 

 

危うく思考の迷宮にハマり掛けていた時、不意に声が掛けられた。

 

「……あのさ、比企谷くん。私が前に言った事って……覚えてる?」

 

前に言った事?なんの話だ?

不意に声を掛けられた事。不意に投げ掛けられた質問に、呼び名についての違和感にはまだ気付かない。

 

「ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね……って」

 

そんなセリフを放つ海老名さんは、いつの間にか頬を染めて艶やかな瞳を向けてきていた。

その瞬間、俺の脳裏には京都駅の屋上での光景がハッキリと思い浮かんだ。

 

「急になに言いだしてんだよ……」

 

 

つい声が上滑ってしまった。

それほどに、この空気感がなんだか重い……

 

「あれ……意外と本気なんだよねー……ていうか、比企谷くん以外とうまく付き合えるとは思えない……かな」

 

「な、なに言って…」

 

「京都での告白さ、嘘告白だって分かってたのに、結構……かなりドキドキしちゃったんだよねー。どーしてくれんのかなー」

 

そう言う海老名さんの目はもう笑ってはいない。

 

「比企谷くんはさ、腐女子は男の子との恋とか大して興味ないとか思ってる?……そんな事ないんだよ。趣味と恋は全然別モノ。あの嘘告白で、初めて知っちゃった」

 

ノドがカラカラになる。嘘だろ?まさかこんな事になるなんて……

 

 

「い、いやだって海老名さん、あんとき誰も理解出来ないし、理解されたくもないって……」

 

「そ、私腐ってるから。でも、比企谷くんになら、理解されてもいいかななんて考えちゃってんだよね、最近。私こんなに腐ってるのに、今日アキバで偶然比企谷くんと会って、柄にもなく運命的だなぁ……なんて乙女思考が頭を過っちゃったんだよ。だから脅してデートしてみたんだよねー………ホントに……楽しかった……」

 

俺はすでになんと答えていいのか分からずに固まっていた。

そして海老名さんの最寄り駅に到着しようかという頃、彼女は立ち上がり正面に立つと、まっすぐに俺を見つめた。

その瞳は深く深く仄暗く、一切の光彩も放ってはいない……

海老名さんはそんな深く暗い海の底に沈み込むような瞳を向けて薄く笑う。

 

「……ねぇ、比企谷くん。私さ、結衣を裏切りたく無いんだ。……だからさ、これ以上私を本気にさせないでね?…………今までこんな経験ないけどなぜだか分かるんだー。……たぶん私、本気でデレたら…………」

 

そして、そっと囁いた……

 

 

「病んじゃうよ……?」

 

 

その一言を残し、海老名さんはスゥッと電車を降りていった。

背筋がゾワリと凍え、全身が総毛立つ微笑を残して……

 

 

扉が閉まり電車が動き出す。

怖くて視線をやれずに居たのだが、ついホームを見てしまった。

 

 

そこには先ほどと変わらない笑顔の海老名さんが顔の横で小さくゆっくりと手を振っていたのだが、その手の親指と人差し指には何かが挟まれていた。

 

それは……一枚のmicroSDカード。

 

 

『“このデータは”消してあげるね』

 

 

その約束は、つまりSDカードにコピーしたデータに関しては無効という事か……

 

 

 

俺は、海老名さんのそのセリフと深く沈み込むような仄暗い瞳、そして凍えてしまいそうな儚い笑顔を思い浮かべながら、ゆっくりと電車のシートに沈み込んで行くのだった……

 

 

 

 

 

 

 

終わり

 






ありがとうございました!

おかしい……もっとコメディタッチにするつもりだったのに、書き上がったらこんな事に……
恋する乙女はいつだってヤンデレって事ですね☆
八幡逃げてー≡З


なんか前回のほっこり和むけーちゃんSSが、このヤンデレSSへのワンクッションって感じになっちゃいましたね(苦笑)



アキバデートは香織でも書いてみたかったなぁ……なんて思いつつ、それではまたっ!


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恋する乙女達の狂宴 〜誰が為に八幡は鳴る〜


スミマセン(白目)

私自身がこういう作者の悪ノリ的なお話はあんまり得意じゃないんですけど、つい記念にと思いやってしまいました……orz

そしてあまりにも登場人物が多いので、私自身あまり好きではないので敢えて避けてきたカギカッコ重ね掛け→「「「「「なっ!?」」」」」的なヤツ。
を多用してしまってるのでご了承くださいませ><


あまりにもしょーもない話ですが、生暖かい目でご覧くださいませ(汗)



追記・・・

と思ってたら、ある有名作者さんのある有名作品と1日違いでネタが被ってしまいました……orz
チクショウっ……1日早いんだよっ……(血涙)





 

 

 

どうもこんにちは。私は総武高校生徒会長一色いろはの友人の、最近妙に乙女が仕事を始めてしまった事に定評のある、家堀香織というつまらないものです。

 

 

さて!本日8月8日は夏休みなんですけど、なぜか私は学校のとある一室に居るのです。

そのある一室とは、かの有名なあの奉仕部部室!

私、初めて入室しちゃったよこの教室!

 

なぜ私が夏休みにこの教室に居るのかといいますと……

 

「ちょっと香織ー!ブツブツ言ってないで、そっち持っててよー!」

 

「ごめんなさいね家堀さん。手伝って貰ってしまって」

 

「ごめんね香織ちゃん!夏休みなのに!」

 

「いえいえ!私も比企谷先輩には日頃お世話になってますしっ!私もお祝いに呼んで頂いて光栄ですよー」

 

そうなのだ!今日は愛しのゲフンゲフン。

お世話になってる比企谷先輩の誕生日で、夏休みの今日一日だけ教室の使用許可を貰ってパーティーをするのだ!

今は参加者達でパーティーの準備をしているのだが……

 

 

………えっと……なに?こ、このメンバー………

 

 

× × ×

 

 

「ちょっとアンタさぁ、不器用なんだから邪魔。あっち行ってなよ」

 

「……は?何様?大体なんでアンタ居んの?別にヒキオと仲とか良くないっしょ?」

 

「あ?」

 

「は?」

 

ふぇぇ……こ、恐いよぅ……

なにあれ……なんで女王様とヤンキーさんが奉仕部で喧嘩してんのよぉ……

 

「まぁまぁ優美子とサキサキー!せっかくのヒキタニくんの誕生パーティーなんだから仲良くしようよー」

 

「だからヒキオだって言ってるし!」

 

「サキサキ言うな!」

 

腐海の姫様も油注がないで〜!

 

「そ、そうだよー!せっかくの比企谷の誕生日なんだから、うち達も楽しもうよ、優美子ちゃんっ」

 

「は?誰が優美子ちゃんだし……なんであーしが相模に優美子ちゃん呼ばわりされなきゃなんないの?」

 

「……えー……?うちいつも優美子ちゃんて呼ばせて貰ってるけど……」

 

「は?知んねーし。大体なんでアンタまで居んの……?アンタはヒキオの敵じゃないの?」

 

「へ?い、いやだって、うち奉仕部員だし……それに比企谷とは……結構、その……仲いい方だし……」

 

「確かあなた相模さんだったわよね?あなたを奉仕部に入部させた記憶はないのだけれど」

 

「さがみん!いつの間にヒッキーと仲良くなったの!?」

 

「……えぇー……?」

 

な、なんだこれ……?

これはアレか……?私達の業界では別の世界線ってヤツなんですかね?シュタゲってるの?うちゅうのほうそくがみだれてるの?

比企谷先輩への恋する乙女パワーで、みんなで共演なんですかね?

 

「てか良く考えたらなんで香織まで居るんだっけ?別に香織と先輩って関わりないよねー」

 

………えー……?

そういえばなんかいろはもいつもと様子が違う気がしてたんだよ……

まさかいろはも今日は違う世界線の住人なの……?

 

ま、まぁ気付いたら私もいつの間にか二年生なっちゃってるし、今日だけはそういうものだと理解しておきましょうかね。ふふんっ、どうせ夢オチなんでしょっ?

良かったね!私がこういった事態に理解の深いオタ…………んん!ん!

 

あ……だから今日はこのヒロイン群の中で私が進行役なのか!

同じオタ……同じく理解のありそうな海老名先輩にこの役を任せたら阿鼻叫喚待ったなしですものね(白目)

 

「ばっかみたい。なんでいい大人達がギャーギャー騒いでんの?……八幡が可哀想だから、喧嘩すんなら帰ったら?」

 

「はーちゃんかわいそう?なかよくしなきゃだめー!」

 

しかしそれはそれとして、なんで中学生や保育園児まで居んのよ……

てか違う世界線って事よりも子供が居ることの方が気になっちゃう私も中々の強心臓ですよねー。

 

「そうだよー!せっかく比企谷くんの為に集まったんだから、喧嘩しちゃダメだよー。みんな仲良くだよー?おー!」

 

いやあなたまで!?今や女子大生の元生徒会長まで入り乱れて、もうワケ分からん……

 

ああ……普段の土曜日だったら今頃は誰も居ないリビングでプリパラ見て歌って踊って…………………いやいやテレビの前で1人で歌って踊ってるわけないじゃないですか。

わ、私アイドル物アニメ見ながら1人で振り付けを本気で真似して熱唱してたりなんかしてませんよ!?

あまつさえニコ動で踊ってみた動画をUpしちゃおっかな?

なんて考えた事もありませんよ!?やっだなーっ☆

 

 

× × ×

 

 

さて、もうぐっちゃぐちゃの奉仕部部室内では、なんかパーティーの用意そっちのけで言い争いが始まっちゃってますね……

 

「てかさー、あんたらヒキオのなんなワケ〜?あーしはヒキオにとって一番大事な親友なんですけど」

 

「は?三浦先輩なに言っちゃってんですか?先輩にとって一番大事なのは、この可愛い後輩に決まってるじゃないですか」

 

「ちょ!優美子といろはちゃん!……ヒッキーにとって一番大事なのは、あたしとゆきのんが居るこの奉仕部だしっ」

 

「……そ、そうね……確かにあの男にとっては、私達が一番大事と……そ、その……言えない事も無いわね……」

 

「なに言っちゃってるかな〜?ヒキタニくんの一番大事なモノって言ったら隼人くんのモノに決まってるじゃんっ……ぐ腐っ」

 

なんだよ隼人くんのモノって……

 

「あ、あたしは……べ、別に……」

 

「はーちゃんはさーちゃんとけーちゃんがいちばんだいじだもんっ」

 

「ちょ!?けーちゃん!」

 

なに?姉妹丼でも狙ってんの?

いやん私ったらお下品っ!

 

「ばっかみたい。八幡には私が一番大事に決まってんのに」

 

「う、うちはその……」

 

「ん〜……比企谷くんにとって一番大事なのなんて、比企谷くんに直接聞いてみればいいんじゃないかな〜?……わ、私もちょっと聞いてみたいかな?」

 

「「「「「「……!?」」」」」

 

し、城廻先輩……それ比企谷先輩血ぃ吐いて死亡しちゃいますからっ!

てか私このメンバーに参戦出来る気がしない……

 

 

しかし城廻先輩の問題発言にて一瞬静まり返った奉仕部部室だが、次の瞬間ガラリと勢いよく開け放たれた扉に、みんなの視線が一気に集中するのだった……

いやマジで?この空気のなか入ってきちゃうの!?

 

 

× × ×

 

 

「やっほー!比企谷いるー?なんか今日誕生日パーティやるって聞いたから来ちゃ……った……?……え?なにこの空気ウケるんですけど……」

 

いや一切ウケてないです。

あなたはどちら様でしょうか……?

あ……中学の時なんかあったとかいう折本って人だ……

いやもう私には対処しきれないんで帰ってもらっても宜しいでしょうか?

 

「は?誰?」

 

「あ、折本先輩……なんで居るんですかー……?」

 

「あ、一色ちゃんやっほー!いやー、比企谷に会えるって聞いたから来ちゃった!」

 

「貴女確か海浜総合の……部外者どころか学外の生徒の入室まで認める訳にはいかないわね。ご退出頂けるかしら」

 

ヒィっ!真夏なのに凍ってしまいます!

いつにも増して恐いですゆきのん!

 

「えー?いーじゃーん!あたし比企谷の元カノだし、今ヨリ戻そうとしてるトコだしさー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「は?」」」」」」」」

 

いやなに言ってんの?この人。

思わず私まで声出ちゃいましたがなにか?

 

 

「いやいや折本先輩?せ、先輩に元カノなんて居るわけ無いじゃないですかー?猛暑で頭やられちゃいましたかぁ?」

 

いろはす辛辣ぅぅぅぅ!!

でも許す。

 

「なにそれウケるっ!だって1月に比企谷と会ってそういう話になったしさー」

 

と、とんでもない爆弾を抱えてやってきた折本先輩により、この場は修羅場と化した……

いや、今までも十分修羅場ってましたけどもー!

 

 

× × ×

 

 

「は、はぁ?こ、こんな軽そうなバカ女とヒキオが付き合うワケないっしょ!?だ、大体あーしGWとか2人っきりで遊びに行ったけど、ヒキオそんなこと一言も言ってなかったしっ!」

 

「軽そうなバカ女とかウケるっ!」

 

「へ?ちょ!優美子!?あたし優美子とヒッキーが2人で遊びに行ったとか聞いてないし!」

 

「あ……」

 

「八幡……シーにデート行った時、次は許さないって言ったのに。お母さんに言い付けてやる……」

 

「中学生とシーにデートとか比企谷まじウケるっ!」

 

「私だって2人でアキバデートしたけどー?ラブラブツーショット写メだってあるよー?」

 

「ちょ!姫菜までっ!?」

 

な!なんですとー!?わ、私を差し置いてアキバデートだとぉ!?

 

「わ、私だってよく2人で公園デートしてるよー……?一緒に本読んでるだけだけどそれでも幸せだし……」

 

「なにこの修羅場ウケるっ!」

 

折本うっさい!!

もう収拾つかないよアンタのせいでっ!

しかし、まさかの予想外の場所からとんでもない爆弾が投げ落とされるとは、この時の私達には予想さえも出来なかったのです……

 

 

 

「う、うちなんて……家でお母さんに紹介したし……」

 

 

× × ×

 

 

蚊帳の外に居たはずの相模先輩からのまさかのトンデモ発言に場は凍り付いた。

いやまさかアンタが一番の爆弾かよ!?

 

 

「……は、は?あんた何言ってんの?なんで比企谷があんたの母親に挨拶行ってんの?」

 

ふぇぇ……マジギレのヤンキーまじパない……

襟沢じゃなくてもお腹痛くなるのん……

 

「相模、適当言ってっと、さすがのあーしもキレるよ?」

 

そこに女王様の追撃はやめたげてよぉ!むしろキレないあーしさんを見てみたい。

 

「でっ、でもホントだしっ……!」

 

なんと!豆腐メンタルに定評のある文化祭実行委員長先輩があの2人に対して引かない……だと?一体何があった?さがみん!

あ、でも泣きそうですけどね。

 

「八幡は私のお母さんにも挨拶に来たもん。お母さんが責任取りなさいね?って言ってた」

 

 

 

「「「「「「「「「せ、責任っ!?」」」」」」」」」

 

 

ちょっ!ちょっと比企谷先輩!?あんた中学生になにしてんのよー!?

やばいよ何人か110番しかけてるからーっ!

特に雪ノ下先輩が真っ先にっ!

 

「……はーちゃん、けーちゃんがおよめさんになってあげるってやくそくしたもんっ……」

 

ああ……さすがにここまでの幼女だとなんだか癒されますわ……

なんだかみんな優しい眼差しでほっこりしちゃった☆

 

 

「………………わ、わたし、先輩とキ、キスだって済ませちゃってますし……」

 

 

 

…………………………………………………あ、イカン。意識が飛び掛けました(白目)

てか何人かは飛んで行ってしまってるみたいですね。

 

 

い、いろはアンタせっかくほっこりしかけた中なんちゅー事を……てかそんなの聞いてないよ!?

って……あ……

 

 

「うっす………………え?なにこれ」

 

 

そしてその時!こんなタイミングで!こんな空気の中!あの人がついに現れてしまいましたよ皆さんっ!

 

 

比企谷先輩逃げてー!

いーや逃がさーんっっっっ!!

 

 

× × ×

 

 

あまりにも異様な気配に部室に入るなり逃げ出した比企谷先輩はすぐさま捕まり、現在教室の真ん中で正座中である。

 

「あの……ちょっと意味分かんないんだけど……今日って部室で誕生会みたいなのやってくれんじゃねぇの……?」

 

「黙りなさいスケコマ谷くん」

 

「黙れヒキオ」

 

極寒と獄炎の女王に挟まれる憐れな子羊。

でも極寒と獄炎に挟まれてると気温的にはちょうど良さそう。

 

「比企谷くん。あなたには色々と聞きたい事があるのだけれど」

 

「なんでしょうか……?」

 

「あ、あなたはその……い、一体何人の女性に……て、手を出せば気が済むのかしら……?」

 

「すみません。言ってる意味がよく分からないんですけど」

 

「ヒキオしらばっくれんな。あんた一色と……その……キ、キスしたってホントなん……?」

 

「……は?」

 

「そ、それだけでは無いわ。あなた折本さんとは元恋人同士で、鶴見さんには責任取らせるような事をして、相模さんの母親に挨拶を済ませ、川崎さんの妹さんとは結婚の約束までしてるって……一体どういうつもりなのかしら!?」

 

「ヒッキー酷過ぎるよ!?」

 

「いやちょっと待て。なんだそりゃ」

 

「先輩ヒドイです……わたしとあんなに熱いキスを交わしておきながら、さらに城廻先輩とは毎週のように公園デートを繰り返し、おまけに海老名先輩とはラブラブツーショット写真付きの秋葉原デートまでしてるなんて」

 

「いやマジなに言ってんの?」

 

比企谷先輩はなにがなんだか分からんって顔で動揺してる。

やっぱりみんな違う世界線なのねっ?どうせ夢オチなのねっ?

一応この状況を唯一理解しているであろう私が、比企谷先輩にそっと話しかけ…………

 

はっ!これでもしお前だれだっけ?とか言われたら香織泣いちゃう!!

くっ……でもさすがにこのままじゃ可哀想よね……

私は恐る恐る比企谷先輩に話し掛けた。

 

「あの……ひ、比企谷先輩?私分かります?」

 

「あ?なに言ってんだ家堀。どうなってんのコレ……?なんかこのメンバーの中で家堀が唯一まともそうだから助けてくれよ……マジでお前だけが頼りっぽいんだけど」

 

な、なんと比企谷先輩がっ!私だけが頼りだとっ!?

こんなに嬉しい事はない……

だから私は比企谷先輩に最上級の笑顔を向けてこう言った。

 

「自業自得ですよっ♪あっちこっち至るところでスケコマシてりゃ、こうなっちゃうに決まってますよねっ」

 

どうやら私も激おこだったみたいです!テヘッ☆

 

 

× × ×

 

 

それからの光景は酷いものでしたよ……

恋する乙女軍団にぐるりと囲まれた正座谷先輩は、各乙女とのあられもない甘い物語を一言一句みんなの前で発表され、「そんなの知らん!……でもなんか知ってるような……っ」と頭を抱えて真っ赤に悶え苦しんでいた……

 

身に覚えが無いハズなのに、うっすらと記憶があるような自分の格好良すぎるセリフや行為を他人の口から全員の前で発表されるという地獄。

こんなご褒美もとい屈辱、とんでもないMっ気の持ち主以外にはとても耐えられまいて……

ビクンビクンとなっている比企谷先輩を艶めいた眼差しではぁはぁ見つめる1人の変態(腐った海老)であったのなら、まさにご褒美であったのかも知れないが……

「さて……それでは先輩にはどう責任を取ってもらいましょうかね」

 

いろはすはまだトドメを刺すみたいですね。

たぶん八幡のライフはとっくに0を切ってると思いますよ?

 

「じゃあやっぱりあれだよ〜!さっきもお話してたけど、この中で誰が一番大事なのか今すぐここで比企谷くんに決めてもらおうよ〜」

 

とってもぽわんぽわんした和やかな空気で、とんでもないオーバーキルを迫っていった城廻先輩がとても素敵でした。

 

「もうそれしかないし。じゃあ今日のパーティーは無しで、その大事な1人とこの後デートに行けるってのがヒキオへの誕生日プレゼントって事で」

 

 

「「「「「「「「「「賛成〜」」」」」」」」」」

 

獄炎の女王様のその提案により、どうやら本日の催しが決定したようだ。

 

 

そしてビクンビクンして横たわっている比企谷先輩に、恋する乙女達のアピールタイムが始まるのだった。

とはいえ……ヒロインズのみなさんは熱くなりすぎて気付いていないのでしょうか……?

その決めさせ方じゃ、もうオチは決まってるじゃないですか。

 

 

× × ×

 

 

「ひ、比企谷くん……誠に遺憾ではあるのだけれど……あなたが土下座してまでも望むのであれば……その……私が一番大事と発言する事を……ゆ、許さなくもないわよ……?」

 

ツンデレ過ぎだろ。

 

「ヒ、ヒッキー!もちろんあたしが一番大事なんだよね!?あ、あたしヒッキーに……その……プレゼントしたいなっ」

 

バインバインと何をプレゼントするつもりですかね。

 

「ヒキオ、いいからあーしとこの後海行くよ。あーしの悩殺水着姿見せてやるし……!」

 

アピールじゃなくてご命令ですね?

 

「比企谷くんっ!いつもの公園でゆっくり読書して過ごそうよっ!きょ、今日は特別に膝枕とかプレゼントしちゃうんだからっ……」

 

和むやろー!

 

「ひ、比企谷っ!この後家で一緒に受験勉強しよう!け、けーちゃんも喜ぶよ!?」

 

妹で釣るなよ。

 

「けーちゃんはーちゃんといっしょにあそびたい……」

 

抱き締めたくなるやろー!

 

「八幡。もう浮気は許さないって言ったけど、今私を選べば今日だけは許したげる。お母さんにも黙っててあげる」

 

やばい……これ一番の強迫だわ……

 

「ヒキタニくん!これから未知のブラックホールを、隼人くんと3人で探しに行こうよっ!ぐへへ……」

 

行かねーよ。

 

「比企谷っ!もちろん元カノのあたしだよねっ?他の女とかまじウケないよ?」

 

ウケない事とかあるんですね。

 

「あの……比企谷……うちと比企谷は、お互いの一番恥ずかしい所も見せ合ってるし……やっぱここはうちがいいんじゃない?」

 

なんですか恥ずかしい所を見せ合ってるって!

 

「せんぱい……わたし将来は先輩と私、男の子と女の子1人ずつの4人で一緒に幸せに暮らしたいです」

 

今日のアピールから人生設計に変わっちゃったよ!

 

「と、言うわけで、せんぱい?この中で一体誰を選びま……」

 

「ちょちょちょちょっと待って!?まだ私言ってないけど!?」

 

あっぶね!私私ー!

 

「……え?香織も参加すんの……?え?香織も先輩狙ってんの?」

 

そっからか!?

 

「あ、あったり前でしょ!?こ、この空気の中で、さ参加しないワケには……い、いかないじゃんっ!」

 

「へ?家堀?」

 

え?マジで?って目で比企谷先輩が私を見てくる……

ううっ……やばい超恥ずかしい!!

今まで一切そんな素振り見せなかったのに、この公衆の面前でラブアピールとかっ……

 

くっ……致し方ないっ!

どうせ夢オチなんだから、思いっきり言ったるわいっ!

 

「ひひひ比企谷しぇんぱいっ!わたわた私なんてこの濃すぎるメンバーの中で一番安パイで超オススメですよっ!?趣味とか性格とか絶対一番アイマスよじゃなくて合いますよ?なんだよアイマスってプロデュースしちゃうのかよプロデューサーさんかよ!?どどどどうですかね私が良くないですかね私に決めましょうよ!?ねぇ先輩!ねぇってば」

 

「ちょ!?か、香織っ!?」

 

必死に迫りまくる後ろからいろはに羽交い締めにされてしまいました。

 

これはヒドイ。もう吐血しそう☆

べ、別に私病んでるわけじゃないんだからねっ!

ただどうせ夢オチなんだから、ちょっとだけ興奮しちゃっただけなんだからねっ!

 

「ヒィッ……か、家堀!近い近い!目に光彩を戻してくれぇっ……」

 

あっれぇ?私ちょっと恐くね?

普段気持ちを抑え過ぎてるからつい爆発しちゃっただけと信じたい。

 

 

× × ×

 

 

そんなこんなで嬉し恥ずかし地獄のアピールタイムが終了し、あとは比企谷先輩のお返事を待つばかり……

いやもう選択肢はひとつだけなんで、オチは決まってるんですけどね。

 

 

「「「「「「「「「「「さぁっ!」」」」」」」」」」

 

 

さぁ早く結論をお言いよ!!と迫る恐怖のヒロインズに対して、比企谷先輩のくだした判定はっ!?

 

 

「……あの、じゃあけーちゃんで……」

 

 

 

「「「「「「「「「「……………」」」」」」」」」」

 

 

ですよねー。この中で後腐れなく選べる選択肢なんてけーちゃん1択ですよねー。

なんでみなさん気付かなかったんですかね?

もっと冷静になりましょうよ。えっ?それ私が言っちゃうの?ってツッコミは許してくださいお願いします。

 

「わーい!はーちゃんはーちゃん!これからどこいくー?ぷーる?ゆうえんちー?」

 

「おう、けーちゃんの行きたいトコならどこだっていいぞー」

 

 

 

比企谷先輩とけーちゃんが仲良く手を繋いで去っていく後ろ姿を見送りながらふと思う。

 

ねぇ香織……早く目を覚ましなさいよ……なんで起きないかなー?

 

え?だ、大丈夫だよね!?これ夢だよね!?

早く「なんだ夢か」って言おうよ!?私っ!

あんなとんでもない痴態を比企谷先輩に曝しちゃって、これで夢オチじゃありませーん(笑)とか言われたら私もう死んじゃうよ!?

 

 

私と同じく比企谷先輩とけーちゃんの仲睦まじい後ろ姿を凍り付きながら見守る面々を見渡して、私、家堀香織はどうしようもなく不安に駆られる、そんな比企谷先輩の18回目のBirthdayなのでした。まる。

 

 

 

 

 

 

 

終わり☆

 





ホントしょーもなくてスミマセンでした><;
八幡の生誕祭なんて、こんなのしか思い浮かびませんでした(汗)

べ、別に香織が書きたかったから書いたわけじゃないんだからねっ!


HAPPYBIRTHDAY八幡っ☆
死なない程度にお幸せに……




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仮面の下の慟哭【前編】



本当は今回はついに例の独し………んん!をやろうかと思ってたのですが、前々から悩んでたこちらの人物のストーリーが急に思いついてしまったので、こちらを書く事に相成りました。


今回の物語、笑いとか一切ありません><
普段の軽い恋物語集を期待されている方は、戻った方が良いかも知れませんっ><

超重めな上に暗く、内容も私の完全なる主観に基づいた内容ですので、コレジャナイ感が強いかも知れないので先にお詫びをしておきますっ!






 

 

 

 

わたしは雪乃ちゃんが大好き。

子供の頃からわたしの後をちょこちょこ付いてきて、なんでもわたしの真似をしようと背伸びする、とてもとても可愛いわたしの妹。

 

わたしは雪乃が大嫌い。

子供の頃からわたしの後をちょこちょこ付いてきて、なんでもわたしの真似をしようと背伸びする、目障りで鬱陶しいわたしの妹。

 

 

わたしは雪乃ちゃんが大好きで、そして大嫌いだった。

男児の居ない雪ノ下の長女として生まれ落ち、生まれながらに運命を決められていたわたしは、自由に生きられる妹が羨ましくて可愛くて、嫉ましくて憎かった。

 

わたしが求める自由。

あの子がわたしと違って手にしたはずのそれは、あの子自身によって不自由な枷となった。

自ら自由を放棄し、父や母の顔色を伺いながら親の意見に依存するその姿は、生まれながらに自由から見捨てられていたわたしにはとても許容できうる物では無かった。

 

いつの頃からか、妹の依存性は母からわたしに向けられるようになっていた。

どこに行くにもお姉ちゃんお姉ちゃんと付いてきて、わたしの真似をして背伸びしようとする姿は本当に愛らしく、そして本当に憎らしかった。

まるで、自由を許されないわたしを馬鹿にしているようで。

 

 

暫くして雪乃ちゃんはわたしに反抗心を持つようになり、次第にわたしから離れていった。わたしの手の中で踊らされているとも知らずに。

 

大好きな妹で大嫌いな妹が、このまま親離れ、姉離れ……人離れが出来るようになればと思っていたのだが、家を出てからも結局は母の顔色を伺いながら生きる妹の姿に、正直わたしは落胆し軽蔑していた。

 

 

そんな時、雪乃ちゃんの前に、わたしの前に現れたのが比企谷くんだった。

 

 

× × ×

 

 

比企谷八幡。

雪乃ちゃんの知人としてわたしの前に現れた彼は、初見でわたしの中身を見破った。

見破った上で、それでも恐れながらもわたしと接するその姿は実に面白かった。

雪乃ちゃんの態度を見る限り単なる知人とは到底思えず、それからは暫く彼を観察していた。

 

結果的に言えば、彼はわたしのお眼鏡に適う人物だった。

その捻くれた考え方、良く回転する頭、人を信じず、それでも心の奥底では信じたいと藻掻くその滑稽な姿。

 

この彼なら、わたしの可愛い妹を救ってくれるのでは無いか?雪乃ちゃんを呪縛から解いてくれるのでは無いか?と本気で思うようになり、さらなる成長を促す為に色々とちょっかいを掛けたりしていたのだが、そんな日々の中でいつの間にか、わたしらしく無いような計算違いな事態が起きてしまったのだ。

 

 

「う……ん……」

 

どうやらわたしは浅い眠りから目覚めたようだ。

 

「何時だろ……」

 

枕元に置いてある携帯に手を伸ばし時間を確認する。

 

「ふぁ〜あ、もう昼過ぎか〜……」

 

そしてわたしは時間を確認した携帯のディスプレイの待受画面に嫌そうな顔をして写しだされた人物を見ながら、そっと挨拶するのだった。

 

 

「おはよ、比企谷くん……」

 

 

× × ×

 

 

わたしはいつの頃からか比企谷くんに惹かれていた。

確かに元々は雪乃ちゃんを救ってくれるのかも知れないと期待して近づいたのだが、彼の言動、彼の思考、彼の行動を見ている内に次第に目が離せなくなってしまっていた。

妹の為にと彼を力ずくで引っ張っていたこの手は、いつの間にかわたしの為に力ずくで引っ張る姿へと変貌してしまっていた。

自分の元へと引き寄せるように力強く、いっそ壊れてしまってもいいくらいの強さで。

 

 

そしてここへきて、雪乃ちゃんと比企谷くんの間に僅かな綻びが出来始めていた。

それは恐れていた結果とも言えるのか、雪乃ちゃんが依存から抜けだせる事を願って行動した結果、それは依存対象がわたしや母から比企谷くんに移った。ただそれだけでしか無かったのだ。

 

そしてその比企谷くんでさえも、現在の生ぬるく心地いいそのくだらない空気を失いたくないあまりに、雪乃ちゃんからの依存に見て見ぬフリをしてやり過ごそうとしている。

 

わたしは許せなかった。

雪乃ちゃんがまた同じことを繰り返して依存していく事が。

しかしそれ以上に許せないのは、わたしが惹かれた彼が雪乃ちゃんからの依存に堕落し、ただのつまらない人間になりさがりかけているこの現状。

 

 

わたしは今日、彼を、比企谷くんを呼び出している。

こんなくだらない現状に彼が堕落していくのが嫌だから、彼を堕落から引き留める為に、彼に雪乃ちゃんに対してのある重大な情報を伝える為に。

そしてある選択を迫り、その反応次第ではわたしがある重大な選択をする為に。

 

 

ベッドから起き上がったわたしは、いつものようにわたしの身体を唯一包むシルクの毛布をベッドに残し下着を着ける。

そしてこのあと始まる彼との邂逅に相応しく居られるよう、思い付く限りにわたしを着飾るのだった。

 

 

× × ×

 

 

「ひゃっはろー。お待たせー!比企谷くんっ」

 

「いやホント待ちましたよ……なんで急に呼び出されてこんなに待たなきゃなんないんすか」

 

「もーぅ比企谷くん、そこは今来たとこですよ陽乃さん、でしょ?」

 

「待ってろって言われた一時間後に今来たとこなんて言ったら、それはそれで文句言うんじゃないんですかね……雪ノ下さん」

 

ふふっ、やっぱり君は面白いね。なんだかもう雪乃ちゃんに譲るのは勿体ないよ。

ま、それもこれもこれからの君次第なんだけどね。

 

「てかこんなに美人なお姉さんがこんなに着飾って来たのに、比企谷くんはなんか言うことないのかな〜?」

 

「……あ、や、その……わざわざ言うまでも無いんじゃないでしょうかねぇ……」

 

真っ赤にキョドって目を逸らす比企谷くんは本当に可愛い。

その不器用な褒め方もたまらないよ、お姉さんは。

 

「ホント比企谷くんは素直じゃないんだからぁ!美しいなら美しいって言えばいいのにー!」

 

「美しいって…………それより話があるんじゃないんですかね……早く用事済ませて帰りたいんで、もう行きませんか?」

 

「照れちゃってこのこの〜!比企谷くんも今日は格好良いじゃーん。ちゃんとすれば結構イケてるんだから、いつもちゃんとしてればいいのに〜」

 

今日の比企谷くんはいつもはボサボサの髪をしっかりと整え、ジャケットに革靴姿という正装だ。

かく言うわたしも自慢の脚を強調するような丈の短い赤いドレスワンピースに身を包んでいる。

 

「そりゃこんな所に呼び出されりゃ、ちゃんとした格好をしないわけにはいかないでしょうよ」

 

「そうだねぇ。じゃあ行こっか」

 

そう言いながら、わたしはわざと胸を押し付けるように比企谷くんの腕に絡みついた。

 

「ちょっ!……は、離れてくださいよ……」

 

「えー?なんでぇ?理由をきちんと説明出来たら離れてあげてもいいよ?例えば陽乃さんの豊満な胸が俺の腕に押し付けられて、柔らかくてたまらないんで離れてください……とか」

 

「………………もういいです」

 

本当に面白いよね、君は。

お姉さん、もっと比企谷くんを虐めたくなっちゃうぞー?

 

 

そしてわたしたちは、ホテル・ロイヤルオークラの最上階のバー『エンジェル・ラダー』に向かった。

 

 

× × ×

 

 

最上階のバーに着きラウンジへと足を踏み入れる。

 

「あれー?意外だなぁ。比企谷くんはこういう店に慣れてないだろうから、おのぼりさんみたいにキョロキョロとおっかなびっくり店内を見渡すと思ったのになー」

 

すると比企谷くんからは本当に意外な答えが返ってきた。

 

「以前一度来た事があるんですよ……」

 

「……へぇ……?」

 

ちょっと予想外過ぎて、つい声が低くなってしまったみたいだ。

比企谷くんの顔が強張ったのが見えた。

 

「なんで高校生の君がこんなとこに来た事あるの?……雪乃ちゃんと、かな」

 

どうやらわたしは、自分が思っている以上に独占欲が強いらしい。比企谷くんに対しては。

 

「雪ノ下“達”とですよ……ちょっと奉仕部の依頼関係で」

 

成る程そういう事か。

高校生の部活に対する依頼でシティホテルの高級バーに来るという意味は分からないが、正直依頼内容までには興味なんてないからね。

比企谷くんがこう言う以上、嘘は無いんだろうからもうどうでもいいや。

 

「そっか。それじゃ行こっか」

 

そしてわたしは比企谷くんと腕を組んだままバーカウンターへと向かう。

比企谷くんはギャルソンも客も居ない異様な店内を見回して、不思議そうな顔をしている。

 

「ああ、今日は貸切にしたのよ。居るのはわたしたちとバーテンダー一人だけ」

 

「か……貸しっ!?」

 

「あんまり人に聞かれたくない話だからねー。気が散っちゃうし」

 

貸切と聞いて余計にキョドりだした比企谷くんを伴い、カウンターに腰掛ける。

 

「わたしは適当に一杯。この子にはジンジャーエールでも出してあげて」

 

「了解しました」と飲み物の準備を始めるバーテンダーを横目に、隣に座るようにと比企谷くんを促した。

 

「あの……誰にも聞かれたくないって割に、バーテンダーさんがこんなに近くに居てもいいんすかね……?」

 

「比企谷くん?こういう所ではね、お客が聞かれたくない話は、店の人間には“聞こえない”の。意味は分かるわよね?」

 

「……そ、そっすか……」

 

するとようやく比企谷くんは席に着いた。

程なくしてカクテルとジンジャーエールが出され二人で咽を湿らせると、わたしたちの会話が始まるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「こんな事までして、なんの話があるんですかね」

 

「もちろん雪乃ちゃんの話だよ。あと……わたしの話」

 

「……雪ノ下さんの?」

 

「まぁわたしの話は雪乃ちゃんの話が終ってから……ね」

 

わたしはカクテルを傾けながら、比企谷くんに視線を向ける。

 

「比企谷くん。比企谷くんは雪乃ちゃんが好き?」

 

「……はっ?……いや、前にも言ったじゃないすか。母ちゃんから好き嫌いを……」

 

「お姉さんは今そういう受け答えを望んでるわけじゃ無いんだけどな」

 

思っていたよりも冷たい声が出てしまった。

正直わたしはイラついている。

すると比企谷くんはゴクリと咽を鳴らす。

 

まぁこの質問の仕方じゃあこんなもんだろう。わたしは笑顔の仮面を張りつける。

もっともこの笑顔は比企谷くんにとっては恐怖の対象でしかないんだろうね。

 

「じゃあ質問を変えるね。比企谷くんは雪乃ちゃんが大切……?」

 

一瞬言葉を詰まらせながらも、比企谷くんはなんとか答えようと努力する。

 

「……大切っつうか……なんだ、大事な存在には……その……なってきてますね……」

 

真っ赤な顔してそう言う比企谷くんを見ていると、ズキリと胸が痛んだ。

 

「そう。じゃあさ、君は今の雪乃ちゃんの現状を見ていてどう思うの?」

 

「今の、雪ノ下……」

 

「前に話したよね。雪乃ちゃんが君に抱いているのは信頼なんかじゃない、もっっとひどい何かって。もう君なら、その正体に気が付いてるんじゃないの?」

 

「………………依存」

 

「やっぱり分かってるじゃない。そう。あの子は昔っから依存体質なのよ……一度心を許した相手に依存すると……もう自分を持たなくなる。依存した相手の意見、行動が全てに優先されちゃうのよ。そうなっちゃったら、もうあの子は雪ノ下雪乃では無くなるの。ただの人形」

 

比企谷くんは黙って話を聞いている。驚くでも嘆くでもなく、ただ聞いている。

思い当たる節でもあるんだろうね。

 

 

「なんでそんな話を俺に話すんですか……」

 

「めんどくさいからそういう気付かないフリとかいいから。分かってんでしょ?雪乃ちゃんの依存対象が今は誰に向いているのか」

 

その問いには答えないか。

ま、いいや。

 

「沈黙は肯定と受け取らせて貰うけど?」

 

「………俺に、どうしろと?」

 

「さぁ?別にどうしろって訳じゃ無いよ。ただ知っておいて欲しかっただけ。今の比企谷くん達のぬるま湯の関係は、雪乃ちゃんを救う事にはならないって事を」

 

そしてわたしは今日の目的の内の一つを比企谷くんに告げた。

 

「言っとくけど、このままじゃ雪乃ちゃんは隼人と結婚する事になるよ?」

 

「は?」

 

 

そのわたしの台詞で、ようやく比企谷くんの顔が歪んだ。

 

 

× × ×

 

 

「なんで……急にそんな事になるんですか……?」

 

比企谷くんは驚愕の表情を浮かべている。

そりゃそうだろう。会話の流れからして予想外にも程があるんだろうね。

 

「雪乃ちゃんの依存体質を治さなきゃね、雪乃ちゃんは母親の言うことに逆らえずに命令に従っちゃうから」

 

「……葉山と結婚する事が命令なんですか?」

 

「そうだね。実際には結婚そのものってよりも、雪ノ下と葉山を永遠に繋いでおく為、かな」

 

「でもそれって……」

 

「あれー?その場合はわたしの方が結婚させられるんじゃ?とか思った?……そんな訳無いじゃない。わたしは雪ノ下を継ぐ身なんだよ?外部から見繕ってきた雪ノ下家の地盤を継げるくらいの相手と結婚させられるに決まってんじゃん」

 

「それがあの優秀な葉山なんじゃ……」

 

「隼人は隼人で葉山家の大事な跡取りってこと忘れてない?いくら相手が雪ノ下とはいえ、大事な跡取りを寄越すわけ無いでしょ」

 

てか比企谷くんがそんな単純な事に気付かない訳ないはずなんだけどねー。君はそんなにつまらない人間じゃ無いでしょ?

……このぬるま湯が比企谷くんを駄目にしちゃってるんなら、早くなんとかしなくちゃいけない。

 

「でも雪ノ下と葉山の繋がりを強固にさせたいから、だから雪乃ちゃんなのよ」

 

「……そんな、いくらなんでももうそんな時代じゃ無いでしょう……それに、母親が娘の幸せも考えずにそんな……」

 

「名家に時代とか関係無いから。……それにね、母は別に雪乃ちゃんの幸せを考えていない訳じゃないの。そうする事が雪乃ちゃんの幸せだと本気で思ってんのよ、あの人は」

 

「は?そんな本人が望まない結婚の何が幸せなんですか?」

 

望まない結婚か……今は雪乃ちゃんで頭が混乱しちゃってるだろうけど、それはわたしもなんだよ……比企谷くん。

 

「雪乃ちゃんてさ、犬が嫌いでしょ?」

 

「い、いきなりなんですか?」

 

「犬ってさ、小さい時から飼い主に躾けられるでしょ?あれ、なんでか知ってる?……それはね、飼い主がちゃんと躾けた方が犬の為になる、犬の幸せに繋がると思ってるからなのよ…………つまりはそういう事よ。母から見たら雪乃ちゃんは可愛いペットと一緒なのよ。躾けるのは雪乃ちゃんの幸せの為、言うことを聞かせるのも雪乃ちゃんの幸せの為、結婚相手を決めるのも雪乃ちゃんの幸せの為……………雪乃ちゃんはね、親から娘としては“選ばれなかった”のよ。選ばれたのは可愛いペットとしての雪乃ちゃん」

 

ま、娘として選ばれても自由は一切無いんだけどね……

 

「だから雪乃ちゃんは、躾けられて幸せそうにご主人様に寄り添う犬を見ると、自分と重ね合わせちゃって嫌悪するのよ。そして自由に生きる猫に憧れるの……………本人次第でいくらでも猫になれる癖に……」

 

最後の一言の温度に自分でもゾクリとしてしまった。

たぶん今のわたしの目は仮面を外した目になってるんだろうな。

それは比企谷くんと同じように腐った目。

 

「ねぇ、比企谷くん。これでも君は雪乃ちゃんを救えるの?」

 

わたしの問いかけにうなだれる君を見てると、どうしようもなく心がザワつく。

君は雪乃ちゃんの行く末にこんなにも悩んで心を痛めているけど、わたしの行く末もこんな風に案じてくれるのかな……

もし、もし君がほんのちょっとでもわたしを案じてくれるのなら、わたしは君を……

 

 

そしてわたしは語りだす。仮面を脱ぎ捨てたわたしの話を。

雪乃ちゃんには悪いけど、今までの話はほんの前座に過ぎない。比企谷くんの心を揺さ振る為のほんの道具。

 

わたしは初めて君の前でこの仮面を脱ぎ捨てるよ。

だからお願い、比企谷くん……わたしの素顔を見て、ほんの少しだけでいいから君の心を揺るがせて?

 

そしたらわたしは君を……………

 

 

 

 

続く

 






ありがとうございました!


うーん……たぶんはるのんSSを求めていた方が期待してたのはこういうのじゃ無いであろう事は重々承知してはいるのですが、私の中のはるのんへの理解度で書けるSSはこれが精一杯なんですよねー(汗)
こういう感じになっちゃうのが分かってるから、あんまりはるのんは書きたくなかったまである。
でも思いついちゃったんでつい……

後編はさらに妖しくなっていってしまいますよコレ……

前書きでも述べましたが、ゆきのんの設定(依存体質以外)等々は作者の主観による完全なフィクションです。
実際のゆきのんとは一切かかわり合いはございませんので、どうかご了承くださいませm(__;)m




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仮面の下の慟哭【後編】




お待たせいたしました。

今回のSS、暗すぎるし妖しすぎるし、こんなんで大丈夫でしょうか(/_\;)??




 

 

 

客のざわめきもない、ピアノの演奏もない、聞こえるのはグラスを傾けた時の氷の音と、バーテンダーがグラスを拭く音だけのこの静かな空間で、隣で苦しそうに悔しそうに俯く比企谷くんの歪んだ横顔を見ていると、彼がわたしの手に入れられないのであれば、いっそこの手で壊してしまいたいという衝動に駆られてしまう。

もしわたしの手に入ったとしても、やっぱり壊してしまうかもしれないけれど。

それでもわたしは君を手に入れたいと思うから、これから君にわたしの話をしようかな。

 

「あはは、比企谷くんは優しいねー。自分の為じゃなくて、他人の為にそんな顔が出来るなんて」

 

「俺は別に優しくなんか……」

 

「そうだよねー。だってその顔は他人の為じゃなくて自分の為だもんね。比企谷くんの大切なモノが苦しんでるから、君もそうやって苦しんでるんだもんね……お姉さん嫉妬しちゃうなー。比企谷くんにそんな顔をさせちゃう雪乃ちゃんに……」

 

雪乃ちゃんはホントにズルいな。わたしの雪乃ちゃんに対して嫉妬心を、これ以上増やさないでよ……

 

「……いや、俺は……」

 

「比企谷くんはさ、今は雪乃ちゃんの事で頭が一杯になっちゃってるからそこまで頭が回らないかも知れないけどさ、さっき言ったよね?…………わたしだって本人が望まない結婚、させられちゃうんだよ?望まない人生、歩まされちゃうんだよ?………そんなわたしに対しては、そんな顔はしてもらえないのかな……?」

 

 

その時、比企谷くんはようやく俯いた顔を上げてわたしを見た。

 

 

× × ×

 

 

「雪ノ下、さん……?」

 

「だから言ったでしょ?わたしの話もしちゃうよーって」

 

そしてわたしは語りだす。比企谷くんの心を掻き乱す為に。

そして君を手に入れる為に。

 

「……わたしはね、物心ついた頃からずっと父と母の言いなりだった。雪乃ちゃんとは違う意味でね。あの子は言うことを聞く事を自ら選んだけど、わたしの場合はその選択肢自体無かったの。生まれ落ちた瞬間から、わたしには自由なんて無かった」

 

雪ノ下の呪縛。

名家の長女として生まれた以上、家を継ぐ事が宿命づけられていたわたしは、生まれた瞬間から自分という物を持ってはいけなかった。

 

「当たり前のようにそう育って来たから、それが普通なんだと思ってた。まだ幼かった頃にはたくさんあった欲しいモノもしたかった恋も、いつの頃からか諦めるのが普通になってて、いつの間にか欲しいモノなんて無くなってた。与えられたモノと与えられたレールで満足するように演じてたんだよね、自分に対して。どうせ自分では何一つ選べないから、選ばないって選択を自ら選んでるつもりになって満足してた」

 

少しだけ渇いてしまった喉をお酒で潤し、わたしはさらに自身を曝け出す。

 

「わたしさ、よく隼人がつまんない人間だって言うじゃない?……わたし隼人がホント嫌いなんだよね。なんでも器用にそつなくこなして、面白い事なんて何一つ無い。なんでも出来る代わりになんにもしないつまらない人間。ホント大っ嫌い……………まるで自分を見てるみたい」

 

……隼人はわたしを映す鏡だ。

あいつも自分で選ぶ事を諦めて、そしていつからかわたしのような生き方をトレースした。つまらないわたしの出来損ないのレプリカ。

 

「でもね……こういう生き方が普通なんだって思ってたのに、それは間違いだよ?って気付かせてくれたのが雪乃ちゃんだった。あの子は……わたしと違って自由を与えられていたから。わたしの幼い頃とは違って、あの子は自分の好きなモノを選べて、自分の好きな夢を選べたから」

 

いつからだろう?雪乃ちゃんに対して嫉妬心が芽生えたのは?

なんにも選べない、なんにも面白くない人生だったわたしが、唯一楽しいと思えた可愛い妹と一緒に過ごす時間。

その唯一の楽しい時間に苛立ちを覚えたのは。

 

「なのにね?……それなのにあの子は……雪乃ちゃんは、自分で何一つ選ぼうとしなかったんだよ……自由があるのに……自分で選べるのに……あの子は……雪乃は自分自身で選ばない事を選んだのよ。腹立つわよね。わたしはあんなにも自由が欲しかったってのに」

 

 

そう。わたしは仮面を脱ぎ捨ててしまえば、こんなにも醜くてこんなにも弱い、なんてことないただの女。

本気の夢だって持ちたかった、本気の恋だってしてみたかった、そんななんてことない普通の小さな女の子だった。

 

 

だからわたしは仮面をつける事を選んだ。

叶いようのないそんな小さな夢が視界に入ってこないように。

こんなに醜くくてこんなに弱い自分を周りに悟られないように。

……そうでもしないと、心が壊れてしまうから。

 

 

……その時、比企谷くんの表情が明らかに変化したのが分かった。

懐かしすぎて“それ”に対して気が付かなかった。頬を伝う雫に。

ああ、わたしは今、もう無くしてしまったと思ってた生ぬるい液体を流しているのか。

最後に流したのは一体いつの事だろう。あまりにも昔の事過ぎて、頬を伝ってる雫がなんなのか、すぐには理解出来なかった。

 

「こんなのってある?こんなのって許せる?わたしが生まれてから一度も手にした事の無い、全てを諦めちゃってたわたしが唯一恋い焦がれていた自由を、ただわたしより後に生まれたってだけで手に出来た雪乃が、その自由を自ら捨てるなんてさ……バカにしてるよね?どんだけわたしをバカにしてんのよ?って話だよね?」

 

とっくの昔に無くしたと思ってた涙が、もう前が見えなくなるくらいにとめどなく溢れてきてるっていうのに、表情も口調も一切変わらず笑顔で語り続けるわたしを見て君はどう思うかな。

気味が悪い?恐ろしい?

 

……悲しいね。長年貼り付け続けてきたこの笑顔の仮面は、こんな時なのに簡単には外せないんだってさ、わたしは。

 

「だからわたしは雪乃ちゃんを救いたかった。雪乃ちゃんを救って、雪乃ちゃんを雪ノ下の呪縛から解いて…………そしてわたしの視界から消え失せて欲しかったのよ」

 

これがわたしの本心。別に雪乃ちゃんを救いたかった訳なんかじゃない。ただ自分の胸のモヤモヤを晴らしたかった。モヤモヤの原因に消えて欲しかった。ただそれだけ。

 

「だから比企谷くんに期待したのよ。可愛い雪乃ちゃんを救ってくれるんじゃないかって。憎らしい雪乃をどっか遠くに連れてってくれるんじゃないかって……でもね……」

 

そう。ここで計算違いが発生してしまった。

とんだ茶番劇よね。雪乃ちゃんを遠くに連れてって欲しくてかまってたのに、いつの間にかわたしを遠くに連れてって欲しくなってるなんて……

 

「そんな風に期待して比企谷くんを見てたらさー、ずっと諦めてたどうしても欲しいモノが見つかっちゃったんだよね。ありもしない本物とやらを必死に手にしようとして足掻いて藻掻いて苦しんでる、そんな滑稽な姿を見ちゃったらさ、わたしも柄にも無く欲しくなっちゃったのよ。自由でなくてもいい。本物でなくてもいい。ただ1つだけ、どうしても欲しいモノが……」

 

そしてわたしは涙にまみれた両目で、しっかりと比企谷くんを見つめた。

 

「ねぇ、比企谷くん。今は君は雪乃ちゃんの事で頭が一杯かも知れない。雪乃ちゃんの為にだけ心を痛めてるのかも知れない………でも、でもさ、もしちょっとでも、ほんのちょっとでもその痛めた気持ちをわたしに向けてくれる日がくるのなら…………そんな日がくるのなら……」

 

そしてわたしは言う。

たぶんこの世に生まれ落ちたその日から、ずっと誰かに言いたかった……誰かに聞いて欲しかったこの言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いつか、わたしを助けてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな時なのにずっとはずれてくれなかった仮面は、この瞬間だけはいとも容易くはずれてくれた。

擦れた声で、震える唇で、消えてしまいそうな程に弱々しい表情で吐き出したわたしの心に、比企谷くんの心が大きく動いた。

 

その目はどこを見ていたのか。

仮面のはずれたわたしの剥き出しの心を見ていたようでもあり、自身の過去の記憶を、雪乃ちゃんを見ていたようでもあった。

 

 

…………でも………その目が何を見ていたのだろうともう構わない。

君はわたしにその表情を向けてしまったから。君はわたしの心に心を揺らしてしまったから。

だからわたしはもう迷わない。どんな手段を講じようとも、わたしは君を手に入れる。

 

その時、わたしの中の深い深い奥の方で、なにかが壊れたような音がした……

 

 

× × ×

 

 

「あはははは、ゴメンゴメン比企谷くん!なんかみっともないトコ見せちゃったね」

 

「……そんな事、無いです」

 

「いやー、わたしの話するとか言っといて、まさかこんな格好悪いところ見せちゃうなんてねー」

 

「……格好悪くなんて無いですよ……なんつーか、俺なんかには何て言えばいいか分かんないですけど……その……全然格好悪くなんか無いです……」

 

……やめてよ比企谷くん……そんな優しい言葉を掛けられたら、わたし決意が揺らいじゃうよ……わたしは今から、君に酷いことをするんだよ……?

ごめんね。でもわたしには、君を手に入れる為にはこうする以外の方法が分からないの。今までどうしても欲しいモノなんて自由以外1つも無かったから。

だからどうしても欲しいモノを手に入れる為には、こんな方法しか思い浮かばないの。

 

「とりあえず喉渇いちゃったし、一回なんか飲もうか?………“なんかおかわり貰える”……?」

 

「……畏まりました」

 

バーテンダーがドリンクの用意を始める。

まず比企谷くんには先にジンジャーエールを。

わたしの長く息苦しい話によっぽど喉が渇いていたのだろう。比企谷くんはそのジンジャーエールを一気に飲み干した。

 

 

そしてバーテンダーがシェイカーを小気味よく鳴らし、わたしのグラスにカクテルを注ぐ頃には…………比企谷くんは意識を手放し、バーカウンターへと倒れこんでいた。

 

「陽乃様……比企谷様は随分とお疲れのご様子ですので、お部屋の方へお連れしておきます」

 

わたしは、継ぎ足されたカクテルを傾けながらバーテンダーに声を掛ける。

 

「ええ……ありがとう、都築……」

 

薄暗く無音のバーで一人きりになったわたしは、一口、また一口と、ゆっくりとカクテルを傾け続けた。

そこに響くのは、グラスと氷がぶつかる音とわたしの心音だけ……

 

 

× × ×

 

 

ホテル最上階に位置するエンジェルラダーから数階下った階に、今日わたしがリザーブしておいた部屋がある。

 

無人のバーを後にし、わたしはその部屋へと歩を進める。

お酒で火照った体と、初めて経験する逢瀬への想いで火照った心を冷ますように、エレベーターでは無くゆっくりと階段を下りる。

 

 

雪乃ちゃん。ごめんね?

でも雪乃ちゃんが悪いのよ?わたしは何度も何度もチャンスを与えたのに、それなのに貴女が自分自身で選ばないから。

わたしがずっと欲しかったモノをいとも簡単に投げ出して、あんなにもわたしを苛つかせて、あんなにもわたしを呆れさせたのに、その上さらにあんなにも良いモノをわたしの前にぶら下げるんだもの。

そしてさらにその良いモノさえもつまらないモノに変えようとするんだもの。

 

だったら……せっかくの良いモノが雪乃ちゃんのせいで悪くならないように、お姉ちゃんが守るしか無いじゃない。

 

 

だからもういいよ、雪乃。貴女は貴女が望む選ばない道を永遠に歩んでいけばいい。

今まではその姿に嫉妬してその姿に吐き気がしてたけど、もうお姉ちゃんは大丈夫だから。

欲しいモノを手に入れるから。もう雪乃には興味なくなるから。

 

 

 

部屋の扉を開け、わたしは真っ直ぐベッドへと向かう。

そこには、比企谷くんが安らかな寝息をたてていた。

 

「ふふっ、いつもは達観したつもりになってる憎たらしい顔も、こうしてるとホント可愛いね」

 

ベッドに腰掛け優しく頭を撫でてみた。

わたしらしくもない。胸がこんなにも苦しいだなんて。

 

締め付けられるように苦しい胸が少しでも慣れるように、そっと頬にキスしてみた。

どうやら逆効果だったようだ。余計に締め付けられる。

 

 

 

わたしはベッドから立ち上ると、わたしを着飾る全てをはずしていく。

アクセサリーも、ドレスも、そして仮面も。

 

そして平素と変わらない寝衣を身に纏い、比企谷くんにゆっくりと、覆い被さるように身を寄せた。

 

 

 

比企谷くん。ごめんね?

わたしは今まで欲しいモノなんて何一つ無かったの。唯一欲してた自由がどうしても手に入らないモノだったから。

必要と感じたモノはどんな手段を講じてでも手に入れて来たけど、本当に欲しいモノを手にした事が無かったから、どうやって手に入れたらいいかわたしには分からないの。こんな方法しか知らないの。

こんなにも酷い、君を傷つけるやり方でしか君を振り向かせられないわたしを許してね……?

 

直接触れ合う肌と肌。今までに感じた事のない温もりを感じる。

愛するモノの温もりは、こんなにも心が温かくなるんだね。

 

 

 

比企谷くん。ごめんね?

わたしは今まで何一つ愛した事が無いの。

だから愛し方が分からない。どうやって愛したらいいか分からないの。

だから…………もしかしたらわたしは君を愛しすぎて壊してしまうかもしれない。わたしは気に入ったモノは構い過ぎて壊しちゃうのよ。

だから初めて感じる悦びが楽しすぎて、君を壊してしまうかも……

 

でも安心してね。その時はわたしも一緒に壊れていくから。二人で一緒に壊れていこうね。

 

 

× × ×

 

 

わたしは雪ノ下に生まれ落ちて、初めて自分で選んだ欲しいモノを手にした。

手にしたなんて生易しい物では無いけれど。

でもこんな事をしても、結局わたしは雪ノ下の呪縛からは逃れられないのかも知れない。

わたしはわたしでは無く雪ノ下なんだ。

 

でも……それでもこの瞬間だけは、自分で選んだ愛する君の体温を肌で、心で感じていられる今だけは、わたしは雪ノ下では無く陽乃で居られる気がする……

だからどれだけ壊したとしても、どれだけ壊れたとしても、もう君を離さない。誰にも渡さない。

 

 

 

そしてわたしは堕ちていく……この初めて感じる温もりをくれた君を、壊してしまうくらいに強く強くこの手に抱き、この温もりの中に堕ちていく……どこまでもどこまでも……………………………

 

 

 

 

終わり

 

 






いやぁ……つい書いてしまいましたが、こんなんで大丈夫でしょうか(汗)?反応が恐い……orz
読者さんからの感想にもお答えしたんですが、はるのんENDではなくて八幡“が”ENDでした(苦笑)
てか最近内容が病みオチ続きな気がしますね……今回は病みオチじゃなくて闇堕ちか?
実際のはるのんはこんなに簡単でこんなに浅い闇じゃないとは思いますけどもね。


それではありがとうございました!そして次回はついにあの……!




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ゼクシィで行こう!




なんかもう色々おかしいです。
主に作者の頭が。


 

 

 

四月。

俺はちょうど一年前と同じように、新学期早々職員室に呼び出しを食らっていた。

そして目の前で額に血管を浮かばせながら素敵な笑顔で一枚のプリントをヒラヒラさせているこの人物も、ちょうど一年前と変わらない人物なのである。

変わった所と言えば、現国担当から担任へと変わった事くらいか。

 

「比企谷……君はアレか?私を馬鹿にしているのかね……」

 

「いや、そんなつもりは毛頭ないんですが」

 

「ほう。だったらなぜ未だに進路希望調査表に記入するのが専業主夫なんだ」

 

「やはり県内有数の進学校に入った以上、三年にもなればどいつもこいつも勉強に明け暮れて夢も希望もない最後の一年を過ごす訳じゃないですか。こういう時こそ夢を諦めないという姿勢を堂々と胸を張って言えるような、そんな素晴らしい大人に私はなりたい、と思いましてですね……っっっ!」

 

ビュオォォっと頬をなにかが掠めた。

それがなにかは今さら説明するまでもないですよね。

 

「まったく……君はこの一年で随分成長したのかと思っていたのに、根っこはなんにも変わってはいないな」

 

「人間そんな簡単に変われるもんじゃありませんよ。先生だって変わらず生きてきたからこそ未だ独り身なワケじゃないでぶぉっ!!」

 

ブリットォォォとの叫びと共に腹にボウリングの玉でも投げ付けられたかのような鈍く重い痛みを感じた瞬間、俺はそのまま崩れ落ちた……先生……そんなだから……相手……が……………

 

 

× × ×

 

 

「そもそも君はアレだな。専業主夫というものを舐めてはいないかね」

 

……いや、俺うずくまったままなんすけど、そのまま説教が続くんですかね……

 

「昨今は夫婦共働きが常識だ。まぁ旦那の稼ぎだけでは余裕のある生活が出来ないからというのが主な原因なのだろう。つまり、いくら結婚したとしても専業主夫で居られる確率などかなり低いのだよ。ほんの一握りと言えるだろう。つまり専業主夫だなんだとバカな進路希望をいくら語っても、現実的には普通に就職し普通に暮らすよりもよっぽどハードルが高いのだよ」

 

確かに専業主夫が希望の俺ではあるが、なんかここまでまともな返しをされるとつい「ネタにマジレス乙w」とかって頭に浮かんでしまう俺は、専業主夫の夢はまだまだ遠いな……と思いました。

なんだよ俺って心の中では実は専業主夫ってネタだと思ってんのかよ。

 

ブリットの一撃からようやく立ち直るも、このまま真面目な返しが続くのかと思った矢先、いきなり風向きが変わった。

 

「大体この私を見たまえ!私などは専業主婦どころか聖職者として日々真面目に働いているというのに、貰ってくれる相手さえ見つからないんだぞ!?なんなら旦那を養ったっていいくらいの気持ちで着実に社内……いや校内での地位を確立していってるというのに、貰ってくれる相手が見つからないとは一体どういうことだぁっ!!」

 

あっれ〜……?話が逸れまくってなんかキレ始めちゃいましたけどこの人……

 

「つい先日大学時代の友人に言われたのだよ。『えぇ〜っ?静ってそんなに綺麗でそんなに仕事が出来てキャリアウーマンみたいで格好良いのに、なんで彼氏できないのぉっ?わたしなんてぇ、旦那の稼ぎがいいからパートとかする必要もないからぁ、もう毎日ヒマでヒマでぇ!わたしも静みたいに仕事してキラキラしたぁいっ!』……となっ」

 

その友達の物真似なのか知らんが、超あざとい時の一色みたいな喋り方で回想を説明してくれたあと、とてもニッコリした。

だが俺は知っている。次の瞬間般若になるであろう事を。

 

 

「ふざっけるなぁ葉子ぉぉぉ!!お前は大学時代からいつもいつもそうだったなぁ!?サークル活動してれば男とイチャイチャイチャイチャしまくって、合コンやれば直ぐ様お持ち帰りされおってぇぇ!お前みたいのがいるから私にはいつまでもご縁が巡って来ないんだろうがぁぁっ!」

 

すいません……ここ職員室なんですけど。

涙ぐみながら激高する三十路の担任を前に俺は脳内で祈りを捧げた。

 

 

……ああ、もうホント誰か貰ってやってあげてくれよ……こんなんだけどホントいい人なんだよ……

実は超綺麗だし生徒思で格好良いし仕事も一生懸命で稼ぎも良さそうだし…………なんで結婚出来ないんだろうな、この人……このままだとマジで俺が貰う事になりそうで恐えぇよ……てかもう貰っちゃおうかな?おっぱいデカいし美人だしおっぱいデカいし」

 

「ふぇっ……!?」

 

ふぇ?なんだその可愛らしい声は。

どうしたんだ?と平塚先生を見ると、なぜか真っ赤になって頬を両手で押さえていた。

 

「にゃにゃにゃにゃにを言っていりゅんだね比企谷っ!ききき君はあくまでも私の生徒であり私は君の教師なのだぞっ!?そそそそんなふしだらで背徳的な関係になどなれるわけなかろうがぁっ!」

 

え?どうしたのこの人。

なんかワケ分かんない事をすげぇ早口でまくしたててるんですけど……

 

「あ、あの、先生?」

 

「きゃっ!?」

 

き、きゃっ!??

え?マジでどうしちゃったのん?

なに?きゃっ!?って。

 

やべぇどうしよう……椅子に座りながらなんか内股になって、すっげぇモジモジしてんだけど。

 

「も、もういい!き、きょおっ……今日はもう行きたまえっ!」

 

「は、はぁ……」

 

なんだか良く分からないうちに職員室を追い出されてしまった……

ま、助かったからいいか。今日はこのまま帰っかな。いや、雪ノ下さんが恐いからやっぱいかないとマズいですよねー。

そして俺は平素と変わらず部室へと足を向けるのだった。

 

 

× × ×

 

 

あれから数日経ったのだが、どうも様子がおかしい……

HRの時間も平塚先生はなぜか常に頬を染めてモジモジしているし、まったく俺の方を見ようとはしない。

そしてすっかり部活に顔を見せなくなった。

 

俺、あの時なんかやらかしたっけ?

いつまでも専業主夫専業主夫と言ってるから怒っちゃったのか?

それとも勢いで大学の友人とのトラウマをカミングアウトしちゃったから恥ずかしいのん?

でもどっちも今更っちゃ今更なんだよな。

 

そして今日も様子がおかしいままに一日が過ぎていき、部活も終えて帰宅の徒に着こうとしていた時だった。

 

昇降口へと向かう廊下で、なんか前方から視線を感じた。

そちらへ目を向けると、そこには廊下の角に半分身を隠して潤んだ瞳でモジモジしている平塚先生が、ちょいちょいと俺を手招いていた。

 

……え?なにあれ?超行きたくないんですけど……

しかし行かないワケにはいくまい。無視したらどんな説教(肉体的な)が待ってるか分からんからな……

 

「……えっと、なんでしょうか……?」

 

なんか担任のハズなのに、会話するのが久し振りな気がしますね。

 

「す、すまんな……どうしても確認したい事があってな……い、いや、あってね?」

 

なんで言い直した?しかも「あってね?」とか若干キモいんですけど……

 

「ど、どうしました……?」

 

「えっと……その……比企谷?」

 

「は、はい」

 

「……先日言ってたことは、その……ほ、本気……なのか……?」

 

先日言ってたこと?………………………………………………ああ、専業主夫の件か。

いやいやいや、マジで今更だな。俺ずっと言ってましたよね?

いやまぁ確かに先日、俺自身も若干ネタなんじゃね?とか思っちゃいましたけどね?

しかしやはり捨てきれない夢である事なのは間違いないはずなのだ。夢を簡単に捨てるような、そんな大人になんかなりたくないよっ!

 

だからまた怒られるかも知れないが、堂々と胸を張って言ってやろうじゃないか。

 

「もちろん本気ですよ!なにせ俺の本気の夢ですからね!」

 

しん……と静まる返る廊下。

やばいブリットが飛んでくるぅぅ!と恐る恐る平塚先生を見ると…………そこには怒りでは無い違う感情に支配されている先生が、背後にガーン!と見えそうなくらいの表情で立ち尽くしていた。

そして見る見る茹でダコのように頬を赤らめると、先日と同じように内股になってモジモジし始めてしまった。

 

なんかもう意味分からんと引いていると、ようやく先生が口を開いた。

 

 

「………………そ、そうか……君の気持ちは良く分かったよ……さすがに最初はそんな関係になるのはどうかとも思ったのだが……ひっ、比企谷がそこまで言うのなら……夢だとまで言ってくれるのなら……そこまで真剣な気持ちを、わ、私としても無下に扱う事など出来んな……」

 

……そんな関係?一体なんのこと言ってるんだ?

俺が専業主夫になりたいのと、そんな関係ってのは一体どんな繋がりがあるというのか……

 

しかし先生が俺の専業主夫志望を前向きに捉えてくれる日がこようとはな。

 

「えっと……ご理解頂いてありがとうございます。夢に向けて一生懸命頑張りますので」

 

「いっ!一生懸命頑張るのか!?……そ、そうか。夢だものなっ……いつか幸せに出来るように、き、君の頑張りを見ているからなっ」

 

幸せに出来るように?

そうだな。専業主夫として妻を支えて幸せにするのが立派な主夫の役目だからな。

なんかそこまで専業主夫の夢を応援して貰えると、なんだか申し訳なくなっちまうな……でもまぁ見ていてくれる教師が近くに居るってのはとても有り難い事だ。

 

だから俺は平塚先生に言う。思いの丈を心の底から。

 

「はい。夢を叶える姿を先生に見せてやりますよ。(専業主夫として妻を支えて)絶対幸せにします!」

 

「はうんっ……!」

 

いやなんだよはうんって。

マジでどうしちゃったの?この人。

 

「それじゃそろそろ帰りますんで、失礼します」

 

なんかいつまでもこの場に留まるのは危険と判断し、俺は早々に立ち去る事にした。

 

「そ、そうだな。じゃ、じゃあ気を付けて帰るんだぞ…………帰ってね」

 

 

 

なぜかモジモジと帰ってねと言い換える平塚先生を背にしながら、俺はもう道を引き返す事が出来ないんじゃなかろうか?……そんな漠然とした不安にザワザワとした気持ちになるのだった………

 

 

 

続く?

 







ありがとうございました!

ふふふっ……まさか本当に静ちゃんを書いてしまうとはね(白目)……は、はるのんSSとの落差がっ……

これはこれで終わりにしちゃってもいいかも知れないんですけど、もしかした後編に続くかもです!
需要あるのん?




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続・ゼクシィで行こう! 〜恋する乙女は夢を見る〜




恋する乙女と思った?残念!恋する乙女(おつおんな)でしたっ!





 

 

 

平塚先生が謎の行動を取り始めてからはや数週間。

忘れていったのか故意なのか、よく教壇の上に私物の雑誌(ゼクシィ)が置かれているなどの奇行が目立つようになり、クラス内でも度々噂となっている。

 

「やべぇ……平塚先生そろそろ結婚すんじゃね?」「なっ!これでようやく気を遣わなくて済むようになっかもっ」

「ねぇねぇ聞いた〜?静先生、出来ちゃった婚するって噂だよ〜!?」「ウッソー!」

 

もちろん噂となっているのはクラス内なので、エブリタイムクラス外の俺は噂をしているわけではない。ただ耳に勝手に入ってくるだけだ。

 

……しかし平塚先生。俺たち以外の生徒にも普通に気を遣われてたのかよ……

静泣いちゃうから決して聞かれないようにしてっ!

 

ま、喜ばしい事なのではあるが、所詮は噂なのだろう。俺にはどうしても腑に落ちない点があるからだ。

なぜならほんの数週間前に職員室で魂の叫びを聞いたから。

あれから急に結婚話が持ち上がったとか、ましてや出来ちゃった婚など到底有り得ないんだよな〜、残念ながら。

 

「おーい、みんな席につけー」

 

一時限目の現国授業の為に、ガラリと漢らしく扉を開けて入室してきた平塚先生なのだが、教壇の上に忘れ去られた?私物の雑誌に気がついた途端に真っ赤にもじもじと教室内を見渡し、なぜか俺と目が合うとわざとらしく独り言のような小さな声で

 

「きゃっ!忘れちゃった☆」

 

とか呟いてやがった。

そんな平塚先生を、クラス中の生徒がチベットスナギツネみたいな目で見てやがる。

 

いやこれマジで単なる噂だけじゃ無いのかも知れませんね(白目)

 

 

× × ×

 

 

さらに数日過ぎて、俺はようやくGWという名の自由を手に入れた。

つっても受験生の身である俺は結局勉強に明け暮れるんだけどな。

 

とはいえたまには息抜きも必要だぁ!と、日曜の今日は朝からスーパーヒーロータイムで熱くなり、プリっプリでキュアっキュアなやつに涙して、その流れで題名の無さそうな音楽番組から流れてくる音楽をBGMに読書をしていた時だった。

 

ブブブっとスマホのバイブが鳴りだした。

液晶画面を見てから、そっとスマホを置いて見なかった事にするまでがデフォ。

いやだって、休みの日に平塚先生から掛かってきた電話に出たいヤツなんか居るわけねぇだろ。

しばらく鳴っていたが、ようやく止まった次の瞬間にはメールが到着。

いやいつ打ったのっ!?

 

恐る恐るメールを開く。嫌だ見たくないよっ!

 

 

[比企谷くんこんにちは、平塚です。麗らかな初夏の空気が心地よい大型連休をいかがお過ごしでしょうか?もしかしてまだ寝てるのかな?(笑)私は毎日早寝早起きでとても充実した休暇を過ごしておりますよ?ふふっ、先日は早起きのあまり気持ち良く散歩などしていたら、とても可愛らしい犬を連れた素敵な老夫婦とすれ違いましてね。可愛いワンちゃんですね、と声を掛けたら、とても嬉しそうにお辞儀されてしまいました(笑)あんな風にいつまでも仲良く過ごされている素敵な老夫婦を見ると、私などはすっかり和やかな気持ちになってしまいます(笑)ところで]

 

 

長げぇわ!まだ続くのん?

 

 

[せっかくの連休ですし、たまにはラーメン屋さんにでも行きませんか?ちょっと比企谷くんと久しぶりにラーメンが食べたくなってしまったもので……♪と思い先ほど何度か電話を掛けたのですが中々繋がらないので、こうしてメールをさせて頂いた次第です。……………電話、気付いてますよね?……………メール、今見てますよね?…………もうそろそろ到着しますのでよろしくおねが]

 

 

「到着しちゃうのっ!?」

 

ピンポーン……

 

うそまじで……?

え!?なに?なんかカメラとか仕掛けられて無いよね?

 

これはマズい。だが今日は幸い家に居るのは俺一人だ。小町も友達と遊びに行っている。

ここは居留守一択でしょ……

 

ピンポーン……ピンポーン………………………………ピンポピンポピンピンピンピピピピピピピピピピピンポーン……

 

やべぇよ……百烈拳なの……?

インターホンがひでぶっちゃうっ!

 

息を潜め本を読み続ける事およそ五分。

ようやく静かになったかと一息ついて本から視線を上げると、なんか目が合った。

 

「ひぃっ!?」

 

視線の先には、庭からリビングの窓を覗き込んでいる平塚先生がいらっしゃいました。

こーらっ!静ちゃん!教師の癖に不法侵入なんかしちゃダメだゾっ☆

もちろん教師以外も不法侵入ダメ!絶対!

 

目が合った途端にとてもニッコリとした平塚先生からは、今日は逃げられないのだろうなと思いました。

 

 

× × ×

 

 

「すまんな……比企谷……なんの応答も無かったから、なにかあったものかとちょっと心配になってな……なってね?」

 

玄関にて本当に申し訳なさそうに不法侵入を謝罪する先生を見て、まぁ俺も電話もメールもインターホンも無視したしな、と、ちょっと可哀想になってしまった。

だってあの平塚先生がすげぇしゅんってしてんだもん。

 

「いや、俺も読書に夢中になりすぎて電話とか全然気付かなかったんで。心配して頂いてありがとうございます」

 

嘘です全て確信犯です。

 

「そっ!そうか!しかしなにもなくて良かった良かった!」

 

と、急にぱぁっと笑顔の花が咲いた。

ホント悪い人じゃねぇんだけどなぁ、この人……

しかし休日に生徒の家に押し掛けるとかさすがに引くわ。てか怖い。

 

「よしっ!それじゃあ行くかっ」

 

嬉しそうに同行を促してくる先生だが、俺に選択権は無いんですかね無いんです。

 

仕方ないので先生に待っていてもらい、外出の準備をしてきた。

まぁラーメン食いに行くくらいならいいだろう。GWになんの予定も無くて寂しいんだろうな。

いやいや、結婚の噂とかは!?

 

しかし今日の先生は、割と丈の短めな黒の大人なワンピース姿か……せ、先生がスカートとは……無駄に美人だから困んだよなぁ。なんか脚とか引き締まっててこれまた無駄に綺麗だし。

それにラーメン食いに行くだけで、なんでそんなにお洒落なんだよ……

 

 

先生は先に運転席に乗り込むと、俺には助手席に乗り込むようにと手招きした。

指示に従い助手席のドアを開けると……

 

「…………………」

 

いやなんでだよ……

助手席には、先生の私物のゼクシィが置かれていた。

っておい!その下にはたまごクラブひよこクラブとかまであんじゃねぇかよ!!

 

え?なに?もう妊娠までしちゃってるのん?この件に触れた方がいいのん?

 

「……お、おっと、スマンスマン!つい最近の愛読書を助手席に置きっぱなしのままだったよ!」

 

言いながらゼクシィ達を後部シートへ大事そうに移動させる。

 

「あ、や、大丈夫です……」

 

イカンこれはなんか知らんが触れたら負けな気がする……

俺は黙って助手席へと腰をおろした。

 

な、なんかはにかんだ表情で触れて欲しそうに横目でチラチラ見てくるんですけどっ!

くっ……触れちゃダメだ触れちゃダメだ触れちゃダメだ触れちゃダメだ!

 

「……もうっ」

 

比企谷ったらしょうがないなぁっ!ってくらいのニュアンスで、軽くクスリと微笑んだあとやれやれと溜め息を吐く平塚先生。

僕はどうしたら正解だったんでしょうか……?

 

 

× × ×

 

 

車に乗る事どれくらいだろうか?

ほんの数分のような永遠のような時間が過ぎていき、車は目的地へと到着した。

 

「比企谷、着いたぞっ」

 

ワクワクが止まらない少年のように車を降りる先生。

あんたどんだけラーメン好きなんだよ。

 

しかしそういえば今日はいきなり無理矢理連れてこられたが、どこのラーメン屋に来たんだ?なんも聞いて無かったわ。

車から降りて本日ご厄介になるラーメン屋の店構えを見て、俺は一言洩らした。

 

「あれ?ここって」

 

「ふふっ、どうだ比企谷。懐かしいだろう?」

 

そこは、随分前に平塚先生と一緒に来たラーメン屋だった。

 

「ふふっ、以前君に紹介して貰ったラーメン屋だからな。今日はここに来たかったのだよ……来たかったの……」

 

思い出したかのような言い直しもそろそろ慣れてきてしまった今日この頃。もちろん意図は解りかねますが。

キャラの路線変更でもしようとしてるんですかね。

 

 

しかし、だったらなぜこの店なのか?確かあの時……

 

「だったらあの時に先生が今度連れてってくれるって言ってた先生のお勧めの店でも良かったんじゃないですかね……?」

 

ま、もっともそこには卒業してからとか言ってたが。

 

「ま、まぁそれもそうなんだが……ここは思い出の場所でもあるし……その……ゴニョゴニョ……も、近くにあるからな……あるしね」

 

なんの思い出ですかね。

そしてゴニョゴニョってなんだよ。

突っ込む前にそそくさと店内へと入っていく平塚先生。いやだからなんで照れ照れしてんだよ。両頬を手で押さえながら流し目でこっちを見るんじゃありません!

 

 

以前来た時は行列に並んだのだが、今日はまだ開店直後という早めの時間だからか、すんなりと店内に入れた。

二人揃って迷わずとんこつを選ぶ辺りが漢らしいよね!

 

「コナオトシで」

 

相変わらず注文の仕方が格好良すぎる女だぜ。

………そういや格好といえば、以前来た時も平塚先生はこんなような黒のワンピース……むしろドレスを着て周りの客から目立ちまくってたっけな。

あの時なんで先生と一緒に来たんだっけか?なんで先生ドレスなんて着てたんだっけね。

 

そんな不毛な考えなど吹き飛ばし、しばし戦いへと集中する。戦いに集中せずに余計な思考に気持ちを紛らわすなんてラーメンさんに失礼だからな。

 

 

熱き戦いも、やはりラーメンさんの勝利で幕を下ろし店を出る。いやー、やっぱ旨いわ!ラーメン最強説は健在だねっ!

 

「では駐車場から車を取ってくるから入り口で待っていたまえ」

 

「は?は、はぁ」

 

若干“は”のゲシュタルト崩壊を起こしかねない俺の返事にはワケがある。

だって車取ってくるもなにも、駐車場目の前なんだもん。

来た時は俺も駐車場から来たよね?

 

まぁ一応、待ってろと言われたら待っているのが世の情け。

腹も一杯だし、お言葉に甘えるとしましょうかね。

 

もちろん目の前から車を取ってくるだけだから待つこと数秒、すぐさま車が横付けされました。

平塚先生が「乗りたまえ」と目で語り掛けてるので大人しくドアを開けると……

 

「………………」

 

「おっと!スマンスマン!……愛読書を助手席に置きっぱなしにしてしまったみたいだ!愛読書をっ!」

 

あっれ〜……?さっきその私物の愛読書(ゼクシィ他)って後部シートに置きましたよね……?

 

え?やっぱ触れなきゃダメなのん?

だが断る!

 

逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ!

触れてしまったら大事な何かを失ってしまいそうなのん。

 

だから黙って座る俺を、小指の爪を噛みながら悩ましげな表情でチラチラ横目で見てくるのやめてっ!

 

「さ、さぁ、行きましょうかっ!」

 

一切先生を見なかった事にして出発を促す。それはもう必死に。

 

「……意気地なしっ……」

 

いやいや小声でボソッとなに言ってんの!?

確かに俺は自他共に認めるヘタレではあるが、この状況で意気地なしってどういうこと!?どうしたら正解なのっ!?

 

ただし正解を出してはいけないのだと強く強く感じております。まる。

 

 

× × ×

 

 

まだまだ納得がいかない様子ではあるが、先生は渋々車を発車させた。

だがなぜか逆方向に……

 

「えっと……ラーメン食い終わったし、もう帰るんじゃないんすか……?」

 

「あ、ああ。もう一ヶ所だけ寄りたい所があってね……あ、あるの……」

 

言い直しに慣れてしまった俺も、さすがに平塚先生の「あるの……」はキツい。

くっそ……俺を殺す気かよ……

 

一体どこに連れてかれるのかと思いきや、車はほんの少しだけ走るとすぐに止められた。車を降りた先に広がった光景は…………

そう、ここは以前平塚先生が黒き衣(ドレス)を身に纏い、年下の従姉に負のオーラを撒き散らしながら仄暗い呪咀を吐いていた結婚式場兼教会だった……

え?もしかしてゴニョゴニョってここなの?

 

「ふふっ、懐かしいな……」

 

先生がはにかんだ笑顔で教会を眺める。

いやアンタそんな素敵な笑顔で懐かしめるような状態じゃなかったからね?

 

「あの時はかなり参っていたのだが君に助けだされたからな。正直なかなかの運命を感じたよ。辛い教会から連れ去られるなんて、まるで往年の名作映画、『卒業』のヒロインにでもなったかのようだったよ……」

 

クスリと微笑みながら、頬を染めて優しく俺を見つめる先生。

いやアンタ花嫁どころか花嫁に怨念送ってる側だったからね?なんなら連れ去られたのは俺の方だしね!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はそこらのラノベの鈍感系主人公ではない。むしろ敏感だ。

てか敏感じゃなくても、ここまでお膳立てされれば馬鹿でも解る。

 

俺は…………どこかで致命的なミスを犯したのだろうか……?どこかで知らず知らずの内にとんでもないヘマをやらかしていたのだろうか……?

恐怖と後悔に白目を剥きかけていると先生から声が掛かる。

 

「ときに比企谷」

 

「ひひゃひゃいっ!」

 

「君は確か八月くらいが誕生日だったかね?」

 

「そ、そっすね!は、八月八日が誕生日になりますっ!」

 

な、なぜ急にそんな話に……?

 

「……………そうか。それではあと三ヶ月もすれば、ついに君も18になるのか……………………………………………ふふっ、そうか比企谷ももう18かぁ、それは楽しみだな、なぁ比企谷……?」

 

 

まるで純真な少女のように赤らんだ頬で、平塚先生はいつぞやの…………そう、クリスマスイベント辺りで奉仕部が崩壊しかけていた時に連れていかれた東京湾河口の橋の上と同じように俺の肩を優しく抱いた。

 

だがあの時と明らかに違う、まるで包み込むように……ともすれば獲物を絡めとる蜘蛛の糸のような、粘っこくまとわりつくような、もう逃げ道などないかのような抱き方で……

 

 

「はっはっは!あー、楽しみだなぁっ!…………ねっ、比企谷っ……」

 

 

もじもじと内股になりながらもバシバシと背中を叩く平塚先生を戦慄の眼差しで見ながら俺は思う……

 

 

 

 

 

 

 

 

僕、もう終わりなのん?

 

 

 

 

終わり(意味深)

 

 

 






あ、ありがとうございました……
こ、これはヒドい(汗)こんなんでも楽しんで頂けたのなら幸いです(白目)


平塚先生まで書いてしまい、気付けばヒロインアンケートのメンバーをほぼ網羅しちゃってると言うね。
さがみんも狂宴で出しましたしね。たぶん次にアンケートやっても誰にも信じて貰えないんだろうな(苦笑)

しかしこれでほぼ網羅した事により、さすがにネタ切れ感が否めませんw
1話1話に全勢力を傾けてるから二週目とか無理ですっ><


てか短編なのに28話って!
私、あまりランキングとかに興味無いので知らなかったのですが、短編カテゴリーでのランキングってあるんですね。
で、そこ見たらコレが短編累計の4位になってました……

いやいや、他の短編作者さん達が1話完結とか少ない話数で累計ランキング入って頑張ってるのに、27話も使って4位に入っちゃってるのって、これってどうなの……?って真剣に思いました(-ω-;)
でも今さら連載に変更するのもなぁ……変更しようかなぁ……でも短編集謳ってるから短編は短編だしなぁ……



とまぁ、それとは関係無くほぼヒロインを網羅した事もあり、一旦この短編集を軽く締めようかな?と。
ま、誰も信用してくれないとは思いますけど!

とりあえず今までみたいに定期的な更新ではなく、思いついた時に思いついたネタをまったり更新できたらなぁ、とか思っております!

香織とか愛ちゃんとかのオリキャラもそのうちやるかもっ☆

ではでは!また近いうちにお会いしましょう!(近いうちなのかよ)



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ぼっち王子はぼっち姫の居城へと【前編】


ご無沙汰しております。恋する乙女の恋物語集でございます!


さぁ、ついに萌え死者続出待ったなし?の真のラスボスなあの子が、満を持しての再登場ですよ?
本っ当に本っ当にお待たせしました!





 

 

 

ついに来てしまったのか……

目の前にそびえる、特になんの変哲もないごく一般的な一軒家が、今の僕には監獄に見えますよ?

いや、ここに入ったあとに監獄に連れていかれるのん?

 

他人の家にお呼ばれするのなんて、子供の頃にお情けでお誕生会に呼ばれて以来だ。

もちろん呼んでもらえたはずなのに、コイツなんで居んの?って目で見られるまでが通常営業です。

 

一応手土産は持った。服装もカジュアル過ぎず真面目過ぎずなこの感じで問題ないだろう。

そして俺は意を決してインターホンに手を伸ばした。

ピンポーンと、普段ならなんてことのない音のはずなのに、今はギロチンが落ちてきた音に聞こえるからアラ不思議。

 

 

しばらくすると玄関がガチャリと開き、可愛らしいエプロン姿で長い黒髪をシュシュでポニーテールにした可憐な少女が顔を覗かせ、俺の顔を見るなりうっすらと紅色に染まる笑顔の花が咲いた。

 

「八幡いらっしゃい。待ってたよ」

 

「お、おう」

 

俺は今日、ついに鶴見家への強制呼び出しを食らったのだ。

 

 

× × ×

 

 

「八幡。早く入って。時間勿体ないから」

 

門までとてとてお出迎えに来てくれた留美は、俺の手をぎゅっと握り玄関まで引っ張っていく。

いやだから普通に手を繋ぐの恥ずかしいからやめて貰えませんかねルミルミ。

 

しかし後ろ姿しか見えない留美を見ると耳が真っ赤になっている事から、そんなに普通ってわけではなさそうだ。ふ〜っ、一安心だぜ。

やだむしろ恥ずかしいっ!

 

「入って」

 

「おじゃましまーす……」

 

ドアをくぐって玄関に入ると、たぶんリビングがある方向からであろう、スリッパでパタパタと走ってくる音がした。

や、やべぇ……ついに遭遇しちまうのか……大丈夫?可愛い娘がこんな目をした男連れてきちゃったら、普通通報しちゃうよね?

 

「あらいらっしゃ〜い!比企谷くんね?待ってたわよ〜?ふふふっ、結構イケメンじゃない!ママ安心しちゃったぁ」

 

パタパタと現れたのは、これまたエプロン姿のとても綺麗な女性。

さすが留美の母親だな。想像以上に美人だ。

しかもイケメンとかいうお世辞はどうでもいいとして、とりあえず即通報されるような事はなさそうだ。

 

「まったくもう留美ったら!ピンポン鳴った途端にすごい勢いで飛び出してっちゃうんだから〜っ」

 

「マっ……お母さん……うるさい。余計なこと言わないで……」

 

真っ赤に俯くルミルミ。

やばいなんか可愛いんですけど。

てか俺まで赤くなっちゃうからやめてね!

にしても普段はママって呼んでんだな。やっぱこの思春期に人前でママ呼びはちょっと恥ずかしいですよねー。

由比ヶ浜は除外な方向でオナシャス。

 

「えっと……初めまして。留美……さんの、知人?の比企谷と申します」

 

「あら、こちらこそ初めましてー!知人だなんて他人行儀ねぇ。留美の母親やってます……えっとぉ、ルミママって読んでくれればいいわよ?もしくはお義母さん?」

 

いや呼べるかよ。

 

「それにしても、うふふっ!そんなに仲良さそうに手ぇ繋いじゃってー!このこのぉっ」

 

「……!?」「……!?」

ひぃっ……留美に手を引っ張られたままだったことをすっかり失念していた……

慌てて離すが時すでに遅し。なんか超によによしちゃってるんですけどこの人……

 

「い、いやいや違うんですよ?げ、玄関まで留美……さんに引っ張って来られたってだけでっ」

 

「大丈夫大丈夫!ちゃんと分かってるからっ」

 

どっち方面で分かってるんですかね。

 

「マ、お母さんもううるさいっ……ほら八幡、早く上がって……………あと留美さんとかキモいからやめて。……留美」

 

「お、おう。おじゃまします……あ、こんなもんでスミマセン。えっと……つまらないものですけど……」

 

「まぁ、わざわざこんなことしてくれなくてもいいのに〜!うふふっ、でもありがと。有り難く頂くわね、比企谷君っ。あ、八幡君の方がいいかしらっ?」

 

「……ひ、比企谷でお願いします……」

 

「ふふっ、了解よ?八幡君っ」

 

「…………」

 

僕もうダメです。出会い頭から完全にペース握られちゃってますやん。

 

 

× × ×

 

 

リビングに通された俺は、現在一人ソファーにてくつろぎ中である。くつろげるかよ。

リビングから見えるキッチンにて、鶴見母娘は昼飯の準備をしてくれているらしい。

 

そっか。だからエプロン姿でポニーテールだったのか。なんかすっげぇ可愛かったなルミルミ。

……いや、あくまでも兄的な目線でね?

ポニテでエプロンしたルミルミに「お兄ちゃん、ごはん出来たけど食べんの……?」とか冷たく言われた日にはなにかに目覚めちゃいそう!すでになんか目覚めかけてね?

 

しかし意外だったのはルミママだよな。

留美の母親だからもっと落ち着いてるクール系美女かと思ってたら、由比ヶ浜マよりもさらにフランクな感じだったな。

フランク過ぎてぼっちには引きつった笑いしか出来ないレベル。ちなみにシリアスな笑いでは無い。

 

 

あんな明るい母親なのに、なんで留美はあんなに落ち着いてるんだ?父ちゃんが落ち着いた人なんだろうか?

 

父親と言えば、今日はゴルフコンペに行ってて夜遅いらしい。

留美が連れてきたとか知られたら、どうやらマジで俺殺されちゃうらしいから、アクシデントで早く帰って来ちゃいましたー!的なお約束は是非ともやめて頂きたい。

いや別にフラグとかじゃないからね?

 

そんな不安にゾクゾクしていると留美がててっと走ってきた。

 

「八幡。ごはん出来たよ。行こ?」

 

優しげな微笑みで俺の手を引っ張る留美を、嬉しそうな笑顔でルミママが見つめてます。

だからやめてっ!ルミルミ!

 

 

「うおっ……すげぇ」

 

テーブルに着くと、そこにはなんとも旨そうな料理が並んでいた。

上に掛かったたっぷりチーズがトロットロそうなミートドリア。ソーセージと野菜がゴロゴロしているポトフ。揚げたてのフライドチキンに温玉が乗ったシーザーサラダ。

 

前に留美がお母さん料理が得意だから期待してて?とか言ってたけど、マジですげぇ旨そう。

 

「どう?お母さんのごはん美味しそうでしょ」

 

「おう、すっげぇ旨そう。……でも、留美もコレ手伝ったのか?すげぇな」

 

「……………っ!べ、別になんてことない……」

 

エプロンの裾を両手で握ってモジモジする留美が可愛すぎて、思わず頭をポンポンと撫でてしまった。

 

「いやマジですげぇって。留美はいい嫁さんになりそうだな」

 

「うぅ……八幡の……変態」

 

なんで?

 

「ほらほらぁ、いつまでもイチャついてるんじゃないわよ?冷めちゃうから早く食べましょっ?」

 

軽く洗い物をしていたルミママが、エプロンで手を拭きながらテーブルにやってきた。

ぐふっ……また恥ずかしい所を見られてしまった……

 

「それでは〜……留美が初めて彼氏を連れてきたお祝いにぃ、カンパーイ!」

 

「いや彼氏じゃないですからっ!」

 

「もー、八幡君てばそういうのいいからぁ!」

 

いやマジですって。

てかルミルミも否定しようよ!?

と留美を見ると、真っ赤に俯きながらもルミママと乾杯していた。

いやなんで!?

 

「じゃあ頂きましょー。八幡君召し上がれ〜」

 

「……八幡、食べて?」

 

「あ、や、頂き……ます」

 

なんか彼氏発言が流されちゃったまま食事が始まってしまいました。

あれ?俺ルミルミと交際スタートさせてないよね?

 

 

× × ×

 

 

端的に言うと、このご馳走はマジで美味かった。

ドリアなんかトロトロクリーミーだし、ポトフはソーセージをチョリソーに変えてたみたいでピリ辛で美味。

フライドチキンもカリッカリのジューシーでめちゃくちゃ美味いし、カリカリベーコンとカリカリクルトンに温玉をトロッと割ったシーザーサラダも、シーザードレッシングが手作りらしくて超美味い。

 

 

あまりにも美味くて、夢中で食ってる最中に留美がチラチラ俺に視線を向けてくるのもあんま気付かない程だった。

たまに目が合うとすぐ恥ずかしそうに俯いちゃうし。

 

「ごちそうさまでした。マジで美味かったです」

 

「ん〜、八幡君のお口に合って良かったわぁ!ねぇ?留美〜。ふふふっ、お粗末さまっ」

 

「お粗末さま……でした」

 

いやホント美味かった。やばいよ八幡胃袋掴まれちゃうっ!

すると留美がモジモジと上目遣いになって聞いてくる。

 

「あの……八幡」

 

「どうした?」

 

「……う、その……どれが美味しかった?」

 

「へ?どれが?……いやどれもマジで美味かったけど」

 

するとなぜか留美がぷくぅっと頬を膨らます。

え?なんか怒らすようなこと言っちゃった?

 

「だからっ……特にどれが美味しかったか聞いてんの。……ちゃんと人の話聞いてよバカはちまん」

 

はいスミマセンでした。

なんか超久しぶりのバカはちまん頂きました!

 

「いや、ホントどれも美味かったけど……そうだな。ドリアなんかすっげぇトロトロクリーミーで美味かったぞ」

 

すると、ぷくっと頬っぺだったルミルミが、一気に破顔した。それはもう嬉しそうに幸せそうに。

どれくらい嬉しそうかと言うと、ニヤニヤを誤魔化す為にリンゴみたいに真っ赤に染まった自分の頬っぺたをぐにぐにしちゃうくらいに。

うん。誤魔化せてませんね。

 

「良かったね〜!留美〜」

 

「うんっ!…………あ、べ、別になんてことないけどっ………………………えへへぇっ……ん!んん!」

 

「え?なに?ど、どうかしたんですか?」

 

するとルミママがニヤニヤと笑い、人差し指をピッと伸ばす。

 

「実はねぇ、そのドリア。八幡君の為にって、留美が一人で作ったものなのっ」

 

へ?マジで?

 

「八幡君が家に来るって決まってから、何度も何度も練習してたのよね〜、留美っ!?」

 

すると留美はものっすごい恥ずかしそうにチラッ、チラッと俺を上目遣いで見ながらぽしょぽしょと言葉を紡ぐ。

 

「前に……八幡が、サイゼのミラノ風ドリアを良く食べてるって言ってたから……八幡の好物なのかなぁ……って思って……ママ……っ……お、お母さんに教えて貰って、ずっと練習……してたのっ……」

サイゼさんごめんなさい。

留美のドリアの方が8万倍美味かったです。

 

なんかもうそんな留美が可愛すぎて、ルミママにからかわれるであろう事もはばからず、隣に座る留美の頭を優しく撫でた。

 

「ありがとなルミルミ。今まで食ったドリアの中でも圧倒的にダントツで美味かったぞ?」

 

 

すると頭を撫でられながら、気持ちよさそうにうっとりしていたルミルミは、恥ずかしそうにこう言うのだった。

 

 

「ルミルミ言わないで……キモいっ……」

 

 

 

 

続く





お久しぶりの短編集でしたがありがとうございました!

いやいやついにやってしまいましたよ、鶴見家へのお宅訪問。
ルミルミ可愛いよルミルミ(・ω・)

前にルミルミ短編書いたのが随分昔の出来事な気がしますが、待っててくれた人っていらっしゃるんでしょうかね〜?


今回のぼっち姫お宅訪問シリーズは、たぶん三話くらいになると思いますのでお付き合いよろしくです!
次回更新はまだまだ未定ですよー。




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ぼっち王子はぼっち姫の居城へと【中編】






なんか……やってしまいました。






 

 

 

「それでね、八幡君っ!もう留美ったらパパが居ないとこだといっつもいっつも八幡八幡言ってるのよ〜?」

 

「お母さんほんともういいから……あっち行っててっ……」

 

「いーやっ!ママだって八幡君ともっとお話したいんだからー。でねー?八幡君。こないだシーから帰って来たあとなんてねぇ?」

 

「わー!わー!わー!……もうお母さんホントやだっ!……八幡。お母さんの話なんて聞かなくていいから……」

 

「なんでよ〜?だって留美ったらホント可愛かったのよ?だってこの子ったら…」

 

「もうホントいい加減にしてよママ!……うぅぅ……バカはちまん……」

 

なぜか俺が罵られました。

 

現在昼飯が終わり、俺は鶴見母娘のガールズトーク?に引きつった笑いで付き合わされている最中である。

母親が子供の赤裸々トークを子供の目の前でカミングアウトしまくって、子供が恥ずかしくて死にたくなるってよくありますよね。

 

その例に漏れず、留美も足をバタバタさせながらちっちゃい手で顔を覆い隠して悶えに悶えている。

通常のそんな光景と違うのは、それを聞かされている俺も手で顔を覆いたいくらいに恥ずかしいという点だろう。やだマジ恥ずかしい。

 

「もうっ!ママあっち行って……!」

 

「もう留美ったらしょうがないわね〜。いつもみたいに満面の笑顔で八幡八幡って言えばいいのに〜」

 

「ママぁっっっ!」

 

「はいはい。それじゃあ八幡君が買ってきてくれたケーキでも頂きましょうか?ママお茶入れてくるわね」

 

悶える娘と悶える俺を残してキッチンへと去っていったルミママを複雑な思いで見送りつつ、留美の方に視線を向けると涙目の留美が真っ赤な顔で口を尖らせて、なぜか俺を睨んでいた。

やだちょっと理不尽。

 

 

とにかくルミママが席を外した事で、ようやくリビングは、というか留美が落ち着きを取り戻したと思った矢先、なんかルミママがすぐに引き返してきた。

 

「留美ごめんっ。紅茶切らしちゃってたみたいだから、ちょっとコンビニで買ってきてくれない?」

 

「……えー……やだ」

 

「いいじゃないすぐそこなんだから〜」

 

「だって、お母さんと八幡残して行きたくないもん」

 

確かに俺もこのお母さんと二人で残りたくはない。

 

「あの……俺が買ってきますよ」

 

「八幡君はお客様なんだからいいのっ」

 

「だったら八幡、一緒に行こ?」

 

「留〜美!だから八幡君はお客様だって言ってるでしょ?お客様にお買い物頼むなんて失礼なことはママ許しませんっ」

 

すると留美が、ぶす〜っとすっごいむくれっ面になる。

 

「……だったらママが行ってくればいいじゃんっ……」

 

「母親として、年頃の娘と年頃の男の子を家に残して出ていけるわけ無いでしょ?」

 

い、いや、なんかするわけないでしょうが!

と、若干非難の目をルミママに向けたのだが、その時ルミママと目があった。

…………ほーん。

 

「留美。まぁお袋さんの言う事ももっともっちゃもっともだ。ちゃんと待ってっから、ちょっと買ってきてくんねぇかな」

 

「八幡まで……分かった。買ってくる……急いで帰ってくるから、お母さんと変な話しないでよね八幡」

 

「あんがとな、留美」

 

ポンポンと頭を撫でると、渋りながらも赤くなって目を逸らした。

やべぇな……今日だけで一体何回お兄ちゃんスキルが発揮されちまうんだよ。

俺は悪くない。社会が悪い。可愛すぎるルミルミが悪いのだ。

 

「んじゃあよろしくな」

 

「うん」

 

早く帰って来たいのだろう。ててっと急いで家を出ていく留美を見送る。

さて……

 

「比企谷君。ちょっとお話があるの。聞いてくれるかしら」

 

「……はい」

 

本日呼び出しを食らった理由はどうやらここからが本題のようだ。

ふぅ、リビングに待っているのは果たして鬼か蛇か……

 

 

× × ×

 

 

ソファーに向かい合って座ると、早速留美の母親が話し掛けてきた。

 

「さ、留美が帰ってきちゃう前にきちんとお話しとかなくちゃね。改めまして。比企谷君、今日はわざわざ来てくれてありかとう」

 

留美の母親は、先ほどまでのフランクさのナリを潜ませ、落ち着いた様子で語り掛けてくる。

成る程。やっぱ留美の母親だわ。

 

「……いえ、こちらこそご挨拶が遅くなってしまってスミマセン」

 

これからどんな会話が成されるのかも知らない俺は思わず畏まってしまったのだが、そんな俺を見て留美の母親は優しく微笑んだ。

 

「ふふっ、そんなに畏まらなくてもいいのよ?私はただ、比企谷君にどうしてもお礼を言いたくて来てもらったんだから」

 

「お礼、ですか……?」

 

どういう事か尋ねようとすると、留美の母親はおもむろに頭を下げた。

 

「比企谷君。あなたには感謝してもしきれないわ。留美に、娘に笑顔を取り戻させてくれてありがとう」

 

「ち、ちょっ?」

 

そして、留美の母親が苦しい胸の内を語りだした。

 

 

「……去年の夏前くらいだったかしら……あの子、急に笑わなくなっちゃってね?ちょうどその頃から家にお友達を連れてくる事も無くなっちゃったから、もしかしたら留美はお友達と何かあったんじゃないか……って心配していたの」

 

そうか。千葉村での一件よりも前からああいう状態が始まってたんだもんな。

 

「でもあの子、私達に心配掛けたくないからか、なんにも言ってくれなくってね?……だから私も父親も、留美が自分から話してくれるまで待とうって、気付かないフリをしていたの」

 

「……」

 

「結局そのまま夏休みに入っちゃってね?学校で千葉村に行く事になったみたいで、私達は気付かないフリしながらも、夏は暑いし疲れちゃうから、無理に行かなくてもいいのよ?って言ったんだけど、あの子が自分でどうしても行くっていうものだから、心配だったけど行かせたの。……ちょっと過保護だけど、知り合いに様子を見るのをお願いしてね」

 

知り合い?

 

「千葉村から帰ってきてから、あの子ちょっとずつだけど笑うようになったの。その時はまだ理由を言ってくれなかったけどね」

 

そうか……あんな最悪な解消の仕方だったけど、あの時からちょっとずつでも留美は強くなれていたのか。

 

「でもね?あの子が一気に変わったのはクリスマスの前あたりからなの!……ふふっ、その頃からなのよ?あの子が八幡って言いだしたのは。最初はなんの事かと思ったんだけど、コミュニティーセンターから帰ってくる度に『今日八幡がめんどくさそうな顔して手伝ってくれたの!』『八幡が劇の主役やらないか?って言ってくれたの!』って、もうホント嬉しそうに」

 

あいつ、あんなに「どうしてもって言うならやってあげてもいいけど」みたいな顔してやがったくせに、ホントはそんなに楽しそうだったのか。

 

「だからさすがに私も聞いちゃったのよ。八幡って誰のことなの?って。…………そしたら、その時になってやっと全部話してくれたのよ、あの子。八幡は千葉村で出会った高校生だって。そしてそこで留美の為に苦しんでくれた人なんだって。夏前からお友達となにがあったかって事も、クリスマスであなたと再会できて嬉しかったってことも全部」

 

「そう……なんですか」

 

すると留美の母親は、とてもとても悲しげな笑顔になった。当時の辛い心境を思い出すかのように。

 

「私は母親なのに、愛する娘が苦しんでる時になんにもしてあげられなかったの……情けないわよね、母親なのに…………だから留美からあなたの事を聞いて、ホントはちょっと悔しかったのよ。母親の私がなんにも出来なかったのに、見ず知らずの高校生に負けちゃうなんてね……って」

 

「でも……留美を真っ直ぐに育てた親御さんが居たからこそ、そんな状態でもあんなにいい子のままへこたれずに頑張れていたんだと思いますよ」

 

そう言う俺の言葉に、悲しげな笑顔から一転、とても優しい笑顔へと変わった。

 

「うふふっ、本当にしっかりしたいい子なのね、比企谷君は!留美の言ってた通りの男の子でホント良かったわっ」

 

「あ、や、そ、そんな大したもんでは…」

 

「悔しかったんだけどねっ?でもそれ以上に本当に本当にすっごく嬉しかったのよ。やっと留美が笑ってくれたってこと!……だから改めてもう一度言わせてね?……ありがとう、比企谷君。留美を笑顔にしてくれて」

 

俺は、こんな立派な母親に、こんな風に感謝してもらえる事なんて何一つやっちゃいない。

……やっちゃいないが、ここでそれを言うのはなんだか無粋な気がした。

だから、一言だけ返しておこう。

 

「……いえ、とんでもないです」

 

 

× × ×

 

 

そんな畏まった話が一段落すると、留美の母親とはまた色んな話をした。

なんとルミママと平塚先生は高校時代の先輩と後輩の仲らしく、千葉村でも信頼出来る平塚先生にお世話をお願いしたんだそうだ。

まぁそりゃ普通に考えたら高校教師がなぜ小学生の林間学校のお世話をボランティアで行くんだよ?って話だよな。

てかルミママっていくつだよ。むしろ平塚先生がいくつだよ。

 

それにしても、てことは平塚先生は最初からなにか問題がある事を知っていて、俺達に解決の課題を出していたって事なんだろう。

 

 

『そりゃ、いくら娘がしっかりしててその娘が信用して懐いてるからって、見ず知らずの男子高校生と夜遅くまでディスティニーで遊ぶことなんて許すわけないでしょお?』

 

とは、ケラケラ笑いながら話したルミママの談である。

どうやら留美が家で俺の話題を出すようになってから、俺のことはこっそりと平塚先生からリサーチ済みだったらしい。

ですよねー。ルミママの娘への貞操観念にちょっと安心した瞬間であった。

 

しかし平塚先生は俺のことをなんと言っていたのやら……ま、どうせいつぞやのように『リスクリターンの計算と自己保身に関してはなかなかのもの。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない小悪党』とかなんとかだろうな。

 

「さて!それじゃあそろそろ留美も帰ってくる頃だろうし、最後にもう1つだけ」

 

「な、なんでしょう……?」

 

「あの子、ホントに比企谷君を心から信頼しているの。だからね?申し訳ないんだけど、あの子の我儘に付き合っててもらえないかしら?」

 

「我儘、とは……?」

 

「彼氏のフリをしてあげたままでいて欲しいってこと!……ふふっ、大変でしょ?高校三年生が、中学一年生の彼氏になってあげてるなんて。世間体とかね?」

 

ニヤっと笑うルミママに、あはは……としか返せない。

 

「ちゃーんと分かってるから。留美の勘違いなんだって。だから愛する娘を持つ母親の我儘だと思ってお願い出来ないかな?比企谷君。……私、留美が苦しんでる時になんにもしてあげられなかったダメダメな母親だから、せめてこれからは留美が幸せになれる為にだったらなんだってしてあげたいの」

 

こんな良い母親にこんな風に懇願されちまったら断りようがないわな。

そもそも俺自身が留美の勘違いに対して断りきれてないわけだし。

ったく……こんな良い親御さんの爪の垢を煎じて、うちのクソ親父に飲ませてやりてぇぜ。

 

もとより留美が本当に好きなやつでも出来るくらいまでは、留美の勘違いに付き合ってやるつもりだったわけだから、答えなんか決まってる。

 

「まぁ……俺なんかでお役に立てるんなら、しばらくは留美の勘違いに付き合いますよ」

 

「うふふっ、さすが留美とルミママが見込んだ男の子ね!それじゃあ今後ともよろしくね、八幡君っ」

 

「うっす」

 

話が付いたちょうどその頃、心配そうな顔した留美が帰ってきた。

 

「ただいま。八幡……お母さんと変な話してなかった?」

 

「おうおかえり。大丈夫だぞ?留美がいつくらいまでオネショしてたのかなんて全然聞いてねぇから」

 

「……バカはちまんっ」

 

ペシッと頭にチョップを食らわせてからむくれっ面でパタパタとキッチンへと走っていく留美の背中を見ながら、あの母親に愛されてればこいつの将来は安泰だな、なんて思う今日の八幡なのでした〜。

 

 

× × ×

 

 

留美が買ってきてくれた紅茶を飲みながらケーキも食い終わり、さてそろそろおいとましましょうかね?と思っていたのだが、ルミママはまだ俺を帰してはくれないようだ。

 

「あ、留美!せっかくだから、留美のお部屋に八幡君をご招待してあげたら〜?」

 

いやいやもう私帰りますんで。

 

「え……う、うんっ」

 

ちょっと留美さん?そんなに恥じらってまでそんな危険な提案を肯定するんじゃありませんっ!

なんでちょっと嬉しそうなのん?

 

いくら留美が中学一年の子供と言ったって、さすがに女の子の部屋に二人っきりとか八幡恥ずかしいんですけど。

 

「あ、いや、俺はそろそろ…」

 

「は、八幡……ほら、早く行こ」

 

断る気まんまんだったのに、ルミルミに手を握られて逃げられなくなってしまったでござる。

 

「ひゅーひゅー!お二人さんお熱いわね〜!」

 

「……ほんとお母さんってバカ……もう知らないっ」

 

赤く染まった顔をプイッとしながらも、手は離してはくれないんですね。

結局そのまま無理矢理引っ張られて二階に連れていかれる俺に、ルミママが優しく声を掛けてくれた。

 

「八幡くーん。留美まだ中学生だから、不純な行為はほどほどにね〜?」

 

しねぇよ。てかほどほどってなんだよ?

あんたさっき今の状況全部理解してくれてるって言ってたばっかじゃねぇかよ……

すると階段を上がっていた留美が振り向いて、キョトンとした顔でとても可愛く首を傾げた。

 

「八幡。不純な行為ってなに?」

 

「……気にすんな」

 

「?」

 

あれかな?留美は友達居ないから、友達同士でそういった知識とかで盛り上がったりしないから分からないのかな?

俺は友達居なくても知識だけは豊富ですけどね?

 

 

留美の部屋の前までやってくると、留美はすっと手を離した。

 

「……八幡……ちょっと待ってて……ちらかってるかも知れないから、ちょっと片付けてくるっ」

 

もじもじっと一言を残し、一人室内へと入っていった。

やっぱり女の子の部屋って聖域なんでしょうか。

 

 

しばらくドアの前で待てをされていると、「もういーよ」と声がかかった。

 

やばい中学生の女の子の部屋に入るのにドキドキと緊張してる俺マジキモい。

そんなキモすぎる己をなんとか押さえつつ、俺は留美のお部屋へと突撃!

 

「……し、失礼しまーす」

 

なぜかちょっと震え声で敬語になっちゃう俺まじクール。

っべー!マジパないっしょ!マジでカッコ悪いっしょ!

 

ドアを開けた瞬間にふわりと鼻孔をくすぐる超いい匂い。

いやいや、僕なに意識しちゃってるのん?相手は留美だよ子供だよ?

 

「うん……」

 

部屋に入ると、留美は例の熊のぬいぐるみを抱っこして、壁を背もたれにしてベッドの上に座っていた。

 

ぐるりと部屋を見渡してみると、やはり留美の部屋らしく女子中学生、最近はJCって言うの?とは思えないくらい落ち着いた雰囲気だった。少なくとも、小町の部屋のようなバカそうな空気がしない。

それでも所々に置いてあるぬいぐるみやら小物なんかが、やっぱり女の子してんだなと感じた。

 

「……八幡……あんまり部屋じろじろ見ないで……恥ずかしい……」

 

「お、おうスマンなブッ!」

 

留美に部屋を観察している事をたしなめられ留美に視線を向けると…………その……なんだ。三角形の布が……ばっちり見えていた……

 

いやルミルミさん?お客さん居んのに、ベッドの上で膝を立てて座ってちゃダメでしょう?

 

 

「どうしたの?八幡」

 

すっげぇキョトンと首を傾げるルミルミから視線を逸らしていると、俺の赤くなった顔と逸らした視線、そして自分の位置と俺の位置と角度をゆっくりと認識していった留美は、とたんにぷしゅーっと音がするくらいに真っ赤になると、ガバァッっとスカートを押さえて女の子座りになった。

そして上目遣いのすげえ涙目で一言こう言うのだった。

 

 

「……八幡の……えっち……!」

 

 

完全に冤罪です。それでも僕はやってない。

 

 

 

続く

 






ありがとうございましたっ!


今回はルミルミ萌えかと思いきや、意外や意外ルミママ真面目ストーリーでした。
でもそれだけではなんなんで、最初で最後のラッキースケベをルミルミでやってしまいました……orz
まぁ超ソフトなラッキーなんで問題ないですね☆
原作でもあーしさんが見事な群れた布地を披露してましたしねー。

一応言っておきますと、ルミルミのチラリは外堀埋めの為の計算とかではありません!
ルミルミの外堀埋めは、そういった計算とか無縁の天然なのですから(*´∀`*)
ちゃんと言っとかないと、ルミルミの外堀埋めじゃね?と言われちゃいそうだったので言っときました( ̄^ ̄)ゞ

あと、三角形の布の色は読者さまの心の中の想いにお任せします☆


それでは後編でまたお会いしましょう!




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ぼっち王子はぼっち姫の居城へと【後編】




八幡、タイーホされたってよ





 

 

 

くっ……あんなものはただの布だと分かってはいるんだが……

 

「……う"〜〜〜っ」

 

女の子座りで一生懸命スカートを押さえ付けながら、涙目な上目遣いで睨んでくるこの留美の恥ずかしがりっぷりを目の当たりにするとこっちまで恥ずかしくなってしまう……

と、とりあえず声掛けてみっかな。

 

「あ〜っと……その、スマン」

 

いや別に俺に落ち度とか無いんですけどね?

すると真っ赤な顔で頬を膨らませながらも留美が答えてくれた。

 

「……べ、別にいい。パ、パン……ッ……くらい平気」

 

「お、おう、そうか。そりゃ助か…」

 

「……どうせ責任取って貰うんだし、これくらいなんてことない……」

 

え?なんだって?

なんか今恐ろしいこと言いました?穏やかじゃないっ!

 

「そんなことよりいつまでそんなとこにつっ立ってんの?……座ればいいでしょ」

 

とてもそんなことで片付けられないような台詞をスパッと横に置いて、視線を逸らしながら自分のすぐ隣をぽんぽんと叩く。つまり隣に座れ、と?

いやいや女の子の部屋で二人きりでベッドで隣同士に座るってのはさすがに恥ずかしくありませんかね。

 

「い、いや、俺は床でいいぞ?」

 

「…………パンツ見た癖に」

 

そんなにぽしょっと恐ろしいこと言わないで!

もう俺には選択の余地が無いということですね分かります。

 

「了解しました……」

 

「……ん」

 

仕方なく留美の隣にちょっと間を置いて腰掛けると、むっ!っと不満げなルミルミがピットリと隣に寄せていらっしゃいました(白目)

 

 

× × ×

 

 

やはりここは聞いといた方がいいんだろうか……?

敢えて避けては来たが、なんかこのままじゃまずい気がびんびんなんですもの。

取り返しがつかなくなる前に、ここはきちんと確認しとくべきだな。

 

ルミママは理解しているとは言ってくれたが、それでもどうしても腑に落ちない事を言われたんだよな。

 

「あのな?留美」

 

「なに」

 

「その、なんだ。……俺達の関係についてなんだが……」

 

「八幡と私の関係……?」

 

首をこてんっと傾げて、つぶらな瞳で俺を覗きこんでくる。

くっそ……やべぇよ……マジで俺ノーマルで助かったわ。これ、そっちの趣味があるやつだったら完全にヤバイやつだろ。

年下の女の子は妹に見えちゃうように調教してくれた小町マジ天使。

 

「おう……えっとだな…………俺と留美は、別に付き合ってるってワケではないよな?」

 

そうなのだ。ルミママにも言われたが、なんか彼氏みたいな事になっちゃってたんだけど、前に話した時はそんなんじゃ無かったはずなのだ。

 

「……えっ……」

 

やめてっ!そんな不安そうで悲しそうな顔しないでっ!なんだよこのすげぇ罪悪感。

やばいルミルミ泣いちゃいそう!

 

「あ!や!そ、そうじゃなくてだなっ!?ホ、ホラ!前に話した時に、その、なんだ、留美が大学生とかになった時に、俺にまだ彼女が居なかったら可哀想だから、その時は彼女になってくれるって話だったろ?」

 

「……あ。……うん」

 

あ。って、忘れてたのん?

 

「だよな?いや、昨今はな?色々と厳しいんだよ社会的なアレが」

 

「ロリコンってやつ?」

 

「ぶっ!お、おう、そうだな」

 

ちょっと留美さん?はっきり言わないでね?留美の口からロリコンとか言われると、なんか色んな意味でヤバイです。

 

「……だから少なくとも現段階で俺と留美が付き合うとかってのはマズいんだ」

 

八幡捕まっちゃうからねっ☆

すると留美はと〜っても不服そうに口を尖らせ拗ね始めちゃいました。

 

「別に……愛し合う男女の関係なんだから……他人にどうこう言われることじゃないのに……私もう大人だし……」

 

いやだからボソボソと恐いこと言わないで?

愛し合う男女の関係とか非常に危険な台詞だからね?

てかルミルミ俺大好き過ぎだろ……大丈夫なんでしょうか?僕……

 

しばらくブツブツと言っていた留美だったが、ようやく自分の中で妥協案を見つけてくれたみたいだ。

 

「分かった。私も八幡がロリコンとか言われて白い目で見られるのは嫌だから、今は恋人じゃなくてもいい」

 

ふぅ……どうやら納得してくれたみたいだ。

さすがに大学に上がる頃までにはちゃんと本当に好きな奴も見つかるだろ。

 

「……今は婚約者で我慢する」

 

 

おっと……まさかのカップルランクが大幅に上がっちゃった模様です。

 

 

× × ×

 

 

「そんなことより八幡」

 

恋人から婚約者にランクアップしちゃった事が『そんなこと』扱いになっちゃうのん?

 

「携帯出して」

 

「携帯?」

 

なんだいきなり携帯って。

あ……そういえば俺、ルミルミと連絡先交換してねぇな。

てかこの状況で連絡先知られちまったらマジでヤバいんじゃないんでしょうか……?

いや、でも用がある度に校門で待たれて目立っちゃうよりはよっぽどいいかも……などと考えつつカバンからスマホを取り出そうとしていると、「えへへ〜」と先に携帯を取り出した留美が嬉しそうに携帯を……というか付いているストラップをブラブラとさせていた。

 

あ、そういうことか。そういう事なら俺も早く出してやんなきゃな。

 

「ほれっ」

 

取り出したスマホには、留美のと同じ……正確には留美のに付いてるストラップの熊の、友達の熊がブラブラしている。

 

「……ん」

 

俺からスマホを受け取ると、嬉しそうに二つのストラップをピトッとくっつけるルミルミ。

 

「えへへ、良かったね。やっと会えたね……」

 

ピトリと寄り添わせた熊達を、とても優しそうな眼差しで見つめている。

 

 

 

『この子達は八幡と私が別々に持ってたらぼっちになっちゃうけど、だから私達が一緒に居ればぼっちじゃなくなるでしょ?……だから……この子達が可哀想になったら、また私と八幡が会えばいいの……だから、お揃い……』

 

 

 

あの夜の電車内で留美が語った言葉が頭を過った。

そういやそうだったな。俺と留美が会うのには、こういった意味もあったんだっけな。

 

「八幡。今日は来てくれてありがとね。私も……すご、まぁまぁ楽しみにはしてたけど、この子達の事もずっと会わせてあげたかったの。今受験生で大変だろうからってお母さんが言ってたからずっと我慢してた。………………わ、私じゃないよ?わ、私は別に八幡にどうしてもずっと会いたかったとか……そういうんじゃないし……こ、この子達をこうして会わせてあげる事をだからね……?だから、今日は来てくれて嬉しい。私があげたこのストラップも付けててくれて嬉しい。ありがと」

 

こっちに一切目を向けず、俯きっぱなしで手元の熊達を優しく見つめる留美の頬はほんのりと朱に染まっている。

普段は人の言動の裏ばかりを探って、すぐに自己防衛に走ってしまう捻くれ者の俺だが、こうして裏もなんにもない留美の素直とは言えないお礼を聞いてると、なんだかむず痒くなってしまう。

だが、決して不快ではない。

 

「おう。俺も留美んちに来れて良かったわ」

 

「……ん」

 

嬉しそうに小さく頷く留美を見て、俺はこう思うのだった。

 

 

 

ふぅ…………あっぶね!

家出てくる前に思い出して付けてきて良かったわ!

さすがに普段俺があんなストラップ付けてたら、世間様(主に雪ノ下と一色)にどんな冷たい視線を向けられるか分かったもんじゃないから、いつもは勿論付けてないんですよ、ええ……

 

「えへへへ〜、八幡がちゃんと付けててくれて嬉しいね、ダッフル君っ。……私もちょっとだけ嬉しいよ」

 

やめてっ!尋常ではない罪悪感に襲われちゃうっ!

優しく熊に語り掛ける留美を見て、この優しい女の子をいとおしく感じる一方、今後はどんなに雪ノ下たちに蔑まれようとも罵られようとも、このストラップは二度とはずすまいと心に誓う八幡なのであった。

 

 

× × ×

 

 

その後もしばらく熊同士をなんか恥ずかしそうにハグさせたりちゅっちゅさせたりと、とってもご機嫌なお姫様が急にとてつもない爆弾を落としあそばされました。

 

「ねぇ、八幡」

 

「なんだ?」

 

「八幡はキスしたことある?」

 

「ブフォっ!」

 

いやまぁちょっとだけ、そんなこと言うんじゃ?って予感はしてましたけどね?

 

「八幡きたない」

 

「ごはっ!ごほっ!……お前……急になに言ってん…」

 

「お前じゃない。留美」

 

マジでそこは決して譲らないよねルミルミ!

 

「いや、そんなのしたことあるわけねぇだろ……なんだよ急に」

 

「だよねっ!八幡がしたことなんてあるわけないよねっ!」

 

ちょ?留美?なにそのテンションの高さ。

そんな留美見たことないよ?

俺が若干びっくりした目で見ていると、留美は「……はっ」っと我に返って、気まずそうにもじもじしながら咳払いで誤魔化した。

 

「ん!……そりゃ、八幡なんかが……キスなんてしたことあるわけ無いよね」

 

と、いつも通りの落ち着いた女の子の様子で先程の言葉を繰り返す留美。

そんな台詞を2パターンの留美で繰り返し言われたら泣いちゃう!

 

「……こ、こないだね?学校の子たちが教室で、彼氏とキスしちゃったとかってバカみたいに騒いでたんだけど……いまダッフル君達がしてるの見て……思い出しちゃったの」

 

×してる

○させてる

 

の間違いですね。

ほぉ……やはり最近の中学一年生の性は乱れてますな。

 

「おう。そうか……」

 

「うん。でも八幡、高校生にもなってキスしたこと無いなんて可哀想」

 

いやいやそんなのいくらでも居るからね?

むしろほとんどの奴がしたこと無いだろと信じたいまである。

 

「じゃあさ……八幡」

 

チラッ、チラッと恥ずかしそうに横目で見てくる留美。もう嫌な予感しかしない。

 

「……キス、してみる?」

 

「いやしないから」

 

俺のあまりにも早い即答にルミルミご不満モード。

いやそんな膨れられましても。

 

「……八幡のいくじなし」

 

いくじなしでスミマセン。でもホント捕まっちゃうからっ!

なんなのこの子!さっきのキョトンと「不純な行為ってなに?」とか言ってたルミルミを返して!

やっぱり興味津々なお年頃じゃないですか。

……つまりキスごときでは不純などでは無いと言うわけですね?

 

「……だ、だからさっき言ったろ……俺捕まっちゃうからね?……そういうのは、その、なんだ、こ、恋人になってからだな……」

 

「……まぁどうせ八幡だしそういうとは思ってたけど……今はまだ八幡も勇気ないよね。じゃあ……私がもう少し大人になるまで……我慢しててね……?約束だからね」

 

…………中学一年生にキスする勇気ないとか言われたり我慢しててね?とか言われる俺ってマジヤバくなーい?

 

「……約束破ったらお母さんと、あとお父さんにも言い付けるから覚悟しててよね。あ、そだ。んしょ」

 

とっても危険な言葉を言い残してベッドから立ち上がる留美。

約束した覚えはないんですけど、その約束は誰にも言っちゃダメだからね!?

 

すると留美はストラップの熊同士を寄り添わせてそっとテーブルに置くと、キャビネットへと歩いていく。

 

「まだ八幡に見せてなかったよね。八幡に買ってもらったメイちゃんのお友達の、前から私の部屋に住んでるダッフル君」

 

どうやら留美は、キャビネットの上に飾られた熊を持ってくる為に立ち上がったみたいだ。

だが……俺が気になったのはその熊自身では無く、その熊が抱えているかのように置かれていた一本の缶の方だった。

 

「ん?なんでマッ缶の空き缶が飾られてんだ?」

 

すると留美はちょっと気まずそうにチラッと一瞬だけこちらを見ると、熊ではなくマッ缶の方を手にして戻ってきて、俺の隣にちょこんと座った。

俯いてもじもじと空き缶を手で弄びながら、それはもう恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……八幡が……始めて私にくれたモノだから…………大事に……取って置いて……ある……の」

 

 

……やばい。このままルミルミルートに突入しちゃって逮捕されても後悔しませんわ。

え?もうとっくに突入してるだろって?

やだなー、そんなわけ無いじゃないですかー?

 

と、突然いろはすが降臨しちゃうくらいのヤバさ。いやいや、この感情はあくまでもお兄ちゃんスキルの一環ですからね?

だからまぁ俺はそのお兄ちゃんスキルに従って、あまりにも可愛い留美の頭を自然と撫でていた。

 

「…………私、八幡に頭撫でられるのは、子供扱いされてるみたいでなんだか嫌………………なんだけど、なんか気持ち良いし、胸の辺りがあったかくなるから…………ちょっとだけ……好き」

 

うっとりと幸せそうな留美を、俺はしばらく撫で続けていた。

俺のお兄ちゃんスキル半端無いよね!

 

 

× × ×

 

 

頭を撫でたり留美の中学での近況を聞いたり頭を撫でたり俺の学校生活を聞かれたり頭を撫でたりしている内に、気付いたら夕方になっていた。

なんか頭撫でてばっかりと思ったけど気のせいですよね。

 

「よし。んじゃそろそろ帰るわ」

 

「……もう帰っちゃうの?夕ご飯くらい食べてけばいいのに……」

 

「いや、さすがにそれは……な?帰って来ちゃうとマズいだろ」

 

「……ん」

 

なんか字面だけ見ると不倫相手との会話みたいですねやだー。

 

しゅんっ……とする留美の頭をもう一度ポンポンっと撫でてから帰る支度をした。

 

「えっと……今日はご馳走さまでした。お邪魔しました」

 

階段を下りて、キッチンで夕飯の準備をしているルミママに一応一声掛けてから玄関へと向かう。

するとルミママがパタパタとわざわざ見送りに来てくれた。

 

「あら〜……八幡君もう帰っちゃうの……?留美も寂しそうにしてるし、お夕飯くらい食べて行けば〜?」

 

「……別に寂しそうになんかしてない」

 

むすっとはしてるけどね?

 

「いや、さすがに今日はこの辺で……」

 

「あ〜、旦那が帰って来ちゃったら大変だものねっ」

 

パチリとウインクするルミママ。

いやホント平塚先生の二個上の先輩とは思えないくらい可愛らしいっすね!

……おっと……ブリットの古傷が疼いちまったぜ。

 

「まぁまだ大丈夫だとは思うんだけどね〜。でも無理に引き止めるのもなんだしね。八幡君、またいつでも遊びに来てねっ」

 

「は、はぁ」

 

これは…………ホントにまた来る事になるんだろうか。まぁ確かに悪くは無かったが。

留美も寂しそうだし、また来てもいいかなと思う反面、あんまり来ない方がいいとも思う。

 

留美がずっと俺に対しての気持ちを勘違いしたまま、こうやって会い続けたりしてると、留美の本物の恋心ってやつを邪魔してしまうかも知れない。

ちょっと辛いかも知れないが、本当なら早めに気付かせてやりたいんだよな。

 

そんな俺の微妙な表情の変化と留美のつまらなそうな顔を見てとったのか、ルミママはポンと手を叩いた。

 

「あっ!そうだ!ねぇねぇ八幡君っ。初めて家に来てくれた記念に、留美と一緒に記念写真撮らない?」

 

「はい?写真ですか?……いやいや遠慮します恥ずかしいんで……」

 

「私もいい……恥ずかしい」

 

留美もやはり恥ずかしげに俯く。

すると、ルミママは留美をチョイチョイと呼んでコソコソと耳打ちをし始めた。

 

「え!?……で、でもっ…………うん。じ、じゃあ……」

 

留美の真っ赤に慌てた様子に、なんだか嫌な予感しかしない。

すると留美がてけてけと俺の元へと走ってきた。

そして上目遣いでお願いしてきちゃったよ……

 

「……八幡。私もせっかくだから、八幡と記念写真……撮りたい」

 

もう断りようが無いじゃないですかー。

仕方なく、そのまま玄関での撮影会と相成りました。なぜかお姫様抱っこで…………

どうしてこうなった。

 

 

だってあの人、「八幡君?さっきルミママのお願い聞いてくれるって約束したわよねっ?」って、すっごい恐い笑顔で言ってくるんだもん。

ちょっとあなた、俺の状況理解してくれてるんだよね?

 

 

「よ、よし。じゃあ持つぞ……?」

 

「……うん」

 

今までに無いってくらい恥ずかしそうなルミルミをヒョイッと抱き上げる。

やっぱすげー軽いなコイツ。軽いから抱っこするのは楽勝なんだけど、スカートなもんだから直で太ももに触れることになっちゃって色々とツライ。

やべぇ、すっげぇスベスベで柔らかいんですけどこの子!

 

イカンイカンっ……俺はノーマル俺はノーマル……

そう自分を叱咤激励していると(激励ってなんだよ)、留美が両手を俺の首に回してきたもんだから顔が超近いィィィ!

てか人んちの玄関で中学一年生の女の子をお姫様抱っこして、その子の母親が撮影しようと構えてるって、どんだけシュールな絵面なんだよコレ……

 

「おおうっ!いいねいいね〜!留美〜、すっごいラブラブ感が出てるよぉ?あとでママと交代してねー♪」

 

なに言ってるんですかねこの人……

 

「やだ」

 

「もー!留美のケチ〜。あんまり独占欲強いと男が逃げちゃうわよ〜?……静みたいに」

 

やめたげてよぅ……!

ボソリと恐ろしい一言を付け加えたルミママは、ようやく撮影の為に構えた。

 

「………ふふふっ、それじゃあ行くわよ〜?はいチーズっ!」

 

 

『ちゅっ』『パシャリっ』

 

 

……………………は?

え?なに今のパシャリの前のちゅって?

なんか頬っぺたにすっげぇ柔らかくてすっげぇあったかいモノが当たってるんですけど。

 

はっとした時には、留美はすでに俺から一目散に飛び降りて、一切こっちに顔を向けることなく自室へと伸びる階段へタタッと掛けていった。

 

階段の途中でピタリと止まると、振り向きもせずに一言声を発した。

 

「……八幡。今日は楽しかった。私、こんなに幸せだったの初めて……また会いに行くからね」

 

その一言だけを残して階段を駆け上がっていってしまった。

 

「わーお!すっごい良い写真撮れたよー?八幡くーん!」

 

ルミママが嬉っしそうに俺に見せ付けてきたデジカメの液晶画面には、お姫様抱っこされたルミルミが俺の頬にキスしている姿がバッチリと写っていました……

 

「なななな!?ア、アンタなんてことすんすかっ?」

 

「ん?なにって、ラブラブツーショット写真よ?」

 

いや、よ?じゃねぇよ。

え?ちょっと待って?この人味方じゃ無かったのん?

 

「ちょ!だ、だって、さっき俺の状況理解してくれてるって言ってましたよね?留美の勘違いだって分かってるって言ってましたよね?……こんなことしちゃったら…」

 

「もちろんっ。留美の勘違いだって分かってるわよ?八幡君が彼氏になるってことを了承してると思い込んでるんだってことっ」

 

いやそれ勘違い違いですから……

 

「いやそうじゃなくて、留美が俺の事を好きだと勘違いしてるって話であって……」

 

「なんでそれが勘違いなの?留美は八幡君のこと大好きじゃない。八幡君は女心がまるで分かってないわね〜」

 

するとルミママが、すっと表情を変えた。

 

「留美はね、あなたの事が大好きなのよ?まだ子供かも知れないけど、女の子の気持ちを勝手に勘違い扱いしちゃダメよ?乙女心は比企谷君が思ってるなんかより、ず〜っと複雑なんだからね」

 

「いや、しかし……」

 

「比企谷君はさっき、もう留美の家にはあんまり来ない方がいいのかもって思ってたでしょ?留美の為にも」

 

この人……本当に全部理解してやがる……

理解した上でこんな事すんの……?

 

「でもね?そんなのは留美の為でもなんでもないのよ?今日の留美の顔見てたらぜーんぶ分かっちゃった。あの子のあんな顔初めて見たもの」

 

するとルミママはにっこりと微笑んだ。

 

笑顔なのに、それはもうすんごく背筋がゾクリとするような微笑みで。

 

「だからね?比企谷。留美にあんな顔させたんだから、もう逃がさないわよ?ちゃーんと責任取ってもらうんだから〜」

 

とっても素敵スマイルの横に液晶画面をかざして、ヒラヒラとデジカメを振る。

 

「うふふっ!さっきちゃんと言ったでしょお?私は留美の母親なの。これからは留美が幸せになれる為にだったらどんな事だってするのよ?って。……………………だーかーらっ!留美を泣かせたら絶対に許さないからねっ、八幡くんっ♪」

 

 

 

 

 

比企谷八幡18歳。

どうやらここ鶴見城に住まうルミルミ姫への次回以降のご謁見が永遠に確定したようです。

 

 

 

終わり

 






外堀がコンクリでガッチリ埋められて完全に舗装されたという事で、今回もありがとうございました!


いやぁ……危うく四話になっちゃうところでした><
ルミルミ書いてると次から次へと文章が増えていく不思議。
作者、どんだけルミルミ大好きなんだよ。



こちらの短編集で以前ルミルミを書いてから随分と間が空いてしまいましたが、こうして無事に後日談を書く事が出来ました!
ルミルミ大好き紳士の皆様、長いことお待たせしちゃいました。
待っててくれた変た……紳士の皆様、本当にありがとうございました☆


嗚呼、ホントにルミルミ可愛いよルミルミ……
さて、今度はどんなルミルミ書こうかなっ?(ルミルミ集じゃないから!)


いつかまたルミルミを書ける日を楽しみにしてます♪ではでは!



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雪宿り




ここの所、

腐れ海老→異次元修羅場トル→NTR大魔王→独神勘違いモノ→変た……紳士製造天使っ娘

と、かなり濃いぃチョイス続きだったので、たまにはこんなのもイイですよねっ





 

 

 

暦の上ではもう春とはいえ、この季節に降る雨は氷のように冷たい。

この日俺は急な雨降りにずぶ濡れになりながらも、なんとか定休日の店の軒先まで辿り着き雨宿りをしていた。

 

「う〜……さっみぃ。あんだよ……今日雨降るなんて言ってなかっただろ……」

 

冷たい雨に濡れた制服と冷たい風に、想像以上に体温が奪われていく。

こりゃ風邪引いちまうな。つうかこれだけ濡れてるんなら、今さら雨宿りなんかせずにチャリで一気に帰っちまうか。

 

そう思っていた時、パシャリパシャリと雨の中を駈けてくる足音が近づいて来ることに気付いた。

その道路に溜まった水を鳴らしながら駈けてくる足音が、パシャリ……と俺の目の前で止まった。

 

「……あら、そんなにずぶ濡れになってまで、冷たい雨でその身体を洗い流して除菌しているのかしら?比企谷菌」

 

そこには、俺と同じように冷たい雨でずぶ濡れになった少女が、悪戯な微笑を浮かべ一人佇んでいた。

 

 

× × ×

 

 

「……お前だってビショビショに濡れてんだろうが……」

 

「……貴方のその言葉のチョイスには、底知れない不愉快さと嫌悪感を抱かされるわね……端的に言うと気持ちが悪いわ?」

 

いやいやなに言ってんの?雪ノ下さん。勝手な想像して俺を罵るのをやめて貰えませんかね。

てかなんでそんなに頬を染めてんだよ。そんなに真っ赤になるくらいに気持ち悪いんですかね。

 

「お前が想像力豊かな事は良く分かった。……てか今日はお前一人で帰りか?」

 

「え、ええ……由比ヶ浜さんは……その……今日は三浦さん達と用事があるそうよ……」

 

だからそんなに自分の恥ずかしい想像と発言を引っ張るんなら始めから言うなよ……

 

「そうか……」

 

「ええ……」

 

しばしの沈黙。

店の軒先で無言で雨宿りをしている二人。実に気まずい。

雪ノ下に気付かれないように、横目でチラリと覗いてみる。

 

こいつの華やかさは普段見慣れているのだが、なんかこう……艶やかな濡れ髪やうっすらと透けているシャツなんかが、なんつうか普段より色っぽくて目のやり場に困る。

自分から横目で覗いているくせに目のやり場に困るもなにもあったもんでは無いが。

 

すると雪ノ下もこちらにチラリと視線を向けたもんだからバッチリと目が合ってしまった。

目が合った途端にお互いにすごい勢いで目を剃らし俯く。

 

やっべぇ……雪ノ下を盗み見てたのバレちまったか?通報だけはご勘弁願いたい。

てか、なんでこいつまで横目で覗いてくんだよ……

 

「ひっ……ひ比企谷くんっ!……そっ、その卑猥な視線を向けてくるのは……あ、あの……やめて貰えないかしらっ……危うく通報するところだったわ」

 

あっぶね!やっぱり通報一歩手前だったわ。

 

「べべべ別に卑猥な視線なんて向けてねーし」

 

「そ、その隠しきれない動揺が……動かぬ証拠だわ……?覗き谷くん……」

 

「……」

 

「……」

 

そしてさらなる沈黙。

もう恐くて視線を向ける事は出来ないが、どうしても視界の隅に入ってきてしまう雪ノ下は、恥ずかしそうにずっと俯いていた。

 

 

× × ×

 

 

沈黙もまだ暫く続きそうかというところで、ザーザー降りだった雨が少し小降りになってきた。

普段雪ノ下と部室で二人の時の沈黙はなぜだか中々悪くないんだが、この沈黙は正直気まずい。

ずぶ濡れな上に、先ほどお互いに盗み見た視線がタイミング悪く合ってしまったからなのだろう。

 

ま、これくらいの雨なら問題ないか。そろそろ離脱させてもらいますかね。

 

「……あー、雨も小降りになってきたし、俺はもう行くわ。……雪ノ下も風邪引いちまう前に早く帰れよ?」

 

「……ええ。……その、ありがとう」

 

なんだか素直に礼を言われてしまった。

なんか調子狂うだろうが。

 

「お、おう……それじゃあ……な……………ヘックショ!」

 

おおう……やべぇ、俺が風邪引いちゃいそうじゃないですか。

雪ノ下が来てから恥ずかしさと気まずさで熱くなりすっかり忘れていたが、随分と体温を奪われていたようだ。

すると雪ノ下が呆れたようにため息を吐いた。

 

「はぁ……まったく。人を心配しておいて、貴方が風邪を引いていたら本末転倒じゃないかしら」

 

「……面目ない」

 

「…………………その……ひ、比企谷くん」

 

「なんだよ……?」

 

「……小雨になってきたし……私もそろそろ帰るわ……もうここからなら走ればそんなに遠くはないのだし……」

 

「お?おう。気を付けて帰れよ」

 

なんだよこの要領を得ない会話は。わざわざ俺に報告する必要無くないですかね?

訝しく思って雪ノ下を見ると、真っ赤に俯きスカートをギュッと握っていた。

 

「だ……だからそのっ……走ればそんなに遠くはないのだしっ……あ、貴方も完全に雨が止むまでは……家に、よ……………寄っていけばいいんじゃないかしらっ……?」

 

「………………は?」

 

「かかか勘違いしないで貰えるかしらっ?私だって貴方のような目の腐った危険人物を家に招き入れるような真似はしたくはないのよ?でも誠に遺憾ながら奉仕部部長として部員が目の前で風邪を引きそうな所を見過ごすわけにはいかないし責任があるのよこのまま貴方を帰して熱でも出されたら私も寝覚めが悪いしあまつさえ貴方の病原菌を学校中に撒き散らされたら部長としての責任問題になりかねないというだけの話よ」

 

なんかすっげえまくし立てられました。それはもう一色に振られる時よりも凄かったです。

 

「あ、や、だがさすがに独り暮らしのお前の家に俺だけで行くわけには…」

 

「これは部長命令よ比企谷くん。貴方に拒否権は無いのよ……?」

 

まじかよ……

こうして俺は雪ノ下と小雨の中、二人肩を並べて走りだした。

 

 

× × ×

 

 

「タオル、持ってくるわ……少しだけ待っててくれるかしら」

 

「おう。サンキュー……」

 

二度目となる雪ノ下邸は、しんと静まり返っている。

今、この家には俺と雪ノ下しか居ない。そのあまりの緊張感とこの静けさで、心臓が激しく早鐘を打つ音だけが響いていた。

まさかあいつが俺一人を家にあげてくれる日がこようとはな。

 

 

暫く玄関で待っていると、なんかモコモコした雪ノ下さんがもふもふと歩いて来ました。

 

「ごっ、ごめんなさい……髪を拭いたり着替えたりしていたら、少し時間がかかってしまったわ」

 

そう言いながら手渡してくれたバスタオルは、とても良い匂いがした。

 

「いや、問題ねぇよ。サンキューな」

 

これが雪ノ下の匂いなのかと……これが雪ノ下が普段使っているバスタオルなのかと思うと、おもわず拭くフリをして、顔を埋めて思いっきり深呼吸してしまった。

 

ってヤバイヤバイ!これじゃ完全に変態じゃねぇか。

誤魔化すようにタオルを頭部に持っていき頭をがしがしと拭きながら、思わず今の雪ノ下の格好に目を奪われてしまう。

なんというか……まぁ、アレだ。

 

「な、なにをさっきからジロジロと見ているのかしらこの男は……穢れてしまうじゃない」

 

「俺は見るだけで人を穢れさせちゃうのかよ……。えっと、なんつうか……お前らしくない格好だなと思ってな」

 

うん。ホント雪ノ下らしくない。

だって、目の前に立ってるのはフード付きのモコモコしたパンさんなんだもん。

いや、さすがにフードは被ってないけどね?

上下モコモコパンさんパジャマを着た上に、さらに由比ヶ浜がプレゼントした猫のルームシューズを履いてるもんだから、なんつうかもう……超モコノ下さん。

 

「や、やっぱり変かしら……」

 

そんな格好でしゅんっ……とされちゃうと可愛すぎるからやめてね。

 

「や、その……か、かわっ……悪くないんじゃねぇの……?あれか、ギャップ萌えってやつか」

 

すると雪ノ下は真っ赤に頬を染め、なんだかとても恥ずかしそうに嬉しそうに罵倒してきた。

 

「そ、そう。わ、私って可愛いもの。なにを着たって似合ってしまうのだから仕方のないことよ。……そんなことより貴方に、その、萌え……られているのだと思うと、さ、寒気がするのだけれどっ……」

 

嬉しいのか不快なのかハッキリしようね?ハチマン女心は難しすぎてワカリマセン。

 

「でもこれは別に自分の趣味で購入したとかそういう訳ではなくて先日由比ヶ浜さんとお買い物に行った時に由比ヶ浜さんがこれを着た私がどうしても見たいと言うものだから甚だ遺憾ではあるのだけれど仕方がなく購入したのよ」

 

あ、どうやらゆきのんは嬉しかったみたいです。

 

 

× × ×

 

 

「ふぃ〜……」

 

俺は一体なにやってんだろ。

なぜだか分からんが、今俺は雪ノ下んちの湯船に浸かっている。

 

どうやら雪ノ下はこの雨降りを見て、帰宅したらすぐに風呂に入れるように携帯から操作していたらしい。

さすが超高級マンションに住まうブルジョアは、そんなシステムは標準装備なんですね。

 

風邪を引かれると困るから入れと促されさすがに断ったのだが、ゆきのんが一度言い出した事を取り下げるわけもなく、結局入る事になってしまった。

まぁ濡れた制服を乾燥機で乾かして貰ってる今、確かに風呂にでも浸かって身体を温めないと本気で風邪引いちゃいそうなんだけどね。

 

それでも元々は雪ノ下が入る為に沸かした訳だから、先に俺が入る訳にはいかんだろ……と抵抗はしたんだよ?

その時はこんな一悶着の末、俺の完全敗北が決定したわけだ。勝利を知りたい。

 

『貴方の方がよっぽど冷えきっているのだし、私と違って着替えもないのだから貴方が先に入りなさい』

 

『いや、だがな?』

 

『それともあれかしら?私が入った後のお湯で、なにか良からぬ行為でも楽しみたいのかしら?やはり変態ね』

 

『お、お前な……だから別に俺は入らんでもいいと言ってるだろうが……とにかく家主が入る為に沸かした風呂に、急に押し掛けた俺が先に入るわけにはいかん』

 

『そう………………それだったら…………いっそ二人で一緒に入るかしら……?』

 

『……ななな!お、お前なに言ってやが…』

 

『ふふっ、冗談に決まっているじゃない、この飢えた狼谷くん。…………と、とにかく、貴方の言う家主がそう言っているのだから、貴方が先に入りなさい……?貴方が入らないのなら……そ、その…………本当に一緒に入ってしまうわよ……?』

 

こんな台詞をあんなに真っ赤になってまで悪戯めいた笑顔で言われたら、断るに断れないじゃないですか……

いや、いっそ断って一緒に入ってしまうという選択肢も……

 

「ひ、比企谷くん……?」

「ひぃやぁいっ?」

 

「申し訳ないのだけれど、制服が乾くまで、やはり貴方が着られそうな着替えが無いの…………その……ここに毛布を置いておくから……お風呂から上がったらこれに包まっていてもらえるかしら……」

 

「お、おう。……問題ない、です……」

 

「そ……それではゆっくり身体を温めてね」

 

消え入りそうなか細い声を残し、雪ノ下は脱衣所から出ていった。

びびびびっくりした……危うく年齢指定になっちゃうのかと思いました……

 

 

× × ×

 

 

風呂から上がり、雪ノ下が用意しておいてくれた新しいバスタオルで身体を拭く。

 

やっぱすっげえ良い匂いすんな、これ。

これで雪ノ下も風呂上がりに身体を拭いているのかと思うと、どうしようもなくクラクラしてしまう。

 

やばいな……ちょっとおかしくなってるわ。やっぱ来るんじゃ無かったか。

邪な気持ちを抑えながら毛布に包まり脱衣所を出た。しかしさらなる問題が。この毛布からはさらに雪ノ下の匂いがするのだ。

まさかこれって、雪ノ下がいつも使ってる毛布じゃねぇのか?

……普通自分が毎日使ってる毛布なんか異性に貸してくれるもんなの?

コレはホントにやばい。ちょっとこれ、俺のような訓練されたエリートぼっちじゃ無かったら確実に雪ノ下襲って返り討ちに合ってるレベルだろ。

返り討ちにされちゃうのかよ。

 

 

風呂場からリビングまでの廊下を歩き、リビングのドアを開けると、雪ノ下がソファーに腰掛けて本を捲っていた。

ドアを開けた俺に気付くと栞を挟んで本を閉じ、こちらを向いた途端にバッと視線を逸らした。

それもそのはず、なにせ俺はパンツ一丁で毛布に包まっているという、かなり恥ずかしい格好なのだ。

 

「あ、その……風呂サンキューな」

 

「え、ええ……その……しっかりと温まったかしら」

 

「おかげさんですげぇいい湯加減だったわ」

 

「そう、それは良かったわ……」

 

「……あと、これ、毛布もあんがとな……すげぇ温かいし……なんかすげぇ良い匂いするし気持ち良いわ」

 

その台詞に雪ノ下の頬は赤く赤く染まった。

やっぱ……いつも使ってるやつじゃねぇかよ……

 

「……そ、そんな事よりその格好のままそんな所につっ立っていられても迷惑だし、こっちに来て座ったらどうかしらっ……」

 

「そっ、そうだな」

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

き、気まずい……

なんですかねコレ。どうしたらいいんですかね。

 

向かい合ってソファーに腰掛けてから五分ほど経つが、お互いに何も喋れず俯くばかり。

普段、部室に居るときにはもう感じなくなってしまった緊張感だが、やはりこれは勝手が違いすぎる。

 

どうしたもんかと思っていると、雪ノ下が深く呼吸をしてから立ち上がる。

 

「…………比企谷くん。紅茶……要るかしら?」

 

「あ、頂き、ます……」

 

 

そしてキッチンから漂ってくる紅茶の香り。

その香りが鼻腔をくすぐりはじめた瞬間、固まっていた身体と緊張が、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。

チラリとキッチンに視線を向けると、雪ノ下もその香りに落ち着きを取り戻しているようだ。

 

あれだけお互いに緊張していたのに、お互い意識しすぎていたのに、甘いその香りがリビングに充満した頃には、ようやくそこは普段の落ち着く心地好い場所となっていた。

 

 

× × ×

 

 

「どうぞ」

 

「おう」

 

優しい笑顔で俺の前に紅茶を置いてくれる雪ノ下。紅茶を持ってきてくれた頃には、そこはもう部室と変わらない穏やかな空気が流れていた。

普段と違うのは、注がれた紅茶が入ったカップとソーサーが、小刻みに震えてカチャカチャと音を立てていたことくらいか。

いくら落ち着いた空気になったとはいえ、やはり雪ノ下もまだ緊張しているのだろう。その証拠に、俺も口へと運ぼうと持ち上げたカップが小刻みに震え、水面が揺らめいているのだから。

 

でもまぁ、さっきまでの気まずく居心地の悪い空気とは比べるべくもない、とても心地いい緊張感だ。

そんな居心地の良さの中で、俺と雪ノ下は常と変わらず静かに本を捲っている。

会話も無い、BGMも無い、ページを捲る音と紅茶を啜る音だけがたまに響くこの空間を居心地が良いと思えるのは…………たぶん、雪ノ下と二人で居るときだけなんだろう。

 

 

どれくらいの時間が経ったのだろうか。そんな良く分からない極上の一時を過ごしていた時、不意に雪ノ下から声がかかった。

 

「紅茶、おかわり要るかしら?」

 

「ん、サンキュ。頂くわ」

 

俺は、俺達は心地好いその空気に油断していた。

カップを渡そうとする俺の指と、カップを受け取ろうとする雪ノ下の指がほんの少しだけ触れてしまった。

その僅かに触れてしまった指先から、一気に熱が身体中を駆け上がってくるのを感じた。

そして先ほどまでの緊張感を身体が、心が思い出してしまった。

雪ノ下も同じように緊張を思い出したのか、ビクりと身体を強ばらせ、カップを床に落としてしまう。

 

「わ、悪いっ!」

 

「いえっ、私こそ……」

 

軽くパニックになってしまい、立ち上がって慌ててカップを拾おうと屈んだその先には、同じく屈んだ雪ノ下の陶磁器のように白く美しい顔があった。

 

今までにもこんなような事が何度かあった。

マラソン大会の後の保健室。バレンタインイベントで雪ノ下が落としてしまったボウルを拾おうと屈んだ時。

 

だが、今のお互いの距離は、そのどれよりも遥かに近い。

お互いがほんの少し……ほんの2センチずつほどの僅かな距離を詰めれば、唇が触れてしまう程のあまりにも近い距離。

 

早く離れなければと後ろに引こうとするのだが、なぜだか身体がまったく動かない。そして雪ノ下も動かない……

 

唇が触れてしまいそうな程の近さで見つめ合ってしまっていたのはほんの数秒間か、はたまた数分間か。

頭の中がぐるぐるとクラクラと、グチャグチャに掻き混ぜられているような感覚に陥っていたその時、まるでスローモーションのように、雪ノ下の切なげに潤んだ瞳がゆっくりと閉じ始める。

 

そして…………俺も目を閉じその僅かな距離を縮め始めたその瞬間……

 

 

ピーッピーッピーッ

 

 

乾燥機が停止の合図を室内に響かせ、我に返った俺と雪ノ下はすごい勢いでバッと距離を取った。

 

 

「せせせ制服の乾燥がしゅしゅ終了したようねっ!」

 

「おっ!お、おう!そ、そうだなっ!」

 

二人してみっともなく噛み噛みで声も上摺りながら、お互いにササッと背を向ける。

 

…………俺は……今なにをしようとしていた。

流れに身を任せて、雪ノ下の唇に触れようとしていたのか……?

 

なにが理性の化け物なものか。なにが自意識の化け物なものか。

俺は流れに逆らえずに、雪ノ下を穢そうとしていたのか……

情けねぇな。自分の欲望で大切な物を壊してしまう所だったのか。

 

でも……だったら雪ノ下はどうなんだろうか……?

確かに雪ノ下も流れに身を任そうとしていた。あの雪ノ下でさえも。

単なる気の迷いなのか?それとも……

いや、馬鹿か俺は。まだ勘違いし続けんのかよ。

あの雪ノ下雪乃だぞ?あんなの、一時の気の迷いに決まってんだろうが。

 

 

「……雨、上がったみたいね……」

 

 

雪ノ下のその声に窓の外に目をやると、いつの間にか雨はすっかりと上がっていた。

 

 

× × ×

 

 

帰り支度を済ませて玄関へと向かう。

カップを片付け、着替えを済ませ、借りた毛布を返し、そして玄関へと向かっているこの時まで、雪ノ下はずっと俯き一言も声を発さなかった。

 

俺は……雪ノ下を傷つけてしまったのだろうか……

やはり来るべきでは無かったのだろうか……

 

湿りきった靴を履くと、せっかく乾いた靴下が不快に湿る。

しかし俺は早くこの場を離れなければいけない。早く離れたい。

気持ちの悪い足元など気にせずに、雪ノ下に背を向けてドアに手をかけた。

 

 

「雪ノ下。……えっと……今日はありがとな。……助かったわ」

 

心にもない礼をする。

返答など望むべくも無いのに。

返事が無いのを確認してからドアを開けようとしたその時だった。

 

「ひ、比企谷くんっ!」

 

急に声をかけられ驚いて振り向くと、先ほどまでずっと俯いていた雪ノ下が、潤んだ瞳と朱色に染まった頬を一生懸命に上げて、優しく微笑んでいた。

 

「どうした……?」

 

「あ、あの…………」

 

言葉に詰まる雪ノ下だが、俯かずに俺をしっかりと見据えている。

 

「あの……も、もしもまた……急な雨に降られたとしたら……また、今日みたいに、うちで雨宿りすればいいわ」

 

雪ノ下と知り合って、もう少しで一年経とうという所だが、こいつのこんなにも優しい微笑みは初めて見た気がする。

……傷、つけた訳じゃないのか……本当に良かった。

 

だとしたらさっきの雪ノ下のあの行為は?

一時の気の迷いじゃ……ないのか……?

 

「や、そう、だな。迷惑じゃなければ……な」

 

すると雪ノ下は潤んだ瞳と朱色に染まった頬をそのままに、優しい微笑みから悪戯めいた微笑みへと表情を変化させた。

 

「あら。そんなの迷惑に決まっているじゃない。でもこれは部を預かる責任者としては致し方のないことなのよ。……だからまた、遠慮などせずに雨宿りにくればいいわ?……ふふっ……私の家に雨宿りに来る訳だから……雪宿り、とでも言うのかしらね」

 

くすりと目を細めて微笑む雪ノ下は、あまりにも美しく、あまりにも無邪気で、そしてあまりにも魅力的だった。

 

「雪宿り、か……。ま、機会があったらな。じゃあな」

 

「ええ。また明日」

 

 

 

 

 

 

マンションを出てチャリを勝手に置かせてもらってる店の軒先へと向かう道すがら、未だ今にも泣き出しそうな曇り空をぼーっと見上げながら、我知らずこんな独り言を呟いていた。

 

 

 

 

「……また、雨降んねぇかな……」

 

 

 

 

 






まさかのゆきのんでしたが、最後までありがとうございました!


この物語は、雨宿りモノでも書いてみようかな?と思い立った時に、ふと雪宿りという言葉が頭に浮かんだので書いてみた物語です。
なんか灰汁の強い癖モノばかり書いてたんで、たまにはこんなのもいいですよね〜(´∀`)
読者さんにも楽しんで頂けたのなら幸いです♪


ちなみに八幡が帰宅した後、八幡が使った毛布やバスタオルをゆきのんがこっそりhshsしてたのは内緒です☆




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望んではいけない贅沢な望み【前編】



みんな大好きルミルミから王道ヒロインゆきのんへとリレーを繋ぎ、そしてついに皆さんお待ちかねの嫌われキャラの登場です!

……いやほんとスミマセン。ヤツに対して生理的に無理な方はバックでお願いします(汗)



でも先に謝罪しておきます。今回の彼女はあの世界線の彼女とは違う世界線の彼女です。
つまりごくごく一部の方が心待ちにしていたお宅訪問SSではありませんので、何卒ご容赦くださいませ><




 

 

 

三年生に進級してから早二ヶ月。

進学校の受験生とはいえ、まだ死に物狂いで全ての時間を勉強へと費やす程の危機感の無いうちは、今日も休み時間を友達と騒いで過ごしていた。

 

「昨日のカラオケ盛り上がったよねー」

 

「ねー!やっぱさがみん歌上手すぎでしょ」

 

「いやいやゆっこだって超上手いじゃん!てかうちら受験生なんだけどー」

 

「まぁまぁ、こんなに気楽で居られんのもあとちょっとだけじゃん!さがみんっ。ねぇ遥」

 

「いやいや普通もう気楽では居られないから」

 

じゃあ勉強しろよっ!と心の中でツッコむ。

しっかし…………あの遥達とこんなに仲良くなるなんてね。

 

うちと遥達は二年の時の体育祭で、修復不能な程の仲違いをした。

いや、そもそも修復云々言うほどの大した仲では無かったんだろう。ただ単に文実で話が合ったからその時だけつるんでた上辺だけの関係。

でも文化祭後の体育祭でやらかしてしまったうちを不快に感じた遥達が今度はあっさり敵に回っただけという、女のあまり綺麗ではない世界では良くあるお話。

 

だからもううちとあの子達は永遠に関わらない関係になるかと思ってたんだけど、三年になってクラスメイトにもなり、なぜか今はこうやって上辺だけでは無い友達関係になっている。

 

 

まぁ端的に言うと、体育祭の後にこの二人に謝りに行ったのだ。

別にその謝罪に、また上辺だけでも仲良くしてね?みたいに見返りを求めていた訳ではない。

ただ、体育祭の後にうちの行為を振り返ってみた時、あまりの身勝手さと無責任さに恥ずかしくなってしまい、謝らずにはいられなくなったってだけ。

 

悔しいけど、ぶっちゃけうちはあの体育祭で少しだけ成長したように思う。

大勢の前でみっともなく泣き叫んで手に入れたのは、自分自身の小ささとしょーもなさを顧みられるようになったって所かな。

 

そんなうちの見返りを求めない真摯な謝罪になにかを感じてくれたのだろう。あの二人も自分達こそゴメンと真摯に謝罪してくれたのだ。

 

とまぁこんな訳で、それ以来うちと遥とゆっこは今では気の置けない仲になった訳なんだけど、うちはそんなこの二人にもどうしても言えない秘密を抱えて悩んでいたりする。

うちは……実は今とても気になる人が居る。気になるというか、これは恋とでも言えるんだろうか……?認めたくなんか絶対無いけど!

と、そんなこと考えながらもまたチラチラそいつのこと見ちゃってるし、うち……

 

だったらガールズトークの一環として、気の置けない仲の友人とは恋バナとかするだろって?

でも、この二人にだって流石にこればっかりは言えないんだよね……いや、寧ろこの二人だからこそ言えない。……言えないっての……

 

「うっわ……見てよ遥、さがみん……まーたヒキタニが変な本読んでニヤついてるよー」

 

「うへぇっ……マジで引くよねー。せっかくあたしら三人同じクラスになれたってのに、まさかアイツまで同じクラスになっちゃうなんてねぇ……ねっ、みなみちゃん」

 

「……へ?あ、あぁ!う、うんうん!そうだよねー……」

 

 

言える訳ないじゃんよぉ……

今うちが恋してるっぽい相手が…………まさかあの比企谷だなんてさぁ……

 

 

× × ×

 

 

うちはあの体育祭で、自分で言うのもなんだけど、結構成長出来たように思う。

そう。成長してしまったからこそ、色々と見えてしまう事もあるんですよ。あんまり見たくなかった醜い現実を。醜いうちを。

 

うちは文実で惨めな姿を晒した後に悲劇のヒロインとして持て囃された。

みんなが優しくしてくれるから、みんなが気を遣ってくれるから、それが心地好くて、それがさらなる惨めさを駆り立てて、うちは現実が一切見えて無かったのだ。なんでうちが悲劇のヒロインになれたのかを。

 

そして担ぎ上げられた体育祭実行委員長でまたアイツと仕事をする内に、アイツのやり方を目の当りにする内になんとなく分かってしまった。それが分かってしまった時、己の身勝手さ無責任さに恥ずかしくて死にたくなった。

 

そしてみっともなく泣き叫んで成長とやらをしたうちは、そんな比企谷が気になりだしてしまい、体育祭後は誰にもバレないようにこっそりとアイツを盗み見る毎日を過ごすようになっていた。

 

三年でまた同じクラスになれたって知った日なんかは、ニヤニヤが抑えきれずに家に帰ってきてベッドでゴロゴロとのたうち回ったほどだ。

 

「なーんかさぁ、最近みなみちゃんて、たまにぼーっとどっか見てるトキとかあるよねー」

 

「あー、それあたしも思ったー。さがみん一年の時はそんなこと無かったよねー?」

 

「……ん?……!へ!?そ、そんな事ないってば!……ほ、ほら、やっぱ受験のこと気になっちゃって、たまにぼーっとしちゃってるんじゃないのかな!?うち!」

 

やっばい……!ついつい比企谷を見ちゃうのって二年の後半の時からだけど今までバレた事なんか無かったのに!

まさか遥たちに感付かれてたなんて……

 

てか……正直自分でも少し自覚してた……最近見すぎじゃない?って。

 

「そっかー。ま、そりゃそうだよね。あたしもそろそろ真剣に考えねばっ」

 

「いやいや遥、あたしらは大会終わるまではバスケに人生掛けるって約束したはずだよ!?」

 

「はっ!そうでした!……ってアンタこの前部活サボってこっそり勉強してたくせに……」

 

「なぜそれを〜!?」

 

ふぅ……女バスの二人の話題が部活に逸れた事で取り敢えずうやむやに出来たみたい。

なんか二人して小芝居しながらキャッキャしてるのを呆れた笑いで見つつ、うちは気付けばまた比企谷にチラチラと視線を向けてしまっていた。

 

 

× × ×

 

 

うちは……一体どうしたいんだろうか。

分かってるんだ。うちと比企谷の人生が交わることなんてもう二度と無いんだってこと。

 

うちは惨めな文化祭と体育祭で成長した。

それはつまり、自身の行為に対する恥ずかしさに耐え切れずに、遥とゆっこにどうしても謝りたいと思ったのと同じ感情を……んーん?そんなのよりももっとずっと大きくて激しい感情を、比企谷に対しても抱いたって事に他ならない。もちろん雪ノ下さんにもね。

 

 

でも、うちは謝れなかった。

だって……その謝るという行為は比企谷に対するクラス中の……学校中の悪意を、うちが一身に背負わなきゃならなくなるのと同義なのだから。

比企谷みたいに強くもない、どうしようもない小物のうちには、あんなのはどうしたって耐えられそうもなかった。

だからうちは比企谷に謝りたいという思いから目を逸らして自己保身に走った。

だからうちには、もう比企谷に対しては謝る権利さえ無いのだ。

今さら謝るなんて単なる自己満足にしか過ぎないんだから。ただ、自分の気持ちを楽にしたいってだけの謝罪行為を比企谷に対して行う権利なんかうちには無い。

 

 

それでも……それでもやっぱり比企谷にどうしても謝りたかった。

そんな権利無いって分かってるのにやっぱり我慢出来なくて、三年になって奇跡的にまた同じクラスになれた時に、どう思われようが今こそ謝ろう!って心に決めた時があった。

 

でも、ずっと比企谷を見てきたうちだからこそ、また同じクラスになれたその時に気付いてしまったんだ。

 

『比企谷は、うちの事なんて視界にすら入ってない』

 

ってことを。

あれだけの事をされたんだ。比企谷は絶対にうちのことを嫌ってるって思ってた。恨んでるとさえ思ってた。

 

なのに、比企谷はうちを嫌っても恨んでもいなかった。

また同じクラスになれた時、一瞬目が合ったかと思ったのに、睨むとか逸らすとか気付かないフリとかそういうんじゃなくて、ただただその視線はうちの上をなめらかに通り過ぎていった。

比企谷は……うちと同じクラスになったこと自体に気付いてさえいなかったのだ……

 

嫌われているんなら、恨まれているんなら、単なる自己満足の謝罪に対して「今さらなに言ってんだ!てめぇなんざ許すわけ無ぇだろ!」と罵ってくれたって良かった。余計に嫌ってくれたって良かったんだ。

 

でもさ…………なんの意識もされてない相手に謝まったって、「あー……そういやそんな事あったっけな。別になんとも思ってねぇから気にすんな」ってなるのがオチだよね?

たぶん比企谷は、そう言ってうちを許すだろう。だって許すもなにも、意識さえしてないんだから。

 

だからうちは謝ることを諦めた。なんの意味も無い謝罪には、文字通りなんの意味もないんだから。

 

せめて比企谷にうちという存在を意識して貰いたい。

例えそれがどんなに負の感情であっても、相模南という存在をちゃんと意識してさえくれたら、うちは謝れるのに……気持ち、伝えられるのに。

でもそれは、うちなんかにはもう望んではいけないくらいの、贅沢な望みなんだろう。

 

だからうちに出来ることは、うちに許されてることは、今日もこうして意識もされていない相手に、一人惨めに恋しい視線をただ送ることだけ……

 

 

× × ×

 

 

「うっわ……今日は混んでんなぁ」

 

受験生のうちは、塾の無い日は学校帰りにたまにこうして図書館に寄って勉強したりしている。

家に帰ると色んな誘惑が待ってるし、ファミレスとかだと周りが五月蝿くて集中出来なかったりするから、勉強するならやっぱり図書館が一番いい気がするんだよね。調べ物があればすぐ調べられるし。

 

しかしこの日は座る場所も無いくらいに大盛況だった。

図書館て、たまにこういう妙に混んでる日があるんだよねぇ。

 

「はぁ……せっかく来たのに参ったなぁ……」

 

こんなんだったらわざわざ遠回りして図書館なんか来ないで、とっとと帰っちゃえば良かったよー……

でもなんだか無駄に悔しくて、どっか空いてないかなぁ……って探してみた。

 

前に発見した、あんま人気が無い穴場の席とか二階とか、色々と隈無く探した結果、図書館の隅の方に席が一人分だけ空いてたのをようやく発見出来た!

よぉっし!と、うちはその席を確保して一息ついた所でようやく周りを見渡した。

 

あ……やべっ、ここって小さなテーブルに対して向かい合った椅子が一つづつあるだけの、基本的に二人用の席だ。

つまり現在利用している先客に合席をお願いするみたいな形になってしまった訳だ。

 

ようやく見つけた椅子に嬉しくなっちゃって勢いに任せに座っちゃったけど、客観的にうちの行為を考えたら結構恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。

 

やばいっ!と思ったけど時すでに遅し。急に合席状態になった先客さんが、うちに唖然とした視線を送ってくるのをヒシヒシと感じる。

ぐぅっ……べ、別に図書館なんてどう利用しようと自由じゃん!!そもそも二人用の席を一人で使ってる方が悪いんじゃん……!

 

うちはなんとも言えない恥ずかしさを誤魔化す為に、強気に悪怯れずに、まぁ一応礼儀としてちょっとだけ頭をペコリと下げようかな?と先客に視線を向けた時、その先客の唖然とした視線が、合席になったことじゃなくって、うちに対してだからこそ向けられているのだとようやく知った。

 

「……相模じゃねぇか……なにしてんの?お前」

 

「ひ、比企谷っ!?」

 

 

う、嘘でしょお!?こ、こんなことって……っ!

 

 

 

 

 

体育祭の事後処理の最中、偶然廊下でぶつかりそうになってしまって以来完全に止まっていた比企谷とうちの時計の針が、今確実に動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

続く

 






別世界線さがみんでした!
俺ガイルきっての不人気キャラの今回でしたが、最後までありがとうございました。


いやいや、もちろんあっちのさがみんSSのお宅訪問回も考えたんですよ?
でも、つい先日ルミルミお宅訪問をしちゃったばかりなんで、完全にアレの劣化版にしかならなそうだったので泣く泣くやめときました(汗)

でも望んでくれる方が一人でも居る限り、ルミルミお宅訪問のインパクトのほとぼりが冷めた頃にいずれはっ……!
とか思っております^^


お宅訪問はまだ書けなかったんですけど、なんだか無性にさがみん成分を欲してしまい、つい書いてしまいました(笑)だってさがみんSSって無いんですもの。
なので今回は長編さがみんみたいな重めなやつじゃなくて、もっと軽めな短編を書いてみようかな?と。

そして長編さがみんで遥とゆっこにはかなりの汚れ役をやらせてしまったんで、今回は救済も兼ねて良い友達役として出演させてみました!

今回新さがみんを書いてみて思ったんですけど、やっぱり私って結構さがみんが好きなんですね☆


ではでは中編または後編でまたお会いしましょうm(__)m



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望んではいけない贅沢な望み【閑話編】



こんばんは。ゆきのんSSを書くと「まさかの王道w」と言われてしまう、変化球投手でお馴染みのどうも作者です。

中編でも後編でも無く、まさかの閑話編という変化球の上に、内容もまさかの変化球です。


ここら辺が王道を書くと草が生える所以なのでしょう(笑)


閑話編ってくらいなので見ても見なくてもどっちでもいいのかも知れませんが、もしよろしければどうぞ!



 

 

 

「オラそこボックス入んの遅っせーぞ!……って、おーい……フリーなんか外してんじゃねーよヘッタクソ!」

 

 

まだ本格的な梅雨入りはしていないとはいえ、六月の体育館は唸るほど蒸し暑い。

キュッ、キュッ、と、バッシュがアコースティックギターの弦を擦るような音を響かせる中、今日も男バス顧問の檄が通常営業で飛んでいる。

 

「おーおー、今日も男バスは激しく活動しておりますなー」

 

先に休憩に入りスポドリで咽を潤していたあたしに、同じ女バスでもありクラスメイトでもある親友の遥が、呆れたような面白がるような声を掛けてきた。

 

「まぁ三年にとってはもうすぐ最後の大会だかんねー。てかうちらももっと必死感出せよって話だけどねー」

 

「まぁね〜。最後くらいは二回戦は突破したいよねー」

 

「じゃあもっと気合い入れろよ」

 

あはは〜と笑いながら、遥もあたしの横に腰掛けた。

 

 

あたし由宇裕子(通称ゆっこでっす)は、進学校に通う受験生だと言うのに、今日も部活に励んでいる超真面目な女子高生だ。なんつって!

 

まぁなんでこんな進学校に受かっちゃったのか分かんないくらい、勉強よりも体を動かす事の方が得意な、自分でいうのも憚られるくらいのフッツーな女子高生。

もちろん進学希望ではあるけど、部活に励めるギリギリまでは楽しんじゃおうかなってね。

 

 

そんな脳筋なあたしなんだけど、ここんトコすっごい気になる事があるのだ。

 

ちょうど今は周りには遥しか居ないし、ずっと気になってた事を話してみようと思う。昨日のカラオケの件もあるしね。

 

「ねぇねぇ遥ー。ちょ〜っと話があるんだけどさぁ……」

 

いつものあたしの語り掛ける感じとは違う何かを察したらしい遥は、意外な切り返しをしてきた。

 

「もしかして、みなみちゃんのこと……?」

 

……さっすが遥。やっぱこいつも分かってたか〜。

んじゃあズバリ言ってみますかね。

 

「そ。さがみんのこと。……んー……さがみんさぁ、たぶんアレ、恋してるよね……?」

 

 

× × ×

 

 

相模南。

三年になってからのクラスメイトではあるけど、あたしは一年の頃もクラスメイトではあった。

もっともあっちは一年の時は結衣ちゃんと同じクラス内トップグループで、あたしは二番手グループだったからそこまで関わってはいなかったけど。

 

二年の時はクラスは別れたけど、偶然文実とか体育祭実行委員で一緒になって、仲良くしてみたり敵対したりと色々あったけど、今ではさがみんと遥とあたしで同じグループを組むまでの仲良しとなった。

 

そんなさがみんの様子が、ここ最近おかしいのだ。

いや、三年になってからずっとおかしかったとまで言えるレベルなんだけど、最近はそれに輪を掛けておかしい。

まぁ端的に言うと、あたしらとの会話中にチラチラとどこぞに熱視線を送ってるんだよね。

 

でもさ……その相手らしい人物ってのがさぁ……

 

 

「だよね〜。やっぱみなみちゃん恋してるよね〜。しかもかなりの悲恋?昨日のカラオケでも、切なそうな顔して失恋ソングばっか歌ってたしさぁ。しかもたぶんその相手って……」

 

「……ね」

 

やっぱ遥もあのカラオケは気になっちゃいますよねー。

とは言え、まぁまだ確信が持ててるワケではない。

でもホントにそうなのだとしたら、あたしはちょっと遥と話したい事があるんだ。

 

さすがに本人に確認したって素直に答えてくれるワケが無い。だから、ちょっと揺さ振ってみようと思ってる。

 

「あのさ遥〜。今日の休み時間にでもさ、ちょっとさがみんを……」

 

そしてうちらは結託して、休み時間にさがみんにカマをかける算段を立てた……

 

「おーい……遥ゆっこー……あんたらいつまで休憩してんのー……?」

 

「ひゃいっ!?」

 

「す、すみませ〜ん!」

 

 

どうやら顧問様からの本日のしごきは長くなりそうでありますっ!

あ、朝からそんなにハードにしごかれたら、作戦決行の休み時間まで体力残ってるかしらっ?

 

 

× × ×

 

 

「昨日のカラオケ盛り上がったよねー」

 

あたし達は、さがみんの机に集まって昨日のカラオケの話なんかをしながら盛り上がっていた。

それは、こうやって当たり障りの無い話をしていれば、さがみんが油断してバレてないつもりでヤツにチラチラと視線を送るからだ。

 

ふむふむ。今日も切ない視線をある一方行に送ってますね。

さがみんのそんな視線を確認しながら、あたしと遥は目配せをする。

よし。作戦決行だ!

 

「うっわ……見てよ遥、さがみん……まーたヒキタニが変な本読んでニヤついてるよー」

 

さがみんがそっちに視線を送ってる事なんか気付かないフリをしつつ、ついにさがみんを揺さ振る一言を投げ掛けてやった。

 

「うへぇっ……マジで引くよねー。せっかくあたしら三人同じクラスになれたってのに、まさかアイツまで同じクラスになっちゃうなんてねぇ……ねっ、みなみちゃん」

 

おっ、遥さんも中々のやり手ですなぁ。ただの脳筋とは違うな、この女。

するとずっと視線をそちらに向けていたさがみんがビクゥッとして慌てて話を合わす。

 

「……へ?あ、あぁ!う、うんうん!そうだよねー……」

 

そう言うさがみんの表情は、とても辛そうな苦笑い。

昔は良く見せてたけど、最近ではほとんど見せなくなった、相手に無理やり自分を合わそうとする卑屈な笑顔だ。

なんか久しぶりに見たな、この嫌な笑顔。やっぱビンゴか。

それでもさらに確信を持てるように遥とアイコンタクトを取って畳み掛ける。

 

「なーんかさぁ、最近みなみちゃんて、たまにぼーっとどっか見てるトキとかあるよねー」

 

「あー、それあたしも思ったー。さがみん一年の時はそんなこと無かったよねー?」

 

「……ん?……!へ!?そ、そんな事ないってば!……ほ、ほら、やっぱ受験のこと気になっちゃって、たまにぼーっとしちゃってるんじゃないのかな!?うち!」

 

顔面蒼白になって両手を顔の横でブンブンするさがみん。

ちょっと……やりすぎたかな……?

 

よし!作戦はここまでっ!とばかりに、さがみんの誤魔化しの話に乗るように、あたしと遥は勉強の話から部活のへとシフトさせ、あらかじめ用意しておいた小芝居を交えつつ誤魔化されてあげたフリをする。

 

でもそれに安心したさがみんは、あたし達の小芝居を呆れ顔で笑いながらも、やっぱり切ない熱視線をヒキタニに送り続けるのだった……

 

 

× × ×

 

 

「はーい。今日もおつかれー」

 

「おつかれさーん」

 

部活上がりにマックに寄って、グラスの小気味のいいチーンという音などではなく、マックシェイクの紙コップでボコンとお疲れの乾杯をするあたし達。

ちゅーちゅーと、良く冷えたシェイクを渇いた喉へと運ぶ。

くーっ!やっぱこれのために仕事もとい部活動に励んでんのよねー!

 

シェイクで喉を潤しながら(喉は余計に渇くんだけどね、甘すぎて)、あたしは遥に本日の本題を投げ掛けた。

 

「さてとっ!んん!ん!……ではでは、例の件についてのお話でもしますか」

 

「だねー。……はぁ、まさか本気でさがみんがヒキタニなんかをねぇ…………てか意味分かんないんだけど!なんでヒキタニなの!?だってみなみちゃんて誰よりもヒキタニが嫌いなんじゃないの!?」

 

最初は溜め息を吐いていた遥も、徐々にご立腹になってきた。ここ店内だっつの。声でけーよ……

 

「……あー、あのさ……あたし、その事について、遥に話しておきたい事があんだよね……」

 

「ったくマジ意味分かんない!…………え?なに?」

 

聞けよ人の話……

そしてあたしは語りだす。これは絶対だと言い切れる話ではないけど。

それに気付いてからもあんまり認めたくは無かった話だけど。

認めたくないからこそ、あんまり口に出したくは無かった話だけども。

 

「今から言う話はさ、結構うちらにもクルものがあると思うから、覚悟しといてね……?」

 

 

× × ×

 

 

ガラリと雰囲気を変えたあたしに、意味分かんなくてプリプリしてた遥がゴクリと喉を鳴らすのを確認してから口を開いた。

 

「さがみんさぁ、体育祭の後うちらに謝りに来てくれたじゃん?『本当にごめん。うち、なんにも分かって無かった。文化祭も体育祭も。色々と分かっちゃったら、自分のしょーもなさも醜さも……全部見えちゃったの。……だから、自己満足かも知んないけど、遥達にちゃんと謝っておきたかったの……』ってさ」

 

「……うん。良く覚えてる。ホントはうちらの方こそ謝りたかったのに、あんな風に真剣に謝ってくれたから、うちらも素直に謝れたし、今はこんな風に仲良くなれたんだもん」

 

「ね。あたしもその時はこの件はこれでお終い!って思って深く考えなかったんだけど、なんかちょっと引っ掛かってたんだよね、ホントは。……でさ、三年で同じクラスになってから、さがみんってもしかしたらヒキタニのこと……って気付いちゃってさ、そのとき初めてあの引っ掛かりを真剣に考えてみたんだよね」

 

「…………」

 

「さがみん言ってたんだよ。うちらに謝りに来たのに『文化祭も体育祭も』って。……うちらと仲違いしたのは体育祭だけの話なのに、あの時には関係の無いはずの文化祭の話もしてきたんだよ。自分のしょーもなさが見えちゃったんだ……って」

 

あっ……って、遥があたしを見た。

 

「だからさ、そんなさがみんのセリフと、さがみんがヒキタニに惚れてるっぽい理由を客観的に考えてみたら、あたしも見えちゃったんだよね……さがみんも含めてあたしらがしでかしちゃった過ちってやつが……」

 

「あたしらがしでかした……?」

 

「そ。普通に考えたらすぐ分かる事なのに、なんで気付かなかったかな〜…………あの時さ、もしヒキタニがさがみんを罵らなかったら、さがみんが被害者にならなかったら、さがみんがエンディングセレモニーに出なかったら、さがみん……どうなってたと思う……?」

 

すると、少し考えてみた遥の顔が、みるみる内に青ざめていく。

脳筋だけど感だけはいい遥は、今のやりとりだけで全て察したようだ。

 

「…………え!?待って!?……じ、じゃあもしかしてあのスローガン決めの時も!?」

 

「たぶんね。だって、アレが無かったら、確実に文化祭間に合って無かったでしょ、文実。……たぶんヒキタニって、一人で悪役になって文化祭を無事に回したんだよ……」

 

「マジか…………どうしよう、ゆっこ……あたしちょっと今、軽く死にたくなったんだけど……だってうちらがヒキタニの悪い噂を学校中に広めたんじゃん……」

 

「……だから覚悟しとけって言ったでしょ」

 

「いやいやこんなん覚悟しきれないからっ!……やばいあたし明日ヒキタニに謝りに行ってくる……!」

 

「あんたアホでしょ。そしたら今度はさがみんが学校中から悪意受けんのよ?……ヒキタニだってそれが分かってっから、学校一の嫌われ者のそしりを甘んじて受けてたんじゃんっ」

 

「はぁぁぁ〜……そっかぁ〜……うわー……もう死にてー…………って、じゃあみなみちゃんとか滅茶苦茶キツくない!?」

 

こいつは感がいいんだか悪いんだか……

そこに気付くのは今なのかよっ!

 

「そ。学校中の悪意を受けてまで自分が助けられたって知っちゃったら、そりゃ惚れるでしょ。もう王子様だよ王子様。でもだからこそキツくてキツくて仕方ないよね。だって、そんなヤツに惚れちゃっても、今のあたし達以上に罪悪感がある相手に告るなんてマネ出来るわけないし、誰にも相談も出来ないんだから……」

 

「……どうしようゆっこぉ……いっそこのままあたしにトドメ刺して?」

 

「刺すかっ」

 

そしてあたし達は、マックの隅っこに座り、お通夜状態で残ったシェイクを啜るのだった。

 

 

× × ×

 

 

「あのさ〜……」

 

しばらく黙ってズゾゾっとシェイクを啜ってた遥がようやく口を開いた。

 

「あたしらになんか出来る事って無いかなぁ……」

 

そんなの、この事に気付いちゃってから八万回くらい考えた事だっつの。

いやいやまだ気付いてから60日やそこらなのに八万回は言い過ぎですよね。

 

「出来るわけ無いじゃん。だって、うちらこそが思いっきり当事者なんだから。あんな今更のことを蒸し返したところで誰も得しないでしょ。ヒキタニも、さがみん本人だって」

 

 

「だよね〜……」

 

はぁ……と溜め息を吐きながらシェイクをブクブクしてる。

 

「……でもまぁ、唯一出来る事はあるよ?さがみんがほんの少しだけでも気が楽になる作戦」

 

「マジでっ!?なになに!?」

 

それは単純でなんの解決にもならない、あまりにも情けない方法。作戦だなんて言うのもおこがましい。

 

「さがみんが辛いのは、誰にも相談出来ないで一人で抱え込んじゃってることだと思うんだよね。……だからさ、あたしらが相談に乗ってあげんのよ。誰かに打ち明けるってだけでも楽になれるって事もあんじゃん?」

 

「…………は?」

 

なに言ってんのこのバカって目で見ましたよ?この脳筋女!

 

「その相談があたしらに出来ないから悩んでんじゃん、みなみちゃんは」

 

んなこと分かってるっての。

 

「だからさぁ…………相談出来やすい環境をあたしらで作んのよ」

 

「ど、どゆこと……?」

 

「だからさ、さがみんがあたしらに相談しやすいように、あたしらん中でのヒキタニの評判を上げんのよ」

 

「つまり……?」

 

ちょっとは考えなさいよアンタ……

 

「だからぁ……あたしらの雑談中に、ちょこちょこヒキタニの話題を出してあげんのよ。今日みたいな悪口じゃなくて、ちょっとずつ褒めてくみたいな?『なんかヒキタニって意外と格好良いよね〜』とか、『こないだヒキタニがプリント運ぶの手伝ってくれたんだ〜。アイツって結構いいヤツだよね〜』とかってね。あたしらん中でヒキタニ株が上がればさ、さがみんも「実はさぁ……」って相談しやすくなっかも知んないじゃん?」

 

「……ヤバいゆっこ天才っ!」

 

「…………」

 

その作戦がもし上手くいったとしたって、さがみんがヒキタニに告れるようになるワケでもなく、結局はなんの解決にもなんないのよ……?

ビシィッっとあたしを指差す遥を冷たい目で睨みつつ、あたし達は明日から他のクラスメイトにはバレない程度に、少しずつヒキタニアゲをしていく事に決めたのだった。

 

 

でもまさか……翌日にはその作戦が脆くも瓦解する事になろうとは夢にも思わなかったんだけどねー……

 

 

× × ×

 

 

「ひー……今日も朝からちかりたー……」

 

朝連を終えて遥と教室に入ると、帰宅部のさがみんはすでに教室に来ていた。

でも、なんかすでに様子がおかしいんだけど……

 

「おはよー!みなみちゃん」

 

「はよー、さがみーん」

 

「あっ!おっはよー!遥っ、ゆっこ!」

 

なんか朝から妙に元気じゃありません?この子。

 

朝のSHRまでの間、いつものようにさがみんと雑談してたんだけど、え?なんだろう……?なんで朝からこんなにニヤついてんの?

 

「えっと……さがみん?なんか良い事とかあった?」

 

「えー?うちー?別に全然なんもないよーっ!」

 

いやいや嘘でしょ。だってさっきから隠しきれないくらいニヤニヤしてんじゃないのよ。

 

なんだこれ?と訝しげな表情で遥とアイコンタクトを取っていると不意にガラリと扉が開き、件のヒキタニが登校してきた。

すると……

 

「…………っ!………ン〜っ……!」

 

と、さがみんが声にならない声を上げて机に突っ伏して、バタバタと地団駄を踏んでいる。

え?マジでなにこれ?

 

その後もHRが始まるまでの間、さがみんは起き上がって口を真一文字に引き結んでチラチラとヒキタニに視線を送りながらも、その口元は明らかにニヤついちゃわないように頑張ってプルプルしてるし(結局ニヤニヤしちゃってんだけどね?)、かと思えばまたン〜っ……!と声にならない声で唸っては机に突っ伏してジタバタするという奇行を繰り返していた……

 

 

 

 

なにこれ……?さがみん壊れちゃったの……?

 

昨日は学校終わりに図書館に寄って勉強するとか言ってたけど、あんた一体なにがあったの!?さがみんっ!

 

 

 

続く

 






まさかのゆっこ視点でしたが最後までありがとうございました!

実はこのSS、以前行ったヒロインアンケートで(当然の如く)ダントツの最下位だった選択肢【遥かゆっこ】も、この際まとめて片付けてしまおうという邪な考えのもと始めたSSなのでした(笑)
まぁ第三者視点で恋する乙女を見るってのは実に私らしいですしねっ。


次回はゆっこが言っていたように『なにがあったのか?』という図書館での出来事を、当然さがみん視点に戻してお送り致します!


それでは次回こそ後編、または中編でお会いいたしましょう☆




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望んではいけない贅沢な望み【中編】




結局中編になってしまいました……


今回は『人は果たしてさがみんでどれだけ萌えられるのか!?』がテーマとなっております。
なんだよそのテーマ。


ではではどうぞ!





 

 

 

ななななな!?なんでなんで!?

なんで比企谷がこんなトコに居んの!?

 

いやちょっと待て。良く考えろ!うちは今ここに何しに来てんの?……受験勉強に来てんじゃん……

だ、だったら比企谷がここに来てたってなんらおかしくないじゃないっ……

 

うちの思考回路はとんでもない速度でフル回転してる。

なぜなら今の現状は、比企谷に急に声を掛けられて引きつった顔を真っ赤に染めて固まっているうち……という状態だからだ。

早くなんか受け答えしなくちゃ!変な子だって思われちゃうじゃないっ!

 

そして密かに恋い焦がれている相手にうちが半年以上ぶりに掛けた言葉はこんなんだった。

 

「は……は?なにしてんのっつった?ここどこだと思ってんの?図書館じゃん。べ、勉強しに来たに決まってんじゃん。バカじゃないの?」

 

 

ぐふっ……やっぱうちってバカなんじゃないの……?

 

 

× × ×

 

 

「お、おう……そうだな」

 

うぅ……呆れたようにそう言う比企谷の顔が恥ずかしくて見れないよ……なにより自分自身が一番呆れてるし。

比企谷は、たぶんかなり引きつった顔してうちの出方を窺ってる。なにせうちは比企谷遭遇時の最初の体勢から一切動けてないのだから。

 

比企谷が目の前に居るという緊張感と超久しぶりに言葉を交せた高揚感。そしてせっかく夢にまで見た会話が出来たのにも関わらず、己のあまりのアホ丸出しの対応に対する呆れっぷりに、うちは涙目になりながらもなんとか無言で鞄から勉強道具を取り出してテーブルに並べ始めた。

その間もずっと視線をガンガンに感じて、さらに顔が熱くなるのを感じる。

でも……あまりにも恥ずかしくてそっちに目を向けられるワケなんてないっ!

 

「……え?なに?マジでここでやんの?」

 

比企谷から当然のツッコミが入る。

うぅっ……今のうちに、あんたとの会話を強制すんの!?この鬼ぃ!

声が震えちゃわないように細心の注意を払いながら、うちは超必死に答えた。

 

「う、うっさいなぁ……仕方ないじゃない……今日めっちゃ混んでて席空いてないんだからっ……う、うちだってあんたとなんか一緒に居たくないけど、せっかく来たんだから……その……べ、勉強しなきゃ勿体ないじゃないよ……」

 

めちゃめちゃ震え声でした。もう早く枕に顔をうずめたいぃ!

 

比企谷からの冷え冷えした視線を一身に受けながらも、うちは震える手で勉強の準備を続ける。なんかもう色んな感情が入り乱れて涙が零れちゃいそうだよぉ……

そんなパニック寸前のうちに比企谷から無慈悲な一言が投げ掛けられたもんだから、なんかイラっときたのかトチ狂ったのか、うちは自分でも全く気付かず、うち史上最大級の失言をしてしまったのだった。

 

「いやいや言いたい事は分かるが、お前って俺のこと大嫌いなはずだろ……そんな嫌いな奴と向かい合ってたって勉強なんて捗らねぇだろが……」

 

 

 

「あ〜、もーうっさい!めちゃめちゃ好きだっての!!」

 

 

× × ×

 

 

「……………………」

 

ふ〜。うちの剣幕にようやく比企谷がおとなしくなってくれた。

ったく!今のうちにはあんたとの会話は難易度高過ぎなのよ!

そ、そりゃ正直あんたとはお喋りしたくてたまんないけどさ、ちょ、ちょっと時間ちょうだいよっ……

 

「あー……っと…………さ、相模?」

 

は、はぁ〜!?なんでまだ話し掛けてくんのよ!あんたどんだけうちを辱めたいのよ!

 

「……なによ」

 

「……なにが好きだって……?」

 

「へっ?」

 

ん?なにが好きかって?こいつなに言ってんだろ。

 

ん〜っと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………うっわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?

うちさっきなんてった!?ア、アホかぁっっっ!!

なにいきなり告っちゃってんのぉぉぉ!?いくらなんでもそれはないでしょうがっ!

嗚呼ぁっ……か、顔が熱い……燃え上がっちゃいそう……もうテーブルに頭をガンガンと打ち付けて意識を失いたい……

んでそのまま救急車に運ばれて旅に出たい……

 

「ちちち違い違う!そそそそんなんじゃないからね!?あんたなに勘違いしてんのキモいんだけど!?うちは勉強すんのがめちゃめちゃ好きだから、別に大嫌いなあんたが目の前に居ようが居まいが全然問題ないって言ってんだけど!?」

 

「……お、おう、そうか。ビックリしたわ……つうかお前そんなに勉強好きなの?すげぇ意外だな。てかここ図書館だからね?さっきからお前の大声ですげぇ見られてるからね?」

 

「っ!?」

 

恐る恐る周りを見渡すと、うちらは図書館利用者さん達からものっすごい冷たい視線を受けまくっていた……

もう今すぐベッドにダイブして毛布に包まって三日三晩悶えて過ごしたい……そして目が覚めたら夢だったらいいのに……

 

 

× × ×

 

 

うちもうダメだ……恥ずかし過ぎて顔あげらんない……とにかくここは無心になって勉強に取り組もう。

 

比企谷なんて目の前には居ないんだ。比企谷なんて好きなワケないんだ。比企谷ってやっぱ結構格好良いよね。比企谷ってなんだかんだいって優しいんだよね。比企…………っ

やっぱうちってバカなんじゃないだろうか……

 

 

「……マジで始めんのかよ……チッ、しゃーねぇなー……」

 

うちがテーブルに真っ直ぐに向かって、俯いて勉強に集中しているフリして比企谷のことばかり考えていると、比企谷はそう一言漏らし…………テーブルに広げた勉強道具を片付け始めてしまった。

え?嘘っ……やだっ……!

 

「……な、なんで!?なんで片付けてんの!?」

 

「あ?なんでって……だってお前が有無を言わさず始めちまったんだもん」

 

「だからあんたも気にせずやってりゃいいじゃん……!」

 

「……はぁ……お前ね、そう言いながら、なんだかんだ言っても俺が居たらやり辛いだろ?……せっかく勉強しに来たのに俺が煩わしいとか思われてたら後々寝覚め悪いから、もうこの場所は譲るわ」

 

「だっ……だからうちは気にしないってばっ!……やだよ……な、なんかあんたに借り作るみたいでさぁ……」

 

もうこれ以上比企谷に借りなんて作ったら、もうあんたの前に顔出せないよ……

 

「べ……別にうちが気にしないって言ってんだから……いいじゃん。……あんたは……うちが居ようが居まいが、気になんて……なんないでしょ……?」

 

自分で言っときながら胸が締め付けられる。……だって比企谷にとってのうちなんて……

 

「……ひ、比企谷からしたら……うちなんて空気みたいな…………もんじゃん……。あんたが気にならないんなら……別にうちなんて気にしないで……勉強してりゃいいじゃん……」

 

うちは一切比企谷に顔を向ける事なくノートに向かって話し掛ける。

比企谷の事が気になりだしてからずっと抱えてた想いだけど、いざ本人に想いを吐露するのは想像を遥かに超える痛みだ。

 

でも、でも比企谷は……そんなうちの気持ちなんて知らず、うちを小馬鹿にするように語り掛けてきた。

 

「はぁ?なにいってんの?なんでお前が空気なんだよ意味分からん。居ても居なくても一緒?んなワケねぇだろ。空気どころか超意識してるっつうの。超嫌いだっつうの」

 

「…………え?…………比企谷、うちのこと嫌い、なの……?」

 

「いや当たり前だろ。俺お前のおかげでどんだけ泣いたと思ってんの?泣いてないけど。え?なに?好かれてるとか思ってたの?」

 

あ……れ?比企谷、うち嫌いなの……?

 

「だ、だって比企谷……うちが今あんたと同じクラスだって知ってんの……?」

 

「は?んなの知らないワケねぇだろ……」

 

「だって!同じクラスになった日、うちのこと視界に入って無かったじゃん!」

 

「当たり前だろ。ぼっちは人様に迷惑が掛からないように常に細心の注意払ってんだよ。また俺と同じクラスになっちまったなんて相模にとっちゃ不快でしか無い事案に対して、俺が存在感消すなんて当然の配慮に決まってんじゃねぇか」

 

いやいやなにその配慮……そんな不可思議な配慮を、さも当たり前のように言われても……

でも…………比企谷にとって……うちは空気じゃ無かったんだ……っ。

 

「そっか……嫌い、なんだ」

 

 

うちはやっぱりちょっとどうかしちゃってるみたいだ。

好きな男に超嫌いと言われて、こんなにも嬉しいだなんて。いや、それじゃドMの変態じゃん。さすがに嬉しいってワケでは無いけど、でもどこかホッとしてる自分が居る。

一つ胸のつかえが取れたような、そんな感じ……

 

そしたらなんと「嫌いなんだ」と言ったまま俯いているうちを見て勘違いしたのか、比企谷がとんでもないフォローをしてくれた。

 

「あ、や……ま、まぁ嫌いではあるんだが、その……なんつうの?ここ最近はそんなでもねぇわ」

 

「……へ?」

 

「体育祭が終わった辺りからか?……なんか段々変わってきたってか、周りに対する表情とか態度とか見てると……まぁなんだ……そんなに悪くは無いんじゃねぇの……?」

 

比企谷のあまりにも急な言葉に、うちはポカンと比企谷を見つめてしまった。

比企谷は照れてるのか一切うちに視線を寄越さず、横を向いたまま頭をがしがしと掻いていた。

 

「なにそれ……?なんかそれじゃまるであんたがずっとうちのこと見てたみたいじゃん……マジキモいんだけど……」

 

 

 

あぁ……うちはなんでショートカットなんだろ……

嬉しすぎて潤みきった瞳も、燃え上がる程に熱い顔も、どんなに俯いてもこの短い髪じゃ上手く隠せないじゃん。

見られるワケにはいかないから、スカートをギュッと握って力を込めて涙がこぼれないように頑張って、顔を見られないようにジッとテーブルの上のノートに視線を向けて俯いてるけど、どうしたって真っ赤になっているであろう耳がどこにも隠れてくれないよ……

 

 

「……チッ、やっぱ超嫌いだわ……」

 

 

そんなうちの頭上に、比企谷の酷いけど温かくて優しい呟きが、ボソリと降注いできた……

 

 

× × ×

 

 

あれからたっぷり二時間、比企谷とうちは黙って勉強に励んでいた。

もちろん当然のように帰ろうと……いや、むしろ恥ずかしすぎて逃げ出そうと?した比企谷をなんとか引き止める事に成功したうちは、かなり頑張ったと思う。

 

『いいよ。比企谷が帰るって言うならうちが帰る。……あ〜あー……せっかく貴重な勉強時間を削ってわざわざ図書館来たのになぁ……この貴重な時間分で受験失敗したら、うちどうやって後悔したらいいのかなぁ……?』

 

うちのこんな脅迫めいた呟きに、ついに比企谷が折れたのだ。

いやいや頑張ったもなにもうち最悪じゃん……

 

 

でも比企谷が諦めて勉強を再開してからは、お互いになんだかとても充実した時間を過ごせていたように思う。

比企谷の前では緊張しまくって勉強なんか身が入らないだろうと思ってたけど、意外や意外むしろとても集中出来た。

勉強疲れも、たまに比企谷が集中してる真剣な顔を覗き見る事でどこかに吹っ飛んじゃうし、比企谷のシャーペンが走る音、ページを捲る音が、うちの目の前に比企谷が居るんだ!って実感させてくれて、胸が温かくなってとても落ち着いたから。

 

じゃあなんでうちだけじゃなくて比企谷が充実した時間を過ごせたと思ったのかは、こいつが次の瞬間に漏らしたこの言葉がソースかな?

 

「くぁ〜……疲れた〜…………うおっ、もうこんな時間なのか」

 

ふふっ、比企谷もすっごい集中出来てたんだねっ。

 

「ふ〜……ちっと休憩してくっかな」

 

別にうちに向けられた言葉じゃないことくらい分かってたけど、なんだかうちも比企谷と一緒に一息つきたくなっちゃった……!

 

「……あ……じ、じゃあうちも行く……」

 

もじもじと言ってみたけど即後悔しました。

なにその超嫌そうな顔っ……ムカつく!

でもうちは気にせず立ち上がり休憩スペースへと歩きだした。

 

「ほら……比企谷、早く行くよ!」

 

「…………へいへい」

 

どうやら帰るか帰らないかの攻防戦の末、うちに抵抗しても無駄だと悟ったみたい。

 

 

休憩スペースに着いてすぐさま自販に向かう。

図書館で勉強するのはいいんだけど、飲食禁止なトコだけはいただけないんだよね。

 

暖房の効いた図書館で集中して勉強してたから、なんだかすっごい喉が渇いていたみたいだ。

うちが冷たいミルクティーのボタンを押した横の自販では、比企谷が迷わず黒と黄色の危険色丸出しのコーヒーのボタンを押していた。

 

「比企谷ってさ……その甘ったるいコーヒー、ホント好きだよね」

 

「あ?俺というか、千葉県民なら誰だって好きだろ。まぁなぜか俺の周りではあんまり評判良くないんだが……」

 

比企谷はなぜかちょっとシュンとした感じで、休憩スペースの椅子に腰掛けた。

いや、それ好きな千葉県民はごく一部だから……

うちも挑戦してみた事はあるけどちょっと……

 

うちは、めっちゃドキドキしながらもそんな比企谷の隣にちょこんと座ってやった。

きゅ、休憩スペースもそこそこ混んでるし、一応一緒に図書館を利用してるうちらが隣同士に座るのはおかしい事じゃない……よね……?ほ、他の利用者さんの迷惑になっちゃうもんっ……

 

うちは火照る顔を冷ますように、冷えたミルクティーをゴクゴクと流し込んだ。

ひゃぁっ!なにこれ緊張しすぎて味しないじゃんっ!

予想外にうちに隣に座られた比企谷もどうやら顔が火照ってるようで、右手で顔をパタパタしながら激甘な缶コーヒーを流し込む。

 

「……てかなんで俺がこれ好きだって知ってんの?」

 

…………!

し、しまったぁ!墓穴掘っちゃった!

これじゃまるでうちが毎日比企谷を見てるみたいじゃん……!

いや、間違いはないですけど……も……

 

「は、は?……んな毒々しい色した缶いつも飲んでりゃ、嫌でも目に入ってくるに決まってんじゃんっ……」

 

すると比企谷はまたちょっとシュンとして一言。

 

「そんなに毒々しいか……?これ……」

 

あんたどんだけMAXコーヒーLOVEなのよ……

 

 

しばらく黙って休んでたんだけど、うちはどうしても気になっていた事を思い切って聞いてみた。

ようやく比企谷とこうして話すことにはちょっとだけ慣れたから、あんまり気負わなくても普通に話し掛けられるよね?

 

「あのっ……ひぃ、比企ぎゃやはさぁっ……」

 

うちもうお家帰るぅぅ……!

 

「……んだよ……」

 

「んんっ……え、えっと…………良くココに来て勉強とかしてんの……?今まで見たこと無かったからさ……」

 

「あー……そうだな。最近は部活も自由参加になったから週二くらいしか行ってねぇし、塾が休みの日は大体ここに来てるな」

 

「……へぇ」

 

マジで!?うちもまぁまぁココ来てるけど全然知らなかったぁ……まさかこんなにニアミスしてたなんて……

 

「うちも……塾無い日か遊びに誘われてない日は……だ、大体来てるかな……」

 

「……ほーん」

 

な、なによその生返事!!超興味無さそうじゃんか!

う、うちだって……興味なんかない!……な、無いけど……一応聞いといてやろうかな……

 

「……で?」

 

「で?」

 

「…………つっ、次はいつ来んのよっ……」

 

「いやなんでだよ……いつだっていいだろうが……」

 

「ま、また被っちゃったらキモいし」

 

「…………チッ……まぁ明日、だな」

 

……あ、明日かぁ……

うちは明日は塾があるんだよね。

じゃあ明日は一緒に勉強出来ないな、と思ってたうちから出た言葉は、うちの予想の斜め上を行っていた。

 

「う、うちも明日塾休みだから……来る予定だったんだけど……」

 

…………うち、なに言ってんの……?

なに言っちゃってんのぉぉ!?

 

「おう……そうか……まぁ別に明日が被ったところで、今日みたいにはならんだろ」

 

「……まぁ、ね」

 

そりゃそうだ。今日はたまたま混んでて、たまたま空いてた席が比企谷のトコしか無かったってだけの話なんだから。

 

 

でも……でも……!

正直自分でもビックリしたし、自分で自分を止める事が出来ない!

うちのとんでもない暴走は、ここから始まったのだ。

 

「じ、じゃあさ!……ど、どうせ目的地は一緒なんだから……明日学校から一緒に来ればいいんじゃん……っ?」

 

 

 

 

うっわぁぁぁぁ!…………うちなに言っちゃってんのなに言っちゃってんのぉぉ!?

ここここれはヒドすぎでしょぉっ!!

 

「……は?いやなんでだよ!?」

 

「だだだだって結局ココ来るんだから一緒じゃん!そ、それってなんかおかしいの!?」

 

「だからなんで俺とお前が示し合わせて一緒に来なきゃなんねぇんだよ……」

 

「比企谷は自転車だから余裕だろうけど、うちはここまで歩きだから暇なのよっ!だからうちの暇潰しの相手になりゃいいじゃん!」

 

あぁぁぁぁっ……なんなのこの必死感っ……

比企谷にはデメリットしかないそんな意味分かんない提案を飲むわけ無いじゃないのよ!

やばい死ぬほど恥ずかしいっ……もう穴掘って埋まりたい……一生穴の中で過ごしたい……

 

 

「……………………はぁ〜……なんなんだよお前……。くっそ……しゃあねぇな〜……」

 

「……はへ?」

 

「んだよ、はへって……」

 

「……いや、明日、一緒に来るの……?」

 

「だってお前言いだしたら聞かないだろうが…………てかお前、一緒に行くとか言いながら、俺のチャリ狙ってんじゃねーだろな……」

 

 

う、嘘……?ホントに……?

明日、比企谷と放課後デー……違う違う違うってば!!

ただ学校から図書館に一緒に行くってだけだけど、比企谷と明日の約束が出来たの……?

 

 

 

 

 

うちの望んではいけない贅沢な望み。

 

ほんの数時間前までは、ただ比企谷に相模南を認識してもらいたい……それがどんな感情であれ、ただうちの存在を認めて欲しいってだけだったのに……

あれからたった数時間後にその望みが叶ったかと思ったら、さらにその望みはあまりにも大きく、そしてあまりにも贅沢に変化してしまっていた。

 

 

それはうちにとって死んじゃいそうなくらい幸せなことのはずなのに、その想いが胸の奥の奥の方でズクンと鈍い痛みを発し始めていたことに、あまりにも幸せすぎたうちはまだ気付かないでいた……

 

 

 

続く

 





まだ謝罪さえ出来ずにいる状態だというのに、自分勝手に望みばかりが大きくなる自分の欲深さ、そして罪悪感に苦悩する南……
そんな南が心に決めた答えとは……!?


と、初めて次回予告みたいな事をしてみたさがみん中編でしたがありがとうございました!


この短編集での話数……

・いろはす2話+後日談別連載15話

・ルミルミ7話

・香織4話

・さがみん4話←new



好みがモロバレじゃないですかやだー。
実はどんだけさがみん大好きなんだよ作者ェ……
さがみん嫌いの読者さまには大変ご迷惑おかけしております(汗)


という訳で、後編でまたお会い致しましょう!



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望んではいけない贅沢な望み【後編】




あっぶね!
危うく初の後編①になるとこだった><


ではさがみんのラストです!どぞ!





 

 

 

ぼふっ……とベッドにダイブすると、うちは奇声をあげながらごろごろとのたうち回る。

 

「うっわぁぁぁ!うちやらかしまくっちゃったよぉぉぉっ!」

 

どんなに枕に顔をうずめても、どんなにタオルケットを抱き枕のようにギュッと抱きしめながら転がっても、全っ然この気持ちが押さえ切れない。

 

『めちゃめちゃ好きだっての!』『……ひ、比企谷からしたら……うちなんて空気みたいな…………もんじゃん……』『目的地は一緒なんだから……明日学校から一緒に来ればいいんじゃん……っ?』

 

うち……なんつうこと口走っちゃってんの!?

ちょっと思い返してみただけでも顔が燃えそうになる。もうホント無理っ!明日からどんな顔してあいつと会えばいいのよ……!

 

「うちってマジでバカだよ〜!恥ずかしすぎんでしょ〜!うっわぁ!もう死にたいよぉ!」

 

うちってホントバカ。

恥ずかしくて死にたい?ホーント嘘ばっか。

こんなに目元も口元もだらしなく緩みきってる自殺志願者なんて聞いたことも無いっての!

死にたいどころか一分一秒でも早く明日になれ!って思ってるっつうの!

 

こんな時、携帯なんかにあいつの写メでも入ってればな〜……!

へへっ、明日こっそり撮っちゃおうかな?

あ、そうだっ!

 

「明日、連絡先交換しちゃおうかな〜」

 

もう!うちってばたったあれだけの出来事に浮かれ過ぎじゃない?こんなんじゃ明日学校行ったら、朝からニヤニヤし過ぎてゆっこ達にバレちゃうじゃんっ!

 

 

そんなしょーもない事ばかり考えているうちは、この後お母さんから「うるさい!」と怒鳴りこまれるまで、ひたすらニヤニヤごろごろし続けるのだった。

 

 

………………でも、うちはあまりにも浮かれ過ぎてて、とても大事ななにかを忘れてしまっている……そんなモヤモヤも同時に抱えていた。

 

 

× × ×

 

 

「本当にごめんなさい!」

 

翌日、うちは昼休みに特別棟の屋上にて真剣に頭を下げて謝罪していた。

 

「ずっと隠しててごめん!うち、二人にはちゃんと言わなきゃいけなかったのにっ」

 

「あ……み、みなみちゃん。そんなに気にしなくてもいいからさっ……」

 

「そうだよさがみん……うちら全然気にしてないって」

 

「……でもっ」

 

遥とゆっこは、うちの謝罪にお互い顔を見合わせて困惑している。

そりゃそうだ。まさかうちの口からこんな事が語られるだなんて夢にも思ってなかったはずだ。戸惑って当然だよね……

 

うちは今朝からずっと一人でずっとニヤニヤしちゃってて、その事で心配?してくれていた二人に本当の事を言うって決心をした。

そしてついにこの昼休み、うちはその決心を実行に移したのだ。

 

「いや、マジで大丈夫だって!ね、ねぇ?遥」

 

「う、うん!だよだよ!うちら、マジで気にしないってば、あはははは」

 

そう言いながら二人は顔を見合わせて苦笑いをしてる。

そりゃね。文化祭の真実や体育祭の真実に加えて、まさか……あの比企谷の事を好きだなんてカミングアウトされたら、誰だって笑っちゃうよね……

だってうちは、この二人から軽蔑される覚悟で打ち明けたんだから。あの体育祭の時のように、また無視される覚悟で打ち明けたんだから。

なんならこの事をクラス中に言い触らされて、クラス中の笑い者・嫌われ者になったって仕方ない。

 

でも、確かにゆっこ達は苦笑いはしてるものの、うちが想像していた、覚悟していたような態度とはなんか違うような気がした。

なんていうか、うちに対する眼差しは蔑みとかじゃなくって、やれやれっ……みたいな?

 

すると二人して「いやー」とか「まったくー」とか言いながら笑顔でうちの肩をバシバシと叩いてきた。

いやちょっと?結構痛いんですけど!?

 

「な、なに!?」

 

「ったくさがみんはー!」

 

「ホントだよー、なんつうタイミングだよコイツー!」

 

いやいや意味が分かんないんだけど!?

その後も一切この行動の理由を教えてはくれず、一方的な笑顔での暴行は続くのでした。

いやマジで恐いんですけど。

 

 

× × ×

 

 

「いやー、朝からなーにをずっとニヤニヤニヤニヤしてんのかと思ってたら、まさか昨日そんな事があったなんてねー」

 

「ちょっとみなみちゃん?図書館はイチャイチャする場所じゃないんだよ?」

 

「い、イチャイチャなんてしてないからっ!」

 

「さがみん嘘はイカンな嘘は。それのどこら辺がイチャイチャじゃないと言うのかねっ」

 

「二人っきりで三時間以上同じ席で勉強するわ、『明日一緒に行こ?』なーんて約束しちゃうわ実にけしからんですなぁ!一体なんのお勉強をしてたんですかねー?」

 

「〜〜〜〜〜っ!!」

 

うちは二人の肴になっていた。

 

ななななんなの!一体!?

確かにうちは二人から責められる覚悟はしてた。でも今は責められるというよりは攻められている。満面の笑顔で。

 

う、うち、こんな覚悟は出来てないよっ!?メチャメチャ恥ずかしいっ……!

たぶんうちは、昨日比企谷に「最近のお前はそんなに悪くない」とかって言われた時くらいに赤く赤くなってるんじゃないかと思う。涙目になっちゃってるし!

 

「いやーん!さがみんかーわーいーいーっ」

 

「やー!みなみちゃん超乙女じゃーん」

 

うちは…………気が付いたら両手で顔を覆い隠していた…………もうヤダっ!

ぐっ……こ、こいつらぁ……

 

「で?で?どーすんのどーすんの!?」

 

「……にゃ、にゃにが……?」

 

「にゃ、にゃにが?だってぇ!」

 

「きゃーっ」

 

うちもうお家帰りたいっ……

 

「だぁかぁら〜!もう明日っからさ、教室とかでもガンガン話し掛けてけばいいんじゃん!?」

 

「いやいや無理だからっ!」

 

「そんな事ないってー!なんならあたしらも超協力するよ?クラス連中の目が気になるんなら、明日っから四人でグループになろうよ〜」

 

「そうだよさがみーん!教室で一緒にお昼とか食べれるよぉ?」

 

ひ、比企谷と一緒に教室でお昼っ……!

その光景を想像しただけでも顔が溶けちゃいそう……!

あいつ最初に誘った時なんて、超嫌そうな顔すんだろなぁ。

ど、どうしよう。うちの望みが留まるところを知らないくらいに膨れ上がる。

 

 

でも…………その次の瞬間、そんなうちの勝手に舞い上がりまくっていたうちの欲は打ち砕かれたのだ。

 

 

「ホント良かったね、さがみん!図書館なんかで偶然出会えてたくさん話も出来て、んで……ちゃんと謝れてさっ」

 

 

ゆっこが何気なく放ったその一言で、うちの視界は一瞬で真っ暗になった……

 

 

× × ×

 

 

つい今しがたまで真っ赤になって照れ照れにトロけていたうちが、一瞬で固まってしまった事に二人が心配になって声を掛ける。

 

「え……さがみん?……どうしたの?」

 

「みなみちゃん……?どした?」

 

「…………うち…………まだ……謝ってない」

 

その一言で、明らかに二人の顔が引きつった。

 

「え……?うそ……マジで……?」

 

「まだ謝れてないのに、ヒキタ……比企谷ってみなみちゃんのこと受け入れてくれたの……?」

 

 

…………うちは、比企谷と楽しくお喋りが出来てしまったあの瞬間から、意識的に一番大事な事を、一番しなきゃならない事を頭の中から除外してしまっていたのだろうか。

うちの望みはなんだった?うちが本当にしたい事ってなんだった?

 

うちは……あいつにどんな悪感情を持たれようが、どんなに許されなかろうが、ちゃんと謝りたいんじゃなかったの……?

なんなの?自分の過ちをあいつに謝罪もせずに、なに勝手に仲良くなろうとしてんの?

 

…………うちは…………

 

「あ、や、まぁそれはそれでラッキーなんじゃん……?……それって、みなみちゃんのこと嫌ってないってことじゃん……?あ、あはは、ラッキーラッキー……?……ねっ?」

 

「だ、だよねー。……てかマジ比企谷って優しくて良いヤツじゃーん!さがみんがベタ惚れしちゃうのも分かるわー……!あ、謝んなくて仲良くなれるなんて、遥の言う通り超ラッキーだって」

 

 

うちとゆっこ達は、ちゃんと謝りあえたからこんな風に本当に仲良くなれたんだ……だから、ゆっこ達だって、そんなのは間違いだって分かってるはずだよね。

 

うちが……うちが求めてたのも………………そんなんじゃ、無いんだ。

 

 

× × ×

 

 

うちは今、複雑な思いを抱えながら一人駐輪場であいつを待っている。

結局屋上ではなんの答えも出せないまま放課後まできてしまった。

 

『まだ……謝ってない』

 

その一言を最後に黙り込んでしまったうちを、ゆっこ達は物凄く心配してくれたんだけど、うちの頭の中ではあまりにも色んな思いが渦巻き過ぎてて、申し訳ないんだけどその心配に応えてあげられなかった。

ごめんね、遥、ゆっこ。答えを出したら、明日またちゃんと謝るね。

 

 

うちは……本当になにをしてるんだろう?ちょっとお喋りが出来たからって、調子に乗ってたんじゃないの?

 

あれだけ非道いことをしときながら謝りもせずに仲良くなろうだなんて、うちってホント最低だ。

 

『うち、最低……』

 

いつか屋上で葉山くん達に呟いた言葉が頭を過る。

あのとき自分を最低だなんて言った自分を殴ってやりたい。

あのときのうちは、ただ慰めて欲しかったから……そんなこと無いよって否定して欲しかったから、だから最低なんて言葉を口にしただけだ。今にして思えば『うち最低』とか言ってるうちが最低だった。

 

でも今のうちは、あのときよりももっと最低だ。

 

 

 

だったら、こんなにも悩むんだったら、とっとと謝っちゃえばいいじゃん。

ちゃんと謝罪して、そこから始めればいいんだ!

 

 

…………でも、それは出来ない。今はまだそれが出来ない事は分かってる。

 

許してもらえないのが恐いから?

それによってクラスに居場所が無くなるのが恐いから?

せっかく話せるようになったのに、せっかくこうして待ち合わせとか出来るようになったのに、それを失ってしまうかもしれないのが恐いから?

 

違う。そんなんじゃ無い。むしろそういう結果になるって分かってるなら、辛いけど、苦しいけど、それでも喜んで謝罪するだろう。

 

うちは……うちは自分が何を恐れているのかはもう分かってるんだ。

 

 

なにが恐い?それは…………比企谷が、うちを許してくれること……

 

 

× × ×

 

 

今うちが謝っても、つい先日まで考えていたような意味も無い謝罪にはならないとは思う。比企谷はうちを、相模南をちゃんと認識してくれてたんだから。

 

でもダメなんだ。

昨日のあいつを見てたら分かる。たぶん比企谷は、なんの迷いもなくうちを許すだろう。

ホントは、そんな簡単に許されていいことなんかじゃないのに。許してもらえるワケなんかないくらいに酷いことしたのに。

それでも比企谷は顔を赤くして頭をがしがし掻いて面倒くさそうに「気にすんな」とあっさりうちを許すだろう。

 

だから恐くて仕方がない。謝れないよ……それじゃ。

許してもらえると分かってての謝罪は、それはそれでやっぱりなんの意味の無い謝罪になってしまうのだから。

それじゃ、最低なうちに甘すぎるんだよ。比企谷も……うち自身も……

 

 

だったらどうすんの?このまま謝んないでヘラヘラと比企谷の隣に立つつもりなの?あわよくばもっと仲良くなっちゃおうだなんて狙っちゃうの?

アホか、そんなワケないじゃん……

 

だったらどうすんの?謝れないから、謝るのが恐いから、このまま比企谷を諦めんの?せっかく掴んだ比企谷とお喋り出来るチャンスを投げ捨てんの?

バカでしょ。もう無理だよ……その幸せを知っちゃったから。

 

だったらどうする。どうすればいい。良く考えろ、相模南。それがうちに唯一出来る事だろ!

 

 

 

…………………………そして、あるひとつの答えがようやく導きだされた。

許されるのが分かってるんなら、許されないのと同じかそれ以上に辛い現実を用意しておけばいいんだ……

 

その答えを導きだせた瞬間、気持ちがふわりと軽くなって、同時が心臓を握り潰されるのかと思うくらいに苦しくなった。

でも……これならようやく自分を許せそう……だよね?

 

 

そうこうしている内に、うちの視界にはあいつがこっちに向かってくる姿が飛び込んできた。

 

ったく!ホンっトにうちは勝手だなぁ……

あれだけ悩んだのに、苦い答えを導きだしたのに、あいつが……比企谷がうちを発見して嫌そうにしかめた顔を見ちゃったら、もうそんなこと全部吹っ飛んじゃうんだもんなー。

今のうちの思考回路は、どうやってあいつからこのニヤケ面を隠せばいいんだろ?……って、ただそれだけに支配されちゃってんだもん……!

 

 

× × ×

 

 

にしてもマジでムカつく!

なんなのその顔。うわっ、こいつマジで居やがったよって、その表情が超語ってんだけど!

だからムカついたうちは次の瞬間、このニヤケ面を誤魔化す作戦を思いついた♪

 

「比企谷……おっそい。どんだけ待たせんのよ。あんたなにトロトロしてんの?時間勿体ないんだけど」

 

ふんっ、どうせどうしようもないツンデレなうちですから?照れ隠しなんてこうなっちゃうんですよ……。

はぁ……

 

「うっせーな……だったら先行きゃいいだろが」

 

心底面倒くさそうに頭をがしがし掻いている。

だ、だって仕方ないじゃんよ……

どうやら上手く誤魔化せたみたいだけど、印象は最悪な模様です。今更だけど。

 

「てかなんで怒ってんのにそんなにニヤニヤしてんだよ……」

 

「!?」

 

印象最悪な上にニヤケ面を誤魔化せて無いとか、ちょっとうちって救いようなくないですかね!?

 

「う、うっしゃい!あ、あんたがキモいから笑っちゃったのよ!……うぅ……ホラ!早く行こ」

 

「俺、なんでこんな悲しい思いしてまでお前と図書館行かなきゃいけないんですかね……」

 

ホンっトーにごめんなさい!

 

 

こうしてうちは比企谷と初めて一緒に外を歩く事が出来た。

図書館まではたった十分程度の道のりではあるけども、うちにとってはとても大切な十分間になるだろう。

だって……人生で初めてなんだもん。好きな人と肩を並べて一緒に歩けるなんて……

 

 

 

うちと比企谷は黙〜って歩いてる。響くのは、比企谷が押してる自転車の車輪がカラカラと鳴る音だけ。

静かすぎて、うちの激しい鼓動が比企谷に聞こえちゃうんじゃないか心配になるほどに静かなのに、そんな無言の道のりが不思議と心地よかったりする。

 

「……おい」

 

「ひゃっ……!?」

 

超ビビった!まさかこいつから声を掛けてくるとは思ってなかったから超油断してた……!

 

「……は?なによ」

 

「お前さ、暇潰しに俺を同行させてんじゃねぇのかよ?なんで黙ってんの?」

 

あ、そういえばそんな誘い文句だったっけ……

うち的にはすでに幸せを一杯貰っちゃってて、暇と思う暇が無いんですけども。

 

でも、せっかくだからなんか喋りたいし、なんか話題振るかな。……もし可能なら、アレを切り出したいし……

 

「あ、え〜っと…………あ、そういえば比企谷ってさ」

 

「あん?」

 

「ど、どこの大学狙ってんの……?」

 

「……は?なんで?」

 

「だっ、だからただの暇潰しだっつってんでしょ。単なる世間話だっての……」

 

「え、別に言いたくないんだが」

 

「…………いーから」

 

「はぁ……マジでお前ってそんなんだったっけ……元々めんどくさいヤツだったけど……」

 

「……は?」

 

「……はぁ……わあったよ……え〜っと……一応第一は――大……」

 

「はっ!?ま、マジ……!?」

 

いやいやいや、嘘!マジで!?

え?なにコイツ、頭いいの!?

マジなんなのコイツ!実は、か、かかか格好良いしっ……頭も良いとか、何げに優良物件なんじゃん……?

マジか……もしかして比企谷って……モテちゃうんじゃない……?

いや、実は十分モテてるんだけどね。強烈な人達から……

 

「あんだよ……驚きすぎだろ……なんでそんな驚いてんだよ」

 

な、なんでってそりゃ……

でも、うちから出てきた言葉はまたしても予想の遥か斜め上を行っていた。

 

「だって…………う、うちと一緒だから……」

 

ってハァ!?なに言ってんの!?

とてもじゃないけど今のうちの学力で受かるような大学じゃ無いっての!

なんなの?うちって暴走したら止まんなくなっちゃうの!?

 

「……え?マジかよ……」

 

「ちょ!?なにその嫌っそうな顔!う、うちの方が嫌だっての!」

 

ど、どうしよう……奇跡的にセンター通ったら、一応記念受験してみようかな……

まぁ目標を高く持つのはいいことよね。…………べ、勉強マジでがんばろっ。

 

「そりゃ悪かったな……ま、大学行ってまで学友にならない事を祈っとくわ」

 

あ、うちって一応今は学友にはカテゴライズされてるんだ。へへっ。

 

「あんたが落ちれば……?」

 

いや、確実にうちが落ちます……ってもう受ける気まんまんかよ。

 

 

そしてまたも広がる沈黙。

別にそれは嫌じゃないけど、でもいつかは言わなくちゃなんないんだもんね。

 

 

……ふぅ〜……よしっ……こうやって普通に話せてるんだし、アレを切り出してみよう。

 

うちの…………答えを……

 

 

× × ×

 

 

「比企谷……あ、あのさ……」

 

「んだよ……」

 

ゴクリと喉が鳴る。ま、まぁコレ自体は断られたって、他にいくらでも手の打ちようはあるんだ!気楽に気楽にっ。

 

「あ、あのさぁ……まだ半月以上先の話なんだけどさ……6月26日って、空いてない……?」

 

「は?いやいや、そんな先の話なんか分かるわけねぇだろ」

 

「て、てかそもそも比企谷に予定なんかあるわけ無いよねー」

 

「なんでお前にそんなことが分かんだよ」

 

「だって比企谷じゃん」

 

「予定が無い理由を俺だからって理由で決め付けんのはやめてもらえませんかね……」

 

「ちょ、ちょっとその日さ、前々から調べ物したいと思ってた事があんだけど、一人だとちょっと……ってヤツなんだ。だからそこ予定入れないでね?まぁ予定なんか入らないのは分かってるけど」

 

「いや無視かよ。てか一人で調べられない物ってなんだよ。お断りしたいんですけ…」

 

「お願い……そこだけ……その日だけ付き合ってくれればいいから……」

 

正直比企谷と真正面から向き合うのは辛い。

こうやって目を合わせてるだけで顔からは火が出そうになるし心臓は爆発しそうだ。

でもうちは、そんなヘタレなうちを押し殺して、恥ずかしすぎて今すぐにでも逸らしたい目が逃げ出しちゃわないように、真正面から真っ直ぐに比企谷を見つめた。

 

 

…………やっぱり比企谷は優しいね。うちのことなんか嫌いなクセに、真剣な態度にはちゃんと真剣を返してくれる。

 

「……チッ、しゃあねぇなぁ……まぁ予定が入んないようなら前向きに検討するわ」

 

照れくさそうに、ぷいっと横を向いてしまう。

 

「……あんたの前向きな検討って、全然信用ないんだけど……」

 

うちはそんなちょっぴり可愛い比企谷にキュンッとしつつも、ありがとうってお礼も言えずにいつもどおり憎まれ口を返し、真っ赤な顔を誤魔化すように比企谷とは反対方向に顔をぷいっと背けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

6月26日。あと半月もすれば、うちの18回目の誕生日がやってくる。今よりほんの少しだけ大人になれる。

だからうちが謝るのはその日。

 

そしてうちは、その日あいつに告白する。

ちゃんと謝罪して許されて、そして告白してフラれるんだ。

 

 

 

そう。簡単に許されてはいけないうちの過ちは、比企谷によって簡単に許されてしまうだろう。

でもそれじゃ比企谷はうちを許しても、うちはうちを許せない。許されるのが分かった上での謝罪なんて、謝る側からしたらなんの意味も為さないんだから。

 

だからうちは許されてから、フラれるのが分かってて告白するんだ。

許されることにより手に入ってしまう比企谷との時間を自分自身の手で失う。

それが比企谷に謝る為のうちの覚悟でありうちの出した答え。

 

 

 

でも…………やっぱうちってどうしようもないヤツだよね。

こんな覚悟を決めたのに、もしかしたら…………なーんて微々たる期待をしちゃってるんだから。

比企谷がうちの告白なんて受け入れてくれるはず無いのに、フラれて失う事がうちの過ちの対価だと思ったからこそ、こんなくだらない作戦を思いついたってのに、それなのに僅かに期待してしまうズルくて情けないうち。

 

でもさ、そんなズルくて情けないところが、うちみたいな普通の女の子なんだよね。

うちはどう逆立ちしたって雪ノ下さんや結衣ちゃんや生徒会長みたいになんかなれっこない。

 

こんな風にズルくて姑息でヘタレなうちは、なんの希望もなく、ただ絶望する為だけに自爆できるなんて強心臓は生憎持ち合わせていないのだ。

そう。うちは普通の普通の女の子。

 

だから、99.9%の絶望に、たった0.1%の希望を持って立ち向かう事くらいは許してよね。

そんなほんのちょっとでも縋るモノがなければ、うちはまた途中でヘタレてしまうかも知れないから。

 

だからうちはこの計画を実行するまでは絶対にヘタレないように、そのほんの僅かの希望にしがみ付く為に残りの半月を精一杯頑張ってみようと思う。残りの半月で、少しでも比企谷に振り向いて貰えるパーセンテージを上げられるように。

 

 

さしあたっては少しでも一緒に居られるように、今日の勉強会からガンガンに攻めてってやるぞ!

明日からは教室でぼっちの比企谷に話し掛けまくって、クラスの連中に冷ややかな視線を浴びたって全然構わない。そして明日からは一緒にお昼だって食べるんだから!

 

 

「……おーい、なにボーっとつっ立ってんだよお前……時間勿体ないんじゃねぇのかよ……」

 

「は、はぁ?うっさいっての!キモいからうちに指図しないでくんない?」

 

 

 

…………ホントに頑張れんの?うち……

 

そんな一抹の不安を抱きつつも、考え事をしてしまってて少しだけ離れてしまった比企谷との距離を詰める為にゆっくりと走りだす。あいつの隣に並べるように走りだす。

こんな風に比企谷との心の距離が縮まっていって、いつかホントにあいつの隣に立っていられるように、後ろめたさ無く真っ正面からしっかりと向き合えるようになることを夢見ながらっ!

 

 

 

 






思いのほか長くなってしまったさがみん編でしたが最後までありがとうございました!


もしこれが長編だったら残りの半月間の必死な頑張りや誕生日当日に告白してフラれる所までしっかり書くトコなのですが、短編なんでここらへんくらいが丁度いいですよねっ!
てかやっぱりフラれちゃうのかよ。


いやでもホントもっと細かく描写して、遥&ゆっこパートももっと増やして、誕生日までの期間のイベントもしっかりと書けば、余裕で長編で行けましたね、コレ。
さがみんで長編二本ってどんだけさがみん好きなんだよ。



でもやっぱりさがみんSSは、俺たちの戦いはこれからだ!ENDくらいの方がいいですよね!
ではでは皆様!さがみんのこれからの戦いを脳内補完で幸せにしてあげてくださいませっ(*^_ ’)

作者が読者さんに丸投げたっ!?




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ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう【前編】





【注】こちらはオリヒロとなっております。
そういうのが苦手な方はお戻りくださいませ><






さて!タイトルで丸分かりとは思いますが、ついに彼女の再登場となります!

前作は本編と繋げてしまいましたが、今作は短編集の他ヒロインと同じ扱い……つまり別世界線とさせて頂きますね。
なぜならあざとくない件最終回でのいろはすとの涙のやり取りを裏切る行為となってしまうからっ!

前作は切ない片想いストーリーにしちゃいましたが、今回は香織らしく、単なるお気楽で騒がしいデート回でお楽しみいただこうと思ってますので、ではではどうぞー






 

 

 

私、家堀香織は、今まさに愛しの…………けぷこんけぷこん。

比企谷先輩と今まさに二人でディスティニーシーの門をくぐったのだ!

けぷこんてなんだよ。ヤバイよ。たった一回見ただけなのに、あの変な人の影響受けまくってるよ……

 

 

それにしてもおかしいな……私、もしも!比企谷先輩とデートが出来るとしたら、まずアキバ辺りだろうだなんて思ってたのに……

どうしてこうなった……♪

 

 

× × ×

 

 

「っ!……ひ、比企谷しぇん輩!?」

 

「お、おう家堀か。なんかまた会ったな」

 

突如の出会いでは壮絶に噛んでしまうまでがデフォとばかりに、今日も今日とて出会い頭のひとかみっ!

甘噛みしちゃうゾッ☆

 

 

私はその日、前々から目を付けていた作家さんの新作ラノベの第一巻を求めてららぽに来ていた。

オラわくわくすっぞ!と、意気揚々と本屋さんを目指して施設内を闊歩し、さぁ目の前が書店だよっ?って所でまた偶然会ってしまったのだ。

 

なんなの!?このご都合主義……もしかして私ってラノベの主人公かなんかなの!?

 

「そ、そうですね!……えっと、比企谷先輩はなぜこちらにっ?」

 

「いや……なぜもなにもただ本屋に来ただけなんだが」

 

「あははは……で、ですよねー!そこ本屋さんですもんねー!」

 

あっぶね!またの偶然の出会いに自分を見失ってしまい、居場所も見失ってました。

 

比企谷先輩と運命の遭遇に私の心がぴょんぴょんと浮き足立つ。

てかこれマジでもう運命なんじゃね?ディスティニーなんじゃね?

 

「お前もなんか買いたい本でもあんだな」

 

「え、ええまぁ!今日は前から目を付けてた好きな作者さんの新作が………………ってちょっと!?待ってくださいよ比企谷先輩!なんで一切止まらないで先に行っちゃうんですかぁっ!」

 

「え?いやだって別に一緒に来たわけじゃないし、挨拶済ませたら解散するもんなんじゃねぇの?」

 

こっ……この男っ……!

どんだけ人付き合いに手慣れてないのよっ……くっそう…………

 

好きだぁぁっ! たけを。

 

 

「ち、ちょっと待ってくださいってば!もう目の前なんだし、せっかくなんだから一緒に行けばいいじゃないですかぁっ……」

 

「めんどくせぇなぁ……」

 

どうも。ほんの数メートル先の本屋さんに一緒に入るのにもめんどくさがられる、めんどくさい女でお馴染みの家堀香織です。

いやん泣いちゃう!

 

とかなんとか脳内では嘆きながらも、嫌がる比企谷先輩の隣に無理やり並んでニヤつく私だったのです!えへへ〜。

 

 

× × ×

 

 

「お、家堀それ買うのか。俺はちょっと様子を見てから考えようかと思ってたんだけどな」

 

「マジですか!?いいですよね〜!この人の作品て。ま、まぁそもそも比企谷先輩にオススメして貰った作者さんではありますけどもっ……」

 

そして私はピコーンと閃いた!これなら七英雄にだって勝つる!

 

「じゃあじゃあ!コレ面白かったら貸してあげますよっ」

 

そーなのだ!あれだけ欲した繋がりを、今度は私の方から繋げるちゃんすっ!

 

「え?マジで?いいの?」

 

うひょっ!大物ゲットだぜ!

 

「もちろんですよー。比企谷先輩にはたくさんお借りしちゃいましたし、いくらでも貸しちゃいますでありますよ!」

 

なんか敬礼しちゃいました。

っべー。テンション上がりすぎてキャラまで見失い始めたよ私。

 

「……そういうのお腹いっぱいだから」

 

……どうもサーセン。

 

 

やー、二人でお買い物って超楽しい!

まぁ所詮は本屋さんだけでのお買い物だったから、ラノベコーナーや漫画コーナー、一般文芸コーナーを軽く見て回るだけのほんのちょっとしたひとときではあったけど、…………なんか、堪らなく楽しかった。

 

 

どうやら今日の比企谷先輩のお目当ては漫画だったらしく、新刊一冊だけを手に取り一緒にお会計へと向かう。

 

うー……これで比企谷先輩とのお買い物は終了かぁ……つまんないなぁ……

いやでも待てよ……?このあと早く新刊読みませんか?って理由でカフェデートとか誘えんじゃね?

 

そんな妄想で悶々としながらレジにて商品を差し出すと、レジのお姉さんから一言お声が掛かった。

 

「ありがとうございます。只今ららぽーと全館にて、千円以上お買い上げのお客様に、ららぽーと今季決算ラッキーチャンスの福引券を差し上げております」

 

へー。まぁデパートとかそういうのって、決算時期になるとそういうの良くやってるよね。

千円かぁ。私のラノベが税抜き\600くらいでしょ?じゃあ関係無いね。

 

ん?そういえば比企谷先輩は漫画……てことは\400くらいだよね?ピッタリじゃん。

 

「先輩先輩!千円で福引き一回出来るみたいですよっ?せっかくなんで二人分を合わせて買って、福引きしちゃいましょうよ」

 

「どうせポケットティッシュくらいしか当たんないだろ……」

 

こらこらっ!店員さんの前でそういう事をハッキリと言うんじゃありません!

「ま、どうせタダだしな」と、後ろに並んでいた比企谷先輩がレジに自分の漫画を出してくれた。

 

うっわぁぁ〜……なんかどうせ当たんない福引きとかどうでもいいけど、二人分のお買い物のお会計を一緒に済ますとか、なんなの?この微々たる幸せにニヤついちゃう私って!なんか可愛いくない?

しかもこれって……!

 

 

私が千円札で支払いを済ませて商品と福引券を受け取り、会計後に比企谷先輩が小銭を渡してくれる。手渡しで。そう手渡しで!

 

 

なにこれ手が触れちゃうチャンスじゃん!

いやん小銭の手渡しなんて、どうしたって手が触れちゃうぅ!

 

緊張しながら手を差し出すと…………若干高い位置から落とされました……

「しゃせー……」とか言うやる気のないコンビニ深夜店員のお会計時かよコノヤロー。

 

でも……渡してくれる前後で比企谷先輩の顔を覗き見たら、手が触れないように慎重かつ照れた……“照・れ・た!”様子だったので、なんだか胸がポカポカ、顔もポカポカしちゃいましたとさっ☆

なんだよー!比企谷先輩ってば、ちゃんと私を女として意識しちゃってんじゃーんっ!ふひっ。

 

 

× × ×

 

 

「嘘……だろ……?」

 

「マジ……かよ……」

 

福引き所にて、私達はお約束ネタを二人仲良く実行しながら固まっていた……

 

「おめでとうございまーす!二等賞、ディスティニーシーペアパスポートでーす!」

 

そんなバカな……これなんてディスティニー?なんか運命の片道キップが当たっちゃいましたよ?

これもう香織ラノベ主人公疑惑再燃でスレが祭状態だよ!

 

どどどどうしようっ!ひ、比企谷先輩と、まさかのシーデートだと!?

 

 

「いやー……こういう事ってマジであるんだな…………良かったな、家堀。今度の休みにでも行ってくれば?」

 

デスヨネー、ソーナリマスヨネー。

 

でもでも!こ、こんなチャンス滅多にないんだからねっ!?

か、考えろ香織!どうやったらこの難攻不落の捻くれぼっちさんを理詰めで落とせるのかを!

こんな一生に一度巡り合えるかどうかのチャンスを不意にしたら、お空のママンに叱られちゃう!今朝うちで会ったけど。

 

 

そして私は思いついたのだ。

この、捻くれてるけど、正当な理由の無い施しを嫌い、かつ年下に弱くて甘いお節介焼きの素敵な先輩を落とす悪魔の策略を!

 

 

それにはまず…………誘わなければ!

やっばい……熱で頭が沸騰してクラクラするし、ばっくんばっくんと心臓が破裂しちゃいそう!!

逃げちゃダメだ逃げちゃ……ってそれはもういいですね。

 

 

だんまりして俯いちゃってる私に訝しげな視線を向けてくる比企谷先輩……

私は深く深く息を吐き、強張った真っ赤な顔で先輩に縋るような視線を向ける。

 

「ひ、比企谷先輩……あ、あのっ、せっかくなんで今から行きません……?」

 

「……は?」

 

 

心底「なんで?」って顔を向けてくる。やだちょっと傷ついちゃう!

しかし私は負けない。負けてたまるもんですかっ……!

 

「だ、だって!コレ、どうやって分けます!?」

 

そう言いながら、震える手でペアパスポートをヒラヒラさせてやる。

 

「いや、分けるもなにも、お前が当てたもんなんだからお前のもんだろ」

 

甘っま〜い!アメリカンスウィーツ並みの甘さだよ!

なんでアメリカのお菓子って致死量レベルの甘さなのん?

 

「こ、このパスポートを当てた福引券は、二人のお買い物の合計金額で貰ったモノです!わ、私一人で貰うのは理屈に合いません!比企谷先輩だったらこのペアパスポートを素直に受け取れますか?」

 

「いや、だったらな……?」

 

「しかもその福引券代金は私六割、先輩四割の負担額です。なのでパスポート現物配布では割りに合いませんよね!?」

 

「……いやだからな?」

 

「なのでコレを分けるとしたら金銭が発生してしまいます。パスポート代金が現在\6800だから、一枚分換算で、先輩が受け取るには二割ほど不足してるので、不足額を私が先輩に請求することとなりますが宜しいですかっ!?」

 

「ま、まぁそれくらいなら……」

 

「で!でも私はそんな事でお金を貰うだなんて納得出来ませんし貰いませんけどね!?……し・か・も!パスポート一枚ずつ持ってたって、友達の居ない先輩は確実にゴミになりますし、こういった経緯で手に入ってしまったパスポートを他の子と行くのに使うのは私も正直気が引けるので、勿体ないけどゴミ箱行き確実なんです!どうですか実に勿体ないでしょう!」

 

「いやでも俺は小町と…」

 

「つ!つまりせっかく手に入ったパスポートを有効かつ有意義に生かすには、今から二人で行く以外の方法が存在しないんですよ!」

 

「いや人の話聞いてね?それになんで今からなんだよ……」

 

「だって……!」

 

そして私はいろは師匠の教えに従い(見て盗んだ!ドヤァ)、ウルウルと潤んだ目をとびっきりの上目遣いにして、比企谷先輩を攻めに攻めてやりましたよ、ええ。

 

 

「だって、比企谷先輩、こうやって外に出てる時にでも捕まえとかないと絶対逃げるじゃないですか……ねぇ比企谷先輩っ……パスポート勿体ないから行きましょうよぉ……」

 

理詰めどころか最終的にはこの泣き落としである。

 

 

× × ×

 

 

とまぁこんな感じで、私の完璧なる理論的な策略(泣き落とし)で無理矢理連れてきたのだよ!フハハハハ!

やっぱり比企谷先輩は年下に甘くて優しいなぁ。

 

好きだぁぁっ! たけを(二回目)

 

 

「わ、私実はシーに来るの初めてなんで、めっちゃ緊張してます!」

 

いや、緊張してんのは別の理由ですけども!

 

「お、おう、そうか。俺も初めてだからちょっと緊張してるわ……」

 

 

 

 

 

 

………………………いいいいいやっほーいっ!!

比企谷先輩の初めてゲットだぜ!

なんなら私の初めてを比企谷先輩がゲットだぜぇっ!

 

 

おっとイカンイカン。

テンションが危険水域にまで到達しちゃってるよ。

 

恥ずかしいけどっ!緊張しまくりだけどっ!テンションMAXでおかしくなりそうだけどっ!

でもこんなディスティニーは二度と有り得ないんだから、今日は目一杯楽しまなくっちゃ!

どうせ、週明けにはなぜかいろはにバレててす巻きにされちゃうんだから☆(白目)

 

 

エントランスを抜け、ヨーロッパの街並みを模したショッピング街をくぐり抜けた先に広がった光景はまさに異世界……

ヴェネチアみたいな街並みと海と火山が織り成すその世界はまさに夢の国。

私の隣に居る人も含めて、まるで夢の世界に迷い込んじゃったみたい……っ!

 

 

この異国情緒漂う夢の国を密かに片想いしている大好きな人と一緒に視界に入れた時、ぽーっとしていた私は知らず知らずぽしょりと独り言を呟いていた。

 

 

 

「やばい幸せっ……なんか……新婚旅行みたい……」

 

「……え?なんだって……?」

 

 

 

 

 

【悲報】俺氏、死亡のお知らせである。

 

 

 

続く

 






お久しぶりの香織を書いてしまいました☆最後までありがとうございました!


は?アキバデートじゃ無いのかよ?
と、お思いの読者さまもおられる事でしょう。

勿論そのつもりだったんですけど、とある読者さまから「香織のシーデートが見たい」とのお声を頂いて、「ハッ……そんなバカな」と思いながらも試しに冒頭を書いてみたらこっちの方が面白そうだったのでシフトチェンジしちゃいました☆

なぜなら、実は私そんなにアキバに詳しく無いからッ!
海老名さんの時くらいの情報しか分かんないんで、たぶん1話しか持たなそうなんですよね。
だったら2〜3話にはなりそうなコッチの方が面白そうかな〜?と。


ルミルミのシーデートと極力被らないように、前回はインパしてから左回りで探索したので、今回は右回りでシーを探索していきたいなぁと思っております!
それでは後編または中編でお会いいたしましょう!





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ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう【中編】

 

 

 

「…………えっと、なにがですか?」

 

引きつった顔を精一杯の笑顔に変えて、私は比企谷先輩にガクブルしながら先ほどの発言の真意を問う。

どうしよう私超ブルブルしてんよ。

 

え?こっちも難聴系返しをして知らないフリしてほっとけばいいじゃんって?

だ、だって!もし誤解があるようならちゃんとその誤解を解いとかないと、せっかくのドリームでディスティニーなミラクルナイトが気持ち良く迎えられなくなっちゃうじゃないっ!

私ミラクルなナイトを迎えちゃうつもりだったのかよ。

 

「え、や、なんか今、新婚旅行がどうとかって言ってなかったか……?」

 

はい!どこにも誤解はありませんでしたッ!

まさに言いましたよその単語!

 

「は…………は?し、新婚旅行……?な、なにを仰っていらっしゃるのでしょうかね……?」

 

「いや、なんかボソッと言ってなかったか……?新婚旅行に来ちゃったみたいとかなんとか……」

 

「…………テヘッ☆やだぁ!聞こえちゃいましたぁ?香織恥ずかしいっ」とかって言ってみようかな……?

こ、これってギャグに見せ掛けて気持ちを伝えるチャンスだったりしない!?

 

 

少しだけ期待して火照る顔をそっと比企谷先輩へと向け………………ひぃぃぃやぁぁぁっ!……ひ、比企谷先輩の顔がっ!物凄く警戒してらっしゃるぅ……!ドン引きしていらっしゃるぅ……!

これ、まだ現状では気持ちがバレたら逃げられちゃうパターンのやつだよ!ご、ごごごご誤魔化さなくては!「テヘッ☆やだぁ!」なんて頬を赤らめてる場合では断じて無いのである!

 

その時、私の中のリトルかおりんが、こそっと耳元で囁いてきた。

ん?それを言えば誤魔化せるってことなのん?

 

『頭が真っ白に……』

 

……あかんそれ誤魔化す時に絶対言うたらあかんヤツや……吉兆だけはあかんて……!

 

 

散々苦悩してようやく辿り着いた答え。それは……

 

「あはは〜!や、やだなぁ!し、しんこん、しんこ……神転…………そ、そう!神様転生モノですよ神様転生モノ!さ、さすがに夢の国ですよねっ、なんかここがあまりにも異世界じみてて、なんだか神様に転生させられて異世界に旅行にでも来ちゃったみたーいっ!……って感動してただけですよー……つ、つまり、し、神転旅行……?みたいな……?」

 

てへへぇっ?と歪んだ笑顔になってっけどさ、え?私なに言ってんの?そんな単語初耳なんですけど。

そもそも私、神様転生モノとか実は全然知んないんだけど。だいたい神転って『しんてん』って読みで合ってんのかどうかすら知らないんですけども?

 

我ながらこれは酷いと思いつつも比企谷先輩を見る。

 

「お、おう……スマンな。俺そっち系あんま詳しくないんだわ……いや、まぁ、なんだ……さ、さすが家堀だな……初めてシーに来た第一声がソレとか……なかなか突き抜けてるっつうか……?うん。やっぱすげぇわ」

 

「………………」

 

安定のドン引きである。

おいおい、これ結果的に正解だったのん?

ガチオタ疑惑に拍車が掛かってんだけど?てかすでに疑惑ですらない件について。

 

その時、私の頭の中ではこんなビジョンが浮かんでいた。

そのビジョンの中で、私は大草原のようにわらわらと草が生えては高速で流れていくモニターの中で、膝を落として両手を地面についてうなだれていたのでした……

 

 

× × ×

 

 

ぶわっと溢れる涙を華麗にスルーし、私は気持ちを立て直しに図る。

スタートではまさかの出遅れ(むしろフライングで一発失格まである)だったけど、いつまでも大草原の中でうなだれている場合では無い!

 

「まぁそれはいいとしてですね……比企谷先輩!せっかくココに来た以上、私、実はどうしてもやりたい事があるんですよ!」

 

自分で言うのもなんだけど私メンタル強えーな。

 

「おうどうした。いくら夢の国でもさすがに俺tueeeeは出来ないと思うぞ?」

 

「」

 

自分で言うのもなんだけど私心が折れんの早えーな……

 

「ち、違いますから……あの、私は別にオタクとかでは無いんで……」

 

説得力ェ……

 

「と、とにかくソレの準備があるんで、ちょっとここで待ってて貰えますか?そしてその……お、お願いを聞いて欲しいんですけども……」

 

「は?なんだよ準備って。お願いってどんな?」

 

「そ、それは準備が終わってからでっ……!比企谷せんぱーい……お願いしますっ……」

 

「……たく……しゃあねぇな。まぁ家堀の頼みだってんなら、一色みたいな酷いもんでもねぇだろうしな……」

 

ふへへぇ、どうやらやはり比企谷先輩は年下の甘えには弱いらしい。

しかも私はいろは程のあざとさが出せない分、逆に先輩にこうかばつぐんらしい。ついさっき知ったのだ!

 

「ではでは」

 

そして私は眼前に広がる地中海の名を冠するというメディテレニアンポートを背にし、すぐ目の前にあるパーク内最大のおみやげ品の店、エンポーリオの中へとウッキウキで吸い込まれていくのだ。

 

そしてソレはあった。

ニヤつく口元を押さえつけながらなんの迷いもなくそのブツを手に取りレジへと向かい、流れるようにスムーズにソレを入手した私は、小走りで比企谷先輩の元へと向かう。

 

「お待たせしましたー」

 

「おう……てか準備ってなんだったんだよ。なんか買ってきたのか?」

 

その言葉に私はふふん!とまぁまぁ育ってる胸を張り、袋からブツを取り出した。

 

「じゃじゃーん!」

 

私が取り出したソレを見て、予想通りに顔を引きつらせる比企谷先輩。

クックックッ……でもね?さっきお願い聞いてくれるって約束……しちゃったんだからねっ?

 

「ふふふー、ミキオさんとミニコさんの耳付きカチューシャでっす!さぁさぁ!恥ずかしがらずに一緒に付けましょうっ」

 

「いや無理だから」

 

「な、なんでですかー!?」

 

「いやそんなもん付けられるワケねぇだろ……」

 

すると私は、わざとらしくちょっとだけぶすぅっとした態度でこう言ってやりましたよ。

 

「……さっき、お願い聞いてくれるって……約束したじゃないですか……嘘だったんですかぁ……?」

 

「うぐっ……ち、ちくしょう……家堀だから油断してたわ……お前マジ一色の友達だな……」

 

 

人生終了しましたとでも言わんばかりに、心底嫌そうな顔をしてる比企谷先輩にちょっぴり罪悪感。無理やり連れてきて無理やりこんなの付けさせて。

でもスミマセン!私も必死なんです……

 

だって!せっかく女の子に生まれたからには、一度でもいいから大好きな人とディスティニーでバカップル丸出しな行為したいじゃん?

 

 

そしてついに私はミニコさんの、比企谷先輩はミキオさんのカチューシャを装着したのだっ!

 

 

× × ×

 

 

一言で言おう。マジやばい。

 

ぐぅっ……比企谷先輩めぇ……どんだけ私を萌えさせれば気が済むのよっ……!

死ぬほど恥ずかしそうにミキオ耳のカチューシャを付けてる比企谷先輩マジやばい。

ちなみに比企谷先輩が嫌々装着してから、私、軽く10分くらいは悶えてましたよ、ええ。

 

でもでも!ミニコさんのカチューシャを付けた私を見て、比企谷先輩ってば、ちょっとだけ私に萌えたっぽいんだよねっ!

なんかカチューシャ付けさせられて嫌そうだった表情が、私を見た瞬間に萌え萌えきゅんっ☆ってなったの見逃さなかったんだからっ。

 

もーっ!遠慮とかしないで惚れちゃってもいいのよ?

ばっちこーい!

 

 

そんなこんなで、今私たちはお互いに恥ずかしがりながら悶えながら、センターオブジマウンテンの列に並んでいる。

なんか前に友達が、コレとタワーオブキラーが超楽しかったって言ってたんだよね。

だから比企谷先輩にまずどこ行きたいか聞かれたとき、私はワクテカでMapとToday(ディスティニーに入園すると貰える地図と案内ね)を見ながら、目の前にそびえる火山を指差したのだ。

 

列に並び始めて早一時間超え。さすがに土曜の夢の国はお混みでいらっしゃる。

いやぁ……ディスティニーに来たカップルは別れるとかいう都市伝説。

あんなの年間どんだけのカップルがディスティニー来てんだよ。んなもん単なる確率の問題だろ?なーんて思ってたけど、その都市伝説は中々に捨てたもんじゃないんだね。

 

だって、周りのカップルとか、初めの頃はイチャイチャイチャイチャしてて、あまりにも目障りだから爆発すればいいのにって思ってたけど、今やイチャイチャにも飽きたのかつまらなそうに別々に携帯とか弄ってる始末。穏やかじゃないわね。

 

よく言う話だけど、車の運転とかこういうイライラする時にこそ、お互いの本性がモロに出んのよねー。

こういった時間を穏やかな気持ちで乗り越えられない程度の貴様らなど爆発するまでも無い、早く別れてしまうがいいわぁ!フハハハハ。

 

そんな前後左右がギスギスカップルに囲まれた中、私たちカップルはと言うとぉ……きゃっ!カップルって言っちゃった☆

 

んん!ん!私たちは超マイペースで超穏やか!

気が向いたら学校の話したりオタ話したり各自で好きに過ごしたり。

男と一緒に居て、会話が無いのにこんなにも気まずく無いのなんてホント比企谷先輩くらいだ。

まぁ私は比企谷先輩のミキオ姿を見て悶えてればいいしね♪

 

「やー、長いですね。比企谷先輩は行列に並ぶのとか大丈夫な方なんですか?苦手そうですけど」

 

「おう。さすがはディスティニーと言うべきか、ここのは統率が取れてるから特に問題はないな」

 

統率って……軍隊かよ。

 

「随分と長いこと並んでて疲れたんじゃねぇの?ほれ、荷物持っといてやるよ」

 

くっそう……この天然スケコマシめが……!

こういうふとした瞬間の何気ない優しさで雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩、そしていろはを散々たらして来たんか?ん?そうなんか?

そして現在たらされ真っ最中の私は、熱く火照った顔を精一杯下に向けながら、比企谷先輩に荷物を渡しちゃったりするのですっ……

 

 

× × ×

 

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

「ひぃぃぃぃぃっ!」

 

超油断してました!ランドのスプライドマウンテンと全然違うじゃんか!

乗り物に乗り込んでゆっくりと地底を探索するこのアトラクションは、スプライドマウンテンと同じようにラストにただ落下して終わるアトラクションかと思ってた。

 

ゆっくりと進む乗り物。光るキノコ(巨大化したり1UPしたりはしないのよ?)や光る地底生物。

薄暗い中、そんな幻想的な光景を隣の比企谷先輩と中々の密着度でキャッキャウフフしながらうっとりと見てたんだけど、ラスボス的な巨大な地底怪獣の出現と共に、この乗り物の野郎が急にとんでもない加速で頂上へと向けて一気に走りだしやがったのだ。

 

なななナニコレ〜!こんなの初めてぇぇ!

乗り物は山の山頂まで辿り着く。そこから一瞬だけ視界に広がった外の景色は、まるで空高くからメディテレニアンポートを一望するかのような雄大な景色。

そしてそのままの勢いで一気に落下!ナニコレ超楽しい!

 

落下した後は呆然として一瞬の沈黙ののち、落ち着いた時には顔を見合わせて二人して大爆笑。

 

「ヤバイ超楽しい!ひ、比企谷先輩ってば、うぉぉぉぉぉっ!だってぇ!あはははは」

 

「んだよ家堀だって、ひぃぃぃぃぃっ!とか言って叫んでただろうが。くくっ」

 

「これ超サイコーじゃないですか!?また後でもう一回乗りましょうよ!」

 

「そうだな。にしても、さっき見えた景色とか、夜景だったらすげぇ綺麗そうじゃねぇか?」

 

「ですねー!超綺麗そう!……じゃあじゃあ!次は夜に乗りましょ!」

 

「おう、まぁいいんじゃねぇの?」

 

 

やっばーい!なんかもう普通のカップルみたいなんだけど!自然に笑い合えてるよ、私たち。

しかもなんか超幸せで超楽しいうちに、夜まで一緒に居られる事が決定しちゃった!

それにしても……へへっ、比企谷先輩があんなにも楽しそうにしてくれるなんてな〜。ホント無理やり連れてきて良かったぁ……

 

 

アトラクションの施設を出ると、さすが一時間以上並んでただけあってさっきまでよりもずっと混雑していた。

 

うっひゃぁぁ、こりゃスゲーや……やっぱ休日とかのディスティニーは凄いですね。

やばいこれはぐれたら即終了のお知らせ。

 

ふと比企谷先輩を見ると信じらんないくらいに引きつっていた……

 

「いやぁ比企谷先輩。コレは凄いですねー……」

 

「そうだな。どうする?帰る?」

 

帰んねぇよ!帰宅の提案ナチュラル過ぎんだろ!!

これはマズい……今さっきまで夜まで一緒に居られるぅ♪とか思ってたばっかなのに早くも帰宅の予感……

 

せ、せっかくの奇跡のシーデートなんだもん!どうにか比企谷先輩をつなぎ止め無いとっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

つなぎ止め……る?

その時、私は以前比企谷先輩との間で夢見た行為が頭を過った。

 

 

……やばい……手、繋ぎたい……

 

 

いやいやさすがにそれは無理ゲー過ぎる!

さすがにそこまでは高望みしすぎて夢見がちだけど、でもこれってチャンスっ……!

 

「あ……あの、比企谷……先輩……?」

 

「おうどうした」

 

「こ、これってちょっとこのまま歩くのって、ぜ、絶対にはぐれちゃうじゃないですか……」

 

「だな。よし帰るか」

 

「だから帰んねぇよっ!!」

 

「すみません……」

 

いやんっ!つい激しいツッコミをっ!

 

「えっと……その、だからですね……?」

 

ふぇぇ……こ、これは恥ずかしいっ……

 

「だからっ……その……はぐれちゃわないように、袖……摘んでて、いい、ですか、ね……?」

 

うぉぉぉぉぉっ……なんて恥ずかしさだよっ!

でもあまりにも恥ずかし過ぎるこの状況のおかげで自然と目がウルウルしまくっちゃって、そんなナチュラルウルウル上目遣いの私には、年下甘やかしスキルが高レベルで自動的に発動されちゃう比企谷先輩が敵なうはずもなかったのだ!

 

「……ほれ」

 

嬉し過ぎてつい涙がこぼれそうになってしまった。

恥ずかしそうに明後日の方向を向きながら、頭をガシガシと掻いた比企谷先輩が左手を差し出してくれたのだ。

 

胸がきゅんっとなる。夢見ていた比企谷先輩の手が、今目の前にあるんだもん。

手を繋げるわけではないんだけどね。

 

「ご、ご迷惑をお掛けします……」

 

声にならない程に小さい声で、恐る恐る比企谷先輩の袖をちょこんと摘んでみた。

 

「おう……はぐれんなよ」

 

はぅっ……やべぇよ……手が尋常じゃなく湿ってきちゃったよ!

なにこの手汗!めっちゃヌルヌルじゃんかよぉ!

これはもう比企谷先輩のコートの袖がビチョビチョになっちゃうレベル。

 

 

ごめんね?私の中の乙女ちゃん!

ちょっと前までは働け働けと、ブラック企業ばりに乙女を働かそうとしてたのに、今は仕事をしない乙女ちゃんが恋しいよっ!

この瞬間だけでもカムバッ〜ク!

 

 

 

混み合うパークで、ちょっと先を歩く比企谷先輩の背中と左手の袖、そしてその袖をちょこんと摘むヌルヌルの手を眺めながらニマニマする私。

そんなヌルヌルな幸せを噛み締める恋する乙女な香織ちゃんなのでした☆

 

いやんヌルヌルな幸せってなんだか卑猥っ(海老並感)

 

 

続く

 






香織シーデート【中編】でした!
ありがとうございました☆
爆発しちゃえばいいのに……ってくらいに、完全に普通のデートになっちゃってますがこんなんでいいんでしょうかね?(汗)
そして香織はこのデート中に手を繋げるのか!?


そんなこんなで、なんかイベントがありすぎて終わる気がしない……orz
デート回って恐い(白目)
次回、ちゃんと後編で終われるんでしょうか!?


ではではまた次回お会いいたしましょう!




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ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう【後編】



どうも。後編みたいな感じがしなくもない回です。

が、終わりじゃないような気もしないでもないような感じです。


要約すると、これ後編って言っちゃっていいの?って感じですかね。
なんかホントにスミマセン(汗)





 

 

 

「おー、コレなかなか美味いな。マジで餃子の味すんのな。ホレ、家堀も食ってみ」

 

「はむっ……あっ!ホント美味しー!んじゃあ〜私のチュロスもどうぞっ」

 

「さんきゅ。ムグムグ……おー、やっぱディスティニーっつったらチュロスが定番だよなぁ」

 

私がディスティニー定番のチュロス、比企谷先輩がシー名物の餃子ドックを購入し、食べ歩きしながらお互いに食べ掛けのフードをあーんとし合ってる妄想に励みながら、私は自分のチュロスだけをはむはむと食べている。うふふ?捗りますわー。

冒頭から妄想スタートとか酷くね?

 

 

でもまぁ私は別に食べ歩きしながらお互いのフードをあーんと出来ないのは残念だとか、決してそういう事はない。そう、決して!

 

べべ別にそんな恥ずかしい行為をしたかったワケじゃないんだからねっ!

ただちょっと妄想してみたら思いのほか楽しくてやめられなくなっちゃっただけなんだからっ!

 

 

でもまぁ妄想関係無く、今の状況がヤバいくらいに楽しい事には違いはないのだ。

さすがに手は繋げないけど、私の右手にはしっかりと比企谷先輩の袖が握られてるし、左手で持ったチュロスをぱくぱく食わえながら夢の国を散策するというのは、なんとも幸せな時間なんだもん!

 

私達は、センターオブジマウンテンのあるエリア・ミステリーアイランドを抜けたあと、そのお隣のエリア・マーメイドラクーンやアラビアンゴースト、ロストフォレストデルタを散々遊び倒し、お腹が空いたという事で散策を食べ歩きへと切り替えていた。

 

やっぱディスティニーって言ったら食べ歩きですもんねー!夢の国の散財トラップの巧妙さは目を見張るモノがある。夢も希望もありゃしない。

 

「ん?どうした家堀。……あ、もしかしてお前も餃子ドック食いたかったか?」

「……えっ!?」

 

「んじゃあ食うか」

 

夢キマシタワー!!

ナニコレナニコレ!上目遣いしてあーんとか言っちゃえばいいのん!?

 

「しゃーねぇな。じゃあもう一個買いに行くか。俺もちょっとチュロス食いたくなってきちまったし」

 

「…………そーですね」

 

餃子ドックを物欲しげに見ていたただの食いしん坊さんに見られてただけみたいですね。

夢なんて無かったんや(白目)

 

 

× × ×

 

 

「うひ〜!さぶいぃぃっ」

 

海沿いの三月上旬のディスティニーは夜のショーを見るだけでも命懸けなのです。

ここディスティニーシーの水上ナイトショー、ファンタジアミュージック!をいい場所で鑑賞する為に早くから場所取りして待ってるんだけど、とにかく寒さが尋常ではない。

 

ダッフルコートのポケットにかじかんだ手を入れたいのは山々なんだけど、そうすると、ホラ……ねぇ?

せっかく今日一日ずっと摘んでる比企谷先輩の袖を離さなくちゃいけないじゃない……?

 

なんかこういう成り行き上で繋げられた繋がりって、理由次第では一度離しちゃうと、もう繋がれなくなっちゃう気がするんだよね。

だからもう、今日は袖を摘んでるのはあくまでも自然な行為なんですよ?って言わんばかりに、買い物のお会計やトイレとかで仕方なく離さざるをえなくなった時とかも、私の元へと帰って来た比企谷先輩を発見したら、パークが混んでようが混んでなかろうがお構い無しにテテテつと急いで駆け寄って行って、すぐにちょこんと摘んでたんだよねっ……!

 

うぅ……手を繋いで、右手を比企谷先輩のコートのポケットに招き入れてもらえたりしたら、超幸せなのになぁ。

 

「マジでさみーな……もう帰りたい……」

 

「……帰らせませんよ……?」

 

「わぁってるっての……」

 

ったく!油断するとすぐに帰宅を提案しやがるんだよねー、この人。

ふふん!帰りたい帰りたい言いながらも、実は結構楽しんじゃってんの、俺様にはお見通しなんだZEっ☆?

 

「あ、じゃあなんかあったまる飲みもんでも買ってくるわ。家堀もいるだろ?」

 

「……そのまま帰んないですよね……?」

 

「さすがに置いて帰るわけ無いだろうが」

 

ふむ。まぁこういうちゃんとした理由があって袖を離す分には問題ないんだよね。

帰ってきたら速攻摘んじゃえばいいんだから。

 

「あ、じゃあ申し訳ないんですけどお願いします。……えっと、紅茶か、無ければココアで」

 

「了解。んじゃ寒みーけどちょっと待っててくれ」

 

「かしこまっ☆」

 

「お、おう……」

 

……いやん死にたい!思わず自然にやってしまいました。反省はしてるけど後悔もしている。

 

 

そして比企谷先輩はダラダラと冷や汗をかきながらかしこまポーズで固まってしまった私をスルーして飲み物を買いに行ってくれた。

 

ホントなんだかんだ言って女の子に優しいんだよなー!やっぱシスコンだからかな?

へへっ、さっき夕ご飯食べた時も至るところでレディファーストだったもんな。

 

夕ご飯はヴェネチアンゴンドラが運河を通るのをすぐ真横で一望できるイタリアンレストラン、リストランテ・デ・カナレットでパスタとピッツァを食べたんだけど(ピッツァだって(笑)私さむっ!)、レストランに入る時も出る時も、自然の流れで扉を開けて私が先に通るのを待っててくれたり、私がコートを脱いで席につくまで座るのを待っててくれたりね。

あれはかなり妹さんに調教されてますなっ。

 

 

そんな予想外に紳士な比企谷先輩の姿を思い出して、情けないくらいに一人でニヤついている時だった。

 

てか私も一応女の子なんだからさー、こういう時はニヤニヤばっかりじゃなくて、たまにはクスクスとかって可愛い表現が使えるように、この緩んだ顔をなんとかしようぜ?

 

まぁそれはともかくとして丁度その時、辺り一面に大音量で幼女先輩向けアニソンが響き渡ったのだった。

 

 

うぉいっ!なんで大音量なんだよ!?目覚まし切る時着信音とかいじっちゃったの!?

夢の国でアイドル活動頑張ってゴーゴーレッツゴー言ってる場合じゃないんだよっ!

 

ぐふぅ……周りの目が痛いでござる痛いでござるっ……せめてイッツアスモールワールドとかにしとけよ私ぃぃ!

ぶわっとあふれ出る涙をハンカチで押さえながら、いまいましげに電話に出た。

 

「……はい。もしもしっ」

 

『なんでいきなり不機嫌!?』

 

「っ!?」

 

ななななんという事でしょう!

アニソン大音量と周りの冷ややかな視線から逃れる為に、相手の確認もせずに出た電話の向こうから聞こえた声は………………よりにもよって……いろはさんだったのです……

 

 

× × ×

 

 

「どどど、どうしたの!?いろは」

 

あまりの動揺に、噛むわ上擦るわの大騒ぎ。やべー、もちつけ私!

 

『……ん?どしたの?』

 

「にゃ、にゃんでもにゃいよ!?」

 

『……ふーん』

 

スタートからクライマックスきたコレ!

 

『まぁいいや。でさ、香織って今ひまー?』

 

ふぅ……とりあえず挙動不審な事は流してくれるみたいね……

 

「あ、やー……ど、どうかなー?ひ、暇っちゃ暇なんだけどー……ちょっと出先なんだよねー…………なんかあったの?」

 

『あ、お出掛け中なんだ。なんかキョドってるし、キモい趣味関係ってとこか』

 

チッ……納得してもらえてなによりでーす。

 

『いやー、それがさー、今さっき紗弥加から連絡あったんだけどさ、なんか恵理ちゃんがね……今日ばったり街で三浦先輩見かけてさー……ほら、一応バレンタインイベントで会ってるし、知ってもらえてるつもりで声かけたんだって』

 

「う、うん」

 

『そしたらさー、『……は?誰……?』ってバッサリと切り捨てられちゃったらしくって、なんかサイゼのドリンクバーでやけ飲みして管巻いてるとこに運悪く智子が出くわしちゃったらしくて、超からまれてるんだってー』

 

「」

 

 

 

…………いやまじであのアホなにやってんだよ……

そして相手は男関係じゃなくて三浦先輩かよ……アイツ一体どこに向かってんだよ……

 

 

『だから、助けてー!って智子から紗弥加にSOSが入ったみたいでね?それからわたしと香織にも連絡したんだけど、香織には繋がんなかったみたいだよ』

 

あ、そっか……今ここ超混んでるから電波状況が悪いんだ。いっそずっと繋がらなければ良かったのに。

 

『で、一応わたしが掛けてみたら繋がったってわけ。マジ恵理ちゃんいい迷惑だよねー。ぶっちゃけ超めんどくさいから行きたくないんだけど、なんか智子が死んじゃいそうだって嘆いてるからわたしは仕方なく行くけど、香織はどうするー?』

 

「あー……っと、どしよっかなー……?ちょ、ちょっとだけ無理かもなー……」

 

『そっかー。今お出掛け中だもんねー。で?どこに居んの?』

 

場所まで聞いてきますかね!?答えられるワケ無いじゃん!

なに!?疑ってんの!?疑われてんの!?

 

「や、やー、ほらっ、その……ね?」

 

『…………あー』

 

なんなの!?なにか気付いたの!?ちょっと私猜疑心強すぎじゃね?

 

『分かった、アレでしょー。なんかキモい名前の店……なんかアニメ?だかメイト?みたいな名前のヤツ』

 

おいこら我らがアニメイトさんを名前からしてディスってんじゃねぇぞ小娘!

……と、若干キレそうになりながらも、今はこのビッグウェーブに乗らないワケにはいかないのだっ!

血涙を流し唇を噛み締めながらも肯定するしか私の生き残る道はないのである。

 

「……あ、あー……ま、まぁそんなとこ…」

 

[〜♪本日は東京ディスティニーシーにご来園頂きまして誠にありがとうございます!あと20分程で、水と光のスペクタクルショー、ファンダジアミュージッ…………]

 

『……』

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

『……あ、あれ〜?……なーんか今さー、千葉の超メジャーデートスポットの園内アナウンスが聞こえてきた気がするんだけどー……』

 

声低っく!引くくらいに声低っく!

 

「へ、へ!?な、なに言ってんのなに言ってんの!?……テレビ見てたら聞こえてきただけなんだけど!?」

 

『……あー、テレビかー。……今って出先じゃ無かったっけー……?』

 

……やっちまったぁぁぁ!

まずいまずいまずい……!!だったら最初から家族でシーに来てるんだー!くらいにしときゃ良かったよっ!

 

「いやいやいや!だからこれはねっ!?」

 

「おーい家堀。なんか紅茶はティーパックのヤツしか無くて、熱湯とティーパック渡されるだけで数百円とかぼったくりだろ……って事でココアにしといたんだけど良かったか?……って悪りぃ、電話中だったか。ちょっとまだあっち行ってるわ」

 

「……」

 

『……』

 

 

比企谷先輩のまさかのディスティニー商法のディスり発言からどれくらいの沈黙が流れたことだろう。

ほんの数秒?それとも数時間?

まるで永遠とも思えるような苦しくて残酷な時間の終わりを告げるいろはの次の一言は、とっても明っかるーく、とってもとっても元気ーな、天使のような声だった。

 

『かーおりちゃんっ』

 

「……はい」

 

『明日ってさ、もちろん暇だよねー?なんだかわたし急に香織と二人で女子会やりたくなっちゃった♪明日朝イチで香織んちに行くからさー、“ちゃんと居て”よね?たっぷりガールズトークしようねー♪』

 

「……はい」

 

 

 

そのあと、比企谷先輩の袖を握りしめ、あったかいココアを飲みながら見た水上ナイトショーは、壮大なBGMと光が織り成す、まるで夢のようなショーだった。

たくさんの光や花火が水面に美しく照らされて、それはもう見事という他は言葉が無かった。

 

あれ?でもおかしいな。その素敵なショーは、私が想像していたよりも、ずっとキラキラと輝いて、ずっとずっと幻想的に私の瞳に映ったのだ。

 

 

 

 

やったねたえちゃん!豆知識が増えるよ!

 

人生の春の終わりを覚悟した涙で滲んだ瞳で見ると、水上ナイトショーは通常よりもずっとキラキラ輝いて見えるんだってさっ(白目)

 

 

 

終わり……?

 





というわけでどう考えても終わってねーだろって感じの後編風でしたがありがとうございました!


ま、まぁこれで終わりでもいいかな?(苦笑)
って感じですけど、ウチに着くまでが遠足ですので、まだエピローグが続くかもです☆
てかどう考えても続くだろ。


まぁむしろ、香織だけで四話も使うんじゃねーよ!ってお声を多数頂くようなら終わりにしとこっかな?



ではではまた次回お会いしましょう♪




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ラノベの香りは私を運命の航海へといざなう【家に着くまでが遠足編】



どうも!今回こそ香織編のラストです。


前話は1話分においてルミルミに次ぐ程の感想を頂きました。(35件!ガクブル)
てかそれでさえルミルミに次ぐって、アナタ達どんだけルミルミが好きなんですかね……


で、その感想で多く言われたんですけど、エピローグはいろはすとのお☆は☆な☆し♪じゃないですからね!?
今シリーズはあくまでもシーデートがテーマなので、それはまた別のお☆は☆な☆し!
やんないけど。



今回の香織ワールド(笑)はかなり酷いモンですけど、よろしければ御覧になってくださいませm(__)m





 

 

 

「いやー!超楽しかったですねー♪やっぱ夜景のセンターオブジマウンテンとか超綺麗だったしっ」

 

「だな。……ったく、今日はどうなる事かと思ってたけど、なんだかんだ言って意外と楽しんじまったわ」

 

「えへへ〜っ」

 

シーの閉園時間までたっぷりと楽しんだ私達は、ディスティニーリゾートラインを降りてから舞浜駅までの道のりを、今日の思い出話で盛り上がっていた。

 

ふふふ、おやおや比企谷君。珍しくなかなか素直じゃないかねっ!

でも私はそんな比企谷先輩の何十倍も楽しかったんですよっ?

夜の水上ショー辺りの一部記憶だけがなぜだか欠落しておりますけども。

 

ワワワワタシナンニモオボエテマセーン。

 

そんな不毛な遠い過去の記憶など、とりあえず明日の朝までは忘れておくとして(完全に憶えてるじゃないですか)、今は右手にずっと掴みっぱなしのコートの袖の先にある笑顔だけに集中しとこうじゃあーりませんかっ♪

 

ふひっ……ディスティニー帰りにちょっと照れた笑顔で微笑み合う男女とか、これもう完全にラブラブカップル成立じゃないですかやだー!

 

 

 

──ホントはもうこれで帰りなんだと思うと、胸がギュッと苦しくなる……

もうこんな奇跡なんて起きようもない現実を考えると、このまま二人でどっか遠くに行っちゃいたいのにな……って衝動にも駆られるんだよね。

 

……もう、休日にこうやって一緒に居られることなんて無いんだろうなぁ……

 

そんな切ない想いを吹き飛ばすかのように、袖をギュッとギュッと強く握りなおす。

なにを弱気になっちゃってんのよ香織!まだこの奇跡の一日は終わって無いじゃん。

 

だって……遠足はうちに着くまでが遠足なんだから。

もうちょっとだけ楽しもうぜっ!

 

 

そんな、最近は過労気味で過労死寸前な乙女心をワンマン社長ばりに扱き使いながらも、なんとか改札を抜けてホームへと上がったのだが……こ、これはっ……

 

 

「なん……だと……?」

 

「嘘……だろ……?」

 

私達はその光景に戦慄した。

めっちゃ混んでる〜〜〜!

 

そりゃそうかっ!只でさえ土曜ディスティニーで超混んでるのに、閉園直後にそのゲストが一気にひとつの駅に押し寄せるんだもん……!

 

くぎゅぅ〜……やべぇ、つ、潰されるぅ〜!

これはもう年末のアメ横レベル。統率の取れていない人混みを何よりも嫌う比企谷先輩には拷問だなこりゃ。

 

そして事件は起きた。

人波にもみくちゃにされながら、まるで人生のようにその流れに身を任せていたそんな時、ずっと頑張って離さないようにしていた愛しい袖から手がスルリと抜けてしまったのだ。

 

──やだっ!離したくないよ!離れたくないっ!

 

なんも見えないけど、私は必死に比企谷先輩の手があるであろう方へと手を伸ばして、縋るように手を彷徨わせる。

 

 

ギュッっっっ!

 

 

……ん?アレ?

なんか掴めたんだけど、触感が布じゃなくってなんだか肉々しいぞ?なんか良く分かんないまま、掴んだソレの方へと身を近付けた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

…………………っ!ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!!!!!

て、ててててててっ!手をぉ!手を繋いじゃってますよ私ぃぃっ!

 

その手の先を見ると、誰?どこのおっさん!?とかって鉄板ネタが待っていてくれるワケでもなく、それはもう紛うことなき愛しのゲフンゲフン……夢にまでみた比企谷先輩の手だったのです…………っ。

 

 

× × ×

 

 

「は、はわわわっ……!」

 

「……」

 

ど、どさくさに紛れて手を繋いでしまった。

比企谷先輩に視線を向けると、なんとも困惑したかのようにその繋がれた手を見て真っ赤になっていた。

 

「す、すみましぇんっ!」

 

慌てて離そうとブンブンと手を振ってみたんだけど、あ、あれぇっ!?あれぇっ!?手、手が離れてくれない!?

 

も、もしかして実は比企谷先輩が離したくなくて手をギュッと握ってるんじゃっ!?

ちょっとドッキドキっ!で良く良く見ると、なんのことはない、私が無意識にギュギュギュッと力強く握ってました!テヘッ♪

 

いやいやテヘじゃねぇよ。

頭では離そうと思ってんのに、なに身体だけが勝手に反応しちゃってんのよ。

身体だけが勝手に反応って、なんだかちょっぴりエロチック☆

 

 

離したくても離せない手にあまりにも気恥ずかしくなってしまい、私は比企谷先輩と向かい合って手を繋いだまま俯いてしまう。

やばいよやばいよっ……比企谷先輩に変な子だって思われちゃうよ手遅れでしたねうふふ。

 

「か、家堀?……えっと、大丈夫だったか……?人混み凄かったもんな」

 

「…………はい。あ、ありがとうございます。大丈夫、です……」

 

「……そうか……で、その、アレだ……。て、手なんだが……」

 

顔がカァッと燃え上がる。

で、ですよねー……

でもでも仕方ないじゃないですかぁ……手が離れてくれないんですもんっ……!

 

「そ、そのぉ……ですね……?ココ、め、めっちゃ混んでるじゃないですかっ……んで、ですね?こんな混んでるトコで、また今さっきみたいにはぐれそうになっちゃうの恐いんで……しばらくっ……そのっ……ちゅ、繋いでても……い、いいですかねっ……!?」

 

ぎゃあっ!恥ずかしーーー!!恥ずかしよぅっ!

だだだだって離れないんですもん離れないんですもん!

もうダメだよ……死んじゃいそうだよ……

 

今や誠に遺憾ながらお得意となってしまったウルウル上目遣いでそうお願いすると、対する比企谷先輩もお得意の照れ隠しの頭がしがしで「まぁ……この様子じゃしゃあねぇな……」と、手を繋いだままでいる事を認めてくれた。

 

 

ま、マジか……このまま繋いでていいのん……?

 

 

初めて繋いだ比企谷先輩の手は、思ってたよりもずっとがっしりしていて、ああ、やっぱ男の子なんだなぁ……って思ってしまう。

繋いだ手の温もりは半端なくって、私同様に熱を持ってしまってるんだなってよく解る。

 

いつか元カレと繋いだ手は違和感たっぷりで、異性と手を繋いで歩くのなんてこんなもんなんだなぁ……ってガッカリしたんだけど、今の私の手は違和感どころか、もうこのまま指先からとろけ始めて、比企谷先輩の手とフュージョンしちゃうんじゃない?ってくらいに。手が私の居場所はここだよ?って主張してくるくらいにあまりに自然。

 

「あはは……めっちゃ混んでるせいで、なんだか暑くなってきちゃいましたねっ……」

 

「お、おう。マジであちーな……」

 

二人の手汗まみれでベタベタになったまま繋いでる手を誤魔化すかのように私が言うと、右手を顔に向けてパタパタしながら、比企谷先輩も恥ずかしさによる暑さを誤魔化していた。

 

 

× × ×

 

 

ぐぅ……こ、これはどうしたもんか……

さらに混んできたホームで電車の到着を待っていると、人に押されて身動きが取れないままに私は比企谷先輩の腕に抱きつくような格好になってしまっている。

もちろん手を離すワケは無いから、右手は繋いだままで、左手を比企谷先輩の腕に絡めるように抱きついてしまい、えーっと……その……なんていいますか……

 

む、胸を思いっきり腕に押し付けちゃってる状態なんですよね……それはもう超むにっと……

 

なにこの逆ラッキースケベ!比企谷先輩ってば超ラッキーじゃないですかぁ!

などと言ってる余裕も無く、この完全に押し潰れちゃってる胸から私の半端ない鼓動が伝わっちゃうんじゃないかって心配になるレベル。

 

比企谷先輩はというと、さっきから一切微動だにしない。もう石像。超石像。

少しでも動くと、「やべぇ……腕で胸の感触楽しんでんじゃね?って思われちゃうぅぅ!」とかって脳内で絶対慌ててそう。やべー超可愛い☆

 

そしてチラッと赤くなった耳が見えた瞬間、ちょっとだけ悪戯心が芽生えてしまった。

こ、混んでるから、人に押されただけなんですからね!?

 

背けっぱなしの顔をバレないように覗きこみながら、後ろの人に押された風にほんの少しだけ動いてみる。

 

むにっ。

 

ちょ、ちょっとあんまり押さないでよ!!っていう空気を纏って、もっと動いてみる。

 

むにっ、むにゅっ。

 

 

や〜ん!……比企谷先輩が見る見る真っ赤になっていく!

より一層固まってるけど、顔も耳も超真っ赤っ赤!それなのに胸が当たってるなんて全然気付いてないけど?ってフリしてずっとそっぽを向いてる!

 

やばいよこの人可愛いよぉ……

そして私はクレヨンな園児ばりに、にへらぁ〜って顔になっていく。

 

ふへへへっ……ど、どうかね?比企谷君っ。

メロンヶ浜先輩とは比べるべくもないけど、絶壁ノ下先輩や並はすよりは私ずっとあるんですよ!?

 

 

 

……………………どうしよう。傍から見たら完全に痴女なんですけど私。

はい。傍から見なくても完全に痴女ですね。

わ、私のこの清らかなる胸を男に触れさせたのなんてこれが初めてなんだからね!?こんなこと、比企谷先輩にしかしないんだから!

ってちゃんと報告したいです(遠い目)

 

 

そんなこんなで混雑する退屈な待ち時間を密かに楽しみながら、ようやく到着した電車に乗り込む。乗り込むというよりは流し込まれた。

 

 

 

───ディスティニーの帰り道はなんだかいつも寂しくなる。

徐々に車窓から遠ざかっていく夢の国は、まるで現実へと引き戻されていくようで、なんともいえない物悲しさを誘う……

 

 

などとポエマーぶっている場合ではなかった。

ちょ……マジかよ!?帰るだけでどんだけイベント満載なんだよラブコメの神様っ……!

うちに着くまでが遠足どころか、帰り道がメインイベントかよ。

 

他の乗客に車内へと流されていく中、自然とドア側へと追いやられた私。

そして、押し寄せる乗客達に私が潰されないように比企谷先輩が壁になって守ってくれている。

 

つまり……か、壁ドン状態……

 

 

【雑誌のインタビュー記事より抜粋──

 

かおりん「え?少女マンガですかー?いや〜、全然読まないですよぉ!だってあんなの有り得なくないですかぁ?(笑)

イケメンが常に花背負ってるとか草生えちゃいますよね!

あと壁ドンっ(笑)

あんなもんに憧れちゃってる少女マンガ脳なスイーツ(笑)女子って、とぉってもお花畑で幸せそうで羨ましいっていうかぁ?」

 

──週刊脳内文春より】

 

 

………………少女マンガさんサーセン。

壁ドン万歳!ビバ壁ドン!!

私を守ってくれてる比企谷先輩の背後には花が咲き乱れてますがなにか?

 

 

し、しかしっ……近い近い近いっ!これもうキス出来ちゃうレベル!

 

ぐぅぅっ……と低い唸り声をあげて、私が潰されちゃわないように頑張ってくれてる比企谷先輩に、お礼のキスをしちゃおうかしら?

いやんそれお礼じゃなくて単なる私の欲望でしたっ!

 

あまりに近すぎる顔に真っ赤になってあわあわしていると、そんな私に比企谷先輩が一言。

 

「す、すまんな家堀……ちょっとだけ我慢しててくれ……」

 

え!?なにを!?まだキスを我慢しろって!?

無理無理無理!もう我慢なんて出来ませんよ旦那!

それともあれかな?私からじゃなくて比企谷先輩からしたいのかな?

もう完全に血迷って目がぐるぐるになっている私は、ついにスッと目を閉じて待ちキス状態。

ああっ……私のファーストキスは満員の電車内かぁ……な、なんだかとっても背☆徳☆感っ。

よーぅし!ばっちこーい!

 

 

 

…………一向にやってこない唇に片目だけ薄目を開けてみると、比企谷先輩が苦々しい顔をしていた。

 

「いや……直視出来ないくらいキモくてスマンな……もうちょっとだけ我慢しててくれ……」

 

 

……メダパニが解けて次第に冷静になっていく私。

比企谷先輩ごめんなさい……キモいどころか超素敵なんです……

でも言えないです!さっきのはキス待ち顔だっただなんて……!それを言えずにあなたに苦い顔をさせてしまっている情けない私を許してね。

……お願いっ……誰か私を深い深い穴に埋めてください……

そして私は呟くのでした。

 

「…………全然問題ないです……」

 

 

× × ×

 

 

等間隔に設置された電灯だけが照らす真っ暗な帰り道。

私は駅から家まで10分ほどの距離を、比企谷先輩と手を繋いで歩いている。

やっばい幸せ!めちゃくちゃ寒いのに超あったかい♪

 

なんだか通り過ぎる道行く人達も、そんな私達をとっても微笑ましげに見てるんだよねー。

ウフフ、そんなに幸せそうで素敵なカップルに見えるのかしらっ?

 

 

『えーっと……家堀、帰りどうする?』

 

『どうするって?』

 

『あー、結構遅くなっちまったから、お前さえアレなら家まで送ってってもいいんだけど……』

 

『え!?ま、マジですか……?』

 

『おう……いや、でもアレじゃねぇか?家知られんのキモいとかならやめとくって話なんだが』

 

『いやいやいや!滅相もないです!……その、送って頂けるのならとても嬉しっ……た、助かります』

 

『そうか。んじゃ送ってくわ』

 

『やった……!あ!いえいえ、何でもないれすっ…………えへへ、女の子に親切なそういうトコも妹さんに調教されたんですかっ?』

 

『うっせ。ほっとけ』

 

 

と!まぁこんな感じで家まで送って貰える事になったのだ。

駅のホームでずっと手を繋ぎながらこんな会話をしてる私達に、あの時も周りの人達はすっごい微笑ましい笑顔を向けてくれてたっけな。

 

いやぁ……もちろん電車が空いてきた辺りから、口には出さないけど「え?なにこれ?いつまで手ぇ繋いでんの?」っていう空気はビンビンに感じてたんですよ?

そんなの離すワケ無いじゃないですかー?

もうそんな訝しげな視線も空気も、冷や汗かきかき視線逸らしまくりで気付かないフリして頑張っちゃいましたよっ!

 

 

「あの……比企谷先輩。今日はホントにありがとうございました……!急きょのお出掛けになっちゃいましたし無理矢理連れて行っちゃいましたけど、その…………めっちゃ楽しかったですっ」

 

「おう、そうか。まぁその、なんだ……俺もなかなか悪く無かったわ」

 

ふふっ、まったくこの人は!

それって比企谷先輩のデート終了時の定型文かなんかなのっ?

照れくさそうに頭をガシガシ掻きながら、そんな捻くれたセリフを発する比企谷先輩は、なんだか前にも見た気がするな〜。

でもこの噂の捻デレってヤツも、今ではなんだか可愛くっていとおしくって仕方がない。

 

「…………あ……その、そこ……家です……」

 

幸せで顔を綻ばせながらとことこと歩いていると、いつの間にか家の前まで到着してしまっていた。

駅から家までって、こんなに近かったっけ。

 

「そうか」

 

「……はい」

 

あんなに楽しかったほんの一瞬前までが、すでに遠い遠い昔の出来事みたいだ。

そっかぁ、楽しければ楽しかった程、お別れってこんなにも辛いんだなぁ……

でもまぁ仕方ない!むしろここまでの奇跡を神様に感謝しなくちゃいけないよね。

Oh My God!

それ嘆いてね?

 

 

門の前まで到着すると、名残惜しいと悲鳴をあげる右手をそっと離す。

 

あ……れ?なんだよこれ。

手って、繋いでないとこんなに違和感なの……?

あまりの違和感に驚きを隠しきれない。私は、独りぼっちになってしまった右手を、ただ呆然と見つめてしまった。

 

「ど、どうした?家堀」

 

「っへ?……あ、や、やー!な、なんでも無いですよっ!?……た、ただちょっと急に手が冷えちゃったなぁって……!あ、あはははは」

 

「……え?なに?俺の手汗のせいで夜風で急激に冷やされてるって事に対してのクレームかなにか?」

 

「……んなワケないでしょ」

 

ぷっ!ホンっトこの人はムードもへったくれも無いんだから!

そもそも手汗なら私も同等にかいてますけど?当て付けかなにかですか?

……でもまぁおかげで辛い別れも、あんまりシリアスにならないで済むからいっかな?

 

「あのっ!比企谷先輩っ」

 

「ん?」

 

『次はいつ会えますか!?』

 

そんな本音を覆い隠すように、私から出た言葉はなんてことは無い単なるお礼だった。

 

「わざわざ送って頂いてありがとうございましたっ」

 

そうやって元気にペコリと頭を下げると、比企谷先輩は優しく微笑んでくれた。

 

「おう。今日は随分と冷えたから、風邪ひかないように早く風呂入ってあったまれよ」

 

私は子供かよっ!とか思いながらも、そんな優しい言葉が何気なく出てくるこの男のナチュラルな女ったらしっぷりに、思わず笑ってしまった。

 

「え?なんか今笑うとこだった……?」

 

なに?俺またなんかやっちまったの?って顔で、目が徐々に淀んでいくこの人に、私は笑いながら声を掛ける。

 

「あはは、いやいや、やっぱよーく調教されてんなぁっと!」

 

「……うっせ。ほっとけ……んじゃあ帰るわ、またな」

 

「!?」

 

比企谷先輩が……再会の約束の挨拶を自らしてきてくれた……だと……?

私はその事実に、思いっきり破顔してしまう。

 

「はいっ!えへへ〜、ではまたっ」

 

 

 

比企谷先輩の背中が見えなくなるまで、ずっと右手をブンブンと振り続けた。

やっぱりちょっと切ないし物悲しいけど、最後の『またな』で、心も、そして置いてけぼりになっちゃったこの右手も、少しだけポカポカしちゃった!

 

 

× × ×

 

 

「たっだいまー」

 

玄関を開けてただいまの挨拶をすると、キッチンの奥からお母さんがブツブツと文句を言いながら出迎えてくれた。

 

「ちょっと香織!あんた何の連絡もしないでどこほっつき歩いてたのよ!?遅くなるなら遅くなるで、ちゃんと連絡しなさっ…………?」

 

不機嫌そうにドカドカと玄関まで歩いてきたお母さんは、私の顔を見るなり固まってしまった。

 

「……へ?な、なに?」

 

しばらく固まっていたお母さんは、次第にニヤニヤしてきた。

いやちょっと待て、なんでそこでニヤつくんだよ。

 

「あら〜!もう香織ったら!あー、成る程ね〜!そういうことかー」

 

「は?いやだからなにが……?」

 

「うふふ、みな迄言うではないよ香織さん。お母さんちゃんと分かってるから〜。アレでしょ!?例の先輩でしょ!?」

 

「にゃっ!?」

 

「良かったぁ!最近お母さんさぁ、「あれ?私が産んだのって女の子だったわよね?」って心配してたくらいだったのよー。あまりにも女っぽさを捨て過ぎてて。やー、私の記憶違いじゃなくて良かったわ〜」

 

……酷い言われようである。

私だって泣くときは泣くよ?グレてやろうかしら。

 

「でも今度からデートならデートって先に言いなさいね?さすがに心配かけちゃダメよ?」

 

 

「っ!……デ、デートとかじゃ無いしっ……そ、それにちょっとしたアクシデントで急きょ出掛ける事になっちゃっただけだから……うー……でも連絡入れるの忘れててごめんなさい……」

 

「まぁ舞い上がり過ぎて連絡を忘れる程に楽しんじゃったってコトなのかしらぁ〜?しゃーないわねぇ、今回だけは大目に見てやりましょうかねっ」

 

パチリとウインクをかましてルンルンでキッチンへと戻っていく我がママン。

なんか「お赤飯炊かなくっちゃ〜♪」とかなんとか言ってますね。

リビングの方からは「デ、デート……だと……?」とか苦しげに言ってる男の人の声がしますね。

あ、お父さん居たのねん。

私は心の中でお父さんただいまと声を掛け、自室へと伸びる階段を上りながら今起きた事態に考えを巡らせる。

 

──な、なんでデートだってバレた……?

なに!?私ってば帰宅早々デートだってバレるくらいにだらしなく緩んだ顔をしてたの……?

なにそれ恥ずかしい!私どんだけ情けない顔してんのよ!

 

想像しただけで顔が熱くなって仕方ない程の羞恥だったのに、現実はもっともっと厳しかったでござる。

 

──事実は小説より奇なり。

イギリスの詩人が過去に残した言葉。この名文句が、今まさに私の身に襲い掛かるッ!

 

自室の扉を開けて、さて、一体どんだけ緩んだ顔をしてるんですかねー?と姿見に映りこんだ我が姿を見て、私は愕然と力なく崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………カ、カチューシャ着けたままじゃねぇかぁっ…………!

 

 

うぉ〜いっ!顔どころか全身緩みっぱなしのご帰宅じゃねぇかよ!

 

はっ!!?

いやぁぁぁぁぁ!?駅のホームを含めて、今日はやけに微笑ましげに見られてんなと思ってたら、素敵なカップルを見てる眼差しじゃなくって、単なるディスティニー帰りの浮かれたバカップルを見る嘲笑の眼差しだったのかぁぁぁ!

 

ぐふっ……ただのしかばねに私はなりたい……

 

 

よい子のみんなっ?浮かれすぎたディスティニーではカチューシャorファンキャップを着けてる事が自然になりすぎちゃって、ついつい外すの忘れちゃいがちになっちゃうから、帰り道は頭上に気をつけてねっ☆

 

 

× × ×

 

 

カチューシャを優しくベッドに叩きつけてから悶えること数十分。

ここで私はある重大な事実に気付いてしまう。

 

 

……ひ、比企谷先輩、今もカチューシャ付けっ放しで一人で電車乗ってんじゃね……?

 

 

私はそのあまりのシュールなヴィジョンと、それに気が付いた時の比企谷先輩の顔を思い浮かべてしまい、申し訳ないんだけど……………ぶっ!

 

「くっくっくっ……ふっ……ふふふ……あははははっ!っひぃ!いひひひひひひっ!」

 

ベッドを転げ回って大爆笑!

ぶはっ!で、でもゴメンなさい比企谷先輩っ!

ぶほっ!わ、私、早く報告してあげたくてもっ……あ、あなたの携帯番号、し、知らないんですぅっ……ぐひっ!

 

よし!これは早急に連絡先を交換しなくては!

未だニヤニヤしながら、私は新たなる野望を決意するのでしたっ!

 

 

と、そんな時だった。スマホを眺めながら決意を固めていたちょうどその時、不意にスマホが震えた。どうやらメールが届いたようだ。

スマホのディスプレイを見ると、そこには一色いろはの文字が……

 

 

いや、もう無理ですよ……今日は色々ありすぎて、今いろはからのメールを見るだなんて、そんな精神ポイントは残ってませんから……

 

私はそっとスマホをベッドの端っこに置いたのだが、あれですよね?不幸を知らせるお知らせって、見ないなら見ないで永遠に気になって、永遠にモヤモヤしちゃいますよね。

それはそれで精神衛生上とても宜しくないので、本当に恐る恐る、本当に嫌々メールを開いてみた。

 

 

[こんばんやっはろー香織っ(*´∀`*)!!

 

えっとさー、明日の事なんだけどー、わたしどうしても気になっちゃって、どういうことか各方面に聞いてみたのね?

 

そしたらさー!結衣先輩が「なにそれあたし聞いてないし!?」って超反応しちゃってすぐに雪ノ下先輩に電話しちゃったみたいでね…………?

 

明日なんだけどぉ、朝から香織んちに集合になっちゃった!テヘ☆

 

なんか雪ノ下先輩が首根っこ捕まえてでも先輩も連れてくるって息巻いてるらしいからさー、明日の女子会は中止で、五人でのパーティーになっちゃったのでよろしくでーす♪]

 

 

「……………………」

 

 

さてと、荷物をまとめておきますかね。

こういう時は北に向かうのが定番かしらね。

 

 

どうせ出来るわけのない現実逃避を思い浮かべて、生まれたての小鹿のように足元がプルプルと震え、白目を剥いて意識を失いかけながらも、心の奥底ではこんな事を考えている私が居たのです。

 

 

 

 

─────もう休日に会うことなんて早々無いだろうって思ってたのに、明日また比企谷先輩に会えるんだっ……!!

明日確実に行われるパーティー(血みどろの処刑)よりも、明日も比企谷先輩に会える!……しかも比企谷先輩が私の部屋に入るんだ!って事の方が優先順位が上に来てしまっている、今日も明日も懲りない家堀香織なのでした〜っ☆

 

ちっくしょー…………

 

 

 

 

 

 

 

「好きだぁぁぁぁぁっ!」

 

タケヲ(三回目)

 

 

 

 

おわりっ

 




ありがとうございました!
まさか香織デートだけで4話も使うとは(しかも普段の文字数で言えば5〜6話ほど!)、思いもよりませんでしたね(汗)

そしてなんとこの恋物語集、今回で40話の大台に乗ってしまいましたΣ( ̄□ ̄;)
そんな大台を飾ったのが香織最終話ってのも、なんだか感慨深いモノですねぇ……(´∀`)
てかこの世界線くらいは香織√にしてあげないと、さすがに香織がいたたまれませんね(苦笑)



さすがに40話はやり過ぎだろ!って事で、まだ次回はやるかどうかも、やるにしても誰にするのかも完全に未定ではありますが、もしよければまたお会いいたしましょう☆



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めぐり愛、空 Ⅱ




たぶん誰一人として予想していなかったであろう作品のAfterです(*/ω\*)

予想どころか、ほとんどの読者さんが期待してくれてもいなかった(なにせこの短編集開始以来、もっとも感想が少なかった作品ですからw)とは思うんですけど、

いいんです!!

だって書きたかったからッ!



ここのところ各所で濃いキャラばっかり書いてたから、たぶん作者は癒しのめぐ☆りんヒーリングを欲っしたんでしょう……





 

 

 

午前中の退屈な講義を終えて、私は学食へと向かって歩いている。

 

うぅ〜、ダメダメっ!

退屈な講義だなんて、そんな風に思っちゃったらダメじゃない!

私はいつからこんなに不真面目になっちゃったんだろうなぁ……

 

 

確かに大学に入ってからの私は、毎日の生活に正直ずっと物足りなさを感じてはいた。

───あの頃は良かった───そんな、昔を懐かしんで現在を否定するような嫌な言葉を、自分で言うことになるだなんて思わなかったほどに。

 

でも、それでもここまで気が抜けていたわけではない。だって、ほんの二ヶ月弱前までは、それなりに毎日をこなしていたはずだから。

だったらなんでこんなにまで気が抜けちゃっているのか…………それは……

 

「はぁ……明日も雨かぁ……」

 

それはこの梅雨空が、ここ最近の土日を毎週のように雨模様にしてしまっているから……

 

───私は、私、城廻めぐりは、五月から雨が嫌いになった。

 

元々雨の降る休日って結構好きだった。温かい紅茶を傾け、たまに雨の降る窓の外の景色を眺めたり雨音をBGMにしながらのお部屋での読書は、この上なく贅沢に感じられたから。

でも今はとても嫌い。だって、あの日と同じようなあの澄み渡った青空が広がってくれなければ、彼とは廻り合えないのだから。

 

 

× × ×

 

 

「へーい!そこの可愛い彼女〜っ、一緒にランチしようぜぇ〜」

 

そんな、朝からシトシト雨が降り続く金曜日。どんよりとした空と同じようにどんよりとしながらとぼとぼと歩いていた私は、急に肩を叩かれてそう声を掛けられた。

 

「あ〜!はるさん」

 

「やっほー、めぐりー!一緒にごはん食〜べよっ♪」

 

はるさんこと雪ノ下陽乃さんは、私が高校生の時の二つ上の先輩。

とっても尊敬している大好きな先輩なんだけど、有り難い事に私もそんなはるさんに気に入って貰えてるみたいで、大学は違うのに、暇な時なんかはこうやって遊びに来てくれたりと、何かと気に掛けてくれている。

 

「はいっ。喜んでっ」

 

「よし、んじゃあ行こっか!」

 

普段なら仲良くしてるお友達と学食に行くんだけど、こうしてはるさんが遊びにきてくれた日なんかは、学外に出て美味しいランチをしに行くのがいつもの流れ。

はるさんが学食に居ると目立っちゃうし、はるさん自身が「えー、学食じゃやだなー」ってタイプだから、今日も学外にある良く行くちょっとお高いイタリアンカフェへと行くことになった。

おっと、学食で待ってくれているであろうお友達にお断わりのメールをいれておかなければっ!

 

 

× × ×

 

 

大学から歩いて20分ほどのカフェに到着すると、私達は早速注文を始めた。

ちょっとしたランチコースもあるんだけど、私はいつもアラカルトでラザニアを頼んでる。

ここはデザートも美味しいからコースでもいいんだけど、デザートはここからの帰り道の途中にある鯛焼き屋さんに決めてるんだよねっ。

 

はるさんも注文を終えて、ウェイターさんが席から離れると、いつものように近況報告だったり雑談だったりと、まったりとしたガールズトークが始まる。

 

「めぐりー、最近はどうなの?大学生活は順調にいってる?」

 

「あ、はい!順調は順調ですよー」

 

「ん、なーんか含みがあんじゃーん。やっぱ物足りないんじゃない?高校の時の方がずっと生き生きしてたもんね」

 

わっ……やっぱりはるさんにはお見通しなんだなぁ。

 

「えへへ、まぁそんなとこですかねー。……ホントはこんな風に考えちゃうのは良くないとは思うんですけど……あの頃は良かったなぁ……なんてっ……」

 

「ふふっ、確かにね。あの学校で生徒会長なんてしてためぐりにとっては、大学なんて退屈かもね。……でもさ……」

 

するとはるさんは首をかしげてキョトンとする。

こんな何気ない動作まで、周りのお客さん達の視線を集めちゃうはるさんはやっぱりすごいなぁ。

でも、はるさんはそんな可愛らしい動作で、ちょっと痛いトコロを突いてきた。

 

「なんかここんとこ、んー……ここ二ヶ月くらい?めぐりって結構生き生きしてなかったっけ?だからわたしはついにめぐりにも春が来たのかなー、なんて思ってたんだけど」

 

「ごぼっっ!」

 

あ、危なっ……!

危うくお水を噴いちゃうトコだったよー!

 

「……おやおやぁ?やっぱりそうなんだぁ!いやー、あのめぐりも遂にかぁ!」

 

「ごほっ……ごほっ!……ちち、違いますよっ!べ、別に春なんて来てないですっ……」

 

私のその慌てた態度で、はるさんはさらに楽しそうに笑う。

 

「あははっ、めぐり顔真っ赤だよ。ふーん、へー、そうなんだぁ」

 

「ち、ちがっ……」

 

両手を顔の横に持ってきてぶんぶん手を振ってるのに、はるさんったら全然聞いてくれないっ……

 

「あ、だからかぁ。なーんでそんなに気が抜けちゃってんのかと思ったら、もしかして最近うまく行ってないとか?」

 

うー……もうはるさんてば勝手に進めないでよぉ……このお話から逸れる気ないでしょぉ……

んーっ……!仕方ないなぁっ……

 

「ほ、ホントに春とかってワケじゃ無いんですよ!?……うぅ……恥ずかしいなぁ……た、単なる片想いみたいな感じ……で、すっ……」

 

ひゃあっ……ホントに恥ずかしいっ……

私、たぶん今までちゃんと恋とかしたこと無かったから、必然的に自分の恋バナを人に話すことなんて無かったんだよね……

 

「あ、そうなんだ。へぇ……片想いねぇ。でもめぐりにしては十分春だと思うけどねー♪」

 

「もう……はるさんてば、私を馬鹿にし過ぎですよー……」

 

「ひひっ。でもめぐりだったら告っちゃえば余裕で上手く行くでしょうに!とっとと告ってとっととヤッちゃいなよ〜」

 

「や、ヤッちゃっ……!?」

 

はうっ……!か、顔が熱いよぉ……!

もう〜!!はるさんのバカぁっ!

……私が湯気を出して俯いていると、はるさんはケラケラ笑いながら謝ってきた。

 

「あははゴメンゴメンっ。ちょっとめぐりには刺激的過ぎたかな。まぁそれは言い過ぎにしてもさ、めぐりだったら大抵の男なら余裕でOKだろうし、早く彼氏作って大学生活に生き甲斐持ちなって!……あ、でもめぐりだとちょっと心配だから、わたしのお眼鏡に適ったらね〜」

 

「もう!だからはるさんは私に信用なさすぎですよー……」

 

そっ……それに、相手なんて言えないし……

 

「んでー?ずっと身持ちの固かっためぐり姫の心を盗んだのはどこの誰〜?」

 

だ、だからっ、

 

「言えないですっ……!」

 

「……え?」

 

相手がはるさんだからこそ言えるわけがない。

だからなんて答えようかさっきから困ってたのに急に相手を聞いてくるものだから、つい私は食い気味で答えるのを拒絶してしまった……

するとはるさんはちょっとビックリした様子で私を見つめる。

 

「あー、えっと……ア、アレ……?そんなすごい勢いで言えないって言うって事は……もしかして、わたしの知ってる人……?」

 

……しまった……それはそうだよね……言えないって事は、つまりそれは知ってる人って事になっちゃうよねっ……

そんな簡単な事にも気が付かなかったなんて〜……私のバカぁ〜……

 

「あー……うー……ち、違います違いますっ!そそそそんなんじゃ無いです!」

 

「わたしとめぐりの…………共通の…………めぐりが惚れるような…………でもわたしに言えないような……」

 

私は必死に否定したんだけど……はるさんはもう聞いてはいなかった。

顎に手を充てて真剣な顔でブツブツと何か言っている。

ど、どうしよう……他の誰よりも、はるさんだけには知られるワケにはいかないのに……

 

「お待たせ致しました。こちらはラザニア、こちらは渡り蟹のスパゲッティーニ・トマトクリームソースになります。ごゆっくりお召し上がり下さいませ」

 

ちょうどそのとき料理が運ばれてきた。

はるさんは一旦思考を停止させて「ええ、ありがとう」と料理に目をやる。

 

「よしっ!んじゃ食べよっか?」

 

「は、はいっ……」

 

 

ここの料理はいつも美味しい。

ラザニアが大好物の私の中でも、ここのお店はトップクラスだと思ってる。

 

でも…………おかしいな…………今日は、味が全然分からなかった……

 

 

× × ×

 

 

食事中、はるさんはもうさっきの話題には触れないように、自分の近況なんかを楽しそうな振ってくれてたけど、私は黙って頷きながらモソモソと食べていた。

 

私が片想いしている相手は、はるさんの大事な妹さんの大切な想い人でもあるんだ……

だから、はるさんには知られたくなかったのに……

でもたぶんはるさんは気付いちゃったよね……

だって、私とはるさんの共通の知り合いで、私が好きになっちゃいそうな……そしてはるさんには決して言えないような名前なんて、一つしかないんだもん。

 

 

食事を終えて、傘を差しながら大学までの道のりを並んで歩く。

今日はいつものお決まりの鯛焼き屋さんにも寄らなかった。

 

「あ、めぐりー、駅あっちだからわたしはここまでね。気を付けて帰んなよー」

 

「……あ、そ、そうですねっ。えっと……今日はありがとうございました!……それじゃっ」

 

ペコリと頭を下げて、私ははるさんに背を向けた。

……はるさんは、私の事をどう思ってるんだろうか……?

 

呆れてるのかな……

あとで否定されちゃったりするのかな……

それだけはダメって……反対されちゃうのかな……

 

とぼとぼと歩き始めた私に、後ろからパシャパシャという足音が近付いてきた。

振り返ると、はるさんがちょっと難しい顔をして私の前に止まる。

 

「あの……さ、めぐり」

 

「はい」

 

……そっか。あとでどころか、今ここで私の想いは否定されちゃうんだ……

───でも、はるさんが口にした言葉は、私にとってはとっても意外な言葉だった。

 

「えっとさ、わたしは可愛い妹を持つお姉ちゃんだから、悪いけどめぐりを応援する事は出来ない。…………んー、でもね、わたしにとったら、めぐりも可愛い妹みたいなもんなんだよねー。……だからさ、応援はしてあげないけど、こっそり応援してあげる。ふふっ、超矛盾してるけど、まぁめぐりのやりたいように頑張んなっ」

 

はるさんはにぱっと笑顔になると、私の肩をパシッと叩いて「じゃねーっ」と駅に向かって行ってしまった。

 

……はるさん……私は……

 

「はるさん!」

 

「んー?」

 

「…………私、頑張ります!」

 

するとはるさんは振り向きもせず、左手をひらひらさせながら雨の中へと消えていった。

 

 

ホントは私を応援なんてしたくはないだろうはるさん。でも、はるさんはそれでも私に頑張れって言ってくれた。

……だったら私はっ……

 

 

「よーし!頑張るぞー、おー!」

 

 

ふふっ、周りの人はビックリしちゃってたけど、今の気合いで私は少しだけ頑張れそうな気がした!

 

 

× × ×

 

 

今日一日を終えて、私はリビングでなんとなくテレビを点けながら、ソファーで本を読んでいる。

普段なら自室で音楽をかけながら読書をするんだけど、今の私に必要なBGMは音楽ではなくってテレビなのだっ。

 

知らず知らずそわそわしながら、私は本に集中出来ずにテレビから流れてくる音に耳を傾ける。

 

 

『それではお天気です』

 

 

その声を聞いた途端、私は文庫本をソファーに投げ出して、バッとテレビの目の前に張りつくと正座をして番組の進行を見守る。

 

一週間予報では明日の土曜日も明後日の日曜日もずっと雨マークが付いていた。

だから私が知りたいのはさらに来週の週末情報。

正直一週間予報の一週間先の予報なんてあてにはならないけど、それでも私はそれを早く聞きたい。

 

 

お願い!天気予報のお姉さん!来週はそろそろ晴れさせてっ!

 

天気予報のお姉さんにお願いしたってどうなるわけでもないのに、私はお姉さんに祈るように手を合わせた。

でも………………その祈りは、私が思っていたよりもずっと早く届いちゃった!

 

『明後日の日曜日はずっと雨の予報…………どうやらこちらの発達した太平洋高気圧で…………梅雨前線が…………と、いうわけで、日曜は関東はどうやら梅雨の中休みになりそうですね!貴重な晴れ間となるでしょう!』

 

「………………」

 

ホントに……?明後日……晴れる……の?

やった……!やった……!やったぁぁぁっ!

 

私は思いっきりテレビに抱きついてから、携帯電話のある自室へと駆け出した。

 

自室に戻ると急いで携帯電話をバッグから取り出して、なんてメールを打とうか試行錯誤!

 

「えーっと……ひ、さ、し、ぶ、り、だ、ね、っと……」

 

機械に弱い私は、未だにメールを打つのにも一苦労。

あーでもないこーでもないと、打っては消して打っては消しての繰り返し。

 

「うー……これじゃ堅すぎだよねぇ……うわぁ……これじゃすっごく軽い女の子みたい〜……」

 

ようやく納得のいく内容が完成したのは、天気予報が終わってから軽く一時間ほど過ぎていた……

うぅっ……ホント私って……

 

完成したメールはとってもシンプルだけど、三週間ぶりに送るメールとしてはこんなもんかなっ?

 

 

[比企谷くん久しぶり!ここのところずっと雨だったけど、なんと!明後日の日曜日は梅雨の晴れ間なんだって(^-^)v!

 

受験勉強と長い雨でストレスたまってるだろうし、もし良かったら明後日の日曜日、いつもの公園で息抜きに読書でもどうかな?

 

私は比企谷くんが来られなくてもいつものベンチで読書してるから、比企谷くんも来てくれたら嬉しいな♪]

 

 

「送信っっっ!」

 

私は携帯電話を高々と上げて送信ボタンを押した。

 

送ってからもう一度見直してみたら、[来てくれたら嬉しいな♪]って所がちょっぴり恥ずかしかったかもっ……!

えへへっ、返信……来るといいな……っ!

 

 

約10分後、携帯電話がプルプルと震えた。

 

「早っ!」

 

比企谷くんって、メールを送っても返信がかなり遅い人だから、早い返信は期待してなかった分すっごくビックリした!

ちょうど携帯電話を弄ってたのかな?

 

 

────返信が来てくれる事を期待してるのに、いざ返信が来るといつも緊張で手が震えてしまう。

 

断られちゃったらやだな……

ホントは迷惑がられてたらどうしよう……

 

私は震える指先でメールを開いた……

えっと、送信者:比企……

 

 

 

「………………………………やったぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

私は、もう夜中だと言うのに、一階のお母さんが心配して駆け上がってきてしまうくらいの声で叫んでしまった。

だって、だって、これは仕方ないと思う!

 

 

 

私はベッドにダイブしてから、緩み切った顔でもう一度メールの返信を確認するのだった。

 

 

 

 

[送信者:比企谷八幡くん

 

本文:了解です]

 

 

 

続く

 






そしてⅢへと続きます!


Ⅲは単に公園で八幡とお話をするだけの、特に山も谷もオチもない、地味〜な作品になるだろうとは思いますが、数少ない『めぐり愛、空』好きの読者さんに捧げます☆




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めぐり愛、空 Ⅲ




今回は本当に八幡とめぐりんが延々とお喋りするだけの簡単なお仕事で……間違えた、お喋りするだけのお話です(・ω・)

こんな地味なお話で楽しんで頂けるのでしょうか?(白目)


ではではどうぞ!




 

 

 

本日は快晴なり!

 

一週間以上ぶりの……土日に関して言えば、もうひと月ぶりくらいの青空は、梅雨の晴れ間ということもあって、蒸し暑くてとても快適とは言えないはずなのに、もしも翼を広げられたのなら、どこまでも飛んで行けそうなくらいに、どこまでも運んでくれそうなくらいに心地いい。

ふふっ、もっとも私がこれから向かうのは、どこまでもどころか近所の公園なんだけどねっ。

 

それでも、この浮かれた心は本当に今にも飛び立てそうなくらいに軽やかだ。

 

「よ〜しっ!行っくぞぉ!」

 

そして私は、たっぷりと詰まった重い荷物を両手に抱えて、軽やかな足取りで大好きな公園へと向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

いつものベンチに腰掛けて文庫本を用意する。

んー、早く来すぎちゃったかなぁ?

 

現在時刻はまだ午前9時半過ぎ。

そもそも待ち合わせ時間を決めてあるわけでもないし、あの偶然の再会以来、何度か比企谷くんとここでデー…………んん!ん!のんびりと一緒に読書したりお話した時はこんなに早く来たこと無かったし、比企谷くんだって駅前の本屋さんが開いてから来るからどんなに早くても精々11時前とかだしね。

 

まだまだ来ないのは分かってるのに、だったらなんでこんなに早く来ちゃったのかと言えば、それはここでこうして会えるのが本当に久しぶりだからっ。

私は、何度かここで比企谷くんを待ってるうちに、知っちゃった事が幾つかある。

 

その一つは、今まさにこの時間の幸福感がすごいってこと!

普通は、待ち人を待ってるだけの時間はとっても苦痛なだけって話を良く聞くんだけど……ん、実際に梅雨に入ってから全く会えなくなっちゃってからのこの一ヶ月は、ただただ本当に苦痛なだけだったけど……でも、この大好きな場所で大好きな本を読みながら、まだかな?まだかな?って、ドキドキワクワクしながら待ち人を待ってる時間はとっても大好き……!

まぁ一つ難点があるとすれば、ソワソワしすぎて本の内容があんまり頭に入ってこないところかな。

えへへ、読書家として致命的過ぎて全然ダメだねっ。

 

 

でもこの時間が堪らなく幸せなんだからしょーがない!だから今日も本を片手にソワソワしながら彼を待つのだ。

ドキドキワクワクしながら、まだかな?まだかな?って。

 

 

× × ×

 

 

待ち人を待つこと一時間以上。

私は未だ家を出た時となんら変わらない幸福感の中で本の文字列をなぞってる。

 

大好きな本にとっても失礼かな?

さすがに今は行間まで読みとれるほど集中できてないけれど、あと少ししたらちゃんと読んであげるから許してね?

 

そうそう!この場所で何度か比企谷くんを待つようになって知っちゃった事はもう一つあるんだよね。

 

それは……それはっ……!

 

 

「……あっ!比企谷くーんっっっ!!」

 

 

それは待ちに待ったこの瞬間のとっても不思議な気持ち。

私はようやく視界に入ったばかりの、まだまだ遠くから歩いてくる比企谷くんを発見した瞬間に、しゅばっと立ち上がってぴょんぴょんと飛び跳ねながら、力一杯ブンブンと手を振る。

 

私はいつもこうやって彼をお迎えするんだけど、ふふっ!比企谷くんてばこうしてる私を発見すると、いつも恥ずかしそうに顔を斜め上に向けて、頭をポリポリ掻きながら歩いてくるんだよねっ。

その顔はいつも真っ赤!そんなに私のお迎えって恥ずかしいのかな?

 

 

そんな比企谷くんの恥ずかしそうな顔を見る度に不思議に思う事があることを私は知っちゃったんだ。

 

私は比企谷くんの到着を待ってる時は、いつもドキドキワクワクしてる。んーん?どちらかと言えばドキドキの割合の方が遥かに高いのかも。

正直なとこを言ってしまえば、ベンチに腰掛けてからは、文庫本を持ってる手がず〜っと小刻みに震えちゃってるくらいには緊張してるし、実は顔だってずっと強張ってる。

 

だからいつも思うんだよね。こんなんでいざ比企谷くんと顔を合わせた時、私大丈夫なのかな?って。

緊張し過ぎちゃって、ちゃんと声が震えずにちゃんと噛まずにお喋り出来るのかな、引きつった笑顔なんて見せちゃっても大丈夫なのかなって。

 

でもね、そんな風に緊張に緊張しちゃってる気持ちなんて、いつも比企谷くんの顔を見た瞬間にどっかいっちゃうの!

あれだけ震えていた手も、あれだけ苦しいくらいに激しくバクバクしてた鼓動も、比企谷くんの恥ずかしそうな顔を一目見た瞬間に一気に安心感へと変わる。

緊張で強張ってた笑顔だって自然と綻んじゃう。

とっても心地いいんだよね!彼の隣っ。

 

これが私が比企谷くんと会うようになってから知っちゃった、二つの幸せな気持ち。

 

「比企谷くん久しぶりだね!今日は急なお誘いなのにわざわざ来てくれてありがとー」

 

やっと私の前まで来てくれて比企谷くんに、私はずずいと間を詰めて、しっかりと目を見てご挨拶。

ちょっと近すぎたのかな?比企谷くんは目の前の私の顔から逃れるように少しだけ背を反らすと、さらに真っ赤になって挨拶をしてくれた。

 

「……うっす」

 

 

× × ×

 

 

ベンチに腰掛けて、すぐ横をポンポンと叩く。

これは、恥ずかしがっちゃってすぐに距離を空けて座ろうとする比企谷くんへの予防策。

もう何度か隣に座って読書してるのに、相変わらず恥ずかしそうにやれやれと隣に座る比企谷くんは、やっぱりとても可愛くって、ついつい顔が綻んでしまう。

「えへへ、比企谷くんとこうして読書楽しむの久しぶりだよー」

 

「そうっすかね?ひと月前くらいにここで本読んだばっかじゃないすか」

 

むぅ!君にとってはこのひと月はたったのひと月だったの!?

私にとってこのひと月がどれだけ長かったのか知らないくせにっ……!

 

「……ちょ?なんで急に不機嫌丸出しになってんすか……」

 

それは不機嫌にもなるよー。もう!

 

「ふーんだ。別に不機嫌になんてなってませーん」

 

「めちゃくちゃ怒ってんじゃないすか……俺、今なんかしましたっけ……?でもまぁあれっすね。最近は本当に結構ストレス蓄まってたんで、今日は誘ってくれて……えーと……その、なんだ……う、嬉しかったです……。ここでのんびり本読むの好きなんで」

 

「…………ホントにっ?」

 

「は、はぁ……」

 

「えへへっ、じゃあやっぱりお誘いして良かったよー」

 

一瞬で機嫌が良くなった私にちょっと戸惑いながらも、比企谷くんは苦笑いではあるけれど優しく微笑んでくれた。

 

まったく私もホントに現金なもんだよね。

つい今さっきまでむくれてたのに、たったそれだけですーぐご機嫌になっちゃうんだからっ。

 

 

私との読書が比企谷くんにとっての安らぎの時間なんだと確認できて満足したところで、私たちはさっそく物語の世界へと心を旅立たせた。

 

 

とても穏やかな時間が流れていく。さっきまではあれだけ集中出来なかった読書が嘘みたいに、今はいくらでも内容が入ってくる。

隣に比企谷くんが居てくれるだけなのに……なんだか不思議だなぁ。

 

たまにチラリと横目で、真剣に本を読んでいる比企谷くんの横顔を覗き見しては口元が緩んだりしてたけど、そんな時間も幸せに感じながら読書に耽っていると、気が付いたら二時間くらい経っていた。

 

 

ん……そろそろいいかな……いいよね……?

比企谷くんと同じ時間を過ごし始めてから落ち着いていた鼓動が、ほんの少しだけ早くなる。

うー……初めての経験だから、ちょっとだけ緊張ちゃうな。

……喜んでくれるといいんだけど……

 

「あ……の、比企谷くん……?」

 

ずっと集中してたから、急に声を掛けられた事にビクッとなった比企谷くんが私を見る。

 

「な、なんですか?どうかしました?」

 

「あのぉ、比企谷くんさ……」

 

コクリと喉を鳴らして深く息を吐くと、胸の前で両手の人差し指を合わせてもじもじとさせる。

別にこんなに緊張する程のことじゃないとは思うんだけどっ……なにぶん初めての経験だから仕方ないよねっ?

 

 

 

「お腹……空かない?」

 

 

 

予想外だったのだろう私のセリフに「へ?」って顔になった比企谷くんに、後ろに置いといたランチバスケットを見せびらかすように掲げる。

 

「じゃじゃーん!今日はお弁当作ってきてみたんだっ。比企谷くんも食べてくれたら嬉しいな」

 

 

× × ×

 

 

バスケットの中には、色とりどりのサンドイッチと骨付き唐揚げが所狭しと詰まっている。

 

「この普通の食パンのがたまごサンドで胚芽のパンがカツサンド!で、ゴマ入りのパンがBLTになってるよ!」

 

「おお……すげー美味そう」

 

「へへー、張り切りすぎてちょっと作り過ぎちゃったんだけど、お好きなのどうぞー」

 

「じゃあその……頂きます……」

 

「は〜い。召し上がれ〜」

 

私と比企谷くんは、もう何度か会ってるんだけど、実は一緒に食事をするのは初めてなんだよね。

今までは適当に読書をして、比企谷くんが「そろそろ腹も減ったし帰りましょうか」って言いだすまでが私たちの時間だった。

だからどんなに遅くともせいぜいお昼二時過ぎくらいまでが関の山。

 

ホントはそのあと、比企谷くんからランチとか誘ってくれないかな?なーんてちょっとだけ期待したりもしたんだけど、その望みはさすがに叶わず、もちろん私から一緒にごはんなんて誘えるわけもなく、結局今の今まで比企谷くんとごはんを一緒に食べた事がなかった。

 

でも今日は本当に久しぶりだしもっと長く一緒に居たい。それにやっぱり一緒にごはんだって食べたいもん!

誘ってもらえないし誘えもしない。でももっと居たいし一緒にごはんだって食べたいっていう願いを叶えるにはどうしたらいい?

───そして私の出した結論は、

 

『だったら作ってきちゃえばいいんだ!』

 

という単純明快な物だった。

 

だから一日中雨だった昨日は、近所のパン屋さんとかスーパーで材料を買い揃えて、今日は朝からお弁当作りに励んでみたんだ。

 

「どう……かな」

 

なんとか願いは叶ったけど、だからといって手放しで喜べるわけではない。

だって、男の子にお料理を振る舞うのなんて初めてだから、私のお料理で喜んでもらえるのかなんて全然分かんないんだもん……!

私は、期待半分不安半分で比企谷くんに聞いてみた。

 

「……マジですっげぇ美味いです」

 

先輩の私が不安そうにそう訊ねたら、美味しいって答えないわけ無いかも……なんてふと思っちゃったけど、本当に美味しそうにお弁当を食べてくれる比企谷くんの顔をみたら、そんな風に疑っちゃったのが一瞬でバカみたいに思えちゃった。

 

「えへへっ!良かったぁ!たっぷり食べてね」

 

大切な人に美味しいって言ってもらえるのって、こんなにも嬉しいんだな〜。

私、元々お料理は好きな方だけど、もっともっと好きになっちゃうかもしれないなっ。

私は夢中で食べてくれる比企谷くんとお弁当を見つめながら、隠しきれない笑顔で優しく一言を付け加えるのだった。

 

 

「あ、あと、トマトはちゃんと食べなきゃ駄目だぞー?」

 

「………………はい」

 

 

× × ×

 

 

「はいっ、どうぞ」

 

うわぁ……って顔しながら、BLTサンドからこっそり外したトマトを食べている比企谷くんに水筒のコップを渡すと、琥珀色にたっぷりのミルクを加えたような、ミルクチョコレート色の液体をコポコポと注ぐ。

 

「今日は蒸し暑いからね〜。よく冷やしといたから美味しいよっ」

 

「ども。……ってアレ?これって」

 

「そ!比企谷くんがいつも飲んでるコーヒー買ってきといたんだよ?それ、すっごく甘いけど、ちょっと癖になっちゃうかも」

 

「マジっすか!?」

 

わっ、今日一番の食い付き!?

ホントに比企谷くんはこのコーヒーが好きだなぁ。

ふふっ、でも喜んでくれたのなら持ってきて良かったな。

 

「うめっ……やー、料理は美味いし気もつくし、城廻先輩って実はすげぇ家庭的っすね」

 

……むっ。

 

「……あ、アレ?あの……城廻先輩……?」

 

「…………」

 

「先輩……?城廻先輩?」

 

「…………」

 

 

「…………あ、……そうか……えっと、その……め、めぐり先輩……?」

 

私は膨れた頬っぺたを隠そうともせずに比企谷くんを見つめる。

 

「…………もう!比企谷くん!この間約束したでしょ〜?」

 

「……そんなに頬をパンパンにしてまで怒らなくても……」

 

「私だって怒る時には怒るんだからねー!じゃあもう一回」

 

「うぐっ……め、めぐり先輩は、家庭的っすね……」

 

「えへへ〜、私こう見えてお料理もお掃除も得意なんだよー?えっへん!」

 

 

そう。前回会った時、呼び方を変えてね?ってお願いしたんだよね。だって、いつまでも城廻先輩じゃ嫌だったから。

 

 

 

『あの……比企谷……くん?』

 

『な、なんでしょうか』

 

『そ……その城廻先輩って、私もう嫌なんだけどなー……』

 

『……は?……え?よ、呼び方変えるんすか……?』

 

『うん!だってもう何度も外で会ってるんだし』

 

『えと……じゃ、じゃあ……城廻さんとか……?』

 

『なんで!?』

 

『うおっ!そんなにダメでしたか……?』

 

『当たり前だよー!さんも先輩も変わらないもん!……め、めぐりでいいよ……?』

 

『名前呼びはさすがに……ってか呼び捨てってことですか!?』

 

『や、まぁさすがにそこはさん付けでもいいけど……うん……でも私は別に呼び捨てでもいいんだけどな……って比企谷くん!?そ、そんな愕然としなくてもっ』

 

『いくらなんでもそれは…………じゃあ、め、めぐり先輩で……』

 

『……ん、んー……まぁ及第点かな〜……』

 

『は、はぁ……ありがとうございます……』

 

『んん!ん!それじゃあこれからはもう名前で呼んでくれなかったら返事しないからねー』

 

『……マジか……はぁぁぁ……了解です』

 

『もー!比企谷くんそんなに嫌なの〜?』

 

『だぁ!い、嫌じゃないですよっ……め、めぐり先輩』

 

『えへへ〜、なぁに?比企谷くんっ』

 

 

 

あの時はさすがにちょっと恥ずかしかったな。もっとも比企谷くんの方がずっと恥ずかしそうだったけどね。

でも、初めてめぐりって呼んでもらえた時はとっても嬉しかったなぁ。恥ずかしくて『及第点かな』なんて言って誤魔化しちゃったけど、ホントは顔が緩みきっちゃうくらい嬉しかった。

いつかは……さんも先輩も取って欲しいなぁ……なーんてねっ!

 

と、そんなちょっと前の嬉しくもあり恥ずかしくもある想い出を振り返っていたら、比企谷くんからとんでもない攻撃を浴びせられちゃった……!

 

「……め、めぐり先輩は、なんつうか……いいお嫁さんになれそうっすよね」

 

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

油断してたっ!あ〜〜〜……どどどどうしよう!顔がみるみる熱くなってくよぉ……!もう頭から湯気が出ちゃってそうなくらいに顔が真っ赤になってるのが分かる。

 

「もぉぉぉ!比企谷くんはそういうとこホントぉにズルいんだからねぇぇ?」

 

「ちょ?わっ?めぐり先輩!?結構本気で痛いっすから!」

 

うぅぅっ……!私は真っ赤になった顔がバレないようにしっかりと俯いて、ワケが分かんないって顔をしている比企谷くんを、両手でポカポカと叩くのだった……っ。

 

 

× × ×

 

 

初めての楽しい食事も終えて、私達はまた本の世界へと旅立ったんだけどっ……

ん、んー……やっぱり今日はちょっと……

 

「や、やっぱもう七月ともなると、外じゃ暑いですね……」

 

「あはは、だね〜。特に梅雨の晴れ間だからすごく蒸し暑いよね〜」

 

せっかくのひと月ぶりの晴れ間で喜んでたんだけど、ずっと雨が降り続いているうちに、いつの間にか雨はそのまた次の季節を運んできちゃってたみたい。

今日くらいならまだ我慢出来るけど……この場所での読書会は、そろそろお終いになっちゃうんだろうか。

 

私はこのひと月の間、ただ比企谷くんと会いたいなって。ただ早く一緒に本読んだり楽しくお喋りがしたいなって。

そんな事ばかり考えてて、ちゃんとその先のことまで考えてなかった……

 

───本格的な夏が来ちゃったら、私達の関係はどうなっちゃうんだろう……

 

そんな思いに耽っているのと、まさにその話題を比企谷くんが振ってきたのはほぼ同時だった。

 

「あれですね。あと少しして梅雨が空けたら、もう本格的に夏ですね」

 

「そう……だね〜」

 

……比企谷くんは、なにを言わんとしてるんだろう。

やっぱり、そういう事なのかな……

 

「やっぱり、その、真夏の真っ昼間に公園で読書ってのは、さすがに厳しいかも知んないですよね」

 

「そ、そんなことないよー!……わ、私は真夏のお日様の下での読書って好きだよ〜……?ほ、ホラ!あっちに行けばたくさん木陰だってあるしっ……!」

 

分かっていながらも、私は無駄な抵抗をしてみる。

……だって……ここでの大切な時間が無くなっちゃったら、私は……どうすればいいのかな、比企谷くん……

 

「いやいや、そういうワケにもいかないっすよ。だって城っ……め、めぐり先輩だって紫外線とかマズくないですか?」

 

「……わ、私結構日焼けしちゃうのも嫌いじゃないんだよねー……」

 

分かってる。ホントに意味の無いただの無駄な抵抗なんだって。

私がどんなに真夏のお日様の下での読書が好きだろうが、どんなに日焼けしちゃうのが嫌いじゃなかろうが、それは全部私の勝手な都合でしかない。

 

だって、この話題を振ってきた比企谷くんが……もうここでの読書はやめようって言ってるって事なんだから……

 

「いやでも、さすがに真夏じゃ熱中症になっちゃいますって」

 

「……でもっ……」

 

……たぶんだけど、どんなに恋い焦がれて夏が終わったとしても、もうここでの読書は戻ってはこないんだと思う。

だって、比企谷くんは大事な受験が控えてるんだから。暇な大学生の私と、のんびりと読書に割いてる時間なんて無くなってく。

そして私はお誘いのメールさえ出来なくなるんだろう。

 

それが分かってるから、私はギリギリまで引き止めたいんだ。

ただ一緒に読書をするだけの関係。その関係は一旦途切れたら終わってしまうから、だからギリギリまで途切れないように……

 

「……えっと……やっぱもう無理だと思うんで……」

 

「……うん」

 

あ〜あ……さっきまではあんなにも楽しかったのに、ホントあっけなかったな……

次は…………いつ君に会えるんだろうね……

 

 

「えーとですね……その、も、もしめぐり先輩さえ良ければなんすけど……夏の間は場所変えません?」

 

 

 

 

「………………えっ……?」

 

 

「あ、いや、その……嫌なら全然大丈夫、です……で、ですよねー。場所変えてまでわざわざ一緒に読書とかする意味が分かりませんよねーっ……」

 

「ち、違うの違うの!!ば、場所変えるって?ど、どういうこと……かな……?」

 

「……いや、どっかの喫茶店とか……?図書館……とか?ま、まぁどこでもいいんですけど……それなら、雨降っても大丈夫ですし」

 

嘘、みたい……比企谷くんからそんな提案してくれるだなんて……

じゃあ比企谷くんも……私とおんなじように、雨の日も一緒に読書したいって、思ってくれてたのかな……

 

えへへ……やっぱり君は最低だねっ……年上のお姉さんをこんなにもやきもきさせて、こんなにも惑わせるなんてさっ……

 

 

「…………しょ、しょうがないなー比企谷くんはー。可愛い後輩の君がそこまで言うんなら、頼れる先輩の私が聞いてあげないわけにはいかないよね〜」

 

 

そっか、じゃあ今度からは、あの時と同じような澄み渡った青空じゃなくっても、いつでも君と会えるんだね。

 

 

「いや、別に無理にとは…」

 

 

これなら嫌いになっちゃってた雨だって、またきっと好きになれそうだよ。

 

 

「いーのっ!もう比企谷くん!?いい?一度言ったことは簡単には取り消せないんだからね?もう賽は投げられたんだよっ?」

 

 

そうだよね。私と比企谷くんをめぐり逢わせてくれる空は、別に青空だけってわけじゃないんだ。

 

 

「いやいや、またそんな大事《おおごと》にしなくても……」

 

 

たとえ澄み渡った青空だろうと、たとえどんより曇天模様だろうと、たとえ激しい雨が降っていようとも!

 

 

「大事だよ!一大事だよ〜!どんなに小さい事だって積み重ねが大切なんだからね?読書家の道は一日にして成らずだよ〜」

 

 

どんな天気だって、この空の下なら私達は……

 

 

「いやそれただのことわざってだけで、別にカエサルの名言とかじゃないっすからね?」

 

 

 

私と比企谷くんは、いつだってめぐり逢えるんだからっ!

 

 

 

終わり

 

 







本当に地味なSSでしたがありがとうございました!
シーンが公園だけというね。
こんな山も谷もない地味なお話でしたが、めぐらーの皆様にめぐ☆りっしゅしていただけていたら幸いです♪


それにしても前話はたくさん感想頂けてかなりビックリしました!
やはりめぐ☆りんは全世界の癒しだったのかッッ('・ω"・`)





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私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ!【前編】




アレですよね。人間、長いこと生きてりゃ魔が差す事もありますよね(遠い目)




前話でめぐりっしゅ☆されたであろう読者さま方、今回はその心の貯金分で、優しい気持ちで荒んだ大人の世界をご覧くださいませ(白目)


そして読み終わって心が荒んでしまったら、もう一度めぐ☆りんへGO!!





 

 

 

カーテンの隙間から零れる陽の光と味噌汁の香りに目を覚ます。

 

ぐぅぅっ……あ、頭痛い……クソッ……ゆうべ飲み過ぎたか……

まったく……まだまだ若いというのに前日の酒が残るようになってきてしまうとは不甲斐ないっ……まだまだ若いというのにっ!

 

 

──ん?しかしそういえばゆうべ私はどんな酒をした……?

確か行きたくもないのに佐智子の娘の八歳の誕生会に呼ばれて、その席で佐智子の旦那の愚痴という名の家族の幸せ話を聞かされて嫌気がさし、とっとと退散したあと初めて入ったゴールデン街の赤提灯でやけ酒していたら誰かに会ったような……

 

──ん?そういえば私はどうやって家に帰ってきたんだ……?

 

「痛っつつつ……」

 

二日酔いによる頭痛になんとか耐えつつ起き上がり、ベッドの上に胡坐をかく。

身体に掛かっていた布団がずり落ちて、現在の我が状況を理解する。

……ふむ……パンイチか……我ながら惚れ惚れするような豊満な美乳が、何一つ生地に被われることなく見事に揺れているな……

 

なぜ私はこんな素晴らしいモノを装備しているのに結婚出来ないのだぁぁ!

昨夜の残った酒が頭をボーっとさせる中そんなことを考えていると、不意に声が掛けられた。

 

「……あ、ようやく起きたんすか。朝メシ出来てるんで食いますか?二日酔いでも味噌汁くらいは飲んだ方がいいっすよ…………ってかちょっ!?ま、前隠して下さいよっ……!ったく」

 

「あ、ああスマンな。これは失礼。……うん?味噌汁か……どうりでさっきから良い匂いがするなと思っていたよ」

 

ふふっ……やはり二日酔いには味噌汁だものな。

頭は痛いわ吐き気がするわで正直食欲はまだ無いが、せっかくだし戴くとするかな……………………………って、んん?

 

 

ちょ、ちょっと待て……!?え?なぜ私の部屋に誰か居るんだ……?

私は痛む頭を押さえつつキッチンの方へと視線を向けると、そこには……

 

「ひ、比企谷ぁっ!?お、お前なぜここにっ!?」

 

そこには、顔を赤くしてこちらには絶対に視線を向けまいとしている、私の数年前の教え子、比企谷八幡が器に味噌汁を注いでいる姿があるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「き、君は一体なぜここに居るんだね!?まったくもって理解が追い付かないんだが!?」

 

比企谷に会ったのは確か7〜8年ぶりなくらいのはずだ……

それがなぜ私の家で味噌汁を注いでいるというのだ。意味が分からない……!

 

「ちょ……マジかよ。……アンタゆうべのこと憶えてねぇのかよ……。チッ、めんどくせぇなぁ……」

 

ぬぅっ……数年ぶりに再会した教え子に、開口一番に面倒臭いと舌打ちされる……だと……?

 

「ほう、比企谷。恩師に対して随分なクチのききようではないか。そもそもうら若き女性の家に上がり込んだ挙げ句、その家主に悪態を吐くとは見上げた根性だな」

 

私はバキバキと拳を鳴らす。相も変わらぬ問題児に、久しぶりに我が熱き鉄拳制裁を加えねばなるまい。

 

「……うら若きって。…………その状況でゆうべのこと憶えてないとか言われりゃ、そりゃ面倒臭くもなるでしょうよ……えっと、まぁとりあえず隠してくんないすかね……」

 

ふむ……流石にもうあの頃とは違うという訳か。

昔であれば慌てて釈明したところだろうに、今ではこのような余裕の態度というわけだものな。

 

 

 

 

 

 

───うん?その状況?隠してくんないすかね?

そして私は比企谷に言われた通り、我が状況を改めて確認して思い出した。今、自分がどういう格好でベッドに胡坐をかいているのかということをっ……!

 

 

 

「っっっ!………………い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!」

 

 

私は先ほど身体からずり落ちた布団を慌てて拾い上げると、まるで乙女であるかのように力一杯あられもない肢体を隠す。

いや、まだまだ乙女だけどもっ!

 

「いやぁぁぁぁっ!!!きゃー!きゃー!きゃー!」

な、なんということだぁっ!!数年ぶりに会った教え子にパンイチ姿をモロに見られてしまうとはっ!

 

ていうかなんで!?どうして!?

 

「……乙女かよ……いい歳した女性が、ちょっと見られちゃったくらいで騒ぎすぎだろ……」

 

「……き、貴っ様ぁぁ!清らかな女性の柔肌をバッチリ拝んでおいてなんという言い草かぁ!」

 

「……大丈夫っすよ。見てない見てない」

 

「嘘言うなぁ〜〜〜!」

 

ぐふぅ!なんという恥ずかしさっ!

ゆでダコみたいに熱く赤くなった顔で、涙目になって比企谷を睨んでいると、比企谷も顔を赤くしながら頭をがしがしと掻く。

 

「あーっと……平塚先生。取り敢えずゆっくりでもいいんで、ゆうべのこと思い出してくれませんかね……」

 

 

そ、そうだな……確かにこのままでは埒が開かん。

一先ず比企谷に乙女を穢されてしまった事は一旦置いておくとして、ゆうべの飲み屋での出来事に思いを巡らせてみることにしようか……

 

 

× × ×

 

 

くそっ、佐智子のヤツめ……なーにが「ウチの旦那って結婚記念日とか私の誕生日とか覚えてくれてないのよねー、まったく。……娘の誕生日だけはひと月以上前から楽しみにして張り切ってるってのにっ。ま、だから罰として今年の記念日はすっごいお祝いをさせてやったのよぉ?全額旦那のヘソクリで家族でハワイ旅行行っちゃった♪」だとぉっ!?

 

おのれぇ……そんなことわざわざまだ独身の私に敢えて言わなくたってよかろうがぁぁぁ!

 

「くっそぉぉ!羨ましくなんかないぞぉ!私だって結婚したいぞぉ!」

 

道行く人々の視線が若干気になりながらも、佐智子の家を退散した私は新宿を彷徨いながらやけ酒が出来る飲み屋を探していた。

普段はあまり新宿など来ないのだが、佐智子の家が新宿にあるタワーマンションだった為、その帰りにぶらついているという訳だ。

 

ふっ……旦那は外資系勤めで新宿のタワーマンション暮らし。八歳の娘と五歳の息子の四人暮らしか……

ふはははは!タワーマンションごと爆発しろ!

 

 

そして私は飲み屋街にある一軒の飲み屋に辿り着いた。

いい感じに寂れた風情が今の私にはちょうどよく、とても良い酒が出来そうだ。

 

暖簾をくぐり店内に入ると、満席というわけでは無いが、仕事帰りのサラリーマン達で程よく賑わっている。

私はカウンター席につくと、とりあえずの一杯を頼んだ。

 

「オヤジ、とりあえず焼酎。あとはツマミを何品か適当に見繕ってくれ」

 

カウンター内のオヤジは一瞬だけ若干驚いたような表情になったが、「はいよ」と頷くと酒とツマミの準備を始めた。

まぁこんな飲み屋にいちげんさんで入ってきた一人客が、こんなに若くて美人のお姉さんでは驚くのも仕方あるまい。ふふふっ。

 

私は、まず焼酎を一気に飲み干すと、ツマミで出されたモツ煮込みと砂肝串を適当に摘みながら二杯目の焼酎をチビチビと飲んでいた。

おお……この店はなかなかの当たりかもしれんな。このモツ煮込みはしっかりと煮込まれていてトロける程に柔らかく、味もよく染み込んで濃い味付けになっている為、よく酒が進みそうだ。

 

 

そうしてしばらくツマミ片手にチビチビとやり、さて、それでは次は日本酒にでもするかとお品書きを眺めている時だった。

 

「えー?ココなんですかぁ?もっとお洒落なお店とかにしましょうよー」

 

「……うっせーな。だったらお前一人で行けよ。こういう店の方が旨いツマミと酒出してくれんだよ」

 

「嫌ですー!ようやく二人っきりの飲み会が実現したんだから、私だけ違うお店なんて行くわけ無いじゃないですかぁ!」

 

「だったら文句いうんじゃねぇよ……ったく、だからお前と二人で飲みとか嫌だったんだよ……」

 

……クソがっ!……せっかく良い気分で飲んでたというのに、とんだ招かれざる客だな……!

貴様等のようなリア充が来るような店では無いのだよ!こういう店は!

 

「酷いです先輩!……はぁぁぁ、まぁせっかく待望の比企谷先輩との飲み会なので、今日は言うことに従いまーすっ!」

 

「はいはい……ったく。敬礼って、お前はどこのあざとい後輩生徒会長だよ……」

 

「だれですかーあざとい後輩生徒会長ってぇ。私は比企谷先輩の、かーわーいーいー後輩ちゃんですよぉ?」

 

チッ……目障りだから帰れば良かったのに……………………ん?

 

 

「あ、あれ……?なっ!?ひ、比企谷ぁ!?」

 

「うわっ!ビックリしたぁ!……って、うおっ?ひ、平塚先生じゃないっすか!?」

 

……び、ビックリしたのはこちらも同じだよ……!

 

 

私、平塚静と、私が総武高校で教師をしていた頃の、可愛くもあり可愛げが無くもある問題生徒だった比企谷八幡との再会は、こうして遠く新宿の地の飲み屋街の中の一軒により果たされたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「ちょ、平塚先生、こんなとこでなにしてんですか?あ、ご無沙汰してます」

 

「ああ、こちらこそご無沙汰だなっ……じゃなくて君こそなにしてるんだ」

 

「ああ、俺は仕事帰りにちょっと飲みに寄っただけっすよ。平塚先生も、今はここら辺に勤めてるんですか?」

 

比企谷……そこはまず職場の事よりも結婚してこの辺りに住んでいる可能性に言及する所ではないのかね……

 

「いや、私はこの近くの友人宅に呼ばれてね。その帰りにいい感じの飲み屋があったから寄ってみたんだよ」

 

「そうなんですね。……いやホントご無沙汰してます」

 

「……ああっ!」

 

数年ぶりに再会した比企谷は昔と変わらず淀んだ目をしているが、歳をとったせいか、逆にその淀んだ目のおかげで落ち着いた大人の男のようにも見える。

もしかしたらコイツ、あと20年後30年後には苦み走っったナイスミドルになるのかもしれんな。

 

「ちょっと比企谷先輩……?誰ですか、このオバサン……」

 

……こ、小娘ぇ!!

比企谷にこっそりと耳打ちしているようだが、しっかりと聞こえているぞぉ!

ちょっと若くてちょっと可愛いからって調子に乗りおって……!

 

「おいバカやめろ。命がいくつあっても足りなくなるぞ。この人は俺の高校時代の恩師だ」

 

「へー」

 

ぐぅっ……この小娘が教え子であったのなら、たっぷりと教育してやるところだというのにっ……

 

「比企谷……どうやら後輩の教育が行き届いていないようだな……いくら温厚な私でも、危うく怒りで髪が金色に変わるところだったぞ」

 

「ぷっ……ネタが古りぃっての。やっぱ相変わらずっすね」

 

「ほっとけ」

 

まったく……なんなんだ比企谷のこの余裕な態度は。調子が狂うでは無いか。

ふっ、だがなぜか旧知の友にでも会ったかのようで、別段悪い気はしないな……

 

しかし先ほどからこの小娘が私を邪魔者の如く睨んでいるな。

まぁ仕方あるまい。先程の話から察するに、今日の飲み会をよほど楽しみにしていたようだからな。

 

「おっと、比企谷。どうやら私はお邪魔なようだな。それでは失礼するよ」

 

残念だが致し方あるまい。

「……あ、そうですね。それじゃあ」

 

そういうと比企谷は小娘へと向き直る。

 

「えっと金沢。悪いんだが、今日の飲みはキャンセルにしてもらえるか?」

 

へ?

 

「……え?…………えぇぇぇ!?や、やですよぉ!私、ゆうべからずっと楽しみにしてたんですよぉ!?」

 

「悪いって。さすがに毎日会社で顔合わせてるお前より、数年ぶりに会った恩師と酒を酌み交わしてぇんだよ」

 

「だってだって!私だってずっと誘ってて、ようやく折れて今日付き合ってくれたんじゃないですかぁ……!」

 

「マジでスマンって。この埋め合わせはちゃんとすっから、な?」

 

「……ホントですか……?倍返しにしてもらいますからね……?」

 

 

「いやなんでだよ。倍にして返さなきゃなんないの……?」

 

「当たり前ですよぉ!可愛い可愛い後輩を放置するんですから、それくらい当然じゃないですかぁ!」

 

「はぁぁ……たく、わぁったよ……なにを倍にすんだか分からんが、もうそれでいいわ」

 

すると小娘はキラーンと瞳を輝かせた。

 

「やったぁ!比企谷先輩との高級フレンチディナーゲット!!」

 

「いやそれ倍じゃ済まないよね……?」

 

「ふふんっ、乙女との約束を反古にするんですから、これでもちょー安いもんですよーだ!よーしっ!今のうちからお店チェックして、ワインもなに飲むか考えとかなきゃ♪」

 

なんだろうか。なぜか既視感を覚えるな、比企谷と小娘のこのやりとりは。いつの時代も、こういう世の中を舐め腐った女はいるものだ。

そしてそういう女ほど早くゴールインしていくという世の中のこのふざけた流れは呪わずにはいられんっ……呪いの業火に身を焼かれるがいいわ!

 

 

ようやく小煩い比企谷の後輩が店を立ち去り、私達はカウンターで肩を並べ合う。

よもやこんな風に比企谷と酒を酌み交わす日がこようとはな……

 

「良かったのか?さっきの後輩は」

 

「ああ、いいんですよ。むしろラッキーくらいに思ってるでしょ」

 

「ふっ、そうか。よし比企谷。積もる話も色々とあるが……」

 

「そうですね。まずはこれでしょう」

 

私は右手に冷酒を、比企谷は左手に中ジョッキを持つ。

 

「久しぶりの再会に……」

 

「奇跡的な偶然の再会に……」

 

 

そしてお互い胸の高さに掲げた酒をチンと軽く合わせる。

 

 

「乾杯っ」「乾杯っ」

 

 

 

 

続く

 

 






というわけでまさかの静ちゃん編でした!
ちなみにゼクシィ世界線とは関係ございません(笑)


これだけたくさんSS書いてきて、初めて数年後設定とか書いてみましたが楽しんで頂けましたでしょうか?


大人になっちゃった(意味深ではないw)んで、すでに崩壊起こし気味な八幡が、後編はさらにキャラ崩壊を起こすかもしれませんがご容赦を><



てかもうコレ『恋する乙女』関係ねぇな……
完全にタイトル詐欺ですね。後編は飲み屋で酒飲んで語り合うだけだし……orz





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私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ!【中編】




はい。安定の中編頂きました。


そして書いてみたら想像以上に酷い事になりました。八幡が。





 

 

 

「くぅ〜っ!ウマい!」

 

私は偶然の再会の嬉しさも手伝い、酒を一気にあおった。

 

「……いやいや先生、一気飲みって……それ日本酒の飲み方じゃないですから……」

 

「ははは!まぁたまにはいいではないか。私は嬉しいのだよ。こうして君と酒が飲めるだなんてなっ」

 

「たまにはっつか、いつもそうやって飲んでそうですけどね……。まぁ俺も嬉しいですよ。いつかこうして平塚先生と酒飲みてぇなって、ずっと思ってましたから」

 

……はぁ〜、これは驚いた。あの比企谷がなぁ……

 

「こいつ、言うようになったな!お得意の捻デレはどうしたのかね」

 

「たく……いつの話してんですか。そういうのはとっくに卒業してますんで」

 

悪そうな顔でニィっと歯を見せて笑う比企谷。

ふっ……どうやら、なかなかいい人生を過ごしてきたみたいだなっ。

ならば先ほどの件を問いただしても、のらりくらりと誤魔化したりはしないだろう。

 

「ところで比企谷」

 

「なんすか?」

 

「先ほどの小むす……君の後輩の事だが、本当にアレで良かったのか?あんな素っ気ない扱いで怒らせてしまったりとかは大丈夫なのか?付き合ってるとかでは無いのかね」

 

すると比企谷はビールを一口飲むと、事もなげに答える。

 

「あー、別にそういうんじゃなくて金沢は単なる後輩ですよ。今年の新人なんですけど俺が教育係にされちゃったもんで、社内でも結構一緒に行動してる時間が長いってだけで」

 

「ほう……その割には随分と懐かれていたじゃないか。少なくともあの娘の方は特別な感情を持っていそうだったが?」

 

私は数年ぶりに会った小憎たらしい教え子に悪戯っぽく笑いかけた。

ふふ、比企谷に対してこの言い方は意地悪すぎたかな。

どうせこいつは顔を赤くして「そ、そんなんじゃ無いっすよ!」とか言うの…

 

「まぁ否定はしませんけどね」

 

な、なん……だと……!?

 

「昔から小町に調教されてきたんで、どうやら俺はああいうタイプに好かれちまうみたいなんですよね」

 

こいつホントにあの比企谷か!?

好意も持たれていることをあっさりと認めたぞっ……

 

「ほ、ほう……い、意外だな……君がそういうのをなんの抵抗もなく肯定するとはなぁ……」

 

「……へ?……ああ、だからさっきも言ったじゃないですか。もうそういうのは卒業したんですって。いつまでも高二病患って、なんでもかんでも勘違いとか言って誤魔化してるような歳でもないんで」

 

そんな事を言って苦笑しながらビールをあおる比企谷は……なんというか、大人だっ……

くっ、な、なんだこの気持ちは……捻くれていた教え子の成長は嬉しいはずなのに、なんというか……物悲しさを感じるというか……なんか、置いてきぼり感?

 

はぁっ!な、なぜ私が置いてきぼり感を感じねばならんのだっ!

 

「そ、そうか。君も随分と成長したもんだな」

 

「成長というかなんというか……でもまぁ、俺の勝手で一方的な考え方で、せっかく俺なんかを想ってくれる相手の気持ちをそんなもの勘違いだと否定しちまうのも、あんまりにも失礼かな、と……いつからかそんな風に考えるようにもなりましたね」

 

遠く見るかのように、まだ半分ほどビールの入ったジョッキを見つめて微笑む教え子。

見つめているのは残ったビールなのか、それとも遠い記憶なのか……

 

「……ふっ。君は本当にいい成長をしたようだな。ではもう昔のように、自分の気持ちを誤魔化して逃げたりせずに、今後は彼女の気持ちと真正面から向き合うつもりかね?」

 

……確かに、与り知らない所での問題児の成長は正直少しだけ悲しくはあるかも知れない。

だが、私は敢えて喜ぼう!いい男になった君の成長をっ……!

 

「いや、金沢とは今でもちゃんと向き合ってますよ?」

 

「……へ?だがしかし付き合ったりしているわけでは無いのだろう?」

 

……ま、まさか付き合う段階などとっくに卒業して、け、結婚しているなどとぬかすつもりでは無いだろうなぁ……!?

 

「ちゃんと真正面から向き合った上で……」

 

するとすっかりといい成長を遂げたと思っていた我が教え子は、途端にどんよりと目を曇らせ、ばつが悪そうに頭をガシガシと掻く。

 

「……全力で逃げてます」

 

「…………は?」

 

いやいや君はなにを言っているんだね……

そんな真剣な顔で逃げてると言われても……

 

比企谷は、「今回の飲みはちょっとした賭けに負けたから約束として仕方なく来ざるをえなくなった」と前置きした上で、

 

「……そもそも金沢みたいな普通のリア充と俺が釣り合うわけないじゃないすか……気持ちはもちろん嬉しいんですけど、ああいうのと付き合うとか俺には荷が重すぎるでしょ。ただでさえ他にも厄介ごと抱えてるんで、あいつと付き合うとか無理ですね。めんどくさいし。なのでちゃんと向き合った上で全力で逃げてる最中です」

 

……こ、こいつは真面目な顔して何を言っとるんだ……これじゃあ……

 

「……結局君は大して変わっとらんではないか!……まったく!せっかく君の成長に乾杯しようかと思ったというのに……」

 

呆れ果てて頭を押さえていると、その時初めて、比企谷はニヤァっと昔と変わらぬ腐った笑顔を見せた。

 

「人間、そんなに簡単に変われるもんじゃないっすよ。そんなに簡単に変われるようなら、そんなもの自分じゃ無いじゃないっすか」

 

「ふ、ふはははっ!まったく、やはり君はどうしようもない奴のままだな!まぁそうでなくては比企谷では無いといえるまであるなっ。よしっもう一杯いくか!…………乾杯っ」

 

 

どうやら今夜はいい酒が飲めそうだ……!

 

 

× × ×

 

 

しばらく近況などを肴に飲んでいたのだが、先ほど比企谷がふと洩らした言葉を思い出した。

 

「ところで比企谷」

 

「なんすか?」

 

「先ほど言っていた厄介ごととはなにかね?なにか問題でも抱えているのか?」

 

可愛い元教え子がなにか困っていることでもあるのならば、聞かないわけにはいくまい。

もっとも言い辛いような事ならば聞きはしないがな。

 

「あ、あー……まぁ大したことじゃないんですけどね」

 

そう言うと比企谷は苦笑いをする。

 

「えーと……まぁ他にも言い寄られている件があるといいますかなんといいますか……」

 

「な、なんだとぉ!?きっ、君はいつの間にそんなにモテ男になったというのかね!?」

 

なんということだっ!実に羨ま……けしからんっ!!

私を差し置いて、あの比企谷がより取り見取りとはなんと嘆かわしいことかっ……

 

「あ、や、いつの間にというかなんというか……まぁ平塚先生が居なくなった辺りからなんですけど……てか、じゃあそれ以前からなのか……」

 

「……ほう……ではなにかね……?私の知っている人物という事か……」

 

「いや恐いよ。なんでそんなに攻撃的なんだよこの人……」

 

成る程……それならば何人かは宛てがあるな。

というか、あれからずっと言い寄られているという事なのか……?

クソがっ……!

 

「……ああ、そう言えば先ほどの小娘の時にもぬかしてたな。ああいうタイプに好かれるとかなんとか…………なるほど一色か。いや、それとも由比ヶ浜だったりするのか?……まさか雪ノ下!?」

 

くそうっ!さすがに声には出さんが、リア充爆発すればいいのに……

 

「…………っす……」

 

「あぁ?聞こえんぞ」

 

「……全員っす……」

 

「リア充爆発しろぉぉぉ!!」

 

「うおぉっ!?」

 

こぉのスケコマシがぁ!!

なにが全力で逃げてる、ニィ……っだ貴様ぁぁっ……!

私にも幸せを寄越せぇ!

 

私はプルプルと震える拳をギュッと握り締めて冷静沈着に対応する。大人だものな。

 

「……ま、まぁ冗談はさておき……」

 

「冗談では無いだろ……」

「……一体どんな状況でそうなっているというんだね……」

 

「え、えーとですねぇ……」

 

比企谷は頭を抱えながら語りだした。

今夜は酒が不味くなりそうだ……

 

 

× × ×

 

 

「……俺はそんな事になってるとは全然知らなかったんですが……いや、正確には目を背けていただけなんですが、…………卒業式の後に……雪ノ下と由比ヶ浜から告られたんですよ」

 

「ほう……」

 

「まぁ当時は絶賛高二病を患ってたんで勿論逃げました。それでもあいつらは、逃げた情けない俺をちゃんと容してくれて、応える事が出来なかった俺と、その後もとてもいい友人関係を続けてくれていたんです」

 

あの二人ならそうなんだろう。

比企谷のようなどうしようもない男に惚れ込んだ時点で、比企谷のそういう所も受け入れる覚悟は出来ていたのだろうな。

 

「あいつらとは、別々の大学でもちょくちょくと会っては、こんな風に飲んだり遊んだりして、いい大学生活を送ってたんですよ。俺にしてはとてもいい毎日を過ごしてましたね。まぁもちろん大学ではぼっちでしたけども」

 

「君はそこだけはブレないな」

 

いまでは憎むべきリア充だがな。

 

「で、まぁそんな悪くない毎日を過ごしてた時に、不意にあいつが目の前に現われましてですね……」

 

「……あいつ?……一色か……?」

 

「そうっすね。高校の頃にはそんなそぶり見せなかった癖に、なんとあいつ、大学にまで俺を追い掛けてきたんですよ……大して勉強得意じゃなかったはずなのに、残りの高校生活を全部勉強に費やして」

 

苦笑しながらそう言う比企谷ではあるが……ふっ、嬉しそうな感情が表情に滲み出ているぞっ。

 

しかしそこから比企谷は一気にドヨッとした表情へと変化した。

 

「……それからなんですよ……一色の猛烈なアタックが開始されたかと思ったら、今度はそれを知った雪ノ下と由比ヶ浜までが再燃しちゃいまして……」

 

「…………」

 

「結局その関係のまま今に至るって感じですかね……もちろん四人で会って飲んだりもしてんすけど、最初はいいんだけど次第にギスギスしだしちゃったりして、最終的には結局俺が罵倒されるんすよ……飲み屋の個室で土下座ですよ?いやまぁ俺がいつまでもはっきり出来ないのが悪いんですけどね……」

 

「そ、そうか……」

 

「あと、特に一色なんかは、社会人になって俺が一人暮らし始めた辺りから、かなりの頻度でメシ作りにとか掃除しにきてくれたりしますしね。悪いからもういいと断る度になぜか俺が振られるとか意味分からんでしょ……たぶん明日も来ますし……」

 

な、なんというか……

 

「で、その押し掛けがバレる度に、また雪ノ下達に呼び出しですからね……」

 

「き、君はそれで誰かを選ぼうとかは思わないのかね……?」

 

ここまでいくとこの状況を楽しんでるんじゃないのかコイツは?

 

「正直……ここまでくるともうどうすればいいのか分かんないんですよね……恐いし。あと恐い。あいつら、なぜか熱い友情を発揮していきなり結託したりしますしね……」

 

楽しんでるとかそういうのは一切無かった。

いや、まぁ四人で居られること事態は楽しんでいるのかも知れんが。そしてそれは彼女たちもそうなのかも知れんな。

 

「……そういや先生は留美って覚えてます?」

 

「留美…………あの千葉村とクリスマスの時の小学生か!?」

 

「そいつです。こないだ留美の成人式があって、なぜか俺が会場に付き合わされましてね……?」

 

せ、成人式!?

ぐはっ!?……も、もうそんなになるのかっ……

というかこの男、一色たちだけでは無いのか!

なぜコイツがあの時の小学生と未だに付き合いがあるのかとかはもう知らん!

 

「式が終わったあと、成人のお祝いしてくれって言って、どうしても家に来たいっつうから、なんか家に来たんですよ」

 

もう修羅場一直線の未来しか見えん……

 

「家でお祝いしてたらあいつらが乗り込んできて詰みました……留美なんてマジで妹みたいなもんだし、留美だって俺の事は兄貴くらいにしか見てないっつうのに……でもそれ言ったら今度は留美まで交ざって罵倒してくる始末で……」

 

 

コイツ本気で言ってんのか!?

全然分かっとらんではないか!

 

 

なんということだろうか……

あれだけ捻くれていて可愛げの無かった可愛い教え子が、数年経ったらとんだハーレム王になっていようとは……

 

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!

八幡ファンの皆様、ならびにゆきのん、ガハマ、いろはすファンの皆様もゴメンなさい。
なんかみんなダメな大人になっちゃいました(白目)

あとサービスでちゃんとルミルミも出しときましたよwww


今回はほぼ八幡のダメな大人ストーリーになりましたが、次回の後編こそは平塚先生のお話です(^ω^)




ちなみにこの成人ルミルミを交えての八幡の修羅場世界線を八幡視点等で読みたいとかいう、けしからんリクエストは一切お受け出来かねますのでよろしくです♪(笑)




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私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ【後編】




自信を持って言えます。


今作は、今まで散々作品を書いてきた中で…………一番の酷さだとっ……




 

 

 

比企谷のあまりのハーレム王ぶりに絶句したままの私と、己のあまりのハーレム王ぶりにある意味絶望で絶句したままの比企谷は、遠い目をしながらしばらくチビチビと飲み続けていた。

 

ははっ、今の私の目に光彩は宿っているのだろうか……?

そんな気持ちになってしまう程の力のない無表情な冷笑でグラスの中の液体を眺めていると、隣からシュボッという良く聞き慣れた音がした。

 

「ほう、君も煙草を吸うようになったのか」

 

ふと横を見ると、私の隣では比企谷がなかなかさまになっている様子で煙草をふかしていた。

私の視線に気付いた比企谷は、親指の爪でチョイッとフィルターを弾いて灰を灰皿に落とすと、指に挟んだ煙草を軽く掲げる。

 

「ああ、これっすか?……んー、まぁ、そっすね」

 

グラスに残った酒をグイと煽ると、もう一度軽く煙草をふかしてから立ち上ぼる煙を見つめニヤリとする。

 

「……昔、かっこつけた大人が居ましてね。いつかその人みたいに格好良くなりてぇなって真似事みたいに吸ってたら、いつの間にかいっぱしの喫煙者になっちゃってましたよ」

 

 

か、格好いい……

 

い、いやいや待て待てっ!なんだ格好いいって!?

くっ……なんだ?もう酒が回ってきてるのか私は……?

 

「……ふっ、そうか。それは悪いことをしたね」

 

たしかに若干酔いが回ってきているのかも知れんが、だが教え子にこんな風に言われるのは教師冥利に尽きるというものではないか。

私はとりあえず一旦気持ちを落ち着けて、皮肉めいた笑顔を向けながら自分も煙草を取り出した。

 

「……まったくですよ」

 

そして教師と教え子は笑顔で煙草をふかしながら、今一度乾杯するのだった。

 

 

× × ×

 

 

先ほどまでの淀んだ空気はどこへやら、今はまた穏やかな空気の中で酒を酌み交わしている。

そんな時、不意に比企谷はこんな言葉を発したのだった。

 

「……それにしても、あの時はホントびっくりしましたよ」

 

「ん?先ほどの偶然の再会か?ふふっ、確かに驚いたな」

 

私が比企谷に視線を寄越すと、比企谷はとてもじゃないが、つい先ほどの記憶を呼び起こしているのではないかのように、どこか遠くを見ていた。

 

「……違いますよ。そんな事じゃあない。……俺が言ってるのは、あの日……俺達の前から先生が突然居なくなったあの日の事を言ってるんすよ……」

 

「………………そうか」

 

「……はい。ホントびっくりしましたよ。春休み終わって学校行ったら、先生はすでに転任してたんですからね。なんにも言わずに……」

 

 

───私は、比企谷達が二年生を無事に終了したのを見届けてから、春休みの内に転任した。

転任の話は二月ごろには上がっていたのだが、私はその事は生徒には言わず、転任が完了するまでは他の教師や校長たちにも口止めをお願いしておいた。

つまり比企谷をはじめ、生徒達がそれを知ったのは四月の始業式だったのだろう。

 

「なんで…………誰にもなにも言わずに行っちゃったんですか?」

 

「……そうだな。まぁそれなりにフラグは立てておいたのだがね」

 

「…………『今、近い場所でこの光景を見られてよかったよ』、『いつまでも見ていてはやれないからな』、『溜めてしまっている仕事があってな……。三月までもうあまり時間がないし、今のうちに片付けておきたいんだ』…………っすよね。……確かあのヘンテコなバレンタインイベントの時に言ってましたよね」

 

……まったく、この小僧めっ……

 

「ふっ、なんだ、やっぱり気付いてたんじゃないか」

 

「……後々考えたら、ですよ。……ああ、あれはそういう事だったのか……ってね」

 

「……そうか」

 

「……はい」

 

 

なぜなにも言わなかったのか……か。

それは、先ほど君が言っていた事の裏返しに理由があるんだよ。

 

『いつまでも見ていてはやれないからな』

 

あの時の私の台詞。

裏を返せば、許されるのであれば、いつまでも見ていてやりたい……そういう事だ。

 

私は教員生活の中で、間違いなくあの時あの学校で、君達と共に学んでいられたあの瞬間が最高に一番楽しく幸せだった。

 

捻くれながらも優しく悲しい比企谷。

常に完璧であろうと藻掻く本当は弱い雪ノ下。

元気な笑顔の裏でそれに迷う由比ヶ浜。

葉山も三浦も海老名も、それぞれ問題を抱えながらも毎日を生きていた。

ふふふ、ついでに一色もな。

 

どいつもこいつも問題児ばかりだったが、だからこそこいつらが成長していく姿を一番近くで見られている事が、教師として大人として、何よりも幸せだった。

あんな充足感を得られた事などないんだよ。後にも先にも私の教員生活の中で。

だから教師としてあるまじき事を思ってしまったのだよ。

 

───ああ、いつまでもこの子達をそばで見ていたい……

 

と。

ふふっ、まさに教師失格だな。

 

この職に就いた以上は、どんな生徒であれ常に平等でなくてはならない。

今まで送ってきた生徒達。これから迎える生徒達。

それなのに私は、あの時の生徒達に肩入れをし過ぎた。

 

今まで送ってきた生徒達の事も忘れ、これから迎えるべき生徒達の事も考えもせず、ただ今この瞬間のこの生徒達さえずっと見守っていけたらいいのに、なんて考えてしまっていた。

 

 

だからこそ言わなかったのだ。言えなかったのだよ。教師失格のけじめとして。

 

失格の私が今後も教師を続けていく以上、こいつらに見送られて感動の涙など流している場合では無いなんて思ってしまったんだよ……

 

「誠に情けのない話だが、あの頃は私にも少し思う所があってね……本当に勝手な話だが、あのまま去る事がベストだと考えていた……。ふっ、今にして思えばどうしようもない馬鹿馬鹿しい理由なのだがね」

 

「……」

 

「それに……」

 

いかんいかん。ついしんみりとしてしまったな。せっかくの酒の席が台無しになってしまったではないか。

だから私はニヤリと比企谷に笑い掛けた。

 

「……熱い友情で結ばれた友が、別れの言葉などなにひとつ言わずにそっと去っていく……はははっ!少年マンガの王道ではないか」

 

すると心底呆れた笑顔を私に向けた比企谷は、やれやれと首を横に振る。

 

「……へっ、じゃあ仕方ないっすね」

 

 

……ありがとう、比企谷。

情けない私の、情けなく逃げ出した理由をそれ以上追及しないでくれて。

いつかまた酒の席で、この情けない理由を君に話せる時がくるといいな。

 

私は、小馬鹿にしたような表情を無礼にも恩師に向ける、この小生意気で小憎たらしい元教え子に、心からそう思うのだった。

 

 

× × ×

 

 

しんみりした話も幕を閉じ、宴もたけなわになってくると酔いもほどよく回り、話題の中心は私の近況になってくる。

このまま良い話で終わると思った?残念!私は平塚静ちゃんでした!

…………ふむ、少し酔っているな……

 

「なぁ〜、比企谷ぁ〜」

 

「……なんすかね」

 

「そんら嫌そうな顔するら〜」

 

「……だって、さっきから永遠にそれの繰り返しじゃないですか……」

 

「なーんれ私は結婚出来ないんだろうら〜……?」

 

「無視かよ……そして結局また始めんのかよ……めんどくせぇなぁ、この酔っぱらい……」

 

ちっくしょぉぉぉ……なーんで結婚出来ないかなぁ、私は……

こんなに若くてこんなに美人だというのに……あと若い。

 

「なぁなぁ比企谷ぁ〜、私って美人じゃらいかぁ?スタイルらって抜群にいいんらぞ〜?」

 

「おいよせやめろ……元教え子の前で揉んでんじゃねぇよ……」

 

「男ってやつは、チチがでかくて美人なら、あとはもう何でもいいんじゃらいのか〜……?」

 

「何でもいいわけねぇだろ……」

 

本当に私がモテない理由がまったく分からん……

こんな優良物件など、なかなか居ないんだからねっ……?

 

すると比企谷は面倒臭そうに、それでいて照れ隠しのように頭をガシガシと掻くと、目を逸らしながら私がモテない理由を教えてくれる。

 

「アレですよ……平塚先生は……格好良すぎるんですよ」

 

「…………はへっ?」

 

な、なんだ格好良すぎって!?

 

「…………はぁぁぁ、……あの頃は恥ずかしくて言えませんでしたけど……今ならまぁいいか……」

 

どきどきっ……

 

「前に言ったじゃないですか。それは相手に見る目がないんですよって」

 

「あ、ああ……」

 

「……あれにはまだ続きがあったんすよ……」

 

すると比企谷は耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。

その赤くなった耳は、アルコールによるものなのかね……?

 

「俺があと10年早く生まれていて、あと10年早く出会っていたら、たぶん心底惚れていたんじゃないかと思う…………俺はあの時そう思ったんですよ……」

 

「…………にゃ!?にゃにを!」

 

こ、こいつは突然なにを言い出すんだ!?

まさかこの私まで落とす気じゃないだろうな!?

 

「先生は……男の目から見たら格好良すぎるんですよ。だから並大抵の男じゃ及び腰になっちまう。……ま、俺みたいな将来の夢が専業主夫だった奴からすれば、その余りの頼れる格好良さに、心底惚れ抜いちゃうと思うんすけどね」

 

ふっ、と薄く笑みを浮かべながら煙草を口に持っていく姿は、なんだかとてもムラム……げふんげふん。

 

「でも、並みの男だと下手にプライドが邪魔しちゃって格好良すぎる先生には手が出せない。だから昔言ったように見る目がない……というよりは、先生に見合うようなろくな男にはまだ出逢えていない……って言った方が正しいかもですね」

 

ひ、比企谷め……!なんて恥ずかしい台詞を恥ずかしげも無くっ!……とは思ったが、やはり恥ずかしいのか、赤くなった顔をさらに誤魔化すかのように、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。

 

「……だから、まぁ……悪いのは先生じゃなくて周りの情けない男共っすよ。もし先生が悪いとするのならば、先生の魅力が高レベル過ぎってとこじゃないですかね。……だから、そんなに焦んなくたって、いまに先生の魅力に見合うようないい相手が見つかりますよ。……だって先生は、マジで魅力的なんですから」

 

 

 

 

………………きゅんっ。

いやいや、きゅんっじゃないだろうが!私は!

 

おのれ比企谷ぁ!お、お前はそうやって色んな女をスケコマシて来たのだな!?

キザっぽさは無く、なんなら照れた笑顔でそんな事を言われたら、お前に興味を持った女など即落ちに決まっとろうがぁぁっ!

なんという天然ジゴロか!

 

「そそそそうかっ!あ、あははははっ……ま、まぁそこまで言われてしまっては私も悪い気はせんよっ……!」

 

「……うっす」

 

だから言うだけ言って、その照れ顔はやめんかぁ!

は、反則なんだからぁっ!

 

 

くぅぅぅ!こ、これはいかん!

酔いが冷めてきたんだか余計に酔いが回ってきたんだか、もう良く分からんっ……

 

 

『10年早く生まれていて、あと10年早く出会っていたら』

 

……か。

 

───いや、しかし待てよ……?

確かにあの頃の十ウン歳差はかなりデカかった。そもそも教師と生徒だったわけだしな……

だが今ならどうだ……昨今では、たかだか十ウン歳差の夫婦くらい、全然オッケーではないのか……?

 

今の比企谷はたぶん25〜6歳くらいだろう?そして私は30ウン歳だ……

───そんなに問題なくね……?

むしろ適齢期……!!

 

 

確かにコイツには言い寄る女が多く居る。

だがしかし幸いな事にコイツ自身は未だ誰を選べばいいのか分かってはいないではないか……それどころかその選択による今後の人生を悩んでいるまである……

 

わ、私ならば……あんな小娘共など黙らせられる程の力も持ち合わせているわけだし、比企谷も私を選べば幸せになれるのではないか……?

か、可愛い元教え子を救う為ならば、私が比企谷を拾ってやるのもまぁやぶさかでは無いしな!

こ、これで上手く既成事実さえ作れればっ…………

 

 

 

 

 

って、いっかぁぁぁーん!

 

わ、わわわわ私は何を血迷っているのだ!?

い、いくら酔っているとはいえ、何をアホな事を考えているのだ私はぁぁ!

 

性職者たるこの私がっ…………って性職者ってなんだぁ!!聖職者だろうが!

誰が安いAVの話をしているのだアホか!?

 

 

ダメだ……どうやら思いの外酔いが回っているらしい……

今日はせっかくの再会の素晴らしい日なのだ。酒に飲まれるな私っ!

 

よし。冷静になってきたぞっ?取り敢えず一旦落ち着いて、この可愛い元教え子と、今一度純粋な気持ちで酒を酌み交わそうではないかっ……!

 

 

「よし比企谷!次の注文はまだかね!?は、早く次の乾杯をッッッ!」

 

「……いやなんでそんなに目がギラギラしてんだよ……」

 

「ふはははは!よーし!今夜は飲むぞぉ!もう記憶無くなっちゃうまで飲んじゃうぞぉ!いぇ〜い」

 

「勘弁してくれ……」

 

 

× × ×

 

 

「思い……出した……」

 

私はわなわなと両手で頭を抱える。顔から一気に血の気が引いていくのが分かる……

私はなにしてるんだ……!昨夜の自分にラストブリットを食らわせてやりたいっ……!

 

「二日酔いの寝起きにネタ挟まなくていいから……取り敢えず服着てくださいよ……」

 

なんということか……

私は7年ぶりくらいに再会した元教え子にあろうことか欲情して、酔い潰して既成事実をこしらえようとしてたのかぁぁぁ!……もう死にたい……

 

しかしあれ以降の記憶は一切無い……そしてこのあられもない姿……ま、まさかっ……!

 

 

「ひ、比企谷!き、君はまさか再会を果たして気分良く酔いつぶれたのを良いことに、か弱い美人恩師を襲ったのか!?」

 

「襲うかよ!そこ憶えてねぇのかよ!?一番面倒臭いところじゃねぇか!」

 

「だが私はなぜ服を着ていない!?」

 

「酔いつぶれたあんたを介抱して送り届けたら、散々部屋で暴れるわ吐き散らかすわした上に、『あぁぁぁ!暑いわぁぁ!』とか叫びながら服脱いで勝手に寝ちまったんだろうが!……こっちだってそこそこ酔ってたのに、あんたが暴れた後の片付けやら吐き散らかした後の掃除やら、ゲロまみれで汚れた服洗濯したり朝飯用意したりで死ぬほど働いたんだぞ!」

 

「」

 

「大体なんでパンツ履いてんのに襲われたと思うんだよアホか!むしろこっちが襲われかけたわ!」

 

「」

 

 

…………これは酷い(白目)

 

 

私はその後、元教え子に土下座で謝ってから、用意してくれていた味噌汁を黙って有り難く頂いたのだった……比企谷め、料理もなかなか上手いじゃないか。

それにしても……既成事実は作れなかったのか。残ね……げふんげふん。

 

 

 

 

「時に比企谷」

 

「なんでしょうか……」

 

「こうしてせっかく再会出来たんだ。良かったら……今夜も飲みに行かないかね……?いい店を知ってるんだ」

 

「なにその死亡フラグ……遠慮しときます……」

 

「な、なぜだ!?いいではないか!比企谷〜、一緒に飲みに行こうぜー!」

 

「磯野野球しようぜみたいな言い方はやめてください。絶対帰ります」

 

「なんて強情なんだね君は!いいじゃないかぁっ」

 

「すみません許してください」

 

 

───その後も粘った私だったが、なぜか全力で拒否されて比企谷は去っていった……ふふふ、奴め照れおって。

…………私、昨夜なにしたんだろう……

 

だが、私はしっかりと比企谷の連絡先は手に入れ、いずれまた飲みに行こうとの約束もちゃんと取り付けたのだった。

 

 

 

 

 

こうして、数年ぶりに再会した比企谷との宴はひとまずの幕を閉じた。

比企谷はとても魅力的な男に成長しており、この私もほんの少しだけだが惑わされるほどだった。

 

そんな比企谷との関係は今後どう変化していくのかは分からないが、せっかく奇跡の再会を果たせたのだ。ほんの少しずつでも、奴との関係もいい感じに変化させていきたいものだと思う。

 

ま、まぁ別に比企谷とどうこうなりたいというわけでは決して無いが…………決して!無いがっ!!

ふふふ、それでもまだまだ若い私達だ。今後どうなっていくかなんてのは誰にも分からんからなっ。

 

つまりなにが言いたいのかといえば……

そう!私の、私達の戦いはこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっ!?これではまるで例のアレではないか!?

ち、違うぞ!?決して違うんだからぁ!!

 

 

 

私の青春ラブコメは、決して打ち切りENDなんかでは、断じてぬぁぁぁぁぁぁいっ!!!

 

 

 

終わりっ(意味深)

 







ありがとうございました!
うん。これは酷い(白目)


実はこの物語は、今話の中盤にあった転任ストーリーを思いついたのが始まりでした。

なので、当初は偶然飲み屋で再会した八幡と静ちゃんが、その転任の経緯を酒を酌み交わしながらしっぽりと語り合う……って程度の考えだったのです。

でもそれだとただ真面目ストーリーなだけだし恋愛全然関係ないしと考えて、頭の中で少しずつ話を膨らませていった結果、こんなにも酷い酷いお話が出来上がりました!キラッ☆
キラッじゃねーよ(吐血)



ではでは皆様!このままルミルミかめぐ☆りんに引き返して、荒んだ心を癒してくださいませ(・ω<)



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ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝う【前編】





メリークリスマスっ☆
いや早えーよ。



12月に突入したんで、ようやく以前からずっと温めてきた作品のお目見えとなります!

変た……紳士、淑女の皆様、どうぞごゆるりと、共に聖夜を祝いましょう……





 

 

 

11月。

まだ木々が赤や黄色に色づき始めてから僅かしか経っていないというのに、テレビの向こうでは早くもクリスマス特集で賑わっている。

 

『きゃーっ!超綺麗ー!!今年のディスティニークリスマスもすっごい盛り上がってますよぉ〜!?メリークリスマ〜ス!』

 

土曜日のお昼過ぎ、ちょっと頭の緩そうな女性リポーター達が年甲斐もなく大はしゃぎ。

ばっかみたい。まだ11月だっての。

なにがメリークリスマスなんだか。

 

まぁこの女性タレント達もあくまでも仕事ではしゃいでるだけの話なんだろうけど、正直ちょっと引くよね。

いい大人が11月にメリークリスマス!とか言ってキャーキャーしてるのって。

 

 

でも…………ばかみたいに思いながらも、テレビの向こうでキラキラしてるディスティニーランドのクリスマスイルミネーションを見てると、ほんの少しだけ羨ましく思っちゃう自分が居る。

私はココアの入ったマグカップを両手で持ってふーふーしながら、つい食い入るようにテレビを見ていた。

 

「……クリスマス……かぁ……」

 

私自身はそんなに声を出したつもりじゃ無かったし、むしろ声に出ちゃったことさえ気が付かなかったくらいのぽしょりとした呟きだったんだけど、それが聞こえちゃったのかな?

リビングのソファーでテレビを見ていた私に、キッチンの方から声が掛けられた。

 

「あ〜!今日のブランチはディスティニーのクリスマス特集なんだぁ。なーに?留美〜、そんなに羨ましそうな顔しちゃってぇ」

 

「……別に……羨ましくなんて無い。ただ、このタレント達がばかみたいだなって引いてただけ」

 

「またまたぁ!もう留美ったら無理しちゃってぇ!ふふふっ?八幡くんと行ってきたらぁ?」

 

……うー……ママは八幡のあの日の訪問以来、ことあるごとに私をからかってくる……

もう何度もからかわれてるけど、いつまで経っても全然慣れなくて顔がいつもすっごい熱くなる……

 

「……別に私はクリスマスとか興味ない……し。…………それに、受験生の八幡は……今が一番、大事な時期でしょ。…………だから私は、別に八幡とクリスマスにディスティニー行きたいとか…………これっぽっちも思ってない……から」

 

 

──八幡とは、あの訪問以来何度か会ってるけど、今が追い込み時期だからしばらく会うのは我慢してる。

もう9月をちょっと過ぎたくらいから一度も会ってない。

たまにメールでやり取りくらいはするけど、私が八幡の邪魔になっちゃうのは嫌だから、電話はしなくていいって言ってある。

 

自分が男の人を好きになることなんて無いと思ってたから知らなかったけど、好きな人の顔が見られないのも声が聞けないのも、こんなにも胸が苦しくなるものなんだな……

 

「……留美……」

 

ママは私の顔を見て、とても心配そうな顔をしてる。

無理なんかしてないよ。別にホントに大丈夫なのに……

 

「あ、でもさ、八幡くんだってたぶんここのところ勉強し詰めで、ちょっとくらい息抜きしたいんじゃなーい?」

 

「……もう、ママしつこいしうるさいっ……私は八幡とディスティニーなんて行きたくないんだってば!」

 

私はソファーから不機嫌そうに立ち上がると、テレビを消して自室へと向かう。

……ママごめんなさい。ママが私の心配をしてくれてるのはすごく良く分かる……

でも今は私が我慢しなくちゃいけない時期だから。

 

 

部屋に戻って八幡に貰ったダッフルくんを抱きしめると、ベッドにぼふっとダイブする。

枕元に置きっぱなしの携帯を見ても、八幡からの連絡はもちろん無い。今ごろ、一生懸命頑張ってるんだろうな……

 

液晶に映しだされる、私に頬っぺたにキスされて真っ赤になって動揺してる八幡と、八幡とお揃いのメイちゃんのストラップを眺めながら、いつの間にか目の端に浮かんでいた水滴を袖でごしごししてると、ふといつかの電車内でのあの約束が頭を過った。

 

 

『なんか寂しいね。また来たいな……。八幡!その……今度は……ランドにも行こう…ね』

 

『そうだな。また今度……な』

 

『うんっ、やくそく』

 

 

……別にあの約束はいつ果たすとか、そういうのを決めて言ったわけじゃない。

だからあの約束が今後果たされないわけじゃないけど……

でも……でも……

 

「……八幡に会いたいな……一緒にディスティニーのクリスマス……行きたい……」

 

 

× × ×

 

 

「あのさ、鶴見さん。ずっと前から気になってたんだよね。俺と付き合わない?」

 

「……なんでですか?」

 

「いや、なんでって……ホラ、もうすぐクリスマスだしさ」

 

「……クリスマス?クリスマスになると付き合わなきゃいけないの?」

 

「あ、いや……そういうわけじゃ」

 

「大体あなた誰?……私、あなたの事なんて知らないんだけど。……話が以上なら私はこれで」

 

「……え!?ちょっと!?つ、鶴見さん?」

 

まだ後ろで喚いている見知らぬ男子生徒を無視して、私は教室に荷物を取りに戻る。

 

ホントばっかみたい。

なんで告白とクリスマス前がセットになってんの?全然関係無いじゃん。

そもそも話したことどころか会ったことさえ無い男子に告白されなきゃなんないとか意味分かんない。

 

教室に戻ってくると、私を一人の女の子が待っていた。

 

「あ、鶴見さんお疲れ〜!今日もバッサリ切り捨ててきたのー?今月入ってから何人目〜?」

 

「もう……からかわないでよ、小野寺さん。大体小野寺さんだって、ついこのあいだ告白されて断ったばっかじゃん」

 

「いやー、お互いモテる美少女は困りますなー。男子的にも女子的にも……」

 

男子からはいらない告白をされて女子からは疎まれる。

唯一の友達の小野寺さんも、そういった煩わしい人間関係に苦労してる。ホントめんどくさい……

 

「それにしても……ホントばっかみたい。なんでもうすぐクリスマスだからって、会ったこともない知らない男子に告白なんてされなきゃなんないの?」

 

「知らないって……うわー、勿体なーい。今日呼び出してきた先輩知らないの?イケメンで女子に超モテモテの、サッカー部の次期主将って言われてるウチの学校の超有名人だよ?」

 

ホントは勿体ないなんて全然思ってないくせに。

 

「……全然知らないし興味ない。……ああ、だから誰?って言ったら愕然としてたんだ。……自分が女子に人気があるからって、女子なら誰でも自分のこと知ってるはずだって思ってたってことね。馬鹿じゃないの……?」

 

そういう自信過剰なナルシストとかホントきもい。

どうりで一目見た時から生理的に受け付けなかったんだ。

いつもより振り方がキツくなっちゃったワケが分かった。うん、納得。

 

「今日の鶴見さんは一段とドギツいねっ。ま、鶴見さんには大好きな彼氏が居るんだもんねー」

 

小野寺さんには八幡の事は話してある。

そういう話を他人にしちゃうのは正直まだ少し恐かったんだけど、八幡も応援してくれたし頑張って一歩踏み出してみたんだ。

でも……

 

「……だから彼氏じゃないって。まだただの婚約者」

 

「いやだからそれおかしいってば……」

 

「?」

 

「ふふっ、まぁいっか!んじゃ帰ろっか!」

 

最近は毎日のように二人で帰宅するようになった。

今日だって、ワケ分かんない告白呼び出しにも関わらず、私が戻ってくるの待っててくれたしね。

 

「うん。帰ろ」

 

 

そして二人で帰宅の徒についた。

ただ、ここ最近の帰り道は少しだけ胸が苦しくなる。

すっかりと陽が落ちるのが早くなった夕暮れどきに、街のクリスマスの灯火がとっても良く映えるから。

 

 

× × ×

 

 

帰り道は、至るところでイルミネーションがキラキラしてる。

個人の家の玄関先にもLEDライトで光り輝く飾りやリースが飾られ、駅前の店の軒先にも可愛らしいツリーが飾られている。

 

私はよく大人びてるとか冷めてるとか思われがちだけど、実は昔からクリスマスは大好きだったりする。

日常の生活がつまらないから、少しだけ非現実感を味わえるこの雰囲気と輝くイルミネーションが、つまらない日常を支配してくれるクリスマスは、なんだかちょっぴりワクワクしてくるんだよね。

 

でも、今はそんなつまらなかった日常が、とても幸せなんだって気付いた。

大好きなママが居てパパも居て、まだおっかなびっくりではあるけど、ほんの少し信じられる友達が居て。

そして……なによりも大切な八幡が居て。

 

だから、そんな気持ちになれた初めてのクリスマスに八幡と一緒に居られたとしたら、どれだけの幸せを感じられるのか知りたかったな……

 

「……さん?……るみさん?……おーい、鶴見さーん?」

 

「……え?なに……?」

 

うわ……なんか私、店の軒先に飾られたツリーを見てたら、ついぼ〜っとしちゃってたみたい。

 

「……なにって…………あ、ほう、はは〜ん?」

 

そう言って小野寺さんはちょっと意地悪そうな笑顔を私に向けてきた。

 

「……なに?」

 

「いやいやいや、なるほどね〜!どうりで最近より一層不機嫌オーラ放ってるワケだぁ」

 

……なに?より一層って……

なんだか私がいつも不機嫌オーラ放ってるみたいに聞こえるんだけど。

でもとりあえずそんな事よりも……

 

「なるほどって、どういうこと……?」

 

「ふふーん♪さっきもクリスマスとか馬鹿みたいとか言ってたくせに、実はクリスマス大好きなんでしょー」

 

むっ……

 

「それなのに彼氏さん……じゃ無かった、婚約者さんが受験生で会えないから荒んでるんでしょー!」

 

「……なっ!?そ、そんなんじゃ……ないっ……」

 

うーっ……すごくムカつく顔でニヤニヤしてる小野寺さんをつねってやりたい……

 

もうっ……!なんでママといい小野寺さんといい、こんな風にすぐからかってくるかなぁ……!

顔が火照って仕方ないからやめて……っ。

 

「いやー、いいなぁ鶴見さん!そんなに大好きな人が居てさー」

 

「べっ!別にそんなに大好きってわけじゃっ……」

 

「やーん、鶴見さん超かわいー!そんなアワアワしてるトコ学校で見せたら、もっとモテちゃうよぉ?」

 

「……むぅっ」

 

ホントムカつくっ!

 

「ねぇねぇ鶴見さん!あの鶴見さんがそこまでデレちゃう婚約者さんって超気になるんだけど、今度私にも会わせてよぅ!」

 

「絶対いや」

 

「即答!?もうケチんぼー。ケチケチルミルミー、ケチルミー」

 

「……ケチルミゆーな」

 

 

……だって、八幡を好きになる女の子って、ちょっと変り者が多いっぽいんだもん……

小野寺さんもかなりの変り者だから、八幡のこと好きになっちゃうかも知んないし……せっかく友達になれた小野寺さんと、また変な関係になっちゃうのは……ちょっとだけやだ、かも……

 

 

そんなくだらない会話をしてたら、いつの間にかいつもの別れ道までやってきていた。なんだか最近、帰り道が短くなった気がする。

そしたら去りぎわに小野寺さんが声を掛けてきた。

 

「ねぇねぇ鶴見さん!」

 

「……なに?」

 

「だから膨れっ面やめてっ!?…………あのさ、余計なお世話かも知んないけどさ、いくら婚約者さんの為って言ったって、我慢は体に良くないよぉ!?へへっ、じゃねっ」

 

もうホントうっさい……!

でも……まぁありがと。

 

 

× × ×

 

 

「クリスマス、かぁ……」

 

小野寺さんと別れて一人っきりの帰り道。

私は去年のクリスマスを思い出す。

 

そういえば去年のクリスマスは八幡と過ごせたんだっけ。

あの頃はただの憧れとしか思ってなかったし、周りに人もいっぱい居たから、あんまり八幡と一緒に過ごせたってイメージはないんだけど。

 

あの日、本当に奇跡的に八幡との再会を果たした。

最初は恥ずかしさと緊張で素直になれなくてあんまり喋れなかったけど、ホントに……ホントに嬉しかったなぁ。

えへへっ、クリスマスの奇跡とかいう馬鹿げた言葉を本気で信じちゃったっけっ……

 

「クリスマスの奇跡……起きないかな……」

 

はぁ……まったく。私ってまだまだ子供だな。かっこわる……

そんな馬鹿げた事を考えながら家までの最後の角を曲がった時、ホントに奇跡が起きちゃった!

だって、玄関の前に……サンタが立ってるんだもん!

 

別に本物のサンタがソリに乗って待っていたわけでもサンタのコスプレをした不審者が立っていたわけでもないけど、でも今の私にはサンタにしか見えなかった。

 

「八幡っ!!」

 

鏡を見てるわけでも無いのに、今の自分の顔がどうなってるのか良く分かる。

たぶんこれが少女マンガとかだったら、パァッって文字が顔の横に書かれちゃうような、そんなだらしない顔だと思う。

走りだした私が大声でサンタの名前を呼ぶと、その腐った目をしたサンタは私の姿を確認するとニヤッと笑って片手を上げた。

 

「おう」

 

 

× × ×

 

 

もう自分でもなんだか分からないくらい必死に駆け寄ると、ちゃんと八幡だと確認出来るようにギュッと腕を掴んだ。

八幡が消えちゃわないようにギュッと……ギュウッと。

 

「はぁっ……はぁっ……な、なんで?……なんで八幡が……家に居んのっ?」

 

「ん、ああ。……っとその前に、久しぶりだな。二ヶ月ぶりくらいか?」

 

「あ、うん。久しぶり……正確には二ヶ月と8日ぶりだけど……で?なんで居んの?」

 

「おう。ほれ、コレ渡しにきた」

 

八幡がコートのポケットから出したのは、カードサイズの一枚の紙……

 

「……これ」

 

それは……夢の国、運命の国への招待状だった。

 

「いや、まぁ、なんだ……前にシー行った時に約束してたろ?次はランドの方に行くって。……まぁ別に今じゃなくてもいいんだが、ちょっと最近勉強疲れで精神的に参っちまっててな。気晴らしにはちょうどいいかなと。……留美のクリスマスが空いてんならどうだ?」

 

「………………ばっかみたい。こんなの、わざわざ持ってこなくたって、電話か何かで連絡すればいいのに」

 

 

どうしよう……嬉しすぎて顔が緩んじゃってるし泣いちゃいそうだしで顔が上げられないじゃん……ばかはちまんっ……

 

「こんなの持ってくる暇があんなら、少しでも勉強してれば?……八幡ってホントばか」

 

「ったく……久々に会ったっつうのに相変わらず酷い言われようだな」

 

八幡はすごく苦笑いしてるけど、だってこればっかりは仕方ない……私、嬉しくても満面の笑顔で抱きつくようなキャラじゃないし、家の前でそんなことしたら八幡逮捕されちゃうし。

 

「……八幡はホントどうしようも無いけど、勉強の合間を縫ってわざわざパスポート持ってきた八幡のばかっぷりに免じて、特別にクリスマスはランド付き合ってあげる」

 

そんな見え見えのツンデレ行為に付き合ってくれた八幡は、私に掴まれてない方の手で頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。

 

「おうそうか。そりゃありがとな、ルミルミ」

 

「だからルミルミって言わないで、キモい」

 

 

 

八幡にルミルミって言われて頭を撫でられるのは、子供扱いされてるみたいで好きじゃない。

だから普段だったら頬を膨らませて冷たい視線を向けてキモいって言うんだけど、今日はどうしたって無理そう。

 

 

だって、さっきからずっと俯きっぱなしの私の顔は、そんな顔が出来る余裕が無いくらいに、だらしなくニヤケっぱなしだから……

 

 

 

続く

 






てなわけで遂にやってきましたルミルミの出番です!

ちょっと前に香織のディスティニーデートを書いた際、なにゆえランドデートじゃなくて以前にルミルミで書いたシーデートなんだよオイ、と思った方もおられる事でしょう。
え?別に居ない?


それは、ランドデートはこのクリスマスルミルミでかなり以前からやる予定があったからなのでしたっ!!
なにせ八幡は、以前にランドに行くってルミルミと約束しちゃってましたからね(・ω<)

八幡がパスポートを持ってわざわざ留美宅で待ってたのは、どうせルミママに脅されたんだろ?とお思いの読者さまもいらっしゃるでしょう。

う、うん。ま、まあ、ね?
そんな夢の無い話をしても誰も幸せにはなれないので、まぁその話はやめましょうや……(遠い目)



さて、今回は初となる全編ルミルミ視点で行ってみたいと思いますので、ちょっと期待外れの方もいらっしゃるかも知れませんが、ぶっちゃけ八幡視点だといちいちネタを挟まなくちゃいけなくて疲れるんですよっ!
(またえらいぶっちゃけたな……)


まぁ冗談はさておき、みんな大好きルミルミ編の続きをお楽しみにっ♪




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ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝う【中編】




ルミルミ可愛いよルミルミ




 

 

 

今日は12月24日、クリスマスイブ。

サンタが夢の国への招待状を届けてくれたあの日から、私はひと月以上も今日この日だけを楽しみに毎日頑張ってきた。

 

「……ママ、どうかな」

 

八幡との待ち合わせは9時だというのに、5時には起きて部屋中にありったけの服を広げて、一時間以上かけて決めた服をばっちりと着込んでママに感想を求めた。

 

「わぁ、留美すっごい可愛いわよ〜?クリスマスを意識したコーディネートなの?これなら八幡くんも他の女の子なんかに目が行かないわねっ」

 

クリスマスデートである今日私が選んだのは、襟元と袖にモコモコのファーが付いたお気に入りの薄いピンクのコート。

赤いミニスカートの下にはトナカイと雪の結晶の、ノルディック柄のあったかレギンスを履いている。

これでファーポンポン付きのショートブーツで足元を決めれば本日のクリスマスファッションはばっちり。

 

「……そう、かな?……えへへっ……ま、まぁ八幡は元々他の女になんて目が行くわけないけどね」

 

「おやおやぁ、それは朝からごちそうさま♪でもせっかくおめかししてるのにいつもの髪型だと勿体ないわねぇ。よ〜し!それじゃママがヘアアレンジしてあげましょうかねっ!」

 

「うんっ」

 

なんだかちょっと張り切り過ぎって八幡に思われちゃったら恥ずかしいしムカつくけど、今日は夢にまで見たディスティニークリスマスだもん。実際にこのひと月の間に、夢の中ではもう何度も八幡とディスティニーに行ってるくらいだし。

だからたまにはいいよね。

 

「それではお姫様?本日はどのようなヘアスタイルをご所望でございますか?」

 

「んー……よく分かんないけど、シーに行った時は片側に纏めたから、今日は私っぽく基本はストレートがいいかな」

 

「かしこまりましたお姫様っ!……んー、じゃあストレートはそのままで、前髪編み込みにしてみよっかな?」

 

……前髪編み込みかぁ。

んー……

 

「あら?ダメ?留美だったらすっごく似合うと思うよ?」

 

「んー……髪型自体は可愛いと思うんだけど……」

 

うぅ〜……ちょっと恥ずかしい……またママにからかわれちゃいそう……

これを言うのはあまりにも恥ずかしくって、とてもじゃないけどママの顔なんて見てられないからそのまま俯いちゃったんだけど、でも、とても重要な事だから…………私は俯きっぱなしでもじもじしながら、ママにその重要事項を打ち明けた。

 

「えっと……前髪を編み上げちゃったら……その……八幡が…………うぅ…………頭、撫で辛く……なんない、かな……」

 

そう告白した瞬間、なんかすごい抱き締められた……。

なんで……?

 

 

× × ×

 

 

結局、私をしこたま抱き締めたり撫で回したりして、なんか満足そうに上気したホカホカ笑顔のママに綺麗に編み込んでもらった。

なんか、「撫でるのは頭の上の方だから大丈夫よっ!」だって。

 

 

そしてついに出発の時間。

私はこの日の為に用意しといた八幡へのクリスマスプレゼントを押し込んだバッグを、むふーっと満足気にぽんぽん叩いてから玄関へと向かった。

なんかちょっと悔しいけど、ドキドキとニヤニヤが止まんないっ……

 

「八幡くんとの待ち合わせは近くの駅じゃ無くって、舞浜の改札なんだっけ?」

 

「うん」

 

「ふふっ、わざわざ待ち合わせをあっちにするなんて、留美ってば乙女しちゃってるんだからぁ〜」

 

「……べ、別に大したことない」

 

───ホントは早く八幡に会いたくてしょうがない。

だから待ち合わせはシーの時みたいに、すぐに会える最寄り駅の方がいいのかも知んない。

 

でも……ちょっと憧れがあったんだよね。

舞浜の改札前で待ってて、改札から出てくる恋人にぶんぶん手を振って笑顔で駆け寄ってく待ち合わせって。

小さかった時に見た光景だけど、なんかそわそわと待ってる時も、待ち合わせ相手を発見した時も、女の人が凄く幸せそうな顔してたから。

 

デートの待ち合わせは男が先に待ってなきゃダメとかいう、よく分からないこだわりを相手に押し付けるめんどくさい女も居るみたいだけど、私は八幡が到着するまでの間、ワクワクして待ってる時間も幸せで好きだから、クリスマスのディスティニーデートで舞浜の改札前でする待ち合わせは、ある意味それだけでも夢にまでシチュエーションのひとつだったりする。

 

でも、バカはちまんはそういう女心なんて全然分かってないんだよね。

私が待ち合わせ場所を舞浜の改札前でって提案したら、

 

『え?現地集合でいいのか?なんで?最寄り駅同じなんだから一緒に行けば良くねぇか?』

 

って、呆れた感じで言われた。ホントばか。

私がそうしたいって言ってんだから、余計なこと言わなくてもいいのに。

だって……なんで?って聞かれても、恥ずかしくて答えらんないじゃん……

しかもそのあと、

 

『まぁ近所で待ち合わせすっと、知り合いとかに見られたらキツいから、そっちでいいならそっちの方がいいかもな』

 

なんて失礼なこと言うもんだから、八幡がそう言った瞬間にピッと電話を切ってやった。

そしたら慌てて掛け直してきてちょっと面白かった。

てかキツいってなに!?キツいって!ホントムカつく!

 

「留美?これから待ち合わせだっていうのに、なんで突然膨れちゃったの?」

 

「!! べ、別に……」

 

もう!全部八幡のせい!

今日会ったら仕返ししてやんなきゃ。

そう心に誓いながらブーツを履いて玄関を開けた。

 

「留美、行ってらっしゃい!た〜っぷり楽しんでくんのよぉ」

 

「うん。まぁそれなりに楽しんでくる」

 

「ふふっ、はーい♪……あ、留美!マフラーはしてかなくてもいいの?」

 

「うん平気。今日は暖かくなりそうだから」

 

「……? ……そ?今夜は寒くなるって言ってなかったっけ?」

 

「んー、大丈夫。……じゃあ行ってきます」

 

「……うんっ、行ってらっしゃい」

 

なんだかママにとても優しい笑顔で見送られながら、私はついに夢にまで見た雪の国へと踏み出したのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……寒い……」

 

うー……12月の寒空の下だってのに、張り切りすぎてちょっと早く来過ぎちゃったかも。

 

舞浜の改札前で待っている現在の時刻は8時20分。すでにかれこれ20分以上はここに立っている。

つまりは待ち合わせの一時間以上前にはここに到着しちゃってたって事になるわけだけど、さすがに張り切りすぎてて自分でもちょっと引く。

 

でもまぁ、こんなにそわそわした気持ちのまま家でただ時間を潰してたとしても、たぶん早く行きたくて行きたくて心此処にあらず状態だったろうから、電車が駅に到着する度に八幡の姿を探せる幸せがある今のこの状態の方が、精神衛生上よっぽど良いと思う。

でもやっぱり寒い……!早く八幡来ないかな……

 

 

ここに到着してから、東京方面からと千葉方面からの京葉線の到着の音を何度聞いて、そしてその度に改札から流れてくるたくさんの人の中を何回注意深く観察した頃だろう。

 

 

今日のランドの開園時間は8時。

もう開園してから30分ほど経つ時間だからか、電車が到着して改札へと押し寄せる乗客の勢いが一段と激しくなるそんな人波の中に、私はついに待ち人の姿を発見した。

 

我ながら凄くない?あの人波の中から、一瞬で発見しちゃうなんて。

あまりの人混みにすでに死んだ魚の目をしている猫背の男の子。

たぶん私じゃなかったら、あの人混みの中からあんなに影の薄そうな男の子をこんなに離れた距離から発見するのなんて絶対無理。

でもそれが難なく出来ちゃう私は、やっぱり八幡が大好きなんだなって思う。

 

私は、Suicaをかざして改札から出ようとしているずっと待ち焦がれていた男の子に、どうしたって滲み出ちゃう笑顔を隠そうともしないで駆け寄っていく。

さすがに恥ずかしくて手はぶんぶん振れなかったけど……

 

「八幡っ!」

 

 

やっと会えた……!

夢の中では毎日のように会ってたけど、ひと月ぶりに見る八幡は、やっぱりとても格好良かった。

 

 

× × ×

 

 

私が笑顔で名前を呼んで袖を掴むと、八幡はビックリした顔で私を見た。

 

「うおっ!?おう留美、早えーな。……待たせないように今日も早く出てきたつもりだったのに、やっぱ待たせちまったのか」

 

「うん。でも今日も私が勝手に早く着いちゃっただけだから、八幡は気にしなくていい」

 

「そうか」

 

「うん」

 

まさか待ち合わせ時間よりも一時間以上早く来てたなんて言えないよね。

八幡に引かれたらちょっと泣きそうだし。

 

「そんな事よりも、八幡、久しぶり。受験勉強忙しいのに、今日は……その…………ありがと」

 

「おう、久しぶりだな。俺も息抜きしたかったから気にすんな」

 

そう言って八幡はいつものように頭を撫でて……くれようとして手が止まった。

ん?

 

「な、なんかアレだな。今日は髪型がすごいな」

 

むー……やっぱり撫で辛いのかな。

 

「お母さんがやってくれたの…………変?」

 

ちょっと上目遣いな感じで聞いてみる。

まぁ身長の関係で、どうしたって上目遣いになっちゃうんだけどね。

 

「いや、その、よく似合ってるっつうか、うん。……か、可愛いと思うぞ……?」

 

「〜〜〜〜〜っ!?」

 

「なんか服もクリスマスっぽくて可愛いし……うん、なんだ。…………全体的に見て、すげぇいいんじゃねぇの……?よく分からんけど……」

 

……嘘!?八幡が褒めてくれたっ……!どうしよう。顔がすごい熱い……

どうせ八幡の事だから、髪も服もなんにも言ってくんないのは覚悟してたし諦めてたから油断してた……

 

嬉しくて恥ずかしくて仕方がないから、私はぷいっとそっぽを向いて悪態をついて誤魔化す事にした。

こういう時、ロングっていいよね。真っ赤な耳がちゃんと隠れてくれるから。

 

「女の子の髪型とか服を褒めるなんて八幡のくせに生意気」

 

「お前はどこのガキ大将だよ……」

 

むっ……

 

「……お前じゃないって何回言ったら理解するわけ?いい加減学習してよ。留、美!」

 

「……留美」

 

「……ん。…………で、何」

 

まったく……ホント八幡は油断するとすぐにお前って言ったりルミルミって言うんだから。

 

「えーと、アレだ。小町に鍛えられてるからな。まずはとにかく褒めろって調教されてんだよ」

 

「……シスコン」

 

「結局罵倒されちゃうのかよ……」

 

罵倒されるのを嘆いてるように言いながらも、なぜだかちょっと嬉しそうな八幡に、褒めてくれたお礼をしなきゃね。

 

「まぁ八幡のシスコンは今更だし、褒めてくれたお礼にキモいのは我慢してあげる」

 

「……そりゃありがとよ」

 

「あ……あと、その……八幡がキモいのは置いといて……可愛いって褒めてくれたのは……まぁまぁ嬉しかった……ありがと……」

 

もうっ……さっきからずっと恥ずかしくて八幡が見れないじゃん……

ようやく会えたのに、ず〜っとそっぽ向きっぱなしの私ってなんなの?

 

「お、おう」

 

「あともうひとつ……」

 

「ん?どうした」

 

「髪型はこんなんだけど……頭は撫でても大丈夫ってお母さん言ってたから……さっき撫でようとしてた分…………撫でさせてあげる」

 

そう言って頭をずいと八幡の方へと傾ける。

あ、れ……?ちょっと変じゃない?

なんか頭撫でを催促してるみたいなんだけど……

そこに気付いちゃったら堪らなく恥ずかしくなってきちゃったんだけど、八幡は真っ赤な顔で「おう、そうか……」って言いながらぽんぽんと優しく撫でてくれた。

 

いつぶりの頭撫でだろ?えへへぇ〜っ……やっぱり気持ちいいなっ。

 

 

× × ×

 

 

満足するまで撫でてもらってから、私たちはようやくランドへと足を向けることにした。

危うく撫でてもらってるだけで一日が終わっちゃうとこだった。

 

「八幡。時間もったいないから早く行こ」

 

「……理不尽すぎんだろ」

 

嘆きながら歩きだした八幡の左手に右手をのばしかけた私は、慌てて引っ込める。

あぶない!今日はそうじゃなかったんだ。

 

先に歩きだした八幡は、着いてこない私を不思議に思ったのか、振り返り心配そうな顔を向けてくる。

 

「留美、どうした?」

 

そう言って戻ってきた八幡に、私はそっぽを向いたまま、握手するくらいの高さに右手を差し出した。

 

「……ん」

 

「…………は?えっと、なに?」

 

「…………ん!」

 

なんで八幡は気が付かないの?ホントに鈍感……!

 

「えと……あ、握手?すればいいのか……?」

 

「は?……八幡ってどんだけバカなの?なんでいきなりここで握手すると思うわけ?……………………手、繋いで……」

 

もう!こんなこと言わせないでよ……バカはちまんっ……!

 

「いつもは私から繋いでるんだから……八幡が誘ってきた時くらい……クリスマスデートの時くらい…………たまには、八幡から繋いできたっていいでしょ……」

 

もう死にそう……自分から繋ぐのは少しは慣れてきたけど、繋いでよって言うのは信じらんないくらい恥ずかしい。

でも……ホントたまにはでいいから、八幡の方から繋いできて欲しかったんだもん。そしてそれは今日どうしてもして欲しかった。

だって……クリスマスだもん……

 

「はぁぁ……死ぬほど恥ずかしいんだけど……」

 

「この状態で待ってる私の方がずっと恥ずかしいから…………早くして」

 

「ぐっ……ったく、しゃあねぇなぁ」

 

 

 

私が向いている方向とは逆方向にそっぽを向いて、照れくさそうに頭を掻きながらぎゅっと握ってくれた手。

その初めて八幡から繋いでくれた手は、恥ずかしくて熱を帯びているからなのか、とてもとても熱かった。

その熱すぎるくらいのぬくもりは、12月の寒空の下で凍り付いちゃいそうだった私の手と心を、チョコレートみたいに甘く優しく溶かしていってくれた。

 

 

 

 

続く

 

 







というわけで、1話使ってまさかの待ち合わせまでという恐ろしい結果に(ガクブル
おいおい大丈夫かよ。次回、後編なんだぜ?(白目)



というわけで、次回【中編・後期】でお会いしましょう(キリッ



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ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝う【中編(後)】




甘いお話を書くのが苦手な作者にしては、珍しく糖分過多かも知んないです。


ではではどぞ☆





 

 

 

「わーっ……八幡見て見て!すごーい……」

 

「だな」

 

手を繋いでパークに入った私たちは、エントランスを抜けて、ランドのメインストリートとも言えるワールドバザールの真ん中に立てられた巨大なクリスマスツリーに見惚れていた。

 

「八幡八幡!やっぱりランドのクリスマスって言ったらこのツリーだよね!」

 

「……」

 

「わぁ!ライトアップされたら綺麗なんだろうなぁ……」

 

「……」

 

「夜になるの楽しみっ……えへへ」

 

「……」

 

矢継ぎ早に感嘆の声を上げちゃったんだけど、なぜか八幡からの返答が無い。

一瞬八幡が居なくなっちゃったのかと不安になったんだけど、私の右手はしっかりと八幡の体温を感じてるから、それはない。

ん?と思って八幡を覗き込んで見ると、八幡はとても微笑ましそうに私を見ていた。

 

…………!!

あぅ……またやっちゃった……

私は自分がこんなキャラじゃないって理解してるつもりなのに、たまに子供みたいにはしゃいじゃう時がある。

それは決まって八幡と一緒に居る時。

 

 

『でもな、俺のほうがもっと一人でできる』

 

 

去年のクリスマス会、相変わらずぼっちだった私が一人で作業をしてた時、手伝うと言ってくれたのに意地を張って拒絶した私に、こんなどうしようもない台詞なのに、一人で頑張る私に八幡がニヤリと胸を張って言ってくれた言葉。

こんなに情けない台詞をドヤ顔で言い切る八幡に、思わず笑顔を向けてしまった。

 

思えばあの時から、私は八幡に心を許したんだと思う。

それより前に八幡が手伝ってくれた時も、作業が終わった時に少しだけ笑顔になっちゃったし、それどころか初めて会った時から、よく分からないシンパシーみたいなものは感じてた。

 

でもたぶん、本当の意味で八幡に心を許し始めたのは、たぶんあの瞬間からなんだと思う。

ばっかじゃないの?って言っちゃったけど、ホントはとても嬉しかった……!

 

だからあれ以来、総武高校の校門での再会の時とかシーデートの時、家に来てくれた時とかに、ついつい自然と笑顔がこぼれちゃったりはしゃいじゃったりする。

そんな時八幡は、決まってこんな微笑ましい笑顔で私を見てくれる。

 

──この微笑みは、好きな異性に向けられるものじゃなくて、妹とか年下に向けられる庇護欲からくるものなんだって事は分かってる。

だからホントはちょっとだけ悔しい。八幡には私を対等に扱って欲しいから。

そう……悔しい。悔しいんだけど、でもやっぱり嬉しかったりもする私の思考はどこか矛盾してるのかな。

 

確かに今は子供に向けられる庇護欲かも知れないけど、でも目が腐った八幡のくせに、あんなにあったかい眼差しを向けてきてくれるのは、私が八幡にとって特別な存在なんだって自負できるから。

だから今はまだ庇護欲でも構わない。八幡の特別であることには違いないんだもん。

 

そのうちもっと綺麗で大人の女になって、八幡に自慢の恋人として見てもらうのが、今の私の目標。

だからまだまだ子供の私は、八幡にこの眼差しを向けて貰えるのがやっぱり好き。

 

 

……好きなんだけど、うぅ……でもやっぱり恥ずかしい……それとこれとは別問題……!

ついつい子供みたいにはしゃいでる姿を好きな人に見られて微笑まれちゃうなんて、なんか女として負けた気分……

 

だから私は、真っ赤に染まっているであろう顔をぷくっと膨らませて、今日もこう悪態をついて嬉しい胸の内を誤魔化すのだった。

 

「……なにニヤニヤ見てんの?八幡キモい」

 

またしてもなんかキモく嬉しそうな顔してる八幡の手をぎゅっと引っ張って、私はクリスマスカラーに彩られたディスティニーランドを、ウキウキで駆け出した。

 

 

× × ×

 

 

「うおー……やっぱクリスマス本番ともなると、尋常じゃなく混んでるな……」

 

「そりゃね。八幡が混雑時OKのパスポートを事前に入手しといてくれなかったら、今日は入園出来なかったくらいだもん」

 

「……え?……お、おう。そうそう、それな」

 

「?」

 

八幡てば自分で用意しといてくれたのに、なんでよく分かってないって顔してんだろ?

まったく……頼りになるんだかならないんだか、ホントよく分かんない。まぁそういうトコも全部好きだけど。

 

「しかしこう混んでたら乗り物なんて乗れなそうだな……どうすっか」

 

「別にクリスマスにディスティニーに来たのは、アトラクションを楽しみたいから来たってわけでもないし、別にいい。ただクリスマスに、この夢の国の雰囲気の中で一緒に居るってところが重要なんでしょ」

 

ホント八幡は分かってないなぁ。

クリスマスムードの中を手を繋いで二人で過ごすってところがポイントなのに。

それが大人のクリスマスディスティニーデートってもんでしょ?

それなのにいきなり乗り物乗れないとか嘆くなんて、八幡ってホントお子様。

 

「おう……そういうもんなのか……」

 

「うん。八幡は分かってなさすぎ。………………でも」

 

私はほんの少しだけ頬を赤らめてこほんと咳払いを一つ。

 

「……まぁ八幡がどうしてもアトラクションを楽しみたいって言うんなら、私も一つ乗りたいのあるし、付き合ってあげなくもない」

 

「……お前が乗りたいだけじゃねぇのかよ……」

 

ま、まぁ確かに私が乗りたいことも無くはない……

でも八幡と違って私はまだほんの少しだけ子供だから、乗りたいと思ったって別にいいでしょっ……

あと、

 

「お前じゃない……留美」

 

ばかはちまんっ。本日二回目なんだけど。

私がジトっとした目で怒ると、「すまん、つい」と笑いながら答えるばかはちまん。

 

むっ、なに笑ってんの?ついって事は、自然体ではいつも私のことをお前って思ってるって事だって分かってんのかな、この八幡は。

これは、いついかなる時でも留美って出てくるように、きちんと指導しないとダメだな。

 

「……今度お前って言ったら、婚約者の比企谷八幡に会いに来ましたって、総武高校の職員室と八幡の部活に挨拶に行くから」

 

「マジですみませんでした」

 

もう土下座する勢いの八幡なんか無視して、むくれた私は八幡の手を離してファストパスを取りに行くのだった。

すぐさま必死に追い掛けてきた八幡が、また自分から手を繋いできたから一応は許してあげたけどね。

ちなみに八幡が手を繋いできた時、膨れてた頬っぺたからぷしゅっと空気が漏れてニヤケちゃったのはないしょ。

 

 

……それにしたって、こんなに可愛い婚約者が挨拶に行くって言ってあげてるのに、土下座してまで止めようとする意気地なしの八幡許すまじ。

 

 

× × ×

 

 

なんとか夕方の時間帯にファストパスが取れた私達は、クリスマスに染まったパーク内を散策することにした。

ハロウィンとクリスマスのパーク内は、アトラクションなんか乗らなくても、ただ歩いて見て回るだけでもホント楽しいよね。この非現実感がホント好き。

 

トゥーンパークからトゥモロータウンに入ってまたワールドバザールまで戻って来たけど、一番クリスマス感を味わえるのは、やっぱりエントランスから白亜城までのランドの中心部かな。夜のイルミネーションが点いたらまた違うんだろうけど。

ウエスタンタウンの方は、ファストパス取りに行くために通過しただけでまだ分からないから、これからじっくりと探索してみよう。

 

それでも普段なら特に気にしない所も、ちょこちょこクリスマスの飾らがしてあってやっぱり可愛い。

ハロウィンの時期も、クリスマス同様にパーク中が彩られるからわくわくするんだよね。

よし。来年のハロウィンは八幡とまた来よう。

 

ていうか来年は八幡も暇な大学生になるんだから、ハロウィンとかクリスマスとか言わずにいっぱい来よう。

どうせ八幡は大学生になってもぼっちで寂しいだろうから、可哀想な八幡を引き受けるという責務をおった私は、その責任を果たさなきゃいけないわけだし。

 

「ねぇ八幡」

 

「ん?どうした?」

 

「八幡は来年もやっぱり可哀想だから、たくさんディスティニー来ようね」

 

「え、なに?なんで突然ディスられてんの?来年の俺が可哀想なことはすでに決定事項なの?」

 

なんか八幡が愕然としてるけど、私的には八幡が可哀想な方が余計な虫が寄ってこないから安心。

現在進行形で強力なライバ……余計な虫が何人か付いてるんだもん。

 

胸が中学一年生の私並みのすっごい美人と、胸は嫌味なくらい大きいけど頭がちょっと残念なお団子美人。あとあざといの。

私が知らないだけで、他にもまだ居るのかも。

もう八幡は私のだから余計な心配かも知んないけど、これ以上の心配はしたくないもんね。

 

 

あれ?でもよくよく考えたら八幡には私が居るんだから、全然可哀想でもなんでもないじゃん。

むしろ幸せ一杯に決まってる。

よし、『私がそばに居ない時に限り可哀想』に訂正しておこう。うん。

 

「んー、やっぱり八幡は幸せものだった」

 

「あ、そう……そりゃ、あんがとさん……?」

 

むっ、幸せものだって教えてあげたのに、なんでそんなにキョトンとしてんの?

だから、八幡がいかに幸せものなのかを、私の素敵スマイルを持ってしてもう一度教えてあげた。

 

「うん!八幡はすごい幸せものだよ。よかったねっ」

 

八幡と一緒に居られる私は幸せものだから、私と一緒に居られる八幡も同じくらい幸せものなはず。

だから私がいかに幸せなのかを客観的に見た上で八幡に「よかったねっ」って言ってあげたんだけど、自分の幸せな姿を想像しすぎて、なんかすごい笑顔になっちゃったみたい。

鏡で見たわけでもないのに、自分でも今すごい笑顔だったんだろうなって分かっちゃうくらいに微笑んでたっぽい。

八幡がそんな私の顔見てビックリしてたし、すぐに照れくさそうに顔背けたし。

なんか……恥ずい……

 

「そ、そんなことよりさ、そろそろちょっとお腹空かない?」

 

話題を変えて誤魔化しちゃった。

ホント私って八幡の事とやかく言えないくらいヘタレだよね……うぅ……

でもお腹空いちゃったのはホントだし……

 

アトラクションにはまだ乗ってないけど、色んなとこ見て歩き回ってたら、気が付いたら意外といい時間になってた。

お腹が鳴っちゃう前になんか食べないと、八幡にくぅ〜って聞かれちゃうかも知んないっ……それは女として由々しき事態だよね。

 

「……ん、ま、まぁそうだな。俺はまだ減ってねぇけど、留美が腹減ったんならどっか入って食うか」

 

「もうすぐお昼になんのに、八幡はまだ空いてないの?」

 

「ん?ああ。今日ちょっと家出んのがギリギリになっちまってな。朝飯食ったの遅かったんだよ」

 

「ふぅん。あ、じゃあすぐそこにチュロス売り場のワゴンがあるから、とりあえずチュロスでいいよ」

 

「チュロス好きだな……まぁそれでいいんならとりあえず買ってくっか」

 

「うん」

 

やっぱりディスティニーの食べ歩きっていったらチュロスだよね。

これが嫌いな女子とかありえないと思う。

 

チュロス売り場も行列が出来てたけど、回転が早いからか思ったよりも早く売り場まで到着した。

 

「えーと……チュロス一本」

 

「……あれ?八幡は食べないの?」

 

「おう。元々そんなに腹減ってねぇから、今から一本食ったら昼飯食えなくなっちまうからな」

 

「そっか」

 

キャストさんが私にチュロスを渡してくれてる間に、八幡が支払いをしてくれた。

ちなみに今日は全部八幡がおごってくれるみたい。

 

おごられるのが当然!みたいな顔してる女が嫌いな私は断固として拒否したんだけど、自分から誘ったんだからってのと、クリスマスくらい金の事は気にすんなってことで押し切られて、渋々八幡のおごりを受けることを了承した。

もちろん次のデートの際は私がおごり返すという条件を飲ませた上で。

 

それなら次のデートの約束も取り付けられたみたいなもんだから、おごられるのは気に食わないけど結果オーライってとこかな。

……えへへ、やっぱりちゃんと次に会う約束があるのは安心できるし嬉しいな。

 

「んじゃ行くか」

 

八幡はサイフをしまいながらさっさと歩きだした。

 

……むっ。

私はチュロスを左手に持ったままその場に立ち尽くして、八幡をジト目で睨み付ける。

 

「ん?あれ?留美…………あ」

 

むくれた私が右手を差し出したまま立ってるのを見て、八幡が慌てて戻ってきた。

今日は約束したはずでしょ、八幡……

 

「っと、すまん」

 

謝りながらギュッと手を握られた瞬間に、膨れた私はすぐさま機嫌を直す。

 

「……ん」

 

でもすぐにご機嫌になっちゃうと、ばかはちまんはすぐに忘れちゃうから、機嫌が直らないフリして釘を刺しておこうかな。

 

「八幡。次に手を離した時に繋ぎ忘れたら…」

 

「絶対に忘れません」

 

「……ん」

 

よし。じゃあ今回だけは特別に許してあげるね。

ぱくっとチュロスを食べながら、またディスティニー散策再開っ。

 

 

んー。やっぱり美味しいな。

そしてサクサクとチュロスを何口か食べたところで、ふと悪戯心が芽生えた。

八幡は女に免疫が無いから、絶対に恥ずかしがるはず!

そして私は八幡の口元に食べ掛けのチュロスを掲げた。

 

「……ん。八幡も一口食べれば」

 

「へ?……あ、や、だ、大丈夫だ。腹減ってねぇし……」

 

へへへ……予想通り、八幡は食べ掛けの断面をチラリと見てから、慌てた様子で断ってきた。

 

「美味しいよ。ほら」

 

「だから要らんっての……」

 

……なんか八幡をからかうつもりでやったのに、ここまで拒否されるとちょっとだけショック……

なんか、絶対に食べさせてやりたくなってきた。

 

「もしかして八幡、間接キスが恥ずかしいとか思ってんの?……今どき中学生だってそんなの気にしないよ。八幡カッコ悪」

 

『中学生だって』とか言いながら、もちろん私はそんなのしたことないし、八幡以外とするつもりは無いけどね。

 

「は?バッカ、そそそそんなわけにゃいだりょ……」

 

噛みすぎ……ホント八幡てヘタレで可愛い。そんなとこも好きっ……

恥ずかしそうに悶えてるから、仕方ないから噛み噛みだったところはスルーしたげる。特別サービスだかんね。

 

「そんなわけないんなら、じゃあ……ハイ」

 

八幡は、今度こそはと口元に掲げたチュロスを、それはもうヤレヤレって感じで溜め息を吐きながらサクっと頬張った。

 

「うん……まぁ、美味い」

 

頭を掻きながらすっごい恥ずかしそうにむぐむぐしてる八幡を見て、私はつい口元を緩ませながらこう思うのだった。

 

うん。やっぱり八幡は幸せもの。

 

そして八幡が一口食べたチュロスを、頬を染めながら大事にはむっと食べた私も、やっぱり幸せものっ。

 

 

× × ×

 

 

「そろそろ時間だよ。八幡行こっ」

 

「ん、おう」

 

混みまくってるパーク内だけど、ぐるぐると歩き回ったり食べ歩きしてる間に、気が付けばもうすっかり夕方になって、陽も暮れかけいた。

なにこれ。時間経つの早すぎじゃない?

 

楽しみにしていたアトラクションのファストパスの時間になったから、私達は急いで目的地のファンタジータウンへと向かう。

 

「そういや、なんでアレそんなに乗りたいんだ?あんなの年中やってるアトラクションじゃねぇか。……っと、なんつったっけか?ほ、ほーんテッド……?」

 

 

「ホーンテッドアパートメントね。ていうか年中やってるって、八幡、ホーンテッドがクリスマス仕様になってるの知らないの?」

 

「そうなの?」

 

「まぁ厳密に言えば、ハロウィンとクリスマスを同時にお祝いしようってコンセプトでやってるから、ディスティニーハロウィンの時期からやってるんだけど」

 

「詳しいな……」

 

「そんなの千葉県民の常識」

 

「マジか……」

 

どうやら千葉県民の常識を知らなかったことで八幡が少し凹んでるみたいだけど、八幡の千葉知識へのプライドなんてどうでもいいから無視。

 

「普段と全然違うからすごい楽しいよ。なんかとってもいい雰囲気なの!特に墓地のとこが凄い綺麗でね?だから八幡と乗りたかったの」

 

 

「そうか」

 

八幡を引っ張り気味に先行して嬉しそうに言う私に、八幡はまたあの微笑ましい笑顔を向けてくれた。

どうやらまたはしゃいじゃってたみたい……あぅ……恥ずかしい……

 

 

 

ファストパスという事で、とてもスムーズに建物の中まで行けた。

なんか行列してる中スイスイ進めるのって、ちょっとした優越感だよね。

 

やっぱり今日はすごい混んでるしこの時期で一番人気のアトラクションだから、建物の中に入ってからは結構時間が掛かかったんだけど、ようやく二人でライドに乗り込めた。

 

「えへへ、楽しみだね!」

 

「おう、そうだな」

 

このアトラクションのライドは比較的広くて恋人同士の密着度としてはイマイチなんだけど、ライドの広さを完全に無視して八幡にぴっとりと寄り添ってはしゃぐ私を、八幡は優しく撫でてくれた。

 

……気持ちいい。

ホーンテッドは一応お化け屋敷の扱いだけあってアトラクション内が暗いから、この密着具合で気持ち良く撫でられると、すごくドキドキしてきちゃう……

 

このライドは密閉まではいかないけど、前後のライドの乗客からはほとんど見えないような作りになっている。

だから暗闇と密着と頭撫でで少し変な気持ちになっちゃった私は、周りの目を気にする事もなく、初めて八幡に抱きついてみた。

抱きつくって言っても腕にだけど。

 

「ちょ、ちょっと!?留美さん!?」

 

「……留美さんっていうの、キモい……」

 

悪態を吐きながらも、私の顔と身体は燃え上がるように熱い……

どうしよう……ドキドキがやばい。

腕に胸を押し付けちゃってるから、私の鼓動が八幡にバレちゃってるかも……

あのお団子みたいに胸がおっきかったらバレないかもだけど、私の発展途上な胸はまだまだ薄いから……

 

「ほら、八幡。もう始まってるからちゃんと見て」

 

「……はい」

 

……やりすぎたかな。せっかく乗ったのに、ドキドキしすぎてあんまりアトラクションに集中出来ない。

八幡も、私を意識しちゃってホーンテッドどころじゃないかも……

 

 

結局アトラクション内ではそのまま無言の時が流れていったんだけど、私オススメの墓地の真っ白な雪景色が視界一杯に広がった時だけは、隣から小さく「おおっ……すげ」って聞こえてきたから、「でしょ」って笑顔で答えてあげた。

オススメしてたとこを八幡も楽しそうに喜んでくれたから、なんだか胸がぽかぽかした。

 

 

そんなドキドキの夢のひとときもあっという間に終わり、ライドから降りた八幡は、私の言い付けを守って手を繋いでくれる。

 

「ね、楽しかったでしょ」

 

自慢気に言う私に、八幡は珍しく素直に感想を言う。

 

 

「おう。マジで良かったわ。あそこが雪景色になってるとは思わなかったから、すげぇビックリした」

 

「えへへ、でしょ」

 

さっきまで抱き付いちゃってたからか、八幡はまだなんだか照れ気味。

私の心臓もまだ全然大人しくなってくれないけどね。

 

 

 

 

 

“それ”は、お互いにちょっと照れ合いながら、アトラクション施設から久しぶりに外へ出たときだった。

 

 

「うわぁ……すごい……」

 

 

“それ”は私達を待っていたかのように一斉に輝きだす。

いつの間にかすっかり陽が落ちて暗くなったパークを、クリスマスイルミネーションが、優しく、暖かく、そっと包み込んだ。

 

そう。今まさに、私と八幡の運命の聖夜が始まったのだ。

 

 

 

続く

 






ルミルミかわいいよルミルミ。



さぁ!一夜限りのクリスマスナイツもいよいよ盛り上がってまいりました!
聖なる夜、ルミルミの恋の行方はどっちだっ!?

しかしここで残念なお知らせが。




【悲報】次回、後編の更新遅れるってよ。





スミマセン。
だって仕方ないじゃないですか。この物語はいつのお話ですか?




というわけで、次回!12月24日のこの時間にお会いしましょう゚+。(*′∇`)。+゚



PS.
さすがにクリスマスイブの夜にこんなモノを読んでる暇はなかなか無いかと思います(笑)
紳士さまへの感謝のクリスマスプレゼントとしてイブの夜に投稿しますが、お時間ございます時にでもゆっくりと御覧くださいませ☆




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ぼっち姫は、愛する王子様と共に運命の国で聖夜を祝う【後編】



メリークリスマ〜ス!


大変長らくお待たせ致しました☆
ルミルミ完結編です!

やー……私って書き貯めてから更新するタイプじゃないんで、とっくに書き終わってるのに更新出来ないのってキツいですね><
勝手にイブ更新なんて宣言しちゃったのが悪いんですけど、なんかずっとモヤモヤしてます(苦笑)


というわけで、ようやく更新です!どなたさまも、ごゆるりと聖夜をお楽しみくださいませ(*^^*)




 

 

 

キラキラと輝くイルミネーションに包まれて、私達はディスティニーをゆっくりと歩く。

もう、ただ歩いているだけで、まるで夢のなかに居るみたいに幻想的。

 

「……綺麗だね、八幡」

 

「そうだな」

 

元々私と八幡はあんまり会話が多い方じゃない。ていうか少ない。

でもホーンテッドを出てから、暫くのあいだ光り輝くパーク内をのんびりと見て回ったんだけど、会話はホントにこれだけ。

 

でも、私と八幡との間の会話なんてそれだけで十分だよね。なんの不足もない。

たぶん他の誰とも、こんな気持ちになれる事なんてないんだろうな。

八幡だけだよ?私をこんな気持ちにさせてくれるのは。

 

 

こんな気持ちにさせてくれる八幡に、今日はすごいプレゼントを用意してきたんだ。

ディスティニーが夜に包まれてから、私の小さな胸がその事を思い出したかのように、ばくんばくんてずっと早鐘を鳴らしてる。

八幡、もう少しだけ待っててね。あとちょっとしたら、サプライズをあげるから。

 

 

× × ×

 

 

「寒っ……」

 

冬のディスティニーの夜は尋常じゃなく寒い。

凍り付くような風が吹くと、布に覆われてない部分が痛くてジンジンする。

 

「大丈夫か?留美」

 

「……うん。大丈夫」

 

「もう夜になったし、マフラーとかした方がいいんじゃねぇか?」

 

「……マフラー持ってきてないし」

 

「……は?マジで?どう考えたって寒くなんのなんて分かってたろ……しゃあねぇなぁ……じゃあ俺の使え」

 

八幡はそう言うと、自分が巻いてるマフラーに手を伸ばした。

 

「別に大丈夫。いらない」

 

「いや、大丈夫って事ねぇだろ。遠慮すんなって」

 

むぅ……しつこい!

今はまだいいんだってば。

 

「だからホントにいらない。八幡しつこい」

 

「はぁ……ったく、風邪引いても知んねぇぞ……?」

 

「子供扱いしないで」

 

私は八幡からの優しい申し出を、いつものように悪態を交えつつ頑なに拒否した。

でも……ホントは、ありがと。

 

 

「……じゃあ八幡、温かくなりたいから、そろそろ夕ごはんにしよ」

 

「ん?そうだな。なに食いたい?さすがにチュロスじゃねぇよな」

 

ニヤリと苦笑する八幡に冷たい眼差しを向けて言ってやる。

 

「あったまりたいって言ってんのに、外で食べ歩きするわけないじゃん。ばかじゃないの?」

 

だからなんでばかって言うとちょっと嬉しそうな顔すんの?

八幡って変態なのかな。

まぁ八幡だししょうがないよね。

 

 

そして私達は、クリスタルキャッスルっていうブッフェレストランで食事を取った。

ママのごはんで舌が肥えた私には味はあんまりだったけど、ガラス張りのこのレストランからはライトアップされた白亜城が近くに見えたから、とても素敵なクリスマスディナーになったと思う。

 

ちなみに八幡も味はイマイチだったらしく、しきりに「留美の作ったドリアの方が八万倍美味いな」とか言ってた。

……ばかはちまん……それ言われる度に料理の味が分かんなくなっちゃうんだから、やめてよねっ……

でも……来年のクリスマスディナーとクリスマスケーキは、仕方がないから私が作ってあげようかな、うん。

 

 

× × ×

 

 

『レディース・アン・ジェントルマン』

 

パーク内に響き渡る機械音声のアナウンスが、ナイトショー・エレクトリックパレードの開始を告げる。

 

お馴染みのBGMに乗せて、クリスマスバージョンのデコレーションに光り輝くフロートと、クリスマスバージョンのコスチュームに着飾ったミキオ達が、夜のパークを美しく華やかに彩る。

 

「エレクトリックパレード久しぶりに見たんだけど、やっぱりいいよね」

 

キラキラ光る電飾の光を浴びて、八幡の顔もキラキラと照らされる。

私もキラキラしてるかな?

 

「そうだな。なんかクリスマスな感じになってるしな」

 

「クリスマスな感じって、八幡、パレードもクリスマスバージョンになってるの知らなかったの?」

 

「んー、まぁそうだな。去年はパレードんとき、ゴタゴタしてて見れなかったからな」

 

「…………」

 

……ん……?去年って、なに……?

 

「八幡……去年もクリスマスにランド来たの……?誰と……?……またお団子……?」

 

「へ?……あ、あーあー、違げぇ違げぇ。いや、まぁ由比ヶ浜も居たっちゃ居たが……」

 

「……ふーん」

 

「いやいや声低っ……だからそういうんじゃ無くてだな……仕事だよ仕事」

 

「なに……?仕事って」

 

浮気を仕事って言って誤魔化すとか、八幡男として最低。

 

「ほら、去年コミセンでクリスマスイベントやったろ?あれの視察も兼ねて行って来いって平塚先生にパスポート何枚か貰ってな。最終的には八人の大所帯になって行って来たんだよ」

 

…………ホッ、なんだ、そういうことかぁ。

まったく、ホント八幡ってだめだめ。

 

「そうならそうと、早く言えばいいでしょ。ばかはちまん」

 

「言う隙さえ与えられなかったんだが……」

 

愕然とする八幡は無視して、私は去年のクリスマスの事を思い出していた。

あの日、ホントに……本っ当に奇跡的に八幡と再会できだからこそ、今の私達があるんだ。

こうして手を繋いで、クリスマスのランドでパレードを一緒に見ていられるんだ。

 

「ねぇ八幡」

 

「な、なんすかね」

 

目の前を通る光り輝くフロートの灯りに照らされて、私は八幡に心からの笑顔を向ける。

電飾が眩しくて明るいけど、夜だし赤くなってる顔はバレないよね。

 

「私、去年のクリスマス、先生からイベントに参加してみないか?って言われて、正直迷った。ぼっちの私が行ったって、なんにも楽しい事なんて無いんだし。でも一人でなんでも出来るようにって頑張ってる時だったから、本当は嫌だったけど無理に参加したんだ…………でもね、今は参加して、本当に良かったって思ってる」

 

八幡と会えたから……恥ずかしくてそこまでは言わなかったけど、八幡はちゃんとそこまで汲み取ってくれたみたい。

 

「そっか。ま、手伝いで無理矢理参加させられただけだけど、俺も行って良かったわ」

 

そう言って、とても優しい笑顔で頭を撫でてくれたから。

 

 

パレードのBGMと光に包まれながら撫でられるのは本当に幸せ。今日一番の夢心地。

こんなに人混みが凄いのに、ゲスト達の騒めきも凄いのに、まるでこの世界には私と八幡しか居ないみたいな錯覚に襲われる。

ふわふわと宙に浮いてるみたいな感覚に陥っちゃうくらいに、まるで夢の中みたい。

 

 

パレードも終わり、暫くしてから花火が上がった。

普段ならディスティニーミュージックのなか打ち上げられる花火だけど、このシーズンばかりはBGMもクリスマス。

クリスマスソングに耳を傾けて夜空に咲く光の花を眺めながら、私はずっと頭を撫でて貰ってた。

 

 

 

そしてこのあと私は…………

 

 

× × ×

 

 

「八幡」

 

「どうした?」

 

花火も終わり、夢の時間もあとほんの少し。

そんな物悲しい時間のはずなのに、私の心臓はより強く、より早く鼓動する。

 

「ツリー、見に行こ」

 

「ん?ああ、そういやイルミネーションが点灯してから、まだ行ってなかったな。んじゃ行くか」

 

「うん」

 

パレードと花火を見ていた場所から、ワールドバザールのツリーまではすぐ近く。

ほんのすぐ近くのはずなのに、目の前にそびえるこのツリーが視界いっぱいに広がるまでには、なんだか物凄い時間が掛かったような気がする。

 

「綺麗……」

 

私は目的も忘れて思わずうっとりと眺めてしまった。

 

「だな。昼間見た時も凄かったけど、やっぱライトアップされると別モンだよな」

 

「うん……」

 

暫く無言で眺めてたけど、刺すような寒さと、それに反比例するかのような八幡の手のぬくもりに、私はするべき事を思い出した。

思い出した途端に、なんだか顔がカァッと熱くなる。

 

こくりと喉を鳴らして、私は意を決して八幡へと言葉を放つ。

 

「八幡、あのさ」

 

「おう」

 

「クリスマスプレゼント…………ちょうだい?」

 

「へ?」

 

私からの突然のプレゼント要求に、八幡が間抜けな声をあげた。

そりゃね。子供が親にねだる訳でもあるまいし、普通自らクリスマスプレゼントを要求するなんて有り得ないよね。

 

「お、おう、そうだな。ツリーの下とかで渡した方が雰囲気あるしな。ほれ」

 

八幡は鞄をごそごそすると、可愛くラッピングされたプレゼントを渡してくれた。

って…………あ、あれ?

 

「嘘……?八幡、プレゼントなんて用意してくれてたの……?」

 

「は?そりゃ用意するだろ。まさか驚かれるとは思わなかった…………てか、じゃあなんで要求したの!?」

 

ホントびっくりした……

まさか八幡のくせに、自ら女の子にプレゼントを用意してくれてるなんて……

予想外の出来事に、嬉しさと驚きで、ちょっとだけ視界が霞む。

 

私は八幡から手渡された包みを、俯いたままギュッと胸に抱き締める。

どうしよう……めちゃくちゃ嬉しい……身体が震えるほどに……

よし。これは私の宝物にしよう。永遠に。

 

「八幡のくせに生意気っ……」

 

「俺はクリスマスプレゼント用意しとくだけで生意気なのかよ……」

 

生意気に決まってんじゃん……八幡のくせに……八幡のくせにっ……

 

 

あまりのサプライズに、つい我を忘れて歓喜に酔い痴れちゃってたけど……ダメでしょ私……!むしろこの嬉しすぎるサプライズは、私の計画に支障を来すんだから。

 

だから私は嬉しさを押し殺して、その幸せの包みをバッグに押し込み、八幡に無情の言葉を発した。

 

「あり……がと……。でも、これじゃ足んない。もっとちょうだい」

 

「マジかよ……はぁ……で?あとは何が欲しいんだ……?」

 

せっかくプレゼントをくれたのに、さらなるプレゼントの要求に肩を落とす八幡。うー……ごめんね……

心の中で謝りながらも私は指を差す。今、私が一番欲しているものに向けて。

 

「それ。それが欲しい」

 

「……は?こ、これ?」

 

 

× × ×

 

 

ぬくぬくっ、いい匂いっ……!

私は、八幡に貰ったマフラーをぐるぐる巻きにして顔をうずめて、その八幡のぬくもりと匂いをクンクンと堪能してる。

 

「えへへっ……」

 

うぅ……なにこれ……まるで麻薬みたいに私の心をあっという間に支配していくぬくもりと香り。

あぅ……幸せ……

 

「あのな…………だからさっきから何度もマフラー使えって言ったろうが……。プレゼントくれとか言わないで、寒いなら寒いって言えよ、アホ……」

 

「アホとかハラスメントだからね、八幡。訴えてやる」

 

「俺、散々ばかはちまんばかはちまん言われてるんだけどっ?」

 

「なんか嬉しそうなくせに……」

 

「うぐっ!」

 

冷めた瞳で一瞥してそう言うと、八幡は痛いとこ突かれたみたいに言葉を詰まらせた。

やっぱり嬉しいんだ……変態はちまん。

 

「八幡が変態なことは取り敢えず置いとくとして、いいの!私が欲しかったんだから」

 

「……さいですか」

 

ふふ、なんだか八幡、力が抜けた顔してる。

プレゼントプレゼントって要求されて、私が嫌な女とかって思ったのかな。

でもね八幡。その力が抜けちゃった顔を、これから驚きでいっぱいの顔にしてあげるからね。

 

 

「ねぇ八幡」

 

「今度はなんすかね……」

 

「次は私がプレゼントあげる」

 

「マジ?」

 

「うん。マジ」

 

へへ〜っ、と悪戯っぽく笑いながら、私はバッグからごそごそと、可愛くラッピングした包みを取り出した。

喜んでくれるかな……すっごいドキドキする……!

 

「はい。あげる。開けてみて」

 

「へ?今ここで開けんの?」

 

私からプレゼントを渡された八幡が驚いたように尋ねてきた。

 

「………………開けてみて」

 

「……はい」

 

私が開けてって言ったんだから、八幡は大人しく開ければいいの!

 

冷たい目と声で二度目の開けてみてを言い渡された八幡は、とても大事そうに、ゆっくりとラッピングされた包みを開く。

少しずつ開いていく包みに、私の胸は激しく脈打つ。

 

「おおっ……」

 

開け放たれた包みから出てきたもの。それは、

 

「マフラー……」

 

「うん。あったかそうでしょ」

 

「ああ、すげぇあったかそう……ってかコレ……」

 

「……そ。私が貰ったこのマフラーの代わりに、今使えばいいよ。んで、受験生の八幡は、それでちゃんとあったかくして、風邪引かないようにしてね。あとは受験の日とかにしてけば、あったかい上にお守りにもなるからね」

 

「んだよ……手編みとか反則だろ……」

 

 

───あの日八幡が夢の国の招待状を届けてくれるよりもずっと前から、少しずつ少しずつ用意してた。

本を読んだりママに教わったりしながら、少しでもいい出来に仕上げようって頑張った、私の八幡に対する想いがいっぱい詰まった八幡の為だけのマフラー。

 

「……むっ、手編みのマフラーなんて、重いとか思ってない……?」

 

マフラーを持ったまま固まってる八幡に少しだけ心配になった私は、不安な気持ちがバレないように怒ったフリをして尋ねた。

 

「アホかっ……んなわけねぇだろ…………すっげぇ嬉しいっつーの……絶対受験の時してくわ」

 

「……ん」

 

良かった……喜んでもらえた。

八幡が本当に嬉しそうな顔してくれたから、完成するまで悪戦苦闘して大変だった毎日なんて、一瞬でどっかに飛んでっちゃった。

 

「……にしてもすげぇな、これ。マジで売ってるヤツみてぇじゃねーか」

 

「……でしょ。最初はママ……お母さんに見てもらいながら練習したんだけど、ある程度出来るようになったら、あとはもう全部一人でやったんだよ?…………どう?もう、」

 

そして私は小さな胸をいっぱいに張る。

 

 

「八幡なんかより、私の方がもっと一人でできる」

 

「……っ!」

 

 

へへへっ、言ってやった。

ずっと八幡に言ってやりたかった言葉のひとつ。

これを八幡に言ってやれるように……そして八幡が、もう私の心配しなくて済むように。だって、その為に私はなんでも頑張ってきたんだから。

 

「へっ……違いない。留美には敵わねーわ」

 

「えへへっ」

 

 

うん。私の勝ち。

よし。あとは最後の仕上げ!

もうひとつ、恥ずかしくてずっと言えなかった、でもずっと言ってやりたかった言葉を、八幡にプレゼントするからね。

 

 

× × ×

 

 

「おし!んじゃあ、有り難く使わせてもらうかな」

 

そう言ってすぐにマフラーを巻こうとした八幡を、私は慌てて止める。

 

「八幡、待って。まだしないで」

 

「は?いや、だって留美が今しろって……」

 

困惑してる八幡から、無言でマフラーをむしり取ってやった。

もう!八幡慌てすぎ。

 

「……私が巻いてあげる」

 

「いやいやいや、別に自分で巻けるっ…」

 

「私が巻いてあげる」

 

「…………よろしく」

 

 

…………ふぅ……

私は深く息を吐いた。

 

どうしよう……こんなの初めてだ。足がガクガクと震えて、立ってるのもやっと。

手の震えも尋常じゃない。

もう顔が燃え上がりそうなくらい熱いのか、血の気が引いて感覚がマヒしちゃってるのか分からないくらいにパニックになりかけてる。

 

「大丈夫、か……?どうかしたのか……?」

 

震える手の先にあるマフラーを見つめて固まったままでいる私を、八幡は心配そうに気遣ってくれる。

 

「別になんともない。ていうか早く屈んでよ。そのままじゃマフラー巻けないでしょ」

 

「……? ん、おう」

 

震える声をなんとか絞りだして八幡を私の身長の高さまで屈ませると、ふわりとマフラーをかけてあげる。

 

一巻き、二巻き。ぐるぐるとマフラーを巻かれる度に、あったかそうに、嬉しそうに、照れくさそうにするほんの10センチ先の八幡の顔を見つめながら、私は心の中でよしっ!と自分を奮い立たせる。

 

「うん。これでよし」

 

少しだけおしゃれに巻いてあげたマフラーは、八幡によく似合っていた。

うん。やっぱり八幡は格好良いな。

手縫いのマフラーもいい出来だよね。

 

 

 

───こくりと喉を鳴らす。そして、覚悟が出来た。

巻き終わってマフラーから放した両手は手持ちぶさた。

その手持ちぶさたになった両手を、ほんの10センチしか離れてない八幡の頬を挟むように優しく添えて、そして…………そして私は…………八幡の唇に、熱く震えるまだ幼く小さな唇を、そっと押しあてた……

おっきなディスティニーのクリスマスツリーの下で、キラキラと灯び続ける光に包まれながら……

 

× × ×

 

 

「な、なななっ……なんてことしやがる……!」

 

暫く固まっていた八幡だけど、まだ離れたくないと名残惜しむ唇をスッと離すと、ようやく我に返ったのか顔を真っ赤にさせてすごい慌てだした。

 

ホントは私だって慌ててる。もうホントやばい。死にそうなくらい恥ずかしくて今すぐにでもここから走って逃げたい。

 

でも……まだ終わってないから。

まだ、ずっと言いたかった言葉を言ってないから。

 

だから私は、涙で滲む瞳を、ぷるぷると震え続ける唇を、燃え上がるように熱い頬を、八幡からぷいっと逸らして隠したい気持ちを無理やり押さえつけて、まだ八幡の頬に両手を添えたまま、キスしたばかりのほんの10センチ先の八幡から目を逸らさずに、ずっと伝えたかった気持ちをきちんと言葉にして伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡……………大好き」

 

 

 

 

やっと言えた。やっと伝えられた。

今さらかも知んないけど、素直になれない捻くれものの私がずっと言葉に出来なかったキモチ。

 

 

 

……あうぅ……もう無理。

キスしちゃって、大好きって言っちゃって、ついに私の振り絞った勇気はここで力尽きた。

この距離で八幡と目を合わせ続けるのはさすがにもう無理っぽい……!

再度固まっちゃった八幡に背を向けて、真っ赤に茹で上がった私は逃げるようにテテッと距離を取る。

 

でもあと一個だけ。

あと一個だけ言い忘れてた言葉があったんだ。

少しだけ八幡と距離を取ってクルリと振り返った私の目に映ったのは、光り輝くツリーをバックに立っている大好きな八幡。

そして八幡の目に映ってるのは、運命の国の素敵なイルミネーションと、美しくライトアップされた白亜城をバックに、真っ赤な顔して微笑む私、なのかな。

 

 

「ねぇ八幡!」

 

 

そして私は叫ぶ。私史上最高の笑顔で。

八幡に……ううん?八幡だけじゃない。八幡と私を出会わせてくれた、この世界中のすべてに感謝を込めて、聖夜のお祝いの言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

「メリー クリスマスっ☆」

 

 

 

 

 

おしまいっ♪

 






事案発生事案発生!!
総員退避セヨ!総員通報セヨ!!



と言うワケで、聖なる夜に事案が発生したところで、みんな大好きぼっち姫シリーズはひとまずの完結とさせて頂きたいと思います!!(え?ダメ?許されないの?)
まぁルミルミ大好き作者であるこの私が、せっかくここまで育て上げたルミルミをこのまま捨て去ることが出来ればですけども(^皿^;)

ていうか、短編集なのにルミルミだけで11話ってどういうことだってばよ。
もう初めっからこのぼっち姫シリーズで長編にすりゃ良かったじゃんよ。

なにはともあれ、このぼっち姫シリーズを完結(仮)までご覧くださりありがとうございました!
みなさまにも、ルミルミみたいな幸せな聖夜が訪れますようにっ(^人^)



PS.今回は諸事情により、せっかくの有り難い感想に対する返信が遅れます><
いや別にリア充だからクリスマスには返信出来ないんだZE☆とかそういう舐めた理由ではなくて、マジで諸事情ですよ諸事情。


ではでは皆様!またあとでお会いしましょう!



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いろはす シャンメリー味



メリークリスマ〜ス☆



どうも、諸事情です。

というわけで、まさかのクリスマス記念SS第二段です!

さすがに立て続け更新で違うヒロインの感想を頂くと、返信中に頭がこんがらがりそうだったので、返信はゆっくりと行える後日にすることにした次第であります(^皿^)
途中まで返信して残りを数日後とかにすると、後回しにしちゃった読者さまに失礼かと思いまして…(汗)


今回超長いです!その文字数は1話としては最長の15000字超え!
お忙しいところ、こんなに長くてゴメンナサイ><


そして今回のお話は記念すべき50話目という事で、記念すべき第1話を飾った『いろはす色の恋心』及び、そこから派生した『いろはす色の恋心・長編版(本編は完結済み)』の後日談にあたります!
でも長編版を読んでない読者さまでも大丈夫なのでご安心くださいませ☆


てか50話って!!
書き始めた時は、まさかこんなになるとは思いませんでした(゚□゚;)
これもこの短編集を愛してくださる読者さま方のおかげでございます♪
ではでは皆様、ごゆるりとお楽しみくださいませ♪





 

 

 

『せーんぱいっ』

 

『おう。どうした?一色』

 

『クリスマスイブの予定なんですけどー』

 

『え?その日は受験勉強と小町とケーキ食うので忙しいぞ』

 

『………………は?』

 

『いや恐いよ』

 

『ちょっと先輩……?可愛い可愛い彼女と迎える初めてのクリスマスに彼女放置とか、まさか本気で言ってないですよねぇ……?』

 

『だから恐ぇよ……いや、まぁ確かにそうなんだが……なんかお前、俺の受験勉強に気を使ってくれてたっぽいから、てっきりそういうのはやんないのかと思って』

 

『そんなわけ無いじゃないですか!?マジでなんなんですかねこの人…………わたしが普段どんだけ先輩に甘えるのを我慢してるか分かってます!?ホントにもう!せめてクリスマスくらいは一緒に居たいから、普段超我慢してんじゃ無いですか!このばかっ!』

 

『や、ま、まぁその点につきましては、誠に申し訳ないと言うか有り難いというか、非常に感謝しております……』

 

『……もうわたし傷つきました。乙女心がズタズタです。ハートブレイクです。なので責任とってください。……………………と、いうわけで!イブはわたしの家に集合ですっ』

 

『はぁ……わぁったよ……了か…………は?お前んちに行くの?いやそれはちょっと……一色の両親とか会ったこと無いし無理で…』

 

『イブは、強制的にお母さんとお父さんにはデートに行くように申し付けてあるんで大丈夫ですよー。わたしと先輩の二人っきりです』

 

『え、いや……だったら尚更マズいだ…』

 

『さっき責任取るって了承しましたよね?異論反論一切認めませーん』

 

『うぐっ……』

 

『と、いうわけで本件は決定事項となりました!ではではよろしくでーす♪』

 

『……』

 

 

 

12月某日の、ベストプレイスでの心休まる食事中に、突如襲来した一色の怒涛の猛攻撃後の勝利の敬礼ポーズを思い出しながら、俺はイブの寒空の下、一色宅へと足を運んでいた。

 

 

 

あのバレンタインの告白を受けて、めでたく付き合う事となった俺と一色。

あれから早10ヶ月。俺たちは破局もせず、未だ恋人同士という肩書きのままで居れている。

 

付き合い初めは俺のライフをゴリゴリ削る作業(色々あったが、とりあえず校内で発見される度に所構わず抱きついてきたりするのはマジで勘弁してもらいたかった……)に没頭してきた一色だが、さすがに受験生へと進級した俺に気を遣ってか、三年になってからは甘えてくるのをかなり我慢してくれている……というかあまり顔自体出さなくなった。

 

あまりにも構わな過ぎた俺に愛想を尽かしたのかと心配したこともあったのだが、実は物凄く我慢してて、たまに淋しそうにこっそり泣いてる時がある。でも一旦甘え始めると際限なく甘えてしまい迷惑を掛けてしまうから、受験が終わるまでは自分が我慢しなくちゃいけないんだ……なんて事を寂しそうな笑顔で言っていたと、一色の友人らから聞かされたりしていて、本当に申し訳なく思っていた。

 

だからまぁ、あの時は照れ隠しにあんな風に言ったが、元々クリスマスくらいは一緒に居ようという腹づもりではあったのだ。

さすがに一色宅での二人きりのクリスマスパーティーになるとは思わなかったのだが。

てっきりお洒落な店に行きたいだのディスティニー連れてけだの言うと思ってたからな。

 

 

そんなことを考えながら駅から一色の家までの道のりを歩いていると、気がついたら目的地に辿り着いていた。

 

 

× × ×

 

 

しっかしホントに手ぶらで良かったのかねぇ……

今日この日になるまで、一色から幾度となくひとつの指令が下りていたのだ。

 

『手土産厳禁』

 

と。

 

え?なにそれ?って、さすがの俺でも思いましたよ?

要約すると、──クリスマスケーキもプレゼントも絶対に持ってくんな。もし持ってきたら殺すぞ、お!?──という事らしい。

なにそれ恐い!八幡緊張でリバースしちゃう!

 

 

まぁケーキは自分が作ったのを食べさせたいし、プレゼントに関しては、そんなの選んだり買いに行ったりしてる暇があったら、自分の為に少しでも勉強しててくださいね☆って事らしい。いろはすマジ天使。

 

 

にしても、初めてのクリスマスでプレゼントをあげないなんて、男としてどうなんだろうか。

アレはやはり男のレベルを測る為の、一色への想いを測る為の巧妙な罠だったのでは無かろうか……?

 

などと若干戦慄しつつ、一色宅のインターホンへと震える手を伸ばした。

 

『はーい』

 

程なくして、インターホン越しからマイハニー(やだ俺キモい!)の可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「おう一色、俺だけど」

 

『……えっとー、どこの俺さんですかー?』

 

うっそーん、一応彼氏なんですけど声で分からないのん?

 

「え?あ、いや、その……」

 

なぜか突然キョドりだす超クールな俺。

すいません……コミュ障はこういう予想外の展開に対応出来ないんですよ……

ひ、比企谷ですけれども……とかって言えばいいのん……?

 

『どこの俺さんですかねー?ちゃんと言ってくれないと分かりませんよー?……くすっ……もしもクリスマスに愛しの彼女に会いに来た俺さんなら、「愛するいろはに会いたくて会いたくて、我慢出来ずについ会いに来ちゃった俺だけど」って言ってくれないと分からないですー』

 

このやろう……

もう見なくても、どんな表情でそのセリフを言ってんのかが丸分かりな自分が少しだけ悔しいっ!

 

「すいません人違いでした。失礼します」

 

『やぁぁぁ!嘘です嘘です冗談ですよぅ!今すぐ行きますんで、絶対に!!そこを動かず待っててくださいね!』

 

インターホン越しに慌てた声を聞きながら、俺は思わずニヤケてしまった。

ったく、あのアホめ。和んじまったじゃねぇかよっ……

いかんいかん。のっけから一色の魔の手(可愛い)に落ちすぎだろ俺。なに早くあいつの笑顔が見たいな、とか思っちゃってんの?

ホント、俺はいつのまにやらいろはす色に染め上げられてんな。

 

 

一色への想いに悪くない感慨に耽っていると、玄関の方からガチャリと音がした。

……やべっ!いつまでニヤついちゃってんだ、一色が玄関開けて出てきちまうじゃねぇかよ。

こんなにニヤニヤして待ってたら、もしかしてさっきのやりとり喜んでたんですかー?ってからかわれちゃうか通報かの二択になっちゃう!

 

「もー!遅いですよぉ!…………ふふっ、いらっしゃい、せーんぱいっ」

 

俺は扉が開ききる前に、口角をヒクヒクさせながらもなんとか表情を元に戻し、愛しの彼女へと視線を向けた……

 

「…………」

 

うん……まぁ、そうだね……

 

 

そこには、ふわりとした亜麻色の髪にサンタ帽を乗せて、白×ピンクのボーダーのニーハイを履いたミニスカサンタが、真っ赤な顔してもじもじと立っていた。

 

 

× × ×

 

 

「……おう、一色。待たせたな。えっと、上がっていいのか?」

 

「……むー!ちょっと先輩!?反応薄すぎじゃないですかね!?可愛い可愛い彼女が恥を忍んでこんな格好してるっていうのに、まさかのスルーとか有り得なくないですかねー」

 

「……恥を忍んでまでやるんじゃねぇよ……てかすまん。なんとなくこんな事態が起きそうな予感してたから、特に驚きは無かったわ」

 

嘘です。

いや、確かにこいつならこういう事やりそうな予感がビンビンにしてたんだけど、いざ目にすると破壊力ありすぎて死ねる。

 

なんだよ可愛すぎんだろお前……

いろはすの絶対領域とか、俺もう直立してんのが奇跡ですわ。

だから俺は呆れたフリしてとにかく冷静を装って、一色をあまり見ないようにと努めた。

 

「んじゃ上がるぞ」

 

考えるな、感じろ。

いや、感じちゃったらマズいんです。

むしろ別の事(材木座の笑顔とか)を色々と考えながら一色の横を通り抜けようとしたのだが……

 

「ぶー……つまんない………………ん?おやおやぁ?」

 

「なんだよ、どうかしたのか?」

 

「おやおやおやぁ?せんぱーい?なんか耳が赤いですよぉ?それに、なんか歩き方おかしくないですかぁ?」

 

「は?なに言っちゃってんの?別におかしな所なんてないりょ?」

 

「…………」

 

「」

 

どうしようもう死にたい。

俺が噛んだ瞬間、一色の表情がさっきまでのぶうたれた表情から、一気に小悪魔の微笑へと変化していく。

おいなんだよそのムカつく顔。

そして、めちゃくちゃ嬉しそうに腕に抱き付いてきやがった。

 

「もう、先輩ってばー。ちゃんと意識しちゃってんじゃないですか反応しちゃってんじゃないですかー!このこのー、この捻デレさんめー!」

 

「ちょ!おいやめろ、やめろください。まだ外だからね?通行人きちゃったらどうすんの?」

 

やめて!柔らかいのが超ぐにぐにと当たってるから!

そんな格好でそんなの当てられちゃったら、ミニ八幡が立ち上がっちゃって八幡本体が立っていられなくなっちゃうでしょうが!

 

「じゃあ早く入りましょ!わたしだってこんな格好、先輩以外に見せたくないですし。えへへ〜、ではでは先輩を一色家へごあんな〜いっ」

 

いやだから家に連れ込まれるのはまだいいんだけど、一旦その絡めた腕を離していただけませんかね……

いろはすがグイグイと引っ張る度に、すげぇ気持ちいいんすよ……

 

 

そんな俺の中で繰り広げられている二人の熱き戦い(八幡VSミニ八幡)など知ってか知らずか、この戦いを煽っている張本人の一色によって、人生で初めて彼女の家にお邪魔するという嬉し恥ずかし夢体験を、前屈みで行うという黒歴史確実な珍事となったのでした。

やだ八幡カッコワルイ!

 

 

× × ×

 

 

リビングに入ると、かなり大きなツリーが飾られていた。

部屋の明かりは間接照明とツリーのライトの明かりだけが灯されていて、とても綺麗でムーディーな雰囲気だ。

 

「結構すげぇツリーだな」

 

「えへへ〜、毎年飾ってるツリーなんですけど、今年は先輩呼ぶつもりだったんで、飾り付けに超気合い入れちゃいましたよー」

 

そう言ってはにかむ一色。

どうしよう、今日は何から何まで可愛いくてしょうがないんですけどこの子。

あ、いつも可愛いくてしょうがないんですけどね。

 

すいません完全にバカップルみたいでした俺ごときがごめんなさい調子に乗ってました。

 

「あ、ところで先輩。もう少しでごはん出来るんで、ソファーで座って待っててくださいね〜」

 

「あ、そうなの?サンキューな。てか、なんか手伝う事とかあんなら言ってくれ」

 

「ふふ、ありがとうですっ♪でも今日は先輩はお客さまなんで、そういうの気にしないでくださいねっ」

 

そう言ってパチリとウインクすると、一色はエプロンをしてキッチンに向かっていった。

ミニスカサンタにエプロンって、なんちゅう格好だよ。ちくしょう可愛いな……

 

 

そんな犯罪ギリギリの格好をした一色が、鼻歌まじりに一生懸命メシの準備をしてくれている様子を微笑ましく見つめながら、俺はふと考えていた。

 

 

一色と付き合いだして気付いた事がある。

まぁ付き合い始める前からなんとなく分かっていた事ではあるが、こいつって根はすげぇ真面目なんだよな。

 

俺は一色の彼氏になった事によって、甘えた一色によりてっきり生徒会の仕事をより一層手伝わされると思っていた。

面倒くせぇなとは思いながらも、まぁある程度は覚悟していて、あまりにも一色の為にならないだろうという所までいかない以上は、それなりに手伝ってやるつもりではあった。

甘過ぎだとまた雪ノ下に怒られちゃうけどね。

 

しかし俺の予想に反して、一色は俺に頼るのをほとんどやめたのだ。

それは受験生の俺に気を遣ったからというワケだけでは決してなく、どうやら一色の心境の変化らしい。

 

『だって、わたしを推したのが奉仕部の為に利用したからとはいえ、せっかく先輩が推してくれたんですもん。もう先輩に心配掛けないで、胸張れるようになりたいじゃないですか』

 

──意外だな、お前はてっきり俺に仕事押し付けまくるもんかと思ってたぞ──

俺がそう聞いた時に一色が言った言葉だ。

 

正直驚いた。てか一色を舐めてた。

俺はその一色のセリフを聞いて、こいつやっぱ成長したな……と感動したもんだ。

 

ちなみにその直後に、

 

『……それにぃ……前まで先輩に必要以上に頼ってたのはぁ……少しでも先輩と一緒に居て少しでも距離を縮められたらなぁ……って理由もあったんで……彼氏彼女になれた今は、そういうのはもう必要ないじゃないですかぁ……?』

 

と、もじもじと真っ赤になった茹ではすに言われて、照れくささのあまり茹で八幡になって逃げ出しちゃったのは内緒な。

やだ言っちゃった!

 

 

 

あと気付いた……ってか、心配していた事が杞憂に終わった事がもうひとつ。

 

 

俺は、一色と付き合う事に正直抵抗があった。

一色はトップカーストでもあり我が校の生徒会長様だ。

 

そんな一色が、俺みたいな底辺中の底辺と付き合う事になんてなったら、一体どうなってしまうのだろうか?

もちろん一色の為になるはずなんてない。俺のせいで一色に悪意が向けられるような事態にはしたくはない。

 

だから、学校では俺たちが付き合ってる事はバレないようにしよう。そう提案したりもしたのだが、一色はそんなの一切お構い無しに、ガンガン傍にきてガンガン抱き付いてきたりした。

これは非常にマズいと思った。そして、拒否しても拒否しても構わずに距離を詰めてくる一色の行動により、やはりあっさりと噂が広まってしまった。

 

しかしここから予想外の事態が起きた。

俺みたいなのと付き合う事によって、てっきり一色に悪意が向くと思っていたのに、予想とはまったく逆に“一色いろは”の評判はなぜかすこぶる上がったらしい。特に女子からの。

もちろん一色に想いを寄せていた男子たちは、裏であることないことコソコソ言ってたらしいが、今やすっかり人気の生徒会長になってしまった。

 

 

これはアレだな。女子アナの法則だ。

普段あざとくキャピキャピしてる好感度の高い女子アナが、野球選手やらIT企業社長やらと結婚すると、世間では「ケッ!結局そういう事かよ」ってな空気に変わり好感度が一気にガタ落ちするが、学生時代から付き合ってる一般人男性と結婚という話になると、一気に祝福ムードになって好感度がガンガンに上がるってヤツだ。

 

 

一色が葉山を狙ってたのは有名だし、それ以外にも高カーストのイケメン男子達をジャグリングしまくってたのもまた有名だろう。

そんな一色が、なんのステータスにも為り得ない……どころかマイナスにしかならない無名の嫌われ者に熱を上げているっつう事で、「あれ?一色さんて、ステータス重視とかじゃなくって、意外と純愛に生きる乙女なんじゃない?」という流れが出来上がったらしい。

これには一色もすげぇ驚いてた。

 

『わたし、元々下心のある男子以外には別に好かれてませんでしたし、先輩と付き合う事で悪い噂が流れたって今さらですよー』

 

とか言ってはいたが、なんだかんだ言いながらもそれなりに覚悟はしてたらしい。

覚悟した上で、それでも『そんなくだらないことわたしは気にしないから大丈夫ですよ』って事を俺に見せて安心させたくて、必要以上に校内で絡んで来てたんだそうだ。

 

それなのにまさかの想像とは真逆の事態に、『人間の心理って謎ですよねー』と、半ば呆れた感じで言ってたっけな。

 

まぁそんな訳で、一色と付き合う上で一番心配していた事態は、むしろ良い方向に変わってくれた。

世の中ってホント分かんないよね。俺と付き合う事で好感度が上がるとか、さすがに予想出来ないでしょ。

 

まぁ、“一色さんて、男の趣味は悪いよねー”との悪口だけは残っちゃったみたいだけどね。

やだ、八幡泣いちゃダメ!

 

 

「お待たせしましたー!いろは特製クリスマスディナーが出来ましたよー………って先輩!?なんで涙目!?」

 

「いや、気にするな。ちょっと己と見つめあってただけだ」

 

 

訝しげな視線に負けない超クールな俺は、旨っそうな特製ディナーが所狭しと並べられたダイニングへと足を運ぶ。

 

「すげ……マジで旨そう」

 

シーフードがごろごろ入ったグラタンに、肉がホロホロと口の中でトロけそうなビーフシチュー。

皮がパリパリなローズマリー香るローストチキンに豆がたっぷりコブサラダ。

 

「ふっふっふ、頑張っちゃいましたよ!愛情たっぷり詰め込んであるんで、有難く食べてくださいねっ」

 

そして亜麻色の髪がふわりと揺れるミニスカサンタ美少女の笑顔。

どれもこれも旨そうなご馳走だぜ!

 

 

 

どれもお世辞抜きに本当に旨くて、とても素晴らしいクリスマスディナーでした。

いやいや、いろはすは戴いちゃってないからね?

 

 

× × ×

 

 

「じゃーん」

 

「おお、すげぇ」

 

メシを食い終わったあとは、リビングに移動してまったりとしていたのだが、しばらくしてから一色が自慢気に持ってきたのは、これでもかってくらいに手の込んだホールのクリスマスケーキ。

こいつマジで高スペックだな。

 

「なんかコレ売り物レベルじゃねぇか?俺の誕生日んときより、さらに腕上がってね……?」

 

「へっへ〜、超頑張っちゃいましたもんっ!もし売るとしたら、わたしの手作りという付加価値込み込みで税抜き五千八百円てところ、今なら先輩に限りタダッ!タダですよタダ!もう先輩ってば、どんだけ幸せ者なんですかねー」

 

「……あー、幸せ幸せ」

 

「むー……適当すぎやしませんかね……」

 

そりゃいきなり現実的な金額出されりゃ適当にもなんだろ。

なんか普通にいい値段取るケーキ屋のクリスマスケーキくらいの値段じゃねぇか……しかも税は別なのね。

 

だがまぁそんな一色に軽く引きはしたものの、実際にケーキは凄いし、頑張って作ってくれたってのも一目瞭然だ。

 

「冗談だ冗談。いやマジですげぇ旨そうだ。頑張って作ってくれてあんがとな」

 

そう言って一色のフワフワさらさらな頭を優しく撫でる。

付き合い始めた頃は照れくさくてこんなこと出来なかったんだが、俺の中で徐々に一色は身内なんだと判断出来てきたのか、年下ということもあって最近はオートでスキルが作動するようになってきた。

 

「えへへ〜……」

 

そして一色は俺に頭を撫でられるのが好きらしく、撫で始めるといつも目を瞑って撫でやすいように擦り寄ってくる。超可愛い。

 

「……なんかわたし、この為に頑張ってる気がしてきますよー」

 

「仕事上がりに一杯目のビールを飲んだサラリーマンみたいに言うな」

 

「ふふっ、もう!なんですかそれー」

 

とかなんとかくだらないやりとりをしながら、最終的に抱き付いてくるまでが一連の流れ。

いや、撫でるまではいいんだけどさ、最終的に抱き付いてくるのはなんとかなりませんかね。いつも恥ずかしいんですよね、これ。

 

「……お、おい、早く食おうぜ」

 

「ぶー、もうちょっとくらいいいじゃないですかー、けちー」

 

ケチとかそういうんじゃ無くてですね?精神的にマズいんですよ……

 

「仕方ないですねー。んじゃちょっと待っててくださいね」

 

渋々俺から離れると、一色はキッチンから一本のビンと二つのグラスを持ってきた。

 

「ケーキと一緒に食べようと思って用意しといたんですよー。ではでは先輩、グラスをどうぞ」

 

「……」

 

「ひゃ〜、こういうの開けるのって、めっちゃ恐くないですかー?…………うー……とりゃっ」

 

シュポーンという派手な音と共に、そのビンから解き放たれた栓が凄い勢いで飛んでいった。

 

「きゃー!あははっ、マジウケるー!しゅぽんだってしゅぽん!」

 

「……」

 

しゅぽんのなにがそこまでウケるのかは分からないが、飛んでった栓が床にコロコロ転がってる所を見ながら、一色はさらにケタケタと笑っている。

 

「ひーっ!栓が……栓がぁっ!…………あははははっ!……ごほごほっ!……ふ、ふぅ〜……んん!…………ヤバい超楽しい!…………っと、ではお待たせしました。ホラホラ先輩、グラスグラスー。はーい、どぞどぞ」

 

そして無理矢理渡されたグラスに、甘い香りを漂わせる美しい液体が注がれていく。

 

「…………おい」

 

「……? どうかしました?」

 

「これ酒じゃねぇかよ……」

 

「えー?や、やだなぁ、これシャンメリーですよシャンメリー!」

 

いやいやどこの世界にアルコール入りのシャンメリーが存在するんですかね。

てかそれ最早シャンパンだよね?

 

「……お前一応生徒会長だろ」

 

「うー……ちょっとくらいいいじゃないですかー……せっかくの二人っきりのクリスマスなんですし、こっちの方がいい雰囲気が出るかな〜……なんて。ダメ……ですか……?」

 

こいつマジであざとく上目遣いすりゃ、なんでも許して貰えると思ってんじゃねぇだろな。

この俺を舐めんなよ?そんな潤んだ瞳で不安気に覗き込む程度の上目遣いで、俺がそんな簡単になびくとか思ってんじゃねーぞ?

てか近い近い。

なんだよやっぱこいつまつ毛長げぇし目もでかくて超可愛いな。

そんな綺麗な目とまつ毛をちょっと濡らしたくらいで以下同文。

 

「まぁ最近のお前はかなり頑張ってるしな。ちょっとだけにしとけよ?」

 

もう落ちるの見え見えだったじゃないですかやだー。

 

「はーい!じゃあシャンメリー飲んじゃいましょー!」

 

「はいはい。シャンメリーシャンメリー」

 

もう嘘泣きかよとかツッコむことさえ無くなった自分にたまに驚いちゃう。

慣れって恐いよね。

 

そして一応シャンメリーで通すらしい一色のグラスにシャンパ……メリーを注いで、俺たちはグラスを軽く合わせた。

 

「ではでは!わたしと先輩が、初めて愛する恋人と過ごす聖なる夜に、かんぱーい」

 

「え、なにそれ恥ずかしい。…………乾杯」

 

 

× × ×

 

 

なんだよシャンメリー旨いじゃん。メリーなのに酔っちゃいそうないきおい。

そしてもちろんケーキも抜群に旨い。

やばい、やっぱクリスマスは最高だぜ!

 

「ふふっ……」

 

二人してケーキを頬張っていた時、不意に一色がくすりと笑いだした。

なに?俺、もしかして知らず知らずにニヤけちゃってた?

 

「なんだ?どうかしたか?」

 

すると一色はとても優しげに微笑んだ。

 

「あ、いえいえ、先輩がクリスマスケーキ食べてるとこ見てたら、ホントにもうクリスマスなんだなぁって……」

 

「は?……お、おう。クリスマスだな」

 

なんだ?いきなり。

 

「去年のクリスマス前に先輩達の話を立ち聞きしちゃって心動かされて、わたしも本物が欲しいって本気で思い始めて……」

 

もう本物発言は勘弁していただけないでしょうかね……

 

「それからもホントに色々あって、あのバレンタインの日、ようやくわたしは本物を手に入れられた……と思います」

 

マジで本物発言はもう勘弁して欲しいが、だが本当に一色にとっての本物が俺であったのなら、これほど嬉しいことはない。

 

正直、俺にとっての本物がなんなのかは未だによく分からん。

あの時俺が求めた本物とやらは、確かにあいつらの中に見ていた。いや、それは今も変わらないのかもしれない。

だがその対象は、今では違う形で一色にも向いている。

 

そんなもの存在しないのかも知れないと思っていた本物ってものの可能性は、実は案外いろんなところに転がってるのかもな。

愛情なり友情なり家族愛なり形は違えど、本気で欲しいと求めたのならば、いくつでもいくらでも手に入る、そういう物なのかもしれない。

そして少なくとも、愛情というカテゴリーで俺が心から欲っしている本物は、この一色いろはなんだと思う。

 

「先輩は……本物を手に入れられましたか……?」

 

「……どうだろうな。まだよく分からん」

 

「はぁ……まったくぅ……そこは「一色が手に入った時点で、俺は本物を手に入れられたぜ!」っていうところじゃないんですか?」

 

「俺がそんなこと言ったらキモ過ぎて捕まっちゃうわ」

 

「ぷっ!確かにっ」

 

そこは否定してもいいんだよ?いろはす。

 

「でもまぁ、そういうことを正直に言うトコが、ホント先輩らしいですよねー」

 

「……うっせ」

 

「でも、よく分からんってことは、裏を返せば手に入れられたかも知れないって思ってるってことですよねっ?」

 

ぐっ……そう取られちゃうのん……?

やばい、なんか熱くなってきちまった……俺は無意識に手をパタパタさせて顔を扇いでしまったらしい。

 

 

「えへへ〜、先輩がそれをする時って、恥ずかしくて熱くなった顔を誤魔化す為なんですよね〜!」

 

「は!?なに言っちゃってるりょ?」

 

「動揺し過ぎですよー?せーんぱいっ」

 

「ぐぬぬ……」

 

「まぁだったらそれでいいですよ♪い、ま、は!……そのうち、もう疑いようがないくらいの本物になってあげますからね☆」

 

くそ……一色め……

照れくささと格好悪さで、また無意識に手をウチワ代わりにしながらも、そんな一色の小悪魔めいた笑顔を見ながら、もうすでに疑いようもないくらいにコイツが本物なのかも……なんて思っちゃう、今日の八幡なのでしたー!

 

 

× × ×

 

 

「それにしてもあれですよねー。付き合い始めてから、もう10ヶ月も経つんですよね〜」

 

なに?まだ俺を悶え死させる会話が続くの?

 

「ぷっ!よくよく考えたら、もう10ヶ月も先輩の彼女やってあげてるのに、未だに一色って酷くないですかねー」

 

酷くない?とか聞いてくる割には妙に楽しそうな一色に、俺からもお返ししてやる。

 

「お前だってずっと先輩のままだろうが……」

 

ホント下手したら未だに俺の名前知らないのん?とか思っちゃう!

 

「だって先輩は先輩じゃないですかー。だから私は先輩のままでいいんですぅ」

 

「はぁ?それ言ったらお前だって一色は一色じゃねぇかよ」

 

「それはそうですけど……ん?…………はっ!?それって口説いてます!?今は一色だから名字が変わるまではずっと一色って呼んでやるぞ?って言ってます?プロポーズにしてもいくらなんでも遠回し過ぎてて分かりにくいんで結婚したいならちゃんと比企谷いろはになってくれって言ってくださいごめんなさい」

 

「付き合っててもやっぱり振られちゃうのかよ……」

 

いや、もう振られるどころかプロポーズ要求されちゃってますけどね?

だがしかし!難聴系主人公であるこの俺は、聞こえなかったフリをしちゃうのである。

難聴で誤魔化す主人公とかホント屑ですよねごめんなさい。

 

しかし久しぶりのこの振り芸とこの返しに、俺達は思わず顔を見合わせてぶはっと吹き出した。

 

「あははははっ!!な、なんかすっごい久しぶりですよね、このやりとりー!くくくっ……ぶはっ!もーダメー」

 

「なっ!マジでなんか懐かしいわ!……ふ、ふひっ……は、腹がよじれるっ……くくくっ」

 

「せ、先輩……!わ、笑うんなら、思いっきり笑ってくださいよっ……ぷっ……ば、爆笑堪えてる先輩の顔……ガ、ガチでキモいっ…………あははははっ!!」

 

「ぶはっ!ひ、酷くね!?」

 

 

 

しばらくしこたま笑い転げたあと、息も絶え絶えな一色が指で涙をすくいながらも、ようやく言葉を発した。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ〜…………ふふっ、ま、実は一色でいいんですけどねっ。なんかそっちの方が先輩らしいですし、ぶっちゃけ先輩からのいろは呼びって、なんか違和感しか無いですしっ」

 

付き合って10ヶ月も経って名字呼びする俺らしさってなんだよ……

 

「なので、いろは呼びはしばらくはいいですよ〜。将来の楽しみに取って置きますね♪」

 

……こいつはまた、そんな真っ赤な顔してなんつう恥ずかしいことを……

こんなこと言われちまったら、俺は俺らしく熱い顔をそっぽ向かせて、頭をがしがし掻きながらこんなダセェ台詞を吐くくらいしか出来やしねぇよ……

 

「……そいつはどうも」

 

 

その後もこんな感じでしばらくの間シャンメリーとバカ話が進み、穏やかでまったりとした時間が過ぎていったのだが、急に一色がなにかを思い出したかのように、突然ふざけた事を言い出した。

 

「あ!せんぱーい!クリスマスプレゼントくださいよぉ」

 

「……は?」

 

え?なに?酔ってんの?

おかしいなぁ、シャンメリーのはずなのに。

 

「いやプレゼントって、お前が持ってくんなって…」

 

「はーやーくー!プレゼントプレゼントぉ」

 

どうやらこの目は本気らしい。

クソッ!やはり男のレベルを測る為の罠だったのか!?

俺が憎々しげに一色を見ていると、こいつはニヤァっと……それはもうとんでもない悪顔でニヤァァァっとしやがった……

 

「えー……?まさか初めてのクリスマスなのに、彼女にプレゼント無いんですかぁ……?わたし、先輩の為に料理もケーキもすっごい頑張って作ったのに、先輩はそれをただ無駄に浪費しにきただけなんですかー……?」

 

「てめ……」

 

ねぇねぇいろはすー、そんなに小芝居じみた一切心の籠もってない棒読みなのに、なんで表情だけはそんなに生き生きとしてるのん?

 

「ホント先輩はどうしようもない彼氏さんですねー。んー、でもでも、やっぱりなにかしらして貰わないとわりに合わなくないですかー?……んーと、じゃーあ〜……」

 

そう言って一色は人差し指を顎に当てて首を左右に揺らして、あざとさ全開でウンウン唸りながら考えてるフリをする。

これ完全に罠ですね。今から発言する事を要求する為にやりやがりましたよねこの子。いろはすマジ悪魔。

 

どうしよう恐えぇよ……一体なにを要求されるんだよコレ……

おいマジで口座にいくら残ってたっけ……?スカラシップ貯金さんさようなら!

 

「あ!そうだ!」

 

俺が心の中で諭吉さんとの来るべき今生の別れを済ませていると、一色が大袈裟にプレゼントを思いついたフリをする。

フリばっかだな。

 

……どうせ最初から予定調和な流れなんだろ?初めから欲しいものなんて決まってたんだろ?

そう恨みがましい視線を向けると、一色は意外な事に耳まで赤くなってもじもじと上目遣いになっていた。

 

え?なに?発表さえはばかられるくらいの恥ずかしいプレゼントなの?

 

 

「その……先輩に……ちゃんと、好きだぞって……言って欲しい、です……っ」

 

 

………………やばい帰りたい……

 

 

× × ×

 

 

ここにきてとんでもない爆弾を全力で投げつけてきた一色。

ていうか、彼女に好きだなんて言うベリーハード級の行為、世の男性諸君は平気で行えているんですかね、私気になります。

気になりますけど別に知りたくはないです。聞くだけで恥ずかしくなっちゃいそう。

 

「あの……一色さん……?」

 

先ほどの恥ずかし爆弾を投げつけてきたあと、俯いたままになっちゃってる彼女に声を掛けた。そんなに恥ずかしいなら初めから言わないで!

すると一色はその恥ずかしさを誤魔化すかのようにぷくっと頬を膨らませると、プリプリと怒りだした。

 

「……だって……先輩わたしになにもしてくれないじゃないですかっ」

 

ぐはぁ!

 

「そりゃ先輩ですし、それなりに覚悟はしてましたよ……?でも、そ、その……わたしだって、お年頃の女の子ですし……?肉体関け……えっちとかにだって興味ありますしっ……」

 

やめて!肉体関係とか言わないで!

そして言い直した方も余計に恥ずかしいから!

 

「それに……わたしからばっかりじゃなくて……たまには先輩の方から……キスとかして欲しいなぁ……とか、毎日のように思ってますよ……?」

 

毎日思っちゃってんのかよ……

 

「……でも、そこは所詮先輩なんで、そこまでの期待は荷が重いっていうか?まぁそういうところは分かってますよ?なので……そこら辺はまぁ……二人でゆっくりと進んで行けたらな、って思ってます……でもっ」

 

そこまで言うと、ぷくっと頬っぺからぷすっと空気が抜けて、また恥ずかしそうに上目遣いなもじはすになった。

 

「……せめて一度くらいはー……ちゃんと好きだって言って貰いたいかなぁ、なんて……。えっちもキスもしてくれないのに……好きだとも言って貰えないなんて、その……さすがにちょっとだけ…………不安になっちゃうじゃないですかぁ……?先輩って先輩の分際で意外とモテるし……わたし達付き合ってるって言ってるのに、奪う気まんまんの人達も何人もいますしぃ……」

 

 

───俺はマジでどうしようもないな……

自分が恥ずかしいからってだけの逃げで、こんなにも俺の事を想ってくれている一色に、こんな思いをさせちまってんのかよ……

やっぱり俺みたいなどうしようもないヤツには、恋愛なんてものは荷が重すぎるのかも知れない。

 

 

だが、だからといって俺のこんなくだらない独り善がりで、この恋愛から逃げるわけにはいかない。もう、俺一人の問題では無くなってしまっているのだから。

すでに俺の頭の中の選択肢には、こいつを悲しませるって選択なんかなくなっちまってる。

 

だったらどうすればいい?どうやったらこいつから不安な思いを取り除いてやれる?

アホだな俺は。そんなの、わざわざ考えるまでもなく一つしかねぇだろ。

 

とまぁ、ここまで考えが及んでも、それでも普段の俺ならまだこの展開を上手く切り抜けることを考えたかもしれない。だって恥ずかしいんだもん!

しかし今日は多少のアルコールが入っている。

これからする行動を迷いなくしようと思えたのは、アルコールの力でいつもの情けない俺よりは、少しだけマシな俺になれているからなのだろう。

てか、ここまで計算してシャンパ……シャンメリーを飲ませたのだろうか……?いろはすマジ策士!

 

 

 

そして……俺はソファーの隣で不安そうに俯いているいとおしい彼女に、自分から初めてのキスをした……

 

 

なにこれ!もうすでにキャラ崩壊してんじゃないですか。こんなの八幡ちゃうよ、恥ずかしくて死んじゃうようっ!

 

しかし、これではまだ終われないのだよ……

……うっそん。これでもまだ終われないのん?嘘だといってよバーニィ!

 

 

羞恥に耐えてそっと唇を離すと、いろはすトマトみたいに真っ赤になってびっくり顔で固まっている一色に、愛の言葉を囁いた。

(注)いろはすトマトは透明です。

 

「……や、やー、そ、そのー……お、俺は……一色のことが、その…………す、好きだぞ……」

 

……おいおい愛の言葉を囁いたキリッじゃねーよ。

なんだよこれ酷いもんだな。恥ずかしすぎて俯いちゃってるよ俺……。今すぐにでも死ねるレベル。

 

くそぅ……にしても結局一色の策略通りに言わされちまったじゃねぇか……

どこまで行っても、俺は一色の掌の上だな。

さっきまであんなにあざとく涙目で振る舞ってたクセに、どうせもうさぞかしドヤ顔でニヤニヤしてんだろ……?

はぁ……これはまたしばらくからかわれて、胃が痛い日々が続くんだろうな……と、恐る恐る顔を上げた先では、小悪魔笑顔で見下ろしていると思われた一色が………………先ほどからのびっくり顔のまま、さらにみるみる茹で上がっていった。

 

 

「〜〜〜っ!!」

 

 

そして俺と目が合った途端に両手を頬に当てて、イヤイヤと顔を振り始めた。

 

「や、やばいですやばいですっ!なんなんですかコレぇ!……策略通りに好きって言わせただけなのに、思ってたよりも破壊力が凄過ぎじゃないですかぁぁっ!」

 

やっぱり策略なのかよ。

てかそんなに恥ずかしくなっちゃうんなら、初めっからやんないで頂けませんかね。

たぶん俺の方が君の八万倍くらい恥ずかしいからね?

 

「ぐぬぬっ……せ、攻めなら全然平気なのに、受けに回るとここまで違うだなんてっ……」

 

ぽしょりと攻めとか受けとか言うんじゃねぇよ……ちょっと頭に腐海が沸いちゃうじゃねーか……

 

 

「しかも先輩からキスしてくるってぇぇ!もぉぉぉ!先輩のバカぁ!!ずるいですずるすぎですぅぅぅ!このあざと八幡〜!!」

 

なんだよ可愛いなお前。

 

 

 

それからはとにかく悶えた。もちろん俺も一緒に。

俺は悶え慣れてるから、精神的な嵐が過ぎ去るのをぷるぷる震えながら頭を抱えて乗り切ったのだが、一色は悶え慣れてないからか、ソファーなりテーブルなりを両手でバンバン叩いたり、クッションを抱き締めたり床に投げ付けたり拾ってはまた抱き締めたりと、奇行を繰り返して嵐が過ぎるのを耐えていたようだ。

しかし悶え慣れてるってなんだよ。どんだけ黒歴史量産してきたんだよ。

 

 

 

一色は、悶えに悶えてようやく落ち着いたのか静かになったのだが、不意にしゅたっと立ち上がった。

 

どうしたのかと見ていると、後ろ向きで顔を見せないまま、とてとてと俺の前まで歩いてきた。

 

「一色……?ど、どうした……?」

 

「うー……先輩の不意打ちのせいで、わたし我慢出来なくなっちゃたじゃないですかぁ……」

 

「はい?」

 

すると一色はクルリとこちらを向いた。

すげぇ真っ赤な顔を俯かせてもじもじしていると思ったら、突然ばっと両手を広げた。

 

「……先輩、わたしもう色々と我慢出来なくなっちゃいました。とりあえず今すぐぎゅぅってしてください!ぎゅぅぅぅって……!」

 

「……は?」

 

「……だ、だからぁ、ぎゅぅってしてくださいよぅ!…………先輩が恥ずかしがるからずっと我慢してたんですよ!?……わたし、先輩にぎゅぅってされたいです……っ!」

 

突然なに言ってるの?この子……?

なに?いきなり抱き締めなきゃないないの?

いやいや、そんな恥ずかしい真似が出来るわけねぇじゃねーか……さっきので八万あったライフはすでにゼロになっちゃってますよ。

 

 

と、普段の俺なら確実にそう考えていただろう。

だがしかし、俺はこの10ヶ月間の一色を見てきて、そして今日のこんな一色を見せられて、かなり心が動かされていた。

 

こんなにも甘えたがりの一色が、受験生の俺に気を遣って、迷惑を掛けないように会いに来るのさえ我慢している。

 

手伝って欲しいであろう生徒会の仕事も、俺に頼らずに自分たちだけで見事に運営している。

 

かと思えば、今日のクリスマスを思いっきり楽しみにしていたんだろう。俺の為に頑張って料理やらケーキやらを用意してくれた。

そして色々と理由をつけては、普段甘えられない分を思いっきり甘えてくる。

 

そして情けない俺がなにもしてやれないってのに、たかだか一回好きだと言っただけで、たった一回俺の方からキスをしただけで、こんなに真っ赤になって幸せそうにしてくれる。

 

 

普段なら恥ずかしくてとてもじゃないが出来ないような行為も、こんないじらしい彼女を感じてしまったあとでは、もうどうという事は無かった。

もちろんアルコールの力も思う存分働いてると思うけど。いろはすマジ孔明。

 

 

俺は照れくささでそっぽを向きながらもゆっくりと立ち上がり、両手を広げたまま、こんな俺なんかをずっと待ってくれていた一色の小さくて細い身体を、ご要望通りに強く強く抱き締めた。

 

「ふぁっ……先輩が初めて抱き締めてくれたぁ…………えへへ〜っ、せんぱい……せんぱぁいっ……」

 

一色は広げていた腕を俺の腰に回すと、同じように強く強く抱き締めて俺の胸に顔を擦り付けてくる。

なんだよ可愛いすぎんだろ……

 

 

───いつもは一色から一方的に抱きついてくるのを、恥ずかしさを誤魔化す為に鬱陶しいフリをして離そうとするだけだったが、こうして強く抱き締め合えるってのは、ぬくもりを感じ合えるってのは、こんなにも幸せなことなんだな。

そりゃぎゅっと抱き締めて欲しいとか言ってくるわけだ。

 

一色を……つうか女の子を抱き締めたのなんて初めてなわけだが、こいつ、ホントに華奢で柔らかくて、あったけぇんだな。

そして俺達は、しばらくの間その幸せのぬくもりを心行くまで味わった。

 

 

 

どれくらい経ったのだろう。随分と長いこと抱き締め合ったような、ほんの一瞬のような。

そんな時、不意に一色が耳元でこう囁いた。

 

「せんぱい……わたし、今超幸せです」

 

「そうか。俺も……その……幸せ……だぞ」

 

「えへへ〜、やっと先輩が素直になった」

 

抱き合ったままではあるが、一色は少しだけ俺から身体を離して悪戯っぽい笑顔を見せた。

 

「……うっせ、お前のせいで酔ってっからな。こんなん今だけだ」

 

「ふふ、はいはい♪了解でーす!」

 

こいつ完全にバカにしてんだろ……

そう言って、またギュッと抱き付いてきた一色だったが、

 

「あ!そうだ!わたし先輩に言わなきゃいけないことすっかり忘れてました」

 

突然なにかを思い出したかのように声をあげた。

 

「ん?どうかしたか?」

 

 

「えへへ、せーんぱいっ!」

 

 

もう一度俺の胸から出てきた一色は、俺に本日最上級の笑顔を見せた。

 

その笑顔はあざとさもなんにもない一色いろはの素の笑顔。

たぶん俺にしか見せない、俺にだけ見せる魅惑的な飾らない小悪魔笑顔。

 

そんな愛らしい微笑みをたたえながら、俺の可愛い彼女はこう言うのだった。

 

 

 

 

 

「Merry Christmas♪」

 

 

 

 

おしまいっ☆





このあと、八幡は一色サンタからのプレゼントのいろはすを美味しく頂きました(・ω<)☆
もちろん清涼飲料水の方ですよ?桃味天然水ですよ?



と!いうわけで、まさかの聖夜連続投稿でした!
記念すべき50話目にいろはすを持ってこれたのは、もう運命ってヤツですね(キリッ

そして初めて交際中のお話を書いてみましたがいかがでしたでしょうか!?

ぶっちゃけ、私は好み的にラブコメは、告白やそこに至るまでのもどかしさ・ドキドキ感が華だと思ってて、付き合い始めちゃってからのお話にはあんまり興味無いんですよね〜。
ここら辺が、私が甘い話を書くのが苦手な所以かも知んないです(笑)

なので交際してからのお話は書くつもりは無かったんですけど、今回は50話記念やらクリスマス記念やらの特別回だったもので、初めて挑戦してみました(^皿^)
それになによりいろはすだし☆


それでは、メリークリスマス!



PS.ここでお願いがあります……
スミマセン!感想を頂く身としては本当に我が儘なお願いなのですが、もしヒロイン別でのご感想を頂けるのであれば、お手数ですが出来れば個別にして頂けると助かります><

と言うのも、ひとつの感想の中で各ヒロインの感想を書いて頂いて、感想があまりに長くなってしまうと返信の際にかなりヤバそうなんです(汗)

返信文を書きながら、「あれ?なんて書いてくれてたっけ?どう返信しようと思ってたっけ?」と、感想画面に戻ったり書き込み画面に戻ったりを繰り返してる内に、頭の中がしっちゃかめっちゃかになっちゃうんですよね><

もちろんただの我が儘ですので、ご面倒であれば当然ひとつにまとめて頂いても全然構わないです!




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あなたと過ごす聖なる夜は、ラノベみたいな恋したい

まだだ!まだクリスマスは終わらんよ!!
と、いうわけで……


メリークリスマ〜ス!!
(もう何回目だよ)


どうも諸事情Ⅱです(^皿^;)ゝ
いや、二十四時間で3話とか、ちょっと頭おかしいでしょ。どんだけクリスマスに命懸けてんだよ。


そしてクリスマス記念SS第三段にして、ついにヤツの登場ですwww
ルミルミといろはすが糖分過多気味だったので、ここらでちょっぴり休肝日☆
(休めるのは肝臓じゃなくて胃だけど)

そして今回も昨日に引き続きとにかく長い!
1話において、昨日のいろはすを超えて最長になっちゃいました!その文字数なんと17000文字強!
クリスマス記念SSじゃなかったら3話に分けてるレベル。
……師走で忙しい時に、こんなに長くてスミマセン><

お時間に余裕のある時にでも、ゆっくりとご覧くださいませ☆





 

 

 

「あーきはーばらーっ!!」

 

ついにやってきました人生初の秋葉原!

あれだけガチオタだのなんだのと散々言われたというのに、高校二年にしてアキバ初上陸のどうも家堀香織です。

 

「おい、家堀こときりりん氏……恥ずかしいからマジでそういうのやめてくんない?」

 

そんな私の隣で嫌そうに顔を歪めるのは、私のアキバ初上陸の引率役として付き合ってもらった、我が愛しのげふんげふん。

尊敬する先輩のこの方!

ウホッ!いい男っ!でお馴染みの比企谷先輩である!

 

え?馴染んでないって?

ふふ、私の中では馴染みまくってるから大丈夫なのでありますよ。だっていい男なんだもん!

 

「やー、やっぱアキバに来たからには、一度は叫んでおきたいと思いまして〜、ふひっ」

 

「じゃあ1人んときにやってくれ……」

 

「まぁまぁ、よいではありませんか〜」

 

やっばい!のっけからテンションMAXリラックスすぎっしょ!

もう楽しくて仕方がないっ。

 

「んで……お目当てのカップル限定フィギュアとやらはどこ行きゃいいんだよ」

 

「すみません嘘でしたごめんなさい」

 

てへっ☆と超可愛く舌を出す私に、比企谷先輩は驚愕の表情を向ける。

 

 

ふふふ……これは説明せねばなるまいね……

どうしてこうなった?的ないきさつとやらを……

 

 

× × ×

 

 

12月中旬。

今日はある決心を胸に、駐輪場である先輩を待っている。

いやもうある先輩もなにも比企谷先輩なんですけどね?

 

 

──運命のシーデートから早10ヶ月弱。

あれ以来、私と比企谷先輩の関係は…………まぁ特にそんなには変わらず……

でも!我ながら結構仲良くなれたかなぁ?とかは思ってる。

たまに……たまーにだけど帰りが一緒になったりするし、その帰り道にマックとかサイゼとか寄っちゃったりすることもあったりなかったりしちゃう。

あるのかよないのかよ。

少なくとも出会い頭恒例の噛み噛みかおりんもめっきり顔を出さなくなったくらいには、顔を合わせても緊張とかしなくなっ…

 

「あれ?……家堀じゃねぇか」

 

「ッ!! ひ、比企谷しぇんぱいこんにちゅわっ……」

 

ひと噛みしちゃうぞっ☆

 

 

…………。

 

いやいやフラグ立てといたとかそういうんじゃないのよ。

あくまでも“普段なら”って注釈付きのお話であって、今日はその普段ではないのだ。

普段とは違うのだよ普段とはっ!

 

なにせ今日の待ち伏せは、あの日のお誘いなのだからっ……

 

「先輩!あ、あのぉ……ク、クリスマスイブって空いてますか!?」

 

「……は?……い、いや奉仕部+小町と一色でクリスマス会やるとかで強制参加させられるらしいが」

 

ぐはぁっ!

ぐっ……ちくしょう!お誘い開始直後から暗礁に乗り上げちったぜ……

 

てかいろは!?私そんなん聞いてないかんね!?

あんたさっきそんなこと一言も言ってなかったよね!?

 

……いろははあの日の魔界(マイルーム)の流血パーティー以来、すっかり私に先輩情報を流してこなくなった……

てか三大魔王(絶壁魔王・メロン魔王・並魔王)からの警戒が超強い!

なんだよ並魔王って。なんか並の魔王って平原とかでエンカウントしちゃいそう。

てか今まさにエンカウントしちゃわないかドッキドキ☆

 

ちなみに小町ちゃんは意外と私の味方だったりする。

ホント超可愛くてリアルで妹に欲しいレベル。これは比企谷先輩への嫁入り待った無しですわ!うふふっ♪

 

 

まぁあの子は嫁候補みんなの味方なんだけども。

だからこそ、今回の奉仕部クリパは、あの人たちの絆の為の最後のクリスマスだから私には言わなかったんだろうね。

悔しいけど、私はあの絆とは無関係だから……

 

 

「ぐぬぬっ……んじゃあ25日でもいいです」

 

「いや待て、まず説明してくんない?」

 

「あ、や、それはその……」

 

ごくりとノドを鳴らして決意の眼差しを向ける。

 

「ア、アキバでどうしても欲しいフィギュアがあるんですけどっ……なんかそれ、クリスマスにカップルで来店したお客さん限定の、ゲーム購入のプレゼントグッズらしいんですよっ……」

 

「え?なにそれ……そんなん現実にあるイベントなの?」

 

ラノベじゃあるまいしそんなイベントあるわけないじゃないですかホントすいません。

 

「ね……ねっ!な、なんかラノベかよ!?ってイベントですよねー……!あはは」

 

かなり疑いの眼差しが強くて旗色が悪そうではあるが、そこはそれ。

ぶっちゃけ最近は比企谷先輩の扱いにもなかなか慣れたもんな私である。

 

「いや、よく分からんが面倒くさいんで…」

 

「比企谷せんぱーい……お願いしますよぅ……内容が内容なんで、他の男子にはお願い出来ないんですよぅ……」

 

フッ……最近すっかりあざとくなってしまったどうも私です。

でもこの私がこんな可愛さを見せるのなんて……この世界中で、は、ち、ま、ん、だ、け、ダヨっ☆

 

 

× × ×

 

 

とまあこんな深い理由でこうなったわけだけど、うん。浅っさい!

まぁ期せずして二日連続でのクリスマスになっちゃって、受験生の先輩にあんまり迷惑かけらんないから夕方からのお願いにしといたけどね。

 

もちろんヤツラにはご内密でとお願いしております。

……内密だって言ってんのに、なんでいつの間にかバレてるんでしょ……?

 

と!言うわけで!私と比企谷先輩は、12月25日の夜にアキバでクリスマスデートなんです!

やべぇ……イブじゃなくて25日って辺りが、すでに二号とか愛人ポジっぽい…………いやんっ!挫けないで私!

そもそもクリスマスっつったら25日なのに、なぜだかイブの方が本番視されてる世の中の風潮がおかしい。

私は悪くない。社会が悪い。

 

 

あ、そうそう。本日のわたくしのお召し物は、キャメルカラーのショートダッフルに茶色いコーデュロイのハーフパンツ。

防寒でしっかりとタイツを履き込み足元はミネトンカのブーツ。そこにマフラーとポンポン付きのニット帽スタイルという良くも悪くも普段の私らしさ全開なコーデとなっております♪

 

まぁせっかくのクリスマスデートだし、編み込みヘアアレンジしたりミニスカート履いたりピンクの可愛いアウター着たり、はたまたミニスカサンタコス+ニーハイ履いちゃったりと、もっとこう頑張っちゃおうかな?とか思ってた時期が私にもありました。

ミニスカサンタは常識的にどうなんですかね。

 

でも今日はちょっと思う所がありまして、普段の私のままで居たいな……と。普段の私を見てもらいたいな……と。

 

ありのぉおぉお〜〜♪

 

すみません勢い余って突然熱唱(調子っぱずれ)しちゃいました。

 

 

 

そして私はアキバ到着即謝罪!

もう斎藤一も真っ青なくらいの即斬っぷり。

 

だってぇ……夜だけになっちゃったから、本日の計画が半分も遂行出来なさそうなんですものっ……

時間が惜しくて仕方がないのよ……実はアキバの滞在時間もあんまり取れないのん。

 

「お前な……」

 

 

「ホントにごめんなさい…………だって……こうでもしないと、比企谷先輩、絶対にアキバに付き合ってくんないじゃないですか……ずっとアキバに行ってみたかったのはホントですし……だからといって、私がアキバに誘えるのなんて……比企谷先輩くらいですしー……」

 

心底反省したフリをして、涙目な上目遣いでご機嫌伺い。

これで勝つる!

 

「……たく……しゃあねぇな……」

 

瞬殺で完全勝利。そろそろ敗北を知りたい。うひっ!

 

「ではでは行きましょー!」

 

「……全然反省してねぇじゃねーか……やっぱ帰るわ」

 

「やぁぁぁぁっ!ごめんなさぁぁぁいっ!!帰んないでぇぇぇ!」

 

すぐに敗北を知れました。うひっ(白目)

 

 

× × ×

 

 

「なん……だとっ」

 

それはもう公衆の面前で土下座する覚悟も辞さない勢いで拝み倒して、なんとか着いてきて貰った比企谷先輩と一緒にワクテカで向かった先の光景に、私は戦慄した。

 

 

「ひ、比企谷先輩っ……!?ラ、ラジ館がっ……私の知ってるラジ館となんか違うんですけどっ……!?な、なんでこんなに小綺麗なのっ……!?」

 

「え?お前の刻はいつ止まってんの?前のは取り壊されて、今のは新しいからに決まってんだろ」

 

な!?なんだってー!

そ、それはまさかっ……!?

 

「……え?ま、まさか最上階にタイムマシンが突っ込んじゃったから……?」

 

「おいオタク。ちょっとリアルに戻ってこい……単なる老朽化に決まってんだろ」

 

マジで冷たくあしらわれました。

いやいやさすがに冗談に決まってんでしょ。

 

「あの!わ、私べつにオタクじゃないんですけどもっ?」

 

節子、訂正するとこそこやない。シュタゲの件や。

 

しっかしそんなこと知らなかった……てかそんな事もリアルに知らなかった時点で、私のガチオタ説が単なる疑惑であることのQED証明終了にならないのかしら?

それにしても、くっそう……あの風情を感じる、場末っぽい小汚さを楽しみにしてたのになぁっ……

 

 

とかなんとかブツクサ言いながらも、地元以外の初のオタクショップを、しかもお一人様じゃない幸せな状態で心行くまで楽しみました♪

まぁ私オタクじゃないんですけどね。

 

 

その後もラジ館向かいのゲマさんやら、憧れのアキバのメイトさんやらを探索した私は、名残惜しいけど次の目的地へと向かうことにした。

 

「あのぉ、比企谷先輩……」

 

「どうした」

 

「アキバはそろそろいいんで、せっかく東京出て来たのでもう一ヶ所行きたいトコあるんですけども……」

 

「は?目的アキバだったんじゃねぇの?まだ大してアキバ満喫してないと思うけど、もういいのか?」

 

「ぐふっ!……ホ、ホントはもっと満喫したい所なんですけどもっ…」

 

──うっきゃぁぁ!ホントはもっとアキバを堪能したいでござる堪能したいでござる!夢にまで見たアキバデートが、たったの一時間程度の滞在だなんてっ……

 

ううっ……でもでも、実は今日の本来の目的はそっちだったりするのだ……

まっこと後ろ髪引かれる思いではございますが……

 

さらばアキバ!また来るからねっ!出来ればまたこの人と。

だけどその願いは、これからの私の行動によっては、二度と叶えられないのかも知れない……

 

「…………えっと……原宿に、行きたいです……」

 

「え、やだけど……」

 

「…………」

 

そしてまた、年下に甘い捻デレ先輩と、その捻デレ先輩に甘えるのだけは上手くなった私の熱いおねだりバトルは勃発した瞬間に幕を閉じたのでした☆

 

ふふふ、比企谷君。無駄な抵抗はよしたまえよっ!

 

 

× × ×

 

 

「くそっ……なんでこんな日にこんなリア充御用達みたいなところに来なくちゃいけねぇんだよ……」

 

「まぁまぁいいじゃないですか!アキバから山手線一本なんですから〜」

 

ついに私達は原宿駅に降り立った!

ふぉぉぉっ……ま、まさか比企谷先輩と原宿に来ることになろうとはっ……

やばい目からいろはす(ほんのり塩味)がっ……

 

「で、これってどこ行きゃいいの?初めて来たんだけど」

 

ひゃっほい!またしても比企谷先輩の初めてゲットだぜっ?

 

「んじゃ、まずは竹下通りでも行きましょうか。お腹空いたからクレープでも食べたいし♪」

 

「ああ、そういやなんも食ってねぇな。てか夕飯クレープなの……?」

 

「とりあえずですよとりあえず。また後でどっかで食べてもいいですしね〜」

 

……まぁ、その“後で”が、無事に迎えられればなんだけどっ……

 

 

そして、竹下通りの入り口に立った私達は絶句した。

 

「うっわ……」

 

「…………よし、帰るか」

 

比企谷先輩が早々に音を上げるのも無理はない。なにこの人口密度……

竹下通りに入る所は少し下り坂になってて、入り口から通りが先の方までよく見渡せるんだけど、これはまたなかなか……

 

ここには何度か友達と来たことはあったけど、クリスマスの夜をナメてた。

あっれ〜?なにこれ、満員電車?芋洗い?

 

「ダメです、行きますからね」

 

「マジかよ……」

 

 

私達は歩きだす。この茨の道を……そう。この戦いから、逃げ出すわけにはいかないのよっ!

…………………………………うん、無理。絶対にはぐれちゃうよね、コレ。

 

 

そしてそこでかおりんフラーシュッ!!

ピコーン☆と閃いちゃったよっ?

 

「あの……比企谷先輩……?」

 

「おう、どうした帰るか?」

 

……殴りたい。

 

「あ、すんません……」

 

なんか心読まれました。

目は口ほどにモノを言うってね!たぶんすんごい目をしたんでしょうね、私。

でもそんな冷たい眼差しから一転、熱い熱い熱視線で比企谷先輩を見つめる……

ドキドキが一気に襲ってきた。

きゅって胸が苦しくなる。

 

「……あ、あの……こ、これ……完全にはぐれちゃうじゃないですか……」

 

 

「……だな。……え?ま、まさかまた……?」

 

ごくりと喉を鳴らして、逸らしたい程に恥ずかしくて熱を帯びる顔を、頑張って比企谷先輩に真っ直ぐ向ける。

 

 

「そのっ……は、はぐれちゃわないようにっ……また手、ちゅ、繋いでも……いい、ですか……?」

 

 

× × ×

 

 

10ヶ月ぶりに繋がれた手はホントに熱くて、私の手も心もトロトロにとろけていった。

私の右手はまるでこのまま永遠に繋がってたいと主張するかのように、私の意志とは関係なく、比企谷先輩の手を強く強く握りしめた。

 

愛する人と繋がってしまうと不思議なもので、さっきまであれだけ人で溢れていたこの通りも、まるで気にならなくなる。

 

歩くのも大変なはずの人混みも、途中で何軒か寄ったオシャレな洋服屋も、行列に並んで買ったクレープの味も、もうあんまり覚えてない。

気が付いたら、いつの間にか竹下通りが終わってた。

 

「っと……竹下通りってのはここで終わりなのか?」

 

「……はい」

 

「にしてもすげぇ人だったな」

 

「……ですね」

 

せっかくの比企谷先輩との原宿デートのはずなのに、手を繋いでからの私はずっとこんなもん。

ずっと考えないようにしてた今日の決意を、繋がれた手の体温に無理矢理引っ張りだされちゃったからだろうか。

 

「家堀……?」

 

「……え、あっ、えっと……ごめんなさい……」

 

「どうかしたのか?」

 

「あはは、大丈夫ですよっ」

 

竹下通りに入ってから急に口数の減ってしまった私を、心配そうに覗き込んでくる比企谷先輩と目が合い、私は力なくその優しい顔に笑顔で答えた。

 

「えらい混んでたもんな。疲れちまったか?どっかで休むなり帰るなりするか」

 

はぁ……まったくこの先輩は……

ついさっきまでは人混みが嫌だから、面倒くさいからって理由で、ただ自分が帰りたいから『帰る』って連発してたくせに、ちょっと他人を心配しだした途端に、自分のことなんか一切関係のない『帰る』に変化しちゃうんだもんな〜……このどうしようもないお人好しめっ!

 

「えと……比企谷先輩?」

 

「おう」

 

「ちょっと行きたいトコがあるんですけど」

 

「へ?いや、まぁ別に構わんけど、大丈夫なのか?」

 

「へへ〜、だいじょぶですよっ」

 

「そうか。それなら良かった。で、どこ行きたいんだ?」

 

「せっかくここまで来たんだから、表参道のイルミネーション見ていきましょうよ」

 

 

そこは、本日の本当の目的地。

私は今日、あそこで先輩に告白する……!

 

 

× × ×

 

 

「表参道のイルミネーションって、テレビなんかでよくやってるヤツか?」

 

「そうですよ?」

 

「それってどこにあんだ?また移動すんのか?」

 

ん?そっか。ここら辺が初めての比企谷先輩が、場所なんて分かるわけ無いもんね。興味も無いだろうし。

 

「ふふ、大丈夫ですって。すぐそこですから!」

 

「あ、そうなの?」

 

 

竹下通りを出たところで丁度青に変わった信号を渡って大通りを右にまがる。

そのまま大通りを少し歩いて、ひとつめの大きな交差点を左に曲がったところで、視界はキラキラと輝くクリスマスイルミネーションに一気に支配された。

 

「うおっ!すげ……。え?なに?ここ?こんなに近かったのかよ」

 

「だからすぐそこって言ったじゃないですか。ホラホラ、行きましょ?」

 

突然目の前に現れた、表参道のけやき並木に灯された暖かく光るLEDライトの洪水に圧倒された比企谷先輩の手をぐいっと引っ張って、私は光の世界へと足を踏み出した。

 

 

 

───やっべぇ……ノドが超カラカラすんよ……唇なんかカッサカサだっての……

 

こんなカサカサの唇で告るとか有り得なくない?

うっわ……ここに着いちゃう前にトイレ行っときゃ良かったぁぁ……グロスリップ塗り直して艶々プルンとさせてぇよぅ……

緊張が限界超えてすっごいお腹も痛くなってきちゃったし!襟沢かよ。

どうせ目の前だし、一旦ラフォーレにでも戻ろうかな……

 

 

 

ぐぬぬっ……ダメだぁ!!

たぶん戻っちゃったら、この決心が終了しちゃうっ……!

唇がカサカサだのお腹痛いだのって、結局は逃げ出す為の単なる言い訳じゃんよ。

 

こういう時こそアレだ!勇気の出るあのおまじないを唱えよう!

オラに力を分けてくれ、シンジくん!

 

「……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……」

 

おまじないってそれかよ。

 

「ど、どうした家堀……いきなりネタか?」

 

しかも口に出して言っちゃってんよ(吐血)

脳内さん仕事してぇっ!

 

「やはは……な、なんでもないですよー」

 

 

 

…………ぷっ!

ったく!私はどこまでいってもシリアスの神様からは見放されてるのよね〜☆

でもまぁ、己のシリアス向いて無さ加減に、逆にリラックスしちった♪

よしっ!

 

「あの!比企谷先輩!……ちょっとお願いしたい事があるんですけど」

 

キラキラと輝くけやき並木の灯火に包まれて、ちょっとだけ落ち着いた私は隣を歩く比企谷先輩にそう切り出す。

 

「はぁ……なんか今日は色々とお願いされる日だな。で?なんだ?」

 

「えっとですね……」

 

そして私は比企谷先輩へと顔を向けて、たぶん今まで先輩に送った事のないような真剣な眼差しを向ける。

 

「私が今から言うことを、ちゃんと真剣に受け取って欲しいんです。勘違いとか気の迷いとかって誤魔化さないで、ちゃんと聞いてください」

 

「え……?お前、な、なに言ってんの……?ちょっと待て、お前……それって……え?」

 

「いいから!……お願いします!」

 

このお願いで、もうほとんど告白したようなもんだ。

だから比企谷先輩が早くも逃げ出そうとしてる事は分かる。

 

でもここまで来たら逃がすもんかよ!だってもう告ったようなもんなんだもん!

しようがしまいが今後どちらにせよ気まずくなんなら、言わなきゃソンソン踊らにゃシンガッソー!ってなもんよ!

 

 

 

私は比企谷先輩の手を振りほどき、タタッと数歩だけ走って先輩との距離を取る。

ハーフパンツをギュッと握ってクルリと振り返り、唖然としてる比企谷先輩に向かって……

 

 

 

「私は!比企谷先輩が好きだぁぁぁぁぁっ!

誰よりも好きなの!手放したくないの!そばにいて欲しいの!

好きで好きでしょうがなぁぁぁいっ!」

 

 

 

叫んだ。超叫んだ。

 

場所は表参道のど真ん中。昔よくドラマなんかで見た、あの歩道橋の辺り。

ときはクリスマス、12月25日の夜7時くらい?人混みが半端ない。

そんな行き交う人達の視線が尋常ではない聖夜のイルミネーションの中、私のラノベ丸パクりのシャウトは止まらない!

まだだ!まだ終わらんよ!トドメの一撃を食らうがいいわっ!フゥーハハハ!

 

 

「よっく聞けよ、比企谷八幡!

私と、付き合ってくれぇぇぇぇぇっ!」

 

 

 

付き合ってくれぇぇ……くれぇぇ……くれぇぇ……と、大都会のど真ん中にこだまが響く。ええ。まぁ脳内ですけども。

 

あれですよね、人間、勢いって恐いですよね。

だって、叫び終わったあとの、この静けさに我に返った恐怖感が半端無いんですもん。

おいおい、なに見てんだよ通行人ども。見せもんじゃねぇんだよ。

はい。どう見ても見せもんですよね理解してます。

 

 

そんな見世物感丸出しの中、果たして比企谷先輩が出した答えとは!?

 

「いや、すまん。無理」

 

 

ドン引きの比企谷先輩に拒否られました。ですよねー。

 

 

「うえ゙ぇぇぇぇぇ〜んっ!!」

 

 

そして私は極限に達した羞恥に耐えきれずに逃げ出した。

これは逃走ではない。勇気ある撤退である!

逃げ出したって言っちゃってるよ私!

 

 

× × ×

 

 

表参道から裏路地に入りとにかく走る。いわゆる裏原を、それはもう全速力で。

 

だって、あんなトコに居られるわけないじゃん。一体何百人、何千人の前で振られたってのよ。

 

───いや、まぁ振られるのなんて分かってたことだ。

だからどうせ振られるんなら、私らしく豪快に振られて、キッパリ諦めたかったんだよね。

 

ホントは受験を控えてる先輩を混乱させるような真似をしちゃいけないのは分かってる。

でも私は、こうやってクリスマスだのなんだのと無理矢理にでも理由を作らないと、永遠に言えそうも無かったから……

バレンタインなんてさらに受験生には大変な時期だろうから、一歩踏み出すには、もう今しか無かった。

本当にごめんなさい、先輩……でも、これでようやく諦めがついた。もう、今度こそ私と比企谷先輩の繋がりはちゃんと断ち切れた。

 

でもさ、ちょっとだけでも奇跡を夢見て、ラノベの力をお借りしてみたんだ。

まぁ初めて比企谷先輩に借りたラノベってわけでもないし、当たり前のように奇跡は起きなかったけどさ。

 

「ぶべっ!」

 

大泣きして、逃げるように爆走を続けながらも、ついには足がもつれてみっともなくヘッドスライディングする私。

あはは…………クリスマスの夜に、原宿のアスファルトでヘッドスライディング決め込む女の子とか、マジでウケる。

 

ここまでくれば、さっきの吉本ばりの喜劇を目撃してた通行人の視線は気にしなくてもいいけど、それでも大泣きしながら全速力ですっころんだ女の子に対する視線はやっぱり半端ない。

今日は黒歴史記念日だわ。もう本日付で歴史記念館が創立出来ちゃうレベル。

 

 

「痛ったぁ……」

 

うぅ……どうしよ……顔とか擦り剥いちゃってないかな……

聖夜に顔に傷を残すなんて、女の子としてはとてもじゃないけど容認出来ない。

周囲の視線はひとまず我慢して、道路の上で女の子座りになって顔を擦ってみる。

ホッ……どうやら顔に傷は無いみたいで一安心。タイツ破けて膝擦り剥いちゃったけど。

 

おっと、いかんいかん。早くこの場を撤退しなきゃね!

クリスマスの夜に一人で道端にへたりこんでる美少女なんて、男共の恰好の餌食にされちゃうじゃない。

 

ほら、言わんこっちゃ無い……言ってるそばからなんか男が近付いて来ちゃったみたいだよ。

もう涙は枯れて気持ちも落ち着いたから、現在の心境でナンパなんかされたら、たぶん目で殺しちゃうゾ☆

 

 

「……家堀、大丈夫か?…………ったく、にしてもお前足早えーよ……」

 

「〜〜〜っ!!」

 

なんで……!?なんで追っかけて来ちゃってんのよこの人……!

バカじゃないの?もぅ……振った女なんかほっといてよぉぉ……

 

 

「………………ふ、ふぇぇぇっ……ひ、比企谷しぇんぱぁぁい……」

 

 

どうやら枯れてなかったらしい涙が、呆れたような、でも照れくさそうな比企谷先輩の顔を見た途端に、それはもうものすごい勢いでボロボロと溢れ出てきちゃいました。

 

 

 

「ほれ、立てるか」

 

「……ふぁい」

 

うぅ……また手を握っちゃったじゃんよ……

もう……!振ったあとに優しくするとか、どんだけ外道なんだよこんにゃろめっ……!

 

 

× × ×

 

 

私は、あまりにも一目の多い裏路地から移動させられて、ちょっと歩いたとこで発見した公園のベンチに座らされている。

 

「ほれ、確かココアとか好きだったよな」

 

「……ありがとうございます」

 

あったかい……私を座らせて比企谷先輩が買ってきてくれたココアが、めっちゃあったかい……

 

「ったくよ……京都ならまだしも、東京にもマッ缶売ってねぇとか、世の中間違ってんだろ」

 

渋々買ってきたらしき、マッ缶とは違う缶コーヒーをカシュッと開けながら、利根コカコーラボトリングもっと頑張れよ……と、不満げに他社のコーヒーをちびちびと飲む先輩。

いや、それ旧社名ですけど。

 

「……いただきます」

 

そんなアホな先輩を微笑ましく見つめながら、買ってくれたココアをこくこくと飲んでみた。

ふわぁぁぁ……心がポカポカするんじゃぁ。

 

 

しばらくのあいだ続く無言。

比企谷先輩との無言の間は、他の人と違って全然嫌じゃない。

でも、さすがに今ばかりは実に気まずい。

とは言え、現状では話し掛けられても困っちゃうけどね!

 

「……しっかし」

 

はうっ……話し掛けてくんのかよっ……!?

さすがの比企谷先輩も、この沈黙はキツかったのかな。

 

「……お前なんつうことしてくれんだよ……恥ずかしくて死ぬかと思ったわ……」

 

ぶはぁっ!いきなり本命の話題じゃないですかやだー!

もっとこう、核心に迫るには、徐々に段階を踏んで行きましょうよぅ……

恨みがましく横目で睨めあげると、比企谷先輩は耳まで真っ赤にして、私と目を合わせないようにそっぽを向きながら、超恥ずかしそうに頭をがしがし掻いていた。

 

ふひひ、どうやらそれなりに私の愛の告白が響いてるみたいじゃないですかぁ!

ざっまぁ!

 

ちょっとニヤつきかけちゃったけど、でもさ?やっぱ振ったばっかりの女にいきなりその質問は無いでしょうよ。

だから私はこのばかちんに対して頬を膨らませて口を尖らせた。

 

「だって……仕方ないじゃないですか……好きになっちゃったんですもん……」

 

「うぐぅ!」

 

ふんっだ……もう気持ちバレちゃったんだから、好き好き言って恥ずか死させてやんよっ!

 

「……ぐっ、その、なんだ……好っ………そ、そういう気持ちと、あの行動は別に一致しねぇだろ……てかなんでむくれてんだよ……」

 

「べっつにむくれてなんてないですけどー?それに関係無いこともないですもん……」

 

「あんだよ……関係って……」

 

「だって……振られることなんて分かってましたけど……でも、マジでもうどうしようもないくらいに好きだし、少しだけでも希望が欲しいじゃないですか……だからこそのあれなんですけど……?」

 

好きって知られちゃった事と怒ってる事で、なんか普段だったら恥ずかしくて言えないような言葉がスラスラ出てくる。

であるならば、この勢いでこの恥ずかしい全容を全部吐いてしまえっ!

 

「……なにせ、いくら千葉の兄妹とはいえ、まさかの実妹ENDなんていう、倫理崩壊読者騒然の奇跡を起こしたクリスマスデートコースですもん……だったら、もしかしたら大穴の私が勝てるなんていう奇跡だって、起きるかも知んないでしょっ……」

 

「………………はっ?」

 

心底唖然とした顔を私に向ける比企谷先輩。

うん。その気持ちよく分かります。

 

「…………おまっ……だから原宿で買い物とか、アキバでカップル限定フィギュアとかって言ってたのか……!?」

 

「はいはいそーですよー……さっきのバカげた告白だってアレの丸パクりですし……マジでバカみたいでしょ?…………ホントはスカイツリーにも行くつもりだったんですよ……んで、そのあとイルミネーションが綺麗なトコで、公衆の面前でさっきのセリフを叫ぶ予定だったんですよ…………でも」

 

 

 

予定狂っちゃったからさ……さすがに二日連続のクリスマスで、受験生の先輩にあんま迷惑かけらんないから……

 

「……時間無かったんで、まぁ小説内で原宿とアキバって言ってたし、だったら公開告白は表参道のイルミネーションでいいかなぁって……あそこだったらロマンチックだしっ……」

 

あんぐりと口を開きっぱなしの比企谷先輩に、こんなんじゃまだまだ話は終わりませんよとばかりにさらに言葉を紡ぐ。

 

「ま、結局当然のように奇跡なんか起きやしませんでしたけどね。……私は、あの三人のような、比企谷先輩の特別じゃないですから……」

 

呆れてるのか驚愕してるのかは分からないけど、先輩の特別というワンフレーズに、ずっと固まってたこの人はようやく再起動した。

 

「……は?なんだよ、特別って」

 

「はぁ……ここにきてまだしらばっくれるんですか……?ったく……じゃあハッキリ言ってやりますよ。“比企谷先輩に想いを寄せてる、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩といろは”ですよ」

 

「…………」

 

「もうとっくに分かってるんでしょ?あの人達の気持ちなんて。…………でも私はただの後輩ですからね。あの人たちにはなれない……。だからせめて豪快に散ってやろうかな?って思ったんですよ……あのまま奉仕部の方々やいろはに気を遣って、想いも告げられずに永遠に悶々とし続けるよりは、よっぽどスッキリすると思ったから……」

 

……スッキリすると……思ったんだけどなぁ……

 

「でも、さっきも言ったけど…………少しくらいは……その……望み…………持ちたかったからっ……ぐすっ…………あんな有り得ない……ご都合主義のラノベに…………すがってみたんですけど……えへへ……そりゃ現実は…………そんなに甘くは無い……ですよ、ね」

 

……バッサリ振られたからって、そんなに簡単に割り切れるほど簡単なもんでもなかったみたいだ。

 

「ゔぅ〜っ……ひぐっ……あーあ〜、私も……あの人たちみたいに、特別だったら……良かったのになぁ……うぇぇっ……」

 

みっともねぇな〜、私……

大好きな人の前で、鼻水垂らして大泣きしちゃってんよ……

 

 

恋ってのは厄介だね。厄介極まりない。

働かなさでは千葉随一とも言われたこの私の乙女が、今じゃサービス残業で過労死寸前だよ……

てかどこら辺でそんな失礼なこと言われてたんだよ。

 

そんな時、この私の乙女にサービス残業を強いるブラック上司から、意外な切り返しが返ってきた。

 

「……家堀、お前さ、なんか勘違いしてねぇか?」

 

「……へっ?」

 

「いや……まぁこんな風に気持ちぶつけてきてくれた家堀に適当なこと言うのは失礼だからハッキリ言っとくがな……あぁ、くっそっ……こんなことホントは絶対に言いたくなんかねぇんだかんな?……はぁ…………正直に言っちまえば、確かにあいつらは俺にとって特別な存在かもしれん……」

 

 

いやなんでここにきて惚気らんなきゃなんないの?

なんなの?Sなの?ドSなの?

ちょっとだけムッとしてそれに答える。

 

「……だからわざわざ言わなくたって分かっますって…」

 

「だ、だがな……ぶ、ぶっちゃけ、今や家堀も別にあいつらとそんなに変わりゃんからにゃ?」

 

「…………にゃ?」

 

「だぁぁ!だから言ってんだろうが!……俺にとっちゃ、あいつらもお前も、今じゃどっちも変わんねぇくらいには……その、なんだ……と、特べっ…………ぐぬぬっ……そ、そういう感じなんだよっ」

 

「……マ、マジ、ですか……?」

 

 

「ああ、マジマジ。なんだかんだ言って、お前とは色々あったからな……何度もこうやって二人でどっか行かされるわ手とか繋がされるわ…………そ、それに趣味も合うしな……」

 

嘘……比企谷先輩にとっての私って……

 

「ぐぅ……正直言って、お前と一緒に居る時間は、結構楽しいっつうか…………そんなに悪くねぇ、よ…………。くそっ、死ぬほど恥ずかしいわ……もう二度と言わねぇからな……!ちくしょう」

 

今まで何度も比企谷先輩が照れくさそうに頭をがしがし掻く姿は目撃してきたけど、ここまで悶えてここまで恥ずかしそうな先輩は初めて見る……

 

「……ひ、比企谷先輩……?そ、それって」

 

で、でも!でも!!

これじゃまるでっ……!

 

「ま、まさか私をキープしとくつもりですかっ?」

 

「は?なんで?なんでそうなんの?」

 

「いやいやいや、だってそうじゃないですか!?振った女に『でもお前も特別だ』なんて、まるっきり女たらしのセリフそのものじゃないですか!?」

 

突然投げ付けられた私の衝撃のセリフに、比企谷先輩は動揺してる。

でもそうでしょ?そうなっちゃうでしょ!?

 

「嘘、マジで……?い、いや、そんなつもり無かったんだが……」

 

「いや、だって!比企谷先輩は、私と付き合ってくれないんですよね……!?」

 

 

「お、おう……てかお前だからとかそういうわけじゃ無くてだな、俺には恋愛とかそういうのは荷が重いっつうか……だから俺は誰と付き合うとか、そういう選択肢自体がまだ存在してねぇっていうか……」

 

「でも、お前も特別な存在だと……」

 

「ぐ、ぐぅ……まぁ、そんな感じでも無くはない……な」

 

こ、こんのやろぉ!

 

 

「……もうそれって、完全に、私をハーレム要員にする気じゃないですかぁ!!」

 

「嘘だろ……?え?そ、そういうことになっちまうの……?だって、別に誰とも付き合うとか、そういうつもりは無いんだぞ……?」

 

「あ、あったりまえじゃないですか!ふ、普通はアレですよっ!?振ったなら振ったなりに、きちんと距離を空けなきゃダメなんですかんね!?振られて走り去った女を追っかけて来たりしちゃいけないんですよ!?胸が痛んだって、あのままほっといて帰るのが常識でしょうが!振ったくせに振った女に優しくするなんて!……あまつさえ特別だなんて言うなんて!……お前は一番じゃないけど、特別な女だから俺のそばから離れんなって言ってるみたいなもんですからねぇぇっ!?」

 

 

「え?なにそれ?どこの勘違いハーレム野郎だよ」

 

「あんただよあんた!!……うっわぁ、ホント最悪だよこの人……まさに鬼畜だよ外道だよ……!こっちはバッサリ振られて気持ちに整理付けたってのに、まだ惑わそうとすんの!?……こんの女ったらし!スケコマシ!!とらぶるぅぅー!!!」

 

 

ああ!もう!なんなのよこの天然スケコマシ!

だから誰彼構わず惚れられちゃうんじゃないのよ!

 

「ひ、ひでぇ…………くっ、わ、悪かったな……俺こんな経験ねぇからどうしていいか分かんねぇんだよ…………でも、まぁそういう事なら了解だ……さっきのは無かったことにしくれ……じゃあな」

 

ふ、ふんっだ!おとといきやがれってんだべらんめぇ!

私はこの場から立ち去る比企谷先輩の背中をチラッチラと見送る。チラッ、チラッっと……

 

あ、あれ……?ホントに帰っちゃうのん……?

 

ハッ!べ、別にそのまま帰っちゃったって、悲しくもなんともないんだからねっ!?

そうよ、もう私は気持ちに決着を付けたのだよ!それはもう清々しい程にっ!

だ、だから、べべべ別に比企谷先輩なんかににに……み、未練なんかミジンコ無い……じゃ無かった微塵も無いんだからっ!

未練なんかっ……み、未練なんかぁぁぁ……

 

 

「いやぁぁぁぁっ!嘘です嘘です!今の無しぃぃぃ!置いてかないでぇぇ!?」

 

私は高速ダッシュで比企谷先輩に追い付いて、光の早さで先輩のコートの袖を掴む。

 

「……うわっ!ビックリした!」

 

そして両手で袖をギュギュギュっと握りこむと、すがるように涙目で泣き付いた。

 

「やっぱ無理無理無理ー!このまま疎遠になっちゃうのなんて絶対無理ぃ!」

 

 

……これは酷い。

告白する前の私の固い覚悟(絹ごし豆腐)どこ行った?

 

付き合う気もないのに女を手元に置いとくダメ男と、そのダメ男に泣いてすがりつくダメ女の酷い構図は、とてもじゃないけどママンには見せられないよっ。

 

うふふふふ……この歳にして早くも、愛人に捨てられかけて「捨てないでぇぇ!」と許しを乞うダメ女の素質を開花させることになろうとはね……

なにその素質。世界で一番要らない素質じゃないですかやだー。

 

 

そして私は言う。言ってやんよ!

今の私の心からの思いの丈ってヤツをさぁ!

 

 

「……比企谷先輩!私、もうこの際ハーレム要員でもいいです!ばっちこいです!」

 

「…………」

 

 

たぶん今まで生きてきた人生の中で一番ドン引きされました!テヘへ☆

 

 

× × ×

 

 

「……アホか」

 

「あうっ」

 

うひひ、比企谷先輩に軽くチョップされた脳天が、なんだかちょっと心地いい。なんかもう私だめぽ。人として(白目)

 

「……もう帰んぞ」

 

ドン引きしたりチョップしたりの比企谷先輩だけど、なんだかんだ言って後ろから見える耳はめっちゃ真っ赤だ。

へへ〜っ!ゴリゴリと我がライフを削ってまで好き好き言った甲斐あって、ちゃんと私のこと意識しちゃってんじゃあんっ!

 

「えへへ……はーい!」

 

ホントはさ、ちゃんと分かってるんだよね。

別に比企谷先輩は、私を繋ぎ止めておきたくてあんな事を言ったんじゃないってコト。

 

比企谷先輩が極度のシスコンなのは知ってたけど、私も小町ちゃんと関わるようになってそれがよく分かった。なんで先輩があんなに年下の女の子に弱いのか。

 

小町ちゃんマジで可愛いもんねー。やっぱりいろはと似たもの持ってるけども。

そりゃあんな妹に子供の頃から甘えられてりゃ、年下女子にも弱くなるわ……

 

 

だから、ただでさえ年下女子に甘くて弱い比企谷先輩だもん。

自分にあんなに気持ちをぶつけてくれた年下女子が目の前でゴミ屑みたいに弱ってたら、手を差し伸べるのを我慢なんか出来なくなっちゃうよねっ……

 

 

でも、でも……!

あのとき比企谷先輩が言ってくれた言葉に嘘がなかったのもまたホント!

比企谷先輩にとって、私があの人たちに負けないくらいの特別な存在になってきてるって事はホントなんだよねっ……!

 

 

「おし、んじゃ行きましょー!」

 

「……なんで急に元気になってんだよ……」

 

ふっふっふ、そりゃ元気にもなりますとも!

もー、分かってるクセにぃ!そんなに真っ赤な耳しちゃってからに、この捻デレさんめっ!

そりゃ正直複雑な想いではあるけども、なんかすっごいスッキリしちゃった♪

 

涙にまみれて、目も鼻も赤くなっちゃってるブサイクな顔のままだけど、私はもうそんな些細な事は気にせずに、にっこにこにーで比企谷先輩の隣に並んだのでしたっ。

 

 

 

 

 

 

……………………ん?待てよ?

あれあれ?もしかしてさぁ、私って……実は一歩リードしてね?

 

だ、だってさ、実は私って、比企谷先輩にとってあの人たちと同じくらいに特別な存在になってきてるんでしょ……?

でも、比企谷先輩に気持ちをぶつけたのって……しかもその上その気持ちをちゃんと受けとって貰えたのって……あまつさえそれで逃げないどころか特別な存在だって言って貰えたのって…………わ、私だけじゃん……!

 

 

うへ……うへへっ……マジすかマジすか!?

こ、これって、かおりん大勝利ー!フラグがビンビンに立っちゃってませんかね!?

やっべぇ!かおりんお外走ってくるーーー!

 

 

しかしながらついさっき散々お外を爆走した私がすべき事は、今はただひとぉつ!

 

 

「ていっ!」

 

ぎゅうっ!!

 

「お、おいっ」

 

「ひひっ、いいじゃないですか!もう今まで散々繋いできた仲じゃないですか〜」

 

そう。今まで何度か繋いできた手だけど、初めて比企谷先輩の許可を得ずに、私から繋いでやったぜ!

 

「おい……俺はハーレム要員なんざ求めてねぇぞ……」

 

「や、やっだなぁ、比企谷先輩ってばぁ……あんなの冗談に決まってんじゃないですか〜」

 

10割ほど本気でしたけども。

 

「じゃあ離せ……」

 

ふふふ、比企谷君。君は相変わらずの甘さだね。甘々だよ。

マックス飲み過ぎの後遺症じゃないのかねっ?

 

「先輩?私はもう気持ちバレちゃってるんですよ?…………ふふ、これからはもう遠慮なんかしないで、ガンガン攻めちゃいますからね!」

 

「……勘弁してくれ」

 

「もちろん嫌でっす」

 

ばちこーん☆とウィンクをぶちかましてやると、比企谷先輩は嫌そうに照れくさそうにそっぽを向いた。

 

うふふ、ちょっと手汗がじわっとしてきましたよっ?

 

やー、人間開き直っちゃうと強いもんだね。

今まであれだけ出来なかった好き好きアピールがこんなに容易く出来まくれるなんてね。

フッ、実際は超超恥ずかしいんダヨ?むしろ照れ隠しでアピりまくってるまである。

帰宅後即枕行き待ったなし!

 

そんな、黒歴史覚悟の私の猛攻に耐えかねた先輩は、もう逃げ出す気まんまん。

 

「チッ……もう帰るぞ」

 

「え、もう帰るんですか?せっかくクリスマスに原宿まで出て来たのに勿体ないですって!」

 

もちろん逃がすわけなど無いのよ?

どうせ今夜の黒歴史悶えタイムは不可避なんだから、現在の自分の恥ずかしい行動を冷静に振り返って死にたくなっちゃう前に、攻められるだけ攻めとかなきゃね!

 

「もう帰りたいんだけど……」

 

「とりあえず表参道戻りません?さっきはあんまりイルミネーション見れませんでしたし、なにより私トイレ行きたいです……なにせもう顔ぐっちゃぐちゃですし……」

 

「無視かよ……てかもうあんなとこ戻りたくねぇよ……お前のおかげで、どんだけ恥かいたと思ってんだよ」

 

「大丈夫大丈夫!あれから時間結構経ってるし、もうあのお笑い寸劇を目撃した人なんて居なくなっちゃってますって!」

 

「お笑い寸劇ってお前……」

 

自虐ですよ自虐(白目)

たぶん永遠に忘れることなんて出来ないであろうあの事件は、こうして自虐して笑い話にするくらいじゃないとライフが持ちませんて……

 

どこまでも嫌がる比企谷先輩の手をぐいぐいと引っ張って、先ほど爆走してきた道を戻っていく。

ふふっ、どんなに嫌がっててブツクサ言ってても、なんだかんだでちゃんと着いてきてくれる比企谷先輩は、ホントに優しいな……

そんな年下に甘々な先輩を引き連れて表参道へと向かう道すがら、私はもうちょっとだけワガママを言って甘えてみる。

 

「そだ!ごはん行きましょうよごはん!もう私、プレッシャーから解放されたんで、お腹超空いちゃいましたよぅ」

 

「行きたくねぇー……」

 

「そこまで嫌がんなくたっていいでしょ……」

 

「だってぶっちゃけなんか照れくせぇし……」

 

「ぐふぅっ!」

 

やめて!不意討ちで己を振り返りさせないで!

 

「……それにあれだろ。どうせお洒落ぶってる店とかなんて、こんな日はどこも混んでて入れねぇだろ」

 

んー……まぁ確かに……

でもね?

 

「でもそれなら心配ご無用ですよっ。私、クリスマスだからって「えー?せっかくのクリスマスなんだから、お洒落なお店とかじゃなきゃわたし嫌ですー」とかって、面倒くさいタイプの女じゃないんで、比企谷先輩が食べたいならラーメンとかでも全然どんとこいですよっ」

 

「マジ?」

 

若干猫かぶってる時のいろはのモノマネを交えつつそう言ったら、比企谷先輩が超釣れた。もう超爆釣。

 

「へへ、マジですマジです!東京なんてあんま来ないでしょうから、実は行ってみたいラーメン屋さんの一軒や二軒くらいあるんじゃないですか〜?」

 

ちょっと悪い笑顔で尋ねると、やっぱりまんざらでも無いみたい。

 

「ま、まぁ無くもねぇな……」

 

「んじゃ付き合っちゃいますよー。いやぁ、こういう女の子って、比企谷先輩的にポイント高くないですかぁ?」

 

「やめろ。お前まで小町に洗脳されて謎のポイント制になんな……」

 

「えへへ〜」

 

 

そんなこんなで、クリスマスディナーはラーメン屋さんに決定!

いやまぁそりゃ私だって女の子ですから?大好きな人とお洒落な店でいいムードなディナーとか憧れだよ?

でもさ、比企谷先輩が食べたいものを、二人で楽しく食べられるって事に勝ることなんてないじゃない?まさにプライスレス!

いやん香織的に超ポイントたっかいー♪

 

 

「あ!なんならラーメン食べ終わった後にホテルに部屋取って、一晩中エロゲでも楽しんじゃいますっ?」

 

「お前マジでアホだな……あんなん千葉の兄妹にしか許されない、常軌を逸したハードモードプレイだろ……」

 

「でもやってみたら意外と面白いかも知んないですよ?」

 

「……ったく……ガチオタってところ以外は、俺の周りでは家堀が一番の常識人だと思ってたのによ……」

 

「ちょっと!?だから私オタクとかじゃないですからね!?」

 

「もういいからそのネタ」

 

「ぐぬぬっ……」

 

 

 

 

そんなバカな会話で盛り上がりながらいつの間にか裏道を抜けると、表参道のけやき並木に灯った、キラキラと輝くイルミネーションが視界いっぱいに広がった。

 

「わぁ……綺麗……」

 

私は思わず感嘆の声を漏らした。

 

「は?……綺麗って、さっきも見たろ」

 

「……あ」

 

比企谷先輩に呆れたように言われて思い出した。

そういえば、さっきもこの光景見たんだった……見たはずだった…………なのに頭の中にあるさっき見たこの景色の映像とは、全然違って見える。

 

 

だって、さっきはこんなにカラフルじゃ無かった。

こんなにキラキラと輝いて無かった。

だから全然違う景色にしか見えない。

 

 

───そっか……こんなにも違うんだな。恋を諦める覚悟で見る景色と、恋に希望を抱いて見る景色って。

 

 

さっきと同じはずなのに、さっきとは全然違う灯火に包まれながらゆっくりと歩く。

今気付いたけど、私の右手を包む体温も、さっきまでとは全然違うように感じる。

なんか、さっきまでよりもずっと幸せのぬくもり……

 

 

 

あったかくて優しいぬくもりと光に包まれて、まるで夢の中の出来事のような、不思議な浮遊感でクリスマスの街を歩いていると、私は不意に比企谷先輩に言わなきゃいけなかった事を思い出した。

 

うわ、マジで今さらだなぁ……なんでこんなこと忘れてたかな……

ったく、余裕無さすぎだったでしょ、私。

 

 

 

「ねぇ、比企谷先輩っ」

 

 

 

ずっと握ってた手を、さらにギュッと強く握る。

 

急に名前を呼ばれた先輩が私を見る。

 

私はそんな先輩に、私らしくにひっと笑いかける。

 

そして私は言う。この聖なる夜のお祝いの言葉を。

 

 

 

 

 

「Merry Xmasっ☆」

 

 

 

 

おしまいっ♪

 





やー……な、長かった……
今回のクリスマスモノ三本を間に合わせる為に、この二週間ほかの全ての更新を止めといたんですけど、いろはすと香織のSSが想像を遥かに超えて長くなっちゃったんで、完成が結構ギリギリになっちゃいました(白目)
三者三様の「メリークリスマス☆」END、いかがでしたでしょうか(・ω<)?

もし余裕があったらさがみんも書こうかな?とか寝ぼけたこと考えてたんですけど、とてもじゃないけど無理でした……orz
てかどんだけさがみん好きなんだよ。

でもこれマジ大変!もう記念日SSは絶対にやらーん!


今回の香織は、ついに告白&フラれ&大泣き&ハーレム入り(笑)という、今までに見せたことの無かった顔が満載な回でしたがいかがでしたでしょうか??
そして完全に俺妹ネタ回でした(笑)
香織×クリスマス×告白と言ったらコレしか思い浮かびませんでした(苦笑)
俺妹をあんまり知らない読者さまゴメンナサイ><


そしてもう完全に燃え尽き症候群状態ということもあり、これにて本年度の恋物語集の営業は終了いたしました(BGM・蛍の光)


本年は大変お世話になりました!
まだ続くようなら、来年も宜しくお願い申し上げますm(__)m

ではではよいお年を☆




PS.感想返しは日曜日にでも、1日使ってゆっくりと返信させていただきますね〜(*^□^*)


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雪解け




どうも!明けましておめでとうございます!
新年一発目というのに、変則な時間の投稿でスミマセン><


とはいえ読者さまの中には、“今日の”“この時間の”“このヒロインでの”変則投稿を予想していた方もいらっしゃるのではないでしょうか!?



まぁ私に言えることはこの一言だけです。

Happy Birthday♪





 

 

 

今にも雨が零れ落ちそうな曇天模様。

この刺すような凍える空気では、もしかしたらあの雲から落ちてくるのは、液体ではなくて結晶なのかもしれない。

 

 

年が明けた日のさらに翌日、そんな凍える寒さの中、私は自宅から程近くにある小さな神社で初詣を済ませた。

別にどうしても初詣に行きたかったというわけではなく、毎日の勉強のほんの息抜きの散歩がてらに、ほんの少しだけ足を伸ばしてみた……という程度の事なのだけれど。

 

私は今まで、家の都合で初詣に行かざるをえないという事情でもなければ、あえて初詣に赴きたいと思ったことなど無い。

だけれど、なぜか今年は自ら足を運んでしまった。

 

本当は昨日のうちからなんとなくそわそわしていた。

昨日は行かず仕舞いだったのだけれど、結局2日となった今日は初詣に来てしまった。

 

なぜ私はそうも初詣に行きたいと思ったのかを考えた時、ふと昨年の元旦に友人らと行った浅間神社での初詣の記憶が頭を過った。

 

──ああ、そうか。私は別に初詣に行きたかったわけでは無く、昨年のあの出来事がなかなかに楽しかったから、その記憶に引っ張られていたのか。

 

『ゆきのんごめん!来年も一緒に初詣行きたかったんだけど、パパが突然ハワイ旅行に行くぞー!とか張り切りだしちゃってさぁ……!ママもノリノリになっちゃって、あたしお正月はハワイで過ごす事になっちゃったの!マカデミア?マカダミア?ナッツのチョコとかお土産に買ってくからねっ』

 

クリスマスが明けてから、由比ヶ浜さんからかかってきた一本の電話。

受験生という事もあり、来年もまた由比ヶ浜さんに連れられて、あの男と共に初詣に赴く事になるのだろうと思っていたものだから、あの電話の内容には、少しだけ……ほんの少しだけだけれど、落胆の色を隠せなかった私が居た。

 

 

そもそも受験生にとって冬休みはとても重要な追い込みの時期だというのに、由比ヶ浜さんは旅行などに行っている余裕などあるのかしら。

いいえあるはずがない。

もし私が由比ヶ浜さんであれば、とてもではないけれど、お正月休みを旅行に充てるだなんて愚かな選択はしないのだけれど……

ご両親も、由比ヶ浜さんの学力を随分と楽観視しているのね。

 

 

まぁ由比ヶ浜さんの場合はあの学力で総武高校に入学出来たという、神の意志さえも超越したかのような奇跡的な運の持ち主なのだし、常識では計り知れない何かがあるのかもしれないわね。

そしてその運の強さ故に、かなり楽観的になってしまっているのでは無いかしら?

 

それでも、運だけで成功するほど大学受験は甘いものではない……はずよね?

ご両親もあの由比ヶ浜さんの親なのだから、家族揃って随分と楽観的なのだろう。

 

これは三学期の自由登校時期は、由比ヶ浜さんを私の家に缶詰めにしなければならないわね。

……ふふっ、覚悟していなさい?

 

 

「さて……お詣りも済んだことだし、そろそろ帰りましょうか……」

 

せっかく外に出てきたのだから、このままどこかの店に寄ってもいいのだけれど、昨年の初詣の事を思い出してしまった私は、情けのない事に少しだけ寂しさを感じてしまったようだ。

隣に誰が居るわけでもないのに、私は自然とそう呟いていた。

 

 

× × ×

 

 

寒い……

早く帰ってお茶にしよう。

 

「あ……そういえば……」

 

あまりの寒さに、帰宅してからの温かい紅茶の香りに思いを馳せながら歩を進めていると、私はふとあることを思い出した。

 

年末年始にかけて勉強に集中するあまり、すっかりお茶請けを切らしていたのだった……

もちろん簡単なクッキーやスコーンでも作ればよいのだけれど、私はいつの頃からか、誰に食べさせる訳でもないのに、自分で食べる為だけにお菓子を焼くことに虚しさを感じるようになってしまっていた。

それはたぶんあの部屋で、私の焼いたお菓子を食べる二つの笑顔に慣れてしまったからなのだろう。

 

本当に私は、いつの間にこんなに弱くなってしまったのだろうか……

 

……いや、確かにこれは弱さなのかも知れないけれど、不思議とその弱さを不快とは感じない。

むしろこの弱さを感じる度に、胸の奥がぽかぽかと暖かく感じるほどに。

 

 

今日もそんな不可思議な感覚を覚えながら、私は適当なお茶請けでも買おうかと近くのコンビニにでも入ろうかと思ったのだが、どうせなら切らしかけている茶葉も購入しておこうかと思い立ち、少しだけ遠回りをする事にした。

 

 

× × ×

 

 

辿り着いたのはマリンピア。

別にここでなくとも茶葉はいくらでも手に入るのだが、私はほんの一年ほど前から、なにかあるとここに買い物に来るようになっていた。

ここは、一年少し前のクリスマスシーズンに偶然彼に出会った場所だから。

 

もっともあの時の邂逅はあまり良い記憶ではない。

 

『もう、無理して来なくてもいいわ……』

 

あの時、確かに私は彼を諦めた。

もう元に戻ることなんて無いかと思われた私達の関係性に絶望して放った、諦めの拒絶だった。

 

でも、それでも彼は諦めなかった。

 

本当は全く間違ってはいなかった。あの修学旅行での彼の取った手段は決して間違いではなかった。

そのはずなのに、私達が彼を拒絶したのは単なる我が儘。

 

彼に判断も決断も押し付けただけの無力な私達が、彼の選んだ方法を容認出来なかった。

容認?そんな難しい問題ではない。ただ、嫌だっただけだ。

押し付けた勝手な信頼と醜い嫉妬心で、彼のやり方を……彼自身を否定した私達なんかに、彼は諦めずに本音をぶつけてきてくれた。

 

 

あの邂逅がなければ、もしかしたらあのまま静かに、あのままゆっくりと、私達は終わっていたのかもしれない。

だからこの場所は、彼と私をギリギリの所で繋いでくれた場所。

ここで一度断ち切って、そしてここから始まった気がする。

 

 

だから私は一人で買い物をするときには、なぜか自然とここに来てしまう。

また彼と偶然会えるかもしれないなんて、まるで幼い少女のように密かに胸を高鳴らせながら。

 

 

ふふっ、そんなことあるわけもないのだけれど。

そもそもあの男は、こんなに寒い日に、それも正月休みなんかに、なんの理由もなく外出などするはずも無いのだから。

 

 

そう落胆を恐れて自分の心に予防線を張りつつ施設に足を踏み入れた時、私の心臓は信じられないくらいにどくんと高鳴った。

その激しい鼓動と共に、徐々に、でも確実に体全体が熱を帯びていくのを感じる……

 

「……お、おう」

 

夢見る少女でもあるかのように望んでいた彼との偶然の出会い。

新たな年が始まったばかりだというのに、相も変わらず淀んだ目とみっともなく丸まった猫背。

セットなどする気も一切見られないボサボサの髪を面倒くさそうに揺らし、彼、比企谷八幡はマリンピアを退店する所だった。

 

 

× × ×

 

 

「あら、年も明けたというのに、相変わらず挨拶ひとつきちんと出来ないのかしら?」

 

「……うっせーな。あまりにも突然すぎて思考が追い付かなかったんだよ……あー……まぁおめでとさん……」

 

「あけましておめでとう」

 

思考が追い付かなかったというのであれば、それは私にも言える事だわ。

こんな時は、この男と対峙した時に自然と発動する悪態が私を助けてくれる。

 

「それにしてもあなたが正月休みに外出しているだなんて一体なんの前触れなのかしら。このままだと記録的な大雪にでもなりかねないわね。これから起こりうる記録的豪雪で迷惑を掛けるであろう他方の方々に、今のうちから謝っておきなさい?」

 

「……今いきなり謝罪回りしても驚かれて通報されるだけだから。せめて本当に振り出して積もり始めまでは待っていただけませんかね……」

 

 

まったく……

私は、本当にこの男との会話にはいつも心を躍らせ顔が緩んでしまう。

別に罵倒が楽しいというわけでは決してなくて、私から投げ掛けたどんな言葉にも、本当に嫌そうな顔をしながらも、的確に私の心をくすぐったく突ついてくれるこの会話が本当に好き。

こんな人は、今まで出逢ったことがない。

 

 

 

私は…………誠に遺憾ながら、この男に……比企谷くんに好意を持ってしまっている。

そんなに騒ぎ立てるほど大した感情ではない。

ただ、もしもこの男が私の前から居なくなってしまったら、もう私は生きていても意味が無いと思えるくらいの、その程度の気持ち。

 

 

「ふふっ、異常気象を引き起こし兼ねない程に、自分の行動がおかしな事は否定しないのね、引きこもり谷くん」

 

「……まぁ、な。確かに今日の俺の行動は、一切俺らしくは無いな……」

 

「……?」

 

比企谷くんにしては珍しい返答に、思わず小首をかしげてしまう。

そこまで理解していて、わざわざ大好きな家から出てまで外出する理由でもあったのだろうか?

 

「ん、まぁあれだ。勉強の気晴らしにちょっと買い物に出てきたってだけの、まぁ暇潰しだ」

 

私の怪訝な視線に気が付いたのか、比企谷くんはそう言葉を付け加えた。

 

「……そう」

 

「お前も似たようなもんか?」

 

「ええ、そうね。似たようなものね。まぁ由比ヶ浜さんも居ないことだし、大した暇潰しにはならないのだけれど」

 

「ああ……そういやあのバカ、家族でハワイに行ってるらしいな……メール読んでビックリしたわ。あの成績で正月旅行とか、ある意味尊敬しちまうよな」

 

「ふふっ、まったくね。私も彼女からの電話を聞いて、唖然としてしばらく固まってしまった程だもの」

 

……由比ヶ浜さんには申し訳ないのだけれど、彼女の呆れた行為も、こうして比企谷くんとの会話を楽しめる為の話題になるのであれば、そう悪いものでも無いのかも知れないわね。

 

そんな由比ヶ浜さんの身を挺した犠牲?によって、私達はしばらくのあいだ立ち話を楽しめたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「なんかすっかり話し込んじまったな」

 

「そうね。貴重な時間を無駄にしてしまった気分だわ」

 

貴重な時間を無駄にしたようには見えないであろうくらいに、自分の顔がほころんでいるのがよく分かる。

もっとも彼はそんな私の辛辣な言葉にげんなりしているけれど。

 

「それはすいませんでしたね……じゃあ俺はそろそろ帰るわ」

 

「……あっ」

 

楽しい時間はいつも瞬く間に過ぎ去っていく。

私は彼とのこの時間が永遠に続けばいいのに……と、思わず名残惜しむような声を出してしまった。

 

「なんだよ」

 

「……いえ、なんでも無いわ」

 

なんでも無いだなんて事あるわけがない。

私は、もっと比企谷くんと話していたい。このまま帰らせたくない。

だから私は、私らしくもなく少しだけ粘ってみることにした。

 

「そうね。それでは私も帰る事にしようかしら」

 

「いやなんでだよ。お前これからマリピンに入るんじゃねぇのかよ」

 

「言ったでしょう?私は用事があってここに来たわけでは無いのよ。そう、ただの暇潰し。あなたとの無意味な会話で、十分に貴重な時間は潰せたわ」

 

「へいへい、さいですか。……たく、貴重なのか暇なのかどっちなんだよ……」

 

なんとでも言いなさい。

私は、ほんのすぐそこまででもいいから、可能な限りあなたとの時間を楽しみたいのよ……

 

「では行きましょう」

 

「……一緒に帰んのかよ」

 

……一緒に帰ると言っても、駅までの短い道程なのだけれどね……

それでも、ほんの少しでもあなたと一緒に居たい。

 

 

 

──そんな私のささやかな願いを、神様とやらが聞き入れてくれたのかしら。

マリンピアから出た私達の瞳に映った光景は……

 

 

「…………雪」

 

 

どうやら二人で会話を楽しんでいる間に、空からは白い贈り物が舞い降り始めていたようだ。

 

 

 

 

「…………比企谷くん…………雪宿り…………していかないかしら……」

 

 

× × ×

 

 

「どうぞ……」

 

「……お、おう、さんきゅ」

 

どうしようもない緊張感の中、千葉には珍しい、雪が降るほどの寒さに凍えた身体を癒すように、私は彼に温かな紅茶を振る舞う。

 

「申し訳ないのだけれど、今はちょうどお茶請けを切らしてしまっていて何もないの。……簡単なクッキーでも焼いてくるから、それまでは紅茶だけで我慢していてくれるかしら」

 

「……や、お構い無く……てか今からクッキー焼くとか面倒くせぇだろ。別に俺は紅茶だけでも有り難いぞ」

 

「ふふっ、いいのよ。私が焼きたいから焼くだけなのだから」

 

そう……今は無性にお菓子を作りたい気分なの。

美味しそうに食べてくれる笑顔の為だもの。だからこれは私の為。

 

「そうか……んじゃあスマンがよろしくな」

 

「ええ」

 

 

私は抑えきれないほどの口元の緩みを隠すように彼にクルリと背を向けると、私の宝物のひとつでもある、胸元に猫の足跡があしらわれた黒のエプロンをして、さらにもうひとつの宝物、ピンクのシュシュで髪をひとつに纏めてキッチンへと向かう。

 

「お前って金持ちのくせに物持ちがいいな。まだそのエプロン使ってんだな」

 

「え、ええ……まぁまぁお気に入りなのよ……」

 

誰かさんが初めて似合うと言ってくれた物だもの……

大切に決まっているでしょう……?

 

「……あ、あと……その、なんだ……そのシュシュも……未だに使ってくれてんだな……あんがとな」

 

「………………これもまぁまぁお気に入りなのよ……」

 

私は比企谷くんに聞こえるか聞こえないかくらいに小さく呟くと、顔を見られないように足早にキッチンへと向かった。

 

……もう……あなたは本当にずるいわ……

 

 

× × ×

 

 

部屋一杯に広がるバターとバニラエッセンスの香りに包まれて、私と比企谷くんはひとときの安らぎの時間を楽しむ。

彼が一口二口と、クッキーを頬張る度に溢す笑顔は、私にとって何よりもかけがえの無い最高のお茶請けね。

いつも飲んでいる紅茶なのに、今だけはひときわ美味しく感じられるのだから、人の味覚とはあてにならない不思議なものね。

 

 

 

───こうして比企谷くんが私のところに宿るのは今日で二度目。

一度目の宿りの別れ際には、また私の家で雪宿りをすればいいわと言ってあげたのに、この男ときたら、あれ以来雨が降る度にまるであの出来事が無かったかのように振る舞うのだから、私の心はやきもきするばかりだった。

ふふっ、何事も無かったかのように振る舞ってはいても、雨が降る度にそわそわとしている態度は隠し切れてはいなかったのだけれど。

 

でも結局、恥ずかしくて素直になれない捻くれものの私と、恥ずかしくて素直になれない捻くれもののこの男では、よほどのきっかけでも無ければ誘うも誘われるも容易に出来るはずも無く、結局今日まであの約束は果たせられないままでいた。

 

だから今日この日、偶然出会えた日の天よりの贈り物……それも雨どころか雪が降ってくれた事は、少しだけ早いけれど、明日の私にとって最高のプレゼントといえるだろう。

 

 

「……前回あなたが家に来た時は雨だったのに、今日は雪になってしまったわ。これも、あなたが柄にもない外出なんてするからいけないのよ。……ふふっ、ほんの言葉遊びのつもりだったのだけど、今回は本当に雪宿りになってしまったわね」

 

ゆっくりと過ぎていく心地良い安らぎの時間に気持ちが緩み、私は微笑みながらついそんな軽口をたたいてしまった。

 

「……お、おう……そう、だな……」

 

するとなぜかこの男は途端に顔を赤くし、所在なさげにあさっての方向に顔を向けた。

一瞬だけ理解出来なかった彼のその所作だったが、私はすぐにそれを理解して俯いてしまう。

気持ちが緩んだ為に、つい“雪宿り”という言葉を発してしまったことに気が付いたから。

 

彼……いいえ、私達は、あの日以来雪宿りという行為を行った事実を避けてきた。

……だって、あの日私達は…………口づけを交わそうとしたのだもの……

 

 

例えほんの事故からの流れとはいえ、確かに自らの意思で唇を触れ合わせようとしていた。私も……そして彼も。

だから、雪宿りという言葉を表に出した時点で、どうしたってあの日を意識してしまう。

 

マリンピアの前で彼を誘った時は、彼をどうしても帰したくなくて必死だったから気にも止めなかったのだけれど……やはりこうしてこの部屋で二人きりになると、雪宿りという言葉はどうにも気恥ずかしいものね……ああ……顔が熱い……

 

「んん!ん!……あ、そ、そういえば、も、もう雪は止んだかしらっ……」

 

「お、おおっ……そ、そうだな」

 

私は彼から顔を隠したまま立ち上がると、外の様子を確認する為、リビングのカーテンをほんの少しだけ開けてみた。

 

「……あ」

 

「ど、どうした?もう止んだのか……?」

 

「……そ、その……積もってしまっているわ……こんな大雪、千葉では滅多に無いんじゃないかしら……」

 

マンション自室からの眼下に広がる景色は、クッキーを焼いたり紅茶を飲んだりと、安らぎの時間を楽しんでいる間に、まるでいつの間にか雪国にでも迷い込んでしまったかのように、一面真っ白な世界へと変貌していた。

 

「うお……マジかよ……すげぇな、これ」

 

いつの間にか私の隣に並んで、少しだけ開けたカーテンから窓の外を眺めて感嘆の声を上げているほんの10cm先の比企谷くんの横顔に、どくんと心臓が跳ね上がる。

ち、近い……

 

「あの……ひ、比企谷……くん……」

 

滅多に見られない大雪に興奮したのか、私との距離感にも気付かずに窓の外を眺めていた彼が、隣でおどおどと赤くなっている私にようやく気が付き、慌ててサッと距離を取った。

 

「す、すまん!」

 

「あ……い、いえ……なんでもないことだわ……」

 

 

一気に気まずくなってしまったこの室内ではあるが、私は…………さらにこの空気を気まずくしてしまう言葉を発する覚悟を決めたのだった。

 

「それよりも……こ、この雪では、自宅に帰ることもままならないのではないかしら…………。こ、今夜は……そのっ……と、泊まっていくといいわ……」

 

「…………へっ?」

 

 

× × ×

 

 

比企谷くんは私の突然の提案に対して、正直私が想像していたよりも遥かに簡単に折れた。

まぁ合理的で面倒くさがりな考え方をする彼のことだから、この雪の中を帰るという選択に難色を示したのかもしれない。

 

でも……もしも私と同じように、この安らぎの時間をかけがえのないものだと感じていて、少しでも一緒に居たい、少しでもこの時間を共に過ごしたい、と感じてくれているのだとしたら、とても……とても嬉しいのだけれど。

 

 

 

彼がどう思って泊まる事を了承したのかは分からないけれど、ただ、比企谷くんは小町さんに外泊の連絡を入れた際は、かなりからかわれていたみたいで、電話を終えたあとは今にも死にそうな顔をしていた。

まったく……この男は本当に学習しないのね。

 

『大雪で帰れなくなっちゃったから、お兄ちゃん友達の家に泊まってくるわ』

 

ふふっ、彼を少しでも知っている人間であれば、もうこの時点で間違い探しをする必要性も無いものね。

 

 

 

 

 

彼の為に初めて食事を作った。

今まではせいぜいお菓子を焼くのと、あとは嫁度コンテスト?なる、小町さん主催の怪しげなイベントで作った事はあったけれど、こうして比企谷くんの為だけに食事を作ったのは初めて。

 

悔しいけれど、こんなに食事の用意に幸せを感じた事は無かった。

もしも彼の妻となる日が来るのだとしたら、毎日がこんなにも幸せなのかしら……

それはそれで、幸せすぎて恐い気さえしてしまうわね。

 

そして二人で囲んだ食卓は、私にさらなる幸せを与えてくれた。

まったくこの男ときたら、美味しい料理を賛辞する際の言葉のボキャブラリーが無さ過ぎるわね。

なにを食べても「美味ぇ……!」しか言わないんだもの。

その程度の賛辞しか無いのでは、私からはなにも言う言葉が無いじゃない。

べ、別に彼が「美味ぇ……!」と顔を綻ばせる度に私が顔を隠していたから、言葉を発せなかったという訳ではないのよ……!?

 

 

 

そして幸せの食卓もあっという間に過ぎていき、現在私達は受験生らしく勉強に励んでいる。

もちろん比企谷くんが勉強道具など持ってきている訳は無いから、私お薦めの参考書などを貸し出してあげている。

この受験勉強時間は、お互いに教え合いながら勉強するタイプではないから、とてもとても静かなものだった。

 

 

目の前に多少好意を持っている異性が座って居るというのに、あまりの静けさと安心感に、時間を忘れて集中しすぎていたようだ。

ふと私の背面の壁にかけられた時計を見ると、時刻は11時を回っていた。

 

このままいくと、こうやって勉強しながら日を跨ぐのでしょうね。

……あの短針と長針が12の数字の位置で重なったら、その時は私の……

 

 

本当に信じられない。

まさかこうして比企谷くんと二人っきりのままに、私の記念日を迎えられるだなんて。

 

私はここ数年、その日を楽しみにしていた事なんて一度として無かった。

唯一昨年だけは、ほんの少しだけ楽しみにしていたのだけれど。

ただ唯一楽しみにしていた昨年も、冬休み中という事で心から楽しみに出来ていた訳では無いし、姉さんのおかげで実家に赴くこととなってしまい、結局は酷い記憶しか残らなかった。

 

 

───今日この日、彼と出会えて、こうして二人っきりでその日を迎えられるのは、奇跡的な出来事が幾重にも積み重なっただけの、本当にただの偶然。

だから、ただ偶然居合わせただけの彼には、こうしてその日が迎えられる事にはなんの意味も持たないのだろう。

 

それでも私にとっては、これほどの幸せは無い。

たぶん今までの人生において、これほどまでにその日へと刻が刻まれるのが待ち遠しいと感じたことなど無い。

 

 

ふふっ、あなたにこんな期待を掛けてしまうのは余りにも荷が勝ちすぎるのでしょうけれど、もしも私のその日をカケラでも憶えていてくれて、おめでとうと一言でもお祝いの言葉をかけてくれたのだとしたら、不覚にも感極まってしまうかもしれないわね。

 

まぁそこは比企谷くんだもの。

そんな期待はするだけ無駄なのでしょうけれど……

 

 

さぁ、あとほんの一時間弱。勉強に不必要なそんな邪念は一旦捨てて、目の前の公式に集中するとしようかしら。

 

 

× × ×

 

 

それは、お互いに勉強も一段落して一息ついた時だった。

なぜか数分くらい前から比企谷くんが妙にそわそわと落ち着かなくなっていて不審に思っていたのだが、その彼が突然声を掛けてきた。

 

「……あー、その……雪ノ下」

 

声を掛けられて、少しだけ驚く私。

ただでさえ二人きりの空間で緊張しているというのに、これまで殆んど無言で勉強していたのだから驚くのも無理はない。

 

私は、このデリカシーのカケラもない男に冷たい視線を向けたのだが、その零度の視線とは対称的に、比企谷くんの顔は熱を帯びていた。

そして……比企谷くんはその熱を帯びた顔を隠すようにそっぽを向きながら、バッグからごそごそと取り出した包みを私に差し出してきた。

 

「その……なんだ……誕生日、その……おめでとさん」

 

「……え」

 

私はあまりの突然の事態に一瞬頭が真っ白になってしまったのだが、我に返って振り返ると、時計の針は数分前に零時を回った所だったらしい。

 

そう。あれだけ待ち遠しく思っていたのに、勉強に集中するあまりに気が付かなかった。数分前から、日付は1月3日、私の誕生日へと変わっていたのだ。

 

「わ、私に……?ど、どうして?あなたはいつの間にこんな物を用意していたというの……?」

 

「……あー、なんだ……今日買いに行ってたんだ…………明日、いや、もう今日か。渡しに行けたら行こうかと思ってな。……まぁまさかこのタイミングで渡せる事になるとは思ってなかったんだが……」

 

 

『……まぁ、な。確かに今日の俺の行動は、一切俺らしくは無いな……』

 

マリンピアで会った時の彼の言葉を思い出す。

──俺らしく無い。あの時の言葉は……そういう意味だったのね。

ふふっ……本当にあなたらしくもない行動ね……

 

「別に大したもんて訳でもねぇし……何よりも俺のセンスだから、まぁ、有体に言えばつまらないもんだ。……だからあんま中身を期待されちまうと正直困るっつうか…………っておい……!」

 

「……なにかしら?」

 

「なにかしらってお前……なに泣いてんだよ……」

 

……泣いている?私は泣いてなんか……

だけれどその考えを嘲笑うかのように、私の意志とは無関係に頬には勝手に涙がつたっていた。

 

なんということだろうか……嬉しさのあまり、この男の前で知らず知らず涙を流してしまうだなんて……

本当に情けないことね。自分で思っていたよりも、ずっと弱くなってしまっているのかもしれないわね。私は。

 

それにしても本当にこの男には腹が立つ。なにが「なに泣いてんだよ」よ。

なぜ泣いているのか……違うわ、なぜ泣いてしまうくらいに私の心が揺れているのかなんてこと、とっくに分かっているくせに。

 

 

「……なっ……なにを言っているのかしらこの男は……わ、私は……泣いてなんか……いない……わ?……意識過剰が過ぎるのではないかし、らっ……」

 

「……いやいやお前…………はぁ……ま、それでいいわ」

 

面倒くさそうに頭を掻きながら、私から背ける頬は朱に染まっている。

……ふふっ、やはりあなたも素直ではないのね。

 

 

結局、私はしばらくのあいだ嗚咽を漏らしてしゃくり上げてしまっていた為、会話することもままならないでいたのだった。

 

 

× × ×

 

 

泣き腫らしてしまった顔を隠す為、逃げるようにお風呂へと駆け込んだあとは何事もなかったかのように振る舞った。

比企谷くんにもお風呂を勧めながら、私はこのサプライズの仕返しをしてやらないと気が済まなくなっていた。

 

一方的に泣かされたままでは、なんだか彼に負けた気分だもの。

私、負けるのは嫌いなのよ?比企谷くん。

 

「風呂いただいたわ。サンキューな」

 

「ええ」

 

比企谷くんがお風呂に行っているあいだに私は決意していた。

たぶん普段の情けない私では決断出来ないくらいに恥ずかしい行動だけれど、今は勝負に負けているという悔しさが働いてくれている。

であるならば、この負けず嫌いな性格を存分に行使してあげるわ。

 

そして私は声をあげる。一世一代の勝負。

 

 

「……も、もう随分と遅い時間になってしまったことだし、そろそろ寝ましょうか……」

 

「お、おう、そうだな…………えっと……俺は、ソファーで寝ればいいのか?布団とか貸してもらえると助かる」

 

──顔が……全身が燃え上がりそう……心臓が破裂しそう……!

でも、比企谷くんごときに負けたままでいるわけにはいかないのよ。

 

「な、なにを言っているのかしら……?わ、私はお客の来る予定もない一人暮らしの身なのよ。もうひとり分の布団なんてあるわけ無いじゃない……」

 

「マジか……布団無しで寝なきゃなんねぇのかよ…」

 

「だから」

 

そして私は背けたい程に赤くなっているであろう顔を真っ直ぐ向けてこう言い放つ。

 

「あ、あなたは……今夜は私と一緒に……私のベッドで寝なさい」

 

その瞬間、この部屋は凍り付いた。

 

 

× × ×

 

 

とてつもない沈黙が二人を襲う。

場は凍り付いているのに、私は熱くて熱くて仕方がない。

 

「えと……ゆ、雪ノ下……?なんか幻聴が聞こえたんだが……」

 

「げ、幻聴などでは無いわ比企谷くん。あ、あなたは私と一緒に寝ればいいのよっ……」

 

「いやお前なに言ってんだよ。んなこと出来るわけねぇだろが……」

 

「しつこい男ね。いいかしら?私の家には布団が一組しか無いの。そして夏場ならまだしも、このような真冬に布団も無しに受験生のあなたをソファーに寝させるわけにはいかないの。簡単な解でしょう?」

 

も、もちろん布団はもう一組はあるわ……

由比ヶ浜さんが度々泊りに来るのだから、無いわけがないでしょう……?

でももしもあなたがその事を指摘してくるようであれば、由比ヶ浜さんもいつも一緒に寝ているというだけの話だけれどね……

 

「言っておくけれど、もう電車は動いていないし、この大雪の中を歩いて帰ると言うのであれば、布団無しでソファーで眠るという案と同じ理由で認めるわけにはいかないわ……こ、これは部長命令よっ……」

 

「も、もう奉仕部は解散したろうが……!」

 

「……だったら命令よ」

 

「もう部長の権限とか関係無くなっちゃったよ……」

 

愕然としている比企谷くんに、私は真っ赤になって引きつっている顔と涙が今にも零れ落ちそうな瞳を、精一杯の悪戯めいた微笑に変えてこう告げてあげるのだ。

 

 

「比企谷くん?私は先ほど、あなたの愚かなサプライズで有り得ない程の恥をかかされたわ。悔しいけれど、あの瞬間だけは私の負けと認めざるをえないわね。……でもね?あなたも理解しているでしょう?私は、勝負事で負けたままでいるのはどうしても許せないの。だからこれは、先ほどあなたに恥をかかされた仕返しなの。異論反論抗議質問口応えは一切認めないわ。……ふふっ、あなたにも、私以上に恥ずかしい思いをさせてあげるから覚悟なさい?」

 

「嘘……だろ……?」

 

「あら、私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」

 

「……つい今しがた泣いてないわ?とか虚言吐いたばっかじゃねぇかよ……」

 

 

私は、今にも逃げ出しそうにブツブツと無駄な抗議をしている比企谷くんの袖を絶対に逃がさないよう強く強く掴み、そして……寝室へと招き入れるのだった。

 

 

 

 

 

私は本当に弱くなった。

一人で生きていけると思っていた私からしたら、本当に弱くなったと思う。

確かにこれは弱さなのかも知れないけれど、不思議とその弱さを不快とは感じない。

むしろこの弱さを感じる度に、胸の奥がぽかぽかと暖かく感じるほどに。

 

そしてその弱さを感じてぽかぽかと暖かくなる心は、今はいまだかつて無い程に熱く熱く私の胸の奥を暖めてくれている。

それは、幼少時代から長年に渡って私の心に積もってしまった深く冷たい雪さえも溶かしてくれるのではないかという程の熱をもって。

 

 

 

でもそれだけじゃ私の心の中の雪を完全に溶かし切るにはまだ不十分なの……

だから比企谷くん?私の18回目の誕生日の今日は、私をこんな風にしたあなたが責任を持って、私の心の中に積もった雪を、そして私自身を、あなたの温もりで完全にトロけさせてね。

せめて……窓の外に降り積もったこの白い贈り物が……雪解けするまでのあいだだけでも……

 

 

 

 

 

 

 

 






というわけでっ!!
HappyBirthdayゆきのーん!
(^^)/▽☆▽\(^^)

私の作品ではかなりゆきのんが冷遇されてるから、読者さんの中には「コイツゆきのん嫌いなんじゃね?」って思ってる方も居るかもしれませんが、言っときますけど私ゆきのん大好きですよ?
ちなみに3番目に好きなヒロインです!



それはそうと安心してください。このお話のあとは、外の雪が溶けるまでのあいだ添い寝をしただけですよ?うん。たぶんそのはずです。たぶん。
まぁ恥ずかしい思いをさせてやると息巻いてたんで、せいぜい腕枕させてhshsとかちゅっちゅとかしたくらいですよたぶん。(すでに添い寝だけじゃないじゃない)


まぁそれ以上行ってしまったかどうかは読者さまのご想像にお任せっ☆
ふふふっ……あんまり詮索するのは野暮ってもんですよ?



やー、それにしてもこの変則投稿を初めてやったガハマBirthdayの時には、正直な話をしてしまいますと、まさか私の執筆活動 略してシッカツ!がゆきのんの誕生日まで続いているとは思いませんでした〜(苦笑)
絶対にもう辞めてると思ってた(^皿^;)

書くことの喜びと読んで頂けることの喜びを知っちゃうと、なかなかこの世界から抜け出させてくれないのかもしれないですね☆




そんな作者ではありますが、今年もどうぞよろしくお願いいたしますヾ(=^▽^=)ノ



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桜の花びらと煮っころがし【前編】




どうも!
ついに満を持しての彼女の登場でございます(^皿^)


上手く表現出来てるかどうかは分かりませんが、楽しんで頂けたら幸いです♪





 

 

 

あと数日もすれば、新たな月、新たな学期、そして新たな年度へと駒を進める、そんな春休みのそんな一日。

あたしは、“今日こそは”という決意を胸に秘め、春休みに入ってから結構な頻度通っている予備校で、その日一日の講義が終了するのをただ待っていた。

 

その決意のおかげで、ここ数日間のせっかくの講義が台無しになってしまった。

つまり、今日こそはというその決意は、ここ数日間、常に胸に秘めたままずっと実行出来ずにいたのだ。

 

 

あたしの家は裕福とは掛け離れていて、何人も姉弟が居る中であたしが予備校に通う余裕なんてほとんど無い。

幸い弟の大志が、高校受験が終わって塾通いを一旦終了させたから、昨年よりは余裕があるらしいが、それでもあたしの予備校代だけでも馬鹿にはならず、去年誰かさんに教えてもらったスカラシップを併用して、なんとかやりくりしてもらっているって状態だ。

もう受験生なワケだし、前と違って塾代を稼ぐ為に勉強時間を削ってバイトなんかしてたら本末転倒だしね。

 

 

だからせっかくの貴重な講義を、いつまでも決意を実行出来ずに、こんなモヤモヤして集中出来ないまま受けるなんていう勿体ない事態は、これ以上容認は出来ないのだ。

 

 

……うっ……、とかなんとかって、昨日も一昨日も思ってた気がするけどさ……

でもホント、今日こそは決着付けなきゃなんないよね。

 

 

結局一切集中出来ないまま時間が過ぎていき、本日の講義も滞りなく終了してしまった。

あたしは、自分の席から何個か右斜め前にある席で、かったるそうに帰り支度をしてるヤツの後ろ姿を視界に入れてから深く深く息を吐き出すと、拳をギュッと握って立ち上がる。

 

 

やばい……なにこれ……鼓動が半端無いんだけど……

やっぱ今日はやめとこうかな…………ってダメだろあたし!

こ、これは別にあたしの為じゃなくって、けーちゃんの為なんだからっ……もう今日を逃したら二度とチャンスは巡ってこない覚悟で腹括んなよ!あたし!

 

 

そしてあたしは震える足を気合いでなんとか前へと進め、ついにはその斜め前の席へと辿り着く。

よしっ……声掛けるぞ……!

 

「……ひ、ひぃっきがやっ」

 

第一声から壊滅的に声がひっくり返ってしまった……うぅ……もう全力で走って逃げ出したいっ……

 

 

× × ×

 

 

「!? お、おう……どうかしたか」

 

普段あたしから声を掛けることなんてまず無いからか、もしくは第一声が壊滅的にひっくり返ったからか、あたしに突然声を掛けられたコイツ、比企谷八幡は、驚きと狼狽えから普段はダルそうに半開きにしている目を大きく見開きながらあたしを見た。

願わくば驚いた理由は前者であってもらいたい……

 

「……ぁぅ……」

 

色々な感情が入り交じってしまい、あまりの恥ずかしさに真っ赤に俯いて、小さく呻く事しか出来ないでいるあたしに、比企谷は困ったように声を掛けてきた。

 

「……おい、ど、どうしたよ、川……川…………さーちゃん」

 

「だっ、だからあんたにさーちゃん言われる筋合い無いっつってんだろ!殴るよ」

 

「……すいません」

 

マジでコイツなんであたしの事さーちゃんって言ったり沙希って言ったりすんの!?いや、沙希は一回くらいしか呼ばれたこと無いけどさ。

なんにしてもすごい恥ずかしいじゃんよ……!

あ……でもお蔭で普通に喋れたかも。

 

「あ、あのさ……ちょっと話あんだけど、いい?」

 

ようやく本題に入れはしたものの、やっぱりどうしようもなく恥ずかしいあたしは、腰あたりの高さで両手を合わせてもじもじと動かしてしまってる。

でも話を聞いてもらうのに、礼儀として俯きっぱなしってわけにはいかないから、なんとか頑張って顔は上げておく。目線は斜め下を向いたままだけど。

 

「ま、まぁ取り敢えず聞くだけならいいけど」

 

ふぅぅぅ……どうやら話は聞いてくれるみたいだ。

だから取り敢えずはその件に関してのお礼は言っとかないとね。

 

 

「……そ、あんがと」

 

そしてあたしは、ここ数日間ずっと比企谷に聞いてもらいたかった事をついに語りだした。

 

 

「あ、あのさ、けーちゃ……京華の事なんだけど」

 

「ん?けーちゃんがどうかしたのか?」

 

「来月……ってか来週から小学校に上がんだよね」

 

「ああ、もうそんな時期だっけか。それはおめでとさん」

 

「あ、うん……ありがと……で、さ」

 

さて、ここからが本題だ……

だ、大丈夫っ……けーちゃんの為けーちゃんの為……!

 

あたしはごくりと咽を鳴らすと、なんとか比企谷と視線を合わせて意を決した。

 

「……た、大志も総武に入学するから……あの……その…………つっ、次の日曜に、ウチで入学祝いしよっかって話になっててさっ……」

 

そこまで言うとあたしの勇気は底を尽きた。

なんとか合わせていた視線に耐えきれなくなり、俯いて目をギュッと瞑る。

 

「だっ……だから、もし良かったらなんだけどっ……京華喜ぶと思うからさ、あ、あんたも……京華の入学祝いにウチに来てくんない……!?」

 

 

……言った!言い切った!

どもりながらではあったけど、ここ数日間秘め続けていた思いを、遂にあたしは言い切ってやった……!

 

俯むきっぱなしだけど、目はギュッと瞑りっぱなしだけど、恐る恐る片目だけをうっすらと開けて比企谷の反応をうかがってみた。

そこには、先ほどよりもさらに目を大きく見開いたまま固まっている、腐った目の男が立っていた。

 

 

× × ×

 

 

あたしは……あたし川崎沙希は、目の前で驚いて固まっているこの男が、マジで有り得ないんだけど、どうやら……好きらしい。

 

『サンキュー!愛してるぜ川崎!』

 

いつかのアイツの突然のセリフ。

あの時はあまりにもビックリしてつい叫んじゃったっけ。

 

驚いたしパニクったし顔がメチャクチャ熱くなったし心臓バクバクしたしで、心の中で『なんてことしてくれんだよ!』って若干キレたけど、でもホントは結構……いや、かなり嬉しかった。

あたしはあの時からアイツの事が気になりだしたのかな。

まぁあの日以来、せっかくの体育祭んトキも修学旅行んトキも、アイツの顔をまともに見られなくなっちゃったけど……

 

 

───あたしだってそこまで馬鹿じゃない。

あの時のあのセリフが、アイツの本心からの告白とかなんて一切思っちゃいない。

あたしはいつも一人で居るから詳しいことは全然知んないけど、なんかあの文化祭では文実で色々とトラブってたらしいから、それ関連で焦ってた比企谷にとっての有益な情報をたまたま教えてあげられたあたしに、ノリとかそういう勢いで、つい『愛してるぜ』なんてフザけたセリフが口から出ちゃったってだけの、その程度の一言なんだろう。

 

それは分かってる。頭では理解出来てんのに、それでもあたしはなんか嬉しかった。あのフザけた馬鹿なセリフが。

 

ホント笑えるよね。

“あの時からアイツが気になりだしたのかな”なんて嘘ばっか。

あたしはたぶん、もっとずっと前から比企谷に惹かれてたんだと思う。だから、あんな馬鹿なセリフにときめいちゃったんじゃん。

 

 

そう。

あたしは、いつも一人で居て、いつも面倒くさそうにだらけてて、そして……その癖いつもなんの関係もない他人にお節介ばっか焼いてる比企谷を、いつの頃からか常に目で追ってた。

 

 

別に一人で居る事が苦と思ったことなんて一度も無かった。

家族さえ居れば、一人で生きてくのなんてどうってこと無かったあたし。

それなのに、その筈だったのに…………あたしは悔しいけど、比企谷に惚れている……

 

 

× × ×

 

 

「……ね、ねぇちょっと、なに固まってんの?返答は……?」

 

けーちゃんの入学祝いに誘われたのがそんなに意外だったっての?固まり過ぎだっての。

あ、あたしの方がガチガチになってるってのにさぁ……

 

「……あ、や、えっと、なに?……それはつまり……俺がお前んちに誘われてんのか」

 

「は、はぁ!?……気味悪いから、さ、誘われてるとか言わないでくんない?バカじゃないの?」

 

ぐっ……そりゃ周りから見ても比企谷から見ても、ウチに来なよって誘ってるようにしか見えないよね……

 

「べっ、別にあたしとしてはあんたが来ようが来まいがどっちだっていいんだけど…………ほ、ほら、なんか京華って妙にあんたに懐いてんじゃん……?だから、比企谷に入学祝いに来てもらえたら、あの子……すごい喜ぶんじゃないかなって……思ってさ」

 

「……そ、そうか」

 

「そ!それにほら!ま、前にあんた約束したじゃん!……や、あんな約束、比企谷が憶えてっかどうかは知んないけどさ、会ったら京華の相手してやるって……まぁバレンタインのイベントんトキ会ったけど、こういう機会でも無いと、もう会う機会もなかなか無いじゃん……」

 

「ああ……進路相談の時のやつな」

 

……!?

こいつ……あんなその場だけの口約束、ちゃんと憶えててくれてんだっ……

 

「そう……それ……。で、どう……?来れる……?」

 

……正直分が悪いのは分かってる。

そもそもこいつ面倒くさがりだし、休みの日にわざわざ外出しようだなんて思わないだろうし、それも女子の家なんか死んでも行きたくなさそうだし。

 

だからまぁ、初めから無茶な要求だって分かってるし、その要求が通らないであろう事なんて、まず覚悟はしてた。

でも、比企谷から出てきた言葉は、そんなあたしの予想とは違うものだった。

 

「あー、なんつうか……俺がお前んちに行って、お前は迷惑じゃねぇのか?」

 

「……へ?は!?め、迷惑なわけ無いじゃん!……って違う違う!そ、そうじゃなくてっ……!け、けーちゃんが喜ぶことを、あたしが迷惑とか思うわけ無いじゃん!」

 

「……やっぱシスコンだな」

 

「あんたにだけは言われたく無いんだけど」

 

マジであたしのシスコンとあんたのシスコンじゃ質が違うかんね?

半目で睨み付けると比企谷はなんか怯えてた。

 

「と、とにかくだ。……めんどくせぇっちゃめんどくせぇんだが、俺が行ってけーちゃんが喜ぶっつうんなら、行くのもまぁやぶさかでは無いな。けーちゃんはマジでいい子だし、出来れば門出を祝ってやりたいしな」

 

「……ほんとにっ!?」

 

「うおっ!?び、ビックリした……」

 

やばっ……!

まさか比企谷が乗り気になってくれるとは思わなかったから、あまりの嬉しさにテンション上がって、あたしらしくない勢いで身を乗り出しちゃったよ……恥ずかしい……

 

「……あ、なんかごめん……」

 

「いや……大丈夫だ」

 

あまりにも恥ずかしくて、あたしはまたもや俯いてもじもじしてしまう。

うぅっ……顔から火でも出てんじゃないの……?

 

「……し、しかしアレだな」

 

そんなあたしをよそに、比企谷はそっぽを向いて何かを思いついたかのように話し始める。

 

「そうと決まったら、なんかお祝いでも用意しないとな」

 

「……へ?い、いや、お願いして来てもらうってのに、さすがにそこまでは悪いからいいって」

 

「んなわけにもいかないだろ。ってか、どうせお祝いに行くんなら、なんかプレゼントしたいしな。……どんなのがいいんだ?こういうのって。シャーペンとかノートか?それともハンカチとかか?」

 

こういうとこって、やっぱ比企谷もお兄ちゃんなんだよね。

もしかしたら、妹を優しい目で見つめてる所なんかも、こいつに惹かれた理由のひとつなのかも知んない。

 

 

 

 

しかしあたしはそこでひとつとんでもない事を閃いてしまった。

たぶん普段だったら死んでも言えないような恥ずかしすぎる提案。

 

でも、この日は少し浮かれていたのかも知れない。

数日間モヤモヤしっぱなしだった決意をようやく伝えられたから。

そして、その願いが叶ってしまったから。

 

 

だからあたしはつい言ってしまった。

普段のあたしが今のあたしを見たら、驚きすぎて卒倒しちゃうんじゃないかってこんな一言を……

 

 

「……じゃ、じゃあさ……今度、一緒に買いに行かない……?」

 

 

 

 

続く

 







というわけで初!ではありませんが、単体としては初めてのさーちゃんでした☆
前のはほぼ大志SSだったし。(てか今考えても、大志視点でのさーちゃんSSって、ちょっと頭おかしいと思いました白目)


正直サキサキファンの読者さまにご納得を頂ける再現が出来てるかどうかは分かりません><
なにせこの子、まだちゃんと掴みきれてないんでorz
楽しんで頂けたなら良かったのですが……


では次回、後編にてまたお会いいたしましょう!





あ、残念なお知らせ☆

今回の沙希回は、けーちゃん一切出しません!
なにせけーちゃん出すと変態が沸k……紳士さま方の社交場となっちゃって全部持ってかれちゃうんで(^皿^;)




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桜の花びらと煮っころがし【中編】




どうも安定の中編です。


そして今回まさかのネタ被り!(まぁ大志視点のヤツとですけども)

同じヒロインで同じネタをするとか末期ですね(白目)
私の中では、さーちゃんと言ったらこのイメージなんですよね(^皿^;)


ではではどうぞっ!




 

 

 

3月も終わりに近付く頃には、つい数週間前までの寒さが嘘であったのかと思えるほど、陽気も景色も、そして気持ちもすっかりと桜色に春めいてくる。

特に今日は見事なまでの快晴に恵まれ、春物とはいえ上着を羽織ると少々暑く感じられるほどだ。

 

 

こんなうららかな春日和の平日は、日がな一日、是非とも陽の降り注ぐリビングのソファーでゴロゴロしていたいはずなのだが、なぜだか俺は柄にもなく外出しているという不測の事態に陥っている。

 

刻は昼前、場所はららぽ前。

貴重な春休みの1日に、なぜこんなデートスポット前に居なければならないのかというと、それはつい先日のある人物からのお誘いがあったからなのだが……

 

「……ひ、比企谷……その、遅くなってごめん」

 

「お、おう……別に時間ぴったりだし今来たところだから気にすんな」

 

そう。まさに今待ち合わせ場所に到着したこの人物。

青みがかった黒髪をお手製のシュシュでポニーテールにし、とても可愛らしい白のミニ丈ワンピースにデニムジャケットを羽織ってきたこの人物、川なんとかさんこと川崎沙希と買い物をすることになったからなのである。

 

 

…………ん?可愛らしいミニ丈ワンピース………だと?

 

 

× × ×

 

 

事の成り行きは、先日予備校にて誘われたけーちゃんの入学祝いのお誘い。

もちろん断る気満々だったのだが、なんか川崎がすごいもじもじしちゃってて断り辛かったってのと、単純にけーちゃんを祝ってやりたいという気持ちが重なって、ついそのお誘いを受諾してしまったのだ。

 

そこで、お祝いの席に行くなら行くでプレゼントを用意しなきゃな、という話になった際、川崎からのまさかの買い物同行発言。

あまりにも突拍子の無かった誘いに唖然として、つい「お、おう」と、またもや受諾してしまったのだ。

やだ八幡人間関係のアドリブに弱すぎっ!

 

そんなわけで日時と場所を決めて待ち合わせたわけだが……なんでサキサキはこんなに女の子みたいな格好してるん?

お前普段細身のジーンズとか、ハーフパンツにタイツとかじゃねーかよ。

あ、普段私服を見る機会のあるような関係ってわけじゃなくて、予備校で見かけるといつも……ってことね?

 

少々驚いて川崎の格好に目を奪われていると、そんな俺からの視線に居心地が悪そうにしていた川崎が一言。

 

『は?なにジロジロ見てんの?』とか言うかと思ったら大間違いでした。

 

「……ぅぅ……や、やっぱ変かな……」

 

と、真っ赤に顔を染め上げて、不安げにもじもじとしていらっしゃいました。

なんだよ可愛いなおい。

 

「や、やー……よ、よく分からんけど、なんつーか……その……似合ってんじゃねぇの……?」

 

は、恥ずかしいよう……

こんな褒めてんだかなんだかよく分からん俺の情けなすぎる言葉に、川崎はうっすらと潤んだ瞳を一瞬見開いたと思ったら、安心したかのように表情を緩めた。

 

「……あっそ……あ、あんがと」

 

そしてさらに赤く俯いてしまった川崎に、つい俺も顔が熱くなって俯いちゃいました。

なにこれ?

 

 

× × ×

 

 

そのままで居ても一行に埒が開かないので、俺達はどちらともなく店内へと足を踏み入れた。

 

おいおいなんだよこの初々しいカップルみたいな状況は。

今日はけーちゃんのお祝いを買いに来ただけでしょ?

まぁ人と馴れ合うことに不慣れな俺と川崎が二人で買い物なんかに来りゃ、こんなザマになっちゃうのも仕方ないよね?

そもそもなんで二人で買いに来る必要があったのかも分かんないんだけど。

まぁせっかくけーちゃんにプレゼントをあげるなら喜んでもらいたいが、如何せん何をあげれば喜ぶのか……そもそも好みが分からん俺には、川崎の助けはなかなかに有難いのだ。

 

こいつもいいお姉ちゃんだから、少しでもけーちゃんの為になるのであればと、俺が変なものを買わないように監視役を買って出たってところなのだろう。

 

 

であるのならば、あんまり長い時間付き合わしちまうのも申し訳ない。

早く買い物を済ませて、とっとと川崎を解放してやるのが、俺に出来るせめてものことだろう。

 

「あー……なぁ川崎、けーちゃんてどんなの喜ぶんだ?」

 

「……」

 

「……おーい、川崎さん?」

 

「……」

 

あん?

質問に一切返答が無い為、仕方なく横を歩いている川崎に視線を向けると、なんか妙にニマニマして明後日の方向を向いたままですね。

つーかニマニマした顔を引き締めようとして力を込めてるもんだから、目元と口元あたりがヒクヒクしてる。

 

……なにこの初めてのデートでついつい顔が緩んじゃって、相手にバレないように一生懸命表情を誤魔化そうと努力してるみたいな図。

ああ、俺との買い物が嬉しいわけ無いから、けーちゃんのプレゼント選びが嬉しくてしょうがないんですね。この重度のシスコンさんめ。

 

ふぅ……あぶねぇあぶねぇ。危うく勘違いて告白して鉄拳制裁されちゃうとこだったぜ……鉄拳制裁されちゃうのかよ。

振られちゃうのかよの新パターンにしても俺の未来は辛すぎじゃないですかね……

 

「お、おい川崎!」

 

「……ふぇ?」

 

いやいやふぇ?って。お前油断し過ぎだろ……

すると自分が油断し過ぎて俺からの問い掛けが聞こえてなかったことに気付いた川崎はあたふたし始める。

 

「……!! な、なに!?なんか言った!?」

 

「……いやだから、けーちゃんてどんなの好きなんだ?って話だよ」

 

「あ、あー、けーちゃ……京華の好きなもん!?け、京華はうなぎが好きだよ」

 

「いやお前うなぎって……小学校に上がる入学祝いにうなぎをプレゼントするとか聞いたことねぇわ……」

 

「……!! あ、ああ、うん。そうだよね……にゅ、入学祝いね」

 

好きなもの→うなぎ。

やっぱり君たち姉妹なんですね。

 

ったく、こいつどんだけぼーっとしてんだよ……

俺との買い物は、そんなに現実逃避したいんですかね。

 

「いや、まぁなんでも喜ぶとは思うけど……じ、時間あるし、取り敢えず色々と見て回んない?」

 

「お、おう……そうだな」

 

……どうやら買い物自体を無理に早く済まして、川崎を解放してやんなきゃならないって気遣いは必要無いらしい。

まぁ俺は早く済ませて早く家に帰りたいんですけどね。べ、別に川崎との買い物が楽しいだなんて思ってないんだからね!

 

 

 

それから俺達はららぽ内をのんびりと歩き回った。

そこはぼっちの俺とぼっちの川崎らしく、会話なんかビックリするくらいに無い。

だが、正直思っていたよりもずっと居心地は悪く無かった。

お互いに自分たちの距離感だか空気感を理解しているからなのか、会話はほとんど無いのになんか気まずくないんだよな。

 

ちょっと雪ノ下と二人で部室に居る時を思い出しちまうような、そんなゆったりとした空気感の中で、最初はガチガチに固まってた川崎もたまに覗き見る表情を見る限りでは、こいつもかなり自然体で楽しんでいるように思える。

 

てかなに俺川崎の顔覗き見ちゃってるのん?

だって普段見ることが出来ない自然と緩んだ表情とか私服姿とか、なんかちょっと可愛いいんですもの。

 

「……なに?」

 

「へ?あ、いや……」

 

やっべ、ちょっとジロジロ見すぎちったか?すげぇ訝しげな目で睨まれちゃった!

サキサキの視線まじジャックナイフ。

やめな、あたしに触れたらケガするよ。

大丈夫です触れません。なぜなら触れてもいないのにすでに致命傷の切り傷だらけだからです。

 

「……まぁ色々と見て回ったわけだが、いくつか候補も上げたし、どれがいいかなと」

 

文房具店に行って可愛い文房具セット見たり、雑貨屋行って可愛い髪飾り見たり、衣料品売り場に行って可愛いハンカチ見たり、おもちゃ屋行ってぬいぐるみ見たり、食品売り場に行ってうなぎ見たり。

うなぎは嘘です。

 

とまぁホントあっちこっち歩き回って、川崎の意見を聞きながらいくつか候補をあげていたのだ。

 

「やっぱ入学祝いっつったら、最初に見たプリキュア文房具セットとかが鉄板かと思うんだが」

 

プリキュアは明らかに俺の趣味なわけだが、布教用として幼児に贈るのは悪くないアイデアだろう。

まぁ川崎に聞いたところ、けーちゃんもプリキュア好きらしく、布教の意味は無いんだけれども。

けーちゃんがテレビやスクリーンに向かって「ぷりきゅあがんばれー」とか応援してたら萌えキュン死しちゃいそう!

 

すると川崎は俺の問いに対してこんな解を出した。

それは……先程まで俺が感じていた弛緩した空気をやはり川崎も感じていて、気が弛んでしまっていた為につい口走ってしまった、余りにも素な答えだったのだろう……

 

 

「んー、けーちゃんホントはーちゃんが大好きだから、はーちゃんがくれるならなんでも喜ぶとは思うけどさ、そういうものよりは、ハンカチとかぬいぐるみみたいに、いつも持ってられるモノだったり一緒に居られるモノの方が喜ぶんじゃない?」

 

 

…………いやいやはーちゃんてあなた……

 

 

× × ×

 

 

「…………」

 

「……なに……?なんであんたの質問に答えてんのに黙ってんの……?」

 

「……お、おおおう。いや、なんでもねーぞ」

 

突然の事態に唖然としてたところにジャックナイフを突き付けられて、ついどもってしまう。

ほんと恐いんで勘弁してください。

 

いや待て、そんなことよりも……だ。“弛んで油断してた所で出た素”って……

なに?お前けーちゃんと話してる時とか、俺の事はーちゃんて呼んでるのん?

なにそれ想像したらちょっと恥ずかしくない?

 

「……あっそ。で?どうすんの?」

 

「あー、その、なんだ。そういう事なら、そっち方面で考えてみっか」

 

「……そ」

 

うん。どうやら川崎は自分の失態に気付いていないようですね。

……ってか、これ気付いちゃったらマズいよね?

 

なんかこの失態に気付いたら、被害は川崎だけじゃなくて俺にまで及んじゃいそう。

川崎は主に精神的な被害、俺は主に肉体的な被害が。

 

よ、よし……ここは冷静に対応しようぜ俺!

このまま聞かなかったことにして流しちゃおう!

 

「お、おし……じゃあそういうの売ってそうな店を重点的に回ってみっか」

 

「うん。そうだね」

 

ふぅ、助かったぜ。

どうやらこのまま何も無かったことに出来そうだ。

俺も、どうやら川崎が家では俺をはーちゃんと呼んでるらしいという事は綺麗さっぱり忘れてしまおう。

そんな危険な記憶、誰も幸せにならないもんな。

 

 

───しかし俺は考えが甘かったのだ。それはもうマッ缶ばりの糖分で。

だって、そのやりとりに危機感を持ってたのは俺だけで、当の本人の気持ちは弛んだ素のままなんですもの。

 

 

それは、そのまま和やかに何件か店を回り、もうそろそろプレゼントを決めようかと思っている時だった。

不意に袖を摘まれくいくいと引かれたと思ったら、ついにとてつもない爆弾を全力で投げ付けられてしまったのだ。

 

「あ、はーちゃんはーちゃん。あの店とか良くない?」

 

「…………へ?」

 

「いや、へ?じゃなくてさ、あの店ってまだ入って無くない?はーちゃ……………………」

 

 

……完全なるフリーズである。

どうやら無意識に摘んでしまった袖を見つめながら、川崎はつい今しがたの、そして先程からの自らの失態が脳内を駆け巡っているらしい。

そしてその思考は次第に川崎の脳を覚醒させ、フリーズしたままだったその表情が、その全身が小刻みに震え始めた。

 

あ、やばい。なんか泣き出しそうな川崎の涙目な顔が、漫画みたいに下から上へと赤くなってきて湯気を出して沸騰しそう。

 

 

 

「◆☆*▽★※▲〜〜〜っっっっっ!!!」

 

 

 

川崎は叫んだ。超叫んだ。

絶叫した川崎は、両手で顔を覆い隠してその場にしゃがみこんで、ぶんぶんと頭を左右に振る。

痛い痛い。川崎のイヤイヤに連動したポニーテールが、ペチペチと俺の足を鞭打ってますんでやめてくれませんかね。

 

「無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ……」

 

顔を覆い隠したまましゃがみこんでぷるぷると震える川崎は、呪咀でも唱えるかのように、蚊の鳴くような声でブツブツ言っててかなりマズい状況です。

 

 

まぁそりゃそうなりますよね。気持ちは分かります。

これはアレだ。気持ちが弛んでる時に先生をお母さんって呼んじゃったり、父親かと思ってねぇねぇお父さんって話し掛けたら知らないオッサンだったみたいな恥ずかしさだ。

確かに気持ちは分かる。分かるんだが…………この状況はすこぶる宜しくない。

 

平日の昼間とはいえ、春休み中のららぽはなかなかに賑わいを見せている。

そんな中、耳まで真っ赤にした顔を両手で覆い隠して、ぷるぷる震えてしゃがみこんでいる女の子と、その傍らには目が腐った怪しい男が一人。

 

これどう考えてもヤバいよね?

どうしよう痴漢かと思われて通報されちゃうよう!

 

「お、おい川崎!」

 

「無理無理無理無理……」

 

いや俺が無理だわ。

君はまだ羞恥に耐えるだけだからいいけど、俺はそれに加えて刑事罰を科せられるかも知れないんだからね?

 

しかし、結局どうすることも出来ず、周りから好奇の視線を散々浴びつつ、川崎の復活を待つことしか出来ない無力な俺でした。

 

 

 

───一体どれ程の時が流れたのだろうか。ほんの一瞬のような、永遠ともいえるような。

朗報があるとすれば、その間は運良く通報されずにいられたというただ一点のみだろう。

 

「ねぇママ〜、あれなーに?」「シッ!見ちゃダメよ!」と、テンプレ親子ガヤが今にも聞こえてきそうな空気の中で悟ったのは、どうやらこれは痴漢とかそういうんじゃなくて、痴話喧嘩の末に彼女を泣かせたダメ彼氏の図と捉えられているっぽい。

それって朗報なのん?それはそれで甚だ心外なんですけどね。この子が一方的に自爆しただけですから!

 

「……よしっ……」

 

今日も通常営業でいわれのない悪評に心を傷めていると、ようやく川崎に動きが見られた。

小さく気合いを入れたかと思ったら、突然スックと立ち上がったのだ。

 

あまりにもいきなりの行動だった為に驚いて川崎を見ると、頬はまだ仄かに赤らんでいて、目の端にはうっすらと涙が浮かんでいるものの、その瞳には確かな意志が宿っていた。

もちろん目は合わせてくれようとはしないけれども。

 

一切こちらを見ずに一歩を踏み出す川崎は、俺にこんな一言を述べてから、俺の反応など意に介さずに一人歩き始めた。

 

「……比企谷、なにやってんの?早く行くよ」

 

「……」

 

うん。どうやら無かったことにしといて欲しいみたいね。

了解しました。それでいいならむしろ大助かりですよ。

 

「ちょっと、なにやってんのさ。時間勿体ないから早くしなよ」

 

「……おう。すまんな」

 

トレードマークのポニーテールのせいで隠しようのない真っ赤な耳に苦笑いしつつ、俺はそんなキツめなセリフを吐きながらも一切こちらを振り向かすに先を行く川崎の隣に並び立つのだった。

 

 

× × ×

 

 

それからはまたしばらくのあいだ店内を周り、ようやくけーちゃんへのプレゼントを手に入れた。

最終的に入学祝いとはあまり関係の無いうさぎのぬいぐるみになってしまったが、けーちゃんが寝るときに抱っこしてくれんなら、うさぎのヤツも本望ってもんだろう。

 

「いい買いもんが出来たわ。ありがとな」

 

「んーん?……こっちこそ京華の為にありがと。あの子、喜ぶと思うよ」

 

そう言う川崎の表情は、我が子を想う本当にとても優しい母親……じゃなかった、我が妹を想う姉の表情だった。

どうもヤンママなイメージが抜けきれませんね。

 

 

よし!それじゃあ買い物も済んだし、そろそろ帰りましょうかねと提案しかけた時だった。

つい今しがたまで優しい母親の表情をしていたばかりの川崎だったのに、なぜか途端にもじもじし始めたのだ。

どうしたのん?お花摘みにでも行きたくなっちゃったのん?

 

「……あ、あのさ、比企谷」

 

「ん?どうかしたか」

 

問い掛け返した俺に、川崎はもじもじして俯くと、はぁぁ〜と深く息を吐いてからとても言いづらそうに言葉を紡ぐ。

 

「えと……その、さ……なんか、お、お腹とか減んない……?」

 

腹?

ああ、そういやプレゼントの事と川崎の事(主にご乱心のこと)で頭がいっぱいすぎて、メシなんかすっかり忘れてたわ。

スマホを確認してみると時間は昼の二時を回っていた。そりゃ腹も減るだろう。

 

「そうだな。もうこんな時間だしな。んじゃ…」

 

早く帰ろうぜ。そう言おうとした所で、続く言葉を遮られてしまった。

 

「じゃ、じゃあさ!……ちょ、ちょっと食べてかない……!?」

 

 

「……は?」

 

まさかの食事の誘いかよ……

マジ……?ぼっち二人で外食とかハードル高過ぎない?

そのハードルを気にも止めないほどにお腹空いちゃったのん?

 

「あ、いや……」

 

これは断らねばとした所で、またしても俺の意見は掻き消された。

 

「あのさっ……き、今日たまたまなんだけど、べっ、弁当作ってきてあんだよね……」

 

いやいや、たまたま作ってきた弁当ってなんだよ。

 

「で、さ……ま、まぁこっちもたまたまなんだけど……な、なんかレジャーシートとかもあるからさ…………今日は天気良くて暖かいし、どっかで……は、花見でもしながら弁当食べない……!?」

 

 

 

……頬を桜色に染めて花見の誘いをしてくる川崎。

マジか。まさかこんなことになるとは……

 

気まずそうに目を泳がせて、恥ずかしそうに不安そうにもじもじと俺の答えを待っている川崎を見ている俺は、いけないいけないとは思いつつも、こんな気持ちが頭を過らずにはいられなかった。

 

 

 

───なんだよ川崎……いくらなんでもさすがにこれじゃ勘違いしちまうだろうが……

 

 

 

 

続く

 






というわけで、まさかの八幡視点な中編でした!


本当はひとつの物語の中では視点ってあんまり変えたくないってこだわりがあるんですけど(一人称な以上、相手の気持ちなんて分からないのが当然なので、致し方無い場合でも無ければ視点は1人で固定したいんですよね)、今回はそんなこだわりを投げ出しちゃいました!(もうこだわりでもなんでもないじゃん)
だって今回のお話は、八幡視点で書いた方がサキサキが可愛かったんですもの☆


後編はどちら視点で書くかはまだ未定なんですけど、また次回お会いいたしましょう♪



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桜の花びらと煮っころがし【後編】




スミマセン><
活動報告には書いたんですけど、ちょっと執筆出来る時間があんまり無かったんで、締めだというのに更新が遅くなっちゃいました(汗)
これでも、ちょっとずつ時間作って少〜しずつ書いていって、思ってたよりも早く書けたんですよ?



てなわけで、サキサキ編ラストでっす!どうぞ

▼ ▼ ▼





 

 

 

「……で?どこ行くんだ?」

 

「……あ、えっと……」

 

ららぽを出た俺達は南船橋から西船橋へと移動し、駅前から乗ったバスに揺られていた。

 

「なんかここら辺で花見で調べたらさ、行田公園が良いって書いてあったんだよね」

 

「ああ、行田公園か」

 

「最初っから買い物を千葉にしとけは、駅から近いとこに千葉公園があったっぽいんだけど、最初にららぽで買い物って決めちゃってたから、ここら辺で探してみたんだ」

 

「……そうか」

 

……下調べばっちりじゃねぇかよ。

俺が多少驚きの目で見ると、その視線に気付いた川崎はハッとしたかと思ったら、途端に顔を染め上げてあたふたと言い訳を始めた。

 

「べっ!別にたまたまだからたまたま!ちょ、ちょっと携帯弄ってたら、たまたま花見情報が出てきただけだからっ……」

 

おいおい、たまたまがゲシュタルト崩壊起こし掛けてるぞ。

てか、たまたま弁当持ってきただのたまたまレジャーシート持ってきただのたまたま花見スポット調べといただの、どんだけ楽しみにしてたんですかねこの子。

あ、アレか。いざ家族で花見に行く際の予行演習的なやつか。

 

あっぶね。危うく勘違……って、コレはもういいか。

川崎にどういう意図があるかなんて俺にはさっぱり見当が付かないが、二人で買い物に行くと決めていた今日この日にわざわざ弁当用意してくれてたり、わざわざ場所調べたりしてくれてたんだ。少なくとも、今日という日を楽しみにしていたことは疑いようがない。

それなのにいちいち茶化すのなんて無粋ってものだろう。いや、茶化すって言っても脳内オンリーな話なわけだが。

 

川崎にどんな意図があるにせよ、今日に限っては俺も単純に花見を楽しんでみよう。そうでもなきゃ、ここまで楽しみにしてたヤツに失礼だよな。

恥ずかしいからあまり認めたくはないが、こいつと二人の買い物ってのも、なかなか悪く無かったし。

 

 

 

そんならしくもない思考を巡らせている俺と、必死に言い訳したあとは静かに俯いたままの川崎を乗せて、バスは目的地へとひた走る。

ほどなくして到着したバスを降りて広い公園に足を踏み入れると、そこには数百本にも及ぶ桜が、儚くも美しく咲き誇っていた。

 

 

× × ×

 

 

「……綺麗」

 

「!? お、おう、そうだな」

 

勘弁してくれよ……調子狂っちまうじゃねぇかよ……

咲き誇る桜に、そっと感嘆の声を上げて見つめる川崎の眼差し、横顔は、まるで乙女そのものって感じだ。

普段のこいつからは全く想像出来ないそんな表情に、俺は思わずドキリとしてしまった。

 

「なに?……どうかした」

 

しかしそんな乙女な眼差しも次の瞬間にはジャックナイフに早変わり。

もう気持ちが落ち着くところがないですよ。

 

「いや、なんでもない。うし、腹減ったし早く場所決めて食おうぜ」

 

「そ、そうだね……」

 

ん?なんかこいつまた緊張してね?

二人で居る事には随分慣れたつもりだったんだが、ここにきて急に緊張されちゃうと、俺にも感染っちゃうからやめてね。

 

「じゃ、じゃああっち行ってみっか」

 

「……うん」

 

 

 

平日とはいえ、春休み中で花見シーズンの公園はかなり賑わっていた。

子供を連れた母親グループや、カップル・友達同士で来ている連中。

そんな賑わう花見客の間に見つけたスペースに川崎から受け取ったレジャーシートを広げ、俺達は腰掛けた。

 

「ちょうど桜の下が空いてて良かったね」

 

「だな。すげーいい眺めだもんな」

 

 

そう。本当にいい眺めだ。

 

雲一つない澄み渡った青と、美しく咲き誇るピンク、そして辺り一面に広がる芝生の緑のグラデーション。

そして目の前に視線を向けると、ミニ丈ワンピースのまっさらな白から覗く黒レースのグラデーション。

 

やめて!俺、ずっと上を向いてないといけなくなっちゃう!首が疲れちゃうからその黒のレースを隠して!

 

なんつーの?これは女の子座りって言っちゃっていいの?正座を片方に崩したような座り方されちゃうと、正面に座ってるとマジ丸見えなんすよ。

てかやっぱ黒レースなのね。この子って見た目の印象(ヤンキー)と違って中身はとんでもなく純情乙女なのに、なんでこんなに黒レース大好きなんでしょ。

でも川崎が白とか履いてたらやっぱ似合わないか。いや、それはそれでめちゃくちゃそそるゲフンゲフン。

 

しかしこれはマジでいかん。俺が一人で楽しむ分には構わないんだが構わないのかよ。川崎は見た目はかなりの美人さんなのだ。

周りの目を引くくらいに美人な川崎が、黒い布をこんなに丸出しにしてたら、周りのけだもの共に見られちゃうかもしれん。

それは決して許されん。こんな素晴らしい桃源郷は俺の記憶の中だけに留めておきたい。

やだっ、俺ってば独占欲が強い彼氏みたい!

 

 

とまぁ冗談はさておき、周りの男共から見せ物になっちゃうってのは単純に可哀想だし、このままもうちょっと見ていたい願望をなんとか押さえ付けて、俺は意を決して川崎に話し掛けた。

 

「えーとだな……川崎」

 

「なに?」

 

……あれ?これどうやって伝えたらいいのん?

なんかさっき、すげーいい眺めとか言っちゃってなかったっけ俺。

いい眺め→パンツとか、まるっきり変態になっちゃわないですかね?

 

でもまぁあれだ。これが雪ノ下とか由比ヶ浜、あまつさえ一色ともなるとそれはもう大変な事態に陥りそうだが、川崎なら大丈夫な気がする。

前に見ちゃったことあるし、そんときも冷めた態度で「……バカじゃないの?」とかで済んだはずだし、今回もそんな感じで済む可能性大……だよね?

 

さよなら俺の黒い桃源郷。また会おうぜ!

 

「その、なんつーか……ま、前を隠してくれるとありがたいんだが……」

 

「……は?前?あんたなに言って、ん…………の…………」

 

最初訝しげな視線を寄越してきた川崎だが、見ないようにそっぽ向きながらも結局チラチラ見ちゃってる手癖の悪い俺の視線と、自分のむき出しの生足の奥を交互に見比べて、ようやく事態に気付いたようでカァッと赤くなった。

 

「〜〜〜っ!?」

 

ガバァッと両手でスカートの裾を押さえたかと思うと、茹でダコみたいな赤い顔と潤々の涙目で睨み付けてきた。

 

「……ぅぅ……ばか」

 

なにそれ可愛い。

触れる者みな傷つける切れ味鋭いジャックナイフなはずなのに、プルプルと涙目で睨み付けてくる川崎の目と「ばか」はとっても可愛かったです。まる。

 

 

× × ×

 

 

あー……腹減ったなぁ……

でもあれから暫く経つけど、肝心の弁当を持ってきてくれてるサキサキはずっとプルプルしっぱなしだしなぁ……

なんか「もうお嫁に行けない……」とか「パ、パンツくらいなら別になんてことないっ……」とか「やっぱこんな慣れないの着てくんじゃ無かった……」とかブツブツ呟いてるし。

 

まぁさっきららぽでもこんな状態から見事に復活したし、しばらくしたら復活すんだろ。

空腹を誤魔化すべく、目蓋の裏にしっかりと焼き付けた、今はもうハンカチで隠されてしまった桃源郷に思いを馳せていると、「んん!ん!」と咳払いが聞こえてきた。

 

「……じゃ、じゃあそろそろお昼にしようか」

 

おお!ようやくのサキサキ覚醒か。お昼とは言っても、そろそろ夕方なんですけどね。

チラリと川崎を見てみると、先ほどのららぽと同じように、無かったことにしてくれって空気を纏いながら鞄をごそごそしていた。

 

「そ、そうだな。……なんつーか、ご馳走様でした」

 

「は、はぁ?今から食べんのに、なんでご馳走様なわけ?」

 

あ、今更つい心の声が……

いやホントに美味でございました。

 

「えと……は、はいコレ」

 

「あ、ああ……さんきゅ」

 

あれ?なんかこいつまた緊張……って、あ。

 

場所取りからのサキパンですっかり忘れてたが、そういやこいつ、公園に入った辺りからまた緊張し始めてたっけか。

弁当渡してくれようとしてる手が若干震えてるし、緊張の原因はこの弁当にあるんだろうか?

弁当を受け取って早速蓋を開けようとした時、川崎が慌てて声をかけてきた。

 

「あっ!……あのさっ……」

 

「お、おおおう」

 

急にそんなに迫ってこないでください。ビクッとしてどもっちゃうじゃないですか。

 

「そ、その……た、大したもんじゃないから……」

 

「へ?あ、ああ」

 

ん?どうしたんだ?こいつ。

慌ててなに言いだすのかと思ったら、大したもんじゃないなんて一言を告げて、不安げにもじもじしてやがる。

別に大したもんじゃなくたって、わざわざ作ってきてくれた弁当にケチをつけるなんて事しないっつうのに。中身が木炭とか桃入りカレーとかでなければ。

こいつは由比ヶ浜と違って料理出来るはずだし、そんな破滅的な代物なんて入っているわけがない。

なにをそんなに不安がってんだか。

 

しかしその時、ふと俺の頭の中に、いつぞやの奉仕部部室での、今と同じように不安げにもじもじしている川崎の光景が頭をよぎった。

まさか……

 

そして弁当の蓋を開けた俺は、なぜ川崎がこんなにももじもじしているのかを理解するのだった。

 

 

 

 

うわぁ……地味……

 

 

× × ×

 

 

川崎から受け取った弁当は、おおよそ女子高生が作ったとは思えないほどの地味さだった。

なんつーか……茶色?

 

いなり寿司にサワラの西京焼きに切り干し大根等々。

唯一とも言える彩りが筑前煮に入った人参の赤色と言うのも、また郷愁をそそる。

そして…………ああ、里芋の煮っころがしか。

 

 

お袋の味と言うよりは、もうお婆ちゃん味ってレベルの地味さの弁当をまじまじ見ていると、川崎が気まずそうに謝ってきた。

 

「……なんか、地味で悪いね……あたしさ、基本地味なものしか作れなくってさ。せっかくの花見だし、少しは見栄えのいいのに挑戦しようかとも思ったんだけど…………そ、その……せっかく作るんなら、得意料理にしたいな、と……ホントごめん」

 

いやいやちょっと待て。

アホかこいつ。なんでわざわざ作ってきてくれたってのに、地味なこと程度で謝られなくちゃなんねぇんだよ。

確かに地味は地味だが、めちゃくちゃ有り難いっての。

それに……地味と思われようともあえて得意料理を選んだってことは、その、なんつうか……一番美味いものを俺に食わせようと思ってくれたからだろ?

 

だから俺は川崎の不必要な謝罪なんか無視して、いただきますと一言お断わりを入れてから煮っころがしを口に運んだ。

 

「……うめっ……」

 

マジで美味い……

シンプルな里芋だけの煮っころがしなのに、本当に美味い。

煮崩れないくらいの絶妙な柔らかさに炊き上げられた里芋は、出汁・砂糖・みりん・醤油がしっかりと中まで染み込んでいて、丁寧な下処理をした上に、一度きちんと冷まして味を馴染ませたんだろうなって事が窺える。もしかしたら前日の晩から準備してたのかも知れない。

愛情のたっぷりこもった極上の家庭の味。得意料理だと挙げるだけの事はあるわ。

 

だから、俺は不安げに上目遣いで見つめてくる目の前の少女に、この気持ちをきちんと伝えてやんなきゃならない。

ふ、普段だったら恥ずかしくて絶対に言わないんだからね!

 

「川崎、マジでうめぇわ」

 

すると心配そうに暗い顔をしていた川崎は、パァッと笑顔の花を咲かせた。

 

「……そ、そっか。良かった」

 

「おう。こんな美味い煮っころがし食ったことねぇわ。これならいくらでも食える」

 

愛情込めて作ってくれたにもかかわらず、不安げだった川崎を安心させてやりたいという思いと、本当に美味いと感じたことを伝えたいという思いが重なりあって、俺らしくもなく素直に絶賛してしまった。

すると今度はその素直な感想に、川崎は逆に居心地悪そうにもじもじしてしまう。

 

 

「……あ、あんたちょっと褒めすぎだっつうの……たかだか里芋くらいでさぁ……」

 

「いやだってマジで美味いし」

 

「〜〜〜っ…………マジで芋くらいでバカじゃないのっ……」

 

なぜだか罵倒されました。

俯いてしまった川崎。だが、僅かに見える口元が上に歪んでしまわないようにプルプルしてるのが見えた。

耳まで真っ赤にしてるし、これは褒められて喜んでるってことでいいんだよね?

この子はホント素直じゃないですね。それ俺が言っちゃうのん?

 

 

「でもさ……」

 

「あん?」

 

「あ、や、褒めてくれたことはホント嬉しいんだけどさ…………やっぱ、地味だよね……完成した弁当見たら我ながらビックリしちゃってさ……彩りとかそういうの、全然無いじゃん?……これでも一応女子高生だってのに……なんだかなって思っちゃって」

 

……つい今しがたまでニヤつきを抑えようとしてたのに、そんなことを言いながら徐々に沈んでいってるのが分かった。

いつかの部室でも得意料理を言いにくそうにしてたくらいだし、やはりこいつなりに気にしてるんだろう。

 

ったくよ……んなこと気にすんなっつの。

だってさ、

 

「別に、マジですげぇ美味いんだから、そんなことどうでも良くねぇか?」

 

「……比企谷………わっ」

 

「うおっ!」

 

その時、突然強い春風が辺りを駆け抜け、花見客達のコンビニ袋やらゴミやらが宙を舞った。

客達がキャーキャーわーわー笑いながら、飛ばされた自分の荷物を拾いに走る中、その突然の春風によって、辺りは一面桜色に染まっていた。そして手元の弁当に視線を向けた俺は、思わず口角が上がってしまった。

 

「……それに……ホレ」

 

「なに?」

 

「まぁ確かに地味っちゃ地味だが、足りない彩りならこいつらが勝手に華やかにしてくれんだろ……知らんけど」

 

 

春風に美しく舞い踊る桜吹雪の悪戯で、地味な里芋の煮っころがしには、数枚の桜の花びらが彩りを添えていた。

 

 

× × ×

 

 

花見を終えた俺達は、無言で帰路についていた。

てか、弁当の時の彩り発言から、川崎がまったく目を合わせなくなった。

 

なに?やっぱあの発言って恥ずかしかったの?俺も言っちゃった後にどうかと思ったんだよね。

だって川崎さん、俺がああ言ったのをぽかんと惚けた顔して見つめてたかと思ったら、ハッとなってまた湯気が出そうなほどに赤くなって俯いちゃったんだもん。

『なにこいつ自分に酔ってんの?超恥ずかしいセリフ言っちゃってんだけどーwキザなぼっちとかwww』とか思っちゃったのかな?ハチマンマダナカナイ。

 

 

くっそう!やっぱ花見なんて来なきゃよかったよぅ!

早く俺に布団を頂戴!一刻も早く包まりたいよぅ!

内心一人でそう悶えていると、いつの間にやら地元の駅まで到着していた。ちょっと意識飛びすぎじゃないですかね。

 

 

俺と川崎は地元は一緒なのだが、中学が違うだけあって学区が違う。つまりは駅から家までが逆方向なのだ。

ということでここでお別れだ。ようやくこの恥辱地獄から解放されるのか……

いや、一人になってからの方がより一層自覚しちゃうんだよね、黒歴史って。

 

来るべき夜のベッドタイムに内心悶え苦しんでいる俺のことなどお構いなしに、ようやく川崎が口を開いた。

 

「あ、あのさ、比企谷……」

 

「お、おう」

 

なんすかね。トドメなの?追い打ちかけられちゃうんですかね。

 

「も、もうすぐ新学期じゃん……?で、さ……も、もしまた同じクラスになったら……あたし、あ、あんたの弁当作ってきてあげようか……っ?」

 

「……へ?」

 

「あ!いや!べ、別に他意は無くって!……やっぱあたしもう少し料理上手くなりたいっていうか……す、少しは地味から脱却したいじゃん!?……だ、だからさ!あ、あんたが見たり食べたりして協力してくれると助かるっつうか……ど、どう!?」

 

「お、おう」

 

「マジで!?……っしゃ!!じゃ、じゃあ約束ね!」

 

「……おう」

 

「じゃあねっ……」

 

 

言うが早いか、川崎はバッと顔を逸らして立ち去っていく。

 

……あんなに必死に迫られたらノーなんて言えないし、そんなに嬉しそうな顔されたら訂正できないだろうが……

つうか約束って……まだクラスが一緒になるとは限らないだろ……

 

「あ」

 

逃げるように立ち去ろうとしていた川崎が、なにかを思い出したかのように声をあげると振り返った。

 

「それと、けーちゃんの入学祝いの日も、家に来んの楽しみにしてるからさ。そん時もあたしが料理作るから、また美味しいって言ってくれたら……まぁ……嬉しい……かも、知んない」

 

 

そう桜色にはにかんだ川崎は、ご自慢のポニーテールを愉しげにゆらゆら揺らし、今度こそ家路についたのだった。

 

 

 

 

はぁ……参った。

どうしてくれんだよさーちゃん。そんな笑顔見せられちまったら、さすがの俺でも勘違いせざるをえないだろ……

 

ま、あくまでもクラスがまた一緒になっちまったらの話だ。

あんまり細かい事は、もしも、もしもクラスが一緒になっちまってから考えればいいよな。

 

「くぁっ……うし、帰るか」

 

ぐぅっと伸びをして空を仰いだ視界に広がったのは、美しく咲き誇る桜の花と美しく舞い散る花びら。

顔先をヒラヒラと横切っていく桜の花びらを目で追いながら、ふと考えることは一つだけ。

 

 

 

 

──ああ、また美味い里芋の煮っころがし食いてぇなぁ……

 

 

 

 

 





ありがとうございました!
やー、丸々サキサキは初めてでしたが、お楽しみいただけましたでしょうか!?
今までなかなか書きませんでしたが、サキサキって、可愛いですね☆

そして、けーちゃんの入学祝いまでやっても良かったんですけど、けーちゃんが出て来た瞬間にさーちゃんSSじゃなくてけーちゃんSSになっちゃうんで、今回はやめときますねー(笑)
まぁ、もしもいずれ気が向いたらけーちゃんSSとして書くかも(^皿^)?


それではまたお会いしましょう!



追伸……

作者は元千葉県民ですが、当時は柏らへんに住んでたので千葉や船橋には行った事がありません!
だって柏さえあれば、他に何も要らなかったんですもの。

なので、今話で出て来た花見スポット等々の情報はググって調べた程度の知識です><;
このSSを読んで下さった読者さまの中で、もしも千葉や船橋らへんにお住まいの方で「おいおい、こんなん全然ちげーよ」とお思いの方がいらっしゃいましたらスミマセン(汗)


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友チョコだからっ!



ハッピーバレンタイ〜ン☆

さぁやってまいりました、恋する乙女の祭典バレンタイン!
SS書き始めて初めてのバレンタインだというのに、なんかもう何度もバレンタインネタを書いてるような気がするのは気のせいのはず。


さて、そんなバレンタインを彩る今回のヒロインなんですけど、私は別にこのヒロインは好きでもなんでもないんですよね。
でも、なぜかバレンタインのヒロインをこの子に選んでしまいました。


そして今回ついに1話で2万文字を突破してしまいました!
通常なら4話分だろ……orz

とにかく長いので、お暇な時に読んだり分けて読んだり、いっそ読まなかったりして頂けると助かります♪


ではではどうぞ( ^_^)/





 

 

 

2月。それはモテない男子諸君にとっては、一年で最も迎えたくない月のひとつであるだろう。

“最も”なのに“〜のひとつ”では些か矛盾しているようではあるが、2月と同等に迎えたくはない月があるのだから致し方ない。まぁそれはもちろん12月なわけだが。

 

と、今に限って言えばキリストの誕生日などはどうでもいいのだ。

なにせ現時点で迎えているのは2月なのだから。

そしてその忌むべき2月の中でも、特にその月の中頃辺りともなると、教室内のリア充たちによる色めき立つ空気が勘に障るようになってくる。

有体に言うとウザイ。

 

 

ふははは!だがしかし!今年はなんといい年なのであろうか。

なぜならば14日が日曜日なのだ!中頃とかボカしてたのに14日って言っちゃったよ。

つまりはバレンタイン当日にそこかしこで行われるであろう……

 

『はい、あげる』

 

『うそマジ!?』

 

『ぎ、義理チョコっていうか、単なる友チョコなんだから勘違いしないでよねっ!』

 

『へぇ……でもそのわりには手作りじゃん』

 

『は、はぁ!?た、たまたまお菓子作りたくなっちゃったからついでに作っただけだっつーの……!』

 

『ぷっ、はいはい』

 

『あー、マジむかつくぅ!十倍返しだかんねっ』

 

『っべーないわ〜。まじパないっしょ!』

 

……なる寒々しいやり取りを見ないで済むからに他ならない。

最後だけなぜか戸部になってしまうくらいに、想像しただけでも鬱陶しい事この上ない。

 

 

そんなわけで、2月の12日である今日さえ乗り切れば、あとは日曜日に小町から貰えるチョコを楽しみにしていればいいだけの簡単なお仕事なのである。

 

まぁここまで言っといてなんだが、そもそも俺はバレンタインって嫌いじゃないんだよね。小町にチョコ貰えるっていう素敵な記憶しかないから。

ただしあえてこれだけは言わせてもらおう。

リア充諸君。バレンタインデーが日曜でザマァ(笑)

 

 

 

さて、それではとっとと部活行って読書でもしながら、来たるバレンタインに思いを馳せましょうかね。

 

 

× × ×

 

 

正直な話を言えば、バレンタインが日曜である事が助かったのは他にも理由があるといえばある。

もしバレンタインが部活がある日であったのなら、情けなくも色々と考えてしまうことがあるからだ。

 

おそらくではあるが、雪ノ下はともかく、由比ヶ浜は義理だとか言ってなにかしらくれるんだと思う。

なにが嫌って、そう考えてしまうこと自体が嫌なのだ。

勝手に期待してそわそわしてる自分がどうしようもなく気持ち悪いし、これでもしも貰えないようなことがあったら、たぶん自分の意識過剰っぷりが恥ずかしくて死にたくなってしまうだろう。

あとは、まぁ単純に受け取るの恥ずかしいし。

 

だから、バレンタインが日曜で本当に良かった。

てか、当日が休日だからってことで、前倒しで今日くれちゃったりしないよね?

……ってクソッ……結局そんなこと考えちゃうんじゃねぇかよ、自意識過剰な化け物さんよ。

あ〜……今日はもう、いつにも増して帰りたい。

 

 

 

──俺のそんな願いが、まさかこのすぐ後に予想だにしない形で叶ってしまうとは、人生ってのは上手くいってんだか上手くいかないように出来てんだかよう分からんな。

とにかく、願いは叶ったというのに、その叶い方が最悪な形なのである。

 

 

 

 

「やぁ、比企谷。待っていたぞ」

 

それは、特別棟への渡り廊下を歩いている時だった。

我が校随一の残念教師と定評のある三十路女教師から突然お声が掛かったのだ。

 

「……どもっす。えっと……なぜここで……?」

 

「いやなに、ちょっと君に頼みごとがあってね。あと、先ほど不愉快なことを考えていなかったかね……?」

 

な、なぜ……!?お願いだから心を読まないで!

 

「め、滅相もございませんっ…………で、頼みごととは」

 

「ふむ……まぁいい。頼みごとというのはな……これなんだが」

 

そう言うと平塚先生は手に持っていたプリントを差し出してきた。

 

「……プリント?……ってこれ、午前中の現国で配られたプリントじゃないですか。それ、持ってますけど……」

 

「いや、別にこれは君のでは無い。頼みというのはだな、今日風邪で欠席した生徒にこれを届けてきて欲しいのだよ」

 

「…………は?」

 

 

 

こうして俺は、たかだかプリント一枚届ける為に、よりにもよってとんでもない場所へと赴くこととなってしまったのだ……

 

 

× × ×

 

 

「マジで来ちまったよ……」

 

俺は、とある一軒家の表札に書かれた名前を見て、本当に来てしまったのだと愕然としていた。

いや、マジでなんで俺なんだよ……

しかし、頼みごとという名の依頼を受けてしまったのだから仕方がない。

くそ……あの三十路め……依頼といえばなんでも済むと思いやがって……

 

 

俺は恐る恐るインターホンに手を伸ばす。ああ……インターホンを押すと死んじゃう病がっ!

 

ピンポンと音は鳴るものの、しばらく待っても応答が無い。

大体インターホン越しに俺が名乗った時点で、手酷く追い返されるんじゃないのか?

このまま誰も出て来ないといいな……てか郵便受けにでも入れとけばいんじゃね?と淡い期待をしている時だった。ガチャリと玄関が開く音がしたのは……

 

ちょっと待って!?インターホンというワンクッション無しにいきなり出て来ちゃうのん?

 

「……はーい…………っ!?」

 

そうダルそうな返事をして玄関から顔を出したそいつは、俺の姿を確認すると唖然とした表情で固まってしまう。そりゃ当然のことだろうよ。

 

「……な、なん……で?……なんであんたがここに居んの……!?」

 

そう弱々しく言葉を漏らし絶句した少女。

パジャマ姿に綿入りの半纏を羽織った我がクラスメイト、相模南がそこに立ちすくんでいた。

どうしてこうなった……

 

 

× × ×

 

 

『今日は相模が風邪で休んだろう?』

 

『……あ、そうなんすか……?全然知りませんけど』

 

『……まったく……君はクラスメイトが病欠したかどうかくらい興味を持ちたまえよ……』

 

『や、まぁ俺には関係の無い事ですしね。たぶん病欠したことを気付くとしたら戸塚くらいです』

 

『君は……はぁ……まぁいい。……で、だ。そういうワケでこのプリントを相模に届けてくれ』

 

『いやいやどういうワケっすか。意味が分かりません。なんで俺が届けなくちゃなんないんすか』

 

『そ、それはあれだ……放課後に暇を持て余している生徒で最適な者といえば、君を置いて他にあるまい』

 

『いやいや俺これから部活なんで超忙しいです』

 

『……君は普段ならすぐに帰ろうとするではないか……とにかく、だ。これは私からの頼みごとでもあり依頼でもあるんだ。NOとは言わせんぞ』

 

『んな無茶苦茶な……だ、大体こんなプリントごとき、わざわざ今日届けなくたって問題ないでしょうが……休み明けで良くないっすか……?』

 

『……そ、それは、だな……さ、相模はああ見えて進級がギリギリな問題生徒でな!?だ、だからこの土日とかも勉強にはとても重要なのだよっ……』

 

『いやいやそんな個人情報喋っちゃってもいいのかよ……それに俺は相模んちなんて知りませんし』

 

『ああ、その点は心配するな。こっちの紙に住所と地図を書いておいた』

 

『いやいやそれこそ教えちゃいけない個人情報だろっ……!あんたなに考えてんだよ……』

 

『あぁもう面倒くさい!グダグダ言わずに持っていけ!これは命令だ!』

 

『頼みでも依頼でもなく命令になっちゃったよ……そもそもなんで俺が相模に……俺とかあいつが一番関わりたく無い人間でしょうが……』

 

『……とにかく頼んだぞ。雪ノ下の方には私から話を通しておくからな』

 

『ち、ちょっ!?』

 

 

× × ×

 

 

くそっ……思い出しただけでも無茶苦茶しやがるな、あの独身め……

この状況どうしてくれんだよ。

 

「……あ、いや……これ届けに…」

 

言うが早いか、ハッとした表情を見せたかと思ったら、思いっきり玄関をバタンと閉められました。

おーい……ちょっとくらい話聞いてくんない?

 

なんだよこれ……まぁ予想の範疇ではあるけども、なんかこれじゃ勝手に押し掛けてきたストーカーに恐怖して逃げ出したみたいな図になってね?……これマジで通報とかしにいったんじゃねーだろな……

 

やばい。もう帰ろう。プリントなんか知らん。でもこれ月曜日に登校したらとんでもない噂になっちゃってんじゃね?

……そんな現実に起こるであろう辛い未来に辟易として踵を返した時、先ほどよりも遠慮したように、静かにガチャリという音がした。

 

あれ?もう通報済んだのん?と振り返ってみると、そこにはパジャマ姿に可愛らしいカーディガンを羽織った相模が、真っ赤な顔をして立っていた。

あ、半纏姿が恥ずかしかっただけなんですかね。

 

「……な、なに?」

 

相模は真っ赤に俯きながらも、困ったような上目遣いで俺がここにいる理由を訊ねてきた。

 

「あ、いや、だからこのプリント持ってけって平塚先生に命令されてな……」

 

ペラリとプリントを掲げると、唖然とそのプリントを見つめながら、相模はぽしょぽしょとこんな事を呟いた。

 

「……マジで……?なんてことしてくれんのよあの独身……。こんなんまだ無理だってばぁ〜……」

 

相模はそんな無意識の呟きなんて聞かれてないつもりなのだろうが、生憎俺は難聴系ではないのだ。

だからその呟きが聞こえてしまった俺は、当然のようにこう思ってしまう。

 

──まだ無理って……どういうことだ……?

あと、相模あたりにも裏では独身呼ばわりされてるのね。

 

まぁ、そんな不毛なこと(主に独身について)を考えたって仕方ない。どうせいくら考えようと答えなんざ出やしないし、そもそも興味もない。

いや、平塚先生が早く貰われてくれればいいのに……ってことには興味ありますよ?

 

だから俺はとっととこの厄介な仕事を終えて、早くマイホームへ帰ろう。

どうやら相模も俺が先生に言われて来ただけだって所は信じてくれたみたいだし。

 

「まぁそういうわけだ。ほいよ」

 

未だ放心状態の相模にプリントを押し付け、俺は帰宅の徒に着いた……つもりだったのだが……、なんか前に進まないんですけど……

あん?と振り向いて見てみると、なんか相模さんにブレザーの裾を摘まれていました。

え?なんで?

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……こんな寒い中わざわざ届けに来てくれたんだから……お、お茶くらいしてきゃいーじゃん……」

 

「…………はっ?」

 

「だっ!だからっ……お茶くらい出すから、家に寄ってけばっつってんの……!」

 

「いやいやなんで俺がお前んちに寄らなきゃなんねーんだよ……なに?いざ家に入れといて、あとあと不法侵入とかで訴えちゃうの?」

 

「……は?なに言ってんの?意味分かんないんだけど」

 

すげぇ冷たい目で見られちゃいました。

裾摘みながらの冷徹な眼差しとか、一体どこ向けのご褒美なんですかね。

 

「……た、ただあんたなんかに貸し作んのが嫌なだけだっての……ほら、早く上がってよ……」

 

「だからなんでだよ。別に俺は仕事で来ただけだから、貸し借りとか関係ねぇだろ」

 

マジでなんの冗談だよ。

俺があの相模に家に上がるのを誘われてるとか、なんか悪い夢でも見てんの?

するとなかなか提案に折れない俺に業を煮やしたのか、相模が自身の腕で身体を抱くような体勢を取って、わざとらしく……“わざとらしく”ブルッと震えやがった。

 

「寒っ……ね、ねぇ比企谷、うち熱あんだけど……。あんたが早く上がってくんないと、この寒空でまた熱上がっちゃうんだけど……」

 

なにそれズルくね?

そんなんもう脅迫じゃないですかやだー。

 

「……わぁったよ……つーかお邪魔すっから、お前は早く家入れよ……」

 

はぁ……マジかよ……

 

相模は、『お邪魔すっから早く家入れよ』という俺の諦めたセリフに一瞬驚きの表情を見せたが、すぐさま顔を赤くさせて俯いた。

 

「……うん」

 

 

なんだよ……そんなに顔赤いって、マジで結構熱あんじゃねぇのか?

だから早く家入って暖まれっつってんのによ……

 

 

× × ×

 

 

やっべ……緊張でドキドキしちゃってるんですけど。なんかスゲー良い匂いとかしちゃってるし。

 

 

……俺は今、なぜか相模の部屋で一人座っている。

そう。リビングとかではなく相模の自室。

うっそマジかよとは思ったんだが、どうやら今家には相模しか居ないらしくて、暖房で暖まってる部屋はここだけなんだそうだ。

いやだからって女の子の自室で二人っきりになんなきゃならないとか難易度高すぎじゃね?リア充ってのは、みんなこういうものなのん?

 

そして当の相模はというと、キッチンにお茶の準備をしに行っている。

いや、もちろん熱がある女の子にお茶を用意させるなんて酷いってのは分かってるんですよ。

でもね?断るとか手伝うとか言ってる時に「……いいからうちの部屋で待ってて」とひと睨みされたら、大人しくその言葉通りに従うのが世の情け!

だってほら、恐いじゃないですか。

 

とまぁそんなこんなで、俺は一人で相模の部屋の床に腰掛けてるってわけだ。

相手は相模だってのに、女の子の部屋に一人で居るなんて心がぴょんぴょんモノですよマジで。

なんか至るところが可愛いんですけど。相模のくせに。

 

ふへっ……あのキャビネットの引き出し開けたら何が入ってんだろ……?

なんて、緊張とぴょんぴょんであまりにも頭が麻痺し過ぎて、考えてはいけないようなおかしな思考に捕らわれはじめていた時、急にドアが開いた。

ちょ、ちょっと相模さん!?ノックくらいして頂けないかしらっ!?

 

俺はドアの開く音に、光の速さで手に持ったスマホへと視線を向けた。

べべべ別に部屋中ジロジロ眺めて、やましい事なんて考えてないんだからねっ!

 

「ご、ごめん……お待たせ」

 

「いや、全然待ってねぇし気にすんな。……てかお前身体は大丈夫なのかよ」

 

「……うん。大丈夫。……ありがと」

 

「お、おう」

 

 

 

ちょっと待って?今会話してんのって間違いなく相模南だよね?なんで俺に対してこんなに素直なの?まぁ頬が染まったのは熱のせいだってのは分かんだけど。

……ああ、これが弱ってる時の可愛さ効果ってやつか。

てかなに相模ってちょっと可愛いくね?とか思っちゃってんの?

 

「……はい、どうぞ」

 

「……さんきゅ」

 

お盆をテーブルに置いた相模は俺の前にコーヒーの入ったカップを置くと、向かいにちょこんと座ってミルクティーらしき液体の入ったカップを両手で持ってふーふーしている。

 

「あー、確かに部屋は暖かいけども、風邪引いてるお前はそのまんまじゃキツいだろ……なんか毛布にでも包まってた方がいいんじゃねぇの?」

 

「……うん。そうだね」

 

だから素直過ぎて恐え〜よ……

相模は一旦カップをテーブルに置くと、ベッドから毛布を引っ張ってきて雪だるまみたいに包まった。

なにそれ可愛い。

 

「えっと……んじゃ頂きます……」

 

「……どうぞ」

 

カップに注がれたコーヒーはすでにミルクなんかが入れられた状態で、美味そうなミルクコーヒー色をしている。

でもちゃんと砂糖は入ってんだろうな。言っとくけど俺は甘党だよ?生半可な甘さじゃ物足りないよ?

たまにブラックも飲むんで大丈夫なんですけどね。

 

「……うめぇ」

 

ほぁぁ……この絡み付くような甘さとちょうどいい温度で、心がぽかぽかするんじゃ〜……

 

「……あ、そ。良かった」

なんでも無いような事みたいに素っ気ない態度を取る相模だけど、心なしか口角が上がってるように見えるのは……気のせいだよね……?

 

「おう。この甘さがまたなんとも……」

 

……ん?なんで?

 

「……なんでこんなに甘いんだ?」

 

「え!?もしかしてやっぱ甘すぎた……?そりゃそんなんじゃ甘すぎだよね」

 

「いや、この甘さが美味いんだが」

 

「……は?……ちょっとビックリさせないでよ……。失敗したのかと思ったじゃん……」

 

なによ……と、ホッと胸を撫で下ろす相模。

だからそういう事じゃなくてですね?

 

「あー、スマンな。……ってか、なんで俺が甘いコーヒーが好きだって知ってんの?って話なんだが。このしつこい甘さは練乳入りだよな」

 

そうなのだ。このコーヒーの美味さは、よく家で作るマッ缶もどきに酷似しているのだ。

俺の経験上、他人の家でこんな極上のコーヒーが出てきたことなどない。

あ、他人の家でコーヒーを振る舞われた経験自体が無かったわ!

 

何はともあれ、こんなコーヒーを好んで飲む人間なんて誠に遺憾ながらごく少数だろう。これを俺に振る舞うなんて、一体どんな了見だ?こいつ。

ふはははは!貴様などこんな甘ったるいコーヒーでも飲んで糖尿病にでもなれば良いわ!ってことなんでしょうかね。

 

すると相模はなんとも呆れた表情で、なに言っちゃってんのお前?とでも言うかのようにこう言うのだった。

 

「は?だってあんたあの甘ったるい缶コーヒーばっか飲んでんじゃん。そういうのが好みなんでしょ?」

 

「……お、おう。そうだな」

 

 

いやだからなんで知ってんだよって話なんだが、なんかこれ以上は思考がドツボにハマっちゃいそうだからやめとこうね。

 

そして俺はそんな思考をとっとと打ち切り、この極上のコーヒーをもう一口啜るのだった。

……うん。やっぱ美味いわ。

 

 

× × ×

 

 

暖かい部屋で温かいコーヒーを啜ってホッと一息吐く反面、なんとも気まずい空気が流れている。

なんか勢いで家に上げられちゃったけど、俺って相模となんの話すればいいの?

てかなんで相模は俺なんかを家にあげたの?

 

 

やばい……美味いコーヒーでちょっと気が紛れてたけど、よくよく考えたらこれってとんでもない状況だった。

俺と相模には浅からぬ因縁がある。

まぁ俺自身は別にどうという事は無いのだが、相模は他の誰よりも俺が嫌いなはずなのだ。

 

正直話すことも無いし気まずいし、大体こいつ体調悪いわけだし、長居する理由なんてひとつも無い。

これはとっととコーヒーを飲み終わらせてとっとと帰っちゃおう。

 

「あ、あのさ……比企谷」

 

えー……なんか話し掛けてくんの……?

早く飲み終わらせて帰りたいんすけどー……

 

「……あん?」

 

「なん、で……こんなプリントの為に、わざわざ家まで来てくれたの……?」

 

「いや、だから平塚先生に依頼されたからだって言ってんだろ」

 

「そ、そうじゃなくってさ!……えっと、いくら先生に言われたからって、たかがこんなどうでもいいプリントじゃん……?あんただったら、別にこんなもん休み明けでもいいだろとか理由付けて、絶対嫌がりそうじゃん……。も、もしかして先生になんか言われたりした……?」

 

いやまぁそれはそれは嫌がったんですけどね?

 

「あー、まぁなんだ……。お前ってアレなんだろ?ちょっと言い辛いんだが……」

 

「な、なに!?」

 

「進級ギリギリなんだろ?成績。んなこと言われた上に押し付けられちまったら、まぁ来ざるを得ないだろ」

 

言わせんな恥ずかしい。

すると相模はみるみる顔を赤く染めていく。

だから言わせんなって言ったのに。

 

「は、はぁぁぁぁ!?そ、そんなこと言ったの!?あの人!……マジ信っじらんない……!ぐぅ……あの独身っ!!」

 

ですよねー。そんな恥ずかしい個人情報を大嫌いな奴に流されるとかホントあり得ないですよねー。

俺はひとつも悪くないからね?

 

「ちょ、ちょっと比企谷?それ嘘だかんね!?んなの信じないでね!?……言っとくけど、うちこう見えて文系得意で、国語だけなら学年20位以内だから!」

 

「は?マジで?」

 

「マジだから!なんだったら成績見せてもいいから!」

 

そりゃすげぇ意外だな。相模って成績いいんだな…………じゃなくて、今はそんなことどうだっていい。……嘘だろマジかよ……騙された……

くっそ……ふざけんなよあの残念独身め!こんな辱めを受けてまで相模んちにまで来たっつうのに、それ嘘なのかよ。ワケ分からん……

 

 

と、そこで俺の思考は停止する。なにか……なにか変だ。

平塚先生が俺をここに来させる為にそんな適当な嘘を言ったってのは分かる。

だがなぜだ?なぜそんなすぐバレる嘘を吐いてまで、わざわざ俺をここに寄越した?

 

「なんであの人は……こんなことしたんだ……?」

 

そんな疑問が、つい口から出ていたみたいだ。

俺のその独り言とも言える呟きを聞いて、意外にも相模がビクリとしたのが視界の端に入った。

 

「相模……?お前なんか知ってんのか?」

 

「あ……そのっ……」

 

「……相模?」

 

相模はなぜだかとても所在なさげにもじもじとし始めた。

マジでなんか理由があんのか?

 

「……それは……」

 

しばらくもじもじしていた相模だったが、こきゅっとノドを鳴らすと、意を決したように俺を真っ直ぐに見つめ、全く想定していなかった解を告げた。

 

「それは……うちが平塚先生に……相談したからだと……思う……」

 

「……は?なんだよ相談て……」

 

 

すると相模は一旦は俯いたのだが、またすぐさま視線をよこしてきた。

その瞳は……とても不安でとても弱々しい潤んだ光をたたえて。

 

 

「比企谷……うちの話、聞いてくれる……?」

 

 

※※※※※

 

 

「やぁ相模。最近どうだ?元気にやってるかね」

 

それは、年が明けてしばらく経った日の放課後だった。

 

部活に所属してないうちは教室で友達と適当にダベった後、そろそろ帰ろうかなと廊下を歩いていた。

そんな時、たまたますれ違った平塚先生にそう声を掛けられたのだ。

 

正直この先生がうちにこんな風に声を掛けてくるなんて珍しい。

どうしたんだろう?と、自然と足が止まっていた。

 

「あ……っと……こんにちは、平塚先生。えと、元気か?とは、どういう事ですか」

 

「いやなに、大したことでは無いんだが、ここ最近……というか二学期の終わりくらいからか?なんだか元気が無いというか、なにか悩み事でも抱えているように見えてね」

 

「!?」

 

うち、そんな風に見られてたんだ……気を付けてたのに……

確かにうちはある悩みを抱えている。でもそれは人には話せない、話しようのない悩み。

だから、そんな気持ちが表に出ないように胸の奥にしまい込んでいたのに、うちとはほとんど関わりのないこの人には、まんまと見透かされてたってことか。

 

「……別にうちに悩みなんて無いです……」

 

「そうか。それはすまなかったね」

 

「……失礼します」

 

……でもこの悩みを人に話したところで何の要領も得ないだろうし、そもそもが好き好んで人に話したいような話では無い。

だから、今のこの思いさえも見透かされてそうな現状が居心地悪くて、うちは慌ててその場を去ろうとした。

 

しかし、そんなうちの背中からこんな声が掛かったのだ。

 

「あー、相模。君が悩みが無いと言うのであれば、それはそれで構わない。だがな、もしも本当は一人で悩みを抱えていて、もうどうしようも無くなって誰でもいいから話したくなったのならば、私はいつでも職員室で待っているからな」

 

「……」

 

うちは、その言葉に何も返す事が出来ずその場から足早に立ち去った。

 

 

× × ×

 

 

それなのに……その翌日の放課後、うちは平塚先生の前に座っていた。

 

……ホントうちって決心とかそういうのが超弱いダメダメ人間だよね……

悩みなんて無いとか言った舌の根も乾かない内から、もう相談に来ちゃうなんて。

 

でも…………もしかしたら平塚先生ならなんか知ってんのかもしんない。

うちは帰宅してからずっとその事ばかり考えてた。で、結局恥も外聞も無く、翌日には早くも差し出された手にすがってしまったというワケだ。

 

「あの……昨日悩みなんて無いとか言ったばっかなのにスミマセン……」

 

「ふふっ、気にするな。むしろ私は嬉しいよ。生徒に悩みを話して貰えるのは、教師にとって最上の喜びだからなっ」

 

そう言ってニカッと笑う平塚先生は、なんだかとても格好良かった。

なんでこの人結婚できないんだろ。

 

「さて、では聞こうか、君の悩みを。……まぁ別に気負う必要はない。君が話したい、話せるところだけでも良いのだからな」

 

「……はい。えと……これはうちの悩みでもあると同時に、平塚先生に対しての質問も含まれているというか……聞きたいことがあるんです」

 

「……ん?君の悩みなのに私に質問?……ふむ。まぁ構わないぞ。特に恋愛ごととかならどんとこいだ!」

いや……そんなヤル気満々な笑顔をされても先生に恋愛ごとの質問はしないですよ……

 

「……えっと……平塚先生なら……その……あいつと仲良いみたいだから……なんか知ってるんじゃないかと思いまして……」

 

「あいつ……?」

 

「……はい。……あ、あの……ヒキタニ……じゃなくて!……比企谷のことについて……です」

 

うちがその名前を告げると、平塚先生は先ほどまでのおちゃらけた表情から一転、真剣な視線を向けてきた。

 

「……そうか」

 

 

 

そしてうちは、体育祭の最中くらいからずっと抱えてきた悩みを全て吐露した。

 

──文実の時、なぜあいつはあんな行動を取って、なぜあんな暴言を吐いたのか。

 

うちは、泣かされた当初こそはあいつの事が許せなかった。

あんないつもぼっちで居るようなキモい奴に、なんでこのうちが、このクラスカーストでも上位に居るうちが、こんなこと言われなきゃなんないの?って。

だからマジでクズ野郎だと思ったし、酷い噂だってバラ撒いた。

 

でも、その思いは体育祭で全部吹き飛んだ。

確かに比企谷は性格が悪くて捻くれてる奴だって認識は変わらなかったけど、でも……それでも……悔しいけど有能だった。

無力なうちなんかよりも遥かに有能で、遥かに頼られていた。

 

そして思った。こいつが、なんの理由も無くあんな酷いことするだろうか?……って。

スローガン決めの時も屋上の暴言も、こいつがただの腹いせであんなことすんの?……って。

 

それに、うちらが広めた悪評によって、あいつは学校一の嫌われ者みたいな立場になったはずなのに、それなのにあいつの周りにいる人たちはあいつに対する態度を一切変えないのもずっと不思議に思ってた。

それどころか、あの屋上での暴言騒ぎを直接糾弾した葉山くんでさえ、あの後なぜか比企谷と楽しげに会話してるのだって何度か見たし。

 

だからたぶん、あの一連の騒ぎには、うちの知らない事実が隠されているんだと思う。

だとしたら、なんでその隠されている“何か”をつまびらかにしないの?比企谷も…………そして葉山くんも……

 

だって、そんな隠された何かがあるんなら、それさえ明るみに出しちゃえば学校一の嫌われ者なんていう汚名だって返上出来たかもしれないのに……

 

 

 

うちは、胸の中で燻り続けていたそんなたくさんの疑問を、真剣に聞いてくれている平塚先生に洗いざらい打ち明けた。

 

「なんで……なんですか……?うち、良く分かんないです……」

 

良く分かんない……でも、絶対になにかあるはずなんだ。

 

「成る程な。そういうことか。ふむ。良く分かった」

 

先生のその得心がいったような表情で、うちは確信した。

やっぱり、先生は知ってるんだ。

 

「……先生……知ってるんですよね?あいつの行動に、どんな意味があったのか」

 

「ああ……まぁ知っているといえば知っている、な」

 

じゃあ……やっぱりあいつの行動には意味があったんだ。

 

「じゃ、じゃあ教えてください!うち、ずっとモヤモヤし続けてきたんです!……分かんないけど……でも、知らなきゃいけないような気がしてっ……」

 

たぶんただ知りたいってだけじゃ無いんだと思う。それだけだったら、うちはここまで悩んだりはしない。

たぶん胸のどっかにどうしようもない何かが引っ掛かってるんだ。

あんたは、ちゃんとそれを知らなきゃなんないでしょって……

 

「ま、教えるだけなら簡単なんだが、それではせっかくここまで悩んできた君にはいささか勿体ないな。自分で考えて真実に辿り着いてこそ悩んだ価値があるというものだ。……よし、簡単なヒントをやろう」

 

「ヒント……?」

 

「ああ。とはいえ、これはそのまま答えみたいなものかもしれんがな。……これは本当に簡単な事なんだ。普通なら、ちょっと考えれば分かるようなことなのに、ほんの少しでも見通す目に曇りが生じてしまうだけで、答えは全く見えなくなってしまう」

 

「……」

 

「君は、物事に対してつねに自己保身に走ってしまうきらいがあるな。なに、それは恥ずべきことでは無い。人間、誰しもが自己保身に走ってしまうのは当然のこと。なにせ自分は可愛いものな。……だがな相模、時にその自分可愛がりの自己保身が、己の目を曇らせて、簡単な真実を隠してしまう事がある。それが今の君の状態だ。今まで真剣に悩んできた君になら、その曇りを晴らせるのではないかね?……曇りが取れた瞬間、答えはすぐ目の前に現れるものだよ」

 

 

曇り……

自己保身……

 

自分がそういう人間だなんて十分理解してたつもりだった。文化祭と体育祭の手痛い屈辱で……

でも、それでもまだ足りないっていうの?うちはまだ自分を顧みれて無いの?

 

ただひとつ分かったことは、今まではあの事件の真相の理由には、比企谷や葉山くんに何かしらの事情があったからなんだって思ってた。

でも、平塚先生の話を聞いてる分だと、その事情ってのは比企谷や葉山くんではない。むしろうち自身にあるかのような口振りだった……

 

うちの理由?うちの自己保身?うちの事情?

 

「っ!?」

 

その時、今まで考えもしなかったような問いが頭の中を支配した。

それは…………もしも、もしもあの文化祭で比企谷が居なかったとしたら、そしたらその時うちは一体どうなっていたのだろうか……?という本当に簡単な問い。

なんでこんな簡単な問いが、なんで今まで全く思いつかなかったのよ……

それが自己保身による目の曇りってヤツなんだろう。

 

そしてその簡単な問いは、いとも簡単に解も用意してくれていた。

 

 

「……どうしよう……うち……なんてことを……っ」

 

 

その解を得たうちは、目の前が真っ暗になった。

うちは…………うちを生かしてくれた恩人に……!

うちは……うちは……!

 

……そのまま水中に深く沈みこんでしまいそうになったうちの心を、肩にポンと置かれた温かな手が優しく引き戻してくれた。

 

「答えは出たようだな。……君のしでかしてしまった過ちが。それが見えてしまった今、君はその過ちときちんと向き合わなければならない。それが、行いを間違い、そしてその間違いに気付いた者の責任だ。……だがな相模、それは君一人が悪いというわけではない。あのバカのやり方も悪い」

 

「……」

 

「はぁ……まったく……ホントにあのバカのやり方は常に捻くれていてな。いつだって自分自身を傷付けたがるんだ。それによって、悲しい気持ちになる人間が居ることなど考えもせずにな」

 

先生を見ると、とてもじゃないけどそんな悪態を吐いてるようには見えない、呆れたような寂しげな笑顔だった。

 

「確かに責任を放り出して逃げた君は悪い。それ以前に、全てを人任せにして、己の成すべき事から、自身から目を背けた君は間違いなく弱い人間だった。辛いだろうが、それは今後君が正面から向き合わなければならない事実だ」

 

「……は、い」

 

「だがまぁそれはこれからの君次第でどうとでもなる。二度と自分を恥じないで済むように成長すればいいだけの話だ。そして、そのあとに比企谷の悪名が轟いたのは、それは全部あいつ自身の責任だ。あいつ自身が好きでそう仕向けたんだからな。だから、その点に関しては君は気にするな」

 

「でもっ……」

 

「言いたいことは分かる。だがな、比企谷自身がそれを望んでいないんだ。だから、比企谷に負い目があるというのなら、逆に君は気にするべきではない」

 

そんなの……無理だよ……

気にしないなんてこと、出来るわけないじゃん……

 

「だが、どうしても気にすると言うのなら、そうだな。一度、ちゃんと比企谷と話をしてみたらどうだ?」

 

「あ、あいつと!?……そ、そんなの無理です……今更、うちなんかがどのツラぶら下げてあいつと話せばいいっていうんですか……?」

 

「それは知らんよ。それは、君自身が考えることじゃないのかね?」

 

「でも……そんなの……うち、どうしたら……」

 

「ふっ、どうするべきか大いに悩みたまえ。悩んで悩んで悩みぬいた先に未来を切り開けるのは若者の特権だぞ?歳を食うと、悩んだ末に見なかったフリをするのが常套化してしまうからなっ」

 

いや……そんな汚れた大人の世界をそんな笑顔で言われても……

 

「周りも見ずに楽しさだけを求めて猪突猛進で突っ走るのも若者の特権なら、そこで一歩立ち止まって悩みぬくのもまた若者の特権だ。今までの相模が前者の特権をさんざん行使していたのなら、これからの相模は後者の特権も大いに行使すればいい。……ふっ、どっちも青春を謳歌するってヤツだろう?」

 

……そうニヤリと歯を見せて笑う平塚先生は、本当にとても格好いい大人だった。

ホントなんでこの人結婚できないんだろ?

 

「あ、ちなみに私もまだまだ若者だから、猪突猛進で突っ走る特権も悩んで未来を切り開く特権も使いたい放題!青春を全力で謳歌中だからなっ!ふひっ」

 

「…………」

 

 

※※※※※

 

 

「って事があってさ……」

 

いや、最後の要らなくね?

 

「結局……そのあともウダウダと悩んで一向に動きだせないでいるうちの背中を押す為に、風邪で休んだのを利用してあんたを家に寄越してくれたんだと思う……」

 

「……そうか」

 

だからあの人、依頼だとか言ったのか。

これはつまり、相模の悩みを聞いた平塚先生の、俺に対する依頼ってことなのか……

ったく……ホント無茶苦茶だなあの人。ショック療法すぎだろ。

 

「……比企谷……本当にごめん……うち、自分が見えて無かった……。違う、見ないようにしてた。……分かってる。今更うちに謝られたって比企谷にとっては迷惑でしか無いってことくらい……。単なるうちの自己満足だよね」

 

「ああ、そうだな」

 

マジで自己満足だ。謝罪なんて、ただ自分の罪の意識を軽くしたいだけの、さっきの相模の思い出話で言えばただの自己保身だ。

……頭では当たり前のようにそう考えているはずなんだが、なぜだか相模の顔を見ていると、もうこいつの表情からは自己保身なんて感情は無いんじゃないのかとさえ思える。

それは、平塚先生が言っていたように、悩みに悩みぬいた末の答えだからなのだろう。

 

「確かに自己満足なのかもしれんが、それ以前にお前はひとつ勘違いをしているぞ」

 

「……勘違いって、アレでしょ……?別にあれはうちの為にやった事なんかじゃない。ただ比企谷が仕事を遂行する上で一番効率がいい手段を好きで取っただけだから、お前に謝られる筋合い自体ねーよっ、てこと……でしょ」

 

「……お、おう」

 

なんだよ先に言われちまったよ、分かってんじゃねぇか……

 

「でもさ……助けられといて勝手な言い草かも知んないけど、それはあくまでも比企谷側の一方的な意見で、うちからしたらどんなこと言われたって助けられたことに変わり無いんだよ……」

 

 

「……そうか」

 

「それにさ……うちらが悪口言い触らして比企谷が嫌われ者になった時、比企谷はみんなにホントのこと言えば助かったわけじゃん?……相模は責任放棄して逃げたんだぞ?それを連れ戻そうとしただけの俺の何が悪いんだ?って」

 

「…………」

 

「そうすれば、比企谷に向けられてた悪意が全部うちに向くってのに。上手くいけばうちをクラスから浮かせる……だけじゃなくて、いじめの対象にだって出来たはずなのに……報復出来たはずなのに……。それなのになんの言い訳もしないで黙って嫌われてたのは……それは間違いなくうちの為じゃん……」

 

「は、はぁ?バ、バッカお前、あれは……あれだ。ぼっちの俺がそんな言い訳言ったって誰も信じねーだろ。リア充代表のお前らの意見を信じるに決まってんだろ。……つまり、なんだ。俺は無駄な事をするのが嫌いな合理主義者ってだけの話だ……だから別に全然お前の為なんかじゃねぇっつの……」

 

アホかこいつ……そんなこと考えた事もねぇよ……

くっそ、なんか暑ちーな。この部屋暖房効きすぎなんじゃねぇの?

まぁ風邪ひいてんじゃしょうがねぇか。

 

「……ぷっ」

 

いやいや、なに噴き出してんだよお前。つい今しがたまで泣き出しそうな顔してたくせによ……。俺、なんか笑えるようなこと言った?

俺がそんな思いから訝しむような目で睨んでいると、

 

「……あ、ごめん。なんかちょっと笑っちゃった。……だ、だって……ぷっ、なんか今の比企谷って、ちょっとツンデレ?って言うんだっけ?そんな感じに見えちゃったからさ」

 

などと見当違いも甚だしいことを宣(のたま)いやがった。

ばっ、ばっかじゃねーの!?そ、そんなんじゃ無いんだからねっ!?

 

「チッ……アホか」

 

「でも……そうだよね。比企谷にそんなつもり無かったのに、うちが自己満足で謝ったって、やっぱなんの意味も無いよね。……それでも、仮にホントにあんたにその気が無かったとしても、うちが生かされた事に違いないわけだし…………じゃあ、こういう場合は……あ、ありがとう……かな…………。こっ、こんなのうちが一方的に感謝してるだけなんだから……礼を言うのなんてうちの勝手でしょ……!?」

 

「……ああ……ま、そりゃ確かにお前の勝手だわな。……意味も分からず謝られるのに比べたら、礼を言われる方が幾分マシだし……。まぁどちらにせよ相模に言われるのはなんか気色悪い点は変わらんが」

 

「ちょ!?酷くない!?」

 

はぁ……なんだこれ?なんか和んじゃってんだけど。

でもまぁ相模だし。

こいつが殊勝な態度取ってるとかやっぱ気持ち悪いわ。

こうやって勝ち気に笑ってる方がいかにもこいつらしくて、むず痒くなくて済むしまぁいいか。

それに……今のこいつの笑顔は意外と悪くないかもしれない。

ちょっと前までの蛇のような狡猾さもすっかりナリを潜めて、ちゃんと可愛い女の子の笑顔も出来んじゃん、お前。

 

 

笑いすぎて出てきてしまった涙なのか、それとも…………いや、まぁ良く分からないけれども、とにかく目の端に溜まった涙を指で拭いながら笑う相模を見ながら俺は思う。

これは、相模に対する印象は変えなきゃなんねぇのかもな。

 

 

× × ×

 

 

うし、ようやく話も終わったみたいだし、そろそろおいとましましょうかね。

なんか、想像以上に長居しちまった。てか、想像自体してなかったけどね。相模の部屋に入るのなんて。

 

すっかりぬるくなってしまったマッ缶擬きをグイと一気にあおり、俺は立ち上がる。

 

「コーヒーごちそうさん。んじゃ、俺はそろそろ帰るわ」

 

「へ?……も、もっとゆっくりしてきゃいいじゃん……!」

 

「いやなんでだよ。もう用事は済んだろ。それに大体お前忘れてねーか?お前病人だかんな?」

 

「……あ」

 

あ、じゃねぇよ……熱あんだろうが。

 

「ほれ、病人はとっとと寝てろ」

 

「……うん」

 

 

 

荷物を持って、ひとり部屋から出る俺。

が、寝てろと言ったのに相模は玄関までとてとてと見送りに来た。

いやまぁ鍵閉めなきゃだしね。そりゃ着いてきますよね。

 

しかし相模は、自室から玄関に来るまでのあいだ、ずっと俯いてもじもじしている。

これはあれか、俺が家から出たのを確認したあとに速攻でお花摘みってヤツか。

こんなにもじもじしてまで我慢させるのも忍びない。なんかゴメンね、早く帰らねば。

 

「……んじゃ、お邪魔しました」

 

「っ!……あ、うん。……今日はわざわざありがと……あと、変な話に付き合ってもらっちゃってごめん」

 

「い、いや」

 

だからなんか調子狂うっての……やっぱ弱ってる時ってのは、なんか色々と弱気になっちまうものなんですかね。

 

あまりにも素直でちょっとだけ可愛……くなんかは全部無いけども、そんな相模に若干照れくさくなっちまった俺は、そそくさと靴を履いて玄関から出ようと…

 

「あのさっ……比企谷……!」

 

うお!び、びっくりしたぁ……

な、なんだよマジで心臓飛び出ちゃうんでやめてください。

 

「……んだよ」

 

「あの……その……」

 

お前もじもじしすぎだっての……だから早くトイレ行けよ。

 

「……う、うちがこんなこと言うなんて間違ってるのは分かってる……こんなこと言う資格なんて無いのも分かってる……」

 

……なんだよ、間違ってるとか資格って。早くトイレに行くのに資格って必要なのん?

 

「……分かった上でのことだから……嫌なら嫌だって一回言ってくれれば諦める……。だからさ……一度だけ、言わせて」

 

だからお前がトイレに行きたいのを俺が嫌がるわけが無いだ…

 

「う、うちと!……と、友達になってくんない……?」

 

 

 

……………………は?

 

 

× × ×

 

 

時が止まったかのように静まり返る。

え?いまなんつった?こいつ。

 

「え?なんだって?」

 

いや俺難聴系じゃないから!ホントはばっちり聞こえちゃったから!

 

「だっ、だから友達にっ……」

 

「だからなんでだよ……」

 

それに一回しか言わないって言いませんでしたっけ?

はい。聞きなおした俺のせいですよね。

 

「……やっぱさ、比企谷って良い奴だよね。……ホントはずっとそんな気がしてた。ゆいちゃんとか、あの雪ノ下さんが信頼してるくらいだもん」

 

「いや、別に信頼なんてされてないから。むしろ疎外されてるまである。……それに俺が良い奴?んなわけねーだろ。勘違いもそこまでくるといっそ清々しいな」

 

「……良い奴、だよ。……だって、うちなんかの為にこんなトコまで来てくれてさ、それにあんたは気付いて無かったのかもしんないけど……ホントに自然に、うちの身体の心配とかまでしてくれた……」

 

「……は?別に心配なんてしてねぇよ……ただ、俺が来たことで、熱でも上がって風邪が悪化されでもしたら、寝覚めが悪いっつうだけだ」

 

いやマジで。

俺が相模の事なんか心配するわけねーだろ。馬鹿馬鹿しい……

 

「ふふっ、そういうトコだよ。そういうトコが……良い奴だっつってんのよ……ちょっとだけ…………ズルいけど」

 

な、なにがズルいんすかね……

クソ!マジで暑ちーな……風邪感染されて熱でちゃってんじゃねぇだろな……

 

「だから……うちはもっと比企谷と喋ってみたいな、とか……思っちゃったのよ……ただ、それだけ……。嫌なら嫌でい…」

 

「やめとけ」

 

俺は相模の言葉を遮って否定した。

そんなわけにはいかないだろ。

 

「……っ……。だ、だよね、ごめん……ちょっと普通に話せたくらいでちょっと調子に乗っちゃったのかも……忘れて……」

 

そう言って、いつもの卑屈な苦笑いを浮かべる相模。

んだよ……さっきはせっかく可愛い笑顔出来るようになったってのによ。

 

「……違げーよ、そういうんじゃ無くて、だな……」

 

あれ?なんで俺は相模なんかをフォローしようとかしちゃってんの?

 

「お前、自分の立場忘れんなよ?さっき自分でも言ってたろうが。文化祭のことがバレたら、お前はクラスで浮いた存在になる。下手すりゃいじめられっかもな。普段の調子こいたお前を嫌ってるヤツだってわんさか居るだろうし」

 

なぜフォローするのか……それはたぶん……

 

「ここにきて急に俺と仲良く喋ってみろ。確実にクラスの連中に詮索されて、お前はクラスで立場を無くすぞ」

 

さっきの、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった笑顔がなかなかに魅力的なものだったから、この気味の悪い卑屈な苦笑いは、もう見たくないからなのだろう。

 

「だから、俺とお前は今まで通りなのが一番いい。クラスの上位カースト相模とクラスの最低辺の俺。それが他でもないお前の為だろ。……だから俺に関わるな」

 

「……」

 

 

じゃあなと玄関から立ち去る俺。

振り向きもせずに出てきたから、今相模がどんな顔してるのかも分からない。

 

でもまぁ、これでいいのだろう。間違いは無いはずだ。

 

──他人という関係性。

 

これは、俺が体育祭後に相模とこれからなるであろう関係を表したもの。

 

もしかしたら、あの時考えていた関係性とは多少変化したものになったのかも知れない。だが、多少違えどやはり他人というこの関係はこれからも続いていく。

居ても居なくても同じ。そんな一切の関わりのない関係性こそが、俺と相模には合っているはずだ。

 

 

ついつい遅くなっちまった、夜風が身にしみる寒空の下の帰宅中、俺は自分にそう言い聞かせながらも、ついさっき見たばかりのとても良い相模の笑顔が、どうにも頭の中にちらつくのだった。

 

 

× × ×

 

 

週明けの月曜日。

つまり、世界はバレンタインデーを無事やり過ごせたのだ。こんなに嬉しいことはないっ……!

唯一悲しかったのが、昨日我が愛しの小町ちゃんから貰えたチョコがチロルだったことくらいか……

 

まぁそこは受験生なのだから致し方ない。チョコなんて買いに行ってる暇なんて無いしな。

天使が自分のおやつ用に残しておいた貴重なチロルを俺に回してくれたことを素直に喜ぼうではないか!ふははは……は……

 

 

頭では分かってるんだよ。分かってはいるんだが……くっ……

頭とは裏腹に心が叫びたがっている俺は、教室に入るなりさらに愕然とした。

 

「なん……だと?」

 

バレンタインなど過ぎたはずなのに、教室では件の寒々しいやりとりがそこかしこで執り行われていたのだ。

ゆ、油断していた……リア充どもは、バレンタインが日曜なのだから、日曜にうぇいうぇい遊びに行った先でそういった行為を済ますものかと思っていた……

リア充って、別に休日の度にどっか遊びに行くわけでは無いのね。

 

「……うっぜ」

 

俺は誰にも聞こえないようにひとりそう呟くと、 いつものようにイヤホンを耳に差し込み、そのまま机に突っ伏…………そうとしたのだが、その前に……パァン!と、教室中に鳴り響いたのではないか?と思える音がする程の勢いで肩を叩かれたのだ。

 

な、なにやつ!?

朝から俺の存在に気が付いて近寄ってくる人間なんて限られている。戸塚たん?戸塚たんなの?

だがしかし!戸塚がこんな勢いで俺を叩くわけがない。

その音に案の定クラスの視線が集まってしまう中、俺はそのDV加害者へと視線を向ける。

 

「ってーなぁ……誰だよ………………は?」

 

ヒリヒリする肩をさすりながら向けた視線の先には、顔を真っ赤にしたもじもじ相模が、俺にまるで視線を向けないようそっぽを向いて立っていた。

 

「ひ、比企谷……おはよ」

 

「……う、うっす」

 

って俺普通に返しちゃったよ。

う、うっすって普通の挨拶返しではないよね。

 

「……いやお前なにしてんの」

 

「は、はぁ?なにしてんのもなにも、あ、朝の挨拶してるだけじゃん……!」

 

「いや、違くてだな……」

 

ってかお前声でけーよ……

クラス中が何事かとこっち見てんじゃねぇかよ。

 

「なんで俺に朝の挨拶なんてしてくんだよって話だろうが……どうするよ、みんな見てんじゃねぇか……」

 

「そっ……そんなの、挨拶くらい当然でしょ……?友達なんだから……」

 

 

「いや友達じゃねーし……ってかマジでなにしてんだよお前……、この前俺が言ったことちゃんと聞いてたの?俺に関わるなっつったよね?」

 

ホントどうしてくれんの?この空気。

なんかヒソヒソ言われてっけど、お前大丈夫なの?

 

「……た、確かに言ってたけど……でも、それはうちの為って言ってたじゃん……でも、うちの為だって言うんなら、むしろこっちの方がうちの為だし……」

 

「だからお前なぁ……俺とこんな風に会話なんかしてたら、お前の立場が…」

 

「だからぁ!それはうちの問題でしょ!?うちがこっちの方がいいって言ってんだからそれでいいの!」

 

ホントに分かってんのかよこのバカ……

お前、下手したらクラスからハブられんぞ……

 

「……金曜にさ、うち言ったじゃん?嫌なら嫌でいい。嫌だって一回言われればそれで諦めるって……。でも、あんたは嫌とは言わなかった。うちの意見を否定はしたけど拒否はしなかった。比企谷が言ったのは、うちの為だからやめとけって言っただけ」

 

そりゃ確かにそう言ったけども……

 

「……嫌だとは言われなかったから……だからうちは比企谷と友達になれる方を選んだの……。それが叶うんなら、クラスで浮こうがハブられようがいじめられようが、そんなのもうどうだっていい……。だって、それは元々うちに降り掛かるはずのものだったんだから……」

 

本当にアホだなこいつ。浮くのもハブられんのも、全部覚悟の上なのかよ……

 

「……比企谷はうちと友達になるのを拒否はしなかった。そしてうちはあんたと友達になれるんなら、クラスで浮くのもハブられんのも構わない。……だったら、うちが朝からあんたに挨拶しようがなにしようが、うちの勝手でしょっ……」

はぁ……なんでお前そんなに赤くなって、膨れっ面して口尖らせてんだよ……おこなの?

 

「そ、そういうことだから……。このあとホントにハブられたら、仕方ないからあんたと休み時間もお昼も過ごすから、よろしくっ……」

 

と、さらりととんでもない爆弾を置き土産にして、激おこで真っ赤な相模はプイッと顔を逸らして自分の席へと帰って行った。

……と思ったら、なんかすぐさま引き返して来ましたよこの子。

もう俺のライフは尽きてるんですけど、さらなるオーバーキルでも待ってるのん?

 

 

 

ばぁん!と、俺の机に何かを叩きつける相模。

もう嫌な予感しかしない。

 

「そ、それあげる!…………ぎ、義理っていうか、単なる友チョコだから、勘違いしないでよね!……あと、十倍返しだからっ!」

 

「」

 

うっそ〜ん……

散々馬鹿にしてたこの寒々しいやりとり、俺がやっちゃうのかよ……

 

やめて!みんな見ないで!

てかガハマさん?その表情マジでシャレにならないって。

 

 

「ちょ!ちょっと南ちゃん?」「なんなの?さがみん!なになにどういうこと!?」「なんで南がヒキタニなんかと仲良くしてんの!?」

 

「……ごめん。あとでちゃんと詳しく話すから……全部。…………あと、あいつヒキタニじゃなくて比企谷だから」

 

「うそっ!?」

 

ちょっとそこのモブ子Aさん?一番驚くところがそこなんですかね。

 

 

 

 

──俺は、取り巻き達に囲まれて、質問責めを受けながら席へと戻る相模の背中を見ながら思う。

 

……たぶん相模は本当に全部を話すんだろう。

それにより、あいつの立場、あいつの環境はどのように変化していくのだろう?

やはり俺や相模が想像したように、蔑みや侮蔑の視線を向けられてクラスから孤立するのだろうか。

それとも、あんな風に笑えるようになった成長した相模を受け入れて貰えて、またカースト上位として青春を謳歌出来るのだろうか?

 

そればっかりはその時が訪れてみなけりゃ分からない。分からないんだが…………それでも、たとえどんな結果になったとしても……俺はまた相模のあんな良い笑顔が見れたらいいな、と、心から思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ちなみに放課後に部室で雪ノ下と由比ヶ浜、そして相変わらずなぜか居座っている一色から、とても素敵な笑顔で囲まれて、問い詰められたり貰ったチョコを開けさせられたり、そしてその明らかに手作りであろうチョコに添えられたメッセージカードに、念を押すかのように書いてあった一言、

 

 

 

『友チョコだからっ!』

 

 

に思わずニヤけてしまい、さらに三人に問い詰められて三途の川を見たってのは、また別のお話な(白目)

 

 

 

 

終わり

 






というわけで、別にさがみんなんて好きでもなんでもない事に定評がある作者がバレンタインにお贈りしましたのは、大方の予想を裏切りまさかのさがみんでした!ナンダッテー


しっかし長い!なんだよ2万文字って(愕然)

やっぱりさがみんを書くとなると、一から反省やら再生やらを描かなくてはならなくなるので、どうしてもそれだけで尺を取っちゃうんですよね。
てか更正三回目ともなると、さすがにもうネタが辛い……



そして今回、ついに今まで絶対に手を出さなかった禁断の手法、[1話の中で視点変更]をやってしまいました(;´Д`)
でもあれはそうせざるを得ませんでした……



ではでは皆様、素敵なバレンタインを☆



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冴えない沙和子の育てかた【前編】



ついについに、全国の俺ガイルファンが待ち望んだあのヒロインの登場です!
(え?誰も待ってないって?デスヨネー白目)


……ん!んん!
ま、まぁ年末から年始に掛けて(ぶーちゃん的に)メインヒロイン続きでお腹いっぱいだったこの短編集なので、ほんの箸休めというかお茶請け的な感じと思って、生暖かい目で見ていただけたら幸いです(苦笑)





 

 

 

「せんぱぁいっ、ここってどうすればいいカンジになりますかね〜?」

 

「アホか……そこはお前が自分で判断しなきゃなんねーところだろうが」

 

「え〜?教えてくださいよぉ、せんぱーい」

 

 

新年度へと駒を進めると、中間管理職たる私たち生徒会は、やれ卒業生の穴を埋めなきゃとか、やれ新入生歓迎のイベントで楽しんで貰わなきゃとかで、この上なく目まぐるしい日々を過ごしていた。

そんな中、相も変わらず我らが生徒会長一色さんは、自分らしさをこの上なく発揮して羨ましいくらいにキラキラと輝いている。

 

この生徒会が発足して早5ヶ月。

正直最初はどうなることかと思われたこの生徒会も、今では昨年までの生徒会運営と見劣りが無いくらいに上手く活動できていると、先生方からもっぱらの評判だ。

こうやってたまに?かな?外部の助っ人さんに来て貰ったりもするけれど。

でもこんなにも良い生徒会になれたのは、ひとえに一色さんの頑張りによるところだと思う。

 

 

一色さんは、こうやって一緒にお仕事をするようになる前から、私でも知ってるくらいに学年の有名人だった。

ただ、その有名さは決して良いだけのものでは無く、容姿に恵まれている上に男の子に甘えるのが上手で、女の子達からはあまり好かれてはいない……そんな、ちょっと派手な印象の噂だった。

 

まさかそんな一色さんが生徒会長になるだなんてちっとも思ってなくて、、元々興味があって書記に立候補していた私は、一体どうなっちゃうんだろう!?って不安な気持ちで一杯だった。

 

その不安通り、発足当初こそ色々と問題を抱えて大変だった一色さん率いる生徒会運営も、誰とは言わないけど、認めて欲しい人が居るのであろう一色さんの予想外の頑張りと、そんな一色さんのひた向きな姿に引っ張られた私たち役員によって、発足から5ヶ月間の昨年度はとても良い実績を残せたんじゃないかなって思うのです。

 

 

× × ×

 

 

私 藤沢沙和子は、総武高校に通う進級し立てなピカピカの二年生。

県内有数の進学校へと通うそんな私を形容する言葉の中で、最もピタリと合うであろう言葉は……そう、普通。

 

確かに進学校には通えているものの、ここに入れたのも偶然というか奇跡というか、たまたま記念受験したら運良く受かってしまったっていうくらいに、そんなに学力が飛び抜けているわけでもない。

そして見た目は、これはもうホント自分で言うのもはばかられるくらいに、どこにでも居るような普通の見た目。むしろ普通よりもずっと地味、かも……

 

そんな地味で普通な私は、かねてより興味のあった生徒会へと入ってみたんだけど、そこで出会ったのが私とは真逆の存在ともいえる一色さんなのだ。

 

見た目や性格が華やかで、男子からの人気はかなり凄い。

今までこういった派手な部類の人たちと関わる機会が無かった普通の私は、未だに私とは全っ然違う一色さんの華やかさに毎日のように押されっぱなしだし、やっぱり羨望の眼差しで見ちゃうこともしばしば。

 

でも!確かに羨ましいな……って思っちゃったりもするけれど!

……私は別に今の自分が嫌いなわけでも、ましてや一色さんみたいになりたいわけでも無いんです。

むしろこんな普通の自分が好きだし、派手な人たちは派手な人たちで、周りの目を気にしたりお洒落に気を遣ったりと大変なんだろうなぁ……なんて思ったりもする。

つまり、普通で地味な今の毎日こそが、私的には一番身の丈に合ってるし幸せだなぁって本当に思ってる。

だって普通って……実はとっても掛け替えのない事なんだよね。

 

 

 

──なんだけど、確かにそうなんだけど……

そんな風にずっと思っていた私にも、最近はその“普通でいること”に対しての悩みなんかもあるのです……

 

 

× × ×

 

 

実は……こんな私でも、一年生の時に一度だけ男の人とデートしたことがあるのです……!

デ、デートと言っても、ただ単に優しい先輩がご厚意で誘ってくれただけの単なるお出掛けではあるのだけど……

 

あれは、生徒会室でみんなで雑談していた時のこと。

「普段休みの日ってどんなところに遊びに行ったりしますかー?」との一色さんの質問により始まった会話の中で、その一色さんの口から出てきたある1つのカフェの名前。

普段よく友達と行くらしいそのカフェは、実は私も一度入ってみたいなぁ……と思っていた、とても素敵で可愛いカフェだった。

 

でも、残念ながら私は未だ入店したことが無いのです。私にとってはとてもとても敷居が高いお店だから。

スタバでさえも場違いに感じてしまうような、せいぜい学校帰りに私と同じく地味で普通の友達同士で、マックやドトールでカフェオレを飲むくらいが関の山の私にとって、そういった所謂お洒落カフェは、とてもじゃないけど入れそうもない高嶺の花だったんです。

 

だから一色さんがよく行くと話してたのを聞いていた私は、よっぽど羨ましそうな物欲しそうな顔が出ちゃってたのかな?

そんな私に気を遣ってくれたのか、その日の生徒会が終わったあとに、副会長の本牧先輩がこっそりと「よ、よかったら……さっき一色さんが言ってたカフェに今度行ってみない……?」と誘ってくれたんです!

もう本っ当にビックリしちゃってわたわたしてる私の答えを、顔を真っ赤に染めて待っててくれたっけなぁ……。ホントにいい人!

 

結局その人生初デートは、本牧先輩のご厚意に甘えるカタチで実現してしまったわけなのだけど、私はそれ以来、地味で普通な自分に“私ってこのままでいいのかな”って、疑問を抱くようになってしまうのでした。

 

なぜそんな疑問を持ってしまったのか。それは、私みたいに地味で冴えない普通の女の子と一緒に街を歩くのって、男の子からしたらどうなんだろう?って考えてしまったから。

 

本牧先輩も、失礼ながらどちらかといえば普通の部類に入る男の人だと思う。

それは、普段の言動や立ち居振る舞いが物凄く真面目で大人しい感じだから、そこから受ける印象なのかもしれない。

でも、本牧先輩は見た目は結構格好いいと思うし、お出掛けの時の私服姿だってなかなかキマってた。

だから、なんだか申し訳なくなっちゃったんだよね。隣に居る私があまりにも冴えなくて。

 

 

あのデート……じゃなくってお出掛けはあくまでも本牧先輩のご厚意なんだけど、でも……あのお出掛け以来、実はちょくちょく目が合ったりもするし、「また今度どっか行こうよ」なんて緊張した様子で誘ってくれたりもするから、もしかすると……もしかすると!これは厚意なんじゃなくって好意なんじゃないかって、恥ずかしながら自惚れちゃったりもする瞬間があったりなかったり……

 

同じ空間に一色さんみたいな素敵な子が居る中で、こんな地味で普通な私なんかに対してそんな感情を抱いてくれるわけは絶対無いけど、でももしも私のこの恥ずかしい自惚れが間違ってなかったとしたら、むしろそれこそ申し訳なさが倍増しちゃうんです。

もし今度またお出掛けするような事があった時、隣で歩いてる女の子がまたこんなに地味な子でいいのかな?って。

 

 

正直私は今までこれといった恋なんてしたことが無い。

まぁ人並みに『この人格好いいなぁ』とか『この人ちょっといいかもっ』くらいには思ったこともあるけど、だからと言ってなにか行動を起こそうとかまでに考えが至ったことはない。

仮に考えが至りかけても「私なんかじゃ……」って、どうせ行動に移す前に諦めちゃうだろうし。

 

そんな本物の恋も知らない私は、やっぱり今のところ本牧先輩に恋をしているって事は無い。すごくいい人だなぁとはいつも思ってるけど。

……って、別に本牧先輩が私に好意を向けてくれてるなんてことあるわけ無いんだし、勝手な妄想でこんな風に考えちゃうのは失礼過ぎだよねっ……

でも……少なくともまたどっか行こうよってお誘いを受けていることは事実なわけで。

 

 

だから…………だから私は、今とても悩んでいます。

藤沢沙和子は、このまま冴えない女の子のままでもいいの?って。

こんな私でも、いずれは恋の1つくらいはしてみたいって思ってるし、もしかしたらそのお相手が本牧先輩ってことだって決して0では無いのです。

今までなんの疑問も持たずに過ごしてきた地味人生だけど、こういった考えが思い浮かんでしまった今だからこそ、こんな私なんかでもこの辺でそろそろ、この『冴えない私』から脱却したって良いのではないでしょうかっ……?

 

 

× × ×

 

 

……と、そうは考えてみたところで、じゃあどうすればいいの?ってなると、また問題山積になってくるんだよね。

なぜなら、本当に本気でどうすればいいのかが全然分からないんだもん!だってこの十六年間という月日のなかで、今の私で居ることが当たり前だったんだから。

 

お洒落だって良く分からないから、無理に頑張ってお洒落して出掛けしてみてもハズしちゃうと思うし、どういう所に行ってどんな態度をしていれば男の人が“一緒に居て楽しい”って思ってくれるのかとか、私には全っ然分からない……

 

友達に聞こうにも、残念ながら私の周りの友達は今までの私と同様、そっち方面には疎い子たちばかり。

だから最近仲良くなった一色さんに相談してみようかな?とかも考えたんだけど、それもやっぱりなにか違う気がした。

 

一色さんは女子の間で囁かれている噂と違って、本当はとっても真面目でとっても一途でとってもいい子。

だからたぶん私がそんな相談をしても、笑ったり馬鹿にしたりせずに一生懸命考えてくれるんじゃないかなって思う。

でも……やっぱり今の私にとって、相談相手がいきなり一色さんレベルとなると荷が勝ちすぎちゃうし、何よりこういう相談は、女の子じゃなくて男の人の意見を聞いてみたいんだよね。

今の私が求めてるのは、男の人がこんな私と一緒に居てどう思うか?どんな風になれば一緒に居ても恥ずかしくないのか?なんだから。

 

 

と、そこまで考えが至ったところで、とびっきりの一番の問題になってしまうんです……

だって、私の知り合いにそういうのが分かる男の人なんて居るわけないじゃないっ……!

 

そもそもが本牧先輩関連の悩みだから本牧先輩に相談なんて出来るわけないし、本牧先輩ほどでは無いにせよ最近よく話し掛けてきてくれる経理の稲村先輩にもなんとなく相談しづらいし、じゃああとは………………お父さん……?

 

……………うー、ダメだなぁ私……

 

 

本日の生徒会を終えて、うんうん唸りながら廊下を歩いている私は、その時ふとある考えが頭を過った。

 

──そうだっ!居るじゃない!私の近くにも、そんな頼れる男の人がっ!

 

そう。“私の近く”なんて考えてしまうのがおこがましいからすっかりと頭から抜け落ちてしまっていたのです。この件を相談するのにとても相応しい人のことを。

本来であれば私なんかとはなんの接点もないような、とても素敵でとても凄い、私が一番尊敬している人。

 

我が総武高校が誇るとんでもない美女達に慕われて信頼されている、私はあんまり読んだことが無いけど、ライトノベルっていうジャンルの小説の主人公みたいな、まさにリア充?って言うのの代表みたいな人!

 

 

そうだ。あの人なら依頼という形でなら真剣に私の悩みを聞いてくれるだろう。

いつも美女に囲まれてるから女性の扱いだって上手いだろうし、デートだってたくさんしてるだろうから、こんな冴えない私でも少しはマシな女の子へと導いてくれるはず!

その上すごく優しいから、私の恥ずかしい相談内容を他人に漏らすようなことも絶対にない。

 

 

 

ようやく一筋の光を見つけた私はすぐさま行動に出る。

差し当たってまずすることは、急いで靴を履き代えて駐輪場へと小走りで急ぐこと。

さっき生徒会室で別れたばかりだけどまだ間に合うかなっ……?

 

 

そして駐輪場へと到着した私が辺りを見回してみると……

 

「居たっ」

 

その人の姿を視界にとらえた私は自分でも驚くくらいの勢いで彼へと駆け寄り、尊敬する先輩に対して大変失礼ながらも、なんの前触れも無しにこう声をかけるのでした。

 

 

「あ、あのっ……!比企谷先輩っ!……ご、ご相談があるのですが!」

 

 

 

続く





というわけで、まさかまさかの書記ちゃんSSでした!
まずは状況説明から入んなきゃならなかったからって、今回セリフ無さ過ぎでしたね(白目)
こんなもん書いてる暇があったら他の書けよって怒られそうではありますが、前書きでも述べた通り、ほんの箸休めと思って許してください☆
なるべく次で終わらせますね(苦笑)

ではまた後編でお会いしましょう(^^)/



追伸……(ツッコまれる前に先に言っておきます汗)

今回『敷居が高い』という言葉を使ったのですが、今回の使い方が日本語的に間違っているのは承知しております。
ただ、この誤用はほとんどの日本人が知らずに使ってしまっているものだと思いますので、一介の女子高生である書記ちゃんがああいう場合に使わないわけが無い、むしろ使わない方が不自然かと思い、あえて使わせて頂きました。
というか、ほとんどの日本人がこの認識で使ってしまっている以上、もうこの使い方でいいんじゃない?とかまで思う次第であります。

なので今後も色んなSSで、また別の言葉で誤用をするかも知れませんが、基本は一介の高校生視点(国語優秀者の八幡とゆきのんはダメ!)ですし、大多数の読者さまが分かりやすい現代的な言葉遣いを選んで書いていきたいと思う次第であります!
(べ、別に本気で誤用をしちゃった時の為の予防線なワケじゃないんだからねっ!?)


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冴えない沙和子の育てかた【中編】




安定の中編いただきました(白目)






 

 

 

カタカタと音を鳴らして揺れるカップの中で、まるで嵐の中の海であるかのように波立つ黒い液体が、今更ながら自分が緊張で震えているのだと教えてくれる。

 

『冴えない私をどう育てるか?』その難題の解決に一筋の光明が見えたことに喜び勇んで、ついつい勢いに任せて今の状況になってしまったものの、冷静に考えたら、あまりにも私らしくないくらいの大胆な行動だよね……

うぅ……物凄く緊張してきたっ……

 

「ど、どうぞ……。あ、これ、ミルクとお砂糖です」

 

「お、おう、悪いな……。つうか一人で取りに行くの大変だったろ。だから俺が行くっつったのに」

 

「いえ! 私のお願いで先輩を無理に連れてきちゃったんですもん!これくらい当然ですよ!」

 

「……そうか」

 

ドリンクバーで注いで来たコーヒーと、たぶん使うであろう大量のミルクと砂糖を比企谷先輩の前に丁寧に置くと、私は自分用の紅茶もテーブルに置いて静かに席に着く。

 

緊張で強張る身体を落ち着かせる為に、ふぅ〜と深く一息吐いてから、予想通りに大量のミルク達をコーヒーに注ぎはじめた先輩をこっそりと覗き見る。

 

──わわっ……。私ってば、ホントに比企谷先輩と二人っきりでお茶しちゃってるっ……

 

 

私たちは、今駅前のサイゼにてお茶をしている。もちろん相談したいが為に、無理を言って比企谷先輩に付き合ってもらったんだけど……、その……我ながらなんて事しちゃったの!?というくらいに、指先も足も震えが止まらないくらい緊張してる。

だって……私にとってこの先輩は……

 

 

× × ×

 

 

『あ、あのっ……!比企谷先輩っ!……ご、ご相談があるのですが!』

 

『……は?ど、どうかしたのか?……えと………………書記ちゃん……?』

 

『ふ、藤沢ですっ!!』

 

『お、おう、もちろん知ってるぞ?……いやほらあれだ……。一色がいつも書記ちゃん書記ちゃん言ってっから、ついな』

 

『…………』

 

『いやそんなジットリと睨まんでも……。で?なんか用か?』

 

『っ!? …………そ、その……ですね。ひ、比企谷先輩に、折り入ってご相談というかなんというか……ちょっと……聞いて頂きたいお話がありましてっ……』

 

『だからその意味がよく分かんねぇんだけど……なんで書記ちゃんが俺に?』

 

『……ぅぅ〜』

 

『ふ、藤沢藤沢!……なんでちょっと泣きそうなんだよ……。んで?なんで藤沢が俺に相談なんだ?』

 

『……そ、それはその〜……あの……です、ね……?』

 

 

× × ×

 

 

結局その場では相談することが出来ずに、ただただもじもじしていた私は、このままじゃ埒が開かない!と一代決心をしたのち、「ちょっとここでは……」と、後輩に甘い比企谷先輩を泣き落として、なんとかここまでお付き合い頂いたのだ。

 

──もうっ!比企谷先輩ってば!絶対に私の名前覚えてなかったですよね……!? 私は藤沢です!藤沢沙和子ですよ!?

ちょっぴり傷ついちゃうかも……確かにあんまり直接お喋りしたことは無いけれど、私と比企谷先輩だってそれなりに共に修羅場を潜ってきた仲なんだけどなぁ……

ふふっ、でもそんなトコが比企谷先輩らしいといえば比企谷先輩らしいのかな?

今はあの場で「誰?」って言われなかっただけでも良しとしなくっちゃ。

 

 

 

──比企谷八幡先輩。

今まで誰にも言ったことは無いけど、お父さんとお母さんの次くらいに私がとても尊敬してる人。

 

出会いは去年の12月。私が生徒会役員となって初めての……そして一番大変だったお仕事の現場でのことだった。

 

発足したばかりだというにも関わらず、初めてのお仕事が他校との合同イベントという、難易度がかなり高いものな上、当時は不安要素でしかないと思われていた一色さんという新生徒会長。

それに加えて、合同でイベントを行う海浜総合生徒会さん達のよく意味が分からない危うさも手伝って、予想通り……いや、当初の不安な予想なんか可愛いものに思えるくらいに、場は混迷を極めていた。

 

──これはもうダメかも……

そんな、私達生徒会役員たちが諦めムードに包まれ掛けていた時、問題要因の一つとされていた一色さんが連れてきたのが比企谷先輩だった。

 

顔と名前までは知らなかったものの、比企谷先輩の悪い噂は私だって聞いた事があったし、当時同じ二年生だった本牧先輩や稲村先輩に至っては、一色さんの居ないところで「なんであんなヤツ連れてくるんだよ……」「意味分かんねーよ、あの一年」なんて、比企谷先輩や一色さんに対しての文句を言っていた事だってあった。

顔も名前もよく知らない程度の私も、やっぱりちょっと恐いなっていう印象を持っちゃって、最初の頃は近付けないでいたんだよね。

 

でも、そんな不安や苛立ちが比企谷先輩に向けられるのは2日も保たなかった。なぜならその翌日からは、比企谷先輩無しでは議事進行が全く進まなくなる程に優秀な人だという事が判明したから。

 

比企谷先輩自身は海浜総合の会長さんに手を焼いて、会議が上手く回らずに頭を抱えているみたいだったけれど、でも比企谷先輩は知らないのだ。比企谷先輩が参加してくれるまでの、あまりにも酷い会議の様子を。

比企谷先輩が参加してくれたからこそ、会議が少しずつではあるけれど、まともに変化していったのを。

始めはあんなに不満を言っていた本牧先輩達でさえ、いつの間にか比企谷先輩を認めて頼って指示を仰ぐようになっちゃうくらいに、新生徒会にとって、役員達にとって、そして私にとっての心の拠り所になっちゃってたんですよ?先輩は。

今後の生徒会運営を考えてくださっていた比企谷先輩にとっては、甚だ迷惑な話だったみたいだけれど。

 

 

おかげでクリスマスイベントが無事終了したあとも、なにかにつけて引っ張り回していた一色さんのお願いにも、嫌な顔ひとつせず……ふふっ、なんてね。

嫌な顔ひとつせずなんてとてもとても言えなくらいに嫌な顔ばかりしてたくせに、「めんどくせぇな」ってブツブツ文句を言いながら手伝ってくださっている比企谷先輩を見てたら、あんなつまらない噂は、ただの噂なんだなぁって思うようになっちゃった。

仮に噂の内容が事実だったとしても、それはたぶん先輩の不器用な優しさ故の、致し方のない解決策だったんだろうなって……なんの疑いも持たずに信じられるくらいに。

 

 

だから私はこの人を、比企谷先輩を心から尊敬している。

普段黙ってる時は、とても失礼だけど私と同じく地味タイプなはずなのに、それなのにいざとなるとこんなにも凄くてこんなにも優しくて、そしてこんなにも頼れるこの素敵な先輩を。

 

 

 

──でも、私はそんな憧れにも近い程に尊敬する比企谷先輩に、私なんかのこんなどうしようもない相談を今からしちゃうんだ……

冷静に考えるととんでもなく馬鹿な行為だよね。なんで私、こんなくだらない相談を、よりによって比企谷先輩にしてみようだなんて思っちゃったんだろ……

 

ど、どうしようっ……やめとこうかな……。だって、こんな相談したら比企谷先輩に呆れられちゃうかもしれないし、もしかしたら……嫌われちゃうかもしれない……

そしてなによりも、は、恥ずかしい……!

 

だって、これを相談する以上、私は先輩に全部話すことになるんでしょ……?

地味で冴えない自分のことも、それに疑問を持ち始めて変わった方がいいのかな?なんて思い始めたことも、あとは…………本牧先輩とデートに行ったことだって話さなきゃだし……

なぜだか、それはあまり知られたくない。

 

 

──ここにきて、ようやく自分がしでかしてしまった過ちに気付いた。こんな相談に比企谷先輩を付き合わせてしまったことを後悔する私。

でも、情けなくて恥ずかしくて、顔を伏せたまま俯いてしまっている私の頭上から、とても優しい声がかかった。

 

「どした。大丈夫か?藤沢。……あー、なんだ……言いづらい事なら、無理して言わんでもいいんだからな」

 

そんな、不安で震えている妹の頭を、安心させるよう優しく撫でる兄のような声に、私は思わず顔を上げる。

 

「……あ」

 

顔を上げた視線の先にある心配した先輩の表情を見た私は、これじゃいけない!って覚悟を決めた。

恥ずかしかろうが呆れられようが、せっかく来て頂いた比企谷先輩になんにも話すことが出来ないようじゃ、冴えない私は冴えない以下になってしまう。

 

──地味な私はこのまま地味なままでいいのかな──

 

そう思い立ったこの瞬間になんにも動きだせないようじゃ、本当になにも変われないし変わらないんだ。

 

 

「……そのっ!実は私……」

 

だから私は、緊張に震える手も足も、羞恥に染まる頬も身体も、不安な瞳から零れ出てきちゃいそうな水滴も、全部全部無理やり押し込めて、比企谷先輩に私を語るのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……と、言うわけなんですっ……」

 

……うー、は、恥ずかしい……!全部話しちゃった……!

ホントは濁せるところは濁そうかな、なんて思ってたのに、一度話し始めちゃったら、まるで貯まりに貯まったダムの水が、堰を切って流れ出しちゃったかのように、本当に全部話してしまった。

 

私は比企谷先輩とあんまりお喋りしたこと無いのに、なぜだか分からないんだけど、物凄く話しやすいというか話してしまうというか。

地味な私も情けない私も変わりたいと思いかけてる私も、この人は全部受けとめて、全部の私を見てくれるかのような錯覚を覚えてしまい、ついつい調子に乗って曝け出しすぎちゃったかも……

 

『せんぱいってね、愛されキャラなわたしだけじゃなくって、結構黒いかも?な本性のわたしも、分け隔てなく全部受け入れてくれるから、一緒に居て楽なんだよねー。あはは、あんな変な男初めて見たよー』

 

生徒会室で二人で居た時、一色さんがニコニコと漏らしていた言葉を思い出した。

そっか、こういうことなんだ。

 

「……すみません……。こんなつまらないご相談に付き合って頂いてしまって……」

 

「……いや、まぁ気にすんな。つーかそんな言いづらい話を、恥ずかしさ堪えて俺みたいなのに打ち明けられるってとこに、逆に感心しちまうまである。逆説的に言えばそれだけ真剣に悩んでるってことだろ。そんな真剣な悩みをつまらないなんて思わねーよ」

 

「〜〜〜っ!」

 

──やっぱり、この人に相談して良かった……

こんなどうしようもない相談なのに、こんなにも真剣に聞いてくれるんだな。

 

「……ただ」

 

そう言って比企谷先輩は頬を掻きつつ困惑な表情を浮かべる。

 

「相談する相手間違ってねぇか? それ、俺が一番なんの役にも立たんやつだろ……。いや、まぁ誰かに聞いて欲しくても話すヤツが他に居なかったから、たまたま歩いてた俺が都合が良かったって話なら理解出来るが」

 

……へ?

そ、そんなわけ無いじゃないですか!

 

「そんなこと無いです!むしろ比企谷先輩しか考えられないです、こんなご相談っ……。だ、だって」

 

だって私の周りには先輩みたいな人は居ないですもん。

先輩みたいに、

 

「あんなに素敵な女性達に囲まれてる男の人なんて比企谷先輩の他に居ないです! そんな比企谷先輩になら、素敵な女の子になる為に必要な事とか手に取るように分かるじゃないですかっ……」

 

そんな想いを一息で吐き出してから先輩へと視線を向けると、あ、あれ?なんでだろう?……物凄く引きつってる……?

 

 

× × ×

 

 

「ちょ、ちょっと待て。俺は別に葉山とかじゃねぇんだけど……。あ、あれ?藤沢、なんか勘違いしてね……? そのメガネ、度 合ってるよな」

 

「合ってます! そ、それに私別に勘違いなんてしてないです」

 

「いやいやしてるだろ」

 

あれ……?なんで……?

話が噛み合ってない……?

 

「してないですってば! だ、だって比企谷先輩は、雪ノ下先輩とか由比ヶ浜先輩、それに一色さんていう素敵な女性達に囲まれて愛されてるじゃないですか」

 

「……」

 

すると比企谷先輩はしばらく呆然としたように固まると、

 

「……はぁぁぁ〜」

 

深い深いため息を吐くのだった。

わ、私なにも変なこと言ってないよね……?

 

「……なぁ、藤沢、だからお前は勘違いしてるっつってんだよ。……確かにあいつらはお前の言うように素敵……い、いや、まぁそうかもしれん」

 

照れくさそうに頭を掻きながら、素敵な女性達であることを肯定する比企谷先輩。

だったらなにが勘違いなんですか?

 

「だがな? 別にあいつらと俺は一切関係ないだろ」

 

「か、関係ないもなにも、思い切り関係してるじゃないですか」

 

「そりゃあれだろ。部活の関係で俺があいつらの近くに居れてるってだけの話だろ。囲まれてんじゃなくて、たまたまあいつらの近くに添えられてるただのぼっちってだけの、言わばオマケだ。奉仕部に所属してるってだけで一瞬そう見えるのかもしれんが、マジでそれただの誤解だからな?」

 

う、嘘……比企谷先輩、それ本気で言ってるんでしょうか……?

比企谷先輩と一色さんが会話してる時、ちょくちょくぼっちとか言ってたのは確かだけど、そんなのただの冗談で言ってるものかと思ってた……

 

そ、それもう鈍感というよりは現実逃避の域ですよ先輩!まさか本気で気付いてないの?この人……

 

「すまんな、悪いけどそういうことだ。なんだかんだ言って藤沢には結構世話になってるし、役に立てるっつうんならなにかしらしてやりたいところだが、俺には役に立てそうもないわ」

 

そう言って席を立とうとする先輩。

──だめっ……!そんなの比企谷先輩の方こそ勘違いなんですよ!?

せっかく尊敬する先輩とやっとこんなにお話出来たのに!頑張って打ち明けられたのに!……あとは、これは絶対に誰にも言えない内緒だけど、この相談を比企谷先輩にしてみようって思いついた時、同時に私も一色さんみたいに比企谷先輩に助けてもらいたいな……なんて考えが頭を過っちゃったのに!

それなのに、これでこの時間が終わりになっちゃうなんて、絶対に嫌!

 

比企谷先輩にもっと相談を聞いてもらいたい、このまま帰してなるもんか、と……私の大したことの無い頭は、今夜は知恵熱でも出ちゃうんじゃないかってくらいに高速で回転する。

 

「あの……!」

 

そして私の口から出たのは、あまりにも突拍子もない、こんなとんでもないセリフだった。

 

「なにかしらしてやりたいとおっしゃって頂けるのであればっ……じゃ、じゃあ今度の日曜日、私とデートして頂けないでしょうかっ……!?」

 

 

× × ×

 

 

「うぅ……」

 

ちょっと思い出しただけでも物凄く恥ずかしい……。私、なんてこと口走っちゃったんだろ……

 

日曜日の朝、張り切って早起きした私は、普段はほとんどしないメイクなんて背伸びしちゃったモノを我が顔に施しながら、先日の迷言に頬を染める。

……わー!頬っぺた赤くなっちゃったら、チークの具合が分からなくなっちゃうよぉ……!

 

『デ、デートというか……そう!ぎ、疑似デート?……ですっ…………。ひ、比企谷先輩はああおっしゃいますけどもっ……、やっぱりいつもあんな素敵な人達と同じ時間を過ごしてるのって、絶対におっきいと思うんですよ……! だ、だからその……い、一度疑似でもいいからデートとかしてみたら、私のダメなとことか、こうした方がいいんじゃないかってとこが見えて、指摘とかして頂けるかもしれないじゃないですか……!』

 

突然のデートのお誘いに唖然とする比企谷先輩の表情を見て、まずい!と慌てて言い訳がましくまくし立てたセリフ。

いや、言い訳もなにも、その内容に間違いは無いんだけど……間違い、無い……よね。

なんでだろ。なんで私あの時あんなに必死になっちゃったのかな。よく分からないや。

うん。よく分からないことをいつまでも考えてたって仕方ないよね。今はそんなことよりも、出来る限り自分を磨かなくちゃ!

 

 

 

鏡の中の私を見る。

私だって、眼鏡を外しておさげをおろせば、実は誰もが驚くような美少女…………なんて、物語のヒロインのようなことは一切なく、残念ながら眼鏡を外したって髪をおろしたって、びっくりするくらい普通の女の子。

そんなの、毎日のお風呂上がり、目が醒めたとき、顔を洗ったときに何度だってこの顔を見てきた自分が、この顔と十六年間付き合ってきた自分が一番よく分かってる。

 

それでも、今日は疑似とはいえ、初めての比企谷先輩とのデートだもん。

し慣れないメイクをして、普段着ないようなお洒落をして、少しでも冴えない私を覆い隠したい。少しでも可愛い女の子に見てもらえるように。

 

 

 

……………………って、あれ?なんだか当初の目的と、どこかが違うような気がする。ただ、ダメなとこを指摘してもらいたかっただけじゃ無かったっけ……?

 

なんだかもう自分が自分でよく分からないけれど、でも、結局目的は変わらないよね。

今の私が精一杯に飾り立ててみて、その上でやっぱり冴えてないところを指摘してもらえばいいんだから!

 

 

そして私 藤沢沙和子は、なぜだか緩んでしまう口元をぐにぐにマッサージして無理やり引き締めつつ、たぶん今までの人生で一番に輝かせた私で、玄関の扉に手を掛けるのだったっ!

 

 

 

 

続く

 

 

 

 







と!いうワケで沙和子な二話目でした!

ふぅ……やはり中編になってしまうのか……
そして次回は八幡と書記ちゃんの疑似デート回となります。
はたして沙和子はアゲハのように美しい羽を広げられるのでしょうか!?(なんだそれ?)



ところで前回は予想外に多くの感想を頂いてしまい、かなり驚きました!驚いたと同時に笑いましたがw

あなたたち、どんだけ変化球大好きな偏食家さんなんですかね(笑)
さすが私の作品の読者さまだけはあるぜ!と感心するまである。


ではまた次回、後編でお会い致しましょう☆




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冴えない沙和子の育てかた【後編】



どうも。少女マンガみたいで、読んでると恥ずかしいと言われてしまうことでお馴染みの、書記ちゃんSS後編となります。


てか長い!だから2話に分けなさいよ!


と、いうわけでごゆっくりどうぞ☆




 

 

 

4月も半ばに近づこうかというとある日曜日。私は比企谷先輩とのデートの為、待ち合わせ場所である千葉駅前に到着した。

現在時刻は、えっと…………あ……まだ10時だ……

 

 

まさか比企谷先輩と二人でお出掛けすることになるなんて、ほんの数日前までは想像もしたことなかった事態だから、ついにデート当日たる今日この日は、張り切りすぎて家を早く出すぎちゃったみたいっ……。

頑張って慣れないヒール付きの春色パンプスなんて履いてきちゃったものだから、待ち合わせに遅れちゃわないように慎重だったって事もあるけど。

……まだ待ち合わせ時間まで一時間もあるよぉ……

 

どうしたものかと思った私は、おもむろにバッグから読みかけのミステリー小説を取り出して近くのベンチに腰掛けた。

比企谷先輩がいつごろ到着なさるか分からないし、下手にこの場を離れるわけにはいかないもんね。

フィクションの世界に入り込んでおけば、まだ待ち合わせ一時間前だというのに緊張で激しくドキドキしちゃってる事を忘れられそうだし、思いがけず早く着き過ぎちゃったのも逆にちょうどよかったのかも。

よしっ!じゃあ激しい鼓動を落ち着かせる為に、少しだけ物語の世界の中へと旅立とうかな。

 

 

× × ×

 

 

「……っふぅ〜」

 

まさかまさかの結末!まさかあの人が犯人だったなんて……

でも、あの生い立ちを聞いちゃうと、あれは仕方の無い悲しい事件だったのかな……なんて、少しだけ思ってしまう。

 

「……あ」

 

と、ついうっかり物語の世界に没頭しすぎていたことを思い出した私は、慌ててバッグから携帯を取り出して時間を確認する。

 

「っ!!」

 

や、やっちゃった……現在時刻は11時23分。待ち合わせ時間を23分も過ぎちゃってる!

私はあわあわし始める。はぁぁ!やってしまったぁ!

 

……って、あ、あれ?でも私は待ち合わせ場所のすぐそばのベンチに腰掛けてるわけで、比企谷先輩が到着すればすぐに見つけられるはずだよね……?

ということは、比企谷先輩はまだ来てないってことかぁ。よ、良かったぁ……

 

でも、安心したのと同時に、一気に不安に押し潰されそうになっている自分にも気が付いた。

もしかして私、ドタキャンされちゃったのかな……

……まぁあんなに無理なお願いだったわけだし、ドタキャンされちゃったとしても仕方ないよね……と、ほんの少しだけ目頭が熱くなっちゃった私だけど、ふと待ち合わせ場所だった所に立ちすくんでいる一人の男の人の姿に目が止まった。

 

「あっ!?」

 

い、居た!比企谷先輩が待ち合わせ場所に立っている。手にはスマホを持ち、どんよりとした目で時間を確認してるみたいだ。

 

──なんで?こんなに近くに居るのに、なんで声を掛けてくれなかったんだろう?

 

って今はそんなことどうだっていい!早く行かなくちゃ!

私は慌ててバッグを手に取ると、必死に先輩へと駆け寄った。

 

「ス、スミマセンっ!!遅くなってしまいました……」

 

先輩の前に立って、深々と頭を下げる。いくら近くに居たからって、先輩が気付かなかったんだから意味はない。初デートで20分以上の遅刻なんて看過出来るはずがない。最悪だよね、私。

怒って帰っちゃってたって当然なのに、比企谷先輩は待っててくれたんだ。

 

あぅぅ……情けないやら申し訳ないやらでもう泣きそうっ……

罵倒される覚悟で恐る恐る顔を上げた私は、そこでとても予想外のものを目の当たりにする。

 

「……は?」

 

そこには、大遅刻をやらかしてしまった後輩に対して怒る比企谷先輩の顔ではなく、心底意味が分からんという、呆然とした比企谷先輩の顔が待っていた。

 

 

× × ×

 

 

「あ、あのっ……」

 

「あ、人違いですけど」

 

ひ、人違い?

……これはアレかな。お前なんかもう知んねーよってことかな……

 

「あの、比企谷先輩……本当にスミマセンでした……」

 

そうだよね……それは怒るよね……ぅぅ……涙出ちゃいそう……

でも次の瞬間、比企谷先輩から出てきた言葉は私の想像とは全然違っていた。

 

「ん?あれ?……ああなんだ、お前藤沢か」

 

「……へ?」

 

その言葉の意味が分からず、首をかしげる私。

私の顔、忘れちゃってたのかな……?そりゃ私の地味な顔なんて、いつも美人さんに囲まれてる比企谷先輩にとってはその他大勢と変わらないだろうけど……

 

「…………あ」

 

その時私はある重大な事を思い出した。

わ、私、今日おさげじゃないし眼鏡も外してるんだった……!

 

「わわわ私です藤沢ですっ」

 

「お、おう悪い。なんかいつもと違いすぎて気が付かなかったわ……。じゃあアレか。俺が来る前からずっとそこで本読んでたの藤沢だったのか。罰ゲームかなんかでからかわれただけなのかと思って危うく泣いちゃうとこだったわ」

 

……さ、最悪だよ……。少しでも良い自分を見せようと、無理して背伸びしてみた結果がこれだなんて……

元々印象薄いのに、トレードマークでもあるおさげと眼鏡姿じゃなかったら、比企谷先輩が私に気付くわけないじゃない……

 

「……っ!……本当にスミマセンでした……私、本に集中しちゃって、時間を忘れちゃってました……」

 

せっかく来てくださった比企谷先輩には申し訳ないけど、今日のデートは止めておいた方がいいんだろうな……

 

「おお、気にすんな。目の前に居たのに気が付かなかった俺も悪いし」

 

「……でも」

 

「それにあれだ。俺も20分前くらいには到着してたんだが、その時点でもう藤沢は本に夢中になってたってことは、それよりもかなり前からここで待ってたってことだろ?」

 

「……あ、はい……」

 

「じゃあ遅刻どころかずっと居たわけだし、それにあれだ。俺も読書家だからいいとこで時間を忘れちまう気持ちも分かる。まぁお互い間が抜けてたってことで、この件はこれでお開きだな」

 

うぅ……やっぱり比企谷先輩は優しい……お互い様って事にすることで、私の罪悪感を少しでも軽くしようとしてくれてるんだ。

だったら、本当に申し訳ないからこそ、ここはお言葉に甘えさせてもらうことにしよう……本当にすみませんでした……!

 

 

「にしてもあれだな。今日は随分と印象が違うなお前。それも変わりたいっつぅ例のアレの一環か」

 

「あっ!ひゃいっ!……や、やっぱり変でしょうか……」

 

まだ申し訳なさに凹んでいるところに来た突然の質問に、私はびっくりして声が裏返ってしまう。は、恥ずかしいっ……

 

「あー、いや……べ、別に悪く無いんじゃねぇか……?」

 

「〜〜〜っ!……そ、そうですかっ……あ、ありがとうございます」

 

少しだけ照れくさそうに褒めてくれた?比企谷先輩に、ちょっと嬉しくて顔が熱くなる。

良かったぁ……少しは可愛いって思ってくれたりしたのかな。

そしてちょっと一言悪く無いって言われたくらいで、つい一瞬前まで申し訳なさと情けなさで凹んでたことも忘れて、軽く舞い上がってしまってる自分にも驚かされる。……なんだろ?これ。

 

「で、今日はこれからどうすんだ?」

 

「あ!はいっ」

 

むぅ……悪くはないって言ってくれたはしたけど、やっぱり反応は薄いのかぁ。まぁいつも周りは美人さんばかりだし仕方ないよね。

今は変だって思われなかっただけでも良しとしなくっちゃ。これからこれから!ここから格好良いところを見せてけばいいんだからっ。

 

「えと……ですね。とりあえずお洒落なお洋服屋さんとかに行ってみようかな、と……」

 

そう。事前に打ち合わせした時に比企谷先輩に言われてたんだよね。

 

『あー、悪りぃ。先に言っとくが、俺は……なんつーんだ?エスコート?みたいなのは出来ないからな。全然そういうの分からんし。……地味を脱却したいって相談してきた藤沢を卓球とかラーメン屋に連れてくわけにもいかんし』

 

と。

比企谷先輩ってよく卓球とかラーメン屋さんに行くのかな?って思ったのと同時に、デートコースは私が選ばなくちゃいけないって事が決まった瞬間だった。

 

たぶん普通なら男の人がデートコースとか決めてくれるものなんだろうけど、今回の擬似デートはあくまでも私の我が儘による私改造計画なわけなんだし、であるならば私が行き先を決めて、私がどれだけ格好良いところを先輩に見せられるか?一緒に街を歩いてて肩身の狭い思いをさせちゃわずに済むのか?ってとこをリサーチ出来るのは、むしろ好都合かもしれない。

 

だから私は、普段の自分が絶対に行かないような敷居の高いお店とかをスマートに回って、比企谷先輩に感心してもらおう!って計画を立てていた。

なんだか当初の計画から大幅にズレてるような気もしないでもないけど……

 

 

そして私が最初に選んだのが、クラスの派手目な女の子達がよく話してるような、お洒落なセレクトショップ?ってところの路面店。

やっぱりイケてる女の子と言ったらショッピングだよね。

 

ただでさえ普段はしまむらくらいでしか服を買わない私が、お洒落なファッションブランド、しかも商業施設内にある店舗じゃなくて、路面店に入るなんて余りにも恐れ多いことなんだけど、そういうお店に何気なくスッと入っていける女の子って、やっぱり格好良いよね。

そこでなんでもないような顔してお買い物できたら、比企谷先輩に「こいつやるじゃん」って思ってもらえるかも。

よし!尊敬する先輩が傍で見ててくれることだし、頑張ってみよう!

 

 

そして私はドキドキワクワクで比企谷先輩を引き連れて、前々から羨望の眼差しで眺めることしか出来なかったお店へと歩を進めるのだった。

……このあと巻き起こる、格好悪くて情けない自分の惨めな姿を想像することも出来ないまま……

 

 

× × ×

 

 

お店に到着した私は、扉の前で一瞬たじろいでしまう。

……やっぱり入りづらいっ……!

こういうお店は基本扉が開けっ放しだから、慣れてる人なら入りやすいんだろうけど、しまむらな私にはまるで秘境。場違いすぎる。

 

「……ここなのか……。あー……これってやっぱ俺も入った方がいいのか……?」

 

「ぜ、是非ともお願いしますっ……!」

 

ていうか私一人じゃ無理です!

そもそも冴えない私を育てて欲しいから来てもらったのに、お店に一人で入店じゃなんの意味もないんですっ……

 

比企谷先輩と初めてのお買い物。そして敷居が高すぎるブランドファッションショップ。

あまりの緊張で足がカタカタと震えてるけど、先輩に格好悪いところを見られたくない私は、なんとか平静を装って店内へと足を踏み入れてみた。

 

「いらっしゃいませぇ♪」

 

ショップ店員さん達の明るく元気な挨拶に、私は恥ずかしながらビクゥッとしてしまった。

……え!?洋服屋さんの店員さんって、こんなに笑顔で迎え入れてくれるものなの!?

 

私は恥ずかしさをなんとか押さえ込んで、店員さんに若干卑屈な笑顔でペコリとお辞儀をしながらお店の奥へと逃げ込むように入っていく。

だ、だって……店員さんってすごく着こなしとかがお洒落で綺麗で、頑張ってお洒落してきたつもりになってた自分の姿がみすぼらしく思えちゃったんだもん……

 

──これは無理だ……やっぱり私には場違いすぎた……

でもこのまま何も見ないで逃げ出したんじゃ比企谷先輩に格好悪いって思われちゃうし、早く適当にショッピングを済ませて早く出よう……

 

と、とりあえずはそろそろ新しいのが欲しいなって思ってたワンピースとかでも見てみようと、マネキンに飾られたワンピースを頼りに、そういうのが置いてありそうなコーナーに行ってみた。

 

……あ!これ可愛いかも!

そう思って手に取った花柄のワンピース。

うん。これなら普段使いにもお出掛けにもたくさん使えそう。

ふぅ……どうなることかと思ったお洒落ショップのお買い物も、ようやく楽しくなってきたかもっ……と、少しだけ弛緩した気持ちで何気なく値札を見た私は一気に血の気が引いてしまう。

 

「いっ……!いちっ……!?」

 

 

嘘でしょ!?ワンピース一枚でこの値段なの!?

こ、これ……同じようなデザインの洋服、しまむらだったらワンピースどころか全身コーデ買えちゃうよっ!

しかもその帰りに本屋さん寄って、余ったお金でハードカバーの小説だって我慢しないで買えちゃう……

 

無理無理無理!こんなの買えない!

 

「あ!こちら先週入ったばっかりの新作なんですよぉ!可愛いですよね〜!」

 

「……っへ!?」

 

その恐ろしいワンピースをそっと元の場所に置こうとした時、いつの間にか背後に居たらしき店員さんが笑顔で話し掛けてきた。

 

「こちらそのままでもとっても可愛いですしぃ、カーディガンとかジャケットにもとても合わせやすいんでヘビロテ確実ですっごいオススメなんですよ〜? ちなみに私も今着てるんですけどぉ、ホラっ、こうやって下にパンツを合わせても凄く合うんですよ〜?」

 

「は、はい……」

 

矢継ぎ早にお洒落店員さんの口から語られるお勧めセールストーク。

なん、で……?こういうお店って、洋服自由に見させて貰えないの……?

 

「あ、こういったアイテムなんかも凄く合うんで、これからの季節だけじゃなくって、秋くらいまではガンガン使えちゃいますよー?」

 

その後も次から次へとそのワンピースに合うのであろうアウター?とかボトムス?を手に持って合わせてくれる店員さん。

 

「……あ、あの……じゃ、じゃあこちらをっ……お、お願いします……」

 

「ありがとうございますぅ♪」

 

私には無理です……これはもう断れません……

 

「他にも店内ご覧になりますかぁ?」

 

「あ、いえ……もう大丈夫です……」

 

「かしこまりましたっ!それではあちらがレジになりますのでっ」

 

……ああっ……これでしばらくは節約しないと……もう来月まで本も買えない……

 

半分ほど魂が抜けてしまった状態で店員さんにレジへと連行されていく私に、比企谷先輩が心配そうにこそっと声を掛けてきてくれた。

 

「おい藤沢……あんな高けぇの買っちゃって大丈夫なのかよ……さっきお前、値段見て驚いてなかったか?」

 

「そ、そんなこと無いですよ!?……ワ、ワンピース欲しかったんで、いいお買い物できちゃいましたっ……えへへ……」

 

 

……格好悪い……どうやら先輩には全部バレバレみたい。

でもバレバレなのに、今の私に出来ることといったら引きつった笑顔を浮かべて強がりを言うことだけ……

 

「ありがとうございましたぁ」

 

お店の出口まで着いてきてくれた店員さんに商品を手渡され、私は初めてのお洒落ショップでの苦いショッピングを力なく終えたのでした。

 

 

× × ×

 

 

軽く泣きそうになりながらも、私はなんとか気持ちを立て直して、次なる目的地へと足を向ける。

 

「ちょ、ちょっと疲れちゃいましたし、時間もいい時間なので、お茶……というかランチにしませんか?」

 

「お、おう」

 

まだ待ち合わせてから一軒のお店に入っただけなのに「疲れちゃいましたし」って発言はいかがなものなんでしょうかね、私……

で、でもここから立て直さなきゃ!次こそは比企谷先輩に感心してもらいたい!

 

そして到着したのが、一色さんに教えてもらって本牧先輩と行ったカフェとはまた違うお洒落なカフェ。

そちらも前々から羨望の眼差しで眺めていただけの、私には敷居が高すぎるお店。

 

一軒目で予想外のとんでもない散財をしちゃった私ではあるけれど、それでも今日の擬似デート中だけはあんまりお金のことは気にしたくない。なにせ今日を全力で楽しむ為に全財産持ってきたんだもん!

先ほどの格好悪い失態も、お洒落なカフェでお洒落なカフェランチを楽しめれば名誉挽回できるはず!

 

 

 

……うわぁ、ここもまたとにかくお洒落……。また場違い感にお腹が痛くなってきそう……

でもあんまりキョロキョロと店内を見回してると慣れてない感が丸出しになっちゃうから、比企谷先輩にバレないようにチラッチラッと盗み見る。

 

「ご注文お決まりでしょうか?」

 

入店して席に通されてから、しばらくのあいだメニューとにらめっこしていた私たちに、ホールの女の子が声を掛けてきた。

あぅぅ……チラチラと周りを見渡すばかりだったから、まだ決まってないよぉ……

 

「あー、じゃあオムライスプレートとブレンドで」

 

あっ!先輩はもう注文が決まっていたみたい!

どどどどうしよう!?私も早く決めないと……!

 

しかし、メニューを見てもいまいちよく分からない。

私も先輩と同じく、分かりやすいオムライスとコーヒーにしようかな?

でも今日からイケてる女の子へとステップアップする私は、なんかこう、もっとお洒落で格好良いものを頼んでみたい。

 

あ!これちょっとお洒落っぽいし、なんとなく分かるかも!

 

「えと……じゃ、じゃあ私はチキンとラタトゥイユのベーグルサンドと……あとは」

 

なんかベーグルサンドってちょっと格好良いし、ラタトゥイユって確か野菜を煮たやつだよね?野菜を煮ただけなのに、なんか名前がお洒落で良いかも!

あとは飲み物……どれが格好良いかな……

 

カフェラテとかでも良いんだけど……なんかもっとこう……。

あ!これなんか聞いたことある!

どんなのかいまいち分からないけど、たぶんお洒落なコーヒーの種類だよね。

 

「……エ、エスプレッソで」

 

ドリンクは食後で……と、注文を聞き終えたホールの女の子が厨房へと戻って行く中、比企谷先輩が訝しげな表情で私を見ている。

 

「藤沢お前エスプレッソなんか飲むのな」

 

あ、やっぱりちょっと格好良かったのかなっ。

 

「はい!好きなんですよ、エスプレッソ」

 

「ほーん。俺らの歳くらいの女子にしちゃ珍しいな」

 

そ、そうなんだ……

 

私はその言葉に一抹の不安を覚えながらも、初めて比企谷先輩と二人でするランチが嬉しくって、お料理が届くまでのあいだ、先輩と色んなお喋りを一生懸命に楽しんだ。

主に私が話し掛けてばかりだったけど。

 

しばらくして届いたランチはとても美味しくて大成功!

やっとこれで素敵な女の子のデートらしくなってきた!と思ってたところに、すっかり忘れていた食後のドリンクが到着した。

 

「お待たせいたしました。こちらが本日のブレンド、こちらがエスプレッソになります。ごゆっくりどうぞ」

 

 

………………え?なにこれ。

私はコーヒーを頼んだはずなのに、なんでこんなにカップが小さいの……?

……そこには、とても小さいカップの中に、ほんの少量の黒々とした液体が注がれていた。

 

こ、これがエスプレッソ……?想像してたのと全然違う……

なんかこう、カフェオレの上位互換みたいな、葉っぱとか猫とかのラテアートが施されてるみたいな姿を想像してたのに……

 

「お、美味しそう〜……いただきま〜す……」

 

でもここで固まってしまったら、またもや比企谷先輩に格好悪いところがバレてしまう。

だから私は何でもないような顔でエスプレッソを口へと運ぶ。

 

「っ!?」

 

思わず吹き出しそうになってしまった。

……にっがい!!濃すぎる!!……え?なにこれ……原液かなにか……?カルピスみたいに薄めて飲むものなの……?

でもこの小さな小さなカップでは、この濃すぎる液体を薄めるほどの容量は見込めない。足すための水もミルクも無いし。

 

『俺らの歳くらいの女子にしちゃ珍しい』

 

だからたぶん、これはこういうモノなんだろう……

こんなの……普通の女子高生が好んで飲むわけないもん……

 

「……藤沢、どうした。大丈夫か?」

 

「あ、はい!すっごく美味しいです!」

 

格好悪いところを見られたくない私は、またも強がりの嘘を吐く。

でも比企谷先輩が私を見る目で嫌でも分かってしまう。また無理してるのがバレバレなんだって。

 

それでも私は嘘を吐く。美味しい美味しいって、苦い液体を無理やり喉の奥に流しこんで。

 

 

 

沈んだ気持ちでカフェを出たあとのデートも、それはそれは酷いものだった。

 

普段行き慣れないカラオケで、この日の為に自室やお風呂で練習してきた普段は絶対に歌わないような流行りの歌を歌ってみても、そもそも歌なんてちっとも上手くもない私の歌声では素敵に歌い上げられるわけなんてなく、声はひっくり返るし高音は出ないしで、あまりにも情けないオンステージとなってしまった。

 

今度こそ!と張り切った次のボーリングでは、普段履き慣れないヒールで擦り剥いてしまっていた足ではロクなプレーも出来ず、仕舞には痛い足を庇ってボールを投げた際に転んじゃって、普段付け慣れないコンタクトを落としてしまう始末。

……もう情けなさで今にも泣き出しそうな私を横に、比企谷先輩が一生懸命に探して見つけてくれました。

 

──そして、ようやく今日のデートが終わる。

 

 

× × ×

 

 

本当に最悪だ。なにが最悪って、せっかく比企谷先輩が親切心で来てくださった私の為の擬似デートなのに、その終わりを“ようやく”だなんて思ってしまったこと……

 

 

今私たちは、本日の集合場所でもあり解散場所でもある千葉駅前でお別れの挨拶をしている。

思えば、その集合からしてやらかしちゃったっけな。

今日は、そもそもからして駄目だったんだね。

 

「……あのっ!今日はお付き合いくださって、本当にありがとうございました……」

 

「おう。役に立てたとは思えんが」

 

「そ、そんなこと無いです!とても助かりました……」

 

お別れの時まで嘘吐いちゃうんだね、私。

助かっただなんて大嘘もいいところ。本当は情けなくて恥ずかしくて悔しくて、わざわざ私の為なんかに時間を割いて来てくださった比企谷先輩には、本当に申し訳ない気持ちしかないっていうのに……

 

「……きょ、今日の経験を生かしてっ……こ、今後も頑ば……頑張っていきたいなって思……お、思いますっ……」

 

ずっと堪えていた涙。今は先輩とお別れする前だから、まだ流したくない。流すわけにはいかない。

……今にも零れてしまいそうな涙をさらに堪えようと力を込めるから上手く喋れない。本当に情けなすぎる。最後の最後まで格好悪い……

とてもじゃないけど、今日はどうでしたか?……なんて、口が裂けても聞けるわけがない。

 

「そうか、まぁ頑張れよ」

 

そう言って先輩は改札に向かう為に背中を向けた。

やっと……やっと涙を我慢しないで済むんだ。比企谷先輩の背中が視界に映った瞬間、その視界が酷くぼやけてきた。

 

「なぁ、藤沢」

 

ビクッと全身が震える。

だって、もう我慢を放棄しちゃったから、今先輩に顔を見られたくないっ……

私はとめどなく流れてしまっている涙を隠そうと慌てたんだけど、有り難い事に比企谷先輩は私の方には振り向かず、背中を向けたままでお話を続けてくれた。

 

「あー、なんだ。今日のデー……外出は藤沢からの依頼みたいなもんだから、悪いとは思うがちゃんと感想は言っとくな。……今日の擬似デートなんだが…………正直つまらなかったわ」

 

「っ!」

 

「……お前は、どうだった」

 

「……」

 

口を開くとしゃくりあげちゃいそうだから何にも言えないけど、本当に本当に楽しくなかったです……

物凄く緊張はしてたけど、それでもあんなに楽しみにしてた今日この日を、ひとつも楽しくなかったと感じてしまっている自分が悔しくてしょうがない。

 

「……だよな。とても楽しんでるようには見えなかったもんな」

 

無言を肯定と受け取ってくれたのだろう比企谷先輩が、さらに言葉を紡ぐ。

 

「……はぁ……こんなこと誰にも話したこと無かったんだが、まぁ仕方ねぇな。……実を言うと俺はちょっと前まで“変わる”ってことを心の中で小馬鹿にしてた事があってな。そんなに簡単に変われたら、そんなの自分じゃねーよ、なんで無理に自分を変えて過去の駄目な自分を否定しなきゃなんねぇんだよ、なんでそのままの自分でいていいと自分に言ってやれないんだよ……とかな。……まぁそんな捻くれたこと考えちゃってる俺格好良いとか思っちゃってたわけだ」

 

「……?」

 

 

「けどな、ちょっと前に平塚先生に言われたんだわ。君はもともとよく分からん奴だったが、昔よりは多少わかるようになったってな。人の印象は日々更新され続けるし、一緒に成長し続けていけばわかっていく……だとよ。ま、要は俺もどうやら知らず知らずに変わってたらしい」

 

「……」

 

「笑えるよな。あんだけ変わるって事を見下してたくせに、先生にそう言われた時、心のどっかで思いのほかそういうのも悪くねぇなって思っちまったんだよ。……だからまぁ、少なくとも今の俺は“変わる”ってことも“変わりたい”って願うことも、そんなに悪くない事だと思っている。今の自分ってものを鑑みて、これじゃいけないと真剣に悩んでる奴のその思いを馬鹿にして否定する方が、よっぽど馬鹿で見下していい独り善がりな価値観なのかもなって思うようになってきたまである。……ま、そんなわけで今回の藤沢からの真剣な依頼を受けちまったってわけなんだが……」

 

比企谷先輩はそこまで言うと、呆れたような溜め息を吐く。

 

「……今日の藤沢のは、正直な話、ちょっと前まで俺がふざけんなと否定してた方の成長欲求だった。なんつーか、本当に変わりたいのか?成長したいのか?って感じたわ」

 

……本当に変わりたいようには思えなかった……?

ううん……?そんなこと無いっ……!私は変わりたいって思いましたよ……!?

 

「悪いな。本来なら、こないだ相談を受けた時に言っとくべきだったかもしれん。お前言ってたよな? 自分みたいな地味で冴えない女と一緒に歩いてる男はどう感じてるんだろう、隣に居るのがなんだか申し訳ない……ってな」

 

「……はい」

 

「あとはこうも言っていた。いつもそばで見てる一色みたいな格好良い女の子に憧れるし、自分もああいう風に素敵な女の子になれたらな……と。だから変わりたい、成長したい、と」

 

「……は、い」

 

「正直な、後者の理由をキラキラした目で話してたから今回の相談を受けたんだ。自分がなりたいと目標を持って努力するのは悪いことじゃないと思う。まぁ一色みたいになっちゃった藤沢を見たいとは思わねぇけど」

 

ちょっと苦笑い気味に話す比企谷先輩だけど、その次に放った言葉は、とてもとても辛辣だった。

 

「だがな、前者の理由は酷いわ。なんの熱意も信念も一切感じない、酷く後ろ向きで酷くみっともない、くだらない理由だ」

 

「……っ!」

 

「……変わりたいから、成長したいからって真剣な想いじゃなくて、ただ周りからどう見られてるのかだけにしか意識が向いてない薄っぺらな変身願望。そんなもんに中身なんかあるわけねぇよな。……だから今日の藤沢は本当に空っぽだった。……お洒落に見せよう、格好良いとこ見せようって無理ばっかしてっから、買いたくもない高いもん買っちゃうわ、苦くて飲めないコーヒーを我慢して涙目で飲むわ、慣れないカラオケで慣れない流行りの歌うたって外しまくるわ、傷めた足庇ってすっ転ぶわ。ひでぇもんだったろ」

 

……返す言葉もない。本当に全部その通り。

格好悪い行為をしながら格好悪い姿を晒してたってことか……

 

「変わりたいってのは、そういうんじゃ無いんじゃねーの?って俺は思う」

 

「……ひぐっ……はっ、い……」

 

もう会話どころか「はい」の一言だけでさえしゃくりあげてしまう。

そんな私の様子を感じたのか、比企谷先輩は困ったように頭をがしがしと掻いて、とても優しく語り掛けてきてくれた。

 

「あー……なんだ。だからそんなに無理してまで、一気に変わろうとしなくてもいいんじゃねーの……?薄っぺらな方じゃなくて、憧れとか目標とかの信念がある方なら、そう想い続けてりゃそのうち勝手に変わってくだろ。別に無理しないでも、普段の藤沢にもいいとこあるってみんな分かってるだろうし、俺も、その、なんだ……前にも言ったが、地味だろうがなんだろうが、普段の真面目で一生懸命な藤沢にはマジで感謝してるしな……」

 

「……ひゃい……」

 

「……それにあれだ。副会長だって、普段の一生懸命な藤沢を見て気に入ってるからデー……外出に誘ったわけだろ?……だったらいくらお前が自分に自信がなかろうが、副会長が地味なお前と一緒に歩いてることを恥ずかしいとか思うわけねぇだろ。むしろ今日みたいに無理してちぐはぐな振る舞いばっかしてるお前とまたどっか行ったって、俺と同じようにつまんなかったって思っちまうんじゃねぇか?……知らんけど」

 

「……ひゃ、いっ……」

 

「だからまぁ、あれだ……あんま無理しない程度に頑張れよ」

 

そこまで言うと、比企谷先輩は手をひらひらさせて、改札の方へと歩いていく。

後ろ姿しか見えないけれど、後ろ髪から覗く耳が真っ赤になってるから、たぶん顔まで真っ赤にさせながら、私の為に恥ずかしさを堪えてここまで言ってくれたんだろう。

 

「……あ、ありがとう……ひぐっ……ございまちたっ……」

 

だから私は、しゃくりあげちゃうのも噛んじゃうのももう一切気にせずに、心からの謝意を述べて、その優しい背中に深々と頭を下げるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「あ……比企谷先輩!おはようございます!」

 

「うおっ! び、びっくりした」

 

惨めで格好悪い運命の擬似デートの翌朝、私は尊敬する先輩に朝一でどうしても決意表明したくて、駐輪場にてずっと待ち構えていたのだ。

 

「……あっ……す、すみません……! いきなりで驚かせてしまいましてっ……」

 

「あ、いや……それは別に構わないんだが。…………そうか、元に戻したのか」

 

「はいっ」

 

そう。あの酷いデートの翌日、私はおさげと眼鏡姿の、いつもと同じ地味で冴えない私に戻っていた。

すると比企谷先輩は、とても気まずそうにこんな事を言ってきた。

 

「その……昨夜はなんか悪かったな。すげぇ偉そうなこと語っちまってたよな。……アレを気にして元に戻したんならホントすまん」

 

「違います違います!そんなんじゃ無いんです!……私は、自分で選んで元に戻しました」

 

そう、これは自分の意思。

比企谷先輩にはっきりと言ってもらえて、やっと気が付いたから。

 

「昨日はホント格好悪いところをたくさん見せてしまいましたが、それでも昨日の出来事があって本当に良かったって思ってます。……というか、やっぱり相談したのが比企谷先輩で本当に良かったです……!」

 

「いや、俺は別に……」

 

「いえ、本当に比企谷先輩だから良かったって心から思ってるんです。すっかり忘れてたこと、思い出せましたから」

 

──私は、ここ最近で今まで関わった事が無かったような、学年の中心人物たる、一色さんのようなキラキラ輝く素敵な女の子と関わることになったり、デート……と呼ぶのはおこがましいのかもしれないけど、それでも本牧先輩にお出掛けに誘って貰えたりして、分不相応過ぎて舞い上がっちゃって忘れてたんだ。

そもそも私が自分自身に抱いていた感情を。

 

「えへへ、すっかり忘れてたんですけど、私、地味で冴えない普通の自分が、実は結構好きなんです!」

 

そう言い切った私は、自分でも気付かないくらいにとても自然な笑顔を先輩に向けていた。

 

今まで比企谷先輩のことは、最初は恐い人だって思ったり、途中からは一番の尊敬する先輩になったりで、常にどこかで緊張していた。

だから、昨日のデートも含めて実は初めてかもしれない。比企谷先輩とちゃんと正面から向かい合って、本当の笑顔を見せられたのは。

 

 

──あっ……そっか……。これが“変わる”って、“成長する”ってことなのかも──

 

 

そんな私の本当の笑顔を見た比企谷先輩は、またもや照れくさそうに頭をがしがしと掻きながら一言。

 

「そうか。ま、それでいいんならいいんじゃねーの」

 

「はいっ!」

 

 

……結局のところ、私は私なんだよね。

普通で地味な現在(いま)こそが、とても掛け替えがなくて身の丈に合っている藤沢沙和子の人生そのもの。

身の丈に合わない無理ばっかりしたって、それはもう藤沢沙和子では無くなっちゃうのだ。

 

だからもう無理はやめよう。私は私らしい人生を送っていけばいいじゃない!

 

 

──でもっ……

 

 

「でもやっぱり、キラキラと輝く素敵な女の子になりたいっていう憧れは、今後もずっと持ってるって思うんですっ……。もちろんもう昨日みたいに無理はしませんけど。…………だ、だからっ」

 

 

顔が……身体が燃え上がるように熱を帯びる。

比企谷先輩に向けていた自然な笑顔が、一瞬で不安で弱々しい表情へと変化していく。

さっきまでのが今後の私の決意表明なら、これは私の単なる願望。

でも聞いてください!私の単なる願望を!

 

 

「……また、近い内に擬似デートにお付き合いいただけますか……!? ゆっくりとマイペースに変わっていく私を、また見ていてもらえますか……!?」

 

 

震える手でスカートをギュッと握り、震える足をしっかりと大地に打ち建てる。

また擬似デートをして昨日の失態を挽回したいんじゃない。お洒落な自分、格好良い自分を見せ付けたいわけでもない。ただ単純に、比企谷先輩に見ていて欲しい。ゆっくりと育っていく私を。

 

「……まぁ、役に立つっていうんなら、前向きに善処することを検討しとくわ」

 

恥ずかしそうにそっぽを向いて、そんな実現しなさそうなつれないことを言う比企谷先輩。

ふふっ……でもその表情を見ちゃったら分かりますよ?それでも年下にどうしようもなく甘い比企谷先輩は、私のその願望を聞いてくれるって。

 

 

──おかしいな……。ただ、尊敬する先輩との次の擬似デートの約束が取り付けられたってだけの事なのに、なんで私の心臓は、こんなにも嬉しそうに楽しそうにドキドキと躍ってるんだろう……?

なんで目尻も口元も、こんなにも自然と緩んじゃうんだろう……?

 

 

……それが一体なんなのか。それはホントはもう分かっちゃってるような、でもまだ分かりたくないような、そんな私の人生初の複雑な乙女心。

 

でも今はまだいいよね。

だってそんなのは、また次の擬似デートを楽しみながら、冴えない私をゆっくりと育てながら考えればいいことなんだから!

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

お、ま、け☆

 

 

「あれ?なんか今日の沙和ちゃんなんかちょっと綺麗!」

 

「あ、ホントだ!なんか今日の沙和子ちゃん綺麗〜!」

 

「え!?そそそそんなことないよ!? 私別になんにも変わってないよ!?」

 

「またまた〜」

 

「土日か今朝にでも、なんかあったんじゃないの〜?」

 

「ほ、ホントに何も無いってば!」

 

「あのー、藤沢さん……?」

 

「え?は、はい?」

 

「お、お客さん来てるよ〜……? ほら、あそこ……C組の一色さん……」

 

「……え?……い、一色さん!?」

 

 

 

 

「あ!書記ちゃんおはよー」

 

「ど、どうしたの?一色さんっ……この間の議事録なら、今日の放課後に提出する予定だけど……」

 

「あー、違くてー……ちょぉっ〜と書記ちゃんに聞きたい事あってさぁ、もし良かったらなんだけどー、今日のランチ、二人で生徒会室でどーかなぁ?なんてっ」

 

「い、一色さん? 凄い笑顔なのになんかちょっと怖いよ!?」

 

「えー?全然怖くないよぉ?……じゃあまたお昼に生徒会室でねー」

 

「ちょっ……?わ、私まだ行くって言ってなっ…」

 

「またお昼に生徒会室でねー」

 

 

「………………」

 

 

 

 

お終い♪

 







書記ちゃん逃げてー!というオマケ付きの書記ちゃん編でした(^ー^)
ありがとうございまちたっ!


やっぱり書記ちゃんは変わらないのが良い!おさげと眼鏡じゃなければ書記ちゃんにあらず!
そんな思いから始めた初の書記ちゃんSSでしたがお楽しみ頂けましたでしょうか!?
そして危うく中編→後編がひと月ほど開いちゃうトコでした(白目)

やっぱ物語の〆は難しいや(・ω・;)



最大級な斜め下の変化球の書記ちゃんもようやく書き終えた事で次回は完全に未定ではありますが、またいつの日かお会い出来ますように(^人^)




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運命の国のいろは 続

本日はついに愛するあの子の生誕祭です!

愛を詰め込みすぎて、当たり前のように1話としては今までで最長になってしまいましたので、お時間ございます時にでものんびりお読みくださいませm(__)m





 

「いろはちゃんおめでとー!」

 

「一色さん、おめでとう」

 

「……おめでとさん」

 

「ありがとうございますー」

 

本日四月十五日は、我が奉仕部とは特に関係の無いはずの後輩 一色いろはの十七歳誕生日の前日だ。

関係は無いはずなのだが、なぜか奉仕部の部室にてささやかな誕生日パーティを開いている。まぁなんで関係無いのに?なんて理由は今さら説明するまでも無いよね。単なる成り行きです。

 

そしてなぜ前日に誕生パーティなのかと言えば、それは明日が土曜日だからに他ならない。

まぁ土日祝日だろうと平日だろうと、一色クラスのリア充ともなれば、誕生日当日などは引く手あまた(男限定)で、結局こうして奉仕部でのお祝いなんてしてやれないんだろうが。

 

「えへへ、こうして皆さんにお祝いして頂けるなんてホント光栄です! んー!このケーキ超おいしいですぅ。やっぱ今日はお腹空けといて良かったー」

 

「だよねー! ホントはあたしも手伝いたかったんだけど、残念ながら今回はゆきのんが一人で用意してくれたんだー」

 

「………………ホント良かったです」

 

「なにがっ!?」

 

いや俺もホント良かったです。

手伝いたいと甘えられまくって、危うく気持ちが折れかけながらも断固として手伝わせなかったゆきのんグッジョブと言わざるを得ない。

冷や汗を掻きながらも、幸せそうにもきゅもきゅケーキを頬張る一色を見る雪ノ下もホント優しい眼差しを向けてますね。

こいつマジで、いつの間にこんなに陥落させられてたんだよ……

 

「じゃじゃーん! これあたしとゆきのんで選んだプレゼントっ! 喜んでもらえたら嬉しいんだけど」

 

そんな幸せ空間がさらなる加速を見せる。パーティはケーキを食べながらいつの間にかプレゼント譲渡会へと移り変わっているようだ。

 

「わぁ!ありがとうです! 絶対大切にしますー」

 

プレゼントを受け取る一色は、本当に嬉しそうで無邪気な笑顔。

そんな一色の笑顔を遠巻きから見ている俺の表情もついつい自然と緩んでしまっている。

 

 

──ホント、初見の時の印象からは考えらんねーよな。

……一色の第一印象、それは本当に酷いものだった。

 

『ざわざわと心にさざ波が立つ。これは単純な警戒警報』

 

『穏やかな気性とやや控えめな女性らしさを全面に出し、その裏を覗かせまいとする作為的なものを感じる。こういうのは高確率で地雷』

 

『どこか空々しい薄ら寒いもの』

 

『ふわふわ系非天然隠れビッチ』

 

 

とまぁホント酷いものだった。

それなのに、今ではすっかり可愛い後輩になっちまってるんだもんな。

……いや、単なる可愛い後輩ってだけじゃないことくらい、いくら捻くれてる俺だって解っている。こいつはもう、俺にとってはこの場所と同じくらいに大切な存在になっている。

 

一色を見ていると、こいつ自身が予期せぬ経験を経て、出会った当時には想像出来ないほどの成長をしたという事実を差し引いたのだとしても、自分の人を見る目の無さに呆れてしまうことがままある。

なにせ俺の持論は『人間なんてそんな簡単には変わらない』だからな。

出会ってからたかだか数ヶ月。そのたった数ヶ月で、こいつの本質が変わるわけがない。つまり、実は一生懸命だったり、実は一途だったりというこいつの本質が見抜けなかったってだけの話。

いかに自分が達観したつもりになって勝手な印象を相手に押し付けてしまってたのかって事だ。

 

 

……ったく、なにがキングオブぼっちの人間観察力舐めんなだよ、ダサすぎだろ。

 

“よく知りもしないくせに、勝手に理解したつもりになって理想や偏見を押し付けるな”

 

これは、他者が俺を見たとき、俺という人間を判断した時に常に吐き捨てるように思うこと。

なんのことはない。俺自身も他者に同じことをしていたのだ。それは、俺が最も嫌う欺瞞でしかないというのに。

はっ、全然ダメダメだな、俺も。こんなどうしようもない間違いを、こんなあざとい小悪魔後輩に教えられるだなんてな。

 

「ちょっと先輩? なに勝手にニヤニヤ見てんですか? 正直気持ち悪くて無理ですごめんなさい」

 

「……」

 

てへっ、やっぱり一色は一色でした!

 

 

× × ×

 

 

「つーかお前あれだよな」

 

「ふぇ?なんですかー?」

 

「ふぇ?じゃねぇよ。あざとい、やり直し」

 

「むー!だからあざとくないですぅ! 超素ですー」

 

ぷくーっとリスみたいな一色もホント見慣れたもんだ。最初見た時は、まさかこのあざとい膨れっ面がこんなにも可愛く見えちゃう日が来るだなんて想像できなかったよな。

などとまた謎の感慨に耽ってニヤついていると、笑われたと思われたのか当の本人はさらにご立腹なご様子。

 

「だから結局なんなんですかねー。いつまでもそのニヤニヤした顔を直視してるのもいい加減キツいんですから早く用件を言ってください」

 

ぐっ……人がちょっと見直してやってりゃこの辛辣な罵倒だよ……

こいつがこんなに変わったのは雪ノ下の影響かも知れませんねぇ。

 

「ったく……まぁいいけどね。……ん、まぁあれだ。お前ずいぶん前から誕生日を無駄アピールしてたわりには、ホントにプレゼントなんも用意しなくても良かったのか?」

 

そうなのだ。こいつ確か年明け一発目くらいから早々に「ちなみにわたしは四月十六日ですよ、先輩」とかってアピールしてたくせして、新年度が始まった直後くらいから「プレゼントとかガチで要らないんで用意しとかないでくださいね!」と、キツく宣告されていたのだ。

俺としてはかなり助かるから全然いいんだけど、一応興味本位でなんで?って聞いてみたら、この子あっけらかんとこんなこと言いました。

 

『だってぶっちゃけ先輩からモノ貰っても取り扱いに困るじゃないですかー? さすがに売り飛ばすのは良心が痛みますしー』

 

やだ、聞かなきゃよかった!いくら俺でも泣いちゃうよ?現実はフィクションと違って厳しいんですね。

扱いに困るから売り飛ばすなんて思考が頭を過った時点で良心痛んでね?

 

「だから前に言ったじゃないですかー? 扱いに困るから気にしないでくださいって。なんですか?そんなにわたしになにかプレゼントしたかったんですか?……はっ!もしかしてプレゼントで口説こうとしてました!?お前のことを想って選んだプレゼントを受け取って欲しいとか言ってエンゲージリングでもくれるつもりでしたか、ぶっちゃけ女の子の夢なんでかなり心惹かれますが、まずはプロポーズよりも先にすることがありますよね、ちゃんと順番を守ってくれたら喜んでお受け致しますごめんなさい」

 

こいつもう職人芸の域だろ……

長すぎ早すぎで、ちゃんと内容を聞き取ろうとする気も沸いてこねぇよ……

本日二回目の、そして通算何回目か分からないお断わりをされた俺は、恭しくペコリと頭を下げてはぁはぁ息を切らしている一色に呆れた眼差しを向けていたのだが、なぜか教室内の気温が数度くらい下がったような錯覚に陥ったことに気がついた。

 

「……一色さん?」

 

「……いろはちゃん?」

 

「っ!?……ひ、ひぃぃっ!」

 

な、なにこれ……?穏やかじゃないわね!

今の恒例のお断わり芸のどこに雪ノ下たちの逆鱗に触れるポイントがあったのかは皆目見当もつかないが、とりあえずせっかくの誕生日パーティなんだし、みんな仲良くしようぜ……?

 

「お、おい、どうした。なんか知らんが一色怯えてんじゃねぇかよ」

 

「黙りなさい」

 

「ヒッキーうるさい」

 

「先輩はすっこんでてください」

 

ふぇぇ……せっかく仲裁してあげようかと思ったのに、なぜか怯えてた一色にまで罵倒されちゃいました。女子恐い。

 

 

そんなこんなで、一色の誕生パーティは平和ににこやかに過ぎていくのだった。

 

 

× × ×

 

 

最終下校時刻を告げるチャイムが校内に鳴り響くなか、俺は駐輪場までの道のりを一人歩いている。

山あり谷あり嵐ありの誕生日会ではあったが、最終的には本当に楽しいひとときだったようでなによりだ。

まぁもちろん俺は蚊帳の外だったけどね。コミュ症ぼっちがガールズトークに交ざれるわけねえっつうの。

 

何はともあれ、心地よい疲労感に包まれながら駐輪場へ向けて歩いていると、先ほどまで部室でさんざん聞いていたはずの甘ったるい声が、なぜか後ろからかけられたのだ。

 

「せんぱ〜い……!やばいですやばいですぅ……!」

 

……は?なんで?お前とは今さっき別れたばっかじゃなかったっけ?

訳は分からないが、とりあえずうんざり気味に振り向いてみると、わたしよくトロそうって言われるんですよねー、という空気を全身で放っているかのようなヨロヨロ走りで走ってくる一色の姿。

とてとてとようやく俺に追い付くと、ブレザーをちょこんと摘んで前屈みではぁはぁと息を整える。

わざわざ摘んでくるあたりがやはりあざとい。

 

「……んだよ。さっき別れたばっかだろうが」

 

「……はぁ……はぁ……な、なんですか、それじゃまるで振った女がしつこくすがってきてるみたいじゃないですか……はぁっ……そ、そんなセリフ……先輩には世界一似合いません……よ?……はぁっ、はぁ……」

 

……こいつめんどくせえな……息を整えるか罵るかどっちかにしろよ……

一色はしばらくはぁはぁと息を整えると、ようやく落ち着いたのかふぅ〜と深く息を吐き、上目遣いで俺を見上げる。

 

「せんぱい……やばいんですよぉ」

 

「……だからなにがだよ」

 

ぶっちゃけ最近このウルウル上目遣いが、ムカつくことに可愛くて困る。

さんざん罵ったあとの上目遣いだから、そのギャップにやられちゃっているのだろう。

奴はとんでもないものを盗んで行きましたと銭形警部に心配されちゃうような状態に陥っているわけでは決してない。よね?

 

「……えと……これなんですけどー……」

 

すると一色は鞄から財布を取り出すと諭吉さん……ではない、なんか紙を取り出してぴしぃっと俺の目の前にかざしてきた。

 

…………ん?は?これって……

 

「なんだよ、ディスティニーのパスポートじゃねぇかよ。これのなにがヤバいんだよ」

 

いやホントなにがヤバいのん?と思っていると、一色は心底バカにしたような顔で「やれやれ……」と首を横に振る。なにそれ腹立つわ。

 

「よく見てくださいよー。ここですよ、こーこー」

 

そう言って一色はそのパスポートの一部分をペシペシ叩く。

仕方ないからその部分をよく見てやると、ようやくこいつの言いたい事が理解できた。

 

「……なんだこれ。有効期限……四月十六日……? え?ディスティニーのパスポートって有効期限なんてあったっけ?……てかこのパスポート、なんか変じゃね?そんなデザインだったっけ」

 

なんなの?有効期限過ぎちゃうと美味しくお召し上がれなくなっちゃったりするのん?

 

「やだなー、先輩。そんなことも知んないんですかー?」

 

なにそのムカつく顔。すげー負けた気分になるんだけど。

一色はふふんっ、と偉そうに胸を張ると、その説明を始める。

 

「そりゃ有効期限くらいありますよ。んでパスポートにはですねー、株主優待券ってのがあるんですよ。要はディスティニーの株主に配当とは別にプレゼントとして配布される株主用パスポートですねー」

 

……こ、こいつ……金が大好きそうだとは思っていたが、まさか株なんてやってんの?

 

「でですねー。株主さんの中には使わないパスポートをネットオークションで売りさばく人も多く居るんです。で、たまに期限の近いパスポートが安く出品されてたりするんで、都合さえ合えばオトクに行けちゃったりするんですよ」

 

ほーん、成る程な。要は一色がその安いパスポートをネットオークションで落札したってことか。こいつ金にうるさいだけあって、こういうところはなかなかきっちりしてんな。

良かった。これで一色がディスティニーの株主とかだったら割と本気で引くとこだったわ。まぁ親の可能性もあるけども。

 

「で?なにがヤバいんだ? それを落札したっつーんなら、明日までに使う予定があるから落札したんだろ?」

 

「だ、だからですね……?」

 

なにゆえヤバいのか。その答えを求める俺に、一色はもじもじと気まずそうに重い口を開くのだった。

 

 

× × ×

 

 

一色の話によると、どうやらたまたま自分の誕生日までのパスポートをオークションで発見した時にピコンと閃いたらしい。

これは運命的な出会いなのだと。運命的ななにかを感じたのだと。

これを持って葉山を誘えば、今度こそ二人でディスティニーに行けるんじゃないのか?と。

だがまぁやはりそこは鉄壁の葉山。上手いこと言われて体よく断られたんだとか。

 

それを聞いて感じた。まぁ葉山は正直どうでもいいとして、俺が一番感じた事は、やっぱり一色はすげーな……ってことだ。

 

ほんの数ヶ月前に葉山に振られたばかりの一色。しかもディスティニーといえば正にその振られた場所。

あいつはそんなこと一切お構い無しに、こんなにも一生懸命に、こんなにも健気にその想いを果たそうと真っ直ぐ突き進んでいる。

 

『すごいな、お前』

 

いつかのモノレールでの帰り道、俺が傷心の一色に掛けた言葉。

こいつはあの日から一切ブレずに、自分の思いのままに行動している。

 

あの日は、この一色いろはという少女に対して、初めて心から感心した日だ。

だが今は、感心というよりは寧ろ尊敬してしまってるまである。

葉山よ、こいつを甘く見ているとマジで逃げらんねぇぞ。せいぜい覚悟しとくこったな。

 

「で、まぁそれはそれとしてだな」

 

確かに感心を通り越して尊敬の域にまで達している一色の真っ直ぐな想いには感動するのだが、それとこれとは別問題。

 

「俺に助けを求めてどうするつもりだ? 今から葉山んとこに赴いて一緒にアイツを説得してくれってことか? 先に言っとくが、悪いけど俺にアイツを説得する自信なんかねぇぞ? アイツはああみえて頑なだからな。一度断ったことを受け入れるとは到底思えない」

 

そりゃ可愛い後輩の頼みだし、なんとかしてやれるもんならなんとかしてやりたいと思わなくもない。

しかしこればっかりは俺にはどうすることも出来そうにはない。

頑固なアイツを動かせるとしたら、それは他でもない、お前の……一色の真っ直ぐな想いだけだと思う。

 

「……むー、そんなの分かってますー……もう時間も無いんで、いくらなんでもさすがに今回は諦めてますよ」

 

「あ、そうなの?」

 

あら意外。さっきまでさんざん感心してたのに、今回はやけに諦めが早いんだな。

 

「てかそもそもそんなのさっき部室で相談すりゃ良かったじゃねぇかよ」

 

「だ、だって!そんなことしたら邪魔も……わ、わざわざ雪ノ下先輩たちのお耳に入れるほどのことでは無いかなー、と……」

 

君いま邪魔者って言い掛けたよね。

まぁあいつらの前で話して由比ヶ浜あたりが張り切り始めると、まーた三浦たちも連れて来ちゃってクリスマスんときの二の舞になりかねないからな。

 

「で? じゃあ結局俺になにしろっつーんだ?」

 

あれだけ息切らしながら追い掛けてきたくらいだ。俺になにかを手伝わせる気は満々だったはず。

しかし一色は俺からのその問い掛けに、すっとそっぽを向くともじもじと体をくねらせ、とても言いづらそうにあうあうと口をもごつかせる。

 

 

……こ、こいつまさか!明日までの期限のパスポートを俺に買い取らせるつもりじゃねぇだろうな……しかも定価とかで。恐いよ、恐すぎるよいろはす!

 

「……えと、ですね……」

 

そして一色はついにその重い口を開く。

片手で胸元のリボンを弱々しくキュッと握りこみ、もう片方の手はスカートをいじいじといじくり、とても不安げな上目遣いで俺を覗き込んみながら。

やめて!そんな可愛い顔で買い取り要求してこないで!

やばい思わず買っちゃうかもしれない。

 

「……あ、明日……先輩が付き合ってくれません……? ディスティニー……」

 

「……………………は?」

 

 

× × ×

 

 

こうして四月十六日の今日。俺はなぜか一色と二人でディスティニーランドに来ている。

どうしてこうなった。

 

『ちょっと待て、落ち着け一色。なに言ってんの?』

 

『だっ……だからー……せっかく買ったパスポートが無駄になっちゃうんで、先輩が一緒に来てくださいよって言ってるんですけど……だってほら、先輩って明日ヒマじゃないですかー?』

 

『いや、明日はちょっとアレがアレ…』

 

『そういうのいいんで』

 

『…………。いや、しかしな?お前アレだぞ? せっかくの誕生日のディスティニーに俺と行ってどうすんだよ。お前なら他にいくらでも誕生日の外出に付き合いたいってヤツ居んじゃねーの?』

 

『……はぁ〜……先輩ってバカなんですか? 普段のお出掛け程度ならまだしも、せっかくの誕生日に好きでもない下心まみれの男の子とデートなんて願い下げに決まってるじゃないですかー?』

 

『は?なんなの? お前って俺のこと好きなの?』

 

『は、はぁ!? う、うっわ、自意識過剰すぎてガチで引くんでしゅけどっ……! せ、先輩は下心もつような度胸とか無いじゃないですか……! だ、だからほら……単純にディスティニーを楽しめると思ったってだけですごめんなさい』

 

『……振られんの本日三回目なんだけど。もういいけどね。……ぐ、しかしだな……』

 

『せ、せんぱいっ……』

 

『……あんだよ』

 

『わたし、こう見えてディスティニーって超好きなんですよー……』

 

『お、おう』

 

『……で、でもですね……? 実はあの日以来、ディスティニーに行けてなくって……ちょっとディスティニーがトラウマになりかけてるってゆーかぁ……』

 

『……そ、そうか』

 

『……だからわたし……誕生日はどうしてもディスティニーに行きたいんですっ……好きなのに、トラウマとか嫌な思い出のまま行けなくなっちゃうのが嫌だから……。だから誕生日に思いっきり楽しんで、あの日の辛い思い出を克服したいんです……! だからお願いします……』

 

『…………はぁ〜……ったく、しゃあねぇなぁ……』

 

『……♪』

 

『え?なに? お前いまニヤリとしなかったか……?』

 

『えー? 全然そんなことないですよー。ではでは今まさに言質とったんで明日はよろしくでーす』

 

『……』

 

 

とまぁこんな流れで難攻不落な俺が落とされたわけだが……あ、難攻不落どころか即落ちでしたね。

つーかこれ完全に嵌められただろ。葉山と行きたいがゆえに手に入れたパスポートなのに、こんなにがんじがらめにして嵌めてまで俺と二人で行くことに、一色になんのメリットがあんのか知んないけど。

 

「ちょっとせんぱーい! なにぬぼーっと考えに耽ってんですか、時間もったいないから早く行きますよー。ほらほらー、はーやーくー」

 

が、ぐいぐいと俺のパーカーの袖を引っ張って満面の笑顔を浮かべている一色を見ていたら、そんなことはどうでもよくなってしまう。

 

「やっば! ちょお楽しみじゃないですかー?」

 

やれやれ、仕方ないから今日は思う存分付き合ってやりますかね。

なにせ今日は一色の誕生日なのだから。

 

 

× × ×

 

 

エントランスを抜けてワールドバザールに入り、まずはどこに行くのかと思いきや、一色はさっそくグランドエンポーリアムというパーク最大の土産物屋へと吸い込まれていった。正確にはパーカーを引っ張られた俺も、同じく吸い込まれていくわけなのだが。

 

「なぁ、一色。今パークに入ったばっかでいきなり土産物屋に寄んのか? 荷物がかさばると思うんだが」

 

「別にお土産買うわけじゃないんで大丈夫ですよ。てか買ってもかさばらない物なんで問題ないです」

 

男女二人でパークに入った途端に土産物屋。そしてかさばらない物。

おかしいな、なんか嫌な予感しかしない。俺にはそんな経験無いはずなのに。

 

「あ!あったー! あそこですあそこです」

 

一色が指差したコーナーを見て、俺は軽く引きつってしまう。どうやら嫌な予感は当たったようだ。

おかしいな、俺にはそんな経験無いはずだよね。

 

「……んー、コレかなぁ。あ、でも今はやっぱコッチかなぁ……。んー、よし、コレに決めた!」

 

ポケモンみたいに相棒を決めた一色は、その相棒を頭に装着する。

まぁもちろんカチューシャなわけですよ、これがまた。

 

「でー、先輩はー……よし、コレがいいかなぁ! へへ〜」

 

「……え?やだよ、俺も着けんの……?」

 

「あたりまえじゃないですかー? 言っときますけど拒否権とか無いですよ? なにせ今日はわたしのバースデーなんですから」

 

そう言いながら、俺の言い分など一切聞く耳を持たずに、勝手に俺の頭にカチューシャを装着するいろはす。近い近いいい匂い可愛い。

ですよねー。俺に断る権利なんてあるわけないですよねー。

 

「…………ぶっ!」

 

「おい、笑うくらいなら着けんじゃねーよ……」

 

「くくっ……くくくっ……ぜ、全然っ……わら、笑ってなんて……な、ないでぶっ!」

 

なにその意味の無い嘘。思いっきり噴き出してんじゃねぇかよ……

 

その後もプルプルと笑いを堪える努力を見せながらも、永遠と笑い続ける一色をうんざりと見つめ続けることしか出来ないでいる俺。

というか、それ笑いを堪える努力ってする意味ないよね?

 

ひとしきり笑って笑い疲れると、ようやく顔を上げて、潤んだ瞳に指を当てつつ笑顔を向けてきた。

 

「はぁ〜……面白かった。先輩先輩、超可愛いです。超似合ってます」

 

「……嘘つけ」

 

君いま面白かったって言ったよね。

……マジかよ。今日一日これで過ごさなきゃなんねぇの……?

つーか、

 

「……なんでウサギなんだ?」

 

そう。ディスティニー恒例のミキオさんでもミニコさんでも、ましてやパンさんでも無い、なぜかウサギの耳が付いたカチューシャなのだ。

 

なにがヤバいって、ウサ耳いろはすが可愛すぎるところ辺りがマジヤバい。

なんだこいつ、可愛いすぎんだろ。

これはアレか。自分を一番可愛く魅せるにはウサ耳が一番だと知っての犯行か。完全犯罪成立です。

ちなみにウサ耳八幡の気持ち悪さは犯罪成立でした。

 

「もー、先輩はそんなことも知らないんですかぁ?」

 

だからなんでそんなに偉そうに胸を張るんだよ。

いくら薄いと言っても、それなりにちゃんとあるんだから少しは自重して頂きたい。つい見ちゃうだろうが。

 

「今ディスティニーはイースターで盛り上がってるんですよ? せっかく今の時期に来たんだから、イースターバニーにならなきゃもったいなくないですかー?」

 

……ほーん、成る程そういう事か。イースターバニーな、うんうん。

 

「なぁ一色、なんで俺らがそんなんで盛り上がらなきゃなんねぇんだよ。大体ディスティニーでイースターなんて取り上げたのは、ハロウィンやらクリスマスみたいなでかいイベントが存在しない、言わばイベント閑散期のこの時期に、いかに客を呼ぼうか、いかに金を落とさせようかという大人の事情で無理やりひねり出したイベントってだけの話だろ。そもそも日本人はイースターの意味なんて知ってんのかよ。イースターってのはな、キリストの復活祭…」

 

「先輩いつまで一人でぶつぶつとうんちくたれてんですか? もうお会計済ませてきたんで早く行きますよー」

 

「……」

 

やだ恥ずかしい!今いろはす居なかったのん?ただの独り言だったのん?

ウサ耳付けた俺が一人でディスティニー商売ヘイトをしてる構図ってマジでヤバくないですかー?

てか一色さん、人が熱く語ってんのに無視して一人でどっか行っちゃうのはいかがなものかと思います。

 

 

って言ってるそばからずんずんと行ってしまう一色の背中を、やれやれと苦笑いで追い掛けるウサ耳八幡なのでしたー。

待ってよいろえもーん!

 

 

× × ×

 

 

土産物屋で買い物を済ませた俺たちが最初に訪れた場所。それは…………え?マジ?

 

「な、なぁ一色、しょっぱなからコレ乗んの……?」

 

「ですです。えへへ〜、超楽しみですよねー」

 

いやいや楽しみってお前……

今俺たちが並んでいる列の先にあるアトラクションは、言わずと知れたランド三大マウンテンのひとつ、スペースユニバースマウンテンである。

そう、記憶にも新しいが、一色は以前これに乗って、おかんこと獄炎の女王に介抱されるくらいに、ふらふらになって吐きそうになっていたのだ。

 

「いやお前スペマンて……前にさんざんな目に遭っただろうが……」

 

今回は介抱してくれるおかんも介抱して欲しい葉山も居ないんだからね?

一発目でコレって、これだけで今日一日が終わっちゃいませんかね。

 

「はぁ〜……先輩は一体いつの話をしてるんですかねー。時は常に動いてるんですよ? そんな昔の失態を未だに引きずってるとか、先輩って結構しつこいですよねー。ウチの換気扇回りの汚れくらいしつこいです」

 

すいませんね、しつこい油汚れ並みのしつこさで。

……昔もなにもほんの四ヶ月弱前の出来事でしょうよ。

 

「あの時はたまたま体調が優れなかったってだけの話です。普段のわたしならあんなの超余裕に決まってるじゃないですかー?」

 

……大丈夫?それ壮大なフラグ臭しかしないんだけど。

 

「……あっそ。ま、別にいいんならいいんだけどよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふえぇ……」

 

通常のジェットコースターと違って、スペマンは暗闇の中をひたすら駆け回るコースターだ。

ゆえに乗ってる最中は次にどっちに曲がるかとか、上がんのか下がんのかとかがイマイチ判別しづらい。まぁちゃんと見てれば分かるんだけどね。

 

そんな暗闇のコースターに、ぶんぶん振り回され三半規管をぐわんぐわん刺激され、ようやくゴール地点へと辿り着いた一色は、壮大なフラグ立てをしっかりと回収し、情けない声をあげながらふらふらしていた。アホか。

 

「……だから言ったろうが……大丈夫か?」

 

「は、はいぃぃ……だ、大丈夫っ……ぅぷっ……」

 

なんとかアトラクション施設を抜けて出口までヘロヘロと歩き、一色を近くにあったベンチに腰掛けさせた。

弱ったウサはすは、桃味天然水のペットボトル(例のアレ)をくぴくぴ飲みながらぐでぇっとうなだれている。

おい、いくら俺の前だからって油断しすぎじゃないですかね。あざとさのカケラもねぇよ。

これはアレだな。残念ながら致し方ない。

 

「どうする?帰る?」

 

「なんで帰るんですか!」

 

ゼロタイムで叱られちゃったよ。元気じゃん。

 

「ちょっと休憩すれば大丈夫なんで、ちょっと待っててくださいー……」

 

そう言ってまたぐでぇっとなる一色。

 

「まぁ別に急いでるわけでもねぇからゆっくり休め」

 

「ふぁい……」

 

 

それからしばらく休憩したのだが、一色は一向に動こうとはしない。

これはいよいよ帰るか……と思ったのも束の間、弱ったウサはすが弱々しく声を掛けてきた。

 

「せんぱぁい……」

 

「おう、どうした」

 

「お願いがあるんですけどー……」

 

「なんだ? なんか新しい飲みもんでも買ってくるか? それとも帰る?」

 

ヤバい、また怒られちゃうゥゥ!とビクビク興奮していたのだが、一色は怒る様子もなく、俯きっぱなしでもじもじしている。

ああ、トイレ行きたいのか。

 

「……そ、そのぉ……て、手を、繋いでもらっても……いいですか……?」

 

「おう。そんなの好きにしろよ………………は?」

 

え?今こいつなんつったの?トイレ行きたいんじゃないのん?

恐る恐る一色を見ると、それはもう物凄くびっくりしていた。

 

「……え?ま、まじですか……? ダメ元で言ってみたのに……」

 

「いやいや待て待て待て! 勘違いだ勘違い! え?なにお前、手を繋ぐっつったの?」

 

は?は?なに言ってんのこの子?

なんで俺と一色が手を繋がなきゃなんないの?

 

「ちょ!? なんですか勘違いって! 先輩は一度言ったこと曲げるんですか? それは本物と言えるんですかね」

 

ちょっとここで何の前触れもなく、いきなり最大級の黒歴史を抉ってくるのやめてもらえませんかね。

ぐぅ……勘違いとはいえ、とんでもない失言をしちまたよぅ……

だがまだ反撃の余地は残されている。てか実際意味わからんし。

 

「なぁ一色よ。なぜそこまでして俺と手なんか繋ぎたいんだよ。なんなの?俺のこと好きなの?」

 

まさか昨日に引き続き、このキモいセリフを吐くことになろうとはな。

だがなりふり構ってなどいられない。ディスティニーで可愛い女の子と手を繋ぐとか、想像しただけで八幡死んじゃう。

この一撃必殺の攻撃を加えればこうかはばつぐんのはずだ。

自意識過剰でキモいと生ゴミでも見るかのように蔑まれて、この問題を有耶無耶に出来るであろう。

やだ犠牲が大きすぎ!

 

「ななななんですかまた口説いてますかごめんなさい」

 

よしHIT!

大物が掛かったぜ!

 

「ガチでキモいんで勘違いしないでくださいお願いします。……た、ただー……わたしまだふらふらですしぃ……でも時間もったいないから早く次に行きたいじゃないですかぁ……? だったら、先輩に引っ張ってってもらうのが一番効率いいってだけの話です……」

 

……ま、そんなとこだろうな。

また気まずそうに俯く一色を見るに、実際はこいつも俺と手を繋ぐなんて嫌だし恥ずかしいのだろう。

しかし意外としっかり者でリアリストの一色は、それを堪え忍んででもディスティニーを満喫したいんだろうな。ただ休んでるだけじゃ、パスポート代金を時間配分で換算すると、一時間あたりの割合が高くなってく一方だし。

 

とはいえ、さすがにそれを容認できるほど俺に度胸があるわけがない。

言質は取られているが、ここはなんとか上手く誘導してなんとしてでも回避しな…

 

「……えいっ」

 

え、えい……だと?

一色の謎の掛け声とともに、俺の左手が柔らかくて温かいなにかに優しく包まれた。

……マジかよ……

 

「まったく、いつまで固まってるんですかねこの先輩はー。てかたかだか手を繋いだくらいで顔ちょー真っ赤とかどんだけウブなんですか、ガチでウケるんですけど。ほらほら、早く行きますよー」

 

 

……一色の小さくて温かい右手に包まれた俺の左手が、異常なくらいの熱を帯びる。

そりゃ顔もガチでウケるくらいに赤くなってるだろうよ。

 

だがな一色、なにが初心だよこのやろう。

後ろ姿しか見えないから顔は見えんが、グイグイと引っ張って行こうとしてるお前の耳だって尋常じゃなく真っ赤じゃねぇかよ。お前の手だって、俺の手くらい熱くなっちゃってるじゃねぇかよ。

 

「……言っとくがアレだぞ?……緊張しちゃって手汗とかすげぇかいちゃうからな……?あとで気持ち悪いとか言ったって遅いからな……」

 

俺のせめてもの照れ隠しの憎まれ口に、そっぽを向いたまま絶賛俺を引っ張り中だった一色がようやく振り向く。

その顔は予想通り……というか予想を遥かに上回るほど、林檎みたいに赤く染まっているくせに、お得意の小悪魔微笑を浮かべ、

 

「……ま、普段なら気持ち悪くて絶対に触りたくないですけどぉ、ふふっ、今日一日だけは、しょーがないから特別に我慢してあげます♪ 感謝してくださいねっ」

 

ばちこーんとあざとくウインク。

 

「……さいですか」

 

 

なんだよお前。ふらふらしてんじゃねぇのかよ?超元気じゃねぇかよ。

それに今日一日ってなんだよ。ふらふらが治るまでの間だけじゃないのかよ?

 

 

 

──結局その言葉通り、このあと各スポット、各アトラクションを巡った俺の右手と一色の左手は片時も離れることはなく、まるで初めから一つのモノであったかのように、しっかりと繋がれたままだった。

 

 

× × ×

 

 

四月も半ばとはいえ、海辺の夜はまだまだ寒い。

キラキラと輝く夜のパレードを眺めている俺たちはその寒さに耐えるように、無言のまま、繋がった手から感じる温度だけを感じている。

 

 

……辺りが暗くなり始めた頃から、一色の様子がだんだんとおかしくなっていった。

つい数刻程度前まで子供のようにはしゃいでいたのに、夕方くらいから少しずつ少しずつ口数が減り初め、パレードを見る為に腰掛けてからは、もう一言も言葉を発していない。

ちらりと横を見やれば、一色はパレードを見るわけでも音楽に耳を傾けるでもなく、ただ切なそうに俯くばかり。

光り輝くイルミネーションに照らされるその横顔は、今にも消えてしまいそうにただただ儚く煌めく。

 

 

俺はこう見えて鈍感系ではない。ただ、深読みして気付かないフリして、そして自分を誤魔化すだけだ。

……なんだよ、鈍感系よりよっぽどタチ悪いじゃねぇか。

 

だからさすがに気付いている。たぶん、これから起きるであろう事態を。

いや、ホントのことを言えば、もっとずっと前から気付いてたんだろう。気付いて、深読みして、気付かないフリして、そして自分を誤魔化してきた。

 

そして今日、ずっと誤魔化してきたこいつからの想いに、ついに決着を付けなけりゃならないんだな。

 

 

──俺は……こいつの想いには──

 

 

 

 

 

「……ねぇ、先輩」

 

「ん、どうした」

 

「パレード超綺麗ですよね〜」

 

「ああ、だな」

 

「パレードが終わったら、次は花火やりますね」

 

「まぁいつものことだしな」

 

「わたし、花火は白亜城の前で見たいんですよねー」

 

「おう。まぁいいんじゃねぇの?」

 

「よっしゃ! じゃあじゃあ〜、パレード終わったら速攻で一番いい場所狙っちゃいますよー」

 

「へいへい。ったく、しゃあねぇな」

 

「えへへ〜」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ほら……パレード、もう終わっちゃいましたね、先輩……」

 

「……そうだな」

 

「…………ではでは、とっとと行きますよー」

 

「ちょ、おい……引っ張んな」

 

「ほらほら、早く早く〜」

 

「だから引っ張んなくても行くっての」

 

 

 

 

──そして俺たちは、一色曰く花火を見る為のベストスポットに立っている。

この場所は、そう…………あの日、夜空から降り注ぐ光の花の中、一色が葉山に想いを告げたあの場所。

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 

 

 

「……ずっと前から先輩のことが好きでした……わたしと、付き合ってもらえませんか……?」

 

 

 

緊張と羞恥で足が震えて立っているのもやっとだったけど、夜空に咲いた花の光が優しく包んでくれていたからなんとかがんばれた。

 

私は今日、人生で二度目の告白というものをしてみた。

 

 

 

 

────私は今まで告白なんてしようと思ったことが無かった。

気になる人、いいなって思う人に色んなモーション掛けて、相手を惚れさせて告白させるまでのプロセスが楽しいというのに、自分から告白するなんてナンセンスだ。

もっとも告白されるまでが目的みたいになっちゃってるから、いざ告白された時にはもうその人には冷めちゃってるんだけど。

 

 

そんな私が、白亜城の前で光の花とディスティニーの音楽に包まれながら、まさかこの人に自分から告白することになるなんてね。

 

 

× × ×

 

 

当時の私は、本当に中身の無い女の子だった。

薄っぺらな笑顔の仮面を着けて、薄っぺらな仮面の笑顔を振りまいて、可愛いわたしを演じて男の子たちにちやほやされてれば満足の……違うか、どこか満たされない空っぽの気持ちを誤魔化す為に、満足したつもりになっていたのかもしれない。

 

そんな自分に気付かせてくれた先輩との出会いは、なかなかに酷いものだった。

“可愛いわたし”を妬んだクラスの女の子たちによる、イタズラと言うにはあまりにもやりすぎな、虐めにも近いような行為。

でも当時の私は、そんなのあたかも有名税でもあるかのように、なんでもないよ?って平気な顔で振る舞って……でもその実、腹の中ではどす黒い感情でずっとモヤモヤしてた。

モヤモヤしてたけど……でもそんなかっこわるい感情は、ずっと仮面の下に隠してたのに……

 

『ちょっと悪目立ちしたら、そいつには何言ってもいいと思ってる。遊びだから、ネタだから、いじってるだけだから。……やっぱ、やられたらやりかえさないとな……』

 

……なんか、この人には私がわたしである事を全部見透かされてるんだなって思った。

最初は視界にも入ってなかったような、そこらのモブ以下だと思ってたどうでもいい先輩に。

 

まったく……そんな綺麗事並べまくって、そのあともあれやこれや上手いこと言っちゃっても、ホントは単に自分の大切なものを、大切な場所を守りたかっただけのくせにさ。その為に私を利用しようと思っただけのくせにさー。

 

『先輩に乗せられてあげます』

 

……でも、私はそれに、先輩に乗ることにした。

わたしを見透かしたことも、私を利用しようとしたことも、全部ひっくるめて“この人面白いかも”って思っちゃたから。

乗せられてあげれば、この人にはもっと面白い目にあわせてもらえるかもって思っちゃったから。

 

だからあの時、初めて私はわたしをやめて、素顔の笑顔を先輩に向けたんだ。

たぶんあなたはこの私も受け入れてくれるんでしょ?って。

 

 

──そしてそのなかなかに面白い先輩を本当の意味で意識したのはあの時。

わざわざ思いなんて巡らせなくても、いつでもあの冷たく静まり返った薄暗い廊下での光景が頭を過る。

 

『俺は……本物が欲しい』

 

どうでもいい人から面白い先輩にランクアップはしたけど、でも……あんなに冷めてるだけだと思ってたあの先輩の熱い思い。

恥ずかしくたってカッコ悪くたって、大切な居場所を守る為に、一歩を踏み出す為に吐き出した本当の自分。

 

ずっと空っぽで生きてきた私の心臓は、いとも容易く一発で鷲掴みにされた。

そして悔しいけど羨ましいなって思った。だから私も欲しいなって思った。その本物ってのを。

 

 

そしてクリスマス前のディスティニーでの、人生で初めての告白。

でも、所詮本物でもなんでもない偽物の告白は、当然の如く夜空に咲く光の花とおんなじように、綺麗さっぱり見事に散ってしまった。

そりゃそうだよね。ただ本物に憧れて本物が欲しくて、近くにあったものに無理やり手を伸ばしただけの偽物の告白だったんだもん。

 

……でも、先輩は憶えてますか?その日の帰り道、先輩はこんな私に言ってくれたんですよ?

 

『その、なに。あれだな、気にすんなよ。お前が悪いわけじゃないし』

 

って。

 

『すごいな、お前』

 

って。

 

誰よりも照れ屋で不器用なくせして、照れくさそうに顔赤く染めちゃって。

 

 

ほんっとにずるいですよ、先輩は!ほんっとにずるずるです!

 

だから私言いましたよね?

 

『先輩のせいですからね、わたしがこうなったの…………責任、とってくださいね』

 

って。

 

ふふふ、だから今がその時なんですよ?せーんぱいっ?

 

………絶対に逃がしません。あの時の約束、きっちりとここで守ってもらいますからね?

 

 

× × ×

 

 

私の突然の告白に、先輩は戸惑いの色を隠せない。

でも、やっぱりちょっとは予感してたのかも。今日はちょっと攻めすぎちゃいましたもんね。

 

「……なぁ一色。マジで言ってんのか……?」

 

「バカなんですか?いくらわたしだって、このシチュエーションでこんなセリフ、冗談で言うわけないじゃないですかー?」

 

破裂しそうな心臓をなんとか落ち着かせようと、わざとらしくおどけて言う私。

でも身体も声も震えまくってるから、先輩には演技だってバレバレですよね。

 

「……ったく……なんで告白されてる最中に、相手に罵られなきゃなんねぇんだよ……」

 

でも先輩はそんな私の安い演技に乗ってくれる。

そういうトコ、ホントあざとくてムカつくんですよ、もう。

 

「ふふっ、でもこういう方がわたし達らしくていいじゃないですか」

 

「……だな」

 

苦笑いで私の意見を肯定してくれた先輩は、次の瞬間照れくさそうにぷいっとそっぽを向く。

 

「……なんつうか、よく分かんねぇんだけど……なんで俺なんだよ。お前って、葉山じゃねぇのかよ」

 

……へぇ〜……

 

「なんかちょっと意外です」

 

「あ?なにがだよ」

 

「わたし、先輩の事だから、これなんの罰ゲーム?とか、そんなの一時の勘違いだろ……とかくだらないこと言って、誤魔化して逃げようとするもんだとばっかり思ってました」

 

そこは本当に意外。

もしそんなこと言うようなら、私が如何に先輩のことが好きなのか、先輩が恥ずかしくて立ってられなくなるくらいまで、じっくりじっくり語ってやろうと思ってたのに。

 

「……お前は俺の事なんだと思ってんだよ……。いや、まぁそう言って逃げたい気持ちは山のようにあるんだが」

 

「やっぱりあるんだ……」

 

「……だがまぁ、なんつうか、今日の……ってか今のお前を見てたら、そんなしょーもないこと言うのが、なんかとんでもなく失礼な気がしてな」

 

「……っ」

 

そ、そっかぁ……。私の真っ直ぐな気持ちは、ちゃんと受け取ってもらえてるんだ……

 

そんな先輩の言葉に、ようやく落ち着いてきてた心臓が、また激しく高鳴り始める。

……やっぱり、ホントずるい。

 

「ん!……そ、そういえばなんで葉山先輩じゃないんだ?……でしたよね。まぁぶっちゃけてしまいますと、葉山先輩は先輩を落とす為の便利アイテムです」

 

「……お前ぶっちゃけすぎだろ」

 

愕然と私を半目で見つめる先輩。

まぁ自覚はしてますけれども……

 

「……んで、なんで俺なんだよ。別に俺は一色に好……その、そういう風に思ってもらえるようなことをした覚えもねぇし、思ってもらえるような人間でもない。葉山なんかとは偉い違いだ」

 

「……はぁ〜」

 

……それを自覚してないから天然のたらしなんですよ先輩は……

呆れ果てた顔で深く深く溜め息を吐いた私に、先輩はちょっとビビってるご様子。

 

「ホント偉い違いですよね……ふふっ、まぁわたしの告白にYESでもNOでもちゃんと答えをくれたら教えてあげます。わたしが如何に先輩に心を盗まれちゃってるのかを、切々と、懇切丁寧に」

 

「……なにそれ、答えたくないんだけど」

 

「でもダメですよ?ちゃんと答えてくれなかったら、それを含めて全校集会で発表しちゃいますから」

 

「……いやそれはマジで勘弁してくれ……」

 

「ふふふ、それはわたしを生徒会長にした先輩が悪いんですからねー」

 

甘いですよ先輩。結局は全部そこに行き着くんですから。

 

「これが責任ってやつの重さですよ?……ではでは先輩、答えをどうぞ」

 

「クイズ番組かよ……」

 

んー、おかしいな。ディスティニーランドの白亜城前、ディスティニーの音楽と光の花に包まれながらの、ムード満点最高の告白シチュエーションのはずなのに、いつの間にかいつものペースになっちゃってる。

でも、これこそが何一つ飾ることのない素の私と、そんな素の私を全部包み込んでくれる先輩とのカタチなんだよね。

 

 

──数十秒の間黙り込んでしまった先輩の顔。

その表情はとても苦しそうに歪んでる。

 

「……一色……俺は……」

 

ようやく口を開いた先輩の重い声に、私の心臓は一気に押し潰されそうになる。

これはあれだ……またダメなんだね……

また私の想いは届かない……

 

 

 

 

 

 

 

…………でも、でもまだこれで終わりじゃないんですよ?先輩。

まだ私は、この告白劇に最後のスパイスを振りかけてないんです。女の子特有の、とてもずるくてとても甘い、とっても刺激的なとびきりのスパイスを。

 

「先輩」

 

覚悟を決めて、私を切り捨てる為の答えを口にしようとしていた先輩は、早く答えを出せと迫っていた他でもないこの私に言葉を遮られて、ひどく驚いている。

そんな先輩を無視して私は言葉を紡ぐ。このまま答えたんじゃ、未完成なままの中途半端なお菓子が出来上がってしまうから。

 

 

「……先輩は、憶えてますか……? あの日の帰り道に二人でお話したこと」

 

せっかく答えを出そうとしてたのに、それを遮られてしまった不完全燃焼の先輩は、困惑気味にこう答える。

 

「……責任、取ってくれってやつか……。だがな、」

 

……取る責任はあくまでも生徒会長の責任。その恋愛感情の責任は取れない?

そう言いたいんでしょうね、先輩は……

でも先輩はやっぱり甘いですね。なぜなら私が今尋ねてるのはそれじゃないの。

 

「違いますよ、先輩。それよりもちょっとだけ前に言ったことです」

 

「……へ?」

 

てっきり責任取って発言かとばかり思っていたであろう先輩はハシゴを外された格好になり、なんとも間の抜けた声を漏らす。

 

「思い出してみてくださいねー。記憶力のいい先輩なら、絶対に憶えてるはずです。……んー、そーですねー、ヒントは……可哀想とかそういうの……?」

 

「か、可哀想……?」

 

すると先輩はんー、と一瞬だけ過去の記憶に意識を巡らせ、次の瞬間には「ああ……」と記憶を手繰り寄せたみたい。

さすが先輩。頭だけは無駄にいいんですよね。

 

 

『振った相手のことって気にしますよね?可哀想だって思うじゃないですか。申し訳なく思うのが普通です』

 

 

……これが私があの時先輩に放った言葉。

そう、すでにあの時から私の作戦は始まっていたのだ。先輩を簡単に逃がさない為の、ずるいずるい作戦が。

 

 

そして私はわたしらしく瞳を目一杯に潤ませて、先輩に甘えた上目遣いでこう迫るのだ。

 

「ねぇ、せんぱい。昨日も言いましたけど、こう見えてわたしって、実はディスティニー超好きなんですよねー」

 

「は?」

 

こいつこのタイミングでいきなりなに言いだしてんの?って顔で私をまじまじと見つめる先輩。

でもそんなのお構い無しに私は言葉を続ける。

 

「でも、これも昨日言いましたよね?わたしあの日以来、今日この日まで軽くトラウマになっちゃってて、その大好きなディスティニーに来られずにいたんですよねー……」

 

これも、すべてはこの作戦の為に。

今日この瞬間にこの作戦が芽吹く為に、昨日のうちから蒔いておいたスパイスの種。

そして私は言う。今にも芽吹きそうな新芽を無慈悲に摘むように、この決定的なずるい言葉を。

 

 

 

 

「……わたし、もしこれで先輩にまで振られちゃったら、トラウマ拗らせて二度と大好きなディスティニーに来れなくなっちゃうかもですー……」

 

精一杯可愛く、精一杯あざとく、精一杯庇護欲をそそるように、私はそれを告げる。

それを聞いた先輩はもちろん当たり前のように固まっっちゃったけど、そんなの知ったことじゃない。

……今が勝負の時だから。

 

「……女の子にとって、とっても大切なクリスマスに好きな人に振られて、そして誕生日にまで大好きな人に振られたような場所なんて、もう一生来れなくなっちゃいそうじゃないですかー……? 超可哀想じゃないですかー……? 先輩は、可愛い可愛い後輩のそんなトラウマを、一生抱えて平気な顔で生きていけるような鬼畜なんですかー……?」

 

 

……我ながらあまりにも酷い落とし文句。落とし文句というよりは脅し文句という方がしっくりくる。

ていうか脅し文句としか言えない。

 

「お、お前……ずりーぞ……」

 

先輩は物凄く引きつった表情で最後の抵抗を試みるけれど、その弱々しい抵抗の声を聞いた私は、ニヤリと悪い笑顔を先輩へと向けてあげるのだ。

 

「だから前に言ったじゃないですかー? ちょっとずるいくらいのほうが女の子らしいじゃないですか〜って」

 

 

──ホントに酷い言い分だと思う。普通に引くよね、こんな女の子。私だってドン引きだよ、こんなの。

 

……でもね?これは対先輩にだけ許されるずるさなんですよ?

だって……このずるさは、ずるい行為をしている私の為じゃなくて、先輩の為のずるさだから。

 

 

 

先輩は、他人から好意を向けられるのことにとても弱い。

だからこんな風に直接好意を向けられても、いろいろと考えて深読みして誤魔化して、最終的には自分が本当は望んでいない答えだろうとも、一番効率がいいと思える答えに落ち着いてしまう。逃げてしまう。

 

単純に自分が傷付きたくないから。裏切られて傷付くのが嫌だから。

確かにそれが大部分を占めてるとは思うんだけど、それだけならまだいいんだよね。

でもそれだけじゃない。先輩にとっても、好意を向けている相手にとっても一番辛いのは、もっと深くにある悲しい思考回路。

それは、例えば……そう。──自分と付き合うことによって、相手が被る風評被害──とかね……

 

だから、もしも先輩が、本心では私からの好意を受け取りたいと思ってくれたのだとしても、たぶん先輩は受け取ろうとはしない。

なんだかんだと一方的に勝手な理由をつけて、好意を振り払ってしまうのだ。

 

 

でもね?先輩は全然解ってないです。好意を向ける相手にとっては、それがなによりも辛いことなんだって。

私の為を思って断るとか、マジで何様だと思ってるんですかねー。聖人君子にでもなったつもりですか?ガチで腹立ちます。

 

 

だからこそ先輩に対してだけは、この作戦を使ってもいいんです。

他人からの真っ直ぐな好意には、余計なことなんて考えないで、嬉しいか嬉しくないか……好きか嫌いかだけでいいんですからね?

 

 

……別にこの作戦で、先輩を脅してでも付き合ってもらおうなんて考えてはいない。

だって、先輩はバカで捻くれ者でたまにキモいけど、ちゃんと信念だけはばしっと通ってる人だから。

ホントに好きじゃなきゃ、ホントに付き合いたいと思わなきゃ、いくら可愛い可愛い後輩のお願いとはいえ、同情なんかで無責任に付き合ったりなんかしない。

 

だからこれは、単なるきっかけをあげているだけ。

本当は断りたいんだけど、こいつがここまで言ってるし、まぁ仕方ないか……って、先輩が自分に言い訳が出来る為のきっかけ。

 

 

もし先輩が、こんなに真っ直ぐに好意を向けてくる私の想いに応えたいと思いながらも、そんなバカでしょーもない言い訳で逃げちゃうようなら、たぶん先輩は今後も言い訳を続けて誰からの好意にも応えないだろう。

……それがあの二人だとしても。

 

だから私はここであなたを逃がすわけにはいかないんです。

たとえ私がここで散ったとしても、いつの日か本物を手に入れて欲しいから。変な言い訳なんかせずに、ちゃんと自分の気持ちを大事にしてもらいたい。

 

 

 

──そんな、先輩の為先輩の為だなんて綺麗事を思ってたって、そこは恋するずるい乙女な私です。

振られたっていいだなんて言いながらも、本心ではやっぱり振られたくない……先輩の本物は私であって欲しい、そして先輩という本物が欲しいなんて、そんな邪な事を考えちゃう私は、スパイスまみれのこのレシピに、最後にもうひとつまみの甘い甘いお砂糖を加えて最後の仕上げ。

 

「せーんぱいっ」

 

そろそろ魔法の時間も終わる頃。

 

──夜空を彩る光の花と音楽に包まれてるうちに、運命の魔法が解けないうちに、わたしはこの告白の仕上げを完成させましょう──

 

そして私は真っ直ぐに先輩を見つめる。そっぽなんて向かせないくらいに真剣に。

 

 

「……わたしまだ先輩からプレゼントもらってないですよね。だからわたしにプレゼントをください。……わたしの十七回目の誕生日プレゼントは、また先輩と一緒にディスティニーに来られる魔法のパスポートが欲しいです」

 

 

ホント自分でもビックリするくらいの寒いセリフ。精神状態が普通の時ならギャグでも言えないような恥ずかしいセリフ。

でもまぁ、ここまでの流れがあまりにもムード無さすぎてスパイス効きすぎてたし、これくらい甘い方が甘党の先輩にはちょうどいいですよね?

 

思った通り居心地悪そうに赤面する先輩は、ついに耐えきれなくなったのか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

そしていつも見慣れた照れ隠し。頭をがしがし掻いて、やれやれと溜め息まじりに、完成した甘くスパイシーな告白をゆっくり咀嚼する。

 

 

ふふふ、さぁ、感想をどうぞ。

お口に合いましたか……?美味しくなかったですか……?

 

 

「……ったく……しゃあねぇなぁ……」

 

「……しゃあない、ですか?」

 

「ああ……しゃあねぇな」

 

私は知っている。先輩のしょうがないは、照れ隠しのOKサイン。

このポーズでこのセリフを吐いたときは、私のわがままを聞いてくれるサイン。

 

「……まぁ、なんだ。誕生日だってのに、結局今日のパスポート代はお前持ちだしな。払わせてくんなかったし。……だったら、次のパスポート代は俺が払わなきゃ割に合わんだろ……。なのにもう来れないってんじゃ、俺が施しを受けた形になっちまう。…………俺は養われはしても施しは受けん」

 

「…………ぷっ、あはははは!」

 

「あ?なにが可笑しいんだよ」

 

「くくっ……だ、だって、ホント先輩ってどうしようもないんですもん!……せっかくわたしが超甘くしてあげたのに、返ってくる感想が…………ぶっ!超最低っ」

 

「アホか……甘過ぎだってんだよ……」

 

 

ホントにやれやれですねー、先輩は。

せっかく想いが届いたのに、ホントだったら涙とか流して「わたし超幸せです!超感激してます!」ってアピールしたいところなのに、わたしの瞳からとめどなく流れてくる涙は、笑いすぎて出てきちゃった涙だけじゃないですか、まったくー。

 

 

でもまぁ、今日はこれくらいで勘弁してあげますね?せーんぱい!

 

しこたま笑ってしこたま涙を流してようやく落ち着いてきたわたしは、逃げられちゃわないようにすっと先輩との距離を詰め、そしてそっと唇を寄せる。

 

 

 

先輩の頬に?先輩の唇に?

いやいや違います。そういうのはちゃんと段階を踏んでからでお願いしますごめんなさい。

 

私が唇を寄せたのは先輩の耳元。

……あの日と同じ、あのモノレールの帰り道と同じトコ。

 

 

そして私はそっとささやく。この捻くれものの素敵な先輩に愛のささやきを。

 

 

「……せんぱい?わたし、頑張って先輩の本物になりますね?……だから、先輩は頑張ってわたしの本物になってくださいね?…………なのでっ」

 

先輩がビクッと仰け反ったのを見計らった私は、ニヤリと小悪魔笑顔を浮かべて後ろへひとステップ。

 

そして神様のイタズラか、はたまた運命の魔法か。

この時を待っていたかのように、本日四月十六日最後の花火が運命の国の夜空に打ち上がる。

 

私は煌めく光の花に照らされて、絶妙な手の角度と腰の角度がポイントのお得意敬礼ポーズをびしっと決めて、お砂糖とスパイスたっぷり出来たてホカホカの愛する彼氏さんをメロメロに悩殺してやるのだ!

 

 

 

 

 

 

 

「これからずっとずっと……よろしくです♪」

 

 

 

 

終わり☆

 




というわけでいろはす生誕祭にお贈りしたのは、長い長いディスティニーデートでした。ホント長くなってしまってスミマセン><

それにしてもようやく書けました!いろはす生誕祭記念SSを書く為にこの短編集を頑張って続けていたまである。


実はかなり前からちょこちょこ書き始めてたんですが、予想通りかなり長くなりすぎて、危うく間に合わないんじゃないかと思っちゃいました(苦笑)


そしてこれでようやく主要メンバーの誕生日記念SSを書き終えて、クリスマスやらバレンタインやらの主要イベントもこなしたので、これにて記念日SSは終了となります!
基本ひとネタを全力で書いているもので、さすがに誕生日SS二週目は無理です(汗)
(というか記念日SSは1話で済ますには長くなりすぎちゃうんでかなりキツい……)


それでは、次回の短編集更新は、ネタもヒロインもまったくの未定ではありますが、また皆様とお会い出来ますように……




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女王様は初めてのお出掛けでどうやらご機嫌なご様子です【前編】



どうも!今回は誰一人として期待も希望も予想もしてなかったであろうまさかのあの後日談です(^皿^;)

GWだし、やるなら今しかないかな?と。


ではではどうぞ☆




 

 

 

 まだ薄日が射す程度の一日の始まりの時間、ピピピッとけたたましい電子音に夢の世界から強制的に引きずり下ろされる。

 

 ──え? なんで?──

 

 それが本日、頭に最初に浮かんだ思考だ。

 なぜなら今日はGW真っ最中。俺のスマホが目覚まし機能を発揮するわけがないのだ。

 もしかして癖で目覚ましのセットを解除し忘れたのかも……そう思考の定まらないボンヤリとした頭で何気なしに見たディスプレイに表示された文字を見て、俺は思わず一文字だけの言葉を発したのだった。

 

「……げ」

 

 表示された文字は、寝呆け眼で思い浮かんだ目覚まし解除のし忘れを知らせる時間表示ではなく、とある人物からの電話を知らせる文字が表示されていた。……優美子……と。

 ちなみにもちろん俺が入力したわけではない。本人が勝手に入力したものに決まっている。

 

 これは出るべきか出ざるべきか……なんていう選択肢がある人って幸せだよね。従者にはそんな権利ないんすよ、ホント羨ましい限りです。

 

「……あー……もしもし」

 

『あ、ヒキオー? 今から東京に集合だから』

 

 ……え? なんだって?

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいませんかね三浦さん……と、東京ってなに?」

 

『は? 東京っつったらあーし達の隣の県に決まってんじゃん』

 

 ……県じゃねーから。

 

「いやいや、そりゃ東京くらい分かるっつーの。なんで東京なんだよって話だよ。しかも集合が東京って範囲広すぎだろ」

『東京っつったら東京駅に集合に決まってっし。ダッシュでよろしくー。あ、着いたら電話』

 

 そう従者に簡潔に指示を出した女王様は電話をお切りになられました。

 うん。早く行こう。

 

 

 ワケが分からないよ、などという不毛なキュゥべえ的思想など即座にトイレに流して即東京駅へと向かった俺は、無事合流を果たしたなんかちょっと上機嫌なご主人様に、なぜか新幹線の切符を渡されてさらなる旅路につく。

 そうだよね、もう考えるのはよそうね。

 

 

 隣の席で安らかな寝息を立てる三浦を起こしてしまわぬよう無と化した俺は、目的地に到着して三浦に新幹線を降ろされるまで、我が身に起こった不可思議な出来事を走馬灯のように振り返っていた。

 おかしいな、確か今日はリビングでダラダラと菓子でも食いながら、蓄まってたプリキュアを見る予定だったんだけどなー。

 

 

 改札を出て駅構内から出たところで、三浦は「んー!」っと気持ちよさそうに伸びをして一言。

 

「やっぱ空気うまーい」

 

「……いや、あのさ……な、なんでいきなり軽井沢?」

 

「は? GWっつったら軽井沢っしょ」

 

「……そんな常識知んねーよ……」

 

 

 ──そう。早朝から叩き起こされて三浦に連行された俺 比企谷八幡は、今なぜか遠い軽井沢の地に立っています。

 今こそ言おう。ワケが分からないよ。

 

 

× × ×

 

 

 怪訝な表情を浮かべまくっているであろう俺のことなど視界にも意識にも入れない三浦は、先を急ごうと足早に歩きだす。

 

「……ったく。こんなとこに来る予定があんなら早く言えよ」

 

「なんで? こないだGWどっか行こうって言ったっしょ」

 

 いや、そういう問題じゃなくてだな……

 クソッ、マジで油断してたぜ。GW前になにも言って来ないでそのまま学校が休みに入ったから、その話は流れたもんかと思ってたのに、まさか実現しちまうとは……どころか、まさかこんな遠出になっちまうとは……。ちょっと侮ってたわ。

 事前に予定を言っといてくれりゃ、なんとしてでも逃げ出したのに……

 

「大体さぁ、事前に言っといたらヒキオ絶対逃げんじゃん」

 

 ですよねー、お見通しですよねー。

 

 

 ──三浦優美子。こいつは二年の時からのクラスメイトで、クラス替えした三年から、不本意ながら友達ということになってしまった、とても厄介なやつだ。

 ま、良い奴ではあるんだけどね。

 

 そんな三浦とつい先日、確かにGWにどっか行こう(強制)という話になってはいたのだが、なぜに軽井沢なんだよ。

 

「……で、なんで軽井沢?」

 

「あー、あーしさぁ、子供の頃よく親に連れてきてもらったことあって結構好きなんだよね。んで、こないだヒキオとGWの予定立ててた時、あ、じゃあ軽井沢行っちゃおうかなって。へへっ」

 

 お前と一緒に予定を立てた記憶が無いんだけど……。一人で一方的に決めた事を、二人の同意みたいに言うのはやめていただけないかしら?

 ……なんて不満には思っていても、へへっと楽しげに綻んでる無邪気な笑顔を見ちゃうと、まぁいいかと思えてきちゃう最近の俺は、どうやら意外にも三浦のことが気に入っているらしい。

 

 とにかくこいつって、俺が言うのもなんだけど生き方が不器用なんだよな。ホント俺が言うのもなんですね。

 これほどの容姿とこれだけのカリスマ性、そして実は“おかん”と言われる程の(言ってるの俺だけだけど)優しい母性を備えていれば、もっと上手く立ち回ればいくらでも良い人生が歩めるだろうに、今では新しいクラスメイトよりも俺なんかを選んでしまったばかりに、クラスで浮いた存在となってしまっている。まぁ元々が人の上に立つお方だから、多少浮いたくらいじゃ頭の高さは元と大して変わらんけども。

 とにかくあまりにも自分に正直すぎる余りに周りから誤解を受けるのだ。かくいう俺もその誤解をしていた一人だし。

 

 その不器用さと本当の内面を垣間見た最初のきっかけは、クラスでの由比ヶ浜とのいざこざやテニス対決のあと。

 俺はてっきり三浦と由比ヶ浜の間には、もう埋まらない溝が出来たとばかり思っていたのに、三浦は何事もなかったかのように由比ヶ浜を受け入れた。

 普通ああはいられないと思う。友達と言いつつも、どこか見下しているというか、単なる取り巻きとしてしか見ていないだけの女王様だったら、あれは絶対に有り得ない。

 

 つまり三浦の傲慢な我が儘は、自身を女王と思って振る舞っているからではなく、単に不器用なだけなのだ。お互いに腹を割って話せる友達が欲しいだけなのに、あのキツい性格が邪魔をしてそう思われてしまっているだけなのだ。

 

 だからまぁそういうところがちゃんと見えてくると、こいつの我が儘もなかなか可愛く思えてきてしまうのが不思議なもんだ…

 

「痛って!?」

 

「ヒキオー……? 早くしろし、時間もったいないっしょ」

 

 ……前言撤回。感慨に耽っている俺の脛を、不機嫌そうに腕を組んでげしげし蹴ってくるこいつは、やはり紛ごうこと無き傲慢な女王様そのものである。

 

 

× × ×

 

 

 それはそうと、そういや軽井沢って金持ちが避暑に来てテニスやってるイメージがあるから、こいつ我が儘お嬢様っぽいしテニス上手いしで、よくよく考えてみれば軽井沢のイメージにぴったりだな。

 しかし俺は軽井沢に対してはそんな程度のイメージだけで他になんの知識も無く、駅を出てからひたすら歩くばかりで今どこに向かってるのかとか全然分からん。

 

「なぁ、どこ向かってんの? 俺まったく軽井沢について知んないんだけど、アレか? 浅間山とか白糸の滝とか?」

 

「ん? まぁ白糸の滝とか超綺麗だけど、あそこはさすがに車とか無いと行けたもんじゃないから、今日は歩ける範囲を適当にブラブラするだけ。とりあえず旧道行って店とか見て回るし」

 

「……旧道?」

 

「あ、んーと……旧軽井沢銀座? とかってとこ。ほら、テレビなんかでよく流れんじゃん? “軽井沢と言えば”な、メインストリート的なとこ。色んな店あっから結構楽しいんだよね。ちょっとヒキオが好きそうなのも売ってっし」

 

 ……ああ、なんか見たことあるかもな。にしても俺の好きそうなものってなんなんでしょうかね。

 

「……んで、そのメインストリートとやらにはいつ着くんだ? メインの割には、さっきから随分歩いてる気がすんだが」

 

 かれこれ30分くらいは歩いてんな。普段の俺なら三日分くらいだ。普段歩かな過ぎだろ。

 駅を出てから、ちらほらと店がある大通りを、ただただまっすぐ歩いている。てか軽井沢って、駅出たらずっと森にでも囲まれてんのかと思ってたんだけど、意外と普通なのな。駅だって綺麗ででかかったし。

 

「もうちょいかな。あー、でも今日はまだまだ歩くし、駅前でレンタサイクルしちゃっても良かったかも」

 

「……そんなに歩くのかよ……。でもあれだ、チャリ借りんのはちょっとな……。だってアレだろ?さっきからアホ面観光客っぽいのがウキウキ笑顔で漕いでる二人乗りとかのやつだろ?」

 

 そう、さすが有名観光地。さっきから恥ずかしい前後二人乗りチャリがたまに走ってんだよな。

 三浦と二人でアレ乗るとか完全な罰ゲームでしかない。

 

「……普通のも貸してっから」

 

「……あ、そ、そう」

 

 そりゃね! あんなんしか貸してなかったら、商売あがったりになっちゃうよね!

 

 

 そんなくだらない会話を楽しみつつダラダラと歩いていたら、ようやく目的地に到着したようだ。

 

 ……うわぁ……

 

「な、なんだこれ……めちゃくちゃ混んでんじゃねぇかよ……」

 

 こんなに混むもんなの? GWの軽井沢って……。もう人を掻き分けないと先に進めないレベル。

 さっき三浦が当たり前のように言ってた「GWっつったら軽井沢っしょ」とかいう意味不明なセリフも、一部の人達にしたらあながち間違いでは無いのかも知れない。

 

「そう? お盆の時とかこんなもんじゃ無いし」

 

 マジすか。有名避暑地恐るべし。避暑に来てんのに人の熱気で倒れちゃうんじゃない?

 元も子もないだろそれじゃ。やはり自宅最強説は間違いでは無かったのか。

 

「あ、あのさ、俺、通りの入り口で待っててもいいか……?」

 

 統率の取れていない人混みをなによりも嫌う俺には無理だと思います。

 

「……それでいいとか思ってんの?」

 

「思ってないです」

 

 

 抵抗なんて無駄やったんや! と最初から分かっていた物分かりのいい俺は、その後恐ろしい人混みの中を無理やり引きずり回され、人混みを掻き分けて色んな店を見て回る羽目となりました。

 

 服屋や雑貨屋、あとは三浦曰くよく雑誌やテレビなんかにも出るらしい有名なパン屋なんかにも寄って、あらかた三浦が満足した頃には、俺はすでに息をしていなかった。

 さすがにそんな様子を見兼ねた女王様は、なんとなんと従者の俺なんかに優しさを見せて、通りの入り口で待っている許可を与えてくださったのだ。さすがおかん。

 元々三浦のせいで死にかけてんのに、今はなぜかその三浦の優しさに感涙している始末。これがDV被害者の心理ってやつか。

 

「お疲れヒキオ。はい、これ食べな」

 

 再度店を回り始めたはずの三浦を通りの入り口付近で待っていた時、不意に優しい声が掛けられる。

 あれ? もう店を回るのやめたのか? と顔を上げると、その三浦の手には二本のソフトクリームが握られていて、そのうち一本を差し出してくれていた。どうやらコレを買いに行ってくれてたらしい。

 

「……お、おう、サンキュ。なんか悪いな」

 

「き、気にすんなし。引きこもりのヒキオを、人混みであんなに連れ回しちゃったのはさすがにやりすぎたっつーか……ま、だからほら」

 

 心配してくれてる割には悪口も忘れないよね、この子。

 ま、これがこいつなりの照れ隠しなんだけど。やっぱ雪ノ下に通じるとこあるなぁ。

 

「おう、じゃあ有り難く頂きます。……てかこれ、チョコソフトかなんかか?」

 

 極力三浦の手に触れないように受け取ったソフトクリームは、チョコレート色……よりもやや薄めの色をしていた。

 何味なんだ? と思いつつも、疲れた身体と頭がどうしようもなく糖分を欲してしまい、俺の口は三浦の答えを待つ暇さえも与えてはくれなかった。

 

「……これ、コーヒー味……か?」

 

「そ。……てか旧軽井沢銀座って言ったらモカソフトっしょ」

 

 だからそんな常識知んねぇよ……

 ああ……まぁ知んないけど、でもマジで美味いわ。なんか、疲れた身体に染み渡る。

 

「……すげぇ美味い。生き返るわ」

 

「……ジジィかっての。……でも、へへっ……良かった。さっき言ったっしょ? ヒキオが好きそうなもの売ってるって。あんた、あのくっそ甘いコーヒーばっか飲んでっから、モカソフトとか好きなんじゃないかなーって」

 

「あ」

 

 そうか、こいつが言ってたのってコレのことだったのか。

 ちゃんと友達の好みを考えて、友達に合わせてもくれるんだよな、三浦って。

 もっとも俺の本当の好み(自宅警護)には一切合わせてくんないけど。

 

 

 それにしてもホント三浦っておかんだよな。美味そうにソフトクリームを頬張る俺の顔を見て優しく微笑む姿なんかはマジおかん。

 そしてある程度俺の様子を伺って満足したのか、三浦もようやく自分の分を食べだした。

 

「んー、やっぱ美味いわ。超ナツいんだけど!」

 

 さんざん美味そうに頬張ってる姿を見られたお返しってわけじゃないが、俺も三浦が美味そうにソフトクリームを頬張る姿を見てつい笑ってしまいそうになる。

 んだよ、なかなか可愛いじゃねぇかよ。

 

「……なにニヤニヤ見てんの? キモッ」

 

「ばっ……! べ、別に見てねぇよ。……ま、その……なんだ、好みばっちりでマジで美味かったわ。ごっそさん」

 

「……あっそ」

 

 

 そっけなく「キモッ」とか「あっそ」とか言いながらも、どうやらまんざらでも無いらしい女王様は、自慢のドリルをみょんみょんしながらそっぽを向いて、真っ赤な顔を若干ニヤつかせながらソフトクリームをペロペロ舐めているのだった。

 

 

 はてさて、女王様と従者の初めてのお出掛けは、まさかの小旅行となってしまったわけだが、このあと一体どうなりますことやら。

 

 

 

続く

 






というわけでまさかのあーしさんSS後日談で、さらにまさかの小旅行となりました!

なんでいきなり軽井沢?→なんとなくです。

これってホント誰得なのん?→特にだれも得はしないでしょう。


当然のことながら後編もGW中には頑張って更新します。出来るかな、出来る……よね……?
次回も今回と同じく山なし谷なし面白くなしのまったりSSとなりますが、もしよろしければまた後編でお会いしましょう(^^)/




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女王様は初めてのお出掛けでどうやらご機嫌なご様子です【後編】




あーしさん後編です!
当たり前のように一万文字を超えちゃいました(苦笑)


そして今回は後書きにお知らせがありますっ!





 

 

 

 清涼感漂う軽井沢独特の空気感、緑ゆたかな森の中の散歩道。

 旧軽井沢銀座をあとにした俺は、三浦に連れられるがままに森を彷徨っている。

 

 駅前から旧軽井沢銀座に向かうまでの道はなんというか普通で、都会(我が街・千葉)から少し地方に来たくらいな気分だったのだが、駅方向へと道を引き返しただけなのに、通りから一本横道に入っただけでそこは全くの別世界と化していた。

 整然と立ち並ぶ木々に囲まれた真っ直ぐな一本道をただただのんびりと散策する、まさに軽井沢のイメージそのものの世界だ。

 

 揺らめく木漏れ日と五月の爽やかな風薫る、この最高に心地の良い散歩道。

 そんな素晴らしい散歩を楽しみながら隣を歩く女王様は…………なんだかご機嫌があまりよろしくないようです……

 なんかさっきから不機嫌そうにチッチチッチ舌打ちしてるんですよ……どうしたらいいんですかね……

 

「……あ〜、ムカつく」

 

 でもまぁ俺は三浦がなににイラついているのかは大体検討がついてるんだよね。だって分かりやすすぎなんだもん。

 

「……チッ、せっかく気持ち良い空気のなか気持ち良く散歩してんのに、公衆の面前でイチャイチャしてんじゃねーし。ここは自然を楽しむ場所であって、イチャイチャしたいんなら家帰れっつうの」

 

 そうなんですよ。なんかイチャイチャしたバカップルが横を通り過ぎるたびに不機嫌さが増していくんですよ。

 まぁそりゃね? 気候的にもロケーション的にも最高だし、GWともなれば人目もはばからずにイチャイチャを見せ付けるバカップル達が有名観光地に沸いてきちゃうのも分かるんだけどさ、もうちょっと自重してもらえませんかね? 主に俺の心臓の為にも。

 

 しっかしアレだな。俺みたいなのとか平塚先生みたいなのが、こういう胸クソ悪いイチャイチャカップルに憎しみの呪咀を投げ掛けるなら分かるんだけど、三浦みたいなリア充の女王様でも爆発すればいいのにみたいなこと思ってるもんなんだな。

 

「あ〜あ」

 

 また新たな一組のバカップルが横を通り抜けていったあと、三浦は盛大な溜息を吐く。

 そしてこいつはそのあととんでもないセリフを吐きやがった。

 

「やっぱこういうトコは隼人と来たかったなー」

 

 ……すいませんね、八幡で。

 

 

 この、初めから俺には無理難題なんだよ……という一見無慈悲に思えるようなお言葉。

 普通なら反感を持ってもおかしくないようなこのセリフなのだが、むしろ今の俺には安心したというか、どこかホッとしてしまうような一言だったりする。曲がりなりにも、こいつとは友達だしな。

 

 

 ──三浦優美子は、葉山隼人に振られている。

 由比ヶ浜はその事に触れなかったものの、三年に上がったくらいからなんとなくそんな気がしていたのだが──なにせあれだけ葉山と一緒に居たがった三浦が、クラスが替わった途端に付き合いをやめていたのだから──一緒にメシを食うようになってからのある日、不意に三浦はこう告げてきたのだ。

 

 

『あんさぁ、あーし、隼人に振られたから』

 

 

 あまりにも不意打ち過ぎたし、そもそも俺にはそういう時になんと答えれば正解かなんて分かるわけもないから、情けないことにアホ面ぶらさげて「そうか」と一言返すくらいしか出来なかった。

 

 あのお互い一言ずつの重いやりとり以降、決して葉山の名を出すことの無かった三浦。

 だから三浦がわざわざこんな軽口を叩いて来たってことで、俺はなんとなくホッとしてしまったのだ。こいつやっと吹っ切れたのかな……と。

 

 たぶんだが、三浦も友達である俺にそう告げたかったから、あえてあんなセリフを吐いたのではないだろうか。もうあーし吹っ切れたから余計な気ぃ遣うなし、と。

もちろん俺からそれを聞くだなんて不粋な真似なんか出来やしないけども。

 

 そんなことを考えていると、なんだか胸の奧が少しだけむず痒いような、でも少しだけあったかくなるような

 

 ふにゅん。

 

 そんな不思議な気持ちになる。なんだかんだ言っても、三浦は三浦なりに俺にも気を遣ってくれてんのかもな……ってふにゅんてなに?

 

「……ま、しゃーないから今日はヒキオが彼氏役でいいし」

 

「ちょ、ちょっと三浦さん? いきなりなにしてんの……?」

 

「は? だってさっきからバカップルウザくない? なんか見せ付けられてるみたいでイラつくし。……だ、だったらあーしらだって見せ付けてやんないとなんか負けた気分になんじゃん」

 

 なんだよその理論……なぜ人はわざわざ争いの中に身を投じるのか。てか別にイチャついてるカップル共はこっちなんか気にしてねーから。

 ふぇぇ……やばいよぅ……いい匂いだよぅ……めちゃ柔らかいよぅ……

 

 

 ……もう説明するまでもないだろうが、つまりは三浦が突然俺の腕に腕を絡ませてきたのだ。思いっきりアレが当たってます。むしろ押し付けてきてます。

 

「……なに? ヒキオの分際であーしにくっつかれんのが不満なワケ?」

 

「……や、むしろ最こ……いや、なんでもないです」

 

 あまりの心地好さに思わず本音がダダ漏れになりかけた俺を見て、三浦はニヤァっと口の端を歪める。

 

「ま、あーしプロポーションには結構自信あっし? ヒキオが嬉しくなっちゃうのも分かっけどぉ?」

 

 ふふん! と勝ち誇ったかのように、顔を赤くしちゃってるであろう俺の動揺を隠せない顔をニヤニヤと嬉しそうに覗き込んでくる三浦。

 やめて! 動かないで! 超柔らかいから!

 

「どうしてもヤダっつうんならあーしも考えたけどさぁ、なーんかヒキオもまんざらじゃ無さそうだしぃ? つーわけで、今から軽井沢に居るあいだはこれに決定だから」

 

 マジすか……。これでこのあとずっと過ごすのん? こんなんじゃ八幡の八幡が持ちませんよ!

 

 

 そんな従者の複雑な心の葛藤など女王様には一切興味がないご様子で、有無を言わさずにぐいぐいと俺を引っ張っていく。

 

「〜〜〜♪」

 

 た、確かに色々とヤバいんだけど、正直恥ずかしいんでやめて頂きたいんだけど……でもま、さっきまで不機嫌丸出しで舌打ちしまくってた三浦がようやくご機嫌を直したみたいだし、従者たる俺は心を殺して大人しく従うことにしましょうかね。

 し、仕方なくなんだからねっ! 別に万乳引力の誘惑に引かれちゃったわけじゃないんだからっ!

 

 

 

 この散策は三浦も特に目的地があるわけではないようで、足の向くまま気の向くまま、むにゅむにゅと気ままな散歩を楽しんだ。むにゅむにゅと楽しむ散歩ってなんだよ。

 

 旧軽井沢銀座をあとにしてからは、そこから程近い観光スポット、緑を映す水面がとても美しい雲場池に立ち寄ったり、森の中に突如現れたカフェを楽しんだりと、もともと徒歩で歩き回ることに乗り気ではなかった俺でさえ、何だかんだ言って散策を満喫してしまっていた。

 それもこれも軽井沢特有のこの心地好い空気と景色、そして二の腕を優しく包み込む心地好い感触がそうさせてくれたのだろう。はいはいおっぱいおっぱい。

 

 そんな、あまりの幸福感に脳がトロけそうになっていた時だった。不意におっぱいが……違った、三浦が立ち止まり前方へすっと指を伸ばす。

 

「……あ、ヒキオ! あれっ……」

 

 三浦が指差したその先にあったもの、それは白樺に囲まれた小さな小さなチャペル。

 そしてそのチャペルでは今まさに一組の若いカップルが、喜びのなか祝福の鐘の音を一身に浴びていた。

 

「……わぁ」

 

 さすがに無関係の高校生が式に近寄れるワケはなく、遠巻きからその姿をただ眺めるだけではあるのだが、三浦は祝福を受けている新たな夫婦をほわんとした乙女の表情で見つめている。

 

 ったく、ホントこいつって、普段の女王様然とした姿しか知らないヤツからしたら、全く想像出来ないくらいの乙女なんだよな。

 もしかしたら『将来の夢はお嫁さん』なのかも知れないってくらいには乙女丸出し。解ってはいるんだけど、つい先ほどまでとのあまりのギャップについつい微笑んでしまう。

 

 ま、そんな優しげな笑顔されちゃったんじゃしばらく動くわけにもいかないし、もうしばらくはあの若いカップルのこれからの幸せを、ご主人様に付き合って、共に見送ってあげましょうかね……と、三浦からカップルへと視線を戻した時だった。

 

「……ねぇ、ヒキオ」

 

 つい今しがたまでのカップルに向ける感嘆の声とのあまりの声のトーンの違いに、俺は思わず再度三浦に目を向けてしまう。

 そしてその視線の先にあった横顔は、寂しさを湛えながら儚く消え入りそうな、そんな横顔。

 

 そして三浦が次に発した言葉。それはつい先ほど俺の頭のなかを過った無責任な思考をいとも容易く否定し、そして後悔させてくれる言葉だった。

 

 

「……あーしさ、隼人のこと……ホントに好きだったんだぁ……」

 

 

× × ×

 

 

 こいつはいつも突然だ。

 女王様気質からくるものなのかどうかは知らないけど、いつだって自分のペースを相手に強いる。

 だから今だって、いつも通りにこいつのペースを守っているだけの話なのだろう。

 たく……ホント従者の気持ちも少しは考えてくださいよ……こういう時、俺みたいな役立たずの従者ではご主人様のご期待に添えられるような上手い切り返しが出来ないから、胸が傷んじゃうじゃないですか。

 

 でも女王様はそんなことは知らない。だから三浦は語り続ける。真っ直ぐとチャペルに目を向けたまま。

 

「……あーしこんな性格してっからさ、どんな男を見てきても『だっさ』とか『カッコ悪』とかしか思えなくてさ、今まで心から男を好きになれたこと無かったんだよね」

 

 だろうな。

 大抵の男じゃ三浦に気圧されちゃうし、そもそも三浦よりも格好良い男ってのがそうは居ない。

 

「だからさ、総武来て隼人に会ってマジビビった。へぇ、こんな男居るんだ〜……って。それからはもう隼人に夢中になっちゃった」

 

「……そりゃそうだろ。あんな格好良い男はそうそうお目にかかれるもんじゃないしな。見た目だけじゃなく中身も。……ホントよくよく考えたらマジムカつくわ」

 

「ふふっ、だっしょぉ? 隼人、超〜格好良いもんね。つーかヒキオごときがなに隼人に対抗意識燃やしてんの?」

 

 うっせ。対抗意識なんて持ってねーよ。厳然たる劣等意識だけだっつの。

 

「……だから、本当に好きだった。あーしの人生で、あんなにもドキドキしたことって今まで無かった……あんなにも毎日が輝いてたこと無かった」

 

 

 ──さっきは『吹っ切れたのか』なんて無責任に思ってしまったが、そんなことは無い。そんなことあるはずが無い。

 だってこいつは、あんなにも葉山が好きだったのだ。あんなにも恋い焦がれてたのだ。

 由比ヶ浜の前でならともかく、俺や雪ノ下の前でまで、こいつご自慢のメイクをぐちゃぐちゃに落としてボロボロのパンダになってまでも、抑えきれない溢れる想いを吐き出したのだ。

 あのマスカラまみれの真っ黒な涙が偽物なわけはない。本当の本物の気持ち。

 あの本物の気持ちが、たかだかひと月そこらで簡単に吹っ切れるわけが無いではないか。

 

 ホント馬鹿だろ俺。なにが『こいつ吹っ切れたのか』だよ。

 三浦は吹っ切れたんじゃない。ああやってわざと自分に檄を入れて吹っ切れようと、ちゃんと気持ちに整理を付けようと努めていたのだ。こんな時までおかんっぷりを発揮して俺なんかに気を遣ってまで。

 マジで頭が下がるよ女王様。お前ってホントいい女だな。

 

 そんな俺の感心を余所に、三浦はさらに言葉を紡ぐ。

 

「……あんさ、勘違いすんなし。あーしは別に隼人に対しての気持ちにはちゃんとケリ付けてっから」

 

「……へいへい。痛てっ!」

 

 だから脛蹴るのはやめなさいって……

 

「あーしが今ちょっと考えてんのはさ、このさき隼人よりも好きになれるヤツなんて現われんのかな〜ってこと……あんなにドキドキさせてくれる男なんて、隼人以外に居んのかな〜……って」

 

「……どうなんだろうな。あんな完璧なヤツに巡り合えるなんてかなりの確率だろうしな。……でもま、それでもいいんじゃねぇの? よく言うだろ。一番好きなヤツとは結ばれないとかなんとか」

 

「ぷっ、なにヒキオが恋愛とか語っちゃってんの? 超ウケるんですけどぉ。よく言うだろとか言ったって、あんたの恋愛感なんてどうせキモい漫画とか小説くらいっしょ」

 

「……うっせ。……ったく人がせっかく…」

 

「ま、確かにそうかも知んないんだけど、」

 

 ……こいつマジで俺の話なんて聞きゃしねぇな……

 

「でも本題はここからなんだよね……なんかさ、今後もしそれなりに好きなヤツが出来たとしても、絶対に隼人と比べちゃうと思うんだよね、あーし……あー、隼人だったらこんな時こうすんだろうなぁ、とか、隼人と一緒だったらもっとドキドキしたんだろうなぁ、とか。…………なんかさ、そんなん相手に申し訳なくない……? いつも勝手に比べて、いつも勝手にがっかりして。……もしそんな風に相手に申し訳ないとかずっと考えちゃうとしたら、あーしにはあんなに幸せそうな結婚とか出来ないんじゃないのかなって考えちゃって……」

 

 そう寂しげに呟き、三浦はまたチャペルを静かに見つめる。

 

 ……想いが強ければ強いほど、その想いが叶わなかった時の傷は深く重い。

 いま三浦は、自らのその強い想いにこんなにも苦しんでいるのか。

 葉山への想いだけではなく、今はまだ見ぬ将来の相手にまでも。

 

 

 ──ホントこいつどんだけ不器用なんだよ。

 失恋に苦しんでる時に、未来の相手への申し訳なさとかまで考えるか? 普通。

 

 俺にはこいつに言ってやれるような素敵な言葉は思いつかない。慰められるような気の効いたセリフなんか思い付くわけがない。

 でも、それでも三浦は一応は友達だ。友達なんて居たことない俺にはよく分からないが、たぶんこういうとき友達だったら、少しでも心の重荷を軽くしてやれるよう、なにかしらしてやるもんなんじゃないのだろうか。

 ……だったら俺は俺なりに、その友達の為に下手くそな言葉を並べてみよう。

 

「……ま、考えすぎだろ。俺らなんてまだ十七年とちょっとしか生きてねぇんだぞ。まだまだそんな短い人生なのに、その内お前が葉山を好きでいた期間なんてさらに微々たるもんだ。……確かに葉山クラスのヤツになんてまた巡り会えっかどうか分かんねぇけど、好きになるってのはそういうもんじゃ無いんじゃねーの? もしかしたら最初はお前の言うように申し訳ないとか思うかも知れないが、そんなん最初のうちだけだろ。長いこと一緒に居りゃ情だって湧くし、想いだって強くなってくんじゃねーの? 知らんけど」

 

 ……なんつうか、さすがに恥ずかしいな。三浦の熱にほだされて、ついつい人生とか愛について語ってしまった。ふぇぇ……こんなんキャラ崩壊だよ!

 

「ぷっ」

 

 ……ってあれ? 俺、我ながらちょっといいこと言っちゃったとか思ってたのに、なんでこいつ笑っちゃってんすかね。

 

「……ホントヒキオってヒキオだよね。せっかく珍しく似合わないこと言ってっくせに、最後に照れ隠しで「知らんけど」とか付け加えっから全部台無しだし。あはは! あんたブレなさすぎっしょ」

 

 …………ちくしょう、恥ずかしいの堪えて頑張ったのに。言わなきゃ良かった……

 で、でもまぁキャラ崩壊は起こしていないようで安〜心!

 

「ふぅ〜……でもま、マジでそうかもね。あーし今からどんだけネガティブだっつう話だよね。……あ〜あ、ずっとモヤモヤしてたのにさー、ぷっ、ヒキオに話したら……」

 

 そして三浦はようやく俺を見る。その顔は、なんだかとてもスッキリしているような晴れ晴れとした笑顔で。

 ヒキオに話したらスッキリしたから話して良かった。あんがと、って感謝の気持ちでも述べるつもりなんですかね、ご主人様。

 

「なーんか馬鹿馬鹿しくなっちゃったし!」

 

 ……いや、まぁ分かってましたけどね。まぁ馬鹿馬鹿しく思っちゃっても、お役に立てたのなら何よりです。

 

「ま、現れるかも現れないかも分かんないもんを今から考えてたってしょうがないかぁ」

 

「ああ、ホントしょうがねぇな」

 

「……でもさ、それでもやっぱ考えちゃうんだよね、あーしバカだからさ。……でもこのままモヤモヤしっぱなしってのもなんか癪だし先に進めないし。……だからもしやっぱこの先あーしの前に隼人よりもドキドキさせてくれる男が現れなかったとしたらさ……」

 

 すると三浦は横目でチラリと俺を見やると悪戯っぽくふふんっと笑う。その目には、さっきまでの寂しげな光はもう宿ってはいない。いつものこいつの勝気な眼差し。

 

「そんときはヒキオで我慢してやるしっ」

 

「いやなんでだよ」

 

「だってさ、ヒキオ相手にだったら申し訳なく思う必要とかなくない? いくら隼人が一番って思ってても、ヒキオなら気楽に一緒に居れっかなって。ま、最悪な事態に備えて、ギリギリ譲れる最低ラインな解決策でも一応確保しとけば、もう無駄にモヤモヤしなくても済みそうじゃん?」

 

 こんな最低なセリフを、さも当たり前のように言ってのける三浦マジ特権階級。

 

「酷くね……?」

 

 ……従者の将来の縛り方さえもやっぱ支配者様だな。やれやれ、俺は未来さえも女王陛下に奉仕しなきゃなんねぇのか……俺の人生難儀過ぎだろ。

 そんな不満たらたらな将来設計に愕然としながらも、隣で無邪気な笑顔を浮かべる三浦を見るとなんだか口角が上がってしまいそうになる。大丈夫? 俺、調教されすぎじゃない……?

 ま、三浦はホントいい女だし、これから先の人生、いくらでも素敵な男が寄ってくるだろう。

 

「っし! なーんか超スッキリしたし、結婚式はもういっか」

 

 そう言って三浦はチャペルに背を向け、また俺を引っ張り回す態勢に入る。

 見るだけ見て言うだけ言って満足したらまた引っ張り回す気かよ。ホント勝手気儘な女王様だな。

 

 これからのさらなる連行を思い浮かべて苦笑を浮かべていると、三浦は意外なことを口走る。

 

「じゃ、そろそろ駅の方に向かうし」

 

 え、マジ!?

 

「おう、そうだな。疲れたし、帰るにはそろそろいい頃合いだなっ」

 

 なんだろう? 別に一切得してないのに、なんだか棚ぼた気分! ついつい口調が俺らしくないような明るい口調になってしまった。

 でも、そんなわけ無いですよねー。

 

「……なに急に元気になってっし。てか誰が帰宅提案したん? まだ帰るわけ無いっしょ」

 

「え、でも駅に向かうって…」

 

「ざーんねん、こっからが今日のメインだからぁ。目的地のアウトレットモールが駅の南口側にあっからそこ行くだけー」

 

 ……な、なん……だと?

 ちくしょう騙された! ようやく帰れるとぬか喜びしたぶん落胆が半端無いよ! しかも行ったことないから知んないけど、アウトレットモールってかなり広い施設なんじゃねーの……? マジで今から行くの……?

 そしてそんなこの世の終わりのような顔をした俺を見た三浦は、本日一番の悪顔で口角を上へと歪めたのだった。

 

「ぷっ! あはは〜、覚悟しとけしヒキオ! 今から行くプリンスショッピングプラザって死ぬほど広いからっ。あーし店いろいろ回りたいからどんだけ見て回るか分かんないし、せっかくだからあんたのそのダッサいカッコもあーしがコーデして少しはマシにしてやるし!」

 

「……う、そ……」

 

 

 ──その後ドナドナの如く連行されたそのアウトレットモールとやらは想像を遥かに超えて広く、めちゃくちゃ楽しそうな女王様にあちこち引っ張り回されたり着せ替え人形にされたりメガネ掛けさせられたりと、想像を絶するまさに地獄でした。

 

 でも「あーし新しいブーツとか欲しいし」と入った靴屋で、ブーツを試す度にチラチラ見えた素敵な布のことは決して忘れません。

 うん。まさに地獄に仏(ピンク)

 

 

× × ×

 

 

「つ、疲れた……」

 

「だからジジィかっつーの。だいたいさぁ、せっかくのデートで女にそこまで疲れた態度見せる男とかあり得なくなーい?」

 

 え? デートだったの? 初耳なんですけど。俺はてっきり女王様の付き添いかと思ってましたわ。

 

 

 俺は今、ようやく本日の全日程を無事に終えて、三浦の戦利品に埋もれて帰りの新幹線のシートにもたれこんでいる。もう動きたくないでござる、働きたくないでござる。

 

 しっかしよくもまぁこんなに買いこんだもんだ。アウトレットモールなんてなかなか来る機会が無いらしく、思う存分ショッピングを楽しまれたご様子です。

 ちなみに俺も三浦がコーディネートしてくれた服を買わされました……。ま、いいんだけどね、なんか三浦が嬉しそうだったし。

 

「……しっかしアレだよな」

 

「ん?」

 

「やっぱお前ってお嬢様だったりすんだな」

 

「は?」

 

 すげぇなこいつ。俺からの問いかけに“ん”と“は”しか言ってねぇよ。

 

 まぁそれはともかくとして、やはり三浦んちはなかなかの金持ちだったりするんだろう。なにせこいつ、今日すげぇ金使ったからな。

 旧軽井沢銀座でも色んな店回ったし森を散策中だって観光地価格のカフェとか楽しんだし。そしてアウトレットモールでの爆買い。中国富裕層の日本旅行かよ。

 

 ついでに言うと「あーしが誘ったんだから別にいらない」と、危うく俺の新幹線代まで出そうとしやがったからね、この子。

 もちろん施しなど受ける気のない俺は、スカラシップ貯金からなけなしの諭吉さんをちゃんと出しましたよ? 金払ってんのになぜか不機嫌オーラが立ち込めてましたけど。

 

「いやお前、今日めちゃくちゃ金とか使ったろ。やっぱ小遣いとかたくさん貰えてんだろうなと」

 

 てか俺の周りってブルジョア率高いよね。雪ノ下とか葉山とか三浦とか。

 あ、率って言うほど知り合い居ませんでした!

 

「は? あーしんちは別に金持ちとかじゃないけど」

 

「……へ?」

 

「ま、まぁそれなりに裕福な方なのかも知んないけど、別段すごい金持ちってワケじゃないんじゃね? 月の小遣いとか結衣と変わんなかったし」

 

「マジで? 由比ヶ浜と変わらんの……?」

 

 だって由比ヶ浜といったら、ああ見えてかなり財布の紐が堅いなかなかの堅実派だぞ? お菓子を買う時だけは財布の紐がゆるゆるになるけども。

 

 もしそれがホントなら、逆に由比ヶ浜ってどんだけ貯めこんでんだよ。高校生にして早くも恐ぇーよ。将来由比ヶ浜の旦那になるヤツ大変だな……

 と、他人事ながら見果てぬ未来に向けて戦々恐々としていると、三浦が少し居心地悪そうにもじもじし始めた。だから新幹線乗る前にトイレ行っとけとあれだけ……

 いや、そんなこと恐すぎてもちろん言えないけどね?

 

「……つーか、きょ、今日は特別だし」

 

 あれ? トイレじゃ無かったのん?

 

「特別ってなんだ?」

 

 ヴェルタースですかね。だったら俺にとっての三浦もなかなかのヴェルタースでオリジナルな存在だぜ? なにせご主人様だからな。言わせんな恥ずかしい。

 すると三浦はぷいっとそっぽを向くと、縦巻きロールを弄りながらぼそぼそとヴェルタースな理由を語りはじめた。

 

「……や、その……今日は結構、つーか……、超? 楽しみにしてたから……?、せっかくだし思いっきり楽しみたいなぁとか思ってて……お、親に頼み込んで、数ヵ月分の小遣いとお年玉まで前借りしてきたっつーか……」

 

「……は? マジ?」

 

「〜〜〜っ! ……だ、だってホラ、どうせあーしら受験生でしばらく遊べなくなっちゃうし……? だからまぁ……いいかなぁ……って」

 

 

 …………マジかこいつ、そんなに今日を楽しみにしてたのかよ……

 てか小遣い前借りしてまで俺の分の新幹線代も出そうとしてたのか……

 

「……で、羽目外し過ぎて遊びまくっちゃったし買い物いっぱいしちゃったしで暫くはなんも買えなくなっちゃったけど? ……でもまぁ今日はメチャクチャ楽しかったから大満足だし、まぁいっか……みたいな」

 

 どうしよう。なんかあーしさんが可愛くて仕方ないんですけど。

 今日をそんなに楽しみにしてたってのも、実際に今日はメチャクチャ楽しかったらしいってのも、そしてその事をこうしてドリルみょんみょん照れまくりで発表してる姿も、なんか全てが可愛く思えてくる。

 これってギャップ萌えの最上級クラスだろ。たぶんこれで俺が比企谷八幡じゃなくてこいつが三浦優美子じゃなかったら、あまりの可愛さに思わずハグしちゃってるレベル。もう俺たち関係なくなっちゃった。

 

「で、さ……」

 

「お、おう」

 

 なんだか三浦の態度が妙にむず痒くて悶えかけていると、突然三浦は俺に問い掛けてきた。

 

「……そのっ……あ、あーしは超楽しかったんだけどぉ……ヒ、ヒキオはどうだった……?」

 

「……へ?」

 

 ちょっと……? 今それ聞いてくるんすか?

 マジかよ……と、横目でチラリと三浦を見やると、意外にも三浦は不安いっぱいの表情でチラチラと俺の様子を窺っていた。

 

「ほ、ほら……なんか今日は、結構無理に連れてきちゃったみたいなとこあっから……ホントは嫌だったとか、そーいうんやっぱあったりすんじゃん……?」

 

 結構無理に連れてきちゃったというか、まぁほぼほぼ強制でしたけどね?

 ……だからか。だから新幹線代まで出す気でいたのか。無理矢理連れてきちゃった俺にも少しでも楽しんで欲しかったから。

 

 くっそ……こいつが小町だったら思いっきり頭撫で繰り回してやんのに……! 自制しないで、勢いで頭撫でちゃえば良かった!

 

 しかし結局意気地の無い俺は三浦の頭に手を伸ばせる度胸があるわけもなく、俺らしく捻くれたセリフを吐いてやるのが精一杯。

 だったらせめて、少しでもこいつが喜べるような捻くれっぷりを見せてやろうじゃないか。

 

 

「あほか、俺を舐めんなよ? 俺は誰よりも自分の欲望に正直な男だ。つまり少しでも嫌だと思ってたら、いくら呼び出されようが初めからどこにも行かねーんだよ。……で、つまんなかったら死んでもこんな時間まで付き合ったりしねぇよ」

 

 まったく……我ながら相変わらず酷い言い回しだな。来たいから来た、楽しかったから最後まで付き合ったって言えば済む話だってのに。

 

 でもま、小町曰く捻デレさんの俺にはここら辺が限界ってとこだろ。こんな捻くれたセリフで女王様にご満足なさって頂けるかは知らんけど。

 せめて獄炎を撒き散らして怒りださないことを祈るばかり。

 

 

「痛って!?」

 

 

 そのとき左肩に激痛が走った。どうやら三浦にパンチされたらしい。

 どうやら俺の捻デレでは三浦に通じなかったらしい……と思ったのだが……

 

「……あーし眠いからもう寝っから。ヒキオの肩ちょっと貸せし……っ」

 

「ちょ!? おい」

 

 左肩を殴ったかと思えば、なぜか女王様はそのまま痛む左肩に頭を乗せておねむの体勢に入ってしまったのだ。こちらを一切向かずに。

 

 あまりの意味不明な突然の出来事に面食らったのだが、ズシリと肩に掛かる頭の重さと体温、そしてふわふわの金髪からふわりと薫る甘い香りに意識を全部持ってかれてしまい、なんかもうどうでもよくなってしまった。

 でもこのままじゃさすがに悔しいから、せめて最後の抵抗にとバレないように覗き込んだ三浦の顔は、角度的にとても見えづらくはあるものの、とてもとても真っ赤に、そして嬉しそうに見えたのだった。

 

 

 

 ──我が儘女王様は難易度高すぎてなにが正解なのかはよく分からないけれど、どうやら初めてのお出掛けは大変ご満足いただけたようです。

 

 

 

 

終わり

 






というわけであーしさん後編でした!
やばいですやばいです。あーしさんが可愛いです。

そして誰得かと思われたあーしさんSSでしたが、頭打ち状態であまり動かなかったお気に入り数があーしさんでいきなり結構伸びて、まさかのお気に入り3000突破をあーしさんで果たす結果となりました(笑)
意外と人気あんのかな?よく分からん……


そしてそれとは別に、なんと今月11日にこの恋物語集が一年になるらしいです!
前回のいろはす生誕祭SSを書きたいが為に頑張って書き続けた作品ではありますが、気付いたら一年ですよ一年!もうネタは出し尽くした感は否めませんが(苦笑)


さて、そんなわけでお知らせです!
この一周年を記念して、二度目のヒロインアンケートを活動報告にてたったいま執り行い始めました!
今回のは一周年記念ヒロインということで前回と違ってシビアですので(上位1名のみをヒロインとして新作書きます!)、もしよろしければ活動報告までよろしくお願いします☆


ちなみにアンケート集計→ヒロイン決定→構想→執筆の順番になるので、恋物語集の次回の投稿はかなり開いちゃうかもしれません><



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深い腐海に引きずり込まれ



ヒロインアンケートにご参加頂き、誠にありがとうございました(*´∀`*)

そしてついに、そんなアンケートで堂々第一位を獲得したこのヒロインの登場です!


…………すみません嘘です嘘です(白目)


確実に一位になるわけがないと思っていて、そして以前から極々一部のマニアックな読者さん“のみ”に続編を待ち望まれた『あの』後日談の後書きをアンケート発表に使おうかと思いまして(苦笑)



内容としては、包丁持って「殺ろシてヤるゥゥ!」みたいなギャグテイストではなく、なんかこう胸にゾワリとくるような結構ガチ目な感じになってしまったこと、先に謝罪しておきますm(__;)m





 

 

 

 秋葉で深く暗い海に溺れかけた休日が明け、今日もひとり教室に入り席へと着く。

 二ヶ月ほど前に三年生へと進級した俺は新しいクラスにも未だ馴染めず、今日も気ままなぼっちライフを送っている。

 まぁ進級しようが卒業しようが、どこに行こうとも俺のぼっちライフは安寧なのだけれど。

 

「ヒッキー、やっはろー!」

 

「おう」

 

 進級してクラスがバラバラにはなったのだが、なんの腐れ縁なのか由比ヶ浜とはまた同じクラスになってしまっている。

 二年の時はあまり教室内では声を掛けてこなかった由比ヶ浜なのだが、クラスが変わった途端にこうしてちょくちょく声を掛けてくるようになった。そのたびにクラスの男共の視線が痛くて痛くて、正直やめてもらいたいです。

 

 とはいえ戸塚ともクラスが変わってしまったし、こうして朝から俺に声を掛けてくる奴なんて他には無く、とりあえず由比ヶ浜の早朝やっはろーさえ切り抜けてしまえば、そのあとは平穏なぼっちライフが待っているのだ。だから俺は朝のSHRが始まるまでのあいだ、少し寝ておこうと机に突っ伏そうと身を屈め……

 

「はろはろー、ヒキタニくん」

 

 ……そう。クラスはバラバラになったのに、由比ヶ浜とあとひとり、このクラスには知り合いがいる。

 しかし、休み前まではこうして声なんて掛けてこなかったじゃねぇかよ……

 

 恐る恐る顔を上げると、そこにはほんのりと頬を染めた海老名さんが、妖しい笑みをたたえながら俺を見下ろしていた。

 

 

× × ×

 

 

 海老名姫菜。つい先日、俺は秋葉からの帰りの電車内でこの人に告白された。

 マジで意味が分からなかったのだが、それでも俺にはこの人が俺をからかう為に、あんなくだらない嘘や放言を言う人間とは思えない。

 なぜなら、俺と海老名さんはどこか通じるところがあるから……

 

 

『……ねぇ、比企谷くん。私さ、結衣を裏切りたく無いんだ。……だからさ、これ以上私を本気にさせないでね? …………今までこんな経験ないけどなぜだか分かるんだー。……たぶん私、本気でデレたら……………病んじゃうよ……?』

 

 あの日、別れ際に放ったこの一言。

 あの時の海老名さんの目は深く沈んでいた。本気で壊れかけていた。

 あんな目を人に向けられるくらいに、あの人はずっと思い悩んでいたのだろうか。俺なんかを想っていてくれたのだろうか。

 

 そう思うと、うっすらと背筋に冷たい汗が伝わると同時に、ほんの少しだけの熱を胸に感じる。

 そんな熱情を向けてくれる人など、俺には存在したことが無かったから。

 

 

 いや、でもやっぱ怖いです。てか「これ以上本気にさせないでね」とか言ってたくらいだから、まさか海老名さんの方から近づいて来ることは無いだろうと油断していました。

 

「……う、うす」

 

 こういった突然の出来事に弱いぼっちは、とてもじゃないが上手い返しが出来るわけなどなく、ただただどもってキョドって、気持ちの悪い返事をするのが精一杯だった。

 

「っ!」

 

 そんな俺の横を何事も無かったかのように通り過ぎる海老名さんが、一瞬だけそっと俺の肩に触れる。

 リア充同士ならば「おはよっ」とか言って肩をぽんと叩くだけの何気ない行為なのだろうが、その一瞬だけ触れた手から感じた熱い体温と粘りつくような粘度は、そんな軽いものでは無かったように思えたのだった。

 

 

 くそ……もう寝れそうもないな……。とにかく……極力関わらないようにしよう……

 

 

× × ×

 

 

「ねぇねぇヒキタニくん! ゆうべのアレ観た?」

 

「あ、や……、俺は深夜アニメは後で観る派だから……」

 

「あ、そうなんだねー。じゃあ帰ったら早く観た方がいいよ! いやぁ、まさかあの二人があんな空気を出してくれるようになるとはねぇ……スタート時には想像も出来なかったよー、ぐ腐っ」

 

「……いや、俺はノーマルな視点からしか見れないから」

 

 

 ……なんでこうなる……?

 休み時間。今日もいつものようにイヤホンを耳に差し込んで、机に突っ伏そうとした矢先に強襲してきた腐れ姫。

 俺の前の席に迷わず座ると、いきなり趣味全開のトークで攻めてきた。

 

 ちょっとマジでヤバいって。クラス中からすごい見られてるから。

 普段俺に声を掛けてくる物好きは由比ヶ浜だけ。それがクラス中で認知されている現実。

 別のクラスになったからといっても、未だ女王と親交の深いもうひとりの学年トップカースト、海老名姫菜までが俺に構うなどという事態は、クラス連中からしたら完全に想定外なのだ。

 

 そして……その中でも特に驚愕の視線を向けてくる人物がひとり。そりゃそうだろうよ……

 

「……ひ、姫菜? ど、どしたの? 珍しくない!? 姫菜がヒッキーとそんな風に喋ってるなんて」

 

 海老名さんが俺に話し始めたのを、驚いた様子で自分の席から見ていた由比ヶ浜が、堪らず声を掛けてきた。

 

「そうかな。だってほら、私とヒキタニくんって趣味が一致してるじゃない?」

 

 ……一致はしてねぇよ……方向性違うから!

 

「……あ、うん。……でもさ、金曜まではこんなこと無かったじゃん……?」

 

「そうだっけ? でも別にいいでしょ? 私とヒキタニくんは趣味の話してるだけだし。……あ、でも結衣も交ざりたいんなら一緒に話そうよー。まぁアニメとかラノベの話が解るんならだけど……」

 

「……あ、あー、うん、だ、大丈夫……! あたしにはよく分かんないし、な、なんか邪魔になっちゃいそうってゆーか……?」

 

 

 ──なんだ? この違和感は……

 一見すれば非オタがオタク話に誘われて、ドン引きして後退ってる構図にしか見えないはずなのに、なんだ……? この感じは……

 

 なんというか……この眼鏡の奥のニコニコした目が、まがまがしいというか……挑発しているように感じる……

 

「そ? それは残念。 じゃね、結衣。……でさでさヒキタニくん! せめて今夜のアレはリアルタイムで観るべきだと思うんだー。……だ、だって……だってもうさ……ぐ腐腐っ」

 

 明らかに何か言いたげに去っていく由比ヶ浜の背中には一瞥もくれず、また真っ直ぐに俺を見ることを装う海老名さん。

 だが今は眼鏡が反射してないから見えてしまうのだ。その眼鏡の奥の瞳が、一瞬だけ由比ヶ浜の複雑な横顔を追ったのを。

 

 ……なんでだ……? だって昨日海老名さんは言ってたじゃねぇか。由比ヶ浜を裏切りたくないって……

 

 ──結局その後も海老名さんのオタトークと噴水(鮮血)は続き、次の休み時間も、そのまた次の休み時間も……俺から離れることは無かった。

 

 

× × ×

 

 

 昼休み。俺はあまりの居心地の悪さに教室を飛び出して、速攻でベストプレイスへと向かう。

 あ、それはいつものことでした。

 

 海老名さんはクラスが変わってからも昼休みは三浦と共に過ごすことが恒例化している為、とりあえずベストプレイスに行けば昼は安心のはずだ。

 

 購買でパンを購入し、ようやく俺の安らぎの場所へと辿り着くと、そこにはすでに先客が居た。

 

「はろはろー」

 

 本音で言えば、ここに海老名さんの姿を認めた時点で逃げ出そうかとも考えたのだが、俺にも聞きたいことくらいはある。

 だから俺は敢えて逃げずに海老名さんから少し離れた場所に腰を下ろした。

 

「なぁ、どういうつもりだよ」

 

「へ? どういうって何がー?」

 

「……誤魔化すなっての。……なんでいきなり俺に構う。さっきの由比ヶ浜じゃねーけど、金曜まではこんなこと無かったろ」

 

「……あれー? ヒキタニくんは土曜日になにがあったか忘れちゃったの?」

 

 そう言って海老名さんは自分の両手を合わせる。お祈りでもするかのように。まるで恋人繋ぎのように艶っぽく指を絡め合って。

 

「……っ」

 

 その絡み合う艶めくしなやかな指を見せ付けられた刹那、俺の顔が熱を持つ。

 

「……忘れるわけねーだろ」

 

「ふふっ、だよね。……だから、私も忘れられないの……ていうか……ちょっと思ってたよりも、忘れられなくて困ってるの……」

 

 ……困ってるの。頬を染めながら笑顔でそのセリフを俺へと投げつけてくる海老名さんの瞳は、ちょうどあの日と同じようにすっと光を失う。……これはヤバいかも知れない。

 

「……な、なぁ、あんとき言ってたよな。由比ヶ浜を裏切り……」

 

 そこまで言い掛けた俺は必死で口をつぐむ。

 だって、それを口に出してしまったら……認めてしまったら……

 

「うん、言ったね。結衣を裏切りたくないって。……あれ? でもヒキタニくんはさ、なんで私がこうやってヒキタニくんに近づくのが、なんで私が結衣を裏切る行為になっちゃうと思ってるの? ただ友達の部活仲間と話してるだけじゃん。……それとも、ヒキタニくんはさ……結衣が比企谷くんを単なる部活仲間じゃないって思ってるって知ってるのかな……? もう、気付かないフリはやめたの……?」

 

「……!」

 

 

 ──ああ、気付いてるよ。由比ヶ浜が俺に特別な好意を寄せてくれているってことは……

 気付いてしまえば、それを自覚してしまえば、もう今まで通りでは居られなくなってしまう。それが恐くて、臆病な俺はただ逃げてるだけだ。

 

「あははー、ごめんね、ちょっと虐めすぎちゃったかな。安心してね、ヒキタニくん。私はただずっとヒキタニくんとこうして趣味の話とかで一緒に盛り上がりたいなーって思ってただけなの。今までは立場とかで我慢してたんだけど、もう想い伝えちゃったし、もう我慢しなくてもいいかな? って。……だからこれからはオタ仲間として仲良くしようよ。ただの友達だったら別にいいでしょ?」

 

 そう言う海老名さんの瞳は、もういつも通りに戻っていた。

 そこはかとない不安感が身体全体に警戒警報を鳴らしまくってはいるが、そう言われてしまっては断りようがない。なにせ俺はこの人に告白されてしまっているのだから。そして、ヤバいと思いながらも、その向けてくれた想いを少しだけ嬉しく思ってしまっているのだから。

 

 ──好きだけど、別に付き合ってくれなくてもいい。ただ一緒に趣味の話をしてくれるだけでもいいから──

 

 俺なんかにそんないじらしい想いを向けてきてくれる少女に対し、比企谷八幡が拒否など出来るわけないではないか。

 だから俺は答えてしまったのだ。その問いに応じる旨を。

 

「……ああ、だな。……まぁ、その、なんだ……よ、よろしくな」

 

「ホント!? やった」

 

 すると海老名さんは満面の笑顔で喜び、これからヨロシクと手を差し出す。

 こんな程度でこんなにも喜んでくれるってんなら、いくらでもオタ仲間にくらいなっちゃうぜ!

 

 そして俺も右手を差し出すと、海老名さんはその手をギュッと握る。しかし、ただ握手をしただけのはずなのに、何故だか朝のSHR前に肩をぽんと叩かれた時の粘つくような熱を感じてゾワリと身体が硬直する。

 

 油断していたために抵抗出来なかった。こんなか細く小柄な海老名さんにグイと引っ張られたくらいで、俺の身体がぐらりと前のめりに倒れかける。

 そして……

 

 

「……じゃあ約束したからね。これからはちょくちょくヒキタニくんの近くに行くから。……最初はただのオタ仲間だけど、近くに居すぎるとどうなっちゃうか分からないよね? だからもう一度言うよ? 比企谷くん。……これ以上、本気にさせないでね……」

 

 前のめりになった俺の耳元へと顔を寄せた海老名さんは、その艶めかしい唇が触れてしまうのではないかという程に耳に寄せると、甘く熱い吐息と共に、低く冷たいその音を残して去っていった。

 

 ……そして俺は去っていく海老名さんを振り返って見ることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ずにいたのだった。

 

× × ×

 

 

 あれからいくばくかの時が流れたのだが、事態は悪化の一途を辿っている。

 いや、もうそんなレベルでは無くなってしまっていることは、他でもない、今まさにこの少女の顔を誰よりも一番近くで見ている俺が一番理解している。

 

 

 

 ──まだ最初の数日は良かったのだ。休み時間にしろ昼休みにしろ、海老名さんは由比ヶ浜や三浦との関係もちゃんと大事にし、本人が言っていた通りに俺のところへは“ちょくちょく”しか来なかったし、最初は不安感いっぱいだった由比ヶ浜へも、

 

『ああ、たまたま休みの日に秋葉で会ってな、そこで趣味で意気投合しちゃったってだけの話だ』

 

 と部室で正直に説明し、なんとか丸く収まりもした。

 もちろん手繋ぎデートになっちゃったなんて言えるわけは無いけれど。全然正直じゃなかった。

 

 

 しかしそんなバランスも徐々に崩れ始める。気が付けば海老名さんの“ちょくちょく”は“かなりの頻度”に変わっていた。

 そしてそんなある日、あの事件は起きたのだ……

 

 

× × ×

 

 

 はぁ……非常にマズい……

 日に日に海老名さんが俺のところへ来る時間が長くなってきた。

 最近は、教室では由比ヶ浜もあまり俺たちに近づいて来なくなった。……明らかに海老名さんが近付くなオーラを放っているからだ。

 

 それによる海老名さんと由比ヶ浜のギスギス感が物凄く、それを見兼ねた三浦が溢れるおかんを発揮して、なんとか場を取り持ってくれているという状況だったりする。あーしさんマジ偉大。でもそんなあーしさんの俺を見る目が恐すぎて、結局俺には死の恐怖しかないというね。

 

 

 ──あの時、もしも海老名さんからの申し出を断っていれば、こんなことにはなっていなかったのだろうか……?

 いくら妄想しようと、巻き戻しなど効かないタラレバ話など大嫌いな俺でさえ、ついついそんな仮定の話に縋ってしまう程に精神を削られている。

 だが……たぶんではあるけども、仮にあのとき断っていたとしても、それでもやはり遅かれ早かれこの事態は避けられなかったのではないかとも思う。あの海老名さんの表情を見ていれば、そんな予感はいとも容易く浮かんできてしまうのだ。

 もう疲れているっつうか憑かれているってレベル。やだ! 全然笑えない。

 

 

 今日もそんな疲労困憊な休み時間を二度ほど過ごし、何時の間にやらもう三度目の休み時間。この短い休み時間だけでも、ほんの少しでも安らぎを味わえたら……そんな思いでトイレでゆっくりと用を済ませ、水で滴る手をハンカチで拭いながら女子トイレの前を通過しようとした時だった。

 

 突如開いた女子トイレの扉。そして中から伸びてきた手に、俺はなんの抵抗も出来ずに引きずりこまれる。

 まったく理解が追い付かないままパニック状態に陥っている俺を、その手の持ち主は強く壁に押し付け、そしてナニカが激しく口を塞ぐ。

 

 

 ……え? なに? 口塞がれたの? 俺いきなり殺されちゃったりするのん?

 

 

 だがしかし、一瞬の混乱で思考が停止してしまっていた俺も、ちゅぴちゅぴと水音を立てるこの口を塞ぐ行為の正体に、ようやく次第に理解が追い付いてきた。

 俺の口を塞いでいるのは、俺を亡きモノにするためにあてがわれた屈強な手でも、ましてやクロロホルムを染み込ませた布でもない。

 

 それはもっと柔らかくもっと甘く、そしてもっと瑞々しくもっといやらしく、俺の唇だけでなく口内までも侵食してくる生暖かいモノ…………。海老名姫菜の唇と舌だった。

 

「……ん……んっ……」

 

 狂おしいほどに、貪るように俺の唇と舌を絡め取る海老名さん。

 壁に押し付けながらも、絶対に逃がすまいと両手で俺の髪を掻き乱さんばかりに激しく押さえ付け、執拗に口内をまさぐってくる逆らい難い劣情に、もしも今この女子トイレに人が入ってきてしまったら、一体俺はどうなってしまうのだろう? そんな簡単に思い浮かぶであろう危機的思考にさえも考えが至らない程に、俺は抵抗する事も忘れて身を任せてしまう。

 

 

「……ん」

 

 幸いにもひとりの来客も無いままに口内を……心を侵略され続ける。時には舌を絡ませ合い、時には唇を舐められ甘噛みされて、そして数秒……いや、本当にたったの数秒なのかは分からない。まるで永遠とも思えるような永い永い時間が過ぎた頃、ようやく満足したのか、名残惜しくも不意に俺の口は解放されるのだった。

 

「……ぷはぁ……あはっ…………しちゃった、ね。ヒキタニくん……♪」

 

 混ざり合う唾液の糸を引かせてゆっくりと唇を離した海老名さんは、湿り気でいやらしくテカついた唇をペロッと舌なめずりし、今にも雫が零れ落ちそうな扇情的な瞳で俺を見つめる。

 

「……な、なんつうことしやがる……」

 

「だって……もう我慢出来なくなっちゃったから。ヒキタニくん私に黙ってトイレ行っちゃうし。…………それに……ヒキタニくんだってさんざん私の中に入ってきた癖に、今更そんなこと言っちゃう……?」

 

「……っ!」

 

 ……なぜ、なぜ俺は身を任せてしまった。理性はどこに行っちまったんだよ、化け物なんじゃねぇのかよ……

 

「……ふふ、大丈夫だよ? ヒキタニくん。今どき友達でもキスくらいいくらでもするものなんだってよ? 青春謳歌ちゃん達の中では普通なんだって。……それに」

 

 すると海老名さんは甘い香りを漂わせながら、またしても俺の耳元に口を寄せ、一文字ずつ、ゆっくりと語り掛けてくる。

 

「……だいじょうぶ……今度のは撮ってないから。……だから、本当に嫌だったら……今度からは突き飛ばしてくれればいいから……。でも……ちゃんと殺しちゃうくらい目一杯突き飛ばしてくれないと…………またしちゃうかもよ……?」

 

 そんな言葉だけを残して女子トイレから出ていく海老名さんに対して、俺は一言も発する事が出来なかった……

 

 

× × ×

 

 

 あの時ちゃんと拒んでいれば……いや、もっと前からちゃんと拒否していれば、こんなことにはならなかったのだろうか。

 

「……んっ……ちゅぷっ……」

 

 この少女の顔を誰よりも一番近くで見ている今、俺はまたもや意味の無い仮定の物語を頭の中で綴っている。

 

 

 ……結局あの日から、海老名姫菜は事ある毎にキスしてくるようになった。

 誰も居ない駐輪場で、誰も居ない廊下で、そして誰も居ない教室で。

 

 

『……ねぇヒッキー……ぶ、部活は……? まだ、行かない……の……?』

 

『……おう、もうちょいしたらな』

 

『……っ……そ、そっか! じゃ、じゃあ今日も……先に行ってるから……』

 

『じゃーねー、結衣。また明日!』

 

『…………うん……じゃあね……姫菜』

 

 

 そして今日もいつもと同じだ。

 辛そうな笑顔を向けて、俺にだけ小さく手を振って部室へと向かう由比ヶ浜が教室から出た瞬間に唇を求め迫ってくる海老名さん。そんな海老名さんを、俺の唇は当たり前のように迎え入れる日々。

 

 もういつ誰かに見つかったっておかしくはない。なんならもう誰かに見られていても不思議ではないこの状況で、今日も俺たちは獣のようにお互いの唇を求め合う。

 

 海老名姫菜の濃厚な口付けは甘い甘い呪いのようだ。二度と離れないかのように、脳を、心を溶かして腐らせる甘美な呪い。

 

 ……いや、これは海老名さんだけに呪いの原因を求めるのは間違っている。

 ただ、俺が弱かっただけだ……海老名姫菜の腐海の魔力に抗えなかった弱い俺の責任に他ならない。

 

 

「……んっ、んっ……ねぇ、比企谷、くん……っ……ちゅぴっ……」

 

「……」

 

「……どうしよう……私、そろそろ本気になっちゃいっ……そう……だよ……? 比企谷くんが……んっ……ちゃんと拒んでくれなかったのが……悪いんだからね……?」

 

「……」

 

「……今はまだっ……我慢してるけど……ちゅぷっ……もし我慢出来なくなっちゃって……んん……授業中とかまで……しに来ちゃったら……ごめん、ね?」

 

 

 

 

 

『あ、じゃあもういいや、って。笑いながらそう言ったの。超他人みたいな感じで』

 

 

 いつかの三浦の言葉。

 あの時は三浦から聞いただけのセリフなのに、冷たい声音も笑顔も眼差しも、やけにリアルに脳内再生された海老名姫菜の姿。

 

 あの時俺はこう思ったのだ。

 

 ──たぶん彼女は失くしてしまうくらいなら、自分で壊してしまうことを選ぶのだろう。何かを守るためにいくつも犠牲にするくらいなら、諦めて捨ててしまうのだろう──

 

 と。

 

 

 私、腐ってるから。そう言っていた海老名さん。

 彼女の言う腐ってるとは、別に腐女子の腐りではなく、こういうところにあるのだろう。

 だからもう彼女は止まらない。止められない。

 この現状が壊れてしまうくらいなら、彼女は他の全てを壊してしまう。裏切りたくないと言っていた由比ヶ浜を、いともあっさりと壊しかけているように。

 

 

 だから俺も壊れていく。海老名姫菜を壊してしまった責任くらいは取らなくちゃならないから。

 

 ──壊れていく、か。それはちょっと違うかもな。

 壊れていくのではない。深い深い海の底へと引きずり込まれていくのだ。どこまでも、永遠に。

 

 

 

「……ねぇ比企谷くん……私たちって、お似合いだよね。……だって私たち…………もう腐れきってるから」

 

 

 そして……俺はさらに引きずり込まれるのだ。腕も、足も、身体も脳も。

 一度絡み付いた甘美なる呪いの舌は、二度とほどける事などないのだから……

 

 

終わり

 






ていうか…………こんなのをヒロインアンケート発表会のSSに持ってくんなよ……(吐血)




さ、さて!それでは気を取り直してアンケート結果の発表です!

ドゥルルルルル…………

投票総数129通の結果!一位はなんと!

オリキャラの香織になっちゃいました……orz
そういうのがお嫌いな方スミマセン(汗)


香織47票

さがみん17票

はるのん11票

ルミルミ10票

二宮美耶(オリ)6票

いろはす・折本5票

海老名さん4票

ガハマ3票

あーし・ゆきのん・エリエリ(オリ)・金沢(誰だよ……)・サキサキ2票

静ちゃん・めぐりん・小町・愛ちゃん(オリ)・けーちゃん1票

計測不能数票(申し訳ありません!アンケートに記載した通り、○○か○○みたいに、二人以上記載の投票は計測出来ませんでした!ちゃんと熱い気持ちだけは受け取っております!)


なんですかね、これ……
一位がオリキャラで二位がさがみんとか、趣味が偏り過ぎでしょ……さすが私の作品を読む読者さんやでぇ……



……でも、この二人が一位二位とか、実はめっちゃ嬉しい限りです!本当にありがとうございました☆

でもいろはすとルミルミはマジで予想外でしたΣ( ̄□ ̄;)



さて、今後の予定なのですが、もちろん一位の香織の新作を書きたいところなのですが…………正直まだなんにも思い浮かんでませんっ(´ω`;)

香織√はシーデートとクリスマスに全精力を注ぎ込みまくったんで、ぶっちゃけあれ以上のモノとなると超難しいんですよね……

なのでこれからなんとか構想を練って、ここまで推して頂いた読者さまの期待に応えられるような作品にしたいと思いますので、次回の更新までお時間頂いてしまうかも知れませんが、どうぞ気長にお待ち頂けたらと思います〜……(平身低頭の構え)



ではではまた次回です(^^)/~


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恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに【前編】



すみません嘘吐いちゃいました。思ってたよりも早く思いついちゃいました(^皿^)

これからお贈りするお話は八オリとなりますので、そういったモノが苦手な方はバックでお願いいたします><;


さて!このヒロインの世界では(あざとくない件本編含む)初出しキャラが出てきますよー?(注・さがみんではない)
この二人の絡みを期待していた読者さまもいらっしゃるのではないでしょうか??


ではではどうぞ!





 

 

 

 エキストラホットなキャラメルマキアートを、プラスチック製のフタの小さな小さな飲み口からちうちうと吸いこむように口内へと注ぎ込む。

 

「ぉあっちゃっ!」

 

 てかなんで昨今のコーヒーショップの飲み口の穴ってこんなにちっちゃいのん? 激アツなコーヒーがいつ口内に入り込んでくるか分からなくて怖いっちゅーの。

 ふふふ、私をキズモノにしたら高くつくわよ? アメリカなら数百億の訴訟を起こして圧勝しちゃうレベル。

 

 それになんか飲む時に軽くキス顔になっちゃったりしてちょっぴり恥ずいしね。

 ……ハッ! もしかして愛しのあの人にぷるツヤ唇を意識させる為の甘い罠なのかしらっ!?

 いやん! キャラメルマキアート10杯追加で☆

 

 

「えと……大丈夫ですか?」

 

「っへ? や、やー! だいじょぶだいじょぶー! あ、あはは〜」

 

「?」

 

 あ、あっぶねぇ……冒頭からトリップ街道一直線じゃねーか私……

 たまにはスタートくらい落ち着いてばしっと決めようぜっ!? なにせ私は、目の前に座るこのあまりにも可愛い女の子に対して、これでもかってほど素敵なお姉さんぶりたいんだもの。

 

 ……いや、そもそもいま話し合ってる内容からして素敵なお姉さんとは程遠い、それはそれは酷いものなんだけどね?

 なにせ……

 

「しかし……ふむふむ。なるほどなるほどー。つまり香織さんは、この受験戦争まっただ中の今、ウチの愚兄にチョコなんて渡してる場合なのか? と悩んでいるワケですね?」

 

「はいそうなんです」

 

 おいおい素敵なお姉さんよ。早くもどこか遠くに旅立ってしまったのかい?

 年下の女の子に食い気味に敬語で即答とか、あらまぁなんてカッコ悪いのかしらっ。

 

 

 

 ────どうも! 私、家堀香織と申します。しがないリア充系隠れオタで美少女寄りのピチピチでモテモテな、どこにでも居る高校二年生で〜す!

 相変わらず自己紹介がイタすぎて、どこにでも居る感じがしないのはご愛嬌。そもそも私オタとかじゃないですから。

 

 

 ……さ、お約束のネタもしっかり放り込んだことだし、そろそろ先に進みましょうかね。

 

 そんな私は現在意識高い系の総本山と名高いあのカフェにて、愛しのげふんげふん。いやもう愛しのでいいです。おーるおっけーです。

 なにせ……なーにーせ! 私ってば比企谷先輩に面と向かって“特別な存在”とか言われちゃってますんで? ふへ……ふへへっ……

 

 おほんっ、その愛しの先輩の妹さんに、平身低頭バレンタインに向けての相談をさせて頂いているところなのだ!

 

 ドヤッ! みたいに言ってるけどこれは酷い(白目)

 素敵なお姉さん(笑)の威厳無さすぎワロタ。

 

 

「……で、小町さんはどうしたらよろしいかとお考えでしょうか……?」

 

 私、未来の義妹候補に対してへり下り過ぎじゃないでしょうかね。

 

「んー、小町は全然だいじょぶだと思いますよ? むしろばっちこいです!」

 

 やだ! ばっちこいとかちょっと私みたい! やはりこの子は将来私の妹になる運命なのでは……? うへ。

 

「……でもさぁ、やっぱ迷惑に思われちゃわないかな〜……雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩は同じ受験生だからともかく、あのいろはでさえバレンタインは自重するっぽいし……」

 

 ……そうなのだ。私を悩ませている要因のひとつがこれ。あのワガママ小悪魔でさえ合格が決まるまでは我慢するらしいのだ。

 まぁなにせ告って動揺させて落ちられでもしたらトラウマもんだもんね。今後合わせる顔なくなっちゃうかも。

 私とて先輩に心の負担を与えてしまうのは本意ではない。だからこうして妹君にお伺いを立てているのだ。

 

「だいじょぶですよー。兄は普段はどうしようもない生ゴミみたいな感じですけど、ああ見えて結構優秀なんですよ? ここまでも順調に来てるみたいですし、たぶん兄の目にはすでにある程度は受験の成功は見えてると思います。むしろ一日くらい張った気を緩めるくらいが丁度いいと小町は思うのです」

 

 よくよく聞くと物凄く酷いこと言ってるけど、やっぱ小町ちゃんてば比企谷先輩を心から信用してるしホント大好きなんだな〜。

 

「まぁそれでも確かにこの時期にいきなり告白なんかされたら動揺しちゃうとは思うんですよ。雪乃さんも結衣さんもいろはさんも、そこら辺は考えてると思うんです。……でも、香織さんなら大丈夫ですっ」

 

 そう言って小町ちゃんは、ぴっと人差し指を立てて可愛くウインクする。

 ……小町ちゃんっ! そんなに私のことを信じてくれてるだなんてっ……!

 

「……だって、香織さんはすでにばっちり振られてますからね♪」

 

「ぎゃふん!」

 

 

× × ×

 

 

 私と小町ちゃんの出会いは今から一年近く前。

 あの日は……うん。思い出すのもはばかられるくらい恐ろしい……

 

 ここだけの話、私は去年の三月にあの三人を出し抜いて比企谷先輩とディスティニーデートをしちゃったことがあるのでありますよ。いやホントここだけの話!

 決死の思いではあったけど、いつかバレるだろうとドキドキしてたら、まさかの即日即バレという憂き目を味わい、その翌日には早くも血まつ……【ドキッ! ガールズトークIN香織’Sルーム☆】が開催されまして、その際に雪ノ下先輩に引きずられてきた比企谷先輩に、面白がってとことこ付いて来たのが小町ちゃんだったわけなのです。

 いやホントあの日はマジで三途の川を見ましたよ……

 

 ラノベのお返しだの偶然の産物だのとそれはもう必死で言い訳して、なんとか上手く誤魔化しきったワケなんだけど、……結果的にはまぁ密かなラブハートを誤魔化せたのは先輩本人に対してだけで、その時点で用無しとなった比企谷先輩が帰されたあとは、恐ろしい三魔王からそれはそれは恐ろしい目に合わされましたよ、ええ……

 ……え? どんな目に合わされたのかって? それは聞かない約束よ……?(血涙)

 

 

 まぁ気持ちバレはもちろん小町ちゃんにもで、それ以来小町ちゃんとは仲良くさせてもらってますっ。

 

 もう小町ちゃんてば超可愛いの! 最初会った時びっくりしたもん。こ、この子があの比企谷先輩の妹さんなの!? って。

 ホント血の繋がりを疑うレベル。対人スキルを小町ちゃんに全て持っていかれたのね……先輩っ……

 でも、私はそんな不器用な先輩が、だ、い、好、き、ダ、ヨ♪

 

 

 ……きっつ……

 

 

× × ×

 

 

 とまぁ私と小町ちゃんの馴れ初めから早11ヶ月強、私はそんな小町ちゃんにぎゃふんと言わされて羞恥に悶えています。

 

 そもそもこちらからギャフンと言うまでには、その道のプロとしてはそれなりの前フリって必要じゃないかしら。『くっそ……こいつ絶対にギャフンと言わせてやるぜ……!』という壮大なフラグをしっかり立てた直後にギャフンと言わされるまでが、ダチョウさんの「押すなよ押すなよ」レベルの様式美となるハズなのに、私ってばなんの前フリもなくいきなりギャフンとか言っちゃってんですけど。

 

 ……ふっ、私もまだまだだな……などと遠くを見て途方に暮れていると、小町ちゃんが反省の弁を漏らす。

 

「あ、香織さんすみませーん! ハッキリ言い過ぎちゃっいましたね! 小町反省っ」

 

 てへぺろっと可愛く舌を出す行為を見て、この子反省なんてしてるわけないなーと思いました(小並感)

 でも可愛いから許す。

 ふむ……末恐ろしい……さすがいろはの目指すあざとさの完成形だぜ……

 

「それはそうと、香織さんはバレンタインチョコを渡して、また交際の申し込みするつもりなんですか?」

 

 未だ悶え中の私を置いて、ひとり先走ってさらなる悶えを与えてくるドSな小町ちゃん鬼畜可愛い。

 その問いを聞いた瞬間、私はかぁっと顔が熱くなり、しどろもどろになって説明するのである。

 

「っへ? ……あー、いや、そのぉ…………ま、まぁ申し込むっていうかぁ……? ひ、日頃のお礼というかぁ……? さ、さすがにクリスマスに振られたばっかでバレンタインにもっかい交際申し込むとか見境なさすぎだしー……? ……や、で、でもクリスマスの告白は勢いだけで乗り切っちゃったフシもある、し……、ラノベをパクって告ったから、ちゃんと自分の言葉で伝えられなかったし……? ま、まぁ日頃のお礼も兼ねて……今度こそ思いの丈を語れたらなぁ〜……とか……、で、も、もし隙あらばまた申し込んじゃったりなんかして☆ なん、て……?」

 

 大好きな先輩の妹さんに、もじもじと両手の人差し指をぐるぐる回し、上目遣いと火照る頬っぺたでへどもどとお兄さんへの想いを語るどうも私です。

 年上の素敵な女性(笑)たる私のあまりにも残念な切り返しだったのだが、小町ちゃんはしきりに感心した様子でうんうん頷く。

 

「ほえ〜……やっぱ香織さんはさすがですね!」

 

 いやん小町ちゃんに褒められちった!

 なにがそんなに感心する内容なのかは分からんが、これはもう小町ちゃんもゲットだぜ!?

 

「あの伝説の告白であれだけ壮絶に振られたのに、なかなか出来ることじゃないですよ!」

 

「ぎゃふん!」

 

 

 

 

 ……本日二回目のギャフンが繰り出されたところで、やはり説明せねばなるまいね……あの伝説の告白の顛末とやらを。ふっ、若さ故の過ちか……

 

 

 

 結論から言おう。あの表参道での告白は軽く拡散しました♪

 いやいや音符つけてる場合じゃないから。

 

 なんかクリスマスデート中のニコ厨が、たまたま彼女とラブラブデート動画を撮ってたところにあの騒ぎだったみたいで、見事に撮影されちゃったの! うふっ。

 

 ……ま、まぁ救いなのは距離が離れてたから顔とかは全然判別出来ない距離だったんだけど、声と行為は見事にロックオン☆

 

『やべぇぇぇwww 俺妹かよwww』『聖夜にリアル京介(女)降臨www』『男前すぎだろこの女w』『うえ"ぇぇぇぇんってwww』『勇者様(女)に敬礼!! 君の雄姿は忘れない』『リア充爆発したwww』

 

 などなど、当時はみんなに笑顔を提供して、画面いっぱいに大草原が青々と茂ったものですよ(遠い目)

 

 ま、まぁこれなら身バレはしないだろうし、私の周りにはニコ厨もYouTube視聴者も居ないし、とりあえず大丈夫でしょ……と高を括っていたら、ひとりだけ居たんですよ……重度のニコ厨が……

 そう、紗弥加の兄貴。

 

 あのガチオタが紗弥加に見せたらしく、声とラノベネタであっさり判明してしまいました。くそがっ! とんだところに伏兵が潜んでやがったもんだぜ……!

 そこからはもう雪崩式にいろは→由比ヶ浜先輩→雪ノ下先輩へと伝わり、小町ちゃんを含めた五人で、私の部屋でその動画の上映会、【年忘れ! 紅(吐血)白(白目)歌合戦(主に私の悲鳴)】が開催されました。

 いやぁ……なんで私いま無事なんですかね。

 綺麗に見事に玉砕して逆に警戒心が解けたっぽいのが不幸中の幸いだったんだろうね。

 もちろん振られたあとにまた手繋ぎデートしちゃったのとかは、墓場まで持っていく所存であります!

 

 

 そんなこんなであの伝説の告白は、私の周りのごくごく一部の方々にはまるっとお見通しなわけなのですよ。なぜベストを尽くしてしまったのか……

 

 

「なのでそんな香織さんを、小町は全力で応援しようと思うのです」

 

「……こ、小町ちゃぁん」

 

 もう! なんていい子なのかしらっ……

 でも、なんで小町ちゃんはこんなに私に親身になってくれるんだろ……?

 

「……ねぇ、小町ちゃん。前々から思ってたんだけど……なんで小町ちゃんはこんなにも私の味方をしてくれるの……? だって私なんて明らかに後発組だし、小町ちゃんにとっては雪ノ下先輩とか由比ヶ浜先輩こそが本命なんじゃないの……? どちらかといえば雪ノ下先輩達の味方なんじゃないの……?」

 

 そう。小町ちゃんが雪ノ下先輩達の事を大好きなことは超理解してる。

 私なんかよりもずっと親密な関係で、ずっと絆があるハズなのだ。

 

 

「……それなのにさ、ディスティニーといいクリスマスといい、大好きな雪ノ下先輩達をコソコソと出し抜いてばっかの私に、こんなに味方してくれてもいいの……?」

 

 ……それこそが私がずっと抱えてきた疑問。

 なんでこの子は、こんな後発組の私にこんなにも良くしてくれるんだろう。

 

 そんな私の質問に小町ちゃんはキョトンとして、とても可愛く小首を傾げた。あざと可愛い。

 

「ほえ?」

 

 ほえって! 高校生にもなってほえとか言って首をかしげんの許されるの小町ちゃんだけよ!?

 

「小町は別に香織さんの味方なんてしてないですよ? 加えて言うと雪乃さん達の味方でもないです」

 

「……ほえ? どゆこと?」

 

 なんか小町ちゃんが可愛くて、ついつい私もほえとか言ってみたんだけど、やっぱりちょっとツラかったです。

 

 すると小町ちゃんは並はす以下の慎ましい胸をエヘンと張って、ニヤリ笑顔でこう答えるのだった。

 

「小町は誰の味方でもありませんよ。……だって小町は、お兄ちゃんだけの味方ですから」

 

 ……やっべぇ、超カッケー……! 惚れてまうやろぉ……!

 

 

× × ×

 

 

 小町ちゃんのあまりの格好良さに若干の戦慄を覚える私。くっそ……やっぱ比企谷先輩の妹だけのことはあるわ。格好良さも超一級品なら、ブラコン具合も超一級品よね。

 

 ……でも……ん? んん? ちょ、ちょっと待てよ!? ちょいとお待ちよ小町ちゃん!

 私を全力で応援する=比企谷先輩の味方の行為になる……ってことは……? そ、それってつまり!?

 

「こ、小町ちゃんは私が比企谷先輩にアタックするのが、比企谷先輩の為だって思ってくれてるってことだよね!? 先輩には私がお似合いだと思うってこと!?」

 

「ですねー! 実は小町、もしかしたら香織さんが一番お兄ちゃんと相性いいんじゃないかと睨んでるんですよ」

 

 

 

 

 …………ぃぃぃいやっふぉぉぉいっ!!

 なにそれ妹公認の第一お義姉ちゃん候補ってことじゃん!

 これもう勝ちフラグビンビンじゃね!? 超シスコン先輩の妹を籠絡しちゃったってことは、これもうひとり勝ちじゃん! ぐへへへ!

 

「だ、だって……」

 

 するとなぜか小町ちゃんは、ちょっと言いづらそうに目を逸らしてもじもじし始める。

 

 な、なにかな小町ちゃん!? も、もしかして「小町にとって香織さんが一番お義姉ちゃんになって欲しい素敵な女性ですから」とか言いたいのかな!? よぉぅし! いつでもどんとこーい!

 

「……だって、お兄ちゃんみたいな残念なごみぃちゃんには、雪乃さん達みたいな完璧な人よりも、香織さんみたいなちょっぴり? 残念な人の方が合いそうかな? っと」

 

「ぎゃふん!」

 

 

 バレテーラ! しかもちょっぴりのあとに疑問符付けるのやめてっ! まるでちょっとじゃ済まないくらいの残念っ娘みたいじゃない……。いやいや私全然残念とかとは無縁の存在ですから。

 

 

 ……ぐ、ぐふぅ……本日三回目のギャフンにして危うく白目を剥いて意識が飛び掛けたけども、前向きでポジティブなシンキング思考で考えたら(ちょっともう動揺しすぎて何言ってるかよく分からないです)、間違いなく小町ちゃんは私が比企谷先輩と相性がいいって思ってくれてるってこと……なんだよね……? もうこれ以上上げて落とすのは精神衛生上ご勘弁いただきたいです。

 

 

 ほんの一瞬だけ力なく崩れ落ちた私ではありますが、なんとか踏張って小町ちゃんへと向き直る。

 

「……じゃ、じゃあ私チョコ作り頑張ってみるから、小町ちゃんに協力をお願いしちゃってもいいかな……? まぁ協力とは言っても、出不精な先輩を一日だけ外に出してもらえるだけでいいんだけど……」

 

 

 そんな私のお願いに小町ちゃんはピカりんと目を光らせると、ゆっくりと左手を目の横で横ピースさせて、ぱちりウインクで元気にこう言うのだった。

 

 

「かしこまちっ☆」

 

 

 

 やだもうこの子おうち持って帰りたい。小町たんprpr

 

 

 

 

 

 

 こうして私 家堀香織は、愛しの先輩が受験で大変な最中だというのに、義妹ちゃんの協力を得てバレンタインチョコを渡す決意を固めたのでした!

 

 

 

 

続く

 






というわけで、ヒロインアンケートで見事一位に選んで頂いた香織でした!前話の腐海姫との落差w


かなり久し振りの香織な上、さらに乙女が仕事をしている方の香織を書いたのはクリスマス振りなので、ちゃんと上手く書けたかなぁ(汗)
そして八オリだっつってんのに小町しか出てこねーよ……


どんな話にしようかと悩んだんですけど、前回がクリスマスで終わっている以上、続きはやっぱバレンタインしか無いかなぁ……?と。


せっかく一位に選んで頂いた香織SSなので、あんまり急いで更新してパパッと終わらせちゃうのも寂しいので、2〜3話を月1か月2くらいに掛けて、ゆっくりまったり更新していこうかな?と思います♪


ではでは次回、中編or後編でお会いいたしましょう!



追伸……ラストに出てきた「かしこまちっ☆」は、以前読者さまからの感想で頂いたセリフを使わせていただきました(*´∀`*)
素晴らしいセリフをありがとうございました♪



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恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに【中編?】




どうも。ついにサブタイトルにクエスチョンマークが付いてしまった中編?となります。





 

 

 

「〜〜〜♪」

 

 楽しげに鼻歌を口ずさみながら、手作りのチョコケーキに可愛く仕上げのデコレーションをしている私は、どこからどう見ても乙女丸出し恋する美少女。

 ふふっ、まさか乙女だけどっか違う世界に転生しちゃったんじゃない? とか言われ続けてきたこの私が、よもやこんなにも乙女丸出しになっちゃうだなんてっ!

 いやん恋って つ、み、ね☆

 

 

「……あんたさぁ、せっかくそんな、まるで女の子みたいなことしてんのに、なんで鼻歌がドラゴンボールなのよ……」

 

 Oh……スパーキンッ!

 

 ……くそがっ……! せっかく気分良く乙女してるってのに現実に引き戻しおってからに……このママンめ……!

 で、でもそんなのヘッチャラよ……? チャラチャラしちゃうくらいにヘッチャラなんだからね! だって明日は遂に……遂に夢にまで見たバレンタインなのである!

 

 

 ……いや、実際はバレンタインデー当日ではなくて数日前なんだよねー。なにせ当日だと比企谷先輩の受験に丸被りしちゃうんだってさ。

 まさか二年連続で早めのチョコ渡しになっちゃうなんて……ってか、マジでこの時期に外に呼び出してチョコ渡すとか、私って超迷惑じゃね……?

 ……ま、まぁそこは小町ちゃんが推奨してくれたからこそなんだけども。

 

 

 とまぁ、あの小町ちゃんとの作戦会議より約二週間ほど。遂に明日は小町ちゃんと約束をした日なのだ!

 

 この二週間、本当に色々あったなぁ……

 いろはにじぃ〜っと見られたりいろはに疑われたりいろはに警戒されたりと、山あり谷ありホント色々あったわけなんだけど(いろはばっかじゃねーか)、なんとかやり過ごして明日という日を無事に迎えられそうです。ふへ。

 

 

「あー、ほら〜……どっか行っちゃってないでちゃんと集中しなさいっての。せっかくの仕上げが台無しになっちゃうわよー」

 

「……ハッ!?」

 

 っと、やべぇやべぇ! 気が逸れてる内に危うく仕上げのチョコクリームがウ(自主規制っ)チみたいになっちゃうところだったわ!?

 あっぶね……自主規制が入んなかったら危うく乙女を散らしちゃうとこだったぜ! いや手遅れだろ、すでに散りまくりだよ。

 ちょっと乙女さん仕事して〜?

 

 

「……てかお母さんさぁ……なんでさっきからずっと見てんのよ……」

 

 そうなのだ。別に私はなにも好き好んでママンとお喋りを楽しんでいるわけではない。てか集中できなくてむしろ邪魔。

 いやまぁ私の場合、集中しすぎると脳内が活発化しちゃってどっか違う世界に旅立っちゃうんだけどねっ、てへ。

 

 

 夕ご飯後にキッチンを使う予約をしといて、さぁ! いざ開戦の時! と意気込んでケーキ作りを始めた途端に、なんかこの人テーブル陣取って、頬杖ついてによによとこっちを眺め続けてんのよね。鬱陶しいったらありゃしない。

 

 ちなみにパパンには即刻ご退場願いました(強制)

 だって、しくしくと悔し涙流してケーキ作りをジッと見つめられましても……。あんたどんだけ娘大好きなのよ。

 

 でもねお父さん、そんなお父さんのこと、私もまぁギリギリのラインでそこそこ好きだよ! 今年は愛娘の手作りチョコケーキあげるからね。比企谷先輩の残りものだけど。

 

 「だって面白いじゃない。あの香織が女の子してんだもん」

 

 どうも、あの香織です。

 

「……あのねぇ、自分の娘になんつー言い草なのよ……」

 

 言うに事欠いて面白いとか酷過ぎじゃないかしら? あなたの娘はこうやって立派に育っていってるのよ?

 

「ふふっ、半分冗談よ♪ やっぱ何だかんだ言っても嬉しいじゃない? 仮にも娘がようやく女の子らしいことし始めたんだもん」

 

 半分本気な件と娘という立場が仮な件について。

 

「ほーんと先輩くんには感謝よねー! まさかあの香織をこんなにも恋する乙女に変えてくれるなんて」

 

「ぐふぅっ……!」

 

 や、やめてよぅお母様! 不意打ちでそんなことハッキリ言われると、顔が沸いたヤカンみたいになっちゃうじゃない! 

 うぅ……顔があちいよぅ! たぶん今の私の頭上には、ぼしゅうって擬音が浮かんでますね。

 

「ホント直哉くんの時とはえらい違いよねー」

 

「ぐはっ!?」

 

 ホ、ホントにやめてよお母様ぁ……! もうあれのことは忘れてよぅ……! だからあんなんは付き合ってたうちに入んないんだってばぁ……!

 

 

「ねーねー香織ー、早くお母さんにもその先輩くん会わせてよー、お母さんも先輩くん見てみたいなー、ねーねーねー」

 

 ……うう……もう嫌ぁぁぁ……!

 最近この母親、事あるごとにによによと私をからかってくるのよね〜……

 だからホントは家でチョコ作りなんてしたくなかったんだけど、家以外で作れる場所なんかないしさ〜……

 

 

 いろはんちで一緒に作る→死亡

 

 紗弥加達んちで一緒に作る→確実に情報が漏れて死亡

 

 小町ちゃんちで一緒に作る→本末転倒

 

 結論→ママンの口撃に耐える

 

 

 だからキッチン借りるからって言った時にはある程度覚悟は出来てたんだけど、ふぇぇ……やっぱ恥ずかしいよぅ……

 

「……ねーねーうっさい……! 子供かあんたは! ……たく、ぜってー会わせないかんね……! てか大体先輩はまだ彼氏じゃないっつってんじゃん……! 親に会わせられるような立場じゃないんだってばぁ!」

 

「おんやぁ? まだってことはその展望もありってことー?」

 

 ぐぅ……! 殴りたいこの笑顔。

 ああ言えばこう言いやがってぇ……! その展望の為にこうして頑張ってんでしょうが!

 

「香織ちゃんてばそんなに真っ赤になっちゃってぇ、もう可愛いんだから! ホントに本物の香織なのか疑っちゃうレベル。……ふふっ、良かったわ〜。やっと女の子産んだ幸せを噛み締められた気がするよお母さんっ。やっぱせっかく母親になったからには、娘と恋バナしたいもーん☆ 直哉くんの時は全然そんな乙女な顔しなかったもんねー」

 

 悪戯っ子のような笑顔でぱちりとウインクする我がママン。

 私はかっかと熱を帯びる頬をお母さんから隠すように俯きつつそっと呟く。

 

「……う、うっさいわ」

 

「さってと! ほんじゃまぁ十分楽しんだことだし、邪魔者なお母さんはとっとと退散するとしましょうかねー。ちゃーんと後片付けしとくのよー」

 

 ……とっととって遅せーよ。もう残すは仕上げと箱詰めとラッピングだけだっての……そしてやっぱり楽しんじゃったのかよ。

 ルンルンと鼻歌混じりにリビングダイニングから出て行こうとドアノブに手を掛けるお母さんの背中を眺めながら私は思うのだ。

 

 

 ──私ってそんなに恋する乙女な顔してるんだなぁ……。そしてお母さんはただからかってるだけに見えて、実は娘のそんな乙女な様子を見られて喜んでるんだなぁ……って。

 

「……お、お母さん」

 

「ん? なーにー」

 

「……い、いずれね。いずれ紹介できるような日がもし来るなら……ちゃんと会わせたげっから……」

 

 熱々な顔を俯かせて、もじもじと上目遣いでそう言った私に、お母さんはにんまりと微笑む。

 

「ふふ、かしこま! なんつって☆」

 

 いやいやお母様、さすがに四十過ぎでそれはキツいですぜ。やっぱ母娘ね(遠い目)

 

 

 娘譲り? のイタさをばっちり披露した母は、手をひらひらさせていそいそと夫婦の寝室へと向かう。今夜はお楽しみですね?

 

 

 ……うん、いずれね。いつかは会わせてあげたいな。あんたの娘にそんな顔をさせるようになった、素敵な素敵な男の子を。

 

 

× × ×

 

 

「よっし、完成っと!」

 

 きゅきゅっとリボンを結んで冷蔵庫へ。

 へへ、去年のチョコとはえらい違いだなぁ。去年はまだまだ簡単なのしか作れなかったけど、比企谷先輩に恋してると自覚してからこの一年。進んで夕ご飯の手伝いしたり休日にお菓子作りに勤しんだりと、実は密かに乙女レベルを少しずつ上げていたのだよ!

 だってさ、頑張って作ったチョコを好きな人に「美味かった」って言ってもらえたんだぜ!? そりゃ料理が楽しくなっちゃったってしょうがないじゃない?

 

 そしてあれから遥かに乙女レベルが上がった私が作った今回のチョコケーキは超自信作! クリームとスポンジで四層に分けてるんだけど、その下段のクリーム層に、荒めに砕いたクランチとナッツを入れてるトコがポイントなのだ!

 ふわふわスポンジとふわふわチョコクリームの中から、たまに顔を覗かせるカリッとした食感のクランチとナッツが楽しめるところが堪んないのよね〜。

 

 ……早く食べてもらいたいなっ……また美味いって言ってくれるかなっ……

 へへへ、これはワクワクもんだぁ!

 

 

 明日の夢のような一時を思い浮かべつつニヤニヤと後片付けを済ませ、私は身を清めるべくお風呂へと向かう。

 ふへへ、なにがあるか分かんないから、隅々まで綺麗に洗っとかなきゃ♪ いやん香織ちゃんてば意味深!

 目指せR指定! 目指さねーよ。

 

 

「……ふへぇ〜」

 

 あんなとこ☆やこんなとこ☆まで念入りにウォッシュしてから、清らかになった魅惑のボディを湯船に浮かべ鼻歌を口ずさむ。

 さっきと違って、今回はもっとラブリーで女の子らしい歌を歌ってるんだからね! みんな友達! みーんなアイドル!

 ……女の子らしいってかどちらかというと幼女向けでした☆

 

 

 お風呂に浸かって鼻歌を口ずさみながらも、私の頭の中は明日のことで一杯。

 ホントはずっとドキドキしてて、すっごい緊張してんだよね。

 だって、比企谷先輩と会うのはなんとひと月半ぶり。実はあのクリスマスデート以来だったりするのだ。

 

 三学期になってから自由登校となった比企谷先輩。

 ただでさえエンカウント率が低い上にすぐ逃げ出す、名実ともにまさにはぐれメタルなあの先輩が、この自由登校という機会に学校なんて来るワケもなく、私はあれっきり会えていない。

 つまり告白して玉砕したにも関わらず、そのあとも手を繋いでイルミネーションデートなんてしちゃった日以来の遭遇という、なかなかにハードなシチュエーションでのチョコ渡し。

 これってかなりの難易度だよね。どんな顔して会えばいいのかしらん。

 

 

 そしてもうひとつの緊張要素。

 それは…………私ってどこで先輩にチョコ渡せばいいの? という、そもそもそんな基本中の基本さえもまだ決まっていないという事実。

 

 いや、ね? 小町ちゃんが当日に「家からお兄ちゃんを追い出したら連絡しまーす」ってことしか教えてくれないのよね……

 明日は土曜だけど、この大変な時期に一日貰っちゃうのは申し訳ないから、ホントチョコを渡せる時間だけ貰えたらいいからね? とは伝えてあるんだけど、ホントどこで渡すことになるのやら……

 場所が未確定だから得意の妄想予行練習も出来やしないし、正直不安で一杯であります! 小町軍曹どの!

 ……これって実は小町ちゃんからのミッションなのかも……! どんな状況下に置かれても、愛とアドリブで対処せよ! 愛さえあれば関係ないよね? っていう愛のムチ的な。

 ……ふっ、さすがは比企谷先輩の妹さまだぜ。

 

 

× × ×

 

 

 色んなことに思考を巡らせていたら、気が付けばもう日を跨いでしまうようなお時間。

 バスルームから出て、ほんのりとピンク色に染まった柔肌に残る水滴をバスタオルで優しく拭き取る。

 いつかはこの我ながら結構綺麗な柔肌を、比企谷先輩に隠すことなく隅々まで全部見せることになるのかな〜ぐへへぇ……なんて邪なことを考えつつ、寝室から用意してきたお気に入りの下着に足を通す。

 

 まぁいわゆる勝負パンツってほどのモノでもないけど(勝負パンツなるモノを用意しとくほどの女子力が私には備わって無かったってわけではない。そう、決して!)、こういう時はお気に入りのモノで身を固めておきたいよね。

 ちなみにクリスマスの夜もこれ着けてましたっ♪

 

 そして下着と同じ色合いの黄色のパジャマを着て寝室へと向かい、そのままの勢いでベッドにダーイブッ!

 

 小町ちゃんから連絡来てないかな〜? なんて思いつつベッド脇に置いといたスマホを手に取って、待ち受け画面を見てはまたも顔が緩みまくる私。

 

「うひっ」

 

 待ち受けはもちろん比企谷先輩と私のツーショット! 表参道のクリスマスイルミネーションをバックに自撮りしたやつなのである!

 なにせ自撮り棒なんか使わない自撮りだから、私と比企谷先輩の顔が超近い……というかもう頬っぺがくっついちゃってるところがお気に入りなのだ♪

 

 コレを撮るの大変だったんですよ? クリスマスプレゼントはこの写メ一枚でいいですからぁぁぁ……! って土下寝して泣き落としたんだもん。

 

 

 真っ赤な顔をしながらも、にんまりと幸せそうな私の横で、すっごい恥ずかしそうに目をキョドらせてる先輩が超可愛い、私の宝物の一枚。

 あまりにも幸せそう過ぎて、魔王達に見られたらハラワタまで喰い尽くされること確実なヤツですよコレは(白目)

 

 

「ん〜……ちゅっ、ちゅっ! ん〜ちゅぅっ」

 

 あらなんですの? そんな宝物に写った照れ顔の先輩にちっすしまくるかなりキモい私ですがなにか?

 なんならこの会えなかったひと月半の日課になっちゃってたりなんかしてますが?

 てかこの写メがあるからこそ、この会えないひと月半を無事に生き延びられたまである。

 

 ……こ、こんな姿、とても人様に見せられたもんじゃねーよ……

 

 

 おっと、比企谷先輩への熱いちっすに夢中になりすぎて肝心なことを忘れてたぜ。

 

「……むぅ、やっぱ小町ちゃんからまだ連絡無しか〜」

 

 ぅおのれぃ可愛い可愛い義妹ちゃんめぇ! お義姉ちゃんをこんなにヤキモキさせおってからにぃ!

 

 

 

 しかしそうは言っても致し方なし。なるようにしかならないですなー。

 

 これでもしも明日手渡しがキャンセルとかにでもなっちゃったらどうしよぉぉぉ……! だなんてほんの少しだけの不安を覚えながらも、明日はどこで比企谷先輩と会えるのかな〜? 例のカフェかなぁ? まさかのディスティニー? それともアキバとか表参道だったりしてー! ま、まさか学校の屋上かしら!? なんて、今からイメージトレーニングが捗りまくる私なのでした〜。

 

 

 ──ま、比企谷先輩の家の近くの公園とかが妥当かな? ひ、比企谷先輩んちなんてことは……ない、よね……? きゃっ!

 

 

 

続く

 







ありがとうございました!


……おかしい……今回もっと進むはずだったのに……
ちょっと香織の嬉し恥ずかし私生活とママンを無駄に掘り下げすぎたかな(苦笑)



ではでは次回の後編?でお会いいたしましょう(^^)/~~



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恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに【中編】

中編からハテナが消えたよ!やったねたえちゃん!




 

 

『比企谷先輩っ! どうぞ、これ先輩の為に一生懸命作りましたっ』

 

『マジか? あんがとな家堀。すげー美味そうだわ』

 

『ホントですかぁ? 超嬉しい!』

 

『ばっか当たり前だろ? じゃあ頂くとするか。出来れば家堀にあーんてしてもらいたいんだが』

 

『えー? もう比企谷先輩ってばしょうがないな〜! えへへ、ちょっと恥ずいですねっ……! あ、あーん』

 

『あーん。……むぐむぐ……おお、マジで美味ぇ!』

 

『やった♪ だって先輩に喜んで欲しくて、あるものをた〜っぷり入れちゃいましたもんっ』

 

『え? こんなに美味いチョコケーキに、一体なにがそんなに入ってるって言うんだー!?』

 

『えっへへ〜、なんだと思いますかぁ?』

 

『分っかんねー、教えてくれよ〜』

 

『さぁて、なんですかねー? ふふふ、じゃあクイズです! 正解したら、チョコと一緒に私も食べちゃってもいいですよぉ?』

 

『なん……だと……? よぅし、じゃあ全身全霊を込めて答えちゃうぞ〜!?』

 

『やだぁ、比企谷先輩ってばギラギラしすぎですよぅ!』

 

『フッ、据え膳食わぬはなんとやらと言うしな。知らんけど』

 

『もう! 先輩のえっち! えへへ、それでは答えをどうぞ!』

 

『正解は……』

 

 

 

 ピンポーン。

 

 

 

 

『越後製菓!』

 

 

 

「…………いやなんでだよ……そこは愛情とかじゃねぇのかよ…………ふがっ……って、ハッ!?」

 

 

 ……なんだ夢か。てかもうあーんのくだり辺りから夢オチ丸出しじゃねーか。

 

「……ひ、ひでぇ……なんつぅ夢なのよ……恋する女子高生の夢じゃねぇよ……」

 

 にしても、ぐぅ……ね、眠い……

 

 

 ケーキを作り終えた私は、翌日に向けてさて寝るかとベッドに潜り込みはしたものの、あれやこれやと色んな妄想が捗ってしまって結局なかなか寝付けなかったのだ。もちろん妄想の中で私と比企谷先輩はR……じゅるっ。

 

 

 おまけにそれで大興奮して冴えてしまった頭が“明日なに着てこう!?” なんて考え始めちゃった結果……

 

「うっわ……」

 

 頭をガシガシと掻きながら部屋を見渡すと、そこは強盗でも押し入ったんじゃないかってほどに散乱してる。

 

 やっぱ私らしい格好で行くべきかな!? いやさ偶には気合い入れて生足ミニスカで悩殺しちゃう!? ……などと、クローゼットからキャビネットからありとあらゆる服を出しまくっては一人ファッションショーを朝方まで執り行っちゃったのだ。

 その結果、途中で力尽きて今に至る。

 

 ……や、やっぱ深夜テンションてのはヤバいのね……と、普段は整頓された部屋の惨憺たる有様を、寝呆けまなこな引きつった苦い顔でぼーっと眺めつつ、徐々に覚醒していく我が頭。

 そしてそんな惨状を目の当たりにしてようやくレム睡眠状態から完全に解き放たれた脳が即座に思い浮かべた重大な事柄……

 

「……やっべ、いま何時!?」

 

 床にぺたんと女の子座りしてベッドに添い寝していた体(お見舞いイベントにありがちなアレね。好きな男の子の看病中に「あ、わたし寝ちゃったんだ……」的な体勢☆)をガバァっと起こして机の上の目覚ましを見る。

 

「……げ」

 

 現在時刻はもう十一時過ぎ……マジかよぉ!? いつ小町ちゃんから連絡くるか分かんないから、今日は早めに起きて色々と用意しとこうと思ってたのにぃ!

 まだ決めてない服決めてメイクするだけで、どんだけ時間掛かると思ってんだ私のあほぉぉ!

 

 てかそもそも小町ちゃんからすでに連絡とか来てないよね!? これですでに比企谷先輩が家出たあとで、どこかで待ちぼうけさせちゃうみたいな展開だったら最悪っしょ! まじっべー!

 貴重な時間を割いてわざわざ出てきてもらうんだよ!?

 

 

 慌てて手に取ったスマホを見ると、そこには…………照れくさそうな比企谷先輩と幸せそうな私のラブラブツーショット待ち受けがっ……じゃねぇよ。ほっこりにんまりうへへってる場合じゃねぇわ。

 

「よ、良かったぁ……」

 

 とりあえずはセ〜〜〜フっ……! まだ連絡きて無かったぁ……!

 

「……って安心してる場合じゃなかった……」

 

 一瞬だけ緩みかけた気持ちも、鏡に映った酷い有様な自分を見て一発で引き締まる。

 前ボタンが全部はずれて軽くお胸がチラリズムしちゃってる乱れたパジャマ姿な上、さらに芸術が爆発してボンバヘッになってる頭の私。うう……乙女ェ!

 

 こ、こんな乙女のカケラが一切見られない酷い有様な私を、これから急いで最上級な私にまで仕上げなきゃならんのか……っ! 人生ハードモードやでぇ……

 でもホントいつ連絡くるか分かんないから急がなきゃ。

 

 うし! ムーンプリズムパワーでちゃちゃっとメイクアップしちゃうぞー!

 

 と意気込み掛けた刹那、廊下に響き渡るとたとたという足音とママンの声。

 

 

「香織ー、お客さまよー」

 

 

 ほえ?

 

 

× × ×

 

 

 さっきの夢の中での一幕。

 

 正解は? ピンポーン。越後製菓!

 

 ……って、夢かと思ってたらあのピンポーンは解答ボタンの音じゃなくて家のチャイムの音だったのか……だから英樹が夢に出てきちゃったのね……

 

 

 それにしても……お客さま……?

 

 客とは招かれた人、訪れた人のことである。

 ちなみに今日の私の予定は比企谷先輩と会ってチョコ渡してイチャコラする予定しか入ってないから(イチャコラ出来るとは言ってない)、招かれたという前者は当て嵌まらない。だって誰も招いてないもん。

 つまりは後者、訪れた人ということになる。

 

 

 そこで問題である。……えっと、誰?

 

 私は友達と遊ぶ際には事前に予定を立てておくタイプなのだ。前日までになんの予定も立ててないし当日もなんの連絡もないのに、いきなり誰かがウチに遊びに来るなんて、小学生時代以来とんと無い。

 

 だってほら、女の子って遊ぶにあたっては色々と大変なんですのよ? つい今しがたまであれこれ考えてた服装やらメイクやらだけにはとどまらず、果てはムダ毛処……げふんげふん、げっふんげっふーん!

 

 ……や、やっだー! 可愛い女の子には頭髪以外に毛なんて生えてこないんだよっ? 腕とか脛とかあんなトコとかショリショリなんてするわけないじゃな〜い! デリケートゾーンは女だけの秘密の花園なんだからねっ♪

 

 うおっほん! 閑話休題だゾ☆

 

 

 とまぁ女の子はある程度の多感な年頃になると、磯野野球しようぜー! なんて、休日になんの連絡も無しにいきなり家まで押し掛けるのは、よほどのサプライズイベントでもなければマナー違反なのである。都合だって悪いかも知れないんだし。

 まずは先方が心の準備をしておける為に、先にお伺いを立てておくのが紳士淑女の基本よ?

 男子諸君! いきなり彼女の家に行って「わー、来てくれたんだー、嬉しー」とか言われて鼻の下のばさないようにね! 『んだよコイツいきなり来んじゃねーよ……いきなり来られても困るっつの……こっちにも色々と準備あんだよ……マジでどこまでもデリカシー無ぇなぁこの男……そろそろ潮時かもねー』とか思われてる危険性だってあるんだぜ? (偏見)

 ……あ、元カレ……じゃなかった、友達の延長線上だったアレね。とにかくアレもいきなり来たりしたこともあったなぁ……ぶっちゃけ勘弁してよって感じでしたよ、ええ。

 

 

 

 てなわけで考える。約束なんてしてない上になんの連絡も来てない現状、紗弥加たちって可能性は高くはないかな。

 ……あ、無神経な襟沢なら微レ存。あいつちょくちょく遊びに来んのよね〜……。なんなら仲間内で一番来てるまである。

 ……まぁ今のところ一応事前に連絡は入れてきてるけども、いずれ『帰ってきたら襟沢がマイルームで煎餅食ってくつろいでました♪』なんて事態が起きそうでわりと怖い。

 

 

 

 

 ────しかし、そこで私はあるひとつの危険な可能性を思い浮かべてしまった。

 ま、まさかヤツが!……ヤツが今日という日を嗅ぎつけて来やがったんじゃっ……!

 

 

 ひ、ひぃぃぃぃぃぃ! それはヤバいよ! 死んじゃうよ!

 今日の予定なんて白状しようものなら即処刑。白状しなかったら一日拘束。

 いやんもう詰んでるじゃなーい!

 

 

 ち、ちちち違うのよいろは! 今日はそういうんじゃないからぁぁ……!

 ふ、不適切かもしんないけど違法性は無いんですぅ! こ、ここは厳しい第三者の目で調査をぉぉ!!

 

 居留守居留守! ここは居留守一択でしょう!

 って母がすでに応対しちゃってる以上それは無理な相談ですよね(白目)

 戦々恐々ぷるぷる震えていると、ガチャリと無遠慮にドアが開かれた。

 お、お母たまノックを……

 

「ちょっと香織〜? あんたまさかまだ寝てんの〜?」

 

 そう言ってドアを開けたお母さんは…………えぇぇえ……な、なんでそんなにによによしてんのぉ……?

 なんか変態みたいな目をしたママンが、ニヤつく口元を片手で押さえてますよ? あらまぁいやだわぁ! って井戸端会議してるおばちゃんな感じ。

 

「なに、ちゃんと起きてるんなら返事くらいしなさい? せっかくだからもう連れて来ちゃったわよぉ?」

 

「……は?」

 

 ち、ちょっとママンなに勝手なことしてくれちゃってんの!? ま、まだ心の準備ってヤツがさぁ!

 

 

 そんな娘の魂の叫びなど知ったこっちゃないお母さんは、寝癖で爆発した髪やはだけたパジャマ姿な私のみっともない姿も部屋の惨状もちゃんと見もしないで、ゆっくりとゆっくりとドアを開いていく。

 

 そしてほとんどドアが開いた辺りで、ようやく娘のあられもない姿を認識した母は冷や汗をかいて一言。

 

「……あ……」

 

 ……あ、じゃねぇよお母様。

 

「ちょ、ちょっと連れてくるの早かったかしらぁ……?」

 

 そう言いながらもすでに止めること叶わず、慣性の法則により惰性で開いていくドアの隙間から覗いたとある人物。

 

「!? ……す、すまんっ」

 

 その人物は私のあられもない姿と散らかった部屋を視界におさめた直後、真っ赤な顔をぷいと逸らす。

 理解が追い付かずに完全に固まっている私に出来る事といえば、まるでスローモーションのように逸らされていく愛しの横顔を、ただゆっくりと見送ることのみ……

 

「ご、ごめんね香織ー……あんたゆうべあれだけ楽しみにしてたから、まさかこんな時間までそんなだらしない格好してるなんて思わなかったのよー……てへっ」

 

 年甲斐もなく頭をコツンとして、ぱたんと静かにドアを閉める母。

 私はしばし閉じられたドアをぼーっと見つめながらも、次第にこの状況の整理を勝手に遂行していく人間の脳の優秀な仕事っぷりにいたく感心しつつ、深く深く息を吸いこむのだった。

 

 

 

 

「……っいぃぃぃぃやぁあぁあぁあぁあぁぁぁぁっっっ!」

 

 

 

 

 全力で叫びました。なんていうか超シャウト。

 嗚呼、今日お父さんゴルフで良かったな……

 嗚呼、こんなに叫んだのって、いつぞやの表参道以来だな……(遠い目)

 

 

 

 …………ななななんでぇ!? なんで比企谷先輩が家に居んのぉ!?

 ひいぃやぁぁぁ! 酷い有様見られちったよぉぉぅ!

 だ、大丈夫! ボタン全開とはいえ、ちゃんと隠すトコは隠れてるから、具までは見られていないはず! 具ってなんだよ。

 ぷるぷるプリンの上にちょこんと乗ったさくらんぼ的なヤツですね分かります。

 

 そんなことよりも(そんなことじゃないけども!)寝起きノーメイクやら爆発した頭やら部屋の惨状やらを全て見られてしまったよあたしゃ。

 ち、散らかしまくってる下着まで見られてないよね!? よだれのあととか付いてないよね!?

 ……ふぇぇ……もうお嫁に行けないよぅ……! 責任取ってよぅ……!

 

 

 

 ────なんということでしょう。

 偶然出会った本屋さんから始まり、あのカフェやディスティニーシー、アキバ竹下表参道とたくさん秘密の逢瀬を重ねてきた私達だけど、どうやらそんな二人の最終決戦場は……まさかの香織ちゃんのお部屋♪になりそうです……

 

 

 

 

 

 

 色々とやりたい事もやらなきゃいけない事もあるけれど、と、とりあえずまずはブラを! ブラを着けさせてぇぇっ!

 

 

 

続く

 




今回もありがとうございました!
実は今回ラストまでが前回の中編?で済むはずだったんですよね〜(苦笑)


ついに舞台は香織のお部屋へ☆
香織の恋は無事に成就するのか!?

てなわけで、次回後編でお会いいたしましょう(^^)/



あ、先に言っておきますが、この部屋にいろはすが乱入して血みどろのパーティーとかにはなったりしません(笑)



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恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに【後編】




読者さまとのお約束通り、今回は後編ですよっ!





 

 

 

 ──ラッキースケベ。

 

 それは男たちの見果てぬ夢、男たちの遥かなる桃源郷、そして男たちの欲望のパラダイス。

 

 だいたい同じような事しか言ってない気がするけど気のせい気のせい。

 

 

 そんな男の欲望を具現化したような ジ! アクシデンツ! なラッキースケベなわけだが、いまだかつてこんなに残念なラッキースケベがあっただろうか? いや無い(反語)

 

「しょのっ……さ、先ほどはお見苦しいモノをっ……」

 

「……い、いや、結構なお点前(おてまえ)で」

 

 いやん! お粗末さまでしたっ(白目)

 

 

 

 ……いやいや結構なお点前ってなんだよ八幡さん!

 なんて全力でツッコミを入れたかったけれども、現状ではそんなツッコミなど出来る余裕があるわけもなく、比企谷先輩と向かい合って、ただただ俯いた顔を赤面させてクッションの上に正座しているどうも家堀香織です。

 

 

 ま、まぁお胸だけならまだ許容範囲なんですよ。イケナイとこはたぶん見られてないし、それにそこそこ自慢な美乳なもんで。微乳ではないのよ? そこそこあるんだから!(ドヤァ)

 好きな人に自慢のおっぱい見られちゃうなんて、どっちかといえば嬉し恥ずかし大イベントだもんね。

 さんざん濁してきたのに思いっきりおっぱいって言っちゃった! 乙女なんだからもっと乳はオブラートに包もうぜ? オ“ブラ”ートだけに。これは酷い。

 

 ……じゃあなにがキツいって、好きな人にいろんな惨状を見られてしまったのがなによりキツい。

 

 だ、だってさ? 私ってなんか知んないけど、多方面から残念とかって疑いを掛けられてるワケじゃない? こないだも小町ちゃんにバレてたし。

 ……やだ! バレてないから私残念じゃないから! リアルが充実しまくってるトップカースト女子ですけどなにか?

 

 

 だからせめて比企谷先輩にはバレ……ん! んん! 誤解、ご・か・い! されたくなかったのに、寝起きバズーカ食らったレベルの爆発頭とか、寝あととヨダレあとの付いたノンメイクな寝起き顔とか、ブラもパンツも散らかってる部屋の惨状とか見られちゃうなんて、比企谷先輩にはせっかく隠してたのにバレちゃうじゃんかー!

 

 え? 手遅れ? なにがー?

 

 

 とまぁそんなとっても気まずいムード満点で始まりました今回のバレンタイン物語!

 はてさてこの二人の恋の行方は、いったいどうなりますことやら?

 

 

 なんて、脳内ナレーション(CV香織)して現実逃避でもしてないと恥ずかしいんだよぅ……!

 

 

× × ×

 

 

「……な、なんかすまんな。小町に家堀んち行ってこいって命令受けたから、てっきり家堀には連絡行ってるもんかと思ってたわ」

 

 

 ──あのラッキースケベのあと、私は全速力でスマホを手に取り、小町ちゃんからのメッセージ、

 

[そろそろお兄ちゃんお届けできました!? えへ、小町からのサプライズバレンタインプレゼントです☆ あ! これは小町的に超ポイント高いっ]

 

 を確認後、即スマホをベッドに叩きつけ、光の早さで散らかった部屋を片付けて(てゆーか単に全部押し入れにブチ込んで)、あれだけ悩んだ服も適当に見繕って先輩を速攻で部屋に引き入れた。

 なんでそんなに無理に急ぐんだって? そりゃそうでしょ。先輩とママンを二人にさせとくなんて不幸な未来しか見えないからに決まってんじゃん! あのアホな母じゃ、比企谷先輩になに口走るか分かったもんじゃないものっ……!

 

 とりあえず自室への連れ込みに無事成功した私は、寝癖と顔をこれ以上見られないようにパーカーを深く深く被って部屋を飛び出し、洗面所で最低限の身だしなみを整えてからこうして比企谷先輩と相対しております。

 

「いえいえいえ! そ、そりゃビックリはしましたけどもっ……! で、でもお忙しいとこわざわざ来ていただいたんですから、ちょっと痴態を晒すくらい安いもんです!」

 

 痴態を晒しちゃいかんだろ……なんて思いながらも、ドンッ! って効果音が響いちゃいそうなくらいに強がって胸を張ったんだけど、先輩がその胸を一瞥して目を逸らしたもんだから、「はうぅ……!」と慌てて両手で抱き抱えるようにして胸を隠す私。

 私がはうぅとか、ちょっと萌えっ娘みたいで萌えちゃわない?

 

 

 ……え、えっとぉ…………え? も、もしかしてこの人全部見ちゃってね? 香織ちゃんの豆柴先生見ちゃってね?

 ねぇ知ってる〜? 男性の乳首って、赤ちゃんに母乳をあげるって存在理由がある女性のと違って、なんの存在理由もないんだって〜。どうでもいいわ。

 

 ……てことは当然の事ながら、先輩の意識はあの一部分に全力で集中してただろうから、爆発頭も部屋の惨状も見られてないんじゃね? おっしラッキーラッキー。

 

 

 

 …………って、ラッキーなわけあるかぁぁいっ!

 うぅ……恥ずかすぃ〜よぅ! でも実際どこまで見られちゃったかなんてとてもじゃないけど聞けないし……、うん。まぁ恥ずかしいけどこのまま知らないままの方がお互い幸せかも知んないし、乳問題はここまでということでっ……!

 

 

 しっかし……ひぇぇ! こ、この気まずい状況でなに話せばいいのぉ!?

 そもそも私の部屋で比企谷先輩と二人っきりって状況からして異常事態なのに、なにせコレ、あのクリスマス以来の再会だかんね……?

 なんかもうパニックになってあわあわしていると、この空気をなんとかしようと頑張ってくれたのか、まさかの比企谷先輩の方から声を掛けてきてくれた。

 

「……しっかし、あれだな。……すげぇ母ちゃんだな」

 

「はへ?」

 

 いくら先輩からの突然の問い掛けにビックリしたとはいえ、アホ面さらしてはへ? はないでしょ私……

 

「あ、いや、見た目はすげぇ綺麗なのに、口を開くと、なんつーかパワフルっつーか残ね……ギャップがあるっつーか」

 

 ちょっといま残念て言い掛けましたよねあなた。

 

 やめて!? 『え? あれ? こいつモロ遺伝じゃね?』みたいな目で私を見ないで!

 

「……あ、あはは〜、よく言われますぅ……な、なーんでしょーかね、あの母親……! ぜんっぜん私に似てないですよねー」

 

「……いや、そっくりだろ……」

 

「」

 

 なんだよやっぱ残念なんじゃん私。ついに自覚しちゃったよ。

 ま、まぁそれはそれとして、おかげさまでようやく落ち着きましたよ私。

 ありがとうママン。こんなに残念な子に産んでくれて☆

 

 と、落ち着いたところで、まだ今日言えていない……ってか言わなきゃいけないことを早速伝えねば!

 

「えと……きょ、今日はその、ホントに一番大変な時だというのに、わざわざお越しいただきありがとうございますっ」

 

 そう。受験生様にわざわざ来ていただいたというのに、お見苦しいモノ見せつけ事件のどさくさに紛れて、こんな大切なことさえもまだお伝え出来ていなかったのだ。……くっ、不覚!

 

「お、おう。……ま、小町に言われた以上は来ないわけにはいかんからな。……それにあれだ、ぶっちゃけ受験自体は結構余裕があってな。ちょっとした息抜きだから気にすんな」

 

 ……ふふっ、やっぱこういうとこだよなぁ、この人の良いトコ。そして私が好きなトコは。自分が一番大変なくせに、相手に心の負担を与えないようにしてくれる。しかもナチュラルなあざとさで。

 ホントずるい。

 

「えへへ、はいっ。じゃあ気にしません!」

 

 だったら私はその優しさに素直に応えちゃうのだ! ここでこのぶっきらぼうな優しさを素直に受け取らないのは、この人に対して無粋ってもんだぜ!

 

「おう」

 

 ね、これで正解なのですよ。この優しい笑顔での「おう」がソースです♪

 

「っと……んじゃ今日来ていただいた理由なんですけど……って、今さら説明するまでも無いですよねー。ふふふ、例の甘ぁいブツ持ってきますんで、ちょっと待っててもらえますか?」

 

「……よ、よく分からんが、とりあえず了解した……」

 

 ひひ、どうせなにを持って来るのかなんて分かってるくせに〜! そうやってトボけていられんのも今のうちなんだかんね?

 うし! ちょっと調子でてきたぞっ。

 

「じゃ、ちょっと待っててくださいねっ」

 

 

 そう言って、私は先輩を一人残して部屋を出る。てかさっきも身だしなみ整える為に部屋に残してきたから、本日早くも二回目の置き去りか。

 うふふ、比企谷先輩ってば、主の居ない女の子の部屋でどんな気持ちで待ってるんだろな? 私の枕とかベッドに顔うずめてクンカクンカしちゃったっていいのよ? やべぇ、隠しカメラプリーズぅ!!

 

 

× × ×

 

 

 ゆうべ可愛くラッピングした箱を冷蔵庫から引っ張りだす。

 ふむ……まさかウチでチョコあげることになるとは思わなかったからこんなに可愛くラッピングしたけど、どうしよ? これはお皿に出して渡すべきかな?

 いや、でもムード的なことを考えたら、やっぱ箱のまま渡した方がいーよね。お茶淹れてフォークだけ持ってこっと。

 

 先輩はMAX大好きっ子とは言っても、甘い甘いチョコケーキを食べるのにさすがにアレは問題外だから美味しい紅茶でも淹れよう!

 なんてウキウキ気分でお湯を沸かしてる脇では、お母たまがニヤニヤとテーブルに頬杖をついていらっしゃいます。超ウザい。

 

「へぇ〜、あれが噂の先輩くんかぁ〜! へぇ〜」

 

「……」

 

「へぇ〜、あれが噂の先輩くんかぁ〜! へぇ〜」

 

「……」

 

「へぇ〜、あれが噂の先輩くんかぁ〜! へぇ〜」

 

 なんなの? 壊れちゃったの? 壊れかけのレディオなのん?

 

「……ねぇねぇあなたさ、さっきあんなとんでもないことしでかしてくれたくせに、なんでそんなにニヤニヤしてるんですかね……」

 

「ま、大好きな彼にちょっとおっぱい見られちゃったくらい、なんてことないじゃなーい! むしろチャンス?」

 

 いやいやガッツポーズしてる場合じゃないからね? なんのチャンスだよママン。

 

「ふふっ、それにしてもさすが私の娘よねー。いい趣味してんじゃない、香織ってば〜!」

 

「……へ? い、いい趣味……!?」

 

 いい趣味って比企谷先輩のこと!?

 

「比企谷先輩っていい趣味なの!?」

 

「いやいや香織さん。……あんた自分の好きな男の子になんて言い草なのよ……」

 

 や、やー、そりゃそうなんですけどもね……? ぶっちゃけ趣味がいいとか言われるとは思わなかったよ。

 だって先輩の魅力は外側じゃなくて内にあるんだもん。それを知らない人からしたら、とてもじゃないけどいい趣味とか思えなくない?

 

「……いや、だって比企谷先輩ってあんなんだよ? 目はどんよりしてるし猫背でダルそうだし。……こう言っちゃなんだけど、学校では結構評判よくないんだよ? だから私てっきり変わった趣味してるわね、とか言われるもんかと思ってた」

 

 まぁ私の周りにはその変わった趣味の美少女が何人か居ますけどね?

 

「ふむふむ。まぁ普通の高校生程度の小娘には分かんないんだろうね〜、ああいう子の魅力って。だからこそいい趣味してるって言ったのよ?」

 

 うっそ、先輩って年増キラーの素質でもあるの!?

 いや、それじゃ私たちも年増になっちゃうじゃん。

 

「ああいったタイプはね〜、歳を増すごとに段々と魅力的になってくもんなのよぉ? 高校生にしては疲れきってる目なんかも、もともと整ってる顔立ちとあの落ち着いた立ち居振る舞いと相まって、今にクールで格好良いとか言われだすんだから〜」

 

「マジ!?」

 

「そ、マジマジ。気を付けなさ〜い? 先輩くん、社会人くらいになったらモテモテになっちゃうかもよ?」

 

 うっそーん? あの先輩がぁ?

 い、いや、でも確かに比企谷先輩に惹かれてる女の子たちは、高校生女子にしては大人な中身してるかも……!

 え? 由比ヶ浜先輩? ……あ、先輩って子供にも好かれるタイプよね!

 

 

「ふふふ、だから香織?」

 

 母は不敵な笑みを漏らしたかと思うと、キラッと歯を光らせて、全力でグッとサムズアップ。

 

「今のうちに先輩くんゲットだぜ!?」

 

「…………あ、うん」

 

 悲しいけど、これ母親なのよね……

 

 

 その後もお茶を淹れてる最中さんざんちょっかい出してくるお母さんを適当にあしらいつつ、私はトレイに箱と紅茶とフォークを乗せて、意気揚々と自室へと伸びる階段を上っていくのだった。

 

 よぅし! 比企谷先輩ゲットだぜ!?

 

 

× × ×

 

 

「お待たせしましたっ」

 

「……おう」

 

 ドアを開けた私を、比企谷先輩は頬を染めて可愛くキョドって出迎えてくれる。

 

 おんやぁ? なにをそんなにキョドってるのかね比企谷君。もしかしてマジでクンカってたぁ? それとも下着漁りでもしちゃってたのかなぁ?

 ふふ、しょうがないよね、先輩だって男の子だもの。

 ちっきしょー! やっぱ隠しカメラ必須だよこのシチュエーション!

 ま、実際はずっと悶々と部屋を見回してただけだろうけども。でもそれはそれで可愛くて愛おしいから、やっぱ盗撮映像プリーズ。

 

「よいしょっ」

 

 そんな妄想盗撮映像に悶えつつも私は腰をかけた。床のクッションではなくベッドに。

 そして膝の上にトレイを置いて、ポンポンと隣を叩く。

 

「先輩先輩っ、こっちへどうぞ!」

 

「は? あ、いや、俺はこっちで大丈夫だ」

 

「先輩先輩っ、こっちへどうぞ!」

 

「いやだから」

 

「先輩先輩っ、こっちへどうぞ!」

 

 つい先ほど師匠より直伝されたばかりの奥義“壊れかけのレディオ”を繰り出して、私の隣に先輩を誘う。

 

 なんかさー、あのクリスマスの夜と一緒で、さんざん恥かいたあとってのは、どうやらその瞬間だけは肝が座るらしい。

 二人っきりの狭い部屋で並んでベッドに座るとか、ホントなら超恥ずかしいんだけどね〜。

 だってだって! そのまま押し倒されてぐふふ……こほん。

 そ、そんなシチュエーションだって起きちゃう可能性だってなきにしもあらずなワケじゃない? まぁもちろんそうなったらそうなったでカモンベイベーばっちこいですけども!

 

 でも今日は不思議と勇気が湧きまくっている。この程度の恥ずかしさくらいどうということはないのだ!

 これはあれかな? クライマーズハイってやつかな?

 だから告って玉砕したあとに好き好きオーラ出しまくって攻めまくったように、せっかくこうして麻痺ってるんだから、それに乗じて攻めまくってやるぜー!

 

「……はぁ……わぁったよ」

 

 渋々といった感じで私の要求にようやく折れた比企谷先輩は、私がポンポンしてる場所から一人分ほど間を開けてベッドに腰かけた。まぁもちろん即座に距離詰めちゃいましたけどね♪

 

 

 うっわぁ……私のベッドで先輩と肩寄せ合ってるよ……!

 触れてる腕から先輩の体温がじんわりと伝わってくる。ふんわりと漂ってくる先輩の匂いが鼻腔をくすぐってくる。

 …………あ、これはあかん。クライマーズハイ終了。早いな!

 

 でもでも、もうちょっとだけ勇気よ保ってくれ! 今日は比企谷先輩に、本気の気持ちを伝えたいんだ……!

 

「……比企谷先輩、これ、どうぞ……!」

 

 真っ赤になってそっぽを向いてる先輩にラッピングされた箱を手渡す私。

 チョコ渡す時って、普通は告白したあとに渡すものなんだろうけど、好きって気持ちはもう伝えてあるし、今日はこっちが先。

 

「……お、おう、さんきゅ。えと……また作ってくれたんだな……」

 

「……へへ〜、今年は超頑張っちゃいました! 去年のとは違うのだよ! 去年のとは!」

 

「はいはいザクとは違うのね。……でもまぁ、去年のも、すげぇ美味かったぞ? ……なんつーか、家族以外からの人生初のチョコだったし……」

 

「……う……ありがとう、です」

 

 照れ隠しのランバ・ラル大尉をサラッと流したくせに、さらに必殺の追い打ちをかけてくる姿はまさに千葉の白いヤツ。

 ぐぬぬ……なんて破壊力だ! 大尉のグフじゃ火力不足だぜ……!

 

「……ぐぅ……と、とりあえず開けてみてくださいよ……超美味しいですから」

 

 なんすかねこの甘いムード。チョコケーキ渡すまでもなく甘々だよ!

 ひぃやぁぁ……なんかもう恥ずかしいよぅ……

 

「……うす。じゃあ失礼します……」

 

 そうしてようやくラッピングに手を伸ばす比企谷先輩。

 リボンをほどくシュルッという音、包装紙を剥がすガサゴソとした音が部屋に鳴り響く度に、私の鼓動も鳴り響く。

 ふぇぇ……な、なんだこれ!? 超緊張する〜……! あんなに自信があったチョコケーキだけど、今はもうそんな自信はどこかに消失しちゃってる。

 

「おお……美味そう」

 

 気に入ってもらえるかな? 喜んでもらえるかな? そんな不安な気持ちに支配されかけてた私のチキンハートだけれど、パカッと箱を開いた音と同時に先輩の口から漏れ出たその音に、心臓は緊張と喜びで跳ね躍る。ああ、やっぱ幸せだわ、こういうの。

 

「ひひ、美味しそうじゃなくて美味しいんですよ。それはもう尋常じゃなくっ」

 

「……すげぇな、お前ハードル上げまくってっけど大丈夫か?」

 

「ノープロブレムです! だって、超美味しくなるように、あるものをたっぷり入れちゃいましたからっ」

 

 …………ん? あれ?

 なんかこの光景、ついさっき見たぞ?

 

 特に深く考えもせずに自然と放った私のセリフ。つまり“あるものをたっぷり入れちゃいました”。

 なんかこれさ、アレじゃね……? 正夢的な……?

 

 

 

 ──ここ最近、どうやら私は世間でフラグ立て名人の称号を賜っているらしい。世間ってどの辺だよ。

 

 しかし皆さんはお気付きだろうか? そんな名人な私は、実はこのたったの一晩で、常時ではそう簡単に回収出来ないような高難易度のフラグを、すでにいくつか見事に回収しているということを。

 

 

[CASE1]

 ……うん、いずれね。いつかは会わせてあげたいな。あんたの娘にそんな顔をさせるようになった、素敵な素敵な男の子を。

 

[結果]

 いやんいつかもなにも翌日会っちゃった!

 

 

[CASE2]

 いつかはこの我ながら結構綺麗な柔肌を、比企谷先輩に隠すことなく隅々まで全部見せることになるのかな〜ぐへへぇ

 

[結果]

 いやんさっき見られちゃった☆

 

 

 ……我ながら見事である(白目)

 もっと簡単なフラグならまだしも、普通に生活してたらまぁまず起こらないようなこんなシチュエーションのフラグを、こうもいとも容易く回収するあたり、職人気質まで感じられるほどの見事な名人芸である(吐血)

 

 

 とまぁそんな私だからこそ、さっきの夢だって見事に回収しちゃうんじゃね!?

 つまり! なにが言いたいのかといいますと!

 

「……あるものってなんだ?」

 

「ふふっ、まずは食べてみてください! ……で、ではでは失礼しましてー、よっ……と。……は、はい、比企谷先輩っ……あ、あーん」

 

 キタ! これキマした! 魅惑のあーんタイム来ちゃいましたよコレ!

 普段なら絶対にあーんなんかに応じないであろう比企谷先輩だって、この甘い空気とセカイの強制力には逆らえませんて!

 フゥハハハ! さあ食べるがよい比企谷君! あーんするがよいぞ!

 

「いや自分で食うから」

 

「アウチっ!」

 

 なんでたよ強制力!? なんでこういう時だけ働かないんだよ!?

 

 ……でもまだ負けない! あっさり拒否られた私は、俯きながらどす黒いオーラを発し、取って置きの一言をぼそりと呟いてやった。

 

「……見たくせに……」

 

 具体的に何を見たかなんて言わないのがポイント。いや、ただ恥ずかしくて言えないだけなんだけどね。

 

「……ぐっ」

 

 そう。全てはこの時の為の餌だった。

 寝坊したのも胸をはだけさせてたのも見られちゃったのも、全部全部私の作戦。計算通り。これこそがセカイの強制力(大嘘)

 

 ……でもただの偶然だって、それは運命であり必然なのだ!

 あーんの為に私のおっぱいは犠牲となったのだ!

 

「……比企谷先輩、あ、あーん!」

 

 私からの二度目のあーんに、比企谷先輩は観念したかのようにゆっくりと口を開ける。

 もちろん先輩の目は私の目と一切合わない。めっちゃ泳ぎまくってる。

 ま、まぁ私も絶賛泳ぎまくってますけども。

 

「あ、あーん……」

 

 もじもじと可愛く開いた口に、震える手でなんとかケーキを押し込み、ゆっくりと引き抜く。

 や、やべぇ……引き抜いたフォークに少しだけこびり付いたケーキの残骸とかがやけにリアル。だ、だって、この残骸に比企谷先輩エキスとか混ざってんだぜ? ハァハァ不可避。完全に変態の目である。

 

「ど、どうでしょう……?」

 

 じっくりともきゅもきゅ咀嚼する比企谷先輩と使用済みフォークを交互に見つめつつ、私は心臓バクバクでお伺いをたてる。

 神様! どうかお口に合いますように!

 

「……すげぇ美味ぇ」

 

「!? ……マジですか……?」

 

「……おう。マジ」

 

 

 …………やったぁぁぁぁ! 比企谷先輩が美味しいって言ってくれたよおかーさーん!

 あの捻デレ先輩が、『悪くない』とか『まぁ、いいんじゃねーの?』とかじゃなくって、『すげぇ美味い』って言ってくれたぁ! どうしよう超嬉しいよぅ!

 これだから料理はやめらんないよねっ……うぅ……ちょっと泣きそう……

 

「うう"〜……よがったよぅ……」

 

「いやいや泣くなよ……」

 

「な、泣くわけないじゃないですか……! ちょ、ちょっと安心して目にゴミが入っちゃっただけですっ……」

 

 ……安心して目にゴミが入ったってどんな状況だよ……支離滅裂すぎだろ私。

 や、やー、私ってばなんだかんだ言って、意外と緊張してたんだな。実はあーんのくだりとかも、ケーキの出来の不安を誤魔化す為のものだったりしてね。

 あんなにずっと練習してたから、あんなに自信あったはずのにね。先輩の言葉にすっごい安心しちゃった。

 

 比企谷先輩は、胸を撫で下ろしてホッとしている私を、呆れたような苦笑いで優しく見つめてくれてる。

 チラッと横目で先輩を見るとばっちりと目が合ってしまい、先輩は顔ごとぷいっと逸らすと頭をがしがしと掻きはじめた。

 

「……いや、なんだ。マジ美味い。……で、あれだ。さっき言ってたたっぷり入れたものってのはなんだ……? ナッツとかのことか……?」

 

 目が合っちゃった照れ隠しなのか私がめちゃくちゃ喜んだことに対しての照れ隠しなのか、そっぽを向きながら先ほどのクイズの答えを要求してくる先輩。

 ふふふ、だったら答えてやらねばなるまいね!

 

 

「……まぁナッツも美味しい要素のひとつではありますけど、さっきの答えとは違いますよ? ……正解は」

 

 

 そして私はニヤリと悪戯顔でこう答えてやるのだ。もちろん越後製菓ではないのよ?

 

 

「……愛情ですっ♪」

 

 

 

 お、おう……そうか……とさらに赤面した比企谷先輩に向けて私は…………

 これから本気の想いを告げる。ラノベの丸パクリなんかじゃない、自分の気持ちを、自分の言葉で。

 

 

 もうギャグパートはここまでなんだからね! ここからはシリアスパートで頑張っちゃうよぉ?

 ギャグパートってなんだよ。私はいつだって一生懸命なんだから☆

 

 

 

続く

 







ついにお約束通りの後編となりましたがありがとうございました(*> U <*)

……え?全然終わってねーじゃねぇかって?
だって、次はエピローグが待ってますから。
(完全にエピローグの使い方をまちがっている)



『あなたとの繋がりはこのラノベの香りだけ』

から始まり、予想外に長い物語となりましたこの香織SSですが(普通に長編で良かったね!)、次回でついに大団円となります♪

香織に幸あれ☆




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恋愛ラノベよりも甘い香りのショコラをあなたに【エピローグ】



どうも!家堀香織の大冒険もついに終幕となります!(いやマジで。ワタシドクシャサマニウソツイタコトアリマセーン)


ラストということで当然のように長くなってしまいましたので(文字数でいえば安定の三話分くらいw)、どなたさまもごゆるりとご賞味くださいませ(^^)/





 

 

 ──愛情です──

 

 その一言で比企谷先輩が照れくさそうに「おう……」と漏らした音を最後に、しん、と静まり返る室内。

 

 はぁ〜っ……やっばい、超ドキドキしてきた!

 おっかしいな〜、もう好きだって気持ちはこれでもかってほど伝えてあるのに……さんざん伝え倒して、あんなにも好き好きアピールしまくったってのに、なんで今さら気持ち伝えるくらいでこんなにも心臓が破裂しそうになってんの……?

 ……ま、そりゃそっか。解ってても、振られるっていうのはすんごいエネルギー使うもんなぁ。

 こないだ経験したばっかの辛い辛いアレを今からまた味わうのか〜……と心が理解しちゃってれば、緊張なんかしないって方がどうかしてる。

 

 やべぇ……心臓がバクバクと頑張りすぎるもんだから、熱い血が脳に巡りすぎて、なんかもうのぼせちゃったみたいにクラクラする。

 あの時の私は、この告白さえ乗りきれれば、もうこの先の人生でこれ以上に恐いモンなんてないぜ! なーんて思ってたのに、あぁ、なんて情けないんざましょ、私ったら。

 

「比企谷先輩……」

 

 でも、それでも私は頑張っちゃうよ〜? せっかく来てくれたんだもん。せっかく会えたんだもん。私の全部を伝えなきゃもったいないじゃん!

 

「……今から私は、先輩に告白します」

 

「……は?」

 

 私の告白するぞ宣言に戸惑う先輩。

 そりゃそうだ。告白しますって告白なんて聞いたこともない。私自身だって『ちょっと私なに言っちゃってんの!?』って、若干ビックリしてるくらいの酷い妄言。

 

「……い、いや、あの……家堀の告は……き、気持ちはクリスマスのとき聞いてんだけど……」

 

「ち、違うんです……! あんなのは違うんです……! 確かにあれは私の想いで間違いはないですけどっ……でも私の言葉じゃなかったから……。気持ち伝えるのが不安で恐くて、勢いで乗り切れるようにラノベの台詞パクっただけですもん……! な、なので、今から改めて自分の言葉で伝えたいんです」

 

 私の言葉に、比企谷先輩は早くも逃げ出したそうに身悶える。

 くふぅっ……も、萌える〜っ……

 

 いやいや萌えてる場合じゃないから。今はシリアスパートだからね? ギャグな流れはお引き取り願いま〜す!

 

「でも、ですね……?」

 

「……おう」

 

「そ、そうは思ってたんですけど……私ってば情けないことに結構緊張して震えちゃってまして……あ、あはは〜」

 

 苦笑いでそう言うと、私はカタカタと小刻みに震えている左手を先輩の眼前にかざしてみせる。

 わざわざ緊張してる様子を見せつけるなんて、ちょっとあざとすぎかしら?

 ……でもこれはこれから先輩に勇気をもらう為の作戦だったりもするのだ。対比企谷先輩だけならば、私のあざとさはいろはをも超えるッ!

 

「だから先輩……ちょっとだけ、勇気をくださいっ……」

 

「え? ちょ? 家堀さん?」

 

 慌てふためく比企谷先輩をガン無視して、私はベッドの上に無造作に置かれた先輩の右手にその左手を重ね、一本一本指を絡める。

 

 ふぁぁ〜……やっぱ先輩と繋がれるのは、とんでもない安心感を得られるんじゃ〜……。ま、まぁそれ以上にドキドキもんだけど。

 

「な、なんでいきなり繋いでくんの……!?」

 

「お、落ち着くからです……! だめ、ですか……?」

 

 いろは超えに定評のあるあざとさで攻め込みまくる私。潤んだ上目遣いでの「だめ?」ってズルいよね。こんなのに逆らえる男の子なんて存在しないでしょ。これに逆らえたらモーホーを疑っちゃうレベル。

 特にこの人は、年下女子のワガママに尋常じゃなく弱いのだ。

 

「だ、だめじゃねーけど……」

 

 とまぁこの通りなわけですよ。比企谷先輩マジチョロイン。ふひっ。

 

 

 先輩の、優しい温もりと緊張からくる湿り気を感じられた私の震える手は、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 私はそんなワガママな手にぎゅっと力を込めて、先輩の温もりをさらに手のひらいっぱい胸いっぱいに味わう。

 

 ──よっしゃ、これならもう大丈夫! やっぱ比企谷先輩は私の精神安定剤だね♪

 

「……えへへ〜! ほらほら、比企谷先輩もぎゅって握ってもいいですよ?」

 

 てか私、落ち着けたからってちょっと調子のりすぎじゃね? なに言っちゃってんのかしら!

 

「……いやなんでだよ、いいから」

 

 んー、もう可愛いなぁ、照れ照れじゃないですか。やべーよ! この空気、砂糖吐き出しちゃいそうだよ!

 そんな照れまくりな比企谷先輩の横顔を見て微笑む私は、より一層ぎゅぎゅっと手をにぎにぎすると、ふぅぅ〜……と深く息を吐き出したのだ。

 家堀香織の想いを伝える為に……

 

 

× × ×

 

 

「比企谷先輩は、今日がなんの日か知ってますか?」

 

「……な、なんの日? いや知んねぇけど……なんかあったっけ? バレンタイン前ってことくらいしか分からん」

 

「ふふ、そうです。ま、それがヒントとも言えるんですけどね。……ほら、私去年も先輩にバレンタインよりも前にチョコ渡してるじゃないですか?」

 

「……あー」

 

「そうです! 今日はまさかの初デート記念日なんですよ? 私と先輩の。私と先輩の! 大事なことなので二回言っちゃうくらいの記念日なんですよっ」

 

 そうなのだ。小町ちゃんにバレンタインの相談をした時、当日は無理だと言われた瞬間に、じゃあ……と思い浮かんだのが今日だったんだよね。

 初デート記念日とか考えてお祝いしちゃう女とか、ちょっと痛くて面倒くせー、なんて思ってたはずなのに、一旦乙女が仕事始めちゃうと、意外にも毎日の些細な出来事にも、なにかしらの記念とか意味を見いだしちゃったりするものみたいよ? と、あたかも恋愛マスターかのように偉そうに語りますは、現在乙女真っ盛りな恋愛ぺーぺーなどうも私です。

 

「実は……ですね。私ってば、もうあの時にはすでに比企谷先輩ラブだったりしてまして……」

 

「っ……」

 

「ひひっ、照れてる照れてる」

 

「……うっせ」

 

「……でも、実はあの日を最後に、比企谷先輩との繋がりを断ち切ろうって思ってました。……先輩には特別な関係があるから、私は先輩を好きになっちゃいけないって思ったから……」

 

 そう。あの日は人生最良の日であると共に、人生で一番辛かった日でもあった。

 

「だから、あの日は無理を言って付き合ってもらって、そして……先輩からお借りしてたラノベを全部返して、唯一の繋がりを断ち切って、全部精算しちゃおうって思ってました」

 

「……」

 

「……でも、めっちゃ楽しくてめっちゃ幸せで、今日で先輩と無関係の関係になるのなんて嫌だ! なんて思っちゃったりもして……それでもやっぱ我慢して、私はラノベを返したんです」

 

 あの瞬間の出来事は未だに夢に見るときがある。

 比企谷先輩に手渡したラノベの重みが一瞬にして消失してしまった、あの時の手の軽さを。あの時の喪失感を。

 

「……ふふ、でも比企谷先輩が悪いんですからねっ? せっかく私が断腸の思いで自分から繋がりを断ち切ったのに、先輩ってば次の瞬間には新しい繋がりを勝手に手渡してくるんですもん。ちゃんと断ったのに「気にすんな」って!」

 

 未だに見るあの日の夢には続きがある。

 あまりの喪失感にかられた私の手と心が、新しい繋がりの重みを感じられて目が覚めるのだ。

 その夢見から覚めた私は、必ず涙を流してた。ふひひ、もちろん嬉し涙だゾ?

 

「……あんなんズルいですってば。どんだけ私の心を揺さ振ってくるんですか。もうあれですよあれ、吊橋効果? 不安と安心感で想いが増し増しで倍率ドンですよ! パルス逆流しちゃって比企谷汚染でエマージェンシーですよ! だから……私が比企谷先輩にメロメロなのは致し方のないことなのですよ! ドゥーユーアンダスタァン!?」

 

「いや……全然分かんねーし、なんだよそのテンション……」

 

「はっ!?」

 

 ん! んん! つ、ついついテンションがMAXに。ドロシーリラックス〜。

 やっぱ好きな男の子のことを語ると熱くなっちゃうわね。

 まぁその語ってる相手が本人ってのがかなりおかしな事態だけど。

 

 無駄テンションに若干引き気味な先輩ではあるものの、私の愛の気持ちを特に否定もせずにちゃんと聞いてくれている。この捻デレ先輩なら、私の愛の説明についてなにかしらの否定でもしてくるかと思ってたんだけどな。それは一時の気の迷いだ、勘違いだ、なんて……分かったような顔しちゃってさー。

 でも今日は不思議とそういう態度が見られない。 ……んー、私の気持ちをちゃんと受け入れてくれてるってことかな……? だとしたら嬉しいなっ。

 

 まぁなんにせよこれは好都合なわけだし、だったら今のうちにバッチリ畳み掛けてやんよ!

 

「と、とにかくですね!? ……なにが言いたいのかといいますと、その……わ、私は…………ひ、比企谷先輩のことが……どうしようもないくらい好きってことなんですっ……そ、そしてそれは全部……ぜーんぶ! 比企谷先輩が悪いってことです! この天然スケコマシ!」

 

「すみません……」

 

 熱く甘い告白の最中だったはずなのに、なぜか罵倒しなぜか謝る男と女。どうしてこうなった。

 

「あの日からはぶっちゃけ色んなプレッシャーとの戦いの日々でした……! 精神的にも物理的にも……。うぅ……お、思い出しただけでも胃がっ……」

 

 ホント圧が凄いんだよあいつら!

 ちっきしょ〜! なんでよりによってライバルが我が総武が誇る美女達……しかも魔王なんだよぅ……

 

「ディスティニーデートだってクリスマスデートだって、こっちは文字通り命懸けだったんですからね!? なんど吐血したことかっ……」

 

「……なんでキレてんだよ痛い痛い爪立てないでくださいごめんなさい」

 

「……」

 

 ホントこいつ人の苦労分かってなさ過ぎだよこんちくしょうめ……!

 いやまぁ略奪する気まんまんで抜け駆けしまくる私が一方的に悪いんですよねすみませんいろはゆきのんガハマさん!

 

「……とまぁホント色々あったわけなんですけども、私はそんな命の危機を何度乗り越えようとも、それでも比企谷先輩への想いを大事にしてきたわけなのですよっ……それこそ、ハーレム要員のひとり程度の存在なんだとしても、先輩の傍に居られればいいってほどに……!」

 

「……あれ冗談だっつってたじゃねぇか……ま、まぁその……なんだ……あ、ありがとな」

 

「!?」

 

 ひ、比企谷先輩が好き好き言われてありがとう、だと……? なんなのデレ期なのん?

 

 まぁデレ期かどうかは分からないけど、とにかく私はここまで言い切ったのだ。

 正直、想像してたよりはなぜか不思議とムードが全っ然無いんだけど、そこはほら、まだまだ乙女が初心者マークを付けてる私ですから? これでもかなり頑張った方じゃないのかな? 上出来なんじゃないのかな? なんて自画自賛しております。

 

 

 ここまで来れば、もう私が伝えたいことはあと少しだけ。

 もう一度深く深く息を吐き出し、強く握ったままの手と手に視線を向けてみる。

 

 ……あれ? 私、いつの間にか先輩の手を両手で握ってたみたい。左手は先輩の指に絡めたまま、右手はその手と手を包み込むようにそっと添えて。

 右手は添えるだけ。どうやら私は無意識に安西先生の教えを守ってたみたいです。 あれ? ゴリの教えだったっけ? どっちでもいいわ。

 

 

 ……私は両手で包み込んだ比企谷先輩の手を胸元でぎゅっと強く握り、潤々な瞳で先輩の目を見つめ、そっと唇を開く。

 今こそ言うのだ。あなたに届け、マイスウィートハート!

 

 

「比企谷先輩……! 私 家堀香織は、比企谷先輩のことが信じらんないくらい大好きですっ……大変な時期だからご迷惑はお掛けしたくなかったんですけど、ここまで言っちゃったらやっぱ言っちゃいます……! ついこないだ振られたばっかなのにアレですけど、わ、私は……比企谷先輩の…………かっ、彼女になりたいでしゅっ……!」

 

 

 …………。

 

 

 さ、最後の最後で噛むのかよっ……(吐血)

 あと一歩! あと一歩だったでしょお!? なんで最後にやらかしちゃうのかなぁ、このばかおりぃ!

 

 

「……ま、まぁその、なんだ……よ、よろしく頼む」

 

 

 ホント私ってどこまで残念なのよぉぉ……!

 うえ"ぇぇんおかーさぁん! もうちょっとだけ残念さをマイルドに産んで欲しかったよぅ……!

 

 

 

 

 

 

 …………ん?

 

 あ、あれ? いま先輩すごいこと言わなかった……?

 

「……あ、あのぉ……い、今なんて言いました……?」

 

「……な、なんでもねぇよ……」

 

「いやいやいやいや! い、今「よろしく頼む」って言いましたよね……!?」

 

「……チッ、ざけんな聞こえてんじゃねぇかよ……」

 

 え? ちょいとお待ちよ八幡さん! そ、それって……?

 

「ど、どどどどゆことですかねソレ!? え? え? か、彼女になりたいって告白に対してよろしく頼むって返すってことは……え? ま、まじ?」

 

「……」

 

 未だイマイチ理解が追い付かないでいる私がキョトンと先輩を見つめていると、この人は肯定も否定もせずに、真っ赤になってスッと目を逸らすのだった。

 

 

「……え、えぇぇえぇぇえぇぇっっっ!!?」

 

 

 その瞬間、私の部屋は本日二度目の絶叫に包まれた……!

 

 

× × ×

 

 

 ちょ、ちょっと待ってね? い、いま一旦落ち着いて状況を生理するからね? って全然落ち着いてないわ。混乱しすぎて女の子の日が来ちゃったよ。乙女としてのこの大事な局面で下ネタはやめなさい。

 

 ……でもいくら考えても、一人では一向に答えなんて出そうもないメダパニ中の私は、もう一人の当事者にこんな問いを投げ掛ける。

 

「ななな、なんで私なんですか!? い、意味わかんないんですけど! 頭腐っちゃいました!?」

 

 ……こっちから交際申し込んどいてこれは酷い。近年稀に見る酷さだよ!

 もちろん比企谷先輩も存分に顔が引きつっておられます。

 

「ちょっと待って? あれ? なんで俺ディスられてんの? …………くっ、ちくしょう言うんじゃなかったわ……やっぱさっきのは無しの方向で」

 

「いやぁぁぁぁ! 嘘です冗談です間違いです混乱して私の頭が腐っちゃっただけですごめんなさい無しにしないでぇぇ!」

 

 泣きながら大好きな男の子に必死ですがりつく様は、とてもじゃないけど告白が成功した女の子には見えないね☆

 あっれぇ? 告白ってさぁ、もっとこう……ムーディーな空気が漂うものじゃないのん? 先輩も「うぜぇ……」とか言って顔ヒクつかせてるし。

 

「……う"ぅ〜、で、でもなんでホントに私なんですか……? だ、だってこないだ振られたばっかだし、比企谷先輩には雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩もいろはもいるのに……!」

 

「……え? なに? こういうのって理由言わなきゃダメなの? すげぇ恥ずかしくて嫌なんだけど……やっぱさっきの無しにしない……?」

 

「それはやだぁぁ!」

 

 もう完全に駄々っ子である。たぶんあと一押しで床に転がって手足バタつかせられる自信あるぜっ?

 

「……はぁ……チッ、しゃあねぇな」

 

 すると比企谷先輩はいつもお決まりのポーズ、そっぽを向いての頭ガシガシを始めた。

 こうなった先輩は、大抵どんなお願いでも聞いてくれる確変モードだ。こういうトコ大好き!

 

 こんなに恥ずかしそうに悶えさせてまで説明を要求するのはホント申し訳ないけど、でもやっぱこのままだと全っ然実感湧かないんだもん! なんならドッキリ大成功ってプラカード持ったいろはが部屋に突入してくんじゃないの!? ってくらい不安。

 

 

 そんなおバカな不安にかられた私に気を遣ってくれたのか、渋々ではあるけども、比企谷先輩は秘めた想いを語り始めてくれたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……なんつーか、俺は今までの人生で碌な目にあってこなかった。そんな人生の中で学んだこと……それは他人を信用しないってことだ」

 

 ……うん。それはなんとなくだけど分かってる。比企谷先輩は他人を信用する事を恐がってるって。

 

「……別に、他人を信用して裏切られるのが恐いからなんて、そんな綺麗な理由じゃあない。……ただ、他人を勝手に信用して勝手に裏切られたと感じてしまう自分が気持ち悪いだけだ」

 

「勝手に信用して、勝手に裏切られる……?」

 

「…………他人を信用するってことは、裏を返せばそいつに自分の希望を、理想を押し付けるってことだ。そいつのことなんて何一つ理解してないくせに、勝手に理想を押し付けて勝手に失望する。そういう自分が堪らなく気持ち悪い。だから俺は他人を信用するのをやめた」

 

 

 ……私は、そんな風に考えたこともなかった。

 友達を……他人を信用するってことは、自分には信じられる他人が居るってことだから、それは素敵なモノなんだって思ってた。

 

 比企谷先輩のその考え方は確かに一理ある……けど、一理はあるんだけど、なんだか悲しい。

 そしてこの素敵な先輩にそんな考え方をさせてしまってきた、今までの比企谷先輩の周りの全てが悲しい。

 

「……でもまぁそんな俺にも、信用しちまってもいいのかも知れないってモノが、場所が出来たわけだ」

 

「はい。奉仕部といろは、ですよね」

 

「……あとはまぁ……なんだ……か、家堀もな」

 

「ぁぅっ……」

 

 ちょ、ちょっと八幡さん!? 不意打ちでスケコマすのはやめていただけないかしら!? しかも自分で言っといて超悶えてるし!

 

 その後二人してしばらく悶え苦しんだわけではありますが、ひとしきり悶えると先輩はその続きを紡ぎだす。

 

「……そんなわけなんだが、それでもやっぱりあと一歩が踏み出せなくてな。確かにこいつらなら信用したい……でも俺はそんなこいつらに理想を押し付けてしまってもいいのか……? いつの日か、失望なんてしちまったとしたら……? 俺はそんな自分が許せるんだろうか……ってな。マジで自意識過剰もいいとこだ」

 

 

 ──そっか、あれほど奉仕部を大切に思ってた比企谷先輩が最後の一歩を踏み出せなかったのって、そういう理由なんだ……

 

「……でも、な」

 

「?」

 

「でも……アレは効いたわ。マジで鈍器で殴られた気分だった」

 

「……なにが、ですか……?」

 

「……表参道のお前の告……叫びだ……」

 

「ふぇ!?」

 

 え? いきなりそこ飛んじゃうの!? まだ心の準備ってものがぁっ……!

 

「ったくよ……あんなアホな真似、フィクション以外で聞いたこともねぇよ。……あんなんされたら、信用だの理想だのとウジウジ考えてる自分が馬鹿みたいに思えてくるわ」

 

「あ、あはは……」

 

「だからまぁ、思っちまったんだ。あんなアホな真似を真剣に、必死な顔してやらかした家堀を見てたら、こいつなら……って」

 

「わ、私……なら?」

 

「こっちが勝手に理想を押し付けたところで、家堀ならそれ以上に斜め上から思いっきり打ち返してきてくれんのかもな、……あまりにも斜め過ぎて、仮に俺の理想を裏切られたとしても、ま、家堀ならしゃーないか、……だからまぁ、こいつなら信用してもいいんじゃないのか? ってな」

 

「……っ」

 

「……どんなに綺麗事ぬかしたところで、結局どう転んでも人間なんて他人に理想を押し付けちまう生きもんなわけだしな。……だからもしかしたら、理想を押し付けても大丈夫だと本気で思える関係、裏切られたとしても、まぁこいつにならいいかって気持ちを本気で抱かせてくれる関係こそが、俺にとっての本物、ってやつなのかもな。……まだよく分からんけど」

 

「ひ、ひぐっ……」

 

 ……やばい、どうしよう。なんか自然と涙が溢れてくる。なんだか今、本当の意味でようやく比企谷先輩と心が繋がれた気がした。

 今まで一緒に遊んだり、笑ったり、手を繋いだりして何度も味わった胸のポカポカだけど、今の私のポカポカ具合はそんなのの比じゃないもん。

 

「……まぁさすがにあの時は恥ずかしすぎて死にそうだったから即断ったが、ぶっちゃけあん時から頭から離れなかったんだよ……家堀の真剣なアホ面が」

 

「……う、うぇ"ぇ〜……」

 

「……そ、それにあれだ。家堀ってかなり残念な奴だし、あんま肩肘張らなくて済むから気が楽だしな」

 

 ……ぐぅっ! 結局行き着く先は残念さかよ!

 ふふん、どうせ涙まみれ鼻水まみれで先輩を見つめている私の熱視線に照れくさくなっただけの軽口だろうけどね。

 

 

「……比企ぎゃやぜんばぁい……それは酷いでずよぉ〜、もぉ〜……!」

 

 てか私ってば、こんな素敵なシーンだってのに、まともに喋れもしないとか酷くね? 格好わりぃ……!

 

「……だからまぁ、なんつうか……こんな俺でもよければ、……よろしく頼むわ」

 

 そう言ってまたぷいっとする比企谷先輩に、私は言ってやらねばなるまいね。

 涙声だから上手く伝えられるかは分かんないけども、でも、ちゃんと言ってやんよ! 今の私の心からの気持ちってやつをさぁ!

 

 

「……比企谷しぇん輩! わ、私ぜっだいに後悔なんてさせまぜんがらぁ……! わだし、じぇったいに先輩を幸せにじてみせましゅ……!」

 

「お、おう……よ、よろしくお願いします……?」

 

 

 脳内ではリトルかおりんが「おい噛み噛みやんけ! あとそれセリフが男女逆や!」と全力で突っ込んでるけども、今はもうそんなことどうだってよかろうもん!

 だって今のはまごうことなき家堀香織の本心なんだから。

 

 たぶん誰にも語ったことのない本心を語って、私の想いを優しく受け入れてくれた大好きな比企谷先輩。

 私は、この人に心の底から人を信用させてあげたい。そして信用してもらいたい。

 だから私は全身全霊を持って、あなたをずっと好きでいます。

 

 

 

 ────こうして、あまりにも残念な告白劇は無事に終幕した。

 ま、残念な私と残念な比企谷先輩の告白劇だし、こんな感じが妥当なトコよね♪

 

 

 そして恋の結末はと言うと大方の予想が外れ、伏兵のいろはどころか、なんとなんと、大穴単勝万馬券の私 家堀香織が、四角抜けて直線大外一気、恋のターフをズバッと駆け抜けたのであります!

 ……そう! 今日この日、ついに私と比企谷先輩のお付き合いが決定したのであります! ひぃやっほぉぉぉい!

 

 

× × ×

 

 

「〜〜〜♪」

 

「……」

 

「〜〜〜♪」

 

「……あの」

 

「はい?」

 

「恥ずかしいんだけど……」

 

「私は超幸せですよっ?」

 

「……さいですか」

 

 

 私たちは今、自宅から最寄り駅までの道のりを、にぎにぎと手を繋ぎ合って歩いている。ふへへ、もっちろん恋人繋ぎでぇ! しかもぶんぶん振って元気に歩いておりますです!

 え? バカップル丸出しウゼェ? はいはい悔しいのう悔しいのう!

 いやん私リア充なんで爆発させられちゃいそう!

 

 

 ついに夢の交際が開始したものの、受験生である比企谷先輩を長時間拘束しとくわけにもいかないので、残ったケーキを早く食べてもらって、なるべく早く帰っていただくことにしたのだ。

 あ、もちろん残ったケーキは全部あーんで♪

 ……すみませんね、所々でウザさが滲み出てしまって。

 

 

 で、先輩には早く帰ってもらいたいものの、少しでも一緒に居たいという相反する想いががっぷり四つに組んだ結果、駅までの道のりを送っちゃおう! と、当然の思考に行き着くのは自明の理。なので現在、二人仲良くお手手繋いで歩いてるのだ!

 うふふ、なんて幸せなんでしょ。だってさ、今まで何度も味わって何度も諦めかけてたこの手の温もりが、これからはもう私の独占なんだぜ!? え? 比企谷独占禁止法違反に引っ掛かるだろって? えへへぇ、それは世界中で私だけには適用されませーーーん!

 ……だ、大丈夫かな、マジでウザくね……?

 

 

「いやー、やっぱ寒いですね〜。ま、手があったかいからいいですけど」

 

 もう私の熱と先輩の熱がくんずほぐれつ交ざり合ってポッカポカ! あと胸もね〜。

 

「……まぁ、だな。……俺はさっきから周りの視線ばっか気になってそれどころじゃねぇけど」

 

「視線、ですか?」

 

 まぁそりゃそっか。なにせ私のテンションがヤバいからなぁ。

 高校生カップルが手をぶんぶん振って鼻歌うたってるとか、はたから見たらかなりヤバい。どんだけ浮かれてんだよ。

 

「……あのな、俺は付き合ったこととかないからこれが普通なんだかなんなんだか知らんけど、俺はお前と違ってこういうの慣れてないから、お前が思ってるよりずっと恥ずかしいんだからな……?」

 

「……へ?」

 

 ん? あれ? な、なんかこの人、今とてもじゃないけど看過できないこと言わなかった……?

 

「え、えと……な、慣れてるとは……ど、どういうことでしょう……?」

 

「いや、だって家堀って付き合ってるヤツ居たんだろ? 一色から聞いたぞ。まぁ何人くらい居たのかまでは聞いてないけど、お前ってよく無理やり手とか繋いでくるし、こういうのって慣れてんじゃねぇの?」

 

「ちょっと待ってぇぇぇ!!?」

 

「うおっ! びっくりしたぁ……」

 

 

 い、いろはぁぁ!? あ、あんたなに言ってくれちゃってんのぉ!?

 くっそがぁ! なに爆弾落としてくれてんのよ! しかも何人くらい居たとかなに!? 無理やり手を繋いでくるとか何人も経験がありそう的ニュアンスとか、私はビッチか! 私ビッチとかじゃないですから! 風評被害が尋常じゃないじゃない!

 も、もし比企谷先輩がアノ病気だったらどうしてくれるつもりだったのよぉぉ!?

 

「ご、ごごご誤解です比企谷先輩! わ、私べつに彼氏なんて……あ、いや、彼氏みたいなのが居なかったワケではないんですけど……で、でも! ホ、ホント友達の延長線みたいなのが一年以上前にひとり居ただけですから……!」

 

「お、おう……」

 

「だ、だから安心してくださいっ……」

 

 そして私はここに宣言する。真っ正面から比企谷先輩の両手をしっかりと取り、真っ直ぐに目と目を合わせ、力いっぱい、誠心誠意心を込めて。

 

 

「……私、初モノですから!!」

 

「…………は?」

 

「比企谷先輩に手を出されるまでは、処女厨にもばっちり対応可能、お客様満足度No.1ですよっ?」

 

 ぐっ、と可愛くガッツポーズを決める私に、なぜか真っ赤な顔で引きつってる比企谷先輩。たぶん今までの比企谷人生で一番ドン引かれている模様です。

 ……あっれ〜? 私なんかダメだった? だってさ、童貞男子がこじらせがちな重い病なんじゃないのん……?

 こんなん誤解されたままとか有り得ないっしょ。いやマジで。

 

 

 でも、ん? ……あまりにも突然の衝撃的展開で軽く自我を失っちゃってたけども……冷静に考えたら、私とんでもない失言しちゃってね……?

 

 

 

 ってアホかぁぁぁ!

 私なに言っちゃってんの!? 馬鹿なの? 死ぬの?

 なにこんな澄み渡った冬空の下、出来たばっかの大好きな彼氏に、声を大にして処女宣言しちゃってんの!?

 

 初モノですから(キリッ)

 

 比企谷先輩に手を出されるまでは以下略(ドヤァ)

 

 

 じゃねーよ……! うぅ、もう恥ずかしすぎて死にたいでござる(白目)

 いやダメよ香織、今はまだ死んじゃだめ! 生きろー!

 

 

 と、比企谷先輩との幸せ未来と恥ずか死を天秤に掛けて悶え苦しんでいるうちに、気付けばもう駅前。

 Oh……先輩との貴重な時間がぁぁ……

 

「あはは〜……アホな冗談言ってたら、あっという間に着いちゃいましたね」

 

「……どう見ても本気丸出しのアホ面だったろ」

 

 ちっ、誤魔化せなかったぜ……!

 

「ま、まぁそれはともかくとして、その……今日はホントにありがとうございました。なんといいますか……そのぉ……今までの人生の中で、一番幸せでしたっ……」

 

「……ぐぬぅ……そ、そうか……」

 

「うへへ、悶えてる悶えてる〜」

 

「お前だって目ぇ泳いでんだろうが……」

 

「ぁぅ……」

 

 自分で言っといて恥ずかしがるなら、わざわざからかうなってところですよねー。

 ……だ、だってぇ、恥ずかしそうに悶えてる先輩が超可愛いからいけないんですからね……? つまり私は悪くない。比企谷先輩が悪い。

 

「つまり悪の元凶は比企谷先輩です」

 

「いやなんでそうなる。意味分からん……」

 

 駅には着いたものの、しばらくの間はこんなしょーもないやり取りが続く。

 だってさ……離れたくないんだもん。比企谷先輩はどうなのかな……?

 

 

 でもでも、いつまでもこうしてるわけにはいかないよね。なんの為に交際スタート当日という人生最良の記念日に、こんなに早く先輩を帰すと思ってんのよ。初志貫徹だよ、香織!

 

 

「……おっと、いつまでもこんなトコで油売ってる場合じゃないですよね、比企谷先輩は! 私、足を引っ張りたくないんです。出来れば先輩の勝利の女神様になりたいんで! ってことでホラホラ、とっととお帰りくださ〜い」

 

「いや、お前が手を離してくんないから帰れないんだが……」

 

「おうふ……」

 

 結局私かよ。だってもう泣きそうなくらいに名残惜しいんですものっ……

 

 ふふ、でも比企谷先輩? お前が離してくれないからとか言いながらも、さっきから先輩からのぎゅぅっとした握力だってしっかり感じてますよ? えへへ〜、まったくぅ、そんなんじゃ捻デレ名人格下げしちゃいますからねー♪

 

 

 ──そしてあまりにも名残惜しむ絡み合う指と指を、一本……また一本とほどいていく。

 ああ……相変わらずこの瞬間はやだなぁ……徐々に先輩の体温を失っていく、このどうしようもない喪失感。

 それでも、確かにこの喪失感に苛まれる私の心は酷く脆くて酷く儚いけれど、それでも……うん。今日は少しだけ我慢出来そう。

 だって昨日までとは違うもん。この手と手は……指と指は、またすぐに繋がれることを約束されてるんだから。

 

「それでは比企谷先輩、超頑張ってくださいね! 次に会うのは、先輩が第一志望に決まった時です!」

 

「だな。まぁ程々に頑張るわ。んじゃあな」

 

 ゆっくりと去っていく比企谷先輩の背中。

 またすぐに会えるんだから今日は我慢できるはずなのに、それでもやっぱりとんでもなく寂しい。あともう一瞬だけでも、先輩の温もりを感じたい。

 

 そんな欲望にあっさりと敗北してしまった私の弱くて可愛い乙女心は、遠ざかる比企谷先輩の背中へとすぐさま走りだす。

 追い付いた先輩の腕にむぎゅっと抱きつくと、腕をぐいっと引っ張り、そして…………私の顔と先輩の顔の距離をゼロにしたのだ。

 

「な!? お、お前いきなりなにしやがる……!」

 

「……ふっふっふ、さっき言ったじゃないですかー? 勝利の女神様からのプレゼントは、熱っつ〜い口づけが定番ですよ?」

 

 ホント恋する乙女が暴走中☆ だって、我慢できなくなっちゃったんだもん!

 

「ま、今のはまだ頬っぺですけど、これも私の初モノですよー? んでぇ、唇同士の初モノは、第一志望に合格したら、あ・な・た・に・あ・げ・るっ!」

 

「……アホか」

 

「えへ」

 

 

 ……ついに、ついに私のファーストキスが奪われちゃいました! (強制)

 

 顔は熱いわ胸はドキドキだわでもう大変だけど、ようやくほんの少しだけ満足した私の心は、今度こそ改札に飲み込まれていく比企谷先輩の背中を大人しく見送ることを、ギリギリのラインで許可してくれたみたいよ?

 ぷっ、先輩ってばずっと頭ガシガシしてやんの! 今夜興奮して勉強に身が入らなくなっちゃったらどうしましょ?

 ……でも、大丈夫だよね? だって、私との唇同士の初モノを得る為に、先輩は絶対に合格してくれるはずだもーん! いひひっ。

 

 

 

 

 ──家堀香織十七歳。こうして私はついに比企谷先輩とのラブラブちゅっちゅな生活を手に入れた!

 思えば山あり谷あり……基本谷しかなかった気がしないでもないけれど、諦めずに願って諦めずに頑張ってれば、いつかは夢だって叶うんですな〜!

 

 当面しなくちゃいけないことと言えば、うん。帰ってママンにご報告かな? あとひとつ絶対にしなくちゃいけない命に関わることもあるけれど……

 う、うん。今だけは、今日だけは忘れとこうね……!

 

 

 だって今日は私史上最大級の幸せ記念日。今日だけは…………

 

 

 今日だけは、この素晴らしいバレンタインに祝福を!!

 このすばっ☆

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──エピローグ──

 

 こっからがエピローグなのかよ。

 

 

 

 週が明けた月曜日のお昼休み。私はいろはを特別棟の屋上に呼び出していた。

 

「……う、そ……」

 

「……ごめん」

 あれだけ逃げ出したかったいろはへの報告。

 ホントはしばらく黙ってたかったけど、でもやっぱ……それは私の中のなにかが許さなかった。

 

 

 あとからノコノコ現れて、出し抜いて抜け駆けして比企谷先輩を横からかっ攫ってしまった私には、恐かろうがなんだろうが、ちゃんと伝えなきゃなんない義務があるから……

 だって、これを伝えるまでは、いろはは先輩とのこれからの関係に希望を持ったままでいなきゃいけないんだもん。……そんなの残酷すぎる。

 

 ……あはは、そんなの私の単なるエゴじゃん……

 ただ少しでも罪の意識を軽くしたいだけのくせに、綺麗ごと言うなよ私……

 

 

「ホントごめん……」

 

「……」

 

 私からの、比企谷先輩との交際宣言に絶句するいろは。俯いたまま、ギリギリとスカートを握っている。

 

 ──これで、私たちの友情も終わっちゃうのかな。

 って、私はなにを甘いことを言ってんだろ……これでまだ今まで通りの関係で居たいだなんて、そんなのはあまりにも傲慢だ。

 私は……親友の本物を奪ってしまったんだから……

 だから私は、殴られる覚悟で、絶縁される覚悟で伝えにきたんだ。

 

「……香織」

 

 長い沈黙のあと、いろははゆっくりと顔を上げた。

 ……あんたは今どんな顔をしているの? 涙まみれの哀しい顔……? 憎たらしい略奪者を睨む恨みの籠もった顔……?

 

 ……見たくない。私はそんないろはの顔は見たくない。

 吐きそうなくらいに胃がキリキリしてるけど、胸が張り裂けそうになるけども、でも私は見なくちゃいけない。それが私の責任なんだから。

 

 

 

 泣きそうになりながらも歯を食い縛っていろはの顔を真っ直ぐに見る。

 ……そこには、……ん?

 

 

「やったね、おめでとー香織っ」

 

 

 あ、あれ……?

 そこにはなぜか満面の笑顔のいろは。

 

「い、いろは……?」

 

 わけが分からず呆然としていると、いろはは私をそっと抱き締めてくれた。

 

「ホント良かったね。香織はずっと先輩のこと大好きだったもんね」

 

「いろ、は……」

 

 まさかこんなことになるなんて……

 優しく抱き締めてくれるいろはの優しい体温を全身で味わいながら、私はうっすらと瞳が潤み始めたのを感じた。

 

 ──いろはにとっては憎い裏切り者でしかないはずなのに、それなのにこの友達はこうして祝福してくれるんだ。……ああ、私はなんていい友達を持ったのだろう……

 

「えへへ、ホント香織で良かった……! 先輩が香織を選んでくれて良かったよ。……だって」

 

 感激に浸っている私の耳元で、いろはが優しく囁く。

 

 「だって……香織はわたしの大切な友達だもん」とかって言葉が続くのかな…………なんて、お花畑脳みたいに思ってた時期が私にもありました。

 

 

 

「……だって、あの二人を選ばれちゃったら勝ち目なかったかも知んないけど、香織くらいだったらどうとでもなるし……♪」

 

 ん?

 

「……あれ?」

 

 え? なんだって?

 あっれ〜? おかしくな〜い? 私が想像してたのと全然違うセリフが聞こえたぞ〜?

 

 そんな縁起でもない一言を私の耳に残したいろはは、私からすっと離れる。

 なんだか嫌な予感しかしないけど、恐る恐るいろはの顔を覗きこんでみると、そこには先ほどまでとなんら変わらないニコニコな満面の笑顔が………………って違っがーうっ!?

 表情は一緒なんだけど、ひ、額には怒りマークがくっきりと浮かび、頭上にはピキッとオノマトペが付いていらっしゃる!?

 

 

「ねぇ香織ー、わたしこう見えて結構怒ってるって知ってるー?」

 

「は、はひ」

 

「いやいやマジでビックリなんですけどー。まさかこの時期に抜け駆けされちゃうとかありえなくないですかねー。わたしだって自重してたのになー」

 

 ひぇぇ……なんか全部棒読みだよぅ……

 

「先輩の初めての彼女に絶対なってやるー! って頑張ってたのになー」

 

 ふぇぇ……目に光が宿ってないよぅ……

 

「だからわたしいま超イラついてんだけどー、……でも、ね」

 

「……う、うん」

 

「実はわたしさ、いや違うね。実はわたし達さ、もしかしたらこうなる可能性もあるかもって、結構前から話し合ってたんだよねー」

 

「……へ?」

 

 え、なにその『わたし達』って。ちょっと危険な香りしかしない単語なんですけれども……

 

「ねぇねぇ香織、今から面白い話きかせてあげよっかー」

 

 なにそれ絶対面白くなさそう。でも聞きません結構ですって選択肢なんてあるはずもなかった。うん知ってた。

 

 そしていろはは私からの返答など一切待たずに勝手に語りだす。私にとって絶対にろくでもないであろうあの人達との会話を……

 

 

× × ×

 

 

『ではでは、わたし達はここに一時的な同盟を結びます!』

 

『ええ』

 

『うん。あたし達は、ヒッキーが絶対に逃げられないように、卒業式にみんなで告白する!』

 

『ですです! その結果がどう出ようと、うらみっこ無しですよ? 雪乃先輩、結衣先輩』

 

『あら、まるであなたが勝つかのような言い方ね、一色さん。ふふふ、面白いじゃない』

 

『ひ、ひぃぃ……! ぐっ、で、でも絶対に負けないですし、それで間違いではないですよー……』

 

『あたしだって絶対に負けないかんね!』

 

『由比ヶ浜さん。いくらあなたでも、勝負な以上は容赦はしないわよ』

 

『望むとこだし!』

 

『…………と、それはそれとしてですねー、ま、大丈夫だとは思うんですけど、ひとつだけ不安要素というか心配事がありましてですねー……』

 

『……家堀さん、ね』『……香織ちゃんだよね』

 

『……そーなんですよー。あの子、ちょー先輩大好きですし、抜け駆け出し抜き上等じゃないですかー? でも香織は奉仕部じゃないから、この同盟に入れるわけにもいかないですし』

 

『……一色さん……あなたも奉仕部部員ではないのだけれど……』

 

『あ、あはは〜……ま、まぁいいじゃないですかー。……で、ですね、あの子はこの先も絶対に暴走しちゃうと思うんですよね。……そりゃわたしもそれなりに牽制はしてますけど……でも……』

 

『……ええ、そうね。彼女の気持ちは彼女だけのもの。いくら恋敵とは言っても、彼女の想いや行動を私達が制限してしまってもいいという謂われはないものね』

 

『ですです』

 

『だよね、そんなのあたし達のエコだもんね』

 

『……由比ヶ浜さん』

 

『……結衣先輩は……地球に優しいんですね……』

 

『……? えへへ、なんか褒められちゃった!』

 

『……』『……』

 

『ま、まぁ結衣先輩はこの際どうでもいいとして』

 

『あたしどうでもいいんだ!?』

 

『まぁ、そんな感じなんですよー……だからわたしは香織の邪魔は出来ませんし、本人の自由にさせとくつもりではあります』

 

『……そうね』『……うん。それでいいと思う』

 

『……で、なんですけどー……もし、もしもですよ? もし卒業式前に香織が先輩を落としちゃったら、どうします……?』

 

『……あなたがそんな風に言うということは、それなりの根拠があるということね……』

 

『……はい。まぁ根拠とは言えないんですけど、ほら、先輩って極度のお人好しな上に年下好きじゃないですかー。……香織は年下な上にかなり残念な子なんで、先輩にとっての“ほっとけない可愛いヤツ”になると思うんですよね。それにかなり真っ直ぐな子なんで、下手したら先輩の他人なんか信用しないぜオーラを無理やり抉じ開けちゃうかもしれないなー……と……』

 

『……そう、ね。家堀さんなら、もしかしたら比企谷くんの強固な壁を壊してしまうかも……しれないわね……』

 

『……うん。香織ちゃんて真っ直ぐな上にすっごい積極的だもんね。……もしかしたらヒッキーが信頼するのって、ああいう子なのかも……』

 

『……そうなんですよー。少なくとも現時点でさえ、先輩ってかなり香織に気を許してますし……やっぱあの残念さと趣味の一致がかなり強いと思うんですよねー……』

 

『……そうね』『……だね』

 

『……で、そのもしもが起きちゃった場合、お二人はどうしますか……?』

 

『……どうする? ……そうね、悔しいけれど、確かに彼女のことを認めている部分もあるわ……少なくとも対比企谷くんに関してで言えば、彼女のあの半ば強引で純粋なやり方の方が、彼に対しては有効なのかもしれない。……ああいうやり方が出来る彼女を、羨ましく思わないこともない……私には、無理だから……』

 

『ゆきのん……』『雪乃先輩……』

 

『でもね? 私を誰だと思っているのかしら。どうするのかなんて、わざわざ聞くまでもないでしょう? …………………………………………ふふふ、全力で叩き潰すわ』

 

『ゆきのん笑顔が超恐いよ!?』

 

『……あら、ならあなたはどうするつもりなのかしら由比ヶ浜さん』

 

『……そ、そんなの決まってるし! あ、あたしだって叩き潰すもん!』

 

『……そ、その豊かなお胸で叩き潰されたら、香織圧死しちゃうかもですね……』

 

『セクハラだ!?』

 

『……そもそも言い出しっぺの一色さんはどうするつもりなのかしら? 大人しくお友達に譲ってお仕舞いにするつもり?』

 

『はい? ふふ、そんなの決まってるじゃないですかー? …………プチッと潰しちゃいます♪』

 

 

× × ×

 

 

「ってことがあったんだー」

 

 やだなにそれ聞きたくなかった! 私あの人たちに全力で潰されちゃうのん!?

 

 ふ、ふふふ……私ってば、いつの間にか総武高校を代表する美女たちに、こんなにも警戒される存在になってたのねっ……

 いやん香織ちゃんたら大出世! (白目)

 

「まぁあんな同盟を組んでたものの、実際先輩が雪乃先輩か結衣先輩を選んじゃったら、もう巻き返せないかもとか思ってたんだー。だからどうとでもなりそうな香織が相手だったら、むしろラッキー的な? 香織でいいってコトは、それはつまりあの二人じゃなくてもいいってことだし?」

 

 酷い!? いくらなんでもそりゃないぜベイベー。

 

「や、やー……き、気持ちは分かるけどー、さ、さすがに私の前で堂々とそういうこと言うのはどうなの……かな? ……ほ、ほら私、一応比企谷先輩の……か、彼女だしー?」

 

 うひゃっ! つい自然に言っちゃったけど、先輩の彼女とか、やっべ! 超照れまくりっしょ! 思わずもじもじしちゃうぅ〜!

 

「……チッ」

 

 ひぃっ! すいませんんん!

 

「……でもさ? 残念ながら香織がわたし達に示してくれたんだよ? 恋はバトルだ略奪上等だ! ってね。まさかわたしに悪いと思いながらも抜け駆けしまくってた香織が、今さら彼女ヅラして正論述べたりしないよねー?」

 

「ぐはぁっ!」

 

 Oh……こいつぁとんだ落とし穴だぜ……!

 まさか今までの自分の行動が自分の首をきゅきゅっと締めあげるだなんて!

 

「ま、そーゆーことっ。言っとくけどわたしだけじゃなくて、これは雪乃先輩たちの総意でもあるわけだし、卒業式過ぎたら香織とか関係なく、わたし達ちょー攻めまくるからねー」

 

「……」

 

「と、言うわけでー」

 

 そしていろははすっと右手を掲げ、絶妙な角度で腰を曲げる。そう、これは……

 

「短い春だろうから、そのあいだ“だけ”、先輩をよろしくでーす☆」

 

「……か、かしこまっ……(白目)」

 

 

 真冬の屋上、寒風吹きすさぶ中、とびっきりの素敵な笑顔で敬礼ポーズをびしっと決める肉食ハンターと、仔犬のごとくプルプル震えてかしこまポーズを決める弱々しい獲物のとってもシュールな絵面は、もう伝説級の名シーンとして後世へと語り継がれていくことでしょう……

 

 

 拝啓お母さま……どうやらゴールと思われた比企谷先輩とのお付き合い開始は、次なる戦い(一方的な虐殺)に向けての単なる序章だったようです……

 

 

 敬礼を終えたいろはは無言で踵を返す。ガンッと殴られ、ばったーん! と、壊れそうな勢いで閉められた扉を放心状態で眺めながら、私 家堀香織は思うのです。

 

 

 なんだ、やっぱいろはマジギレしてんじゃん。あんな無理矢理な笑顔を張りつけて強がってたけど、ホントは超悔しいんだろうな……もしかしたら、今夜はベッドで大泣きとかしちゃうのかも。

 ……それなのに、私を殴りも私と絶縁もせず、元気一杯に宣戦布告をしてくれた一色いろはという強く優しい素敵な女の子に感謝……!

 でも、私だって伊達に比企谷先輩ラブじゃないんだからね!? 絶対に譲ってやんないかんね! ってね。

 

 

 ──はぁ……どうやら比企谷先輩の彼女になれたのは、あの人たちから見たらほんの一歩のリードができただけに過ぎないみたいだけど、でも……でも!

 比企谷八幡は誰がなんと言おうと私のもんだぁぁー! ぜーったいに負けるもんか! どいつもこいつもかかってこいやぁ!

 

 

 

 

 ……あ、すみません調子に乗っちゃいました。出来ればかかってこないでいただけると、私すごく助かっちゃいますっ! かのペロ☆

 

 

 

 

ハッピーエンド♪

 






と、言うワケで…………ありがとうございました!!

思えば乙女が仕事熱心な家堀香織は、第一回ヒロインアンケートにより生み出された、いやさ読者さまによって生み出されたキャラクターでございました!
そんな香織も、この第二回ヒロインアンケートでも読者さまに選んでいただけたことにより、ついについに春を迎えることができました(*^_ ’)
(アレを春と見るか地獄の幕開けと見るかはあなた次第☆)

ここまで来るのに話数で言えば実に14話!
でもそのうち15000文字超えが2話とかあるんで、文字数だけで言えば下手したら余裕で20話以上??
(てか何文字あるんだ?これ……)
これもう香織で長編一本じゃん(驚愕)
短編集どこいった?


それもこれも、元々はモブオリ主にしか過ぎなかった家堀香織というオリキャラを愛してくださった皆々様のおかげでございます♪
本っ当にありがとうございました!


これにてデレ香織の珍道中は無事に旅路を終えたわけなのですが、まぁ気が向いたら……もしくは産みの親として愛娘の香織とまた会いたくなったとしたら、死のプレッシャーを掻い潜りつつ八幡との愛を必死に残念に深めていく、(原作ヒロインたちからしたら)ラブリーチャーミーな敵役、家堀香織のその後なんかを書いてしまうなんてことも……?なきにしもあらず?いや、ないな(笑)



てなわけで香織SSも後書きも無駄に長くなってしまいましたが、またどこかでお会いいたしましょう(^^)/~~



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恋するオリ乙女たちの狂宴 〜あの八幡を鳴らすのはあなた〜 【前編】


ハッピーバースデー八幡☆


今年は生誕祭を書くつもりは全く無かったんですけど、つい昨夜に思わず思いついて書いてしまいました(白目)
しかも急きょ思い立っただけなので、誕生日SSなのに今日終わらないわオチも考えてないわの酷い状態です(白目)



さて、この作品は八幡以外はオリヒロしか出てこない作品です。
しかも家堀香織と違って知名度の低いマイナーオリヒロ達なので、私の他の作品を読んでいない読者さまはバック推奨です><


それでもよろしい方のみ先へとお進みくださいませっ



 

 

 

「あっづ〜い……」

 

 ジリジリと照りつける太陽、ゆらゆらと揺らぐアスファルト。

 なにこの暑さ。なんなの? 夏なの? あ、真夏でした。なにせ今日は八月八日、まさに夏真っ盛り。

 

 そんな夏真っ盛りな夏休みの一日に、なぜ引きこもりぼっち女子たる私が柄にもなく外出なんかしてるのかといえば……おっと危ない、つい昔のクセでぼっちとか言っちゃったけど、今の私はぼっちとは無縁のリア充美少女JKだった。ふぅ、あっぶね。

 そんなリア充美少女JKたるこの私がなぜ外出しているのか、まぁ……なんていうか……暇だったから。全然リア充じゃなかった。

 

 だぁってさぁ、私の唯一の心の友(友達以上恋人未満☆)の比企谷君が遊んでくんないんだもん!

 ま、まぁ? 比企谷君と友達になってから早四ヶ月くらい経ちますけども? それなりに遊んだりしてますけども?

 でも夏休みは遊んでる場合じゃねぇだろとか言いやがってあの野郎。ぜんっぜん遊んでくんないでやんの。最後に会ったの二週間くらい前だっけ。それホントに友達以上なのかよ。

 ふぇぇ……比企谷君とイチャコラして遊びたいよぅ……! プールとかでセクスィーなビキニとか着て、自慢のダイナマイトバディを惜しみなく晒して誘惑したいよぅ……!

 あ、ダイナマイトって言っても爆発しちゃいそうなほどのワガママボディって意味じゃなくて、よく漫画なんかで出てくるろうそくみたいな形のダイナマイトの寸胴フォルムをイメージしてください。全米が泣いた。

 

 

 そんな貧相バディの自虐ネタを惜しみなく挟みつつ千葉の街を闊歩する私 二宮美耶は、海浜総合高校に通う三年生である。……暇だからとか遊びたいじゃねぇよ、勉強しろよ。そりゃ比企谷君も遊んでくんねーよ。

 

 いやいや、勉強漬けな毎日のほんの息抜きだよ? ホントウダヨ?

 そして本日のそんな息抜きに選びましたのはココ駅前の本屋さんである。

 サブカルチャー大好き女子としましては新しい漫画やラノベとかも欲しくなりましたし、何よりもこの本屋さんという空間はワクテカなのである。だって本の虫の比企谷君と偶然の出逢いの可能性が微レ存ですもん。

 

 愛しの比企谷君どっかに居ないかなー? なんてキョロキョロと辺りを窺いながらラノベコーナーへてくてく歩いて行くと……なんと! なんとそこにはアイラブ比企谷君がラノベを品定めしてたんですっ!

 

 

 ……………女連れで。

 

 

 

 おいおい比企谷君よう。キミ、勉強しろよとか言って遊びに応じてくれませんでしたよね。

 なんという裏切り行為! あまりのショックにドキがムネムネしちゃうぅ……!

 

 ……そしてあの女だれよ。雪女でもやっはろーでもあざと会長でもないあの女っ……!

 

 茶髪ショートボブの、輝くような笑顔の女の子。そしてあの通常体勢からの流れるようなかしこまポーズ…………ん? かしこまポーズ……?

 

 ってオイオイ、あの子いつぞやのかしこまっ娘じゃねぇかよ。やっぱ比企谷ハーレムの一員だったのかよチクショウ!

 

 

 ああ……どうしよう……胸が苦しいよぅ……

 なんで? なんで比企谷君は私の誘いを断ってかしこまってるの……?

 

 ……だから私は……っ

 

 

 

「やっほー比企谷くぅん! ひっさしぶりぃ」

 

 

 昔取った杵柄のあざとさ全開で邪魔してやることにしたの♪

 ええ、通常の三倍の速度で迫ってやりましたよ。

 

 

× × ×

 

 

 私のお邪魔特攻でヤツは超苦い顔をした。かしこまっ娘が。

 

「ん? おう二宮か。なんだ? お前も参考書探しにきたのか」

 

「へ? ……あ、うんうんそうそう!」

 

 言えない……受験生なのに暇潰しにラノベを探しにきたなんて言えない……! って……んん?

 

「いやいや二宮“も”って!? 比企谷君ラノベ見てんじゃん!」

 

「ん、ああ。それはコイツがな」

 

 そう言って親指でちょちょいとかしこまを指差すと、

 

「ど、どーもー……家堀香織と申しますー……」

 

 引きつった笑顔を前面に出しつつ、かしこまっ娘はペコリと頭を下げた。

 どーもーとか言いながらコイツ私のこと絶対覚えてるでしょ、この警戒っぷり。

 

「こ、こんにちはー……えと、二宮美耶でーす……」

 

 なにこの笑顔でテーブルの下で蹴りあってるみたいな緊張感。

 これが若さゆえのなんとやらか……

 

「コイツこんなリア充丸出しな見た目のくせにオタクなんだわ。勉強で忙しいっつってんのに、今日はどうしてもラノベを見繕って欲しいってしつこく泣き付かれてな。まぁ俺も参考書見たかったし、そのついでだ」

 

「わ、私オタとかじゃないですから!」

 

 いえいえもう知ってますんで。お気になさらずにー。

 

「あ、今のコイツのネタだから気にしなくていいから」

 

「だからネタじゃないってばぁぁ!」

 

 なにこれ。なんで大好きな男の子の夫婦漫才見て微笑まなくちゃなんないのん? これなんて拷問?

 

 とは言うものの、私はこのやり取りで胸を撫で下ろす。この撫で下ろしやすそうな慎ましやかな胸を。全米が以下略。

 

 

 ──あー、びっくらこいたぁ。どうやらデートとかじゃなくて、単にこのかしこまっ娘……香織ちゃん? のワガママで外出しただけっぽい。比企谷君ってばシスコン拗らせてるから、年下に泣き付かれたら断れなかったんだろうね。

 なんで今日この日にわざわざ泣き付いたのかは知んないけども、今日ばかりは香織ちゃんにお礼を言わねばなるまいね。なにせラブ谷君に会えたんだもーん。

 

「家堀、こう見えても二宮もオタクだから気にしなくて大丈夫だぞ。なんなら意外と話が合うんじゃね?」

 

 飛び火が来た!? いやまぁオタクだけどさ。

 ていうか、私がオタクと聞かされて『ああ、やっぱり』みたいな顔すんなよ? この小娘が。

 まぁ胸部は私の方が小娘なんだけど。……もう自分を貶めんのやめようよぅ(涙目)

 

「よ、よろしくねー、家堀さん。あ、なんなら比企谷君じゃなくて私がラノベ見繕ってあげよっかー?」

 

「い、いーえー、お構い無くー……」

 

 邪魔してやりたい私と邪魔されたくない香織ちゃんの、未だ続く机の下の蹴り合い。女ってコワイ。

 おっと、他人事みたいに言ってるけども、私が先制攻撃を仕掛けたんだった。

 

「よ、よし! じゃあ行きましょうか? 比企谷先輩っ」

 

 !? こ、こいつ、場の流れとか関係なくいきなりぶった切ってきやがった!

 フッ、逃がさんよ。

 

「えー、せっかくだし私も入れてよー家堀さーん」

 

「いやいや大丈夫ですー」

 

「えー? 大丈夫ってことは私も交ざっちゃってもいいってことだよねー?」

 

「いーえー、そっちじゃない方の大丈夫って意味ですよー? 二宮先輩ー」

 

 ぐぬぬ……こ、こいつなかなか強情だな。

 にしてもちょっと強情過ぎない? この子。いや、そりゃまぁせっかく連れ出せた比企谷君との一夏のアバンチュールを邪魔されたくない気持ちは分かるけどさ。……もしかして今日って、なんかあんの……?

 

 てかまさかこの元ぼっちな私がリア充JK(かしこま)と男の取り合いをする事になるとは……人生って分からないもんだ。

 

 そんな美少女二人が笑顔で蹴り合ってると、なぜだか比企谷君が一歩だけ後退った。

 どしたの? とチラリ視線を送ると、なんか私達を見て引きつってました。

 やだ! 蹴り合いがテーブルからはみ出しちゃってたみたい!

 

「……わ、悪い。ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 私達のにこやかな社交辞令に青ざめた比企谷君は逃げ出した! ヤバいこの人このまま自宅のトイレまで逃げ出しちゃうんじゃない?

 しかし比企谷君は逃げられない! なぜなら敵に周りを囲まれてしまったからだ。

 

「比企谷せんぱいっ、じゃあカフェ行きましょうよカフェ! そこでトイレ借りればいいですってば」

 

「比企谷君! じゃあどっかお店寄ろうよ! そこでお手洗い借りたらいいよー」

 

 アイコンタクトを交わし、途端に協力的になるオタガールズ。

 やるな家堀香織。比企谷君の行動パターンを理解していやがる。

 

 そう感じたのはヤツも一緒らしく、比企谷君の逃げ道を塞ぎながらも原監督ばりのグータッチでお互いを称え合う。

 

 

 

 そうして謎の協力体制を取った私達は嫌がる比企谷君の体を強引に辱め、駅前のカフェへと向かうのであった。

 あーれー、ごむたいなー。

 

 

× × ×

 

 

 逃げられないようカフェに入店してからトイレに赴くのを許可し、二人きりになってから「先日はどうもー」「いえいえー」なんてよそよそしい挨拶だけ交わし、現在私と香織ちゃんは「んん! ん!」とわざとらしい咳払いをしながら無言で牽制しあっている。

 

「……えっと、二宮先輩は受験生ですし、勉強忙しいんじゃないんですか? 早く帰って受験に控えた方がいいですってー」

 

 と、無言の牽制では埒が開かないと感じ取ったのか、直接的に帰れと言ってきましたよこの子。

 ……ほっほう、後輩だと思って優しくしてやってればこの小娘め。

 

「まぁ確かに勉強大変なんだー。なにせ比企谷君ってああ見えて頭いいじゃない? 来年は同じ大学に通っているだろう身としては、これがまたなかなかに厄介なんだよね♪」

 

 

 そんな挑発的な後輩へ、同級生である事のアドバンテージを十分に生かした宮田君ばりのライジングカウンターをねじ込んでやる。

 

「ぐぬぬ……!」

 

 どうよ。後輩では決して立ち入れないこの領域。

 いろはすちゃんであれ香織ちゃんであれ、年下を武器にしてるあなた達には絶対に真似出来ない、キャンパスライフ一年分のアドバンテージという強固な攻撃の味は。

 フッ、ちょっと大人気なかったかしらね。

 

「……ま、まぁ受かればの話ですよねー。なにせ私達総武なんで、目標大学は海浜さんより結構高いと思いますけど〜」

 

「ぐはっ」

 

「それでも比企谷先輩との大学生活を本気で狙ってるんなら、やっぱ早く帰った方がいいですって」

 

 ちっくしょー! 高校の偏差値がなんぼのもんじゃ! 私だってあと一歩で総武通えたはずなんだからー!

 

「ま、まぁ? 総武って言っても由比ヶ浜さんだって居るくらいだし……?」

 

「……ああ、うん、ですね……」

 

 納得しちゃったよ。

 まぁ受験の時は由比ヶ浜さんが受かって私が落ちたんですけどね(白目)

 

 

 なんという不毛な争い。こんなの誰も幸せにならないよ。

 とりあえず受験の話はよそうかな……

 

 あ、そういえば。

 

「そういえばさぁ、今日ってなにかあるの? 家堀さん、無理やり比企谷君を引っ張り出したみたいだし私をとっとと帰そうとするし」

 

「……え、知らないんですか?」

 

 え? やっぱり本当になにかあるの?

 きょとんと首をかしげるくらいだし、よっぽどの事があるんだろうか。

 

「……む、教えてあげるのもアレなんですけど……なんかこういうのってズルいですからね。私も比企谷先輩に直接教えて貰えたワケではないので。……えーとですね。今日八月八日は、比企谷先輩の誕生日なんですよ」

 

「うそっ……ホント……!?」

 

 ちょっと比企谷くーん? 私って比企谷君の唯一無二の友達だよね? なんで教えてくれないのーん?

 

 あ、私も教えてなかったや。だ、だってさ、自分からわざわざ誕生日教えるとか、「プークスクス、なに期待しちゃってんの?w」とか思われちゃいそうで恥ずかしいんですもの。

 だから比企谷君教えてくれなかったのかー教えてくれなかったんだよねーそのはずだよね? ね?

 

「ああ、だから家堀さんはさっきから邪魔者を撒こう撒こうとしてんだね。やっぱ奉仕部とかいろはすちゃんにも内緒で出し抜いてるってカンジ?」

 

「い、いやだなぁ人聞き悪いですよー。……そ、そういう二宮先輩だって、いろはから色々聞いてますよー……? 海浜の泥棒猫とかなんとかー」

 

 

「アハハ〜」

 

「ウフフフ」

 

 

 ……こいつ、今日キメる気だな……? まさかそのリア充らしいシャレオツな私服の下にリボンとか巻いてんじゃないでしょうね。私脱いだら凄いんですとか、あなたちょっとやり方が古典的よ?

 これだからオタク女の思考回路はショート寸前なのよ、まったく。

 

 

 ……これは二人きりにさせるワケにはいかないでしょう! 雪ノ下さんや由比ヶ浜さん、いろはすちゃんの名に掛けてっ(棒)

 そして隙あらば私が二人きりになって、私をプレゼントしちゃおっかなフフフ。まぁ私のバディはリボンでラッピングしてもたかが知れてるけども。

 もうやめてぇ……私〜……!

 

 

 

 ん? そういえば比企谷君帰ってこないな。おっきい方かな?

 なんてお下品なことを考えてたら、ようやく比企谷君が帰ってきたみたい。

 

 ……って、え……、ちょ、ちょっと……!?

 

 

「あ、あれ……? 香織ちゃん……? と、お友達、かな。もしかして比企谷先輩、香織ちゃん達と一緒だったんですか?」

 

「なっ!? え、なんで……!?」

 

 香織ちゃんが目を見開いて愕然としてるけど、それは私も一緒だよ?

 だって、トイレに行って帰ってきただけのはずの比企谷君の隣に、ぽわぽわな空気をまとったサイドポニーの美少女天使がちょこんとくっついていたのだから……

 

 

「な、なんで愛ちゃんが居るのん……?」

 

 

 そう言って香織ちゃんは静かに息絶えた。

 死んじゃうのかよ。

 

 

 

 

 

 

続く

 





折本SSをお読みでない読者さまは大変ご無沙汰しております!
しっかしひと月以上ぶりの更新がコレか……



というわけで今回の主役は【私の間違ってしまった青春ラブコメはもう取り戻せないのだろうか】という作品のオリジナルヒロイン、二宮美耶(にのみやみや)という女の子でした!
お気に入り数がこの短編集の半分以下の作品のヒロインなので、知らない読者さま本当にスミマセン><

ちなみにそちらの作品内でちょっとだけ香織も出したので、今作で一応顔見知り設定です(^皿^;)


そしてラストに出てきたのが、こちらもまた別作品のオリヒロ、愛川愛(あいかわまな)という女の子です。

実は以前からこの三人のカラミを書いてみたいなぁ……と思ってたんですが、気が付いたらこの短編集のUAが100万超えてまして、急きょ昨夜『あ、じゃあせっかくの記念だし八幡生誕祭で書いちゃうか!』と思い立った次第であります(苦笑)


前書きでも述べましたが、時間が無かった為に誕生日更新で終わらせることが出来なかったんで(オチも不明)、なんとか誕生月以内には後編を更新したいと思っておりますm(__;)m
(すでに生誕祭SSの体を成してない汗)


ではではハッピーバースデー八幡☆




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恋するオリ乙女たちの狂宴 〜あの八幡を鳴らすのはあなた〜 【後編】




ハッピーバースデー八幡!


ホントすみませんorzすでにこれは生誕祭SSでは無いですね(白目)
結構気合い入れて書いてた長編を終わらせたら燃え尽き症候群になってて、しばらく放置してしまいました(吐血)


それではどうぞ!




 

 

「初めまして、愛川愛と申しますっ。そうなんですね〜、二宮先輩は比企谷先輩の中学の同級生なんですか〜。……わ〜、ちょっと羨ましいかもっ……」

 

 ちょっと愛川さんとやら? 最後にぽしょりと付け加えた一文が丸聞こえなんですが。

 ホラ……比企谷君も真っ赤になっちゃってるじゃない……! え、なにこれ天然なの?

 

 

 

 私は今、初顔合わせとなった総武高校二年生の女の子に自己紹介されている。

 

 てかなんで普通に同席してんでしょ。あなた自分の席があったんじゃないの?

 しかもあとから来たクセに普通に比企谷君の隣に陣取ってるし。

 

 なんで私は香織ちゃんと肩寄せ合ってるのん?

 

 

 

 ──どうやら比企谷君がトイレから出た時にこの愛ちゃんて子が洗面台でメイクを直してて、せっかくだから付いてきたらしい。

 ナチュラルメイク過ぎて、どっか直す必要性あるの? ってくらいだけど。

 こんなにナチュラルメイクなのにわざわざ直すとか、まるでデートの待ち合わせ時間直前の女の子みたいなんだけど、もしかしてこれからデートだったりするのかな?

 ってそんなわきゃーない。どう見てもこの子の想い人って我が愛しの王子様だもん。だってそれは、へんじがない、ただのかしこまのようだ、な隣の女の子がソース。

 ……マジですか比企谷君。あなたまたハーレムを広げたの? なんでこんなに可愛い子ばっかり……

 でもこのリア王はあれだけ美少女に囲まれてるってのに、なんで香織ちゃんは今さらこんなにビクンビクンしてんだろ。

 いやまぁそんな美少女達を出し抜いてようやく誕生日デートをもぎ取った矢先に、次から次へとこうも刺客が送り込まれれば白目も剥きたくなるだろうけどさ。

 

 しかし、そんなかしこまがようやく再起動。

 愛ちゃんとやらに向けて疑問を投げ掛ける。

 

「……ねぇ、えと、なんで愛ちゃんこの駅前のカフェに居たの? 確か愛ちゃんちって、いろはんちの方だよね……?」

 

「ひぇ……? 」

 

 その疑問に明らかに動揺を隠しきれない愛ちゃん。

 あ、そう言えば前にどっかで聞いたな。確かいろはすちゃんちって、モノレール乗った先にあるとかなんとか。

 確かに家がそっちってことは、なにかしらの理由でもなければココには居ないはず。友達でも近くに住んでんのかな?

 

「……え、えへへ……ちょっとお散歩してたら、気付いたらここに居たの……!」

 

 はいダウト出ました。

 真夏の真っ昼間に何時間散歩すりゃ気付いたらこんなトコにいんのよ。夢遊病患者だって途中で脱水症状になって気が付くレベル。

 

「いやいや愛川、ちょっと散歩ってレベルじゃねぇだろ……なに? 趣味は競歩?」

 

 と、さすがの比企谷君も全力でツッコむ。ただこんな可愛い女の子に向かって「趣味は競歩か?」と聞く比企谷君マジ男前。

 ちなみに香織ちゃんは愛ちゃんのお間抜けな言い訳に開いた口が塞がらない模様です。

 

「ち、違うんでしゅよ……! あ、あの、ちょっと午前中に学校に用事がありまちてっ……が、学校からお散歩って意味なんでちゅ……す」

 

 しゅとかちゅとかわざとやってんのこの子? 反則すぎな噛みっぷりだろ。真っ赤な顔して慌てちゃって、もう可愛いすぎて殴りたい。

 いや、まぁ私も未だにリア充に話し掛けられると緊張して噛んじゃうけどさ、これはさすがに反則だって。

 この子は比企谷君に不意に話し掛けられると、緊張して噛んじゃうのかな? なんで私の無惨な噛みっぷりと違ってこんなに可愛いんだよちくしょう。

 

 

 ……なんだろうかこの子。なんか、私の周りの……てか比企谷君の周りに居る子たちとはなにかが違う。

 

 なんていうか……正統派?

 だってさ、私の周りにいるヤツって言ったら、デリカシーゼロなフリーダム星人の折本さんと仲町さんじゃない?

 んで、比企谷君の周りに居るハーレム要員って言ったら、とにかく一癖も二癖もある変な子たちばかり。

 ツンデレDV雪女は居るわアホおっぱいは居るわ小悪魔の皮を被った鬼は居るわ。あと爽やかホモイケメンも居たわね。

 おまけに残念隠れオタクに脳内暴走ぼっちと来たもんだ。なにこの色モノ集団。

 やだ! 色モノ集団の中にナチュラルに自分も入団させちゃってた!

 

「いや、まぁ確かに学校からなら歩けない距離じゃねーけど……熱中症とか気を付けろよ?」

 

「〜〜っ! ……えへへ〜、はい! ありがとうございますっ」

 

 あらあらまぁまぁ、比企谷君に心配してもらって嬉しそうなこと嬉しそうなこと。

 つか比企谷君さぁ、あんたなに自然の流れでスケコマシてんの? なんか愛川さんに甘くない? てかさっき本屋で出会った時、私にそんな優しい声かけてくれてなくね?

 

「でも去年まで女マネで真夏だって校庭で走り回ってたんですよ? ふふっ、だからこんなのぜ〜んぜん平気ですっ」

 

 ぴこっと人差し指を立てて可愛くウインクする愛川さんに、「お、おう、そういやそうだな……」と照れたご様子で愛川さんから目を逸らす比企谷君。

 

「比企谷先輩こそとっても珍しいですよね、こんなお昼からお外に出てるだなんて。普段お外に出てないんですから、先輩の方こそ熱中症とか気を付けた方がいいですよ〜?」

 

「……おう、ま、問題ない」

 

「ふふふ」

 

 うん。いたずらっぽく微笑む天使の笑顔にはにかむ王子様の構図ですね。

 

 ……あっれー? なにこのデレデレっぷり。こんな比企谷君見たことないんだけど。

 

 

 そしてなによりも問題なのは、えっとぉ……私と香織ちゃんの霊圧が完全に消えちゃってるのよね、さっきから。なんなの? 邪な私達は浄化されちゃったの?

 ハッ!? だから香織ちゃんさっきビクンビクンしてたのか! この子が居ると自分が空気になっちゃうって分かってたのね!?

 

「……えと、夏休み中もお勉強の方、順調に進んでますか……? 正直、こればっかりは私にはなんにもお手伝い出来ないんで心苦しいです……」

 

「おう、まぁ順調だから気にすんな。てか愛川に心配されるような学力じゃねぇっつってんだろ? 余裕だ余裕」

 

「ふふっ、それはどうですかねぇ。まったくー、先輩が数学捨ててなきゃ、もっと大学の選択肢だってたくさんあって、こんなに心配しなくても良かったんですよ? 今からでも数学やる気があるんなら、私が教えてあげますからねっ」

 

「……なんで後輩に教えてもらわにゃならんのだ……まぁ、なんだ……ありがとな」

 

「……えへへ」

 

 未だ続く桃色天上空間。

 私は今、天界にて天使との邂逅をはたしてるのかな? 違いました、天使との邂逅にデレデレと鼻の下を伸ばしてる王子様にまとわりつく小バエでした。

 ……どうしよう。私ってば完全に卑屈になりだしちゃったわ? これはイカン。

 

 でも、確かに正統派な天使ちゃんにしか見えないんだけど、なんかちょっと引っ掛かるというか……やっぱりどこか一癖か二癖はありそうなのよね〜、この子も。

 

「す、すいませーん……わ、私もちょっとトイレ行ってきますー……」

 

 と、ここで香織ちゃんが一旦撤退する模様です。

 そりゃね? これはちょっと居たたまれないわ。

 私、ここにひとりで残されてどう抵抗すればいいんだろうか……これはキツい……! だが負けるわけにはゆかぬ……!

 

 と、不意に制服の袖が引っ張られた。

 はて? とそちらを見ると、香織ちゃんが袖をつまんでくいくいと引っ張っていた。

 

 「なによ……?」と目線だけで伝えると、香織ちゃんは顎をクイと上げて、「お前も来いや」と無言で私を促す。その間、実に0,1秒のアイコンタクト。

 達人かよ、通じ合いすぎだろ。

 

「わ、私も行ってこよっかな〜……」

 

「はい」

 

「おう」

 

 そして私達は桃色空間からのデレデレな念を背中に感じつつ、仲良く連れショ……連れお花摘みに興じるのであった。

 

 

× × ×

 

 

「……どうかしたの? 家堀さん」

 

 仲良く無言のままトイレに入った途端に、私は早速香織ちゃんに訊ねた。なぜ私を連れ出したのかを。

 

「……二宮先輩をお呼びしたのは他でもありません……。お気づきかとは思いますが、アレはヤバいんです……」

 

 アレ。まぁアレとはアレの事だろう。

 

「いや、ヤバいのは薄々感じてはいたけどさ、そんなにヤバいの……?」

 

「それはもいマジヤバいです。どれくらいヤバいかって言うと、ハーレムの中でいろはが一番警戒してるってくらいヤバいです」

 

 なにそれヤバすぎィ!!

 だってあの子、私に対してもかなり警戒しまくってたよ? それはもう血ヘド吐いちゃうくらいに。私が。

 しかも一番警戒してんのが雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんでさえ無いんだ!?

 

「……えと、二宮先輩は……戸塚先輩って、知ってますか……?」

 

「戸塚君……!?」

 

「あ、知ってるんだ」

 

「……いや、ちょっとね」

 

 戸塚彩加。忘れるかよ、忘れるわけがないだろう、あの屈辱の日を……

 

 

 

 ──あれはそう。比企谷君と劇場版プリキュアを見に行った(泣き落とし&強制)帰り道の事だった。

 

『いやー、楽しかったね、比企谷君っ』

 

『おう、映画館で見たのは初めてだったが、やっぱいいな』

 

『えへへ〜、あんなの私が居なかったら、絶対比企谷君ひとりじゃ見にいけないんだからねー』

 

『……うっせ、お前が観たいっつうから来たんだろうが。……ま、まぁ、二宮が居て良か…………チッ』

 

『ふふっ』

 

『あれ!? 八幡!? わぁ! お休みの日に偶然会えるだなんて、ぼく今日はすっごく運がいいよ〜』

 

『と、戸塚!?』

 

『……誰!? ……まさかのボクっ娘……だと……?』

 

『お、俺もツイてるわ……で、今日は買い物かなんかか?』

 

『うん! ちょっと新しいラケット見に来てたんだぁ! 八幡は…………あ、も、もしかしてデートとかだった!? な、なんかお邪魔しちゃってゴメンね』

 

『ま、待ってくれ戸塚! それは誤解だ! すげぇ誤解! こ、こいつは中学んときのただの友達だ!』

 

『…………。ど、どーもー、比企谷君の中学のときの“ただ”の友達の二宮と申しま〜す……(白目)』

 

 

 ……やー、あの時はついに比企谷君の本命が現れちゃったのかと思っちゃいましたね。

 でも戸塚君と別れた後に、戸塚君が男だと信じられない事を聞かされて、私はさらなる絶望を知ったのだ。

 どうも、男の子相手に必死で「待ってくれ! 誤解だ!」と弁明されちゃう女でお馴染みの二宮美耶です。

 もう女のプライドズタズタだよ。許すまじ戸塚彩加! 許しちゃいけないのは比企谷君の方だろ。

 

「……ど、どうかしました? 二宮先輩」

 

「……あ、いいの。ちょっと女としての人生を振り返ってただけだから……」

 

「……ああ」

 

 納得されちゃったよ。どうやら戸塚君の被害者は私だけじゃなかったみたいで美耶安心。

 

「で、どーしていきなり戸塚君が出てくるの?」

 

「えっとですね……まぁ女としてのプライドをズタズタにされた二宮先輩なら分かってるとは思うんですが」

 

 うるさいよ確かにそうだけど余計なお世話だよ。

 

「比企谷先輩って、戸塚先輩が大好きじゃないですか」

 

「それはもうホントにね」

 

 もしも私が腐海の住人だったのなら、泣いて鼻血噴き出して喜んじゃうレベル。

 あいにく私はBLにはそんなに興味が無いからそこまで喜ばしいモノではないけれど。

 

「……でですね、……愛ちゃんってあの醸し出す雰囲気とかから、一時期私達の間では女版戸塚って呼ばれてた程の逸材なんですよ」

 

「……ハッ!?」

 

 そうだよ、なんで気付かなかったかな、あの桃色天上空間! そしてあの置いてきぼりの空気感!

 さっきの娘って、確かに戸塚君的オーラまとってたじゃない。

 

「……てことは……」

 

「そうなんです……あれだけ戸塚先輩が大好きな比企谷先輩が、愛ちゃんにデレデレにならないわけが無いじゃないですか……だから最重要警戒人物なわけなんです……」

 

 

 なんということでしょう……! まさかさらにこんな隠し玉があっただなんて……!

 隠し玉どころか本命の玉きちゃったよ。

 

 

「……しかも愛ちゃんって、バレンタインで比企谷先輩に告ってるし」

 

「ぶふぅっ!?」

 

 な、なんですと……!? 私と再会する前に告白され済みなのん?

 え? もしかして比企谷君ってすでに彼女持ち……?

 

「まぁなんと先輩は愛ちゃんを振ったらしいんですけどね」

 

「マジで!? あ、いや、そりゃそっか……」

 

 だ、だよね、私が告白した時、彼女が居るとか言ってなかったもんね……あー、ビビったわ。

 にしても女版戸塚君を振るのかよ比企谷君……どんだけ難攻不落な真ヒロインっぷりだよ。

 あ、なんかちょっと優越感。私って、そんな比企谷君に中学時代に告られてんだよね。まぁ振り返されちゃったけどっ!

 

「……あ、あれ? 振られたんなら、そこまで警戒する事もなくない……? 普通振られたらゲームオーバーでしょ」

 

 やだそれじゃ私もゲームオーバーじゃない。己の首を力一杯締めちゃった。

 

「いやいやいや、それあなたが言いますかね」

 

「……」

 

 かしこまからのさらなる追撃。やっぱ全部知ってるのね。

 

「……まぁ振られたくせに未練がましく先輩に友達申請して『あわよくば』を狙ってる二宮先輩にも感心しちゃいますけどー、」

 

 このかしこま、ちょいちょいトゲを入れてくるわね。もうテーブルの下の脛は痣だらけよ?

 

「……愛ちゃんはもっとパワフルなんですよ。あの子、もっと自分を知ってもらいたいからって比企谷先輩に宣言して、即日サッカー部退部して奉仕部に入部しちゃったくらいですから」

 

 そのセリフに私は驚愕の表情を浮かべる。

 あの子、ああ見えてすごい行動的なのね……

 

「でも、いろはのヤツがなにを一番警戒してるかって言ったら、戸塚先輩みたいな天使感でもなければ、そういった行動的なトコでもないんです」

 

 そう神妙な顔をする香織ちゃんに、私はゴクリと喉を鳴らす。

 まだなんかあるの……?

 

「……あの子、比企谷先輩に振られて、小悪魔属性まで身につけちゃったらしいんですよ……それもいろはみたいなのじゃない、天然の小悪魔力を」

 

 ……な、なんだよ天然の小悪魔力って。それもう小悪魔じゃなくて悪魔じゃん。

 

「天使と悪魔、まさに一人アロマゲドン!」

 

「……あ、うん、そうね」

 

 いや、ね? あなたがそれ大好きなのは分かったけどさ、そんなドヤ顔で力強く言われても、私プリパラそんなに詳しくないのよ。私アイカツ派だから。

 

 

「……と、まぁそんなわけで、愛ちゃんはマジでヤバいんですよ……さすがの比企谷先輩も小悪魔に目覚めてからの愛ちゃんの押しにはあの通りタジタジでデレデレでして……」

 

 ……た、確かにそれはかなりヤバいよね。

 なにせあの戸塚君を女の子にしたような子に積極的に小悪魔的に攻められまくるだなんて、比企谷君からしたらとんだご褒美じゃない! むしろ未だ落ちてない奇跡。

 

「……ぐぎぎ……ちっくしょー……! せっかく魔王達出し抜いて二人っきりで誕生日祝っちゃおう☆ とか思ってたのに、なんでよりによって愛ちゃんが遠征してきちゃうのよー……! 二宮先輩だけならいくらでもどうとでもなったのにぃぃぃ……!」

 

 おい小娘、心の声が全部お口から出ちゃってんぞ。せめて二宮先輩のくだりは難聴系じゃなくても聞こえないくらい、もっと小声で呟きやがれよ。

 

「……と、言うわけで、どうですか二宮先輩。ここは一時休戦して、協力関係を築こうじゃありませんか」

 

「……えぇぇ」

 

 と、言うわけで、じゃないよ。いやいやあなたね、あんなこと考えてた抜け駆け上等女と協力関係なんて築けると思ってんの?

 

「むぅ……二宮先輩も見たでしょ……? 愛ちゃんの特殊能力、空気化施錠(エアーズロック)をッ!」

 

 なんだよ特殊能力エアーズロックって。ルビのふりかた酷いな。

 どうせ脳内では漢字で空気化施錠とか書いてあるんでしょ……? 敵を空気にして、その場から閉め出して鍵を掛けてしまう能力ッ! とでも言いたいんでしょ? ふざけたルビに使用しちゃってスミマセンでしたとオーストラリアさんに謝れ。

 まぁ確かにあの時の私達の空気っぷりは凄かったけど。

 

「前にあの能力でいろはも空気にされて、その場から閉め出されたらしいですよ……?」

 

「マジかっ!」

 

 うっそ……あの小悪魔の皮を被った鬼でさえロックされちゃうの? お、恐ろしい能力やで……エアーズロック……!

 

「それに確実に八幡生誕祭を祝う為に先輩達の地元まで遠征してきましたよ、あの子……!」

 

「う、うん、だろうね……。なんだよ散歩してて気付いたらここに来てたって。どんなドジッ娘だよ」

 

「でっすよねー……! しかも駅前のカフェでメイク直してたとか、あれ絶対先輩んちに乗り込む気でしたよ! 愛ちゃん恐るべし!」

 

 ねぇねぇ、あんたも十分恐るべしだからね? あんたも親友達を抜け駆けしまくった挙げ句、ラノベと泣き落としで釣ったんでしょ?

 「ふぃ〜、先手を取って連れ出せといて良かったですなぁ、あっぶね!」と、額の汗を拭っている香織ちゃんの自分の棚上げっぷりに私が額に汗しつつも考える。

 

 

 ──確かにこの子と協力体制を取るのは危険極まりない。いつ出し抜かれるか分かったもんじゃない。

 でも先ほどのエアーズロックを見ちゃうと、確かにアレはかなりヤバい。エアーズロック私の中でも定着しちゃってるよ(白目)

 誕生日を二人っきり(私達が居てもただの空気だもの)で祝わせちゃったりしたら、とんでもないポイントを愛ちゃんにゲットされちゃう気がする。比企谷君のあのデレッぷりは、最早比企谷ポイントカンスト寸前なんじゃないかと思わせる程の危険を孕んでるしね。

 だったら協力してエアーズロックを打ち破って、せめて私達も愛ちゃんと同等のポイントを稼ぐべきなのかしら……?

 

 ……そ、そしてあわよくば香織ちゃんと愛ちゃんを出し抜いて、比企谷君と二人きりになってぐへへへへ。

 

「もう! まだ迷ってんですか!?」

 

 いかに出し抜……協力するかを考えていたら、どうやら香織ちゃんは沈黙を否定と受け取ってしまったみたい。

 そして香織ちゃんは人差し指をぴっと立てると、私達のハーレム内に置ける切ない立ち位置を、無情に説明するのだった。

 

 

「……いいですか? 悲しい事に私と二宮先輩のハーレム内順位は最下層です。下級構成員です。旅団で言えばコルトピです。出番が無い内に、気が付いたら公衆便所で陽乃さん(変態奇術師)に汚物のように始末されてるレベルです」

 

 ホントに悲しいわ! そしてルビに寒気がしたんですけど。一体なんて文字に変態奇術師ってルビをふったの?

 てかコルトピ舐めんな? レア能力だから旅団内では生存優先順位は高かったし、一部では可愛いと人気だったんだからね!?

 

 

「……このままでは私達がいがみ合ってる内に愛ちゃんにポイントを荒稼ぎされる未来しか見えないんですよ! ここは嫌々ながらも手を組んで、みんなでポイントを分け合おうじゃないですか!」

 

 お前が嫌々ながらって言うなよ。まぁアレよね、同族嫌悪ってヤツよね。

 たぶんだけど、香織ちゃんの脳内でも私と同じような長い長い物語が繰り広げられてるような気がするよ。

 

「……ったく、仕方ないわね。今回限りの特別だからね? こんなサービス、滅多にしないんだから!」

 

「ふっふっふ」

 

 

 

 こうして私と香織ちゃんは、この場限りの協力関係を結ぶこととなったのだ。

 

「敵は愛川愛ちゃん唯一人! 愛ちゃんだけにポイント稼がせてなるものかぁ! おー!」

 

「おー!」

 

 

 

 ──ここに、対天使の最強ユニット 絶対無敵☆残念オタガールズ! が結成されたのである!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ところでさぁ家堀さん」

 

「なんですか?」

 

「具体的には何か策あるの?」

 

「そりゃもちろんですよー」

 

「なになに? どんなの?」

 

「愛ちゃんは初顔合わせの二宮先輩にかなり興味を持ってます。なので二宮先輩が愛ちゃんの注意を引いている内に、私が比企谷先輩をこっそり連れ出しちゃうぜ! って寸法ですっ」

 

「……なるほどー。…………で、連れ出した比企谷君と香織ちゃんが二人っきりになって、二人で生誕祭を楽しむって寸法かー」

 

「そう! まさにそれっ!!」

 

「……」

 

「……」

 

 

「……へぇ」

 

 

 

「………………てへっ☆」

 

 

 これはダメかも分からんね……(遠い目)

 

 

 

 

続く?

 







ありがとうございました!

なんでしょうかコレ。もう愛ちゃんの一人勝ちの未来しか見えないんですけどw
これトイレから帰ってきたら二人とも居ないかも(笑)


ぶっちゃけこの後の展開が一切思いつかないんで、これで終わりかも知れない……(苦笑)


またしばらく放置しちゃうかも知れませんがまた次回お会いいたしましょう(^^)/




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押し掛け魔王☆



ついに八幡生誕祭から逃げ出すという暴挙に出たどうも作者です。
生誕祭の続きは来年の八幡誕生日に上げます(大嘘)

と、途中まで書いたんですがネタが思いつかず筆が止まってしまったんで、いずれ筆が進んだらという事でオナシャス。


さて、そんな生誕祭を投げ出して気晴らしに書いた今回のヒロインとは一体だれなのか!?
(白目)




 

 

 

 キャンパスライフ。それはぼっちにとって優しい世界である。

 いやまぁ代返とかノートの貸し借りとか知り合いが居た方が何かと便利なのは確かだろう。

 

 だがそれは青春謳歌(笑)な凡庸学生の話であり、俺のような優秀な学生には当てはまらないのだ。

 

 友人との遊びに時間を取られるわけでもサークル活動に勤しむわけでもない俺のようなぼっちは、代返やらノートの心配などないくらいに時間が有り余っているのだから。もう単位取り放題。なにそれ泣ける。

 

「おーいハッチー」

 

 つまりそこさえ我慢してしまえば(我慢してんのかよ)、ここ大学という広大な空間はぼっちには暮らしやすい。

 

「なぁ比企谷ー」

 

 まぁ中学時代や高校時代にグループ関係を築いていて、いざ大学生になった途端に友達作りに失敗して図らずもぼっちになってしまった初心者ぼっちには辛い生活だろう。

 そいつらのような生温いニワカぼっち共は、学食で一人で飯食ってる所を見られたくなくて、ついには便所飯デビューを飾るなどという話を聞いたことがあるが、そんな大学生にして初めて便所飯を経験するような甘い連中と年季の入ったぼっちを一緒にしてもらっては困る。

 

「ねぇハッチー……?」

 

 長年培われてきたプロぼっちともなると、このキャンパスでのぼっちライフなどぬるいぬるい。

 なにせ学食にお一人様席とかあるんだもん。ぼっちに優し過ぎだろ、どんだけぼっちに過保護なんだよ。

 

「ねー八幡く〜ん」

 

 高校時代はさすがの俺も教室で一人で食うのはキツかった。思い出すぜ、ベストプレイスに逃げ込めなかった悪夢の雨の日を。

 マジで梅雨を殺したいと思ったね。

 

「ハッチー!」

 

 だが大学では一人で居ても誰も気にしないのだ。気にしてるのはニワカぼっち本人のみ。

 そう、このひとつの小さな街のごとき広さと人口を誇る大学では、どこの誰が一人で居ようが皆で居ようが、別に誰も気になどしないのである。ビバキャンパスライフ。

 

「ハッチー!?」「比企谷!」「なぁお前いい加減帰ってこいよ」「八幡くんどうせ聞こえてるんでしょ?」

 

「……チッ、あーうっせーなぁ……」

 

 

 だから俺にそんな至高のぼっちライフを返して!

 

 

× × ×

 

 

 大学に進学して早数ヶ月。

 俺はなんの疑いもなく今までと同じ静かなぼっちライフを送れるものかと思っていた。むしろ信じて疑わなかったまである。

 

 だがそんなことは無かった。

 中学や高校での狭いクラス内の閉鎖的な人間関係に比べ、多様性溢れる人種が集うこの大学生活では、俺のような捻くれぼっちを気に入ってくれる物好きな連中も少なからず存在した。

 いや、それを単に物好きと切り捨ててしまうのは違うのかもしれない。多分高校一年までの俺であれば、この物好きな連中でも俺など歯牙にもかけなかっただろうから。

 結局俺は……今の比企谷八幡は……あの場所で、あいつらで出来ているんだなぁなんて、つくづく感じてしまい思わず口角が上へと歪んでしまう。

 

「うっわ、ハッチーなんか笑ってんだけどー」「キモッ! キモカワ!」「おいお前ら比企谷泣いちゃうから」「そうだぞー、比企谷お前らの真意に気付かないんだから単なる悪口に取られちゃうぞー」

 

 うっせーな……なんで俺一言も発して無いのにディスられまくってんだよ。女子二人はなんか顔赤いし。

 

 

 ──とまぁ、どうしてこうなった? なんて嘆きつつも、なんの因果か俺は大学生活を意外にも満喫している。うるさいし面倒くさいけど、うん、まぁそんなに悪くはない生活だ。

 

 

 

 ……これさえなければ。

 

× × ×

 

 

「でさでさハッチー! 今日みんなで飲みに行くんだぁ」

 

 きましたわコレ。

 

「……ああそう」

 

「ああそうじゃないよー八幡く〜ん! たまには一緒に行こうよ〜!」

 

 そう。こいつらと過ごすようになってからというもの、かなりの頻度でこうして飲みに誘われている。未だほぼ行ったことないけど。

 

「……いや、今日はアレがアレでな……」

 

「もー! それってなんの用事も無いって事でしょお!? 八幡くんてばいつもそうじゃん!」

 

「そうだよハッチー! いーこーおーよぉ」

 

 だからそうやって毎日のように服を引っ張るのをやめなさい、このリア充ビッチ共が! 服にも耐久力ってものがあってだな……

 

 

 ……まぁこいつらの言う飲みってのはいわゆる合コンではなく仲間内での純粋な飲み会なわけだし、こうも毎日誘われてると、たまには行かない事もないかもな、なんて思ってしまいそうになることもなきにしもあらず。どんだけ行く気ないんだよ。

 

 だがしかし! ……マジで俺早く帰んなきゃなんないんだよ、アレがアレで……

 とてもじゃないが飲みに誘われている場合じゃないのだ。あるんですよ、ちょっと生命の危機的なヤツがね?

 

「おい、勝手に用事なんぞ無い事にすんな、俺には守らなきゃならないもんがあるんだ」

 

 いのちだいじに!

 

「どうせ録り蓄めたプリキュアが見たいとかそんなんでしょー!?」

 

「ねーねーハッチー!」

 

 命の懇願をしている俺など知った事かと、二人の女子が袖どころか腕をグイグイと引っ張りだした。柔らかいのが超あたってるからやめてください。

 ぐぬぬっ……今までさんざん断って来たから、ついにこいつらも強行手段に出たらしい。

 やめて! マジで死んじゃうんだってば! 誰か助けてぇ!

 

 

 

 

 ──そんな俺の切なる願いを神様は聞き入れて下さいました。

 結構可愛い女子大生二人に引っ張られて困っている俺の元に(見た目は)女神が舞い降りたのです。

 

 

「ひゃっはろー! ……あっれー? 比企谷くんモテモテじゃーん! ……お姉さんちょっと嫉妬しちゃうなぁ」

 

 

 あかんオワタ……

 

 

× × ×

 

 

「えと……なぜ雪ノ下さんがうちの大学に……?」

 

 魔王襲来と共に俺の隣の席は征服された。

 魔王仕事早い!

 

「えー? 暇だったから?」

 

 ぐっ……だからあんたの暇潰しで俺の人生をカオスへと陥れるのやめてもらえませんかね……

 

「うそうそー、比企谷くんに早く会いたかったからに決まってんじゃーん」

 

 そう言って豊満なアレを押しつけて腕に絡み付いてくる陽乃さん。

 暇潰しと言われた方がよっぽど幸せだったでござる。

 おいおい……みんな固まっちゃってるよ……

 

 

 

 

 ──突然の『見た目は女神! それ以外は魔王!』な雪ノ下陽乃の登場により、学食の空気は一変していた。

 そりゃね? こんな美人、滅多にお目にかかれるものじゃないってのに、その超が付くような美人が俺なんかに会いに来たのだ。そりゃ場も凍り付くってもんだろう。

 俺の友人(?)達も先ほどまでと変わらずに席に着いたままなのだが、完全にこの美人に飲まれてしまい目を奪われている。

 ちなみに女子二人は陽乃さんの気に当てられてガクブル状態。覇王色かよ。トラウマにならないといいんだけど。

 

「……そういうのいいんで。ったく、これだから優秀すぎる大学生は……」

 

「あはは、だってホント暇だったんだもーん」

 

 普通の大学四年生なら、今ごろこんなに暇を持て余しているわけがない。

 だがこの人に就活という文字はないのだ。なぜなら就職先など選びたい放題なのだから。

 雪ノ下建設に就職するも良し、政治家を目指すも良し、なんならこの優秀さを聞き付けた各大手企業からヘッドハンティングされちゃうまである。

 

 そんな暇を持て余している陽乃さんは、ここのところよく俺の前に顔を出すようになった。うん。ホントによく……

 だがこうして大学にまで押し掛けて来たのは初めてだ。いくら暇とはいえ、大学にまで来なくてもいいのに。

 

「でもま、暇も潰せたし目的も達成できたし、そろそろ帰ろっかなー」

 

 え? もう?

 いやいやいま来たばっかじゃん。ホントにこれで暇潰せたの? だったら来ないでくれた方が助かったんですけど。

 

 あと暇潰し暇潰し言って“潰す”という単語を使う度に、女子二人に素敵な笑顔を向けるのはやめてあげてください。

 なんでこんなにギスギスしてるのん? 穏やかじゃないわね。

 

「じゃーねー比企谷くんっ。ま、た、ね♪」

 

 パチリとウインクを決めて颯爽と去っていく雪ノ下陽乃。もう食堂内の男子諸君はメロメロです。メロメロの実でも食べたのかな?

 

「ね、ねぇねぇハッチー!? だだだだ誰!? 今の誰ぇ!?」「わたし聞いてないよ八幡くん! なんなのあの美人!?」

 

 女子二人が涙目で必死に迫ってくる。ごめんね? 泣きそうになるくらい怖かったよね。

 

「おい比企谷ふざけんなよぉ! なにあのすげぇ美人!」「ちょ、お前彼女とか居ねぇっつってたよなぁ! おいマジふざけんなー!」

 

 そしてすっかりメロメロにされてしまった男共も涙目で必死に迫ってくる。

 てか仲間内のこいつらだけじゃなくて、今の現場を目撃した食堂内にいる無関係の連中からの視線も超痛い。

 ……あー、めんどくせぇ……

 

 

「……まて、アレは別に彼女とかじゃないから」

 

「はぁ? じゃあなんだよ!」「なんなのよあの女!」

 

 ……なにこの修羅場。俺、この謎の修羅場に一切関係なくない?

 

「……あー、なんだ……あの人は、高校ん時の部活仲間の姉だ。以上」

 

 そうは言うものの、自分で言っててもその説明に納得いかない。こんな説明で誰が納得するのん?

 

 もちろん誰一人納得などするわけも無く、その後も仲間内からの質問の嵐は永遠と続くのでした。

 そんな質問の嵐に淡々と答えつつも、俺の頭の中には先ほどの陽乃さんの言葉がずっとリフレインしているのだった。

 

『ま、た、ね♪』

 

 

× × ×

 

 

「……はぁ、もうやだ」

 

 肩を落としつつ我が家へと向かう帰り道。

 まぁあの混乱で飲み会話が有耶無耶になったのは助かったが、これってプラマイ的にはゼロどころか大幅にマイナスだろ……主に俺のライフが。

 

 早く愛しの我が家に帰ってライフの補給をしたいところなのではあるが、いかんせん愛しの我が家と言っても愛しの小町が待っていてくれるわけではない。

 そう。俺は四月から一人暮らしを始めた。

 

 元々実家から千葉の私立に通うつもりだったのだが、小町を含めた家族総出で『独り立ちをしろ』と言い含められた俺は、実家離れんならもっと大学の選択肢増やすか……と進路を変更し、こうして泣く泣く都内の大学に通うこととなったのだ。

 

 まぁこの一人暮らしってやつも住めば都といいますか、自分のペースで怠惰な大学生生活を送る上では意外と悪くなく、元々小学生の頃からある程度家事をこなしてきた俺には、唯一の難点でもある小町成分を補給できないことを除いてはなかなかに快適だった。最初のうちは。そう、最初のうちは……

 今の愛しの我が家が俺のライフの補給になるのかと言ったら……まぁ十中八九ならんだろう。せめて残りの一、二割の可能性に微かな夢を見ようか。

 

 

 

 電車をいくつか乗り継ぎついに我が家へ。

 築56年のボロアパートの金属製の外階段をカンカン上り、二階最奥から二番目の部屋へと重い足を運ぶと、一人暮らしにも関わらず、部屋の中からはなんとも美味そうな香りが漂ってくる。

 

「……」

 

 残りの一、二割の可能性が潰えた瞬間である。

 ふぇぇ……お願いだから八幡にも安らぎをください……!

 

 

 絶望に打ち拉がれてはいるものの、なんとか気を取り直してポケットから部屋の鍵を取り出し、極力音が出ないよう静かに静かに回す。

 そおっとドアを開けるものの、哀しいかなこのボロアパートのドアは立て付けが悪いのだ。地震とかでアパート自体が軽くひしゃげちゃってるんじゃなかろうか?

 

 キィッと音を立てて開いたドアに、一人暮らしにも関わらずなぜか中で料理をしていた人物が全力で振り向くと、可愛らしいエプロン姿のその人物は美しい笑顔を浮かべて家主である俺に飛び掛かってきた。

 

 

「おっかえりー、比企谷くんおっそーい」

 

 甘い香りと柔らかい何かに包まれた俺は、一人暮らしにも関わらず今日もその人物にこう言うのだ。

 

「……た、ただいま帰りました」

 

 と。

 

 

 そう。俺には大学の連中と飲み会に行っている余裕などないのだ。

 なぜならば、早く帰ってこないと命の危機に関わるのだから。

 ホラ、今こうしている瞬間にも首に回された腕がギリギリと締まり、しなやかで美しい指先から伸びる綺麗な爪が、俺の柔肌にちょっと突き刺さっているよ?

 

「比企谷くんさー、なんか可愛い子たちからモテモテだったじゃん? まさかとは思うけど……遊びに行っちゃったりしてないよねー?」

 

「……い、いやいやいや……別にいつもと変わらない、です」

 

「……へぇ」

 

 恐い恐い恐い!

 本当はあんたのせいだよ! 講義が終わってからも延々とあいつらに問い詰められてたんだよ!

 

 ……だがそんなことなどお見通し……いや、違うか。

 そうなるよう仕組む為にわざわざ大学まで遠征してきたのであろうこの魔王は、次の瞬間には嗜虐的な笑みを浮かべて俺の腕を強く引く。

 

 

「ま、いーや。ホラホラ、もう夕飯の用意出来てるよ。さ、あがってあがって」

 

 あまりにも美しい笑顔で俺を“俺の”部屋へと招き入れるその人物はもちろん雪ノ下陽乃。

 一人暮らしを始めてしばらくしてから、こうして週の大半を暇潰しにやってくるようになった。

 

 

 そう。この押し掛け女房ならぬ押し掛け魔王の魔の手が伸びたあの日から、俺の平穏な大学生活は終わりを告げたのだった……

 

 

 

続く?続かないかも

 






というわけでありがとうございました!
なぜかなんの前触れもなくはるのんでしたw

ちょっと押し掛け女房なはるのんを書いてみたいと思い立っただけなんですけど(^^;)
なにせ以前唯一書いたはるのんは暗いわ重いわだったんで、たまにはこんなのもいいかな?と。


続くか続かないかはまだ未定です☆



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押し掛け大魔王☆



今回、ほんのちょっぴりエロいかも?
ちょっとだけよ〜?




 

 

 

 美しき淑女との晩餐。

 一流のシェフが手間暇かけてひと皿に仕上げた料理はどれもが素晴らしい。

 特にこの甘鯛のポワレは絶品だ。

 上質なバターと、鯛の粗から丁寧に取った出汁が交ざり合ったこの極上のソースは、見事な焼き加減で皮目パリッと身はホロリと舌の上でほどける最上級の甘鯛と合わさる事により、口いっぱいに……いや、心いっぱいに至福を届けてくれる。

 

 

 

 

 って違うわ。明らかに方向性がまちがっている。

 そもそもなんでフレンチフルコースなんだよ。このボロアパートにこんなの作れる設備とかありましたっけ?

 やはり弘法は筆を選ばないのか……選ばなすぎだろ。

 

「ど? 比企谷くん美味しい?」

 

 テーブルに両肘をつき顎を手のひらに乗せ、とても楽しそうに感想を聞いてくる陽乃さん。

 

「……信じらんないくらい美味いです」

 

 まったく……わざわざ聞かなくたって答えなんて分かっているだろうに……

 いちいち答えんの恥ずかしいんですけど。

 

「そ? 良かった」

 

 とは言うものの、約束された感想なんかにもこうして嬉しそうにニコニコされてしまうなら、その恥ずかしさを堪えてでも感想を述べねばならないよね。

 感想に満足してから「はむっ」と料理を口に運ぶ陽乃さんをチラリ眺めると、俺は照れ隠しで目を瞑って念入りに咀嚼する。

 

「あはは、ずいぶんと美味しそうに食べてくれるねー。お姉さん、ごはんを美味しそうに食べる男の子って結構好きだなー」

 

 照れ隠しの念入り咀嚼を、じっくりと味わっていると思ったらしい。

 いや、マジで美味すぎるくらい美味いから間違いではないんだけどね。

 

「まぁ……ホントに美味いんで」

 

「いやー、比企谷くんも言うようになったねぇ。感心感心〜。…………で〜もっ、……わたし以外の女の子をそんなに褒めたら……ダメだぞ?」

 

「ひゃいっ……」

 

 恐い! 魔王さま恐い!

 

 

 

 ──なんというか、ここ最近陽乃さんは俺の前ではあまり強化外骨格の仮面を着けなくなった。

 

 もともと俺には通じないと解った上で、逆に面白がってわざわざ仮面を着けっぱなしにしてたくせに、“あの日”から俺には本心を見せてくれようという気持ちの表れなのか、ここ最近の陽乃さんのコロコロと変わる表情の変化はとても自然だ。

 ちなみに“あの日”に関してはあまり触れたくないです。

 

 

 だから俺が料理を美味そうに食えば自然に顔を綻ばせるし、俺が素直に褒めたりするだけで、僅かに頬を赤らめたりする。

 そういうところは本当に可愛らしく感じてしまうのだが、その分殺気とかまで包み隠さなくなって怖さが倍増中! いや、強化外骨格稼働中はそれはそれで背筋が凍る怖さなんですけど。

 強化外骨格稼働中は主に精神ダメージ(甚大)を被り、仮面を外すとそこにさらに追加効果で肉体的ダメージ(甚大)を被る感じといえば分かりやすいだろうか。

 よく生きてるよね俺。

 

 

 まぁこの即死級のダメージも、この可愛らしいナチュラルスマイルの癒し効果によって幾分かはライフが回復するし、あと数ターンくらいならなんとか生き残れそうです。

 

 

× × ×

 

 

 命のやりとり(ディナー)が未だ続くなか俺はふと思う。……さっきも思ったが、なんで今日はこんなに豪勢なんだ?

 

 陽乃さんはなにをやらせても超一流。それは言うまでもなく料理の腕前にも適用される。

 こうして週の約五日ほど家に来て(来すぎじゃね……?)メシを作ってくれる日は常に極上の手料理を振る舞ってくれる。

 

 だがそれはいくら極上とはいえ、あくまでも家庭料理のメニュー内容を、一流の腕で極上レベルにまで押し上げてくれるという話であって、決してこのような豪勢な料理が毎日のように並ぶわけではない。

 まぁ毎日こんなご馳走だったら胃が疲れちゃうけども。

 だから思う。このあまりの豪華過ぎるディナーには、なにか意味があるのかしらん? と。

 

 だが思い当たるフシがない。今日はただの平日であり、誰の誕生日でもなければ楽しげなリア充イベント(バレンタインやクリスマス等)がある日でもないのだ。

 

 

 ──これは聞くべきなのか……? 「雪ノ下さん、今日はなんか随分と豪勢っすね」なんて、軽ーい感じで聞いてみた方が良いのだろうか?

 

 だがしかし、それを聞くことに警鐘を鳴らしている俺がどこかに居る。

 だってそうだろう。こんなあからさまな豪華ディナーを振る舞いながらも、当のシェフは何も言ってこないのだ。

 これはもう「キミから聞いて来なさい」という明らかなデストラップ臭しかしない。たぶんここで聞いてしまったら負けなんだろう。

 

 だから俺は無駄な抵抗と知りつつも、ここは全力でスルーの方向で、

 

「ねーねー比企谷くんさー」

 

 くっ……先手をうたれたか……?

 

「はい……」

 

「最近はいつもあんなにモテモテだったりするの?」

 

 料理に関してかと思ったら、まさかの玄関話のぶり返しでした。

 

 

「あ、い、いや……別にモテたりとかそういう…」

 

「そういうのいいから。今お姉さんが聞いてるのはそういうのじゃないよね?」

 

 あ、ヤバい。ちょっとだけちびっちゃったかも。

 

「はい。なんかちょっとだけモテてるかも知れないです。あ、モテてるとは言ってもあの二人くらいですけど」

 

 もう、俺がモテるとかそんなわけねぇだろ、そんなのただの勘違いだ……なんて、いつまでもニヒル面で高二病を患って誤魔化している余裕など一切ない。

 だから俺は陽乃さんが求めている答えを忠実に返すのみ。

 

「……へぇ」

 

「ち、違うんですよ雪ノ下さん。あいつらに好意を持たれてるのはホントたまたまで、……その、まだ入学間もない頃あの子らの片方がキャンパス内で迷子になってたんですよ」

 

「……へぇ」

 

「ホ、ホラ、大学の構内って広いから、まだ慣れてない奴ってちょっと迷うじゃないですか……? しかもそいつが雪ノ下並みの方向音痴だったんです……で、たまたま同じゼミ生だったみたいなんで、ゼミまで案内してやったらなんかちょっと懐かれてしまいまして」

 

「……へぇ」

 

「……で、気に入られて連れてかれたのがあのグループでして……そこで、まぁ、仲良く……? やってる内にもう一人の女子にも懐かれたといいますかなんといいますか」

 

「……へぇ」

 

 

 これマジやばいっしょ。有史以来、へぇで初の死者が出ちゃうという歴史の転換期に立ち合っちゃってますよ俺。

 

 危うく俺が歴史を動かしてしまうのかという壮大な物語が発生しかかっていると、陽乃さんは残った鯛の切り身に力強くフォークを突き刺した。

 

「ひっ……!」

 

「おっかしーなぁ? わたしそんな話聞いてないんだけどなぁ。……“あの日”から一度も」

 

 ……あの日に触れられちゃいました! もうこうなったら俺は死を覚悟するのみ。

 が、死を受け入れる準備が出来た俺の視界に入ってきたのは、殺気まみれの魔王ではなく、不服そうにぷくっと頬を膨らますあざとい魔王だった。

 

「やれやれ、まぁわたしもなんとなく分かってはいたんだけどねー」

 

「わ、分かっていたとは……?」

 

「たぶん比企谷くんって、大学とか社会に出たらモテそうだなって」

 

 そう言って陽乃さんはぷりぷりとジト目を向けてくる。うん、あざとい魔王なのに可愛いから困る。

 

「中高くらいの女の子だとまだまだ精神的に未成熟だから、どうしても見た目とかステータスとかしか見えなくなっちゃうのよ。代表例が隼人ね。でも大人になってくと、そういう上っ面よりも中身が段々と見えてくるようになるから、必然的に比企谷くんみたいなタイプは、見る人間が大人になっていくと良さが発覚していくの。あ、あと面倒見よくて年下にも好かれやすいから、社会人になったらもっとモテるかもね」

 

 ……マジかよ……俺って大器晩成型なのん? 違うか、俺を見る周りの目が晩成なのか。

 そういや高校生の頃も、平塚先生とか由比ヶ浜マとかみたいな大人には意外とウケ良かったよね。

 陽乃さんがこんなことで適当な嘘を吐くワケはない。つまりついに俺にもモテ期到来である。

 

「……なに喜んでんの?」

 

「滅相もございません」

 

 モテ期終了のお知らせ。哀しいかな俺には女にモテてる余裕など無かった。寿命的に。

 

「いやぁ、早めに手を打っといて良かったよー。まぁホントはもうちょっと早く大学に顔出そうかと思ってたんだけど、少し泳がせといてみたらこれだもんね☆」

 

 ばちこーんと素敵な死のウインクで俺を射ぬく魔王様。

 どうやら泳がされた上に早めに手を打たれた模様です。ひと狩りされた獲物な気分。

 

「あ、あはは……」

 

「うふふ」

 

 これはあかん。その笑顔はあかんやつや。

 男として生を受けたのならば、誰しもが心を奪われること間違いなしであろう微笑みを真っ直ぐに向けられながら、俺 比企谷八幡は人生の岐路に立たされている。

 

 ていうかさ? 確かにあいつらに多少好意は持たれてるかもしんないけど、俺別になにも悪いことしてないよね? ちゃんと報告しなかったから? なんという理不尽。

 

 

 ……まぁ俺の人生において理不尽など昨日今日始まったことではない。とりあえず今の俺に出来ることは二通りの選択肢のうちどちらかを選ぶことのみ。

 

 

 ひとつは土下座である。これは俺が最も得意とする所ではあるのだが、この状況下では悪手の公算が大だ。

 なぜなら謝った後の展開が目に見えているのだから。

 

『あれ? なんで謝るのかなー? わたしに対してなんか疾しいことしたっけ? まぁ謝罪する以上はどこがどう疾しいと思ったのかきちんと理解した上での行動だろうし、だったらなんで比企谷くんはわたしに謝ったのか、そして今後はその反省に対してどう誠意を見せていくつもりなのか、比企谷くんの考えを事細かに説明してくれるよね?』

 

 と、謝罪と賠償の説明一晩コースが待ち受けているに違いない。

 理不尽? なにそれ美味しいの?

 

 ダメだ……謝罪だけはあかん。

 

 

 であるのならば、もうひとつの選択肢を選ぶ以外に手段は無い。

 THE・話逸らしである。

 

 俺はニコニコ笑顔の陽乃さんに笑顔を返し、コンソメスープに手を伸ばすと震える唇にカップを押しあて一口啜る。

 

 

「……や、やー、やっぱ超美味いですね、今夜のご馳走。てか、なんで今日ってこんなに豪勢なんでしたっけ……」

 

 

 ………………。

 

 恐怖に駆られて、とりあえずこの場をやりすごしたいが為だけに思わず口に出してしまったその一言。

 だがその俺のセリフを聞いた刹那、僅かながら上へと歪んだ陽乃さんの口元を見た瞬間に俺は気付いたのだ。これは罠だと。

 

 そう。陽乃さんは俺の口からそのセリフを引き出す為に俺を誘導していたのだ。そして陽乃さんの掌の上でさんざん躍らされた俺は、まんまとそのトラップにひっかかってしまった。

 だが気付いたときにはもう遅い。陽乃さんはほんの僅か微笑を浮かべたあと、ポッと染めた頬に両手をあて、恥ずかしそうに全身をもじもじくねらせながらこう言い放つのだった。

 

 

「もー比企谷くん忘れちゃったの〜……? 今日はわたしが比企谷くんに乙女を散らされちゃった日の、月記念日だよ……?」

 

「ぶふぅっっ!?」

 

 

 ……そのとき、築56年のボロアパートの一室に、高級ホテルのレストラン並みの極上コンソメスープが華麗に舞った。

 

 

× × ×

 

 

 ……俺と陽乃さんは……うん。その……一度だけそういう関係になっちゃった☆

 世に言う“あの日”である。

 

 ……だ、だが待って欲しい! 今の陽乃さんの言い方には語弊があるのだ。それも壊滅的に!

 

 

 ──どちらかといえば、乙女を散らされたのは俺だからね……?

 

 

 

 

 あれはひと月ほど前……いや、陽乃さん曰く月記念日とのことだから、“ひと月ほど”では無くてちょうどひと月前なのか……

 

 大学生活にも、陽乃さんが暇潰しに家に遊びにくる日々にも、すっかり慣れて油断していたのだろう。

 あの日は陽乃さんに「ホラ、まだ比企谷くんの進学祝いもしてないしさー」と説得され、飲みなれない酒を飲みつつ晩餐を楽しんだ。

 相変わらず料理は絶品で、陽乃さんが持ってきたシャンパンもとても飲みやすくスルスルと身体に入っていき、慣れないはずの酒なのに、気分良く次から次へと口へと運ばれていった。いや、運ばされていった。

 

 ……そして、気が付いたら全裸の陽乃さんと一緒に寝ていました(白目)

 

 

 

 え? そんなの男を陥れる為によくある手段だろって?

 どうせホントは最後までいってないくせに、襲われたフリして他者の今後の人生を握るありふれた手段だろって?

 

 ばっか、陽乃さんがそんな簡単な逃げ道を残しとくと思うなよ? 全裸の陽乃さんが寝ていた場所が問題なのだ。

 陽乃さんが寝ていた場所。そこは俺の隣とか俺の腕の中、なんていう可愛らしい場所ではなかった。

 それは…………俺の上。

 陽乃さんは俺に覆い被さるようにして、信じられないくらい綺麗な寝顔を俺の胸にうずめてスヤスヤと寝ていたのだ。……はちまんくんがはるのちゃんのおうちにお邪魔したまんまで……

 状況が理解出来ず、気が動転して焦って身体動かしたら、寝ていた陽乃さんが「……んっ……あ……っ」って弱々しくも艶やかな声を漏らしたんだぜ? もう人生終了したと思いましたよ、ええ。

 

 やったね八幡! 寝ているあいだに大人の階段のぼっちゃったね!

 ……歴史上、ここまで絶望的な朝チュンがあっただろうか? いや無い(反語)

 

 

 そのあとあれやこれや黙々とお片付け(シーツとか色々と)を済ませてから平身低頭正座をしていると、なんとそこで陽乃さんから告白されました。

 

 

『別にわたしの乙女を散らしたからって気にしなくてもいいからね? 実はわたしね、前から比企谷くんのこと好きだったんだー。でも雪ノ下としての世間体考えると、女子大生が男子高校生狙いとかちょっとアレだし、勿体ないけど雪乃ちゃんに譲ってあげようかと思ってたんだよねー。でも全っ然進展しないまま比企谷くん大学生になっちゃったから、あ、じゃあもう問題ないじゃん、って。じゃあちょっと狙ってみよっかな? って。……ま、結果としてこうなっちゃったけど、お酒の上での間違いだしホント気にしなくていいからね? “わたしの乙女散らしたからって”』

 

 

 ……とんだ告白である。もう告白じゃなくて判決言い渡しだろこれ。

 だからもう俺にはこれ以外に口から出せる言葉は存在しなかった。

 

『……すみませんでした。陽乃さんの気の済むようにしてください』

 

 と、ね。

 

 その辞世の句を聞いた陽乃さんの微笑みは、一生忘れることは無いだろう。なんなら来世まで引きずるまである。

 

 つまり俺はハメられたのだ。色んな意味で。そう、色んな意味で。

 大事なことなので何度でも言いますね。色んな意味でハメられました。

 

 

 即日合鍵を没収され、家に押し掛ける日数が週二前後から週五強に変化し、そしてあの日以来陽乃さんは異様に束縛が激しくなった。

 

 いや、これはジェラシーとかそういう可愛いもんじゃないと八幡思うんだ。完全に『自分のモノ』だと認識した私物を他人に触れられるのが嫌で堪らないんだろう。

 いま思えば、このひと月ほど帰宅後すぐさま飛び付いてきて、俺の服や首もとに顔うずめてハスハスしてたのは、他の女の匂いを探知していたのかもね。やだ恐い!

 

 でもホントあの日以来一度もしてないからね? いや、してないもなにも覚えてないけど。

 

『比ー企谷くんっ、あの日は酒の席の過ちでああなっちゃったけど、言っとくけどもう簡単にはさせてあげないよ? ……もし次にするような時は…………その時は、そういう覚悟があるんだって見なすからね……?』

 

 こんな恐ろしいこと言われたら手なんか出せるわけがない。そもそも言われなくても手なんか出す気ないけども。

 ああ、俺このままなにも知らない子供のままでいいや……って思いましたよ、あの時は。

 

 

× × ×

 

 

「もう比企谷くん汚いなぁ」

 

 強烈な爆弾発言に思わず吹き出してしまったコンソメスープを、そんな風に文句を言いつつも、どこか満足げな微笑を浮かべてハンカチで拭いて回る陽乃さん。

 そんな満足そうな魔王様を見て俺は思う。

 

 

 陽乃さんは、自分が欲しいと思ったものはどんな手段を講じてでも手に入れる人だ。

 だがそれと同時に、自身の価値を誰よりも理解している人物でもある。

 

 だからそんな陽乃さんが、誰よりも価値を理解している自分自身を使ってまで俺を我が物にしようと思ってくれたというのは、正直とんでもないくらいに幸せなことだと思う。

 そして、今まで知らなかったそんな一面を、余すところなく見せてくれる陽乃さんにかなり惹かれ始めている。ぶっちゃけ最近はかなり可愛くて仕方がない。可愛さよりも恐怖の方が遥かに上なのをなんとかしてもらいたいけど。

 

 こうしてわざわざ俺の口からアノ話題を振らせたのも、恥ずかしがる俺をオモチャにして楽しみたいという悪戯心だけじゃなく、俺の口から言わせることにより、俺をあの事件に、自分に縛り付ける為なんだろうな……なんて考えると、そんないじらしさが愛おしく感じてしまわないこともない。

 

 アレ? 俺も軽く病気かな? 病気じゃないよ、病気だね。

 

 

「ホラ、ちょっとこっち向いて」

 

 そんな事を考えながらぼーっと陽乃さんを眺めていると、テーブルの上やら床やらに撒き散らされたスープを拭いて回っていた陽乃さんが、俺の口周りを拭く為にスッと距離を詰めてきた。

 

「い、いやいや……自分で拭けますって……! って、ちょ、ちょっと……!?」

 

 子供じゃないんだからと、恥ずかしくて抵抗しようとしたら、なんかこの人、あぐらの上に跨ってきましたよ?

 近い近い近い! 太ももに乗ってるお尻とか超柔らかい!

 

「いいから動かない動かない。比企谷くんはお姉さんに任せておけばいいよ♪」

 

 さっきまでの悪戯めいた瞳はどこへやら、陽乃さんは急に頬を朱色に染めると煽情的な瞳を浮かべ、ハンカチで優しく撫でるように拭いていた俺の唇をペロッとひと舐め。

 

「……うん、やっぱ美味しいじゃーん」

 

「……ちょ!?」

 

「こーらっ、いま念入りに拭いてるんだから、動いたらお姉さん本気で怒っちゃうぞー?」

 

 

 ……そ、それは勘弁してください。大魔王が本気で怒るとか、それ即ち世界の破滅じゃないですか。

 だから俺は抵抗する心を放棄した。だって世界の為だからね!

 

 

 それからしばらくのあいだ陽乃さんのお掃除タイムが続いた。ペロペロと生気を吸い尽くさんばかりの魔王の攻撃に、さしもの勇者パーティー(ソロ)もライフが尽きかけてます。

 

 

「ねぇ、比企谷くん……?」

 

 あと一歩で「八幡よ、死んでしまうとは情けない」と王様に怒られちゃうというところで、大魔王様は甘い甘い吐息と共に、耳元になにやら優しく囁きかけてきた。

 今なら世界の半分をいただけなくても即座に軍門に降る所存です魔王様!

 

 

 

「……こないだはさ、次にするときは覚悟を……なんて言っちゃったけど……今日は記念日だし……特別に許してあげよっか……? ………………どう、する……?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──皆さんはご存知だろうか? 『大魔王からは逃げられない』という格言を。

 それはとある大魔王様の名言であるが、意味としては言葉通りの意味である。RPGなどのTVゲームでは、勇者パーティーは魔王等固定ボスキャラとの戦闘からは『逃げる』事が出来ない仕様となっているのだ。

 

 

 だがそんな格言、今の俺にはぬるすぎてヘソで茶が沸かせちゃうレベル。

 なぜなら、いくら逃げられないとはいっても、それはあくまでも勇者パーティーから仕掛けなければ戦闘になどならないのだから。

 つまり戦う準備をしっかりと整えて、いざ覚悟を持って戦いに挑んだパーティーが『逃げられない』と嘆くなんて、ちゃんちゃらおかしな話だと言う事。

 

 

 それに比べて今の俺の状況はどうだ。

 まだ冒険の準備を整えている最中のアリアハンにゾーマ自ら押し掛けて来ているようなこの悪夢に、逃げるなんていう選択肢自体が存在するだろうか? いや、そんなものは存在しない。

 

 諦めて戦うか……もしくはただ蹂躙されるのみ。

 

 

 

 結論。押し掛け大魔王に逆らえるわけ無かった。

 

 

 

 だから俺は今を精一杯戦おう。明日の朝日を見る為に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………ふぅ、明日講義が午後からで良かったぜ……

 ぐふっ……!

 

 

 

 

†GAMEOVER†

 





へんじがない。ただのしかばねのようだ。

純愛?優しい世界?そんなモノ、折本SSとさがみんSSに置いてきちゃったぜ☆


……しっかし私が書くはるのんは、どうしてすぐ既成事実を作ってしまうん?(・ω・)
なんかはるのんと八幡が結ばれるにはこんなイメージしか無いんですよね(吐血)



というわけで、押し掛けてきた大魔王様SSも一応片付きました!まぁ大学生活とかモブ女子大生二人組とか他ヒロイン達の大学生活とかを掘り下げれば、普通に長編新連載できちゃうんじゃね?って世界観ですけど(笑)



さて、次回は一体誰の出番でしょうかねっ?(誕生日マダー?)



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ああっ女神(めぐり)さまっ 【前編】



さて、今回のヒロインは果たして誰か!?(白目)




美耶・香織・愛「」






 

 

 

 海浜総合との合同クリスマスイベントも無事幕を下ろし、俺は夕暮れの校舎を駐輪場に向けてひとり歩く。

 つい先ほどまで奉仕部部室では、俺の意向を一切無視した明日のクリスマスパーティー話で(主に由比ヶ浜がひとりで)盛り上がっていたのだが、ようやく解放され今に至る。

 

 

 

 しっかし……よくもまぁあのカオスな合同イベントを無事にやり過ごせたもんだな……なんて、この数週間で精神的にも肉体的にも疲れ切った体を押して、下駄箱から靴を取り出しつつ苦笑混じりに溜め息を吐いていた時だった。

 ふわりと鼻腔を擽る甘い香りと共に、不意に何者かにぽんと優しく肩が叩かれた。

 

 

「比企谷くんだ〜。ふふっ、今日はお疲れ様」

 

 

 疲れ? 知らない単語ですね。

 

 そこには、精神にも肉体にも極上の癒し効果を発揮することに定評のある女神、めぐめぐめぐ☆りんこと城廻めぐり先輩が、ふわぽわな笑顔を浮かべて降臨していたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「〜〜〜♪」

 

 楽しげに鼻歌を口ずさみつつ、つるりんっと可愛らしいおでこの女神様は、俺の隣を軽やかに歩く。

 なぜ隣を歩いているのか。なぜならめぐり先輩に昇降口でゲットされた俺は、駅までの道のりを侍従するという任務を承ったからだ。

 平たく言うと「せっかくだから駅まで一緒に帰ろうよ〜」という穢れの無い目力に逆らえなかったというだけの簡単なお話です。

 

「えへへ〜、ちょっとツイてるなぁ。そろそろ帰ろっかなーって昇降口に行ったら、たまたま比企谷くん発見しちゃったんだもん」

 

「……そ、そっすか」

 

 すいませんその言い方だと、俺と帰るのがラッキーみたいに聞こえちゃうんでやめてもらえませんかね……

 素敵な笑顔でそんなこと言われちゃったら間違って惚れちゃいそうです。

 

 

 城廻めぐり先輩。

 つい先日まで生徒会長を勤めていたひとつ上の先輩であり、俺にとっては唯一の先輩でもある。

 でも正直、めぐり先輩がこうして気軽に俺に話し掛けてきてくれるって事は、未だにかなり謎なのだ。

 

 俺は文化祭でこの先輩を失望させた。

 

『残念だな……真面目な子だと思ってたよ……』

 

『君は不真面目で最低だね』

 

 あの文化祭でのめぐり先輩の辛辣な言葉。

 裏を返せば、俺に期待し、信用していたという気持ちの表れ。だからこその失望。だからこその辛辣な言葉。

 

 俺はこの人にとって、信用を裏切ったどうしようもない人間である。普通ならもう話したくないと思うものではないのだろうか?

 今までの人生で、わざわざ俺と進んで会話をしたいという人間自体いなかったから分からないけども。

 つまりただでさえ普通に話し掛けてきてくれるだけでも希有な存在なのに、さらにあんな状態にしてしまった俺に、こうして一切裏のない笑顔で他の誰とも変わらずに、分け隔てなく話し掛けてきてくれるこの人は、俺には勿体ない女神様なのである。

 

 

「それにしても本当にお疲れさま。クリスマスイベント、すっごく良かったよ〜」

 

「あれ、城廻先輩も来てたんすか」

 

「ふふー、それはもちろんだよ〜。一色さん体制になって初めての生徒会活動だもん。私すっごく気になっちゃって、こっそり稲村くんに招待してもらってたんだ」

 

 稲村? 誰?

 

 …………ああ、あれか? 会計の男子か?

 そういやあいつはめぐり会長体制の頃からの生徒会役員なんだっけ。

 

「そうなんですね」

 

「うん。正直な話結構心配してたんだけど、今日のイベント見て安心しちゃった。初めてなのに、みんな良くまとまれてたと思う」

 

 そう言って薄めの胸をほっと撫で下ろすめぐり先輩。

 ……だよな、この人ホント生徒会活動を大切に考えてたもんな。

 自分が引退したからって、じゃあもう関係無いだなんて思うような人だったら、あんなに役員達に心酔されたりはしないだろう。

 

「特に賢者の贈り物がすごかったね! 最後のキャンドルサービスなんて、感動して私ちょっと泣きそうになっちゃったもん」

 

 めぐり先輩はそう言うとすっと目を閉じる。胸の奥に残るその風景を思い出しているのだろうか。

 そんな先輩に目を奪われて、ついつい見つめてしまった。

 もちろん次の瞬間瞳を開けためぐり先輩とバッチリ目が合ってしまい、先輩は恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。

 

 なにこのめぐりっしゅ。どんだけ俺を癒すんですかね。穢れまみれの俺は浄化されすぎて昇天しちゃうまである。

 

「えへへ。……あんなに素敵なイベントが出来たのは、また比企谷くんのおかげだね。ホントにありがとう」

 

「へ? いやいや俺はなにもしてないですよ……あれは一色たち新生徒会が頑張ったからであって、俺はただの頭数合わせの雑用担当ですから」

 

 突然の謝意に動揺してしまう。

 確かに雑用面ではそれなりに仕事はしたが、わざわざめぐり先輩自らお礼を言われるような大層なことはしちゃいない。

 だからそんな先輩の笑顔に驚いた。先ほどのセリフの中にあった僅かな違和感を見逃してしまうほどに。

 

「ふふっ、そんなこと無いよ〜。事前に稲村くんから色々と聞いてるんだよ? もし一色さんが比企谷くんをコミュニティセンターに連れて来なかったら、今回のイベントが大変なことになっちゃってたのも、私知ってるんだからね」

 

 めぐり先輩は悪戯っぽくウインクすると、ふふんと胸を張る。

 その笑顔は、言い逃れなんてさせないんだからね〜、とかって言っているようだ。

 

 ……いや、本当に俺にはなにも出来なかったんですよ。あいつらが居てくれたからこそなんとかなったってだけの話で、俺ひとりじゃなんの役にも立たなかった。

 

 まるで俺の手柄のように言われてしまい、そう訂正しようとしたのだけれど……言うだけ言って、悪戯な笑顔を浮かべるだけ浮かべて、またふんふんと楽しそうに鼻歌を歌いだしてルンルンと歩き始めてしまっためぐり先輩には、どうやら訂正するだなんて無粋なマネは許されていないようだ。

 

「ハァ〜……」

 

 だから俺は、がしがしと頭を掻きながら深く溜め息を吐いて、楽しげに先を行くめぐり先輩の背中を大人しく追う事しか出来なかった。

 

 チッ……あの陰の薄い会計め、なに言ってくれやがんだよ……暑くて変な汗かいちゃうじゃねぇか……

 

 

× × ×

 

 

 しばらく談笑しながら歩き、学校からの最寄り駅に着く頃には、辺りはすっかりと暗くなっていた。

 駅前ともなると周りはクリスマスイルミネーションがキラキラと輝き、いやが上にも今日がクリスマスなのだと思い出させてくれた。

 

 ……おかしな話だよな。ここ数週間は毎日クリスマスの事ばかり考えていたのに、さらにはつい先程までまさにクリスマスイベントを開催していたってのに、こうしてクリスマスイルミネーションの中を歩いていると、今更ながらにクリスマス当日なのだと気が付かされるなんて。

 

 仕事に追われる人生というのは気持ちから余裕が無くなるという事なのか。やはり忙しなく働く人生は悪と断定せざるを得ないのかもしれない。

 これは正に専業主夫こそが絶対的正義…

 

「わぁ……すっごい綺麗だねー……! えへへ、なんかクリスマスイブの夜に二人で歩いてるなんて、まるで私と比企谷くん恋人みたいだね〜」

 

「ぶっ!?」

 

 ちょ!? 専業主夫への飽くなき野望に思いを馳せてたのに、この人いきなりなに言うてくれはりますのん!?

 

 なんでもないようなニコニコ笑顔でイルミネーションに意識を集中しているめぐり先輩へと驚愕の表情を向けると、その視線に気付いためぐり先輩は「ん?」と不思議そうにこてんと首をかしげた。

 が、首をかしげて見つめあうこと数秒、先輩の顔が徐々に徐々に朱に染まり始めた。

 

「ち、違うの違うの! ごめんね!? そういう意味じゃないの!」

 

 両手を顔の横でぶんぶん振って、慌てて自身の発言を否定するめぐり先輩。

 どうやら何の気なしに口を滑らせてしまっただけらしい。

 やだなにこの年上お姉さん可愛すぎるんだけど。どっかの大魔王に見習ってもらいたいです。

 

「私と恋人なんて言われちゃったら比企谷くん嫌だよね! ご、ごめんね? その……変なこと言っちゃって」

 

 は? この人なに言ってんだ。めぐり先輩と恋人とか言われて嫌な気持ちになる罰当たりな男なんて、この世にいるわけないだろうが。

 

「……や、別に嫌なわけでは……ただちょっとびっくりしちゃっただけです」

 

「……ホント?」

 

「いやいや、嘘吐いてどうすんすか……あ、いや、びっくりしただけではなく、まぁ……あとは恥ずかしいというかなんというか……。でもホント嫌とかそういうのは一切ないんで……むしろ城廻先輩と恋人とか……恐れ多いっつーか光栄っつーか……」

 

 めぐり先輩があまりにも不安げな上目遣いで訊ねてくるもんだから、俺ってばかなり余計なこと口走っちゃってない?

 

 しかし慌てた俺の口から出た失言は、どうやら今のめぐり先輩には正解だったようだ。

 

「そっか〜、えへへ、良かったっ」

 

 ぽんっ、て擬音が目に見えてしまうんじゃないかというほど可愛らしく両手を合わせて、へにゃっと嬉しそうに微笑むめぐり先輩の笑顔がソース。

 どうしよう。マジで昇天しちゃいそう。

 

「あはは、恥ずかしい話なんだけど、私いままで恋人とか居た経験無いから、クリスマスイブの夜に男の子と二人で歩いてたら、こんな幸せな気持ちなのかな〜? って思っちゃって、つい変なこと口走っちゃったよ〜」

 

 そう言うめぐり先輩の顔は、耳まで真っ赤に染まるほどに赤くなっている。

 そんな穢れのない朱色の微笑みがイルミネーションに照らされて、なんとも神々しい。やはり女神か。

 

 

 ……ってちょっと待って!? その言い方だと、今まさに俺と二人で歩いてるこの状況に幸せを感じちゃってるみたいに聞こえるからやめてください!

 危うく勘違いして告白して天罰食らっちゃうとこだったわ。天罰食らっちゃうのかよ。

 

 

 それにしても……めぐり先輩って彼氏いたこと無いのか。意外だな、すげぇモテそうなのに。

 ……あ、でも思い当たるフシが超ある。

 あれだけ草の者(生徒会役員影部隊)に四六時中警護されてりゃ、そりゃ下手な男じゃ近づくことも出来ないわ。

 

「……あ」

 

 心酔され過ぎるのも大変だな〜……まぁ俺にはそんな心配無用だけど、なんて考えていたら、突如めぐり先輩が声を漏らした。

 どうかしたのだろうか? と視線を向けると、なぜか先程までニコニコしていためぐり先輩がすげぇもじもじしている。

 どれくらいのもじもじっぷりかと言うと、目がふよふよと泳ぎまくったり、なでなでとおさげや前髪を撫でまくったり、スカートをいじいじと弄りまくったり。

 

「えと……どうかしましたか? 城廻先輩」

 

 そのあまりのもじもじっぷりに堪らず声を掛けると、ハッとしためぐり先輩はこくりと咽を鳴らして、窺うような上目遣いで俺を覗きこんできた。

 

「ね、ねぇ比企谷……くん?」

 

「は、い……?」

 

「私さ……その……受験生じゃない……?」

 

「は、はぁ」

 

「でも、ね? 私推薦が決まりそうだから、全然受験勉強大変じゃないんだよね……」

 

「そうなんすか」

 

 まぁめぐり先輩だったら内申とか最高レベルだろうし、成績だってかなり良さそうだし推薦くらいいくらでももらえそうだよね。

 

「だから、ね……? 私、高校生活の最後のクリスマスだって言うのに、暇で寂しいクリスマスを過ごす事になるんだぁ……周りの友達はそんな余裕ないし」

 

「で、ですね……」

 

 ……めぐり先輩は何が言いたいというのか……。まさか、まさかだよな……?

 

 めぐり先輩はもう一度こくりと咽を鳴らす。その顔はこれでもかってくらいに真っ赤だ。

 しばらくはそのままもじもじと俯いていたが、ようやく開いた麗しい唇から漏れ出た言葉は、俺のまさかの予想を大きく裏切らないものだった。

 

 

「だ、だから……もし比企谷くんさえよければなんだけどっ……そんな寂しい高校生活最後のクリスマスを過ごす可哀想なお姉さんの相手をちょっとでもしてもらえたら……その……嬉しいなっ……!」

 

 

 

 あ、やばいこれもう天に召されちゃいそうですわ。

 

 

続く

 






すいません癒しが欲しかったんです(・ω・)
しかもクリスマスにやれよって話ですよね(吐血)


というわけでなんの前触れもなく突然のめぐりんでしたが(前触れがあったとしたら前回が魔王だったから?笑)ありがとうございました☆

また次回、後編でお会いしましょう(^^)ノシ



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ああっ女神(めぐり)さまっ 【中編】



女神さまより安定の中編を授かりました(-人-)






 

 

 

 可憐な顔を真っ赤に染め上げ、もじもじと不安そうにクリスマスのお誘いをしてくる女神さま。

 年上の女性に対してこういう言い方が合っているかと言えばたぶん合ってないとは思うけれど……うん、ぐうかわ。可愛すぎて生きるのが辛いレベル。

 

 

 にしても、いくら暇なクリスマスとはいえ、せっかくのクリスマスに俺なんかを誘うメリットなどあるのだろうか? むしろデメリットしかなくない?

 ……まぁ、自分だけ受験勉強が大変ではない中、戦場に身を置いている周りの友人達に気を遣って、一人で暇に過ごさなくてはならない高校生活最後のクリスマスなんて、めぐり先輩のような『み〜んなと一緒に楽しく過ごしたいな♪』って人には寂しくてたまらないのだろう。

 めぐり先輩はうぇいうぇい勢と違って、どちらかというと家族でほんわかとクリスマスを過ごしそうなイメージではあるけれど。

 

 

 

 ──だがしかし、俺はこの可愛すぎる先輩にこの事実を伝えなければならない。

 美少女にクリスマスを誘われるなんて奇跡、もう二度と訪れないであろう事を考えると、正直血の涙が流れちゃいそうなほど勿体ないんだけど……

 ああ、これが天罰ってやつか。

 

 

「す、すみません……今からマリンピアのケンタでパーティーバーレル買って、受験生の妹に届けなきゃならないんですよ……で、明日は明日で奉仕部関連でのクリスマスパーティーとやらをする事になってまして……」

 

「……え」

 

 …………ぐぉぉ! む、胸がっ……胸が痛いよぅ……!

 だってこの人、いま絶対脳内で「がーん……!!」て言ってるもん! そう断言できるくらい、すげぇ分かりやすい顔してんだもん!

 

「……あ、あはは、そ、そうだよねー……! いきなりお誘いしたって、予定くらい入ってるよねー……! わ、私なに言っちゃってんだろうねっ……」

 

 えへへ……と、恥ずかしそうな寂しそうな、見るからにシュンっとした笑顔で気まずそうに微笑むめぐり先輩をつい抱き締めてしまったとしても、誰も文句など言えやしないだろう。

 いやいやもちろん抱き締めませんけどね。ギリギリのところで。いやマジでヤバかったです。

 

「……えっと、あ、あぁじゃあ明日城廻先輩も来ればいいんじゃないすかね!? 先輩が来たらあいつらも喜ぶと思いますし……」

 

「そ、そんなの行けるわけないよぉ……! お呼ばれもしてないのに、三年の私なんかがいきなり行ったって、せっかくの場を変な空気にしちゃうというか……迷惑にしかならないもんっ……」

 

 ……いや、どうせ呼ばれてなくてもなぜか材木座とか普通に来て、場を変な空気どころかツラい空気にしてくれそうだし、いまさら上級生が一人くらい全然問題ないんだけどね。

 そりゃ俺がめぐり先輩を誘ったなんて言ったらみんな驚くとは思うけど。そもそも俺にゲストを呼ぶ権利なんてあるかどうか自体が疑問。

 

「そ、そんなこと無いっすよ」

 

 俺の権利うんぬんはこの際一旦置いておいて、実際そんな事はないだろう。

 なんだかんだでめぐり先輩もかなり奉仕部と関わってるし……というか、文化祭と体育祭と生徒会選挙って、実は依頼者としては一番長い時間関わってんじゃねーか? あ、文化祭の依頼者はめぐり先輩じゃないわ。

 まぁそれはともかく、雪ノ下と由比ヶ浜にとっても、この人は数少ない信頼できる先輩だろうし、めぐり先輩が来たからって変な空気とか迷惑とかは絶対に無いだろう。

 

 だから気を遣うとかそういう気持ちは一切抜きで誘ったのだが、この先輩は寂しそうな笑顔を浮かべてこう言うのだった。

 

「……んーん? ホントにいいの。……いきなり変なこと言っちゃってごめんね? ……えへへ、誘ってくれてありがとね」

 

 

 

 ……守りたい、この女神……

 

 

× × ×

 

 

「おう、小町か」

 

『お兄ちゃんお疲れー、どったの?』

 

「すまん、ケンタ買って帰るの、ちょっとだけ遅くなっても構わねぇか?」

 

『ん? もしかしてクリスマスイベントの後始末とかで、思いのほか時間掛かってたりすんの?』

 

「……あ、いや……まぁそんな感じだ」

 

『……ほっほう…………んー、小町は大丈夫だよ。てか今日のクリスマスイベントの手伝いで勉強遅れちゃったから今やってるんだけどさー、リフレッシュしたぶん調子いいのか、いま結構ノッてるんだよねー♪ こんなにいい感じなのは久し振りなのです! だからむしろ遅くなるの推奨? なんなら帰ってこなくても可?』

 

「おい、聖夜に締め出しとかお兄ちゃん泣いちゃうからやめてね? そういうのは親父だけにしといてくれ」

 

『むふふ〜。ま、とにかくチキンは夜食でも構わないからさ、せっかくのクリスマスなんだし、お義姉ちゃん候補とゆっくり楽しんできてね! 幸せなお兄ちゃんの笑顔こそが、小町にとっての最高のクリスマスプレゼントだよ☆ あ、今の小町的にポイントたっかい〜』

 

 なんでだよ……と言ってる最中にブツリと電話が切られました。小町ちゃん? お兄ちゃんの話は最後まで聞こうね?

 

 どうやら小町は盛大な勘違いをしているようだが、勘違いとはいえ受験生に変な気を遣わせちまったな。

 すまん小町。俺の天使No.1は間違いなく小町なんだが、今この瞬間だけは目の前の女神にやられちまったよ。

 これは愛妹へのクリスマスプレゼントに、さらに愛を増量して贈らなければ!

 

 そう固く決意をしながらスマホをコートのポケットにしまうと、突然いずこかへと電話を掛け始めた俺を唖然と見つめていためぐり先輩へと向き直る。

 

「……ど、どうしたの比企谷くん? いきなり電話掛け出すからビックリしちゃったよー……!」

 

「あ、す、すいません……ちょっと家に電話してまして。…………で、あー……っと……、妹に確認取ったらちょっとくらい遅くなっても構わないっていうんで、もし城廻先輩さえ良ければ、マリンピアに付き合ってもらえませんか……?」

 

 ぐぬぬ……これは恥ずかしい……

 なんで俺、クリスマスイブにめぐり先輩をデートに誘うみたいなセリフを吐いてるのん? どうしてこうなった……

 ほんの一、二時間くらい、買い物ついでに一緒にどうですか? って程度の事だってのに、俺には難易度高過ぎっすよ。

 

「…………へ?」

 

 そんな、デートの誘いとも言えないようなおかしな誘い文句に、めぐり先輩は事態が飲み込めないようで、きょとんと小首を傾げる。

 が、首をこてんと倒しながらも次第に俺のセリフの意味を理解していったらしく、その表情は徐々にぱぁっと花が咲き始めた。

 

「ほ、ほんと……!? ほんとにいいの!?」

 

 え、ちょ……たかだか俺なんかとちょっとマリンピアに行くくらいで、そんなに顔が綻んじゃうの?

 なんだかむず痒くって、つい俺の口元も弛んじゃうじゃないですかやだー。

 

 しかし一転めぐり先輩は、その喜びの表情をぐぐっと無理やり押さえ付けて、申し訳なさそうに訊ねてくる。

 

「……っで、でも……! 受験生の妹さんがお家で待ってるんだよね……? じゃあやっぱり駄目だよ。私のワガママに比企谷くんと妹さんを付き合わせるわけにはいかないよ……っ」

 

「……それなんすけど、今ちょうど勉強がいい調子らしくて、妹自身がなるべく遅く帰ってきてくれって言うんで……大丈夫です」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい……」

 

「…………やったぁ!」

 

 そしてめぐり先輩は、今度こそ満開の笑顔の花を咲かせた。

 ……くっ……なんだよこのコロコロ変わる素の表情。やっぱ天然物のふわぽわさんの破壊力はヤベェよ……

 ねぇねぇどこかのいろはすさん? これが本物ってやつだよ?

 

 

「じゃあじゃあ時間勿体ないし早く行こ!? なるべく早く妹さんに比企谷くんをお帰ししなくっちゃだしね! よーし、せっかくのクリスマスだし、思いっきり楽しんじゃうぞー、おー!」

 

 ちょっとめぐり先輩? さすがに駅前でそれは恥ずかしすぎるんですけど……

 今まで何度か掛け声に付き合ってきましたが、さすがに今回ばっかりは勘弁してください! と顔を熱くしていると……

 

「楽しんじゃうぞー、おー!」

 

 ……あ、これやっぱループ物や……やらないとイベントが先に進まないやつですね分かります。

 

「……お、おー」

 

「えへへぇ」

 

 そしてめぐり先輩はどんだけ時間が惜しいのか、突然俺の手をがっしりと握り、おもちゃ売り場へ親を引っ張っていく子供のように、元気にマリンピアへと向かうのでした。

 

 

 

 

 

 余談だが、めぐり先輩のすべすべ柔らかお手々の温もりに赤くなっていたら、勢いで手を繋いでしまったことに気付いためぐり先輩が「はわわわっ……」と茹でめぐ☆りんになってしまったのは、めぐり先輩の名誉の為にも墓まで持っていこうと思っている。

 

 

 

 

 

続く

 







かなり短くなってしまいましたが、ラストまで一気に行くよりもここら辺で一旦切っとく方がいいかなー?と判断した為、今回はここまでということで……(^人^)



ではでは今度こそ後編でお会いいたしましょう(^^)ノシ



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ああっ女神(めぐり)さまっ 【後編・前】




(白目)






 

 

 

「ねぇねぇ比企谷くん! ホラ、これとか似合うんじゃない?」

 

「あ、いや……ちょ」

 

「わぁ! すっごく似合うよー」

 

「ち、近……」

 

「次はこのニット帽ね。うんうん! やっぱりそのマフラーとぴったりだねー! えへへ〜、じゃあ私も比企谷くんとお揃いのニット帽とマフラーしてみよーっと! ……んしょっ、と。ふふっ、どうかなっ?」

 

「……はい、すげーかわ……に、似合ってます」

 

「ほんと!? やったー! ……うーん、どうしよっかなぁ……買っちゃおうかなー」

 

 やばいどうしよう。なんだこれ、ちょっと楽しすぎるんですけど。てかもこもこのニット帽めぐりん超ほんわかかわええ。

 

 

 

 俺とめぐり先輩は、現在マリンピアの専門店街にある洋服屋でファッションショーを開催している。

 まぁマネキンたる俺が、一方的にセーターやらマフラーやら帽子やら伊達眼鏡なんかを合わせられてるだけなのだが、これって端から見たら完全にクリスマスデートしてるカップルだよね。この店に来るまでにも、さんざんマリンピア内の雑貨屋やら服屋やら回ったし、クレープとかも食べ歩きしたし。

 俺のようなうだつの上がらそうなヤツが、周りから「あんなのがあの子の彼氏なのかな」なんて見られてしまっていたら、めぐり先輩にホント申し訳ないです。

 

 てかさ、帽子被せてくれたりマフラー巻いてくれるのはちょっと近すぎてドキドキしちゃうんでやめて欲しいんですけど。さっきとか危うく頬っぺた同士が触れ合っちゃうんじゃないかと思いましたよ。

 まったく……これだから天然は最こ……けしからん!

 

「ど、どうかしたの?」

 

 めぐり先輩とのあまりの距離感についつい幸せを感じて惚けていると、そんな童貞男子高校生(DDK)の揺れる乙女心など知るよしもないめぐり先輩が、心配そうに話し掛けてきた。

 

「あ……! も、もしかしてもう疲れちゃった……? ごめんね、無理に付き合わせちゃったのに、比企谷くんのこと考えてなかったね……。それはそうだよね、ずっと大変だったクリスマスイベントが、ようやくさっき終わったばっかりなのに……」

 

「いやいやいや、全っ然疲れてないっすよ……! むしろここ最近疲れっぱなしだったから、こうして城廻先輩とクリスマスを過ごせてる今が……た、楽しいというか……安らぐまであります」

 

「っ! ほ、ほんと……?」

 

「ホ、ホントです。……すいません、安らぎすぎてちょっとボケッとしちゃいましたかね、あ、あはは」

 

「そ、そっか……えへ、よかったぁ……っ」

 

 

 安心したように、ほにゃっと微笑むめぐり先輩を見て俺は思う。

 なにこれ、すかさずフォロー入れちゃうとかどこのタラシだよ。マジで今のセリフ俺が言ったのん? もうキャラ違うんじゃないですかね。

 

 しかしあんなに楽しそうに笑ってた女神様に、あんな不安そうな顔をさせるわけにはいかないだろ常考。そもそも安らぎすぎて惚けてたのって恥ずかしながら事実だしね。

 だったら多少恥ずかしかろうがキャラ変を侵そうが、めぐり先輩の笑顔を選ぶに決まってんだろうが。

 

 

「……んーっと、じゃ、じゃあ私はこのニット帽とマフラー買っちゃおっかなっ……」

 

 自分を殺してまでもめぐり先輩の笑顔を選んだのは大正解だったようだ。この嬉しそうな笑顔がソース。

 ただ、恥ずかしそうに頬を紅潮させてあわあわと慌て気味の女神様の顔を見ると、少しチャラ過ぎたかもしんないと若干後悔している。やっぱ慣れない事はするもんじゃないね!

 

「……ひ、比企谷くんはどうする……? 私とお揃いになっちゃうけど……」

 

 己の秘めたるタラシな内面にひとり悶えていると、突如めぐり先輩がもじもじしながら、ここでまさかの二択クイズ!

 ぐっ……この上目遣い、どっちが正解だよぉ……

 

 

 ①買う→不正解→えー、私とお揃いにするつもりなのー……? ちょっと気持ち悪いな……買うのやめよっかな……

 

 ②買わない→不正解→やっぱり私とお揃いとか嫌だよね……

 

 

 難易度高い! てか正解だった場合の解答例が無いとか、どんだけ不正解率高いんですかねこのクイズ。マジでこういうクイズは世の中から根絶やしにしていただきたいです。

 

 内心で頭を抱えて悩みかけたのだが、よくよく考えたら正解不正解を問わなければ、解を出すだけならなんとも容易いクイズだと気付いた。

 なぜなら①の不正解を回避するのを選ぶということは、それは単なる自己保身でしかないのだ。

 俺に降り掛かるのが①の不正解であれば傷付くのは俺ひとりで済むのに対し、降り掛かるのが②の不正解だった場合は、他ならぬめぐり先輩を傷付ける事になってしまう。もちろんそれにより俺も傷付くわけだから、実に効率が悪いではないか。

 であるならば、おのずと解はこれしかない。

 

「そ、そっすね……結構気に入ったんで、俺も買っちゃおう……かな……?」

 

 これならば不正解だった場合でも、めぐり先輩は気持ち悪い思いをするだけで傷付きはしない。

 うっわ……って顔をされて多少俺が傷付いたって、女神様が傷付かないんならそれでいいじゃない。

 

 気持ち悪がられるのを覚悟しつつ、ああ……女性の気持ちって難しいなぁ……と密かに涙していると、めぐり先輩はぽんっ! と手を合わせて嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「ほんと!? じゃあお揃いだね〜! うふふっ、登校中とかで一緒になっちゃったら、ちょっと恥ずかしいかもっ……!」

 

 やはり女神か。覚悟を決めて①を選んだ自分を褒めてあげたいです。

 

「あ! じゃあじゃあ〜、私が比企谷くんの分を、比企谷くんが私の分を買うことにしようよー! そしたらさ、ふふ、お互いへのクリスマスプレゼントみたいになるじゃない!?」

 

「……う、うす」

 

 

 ちょっと想像の遥か上をいく女神でした。

 どうしよう、ウチにもめぐり先輩がひとり欲しい。

 

 こうしてめぐり先輩の提案により、俺がめぐり先輩の分を買ってラッピングしてもらい、めぐり先輩が俺の分を買ってラッピングしてもらい、なんだか無性にこっ恥ずかしいシチュエーションの中、色違いの包装紙に包まれたプレゼントの交換会をしました。

 バカップルか。

 

 

 

 自分の物を購入したのと変わらないはずなのに、ラッピングされたマフラーとニット帽を大事そうに胸に抱えてほくほく笑顔のめぐり先輩。

 斯く言う俺も、小脇に抱えた包みを大事に大事に扱っている始末。

 

 

 ──勘違いすんなよ俺。

めぐり先輩はいい買い物が出来たから喜んでいるだけだし、俺が大事そうに抱えているコレも、単純に自分の物を自分で買ったに過ぎない。

 こういう所に意味を見いだそうと無駄な努力をするのは、もうとっくに卒業したはずだろ。

 お前はあの大魔王に理性の化け物と……自意識の化け物と言わせしめたほどの人間だろうが。いい加減目を覚ませ。

 

 

「えへへ〜、このマフラーとニット帽をメインにペアルックみたいにして、二人でどこかにお出掛け出来たらちょっと面白いかもね〜」

 

 

 ……うん。もうこのまま目なんて覚めなくてもいいや! 理性? 自意識? なにそれ美味しいの?

 そもそもなんだよ今どきペアルックって。普通だったらダサいと思っても、めぐり先輩が言うとほんわかしちゃうじゃねーか。なんかもうほんわかしすぎて、この先どうなっちゃってもいいってレベル。むしろめぐり先輩となら恥を堪え忍んででもペアルックで堂々と街を闊歩したいまである。

 

 と、ルンルンとスキップ状態なめぐり先輩を見て、絹豆腐すぎる俺の決意が一瞬で崩れ去るほどの危険状態に陥っていた時だった。

 

「あれ? あー、めぐりじゃーん!」「ホントだめぐだー!」

 

 突如として後ろから襲い掛かってきた二つの声。

 その声を聞いた瞬間、お花畑になっていた俺のおめでたい頭は、凍える冷水をぶっかけられたのだった。

 

 

× × ×

 

 

 振り返った俺の目に飛び込んできたのは、ニヤニヤしながらめぐり先輩へと歩み寄る二人の女性。

 私服姿であることから同級生なんだか総武生なんだかも分からないが、おそらく終業式が終わって一度帰宅し、それからマリンピアに遊びにきた同級生なのではないかと思われた。

 

 しかし今はそんなことどうだっていい。いま目の前でニヤニヤしている女性達を見て俺の頭を支配しているのは、いつぞやの花火大会の記憶。あの時の由比ヶ浜の気まずそうな苦笑いと相模達の嘲笑。

 

 ……くそっ、油断していた! ここは総武高校からの最寄り駅の近くにある商業施設。総武生が……めぐり先輩の知り合いが遊びに来ていたってなんら不思議なことはないではないか。

 めぐり先輩があまりにも優しいから、めぐり先輩があまりにも楽しそうにしてくれていたから、俺は自分が一番注意しなくてはならない事態を失念していた。

 ……いや、失念……ではないのかも知れない。ただ考えないようにしていただけなのだろう。そう、あまりにも楽しかったから。

 

 

 だが後悔先に立たず。今さら自分の腑抜けた愚かさを嘆いていてもどうにもならないのだ。

 とにかくここはなんとか切り抜けなくてはならない。めぐり先輩の評判を、俺なんかが落とすわけにはいかない。

 考えろ考えろ、と、無い頭をフル回転させていると、この一見危機的状況かと思われたシチュエーションは、意外にもこんなほんわかとしたやりとりでスタートしたのだった。

 

「あー! なんで二人とも遊びに来てるのー!? 私てっきり受験勉強頑張ってるんだと思ってたのに〜! もーぉ、だったら私にも一声掛けてよー!」

 

「はい? あんたクリスマスに予定あんの? って聞いたら、新生徒会の合同イベント? だかなんだかがあるんだ〜って言ってたじゃないよ」

 

「そうだよめぐー。だから仕方ないから私ら二人で遊びに来たんじゃーん」

 

「…………あ、そ、そうだっけー? あ、あはは」

 

「あははじゃないから!」

 

「ホントだよー!」

 

 肩に入っていた力が一気に抜けていく。

 どうやらこの人たちはめぐり先輩の仲良しのようで、あの時のような嫌な感じは一切しなかった。

 

 ……いやいや、まだ油断すんの早すぎだろ。現在(いま)はそんなムーブメントは過ぎ去ったとはいえ、俺は一時期学校一の嫌われ者として名を馳せた程の有名人なのだ。

 いくら仲が良いとはいえ、こんな目の腐った奴とめぐり先輩が一緒に居て、友達が良い感情なんか持つわけはない。下手したらせっかくの仲良し関係に亀裂が……

 

「てかさぁ、一声掛けてとか言っときながら、めぐりはちゃっかりクリスマスデートなんかしちゃってんじゃーん! ったく、お前いつの間にっ!」

 

「ねー! えっと、制服見るかぎり総武生だよね? ウチのめぐりずむがお世話になってまーす!」

 

「あ、あの……」

 

「きゃー! 「あ、あの……」だって〜! 可愛いー! 超動揺しちゃってるよこの子〜」

 

「ねー! ちょっと目付きは悪いけど結構イケメンくんだしねー」

 

「ち、ちちち違うからぁ……! デートとかじゃなくってただの後輩だからぁ……!」

 

「へー、“ただの後輩”ねぇ」

 

「……ぁぅ」

 

 

 やだ、どうしようすっごい恥ずかしいんですけど!

 つい数秒前までの不安と心配が一瞬でかき消されてしまった。

 

 どうやら俺が思っていた以上に仲の良い友達らしく、デートだと勘違いしている二人のお姉様は、それはもう楽しそうに真っ赤なめぐり先輩の脇腹を肘でうりうりと突つついてらっしゃいます。

 

 そしてさらに予想外なのが、どうやらこの人たちは俺に対しても好意的な目を向けてきてくれているらしい。

 あの悪名高い二年生だと知れ渡っていなかったようで一安心と共に、綺麗なお姉様方に結構イケメンとか言われてしまって、若干浮かれ気味などうも俺です。

 俺って年上ウケはいいのん?

 

 それにしてもいろはすとかめぐりずむとか、商品名をあだ名にする風潮はどうにかならないもんかな。あんまりそれやると、どっかで大人の事情が絡んできそうで恐いっての。

 まぁめぐり先輩にめぐりずむってあだ名は、商品と合わせて考えてもピッタリ過ぎだろ……とは思いますがね。

 

 

 

 しっかし、ホッとして心に余裕が持てたからこそ見える景色ってのもあるもんだ。

 俺は目の前で繰り広げられているめぐり先輩と友人達との戯れ合いを見て、思わず口元が緩んでしまった。

 

 

 

 ──こうして見ると、めぐり先輩もやっぱり普通の女子高生なんだな。

 

 普段俺が……俺たちが見ていためぐり先輩は、生徒会長の城廻めぐりであり、上級生の城廻先輩である。

 生徒会長としては多少頼りない所があったにせよ、それでも全校生徒から愛された生徒会長であることに間違いはない。

 

 

 俺たち下級生からも、例え同級生からであろうとも、等しく『生徒会長』として頼られ慕われていためぐり先輩。

 だから失礼ながら、俺はめぐり先輩に対して歳以上の距離感……というか壁を感じてしまっていたように思う。

 まぁそもそも学生時における年上というのは、たった一歳や二歳違いでしかないのに、それ以上に“大人”を感じてしまいがちではあるけれど。

 

 だからこうして本当の意味での対等な立場の存在と戯れ合うめぐり先輩はとても新鮮で、そしてとても愛おしく感じてしまった。

 

 

「……おいおい少年、なにをひとりでニヤけておるのかねっ」

 

 そんな油断しきっためぐり先輩の笑顔を見て油断していた俺の耳元に、不意に甘い香りと囁き声が届く。

 

「ひゃいっ!?」

 

 うっわぁ、俺キモいわー。

 だって仕方ないじゃない。突然初対面のお姉様に耳元で囁かれたら誰だってこうなるわ。

 あ、陽乃さんの時はただただ恐かっただけですが。

 

 突然耳元で囁いてきたお姉様一号は、年上の余裕かそんな俺のキモい対応にクスクス笑うと、お姉様二号の脇突つき攻撃に意識が集中したままのめぐり先輩が、こちらを見ていない事をチラリと確認すると、さっきほどの耳元では無いにせよ、またもや近くに寄ってきてこしょこしょと耳打ちをしてきた。

 

「……間違ってたらごめんなんだけど、もしかして……比企谷くん?」

 

「!?」

 

 ……え、なぜ俺の名を知っているんだこの人は。

 つー……と、冷や汗が背中を伝う。

 

 ……アホか、なぜもなにも原因なんてひとつしか無いだろ。そんなの、ついさっきまで俺の頭を支配していたあの原因しかない。

 

「……はい、比企谷です」

 

 つまり、やはりこの人は悪名高い二年生を知っていたのだ。そしてわざわざめぐり先輩の様子を窺って耳打ちしてくるという事は、こういう状況下での定番のアレなのだろう。

 

 

『あんたが一緒に居るとめぐりの為になんないから、もうめぐりに近寄んないでくれない?』

 

 

 っていうアレね。

 

 ま、それは致し方の無い事だと思うし、めぐりん教の信徒たる俺としては、こうしてめぐり先輩の事をちゃんと心配してくれる友達が居ることを嬉しく感じてしまうまである。

 

 だからそう言われるのならそう言われるで、快く受け入れようと構えていた。そもそも今日はホントたまたま一緒に居ただけの話だし。

 

 しかしそう構えていた俺の耳に届いた台詞は、またしても俺の予想からは大きく外れていた。

 

「あははー、やっぱねー! キミの事はめぐりから良く聞いてるよ♪ どうりで今日のめぐりは妙に可愛いと思ったよー。もう『最近ウチのめぐりんがなぜか可愛すぎる件について』とかってタイトルの小説を一冊書き上げられそうなレベル」

 

 なんだよその二流SSのパクリみたいなタイトルの小説。もしかしてこの綺麗なお姉様って、ちょっと残念な人なのだろうか。

 

 

 ……この人が残念かどうかはさておき、またもや俺の予想とは大きく違う展開に軽く戸惑う。

 そんな俺の頭に浮かんだひとつの考え。

 

 

 ──なんか俺って、もしかしてちょっと卑屈に考えすぎなのだろうか……?

 

 

 なんというか、今日はめぐり先輩と一緒に居ることによって、色々と違う方向へと導かれている気がするな。せっかくの導きだし、これを機に少し考え方を改めてみようかしらん?

 ああっ、やはりあなたが女神さまかっ。

 

 俺と一緒に居ることでなぜめぐり先輩がいつもより可愛いのかは謎だが、ま、手のかかる後輩と一緒に居れば必然的に面倒見のよい優しさが溢れだしてしまい、いつもより可愛いさ倍増に見えるってところだろう。

 

「ふふっ、そういう事だからさ、ウチのめぐりをよろしくね! すっごく頼りになる後輩クン」

 

 そう耳打ちして俺の肩をぱしんと叩いたお姉様一号は、未だ二号に弄られまくってあわあわしているめぐり先輩のもとへと戻っていった。

 

「……」

 

 

 

 

 ──めぐり先輩の友達との、この予期せぬクリスマスの邂逅で新たに知れためぐり先輩情報はふたつほど。

 

 

 ひとつは、あの皆から愛される元生徒会長城廻めぐりは、一皮剥けばひとりの可愛らしい普通の女子高生であるということ。

 

 

 そしてもうひとつは、どうやらめぐり先輩は仲の良い友達に、俺のことを“すっごく頼りになる後輩”と良く話しているそうです……

 ふぇぇ……すげぇムズムズするよぅ……

 

 

 

 

続く

 





今回もありがとうございました!


違うんです。ホントに今回で終わる予定だったんですよ。
ただ書いてる最中に突然めぐり先輩の友達との遭遇ネタが降ってきてしまいまして、「そういやめぐりんの普通の女子高生な姿って見たこと無いなぁ」と思ったんで、ついつい足してしまいました!てへ☆

それが無ければ今回で終わってたんで嘘は吐いてませんハイQED証明終了。


ち、ちなみにこの先輩版香織みたいな子のSSなんて書かないんだからね!


ではでは後編・後でお会いいたしましょうノシ


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ああっ女神(めぐり)さまっ 【後編・後】



すみません!大変お待たせしてしまいました><
最近若干スランプ気味でして(1日1行しか書けない日もチラホラ汗)、遅くなりましたがようやく完成しました!


ではではどうぞっ





 

 

 ケンタ側の出口を出ると、そこは青いLEDライトでイルミネーションされた、淡く輝く小さな広場。

 つい先日偶然雪ノ下と出会い、そして一度雪ノ下と終わった場所。

 

「わぁ……綺麗……」

 

 あの時は正直それどころでは無く、この景色に対して特にこれといった感想など抱くことはなかったが、気持ちが安らいでいる今、隣を歩く女神様がそうぽつりと言葉を漏らすのを聞くと、ああ、そういやここって綺麗だな〜……なんて、今更ながらに間の抜けたことを思ってしまう。

 

 まぁ何よりも綺麗なのは、この淡いイルミネーションに輝く植樹たちではなくて、そんな木々たちの輝きにほわっと照らされるめぐり先輩の神々しさなんだけどな、言わせんな恥ずかしい。

 

「……き、綺麗っすね」

 

「……うん、すっごく綺麗」

 

 先ほど購入したばかりの包みを胸にギュッと抱いてイルミネーションを眺める先輩は本当に綺麗だ。

 こんな言葉がぺらぺらと口から出るようになったら、それこそ本物のタラシだろうな。ま、どんなに本物のタラシになろうとも、俺にタラされる女の子なんて居ませんけども!

 

「……」

 

 いつも通りの自虐に精を出す俺の横では、未だめぐり先輩はイルミネーションを静かにじっと見つめている。

 

 

 

 

 ……どうしたというのだろうか。先ほどからめぐり先輩の様子がおかしい。

 具体的にはめぐり先輩の友人らと別れた直後くらいから、この人は考え事でもしているかのように、こうして何度か黙り込むようになったのだ。

 

 

『めぐり、どうすんの? ……せっかくの機会なんだし、あのこと話せば……?』

 

 

 別れ際、めぐり先輩の肩をぽんと叩き、ぽしょりとそう告げた友人のひとり。

 

 小さく告げていたその一言ではあったが、生憎俺は難聴系どころか耳聡いのだ。

 だから聞いてしまった。聞こえてしまった。めぐり先輩がこうして変調をきたす要因を作ったであろうその一言を。

 

 

 

 ──こ、これはまさか……めぐり先輩は普段友達に『頼りになる後輩』ってだけではなく、俺のことが好きだと話していて、そのことをこれから話せば? と背中を押していたってことだったりして…………つ、つまり、まさか告白……!?

 

 

 ……などと、そんな勘違いをするほど……甘い考えに興奮してしまうほど俺も青くはない。

 別に『俺なんか』とか、そういういつもの卑屈さを発揮しているのとは違う。

 ついさっき、少なくともこの女神様と居るときくらいは、そういうネガティブな思考には至らないようにしようと思えたのだから。

 

 今回のことに関して言えば、そもそもがそんな雰囲気ではないことくらいはひしひしと感じている。

 ソースは先ほどからこうやって考え込んでいる時のめぐり先輩の表情。そんな甘い空気を孕んだドキドキ感とは程遠い、まるで教会の神父様に懺悔室に導かれている迷える子羊であるかのような、弱々しく不安げな表情。

 だからこれは、愛の言葉を囁く前の、少女の憂いなどでは決してないのだ。

 

 

 

 それからしばらくのあいだ、俺とめぐり先輩はマリンピアから駅までの道のりを、青く淡いイルミネーションに包まれながらゆっくりゆっくり歩く。

 何一つ言葉も交わさず、ただぼんやりとイルミネーションを眺めながらゆっくりと。

 

 

「……比企谷くん」

 

 

 そんな時だった。すっと立ち止まりようやく口を開いためぐり先輩。

 表情は先ほどまでとなんら変わらない、弱々しく不安げなままではあるが、その瞳だけは決意の色が見て取れた。

 

「……君に、話したいことがあるんだ……」

 

 

× × ×

 

 

 真冬の凍える風を受ける二つのおさげがふわりとなびく。

 めぐり先輩は風に揺れる髪を手で押さえることもせず、真剣な眼差しで俺を真っ直ぐに見据える。

 

「あの、ね……言おう言おうって、ずっと思ってたの……本当は卒業式の日に言いつもりだったんだけど、今日……せっかくこうして君と会えたから、一緒に居られたから……だから今日、言わせてもらいます……」

 

 頼りになる後輩という、俺には勿体ない褒め言葉や友人の別れ際の一言、そしてそれによるめぐり先輩の変調、真剣な眼差しでの『言いたいこと』

 そんなたくさんのヒントを得ていた俺は、なんとなくだが先輩の意図と目的を理解していた。

 そしてその想像はたがう事なく、今にも泣きそうな顔でスカートを力一杯ギュッと握った先輩は、深々とそのこうべを垂らせる。

 

「…………比企谷くん、文化祭でのこと、…………本当にごめんなさい……っ」

 

 

 ……やはり、か。

 

 いつからかは知らないが、めぐり先輩はあの時の誤解に気付いていたのだ。

 

『いいの? 誤解は解いたほうがいいと思うけれど』

 

 スローガン決めのあと雪ノ下にそう言われたっけな。

 

『誤解は解けないだろ、もう解は出てるんだからそこで問題は終わってる。それ以上解きようがない』

 

 そんな雪ノ下に返した答えは、そんなアホみたいに捻くれた答え。いやぁ、我ながら恥ずかしくて泣いちゃいそうになるわ。

 

「……スローガン決めの時もエンディングセレモニーの時も、君は自分が悪役を演じることで、文化祭を……相模さんを救ってくれたんだよね……?」

 

 ……しかし、あの時点でもう解けないとかほざいていた解は、こうして知らぬ間に解けてしまっていたわけだ。

 

「文化祭のあと、ずっと考えていたの……なんであんなに一生懸命頑張ってくれていた比企谷くんが……あんな……酷い態度をとったんだろう……って」

 

 情けねぇな。あの時の高二病丸出しの下らない思考により、こうしてずっと心に荷を背負わせてしまっていた人がひとり。

 

「……それでね……? 私はこう考えるようになったの……もしあのとき比企谷くんが居なかったら、文化祭はどうなってたんだろう……って。……そしたらね、もしかしたら……って、分かっちゃったんだぁ。……だからその答えをちゃんと確かめる為に、体育祭の助っ人を奉仕部にお願いに行ったの……。結果は、やっぱりまた君に助けられちゃった」

 

 昇降口で偶然会って、駅までの道のりを一緒に歩いていた時に、めぐり先輩の口から漏れでた違和感。

 

『……あんなに素敵なイベントが出来たのは、また比企谷くんのおかげだね。ホントにありがとう」』

 

 そうか。さっきの違和感はこれか。この人は“また”と言ったのだ。また比企谷くんのおかげだと言ったのだ。

 俺にはめぐり先輩に何度も感謝されるような覚えがなかった。感謝どころか、文化祭の時は悲しませた記憶しかなかったのだから。

 だからあの時、ちょっと引っ掛かったのか。

 

「……体育祭のときは比企谷くんだけが悪役にならない方法を……私たち運営全体が悪役になる方法を選んでくれたから私ホッとしちゃって……だから生徒会選挙でまた君を頼っちゃったんだ。……ホント、情けなくってダメダメな先輩だよね……。文化祭の時だって、本当は私がやらなくちゃだったのに……責任者の私が厳しいことを言ってでも、みんなを動かさなきゃいけなかったはずなのに、後輩の比企谷くんに悪役を演じてもらって救われた上に、それに気付かず……考えようともせず……なんにも知らないくせに君に何度も酷いことを言っちゃって…………本当に最低なのは……私の方なのに」

 

 我ながら本当に情けなくなる。なにが誰も傷つかない世界の完成だ。ただ自分に酔って、少なくともこうしてめぐり先輩を傷つけてしまっているではないか。

 

「……救ったなんて、大層なことはしてないですよ。単純に奉仕部に来た依頼でやっただけですし、……ああすることが一番効率良かっただけっす……。相模には普通にイラついてましたしね。だからあれは俺が好きでやった行動なんすから、その行動によって起きた事態は俺の、俺だけの物です。……だから、城廻先輩が気に病むようなことでは無いですよ」

 

 荷を背負わせて傷つけてしまったこの優しい先輩に掛けられる言葉が、たったのこれだけかよ。

 普段は下らないことばかりすぐ思い付くのに、こういう時はこんなことしか口から出てこない自分に腹が立って仕方がない。

 

 だって……たぶんこれではこの人は……

 

「……うん、比企谷くんはそう言うんじゃないかなーって思ってたよ。……そう言って、また君は自分を悪者にしちゃいそうな気がしたから……もうそういうの見たくなかったから……だからずっと恐くて言いだせなかったんだもん」

 

 ……この人は余計に罪の意識に苛まれてしまう。完全に悪手だ。

 でも俺には、いま言ったセリフ以外、この人が傷つかないで済むようなセリフはなにも思いつかない。

 

 

 そしてしばしの沈黙。ああ……なんか思いつかねぇかな。さっきまであんなに楽しかったのに、今はもうプレゼント交換した時が懐かしい。

 

 なんとかこの人に笑ってもらえる手はないものか……もうめぐり先輩の沈んだ顔は見たくねぇよ……と、ひとり無い頭を捻っていると、先に口を開いたのはめぐり先輩の方だった。

 

「……えへへ、ちょっと嘘吐いちゃった……確かに比企谷くんがそう言って誤魔化そうとするのが恐かったから言えなかったってのもあるんだけどね……? でも恐かったのは、それだけじゃないの」

 

 ……それだけじゃない?

 一体どういう意味だろうかと先輩の言葉を待っていると、この人は先ほどまでとはほんのちょっと違う空気を纏いはじめた。

 なんというか不安そうは不安そうなままなのだが、先輩は少しだけ頬を赤らめ、さっきからスカートを握ったままの両手が、気恥ずかしそうにもじもじとスカートを弄りだした。

 

「た、体育祭で一緒に運営やれて、私ちょっと比企谷くんと仲良くなれたかな〜、って……、生徒会長選挙でまた比企谷くんと関われて、私の生徒会室お引っ越しを手伝ってもらえた時にもお話できて、またちょっと仲良くなれたかな〜、って……だから、逆に恐くなっちゃったんだと思う。……せっかく比企谷くんと仲良くなれたのに、あの文化祭の事をわざわざ自分から掘り起こしちゃったら……また比企谷くんと距離が開いちゃうんじゃないか……って。それは……ちょっとやだなぁって……」

 

「……」

 

 

 ……マジ、かよ……この女神様はそんな風に思ってくれてたのかよ……

 他の誰かがこういうことを宣ったとしても、確実にその言葉の裏側を探ってしまう捻くれ者の俺だけれど、この人の……めぐり先輩のこの言葉には一切の裏も世辞もないことくらいは分かる。

 

 ヤバいどうしよう、こんな時に不謹慎極まりないんだけど…………うん、嬉しくて仕方ないです。

 ヤバいヤバい、口がニヤけちゃう! 耐えろ口角挙筋! 真剣に不安がってるめぐり先輩に失礼すぎだろうが!

 

「……だからね、そういう不安な気持ちも含めて友達に色々と相談してたんだけど、さっき別れ際に言われちゃった……言っちゃえば? って……。情けなくて最低な私は、友達に背中を押されちゃいました」

 

 

 そう言って、困ったような泣き出しそうな笑顔で弱々しくあははっと笑う先輩。

 

 ……あ、さっきあの先輩が言っていた「めぐりをよろしく」ってのは、これの事なのかもしれない。

 めぐり先輩がこの話を俺に告げるのはとても不安だと知っていたから、その時は助けてあげてねって意味で、あの人は俺によろしくと言ったのだろうか。

 めぐりん愛されすぎだろ。これが人徳ってやつだな。

 

 

 

 ──なんだよ、本当に俺はどうしようもない奴だな。

 こんなにも優しい女神様が、俺の自己満足で情けない解消法のせいでずっとこんな風に胸を傷めてくれてたのに、今日はこの人と偶然会ってから、ひとりで勝手に舞い上がったり卑屈になったり不安になったり安らいだり。

 なんかもうダメ過ぎて穴掘って籠もりたいレベル。

 

 でも今は穴に籠もっている場合ではない。この優しい女神様にいつまでもこんな不安そうな顔をさせとくわけにはいかんでしょ。

 お姉様先輩にもよろしく頼まれちゃったわけだし、ここはいっちょやったりますか。先輩を笑顔にしてみせますかね。

 やりたくないけど、お姉様先輩からの依頼なんだからしょうがないよね。

 

 

 

「……あー、なんつうか…………城廻先輩に君は不真面目で最低だねって言われた時は……確かにこう、心にくるものがありました」

 

「……っ」

 

 距離が開いちゃいそうなのが嫌だったからと言ったあとの俺からの責めるような言葉に、めぐり先輩は肩をビクッと震わせて硬直する。

 ああ……別にそういうつもりは無いのに、なんかすげー罪悪感……

 

「……うん」

 

「すげー心に響いちゃいましたよ。…………俺、Mなんで」

 

「……?」

 

 俺Mなんで、との突然のカミングアウト(嘘)に、めぐり先輩は泣きそうになってた顔をきょとんとさせて首をかしげた。

 

「え、えと……ど、どういうこと、かな」

 

「だから俺Mっ気があるんで、最低だねと言われて嬉しかったって意味ですね」

 

 いや俺ってばクリスマスイブに美少女相手になに言っちゃってんの?

 まぁ確かにクリスマスイベント準備の時とか、ルミルミの罵倒にちょっと変な気持ちになっちゃったりはしたけれど。やだそれ本物!

 

 最初は不思議そうに首をかしげていためぐり先輩も、固まっていた脳が次第に働きはじめたのか、徐々に顔が真っ赤になっていく。

 

「ひ、比企谷くん!? な、なにを言ってるの!? い、いきなり先輩になんてこと言うの!?」

 

 完全にゆでダコである。

 まぁとりあえずめぐり先輩がマゾヒストの概要を理解してくれてて一安心。この女神様は、下手したらそういう下ネタ知識が無いんじゃないかとも心配したが、さすがにMを知らないほど純情なわけ無いよね。

 マゾヒストについて一から説明しなくちゃならないようだったら、正直俺死んでたわ。

 

「いやホントすみません。でも嬉しかったんだから仕方ないじゃないですか」

 

「ひひひ比企谷くん……!?」

 

「……だからあの時のことは、もう気にしないでください」

 

 突然の性癖暴露(嘘、だよね?)に真っ赤な顔であわあわしていためぐり先輩だが、どうやら今ので意図に気付いてくれたみたいだ。

 あ……と声を漏らすと、恐る恐るではあるものの、まだ赤みの残る顔で俺をまじまじと見つめてきた。いやいや近い近い。

 じぃっと目を合わせたあと、一瞬だけふっと優しい表情になった先輩は、次の瞬間にはぷくぅっと頬を膨らませる。もうホント可愛い。

 

「もうっ! 私は真面目なお話をしてるんだからね!? 比企谷くんのばかっ」

 

 ぐふっ!

 やめてぇ! 天然モノのぷくっと頬っぺでそんな可愛い「ばかっ」を聞かされたら、本当になにかに目覚めちゃうよぅ!

 

 

 ……そしてめぐり先輩は膨らませた頬っぺたをぷしゅっと鳴らして、

 

「ぷっ」

 

 次第に笑顔になっていく。いつもの素敵な笑顔へと。

 

 

 あそこで馬鹿げた冗談を交えて『気にしないでくれ』と言う意味は、もう気にしなくてもいいという額面通りの意味に加えて、仲良しも継続しましょうという意思表示でもある。

 だから俺の言葉の意味を……気持ちを理解してくれたから、色んな荷をずっと抱えていためぐり先輩は、安心してこんな下らないネタで笑ってくれたのだ。

 やっぱり女神様の笑顔は最高だぜ!

 

「あはははは、ホントにもぉ! やっぱりキミは、どうしようもなく最低だねっ……!」

 

 お腹を抱えて笑うめぐり先輩は、そっと目じりに溜まった水滴を人差し指で拭うと、敢えてあの言葉を使うのだ。

 それは、「じゃあ私ももう気にしないから。これでまだこの件を引っ張ったら、君に対して無粋だもんね」なんていう想いを言外に込めているような、そんな気がした。

 

 そんな優しい対応をとられてしまったら、俺はもっともっとめぐり先輩を笑顔にさせたくなるではないか。

 だったらとことん笑顔にさせてあげよう。それが、この優しい女神様へのご奉仕だろ。

 

 

「さらに追加で最低だねをありがとうございます。やべぇ、すげー興奮します」

 

「あはははは! も、もうやめてー……!」

 

 ……おお、マジか。俺がこんなにも笑いを取れるなんて。俺相手にこんなに笑ってくれるのなんて折本くらいなもんだぜ。もっともあいつは誰彼構わず常にウケてるけども。

 普段は笑わすキャラじゃなくて笑われる(失笑)キャラな俺は、このウケっぷりに思わず嬉しくなってしまう。でもおかしいな、嬉しいはずなのに涙が溢れるよ?

 

 まぁ別に俺が面白かったわけではなくて、不安と緊張から解放されたところにいきなり下らないネタが投下されたから、妙にハマッちゃっただけなんでしょうけどね。

 

「いやいや、せっかくこんな素敵な聖夜に女神様が罵ってくれたんですから、心からの礼を伝えるのがマゾヒストの務めですよ」

 

「お、お願い……も、もうやめてよー……! お、お腹……いたいっ……!」

 

 

 

 

 それからもめぐり先輩を笑顔にしたくて、そのまま調子に乗ってMキャラで攻めまくっていたのだが、その後笑い疲れてぐったりしためぐり先輩から、ぷくっと頬っぺで先輩曰く『お姉さんのお説教』を正座で頂戴いたしました。

 ご褒美かな?

 

 

× × ×

 

 

 めぐり先輩とのクリスマスももうじき終わる。あと数メートル歩けば、そこはもう改札なのだから。

 

 現在の俺と先輩は無言で歩いている。

 でも先ほどまでとは違う、心地の良い無言だ。

 

 偶然昇降口で会ってから、さんざん照れてさんざん笑ってさんざん変な空気になったこの聖夜の奇跡ももう終わりのとき。

 思えば、こんなに楽しかったクリスマスはいつ以来だろうか。子供の頃の、プレゼントをもらうまでのドキドキわくわく感に匹敵するほどの楽しさだったな。

 

「……えと、比企谷くん」

 

 今日のクリスマスデー……付き添いを振り返って思いを馳せていると、めぐり先輩が俺に真っ直ぐと向き直り微笑んでいた。

 

 

 あ、いつの間にか改札前まで来ちゃってるじゃねぇか……んだよ、なにボーっとしてんだよ勿体ねぇな俺。

 ……ヤバい。なんか俺、めぐり先輩とお別れするのが残念とか思っちゃってるんだけど……

 

 そんな葛藤に悶えていると、もしかしたらめぐり先輩も別れが残念だと思ってくれたのだろうか?

 名残惜しそうな笑顔で、俺に一言こう告げた。

 

 

「今日は……本当にありがとう!」

 

 

 ──そのありがとうには、たぶん色んな意味が含まれているのだろう。

 

 単純にクリスマスのお供をする事になった事に対するありがとう。

 

 こんなに遅くまでわがままに付き合ってくれてありがとう。

 

 そして……ずっと抱えていた思いを笑い飛ばさせてくれてありがとう。

 

 

 それは解るのだけれど、それを敢えて口に出してしまえば、それこそ無粋ってもんだろう。

 だから俺はちょっと恥ずかしいけども、俺からの返答に先輩が余計な意味を感じてしまわないように、心からの本心で返そう。

 

「……て、てか、俺の方こそすげー楽しかったれしゅ」

 

 ……もう死にたいれす。

 誰かー? 今すぐ穴を掘る為のスコップを用意してくださるかしら?

 

 

「そ、そっか……! えへへ〜、良かったぁ……!」

 

「……うす」

 

 やはり女神か。酷い噛みっぷりなどどうでもいいとばかりに、俺の言葉を素直に喜んで、頬を染めてはにかんでくれるめぐり先輩マジ女神。

 でも胸にギュゥッと抱き締めてるその包みが、苦しそうにグシャっと音を立ててるけど大丈夫なのん? まぁ中身毛糸だから平気だけどね。

 

「あのね……!? 比企谷くんっ」

 

 するとめぐり先輩は突然大きな声で問い掛けてきた。

 恥ずかしい事についビクッとなっちゃったけど、気にしないでなんとか返事を返す。

 

「……は、はいっ、なんでしょうか」

 

「あ、あのね!? わ、私今日本当に本当に楽しかったの……! な、なんでこんなに楽しかったのか、自分でもよく分からないんだけどっ……、でも、本当に楽しかった」

 

「そ、そすか……」

 

 ぐぉぉ……! なにこれすげぇ恥ずかしいんですけども! 極度の照れ屋さんな俺を恥ずか死させるつもりなのん?

 なんなのこの女神様じつはドSなの? 俺がMだから責めてきたの?

 やだベストカップル誕生の予感!

 

「だっ、だからそのっ……」

 

 そう言ってめぐり先輩はわちゃわちゃと髪を撫でたりスカートを弄ったりと大忙し。なんか「……また……行け……るん……けどっ……もし……」とかゴニョゴニョ言ってて全然聞き取れないし。

 

 そしてゴニョゴニョを言い終えたらしきめぐり先輩は、もじもじと俯いてしばし沈黙すると、ごくりと咽喉を鳴らして意を決したかのようにガバァッと顔をあげ、大声でとんでもない爆弾発言をかましてきたのです。

 

「……つ、付き合ってもらえるかな!?」

 

「ひゃい……?」

 

 

 あまりの間の抜けた声と、たぶん尋常ではなく赤く染まっているであろう俺の顔を見ためぐり先輩は一時停止。

 じっくりと自身の発言を吟味し、次第に涙目になっていく。

 

「ち、ちちち違うの! そういう意味じゃないからね!? ……あ、あれ!? わ、私いま“付き合って”の前に、「またどこか遊びに行けたらいいなぁ」とか、「もしよかったらまた」とかってちゃんと言ってたよね……!? うう……き、緊張しすぎて、ちゃんと言ったかどうかももう分かんなくなっちゃったよぉぉ……!」

 

 女神様ご乱心である。どうやらゴニョゴニョの内容はそれだったらしい。

 まぁ“付き合って”というワードが出た時点でオチは決まってるんですけども。

 か、勘違いなんかしてないんだから!

 

「……い、いや、大丈夫っす。ちゃんと言ってましたから……」

 

 ただなんでそこだけ小声で言うんだよって問題があるだけの話です。作為的ななにかを感じる……

 

「だ、だよね! もぉ! 比企谷くんがすごい顔したから私びっくりしちゃったよー……!」

 

 心から胸を撫で下ろすめぐり先輩を見て、作為的ななにかは女神様ではなくラブコメの神様の手によるものだと判明しました。

 ラブコメの神様、もうそういうの間に合ってますんで勘弁してください。

 

 

 交際申し込み(間違い)後は「あ、あはは」と変な笑いをし合ったりとお互いに気恥ずかしくなってしまったのだが、そんな空気を自ら打ち破るべく、めぐり先輩が真っ赤な顔のままずいと攻めこんできた。

 

「で……ど、どうかな……? 暇な受験生の為に、またどこかに付き合ってもらえたら、嬉しいんだ……けど」

 

 

 ……はぁ、マジかよ……女神様のお供なんて今日限りの特別……クリスマスの奇跡かと思ったから仕方なく付いてきたってのに、またこんな恥ずかしい思いしなきゃならないのん……?

 いやいやもう無理っす。これ以上はもう色々と持ちませんよ。

 だからここは申し訳ないのだが、心を鬼にして……

 

「……うっす。ま、まぁ暇だったら……」

 

 行っちゃうのかよ分かってましたけども。

 どうも、年中暇な比企谷八幡です。

 

「……やっ……たぁぁ〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな捻デレ丸出しな煮え切らない答えにも、この女神様は心の底から喜んで破顔してくれる。

 俺の捻くれて歪んだ魂は、そんな女神様の笑顔に癒され溶かされながらこう思うのだった。

 

 

 ああっめぐりさまっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ☆

 

 

 

 

「じゃあじゃあ〜、まずは初詣なんてどうかな!?」

 

「あ、いや……初詣とか人混みが凄いんで……」

 

「むっ……ほ、ほらっ……私受験生だし、お詣り行きたいかなーって……!」

 

「城廻先輩推薦じゃないですか」

 

「……っ! むぅ〜……ダメ……?」

 

「……うっ……ま、まぁ小町……い、妹の受験のお詣りには行きたいと思ってたんで、そのついででよければ……」

 

「ほんと!? やった! それじゃ私も比企谷くんの妹さんの合格祈願、すっごいお詣りしちゃうね! えへへ、じゃあこのマフラーとニット帽で、二人でお揃いで行っちゃおう! おー」

 

「……ぐっ、……お、おー」

 

「あ……あと、ね……?」

 

「……なんでしょう……」

 

「実はその……私、来月の二十一日が……誕生日なんだ、けど……その、もしお暇だったら……一緒にどう、かな……? ダメ……かな」

 

「……ぐっ……まぁ……その……ひ、暇だったら……」

 

「……やっ……たぁぁ〜!」

 

 

 

 女神様にお仕えする事が決定してしまった信徒としての結論。

 どうやら、女神様は大魔王様以上に逆らえる気がしないようです。

 

 

 

終わり

 

 





季節外れなクリスマスストーリーではありましたが、最後までありがとうございました☆


ぶっちゃけ今回のお話は、そういやめぐりんの謝罪イベントってまだやってなかったなぁ。最近スランプ気味で癒されたいし書いちゃおっかな?(>ω・)v

な気持ちで書きはじめたワケなのですが、まさかめぐりんで4話も消費してしまうとは……恐るべし、めぐりっしゅパワー(`・ω・';)


というわけでありがとうございました!
また次回お会いしましょうノシ



あ、申し訳ないです!
当日は感想への返信が出来ないかもなので、土曜か日曜にまとめてお返しします><





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二回目のはじめて



すみません、今回若干アダルトな内容です(汗)


でもこれじゃR15タグいりませんよね……?





 

 

 

「……ん……っ」

 

 穏やかなまどろみとは無縁の、苦痛を伴う痛みに目が醒めた私。

 

「あったま痛〜……」

 

 ……あ、あれ? 私いつの間に寝ちゃったんだろ……確かゆうべは講義終わりに美樹とショッピング行ってカラオケ行って……んで、居酒屋で飲んで…………って、それか……

 

 ヤバい、全っ然記憶が無い……普段こんなんなるまで飲む事なんかないのに、なんでかゆうべは溜まった愚痴吐いてたらお酒止まんなくなっちゃって、そっからは記憶がないや……

 

 ……こわっ! 酒で記憶なくなるとかこわっ!

 マジで記憶って飛ぶんだ。初めての経験だけど、結構恐いな、これ……

 てか、私どうやって帰って来たんだっけ……?

 

「……え……?」

 

 ……どこ? ここ……

 いま気付いたのだが、私は全く見覚えのないベッドで目が醒めたのだ。

 この内装は、ホテルかなんか……?

 

 途端に恐怖が全身を包み、体が硬直する。

 てか……、え? 二日酔いで気付かなかったけど、痛いのって頭だけじゃないじゃん。

 体が……なんだか痛い。なんか、普段使い慣れてない筋肉を使ったみたいに、変な所が筋肉痛になってんだけど……

 

 そしてなによりも違和感がある痛み……それは、陰部から感じる痛み。

 初めて感じる数々の痛みと恐怖に次第に覚醒していく私が、今さら気付いた事実。

 

「……う、そ」

 

 私は……一糸纏わぬ、生まれたままの姿でベッドに横たわっていた。

 そしてすぐ隣には人の気配……

 

 

 

 ──そこには、一糸纏わぬ生まれたままの姿の男の人が、私に背を向けて眠っていたのだった。

 

 

× × ×

 

 

 目の前が真っ暗になる。

 これが……世に言うお持ち帰りってヤツ……?

 

 なん、で……? だって、ゆうべは美樹と二人で飲んでたじゃん……!

 酔いつぶれてたところを、どっかの男にホテルにでも連れ込まれたってこと……?

 

 

 

 ──もう二十歳も過ぎたというのに、私は合コンとかにも行った事がない。ずいぶん前に恋した人への気持ちを変にこじらせてしまっていた私は、未だ男と付き合った事もない。

 つまりアレも未経験……そう、処女。……いや、正確には処女だったって事になっちゃうんだな……

 

 

 ずっと大切にしてきたのに……なんて綺麗事を言うつもりはない。単に、変にこじらせ過ぎて、捨てるに捨てられなかったってだけのみっともないお話。

 彼氏を作ろうと思っても全然男に惹かれなくて、誰とも付き合わなかった……付き合えなかったってだけ。

 

 

 それが、こんな風に失っちゃうなんて……マジで笑えるよね……

 まさか初めてが、酔った私を身勝手にホテルに連れ込んだのであろう、どこの誰とも知れない男だなんて……

 

 

「……うっ……うう」

 

 

 あまりの惨めさに、涙がとめどなく溢れてくる。

 

 自分でも分かってるよ。二十代にもなって、たかだかお持ち帰りされたくらいで涙する自分がいかに気持ち悪いかって事くらい。

 こんなの、普通の女だったら「あ〜……やっちゃったぁ」くらいのもんなんだろうね、知らないけど……

 

 でも私はぼろぼろと流れる涙を止められずにいる。

 私がこうなってしまった原因……恋も彼氏も出来なかった原因に起因してるのかもしれない。

 あ〜あ……これが私の末路なんだぁ、って、これが罰なのかもなぁ、って。

 

 ……でも神様、こんなのはあんまりだよ……

 あの事が原因で、あの恋が原因で、一生恋もセックスも出来ないかもとかは覚悟してた。

 でも、それなら覚悟してたのに……それなら全然良かったのに……よりによって、見ず知らずの男にお酒の過ちで抱かれたなんて……

 

 

 本来であれば、恐いしキモいし早く服を着て逃げ出したい所なんだろうけど、…………なんか、もうどうでもよくなっちゃって……もうなんでもいいやって投げ遣りな気持ちになっちゃって……、だから私は溢れ出る涙も拭わず、壊れた人形のように、ただベッドに力なく腰掛けているのだった。

 

 

「……う、ん」

 

 

 そんな、茫然自失になっている私の横で、この見知らぬ一夜限りの恋人がどうやらお目覚めのようだ。

 自暴自棄になってしまった私は裸でいる事も気にせず、ぼーっと死んだ魚のような目で、その一夜限りの恋人が起き上がる様子をただ見ていた。

 見ていたといっても、涙がぼろぼろとこぼれ落ち続けている私の目では、輪郭くらいしか見えないんだけど。

 

 

 そして……その男はのそりと起き上がり、私が視線を向けている事にも気付かない様子でぼりぼり頭を掻くと、キョロキョロと辺りを見渡してこう言うのだ。

 

 

「……は? え、なにここ……てか俺こんなとこでなにしてんの……?」

 

 って。

 酷く懐かしく……そして、とても聞き覚えのある声で。

 

 

 ……意味が分からない。

 酔った上での、行きずりの淫らな行為の相手と思っていたその男から、なんで私が知ってる声が聞こえてくんの……?

 

 一糸纏わぬ姿で目が醒めた時よりもずっと混乱する頭。

 でも、未だ涙で姿は確認出来なくても、この怠そうなあいつの声は聞き間違えようがない。

 

 途端に自身が生まれたままの姿でいる事が死ぬほど恥ずかしくなり、私はすぐさま手近にあった布団で肢体を覆い隠して叫ぶ。こいつの名前を。

 

 

「ひ、比企谷!?」

 

「……え、さ、相模……!?」

 

 

 高校を卒業してから数年。こうして見知らぬホテルの一室、見知らぬベッドの上で、私は再会を果たしたのだ。高校時代の同級生と。

 

 

× × ×

 

 

 現在、私と比企谷は慌てて服を着てから、ベッドの上で向かい合って正座をしている。

 向かい合ってとは言っても、あまりにも恥ずかしくて顔は見れないけども。

 

 

「本当にすまん……!」

 

 

 恥ずかしさでずっと俯きっぱなしの私に、比企谷は先ほどからずっと土下座状態で謝罪を繰り返している。

 まぁ、そりゃそうだろう。目が醒めたら、隣には全裸で涙をぼろぼろ流した高校時代の同級生が座ってたのだから。

 未だ真っ赤な顔で俯きっぱなしのこの姿も、比企谷にはずっと泣いているように見えるのかな。

 

「……だ、だからさぁ……今はそれはいいから……私はなんでこういう状況になったのかを知りたいんだけど」

 

 でもそれは比企谷の勘違い。だってもう私は一切泣いてないから。

 つい先ほどまでは、自分の惨めさと情けなさに悲観して絶望して大泣きしてた私だけども、相手が見ず知らずの男どころか比企谷だと知った今では、とりあえず処女を奪われちゃった事なんてどうでもいい。

 ……いやいや、全っ然よくないけどもっ! 死ぬほど恥ずかしいけどもっ!

 で、でもそれは、これからの比企谷との会話でどうとでもなる話だし!

 にしても……私の初めてが比企谷なんだなぁ……うぅ、なんかもにょもにょするっ……!

 

 

 だから今はとりあえず、どうしてこうなってしまったのか、ここに至るまでの状況を少しでも知りたいのだ。

 

 すると比企谷はなぜか不思議そうに眉をしかめる。

 あ、もしかして私が自分を私って言った事……?

 

「……いい歳していつまでもうちとか言ってたら痛いでしょ。だから結構前から矯正して私にしてんだけど、なんか文句あんの……? つーか、今それどころじゃないでしょうが」

 

「……あ、いやすまん。ちょっと違和感だったから」

 

 ったく……相変わらず細かいトコが気になるんだなぁ、こいつは。

 でもま、卒業してから数年、会話に至ってはあの体育祭のあとに廊下ですれ違ったとき以来だってのに、未だに私の一人称を覚えてるなんて、ちょっと……どころじゃないくらい嬉しいかも。

 

 それに、私に対してこんなに平身低頭な比企谷は初めて見るなー。

 そりゃね!? お酒の失敗で女をホテルに連れ込んでヤッちゃった事実がこうして目の前にある以上、こうやって下手(したて)に出るのは当然っちゃ当然なんだけど、なんか面白いかも。

 おっとヤバいヤバい。ここで口元を弛ませちゃったりしたら、せっかくペコペコしてるこいつに気持ちを悟られちゃうじゃん! ここはあくまでも、犯したこいつと犯された私って構図を守らなくちゃでしょ!

 

「……で? なんであんたが私をホテルに連れ込むような流れになったわけ……?」

 

 さっきまで涙してた暗い気持ちなんてもう一切無いけど、口元と気持ちが弛んじゃわないようにビシッと低い声で言ってやった。

 

「……ホントにすまん……マジで俺も全然覚えてねーんだよ……。今日は同じ学部のヤツに居酒屋に付き合わされてな、そいつが最近彼女に振られただのなんだのとすげぇ愚痴ってくるもんだからめんどくさくなって、あんま飲み慣れない酒ガブガブ飲んでたら、いつの間にか記憶が……って……感じだ……感じです」

 

 ぷっ、感じです……だって! 超笑えるんだけど!

 あの比企谷が私に敬語とか超楽しい!

 

 ま、まぁそんな比企谷の弱々しい態度は本当に面白いんだけど……んー、そっかぁ……

 

「マジで……? なにこれ、どっちも記憶が無いとか、もうどうしようもないじゃん……」

 

 面白いんだけども……でも、状況が分からず仕舞いってのが物凄く気になってしまう。

 

「マジですまん……それ以外に言葉もない……」

 

 い、いや……まぁ記憶無いままヤッちゃったのはお互い様なんだけどね。

 こういう時、やっぱ女って便利よねー♪

 

「……あと……その」

 

 私が“女”なのをいいことに心の中でほくそ笑んでいると、比企谷はチラッ、チラッっと、ベッドの上に視線をやっている。

 その視線の先には、少し赤い液体で汚れてしまったシーツが……

 

「〜っ!」

 

 こいつがなにを言いたいのかを理解したうちは、火が出ちゃうんじゃないかってくらいに羞恥で顔が熱くなる。

 

「はぁ!? な、なによ、うちが処女だったってのが、そんなに変なわけ!?」

 

「い、いや……! ち、違くてだな……その、なんだ。さ、相模ってモテそうだから、なんつーか……その……意外でな」

 

 あまりの恥ずかしさに声を荒げたうちに、比企谷は必死に首を振って言い訳をする。

 

 ……まぁ、言いたい事は分かってるっての……あんたの事だからどうせ、こんな下らない事でうちの大事なものを奪っちゃったって罪悪感に苛まれてんでしょ……?

 

「……ふ、ふーん……あっそ」

 

 で、でもさ……? 不意打ちで突然モテそうとかやめてくんない……!?

 だって、それってあんたがうちのことを可愛いとか、そういう目で見てるって事じゃんよ……!

 

 いきなりの誉め言葉? に動揺させられてしまったうちは、ちょっと嫌味っぽくやり返してやる事にした。

 ……ふ、ふんっ! せいぜい罪悪感に苦しめ!

 

 

「……そ、そりゃまぁモテるけど……でもうち、ちょっと昔の恋ひきずっちゃってて……あんま他の男が恋愛対象に見えないっていうか……そいつ以外にあげたくなかったと言うか……、だから大事に取っといたというかなんというか……」

 

 ……と、比企谷をちょっとからかってやろうとそんなことを言ってみたんだけど……う、うち、なに言っちゃってんの!? なにを暴露しちゃってんの!?

 なにこれめっちゃ恥ずかしいんだけど……!

 

 

 しかし、やはりそんな捨て身の攻撃は比企谷には効果抜群だったようで、うちのその恥ずかしいセリフを聞いた途端に、こいつは一気に顔面蒼白になった。

 

「……本当にすまん! こんなことで許されるわけは無いと思うが……俺に出来ることならなんだってするから……!」

 

 苦痛に歪む比企谷の顔を見ていると、少し胸が苦しくなる。

 ……こいつは、比企谷はなんの裏も掛け値も無しに、心の底からうちの心配をしてくれてるんだって分かるから……

 言ってしまえば喧嘩両成敗みたいな事態なはずなのに……それなのに比企谷は一方的に責任を感じて、うちの身を案じてくれてるって分かるから……

 

 それなのに、うちはいま比企谷が言ったセリフ──俺に出来ることならなんだってするから──に心が揺らいじゃってるし。

 ホントうちって、今も昔も全然変わらず俗物まみれだなぁ……

 

 

 

 うちは黙ってバッグからスマホを取り出す。

 こいつが一方的に責任を感じてくれるにしても、出来ることならなんだってしてくれるにしても、やっぱりまずはこうなった経緯を知らなきゃ始まらないもんね。

 ちゃんと状況を知れれば、比企谷の罪の意識も軽くなるかもしれないし。

 

 ……って、ほんの悪戯心とか照れ隠しで、比企谷に罪悪感をさらに感じさせてやれ! とか思ってたうちに言える事じゃないけども!

 

「……通報……か。……ま、仕方ねぇか……」

 

 と、スマホをタップし始めたうちの耳に、諦めにも似た比企谷の声が届いた。

 あのさ……状況も分かってないのに、同級生をいきなり警察に突き出すわけないじゃん……。あんた、うちの事なんだと思ってんのよ……

 

「……バカじゃん? 通報なんてまだしないから……。さっきから何度も言ってんでしょ、うちはなんでこんな事になっちゃったのか、その経緯がどうしても知りたいのよ。それが分かんなきゃ、なんにも始まんないでしょ」

 

「……ん?……うち……?」

 

 は? なんかうち変なこと言った? うっさいわね。

 

「だから美樹に……あ、うちが一緒に飲みに行ってた子なんだけど、その子ならもしかしたらなんか知ってるかなって」

 

「……あ、……そうか」

 

 そしてうちは通話内容を比企谷に聞かれないようにベッドから離れて、着信履歴から美樹の番号を引っ張ってきてすぐさま電話を掛けた。

 

 

 よくよく考えたら、そもそも変な話なのよ。

 だってうちは美樹と二人で飲みに行ってた。美樹はうちと違ってお酒に強いし、記憶がなくなるくらいべろんべろんに酔っ払ってたうちを、あの子がそのまま放置して帰るわけが無いんだから。

 

 だからもしかしたら……真実を知っているかも……

 

 

 

 だが、うちはこのあと嫌というほど知る事となる。

 真実というのは、知らない方が幸せな事もあるのだということを……

 

 

× × ×

 

 

 三回目のコールでスマホには通話中と表示された。

 相手が電話に出たことによって、今更ながらに緊張でうちの心臓は激しく揺れる。

 

 

 ──これ、なんて訊ねればいいの……?

 

 

『あ、もしもし南!? おー、無事だったかぁ! あんた今どこに居んの!?』

 

 美樹は、普段電話した時では有り得ないくらいの勢いで激しくまくし立ててきた。

 やっぱり……ゆうべなにかあったんだ……

 

「えっと…………あ"」

 

 いやいやいや! うちこれなんて答えればいいの!? どっか知らないホテルに居るとか言えばいいの!?

 

 ……無理無理無理! そんなの言えるわけないじゃん……!

 美樹は大学に入ってから知り合った友達だけど……うちの男性遍歴とか全部知ってる。遍歴=ゼロですがなにか。

 

 それなのに二人で飲みに行った翌日に、どこぞの知らないホテルで処女喪失しちゃいましたなんて言えるわけ無いじゃんよ……!

 

『南……? あ"ってなに!? ねぇ、ちょっと?』

 

 でも! 確かに言いづらい事ではあるけども!

 ……うちはこうなった経緯をどうしても知りたいんだからしょうがないじゃない……!

 美樹が罪悪感抱いちゃうかも知れないから、どっかの知らない男にお持ち帰りされて大泣きしたとかだったら絶対言えないけども、相手は比企谷なんだから…………別に、いいよね?

 し、死ぬほど恥ずかしいけどっ……

 

「ホッ……ホホホホ……ッ……!」

 

『は? なに? ふくろう? なんでいきなり動物物真似……?』

 

「ちっがーう! そのっ……ホッ……、ホテ……ル」

 

『は? 全然聞こえないんだけど』

 

「だっ……だからっ……! ホ、ホテルに……居るの……! どっか知らない、ラ、ラブホかなんか……」

 

『マジ……?』

 

 ようやく言えた居場所に美樹は絶句する。

 そりゃビックリだろうよ……どんなに誘われても合コンにも行かず、ゼミやらサークルやらで何人かのイケメンに告られても、誰とも付き合おうとしなかった友達から、いきなりラブホに居る発言が出れば……

 

 

 だがしかし本当にビックリするのは、次の美樹の発言を聞くうちの方だったのだ!

 

 

『マジでー!? 良かったじゃーん!』

 

「…………は?」

 

 

× × ×

 

 

 ……ちょ、ちょっと待って……?

 さっきまでどこに居るのか心配してた美樹が、今のうちの衝撃発言を聞いて、その返答が「良かったじゃん」ておかしくない……?

 

「……え、美樹……? ちょっと待って? な、なにが良かったの……?」

 

『え、だって処女捨てられたんでしょ? えーっと……ヒ、ヒキガヤ? くん相手に』

 

「ぶっ!?」

 

 なに言ってんのこの女……?

 てか、え……? いま比企谷って言った……? なんで知ってんの……?

 

「ちょちょちょ……ちょっと待って!? なんで美樹が比企谷知ってんの!? あとなんでホテルって言っただけで処女捨てられたって知ってんの!?」

 

『あ、やっぱ捨てられたんじゃーん』

 

「うぐっ……」

 

 なんだかすごい墓穴を……!

 

「……と、とにかく……っ、しょ、処じ……その件は一旦どっか置いといて……っ、ゆうべ……なにがあったのか……美樹に聞きたかったから、電話……したんだけど」

 

『……え、南あんたマジで言ってんの……? あれからのこと報告する為にあたしに電話してきたんじゃないの……?』

 

「……マジ……です」

 

 美樹がこんなにも動揺してるのは初めてだ……

 マジでうち、ゆうべなにがあったの……?

 

『……えっと……じゃあやっぱ、ヒキガヤくんもなんも覚えて……?』

 

「……ない、です……。二人して目が醒めたら、もう意味分かんなくて……」

 

 苦し気にそう言ったら、美樹は「うわぁ……悲惨」と呟いた。

 やめてよ! 聞きたくないレベルが上がる一方だよ……! しかもそのあとに「まぁ……あの惨状を覚えてないってんなら……それはそれで幸せか……」とか、さらにレベルが上がる一方です。

 

『一応確認しとくけどさ……知りたい……?』

 

「ぐぬぬっ……し、知りたくないよぉ……! で、でも知らなきゃなんないのよ、うちは……!」

 

 なんかもうマジで知りたくないけども、うちは血涙を流す覚悟で知る事を決めた。

 だって……知りたくないけど知りたいんだもん……

 

『OK、あんたの覚悟は受け取った。じゃあ心して聞くがよい』

 

 あんた誰よ……

 

『まずさ、ヒキガヤくんに遭遇したのは覚えてんの?』

 

「……それがまたさっぱり……ちなみに比企谷もうちと会ったこと自体記憶無いみたい」

 

『……そっからか。……えっとね、恋バナになったとき南が珍しくくだ巻いてね、お酒がばがば飲んでグチグチ言ってたのよ。やれ断っても断ってもしつこい男がいて鬱陶しいだの、やれうちはあいつ以外と恋愛する気なんかないって言ってんじゃん! だのと』

 

 ……うわぁ、うちそんなこと言ってたの?

 最近確かにしつこく何度も飲みに誘ってくるヤツが何人か居るから、ここんとこストレス溜まってたけども。

 ……にしても、あいつ以外と──とか、うちなに言ってんのよ……

 

『そんな時さぁ、発見しちゃったのよ、あんたが。同じ店でたまたま飲んでたヒキガヤくんを』

 

 マジか……比企谷もあの店に居たのか……てか比企谷ももしかしてここら辺の学校に通ってたりすんの……?

 

『はぁぁ……そしたらあんたさぁ、なんの迷いもなく速攻でその席に突撃かましてさ……泣きながらすっごい勢いでヒキガヤくんに抱きついたの』

 

「ぶぅっ!?」

 

『はぁぁ? って思ってあたしもそっちの席に走ってったら……あんたわんわん泣きながら『ヒキガヤ〜ヒキガヤ〜! ……文化祭のときはホントにごめんねぇ! うちホントのこと気付いてからずっとずっと謝りたかったんだけど、恐くて謝れなかったのぉ……!』とか頬擦りしながら謝りまくって』

 

「」

 

『そっからは謝って頬擦りしたりありがとうって頬擦りしたりの無限ループ』

 

「ちょっと待って!? ほ、頬擦りって言うけどさぁ……、ひ、比企谷は抵抗とかしなかったわけ!?」

 

 あ、あのすぐキョドる比企谷が、いきなり女に抱きつかれて頬擦りされて抵抗しないとかおかしくない!?

 

『あー……いや……実は南が突撃した時にはすでにヒキガヤくんも出来上がってたみたいでさぁ……、なんか彼ね? 酔っ払うと無口になるタイプらしくって、あんたが抱き付いたり頬擦りしてる最中も、微動だにしないでずーっと黙って、虚ろな目で遠くを見っぱなしだったのよ』

 

「……」

 

『んで、さ……南ヒキガヤくんの連れとか一切無視してそのままそっちの席に居座っちゃって、今度はさっきまであたしとしてた恋バナについて比企谷くんにグチグチ文句言い始めてさぁ……』

 

 ……どうしよう……二日酔いがぶり返してきちゃったよ……頭痛い……

 

『……んでぇ、しばらくしたらあんたとんでもないこと言い出したのよ……』

 

 ……うっそ……すでに十分とんでもない騒ぎを起こしてるっぽいんですけど、まだこれ以上があるの……?

 

『「大体さぁ! なんでうちが今まで彼氏とか出来なかったと思ってんのよヒキガヤぁ! 全部あんたのせいじゃん! 文化祭とか体育祭とか、あんな事されたら惚れるに決まってんじゃん! でもあんたに対する罪悪感が凄くて気持ちも伝えらんないまんまでさぁ! だからうちはあんたに対する想いを引きずってこじらせて……恋も出来ずに彼氏も出来ずに処女のまんまなんじゃんかぁ! だから責任取ってうちの処女貰ってよぉ!」……って、泣きながら大声で。あんたどんだけ蓄まってんのよ……』

 

 

 ……ヤバい、軽く死にたい。

 

『そっからはさっきのごめんとありがとうのループに加えて、処女貰え! もループに仲間入り。……ねぇ、南に分かる……? 居酒屋で大声で処女貰えって叫んでる酔っ払いに絡まれてる相手が、ずっと虚ろな目で一点を見つめ続けているってカオスな図……。それをさ? あたしとヒキガヤくんの友達は、他のお客さんとか店の人の目を気にして謝りながら聞いてたわけですよ……ホント恥ずかしかったわ……』

 

「誠に申し訳ありませんでした……」

 

 ……やっぱ、世の中には知らない方が幸せってこともあるんだね……

 

『で、なんとか宥めて居酒屋逃げ出して、時間も時間だし帰ろうかって話になったんだけど、そしたらさっきまで泣き上戸怒り上戸だった南が急に幼児返りしちゃってさぁ……「やーだぁ! うちヒキガヤと一緒がいいのぉ! ヒキガヤと一緒に居るのぉ!」って、ユーカリの木に抱き付くコアラみたいに離れなくなっちゃって……んで、仕方ないからもうあんたら置いてきたのよ。まぁ酔っ払いだけど男も居るから大丈夫かぁ……ってさ。まさかそのあと、南がヒキガヤくんをホテルに連れ込むとはねぇ』

 

 ……う、うん……いま危うく意識を失いかけました……

 どうしよう。真実は、比企谷がうちをお持ち帰りしたんじゃなくて、うちが比企谷をお持ち帰りしたみたいです……

 

 

 マジで知らなきゃ良かった……っ。

 

 

 

 

『ま、掻い摘んで言うとこんな感じかなー』

 

 え……!? 今の掻い摘んでたの!? ホントはもっと酷かったの!?

 

『おっと、話が長くなっちゃったけど、今ホテルって事はお楽しみの真っ最中だよねー。経緯が分かったから、これでお互い気兼ねなく愛し合えんじゃないのー? 今日は代返しといてあげっからごゆっくり〜』

 

「ちょ、美樹!?」

 

 そう言って美樹は一方的に電話を切ってしまった。

 あいついま絶対ニヤニヤしてたろ……ぁぅ……顔が熱い……

 

「……」

 

 

 

 

 ……こ、これはさすがに比企谷には言えない……!

 

 いや、別に保身の為とかじゃないのよ!?

 ただ、これを比企谷に伝えるって事は、ゆうべの痴態から比企谷への密かな想いまで、全部言わなきゃいけないって事でしょ……?

 いやいやいや無理無理無理! そんなん言えるわけないじゃん……!

 

 よ、よし……ここはとりあえず比企谷には非は無かったみたいだよ? って伝えてお茶を濁そうそうしよう。

 そう心に決めて恐る恐る振り向いたうちの目に飛び込んできた光景は……

 

 

「マジ……か……? お、おう……な、なんか……色々迷惑掛けたみたいですまん……じゃあな……」

 

 

 これでもかってくらいに真っ赤な顔をした比企谷が、気まずそうに頭をがしがし掻いて電話を切るところだった。

 

 

『うちはなんでこんな事になっちゃったのか、その経緯がどうしても知りたいのよ。それが分かんなきゃ、なんにも始まんないでしょ』

 

『うちが一緒に呑みに行ってた子なんだけど、その子なら、もしかしたらなんか知ってるかなって』

 

 

 比企谷はうちに物凄い罪悪感を抱いていた。

 だからさっきうちが言った言葉を聞いて、もし美樹に聞いて何も分からなかった場合でも、比企谷の友達に聞けばなにか分かるかもしれないと、気を利かせて電話してくれてたのだろう。

 

 つまり……比企谷にも全部知られました。

 

 

 

 ──短い春だったなぁ……

 実は、一夜限りの恋人が比企谷だったって知った時は、絶望から一瞬で天にも昇る気持ちに変わったのよね。せっかくの初めてを覚えてないっていう、勿体ないって不満以外は。

 あんま意識しちゃうと顔が弛んで崩壊しちゃいそうだったから、極力考えないようにしてたけども。

 

 

 でも……せっかくの春も一瞬で冬に変わっちゃいました……誰か、うちにトドメを刺して……

 

 

× × ×

 

 

 現在うちと比企谷は、ベッドの上で向かい合って正座をしている。

 向かい合ってとは言っても、あまりにも恥ずかしくて顔は見れないけども。

 ちなみにお互いに電話を切った直後から、しばらくのあいだ無言でこのままだ。

 

「あ、あにょ……ひ、比企谷……?」

 

「……お、おおおう」

 

 あまりにも気まずい沈黙に耐えきれなくなったうちが、噛みながらも必死で比企谷に声をかけてみると、どうやらこいつもド緊張してたみたい。まぁ、こいつは常にキョドってるけど。

 

「……あの、その……き、聞いた……?」

 

 恥ずかしすぎて主語は口に出来ないけども、この状況でこう質問すれば、主語なんて必要ないよね……?

 てか主語なんて言えるか。

 

「お、おう……まぁ、あらかたは」

 

 ぐぅ……やっぱり……

 ああ、全身が燃えるように熱い……。だって、うちが今まで誰にも言えなかった密かな想いが、よりにもよって本人にバレてるんだから……

 

『昔の恋ひきずっちゃってて……あんま他の男が恋愛対象に見えないっていうか……そいつ以外にあげたくなかったと言うか……、だから大事に取っといたというかなんというか……』

 

 うちは真実を知る前に、すでにこんな事を比企谷にカミングアウトしてしまっている。

 言い逃れようがないじゃん……どんだけ自分の首絞めまくってんのよ、うち。

 

 ……ぁぅ……今すぐにでもここから逃げ出したい……こんなに恥ずかしいもんなの? 心の内を知られるのって……

 

 

 

 ──でも、もうどうしようもないじゃん……! 知られちゃったもんは知られちゃったんだから……だったら、この際だから最後まで恥かいてやろうじゃない! 恥を食らわば皿までとか言うし! ……あれ? 違ったっけ? 毒?

 

 まぁそんな事どうだっていいや。ここまできたら、言いたいこと全部言ってやる!

 

「比企谷……!」

 

「おう……」

 

「あんたさっき、俺に出来る事ならなんだってするって言ったよね!?」

 

「……おう、言ったな……ってちょっと待て、なんか聞いた話では、どっちかっつうとお持ち帰りされたのは俺のほ……」

 

「う、うっさい! 今それ言っちゃう!? あんたどんだけデリカシー無いわけ!?」

 

「……すみません」

 

 こいつマジでバカじゃないの!? そこは分かってても普通触れないとこでしょうが!

 

「……と、とにかく! 経緯はどうあれ、酒に飲まれてうちの処女を奪った事に間違いはないでしょ!?」

 

「……ぐっ」

 

「だ、だから! 今から比企谷にひとつだけ何でもしてもらうけど、なんか文句ある!?」

 

「……理不尽すぎだろ……、あ、いや……なんでもないです」

 

 恥ずかしさと気まずさを誤魔化すように、ギロッと睨んで比企谷を黙らせたうちは、すーはーすーはーと、たぶん今までの人生で一番深く大きく深呼吸をする。

 

 

 ──今からうちが比企谷にお願いする事は、言うまでもなく絶対に間違っている。

 ……それは分かってるけども、たぶんこれを言わなかったら、これを聞いて貰えなかったら、うちは一生後悔すると思うから……

 がたがたと震える手でシーツをギュッと握りしめ、まず間違いなく潤々と潤んでいるであろう涙目な上目遣いで、うちは比企谷にこんなお願いをするのだった。

 

「……うちのせっかくの初めてなのに……ようやく叶った初めてなのに……うちも比企谷もなんにも覚えてないのがすごく嫌だ……。だから、今から一度、もう一度だけでいいから……うちと……えっちしてくんない……?」

 

 そう。どんな事でもって言われた時、まず思い浮かんだのがそれ。

 だってうちと比企谷が付き合うとか、そんな夢が叶うはずないし、弱みに付け込んでそんなお願いをするのは違うと思うから。

 

 だからせめて、身体だけでも比企谷に愛されたって事を、比企谷の温もりを、ちゃんと覚えていたいから。

 

「……は? ア、アホか、そんなこと……出来るわけないだろ……」

 

 

「お願い比企谷……うちはたぶん、このさき誰とも付き合えないし、誰ともセックスとか出来ないと思う。……比企谷が、うち自身が思ってるよりも、ずっとあんたへの歪んだ気持ちをこじらせちゃってるから……。だから、やっと叶った……ずっと夢見てた比企谷との初めてをどっちも覚えてないなんて……そんなの……うち、辛い……」

 

 気付けば、いつの間にかうちはまたぼろぼろと涙をこぼしていた。

 もしかしたらこれでもう一回しちゃったら、もっともっと辛くなるのかも知れない。夢にまで見た比企谷の温もりを知ってしまうから。

 

 でも……それでもうちは比企谷に抱いて欲しい。

 記憶に無い一度限りのセックスを、一生胸に抱いて生きていくのはあまりにも辛すぎるから。

 

「比企谷言ったよ……? 俺に出来る事ならなんだってするって。だからさ、一度だけ、しよ……?」

 

 

 ……ったく……何度も何度も女にこんなこと言わせんな、このバカ。

 こんな美人と後腐れなく一回出来るんだから、男だったら速攻で飛び付いてきなさいよ。

 

 ま、こういう面倒くさくて優しい捻くれ者だからこそ、うちはここまでこじれちゃったんだけどね。

 

 

 涙まみれで心からの真剣な性行為のお誘いに、比企谷は「ぐぉぉ」って頭を抱えてる。

 うちを思う優しさとか、うちを思う厳しさとか、比企谷の中で色んな感情が葛藤してるんだろうな。

 ……願わくばその色んな感情の中に、少しでもいいから“相模南を抱きたい”って感情も含まれてるといいんだけど。

 

 

 そしてさんざん頭を抱えて唸っていた比企谷は遂に顔をあげて、すっごくキモい照れ顔でこう言うのだった。

 

 

「……やっぱお前アホだろ……。くそっ……後悔したって、知らにゃいからな」

 

 ぷっ、大事なトコで噛んでるし! ホント締まらないヤツ!

 

 

 だからうちは言ってやるのだ。この相模南を甘くみんなよ? って思いを込めて、とびっきりの悪い笑顔で。

 

 

「バカじゃん? 後悔なんて恐れてたら、乙女は生きてけないっての。ヤらないで後悔するより、ヤって後悔しろってね」

 

「……ヤるだのヤらないだの……せっかくの名言が台無しだろ……」

 

「うっさい、変態」

 

「……なんでだよ」

 

 

 

 うんざりしながらも、緊張感溢れる比企谷の顔がゆっくりと近付いてくる。

 こいつも信じらんないくらい真っ赤になってるし、うちと同じくらいバクバクしてんのかな?

 

 

「あ」

 

 

 すっと瞳を閉じようとした瞬間、うちはもうひとつだけ大事な事を思い出した。

 それは、いつか……もし万が一……比企谷とこういう関係になれた時にどうしても言ってみたかったセリフ。

 

 

 そしてうちはもじもじしながら、真っ赤に染め上げた顔と潤んだ瞳を比企谷に真っ直ぐ向けて、絶対こいつが悶え苦しむであろう、この超有名なセリフを囁いた。

 

 

「……うち、初めてだから、優しくしてね……?」

 

 

 ひひっ、ま、初めてじゃないんだけどね。

 でもゆうべのは覚えてないから、これが本当の意味での初めて。二回目の……初めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──うちと比企谷の関係はこれで終わりなのだろう。

 ……それはめっちゃ残念だし哀しい事だけど、うん……まぁ仕方ないよね。

 

 

 でも、うちはホントに幸せだよ、比企谷。

 もう会う事も無いって思ってた比企谷にこうして会えて、行為の最中のこの短い間だけでも、諦めてた恋をこんなに幸せな気持ち一杯で楽しめてるんだから。

 

 だから、せめて今だけは、うちを思いっきり愛してよね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アホか……あんなツラ見せられた上に抱くのを了承した以上、一度だけもなにも、お前が満足するまでは責任取り続けるしかねぇだろが……」

 

 

 

 

 ──比企谷がぼそぼそと呟いたそんな声。

 語り掛けてきたんだか独り言なんだか、脳内思考が勝手に口から出てきちゃったんだかよく分からないくらいに小さなその呟きは、うちの幸せな嬌声に紛れて優しく溶けていった……

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜ピロートークなオマケ☆〜

 

 

「ねぇ比企谷」

 

「……おう」

 

「さっきさ、なんかぼそぼそ言ってたじゃん? なんて言ってたの?」

 

「…………別になんも言ってねぇよ」

 

「嘘だね。ちょーぼそぼそ言ってたじゃん。あんたが一回目にイク前くらい」

 

「は、はぁ!? ……ばっか、だからなんも言ってねぇっつってんだろが」

 

「……あー、分かっちゃったかもー。もしかしてさぁ、ぷっ、あまりにも気持ち良すぎて変な声でも出ちゃったんじゃないの〜? あはは! やっぱ比企谷ってキモいよねー! ちょー笑えるんですけど!」

 

「………………もう絶対に言ってやんねぇ」

 

「え、ちょっと? マジでなんか重要なことでも言ってたの!? ね、ねぇ比企谷っ……なんて言ったの!?」

 

「……だからもうぜってー言わん」

 

「ウソウソ! さっきの嘘だからぁ! ねぇごめんってぇ!」

 

「おいやめろ……! 軽く首締まってっから! あと前隠せ前! すげぇ揺れてっから!」

 

「っ!?」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……変態っ……」

 

「……だからなんでだよ……」

 

 

 

 

おわりん☆

 





というわけで唐突なさがみんSSでしたがありがとうございました(*> U <*)

今まで沢山さがみんSS書いてきましたが、南ENDは実はこれが初めてだったりしますw
酔ってヤって責任とってゴールインとか……本物ってなんだろう(哲学)
まぁさすがの捻くれ者も、さがみんの本物すぎる想いにやられちゃったんでしょう(^皿^)


これくらいならR15タグは要らないんじゃないかな〜?とは思いましたが、もし「必要だろ」ってご意見ありましたら、付けるなりこのお話を消すなりしますのでよろしくです><;




さて、なぜ唐突にさがみんSSを書いたのかと言いますと、別に私がさがみん好きなわけではありません。
この短編集のさがみん好きさんにお知らせがあるからなのです。

知ってる方は知ってると思いますが、実は以前書いていた『あいつの罪とうちの罰』の続編(ぼーなすとらっくレベルですが)を開始しております!まだつい先日始めたばかりの二話目ですけども。

自作品の宣伝行為があまり好きではないので、今まではあまりこういうのは書いてこなかったのですが、コレに関してはこの場でお知らせしておくべきかなぁ……?と。

というのも、あいつの罪とうちの罰の『お宅訪問回』は、いずれこの短編集にて書くと思いますと以前あとがきとか感想返信にて宣言してたので、この作品のみを見て罪と罰のオマケを待って下さっている読者さまがいらっしゃったら申し訳ないなぁ……なんて思いまして。

ですので、もし「待ってたのにそんなの知らなかったわボゲぇ!」という読者さまがいらっしゃいましたら、どうぞよろしくですノシ




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トリック

 

 

 

[先輩やばいですやばいですぅ、助けて欲しいですー゚。(p>∧<q)。゚゚

 

実は次期生徒会役員選挙の書類とか修学旅行のあれやこれやを明日提出しなくちゃならないんですけど、大丈夫だろうと家に仕事を持ち帰ったらなかなか終らなくって…

 

なので“ずっ〜と”待ってますので、今から家に来て下さいね☆]

 

「……」

 

 

 

 日曜の昼下がり、ソファーの上でまったりと贅沢な時間を過ごしていた時、不意に愛しの後輩いろはちゃんからメールが届いた。

 

 なんだよ愛しの後輩いろはちゃんって。

 だって仕方ないじゃない。画面に表示されてる名前が愛しの後輩いろはちゃんなんだもの。

 

 これはもう半年以上前の出来事なわけだが、生徒会発行のフリーペーパー製作をしていた時のこと。

 逃げられないように携帯を取り上げられた上で一色に拉致監禁(生徒会室に缶詰め)されたのだが、仕事が終わりようやく手元に返ってきた携帯を見ると、愛しの後輩いろはちゃんという名のアドレスが追加されていた。

 

 ☆★ゆい★☆ならまだいいが、全然よくないね。さすがに愛しの後輩いろはちゃんは無理だろ……とアドレスごと消去してやったら、後日携帯の提出を要求され、渋々出したらなぜか怒られ再登録。

 俺クラスになると、こんな程度のことでいちいち理不尽だとか横暴だとか騒いだりしない。

 なのでもう消すのは諦めました。

 

 

 くそっ……やっぱ見なきゃ良かったなぁ……

 見なければこのあとすぐさま電話が掛かってきても一切無視し、明日生徒会室に呼び出しを食らって怒られても気付かなかったとシラを切れたのに、見てしまった以上は明日呼び出されて追及されるであろう時に、カマをかけられてなぜか速攻でバレるんだよね。

 解せん……八幡のポーカーフェイスが通用しないなんて。

 

 しかもわざわざ“ず〜っと”待ってるとか書いてくる辺りが超卑怯。

 

 

『○○君が来てくれるまで、私ずっと待ってるから!』

 

 

 みたいな台詞ってホント狡いよね。

 今もずっと待ってるのかもしれない……っていう罪悪感を永遠に煽り続ける、心やさしい相手を苦しめる為の必殺の呪文である。

 

 

「はぁぁぁ……ったく、しゃあねーなぁ」

 

 

 認めたくはないが、愛しの後輩かどうかはともかく、可愛い後輩であることは間違いないのだ。誠に遺憾ながら。

 しかもここ最近の一色は本当に頑張っている。

 

 

 常であればこの時期の生徒会長は三年生。それゆえ学校生活を送る上でのメインイベントである文化祭や体育祭は、昨年のめぐり先輩率いた前生徒会のように補佐に回り、あくまでも助っ人という形を取る。

 しかし今年の生徒会長はなぜか二年生。なぜかもなにも俺のせいですけどね、てへっ!

 

 そんなわけでつい先日行われた体育祭、そしてさらにひと月ほど前に行われた文化祭も、生徒会長一色いろは率いる生徒会主導のイベントとなった。

 一色は「わたし的にしょぼいのとか嫌じゃないですかー?」などと宣う、自他共に認める見栄っ張りな地味嫌い。

 その一色が自らの指揮で文化祭も体育祭も運営したのだ。大変じゃないわけがない。主に副会長が。

 

 確かに受験生である副会長は泣きながら頑張ってたみたいだが、だからといって一色が頑張ってなかったわけではない。むしろ超頑張ってたまである。

 あいつこの一年でホントに成長したわ。人使いの巧みさもワンランクアップ!

 

 おかげで今年の文化祭と体育祭は近年稀に見る大成功だったといえる。まぁ去年も文化祭と体育祭の最高責任者がアレじゃなかったら、もっと大成功だったんだろうけどね。

 

 そしてその二大イベントが終わると次は修学旅行が待っているのだが、当然のようにそのあとに控える生徒会役員選挙と仕事が被る。

 先ほども言ったように常であれば三年生のはずの生徒会長が今年は二年生。

 つまり二年生の一色は、修学旅行と生徒会役員選挙のダブルブッキングとなるのである。

 

 いくら成長したとはいえ、一色もあっちにこっちに駆り出されて本当に大変なのだろう。

 文化祭や体育祭でさえほとんど奉仕部には頼ってこないで、自分たちで頑張るぞ! と努めていた可愛い後輩がこうして頼ってきたのだ。大事な大事な日曜と言えども、たまにはあいつを手伝ってやるのもやぶさかではない。

 

 

 日曜日に女子の自宅に訪ねるというドキドキと不安がないわけではないが、俺は深く溜め息を吐きながらも出発の準備を始めるのだった。

 

 

× × ×

 

 

 一色からのSOSが入ってからおよそ一時間、俺はいま一色邸の前で緊張していた。

 

 一色の家には一度だけ来た事がある。来た事と言っても、あのクリスマスのディスティニー帰りに送り届けた(荷物持ち)だけだが。

 なので場所は知っていたのだが、このインターホンを鳴らすのは初めてである。

 

 

 ──おいおいこれってさ、インターホン押したら一色の母親とか出てきちゃうやつじゃねぇの……? 今日は日曜だし、下手したらお父様もご在宅じゃないかしら?

 

 可愛い後輩の為に! なんて珍しく意気込んで来てみたものの、早くも帰りたいでござる。そもそもやっぱり俺が休日に女子の自宅を訪ねるってのが無理難題だっつーんだよ。

 

 よし、ここはやはりメールなど見なかった事にして……

 

 

[先輩やばいですやばいですぅ、助けて欲しいですー゚。(p>∧<q)。゚゚]

 

 

 …………。

 

 

「……チッ」

 

 

 俺は女子の家を訪ねたら死んじゃう病を押して、緊張でちょっぴり震える重い右手をインターホンへと伸ばした。

 

 ぴんぽーんと、インターホンの音が周辺と俺の心臓に響き渡った直後、呼吸を整える間もなく家主が速攻で呼び出しに応対してきた。

 速い! いろはす家速い!

 

「はーい」

 

 ん……? この声……

 

「……あ、えと……ひ、比企谷と申しますが……」

 

「ぷっ、先輩こんにちはです!」

 

 ……助かった、やはり一色いろは本人だったか。

 ひとまず第一段階クリアですこし安心したから、最初に噴き出した件は水に流してやろう。いろはすだけに。

 

 ……おかしいな、俺の対応、噴き出すほどキモかったか? 緊張しすぎて声震えるわ一色相手に敬語だわでちょっとキモかったけども。うん、間違いなくキモかったね。

 

「……うっす。来てやったが、まずどうすりゃいい?」

 

 と、そこでこの事態をよくよく考えてみる。

 まず一色んちに行かなくてはならないという緊張で他の事には頭が回らなかったが、そういや俺これからどうするのん?

 まさか一色の家に上がっちゃったりすんのか? なにそれマズくね?

 もしくは資料を渡されて庭でお仕事かな? なにそれ泣ける。

 

 ヤバい今更ながらすげー緊張してきたんだけど。

 すると……

 

「あ! そうなんですよヤバいんです! わたし玄関までお出迎えに行ってるヒマなんて無いんで、早く上がってきちゃってください! 鍵は開いてるんで、勝手に入って勝手に上がってわたしの部屋までレッツゴーです! 階段上ってひとつめの部屋ですよー」

 

 インターホンに出た時はいつもと変わらぬふわぽわ空気(偽)だったくせに、俺の問い掛けに思い出したかのように突然一気にそうまくし立てると、一方的にインターホンを切りやがった。

 

「……」

 

 肌寒い秋空の下での青空ワークは免れたようだが、どうやら一色宅には上がらなければならないようだ。

 てか鍵開いてるとか物騒すぎだろ……

 

 

 

 一色の言葉通り玄関の施錠は解かれていた。

 そしてその(心情的に)重々しい扉をギィッと開けると……

 

「……は?」

 

 真っ暗だった。

 いや、真っ暗と言ってもまだ夕方手前の時間帯である。外からの光が入ってくる以上リアルに真っ暗という意味では無く、家中の電気が点けられていないという意味の真っ暗。

 それは一体なにを意味するのか。答えは……今この家には一色しか居ないという事。

 

「マジかよ……」

 

 つい先ほどまでは一色の両親に会いたくないとか思ってたけど、いざこうなると一色の家で二人っきりって方がよっぽどヤバい。

 なにがヤバいってマジヤバい。

 

 いやいやこう見えて俺だって健全な男子高校生ですよ?

 美少女JKと広い家で二人っきりとか、いつ理性が崩壊したっておかしくない。そして理性が崩壊して手を出そうとした瞬間の証拠を押さえられて、一生しゃぶり尽くされるまである。しゃぶり尽くされちゃうのかよ。

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

 まさかそれが一色の真の狙いでは……? 俺は戦慄を抑えきれずも、部屋に到着するのが変に遅かったら遅かったで色々言われちゃいそうだから、仕方なしに薄暗い一色宅にお邪魔してみた。

 

 慣れない初めてのお宅訪問ではあるものの、そもそも俺にはお宅訪問という経験自体がほぼ無いため、なにが正解なのかは分からない。

 とりあえず靴を脱いでお行儀よく揃え、まるで『これ履いて上がってこい』と言わんばかりに用意されていた一組のスリッパに足を通した。

 

 玄関を抜けて廊下を進むと、すぐに二階への階段は見つかった。どうやら一色邸はごく一般的な一軒家のようだ。

 俺はその階段を、出来るだけ音を立てないよう恐る恐る上っていく。気分はまさに空き巣。ご丁寧にスリッパを履いてお邪魔する空き巣が居るかどうかは知らないけれど。

 

 そしてようやく二階に到着した俺はさらなる戦慄を覚えた。

 なぜなら階段を上がってすぐのドアの向こうからは、何一つ音も聞こえず、その隙間からは光さえ漏れてきてはいないのだ。

 

「……」

 

 ……え、なにこれ。俺、入る家間違えちゃった?

 それじゃもう完璧に犯罪者じゃん。俺の人生オワタ。

 

 ってそんなわけあるか。どこの世界に違う家に繋がるインターホンがあるんだよ。誰ひとり得しないわ。

 

「……お、おーい、一色……居るかー……?」

 

 ドアの前にて呼び掛けるも一切返事がない。なにこれホラーかサスペンス? 本格的に恐いんだけど。

 

 本当はこのまま引き返したい。だがしかし、つい先ほど俺は確かに一色と会話をしたのだ。インターホン越しにだけれど。

 だったら一色がこの部屋に居ないわけがないのだ。もしかしたら慌てていた一色が、コケて頭でも打って意識を失っている可能性だってある。

 

「っ! ……一色、入るぞ」

 

 ならば帰るわけにはいかない。

 俺はごくりと咽喉を鳴らすと、深く深呼吸をして手汗でベトつく手をドアノブにかけて勢いよく開け放った。

 

 

 

 ぱーんっ!

 

 

 

「ハッピーハロウィーン! ようこそいろはの館へ! トリック オア トリック!」

 

 ドアを開けた瞬間に部屋の明かりが灯り、クラッカーが派手な音を鳴らす。

 

 

 

 

 そこには、可愛らしいツノが付いたカチューシャ、背中にこうもりの羽が付いた黒のノースリーブ、お尻に矢印のようなしっぽを生やした黒いミニスカート姿と黒×紫のボーダーニーソで絶対領域を作り上げた可愛い後輩 小悪魔irohaが、満面の悪戯な笑みをたたえて立っていた。

 

 

 

 ……おい、トリートはどこ行っちゃったんだよ。

 最早いたずらしか残ってないんですけど……

 

 

 

 

続く

 

 

 






本っ当にお久し振りのいろはすSSでしたがありがとうございました☆
そしてこれが初のハロウィンモノとなります(^^)

本当は1話にしてハロウィンに投稿しようかと思ってたんですけど、1話が長い記念日SSは私のライフをごりごり削ってくるので、今回は分けちゃいました。
てなわけで、後編はハロウィンに投稿します♪

にしてもいろはす×ハロウィンてベストマッチな組み合わせじゃないかしらん?



最近(てか結構前から)

「いろはす愛はどうした!?(憤怒)」

「お前はさがみんに魂を売ったのか!」

という状況だったのですが、私はちゃんといろはす派ですよ?

ただいろはす生誕記念SS『運命の国のいろは 続』に気合いと愛を詰め込みすぎて、アレが私に書けるいろはすSSの最高峰になっちゃったんですよねー(汗)

なのでアレ以上のモノが書ける自信が無くていろはすSSを書くのに腰が引けてたんですけど、今回みたいな軽〜いヤツならいいかな?と思って書いてみました☆


ではではまた次回ですノシ





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オア



やだ!なんだか久しぶりに筆がスイスイ進んじゃった☆




……はいはい安定の中編安定の中編






 

 

 

 トリック・オア・トリート。直訳すると『惑わすかもてなすか』

 これは秋の収穫を祝い、また、悪霊を追い払うという宗教的な意味合いを持つ祭り、古代ケルト人が起源と言われるハロウィンで使われる恐怖の言葉である。

 ちなみに勘違いしている人も多くいるようだが、ハロウィンはキリスト教の祭りではない。

 

「おーい」

 

 さて、トリック・オア・トリートの話に戻ろうか。

 先ほども記述したように、直訳した場合トリックは惑わす、または悪巧みなどの意味で、トリートはもてなすやごちそうなどの意味となり、トリックやトリート単体ではハロウィンで用いられるようなイタズラ・お菓子といった意味は持たない。

 

「せんぱい……?」

 

 この言葉はハロウィンという祭りにおいて追い払われる側の悪霊の言葉であり、本来は『我らに惑わされるか我らをもてなすかどちらか選べ』という訳となり、決して我々が良く知るような『お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ☆』などという可愛いらしい言葉ではないのだ。

 

「ちょっと先輩ってばー」

 

 ここまで言えばもうお分かりだろう。

 いま俺の目の前でトリック・オア・トリックと口走ったこの美しき小悪魔は、『は? お前に選択の権利とかあると思ってんの? ぷっぷー、悪さする一択だから』と脅迫してきているのである。

 げに恐ろしきはこの小悪魔。こんなに可愛い顔して、俺の身ぐるみを剥ぐつもりなのか……

 

 

「……ちょっと先輩、いい加減帰ってきてくれませんかねー……」

 

「あ……すみません、あまりにもびっくりして、ちょっと考え事してたわ」

 

 ものっそい冷たい目と声で怒られちゃいました!

 だって思わず現実逃避しちゃいたいくらい唖然としたんですもん。

 

 

 「まぁ先輩DEATH死? どうせ下らないこと考えてたんですよねー」と、やはり悪魔か悪霊のような物騒な事をブツブツ言っている一色に、俺はまずこれを問わねばなるまい。

 

「……なぁ、これは一体なんの真似だ……?」

 

「……は? ……あっ、ふぇ? なんの真似もなにも、どこからどう見てもハロウィンじゃないですかー?」

 

 いま間違いなく思い出したかのように言い直したよね。あっ、て言ったよね?

 

「あっれー? 先輩ってもしかしてハロウィン知らないんですかー? まぁハロウィンっていったらリア充イベントみたいなトコありますし、ぼっちの先輩には関係無いですもんねー。えっとですね、ハロウィンというのはですねー……」

 

「いや、別にお前の底の浅いご高説とかどうでもいいから。ついさっきまで散々ハロウィンについて考えてたからもう結構です」

 

「むー」

 

 ぷくっと膨らむあざと可愛い後輩に俺は訊ねる。なんの真似かと聞いた真意を。

 

「今日はまだ三十日だけど。ハロウィンって明日の月曜だろ」

 

 そう。なぜ俺を呼びつけてまで秋の収穫祭を祝うのかとか、今日は仕事で呼んだんじゃねーのかよ……というツッコミはひとまず置いといて、そもそも本日はハロウィンではない。

 ハロウィンっていったら十月三十一日なのですから。

 まぁ我が千葉県が誇る東京の名を冠する某夢の国は、九月の頭からずっとハッピーハロウィンしてますけどね!

 

 

 そんな俺からの問いに、一色は先輩である俺を小馬鹿にしたようにふふんと笑い、慎ましやかな胸をぐいっとむにっと張る。

 ……いくら慎ましやかでも、そのタイトなノースリーブだとラインがばっちり出ちゃって八幡くんが元気になっちゃうからやめてね。

 

「そんなのもちろん知ってますよ。明日の本番で葉山先輩を惑わす為の練習に決まってるじゃないですかー? ……ふふっ、女の子って、記念日当日は大切な人と過ごしたいものなんですよ?」

 

「……あ、そう」

 

 やだ! 色々と考えて色々と混乱しちゃったのがバカみたい!

 てかそんな下らない事の為に呼ばれちゃったのん?

 

 

 たぶん葉山、そもそもお前んちにひとりで来てくんねーぞ? と優しく諭してあげようかとも思ったのだが、目の前で楽しそうにウインクする可愛い後輩を前に、その非情な現実は教えないでいてあげる事にしました。

 

 

× × ×

 

 

 一時は理解が追い付かずに混乱しかけた俺だが、ひとたび種明かしをされたら落ち着くというもの。

 全てを理解し、ようやく落ち着き払った俺は、一色に重要事項を伝える。

 

「……ま、頑張れよ。よし、んじゃ帰るか」

 

 これは実は思いがけない吉報。なにせ長時間サービス労働を覚悟していたら、実際はただサプライズ演出の予行演習の為に呼び出されただけという事実が判明したのだから!

 

 貴重な時間を無駄にしてしまった嘆きよりもそちらの感情の方が勝った俺は、一色を責める事なく、静かに踵を返……

 

「ま、待ってくださいっ……!」

 

 せませんでした! なぜなら凄いパワーで袖を摘まれてしまったから。

 

「……は? なんでだよ、要件は済んだんだろ?」

 

「いやいや、さすがにこれで帰してしまうほど、わたしも酷い後輩じゃないですってば。少しゆっくりしていってくださいよー」

 

 いや、正直こう見えて実は結構いっぱいいっぱいなんですよね、俺。

 ただでさえ他に誰も居ない家という緊急事態に加え、露出度がなかなか激しい小悪魔コスプレをした美少女に、内心ドキがムネムネしております。

 だからあまり一色の姿をまじまじ見ちゃう前に退散しちゃいたかったのだが、一色はそんな俺を帰すまいと力強く袖を握りしめ、ほんの僅かに頬を赤らめてこう言うのだ。

 

「……それに……ただ先輩を使って明日の練習しようとしただけじゃ……ないんですよ……?」

 

 小悪魔の格好をした一色の、潤んだ瞳での上目遣いは破壊力が半端ない。

 思わずゴクリと咽喉を鳴らす俺に、一色はとても恥ずかしそうにもじもじとこう告げた。

 

「……だって……、お仕事の相談はマジもんですし☆」

 

「それはホントなのかよ……」

 

 なにが「これで帰してしまうほど、わたしも酷い後輩じゃない」だよ。単に仕事残して帰られたら困るってだけじゃねぇか。より一層酷さが際立ったわ。

 

「はぁ……なんかもう仕事始める前から疲れたわ……。とっととやんぞ」

 

「はーい♪」

 

 ……やれやれ、なんか俺、一色に甘過ぎじゃないですかね。雪ノ下の事とやかく言えないわ。

 

「ではでは先輩、はいっ」

 

 途端にご機嫌になった一色は、なぜか突然両手を差し出した。それはまるでトリートをねだる子供のように。

 

「……なに?」

 

 なんなの? やっぱりお菓子頂戴ってことなの?

 

「決まってるじゃないですかー? ほらほら、早く携帯出してください」

 

 お菓子どころか携帯没収のお知らせでした(白目)

 どうやら缶詰めのお誘いのようです……

 

 ここで逆らっても何一つ幸せがやってこないと知っている俺は、文句も言わず渋々携帯を一色に差し出した。

 ま、俺は携帯なんて暇潰しか時計替わり程度にしか使わんし、そもそもあらかた片付くまでは付き合ってやるつもりだったしな。

 

 俺から受け取った携帯をむふふとミニスカートのポケットに突っ込んだ一色は、テーブルの横を指差し俺に座るよう促す。

 

「ではではこちらへどうぞ! ふふっ、ここは先輩専用の特別席ですからね」

 

 ……ああ、そこが本日のブラック企業での俺のデスクですか……嫌だなぁ……

 

 

 

 テーブルの前に置かれたおしゃれなクッションに座らされてようやく一息吐いた俺は、ここで初めて一色の部屋に入ってしまったんだと改めて思う。

 

 あまりの事態で女の子の部屋に入ってしまった事を意識せずにいられたのだが、ひとたびこうして腰を下ろすと、女の子らしい内装と甘い香りに鼓動が速まってくる。てか手汗やべぇ。

 だからなんで女の子の部屋ってこんなにいい匂いがするん? 八幡酔っちゃいそうだよ?

 そんな童貞丸出しのカコワルイ緊張を少しでも紛らわそうと、俺は一色の部屋を観察してみることにした。

 

 

 キャビネットやテーブルの上にオレンジや黒の小物が並べられていたり、壁にジャック・オー・ランタンのランプが飾られていたりと、一色の部屋はなんともハロウィン感が醸し出されていた。

 

 しかし、そのハロウィン飾りを片付けてしまったら、一色の部屋は意外にもシンプルそうである。いや、もちろん一色だから可愛いは可愛いし、とてもお洒落な良い部屋ではある

 ただなんというか……一色の部屋ってくらいだから、もっとこう『可愛いわたし』を全面に押し出してるような、そこらじゅうにぬいぐるみが山のように積まれてたり、カーテンから布団から何から何までピンクピンクしてるようなプリティーな部屋を想像していたもんだから、これは逆に俺の好感度が爆上がりだ。

 

 たぶんこいつ、こう見えて男友達とか部屋に上げてねぇな。

 

 一色は誰からも『愛されるわたし』を演じている。……あ、語弊があったわ、男限定でね。

 それは、見た目から話し方から髪型から制服の着崩しまでと多岐に渡る。

 

 そんな一色いろはが、自分の部屋に油断を持ち込むわけがない。

 もしも愛されたい全ての異性を部屋に招くなら、その男たちが思わず『やっぱ一色可愛いわ〜』と思うような部屋作りを心掛けるはず。

 しかし一色の部屋は至ってシンプルで、可愛さではなくお洒落さと住心地に重点を置いている所から見て、こいつは自分の城に男を招くことはないのだろう。

 

 そんな不可侵な領域に、なんの迷いもなく招いてもらえたという事は、それはとても喜ぶべきことなんだろう。まぁ『俺には愛される必要がないから』とも言えるわけだが。

 だが少なくとも、俺には“素の一色いろは”を見せても大丈夫だと思ってることは間違いないわけで、そこは素直に喜ぶとしよう。

 

 

 俺の一色部屋探索はまだ続く。もちろんジロジロ見てたら通報されちゃうから、バレないようにこっそりとね!

 

 そんな時、ふと勉強机の上に写真立てがひとつ置かれているのが目に入る。

 遠目なので分かりづらいが、どうやら総武高校の制服を着た男が写っている写真が収められているようだ。

 

 ──葉山だろうか。

 

 当然のようにそう思ったのだが……なにか……違う。

 なぜならその写真に写る男は茶髪ではなくぼさぼさの黒髪。

 さらにあの爽やかスマイルなどどこにも見あたらず、遠目でもはっきりと分かるのは、目付きの悪そうな仏頂面……

 

「……あっ……!」

 

 そのとき一色が焦ったような声を漏らして、慌ててぱたぱたと勉強机に駆け寄ると、凄い勢いでぱたんと写真立てを倒した。

 

「……も、もぉ変態ってば! あんまり勝手に人の部屋をじろじろ見ないでくれませんかねー……! 思わず携帯に手が伸びちゃうトコでしたよ……?」

 

 ぷりぷりと怒った様子で通報の準備をする一色。

 

「ま、待て待て、見てねぇから! だからその携帯をしまえ」

 

 携帯に手が伸びちゃうトコもなにも、すでに通報準備が完了してますから!

 あと先輩と変態言い間違えてるからね? ……ま、間違えたんだよね……?

 

「……い、今のは最後通告ですからね。次やったら〜……」

 

「分かった分かった……! もうジロジロ見ねぇから」

 

「……やっぱ見てたんじゃないですか」

 

 おうふ……誘導尋問に引っ掛かっちゃった!

 

 ……だけれども……物凄いジト目で睨みつけてくる一色の顔はゆでダコみたいに真っ赤だ。

 

 そんなに顔を赤くしてまで怒ってるのん? とは……言えない、誤魔化せない。

 たぶん、別種の赤さだから……

 

 

 二人の間を気まずい沈黙が支配する。

 俺は俺で頭に血が上って上手く考えがまとまらないし、一色は一色であわあわと潤んだ目を泳がせている。

 

 そしてそんな気まずい沈黙から逃げるように、一色は突然ドアのノブに手を掛けると、

 

「と、とりあえず先輩は大人しく座っててくださいね! わ、わたし……喉渇いちゃったから、お、お茶の用意してきます……っ」

 

 そう言っておずおずと部屋を出て行ってしまった。

 ドアの向こうに「うぅ……顔熱いよぉ……」という声を残して……

 

 

 

 突然ひとり一色の部屋に残されてしまった俺。

 だが……先程までのように部屋の中をじろじろと観察する気分は消えてしまった。

 俺の頭の中は……視線は……ある一点に集中していたから……

 

 

 

 ──あの写真立ての中に写っていたのって……

 

 

 

 いやいや、え、嘘、マジで……? 俺、これからどう一色と接すりゃいいんだよ……

 いや待て! だから簡単に勘違いすんじゃねぇよ。そんなバカでイージーな思考は、とっくの昔に卒業しただろうが……!

 

「……」

 

 俺はそっと立ち上がり、そろそろと一色の勉強机に近づいていく。

 

 ……分かってる。ホントはこんなのは反則だ。やっちゃいけない事だ。

 だが、たぶんこの不安定な気持ちのまま、あと何時間もこの部屋であいつと二人で過ごすなんて出来るわけ無いではないか。

 

 だから俺はきちんと確かめたい。あの写真立てに写っているのが、自分では無いという事を……

 

「……やべぇ、超震えるわ……くそっ……カッコ悪りぃ」

 

 そして俺はカタカタと震える手を、ついに写真立てに掛けたのだ。

 

 倒れた写真立てをゆっくりと持ち上げる。心臓の音が激しすぎて、写真立てと机が立てたカタリという音だって聞こえやしない。

 ……そして俺は写真立てを表側にひっくり返し、未だに抵抗しようとする目を無理やり写真に向けて愕然とする。

 ……その写真に写っていた目付きの悪い総武高校生は…………俺だったから。

 

 

 

 

 

 

『なーんちゃって! ぷぷぷ! あっれぇ? 先輩もしかして期待とかしちゃいましたー?』

 

 と書かれた付箋と共に。

 

「」

 

 

 ………………ぐぉぁあ! してやられたぁ! あの小悪魔めぇ!

 

 ふぇぇ……恥ずかしいよぅ……! なに俺シリアスな空気纏ってちょっと期待しちゃってんの!? バーカバーカ!

 

 

 ……フッ、舐めんなよ一色。あの状態で突然ひとり部屋に残されるなんていうこの程度の分かりやす過ぎるトリック、まるっとお見通しだったわ!

 

 ……なぜ全力を尽くしてしまったのか(白目)

 

 

 

 ばーんっ!

 

「先輩すみませーん、お茶お待たせしましたー」

 

「……おう」

 

 あっぶね! 超あっぶね!

 僅かに人が近づいてくる気配を感じ取った俺は、一色が元気にドアをぶち破ってきた時にはすでに光の速さで写真立てを元の位置に戻し、光の速さで本日のデスクに着席していた!

 違和感があるとすれば、なぜか正座でいることくらい。

 

 一色は心底楽しそうな顔でトレイに乗せたカップをテーブルに並べ、チラリと正座の俺と視線を合わせると、わざとらしく勉強机の上に視線を向けてニヤァっと微笑む。

 それはもう一生トラウマになっちゃうレベルの悪い笑顔でした。

 

「あれ? 先輩どうかしましたかー?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「そーですか? …………ふふふっ」

 

 

 

 ……なんだよ、ふふふって。

 

 ぐぅ……! 一色のによによといやらしい視線が痛い!

 神様、どうか早くおうち帰って毛布に包ませてください。

 

 

× × ×

 

 

 ……あの悪夢のような騒ぎも、気付けば早数時間ほど前の出来事。いま俺と一色は隣同士で肩を並べあい、無言で資料をまとめている。

 

 確かに一色の言っていたように結構な仕事量ではあるものの、思っていたほどではないのが幸いだ。

 そして最近すっかり頼って来なかったから知らなかったのだが、なによりも一色の集中力と成長が著しく、これなら下手したら俺が手伝いに駆り出されなくても終わったんじゃね? という嬉しい誤算もあった。

 

 たださ? その小悪魔コスプレで一生懸命仕事してる姿はどうにかなりませんかね。すげぇシュールだし露出度高いし、とにかく目のやり場に困るんだけど。

 あとなんで隣に座ってんの? 狭いんですけど。こういう時って向かいに座るもんじゃないの?

 近すぎて超いい匂いとか漂ってくるし、たまに「先輩先輩、ここってどうすればいいですかねー」なんて訊ねてくる時とか、柔らかいのが腕に超当たってるからね? また新手のトリックなのん?

 

「……くぁっ」

 

 すっかり冷めきってしまった紅茶を一口啜り、肩や腰をグイグイ伸ばして一息吐く。ふと壁に掛かった時計を見るとまだ六時ちょい。

 

 ……おお、すげーな。まだ六時かよ。一色と俺がこなした仕事量を考えたらもっと時間経ったかと思ってたのに、かなり良い進捗状況じゃね?

 

 これは一色の成長の賜物だな。このまま行けば余裕で早く帰れそうだ。

 そんな事を思いながら次の資料に目を向けると、そこに書かれていた文字が目についた。

 

[次期生徒会役員 立候補者名簿]

 

 その資料は、次期生徒会役員に立候補している生徒のクラス、氏名、推薦人三十名の氏名が記載されている束だった。

 

 

 

 ──マジか。生徒会長だけで、五人も立候補してるじゃねぇか……

 

 

 思えば、去年の今頃はまだ生徒会長立候補者自体が居なかったはずだ。

 そんな中、普段の行いでの悪目立ちから同性に嫌われていた一色が、弄りという名の嫌がらせで勝手に立候補させられていたのが、今の俺と一色の関係性を形成する全ての始まりだった。

 

 それさえ無ければ、こうして俺がトップカースト後輩女子の家にお呼ばれするなんていう、普通に考えたら有り得ない状況は存在しなかったのか……なんて、少し感慨深くなってしまう。

 

 普通なら有り得なかったこの状況は、一色の人生にとって果たして良かったのか悪かったのか俺には分からない。

 だが今の状況を、口では面倒くさいなどと悪態を吐きながらも、実は意外と悪くないと思ってしまっている捻くれ者の自分を鑑みると、少なくとも俺にとっては、約一年前のあの騒動はとても良い物だったのだろうと思う。

 

「なぁ、一色」

 

 仕事の進捗状況の余裕っぷりで気分が良いという所にそんな感慨も手伝って、俺にしては珍しく自分から一色に話し掛けてみた。

 なんていうか、話してみたくなった。

 

「なんですかー?」

 

「今年は生徒会役員の立候補者がこんなに居んだな。去年は惨憺たるもんだったってのに。……それもこれも、一年生生徒会長だったお前が、一生懸命頑張る姿を見せ付けてきたおかげかもな」

 

 そう。こんなにも生徒会役員選挙に注目が集まっているのは、紛れもなく一色の功績だろう。

 普段は目立たずひっそりと活動を行うが故に、生徒たちの認知度はすこぶる低い生徒会。だからこそ生徒会役員選挙など、ごく一部の生徒しか興味がないようなイベントだった。

 

 だがまだ一年生だった一色が……目立ちたがり屋で頑張り屋の一色が自ら表舞台に立って活躍したからこそ、こんなにも生徒会活動に興味を持たれて立候補者も増えたのだろう。

 だからどうしても一色に伝えたくなってしまったのだ。あの一言を。

 

「な、ななな、なんですかいきなり褒めるなんて先輩らしくなさすぎじゃないでしゅか……!? はっ? も、もしかしていま口説いてます? 二人っきりの部屋で共同作業してるからって、なんかちょっと同棲してるみたいだなとか思っちゃいましたかすいません確かにわたしもちょっと思ってましたけど仕事中に告白とかムードなさすぎなんでもうちょっとムードのある時でお願いしますごめんなさい」

 

「……」

 

 せっかく良いこと言ったのになぜか今日も振られました。たぶん同一人物から振られた回数の記録はギネスに乗るレベル。

 あまりにも長いセリフを一息で言い切ってハァハァしている一色に、呆れ果てた目を向けていると……

 

「……でも、それもこれも、先輩のおかげですよ」

 

 不意に一色はふっと優しい笑顔になり、真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 俺はそんな真っ直ぐな瞳に堪えきれなくなり、ふいっと目を逸らす。

 

「……なんでだよ、俺は別になにもしてねぇだろ」

 

「ふふっ、なんにもしてないわけないじゃないですかー? わたしを生徒会長にしたのは、どこの誰々さんでしたっけ?」

 

「……悪かったな」

 

「……例えどんな理由があろうとも……先輩がわたしを押してくれたから今のわたしがあるんですよ? 先輩がずーっと見ててくれたから、わたしはこんなにも頑張れたんですよ? ……だから、全部先輩のおかげです」

 

 

 ──こいつはホントこういうところが狡い。嘘や適当なことばかり言っておちゃらけてたかと思えば、次の瞬間には突然優しい瞳で嘘偽りのない恥ずかしい本音を、照れもなく真っ直ぐぶつけてきやがる。

 

 ほんのりと桜色に紅潮した頬と潤んだ大きな瞳を柔らかく緩ませる後輩に、耐久性の低い俺の心臓は悲鳴を上げる。

 心臓が働きすぎて全身熱くてたまらんっつーんだよ。

 

「……アホか。全部一色の手柄だろ。お前の手柄のお裾分けなんか要らん。……だが、まぁ……」

 

 そして俺は一色に言う。伝えたかったこの一言を。

 

「なんつうか……この一年間、お疲れさん」

 

「っ! …………はいっ、ありがとうです……♪」

 

「……おう」

 

 ……うん。やっぱこういうのは俺のキャラじゃないですね。照れ臭くて敵わんわ。

 

 

 

 ──優しい沈黙が場を支配する。

 いや、単に照れ臭くてなんにも言えないだけだけれど。

 

 そんな沈黙を破って、未だ桜色に頬を染める一色が「あ」と、なにかを思い出したかのように呟いた。

 

「えと……お茶、すっかり冷めちゃいましたね……! また淹れてきますねー」

 

 そう言って慌てて立ち上がる一色だが、慌て過ぎたのか持ち上げたトレイから何かがカチャンと床に落ちた。

 

「ひゃっ」

 

「どうした、大丈夫か」

 

「あ、だいじょぶです。スプーンが落ちただけなので。……よいしょっ」

 

 

 

 ──それは……俺と肩を並べて座っていた一色が、床に落としたらしきスプーンを拾おうとした瞬間だった。

 

 俺は決してそちらの方向に顔を向けていたわけでは無いのだが、視界の端にチラリと見えてしまったのだ。立ち上がった状態で床に手を伸ばそうと腰を曲げた一色の、黒のミニスカートとボーダーニーソの隙間に控えていらっしゃる白い布地が。

 

 だってしょうがないじゃない。すぐ隣にいるミニスカートの女の子が腰を曲げたら、顔のすぐ横には白い布地が待っているのが必然なんですから。

 

 

 ……これはヤバい。たぶん本日最大級のヤバさだ。

 この場所はついさっきまで優しく温かい空間だったってのに、こうも一瞬でピンクな空間に変わっちゃうのかよ。俺の理性は化け物(笑)だね!

 

 だが諦めるのはまだ早い。なぜなら、俺の目からはまだ白い布地ははっきりとは見えず、目の端にチラチラと白いモノが誘惑してきているだけなのだから。

 つまりそちらに視線を向けなければ俺の勝ちなのである。勝敗の判定はよく分からんが。

 

 

 ふはははは! 愚かなりこの白い布地め! そんなにプリプリと可愛く揺れて誘惑してきた所で、この俺がお前なんぞ見るわけがないだろうが!

 

 

 ……そして俺の顔は、俺の意思とは無関係に布地に引き寄せられていく。見ちゃうのかよ。

 いやいや、男子でそこに目が行っちゃわなかったらそいつホモだろ。健康的な男子ならこれは仕方の無い生理現象なんですよ。

 まぁたぶん葉山なら見ないけど。逆説的に葉山はホモ確定と言える。

 やめて! 俺の頭の中の海老名さんが失血死しちゃう!

 

 脳内で誰向けかも分からない無駄な言い訳を繰り返しながらも、遂に俺の視線は目の前の白い布地を完全に捕えた。ピカチュウゲットだぜ!

 

 

 

 だがそこには桃源郷なんて無かったんだ。

 あったのは、白のパンツではなく白のショートパンツ。そこには、赤いマジックかなにかで書かれた非情なる一文が。

 

 

 

[変態発見しました! ただちに逮捕しちゃいますよ? せんぱいのえっち☆]

 

 

「……」

 

 

 俺は一生忘れないだろう。愕然と天を仰ぐ自身と、その体勢のままゆっくり振り向いた一色の、信じられないくらい素敵な悪い笑顔を……

 

 

「……あっれー? 先輩どうかしましたー?」

 

「……いや、なんでもない、です……」

 

 

 

 肩を小刻みに震わせて部屋を出ていく一色の背中を見て思うのだ。

 

 

 

 ……お願いだからトリートのターンをください!

 

 

続く

 




どこら辺が次回はハロウィン更新だよとお怒りの読者さまもいらっしゃるでしょうが、今回もどうもありがとうございました(白目)


中編の内容を盛り込みすぎてしまったのでたぶん後編は結構短い作品になるとは思いますが、また次回、後編でお会いいたしましょうノシ



……え?タイトルの付け方からして始めっから三話構成だったんじゃねぇの……?ですって?

気のせいです♪




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トリートっ♪



どうも。ゲーム・俺ガイル続の折本がBAD END扱いと聞いて、ゲーム制作スタッフを正座で三時間くらい問い詰めたいと思っているどうも錯者です。
いやまぁゲームやらないんでいいんですけどね(血涙)



というわけで、ハッピーハロウィ〜ン!
記念日SS恒例の0時投稿でございます☆




今回で最終話となりますが、前話で伏線をちょこちょこ張っといたので、展開が分かってる人は分かってるかもしれませんねー(^皿^)


ではではどうぞ!




 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 俺は本日の仕事(サービス)をようやく終えて、力なくテーブルに突っ伏していた。

 

「せんぱいっ、お疲れさまでした〜。はいどーぞー!」

 

 そんなうなだれた俺に、可憐な笑顔で淹れたてのコーヒーを勧めてくるブラック上司。

 いやいやお疲れさまじゃねぇよ。疲れたのはどちらかと言えばお前のイタズラ攻勢に対してだから。割合で言えば8:2でイタズラ疲れな。

 

 しかし疲れた心と体では芳しいコーヒーの香りには逆らえない。またなにか仕掛けてあるのかと疑いながらもズズッと啜ったコーヒーは、

 

「……うめぇ」

 

 心も体も中から優しく癒してくれるような、そんな超が付くほど甘ったるいコーヒー。

 これって……

 

「ふふっ、良かったです。ホラ、先輩ってあの強烈なコーヒー飲料が好きじゃないですかー? なのでわたしも試しに買ってみて、吐き出しそうになるのを我慢して味の研究してみたんですよ。豆からきちんと淹れたコーヒーに練乳とか砂糖とかをバカみたいにドバドバ入れた、いろは印の特製MAXコーヒーなんですよ?」

 

 所々にマッ缶へのディスりが込められていたような気がしないでもないのだが、人差し指をぴっと立ててウインクしながらのその物言いは、まるで俺だけの為にこの味わいを出せる研究をしてくれていたかのようで、なんだかちょっとむず痒い。

 とにかく今はこのいろはすMAX味をじっくりと味わう事に専念するとしよう。

 

「……うん、やっぱすげぇ美味いわ」

 

 ……やっべ、マジでうめぇ。さすがお菓子作りを趣味に挙げてるだけのことはある。夕飯もすげぇ美味かったし、このいろはすMAX味も本家より美味いかもしれん。

 

「えへへ〜」

 

 ……うん。その嬉しそうなはにかんだ笑顔も、コーヒーの美味さに一役買ってますね。

 たまには仕事(サービス)も悪くないもんだ。いろはす? こういうサプライズなら大歓迎なんだよ?

 

 

 

 

 現在、時刻はいつの間にやら午後十一時を回ろうかという時間。

 仕事があれほど順調に進んでいたのだから、まさかこんなに遅い時間まで女の子の家に居座ることになるとは夢にも思わなかった。

 

 

 あれは確か七時を回った頃だろうか。

 あらかた仕事も片付き、あともうひと踏張りだなと思っていた時だった。不意に一色がこんなお誘いをしてきたのは。

 

『先輩、そろそろお腹空きません? わたしさっきから超お腹空いてきちゃったんでなにか作ろうかと思ってるんですけど、もし良かったら先輩も食べませんかー?』

 

 

 もちろん時間も時間だし、早く帰りたかった俺は丁重にお断りしたのだが、どうやら今日は一色の両親が帰宅しないとのこと。

 

 トラブルで父親が地方に急な出張になってしまい、母親は着替えやら生活必需品やらを現地まで届けに行ったらしい。

 

 それを聞いた俺は、さすがに両親が帰ってこない家に夜遅くまで居ることに拒否反応が出て、当然のように余計帰りたくなったのだが、一人分作るのも二人分作るのも手間は変わらないし、なによりひとりっきりの夕飯は味気なくてやだとワガママ小悪魔がゴネ始めたため、嫌々ながらご相伴に与る事としたのだ。

 

 一色が夕飯の準備をしてくれている間に出来るだけ仕事を進めておくと、まるで社畜の鑑のような殊勝な態度を見せた俺だが……

 

『大丈夫ですよ。ほら、これならもうそんなに時間掛からないで終わりそうですし、リビングで休んでても今日は誰も帰って来ないから安心ですので、先輩も一緒にリビング行って休憩しましょうよー』

 

 

 なんて小悪魔美少女に誘惑されたら、ただでさえ働きたくないでござるが信条の俺が、それに逆らうなどという選択肢を選ぶことなど出来ようか?

 

 まぁ? 確かに? あと一時間もあれば仕事が片付きそうだという油断もありましたよ、ええ。……ソファーで思いっきりダラダラと休憩を貪ってしまいました。

 文庫本を読むフリをしながら、キッチンでお尻をフリフリしっぽをフリフリ、ふんふん楽しそうに鼻歌うたってお料理する、小悪魔コスプレにエプロンというけしからん格好をした後輩を盗み見ながら。

 

 なにあれ可愛すぎんだけど。戸塚や小町でもないのに、思わず容量一杯になるまで動画に収めたくなっちゃったわ。

 今にして思えば、あれもトラップだったんじゃね……?

 

 

 出来上がった料理はどれも豪勢で絶品で、とてもじゃなが「わたしお腹空いてきちゃったんで、なにか作ろうかと思ってるんですけど」なんてレベルではなかった。

 まるで始めから誰かに振る舞うことを想定して準備されていたような、そんな素敵な晩餐。

 

 

 もちろんそんな素敵な晩餐といえども小悪魔の悪戯心に休息の二文字はなく、食事中も食後も当然のようにイタズラは続いたのだ。

 

 

 

 

『せーんぱい、お口にあいますかぁ?』

 

『おう、すげぇ美味いわ』

 

『ホントですかぁ? 良かったですー。……あ』

 

『……どうかしたか』

 

『……あ、いえ、あはは。……そ、その先輩が使ってるお箸、わたしの愛用のお箸でした……!』

 

『ぶっ!』

 

『というわけで、はい、交換です♪ こっちを先輩が使ってくださいねー』

 

『ちょ、待て……これ今お前が使ってたやつじゃねーか……それにそれも今俺が食わえてたやつ……』

 

『はむっ! んー? らんれふかぁ?』

 

『……』

 

 

 

 

『せんぱーい、わたし疲れちゃったんで、ちょっとシャワー浴びてきますねー』

 

『いやなんでだよ。俺が帰ってから行けよ……』

 

『ぶぅ、疲れちゃったんだからしょーがないじゃないですかー。まだお仕事残ってますし、眠気覚ましも兼ねてですよ。ではでは行ってきますっ』

 

『……敬礼はいいから……』

 

 

 

『ふー、超スッキリしました。先輩もどぉぞー』

 

『……入るわけねーだろ……あとなんで風呂から上がってまでコスプレしてんだよ……』

 

『遠慮なさらず入ってきてくださいよー。不潔な男子は女の子にモテませんよ?』

 

『……いらん』

 

『はぁ、まったく……じゃあ顔くらい洗ってきたらどうですか? 疲れてご飯食べて眠くなっちゃわないですかー? それだけでも全然違いますよ?』

 

『……おう、まぁそうだな。んじゃ洗面所借りるわ』

 

『どぞどぞ』

 

 

 

 

『……ふぅ、タオルタオルっと』

 

『はい、先輩。タオルどーぞ』

 

『おうさんきゅ。……ふぅ、さっぱりしたわ』

 

『ふふっ、それは良かったですー。……あ』

 

『……え、今度はなに』

 

『せ、先輩ごめんなさい! そのタオル、さっきわたしが使ったやつでしたよー! …………全身くまなく色んなトコをぜーんぶ拭いた、可愛い後輩使用済みタオル……ですよ? ふふふ、いい匂いとかしちゃいましたー?』

 

『』

 

 

 

 

 と、ダラダラと休憩を貪ったり、こんなイタズラをさらに幾つも食らい続けている内に、気付いたらもうこんな時間である。

 

 なんていうかね、もう雑。

 当初は事前に仕込んどいたであろう手の込んだトリックの数々だったのに、いつの間にか超雑。

 だいたい恋人でもなんでもないただの先輩置いてシャワー浴びに行くとかおかしいでしょ? どんだけ信用されてんだよ。喜べばいいんだか悲しめばいいんだか分かんねーよ。

 

 こんな完成度の低いイタズラで満足するとは小悪魔irohaもまだまだだね。

 そしてやるならやるで、もっと平気な顔してやれっての。あんなに顔真っ赤にしてやられたら、なんかもにょもにょすんだろが。

 

 とにかくあんな雑で完成度の低いイタズラごときで俺を引っ掛けようなんて甘すぎる。なんならあの雑なド直球さに余計メロメロになっちゃうまである。十分引っ掛かってんじゃねーか。

 

 しかもさ、これって完全に誘ってますよね。マジで襲われても文句言えんぞ。

 まぁもともと葉山を惑わす目的のハロウィンなわけだから、体を張ったイタズラで勝負をかけんのも当然なんだが…………それを俺にやんなよ。危うく俺が惑わされちゃうっつーの……

 

 

 美味いコーヒーを啜りつつそんな数々のイタズラを思い出し、嗚呼……いろはす使用済みお箸、結局使っちゃったなぁ、とか、嗚呼……いろはす使用済みタオル、あのすげーいい匂いと湿り気がいろはす成分なのかぁ、などとついつい邪な事ばかり考えて惚けていると、自分では気付かない内に口元でもニヤついていたのだろうか、テーブルに両手で頬杖をついた一色がニコニコと見つめていた。

 

「……なんだよ」

 

「いえいえ、なんだか楽しそうだなー、とか思いまして」

 

 ……いえ、楽しくてニヤついてたんじゃなくて、ちょっとだけスケベなこと考えてました。

 

「別に……そんなこともねぇけど」

 

「そぉですかー?」

 

 相も変わらずニコニコと楽しそうにしている一色。なにがそんなに楽しいのかねぇ。

 

「ねー、先輩」

 

「どした」

 

「ふふっ、どうでした? 今日のわたしのイタズラ。これなら誘惑できちゃいますかねー?」

 

「……は?」

 

 なにをそんなに楽しそうにニコニコしてんのかと思ったら、本日の感想待ちでしたか。

 

「……んー」

 

 まぁ正直な意見を言ってしまうと、残念ながら葉山には効果はないだろう。なにせあいつはホモだからな。違うか……違うよね?

 ホモ疑惑は一旦置いておくにしても、こんなに色々と考えて体を張った一色に、それを素直に伝えてしまってもいいのかは正直迷うところだ。

 

 確かに迷いはあるのだが、こいつは俺にでさえここまで体を張って真剣に意見を求めてきているのだ。

 だったらこっちも忌憚のない意見を持ってして、一色の真剣さに応えてあげなければ割りに合わないではないか。

 

「……そうだな、残念ながら葉山はこういうの喜ばないと思うぞ」

 

 ……言ってしまって少しだけ胸が傷む。

 あんな真っ赤な顔して恥ずかしいイタズラしまくって、誘惑しようと頑張っていた一色は何を思い何を感じるだろう。

 悲しむだろうか……凹むだろうか……

 

 しかし俺のそんな心配とは裏腹に、一色はぷくーっと頬を膨らませてぷりぷりと怒りだしたのだ。

 

「は? いま感想聞いてるのは先輩にじゃないですか。葉山先輩とか、いま関係なくないですかねー?」

 

「……?」

 

 いやいや、は? はこっちのセリフだろ。なんで葉山関係なくなっちゃうのん? むしろ葉山しか関係なくない?

 

「とーにーかーくー、先輩はどうでしたか? 楽しかったですか? 嬉しかったですか? なんだよこいつ可愛いなとか思っちゃいましたか?」

 

「……なんであれだけ恐ろしいイタズラ連発しといて肯定的な感想しかねぇんだよ……。あー……葉山関係無しでいいのか?」

 

「ですです」

 

 

 ──葉山が抱くであろう感想を無視するというのは本当に意味が分からない。ホントこの小悪魔はいつも俺の想像の範疇外な奴だ。

 だがしょせん俺には葉山の心の内なんて分かるわけが無いのだし、可愛い後輩がそれをご所望とあらば、俺はそれを答えるまで。

 

「……まぁ、なんだ……あくまでもごく一般的男子の観点から見りゃ、まぁ……良かったんじゃねーの? あれで誘惑されない男子高校生は居ないだろ……。まぁあくまでもごく一般的な男子高校生ならな」

 

 そう言った俺に、一色は凄い勢いで身を乗り出して詰め寄ってくる。

 

「マジですか!? ほうほう。じゃあ先輩も誘惑されちゃったってコトですよねー?」

 

 俺が誘惑されちゃおうがどうだろうがどうでもよくない? なんでそんなに目ぇキラキラしてんの?

 まぁ俺クラスの捻くれ者でもイケるのなら誰でもイケるんじゃね? という指標なのかもしんないけど。

 

「なんでだよ……俺はもう勘弁してくれって感じだわ。お前のイタズラはスパイス効きすぎで身がもたないっつの……」

 

 

 いやホントこれ以上はマジヤバい。あんなセクハラまがいのイタズラがまだ続いたら、いくら俺でも小悪魔の虜になっちゃいますよ。

 すると、なぜか一色は俺の必死の嘆きに頬を弛ませた。

 

「ほーんと先輩は素直じゃないですよねー。……先輩、自分が今なに言ってるか分かってます? 『もう勘弁してくれ』とかー、『身がもたない』ってことはー…………それってわたしの誘惑に耐えるのが大変、つまり俺はお前にメロメロになりかけてるぜ! って言ってるようなもんですよ?」

 

「なっ……!?」

 

 ぐぬぬ……! 今の嘆きってそう取られちゃうの?

 ……い、いやでも確かにそう取られてもおかしくないかもしれん……実際ヤバいし……

 

「……ふっふっふ、遂に先輩も落ちましたね」

 

「……おい、妙な言い掛かりつけんな。単にトリート無しのイタズラ連発で疲れただけだわ」

 

 決して図星を突かれたわけでは無いのだが、図星を突かれたわけでは無いのだが! 大事な事なので略。

 そんな変な言い掛かりをつけられたら照れ臭くなるのはしょーがないよね。

 なんだか顔が熱くて仕方なかった俺は、そっぽを向いてがしがしと頭を掻く。

 

 一色はそんな無駄な抵抗を謀る俺に意味深な微笑を浮かべると、やれやれとアメリカンなゼスチャーを交えてわざとらしく溜め息を吐いた。

 

「まったくぅ……仕方ないですねー。じゃあ時間も時間ですし、そろそろ先輩をトリックから解放してあげましょうか」

 

 そう言って一色はとてとてと俺のすぐ側まで寄ってくると、隣にぺたんと腰を下ろす。

 こいつがどんな行動に出るのかまったく予想出来ない俺は、びくびくとこの先の展開をただ見守るのみ。

 

 恐る恐る展開を見守っていると、こいつは俺の前に両手を差し出してこう言うのだ。それは……そう。子供がお菓子をねだるように。

 

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「……は?」

 

「だーかーらー、トリックオアトリートですよトリックオアトリート。先輩がこれ以上イタズラされたら身がもたないとか言うんで、仕方ないのでトリートをねだってあげます♪ 甘い甘いトリートくれたら、イタズラやめてあげますよ?」

 

 こてんと首を倒してきゃるん☆と微笑んだ一色は、今更そんなアホな事を言い出した。

 なんなのこいつ。まさかトリートねだる為に俺をあそこまで執拗に弄ってたの? しかもここまで溜めに溜めた末でのトリートという事は、それはもうとんでもないトリートの要求に違いない。

 いろはす恐ろしい子……!

 

 

 

 ──フッ、だが残念だったな。どうやらねだるのが遅すぎたようだ。

 

「悪いがその要求は飲めんな。仕事も片付いた上、そろそろ終電間に合わなくなりそうだから俺もう帰るし。そもそもお前に寄越せるようなお菓子なんぞ持ってきてない」

 

 まさか現金じゃないよね?

 

「つまりこれ以上お前のイタズラに悩まされる必要がない以上、残念だがトリートな要求は却下だ」

 

 ふははは! 策士、策に溺れるとはこの事だな。

 お前は莫大なトリートに目が眩み、調子に乗りすぎたのだよ。

 

「ふむふむ。ま、確かにそうかもしれませんけどー、ホントにいいんですか? そんなこと言っちゃって。今すぐわたしの要求に応えないと、特大のイタズラされて後悔しちゃうかもですよ?」

 

 だがしかし勝ち誇った俺に対して、一色は愕然とするどころかさらに勝ち誇った顔で胸を張る。

 ……なにが彼女にここまでの余裕を持たせるのか。どうしよう、なんか恐いんだけど。

 

 いや恐れるな。一色がどう足掻こうと、俺が帰れば済む話なのだ。もうお前のイタズラなど食らわんぞ。

 

「好きにしろ、俺はもう帰るからな。マジで終電ヤバそうだし」

 

 そう言って立ち上がろうとした俺を、一色はミニスカートのポケットに右手を突っ込みつつ制止する。

 

「やれやれ、仕方ないですねー。ま、そう言うだろうことは分かってましたけど。後悔しても遅いですからね?」

 

 そう言って一色がミニスカートのポケットから取り出したのは一台のスマホ。

 ……あ、すっかり忘れてた。そういや一色に預けた(取り上げられた)ままだったっけ。

 

 ハッ!? まさかそのスマホを人質にする気かこの女……!

 とはいえ俺にとってのスマホなんぞ、ただの暇潰し機能付き時計でしかないのである。それには人質としての価値はないぞ?

 

「はいどーぞ。ハッピーハロウィ〜ン!」

 

 しかしそんな予想は大きく外れる事となる。人質にでもされるのかと思っていたスマホは、なんとなんの躊躇もなく俺の手元に戻ってきたのだ。謎のハッピーハロウィンと共に。

 

 意味が分からず訝しげな視線を向けていると、一色は不意に立ち上がる。

 な、なんかされちゃうのん……? とビクッとなった俺を無視して横をするりと通り抜けると、とてとてと壁に向かって歩いていく。

 ……壁?

 

 一色が向かった先は壁。だがそこにはただ壁があるだけではない。そこにあったのは仕事中に何度もお世話になった壁掛け時計さんである。

 

「んしょ」

 

 との掛け声でその時計を壁から外した一色はニコニコと盤面を見やり、おもむろに時計をひっくり返すとなんの迷いもなく裏面にあるツマミをぐりぐりと回し始め、回し終えるともう一度盤面を眺めて満足気にうんうん頷いた。

 

「……な、なぁ、お前なにやってんの?」

 

「ふっふっふ」

 

 俺の質問に不敵な笑いで応えた一色は、微笑を浮かべて時計を元あった壁に掛け直した。その表情は、早く盤面を見ろとでも言いたげに。

 

「チッ……んだよ………………………………………………は?」

 

 その瞬間刻が止まった。 いや、正確にはむしろ刻は若干未来へと進んでいたのだが。

 ……あっれー? おかしいな。ついさっきコーヒー飲んでた時は確か十一時そこらだったよね? なんで短針が十二の数字を超えてんの?

 いろはすはなんでわざわざ時計を未来に進めたの?

 

「………………!」

 

 俺はつい今しがた手元に戻ってきたばかりの携帯の電源を入れて時計を見た。

 アナログな壁掛け時計の針と違い、そこに表示されたデジタルな数字は……

 

「じゅ、十二時八分……だと……?」

 

「ですです。今はもうハロウィン当日ですよ?」

 

 愕然とする俺に対して、一色は満面の笑顔でそう答えた。

 

「お前……なにしてくれてんの……?」

 

「ふふ、だから言ったじゃないですかー。イ、タ、ズ、ラ、です♪」

 

 

 

 悪戯なウインクでイタズラを宣言する一色の小悪魔微笑を見た俺はふと思い出す。

 

 ……そういえば、確かに時間がおかしいと思った事があった。

 かなり仕事を進めたはずなのに、あの壁掛け時計を見た時にはまだ六時だった。

 あの時は仕事に集中していたし、一色の成長も見て取れたから深くは考えなかったが……実はあの時すでに七時だったって事、か……?

 

 ……そういえばリビングでくつろいでいる時も、音楽聴きながら料理したいからって、テレビは点けさせてもらえなかった……

 一色が鼻歌を口ずさみながら料理する姿が可愛くてテレビなど気にもしなかったが……もしテレビを点けていたら時計トリックに気付けていたのかもしれない、よな……?

 だってリビングやダイニングにあった時計も、一色の部屋にあった時計と同じ時刻を指していたのだから。

 

 

 だからか……! だから一色の部屋に入った直後に携帯を没収されたのか!

 こいつ、俺が携帯を時計替わりにしてると知ってやがったな……?

 

 なんてこった……すべてがトリックじゃねぇかよ……

 

 

 

 

 ──なんでだ? なんでこいつはここまでの真似をする。

 だって今はハロウィンの当日になっちゃったんだろ? だったら、このイタズラは葉山相手にやんなきゃ意味なくない?

 だってさっき言ってたじゃねぇか……『女の子って、記念日当日は大切な人と過ごしたいものなんですよ?』と。このイタズラが使えるのって、今だけだろ……

 

 

「……せーんぱい、今から駅に行っても、もう終電なんてないですよー? これはもうお泊まり確定ですねー。……と、言うことはー……まだまだイタズラが続いちゃうって事ですよねー。……さぁ、どうします? 早く甘〜いトリートをくれないと、一晩中イタズラしちゃうかもですよ……?」

 

 こいつの真意を測りかねていると、嗜虐的な笑みを浮かべた一色がゆっくりと近づいてくる。そしてうるうると瞳を潤ませて俺の隣にちょこんと座った。

 

 ヤバいヤバい……! これはまたとんでもないトリックが仕掛けてあるんじゃなかろうか……?

 しかし肝心のブツは俺の手元にはないのだ。

 

「ま、待て一色! あげたくてもあげるトリートとか無いから! どっか近くで買ってくるから、ちょっと待っててくれ」

 

「だーめーでーす! ……だって先輩は、いつもそう言って逃げちゃうんだもん……」

 

「……え」

 

 一色は弱々しくそう呟くと、悲しげに微笑んで俯いてしまった。

 

「……わたし、ずっと悩んでました。ホントはわたしの気持ちなんてとっくに気付いてるくせに、先輩はいつもそうやって逃げちゃうから……わたしじゃダメなのかな……? って。わたしじゃあの人たちには勝てないのかな……? って」

 

「……一色」

 

「……迷って悩んで、何度も何度も諦めようかと思ったりもしましたけど……、先輩とあの人たちの応援して、自分の気持ち誤魔化そうかともしましたけど……、………………でも」

 

 そして一色は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐ力強く俺を見つめた。そこには悲しげに微笑んでいた表情などはひとつも残っておらず、なんとも一色らしい、元気な悪戯笑顔。

 

「でも、やっぱりやめました。そんなの全然わたしらしく無いし、何よりもそんなに簡単に諦められるようじゃ、そんなの本物じゃないから」

 

「……」

 

「だから、やっぱここはわたしらしく、自分からガツンと向かっていかなきゃじゃないですかー? 今夜はその為の、きっかけの為のハロウィンなんですよ? ……せーんぱい! もう逃がしてなんてあげませんよ? 今夜中に先輩を完全に落としてみせます。……なーんかすでに結構落ちてるっぽいですしねー」

 

 ふふんと勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす一色に目を奪われて思う。

 

 確かに一色の言う通り、俺はこいつの気持ちから逃げてたのかもしれない。

 それは、あの一つ目のイタズラ……写真立てのイタズラを食らった時の自分の慌てようが物語っていた。

 

 ……俺はあの時、あの写真は葉山に決まっていると自分に言い聞かせながらも、たぶん心の奥では俺の写真だと疑ってなかったんじゃないかと思う。

 だからこそ、反則と思いながらも確かめずにはいられなかったのだ。一色の本心を……俺が誤魔化している気持ちを知りたかったから。

 

 そしてまんまとしてやられて一色の想いから逃げているのだと気付かされた俺は、その後の怒涛の誘惑攻撃で完全に撃沈。

 まさにトリック。小悪魔に魔力に惑わされてしまったようだ。

 

「ふふふ、さぁどうしますか先輩。早く甘〜いトリートくれないと、大変な目に合っちゃいますよぉ?」

 

 それでもどこまでも捻くれ者の俺は、最後の抵抗を試みる。

 

「……だから、お前にあげられるようなお菓子とか持ってねぇから」

 

 でもそんな俺の小さく無駄な抵抗は、このあざとい後輩の前ではなんの意味も成さない。ま、分かってたけど。

 たぶん俺は、この先こいつには一生やられっぱなしなんじゃなかろうか。……だがそんな人生も、なかなかに悪くないかもしれない。

 そして自然とそう思えてしまった自分を結構気に入っている。

 

「先輩? わたし別にお菓子くださいなんて一言も言ってないですよ? お菓子じゃなくて、甘い甘いトリートが欲しいんです。……ふふっ、じゃあそんなニブい先輩に、優くて可愛い後輩がヒントをあげましょう」

 

 

 

 一色は蠱惑的な微笑みを赤く染め上げ、俺の顔にそっと寄せてくる。甘いトリートをねだる為、魅了(チャーム)の魔力が籠もった甘い吐息で俺をさらに惑わせながら。

 

 そして耳元で優しく妖艶に囁くのだ。ハロウィンのあの呪文に、ほんのひとつまみのスパイスを添えて。

 

 

 

 

 

 

「……本物くれないとイタズラしちゃうぞ……♪」

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後一色に本物のトリートをあげた俺が、さっきまでのお返しとばかりに一色にたくさんイタズラ(意味深)し返している最中、今日は帰ってこないはずだった一色の両親がなぜか“旅行”から揃ってご帰宅し、父親の殺意の籠もった視線に曝される中、娘さんとの仲をご挨拶をさせていただくというトドメのイタズラをお見舞いされる事となるのだが、それはまた別のお話(白目)

 





久々のいろはすも、軽く書こうと決めていたら普通に三話仕立てとなってしまいましたがありがとうございました!

『本物くれなきゃイタズラしちゃうぞ』を言わせたかったが為にハロウィンモノを書こうと決めたのですが、やはりいろはす×イタズラはよく合いますね〜笑

是非ともあやねるボイスで『本物くれなきゃイタズラしちゃうぞ☆』とエロ可愛く耳元で囁いてほしいもんですグヘヘ




ではでは、久しぶりにいろはす書いたら『やっぱいろはすいいな〜。またちょこちょこ書けたらいいな☆』とか思ってしまった作者が、ハロウィンナイトにハロウィンナイト(意味深)をお贈りいたしました♪ノシ





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げに恐ろしきは恋する女子の情熱



誠に申し訳ございません!つい魔が差してしまいました。
後悔もしているし反省もしている。



親愛なる読者の皆様方の中には、本文の最初の一文を目にした瞬間にブラバしたい衝動に駆られる方もおられるでしょう。

もしその衝動に耐えられた方のみ、その先へとお進みくださいませm(__)m





 

 

 

 ほむん。我が名は、かの名高き剣豪、材木座義輝である。

 我は今、この現世(うつしよ)に仮初めの生を受け十と七年、初めて女子(おなご)と二人きりでの宴の席を囲っておる。

 

 フハハハハ! ついに我の時代が来たというものよ! ようやく下賤の者共も我に追い付きつつあるのだと褒めてやろうではないか!

 

「……ゴ、ゴラムゴラム……し、して、我に何用か……」

 

「……は? すみません声が小さすぎてなに言ってるのか全然聞こえないんですけど。あとゴラムゴラムってなんですか?」

 

 はふん……! 助けてハチえもーん! 我、緊張しすぎてなにも話せないよぅ!

 あと我の口調に対して普通に説明を求めるのやめてよぅ!

 

 

 ぐぬぅ……やはり三次元の女子はげに恐ろしきものよ……悠久なる刻の彼方、かの戦場にて幾万もの強者を一刀両断に斬り捨ててきたこの大剣豪の強き魄を、こうも容易く打ち砕くとは……

 

 

 

 ──我は、目の前でコンパクトミラーを覗き込み、ハサミの怪物のような得物でまつ毛をくるんっとさせている我が校の生徒会長、一色某の美しき顔をチラチラと盗み見みつつ、数刻前のあの記憶に思いを馳せるのであった。

 なぜ我がかような三次元美少女と、かような状況下に置かれる羽目となったのかを。

 

 語れば長くなるであろう……そう、あれは我が戦利品を求め、千の葉舞い散る千年王国(サウザンドリーフミレニアム)を、目的の地へと向け闊歩している時であった……

 

 

× × ×

 

 

『……あれ? こんにちはー。えと、確か……木? ……木材? ……木材、先輩ですよねー』

 

『ひっ……わ、我……』

 

『あ、そーだ木材先輩! 今お暇ですかー? お暇に決まってますよねー? じゃあちょっとお茶とかしませんかー? わたしずっと木材先輩と二人でお話したいなって思ってたんですよー』

 

『……わ……ひまじゃ…………す』

 

『じゃあ行きましょー! ……あ、十メートルくらい後ろから黙って付いてきてくださいね』

 

『……』

 

 

× × ×

 

 

 回想短かっ! 我、ほぼ無言だし!

 

 

 

 ……け、けぷこんけぷこん。フッ、笑止。刻の長さなど、男子(おのこ)と女子(おなご)の関係において、一体なんの意味があろうか。

 重要なのは刻の長さではない、刻の密度なのだ。

 

 かような力業にて我をこの地(喫茶店)まで呼びつけたからには、この美少女は我に並々ならぬ想いがあるに違いない。

 あの一の月、たった一度の邂逅で、そこまで我を慕うとは感心である! ……な、名前は間違ってるけどね?

 

 だが娘よ、貴殿の熱き想いは嬉しいのだが、残念ながら我の未来の伴侶は既に決まっておるのだ。

 そう! 我は将来声優さんと結ばれる運命(さだめ)! それゆえ可哀想ではあるが、貴殿の想いに応えてやれぬのが我が運命なのだ!

 

 

 ……あいや待たれい! そういえばこの娘、なかなかに可愛い声をしておったではないか! 容姿も美人声優さんと比べても遜色ない……寧ろ凌駕するほどの美少女……!

 であるならば一色某と結ばれるという事、それ即ちあやねると結ばれるのと同義! ふひっ。

 

 ムハハハハ! 一色某よ、己の持って生まれた容姿と声に感謝するのだな! 貴殿の熱き想いに、この義輝が応えてやろうではないか!

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 し、しかしそこまでの熱き想いを持ってして我を呼びつけたにしては、なんかこの女子、我に興味なさすぎなーい?

 ねぇねぇ、なんでさっきから我に目もくれず、ずっとコンパクトミラーしか見てないのー?

 

 

「お待たせいたしました」

 

「あ、はーい」

 

 一色某が想い人である我の目の前にて己を磨き上げていると、ようやく喫茶店の店員が注文の品を運んで来おった。

 ふむ、我の苺パフェはまだのようだ。まぁ真打ちはいつも最後に登場するものよ。

 

 するとこの小娘、我の注文の品がまだかどうかなど一切のお構い無しに、直ぐ様カフェオレに口をつけると、ホットケーキを一口頬張った。

 

「んー、たまにはこういうトコの昔ながらのパンケーキもいいですよねー」

 

 パンケーキとな? ホットケーキと何が違うのであろう。

 

「……た、たまには……とは?」

 

「あー、普段はあんまこーゆー古ぼ……趣きのある喫茶店? とかには来ないんですよ」

 

 いま古ぼけた喫茶店って言い掛けたよね!? 店をディスって店員さんに睨まれても、我なんの役にも立たないからね!? 気を付けてね!?

 

「でも今日はちょっとアレなんで。こーゆーお店なら、知り合いとか来なそうじゃないですかー?」

 

 ほう、知り合いには我とのこの大切な逢瀬を邪魔されたくないという事であるか。なかなか愛い奴よ。

 

「……し、して」

 

 さて、この娘もこうして頑張ってくれておるのだ。我もいつまでも緊張で声が出ないなどと言っている場合でもなかろう。

 

 そして我は一色某の目を真っ直ぐに見つめ……ることは適わずとも、話などいくらでも出来よう。

 視線を右斜め下に落としたまま、我は頑張って一色某の話を聞いてやる事にしたのだ。

 

「……して生徒会長殿が……わ、我と二人ではにゃしたい事とは……?」

 

 ぐぬぅ……! 惜しいぞ我! あと一歩で噛まずに喋り切る事が出来たトコだったのにぃ!

 

 

 しかしそこはさすが懐深き生徒会長。我の些細なミスなど、そのまま流してくれるようだ。

 別に我の噛みとかどうでもいいとか、そういう事じゃないよね……!?

 

「……え、えと」

 

 先ほどまでは飄々としていたが、我からの詰問に途端にもじもじと頬を染めるこの娘。

 やばい、これマジじゃね……?

 

「……その……ですね。…………せ、先輩の事っ……わたしがまだ知らない頃の先輩の事を……お、教えてもらえませんか……っ?」

 

 

 

 

 

 キターーー!! 我に春到来!!

 やばいどうしよう! こんな美少女が我の彼女になっちゃうの!? もういつ死んでも悔いはないかもーん! 我が生涯に、一辺の悔いなし!

 

 

 ならば我は、我の目の前にて、潤々な上目遣いで頬を染め上げる可愛いいろはに教えてしんぜようではないか! 我、材木座義輝の生きざまというヤツを!

 

「……フ、フハハハハ! よいだろう! 何でも教えてやろうではないか! して、我の何が聞きたいのだ!」

 

「…………は? すいませんなに言ってるかよく分かんないんですけど……わたしが言ってる先輩なんて比企谷先輩に決まってるじゃないですか」

 

「ごはァ!」

 

 

 うん、義輝知ってた。だから泣かないよ?

 

 

 …………フッ、我が見せたのは、生きざまではなく逝きざまでした(白目)

 

 

× × ×

 

 

 うおのれぃ八幡! あの失敗イケメンがぁ!

 あとこのゆるふわビッチめぃ! 我の純真無垢な乙女心を弄びおって! 貴様等など、我が冥界より召喚せし地獄の業火、永遠なる仄暗き闇の焔(エターナルブラッディフレイム)で焼き尽くしてくれるわぁ!

 ……どこにも血の要素ないけど、ダークとかよりブラッディってルビ振った方が、なんかちょっと格好良いよね?

 

 

 ……カ、カンラカンラ、まぁ……この程度の事など、鋼のごとき我の魄にとっては些末な事。ふ、ふはは、どうという事もないわ(震え声)

 むしろ我の事じゃないって安心して、さっきまでの緊張が薄らいじゃった!

 

 ほむん。これならばようやく生徒会長殿とまともに会話が出来そうであるな。もちろん目を合わせてとかは無理無理。

 であるならば、我が今ふと疑問に感じた事を聞いてみようではないか。

 

「……そ、そのぉ……せ、生徒会長殿は……は、八幡のこと好…………ど、どう思っておるのだ……?」

 

 美少女相手に好きとか聞くの恥ずかしくて無理っ!

 

「……は? えっと無理ですごめんなさい」

 

「我いま告白とかしてないよね!?」

 

 今日イチの低い声と侮蔑の眼差しで我を責めないで! 業界的にはご褒美なのかも知らぬが、我の豆腐メンタルでは危うくビルから飛び降りちゃうレベル。

 

「ちちち違うぞ!? 今のは決してそういう意味ではないのだ!」

 

 ちなみについさっきまではその気満々であったがゲフンゲフン。

 

「……その、生徒会長殿は、葉山殿にご執心と風の噂で聞いた事があってな……な、なぜ八幡なのだろうか……と」

 

「……は? わたしの恋事情とか、木材先輩に関係なくないですか……?」

 

 ぐへェ! び、美少女からの連続での超低音「……は?」は流石にキツい……我のライフを根こそぎ奪っていく……!

 はちまーんっ……! 我、調子に乗って変なこと聞かなきゃ良かったよぉ……!

 

「……と、言いたいトコですけど、うーん、そーですよね。無理にお呼び立てしちゃった上に、先輩のお話を聞かせてもらおうとしてるんですもんね。……だったら、わたしも話さなきゃ……フェアじゃないですもんね……」

 

 そう言って生徒会長殿は頬を深紅に染め上げ、スカートをギュッと握り俯き気味に口を開く。うむ、くっそ可愛い。

 

「……その、わたし的にはなんですけどー……、好き……? というか……、ま、まぁぶっちゃけめっちゃ大好き……だったりしますね……いつかは、そのぉ……手? とか、つ、繋いでみたいなー……とか……っ」

 

 そこまでなんとか言い切ると、生徒会長殿は両手で顔を隠してしまった。

 ……ぬぉぉう! なにこれ超可愛い! ちっくしょぉ! 八幡爆発しろぉぉ!

 

「うぅ……! やっばいちょー恥ずかしい……! わ、わたしこんなこと誰にも言ったことないんですからっ……」

 

 舐めるなよ小娘! 聞いてる我の方が、恥ずかしくて遥かに赤面しておるわ!

 

「……そりゃ最初は「なにこの人」とか思いましたけど……でも、先輩ああ見えて実は超優しいし超格好良いし……いつも、困ってるわたしをぶつぶつ文句いいながらも何だかんだ言って助けてくれて超頼りになるし……なによりもホントのわたしの事を誰よりもちゃんと見てくれるし……。だから、ホントあの人の良さって分かりづらいけど、そのぶん知れば知るほどハマッていくってゆーかぁ……」

 

 と、我がもじもじと悶えている間に、この生徒会長殿は誰も聞いてないのに勝手に惚気はじめおった。

 

「確かに葉山先輩の事が好きだった時もありましたよ……? んー……でもアレは、葉山先輩が好きというよりは……“あの”葉山先輩の彼女になれた自分が好き……みたいな? だから……アレは本物なんかじゃないんです……」

 

 ま、まだ続くのん……?

 

「……でも……でも! 先輩を想う気持ちは、わたしの中に初めて生まれた本物だって……なんでかそう確信できるんですよね……。わたし今、あの捻くれた優しい先輩が何よりも大切なんです。あんなん知っちゃったら、たぶんもう他では満足なんて出来ないですよ……!」

 

 はぅあっ! 聞いてるだけでも死ぬほど恥ずかしいよぅ! 我、いま練乳をストレートで一気飲みしてる気分。

 やめて! 我のライフはとっくに尽きてるから!

 

 

 その後もこの小娘の八幡への想いの言の葉は尽きることを知らず、すでに屍と化し、魄が口から抜け出そうとしている我の頭上に、永遠とも言える時間容赦なく降り注いで来るのであった。

 

 

 ……初めて荷物を持ってもらって、不覚にもきゅん☆ となっちゃった時の心境とかどうでもよいわ!

 

 

× × ×

 

 

「っふぅ〜、あースッキリしたぁ。あはは、普段誰にも言えなくて溜りまくってたんですかねー? ついちょっとだけ長くなっちゃいました」

 

 つ、つい? ちょ、ちょっとだけ!?

 

 

 てへっ☆ と良き笑顔でウインク(超絶可愛い)をかましてくる生徒会長殿の前には、ただ肉塊が無様に横たわるのみ。ただの屍のようである。

 永き話の途中で届けられた我の苺パフェも、アイスが溶けきって生クリームと苺ソースと混ざりあい、今やゲル状と化しておるわ。

 

 

 ……しかし、先ほどまではもじもじと真っ赤になって恥ずかしがっておったのに、今はなんとスッキリした顔であることか。

 この女子、よほど普段想いを溜め込んでおるのだな……

 我も今かなり溜まってるよ?

 

 

 もう我帰りたいのだが、たぶんここまで全てを打ち明けた生徒会長殿は、目的達成までは我を逃してはくれないのであろう。

 であるのならば、こちらからもひとつ疑問を口にしようではないか。

 

「……せ、生徒会長殿がそんなにも八幡の事を想っているのであらば……なにも我に聞かずとも、八幡本人か、もしくはかの部活の二人の御仁にでも訊ねればよいのではないのか?」

 

 未だに三次元美少女との会話に緊張を隠しきれない我が、震え声でそう軽く口にしたのだが、特になにも考えずにそれを口にしてしまった事を後悔するには、時間を必要とはしなかったのだ。

 

「……聞けるわけ、ないじゃないですかー……? あそこには……わたしの居場所があるようで、ホントはどこにもないんですもん……」

 

 我の質問の刹那、生徒会長殿の表情と声が、哀しげに曇ってしまったから。

 

「居場所が……ない、とな? かの部活にであるか……?」

 

 生徒会長殿の言を聞いて思い出されるのは、一の月の終わり、我が八幡を訪ねあの部室に赴いてやった時のこと。

 確かあの時、我は同人誌を製作したいとハチえもんをナカーマに加えに行ったのだが、なぜかあの部室に居た生徒会長殿にビビった覚えがある。

 

 我の記憶では、確かに生徒会長殿はあのメンバーに馴染んでおったように思えたのだが……

 

「ですです。……あそこは凄くあったかくてすっごく居心地もいいし、それに雪ノ下先輩も結衣先輩もわたしを優しく迎え入れてくれてるのは分かるんです。先輩はどうか知りませんけど」

 

「……ふむ」

 

「でもですね、わたしがあの場所に行っても、決して四人ではないんですよ…………あれは、四人じゃなくて、三人とひとり。三人とわたし」

 

 そう言った生徒会長殿の表情は笑顔。だが只の笑顔ではない。酷く哀しい、酷く切ない笑顔……とでもいうのであろうか。

 

「……ちょっと前にですね? 生徒会でフリーペーパーを作った事があるんですよ。まぁ生徒会とは言っても、実際に作ったのは奉仕部のお三方とわたしなんですけど。……超苦戦して超ギリギリでようやく完成して、そして記念にって……写真を撮ったんです。お三方をモデルにしてわたしが撮影して」

 

「……」

 

「ふふ、すっごくいい写真が撮れたんですよ? わたしの居場所なんてどこにもないってくらいに、“三人で完成しちゃってる世界”の素敵な写真が」

 

 

 ……成る程のう、そういう事であるか。

 

「わたしそれ見て気付いちゃったんですよ。“ここ”には本当はわたしの居場所は無いんだって。“ここ”は、わたしの本物じゃないんだって」

 

 ……つまり生徒会長殿は、この上なく惚れ込んでいる八幡に対し……否、八幡を取り巻く関係に対し、足を踏み出せずにいるのだ。

 確かにこの生徒会長を持ってしても、あの部室の、我が校の誇る彼奴らの存在はあまりにも大きすぎる。

 成る程生徒会長殿の先ほどの弁、『聞けるわけない』は当然であるな。

 

 

 

 ……哀しげな微笑を続けるこの女子を見て我は思う。

 八幡よ、爆ぜろ……と。

 

 

 

 ねぇねぇ、なんであいつばっかモテんのー? しかも美少女ばっかじゃーん!

 神様不公平すぎなーい? 我にもそのうち特典付きの神様転生とかが待ってんのかなー、ねぇねぇ神様ー。

 

 

 が、しかし! そんな恨み言ばかり言ってても我一向に帰れないし、ここで生徒会長殿の恋愛相談者ポジションに付ければ、もしかしたら我にも竜児的棚ぼた展開が待ってるかも知れぬわけであるし、ここは親身になって生徒会長殿の悩みを聞こうではないか! Let’sとらドラ! 我からも恋の相談(架空)とかしちゃうー?

 

「……はぽん。で、では生徒会長殿は、八幡の事は一方的に想うだけで、諦めるという事なのであるな……? そ、それならば我っ……」

 

 む、いかん! 親身になって相談に乗るつもりが、思わず欲望が滲み出てしまいっているではないか!

 しばし耐えるのだ義輝よ! 耐えた先にあやねるとの明るい未来が!

 

「は? 誰が諦めるなんて言ったんですか? 諦めるわけないじゃないですかー?」

 

「ほへ?」

 

「……んー、まぁ確かに諦めよっかな? とかって弱気になってた時期もありましたよ? 一瞬だけ。……でもー、そんなのわたしらしくなくないですかー? …………わたし、絶対諦めませんよ。だって、あそこにわたしの居場所がないんなら、わたしが先輩の新しい居場所になればいいだけのお話ですもん。ふふふ、わたしらしく頑張って、いつか先輩を根負けさせてやるのが、今のわたしの目標なんです」

 

 わたし頑張っちゃいますよっ? とのテロップが出そうなほどに、あざと可愛く両手でガッツポーズを決める生徒会長殿の瞳は強い決意の眼差し。

 そしてその笑顔は、諦めが悪すぎる小悪魔めいておる。……フッ。

 

 

 

 

 

 うぉぉぉん! 我の密かなる野望が三秒で潰えちゃったよぅ! ラノベなんてみんな嘘まみれじゃないかぁー!

 

 

 が、しかし……

 

「カンラカンラ! 流石はあの捻くれ者が傍に置いておく生徒会長殿であるな。まったくもって見事な武人、天晴れである! フハハハハ、彼奴めが生徒会長殿を可愛がる理由が、この義輝にもほんの少しだけ分かったわ!」

 

 そう。確かに我は失意した。だがそれ以上に、この生徒会長殿の見事なまでの武人っぷりが、我の剣豪としての気高き魄を熱くしてくれたのだ!

 だから賞賛しようではないか。お主の強き魄を!

 

「マジですかマジですか!? 先輩がわたしを可愛がってるとかガチどこ情報ですか!? もしかして先輩がわたしのこと可愛いとか言ってたりしたんですか!?」

 

「ヒィッ!」

 

 テーブルを両手でバンと叩いて立ち上がり、もんの凄い勢いで詰め寄ってきた美少女に、我失禁寸前。なんならちょっとだけチビッちゃったまである。

 せっかく美少女の顔が近くに寄ってきたのに、腰が抜けて後ろへ退く我まじチキン。

 

「……い、いや……べ、別に直接聞いたわけじゃないんだけどね……?」

 

「……は?」

 

「あ、いえ……た、ただ、いつぞやの奉仕部で生徒会長殿をお見かけした際、八幡の生徒会長殿に接する態度が、猫っ可愛がりする妹殿に対してと、どことなく似てるかな〜……な、なんて……?」

 

 

 ──我、思ったね。今の説明って失言じゃね? って。 だってさ、惚れた男の妹ポジションとか、思いっきり負けフラグじゃないですか。これじゃ一色さん、怒り出しちゃうんじゃないでしょうか? ってね。

 

 その予想に違わず、生徒会長殿はわなわなと身を震わせ、ぺたんと椅子に座り込む。

 

「い、妹……」

 

 ホラやっぱこれダメぽ。これ、我キレられちゃうパターンのやつや。

 

 だが、我が次にやってくるであろう理不尽に備えておると、この女子、我の予想と合わぬこんな台詞を吐きおったのだ。

 

「マジですか!? あのキモいくらいのシスコンな先輩が妹扱いしてるって、それわたし勝ったも同然じゃないですかねー? 確かに妹扱いとかちょっと残念ですけど、でもでも絶対先輩って小町ちゃん? と血が繋がってなかったら、確実に小町ちゃん? に惚れてますもんねー? ひゃー! やっばーい!」

 

 と。

 勝ったな! ガハハ! とでも叫びだしそうな勢いで……

 

 ふぅむ……やはり三次元の女子の思考は分からぬものよな。我、二次元の女子の思考なら手に取るように分かるのだが(ドヤァ)

 

「よっしゃ! さぁ木材先輩! 気持ちも盛り上がって来たところで、約束通りそろそろわたしがまだ知らない先輩の事をバシッと話しちゃいましょうっ!」

 

 え? 我そんな約束した? あと我は全然盛り上がってないんですけど……

 

 だがしかしこのキラッキラに目を輝かせる悪魔のごとき小悪魔に、そんなこと恐くて言えるわけもなく、我は大人しく情報を差し出す事にすますた。

 

 

「はぽん! それでは話してやるとしようぞ! 我と八幡の武勇伝を! ……あれはそう、八幡と共に地獄のような時間を駆け抜けた日々……」

 

「……あ、ごめんなさい。時間が圧してるんで木材先輩の部分はカットの方向で」

 

 ヒッ……! そんな酷い事を、そんな低い声と真顔で言わんでも……

 

「……あー、あとなんですけど、他の時は我慢して何も言わないでおいてあげたんで、先輩のお話をする時くらいは普通の口調でお願いします」

 

「……は、はひっ、すみません……」

 

 

× × ×

 

 

 それからは暫らくのあいだ我のターンが続いた。

 

 あれ? これって我のターン? 喋らされてるだけなんだけど、我がずっと喋ってるんだから我のターンって事でいいよね?

 

 

 ──その内容は多岐に渡る。我の小説を批評して貰った事やら戸塚殿と三人で映画やゲーセンに赴いた事。

 文化祭や体育祭での我の活躍や(我の活躍の部分はカットで)修学旅行の夜、共にウノで楽しんだといった下らなく馬鹿馬鹿しき話まで、この女子は全てを聞きたがり、そしてなにを話しても真剣に……時には笑い、時にはうんうん頷き、本当に愉しげに聞いておった。

 

 我の話をこんなにも楽しそうに聞いてくれた女子など今までおらなんだから、我ちょっとビクンビクンしちゃう。

 

 多少心苦しかったのだが、もちろんあの生徒会役員選挙の裏側も伝えてやった。

 凹んだりするものかと思っていたらこやつ、

 

『まぁなんとなく分かってましたし、わたしは分かった上で乗せられてあげたんですしねー。それにそれが無かったら、今わたしと先輩の間にこんな関係は生まれてないんですもん。だったらそれだって、わたしにとってとても大事で大切な想い出のひとつじゃないですかー?』

 

 などと、あっけらかんと笑顔で宣いおったわ。

 フッ……まさに豪胆。懐深き、良き女子よな。

 

 

 

 ……そして、ようやく我は我の知りうる限りの八幡の情報を生徒会長殿に伝えきったのだ。

 

 

 

「ぷっ、やっぱ先輩ってホントバカですよねー。……だからこそ、こんなにも心を掴んで放してくれないんだろーなぁ……」

 

 どこか遠い目で、己の過去の記憶を巡る生徒会長殿。

 その目は、八幡との出逢いを見ておるのか、はたまた八幡の分かりづらい優しさに初めて触れた日を見ておるのか。

 

 

 すっと。大きく美しき瞳を閉じ、数秒のあいだ思い馳せると、この女子はその瞳をゆっくりと開き、我に恭しく頭を下げた。

 

「木材先輩。今日は本当にありがとうございました。とても有意義な時間でした」

 

 名前は間違ったままだけどね!

 

「ふむ。生徒会長殿のお役に立てたのなら何よりでござるよ、ニンニン」

 

 ……おう……ビクつきながらの発言ではあったのだが、どうやら我らしき口調に戻してもよいようでござるよ? キャラが些かブレておるが。

 だが若干のキャラブレは致し方のない事でござそうろう。

 なにせ我、話の途中で何度も死を覚悟するレベルで怒られちゃったんで、口調を戻すのもちょっぴりビクビクものなのである。

 

 

 ほむん。ようやく八幡の話も終わった事であるし、そろそろまったりと三次元美少女とのカフェタイムを過ごそうではないか。こんな奇跡、もう二度と訪れぬであろうし。

 ……はて? なぜだか今宵は視界が滲むのぅ……

 

 

「ではでは、要件も済んだ事ですし、わたしはそろそろ失礼しまーす」

 

「え、帰っちゃうのん? 我、まだパフェ飲み終えてないんだけど」

 

「あ、木材先輩はごゆっくりー。別に一緒にお店を出る必要とか“一切”ありませんし」

 

「ひでぶっ!」

 

 なんたる無常! 我の奇跡カムバァァック!

 

 

 今にも力なく崩れ去ろうとしている我になど目もくれず、生徒会長殿はすっくと立ち上がる。

 

「……あ」

 

 このまま帰ってしまうのかと思われたが、生徒会長殿は何かを思い出したかのように、ぽんっとあざとい仕草で手を合わせる。

 

「あっぶなー、忘れちゃうとこでした」

 

「……い、いかがした?」

 

 

 ──こ、これはもしやアドレス交換とかそういった類いのっ……

 

「木材先輩、今日ここであった出来事は、綺麗さっぱり忘れてくださいねっ?」

 

 うわぁ……いい笑顔!

 

「あ、いや……だがしかし……」

 

「わたし結構恥ずかしい事とか言っちゃったじゃないですかー? あれって、普段わたしが先輩の事を相談できる相手が居なくて、もう誰かに話したくて話したくて、つい話しちゃったんですよねー。だってぇ、木材先輩って自分が可愛くて大好きじゃないですかー? だから木材先輩になら色々話しちゃっても、我が身可愛さにすぐ忘れてくれるだろーなって信じてたんでっ」

 

「わ、我が身……可愛さ……?」

 

「はい! だって、木材先輩が忘れられなくて、もしこの話が先輩の耳にでも入っちゃった日には、木材先輩が……それはもう大変な事になっちゃうじゃないですかー? 死んじゃった方がマシなくらいに……ふふっ。……ちなみにー、忘れるには自主的と物理的、あと権力的、どれがいーですかぁ?」

 

「喜んで自主的に忘れさせていただきます!」

 

 やだ! 我恐怖に負けてビシッと敬礼しちゃった!

 

「了解です、ではではよろしくでーす♪」

 

 すると性悪小悪魔も敬礼を返してきました。小憎たらしいのに可愛すぎて悔しいのう……!

 

 

 我とのやりとりに満足したのか、生徒会長殿は上着を羽織り鞄を手にし、そしてすっと会計票を持って席をあとにする。

 

 ……ん? 会計票……?

 

「あっれー? 我が奢らされるんじゃないのー?」

 

 そう。こういう場合って、確実に男が奢らされるものなのではないのか……?

 我知ってるよ? だってネットで見たもん。

 

「普段ならだいたい奢ってもらいますけど、今日はわたしのワガママで無理に来ていただいた上、素敵なお話も聞かせていただけたわけですし、ここはわたしが払っておきますねー」

 

 な、なんと! どうせ奢らされるんだろうと思ってたのに、まさか奢ってもらえるとは! やはりこの女子、そんじょそこらの安い女とは違うようである。なんていい女だよちくしょう! 八幡メガネ割れろ!

 ……あ、でも普段はやっぱり奢ってもらってるのね。

 

「ではでは今度こそホントに失礼しますねー」

 

 そう言って生徒会長殿はすたすたとレジへと歩いていった。……しかし……

 

「あ、そうそう」

 

 くるりと振り返り、我を見て微笑む生徒会長殿。

 

 ……ま、まだなにかあるのー? 我、もう一ゲージもライフ残ってないよ?

 

「ふふっ、今日はほんっとーにありがとうございました! なので、今日の有益な情報でもしもわたしが勝った暁にはー……」

 

「あ、暁には……?」

 

「特別に! わたしと先輩の結婚式の三次会くらいになら参加してもいいですよ? あ、もちろんたっぷり包んできてくださいね?」

 

 我、一応八幡の友達なんですけど、式はもちろん二次会もダメなの?

 でも御祝儀はたっぷりふんだくられちゃうんですね分かります。

 

 

 死ぬほど可愛いのに死ぬほど凍えるウインクをばちこーん☆ とかました生徒会長殿は、その後は振り返る事もなく会計を済ませ、古ぼ……趣きのある喫茶店の扉をカランコロンと鳴らして去っていった。

 

 

 

 我は、遠く小さくなっていくその背中を眺め思ふ。

 

 げに恐ろしきは恋する女子(おなご)の情熱。あれの熱すぎる熱には、さしものこの大剣豪も形無しである。

 

 八幡よ、いつまでも奉仕部にて二人の美少女に現(うつ)つを抜かしている場合ではないぞ?

 あの娘は一筋縄ではゆかぬ。さしもの貴様も、いつかはあれの毒牙に掛かる事であろう。

 

「ぽすぽすぽす、愉快愉快!」

 

 ならば我は、あれの毒牙に掛かり無様に骨抜きになってゆくであろう貴様の末路を、高見から見物をしてやろうではないか!

 

 

 

 

 我はゲル状になった苺パフェを一息に飲み干した。

 そして颯爽と喫茶店をあとにすると、ばさりとコートを翻し、ようやく目的の地へと向かうのだ。

 

 フハハハハ! しばし待っているがよい! 今宵は誰を相手に我が愛刀を振るう事になるのかのう!

 

 

 

 

 

「さ、アニメイトで声優グランプリ買って帰ろっと」

 

 

 

 

 







いまだかつてこれほど斜め下ないろはすSSがあっただろうか?いや、無い(反語)
というわけで、まさかの連続いろはすSSでした!
いろはすいろはすぅ!


……いや、ホント思いついちゃった時には踏み留まろうとしたんですよ?三秒くらい。
でもなんでか書いちゃいました☆



てか材木座とか難しすぎるわ!二度と書くかっ!
┻┻^ι(゚□゚;ι)!!



ちなみに知らない方に対しての補足ですが、声優グランプリとは声優の専門雑誌だそうです。
これの為に『声優 雑誌』でググって、一番それらしい名前の雑誌名がこれでした(^皿^)



ではまた次回ですノシ




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ズルい女 【前編】

今回は、ついに満を持してあの彼女の登場です!

今までさがみんや折本、いわゆる原作読者の嫌われ者を色々書いてきましたが、この子は人気なんてびた一文無いさがみんと違って、人気もある代わりにとても嫌われてもいますよね……
相対的に見たら、下手したらさがみんよりも嫌いな人の数は多いのかもしんない(汗)


*さがみん→好き1・嫌い1000

に対して

*今回ヒロイン→好き10000・嫌い1100

みたいな?

てかたぶん、嫌いの濃度が濃い気がする……



だがしかし!もちろん私は好きですよ?好きだから書くんです。書きたいから書くんです。
なので「なんでこいつ書くの?嫌いだから早く終わらせろよ」的な意見は知りません☆



ではではどうぞ!




 

 

 

 窓の外、日の暮れた寒々しい景色を眺めながらはぁと嘆息し、ひとり昇降口へと足を進める。

 

 

 海浜総合とのクリスマスイベントをなんとか無事にやり過ごした俺たちは、すでに冬休みに入っている事によりほとんど人気の無い学校に、イベントで使用した備品などを片付ける為に一旦戻ってきていた。

 

 片付け作業も終わり部室でのんびりとお茶をしたあと、部室の鍵を返しにいく雪ノ下たちと別れ、ひとり昇降口へと向かう道すがら、窓の外の寒々しい景色を眺めつつ溜め息を吐いていたというわけだ。

 

「あー、疲れた……」

 

 それにしても、よくあの意識高い連中と一緒に、無事イベントを成し遂げられたもんだ。いや、無事ではないな、主に俺の心労が。

 ま、なんにせよ、あいつらが手伝ってくれたからこその成功……だよな。

 あの時、あいつらに頼って良かった……。とんでもない黒歴史を創っちゃったけど(白目)

 

 

 あいつらと言えば……正直ちょっと意外だった。

 学校に戻ってきてからの部室での一休みで、俺はてっきり「今日クリスマスどうしよっか? せっかくだし、みんなでぱーっとやろうよ!」とかって言われるもんかと思っていたから。アホの子に。

 まぁこれからと言われても、俺にはうちの可愛い天使にパーティーバーレルをお届けするお役目があるから、もちろん断るつもりではあったが。

 

 だがそれならそれで「じゃあ明日やろう!」という提案が出されていてもなんら不思議ではないのに、結局クリスマスパーティー等の話はついぞ持ち上がる事はなかった。

 

 

 あれかな? 奉仕部は男子チームと女子チームに分かれてパーリーピーポーするのかな? ゆきのんとガハマさんの女子チームは、今からか、もしくは明日にでもゆきのん宅でパーリーピーポー?

 じゃあ男子チームも明日はパーリーピーポーしなくっちゃ!

 やだ、男子チームにはひとりしか居なかった! ひとりなのにピープル! 八幡泣いちゃだめ!

 

 

 ……と、こんな風にクリスマスパーティーとかに誘われるもんかと思ってたとか、秘かに期待しちゃってた自分がこの上なく気持ち悪い。

 はぁ……これだから嫌なんだよ。こういう思考はとっくに卒業したかと思ってたんだけどなぁ。

 さっきの思いがけないプレゼント(湯飲み)で、俺はまた無駄に期待してしまっていたというのだろうか。

 

 ……なんかウィンウィンなシナジー疲れのところに、また余計なシンキング疲れがアディションされてしまったなと、さらに深く息を吐きつつ駐輪場まで辿り着いた時だった。

 後ろから、まるで仔犬が走り寄ってくるかのような、ぱたぱたという元気な足音が近づいてきた。

 

 

 駄目だ、これはマズい。達観したつもりになっていながらも、所詮はしがない高校生でしかない俺は、この元気な足音にまたさらなる期待を抱いてしまう。どうかこの足音が、俺の想像している人物ではありませんように……

 

「ヒッキーーーっ!」

 

 だがしかし、そんな願いは叶う事はない。

 なぜなら今はもう冬休みの夕暮れどき。校舎には、俺たち奉仕部以外にはほとんど人気などないのだから。

 

 

× × ×

 

 

「……どうかしたのか? なんか忘れもん?」

 

 元気に走ってきた仔犬、もとい由比ヶ浜が、膝に手を当てはぁはぁと息を切らせているのを少しのあいだ見守っていた俺は、呼吸が落ち着いてきたのを見計らってそう声をかけた。

 決して期待などしないように、飄々と、淡々と……

 

「はぁ、はぁ……、ふぅ〜。……う、うんっ。……そ、その……大したことじゃないんだけど……」

 

 息が整い、ようやく顔を上げた由比ヶ浜の顔は、熟れた林檎のように紅く染まっていた。こんなにも息を切らせてまで走ってきたのだから、そりゃ顔くらい赤くなるだろう。

 それ位の事は誰にだって分かる。そう、特に意味はない。

 

「……て、てか雪ノ下はどうした? 一緒に鍵返しに行ったんじゃねーの?」

 

 分かってはいるのだが、それでもなぜか俺は動揺して、余計な質問で時間を稼いでしまう。

 結局のところ恐いのだ。恐くて仕方ないのだ。期待してアテが外れて落胆するまでの時間を先のばしにしたいだけ。

 

「あー、うん……あ、あはは、ちょっと忘れ物しちゃったからって、職員室に行っててもらったんだー」

 

 そう言って気まずそうに笑って頬を掻く由比ヶ浜。

 

「……なんだよ忘れ物って。忘れ物あるんなら、部室なり教室なりに行くんじゃねーの?」

 

「え、あ、うん……わ、忘れ物ってのは、そのぉ……ヒ、ヒッキーに言うことがあったのに、まだ言ってなかったってゆー忘れ物……なの。……クリスマスの事、で……」

 

「……そ、そうか。……で、なんだ?」

 

 なんでこんなにもじもじあわあわしてるのかは皆目見当が付かないが、どうやらこれは自分を誤魔化す必要がないくらいに予想が……期待が当たってしまっているようだ。

 なんだよ、俺ちょっと嬉しくなっちゃってんじゃん。ホントダッセェなぁ……

 

 であるならば、次にくるであろう由比ヶ浜からの言葉に返す言葉は決まっている。

 そして満を持して由比ヶ浜が口を開く。その瑞々しく可憐な唇を弱々しく震わせて。

 

「……あ、明日さ、……そのっ……あ、遊びに、行かない……?」

 

「悪いが今からケンタ寄って小町にチキン届けてやらなきゃなんないから無理」

 

「即答だ!? しかもそれって今日の話だし!」

 

 ……ん? 今日の話? なにいってるのこの子。だから今日の話してんじゃねぇの?

 あ、迷いなく返答しちゃったけど、そういや由比ヶ浜“明日”って言ったわ。

 

「おう、すまん。てっきりこれからみんなで遊ぶだのなんだのという提案かと思って、用意しといた返答そのまま返しちゃったわ」

 

「どっちにしろ断わる気まんまんだっ!?」

 

 由比ヶ浜は激しくツッコんだあと、むーっと頬を膨らませる。

 おう……このひと月弱でちょくちょく見かけるようになった、どっかの養殖フグとは大違いな天然物だぜ。

 

「むー……ヒッキーまじムカつく! せっかく追い掛けてきたのに取り付くヒマもないんだもんっ」

 

「暇じゃなくて島な」

 

「島!? え、なんで? どっか冒険とか行くの!?」

 

 ホントこの子、なんでウチに入れたんだろう。一応総武って県内有数の進学校なんですけど。

 

「まぁ待て、確かに今日は断わる気満々ではあったが、別に明日の提案も断わるとは言ってはいない」

 

「島は流された!?」

 

 ……このままだとお前が恐い部長様に島に流されんぞ。来年受験生なんだから、少しだけでも勉強しような。

 

 そんな俺の親心など露知らず、由比ヶ浜はまたももじもじしはじめた。

 

「えと……じゃ、じゃあ……明日、なら……いいの?」

 

 ぶっちゃけ、まだ勝手な期待の段階でも、明日と言われればやぶさかではないとは思っていた。

 しかしこうももじもじと遠慮がちに訊ねられると、どうにも居心地が悪い。

 

「……まぁ、その……なんつーか」

 

 明日なら別にいいぞ、の簡単な解が口から出しづらいんだよ……そんなに不安そうに大きな瞳を潤まされると……

 

「……あれ、だろ? クリスマスってか、今回の件の打ち上げも兼ねて……とか、なんだろ……?」

 

「っ! ……う、うん、まぁ……そんなとこ」

 

「じゃあまぁ、別に構わないっちゃ、構わない……」

 

「マジで!? えへへ〜」

 

 バッカお前、この程度の事でそんな嬉しそうな顔して尻尾ぶんぶんすんなよ。勘違いしちまうだろが……

 

「あ、あれか? 明日は三人でどっかでチキンとケーキでも食うのか? なんなら戸塚も呼ぶか」

 

 そうだねそうしよう。戸塚と一緒にクリスマス過ごせるとか、キリストの誕生日を祝うどころか俺が昇天しちゃうかもしれんけど。

 

「や、やー……その、明日はー……ふ、二人で遊ばない……?」

 

「……?」

 

 ……は? なんか聞き間違えたかな。

 二人ってどういうことだってばよ。え、なに? クリスマスに俺と由比ヶ浜の二人で出掛けるって事?

 いやいやいや無理無理。

 

「……すまん言ってる意味がよく分かんねぇんだけど……その……そ、そう! あれだ! ゆ、雪ノ下はどうした雪ノ下は。打ち上げ兼ねてんだろ……?」

 

「そのっ……! ゆ、ゆきのん明日無理なんだって! ……で、でね? これからゆきのんちで二人で女子会するんだけど、」

 

 なんだよやっぱり二人でパーリーピーポーかよ。俺聞いてないんですけど。

 

「だからヒッキー仲間外れで可哀想じゃん!? ……だ、だから……明日は二人でとか…………ダメ、かな?」

 

 マジかよ……

 別に二人で女子会すんのは全然構わないんだが、だからといって、なんで明日俺と二人で遊びに行くって話になんだよ……

 

「……いや、しかしだな」

 

 こいつはそれでいいのかよ。クリスマスに男女二人で外出とか……

 俺にはよく分からんが、そういうのって、女の子にとってはとても大事なことなんじゃねぇの……?

 

「だって……! ヒッキーまだハニトーの約束果たしてくれてなじゃん……? こーゆートキでもないとヒッキー絶対出て来てくんないし……」

 

 ……それを言われると弱い。なにせあの無責任な発言の言質を取られてしまっている上に、つい最近も夢の国でそんな話をしてしまったのだから。

 

「……ダメ……?」

 

 ぐぅっ……! このすがる仔犬のような眼差しは破壊力が凄すぎる……

 こんなのに抗えるヤツいんのかよ? いや、そんなヤツ居るはずがない。ちなみに抗うのが無理なソースは雪ノ下。

 

「……ま、クリスマスじゃなくて打ち上げだし、な……。今回はお前らに世話になっちまったから、まぁ仕方ねぇか」

 

 そう。これはあくまでも打ち上げ。たまたま合同イベントの翌日がクリスマスだったというだけで、そこに深い意味などないのだ。

 

「むぅ、ホントヒッキーって捻くれてるよね。……でも、えへへ、ありがと!」

 

 意味などないと分かってはいるが、由比ヶ浜のこの幸せいっぱいな笑顔を見てしまうとどうにもむず痒く、ついついそっぽを向いてしまう。

 

 

 にしても、まさか由比ヶ浜と二人でクリスマスにどっか行く事になってしまうとは……

 明日、俺のメンタルは耐えられるのだろうか?

 

「あー、んで明日はどこ行く予定なんだ? パセラでハニトーとかか? もちろんサイゼでもいいぞ。むしろ推奨」

 

「……えと、ね」

 

 由比ヶ浜はもじもじと答えを言い掛けて、何かを思い出したかのように突然「あぁっ!」と叫び声を上げた。

 

「やばい! あたしゆきのん待たせたままだった! どうしよう超怒られちゃうよ!」

 

 マジかよそりゃマズいだろ。凍てつく波動で凍らされちゃうだろうが、なぜか俺が。

 

「あたしもう行くね! ヒッキー、また明日!」

 

「お、おう」

 

 そう言って慌ててぱたぱた駆け出す由比ヶ浜。その姿、ご主人様へと全速力で走っていくわんちゃんの如し。

 あれ、まだ明日の予定なんも聞いてないんだけど。あとでメールとかしてくるのかな?

 

 すると、ある程度距離が開いたところで由比ヶ浜はくるりと振り返り、口に両手を当てて大声でこう叫ぶのだ。

 

「ヒッキーっ! あーしーたー、9時に舞浜の改札の前でまってるからねーーーっ!」

 

「は?」

 

 由比ヶ浜はそれだけ叫ぶと、今度こそ手をぶんぶん振って、元気に走りさっていった。

 

 

 

「……おい、それはズルいだろ……」

 

 

 異論反論どころか、質問さえも一切容さない、一方的な夢の海へのズルいお誘い。

 つい先日交わしたばかりの『いつか』のお話は、こんなにも早く強制執行されてしまうようだ。

 

 

 

 

続く

 

 





というわけで、まさかまさかの初?ガハマさんヒロインでのクリスマスSSでした☆(クリスマスSSのタイトルが『ズルい女』て……)
メインヒロインを書いた方がむしろ変化球と言われるどうも作者です


ガハマさんとシーデート?それって特典小説でやったんじゃね?と思った読者様もいらっしゃるかと思います(汗)
だからホントはランドに行かせたかったのですが、原作だと1週間前くらいに行ったばっかなんですよねぇ……


でも実は、私特典小説は最後まで読んでないんですよ><
三巻くらいで『なんかこれじゃ原作のコピペ&焼き増しじゃね?』とか思ってちょっと冷めちゃって買うのを忘れてました。まぁ金欠だしいっかな?と
で、気が付いたら終わっちゃってたというね(白目)

なので私の中では初のガハマシーデートなので、特典小説を読んだ方も読んでない方も、気にせずお読みくださいましm(__;)m


ちなみに今年のクリスマスモノはこれだけです。なにせ去年ムチャクチャやりすぎてハゲかけましたから笑

もし二話で済むようなら後編はクリスマスに投稿。三話になるようなら二話目を今月半ばくらいに投稿して、三話目をクリスマスに投稿する予定です!

ではではノシ


注)すいませんここからは直接はこの短編集に関係の無い話なので、あざとくない件の香織に興味がある読者さまのみお読みくださいませm(__)m


しばらく放置してて気が付かなかったんですが、あざとくない件がいつの間にかお気に入り5000を突破していたようなんです!
ホントありがたや〜


で、記念になんか書こうかとも思ったんですが、なにせ原作がエタってるもんで『あざとくない件』としてはなんにも書くネタがないんですよねー

で、記念に「なんか書きたい書きたい〜」と色々考えた結果、なにを血迷ったのか、書くんじゃなくて描いてしまいました(錯乱
描いたとはいっても、普段絵なんて全く描かない私が、紙に鉛筆で描いたラフ絵を携帯で撮影しただけという、いわゆる地雷な代物なのですが(吐血)

そんな、マジで見なければ良かったと思いかねない地雷な香織イラストなのですが、そんなんでもよろしければ、あざとくない件の一番新しい話の後書きの下〜の方に、今夜か明日にでもひっそりと載せときますので、興味がありましたらちょっとだけ見てそっ閉じしてくださいませm(__)m

挿絵というにはおこがましいので、あくまでも「作者のイメージってこんなんか〜」程度の、オマケな気持ちでおなしゃす

掲載が完了しましたら、活動報告にてお知らせいたしますね〜




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ズルい女 【中編】

 

 

 

「……おお……すげっ……」

 

 俺は、千葉にある東京の名を冠する夢のテーマパークに遊びに来ていたはずなのに、なぜか豪華な劇場にてブロードウェイミュージカルを堪能している。

 

 

 ここはディスティニーシー内にあるアトラクション施設のひとつ、ブロードウェイバンドビート。

 通称BBBと呼ばれる、千葉にいながらにしてまるで本場ブロードウェイでミュージカルショーを観賞している気分になれる、人気のアトラクションだ。

 ふかふかの絨毯張りの豪華な劇場で、大迫力のスウィングジャズの生演奏をBGMに、日本人だけでなく外国人ダンサーも入り乱れての華やかなショータイム。

 おいおい、どうなってんだよ千葉。千葉にこんな空間が存在してもいいのかよ。

 

「ヒッキーヒッキー! ほら! こっからが超スゴいんだよ! ミキオさんがね!? ミキオさんがね!? バァーッと出てきて、タンカタンカって太鼓叩きまくって、ぐわぁって踊りまくんの!」

 

 残念ながら由比ヶ浜の実況では一切凄さが伝わってこないが、軽快でリズミカルなドラムソロ演奏と共に奈落から舞台上にせり上がってきた世界のスーパースターネズミ。

 鮮やかなスティック捌きでスウィングジャズの名曲シング・シング・シングを華麗に叩き、演奏途中にドラムセットから駆け下り、舞台のセンターでプロダンサーに混じって激しく踊り、そしてまたドラムセットへと駆け戻り軽やかにスティックを操る。

 

 もう圧巻としかいえない。こんな真似、多芸で有名なガチャピンにだって出来やしねぇよ……いや、アイツならやっちゃうか。ミキオさん同様、中の人次第だもんな。(注・夢の国の住人は中に人なんて入っていません)

 

 シング・シング・シングのラストをミキオさんのドラムで飾ると同時にゆっくりと幕が下りていき、そして終幕。

 いやぁ……いいもん見れましたわ……

 

「ど!? ど!? 超スゴくなかった!?」

 

 終幕と共に明かりが灯り、見事なショーの感想会でざわつく劇場。

 その例に漏れず、俺の隣で興奮気味にそうまくし立ててくる女の子。

 

「おう。正直びっくりしたわ。まさか遊園地に来て、こんなすげー舞台が観られるなんてな。なんか得した気分まである」

 

「でっしょー? えへへ〜」

 

 別に自分が演奏したわけでも踊ったわけでも無いってのに、なぜか「どーだ!」とばかりにえへんと胸を張る由比ヶ浜を見て、思わずふひっと笑いが漏れてしまう。

 

「別にお前の手柄じゃねーだろ」

 

「だって、あたしが絶対観ようね! ってヒッキーに教えてあげたんじゃん!」

 

「へいへい」

 

 うがーっと怒る由比ヶ浜に、苦笑と適当な返事を返しながら豪華な劇場をあとにすると、辺りはすっかりと夜の景色に様変わりしていた。

 

「……わぁ……」

 

 このBBBがあるエリアは古き良きアメリカの街並みが再現されているエリアで、先ほどの劇場といいこの街並みといい、まるで昔のアメリカ映画のセットの中にでも紛れ込んでしまったかのような、そんな不思議な気分を味わわせてくれる。

 そんな街並みが、夜の闇とキラキラ輝くクリスマスイルミネーションに包まれているのだから、この非現実な気分はさらに増すばかり。それは、隣で感歎の声を漏らして景色を眺める、由比ヶ浜のうっとりとした表情が証明している。

 

「……ねぇ、ヒッキー」

 

 不意に、由比ヶ浜の右手が俺の左手を優しく包んだ。

 

「ちょ、おい……」

 

 つい先ほどまで……もっと言うとこいつと待ち合わせしてからの今日一日、こんな空気は一切無かったものだから、突然の出来事に動揺を隠しきれない。

 

「さっき……約束したじゃん。すぐそこだから行こ? あのおっきいツリーんとこ」

 

 しかし由比ヶ浜は、そんな俺の動揺など気にもせず、引っ張るようにグイグイと歩き始めた。

 

 恥ずかしいながらも手を振りほどく事が出来ず、なすがまま引っ張られていると、程なくしてライトアップされた豪華客船と、そしてたくさんのオーナメントに彩られた巨大なクリスマスツリーの姿が眼前に広がった。

 

 

『ねぇヒッキー、夜になってライトアップされたら、またこのツリー見にこようよ! 絶対ちょーキレーだよ!』

 

 

 ──ああ、そういや、昼飯食ったあとくらいに一度ここに来たっけな。そして由比ヶ浜が言ってたように、ライトアップされたら見に来ようって話になってたっけ。

 

 俺は徐々に近づいてくるクリスマスツリーをぼーっと眺めつつ、今日一日の出来事に思いを馳せるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「ヒッキー! 次はあっち行こー!」

 

「……おう」

 

 なんだろうか。これはあれかな、元気すぎる娘に休日引っ張り回されるお父さんの気持ちかな?

 

「ねぇねぇヒッキー! ほらここ、MAP見て! あっち行くとチュロス売ってて、こっち行くと餃子ドックが売ってるんだよ! どっちがいい?」

 

 食い物ばっかりじゃねーか……

 

 

 

 十二月二十五日。言わずと知れたキリストの誕生日に、俺と由比ヶ浜はディスティニーシーに遊びに来ている。

 だがこれは別にデートではない。昨日まで行われていた他校との合同クリスマスイベントの打ち上げ的なナニカなのである。

 

 

『やっはろー! もー、ヒッキー超遅いし! えへへ〜、早く行こっ!』

 

 

 舞浜の改札前で、なんか重そうな荷物を抱えたこいつと落ち合った俺は、一分一秒を惜しむかのような由比ヶ浜に押されるような形でシーまで急がされ、ひとたび夢の門をくぐると休みなく各スポットを回らされていた。

 

 ちなみに超遅いと言われた俺が舞浜の改札前に到着したのは八時五十五分。そう、九時集合との事だったので、遅いどころかしっかり五分前行動なのだ。

 この忠犬ハチ公ならぬ忠わんちゃんユイ公は、いったい何分前から改札前でご主人様の到着を待っていたんですかね。

 リチャードギアもHACHIもびっくりである。ちなみにHACHIMANもびっくりしている。

 

 

 ランドには何度か来たことがあった俺ではあるが、こっちの海の方は初めてで、門をくぐった瞬間から視界いっぱいに広がる異国情緒と非現実感に、いまだに圧倒されまくりだ。

 しかし最近の女子高生代表である由比ヶ浜は、もちろん友達と何度か来た事があるようで、俺が初めてだと知るとオススメスポットを連れ回し、どこのスナックが美味しいとか、どこのスナックは超並ぶとか、どこのスナックはコスパ最強だとか、その説明は多岐に渡った。うん、見事に食べ歩きばっかり!

 

 まぁもちろん食い物の事ばかりではなく、好きなアトラクションとかショーなんかも、TodayとMAPを拡げて嬉しそうに身振り手振りで説明する由比ヶ浜。

 俺は、そんな楽しそうな由比ヶ浜の笑顔と見慣れぬ夢のような景色に、意外にもなかなかに心が躍っている。

 

 そして各所を連れ回されること数時間。俺は今、ジャングルに居ます。

 

 

× × ×

 

 

 ……あれ? おかしいな。今日って確か海がテーマのパークに来てたよね?

 なんで俺ジャングルに迷い込んでんの?

 

「次はこれ乗ろー」

 

 相も変わらずはしゃぎまくる由比ヶ浜が指差したのは、ジャングルの奥深くにそびえる古代遺跡。

 

 このアトラクションは『インディジョーンズアドベンチャー・クリスタルボーンの迷宮』

 あの冒険アクション映画の金字塔、インディジョーンズの世界観を再現したジェットコースター系のアトラクションらしい。

 

 海をテーマにした遊園地でジャングルの中の古代遺跡に挑むとか、なんかもう意味がよく分からん。

 それってシーじゃなくてUSJとかの管轄じゃないのん?

 

「なぁ、なんで海に来てジャングルで冒険すんだよ」

 

「さー? あ、でもヒッキー昨日冒険するとかなんとか言ってたし、ちょうどいんじゃん?」

 

 ……おっと、昨日の取り付く島がまさかのフラグだったとは!

 と、こんな所でこんなワケの分からないフラグ回収をしつつ、俺達は長い列へと並ぶ。

 

「うわぁ……結構並びそー……やっぱファストパス取っとけば良かったかなぁ……」

 

「……だな」

 

 ま、シーに入園してからというもの、そんな計画的な事は一切考えず、ただただわんこの気の向くままに園内を闊歩してきたし、今更っちゃ今更なわけだが。

 

「ね、ねぇヒッキー」

 

 遺跡内の長い列に並んでいると、不意に由比ヶ浜が俺を呼んだ。

 遺跡内部は雰囲気を出す為か結構暗いのだが、由比ヶ浜はその暗さでも分かるくらいにそわそわしていて、改札で待ち合わせた時に気になったあの重そうな荷物の持ち手をギュっと握っている。

 

「おう」

 

「これ乗り終わったらさ……お、お昼にしない……? たぶん結構遅くなっちゃいそーだし」

 

「……まぁ、別に構わんけど」

 

 ぶっちゃけ、あっちこっちで食べ歩いたからまだ腹は減ってはいないが、ここで一〜二時間並ぶであろう事を考えると、まぁ丁度いいのかもな。

 

「そ、そっか……! えへへ」

 

 ……丁度いいのかも知れんが、なんで由比ヶ浜は昼飯の話を口にしてからこんなにもそわそわしているのだろうか。たかだか昼飯食うだけじゃねぇの?

 

「……つーかアレだな。ホレ、長いこと待ちそうだし、それ持っててやるよ」

 

「い、いい! だいじょぶ! これはあたしが持ってるから気にしないで! ありがと」

 

「……お、おう」

 

 どうしたんだ、こいつ? なんか、嫌な予感がするんだけど……

 

 

 由比ヶ浜の謎な態度に戸惑いながらも列に並ぶこと一時間以上、俺達はようやくライドに乗り込む事が出来た。近い近い。

 

「うおぉっ……」

 

「きゃーー! あはははは!」

 

 このアトラクション、ジープに見立てたライドで遺跡内、洞窟内を疾走するというアトラクションなのだが、スピードこそ大したことないものの、急旋回急発進が多い上、悪路をオフロードで疾走するというコンセプト通りとにかく揺れまくる。

 さらに真っ暗闇の中を走った挙げ句、最終的にはご丁寧に巨石が転がってくるという冒険アクション映画のテンプレまで用意してあり、…………うん、色々文句言ってたわりには楽しんじゃいました。

 

 なによりも、やっぱこういうアトラクションって乗り物が狭いよね。

 普通に座ってるだけでも由比ヶ浜と触れ合っちゃってたのに、あれだけ揺れまくるんだもん。揺れる度に密着しまくりですよ。

 由比ヶ浜のダブルメロンも、まるで別の生き物のように上下左右に大暴れだし、アトラクションそのもののスリルよりも、ホントそっちの方が心臓に悪かったです、まる。

 

 

× × ×

 

 

「あー、ちょー楽しかったぁ! ヒッキー、石が転がってくるトコですんごい顔しててキモいし!」

 

「……うっせ」

 

 このアトラクション、ランドのスプライドマウンテン同様にちょうどいい所で勝手に撮影しやがって、ライドを降りてからの出口付近で、撮影した写真をモニターに映してやがった。

 

 ……ええ、それはもうキモい顔でしたよ。由比ヶ浜なんて撮影されるの知ってたからポーズとか決めちゃってたし。ズルいぞこの卑怯者めが!

 

 由比ヶ浜の体温、由比ヶ浜のメロンダンシング、由比ヶ浜の楽しそうな笑顔に若干恥ずかしくて頬が熱くなり、手をウチワ代わりにぱたぱたと扇いでいると、由比ヶ浜は「おほんっ」と、あまりにもわざとらしい咳払いで俺の注意を引こうとする。

 

「じゃ、じゃあそろそろお昼にしよっか」

 

 ああ、そういや乗り終わったらメシにするとかなんとか言ってたっけな。そう言われると、途端に空腹感が顔を覗かせてきた。

 

 

「おう、そうだな。……で、どこで食うんだ?」

 

 シーに来てからの経験則で、メシを食う店でも由比ヶ浜のオススメがあるのだろう事は容易に窺える。

 だからもちろん自分がなにを食べたいかとかどこで食べたいとか、そういう無駄なセリフを吐く作業はハナから省いていく所存だ。なにせ発言権なんてないからね!

 

 俺からの質問に、てっきりまたTodayやらMAPやらを拡げて説明してくるものかと思いきや、意外にも由比ヶ浜はそれらには一切手を伸ばさなかった。

 代わりに、待ち合わせからずっと気になっていた重そうな荷物を胸の前に高々と掲げて、誇らしげにこう宣うのだ。

 

「じゃーん! えへへ、今日はお弁当作ってきちゃった!」

 

「」

 

 

 

 なん……だと……? そんな、馬鹿な……ここにきてまさかの生死の境目!

 これか! さっきから感じていた嫌な予感はこれか! 夢の国なのに、夢も希望もありゃしないよ!

 

「ま、待て由比ヶ浜……! な、なんで弁当なんだよ……ディスティニーなんて、食うとこいくらでもあんだろ……」

 

「……だ、だって……せっかくのクリスマスじゃん? だから……いつもお世話になってるヒッキーに、美味しいもの作ってあげたかったし……」

 

 い、いやいや、そんなに恥ずかしそうに上目遣いで言われても……

 や、その気持ちはとても嬉しいんですよ? でも、せっかくのクリスマスってどういう事だってばよ。あれなの? クリスマスじゃなくてクルシミマスとかって定番のボケなの?

 なんで料理下手な人って、無駄に料理とかしたがっちゃうん?

 

 

 なんてこった……まさかディスティニーでガハマ弁当とは……そんな危機的状況は警戒してなかったわ……

 

 

 ──いや待て。俺はなぜこの状況を警戒していなかった? 

 ……それは、ここがディスティニーだからだ。

 

 ふはははは! ガハマよ、これは完全に失策だな。

 そうなのだ、ここはディスティニー。他の遊園地ならいざ知らず、ここ夢の国ではそれは許されてはいない行為なのである。

 

「なぁ、由比ヶ浜。残念だがディスティニーは弁当の持ち込み禁止だぞ?」

 

 そう。ディスティニーでは、弁当を持ってきてパーク内で食べる事は禁止されているのだ。

 さすが商魂逞しい夢のディスティニー。レストランで金を落としてけって寸法である。夢のない話ですね。

 

 とは言うものの、せっかく由比ヶ浜が作ってきてくれた弁当だ。どんなに不味かろうとも、その気持ちを無碍にするわけにはいかない。

 だからまぁ、帰ってから胃薬片手に全部食ってやるか。ただ、せめて……せめてこの夢の国に居る間だけは、その事を忘れさせておいてください。

 

 しかし、つらい事は先送りに! をモットーとしている俺が、そんな束の間の平穏を手に入れた時だった。

 

「ふっふっふ、ヒッキーくんもまだまだだね」

 

 そう由比ヶ浜は不敵に嗤う。

 

「え」

 

「知んないの? ディスティニーには、持ってきたお弁当を自由に食べてもいいピクニックエリアってのがあるんだよ? なんか不思議ライトをかざすとぱぁっと光るスタンプを手に押してもらってから外に出ると再入園出来るんだー」

 

「」

 

 

 なんのことはない。……フッ、失策だったのは……俺の方か……

 

 

× × ×

 

 

 悔しくも由比ヶ浜に教えられた千葉知識通り、出口ゲートでキャストさんにスタンプを押してもらい、無事に外に出る事が出来た。……無事なのん?

 にしても不思議ライトでぱぁっと光るってなんだよ。正確には、紫外線が出るブラックライトをあてると反応する蛍光塗料のスタンプというだけのお話でした。

 

 

 ゲートを出てちょっと歩いた所にその処刑場……もといピクニックエリアとやらは確かに存在した。

 まぁピクニックエリアと言ってもなんてことはない。ただ青空の下にテーブルと椅子が何セットか置かれ、周りを植樹した木に囲まれているだけの閑散とした空間。

 暖かい季節であれば弁当を持ち合わせた家族連れで多少賑わうのかもしれないが、さすがにこの時期ではここを利用する客はあまり居ないようだ。

 ……だが、

 

「んー! きもちー! 今日はあったかくてホント良かったし! そとでごはん食べるには絶好の天気じゃん」

 

 そう。今日はクリスマス当日にしてはかなり暖かく、陽も照っていて、夜は無理でも昼間ならば外で食ってもなんら問題のない気候なのだ。一月二月でもベストプレイスで昼飯食ってる俺にとっては言わずもがな。

 

「えへへ、たくさん作ってきたから、いっぱい食べてねっ」

 

 降り注ぐ十二月の陽射しに上機嫌な由比ヶ浜は、にっこにこの笑顔で早速テーブルに大量の毒を並べ……げふん。弁当を並べ、じゃーん! とばかりに両手をひろげた。

 う、うん……由比ヶ浜の手作り弁当がこんなにたくさん……

 

 このあとのディスティニー散策に支障が出ちゃっても、俺のせいじゃないよね?(白目)

 

 

 テーブルに並べられた弁当は、こう言っちゃなんだが、意外にも食べ物に見える。何種類かのおにぎりと、あとはハンバーグやエビフライなんかが盛られた所謂パーティープレート。

 

 中でも目を引くのがチューリップ唐揚げだ。

 手羽元を開き骨を剥き出しにして、鶏肉を一輪の花のような形にしたアレなわけだが、その唐揚げの骨部分にはご丁寧に一本一本赤いリボンが結ばれていた。

 

「へへー! ホラ、今日クリスマスだし、ちょっと気分出そうかな? って」

 

 驚いた顔をしている俺を見て気を良くしたのか、にひひと笑顔を浮かべて唐揚げを持ち上げる由比ヶ浜。

 

 なにこれ、全体的に普通に旨そうなんだけど。

 そりゃおにぎりもハンバーグも形はいびつだし、エビフライもピンッとしないで丸まっちゃってるし、唐揚げも揚げすぎなのか若干色が濃いけども。

 しかしこれは……いつぞやの木炭クッキーを錬成した伝説のアルケミストが作ったものとは思えないほど、とてもとてもまともな食べ物に見える。

 

 

 ──いや、だまされるなよ比企谷八幡。お前は、そういう甘い考えはとうの昔に捨てたはずだろ。

 勝手に理想を押し付けて勝手に期待して、そして勝手に絶望するような、そんな愚かな考えは……もう卒業したのだ。

 

「……なぁ由比ヶ浜。……そのおにぎり、具が桃缶とかじゃないよな……?」

 

「失礼すぎだ!? いくらなんでもおにぎりに桃なんて入れるわけないし! ヒッキーあたしをバカにしすぎ! だっておにぎりに桃なんか入れたらベチャベチャになっちゃうじゃん!」

 

 なんかおにぎりに桃を入れない理由が恐いんだけど。

 ベチャベチャにならないんなら当然のように入れますけど? って言ってるようにしか聞こえないです。

 

 しかし、とりあえず桃が入ってないという言質だけはとれた。そういった理由であれば、フルーツ全般は心配しなくてもいいだろう。

 いや、バナナとかならベチャベチャにならないだろうからワンチャン? もしくは塩じゃなくて砂糖で握ったとかもありがちだよね! ……どこにもチャンスなんて無かった。

 

「ヒッキー、頑張って作ったから、たくさん食べてね」

 

 うぐっ……そんな優しい笑顔でそんなこと言われたら、食べないわけにはいかないだろが……こいつ、マジでズルいわ。

 

 はぁ……仕方ない、腹括るか。

 

「じゃ、じゃあ……頂きます」

 

「うんっ! どーぞ!」

 

 震える手をなんとか鼓舞して、恐る恐る掴んだダークマター(海苔の巻かれたおにぎり)。

 ……おい、そんな不安そうな目でじっと見つめんじゃねぇよ、食いづらいだろうが……

 

 そして俺は、本日が誕生日という事らしい神様に心から祈る。味なんてしなくたってもいい。せめて、甘くありませんように、アーメン。

 

「…………ん?」

 

 あ、あれ……? 若干握り過ぎで米が潰れてはいるものの、塩加減もいい塩梅だし、中には鮭が入った普通のおにぎりだ。

 それならばと、返す刀でチューリップ唐揚げに手を伸ばす。

 さぁ、どう出る。味付けが蜂蜜オンリーか? 中がジューシーな半生か?

 

「……あれ?」

 

「……ど?」

 

「なんか……普通」

 

「ふ、普通とか酷いし! 美味しいの……? 美味しくないの……?」

 

 いやいや、ガハマさんの作ったメシが普通とか、最高の誉め言葉だろ。

 

「……ま、まぁ……普通に美味いわ」

 

「マジ!? ……やったぁーー!」

 

 とんでもなく嬉しそうにガッツポーズを決める由比ヶ浜ではあるが、俺も心の中ではそれ以上のガッツポーズを決めている。

 なにせ生死の境目を彷徨っていたのだから当然の事だろう。

 

「……なぁ、なんでお前がこんなに料理出来るんだ……?」

 

 安心したからか妙に腹が減ってきて、次から次へとおかずを口に放り込みながら、思わずそんな事を訊ねてしまった。

 

「むぅっ! だからヒッキー失礼すぎだから! キモいっ」

 

 と、ほんの少しだけ怒ったフリをしながらも、由比ヶ浜の頬は弛みかけている。

 

「……あの、ね?」

 

 やはりそんな取って付けたような怒ったフリが長続きするわけもなく、由比ヶ浜はたははと笑うと、ほんのりと頬を染めて語りだす。

 

「あたしさ、料理とかあんま得意じゃないじゃん?」

 

 あんま!? とツッコみたい衝動に駆られはしたものの、ここは我慢しておこう。

 

「……でも、さ、クッキーの時とか嫁度対決の時とか、ゆきのんが作った料理をヒッキーが美味しそうに食べてんの見た時……あたし、ちょっと羨ましいなぁって思っちゃって……」

 

 そう言って、さらにもじもじと髪をいじったりスカートをいじったりする由比ヶ浜。

 たぶん俺ももじもじしてます。ヤバイ恥ずかしい。

 

「だから、その……あたしも、いつかヒッキーに美味しいって言ってもらえるように……ちょこちょこ練習してたの……っ」

 

「お、おう……そうか」

 

「うん……! んで、今日はちょっと早起きして、ママに見てもらいながらだけど……なんとか作ってみたの」

 

 

 …………嘘だろお前。

 

 あの料理下手な由比ヶ浜がこれだけのモノを作れたのに、『ちょこちょこ練習してた』とか『ちょっと早起き』だなんて絶対に嘘だろ。

 よくよく見たら左手には幾つか絆創膏が貼ってあるし、目の下だってうっすら隈が出来ている。

 

 

『いつもお世話になってるヒッキーに、美味しいもの作ってあげたかったし……』

 

 

 たぶんこいつは、あの日の俺の無責任な約束から、いつ来るかも分からない今日この日の為に一生懸命料理を練習し、そして朝早く起きて頑張って作ってきてくれたのだろう。

 

 ……なんだか照れ臭くて由比ヶ浜と顔を合わせられない俺は、そっぽを向きながら弁当を食べ続ける。黙々と、ゆっくりじっくり味わいながら。

 

「……うん、美味い」

 

「えへへ、良かった! んじゃあたしも食〜べよっと」

 

 やっぱズルいわお前。

 料理下手な女の子がこんなまともな料理を一生懸命作ってきてくれて、ぶっきらぼうな「美味い」のたった一言に、そんなパァッと花が咲いたような笑顔を向けてきてくれたら、男は喜ばざるを得ないっつの……

 

 

 ──こうしてディスティニーでのまさかの弁当ランチは、照れ臭くも穏やかな時間の中、ゆっくりと過ぎていったのだ。

 

 

× × ×

 

 

 昼飯を終えた俺達は例の不思議ライトでパークに再入園すると、込み合う園内をなにをするでもなくのんびりと散歩している。

 なにせガハマ弁当がなかなかの量だったもんだから、とてもじゃないがアトラクションなんかにはしばらく乗れそうもない。

 

 いま俺達が歩いているエリアは、古き良きアメリカの街並みが再現されたエリア。そういえばこっちには初めてきたな。

 

「あ、ヒッキーヒッキー! あれあれ!」

 

 よく出来た街並みを眺めつつ歩いていると、不意に由比ヶ浜が袖を摘んでくいくいと引っ張ってきた。

 なんぞや? と由比ヶ浜が指差す方へと目をやると、そこには豪勢な豪華客船が。

 マジかよディスティニー。遊園地の中に豪華客船停泊させとくとか、ちょっとスケールがデカすぎませんかね。

 

 目をキラキラさせた由比ヶ浜にグイグイと袖を引っ張られて歩いていくと、その豪華客船の手前の広場には、巨大なクリスマスツリーがそびえ立っていた。

 

「おお……でけぇな」

 

「ね! 超すごい! なんかね、このツリーがディスティニーリゾート内にあるツリーの中で一番でっかいんだって! あのランドのツリーよりもおっきいんだよ!?」

 

 由比ヶ浜が興奮気味にまくしたてるのも無理はない。

 たくさんのオーナメントに彩られたこのクリスマスツリーは、確かにランドで見てスゲーなと思ったあのツリーよりもさらに立派なのだから。

 

「あたしさ! シーには何度か来たことあったんだけど、クリスマスに来るのは初めてだから、ずっとこのツリー見てみたかったんだ!」

 

「ほーん」

 

 そんなに見てみたかったんなら、入園して最初に来れば良かったんじゃね?

 まぁ着いて早々あれだけ無計画に各地の食べ歩きスポットを散策してたわけだし、このわんこの頭の中は【ツリー<<<超えられない壁<<<スナック】だったんだろうけれど。

 

「……うん、やっぱ……ここだ……」

 

 由比ヶ浜の頭の中にある平和そうなお花畑を想像しつつ、ぼんやりとツリーを見上げていると、由比ヶ浜がぽしょりと何かを呟いた。

 

「あ? なんか言ったか?」

 

「ねぇヒッキー、夜になってライトアップされたら、またこのツリー見にこようよ! 絶対ちょーキレーだよ!」

 

 確かにそれは容易に想像が付く。

 後ろに停泊する豪華客船。すぐ近くにそびえる怪しげなタワーと古き良きアメリカの街並み。そしてこの巨大なツリーが、夜の闇の中でクリスマスカラーに照らされたら、どれだけ綺麗な景色となるのだろう。

 

 俺はこの巨大なクリスマスツリーを見上げながら、由比ヶ浜にこう返すのだった。

 

「おう、別にいいんじゃねーの」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、ヒッキー」

 

 由比ヶ浜の呼び掛けにはっとする。

 

 いま目の前のクリスマスツリーは、夜の闇のなか美しく光り輝いている。

 想像していたよりもずっと美しく幻想的なそれは、今の今まで頭の中を占めていた昼間の出来事を、いともあっさりとどこかへ掻き出してくれた。

 

 いま俺が感じているのは、目の前のツリーの輝きと、そして……左手を包む優しく柔らかい温もりだけ。

 

 

「……あのね、ヒッキー」

 

 

 そして俺の左手は、その優しくて柔らかな温もりに、きゅっと強く握られた。

 

 

「……あたし、ヒッキーに……聞いて欲しいことがあるの……」

 

 

 

続く

 

 





ガハマクリスマス二夜目でしたが、今回もありがとうございました!



アレですよね。料理下手属性持ちヒロインってズルいですよね

ただ料理が壊滅的に下手ってだけで、それだけでとんでもない個性になるのに、ちょっと普通の料理を振る舞ったというたったそれだけで、他のどのヒロインが束になっても敵わないくらいの一生懸命さと想いを相手にも読者にも視聴者にも届けられるんですもん!


その上


「ど、どうかな……?」ウルウル



「ほんと!?やったぁぁぁぁ!」パァッ


なんてやられた日にゃ……

これはもう卑怯と言わざるを得ない




というわけで今回もしっかりとズルさを回収したところで、次回の後編、クリスマスの夜にお会いいたしましょう(*´∀`*)ノシノシ





あ、前回あとがきでお知らせ香織イラストが意外にもなかなか好評だったのでびっくりしました(*/ω\*)イヤン
つい、なんかまた違うのを描きたくなっちゃう衝動に駆られちゃいますねぇ(^皿^)




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ズルい女 【後編・上】


クリスマス更新じゃないのかよっΣ(゚□゚;)
……え、上?



ホントごめんなさい。ガハマさんをヒロインとして書くならずっと書きたいと感じてた事をつらつら書いていたら、「やべ、分けた方がいいかもテヘペロ」と思ってしまったので、ついつい分けてしまいましたテヘペロ







 

『……あたし、ヒッキーに……聞いて欲しいことがあるの……』

 

 クリスマスツリーの灯火に照らされた由比ヶ浜は、儚なげな笑顔を浮かべて俺の手をぎゅっと握る。

 そのあまりの真剣な様子に、俺はいつかの花火大会の時のように、その言葉を遮る事も誤魔化す事も出来そうにない。

 

 

 ……しかし、由比ヶ浜が俺に語りはじめたのは、俺の予想したものとはかなりの隔たりがあるものだった。

 

「……ホントはヒッキーに嫌な子って思われたくないからあんま言いたくないんだけど……でも、話すね。これ言わなきゃ、あたし先に進めそうにないから。…………ヒッキーってさ、あたしの事、どういう女の子だって思ってる?」

 

「……は?」

 

「やっぱ、いい子とか、優しい女の子とかって……思ってるの……かな」

 

 そう言って哀しげに目を伏せる由比ヶ浜。

 

 ……俺はてっきり、いま俺が最も聞きたくない想いを……、雪ノ下も含めて、この心地の良い関係が崩れてしまうかもしれない何かを伝えられてしまうのかと思っていた。

 情けなくて恥ずかしい事に、俺はまた勘違いをしていたようだ。本当に懲りなさすぎだろ。

 

 だがそれはまぁいい。後で一人になった時に、思う存分転げ回ればいいだけの話なのだから。

 そんな事よりも今は目の前の、今にも消えてしまいそうな儚げな少女の問いに答えなければならない。

 

 正直由比ヶ浜の真意は掴めない。現状のまま答えても、なにが正解でなにが不正解なのかなんて解りもしない。……いや、不正解がなんなのかはなんとなく解ってしまうけれども。

 しかし、だからと言って体よく誤魔化す事などは、俺の右手を握る震える小さな手が許してはくれないだろう。

 

「そう……だな」

 

 だから俺は捻くれるでも恥ずかしがるでもなく、思った事をありのままに伝えよう。

 

「由比ヶ浜の言う通り、お前は優しくていいヤツだと思っている」

 

 由比ヶ浜結衣は優しくて素敵な女の子。これは、由比ヶ浜を知っている人間であれば誰もが抱いている、いわば共通認識めいたもの。

 だから俺はそう答えた。別に“みんながそう思っているから”なんていう薄っぺらい理由ではない。俺自身が本気でそう思っているからだ。

 

 一時期はその“優しさ”に耐えられない時もあった。逆にその“優しさ”に何度も救われもした。

 だから迷わず答えたそれは、間違いようがないくらいに俺の本音。

 

「あはは……そう、だよね」

 

 しかし、由比ヶ浜はその答えを聞いても決して喜びはしない。それどころか、その表情に……その纏う空気に陰が差した。

 

 

 ──解っていた。あんな質問をしてくる時点で、それはこいつが望んでいる答えではないという事……その“優しくていい子”という他者からの認識に思うところがあるのだろうという事は。

 

「でも、ね? あたしは……」

 

 そして、由比ヶ浜結衣が今まで誰にも話せずにずっと抱えてきた胸の内を語りだす。

 

 

× × ×

 

 

「……あたしは、ちっとも優しくなんてないの。ちっともいい子なんかじゃないの。……あたしは、とってもズルい女の子なの……」

 

 悲しげな笑顔で、呟くようにそう口にする少女。

 

「……あたしは全然優しくなんてない。いつも自分の事ばっか考えてて、自分が可愛くて仕方がないの」

 

「……」

 

「……あたしって超流されやすかったじゃん? ……あれだってそう。流されやすいって事は、裏を返せばただ周りの目を気にして、周りの意見に合わせてるってこと。……みんなに嫌われたくないから……」

 

 由比ヶ浜はたははと弱々しく微笑み、指で頬をぽりぽりと掻く。

 

「……前に、ね? みんなと歩いてる時に、横断歩道渡ってるおばあちゃんの手をひいてあげた事があってさ。そしたら……ああ、そういうトコ結衣らしいよねって、みんなが言うんだよ」

 

「……そうか」

 

「うん。……でもね、あたしそう言われてワケ分かんなくなっちゃって……。結衣らしいって……あたしらしいって……なんなのかなって……。確かにあたしはあの時おばあちゃんが大変そうだなって思って、少しでも助けになれたらなって思った。……うん、それは間違いない……と、思う」

 

 けどね……と、由比ヶ浜は言葉を繋ぐ。

 

 

「でも、たぶん……心のどこかでは、そうやっておばあちゃんに手を貸した自分が気持ち良かったんだと……思うんだよね。……んで、みんなに優しい子って思われたいとかって気持ちも……やっぱどっかにあったんだと思う」

 

「……」

 

「……それなのに、結衣らしいって……なんなんだろ? って。……ホントのあたしは、裏でそんな事ばっか考えてる、優しくもない……いい子でもない……ただのズルい子なのに、みんなはあたしを優しくていい子だって言ってくれる。……なんか、ね? ……なんか、みんなにすっごく申し訳ないなって……あたしはホントは優しくなんかない、ズルい子なんだよ? って……」

 

 ……そういう事か。

 こいつは、自分自身の中身と周りからのイメージのギャップに苦しんでいるのか。

 

「……ごめんねヒッキー。あたしは、全然いい子なんかじゃない、すっごくズルい女の子なの……ヒッキーが思ってくれてるような子じゃないの」

 

 未だ俺の手を握る由比ヶ浜の手は小刻みに震え、その大きな瞳は不安に揺れている。

 

 

『……嫌いに、ならないでね?』

 

『……やな感じのとこ、見せたくなかったんだけど』

 

 そういや前に相模から文化祭の依頼を受けたあと、こいつはおんなじように自分の嫌なところを表に出す事を極端に恐がっていたっけな。

 たかだか『さがみんが苦手。あんま好きじゃない』程度の事を言うのさえもあれだけ躊躇っていた由比ヶ浜。由比ヶ浜は自分で言っていた通り、人に嫌われるのが恐いのだ。恐くて堪らないのだ。

 だが、恐くて堪らないのに、それでも由比ヶ浜はこうして自分の負の部分を俺に曝け出した。それは、どれほどの覚悟が要る事なのだろうか。

 

 だけどな、それは違うぞ由比ヶ浜。今お前が悩んでいる事は、だだの見当はずれだ。

 

「……なぁ、それのなにが悪いんだ?」

 

「……え」

 

「人は誰だって自分が一番可愛いに決まってんだろって話だ。どんなに“良い奴”だって、どっかで損得勘定は必ず働く。周りから良い奴だと見られたい。人気者になりたい。そうした方が自分が気持ちいい。誰だって、当たり前のようにそう考えて生きてるもんだ」

 

 そう。それの一体なにが悪いというのか。

 自分が気持ちがいい? 優しい子だと見られたい? アホか、そんなの当たり前だろ。

 

「良い奴代表の葉山見りゃわかんだろ。あいつが優しさを見せんのはあくまでも自分の為だ。決して優しくされた奴の為じゃない。その方が自分にとって都合がいいからだ」

 

 もちろん、葉山に限らず他者に対する優しい気持ちの全てが打算というわけではない。

 善意ってのは、そんな打算的な優しさの中に、どれだけ本当の意味での相手への思いやりが込められるかだと思う。

 そういった意味では、やはり葉山は良い奴なのだろう。そしてもちろんこいつも……

 

「だが俺はそれが悪い事だとは思わない。むしろ人間として当然の感情だと思う。……俺から言わせてもらえば、『自分の事なんてどうだっていい。みんなが笑っていられればそれでいい』とか言ってる奴の方がよっぽど気持ちが悪い。それだって、詰まる所テメーが気持ちがいいからってだけの話だしな」

 

 だから俺は他人から自己犠牲とか言われるのを極端に嫌う。自分がやらかした行為は自分だけのもの。自分がやりたいからやったってだけのお話だ。

 自分が気持ちいいからやっただけなのに、やらないと気持ちが悪いからやっただけなのに、何も知らない第三者から『自己犠牲をするお前は格好いい。自己犠牲をするお前は可哀想』などと言われる筋合いなんて一ミリだってない。

 

「……うん」

 

「だからまぁ、そんなの気にする事ねぇんじゃねーの? ……と、俺は思う。そういう打算とか関係なく、俺は……まぁ、その……なんだ。お前は良い奴だと、優しい奴だと思うぞ」

 

 だいたい、普通の人間はそんな事は考えもしないこと。

 誰しもが当たり前のように、自分の利を自然と計算して人に優しくする。そして自分が気持ちよくなったり、人に褒められたりして、承認欲求を満たして満足する。人間はそういう生き物だ。

 そんな、誰もが気にも止めないような当たり前の感情に疑問を抱き、そのギャップに悩み、心を傷められるお前は、やっぱり誰よりも優しくて、そして誰よりもいい奴だよ。

 

「えへへ、ありがと。やっぱヒッキーは優しいね」

 

「アホか。そんなの当たり前だろ。人様に迷惑を掛けないようひっそりと目立たないように生きてきた俺は、たぶんバファリンよりよっぽど優しいぞ」

 

「ぷっ、あはは」

 

 ……ふぅ、ようやく笑ったか。ったく……こいつに暗い顔されると調子でねぇよ。

 

 やっと笑った由比ヶ浜に安心して、その笑顔を少しだけ見たくなってしまった俺は、照れ隠しにそっぽを向いたままでちらと盗み見してみた。だが……

 

「でもね」

 

 由比ヶ浜はさっき確かに笑った。けれども、そこに笑顔は浮かんではいなかったのだ。

 イルミネーションの灯火に照らされた瞳にはさらに陰りが宿り、ともすればふとした瞬間に消えていってしまいそうな、そんな弱々しい瞳。

 

「……それでも、それでもあたしはやっぱり良い奴なんかじゃないの。……だって、あたし自分の事ばっか考えて、ヒッキーにいっぱい酷い事してきちゃったもん」

 

 ……こいつはいきなりなに言い出してやがる。

 

「は? 俺はお前に酷い事なんかされた覚えはねぇぞ」

 

 なんなら由比ヶ浜の優しさに救われた記憶しかないまである。

 

「そんなこと無いの……あたしはヒッキーにいっぱい酷い事してきちゃった。…………例えば……修学旅行、とか」

 

 

 ──修学旅行。それはまだ記憶にも新しい、つい先月の話。

 その名を聞いて、こいつがなにをそんなに苦しんでいるのか、解らないはずがない。

 解らないはずがないからこそ、こいつがまたとんでもなくアホな誤解をしている事も容易に解る。

 

 

 だったら、俺はお前のその誤解を解いてやろう。

 そのしょうもない誤解を完膚なき迄に叩きのめして、せっかくのキラキラと輝くイルミネーションに照らされるお前の魅力的な笑顔を、そのイルミネーションに似合うように明るくしてやるよ。

 

 

 

 そして、由比ヶ浜は口を開く。

 その口から出てきた言葉は、おおよそ想像通りのものだった。

 

 

「……とべっちからの依頼はさ、ヒッキーとゆきのんは反対したのに、あたしが無理言って勝手に受けちゃったんだよね。……それなのに……結局全部ヒッキーに任せて責任を押し付けて、あたしは、なんにもしなかった。……任せたくせに、なんにも出来なかったクセにっ……あたしヒッキーに酷いこと言っちゃった……っ」

 

 ……はぁ〜。やっぱアホだ、こいつ。

 由比ヶ浜は、こんな下らない事をずっと一人で引きずってきたんだな。

 

「……あたしサイテーだよね。人の気持ち考えてとか、あたしがヒッキーに言う資格なんてないのに……っ」

 

「由比ヶ浜、それは違うぞ。別にあの依頼には、あの結果には、お前が気にするような部分はひとつもない」

 

「……でも」

 

「……由比ヶ浜があの依頼でなにもしていない? 俺に責任を押し付けた? それは一体なんの話だ? 少なくともお前は“奉仕部員”としての仕事は責任持ってきっちりやっただろ。お前だって奉仕部の部員なら、言っている意味は分かるよな」

 

「……うん」

 

 

 そう。あの依頼で、由比ヶ浜は由比ヶ浜に出来うる仕事はきっちりとこなしていた。

 もしもどこかに修学旅行の時の由比ヶ浜は無責任だとか宣う輩が居るのだとしたら、それはそいつが奉仕部の理念を理解していないだけだ。

 

 

 ──奉仕部の理念。それは言うまでもなく『飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の捕り方を教える』である。

 つまり俺らが請けた依頼は『振られないようにしてくれ』ではなく、『修学旅行中に告白する手伝いをしてくれ』だ。

 

 あくまでも振られないかどうかは戸部の努力次第。そんなの当然だ。

 振られないのが条件の依頼なんて奉仕部で請けるわけがないだろ。だってそれは、飢えた人(戸部)に魚(海老)を与える行為に他ならないのだから。そもそも無理だし。

 

 それはもちろん戸部もしっかり理解していた。

 依頼を請けたあとの相談段階で何度「無理だ、諦めろ」と言われ続けても(言ってたの俺だけど)、それでも告白をやめようとしなかった戸部自身が証明している。

 

 そもそも本当に“振られないのが条件の依頼”だと思っていたら、告白直前にコントラクターに「振られたらどうすんだ?」なんて言われて、「そりゃ諦めらんないっしょ」なんて、イイ顔して言うクライアントが居るわけがない。

 普通だったら「ふざけんななに言ってんだ、そうならないように依頼したんだろ!」ってキレる流れになるだろう。

 

 つまり“奉仕部が請けた依頼”に関して言えば、あの舞台を整えた時点で完了していたのだ。その結果で生じる利益不利益もクライアントには了承済み。

 そこから先はあくまでただのアフターケアであり、友人から恋愛相談を請けたからには出来れば成功させてあげたい……という、単なる優しい願望でしかない。

 

 そういった観点から考えれば、勝手に依頼を請けたくせに無責任だなんて言葉が由比ヶ浜に当て嵌まらない事くらいは誰にだって解る。

 なにせ由比ヶ浜は、学生の一大イベントでもある修学旅行で自分が楽しむべき時間を削ってまで、戸部と海老名さんが少しでも二人きりになれる時間を作る為に……戸部が最高のシチュエーションで告白出来る為に、頑張って奔走していたのだから。

 

 結果がアレだったから責任を押し付けてしまったみたいな誤解をしているのだろうが、“振られないようにする”なんてのは、本来奉仕部が負うべき責任ではない。

 だからたかだかいち高校生が出来うる責任はちゃんと果たしていた。いち部活動のいち部員が、いち依頼に対して行える活動は、責任を持ってしっかりとこなしていたのだ、由比ヶ浜は。

 

「……だからお前がなにもしていないなんて事はない。……そして、お前が俺に対して罪悪感を抱くような責任も押し付けられていない」

 

 

 ……あのあとに俺がした馬鹿な行為は、俺が“奉仕部には内緒”で、“ひとり”で勝手に請けた依頼に対する行為なのであり、そこには雪ノ下も由比ヶ浜も一切介在しない。

 由比ヶ浜たちからすれば、依頼完了後の単なるアフターケアを俺に任せたからといって、まさかあんな事をしでかすなんて思いもしなかっただろう。あんな事をするかもしれないと予想出来るとすれば、それは俺と海老名さんと葉山との内幕を知っている人間だけ。

 

 

 そしてその内幕も知らない雪ノ下と由比ヶ浜が、俺のあの馬鹿な行為を受け入れられないのなんて当たり前だ。

 だって、もしも海老名さんからの裏依頼に気付いたのが俺ではなく雪ノ下か由比ヶ浜だったとして、あの告白を未然に防ぐ為にどちらかがあの場で戸部に告白していたとしたら? そして俺の目の前で痛々しく振られる姿を晒していたとしたら?

 

 そのとき俺はその馬鹿で痛々しい姿を目にして、その行為を認められていただろうか。……馬鹿馬鹿しい、そんなの考えるまでもない。認められるわけがないではないか。

 

 なぜなら…………俺は二人の事を大切だと思っているのだから。

 

 

 

『君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることにそろそろ気づくべきだ』

 

 

 本物が欲しい。……泣きながらあんな恥ずかしい台詞を口にしてまであの場所を守りたいと思った今なら、あの時の平塚先生の言葉が痛いほど良く分かる。アレは、俺の間違いなのだと。

 

 勝手に依頼を請けたのも俺。その事を相談しなかったのも俺。あいつらに痛ましい思いをさせてしまったのも俺。

 

 だから今は、逆にあのとき俺を否定してくれた事を有り難いと……嬉しいと思っているまである。

 だってそれは……俺が由比ヶ浜たちを大切に思っているように、あいつらも俺の事を大切に思ってくれているという証なのだから。

 

 だってさ、もしあの場で告白を阻止するために嘘告白をしたのが材木座だったとしたら、俺なんとも思わないもん。由比ヶ浜たちだってなんとも思わないだろうしね!

 

 

 

 ──だから……もしもこの件でお前を、お前らを否定するような奴が居るのなら……俺を救いたいとか俺に同情するなんて下らない事を訳知り顔で言う奴が居るのなら、他の誰でもない、俺がそいつらを否定してやるよ。

 なにも分からない癖に勝手な理想を押し付けんじゃねぇよ、ってな。

 

 

「……あの時の俺には、確かにお前のあの言葉が相応しかった。人の気持ち考えて……か。確かに、俺はお前らの気持ちなんて全然考えてなかったんだからな。平塚先生にあれだけヒントを貰ってたってのに……。ったく、情けねぇ話だ。……だからもうあれは終わった事だ。忘れてくれ。……てかお前がいつまでもウジウジと気にしてると、むしろ俺のダメージの方が半端ない」

 

 

「……ヒッ、キー……ッ」

 

 

 

 ああ、そういやランドの帰りにも一色相手に思ったっけ。こういう時、小町にやるように優しく頭に手を添えてやれたら、頭を撫でてやれたら、どんだけ楽なんだろうなって。

 

 でも俺がそれをするわけにはいかないから、今はただ、お前が泣き止むのを黙って待っていよう。

 なるべく泣き顔を見てしまわないよう、そっぽを向きながら。

 

 

 

 

続く

 

 




ありがとうございました☆
どこがクリスマス更新だよって話ですよねー。嘘ついちゃってホント申し訳ないです><



今回のは、言うまでもなく『いろはすに「結衣先輩らしいですね、優しいところが」的な事を言われた際の複雑な表情』ってシーンを使わせていただきました
“ズルい女”とは、ガハマさん本人が自分に対して抱いている感情だったんですねー


そして修学旅行の依頼の話は……うん、まぁ深くは語りません
ただ私的にはアンチヘイトな流れを見た八幡はこんなこと言うだろうなってずっと思っていたので、いつかガハマヒロインをやった際には書いてやろうと考えていたことです




さて、本気で三話で締める気マンマンだったので今回はガハマさんのズルさが出せませんでしたが、次回こそはクリスマスの夜にガハマさんのズルさを遺憾なく発揮させたいと思っております(=>ω・)/

ではでは今度こそ本当にクリスマスにお会いしましょうノシノシノシ




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ズルい女 【後編・下】

メリークリスマス☆
皆さま良い聖夜をお過ごしでしょうか(^^)?


お待たせしました!ついにメインにして変化球なガハマヒロインSSのラストになります!


それではどうぞっ





 

 

 火照った頬にちょうどいいとはいえ、さすがに十二月の海沿いの夜風を、長時間ただ受けっぱなしなだけというのもなかなかにキツいものがある。

 そろそろここから動きたいな〜、なんて思い始めていると、不意に遠くで壮大な音楽が鳴り響き始めた。

 どうやら由比ヶ浜が落ち着くのを待っている間に、シーの顔とも言えるハーバーで開催される夜のクリスマス水上ナイトショー クリスマス・オブ・カラー 〜ナイトタイム・ウィッシュ〜 が始まってしまったらしい。

 

 ……あ、そういやコレ、絶対に観たい! とかはしゃいでたヤツじゃなかったっけ? この子が。

 

「あぁぁぁーーっ!? や、やばいどーしよ! 水上ショー始まっちゃったみたいだよ!」

 

 案の定、今泣いた烏がもう笑いました。

 実際には笑ったんじゃなくてあたふたし始めただけなのだが、あれだけ泣いていたというのに、ショーの開始と同時に興味がそっちにいってしまったのだから、感情がコロコロ変わる子供に対して使われるそのことわざで、あながち間違いでは無いだろう。

 

 俺は半ば呆れつつも、その一方で安堵の苦笑も浮かべている。正直このままでは埒が開かなかったというか、お互いになんとも気恥ずかしい状態であったわけだから。

 どう考えても俺から動けるわけないし、由比ヶ浜は由比ヶ浜で、泣き止んでからも気まずくてどうしていいか分からなかっただろう。

 なので、次の行動に移るきっかけをくれたこの壮大な音楽は、今の俺たちには渡りに船な存在なのである。

 

「ヒッキー! 早く行かなきゃ!」

 

 さすがは空気を読める女、エアマスター結衣。こいつもそんな渡り船にしっかり乗船するようだ。

 由比ヶ浜は、BBBの劇場を出て来てからこっち、ずっと繋ぎっぱなしだった手をぐいぐい引っ張りハーバーへと歩き始め、俺はそんな様子にやれやれとした空気を纏いながらも、由比ヶ浜にバレないようこっそりホッと一息吐いて、引きずられるようにそれに付いていく。

 

 よし、これでもうさっきの気恥ずかしい空気は流れた、よね?

 「あの時の俺には、確かにお前のあの言葉が相応しかった」キリッ、とか「お前がいつまでもウジウジと気にしてると、むしろ俺のダメージの方が半端ない」キリリッ、とか、結構恥ずかしいセリフを格好良く吐いちゃってたし、出来ればこのままこの件は忘れてくれると助かるんだけどなー、なんて思いつつ、されるがままにただただ引っ張られていると、

 

「あ、そうだヒッキー。あたしヒッキーに聞いて欲しい事があるとか言っといて、まだ言ってなかったよねっ」

 

 由比ヶ浜がピタリと足を止め、くるりと振り返ってこんなおかしな事を言うのだ。

 

 

 ……あっれー? 渡り船に乗船したかと思ってたのに、この子あっさりと降りちゃいましたけど。

 聞いて欲しい事なら散々聞いたし、ちゃんとオハナシもしたよね?

 

「……は? 話ならさっき終わったろ……」

 

 ぶり返させんな恥ずかしい。空気読めよエアマスター。

 

「んーん? さっきまで話してたのは違うよ? ……あれはあくまでも、聞いて欲しい事を話す為の下準備」

 

「……下、準備?」

 

 なんなの? 料理とかされちゃうのん?

 すると由比ヶ浜はにこぱっと微笑む。

 

「……ねぇ、ヒッキー。あたしズルい女の子だからさ、今から、すっごくズルい事しちゃうね?」

 

「は?」

 

 そしてこいつは、至って自然に至ってシンプルに、なんて事でもないかのようにいともあっさりと、俺に聞いて欲しかった話とやらを、俺の目を真っ直ぐに見つめてこう言うのだった。

 

 

 

 

 

「あたし、ヒッキーが好き。大好きだよ」

 

 

 

 フィクションなんかではよくある事だが、現実でも普通にある事なんだな。

 ──今、確実に二人の間に存在する時が止まった。

 

 

× × ×

 

 

 あまりにも唐突にその瞬間はやって来た。受け身も何も取れたもんじゃない、爆破テロまがいのとんでもない告白。

 

 ……これは由比ヶ浜なりの自衛策なのかも知れない。なにせ俺はこいつからの思いの吐露を、ただ聞いてしまうのが恐かったという為だけに、ただ勘違いをしたくなかっただけという身勝手な理由の為だけに、強引に防いでしまったという最低最悪の前科があるのだから。

 

 でもそれにしたって、お前……マジでズルすぎだろ……

 

「……な、お前……い、いきなりなに、言って……」

 

 由比ヶ浜の不意打ちに固まってしまっていた俺がようやく口に出せたのは、つっかかってばかりのそんな情けのないセリフ。

 

 

 いったい二人の間の時間はどれほど止まっていたのだろうか。

 物凄く長い時間が過ぎてしまったかのように思えたその時間も、ふと隣に目をやれば、時間が止まる前と今とで、俺たちの横を通り過ぎようとしている通行人との位置関係はさほど変わっておらず、ほんの一瞬の出来事だったのだという事実を証明している。

 つまり止まっていたのは、パニックに耐え切れずに現実を放棄していた俺の思考のみ。マジかよ、人間の脳すごすぎだろ。

 

「いきなりじゃないよ? えへへ、だって今日はヒッキーに告白する為に呼んだんだもん」

 

 そんな俺の混乱具合など露知らず、由比ヶ浜は普段と変わらず元気な笑顔で恥ずかしい愛の囁きを続ける。

 ……いや、普段よりはいくぶん頬を染めてはいるが、羞恥からくる赤さなのか寒さからくる赤さなのか判別も出来ない。つまりはこんな事態にも関わらず、それほどに自然なのだ、今のこいつは。

 

「……あたしね、ずっとヒッキーに気持ちを伝えたかったの。でもね、伝えるんなら、ヒッキーがあたしの事を誤解したままじゃやだなって。由比ヶ浜結衣は優しくていい子だって……そう思われたまま告白するのはやだなって、そう思ってた。……だって、優しくていい子からの告白じゃ、なんか伝えられる側に恋愛とは別の感情が混ざっちゃいそうで、なんかそーゆーのはやかなって」

 

 別の感情……それは、庇護欲とか罪悪感とか、そういう感情の事だろうか。

 ……確かにそういう感情が混ざってしまえば、出す答えになんらかの変化を及ぼしてしまうかも知れない。

 だけど……

 

「……だからね、そーゆーのナシで、ちゃんとあたしの気持ちを真っ直ぐヒッキーに伝えたかったから、……だから本当のあたしを……ズルくて優しくないあたしを、ちゃんと知ってほしかったんだ。……あはは、まさかヒッキーに肯定? して貰えるなんて思わなかったけどね。……でもヒッキーに本当のあたしを肯定されても否定されても、それでもやっぱ告白する前に、ちゃんとホントのあたしを知ってもらいたかったのっ……」

 

 だけどそれらは、想いを伝える側からしたら間違いなくアドバンテージになるであろう要素なわけで。

 

 それなのにこいつは、その有利に働く要素を捨ててまで……ともすれば不利益にしかならない可能性の方が高い要素を曝け出してまで、俺に本気の想いを伝えてくれたのか。

 

「……だから、もっかい言うね!」

 

 由比ヶ浜は、流れと勢いだけで口にした先ほどとは違い、お団子をくしくしとひと撫でしてからきちんと佇まいを整えると、可憐な頬を染め上げ大きな瞳を潤ませ、そして……震える唇を開く。

 

 

 

「あたし由比ヶ浜結衣は、ヒッキーの事が……比企谷八幡くんの事が……大好きです……!」

 

 

 今にも雫が零れ落ちそうなほどに瞳を濡らし、それでも目を逸らさず、素敵な笑顔のままでそう言い切った由比ヶ浜の本気の言葉。

 

 

 ──俺は、相変わらず自分にとっての本物とやらがなんなのか分からない。

 あれだけ無様な姿を曝してまでも欲したというのに、その欲したナニカがなんなのか分かっていないだなんて、本当にどうしようもない奴だと思う。

 

 だが、いくらどうしようもない俺にだって分かる。

 由比ヶ浜のこの言葉は……この想いは本物なのだということくらいは。この言葉、この想いを、由比ヶ浜の勘違いだなんて簡単に切り捨ててしまってはいけない事だということくらいは……解る。

 

 

 

 ──だからこそ、俺は由比ヶ浜の本物の想いに、誠心誠意、きちんと答えを返さなければならない……

 たとえ……どんなに辛くても。

 

 

 ……苦しい……これはまるで、心臓が内側から乱暴に引き裂かれるような痛み……

 それでも俺は……こいつの本気に本気で応えなくてはならない。でなきゃ、俺はこいつにこんな風に想ってもらえる資格なんてない。

 

「……由比ヶ、浜……その……、すま」

 

「すとーーーっぷ!!」

 

「へ?」

 

 あまりにも由比ヶ浜が真剣だったから。あまりにも由比ヶ浜の純粋な気持ちが全力でぶつかってきたから。

 だから俺も一切の誤魔化し無しで、真正面から答えようかと思って口を開いたら…………なんか全力で止められちゃいました。なんで?

 

「ちょっと待って! ……もー、ヒッキーのバカ! こーゆー時だけは妙に行動早いんだもん!」

 

 と、どうやらおこなご様子の由比ヶ浜。

 むー! っと、パンパンにほっぺを膨らませて、呆れた眼差しで俺を睨めつける。

 

「……ヒッキー、あたしさっき、すっごくズルい事しちゃうって言ったよね!?」

 

「……え、あ、おおう」

 

「でもあたしまだズルい事してないじゃん! だからちょっと待って!」

 

 え、まだズルい事してなかったの? なんの前触れもなく、いきなり不意打ちの告白をしてくるって事じゃ無かったのん?

 

「んん! ……じゃあ、今からすっごくズルい事をしちゃいます」

 

 むん! と胸を張ってそう宣言した由比ヶ浜は、膨らませたほっぺをぷしゅっと萎ませ、ふっと笑顔に変わった。

 それはまるで、小悪魔のようなイタズラな微笑みへと。

 

 

「……あたしはね、ヒッキーの答えを…………聞いてあげないの」

 

 

「………………は?」

 

 

 その時、本日二度目の時が止まりました。

 

 

× × ×

 

 

 由比ヶ浜は俺に本気でぶつかってきてくれた。

 いつかの花火大会の時の経験を踏まえて、俺に逃げる暇(いとま)さえ与えないほどの速度と覚悟で。

 

 それなのに、こいつは俺からの返事を聞かないと言う。俺からの返事は聞いてあげないと言う。

 そしてそれが、こいつが言うとてもズルい事だと言う。

 

 正直意味が分からない。理解不能だ。

 覚悟を持って想いを吐き出したからには、その答えを知りたいものではないのだろうか?

 

「……どういう……意味だ?」

 

「……だって」

 

 すると由比ヶ浜は、潤んだ瞳を悲しげに揺らす。

 

「……なんとなくだけど、ヒッキーの答え……分かっちゃうから」

 

「……」

 

 ……由比ヶ浜は、俺が答えるであろう解を分かっている。

 

 その解は、俺がまだ由比ヶ浜の本気の想いに応える勇気が無いから。由比ヶ浜が俺と付き合う事によって、こいつが被(こうむ)るであろう不利益に責任を持てる覚悟が無いから。由比ヶ浜と付き合う事によって、あの場所が壊れてしまうのが恐いから。

 そしてもっと単純な理由……。俺は由比ヶ浜を大切に思っている。……でもそれは由比ヶ浜だけでなく、雪ノ下の事もまた……

 

 そんな数々の思いから、俺は由比ヶ浜が想定しているであろう解を打ち明けようとしていた。

 

 

 ……でもだったら……だったらなぜ由比ヶ浜は俺に想いを打ち明けた?

 

 なんで俺の出す答えが分かっているのに?

 

 なんで俺の答えを聞くつもりも無いのに?

 

 そこに、意味なんてあるのか……?

 

「意味なら……あるよ」

 

「……?」

 

 いま俺は疑問を口に出していたのだろうか。

 いや、わざわざ口になんてしないでも、俺の考えなんかは由比ヶ浜にはお見通しという事か。

 

 そして由比ヶ浜は言う。その、とんでもない意味を。

 

「だって、あたしはヒッキーの事が好き。大好き。……でもあたしはズルくて臆病だから、ヒッキーを失っちゃう覚悟なんて出来ないし、そんなのしたくもない。……だから、あたしの気持ちだけをヒッキーに思い知らせてやるの。あたしがどんだけヒッキーの事が好きなのかって、これからは遠慮しないで、いっぱいいっぱい伝えちゃうの! でも、ヒッキーの気持ちは聞いてあげない。あたしがヒッキーを失わなくて済むようになるまで……ヒッキーがあたしに参っちゃうまでは、ヒッキーの気持ちを、答えを聞いてあげないの」

 

「……な? お、お前、それって……」

 

「うん、そうだよ? ふっふっふ、つまりヒッキーは、あたしのカレシになる決心がつくまでは告白の答えを返せない。あたしはこれからずっとヒッキーに猛アタックしてくから、ヒッキーはあたしのカレシになるまでそれに耐えなきゃなんないんだよっ?」

 

 ……なんですかねそれ。それってもう、行き着く先はひとつしかないと強制されてるようなもんじゃねぇか……

 

「えへへ、ヒッキーはあたしを振れないのに、あたしは思いっきりヒッキーにアピールしまくっちゃうの。そんなの、今はまだ無理でも、その内あたしの事がどうしようもなく気になっちゃうに決まってんじゃん」

 

 

『振った相手のことって気にしますよね? 可哀想だって思うじゃないですか。申し訳なく思うのが普通です。……だから、この敗北は布石です。次を有利に進める為の……』

 

 

 真っ赤な顔してにひっと笑う由比ヶ浜を見て、つい一週間ほど前の、ディスティニーのあの帰り道を思い出す。

 あの時、あの計算高くて可愛げのない可愛い後輩は、確かこんな事を言っていた。

 つまりこれは、あの時の一色と同じって事か……?

 ……いや違う。これはあれよりも……きちんと拒絶の答えを出せるよりもずっとキツい、あれの遥か上位互換だ。だって、俺は由比ヶ浜に答えを返せないのだから。

 気持ちを伝えられてもその答えを返せない。それは、思っていたよりもずっと心を縛り付けそうな、強力で凶悪な鎖。

 

「……それにね、それだけじゃない。これはホントはもっとズルい作戦なの」

 

「……は?」

 

「これからさ、もしかしたらヒッキーは誰かに告られちゃう日がくるかもしんないでしょ?」

 

 誰かって誰だよ。こいつ突然なんてこと言いやがんだ。

 

「……そんな日、来るわけねぇだろ」

 

「……んーん? そんな事ない。……たぶん、たぶんだけど絶対……そんな日が来ると思う。……それか、ヒッキーが誰かに告りたくなっちゃう日が……来るかもね」

 

 そう言う由比ヶ浜の瞳は俺を真っ直ぐ見つめながらも、その目は今の俺ではない、どこか遠い未来の俺を見ているかのような、そんな憂いの瞳。

 しかし次の瞬間には、また、イタズラが成功した子供のように無邪気に微笑んだ。

 

「でもね、もし誰かさんに想いを告げられたとしても、ヒッキーはその想いにはすぐには応えらんない。……だって、あたしの想いにまだ答えてないんだもん」

 

「……っ!」

 

「……ヒッキーはそういう事があったら、まずあたしの顔が思い浮かんじゃうでしょ? だからすぐには応えらんない。由比ヶ浜の想いに答えてないのに、その前に別の子の想いに応えるわけにはいかないって……そう考えちゃうと思う。だからあたしはちょっとでもその時間を稼ぐ為に、ヒッキーの答えを聞いてあげないの」

 

「……おまっ」

 

「へへ〜、どう? ズルいでしょ、あたし」

 

 

 

 

 ──こんなのは、言ってしまえば詭弁だ。

 いくら答えを聞いてあげないなどと宣ったところで、こちらから一方的に答えてしまえば済む話。つまりはいま由比ヶ浜が話しているズルい作戦とやらは、まったくの絵空事ということ。

 

 そんな事は由比ヶ浜本人が一番良く解っているだろうに、それでもこいつはそれを押し通す。俺次第だと理解していながらも、俺次第でいつでも答えを出されてしまうと覚悟しながらも、この迷いのない強い笑顔と意思で、俺にそれを許さない。

 

 そして俺はその作戦通り、由比ヶ浜の告白に対して答える事は出来そうにない。……てか答えられるわけねーだろが。こんなバカな作戦なのに、そんなに自信満々な笑顔をされてしまったら。

 

 てか、それを解っていながらも答えを出せないでいる時点で……俺はもう由比ヶ浜に参っちゃってんじゃなかろうか?

 

 

 ……やっぱお前は……

 

 

「……ホントはね、今日の事ゆきのんには言ってないの。ゆきのんが今日無理ってゆーのも嘘っ! ……もちろんいろはちゃんにも言ってないよ」

 

「……は?」

 

 なん……だと?

 いや、とりあえず雪ノ下に言ってないというのは置いといて、ばっかお前、なんでそこで雪ノ下と一色が出てくんだよ……それじゃまるで、その誰かさんてのが雪ノ下と一色って言ってるように聞こえるじゃねぇか……

 

 ……いやいや、いくらなんでも一色は有り得ないだろ。

 

「……こうでもしないと、あたしに勝ち目なんてなさそーだもん。だからあたしはズルいの。……だから、ね?」

 

 愕然としている俺を見て勝ち誇った由比ヶ浜は、見事に実った二つのメロンをふんすっと元気いっぱいに張り、強気な笑顔で言う。

 

「ヒッキーが誰かの想いに応えられない隙に、あたしはガンガン行くからね! ……ヒッキーの頭んなかを、あたしでいっぱいにしてみせる。……だって前に言ったでしょ?」

 

 そして由比ヶ浜は優しく微笑み、いつかのセリフをそっと囁く。

 

「……待っててもどうしようもない人は待たない。……待たないで、……こっちから行くの」

 

 

 ──それを宣言されてから、本当に色々あった。

 文化祭の後始末で学校中に俺の悪名が轟き、修学旅行で俺を大切に思ってくれている人たちの胸を傷めさせ、生徒会役員選挙で対立し、クリスマス合同イベントで壊れかけ、そしてまた手に入れた。

 

 ……こうして考えると、俺ってマジでろくな事してねぇなぁ。

 

「……色々あって遅くなっちゃったけど、そろそろこっちから行く事にしたからね。……ヒッキーが引くくらいこっちからばんばん行くから、えへへ〜、覚悟しててよねっ」

 

 

 ……うん、やっぱお前は……

 

 

「……そうか」

 

「うん、そうだ」

 

 あの時と同じように、この話は一旦おしまい! と言わんばかりにはにかんだ笑顔でそう答えた由比ヶ浜は、また俺の左手をぎゅっと握る。

 

「ほらヒッキー! 早くしないとクリスマスのショー終わっちゃうし! 行こ!」

 

「……へいへい」

 

 

 

 

 十二月の海沿いの寒さで冷えきっているはずなのに、由比ヶ浜の手は、その火照った顔と同じくらい熱を帯びている。

 そんな温かく柔らかい手に包まれて、俺たちはゆっくりと走り出す。

 

 

 

 走るほどに段々と近付いてくるディスティニーアレンジされたクリスマスソングと、夜空と水面に輝くショーの煌めき。

 呆れ混じりの弛んだ口元を浮かべつつ、俺は壮大な音と光に包まれていく由比ヶ浜の楽しげに揺れるお団子と背中を眺め深く深く思う。

 

 そんなの普通だろとか、優しくて良い奴だとかさんざん言ってきたけれども、やっぱお前は…………

 

 

 

 

 

 

 ……ズルい女だわ。

 

 

 

 

終わり

 





4話に渡る初のガハマさんヒロインSSでしたがありがとうございました(*^^*)

ぶっちゃけ慣れないヒロインだったのでちゃんとガハマ感が出せたかどうか不安ではありましたが、ガハマ好きさんに楽しんでいただけたのなら、そしてガハマ嫌いさんには少しでもガハマさんを好きになってもらえたのなら幸いです☆



次回は全くの未定ではありますが、またいずれお会いいたしましょうノシ
それでは良い聖夜を!メリークリスマス(^^)/▽☆▽\(^^)





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行く年来るおり

 

 

 

 今は年の瀬、大晦日。

 あとたった六時間そこらの今日という日を跨げば、そこからはもう今日とは違う新たな年が始まるという特別な日、特別な時間。

 

 俺は、そんな一年の中でもかなり特別なこの日に、特になんら変わらず自宅からの最寄り駅近くの書店に足を運んでいる。

 クリスマス? 年末? 年始? そんなもの、受験生には特になんの意味も持たない、受験戦争の一年の中の単なる一日に過ぎないのだ。

 

 そんな受験シーズン真っ只中な俺は、参考書を見に来るという名目のもと、その実、息抜き先として書店に赴いていた。

 

 数多くの参考書が所狭しと棚に並ぶ中、俺は一目散に一般文芸やらラノベやらが並ぶ小説コーナーへと足を伸ばす。名目捨てるの早すぎだろ。

 

 ──おお……知らんあいだに色んな新刊出てんじゃねーか……普段あまり来ないこんな小さな最寄りの書店でさえこんなに並んでんだもんな。良く行く千葉の大型書店とか行ったら、もっとたくさんの誘惑が待っているのだろう。

 

 くっそぅ読みてぇなー……! ぐぬぬ、でもあと少しだ。あと少しの我慢で、読みたい本を読み漁れるフリーダムがやってくる!

 俺は、そんなフリーダムを穏やかな気持ちで迎えられるよう、もうひと頑張りするか、と新たに決意し、小説コーナーに別れを告げ……

 

「あれー? 比企谷じゃーん! ヤバいけっこー久しぶりじゃない? ウケる」

 

 ……なんという事でしょう。穏やかな気持ちでフリーダムをお迎えしようかと思っていたら、別の方向から違うフリーダムが大手を振ってやってきてしまいました。

 

 

× × ×

 

 

 これは完全に俺の失態である。

 普段はこうやって中学の時のクラスメイトと遭遇してしまわないように、極力地元の駅前などは避けているのだ。

 

 それなのに、今日に限って近場の書店で済まそうとしてしまった。

 受験生という事もあり、たかだか気晴らしの為にわざわざ遠出をしてまで千葉の本屋まで行くのを躊躇ってしまったのだ。参考書見に来たとか言ってたのにはっきりと気晴らしって言っちゃった。

 あとはまぁとりあえず寒かったからね。大事なことなのでもう一度言おう。寒かったから。

 寒かっただけじゃねーか。

 

 

 つまりこの事態は、他でもない自分自身の慢心が招いたもの。

 だったらここで嘆いていてもなにも始まらない。自分の責任は自分でケリを付ける。そうだろう?

 

 だから俺はこの問題に決着を付けるべく、腹を括ろうではないか。

 

「おう、折本か。じゃあな」

 

 八幡速い八幡速い! 出会い頭の即時撤退。兵法の基本である。

 

 そんな基本があったら世の中から戦争なくなんのになぁ……なんて、ちょっと幸せオツムで平和主義者的な、壮大な世界平和についての未来を考えながらその場を立ち去……

 

「ち、ちょっと比企谷! なんで行っちゃうのよ、マジウケないんですけど」

 

 れるワケ無かったんや。あっさりと手首を掴まれて確保されてしまいました。だからリア充のそういう何気ないボディタッチはぼっちに大ダメージを与えるんですってば!

 あとウケないのかよ。そこはウケとけよ。

 

「……おう、ちょっと勉強が忙しくてな。早く帰らないとまずいだろ、やっぱ」

 

「は? 今ずっと小説コーナー見てたじゃん」

 

 おうふ……見てたのかよ……

 とっても冷たい目と低っくい声で詰め寄られてしまい、恐怖におののく俺である。

 

 いやホント、普段明るく元気に「ウケる」と「それある」しか言わないようなヤツが、不意に出してくる真顔って超恐いよね。

 

 ……よ、よし、ここは大人しく軽く話題を振ってお茶を濁そう。うまく濁ってる隙をついて脱出あるのみ。

 

「い、いやあれだ。参考書見に来たついでにちょっとした息抜き的なやつだ。……あ、あれか? 折本も息抜きがてら参考書とか見に来たのか?」

 

 我ながら上手く誤魔化すと同時に、ありきたりな話題を提供する事に成功した。

 これで「そうそう、そーなんだよねー」「そうか、お互い大変だな、じゃ」という自然の流れのもと、この場から退散出来ることだろう。

 

「そうそう、そーなんだよねー」

 

 よしキタコレ。

 若干疑いの目を向けていた折本だが、俺からの見事なパスで一気に緊張を緩めた。

 さすがはサバサバ系女子。細かい事など気にしないのである。

 ならばここは一気に畳み掛けるのみ。

 

「そうか、お互い大変だな、じ」

 

「だよねー! 大晦日まで勉強勉強とか、ホントやんなっちゃうよねー。息抜きとかないと無理だっての」

 

 ……ぐ、畳みこめなかったか。すぐさま返したのに、矢継ぎ早にさらに切り返しがきやがった。

 さすがはコミュニケーションモンスター。一を返せば二が返ってくるのか……

 

 しかしここで適当にアグリーしておけば、こいつも満足して立ち去るだろう。

 

「だな。息抜きとか超大事。息抜きがなかったらパンクするまである」

 

「それある!」

 

「ま、そういうワケだし……」

 

「じゃあさ比企谷、今からちょっと息抜きしに行かない? お腹も減っちゃったし、どっかで軽くごはんでも食べて行こーよ」

 

 なん……だと?

 

 え、なに? そういう流れになっちゃいます? 俺が知ってる人間関係の流れと違うんですけど。

 やはり人間関係というのは一筋縄ではいかないんだな。まぁ人間関係なんて築いてきたことないんですけどね。

 

「……い、いや、あのな、勉強忙しいから早く帰んなきゃだろ……?」

 

「なんで? だって比企谷さっき息抜きしに来たって言ってたし、いま息抜きなかったらパンクするって言ったばっかじゃん」

 

 ぐぬぬっ……なんだよ俺失言ばっかじゃねぇかよ……

 

 このコミュニケーションモンスター、ウチのガハマさんと違って、空気はちっとも読めないんだよなぁ。

 

 一体いつから折本とメシ食べに行ったら、それが俺の息抜きになると錯覚していたのか。

 息抜きどころか息が詰まり過ぎて膨張が加速しちゃうまである。

 

「よっし、んじゃ早速どっか行こっか。で、比企谷どこに行きたい?」

 

 愕然としていたら、勝手に話が進んでいたでござる。

 

「いやちょっと待て。誰も行くとは」

 

「いーからいーから! ほら、早く行こ」

 

 だから手を引っ張るんじゃありません……! やーらかくてあったかいにゃー。

 

「……あ」

 

 と、俺がとびっきりの乙女力を発揮してもじもじしていると、折本がようやく自分の行動を把握したのか、途端にパッと手を離した。すいませんね、キモかったですかね。

 無理やり手を引っ張られただけなのに、なぜだかこっちが申し訳なくなってしまうどうも俺です。

 

「あ、あははは〜、……比企谷と手とか繋いじゃったし。ウケる」

 

 なんだよそのウケるは。いつものキレが全然ねぇじゃねーか。

 そんなに顔赤くして照れた笑顔されたら、思わず勘違いしちゃいそうになんだろが。

 

「……いやウケねーから」

 

「……だ、だよねー! あはは……ってかさぁ、比企谷が早く来ないから悪いんですけど」

 

 え、俺に過失があったのん? 理不尽すぎじゃないですかね。

 

「ほ、ほら、もう早く行こーよ」

 

「お、おう」

 

 って、あれー? なんで俺付いて行っちゃってんの?

 いやだって、なんかお互いに無駄に照れ臭くなっちゃってるし、そんな折本が普段とのギャップでちょっと可愛いしで、断る隙とかどこにもないんだもん。

 

 

 

 ──こうして、何の因果か大晦日の夜になぜか折本と食事をするという謎の展開に襲われる羽目となったのだった。

 

 

× × ×

 

 

「ぷっ……くくくっ……ホ、ホント比企谷って…………ウ、ウケる……!」

 

「いやなんでだよ……つーかお前だってアレだろうが」

 

「あはは! それそれ、ホントそれ! それある!」

 

 

 おかしいな。息が詰まり過ぎて膨張が加速するとかまで思っていた折本との食事が、意外にもなかなか悪く無かったりしている。……ぶっちゃけ少し楽しい。

 

 

 ……俺は折本かおりという女の子が苦手だ。

 それはもちろん中学の苦い思い出からくる苦手意識が大いに働いているのだが、それを差し引いても、俺と折本が混ざり合うわけは無いと思っていたから。

 

 かたや男女問わずクラスの人気者。かたや男女問わずクラスのつま弾き者。

 まだ精神的に若かった中学生の頃は、そんな明るく優しく人気者な折本に惹かれもしたが、色々と理解してしまった今では、俺と折本が釣り合うわけが無いと知っている。

 

 昔惹かれた優しさも天真爛漫さも、去年再会した時には、その要素も全てマイナス方面に感じた。

 優しいんじゃなくて、楽しければいいからただ笑ってるだけ。天真爛漫なんじゃなくて、ただデリカシーが無いだけ。

 

 ……しかしその思いは、クリスマスイベントで再々会した時に一変した。

 いや、一変したとまでは言えなかったかもしれない。けれど、折本に対する見方は少なからず変化はしたのだ。

 

 楽しければ良くてデリカシーが無いのは確かにその通りかも知れないが、少なくとも折本は折本なりに色々考えてるんだなって理解は出来たから。

 再会のドーナツ屋での態度やダブルデート(笑)での態度も当時は悪意に満ちた見方しか出来なかったが、折本かおりという女の子を少しだけ知れたあとでは、思い出してみてもそこまで不快ではない。

 

 それはついさっき。ここに来るまでのやり取りでも明らかだ。

 

 

 

『でっさー、比企谷は……ひひっ、ドコ行きたいー?』

 

『……サイ……別にどこでも構わねぇけど』

 

『……あ、……も、もしかして……サイゼ!? ぷっ、あはは、またサイゼ! ホ、ホント比企谷ってサイゼ好きだよねー! ウケる』

 

『……っせーな』

 

『あはは、いいね、サイゼにしよっか!』

 

『別に無理にサイゼじゃなくたっていい』

 

『なんでー? あたし無理してどころかサイゼ普通に好きだけど』

 

『あ?』

 

『ま、さすがにダブルデートでサイゼはなくない? とは思ったけどねー! …………でも、さ、いま考えると、普通の男子だったらカッコつけて無駄にお洒落チョイスとかするだろうところなのに、そこを肩肘張らずに敢えてサイゼをチョイスする辺り、実は結構悪くないっていうか、やっぱ比企谷って面白いなー……なんてねっ! ウケる』

 

『……だからウケねぇっての』

 

 

 

 あの時も今日も同じようにサイゼでウケていた折本なのに、今日は嫌な感じがしなかったんだよなぁ。

 結局は、ただ曇ったガラス越しに折本を見ていただけなのかもしれない。もう過ぎた事とか言って誤魔化していた、思い出したくもない中学の黒歴史というガラス越しに。

 

「ん? どしたの?」

 

「いや、なんでもねぇよ」

 

「そっか」

 

 俺は椅子の背もたれに背中を預けつつ、ソファー席で相変わらずけらけら笑う折本の笑顔をぼんやり眺めながら、そんな事を思うのだった。

 

 

× × ×

 

 

「てかさー、バレンタインイベントんとき、今年はチョコあげるって言ったのに、全然あげる機会とかなくて超ビックリしたんだけどー」

 

「……いや、あんときブラウニー貰ったろ」

 

「あれはバレンタインチョコじゃなくてただの味見じゃん。あたしバレンタイン前日に、女友達にあげる分と一緒に比企谷のも作ったのに、出来てから『あれ? そーいえば比企谷に渡す機会ないじゃん』って気付いてー、結局自分で食べてんの、ウケる」

 

「……ああ、そう」

 

「てかメールしても繋がんないとか有り得なくない!?」

 

「……おう悪いな。そういやアドレス変えてたわ」

 

「軽すぎウケる!」

 

 

 ──どれほどの時間こうしているのだろうか。

 折本が下らない話題を振ってきて俺が適当に相槌を打つ。そしてそんな適当な相槌にからっと笑う折本。

 まるで二学期になってからはすっかり集まる機会がなくなってしまった、紅茶の香りが漂うあの部室のひとときのような、心地の良いまどろみの時間。

 

 悔しいけれど、なんだかんだ言ってやはり俺は折本が嫌いではないらしい。

 すっかりとこいつのペースではあるが、当初の目的である“勉強疲れの息抜き”という観点で考えれば、十二分に達成出来ただろう。

 ……折本も、俺同様息抜きを感じられていたら良いのだけれど……

 

 

 そんな、早く帰りたいだなんて思考はすっかり忘れてしまうほどの居心地を堪能している時だった。

 

「あれ!? やばーい、かおりじゃーん! ウケるー」

 

「ん? おー! 由香じゃんウケる!」

 

 突然の来訪者が訪れたのは。

 

 おいおい君たちどんだけウケるんですか、とツッコミを入れたくなったのだが、よくよく考えたらこの状況はあまりよろしくない。

 

 どうやらこの由香と名乗る人物(名乗ってはいない)、折本の知り合いのようだ。

 てことは、折本の知り合いにこの状況を見られるわけで、そしたら必然的にアレな話題に発展しちゃいますよね。

 

「……え、なになに? もしかしてデート!? 彼氏!?」

 

 ね、こうなりますよねー。……うわぁ面倒くさい。

 まぁ、折本が軽い感じで否定してくれるだろうから、俺は目立たぬようひっそりと貝にでもなっていますかね。

 

「へ? あ、違う違う、そーいうんじゃなくてさ」

 

 と、即座に否定しようとする折本ではあるが、この状況はそれほど易しくは……いや、優しくはない状況だったのだ。

 

「……え? て、てか比企谷じゃん! え、うそ、マジぃ!? かおりって比企谷と付き合ってんの!?」

 

 マジかよ……。この女、折本の知り合いかと思ってたら、まさか俺の事も知ってたのかよ……こんな奴、カケラも覚えてないんだけど。

 しかしそりゃそうか。ここは俺が普段あまり使わない地元なのだ。地元である以上、中学の同級生に遭遇してしまうという危険性はどこにだってある。

 だからこそ普段は使わないのに、だからこそ折本と遭遇しちゃって後悔したのに、なぜ俺は折本と二人でこんなとこに居てしまったのだ。

 

「い、いやいやいや、だから違うってば。あたしと比企谷はそんなんじゃなくってさー……」

 

「だってさぁ、受験戦争真っ只中の大晦日の夜だよ!? そんな日に二人でごはん食べてっとか、そうに決まってんじゃーん! だって、あんたら学校だって違うんじゃないの? 知んないけど。……うっわぁ、かおりっていつからこういう趣味になったのぉ?」

 

 ……うぜぇ。なにこいつマジでうざいんだけど。

 普段は折本の事を『なんでもズケズケ言ってくるデリカシー無しのクソ女』と評している俺だが、本当のデリカシー無しのクソ女とは、こういう奴の事を言うのだろう。

 再会のドーナツ屋でもダブルデートでも、俺をからかいながらも悪意は全く感じられなかった元来のからかい気質な折本と違って、こいつから感じるのは歪んだ悪意のみ。

 

「だ、だからさ……」

 

 そんな女の嫌な部分を具現化したようなこの由香とやらの物言いに、さすがの折本も困ったような苦笑いで次の句を言い淀む。

 

 

 ……この由香とかいう女、俺と折本が交際しているだなんて、本当はこれっぽっちも思ってはいないのでは無いだろうか?

 ただ折本を弄りたいから。ただ俺を弄りたいから。そして折本に俺を弄る同意を得たいから。同意を得て、一緒になって俺を笑いたいから。

 

 

『ま、昔の話だからさ』

 

 

 いつぞやの一色からの詰問に、折本はあははと誤魔化すように笑ってこう答えた。

 それは、俺が折本に対する見方を変えた要因でもある三人でのあの会話中の出来事。

 

 

 たぶん以前の折本であれば、由香のこのうざい物言いに対し、おちゃらけた態度で『ウケる! あたしと比企谷とか有り得なくない? 超無理ー』なんて返していただろう。

 

 でも今の折本は違う。

 こいつは、あのダブルデートの葉山の余計なお節介で、自分の在り方に疑問を持ったのだ。

 だから、あたしが比企谷と付き合うなんて有り得ないと笑って否定したくても、それを出来ずにいる。それをネタにする事を躊躇っている。

 だからそんな簡単なセリフを口にするのでさえも言い淀んでしまう。

 

 ……だが今はそれは悪手だ。ここでしっかり否定しておかなければ、ここで由香と一緒になって俺を笑わなければ、由香の悪意のこもった噂流出により、折本は元クラスメイト達のネタにされかねない。

 それは、折本の昔馴染みとの今後の付き合いに悪影響を及ぼしてしまうだろう。

 そんなこと、他でもない折本自身が一番よく分かってんだろうに……

 

「アホか、そんなわけねぇだろ」

 

 だったら仕方ない。折本が言いづらいんなら、折本が俺を笑い者にしづらいんなら、……だったら、俺から動くしかないではないか。

 折本がそういう否定の仕方が出来なくなってしまったのは、間接的に俺の責任でもあるわけだし。

 

「折本とはさっきたまたま本屋で会っただけだ。こいつとは生徒会のイベントで何度か顔を合わす機会があってな、だからさっき偶然会った時、あまり乗り気じゃなかった折本にどうしてもと俺からお願いした。だいたい俺と折本が釣り合うわけねぇだろ。バカじゃねーの?」

 

 そこまで言って二人の顔を見る。

 折本はちょっと驚いたように目を丸くしていたが、由香は「は? 別にお前なんぞには聞いてねーよ」という侮蔑の視線で俺を見下ろしながらも、俺からそう言われたからには、これ以上そのネタで折本をからかうのは得策ではないと判断したようだ。

 

「だよねー! そりゃそうに決まってっよねー! かおり、ごはんに付き合ってあげるとか優し過ぎだからぁ。だから図に乗っちゃうんだって! ぷぷっ、にしてもかおりと比企谷が付き合ってっとか我ながらマジありえねー」

 

 由香は語尾に草を生やさんばかりの醜い笑顔で、標的を俺へと変更した。

 

「てか比企谷なんかにアホだのバカだの言われちゃってんですけどあたし! マジ何様ってかんじー、ウケるわー」

 

 まずお前が何様だよとも思うが、なんかこいつはこいつでイラついているようで、笑顔ながらも眉間に皺が浮いている。

 早く歳食ってこの皺あとがくっきり残ればいいのに、なんて思いつつも、俺の出番はここまでなので、今度こそしっかりと貝になろう。

 

「あはは、そーいやさぁ、比企谷ってあたしらと同じクラスんとき、かおりに告ったりしたよねー! マジウケた! ねー、かおりー」

 

 おっと、こいつ同じクラスだったのか。全然知らなかったぜ。

 そして予想通りに俺を笑い者にするべく折本に同意を求めはじめた。

 

「そうそう! あんとき別に比企谷と全然仲とか良く無かったのにいきなり告られて超びびったんだよねー。超つまんないヤツくらいにしか思ってなかったからさぁ」

 

「ホントマジでキモいよねー! 確かこいつ、アニソンとか好きな女子に渡して全校放送で流されてオタ谷とか呼ばれてた時もあったしー」

 

「あー、あったあった! ウケる」

 

「そういうことあって比企谷超弄られてさ、女子の間で罰ゲームに比企谷に告るとか流行ったりしなかったっけー?」

 

「なにそれマジで!? あたしそれは知んないや。ウケる」

 

 どうやら先ほどの俺の発言を聞いて、折本もこの件に関しては由香と一緒に俺をネタにして笑ってもいいのだと判断したようだ。

 

 よし。なんとかいい流れになった。これでこの女に『かおりと比企谷が付き合ってるっぽい』みたいな下賤な噂を流される事もないだろう。

 

 

 ……正直、先ほどまでの心地良い空間からのこの落差はなかなかにキツいものがある。でもそれは俺が望んだ事だし、どうという事もない。

 

 早く帰りたいなー、あ、でもこれもう帰っちゃっても大丈夫じゃね? なんて思いながら他人事のようにぼーっと自分のネタを聞いていたのだが、俺はどうやら考えが甘かったらしい。

 

 ──折本かおりという女の子に対しての認識が……

 

「でも、さ」

 

 さんざん笑いに興じていたはずの折本の声が、その瞬間ひどく冷たくなった。

 

 何事かと、宙を漂わせていた視線を折本に向けると、こいつは先ほどまでと変わらぬ笑顔をたたえつつ、スッとソファー席から立ち上がる。

 ……いや、変わらない笑顔に見えるのは表面上だけなのだろう。なぜなら、その笑顔を向けられている由香の顔が強ばっているから。

 

「確かに超つまんないし超キモいし、ホント変な奴だけど」

 

 折本は由香に笑顔を向けたまま、つかつかと俺の方へと歩み寄ってくる。

 俺と由香が一変した折本の様子を固唾を飲んで見守っていると、こいつは俺の椅子の後ろへと回り込み、突然俺の首に両腕を回して、背中からふわりと優しく抱き締めた。

 

「……は?」

 

 椅子に座ったままの俺は、後ろから折本に抱き締められて身動きがとれない。

 折本は、女の子の柔らかい体と温かい体温、そして柑橘系の甘い香りに固まってしまった俺の頬と自身の頬を優しく合わせると、笑顔のままで挑発的な瞳を由香に向ける。

 

「でもね、今、コレはあたしのもんだから。コレは、あたしの男」

 

「……は?」

 

「……え、か、かおりなに言ってんの?」

 

 ホントお前なに言ってんの? 由香なんて奴よりも俺の方がよっぽど聞きたいわ。

 てか近い近い! いやいや近いもなにも、火照って熱くなったすべすべで柔らかい折本の頬っぺたが、俺の頬っぺたにぴったりとくっついてんだけど。

 

「だから言ってるじゃん。比企谷はあたしの大事な彼氏だって」

 

「おい待て折本、お前なに言っ」

 

「うっさい、比企谷は黙っててくんない? 今はあたしと由香が話してんの」

 

「……」

 

 とても静かな物言いのはずなのに、俺は折本のワケの分からない迫力にあっさりと黙らされてしまう。オレ、カコワルイ。

 

「ちょ、だって比企谷とはそんなんじゃないっつったじゃん……!」

 

「あー、それね。黙っとこうかと思ったんだよね。だって、由香とかに妙に騒がれるとめんどいし」

 

「は、はぁ? なにめんどいって! だ、大体コイツだってそんなんじゃないって言ってたじゃん」

 

「……だから言ってんじゃん。騒がれたらめんどいって。比企谷はさ、由香に騒がれてあたしがネタにされるのを気にして、あたしの為に自分だけがネタにされるように振る舞ってくれたのよ」

 

 な、こいつ……分かってたのかよ……だからさっき、目を丸くしてたのか……

 

「あたしは比企谷のそういうバカでどうしよもないトコが……ムカつくけど、でも結構好き。……ど? 比企谷って超優しいでしょ。あんたがバカに出来るようなつまんないヤツじゃない。……こう見えて、あたしにとって超格好良い彼氏なのよ、比企谷は」

 

「……お前」

 

 

 ──折本がなにを思ってこんな芝居をしているのかは、なんとなく分かる。

 しかしそれは、折本にとっては惨めな結果になるであろうアホな芝居。

 

 こいつ……バカかよ。

 

 そして、芝居だと分かっているのに、折本の言葉ひとつひとつにちょっとドキドキして頬を赤くしてしまっている俺も相当のアホだな。

 

 そして折本は言う。これが言いたかったのであろう、こんなセリフを。

 

 

「……だから、比企谷を笑っていいのはあたしだけだから。比企谷でウケていいのはあたしだけ。……だから比企谷の事なんてなんも知んない由香が、比企谷で勝手にウケないでくんない……?」

 

 そう吐き捨てる折本の顔にはすでに笑顔はない。

 ただ、由香に対する怒りを顕にしているだけ。……いや、果たしてこれは由香に対しての怒りだけなのだろうか。なぜならこの表情は、怒りだけではなく、どこか憂いも感じさせるから。

 

 一緒になった俺を笑っていたはずの折本からの突然の辛辣な反撃に、由香は顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。

 これはヒステリックになって大声で威嚇でもしてくるやつか? と警戒していると、意外にも由香がぼそりと口にしたのはたった一言だけ。

 

「……バッカじゃねー」

 

 そう言って踵を返した由香は、そそくさとサイゼをあとにした。

 どうやら、そこそこ注目を集めてしまっているこの現状を気にしたらしい。

 

 てかあいつ大晦日の夜に一人でサイゼに入り浸ってたのかよ、プークスクス。

 あ、今日はたまたま折本と居ただけで、普段の俺もサイゼはいつもお一人様でした!

 

「あー、スッキリしたぁっ」

 

 招かれざる客の背中を見送ると、折本は抱き締めていた俺をようやく解放し、んっ! と伸びをしながらソファー席へと戻っていく。

 抱き締められていた体温と感触が無くなっちゃったからといって、決して寂しくなんかない。だって、まだ柑橘系の残り香が俺の鼻腔を刺激したままなのだから。この香りが消えちゃうまではなんとか耐えられるぞ〜?

 なんだよやっぱちょっと寂しいんじゃん。

 

「……お前、なんてことすんだよ」

 

 席に戻り、ぬるくなっているであろうストレートティーをぐいと煽る折本に問い掛ける。

 てか結構俺ら目立っちゃってますけど、このままここに居座るつもりなのね。俺としては即刻立ち去りたいんですけど。さ、さすがやでぇ……

 

「ん? なにが?」

 

「いや、なにがじゃねぇだろ……」

 

「あ! もしかして比企谷、後ろから抱き締められちゃったこと意識して照れてんの? ウケる」

 

「……」

 

 こいつっ……

 マジでやめてよ! また意識しちゃうから! あぁ……顔熱いよぅ……!

 

「……んー、なんでかなー? なーんかイラっときて、ついやっちゃった」

 

 と、こっちは先ほどの折本のセリフに赤面して悶えているというのに、こいつは俺を悶えさせた軽口なんかとっとと流して、本題へと突入しちゃってる始末である。自由すぎウケる!

 

「……お前、あんな事しちゃって良かったのかよ……。だって多分あいつ……」

 

「ん? んー、だろうねー。たぶん明日には元ウチのクラスの友達に広まっちゃってんじゃない?」

 

 そこまで言うと、折本はイタズラめいた笑顔で俺を覗き込む。

 

「……あたしと比企谷が付き合ってるってさっ」

 

「ぐぅ……」

 

 このやろう……赤面したままの俺の顔をしっかりチェックしてからのコレだよ。マジでいい性格してんな……

 

「……だからいいのか? って言ってんだろうが。しかもさっきの由香とかいうヤツかなり性格悪そうだったから、言い触らし方もたぶん悪意こめまくんぞ」

 

 

 ──比企谷八幡の彼女。

 それはあの中学時代のクラスメイトからしたら、嘲笑の的でしかない、屈辱の肩書きとなるだろう。

 ましてやこいつはそのクラスの中心だった女の子。評判がガタ落ちなんてもんじゃない。

 

「折本のことだから、未だに当時の連中とも普通につるんでるんじゃねーの? そいつらとも付き合いづらくなるだろうし、それにお前らみたいなリア充が大好きな同窓会とかも顔出せなくなんだろ」

 

「なんでー? 別に今までと変わらずに付き合うし、同窓会だって普通に顔出すけど」

 

 ……まぁそうか。こいつが本当の事を仲のいい友達に伝えればいいだけだもんな。

 折本の人気と人望なら、それだけですべてが丸く収まるかもしれない。

 

「普通に会って普通に言えばいいだけじゃん。ひひっ、あたし比企谷と付き合ってるんだーって」

 

「いやなんでだよ……」

 

 

 こいつマジで自分の立場とか分かってんのかよ……

 半ば呆れた目を折本に向けると、なぜか折本は少し苦し気な笑顔を浮かべていた。

 

「……あたし、情けないよねー。……今ごろになって、ようやく理解できちゃった」

 

「……は? なんの話だよ」

 

「あの時なんで葉山くんが、あんな事してまであたし達を怒ったのかが、さ」

 

 ……折本からのまさかの切り返しに、俺は一瞬思考が停止してしまった。

 あの時……それはあのダブルデートの時に他ならない。なんでこいつは、いきなりあんな昔の話を持ち出してきたんだ……?

 

「葉山くんに怒られてから、あたしは何がいけなかったのかな? って、ずっと考えてた。あの葉山くんがあそこまでするくらいだから、今のままのあたしじゃ絶対にいけないんだろうなって思って、頑張って変えようとしてた」

 

「……」

 

「でもさぁ、……んー、やっぱ実は良く分かんなかったんだよね。何かがいけないってのは分かるんだけど、じゃあその何かってなに? 葉山くんにあそこまでの事をさせるくらい、あたしそんなにダメだった? って、ずっと悶々としてたんだ……」

 

 クリスマスに再会した時、確かに折本は何かに疑問を持ち、何かを変えようとしていた。

 でも、その間もそれからも、その何かってやつをずっと考えてたんだな。

 

「でもさ、さっき由香に目の前で比企谷が笑われてたの見てたら、なんでか無性に腹立ってきちゃって。……比企谷の事なんも知んないくせに、こいつなに言ってんの? って。……そしたら、あぁ、コレかぁって。そりゃ葉山くんも怒るよねーって。……ただ楽しいってだけで、良く知らない誰かを弄ってたら、その弄られてる人をちゃんと知ってる人は、そりゃムカつくよねって」

 

「……」

 

「クリスマスとかバレンタインでまた会う機会があったり、今日ここで下らない雑談で笑い合ったりして、少なくともあの時よりはあたしも比企谷の事を知ってるから、なんにも知らない由香が比企谷を笑ってんのがホントムカついちゃった。……なにがムカつくって、あの時の葉山くんには、あたしがこんな風に見えてたんだなってのが分かっちゃって、すっごい自己嫌悪しちゃったってトコ」

 

 ……そうか。さっき由香に向けていた怒りと憂いの瞳は、自分自身にも向けていたものだったのか……

 

 でもそれは違うぞ。お前は大きな勘違いをしている。

 確かにあの時の折本たちに対して葉山は怒ったかもしれない。俺にとっては余計なお節介以外のなにものでもないが。

 

 でもな、それでもだ。それでも断言出来る。あの時の折本とさっきの由香じゃ全然違う。

 だから俺は、未だ眉間に皺を寄せて困ったように笑う折本にこう言ってやるのだ。

 

「アホか、折本とアレじゃ全然ちげーよ」

 

「え……」

 

「アレのは悪意に満ち溢れてた汚ねー笑顔だったが、折本のは全然違った……お前のは悪意とかは一切無くて、ただデリカシーに欠如してる無神経なバカ女の間抜けな笑顔だったろ」

 

「いやいや酷くない!? フォローかと思ったら超ディスられてんだけど!」

 

 あれ? フォローしてるつもりだったんだけどなー。

 どうしてこうなった。

 

「……と、とにかく、だ。由香ってのとお前とじゃ全然ちげーから。全然別物だから。俺の目からももちろん、葉山の目からも確実にああは見えてなかった。……なんつーか、お前のは……いま思えば全然不快ではない。だからまぁ……気にすんな」

 

 ……うん。なんかこっ恥ずかしい。俺が他人のフォローするとかキャラ違いすぎんだろ。まぁ折本曰く、フォローにはなってないみたいだけれど。

 

「……ぷっ」

 

 すると、あれほど困ったような笑顔をしていた折本が突然噴き出した。

 ……なんだよ、そんなに俺のフォローが滑稽だったのかよ。

 

「くくく……っ………ぶっ……あ、あはは! な、なにそれマジでフォローだったの!? ひ、比企谷っ……フォローとか……へ、下手くそ過ぎ! あはははは!」

 

 どうやら本気で滑稽だったらしいです(白目)

 

 ……仕方ねぇだろ、こっちは他人をフォローする人生なんて送ってきてねーんだよ……なんなら自分のフォローもままならないまである。

 

「っふ〜……っふ〜……」

 

 折本はしばらく腹を抱えて笑い続けていたのだが、ようやく満足したのかゆっくりと息を整え始めると、目の端に浮かんだ涙を拭いつつ笑顔を向けてきた。

 それは、いつもの元気な笑顔でもイタズラな笑顔でも、ましてや困ったような悲しげな笑顔でもない、とても優しく暖かな笑顔。

 

「……ホント比企谷って、超捻くれてるし超バカだし超変なヤツだけど……でも、意外と優しくていいヤツだよね。…………さっきは由香を撃退する為にあんなこと言ったけどさ、……あたし比企谷のそーゆーとこ、へへー、結構好きかもっ……!」

 

「なっ……!?」

 

 だ、だからそういう事を素敵な笑顔で簡単に言うのをやめなさいな。これだからリア充ってのはぼっちの手には負えないんだよ……

 

 ……でもま、笑い過ぎて出てきてしまった涙を拭いつつ、ほんのりと頬を染めてそう言ってくれる折本に、「くだらねーこと言ってんじゃねぇよ」なんて、否定の言葉を投げ付けるのも無粋ってもんだ。

 無理に必死で否定しても、たぶん「くくくくだらねーこと言ってんじゃねぇりょ!」とかになって、こいつ照れてんじゃねーの? と勘ぐられるだけだし。

 

 だから俺は、決して折本の目を見ないようにそっぽを向いて、頭をがしがし掻きつつ冷静にこう対処するのだった。

 

 

「……さいですか」

 

「ぶっ! 超照れてんのウケる」

 

 バレバレじゃねぇか。

 

 

× × ×

 

 

 街に響き始める除夜の鐘。

 結局あのあとも雑談したり追加のおつまみ片手にドリンクバーで乾杯したりと、何だかんだでまったりと心地の良い時間を長いこと過ごしてしまい、いつの間にやらあと一時間ほどで本年も終わりを迎えるようだ。

 

 

 ──てかマジかよ、折本との時間を楽しみすぎだろ俺。

 折本も折本でこんな時間だって気付けよ。なんなの? そんなに俺と話してんのが楽しいのん?

 

「え、ちょ、ちょっと比企谷! いま遠くで除夜の鐘とか聞こえなかった!?」

 

「……お、おう」

 

 なんだよ折本も本気で時間忘れてたのね。

 

「やっば! サイゼで年越しとかさすがに無いでしょ」

 

 いやいや折本さん。あれだけ騒いだりドリンクバーで何時間もだらだらさせてくれたサイゼさんに、なんて失礼なことを言うのかしら。

 てかホントすみません、サイゼの店員さん。

 

「大丈夫だ。除夜の鐘ってのは百八回突くのは知ってるだろ?」

 

「うん、あれでしょ? 煩悩の数とかだっけ?」

 

「そうだ。でな、その百八回のうち、年越し前に突くのが百七回。年を越してから突くのが一回と言われている。つまりさっき聞こえたのが仮に除夜の鐘の一発目だとしても、まだ年を越すまでには百六発の猶予があるというわけだ」

 

「へー、てかなにそのどうでもいい雑学、ウケるんですけど」

 

 ばっか、お釈迦様に謝れお前。

 

「ふーん、じゃあまだ年越さないんだ」

 

「てか時計見りゃいいだろ……」

 

 

 さて、意外と楽しんでしまったこの時間ももうじき終わる。

 折本だって、年越しの瞬間は家族なり友達なり、大切な人と過ごしたいだろう。

 

 俺も早く帰って大切な小町と過ごそう! まぁ小町は友達と旅行に行っちゃってて居ないんですけど(涙目)

 

「あ! じゃあさ」

 

 小町にとってお兄ちゃんは大切な人じゃないのかな? なんて人知れず涙を流していると、折本がなにかを思いついたようだ。

 

「どうした」

 

「このあとさ、浅間神社に初詣行かない? 移動してる間に年越ししちゃうだろうし!」

 

 

 え、なに? 俺と折本が一緒に年越しちゃうの?

 

「え、やだけど」

 

「えー、なんでー? いーじゃーん! ほら、合格祈願のお祈りも兼ねてさぁ」

 

「だって早く帰りたいし」

 

「今更!? もうここまで来たら早く帰りたいとかどうでもよくない!?」

 

 ……いや、まぁ確かに今更っちゃ今更だよね。年越し寸前まで何時間も二人きりでまったり過ごしてたのに、今更早く帰りたいもあったものではない。

 でもなぁ……なんか照れくさくない?

 

「……だってあれでしょ? リア充って年跨ぐときジャンプとかしたりすんでしょ?」

 

「いやいや別にそんなのしないから。今までしたこと無い…………あー、いや、そういえば去年千佳と飛んだっけ」

 

 やっぱ飛ぶんじゃねーか。

 

「ま、まぁ別に今年は飛ばなくたっていいって。電車の中とかで年越しかも知んないし」

 

「おう……」

 

 にしても……なぁ。飛ばないにしても、やっぱりどうにも照れくさいものがある。

 年越しを家族以外と過ごすのは初めてだから、どんな顔して新年の挨拶すりゃいいのか分かんねーんだよ……

 

「よし、んじゃサイゼ出よーぜー! いつまでもここに居たら、マジでサイゼ年越しとかしちゃうって」

 

 いいじゃないですかサイゼ年越し。暖かい店内でドリンクを傾けながら迎える新年。あると思います。

 

「……なぁ、新年迎えるんなら、やっぱお前も家族とか大事な人と過ごした方がいいんじゃねーの?」

 

「ん? まーそーだよねー。だったらアレじゃん? 比企谷でよくない?」

 

「は? なんで?」

 

「だって比企谷あたしの大事な彼氏だし」

 

「ブッ!」

 

 なんなのん? まだそのネタ引っ張るのん?

 

「……なぁ、そのネタはもう終わったろ」

 

「へ? 終わってないけど? だってあたしと比企谷がカレカノなのは、あたしらの元クラスのメンバーの共通認識になるわけだし。だったらホントに付き合っちゃえばよくない?」

 

 え、なにこの軽いノリ。男女交際ってこんなに軽いノリで始めちゃってもいいの?

 

「だからそこはそいつらにホントのこと言って否定しろよ……」

 

「やー、めんどいし別にこのままでいいかなー? って」

 

 いいかなー? って、じゃねーよ……そんなわけ行くか……

 

「えっと……比企谷は、さ……」

 

 あまりの軽いノリに愕然としていると、不意に折本はもじもじと髪をいじりはじめ、上目遣いで語り掛けてきた。

 

 

「お、おう」

 

「やっぱあの二人のどっちか……もしくは一色ちゃんとかと付き合ってたりすんの……?」

 

「……んなわけねぇだろ」

 

「だ、だよねー? じゃ、じゃあいいじゃん……! せっかくこういう流れになっちゃったんだし、とりあえず試しに付き合ってみればよくない?」

 

 だからとりあえずとか試しとか……交際って、そんなもんじゃねぇだろ。交際した事ないから知らんけど。

 

「ア、アホか。お試しセールじゃねーんだよ……だ、だいたいお前はそんなんでいいのかよ……」

 

 やだ! 俺ちょっと心が揺らいじゃってんですけど!

 

「あ、あー、ごめん……じゃあ試しってのは無しで……。えっとさ、前にあたし比企谷に言ったじゃん? 比企谷と付き合うのは無理だけど、友達としてならありかなって」

 

「……おう」

 

「でもあれはあくまでも一年前の感想でさ、その……今なら、彼氏でも結構アリかなーって思ってんだよね。……だ、だってさ、ほんの数時間だったけど、ここでの時間とか超楽しかったし、超居心地良かったし……! それに、由香んときとかそのあとの捻くれたフォローとか……結構、か、格好良いなとか思ったし? ……あ、あはは、なんか超はずいね、こういうのって、ヤバいウケる」

 

 

 ……どうしよう、なんかすげー可愛いんだけど。

 普段とのギャップがありすぎて、桜色に染まった頬を人差し指でかりこり掻いてる折本がマジ可愛い。

 これ……ギャップ萌えの極致だろ……

 

「だから……あたしとしては、試しとかとりあえずとか無しに、比企谷だったら付き合ってもいいかなー? って思ったりとか……? なんだけどぉ…………、ど?」

 

 ど? じゃねぇよ。結局軽いのかよ。

 アホか、こんなのにハイそうですかなんて答えるとか思ってんの?

 

 

「…………ほ、保留でよろしいでしょうか」

 

「ウケる」

 

 保留してもらっちゃうのかよ。そしてウケちゃうのかよ。

 なんにせよ俺意志弱すぎだろ。

 

 だってなんかすげー可愛いし、さっきまでの時間がすげー心地よかったし、…………そして何よりも、由香と対峙していた折本に、俺に抱きついて挑発的な目であの女を撃退した折本に、本当は不覚にもドキリとさせられてしまっていたから。

 

 

 

 しかし……これは酷い。いまだかつて、こんな酷い告白劇があっただろうか。いや無い(反語)

 

 

× × ×

 

 

 そんなこんなで、なんとも微妙な空気がゆっくりと、でも確実に流れていき、ついに、ついにその時が来てしまった……

 

 

「……あ、年越してんだけど」

 

「」

 

 

 なんだこれ? 結局サイゼ年越ししちゃったよ。しかも変な感じのまま。

 

「えーっと……な、なんかごめん。超変な年越しになっちゃったねー……いやー、これはさすがに無いわ」

 

 残念ながら新年一発目のそれあるはまだらしい。

 

「いや、まぁ……俺も悪いっちゃ悪いし、な」

 

「てか比企谷が人の告白に即答で保留とか要求してくるから変な空気になったんですけど」

 

 ごもっともです。悪いっちゃ悪いもなにも、俺が全ての原因でした。さーせん。

 

「……ぷっ、まぁこんくらいの比企谷らしいかー、ウケる」

 

 お! ウケる初めいただきました。

 年を越した瞬間から、なにをするにも〜〜初めって付ける風潮ってどうなの?

 ちなみに八幡はまだお子様だから、姫初めって一体ナニを始めるのかは知りません。

 

「……うっせ。まぁ否定はせんが」

 

「ねー。なんか超比企谷」

 

 なんだよ超比企谷って。一瞬だけ強そうなのに実は超弱そう。

 

 

「へへー、んじゃまぁそういう事でぇ……」

 

 すると折本はんんっ! とわざとらしく咳払いをして、髪を撫でたり服を撫でたりと居住まいを正す。

 あ、これアレだわ。なんか妙に照れ臭いヤツが来る前触れだわ。

 

 そしてやはりその妙に照れ臭いヤツがやってきた。

 俺はそれをどんな顔をして迎え入れればいいか分からず、なんとも変な顔をしてもじもじと聞くのだった。

 

「新年あけましておめでとうございます! 今年も……ってか去年はバレンタインイベントと大晦日しか会ってないから、全然よろしくしてもらってないよね。じゃ、今年“からは”、末長くよろしくお願いしますっ」

 

「……こ、今年も、まー、なんだその、よ、よろしく……ってか、末長くってなんだよ」

 

「それはあれよ。保留されてる答えを期待してるからね? っていう、あらわれ? 期待通りの答えなら、末長くなりそーじゃん?」

 

「……さいですか」

 

「そそ! さいさい! さいだからねー」

 

 

 

 

 

 ──行く年来る年。

 行く年もあれば来る年もある。

 俺にとってのこの年末年始は、行く年に対して、来たのは自由の化身折本かおりだった。

 行く年来る折本。行く年来るかおり。行く年来るおり。うん、なんかどれも微妙だわ。

 

 

 ぶっちゃけこいつからのふざけた告白に保留を要求してしまったのは、もしかしたら一時の気の迷いなのかも知れない。

 

 年末の熱にやられたから? 折本のギャップ萌えにやられたから? 折本の勢いに押されてたじたじだったから?

 

 だから折本には悪いが、しばらくは答えを返せそうにもないのだけれど、

 

 

「ほら比企谷! 年明けちゃったんだから、とっとと初詣行くよー! 合格祈願ぷらす、二人の未来祈願に! 未来祈願とかなにそれちょっと格好良くない? ウケる」

 

 

 ……なんにせよこの新たな年、新たな折本は、今までの俺の人生の中でも、特に騒がしい一年になりそうだ。

 

 

 

 

終わり

 





今年も一年間、本当にありがとうございました☆
今年は私にとっては折本かおりの年だったので、最後は折本で締めさせていただきました♪

ホントはタイトル的にいろはすSSにして『ゆく年くるはす』にしたかったんですけどね笑


ではでは皆様、よいお年を〜!


&、この短編集に関しては次回の予定が今のところ全く無いので、今作の後書きを持って新年の挨拶とかえさせていただきますね。



けぷこんけぷこん!

新年、あけましておめでとうございますっ!
本年も適当にまったりとなんとなーく頑張る所存でありますので、もしよろしければ今年もまたお付き合いくださいませ(*> U <*)ノシノシ




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フェスティバルは、パーティータイムでカーニバる 【前編】




注)このお話はオリヒロモノとなりますので、そういうのがお嫌いな方は回れ右でお願いいたしますm(__)m





 

 

 

 それは、穏やかな初秋の昼下がり、心地のよい海風を頬で楽しみながら、今日も今日とてベストプレイスでの優雅な昼食を楽しんでいた時だった。

 

「比企谷せーんぱい! こんにちはでっす!」

 

 そんな、最近ではそこそこ聞きなれた可愛らしくも元気な声で、俺の唯一の癒しの時間は破られたのである。

 

「……おう」

 

「うっわ、相変わらずテンションひっく」

 

「そりゃそうだろ。お前が来ると俺の貴重なプライベートタイムが削れるからな」

 

 ちなみに数ヶ月前までなら「戸塚を愛でる時間が減るだろうが!」と文句のひとつも言えたのだが、残念ながら戸塚は一学期終了と共にテニス部を引退してしまったのだ。

 俺の生きる糧がひとつ消失してしまった無慈悲な事件である。

 

「ぷっぷ〜っ! 先輩なんて教室でも常にプライベートタイム楽しんでるじゃないですかー。あはは! 今のはなかなか笑えましたよ! ……フッ、なかなか腕を上げたじゃないかね、比企谷君」

 

「ばっかお前、確かに教室でも常にプライベートタイムではあるが、肩身が狭い教室内ではクラスメイトに気を遣いすぎて楽しめねーんだよ」

 

「……いやいや、そこは「おい、誰がクラスメイト達とクラス内別居してんだよ」とかって突っ込むトコじゃないですかねー……なんで普通にプライベートタイムなトコは肯定しちゃってんですか……」

 

「その突っ込みはおかしいよね? ドン引きですーみたいに言ってるけど、どっちかっつーと俺がドン引きだからね?」

 

「にひっ」

 

 ……ったく、にひっじゃねーよ。やっぱお前が来ちゃうと、俺の優雅なひとときが騒がしくなっちまうわ。

 

 

 ──この天真爛漫な笑顔で微笑む騒がしい人物。こいつは、ひとつ下の二年生であり、俺の数少ない可愛い後輩のひとり、家堀香織。

 元々は俺の唯一の後輩の友達……という位置付けだったのだが、いつのまにやらこうして俺の可愛い後輩のひとりというポジションに収まった変なヤツだ。

 

 

 家堀は一色グループのひとりという事もあり、ルックスは美少女という括りに入れてしまっても特に問題がないくらい、どこからどう見ても完全にリア充丸出し。

 先ほどの、白い歯を見せての「にひっ」という笑いからも分かるように、とにかく元気一杯なヤツである。

 

 クセっ毛なのか茶髪の外ハネショートボブが更にその快活さを引き立たせていて、ルックスから明るい性格から、どことなく中学時代のクラスメイト 折本かおりを思わせる女の子だ。

 まぁ折本は黒髪だしクセっ毛ではなくパーマだけど。

 

 そんな、たまたま関わりを持ってしまった一色の友達という肩書きがなければ、キングオブぼっちと呼ばれる俺とはおおよそ関わりを持つような人種では無いカースト上位者な後輩家堀ではあるが、なぜかこいつは俺によく絡んでくる。

 有体に言うと、懐かれてしまっているといっても過言ではないのかもしれない。

 

 俺みたいな日陰者に、こんな太陽のような笑顔をした後輩が懐くってどういう事だってばよ? とは思うのだが、その一見謎に満ちていそうな答えは意外にも目の前にあったりする。

 

「なんだよ、今日もアレの話か?」

 

「へへー、まぁいいじゃないですか! 遂に魔法使いも終わりですもん。んでんでー、」

 

「ったく、たぶん人は通んねぇとは思うが、程々にしとけよ」

 

「かしこまっ☆」

 

「……」

 

 とまぁこういうわけだ。

 端的に言うと、見た目やら雰囲気やらに反してこいつはオタクなのだ。それも潜むタイプの。

 それでいて口癖が「私オタクとかじゃないんで」だから始末に負えない。

 

 もっとも本人は潜めているつもりらしいが、一色曰く……

 

『あ、バレてないつもりらしいですけど、香織の趣味の事は少なくともクラスではみんな知ってますよー』

 

 との事。

 つまりこいつはリア充はリア充でもただのリア充ではなく、オタクはオタクでもただのオタクではない。

 残念な事に、とても残念なヤツなのだ。

 

 そんな、自称オタクではない隠れオタクな残念リア充だからこそ、普段友達には吐き出せない、誰とも語り合えない趣味の話を楽しみたいが為に、俺のような日陰者のぼっちに懐いてくるというわけだ。

 常ならば他人の言葉の裏ばかり読んでしまう俺がこうして気を許してしまっているのも、そんな一切裏の感じられない純粋な残念趣味への想いによるところが大きいのだと思う。

 

「ホントあれですよねっ! いやー、まさかあそこで──」

 

 プリティでキュアっキュアな話に花を咲かせたり、はたまた先日俺に貸してくれたオススメ漫画の感想を求めてきたりしている、心底楽しそうな家堀の残念トークに耳を傾けながらも、そういやなんかこんなの久しぶりだなー、なんて感じてしまい、ふとそんな思いを口にしてみた。

 

 ……にしても、今日の家堀はいつにも増して元気だな。

 

「そういやアレだよな。家堀がここ来たのって、まぁまぁ久しぶりだよな」

 

 家堀は進級してからというもの、二・三日に一度くらいのペース……まぁ週に二回ほどの割合でこの場所に赴いては、こうして趣味トークを満喫するようになっていた。

 そんな家堀の来訪を、俺は毎回うんざりした顔をしながらも、何だかんだと楽し……悪くないなんて思っていたのだが、二学期に入ってちょっとしたくらいから、家堀はあまりこの場所に顔を出さなくなっていたのだ。

 べ、別に寂しかったとか、そういうんじゃないんだからね!

 

「あれあれー? もしかして寂しかったんですかぁ?」

 

 こいつっ……ニヤリと悪戯な微笑で覗き込んでくるこの姿は、やはり小悪魔一色の友達だな。

 

「だからそういうんじゃないと言ってるだろうが」

 

「? 初耳ですけども?」

 

 おっといかん。家堀の可愛らしい煽りに軽くテンパっちゃって、思わず脳内のセリフと混同しちゃったぜ。

 

「……なんでもねーよ。そういや一色も最近あんま見掛けないけど、あいつも元気にやってんのか? たぶん今ってすげぇ忙しいんだろうけど」

 

「ですねー、いろはは今超忙しそうに走り回ってますよ。受験生の比企谷先輩には絶対迷惑掛けたくないし頼りたくないって張り切ってますからね」

 

「……そうか」

 

 そうなのだ。あいつは最近奉仕部に入り浸るのを控えてあちこち走り回っている。

 生徒会として今が一番忙しい時期だから、てっきりまた俺達を頼る(利用する)のかとばかり思っていたのだが、先ほど家堀が言っていたように、今回ばかりは自分達だけで成し遂げると頑張っている。

 あいつも成長したもんだなぁ、とホロリとしていると、

 

「フフフ、でもそのぶん受験が終わったら馬車馬のようにこき使ってやる! って息巻いてますけどねっ」

 

 ……感動返していろはす!

 

「あ、ちなみに私も忙しかったからあんまここに来られなかったんですよねー。そりゃいろはとは比べものにはなりませんけど、でもその忙しかった理由にはいろはも含まれるんですよ」

 

「ほーん?」

 

 はて、家堀が一色と一緒になって忙しかったとな?

 

「てか、やっぱり比企谷先輩いろはから聞いてないんですね。そんなに伝えんの恥ずかしかったのかなぁ……ま、まぁ? こうして私の口から先輩にお伝え出来るのは、ラッキーっちゃ……ラッキーなんですけどもぉ……」

 

 と、最後の方はかなり聞き取りづらいくらいに尻窄み気味でもじもじする家堀。

 ん? 恥ずかしい? どしたのん?

 

 すると家堀はけぷこんけぷこんおこぽーん! と激しく咳払いをしながらしゅたっと立ち上がる。

 その頬っぺたはほんのり桜色。

 

「えと……ですね……んん!」

 

 そして家堀はおもむろに俺の前に立つと、はにかんだ笑顔を恥ずかしげに向けて、こんなとんでもない発表をするのだった。

 

「実はっ! 来たる今週の文化祭の有志ステージで、私達グループは大トリで歌って踊る事となりましたっ……! これシークレットライブで、当日大々的に発表するんですよ。しかも! 私センターですよセンター! う、うひぃ……な、なんかハズいっ……」

 

「……マジ?」

 

 

× × ×

 

 

 家堀からの思いがけない発表に一瞬固まったものの、まぁ良く良く考えたら、こいつらが有志でトリを務めるのはなんら不思議ではない。

 なにせ去年のトリは、当時二年だった学内カーストトップの三浦・葉山グループが務める予定だったし(さらなる大物グループに全部持ってかれちゃったけど)、雪ノ下や三浦、葉山が卒業したあとは、生徒会長で有名人の一色率いるこいつらのグループが学内カーストでトップになる事はまず確定的といえる。

 だから文化祭のトリを飾るこのステージは、去年の雪ノ下・三浦・葉山からの世代交代という形で考えたらむしろ妥当だ。

 

 ただちょっと意外なのがセンターが家堀だというところだろうか。そういうのって一色の役回りなイメージなんだよなぁ。

 あと歌って踊るって、お前らなにすんだよ……

 

「あ、その顔は家堀がセンターなんて意外だなとか思ってます?」

 

 え、俺の顔ってそんなにすぐ出ちゃうのん?

 

「ん、まぁな」

 

「うん、ですよねー。てか私ももちろんいろはをセンターにする気まんまんだったんですけどね。なんかいろはのヤツに「センターやるくらいならこの話は無かったことに!」って全力で断られちゃいまして」

 

 なんでかなー……? と、家堀は心底不思議そうに首をかしげる。

 マラソン大会なんかで、わざわざヒーローインタビューの舞台とか整えちゃうような派手で目立ちたがりの一色だからな。そう思うのも無理はない。

 

 まぁ一色は今一番忙しい身だもんな。

 二年生生徒会長として、中心となって文化祭を引っ張らなきゃなんないし、そのあとに控える生徒会役員選挙と体育祭と修学旅行の準備だってあるし。

 その上そのステージとやらに立つための練習だってしなきゃなんないんだから、そりゃ一番忙しくて目立たなきゃならないセンターなんてお断わりだろう。

 

「じゃあ襟沢にやらせようかと思ったんですけど、……あいつにMCまわさせるとかちょっと……という話に落ち着いちゃいまして」

 

「……あー」

 

 確かにあのポンコツ三浦モドキにMCとかやらせたくはないだろうなー……

 

「それに襟沢には衣装担当も任せちゃいましたし、負担考えるとセンターは無いかなぁ、と」

 

「え、あのポンコツに衣装とか用意させんの?」

 

「あ、襟沢って、ああ見えて生意気にも女子力たっかいんですよ! 料理も上手いし裁縫も得意なんで」

 

 そりゃまた意外だ……

 でもそういやあいつ、昔少女漫画読んでわんわん泣いてたっけ。

 実はこいつらのグループ内では、一番女の子女の子してるのかもしんない。あんなんでも。

 

「んで、紗弥加と智子はセンターとかマジ勘弁! 絶対に嫌ぁ! と、頑として譲らなかったんで、なし崩し的に私がセンターになっちゃったんですよねー」

 

 なるほどな。確かに笠屋と大友は前に出たがるタイプではないな。一色同様、そこまで必死に拒否しなくてもいいとは思うが。

 そこ行くと家堀とか舞台度胸とかありそうだし、何だかんだ言って一色の次くらいにセンター向いてるかもな。

 

「だからここんとこ、毎日歌の練習したりダンスの練習したり、それでさらに忙しくなっちゃういろはの手伝いしたりで、私も結構忙しかったんです」

 

「そうなのか」

 

 そりゃこんなとこで暇人ぼっちとオタク話なんかしてる暇ないわな。

 でも今日ここに顔を出せたって事は、それなりに余裕が生まれたってことなのだろうか。

 

「んで、調子はどうなんだ?」

 

 そう訊ねると、一瞬……ほんの一瞬だけ表情を固まらせたのだが、すぐに満面の笑顔を見せて、そこそこありそうな胸をドンッと張った。

 

「へっへー! まださすがにバッチリとはいきませんが、なかなかのもんですよー? もうちょいで完璧に仕上がるはずです」

 

「? そうか……ま、頑張れよ」

 

「はいっ!」

 

 

 

 元気に頷いた家堀ではあるが、なぜかその表情はいささか強ばっているようにも見える。

 ついさっき一瞬固まった表情といい、なんか問題でも抱えてんのかな。こいつはいつも元気だけど、なんか今日はいつもより妙にテンション高かったし。ともすれば、若干空元気に見えるくらいに。

 そんな俺の様子に気付いたのか、家堀はたははーと苦笑を浮かべて、ちろっと舌を出した。

 

「……あ、やっぱばれちゃいました? ……まぁぶっちゃけ、こう見えて今から結構緊張してたりするんですよね。私、いろはと違ってあんま人前に立ったこととか無いですし、それなのに大勢の前で歌ったり踊ったりするとか……ねぇ……? しかもさらにセンターになっちゃうなんて……。なんか、こうして本番が近付けば近付くほど、妙にそわそわしちゃいましてっ……あはは、まいったなー」

 

 そう、だよな……こいつは舞台度胸がありそうだなんて無責任に考えていたけれど、そんなのはいつも元気に笑うこいつを見てる俺の勝手な印象にすぎない。

 そりゃあの舞台の中心に立つのなんて不安に決まってる。去年急きょ舞台に立つことになった雪ノ下と由比ヶ浜。望まぬ生徒会長という役職に就いた事により、舞台に立たざるを得なくなった一色。

 俺の周りにはそれを容易く行えてしまえる人間が多くて麻痺してしまいがちだが、普通の高校生にとって、壇上に立って話をするってだけで、それは尋常でない緊張を伴う非日常なのだ。

 それに加えて歌って踊るというのだから、その不安と緊張は計り知れない。

 そう。家堀は、なんてことない普通の女子高生なんだよな。

 

 もしかしたらだが、そんな忙しい合間を縫って今日ここへ来たのも、俺とこうして下らないオタ話をする事で、そんな非日常の不安に日常という安心のベールを覆い被せて、少しでも心を落ち着けたかったのかもしれない。

 

 こういう場合、どう声を掛ければいいのだろう。

 お前なら大丈夫だ、なんて……そんな無責任な事、言ってはいけない気がする。

 

 

 これはどーすっかなぁ、と思考をあちこち巡らせていたのだが、やはり家堀は俺が思っているよりもずっと強い女の子なのかもしれない。

 未だ不安な様子ではあるけれど、それでもこいつは「でも……」と言葉を紡ぐ。

 

「……友達と文化祭とかのステージに立って、一緒に歌って踊るのって、実は私の夢だったんですよね。……確かに不安だしめっちゃ緊張してるんですけど、……でも、ついに私の夢が叶うんですもん……! へへー、がんばんなきゃなって!」

 

 むん! と、不安を吹き飛ばすように気合いを入れ直し、無理矢理いつもの元気な笑顔でひひっと白い歯を見せる家堀は、俺の目にはとても眩しかった。

 

 うん、やっぱお前はそんじょそこらの普通の女子高生ではないのかもな。お前は、そこら辺の連中よりもずっと輝いてるわ。

 だから俺も、家堀を慰めようとか元気づけようなどと偉そうな事を考えるのはやめだ。普段と変わらぬ俺で、普段と変わらぬお前と普通に接しよう。

 

「夢、ねぇ。お前アイドルモノアニメとか大好きだもんな」

 

 茶化すようにそう言った俺は、さらに意地悪くからかう。

 

「……まさかお前、プリパラとかアイカツとか歌うんじゃねーだろうな」

 

 からかうようにそう言ったのだが、意外と冗談では済まされないかもしんない。

 なんかこいつって、アイドルモノアニメのライブシーンで振り付け練習とか本気でやってそうだし……

 

「いやいやいや、いくらなんでも私をバカにしすぎじゃないですか!? 私オタクとかじゃ無いですし、さすがに高校の文化祭で幼女先輩向けアニメの歌を披露するわけないじゃないですか!」

 

 幼女先輩向けアニメを好き好んで観たり歌ったりしてる時点で、十分オタクだからね?

 

「歌うのは、国民的アイドルがCMで歌っちゃうくらいメジャーなグループの歌だから問題ナッシブルですぅ! ほんっと先輩ってマジ私のこと誤解してますよね! ったく!」

 

 あまり誤解はしてないとは思うのだが、いくらなんでもオタバレを警戒してる家堀が、文化祭ステージでソッチ系の歌を歌うわけねーな。ま、そもそも冗談のつもりで言ったんだけどね。

 

「そいつは悪かったな」

 

「ホントですよーもう!」

 

 ぷりぷりと怒りながらも、ようやくいつも通り無理の無い自然な笑顔に戻っていく家堀を、苦笑いで眺めつつ思う。

 

 お前なら大丈夫だ、なんて無責任な事は決して口にはしないけれど、でも心の中だけではいくらでも言ってやるよ。お前なら大丈夫だってな。

 だって、それは紛うことなき心からの本心なのだから。

 

 

× × ×

 

 

『まったく! 文化は最高だぜぇぇ!』

 

『『『うおおおぉぉぉ!』』』

 

『勉強なんてくだらねぇぜ! ──』

 

『『『──俺たちの鼓動を聴けぇぇ!』』』

 

 

 一色と全校生徒の、こんな怪しげなコール&レスポンスで幕を開けた今年の文化祭も、今日で二日目最終日。

 

 てか今年のスローガン『勉強なんてくだらねぇぜ! 俺たちの鼓動を聴け!』ってどうなのん? 去年めぐり先輩の「お前ら、文化してるかー!?」の掛け声と共に始まった『千葉の名物、踊りと祭り! 同じ阿呆なら踊らにゃシンガッソー!』もよっぽどだと思っていたが、今年のはさらに輪をかけて酷い……

 最初の掛け声にしてもスローガンにしても、これ絶対発案者家堀だろ。一色の手伝いしてたとか言ってたし。

 ネタ元も知らずにこんなセリフを叫ばされている一色と全校生徒に涙を禁じ得ません……

 

 

 

 そして二日目の今日、クラスの出し物での自身の役目を完全に終えた俺は、特別棟の屋上を目指すべく、ひとり教室をあとにする。

 

 「せんぱい、絶対に、ぜぇぇったいに文実にはならないでくださいね!」との一色からのお達しにより、今年は文実入りを合法的に免れる事となった。

 あとあと家堀から聞いた話によると、どうも俺が文実に居ると確実に頼ってしまうであろう一色が、自制の為にも俺を文実にはしたくなかったのだそうだ。そのため今年はクラスの出し物に専念する事が出来た。

 クラス出展(執事喫茶)の内装作りをひっそりと影のようにこなし、当日は「プラカードを持って適当にずっと校内うろついててー」という大役を仰せ付かった比企谷八幡ですがなにか?

 

 

 

 ちなみに、一日目のクラスでの大役を終えたあとエラい目(雪ノ下、由比ヶ浜、一色の三人に校内の出展見学に連れ回され、校内中の視線にライフをごっそり持ってかれました(白目)!)に遭ったので、二日目の今日は家堀達のステージの時間まで、ひっそりと屋上で過ごす予定である。

 

 

 

 

 ──だがしかし……そんな俺の目論見は脆くも崩れ去る事となる。

 

「あ! 比企谷先輩発見! 先輩先輩、ふ、ふたりで文化祭回りませんかっ?」

 

 教室を出る寸前に、こんな元気な声を掛けられてしまったから。

 

「……おい、お前このあと有志ステージがあんだろ……こんなとこでなにやってんだ」

 

「や、やー……ステージまでまだ時間あったんで適当にぶらついてたら、た、たまたま……た、ま、た、ま! 比企谷先輩をお見かけしてしまったので、……え、えへっ」

 

 そう言ってブレザーの袖をちょこんと摘み、一瞬で俺の退路を断つ家堀。

 

 やめてぇ! うちのクラスの入り口で、顔赤くしてもじもじと俺の制服掴まないでぇ!

 俺ただでさえ昨日の事でクラスメイト達から奇異の目で見られてるんだからッ!

 

「よ、よおっし、そんじゃ行っきましょー!」

 

「お、おい離せ……誰も行くとは言ってねぇだろうが」

 

「フフフ、拒否権なんてあるわけないじゃないですか。出番までのいい時間潰しになってもらいますよー?」

 

「……はぁぁ……つか引っ張んな」

 

「にしし」

 

 

 

 家堀の有志ステージが始まるまでの短い時間ではあるものの、こうして、俺と家堀の文化祭デー……巡りが始まるのだった……

 

 

 

続く

 




恋物語集今年一発目(もう1月も終わりだというのに…)は、なんとなんと初の八幡視点からの香織でした!


*他の作者さん・八幡視点でオリジナルヒロインを書く→普通

*この作者・八幡視点でオリジナルヒロインを書く→異常


というわけで、これは私なりにはかなりの変化球なのではないでしょうか笑
ちなみに香織SSはサブタイに『ラノベ』を入れるのが通例だったのですが、今回は香織視点じゃないのでその縛りは回避しました。
時系列的には香織√のシーデート→クリスマスデートの間の出来事ですねー。


それにしてもアホな脳内がウリの香織なのに香織視点にしないとか、これって香織らしさは出てるんでしょうかね……(・ω・;)?
誰得……?
香織の夢(みんなでステージに立つッ)を叶える為には、香織じゃなくて八幡視点の方が都合良かったので汗


今回は本気で1話で済ませる予定だったのですが、ちょっと忙しくてなかなか執筆出来なかったので分けちゃいました!
なので前編後編の二話で終わるぜ詐欺とか無いですからね(*^_ ’)


遅くとも来月中には後編投下しますんで、また次回もヨロシクですノシ


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フェスティバルは、パーティータイムでカーニバる 【中編】


来月中どころか、今月中に“中編”を上げてしまった件('・ω・`)



あ、それはそうと(都合悪い話の話題逸らし)、先日読者さんから有難い感想をいただきまして……

「ここはこんな風に思ってるのかなーと1話で2度楽しめました」

との事です♪

この感想こそまさに私の理想とする所で、香織視点じゃない香織はいつもの香織とは思えないくらい大人しくて可愛らしく錯覚しちゃうかも知れませんが、このように楽しんでいただけたら、このお話も二度おいしいゾ☆




 

 

 

 文化祭二日目。

 二日目は一般公開という事もあり、校舎内は総武生のみだった昨日に比べてかなり賑わっている。

 

 そんな混み合う人ごみの中にあり、今特に目立っているであろう二人組がさらなる人ごみを掻き分けずんずん歩く。他でもない、僕と家堀さんです。

 

 ああ……昨日に引き続きのコレじゃ、クラスメイト達からの謂われのない非難の眼差しと悪評にさらに拍車がかかるんだろうなぁ……などと頭を抱えつつ、俺を引きずるように引っ張ってのしのし先を行く家堀に、文句のひとつも言ってやる事にした。

 

「……だから離せっつの。大体なんでお前そんなに急いでんだよ。別にただの時間潰しなわけだし、ゆっくり適当に行きゃ良くないですかね」

 

「だ、だって早く比企谷先輩のクラスから離脱しないと邪魔者共がっ…………て、な、なんでもないです☆」

 

「……今、完全に邪魔者共って言ったよね? なに? お前誰かに命とか狙われてんの?」

 

「狙われてんのあんただからぁッ! …………って、あ、……んん! な、なんちゃって〜、てへっ……?」

 

 てへじゃねーよ。こいつたまにノータイムで激しいツッコミ入れてくんな。

 てか俺って誰かに命とか狙われてたのん? やだ国賓級の超VIP! そんなわけあるか。

 

「……まぁ良く分からんけど、俺もちゃんと家堀のペースに合わせっから、とりあえず袖伸びちゃうんで離してね。……あと周りにすげー見られてて恥ずかしいし」

 

「ふぇ? …………にゃっ!? か、かしこま……っ」

 

 ……うん。見慣れたこのアホなポーズも、真っ赤な顔ではにかんでやられるとなんか知らんが妙にそそる……げふんげふん。ま、まぁ、うん、なんかちょっと可愛いですね。

 ……そもそも女子がこんな状態で凄い勢いで歩いてたら目立つに決まってんだろ。そんな恥ずかしがるくらいなら、こんな人目の多い廊下で男子の袖を引っ張るんじゃありません!

 

 

 そんな家堀の残念可愛い姿に怒る気も削がれてしまったフェミニストな俺は(ただ年下の女の子に弱いだけ)、ようやく袖を離してすたこら歩きだしてしまった真っ赤な耳の女の子の背中を追うように、忠犬の如く従順に付いて行くのだった。わん。

 

 

× × ×

 

 

 後輩に連れ去られること十分ほど。

 特に目的も無しにただ歩いているだけかと思っていたのだが、意外とこいつには目的の地があったらしく、俺達は今、特別棟にあるとある教室の前で息を飲んで佇んでいた。

 

「……なぁ、これ、マジで入んの?」

 

「や、やー、これはのっけからいいパンチ打ってきますよねー……」

 

 

【おかえりなさい! お兄ちゃんっ♪】

 

 

「……」

 

「……」

 

 ここは漫画研究部、いわゆる漫研の部室前。等身大スク水萌えキャラの立て看板の吹き出しには、そんな危険なフレーズが記されていた。

 ぶっちゃけ、かなーり入りたくない。

 

「……で、でも、どうしてもここ見てみたかったんですよねぇ……ほ、ほら、私ってこう見えて意外と漫画とか好きじゃないですかー?」

 

 家堀さんや、意外の使い方まちがってますよ?

 

 

 

 知らなかったのだが、我が校の漫研はなかなか活動的な部活らしく、夏とか冬のアレにもちょくちょく参加するような部らしい……と、この危険な立て看板に書いてある。

 この文化祭には、そんなコミックなマーケットで販売した薄い本などを展示しているようだ。もちろん学校の催し物な以上、全年齢対応のヤツだろうが。

 

「私、同人誌っての見たこと無いんですよねー。てかコミケとか行った事も無いですし」

 

「そうなのか? お前ガチオタだからそういうのの常連かと思ってたわ」

 

「ガチオタではねーし!? ……あ、いや、オタクでさえ無いし……? えへ」

 

 こいつこのネタほんと好きだよな。もうそういうのいいんで。

 いつもの家堀ネタに目を細めていると、こいつはなぜか急にポッと頬を赤らめ、もじもじと髪を弄ったり胸のリボンを弄ったりとなんだか落ち着かないご様子。どしたの?

 

「な、なんかそういうのって、アレなんでしょ? りょ……凌辱とか……触手……? とか……?」

 

「……」

 

 すごい偏見だ。だいたい例を挙げるチョイスが触手とかちょっとマニアック過ぎませんかね。そんなもんばっかりじゃないと思うぞ? ……たぶん。

 にしても、こいついきなりなんてこと言いだしやがる……でも恥ずかしそうな女の子の口からそういう単語が出てくると色々捗りますねげふん。

 

「……いや、ぶっちゃけ俺も全然知んないんで分からんわ。材木座とかなら詳しいだろうが」

 

「あ、あー……あの先輩ですか〜。ちなみに紗弥加のお兄さんもかなりヤバめで、お兄さん不在の時にみんなでコレクション鑑賞会しない? とかって話もありますよ」

 

 お願いだからそれだけはやめたげてよぅ! お兄ちゃん自殺しちゃう!

 ……てか、あのクールビューティーな笠屋の兄貴が家堀が引く程のガチオタなのか……大丈夫かよ千葉の兄貴。

 

「ま、まぁそれはそれとして、さすがに私もそういうのはちょっとアレですけども、文化祭の展示な以上はたぶん大丈夫そうなヤツだと思うんですよねー。前々から同人誌ってのもちょっぴりだけ……ちょっぴりだけっ! 興味あったんで、せっかくの機会だし見てみたいなー……なんて」

 

「……ああ、そう」

 

 こいつまさか、この為に俺を引っ張ってきたんじゃねぇだろな。でも確かに家堀ひとりじゃ、ここに足を踏み入れる勇気はないだろう。

 にしてもこいつって、隠れのくせにホント隠れる気がないよね。

 

「……はぁぁぁ〜、女は度胸女は度胸っ……よっしゃ!」

 

 胸に手を添えて深く深呼吸をした家堀は、「えーい! ままよ!」と、なんとも勇ましく漫研のドアに手を掛けた!

 いやいや、俺まだ入るって言ってないんですけど。

 

 はぁ、仕方ねーな……と、頭を掻きながら追い掛けるように入室すると、部室の中は長机がいくつか並んでおり、その上には何種類かの同人誌らしき薄い本が。

 そこはさしずめ、アニメや漫画なんかで見たことあるようなコミケ会場を、そのまま小さくしたような造りになっていた。

 

「……おぉ〜」

 

 そのプチコミケ会場のような佇まいに、家堀は思わず感嘆の声を漏らす。

 やっぱこいつ絶対行ってみたいんだろ、ホンモノに。

 

 

 だがしかし! 予想通りと言えば予想通りなのだが、漫研の部室の中は、部員も客も地味地味地味!

 置かれた漫画の表紙や壁中に貼ってあるポスター、そしてあの圧倒的存在感の立て看板は異常なほど派手だというのに、そこに居る人達はみんな地味というね。人様のこと言えませんけど。

 

 部員か客か、女子もちらほら居るようだが、どの子も決して目立つまい……目立ってなるものか! と、とてもとても地味でいらっしゃる。

 ちなみに海老名さんは居ませんでした。ふぅ、安心安心。そりゃね、文化祭の展示で十八禁BL本置くわけないから興味ないよね。

 

 そんな地味空間に、着崩した制服、かなり短くしたスカート、外ハネ茶髪のショートボブのリア充美少女が突然乱入してきたのだからもう大変。

 リア充の冷やかしマジ勘弁! とばかりに、みんなわちゃわちゃと慌てだし、なんなら全員で協力し合って展示物を隠しちゃいそうな勢い。

 

 なんかね、地味なオタクってリア充に対して異様な警戒心があるよね。外出先ならまだしも、学校内、しかも同じ学校の生徒とくれば、その警戒心はさらに高まるだろう。

 なんならライオンに睨まれたインパラの子供くらいの怯えっぷり。みんな逃げてぇ!

 

 

 ──ああ、マズいな。これは場違い感ハンパないわ。俺だけなら場にピッタリフィットちゃんですがなにか。

 家堀の為にも、ただただこの場を“楽しんでいる”連中の為にも、こいつには悪いが一旦退散した方がいいのかもしれない。

 家堀だって純粋にこの場を楽しみたいだけだけれど、残念ながらこいつらの目から見たら『大好きな趣味を冷やかしに来ただけのクソリア充』にしか見えないのだ。

 これは……どちらにとってもマイナスにしかならない。

 

「なぁ、家堀……」

 

 他いかねーか? そう声を掛けようとしたのだが、あれ? なんか様子がおかしいぞ?

 つい先程までリア充の突然の来襲に慌てていた部員達と一部の客が、なぜだかホッとした様子で自身の趣味の世界へと帰っていくではないか。

 

 ザワついた教室内に不審がって固まっていた家堀だが、慌てふためいていた部室の住人達が落ち着きを取り戻すと、「ん?」と可愛らしく小首をかしげつつも、軽ーい感じで「ま、いっか」と納得し、とてとてっと楽しそうに展示同人誌が置かれた長机へと駆け寄って行った。

 

 ……どゆこと?

 

「比企谷先輩っ! ほらほら! これとか超イイ感じですよ! へぇ……こういうもんなんだぁ……うわやべ、ちょっと欲しいかもっ……ふへ」

 

 と、この謎な空気に唖然としている俺のことなど知ったことかと、人生初めてなのであろう同人誌に興奮気味の家堀さんは、ちょいちょいと手招きして一緒に見ましょうと促してくる。

 ……ホントオタクって、自分の興味のあるモノを前にすると、周りが見えなくなって声でかくなるよね。

 その例に漏れず、家堀も興奮すっと見境無くトークが弾んじゃうんだよねー。かしこま☆とかね。

 ここら辺が、家堀がイマイチ隠れきれない残念な所以なんだよなぁ……

 おっと、中学時代、別に誰も聞いてないのにクラスメイトが聞いてくれてると勝手に勘違いして、熱血ロボアニメの話をひとりで大声で熱く語っちゃってた俺が通りますよ?(白目)

 

 

 未だ疑問符だらけではあるが、ほっといたら家堀の手招きと大声が激しくなる一方だし、とりあえず一旦その疑問は横に置いて家堀のもとへ歩み寄ろうとしたその時だった。漫研の部員だか漫研の客だかの安堵の溜め息と共に、ボソリとこんな呟きが聞こえたのは。

 

「あー、びっくりした……なーんだ、家堀さんかぁ」

 

 

 

 …………やったね香織ちゃん!

 クラス内どころか、キミ、少なくとも校内のオタク達にはすでにこいつ仲間だって浸透してるみたいだよ!

 

 ……ドンマイ。

 

 

× × ×

 

 

 漫研見学にほくほくの家堀に連れられ、またも校内を縦横無尽に闊歩する。

 

「あー、超おもしろかったぁ! 同人誌ってやつも、なかなか悪くないもんですねー。絵は違うけど」

 

「おう……そうだな。そういや同人誌の中には、漫画じゃなくてSS? って小説とかもあるらしいぞ。家堀の好きなラノベとかのSSもあんのかもな」

 

「マジですか!? うわぁ、なんかちょっと読んでみたいかも! それだったら絵が違う違和感とか気にしないでもいいし」

 

 もっともそのSS書いてる同人作家が材木座クラスだったら、文章だけでも違和感たっぷりだけどね!

 

「……えと、比企谷先輩って、コミケとかは行った事ないんですよね」

 

「まぁ、ねぇなぁ」

 

「じゃ、じゃあ今度、もし良かったら行ってみません!? ほ、ほら、私もひとりじゃ無理そうですし、先輩だってひとりじゃ無理でしょ……?」

 

「いや、そもそもあんま興味が……」

 

「ダメ、ですか……?」

 

「ぐっ……!」

 

 

 なんか最近この子さぁ……こういうとこ一色に似てきちゃってんだけど。

 一色がこうやって俺を落とすとこ見ちゃって、家堀も味をしめちゃったのかな?

 

 いかんいかん。これじゃまるで俺が年下の女の子からの甘えに弱いみたいな印象を持たれてしまう。ここはビシッと言って、先輩としての威厳を見せてやらねばね!

 

「……ま、まぁ……その内、な……」

 

 はいはいフラグ回収乙フラグ回収乙。

 だって断れるわけないじゃない。こんなぷるぷると縋る子犬のような、ウルウルな目で見つめられちゃったら。

 

「……いぇい♪」

 

 ……おい。小声で言ってるつもりだろうが、セリフも表情も、あとこっそりピースとかしちゃってんのも丸出しだぞお前。つい一瞬前の、縋る子犬のようなウルウルな目はもうどこかへ放り投げちゃったのん?

 なにそのペロッと舌を出しての、してやったりなニヤリ顔。腹立つ。

 

 

「えへへ〜」

 

 引きつる顔で恨みがましく眺めていると、家堀はスキップでもしちゃいそうなほど軽やかにタタッと数歩先を行き、楽しそうにくるりと振り返った。

 おい、そんなくるっと回転すると、遠心力にスカートさんが敗北してパンツ見えちゃうぞ。

 

「……どうした」

 

「いやぁ、なんか楽しいなぁって! 文化祭を好きなひ……んん! す、好きなように回るのって、ちょっと憧れだったんですよね〜」

 

「ほーん」

 

 まぁ、そうだろうな。リア充友達しか居ない隠れオタクが、こうやって漫研の展示とか見に行くのは難しいだろうし。

 一色達なら家堀の趣味を理解してるから付き合ってくれるかもしれんけど、さっきのあの部室の騒ぎを見ちゃうと、それもまた難しいだろうな。

 

「だからその……今日は、ワガママに付き合ってくださって……ありがとうです……!」

 

「っ……」

 

 

 たかだか漫研の見学に付き合ったくらいで贈られるには些か割りに合わないくらいの素敵なはにかみ笑顔を向けられて、俺は一瞬どきりとさせられてしまう。

 やっぱこいつの笑顔って……なんつーか、気持ちがいいんだよな。

 

「ま、その……なんだ」

 

 後輩相手にこんなに慌てさせられるのは格好悪くて仕方ないが、こうして真っすぐなお礼を言われてしまった以上はきちんと返さなければならない。

 むず痒くてあまり真っすぐは見つめ返せないから、少しだけ視線を横に逸らしてお返しを告げる。

 

「役に立てたのなら、ま、良かったわ」

 

「はい! 超役立ちましたよ? ひひ〜」

 

 

 ──だからちょっと眩しいっての……

 

 

× × ×

 

 

 それからも、やれノドが渇いたからカフェ行こうだの、やれ小腹が空いたからたこ焼き食べようだのと各所を回されて、気が付けばもう結構な時間。

 詳しくは分からないが、そろそろマズいのではないだろうか。

 

「なぁ家堀。時間とか大丈夫なのか? もう結構いい時間だけど」

 

 そう。なんだかんだで結構楽しんでしまい、何時の間にやらエンディングセレモニーの予定時刻まであと一時間ほどになっていた。

 着替えとかあるだろうし、ステージ入りの準備を考えたらそろそろ頃合いなんじゃねぇの?

 

「……あ、で、ですよね……」

 

 家堀は俺の質問にビクリと肩を揺らすと、スマホで時間を確認してそう首肯し、

 

「……やー、すっかり楽しんじゃいましたね、あははー……も、もうそろそろ行かなきゃなー」

 

 人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら、なんとも気まずそうに笑う。

 

「……だな」

 

「はい……」

 

 

 そして、僅かな沈黙。

 家堀は俯き、俺はそんな家堀をただ見守る。

 

「あ、あの」

 

「おう」

 

「……もう一ヶ所だけ行きたいトコがあるんですけど、いいですか……?」

 

「……ん。構わんけど」

 

「へへ、やたっ」

 

 そうして連れられて行った行きたいトコとやらは、あまりにも意外な、とある出展が行われているとあるクラスだった。

 

 

 

「……え、お前が行ってみたいのって……ここでいいの?」

 

「ですよー。ここに入りたかったんです」

 

「あ、ああそう」

 

 返事が生返事になってしまうのも無理はない。

 どこに連れてかれるのかと思いきや、そこはなんの変哲もない、ただのお化け屋敷だったのだから。

 お化け屋敷をなんの変哲もないと言うには些か非日常的な代物ではあるが、こと文化祭というイベントにおいては、それは定番中の定番の出展だからである。

 

「お前ってこういうの好きだったっけ?」

 

 家堀と知り合って、よく話すようになってから早八ヶ月ほど。

 いろんなアニメや漫画やゲーム、ラノベの話をしてきたが、ホラー物の話をしていたのなんててんで記憶にない。

 だから家堀がわざわざもう一ヶ所行きたいと言っていたのがお化け屋敷だという事が、あまりにも意外すぎたのだ。

 

「……あ、実は私、こういうの結構好きでして……だからぜひぜひ行ってみたいなぁ、と」

 

「……そうか」

 

 

 それがホントか嘘かは、こいつの態度を見れば一目瞭然ではあるのだが、じゃあなぜそんな嘘を吐いてまでお化け屋敷なんかに来たかったのかまでは分からないし、そもそも俺は家堀が行きたいと言ったから納得してここへ来たのだ。つまり自分の意志で自分の好きに来ただけ。

 であるならば、その理由まで深く追及する必要もない。

 

「ようこそ……我が三ーBの、呪いの館へ……」

 

 白い着物を着て幽霊っぽいメイクを施した受け付け女子が、わざとらしく恐怖っぽい雰囲気を作りつつ、来客である俺達を教室内へと誘(いざな)う。

 こういうのはプロがやるから恐怖演出になるのであって、単なる素人高校生が大根演技でやっても茶番にしかならないんだよなぁ……なんて益体もない事を思っていると、

 

「……んじゃ入りましょっか」

 

 早く入れやボケとばかりに、家堀に背中をぐいぐい押されて暗い室内へと押し込まれました。

 そんなに早く入りたいのん?

 

 

 教室内は先ほどの受け付け女子の大根演技に比べ、かなり気合いの入った造りだった。

 窓からの光を黒い厚紙かなんかで完全に遮断しているのであろう真っ暗な教室は、蝋燭に模したライト(火気厳禁のため本物の蝋燭は使用不可)の弱々しい灯りのみにぼんやりと照らされ、お化け屋敷としての雰囲気を十二分に漂わせている。

 さらに少し強めの冷房で教室全体が必要以上にひんやり冷やされて、より一層の恐怖心を煽る。

 

 去年のトロッコロッコの例を見ても分かるように、ウチの学校の生徒ってこういうとこへの情熱というか本気度というか悪ノリというかが半端無いんですよね。進学校ゆえの、勉強のストレスに対する捌け口なのかもしんない。

 

 とはいえそこはやはり高校生の文化祭レベル。感心はするもののビビって及び腰になるという程でもなく、まぁ雰囲気を楽しめればいいかなーと奥へ進むことにした。のだが……

 

「……」

 

 なぜか、先程まで一秒でも早くお化け屋敷に入る気まんまんだった家堀が、室内に入った途端、急に俯き押し黙り、歩みを止めてしまっていた。

 

「? どうした家堀。行かねーの?」

 

「……や、やー、あ、あはは〜」

 

 薄暗いこの部屋では細かな表情までは読み取れないが、仄かな灯りに照らされた家堀の顔は、とても緊張した様子で、弱々しく苦笑いを浮かべていた。

 

「どうか、したのか?」

 

「あ、……んーと……そ、そのぉ」

 

 次の句が言いづらいのか、もごもごと言い淀み両手でスカートをギュッと握る家堀。

 

「えと……そ、その」

 

 ごくりとノドを鳴らし、ようやく意を決したのかスッと顔を上げると、家堀は不安げな上目遣いで、とんでもないお願いをしてきやがった。

 

「あのっ……手、手をちゅな……繋いでも、い、いいでしゅかね……っ」

 

「……は?」

 

 

 

 

 え、手を繋ぐの……? こんな学校のど真ん中で?

 いやいやいや、そんなの無理に決まってんだろ。俺はお前らリア充とはワケが違うんだぞ! こちとらノリとか勢いで、人前でぽんぽん手を繋げちゃうような人種じゃないんですよ!

 

「お願い……します……恐いんで……す」

 

 未だ動揺し続ける俺ではあったが、家堀は許可を得ようと訊ねてきたにも関わらず、返答も待たずにそっと手を合わせてきた。

 

「……ちょ!? ……お、おい」

 

 許可も取らず合わせてきた小さな右手は、勝手に繋いでしまっていいのか分かり兼ねているのか、緊張で硬直する左手を握るでもなく、不安げにただぴとりと寄り添う。

 

 思い起こされるのはあのディスティニーシーの帰り道。

 駅のホームの人波にもみくちゃになる中、離れてしまわぬよう、はぐれてしまわぬよう、いつの間にか握られてしまっていた手。

 だが今回は、あの時のように人波に揉まれているわけでも、繋いでいないとはぐれてしまうわけでもない。だからこそ家堀は迷っているのだと思う。勝手に繋いでしまってもいいのかどうか。

 

 

 

 ──でも、まだ繋がれていなくとも、まだ触れているだけだとしても、それでも俺は気が付いてしまった。

 家堀の手が、かたかたと小さく震えているのを。

 

 

 おいおいマジかよ、たかだか文化祭レベルのお化け屋敷が、ホントにそんなに恐いのかよ……だったらなんでわざわざお化け屋敷なんて来んだよ。

 

 

 ……なんて、空々しすぎだよな。

 

 本当は分かっていた。今日のこいつの、時間を追うごとの変化を。

 

 漫研見学の時の家堀は本当に楽しそうだった。にへらっと笑いながら初めての同人誌を捲る残念な姿は、まさにいつもの家堀そのもの。

 しかし、漫研を出てからカフェに行ったりたこ焼きを食ったりと時間が経過していくごとに…………つまり、あの時間が近付いてくればくるほど、家堀の口数は段々と減っていき、そして顔色も優れなくなっていった。

 

 やはり家堀は不安で仕方がないのだ。緊張とプレッシャーに押し潰されそうなのだ。

 ……週のアタマに有志ステージの報告に来た時と一緒なんだ、こいつは。そんな不安と緊張を塗り潰したくて、ステージまでの時間に文化祭を見て回って心を落ち着けようとしていたのだ。

 

 だから家堀が最後に行きたい所があると言った時、普段なら「面倒くさい」「行きたくない」と無駄な抵抗を試みるはず俺が、何も理由を聞かず、何の文句も言わず、ただただ少しでも家堀の不安を和らげる手助けになればと、大人しく黙って付いて来た。

 

 

 ──ああ、そうか。だから家堀は最後にお化け屋敷を選んだのか。

 真っ暗なこの場所なら、周りの目を気にせずに手を繋げるから。誰に気にされる事もなく、不安と緊張で震える手を、誰かに優しく包んでもらえるから。

 

 

 ……アホか。だったらとっとと仲間んとこ行きゃいいじゃねぇか。一色に、笠屋に、大友に襟沢に、いっぱいの手に包んでもらえばいいだろ。

 その方がよっぽど緊張も和らぐだろうに、なんでよりにもよって俺なんかの手を選択しちゃったのかね、この子は。

 

 ……ま、同じ緊張で震える手同士で握り合っても、緊張の和らぎなんてたかが知れてるか。むしろ緊張が相乗効果で膨れ上がっちゃうまである。だから無関係の俺の手を選んだのだろう。

 

 だったらま、そこまで考えていたのかはいざ知らず、これははからずも無難な選択なんじゃねーの? 緊張を和らげるには、自分よりも遥かに緊張してる奴の、情けなく慌てるサマを見るのが一番の方法ってヤツだ。

 

 ならば嫌で嫌で仕方がないけれど、俺の出来る事を精一杯してやろう。

 ……こんな可愛い後輩に頼りにされてしまった先輩として。

 

 

「……チッ、こ、恐がりなら、わざわざこんなとこ来んじゃねーよ……」

 

 そう言って、あのシーの帰り道とは逆に、今度は俺の方から家堀の小さくて柔らかい手を強く握ってやった。震えてる事なんか忘れるくらいに、強く。強く。

 

「あっ……」

 

「……しゃ、しゃしゃしゃあねぇにゃあ…! ほ、ほれ、は、早く行くりょ」

 

 

 ……どうですか! 見ましたか? この無様な慌てっぷり! 超キモく噛んだ上に、俺の手の方がよっぽど震えているよ?

 これだけ先輩がキモくド緊張してりゃ、家堀もドン引きして落ち着きますよね(白目)

 

 

 突然俺の方から手を握った事で最初は目を丸くして驚いた家堀も、狙い通りの俺のこの見事な道化っぷりにクスリと柔らかく微笑み──

 

「……えへへ、……はいっ」

 

 きゅっと、きゅきゅっと……そっと握り返してくるのだった。

 

 

 

 

 よし今だ! と、気合いを入れて脅かしてくる三ーBオバケ軍団に申し訳なくなるくらい、二人は火照る顔を俯かせたまま、無言でお化け屋敷を回り終える。

 

 

 ──気が付けば、家堀の手はもう震えていなかった。

 

 

 

続く

 





違うんです。元々お化け屋敷→ラストシーンで終わる“はず”だったんですよ。
でもでも文化祭デートだっつってんのにお化け屋敷シーンだけじゃなんか物足りなくて、つい余計なの付け加えたらこんな目にッ(白目)

な、なので残すところはラストシーンだけなので、じ、次回こそはもうこれ以上伸びずに、来月中に後編を更新しましゅ……ノシ



追記☆

ちなみに私はオタクとかじゃないので、漫研だのコミケだのは完全に想像です。
てかコミケっていう存在自体、アニメで俺妹を観て初めて知ったんで、私が知ってるのはアニメ観たあとに読んだ俺妹原作等、ラノベでの知識しかありません!
なので、コミケデートとかは確実に書けないのでよろしくです♪


でもコミケってやつにはちょっとだけ興味あるんで(消費側じゃなくて供給側)、今度あざとくない件の新作でも書いて祭りに参加してみようかしら?(嘘)



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フェスティバルは、パーティータイムでカーニバる 【後編】

 

 

 ざわざわと、会場全体をさざ波のように声が行き交う独特の雰囲気。

 

 例えば映画。例えばお芝居。例えば演奏会。

 共に舞台を観賞した友人知人と感想を言い合いたいけれど、歓声が一段落して明かりが点いたばかりの騒つく会場では周りへの遠慮からあまり大きな声を出せず、なんとなく潜めくようなヒソヒソ声がそこかしこからポツポツと聞こえ始め、そんなヒソヒソ声が会場全体に溢れかえり、さざ波のようだったひとつひとつの小さな騒めきがやがてひとつの大きな波となる。

 舞台の幕が下りた後の会場は、大体こんな感じの独特な雰囲気となるだろう。

 

「うひゃあ……すっごい人〜……」

 

「だな」

 

 俺と家堀は、今まさにそんな騒めき立つ体育館へと足を踏み入れた。

 

 どうやら軽音部のライブがちょうど終了した直後のようで、ボーカルの女子(可愛い)やギターやドラムの男子のファン達が興奮気味に感想会を開いていた。

 軽音部が終わったという事は、プログラムによると確か家堀達の出番はこれの二つ三つ後くらいだったか……

 

 しかし確かに客入りはなかなかのもんなのだが、それでも去年観た大トリのバンドの客入りと熱気に比べると、些か物足りなさを感じる。

 いや、そりゃ比べる相手が悪すぎるって事もあるのだが、これの本質はそこではない。

 

 それはつまり──

 

「……でもアレですよねー。たぶん……大トリの会場って、もちっと混むんでしょうねー……」

 

 ──そう。今現在でもなかなかの客入りではあるのだが、エンディングセレモニー直前のトリのステージともなると、客入りはこれどころではなくなるという事。

 しかも今年は今朝発表されたばかりの、『有名生徒会長グループ』のシークレットライブ。いやが上にも盛り上がること間違いない。

 

「……ひぃ〜」

 

 ああ、やはり家堀はこの会場の雰囲気に飲まれてしまったのだろうか……?

 

 お化け屋敷の後、こいつの手の震えは治まっていた。だからいくらか安心してもいた。

 けれどこの会場……体育館に入った瞬間から、その安心はより大きな心配に掻き消されてしまったのだ。

 

「……あー、っと……だな」

 

 正直、いま俺は家堀になんて声を掛ければいいのか分からない。この雰囲気に飲まれてしまったのなら、俺がなにを言おうがこいつの耳には……心にはなにも届きはしないし、ましてやこんな人目の多い場所では、先ほどのお化け屋敷のように震える手を握ってやることも適わない。

 ……いや、そもそもこっちから手を取るとか無理だけど。

 

「比企谷先輩……」

 

「……おう」

 

「どうしよう……私、やっぱ無理かもしんない──」

 

「かほ」

 

「なーんて言うとか思いましたぁ?」

 

「……へ?」

 

 緊張の雰囲気一転、家堀は常となんら遜色のない明るい声を発した。

 あんれー? どしたん? と、俯いているであろう横顔に視線を向けると、そこにはあったのは俯いてなどいない……ていうか俯くどころか横顔でさえなく、家堀お得意のにひひ笑顔がこちらを真っ直ぐ向いていた。

 

「もう先輩ってばマジ分かりやすいですよねー。へへー、でも心配してくれてありがとうございますっ」

 

「お、おう」

 

「……たぶんさっきまでの私だったら、この会場の雰囲気に飲まれちゃってたと思うんですよね。でも、今はもう平気。超平気! ……だって、私にはコレがありますから!」

 

「コレ?」

 

 家堀はすっと右手を上げると、目の高さ辺りでヒラヒラさせる。

 胸を張って「私にはコレがある!」なんて宣言出来るような攻略アイテムとか持ってたっけ? と家堀がヒラヒラさせている手のひらを覗いてみたのだが、見れども見れども家堀の手には何一つとして握られてなどいない。

 

「あん? 別になんもねーけど」

 

 あれかな? 埃(誇り)とかそういうネタかな?

 わけ分からんと家堀の顔に目をやると、こいつはまるでいたずらっ子のようにニヤニヤと口角を弛め、きらんっ☆と歯を見せてこう言いやがった。

 

「ふふふ、さっき、不安で震えていた手を比企谷先輩がギュウッと握ってくれたぬくもりです♪」

 

「おまっ……!」

 

 このやろう……! なんてこっ恥ずかしいこと言いやがんだよ……。しかも、

 

「……お前な、そういうクソ恥ずかしいセリフを、そんな真っ赤な顔で言ってんじゃねーよ」

 

「ぁ、ぁぅ……」

 

 そう、こいつ超照れてやんの。アホか、こういうのは照れながらやっちゃダメだろ。

 そういう小悪魔みたいなからかい方は、あなたの友達の一色いろは先輩をちゃんと見習いなさい。

 

「ま、まぁ、照れが出ちゃったのはご愛嬌、みたいな?」

 

 てへっ? と右手で頭をこつんこする姿もなんか照れが入っちゃってるし、やはりあざとキャラをやるにはまだまだだね! 可愛いけど。

 

「んん……! まぁそれはそれとしましてですね」

 

 けふんけふんとわざとらしく咳払いをした家堀は、未だちょっぴり頬を赤らめながらも、逸れてしまった軌道をなんとか修正しようと試みる。

 

「……ひひっ、先輩に手を握ってもらえたから飲まれずに済んだってのはマジですよ……? ホントあれで超落ち着いちゃいましたもん……っ」

 

「そ、そうか……それはなによりだ」

 

「……はいっ」

 

 なにこの照れくさい空間! これだけ広くてこれだけ混み合っているこの体育館という場において、なんか俺と家堀の周りだけ変なフィールドが張られて別空間になっちゃってない?

 別にそこに特別な感情があるわけではなく、単に震える手を握って落ち着かせてくれたから……と言いたいだけという事くらいは理解してるんだけど、これ俺じゃなかったら勘違いして告白して、本日のステージ上でその無様で滑稽な振られっぷりを大々的に発表されちゃうとこだからね? 

 やだ! 去年の文化祭以来、一年ぶりに一躍時の人になっちゃう!

 

 

「とにかく……ですね」

 

 家堀はんん! ともう一度咳払いをすると、着崩していたブレザーを正してリボンをきゅきゅっと結び直し、きちんと佇まいを整えてから恭しく頭を下げる。

 

「今日はホントにありがとうございました。比企谷先輩が我が儘に付き合ってくれたので、不安だった気が紛れてすっごく楽になりました!」

 

 そんな家堀を見て思わず口角が上がってしまった。

 なんつーか、家堀のいいとこはこういうとこなんだよな。見るからに今どきのJKなくせに、こういうところは結構ちゃんとしてる。

 俺がこいつに初めて好感を抱いたのも、見るからに日陰者の俺にでさえ、なんの偏見も分け隔てもなく、きちんと礼を尽くしてくれたのを見たからだし。

 

「おう。ただ引っ張り回されただけで何にもしてねーけど、なんかついさっきも言った気がするが、お役に立てたのならなによりだ」

 

「はい! ひひー、超役立ちましたよ! あはは、なんかデジャヴっ」

 

「ぷっ」

 

「ぷぷっ」

 

 そして二人して顔を見合わせ軽く噴き出すのだった。

 

 

 

 ──俺は、一体なにを自惚れていたのだろうか。

 よくよく考えたら、今や校内を代表するリア充グループのひとりである家堀を心配して気遣おうとするだなんて、ぼっちの癖に何様だって話だよな。今回はたまたま気を紛らわす手伝いをする立ち位置に居たというだけで、こいつは俺なんかが無駄に気なんか回さなくたって、きっと自分で解決出来たはずだ。

 

 まぁそれでも、たまたまとはいえ俺はこうして微力ながらも家堀の役に立てたのだ。だったら、あとはステージに向かうばかりの家堀に、あともう一押し、あともう一声くらいは掛けてやろうではないか。

 

「なぁ、家堀」

 

「へ? なんですか?」

 

 こういう時、なんて声を掛けるのが正解なのかはいまいちよく分からん。

 定番のあの言葉を掛けるのが正解なのかもしれないけれど、……でもあの言葉を掛けるのは、人によってはとても失礼な行為にもなりかねない。

 

 それでも今の俺にはこれくらいしか思い浮かばないし、正解とか不正解とか関係なく、心から浮かんだ言葉がこれなのだから仕方ない。心から浮かんだ言葉ではなく、体裁とか考えた末に無理やり捻り出した言葉なんかを伝えるのは、そんなのは本物とは言えないのではないだろうか。

 だから俺は、いつも一生懸命頑張っている可愛い後輩にこう声を掛けてやるのだ。

 

「頑張れよ」

 

 そう口にすると、家堀はきょとんと首を傾げた。

 あれ? やっぱダメだった?

 

「……あー、頑張れって言葉は、頑張ってないヤツが本当に頑張ってるヤツに言ってもなんの意味も成さない、ともすればとても失礼な言葉となるって事は重々承知している。……でも今の俺には、申し訳ないが他に言葉が思い浮かばない。だからまぁ、敢えて言わせてもらうわ。……頑張れよ。ま、適度な感じで」

 

 すると家堀はきょとん顔から、徐々に熱を帯びた優しい微笑みへと変化していく。

 

「ふふ、なんか超珍しいですよね! ちょっとびっくりしちゃいましたよ〜」

 

「なにがだよ」

 

「比企谷先輩が素直に頑張れなんて言ってくれるのが、ですよ? ま、その後のうんちくがめんどくさい辺りとか、最後の照れ隠しの「ま、適度な感じで」とかいう捻デレなフォロー辺りがやっぱ先輩ですけどっ」

 

「……うっせ」

 

 だから俺は捻くれててもデレてはいないってばよ。照れ隠しとかマジ風評被害。

 ……ちょっと小町ちゃん? この妙な造語の広まり、貯めたポイント使ってデリートしてもらえませんかね。

 

「へへー、でも」

 

 俺の捻デレッぷりにニヤニヤとしていた家堀だが、すっと優しい笑顔に戻る。

 

「頑張れって背中押してもらえたから、なんか今日は超頑張れそうです! ……えと、比企谷先輩」

 

「おう」

 

「……その……我が儘きいて付き合ってくれたお礼に、今日は先輩の為に歌っちゃいますね……! だから──」

 

 そして、家堀は本日一番の、太陽のような眩しい笑顔で俺にこう告げるだった。

 

 

 

「ちゃんと見ていてくださいね! プロデューサーさん!」

 

「誰がプロデューサーさんだ。お前のプロデュースした覚えもお前に課金した覚えもねーよ」

 

「にひっ」

 

 ……やっぱアホだろこいつ。ここにきてまさかネタに走るとは……。この緊張の中、ホント大したヤツだわ。

 

 

 元気にぶんぶん手を振ってから、てとてと舞台袖の方へ走っていく小さくて大きな背中を苦笑混じりに眺める俺は、心の中でもう一度繰り返すのだった。

 

 ……頑張れよ。

 

 

× × ×

 

 

「ご来場の皆さまー! 大変お待たせいたしましたー!」

 

「「「うおぉぉぉ!」」」

 

「今年の文化祭を締めくくりますは、ご存じ! 我らが生徒会長っ、一色いろはグループでーっす!」

 

「「「いぇぇぇいっ」」」

 

 照明が落とされた体育館。非常灯の明かりのみが照らす真っ暗な会場に、突如スポットライトと共に現れた次期副会長の書記ちゃん(紛らわしい)が壇上で高らかに叫ぶと、先ほどまで無秩序に騒ついていた会場のボルテージが一気に跳ね上がった。

 

 てかあんなに引っ込み思案だった書記ちゃんも随分と逞しくなったよね。

 本来であれば生徒会長である一色の役目である司会進行。しかしその一色が出演する為、代役として二日目有志ステージの進行役を務めあげている次期副会長と目される書記ちゃんの成長に、おじさん思わず感慨深くなっちゃう!

 ちなみに本来代役を務めるはずの現副会長は、パッとしないからという理由で外されたそうだ。一色に。あ、目から汗が。

 副会長、同じ一色いろは被害者の会会員として、一年間ご苦労様でした。あとちょっとの辛抱だよ!

 

「さぁ! それでは登場していただきましょー! ──」

 

 そして壇上の隅っこに立つ書記ちゃんを照らしていたスポットライトが中心へと移動すると、その光は五つに増殖し、壇上を煌々と照らす。

 

「──香織と愉快な仲間たちーズぅ!!」

 

 ……おい。グループ名それでいいのかよ。

 

「キタァァー!」「いろはすー!」「かーおりーん!」「サヤサヤー!」「ともちーん!」「エリエリぽんこつ可愛いよエリエリ!」

 

 しかしふざけたグループ名もどこ吹く風。セクシーなインナーの上にキラッキラなジャケットを羽織り、ぴたぴたなショートパンツから伸びる太ももがとても眩しく、腰にふさふさのしっぽみたいなアクセサリーを付けた、とても可愛らしいどこぞのアイドルグループそのものなメンバーの登場に、会場は一気にヒートアップ。

 なにこれどこのアイドルイベント? つーか、確かにすげー可愛いんだが、なんかあの衣装見たことあんだよなぁ……アイドルとかに興味なんかないのにどこで見たんだっけか。さすが家堀が言うところの国民的アイドル。

 

「どうもー! ご声援ありがとぉぉ! 香織と愉快な仲間たちーズ代表、家堀香織でーっす! 本日はこんなにもたくさんのお客さまに集まってもらえて、私たち超ハッピーです! 応援よろしくぅー!」

 

 そしてそんな多くの声援にしっかりと胸を張り、笑顔で答えるセンターでMCを務める家堀。

 

「待ってましたー!」「応援しちゃうよー」「がんばれー!」

 

「かしこまっ☆」

 

「「「かしこまー!!」」」

 

 おお……なんかもう吹っ切れてんな。あれならマジでもう大丈夫そうだ。

 ただ公衆の面前で普通にかしこまっちゃってるし、の太い声でかしこまのレスポンス返ってきちゃってるしで、なんだか早くも危険な香りしかしないんだが……。おいおい、一部の方々にはもうすっかり浸透しちゃってんじゃねーかよ。

 

 「香織ちゃーん!」「かほりーん!」「家堀さーん!」

 

 そして意外にも家堀のこの人気である。

 ぶっちゃけ、やはり一色の声援が圧倒的に多そうなのだが、二番人気はまさかの家堀かも。なんかこいつって意外と人気あんだな。

 

「えっとですね〜、このセンターの役目は本来であればいろはが務めるのが当然だと思うんです。なのでいろは目的に観に来て下さったお客さまにはホント申し訳ないですー」

 

 目をばってんにして謝罪する家堀に対して──

 

「「「いーよー!」」」

 

 元気にそう返すオーディエンス達。未成年の主張ですかね。

 

「ありがとぉぉ! やー、最初は私もいろはにセンターお願いしたんだけど、なんかいろはのヤツが絶対イヤって駄々捏ねちゃいましてですねー。他のメンツも絶対やりたくないって言うもんで、仕方なく私になっちゃいましたっ!」

 

 てへっと舌を出してウインクする家堀に会場がどっと沸く。なんだよこいつやっぱ舞台度胸すげーあんじゃねぇか。心配しちゃって損したわー。

 

「ちょっとみなさん、一応これだけは言っときますがー」

 

 するとここで一色がMCにずずいと割り込む。

 

「わたしホントにこれやりたくなかったんですからねー? このカッコとか超恥ずいですー! 香織がどーしてもやりたい! って土下座するもんだからマジ仕方なくなんですよー? ホンっト言っときますが、これはこの恥ずかしい衣装から曲のセレクトまで、ぜーんぶ香織セレクションですからね! わたし達は関係ないですからね! ねー、みんなー」

 

 あくまで家堀主導のイベントである事を強く強調した一色の呼び掛けに、家堀意外のメンバーがこれまた強く強くウンウン頷く。てか目がマジ。

 

「ヒドイっ! なに!? ここにきて私見捨てられちゃうのん!?」

 

 がーん! と口をあんぐり空けている家堀に、それはもう会場中が大爆笑。俺もついついふひっとしてしまった。

 壇上に注目が集まってるから良かったものの、誰かに見られてたら即通報モノですわ。

 

「確かに土下座してお願いしたけどさ!? っていやいや待て待て。土下座まではしてないよね!?」

 

 土下座“までは”って、じゃあどこまではしたんだよ。

 おいおい、このMCの脚本書いたヤツ有能だな。なかなか面白いじゃない!

 

 ……え? これって脚本だよね? 本気じゃないよね?

 

「ぐぬぬっ……え、えと、こうして親愛なる仲間に後ろからメッタ切りにされちゃった私、家堀香織ではありますがー……み、みなさーん、友情って、素敵だねっ……!」

 

 お前それ完全に語尾に(涙目)入ってんだろ。そんな白目剥き出しなMCに、「香織ちゃんがんばれーw」と同情と中傷の声援があちらこちらから沸き上がっている。演者も観客も楽しそうでなによりです。

 

「さ、さぁて、ちゃ、茶番はここまでだ!」

 

 うおっほん! と豪快な咳払いで皆の注目を集めようとする家堀に、会場中の視線が集中する。

 

「えと……ですね」

 

 ここで家堀は、先程までの弛み切ったおちゃらけムードを断ち切るかのように、静かな、そして落ち着いた口調で語り始めた。

 

「……今から歌う曲なんですけど、せっかく観に来てくださったのに申し訳ありません。……実はこの曲、ある人の為に歌わせてもらおうかな? って思ってます」

 

 家堀の突然の告白に、笑い声が溢れていた体育館はしんと静まりかえる。

 そして次第に辺りからは、え、どゆこと……? まさか……? と、ざわざわと動揺の声が上がった。

 

 

 ……本当にまさかのMCだ。だってこういう場合って、たぶん大切な人に向けての大事なメッセージって意味合いだよな。

 あいつって、好きな人とか居るのだろうか。ここ最近よく絡んでくるようになってからもあまりそういうそぶりが無かったから、今はそういうのは居ないもんかと思ってた。

 まぁ一色によれば前は付き合ってたヤツも居たみたいだし、好きな男子が居ることくらい、普通の女子高生なら当然っちゃ当然か。

 てか本当にそういうのが居るんなら、俺にあんなに絡んできちゃダメだろ……ま、親も観に来てるかもしれんし、今まで育ててきてくれてありがとうという両親へのメッセージかもしんないけど。

 

「その人はなんていうか、とてもお世話になっている先輩でして……、只今受験真っ最中という事もあるんで、元気に頑張ってもらいたいな〜って」

 

 と、やはりコレは両親に対してではなく、どうやらお世話になっている先輩に対しての感謝のメッセージのようだ。

 おい先輩とやら。あんなに可愛い後輩に背中押して貰ってんぞ。うらやまけしからん、爆発しろ。現時点では恋愛感情的なヤツなのかも男子か女子かも分からないけどね。

 

「……あとその先輩なんですけど、去年の文化祭でちょっと辛くて大変な目に合っちゃって、たぶん文化祭ってモノにあんま楽しい思い出が無いんじゃないかな? って思うんです。……だから、せめてこの元気で楽しい曲を聴いて、文化祭ってモノを素敵な思い出にして欲しいなって……。受験勉強の事も去年の文化祭の事も全部全部ひっくるめて、私は先輩の事を「ちゃんと見てるよ!」って伝えたくって、だからこの曲を選びました……!」

 

「家堀……」

 

 その先輩とやらも幸せ者だな、こんなにいいヤツにそこまで想ってもらえるなんて。

 

「……ん?」

 

 

『今日は先輩の為に歌っちゃいますね……! だから──ちゃんと見ててくださいね! プロデューサーさん!』

 

 

 ……え、まさかこれって俺にじゃないよね? だって俺べつにお前のお世話なんかしてないし、去年の文化祭だって辛くて大変な目なんかに合ってねーし。

 あ。そういや普段家堀のお世話(ラノベ貸し出し)してたし文化祭も酷い目に合ってたわ。マジか……?

 

 ……まぁ俺の勘違いだろうけれど、もしも家堀が本当に俺に対して感謝のメッセージを伝えてくれているのだとしたら、……うん、まぁむず痒いけど、嬉しくなくはない、な。

 

 

 

 

 当初は家堀の突然の告白に、騒然として驚きの表情を浮かべていた観客達も、心が籠もった優しく温かい家堀の、どこぞの先輩への感謝の想いを感じ取ったのだろう。その表情は次第に穏やかなものへと変化していくのが見て取れる。

 それはどうやら観客達だけではなく、舞台上のグループメンバー達も同じ思いのようで。

 

「香織っ」

 

 一色が、とても優しい笑顔で家堀の肩をぽんと叩き、ギリギリと音がしそうなほどに強く強く爪を立てる。あれー? 笑顔だけは優しいけど、手に籠もった力は全然優しくなさそうだぞー?

 

「ねーねー香織ー、わたしそんなMCやるなんて全然聞いてないよー? え、なに? もしかしてまたいつものやつー?」

 

「いだいいだいぃぃ!?」

 

「うふふっ、片付けまで終わったら、生徒会室でO・HA・NA・死ね♪」

 

「ひぃぃっ! は、はぃぃぃ……っ」

 

 お互いとってもいい笑顔なのに、なんか殺伐としてますね。穏やかじゃない!

 しかし壇上の殺伐とした空気とは裏腹に、このコントじみた名MCっぷりに会場はまたも大盛り上がり。

 

 ねぇ、この後のライブ大丈夫?

 

「さ、さささーて、じゃあみんにゃ! そ、それではそろしょりょ行っちゃいましょ〜ぉ〜かぁ……!」

 

 涙目で完全に動揺しきっている家堀の震え声の号令が掛かり、笑顔なのにしらっとしたひと睨みをかました一色が自分のポジションへと戻ると、ついに香織と愉快な仲間たちーズのライブ開演の時。

 

 

 

 

 

 家堀達を照らしていたスポットライトが消されると、体育館はまたしても闇に包まれ、先程まで飛び交っていた笑い声や声援もスポットライトの光と共に消失する。

 辺りに響く物音といえば、千人以上にも及ぶであろう観客達が咽喉を鳴らす音と、期待に膨らむ鼓動の音のみ。

 

 

 パッと。

 スポットライトが再び壇上を浮かび上がらせると、そこにはポーズを決める我が校の次期トップカーストグループの姿。その姿、ギニュー特戦隊の如し。

 いやいやさすがにギニュー特戦隊のようなダッサいポーズではないが、あの見事に揃った五人組のポーズ……なんかやっぱどっかで見たことあるな。

 

 

 そして中心でばしっとポーズを決める家堀が、ヘッドセット越しに観客へと……どこぞの先輩とやらへとこう想いを届けるのだった。

 

 

「心を込めて歌います! …………頑張ります! 聴いてくださいっ──」

 

 

 ──おう、聴かせてもらうわ。もしかしたら俺に向けて歌ってくれるのかもしれない、頑張って練習したお前の歌を。

 

 

 

 

 

 

「──Yes! Party Timeぅ!!」「おいデレマスじゃねーか!」

 

 

× × ×

 

 

 思わずノータイムで激しいツッコミを入れてしまったが、それは致し方のない事だろう。

 そりゃ衣装もポーズも見た事あるはずだわ。だってつい先日、「フハハハハ! 貴様にこれを貸してやろう。存分に仮想世界を満喫するとよいわ! ふひっ、はっちまーん! あとで感想言い合いっこしよーぜー!」と、材木座にとってもいい笑顔で貸し出されたVRで観たばっかだもん。

 

 

 ……おいおい、お前それはマズいって。なに? お前マジで隠す気あんの?

 そりゃ確かに国民的アイドルのナカイ君がCMで歌ってたグループの歌だけどさ? なんなの? 国民的アイドルナカイ君が歌ってたから、デレマスならオタクを疑われないとか思ったのかな?

 だったらせめてお前、その国民的アイドルがダミ声で歌ってたお願いシンデレラとかにしろよ。それならみんな聴いたことある曲だからまだネタ扱いされるだけで済むけど、なんで敢えてネタでは済まないガチもんの曲をチョイスしちゃうんですかね。お前どんだけチャレンジャーなんだよ。これもう無理だろ。

 

「「「ハイッハイッハイッハイッ! フゥッフゥ〜!」」」

 

 そりゃ一色達も全力でセンターを拒否もすれば、自分達の趣味じゃないチョイスじゃないと力一杯否定もするわけだ。こんなののセンターなんて請け負った日には、完全に風評被害を被っちゃうよ。

 むしろよく協力してくれたよね。やっぱ友情って素敵だね!

 

「「「フゥフゥフゥフゥ〜!」」」

 

 そしてなぜコレを感謝のメッセージとしてお世話になってる先輩の為に歌おうと思ったのん?

 おん? あれか? オタク仲間の俺ならデレマスの歌でも聴かせときゃ元気になるとでも思っちゃった? ふざけんな、超ノリノリだわ!

 

「「「フゥ〜、ハイッ! フゥ〜、ハイッ! フゥ〜、ハイッ! ハイッハイッハイッハイッ!」」」

 

 つかなんだこのものすげぇクオリティ。みんな歌もダンスもキレッキレ過ぎませんかね? 特に家堀のキレがマジ半端ない。

 なんだこれ、まるでビューイングレボリューションまんまじゃねーか。生でVR観てる気分だわ。

 

「「「ハッピッ! エモーショッ! フゥフゥフゥフゥ! シンギンッ! ダンシンッ! ハイッハイッハイッハイッ! フゥッフゥ〜!」」」

 

 そしてさっきからオタ芸な掛け声が綺麗に揃い過ぎィィ!

 最初はごくごく一部の知ってる奴等だけが掛けてた掛け声も、この異様な盛り上がりに乗せられて引っ張られたのか、今や体育館全体に掛け声が拡がっちゃってやんの。つい俺も声を掛けちゃった☆

 

 ……家堀さんや。今はまだごく一部のオタクしか事の真相に気付いてないけども、これだけ大勢の前でこれだけ盛り上がっちゃったら、確実に全校生徒に曲名ググられて、確実に全校生徒にオタバレしちゃうからね? もうどうなっても知らないよ?

 

「「「イェェ、もう一回!」」」

 

 

 

 ──しかし、しかしである。

 確かにこのステージが終わった後の事態には些かの不安は伴うものの……

 

 

「いぇぇぇいっ!」

 

 

 ステージ上を所狭しと跳ねて歌って、汗とスポットライトでキラキラ輝く家堀の最高の笑顔を見ていたら、そんな些末な事などどうでもよくね? と錯覚してしまう。

 

 

 ああ、お前はこれが夢だったんだもんな。すげぇ幸せそうだよ。だったらもうどうだっていいよな。だって今のお前……最高に輝いてるぞ。

 

「「「ハイッハイッハイッハイッ! フゥッフゥ〜!」」」

 

 

 

 ──観客の声援と熱気に全身を火照らせ、歌い、踊る家堀。

 家堀の目に見えているのは、近い未来に全校生徒にオタバレするであろうだなんて小さな事ではない。

 その恍惚とした瞳に映るのは、光り輝くサイリウムの海の向こう側。

 

 そんな“輝きの向こう側”を眺めて美しく微笑む家堀香織を、俺はいつまでも見ていたいと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに家堀は文化祭のあと、しばらくのあいだ全校生徒から親愛を込めて『シンデレラ家堀』『オタマス』などと素敵なニックネームで声を掛けられ、毎日のように人のベストプレイスに乗り込んできては涙目で「解せん……!」と愚痴をこぼす事となるわけだが、それはまた別のお話。

 

 

 

おわりん

 

 




なんだこれ。



というわけでありがとうございましたっ!
いやホントすいません、完全に趣味に走っちゃいました(汗)
普通こういう時は誰もが知っているであろう選曲をするはずなのに、多分ほとんどの方が知らないであろうこの選曲(白目)

実は今回のお話は、この歌をいろはすグループに歌って踊らせたかったが為だけに始めたSSなんですよね〜(^皿^;)歌詞は書けないので掛け声だけでの進行という残念な斬新さですがw
『国民的アイドルがCMで歌ってるくらいメジャーなグループの歌』とかあまりにも不自然な言い回しだったので、誰の歌を歌うのかは結構バレてたとは思うんですが(実際感想で言われちゃいましたし苦笑)、お願いシンデレラとかではなく、曲名が今回作品のサブタイトル(フェスティバルは、パーティータイムでカーニバる)に書いてあったというね。


この曲が気になる方は、YouTube等で『Yes! Party Time!!』と検索すれば、いくらでも歌って踊る動画が出てきますので、よろしかったらどぞ☆
すげー可愛くて、個人的には歌にしてもダンスにしても、もしかしたらアイマス系で一番好きな楽曲かも♪
(ちなみに作者はアニメを一度観た程度でゲームはノータッチと、アイマスをほぼ知りませんが、楽曲のみは作業用(SS書いてる時のBGM)として結構聴いてます)


さて、これにて久々の香織SSは終わりとなります!今回感想返しが数日後になっちゃうかもしれませんが、ではまたですっノシノシ



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にんにく薫る湯気が漂う店内で 【前編】


全国一千万人の俺ガイルファンの皆様方お待たせいたしました!今宵、ついにあの女の子の初登場です←誰一人待ってない





 

 

 

 ──き、気まずい……

 

 わたしは今、目の前で引きつった顔でずずずっとラーメンを啜っている男の子を、多分この男の子と同じくらい引きつっているであろう顔でチラ見しながら、心の底からこんな事を思うのです。

 

 どうしてこうなった……と。

 

 

× × ×

 

 

 ラーメン屋さん。

 

 そこは、周りの目とカロリーをなによりも気にする“普通”の女子高生であれば、まず滅多に近寄らない魔境である。

 

 しかし残念ながら、誰とは言わないけどわたしの親友はあまり“普通”ではなく、そういう“周りの目”とか“カロリー”とかを気にするくらいなら、自分のしたいことを思いっきり楽しめばいーじゃん! という根っからの自由思考であるため、彼女とつるみ始めてからはわたしもちょくちょくそんな自由に付き合わされた。

 

 ラーメン屋さんに入るのもそんな彼女の自由気ままな行動の中のひとつで──

 

『やー、女子だけだとなかなか入りづらいじゃん? みんな嫌がるしさー。前々から一回行ってみたかったんだよねー』→『ヤバいラーメンて超美味しいじゃん! 男ばっかこんなに美味しいの食べまくってるとかズルくない? ウケる』

 

 と、彼女ご自慢の自由なゴールデンパターンが見事に炸裂し、それからはよく二人でラーメン屋さんを開拓するようになった。訂正。よくラーメン屋さんの開拓に連れ回されるようになった。

 

 そんな日々が続くと、わたしにだっていつしか芽生えてしまうんですよ。

 

 ──あぁ……なんか無性にラーメン食べたい……

 

 なんて気持ちがさ。

 

 ホントにかおりの奴マジ許すまじ。あいつのせいで、ごくたまにどうしてもラーメンが食べたくて仕方なくなるという衝動が、周期的に襲ってくるようになってしまったのよ……っ。

 

 と、とはいえ? あいつの誘いが無かったら? わたしはあの魅惑的な食べ物を知らないままで青春を無駄に過ごしてたはずですから? ……ま、まぁプラマイゼロって事で許してあげるわよしゃーないな。

 

 

 と、そんなわけで休日たる今日、特に予定もなく部屋でごろごろしていると、脂がテカテカと浮かぶ凶悪なスープ、ツルツルしこしこなちぢれ麺、そしてトロットロに煮込まれたチャーシューが三位一体となった、年頃乙女の最大の敵ともいえるあのラーメンのビジュアルと香りが、不意に頭をよぎってしまったのだ。

 やばい無性に食べたい!

 

 途端にベッドから勢いよく起き上がってかおりに電話してみるも、こういう時に限って今日は家の用事があって遊べないからとピシャリと断りを入れられました。

 ちょっと! わたしをラーメン中毒にしてくれたあんたが責任取らないで、いったい誰が責任取ってくれんのよ!?

 

 

 ──なんてね。実はこんな事態は一度や二度ではなく、こう見えてお一人様ラーメンなんて何度か経験済みなわたし仲町千佳は、いそいそと外出の準備を済ませて颯爽と家をあとにするのでした♪

 

 

× × ×

 

 

 やってきましたのは我が家から、そして我が校からちょっとだけ離れたとなり町。

 いくらラーメンに魅せられたからといってもそこは年頃の乙女。さすがにひとりラーメンしてるところを知り合いに目撃されてしまうのなんてのは、絶対的に許容範囲外。

 数回ひとりラーメンを楽しんではきたけれど、その全てで“知り合いに目撃されないように”との警戒だけは怠らなかった。それはラーメン女子に残された、乙女としての譲れない最後の矜持なのです。

 

 

 

 ふふふ、ここは以前からちょっと目を付けてたお店なのだ。たまーに地元グルメ誌のラーメン特集かなんかに載るお店で、前々から一度来てみたかったお店なのよね。

 ようやくありつけるラーメンに、わたしは意気揚々と暖簾を潜る。

 

 お一人様ラーメン──初体験の時こそ信じられないくらい緊張したけれど、実はラーメン屋さんに一人で来る女性のお客さんって、そんなに珍しいわけでもないのよね。通い慣れたOLさんなんかが、澄ました顔でズルズルと麺をすすっているのが日常の光景だったりする。

 

 結局のところ、こういうのを恥ずかしがってるのって、思春期の女の子だけなのかなーって。

 だからわたしはそれ以来、胸を張って暖簾を潜るようにしている。知り合いの目を気にして遠征に来ている時点で堂々と胸は張れてないけどね。そもそも張るほど立派なモノも持ち合わせてないですし。ってうるさいわ。

 

 店内に足を踏み入れると、むわっとした熱気と共に、ぎらぎらに脂ぎってそうなとんこつの香りと芳ばしいブシの香り、さらにはネギやにんにくといった香味の香りが混ざり合った、暴力的なまでのかぐわしい香りがわたしの鼻腔と脳髄をこれでもかと刺激してくる。

 ……こ、これはもう堪らない……! 早く! 早くわたしの渇いた心を満たしてよ……!

 

「何名様すかー?」

 

「……あ、ひとり、です」

 

「お好きな席どうぞー」

 

 まだお昼時まで時間がある事もあってそれほど混み合ってはいない様子の店内。そんな店内を見渡すと、そこかしこに空いている席が。

 なのでわたしは迷わずテーブル席へと歩を進める。ぶっちゃけカウンター席はまだちょっぴりハードルが高いのよね。なんか店員さんにお一人様女子高生がラーメンを味わってる様子を観察されちゃいそうとかそんなイメージで。

 

 あとここのお店は食券制じゃないんだなぁ……。口頭で注文するのはちょっと恥ずかしいんだよね。ま、致し方なし。とにかく今は一刻も早く食べたいの!

 

「しゃせ! ご注文どーぞ!」

 

 威勢のいいちょっと格好良いお兄さんが注文を取りに来てくれたので、わたしは多少恥ずかしがりながらも、遠慮がちに小声で注文する。

 

「えっと……じゃ、じゃあその……ネ、ネギチャーシューの大盛り、にんにくマシマシで……」

 

 おいおい、年頃の乙女が進んで大盛りとにんにくマシマシとか言っちゃうのかよ。

 でもだってさ!? たまーにしか来られないひとりラーメンの時くらい、食べたいモノ食べたいじゃない!?

 

「ハイ! ありがとうございますっ! ネギチャーシュー大盛り、にんにくマシマシ一丁!」

 

 ちょ、ちょっとお兄さん!? せっかく遠慮がちに小声で注文したんだから、そんなに店内に響き渡るような通る声で復唱しないでよ!

 

「ハーイ! ネギチャーシュー大盛り、にんにくマシマシ一丁っ」「にんにくマシマシ一丁っ」

 

「……」

 

 厨房の方からの追い打ち連続復唱で、わたしの戦意は喪失寸前。威勢の良すぎるラーメン屋さん、ツライ……

 

 あれだけ無い胸を張ったというのに、わたしの心は早くも悲鳴を上げる。

 やだ! 店内のお客さん達、みんなわたしのこと見て笑ってるんじゃないかしら!?

 

 そんな羞恥にしばらく縮こまって俯いていた年頃の乙女たるわたしだけれど、そこはほら、花より団子な年頃の乙女です。注文のお品が目の前にドンッと置かれる頃にはもうすっかりとラーメンの虜。羞恥? なにそれ美味しいの?

 

 

 あぁ……やっとやっと食べられる……

 思えば、ホントは昨夜あたりからずっと頭の片隅に居座っていた、この憎たらしいコイツの姿。でもわたしはずっと気付かないフリをしていた。

 なぜなら昨夜はママの作ってくれた美味しいハンバーグをたらふく食べたあと、ついつい焼き芋も完食してしまったのだ。

 

 ああもう……! なんで焼き芋ってあんなに美味しいの……?

 一昔前までの焼き芋は紅あずまという品種のサツマイモが主流で、少しノドに詰まるくらい繊維質が豊富で、まぁホクホクと美味しいには美味しいんだけど、そこまで好きってほどじゃなかったの。

 でも最近は、しっとりねっとりで信じらんないくらいに甘くて美味しい新品種の蜜芋・紅はるかが主流となって、世の女の子達を恐怖のドン底に突き落としている。

 なんなのあれ! 皮を剥いただけでもうスウィーツそのものなんだもん! どれだけわたしたち女の子を太らす気なのよ!

 

 

 だから昨夜毛布に包まる頃にふと頭を掠めてしまった大敵には気付かないフリをした……。だってしばらくはカロリーに気を遣わなきゃいけないのだから。

 でもやっぱ駄目だよね……自分の心に、嘘なんて吐けるわけがないよ……

 

 

 

 てかもうそんな回想どうだっていいよね。いつまでおあずけさせとく気なのよ。

 いっただっきまーす! と、わたしは頭の中で元気いっぱいに手を合わせ、目の前のこいつと真剣に向き合う事にした。

 

 テカテカと背脂で輝く美しい水面、そしてその水面の上にはもやしの山が美しくそびえ、そんな山の麓に佇む、どう安く見積もったって間違いなくトロットロでしょ? と太鼓腹を押せるであろうチャーシューとたっぷりネギの美麗なコントラストが、わたしの視界を独り占めにせんと妖しく誘う。

 

 いざ実食……! レンゲという名の小舟がスープの海を自由に航海し、ついにわたしの口元には、ほんの一すくいの甘美なる海水が──

 

「お客さんスイマセ〜ン! 店内混み合ってきたんで相席お願いしますー」

 

「っへ?」

 

 混み合ってきた? 相席?

 

 一瞬なんの事か理解出来ず、よく分からないまま店内を見渡してみると、わたしがお店に足を踏み入れた時の光景は今は昔、そこはいつの間にかお客さんで賑わう大人気店さながらの混み合いとなっていた。

 どうやら復唱に気を取られ俯いている間に、このお店は満席となっていたらしい。

 

 うわぁ、しまったぁ……! 空いてると思って油断しちゃったよぉ!

 こんな事ならカウンター席にしとけば良かったぁ……!

 

 

 わたしがよく友達と行くようなオシャレなカフェは、単にお茶をしに行くというだけでなく“空間と時間”を楽しむ場所であり、その空間と時間を提供してくれる代わりにお店側にはそれなりの見返りを支払っている。つまりメニューがバカ高い。

 なので多少お店が混もうと相席なんてもってのほかなわけなのだけれど、こういうお店はただ単純に“飯を喰らう”為だけに存在するお店なので、お店が混んで店員さんに相席を要求されたのならば、それを断わる事なんかは出来ないのです。

 つまりわたしはこの大盛りラーメンを知らない人と向かい合って食べなければならないという不幸に見舞われたわけなのです。

 ……せ、せめて普通盛りにしておけば……せめてにんにく抜きにしておけば良かった……

 

「は、はい」

 

「さーせん! お願いしゃす」

 

 ああ……せめてせめて女性であってはくれないものだろうか。見知らぬサラリーマンのおじ様と、にんにくマシマシ大盛りラーメンはキツすぎるよぅ……

 

 

 

 

 ──そんな年頃の乙女の切なる願いに神様が応えてくれたのだろう。幸いにも店員さんに連れられてきた招かれざる来客は、見知らぬサラリーマンのおじ様ではなかったのです。

 

「……あ」

 

「……あ」

 

 

 そう。わたしの目の前に腰を下ろしたのは、知らない人でもおじ様でもなく、同い年の知っている男の子だったんですから。

 

 

「……う、うっす」

 

 

 ちゃぷちゃぷとレンゲの中で一すくいのスープが揺れるサマをとても遠慮がちに一瞥してから、気まずそうにすっと目を逸らしたその目は、いつか見たあの日と同じように、背脂が浮いたスープのようにどんよりと濁っていました……

 

 

 

続く

 

 





なんだこれ。
どうも。需要とか一切考えないでお馴染みの作者です。


すみません。他でやってる連載の最終回(仮)の筆が全く進まず、夜食くいてーなぁ……と、つい気晴らしに書いたら気が付いたらこんなものが出来上がってました(白目)


前・後編合わせても一万文字にも満たないであろう今回の千佳SS。なのに分けてしまうというこの不思議。
完全なる気晴らし作品なので、後編は気が向いたら書きますね☆


ノシノシ




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にんにく薫る湯気が漂う店内で 【後編】



へいお待ち!ラーメン大好き仲町さん後編一丁!

おあがりよ!





 

 

 

 ああ……なんということでしょう……

 わたしの目の前には夕べからずっと待ちわびていた愛しの彼が、今にもわたしを優しくも激しく包み込もうとキラキラ輝いているというのに、今はそんな彼がこんなにも憎いだなんて……

 

 

 

 ふざっけんなぁ! ニンニク増し増し大盛りラーメンなんて、知ってる男子の前でズルズルすすれるかぁ!

 ううっ……ばかぁ……! なんでよりにもよって今日のあなたはそんなにも脂ギトギトで山盛りなのよ……っ!

 

 

 わたしは今、自ら頼んだラーメンの前で涙目になって俯いている。

 ゆらゆらと揺らぐ湯気が弱まってしまう前にこのどんぶりに勢いよくお箸を伸ばしたいのだけど、正直今はそれが恥ずかしくて仕方がない。

 

 いくらなんでも知り合いの男の子を目の前にしてこんなのズルズルすすれないよ……。ああ、ホンっト最悪……

 

 

 

 ──知り合い……かぁ。はたして知り合いって言っちゃってもいいくらいの人なのだろうか。一度遊びに行った事があるとはいえ、わたしと彼との間にはこれといった会話なんてなかったわけだし。

 

 ……そう。会話なんてなかった。

 あったのは会話なんかじゃない。ただ笑って……んーん、嗤っていただけだ。この人の事なんてなんにも知らないくせに、かおりの態度を見て、わたしも同じように笑っていいんだって……そう勘違いしていただけ。

 

 

 ──あれは去年の十一月。

 かおりの中学時代のクラスメイトだという彼と偶然出会い、そして一緒に居た超美人なお姉さんの計らいでずっと憧れていた葉山くんと遊べる事になって浮かれまくって、待っていたのは天国のような時間とそれ以上の地獄。

 

 

『そういうの、あまり好きじゃないな……』

 

 

 楽しく遊んでいた時となんら変わらない、爽やかでカッコ良すぎる笑顔で言われたソレ。あまりにも爽やか過ぎて、最初なにを言っているのかまったく理解できなかった。

 

『俺が言っているのは君たちのことさ』

 

 声音は甘く、微笑みは眩しく、彼は……葉山くんはそう言った。

 

『比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない』

 

 そうわたし達を叱責する葉山くんからは、すでに優しく甘い声もキラキラと眩しい笑顔も消え失せていて──

 

『君たちよりずっと素敵な子たちと親しくしてる。表面だけ見て、勝手なこと言うのはやめてくれないかな』

 

 ただ敵意を向け、鋭い視線でわたし達を冷たく射ぬいていた。

 

 

 あんなに楽しかったのに……あんなに嬉しかったのに……

 幸せな気持ちが強かった分、そこから転落したわたしの心はズタボロになったっけ。

 

 逃げるようにあの場から立ち去った瞬間も、家路に向かう最中も、お風呂に飛び込む時も毛布を被って泣いてる最中も、ずっとずっと、わたしは意味が分からなかった。

 

 ──なんで? なんでわたしがこんな目に合わなきゃなんないの?

 

 って。

 

 ──なんなのあの人。なんでわたしがあんなオマケのせいでこんな嫌な思いしなきゃなんないの?

 

 って。

 

 意味分かんなかったし、同時にわたしにこんな思いをさせた葉山くんにも恐怖もしたし失望もした。

 

 

 でも、それは違ってたんだって、本当に失望しなきゃならないのは自分に対してだったんだって、後々分かる事となった。

 ……そう、あれは──

 

「……えーと、味噌とんこつ、ギトギト濃い目、ハリガネで」

 

 ──と、恥ずかしくて山盛りラーメンを食べるに食べられず、思考がスープの海を泳いでいる真っ最中な時だった。

 まだ過去を振り返っている最中ではあったのだが、不意に目の前の男の子が店員さんに注文を済ませる声がした為、一時思考の回遊を中断することにしたわたし。

 ていうか違う思考で頭がいっぱいになってしまっただけなんだけど。

 

 ──え!? ギトギト? なにそれここでは脂ってサイドメニューかなんかなの? わたしのラーメンでも十分ギトギトなんだけど!

 そ、それに針金……? えと、わ、割り箸じゃなくて針金で食べるのかな……ってそんなわけないでしょ……

 

 目の前の男の子がよく分からない注文を済ませると、その注文がさも普通の出来事であるかのように、先ほどと同じく威勢のいい復唱が店内を駆け巡る。

 そして当の本人はおもむろに立ち上がると、漫画とか雑誌が乱雑に置かれた棚から新聞を取ってきて、わたしの目の前でバサリと開いた。そしてその新聞は、上手い具合に彼とわたしの間に見事な壁を築いてくれたのだ。

 

 彼の注文は確かに気にはなるんだけど、今はそれよりもこの好機を逃しちゃダメよ千佳! ラッキーにも完全にブラインドになってくれている大きく開かれた新聞のおかげで、彼からはわたしのニンニク増し増し山盛りラーメンも、それを食す乙女の姿も見られずに済むのだ。

 

 いや、ぶっちゃけもう手遅れっちゃ手遅れなのよね。知ってる男の子にお一人様ラーメン姿を見られちゃってる時点で。

 でも……それでもやっぱりおんなじテーブルで向かい合ってラーメンをすするのはキツすぎるから、せっかくのこのチャンスを逃しちゃなりません。彼のラーメンが届いて目の前の壁が取り払われてしまうその時までに、食事を出来る限り進めておきましょう。

 

 わたしはキランと目を光らせると、素早くレンゲの中に小さなコスモを創りあげる。

 一口ぶんの麺とスープ、その上になんの抵抗もなくお箸で簡単に切れてしまったチャーシューとしゃきしゃきのモヤシを添えて、さらには茶色に染まってしまったこの世界にネギという青を彩れば、小さな宇宙、即ちミニラーメンの完成である。

 

 ……くっ、本来であれば食事の開始からこんな真似はしたくないのよ……!

 最初はスープをじっくりと味わい、そして次に麺だけを食して小麦を味わう。

 スープと麺、それぞれの個性を十二分に楽しんでからようやく勢いよく麺をすする。太いちぢれ麺に濃厚なスープがたっぷりと絡みついてきて、そこで初めて麺とスープの一体感を味わうのだ。

 

 ズルズルと何口か一体感を味わったあとは、ついに待望のとろけるチャーシューの登場である。口いっぱいに頬張り、滴る肉汁を口で、脳で、心で堪能。最後はしゃきしゃきのもやしで口内をリセットする。

 

 ……そんな一連の流れを何度か繰り返して心にゆとりが出来てからにしたいのよ……! ミニラーメン作りは……っ!

 でもしょーがないじゃん! 音を立てずに少しでも早く食べ終わる為には、こうして一口一口確実に消費してくしかないんだもん!

 出来れば彼のラーメンが到着してしまう前に、彼の新聞が取り払われてしまう前に、目の前の大盛りラーメンを亡き者にしてしまいたいのだから。

 

 ああ、やだなぁ……スープも麺も具も、個別に味わう事もしないで初めっから一まとめにして食べるだなんて……

 そう嘆きながらも、わたしは極力音がしないよう初めの一口で全宇宙を網羅した。

 

 

 

 

 ──うまぁい……っ。

 

 

 臭みが出ないよう丁寧に取っているであろう動物系のダシと、贅沢に取っているであろう魚介のダシのダブルスープが生み出す濃厚な味わい。お店秘伝であろうかえしがスープ達をキリリと引き締めて、動物と魚介の仲を見事に取り持っていらっしゃる。

 

 でもそんな濃厚なスープが絡まっても、この自家製極太ちぢれ麺は全然負けてないよ。むしろこの極太ゆえの歯応えとのど越しが、強烈に主張するスープを逆に取って食わんばかりの存在感。

 

 てかなに……!? このとろっとろのチャーシュー……! なによこれ歯とか要らないじゃない……。

 そして多分こいつの煮汁をかえしに使ってるんだろうな。スープ、麺、チャーシューが合わさった時のこの渾然一体なサマはどうよ。

 これだけひとつひとつが強く主張して襲ってくるというのに、一口で食べた時のこのまとまり具合は異常。

 

 そこにしゃきしゃきもやしと、パンチの効いた背脂、ネギ、ニンニクのアクセントが加わる事によって、わたしの口の中は今まさにビッグバンが巻き起こっている。……はふぅ、幸せ〜……。

 

 むむっ、最初っからミニラーメンにしちゃうなんて邪道とか思ってたけど、いざ食べてみるとコレはコレで悪くないかも。たまにはこういう『スタートからクライマックス』ってのもいいのかもね。

 

 

 ……って駄目じゃない千佳! なに両目を瞑ってじっくり味わっちゃってんのよ! 早く食べてこの席を立たなきゃなんないんだよ!?

 ううっ……せっかくこんなにも美味しいのに、ゆっくり楽しめないだなんてそんなのってあんまりだよぉ……

 

 そしてわたしは待望のラーメンの美味しさに感動し、それをゆっくり堪能出来ない悲しみに暮れながら、次から次へせっせとミニラーメンをこさえつつ、静かに……でも迅速に、黙々と口へと運び続けるのでした。

 

 

× × ×

 

 

「はぁ〜☆」

 

 美味しかったぁ。

 

 美味しいラーメンを完食した充足感に、わたしは目の前の男の子の存在を忘れ、つい深く幸せの息を吐いてしまった。

 

 や、やば……口ん中ニンニク臭で一杯なのに! は、恥ずかしいぃぃ……

 いや、まぁニンニク薫るこのお店の中であれば大丈夫、だよね……?

 

 にしてもこのお店はアタリだね。今度はかおりを連れてきてやろう。

 じっくりと味わえなかったけど、またここに一人でくる勇気が無いからかおりをダシにするってわけでは決してない。

 

 

 結局のトコ、彼のラーメンが届くまでに完食する事は出来なかった。

 でもラーメンが届いて新聞が取り払われる頃には、すでにわたしのどんぶりにはニンニク増し増し大盛りラーメンがあったなんていう形跡はひとつも残ってはおらず、それからはゆっくりとミニラーメンをこしらえて女の子らしくお上品に租借して、なんとか事無きを得たのです。

 新聞をどかした直後、わたしのラーメンの減りように彼がどんぶりを二度見したような気がしたけれど、きっとそれは気のせいだったはずだと信じたい所存であります。

 

「……ご、ごちそうさまでーす」

 

 そしてわたしはすぐさまお会計を済ますべく、ラーメンの余韻に浸ることなく店員さんを席に呼び付けた。さっきから店内を観察していたら、どうやらこのお店、お会計はよりにもよって各席にて行うらしいのよね。ちくしょう、お会計カウンターくらい用意しときなさいよ、気が利かないわね。

 ああもう、早く……一刻も早くここから立ち去りたいってのに。

 

 実のところ、今まさに目の前で彼が美味しそうにすすっているラーメンもかなり気にはなっている。

 凄い量の背脂となんとも香ばしい味噌の香り、そして結局どこにも見当たらない針金……

 様々な事がもんのすごく気になって仕方ないんだけど、でも今はとにかく早くここから消えちゃいたい。余韻に浸るより、気になる味噌ラーメンに後ろ髪を引かれるより、何よりも逃げ出したいの。この人もさっきから早くわたしに居なくなってもらいたそうに顔を引きつらせっぱなしだしね。

 

「どもあざっしたぁ! えーと……ネギチャーシュー大盛りニンニク増し増し一丁で九百八十円になります!」

 

 ちょっと!? あんたなに言ってくれてんの!?

 せっかく大盛りっぷりとかニンニク増し増しっぷりは見られずに済んだ“かも”しれないのに、なんでここにきて全部言っちゃうわけ!?

 ……うぅ、もう穴掘って埋まりたいよぉ……

 

 

 

 

 ──それは、もう二度とこんな店来るか! と泣きそうになりながら、バッグからお財布を取り出そうとした時だったのです。

 

「……あ、あれぇ……?」

 

 誰にも聞こえないくらい、蚊の鳴くような声でぽしょりと音を漏らすわたしの口と心。

 

 え? いやいやおかしいでしょ。そんなわけなくない? だってさ、じゃあわたし、どうやってこのお店まで来たってのよ……って、あ、今日は電車じゃなくて自転車でした。

 

 で、でもさ? いつも同じバッグに入れっぱなしなのに無いわけなくない? ……って、今日はお出掛けだからスクールバッグじゃないじゃんかー。もう、このあわてん坊さんめっ。

 

 ってことはつまりー……

 

 

 ……ヤ、ヤバい。お財布、忘れた……

 

 

 マ、マジでぇ……?

 そういえば普段お出掛けの時は前もって準備とかしとくところなのに、今日はラーメン熱にほだされて急きょ外出する事になったから、私用のバッグにお財布入れ替えなかったかも……っ。

 

「……お客さん? どうかしましたー?」

 

「あ、や……」

 

 バッグをごそごそしてから軽く固まってしまったわたしの様子に、威勢のいい店員さんが訝しげに声を掛けてきた。

 

「あ、あはは……」

 

 どどどどうしよう!? こ、こういう場合って、どう対処すればいいの!?

 

 あ、あれか! 身分証明書とか預けて近くのコンビニにお金を卸しに行くとか…………って、学生証もスクールバッグの中だよ! 銀行のカードだってお財布の中に決まってんじゃん!

 

 じゃ、じゃあお母さんに電話してお金を持ってきてもらうとか…………って、まさかのスマホも無しだよ! むしろバッグになに入れてきたのわたし!? どんだけラーメンに夢中だったのよ……!

 

「お客さん……?」

 

 ……うわぁ、どうしようコレ! お店の電話貸してもらうにしたって、そもそもお財布忘れたなんて事を伝えたら、多分この店員さん──

 

『え! マジすか財布忘れちゃったんすか!?』

 

 って、悪気はなくとも大声で口に出しちゃうに決まってる。そしたらわたし、この満席のお客さん達の好奇の視線を独り占めにしちゃうよ……

 そしたらもう、お店中の笑い者じゃんかわたし……。お一人様ラーメンしに来た女子高生がお財布忘れて涙目とか、絶対にクスクス笑われちゃうよ……

 

 目の前に座ってる人だって絶対にわたしのことバカにして笑う。てか多分もうしてる。

 だってわたしは間違いなくこの人に嫌われているから。あの日さんざんバカにして、さんざん笑い者にしたんだから。

 

 

 ──ああ、今日はほんとサイアク。なんでわたしラーメンなんか食べに来ちゃったの? なんかもう今すぐ死んじゃいたいくらいに惨め。

 ……どしよ。なんかホントに視界が滲んできちゃったよ。

 

「……あ、すんません」

 

 パニックと惨めさで頭の中がぐちゃぐちゃになってたそんな時だった。わたしと店員さん二人だけのやりとりでは決して聞こえないはずの声が、すぐ目の前からわたしの耳に届いたのは。

 

「あ、はい、なんすか?」

 

 今このタイミングでお水のおかわりだろうか? もしくは替玉とか? それともお会計して帰るのかな。

 

 でも、その声が発した言葉はそのどれとも違ってた。あまりにも予想外で、そしてあまりにも安心感を与えてくれる、こんな優しい嘘だったのです。

 

 

「この人友達なんで、会計は俺と一緒でお願いします」

 

 

× × ×

 

 

「あざしたー!」「したぁ!」「あざぁっす!」

 

 相変わらず威勢の良すぎる掛け声&復唱を背に暖簾をくぐる。目の前には、一週間のお仕事で疲れ切ったサラリーマンくらい猫背になっている男の子の背中。わたしはそんな背中にいそいそとぴったり着いていく。

 以前見た時にはなんかちっちゃくて情けない背中だなぁ、なんて印象しかなかったのに、今はなんだか少しだけおっきく見えるなぁ。

 

 

 結局あのあと、照れくさそうに引きつった顔でラーメンをズルズル啜ってるこの人の顔を、わたしも同じように引きつった顔して食べ終わるのを待っていた。ちらちらと盗み見ながら。

 

 にしてもあの場から……彼から速攻で逃げ出す気まんまんだったのに、まさかその彼と一緒に退店する事になるなんてね。

 

「あ、あのっ」

 

 そしてあれ以来ずっと無言を貫き通してきたわたしだけれど、お店を出た直後にようやく勇気を出して声を掛けてみた。

 

「きょ、今日はその……助かりました。ありがとう……比企谷くん」

 

 そう名前を呼ぶと、彼はなんだか少しだけ驚いたような顔をした。

 なんだろ? わたしが名前を覚えてたのが意外だったのかな。

 

 

 ──助かりましたとは言ってみたものの、結局のところ別にそれほど助かったってわけじゃない。だって何がわたしをあそこまで辱めていたのかと言えば、他ならぬ比企谷くんの存在なのだから。

 比企谷くんさえ居なければ、たかがお財布を忘れたくらいじゃあんなにパニックにはならなかっただろうし。

 そんなわたしを辱めるべく存在の比企谷くんその人にラーメン代を立て替えてもらってしまったのだから、恥ずかしさから救われたという観点から考えたら、なんらひとつも助かってない……どころか、なんなら恥の上塗りでもあるわけで。

 まぁそりゃ、威勢の良すぎるお財布忘れた復唱地獄からは救われたかもだけど。あ、やっぱ超助かったかも。平身低頭で謝意を表明したいレベル。

 

「……おう、まぁ困った時はお互い様とかいう格言がこの世には存在してるらしいから気にすんな。あいにく困ってる時に助けてもらった記憶がないから、その格言がホントかどうかは知らんけど」

 

 ……うっわぁ、なんていう捻くれた言い回しなんだろ。

 でも少しだけ頬を赤らめてそっぽを向いてるから、これはこの人なりの照れ隠しなのだろう。捻照れとでも命名しようかしら。いや、捻デレ?

 

「う、うん。でも……ホントありがと」

 

 まさか助けてくれるだなんて思わなかった。だからホントにびっくりした。

 比企谷くんはわたしの事なんて嫌いなはずなのに。わたしの惨めな姿を見て絶対笑ってると思ってたのに。

 でも、店員さんに声を掛けてくれた時の比企谷くんは、これっぽっちも笑ってなんかいなかった。

 

 

 ──なんでだろ。なんでこの人はわたしを助けてくれたの? わたしが知ってる、わたしの印象の中にあるこの人は地味で暗くてカッコ悪い、いわゆる陰キャラ。こんな風に女の子を助けてくれるような人じゃないのに。

 

 ……んーん、本当は知ってたの。わたしの知ってた比企谷くんは本当の比企谷くんじゃないって。そもそも“知ってる”なんて言葉を使うこと自体が大間違いなくらい、わたしは彼の事なんてなんにも知らなかったんだって。

 

『千佳千佳〜! 昨日さぁ、なんと比企谷に会っちゃった!』

 

 あの悪夢のダブルデートからしばらくのあいだ、わたしはバカみたいに塞ぎ込んでいた。

 ずっと憧れだった総武の葉山くんから酷い事を言われた悲劇のヒロイン。それがあの頃のわたしの役回り。実際は悲劇でもなければヒロインでもなんでもない、ただの脇役だけれど。

 

 クリスマスが目前まで迫っていた十二月、そんな悲劇を装った喜劇を演じているわたしに元気いっぱいに声を掛けてきたのが、生徒会の手伝いをしにいった親友、折本かおりだった。

 

『あはは、もしかしたらとか思ってたんだけどさー、マジであいつ居んだもん! 超ウケるよねー』

 

 あのバカ、わたしが今最も聞きたくない話をずけずけと振ってきたんだよね。こっちはもうあの人の事なんかとっとと忘れたいんだっての……って、ホントうんざりしたっけ。

 

 でもかおりはクリスマスイベントが終わるまで、毎日のように懲りずに報告してきた。やれ比企谷が一年生美少女生徒会長と仲がいいだのこき使われているだの、やれ比企谷がロジカルシンキングが論理的に出来ないで定評のあるうちの名物生徒会長とカタカナでやり合ってるだのと、なんとも愉しげに。

 

 

 そしてしばらくしてからあの子は言った。

 

 

『比企谷ってさー、実はめっちゃ面白いヤツだったんだ。あんなにウケるヤツだなんて知らなかった。そう、ただ……知らなかっただけなんだよね。だからあたし比企谷に言ったんだー。「昔は比企谷とか超つまんないヤツって思ってた。けど人がつまんないのって、結構見る側が悪いのかもね」ってね。ひひ、あいつ鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してやんのー』

 

 

 って。

 

 比企谷くんの話なんか聞きたくもないわたしにあの子がしつこく話してきてたのは、多分わたしの為だったんだと思う。

 あんな人のせいで嫌な思いをしたとずっと塞ぎ込んでたわたしに、本当は違うんだって、悪いのは自分達の方だったんだって、そう伝えたかったんだ、かおりは。

 自分が一番悪かったんだって。自分が一番後悔して反省して、そして間違いに気付いたんだって。そんな姿をわたしに見せる為に。

 結局かおりの狙い通り、わたしはようやく元気になれた。塞ぎ込んでる時って、相手に責任を求めるよりも自分の責任を認められた方が、ずっとスッキリするんだね。

 

 それと同時に、比企谷くんの事も素直に凄いなって思えるようにもなった。だってあの葉山くんに、あそこまでの事をさせちゃうような人なわけだし。

 

 葉山くんは誰にでも優しい人だから、葉山くんに責められた時はただ単に弱い者イジメを責められてるような感覚だった。ああ、わたし達が比企谷くんをイジッてたから優しい葉山くんは怒っちゃったんだろうなって。

 でも実際は違うのかもしれない。あれはなんていうか……本当に悔しかったんじゃないかな? って。

 友達、というよりはライバル? そんなライバルをバカにされたのが堪らなく悔しかったんじゃないのかな? って、そう思えたんだ。

 それほどまでに、比企谷くんは葉山くんに認められてる存在なんだね。

 

 

 だからわたしは知っている。

 なんでこの人はわたしを助けてくれたの? っていう疑問に対しての答えを。

 

 それは、わたしが困っていたからだ。

 それはあまりにも単純過ぎる答えだけど、でもそれが全てなんだよね。わたしの事が嫌いとかそういうの関係無しに、比企谷くんは目の前で困ってる知り合いの女の子につい手を差し伸べてしまうような、普通に親切な人だったってだけの、ホントにとってもシンプルなお話。

 

『比企谷が居ない時に一色ちゃん──あ、総武の生徒会長の子ね、その一色ちゃんに聞いたんだよね。……ぶっ! 比企谷ってさー、あんだけ仏頂面してるくせに、実は超気が効くんだってー! なんも言わずにいきなり荷物とか持ってくれようとかしちゃうし、そもそも比企谷が生徒会の手伝いに来たのも、めんどくさそうにしながらも何だかんだ言って一色ちゃんのワガママに付き合ってくれたからなんだってさー。だから結構頼りにしてるみたいよ? あはは、あの比企谷がだよー? なんかウケない!?』

 

 ……そんな話を聞いた時、てっきり比企谷くんが一色さんって子を狙ってるだけなんじゃないの? なんて思いもしたけど、いざ自分がされてみるとよく分かる。この人の分かりづらい不器用な親切心が。

 

 

 たからわたし本当は知ってるよ? あの時あなたが新聞を取ってきて目の前で拡げたの、あれってホントはわたしの為だったんでしょ?

 お一人様ラーメンに来てたわたしが、ラーメンも食べずに恥ずかしそうに俯いてたから。だからわたしが少しでも食べやすいように自分の視界を塞いでくれたんでしょ?

 

 ホンっト分かりづらい優しさだよね。でもだからこそ、分かった時にはこんな風に胸がぽかぽかするんだね。

 あのとき会ったすっごい美少女二人とか葉山くんとか、さらに一年生生徒会長の子とかが比企谷くんと一緒に居る理由が、なんとなーく分かった気がするなぁ。

 

「あの、さ、比企谷くん」

 

 だからわたしももうちょっとだけ知りたいかもしんない。この不器用で捻くれた男の子のこと。

 今度こそもっとちゃんと見て、今度こそもっとちゃんと知って、少しでもこの人の事が今より理解できたのなら、その時はあの日の事をちゃんと謝ろう。多分いま謝っても、比企谷くんはそこになんら意味を見いだしてはくれないだろうから。

 

 

 だからわたしはこの人の事を知る為に、ほんの少しだけ一歩を踏み出そう。

 

 

「きょ、今日の食事代返したいんだけど、さすがに家にまで取りに来てもらうのもなんだしさ、そ、その……今度……ラーメンを奢り返すってので……ど、どーかな」

 

「……は? お、奢り返す? え、一緒に食いに行くっことでしゅか……?」

 

「そ、そう!」

 

「……え、やだけど」

 

「即答!?」

 

 ぐぬぬ……! やはり手強い! そこらの男子だったらほいほい着いてきそうなもんなのに! でもここまで来たら引き下がれないのが女子としてのプライド! ここで断られたままで居られるほど女の子は簡単じゃないんだからね?

 

「ひ、比企谷くんてラーメンすっごい好きそうだよね!?」

 

「お、おう……まぁ、人並みには」

 

「だよね! さっき比企谷くんが注文してたの聞いて、なんか超玄人っぽいなーって思ってたんだ!」

 

 針金とかね!

 

「じ、実はわたしも結構ラーメンが好きでね……?」

 

「……だろうな」

 

 ちょっと? 今お一人様ラーメン女子高生をバカにしなかった?

 

「そ、それもこれもかおりのせいなの! あいつに連れ回されたせいでラーメン中毒になっちゃったのに、いざわたしが食べたいと思ってもかおりがラーメンの気分じゃないと付き合ってくんないんだもん! だ、だから仕方なく、きょ、今日みたいにお一人様で……? な、なんて」

 

 と、ここでかおりを生け贄にしてお一人様ラーメンの言い訳をひとつ。

 ニンニク増し増し大盛りラーメンの言い訳にはならないけども。

 

「ああ、そう……ま、あいつ自由だからな」

 

「そうなの! ホントそれ! でもさ、そのー……やっぱ女子高生が一人でラーメン屋さんに入るのって、なかなか難しくって……ね?」

 

 実はすでに結構慣れたもんですけども。

 

「だ、だから……たまにでいいから、ラーメン屋さんに付き合ってもらえると……助かるかなー……って。……ホ、ホラ! 比企谷くん、ラーメン屋さんに詳しそうだし、美味しいお店とか紹介してくれそうだし……!?」

 

「……は? 奢り返すっつう一回だけじゃなくて……?」

 

「だ、だめ、かな……わたし結構困ってるんで、付き合ってもらえると、すっごく助かるんだけど……。ど、どうでしょうか……? どうせ少なくとも一回は奢るわけだし……」

 

「え、なに、いつの間にそれ確定事項になってたの?」

 

「え、えへ?」

 

 

 

 

 

 ──わたし仲町千佳は思うのです。涙目な上目遣いで困ったアピールをしているわたしのお願いに、真っ赤な顔して頭をがしがししている比企谷くんを見て、あ、これはもうあと一押しで落ちるな、と。

 

 

 こんな変すぎる偶然な出会いではあったけれど、たまにはこんなのもいんじゃない?

 ラーメンから始まる恋…………はさすがに無いな、うん、無い。はず。

 でも、ラーメンから始まる友情くらいならアリだよね。うん、全然アリ! ふふっ、この捻くれ者で意外と優しい比企谷くんとラーメン友達になれたら、なんか結構面白そうだよね。

 

 

 だからわたしは彼にもう一押しするのです。未来のラーメン友達との明るい未来を夢見て、大好きなラーメン談義を交えながら。

 よーし! 頑張れわたし!

 

 

 ……あ、そうそう。さしあたってまずはコレを聞かなきゃね♪

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ比企谷くん、針金って、なに?」

 

 

 

 

おしまい

 

 





というわけで仲町さんでまさかのひと月焦らしプレイとなりましたが、ようやく後編を上げる事が出来ました☆

……いやホント遅くなっちゃってスミマセン('・ω・`;)



次はいつの投稿になってしまうか皆目見当も付きませんが、また次回もよろしくです〜ノシ





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母と娘のエトセトラ



変化球?ふふふ、今回は超どストレートですよ(^皿^)

超どストレートなファストボールが、バッター目がけて一直線☆

節子、それデッドボールや。




 

 

 

「むー……」

 

 先ほどから、リビングのソファーで寝そべったり起き上がったりと、一切落ち着きのない様子の女の子。

 その手には、朝からずっとスマートフォンが握られている。

 

「むー……」

 

 寝そべるとスマートフォン、起き上がったらスマートフォン。

 なにをするにもスマートフォンと睨めっこをする女の子。そんなにずっと睨んでると、スマートフォンくんも恐がっちゃって鳴るに鳴れなくなっちゃうわよ?

 

「むー……」

 

 朝起きてきてからこの昼下がりまでの時間、いったい何度目の唸り声なのやら。

 どうやら本日、我が愛する娘一色いろはは、ご機嫌斜めのようです。

 

 

 

 

 まったくもう……可愛い愛娘がこんな風になっちゃったのは、一体いつ頃の事だったかしらねー?

 

 そう。あれは確か──去年のクリスマス前後……いろはがまさかの生徒会長になっちゃったあとくらいの事だったかしら。

 

 

× × ×

 

 

 いろはは可愛い。

 いえ、別に親バカとかではなく、客観的に見て余裕で美少女の部類に入る女の子。

 うん。なんていうか、私の若い頃にちょっと似てるのよね。もっとも私はこんなにあざとくは無かったけれど。……無かった……はず。

 

 そう。いろははとっても可愛いくてとってもあざとい。

 この子は小さい頃からその恵まれた容姿を如何なく発揮して、多くの男の子達からモテモテだった。

 そんなちやほやがクセになっちゃったのか、気が付いた時にはかなりのジャグラーになってたっけ。

 

 決して一人の男の子だけと付き合うとかではなく、みんなの一色いろは(男の子限定)として可愛く振る舞い、いつしかそれが娘の処世術となっていた。

 

 学校帰りに家に連れてくるお友達は女の子じゃなくって男の子。しかも彼氏ってわけでもない、ただの友達としての異性。友達と言ってもその子達は明らかにいろは狙いっぽかったし、しかもいっつも違う男の子なのよね。

 でも決して自室に通す事はせず、ただリビングに置いといて自分の作った焼き菓子を振る舞う……という名の餌付けをする日々。

 

 休日にデートに行ったかと思えば、男の子たちは単なる荷物持ち件アクセサリーでしかなく、ランチとお買い物が終わるとすぐに帰ってきちゃうし。まぁ遅くまで遊んでいる事がないから親として安心だけれど。

 でも正直、母親としてはそんな娘の振る舞いがほんの少しだけ心配だったのよねー。

 

 

 そんな何気ない毎日を過ごしていた時だった。

 なんていうか、娘の様子が変化していったのは。

 

 

「ねぇねぇお母さん聞いてよー」

 

「ん? どうしたの?」

 

「今日、まーた先輩にあざといとか言われたんだけどー! マジありえなくない!? わたしとかちょー素じゃんねー?」

 

 ……ん、んー。確かに“今”はちょー素よね。

 でもあんた、家に男の子連れて来た時の態度はちょー素じゃないわよ?

 

「ほんっと超失礼しちゃうんだけどー。ガチでムカつくっ」

 

 そう言って、むーっと頬っぺを膨らます娘はやはりあざとい。可愛くって仕方ないけれど。

 

 

 ──それにしても、なんだか最近はなにかと言うと先輩ガー先輩ガーよね、この子ったら。よくもまぁ毎日毎日先輩ネタを持ち帰って来られるわね。

 ちょっと前までこうして先輩の話をしてた時って、こんなにも楽しそうだったかしら? 幸せそうにニコニコしてるからいいけど。

 お母さん、いろはがそんな顔してるととっても幸せよ?

 

 ……それにしても……

 

「でもちょっと意外よねー。葉山くんって、いろはから聞いた話を聞く限りではそういうタイプじゃないっぽいんだけどなー」

 

「へ?」

 

「もっとこう……王子様って感じの子かと思ってたわ? もしかして王子様は王子様でも、俺様系の王子様なのかしら?」

 

 ……確か葉山隼人くんって言ったかしら? 高校に入ってからいろはがよく話すようになったいろはの王子様って。いろはが葉山くんの話をよくするようになってから、私は少しだけ安心してたのよね。

 今までみたいに『みんなにモテる女の子』じゃなくて、『一人の男の子に恋する女の子』になれたのなら、私のあの心配が無くなるから。

 

 もっとも“恋する”とは言っても、いろはの葉山くんに対する思いは、どちらかというとアイドルとか人気モデルの男の子に憧れる、ミーハーな女の子に近い気持ちに見えたけど。もしくは恋に恋するっていうのかしら。

 それでも、一人の男の子に夢中になっているようなら私が心配するような危ない目には合わないだろう。

 

「お母さんなに言ってんの? わたしが言ってるのって、全然葉山先輩と違う人だからね?」

 

「あら、そうなの?」

 

「そうだよ。先輩はせんぱいだから。てかあんな捻くれたキモい人と葉山先輩間違えるとか、葉山先輩に超失礼だってばー!」

 

「あはは、ごめんごめん。そっかー、違う人なのかー。……じゃあ葉山くんとは最近どうなの?」

 

「んー……、さぁ? 最近生徒会忙しいからあんまマネやれてないし、それにほら、寒いし?」

 

「あ、そう……」

 

 それ完全に寒いからって方が主な理由よね。

 

 

 ──にしても、そうなんだぁ。私てっきり、ずっと葉山くんの話をしてるものとばかり思ってたわよ。

 だって最近のいろははその先輩の話をする時、決まってすごく楽しそうだったんだもの。

 

「……あ」

 

「どーかした? お母さん」

 

「んーん? なんでもなーい」

 

「……? ふーん」

 

 なんでもなくは一切無い。なぜなら私は「そーいえば!」と、少し納得する部分を見つけてしまったのだ。

 

 そんな母親に訝しげな視線を向けてくるいろはだけれど、悪いけどお母さんそれはまだ言えませーん! だって言ったらいろはに怒られちゃいそうなんだものっ。

 

 

 そう。ちょっと前まで葉山くんの話をする時のいろはって、恋というより憧れ。好きは好きでも違う意味の好きっていうオーラを発してた。

 でもここ最近先輩の話をする時のいろはは、なんかもうすごく生き生きしてたのよね。それこそ本当に恋する乙女のような。

 

 

 ──ああ、そっかぁ。いろは、ついに本気で恋しちゃったのね。そしてそれは葉山先輩じゃなくって“せんぱい”なのね。

 寒いからって理由で葉山くんの居る部活に行かない時点でお察しだけれど。

 

 

 

 そんな母親の勘はズバリ的中したようで、いろははそれからも──

 

 

『ねぇねぇお母さん知ってる!? 大手の編集者になると年収一千万とかザラなんだってー。でねでね? それ見ながら「わたし編集者と結婚します」って言ったら先輩なんて言ったと思う!? 「むしろ俺が編集者と結婚する」だってー! 超バカじゃない!? ホントあの人どうしようもないよねー。あはは、ヤバい思い出しただけでお腹痛いぃぃ!』

 

 

『ねぇお母さん! 今度先輩とフリーペーパー作る事になったって言ったじゃない? でさでさ、その下見を兼ねて明日先輩とデー……遊びに行っちゃうんだけどー、でもでもあの人の事だからしょーもないトコに連れて行かれそうだよねー。やっばい、ちょー楽しみなんですけどっ』

 

『ねぇねぇお母さん、明日のバレンタインイベントでさ、一応先輩にも義理でなんかあげようと思ってるんだー。も、ち、ろ、ん! 本命で気合い入れて作るのは葉山先輩用なんだけどー、先輩にはなにあげよっかな? クッキー一枚とかがいいよねー。勘違いされちゃっても困るし。……ま、まぁ? ホントはもっとこう、それなりのモノをあげてあげてもいーんだけどぉ、なんか色々あってめんどくさいんだよねー』

 

 

 等々、先輩くんの話題には事欠かない日々が続いていた。

 そして私は娘のそんな幸せそうな笑顔を見て、母親としての幸せをたっぷりと味わっていたのです。

 

 

× × ×

 

 

「ん? どうかしたのか? なんかお前、最近妙に楽しそうだな」

 

「ふぇ?」

 

 おっと。せっかくの夫婦の時間だと言うのに、私ったらまーたいろはの締まりのない顔を思いだしちゃっていたわ?

 

「うふふ、なんでもないわよ」

 

 そう言って、よく冷えたビールと茹でたての枝豆を乗せたトレイを、リビングのソファーに座りながら野球観戦している夫へと届ける甲斐甲斐しい妻な私。

 今日もお仕事お疲れ様です♪

 

「……そんな含み笑いしといて、なんでもないって事なくないか?」

 

「そんなことないわよー?」

 

「……なくはないだろ」

 

 んー。言っちゃってもいいんだけど、この人めんどくさいからなー。

 でもまぁ、私達の娘の成長を一緒に喜びましょっか!

 

「じゃああなた? 言っとくけど嫉妬しちゃダメですからねー?」

 

「な!? お、お前……! まさか他に好きな男でも出来たのか!?」

 

「あのねぇ……そんなわけないでしょ……。私じゃないわよ。……はっ!? なんですかもう何年も連れ添った仲だというのにまだ私をそんなにも束縛したいんですか、とっても嬉しいしキュンってきちゃったけどそういうのはあとで寝室に行ってからにしてくださいごめんなさい」

 

「何年連れ添ってもまだ振られちゃうのか……」

 

 あらいけない、つい昔のクセが。でも未だに現役でも行けそうね。ちょっと息は上がっちゃったけれど。

 

 ぴっと両腕を真っ直ぐに伸ばしてハァハァ息を整えていると、夫は疲れ切った目をさらにどんよりさせて、恐る恐るこう訊ねてきた。

 

「ま、まぁお前に振られたのなんてもう数えきれないからもういいけど、……えっと……も、もしかしていろはに何かあったのか……?」

 

 嫉妬といろはという強烈な二つのワードに、夫はわなわなと不安気に肩を震わせる。

 

「ふふっ、そ。いろはってばね〜──」

 

 ゴクリと咽喉を鳴らす夫に、私は愉しげにこう言ってあげるのです。

 

「恋しちゃってるの!」

 

「よし、そいつ今度うちに招待しろ。二人で色々と話をしなきゃならんことがありそうだ」

 

 ……うっわぁ。やっぱりあなた、ちょっとめんどくさいわねぇ。

 

「だからもうホントそういう気持ちの悪い発言やめなさい? まーたいろはにウザがられて泣く事になるわよ?」

 

「ぐっ……!」

 

 つい先週もいろはにウザがられて、数日間無視された事でも思い出したのだろう。

 うっすらと涙目になっている夫に、少しだけ助け船を出してあげましょう。

 

「大丈夫よ。まだ彼氏とかってわけでも無さそうだし、どっちかというといろはが絶賛片想いしてるだけみたいだから」

 

「そ、そうなのか!」

 

 い、いや……だが待て、いろはが片想い……だと? くそ……! などと、安心と不安の二つの感情に襲われ、頭を抱えて悶える夫。本当にこの人も昔っから変わらないわねぇ。ま、そんな変人なとこに惚れちゃった私もあれだけど。

 

「大丈夫よあなた。もしその子がいろはと付き合う事になったとしても、いろはの話を聞いてる限りではとってもいい子みたいだから。私的には応援してあげたいし、むしろいろはにそんな素敵な恋を教えてくれたその子に、すっごく感謝してるくらいなんだから」

 

 

 

 

 ──いろはは可愛い。そしてあざとく巧みに男の子を手玉に取る。……そう、一昔前の私みたいに。

 

 

 今はね、それでも大丈夫なのよ。まだ上手く手玉に取れているうちは。手玉に取られている男の子達がまだ幼くて、いろはの方が上手(うわて)なうちは。

 もちろんその男の子達には本当に申し訳ないけれど。

 

 でもね、そんなのが上手くいくのなんて今のうちだけなの。大学に進学したり相手が大人になったりして、いろはよりも人の扱いが……異性の扱いが上手で狡い男が現れたら、あの子は痛い目に合ってしまうかもしれない。傷付いてしまうかもしれない。

 

 いろははあの頃の私なんかよりずっとリアリストだししっかりしてるし、なによりも手玉に取ってる男の子達との距離もしっかり取っているから、たぶん大丈夫だとは思う。

 でももしそうなってしまったらって不安も同時に付きまとっていた。そしてそうなってしまっても、それは自業自得。だからそうなってしまう前に、ちゃんとした恋を知って欲しかった。

 

 

 

 ──あれは私が大学に進学した初めての夏の出来事。

 食事は男の子に奢らせておけばいい……プレゼントだって買ってくれる。あとは適当に軽くあしらっておけば万事OK。そう、いつものように軽い気持ちで遊びに行ったとある合コン。

 私は甘く見ていた。下心たっぷりの、狡くて上手な男の思考回路を。

 

 普通に楽しく飲んでたつもりが、いつの間にやら強いお酒をガバガバ飲まされていたらしく、気が付けばくらくらになるまで酩酊させられていた。

 頭はぼーっとしてたんだけど、でもなぜか状況はなんとなく理解出来ていた。ああ……これはお持ち帰りってヤツをされちゃうんだろうなって。

 

 自分では泣きながら必死で抵抗してたつもりだったけど、体は全然思うように動かずろくな抵抗も出来ないまま、あと少しで強引にホテルに連れ込まれてしまう……って所で、たまたま知り合い? に助けられたのだ。

 それが今の旦那さんだったりするのよね。

 

 彼とは同じゼミでたまに顔を合わせる程度の、他人以上・知り合い未満な間柄で、なんとなく認識してた程度の存在だった。

 まぁ所謂地味系の苦学生って感じだった夫は、お金も無さそうだし、正直当時の私にはなんら興味の無い男の子だった。そもそも彼が私に一切興味が無かったっぽいしね。

 

 でもたまたま友人と近くの居酒屋さんで飲み終えて、フラフラな足取りでホテル街へと連れられていく私の頬を伝う涙を目にした彼が、そんななんら興味の無い私を助けにきてくれたの。

 

 結果はもうぼっこぼこ。。

 どうやら喧嘩慣れしてたらしき、私をホテルに連れ込もうとしてた男にぼっこぼこにされちゃった夫。

 でもそんな夫の異変に気付いて駆け付けてきた夫の友人達に、今度はそいつが袋叩きのぼっこぼこにされて泣きながら土下座させられて、ようやく一件落着ってわけ。

 

 いや、あれは一件落着とは言えないかー。むしろあれが始まりなのかしら。

 その一件以来、夫に夢中になってしまった私の猛烈アタックと、そもそも私に興味が無かった上に、飲みに誘われて簡単にほいほい付いていっちゃうような女が苦手な彼の逃げ足との、壮絶なバトルの始まりだったのよね。

 

「ふふっ」

 

「……どうかしたか?」

 

 そんな昔話に意識を傾けていたら、未だいろはの恋心に目を腐らせている夫が、訝しげに声を掛けてきた。

 

「んーん? なんでもないわよー」

 

 ちくしょう、よく笑っていられるな。俺は今そんな気分じゃないんだよ、とかなんとか、しつこくぶつくさ言ってる夫に呆れ眼を向けながらもこう思う。

 

 

 ホント、あの時あなたが来てくれなかったらどうなっていた事だろう。

 仮にあれで襲われたとしても私の自業自得でしかないけれど、それでも本当にこの人が助けにきてくれなかったらと思うと、恐ろしくてたまらない。

 

 なにが恐ろしいって、そのまま襲われていたとしたら、たぶん私はそういうのを普通の事だと感じてしまう女になっていたであろうって事。

 今までは、ちやほやされるのが気持ちいいからそういう女のフリ──最近の子たちは、そういうのをファッションビッチとかって言うのかしら?──をしていたけれど、多分あのままだったら、私は本当にそういう女になっていただろうって思う。

 そうなっていたら、今のこの幸せ……素敵な旦那がいて愛する娘がいてくれる、そんな普通の幸せに囲まれていられる普通の主婦には、……なってなかったんだろうな〜。

 

「ホントあなたはいつまでもウジウジしてるんじゃありません!」

 

 そんなあなたに助けられた私だからこそこう思うのよ?

 いろはが本物の恋を知ってくれて良かったって。

 

 もう少し大人になったら、お父さんとの間にこういう事があったのよ? だから男の子には気を付けなさい! って、いろはに言い聞かせるつもりではいたけれど……でもいざ自分が体験するか、もしくは本物の恋をして、興味のない男の子をアクセサリー代わりにするような行為がバカらしく思えるようにならなければ、そんなお小言は右から左だものね。

 

 だから本当に良かった。いろはがちゃんとした恋をしてくれて。

 

「私たちの娘は、今すっごく素敵な成長のまっただ中に居るのよ? 少しは娘の幸せを祝ってあげなさいよ、まったくもう」

 

 だから一緒に喜びましょ? 娘の成長を。

 

 

 そして未だぐぬぬと涙目な夫に向かって、私はとどめの一撃を放つのだ。ふふふ、これを言われたら、あなたはもう黙らざるを得ないんだから!

 

「ふふっ、だーいじょうぶよ。だってその相手はね──」

 

 

 ……いろはの話を聞くうちに、なんとなく分かってきた事があるの。なんだかその先輩くんって、どこかで会った事がある気がするなぁって。

 

 そして一度だけ……渋々ながらも一度だけ見せてくれた先輩くんの写真を見て、私、思っちゃったのよ。

 どこかのお洒落そうなカフェで撮られた先輩くんといろはのツーショット。

 楽しそうないろはと顔を寄せあって、なんとも照れくさそうにそっぽを向く彼の写真を見て。

 

 別にどこが似てるってわけではないけれど……顔だって髪型だって全然似てないけれど。でも──

 

 

 

「なんとなく、若い頃のあなたに似てるんだもの。猛烈アタックしまくる私を面倒くさそうに、照れくさそうに厄介者扱いしてたあなたに、ねっ」

 

 

× × ×

 

 

「むー……」

 

 と、昔話とちょっと前の夫との会話を思い出していると、相も変わらずリビングには娘の唸り声が響いていた。

 ホント何回唸れば気が済むのやら。

 

「もういろはー。いい加減に機嫌直しなさいよ?」

 

「むー、別に機嫌なんて悪くないですー」

 

 はいはい。そんなに唇とんがらせてなに言ってるんだか。

 

「そもそもちゃんと約束取り付けてたの? 先輩くんと」

 

「な!? ……べ、別に先輩とか関係ないし。……あとはまぁ、約束はちゃんとは取り付けて、ない、かなぁ……」

 

 ……もう。取り付けてないんじゃない。

 

「でもあの人無駄に記憶力とかいいから、今日のこと絶対覚えてるはずだし? それにどうせいつも暇だから部屋でごろごろ携帯弄ってるだけのはずだもん。絶対わたしからのメールだって見なかったフリして無視してるんだよあいつ! あーもう、ちょームカつくーっ」

 

 むきーっと怒りだす我が娘。まったくもう。可愛いんだから。

 

「じゃあメールとかLINEじゃなくて電話してみればいいじゃない」

 

「……どーせ出ないし」

 

 いろははむっすーと頬っぺたをパンパンに膨らませ、ソファーの上であぐらをかいてクッションをぎゅうっと抱き締める。

 なんだか、私が若い頃よりも前途多難なようで。

 

「ホンっトしょうがないわねぇこの子は。じゃあ今日はもう諦めるのね?」

 

「……ん」

 

 もう! これくらいで諦めちゃうなんてまだまだね、いろは! 私なんて引かれるくらい猛アタックしたんだからね?

 

 ……やれやれ、まぁまだまだこれからよね。よし、しょうがない!

 

「ホラ! 今夜はいろはが食べたいものなんでも作ってあげるから! 少しは機嫌直しなさい?」

 

「……だから別に機嫌なんて悪くないってばー。……じゃあ、シーフードたっぷりグラタンとフライドチキンとかぼちゃのポタージュ、あとコブサラダで……」

 

 これはあれね。ヤケ食いモードね? せっかくの日だし、ここは腕によりを掛けて作っちゃいましょっか!

 

「ふふふ、りょーかいっ。あとお父さんが帰りにケーキ買ってきてくれるからねー」

 

「……んー」

 

 さてと、それでは今夜のご馳走の準備でもしちゃいましょう! と、キッチンで腕まくりをしている時だった。ぴろりん♪と、なんともあざといメールかLINEのお知らせ音がリビングに響いたのは。

 

 途端にがばぁっと起き上がるいろは。その勢いたるや、まるで空腹な猫にツナ缶を見せた時のよう。

 あらあら、ようやく愛しの誰かさんから連絡が来たのかしら?

 

 ──しかし、

 

「だぁっ!」

 

 次の瞬間には宙を舞うスマートフォン。どうやらソファーに叩きつけたスマートフォンがぼよんと跳ねたらしい。

 

「こらいろは! 壊れちゃうでしょ!」

 

「むー……」

 

 せっかく夜のご馳走で気を引けたのに、またもやむーむーと不機嫌になってしまう可愛い娘。待ち人からの連絡では無かったみたいね。んー、残念!

 

 でもいろはが頬を膨らませ、もう一度ソファーへと体を沈めようとした瞬間だった。

 

 ぴろりん♪

 

 あ、また来た。

 

「くぁ〜っ! しっつこい! 戸部ェ!」

 

 飛べ? 今度はあのスマートフォン、どこまで飛ばされちゃうのかしら……と、スマートフォンの行く末を見守っていると……

 

「ん? え? ふぇぇえ!?」

 

 またスマートフォンを叩きつけようとしたいろはが、画面を二度見して変な声を出した。

 なんて忙しい子なんだろう。

 

 わなわなと震えつつ、しばらくスマートフォンと睨めっこしたいろはの顔は、次第に締まりが無くなっていく。

 あ、ようやく、かぁ。

 

「ちょ、マジで連絡してくんの遅いんだけどこの人! はぁ〜、信っじらんない!」

 

 なんだかぶつくさ文句いいながらも、その表情は三十分くらい置きっぱなしのカップラーメンくらい、ニヨニヨとふやけきっている。

 

「……ってかもうこんな時間じゃん! 今から用意するとか無理すぎるんですけど! 連絡してくるならもっと早くしてきてくださいよぉ! もう、バカ!」

 

 そしていろははどったんばったんと慌て始め、シャワーを浴びに行ったり洋服を身繕いに行ったりと大騒ぎ。でも相変わらずその表情は弛み切ってるんだけどね。

 

「あ、もう、あの子ったら」

 

 いろはがお風呂へと走って行ったあとには、今朝からずっと握り潰されそうになったり叩きつけられたりと可哀想なスマートフォンくんが一人置き去りに。

 

 いろはが汗を流してる間に部屋に持っていっておいてあげようかな? と手を伸ばしたスマートフォンくん。

 

 でも弱々しく光るその画面は、まだ先ほど届いたばかりの愛のメッセージ画面のままだったのです。

 

 

[Fromせんぱい

 

 無題

 

 本文:葉山が無理だったからって俺を巻き込むなアホ。俺だって忙しいんだからな?

 でもまぁ、今日だけは仕方ないから付き合ってやるのもやぶさかではない。

 指定の時間と場所で待ってるからな。遅れたら帰る]

 

 

 ──ふむ。どうやらうちの娘は、思いのほか先輩くんから愛されているようで。

 

 でもこれじゃ、どうやら今夜のご馳走はキャンセルになっちゃいそうね。

 急な休日出勤で泣きながら出社した夫は、死ぬほど急いでお仕事を終わらせてケーキを買ってくるだろうけれど、……ふふふっ、残念ながら二人で食べる事になりそうね、あなた♪

 

 

「もぉぉぉ! 早くお湯でてよーっ!」

 

 

 今夜はどうやって旦那を宥めようかなー、なんて思いつつ、お風呂場から聞こえてくる愛娘の嬉しい悲鳴を聞きながら母は思うのです。

 

 

 

 

 ──いろは! お誕生日おめでとうっ!

 

 

 

おしまい☆

 

 





生誕祭記念SSとはなんだったのか。
すみません2日の遅刻ですどうもありがとうございました。
(どうしても他に16日に上げたいSSがあったんでマジすみません汗)

そして誰が得するんだよって内容のハピバいろはすSSすぎる…(白目)
誰もお母さんの恋愛エピソードなんて聞きたくもねぇよ。久し振りのいろはすSSだってのに…
そして夫婦の会話は完全に未来の八色夫婦漫才というね。

いまだかつてこんな生誕祭SSがあっただろうか。いや、ない(反語)




とにもかくにもはっぴーばーすでー♪
アイラブいろはす☆





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天使にバースデーソングを


ルミルミかと思った?残念!もっとも危険なヒロイン(?)でした!

え?乙女じゃねーだろって?
いやいやなに言ってるんですか、立派な男女(おとめ)じゃないですか。


……いやホントすみません(白目)





 

 

 五月。開け放たれた窓から流れこんでくる風が心地好いこの季節。

 そんな穏やかな風に頬を撫でられつつも、俺はここ最近自身を悩ませているとある病に苦しみ、今日もまた気だるい休み時間を、屍のような目で過ごしている。

 

 

 

 そのとある病とは、そう、わざわざ言うまでもなく……………………五月病である。

 

 別に社会人一年目とかいうわけでもないのに五月病とはこれいかに。いやいや、別に勤労に励んでいなくとも、この病は容赦なく学生も、そして俺も襲うのだ。

 

 なぜなら本日は五月八日。昨日までは愛しのマイホームでダラダラと自堕落に過ごせていられるGWを心から満喫していたというのに(受験生ゆえに実際は勉強漬け)、なぜまたこんな居づらい空間になど来なければならないのか……と。

 

 そして俺の病をさらに加速させる原因。それはそう、…………クラス替えで戸塚と違うクラスになっちゃったんだよ!

 神は学校生活唯一の楽しみを失ってしまった俺に、この場所でどう生きていけと申されるのか……!

 

 

 思えば四月頭からGWまでは本当に地獄だった。なにせ同じ教室に戸塚が居ないのだ。

 

 同じ教室に戸塚が居ない。

 

 なにこれ字面だけ見ても悲惨な世紀末すぎてヒャッハーな終末レベル。

 

「……はぁ〜」

 

 そして俺は「あー……今日も早く終わんねーかなぁ」と、ぽしょりと独りごちて深く深く溜め息を吐き出し、この居づらい空間から一刻も早く意識だけでも逃がすべく、我が机へと勢いよく突っ伏すのだった。

 

 

 しかし──

 

 

「どうしたの八幡? そんなに溜め息ばっかり吐いてると、幸せがどこかに飛んでっちゃうよ?」

 

 そんな時、ぽんっと叩かれた肩に感じる温かいぬくもりと共に、天上から降り注いできた天使の福音。

 

 ……おお、まだ神は我を見捨ててはいなかったのか……!

 

「よ、よう」

 

「よっ」

 

 天を仰いだ矮小なる俺の視界いっぱいに映ったのは、手を小さくひらひらさせて、照れくさそうにはにかみながら「よっ」と微笑む天使の姿だった。

 

 

× × ×

 

 

「うわぁ〜見て見て八幡! すっごく綺麗だねー」

 

「だ、だな」

 

 あ、あれ? ここどこ? 俺いつの間にこんなところに来てたんだっけ? なんて思いつつも、輝く笑顔の戸塚が可愛すぎて、思わず「戸塚の方がずっと綺麗だよ」などと、柔道後の材木座もびっくりなくらいベッタベタでヘドロ臭いセリフが危うく口から出そうになってしまった。それほどにこの美しい夜景をバックに佇むとつかマジとつかわいい。

 

「なっ!? ……も、もう八幡ったら! いつもそうやってからかうんだから……!」

 

 やだ! あまりにも可愛すぎて、普通に口から出ちゃってた!

 ぷくぅっと怒りながらも、ほんのりと頬を染める戸塚たんマジ天使。そのぷにぷに頬っぺをつんつんしたい。あれかな、ここは雲の上かな? 俺ついに召されちゃったのかな?

 

 いや、冗談とかではなく、これはもう天に召されてると言ってしまっても過言ではないレベルかもしんない。

 

 

 

 ──なぜなら俺は今、夜のディスティニーシーに戸塚と二人で遊びに来ています。

 

 

 

『どうかしたか?』

 

『あの、さ、八幡……その、ちょっとお願いがあるんだけどぉ……』

 

『よし、じゃあ明日にでも婚姻届用意しとくわ』

 

『違うからね!? てかなんで婚姻届が必要なの!?』

 

『ば、ばっか、冗談だ冗談。……で、お願いってなんだ?』

 

『もう! ……えと、あのね? 明日って放課後空いてるかな』

 

『おう、空いてるぞ。空いてるってか超空いてる。なんなら明日一日空きまくってるまである』

 

『あ、明日学校だよね……? えっとその、もし八幡さえ良かったらなんだけど……明日、放課後に一緒に遊びに行かないかな』『行くに決まってんだろ』

 

『食い気味すぎだよ! ……でもホント!? やったぁ! どうしても行きたいトコがあるんだ!』

 

 

 

 そんなこんなであまりにも楽しみにし過ぎていた俺は、昨日今日の記憶など一切なく、気が付いたらここで戸塚とシーの夜景を見ていたのです。

 マジで自分の私生活の中身の無さにびっくり。まぁ戸塚と二人で遊べる事に比べたら、昨日今日の記憶の欠落などほんの些末な事だしどうでもいいよね。

 

 

 

 ランドには何度か行った事があるのだが、初めて来たシーはそれはもう綺麗な所で、特にいま俺達が立っている場所──火山をバックに、ハーバー越しにイタリア風の街並みを見渡せるこの場所からの夜景は本当に素晴らしい。

 まるでヨーロッパのような街並みの、ひとつひとつの窓から零れだすオレンジ色の優しい灯り。そんな灯りがゆらゆらと揺れるハーバーの水面に映り込む様はなんとも幻想的で、なんというか本当に新婚旅行で海外にでも来てしまったかのような感覚に襲われまくっている。

 

 そう、新婚旅行。もしくは婚前旅行でも可。とにかくそんな素晴らしい旅行気分を、俺は戸塚(男の子)と心行くまで堪能しているのである。

 ……ねぇねぇ、なんで戸塚が男の子なの? わけがわからないよ。

 

「どうしたの? 八幡」

 

 果たして俺はこんなに幸せでいいのだろうか? という気持ちと、なぜ戸塚が男の子なのか、という永遠の謎という二つの問題について頭を悩ませていた俺の耳に届いた、心躍る春の囁き。

 そんな春風のような清々しい声のする方へと顔を向けると、そこにはきょとんと首をかしげる愛らしい戸塚。

 

 うん。やっぱもうなんでもいいや。え、なに? 戸塚が男? なにそれどうでもいいわ。だって戸塚は性別が戸塚なんだから関係なくね?

 むしろ俺は一体なにを悩んでいたというのか。数秒前の自分を殴ってやりたい。

 

「おう、別になんでもないぞ」

 

「そ? じゃあ早く行こうよっ」

 

 えへへと笑って、なんとも楽しそうにぴょこぴょこ駆け出す戸塚に遅れまいと、その小さな背中に向けて俺も一直線に走り出す。

 

 ……いや、走り出すのは背中に向けてじゃなくって戸塚ルートに向けてかもしれませんね。

 八幡まっしぐら! 戸塚大好きフリスキー!

 

 

× × ×

 

 

「今さらだけど、ホント急に誘っちゃってごめんね?」

 

 途中で購入したソフトクリームをぺろぺろしながらパーク内を散策していると、急に戸塚が上目遣いでそんな事を言ってきた。

 口の横に白いクリーム付けてぺろぺろしてる戸塚たんマジぺろぺろ。

 

「あん? なにがだよ」

 

「だって、いくらアフター6パスポートって言ったって十分高いし、しかも昨日の今日でシーに行こうだなんて、ホント急すぎだよね」

 

 そう言って戸塚は申し訳なさそうにしゅんとなる。

 

 まぁそりゃ最初はかなり驚いた。

 シーに行きたかったのならGW中にいくらでも行けただろうに、なにゆえ敢えてGW明けの平日を指定したのだろう、とか、単純に明日行こうだなんて本当に急だなぁ、とか。

 

 でも戸塚に誘われるのならば俺はいつでもどこでも馳せ参じるし、そんなのはどうだっていい。

 ディスティニーに行きたいと思い、その相手に俺を選んでくれたのが何よりも嬉しいのだから。

 

 そもそも戸塚「ぼくが急に誘ったんだから!」とか言って、危うく俺の分のパスポート代まで出そうとしたからね。

 それなのに俺に対して申し訳ないとか思うのはまったくの筋違いだっての。

 

「いや、来たいから来ただけだから気にすんな」

 

「えへへ、ありがとね、八幡っ」

 

 守りたい、その笑顔。

 

 

 そんな雑談を交わしながらとてとて歩いていると、気が付けば俺たちはアラビアンナイトの世界に迷い込んでいた。

 すげぇなシー。海のテーマパークなのに、パーク内にこんなアラビアンな街並みまで用意してあるだなんて。

 

「うわぁ……凄いねー」

 

「な」

 

 ディスティニーシーに入ってからというもの、本当に驚く事ばかりだ。

 さっきまでイタリアかと思ったてら気が付けば古き良きアメリカへ、今度は火山地帯かと思ってたらいつの間にやらジャングルの奥地へ、……そして今は、アラビアンナイトの妖艶な世界の中に迷い込んでいる。

 

 これは本当に世界中を旅している気分になる。

 最初はなんで海がテーマなのにジャングルとかアラビアとかがあんだよ……とか思っていたが、七つの海の冒険というテーマで考えれば、確かに趣旨どおりなんだよね、これ。

 

 ヤバい、エキゾチックな衣装を身に纏ったとつかたんとか、総武の制服(女子)を着た戸塚くらい見てみたいかも! なんて邪な事を、この妖しげなアラビアンナイトの世界を闊歩しながら真面目に考えていると、不意にシャツの袖がくいくいと引かれている事に気が付いた。

 

「ねぇねぇ八幡! あれ乗ろうよ!」

 

 なんぞや? と、瞳をキラキラと輝かせた戸塚が指差した先にあったアトラクションへと目を向けると……

 

 えぇぇえ……ア、アレはちょっと恥ずかしくないですかね……戸塚が乗ってる所は見てみたいけど。なんなら乗り始めから降りるところまで、全てを滞りなく動画で収めたいまである。

 でもなぁ……俺が乗るのはちょっとなぁ……

 

「一緒に乗ろうよっ」

 

「当たり前だろ」

 

 乗っちゃうのかよ。しかも即答かよ。

 だって天使の笑顔のお誘いを無碍に出来るはずがないじゃない。

 

 

 俺たちの目の前にそびえるアトラクション。それは、夜の闇の中に煌々と浮かび上がる、キャラバンカルーセルという豪華な二層式のカルーセル──分かりやすく言うとメリーゴーランドである。

 馬や馬車といったいわゆるなメリーゴーランドではなく、アラビアンなファンタジーらしく、そこにはラクダや象やグリフィン、そして魔法のランプの魔人が美しく飾り立てられていた。

 

 メリーゴーランドと言えば遊園地デートにおける鉄板イベント。まさにアハハ〜ウフフ〜な世界。男二人で遊園地に来て、夜のライトアップされたメリーゴーランドに乗るとか普通に考えたらマジでヤバい。それこそ海老名さんコースまっしぐらだ。

 だが戸塚とならなんら問題は無いか。むしろ土下座してでも一緒に乗りたいまである。どっちにしろ海老名さんコースで間違いはなかった。

 

 

 夜の闇の中を光り輝く乗り物に乗って走るカルーセルは中々の人気なようで、多少の行列に並んだ末にようやく乗車。ラクダや象に乗車ってちょっとおかしいか。

 

 アフター6は文字通り夜の六時から閉園まで遊べるパスポートなのだが、正味四時間ほどしか居られない上、水上ナイトパレードやら花火やらを観覧したいとあらば、あまりアトラクションを楽しむ時間は取れないパスポートである。戸塚が観たいと言っていたナイトパレードと花火までの時間を考えたら、どうやらそれまでの時間に遊べるアトラクションはこれだけになりそうだ。

 まぁ花火が終わったあとなら園内もかなり空くから、そのあとにまた散策するなりアトラクションを楽しむなりすればいいけど。

 

 こういうとき近場に住んでると便利だよね。あまりにも近すぎて、年パス持ってる雪ノ下がどれくらいの頻度で(一人で)遊びに来てるのか心配になるレベル。

 

 

 キャストさんにカルーセル内に通されると、ウキウキの戸塚がラクダに跨ったため俺は隣の魔人に跨る。魔人に跨るとかかなりシュール。

 それにしてもはにかみ笑顔で闇夜のラクダに跨る戸塚が、なんだか月の砂漠を行くエキゾチック美女みたいで超アジアンビューティー。

 マジでベリーダンスの衣装とか着てくれないかなぁ。わたし捗ります。

 

 

「ちょっと恥ずかしいけど楽しみだねっ」

 

 ほう。なんだか笑顔がはにかんでるなとは思っていたが、さすがに戸塚もちょっと恥ずかしいらしい。

 ならばなぜこのアトラクションをチョイスしたし戸塚。

 

「……お、おう、さすがに恥ずかしいな」

 

 メリーゴーランドって、大の大人が乗るのはホント恥ずかしいよね。高校生男子が大の大人とカテゴライズされるのかどうかは知らんけど。

 なんにしても、オリエンタルテイスト溢れるここ夢の海のカルーセルはそんじょそこらのメリーゴーランドとは一味違うとはいえ、やはり音楽と馬にのって(魔人だけど)ぐるぐる回るだけのこの乗り物は、年頃男子からしたらどうしたって恥ずかしいのだ。

 

 すると、俺の赤くなっているであろう顔をまじまじと見て、戸塚は悪戯っぽく笑う。

 

「あはは! やっぱりコレにしといて良かった〜! 絶対八幡恥ずかしがると思ってたんだよね。えへへ、いつもクールで格好良い八幡が恥ずかしがるトコ見たかったんだっ」

 

 おうふ……まさかの俺の為チョイスでした。

 やだ! ちょっとSっ気のある戸塚もなかなかイケるじゃない!

 まぁ確かに恥ずかしくてかなり嫌だけども、俺もそんな戸塚の照れ笑いを見れたからフィフティーフィフティーだな。どれだけ恥ずかしかろうとその笑顔プライスレス。

 

 

 

 そうこうするうちに、俺たちを乗せたカルーセルはゆっくりと動きはじめる。

 

「あ、始まるみたいだよ、八幡」

 

「お、おう」

 

 

 優雅なディスティニーミュージックと共に回り出すカルーセル。

 ゆっくりと上下し、夕闇に幻想的に浮かび上がるカルーセルの回転に身を任せ、恥ずかしげな笑顔で笑い合う男と女……もとい男と男の娘。

 

 

「アハハ〜」「ウ、ウフフ〜」

 

 

 最初こそ新たな黒歴史の幕開けかとも思ったこの一夜の砂漠の旅も、こうして戸塚と一緒に笑い合えただけで、一瞬にして素晴らしい歴史の一ページとなったのでした、まる。

 

 

× × ×

 

 

 ドンッと、本日のラストを締めくくる花火が夜空と天使の横顔を眩しく照らす。

 舞浜で花火とか、ここらに住んでいる市民からすれば、あまりにも日常の出来事過ぎてさして大したことでも無いのだが、無いはずだったのだが、それはやはりそれを見るシチュエーションと一緒に見る人物次第なんだなぁ……としみじみ思う。

 

「終わっちゃったねー、花火」

 

「そうだな。でもたまにはいいもんだな、こうしてディスティニーの花火をちゃんと見んのも」

 

「ね!」

 

 

 俺たちは今、火山の麓にそびえる城塞フォートレス・エクスプレッションの城壁にある見晴台から夜空を見上げていた。

 

 ここディスティニーシーは『ようこそ! 冒険とイマジネーションの海へ!』というテーマが示す通り、乗り物系アトラクションだけではなく、こういった城の中や海賊船の中なんかも、アトラクションとして探検出来るテーマパークなのである。ホント金かかってますね。そりゃ毎年毎年パスポート代を際限なく上げやがるわけだわ。

 

 そんな見晴台から眺めていた水上ナイトパレードと花火もついには終わりを迎えると、大音量で流れていたBGMも大音量で響いていたゲスト達の歓声も引き潮のように静かに引いていき、他にゲストの姿の見えないこの場所に残されたのは、夢の国に不釣り合いなほどの静寂と二人分の影だけ。

 

 

 どんな時も常に笑い声で溢れているイメージがあるディスティニーでも、こんな静かな一瞬があるんだな……なんて、眼下に広がる作り物の海と対岸のイタリアの街並みを眺めつつ思っていると──

 

「八幡、今日はホントにありがとね。ぼく、すっごく楽しかった」

 

 とても優しく柔らかい声音で、不意に天使が囁いた。

 

「……」

 

 それはこっちの台詞だ! ……なんて考えつつも、その一方で「またか」と考えてしまう俺もいる。

 

 今日の戸塚は一体どうしたというのだろう。……いや、今日というよりは昨日俺をシーに誘った時からか。

 確かに戸塚はとても配慮深く、三歩後ろを歩く大和撫子タイプの男の子ではあるのだが(大和撫子タイプの男の子ってなんだよ)、それにしたって昨日から、急に誘った事を何度も申し訳なさそうに謝られたり、嬉しそうに何度もお礼を言われたりしている。

 

 まぁあまりにも突然のお誘いだった故の申し訳なさからくる配慮なのかもしれないが、ここまで何度も何度も謝られたり嬉しそうにお礼を言われてしまうとさすがにむず痒い。

 

「……あー、戸塚」

 

「ん? どうしたの?」

 

 せっかく純粋に楽しんでいる戸塚にこんな事を聞くのは無粋なのかもしれない。

 しかし、それでも、どうしても気になってしまった俺は、遠慮がちにではあるものの、思い切ってこう訊ねてみる。

 

「……なんだ、その……なんかあったか? なんつうか、昨日急に誘ってきたのも驚いたし、それにいつもに比べてやけに何度も謝ったり礼とか言ったり、それにいつもよりなんか嬉しそうっつーか」

 

 それにいつもより可愛さも八万倍増しだったりね!

 

 

 そんな俺からの疑問ではあるが、え、そうかなぁ? なんて、なんでもないような返しが来るんだろうなと思っていた俺に届いた戸塚の返答と表情の変化は、少なからず俺を戸惑わせるものだった。

 

「……わっ、バレちゃった? えへへ、やっぱり八幡は凄いよね。なんでもお見通しだ」

 

 まさかとは思ってはいたが、やはり急に昨日誘ってきたのも今日の様子が些か変なのも、それなりに理由があるという事なのか。

 

 え、なにこれ、もしかして告白とかされちゃうんじゃね? なんて期待していると……いや、そこは期待しちゃマズいだろ。とにかくドッキドキで戸塚の様子を窺っていると──

 

「実は、ね……」

 

 なんかあながち冗談でも無いんじゃないかというくらい顔を赤らめた天使。

 えぇ、マジでヤバいって。これで告白されちゃったら、俺オッケーしかねないんだけど。いや、むしろウェルカムどんとこい。なんならここで式の日取りまで決めちゃいますか!

 

 

 戸塚はその可憐で瑞々しい唇をゆっくりと開く。そしてもじもじと身を捩らせると、上目遣いでこんな思いがけない言葉を口にするのだった。

 

 

「今日、ぼくの誕生日なんだ」

 

 

× × ×

 

 

 ──なん、だと……?

 

 それが、戸塚からの告白を聞いて初めて頭に浮かべた言葉だった。

 

 そう……か。今日五月九日は、戸塚の誕生日だったのか。そういや戸塚の誕生日、聞いたこと無かったな。

 

 ぶっちゃけて言えば本当は聞きたかった。ただそれはどうしても躊躇われてしまったのだ。

 人の誕生日を聞くのは、人付き合い経験の乏しい人間にとっては実はとても難しい。

 俺はこいつに誕生日を聞ける程の間柄だろうか? とか、聞かれて「なんで?」と言われないだろうか? とか、誕生日を聞く事によっての見返り──要はこちらの誕生日も知って欲しいアピール──を疑われないだろうか? とか余計な事を考えて自己防衛に走ってしまうから。

 どうしたって頭を過るのは、なんでコイツ居んの? って顔された誕生会や、当時好きだった子に何気ないフリして誕生日を聞いた時にされた嫌そうな顔。

 

 

 そんな下らない事を考えなくとも、戸塚なら純粋な笑顔で教えてくれるだろう。

 そんな事は分かっている。だが分かっている事と理解する事はまた別の問題なのだ。どうしても最後の最後で線引きをしてしまう。戸塚は俺の事を友達と思ってくれているのだろうか、と。

 こんな事なら由比ヶ浜の誕生日パーティーの時にでも流れで聞いておけば良かったなぁ……なんて、何度悔やんだ事か。

 

 聞くに聞けず、さんざん悔やんだ戸塚の誕生日がまさか今日だとは。そしてその誕生日に、わざわざ俺をディスティニーに誘ってくれたとはな。

 なにこれ俺ってば幸せ過ぎないかしら。なんも言えねぇ!

 

「そうか。その……なんだ、おめでとな」

 

「うん、ありがと!」

 

「つーとアレだな。戸塚の方が先に十八になったんだな」

 

「えへへ、そうだよー。ぼくの方が八幡よりちょっとだけお兄さんなんだからねっ」

 

 そう言って戸塚はえへんと胸を張る。

 こんな可愛いお兄さんがいたら世の中ブラコンだらけになっちゃうね。まぁどっちかっつーと弟……いや、妹にしか見えないが。しかも世界一可愛い妹に。

 いや待て、世界一可愛い妹って言ったら全世界が小町の名を挙げるのは必定。つまり戸塚には申し訳ないが、世界一可愛い妹の座はすでに決まっているのだ。

 ならばやはりここは世界一可愛いお嫁さん一択で。

 

 

 

 ……ん? 十八……?

 そういや十八っていうと、戸塚ってもう結婚出来る歳になったって事か。まぁ戸塚なら十六で余裕で結婚出来そうだけど。

 

 そ、そしてそんな日に敢えて俺を新婚旅行気分を擬似体験出来るディスティニーシーに連れてきた……だと? やはり先ほどの葛藤に間違いは無かったのか。

 

「よし戸塚、あと三ヶ月待っててくれ」

 

「なにを?」

 

 すんごい可愛い顔でこてんっとされちゃいました。なんかもう邪な事ばっか考えてた自分が浄化されてしまいそう。

 

「……いや、すまん、なんでもない」

 

「?」

 

 

 

 

 と、冗談はここまでにしておこう。本当に冗談かどうかはひとまず保留の方向で。

 

 

 ──戸塚は自分の誕生日にわざわざ俺を誘ってくれた。しかも高校生活最後の誕生日に、だ。それもあんなにも急に、そしてあんなにも嬉しそうに。

 

 戸塚は俺なんかと違って人気者だ。クラスが変わってからもその事実に揺らぎはない。

 ならば黙ってたって誕生日を一緒に祝ってくれる奴なんてごまんと居るだろう。クラスメイト、元クラスメイト、テニス部の部員たち。

 

 それなのに戸塚は俺を誘った。しかもあまりにも急に、申し訳なさを感じてまでも。

 そうまでして誕生日に俺とディスティニーに来たかったというのだろうか?

 

「あのね」

 

 急に黙り込んでしまった俺。そんな俺の思考を表情から読み取ったのか、戸塚はなぜ今日という日を計画したのかをゆっくりと話し始める。

 

「ぼくさ、前にも言ったかもしれないけど、こんなだから男の子の友達ってあんまり出来た事がなくってね? ……だから、今までは誕生日といえば家族と過ごすか女の子達と過ごすかだったんだ、ぼく」

 

 高校生男子の口から「誕生日は女の子達と過ごしてた」なんて言葉が出たら、普通の男共からしたら羨ましいとか嫉ましいとかの感情しか湧かないだろう。

 でも戸塚が言うとそれは全く別の意味となる。本当は男友達とも過ごしたかったのに、男友達とばか騒ぎしたかったのに……まるでそう叫んでいるかのよう。

 

 そして眼下に広がるヨーロッパの街並みを模した夜景が映る海を眺めながら、ふわりと吹いた春の夜風に揺れる髪を押さえて戸塚は言葉を紡ぐ。

 

「……でも別に女の子の友達がお祝いしてくれるのが嫌だったってわけじゃないんだよ? むしろすっごく嬉しかったし、こんなにたくさんのお友達にお祝いしてもらえるなんて、ぼくって幸せ者だなぁって思ってた」

 

 そう言って嬉しそうに笑う戸塚の笑顔に嘘はない。

 

「でもね、たまにクラスで男の子達が騒いでるの聞くと、ちょっと羨ましかったんだぁ。「え、なに今日お前誕生日なの? じゃあ帰りにみんなでゲーセンでも寄ってこうぜー! 今日くらいはおごってやるよ」なんて言ってるのを聞いちゃうと、ね」

 

 嘘はない。でも少しだけ寂しそうなこの笑顔を見ると、やはり戸塚もそういう物に憧れる部分もあったのだろう。

 

 

 

 ──正直な話、戸塚はとても異質な存在だ。端的に言うと浮いている。

 それはあの文化祭のあと、クラス中からヘイトを集める俺になんの気兼ねもなく話しかけて来たり俺と同じ班を組む事になっても、クラスの誰一人として戸塚に嫌悪感を抱かなかった事が証明している。

 

 それはあまりにも可愛らしい中性的な顔立ちと、さらにそれを上回る可愛らしい中身ゆえの賜物だ。

 戸塚を天使のように特別視しているのは何も俺だけではない。俺と同じように“みんな”も戸塚を特別視しているのだ。

 

 

 しかしその特別視というやつは、本人からすればとても厄介な代物で……

 

 特別視。つまり異質。つまり浮いている。

 俺もその辛さはよく理解しているつもりだ。なにせ俺ってば特別視されすぎて、いつでもどこでもすげぇ浮いてるからねっ(白目)

 

 

 でも逆に、悪意か無関心な特別視の俺よりも、善意と関心な特別視に晒されてきた戸塚の方が、下手したらキツいのかもしれない。

 だって、俺みたいに全てを捨てたり諦めたりが出来ないのだから。

 

「だからね」

 

 しかし、だ。そんな俺の底の浅い心配などどこ吹く風。次の瞬間の戸塚の笑顔には、寂しさなど微塵も感じられなかった。そこにあったのは、迷いの無いいつもの純粋な笑顔そのもの。

 

「だから八幡とお友達になれた今は、ぼく毎日がとっても楽しいんだ! だって、いつも強くて格好良い八幡と友達になれたんだもん」

 

 ば、ばっか、そんなに眩しい笑顔で、急にそんなこと言うんじゃねぇよ。思わず惚れ直しちゃう上に「なんだよ友達かよ」ってガッカリしちゃうだろうが。

 

「だから今年の誕生日は、どうしても八幡と一緒に遊びたかったんだー! でもゲームセンターとか映画は前に行ったし、せっかくならもっと特別でもっと思いっきり楽しめるところにしたくて、だからちょっと悩んだけど、思い切ってディスティニーに誘ってみたんだ。あはは、悩みすぎてお誘いがギリギリになっちゃったけどね」

 

「……そうか」

 

 そうか、とは答えたものの、その言葉は決して額面通りの意味だけではない。

 友達からの元気な言葉に対する額面通りの返答である「そうか」と、戸塚の元気な笑顔に納得にしたことに対する、額面とは別の「そうか」である。

 

 ──そうか。こいつって、俺が思ってるよりもずっと強い奴なんだったっけな。

 

 戸塚は俺を強いとか格好良いとか言うけれど、本当は戸塚の方がずっと強くてずっと格好良い男の子なのだ。

 弱いテニス部を……弱い自分を強くする為に、自分から率先して動いて一生懸命行動し、そんな戸塚に触発されたのか昼休みの練習にも他の部員も参加しはじめ、何時の間にやら部を率いるまでになっていた。

 マラソン大会の時のあんな無茶なお願いにも部員達が黙って参加してくれたという事は、戸塚の主将としての人望だって申し分ないのだろう。

 

 それに俺もなんだかんだいって、実は何度も戸塚に救われている。

 職場見学のあとの由比ヶ浜との確執。文化祭のあとの癒し。修学旅行や生徒会役員選挙のあとの雪ノ下達との関係崩壊寸前の時だって、戸塚は俺の表情や態度からなにかしらを感じ取り、話し掛けてくれたり遊びに連れ出してくれたり元気が出そうな食べ物を勧めてくれたりと、優しくそっと寄り添ってくれたっけ。

 

『ぼくじゃ、役に立たないと思うけど……』

 

『……でも、困ったら言ってね?』

 

 ……か。

 アホか。むしろ役に立ちすぎだっての。なんなら戸塚が居なかったら全てが上手くいかなかった可能性だってある。

 だからそんな戸塚が俺なんかと一緒に過ごした事で喜んでくれたのなら、俺なんかが一緒に居る事で誕生日を楽しんでもらえたのなら、それは友達として光栄の至りだ。むしろ俺には分不相応すぎんだろ。……

 まったく、俺なんぞの底の浅い心配など、こんなにも強くて格好いい戸塚には無用の長物だったな。八幡反省。

 

 

「それに、さ」

 

 戸塚の素晴らしさに改めて感激していると、どうやらまだ話は終わってなかったらしく戸塚はさらに言葉を続ける。

 すると戸塚はなぜか急にもじもじと身体を揺すり始め、前髪をいじいじと弄ったりパーカーのジップを上げ下げしたりと落ち着かないご様子。え、どしたのん? そんなに恥ずかしがっちゃうような流れだったっけ?

 

「そ、その……クラスが替わっちゃってから、前みたいに毎日会えなくなっちゃったじゃない……? だからその……誕生日くらいは、八幡と一緒に居たかったな、って」

 

「よし、すぐにでも結婚しよう」

 

「な!? も、もう! ぼくすっごく真剣に話してるのに、八幡はすぐそうやってぼくをからかうんだからっっっ!」

 

 

 これはあかん。あまりの愛おしさについプロポーズしちゃった。だって仕方ないよね? このシチュエーションでプロポーズしない男なんて健全とは言えない。あれ? 不健全かな? むしろ病気だね。

 あと真っ赤に頬を染めてあたふたしている戸塚よ。フッ、甘いな。今のはからかったどころか、八割がた本気だったぜっ。

 

 未だ愛らしくぷくっと怒っている戸塚の頬っぺをつんつんしたいな〜、なんて思いつつも、これ以上戸塚を愛でるのは理性がヤバそうなので一旦落ち着こう。

 そして一旦心を落ち着けてみると、ふと疑問に感じてしまった事がひとつ。

 

「つーかそういう事なら、早めに誕生日だって教えてくれてれば良かったんじゃねーの?」

 

 そうなのだ。なんで戸塚はそう言ってくれなかったんだ? そうしてくれてればもっと事前に色々と準備できたし、本日のパスポート代だって俺が払ったのに。

 

「むー、からかっといてすぐそうやって話そらすのは反則だよ八幡!」

 

 だが戸塚は俺からの質問など気にも止めず、まだぷんぷんと怒ってて可愛くて仕方ない。

 

「おう、すまん彩加」

 

「っ〜〜〜!! も、もぉぉぉ! だからそういうとこズルいってばぁ!」

 

 やだもうこのままお家に持って帰っちゃおうかしら! やはり一家に一人は欲しいよね、戸塚。まぁ俺が買い占めちゃうから他のお家には譲れませんけど。

 

「……だって」

 

 戸塚は真っ赤な頬っぺたをあらかた膨らませてようやく損ねた機嫌をいくらか落ち着けたのか、未だつんと尖らせた唇のままで、俺からの質問に対する解答を始める。

 

「なんか、自分から誕生日アピールするのも少し厚かましいし恥ずかしいでしょ……?」

 

 と、意外にも俺と同じような理由で誕生日のお知らせを躊躇っていたようだ。

 なんと奥ゆかしい大和撫子か。あえて名前は出さないけど、なんの臆面もなく「ちなみにわたし四月十六日ですよ、先輩」とか言えちゃうどこかの撫子に是非とも教えてやりたい。

 

「それに、ほら、八幡って優しいから、ぼくが誕生日教えちゃったら、気を遣って色々と準備とかしてくれちゃいそうだし……たぶん今日のパスポート代とかだって出してくれちゃったでしょ……?」

 

 ちょっといろはすー!? ねぇ聞きましたー!? これこれ、可愛い女の子にはこういうのが欲しかったんだよ!

 

「確かに誕生日に男友達と騒いで遊びたいっていうのはあったんだけど、でもぼくがしたかったのは八幡に気を遣ってもらって遊ぶとかそういうんじゃなくって……。だからホントは今日誕生日って言わないつもりだったんだ。あはは、八幡にはすぐ様子がおかしいってバレちゃったけどね! 八幡にそう聞かれて嘘は吐きたくなかったから」

 

 ほんのりと頬を染めて、にっこりと微笑む戸塚。この子ホント天使すぎんでしょ。「フハハハハ、八幡よ! 神々の気紛れにより我がこの現世(うつしよ)に降臨した記念すべき日を知りたいとな!? フッ、では仕方ないのう、どうしてもと言うのであれば、教えてやらんこともないぞ?」みたいなことを去年の十一月くらいにほざいていた材木座と同じ人類とは思えない。てかただの回想なのに死ぬほどうぜぇ。

 もちろん興味なかったから放置して帰ったけど。

 

 

 ──しかし。

 

 

 確かに戸塚は本当に優しくて気遣いの出来る奴だ。これは揺るぎない事実である。……あるのだが、でもその気遣いが、ほんの少しだけ寂しいと感じてしまう時もある。

 

「アホか。んな事に逆に気を遣ってんじゃねぇよ」

 

「……え?」

 

 俺からの思いがけない言葉に、僅かに表情を強ばらせる戸塚。

 俺はそんな戸塚の頭にぽんと手を起き、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてやるのだ。

 

「あー、あれだ。そういうとき相手に気を遣うもんじゃないんじゃねーの……? その……と、友達なんだから。……みずくさいから、これからはやりたい事とかあんなら、気を遣わずにはっきりと言え」

 

 なんか言ってる事があまりにもキザったらしくて、恥ずかしすぎて戸塚の方を向けやしない。だからこそ俺は乱暴に頭を撫でてるのかもしれないな。戸塚にこんな情けない顔を見られないように。

 

「ちょ、八幡! もう! やめてよぉ! ……えへへ、うん……! でも分かった、友達だもんね! これからは遠慮なく言うね。だからこれからもずっと仲良くしてね、八幡っ」

 

 

 

 

 ──馬鹿馬鹿しい。なにが寂しく感じる時がある、なにが気を遣わずにはっきりと言えだよ俺。他の誰でもない、俺自身こそが今まで一番戸塚に気を遣ってたじゃねぇか。

 ……いや、違うな。俺が気を遣っていたのは戸塚にではない。自分自身に気を遣っていたのだ。

 

 思えば俺は今まで、心の底から本気で戸塚を友達だと思った事があっただろうか?

 ……分かっている。多分それは無いだろう。俺は俺に気を遣いすぎて、どこかで線を引いてしまっていたから。

 

 友達だと思ってたのが俺だけだったらどうしよう。

 

 友達だと思ってたのに、クラスが……学校が違ってしまった瞬間に一切の連絡が途絶えてしまったらどうしよう。

 

 そんな、自分を深く傷つけるであろう事態から自分を守る為に、俺は戸塚にでさえも線を引いてしまっていた。だから俺は未だに自分はぼっちだとか馬鹿な事を平気な顔して嘯(うそぶ)けるのだ。

 

 

 ──ふざけんな、世の中にこんなに恵まれたぼっちが居るわけねぇだろ。

 

 

 こんなにも真っ直ぐに俺を友達だと言ってくれる戸塚。それなのに俺は、そんな戸塚の目の前でさんざん黒歴史を語ってぼっちアピールをしてきた。

 俺が自身をぼっちだと宣う行為は、誰よりも戸塚に対して一番失礼な行為ではないだろうか?

 

 自分に気を遣うあまりにそんな非道い行為を平気で行っている俺が、戸塚に対して「友達なんだから気を遣うな」だなんて……「気を遣われると寂しい」だなんて……おこがましいにも程があんだろ。

 さっきの戸塚の気遣いに感じた寂しい思いを我が身に置き換えたら、果たして俺は今までどれだけ戸塚に寂しい思いをさせてしまったというのだろう。

 

 本っ当にどうしようもないアホだな俺は。

 こんなアホが、果たして戸塚の友達などという身に余る重責を担う資格などあるのだろうか?

 

 

 ──でも、それでも、そんな俺を天使は友達だと言ってくれる。

 だから俺は戸塚のこの眩しい笑顔に誓おう。もう、下らない自分可愛がりはやめよう、と。もう、ぼっちだなどと卑下するのはやめよう、と。もう戸塚に遠慮するのはやめよう、と。

 ……戸塚は俺の友達だと、胸を張って言えるようになろう、と。

 

 

 そして俺は言う。今までの人生でずっと誰かに言いたくて、でも誰にも言えなかったこの言葉に、ありったけの思いを込めて。

 

 

「おう。これからもよろしくな、親友」

 

「っ! えへへ、うんっ!」

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

「あ! 八幡!」

 

「おう」

 

「今日ぼくのお願い聞いてくれたから、八幡の誕生日は期待しててねっ。八幡が喜んでくれるなら、ぼくなんでもするから!」

 

「なんでもッ!?」

 

「ひっ、ちょ、恐いよ八幡……!」

 

「お、おおおう、す、すまんな」

 

「う、うん、すごい詰め寄りだったからビックリしたよぉ……。あ、な、なんでもって言ったって、ぼくに出来る事だけだからね……!?」

 

「……お、おう!」

 

 

 

 

 それ以来戸塚に遠慮する事をやめた俺は、エキゾチックな戸塚か制服姿(女子)の戸塚で散々悩んだ末、誕生日に家に招いて小町の制服を勝手に借りて戸塚に着てもらう事(男の子としての最後の矜持らしく残念ながらジャージとスパッツだけは着用)となるわけだが、それはまた別のお話。

 

 ちなみに恥ずかしがる戸塚を言い包めて撮影会をしたため怒ってしばらく口をきいてくれなくなったり、勝手に制服を借りて戸塚に着せた事がバレて小町にもしばらく口をきいてもらえなくなったりと、涙で枕を濡らす日々が訪れる事となるわけだが、それでもあえてこれだけは言わせてもらおう。

 

 

 

 

 

 我が生涯に一片の悔いなしッ!

 

 

 

【挿絵表示】

 






ルミコンの皆様まことに申し訳ありませんでしたm(__;)m
ルミルミは次回へ持ち越しですm(__;)m



というわけで、イイハナシダナーをラストで台無しにする作品を書く事でお馴染みな作者がお贈りした、この短編集では初のとつかたんでした☆

ま、まさかメインヒロイン(ゆきのんガハマいろはす)以外で初の生誕祭SSが戸塚とは……汗
こちらの短編集では戸塚は書かないと決めていたはずなのに、つい出来心で('・ω・`)
(あとラストのしょぼい落書きも出来心ゆえのご愛嬌という事で…白目)


そして毎度毎度デートと言ったらディスティニーでホントすみません。
私あそこら辺はディズニーくらいしか分からないんで、きちんと描写を書こうとするとディスティニーデートくらいしか書けないんですよね……(´Д`;)




ではまた次回お会いいたしましょうっ!ノシノシ



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卒業 〜graduation〜



卒業って……

本当は卒業式シーズンの3月にやりたかったんですけど、その頃ちょっと忙しくてなかなか書けず、こんな時期外れになっちゃいました〜(´Д`;)





 

 

 

 生きとし生ける者、皆が等しく待ち焦がれると言っても過言ではない春の足音が目の前に迫っていようとも、日によってはまだまだ真冬並みの寒波に襲われる事もある三月の初旬。しかし暦の上では三月は間違いなく春に分類される。

 そしていくら春に片足を踏み入れた程度の三月初旬とはいえ、本日は曲がりなりにも春という名が冠される三月らしく、とても麗らかな日和である。

 

 今日という一日もなんとか無事乗り越えた俺は、そんな心地の良い麗らかな日差しに抱かれながら、自転車を押しつつ颯爽と校門をくぐる。すると校門の前は常と違い、なぜか下校中の生徒達がとある一方向を見て騒ついているではないか。

 

 何事かと生徒達の視線の先に目を向けた俺の目に映った光景。そこには、とても美しい少女が一人佇んでいたのだった。

 

 

 

 手作業にて丁寧に造られたのであろう、上質なオールレザー製のバッグを背負い、校門の前で緊張の面持ちを隠し切れずに学校の中を伺う美しい少女。その静かで清らかなる佇まいに、俺は不覚にもその美少女に視線を奪われてしまう。

 

 そんな時、春のやわらかな風が辺り一体を優しく包む。その優しい風は、校門の前で佇む少女の長く美しいしなやかな黒髪をふわりとたなびかせた。

 少女はふわり舞う前髪を面倒くさそうに右手で押さえ付け、ずっと校内に集中していたのであろう意識がその一連の動作により逸れたのか、自身が下校中の総武生達に注目されている事にようやく気が付いたようだ。

 

 ──あっ……、と、自身に集まる視線にほんのりと頬を染めた少女。しかし彼女はそんな数多の視線の中に、自身が待ちわびていた視線も混ざっていた事に気付く。

 交じ合う視線と視線。彼女の穢れのない瞳に真っ直ぐ映るとある総武生の瞳。

 

 途端に少女の緊張していた表情が、ゆっくりと柔らかくなっていく。俺はそんな彼女の笑顔を見て思う。

 

 

 ──なんでだよ……っ。なんでお前がこんな所に居るんだよ……。どう考えてもマズいだろ……

 

 

 しかし少女には、俺のそんな想いは届かない。

 彼女は俺の気持ちなど知りもせず、ふにゃりと破顔した笑顔をたたえて、俺へと真っ直ぐに駆けてくるのだった。

 

 

「八幡! 久しぶり……っ」

 

 

 

 

 ──いやちょっとマジでヤバいってばルミルミ!

 ランドセル背負った美少女JSが校門前に居るってだけでかなり目立ってるというのに、さらに満面の笑顔で男子高校生に駆け寄ってくるとかマジヤバい! なにこれなんて事案なのん? やめて! みんなこっち見ないで!

 

 

× × ×

 

 

「そ、それにしても、急にどうしたんだ? ルミルミ」

 

 ソファー席にちょこんと座る少女に、ドリンクバーで淹れてきたばかりの紅茶を遠慮がちに差し出しつつそう訊ねた。

 

「……」

 

「お、おい?」

 

「ルミルミ言わないで、ホントキモい」

 

「あ、はい」

 

 おうふ……女子小学生からの相変わらずの罵倒に思わず意識が飛び掛ける。ごちそうさまでした。

 

 するとルミルミは、むすぅっと不機嫌さを隠そうともせず、口を尖らせながらぽしょりと呟いた。

 

「……留美」

 

「へ?」

 

「へ? じゃないから。なにバカみたいな顔してんの? ルミルミじゃなくて留美って呼んでって前に何度も言ったよね。もう忘れたの? 八幡ってホントバカ。」

 

 きっつ! なんか刃先がさらに鋭利になってないかしらこの子。

 

「お、おう。……る、留美」

 

「……ん」

 

 

 

 現在俺達は校門前から即座に逃げ出して(逃げ出したのは俺だけだけど)、駅前のサイゼで顔を突き合わせている。

 いや、目の腐った男子高校生がJSを伴ってファミレスに入るのも確かに憚られたのだが、道端やら公園やらでJSに話し掛けている目の腐った男子高校生という構図の方が遥かにヤバげだった為、危険を承知でサイゼへとやってきたのだ。

 合意の下で人目の付くファミレスにいる方が、遥かに(世間的に)安全だよね? ギリギリ兄妹とかに見えるよね?

 

「で、どうしたんだ、留美。いきなりうちの学校に来るとか、すげーびっくりしたぞ」

 

 本当にびっくりしましたよ留美さん。しかも他でもない、俺に用事があったからわざわざうちの学校に来たとの事で、さらに驚いた。

 

「あのさ、八幡」

 

「おう」

 

「その前にまず言う事があるんじゃないの?」

 

 ……へ?

 

 と口にするとまた罵倒されて危険な世界に目醒めかねないので、今度はなんとか脳内にとどめてみた。

 うん。そんなこと考えてる時点で十分目醒めかけてるよね、これ。

 

 まぁそれは一旦置いといて(一旦もなにも永遠に置きっぱなしだよ!)、まずは留美のセリフの意味について考えて迅速に対応しよう。早く返答しないとまたむっとしちゃうからね!

 

 まず言う事。はて、俺は先になにか言わなければならない事があっただろうか。そもそも留美っていつからこんなに不機嫌になっちゃったんだっけ?

 確か最初は満面の笑顔だったよね。

 

 先ほど留美と再会した際、俺は一も二もなく留美をあの場から移動させた。なぜなら生徒達の視線がヤバかったから。

 残念ながらさすがのステルス機能も“校門前で女子小学生と一緒”という高性能レーダーの前には、なんの意味も成さないという検証結果が得られた瞬間である。これは軍需産業において革命ともいえる日だ。シチュエーションが限定的過ぎてその検証なんの役にも立たねぇよ。

 

 

 そう。あまりにも慌てていたから、俺は留美と共に即座にあの場を離れた。「ここだとちょっとアレだから……」以外には一言の会話もせずに。

 

 

『八幡! 久しぶり……っ』

 

 

 あ、そうか。そういえばあまりの突然の出来事に、俺は人として重要な事を忘れていた。

 人として重要と言っても、周りから認知されていない“普段の俺”には特段必要の無いモノではあるが。

 人として重要なのに普段の俺には必要無いとか、ぼっちは人としての営みのさらに先へと進んでしまったのか。すげぇなぼっち。進化がとどまるところを知らない。

 

 ……ともかくいくら普段なら必要の無い行為とはいえ、それはこうしてわざわざ訪ねて来てくれた知り合いには適用されない大問題なのである。

 

 留美が不機嫌になっている原因として、果たしてこれが正解なのかどうかは分からない。だがなんにせよこれは言わねばならないだろう。

 だから俺はゆっくりと口を開け、出来うる限りの優しい声音と表情で、彼女にこう伝えるのだった。

 

「おう、そうだった。……久しぶりだな、留美。元気そうでなによりだ」

 

 そう。つまり俺は、せっかく笑顔で挨拶してくれた留美に挨拶を返すのを忘れていたのだ。我ながら酷い。

 すると留美はうん、と頷く。

 

「久しぶり、八幡。八幡も元気そう。相変わらずぼっちみたいだけどね」

 

 憎まれ口を叩きながらも、留美はそう言ってようやくふにゃっと優しく微笑んでくれた。

 どうやら俺は、数ある選択肢の中から正解を引き当てられたようだ。

 

 

× × ×

 

 

 鶴見留美。

 去年の夏休みに千葉村で知り合った小学生。

 その際色んな事があったわけだが、今はとりあえず割愛という事で。

 次に会ったのが、思い出しただけでも頭が痛くなる事に定評のある、あのクリスマスイベント。

 あの時もまた色々とあったわけだが、それもまた割愛の方向で。

 

 

 とにかく留美とはそのクリスマスイベント以来、約三ヶ月ぶり、実に三度目の邂逅という事になる。

 

 三ヶ月ぶりに対面した留美。相変わらず年齢に見合わない大人びた雰囲気を纏う女の子ではあるのだが、こうしていざランドセルを背負っている姿を見ると(今は隣に置いてあるけど)、やはり小学生なんだなぁ……なんて、なんだかわけの分からない感慨に耽ってしまう。まったく、小学生は最高だぜ!

 

「……あー、ところでお前、最近……学校とか、どうなんだ?」

 

 と、ここで俺はらしくもなく、思わずここ最近の学校での近況についてを訊ねてしまった。ついさっきまで、わざわざうちの学校まで訪ねてきた目的を聞く事ばかりを考えていたというのに、なんとも不思議なものだ。

 でもなぜだか聞きたくなってしまったのだ。なんだこれ? 庇護欲? 親心? お兄ちゃんスキルオート発動?

 なんだかよく分からんが、なぜか自然と聞いてしまっていた。こうして目の前にちょこんと座る留美の笑顔が、夏休みやクリスマスと違ってとても穏やかに見えたから。

 

 

 

 三ヶ月前の留美は、夏休みとそう変わらずぼっちのままだった。

 まぁそりゃそうだろう。千葉村で俺がした事は、クラスでハブられていた留美を仲間に復帰させてやる事ではなく、単にグループごと人間関係を破壊させただけなのだから。

 その為こいつはあの時もぼっちのままだったし、学校での近況について、俺が触れていいような問題でもなければ、そんな権利さえも無かったのだ。

 

 でも留美はあのクリスマスイベントを……あの劇の主演を演じて少しだけ変わった。なんていうか、おっかなびっくりで必要以上に距離を取っていた周りの子たちとの距離を、少しだけ縮められたように見えたのだ。

 

 それにクリスマスパーティーの終盤、留美は他の子たちと輪を作り、葉山グループと楽しげに言葉を交わしていた。

 留美がなぜ肝試しであいつらを脅す為の不良役を買って出てくれた葉山達と楽しげに笑えていたのかは分からない。だって、あの騒動の種明かしなんかはしていないのだから。

 

 でもま、小学生にしては達観した留美の事だ。こいつにはお見通しだったのだろう。あの茶番劇の……俺ごときの浅い考えなど。

 だから俺はこうして留美に聞く事が出来たのだ。最近どうだ? と。

 ……あの日の笑顔と今日の笑顔、どちらもこの目で見る事が出来たから。

 

「……」

 

 しかし俺はまた見誤ってしまったのか。妙な親心みたいなおかしな感情が勝手に働いて、つい踏み込んでしまった留美の近況。

 でもそれは、やはり赤の他人の俺なんかが簡単に踏み込んではいけないデリケートな部分だったのだろう。

 留美は、俺からの質問に表情を険しくさせてしまった。

 

 ……くそっ、俺はやはりどうしようもないバカだ。なに一人で勝手に盛り上がって、なに一人で勝手に思い上がってるんだ。アホか……。せっかく俺なんかをわざわざ訪ねてき、せっかく俺なんかに笑顔を向けてくれたこの少女に、またしてもこんな顔をさせてしまうだなんて。

 

 すまん、余計なお世話だった──そう口にしようとしたのだが、先に重い口を開いたのは留美の方だった。

 そして留美は言う。怒りと哀しみを内包させた、とても低い声で。

 

 

 

 

「……お前じゃない。留美」

 

「あ、はい、すみません」

 

 そっちか!

 ですよねー! ルミルミってばお前って呼ばれるの嫌いですもんねー!

 

 てかどんだけ俺に留美って呼ばれたいんだよ。俺のこと好きなのん? と、絶対に小学生相手に思ってはいけないような気持ちの悪い事を考えてブヒブヒしていると、「まったく、ホント八幡ってバカ」と不満たらたらにぶつぶつ言ってらっしゃる留美さんが、やれやれと呆れた溜め息を吐きつつも、ようやくまた笑顔に戻ってくれた。ホントお手数おかけします。

 

「ん。ま、そんなに悪くない、かも。……最近は、結構うまくやれてる気がする」

 

 そう言って、紅茶の注がれたカップを両手で持ってふーふーする留美の表情は、嘘偽りなくとても穏やかに見える。

 

 おお、マジか。この様子だと、本当に結構うまくやれてるみたいだな。

 小学生ながらに学校の人間関係を“うまくやれてる気がする”とか言うのは些か問題アリかもしれんけども。

 まぁそれでも俺の小学生時代に比べれば遥かにマシだろう。比べる相手が底辺すぎしたね! てへ。

 

 

「……そうか、良かったな」

 

 

 

 ──俺は今、一体どんな顔をして留美に接しているのだろうか。

 

 俺はこの女の子に少なからず思うところがある。

 千葉村での最低な解消方法で手に入ったのは、あのクリスマスイベントでの一人ぼっちなままの少女の姿だったから。

 

 確かに留美は強い。そこらの大人なんかよりもずっと強い。一人でも生きていけるように努力し、一人で居るのが普通でいられるように在ろうとする小さな女の子。

 でも一人で居られる事と、一人で居るのが好きな事とは違う。そして留美は少なくとも一人で居るのが好きというわけではない。

 

『八幡、いい。いらない。一人でできる』

 

 手伝おうと手を伸ばした俺を拒否した留美。でも留美は、それにより立ち上がった俺に不安げな瞳を向けた。やっぱり行っちゃうんだ……と言うかのような弱々しい瞳を。

 

 

 いくら強くとも、いくら一人で居られようとも、やっぱり留美はどこにでもいる普通の女の子でしかない。誰かと繋がっていたいのだ。

 ただ今まではそうせざるを得なかったから、仕方なくそうしていただけ。留美は強いから、それが出来てしまっていただけ。

 

 

 だから俺は、今こいつがこうして素敵な笑顔をしていられる事を嬉しく思う。ああ、やっと歳相応の顔で笑えるようになったんだな、と。

 

 そんな感慨に耽ってしまえば、そりゃ表情筋も弛むってもんだろう。

 だから俺は今、物凄く自覚している。「良かったな」って言っている自分の顔が、アホみたいに弛んでしまっている事に。

 これはアレじゃね? 小町にしか見せた事のないくらいの優しい顔しちゃってんじゃねーの? 人によってはさぞや気持ちの悪い顔でしょうよ。

 

 すると、そんな俺の顔をじーっと見ていた留美が、ふと目が合った瞬間に凄い勢いでぷいっと顔を逸らした。それはもう熟れきった林檎かよってくらいに真っ赤な顔をして。

 ……そ、そんなに変な顔してましたかね?

 

「……べ、別に、そんなに大した事じゃない。うまくやれてるって言ったって、そこまで仲のいい子が出来たってわけでもないし。ただ森ちゃんとか仁美ちゃん……あのグループがバラバラになったから、クラスで流行ってたハブり遊びみたいのは無くなったの。だから森ちゃん達にまたそうされるのが恐かった子たちが、おっかなびっくりだけど話しかけてくれるようになったってだけ」

 

 留美はそっぽを向いて恥ずかしそうにもじもじしながらも、クラスでの現状を話してくれる。

 

「……だから私もその子たちに合わせて適当に話を合わせてるだけ。だから、そんなに大したことない」

 

 口を尖らせてそう言いながらも、留美はなんとも嬉しそうに、でもなんだか気恥ずかしそうに口元を弛める。極力弛まないように力を入れてるもんだから、なんかちょっと口角がぷるぷる震えちゃってるけどね。

 まったくもうこの子ったら! 無理しないで、もっと素直に喜んだっていいのよ?

 

「でも、ま」

 

 だから俺は、そんな意地っ張りで大人びた小学生に、こう助け船を出すのだ。

 

「大した進歩なんじゃねぇの? だってアレだろ? もう、惨めではないんだろ?」

 

『惨めなのは嫌か』

 

『……うん』

 

 一人でも別にいい……思い出とかいらない……余所から来た人と友達になればいい……。そんな、ずっと無理していた留美がようやく溢した本音と涙。

 

 まだまだ上辺だけかもしれない。また話せるようになったとはいっても、一度裏切って裏切られたのだ。お互いにそうそう心を許せるわけがないし、お互いにまだまだ探り探りの関係なのかもしれない。だからまだ素直には喜べないし、素直に喜んでしまう姿を俺に晒したくもないのだろう。

 そもそもこいつ、俺たちに向かって一人でもいいとか友達との思い出もいらないとかって強がっちゃってたわけだし、そりゃ素直に喜んじゃうのも恥ずかしいよね。

 

 でもこれなら意地っ張りなお前でも、素直に笑えるだろ? 素直に喜べるだろ?

 だってあの日の、あの騒動の、留美の本音の依頼なのだから。

 

 

「……うん……っ! 今はもう、惨めじゃない」

 

 そう元気に頷いた留美は普通の小学生の女の子そのもの。

 変に大人ぶって無理も我慢もしていない、心からの素直な笑顔だった。

 

 

× × ×

 

 

 それからはしばらくのあいだ留美の話が続いていた。

 

 夏休み明けからも大体ぼっちが続いていた事。まぁそれは自ら壁を作っていたみたいだが。

 でもクリスマスの劇を観に来ていたクラスメイトの数人が、冬休み明けに勇気を出して「凄かったね!」と声を掛けてきてくれたという事。

 そしてそれからは多少無理してでも、自分からも話し掛けてみるようにしたという事。

 クラスメイトだけではなく、あのクリスマスイベントに参加したメンバーとも、未だにそれなりの交流があるという事。

 

 元々お喋りではないタイプのくせに、この時ばかりはなんとも楽しそうに色々と話してくれた。相づちがちょっと適当になると、すげぇ冷たく罵倒されたけど☆

 

 

 そんな留美の話を、ああ、そういや小町もまだこれくらいの頃は親父と楽しそうに喋ってたっけなぁ……もう少ししたら留美もああなっちゃうのかなぁ……そしたら俺も今の親父みたいに絶望を知る事になっちゃうのかなぁ……なんて、哀れな親父に涙しながらも、まるで留美の父親にでもなったかのように、にこやかに耳を傾けていたそんな時だった。

 

「あれ……?」

 

「なに? どうかした?」

 

「あ、いや……」

 

 

 あっれー? そういや俺、なんでここに居るんだっけ? 俺いま何してるのん?

 

 

 ──そう。留美の近況話が弾みすぎて、頭からすっかりと抜け落ちてしまっていたのを思い出したのだ。留美がわざわざ俺に会いに来た理由を聞くのを。

 

「なぁ」

 

「……? うん」

 

「そういや留美、結局なにしに来たんだっけ?」

 

 もしかしたら、この質問はまた地雷なのかもしれない。実はただ、こうやって近況を報告しにきてくれただけなのかもしれない。

 その場合は間違いなく「は? なにしに来たもなにも、今こうして話してるのが目的に決まってるじゃん。八幡ってホントバカ」と、冷水のような目で睨まれてゾクゾクしちゃうこと請け合いである。ゾクゾクしちゃうのかよ。

 

「あ」

 

 しかし今回ばかりは残念ながらそうはならなかった。残念なのん? やっぱりゾクゾクしちゃいたいのん?

 

 留美もすっかり話に夢中になって、俺に本日の目的を告げるのを忘れていたようでハッとなり──

 

「えっと、あの……ね」

 

 つい先ほどまでと違い、途端にとても言いづらそうに歯切れが悪くなる。

 

「その……」

 

 もじもじとスカートやら髪やらを弄りだし、とても緊張した様子で冷めきってしまった紅茶をくぴくぴと煽ると、こくんと、紅茶と一緒に生唾を飲み込んだ。

 

「あ、あの、八幡……」

 

「お、おう」

 

 留美に緊張をお裾分けされてしまった俺がどもりながらも情けない返事を返すと、留美は頬を真っ赤に染めたウルウルな上目遣いで、あまりにも予想外な、こんな思いがけない思いを俺に伝えるのだった。

 

 

「わ、私さ……来週が卒業式なんだけど、その……は、八幡。卒業式に……参列してくれない……?」

 

 

 

続く

 





さて、ルミルミちゃんはいったい何を卒業するんでしょうね〜(ゲス顔)



というわけで紳士の皆様大変ご無沙汰しております!今回は超久し振りのルミルミでした☆
もちろん『ぼっち姫シリーズ』とは別留美ですよ?(*^_ ’)

まったく!小学生の冷たい眼差しは最高だぜ!



ではでは次回後編でお会いいたしましょーノシ




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卒業 〜graduation2〜



スミマセン><
なかなか筆が進まず、今回超短いです><
ヤバい久々のスランプかもん。そしてもしかしたら今まで書いてきた中で一番短いかも?(白目)





 

 

 

 ──こっちだよな? あれ? もう一本隣の道か?

 

 

 キョロキョロと、鋭く腐った目付きで住宅街の中を舐め回すように探索している俺は、どこからどう見ても不審者そのもの。これはもう通報待ったなしの事案ですわ。

 

 そして110番されないよう辺りの目に警戒しつつ(腐った目で辺りを警戒している時点でアウト)もう一本隣の路地を覗き込んだ瞬間だった。

 

 

「あ、こっちこっちー!」

 

「……う、うっす」

 

 そろりと路地を覗いた瞬間に合った目と目。

 元気な笑顔で手をぶんぶん振って、こっちへ来いと促す人物の下へと遠慮がちに駆け寄る俺の顔は、少し赤くなってはいないだろうか?

 

 

 

 ルミルミとのあの衝撃の邂逅から数日。俺は今、本日付を持って留美が巣立つ小学校前へとやってきている。

 正確に言うと、小学校前というよりはほんの少しだけ離れた一本入った路地なのだが。

 

「うふふ、あなたが八幡くんねー? キミの事は留美からよぉっく聞いてるわよ?」

 

 くっ……! よ、よく聞いてるって、一体なにを聞いてるんですかね……?

 

「ほんっとに疲れ切ったサラリーマンみたいな目をしてるのね! 私すーぐ分かっちゃったわよぉ。でも思ってたよりずっとイケメンくんでびっくり! もう、勿体ないわね〜、背筋をしゃんとすればもっとカッコいいのに〜」

 

「……そ、そすか」

 

「うん! ほら、背筋伸ばして伸ばして〜。うふふ、今日は留美が無理言っちゃったみたいでごめんなさいね? でも来てくれて本当にありがと。あの子、喜ぶと思うわ」

 

「い、いえ、こちらこそお招きいただきまひて……」

 

 おうふ……初対面のすげぇ綺麗な女性と話すとか無理ゲー過ぎんだろ……。なんかイケメンとかって気を遣われちゃってるし。

 てかなんで俺の周りって美人率が異様に高いのん? ばっか、リアルにはこんなに美人ばっかいねーぞ!

 

「ふふっ、そんなに緊張しなくたって大丈夫よ! って言っても知り合い? お友達? 彼女? の母親に初対面じゃ、そりゃ緊張もしちゃうわよねー」

 

「……う、うす」

 

 初対面でも綺麗な女性でもなければここまでは緊張しませんけどね。

 多分これが材木座の母ちゃんだったら安心しちゃうんだろうなぁ……。材木座の母ちゃんに失礼すぎだろ。

 

 …………ん? なんかいま最後に恐ろしい単語を付け加えてませんでしたか……? き、気のせいだよね。

 

 

「それではあらためまして。んん! 初めまして八幡くん! 鶴見留美の母でございます♪」

 

「こ、こちらこそ初めまして。ひ、比企谷八幡と申しまひゅ」

 

 

 

 こうして、俺と鶴見留美の母親との初顔合わせは、このようにして無事に(?)完了したのである。

 

 ……ど、どうしてこうなった……?

 

 

 

『わ、私さ……来週が卒業式なんだけど、その……は、八幡、卒業式に……来てくれない……?』

 

 

 そう、それはあの日、留美から意味不明の依頼を受けてしまったから。

 

 

× × ×

 

 

「いやちょっと待てお前。意味が分からないんだが……」

 

 さすがの俺も意味がわからなすぎて頭カラッポになっちゃうレベル。でも夢はこれっぽっちも詰め込めそうもありません。

 

「……留美」

 

「お、おおう、すまん留美。……で、意味がちょっと……」

 

「……意味が分からないもなにも、卒業式に来て欲しいって言ってるんだけど。そんな簡単なことも分かんないの? 八幡ってホントばか」

 

 きっつ! 度重なる「お前」に対して怒っているのか、そんな不機嫌さも相まって目も口調もきっつ!

 

「い、いや、意味は分かるんだが──」

 

「分かるんじゃん」

 

「お、おう……」

 

 ねぇねぇちょっと? 俺ってばルミルミの尻に敷かれすぎじゃないかしら。

 女子小学生(美少女)の尻に敷かれるとか、ごく一部の紳士にとってはご褒美以外のなにものでもない。まったく、小学生は以下略。

 

「……意味ってのはそういう意味じゃなくてだな……、その……なんで俺がおま……留美の卒業式に行くって話になるんだ? ……という話なんだが」

 

 あっぶね! またお前って言っちゃうとこだった!

 この子お前とルミルミにホント敏感に反応するからね。それはもう知覚過敏かよってくらいすげぇ過敏。ビクンッとするのは俺の方だけど。

 

 それはそうと、俺が留美の卒業式に参列するってどういう事?

 あれかな、実は留美って俺の隠し子だったり未来から来た俺の娘だったりするのかな?

 こんなアホなこと口に出したらまた冷たい目で睨まれてゾクゾクしちゃうから、間違っても口には出さないけど。

 

「……えっと、それは、ね──」

 

 

 

 ──留美の話によると、どうやら親父さんが今週末から急に海外に出張になってしまい、愛娘の晴れの日を一緒に過ごせなくなってしまったそうだ。

 これが中学生になって思春期なんかに突入しちゃうと「え……? お父さん卒業式、来られないんだ……ッ……♪」なんて、落ち込むフリを隠す努力を怠って、父親を涙の海のドン底に突き落とすところなのだろうが(小町ちゃん? もうちょっとだけでもいいから親父を労るフリをしてあげて!)、小学生の留美からしたら、父親が卒業式に来られないのは堪らなく寂しい事だろう。

 

 ちなみに余談だが、留美の父ちゃん、それはもう行きたくない行きたくないと涙ながらに駄々を捏ねたそうだ。

 おいおい鶴見父大丈夫かよ、とは思ったが……、そりゃね? 俺だって急な仕事で小町の晴れの日に参列出来なくなったら泣いて駄々捏ねちゃうだろうしね。……ああ、やっぱ仕事したくねぇなー。

 

 まぁそんなわけで元々両親二人で参列する予定だった卒業式に母親一人での参列となったらしいのだが、元々予定していたぶん席が一つ空くし、「だったら八幡がいい」との留美の謎発言によって、なぜか俺が一緒に同行する事となったらしい。

 

 ……うん。やっぱり意味が分からないよ。

 同行する事となったらしいもなにも、俺了承してないし。

 

「……だめ?」

 

「うぐ……っ」

 

 あらかた説明が済んで俺が難色を示した表情をしていると、つい先程までつんつんしていたルミルミが、今度は弱々しい上目遣いで俺のライフをごりごり削りにくる。なにこの子ズルすぎないかしら?

 手伝おうとしたのに「八幡いい、いらない」とかって無理に強がってた子の、こんな素直なお願いを断れるわけがないではないか。

 

 

 ──いや、でもなぁ……

 

「……し、しかしだな、俺みたいな他人……しかもこんな怪しいヤツが、縁もゆかりもない小学校に乗り込むのもなぁ……」

 

 母校ならまだそこまで抵抗もないのだが、さすがに見ず知らずの小学校に入っていくのはかなりキツい。てか普通に捕まるでしょ。

 今までさんざん冗談半分で事案だの通報だのと言ってはきたが、これはマジモンですよ、ええ。

 

「ん、それは大丈夫。学校前でお母さんとこっそり合流すればいいでしょ? 親戚ですとかなんとか言ってお母さんと一緒に学校入れば問題ない」

 

「」

 

 ……た、確かに。なにせ母親が一緒に居るのだ。

 学校運営にとってペアレントは神様です。でもモンペになっちゃうと、神は神でも貧乏神になっちゃうから気を付けて欲しいのねん。

 

 だからいくら俺が怪しかろうと、黙ってたって母親が会場の席まで連れていってくれるだろう。

 でもそれ以前に知り合いの母親……しかも初対面と二人って時点で難易度インフェルノなんですがそれは。

 

「そ、そもそもな……?」

 

 だから俺は抵抗する。それが無駄な抵抗だと分かっていても。

 そう。負けると分かっていても、挑まなければならない戦いが漢にはあるんですよ!

 

「……な、なんで俺なの?」

 

 と、あまりにも弱々しい声で、覚悟の上で戦いに挑む漢とは思えない情けないお伺いを立てると──

 

「……そ、それは……ね」

 

 小学生女子とは思えない程に飄々としていたこれまでとは一転、途端にポッと頬に朱色を加えるルミルミ。

 ……そして、そのあまりにも可憐で艶やかな桜色の唇をゆっくりと開く。

 

 

 

「……卒業する私を、八幡に見てもらいたかったから……」

 

 

 はいはい惨敗惨ぱーい。こんなの初めっから勝てるわけないじゃないですかーやだなぁ。

 

 

 

 ──正直その答えは俺の質問の意図とは違っていた。違っていたのだが(てかむしろその答えの理由を知りたいから聞いたんだけどね)、なんかもうそんなのどうでもよくなっちゃいましたね。ちっきしょう、可愛いなぁ、こいつ。

 

 

 

 ……これはあれだから! ロリコンじゃなくて、シスコンの血が騒いだだけなんだからぁッ!

 

 

 

続く

 

 






そして終わらないというね。

元々最後まで書き切るつもりが筆が進まず2話に分けちゃったので、次回のラストも短いような気がします('・ω・`;)



ではまた次回ですノシ



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卒業 〜graduation3〜



くっ……スランプで筆が進まない上に終わんねぇよ……っ




 

 

 

「鶴見留美」

 

「……はいっ」

 

 

 厳かな空気の中、粛々と卒業証書授与式が執り行われている真っ最中の体育館。

 本日をもってこのクラスの担任を卒業する事となる教師なのであろう人物の点呼に、小学生らしい快活さではなく、年頃の女の子らしい大人びた留美の返事が体育館に響き渡る。

 

 壇上へとゆっくり上がっていく少女。紺色のブレザーにチェックスカートという、どこかうちの学校の制服を思わせるフォーマルな出で立ちのその美しい少女は、数多の卒業生の中でも、一際目立つ存在と言っても過言ではないだろう。

 ま、身内の贔屓目が入っちゃってるかもしれないけれど。

 

「卒業証書、鶴見留美殿。あなたは本校において、小学校の全課程を修了したことを証します」

 

 証書に書かれた文面を読み上げた校長の目を真っ直ぐ見つめ、両手でしっかりと卒業の証を受け取る留美の背中は、とても小さいはずなのに、なんだかとても大きく見える。

 

 

 

 なぜ招待されたのか定かではないくらい、俺と留美にはそこまでの接点は無い。はず。だよね?

 それなのに、なぜかこの瞬間を目撃した俺はなんだかよく分からない感慨が胸に込み上げて来て、情けない事に目頭が熱くなってしまった。

 

 いかんいかん。これが親心ってやつか。あんなに小さかった留美の背中が、今ではこんなにも立派になっちまいやがって……よよよ、とか思っちゃったよ。小さい頃の留美見たことないのに。

 

 

『惨めなのは嫌か』

 

『……うん』

 

 でも俺は、あの日……あの夏の日……弱々しく揺れる大きな瞳から今にも零れ落ちそうな涙を目にしてしまったのだ。そりゃ感慨深くもなるってもんだろう。

 

 ──良かったな、留美。惨めさなんて欠片もない。惨めどころかすげー立派だぞ。いい卒業式じゃねぇか。

 

「って、やべ……っ」

 

 おっとこれはいかん。決壊しちゃいそうだぞ?

 

 このままあの小さくて大きな背中に集中していると目から汗が大量に流れ出てしまいそうだったので、気を逸らすべくちらりと横に向けた視線。

 しかしその視線の先では、ルミママがハンカチで目尻を拭ってらっしゃいました。

 

 やばいやばい! 気を逸らすどころか更に貰い泣きしちゃうぅぅ!

 

 すぐさま正面へと向き直る俺。気を逸らす為の光景から気を逸らす為に視線を元に戻して気を逸らすとかコントかよ。

 そして戻した視線の先では、ちょうど校長に恭しく一例した留美が舞台袖へと捌けていくところだった。

 

「……あ」

 

 その時、俺は思わず小さく声を上げてしまった。

 壇上から下りようと階段の前まで歩いてきた留美が、階段に足をかける前にまるで誰かを探すかのようにキョロキョロと会場を見渡し、そして……俺と目が合ったのだ。

 

 壇上と保護者席。目が合ったかどうかなんて分からないくらい離れているはずなのに、でも確かに合った。それは気のせいとか意識過剰とかではなく、間違いの無い感覚。

 そして留美は俺の姿を確認して柔らかくふっと微笑えむと、すぐさま前へと向き直り、しっかりとした足取りで階段を下りて行く。

 

 

 

 ──びびびびっくりしたぁ! まさかあんな遠くから発見されてしまうとは!

 おおかた愛娘の雄姿を会場で見守ってくれているであろう母親の姿を探した際、たまたま母親の隣で間抜け面(半泣き)を晒していた俺が目に入って思わず笑ってしまったのだろうけども、あれではまるで、見晴らしのいい壇上から俺の姿を探して、発見できたから思わず笑みがこぼれちゃった☆なのかと勘違いしちゃうじゃねぇか。

 

 ま、そんなわけは無いんだけれど、どっちにしろ俺のステルス機能仕事しろ。

 こんな大勢の中から見つかっちゃうなんて、ステルスどころかガイドビーコンだよ! シーマ様に叱られちゃう!

 

「ふふっ」

 

 すると隣の席から思わせ振りな含み笑いと視線を感じた気がしたのだが、なんかちょっと恐いんでそっちを見るのはやめときましょうね。

 

 

 

 留美が着席してからも卒業式はつつがなく進行していく。

 わざわざ俺に卒業する姿を見せたいとか言ってきたもんだから、まさか卒業生代表として答辞とかしちゃうんじゃね? なんて少しだけ思っていたが、そんな事も特にはないようだ。

 まぁよくよく考えたらそういうのって生徒会長とかを務めた生徒でもなければやらないよね。ウチのもめぐり先輩が答辞で一色が送辞だし。

 てかそう考えると俺達の卒業式も一色が送辞やんのか……。なんか恐えーよ……

 

 

 ──そんな、まだ見ぬ一年後の未来に戦々恐々としている俺などどこかへ置き去りに、式はついに終幕を迎えるらしい。

 先ほどすぐ隣から聞こえた水気混じりの吐息と同様の吐息や鼻をすする音があちらこちらからぽつぽつと上がる中、会場中を仰げば尊しの音階と歌声が支配したのだ。

 

 ……こうして、本日の卒業証書授与式は無事に幕を閉じたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「はーちまーんくんっ」

 

「っ……!?」

 

 式も終わって保護者達がぞろぞろと体育館を離れる中、これから俺はどうすりゃいいのん? と途方に暮れてボケッとアホ面を晒していると、不意に隣からとてもとても愉しそうなお声がかかり、とっても気持ち悪くビクンッとしちゃいました。

 やだ、周りの奥さん達、そんなに冷たい目で見ないで!

 

「な、なんでしょうか……?」

 

 だが連れの俺があまりにも気持ちが悪いとルミママにも迷惑が掛かってしまうので、紳士な俺は何事もなかったかのようにスマートに返事を返す。多少声が裏返ったのはご愛嬌。全然スマートじゃなかった。

 

「今日は留美の我が儘に付き合ってくれて、本当にありがとうね!」

 

「……う、うっす」

 

 娘を想うとても素敵な笑顔でそんなことを言われたもんだから、綺麗なお母さんに相変わらず緊張を隠せないながらも、「いえいえこちらこそご招待いただき──」、そう言葉を繋げようとしたのだが……

 

「うふふ、あの子ったら、壇上からすっごい八幡くん探してたわよねー。八幡くん見付けた時の嬉しそうな顔ったら! 隣にお母さん座ってるってのになぁ、ちょっと妬けちゃったわよー、もー!」

 

「ブッ!?」

 

 え、なんなの? あれってマジで俺を探してたの? いやいや違うでしょ。

 ぷくっと可愛く頬を膨らませながらも、どこか悪戯じみて愉しげなルミママの視線に耐え兼ねた俺は、思わずこう口を滑らせてしまう。

 

「い、いやいや、あれは俺じゃなくてお母さんを探してたの間違いなんじゃ……?」

 

「やーだー! もう八幡くんってば、まだお義母さんって呼ぶには早すぎよー?」

 

 え、なに言うてはりますのん? ちょっとお母さんの受け取り方に語弊がありませんでした?

 あれじゃないの? 知り合いとか友達の母親はお母さんって呼ぶもんじゃないの? 鶴見さんとか呼ぶべきだった? もしくはお母さんの前に「留美の」って付けなきゃダメだった?

 

 ふぇぇ……知り合いの母親と会話した経験なんかほぼ無いから、こういうの分からないんだよぅ……! なんか改めてそう言われちゃうと、他人をお母さんって呼んじゃうなんてハズカシィー!

 ころころと笑いながら二の腕をぺしぺし叩いてくるルミママを尻目に、周りの奥様方が「ちょっと奥さん、お義母さんですってよ……!?」とかってヒソヒソ話してますから!

 小学校の卒業式でお義母さんとかマジヤバい。おまわりさん、こいつ(俺)です。

 

「ふふふ、ま、お義母さん呼びの件はとりあえずいいとして〜──」

 

 ひとしきり笑ってひとしきりぺしぺしして、ようやく満足するとお母さ……母親は指で涙を拭いながらこほんと咳払いをひとつ。

 

「ふぅ〜……んん! ……んっと、このあとなんだけどね? 八幡くん、まだ時間大丈夫?」

 

 本来であればこのあとアレがアレでと即座に帰宅提案するのが常の俺だけれど、ようやく終わったお母さん事件に異常なほどの安堵感を覚えていた俺は油断していたのだろう。

 

「は、はぁ。まぁ大丈夫っすけど」

 

 などと、うっかり暇である事を打ち明けてしまった。

 なにこれ新手のハニートラップかな?

 

「良かった! これでこのあと予定があるって帰られちゃったら、せっかくの卒業式なのに留美がむすっとしちゃうとこだったもの〜♪」

 

 やっぱルミルミって家でもむすっとしちゃう子なのね。

 実は家では親に甘えっぱなしな女の子とかだったらギャップで萌え死に待ったなしだったのに。でももちろんツンツンしたルミルミも同じくらい美味しそうですけどね。

 やっぱルミルミって言ったらデレ萌えよりもツン萌えだよね!

 

「え、えと、それで一体なんでしょうか?」

 

 まさか家にお呼ばれとかはしないよね? さすがにそれはちょっと……

 

「えっとね、実は留美から八幡くんに伝言があるの。もし八幡が来てくれたら伝えといてって」

 

「伝言……すか?」

 

 と、どうやらお呼ばれの類いではなさそうで一安心。

 あとルミママから八幡って呼び捨てにされるとちょっぴりドキドキしちゃいます。

 

「うん。このあとクラスで最後のホームルームをやるみたいなのね?」

 

「はぁ」

 

「それが終わったら解散なんだけど、そのあと体育館裏まで来て欲しいんだって」

 

「た、体育館裏……?」

 

 え、なにそれ。ここにきてまさかの体育館裏への呼び出し?

 やだ俺ってばJSに〆られちゃうのん? か、顔はやめな! せめてボディーに!

 

「そ、体育館裏だってー。ふふっ、卒業式のあとに体育館裏だなんて、まさに青春真っ盛りね! 若いって羨ましい〜」

 

 ちょ、ちょっと……? 俺が留美に呼び出された行為を、まるであの伝説の青春イベント・卒業式のあとに体育館裏で告白☆みたいなニュアンスで言うのはやめていただけないでしょうかね。意識しちゃわないようにわざとふざけてたのに。

 てか小学生女子に告白されちゃうかも! とか一瞬でも考えちゃってた自分が超キモい。

 

「それじゃ伝言伝えたからね〜八幡くん。私このあと留美の教室行ってくるから、八幡くんはそれまで自由にしててねっ」

 

「え、いやちょっと……!?」

 

 言うだけ言って背を向けたルミママに、慌てて声をかけざるを得ない俺。

 なに? 放置? 縁も所縁もない小学校の校内で放置プレイ?

 それもう放置どころかハードなサディスティックプレイだよ!

 

「お母……つっ、鶴見さんが居ないと、俺一人で校内うろついてたら通報されちゃいますってば……!」

 

「もー、鶴見さんだなんて他人行儀ねぇ、八幡くんはー」

 

「……」

 

 ……お母さん呼びはダメなんじゃないのん? じゃあどないせいっちゅうのん?

 

「だーいじょーぶ! 八幡くんはウチの“か、ぞ、く”なんだから、もし怪しまれて先生に声掛けられたら鶴見家の者ですって言っとけばいーのよ?」

 

 ……なんでそんなに家族を強調すんの? 今日卒業式に参列する為だけの一日家族ですよね……?

 

「それともお義母さんと一緒に嫁の最後の小学生姿を教室まで見学に行くー? 高校生男子がクラスの様子なんて見に来たら、子供達の注目の的になっちゃうわよ?」

 

 嫁て……。おい、もうオブラートに包む気ねーな、この主婦。

 

「……え、遠慮しときます」

 

 とりあえずこの主婦の問題発言は全力でスルーして、まずは直近の危機を回避する為に動かねばならない。小学生どもの注目を一身に浴びるとか超無理。

 絶対「ねぇねぇ! あれって誰かのお兄さん!? なんかキモくなーいw!?」「うわ、ホントだー!」「えんがちょー!」とか言われるに決まってるから留美の為にもよろしくない。あとえんがちょってなんだよ。

 

「でしょ? だからちょっとだけあの子を待っててあげてね!」

 

 そう言ってパチリとウインクしたルミママは、俺を残して体育館から去って──

 

「あ! そうそう」

 

 は行かず、くるりと振り替えると、最後にこう一言だけをそっと添えていくのだった。

 

 

「八幡くんまた今度ねー♪ウチで待ってるわよ」

 

 

 

 ……どうやら俺の与り知らないところで、この綺麗なお母様との再会は約束されている模様です(白目)

 

 

続く

 




というわけでホントすいません(白目)
進まない進まないと思っていたら、半月もお待たせしてしまった上にまたしても終わりませんでしたぁ゚+。(*゜∀゜*)。+゚



あとは体育館裏で留美が告白するだけですので(これは酷いネタバレ)、次回できちんと終わりますよ☆
ただし書けるとは言ってない


な、なんとか今月中に締められように頑張りますッ……!
ではまた次回(いつか)お会いいたしましょーノシノシ




あ!そして今話において、ついに感想数が二千に届くかもしれないですw(°O°)w

こんなにもご支援いただいて、まっこと有り難い限りでございます!と同時に、い、今まで全作品で返信してきた文字数だけで一冊くらい本が出来んじゃねーの……汗?って、軽くガクガクしております(吐血)




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卒業 〜graduation4〜



……ぐっ、お、終わった……


 

 

 

 さわさわと、まだまだ冷たい春風に揺れる雑草達を眺めながら、適当な段差に腰掛けて本日の主役の登場を待つ。

 

 時間まで自由にしててと言われたものの、さすがにそれでは身に危険を感じるばかり。体育館を出てから、俺の目を二度見した小学生が三人目に達した時点で心が折れました。時間でいうと体育館を出てから三十秒くらいの出来事。折れるの早えーな。

 

 それならそうとすぐさま呼び出し場所である体育館裏に来てみたものの、ここはここで結構な危険地帯だと気付く。

 小学校の卒業式に、体育館裏で目の腐った高校生が一人でぼーっと座ってたら普通に恐いよね。

 さらに卒業式の体育館裏という事で、俺以外にも他に利用客が居る可能性だってあるのだ。利用客ってなんだよ。

 

 なにせ今後想い人と会う事が適わなくなってしまうという可能性を秘めた卒業式。これを機に攻めに転じるアグレッシブな小学生諸君だって居るだろう。そしていざ呼び出し場所に行ったら不審者が立ってました!

 なにそれ恐い。せっかくの晴れの日に小学生の心に傷を負わせちゃう!

 その傷の深さといったら屋上ラブレター罰ゲームの比じゃないかも!

 

 というわけで、前途ある若者達に深い傷を与えてしまわぬよう、ビクビクと辺りを気遣いながら待つこといかほどか。

 待ち人来るか俺が招かれざる邪魔者なのか、ついに伸びた雑草をカサリと踏み鳴らす音が、体育館裏一体に響いたのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……八幡。良かった、来てくれたんだ」

 

 雑草を踏みならす音のする方へ恐る恐る目をやると、そこにはほっとした表情で微笑む留美が立っていた。

 

 良かった。どうやら俺は見知らぬ小学生の純情を踏み躙らずに済んだらしい。まぁ呼び出し場所に来てみたら不審者が座ってたもんだから、失意の末に泣きながら去っていった小学生が何人か居たかもしれない可能性も微レ存ですけども。

 

「おう。そりゃ来るだろ。せっかくご招待してもらった上に、母ちゃんから伝言聞かされたんだから。これで帰ってたらあとあと恐い」

 

「ふふっ。うん、もし八幡が来てくれてなかったら、私総武高校に行って平塚先生? だっけ。あの先生にあることないこと報告してたかも」

 

「恐えーよ……」

 

 いやマジで恐えーよ! あることないことって、一体なにを報告する気だったんでしょ、この子ったら。

 

 大層ひきつっているであろう俺の顔を見て、悪戯っ子みたいにクスクス笑いながら、とてとてとこちらへ歩いてくる留美。

 普段と違うフォーマルな格好からか、今日の留美はいつもよりさらに大人びて見え、笑顔もどことなく柔らかい。

 

 そんな留美に、俺はまず言わなくてはならない事がある。本当はいの一番に言うつもりだったのに先に声を掛けられてしまったものだから、後れ馳せながら……なのだけれど。

 

「……あー、留美」

 

「ん」

 

「卒業、おめでとな。……いい卒業式だったぞ」

 

「……ん……っ」

 

 基本的に口数の多くない留美は、俺からの言葉に二回「ん」と答えただけなのだが、二回目の「ん」は、なんだかとてもこそばゆそうで。

 ま、卒業おめでとうとか言われんのって、なんか妙に照れ臭いもんな。家族以外に言われたこと無いけど。

 

「……て、てか八幡、この格好見て、なんか言うこと無いの……!?」

 

 そんな照れ臭さを誤魔化す為か、つんっとそっぽを向きつつそう言って反撃してくる留美。

 ああ、これはあれですか。正装して大人びた自分を褒めさせて、こっちにも恥ずかしさをお裾分けしようって寸法ですか。

 

 だが残念だったなルミルミ。女の子の服装を褒めるのは確かに恥ずかしくて苦手だけども、それはあくまでも同年代の女の子を褒める場合に限られるのだ。

 「ほらほらせーんぱい? 褒めてもいーんですよー?」とでも言わんばかりに、いろはすにドヤ顔で私服姿を見せつけられたときとか超つらかったですもん。

 

 しかしフルオートお兄ちゃんスキルの持ち主の俺には、ある程度年下の女の子の服装を褒めることなど造作もない事なのだ。

 つまりルミルミのその作戦は完全なる失策。八幡にも恥ずかしさを与えてやろうどころか、むしろ留美の恥ずかしさが増すだけなのであーる。

 

「おう。やっぱ元がいいとなんでも似合うんだな。なんつーか、そういう大人っぽい格好もすげー可愛いぞ」

 

 と、まるで軽石くらい軽いジゴロのように余裕な態度で褒めてやったのだが──

 

「っ〜〜〜!? ……ぁぅ……っ」

 

「……っ」

 

 どうやら留美の作戦は大成功だったようだ。

 なぜなら思いのほか照れて真っ赤になってしまった留美を見て、俺も負けじと恥ずかしくなってしまったのだから。

 ……くっ、ルミルミ、この中々の策士さんめ。完全に俺の自爆ですよね分かります。

 

「……ばか八幡っ」

 

 蚊の鳴くような小声で、そうぼそりと呟いた留美。

 通常なら呟いた本人以外には聞こえるはずもない小さな声ではあるものの、あいにく難聴系どころか耳聡い事に定評のある俺にはまるっと丸聞こえだ!

 

 だから俺は、そんな留美にこう言葉をかけるのだった。

 

 さーせん、調子に乗っちゃいました、と。

 

 心の中で。

 

 

× × ×

 

 

 服装を褒めろと言ってきたJSと、言われたから褒めたDT……じゃなくDK(男子高校生)。

 ……ち、ちげーし、DTとかじゃねーし!

 

 お互いに望んだ事、つまりwin-winなやりとりをしただけのはずの二人が、なぜかお互いが意に沿わぬともじもじ悶えること数分。

 先に立ち直ったのは、もちろん年長者たるこの俺の方だった。

 

「……で、でだ。わざわざこんなとこ呼び出しゅて、なんか用でもあんにょか?」

 

 こうして年長者(笑)な余裕をまざまざと見せ付けた俺を見て、留美はぷっと軽く噴き出すとようやく照れ照れモードを脱したようだ。

 どうですか皆さんこの捨て身の道化っぷりは。身を挺してまで幼い少女の緊張をほぐしてやらんとする、これぞ溢れんばかりの大人の余裕(白目)

 

 そして留美はんんっ、っとひとつ咳払いをすると、ふっと柔らかい微笑みを浮かべ、とても落ち着いた様子で口を開く。

 

「……あのね、どうしても今日、八幡に言っておきたい事、あったから」

 

「今日言っておきたい事?」

 

 今日、つまり卒業式のこの日、俺にどうしても言いたい事があると留美は言った。

 それは一体なんだと言うのだろうか。

 

 

 ──あくまでも冗談としてたが、何度か頭の中で反復させていた想像がある。それは……『告白』

 

 なにせ卒業式に体育館裏という、これでもかってほどのシチュエーションだ。誰だってその想像には行き着いてしまうだろう。例え相手が小学生であろうとも。

 そもそもルミママがイヤって程からかってきやがったし。

 

 まさか、な……なんて思ってはいたけれど、今の留美の空気感、そして今のセリフを総合するに、やはりその馬鹿げた想像はただの『まさか』なのだろう。

 なぜなら、もしも本当に留美が俺に告白などという有り得ない事をするつもりがあるのなら、別に今日である必要が……卒業式である必要がないのだ。

 だって、卒業式に告白を行うという行為は、あくまでももう今までみたいに毎日会えなくなってしまう相手だからこそ行う行為なのであって、俺と留美の間にはなんら関係の無いイベントなのだから。別に今までちょくちょく会っていたわけでもなければ、この卒業を機に会う機会が減ってしまうような間柄でもない。

 

 だが先ほど留美はこう言った。

 

『どうしても今日』

 

 と。

 

 だからこれは告白などと言う甘ったるいものではなく、俺と留美と卒業式という三つのワードに関連する“何か”であるはずなのだ。

 

 それは一体なんなのだろう。とんと見当がつかない。

 

「あのね」

 

 そうやって、一人では決して答えなど出せるはずもない無駄な思考を巡らせていると、ついには留美が語り始める。

 

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。

 しかと聞き届けよう。目の前で、真剣な眼差しを真っ直ぐ向けてくる少女の言葉を……

 

「私、今から八幡に告白するから」

 

 

 ……あっれー?

 

 

× × ×

 

 

 告白。それは気になる異性へ愛を告げる行為。

 え? それは異性だけで行われる行為じゃないでしょブッハァー? 同性だって、いやむしろ同性だからこそ神秘的で尊い行為キマシタワー?

 

 すまん、少し黙っててくれないか、俺の中のビギナ・ギナいやさ海老名姫菜。今は腐女子の深紅な噴水の水流に身を委ねている場合ではないのだよ。

 

 と、クッソどうでもいい妄想海老名さんで脳内一人遊びに興じてしまうほど、今の俺はいささか混乱している。

 

 

 ……え? この子いま俺に告白するって告白しました? うっそマジかよ。さっきまでのちょいシリアスなモノローグなんだったんだよ。

 おいおい、俺マジで告白されちゃうん? 告白バージンを女子小学生に奪われちゃうのん? 初めてだから優しくしてね、ってやかましいわ。

 

「八幡、ごめんね」

 

「ふぇ?」

 

 ふぇ? じゃねーよ。キモいな俺。

 でも思わずふぇが出ちゃうくらいにびっくりしたんだからしょうがない。

 だって、告白するって言われて混乱していたところに届いた第一声が「ごめん」だったのだから。

 

「……いきなり、どうした」

 

「……うん。いきなりでびっくりさせちゃったよね。……でも、ずっと言いたかったの。ごめんねって。……あと、そ、その……」

 

 そう言ってもじっと身をくねらせた留美は、スカートの裾をいじいじしながら上目遣いで言葉を紡ぐ。

 

「あ、あり……がと」

 

 ぷしゅっと音を立てて頬を染めた留美を見て思う。

 ……やっべ、超可愛い──ではなく。ではなく! 大事なことなので二回言いました。

 ああ、これは告白違いなんだな、と。

 

 

 告白とは、なにも気になる異性に愛を告げる事を差すだけの言葉ではない。

 内緒にしていた事を思い切って告げる告白や懺悔の告白。

 これらも立派な告白という行為なのだ。

 

 そして留美は、俺に「ごめん」と「ありがとう」と告白した。

 正直ごめんに関しては思い当たるフシがない。しかし、ありがとうにはあるのだ。思い当たるフシが。

 

『あ、あの……』

 

『ツリー、まだやってるだろうし、行ってみたらどうだ?』

 

『……あ、うん』

 

 俺はあのクリスマスイベントで、留美の口から出てきたのかもしれないありがとうを遮った。だって、あの時の俺には、留美からありがとうなんて言われる筋合いも資格もないと思っていたから。

 

 あの時留美は、作業を手伝ってくれた事に対してのありがとうを言おうとしただけなのだろう。

 それなのに勝手に深読みした俺は、そのありがとうに別の意味を見いだしてしまいそうだった。あの千葉村での最低な解消法までも留美に肯定されたのだと、自分を甘やかしてしまいそうな意味を。

 

 

 いま考えれば本当に自意識過剰で恥ずかしすぎる思考だ。そんな下らない自意識過剰で、ようやく笑顔を浮かべることの出来た留美から零れかけた言葉を遮ってしまうなんて、そしてそのありがとうをこんなにも長いあいだ留美の心の中で引きずらせてしまうだなんて、本当にどうしようもない馬鹿だったな、俺は……

 

 にしても、にしても……だ。いくら引きずっていたとしたって、果たしてそのありがとうをわざわざ晴れの舞台の日に呼び出してまで告白するものなのだろうか?

 正直俺には、留美からお礼を言われる事に思い当たるフシなんて、それくらいしかないんだよなぁ。

 そしてさらに分からないのがごめんという謝罪の言葉。俺から留美に謝る事ならいくらだってある。例えば留美の事を内心ミニノ下とか思ってたり、でも将来的には本家雪ノ下よりもある一部分だけは健やかに育ってね! とかセクハラまがい(全然まがいじゃなかった)の事を思っていたり、つい先ほどの思考だってそうだ。俺は身勝手な理由で留美の言葉を遮ったりもした。──そしてなによりも、千葉村での一件。

 

「……さっき」

 

 いくら考えても留美からのごめんに見当を付けられずにいると、留美は遠慮がちに、ぽしょりとその答えの出せない答えを語り出す。

 

「お、おう」

 

「さっき、八幡いい卒業式だったって言ってくれたよね。……でもね、こうしていい卒業式を迎えられたのは、全部八幡のおかげ」

 

「……はい?」

 

 え、どういう事だってばよ。

 俺は留美を育てた覚えもなければ、留美の足長おじさんになってこっそり生活を支えてきた覚えもない。

 留美の卒業には俺の影なんてどこにもないはずなんだが。

 

「……だから、まずはごめんなさい」

 

 よく分からずあたふたしているところにまたも掛けられたごめんなさいに、俺はさらなる思考の迷宮にハマりかける。ただでさえわけ分からんのに、いい卒業式を迎えられたのが俺のおかげってのとごめんのダブルコンボにKO寸前だ。

 しかし次に留美の口から発っせられた言葉は、そんな迷宮をたった一撃で破壊した。

 

「……夏休み、林間学校で八幡は私を助けてくれたのに……キャンプファイヤーであんなに辛そうな顔してたのに……、私、八幡のこと無視して、横を通り過ぎちゃったから」

 

「……」

 

 

 ──ああ、そうか。やはりこの子は全部理解していたのか。

 てか昼間に川原で言ったもんな。肝試し、楽しいといいなって。

 聡いこの子が、あの事態の顛末に気が付かないはずは無いのだ。

 

「あんな最悪でばっかみたいなキモいやり方、考えたのなんて八幡に決まってるって、八幡くらいしか居ないって分かってたのに──」

 

 おうふ……

 

「でも私、なんて言えば……どんな顔すればいいか分かんなくて、無視……しちゃった。だから、……ごめん、なさい」

 

 ナチュラルにちょくちょく罵倒されながらも、そう言って留美は俺にひとつめの告白をしてくれた。

 

 でもそれは違うぞ。留美は俺に対して負い目など感じる必要はこれっぽっちもない。

 あんな最低な手段で小学生の人間関係を破壊しただけの俺は、留美にそんな思いをさせるような立派な奴では決してないのだから。

 

「……アホか、別にお前が気にす──」

 

「お前じゃないって何度言わせんの……? てか今は私が喋ってるんだから八幡は黙ってて」

 

「アッハイ、スイマセン」

 

 あまりの食い気味な小学生からの冷たい視線とツッコミに、コンマ一秒で従順になる俺超クール。

 

「……八幡の言いたいこと、なんとなくだけど分かる。……でも、それは八幡の都合であって私には関係ないから。私はごめんなさいって言いたいから勝手に言ってるだけ。だから八幡は黙って受け取ってくれればいいの」

 

 ……ったく、すげー言い草だな。勝手に言ってるだけだと宣うのに、受け取るのは強制ときたもんだ。

 

「……おう、了解だ」

 

 そう、だよな。ついさっき自分の馬鹿さ加減を嘆いてたばっかじゃねぇか。身勝手に留美の言葉を遮って、留美の心の中で長いこと引きずらせてしまった事を。

 だったらここでまた留美の言葉を遮るのは、大人としてなんとも無粋ではないか。

 

 だから俺はもう邪魔はせず、留美の想いを素直に受け取ろう。

 ……決して留美が恐いから黙って聞いてようって心に誓ったわけではないのだ。そう、決して。

 

「……八幡が邪魔するから、せっかく言ったのにもう台無し。……仕方ないから、もう一度言うから」

 

「……さーせん」

 

 謝罪を受けているはずなのに謝罪を返さねばならないこの解せなさ。クセになりそう。

 

「あの時は、ごめんなさい」

 

「……おう」

 

「あとお前じゃなくて留美だから」

 

 やだ! そっちもまだ引きずってたの!?

 

「お、おう。留美」

 

「……ん」

 

 と、これでようやく謝罪の告白は済んだご様子。

 きちんとごめんを受け取った事ときちんと留美と言えた俺に、どうやらご満悦らしい留美はむふーっと満足げ。

 

 

 でも、まだこれで終わりってわけではないんだよなぁ。

 だって留美は言ったのだから。ごめんね、と。そして、ありがとう、と。

 

 ついさっきまでは、てっきり留美からのありがとうは手伝った件のお礼かとばかり思ってたのだが、どうやらこの様子だと違うんだろう。

 

「あと、ね、」

 

「おう」

 

「……あり、がと。……私、あの時八幡が助けてくれなかったら、どうなってたか分かんない。夏休み明けに学校行くの、やになっちゃってたかも……」

 

「……ん」

 

「……でも八幡が全部めちゃくちゃにしてくれたから、全部壊してくれたから、……夏休み明けに学校行くの、恐く……なくなった。……だから学校、行けたの」

 

 

 ──ああ、だからか。だから今日なのか。

 「だから学校に行けた」。それはつまりこうしていい卒業式を迎えられたという事と繋がる。それは、八幡のおかげでいい卒業式を迎える事が出来たという留美の弁と見事に合致したのだ。

 

 だから留美は、今日という日を選んだのか。

 

「そうか」

 

「……うん。……だから、ありがと」

 

 ほんのりと頬を染め、あっちをチラチラ、こっちをチラチラと羞かしげに目を泳がせながらも、留美は一生懸命ありがとうと伝えてくれた。

 

 常の俺ならば、ここは間違いなく突っぱねるところだ。

 頑張ったのはお前だろ、俺の手柄じゃねーよだの、俺のやった事は最低の泥を葉山達に被らせただけだ、だからお礼なんて言われる筋合いはねーよだのと、面倒くささここに極まれりの下らない戯言を並べて。

 

 でも今は、今ばかりはそれをしてはいけない。それをしてしまったら、こんなにも一生懸命告白してくれた留美の真っ直ぐで純粋な気持ちを、自意識とかいう名の汚い靴底で踏み躙ることになってしまうのだから。

 

 

 しかし、今まで他人からの厚意を素直に受け取ってこなかった俺は、残念なことにこういう時どう接すれば正解なのか、どう応えれば正解なのかが分からない。完全なる経験不足ってやつだ。

 それでも俺は経験不足ならば経験不足なりに、実戦ではないものの今までの人生で読んできた活字で得た数々の知識を総動員し、拙いながらも精一杯の優しい笑顔を浮かべてこう答えるのだった。

 

「……ま、なんだ。どう、いたしまして……?」

 

 慣れない己の素直さにむず痒くなった俺は、そっぽを向いて頭をがしがし掻きつつ、真っ直ぐで純粋な謝意に対してなんとも情けの無いカッコ悪さでそうお返ししたのだが──

 

「うんっ」

 

 そんな酷く格好悪いお返しでも、どうやらキラキラで満面な笑顔のお姫様は満足してくれたようだ。

 情けないお返しで大変恐縮ですが、ご満足いただけたようでなによりです、お姫様。

 

 

 

 ──こうして、ドキドキとワクワクが渦巻く卒業式の体育館裏を舞台とした留美と俺との告白劇は、まだ冷たいながらも心地好い春風に包まれつつ、静かに……そして優しく終幕していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、ね……?」

 

 あっれぇ? まだ終わりじゃなかったのん?

 てっきり文末に『了』の文字が躍って、綺麗に締めくくられるもんだと思ってたよ?

 

「ど、どした」

 

「ありがとうは、それだけじゃない、の……」

 

 呟くように弱々しくそう言った留美は、潤々と瞳を揺らして、とてもとても恥ずかしそうに俺を見上げている。

 ん? なんだこれ、なんか嫌な予感ががが。

 

「……イベントの準備を八幡が手伝ってくれた時、……わ、私ね? ホントは嬉しかった。私ってあんま素直じゃないみたいだから、思わず「八幡いらない」とか言っちゃったけど、でも……ホントは嬉しかった」

 

「そ、そうか」

 

「それに劇に誘ってくれたのも、……ホントはすごく嬉しかったの。あの時は恥ずかしくて言えなかったけど、あれもこれも……ぜ、全部、あり、がと」

 

 っべー! あのルミルミがついにデレ期に突入しちったわー、この威力まじぱないわー。

 キャー! なんだこれ、なんだこの空気、超恥ずかしいんですけどー!

 

「お、おおおう、ど、どういたしまして」

 

 ちょっとルミルミ! このこっ恥ずかしい空気どうしてくれんだよ。ふぇぇ……八幡めっちゃ恥ずいよぅ……!

 やはり、嫌な予感は的中していたと言うのかッ!

 

 

 

 ──しかし、俺の嫌な予感センサーは自分が思っていたよりもずっと優秀だったらしいという事が、残念ながらこのあと判明することとなるのだ。

 

 

「……でね、それ以来、よく分かんないんだけど、八幡の事を考えると……胸がドキドキしたり、胸がきゅうって苦しくなるようになっちゃって、ね……?」

 

「……は?」

 

「……クリスマスにばっかみたいなこと言いながら、キモいドヤ顔で手伝ってくれた時のこと思い出したら嬉しくてドキドキしたり、……林間学校で辛そうな顔してた時の八幡を思い出したら、胸がすっごく苦しくなったり……」

 

「ちょ、ちょっと待って……?」

 

 そ、それはあれだルミルミ。不整脈とかそういう──

 

「だから私、林間学校の事もクリスマスの事も全部全部話して、これってなんだろうって、お母さんに相談してみたの」

 

 や、やべぇぇ! これはマジで嫌な予感がMAXレベル……!

 

「そしたら……お、お母さんに……、言わ、れた……っ」

 

『留美、それは恋よ♪』

 

「って…………ぁぅ」

 

 おいお母さんよぅ! あんた小学生の娘になんつうこと言ってくれちゃってるのん!?

 

「……で、でも私まだ小学生だし、高校生に恋とかおかしいって……そんなの変だって……てかどうせ子供にしか見られないしって言ったら、ね……っ」

 

『でも留美もう少しで小学校卒業じゃな〜い。そしたらもう子供も卒業よねー! だからね留美、小学校卒業したら、八幡くんに告白してみたら☆?』

 

「……って言われた、の…………ぁ、ぁぅぅ〜」

 

 お前が犯人かよチクショウ!

 くっそ、なんか知らんがこの晴れ渡った青空に、てへぺろ☆ってしたルミママのイイ笑顔がくっきり浮かんで見えやがる!

 

 

「……だから、私さっきもう子供卒業したから、ちゃんと、言う。……そ、その、八、幡……す、好き」

 

「」

 

 

 どうしよう。あれだけ『告白とは、なにも気になる異性に愛を告げる事を差すだけの言葉ではない。内緒にしていた事を思い切って告げる告白や懺悔の告白。これらも立派な告白という行為なのだキリッ』などと考えていたのに、実は普通に愛の告白だったよ、やったねたえちゃん!

 

 

 ……初めて女の子から本気告白されました。でもその女の子はまだ小学生だったのです。

 どうやら初めてなのに、優しくはしてもらえなかったみたいですね(白目)

 

 いやさもう小学校は卒業している。つまり留美はもうJSじゃないんだからワンチャンあるぜ。どこにもチャンスなんてなかった。

 

 

「は、八幡……?」

 

 これはもう明日からの身の振り方を真剣に考えなければならないなと真っ白に放心していると、真っ赤な顔した涙目のルミルミが、スカートをぎゅぎゅぎゅって握りしめつつ、とても不安そうな上目遣いでこうパスを出してくるのだった。それはもう香川や本田にはとても出せない、中田ばりに恐ろしいキラーパスを。

 

 

「私に告白されるの、イヤ、だった……?」

 

「ばっか、超嬉しかったに決まってんだろ!」

 

 ふざけんな、こんなキラーパス速攻でゴールネットに突き刺さるわ。はいはいオウンオウン。

 

 

 

 良かったぁ……と、最高の笑顔でグスッと鼻をすするルミルミを見つめ、男比企谷八幡十七歳はこう思うのだった。

 

 

 ──ああ、もう捕まってもいいやー、どうとでもなっちゃえばー? と。

 

 

 

 

 卒業、グラデュエーション。それは、俺が社会から卒業する素晴らしき日。

 

 

 俺が卒業しちゃうのかよ。

 

 

 

終わり

 

 






お前が卒業しちゃうのかよ。


という事でようやく終わりました。……やったぁぁ!やっと終わったぁぁ!
相変わらずしょーもないオチで恐縮ではありますが、最後までありがとうございました☆



さて、この短編集も、なんとあとたった三話でついに百話に到達するという恐ろしい事態になってしまいました!
しかしあとたった三話だというところで完全なる沈黙。……やべぇ、スランプが深刻すぎて全く筆が進まねぇ……しばらくなにも書けないかも(´・ω・`)

このまま失踪は……しない……はず。


よし!ここはリフレッシュの意味を込めて、一番得意なジャンル(はやはち)で新連載でも始めてみっか!
いやなんでだよ。


というわけで、次回はホントいつ書けるようになるのか分かりませんが、またいずれお会いいたしましょうぞっノシ





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恋するオリ乙女たちの狂宴リターンズ 〜あの八幡を鳴らすのはあなた〜 【前編】

まさかの帰ってきた生誕祭。
1ヶ月以上ぶりの更新が一年ぶりの更新というアレな感じ。





 

 

 ……さ、さてと、これはどうしたもんかね。

 てかさ、これって完全に香織ちゃんの失策だよね? ちょっとそこであんぐりと口を開けてないでなんとかしなさいよ!

 まぁ、こんな予感はひしひしと感じてたけれどもさぁ……

 

「……あ、あの、比企谷先輩……これ、もし良かったらどうぞっ……」

 

「……へ? ……えっと、これは……?」

 

「えへへ……えと、その……たいしたものではないんですけど、その……プ、プレゼント、でしゅ……すっ」

 

「い、いや、だからなんでプレゼント……?」

 

「へ!? ……ふふっ、もう先輩ってば、今日は比企谷先輩の十八回目の誕生日じゃないですか」

 

「あ、ああ……そういやそうだったっけ……まぁなんだ、サ、サンキューな」

 

「えへへ〜」

 

 

 ──これは、私と香織ちゃんが長い長いトイレミーティング(約一年)から帰還した時に繰り広げられていた桃色空間のほんの一幕である。

 

 おいかしこま、あんたが愛ちゃんだけにポイントを荒稼ぎさせるわけにはいかんのだ! とかなんとか言って私を呼び付けたんでしょうが。なんで対愛用サミット開催中に逆に出し抜かれてんだよ。むしろこれ全面サポートしちゃってんよ。

 これじゃ愛ちゃんが一人でオールポイントゲットだぜ。なぜ私たちは比企谷君と愛ちゃん二人きりにして、なぜ女二人でトイレに籠もってた?

 

「……ぐはぁ、し、しまったぁ……っ」

 

 そう小声でうめき、愕然と頭を抱えている香織ちゃんの頭をスパンとはたきたい強い衝動をなんとか抑え、私たちは恐る恐る席へと戻ろうと歩みを進める。

 「……つーか、たまたま居ただけじゃなかったのかよ……」「え、えへへ〜……ホントは比企谷先輩に……そのっ……プ、プレゼント渡したくって……っ」などと未だに繰り広げられている恐ろしいシュガー空間に嫌々近づいて行く負け犬二匹。……すると──

 

「……っ! 〜〜〜っ」

 

 愛ちゃんは私たちにプレゼントを渡しているところを目撃されたことがよほど恥ずかしかったらしい。羞恥に顔を紅潮させて俯いてしまった。やだ可愛い。

 ちなみにそんな愛ちゃんの様子を隣で見ていた比企谷君も悶えています。やだムカつく。

 

 

「……ねぇちょっと家堀さんや」

 

「……なんでしょうかお姉さま」

 

 お姉さまじゃねぇよ。

 

「……なんで二人きりにした……?」

 

「……つ、つい……?」

 

 うん、こいつアレだね。私を利用して愛ちゃんを出し抜くことで頭いっぱいになってやがったね。

 アホかこのかしこま。

 

「……ねぇ、これどうすんのよ。これじゃ完全に私たちがお邪魔じゃない」

 

「……こ、こっからこっから! 諦めたらそこで試合終了ですよ……? えへ……?」

 

「……」

 

 先生、私、かしこま殴りたいです……

 

 そしてぼそぼそと耳打ちしながらもついに席に到着してしまった私たちを見上げて、比企谷君は訝しげな視線を向けてきたのだった。

 

「お前らさっき会ったばっかなのになんか異様に仲良くない?」

 

「良いわけないじゃん!」「良くないですから!」

 

 さっき共同戦線の約束をしたばかりだというのに、初めて気が合った瞬間である。

 

 

※※※※※

 

 

「えと……二宮先輩って海浜総合なんですよね!?」

 

「え、あ……う、うん。そうだけど」

 

「じ、じゃあっ……! な、なんかこう、ろくろ回す? とかいう変な人とか知ってますか!?」

 

「ろ、ろくろ!? ……あ、ああ、玉縄って生徒会長……のことかなぁ……」

 

「そうそう! それです! ……って、あ……そ、それとか言ったらろくろさんに失礼ですよね、あはは。え、えっとですね? 去年のクリスマスでいろはちゃんが……って、あ、ご、ごめんなさい、私の友達で生徒会長の子なんですけども……」

 

「あ、うん、いろはすちゃんね。ま、まぁ……それなりに知ってる、か、な……」

 

「え、ホントですか!? わぁ、いろはちゃんも知ってるんだぁ! ……で、ですね? その去年のクリスマスで色々あった話とかをいろはちゃんから聞いててですね!? その……ひ、比企谷先輩とハイレベル? って言うんですか? すっごく意識が高い会話でバトってたとかいう話とかもたくさん聞いてまして!」

 

「へ、へー、そ、そーなんだー……」

 

「はいっ! なのでせっかく海浜の人とお知り合いになれたので、そこら辺の事とかもちょっと聞いてみたいなー、なんてっ」

 

「や、やー……私べつに玉縄君と一ミリも接点とかないしー……、いやまぁ……そのイベントに参加してた子とは、その……と、友達? 的ななにか、だけども」

 

「ホントですか!? わぁ、じゃあじゃあ聞いたお話とかでもいいんで、ぜひ! あ、あとぉ……中学時代の比企谷先輩のお話とかも、もしよろしければ……っ」

 

「」

 

 

 フ、フフフ、フフフフフ、……作戦どぉーり!

 よっしにのみー先輩、あなたナイスなお仕事ですよ! これもうこっからは完全に私のターン! 勝ったなグヘヘ。

 

 

 カフェを出た私達は、これからどうしよっか? とあてもなく適当にぶらぶらしている最中なのである。

 まぁ? クソ暑いんで? 早くどっかに入りたい気持ちは山々なんだけどさ、なにせそこは比企谷先輩だし早く解散しようぜって空気を出しまくってるのよねー。だから生かさず殺さず、これといった目的地も設定せずにとりあえず歩いてるって感じ?

 

 

 そんな灼熱地獄をてくてく歩いている私ではありますが、フッ、現在後ろで繰り広げられている二宮先輩と愛ちゃんのやりとりに、悪役よろしくほくそ笑んでるゼ。

 

『ねぇねぇ愛ちゃん、二宮先輩って比企谷先輩とおな中じゃない?』

 

『? うん、そうみたいだね』

 

『せっかくだしさ、中学時代の先輩の話とか聞いとけば? もしかしたら先輩の好みの子とかリサーチできるかもよー?』

 

『え、ほ、ほんと!?』

 

『ん、マジマジ! だって二宮先輩って、比企谷先輩の友達でもあり、実は比企谷先輩が中学時代に好きだった子らしいし! あ、今では“ただ”の友達なんだけどね、“ただ”の』

 

『そ、そうなんだっ……! じゃあ、色々とお話伺っちゃおっかな……!』

 

『うんうん! なんかあの人、結構愛ちゃんと気が合いそうだし、せっかくだから色々話ちゃいなよー、海浜総合の話とかも』

 

『うん! あ、でも香織ちゃん的には……いいの? だって香織ちゃんだって比企谷先輩──』

 

『げふんげっふーん! ななななにを言ってるのかなー? 愛ちゃんてばー!?』

 

『あ、うん……』

 

 ……うっそーん、私も比企谷先輩狙いって愛ちゃんにも筒抜けなのーん……? 比企谷ハーレム内にはプライバシーとかいう小難しい概念なんてなかったんや(白目)

 

 

 と、それはともかくとして、作戦(二宮先輩未許可)通りカフェを出る際に愛ちゃんにこっそりと耳打ちして、見事に一番厄介なのを二宮先輩に押しつけたのであります! 香織的にはポイントたっかーい! けど、人としてはめっちゃポイント低〜い☆

 

 え? 卑怯? 汚い? なにそれ美味しいの?

 ばっか、私がこの日の為にどんだけの労力を注いで来たと思ってんのよ!

 魔王軍にバレないように先輩の予定を空けてもらっておいたり、魔王軍にバレないように先輩のバースデーを開かせないよう手回ししたり、魔王軍にバレないように、私いまごろ田舎のばあちゃんちに行ってる予定にしてあったりと、一体どれほどの死線をかいくぐってきたことか……(遠い目)

 さらにはこの日のおめかし用とかなんやかんやで色々買い揃える為に、マックで一体どれほどのスマイル(無料)を売ってきたことか……

 

 それなのにようやく迎えた当日に、たまたま偶然奇跡的に居合わせちゃった二人のライバル。しかも片や天然最強系小悪魔天使、片や中学時代比企谷先輩から告られた経験有りの先輩唯一の友達とか、マジ私ってば不遇すぎんよ!

 だったらちょっとくらい人の道を踏み外したってよかろうもん。どうせ近いうちに地獄の沙汰(いろはすオチ)が降るんだから。

 

 いいわよねあんたらは。どんなに抜け駆けしたって最後にO・HA・NA・SHIオチとか待ってないんだから。私なんていつだって命懸けなんだよばーかばーかっ!

 だったらせめて今日くらいは……オチが襲ってくるまでの間くらいは夢見たっていいじゃないかぁ……!

 いやん! 私ってばヤバいフラグ立てすぎじゃないかしら!

 

 

 いやー、トイレに引きこもった作戦(およそ一年間籠城)は大失敗に終わっちゃってどうなることかと思ったけど、まさかこんなに上手く同士討ちを誘えるとはね。ふぉっふぉっふぉ、ワシもなかなかの策士よのぅ。

 

 興味津々な愛ちゃんからの質問攻めを苦笑いで受けながらも、たまにチラッと恨みがましい視線を向けてくるにのみー先輩を軽く受け流し、私は悠々と彼の隣を陣取っているのだ。ふひっ。

 出来れば愛ちゃんとにのみー先輩が会話に夢中になってる隙を見計らって、なんとか先輩と二人っきりで逃避行しちゃいたい。ウフフ。

 

「ひ、比企谷先輩、もうちょいだけスピード上げて歩きません?」

 

 そしてヤツらとの距離を少しずつ少しずつ開けていき、角を曲がった瞬間猛ダーッシュ! ってやつでっ。

 

「やだよ暑いし。もう帰っていいんなら超歩いちゃうけど」

 

「……チッ」

 

「し、舌打ち……?」

 

 ぐぬぬ……さすがは頑固な油汚れも裸足で逃げ出す事に定評のある先輩の頑固なめんどくささ。いつでもどこでも帰宅提案してきやがるぜ……

 ちっきしょー、さっき愛ちゃんとお喋りしてた時はデレデレしてやがったくせにー!

 

 ……ま、そもそも角ダッシュっていっても先輩が乗り気じゃないと成立しない作戦ではあるし、およそ現実的じゃないのよね。手とか繋いでれば別だけど、さすがにこのシチュエーションでは繋げねーよ。普段だって繋ぐときはめっちゃばっくばくなんだからね! 一回しか繋いだこと無いけども☆

 

 それにまぁ……んー、なんだかんだ言って愛ちゃんを置き去りにして逃げ出すのはなんか気が引けちゃうし(あれ? なんかいま──

美耶「私は置き去りにしちゃっても心が傷まないのかよ!」

──って心の声が聞こえなかったかしらん?)、こうしてにのみー先輩が愛ちゃんの相手をしててくれるんなら、しばらくは我慢すっかー。

 

 

 ──などと、いかに自分が有利になれるかを悶々と考えながら色んなトコをぶらぶらしていると、気が付けば結構な時間が経っていた。そんなこと悶々と考えてる暇があったら先輩とお話でもしてろよ。残念か。

 そして幸か不幸か、なんとここでまさかの第一脱落者がッ!

 

 

「あっ! ……もう、こんな時間……っ」

 

 

 そう言って悲痛な叫び声をあげたのは、……なんとまさかの愛ちゃんでした。

 

 

× × ×

 

 

「どうかしたのか? なんか用事でもあんのか?」

 

 愛ちゃんの悲痛な叫びにいち早く反応するのはもちろんこの人。戸塚大好き愛スキーの比企谷先輩。

 あんたマジで戸塚先輩と愛ちゃん好きすぎだろ。私かにのみーが「あ、もうこんな時間っ」とか言っても、よしじゃあもう帰るかって絶対言うだろこいつ。

 

「あ、はい……。実は今日これから、仙台のお祖母ちゃんの家に向かう事になってまして……。ほら、もうすぐお盆休みに入るじゃないですか。なのでお父さんが少し早めにお休みを取って、今年は家族で行こうって話に前々からなってたんです」

 

 

 おっと、こっちは私と違ってリアルおばあちゃんちみたいだよ?

 やっぱ悪巧みの為におばあちゃんを出汁にしちゃう私とは違うよね! おばあちゃんを出汁にっていう字面の危険度が猛烈にヤバい。

 

「……そうか。じゃああれか、予定あんのにわざわざ来てくれたのか」

 

 そう言って、少しだけ照れくさそうに右手に持つプレゼントを掲げる先輩。

 

「はいっ。ホントは午前中出発って話だったんですけど、……そ、そのぉ、た、大切な用事があるから、どうしても午後にして欲しいって両親にお願いしちゃって、……えへへェ」

 

「そ、そうか」

 

「ひゃい……っ」

 

 真っ赤になってもじもじと見つめ合う二人。こうやって見ていると、ホントお前らお似合いだよもう付き合っちゃえよとか思っちゃう。

 

 

 

 

 って、そんなわけあるかぁぁぁ!

 

 え、なにこの空気!?

 よっし、愛ちゃん退場すんのか♪こっちにもいい風が吹いてきたぜぇ! とかって油断してたら、いつの間にかサクッと閉め出されちゃってんよ!

 ねぇねぇ見て見て奥さん! つい今しがたまで愛ちゃんに捕まって話してたはずなのに、気が付いたらいきなり置いてきぼりにされて愕然としてる二宮先輩の悲壮感いっぱいの面白い顔!

 恐ぇ〜よぅ……不意打ちでエアーズロックとかやめてよぅ……とか涙目でブツブツ呟いてますわよ!

 でももちろん私もアレとおんなじ顔をしていることでしょう。私ったら無意識になんかブツブツ呟いてるし。

 

 しかしそこはさすが天使様。あっさりと蚊帳の外に追いやった我々のような蚊やら羽虫ごときにも、慈愛と慈悲の心を忘れない。

 

「あの……二宮先輩も、短い間でしたが楽しいお話ありがとうございました! もしよかったら、またいっぱいお話聞かせてくださいねっ」

 

「アッハイ」

 

「香織ちゃんもありがと! ごめんね、急にお邪魔する形になっちゃって。もしよかったら、また夏休み明けに遊ぼうね」

 

「アッハイ」

 

 急に話し掛けられたんで。QHK。

 

 柳沢もびっくりなくらいに急にボールが飛んできたんで、二人して上手い返しも出来ずに棒読みで返事をせざるを得ないでいると──

 

「それと……比企谷先輩……っ」

 

 これぞ真夏の照りつける陽射しの中に咲く一輪の向日葵。そんな太陽の小町エンジェルな素敵スマイルを繰り出す天使に、うちのダーリンはメロメロだっちゃ。

 おいおい、エンジェル(戸塚)要素だけじゃなく小町ちゃん要素まで入っちゃったら、対比企谷兵器としては圧倒的じゃないか、愛軍(まなぐん)は!

 あ、分かりづらかったらごめんなさいね? 今、我が軍と愛軍(まなぐん)を掛けたんですよー?

 

 と、思わずボケの解説をしてしまうという、ボケ界において最大級の屈辱と禁忌を犯してしまうほどメダパニっちゃう素敵な笑顔を先輩に向ける愛ちゃん。

 私でさえこんなに混乱しているのだ。その笑顔をまっすぐ向けられた比企谷先輩の混乱具合はいかほどのものか。

 

「う、うしゅ」

 

 あ、これはあかん。先輩にとっては混乱系は混乱系でも、メダパニじゃなくてテンプテーション(誘惑)の方でした。なにこの天然の魔性。

 どうしよう、これ完全に戸塚先輩にデレデレしてる時のキモい先輩そのものだわ。

 

「まだ言ってなかったですよね。ん! んん! ……お誕生日、おめでとうございます♪……その、また来年の誕生日も一緒にお祝い出来たら嬉しいです……! じゃ、じゃあ……っ」

 

 真っ赤なはにかみ笑顔でそう言うと、ぺこりっと慌てて頭を下げた愛ちゃんはぱたぱたと駆けていく。

 ちょこちょこ振り返る度に胸元で小さく手を振って離れていく愛ちゃんの背中を見つめる先輩の瞳には、もはやあの小悪魔天使の御姿(みすがた)しか映っていないことでしょう。

 

 

 もはや照れ臭さを隠そうともせず、ふひっと愛ちゃんに手を振り返しているダメ男のデレデレな横顔を真顔で眺めつつ、私は弱々しい声で二宮先輩へ言葉を掛けるのだ。

 

「ねぇ、にのみー先輩……」

 

「……誰がにこにー先輩よ」

 

「言ってねーよ……」

 

「……」

 

「……で、このあとどうしますー……? なんかもうヤツに全部持ってかれちゃったんで、たぶん私達ただのオマケ状態ですけど……。なんならオマケどころか残りカスまである」

 

「……言わないで」

 

「……ま、まぁ、愛ちゃん被害者仲間として、もうちょっとだけ頑張っちゃいましょうかー……」

 

「……」

 

 

 未だ名残惜しそうに天使の天上への帰還を見送り、ときたま小脇に抱えるプレゼントをニヤニヤ見つめる比企谷先輩をうんざりと見守りながら、結局何一つとして協力体制を得られなかった私達 絶対無敵☆残念オタガールズ! は途方に暮れるのでした。

 

 

 よぉ〜し、このユニットは今をもって解散♪

 

 

 

続く

 




というわけでお久し振りでしたがありがとうございました。
そしてまだ誕生日には早えーよっていうね。


当然の如く愛ちゃんの一人勝ちで幕を閉じるという内容でしたが、中途半端だったこのお話を待っていて下さった方はいらっしゃるのでしょうかねw
作者アホだから「あいつリアルで一年越し更新とかしそう」とか思われてたりして☆

さて、この一年ずっと思い悩んでいたお話なのですが(大嘘)、途中で視点を香織に変えてみたら結構書けちゃったので、清水の舞台から飛び込みしたつもりで思い切って書いてみました!



てなわけでリターンズ後編は上手くいけば八日の深夜、上手くいかなかったらまた一年後にお会いいたしましょう!

次回、香織「いやん!バチが当たっちゃった☆」の巻




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恋するオリ乙女たちの狂宴リターンズ 〜あの八幡を鳴らすのはあなた〜 【後編】


続きはまた来年かと思った?
残念!ぎりっぎり間に合っちゃいました!
マジあっぶね。


というわけで、制作期間一年を要したこの大作も、ついに今宵閉幕いたしまする。(ただエタってただけ)


ハッピーバースデー八幡(^^)/▽☆▽\(^^)




 

 

 

 まだだ、まだ終わらんよ!

 危うく折れる寸前だった心をなんとか整えた私達は、まぁまぁ西へと傾いた陽射しが未だ燦々と照りつける中、嫌がる比企谷先輩を引きずってさらなる旅路へと向かう。

 

 そりゃさ? 愛ちゃんに全部持ってかれましたけど? でもまぁ一番厄介な敵が自ら退いてくれたわけですし?

 だったらここからは雑草なりの戦いってヤツを見せてやりますよ。戦いってのは、最後に笑って立ってたヤツが勝者なのさ!

 

 

 さしあたってまずする事と言えば…………そう、邪魔者の排除。

 てかそもそもさぁ、本屋でにのみー先輩が邪魔してこなけりゃ、あそこで愛ちゃんにもエンカウントせずに今日一日先輩とキャッキャウフフな誕生日を過ごせてたわけですよ! 下手したら今ごろスウィートホームで私をプレゼントフォーユー☆

 

 今はにのみー先輩たっての希望でなんでか千葉に向かってる最中だから、その道中、または夏休み中の学生達でごった返す千葉駅前の人混みで、先輩と手と手を取ってこの邪魔者を撒いちまえ〜っ♪

 

 

 ──そんな、可愛い乙女らしい淡い期待を胸に秘めていた時だった。辺り一帯に不吉なBGMが響き渡ったのは。

 

『デーンデーンデーンデーデデーンデーデデぇぇーン……』

 

 うそ、だろ? ダ、ダースベイダーの、襲来……だと?

 な、なんで? 今日は田舎に行くって言ってるはずなのに、なんでベイダーからのラブコール(シーデート以来いろはに設定中☆)が届くの……?

 

「おい家堀、携帯鳴ってるぞ、出なくていいのか?」

 

「……え、えー? ち、違いますよぉ、こ、これ目覚ましですよ……! ア、アレー? おっかしいなー? 間違ってセットしちゃったのかなー?」

 

「いやお前これ目覚ましって、朝から自分を攻めすぎだろ……」

 

「あ、朝がめっちゃ弱いものでしてー……、え、えへ?」

 

 そう先輩と自分を誤魔化しつつも、私は喉の渇きまでは誤魔化しきれずにいた。

 

「と、とりあえず切っとこーっと。……ぽ、ぽちっとな」

 

 カラカラに渇く喉でなんとかそう言い切ると、ガクガクに震える指で画面をタッチする。やめて先輩、確かにめっちゃ指震えてますけど、そんなヤバいものを見るかのよう目で私を見ないで!

 

「お、おいお前大丈夫──」

 

「なんですかー?」

 

「お、おう……」

 

 ダ、ダメよ香織、落ち着きなさい! ここで先輩に弱味を見せちゃダメなんだから!

 せせせせっかくの一年越し八幡生誕祭、ここで終わりにしてなるものかッ……!

 

 だ、大丈夫! きっとただの電話に違いない! もうおばあちゃんち着いたー? みたいな、友達としてのただの確認に違いない!

 電話切っちゃったのはちと恐いけど、ごっめーん! さっきは新幹線の中だったから切っちゃったよぉ、とでもLINE入れときゃ問題ナッシング!

 

『デーンデーンデーンデーデデーンデーデデぇぇーン……』

 

 しかし無情にも、またも宇宙の帝王からのラブコールが鳴り響く。

 

「ア、アレー!? おか、おかしいなー!? きき切ったはずなのになー!?」

 

 もう一度ぶるんぶるんに震える指、いやさ両腕で死の宣告を断ち切る。……フッ、死の宣告を断ち切るどころか、むしろ死を招き入れちゃってる気分DEATH。

 

 ……え? ちょっとしつこくない? まさかバレてんの?

 いやいやそんなわけあるかよ。私だってそこまで馬鹿じゃないわさ。どんだけ周到に準備したと思ってんのよ。なぜか後々バレて血祭りオチが待っている事はあろうとも、統計的に見て現時点、作戦決行中にバレるなんて事は決してないのである!

 

 

 

 ──しかし私は見誤っていたのだ。

 そう、通常であればデート終了間際まではバレないはずの悪巧み。でも今は通常じゃなかったのよ……。私は失念していた。ここには、常とは違う異物が紛れこんでいたのだったという事を。

 

『デーンデーンデーンデーデデーンデーデデぇぇーン……』

 

 “それ”は、三度(みたび)鳴ったベイダーコールと共に牙を剥いた。

 

「ねぇねぇ家堀さ〜ん、これ家堀さんの勘違いで、やっぱり着信なんじゃない? 出てみたほーがいーよーぅ」

 

 と、ものっそいわざとらしく話しかけてきた二宮先輩が、不意に私の隣に並び掛ける。

 なんか超嫌な予感がするんですけどー。

 

 するとヤツは比企谷先輩には見えないよう、私の視界の下の方にスマホをすいっと持ってくる。

 そしてその画面には、にのみー先輩がどこかの誰かさんへと宛てたらしき送信履歴ががが……

 

 

[一色さんお久し振りでーす。

 

 あのさ、一色さんのお友達で、なんかちょっと……てかかなり残念な子いたじゃない? ところ構わず「かしこま☆」とかしちゃう子。

 

 さっき私地元歩いてたらさー、なんとその子が比企谷君と一緒に居たのよ! もうびっくりしちゃってー、思わずこうして連絡を差し上げちゃいましたっ(*/ω\*) 対処ヨロシクぅ]

 

 

 ひゃっはーオワタ! (白目)

 

 ちなみにそれの送信時間を見て愕然としましたよ私。だって愛ちゃんが戦線離脱した直後も直後、バイバイと愛ちゃんの背中をお見送りしてる最中の時間だったんですもの。

 こ、こいついつの間に!? てか愛ちゃんが離脱した時あんなに呆然と立ちすくんでたクセに、あの時からすでに私を狩る気満々だったんじゃねーか。

 ……クッ、謀ったな二宮ぁ!

 

 尋常ではない圧迫感を演出しながらベイダーが鳴り響く中、ぷるぷると子鹿のように弱々しく震えていると、微かにニィ……と嗤った二宮先輩が耳元でそっと囁く。

 

「……ねぇねぇ家堀さぁん、さっきさー、愛川さんの被害に合っちゃった被害者仲間ですよねー私達! みたいに、なに同じ被害者面しちゃってたのかなー? 私、カフェ出た直後に生け贄にされたことも、そのあと愛川さんに絡まれっぱなしの私をこっそり観察して、いつ逃げ出そうかと様子を窺ってたことも、これっぽっちも忘れてないからねー? フフフ、ほらほらー、早く電話出た方がいいってばぁ、…………家堀さんの身の安全の為にも……ね☆」

 

「ぐふっ」

 

 やばいやばいやばいぃ! 後々来る予定のブラッディーフェスティバルの覚悟は出来てたけども、あんなメールを送られた直後の電話を無視し続けてたらマジで殺されてまうぅ!

 仮にここで無視したとしても、これから一日中ずっと背後に恐怖を憶えたままなんて耐えられないっす。

 

 このままだと血祭りどころか酒池肉林な阿鼻叫喚が約束されてしまう為、私は涙に濡れながら通話ボタンをタッチする。ぽちっとな。

 

「も、もしも、し……」

 

『あ、香織ー? もー、電話出るのおーそーいー』

 

「す、すみませんでした」

 

『なになにー? もしかして今新幹線の中とかなのかなー?』

 

「へ!?」

 

 ……ん? あれ? もしかしてまだあのメール見てないのかな? あ! それとももしかしてさっきのはにのみー先輩の可愛いイタズラだったりして? たまたま私に電話が来たから、送信済み風の画面を見せて香織ちゃんをドッキリさせちゃおう♪ってな寸法かなっ?

 も、もー、にのみー先輩ったらぁ! ちょっとイタズラが過ぎるゾ! めっ!

 

「あ、うん! まぁ……そんなトコ……?」

 

『へー、やっぱそーなんだー。そっかそっか、新幹線か、良かったぁ。……それなら早く着くね♪』

 

 ん? 良かっ、た……? 早く着く? な、なにが?

 

『…………じゃあ今から時速三百キロでうちに集合。十分くらいで来れるよね、新幹線なら』

 

「」

 

 ひっく! 声! 声ひっく!

 これはもう駄目かも分からんね。

 

「……か、かしゅこま(白目)」

 

 

 いろはすのあまりの低音ボイスにあやねるって凄いなーと現実から目を逸らしていると、あれあれー? なぜか電話の向こうから話し声が聞こえてきたよ?

 

『あ、はい、どぞどぞ』

 

『あ、香織ちゃん? すごいねー、今から時速三百キロで走って来るんだってねー。でもそれでもあたし待ちきれないかもしんないから、……なるべく早く来てねー? ん? あ、ゆきのんも?』

 

『家堀さんお久しぶり。なんでも今から時速三百キロでこちらへ駆け付けて来ると聞いたものだから、私……あなたの到着、とても楽しみにしているわ』

 

「」

 

 祭りの準備はばっちりだった。

 

 

 

 ──お空のばっちゃぁ、こげんダメダメな孫っこで許してけれぇ〜……。ばっちゃを出汁なんがにしちったから、バチ当たっちゃったんだねぇ……

 香織はもう駄目かもしれんから、まだちょっち早いけんども、お空のばっちゃに、会いに行ぐがんねぇ〜……

 

 

 今朝そのばっちゃとLINEしたばっかだけど。しかも実はばあちゃんの家大宮だし。

 

 

 無慈悲に切られた電話の向こうでツーツーと鳴り響く電子音を聞きながら私は思う。

 

 仲良しか。一緒に夏休み満喫してんのか。

 

 

 

「……比企谷先輩……私、行かなくちゃならない場所が出来ました……ッ」

 

「お、おう、そうか」

 

 本来であれば「やっぱ電話じゃねーか」と全力でツッコミたいであろうところを、私のあまりの狼狽ぶりに気を利かせてくれる先輩の優しさが今はツライ……

 

 でも私は涙を拭って最後のお仕事をしなければならないの。

 本当は今すぐ時速三百キロで一色家へと駆け出したいのだけれど、……でもせめて、せめてこれだけは許して下さいっ……魔王様。

 

 静まれ! 我が右腕よ!

 いまだかつてない恐怖に震えっぱなしの右手をなんとか鼓舞し、私はバッグからあるものを取り出した。

 それはとても可愛くラッピングされた、愛しい人の生誕を祝うプレゼント。

 

「先輩っ、その……お誕生日、おめでとうございます!」

 

 ホントならさ? もっとロマンチックなシチュエーションで渡したかったのよ?

 二人っきりのデートを楽しみつつ先輩にバレないようコッソリ実家の方に誘導していって、「せんぱーい、暑くてちょっと疲れちゃいましたねっ、って、あれー? 全然気が付かなかったんですけど、ここって私の家の近所でしたー。冷たいお茶とか出すんで、もしよろしかったら家に寄っていきませんかー? ぐへへ」とか言って家に連れ込んで(ぐへへはいらない)、汗で透けるキャミから覗くブラと、ミニから覗く勝負ぱんつをチラチラさせて誘惑し、あわよくばそのまま……!

 

 そして事後の気だるいピロートーク中に私は打ち明けるの。「実は私、今日せんぱいの誕生日だって知ってたんですよっ? はい、プレゼントです♪」

 すると比企谷先輩はこう言うの! 「おう、サンキューな。……でもまぁ、あれだな。確かにプレゼントは嬉しいんだが、……なんつーか、その前に最高のプレゼント、もらっちまったな」って。

 そしたらね? 私はこう返すの! 「えへへ、私がずぅーっと大事にしてモノなんですからね☆ちょっと痛かったけど、お気に召してもらえたのなら何よりです!」って! うへへへ……

 

「ウヘヘ……」

 

「お、おい家堀、大丈夫かよお前、やっぱさっきの電話、なんかヤバかったんじゃねぇか……?」

 

「ハッ!?」

 

 あっぶな! ツラい現実を逃避したいあまりにドリームランドにトリップしちゃってたわ!? 比企谷先輩に変な女の子って思われちゃってないかしら?

 結構前から手遅れ!

 

「だ、だいじょぶです。ちょっと暑さにやられちゃったかなー……、えへ?」

 

「いやまぁ、大丈夫ならいいんだけど」

 

 やばいわね、これはかなりキテるわね。

 ……ああ、名残惜しい、名残惜しいよぅ……、でももう行かなくちゃ。

 

「つーか……お前も知ってたんだな、今日俺の誕生日って。……なんつーか、その、びっくりしたけど嬉しかったわ。……サ、サンキューな」

 

「はうっ」

 

 よっしゃキマシタわ。愛ちゃんにポイント総取りされたと思ってたけど、まだ若干の余地が残ってましたよコレ!

 普段ツンツン捻ね捻ねしてる先輩が、たまにこうやって見せてくれるデレが堪らんのよね。プハァー! この一杯の為に生きてるって感じ!

 くっそぉ、この照れくさそうに頭がしがし掻いて私のプレゼントを受け取る比企谷先輩を私の部屋で見たかったよぅ……しくしく。

 

「いえいえ、いつもお世話になってますんで!」

 

「……んなこともねーよ」

 

 にひっと笑い掛けた私の極上スマイルに、そっぽを向いてぽしょりとそう呟く比企谷先輩マジぺろぺろ。うう……そんなヒネカワな先輩と離ればなれになるのはとっても名残惜しいけど、私はそろそろ死地へ向けて旅立たねばなるまいね。気分はまるで、邪知暴虐の王へとひた走るメロスのよう。

 ああ……もしも人質にしたセリヌンティアスが二宮先輩であったのなら、私は迷わず彼女を見捨てましょう。むしろ暴虐の王に土下座して『あーれーお代官様ご無体なー』の刑を推奨しちゃうまである。

 許すまじにのみー。この恨み、晴らさでおくべきか!

 あ、もう散々生け贄に捧げまくったあとだった! うんっ、完全に自業自得〜☆

 

「……それでは先輩、時間も差し迫ってますので、私はこれにて失礼します。……もう、先輩には五体満足な私を見せられる機会は無いかもしれませんがっ……!」

 

「あ、そう……なんかよく分からんが達者でな」

 

「さよならのかしこま……っ」

 

 覚悟の涙目でかしこまると、私は迷いなく走りだす。それはもう渾身の力を込めた時速三百キロで。ヤバいヤバい、今チラッと時計を見たらもうヤバい。なにがヤバいってマジヤバい。

 

 

 

 ──少しずつ離れてゆく私の背中を、あなたは愛ちゃんの背中と同じように見送り続けてくれているかしら。

 そうだとしたら、……私にはまだ帰れる場所がある。こんなに嬉しいことはない。

 

 私は最後に大きな声で彼女に向けた餞別のメッセージを置き去りにすると、溢れる涙をハンカチで押さえつつこう思うのだった。

 

 

 

 

 

 ひぃぃぃっ! いろはの電話取ってからもう三分も経っちゃったよう!

 

 …………そう、私に残された時間、それはあと七分……!

 

 

※※※※※

 

 

「ちっきしょー! にのみー覚えてやがれぇぇ!!」

 

 もの凄い勢いで小さくなってゆく背中と遠吠え。

 こうして悪は滅び去ったのだった。

 

 

 ──やー、うん……そ、その、なんかごめんね? 香織ちゃん……

 正直ね、香織ちゃんの気持ちは超理解できるのよ。私だって事前に色々作戦練り上げて、ようやく不動の山(比企谷君)を動かせたウキウキの直後にこんな鬱陶しい邪魔者に見舞われたら、まず間違いなく排除に動くもん。

 そもそもが二人でラノベ探してるトコ発見して、意気揚々と邪魔しに行ったの私だしー!

 

 だからちょ〜っと軽いお仕置きのつもりでいろはすちゃんに情報提供しただけのつもりだったんだけど、まさかここまで効果テキメン……どころか残酷な結末になっちゃうとは思わなかったよ。

 ……フッ、大人の女として、後輩ちゃんに少しムキになりすぎちゃったかしら。頭脳は大人! お胸は子供! その名は……って、子供よりはずっとあるから! なんなら雪ノ下さんくらいなら圧倒してるまである。もうすっごいボインボインなんだからぁ!

 

「……どうしたんだ? あいつ」

 

「ん、んー。……まぁ、色々あるのよ、女の子には」

 

 まぁ色々あるのは女の子だからじゃなくてあんたが原因なんだけど。

 やー、私マジで総武落ちといて良かったわー。私はあの女共と普段関わりないからなんとか上手い事コソコソやってますけども、あの環境下で出し抜き上等の香織ちゃんは、素直にすごいなって尊敬しちゃいました。

 あんたの勇気、忘れないからね!

 

 よーっし! そんな香織ちゃんが身を挺してチャンスを譲ってくれた(強制)んだもの。ならば私は香織ちゃんの無念と意志を無駄にしないよう、精一杯お祝いしちゃうぞー?

 

「どうする、愛川も家堀も帰っちゃったし、俺らもそろそろ帰るか」

 

「帰んないよ!」

 

 思わずサーバルちゃんばりに全力否定をしてしまうくらいには、マジ信っじらんないこの男! さんざん記念日を後輩女子とイチャコラ堪能してたくせに、年下が居なくなった途端に帰る気まんまんかよこのロリコンめ!

 ……いやまぁこれはこいつの芸風みたいなトコあるし、香織ちゃんの戦線離脱が決まった瞬間からこう言い出すであろう事は想定通りだったけどさ。

 むしろ比企谷君があまりにも私が敷いたレールの上を進みすぎて、ついこいつ分かりやすすぎて可愛いなとか思っちゃう私は、捻くれた飼い主に飼い馴らされたフレンズなんだね! すごーい!

 若干ネタが旬を過ぎた感は否めないけど、なにせ旬の頃に出番が無かったんだからしょうがない。神様、私にももっと出番をください。

 

 でもどれだけ「私の掌の上で踊らされてるこいつ可愛いな」とか思ってても、私はぷくっと膨れっ面を見せつけて、私ちょっと拗ねてるんだからねアピールを向けてやるのだ。

 なぜなら、ここからが比企谷君を上手く落とす為の駆け引きの始まりなのだから。

 

「ど、どうした二宮、なんか昔みたいにあざとくなってるぞ」

 

「……むっ、あざとくないですぅ、ちゃんと怒ってるんですぅ〜」

 

 うん、今のは完全にあざとかった。うわぁキンモー。

 まだまだVS比企谷君に対しての、あざとさと可愛さと心強さの境界線を掴みかねてるどうも私です。

 上手いこと可愛さのみをアピールするには、もうちょい研磨が必要かな。

 

「で、……ど、どうした」

 

「……比企谷君さー、私と比企谷君って、友達だよねぇ」

 

「お、おう……まぁ、一応そういう事にはなってんな」

 

「一応じゃないよ!? 超友達だから!」

 

 いやまぁ実は友達以上の感情持っちゃってるけど、今はまだそれは内緒にしておくぜハニー、とかいう感情を内包した上での“一応”ならどんとこいなんだけど。

 

「むー……それなのになに……? その友達には誕生日ひとつ教えてくんないくせにさぁ、かっわいい後輩ちゃん達にはデレッデレして、プレゼント貰ってによっによしちゃってさー。……うわー、超薄情な上に超年下キラーだよこの人」

 

 そう恨みがましく半目で睨んで、これでもかってくらい唇をつんっと尖らせる。やばい、たぶん今の拗ね拗ねアピールな私めっちゃ可愛い。

 

「いやちょっと待て、別に俺は愛川と家堀に誕生日教えた覚えはねぇしデレデレもによによもしてないから」

 

 いやあなた、あのデレッぷりとによっぷりを自覚してないとか、リアルであぶない人だかんね?

 

「そもそもこっちもお前の誕生日教えて貰ってねぇぞ」

 

「うぐ」

 

 や、やっぱそこ突っ込まれちゃいますよね。

 いや、もちろんね? 誕生日教えたかったんだよ?

 ……で、でもさ? やっぱちょっと恥ずかしいじゃない? 誕生日アピールすんのって。

 くっそ、リア充ってよく平気で異性に誕生日アピールとか出来るわよね。あれでしょ? 私○○が誕生日なんだぁ。あ、いいのいいの、別にプレゼントとか全然期待してないからぁ♪とかなんとかぬかして、男共にお祝いの準備態勢を取らせとくんでしょ? 滅びろ! このビッチめが!

 あ、今の中二までの私でした。てへ。

 

 あと誕生日教えてその日に遊ぼうよとか誘ったら、なんか比企谷君とか超警戒しそうだったから、なんにも言わないで二人で一日のんびり過ごして、彼が知らぬ間にこっそりバースデーを満喫しちゃおっかなウフフ大作戦だったりもするのである。

 

 とまぁそんな数々の思惑が渦巻くゆえに私の誕生日は未だ教えてないわけなんだけども──

 

「──そんな事はこの際どうでもいいのよ!」

 

「……開き直っちゃうのかよ」

 

 そう、開き直っちゃえば万事解決おーるおっけー。

 とにかく今はそんな都合の悪いことなんかどっか遠くにぶん投げて、今のこの思いを彼に伝えるのみなのだ!

 

「今日が誕生日と知っちゃった以上は、私だって比企谷君にプレゼントあげたいしお祝いだってしたいもん! ……だめ?」

 

 そしてここであざとさと可愛さの境界線アピール、もう一発チャレンジどん!

 あざとくなりすぎないよう細心の注意を払った潤々上目遣いで、彼の心をハートキャッチ!

 

 すると比企谷君はお得意のポーズをもって私にこう答えてくれるのだ。ほらほら皆さん、比企谷君がそっぽを向いて頭をがしがし掻きだしましたよ? これ、ヤツが落ちた時の合図です☆

 

 

「……ま、まぁ……そこまで言うんなら、少しくらい付き合ってやる分には、やぶさかでは、ない……な」

 

 よっしまるっとキャッチング! これね? これくらいが上手い具合な境界線なのね? ふふっ、比企谷君てばマジチョロイン。

 

「えへへ〜。んじゃ行こっ?」

 

 比企谷君のチョロさにご満悦な私は、嬉しさのあまりにめっちゃ破顔して彼の左手をぐいっと引っ張るのだ。

 逃がさないように? ノンノン。早く目的地に行きたいから? ノンノン。

 正解は、ただ繋ぎたかったからっ!

 

「ちょ、ちょっと待てお前、手、手ぇ引っ張んな……!」

 

 真っ赤な顔で抗議する比企谷君ではあるけれど、それは私には叶えられないお願いよ? だって、私の方がずっと赤くなってんじゃね? ってくらい顔面が燃えまくってるから、少しでも早く歩いて頬に風を当てたいのさ!

 

「う・っ・さ・い。比企谷君が後輩ちゃん達にデレデレしてる間にずいぶん時間食っちゃったから、私は早く行きたいの! 引っ張りでもしなきゃ比企谷君全然急ごうとしないんだからしゃーないじゃん!」

 

 ま、もちろんコレってばただの建前です。こうして上手い言い訳がスラスラ出てくるあたり、ぼっち生活脱却から早五ヶ月、恋愛マスター美耶ちゃんの勘が戻ってきたのかしらん?

 え? 彼氏居ない歴と年齢が一緒だろって? ばっかサブカル女子舐めんなよ? 脳内二次元彼氏とか超居たから。去年の誕生日だってめっちゃお祝いしてもらったから。

 ……しくしくしく、心の奥深くがズキズキ痛むよぅ……

 

 そんなブラックヒストリーを呼び起こして大ダメージを食らっていると、頬を紅く染めた比企谷君がもじもじしながらなにかを問い掛けてくる。

 

「つ、つーか」

 

「ん?」

 

「……んな引っ張り回してまでどこ行くつもりなんだよ」

 

「へっへー」

 

 ふふっ、どこへ行くかですって? いま私達がどこへ向かっていると思っているのさ!

 

「分っかんないかなー? 今さ、千葉に向かってんじゃん? んで今から比企谷君のプレゼントを買いに行くわけだよ? そしたら目的地なんて決まってんじゃーん」

 

「……いや、全然分かんねーけど」

 

「ちっちっち、甘いな比企谷君。千葉に行く目的なんてひとつっしょ! むしろ千葉駅周辺なんてそこ以外にはなんにもないまである。……そう、それは!」

 

「……それは?」

 

「アニメイト千葉ッ!」

 

「おいお前千葉に謝れ。千葉駅周辺超栄えてっからね? 千葉、楽しいとこいくらでもあるからね?」

 

 知らないわよそんなもん。ぼっち生活が長すぎて、千葉なんてアニメイト以外記憶にないもん。よく行ってたパルコ無くなっちゃったし。

 

「ふふふ、そこで比企谷君は観てないって言ってた今季私イチオシの円盤第一巻を、君の為に予約してあげよう! それが比企谷君へのバースデープレゼントだよっ?」

 

「おいそれプレゼントという名の布教じゃねーか……。つーかアレだろ? チアフルーツとかマニアック過ぎて全然興味ないんだが」

 

「ばっか、食わず嫌いはいけないっつってんでしょ? タイトル切りしてたら後悔するから観てみなさいってば」

 

「いや、十月まで観れねーだろ……」

 

 ふっふっふ、そう、十月まで観れないのがポイントなのよ。なぜなら十月は私の誕生日なのだ!

 へへー、私の部屋で一緒に観ようねー♪

 

 

 

 

 「だ、だから手を離せって……」「いいじゃん友達なんだしー」なーんてイチャコラしつつ、嫌がる比企谷君の手をぐいぐい引っ張って千葉へとひた進む私、二宮美耶十七歳。

 特に予定があるわけでもなく適当に外出した先でこんな素敵な出来事が待ち受けていただなんて、これはきっと運命に違いない!

 

 香織ちゃんと二人で居るトコ目撃しちゃったり凶悪な愛ちゃんと鉢合わせたりと、この先どうなる事かと思ったけれど、最終的にはコレ、どうやら私の一人勝ちじゃない? うふ。

 

 ま、ぶっちゃけ本日の比企谷ポイント中八割くらいは小悪魔天使ちゃんに持ってかれちゃった気はするけれど、残りの二割は香織ちゃんと分け合った形かな?

 なーんて、手を繋いじゃったりこのあと二人っきりでアニメイト探索しちゃう予定だったり、さらにさらに十月の私の誕生日には比企谷君にプレゼントを渡す名目でウチにご招待予定だったりと、どんなに贔屓目に見てもお外走ってきちゃうくらいには美耶ちゃん大勝利ー! なんだけどねー。

 

 

 

 さて、今日の午前中に偶然出会ってまだ半日程度の短い時間なはずなのに、なぜか一年くらいに長く感じられた比企谷君生誕祭も、そろそろ終幕のお時間と相成りました。

 でも、そういえば私まだ比企谷君にあの言葉を伝えてないのよね。

 

 そりゃね? プレゼント渡す時とかケーキのろうそくを吹き消す時とか、普通なら違うタイミングで言うべき時もあるのだろう。

 でも残念ながら愛ちゃんや香織ちゃんと違って、プレゼントを渡すのはまだまだ先の十月になっちゃうし、このあと二人で一緒にケーキが食べられる保証だってどこにもないのである。

 

 ならば、今この瞬間に言ってしまおうではないか。

 

「あ、そだ、比企谷君っ」

 

 そう言ってくるんと振り返る私の目に映るのは、遠心力でふわりなびいたポニテの毛先と、比企谷君のめんどくさそうな赤い顔。

 こらこら、こんな可愛い女の子と手を繋げているのだから、そんなかったるそうな顔をするんじゃないよ。もっと素直に喜びたまえ若者よ!

 

「……んだよ、まだなんかあんのかよ」

 

「違う違う、思い出したからいま言っとくだけー」

 

 

 そして私はにっこり微笑むと、ようやくこの言葉をぷるつやな唇の外へと解き放つのだ。それを知ってからはまだたった数時間だけど、体感時間で言えば約8760時間ほど言えずにいたこの言葉を!

 

 

 

「お誕生日、おめでとー☆」

 

 

 

終わりっ!

 





ありがとうございました!
いやぁ、マジで一年掛かりましたよ一年!
ぶっちゃけ一年前には「あ、これはアカン、このままエタらしちゃえ〜!(決意)」とか思ってたまである。
それがまさか一年越しに完結するとは、人生ってなにが起きるか分からないものですよねっ……!



結局、あそこからまさかの美耶ちゃん大勝利な普通のほんわかラブコメに戻っちゃうなんてね、と、思いもよらない結末となりました☆目的地は残念らしくアニメイトだけど。
こんなオチでも楽しんでいただけたのなら何よりです♪


そして今回で遂に99話!次回で100話ですよ100話!もうびっくり!

……ただし100話目記念という事で1話完結の長い話になるでしょうし、さらにそんなのを書ききる自信もネタも今の私には存在しないので、次回更新がいつになるのかは全く見当もつきません(白目)
なので気長にお待ちいただけたら幸いでございます(*/ω\*)


ではではまたお会いいたしましょーノシ





あ、どうやら9月に12巻が出る“らしい”ですね!
まぁ裏切られるのにも慣れたので、こちらも期待はしないで気楽に待ってましょうね☆




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お疲れさま

ご無沙汰しております。ついに、ついに100話目です!100話目記念ですよプロデューサーさん!
(あとこっそりお気に入り5000記念だったりもします)コソッ


そして100話記念ということで、ヒロインはもちろん私の原点であり私のイチ推しヒロインのあの子です☆

かなーり久しぶりなあの子なので、彼女を上手く表現できているか一抹の不安はありますが、楽しんでいただけたなら幸いです(^^)





 

「ふぅ、これでよしっと」

 

 徐々にではあるけれど、少しずつ片付けられ、少しずつ様変わりしてゆく室内を見渡して、ひとり満足気に頷く私。

 

 

 ──あれからもう一年経つのかぁ。この部屋には随分長いことお世話になったようでもあり、……でも、初めてこの部屋のこの場所──私の定位置である生徒会長席に腰を下ろしたのが、つい先日のことのようでもあり。

 ……ああ、そういえば去年の今頃、城廻先輩もこの室内を見渡してちょっと寂しそうに微笑んでたっけ。

 

 

 ホンっトこの一年は激動の一年だったよね。今まで生きてきた人生の中で、一番大変で、一番面白くて、そして、一番変な一年だった。

 

 ……それもこれもみんなあいつのせいだ。

 でもそれもこれも……、うん、みんなあの人のおかげ。

 

「いろはすー。これどこ持ってけばいいん?」

 

「あ、それは今日持って帰るヤツなんで廊下に出しといてください。…………って、あ。ちょっと? あれはこっちですってば! さっき言ったじゃないですか」

 

「い、いや、それは聞いてないんけど……」

 

「じゃあ察してください」

 

「いやそれは無理っしょ……」

 

 

 そう、私 一色いろはは、本日無事に一年間の生徒会長職をまっとうしたのです。

 

 

× × ×

 

 

 修学旅行が終わると、校内は次に控えるイベントに向けて盛り上がり始める。

 

 なんてねー。ぶっちゃけ生徒会役員選挙なんて、イベントと呼ぶのもおこがましいほど盛り上がらない。むしろ役員候補達が壇上で公約とかを発表する機会……つまり全校集会とかまで、え? 今そんな事やってたの? と思う人も居るんじゃないかってくらい、めちゃ周知が低いイベントなのだ。

 ソースは去年の私。だって担任から立候補してるって聞かされるまで、いま役員選挙やってるとか知らなかったもん。

 担任から聞かされるまで立候補してる事を知らなかった候補者というのがそもそもおかしいんだけど。

 

 

 それでも今年の役員選挙は、例年に比べてかなり盛り上がってる方だと思う。

 だって去年の修学旅行後なんて、会長には私以外候補者のひとりだって名乗りを上げてなかったというのに、今年はなんと五人も会長立候補者が居るのだ。

 

 ふっふっふ、それもこれも今期会長を務めた私が、普段は超裏方でちっとも目立たない生徒会という組織を、前面に押し出す大活躍をしたからだろう。なにせ勝手に私を生徒会長に立候補させた子達へのせめてもの復讐として、生徒会長一色いろはは、人気生徒会長という肩書きを手に入れなければならなかったんだもん。

 

 ぷっ、ざまぁ。 私が超優秀で超人気者の生徒会長として、校内トップクラスの有名人にまで上り詰めた時のあいつらの顔ったらなかったなぁ。あはは、めっちゃすぅーっとしたっけ。

 

『やられたらやりかえさないとな』

 

 えへへ、本当にこれ以上ないってくらいやりかえしてやれましたよね、先輩。あのとき先輩の口車に乗っておいてあげて、ホンっト良かったです。

 ま、本当はあいつらに対する逆襲だけじゃなくって、もっとおっきな理由があるんだけど。

 

 とにもかくにも! 残すは冬休み前の終業式くらいしかイベントがないと思われていたこの時期、なんと生徒会長立候補者が五人も居るという喜ばしい自体を受け、私 一色いろはは第ーー代生徒会長として残された時間を忙しなく過ごしているのです。

 

「いやー、なんかアレだね。この部屋とももう少しでお別れかと思うと、なんか感慨深いものがあるよね」

 

「稲村~、まだそのセリフは早いって。あと数日で次期生徒会役員の選挙。それが終わったら引き継ぎ業務だってあるんだから、思い出に浸るのはもうちょっと我慢しとけよ」

 

「いや、分かってはいるんだけど、この一年色々あったなぁって思うとさ、ついね」

 

「……そう、だね。本当に色々あったよな」

 

 三日後の選挙に向けての作業を進めていると、この一年間結構役に立っ……お世話になった先輩方の会話が鼓膜をくすぐった。

 そんな副会長と稲村先輩の会話に耳を傾けていたら、つい私も会話に交ざりたくなってしまった為、作業を一旦中断して口を挟むことに。

 

「ホント色々ありましたよねー、この一年。副会長、稲村先輩、本当にお疲れさまでした」

 

「おいおい一色、いくらなんでもお疲れさまでしたは早いって。どんだけ俺達を早く追い出したいんだよ……」

 

 そう言って苦笑を溢す副会長。

 

「……言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど、さすがにお疲れさまは早いよ」

 

 稲村先輩も同じく苦笑いで副会長に続く。むむっ。

 

「そうですかねー。お疲れさまなんていう言葉は、言いたい時に何度だって言えばいーんですよ。つたない生徒会長であるわたしを、たくさんフォローして下さったお二人ですもん。当然我ら生徒会解散の時にはまたお疲れさまって言いますし、いま無性に言いたくなっちゃったんだから別によくないですかー?」

 

 そそ。お疲れさまに早いも遅いもないから。

 仕事とかしてればお疲れさまなんて挨拶みたいなもんだし、お二人が感慨深そうにお話をしてるトコを見ちゃったら言いたくなっちゃったんですもん。

 

「そういうもんかねー。でもま、そうかもな。ホント色々あったし、一色のおかげで副会長職とかすげー大変だったし、一度や二度のお疲れさまじゃ足りないかもね」

 

「ですです。……って、わたしのおかげで大変だったとか酷くないですかー? そりゃ、ちょぉっと扱き使……ご迷惑おかけしちゃった時もなくはなかったですけどー」

 

 おっと、危うく口が滑りかけちゃいました。あぶないあぶない。

 ……とは思ったけど、副会長の苦笑いがさらに引きつってるから、どうやら手遅れだったみたい。

 

「い、一色〜……、お前、先輩に向かって扱き使うとか……。あはは、まったく、結局この一年、一色も大して変わらなかったよな」

 

「はは、ホントだね。……でも、最初一色が生徒会長とかどうなる事かと思ったけど、なんだかんだあったけど、結果的には楽しい生徒会運営だった、よな」

 

「……だね」

 

 そう言って、またも感慨深そうに室内を見渡すお二人。

 

 ──うん。本当に色々あったし、そして、本当に楽しい一年だったなぁ。

 

 

 お二人に倣って室内を見渡すと、初めてこの部屋に現生徒会役員だけが取り残された日のことが脳裏にチラついた。

 生徒会室引き渡しの日、教師も城廻先輩も前生徒会役員の人達も立ち去ったあとの、なんとも気まずくよそよそしい私たちだけが取り残された不思議な空間。

 

 誰かさんの口車に乗せられ、しょーがないからやってやるかー! と一念発起して就任した生徒会長だけど、……正直、不安でいっぱいだった。なにすればいいとか全然わかんないし、なにすればいいとか、誰にも聞けないし……

 そんな不安通り、初めてこの部屋に役員だけで取り残された時は、自分の居場所なんてどこにも無かったっけ。

 

 ぶっちゃけ、私以外の役員はどちらかというと地味で真面目系の、今まで私が絡んできた層とは違う人種の人たちだった。

 今まで私が絡んできた人種は、クラスの中心人物だったり部活のエースだったりと、学年でもかなり目立つ派手目な人たち。なぜなら、私自身が学年で最も派手な交遊関係を持つ人種だったから。

 

 だから、初めての生徒会室でそんな私に向けられた役員達の視線は、まさに異物。まさに腫れ物。

 自分たちは真面目に生徒会運営をしたいから生徒会に入ったのに、どうせあんたは派手な人種特有の、ノリとか目立ちたがり精神で生徒会長になってみました♪ってだけだろ? って、その目が雄弁に語ってたっけ。

 

 そんな、自分の居場所なんてどこにもないままに臨むことになってしまった他校とのクリスマス合同イベント。しかも、あの意味の分からない日本語を嬉しそうに話す強敵? たち。

 失敗しちゃった葉山先輩みたいな海浜生徒会長に流されるまま仕事を押し付けられてたら、みんな溜め息吐いて呆れ果ててたっけな。

 

 あはは、あのとき先輩を上手く活用……先輩に救いを求めてなかったら、今頃いったいどうなってたんだろうね──

 

 

 

 

「じゃ、確かにまだ早いとは思うけど、せっかくだし俺も言っておこうかな。……えーと、この一年、一色もお疲れ」

 

 と、なんだか少し照れくさそうにお疲れさまを言ってくださる副会長。

 

「なんだよ本牧、自分で早いとか言ってたくせによー。じゃ、じゃあ俺も言っとくよ。本当にお疲れさま、一色。まさか一色とやる生徒会が、こんなにも充実した生徒会になるなんて夢にも思ってなかったよ」

 

 

 同調するように、稲村先輩も頬をポリポリ掻いてそう言ってくれた。

 

 ちょ、ちょっとやめてもらえませんかねー? そんな風に改まって言われたら、お疲れさまの言い出しっぺの私もなんだか恥ずかしくなっちゃうじゃないですかっ……!

 

 たから私はせめてもの照れ隠しに、ぷくっと頬を膨らませ、このお二人にこんな言葉をかけるのだ。

 

「ちょっとそれはさすがに酷くないですかー? ホント失礼しちゃいますよねー」

 

「ぷっ」「あはは」

 

 

 

 

 ──ホンっト、初めてこの部屋に取り残された私たちの間にこんな穏やかな空気が流れる日がくるだなんて、本当に夢にも思ってなかったですよ。

 

 うん、本当に充実した一年間だったな。

 今この状況でもう一度言うのはやっぱり照れくさいから、最後の日にもう一度ちゃんと言いますね。副会……本牧先輩、稲村先輩、本当にお疲れさまでした!

 

「お疲れさまでーす。お茶とお菓子買ってきましたよー……って、アレ? どうかしたんですか? なんかいい雰囲気になっちゃってますけど」

 

 そんなちょっぴり照れくさい空気の中、ばーん! と扉が開かれ、買い出しに行っていた紗和子ちゃんが室内へと乱入してきた。

 

「んーん? なんでもないよー」

 

「ホントにー? なんかすっごい生暖かい空気が流れてるよー?」

 

 む、なにこいつ。なににまにましてんの?

 もしかして扉の外で室内のこっ恥ずかしい青春模様を窺ってたんじゃないでしょーね。

 

「うるさいよ沙和子ちゃーん」

 

「い、いひゃいよいろはひゃーん」

 

 なんか無性にムカついた私は、にまにましてる沙和子ちゃんのほっぺをむにむに引っ張って反撃してやるのだ。

 

 

 

 もう照れくさいわムカつくわで絶対言ってやんないけど、このお疲れさまの中には、当然書記ちゃんだって入ってるんだからね。

 

 

 この四人で私たち。この四人で第ーー代生徒会。

 

 だからまだちょっと早いけど、みんな本当にお疲れさまです。そしてありがとうございました。

 

 

× × ×

 

 

 そんなほんの数日前の光景を思い出し、私はまたひとり満足げに頷く。

 

 あの頃の居たたまれない雰囲気も、徐々に打ち解けていったここでの毎日も、壁に貼ってあるカレンダーの赤丸印も会長机にちょこっと書いてある『先輩キモい』の落書きだって、今では全部全部、私の素敵な思い出。

 そう、あの今にも戸部の手によって廊下に出されそうな卓上タイプの小型加湿器だって、思い出がたっぷり詰まった大切な宝物。

 

「ちょ、だから戸部先輩! それはそっちじゃなくてこっちだって、何度言えば分かるんですかねー」

 

「……え、だってさっき言ってたのはアレで、コレの事は初耳じゃね……?」

 

「じゃあ察してください」

 

「だからそりゃないっしょいろはすぅ……」

 

 

 まったく。油断も隙もあったものじゃない。ちょっと目を離すとすぐこれなんだから。

 いやいや、手伝って下さっていることは十分、てか十二分に感謝してるんですよー? そもそもドヤ顔で手伝ってやるよとか言ってきたのは戸部先輩ですけど。

 

 とにもかくにも、女心のおの字も分からない戸部先輩に任せとくとなにをしでかすか分かったもんじゃないから、今度こそ気を抜かず、使えない小間使……それなりに役に立っている先輩にあれこれ指示を出していると──

 

 からり……と。

 

 そう遠慮がちに……ともすれば中の様子を警戒しているかのように、そっと開かれた生徒会室の扉。

 

 

「……うっす」

 

 本日生徒会室の整理整頓を始めてからずっと待ってたけど、なかなか来なくてやきもきしていたその男。

 みっともない猫背を晒してのそのそ入室してきた人物の姿を見定めると、私はにんまりと頬を弛めて軽い心と軽い足取りで、その人物へときゃるんと駆け寄る。

 

「もー、せんぱいおーそーいー」

 

 ホントおっそい! 私がどんだけ待ちわびてたと思ってるんですかねー。

 

「いやなんで俺呼ばれたんだよ。別に俺来なくても戸部居んじゃねーか……」

 

 とてとてっと走りより、ブレザーの袖をちんまり摘んだ私に先輩が掛けた第一声は、相も変わらず心底面倒くさそうな一言。

 ホント私にこんなつれない態度とるのなんて、先輩くらいなんですからねー?

 

「別に戸部先輩は呼んだわけじゃないです。なんか気が付いたら居たってゆーか?」

 

 なんか向こうから「ひどくね!?」とか幻聴が聞こえた気がしますが、それはまぁいいや。

 

「てかそんな事より私物が多くて片付けるの大変なんですよぉ」

 

「……お前が無断で持ち込んだ私物だろうが」

 

 ……そ、そーなんですよねー。

 おっかしいなー。なんでこう私室ってのは、次から次へと勝手に物が増えてっちゃうんだろ。全然記憶にないのになー。てへ。

 

「だから早く手伝ってくださいってば。帰るの遅くなっちゃうじゃないですか」

 

「知らねーよ……。ったく、去年の城廻先輩の私物なんて段ボール一個くらいのもんだったぞ……。まぁ重かったけど」

 

 むしろあの真面目な人が私物をそんなに持ち込んでいたこと自体が、女の子にとっていかに身の回りに自分の物を置いておきたいのか、いかに自分の物に囲まれているのが大事なことなのかってことを察してくださいよ先輩。

 てかそんなことよりも……

 

「いやいや、わたしと会話中に他の女の話題を出すとかありえなくないですか?」

 

 そう。これはいろは的に……てか女の子的に超ポイント低っくいです。

 なので私は片付けそっちのけで先輩を責め立ててやるのでした。

 

「お前はどこの束縛の強い彼女だ」

 

「……は? なんですか突然彼女扱いとかどっちが束縛強いんですか。……はっ!? もしかして今口説いてますか、お前の束縛なんて俺の束縛に比べたら大したことねーぞとかわたし大好きっぷりをアピールしてますか、正直ストーカーチックで結構キモいんで無理ですごめんなさい」

 

「口説いてもいねぇし束縛もしてねぇよ……」

 

「おー! ヒキタニくんも手伝いにきてくれたん!? 助かるわー! てかちょっと聞いてくんね? いろはすってば超ヒドイんよー!」

 

「戸部先輩うるさいです」

 

「戸部騒がしい」

 

「……つれーわー」

 

 

 ──ぷっ、なにこれ。もう何度目か分からないくらいの先輩からの口説き文句に、びしぃっと両手を伸ばしてお断りを入れる私と、そんな私に心底呆れ眼な先輩。

 そこに余計なの(戸部先輩)が割って入ってきたもんだから、ここ生徒会室はカオスの真っ只中。

 今や旧……と言っちゃってもいいのかな? 旧生徒会役員の副会長や稲村先輩も、本日をもってここを引き渡すことになる新生徒会役員達も、そんなカオスな現場にみんなで苦笑いを浮かべてる。

 

 

 あはは、今日は我ら生徒会最終日だってのに、なんて締まりのないエンディングなのだろうか。

 でもま、こんなんだからこそ我ら生徒会ではあるし、これくらいの方が湿っぽくならなくていいのかもね。

 

 

 

 そんなぐっちゃぐちゃで、そんな苦笑いに包まれて、そしてたくさんのお疲れさまに囲まれて……、私たちはこうして、しめやかなんて言葉が微塵も感じられない中、わたし達らしく騒がしく解散してゆくのでした。

 

 

× × ×

 

 

「……なぁ」

 

「なんですかー?」

 

「なんで俺がお前の私物を自宅まで運ぶ係にされてんの?」

 

「うっわ……先輩ってガチ薄情者なんですね、正直引きます。そんな重い荷物を、こんなにか弱くてこんなに可愛い後輩女子に家まで運ばせる気だったんですか」

 

「運ばせるもなにも全部お前のだろうが。つうかこの大量の私物はお前が家から持ってきたもんなんだから、必然的にお前ひとりで持って帰れる量ってことなんじゃねーのかよ」

 

「バカなんですか? そんなの別々の日に別々に持ってきたからひとりで持ってこれたに決まってるじゃないですか」

 

「……だから事前に別々の日に別々に持って帰っとけと、暗に皮肉を込めて言ってんだよ」

 

「いつまでも細かい事うじうじ言ってるとモテないですよ、先輩」

 

「うぜぇ……こんな理不尽な目に遭ってまでモテたくねぇ……」

 

 

 ところ変わって帰り道。

 現在私はとても便利な先輩を隣に従えて、大荷物を抱えながらえっちらおっちら我が家へと驀進中である。

 大荷物抱えてんのは先輩だけだけど。

 

 重〜い荷物を持ってる時って結構キツいじゃないですかー? だからその重さから少しでも気を紛らわせてあげるため、こうして素敵な美少女との語らいタイムを設けてあげてる出来た後輩のいじらしさに感謝すべきですよ? せーんぱい?

 

「まーまー。ホラ、わたしの自宅を知ってる男子って先輩くらいですし、あんまり男子に個人情報知られちゃうのも最近は何かとアレなんで、消去法で言ったら先輩くらいなもんなんですよ」

 

「は? お前んちって俺しか知らんの?」

 

「ですです。去年のクリスマス、ディスティニーのお土産をうちまで運んで貰ったじゃないですか。なので先輩くらいですよ、うち知ってるの」

 

 休日に荷物運び……んん! デートで男子と遊ぶ事はあっても、それとこれとは話が別だからね。

 家知られちゃうのはマジでNG。なんか俺っていろはの特別じゃね? みたいな空気を醸し出されてもウザイし。

 

 ……あ、でもアレだなー。そーいえば、最近休日に男の子となんて全然遊びに行ってないや。最後に荷物持ちになってもらったのっていつだったっけ。年末?

 いや、それは先輩とのディスティニー帰りだから、それよりもっと前ってことだよね。

 適当な男子つかまえて、ごはん奢ってもらったり荷物持ってもらったりがライフワークのひとつだったはずなのに、もう全然思い出せないや。

 

「へぇ、意外だな。お前ってなんかこう、次から次に男を自宅に呼んでパーリーピーポーしてんのかと思ってたわ」

 

「……マジでわたしのことなんだと思ってるんですかね、この人は。ホント先輩とは一度真剣に話し合いをするべきですかね」

 

 まぁそう思われてても仕方ないって一面もあるから、あんま強くは言えないけどね、残念ながら。

 なんで私、あんなに男の子とばっか遊んでたんだろ? いま考えると、大して楽しくもなかったのになー。

 ホンっトに楽しかったと思えたデートなんて……うん、あのときくらいか。

 卓球したりラーメン食べたりと、とても男の子と二人っきりのお出掛けとは思えない、ムードもへったくれもないちょー変なデートだったけどね。

 

 

 ……にしてもあれだよね。いくらなんでもコイツ失礼すぎじゃない? 男をとっかえひっかえしてるっぽいとか女の子に言うなんて、それもうセクハラってレベルを優に超えてんだけど。

 言っとくけど、私みたいに自分の商品価値をきちんと理解した上でキャラを演じてる子って、自分の商品価値が分かってるからこそ意外とお堅いんですよ? だって軽かったら価値が下落しちゃうじゃないですか。

 それに少なくとも今は超一途な乙女やってるんですよ? 私ってば。今度真っさらな男性遍歴を教えてやろうかな。

 

 

 とはいえ、そこまで打ち明けちゃうにはまだまだ早い。実はこう見えて色々と未経験とか、乙女の沽券に関わる大問題だし。

 だからそれはまだ言えないから、せめてもの八つ当たりとして、めっちゃ私らしくニヤリと先輩にこう反撃してやるのだ。

 

「てか先輩、なにちょっと嬉しそうにニヤニヤしちゃってるんですかー? もしかして、わたしの家知ってるのが自分だけと聞かされて期待とかしちゃってますー?」

 

 ふっふっふ、ちゃーんと見てましたからね? さっき先輩、意外だなとか言いつつちょっとにやけましたよねー?

 

「アホか、ニヤニヤなんてしてねぇし、そもそもどこに期待する要素があんだよ」

 

「いやいや、いま超にやけてたじゃないですか。超キモくフヒッと。あとちょっとくらい期待したって別に構わないんですよ? 期待するだけなら誰でも自由ですもん」

 

「ば、ばっか違げーから」

 

 なんかこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい、真っ赤になって慌てる先輩。

 でもでも許してあげません。勝手に乙女をビッチ扱いしたんだから、それ相応の罰はきっちり受けてもらいますからね♪

 すぐ隣で、荷物抱えてそっぽ向いてる可愛い先輩にぴっとりと肩を合わせ、てくてく歩きながらいやらしーく覗き込んであげる。ふふふ、両手がふさがってるから、いつもの頭がしがしは出来ないからね? せーんぱい!

 

 とはいえ私もそこまでバカじゃない。確かにいま先輩はなんか照れてるけど、それは私に対して恋愛とか独占とか、そういう感情を発揮してくれてるってわけではないんだろう。

 たぶんこの照れはそういうんじゃなくって、もっとこう真面目で、もっとこう後輩想いの優しい感情からくる照れなんだと思う。

 

「まぁ、なんだ。……確かにちょっと口元は弛んじゃったかもしれないこともなくはない。ただ、そういうんじゃなくてだな──」

 

 果たして先輩は観念して口を開く。

 そしてその口から出てくる言葉は、ああ、やっぱ先輩だなー、って思えるような、そんな言葉の数々。

 

 

「ディスティニーで思い出したんだが、もうあれから一年経つのかと思っちゃっただけだっつの」

 

「……あー……ですねー」

 

 そっかぁ。生徒会役員選挙も終わったって事は、もう十二月。つまりあの日……クリスマスのディスティニーからも、もうすぐ一年になっちゃうってことなんだよね。そりゃさっきから妙に寒いわけだ。

 つまり私がこの人の悪影響をばりばりに受けて、どうしてもアレが欲しくなっちゃって葉山先輩に告っちゃったあの痛い日から、もう一年が経つってわけだ。

 

 ん、じゃあ先輩が照れちゃうのもしょーがないですね。だって──

 

「そっかそっか。先輩が本物を欲しがってから、もう一年が経つのかぁ」

 

 またしてもニヤァっと覗き込んであげる。

 

「おい、それは忘れてくれって言ったよね? 俺の口元が弛んだのはそれが原因じゃないからね?」

 

 あれ? 違うんだ。まぁ今のはただの仕返しですけど。

 

「そっちじゃなくてだな……。なんつうか、まぁあの日は色々あったが、……ぶっちゃけ初めて一色に感心した日でもあったからな」

 

「いやいや皆でディスティニーに行ったのって、わたし達が出会ってからしばらく経ってからですよね!? あのとき初めて感心って、それまでわたしをどんな目で見てたんですかっ」

 

「そりゃまぁ、男なんて便利な道具かアクセサリーくらいにしか思ってない、隠れゆるふわビッチ」

 

「なんですとー!」

 

 コイツまた恋する乙女をビッチ扱いしやがりましたよ! ホント失礼すぎじゃないですかねー……

 

「とりゃ!」

 

「痛てぇ!」

 

 あまりのムカつきように、先輩の脛をげしげしと蹴り上げる私。

 ちょっと? この程度で許されると思ってるんですかこんにゃろー。

 

「で? “今まではそう見てた”って事は、あの時からわたしの印象が変わったってことなんですよね?」

 

「そう、だな。……つ、つーか痛いんですが」

 

 まだまだ攻撃の手(ローファーによる蹴り攻撃)は緩めないものの、なぜ先輩がちょっと口元を弛めたのか、そしてなぜそれを指摘したら照れたのか、その答えをまだ聞いていない私は、さらに先輩をげしげし追い詰める。

 てかビッチビッチ思われてたのはちょっとショックではあるけれど、今はそんな事よりも、そこから私に対してどう感心したのか、どう印象が変わったのかを、乙女としては一刻も早く聞きたくてたまらない。

 ほら先輩早く早く! 早く答えないと先輩の脛が使い物にならなくなりますよー。ほれほれ~、カモンカモン。

 

 

「わ、分かったから、とりあえず蹴りをやめてくださいませんかね、一色さん……」

 

「えー、しょーがないですねぇ」

 

 まだまだ蹴り足りないものの、一刻も早くアンサーを聞き出したい私は、渋々攻撃を中断してあげる。

 

「……でも、だな。一色的には、あの日のことで俺がにやけるとか、さらにその説明をするとか、あんまり面白い話ではなくないか?」

 

「はい? それはわたしが葉山先輩に振られた日の事だからですか?」

 

「お、おう。はっきり言うな……」

 

 んー、まぁそりゃそうだよね。意外と気が利く先輩からしたら、可愛い後輩が無惨に振られた日のことを軽々しく話したくはないだろうし。

 

「それなら全然問題なしです。だって、あの日振られたのはあくまでも結果であって、わたしは告白したこととか別に後悔なんてしてませんし、あれはあれで大切な思い出ですもん」

 

 女の子って、女の子に夢見る童貞男子の中に住んでる空想上の女の子と違って、終わった恋をいつまでも引きずるようなヤワな生き物じゃないんですよ?

 そもそもアレが恋だったのか、もしくは恋に恋してただけなのか、今思うともう分からないくらいだし、吹っ切れてるどころかどっかに吹っ飛んでるってレベル。

 

 ま、それはただ単に本物の恋心じゃ無かったからなんだろうな。

 誰かさんのせいでどうしても本物ってやつが欲しくなっちゃって、でもその時の自分にはまだ本物なんてものが見当たらなくって、それでもどうしても欲しくなっちゃったから、それが本物か偽物かなんてそっちのけで無理やり手を伸ばして掴もうとしただけの、ただの偽物の恋心。

 

「ほら、だから大丈夫なんでどぞどぞ」

 

「ハァ……。ま、まぁ、だからだな──」

 

 本当に……本っ当に渋々といった体で語り始める先輩の耳は赤く色づいている。

 そんなに恥ずかしいこと言うつもりなのかな、この人。なに言われるか分かったもんじゃないから、私もちょっと心しておかないと、油断してると顔赤くなっちゃうかも……っ。

 

「──あの時までは一色の事、さっきも言ったがマジで男なんて道具くらいにしか考えてないんだろうって思ってたし、そんな一色に取っちゃ、葉山なんて最高のアクセサリーなんだろうと思ってた」

 

「……」

 

 なんだろうと思ってた、かぁ。

 うん。それは決して間違ってはいないですよ、先輩。

 もしあの日あなた達の青臭いやりとりを聞いてしまわなければ、私は今でもそんな認識のままでいたんだろうと思う。

 

「……確かあんときも言ったよな。俺は一色の事を、恋愛脳に見せかけてクレバーなのかと……つまり本当は恋愛とか人間関係とかに冷めてるやつなのかと思ってたと」

 

「ふふ、わたしももびっくりです。もっと冷めてるものかと思ってましたから」

 

 そんな私があんなに熱くなっちゃったのは、いったい誰のせいでしょうかねー?

 

「だからまぁ、言い方は悪いが、すげぇ不真面目なやつだと思ってたんだ。人間関係とか仕事とかも含めて。あの時までは」

 

「ちょっと!? それは酷くないですか!? ……人間関係と仕事の不真面目さを先輩にだけは言われたくないんですけどー」

 

 ま、先輩の不真面目さは表向きだけで、根はめっちゃ真面目なんですけどね。

 すると先輩は「違いねぇな」と苦笑を浮かべ、さらに言葉を紡ぐ。

 

「だからあの時は正直びびった。まさか一色がこんなにも一生懸命になれるやつだったなんて、って。こんなにも一生懸命、なにかに熱くなれるやつだったんだなってな。……だって普通言えないだろ、振られた直後に涙浮かべながら胸張って、「がんばんないと」とか次に向けて宣誓するなんて。……だから、あれだ……。あんときも言ったかもしれんけど、心から感心しちゃったんだわ、こいつすげぇなって」

 

「っ……」

 

 う、うひゃ〜……、さすがにちょっと恥ずかしくなってきちゃったよ。

 そりゃ先輩も言い渋るわけだ。

 

 よ、よし、とりあえず照れ隠しに軽く反撃をば。

 

「……だってー、どこかの熱っつい誰かさんのおかげで、どうしても本物が欲しくなっちゃったんですもん」

 

 もっともあの時の宣誓──葉山先輩へのアタック、これからも一生懸命頑張ります! なんて、翌朝には忘れちゃってたんだけどね。

 いま思うとあの時の私の宣誓は、葉山先輩うんぬんじゃなくって、本物を手に入れる為なら超がんばっちゃいます! だったんだろうな。

 

「おまっ……、だからそれはもう勘弁してくれ」

 

「へへー、勘弁しないでーす」

 

 言ったでしょ? 忘れません、忘れられませんって。

 

「とにかく、だ。正直な話、それまではこんなのを生徒会長に推しちゃって、本当に良かったのかとか思ってたまである」

 

「ひっど! 仕返しにしてもその言い草は酷すぎませんかね。てか、か弱い後輩を無理やりハメたくせに、実はそんな風に思ってたんですか?」

 

「いやいや、嵌めたは酷くね? あと言い方がちょっとアレだから……」

 

「は? わたし思いっきり先輩にハメられましたけど? まさかわたしが応援アカウントのからくりに気付いてないとか思ってますー?」

 

 ものすごーく白い目を向けると、先輩は潰れたヒキガエルのように「うげぇ」と唸る。超絶キモい。

 

「……え、お前アレ知ってたの?」

 

「むしろアレでご本人にバレないとか思ってたこと自体にびっくりです。学校内で結構話題になってるツイッターなんて、イマドキの女子高生が覗かないわけないじゃないですかー? まさか都合よくわたしだけがソレを見ないはずだとか思ってました? どんだけご都合主義ですか。で、先輩に呼び出されたと思ったら、ここ最近見た応援アカウントの全候補の推薦人数が、なぜかそのままわたしの推薦人数になってるんですもん。そりゃ分かりますって」

 

 いやホントびっくり。数少ない女の子友達に「いろはー、最近こんなのやってるみたいだよー。なんかまだ本人には秘密にしてるんだ☆とか書いてあるけど、別にいいよね、いろはの不人気さとかウケるし」とか非道いこと言われて、いざ見てみたら葉山先輩がめっちゃ大人気な上、自分の女子からの人気の無さには変な笑いが込み上げたっけ。

 それなのにその推薦人数が、そのまま私の推薦人としてリストに上げられてんだもん。

 あの図書室のやりとり中からバレバレでしたからね。あ、こいつやりやがったな? って。

 

「ぐっ、マジか……。そ、その……スマン──」

 

「ま、別にいいんですけどね。だからあのとき言ったじゃないですか。「の せ ら れ て あ げ ま す」って」

 

 ホント先輩って頭いいんだかバカなんだか。まぁバカなんだけど。乗せられてあげますってニヤリと微笑んであげた時点で、先輩の目論見に気付いた上での了承だって事くらい気付けっての。

 

「メリットとかを考えて知ってて乗ってあげたわけなんで、別に謝罪は不要です。出来た後輩は、アレはおあいこって事にしといてあげますっ」

 

「……そ、そうか。そりゃ有り難い。……ん? 知ってて乗ったって事は、それ別に嵌められたってわけでは──」

 

「……チョーシに乗らないでください」

 

「アッハイ、すみません」

 

 声低すぎてこえーよ……とかなんとかぽしょぽしょ呟いている先輩をまるっと無視して、私はあの時の記憶に浸る。

 

 そりゃ確かにハメられたのとは違うよ? ハメようとしてる先輩の策略に気付いて、ハメられたフリをしてあげたわけだからね。

 なんでそこまでして私を生徒会長にしたかったのかは分からなかった。ま、たぶんそっちの方が、この人にとってなにかしら都合が良かったからなんだろうなーくらいにしか思ってなかったけど。

 

 じゃあなんでそこまで分かっててハメられてあげたのか、それは……なんかこの人面白いかもって思っちゃったから。

 こんなしょーもなくって、こんなにもズル賢くって、でもわたしの気持ちを……、笑顔の仮面の下に隠した、ホントはめちゃめちゃ悔しくて、ホントはめちゃめちゃあいつらを見返してやりたいって気持ちを、この人は分かってくれたから。

 だからこいつを上手く利用……おっと。この人とのコネクションを持ったままにしとけば、今に楽しい思いをさせてくれそうだと思ったから。

 

 だから乗せられてあげたんです。そしてその選択はやっぱ間違ってなかった。てか大正解。

 だって今や先輩は、私にとってなくてはならないとても大切な存在になっちゃったんですもん。

 

 とまぁそれはそれとしてー──

 

「とにかくですね、これだけは絶対譲りませんからね。わたしは先輩にハメられてキズモノにされたんですっ!」

 

 そ。そゆこと。こればっかりは譲れません。

 だって先輩が私を騙そうとした事は変わらないし、それにこれは先輩への貸しですもん。いざというとき、この貸しという名の弱みを存分に生かしてやるんだから。

 

「いや、あの、一色さん? ここ外だから、さっきからハメるとかハメられたとか、そんなこと大声で言ったら通報されちゃうから……。さっきから絶対わざと言ってるよね」

 

 ふっふっふ、もちろんわざとでーす♪

 

「おっと、つい話が逸れちゃいました。先輩が嫌がるいたいけな美少女JKを力ずくでハメて、警察のご厄介になろうがどうなろうが、そんなのは今はどうだっていいんです」

 

「お前やっぱりわざとじゃねぇか……」

 

「で、なんです? こんなのを生徒会長に推しちゃってー、辺りから話途切れちゃってたんで、そこからの続きを遠慮せず、ささ、どーんとどうぞ」

 

「うわぁ……言いづらい」

 

 それは先輩が本物発言の照れ隠しと仕返しの為に「こんなのを推しちゃって」とか悪態吐くから悪いんですよ?

 言いづらいって事はさらに照れくさいこと言うんだろうし、楽しみ半分恐さ半分で、死なばもろともばっちこいです。

 

「ぐっ……で、でだな。確かにあのときまでは、一色に生徒会長を押しつけた事に不安があったんだが、」

 

 こいつっ……、さっきまで綺麗事振りまいて「推した」って言ってたくせに、もう押しつけたって包み隠さず言っちゃってるし……

 

「……だがあのとき本当の一色を少しだけ垣間見て、実は思ってたよりずっと真面目で、実は思ってたよりずっと一生懸命で、ああ、こいつなら大丈夫だなと、こいつにやらせて良かったかもなと、そう思えて、……ま、安心したわけだ」

 

 と、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気から一転、先輩はなんとも照れくさそうに、珍しく捻くれたりせずに私への気持ちの変化を素直に述べてくれた。

 

 おうふ、これは覚悟してたより八割増しくらいで恥ずかしいじゃないですか。八幡だけに。

 

「そ、そですか……。それはまぁ、……ありがとです」

 

 なんだか無性に恥ずかしくなってしまい、なんかぽしょぽしょと先輩くらい気持ち悪い返事になってしまった。

 なんならそっぽ向いて頭をがしがし掻いてしまいそうな勢い。

 

「……だー、くっそ恥ずかしい。だから嫌だったんだ、こういうの」

 

 だいじょぶです。私だってかなーり恥ずかしいですから。

 

「と、まぁ……そんな感じだ。……だからさっきディスティニーの話が出た時、あれからもう一年経つのかと思ったら、つい口元が弛んじゃったってわけだ」

 

「なるほど、です……」

 

 これでお仕舞い! とばかりに、てくてくと先を歩いてゆく先輩。

 普段なら女の子の歩調に合わせないで、自分のペースで先に行っちゃう男子とかありえないって思うけど、まぁ私としても今ばかりはちょっとだけ助かったかも。だって顔が熱くて仕方ないんだもん。

 

 ……ふぅ。普段どうしようもなく捻くれてる人が急に素直に褒めてくると、こんなにも破壊力すごいんだなぁ。

 こ、今後はちょっと気を付けねば。めもめも。

 

 

 そんなちょっとばかりの照れと胸いっぱいの満足感で、表情筋がゆるっゆるになりながらもスキップ気味に丸まった背中についていくと、不意に先輩が速度を緩める。

 ちょっとあぶないじゃないですか先輩。そんな急に止まったら、危うく背中に抱きついちゃうとこでしたよ、まったくもう。

 

「あ、っと……そういやまだ言ってなかったな」

 

 と、ここで突然の追加攻撃が繰り出される。

 いやいや! そんなのちょー反則ですってば!

 

「……まぁ、なんだ。……言いそびれてたが、この一年間、お疲れさん。……単なる成り行きではあるが、お前を生徒会長に推して、今ではマジで良かったと思ってるぞ」

 

 なんともズルいことに、この男はそのこっ恥ずかしいセリフだけを言い逃げして、もう耐えられないと勝手にすたこら歩いていってしまう。

 

「へ? ……ふぇ?」

 

 

 ──な、なんなのこの人! あれだけ恥ずかしいこと言うの嫌がってたくせに、あんだけ私を辱めた上にまさかの追い打ちって!

 もうめっちゃくちゃズルいです、ずるずるです。実はこの人、ドSなんじゃなかろうか。

 

 

 

 とはいえ、とはいえですよ。

 

 お疲れさん、か〜。

 

 本日生徒会最終日、生徒会室中を飛びかっていた……いやいや本日どころかここ最近めちゃめちゃ聞き慣れてしまっていたその単語。

 相手の労をねぎらう言葉であり、相手からの感謝を受け取る言葉でもあり、下手したら仕事の上での挨拶でも使われてしまうような、言ったら気持ちいいし、言われたら嬉しいし、でも聞き慣れ過ぎてすっかり耳に馴染んでしまったお疲れさま。

 

 でも、へへー、初めてこの人に言ってもらえた今この瞬間、聞き慣れてしまったはずのこの言葉が、なんだかすっごくきらきらしてる。

 

 なんか先輩からのお疲れさまを貰えて、今ようやく実感出来た気がする。

 あれだけ不安でいっぱいだった生徒会長という重責だけど、私はこの一年間、ホントにやりとげたんだなぁって。

 

「……はい、先輩こそこの一年、わたしの我が儘とか無茶ぶりとかたくさん聞いてくれてお疲れさまでした! ……ふふっ、単なる成り行きでしたけど、先輩に生徒会長に推してもらえて今ではホントに良かったなぁって思ってます」

 

 だから私も返すのだ。

 自分の都合の為に私を生け贄にして、でもめんどくさがりながらもたくさん助けてくれた、この最っ低で最っ高の、大好きな先輩へと。

 

 

「お、おう……」

 

 

 自分から恥ずいセリフを振ってきといて、ご丁寧に返してあげたらこの始末ですよ。本当にどうしようもない先輩だなー。

 

「ほらー、早く行きますよー」

 

「おい、ちょ、は、離せって」

 

「いやでーす」

 

 そんなどうしようもない先輩の二の腕をぐいっと引いて腕を巻き付けると、最近ちょっとだけ……ほーんのちょっとだけ肉付きが良くなってきたお胸をむにゅっと押し付け、ぐいぐいと引っ張るように真っ直ぐ家路へ急ぐのだ。

 罠にハマりましたね先輩。その大荷物を抱えていたら、私の腕は振りほどけないんですからねー。

 

「もう疲れちゃったんで、早くおうち帰ってお茶したいんですー。先輩遅いからこうしてわたしが引っ張ってあげないと、全然帰れないんですもん」

 

「お前な……疲れたもなにも、荷物持ってんのは俺だろうが……」

 

「なに言ってんですか。その荷物を箱詰めしたの誰だと思ってんですか」

 

「……なんで自分で持ち込んだ荷物を詰めただけのくせにそんなに偉そうなんだよ」

 

 

 腕に私の感触とぬくもりを味わいながらも、その照れくささを誤魔化すようにすっごい呆れ顔を向けてくる先輩。ぷっ、顔真っ赤なくせして。

 

 

 すっかりと日が落ちて真っ暗になってしまった真冬の帰り道。

 でも先輩は私のふくよかな癒しのぬくもりで、私は先輩の照れまくってるあっつあつの熱で、なんともほかほかな帰り道を楽しむ二人なのでした。

 

 

 

 

 ──そしてそんな幸せの帰り道……、先輩はぷいっとそっぽを向きつつ、私にこんなことを言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、そういやこっちも言いそびれてたな。新生徒会長就任おめでとさん。今更ではあるが、まさかお前が二期目も生徒会長やるなんて思ってなかったからびっくりしたわ」

 

 

 

 これで私が会長職から退くと思った? 残念!

 わたくし一色いろは、前生徒会長は本日付けで引退しましたが、同時に本日付けで新生徒会長に就任しました!

 

 

× × ×

 

 

 二年連続生徒会長。

 それはこの総武高校の歴史において、誰も成し遂げたことのない偉業。

 

 それもそのはず、だって一年生生徒会長自体、私が初なんだから。

 必然的に二年連続という偉業だって、私が初になるに決まってる。

 

 これはもう凄いことだよ? なにせ県下屈指の進学校において、初めて二年連続の生徒会長なんだから。

 その名声はどこまでも轟き、来たる進学や就活の際、それはもう後光のように私をウハウハに照らし上げてくれることだろう。

 

 なーんてね、そんなのはただの建て前。なんでまた生徒会長やるんだ? って先輩に聞かれた時、もっともらしい言い訳を並べ立てて誤魔化したときのただの謳い文句。

 ぶっちゃけそんな下らないことなんてどうだっていいの。私は、ただひとつの目的の為だけに二年連続生徒会長になったのだから。

 

 

 ──もう一年生徒会長をやろう。

 そう心に決めたのは、今から約九ヶ月前。

 九ヶ月前のとあるイベントの最中に私は思ったの。あ、一年後のこのイベントでのこの役回りだけは、なにがあっても絶対に誰にも譲れないって。

 

 そしてそう決めたからには、とにかく印象よく、とにかく目立つようにと会長職を頑張った。ちょーーー頑張った。

 なにせ絶対に再選しなくちゃならなくなったわけだもん。もし次の会長選挙で雪乃先輩みたいな完璧超人が立候補したら……、もし結衣先輩みたいな、誰からも好かれる人気者が立候補したら……、それはつまり──

 

『一色は何をどうしてもあいつらには勝てない』

 

 そう。それはつまり、私の敗北を意味する。

 

 もちろんあんな人たちはそうそう居ないし、そんな凄い立候補者が出てくる可能性なんてほぼほぼゼロだ。

 そもそも私、他に立候補居なかったから信任投票だったわけだし。

 

 でも……それでも可能性が完全にゼロではない以上、もしかしたらあのイベントのあの役回りが誰かに取られてしまう可能性がコンマ1でも残っている以上、それを黙認するなんて選択肢は、私の中にはこれっぽっちも無かった。

 

 だからとにかく頑張った。ああ、この生徒会長の代は本当にいい一年だった。次の一年もこの子に会長を任せたいなって、たくさんの生徒に思ってもらえるように。

 

 まぁ? 張り切って学校行事で目立ち過ぎて活躍し過ぎたが故に、逆にその頑張りが仇となって、我こそはと次の会長に名乗りを上げる中々優秀な四人もの刺客が現われちゃったときはちょっと焦ったけども?

 でもね、ざーんねん! 私の圧勝でしたー!

 

 

 こうして新生徒会長になった私の元に集まってくれた仲間、新副会長には沙和子ちゃん、そして新書記ちゃんにはなんと小町ちゃん。あとは初顔合わせとなった新会計の子と庶務三人の計六人と共に、来たるべくあのイベントに向けて、明日からの新生徒会活動に励む事となったのです。

 

 

「つーかな、一色……」

 

 先輩の腕を引っ張りながら明日からの活動に思いを馳せていると、不意に先輩からのお声が掛かる。

 

「はい?」

 

「マジで今更なんだが、なんで明日からも普通に生徒会室を私物化するくせに、わざわざこれだけの荷物を持って帰んなきゃなんねーんだよ……」

 

 そう言う先輩は、心底うんざりした様子で胸に抱えた三個もの段ボールを眺めてる。

 

「さっき戸部が運んでたヒーターやら加湿器やらだって、わざわざ新しいの持って来なくても、この段ボールに入ってる今まで使ってたヤツをそのまま使えばいいだけの話だろ……」

 

「ハァ……やれやれ、先輩はなにも分かってないですね。だから先輩なんですよ」

 

「おい、先輩を悪口みたいに使うな。……え、まさか俺に向けて言ってる先輩って、実は蔑称じゃないよね?」

 

「明日から新生徒会なんですよ? もう昨日までの旧生徒会とは違うんです。だったら新しい私室で新しい私物に囲まれて心機一転したいに決まってるじゃないですかー? 女の子って生き物は、いつでも素敵で新鮮な刺激を求めてるんですよ?」

 

 ま、それ以外にも、何割かくらいはこうして先輩に荷物持ちになってもらいたかったって気持ちもあるんだけど。

 

「知らねーよ。てかツッコミどころが多過ぎて、もうどこからツッコんだらいいのか分かんねぇ……。まず生徒会室は決してお前の私室ではないし、そもそも俺に向けての先輩という名称の定義の説明追及を無視しちゃってるし……」

 

 などと、いつまでもブツブツぐちぐちやかましい先輩の声も視線も完全に無視して、私はひとり想いに耽るのだ。

 

 

 

 ──私がどうしても誰にも譲りたくなかったモノ。

 それを強く強く思ったのは今から約九ヶ月前の、城廻先輩達を送り出した卒業式の日の事だった。

 

 ぶっちゃけ、大してロクに思い入れの無かった当時の三年生に向けた私の送辞は、過去の議事録から引っ張りだしてきて当たり障りの無い改変コピペを読み上げただけの、かなーり拙いモノだった。

 それでも先輩方は、そんな私からの拙い送辞に涙してくれたのだ。

 

 もちろんそれは私からの送辞に対してじゃなくって、私が送辞を読み上げている最中にフラッシュバックした自身の思い出に涙しただけなんだろう。

 それでも私は、そんな先輩方を見て思ってしまったのだ。自分に誓ってしまったのだ。

 

 

 ──ああ、次は絶対に心を籠めて送り出そう。

 たくさんお世話になった先輩方、雪乃先輩、結衣先輩、葉山先輩、三浦先輩、戸部先輩。

 

 んーん? 確かにその気持ちに嘘はないけど、それでも、今はそれさえもただの建て前だ。

 私の目的。私が生徒会長の座を死守してまでも果たしたかった譲れない目的。それはもちろん……そう、あなたを送り出したくなっちゃったから。せんぱい? 私の手であなたを送り出したくなっちゃったからだよ?

 

 今度はコピペなんかじゃない。私の言葉で、私の気持ちで、先輩をこの学校から送り出してあげたい。てか、その役だけはぜーったいに誰にも渡さない。

 そして私はあなたに伝えるの。多分すっごいやらかしちゃうんだろうって自負はあるけれど。

 

 

 

 ──先輩に嵌められて生徒会長にされて、先輩に頼って助けられて、先輩の熱い気持ちを聞いて盛り上がって失恋して、そして先輩の不器用な優しさに惹かれて。

 

 あの時あなたは言いました。俺は本物が欲しいと。

 先輩は本物が見つかりましたか? わたしはもう見つけましたよ? わたしの本物はせんぱい、あなたです。

 

 

 そう言ってやるんだ。壇上から先輩だけに向けて。

 

 卒業式という晴れの舞台で、あなたは死ぬほど恥ずかしい思いをする事でしょう。もちろん私も死んじゃうと思いますけど。精神的にも肉体的(独身からの怒りのお仕置き)にも。

 

 

 でもね? ふっふっふー、それこそが私を生徒会長にした責任を取るって事なんですよ? 私言いましたよね、責任、取ってくださいねって。

 私を騙そうとして生徒会長にしたこと、思いっきり後悔させて、そして思いっきり満足させてあげますよー?

 

 

「おい、人の話聞いてんのかよ。てかなにニヤニヤしてんだ腹立つな」

 

 おっと、三ヶ月後の大作戦決行に心弾ませていたら、乙女としたことが思わず好きな人の前でだらしない表情になってたっぽい。

 にしてもこんな可愛い後輩の微笑みをつかまえて、ニヤニヤして腹立つとは何事ですかこの男は。

 

 かっちーんと来た私はとっても素敵な性悪微笑をたたえて、このどうしようもなく失礼極まりない男にこう告げてやるのだ。

 

「……ちっちっち、そんなチョーシ乗った態度を取ってられるのは今のうちだけですからねー先輩。今にみてやがれです」

 

「へ? な、なに、お前なんか企んでんの……?」

 

 私のただならぬ気配に、先輩は一気に警戒感を強める。

 さすがは先輩、私のこと良く分かってるじゃないですか。感心感心。

 

 

 

 ──そして私は、覚悟しといてくださいね〜せーんぱいっ! て、より一層、より満面な小悪魔笑顔をまっすぐ向け、先輩の腕に絡めてる右手とは反対側の空いている方の左手で、びしぃっと可愛く敬礼を決めるのでしたー。

 

 

「えへへ、まだナイショでーっす♪」

 

「……うわぁ、あざとい」

 

「あざとくないですー。素ですー」

 

 

 

 

おしまい☆

 




というわけで、こんなにも長い間お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!
まさか本当に100話に到達する日がこようとは、開始した当初には夢にも思ってなかったです。

そして記念ということで、本当に久しぶりのいろはすSS……それもいろはす視点のお話でした☆
記念作品にしては若干地味目な物語ではありましたが、私の中ではコレがいろはすSSの総括かなー?なんて思っております(^^)


さて、100話ということでキリがいいので、これにてこの作品……てかSS執筆自体を一区切りさせていただこうかなぁ……とか思っていたり思ってなかったり……?
てかあれだけ速筆だったのに今やこの遅筆っぷりでお分かりの通り、さすがにちとモチベーションが保ってないという現状であります('・ω・`;)


とはいえそんなことを言いながらも2〜3日後にシレッと投稿しちゃったりする辺りがこの私ですし(ドヤァ)、さすがにそこまで早くなくても、1週間後ついに2年3ヶ月ぶりに発売される新刊を読めばモチベが沸き上がること受け合いなので、また素知らぬ顔でなんか投稿した時にはよろしくです♪
あ、もし感想いただけましたら、もしかしたら土日に纏めてお返しするかもしれないですっ汗



それでは親愛なる読者の皆々様方、100話もの長い長〜い間、本当にありがとうございました!
ではまたっノシノシノシ




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101回目のプロポーズ 〜for Y〜



お久し振りでございます!
まぁ他のはちょこちょこ書いてたんですけど、この短編集は3ヶ月ぶりになりますね(^^;)


で、この3ヶ月間はふざけた物しか書いて無かったので、今回は久し振りのおふざけ無しの作品となります。
ちなみに101話目だったからこのタイトルにしたかっただけで、そこら辺はかなーり強引です(白目)


今回のはかなり嫌いな人もいらっしゃいますでしょうが、書きたかったので許してね☆




 

 

 

「隼人さん。そろそろいい時間ですし、先に雪乃と帰ったらどうかしら」

 

「そうですね。じゃあ雪乃ちゃんを自宅の方まで送っておきますね。それではお先に失礼します」

 

 

 

 雪ノ下建設の三月決算も無事に済み、本日は決算報告会という名目で会社の重役や関連企業の重鎮達、そして大口の株主達が集められた雪ノ下家主催のパーティーが、海浜幕張駅そばのホテルザ・マンハッタンのラウンジにて執り行われた。使用するホテルこそ違えど、これは毎年の事ではあるのだが。

 そんなパーティーには雪ノ下建設顧問弁護士の父も当然出席し、妻として同伴する母だけでなく、息子の俺も同伴させられる事となるのも、また毎年の恒例行事である。

 将来的なコネクションを構築する──現時点ではただの顔見せ程度ではあろうが──という観点で考えれば、一見雪ノ下建設の仕事上とは無関係でしかないただの高校生の俺が引っ張りだされるというのも、当然といえば当然なのかもしれない。

 

 

 そしてパーティーも宴もたけなわとなってきたそんな折、不意に雪乃ちゃんの母親からそんな指令が下され、俺と雪乃ちゃんは席を立つ事になる。

 

 

 ──そろそろいい時間……、か。

 

 

 現在時刻は、確かに高校生が外を出歩くには些か遅い時間とも言えなくはない。しかし、わざわざ呼び出されたパーティーを途中退席してまで帰宅するほどの時間でもないのだ。

 つまりこれは、俺と雪乃ちゃんの関係に気を遣った行為に他ならない。要はこの後に二人の時間を楽しめ、ということ。だって多少遅くなろうとも、雪乃ちゃんは都築さんに送らせればよいだけの話なのだから。

 

 とは言うものの、これは今更と言えば今更とも言えるか。なぜならこういった集まりごとがある際は、決まって二人で早く帰されるのが半ば恒例化しているからだ。

 

 ありふれた光景ゆえ、特に思うところもなく一礼をしてそこから離れた俺は、会場の片隅でガス入りの飲料水が注がれたグラスをつまらなそうに傾けている少女の下へと向かう。

 

「雪ノ下さん、送るから先に帰ろうか」

 

「……ええ」

 

 父のクライアントの妻から軽く指示されただけで全て察する事が出来る俺もさることながら、そんな俺からのこの短い台詞だけで全てを察する事が出来るこの少女もまた、俺同様にこういった周りからの期待を痛いほど感じているのだろう。

 彼女も特に思うところがないような自然な振る舞いで、これといって会話をすることもなく、共にラウンジをあとにするのだった。

 

 

 雪ノ下雪乃。

 父のクライアントである雪ノ下家の次女であり、幼い頃から兄妹のように共に過ごした幼なじみであり、そして…………、俺の許嫁とも呼べる存在でもある、俺の好きな人……、Y。

 

 

× × ×

 

 

 ホテルのロビーをあとにした俺達は、五分ほど歩いた先にある海浜幕張駅へ向けて、夜の街を並んで歩く。

 ここ最近、頬を撫でる風はすっかり春めいた暖かさになってきたとはいえ、やはり夜に吹く風はまだまだ冷たい。

 そんな春の夜風に吹かれながら、いくらかの距離は開いてはいるものの、ぎりぎりのラインで隣と言ってしまってもよいであろう左側を歩く彼女の横顔をチラリと眺める。

 

 彼女、雪ノ下雪乃とは、確かに許嫁と言っても過言ではないような関係性ではあるものの、それは特に確約されている間柄ではない。葉山家側からも雪ノ下家側からも、その間柄に言及をされた事は無いからだ。

 もっとも、本人達の与り知らない所ではそういった話にはなっているのかもしれないけれど。

 

 ただ、俺は子供の頃から漠然とではあるが、将来は雪乃ちゃんと婚姻関係を結ぶことになるのだろうと感じていた。

 そしてそれは大人になるにつれ、少しずつ……でも確実に強く感じるようにもなった。……大人になるにつれ、周囲の大人達の目がそれを期待している……いや、それはもう期待というよりも、さも当然の未来予想図のように考えているのであろう事を、より強く感じ取れるようになってきたからなのだろう。

 そしてそれは彼女も同じ。だからこそ彼女は俺から距離を取る。嫌いな俺との未来が決定づけられている運命から、少しでも距離を取るように。

 

「どうしようか? まだそんなに遅い時間でもないし、せっかくだからどこかでお茶でもしていかないかな?」

 

 それでも俺は断られる事など承知の上で、いつも通りお誘いの定型文を口にする。これは親達から、周りから期待されているが故の、葉山隼人としての行動なのだろう。

 例え断られようとも、例え距離を取られていようとも、俺はこうして彼女との関係を続けていかなければならないのだから。

 

 

 ……しかし、この日はいつもとは違っていた。

 だから、雪乃ちゃんの口から次に紡がれる思いがけない返答に、一瞬ではあるが惚けた顔を晒してしまった事を、どうか笑わないでほしい。

 

「……そうね。そうしましょうか」

 

「……え」

 

 

× × ×

 

 

 ちょうど近くにあったカフェへと入った俺達。互いに飲み物を注文すると、店員が商品を運んでくるまでのあいだ、取り留めのない会話を交わす。

 

「珍しいね、雪ノ下さんが誘いに乗ってくるなんて。……でも本当に良かったのか? こんな所を学校の人間にでも見られでもしたら、また余計な噂を立てられかねないよ?」

 

 そう。あれはほんの数ヶ月前の出来事。

 新年という事で今日と同じように雪ノ下家と葉山家が集まる機会があり、その時もまた今日と同じように俺と雪乃ちゃんの二人だけ先に帰される事となった。

 もちろんその日も形ばかりの誘い文句を発した俺と、当然体よくお断りした雪乃ちゃんの帰路中の姿を学校の誰かに目撃され、それからひと月近くという長い間、学校で余計な噂を立てられた。

 

 あの時はいろはの協力のおかげでなんとか沈静化したが、ただ一緒に歩いていただけであれだけ騒がれたのだ。二人で店に入っている所なんか見られてしまったら、騒ぎがぶり返すという問題だけでは済まないだろう。

 だから、普段でさえ全く誘いに乗ってこない雪乃ちゃんが、今回に限って誘いに乗ってきた事があまりにも意外だった。むしろ、今回こそ固辞しそうなものではないのだろうか?

 

 しかしそんな俺の思考をよそに、目の前の彼女は薄く笑う。

 

「おかしな人ね。自分から誘っておいて「良かったのか」もなにも無いでしょう」

 

「はは、違いない」

 

「それに私、あの時の下賤な噂なんて、これっぽっちも気にしてなんかいなかったのだし」

 

「……ああ、そうだね」

 

 そう。雪ノ下雪乃は、下らない周りの目や声など気にもとめない。あの時あの噂を気にしていたのは、本人ではなく周りだけなのだろう。もちろんその周りには俺も含まれているし、そして……彼も。

 

 それからは沈黙の時間が続く。

 とはいえこの沈黙の時間には、不思議と以前のような刺々しさは感じない。むしろ心地よく感じてしまう程の沈黙。

 ……本当に彼女は柔らかくなった。

 

 しばらくして注文した品が届いてからも、互いにカップを傾けながら沈黙の時間は続いてゆく。

 

 

 ……でも、そろそろこの心地のよい沈黙を破ってあげようかな? 彼女も少しそわそわしてきたようだし、こちらから話を振ってあげないといい加減可哀想だ。

 

「で、雪ノ下さん」

 

「なにかしら」

 

 俺から声を掛けた事により、ようやく会話の糸口を見いだした雪乃ちゃんは、まるで猫が物音に耳を立てるかのようにぴくりと反応する。それなのに、さもなんでもないように振る舞う彼女は、見ていてとても可愛らしい。

 

「俺に話があるんだろ?」

 

 とても可愛らしいのだが、生憎こう見えて俺は意外と性格が悪いんだ。だからその可愛らしさには誤魔化されてはあげないよ?

 うっすらと意地悪な微笑を浮かべた俺は、雪乃ちゃんにちょっとだけ意地悪をする事にした。

 

「あなたはなにを言っているのかしら。お茶に誘ったのはあなたの方でしょう?」

 

「あはは、それは確かにそうだけど、俺に用がなければ君が誘いに応じるはずがないからね。どうせ適当に会話でもしている流れの中で、こっそりと聞き出したい事でもあったんだろう?」

 

「くっ……!」

 

 なんとも悔しそうに顔を歪める彼女。俺が雪乃ちゃんにイニシアチブを取れる事なんてそうそう無いからね。せっかくだから、もう少しだけ意地悪しちゃおうかな?

 というか、雪乃ちゃんがこの程度の揺さ振りで隙を曝け出すということ自体が、彼女の変化の顕れそのものなのだろう。以前までの鋭利な刃物のように冷たい彼女であれば、少なくとも俺には決して見せなかった隙。それをこうも容易く見せてくれる事が、たまらなく嬉しくもあり……たまらなく悔しくもあるのだけれど。

 

「ま、俺はどっちだっていいんだよ? 雪ノ下さんが聞きたい事があるのなら、俺が教えられる範囲でもあればいくらでも教えるし、特に聞きたい事がないようなら、このまま無言の時間が続いたってそれはそれで結構楽しめているしね」

 

 にっこりと問い掛けた俺の選択肢は、悔しそうに歯噛みしている彼女には悪魔の選択に見えているのかもしれない。

 いけないな。こういった機会が珍しすぎるあまりに、少し楽しみすぎてしまったかもしれない。せっかくあの雪乃ちゃんが俺の誘いに乗ってくれたんだ。やりすぎて雪乃ちゃんがヘソを曲げて、聞きたい事を聞くに聞けなくなってしまったらさすがに申し訳ない。

 

「……はぁ〜。……葉山隼人くん。あなたってそんなに底意地が悪かったかしら。少なくとも、表向きだけはいい人を装ってるように記憶していたのだけれど」

 

 しかししばしの葛藤のあと、頭痛を抑えるようこめかみに指を添えて深く溜め息を吐いた彼女の言葉も、また予想外の言葉。

 いままでの彼女ならここで意地を張って会話を打ち切っていたかもしれないけど、今日の彼女はそんな意地や負けず嫌いを我慢してさえも、まだ会話を続ける気らしい。つまり、我を押し通すのが常の彼女がそうまでして聞きたい話なんだと思う。

 

「はは、ひどいな。ま、偽善者の俺も雪ノ下さん相手に表向きを装う必要なんてないしね」

 

 彼女のひどい言い草に思わず苦笑を漏らしてしまった俺ではあるけれど、ほんの少しのお返しをしたところでこの悪戯は終了としよう。

 普段なかなかお目にかかれない雪乃ちゃんの慌てる様は十二分に楽しませてもらったし、さすがにあまり虐めすぎるのも可哀想だしね。

 

「で、なにが聞きたいのかな。調子に乗って少し意地悪してしまったし、なんでも答えるよ」

 

 まぁ雪乃ちゃんが誘いに応じた時点でなにかあるなとは気付いていたし、もともと何を聞かれても答えるつもりだったけどね、という本心は内緒だけど。

 

「……最初から気付かないフリをして、黙ってそうしてくれていたら助かったのだけれど」

 

 恨めしげに俺を一瞥する雪乃ちゃんの表情につい笑みがこぼれてしまう。

 いつもなら俺が一方的に攻められっぱなしなんだから、たまにはちょっとくらいいいだろ?

 

 

「……そ、その」

 

 

 そしてついに雪乃ちゃんの口から本日の目的が語られる事となるのだが、その口から紡がれた言葉は、さんざん予想を裏切られてきた今日の雪乃ちゃんの対応の中でも、特に一番の予想外な言葉だった。

 

 

「……だ、男性は、女性に贈り物をされるとしたら、一体どんな物をもらうと嬉しいと感じるのかしら……?」

 

 

 決して俺と視線を合わさないようにそっぽを向きながら、そんなあまりに予想外の台詞を口にした雪乃ちゃんの頬は、この十数年間のあいだに見てきた雪乃ちゃんの頬の中で、一番の熱を帯びていたのだった。

 

 

× × ×

 

 

 男性への贈り物、か。これはまたなんとも予想だにしない相談をされたものだ。

 俺への贈り物……という可能性はゼロなのは分かっている。それはこの質問をされたのが俺だから、という事実を差し引いたのだとしても、どちらにせよ可能性はゼロからコンマ1だって上がらない。

 

 ではあの雪乃ちゃんがここまでして俺に尋ねてきた理由はなんだろうか? と考えた時、脳裏にはすぐにとある解答が思い浮かんだ。

 

 

 ──ああ、そういえばおじさん……、雪乃ちゃんの父親の誕生日は今月だったか。

 

 

 そう考えると、あの雪乃ちゃんがそっぽを向いて、こうまで所在なさげに身を捩らせているのも、まぁ分からなくもないかな。些か恥ずかしがりすぎな気がしないでもないけれど。

 

 彼女の家庭環境はかなり複雑だし、以前は彼女自身が意識して家族からは距離を置いていた。

 でも二月に実家に戻った頃から、彼女の中での家族への思いにもなにかしらの変化があったのだろう。故に今まで誕生日に贈り物などしたことのない父親へのプレゼントを思い悩んでいたのだろうと思う。

 

「贈り物、か。……そうだな」

 

 であるならば、ここは俺も真剣に考えてあげなくてはならないな。本当なら頼りたくないであろう俺なんかに相談してくれたんだ。出来うる限りの協力を惜しむ気はない。

 

 贈るのであれば、やはり身の回りの物がいいかな。愛する娘に贈られた大切な品だからこそ、いつも身に付けていたいだろう。

 例えば腕時計。例えば靴。贈り物としては申し分ない物は数あれど、どれも高校生が贈る品としては多少高価なものだ。

 ましてやおじさんはそういった物は常に一流の品で身を固めている。いくら雪乃ちゃんが使える金額がそこらの高校生よりいくらか多くとも、やはりあのおじさんに贈る品としては現実的ではないかもしれない。

 だったら身の回りの小物、か。

 

「ま、定番中の定番だけど、ネクタイなんか喜んでくれるんじゃないかな」

 

 これは男性に、というより父親に向けての定番かもしれないけどね。

 しかしネクタイは毎日使う物だし、ビジネスマンの身を包む戦闘服とも言えるスーツに、ほんの少しの遊び心を加えられるアクセントにもなるもの。もちろんネクタイだってピンからキリまである物だし、一流の物を贈ろうとすればかなりの高額になってしまう。

 しかしそこは贈られる側の趣味と贈る側のセンスが合致すれば、そこまで高価な物でなくたって構わないし、ネクタイなら愛する娘から贈られて喜ばない父親は居ないだろう。

 

「ネクタイ……。確かに男性への贈り物としては定番かもしれないけれど、ネクタイは指定の物をしているのだし……」

 

 俺からの提案に、ぶつぶつと呟きながら顎に手を添えて悩む雪乃ちゃん。その目も呟く言葉も真剣そのものなのだが、ひとつだけ少し気になるワードに引っ掛かりを覚えた。

 

 

 ──指定の物? それはどういう意味だろうか。

 

 

 まぁ、確か几帳面な人の中には曜日によって決まったネクタイを絞めていくという人も居るらしいし、案外おじさんはそのタイプなのかもしれないな。

 

「もしくはストールなんてどうかな? 今夜もそうだけど夜はまだ冷えるし、マフラーと違って暖かい日でも普段着のアクセントとしても使えるからとても便利だよ。ストール一本あるだけで私服も一気にお洒落になるしね」

 

 おじさんがストールを巻いている姿は見たことがないけど、とてもお洒落な人だし、休日にストールを巻いて外出するおじさんの姿というのも中々いいのではないだろうか。

 

「……ストール。確かに悪くはないけれど、さすがに真夏にそんなものを贈られても困惑してしまわないかしら……」

 

 またも俺の提案に対し考え込む彼女。どうやらこれも却下の方向のようだ。

 まぁそれは仕方の無い事だろう。さすがに真夏にストールを贈られても困る事は間違いない。中には夏にストールを巻いている男性もいるにはいるが、あれは本人がお洒落の為に勝手に我慢してる分には構わないが、正直周りからすると出来れば遠慮してもらいたいものだ。燦々と照りつける太陽の下で首に巻き付けられたストールというのは、見るからに暑苦しい。

 

「……ん?」

 

 危うくうっかり流しかけてしまったが、今の雪乃ちゃんの弁には物凄い違和感がある事に気が付いた。

 

「えっと、雪ノ下さん……。そのプレゼントというのは、夏に贈る物なのかい?」

 

 そう、夏。

 まだ初夏にもなっていない春真っ盛りの今、彼女は夏の贈り物に頭を悩ませているという。

 その事実が示すのは、雪乃ちゃんがプレゼントを贈る相手が父親ではないということ。雪乃ちゃんの相談がちょうどおじさんの誕生月と重なった為に、どうやら俺はすっかり勘違いをしていたらしい。

 

「……な、なにか問題でもあるのかしら」

 

 そして、驚きの色を見せていた俺に彼女が返してきた色は深紅。

 ただでさえ透き通るように白い彼女の頬だからこそ……いや、頬だけでなく耳も首も腕に至るまで、その赤は彼女の肌を美しく染め上げた。

 

 そしてその瞬間、不意に頭を過った光景の数々が脳内を駆け巡る。

 

 

 

 

『はやはちキマシタワー!! ブッハァ!』

 

『海老名擬態しろし』

 

『……海老名さん、マジっべー。……あ、そいや結衣ー、なんでヒキタニくんて海老名さんにハチって呼ばれてるん?』

 

『ん? だってヒッキーって八幡って名前だし』

 

『八幡? へー。つか八幡てけっこー変わった名前じゃね?』

 

『あ、なんかねー、八月生まれだから八って付けられたとか言ってたよ』

 

『適当すぎね!? いや、適当ってかむしろ漢らしいわ。いんやー、ヒキタニくんの親マジぱないわー』

 

 

 

 いつもと変わらない教室でのやりとりの中で、不意に耳に入ってきた何気ない情報。

 まぁ彼の誕生日がいつだろうと、俺には特に関係がないとすっかり忘れていたけど、まさかこんな形であの情報が記憶から呼び出されるとは思わなかった。

 

 それに加えて年始でのあの一幕。

 あの日、雪乃ちゃんの誕生日前日に千葉で偶然出会った彼と結衣は、まだ一日早いとはいえ雪乃ちゃんに贈り物を渡していた。そんな二人と別れた彼女は、とても大切そうに彼らからの贈り物を胸に抱えていたっけ。

 

 まだ八月には遠すぎること。彼女の相談がおじさんの誕生月と重なったこと。

 それらの理由で雪乃ちゃんの本当の目的に思考が及ぶことは無かったのだが、解ってみればなんとも単純な話だったわけだ。彼女が俺に頼ってまで贈り物に悩んでいたわけも、彼女があんなに恥ずかしそうに身を捩らせていたわけも。

 

 それに気付いてしまった時、俺の中にはなんとも形容し難い感情が沸き上がってきた。

 この感情を表に出すわけにいかない事は分かっている。もし今これを表に出してしまったら、たぶん俺は雪乃ちゃんにきつく叱責されてしまうだろうから……

 

 それは分かっている。分かってるんだけど……、ああ、やっぱり駄目だな。どうやら俺は、自分で思っているほどポーカーフェイスにはなれないみたいだ。

 そして我慢しきれなくなってしまった激しい感情が、ついに口から零れてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ぷっ!」

 

「……っ! ……な、なにがおかしいのかしら」

 

「あ、い、いや、すまない。……あ、あはは」

 

 つい噴き出してしまった俺に雪乃ちゃんからの凍える視線が突き刺さり、慌てて謝罪する。控え目に言ってとても恐い。

 身の危険を感じ、なんとか誤魔化そうと必死な俺の姿はさぞ滑稽な事だろう。そんな自分を想像しただけで、また違う笑いが込み上げそうになってしまうよ。

 でもここでまた少しでも口角を上げようものなら、その時は俺のちっぽけなプライドなどズタズタにされるほどの口撃を食らうに違いない。しっかり気を引き締めないと。

 

「……いや、いくらなんでも夏の相談を持ちかけてくるのは早すぎじゃないか? と思ってしまってね」

 

「し、仕方ないでしょう。あなたとこうして二人になる機会なんて、家族同士が集まった時くらいしかないのだから」

 

「だったら次はお盆だってあるだろ?」

 

「……お盆では、少し間に合わないのよ」

 

 なんとも照れくさそうに目を泳がせる彼女の言葉を聞いて、俺はまた新たな情報を得る事となる。

 

「へぇ、比企谷の誕生日って八月の初旬なんだな」

 

「!? あ、あなたは一体なにを言っているのかしら、別に私は夏とは言ったけれど八月なんて一言も言っていないのだしましてやその相手が比企谷くんだなんて一切口に出してはいないのだけれど勝手にあなたの中でおかしな物語を創らないでもらえないかしらとても迷惑でとてもとても不愉快だわ」

 

 おっと、これは失言だったようだ。

 でも、真っ赤な顔でまくし立ててくる彼女の必死すぎる弁に、俺の心の中には先程も感じたなんとも形容し難い感情が渦を巻く。

 

 

 ──なんだろう、まるで花も恥じらう恋する乙女そのもののような、雪乃ちゃんのこんな慌てる姿を見ていると、胸の奥底からなんとも温かい感情が……、なんとも嬉しい感情が沸き上がってくる。

 

 

 我ながら可笑しな話だとは思う。好きな人『Y』が、他の男へのプレゼントに思い悩んであたふたしているのを見て顔が綻んでしまうなんて。胸が温かくなってしまうだなんて。

 でもそれはなんの間違いもない、俺の……葉山隼人の偽らざる気持ち。

 

 

「……以前。……あれは確かマラソン大会の打ち上げの時だったか。あの時も言ったけど、やっぱり君は変わったな。それも少しどころか、かなり、ね」

 

 

 彼女が変わりはじめたと感じたのは、いつの頃からだっただろう。なかなか話す機会が無かったから本人には直接伝えられなかったけれど、それはマラソン大会なんかよりもずっと前から。

 “それ”をなんとなく感じはじめた頃は正直戸惑いもしたし、悔しくもあった。あの雪ノ下雪乃を変えてしまえる人間が居るのだという事実に。

 

 彼女を変えたのは間違いなくあいつ。俺が唯一大嫌いと公言する、とてもムカつく奴だ。

 もちろん彼女を変えた要因は結衣にもあるだろう。いや、“結衣にも”ではなくて“結衣も居たから”か。彼女が居て結衣が居てあいつが居る。そんなあの不思議でおかしな場所が、彼女を少しだけ変えてくれた。

 

 でもそんな少しだけ変わった彼女をここまで大きく変えたのは、やはりあいつ。

 まったく。本当に腹立たしい奴だな君は。俺の好きな人を、こんなにも普通の女の子に……こんなにも可愛らしい普通の女の子に変えてしまえるなんて。やっぱり俺は君が嫌いだよ。

 

 

 すると、つい今しがたまで慌てふためいていた彼女の紅色の頬が優しく緩む。

 

「そう、ね。……ほんの少しだけ、変わったかもしれないわね」

 

 ふっ、と。優しげな瞳で俺の目を見つめる雪乃ちゃん。でもその瞳に写っているのは俺ではなく別の人、別の場所、別の刻なのだろう。

 

「へぇ、意外だね。あの時と違って、今日は素直に受け入れるのか」

 

「あら、打ち上げの時だって否定はしなかったと記憶しているのだけれど。あの時は少し照れくさかったから、どうかしらとはぐらかしただけ。あなたに対しても、自身に対しても……」

 

 でも、と彼女は言葉を紡ぐ。

 

「今はもうはぐらかす必要も無いくらい自覚しているから。自分が変わったと」

 

「そう、か」

 

 

「ええ。……ふふ、ほんの少し前までは、世界を変えるなんて身の丈に合わない馬鹿げた事を言っていたのだけれど、今こうして変わったのは……変えられたのは私のほう。人生って、なかなか上手くはいかないものね」

 

 そう言う彼女は、とてもではないが自身の上手くいかない人生を嘆いているような顔はしていない。

 彼女が浮かべているのは、嘆きではなく幸福。

 

「……でもね、とても不思議な事なのだけれど、それでもやはり世界は変わったのよ。私が変わる事によって、私の周りの世界が今までとはまったく別の世界に変わってしまった。私が望んでいた変革後の世界なんかよりも、ずっと素晴らしい世界に」

 

「そうか」

 

 世界は往々にして優しくない。それは彼女のように清く正しく生きようとする人間には、特に厳しく辛く感じるだろう。

 だから彼女は願った。世界が自分に厳しいのならば、いっそ世界ごと変えてしまいたいと。

 

 でもなんのことはない。彼女自身が変わる事で、彼女は彼女を取り巻く世界を変える事が出来た。ずっと願っていた世界とは違う世界なのかもしれないけれど、雪乃ちゃんが一番素敵な笑顔でいられる一番素敵な世界に。

 

「ええ」

 

 未だ熱の籠もった赤い顔でとても満足そうにはにかむ雪乃ちゃん。そんな彼女を見ていたら、どうしても自分の気持ちを伝えたくなってしまった。

 唯一あいつにだけ……大嫌いなあいつにだけ明かしたことのある胸の内を。そして、そんな俺でも今思いついてしまったとある思いを。

 

「……俺は変わらない事も大事だと思っていたし、その気持ちは今でも変わらない。とても情けない話だけど、俺は変われないし、変わってしまう事を畏れてもいる。だからたぶん俺はこの先も変わらないし、これからも自分では選ばないという選択をしていくんだと思う」

 

 正直、俺は彼女が羨ましい。自分を変えてくれる存在と巡り合えて、そして自分の世界を変えてくれた存在を想える君が妬ましくも思う。

 俺も彼女のように変われたら、自分が変わる事によって世界までも変えられたら、なんて思ってしまう自分が居ることは認めざるを得ない。

 

 でも俺は変われないだろう。こう見えて、俺はなかなかに臆病で、なかなかに面倒くさい難儀な性格なんでね。

 

「……それでも」

 

 そう。それでも、だ。そんな俺でも、雪乃ちゃんとのこのやりとりを経て、ひとつだけ変わろうと、ひとつだけ自分で選ぼうと思えた事があるんだ。

 

「……今からひとつだけ、自分で選択肢を選ぼうと思う。誰に言われたわけでもない。誰かから期待されたわけでもない。俺自身が選ぶ選択だ」

 

 そして俺は言う。みんなの葉山隼人の言葉じゃない。これは俺の言葉。

 

 

「雪乃ちゃん。将来、俺と結婚してくれないか?」

 

「は?」

 

 その瞬間、辺りの空気も時間も凍り付く。途端に無表情になる雪乃ちゃんの冷めきった目がなかなかキツい。まぁそうなるだろうとは分かっていたけど、これはちょっと想像以上だ。

 

「……あなたは何を言っているのかしら。ふざけているのなら、私はもう帰らせてもらうわ」

 

 俺の発言により、先程までのせっかくの穏やかな空気が台無しになってしまった。そんな穏やかな空気に気を緩めかけていた雪乃ちゃんが憤慨するのも無理はないと思う。

 でもこれは、別に君を怒らせたくて言ったわけでもなければ、もちろん本気で君と結婚したいから言ったというわけでもないんだ。

 

「すまない、冗談だ。……いや、冗談ではないか。そうだな、これはけじめ、なんだと思う。しっかりと君に振られておこうというけじめ」

 

 緊迫してしまった空気を少しでも和らげるよう、苦笑交じりの笑顔を彼女へと向ける。

 

「……どういうことか、説明してもらいましょうか」

 

 怒りと呆れで席を立ちかけた彼女も、俺からの謎めいた言葉と笑顔に、俺への興味を失っていた瞳にもう一度興味の色を宿してくれた。

 

 それじゃあ言わせてもらおうかな。ここからは俺のターンだ。

 

「俺が唯一自分で選択しようと思ったこと。それはね、雪乃ちゃんの選択を応援すること」

 

「……?」

 

「俺はこの十七年間……。いや、物心がついて、自分が将来歩まされるであろう道を感じた時から考えると十年と少しか。そんな十年の中で、俺は両親から、周りからの期待を裏切らないよう努力してきたつもりだ」

 

「……そうね。あなたがその努力をしてきた事は知っているわ」

 

 ま、それが前向きな努力なのか後ろ向きな努力なのかは分からないけどね。

 他人から見たら、そんなのはただの逃げに見えるかもしれない。敷かれたレールから外れないようにする為の努力。なんとも格好悪い話だ。

 それでも俺はそのやり方を信じて生きてきた。

 

「だから俺は、いずれ来るであろう誰かとの将来にも、なんの疑問も持たずにいた。持たないように生きてきた」

 

「……」

 

 そこまで言うと、雪乃ちゃんは苦虫を噛み潰したかのように俯く。

 それはそうだろう。だって、その将来の相手は君なんだから。

 

 しかし彼女は、でもね、と言葉を紡ぐ俺に再び顔をあげた。

 

「……それはもうやめた。やめようって決める選択を選ぶことにしたんだ。そして、雪乃ちゃんが選ぶ選択を、精一杯応援する選択を選ぶことにした」

 

「葉山くん……」

 

 具体的な事はなにも言わない。この話し合いは、俺と君の決別の話し合いなのだと。幼い頃からお互いになんとなく感じていた、二人の未来図の終焉なのだと。

 具体的な事はなにひとつ言わないけれど、それでも雪乃ちゃんは、今のやりとりだけで全てを理解してくれたようだ。

 

 そんな彼女の理解力の早さに満足した俺は、このシリアスになりかけてしまった空気をなんとかしようと、出来うる限りおどけてみせる。

 

「だから一度きっちり振られておこうと思ってね。ほら、子供の頃は何度も雪乃ちゃんにプロポーズしてたろ? 将来お嫁さんになってよ、ってさ。もう何回したか分からないくらい」

 

 ……本当に、何度プロポーズした事だろう。

 まだ無邪気だったあの頃。お互いの家の事も、お互いの親の期待の事もなにも考えないで済んでいたあの頃。それでもなんとなく将来を感じていたであろう少年時代の俺は、雪乃ちゃんに何度もプロポーズをしていた。

 それこそ軽く百回はしてたんじゃないかな。君に深い傷を負わせてしまった小学生時代のあの時からは、一度だってしたことなんてないけれど。

 

「だから、ま、けじめとして、最後のプロポーズをしとこうと思ってね。これでばっさりと断ってくれたら、あとはもう雪乃ちゃんを全力で応援するよ。……変わらない俺が、選択をしない俺が、唯一選ぶ選択だから」

 

 そしてこれでお終いにしようよ。お互いに、幼い頃からの呪縛に縛られるのは。

 

「ごめんなさい。あなたのプロポーズ、断固として拒否します」

 

 そう言って頭を下げた雪乃ちゃんは、俺が今まで見てきた彼女の中でも、一番素敵な笑顔だった。

 

「……いやいや、断るにしたってもっと柔らかい言い方があるだろ!? まったく。相変わらず酷いなぁ、雪乃ちゃんは」

 

「あら、あなたが言ったんじゃない。ばっさりと叩き斬れと」

 

「そこまでは言ってないだろう!?」

 

「ふふっ」

 

「はは」

 

 

 

 ようやく呪縛から解き放たれた二人は、本当に久し振りに心から笑い合う。こんなに迷いの無い笑顔の向け合いは、一体いつぶりだろうか。

 本当に我ながらおかしな話だよ。好きな人に振られて、こんなにも清々しい気持ちになれるだなんて。

 

 

 

 

 

 ──好きな人、Y、か。

 確かに俺は雪乃ちゃんの事を大切に想っているし、分類で言えば間違いなく好きな人なのだろう。

 

 でもその好きは、どちらかといえば家族に向ける好意に近いのだと思う。もし俺に妹が居たとしたら、多分こういう好きを向けていたんだろう。

 

 

『結局、本当に人を好きになったことがないんだろうな。……君も、俺も』

 

 

 いつかの台詞が頭を過る。

 あれはそう、俺の大嫌いなあいつに向けた台詞。そして、自分自身に向けた台詞。

 そう。ずっと分かっていた。俺は本当に人を好きになったことなんて無いんだって。

 

 でも、いくらなにも選ばない俺でも、選択しない事を選んだ俺でも、心のどこかではずっと疑問に感じていたんだと思う。いくら選ばないからといって、好きでもない相手と将来を築くのはどうなんだろう、と。

 

 だから俺は、雪乃ちゃんを好きだと思い込もうとしていたんだ。好きな人と結婚できる。それのどこに疑問を挟む必要があるんだ? と、自分に言い聞かせていたんだ。

 なんのことはない。選択をしないと決めた自分の選択は間違ってないと、そう思い込みたかっただけ。

 

 だからあの時、千葉村で戸部に好きな人のイニシャルを聞かれてイラついたのだ。本当は違うのに、答えたくないのに、それでも自分に嘘を吐く為にYと答えてしまった自分自身に、無性に腹が立ったから。

 

 ……結局俺は、本当は変われない自分が嫌いなんだろう。

 

 

 

「……あなたも、少し変わったわ」

 

 不意に。彼女はそう口にした。

 思考の海を泳いでいた意識をそちらへ向けると、ひとしきり笑って満足した彼女は優しく微笑んでいた。

 

「俺が?」

 

「ええ。あなたは自分は変わらない、変われないと言っていたけれど、そんなことは無いわ。最近のあなた、結構変わったわよ」

 

「そうかな」

 

「ええ。だって以前のあなたとだったら、こうして二人でお茶をする事なんて、想像しただけで虫酸が走るもの」

 

「はは、雪乃ちゃんは本当に酷いな」

 

「でも今はそこまで不快ではない。それは、あなたが変わったから」

 

 それは違うよ雪乃ちゃん。それは、君が変わったからなんじゃないのかな。

 俺は君のようには変われない。

 

「……人って、変われるのではなく、気付いたら変わってしまっているものよ。いい変化もあればそうでもない変化もあるけれど、少なくともあなたの変化、私は嫌いではないわ」

 

 そうは思っていても、雪乃ちゃんがそう感じてくれているのなら、もしかしたら本当に少し変わったのかもしれないね。

 変化していってしまうのを畏れる俺が変わった、か。面白い事もあるものだ。

 

「それは最高の誉め言葉だよ。ありがたく頂いておこうかな」

 

 ……もしも本当に少し変わったのだとしても、それが自分にとって良い物なのか悪い物なのかは分からない。それでも、なんとも悪くない気分だ。

 

 だったら、変わるというのはそんなに悪いものでもないのかもしれない。

 ずっと変わらないと思っていた自分が本当に変わっていってしまうなら、そしてそれを実感する事がこんなにも気分がいいものならば、俺も少しずつ変化を受け入れていってみようか。

 

 

 

 

 ──そんな風に思えるということ自体が、俺が変わってきている証拠なのかもしれない。ならばこれからも、少しずつ少しずつ変わっていこう。出来る事を出来る範囲でやっていこう。

 そうだな。まず差し当たって出来る事といえば……

 

 

「よし。これでこの話はお終いにしよう。じゃ、話を戻すけど、確か比企谷の誕生日プレゼントの話だったっけ」

 

「……だ、だから別に比企谷くんの事だなんて一言も言ってないでしょう」

 

「あはは、もうそういうのはいいんで。で、どうしよっか? というか流石に今真夏のプレゼントの相談をされても、雪乃ちゃんの好感度アップを狙える贈り物なんて思いつかないよ?」

 

 

「なっ!? だ、誰も好感度がどうだなんて言ってないでしょう! 勝手に物語を創らないでと何度言えば理解できるのかしら! そ、そもそもあなた、さっきから呼び方が昔に戻っていてとても不愉快だからやめてくれないかしら……!」

 

「あははっ」

 

 

 

 

 ──差し当たってはそう。こうやって、昔好きだった女の子の背中を押してみよう。

 

 

 

 

 




というわけで、実に3ヶ月ぶりの更新がまさかの葉山というね(・ω・)
まぁ葉山視点でのゆきのんSSといったところでしょうかね。


今回のは、以前からたびたび議論になるあのイニシャル。
Yだからゆきのんだろう、とか、雪ノ下ではるのんだろ?、とか、実はは優美子なんじゃね?等々、葉山の好きな人って誰ぞや?という議論に対しての私なりの考えって感じですね。
Yと答えさせられた時のあのイライラ感、そして「人を好きになった事がない」発言等を見て、あの時のYはこういう事なんじゃないかなー?なんていう妄想です(^^)



てなわけで100話達成の時点で一区切り付けたこの短編集ではありますが、たまーにこうやって突発的になんか書いちゃうかもしれないので、また更新があった時は宜しくです☆



ではでは今年も大変お世話になりました♪良いお年を〜!



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初小町


あけました。


さて、元日初投稿となる初々しい(?)作者がお贈りします新年一発目のヒロインは一体誰なのでしょうか('・ω・`)!?



 

 

 

 夢と現実の狭間で気持ち良くふよふよ浮遊していると、瞼の向こう側にかすかな光を感じた。微睡みの中、しばらくまったりとその光を感じていると、次第にゆっくり開いてゆく瞳。

 そして、徐々に脳が働きはじめる。

 

 

 んっ、と伸びをして、ベッドからむくりと起き上がる。そしてこの冷える一夜を共に過ごした愛しの彼……その名も毛布くんとの別れを名残惜しみつつも、いつまでもこうしているわけにはいかないと、身体からえいやっと引っぺがした。

 

「ふぁぁ〜……」

 

 カーテンの隙間から差し込む陽射しを見る限り、目論見通りまだ早朝と言っても差し支えない時間帯である事が窺える。

 今日はとても大切な一日。だから一分一秒だって無駄には出来ない。

 

「んしょ」

 

 ベッドから下りて着替えを済ませると一目散に洗面所へと向かい、お年頃なJKらしくきちんと身だしなみを整える。もう去年までとは違うのだ。いつまでもほぼ下着姿で家の中をうろつくようなお年頃はとっくに過ぎ去ったのである。

 

 寝癖を直して可愛く整え、ばっちりメイクとは言い難い……というよりは、クラスの男子には「すっぴんとの違いがあんま分からない」と言われる程のナチュラルメイクを施す。むふふ、美少女ともなると、メイクなんてほんの少しで十分なのですよ!

 ではなぜ朝から時間を使ってまでわざわざメイクなどするのか。それはもちろん、一番大切な人には、いつでも一番可愛い自分を見せていたいからに決まってる。特に今日は、ね。

 

 髪をセットしメイクもおっけー。そしたら鏡に向かってきゃるんと笑顔。

 よーし、今日もばっちし可愛いよー!

 

 最高の自分作りを完了させるとすぐさまキッチンへと向かい、色々と下準備を済ませる。今日という日を目一杯楽しむ為にも、出来る限り急ピッチで事を運ばねばならない。

 あらかた用意を終えたらキッチンを後にし、とててっと階段を上がる。そして十五年ものあいだ毎日見続けてきたとあるドアをノックもせずにばったーん! と開けるのです。

 

「お兄ちゃんあけおめー! 初小町が初起こしにきてあげたよー!」

 

 そう、今は元日。なにをやるにも初づくし。初寝起きに初着替え。初メイクに初料理。

 でも、あんな初モノそんな初モノ数あれど、小町にとっての最高の初モノはもちろん初お兄ちゃん。そしてお兄ちゃんにとっての最高の初モノは……当然の如く初小町なのです!

 

 

× × ×

 

 

「はーい、おしるこ出来たよ〜」

 

「おお……いつもすまないねぇ」

 

「お兄ちゃん、それは言わない約束よ?」

 

 そんな朝のありふれたやり取りを済ませ、小町は炬燵布団に包まってぬくぬくしているお兄ちゃんの隣を陣取ると、ちょっと向こうに詰めてとばかりにグイグイ押し込み炬燵に入り込む。

 普段であれば向かいの面に入るんだけど、今日はお兄ちゃんに初小町を堪能させてあげないとだからね♪

 

 おっと、今の何気ない比企谷家のありふれた光景だって今年初だったっけ。んーと……初茶番?

 

「そういや母ちゃんと親父ってまだ寝てんのか?」

 

 おお……美味そう! なんて、小町特製のおしるこをキラキラした腐った目で見つめながら、ふと思い出したかのようにお兄ちゃんはあたりをキョロキョロ見渡した。

 

「ん? お母さんは年末の忙しさでここんとこ疲れまくってたからねー。今日くらいはゆっくり寝かせといてあげようよ。お父さんは知んない」

 

 まぁ? おおかた昨日の深酒がたたってるんだろうけど。ゆうべは酔っ払って小町に甘えてきて死ぬほどウザかったなぁ……

 

「お、おう、そうか」

 

 小町のお父さんに対するやや冷ためな対応にぶるっと身震いしたお兄ちゃんは、そんな寒気を吹き飛ばすかのように、できたてホカホカのおしるこをずずっと啜った。

 

「おー、二年ぶりに食ったけど、やっぱ小町のおしるこは最高だわ」

 

「そりゃねー。愛情がたっぷり入ってるもん。自分への」

 

「お兄ちゃんにじゃないのかよ」

 

 ま、そりゃ多少は入っていますとも。新年早々照れ臭いから言わないけど。でもカーくんの朝ごはんと同じくらいの愛情は込めといてあげたからね? お兄ちゃんっ。

 

「ま、そんなことはどうでもいいんだけどさ」

 

「お兄ちゃんへの愛情ってそんなことなの?」

 

「去年の今ごろは、お兄ちゃんに気を遣わせたりお兄ちゃんに対してまったく気を遣わなかったり、そんでもってこうやっておしるこのひとつも作ってあげられなかったからさ、今年はおしるこくらい何杯だって作ってあげる所存であります!」

 

 おこたでぬくぬくしながらも、小町スマイルでびしっと敬礼をしてあげると、妹の暴言にうんざり気味に顔を引きつらせていたお兄ちゃんの顔が優しく綻ぶ。

 

「そりゃありがたい。んじゃお兄ちゃん、小町の愛情チャージの為にも、三が日にかけておしるこ三十杯はいけちゃうぜ」

 

「うわぁ……さすがにそれは気持ち悪いよ」

 

「解せん……」

 

 

 こんなアホなやりとりをしながらも、どこか優しい微笑みを浮かべる兄を見て小町は思う。

 

 そう。去年の今ごろはお兄ちゃんになんにもしてあげられなかった。なにせナーバス丸出しの受験生だった小町には、この時期にお兄ちゃんのお腹を満たしてあげられるような余裕はなかったのだ。だから、おしるこを作ってあげたのは実に二年ぶり。

 

「ま、お兄ちゃんが気持ち悪いかどうかは今更だからともかくとして、今年はお兄ちゃんの方が受験生なわけだし、今年は小町がお兄ちゃんに気を遣ってあげる番だもんね」

 

 思えば去年の今ごろは、お兄ちゃんにいっぱい気を遣わせちゃったなぁ。マリッジブルーもかくやと言うほど不機嫌さを丸出しにしてた時だってあった。気を遣ってくれてるお兄ちゃんに当たっちゃう事だってあった。

 

 それでもお兄ちゃんはいつも優しく見守ってくれた。いつもダメダメで目が腐っててどうしようもない愚兄のくせに、そういう時だけは、ふんわりと優しく包み込んでくれるようなお兄ちゃんパワーを遺憾なく発揮してくれるから困る。

 なにが困るって、そりゃ、ねぇ?

 

「そりゃあんがとよ。んじゃまぁ遠慮なく甘えさせてもらいますかね」

 

「う、うん」

 

「どした小町、なんか顔赤いけど」

 

「そ? あ、じゃあ炬燵とおしるこの熱にやられちゃったのかもね」

 

 いえいえ、やられたのは炬燵やおしるこの熱なんかじゃなくって、そうやって小町にしか見せないお兄ちゃんの優しい笑顔に触発された、ちっちゃな胸の奥の方に封印してる密かな熱によるものなのです。

 

 

 ──元旦の初モノづくし。初おこたに初笑い。初お兄ちゃんスキルの初笑顔に、初お兄ちゃんスキルの初笑顔にやられた千葉の妹の小さな胸。

 ここまで初づくしな元旦だもん。だったら今日くらいは、昔胸の奥に押し込めたこの“初”を、少しくらい表に出しちゃったってバチは当たんないよね。

 

「むふー」

 

 カーくんよろしく、小町は隣でサトウの切り餅をもちもち〜っと伸ばしてるお兄ちゃんにぐりぐりと頭を擦り付けてマーキング。初甘えである。

 

「どしたの小町ちゃん?」

 

「やー、一年の兄は元旦にありって言うじゃん? だから御利益の為にもお兄ちゃんからパワーを奪っとこうかと思って」

 

「いや、その『けい』は兄じゃなくて計な。あと計は計画の計であって、一年の計画を立てるなら初めから立てとけみたいな意味で、決して御利益があるとかパワースポットとかでは──」

 

「お兄ちゃん、あんまり細かいとみんなからウザがられるよ」

 

「おい、高校生にもなって相変わらずおバカなこと言ってる可哀想な妹に、親切なお兄ちゃんが優しく説明してやってるってのに失敬だな。あと俺はエブリタイムみんなからウザがられてるから、そんなのは今更だ」

 

「うわぁ、ウザい」

 

 別に小町にとっては一年の始まりに必要なのが兄だろうと計だろうとどっちだっていいのです。

 いま小町が必要としているのは、一年の計とやらをただの言い訳に使った、お兄ちゃんの初ぬくもりだけなのです。

 だって今日は朝から……、んーん? もっとずっと前から決めてたんだもん。せめて今日くらいは、小町の大切な“初”を表に出そうって。

 

 

 

 ──胸の奥の奥、でもそこよりもさらにずっと奥の方にしまい込んだ密かなる想いであり、小町にとってとても大切な“初”

 ……それは、小町の“初”恋の相手がお兄ちゃんだということ。

 

 でもこれは別に小町が他の子たちと比べて変ってるわけでは決してない。ない、はず。

 だって妹にとってお兄ちゃんていうのは、一番早く意識する異性であり、一番早く自分の事を守ってくれると認識できる、とってもカッコいい存在なのだから。

 ほら、良く居るじゃん。将来お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる! っていう幼い女の子。だからこれは決して小町に限った不埒な気持ちなのではなく、妹として生まれてきたからには誰しもが抱く気持ちなのです。だから大した問題ではない、はず。

 

 ちょっと問題なのは、そんな誰しもが抱いて、誰しもが幼い内に他の感情により昇華できる幼さ故の未熟な想いを、小町の場合ちょっとだけ長く引きずっちゃったってだけの話。なんなら未だにちょっと引きずってるまである。うん、やっぱ大問題だー!

 

 でもしょーがないじゃん。これは小町が悪いんじゃなくて周りの男の子達が悪いのです。だって、あんなしょーもないお兄ちゃんなんかよりも素敵だなって思わせてくれるような子が現れてくれないんだから。

 だから小町は、未だに初恋から抜け出せないでいるのです。

 

 

 ……何度この気持ちをお兄ちゃんに伝えようとしたことか。お兄ちゃんがシスコン過ぎるせいだからねって。だから小町だってこんなにブラコンこじらせちゃってるんだからねって。

 

 でもそれを言ってしまったら、お兄ちゃんとのこのぬくぬくの空気感が壊れてしまいそうで……。確かにお兄ちゃんは極度のシスコンだけど、いざ妹から異性として見てるとか言われたら、さすがに思うところもあるだろう。

 

 それによってお兄ちゃんが小町に対して態度を変えるとは思わない。だってお兄ちゃんだもん。今までと変わらず、誰よりも小町の事を大切にしてくれるだろう。

 でもそれはやっぱり、厳密には“今まで”とは微妙に違うと思うのです。ほんの少し小町に遠慮しちゃうかもしれない。ほんの少し小町によそよそしくなるかもしれない。ほんの少し……、小町をどう扱えばいいのかを計りかねるかもしれない。

 多分それは本当に微々たるもの。他の誰に気付かれることもない、ほんのちょっとの揺らぎのような。

 

 でもこんなお兄ちゃんと十五年も一緒にいた小町にはわかってしまう。感じてしまう。

 そしてそれを感じてしまったら、今度は小町がお兄ちゃんに対して遠慮やよそよそしさを出してしまう。それは、世界で唯一お兄ちゃんにしか分からないような小さな揺らぎ。

 

 お互いの揺らぎは微々たるものでも、ぶつかれば波紋のように大きく揺らぐ。大きく揺らいで反発しあって、もう元には……、この幸せなぬくぬく感には戻れないんだろう。

 

 だから小町は、この気持ちを知られるわけにはいかなかった。確かにお兄ちゃんは小町の初恋の人ではあるけど、それより前にお兄ちゃんは小町の大切なお兄ちゃんだから。

 大切なお兄ちゃんとのぬくぬく感を失うくらいなら、こんな気の迷いは封印してしまえばいいって、そう思ってずっとやってきた。

 

 それはもしかしたら、お兄ちゃんが物凄く嫌う欺瞞ってやつなのかもしれない。自分の本当の気持ちを決して表には出さず、ただただぬくぬくした毎日を守る日々。

 

 でも、いくらお兄ちゃんが嫌う行為だからって、こればっかりは絶対口にしてはいけない秘密。だから小町はせめてもの慰めとして、油断すると溢れてしまいそうになるこの想いを、今日くらいはこうやってお兄ちゃんにぶつけまくっているのです!

 隣であったかい炬燵とおしるこに身を任せているお兄ちゃんにぐりぐりと頭を擦り付けて、くんくんと匂いを嗅いで、今のうちにお兄ちゃん成分をたっぷり補充するのが、本日の小町の初目的。

 

 だから今日は朝から張り切ったんだよ? 少しでもこの時間を楽しむ為に。もうこういうの、最後にするから……

 

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん? お、おう」

 

 茶番から一転、突然神妙な顔と真剣な声で話し掛ける妹に、お兄ちゃんは軽く戸惑った。

 そりゃびっくりするよね。おちゃらけた空気からこんな風に突然かしこまったのなんて、小町が総武の受験を終えて、お兄ちゃんに三つ指立てて今までのお礼を言ったとき以来だっけ? しかも今は隣で甘えまくってる最中だもん。そりゃ何事だ? ってびっくりするに決まってる。

 

 ……あのとき、本当はこのままお兄ちゃん離れしようかなって思ったんだよ? いつまでもお兄ちゃん離れ出来ない小町と、いつまでも小町離れ出来ないお兄ちゃんじゃしょうがないもんね。

 でも結局出来なかったから、小町がお兄ちゃん離れするのを先のばしにしちゃったから、だから今から小町は宣言します。小町はもうお兄ちゃん離れするよって。

 

「こうやって一緒の炬燵入って新年を祝うのなんて、今年で最後じゃん?」

 

「え、なに言ってんの? お兄ちゃん死んじゃうの?」

 

「だってお兄ちゃん、四月から大学入って一人暮らしだし」

 

「い、家から通うつもりだったんですけど……」

 

「お兄ちゃんはねぇ、いい加減家から離れなきゃダメだよ。いつまでも家に寄生してたら、ホントダメ人間になっちゃうよ。なんなら手遅れ気味なくらいなんだから」

 

「ひ、ひでぇ……」

 

「なので四月からは一人暮らし決定です!」

 

「マジ……かよ……。つ、つうか仮に一人暮らし始めたとしたって、せめて正月くらいは帰省したいんですが……」

 

「寄生ダメ、ゼッタイ」

 

「寄生じゃなくて帰省だからね……?」

 

 よよよと泣き崩れる猿芝居劇場を開演するお兄ちゃんには悪いけど、そんなのじゃもう小町は動かない。

 だってこれは小町の為でもあり、他ならぬお兄ちゃんの為でもあるんだから。

 

 今はまだお兄ちゃん以外に恋をしたことのない小町だけど、いずれ……、そのうち……、近い内に……、いや、そんなに近くもないかもしんないけど、いつか絶対にお兄ちゃんよりも素敵だなって思える男の子と、こうして寄り添う日が絶対来る……はず。

 でも今のままだとお兄ちゃんショック受けまくって落ち込みそうだし、絶対紹介出来ないもん。泣かれたらさすがに引く。そういうウザイのは、お父さんだけでおなかいっぱいなんですよ小町は。

 つまりね? お兄ちゃんが小町離れしてくれない限りは、小町はお兄ちゃん離れ出来ないのです。

 

 お兄ちゃんには、多分近い内に彼女の一人や二人出来るでしょう。少なくとも卒業式に三人くらいから告白されんだからね。そのホウレンソウは小町が直接いただいております!

 だからお兄ちゃんは来るべくその日に向けて、ちゃんと覚悟しとくんだよ?

 

 それなのに、彼女が出来ちゃうであろうお兄ちゃんが妹離れ出来ないままとは何事ですか! 両手に花気取りかー!

 はっきり言って、そんなんじゃお義姉ちゃん候補さん達に失礼だし、お兄ちゃんもいい加減小町から卒業しないとダメなのです!

 

 

 

 ……ホントはね、小町だってずっとこのままでもいいんなら、このままでいいのになって思ってるよ。てかこのままでいたい。

 本音を言えば、お義姉ちゃん達にお兄ちゃんを取られちゃうのは結構もにょる。小町はみなさんのこと大好きだけど、でもやっぱり一番大好きなのはお兄ちゃんだから。

 大好きなお兄ちゃんとずっとこの家で過ごせたら、どれだけ幸せなんだろ、って思うよ。

 

 

 でもね、いつまでもこのままじゃいられないから──

 

「だからね」

 

 ──だからせめて今日くらい、小町の大切な“初”を、思いっきり表に出したって……いいよね?

 

「今年のお正月は、初小町をたっぷり堪能して、小町成分をたっぷり補充していいからね」

 

 ──これで最後だから、小町の初恋心をたっぷり補充させてよね。

 

「今年は受験生のお兄ちゃんを、たっぷりと甘えさせてあげるね。ふっふっふ、いつもだったらウザイけど、今日くらいはこういうのも許してあげようじゃないか☆」

 

 ──今年で初お兄ちゃんに甘えるのは最後にするから、たっぷり甘えさせてよね。

 

 

 

 

 ……心と言葉はいつだって裏腹だ。

 今のうちに補充しときたくて堪らないのに、口を衝いて出てくる言葉は「補充していいよ」

 今のうちに甘えときたくって仕方ないのに、口を衝いて出てくる言葉は「甘えさせてあげる」

 

 本当は声を大にして言ってやりたいよ。甘えさせてよって。補充させてよって。

 でも今日からお兄ちゃん離れ計画を遂行していくつもりの小町には、それは出来ないお約束。

 だからまるで安いツンデレヒロインみたいに、小町は心とは裏腹な言葉を紡ぐのです。

 

「あーあー、わぁったよ。小町がそんなにお兄ちゃんに出ていって欲しいんなら、しゃーないから一人暮らしする方向で考えとくわ」

 

「……うん」

 

「……だからまぁ、その、なんだ……。今日は目一杯甘えさせてもらうからな」

 

「……っ」

 

 可愛い妹から出てけ出てけと言われて、拗ねちゃったのかと思われたお兄ちゃん。

 ホントは違うんだよって言いたくて、でも言えなくて。だから小町は弱々しい声で「……うん」と返事を返したの。

 

 でも、察しのいいお兄ちゃんはそんな小町の本心に薄々気付いたのだろう。

 いや、さすがに本心の本心までは気付くわけはないけれど、でも、本当は小町が甘えたいんだろ? 小町だって本当はお兄ちゃんを家から追い出したいわけじゃないんだろ? 小町もお兄ちゃん離れしようと頑張ってるんだろ? って、そこだけはうっすらと分かってくれたみたいで、小町の頭をぐりぐり撫でながら、いつもの笑顔……、小町にしか見せない優しい笑顔で「甘えさせてもらう」と言ってくれた。

 

 

 ──ホントお兄ちゃんはお兄ちゃんだよね。

 いつも頼りないのに頼りがいがあって、いつも格好悪いのに格好良くって、……そして、いつも小町に一番優しい大好きなお兄ちゃん。

 

「……うん! ホントお兄ちゃんはシスコンなごみぃちゃんだなぁ」

 

 というわけで、小町は仕方がないので、お兄ちゃんにぎゅうっと抱きついてあげました!

 まったくー、ホントお兄ちゃんはしょうがないなぁ。ではではたっぷりと小町のぬくもりを堪能しなさいな!

 

 

 

 こうして比企谷兄妹の新たな年……、ただの新年ってだけじゃなくって、今までの兄妹仲とは確実に変化していく新しい年。そんな新たな年の初めのこの日は、こうしてゆっくりまったりぬくぬくと過ぎてゆくのでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……、にしても一人暮らしかぁ。今日だけで小町成分いつまで持つの……?」

 

 とはいえこのお兄ちゃんである。小町の気持ちは理解してくれても、長年培ってきたこのダメダメな性根が、この残酷な現実を認めてくれるわけではないのだ。

 

 ダ、ダメだからね! そんな捨てられた仔犬みたいな顔したって、小町は拾ってあげないんだから!

 

「ま、まぁちょっと急すぎたかもしんないし……? んじゃ仕方ないから、お正月くらいは顔だしたっていい、かも……?」

 

「え……、正月の帰省もダメだってマジだったの? ……おいおい、じゃあ四月に家出たら、小町に正月まで会えないのかよ……」

 

 うぅ〜、ずるいよお兄ちゃん。そんな顔されたら、小町むずむずしちゃうじゃんかぁ……

 

「も、もー、しょうがないなぁ。んじゃ、たまに……ほんっとたま〜に、小町が通い妻してあげるよ! 本当にたまにだからね?」

 

「おお、マジか!」

 

 もー、なんですかその嬉しそうな顔はー! なんか小町までニヤけそうになっちゃうじゃんか!

 

「た、たまにって言ったって、週二とか週三くらいしか行ってあげないんだからね!」

 

 

 

 

 

 ──どうやら小町は、まだまだお兄ちゃん離れが出来ないようです……

 でもま、小町、お兄ちゃんのことが世界で一番大好きだからしょうがないよねっ。

 

 あ、今の小町的にめっちゃポイント高ーい☆

 

 

 

 

おしまい♪

 

 




というわけで102話目にして初の小町でした!
いやー、読み始めるまで、まさか今回のヒロインが小町だなんて誰も気付かなかったでしょうね。(志村!サブタイサブタイ!)


それにしても、なぜここまで小町ヒロインがなかったのか。実は私には実姉が居ましてですね。ぶっちゃけ、我が身に置き換えると姉弟同士の恋愛とか、想像しただけで吐き気レベルの蛮行なんですよねー。
あ、別に姉が死ぬほどブサイクとかってわけではなく、学生時代は友達に「姉ちゃん可愛いよなー」とか言われてたくらいなレベルですよ?
それでもやはり姉弟間においてはソレって無理なんです(・ω・;)


なので今まで小町ヒロインは書けなかったのですが、以前からずっと初の小町を書きたくて書きたくて、なら新年初出しだし初小町にしよう(ピコーン)とね☆
内容的にもこれくらいならまだいけるかなー?なんて思いまして。
なにせ実際小町は理想の男性像があからさまに八幡ですしね。(確か嫁度勝負かなんかの時に言ってましたよね)

そんなこんなで新年一発目が初小町となったわけです。



てなわけで新年早々お読みいただきまして誠にありがとうございました!
更新速度は日に日に落ちる一方ではありますが、まだなにかしら書いていくとは思いますので、今年もどうぞよろしくです♪ノシノシ



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お気に召していただけたようでなによりです



ハッピーバースデーいろはす!(フライング)






 

 

 

「……マジでまた買ってしまった……」

 

 この俺が一人で女性へのプレゼントを購入するのなんて、実に四ヶ月ぶりくらいの珍事だろうか。

 一月、雪ノ下の誕生日プレゼントは由比ヶ浜と買いに行ったし、三月の大イベント、世界の妹 小町の誕生日のお祝いの品は雪ノ下と由比ヶ浜と三人で行ったわけだから、訝しむ店員の目に晒され、一人苦しみ悶えながらもなんとかプレゼントを選びラッピングまでして貰ったというのは、やはり雪ノ下達へ贈ったあのシュシュ以来という事になるのだろう。

 

「……はぁ、まさか俺が一色の誕生日プレゼントを一人で買いに来ることになるとはなぁ……」

 

 一人でプレゼントを買いに来た珍事と、あの一色へプレゼントを贈るという珍事。そんなふたつ重なった珍事のあまりの珍妙さに、苦笑しながら独り言をぽしょりと呟き、可愛くラッピングされたプレゼントを眺める。

 

 

 明日四月十六日は、我らが世界の後輩 一色いろはの誕生日である。休み明けである明日月曜日は部室でサプライズパーティーを開くらしい。

 一色クラスの人気者になると、誕生日ともなると友人達(♂)の誘いで忙しいのかも知れないが、タイミングのいい事に今年は十六日が月曜日。つまり前日である今日はみんな大好き日曜日なのだ。

 平日の誕生日当日よりも、休日である今日の方が友人達(♂)に盛大に祝われている可能性が高く、今ごろはイケメンリア充な野獣の群れに囲まれて、か弱い子羊ちゃんは一人ヒャッハーとパリピしている事だろう。

 

 そのため昨日の土曜日は雪ノ下達に引っ張り出され、雪ノ下へ贈ったピンクのシュシュ、由比ヶ浜へ贈ったブルーのシュシュとお揃いになるよう、一色へは一色をイメージした際に一番ピンときたオレンジのシュシュを購入した。もちろん、雪ノ下達に贈ったのと同じ物を雪ノ下達の前で買うのは流石に気恥ずかしかったため、あいつらに見られないようにステルスを駆使してこっそりと、である。

 

 そう。俺は昨日、しっかりと一色へのプレゼントを用意したはずなのだ。したはずなのに、なんで俺はまた翌日に一人で買いにきちゃってるのん?

 自分でもおかしな事をしている自覚はあるのだ。だって、もうプレゼントは用意してあるのだから。それなのに、なぜかゆうべは満足出来ないままベッドへと潜りこみ、それからも悶々としてしばらく寝付けずにいた。

 

 

 俺のエゴであいつに押し付ける形となってしまった生徒会長という重荷。しかも偽物のアカウントを用意して、本来ならやらなくても良かったはずの彼女を騙してまでも、だ。

 それなのに、最近あいつ結構頑張ってやってんだよね、生徒会。最初は奉仕部におんぶに抱っこだったひよっこ生徒会長も、いつの間にか出来うる限り自分で……自分たちで仕事をこなすようになっていった。

 

 まぁそこは当然あの小悪魔IROHAである。なんだかんだ上手いこと言って、未だに俺をちょこちょこ利用していらっしゃるが。

 でもま、いつかの電車内で責任取れと命令されてしまった以上、一色が無責任にならない範囲でならば手伝うことも吝かではないと思っていた分、予想してたよりずっと頼ってこない一色の頼りになる姿に、最近では安心を通り越して感心さえしていたりする。

 

 だからこそなのだろう。罪悪感と安心感が入り交じる中でついに迎える、出会ってから初めての一色の誕生日。数ヶ月前から「わたしは四月十六日ですよ」などと無駄にアピッていた特別なこの日、このプロぼっちを自称する俺にしては珍しく、結構本気で祝ってやりたい、本気で喜んでもらいたい、……そんな柄にもない感情が胸の中で知らず知らず大きくなってしまっていたとしても、そう不思議な事ではないのだと思う。

 

 そう自分の中の可笑しな感情に納得のいく答えを見つけだせたとき思ったのだ。あんなに頑張っている可愛い後輩が誕生した日を祝う贈り物が、たかだか一個数百円のシュシュだけで良いのだろうか、と。

 それに気付いてしまった昨夜の俺は居ても立ってもいられなくなり、本日朝も早よからららぽへ単身乗り込んできた、というわけだ。

 

 

 なにを買うかも決めず、なるようになるさと訪れた千葉県民御用達商業施設。あれでもないこれでもないと各店舗を回って色々吟味し、ようやく満足のいく買い物が出来たと胸を撫で下ろす。

 小脇に抱えたラッピングに包まれたるは、女の子らしいお洒落で可愛いリュックサック。

 

 一色はスクールバッグ派なのだろうが、生徒会長という役職柄、書類やらなにやらで一般生徒よりも荷物が重くなったり、または他の荷物で両手が塞がることもあるだろう事を考えると、手に持ったり肩に掛けたりするスクールバッグよりも、両肩で背負うリュックのほうがずっと楽に通学できるはず。

 実際、クリスマスイベント会議前の差し入れ買い出しの時なんか、荷物で両手が塞がったあいつはスクールバッグの肩紐を無理やり両肩に掛けて背負ってたし。

 でもアレって肩紐短いから、背負いづらいし身動きも取りづらいんだよね。だったら通学用にリュックのひとつくらいあった方が便利だろう。

 なんだよ、このプレゼントひとつ贈るのに何かしらの理由付けがないと選ぶ事も買う事も出来ないという情けなさ。自意識高い系ぼっちさんの悪い癖!

 

 

 そしてあれこれ考えた末にプレゼントはリュックにしようと決めた際、ぶっちゃけ俺のセンスでイマドキ女子高生が喜んでくれるバッグを選ぶとか無理じゃね? ……なんていう不安も無くはなかったが、JKが喜びそうなリュックを抱えて毎日通学しているTHEイマドキJKのサンプル(由比ヶ浜)がいつも近くに居てくれたおかげで、リュックサックであれば多少の知識と自信が持てた。

 要は流行に敏感な由比ヶ浜みたいな女の子が持っているようなのと似たようなデザインであれば、同じく流行に敏感系女子の一色であれば喜んでくれるだろうとの公式が成り立ち、その目論見通り、あちこち探している内になかなか満足のいくキラッとエモい商品を見つけだせたのである。

 

 だが、それなりに満足出来るプレゼントを購入できてほくほくと満足顔な一方で、そこは流石に曲がりなりにも鞄である。シュシュと違ってかさばるかさばる。

 このかさばるプレゼントを抱えている姿を道行く人たちに見られるというのは、自意識が高い俺にはなかなか厳しいものがあるのだ。

 プレゼント用にラッピングされたかさばる荷物を小脇に抱え、にまにまと表情筋を弛めている目の腐った男の姿を想像してみて欲しい。アカン、これ完全にストーカーや。一方的に付き合っているつもりになってる被害女性への強制プレゼントや。

 

 

 自意識過剰すぎだろ。日曜日の混み合う商業施設なんかで、別に誰も俺なんて見てねーよ、ってのが現実なのだろうけれど、訓練されたぼっちの第六感がザワザワと騒いでいるのだ。あれー? 買い物中からなんか妙に視線を感じるぞー? と。

 おかしい……。道行く人たちにそんなにじろじろ見られる程、今日の俺はそんなにも気持ちが悪いのだろうか。目の腐ったキモ男が明らかに女の子向けの品物を見繕ってれば、そりゃじろじろ見られちゃいますよねわかります。

 

 そして俺は、店員さんに渡された紙袋の中に無理やり押し込めた可愛らしい荷物を胸に抱え、そそくさとその場を立ち去るのであった。

 

 

× × ×

 

 

「あ、先輩だ。おーい」

 

 えっちらおっちら人波を掻き分けて、ようやくららぽから脱出出来そうだと一息吐いていた俺の耳に、無情にも今一番聞きたくない声が後ろから届いてしまった。

 え、マジで? い、今はちょっと勘弁してもらえないでしょうかね。なにせ明日のサプライズパーティーに向けて買い出しに来た例の可愛いラッピングが、紙袋からちらちらと顔を覗かせているんですから。サプライズでプレゼントしようとしている前日に本人にバレてしまうとか、もう台無しもいいところじゃないですかやだー。

 

「ねぇせんぱーい、呼んでるんですけどー」

 

 いや、でも他人のそら似の可能性もある。そら似というか声だけだけど。大体、この世の中にはいったい何千何万の先輩と後輩という関係性を持った人々が存在する事だろう。そんな星の数ほど存在する先輩後輩の中で、たまたま知り合いの先輩と後輩が混み合う休日の商業施設で偶然出会い、たまたま後輩から先輩を呼び止める確率なんてのは、それはもう天文学的な確率ではないだろうか。ならばこれは単なる気のせいか勘違いの可能性の方が遥かに高──

 

「ちょっと先輩、そろそろ怒りますよー」

 

 ──って、そんな事ないですよねー。

 せんぱーい→いや、これは俺を呼んでいるわけじゃないはずだ→襟を掴まれてぐぇっ、なんていうテンプレ展開は八幡ももうお腹いっぱいですし、そもそも、まるで超人気声優さんのごときこの愛らしく甘ったるい声は、そこらのモブなんぞにそら似できるようなチャチな声なわけないだろふざけんな。

 

 くっそマジかよ……。これだからたまに外出すると碌な目に合わん。やはり自宅が最強か。

 これはどうしたもんだろうか。気付かなかったフリしてこのまま走り去るとかは無理。だってもう立ち止まっちゃってるし。だったらちょっと振り向いて軽く会釈だけして、そのまま何事も無かったかのように解散すればいいか。

 

 そうと決まれば話は早い。とっととこの難局を乗り切ってしまおう。

 可愛い荷物が少しでも隠れてくれるよう、決してヤツに気取られぬように紙袋の奥へとさらに押し込み、覚悟を決めて振り返──

 

「あ、やっと振り向いた。こんにちはでーす」

 

「ひぇゃっ」

 

「うっわ、第一声がそこまでキモいとかさすがです」

 

 うん。さすがに今の声は我ながらどうかと思う。すげぇキモかったよね。

 だがしかし、自画自賛? してしまうほど気持ちが悪い声を発してしまうのも致し方ない。なぜなら、振り返ったらすぐ目の前にいろはすの顔があったんだもん。

 声をかけられた当初は幾分か距離を感じたのだが、振り向くか逃げ出すか、荷物を押し込もうか背中に隠そうかとまごまごしているあいだに、いつの間にかめちゃくちゃ距離を詰められていたらしい。いろはす速い!

 

「……そりゃいきなりそんな近くに顔あったらびっくりしちゃうだろうが」

 

「いくら呼んでも先輩がこっち見ないのが悪いんじゃないですか。まったく、何度呼ばせる気なんですかねー。……はっ、もしかしてアレですか、可愛い後輩に名前を呼ばれることに快感を覚えちゃうタイプなんですか。何度も名前を呼んで欲しいが為に聞こえてても聞こえないフリして興奮しちゃうとかちょっと性癖がマニアック過ぎて無理ですごめんなさい」

 

「……いやなんでだよ」

 

 そもそもお前名前なんて一度たりとも呼んだことないからね? 俺のこと先輩って名前だと思ってるのかな?

 

 出会い頭のお断り芸に辟易していると、変質者から身を守るかのように自身の両腕をぎゅっと抱き締めつつ一定の距離を取っていた一色いろはが、不意ににんまりと微笑んだ。

 

「ふふ、休みの日にこんなトコで会っちゃうなんて超奇遇ですよねー。もしかして待ち伏せとかしてましたー?」

 

「お前がどこに出没するかなんて知らねーよ。店出ようと思ってたら後ろから声かけてきたのお前だからね?」

 

「なんですかもしかして今口説いてます? 俺はお前に気付かなかったのにお前は俺に気付いたんだな、お前実は俺のこと大好きなんだろとかアピっちゃってます?」

 

「一ミリもアピってねーよ……」

 

 休日に一色に会うなんていつぞやの千葉駅周辺以来だけど、会った早々この子ちょっと飛ばし過ぎじゃないですかね。息をも吐かせぬ連続お断りコンボとか、俺じゃなかったらそこのビルから飛び降りてるからね?

 

 常よりも幾分高いテンションに些か困惑しつつも、にこにこと楽しそうに俺をからかう後輩に思わず苦笑が漏れてしまう。くっそう、一色さんめ〜!

 

「……ったく」

 

 

 ──いつからだろうか。初エンカウントからしばらくの間は印象最悪だったこの後輩を、こうも可愛い後輩と認識するようになってしまったのは。今ではこのムカつくニヤニヤ面でさえも可愛く見えてしまうから不思議なものだ。まぁムカつくんだけどね!

 だからこそ、こんなにもこいつの誕生日を祝ってやりたくなっちゃったんだろうなぁ。

 

 しかし、ここでこいつの楽しそうな笑顔にこれ以上顔を弛めてしまうと、「なにニヤニヤしてるんですかね」から始まるであろう酷い罵倒と共に、三度お断りが待っていること必至。ぜ、絶対ニヤついちゃったりしないんだから!

 よし、決してこの小悪魔に弱みを見せないよう、意識を他へ移して、一色への微笑ましい気持ちから気を逸らしてみるとしようか。

 

 そこでまず俺が意識を向けたのは、一色の後方約十数メートル。俺を呼び止めたこいつが走ってきたであろう方向。

 今のこの状況は、実のところあまり好ましい状況ではない。その為ひとつ確認を取っておきたい事があった。

 

 今日は一色いろは生誕祭の前日である。つまりいろはすイブ。そんないろはすイブな日曜日、一色みたいな女の子が一人で商業施設をぶらぶらしているはずがない。確実にツレ(♂)、もしくはツレ達(♂)がいるはずである。しかも絶対イケメン絶対リア充。死ねばいいのに。

 それ故、この状況はあまり好ましいものでは無いのだ。誕生日をお祝いするという名目のもと、下心満載で目も心もギラつかせているであろう男そっちのけで、目の腐った見知らぬ男と楽しそうに話す女の子。これに気を悪くしないリア充イケメンなんて、世界広しといえども葉山くらいなものだろう。

 アレでしょ? イライラでドロドロな内心を爽やか笑顔で押さえ込んで、別にこの程度の事なんでもないけど? と余裕な態度を振る舞っておきながら、後々「ああいうのと喋ってるとこ見られると、いろはの評判落ちちゃうZE☆」とかって、白い歯をキラッと光らせながら言っちゃうんでしょう? っべー、想像しただけで殴りたい。

 

 それはそれで腹立たしい事この上ないのだが、まぁそんなのは慣れっこだし些末な問題でしかない。一番の問題は、俺に向けられるリア充男子からの悪意などよりも、一色の評判に関わるかもしれないという由々しき事態の方だろう。

 

 俺なんかと楽しげに話していると、一色本人だって裏で何を言われるか分かったものではない。下手したら後日おかしな噂だって立てられかねないのだ。

 なにせデート中の女の子が自分をほっておいて他の男──しかもカースト最底辺の男を優先しているというこのシチュエーションは、プライドが無駄に高いであろうリア充男子には耐え難い屈辱。奴等の嫉妬というのは、プライドが高い分、より根が深いのである。

 ならば早めに一色のツレの様子をチェックし、少しでも黒いオーラが噴出しているようならば早々に立ち去るべきだろう。

 

「……あれ?」

 

「どうかしました?」

 

「……あ、いや、女子……だな、と」

 

「は?」

 

 おうふっ……、いろはすの蔑んだ「は?」の破壊力ときたらッ……!

 

 おっと、一色のSっ気たっぷりな声音と眼差しに興奮げふんげふん硬直している場合ではなかった。

 どうせイケメンが青筋立ててニコニコしてんだろうと視線を送った一色の後方約十数メートル。だがしかし、そこで俺と一色の様子を窺っていたのはイケメンリア充などではなく、どことなく見覚えのある数人の女の子たちだったのである。

 まさか一色が女子と休日を過ごしているとは。しかもこんな日に。……失礼ながらとても意外。

 やー、それにしても一色のお友達ともなると、みなさんやっぱり可愛いんですねぇ。なんかみんな揃ってニヤニヤしているのが多少気になりますけども。

 

 すると、一色は一度振り返って俺の視線の先を確認し、あーと納得したように小さくうなずいた。かと思うと、一変怪訝な表情を浮かべてこちらを冷たく一瞥する。な、なんでしょうか一色さん。

 

「なんですか、もしかしてわたしの友達に色目でも使うつもりですか」

 

「ちげーよ……。だいたい俺のこの目で色目なんか使おうもんなら、泣きながら裸足で逃げられちゃうでしょうが」

 

「あー、それもそうですよねー」

 

「納得しちゃったよ」

 

 せめて少しくらいはシンキングタイム設けようよ。即答で納得されちゃうと、アレ? この子冗談で言ってるんじゃないのかな? って不安になっちゃうでしょうが。……え、冗談だよね?

 

「で、女子だとなにか問題あるんですか?」

 

「いや、一色って休みは男と遊んでるイメージしかなかったから。休日に遊ぶ同性の友達もちゃんと居んのな」

 

 しかもいろはすイブだし。

 まぁイブの件は口にしないけどね。一色の誕生日を意識してるって知られちゃったら、明日のサプライズが台無しになっちゃうし。

 

「いやいや、先輩はわたしをどういう目で見てるんですかね……。てかそれって立派なセクハラなんで謝罪と賠償を要求します。とりあえず土下座して、諭吉さん三人くらいで手を打ってあげてもいいですよ?」

 

「……す、すみませんでした……」

 

「ったく、今度先輩のわたしへの認識訂正を厳しくレクチャーしてやりますからね。覚えてやがれですよまったくもう」

 

「う、うっす……」

 

 やだ恐いわ? 一体どんな鬼講義が待ち受けているのかしら!

 

「それに、確かにわたしは一部の女子からはちょぉっとだけウケは良くないとは思いますけどもー。ちょぉっとだけ」

 

 大事なことだから二回言ったんですねわかります。

 

「でもわたしに同性の友達が居ることくらい、先輩だって知ってるじゃないですかー?」

 

 ……あ。そうか、なんかあの子ら見たことあんなぁって思ったら、まだ一色が一年のころ教室訪ねて行った時、一緒に弁当囲んでた子らか。あとプロムの撮影ん時も居たっけな。

 

「ああ、そういやそうだったな。いくら同性ウケ悪いっつっても、さすがに何人かくらいは居たんだった」

 

「ですです。同性どころか全人類にウケの悪い先輩とは違うんです」

 

「世界規模になっちゃったよ。まぁ否定はしないけど」

 

 クッ、さすがはいろはす。皮肉っても皮肉っても常にフルカウンターが返ってきやがる。一色のライフを1削ると、俺のライフは100削れるという理不尽さに泣けるぜ!

 俺弱点多過ぎだろ。全身ウィークポイントまである。

 

 

 しかし、ここでようやく一色からの怒涛の口撃ラッシュが一息付いたようだ。登場してからこっち、ずっと喋り続けてきたからねこの子。テンションマックス過ぎじゃないかしら。

 こっちは手に持った荷物のせいで、お前が現れてから気が気じゃないっつの。

 

 なので、会話に一息付いたこの隙を逃すわけにはいかない。一色にこの荷物を意識される前に、ここら辺でこの偶然の出会いイベントを切り上げさせてもらうとしようか。

 

「んじゃまぁ俺はそろそろ帰るわ。お前も早く友達んとこに戻ってやれよ。ほれ、待ってるみたいだぞ」

 

 そう言って、この機を逃すまいと即座に別れを切り出す。もちろん右手でシッシッを忘れずに。

 この迅速な行動は、確かに一色を早く遠ざけたいという思いからくるものではあるが、一色を早く友達の元に帰しちゃいたいという理由が他にもある。

 

「ほれ、早く行けって。なんかあの子たち、さっきからすげぇニヤニヤしてお前のこと待ってるし、なんか俺も居心地悪いんだよ」

 

 ……そう。なんかみんなしてすげぇニヤニヤしてんのよね。そんなに俺の顔が面白いのだろうか。

 まぁ当初懸念した一色に対する悪印象みたいなものは無さそうだから、安心っちゃ安心なんだけどね。可愛い後輩が嫌な思いをせずに済むのであれば、俺の顔が笑われるくらいお安いものだ。

 

 

 すると一色さん、「は? にやにや……?」とぽしょりと漏らし、ぐるんっと凄い勢いで彼女らの方へ振り向くと──

 

「……ぐぬぬっ、……あいつら〜、後で覚えとけぇ……!」

 

 などと、耳を真っ赤にして憎々しげに小声で喚き始めた。そんなに顔赤くしてまで、なにをそんなに怒ってるん? てかどれほど恐ろしい表情を友達に向けてんだよ。あの子たち、君の顔みてめっちゃ震え上がってるからね?

 

 ……それにしても、なんつーか一色とあの子らって──

 

「てかなんで先輩までにやにやしてるんですかねー。ちょーキモいんですけど」

 

 おっと、気を抜いてたらつい表情筋が弛んでしまっていたようだ。一色さん、友人達をガルルと威嚇してたから、しばらくこっち向かないかと思って油断しちゃってたぜ。

 

「ああ、いや……別になんでもねぇよ。……ただ、仲良さそうだなって思っちゃっただけだ」

 

 ──本当にこの子たち、仲が良さそうで何よりです。

 女子に嫌われてそうだとばかり思っていたこいつが、ちゃんと同性とも上手くやれてるんだなって目の前でこうして実感させられたら、先輩としては安心して思わず顔くらい弛んでしまうというものだろう。めざせ、友達100万人!! 

 ……生徒会長をすることになってしまった経緯を知っているからこそ、この光景に余計に安心してしまった。

 

「……へー、そですか。ま、そりゃ結構仲は良い方だとは思いますけどね。先輩がニヤニヤしてたのとソレが全く繋がりませんけど、ま、いいです」

 

 一色は、俺からの言い訳に未だ納得がいってないようではあるが、察しのいい彼女のことだ。俺の態度からなにかを察してくれたのか、渋々といった体ではあるものの、この件についてのこれ以上の追及は許してくれるよう。

 

 ……ふぅ、あぶないあぶない。下手に追及されて、可愛い後輩の幸せな学校生活に一喜一憂する優しい先輩……なんていう、俺とはあまりにも掛け離れた先輩像が浮き彫りにされちゃってたら、危うくそれをネタにまたからかわれちゃうところだったよ! ……こいつ、それはもう嗜虐的な小悪魔スマイルでニヤァッとするんだろうなぁ……。いろはす恐い。

 

「じゃ、あの子たち待ってるみたいだし、わたしそろそろ行きますね。……おしおきしなきゃですし」

 

 いろはすフレンズ超逃げてぇ!

 

「おう、じゃあな」

 

「はい、さよならです」

 

 

 ──これにて、この偶然の出会いイベントはようやく幕引きである。

 

 突然後ろから一色に声を掛けられた時はかなり焦ったし、休日ゆえ? なのかなんなのかよく分からんけど、謎のハイテンションでずずいと距離を詰められまくった時には、ああ、これはもう残念ながらプレゼントとサプライズがバレちゃうかもしれないなと覚悟したものだが、終わってみればごくごく平和でごくごく平々凡々な、日常のほんの一幕で済んだようでなによりなにより。

 未だニヤニヤを抑え切れずも些かびくびくしている友人達へと真っ直ぐ向かってゆく、ぷんすかと剣幕丸出しの一色の背中。そんな和やかな光景をなんとも微笑ましい気持ちで眺める事が出来ている現在の自身の心情を鑑みると、最初は迷惑極まりないと、本当に勘弁してくれよ、とうんざりしていたこの出会いも、終わってみればなかなか悪く無かったのではないだろうか。むしろ今では偶然出会えて良かった、なんて思えてしまうから不思議なものだ。

 

 

 そして俺は、とりゃっ! と飛び蹴り気味に友人達の中へ飛び込んでいった一色に向けて、誰にも聞こえないようぽしょりとこう祝福の言葉を贈るのであった。

 

 

「……おめでとさん。楽しいいろはすイブ過ごせるといいな」

 

 

 

 ………………っべーわ。こんなクサイ台詞は俺には似合わな過ぎる。ヤバイヤバイ、我ながら鳥肌立っちゃった!

 

 ちくしょう、雰囲気に酔ってついやっちまったぜ! こんな恥ずかしい黒歴史、家まで大事に持ち帰るわけにはいきませんね。でないと、夜ベッドに入った時に思い出して悶えちゃう!

 だからこんなこっ恥ずかしい記憶は今すぐ忘れて、可愛い後輩に背を向けとっととお家に帰りましょう。

 

 

 やはり俺が小悪魔な後輩の生誕イブを優しく見守るのはまちがっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、可愛い後輩を優しく見送り、一人静かにららぽの出口へとひた進む素敵な先輩 比企谷八幡、というこの構図。これで終わってくれるんなら平和なんだよなぁ……

 だがそうは問屋が卸さないのが、我らが小悪魔生徒会長、世界の後輩一色いろは様である。

 

「あ、そうだ、せんぱーい!」

 

 せっかく友人達の和の中へと入っていったというのに、彼女はふとなにかを思い出したかのように俺を呼び止める。

 

 ……えぇぇ、まだなんかあんのかよ……。嫌々振り向いてみたら、ぱたぱたとあざとい効果音付きでこっちに走ってきてるし。おいおいなんでまたこっち来ちゃうんだよ。また行っちゃうのかよ! って、お友達が困惑してんじゃねーか。

 さらに一色は、こちらに向かって小走りしながら、時折その視線を下の方──端的に言うと、俺が大事そうに抱えてる荷物へと向けている。

 うわぁ……うまく隠していたつもりだったが、目ざとい一色にはやはり見つかっていたのか……

 

「……なんだよ」

 

「やー、先輩に上手いこと煙に巻かれて、危うく聞こうと思ってた事を聞き忘れるとこでした」

 

「な、なんのことですかね、煙に巻くって……」

 

 クッ、さすが一色。友達をダシに使って、早急にお引き取り願おうと画策していた事に気付いてやがったか……!

 

「……んで、聞きたいことってなんだよ……?」

 

 ふぇぇ……、自分で言っといてなんだけど、全然聞きたくないよぅ……!

 これは本当にマズい。いやいやマズいなんてもんじゃない。

 このイヤらしい表情といいイヤらしい物言いといい、さらに決定的ともいえる、わざとらしくチラッチラと荷物に向けるこの視線といい、これは完全に俺がいま最も嫌がる事をしでかしてやろうと企んでいる人間の態度だ。

 しかしいくら聞きたくなかろうとも、一色の話を聞いた上であれこれ頭を働かせれば、もしかしたら奇跡的に上手く誤魔化せる可能性だってなきにしもあらず。であるならば、男たるもの聞きたくなくとも聞かねばならぬ時もある。

 

「ふふ、そんなに聞きたいですかー? しょうがないですねー」

 

 ……う、うぜぇ。聞きたくないことなど分かっている癖に、この後輩のこの態度である。

 

「ほら、先輩が休日に外出してるなんて超めずらしいじゃないですかー? なんか大事なお買い物でもしてたのかなー? もしかしてなにか特別な記念日に向けて、プレゼントでも買ってたのかなー? なんて思いまして」

 

 や、やはり来た……。てか、思ってたよりドストレートに放り込んできやがった……

 今日は日曜日。明日は自分の誕生日。そしてららぽで買い物していたらしい、そこそこ親しい先輩。一色いろは視点でこのシーンに出くわせたら、ここから導きだせる解答などひとつしかないではないか。

 

 もしかしたら上手く誤魔化せるかも知れないなどと甘い夢を見ていたが、いくらなんでもさすがにこれはもう無理だろ……。すまん雪ノ下、すまん由比ヶ浜、せっかくサプライズを計画していたのに、俺が血迷って二個目のプレゼントなんて買いにきちゃったせいで、ご本人様に全部バレちゃったよ……。クッソ、一色に見つからなければなぁ……。ららぽ出るタイミングで、運悪くかち合っちゃわなければなぁ……。ああ、せめてあと五分早くららぽから撤退すりゃよかったよぅ……

 

「で? で? 今日はどんな用事でお出掛けなんて似合わないことしちゃったんですかー?」

 

「ぐっ……」

 

 う、うぜぇ……。なんだよその穢れなきキラキラな笑顔。見た目に反して穢れっぱなしだよ!

 

 とは言うものの……

 

 

 ──ま、サプライズを台無しにしてしまったのは由比ヶ浜たちに申し訳ないが、これはこれで別にいいかもな。

 なんつーか、こいつのニヤニヤ顔は確かにウザくて仕方ないけれど、この状況を前にしてこんなにも嬉しそうにしているという事は、それはつまり俺が一色のプレゼントを用意していたというこの状況を……、明日待っているであろう奉仕部での誕生日パーティーを、こいつは少なからず好意的に見ているというわけで。

 であれば、登場時からの意味不明な謎のハイテンションだって頷ける。もしかしたら明日が嬉しくて、ついついテンションが上がってしまっていたのかもしれないわけだ。

 

 俺なんかのプレゼントで……、約束された明日の誕生日パーティーで、こんなにも嬉しそうにはしゃいでいる大切な後輩。その事実があれば、他にはなにも要らないではないか。

 ……サプライズが成功するにせよ失敗に終わるにせよ、主役が幸せでいてくれるのなら、それがなによりも一番なのである。

 

「チッ、うぜぇな。……別にアレだ。今日は新刊の発売日だから本屋行って来ただけだ」

 

 フッ、だがしかし、ここでおいそれと「お前のプレゼント買ってたんだよ」なんて認めたりはしないぜ。

 バレバレだとは解っていても、これがお前へのプレゼントだと認めるのはフェスタ当日までお預けなのだよ。……本音を言うと、プレゼント用意してたのを認めるのが恥ずかしいだけなの! 恥ずかしいから出来る限り先送りしたいの!

 

「へー、ふーん、ほーん。その手提げぶくろ雑貨屋さんのですけど? それに自分用の本にラッピングとかしてもらうんですねー。やっぱり先輩って変じ……変な人ですよね」

 

「……」

 

 ……これもう、端っから抵抗するだけ無駄だったのね。そもそも袋からラッピングまで全部お見通しだったのかよ。あと、変人を変な人に言い換えても、相手が受けるダメージ的にはそんなに変わらないからね?

 

「これはあれだ……、毎日頑張っている自分へのご褒美ってやつだ」

 

「……OL?」

 

 いやまぁ確かに我ながら今の切り返しは無いだろと思ってますよ? 言うに事欠いて、なんだよ自分へのご褒美って。

 でもそんな蔑んだ目で馬鹿にしなくたってよくないですかね……。それはもう初めて一色にシスコンがバレた時くらいの低音な蔑みっぷり。いやいやシスコンじゃねーし。ただ人より妹が可愛くて仕方ないだけだから。

 

 すると一色は、蔑んだ引き気味の表情から一転、ニッコリと微笑んだ。

 その笑顔にはイヤらしさやおちょくりの感情などは何一つ籠もっておらず、ただただ幸せそうな女の子の、柔らかくて温かくて、とても素敵な優しい笑顔。

 

「ふふ、さすがに言ってることに無理ありすぎですけど、先輩がそういう事にしておきたいんなら、わたしも大人しく騙されといてあげます♪」

 

「……そうかよ」

 

 

 ──まったく、この一色いろはという少女には、本当にいつもいつも参ってしまう。

 普段はあざとくクレバーに計算高く、男を簡単に転がしては悪戯っ子のような小悪魔笑顔で悪怯れ無くおちょくってくるくせに、ふとした瞬間、時折覗かせるこういう素の優しい笑顔に心底どきりとさせられたりもする。

 こういう時のこの可愛くて可愛くない後輩には、まったくもって勝てる気がしない。まぁこういう時に限らず普段から勝てた例しはないけれど。これはもう一生勝てる気しませんね!

 

 

 なんにせよ、この場は先輩の顔を立てて一先ず騙されておいてくれるみたいだし、ここは先輩想いの可愛い後輩の優しさに甘えて、万年負けっぱなしの負け犬は尻尾を巻いて逃げるとしましょうか。

 

「じゃ」

 

「あ、でも最後にもうひとつだけ」

 

「おい」

 

 逃がしてくれるんじゃねぇのかよ……

 

 敗走する気まんまんで「じゃあな」と片手を上げかけた俺は、杉下警部ばりの待ったの声に踵を返しきれずに半回転。宙ぶらりんになってしまった右手と相まって、なかなか滑稽なポーズのまま立ちすくむ事となる。

 なんだよまだなんかあんのかよ。しかも右京さんを連想させる「最後にもうひとつだけ」って、犯人にとってはほぼ死刑宣告じゃないですかやだー!

 

 

 果たして一色は、先ほどまで見せていた素の柔らかい微笑みの上に、彼女らしく小悪魔な微笑を上乗せする。そのにんまりとイヤらしい小悪魔笑顔は、本日最高レベルのキラキラ度合いで。

 

「えと、ですね……?」

 

 

 

 ──演技掛かったタメを作った一色の可憐な唇から紡ぎだされる次の言葉は、俺を絶望の淵へと落とすのに十分な破壊力だった。……どうやら世界の後輩 一色いろはは、俺を逃がしてくれる気など初めっから無かったようです。

 なにを言われるのか分からずに、戦々恐々顔を引きつらせている俺の耳元に艶やかな唇をそっと寄せた一色の、甘く暖かな吐息と共にこしょばゆく耳をくすぐったその言葉は、今日一色と出会ってからの数々の緊張や葛藤や努力を、根底からすべてひっくり返してくれるようなとびきりのスパイスだったのです。

 

 

 

「……誰かさんの八月の記念日、心から楽しみにしてて下さいね? 可愛いリュックに詰め込みきれないくらいのたっぷりな想いをプレゼントしてあげます♪」

 

「」

 

 

 プレゼント買った時からずっと見られてたのかよ! なににしようかあれこれ店内を見て回ってる最中ずっと感じてた妙な視線はお前だったのかちくちょう!

 つかこいつがわざわざ俺を呼び止めたのって、もしかしてリュックが自分へのプレゼントかどうか確認するために声をかけてきたんじゃね……? 自分のかと期待したまま一日過ごして、いざ当日になってみたら自分へのプレゼントではありませんでしたー! とかだったらちょっとショックだもんね。

 だからわざわざ呼び止めて、俺の慌てふためく様をつぶさに観察し、自分へのプレゼントだと確信出来たからはしゃいでいた、と。なんだそれ可愛いなおい。

 

 ……ついさっきまで『ららぽ出るタイミングで、運悪くかち合っちゃわなければなぁ……。ああ、せめてあと五分早くららぽから撤退すりゃよかったよぅ……』などと嘆いていたけれど、どうやら俺は、ららぽに入った瞬間から負けが確定していたようです(白目)

 

 

「ではでは先輩? また明日でーす」

 

 

 最後にばっちりとキメ顔で敬礼を繰り出し、ばいばいと小さく手を振ってスキップ気味に走っていく後輩の背中を、苦笑混じりの呆れ顔で見送りながら俺は思うのだ。

 

 

 ──プレゼント、お気に召していただけたようでなによりです。

 

 と。

 まだ渡すどころか見せてもいないはずなんだけどね!

 

 

 

 

ハッピーバースデーいろはす! おしまい☆

 

 




大変ご無沙汰でございましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!
実に三ヶ月半ぶりの短編集最新話は、いろはす生誕祭SSならぬいろはす生誕祭前日SSでございました。
しかも買い物行っていろはすにたまたま遭遇しちゃっただけのお話という中身の無さ。ウケる〜。
昨年の生誕祭はママはす視点、今年はただの前日。なにそれ斜めすぎじゃね?

もうね、ただの誕生日SSってだけじゃネタがないのよ…('・ω・`;)

でもあれですよね。たまたまららぽに遊びに行ったら八幡が自分のプレゼントを選んでる現場に遭遇して、その様子をにへにへ眺めながらストーキングするいろはすを見て楽しむ友達視点で書いても面白そうでしたよねー。友達が香織とは言ってない。


てなわけでお久しぶりの恋物語ではありましたが、またこうして突然更新しちゃったりしますので、その時はまたよろしくでーす♪ノシノシ





※ここからは恋物語集とは関係のないお話となってしまいますので、エロに興味ある方だけ目を通してみて下さいませ(・ω・)

知ってる人しか知らないと思いますが、数年前に短編でいろはすR18SSを投稿した事がありまして、いろはす生誕祭が迫っているという事もあって久々に読んでみたんですよ。
そしたらあまりの文章と中身の酷さに軽く吐血してしまう程の出来だったので、この生誕祭を機にかなり加筆修正してみました(^皿^;)
まぁ元が酷すぎなので多少改稿したところでたかが知れてますが、少しはマシになったかなー…?
しかし内容はまったく一緒なのに、一万文字弱ほど増えてしまったという不思議。
ていうか過去作品の出来がここまで酷いとは思ってませんでした(白目)
他のも酷いんだろうなぁ…。もうね、恥ずかしすぎて昔の作品は全部消しちゃいたいってレベル。

あと、執筆スランプのストレス解消というかほんの気晴らしに、なんとR18ないろはす挿し絵もどこかに一枚だけ載せときました☆
まぁいろはすが難しくて全然似なかった上、大してエロくもないただの落書きなんですけどね(苦笑)

なのでもしも興味のある読者様がいらっしゃいましたら、こっそりご覧になってみてくださいまし♪


ではでは、いろはすイブSS、R18いろはす改稿、いろはす落書きの3つを持ちまして、今年のいろはすバースデー記念とさせていただきたいと思います♪
いやー、久しぶりにいろはすばっか書いちゃったZE☆

ハッピーバースデーいろはす(^^)/▽☆▽\(^^)




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小さな恋のうた

どうもです!今回はなかなか早く更新出来ました゚+。(*′∇`)。+゚


しかしここで残念なお知らせです。今回のお話は超久々な“あの”オリジナルヒロインストーリーです。
オリヒロとかいらねぇよ!という読者様ごめんなさいm(__;)m




「……んっ……ん〜」

 

 

 カーテンの隙間から零れてくる陽の光を感じながら、ベッドの上でのびーっと新しい今日を迎える私。

 お年頃の乙女とは到底思えないボンバーヘッドをぼりぼり掻いてむにゃむにゃと目を擦る。

 

 やー、我ながら酷いもんですなぁ。爆発した頭に着崩れてお腹丸出しのパジャマ姿。ズボンはずり落ちてて、パンツ丸出しどころかパンツそのものも半分ずり落ちて半ケツ状態ときたもんだ。ケツだけ星人ぶりぶり〜。

 っべー! 寝呆けまなこでオケツをぷりぷり振っている場合じゃないわ? お願い私! これでも一応女の子なんだから、もっと自分を大切にしてあげて!

 

 こんなあられもない姿、誰にも……特に異性には絶対見せらんないわよ。もし彼氏できて、朝チュンがこのザマだったら一発アウトですありがとうございました。

 ヒュゥ〜ッ、あっぶね! 直哉と付き合ってた頃はまだそういうカ☆ン☆ケ☆イ☆にまで発展してなくて良かったぜ! 私から振ってやったのに、危うく私が振られるという汚点を残しちゃうとこだったわー。

 

 と、ホッと胸を撫で下ろしつつ、あ、そういや今って何時なん? とスマホに手を伸ばす。なにせ今朝はコイツが鳴り出す前に起きてやったからね。

 フッ、相棒さん? いつもいつもお前の勝利で終わると思うなよ?

 

「ブハッ……!」

 

 時刻は七時半を優に回っておりました。おいおい、鳴ってたんなら鳴ってたって早く言ってくれよ相棒。

 

 ちっきしょう! この乱れきった痴態も目覚ましが鳴ってたのに気付かなかったのも、それもこれもアニメを深夜に放送するのがいけないんだい!

 なんであんな時間にアニメやんのよ。そりゃ寝不足で色々と乱れちゃうでしょうが。私は悪くない。アニメ制作委員会が悪い。

 

 

 寝坊を社会のせいにして直ぐ様ベッドから飛び降りた私は、うひぃ〜……! と小さく声を漏らしつつ慌ただしく登校の準備を始める。くっそ、今日はあの日だから荷物多いのよぉ! やっぱゆうべの内から用意しとけば良かったよぅ!

 あ、ちなみにあの日と言っても、別に準備する荷物とはナプキンのことではないですよっ? 朝からこれは酷い。

 こぉ〜ら! 良い子はナプキンでググったらダ メ だ ゾ☆

 

 朝イチから酷い下ネタをブッ込んだ私は、念入りに選定したブツをせっせとスクールバッグに押し込む。

 作業を終えたら次はおめかしの時間だぜ! どたどたと階段を下りて洗面所で歯磨き&洗顔&寝癖直しを済ませる。ここまでの所要時間およそ十分。

 さらに、自室に戻ると着替えとメイクまでを十分程で行うというどったんばったん大騒ぎな朝の一幕であった。女の子の朝にあるまじきタイムアタックである。

 もう! 今日に限ってこれかよ! 今日はあの日なんだから、朝の準備くらい念入りにさせてよぅ……! こんなずぶ濡れ頭と乱雑メイクじゃなくってさぁ! ……自業自得以外の言葉が思い浮かばない。

 

 

 ──こうして私 家堀香織は、いつも通りの平穏な朝を迎え、意気揚々と学校に向かうのだった。今日に限ってどころかこれがいつも通りなのかよ。

 

 

× × ×

 

 

 朝の戦場を全力で駆け抜けた私は、ようやく我が学舎(まなびや)へとたどり着く。寝癖直すためにびっちょびちょに濡らした髪も、やっとこさいい感じに乾いてきましたわ。女子がドライヤーも使わず自然乾燥って……

 

 登校時間ギリギリという事もあって、校門から昇降口までは人もまばら。何人か見かける生徒達は、我先にと早足で自分の教室へと向かっている。

 

 ……まったく〜、どいつもこいつも朝くらい余裕をもって行動しなさいよね! 小坊中坊じゃあるまいし、私達はもう高校生、もう立派な大人なのよ? 大人は何事も十分前行動が基本なんだからねっ?

 なんて思いながら、競歩の如くお尻ぷりぷり早歩きで下駄箱へと向かう私は、どうやらこのギリギリな高校生達の中でも特に余裕をもって行動できていないダメ高校生な模様です。実に怠惰デスネェ。

 ほ、ほら、私クラスになったら重役出勤ってやつですよ(震え声)

 

「……なん、だと?」

 

 ひーこらとようやく自分の下駄箱に到着した私。

 いつものようにローファーを脱いでいつものように上履きに履き替えようとした私の目に、いつもとは違う物が飛び込んできた。それは、私の下駄箱にそっと添えられた一通のお手紙。

 

「うわ、マジ……?」

 

 これはまたなんとも古風な。最近でも普通にあんのね、下駄箱入りのラブレターって。

 

 まぁぶっちゃけ、私ってトップカーストで中心張れるくらいにはお顔整ってるんでそれなりにモテますし? ふひ。

 だからまぁ今まで何度か告られた事だってありますし? ふひひ。

 だから別にラブレター貰ったくらいで、別にそこまで童謡はしないのよ。動揺して変換が童歌(わらべうた)になっちゃってる件についてはスルーの方向でオナシャス。

 

 そう。告られるくらいならそうそう動揺しないんだけども、こうしてラブレター貰ったのは初めてだわ。ちょっとびっくり。

 今までされた告白っつったら、休み時間とか昼休みに教室に居たら廊下から呼び出されたりとか? 帰ろうと思ったら校門で待ち伏せされてたとか? あとは、別に合コンってわけじゃないけど、何人かで一緒に遊んでたらいつの間にか二人きりになるよう誘導されてて告られたりとか?

 元カレんときがその流れだったよね、確か。

 

 とまぁそんなこんなで、こうやってお手紙貰うのはお初だったりします。なんていうか、手紙入れる時に上履きの匂いとか嗅がれちゃってないかちょっぴり不安☆

 

 発想が完全に変態みたいになっちゃってるけど、……だってほら、ラブレター入れるって事はさ、私に好意があるわけじゃん……? そしたらさ、野獣な男子の目の前には、好きな女子が毎日履いてる、年季の入った上履きがあるわけですよ。

 ……なんつーの? 男子って、好きな子のリコーダー舐めたりするんでしょ? そしたらさ、上履きくらい嗅ぎそうって思っちゃっても仕方ないじゃない。

 ……下駄箱にラブレター入れられてると、女子的にはぶっちゃけ結構怖いゾ……?

 

「……えっと」

 

 若干の身震いを覚えながらも、家堀香織様宛の封筒の裏っ側に目をやってみる。一体どこのどいつよ、私の足のスメルを嗅いだ変態は! (風評被害)

 

「……え、三年……!? 綾瀬……?」

 

 ……ぜ、全っ然知らん。てか三年で私が関わった事がある人なんて部活の先輩くらいなもんだし、三年生って時点でほぼ知る由もないけども。

 

 マジかよ……、私、全然知らない人から告られるとかめっちゃ嫌なんだけど……。なぜ嫌いかの詳細については、あざとくない件第十五話を参照っ! これは酷いステマ。

 

 じゃあまぁ手紙でも致し方ないっちゃ致し方ないか〜。初見のうえ学年が2コも違うんじゃ、余りにも接点が無さすぎて教室で呼び出すとかどっかで待ち伏せとかは流石に気まず過ぎだもんね。まぁそもそも接点ゼロの相手に告ろうとする意味は分からんけど。

 仕方ねーなぁ、んじゃまぁ上履きをクンカクンカした件については見逃してやろう。風評被害がとどまる所を知らない。

 

「ちっ、モテる女はツライぜっ♪」

 

 で、バッグに手紙を押し込みつつ、愚痴なんだか自慢なんだかよく分からない独り言をぽしょりと呟きながら教室へと向かう私は、見事朝のHRには間に合いませんでしたー!

 

 ちっきしょー! こんなギリギリ出勤の日(自業自得)にラブレターなんて寄越しやがって! 色々と葛藤してたら時間食っちまったじゃんか!

 許すまじ、綾瀬先輩とやら。

 

 

× × ×

 

 

「……うおっ、これはまたなかなかのイケメンさんじゃねぇか……っ」

 

 壁からこっそり覗いた先には、なんともいい人そうなイケメンさんが一人、そわそわと立ち尽くしておりました。

 

[突然こんな手紙出しちゃってごめん。

家堀さんにお話したい事があります。もし良ければで構わないので、昼休みに体育館の裏まで来ていただけませんか?]

 

 そんな内容の手紙を読んだあとの昼休み。当然お断り目的ではあるけれど、えーい、別に行きたかないけど無視しちゃうのはなんとも寝覚めが悪りぃや! と、なんとも男前な理由で呼び出し場所である体育館の裏へとやってきている私。

 もちろんラブレター貰っちゃった事はいろはにも紗弥加にもナイショだよ? だってその二人ならまだしも、智子とか……あとは、ね、バカに知られるとマジウザイからね。

 

 本日の私には昼休みにとても大切な用事がある。だから本音を言うとこの時間に呼び出しとか、ホントご勘弁願いたかった。

 うっわぁ……昼休みかぁ……勘弁してよぉ……などとぶちぶち文句垂れながら、重いスクールバッグをうんしょと担いでやって来ました体育館裏。

 さてさて、一体どんな人が私に愛を囁くつもりなのかしらんっ? と、最近すっかり私の得意技となってしまった覗き見をしてみますとアラびっくり。予想外な爽やか系イケメンさんが!

 

「……ほへぇ〜、三年にも結構イケてるのも居るんだねー……」

 

 直哉もそこそこイケメンだったけど、こっちの方がずっとイケメンだわ。ふむふむ、あんなイケメンが私の上履きをハスハスしたのか〜。いやん! ちょっぴり興奮!

 

 

 我が総武高校は、良くも悪くも現二年生が目立ち過ぎているため、正直な話一年生のあいだで三年生が話題に上がる事などほとんど無い。名が知られている三年生と言ったら、城廻めぐり元生徒会長くらいなもんじゃないかしら。

 そりゃね! 雪ノ下先輩とか三浦先輩とか葉山先輩とかが居ちゃあね〜。我らが一年にもいろはという注目人物が居るのだから、地味目と目されている三年生の話題など、我々のあいだでは特に需要がないのであ〜る。

 

 そんな目立ち過ぎる二年生と一年生生徒会長の弊害なのだろう。そこそこの美人さんやそこそこのイケメンさんくらいでは、残念ながらただ埋もれていくだけ。つまりあの綾瀬先輩とかいう三年生も、葉山先輩という太陽に隠れてしまった被害者の一人なのだろう。葉山先輩マジ逆光。

 

 ……にしても、なぜ私とは無関係なはずの三年のイケメンさんが私に告白を……? これはもしかしたら告白というのはただの勘違いとか? 話してみたら実はこの人オタクで、こうしてこっそりとアニメの事やらラノベの事やらの話がしたいだけとか?

 そんな可能性もなきにしもあらず。いやいや、私オタバレしてないし。そもそも私、別にオタとかじゃないんで。

 

 とにもかくにもいくら考えてたって埒は開かないのよ。私これから用事あるし、どんなお話だろうと長居してる場合じゃないのさ。

 よし、女は度胸! と、勇ましく突撃でござる!

 

「あ、あのっ……、こ、こんにちは」

 

「あ、家堀さん、……来てくれたんだ」

 

 うはっ! なにその嬉しそうな爽やかスマイル! ちょっと頬とか赤らめちゃってるし。ちょっぴりドキドキしちゃうんでやめてもらえませんかね。

 ……あかん、やっぱこれ告白だわ。

 

「ど、どうも……っ」

 

 ど、どうも……っ、じゃないわよ。甘酸っぱいな私。乙女か。

 なんなの? どうもの後ろにスラッシュ三本くらい付けとけばいいの? なによ顔真っ赤なんじゃない私ってば。

 だって仕方ないじゃん! なんだかんだ言って緊張しちゃうし恥ずかしいのよ、告白される瞬間っつーのはさ。しかもイケメン!

 

「あ、の〜……、綾瀬先輩、ですよね」

 

「あ、うん、綾瀬……です」

 

「ど、どもです。家堀、です」

 

「……あはは、知ってる」

 

「ですよね、え、えへへ」

 

 やだ! なんなのこの初々しいやりとり! こんなん私のキャラとちゃうよ!

 

 初めて会った二つ上のイケメンから告られちゃいそうという事態に、思いがけず乙女がちらちらと顔を覗かせちゃう可愛い私。

 やー、なんだかんだ言って、香織ちゃんも立派な女の子なんだなー。お父さん安心しちゃったよ! 女の子なんだかお父さんなんだか。

 

「あの……、ごめんね? 突然呼び出しちゃったりして」

 

「い、いえいえ!」

 

 ポッと頬染めあははと苦笑して、慌てて両手をぶんぶん振る私の姿、いつも乙女がどこかに旅立ったとか言って馬鹿にしてるあの連中にも見せてやりたい。RECスタート!

 

「えと、それで、……お話って……?」

 

 確かに、確かにちょっとだけドキドキしてはおります。おりますよ? 悪い?

 いくら知らない人から告られる事をなんだかなぁ〜、って思っていようとさ? 可愛い女の子から告白されたら、男だったら誰だって嬉しいっしょ!? 女の子だっておんなじなんだからね!

 それでも、いつまでも二人してドキドキテレテレしているわけにはいかないのよ。わざわざ、要件はなんぞ? なんて白々しく聞かなくたって、この人がなにを言わんとしてるのかくらい分かりますよ?

 でも聞かないことには会話が進まない以上、こちらからトスを上げてあげるのが淑女の嗜みってやつなのだ。本音を言うと、早く言ってくんないともにょもにょして仕方ないの!

 

「あ、うん。……そうだよねっ……。あ、あはは、なんか緊張しちゃうな……っ」

 

「……っ」

 

 いやいや、緊張すんのこっちですってばぁ!

 っべーわ〜、この顔真っ赤にして頭ぽりぽり掻いてる綾瀬先輩は、これから私にどんな甘い言葉を囁いてくれるのん!?

 

 

 なんとも形容し難い緊張感が渦巻く中、果たして綾瀬先輩は私へと想いを告げるのだ。そう、こんな想いを──。

 

「その、家堀さん。俺、前から家堀さんの事、す、好きでした」

 

 と、どうせここまで来て全然告白なんかじゃありませんでしたー! ってオチなんだろぉ? な展開を見事回避し、まさかまさかのガチ告白であります! うひょっ、香織びっくり!

 これはキマシタ香織に春が!

 

「そ、そですか……っ。その、あ、ありがとうございます……。あ、あはは、や、やば、超あっつい!」

 

 手をうちわ代わりにパタパタさせて、ポッと火照ってしまった頬の熱を冷ます。やだ、もう乙女丸出し!

 

 ……しかし、しかしである。

 

「……あ、あの、でも……ですね……?」

 

  ──どんなに照れくさかろううとも、どんなに浮き足立っていようとも、これは聞いておかねばなるまいね。もしかしたら、めちゃくちゃ失礼な発言になっちゃうかもしれないんだけども。

 ……ど、どしよ、もし私の間違いだったら……

 

「……う、うん」

 

「その……、もしかしたら失礼なこと言っちゃうのかも知れないんですけどぉ……」

 

「な、なんだろ」

 

「……綾瀬先輩と私って、これが初対面、ですよね……?」

 

 そうなのですよ。なんで関わったこともない私にこうして告白なんてしてきたのか、それだけは聞いておかなくちゃならないのだけれども、これ実は私のただの勘違いで、関わったことあんのに私が忘れてるだけだとしたら綾瀬先輩にめっちゃ失礼になってしまうのよ! だから、この質問を投げ掛けるのは死ぬほど気まずいのであります!

 

「あ、うん、これが初対面だね。今まで話した事もないよ」

 

「で、ですよね〜」

 

 あっぶね! 良かったぁ、初対面で!

 

「……え、えと、じゃあなんで私のこと知って、なんで私のこと好っ……、あ、いやいやいや! ……気、気に入ってくれたのかなー、なんて疑問に思ってしまいまして……」

 

 そして、初対面で良かったという安心を得られた以上は、次は当然本題へと入るわけでして。

 ……なんでこの人、私のこと好きとか言ってんの? って話なのよ。

 

 私のことなんてなんにも知らないくせに、一体どこら辺に惚れられるっての? 少なくとも私は、知らない相手に惚れたりなんかしないもん。もちろん見た目だけで「うひょ、かっけぇ!」とか「うへへ、イケメンじゅるる」とかは思ったりするけども、それとこれとは話は別。格好良いからって人気があるからって、告白したいとか付き合いたいとかまでは思わない。そう思うとしたら、それはそこから相手をよく観察して、相手を知ってからのお話。

 だから不思議でしょうがないのよ。初対面の相手に告白する人の心境が、さ。

 

 

 ……ま、まぁ? そりゃ気持ちは分からんでもないよ?

 そりゃこんな素敵な美少女が目の前にいたら一目惚れくらいしちゃうよねっ! ついつい目が追っちゃうよねっ! 俺の女にしたくなっちゃうよねっ!

 私家堀香織は、誰しもが認めるリア充完璧美少女なのである。フッ、まーた私の魅力で男を一人駄目にしちまったか。まったく、罪作りな女だぜ! ふへ。

 やめてください、会場に石を投げ入れないでください。

 

「……い、いやー、実は俺、一色さんのファンだったんだよね。ほら、一色さんてすごい可愛いし、男子にすごい人気あるじゃん? たから俺もつい、ね。あはは……。で、家堀さんってよく一色さんと一緒に居るじゃない?」

 

 あっれー?

 

「あと、最近髪型変わったけど、ちょっと前まで金髪ゆるふわロール? だった……、名前までは知らないけど凄い美人の子。あの子とも最近よく一緒に居るから、なんか君らのグループが凄い目立っててさ。だから家堀さんのこと知ったんだよね」

 

「ソ、ソデスカー」

 

 いやん! 私ってば自意識過剰☆

 

 なんだよ! 結局いろは目当てだったのかよ! あともしかして襟沢も目当てだったりしたのん? そりゃね、あいつら目立つかんなぁ。

 おいおい綾瀬さんよー、テレテレな顔であははじゃないよ? いろはとか襟沢だと無理そうだから私に鞍替えしたんですね分かります(白目)

 いや、いろはは無理でも襟沢ならいけると思いますよ? イケメンならホイホイ付いていきそうまである。あ〜あ、なんかもうめんどくさー。襟沢をオススメして帰っちゃおっかな?

 

 と、若干やさぐれた感のあるわたくし家堀香織ではありましたが、どうやらそれは早とちりだったようです。

 なぜなら、次に綾瀬先輩から繰り出されるクリティカルな口撃によって、私はまたも顔を赤らめさせられるのだから!

 

「……で、さ。最初の頃は廊下とか歩いてる一色さんに自然と目が行っちゃってたりしたんだけど、……いつの間にかいっつも一緒にいる家堀さんの方が気になるようになっちゃって。……ほら、なんだっけ? なんかいつも「かしこまりました?」みたいなこと言ってすごい楽しそうに横ピースしてる姿とか見てたら、あぁ、なんかこの子元気でいいなぁって。……で、気付いたらいつも家堀さんを目で追うようになってたっていうかなんというか……。あ、あはは、やっぱ照れるね」

 

 おうふ……、私、人前ではかしこまってないつもりだったのに、思いっきりかしこまってるトコ目撃されちゃってんよッ……! しかも廊下とかでさァ……! (今更感)

 

 いやいやいや、今はそれはいいのよ。その件については夜な夜なベッドの中でたんまり悶えるとしよう。

 今はそんな事よりも、この人が私を好きになってくれた理由について……そしてこの人がそれを全部白状してくれた事について、しこたま悶えなければ!

 

 や、やっばい! なんだこれ、超照れんだけども!? なにがやばいってマジやばい。

 ──うん、ちょっと嬉しいかも。

 

 今までは、知らない人に告られんのなんて御免蒙りたかっただけのイベントだったのに、今回はなんかちょっと嬉しい。

 もともといろは目当てでこっち見てたのに、私の元気な姿を見る内に私の方が気になるようになってくれただなんて、なんかそれって、ああ、ちゃんと私のこと見てくれたんだなぁ……って、ちょっぴり胸がほっこりしちゃう。

 それに、この人がめっちゃいい人なんだって事も再認識出来たし。

 だって、告る時に「もともと一色さん目当てだった」なんてわざわざ言わなくたってよくない? そんなの、告られてる側からしたらマイナスイメージにしかなんないもん。なんだよ顔とか人気目当てでいろはに惚れてたくせに、そんな一瞬で乗り換えたのかよ、こいつ女好きなだけかよ、って。

 だからそこら辺は上手く誤魔化しときゃいいのに、この人そこら辺全部包み隠さず言っちゃってやんの。意外と馬鹿なんじゃない?

 

 でも、だからこそなのよね。私的には、逆に綾瀬先輩への好感度が跳ね上がっちゃった。

 この、一切嘘の見受けられないはにかむ笑顔で、一切嘘を吐けない爽やか系イケメンさんに、少しときめいてしまった。

 

「……そんな、感じなんだ」

 

「は、はい」

 

「……で、そのー…………、も、もし良かったら、俺と付き合ってもらえない、かな」

 

「……」

 

 ──ちょっとだけ想像してみる。この人と付き合った自分の姿を。

 

 イケメンだし当然みんなに自慢できる、私の元気なトコが好きだと言ってくれる先輩。

 目立つ有名人のいろはじゃなくて、有名人の隣のモブな私を選んでくれたこの先輩の彼女になったら、……とても幸せなんだろうなぁ。なんかいつも二人して笑っていられそう。

 

 直哉とは手を繋ぐだけで違和感しかなくて、結局それ以上の関係になろうとは思わなかったけど、綾瀬先輩となら笑って手を繋いでいられそうな予感だってする。

 うん。二人でどこか出掛ける想像をしてみても、二人で美味しいものを食べてる想像をしてみても、二人で夜を過ごす想像をしてみても、どんな想像をしてみても、私は笑顔でいられてるぞ〜? これはアレかも。棚ぼた的で運命的な出会いなのかもしんない!

 

 

 ──そして、私は綾瀬先輩への答えを返す。

 なんの迷いも躊躇いもなく、ただただ頭に浮かんだ返事を即答で。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。私、綾瀬先輩とはお付き合い出来ません」

 

 

× × ×

 

 

 一つ目の用事がようやく完了し、次は二つ目の用事へと向かうべく、またもやえっちらおっちら重いスクールバッグを担いでとてとてと移動中な私。

 ……うっわぁ、アレはマジで失敗したかなぁ……。逃した魚はなかなかおっきいかもしんない!

 迷わずリリースした私に後悔する資格なんかないってね!

 

『そっか……! うん、分かった。でもホントありがとう家堀さん、わざわざ来てくれて。……あはは、やっぱ凹むなぁ。……うん、凹むけど、凹むんだけど、……卒業前にちゃんと気持ち伝えられて、良かったよ』

 

 弱々しく微笑んで、しょぼんと去っていった綾瀬先輩。くっそ、あんたやっぱりええ人やぁ……。

 ふぇぇ……いっそ「んっだよ、勘違いしてお高く止まってんじゃねぇよ糞モブが!」とかって下衆に罵られるくらいの方が胸が傷まなかったよぅ……。うう、あの寂しげな笑顔を思い出すたびに胸がズキズキする。

 

 それにしても、あんなイケメンであんないい人に言い寄られるチャンスなんて、私には二度と無いんじゃなかろうか(白目)

 でもでも仕方ないじゃない! だって、一週間前からずっと楽しみにしていた週に一度のスペシャルイベント。まさにいま向かっているあの場所が、私を呼んでいるんだもんっ♪

 

 

 早歩きでその場所へと向かう私の目に、ようやくあの場所とあの場所の主の姿が飛び込んできた。

 おほっ、相変わらずにやにやとテニスコートを眺めておりますなぁ。あなたを見てるのが私じゃなかったら完全に事案ですよ?

 

 

「すみませんっ、お待たせしちゃいましたー」

 

「いや、別に待ってないから大丈夫だ」

 

「へっへー、またまた〜。首を長くして超待ってたくせにぃ。相変わらずの捻デレさん乙っ」

 

「……だからなんでその変な造語が普通に浸透してんだよ……」

 

「ひひ」

 

 うんざりと顔をしかめるこの人との会話で、ようやく先ほどまでのモヤモヤがどこか遠くへとぶっ飛んでくれた。うん、やっぱこれこれ!

 

 

 ……さぁ、やってきました本日のメインイベント!

 メインイベンターを務めますは当然わたくし家堀香織と、捻デレ先輩でお馴染みのこの方っ──

 

「こんにちは、比企谷先輩!」

 

「……おう」

 

 

 そう。本日は週に一度の比企谷先輩とのラノベ借り受けDay及び、オタトークに花を咲かせる会の日なのです! どんどんどん、ぱふぱふ!

 

 

 八幡プレイスの小階段にいつも通りダルそうに座っている先輩の横にちょこちょこ移動した私は、隣に勢い良くどーん! と腰掛ける。

 ふむふむ、やっぱこれよねー。この人の顔見ると、私にとって一週間に一度のこの時間がかなり大きくなってるんだなーって実感しちゃって、思わず顔も弛んじゃうってなもんよ!

 

「なんだ、随分とご機嫌じゃねーか」

 

「そりゃそうですよ〜。なにせこちとらこれの続き読みたくてやきもきしてたんですもん」

 

 そう言って、ぱんっぱんに膨らんだスクールバッグから取り出したるは、先週先輩からお借りしたラノベが数冊。三日で読み終わっちゃったけど!

 その愛おしき本達をしずしずと先輩の胸元に差し出した私は──

 

「早よ! 続きを早よ!」

 

「へいへい、ほらよ」

 

「いぇい!」

 

 感謝を込めて前回分を返却し、続く数冊を有り難くお借りする。おーおー、読みたかったぞぉ、続きちゃーん。

 

「ったく、だからこっちも先週貸しときゃよかったろ」

 

「ダメですダメです。一気に借りたらすぐ終わっちゃうじゃないですか。ゆっくり読んで、楽しみは長く続けていかないと、ね♪」

 

「……さいですか。ま、お前がそれでいいんなら別に構わんけど」

 

「ふひ」

 

 そうなのさ。一気に借りちゃったら、いつこの時間が比企谷先輩にとって不要になっちゃうか分からないもん。

 比企谷先輩からラノベ借りて、その批評会が出来るこの時間。それこそが、今の私にはめっちゃ重要な時間なの! 楽しくトークする為に夜更かししてまで観る深夜アニメだって、全部この時間の為なんですから。

 

「あ、そだ! でぇ、これは前に先輩が興味あるって言ってた漫画です」

 

 そんな時間をより長く楽しむ為に用意してきた漫画数冊を比企谷先輩へとフォーユー。

 私からも貸し出し出来れば、この時間をさらに楽しめちゃうのだから。倍率どーん!

 

「え、マジで持ってきてくれたのか」

 

「そりゃもう! 比企谷先輩にはいっつもお世話になってますからねー。なのでラノベだけでもクソ重い中、頑張って持ってきましたよっ?」

 

 と、先輩の為に! とか強調しながらも、ホントはこの時間を出来る限り続けていきたいという我欲まみれというね。

 

「若干恩着せがましいがそりゃどうも。つかお世話っつってもラノベ貸してるだけだろ」

 

「それもそうですけど、それの批評会を先輩と出来るのも楽しいんですってば。あとアニメトークもね☆」

 

「ああ、お前ガチオタで隠れオタだからな。俺以外とはこっち系の話出来ないから溜まってんだろ」

 

「だから私オタとかじゃないからぁ!」

 

「はいはい」

 

 ぐぬぬ。なんか最近、こうやって軽くあしらわれるようになってきてね? 最初の頃はリア充美少女香織ちゃん相手に結構緊張してたくせにさー。ま、そんな風に壁無く扱ってくれるトコがまた嬉しいんだけど!

 

 ……おっと、いつまでもにやにやしている場合ではないのである。時間は有限、昼休みは有限なのだから。

 今日はただでさえ時間押しちゃってるんだし、早いトコ至福の時間を楽しんじゃいましょー!

 

「さてっと。お互い貸し借りも済んだ事ですし、そろそろ行っちゃいますかー」

 

「お前張り切りすぎだろ」

 

 なにか問題でも?

 だってさー、めっちゃ楽しいんだもん! つい顔がにひっ☆と弛んじゃうぜ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うふ。ではまずはラノベの話から行きましょっか! 例のシーンについての考察なんですけどー──」

 

「ああ、アレはだな──」

 

「え、マジすか!? でも──」

 

「だからアレはな──」

 

 

 

 ──あー、やっばい! やっぱめっちゃ楽しい!

 

 そうなのだ。今、私ってば青春をすっごい楽しんでんのよ。

 それはもう、どんなに優しくて、どんなにイケメンな彼氏が出来る可能性があろうとも、そんなものに邪魔されたくないくらい……そんなものに時間を費やしたくないくらいに。

 

 もし私に彼氏が出来たとしたら、まず間違いなくこの掛け替えのない時間は消え失せてしまう事だろう。

 

 私は彼氏に気を遣って。

 先輩は私に気を遣って。

 

 だから、この時間を犠牲にしてまで綾瀬先輩と付き合うか? という自問自答には瞬時に答えが出た。はっきり言って、この時間に比べたら素敵なイケメン彼氏なんて全然要らないの。全然惹かれないの。

 

 ……綾瀬先輩、本当にごめんなさい。先輩はホントに素敵な人だって感じました。今の私にこの時間が無かったら、たぶんあなたとのお付き合いを了承してたんじゃないかなぁ? って思います。

 でも今はこの時間がなによりも大切だから、あなたの気持ちに応える事が出来ませんでした。

 こんな私に振られるなんて黒歴史を作らせてしまってごめんなさい。そして、こんな私を好きになってくれて、本当にありがとうございました……!

 

「いや、だからそうじゃなくてだな──」

 

「いやいや、でも私的にはあそこのヒロインの心境は〜──」

 

 我ながら、なんて残念な子なんだろって思うよ。恋愛よりもオタライフ。素敵な先輩彼氏よりも、腐り目の先輩オタ友を選んじゃうなんてさ。

 ……それでも、私にとったらこっちの方がずっと魅力的なんだからしょーがない。だから今の私には恋愛なんて不要。ただただ余計な存在なのである。

 こうして下らない話に花を咲かせながら、この下らない先輩と笑い合ってる今こそが一番大切。

 

「てか比企谷先輩、女の子の気持ちなんて理解できないでしょ」

 

「ばっかお前。物語の中では美少女ヒロインでも、アレ書いてんの中年のおっさん──」

 

「それは言っちゃダメぇェ!」

 

 

 

 ──んー、でもなんだろな。ただ馬鹿みたいにゲラゲラ笑ってオタトークしてるだけなのに、なーんか最近ちょくちょく鼓動が早くなったりするんだよな〜。

 普段キモい死に顔晒してるこの先輩が、時折見せる楽しそうな笑顔を見ちゃったりした時なんか、ね。……心不全?

 

 でも、そんなに心地が悪いもんでもない。てかむしろ心地好いまである。ドキドキというよりはとくんとくん? ちょっとぽかぽかしてちょっとるんるんして、な〜んかいい感じ。

 まるで心臓がご機嫌な鼻歌でも口ずさんでいるみたいな、とてもとても小さなうたみたい。

 

 この心臓のハミングがなんなのかはよく分からない。だって、こんなの初めての感覚だし。いやん! こんなの初めてぇ☆

 だからまぁ、分からないなら分からないで今はまだいっか。今はそんなことよりも、目の前のめくるめくこの素晴らしきトークタイムと、今夜のラノベの続きを楽しもう! そう遠くない未来、この小さなうたの答えに行き着くその日までは。

 

 

 

 

 ──これは私 家堀香織が、まだ本物の恋を知る前の、小さな小さな恋のうたの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、……な、なぁ家堀」

 

「なんですか?」

 

「あー、……なんだ」

 

「はい?」

 

「……またこうして、漫画とか貸してくれると、……まぁ、その、助かる」

 

「っ! ……へっへ〜。まぁ比企谷くんがそこまで言うんなら仕方ないですなー」

 

「うん、ウザいからやっぱいいわ」

 

「わー! 嘘です嘘です! ……ふふっ、かしこま☆」

 

「…………な、なぁ家堀、非常に言いづらいんだが、かしこまの時代はもう……」

 

「やめてェ! それだけは言わないでぇぇッ! ……うぇぇん! まだGWに映画あるからワンチャンあるもぉん!」

 

 

 

 

お終い☆

 

 

 

 




というわけでお久しぶりの香織でした!
久しぶり過ぎてコレが香織でいいのかどうなのかよく分からん('・ω・`)
後れ馳せながら、3月でかしこまが終わってしまった記念に☆

というわけで、また次回お会いいたしましょう!ノシ




さて、ここでちょっとしたお知らせです。
今回を持ちまして、この短編集でのオリヒロ系SSは終了です!
というのも、やはりオリヒロ系というのが好きではない読者様もたくさんいらっしゃるでしょうし、前々からこの短編集でオリヒロ書くのはもうやめよっかな?と思っておりましたので。

なので、今度からは新連載としてオリヒロSS用の短編集をチラシの裏で投稿しようかなー?なんて考えております。最近スランプで筆がなかなか進まないので、オリキャラ短編をチラ裏でやるくらいが一番気楽かな♪と。
てか実は今回の香織SSはソレの1話目として書き始めたんですよね(^皿^;)
でもソレを香織好きな読者様にお伝えする場が無かったので、今回はこちらでの投稿とさせていただきましたm(__)m




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アンハッピーバースデー 〜神様からのギフト〜



ハッピーバースデー!(フライング過ぎ)


多くの読者さま方から「お前あいつ好き過ぎだろw」と、なぜか妙な誤解を受けていることでお馴染みなのにも関わらず、今までこの子のバースデーを祝ったことのない作者がお贈りする、初めてのこの子の生誕祭SSとなります☆←だから早すぎだろ…






 

 

 

「あの……、比企谷くん、ず、ずっと好きでした。……うちと、付き合ってもらえない、かな……っ」

 

 今にも雨粒が零れ落ち始めそうなほどの分厚い雲に覆われる薄暗い屋上。

 出来ればこんな嫌な天気の日に告りたくはなかったけれど、前々からこの日に気持ちを伝えようって決めてたから、意を決して片想いの相手をこの場所へと呼び出した。

 この……うちとこいつの因縁のこの場所に。

 

 

 答えなんかはとっくに解ってる。でもこの気持ちを伝えないと……、この気持ちを吐き出さないと……、うちは永遠に前に進めなさそうで。永遠にこの気持ちを拗らせたままになりそうで。

 だから解っている残酷な答えから全力で目を逸らし、今日、うち相模南にとってとても大切なこの日を、告白の日と決めたのだ。

 

「……その、なんだ」

 

 なんとも気まずそうに目を泳がせるこいつ。大丈夫、そんなに気にしなくたって、どうせ答えなんて解ってるから。だから清々しいくらいに、ばっさりと振ってくれればいいよ?

 

 

 

 ──でもね、やっぱり神様っているんだね。神様は、ちゃんと見ててくれるんだ。神様はちゃんと与えてくれるんだ。願った人に、それ相応のギフトを。

 

「……お前の気持ちはわからんでもない」

 

「……う、うんっ」

 

「お前が、いかに俺を嫌ってるのかくらいは解っているつもりだ」

 

「え……、き、嫌……う……?」

 

「だからといったってな、高三にもなってこんな嫌がらせまでする必要なくない? なに、どっかでカメラでも回ってんの? それともそこの陰からお前の友達連中でも出てきてうぇいうぇい騒ぐのか?」

 

「え……? え……? な、なに言って──」

 

「ご期待に添えず申し訳ないんだが、この手の嫌がらせは中学まででもう済ませてあんだわ。面白映像が撮れなくて悪かったな」

 

「え、ちょ、なに言ってんの……?」

 

 本当に、こいつはなにを言っているのだろう。理解が追いつかなすぎて、全然頭がまわんない。

 

「要件は以上か? じゃあもう行くわ。おつかれさん」

 

「ちょ……、ちょっと待ってよ……! ねぇ、……ちょっと待っ──」

 

 への字に曲がったうちの口から紡ぎだされる悲痛な叫びは、屋上の扉の閉まる重々しい音によって、いとも容易く掻き消される。まるで朝から……、んーん? 今日この時のために何日も前からずっとヤル気満々だった今のうちの心のように、泡のようにあっけなく消えていった。

 

 

 ──神様ってさ、本当にいるんだね。間違いを犯したままの愚かな子羊には、ちゃんと振られることを許してはくれないどころか、気持ちさえ伝えさせてくれないんだってさ。

 

「……あ、…………降ってきちゃった……」

 

 うちの心が折れたのと同時に、どうやら雨雲も天からの猛烈な指令に心が折れてしまったみたい。

 

「……あーあ、だからヤなのよ。六月の誕生日なんて……」

 

 

 梅雨真っ盛りのうちの誕生日はいつも雨。いつもジメジメしてて、いつもどんよりしてて、いつも陰鬱な気持ちになるから自分の誕生日が大嫌い。

 

 そしてうちは、ついに降り出してしまった雨に濡れる事など気にも止めず、ただ雨音と雨粒に身を委ねる。うちなんて、このままずぶ濡れになってしまえばいい。どうせいつもの事だから。雨に濡れる誕生日なんて。

 

 

 でも、もう開くはずのない扉を茫然と見つめ続けるうちの頬をつーっと伝う水滴は、ただの雨粒のくせになんだか塩辛かった。

 

 

 ──アンハッピーバースデー、うち。

 

 

× × ×

 

 

 うちがあいつを好きになったのっていつからだったっけ。

 

 花火大会で存在を認識して見下して、文化祭の準備期間に結衣ちゃんと一緒に見下して、でも文化祭が終わる頃にはいつの間にか見下されてた。

 こんな底辺に見下されるなんて、どうしても許せなくてどうしても認められなくて、少しでも溜飲を下げたくて陥れて、学校中の嫌われ者になったのを見てザマァって笑ってた。

 

 それなのに、そんな感情は体育祭で一変した。

 

 文化祭であんな事があったのに、なぜかうちを体育祭運営委員長に打診してきたあの部活。

 意味がわからなくて当然拒否したけど、葉山くんが間に入ってきたから仕方なく請けたうち。

 結局奉仕部がなぜうちに打診してきたのかは未だ不明のままだけど、あの部活の事だ、どこかからなにかしらの依頼があったんだろう。

 うちを運営委員長にして欲しいとかいう意味わかんない依頼なんて、誰がしたのか知りたくも考えたくもないけど。

 

 で、雪ノ下さんと結衣ちゃんが交渉に来た時にはあいつ居なかったから、「うちとは関わりたくないからボイコットしたんだろうな」って安心してたのに、運営が始まったら首脳部側に当たり前のようにあいつが居たのを見てうんざりしたっけ。

 は? なんでこいつ居んの? どの面さげてうちの前に顔だせんの? って。

 

 そして不安と不愉快のなか始まった体育祭運営委員。当然というか必然というか、うちは文化祭の時より酷い目にあった。いま考えると自業自得すぎて笑えるけど。

 酷い目に合いながらも時間だけは残酷に過ぎ去ってゆく中、うちの手助けをしてくれたのは、うちを救ってくれたのは、悔しいことに一番大嫌いなあいつだった。当時は悔しくて悔しくて、今うちはこいつに助けられてるんだ、なんて一切認められなくて、あいつの事は視界に入れないように、声は耳に入らないように努めていたけど。

 

 でも、どんなに見えないフリしたって聞こえないフリしたって、同じ会議室内で仕事をしている以上、どうしたってあいつを意識してしまう。死ぬほど嫌いだからこそ、尚更なのかもしれない。

 そうして自分に嘘を吐きながらも実行委員会であいつと一緒に仕事をしている最中、うちはずっと思っていた。こいつってホントに性格最悪だなぁって。ホントに性格腐ってるなぁって。

 相互確証破壊──だっけ? アレの内情を語ってる時のあいつなんてマジで最低辺な人間だって思えた。なんでこいつってこんなにズル賢い発想ばっか次々出てくんの……? ホント最悪だ、こいつ、って。

 

 

 ──でも、ね、そんとき思っちゃったの。ズル賢い比企谷を見て感じちゃったのよ。こんなにもズル賢い最低のヤツが、うちを連れ戻しに来たあの時、あんなあからさまなヘマをするだろうか? 自分が加害者になってしまうようなヘマをするだろうか? って。

 よしんばヘマしたとしたって、あの件が元で自分に災難が降り掛かっている最中、このズル賢いヤツがその災難をただ黙って受け容れるものだろうか? って。

 

 あれだけズル賢くて汚い男だ。自分の身の潔白を証明する方法なんていくらでも思いついたはずだ。自分だけが加害者のままでいるはずなんてないはずだ。なんの躊躇いもなく、ただうちを犠牲にすれば済むだけの話なんだから。

 

 それなのにあいつはなにもしなかった。あいつはただ、我が身に降り掛かる災難──いや、人災をただ黙って受け容れていた。

 

 だから気付いた。どうしようもないバカのうちでも気付いてしまった。うちは比企谷に救われたんだって。あいつが居なかったら、多分うちはあの体育祭で潰れてた。華やかなスクールライフは終わってたんだって。

 

 それに気付いてしまってからは、うちは知らず知らず比企谷を目で追うようになっていた。

 修学旅行中。結衣ちゃんや雪ノ下さんと楽しげに自由時間を過ごすあいつの姿にモヤモヤしたり、街で偶然見掛けた他校の女子二人となぜか葉山くんの四人で遊んでるあいつの姿にモヤモヤしたり、なんか知んないけど一年女子と一緒に居るようになったあいつの姿にモヤモヤしたり、なぜかその一年が生徒会長になって、その生徒会長とちょくちょく行動を共にするようになったあいつの姿にモヤモヤしたり。

 

 ……モヤモヤモヤモヤ。モヤモヤモヤモヤ。

 なんだ、うちってあいつが他の女と一緒に居るのを見るたびにいつもモヤモヤしてんじゃん。

 なんで? なんでこんなにモヤモヤすんの? なんでこんなに胸が締め付けられんの?

 

 ──ああ、そっか。うち、比企谷に恋してたんだ。

 

 

 

 それを認めてしまうまでには色んな葛藤があったけど、ひとたび認めてしまえばなんのことはない。うちは、たぶん体育祭の頃からずっとあいつに夢中だったんだ。嫌よ嫌よも好きの内ではないけれど、うちの頭の中は、あの頃からずっとあいつでいっぱいだったんだ。

 

 気付いてしまった、認めてしまったその想い。でもその気持ちを表に出すなんて……好意を示すなんて到底無理な話なわけで。

 

 うちが比企谷への好意を表立って示すには、たくさんの障害を乗り越えなければならなかった。

 文化祭、体育祭での謝意と謝罪の数々。それに伴い、それらの件で比企谷への悪評を生み出してしまった自身の罪の周囲への公表。

 

 弱虫で卑怯者のうちにはそれらは余りにも難しすぎて恐すぎて、だからうちは……………………、好意を示す事からも逃げ出した。

 

 

 それからは好きを成就するのを諦めて、ただこっそりと秘めた想い人を眺める毎日が過ぎていった。

 そんな毎日は、正直全然満足なんて出来なかったけど、虚しかったけど、それでもうちは我慢してただただ毎日眺め続けた。でも、そんな惨めな毎日でさえ、どうやらうちみたいな卑怯者には贅沢だったらしい。

 三年生に進級してクラスが変わると、唯一の楽しみだった“こっそり眺める”という虚しい行為さえも出来なくなる。当然だ。だって教室に彼が居ないのだから。しかも理数系を選んだうちに対して比企谷は文系。教室がめちゃくちゃ離れてしまった。

 あいつ、ズル賢くて計算高い嫌味なヤツだから、てっきり理数系なんだろうと思って理数系を選択した大博打が大外れ。同じクラスになれたらいいなどころか、教室が真逆になっちゃった……

 

 これはもう神様からのお達しなんだ。気持ちを示す事も出来ず眺める事も出来ない以上、とっとと諦めてしまえ、お前には誰かを想う事さえ贅沢なのだ、と。

 

 

 それでもダメ人間のうちは諦められなくて、忘れられなくて、そして選んだ手段が誕生日の告白というぶっ飛んだモノだった。

 あいつの下駄箱に手紙を入れておけばいいやって、そしたらあいつは来てくれるはずだって、そう思ってついに行動に移してしまったうち。

 謝意も謝罪も周りへの訂正もなにもせず、一足飛びどころか十足も百足も飛び越えてしまった突然の方向転換。

 告白さえしてしまえば……、好きって気持ちさえ伝えてしまえば……、その言葉の中に全部が込められるんじゃない? って、うちはあんたが好きなんだから、もう謝意も謝罪もわざわざ口にしなくたって解ってくれるよね? って。本当は、それからもただ逃げたかっただけのクセにね。

 

 

 うちは、ホントは比企谷に謝意と謝罪を伝えるのが恐かったんだ。もしかしたら、その時点で拒絶されてしまうかもしれないから。

 今更なに言ってんだって。どうでもいいって。わかったからもう俺に関わんないでくんない? って。

 だからそこから逃げたかったうちは、卑怯にも先に告白してしまうという手段を選んだ。拒絶する前に好きって言われたら、優しい比企谷ならにべには出来ないんじゃないかって、自分の事を好きな女からの謝罪と謝意なら受け取ってくれるんじゃないかって、そんで奇跡的に上手くいけば、これを機に仲良く出来るんじゃないかって、…………いま思えば、そんな浅ましい気持ちが多量に含まれていたんだろう。

 

 そんなうちに神様が与えてくれたギフトは──後悔。

 

 なにも伝えていないのに、好きって気持ちなんて伝わるはずがない。うちは、そんな事さえも解らなかった。

 こんな事になるのなら……、ちゃんと振られたり、想いを伝える事さえ出来ないんなら、だったら早く言っておけばよかった。あの時はごめんなさいって。あの時はありがとうって。

 

 

 

 ──伝えておけば、もしかしたら好きって想いもあいつに伝わったのかな……。そしてちゃんと振られることが……諦めることが出来たのかな……

 

 そんな、あまりにも惨めな後悔という気持ちこそが、梅雨の真っ只中、しとしと降る雨に濡れる十八回目の誕生日に、うち相模南に神様から与えられたギフトでした。

 

 

 

 






というわけで、さがみんの誕生日をお祝いするさがみん悲恋SSでした(*> U <*)これは酷い。

まぁたまにはこんな悲恋のまま終わってもいいんですけど、まだ誕生日までには多少お時間ありますので、ここからの大逆転SS(逆転するとは言ってない)をさがみん生誕記念日の6月26日に投稿します☆

ではではまた10日後にお会いいたしましょうノシノシ




あ、知らない人と興味のない人は知らないとは思いますが、別にこの2ヶ月間なにも書いてなかったわけじゃないですよ?
実はもうチラ裏にてオリキャラのどうでもいい短編集をスタートさせてますので、興味はあっても知らなかった読者さんはどうぞ覗きにきてみてくださいね♪




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ハッピーバースデー 〜神様からのギフト〜



超久々の0時投稿。
前編5000文字、後編18000文字。……おかしくね?

さがみん半端ないって!アイツ半端ないって!こんな状況なのにめっちゃ懲りないもん!そんなんできひんやん普通('・ω・`)




ちなみに今回、さがみんが到底ヒロインとは思えないような不適切な発言を繰り返します。
まさかさがみんにこんな卑猥な言葉を言わせまくるなんて。
フッ、さすがはさがみんの事を別に好きじゃない作者だぜ。




 

「……もう、ぐっちゃぐちゃじゃん……」

 

 

 

 今世紀最高なんじゃないかと思えるほど大失敗した告白劇。いや、あれは告白劇というよりただの茶番劇か。

 あれからしばらくその場を動く事が出来なかったうちは、しとしとと降り続ける雨に濡れながら、しばらくの間ひとり天を仰いでいた。

 

 それからは自分でも自分がどういう行動を取ったのかはよく覚えていない。気が付いた時にはもう今の状況──、すでにしとしとからザーザーへと変わってしまった雨の中、傘も差さずに駅までの道をぼんやりと歩いていたのだ。

 

「……ばっかみたい。これじゃ駅着いても電車にも乗れないじゃん……」

 

 いくら失意のドン底だからって、一応一端(いっぱし)の女の子であるうちが、下着までぐっちょりのこんな惨めな様で電車になど乗れるわけもない。確か折り畳みがスクールバッグの中に入ってたはずだけど、今さら差したところで焼け石に水。なんの意味もない。

 ……ホント我ながらなにやってんだか。悲劇のヒロインでも気取ってるつもりかっつの。どこからどう見ても喜劇のクラウンでしょうが。しかもめっちゃスベッてるヤツ。

 

「……あ〜あ、もうどうでもいいや。このまま歩いて帰ろっかな……」

 

 歩きはおろか自転車でさえ帰ったことないけど、二〜三時間も歩いてればたぶん着くよね。

 ずぶ濡れだろうが風邪ひこうがもうどうでもいい。今はただこのまま、惨めに雨に濡れていたい。それが、アンハッピーバースデーなうちにはお似合いだから。

 

 

 

 そんな、余りの自虐的思考に自分で自分を鼻で笑っていた時だった。パァァァッ! っと、まるで音が割れたラッパの音みたいな、耳をつんざく大音量に全身を襲われたのは。

 

 ──あ、ヤバい……。これ死んじゃうかも……

 

 ほぼ無意識でとぼとぼ歩いていたのに加え、どしゃ降り故の視界の悪さに全く気が付かなかった。自分が交差点に足を踏み入れていた事を。

 右からは、なかなかのスピードで迫りくるヘッドライトの光と甲高いラッパのようなクラクション。

 そして、霞みがかったような視界の先にあるぼんやり浮かび上がった歩行者信号の灯りは、残念ながら赤色に光っていた。

 

 ……あ〜あ、やっちゃったよ……。まさか誕生日に信号無視して車に轢かれちゃうなんてね。ホントどんだけぼーっとしてんのようち。

 ごめんね、お父さんお母さん。せっかく綺麗に健やかにここまで育ててくれたのに、うち、十八回目の誕生日に死んじゃいそうだよ……。たぶん今夜はご馳走とかケーキとかプレゼントとか用意してくれてるだろうに、それも全部無駄になっちゃいそうだよ……

 もし上手いこと生き延びられてたら、ご馳走とケーキはどっちにしろゴミ箱行きだろうけど、あとでプレゼントだけ有り難くいただきます。

 

 あ、そうだ。あと運転手さんもごめんなさい。うちのせいで今後の人生台無しにしちゃうかも。

 もし上手く生き延びられたらちゃんと証言するからね。ぼーっとしてて信号無視したうちが全部悪いんですって。

 

 ……あはは、なんだこれ。今にも轢かれそうだってのに、頭に浮かぶのはこんなんばっか。超冷静に事の成り行きを見守っちゃってんじゃん、うち。逆に凄くない?

 

 ……ホント、今日は最低最悪の誕生日だ。それもこれも比企谷が全部悪い。うちの告白を台無しにしてくれたお前が全部悪いんだ。何日かしたら、絶対枕元に出てやるからな。うらめしやーって、恨みがましく枕元でしくしく泣いてやる。

 ……でも、うちあいつの家知らないや。おばけとかになれば、都合よくあいつの家わかったりするのかなぁ。わかるといいなぁ。あいつの枕元に立ちたいなぁ。一目だけでもいいから、せめてもう一回あいつの顔を眺めたいなぁ。

 ……うちが死んだら、あいつ、少しくらいうちのこと思い出してくれたらいいなぁ……

 

 

 ──そんな小さな願いを胸に抱きながら、うちは軽い衝撃と共に宙を舞った。

 

 

× × ×

 

 

「比企谷ぁ〜、痛いよぉ〜、もっと優しくしてよぉ」

 

「……うっせーな」

 

 

 結論から言うと、うちは死ななかった。死ななかったどころか、車に轢かれてさえいない。

 一瞬とはいえ死を覚悟したというのに、死にもせず轢かれもせず、なぜか現在は枕元に立ちたいとかいうバカ丸出しの願いを込めた相手の耳元で、とても甘えた声を出しているうち。なんだこれ?

 我ながら節操がなさすぎるし切り替えが早すぎる。でもなんか幸せだし、ま、いっか。

 

 

『バカ野郎! 信号無視した挙げ句棒立ちとか、お前自殺志願者かなんかなのか!?』

 

『……あ、れ? 比企谷……?』

 

 宙を舞い、水溜まりにべちゃっと転がったうちの身体は、想像してたよりずっと痛くなかった。なんかこう、腕とか足とかが有らぬ方向に曲がったりして、もっと凄い衝撃とか激しい痛みが襲ってくるもんなんじゃないの? なんて思っていたら、これから枕元という席を予約していたはずの想い人が、なぜかすぐ近くで猛烈に怒ってたんだよね。

 

 すぐそばには好きな男。少し離れた場所には、好きな男が差していたのであろう、投げ捨てられ転がった傘がひとつ。

 そう。うちは比企谷に助けられたのだ。たまたまうちの後ろを歩いていたらしい比企谷が、ザーザーと降り続く雨など気にも止めず、傘を投げ捨ててまで事故寸前のうちに駆け寄ってきてくれたのだ。

 轢かれて宙を舞ったのだと錯覚しちゃったけど、どうやら後ろから凄い勢いで腕を引っ張られた事により、後方へと──、安全地帯である歩道へと投げ出されたみたい。

 

『なんで比企谷居んの? さっき帰んなかったっけ?』

 

 傷モノにならずに済んだというのに、命が助かったというのに、あの時、水溜まりにぺたんと座りながら惚けた顔したうちの口から出てきたのは、到底事故死寸前だった人間とは思えないような間抜けな質問だったっけ。

 

『……は? 今それどころじゃないだろ……。はぁぁ……、ったく。帰ったっつったって、俺あれから部活行ったし』

 

『あ、そっか』

 

 震えと緊張に包まれるはずの緊急事態にも関わらず、なんとも緊張感のない間抜け面のうちの姿に、呆れて深く溜め息をついた比企谷の言葉にようやく事態が飲み込めた。

 振られて、いや、振られる事さえ許されずに嘆いていたあの時のうちには、物事を冷静に判断する力などなかった。よくよく考えたら、うちの制止を振り切って屋上から立ち去った比企谷が向かう先は、自宅ではなくあの部室に決まってた。

 

 ……なんてこった。それじゃうちは、あの後しとしとと雨が降り続く屋上で、下校時刻まで無心につっ立ってたってことじゃん。凄いな、うち。

 

『てかそんなこと今はどうだっていいだろ……。まずはいい加減立て。そこお前んちの風呂じゃねぇだろ』

 

『あ』

 

 自分の凄さ……まぁ平たく言うと凄いバカさ加減に唖然としていると、比企谷から至極当然な忠告が飛んできた。

 そりゃそうだ。うちが浸かっているのはバスタブじゃなくて水溜まり。いくら六月とはいったって、肌寒い梅雨時期の雨で出来た水溜まりは、身体を芯から冷やすのだから。

 些か嫌味ったらしい例え方がいかにも比企谷らしいな、なんてちょっぴり口角を上げながらも、うちは立ち上がる為にびちゃびちゃのコンクリートに手を付けるのだった。しかし──

 

『……よいしょ。……つッッ!!』

 

 宙を舞ってからというもの、腕とか太ももとかのちょっとした擦り傷程度の痛みしか感じなかったというのに、立ち上がろうとした瞬間、突然足首に激痛が走った。

 

『おい、大丈夫か……?』

 

『痛ったぁ、なんか足ひねったみたい。比企谷が乱暴に引っ張って雑に歩道に投げ出されたせいだわコレ』

 

『おいテメェふざけんな。むしろ足ひねる程度で済んだことに感謝すべきだろ』

 

 そこはもちろん感謝してる。感謝はしてるはずなんだけど……、でもぶっちゃけ、今の現状が色々と夢心地過ぎて、危なかった実感も助かった実感も助けられた実感も、なんなら、こうして比企谷と普通に会話できてる事さえも実感ないんだよね。

 だからこそなのだろう。轢かれそうになった恐怖も助かった安心も、さっき告白が失敗したばかりの比企谷との会話の気まずさや気恥ずかしさもそんなに感じることなく、こうして冷静でいられるんだろうな。

 多分この夢心地ゆえの傍若無人さは、夜な夜なベッドの中ででも思い出して悶えることになるだろう。

 ……よし、だったら様々な興奮によりアドレナリンが分泌しまくって好き放題やれている今の内に、その勢いのまま、本能のままに動いてやる。

 

 後悔先に立たず。後悔ってやつは、先に悔やむ事は出来ない。

 ついさっき、ああしてれば良かったという後悔の念に押し潰されてたばっかじゃん。これからやらかしちゃう行動で、もし比企谷にうざがられたって引かれたって気持ち悪がられたって、ああしてれば良かったっていう後悔なんかより、ああしなきゃ良かったって後悔の方が遥かにマシ。

 だからどんなに無茶苦茶だろうとも、もう最低最悪の後悔をしないよう、本能のままに、やりたいようにやってやる。

 

『ヤバい、ちょっと痛くて立てないかも』

 

『マジかよ……。はぁぁ、じゃあ病院行かないとだな。悪いが傘差してちょっと待ってろ、平塚先生とか呼んでくっから』

 

『え、別に呼ばなくてもいいよ』

 

『は? 動けないんじゃどうしようもねぇだろ。タクシーでも呼ぶのか?』

 

『先生とかタクシーがなくたってあんたがいんじゃん。比企谷がおんぶしてよ』

 

『……へぁ?』

 

『ぷっ、なにその変な声、超キモいんですけど』

 

『……あのな、いきなりそんなこと言われたら変な声くらい出んだろ……。そして断る』

 

『なんでー? いいじゃん、比企谷に傷モノにされたから歩けないんだし』

 

『おまっ……! ひ、人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ……。つか俺におんぶされるとか、女子にとっては拷問だろ』

 

『だいじょぶ、我慢するから。いいから早くおんぶしてよ。もうパンツまでぐっちょりでこのままじゃ風邪引いちゃうじゃん。ほらー、おんぶー!』

 

『パンツまでぐっちょりとか言うなこのビッチが……。…………はぁぁ〜、なにこれ、やっぱとっととチャリで帰ってりゃ良かった……』

 

 

 

 ──と、そんな流れで今に至る。ほんの十分そこら前の出来事だというのに、こうしてちょっと思い出しただけでもあまりの支離滅裂さに恥ずかしくなる。うち、控え目に言って頭おかしすぎない……?

 

 左手で比企谷の傘を差しながら、右腕は比企谷の首に回して後ろからぎゅうっと抱き締める。熱く燃え上がる頬には、さっきから何度も比企谷の頬が当たってる。

 ついさっきまで、もう二度と交わることなどあり得ないと思っていたうちと比企谷の距離は、今ではほんの少し首を横に捻れば、あんたの頬っぺに唇だって触れてしまえる距離なんだよ?

 なんていうか、今はアドレナリンが分泌して興奮状態だから、恐怖も羞恥も嬉しさも夜になってから思い出すんだろうな──なんて甘い考えをしていられたのは、比企谷の背中にぎゅっと抱き付いて、冷えきった身体がこいつの体温を感じるまでのほんの一瞬だった。……ヤっバい、ドキドキが半端ない。「うわ……お前マジで全身びちゃびちゃじゃねぇか……、背中とか気持ち悪いからあんまくっつくんじゃねぇよ……」とか嫌っそうにぼやかれて、一瞬で我に返ったけど。

 だからなんかムカついたから、比企谷の背中に思いっきりムネをぐりぐり押し付けてやった。

 どうせホントはうちのムネが背中に当たるから気になっちゃっただけでしょ? なにがびちゃびちゃで気持ち悪いだっつの。ホントは超きもちークセにぃ。

 

 

 でもちょっと調子に乗りすぎちゃったかも。勢いのまま比企谷に抱き付いてはみたものの、冷静になるとこれはかなり恥ずかしい。

 密かにムネの感触を楽しんでいるであろう比企谷も俯いて黙りこくっちゃうもんだから、気まずさがより一層際立ってしまう。

 

 そんなわけで、この照れ臭さを誤魔化す為にも言ったんだよね。もっと優しくしてよぉって。だってこいつ、この面倒くさい事態をとっとと収拾してしまいたいのか、背中に背負ってる怪我人の具合なんて無視して急ぎ足で歩くんだもん。そんなに急いだら足首に響くだろ、ばーか。

 まぁホントは、あんま急がれるとこのレアな時間が早く終わっちゃいそうだから、もっとゆっくり歩いてよ、ってことなんだけどね。あんたに抱き付けるチャンスなんてうちには金輪際巡ってこないんだからさ、ちょっとは気を利かせてよ、ばーーか。

 

「〜♪」

 

 切ない片想いの相手のあまりの気の利かなさにやきもきしながらも、どうにも口元のニヤけが収まらない。

 今さら傘なんて差す意味もないくらい頭も制服も下着までびっちょびちょで気持ち悪いはずなのに、そしてそんなうちを背負わされる羽目になってしまった可哀想な比企谷の背中もぐっちょぐちょで、そんなびちょびちょぐちょぐちょの二人が密着する相乗効果によって不快指数が半端ないはずなのに、今が今までの人生で最高に気持ちがいい。

 

 ついさっきまでの反省やら後悔もすっかり忘れて、思う存分比企谷の匂いと感触とぬくもりを堪能しちゃってるうちには、またさらなるバチが当たっても文句は言えないだろう。

 ホント、こういうとこがダメなんだよね、うち。今が楽しければそれでいっかって現実逃避しちゃうとこ。

 その積み重ねの先にあったのが文化祭と体育祭での失態と、その失態をフォローしてくれる為に犠牲になってくれた比企谷への罪悪感でしょうに。いい加減反省しろ、バカ南。

 

 ……まぁこればっかりは、生まれてからの十八年間でこの身に深く染み付いてしまった厄介なモノだから、はいそうですかと、おいそれ直せるもんでもないけれど、それでもほんのついさっきまでは自分の駄目さ加減にあんなに絶望してたんだ。だったら、ダメだと気付いたんなら、その都度その都度できる事をこつこつやっていこう。

 比企谷を全身で感じていられる今この瞬間の幸福にいつまでも溺れてないで、とりあえず今しなくちゃいけない事はしっかりやらなきゃね。

 

「あの、さ……比企谷」

 

 そしてうちは気恥ずかしさゆえのこの長い沈黙を破る。

 まだ比企谷のぬくもりに溺れてたいし、ぶっちゃけこのドキドキ感のなか言葉を交わすのは恥ずかしいけど、ダメダメな自分を少しでも清算するせっかくのこのチャンス、もう無駄にはしたくないもん。

 

「…………んだよ」

 

 すると少しの間をあけて、比企谷は心底めんどくさそうな返事をくれる。ほんの数センチ横にある耳が赤いことから、めんどくさいんじゃなくて、どうやら比企谷もこの状態でうちと言葉を交わすのは照れ臭いらしい。

 そりゃね。比企谷からすれば、うちの切ない声が甘い吐息と共にすぐ近くから流れてくるんだもん。ドキドキしないわけがない。

 

「あのね、……ありがと。助けてくれて」

 

 だからうちは、比企谷にうちという女の子をもっと意識してほしくて、ほんの数センチ横の耳へそっと囁いた。近すぎて、すこし唇が耳に触れちゃったかも。

 へへ、サービスだよ? ゼロ距離から漂う女の子の甘い匂いと背中の柔らかな感触の記憶と共に、今夜のオカズにしてもいいんだからね?

 

「……は?」

 

 すると比企谷、うちの予想と違って、なんか顔をしかめてやがる。

 いやいや、緊張するなりドキドキするなりでテレテレになるならわかるけど、なんでそこで顔しかめるかなこいつ。

 

「……な、なによ」

 

「い、いや、相模に素直に礼とか言われると、なんかこう、鳥肌がな」

 

「はぁ? なにそれ、人がせっかくお礼言ってあげたのにそゆこと言う……!? ホンっトこいつマジムカつく」

 

「お、おう。思ってたより恩着せがましいお礼だったみたいで安心したわ。そっちの方が相模って感じでやりやすい、って痛てぇっ!」

 

 凄い失礼なこと言われたから耳をつねってやった。

 ホントはカプッと噛み付いてやろうかとも思ったんだけど、やめといてあげたんだから感謝してよね。まぁ別に比企谷の為にやめたんじゃなくて、下手に耳なんてかじっちゃったら、性欲に負けてそのまま超エロく耳にキスとかしちゃいそうだったからだけど。ぴちゃぴちゃって、やらしい水音響かせて。

 好きな男と密着中の女の性欲を舐めないでもらいたい。今うちのパンツ濡らしてんのは雨のせいだけじゃないんですからね。

 

「……ってぇな。つうか別にお前を助けた覚えなんかねぇから気にすんな」

 

 と、うちが理性と欲望の狭間で頑張って戦っていると、なんか比企谷が捻くれはじめた。こういう時のこいつ、マジめんどいよね。

 

「は?」

 

「歩いてたら、たまたま傘も差してない変な女が前を歩いてて、そいつがふらふらと赤信号渡り出しちゃったもんだから、思わず後ろから引っ張ったらたまたま相模だったってだけの話だ」

 

「……あっそ。ぷっ、ひひ」

 

 まったく。なんともこいつらしい捻くれた言い回しだこと。そんなこと、わざわざ言わなくたって解ってるってのに。うちだから助けてくれたわけじゃないってことくらいはね。

 ……でもね、逆に、うちだとわかってても助けてくれたんだろうなってこともちゃんと知ってるよ? 恥ずかしがっちゃうだろうから言わないでおいてあげるけどね。

 

「そ、そもそもだな、なんでお前、あんなとこで車に轢かれそうになってんだよ。雨で信号見えてなかったのか? だいたいこんなに雨降ってんのに、傘も差さずにふらふら歩いてんじゃねぇよ、アホか」

 

 照れ屋で捻くれ屋の気持ちを慮ってわざわざ本音を言わないでおいてあげたのに、わざわざ『たまたま』を連呼してまであんなにわかりやすい憎まれ口を叩いた比企谷。そしてそんなあまりの捻くれっぷりに思わず噴き出してしまったうちというシチュエーションでは、うちの親切心もバレバレというもの。

 うちの生暖かい優しさに居心地が悪くなったのか、比企谷は仕返しとばかりにうちの愚行を攻め口にして反撃を計る。

 

「は? しょーがないじゃん」

 

 ──でもね、それで反撃になってると思ってるかどうか知んないけど、残念ながらそれ悪手だから。

 

「誰だって自暴自棄になって、気持ち此処にあらずになるに決まってんでしょ? ……ほんの数時間前に、あんだけ無惨な失恋すればさ」

 

「な……っ!?」

 

 ざっまぁ。こんな追撃が来るとは思ってもみなかったんでしょ。

 普段は冷めきった態度ばっか取ってる比企谷の慌てふためく様はなんとも気分がいい。なんていうか、うちのSっ気を否応なしに刺激する心地よさ。

 

「い、いや待て待て待て、アレはただの嫌がらせだろうが……! 人をヘイトしといて勝手に自暴自棄になるとか意味わかんないんだけど」

 

「だからさー、あの告白、誰が嫌がらせなんて言った? 勝手にうちの気持ちを判断して勝手に納得しないでくんない? アレ、本気の告白だから。うち、比企谷すっごい好きだから」

 

「……ぐぅっ」

 

 比企谷の動揺が面白くって、いつにも増して滑らかに回りまくるSっ気たっぷりのうちの口。

 なんか凄いこと言っちゃったような気がするけど、なんかまたもやアドレナリンがガンガンに湧いてきちゃって、もう口も気持ちも止まらない。

 ならいっそ、思いの丈を全部言ってやる。さっきはうちの気持ちを伝えられなかったから、死ぬほど好き好き言ってやる。もう後悔なんてまっぴらだから、うちの想いを踏み躙ったこいつを悶え死させちゃうくらいに、何度でも何度でも。

 

「だ、だがお前が俺のことを好……、そ、そういう思いを抱くようになる要素なんてどこにも──」

 

「だから勝手にうちの気持ちを決めないでって言ってんでしょ。好きになる要素が無いどころか、好きになる要素しかないから」

 

「け、けどな──」

 

「あー、もううっさいなぁ! 好きなの! めちゃくちゃ好きなの! 相模南は比企谷八幡が死ぬほど好きなの! 好き好き大好き! 狂おしいくらいめっちゃ好きぃ!」

 

「お、おい馬鹿やめろ、ここ外だからそんなに叫ばないで! ひ、人に聞かれたらどうしてくれんだ……!」

 

「あんたがしつこいから悪い! うちは人に聞かれたって構わないから、だから大声で好きを発表したって平気なのよ! 街中でこんだけ叫べば、いくら捻くれ者のあんたでもさすがに嫌がらせだって疑えなくなるでしょ!? どう? うちの気持ちがホントだって認めた!? まだ認めないとか言うんなら、このままずぅっと好き好き叫んでやるからね!」

 

「わ、わかった、わかったから……! そ、その、お前が俺のこと好きなのはわかったから……! だ、だからもうやめてくれ、し、死んじゃうから……!」

 

「…………よしっ」

 

 ようやく折れた比企谷に、うちはふんすっと鼻を鳴らす。

 ふふん。あんまうちを舐めんなよ? 普段情けないぶん、腹をくくった時のヘタレは恐いのよ。今夜、毛布の中で丸まって悶え苦しむ事なんてとっくに覚悟済み。まぁ比企谷も無理心中ばりに巻き添えにしてやったけど。

 うち一人では死んでやんない。あんたも今夜は目一杯悶えやがれ、ざっまぁ!

 

「て、てかこいつ、さっき屋上で告……っ、あ、あん時と態度違いすぎだろ……。あんなにしおらしくしてた上、くん付けとかしてたくせに……」

 

「はぁ? そんなん当たり前じゃん。告ってるトキは好きなヤツに少しでも可愛く見られたいから猫被るもんでしょ。でも今や告白大失敗したあとなんだから、あんな風に可愛らしく取り繕う必要とかないし」

 

「……くっそ、いっそ清々しいな……」

 

 

 ふふふ、完全論破で完全勝利! さっきめちゃくちゃ泣かされた恨みを思い知れ!

 心底呆れたように嘆息しながらも、すぐ横にあるこの男の耳が誤魔化しようのないほど赤々と染まっているのがわかり、うちの心もなおさら昂揚してきた。

 

 

 ──ようやく、ようやくだ。ようやくうちの気持ちを届けられた。死ぬほど恥ずかしいけど……あとで死ぬほど悶えそうだけど……!

 

 それに、ちょっと調子に乗りすぎちゃったから、余計嫌われて余計避けられちゃうかもしれない。だけど、うちが比企谷を好きなんだって気持ちが嘘だと思われたままでいるよりずっといい。だから、絶対後悔なんかしない。

 

 

 ……でも、これじゃまだ駄目だ。こんな力ずくなやり方だけじゃ、気持ちは伝わっても想いまでは伝わらない。うちの気持ちが伝わっても、なんで好きなのかが伝わらなければなんの意味もない。想いを伝えられなければ、なんの反省にも成長にも繋がらない。

 

恐い。本音を言うのは……真実を打ち明けるのは恐い。でも一番大切な“想い”を伝えるために、恐くて仕方ないけどもうひと頑張りしよっかな。

 

「……ねぇ比企谷」

 

 つい今しがたまでの勢い任せの口調から、急にトーンを変えたうちからの呼び掛け。密やかに、耳元でそっと囁くように。

 そんな突然の豹変に、比企谷はぴくっと身を潜める。今度はなに言われんのかって警戒してるのかな。

 でも大丈夫。もう変なこと言わないから。

 

「あの、ね……? ……ありがと。それと、……ごめんなさい」

 

「……あ? ……礼ならさっき受け取ったぞ。あと謝るくらいなら強引に運ばせんな」

 

「違うから。そっちじゃなくて、今のありがとうとごめんなさいは、今までの全部に対してのありがとうとごめんなさいだから」

 

 ああ、やっばいなぁ……。唇も身体もすごい震えてる。なんだか目頭も熱くなってきちゃった。

 こんなにも恐いものなんだなぁ、後ろめたい気持ちを正直に白状するのって。

 

 

 子供のころ、お母さんが大事にしてた口紅をクレヨン代わりにして遊んで台無しにしちゃって、でもそれを白状するのが恐くって……お母さんに嫌われちゃうかもしれないのが恐くって……、ふるふる震えて涙を浮かべながら、夕方まで押し入れに隠れてた時の事を思い出す。

 夕方になって押し入れから出たら、うちが居なくなった事を心配してあちこち駆け回ってたお母さんにしこたま怒られたけど、最後には口紅なんてどうだっていいからって優しく抱き締めてくれたっけ。

 ……うちは子供のころからまるで成長できてない。怒られるのが嫌で、嫌われるのが嫌で、だから未だにそこからすぐ逃げ出してしまう。うちはあの頃のまま、十七年という長い月日を過ごしてきてしまった。

 ……でも……

 

 

 ──今日はうちの十八回目の誕生日。これは、そんな子供のままの弱い自分を脱却する機会なんだよね。

 比企谷はうちを愛してくれてるお母さんじゃないから、正直に話したって優しく抱き締めてなんてくれないだろう。卑怯者だ、卑劣な女だって罵られちゃうかもしれない。でも、それは仕方のない事なんだから、それならそれで結果を全て受けとめようよ。

 

 緊張で口の中がぱさぱさに乾いてしまったけれど、覚悟を決めたうちはこくりと咽喉を鳴らし、そして大好きな男の心に、心からの言葉を紡ぐ。

 

「……うち、知ってるんだ。今まで比企谷に散々助けられてきたってこと。うちのせいで、比企谷が辛い思いしちゃったことも。……ホントはもっと早く言いたかった。早くお礼が言いたかった。早く謝らなくちゃならなかった。……でもうちは卑怯でヘタレで自分大好きな甘ちゃんだから、恐くて言えなかったの。言っちゃったら、学校でうちの立場が悪くなっちゃうって思ったし、余計比企谷に避けられちゃうかもって思って恐かったから。……ホント、ただの狡い自己保身。……だからごめんね、言うのがこんなに遅くなっちゃって」

 

「……」

 

「……花火大会で馬鹿にしてごめんなさい。文実が決まった時に笑い者にしちゃってごめんなさい。文化祭で適当な仕事して、みんなに……、誰よりも比企谷に迷惑かけてごめんなさい。屋上に誰よりも早く来て、誰よりも早くうちを見つけてくれてありがとう」

 

「……おう」

 

「それなのに、自分を守る為に比企谷を陥れちゃってごめんなさい。悪口言い触らしちゃってごめんなさい。体育祭初日から遅刻しちゃってごめんなさい。一緒に仕事してたのに、比企谷をずっと無視しててごめんなさい。でも、そんなうちをたくさんフォローしてくれてありがとう」

 

「……仕事だからな」

 

「……うん。比企谷がうちを見つけてくれたのもフォローしてくれたのも、別にうちの為じゃなくて仕事の為だってわかってる。でも比企谷が居てくれなかったらうちの立場は終わってた。うちの人生終了してた。比企谷が居てくれたから、うちはこうして今も無事登校できてる。だから、ホントにありがとう。全部全部ありがとう」

 

「……おう」

 

「……だからだよ、うちは比企谷が好きになっちゃったの。……言っとくけど、助けてくれたからってだけの一時の勘違いなんかじゃないから。好きって気付いてから、ずっとずっとあんたのこと見てた。そしたら、もっともっと好きになったの。……好きになったくせに自己保身を優先してお礼も謝罪もしないとか最悪だし身勝手すぎるけど、でも、……これがうちの想いの全てです」

 

 

 ……言った。言ってやった。言い切ってやった。恐いけど、恥ずかしいけど、うちの思いの丈を丸ごと全部。

 比企谷がうちの狡さをどう思ったのかはわかんない。自分の愚かさに気付きもしないただの馬鹿女から、自分の愚かさに気付きながらも保身の為に他を犠牲にした卑怯者へと、評価がさらに落ちたかもしれない。

 しかも犠牲にしたと知りながら、それを見て見ぬフリして逃避して、挙げ句の果てに犠牲にした相手に惚れて告るとか、本当に最低最悪の人間だなって嫌悪したかもね。

 

 ……だけど、それでもいいや。うん。全然いい。好きって気持ちだけは誤解したままでいてほしく無かったから、さらに嫌われたって蔑まれたってうちは大満足。呆れ果てられて、ここで道路に投げ捨てられて罵声を浴びせられたって後悔なんかするもんか。

 

「……まぁ、その、なんだ」

 

 ──でも、やっぱり比企谷は比企谷だね。うちの予想の範囲内に収まるような、そんなに簡単で素直な思考回路は持ち合わせてなかったみたい。

 だってさぁ──

 

「……さっきは、嫌がらせとか言って悪かった。真剣な話なのに勝手に勘違いして解ったつもりになって茶化すなんて最悪だった。すまん」

 

 ──まさか、ここで逆に謝られるとか普通思わなくない? 本っ当に意味わかんないヤツ! もはや変人の域に達してるよ比企谷。

 

 だから、うちは言ってやるのだ。比企谷からの変な謝罪に対しての返答を。

 

 もちろん自身の過ちも比企谷への罪悪感も決して忘れたりなんかしない。てか一生胸に抱えて生きてゆく所存まである。でもその上で、今からうちが比企谷に言うのは「んーん? 比企谷が謝るのはおかしいよ」とか、「うちが全部悪いんだから比企谷は謝らないで」とか、そういう在り来たりな模範解答なんかじゃない。今からうちが口にするのは、この大好きな捻くれ者に倣った、こんな捻くれまくった珍解答。

 

 

「……うち、さっきはめっちゃ傷付いたんですけど。しかもめっちゃ泣いちゃったんですけどー。そりゃ赤信号にも気付かないで轢かれそうにもなるっての。……でもま、ムカついてしょーがないけど、大好きな比企谷がそこまで言うんなら、仕方ないから許してあげよっかな」

 

 ってね!

 

 

× × ×

 

 

「返事なんて別にいい。どうせ答え解ってるし」

 

 ──これは、気持ちも想いも伝わってなんとも上機嫌なうちが、「あー、だな……」「うー、だな……」などと、ゆっくり歩きながらも、しばらくの間なんとも気まずそうに話の続きを言い淀み続けていた比企谷に、やれやれとうちが気を利かせて言ってあげた台詞。

 

 比企谷はうちの想いが真剣なんだってわかってくれた。普段であれば勘違いだなんだと言い訳してうちの想いを認めようとはしないんだろうけれど、こいつは弱り切ったうちを見てしまったんだ。

 ずぶ濡れで水溜まりに座り込み、その目は赤く腫れあがっていただろう。さらにさっき気持ちを打ち明けた時には、声も身体もかたかた震え続けてた。

 いくら捻くれ者の比企谷だって、あんな状態の女の子の姿を見て、その女の子の震える唇から放たれた言葉を、放たれた想いを、勘違いだなんて思えるはずがない。

 

 だから、どうせこいつの事だ。真剣な想いを受け取った以上、どう断わりの言葉を返せばいいのか頭を悩ませていたのだろう。

 

 そんなん適当に濁すなり「すまん」くらい言っときゃいいのに、下手にうちの気持ちが真剣だって理解してしまったぶん、振るにしてもちゃんと真剣に挑まないと自分を納得させられないのだろう。

 普段適当なくせに、変なとこで真面目だからなぁ、こいつ。ホントどこまでも面倒くさいヤツだ。

 

 このままあーうー唸り続けられたままのせっかくのおんぶの帰り道も勿体ないし、仕方ないからこうしてうちの方から折れてあげる事にしたんだけど、それを聞いたこいつってば──

 

「そ、そうか。助かるわ」

 

 と、コレだもん。ホントなんなのこいつ。

 

「いやいやその返答おかしくない? 振りづらいのかと思って断らないで済むように気ぃ利かせてあげたのに、それ回りくどくお断りしちゃってるから。むしろ振りっぷりがより一層際立ってっから。なによ助かるって。チッ、ムカつく」

 

 ホント腹立つなぁこいつ。お断りの言葉を口にするのは気が引けるだろうから、振らなくても済むようにしてあげる、って大人の対応してやったのに、言うに事欠いて助かるってなによ、助かるって。

 それ、振る気まんまんだったからごめんなさい言わずに済んで助かったわってホッとしたって事でしょ? マジふざけてんのかこの野郎。

 

「あ、いやー、そ、そんなつもりはなかったんだけども……。……えっと、じゃあごめんなさい」

 

 そしてごめんなさいされちゃった。しかも軽っ! ぴきっと額に血管が浮き出るレベル。

 

 

 ……あ〜あ、やっぱ振られちゃったかぁ。

 そりゃね? そんなの最初っからわかってた事ですし? なんなら、最初からどころかスタート前のウォーミングアップ中からわかってたようなもんですし? だからさっきの屋上のアレに比べたら、こうしてちゃんと振られた事は本当に良かったし本当に幸せだし、本来であれば言うことないくらい幸福なんだと思う。

 でも頭ではわかってても、実際に好きな相手にきっぱり振られるのはやっぱりキツいのよ。やっぱり堪えるのよ。正直なこと言っちゃうと、ほんのちょっと……ほんのちょお〜っとだけ期待してたトコもあったし。だってうち、見た目はかなりいい方だし。

 

 

 こんなに可愛いうちに告られたら、もしかしたら比企谷だってクラッときちゃうかも、なんて期待も、心の隅の隅の隅〜っこの方にあったんだと思う。それなのに結果ときたら、一度目は嫌がらせかと罵られ、二度目は振らないで済んで助かったとホッとされちゃう始末。これは酷い。グループリーグで全敗しちゃうくらいの惨敗っぷり。コロンビアに勝ってセネガルに引き分けた我が日本とは雲泥の差である。比企谷半端ないって。

 

 

 

 

 ──どうしよう。もともとの願いであった『想いを伝えてきちんと振られる』は叶ったというのに、このデリカシー皆無なムカつく男のせいで、なんか無っ性に腹立ってきちゃった。悔しくなってきちゃった。

 

「……ちょ、ちょっと相模さん? く、首がきゅっと絞まってるんですがッ……」

 

 うちは、そのムカつきと悔しさを比企谷にぶつけてやろうと、ただでさえぎゅっと抱き付いていたこいつをさらに力強く抱き締めてやった。ぎゅぅって。ぎゅぅ〜〜って。

 

「ねぇ比企谷ぁ……」

 

「な、なんすかね」

 

「うちと付き合ってよ」

 

「いやなんでだよ……。つい今しがた答えはいらんって言ってたばっかじゃねぇか……。ちゃんと言ったし……」

 

「だってムカついたんだもん。だってめちゃめちゃ好きなんだもん」

 

「……ぐ、ぐぬぅ」

 

 だからうちはまたぶり返してやるのだ。ムカつくから、悔しいから、また最初っから初めてやるのだ。比企谷が悶え死ぬまでのルーティンを。しかもより強烈に、より熱烈に。

 

「いいじゃん。付き合ってよ。どうせ彼女居ないんでしょ?」

 

「い、いないけど」

 

「うち、これでも結構モテるんだよ? うちと付き合えば、こんな美少女の身体を好きにできるんだよ? うち、顔も可愛いけどスタイルだって結構自信あるよ? 別に結衣ちゃんみたいにおっきいわけじゃないけど、全体的のバランス的な?」

 

「お、おまっ……身体を好きにとか軽々しく言うんじゃねぇよ、このビッチが」

 

 なにがビッチだこのバカ。そのビッチの身体にさっきから喜んじゃってるクセしてさ。

 

「なによ、さっきから背中の柔らかい感触でアレ固くしちゃってるくせに。うち知ってんのよ? ムネ押し付ける度にピクッと反応して前屈みになっちゃってんの。しかもおんぶしてるのをいいことに、生足太ももの触り心地だって楽しんじゃってるでしょ」

 

「……そ、そんなわけねぇだりょ」

 

「ぷっ、へんたーい。ほれほれ〜」

 

「うおぉぉ、や、やめてぇッ……!」

 

 あはは、悶えてる悶えてる。ホント男っておっぱい大好きだよね。こんなのただの脂肪の塊じゃん。なにがそんなにいいんだか。

 

 背中へのぐりぐり攻撃に身悶える比企谷に、またもやSっ気を刺激されまくるうちだけど、いつまでもこんな馬鹿なことをしている場合じゃなかった。てかこれじゃただのエロい女だと思われるだけだし。

 ここは、エロ抜きにしてうちのセールスポイントを目一杯アピらないとね。

 

 よし、こほんとひとつ咳払いしてから、こいつにうちと付き合った場合のメリットを切々と訴えてやろう。

 

「…………うち、比企谷が望むんなら、別に付き合ってること周りに公表しなくてもいいって思ってる。だから、付き合ったってあんたの不利益になることもなくない? 別に本気じゃなくても、遊びで付き合ってるフリしてればうちのことベッドでメチャクチャに出来るよ? めっちゃお得じゃん」

 

 説明してみたら、やっぱりエロいメリットしかなかった。しかも都合のいい女系のメリットというね。我ながら自分のウリの無さに軽く引くレベル。

 

「それに比企谷がうちのこと嫌いなんだったら、付き合ってるフリして好きなようにヤりまくって、ヤッてるとこハメ撮りしてネットにでも流せば文化祭の復讐だってできるんだし。うち、比企谷が望むんならハメ撮りとかするのも拒んだりしないよ? うちと付き合うとか、もう得しかなくない?」

 

 そしてさらにエロく、さらに歪んだメリットを提示し続けるうち。自分で思い付く比企谷が感じるであろう魅力って身体だけ? 我ながら酷い。

 でもうちのセールスポイントなんて、比企谷にならなにされたって構わないくらいしかないわけだし、それでも比企谷の彼女になりたいって思うし、女として好きな男に性的な目で見られたいって願望だってあるし。

 うん。発想がエロくなっちゃうのはしょーがない。うちは悪くない。エロい比企谷が悪い。

 

「発想が恐ぇよ。……つかお前なぁ、そんなに自分を安売りしちゃっていいのかよ……」

 

 すると比企谷、こんな事を言い出した。考え方が古い。日本男児か。まぁそういう変に真面目なトコとか超好きだけど。

 でもその無駄なお堅さは、今は大きな勘違いだからね。

 

「は? バカじゃん? 全然安売りなんかしてないし。むしろむっちゃ高値だから。うちは自分が可愛くて可愛くて仕方ないから、可愛い自分を幸せにしてあげたくて、大好きな比企谷と付き合わせてあげたいだけ。うち、比企谷と付き合えるんなら、比企谷になにされたって平気だし、なにされたって当然だと思ってる。だからこんなこと言ってんのよ。そんなことも解んないの? ホント女心がカケラもわかってないよね、比企谷って」

 

 まったく。何度も何度も人の気持ちを勝手に判断すんなっつってんのに。

 

「本気じゃなくてもいいとか遊びでもいいとか弄ばれてもいいとか、お堅い比企谷からしたらそんなもんは偽物だって思えるかもしんないけど、……うちにとってはこれが本物なの。この気持ちが本物なの……。比企谷と付き合えるんならどうなったって構わない。それでもいいから比企谷の彼女になってみたいっていう覚悟の気持ちなのよ。……女の子が恥を忍んでここまで言ってんだから、あんたの物差しでうちの心を勝手に判断すんな、ばか!」

 

「な、なんかすいません」

 

 ふふん、また勝ってやった。負けを知りたい。あ、うち負けっぱなしだったわ。

 

「……だから付き合お?」

 

「ごめんなさい」

 

 そしてやっぱまた負けた。そしてやっぱ軽っ!

 

 

 ま、わかってたけどね。こんなんで落ちるくらいなら、うちよりずっとおっぱいおっきくて、うちよりずっと好き好きアピールしてる結衣ちゃんだってあんなに苦労してないよね。

 でもなんかここまできたらもう自棄だ。ここまで恥かきまくったんだ。だったらあと一つ二つ追加の恥をかいたって、今さら大した違いはないのだ。だからうちは、比企谷の背中でじたばたと暴れまくってやる。

 

「女の子にここまで言わせといて結局断んの!? この性悪! 鬼畜! 変態ー!」

 

「変態は関係ないだろ……。あとお願いだから背中で暴れないでくんない? すげぇ柔らかいんだけど……」

 

「やっぱ変態じゃん……」

 

 ねぇねぇ、うちと付き合えばコレを好きにできんのよ? ったく、マジで残念なやつ〜。

 

 すると、身の程もわきまえず……いや、身の程をわきまえた上で、それでも理不尽に暴れまくって不満を露わにし続けているうちに、比企谷は痛てぇ痛てぇとめんどくさがりながらも、ようやく折れたのかついにこんな折衷案を提示するのだった。

 

「……あー、なんだ。付き合うとかはさすがに無理だが、ま、まぁ友達とかならなんとか」

 

「……えー、友達ぃ……? めっちゃ不満なんですけど」

 

 なんてね。ホントならめちゃめちゃ喜ぶべきとこなんだろう。ていうか実際かなり心躍ってるし。

 だって、一時は二度と関われないと思って泣いてたのに、なんと比企谷の方から友達になろうって言ってくれたんだもん。これ以上の幸せを望むだなんてバチ当たりもいいとこだ。

 もっとも比企谷からしたら、そうでも言っとかないとめんどくさい女が引き下がってくれそうにないから、やれやれと溜め息を吐きながらの仕方なくな友達申請なんだろうけれど。

 

 

 ……それなのに、なんという贅沢者で、なんというバチ当たり者なのだろうか。この友達申請では、不満を感じてしまう自分がいる。

 

 ホント我が儘で身勝手だよね、うち。最初は『想いさえ伝えられれば振られたっていい、嫌われたって構わない』から始まったはずなのに、紆余曲折の末にそれを遥かに超える望みが叶ったら、それでさえもう満足できないというのだから。

 

 ……でもね、女の子だもん、うち。

 女の子ってのはね、とっても狡い生き物なの。ずっと望んでいた物が手に入ったら、その欲はさらなる高みを求めてしまう。

 狡いって、卑怯だって、汚いって思われようとも、それが狡くて我が儘な普通の女の子である相模南なのだからしょうがない。

 こんなに調子に乗ってるとまたバチが当たっちゃうかもしれないけれど、後悔先に立たず、でしょ? 先に立てておく事の出来ない後悔という名の一本の棒にビビって何もしないくらいなら、折れてもいいから、先に覚悟という一本の棒を立てておく方がよっぽどマシなんだって気が付いたから。

 せっかく得たこのチャンス、うちはどこまでも狡く、どこまでも汚なく、どこまでも貪欲に攻める事を選択してやる!

 

「……ま、比企谷がどうしてもうちと友達になりたいって言うんなら、仕方ないから友達になってあげるけど」

 

「なんで俺すげぇ上から目線で責められてんの? はぁぁ……、じゃあまぁ、と、友達っつーことで……。俺友達居たことないから具体的になにすればいいのか知らんけど」

 

「おっけ。じゃあ今からうちと比企谷は友達だからね。あんたから言い出してあんたが了承したんだから、もう訂正できないから」

 

「……? お、おう?」

 

「よっし決まり! じゃあもう友達なわけだから、これからうちが毎日のように比企谷に絡みに行ったってなんらおかしい事はないよね」

 

「……え……、い、いや、毎日はちょっと──」

 

「あ、ところで比企谷ってさぁ、男女間に友情ってあると思う? ちなみにうちはそんなのないと思ってるんだよね。どっちかがどっちかを異性として意識しちゃった時点でそれはもう友情じゃないし、少なくともうちは比企谷を思いっきり異性として意識してるわけじゃん? で、比企谷もさっきからうちのムネと太ももの感触に興奮してるわけだから、それももう友情じゃなくて欲情だよね。でも比企谷がうちとの友達関係を望んだんだから、うち的には一応友達って事にしといてあげる。でもそこに友情は存在しないわけだから、例えうちが毎日のように比企谷とクラスに遊びに行って、毎日のように好き好き言ったりキスせがんだりしたとしても、それは仕方のない事だと思うんだー。だって、比企谷が望んだんだから。自分の事を好きだと言ってる女との友達関係を」

 

「は!? い、いやお前なに言ってんの!? てか男女間に友情が存在しないとか思ってんなら先に言えよ……! や、やっぱ友達の件は無しで──」

 

「はぁぁぁ〜? なに? あんたって自分から言い出したくせに、ちょっと都合が悪いと無かったことにしちゃうんだー? へー、そーなんだぁ。へー。へーーー」

 

「うぐっ……!」

 

「はい、比企谷の負けー。じゃ、これからよろしくね、友達の比企谷くん! うち、友達の比企谷くんに女として意識されるよう頑張っちゃうからね♪」

 

「」

 

 

 

 

 ──うちは、六月にある自分の誕生日が嫌いだった。家族と、友達とどこかへ遊びに行こうと思っても、晴れの日なんてなかなかなくて、いつも心がじめじめしちゃうから。いつも陰鬱な気分にさせられるから。

 

 

「と、ところで、だな。なんとなく流れで歩かされてたんだけど、そういや俺はどこまでお前を運べばいいの……? ち、近くの病院にでも置いてきゃいいのかな……?」

 

「なにそのあからさまな話題転換。ま、いいけど。で、比企谷は着替えもないパンツまでぐっちょりの女の子を病院に置いてく気? 友達なのに? うちやだからね。病院行くにしても、シャワー浴びて着替えてからじゃなきゃ無理だから」

 

 

 ──そして本日十八回目の誕生日も、相も変わらず降り続ける六月の鬱陶しい雨。

 でも、うちは毎年と同じように……、いや、史上もっともずぶ濡れになっている梅雨真っ只中の誕生日なのにも関わらず、今は自分の誕生日が初めて好きになれた。大好きなこいつと、大好きなこいつとの間にこんなチャンスをくれた神様のおかげで好きになれた。

 

 

「は? じゃあどうすりゃいいんだよ。とりあえず駅行きゃいいのか? そっから電車乗って、親に最寄りの駅にでも迎えにきてもらうか?」

 

「いやいや、思春期真っ盛りの女の子が、こんなびっちょびちょで電車乗れるわけないじゃん。ブラとか透け透けなの知ってるくせに。デリカシーって言葉知ってる? あ、ちなみに共働きだから、親の迎えとかも無理」

 

 

 ──神様ってさ、ホントに居るんだね。神様はちゃんと見ててくれるんだ。ちゃんと与えてくれるんだ。願った人に、それ相応のギフトを。

 

 

「おい、じゃあどうすんだよ」

 

「そんなの決まってるでしょ。比企谷がうちの家まで送ってってよ。たぶん二〜三時間くらい歩けば着くんじゃない? なんだったら比企谷んちでも可。むしろ推奨しちゃう」

 

 

 ──なんの覚悟もなく責任を取るつもりもない、利己的で保身ばかり考える卑怯で無責任な愚か者には後悔を。

 

 

「ふざけんな。そんなん無理に決まってんだろ」

 

「いーじゃーん。長く運べば運ぶだけ、うちのおっぱいの感触楽しみ続けられるんだし」

 

「……だ、断じて楽しんでなんか」

 

「ふふふ、ほれほれ〜」

 

「や、やめろぉ! やめてください……!」

 

 

 

 ──そして、恥も外聞も体面も全部捨てる覚悟で挑む勇敢でおバカな愚か者には……

 

 

 

 ……カッコ悪くても往生際が悪くても、それでも挫けたりなんかしない、みっともない諦めない心を!

 

 

 

 ──ハッピーバースデー、うち♪

 

 

 

 

終わりっ☆

 





そんなわけで……………………ハッピーバースデー!!(^^)/▽☆▽\(^^)

ついにさがみんの誕生日をお祝いする事が出来ました!でも連日のワールドカップのせいで危うく間に合わないかと思っちゃったぜ('・ω・`)

そして何度もさがみんSSを書いてきた作者がさがみん生誕祭の為に用意したギフトは、数々の作品で一度も(お持ち帰り女子大生さがみんを除く)言えたことが無い「好き」を連呼しまくらせてやる親心でした☆
今まで全然好きと言えなかったぶん反動が強すぎたのか、若干好き好き言い過ぎではありましたがw


まぁそれはそれとして、「アレを固くしちゃって前屈み」だの「ヤりまくる」だの「ハメ撮り」だのと、誕生日に好きな男に不適切な用語を何度も言わされちゃうヒロインて(白目)
ね?作者、さがみんのこと別に好きじゃないでしょ?
なんかこう、さがみんの魅力のひとつは、ごく普通の等身大JKゆえに醸し出せる、ラノベ的ヒロインには無いリアルなちょいエロさだと思っております(・ω・)
ちなみに同じ理由で折本も大好き☆あ、別にさがみんは好きじゃないんだけどね?



というわけで、若干酷い生誕祭SSではありましたが、ようやく書けたさがみんバースデー、ごく少数のさがみん好きなサガラー様がたに楽しんでいただけたのなら幸いです☆
しかしこんなジメジメした作品書いときながら、本日……というかしばらくは「え?もう梅雨明けちゃったのん?」な真夏日というね(白目)



またしばらくは気楽なチラ裏に籠もっちゃうかもしれませんが、今後もこうして表で書きたくなった時に突然更新しちゃったりすると思いますので、またお会いできたら嬉しいです♪

ではでは次はさがみんと同じくらい別に好きではない折本の誕生日にお会いいたしましょう!←に、2月だとっΣ(゚□゚;)!?




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シュラバ ☆ ラ ☆ 8ン8(バンバ) 【前編】



ハピバ☆(早すぎる)

まだ10日前だというのに、ワケあって生誕祭前編を投下しちゃいます♪
まぁワケと言っても、単純にこのままだと当日までにこのSSが完成しなさそうだったんで、区切りのいいココまでを先に投稿して自分にプレッシャーをかけちゃおう!ってだけなんですけども(白目)


ちなみに今年の8月8日は日曜日ではないのですが、この世界ではどうやら日曜日の模様です(・ω・)
(コレを書き始めた時にカレンダー見たら8日が日曜日だったんで(まだ7月のカレンダーでした!てへっ)、8日が日曜だと勘違いしちゃった☆)





 

 

 

「……あっつ」

 

 観測史上最速という触れ込みにて梅雨が幕を下ろしてから早ひと月ほど。

 梅雨明け以降、異常気象とも言えるほど連日のように猛暑日が日本を熱し続ける八月のとある日、私は額から流れ落ちる汗をハンカチで拭いつつ、朝からとある駅へと降り立った。

 朝も朝、まだ七時前だというのに、すでに日射しはじりじりと肌をこんがり焼いてゆく。まだ朝だからと油断しないで、念入りに日焼け止め塗ってきて正解だった。

 

 

 

 埼玉県さいたま市武蔵浦和。ここは、私がまだ幼かった頃からずっと恋し続けているあの人が現在住まう街。

 彼が勤める新宿まで伸びる埼京線が乗り入れるここ武蔵浦和駅には、私達の地元に真っ直ぐ伸びる武蔵野線──実際は神奈川県の鶴見駅から東京、埼玉を跨いで千葉へと向かい、千葉からは京葉線へと変わり東京に着くという、とてもぐるっと回った線路だけど──も乗り入れており、なかなかに便利な駅である。

 埼京線と武蔵野線(京葉線)と聞いて、勘のいい人ならすぐにお分かりだろう。つまりここ武蔵浦和からは、彼が通う新宿駅と彼の愛する地元の海浜幕張駅、どちらへも一切の乗り換え無しで電車が目的地まで運んでいってくれるという、現在の彼にとっては中継地点のような、まさに彼の為にあるような場所なのだ。まぁ海浜幕張まで乗り換え無しで行くにはタイミングが必要なんだけど。

 

 あまり大きな駅でもなければ駅まわりが拓けているわけでもないけれど、ぐーたらな彼には生活環境的にもなかなか快適で、改札から直通で入店出来る本屋さんは、漫画とかライトノベル? とかの品揃えが中々豊富だし、これまた改札から直通で入店出来る結構品揃え豊富なスーパーもある。ちなみにそのスーパーでは、彼のマンションに行く前に私もよく寄っている。

 それに自転車で十分程度走れば大型のイオンだってあるし、ここは彼にとっては自堕落に生きる為の楽園なのかもしれない。

 

 駅を抜けると、ちょっと歩いた線路添いには若干人工的ではあるけど小さな川が流れていて、両岸には整備された遊歩道が通っている。

 彼のマンションがその小川──笹目川の近くにある為、ちょっとお散歩するにはとても気持ちのいい所だし、春になれば数百メートル真っ直ぐ伸びるその遊歩道はソメイヨシノで桜色に染まり、近隣住民の目と心を和ませてくれる。

 実際四月にはお弁当持って、そこで二人でお花見したしね。

 

 

 そんな中々に過ごしやすい街ではあるけれど、今は朝の七時前。もちろんスーパーなど開いているわけもなく、いつもと違ってすっと素通り。そして今は春ではなく夏真っ盛り。小川の遊歩道がピンクの花を咲かせているわけでもなく、当然のように素通りして目的地へとひた進む。

 

 

 千葉から一時間は掛かるこの地に、なぜ私はこんなにも早い時間にやってきたのか。それは今日という日が、彼を巡る女達にとっては血みどろの決戦の日だからだ。

 今日八月八日は彼、比企谷八幡の誕生日。そしてそんな彼を巡ってバトルするのは私を含めて四人。まぁその四人という人数にはなんの信憑性もないけど、あくまでも最低でも四人は居るという意味での四人。

 

 そんなライバル達との血みどろバトル、他の三人に比べると若干劣勢と言わざるを得ない私としては、今日という記念日には抜け駆けしてでもばしっとキメてしまいたい。そんな覚悟を持って、朝も早くからここに来た。

 あいつらが来てしまう前に早く彼を部屋から連れ出して、なんとしてでも彼に女として意識してもらいたい。その為ならばと、念のため勝負下着だって着けてきたのだから。

 

 彼は暑いのと休日に外出するのが大嫌いだから、今日という日に事前に約束を取り付けようとすると拒否ったり逃亡したりする恐れがある為、誰も彼との約束をしてない事は調査済み。

 そしていくら厚かましいあの人達だって、さすがにこの時間ならばまだ行動を起こしてはいないはず。なんかそう言うと、まるで私が一番厚かましい女になっちゃうんじゃない? とか自問自答してしまいそうにもなるけれど、他の三人に比べて大きなハンデを背負ってしまっている私だから仕方ない。うん。セーフ。

 

 でも、なにせ私が相手にしているのはあの人達だ。油断してたらいつ隙をつかれて、いつ全てを持っていかれるか分かってものではない。

 だから私は逸る気持ちを抑えようともせず、早足で彼のマンションへとすたすた向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

 ようやく辿り着いた彼のマンション。十階建て鉄筋コンクリートの五階角部屋、ベランダからは笹目川の桜も見渡せるこの場所が、最低の手段で私を闇の中から引っ張り上げてくれた彼の現在の仮宿。

 エレベーターで五階に上がり、共用の廊下を進んだその先には彼の部屋の扉が見える。外界と桃源郷を隔てるこの邪魔な扉を開けば、大好きな彼が私を待っているのだ。これがウキウキせずにいられようか。

 

「……むー」

 

 しかし、この暑さと早足のせいで顔も身体も汗まみれ。せっかくのメイクも落ちちゃったかも。わざわざ四時に起きて気合い入れて準備したのに。……ムカつく。

 

 本当なら、こんなみすぼらしい姿を愛しい人に晒すなんて、恋する乙女としては絶対に許容できない程の愚行。出来ることなら今すぐお風呂入りたい。それが無理でも今すぐメイク直したい。最低でも今すぐ汗臭くなっちゃってないかチェックしたい。

 でも今の私にはそんな余裕はないのだ。刻一刻と、彼に魔の手が迫っているのだから。彼をあの人達の魔の手が届かない場所へと連れ出せるのならば、顔がどろどろだって汗が香っちゃってたって我慢できる。いやさ我慢しなきゃ。

 

 そうして、乙女としての矜持よりも女同士の戦いの勝利を選んだ私は、本当はこの姿のまま彼の前に立ちたくないという感情が籠もりに籠もった重々しい腕をなんとか持ち上げ、ついにはインターホンに手を伸ばすのだった。

 

 ぴんぽーんと響いた音と共に、扉の向こうからはぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえる。……おかしい。休日の七時前、彼がもう起きているとは思わなかった。もし今のインターホンで起きたのだとしても、どうせ居留守を使うだろうと思ってたし。

 それなのになんなの? この素早い対応は。まるでインターホンが鳴るのを……、来客が来るのを首を長くして待っていたかのような、あまりにも迅速なこの対応は。

 

 何度かインターホンを鳴らして、それでも起きないようなら電話を掛けて扉を開けさせるつもりでいた私は、あまりにも素早い対応の末、そのままの勢いで開いた扉を驚きの表情のまま、ただぽかんと見つめる事しか出来ないでいたのだが──

 

「どこに行っていたの、比企谷く…………あら、な、なぜあなたがこんな時間にここに居るのかしら……」

 

「……」

 

 ……見つめる事しか出来ないでいたのだが、想像していた家主とは違う、思いもよらぬ家主? の登場に、頭の中は一気にクールダウン。ダウンしすぎて、私と家主? の間には冷え冷えとした吹雪が吹き荒ぶ。

 

「…………おはようございます雪乃さん。……で、なんで雪乃さんがこんな時間に八幡の家から出てくるんですか……?」

 

「……ごめんなさい、私とした事が挨拶を忘れてしまっていたわね。おはようございます…………、留美さん」

 

「うふふ……」

 

「ふふふ……」

 

 

 こうして私 鶴見留美と雪ノ下雪乃は、千葉から少しだけ離れた埼玉の空の下、互いの敵を確認して不敵に微笑みあうのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……」

 

「……」

 

 八幡の部屋に上がりリビングへと通された私。まぁ通されたというよりは勝手に上がってきたんだけど。

 雪乃さんの向かいのソファーに腰掛けて、彼女からの言葉を待つ。……気まずい。

 

 八幡の部屋に入ってからというもの、雪乃さんはなんとも気まずそうに押し黙っている。その為彼女が口を開いてくれない事には話が進まないのだ。なぜか八幡はどこにも居ないし。

 玄関で「どこに行っていたの、比企谷くん」と言い掛けていたことから、居ないんだろうな、とは思っていたけれど。

 

 男性の部屋に遊びに来たら、そこには別の女性が居ました。

 

 普通なら、この状況で考えられる事態などひとつしかない。そう、男性とその女性はお付き合いをしている。そして男性と女性がその事実を周りに隠蔽していた、という事態。

 しかしその可能性がゼロなのは、他でもない私が一番よく理解している。なぜならその男性が八幡だから。うん。これ以上ない絶対的なアンサーだ。

 

 ならばなぜ雪乃さんがこの部屋から出て来たのか。なぜ八幡が外出中の部屋から出て来たのか。さらに言えば、なぜ八幡がどこに外出したのかも知らないのであろう雪乃さんが部屋から出て来たのか。

 

 まさかこの人に限って、留守中に勝手に忍び込んだわけでもあるまいし、とは思うけど、玄関前に私が立っていた時のあの動揺っぷり、そして今現在のとても気まずそうな様子を鑑みるに、まさか本当に勝手に忍び込んだんじゃないの? なんて疑いの目を向けてしまう。

 

「……で、雪乃さん」

 

「……なにかしら」

 

 そんな事はないだろうと思ってはいるものの、いつまでもこのままお互い黙ったままというわけにもいかない。

 雪乃さんが口を開くまでは話が進まない……とは言っても、別に開くのをただ待っている必要性もない。向こうが口を開かないのなら、こちらから口を開くよう促せばいいだけの話なのだから。

 

「なんで雪乃さんがこんな朝早くから一人でこの部屋に居るの? 八幡はどこ? まさか八幡の留守中、勝手に上がりこんだわけじゃないよね」

 

「あの留美さんが随分と生意気な口をきくようになったものね。ふふ、なにかしらこの感情は。感慨深い……とでも言えばいいのかしらね」

 

「感慨深くなられなくてもいいんで、質問には簡潔に答えてくれると助かります」

 

「……」

 

 ま、感慨深くなられるのもよく解る。だって、私とこの人との、この人達との出会いは、どうしようもないくらい私が情けない頃の……自分ではどうすることも出来ないほど弱い子供の頃のことだったのだから。

 

 あの時あの千葉村で私を救ってくれた八幡。八幡らしい、本当に最低最悪の手段で。

 だから私は八幡に憧れた。ぼっちだって、こんなに自由に生きられるんだなって。

 

 でも私は八幡に憧れたのと同様、この綺麗な女の人にも心から憧れた。

 八幡とは違う種類のぼっち。どこまでも強くどこまでも美しい。こんなに強ければ、ひとりでもこんなに美しく生きられるんだって……、私もこの人みたいになれたら、こんなに惨めな思いをしなくても済むのかなって……、未来(さき)の見えなかった私に、明るい未来を見せてくれたのはこの人。

 実際大学受験の時は親身になって勉強を教えてくれたし、合格発表の時なんかは、普段の仏頂面が嘘なんじゃないかというほど綺麗で可愛らしい笑顔で喜んでくれたっけ。仏頂面だのなんだのと、私にだけはあれこれ言われるのは心外だろうけれど。

 だから今でも雪乃さんには強く憧れているし、今でもこの人に勝ってるところなんて数えるくらいしかないんじゃないかとまで思っている程、どこまでも私の目標の女性だ。

 

 

 ……でも、今はそれとこれとは関係ない。

 たとえどれだけ憧れていようとも、どれだけ目標としていようとも、こと八幡問題となると話は別。

 だから私は無慈悲に無表情に詰め寄った。

 

「……言っておくけれど、部屋に勝手に侵入するコソドロのような真似はしていないわ」

 

 すると雪乃さん、自身の冷気には到底及ばずとも、なかなかの零度を誇る私の詰め寄りに耐え兼ねたのか、ようやくその重い口を開き始めた。しかしそう言いながらも、やはりどことなくバツが悪そうな彼女。目が思いっきり泳いでいる。

 これは例えるなら、日曜日の朝にお出掛けのお誘いをした時の八幡によく似ている。アレがアレだから、と、なんとか誤魔化そうと試みる八幡の姿にそっくり。

 まぁ誤魔化さなくたってどうせプリキュアだけど。

 

 

 これはなかなか素直に答えそうにもないな、と思っていたのだが、そこはさすが虚言を吐かない雪乃さん。次の瞬間、なぜこの素敵な女性がこんなにも気まずそうにしているのかの理由が判明する事となる。

 

「……か、管理人さんには、ちゃんとお断わりを入れたもの」

 

「……本人じゃなくて管理人なんだ……」

 

「ち、違うのよ。つい三十分ほど前に到着したのだけれど──」

 

 私もかなり早く来たつもりだったのに、さらに三十分も前に来てたんだこの人。

 いつも澄ました顔してるくせに、今日を楽しみにしすぎでしょ……ていうか、魔の手の伸びない安全地帯に連れ出す気満々で張り切ってやってきたのに私が一番乗りじゃなかっただなんて、どうやらまだまだ私は甘いようだ。……悔しい。

 

「何度インターホンを押しても出て来る気配がないから、仕方がないので電話で呼び出そうとしたのよ」

 

 うん。まぁ相手が八幡ならそこまでは当然起きうる流れだよね。現に私もそうするつもりだったし。

 で、それでも電話に出ないから勝手に侵入した、と? いやいや、雪乃さんそれ女としてダメなやつでしょ。

 

「でも、ね、電話を掛けてみたら、部屋の中からはずっと着信音が聞こえるのに、起きる気配も電話を切る気配も全然ないものだから少し心配になってしまって。なにせ毎日のように続く猛暑でしょ? もしかしたら比企谷くん、部屋の中で熱中症で倒れてしまっているのではないかと気が気ではなくなってしまって……。だから管理人さんに連絡を取って鍵を開けてもらったの。それで勝手に上がらせてもらったら本人は外出していた、と、そういうわけなのよ」

 

 そう言って雪乃さんが指差した先には、持ち主不在の不携帯電話がぽつんとテーブルの上に。

 

「で、おおかた近くにタバコでも買いに行っているだけで、すぐにでも帰ってくるでしょうと、そのまま待つ事にしたの。管理人さんも先に帰らせてしまったし、鍵を開けっ放しのまま部屋をあとにするわけにも行かないから」

 

 ……なるほど。聞けば聞くほど完全に不法侵入&不法滞在。雪乃さんがなぜ一人でここに居たのかを気まずそうに言い淀んでいたのかがよく解る。

 若干管理人さんの防犯意識が低すぎる気はしないでもないけど、こんな美人さんが不安そうに訪ねてきたら、そりゃ迷わず開けちゃうよね。

 

「雪乃さんの言い分は……まぁ分かりました。褒められたことではないけど、まぁそれなら許容範囲内ですね。どうせ八幡だし」

 

「そ、そうよね」

 

 私からの合意を得られた事に安心したのか、雪乃さんはホッと胸を撫で下ろす。

 確かに家主も居ないし家主の合意も取れてない状態で、身内でも警察でもない人間が勝手に鍵を開けてもらってそのまま居座ったままでいるというのは褒められたことではないかもしれない。でも、決して責める事は出来ないんだよね。……だ、だって、まず間違いなく、私も同じ行動を取っていただろうから……

 ていうか八幡の周りの女の子達は、誰一人の例外なく同じ行動をとるだろう。みんな八幡好きすぎるでしょ。

 

「それにしても八幡、こんな朝早くからどこに行っちゃったんでしょうね。三十分も前からまだ帰ってこないとなると、ただタバコを買いに出掛けたってわけでもなさそうだし」

 

 不法侵入疑いの件も一応一段落ついた事だし、話題を切り替えてあげようとそう話題転換する私。あれだけコミュ障だった私が、我ながら随分と気が利くようになったものだ。

 もっとも前にそんなような事(私って結構気が利くんで、とか)を口にしたら、いろはさんに「留美ちゃんそれで気が利いてると思ってるの!? ぷっ、だったらもっと表情を作らなきゃだよねー」とかお腹を抱えて笑われたけど。ムカつく。

 

「どうせコンビニに寄ったついでに立ち読みでもしてるんでしょう」

 

 失礼極まりない年上の小悪魔に軽く憤慨していると、雪乃さんは呆れ交じりの微笑を浮かべそう答えた。

 

「まぁ、そんなとこですよね」

 

 そこら辺が妥当な線かな。ほっといたら昼まで寝てる八幡にしては時間が早すぎる気がしないでもないけど、目が醒めたらどうしてもタバコが吸いたくなっちゃって、その衝動に負けてついコンビニに足を伸ばしたら涼しいコンビニから離れられなくなってしまった──なんていうのも、ぐーたらなクセに本能のままに生きる、実に八幡らしい行動とも言えるし。

 

 

 ……はぁー、結局当初の目論見は雪乃さんのせいであっさり潰されちゃった。これはもういつものコースか。

 まぁ私が雪乃さんを甘く見過ぎてたのが原因なわけだし、取り敢えず八幡が帰って来るまでは一旦休戦といこうかな。

 

「じゃ、八幡帰ってくるまで待ってましょうか」

 

「そうね。でも、先に勝手に入ってしまった私が待っているのが筋というものだし、留美さんは帰っても構わないのよ?」

 

「いえいえ、雪乃さんの方こそ鍵を閉める事が出来ず仕方なく待っていただけなんですから、遠慮せず私を身代わりにして帰ってもいいですよ」

 

「ふふふ」

 

「うふふ」

 

 

 ……やっぱり休戦は無理。

 

 

× × ×

 

 

「留美さん。あなた、いくら比企谷くんとは言え、曲がりなりにも男性の部屋に一人で上がり込もうというのに、その格好は些かはしたないのではないかしら」

 

 お互いにちくちく牽制しつつも、大人しく家主の帰りを待つ事にした私と雪乃さん。

 いつ帰宅するのか分からないこの部屋の主人を待つ為に、ゆっくりまったり過ごそうと羽織っていたサマーカーディガンを脱いでソファーの背もたれに掛けた時だった。

 雪乃さんが、なんかお母さんみたいな事を言い出した。

 

 恥女じゃないんだから、正直はしたないと言われるほどカーディガンの下がふしだらだったわけではない。むしろ普通。超普通。

 ただし、胸元がざっくりしているこのノースリーブワンピだと、少し屈んだら下着がばっちり見えてしまうかもしれない、という程度のもの。

 

 勿論それは、おっちょこちょいでそういう格好をしてきてしまった、というわけではない。当然八幡にアピールする為、八幡に女として意識してもらう為、敢えて胸元が緩いワンピースを選んできたのだ。だからこそ勝負下着なんて着けてきたんだから。どうせ八幡の前でもなきゃカーディガン脱ぐ機会なんて無いだろうし。

 結果、羽織ってたカーディガンを最初に脱いだのは、よりによって雪乃さんの前というね。

 

 しかしそんな私の悪巧みは、長いことライバル達と切磋琢磨してきた雪乃さんには手に取るように分かったのだろう。つまり今のお小言は、私を心配したお母さんのお小言ではなく、私の思惑をちくっと刺す為の女の牽制。

 

 ふふふ、雪乃さん。そっちがその気なら、こっちだって軽い反撃しちゃいますからね?

 

「え、これくらい大したことないです。見えたとしても下着くらいまでしか見えないし、どうせ八幡ですし。むしろたまには雪乃さんだってこういう胸元開いた服を着てもいいんじゃないですか? 雪乃さん凄くスレンダーだから、とても綺麗に見えると思いますよ?」

 

 胸元がまぁまぁ開いた私のファッションに対し、雪乃さんは上まできっちりボタンを締めた白の半袖ブラウスにリネンの濃紺ロング丈スカートを合わせるという、実に彼女らしい清楚な夏スタイル。

 でも、お堅い彼女同様、胸元までもがお堅いのはとても残念。……まぁ、雪乃さんがあまり胸元が開いた服を着たがらない気持ちはよく分かるけど。だって──

 

「あ、でもごめんなさい。あまり胸元が開いてると、下着だけじゃなくてその下まで見えてしまうかもですもんね。雪乃さんだと」

 

 そう言って、基本無表情の顔に勝ち気な微笑の彩をほんのり添えて、勝ち誇ったかのように胸を張ってみせる。

 

「……クッ!」

 

 そう。貧にゅ……けほけほ。あまり胸が大きくない人が胸元を開けてしまうと、ブラと胸の間に隙間が出来てしまい、ブラどころか中身まで見えちゃうんだよね。

 

 

 私は幸運な事に、そこまで貧乳というわけではない。残念ながら決して大きいとは言えない胸だけど、雪乃さんほど貧相でもない。

 だから彼女がなにかしらちくちくと牽制をしてきた時には、雪乃さん相手に唯一勝っていると言っても過言ではないかもしれない胸のサイズで応戦するのが半ば定番化している。で、その反撃は、なんだかんだ言って小振りな胸を気にしている雪乃さんには効果抜群。

 そしてこうも効果抜群なのにも関わらず、なぜか彼女は懲りずにちくちくしてくる。いい加減、痛い反撃が待っていると気付けばいいのに。それは彼女の弱点でもあり、逆にチャームポイントでもあるポンコツさ故だろう。

 

「……フッ、何度も言っているでしょう? 身体的特徴において評価すべき点はは相対的評価。全体のバランスこそが評価対象として一番大事なのだと。む、胸が多少小振りだろうと、その他すべてに置いて誰よりも優っている私に抜かりなどないのよ。そもそも留美さんだって言うほど大差ないのだし」

 

「でも雪乃さんよりあるのは間違いないし」

 

「……クッ!」

 

 ホント懲りないなこの人。そういうのって、胸のサイズなんて本当に全然気にしてない人が言わないと、なんの説得力もないのに。

 

「……だいたい、ほんの僅かに私より大きかったところで、そもそも留美さんは比企谷くんから妹としてしか見られていないのだし? いくら意識させようと胸元が開いた服を着てこようと、なんら意味はないのではないかしら」

 

「……クッ!」

 

 すると今度は痛恨の反撃がやってくる番だった。痛恨も痛恨。なんとも痛いところを突かれてしまったものだ。

 

 そう。私は未だに妹扱いから脱却できていない。なんなら直接「妹みたいなもんだし」とか言われたし。成人式の日、バトルを繰り広げている雪乃さん達に向かって。

 もちろんそれを言われた瞬間、抗議の意味を込めて私も参戦したけれど、結局八幡の中での私の立ち位置はあくまでも妹みたいな女の子のまま。こっちだってもう二十歳だってのに。バカ八幡。

 

 胸の件で痛い目を見た雪乃さんは、悔しそうにぐぬぬと唸る私を見て余程愉しいのか、嗜虐心いっぱいの微笑を浮かべている。……ムカつく。

 

「…………振られたくせに」

 

「……クッ!」

 

「……三人揃って撃沈済みのくせに」

 

「……クッ! ……恋愛対象にもなっていない小娘のくせに」

 

「……クッ!」

 

「……ふふふ」

 

「……うふふ」

 

 

 

 

 ──こうして、今日もいつもとなんら変わらない女同士の泥沼の戦いが続いてゆく。信じられないだろう事に、こんなのは私達の間ではいつも通りの些末ごと。

 普段はみんな仲がいいのに、一度八幡が絡んだ瞬間こうなってしまうんだから不思議なものだ。

 だからこれからも八幡が帰宅するまでの間、私と雪乃さんはいつも通り不敵な笑みを浮かべつつ、ちくちくと牽制しあうのだろう。

 

 そう思っていた。方や胸を張り、方や不遜にのけぞり、ふふふと不敵に笑い合っていた次の瞬間、不意にインターホンの音色が来客を告げるまでは。

 

「比企谷くんかしら……!」

 

「雪乃さんはじっとしてて。私が出るから」

 

「あら、留美さんこそ座っていなさい。先に部屋で待っていた私が迎え入れるのが筋でしょう?」

 

「雪乃さんは不法侵入犯なんだから、リビングで土下座して待ってた方がいいんじゃないですか?」

 

 

 

 醜い争いを繰り広げながら、二人は我先にと玄関へ走る。彼のびっくりする顔をいの一番に見たい。彼のびっくりする顔をライバルより先に自分に向けて欲しい──その一心で。

 しかし私達は慌てるあまり気が付かなかったのだ。家主が一人暮らしの部屋に入るのに、インターホンなど鳴らすはずもないという当たり前の現実に……

 

 

「お帰りなさい比企谷くん」

 

「おかえり八幡!」

 

 

 いい大人が押し合いへし合い、力いっぱい押し開いたその扉。

 

「〜〜ッッッ!???」

 

 しかし、がちゃりと開いた扉の向こうに立っていたのは、私達が待ち望んでいた人ではなかった。それどころか、見たこともない可愛らしい女性の、これでもかってくらいの仰天顔。

 

 

「……え、……あれ……っ!? こ、ここって比企谷先輩のお家です、よね……?」

 

 その未知なる訪問者は私達の顔を見るなりずざっと後退り、青ざめつつキョロキョロと表札やら階数を見回す。

 

「や、やっぱ比企谷先輩の家やろがぁ……。な、なんでぇ……?」

 

 完全なる不審者と化した珍客。あわあわと取り乱しながら涙目になるその姿には多少の庇護欲を掻き立てられはするものの、なぜか私も雪乃さんも、その珍客を庇護する気にはならなかった。

 なぜならその彼女の姿にはとても既視感があったから。私達がライバルと認めるとある人物と、とても似た空気を感じたから。決して姿形が似ているわけではないけれど、彼女が纏う小悪魔オーラと似たようなモノを放っていたから。それはつまり、悪趣味な女にしか理解出来ない、八幡という変人に惹かれる可能性を多分に秘めたオーラ。

 

 そしてそんな女性が、この八月八日に八幡の部屋の扉を叩いたのだから。

 

「どちらさま……?」

 

「どちらさまでしょうか」

 

 同時に開いた口からは、同じような音と同じような冷気。

 もともと人見知りな上に、コミュニケーションが苦手な私と雪乃さんの前に突如現れた敵となりうるこの女性には、とても災難な冷たさだっただろう。

 

 

 しかしこの人はそれを真正面から受けとめた。冷や汗をかきつつ、頬はひくひくと引きつってはいるものの、この状況を理解したのであろうその彼女は受けてたってやるとばかりに、青ざめた顔に精一杯の笑顔を張りつけて、震え声で私達にこう自己紹介をするのだった。

 

 

「は、はじめまして。私、社では毎日のように比企谷さんにとても可愛がっていただいている、後輩をやらせてもらってます金沢夏波と申します♪」

 

 

 

続く

 






というわけでありがとうございました!
前書きで言いましたけど、もし後編が8日までに間に合わなかったらゴメンなさい('・ω・`)
ホントに間に合わなかったら、また二年越し生誕祭になっちゃうぜ☆


ちなみにこの作品はかなり以前に書いた『私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ!』の後日談的SSとなりますので、当時チョイ役で出てきたオリキャラの金沢さんを再登場させちゃいました(^^)
オリキャラ短編集で意外にも人気が出た子なんですが、今回もしっかりとチョイ役なんで、表の短編集に出ちゃってもいいかな?って。
そしてこのお話、生誕祭のわりに八幡の出番はないです。

あと、今回とある駅周りの描写が妙に細かかったとお思いかもしれませんがお気になさらずに☆
いや、別に武蔵浦和在住ではないんですよ(苦笑)
ただ、実はその近辺の駅に住んでるものでして、武蔵浦和もちょくちょく利用するで今回のお話には便利な場所かなぁ、と。



そして何度も言いますが、思ってたより苦戦してるのでマジで8日までに筆が進まないかもです(吐血)
無理でしたら、また来年お会いしましょう!ノシノシ




追伸

ルミニストの皆々様。もの凄く久々なルミルミだというのにロリじゃなくて誠に申し訳ありませんでした(土下寝)



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シュラバ ☆ ラ ☆ 8ン8(バンバ) 【中編】



生誕祭当日に中編を更新するという暴挙('・ω・`)





 

 

 

「はじめまして、雪ノ下雪乃と申します。比企谷くんとは高校時代からの付き合いよ。関係は…………友人、かしら。……………今のところは」

 

「……むっ。はじめまして、鶴見留美です。八幡との付き合いは私が小学生時代からになります。関係は友人ですかね。……今のところは」

 

「……むっ。……ちなみにいま比企谷くんは──なので私達は──」

 

 見知らぬ来客を迎え入れた私達は後れ馳せながらも自己紹介と現状確認を済ませると、すぐさま彼女をリビングへと連行……けほけほ、お通しし、尋問……けほけほ、質問を開始した。

 主の居ない、それどころか主に無断で滞在している私達が『来客を迎え入れた』という表現を用いるのは、些か不作法な気がしないでもないけれど。

 表現どころか行動全てが不作法だった。

 

 雪乃さんの自己紹介を聞いては「……レ、レベル高すぎじゃろが……」とぽしょりと呻いたり、私の自己紹介を聞いては小声で「は、八幡……!?」と嘆いたり忙しそうな彼女だったけれど──

 

「で、単刀直入にお尋ねします。た だ の職場の後輩である金沢さんが、なぜ比企谷くんの家を知っているのかしら。そして今日はこんなに朝早くから一体なんのご用件かしら」

 

 『ただの』を殊更強調した、雪乃さんからのまるでマックのドリンクくらい大量の氷が入っているような冷えきった質問に、どうやら一発で目が醒めたようだ。

 

「ひっ……! は、はい。あの、ですね。い、以前二人で飲みに行った際、比企谷先輩を酔い潰し……先輩が酔い潰れてしまいましてですね、近くのホテルにでも連れ込も……ホテルででも介抱してあげようかと思ったら断固として家に帰ると譲らなかったので、残念ながら泣く泣……先輩の身を案じてここまでお送りした、という感じです」

 

「……」

 

「……」

 

「で、でー、今日は比企谷先輩の誕生日だとお聞きしたので、日頃のお礼にお祝いしちゃおーかなぁ? ……な、なんて?」

 

「……」

 

「……」

 

 この女、思ってたよりガツガツだった。これ完全に隙あらば八幡の貞操を奪って既成事実作るつもりだったでしょ。今日だって「お祝いのプレゼントは私♪」とか思ってそうだし。

 

 誤算は酔い潰し“過ぎた”ことかな。酔い潰れた女を下心満載の男が介抱の名のもと好き勝手するのは楽なのかもしれないけど、その逆はなかなかに難しそうだもんね。女の子と違って男の人は重たいから。

 それにしても八幡、確かお酒には結構強かったはずなのに、この金沢さんという女性、どれだけ酒豪なんだか。

 てか八幡、会社の後輩女子と二人で飲みに行ったとか一言も言ってなかったよね? という確認を込めて雪乃さんをチラリと見ると、彼女もそれはそれは冷たく凍えた瞳で私に同意の視線を送ってきてた。絶対零度の風が吹き荒ぶ中、私と雪乃さんがアイコンタクトの末に静かに頷き合ったのは言うまでもない。

 これは今夜は朝までコースの話し合いになりそうだ。ふふふ、楽しみだね、八幡。

 

「……まったくあの男は。こうやって誰彼構わず世話を焼いてしまうから、こうして気を持たされる女性が次から次へと出て来てしまうのよ」

 

 そう嘆いては頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる雪乃さん。

 私も全くの同感だけに、思わず彼女に倣ってこめかみに指を添えそうになってしまう。しかし残念ながら、その『世話を焼かれて気を持たされてしまった女』の中に自分も思いっきり入ってしまっている事に気が付いて、慌ててこめかみに伸びかけた手を引っ込めた。

 まぁ言ってしまえば雪乃さんも含めて私達はみんな同類なんだけどね。

 

 するとそんな雪乃さんの台詞を聞いた金沢さん、冷気に当てられて引きつったままの笑顔ではあるものの、明らかにその笑顔を質を変化させる。

 

「あ、あのぉ、雪ノ下さん、でしたっけ。なんかすっごい正妻ヅラとかしちゃってますけどー、私それはどうかと思うんですよねー。だってまだ友人……、 ま だ 友人、なんですよね? 高校時代からの付き合いのくせに ま だ。……なんかぁ、それが答えなんじゃないですかねー」

 

「なっ!?」

 

「私なんて比企谷先輩と出会ってまだ一年と四ヶ月程度ですけど、出社から終業まで毎日一緒に居ますし? いっつも可愛がられてますし? それに誰かに関係性を聞かれて「今はまだただの後輩です♪」なんて逃げの答えを返したりしませんし? ……まだ恋人じゃないんなら、今まで築いてきた時間なんて関係なくないですかー? 申し訳ないんですけど、高校時代からの長ーい付き合いで恋人になれてない時点で、どちらかと言えば私の方がよっぽど優勢だと思うんですよねー。なので雪ノ下さんに正妻ヅラされる筋合いとか無いですー」

 

「ぐぬぬ……」

 

 ゆ、雪乃さんが完全に言い負けてる……。これは別に金沢さんの方が口が達者だからとか金沢さんの方が強いからとかそういうワケではなくて、高校時代からの付き合いなのに、まだ恋人ではなく友人である、っていう残酷な現実が、口論する上で大きな足枷となってしまっているからだろう。

 

 ……にしても八幡に惹かれる女性というのは、やはりタダ者じゃない子ばかりだ。なんというか、八幡みたいなのに惹かれるだけあって、変人というか図太いというか。

 普通であれば雪乃さんの尋常じゃない圧に屈するはずなのに、恋する乙女にとっては、こと八幡の問題となると恐怖さえ吹き飛ばすというのだろうか。

 

「……確かにあなたの言う通りね。あなたと比企谷くんがどのような関係を築いているのかも知らないクセに、私とした事が“時間”にあぐらをかいて、勝手に上から目線になってしまっていたわ。ごめんなさい」

 

 そして、……ついに雪乃さんが謝罪を述べた。あの雪乃さんが、だ。

 

 こんなにも強く美しい雪ノ下雪乃が自分に向けてこうべを垂れたのを見て、金沢さんはにんまりと口元を弛めた。明らかに自分よりも上位に位置する人間に勝つ。これは、彼女にとっては余りにも甘美な蜜だろう。大金星を確信した金沢さんは、自身の勝利に優越感に浸る。

 

 

 

 

 ま、そんなのはほんの一瞬だけど。

 

「で? 一年四ヶ月という短いようで長い時間のあいだ、あなたは比企谷くんと職場以外でどれほどの時間を過ごしてきたのかしら? 先ほど飲みに行ったとかなんとか言っていたけれど、職場以外での個人的関係、まさかその一度きりではないわよね」

 

「え、あ、いや」

 

 ま、まぁ? そこまで言うなら許してあげないこともないんですけどー? とか言おうとしていたのであろう胸を張った彼女に、雪乃さんから確信が籠もった会心の攻撃が繰り出された。ま、そりゃそうなるよね。

 

 

 ──八幡は嘘が吐けない人だ。正しくは、嘘は平気で吐くけど顔に出てすぐバレる、が正解。

 だから、彼にとっては職場の後輩女子と二人で飲みに行ったなんていう大事件があとあとバレるのは厄介極まりない事案であり、面倒くさがりの八幡はあとあとバレて厄介になる事と、ちゃんと白状してその場限りの苦痛を伴う事を天秤にかけて、不都合を自分から先に言ってしまうような人。良く言うと正直者。悪く言うとヘタレ。

 つまりコレを八幡が私達に報告しなかった意味、それは、わざわざ報告するまでもない取るに足らない案件だったからに他ならない。たった一度きりの飲みだから、下手に報告しない方がお得と判断したのだろう。

 結局内緒で行ったのがこうしてバレてしまったのだから、残念ながら朝まで生トークは避けられないけどね。

 

 だから雪乃さんには確信があったんだ。八幡と金沢さんが就業時間以外の時間を過ごしたのはそれ一度きりなのだと。当然私にもそんな確証があったからこそ、この金沢さんの登場にそこまで慌てなかったんだけどね。

 

「あら、まさかとは思ったのだけれど、本当にたった一度きりの飲みの席だったようね。おかしいわね。確か先ほど「私の方がよっぽど優勢だと思うんですよねー」とか言ってなかったかしら。自称毎日可愛がられている“らしい”のに、職場以外でのプライベートが一度きり。……ふふ、それが答えなのでは?」

 

「うぐっ……!」

 

 形勢は一瞬で逆転。まさに瞬殺。

 やはり世の中には逆らってはいけない人種というモノが存在する。平和な人生を送りたいのなら、喧嘩を売る相手は選ばなければならないのだ。

 

「まったく……。出会ってから一年以上も経っていながら、仕事中という義務時間以外の時間で得られたのがたかが一度きりの飲みの席の女が、よくもまぁいけしゃあしゃあと「私の方が優勢」などと言えたものね」

 

 一瞬で攻勢に転じた彼女の勝ち誇った笑顔を見て痛いほど思う。この人が味方で良かったと。

 ……あ、私思いっきりこの人敵に回してた。なんならこれから一生敵として戦っていく所存まである。

 

 そして、それはどうやらこのニューフェイスも同じようで……

 

「……好きな男と八年とか一緒にいて、関係が一切発展してない女よりよっぽどマシじゃろが……っ」

 

 などと、雪乃さんに聞こえるようぼそっと言ってのけた。

 

「なっ!?」

 

「ま、まぁ? 確かに雪ノ下さんてすっごい美人だけど、残念ながら女としてのウリはあまり売り物にならなそうですし? 比企谷先輩がその気にならないのも分からなくもないってゆーかぁ?」

 

 そう言って、童顔のわりにはなかなか育っている胸をぐいっと張ってみせる金沢さん。

 

「クッ!?」

 

 ……ゆ、雪乃さん……

 

 やはり夏という季節は、雪乃さんにとってはいい季節ではないのだろう。……だって、どうしたって薄着になっちゃうから……

 可哀想だけど、こればかりはフォローしようがないし、彼女には勝ち目が皆無である。

 ここは涙を堪え、雪乃さんの健闘を讃えて手を合わせておこう。雪乃さん、ご冥福をお祈りします……

 

「そ、それにそっちの子だって、なんかさっきから他人事みたいに私に憐れんだ目を向けとうけど、鶴見さん? だっけ? 比企谷先輩に聞いたけど鶴見さんだよね、こないだ成人式迎えたのって。鶴見さん、比企谷先輩から女としてこれっぽっちも意識されてないでしょ? だって成人式の付き添いしてくれる男なんて、フツー彼氏かお父さんくらいなもんでしょ。それなのに彼氏でもなんでもないとか、それ完っ全に兄とか父親目線じゃないの?」

 

「クッ!?」

 

 ここでまさかの飛び火。そして初対面だというのに、僅かな情報から的確に私の心臓を抉ってきた。

 やばい。なかなかの大ダメージ。……ム、ムカつく。

 

「それに鶴見さんもめっちゃ美人だけど女のウリには乏しいみたいだし? ……やっぱりあれですよねー。女性の魅力ってのは、どうしたって注目がココに集まっちゃいますよねー」

 

「ぐ……っ。……たった一度の飲みって事は、逆に言えば初めての飲みって事なのに、そのたった一度のチャンスで酔い潰して既成事実作ろうとしたビッチのくせに……」

 

「っ!」

 

「しかも計画通り酔い潰せたのに事実を作れてないって事は、それってつまり金沢さんだって女として意識されてない証拠なんじゃないですか?」

 

「ぐぬぬ……っ」

 

「それに私、雪乃さんほど小さくないですし」

 

「……なっ!? ……ふふふ」

 

「……うふふ」

 

「……あはっ☆」

 

 

 戦場が三人になったら、争いが沈静化するどころか輪をかけて泥沼化してしまった。より一層低レベルに。

 あれなのかな。八幡に惹かれる趣味の悪い変な女というのは、精神年齢がお子ちゃまばかりなのかな。でも当然私はそこから除外。だって私大人だから。

 

 

 三者三様な笑顔でのぴりぴりギスギスなこの空気。これはもうこのまま決着を付けざるを得ないか? と思うほどの険悪ムード。

 

 しかし三竦みなその空気を、それから数分の後とある音が一発で突き破る事となる。ぴんぽーん、という、この場にそぐわないなんとも間の抜けた音が。

 

 

× × ×

 

 

 突如静寂を切り裂いたその音に、敵の出方を窺ってなかなか動けずにいた私達は即座に反応する。

 

「あら、あの男ようやく帰ってきたのかしら」

 

「八幡っ」

 

「ま、まだ誰か来んの……?」

 

 その音により、私と雪乃さんの表情に出た色は喜色が強い。当然だ。ようやく八幡が帰ってきたのだと考えたのだから。でも私達の色とは裏腹に、金沢さんの表情に出たのはなぜか浮かない色。

 

「それでは私が出るから、あなた達はここで待っていていいわ」

 

「雪乃さんこそゆっくり座っていればいいですよ。この中で一番ご高齢なんだから」

 

「こ、高れっ……!?」

 

 またもや先程と同じ醜い争いを繰り返しかける。しかしそれは、押し合いへし合い、玄関まで伸びる廊下に出る為リビングを飛び出そうとした瞬間だった。

 

「あ、あの〜……」

 

 なぜかおずおずと金沢さんが右手を挙げたのだ。新参者のくせに、まさかお出迎え争いにまで参戦する気なのだろうか。

 自分の部屋から他人が飛び出てきたら、雪乃さんや私でさえ大層驚かれそうだというのに、一度しか飲みに行った事もないような“ただの”職場の後輩が飛び出てきたら、八幡がどれほど困惑するかも分からないのだろうか。本当いい迷惑。

 

「……なにかしら」

 

「……なんですか」

 

 雪乃さんには出遅れないようにしていた私、私には出遅れないようにしていた雪乃さん。そんな二人が金沢さんの申し出にご機嫌な声色を返すわけもない。よって金沢さんに対して不満を隠そうともせず向き直るのは必定といえる。

 早く玄関を開けてあげないと八幡が可哀想でしょ。察して。

 

「ひ、比企谷先輩って、お二人がここに居るの知らないんですよね……? 普通に考えて、誰も居ないと思ってる部屋に帰ってくる一人暮らしの人が、わざわざインターホンとか押さないと思うんですけどぉ……」

 

「あ」

 

「あ」

 

 あまりにもごもっともで、あまりにも衝撃の事実だった。なんで私と雪乃さんはそんな簡単な事にも気付かなかったのだろう。あれだね、恋は盲目ってやつだね。違うと思う。

 

 それにしてもなんというか、ニューフェイスのこの人が一番冷静な判断をしているのかと思うとなんか悔しい。

 でもそれは八幡に対する想いの強さの差のはずだと自分に言い聞かせ、冷静でいられなかった恥ずかしさによりほんのりと赤く染まってしまった頬を誤魔化す為に、こほんと咳払いをひとつ。

 

「……いったい誰かしら、こんな時間に」

 

 その気持ちは雪乃さんも同じだったようで、んん! と喉を鳴らした彼女は、まるで何事もなかったかのように来客の正体に意識を向けた。顔赤いんで誤魔化せてないですよ、雪乃さん。

 あと“こんな時間に”すでに八幡宅で待機している私達には、それを言えた義理はないですね。

 

「そう……ですね」

 

 とはいえ私も立派な大人の女性だ。羞恥に染まった雪乃さんの頬は見て見ぬフリをして、そう疑問に肯定の意を返してあげた。……返してあげはしたけれど、実際のところその正体には思い当たるフシが二つほどある。

 そしてそれは当然雪乃さんも解っている事なのだろう。その思い当たるフシの姿を想像し、なんとも苦々しく微妙な表情を玄関の方へと向けていた。

 

 

 ──これは、このまま出ない方が得策なのではなかろうか。

 

 この新たなる来客を迎え入れてしまえば、再度私達の奇行(不法侵入)について一から話さなければならないから面倒だし、そもそも今日という特別な日に、これ以上いたずらに敵を増やす必要性もない。

 このまま居留守を決め込んで不在をアピールしてしまえば、この来客は大人しく引き下がってくれるはず。何度かインターホンを押しても家主が出てこなければ、次に取る行動は電話。

 つまり今のうちに八幡の不携帯電話にクッションでも被せて着信音が外に漏れないようにでもしておけば、この新たなる来客は留守だと判断して帰ってくれるだろう。

 多少セコくて多少ズルい策略かもだけど、日々抜け駆け上等な戦いを繰り広げている私達の間では、この程度の事は日常茶飯事なのである。そもそもみんなを出し抜く為に朝早く来たわけだし。

 

「あ、あのー、出ないんですか?」

 

 しかしここには、普段であれば存在しないもう一人の人間が居る。いつものメンバーであれば察する事の出来る来客の正体も、つい先程知り合ったばかりの金沢さんには察する事など出来るはずもなく。

 彼女は、一向に玄関へと向かおうとしない私達に訝しげな視線を寄越してきた。

 

「……え、ええ。家主が不在だというのに、勝手に出てしまうのもなんでしょう?」

 

「いまさら!?」

 

 金沢さんがノータイムで激しいツッコミをしてしまうのも無理はない。私も危うくツッコミかけてしまったくらいなのだから。

 でも今の雪乃さんのセリフで理解した。ああ、雪乃さんもこのままライバルをやり過ごす気なんだな、と。ナイス判断です雪乃さん。

 よし、雪乃さんがそのつもりならば、これ以上ジャマが増える心配はない。あとは上手くこの二人さえ出し抜いてしまえば、ようやく八幡と二人きりで誕生日が祝える。

 

 

 

 何度目かのインターホンが鳴り響き、クッションの下で不携帯電話が苦しそうにくぐもった音を何度か発した頃のこと。

 さてと、この来客をやり過ごしたあとは、どうやってこの二人を出し抜いて八幡と二人きりになろうかな。いっそ帰るフリをしてマンションの入り口で待ってるのも手かも、なんて、計画を次の段階へと移行しようとしていた時だった。扉の方で鍵穴に何かを突っ込んで、慌てた様子でがちゃがちゃと回すような音がしたのは。

 そして、がちゃりという解錠完了の合図。

 

 ていうか、あの不携帯電話にはいつの間にクッションが被せられていたのだろうか。目にも止まらぬ雪乃さんの迅速すぎるアグレッシブさに脱帽。やはり侮れない。

 

「!?」

 

「!?」

 

「!?」

 

 何者かに突然鍵を開けられた私達はそれはもうびっくり。インターホンを鳴らしたからには八幡ではないと思っていた人物が、突然鍵を開けて部屋に入ってこようとしているのだから。

 しかもその鍵の開け方が余りにも騒がしく慌ただしくて、何者なのか分からないという恐怖も相まって、正直恐怖でしかない。

 

 息を飲み、三人揃って玄関の方を見守っていると、ついには遠慮がちにゆっくりと開いた扉。そして──

 

 

「ヒ、ヒッキー……っ? だ、大丈夫……? もしかして、倒れちゃったりしてない、よね……?」

 

 

 ──この世界で八幡をヒッキーと呼ぶ人物など一人しかいない。よって新たなる来客の正体はこのセリフだけで詳らかとなったわけだが、ここで本日最大級の問題が起きてしまった。

 ……ねぇ結衣さん、なんで八幡の部屋の鍵持ってんの……?

 

 

 

続く

 





というわけで、今回は胸部戦争を一撃で決着させてしまう豊穣の女神が降臨したところまでとなりましたが、最後までありがとうございました☆




仕方なかったんやぁ!終わらなかったんやぁ!
……だ、大丈夫。我々には次回更新までまだ365日の猶予があるッ!



てなわけで365日以内にまたお会いいたしましょうノシノシ





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シュラバ ☆ ラ ☆ 8ン8(バンバ) 【後編】



俺たちの8月8日はこれからだ!(白目)





 

 

 

 ドナドナよろしく、先ほどの金沢さんと同じようにリビングへと連行された結衣さんは、なぜか家主の居ない部屋に居た私と雪乃さん、そして初対面の女の子の姿に酷く動揺しながらも、その疑問を口に出す事すら許されず床に正座している。

 さてと、そろそろ尋問委員会の開始だね。

 

「由比ヶ浜さん。なぜあなたが比企谷くん宅の鍵を持っているのか教えてもらえるかしら」

 

「結衣さん、早く」

 

「二人とも恐いよ!? あたしも聞きたいこと超あるよ!?」

 

「いいから」

 

「早く」

 

 獲物ににじり寄る猛獣のごとく、私と雪乃さんは冷え冷えとした圧を掛けて解答を急がせる。なにせこれは由々しき事態なのだから。

 

 もしも八幡が結衣さんだけに合鍵を渡していたとするならば、その時点で私達の負けはほぼ確定する。八幡への地獄のお仕置きと共に、私達の初恋は幕を閉じる事となるだろう。

 しかし、あの甲斐性無しの八幡が私達に内緒にしたまま誰かとこっそり交際をスタートさせていた──という結論がまずあり得ないであろう事は、先の雪乃さんの件(朝一に八幡の部屋から出てきた)で解が出ていたはず。とてもじゃないけどその線は考えづらい。

 その観点から考えうる解は、八幡が合鍵を渡したわけではなく、結衣さんが無断で作っていたという可能性。こうなると、私達は結衣さんに向けていた目を変えなければならない。こういうの、八幡がたまに読んでる漫画とかラノベなんかによくあるよね。そう。これからはヤンデレ? とかいう危険人物に対する目を彼女に向けなければならなくなるだろう。この人、意外とそういう資質ありそうだし。

 

「ち、違うからね!? 別にヒッキーから合鍵貰ったわけでも、ましてや勝手に作っちゃったわけでもないからね!?」

 

「……」

 

「……」

 

 さすがは長い付き合いだ。こちらから深く言及しなくとも、私達がなにを想像し、なにを言わんと詰め寄っているのかを瞬時に理解したらしい。

 まぁそういう発想が瞬時に頭に浮かぶって事は、十中八九彼女の中でも私達がそういう事をするかもしれないというシミュレーションはしてあった、という事だろう。とても心外だ。

 

「ちょ、ちょっと前にね? 仕事上がりに駅前で二人で夕ごはん食べて、ついでにヒッキーの家に寄らせてもらった時があったんだけど、なんかヒッキー家の鍵を会社に置き忘れて来ちゃったみたいで、緊急用に玄関周りに隠してある鍵の場所教えてもらっただけだよ!? で、もしかしたら熱中症で倒れてるのかも! って思ったら居ても立ってもいられなくなっちゃって、ソコから鍵を取り出しただけだからね!?」

 

「……」

 

「……」

 

 ああ、成る程そういう事か。だったらまぁ納得。

 二人で御飯食べて家に寄らせてもらったとかいう部分に多少の引っ掛かりを憶えない事もないけど、それは私も普通にしてる事だし今回は聞き流してあげよう。

 

「まったく……。そういう事ならもっと早く言いなさい。紛らわしい」

 

「ホントですよ結衣さん。危うく手を汚さなくちゃならないのかと思っちゃったじゃないですか」

 

「二人とも言う余裕全然くれなかったし! あと手を汚すとかなんか恐いよ!?」

 

 がーんと愕然とする結衣さんではあるけれど、八幡の部屋の合鍵を持っているわけではないと結論が出た以上、もうこの件についてはどうでもいいだろう。

 ……いや、どうでもよくない。隠してある合鍵を結衣さんの前で取り出しちゃうとか、さらにはその場所も変えずにそのままとか、八幡ってば無用心すぎ。結衣さんに寝込みを襲われたらどうするつもりなんだか。これはまたお説教モノだね。さらに夜が長くなっちゃうよ八幡。ふふふ。

 

 

 そんなこんなで一旦の落ち着きを取り戻した主不在のマンションの一室。被告がこちらの追及に大人しく応じたので、私達もこの状況に至るまでの経緯を説明した。

 ちなみに私と雪乃さんが結衣さんを責め立てている中、金沢さんは一人呆然としていた。たまーにぶつぶつと「こ、この二人だけじゃないんか……」とか「なんでこんなにレベル高いのばっか……」とか嘆いていたくらいで、あとは静かなものだった。

 静かで助かるから、もう帰ればいいのに。

 

 それからは初お目見えの二人が社会人らしく名刺を渡し合ったり、先程の私達同様お互いを敵と認識しあって「たはは……」「あは☆……」と素敵な笑顔を向け合ったりと、なんともよそよそしい挨拶を済ませていた。

 まぁ、金沢さんと結衣さんのやり合いなんかどうでもいいし、そもそも結衣さんは私や雪乃さんと違って表面上の付き合いが得意なリア充側の人間だから、そんなに面白い事も起こらなかったしでそこは割愛しておこう。

 あ、割愛は『惜しいと思っているものを手放す』という意であり、よく使われる『どうでもいい事だから切り捨てる』は間違いである。つまりこのシチュエーションで割愛を使うと八幡に「それ誤用な」とムカつくドヤ顔で言われちゃうから気を付けなきゃ。受験勉強中散々ムカつかされたもんね、あのドヤ顔に。

 

「……ところでゆきのんさぁ」

 

 と、八幡の顔を思い浮かべそんなどうでもいい事を考えていたのだが、ここで風雲急を告げるまさかの事態が巻き起こる。金沢さんとの自己紹介という名の宣戦布告を済ませた結衣さんが、先程までの詰め寄りへの意趣返しとばかりに、不意に低い声で雪乃さんに牙を剥いたのだ。

 表情だけ見てみればいつもと変わらない人懐っこい可愛らしい笑顔なんだけど、なんていうか……、瞳の中に光彩が見えない。

 

「な、なにかしら」

 

「いちおー何でゆきのん達がヒッキーの部屋に勝手に入ってるかまでは説明して貰ったけど、まだ肝心なこと言ってないよね」

 

「……肝心な事とは?」

 

「もー、どーせ分かってるくせに。ゆきのんは昔っからそういうトコ回りくどいよね」

 

 ……なんだろう。なんか結衣さんの笑顔が堪らなく恐いんだけど。

 

「ゆきのんさ、あたしが「来週の日曜ってなんか用事とかある?」って聞いたら言ってたよね。姉さんの指示で行かなければならない所があるのよ、ってさ。……おかしいよね? なんで陽乃さんの指示だって言ってたのに、なんでヒッキーんちに居んの? こんなに朝早く」

 

 ……恐い恐い恐い。輝くような笑顔だからこそ逆に恐い。やっぱり結衣さんて、ヤンデレ? とか言うやつの素質あんじゃないの?

 

「……し、仕方ないでしょう? ここ最近──」

 

『どれだけ長いこと苦戦してんのよ。雪乃ちゃんがいつまでも比企谷くんをモノに出来ないようなら、わたしが貰っちゃうからね』

 

「──と、姉さんから何度も脅されているのだから……。だ、だから私は嘘は言っていないわ」

 

 いや雪乃さん。ソレ嘘というかただの拡大解釈なんじゃないの?

 そ、それにしても、陽乃さん、そんなコト言い出してるんだ……。あんなヤバイ人が参戦してくるとか色々と怖すぎる。まぁあの人極度のシスコンだから、可愛い妹の背中を強引に押してるだけだろうけど。

 ……とにかく本気にせよただの冗談にせよ、早く私が貰っちゃわなきゃ……!

 

「そもそも由比ヶ浜さん、あなたにそんな口を利く資格があるのかしら」

 

「ほえ……?」

 

 八幡曰く魔王への恐怖に一人戦慄していると、今度は雪乃さんが反撃の狼煙を上げた。金沢さんの時もそうだったけど、この人たち攻守の切り替え早すぎでしょ。私も含め、攻め易そうなウィークポイントがありすぎる……

 

「あなた確か私にそれを訊ねてきたあと言っていたわよね。あたしは家族と出掛ける予定があるんだ、と。……おかしいわね。あなたこそなぜこんなに朝早くここに居るのかしら。家族との予定が入っているはずの由比ヶ浜さん?」

 

「うっ……」

 

 ……どっちもどっちだった。ウィークポイントが多いというよりは、この人たち自分でウィークポイントを自家栽培してるだけじゃん。

 

「だ、だってほら、将来的には家族になるわけだし」

 

「結衣さんなにおかしなこと言ってるんですか? ただでさえ沸いてる頭が、この暑さでついに蒸発しちゃいましたか?」

 

「留美ちゃん食い気味の上に超辛辣だ!?」

 

 おっと。ここは黙って成り行きを見守るだけのつもりだったのに、結衣さんのあまりにも低次元な世迷い言にカチンときて、つい口を挟んじゃった。私もまだまだお子様だね。

 

「あら、辛辣なんて難しい言葉、いつ覚えたのかしら」

 

「追い打ちも酷い!?」

 

 

 

 

 それからも、ギャーギャー喚いてはちくちくと攻撃し合う二人。今日は八幡の生誕祭だというのに、本人不在の彼の部屋でのあまりにもいつも通りな二人に、彼女達を眺める私の口元はついつい緩んでしまう。

 八幡を含めた私達の関係性は、この数年で大きく変化した。そんな中でも、とりわけこの二人の関係性は特に変わったのかもしれない。

 

 この二人の関係は、高校生の頃から比べるととても変わった。いい意味で。

 雪乃さんと結衣さんは、高校最後の日に二人揃って八幡に告白して玉砕してから、本当の意味での本物の友達になったように思う。

 

 この二人は私が出会った頃からとても仲が良かった。それはもう眩しいくらいに。あと、ちょっと気持ち悪いくらいに。あのベタベタっぷりは、人間関係に冷めてしまっていた当時の私にはちょっと刺激的だった。

 でも幼かった私の記憶の中にある二人は、まだ本物の友達になれてはいなかったんだと思う。あの頃は気が付かなかったけど、お互いがお互いにまだ遠慮という壁を作っていたんだろう。

 

 後々聞いた話では、その遠慮という壁は、主に恋愛面での壁だったらしい。最初は雪乃さんが彼のことを好きなのだと勘違いしたらしい結衣さんの遠慮から始まり、やがて本当に彼のことを好きになってしまった雪乃さんの、結衣さんへの遠慮でどこまでも長引いてしまった壁。

 雪乃さんは結衣さんを、結衣さんは雪乃さんをとても大事に思っていたから、思いすぎていたから、だからこそ二人が特別に想う一人の男性になかなか踏み込めずにいたんだとか。

 でもこのままじゃいけないって一念発起して、二人で話し合って二人で決めて、二人で卒業式の日に一緒に告白したそうだ。

 

 結果は惨敗。ま、そりゃそうだろう。なにせ誰よりも素敵なこの二人が特別に想う一人の男性は、とても残念な事に希代のヘタレ男だったのだから。そんなヘタレがこの素敵な二人に同時に告白されたのだ。どちらか一方を選べるわけがない。

 ちなみにそいつがヘタレだったおかげで今の私がこうして頑張れているワケだから、実はそのヘタレさにこっそり感謝してるのはナイショ。

 

 でもその惨敗により、この二人は本物の友達になれた。もうお互いに変な遠慮はやめようって、お互いが思う通りの自分で居ようって、そう決めたらしい。

 だからこの二人はこうして喧嘩する。普段はあの頃と同じように……、いや、あの頃よりもさらに輪をかけて仲良しな二人なのに、八幡を取り合う時に限っては、こうして本音と嫌味を堂々とぶつけ合える本物の友達になれたのだ。

 

 そんな経緯を知っているからこそ、目の前で繰り広げられているこの低次元で下らない罵り合いが、こうも微笑ましく思えるのだろう。

 そんな二人を優しく見守りつつ私はこう思う。

 

 

 

 

 ──二人には二人が居るんだからいいじゃん。こんなにも仲良いんだから二人でどこかに逃避行でもしちゃって、八幡は黙って私に譲ってくれればいいのに。

 

 

× × ×

 

 

「ね、ねぇ、鶴見さん……」

 

 雪乃さん達の微笑ましい罵り合いをぼんやり眺めていると、不意に肩をつんつんされた。

 あれ、静かだからもう帰ったのかと思ってたのにまだ居たんだ。

 

「なんですか」

 

「目がめっちゃ冷とうよ……!? あ、あのさ、比企谷先輩ってどんだけモテてんの……!? し、しかもレベル高っかいのばっかだし……。ま、まさか他にもまだ居たりしないよね……」

 

 そう静かに呟く金沢さんは、心底うんざりな様子で新たなライバルの姿を黙って見つめていた。いや、新たなライバルのとある一部分を見つめている。

 まぁそのとある一部分は言うまでもないから敢えて言わないけど、この人が愕然とする気持ちはわからないでもない。

 

 金沢さんが八幡の現状をどれだけ把握してたのか知らないけど、慕っている先輩の家に来たら知らない女が二人も居て、さらにその二人が突然敵意を向けてきたという理不尽な状況にも関わらず、次の瞬間にはすぐさま状況に順応していたのを見る限り、八幡の周りに何人かの女が居る事にはなんとなく気付いていたのだろう。

 でも次から次へとこうも美女が立ちはだかってくれば、いくら気の強そうなこの人だってさすがに弱気にもなるだろう。

 

 じゃあ、可哀想だけど言ってあげなきゃならないよね。どうせ近い内にこの部屋の人口密度はさらに増えるだろうし、アレが来る前に覚悟しておいた方が身の為だろう。なんかこの人とキャラ被ってるし。

 

 だから優しい大人の女な私は笑顔で言ってあげるのだ。とても厄介な……、と て も 厄 介 な女が、まだ待ち構えていますよ、ってね。

 

「……あー、それなんですけど」

 

「あら、随分と静かだったから、もう帰ってしまったのかと思っていたわ」

 

「は、は? か、帰るわけないじゃないですかー」

 

 金沢さんに残酷な現実を教えてあげようかと思って口を開いたまさにその時、つい今しがたまでバトルしていたはずの結衣さんを置き去りにした雪乃さんが、なんか突然話に割り込んできた。なんだかとても愉しそうだけどどうしたのかな。

 

 ……そして彼女は薄い微笑をたたえたまま、まるで春風の囁きのような甘く優しく美しい声で、金沢さんの耳元でこう毒づくのだった。

 

「……あなた、ついさっき女の魅力がどうこう言っていたわよね。確か「比企谷くんがその気にならないのも仕方ない」などと言ってなかったかしら。で、先ほどからあなたがちらちらと由比ヶ浜さんに視線を送っていたのが視界に入ってきていたのだけれど、せっかく敵がもう一人増えた事だし、あの時の素敵な勝利宣言をもう一度声高らかに叫んだらどう?」

 

「なッ!? ……ぐぎぎっ」

 

 ……ゆ、雪乃さん……

 

 どうしよう。結衣さんの突然の襲来で有耶無耶になったかと思ってたけど、この人すごい根に持ってた。

 どうやら結衣さんの登場から今に至るまで、金沢さんが結衣さんの胸を気にしてちらちらと横目で見ていたのを目ざとく確認していたらしい。

 で、今の台詞を意訳すると「比企谷くんは高校時代から“コレ”にも惑わされなかったのよ。彼を落とす上では胸のサイズなどなんら意味が無いということが解ったかしら。フッ、由比ヶ浜さんの胸をずっと気にしている辺り、その程度で勝ち誇っていた自分がいかに虚しいのかがようやく理解できたようね」ってとこかな。

 

 悔しくて仕方なかったのはわかるけどね雪乃さん。結衣さんの胸の大きさをまるで自分の手柄のように、とても嬉しそうに胸を張る可哀そ……儚げな雪乃さんを見ていると、なんだかほんの少しだけ視界が霞んできちゃいそうだよ……。雪乃さんファイト。

 

「ね、ねぇねぇ、みんなでこそこそとなんの話してんの……?」

 

 心の中で密かに雪乃さんへ熱い応援メッセージを送っていると、突然蚊帳の外にされてしまった結衣さんが、私達の……というか雪乃さんの愉しげな様子に溜まらず話しかけてきた。

 まぁそりゃそうだよね。ついさっきまで楽しく? 話していた雪乃さんが、突然自分をほっぽりだして私と金沢さんの和の中に飛び込んでいってしまったのだから、さぞや疎外感が半端ない事だろう。

 

 しかしこの質問には、残念ながら雪乃さんは答えられない。てか雪乃さんに言わせたら可哀想。

 もちろん歯軋り状態の金沢さんにも答えられるはずがないから、ここは一番胸のサイズを気にしていない大人な私が一肌脱いであげるとしよう。

 

「あ、気にしないで下さい。薄着の結衣さんの胸って暴力的すぎて犯罪レベルだよねって話をしてただけですから」

 

「酷いセクハラだった!?」

 

 

× × ×

 

 

 バストサイズ争いにあっさりと決着がついてから、一体どれほどの時間が経った事だろう。

 あれからも暫らくの間はああでもないこうでもないと醜い女の争いが繰り広げられていたのだが、特に話す事(牽制や罵り)もなくなってからというもの、各々が適当に時間を潰していた。

 皆、いくらなんでも八幡の帰りが遅すぎる事に一抹の不安がなくもない様子ではあるが、そこはさすがあの変人八幡に惚れるような肝の据わった女たち。私達を否応なくイラつかせる八幡の突飛な行動など日常茶飯事だとばかりに、「まぁ八幡だし」を合言葉に、ただ黙って部屋の主の帰りを待つ。

 

 私と雪乃さんは読書に興じ、結衣さんと金沢さんは携帯弄り。今やすっかり静かになったこの部屋に響くのは、紙を捲る音と画面をタップする無機質な音だけ。

 

 

 ──しかし、紙とタップとは別の音が、ついにその静寂を破る事となる。不意に、どこかからくぐもったような電子音が鳴り響いたのだ。

 

「……あ、八幡の携帯鳴ってますね」

 

 そう。その音は先ほど雪乃さんが弄っていた猫柄の生地に包まれた柔らかな綿の下で鳴っていた。つまり、結衣さんを追い返す為に策を講じたあのクッション(雪乃さんの私物)の下だ。

 

「誰、かしら……」

 

 そう言って、雪乃さんは訝しげな様子でクッションの下部を見やる。

 

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ八幡かも、なんて思ってしまったのだけど、インターホンの例を考えると八幡本人が八幡の携帯に電話をかけるとも思えない。

 

「もしかしてヒッキーかな!」

 

「そんなわけないでしょう。あなたは誰も居ないはずの部屋に置きっぱなしの自分の携帯に電話などかけるかしら?」

 

 突然の電話の音に浮き足立った結衣さん。しかし雪乃さんはそれをぴしゃり嗜める。

 いやいや雪乃さん、さっき自分だって金沢さんにバカにされたよね? アレが無かったら、高校を卒業してから──厳密に言うと八幡に振られてから──ポンコツさが増した雪乃さんならば嬉々として電話に出てそう。

 

「えー? でももしかしたらヒッキー、部屋に忘れたんじゃなくてどこかに落としたかもって思ってるかもしれないじゃん。んで、電話の近くに居る人に出てもらおうって作戦かもしんないし。なんだったらヒッキーが帰ってこないのも、スマホ探して歩き回ってんのかもよ?」

 

「あ」

 

「あ」

 

「あ」

 

 

 ……その発想は無かった。

 なんという事だろうか。まさか結衣さんに……、あの結衣さんに一本取られるだなんて。さすがアホの子に見せ掛けて、実は一番現実的な女(ひと)だ。頭の堅い私と雪乃さんと違い、なんだかんだ言ってこういう時の頭の回転の早さは群を抜いている。

 

「……確かにその可能性もあるわね」

 

 あっさりと論破されてしまった雪乃さん、なんとも悔しそうにふてくされながらも、ゆっくりとクッションへ手を伸ばす。ま、まさか──

 

「え、で、出るんですか?」

 

「まさか。ただ念のため誰からなのか確認するだけよ。もしも公衆電話からなら由比ヶ浜さんの推論通りの可能性が高まるから、その場合に限っては出てみても構わないかもしれないけれど」

 

 勝手に人の電話に出るのはマナー違反だ。異性の電話だったらなおのこと。

 だから、まさか雪乃さんが八幡の携帯に手を伸ばすとは思わなかったから少し驚いてそう訊ねたのだが、その返答を聞いて納得した。

 休日の早朝から姿を消したままの八幡。考えたくもないけど、もしかしたら事故だったり病院からだったりの可能性だって無くはない。事態が事態だし、どこからの電話なのかを確認するだけならば問題ないだろう。

 

「………………」

 

 六つの瞳が見守る中、ついに雪乃さんが鳴り響く携帯の画面に目を向けた。

 なんだろう、このえもいわれぬ胸騒ぎは。今まで考えないようにしてたのに、一度「事故かも」とか考えてしまった途端、その不安は大きくなる一方だ。

 この電話により何かが起きてしまう。そんな漠然とした不安感が、私の胸をぎゅっと締め付ける。

 

「」

 

 どこから掛かってきたのかを確認したであろう雪乃さん。一体どんな表情を見せるのかと息を飲んで見守っていた私達が目撃したその表情は………………、能面。

 まさに能面。能面という以外に表現しようもないくらいに見事な能面。

 そして完全なる無表情と化した雪乃さんは、まるで何事もなかったかのようにそっと置いた。鳴り響いたままの携帯を。

 

「え、雪乃さん? どこからだったんですか……?」

 

「ゆ、ゆきのん? 誰からだったの?」

 

「雪ノ下さん……?」

 

 一言も発さず携帯を置き、一言も発さず静かにクッションを被せるという奇行に走った雪乃さんに向けて、私達は一斉に声を掛けた。なにこれ、雪乃さんの行動はどんな予想とも違う。どう判断すればいいの……?

 

「なにかしら」

 

「いやいやなにかしらじゃないし!? なんでそんな何事もなかったような顔してんの!?」

 

「大丈夫よ。何事もなかったのだから。ええ、本当に何事もなかったの」

 

 本当に何事もなかったかのように……、ともすれば何事もなかったのだと思い込みたいかのように、瞳から光を失った雪乃さんは私達からすっと視線を外した。

 と同時に、電話の着信音も静かに切れる。

 

 

 ──これで何事もないわけがない。ないわけがないではないか。

 …………ないわけがないのだが、雪ノ下雪乃は虚言を吐かない人。それは彼女に関係する誰もが知っている事実。ついさっき由比ヶ浜さんに拡大解釈という名の嘘を吐いていたのは例外中の例外なのである。

 だから私達はこれ以上は問えない。問わない。だって、彼女が何事もなかったと言う以上は、少なくとも私が心配するような事態がおきているわけではないのだから。

 雪乃さんと関係性が薄い金沢さんだけは、未だ納得がいかなそうにクッションの下と雪乃さんを交互に見つめているが、私と結衣さんは、もう気にするのを止めた。気にしても仕方がないと理解しているから。

 

 うん。もう電話の事は忘れよう。そう思い、先ほど電話が掛かってきた時に挟んだ栞が待つページを開いた時だった。つい今しがた切れたばかりの電話が、またもやけたたましい音を奏ではじめた。

 

 しかし雪乃さんは動かない。全然気にしていないようで、実は気にしないように意識しまくってるのがバレバレながらも、彼女は決して動きをみせようとはしない。

 必然、私達も動く事はできない。再度鳴り響く音と、その音から目を逸らし続ける雪乃さんを気にしながらも、私達は動けない。四人もの女性が居る静かなこの空間に、ただ携帯のくぐもった音だけが鳴り続けるという、なんともシュールでなんとも異様な光景が延々と続いてゆく。

 

 

 しかし、そんな異常な状況のままでいられるわけがない事など自明の利。いくら雪乃さんが「何事もない」と宣ったところで、この異様な空気に耐え続けられるうら若き女性など居るわけがないのだから。

 

「ね、ねぇゆきのん、さ、さすがにコレは変だよね……!? 何度も何度も電話掛かってき続けてるし、さっきからついに電話からメールに変わったよ……!?」

 

 それは、何度目かのコール音のあと、着信音が電話からメールを知らせる音に変わってから三度目のことだった。ついに、激しいツッコミ体質の結衣さんの心が折れてしまった。

 まぁあと一回メール着信があったら私がツッコんでいただろうから、先に身を挺して犠牲になってくれた結衣さんナイスです。

 

 すると激しくツッコまれた雪乃さん、とてもとても苦い顔を浮かべたまま、どこか遠くを見てそっとこう呟いた。

 

「……本当に何事もなかったのよ。……ただ、先ほど比企谷くんの携帯画面を確認した際、表示されていた名前が、そ、その、……………平塚先生だったから」

 

「……あー」

 

「……あー」

 

 

 二人揃って納得してしまった。

 

 ……やはり、雪乃さんは虚言を吐かないという事に嘘偽りなどなかったのだ。うん。何事もなかった。電話なんて無かった。メールなんてなかった。

 

 

 ──すっかりと忘れていた。八幡を巡る争いは四人で行われていると思ってたけど(博多訛りの女の登場で五人に増えちゃったけど)、そういえばつい最近、一人追加されたんだっけ。

 まぁ長い長いメールが送られてきて引きつった顔をしていた八幡を問い質して知ったんだけど、千葉村やクリスマスイベントに来ていたあの美人な先生も、行き遅れた末に八幡をロックオンしたんだった。

 でもその事実は私達の間では、最早禁句扱いレベル。触れてはいけない領域に入ってしまっている禁止事項なのだ。主に平塚先生の名誉の為に。

 

「え、平塚先生って、確か高校時代の恩師とかいうあのおばさんですか!? え? は? なんで恩師から電話が掛かってきたのに、現実を見ないフリして「何事もない」なんですか!? ……ま、まさかッ」

 

 しかし、雪乃さんの言葉で私と結衣さんは今日この日にあの人から連続で送られ続けてくる着信音に即座に納得したのだが、当然金沢さんは納得など出来るわけもなく。

 高校時代の恩師からの立て続けの電話とメールにも関わらず、それに一向に触れようともしない私達の不可解な態度に、どうやら我慢の限界のご様子。一人でギャーギャーと騒ぎ始めてしまった。

 お願いだから触れないであげて。主に平塚先生の為に。

 

「た、確かに美人だったしスタイルも良かったけど、あの人どうみても三十も半ばを過ぎたおばさんだったじゃろ……!? 先輩どんだけ守備範囲広いんよ……ッ!」

 

 厳密にはがっちりと守備されちゃってる側なんだけどね、八幡。

 ていうか、そもそもなんでこの人が平塚先生のこと知ってんの……?

 

「……なぜあなたが平塚先生のことまで知っているのかしら」

 

 当然私が感じた疑問など、雪乃さんが感じないわけがない。ギラリと目を光らせた雪中の獣が、か弱き獲物へと猛然と襲い掛かった。

 

「あ、やー、……一度比企谷先輩とのせっかくの初飲みをそのおばさんに潰されたんですよー……。まぁ? そのおかげで先輩との飲みが、ゴールデン街のしなびた飲み屋からパークハイアットのラウンジに格上げされたから結果オーライだったんですけどー……」

 

「ちょっとその話詳しく」

 

「な!? パークのラウンジってどーゆー事だし!? あたしだって飲み屋さんくらいしか連れてってもらったこと無いのに!」

 

 雪の獣のハンティングの凄まじい圧に、失言ともとれる新たな情報を提示してしまった金沢さんに、かなり食い気味に詰め寄る二人。じりじりとにじり寄る二人に、金沢さんは失神寸前。

 

 私は、ひ、ひぃぃぃ〜! とたじたじな金沢さんと、今にも襲い掛からんとする二人の姿を眺めながら思う。

 

 

 ──誰か早くあの人を貰ってあげて。美人だし、優しくて頼り甲斐のあるとてもいい人だから。誰かが早く貰ってくれないと、なぜか八幡が同情で貰っちゃいそうで恐いんだけど、と。

 

 

 あ、あと高級シティホテルのラウンジで二人っきりで飲んだことは、あとで八幡から詳しく聞かないとだね。……ふふふ。

 

 

× × ×

 

 

 あれからも時折携帯が着信音を発するものの、回数が回数だけに、慣れすぎて特に気にもならなくなった頃の事だった。

 読みかけだった小説もついには読み終え、未だ帰らぬ部屋の主を待ちながら、窓際でぼんやりと外を眺めていた時のこと。不意に、眼下に待ち人の姿が。

 

「あ、帰ってきた」

 

 自分ではとても冷静に、とても落ち着いた声音で呟いたつもりだったそのセリフ。でも、その音の振動が鼓膜を揺らす頃には、自分の声が全く冷静でも落ち着いているわけでも無かったという事に気付く。

 私の声は、なんかめちゃくちゃ低くて冷え冷えしてた。

 

「ようやく帰ってきたの……!?」

 

「ヒッキー遅すぎだし!」

 

「比企谷せんぱぁい!」

 

 私が発した音に反応した三人は、私が発した音とはまるで違う嬉しそうな音を奏でる。なんだかんだ言いながらも、やはり八幡が無事に帰ってきたのが嬉しくて仕方ないのだろう。

 

「…………あぁ、本当に帰ってきたようね」

 

「…………やっぱり」

 

「……ま、まだ他にもおるんか……」

 

 でもね、そんな嬉しげな音は、彼女達が窓際へと駆けてくるまでのとてもとても短い時間しか保たなかった。押し合いへし合い、我先にと眼下を眺めた瞬間の彼女達の口から発せられた音は、最初に私が呟いたのと同じくらい低く冷たい音だったのだから。

 

 ……まぁ、ね。正直な話、なんとなく解ってたとこあるよね。そうなんじゃないかなぁ、って。たぶん金沢さん意外はみんな解ってたんじゃないかな。結衣さんの「やっぱり」が、それを如実に証明してる。

 そう。本来であれば、いの一番にこの場に居るはずのヤツがまだ姿を現していないのだ。彼女がまだここに居ないという通常なら有り得ない状況が、ずいぶん前から私達に現実を教えてくれていた。

 

 

 

 ──八幡の部屋の窓際から見下ろせる笹目川の遊歩道。よくお散歩デートに使ったりお花見デートに使ったりするあのお気に入りの遊歩道。八幡の姿はそこにあった。彼はこの暑さにうんざりと顔を歪めながら、ゆっくりと自宅へと歩いていた。

 しかし、歩いてくる人影はひとつでは無かった。八幡と二人、とても仲睦まじそうに──、いや、それじゃ語弊があるかな。暑さによるうんざりな歪み顔。でも、それはなにも気温による暑さだけではない。この暑いのに、嬉しそうに腕に絡み付いてくる亜麻色の髪の女が居るのだから、それはもう暑くてウザくて堪らない事だろう。つまり仲睦まじいのではなく、睦まじいのは女の方だけなのである。

 

「……やられた」

 

 私は思わずぽしょり呟く。八幡の左腕に絡ませる腕とは逆の手には、ちょっと大きめな籠バック……というよりはバスケット。早朝から……ともすれば夜が明ける前から作り始めたとおぼしきあざとさ極まるお弁当がぎっしり詰まっていたであろうバスケット。

 

 彼女はライバル達を出し抜く為に、私達同様……、いや、私達よりも遥かに早く動いていたんだ。同じ始発だったとしても、千葉住まいの私達よりずっと早く八幡の家に来られる東京住まいという利点を活用して。

 彼女は計画通りお弁当を用意し、まだ涼しいうちから八幡を外へと連れ出した。大方「お弁当作って来たんで、たまには川辺で朝ごはんにでもしましょうよー♪」とでも甘えて誘い、嫌がる八幡を無理矢理連れ出したんだ。そして出来うる限り外で時間を潰した。早く帰りたがる八幡を簡単に家路につかせないようあの手この手で引き止めて。年下にはめっぽう弱い、あのバカ八幡を。

 なんという厚かましさだろうか。遠い千葉住まいの私でさえ始発で突撃するのは遠慮したというのに。雪乃さんはしっかり始発で来てたっぽいけど。

 

 さらには携帯を置いていかせたのも彼女の計画なのだろう。連絡をつかせないようにする為に。必ずやってくる私達が諦めて帰るよう仕向ける為に。

 そしてかなりの時間を外で潰して、もういい加減諦めただろう頃合いを見計らっての同伴帰宅なのだ。

 八幡の腕に絡み付いて楽しそうに笑いながらも、時折見せるあのしてやったりなほくそ笑みがそれを物語っている。

 

 ……でも誤算だったのは、携帯の着信音が玄関の外にまで届いてしまった事、そしてまさか私達が勝手に侵入して居座って帰りを待つほど非常し……けほけほ、粘り強いとまでは思ってなかったという所だろう。

 そしてそのわずかな誤算が大きな大きな失態となってしまった事が、いま白日の下に晒される。

 

「あ、こっち見た」

 

 通常なら誰も居るはずが無いマンションを見上げたりなどしない。しかし彼女はなにかの拍子にこちらを見上げたのだ。

 察しのいい彼女の事。たぶん私達の殺気でも感じ取ったのだろう。

 

 ふとこちらを見上げてしまった彼女の顔にまず浮かぶのは疑問符。誰も居ないはずの部屋から何人もの女が自分を見下ろしているという事態に理解が追い付かないのか、心底不思議そうにきょとんとしている。

 次にその顔に浮かんだのは驚愕。計算高く頭の回転が早い彼女は瞬時に事態を飲み込み、自身の身に危機が迫っている事を悟る。

 

 すると彼女はすぐさま行動に移そうとした。顔面を蒼白色に染め上げ、八幡の腕をぐいぐいと引っ張るのだ。元来た道を引き替えそうと。

 これほど距離が離れているというのに、「せ、先輩、やばいですやばいです! わ、忘れ物しちゃったんで、今すぐ戻りましょうよー!」とか言っているのが容易に想像出来てしまうほど解りやすい。

 でもね? 残念だったね。ただでさえ嫌々外出させられた八幡が一度帰れると判断したのに、これ以上暑くて仕方の無い外に留まってるわけないじゃん。もう家路以外は梃子でも動かないよその人。詰めが甘過ぎ。ばっかじゃないの?

 

 

 そして、彼女を発見してからずっと頭の中を駆け巡っていた思考は、なにも私だけのものではない。こんな泥沼の争いを何年も続けて来た雪乃さんと結衣さんも、当然のように同じ思考を巡らせていたのだろう。

 その熱き思いは、今まさに言霊となって世に放たれる。

 

「……さて、それではそろそろあの女狐と尻軽谷くんを捕獲しに行きましょうか。このままここで待っているのも一興ではあるけれど、狩りは待つよりも追う方が楽しいものね」

 

「……そうだねー。あたしも脇の下が甘いヒッキーとオハナシしたい事いっぱいあるし」

 

「それを言うなら脇が甘いよ由比ヶ浜さん。唐突におかしな性癖を公表しないでくれるかしら」

 

「し、知ってるし!」

 

「……な、なんかよくわかんないけど、当然私だって行きますからね」

 

 もうオブラートに包むこともなく『女狐の捕獲』を実行しようとする二人に続き、まだ事態を飲み込めていないであろう金沢さんまでもが狩りへの参加を申し出たところで、三人の次なる行動は決定という事となった。

 

 

 

 ──よし。じゃあ私も早速参加表明しようかな。ここから始まる掛け替えのない素晴らしき生誕祭を、少しでも長く愉しめるように。

 

「じゃ、とっとと行きましょうか。今日この日に八幡だけを私達に残して一人で逃げるような愚かな選択はしないとは思いますけど、下手に逃げられでもしたら面倒ですしね」

 

 

 

 そして私のその号令を合図に、女達はふわり髪をたなびかせ、旅立ちの歴戦の勇者のごとく颯爽と部屋をあとにするのだった。……未だ一人哀しく鳴り響く携帯を置き去りにして──

 

 

 

 ハッピーバースデー、八幡……♪

 

 

 

 

終わりdeath☆





というわけでありがとうございました!誕生月の更新だからセーフ(・ω・)


大体の読者さんの予想通り当然のようにいろはすオチでしたが、セリフどころか登場さえしないというね。

この、登場しないのに……というより登場しないからこその存在感w
どうせ出てくるんでしょ?どうせ全部持ってくんでしょ?の期待感からの、出番マダー?おいおい最後まで出てこないんかい!最後まで出てこないのに八幡もオチも全部持ってっちゃうんかい!という、居ないのにここまでの圧倒的存在感を出せるのはいろはすだけ☆
電話とメールの“音”だけで凄まじい圧を与えてくる独神熟女も凄いけどねっ(吐血)



さて、次回はいつになるか、誰を書くかは全くもって分かりませんが、またいつの日かお会いいたしましょう!ノシノシ



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大嫌いな姉に捧ぐバラッド

ご無沙汰しております!

ついに発売されました俺ガイル13巻!そしてその13巻にて、ついに発覚した衝撃の事実!

今回のお話は、13巻を読んだ私の思いがたっぷりと詰まったお話となっております。
当然13巻のネタバレを多少含みますので、なるべくなら13巻を読んだあとに読んだ方がいいかも知れませんm(__;)m





 

 

 

 俺には姉がいる。たまにクラスのクソリア充から「紹介してくれよぉ」などと言われるくらいには見た目は悪くない。見た目は。

 しかし中身は最悪。本当にクソだ。

 

 ヘタレな小物のクセに見た目だけは派手に着飾って、ちやほやされることのみに執着する承認欲求の塊。クソなのに生意気にもクラスカーストが上位とかなのも余計腹立つ。クラスカースト上位者は往々にしてクソだけど。

 そしてそんな立場に調子に乗って己の実力を過信して、分を弁えないことをして恥をかく。その最たる例が文化祭の実行委員長であり、体育祭運営委員長だろう。

 文化祭での酷い噛みっぷりとか泣きじゃくったエンディングセレモニーとか、マジでこっちが赤っ恥だったわ。身内の恥もいいところ。アホかよあのクソ女。テメェのお猪口くらい小さな器にいい加減気付け。

 まぁ俺ら陰キャ寄り男子の間では『ナイトプール年パス持ちのクソビッチで彼氏がIT企業の社長でインスタ映えのことだけ考えて生きてるブランド中毒パリピの女王』で有名な、調子に乗って生徒会長になっちゃったC組の一色いろはよりは多少マシな部類なのかもしれないが。見た目は断然一色の方が可愛いんだけど。そりゃ頭カラッポなウェイ族じゃ騙されるわ。

 まぁどちらにせよ碌なものではないのは確か。特に俺らみたいなクラスの日陰者にとっては敵でしかない。あいつら、俺らを虫けらのように見下してるからね。

 ……ハッ、今に見てろ。今はお前らの方が上だと思っているようだが、俺はお前らみたいにただ今を面白可笑しく生きているだけのゴミとは違う。ボーッと生きてんじゃねえよ。

 ただ無駄に生きているだけのお前らと違って、俺には将来に向けての明確なビジョンがあるし、そうなる為の努力も勉強も積み重ね今を生きている。秦野と共に大成した暁には、立場は一気に逆転するのだ。

 オタクと蔑んでいる俺らがゲーム会社を立ち上げて若手経営者にでもなった途端、お前らのような奴らこそが俺らに媚びへつらうようになるんだよ。しかし俺はお前らのようなビッチは相手にしない。ざまぁ。

 

 

 

 とまぁ、俺は姉が嫌いで仕方ない。なんであんな奴より後に生まれてしまったのか……。とはいえあんな妹だったらもっと嫌かもしれないけど。あのクズな性格で兄を見下す妹とか、想像しただけで普通に殺意が湧くから、どちらかといえばまだ姉で良かったかも。

 

 あのバカ女は、いつの頃からか俺を視界から除外するようになっていた。いや、視界だけではないか。物理的にも除外していた。あの女と同類だろうパリピ女共を自宅に招く時などは──

 

『……ねぇ、今日友達くるから部屋から出てこないでくんない? 友達くる前に家から出てってそのまま帰ってこないでもいいけど』

 

 と、普段は会話はおろか目さえも合わさないクセに、そういう時だけ声を掛けてきた。「そのまま帰ってこないでもいいけど」の前に「永遠に」という一文を言外に込めて。

 よっぽど、中学生と見紛うばかりのヒョロっとした色白眼鏡オタクな弟をオトモダチ(笑)に見られたくないのだろう。

 まぁそんなのは高坂さんちの桐乃を見れば分かる通り、異性の兄弟間にはよくある話ではあるが、そこには桐乃と違って弟に愛は皆無。そこに存在する愛があるとすれば、それはオトモダチ(笑)に笑われたくないという自己愛のみ。

 

 

 ──しかし、そんなクソ姉が、なんだか最近様子がおかしいのだ。いや、最近といったら語弊があるか。こいつが本格的におかしくなったのは、随分前──確か体育祭の頃くらい、か。

 そりゃ体育祭前からも十分おかしかった。あの文化祭の準備中は毎日のように溜め息を吐き、やらかした文化祭後はその溜め息の重みが跳ね上がった。

 でも、そのおかしさは言ってしまえば常識の範囲内ではある。器に見合わない役職に就いてフルボッコになったのだ。そりゃ毎日溜め息も吐くだろうよ。うち可哀想オーラが強すぎて死ぬほどウザかったけど。

 

 しかし、体育祭準備中から体育祭後にかけてのおかしさは、以前のおかしさとは質そのものが違っていた。

 はぁはぁはぁはぁ溜め息塗れなのは同じだが、その溜め息に込める色がまるで別色なのだ。以前の溜め息がドブ色なら、体育祭後の溜め息は桃色、とでも言えばよいのだろうか。

 しかしただの桃色ではない。桃色の中にも、なぜかまだうち可哀想オーラをしこたま込めていやがったのだ。ウザいことこの上ない。

 

 そしてその変調は、なにもウザい溜め息だけのことではなく、今までは全くかかわり合いを持とうともしなかった弟の俺にまでも及んでいた。

 そしてそのおかしさは、当然今日に至っても続いている。そう、こうしてノックもせずに弟の部屋にずかずか入ってきて、こんなおかしなことを口走る俺の姉、相模南のこの謎の変調は……

 

「ねぇ、あんたさぁ、プリキュアのブルーレイとか持ってないの? いつもキモいの観て喜んでんじゃん。ちょっとどんなのか観てみたいんだけど」

 

「……え、きゅ、急に入ってきてなに言ってんの……? 俺べつにプリキュアに興味無いから、そんなの持ってないけど……」

 

「そうなん? ったく、使えないわねー。じゃあないんならレンタル屋で借りてきてよ」

 

「い、いや、なんでだよやだよ。じ、自分で行きゃいいじゃん」

 

「は? そんなの恥ずかしくてうちが借りられるわけないじゃん。ちょっと考えれば分かることじゃないの? バカじゃん?」

 

「えぇ……」

 

 

 ……そう。なぜか俺の姉がサブカルに興味を持ちはじめ、今まで虫けらのように接していた俺に話し掛けてくるようになったのだ。しかも偉そうに。マジで死ねばいいのに。

 

 

× × ×

 

 

「……あー、寒みぃ」

 

 二月の夜の寒さは尋常ではない。刺すような空気とは、まさにこのことだろう。

 

「……チッ、なんで俺がプリキュアなんか借りに行かなきゃなんねぇんだよ」

 

 白い息をほわっと吐きながら、そう独りごちる俺。

 大嫌いな姉の言うことなど聞かなきゃいいだろ、と言うなかれ。陰キャは陽キャの上からの物言いには恐くて逆らえない。それは、姉弟間でもなんら変わらないのだ。

 

 ……あー、めんどくさい。明日は遊戯部で秦野と次の企画についてディスカッションしなきゃならんのに。資料まとめるのに忙しくて、こんな事してる暇ねぇんだよ……

 

 そう頭の中でぶつくさ文句を吐き出しつつ、俺はクソ女の変調に巻き込まれたあの日に思い馳せる。

 あれはそう、クソ姉が修学旅行から帰ってきてから程なくしてのこと。

 

『ねぇ、あんたラノベ? って持ってる? どんなのかちょっと見てみたいんだけど』

 

 突如として人の自室に乱入してきた姉は、突然弟にラノベを要求してきた。

 

 なぜいつも無視を決め込んでいる弟にラノベを? と、意味も分からず適当なラノベを数冊差し出すと──

 

『あんがと』

 

 ……こともあろうに、あのクズ姉が俺に礼を言ったのだ。我が耳を疑ったね。だって相模南だぞ?

 

 そしてそれから数日、またもや突如として部屋に乱入してきた姉。

 

『なにこれマジでキモいんだけど。これだからオタクってさぁ……。……で、他にないの? あ、あとさぁ、あんたドラクエとかやってる? 今度うちにもやらせてよ』

 

 散々オタクを見下した末に、なんと他のラノベを要求してきやがった。まさかのゲームまで。どこまでも最悪だ、あの女。

 

 

 

 ……それからと言うもの、うちの姉は俺の存在を容認しはじめた。今までは家の廊下ですれ違っても無視、リビングでかち合っても無視、ダイニングでの飯時も無視だったのに、最近は俺の姿を確認すると、ちらりと眼球を動かしているのが確認できるようになった。べつに声は掛けてこないけど。

 こいつが声を掛けてくるのは、決まって俺の部屋に乱入してくる時だけ。

 

 

 聞きたいことなど山ほどある。なにせ、俺は未だになぜ姉がラノベやらゲームやら、ましてやプリキュアのアニメに興味があるのかも知らないまま、こうして姉のパシリにされているのだから。

 おいおい、まさか高坂さんちみたいに人生相談かよ、とか、一瞬だけ頭を過ってしまったこともあるにはある。しかしうちの姉に限ってその可能性は皆無である。なにせ俺妹を貸しても無反応だったから。

 実際に「弟を性的な目で見ている超ブラコンです」とか言われた日には、吐き気に耐え切れず実家を飛び出してしまいそうだったから、その点は物凄く安心しました。

 実姉、実妹を持っている人間になら分かるだろう。それがどれほど気持ち悪いことなのかが。

 

「……あ、プリキュア発見。……てか、どのシリーズ借りてきゃいいんだよ……はぁ〜」

 

 そして、凍える手を擦り合わせてようやく辿り着いたレンタル屋で、適当に見繕った一巻だけの円盤を数枚レジまで抱えながら思う。

 

 ──これ、もしあいつがこのどれかにハマったら、見終わる度に次の巻をパシらされるんじゃねぇだろな……

 

 

× × ×

 

 

「……借りてきたけど」

 

 自宅に戻り、あまり向かいたくはない姉の部屋の前へとやってきた。向かいたくはないといっても、俺の部屋の隣なのだからほんの数歩の距離ではあるが。

 

「……」

 

 しかし、ノックをすれども声掛けすれども返事はない。消灯済みの暗い廊下にドアの隙間から微かな光が漏れてるし、イマドキ(笑)なJ POP(笑)が聞こえてくることから、在室中なのは間違いないのだが。

 おいふざけんな、わざわざ借りてきてやったのに、まさか寝てんじゃねぇだろうな。

 

 あまりの横暴さにイラッときて、勢いのままドアノブに手をかけそうになり一旦クールダウン。これは、勝手にドアを開けてもいいものなのだろうか。

 これでもし着替え中とかだったりしたら、そのあと何を言われるのか分かったものではない。

 見たくもない着替え姿を見て吐き気をもよおし、尚且つ文句を言われるなんてたまったものではない。姉の下着姿? 姉の裸? ウエッ……想像しただけで気持ちわるっ……

 

 しかし、このまま借りてきてやった事を報告しないまま放置するという選択肢は存在しない。なぜならそれはそれで文句を言われるから。理不尽すぎだろ姉弟関係。

 

 なので暫らく待ちガイル。もしも今が仮に着替えイベ発生中なのだとしても、そんなのは数分もすれば終わるのだ。ちょっと待ってから入れば問題ない。

 勝手に入んないでくんない? と文句を言われるかもしれないが、こいつなんてノックもせずに入ってくるのだ。知ったこっちゃない。

 

 そうと決まれば、俺は姉の部屋の前で仁王立つのみ。一見するとただの変態みたいなのが心外極まりないが、こればかりは致し方がない。数分間暇を持て余すから、姉の部屋から漏れ聞こえてくるイマドキのJ POPにでも耳を傾けていようか。

 

 姉の部屋から漏れ聞こえてくる歌は、なんだか頭の悪そうなラブソングだった。

 ティーンのカリスマ(笑)辺りが歌っているであろう、心に何一つ響いてこない中身空っぽのラブソング。……いや、これはラブソングというよりは失恋ソング、なのだろうか。

 全く心に響いてこないからどうだっていいが、あれでしょ? イマドキのティーン女子って、こういうの聴いて共感して涙するんでしょ? 随分とお手軽な感受性を持ち合わせで羨ましい限りでーす。

 

「……もういいか」

 

 数分待ち、これで一応の責務は果たした。中では何一つ動きがないみたいだし、これでドアを開けてもおかしなイベントは発生しないはず。

 とりあえず例しにもう一度ノックをし、返事がないことを確認してからノブを回す。神様、何事も起きませんように。

 

 

 

 ……何年ぶりだろう。姉の部屋を見たのは。

 見るからに頭が悪そうな色と小物に溢れた部屋。甘ったるくて耐えきれない匂いが充満する部屋。それが、何年ぶりかに訪れた姉の部屋に対する印象だった。

 

「チッ……、やっぱ寝てんじゃねぇか」

 

 そんな頭悪そうな部屋に一瞥くれてから姉の姿を探すと、なんのことはない、一瞬で見付かった。

 弟にアニメの円盤借りに行かせといて、こいつは呑気にベッドの上で丸まっていやがった。てか制服くらい着替えろよ。それ、皺だらけになったら母ちゃんが不機嫌になって俺まで被害受けるやつじゃん……

 

「やれやれ」

 

 んじゃま、借りてきた円盤をベッドに添えてとっとと退散しようか。目が醒めた時に目の前にTSUTAYAの袋があれば、あとあと文句言われることもないだろ。勝手に入んなとは言われるかもだけど。ホント理不尽だな、姉ってのは。

 

「……ほっ、と」

 

 いま起きられると逆に面倒なことになりそうなのを危惧し、そろりそろりと、音を立てずに円盤をベッドに添える。クソッ、安らかな顔で寝やがって。

 

「……ん?」

 

 その時、俺は気付いてしまった。手に覆われていて、どんな奴が写っているのかまでは判別できないが、どうやら隠し撮りらしい男の写真が表示されたスマホをクソ姉が握りしめているのを。そして、クソ姉の頬に涙が伝った跡が見えたのを。

 

「……」

 

 この様々な状況を分析すると、とあるひとつの結論が導きだされる。

 

 

 ──俺の姉は、誰かに恋をしているらしい。

 しかし、部屋に響く失恋ソング、隠し撮り写真、頬を伝った涙の跡、そのどれもこれもが、この恋は決して叶う事のない悲恋であるのだと示していた。

 

「……なんだそりゃ、らしくもねぇ」

 

 うちの姉は、見てくればかりを気にするヘタレな小物であると同時に、なんだかんだ言ってヒエラルキートップクラスの女である。

 いつも他者を見下して、いつも調子に乗って、いつも俺に頭を抱えさせる身内の恥だ。故に、こいつが悲恋に涙するとか似合わなすぎる。なんだよ、まるで恋する乙女かよ。相模南のくせに。

 

 

 ……らしくないと言えば、ここ最近の変調も、この女にとっては本当にらしくない。

 オタクホビーに興味を示すとか、こいつらみたいなパリピビッチとは真逆のものであり、見下す対象であり、そして、もしもバレたら自分が見下されるのだと恐れを抱くものだ。

 そんなモノに興味を示し、今まで関わろうとしなかった弟に友好的に接してくるとは、本当にらしくない。いや、友好的は話を盛り過ぎちゃったかも。

 

 サブカルへの興味、悲恋に胸を傷める恋する乙女。そんなクソ姉のイメージとは程遠い二つのらしくなさは、もしかしたらどこかで繋がっているのかもしれない。

 こいつが密かに恋する相手がオタク? で、叶うことのない恋心を慰める為に、せめて恋する相手の好きなことくらいは知っておきたいって? マジすか姉ちゃん。そんなのが世間(クラス)に知れ渡ったら、あんたの立ち位置崩壊しちゃうじゃん。だから悲恋なのかもしんないけど。

 

「……ケッ」

 

 だとしたら、結局は自己保身の為の悲恋じゃん。ダッサ。

 ま、そっちの方がうちの姉らしくて分かりやすい。周りに変な目で見られるのが嫌だから付き合えないってか? いやー、マジでクソ姉らしいわ。

 いっそのこと恋してる相手が剣豪さん(笑)辺りだったら笑えるんだけどなぁ。全力で応援してやんよ。さすがにそれは無いけどね。だってこの女、身の丈知らずの面食いだし。

 

 

 とはいえ、安っぽいバラードをバックに、ただただ嫌いだった姉の涙の跡が滲んだ寝顔を見ていると、なんかこう、ほんの少しだけ「可愛げあんじゃん」と思ってしまうのもまた事実なわけで。

 だからまぁ、どうせ叶う事のない悲恋なんだろうけども、てか叶ったら叶ったで死ぬほどウザそうだから応援もしないけども、趣味のことで付き合わされるくらいなら、ちょっとくらいなら付き合ってやってもいいかな、なんて思いつつ、静かに部屋を退出する俺なのでした。

 

「ひ……が、やぁ」

 

 よく聞き取れなかった、儚い寝言を背中に受けながら……

 

 

× × ×

 

 

「ねぇ……」

 

 翌朝、なんと姉が俺の部屋以外で話しかけてきた。

 場所は洗面所。今日の秦野とのディスカッションに向けて、夜遅くまで資料を纏めていた寝不足な重い瞼に真冬の冷たい水で喝を入れていた時だった。

 

「え」

 

 突然の出来事に、思わず変な声を出してしまった。だって、姉が部屋以外で声を掛けてくるとか思わなかったから。

 

「な、なに」

 

「ゆうべ、あんたプリキュア借りてきてくれたじゃん。……あんがと、今夜観てみる」

 

「う、うん」

 

 なにかと思ったら、まさかのお礼だった。なんか頬とか染めてもじもじしちゃってるし、ホントどうしちゃったんすか姉ちゃん。

 正直、かなり気持ちが悪い。それと同時に恐怖さえ感じるか弱い弟たる俺。

 ……それでも、ゆうべのこの姉らしくない寝顔を思い出してしまうと、なんだかんだ言って、まぁたまにはこういうのも悪くないかな、なんて思ってしまう。

 

 

 ──俺が姉を嫌いなことに間違いはない。それは揺るぎない事実である。

 それでも、ゆうべに引き続きやっぱりこう思ってしまった。これからも、ちょっとくらいは付き合ってやろうかな、と。

 

 

 

 

 

「……で、さぁ」

 

「……へ?」

 

「み、見た?」

 

「な、なにを?」

 

「……スマホ。……あんた、うちが寝てるのをいいことに、勝手に部屋入ってプリキュア置いてったじゃん……! そんとき、うちのスマホ見たんじゃないの……!?」

 

「は、はぁ? み、見てねぇから! 手で隠れてたから、誰の写真かまでは見えなかったから!」

 

「さいっあく! やっぱ写真見たんじゃん! キモ! 超キモいんだけど! だいたいさぁ、女の子の部屋に勝手に入ってくる時点で完全にアウトだから! もうホントやだ! 変態死ね!」

 

「えぇ……」

 

 

 

 なんで頬染めてもじもじしてんのかと思ったらそっちかよ!

 つうか、うちが寝てるのをいいことにって、人をパシらせて寝てるテメェが悪いんだろうが! こっちだってあんな頭の悪そうな部屋に入りたくなかったっつの!

 ちょっとくらい付き合ってやろうかな、などという失言は訂正。誰が付き合ってやるかクソ女。

 

 

 

 やはり、俺の姉がクソなのはまちがっていない。

 

 

 

 

終わり

 





ネタバレ→遊戯部相模はさがみんの弟だったw(°O°)w
うん、ホントにどうでもいいネタバレだったね!
そして相模の姉への評価と相模と秦野のいろはす評に大爆笑してしまいました☆
いやぁ、今回はインタールードでいろはす視点が読めたり葉山視点が読めたり陽乃視点が読めたりと、大満足な内容でしたねぇ。
特にいろはす視点!責任とってください辺りの切なさ、たまらん。ふぅ……(賢者感)


さて、ファンの間では以前から噂されていた事ですけど、名前には神奈川縛りがあるし、たまたま使い捨てモブ同士の苗字が被っちゃっただけだろ?という結論に達していた相模議論が、まさかここで本当に拾われるとはね(白目)
こうなるとルミルミの母親が鶴見先生論も俄然真実味を増します(・ω・)



というわけで、13巻発売翌日の13巻ネタという暴挙に出てしまいましたが、こういうネタって確実に誰かがやりそうなので、ネタが被る前に先にやってやったぜ♪
てか13巻を読んだ私の作品の読者さんには「あいつ絶対このネタ使うだろw」と思われていそうだったんで、だったらその予想を超えるぜ!と、出来るだけ早くやってやろうと頑張っちゃいました(>ω・)



それでは、新刊発売翌日、さらに3ヶ月ぶりくらいかな?の更新に、このクソどうでもいいSSをぶつけてきた己のアホさに乾杯しつつ、ついにラストとなる最終巻を座して待つぶーちゃん☆でしたノシ


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のけものフレンズ


ご無沙汰しております!

ついにやって来ましたみんな大好き2月の大イベント♪

え?なんのイベントかって?
それはもちろん☆





 

 

 

 友人宅での誕生日パーティー。それは、ぼっちにとって最早都市伝説である。

 そんなものは漫画やアニメ、ラノベやドラマでしか目にした事のない、実在さえも疑われるほどの未確認行事なのだ。最早UMAレベル。

 だって小学生の頃クラスメイトのお誕生会にお呼ばれしたからご自宅に行ってみたら、え、なんでこいつ居んの? って顔で見られましたもん。主役に。

 

 あの時なんで俺行っちゃったんだろう。てか主役が誘ってくれたわけじゃないんなら、俺いったい誰から誘われたんだっけ? 別の人を誘ってる所に偶然居合わせて、自分も誘って貰ったと勘違いしちゃったんですねわかります(白目)

 

「あはは! マジでー? 超ウケるんだけどー!」

 

「だよねー! わたしもあんとき超笑っちゃったよー」

 

 そう。お友達の家にお呼ばれするお誕生会など幻なのである。そんなものは三次元には存在するはずもない、ただの妄想の産物。

 ま、まぁ? こんな俺でも? 友達……ではないが、部活メイトの誕生日くらいなら呼ばれた事だってありますよ? 去年由比ヶ浜の誕生日で大勢でカラオケ行っただけだけど。

 だが決して自宅にお呼ばれしてみんなでケーキ囲んでワイワイしたわけではない。あれはあくまでも部活動の一環みたいなとこあるし。

 

「てかここのケーキめっちゃ美味くない!? やば、ずっと食べてられんだけど」

 

「うんうん、めっちゃ美味しいよねー! 主役なんだから遠慮せずもっと食べたまえー」

 

「いぇーい!」

 

 だから誰かの誕生日に主役の家に集まってパリピするなんてのは、少なくとも俺の人生にとっては無関係なのだ。無関係だったはずなのだ。

 

「あ、今日はもちろん食べまくっていいけどさ、今度学校帰りに寄ってかない? もっと色んな種類食べたいじゃん?」

 

「それあるー! ……てかさ、さっきから比企谷やけに静かすぎじゃない?」

 

「ねー。比企谷くんも一緒に盛り上がろうよー」

 

「ま、比企谷みんなでわいわいやるのとか苦手そうだしねー。ウケる」

 

「いやウケないから……」

 

 

 ──そんな実在未確認でUMAで幻だった主役宅での誕生日パーティーだと言うのに、なぜに俺はここでこうしているのだろうか……。まぁ女子二人で盛り上がってるだけで、ほぼ放置状態の俺は完全にのけ者ではあるけれど。

 

 

 

 比企谷八幡十七歳の冬。

 友達……なのか? よく解らないが、俺を友達だと言って無理やり引っ張ってきた女の子と、そして友人どころかギリギリ知り合いという括りでさえも疑問符を打たざるを得ない、名前さえよく知らない女の子との三人で、なぜか俺は今、主役の部屋でパリピしています(遠い目)

 

 

× × ×

 

 

 本日の学校生活も無事終わり、俺は愛する我が家に向けて一路自転車を走らせていた。

 

 ここは総武高校付近から我が家付近までの川沿いを真っ直ぐ伸びるサイクリングロード。距離だけで言えば家までは若干遠回りにはなるものの、曲がり角やら信号やら車の往来等を考えると、結果的にはこちらの方がずっと早く目的地に辿り着けるので、通学時にも帰宅時にもよく利用する道である。

 

 そんな行き付けの店ならぬ行き付けの道をきこきこ漕いでいると、真っ直ぐなサイクリングロードの遥か向こうで、なにやらぴょんぴょん跳ねながら手を振っている人影が。

 夕方のサイクリングロードという事もあり、辺りには利用者がそれなりにちらほらしている。ロードバイクと呼ばれるスポーツタイプの自転車を颯爽と走らせる者。夕方の散歩がわりにのんびりママチャリを走らせる者。俺と同じように学校や会社からの帰宅にこの道を利用する者。そんな数居る利用者の中の一人を待っているであろうその影。

 距離がある為まだ全体像程度しか把握できないが、どうやらその影は二つほど。

 制服姿である事、そしてその制服がスカートである事から、JCかJKか知らないが、二人は女子学生とみられる。

 二人のうち手を振っているのは片方だけのようで、もう一つの影は元気に手を振っている影の隣にただ佇んでいた。

 

「なんだありゃ」

 

 サイクリングロードを利用している誰かを待っているのはわかる。わかるのだが、あれじゃ待たれている方が恥ずかしいだろ……と、思わず待たれ人に同情してしまうくらい目立っていた。

 ぴょんぴょんと元気に跳ねすぎて、パーマがかかっているのかくしゅっとした黒髪ボブと制服に隠れたバスト、そして短いスカートが我が儘に跳ねまわり、そんなJKを横目で眺める道行く男たちの心もぴょんぴょん跳ねまくっている。無論八幡含む。

 

「……おーい…………がやー……」

 

 そんな元気いっぱいなおっぱいとスカートをこっそり眺めつつ(俺みたいのがガン見してると躊躇なく通報されちゃうんですよ!)ゆっくり近付いていくと、ついには元気なJKの元気な声も聞こえてきたようだ。どうやら待ち人の名前を叫んでいるらしいが、あいにく全て聞き取れるほどに距離は縮まってはいない。聞き取れるワードはとても断片的だ。

 ガヤってなんでしょうね。にぎやかしのガヤかな?

 

 しかしここまで近付くと、ようやくその二人の全容が明らかになってきた。二人は、どこか見覚えのある制服を着ているわけだが、制服フェチではない俺は、基本総武の制服と小町のセーラー服以外は記憶にない。唯一記憶にあるとすれば、それは部活関連で何度か見る羽目となったご近所の高校・海浜総合くらいか。てかあれ海浜の制服じゃん。

 

「……あ、やっぱ合って……ウケる…………おーい……ひ……がやー」

 

 おいおい海浜の生徒だったのかよ。海浜の女子で二人組。片方はパーマ頭の元気な女、片方はショートカットで大人しめの二人組とかちょっと嫌な予感しかしないんですけどー、なんて思っていると、なんかパーマの方が何かにウケたらしい。いやウケないから。

 ……うわぁ、嫌なやりとり思い出しちゃったよ。これやっぱアレじゃーん……

 

 これはもう間違いなくアレである。私の記憶が確かならば、あれにおわすは我が古の記憶を否応なしに刺激してくる黒い歴史の生き証人の一人、折本かおり嬢その人である。てことは一緒に居るショートカットの女は、これまた黒歴史たるダブルデート(笑)の生き証人、確か仲……仲……なんとか町さんとかいう女子だろう。それもう仲町さんでよくない?

 

「ひきがやー、おいーっす」

 

 なんという不運だろうか。授業に部活に人間関係にと今日も一日ストレスをしこたま溜め込み、ようやく可愛い小町が首を長くして待つ愛しの我が家に帰れるとウキウキしていた帰り道、まさかこんな所で折本に偶然遭遇してしまうとは。

 誰待ってんのか知らないが、なんでよりにもよってこんなところで待ち合わせしてんだよ。

 

「……はぁ〜」

 

 しかし、やれやれと深い溜め息を吐き出しつつも、結局のところこの遭遇は俺にはなんの関係もないエンカウントだ。何の気なしに帰路を進んでいたら、たまたま道端に見たことある石が落ちていたという程度のどうでもいい遭遇。

 こちらが気にしなければあちらも気にしない。俺などは数居る通過者の中のたった一人。なんなら気づかれないまま通過できちゃうまである。むしろ気づかれない可能性の方が無限大。

 

「ちょっと? ねぇ比企谷ー」

 

 であるのなら、これはもう気にしたら負けの世界である。道端には目を向けず、真っ直ぐ前だけを向いて通り過ぎてしまおうそうしよう。

 

 そして俺は、なにも見なかった体を装って、二人の女子高生の横を静かに通り過ぎ──

 

「ちょっと比企谷! なに普通に通り過ぎようとしてんの? ウケないんだけどー」

 

「…………お、おう、折本か、一週間ぶりくらいだな」

 

 ……ダメだったよ小町。早く帰って早く小町の笑顔見たかったのに、お兄ちゃん折本に見つかっちゃったよ……

 

「なんで気付かないフリしてそのまま行っちゃおうとかしてんの……?」

 

 恐い恐い恐い。お前それなりに顔整ってるし常時笑顔だから、怒った顔すると必要以上に恐いんだってば。

 

「すまんな、気付かなかったわ」

 

「なんでよ、さっき遠くからあたしのこと見てたじゃん。てか目ぇ合ってたし」

 

 うっそん。まだ誰なのかも分からないくらい遠かったのに、見てたのバレてたのかよ。つーか目なんて合わせた記憶ないんですけど、折本目線からは目が合ってたんですか。なんなの? 視力3くらいあるの? サンコンさんなの? なんなら東京暮らしで常人レベルにまで視力落ちちゃったサンコンさんより目がいいまである。

 

 よし、このままだとちょっと恐いから、とりあえずここは適当な軽口と自虐ネタでひらりと躱しておこうか。

 

「いや、なんか女子高生がぴょんぴょん跳ねてんなぁと思って見てたくらいで、知り合いだって気付かなかっただけだ。知り合いでもないのにあんま見てると、俺とか即座に通報されちゃうだろ。だからその時点でそっち見るのやめたんだよ。まさか折本だとは思わなかったわ」

 

「ぶっ! ……つ、通報って! ひ、比企谷ってどんだけ世間様に後ろめたい事あんのよ……ッ、ウケる!」

 

 責めるような細目から一転、大きな瞳をきょとんと見開いたかと思うと、ぶはっと噴き出し腹を抱えてけたけた笑いだした折本。どうやら渾身の自虐ネタが彼女のウケの琴線に触れてくれたようだ。むしろこいつの琴線に触れないネタがあるのかどうか疑問だが。

 あ、そういえば俺って中学のとき折本につまらないヤツって評されてたんだっけ。っべー、俺ってば折本にとって超レアキャラじゃね? ミスドで再会したときもレアキャラ呼ばわりされてたし!

 どうも。はぐれメタルがぼっちの極地に達して王様になっちゃった事でお馴染みのメタルキング八幡です。

 

「ま、そういう事ならしょーがないか。てなわけで改めまして、比企谷おいーっす」

 

「お、おう……」

 

 と、どうやら気付かなかったフリして通過しちゃおうと思ってた事は許してもらえたようなのだが、このあまりの切り替えの早さと裏表のない眩しい笑顔に、思わずあっけに取られてしまった。

 

 

 ──中学の頃、折本を好きだった頃はこういう開けっ広げでサバサバしている彼女に恋心を抱いていた。女子が話し掛けてきてくれる事などほとんど無い自分に気さくに接してくれる、優しく明るいところに。

 

 しかし、振られてから数年経ったミスドの再会時には、こういう開けっ広げでサバサバしている彼女に不快感を抱いた。どうせ薄く広い友達との繋がりを得る為の、サバサバ系を気取ったキャラ作りだろ、と。

 

 では、今はどうだろうか。ダブルデートやクリスマスイベント、バレンタインイベントを経た今は。

 

 少なくとも、今ではこのサバサバがキャラ作りとは思っていない。たまたま雪ノ下・由比ヶ浜と三人で入ったお洒落なカフェ。そこで偶然出会ったバイト中の折本。そこで目の当たりにした、今まで俺が目にした事の無かった彼女の表情や態度、そしてそのあと折本のチャリでニケツした帰り道での様子を見て思ったものだ。

 誰にでも気さくに話し掛けてゆく様は、ただしく友達を作りたいと願う姿勢だと。

 なにも得る物などないのに、わざわざクラスのつま弾き者にも気安く話し掛けてきてくれた彼女は、サバサバ系を気取った打算的な女などではなく、本当にサバサバしている女の子なのだと。小町も言ってたしね。折本先輩のからっとしたところは結構好きだって。

 

 だから今の俺はこう思う。この開けっ広げでサバサバしている彼女の笑顔は、前ほど不快ではない、と。

 人間なんて、その時の心理状況によって同じ事象でも全く異なって見えるものなんだよなぁ……

 

「じゃあまぁ、そういう事で」

 

 だがしかし、今の俺が折本をそれなりに好ましく思っている事と、ここで折本と和気藹々するのは話が別である。

 好ましく思っていると言っても、それは“人として悪くないヤツ”と思っているという程度の話で、別に友達と思ってるとか、ましてや中学の頃のような恋愛感情がよみがえったわけでもない。あくまでも、知り合いの中の良い奴カテゴリに入る元同級生、というだけの関係性。

 そもそもここで誰かを待っている折本と、たまたまこの時間にここを通っただけの俺が、ここで昔話に花を咲かせる必要性はないのである。花が咲くほど話が弾むわけがないっていうね。

 大体さっきから折本のツレが苦そうな顔で気まずそうにもじもじしてるし、そろそろおいとました方が皆の為だ。まさにWINWIN。ごめんね? せっかくの楽しい待ち合わせを邪魔しちゃって。

 

 さてと、それじゃあ再会の挨拶も済ませ別れの挨拶も済ませた事だし、愛する我が家に向けてペダルを漕ぎだしましょうかね。ケイデンスを上げろ!

 

「え、ちょ、ちょっと待ってって」

 

「うお!」

 

 しかし、ヒーメヒメと鼻歌混じりにとっとと退散しようとペダルを踏み込んだ矢先、腕を掴まれて走行を妨害されてしまった。危ないよ折本さん!

 

「……え、なに?」

 

「いやいやなにじゃなくって。なんで行っちゃうのよ。せっかく待ってたのに」

 

「なんで行っちゃうもなにも、意図せず知り合いと街中で会っちゃった時のよそよそしい通過儀礼は終わっただろ…………って、は?」

 

 あれ? 今この人変なこと言いませんでした? せっかく待ってたのにとか聞こえた気がしたんですけど。

 

「いやいや、だからここで誰かを待ってんだろ? だったら関係ない通行人に構ってないで、来たるべくお友達に集中しろよ」

 

「だからぁ、待ってたヤツが来たから超構ってんだけど」

 

「すみません、ちょっとなに言ってるのかよく分からないんですけど」

 

「ウケる」

 

「いやウケないから」

 

 なんだこれ?

 

 

× × ×

 

 

 折本の口から発せられた思わぬ真実に、頭上に疑問符が八万個ほど浮かぶ事しばし。

 

 まぁ待て。ちょっと待って欲しい。いや、待ってたのは折本の方らしいから、待つのは俺ではない。自分がなにを言ってるのかよく分からないが、とりあえず落ち着け八幡。

 

 ──なぜだ? なぜ俺は折本に待たれなくてはならない。俺と折本の間に、待ち合わせをする関係性など果たして存在していただろうか。答えは否だ。待ち合わせもなにも、連絡先さえ知らない仲なのだから。

 こいつに最後に会ったのは一週間とちょっと前。バレンタイン前に海浜と合同でチョコ作りイベントをしたとき以来だ。思いのほか最近会ったばっかで八幡びっくり!

 しかし、その時こいつと「今度また会おうぜー!」と再会を示し合わせた記憶はない。まぁ「今度また会おう」は再会を約束する言葉ではないが。むしろ「たぶんもう会う機会ないよね」っていう、再会約束とは真逆の言葉だよね!

 

 だから本当に意味が分からない。折本かおりが、学校帰りの俺がここを通るのをわざわざ待っていた……?

 

「ほら、今日って二月二十一日じゃん?」

 

 いくら考えても俺一人では決して答えの出せない超難問に無謀に挑んでいると、そんな俺の様子に見兼ねたのか、はたまた俺の様子など一切お構い無しなのか(たぶん後者)、折本は突然本日の日付を教えてくれた。

 

「? ……おう」

 

 で? っていう。

 いやいや、今日が二月二十一日なんて事はこっちだって分かってんだよ。どう考えても俺が聞きたいのはそういう事じゃないだろ。どぅーゆーあんだすたーん?

 

「だから比企谷も呼ぼうかと思って、ここで待ってたんだよね」

 

「いやわかんねーよ」

 

 おいおい折本さんよ、もっと文脈の流れ考えてよね! 二月二十一日だと俺を呼ぶって理論がわけわからないよ。

 

 相も変わらず眉間にシワを寄せ続ける俺。折本の意図が読めなすぎて、このままだと将来シワだらけになっちゃうよ。

 すると、ここでようやく折本が、この謎を解く為の決定的なヒントを与えてくれる事となる。

 

「あ、そっか。中学のとき比企谷に言ったことなかったっけ? 今日、あたしの誕生日なんだよねー」

 

 と、色んな意味でとても衝撃的なヒントを。

 

 ……あ、そういえば二月二十一日って折本の誕生日だったっけ。

 うん。知ってた。超知ってた。完全に記憶の奥底に封印しちゃってたけど、八幡それ知ってたよ。

 当然折本から聞いたわけじゃないよ? 当然折本の友達に聞いたわけでもない。ただ、なんか教室で聞き耳立ててたら勝手に耳に入ってきちゃっただけだから!

 ……ねぇ男子ー! なんで小中学生くらいの頃って、好きな女子の誕生日とか覚えちゃってるんー? 本人に聞いたわけでもないのに、もしかしたら家に呼ばれちゃうかもとか、遊びに誘われちゃうかもとかそわそわ期待しちゃってるんー?

 絶対に誘われませんから! なんなら誕生日知ってること知られたら「……え? なんで知ってんの……? え、ちょ、ガチで怖いんだけど……」って真顔で引かれますから! 残念!

 

「へ、へー、そうなんだ。そりゃおめでとさん」

 

 だから、知ってた事は死んでも言いません。墓まで持ってゆく所存です。

 ぼく全然知らなかったよー? という体で、冷や汗かきかき上手く誤魔化せたつもりの俺は、で、それとこれの何が繋がってんの? と言葉を続けた。

 そして、その問いに返ってきた解答が──

 

「でさ、こないだのチョコ作りイベントんとき、今年は比企谷にチョコあげるって約束したのにあげる機会なかったからさー、だったら、せっかくだったら今日ウチ呼んで一緒に楽しもっかなー? って思ったわけ」

 

 これまたなんとも理解し難いこの答えである。おいおい、余計に脳が処理しきれなくなっちゃったよ。

 折本の謎提案に混乱するばかりではあるけれど、とりあえず理解し難いツッコミどころを潰していくしかないだろう。

 

「ちょっと待て、チョコ貰ったろ。コミュセンで」

 

「へ? バレンタインチョコはあげてないじゃん。あれはチョコ作り会でのただの試食じゃん」

 

「……そ、そうなんだ」

 

 なんだよ、あれてっきりあげると宣言されたバレンタインチョコかと思ってたよ。

 

「え、えっと、……じ、じゃあウチ呼んでって言うのは……?」

 

「ん、前々からね? 誕生日は千佳と二人でウチで遊ぼうよって話になってたのよ。まぁ遊ぶって言っても、部屋でダベったり千佳オススメのケーキ食べたりするくらいなんだけど」

 

 そう言って、折本は千佳と呼ばれた仲町さんとやらの手元を人差し指でちょちょいと指差した。

 なるほど彼女はホールケーキが入っているのであろうケーキ屋の大きな袋を両手で大事そうに抱えている。その表情は死んでいるが。なんか本当にごめんね?

 

「だからそこに比企谷呼んじゃおーかなって」

 

「なるほど全然わからん」

 

 折本が俺を待っていたという謎はようやく解けたのだが、その思考回路があまりにも自由過ぎて、余計に理解し難くなってしまいました。

 

 今日誕生日だから友達と一緒に居た←わかる

 

 チョコくれる約束だったのにあげてなかったから待ってた←まぁわかる

 

 チョコあげてなかったから誕生日会に呼んじゃえ☆←さっぱりわからん

 

「……あんなのただの口約束だったし、そもそも俺はあのイベントで貰ったつもりでいたのに、まだあげてなかったと気にしてくれていたのは有り難いんだが、それでなんでお前の誕生日パーティに呼ばれなくちゃなんねぇの? 俺が施しを受ける立場なのに、俺がお前を祝いに行くの?」

 

「施しとかへり下り過ぎウケる! 別にそんな深く考えることもなくない? ほら、バレンタインも誕生日もお祭りみたいなもんなんだし、せっかくそういうタイミングが重なったんだから、友達なんだしついでに楽しんじゃえばよくない?」

 

「バレンタインと誕生日が同列になっちゃったよ」

 

 パリピにとってはどんなものでもイベント=騒ぐ為に存在するモノ、だからね。

 奴らにとっては、花見も花火もただの背景に過ぎず、レジャーシートの上は貸し切りの飲み屋みたいなものだ。せっかく春の爽やかな青空の下美しく咲いている花も、せっかく真夏の夜空に咲き誇っている豪快な花火も、決して奴らの目にも心にも残らないのだから。

 

 

 

 ……って、……ん? それはそれとして、あれ? 今この人おかしなこと言わなかった?

 

「……いやちょっと待て、俺、折本の友達だった?」

 

「ウケる、友達じゃん。コミュセンの帰りに午後ティー奢ったトキ、友達ならいいかもねって言わなかったっけ?」

 

「確かに言ってたような気がしないでもないが……」

 

 マジかよ、あれ友達宣言だったのか。あのときのその台詞は、あんたの彼女とかマジ無理ー、がメインテーマかと思ってたよ。

 

「だよねー! つーわけだから、今からあたしんち行くよ、比企谷っ」

 

「ちょっと? 全然つーわけになってないよね。女子んち行くとか、一緒に帰って友達に噂とかされたら恥ずかしいし……」

 

「大丈夫だって、あんま友達とか居ないんでしょ? 大体いつも一人だけどなって言ってたじゃん、ウケる」

 

「ウケないから……」

 

 せっかくのときメモネタをマジ返しされて心を抉られる懲りない俺。一色同様、このネタはリア充にはあまり通じないのかな?

 

「んじゃ行くよー」

 

 そして、断固拒み続ける気の俺を放置して折本はとっとと先に行ってしまう。

 これ、無視してこのまま帰っちゃってもよいのだろうか? とは思いつつも、そこはさすがは折本かおり。折本の家に行く事があたかも決定事項であるかのように自信満々に歩いていく彼女の小さくて大きな背中は、人に流されるまま生きてきた俺ごときには有無を言わせぬオーラを放っていた。あかん、これ付いていかなきゃダメなやつや。

 

「おーい比企谷ー、なにしてんの? 早く行くよー」

 

「」

 

 

 ──こうして俺は、中学時代の同級生であり無惨な失恋相手でもある折本かおりに、力ずくで連行されるのであった。

 

 

 

続く

 





2月の大イベント、それはもちろん折本生誕祭です☆
バレンタインじゃなくてそっちかよ、もはや誰も覚えてねーよ(・ω・)


今まで折本の誕生日を描いた事がなかったので、もう二次作者から半分足を洗いかけてしまっている今、もしかしたらこれがラストチャンスかも!と書き始めてみました。
これにてぶーちゃん的主要ヒロインの生誕祭SSは完遂のはず(・ω・)

1話完結にしようかと思いましたが、ホント筆がなかなか進まずこのままだと誕生日までに書き終わる気がしなかったので、少しでも気分を乗せる為にとりあえずここまでを投函です。
後編はなんとか21日に投稿できるよう頑張りますm(__;)m



ではでは次回、21日に投稿できるか来年の2月21日になるか皆目見当が付きませんが、折本の部屋で乱交パーティー編☆でお会いいたしましょう←ドイヒー



※このお話の中で出て来た『折本のバイト関連』の話は、特典小説Anotherにて描かれていた出来事です。


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のけものフレンズ2



超久々の記念日特別投稿時間!





 

 

 

「……」

 

「……」

 

 連れ込まれた密室で、とてもとても気まずい思いをしているどうも俺です。

 

 

 ──ああ、なんで女の子の部屋ってのは、こんなにいい匂いすんだよぅ……

 

 

 美少女の自室。そこは、女慣れしていないDT高校生にとっては天国であり地獄である。

 曲がりなりにも昔好きだった女の子の部屋に入る日が来ようとは、本当に夢にも思っていなかった。

 それゆえか、溢れ出るパトスがとどまるところを知らない。いい匂い、いい景色、いい気持ち。

 あまり見てはいけないと分かっていながらも、思わずキョロキョロ見回しちゃいそうになるくらい興味津々な年頃男子になってしまうのは致し方のないことだろう。あんまり見てると通報待ったなしなので、先程から視線は窓の外一点に集中しているわけでありますけども。

 

 しかしながら、入室した瞬間はバレないように色々と見てしまったものだ。だって仕方ないよね? 男の子だもん。

 入室時にちらりと見た折本の部屋の印象は、イマドキ女子高生の部屋にしたらかなりさっぱりした印象だった。ソースは小町の部屋とか由比ヶ浜の部屋。よく言えばいさぎよく武骨。悪く言うと色気無し。

 ちょうど、クリスマスイベントの時に折本が差していた飾り気のないビニール傘を思い起こさせる佇まい。偏差値低そうなきゃるんきゃるんさでなくて、八幡的にはポイント高め。

 

 とはいえそこはやはり美少女JKのお部屋。多少色気には欠けるが、魅力的な見た目と匂いに変わりはない。

 女子特有の甘い香りの中、シンプルではあるがセンスのいいベッドの上に敷かれた暖色系の布団の皺とかを見てると、折本が朝までここで寝息たててたんだなぁ、とか思ったりしてちょっとムラム……ドキドキしちゃいます。

 話は変わるけど、たまにニュースになる痴漢の「ムシャクシャしてやった」って言い訳おかしいよね。変にカッコつけず、素直にムラムラしちゃったって言いなさいよ! なんでムシャクシャで痴漢したり盗撮したりするのん? 少なくとも今俺はムラムラして間違いを起こさないように頑張ってるよ? ムラムラしてるって言っちゃったよ。げふんげふん。

 

「……」

 

「……」

 

 と、自身の欲望と必死に戦って天国と地獄を味わっている俺ではありますが、なにも地獄を味わっているのは俺だけではない。なんなら俺が地獄を味わわせてしまっているまである。

 

 皆さんは覚えておいでだろうか。折本かおりという自由人に被害を受けているのは、なにも俺だけではないのだという事を。

 本来であれば今日は楽しいパーティーのはずだったのに、フリーダムな友人のフリーダムな思い付きのせいで、とても気まずい思いをする羽目となってしまった少女がひとり、俺が座って(座らされて)いるクッションとは対角線上にあるクッションに座りながら、困ったように目を泳がせていらっしゃいます。

 

『ヤバい、マジで比企谷があたしの部屋に居るんだけど! ぶはっ、比企谷があたしの部屋に居る光景とか超レアでウケる! あ、比企谷はそこ座っててー。で、千佳もそこら辺に座っててねー。あたしお茶淹れてくるから、二人で適当に話しててー』

 

 部屋に通された瞬間、けらけら笑いながらそう言って部屋を出ていってしまった我が友達……という事になっているらしい我が知り合い。ホントマジでふざけんな折本。お前が居たって気まずいのに、居なくなったら居なくなったでさらに気まずくなるに決まってるだろうが。

 昔好きだった女の子の初めて入った部屋で、そいつの友達と二人きりにさせられるという恐怖。恐ろしすぎる……(白目)

 でも突然他人の部屋でキモい男子と二人きりにさせられて恐怖してるのは、むしろ仲町さんの方だよね。ホントごめんね?

 悪いのは俺ではなく、あくまでも折本かおり。そう、全て折本が悪いはずなのに、なぜ俺がこうも居たたまれない思いに苛まれなくてはならないのか。理不尽すぎる。

 

 とりあえず仲町さんとやらが俺を気にしなくても済むように、出来うる限り空気と化していようか。

 川釣りの名人クラスともなると、気配を完全に消し去り自然と同化できるという。そう。俺は釣りキチ。釣りキチ八平なのだ。これはもうステルスヒッキーどころの騒ぎではない。ふはははは! どうだ仲町! 俺の姿どころか気配も察知出来まい!

 

「……あ、あのー、比企谷くん」

 

「ひゃい……!?」

 

 いやん! めっかっちゃった!

 あまりにもあっさり発見されてしまい、思わず変な声を上げてしまった。っべー、仲町さんめっちゃ引いてんよ。うわぁ……って顔で蔑んでんよ……

 

「ご、ごめんね、急に声かけちゃって」

 

「い、いや、こっちこそスマン」

 

「?」

 

 なぜ自分が謝られたのか分からず、きょとんと首を傾げる仲町。キモがらせちゃってスンマセンしたって言う平身低頭な思いの表れだよ! 言ったら余計引いてしまいそうだから言わんけど。

 

「……で、なんか用でも?」

 

「……あ! う、うん、あのー、……あ、あはは」

 

 謎の二人きりの気まずい空間に耐え切れず、思わず声を掛けてしまっただけなのだろうが、自分から声を掛けてきたわりに、彼女はとても言いづらそうに苦笑を浮かべた。

 なんだろうか。自分から声掛けてきといて、そんなに言いづらい事なのかな? 密室に二人きりで居るのが耐えられないんで、ちょっと一人でお外走ってきてくんない? とか? もしくはあんたが吐いた二酸化炭素を一人で処理するのは吐き気がするから、せめてかおりが戻ってくるまで息止めといてよ、とか? 想像だけで泣けるぜ。

 

 

 

 しかし、仲町が次に発する言葉は、俺の予想とは違っていた。

 それは、予想とはまるで真逆のこんな言葉。

 

「えと、……比企谷くん、ずっと言いたかったんだけど、言うのが遅れちゃいました。……あの、あの時はごめんなさい」

 

 ──それは、まさかの謝罪であった。

 

「……は?」

 

 俺は今、なにを謝られたのだろうか。なにか謝られるような事をされただろうか。

 そもそも俺と彼女にはなんの関係性もない。挨拶を交わすような間柄でもなければお礼を言われるような間柄でもない。

 ましてや謝罪? なんの関係もない相手から、一体なにを謝られるというのか。さっぱり解らない。

 

「……なんか謝られるような事あったっけ」

 

「……えぇえ? あ、あったじゃん! てか、……え? あった、よね……? あ、あれー?」

 

 いやいやそんなに混乱されましても、むしろ俺が大混乱ですよ。

 

「ほ、ほら、前に一緒に遊びに行ったとき、は、葉山くんに怒られたでしょ……? 失礼な態度とっちゃったから……」

 

「…………あー」

 

 なるほど、ようやく思い出した。そういやあったねそんな事。すっかり忘れてたわ。だって全然気にしてなかったし。

 

「……かおりはあの後も何回か会ってたみたいだけど、わたしはあれ以来だったから。ずっと謝りたかったんです。……その……ごめんなさい」

 

 ……それに、思い出しても、それでも答えはやっぱり変わらないし。

 

「……いや、別に謝られるような事されてねぇから」

 

 ──そう。今になってよくよく考えると、あのダブルデートの時って、別にこの子ら特に悪い事してないんだよね。あの時俺がこの子らに向けていたネガティブ思考は、ただの一方的な勘違い。俺が折本達に悪感情を抱いてしまったこと事態が、俺の自意識過剰でしかないのだから。

 

 

 まず俺がなぜ折本に悪感情を抱いていたのか。それは、昔折本に振られたからに他ならない。そして、その噂が学校中に広まったから。

 でもそれは、別に折本が言い触らしたわけでもなんでもなく、折本の友達が勝手に言い触らして楽しんでいただけ。折本からすれば、普段ろくに話した事もないはずの中二病男子に急に告られて、びっくりしてそれを友達に相談しただけなのだ。その行動になんらおかしなところはない。

 だって由比ヶ浜が材木座に突然告られたらびっくりするだろうし、その事を雪ノ下や俺に相談くらいするだろう。それで雪ノ下や俺が由比ヶ浜に無断で勝手に友達に言い触らした場合、そこに由比ヶ浜に非はあるだろうか? いや無い(反語)

 そもそも雪ノ下にも俺にも言い触らすような友達いなかった!

 

 しかしその出来事が彼女に対する悪意のフィルターとなり、その濁ったフィルター越しで折本を見てしまったから、ミスドでのあのありふれた再会イベントをネガティブなイベントへと脳内変換していただけ。そして折本と一緒に居た友達にも、必要以上に悪意を向けてしまっただけ。

 

 折本が俺をネタにして笑ったにしたって、葉山みたいな奴でも俺のような奴でも同じように接するあの折本なら、あの時に再会したのが俺でなくとも……同じクラスだったカースト上位者だったとしても、まず間違いなく同じように接しただろう。そしてそれを見た友達が、折本と同じように接して俺との距離を計ろうとするのも、初対面だからこそ自然な行動だ。

 だって俺の材木座に対する扱いとか折本→俺より遥かに雑だし、そんな俺の対応を見た雪ノ下や由比ヶ浜が俺を真似て材木座をぞんざいに扱ってても、これといって不快感抱かないもんね! ネガティブな例え話をする上での材木座の利便性と有用性は異常。

 

 自分が他者にやる分には問題ないのに、自分が他者にやられたらそいつを糾弾するとか、どんだけ傲慢なんだよってお話だろう。

 普段は与党の揚げ足取って馬鹿にして笑い者にする事でしか存在感も示せないくせに、いざ自分達の政権が悪夢だったと言われたくらいで顔真っ赤にして喚き散らす野党かよってお話だ。

 

 そしてそれはあのダブルデートでも同じ事。折本達を見る視線が悪意のフィルター越しになってしまったから、ほんの少し勘違いしてしまっただけ。俺も。葉山も。

 

 あのデートで俺と葉山が彼女達をフィルター越しで見てしまった最大の要因。それは“俺だけが遊びに誘われてないと……俺だけが遊びから除外されたと”考えてしまったからだ。だから葉山は、折本達が俺を軽く見ているというフィルターを掛けてしまった。

 

 でもアレ、よくよく考えたら完全に俺の自意識過剰なんだよね。

 葉山に驚いたように「聞いてないのか?」と問われた俺は、さも当然のように「聞いてねぇけど」と肯定した。肯定はしたのだが、心のどこかで思ってしまったのだ。

 俺にはメール来てないんですけど? あ、連絡先分からなかったからだよね? ああ、俺などはなからお呼びじゃなかったのか、と。

 そんなほんの僅かな不満が顔に出てしまったのだろう。そして勘のいい葉山は俺の不満を感じとってしまった。だからこそ彼女達に向けて悪意を抱き、あんな下らない真似をさせてしまったのだ。

 

 そう。それこそがそもそもの大間違い。俺が誘われるなんて事は本当に有り得なかったのだ。それなのに、誘われるわけが無いのに、それを少しでも期待してしまったのが……不満に思ってしまったのが……、溢れ出る俺の自意識過剰。

 

 俺がそもそもあのデートに誘われるわけがなかった理由。それは、そもそも他でもない俺自身が折本達にこう発言したから。「葉山は知り合いじゃない」と。

 そう。俺は葉山を知らないと言ったのだ。裏を返せば、葉山から見ても比企谷八幡という人物は知り合いではない、という事になる。

 

 折本達が遊びに誘っていたのは葉山であり、葉山を紹介したのは陽乃さん。そこに俺の介在する部分は何一つない。つまり葉山がドーナツ屋に到着した時点で、折本達&葉山の仲に俺は入っていない。それなのに葉山の知り合いではない俺を葉山に断りもなく誘うわけがないではないか。なんなら葉山に断りも入れず勝手に誘う方が失礼になっちゃうまである。

 だって、それは葉山からしたら「俺を誘う為にわざわざ呼び出したのに、なんで俺の知り合いでもなんでもないヤツを俺に無断で勝手に誘ったんだ?」という事になるのだから。

 

 そして葉山は俺が“葉山を知り合いではない”と言った事を知らないのだから、あの場に一緒に居た以上は遊びに誘うのなら比企谷も誘うのが人として常識だ、と考えるはず。だから俺を誘いもしなかった常識はずれの折本達に不信感を持ってしまった。

 でも俺と葉山が知り合いではないと思っている折本達からしたら、俺を誘わないという判断を取る方がごく自然だろう。

 

 だからあの時、葉山に「聞いてないのか?」と問われた時、「そりゃな。だって俺、葉山なんてヤツ知らんって言ったし」とでも答えておけば、あのダブルデートはあんなネガティブイベントにはならなかったのではないだろうか。

 そして折本や仲町が全く同じ態度で俺に接していたとしても、俺も葉山も折本達の態度に不快感を抱く事はなかったのではないだろうか。

 

 人間なんて、その時の心理状況によって同じ事象でも全く異なって見えるものなんだよなぁ……なんて、ついさっきサイクリングロードで思ったばかりだけれど、あのダブルデートこそ正にその最たる例なんだろうと思う。

 あの時、修学旅行後で心がトゲトゲしてたからなぁ……。ただでさえトゲついてたのに、そんな時に運悪く一番会いたくない人物ベスト3に入りかねない折本に遭遇しちゃったもんだから、抑えきれないトゲパワーがこれでもかと溢れ出して、ついにはオシマイダーを発注してしまったのだろう。

 そんな俺を見て、本当は決してやりたくなかったあんな事をしてしまった葉山隼人は、むしろ被害者なのかもしれない。

 

 だから、突然仲町に謝罪された俺は自然とこういう結論に達したのだ。謝られるような覚えはない、と。

 あれは、俺の自意識過剰により起きてしまった葉山の暴走なのだから。

 

「……でも、葉山くんあんなに怒らせちゃったし……」

 

「いや、あれは葉山が暴走しちゃっただけだから。本当になんも気にしてない。むしろあの程度の事をずっと気にされていた方が、申し訳なくて肩身狭くなるまである」

 

「……」

 

 当然、こうして謝罪してきた仲町にもそれなりの打算はあるだろう。

 なぜあそこまで葉山に怒られたのかは理解出来なくとも、あの人気者の優しい葉山を怒らせてしまった自分達に非があるに決まっている。だからその罪悪感から逃れる為の謝罪。ちゃんと謝ったからもう気にしなくてもいいよね? と自分の気持ちと折り合いを付ける為の謝罪。

 

 しかし、そもそも謝罪という行為自体が自己満足で打算的な物なのだ。許して貰おうが貰えまいが謝ったというプロセスを己の罪悪感に提示して、気持ちを楽にしたいから行う行為である。

 だから別に仲町の謝罪に対して不快に感じる所はないし、むしろこんな程度の事をずっと気にして、俺なんかにずっと罪悪感を抱いていたらしい彼女に対して、あ、この子も意外にいい子なのかも、なんて思っちゃうまである。

 なにせ、ほっとけばどうせ二度と会う事もないような間柄である。謝らずにそのまま流してしまってもなんら問題ない関係なのに、カースト上位者としてのプライドを捨ててまで、こうして頭を下げてきたのだから。

 今にして思えば、サイクリングロードで折本の隣に立っていた時の死んだ顔は、俺とのパーリータイムを嫌がっていたのではなく、俺に対しての後ろめたさからくる気まずさだったのかもしれない。

 

「ま、つうわけだから、もう気にしないでくれるとこっちも助かる」

 

 そして、これで手打ちだと言わんばかりに謝罪劇をばっさり打ち切る俺。いやホント、こっちが全然気にしてないのに……というよりむしろこっちが気にしなければいけないレベルの事なのに、いつまでも罪悪感を持ったままでいられるとかこっちが申し訳が立たないわ。

 

「……そっか。うん、正直まだモヤモヤしない事もないけど、比企谷くんがそう言ってくれるんなら、わたしももう忘れるね」

 

 まだどこか納得がいってない様子ではあるが、そう言ってふっと表情をほころばせた仲町を見て、ああ、やっぱこいつは折本の友達だな、と思う。よく知りもしない相手と二人きりでシリアスとか難易度高過ぎるんだよ。折本と同じで切り替え早くて助かるわ。

 

「おう」

 

 

 ──こうして、クリスマスイベントでわだかまりが解けた折本に続き、仲町千佳さんとやらとのわだかまりもなんとなーく解けたのでした。めでたしめでたし。

 

 

 

 

「うん。やっぱ謝って良かったー。ふふ、かおりの言ってた通り、やっぱ比企谷くんて結構いい人だね! やー、ぶっちゃけさー、前に遊びに行った時はずぅっとブスッとしてたから、どう対応すればいいか分かんなかったんだよねぇ」

 

 おおう……。切り替え早くて助かるにゃーとか思ったけど、この子もちょっと切り替え早すぎないかしらん。

 

「……別にいい人ではないから」

 

「あ、そだ! わたしとも友達になってよ。LINE交換しよ?」

 

「いや、俺LINEとかやってないんで」

 

「なにそれウケるぅ! 女子の断り方じゃん、あはは」

 

 えぇぇ……女子ってそういう断り方するん? っべー、女子って恐いわー。まぁ確かにこの子ってそういう断り方しそうだよね!

 でもよくよく考えたら、体育祭準備の時に男子に連絡先聞かれた由比ヶ浜も華麗にスルーしてたし、女子ってのはそういう生き物なのだろう。女子って恐い。

 

「あ、でさー比企谷くん比企谷くん!」

 

「へ? あ、お、おう」

 

「それはそれとしてぇ、今日はホントかおりがごめんね! やー、急に行ったら絶対比企谷くん引いちゃうと思って、わたし止めたんだよー。でもかおり、今日は絶対比企谷呼びたいってきかなくってさー」

 

「お、おおう」

 

「案の定めっちゃ引いてたよねー? だからわたしやめとこうよって言ったのに、ホントかおりって自由人すぎだよね、あはははは」

 

「そ、そうだな」

 

 ……やっぱこいつ折本の友達で間違いないわ。さくっと切り替えたあとの何事も無かった感がすごい。俺みたいなのにはこのノリにはついていけないっす。さすがカースト上位系女子(白目)

 

「でも、さ、それでも比企谷くん付いてきてくれて良かったよ。ふふ、かおり前々から今日比企谷くん誘うのすっごい楽しみにしてたからさー、ああ見えてすっごい喜んでるんだよ、比企谷くん来てくれたこと♪」

 

「ほ、ほーん、そうなのか……」

 

 い、いや、別に嬉しくなんかねーし? 折本の事なんてなんとも思ってねーし? ただちょっと意外だっただけだし?

 

「あー、ちょっと赤くなった。なんだかんだ言って嬉しいんだー。やっぱかおりが言ってた通り、比企谷くんて結構面白いんだねぇ!」

 

「……う、うぜぇ」

 

 ふぇぇ……、折本といい仲町といい、もうこのテンションについてくの無理だよぅ……!

 

 

 

 

 こうして、すっかりウザキャラ化してしまった仲町との苦痛の時間を耐え続けなければならなくなった俺。

 折本、頼むから早く戻ってきてくれ! と願っていたのだが──

 

 

 

 

「あはは! マジでー? 超ウケるんだけどー!」

 

「だよねー! わたしもあんとき超笑っちゃったよー」

 

「てかここのケーキめっちゃ美味くない!? やば、ずっと食べてられんだけど」

 

「うんうん、めっちゃ美味しいよねー! 主役なんだから遠慮せずもっと食べたまえー」

 

「いぇーい!」

 

「あ、今日はもちろん食べまくっていいけどさ、今度学校帰りに寄ってかない? もっと色んな種類食べたいじゃん?」

 

「それあるー! ……てかさ、さっきから比企谷やけに静かすぎじゃない?」

 

「ねー。比企谷くんも一緒に盛り上がろうよー」

 

「ま、比企谷みんなでわいわいやるのとか苦手そうだしねー。ウケる」

 

「いやウケないから……」

 

「あ、そだ。かおり、ハイ、プレゼント〜」

 

「え、マジ!? あ、これあたしが欲しかったヤツじゃん! 超嬉しいんだけどー! さんきゅー千佳!」

 

「ふふ、喜んでもらえてよかったー。じゃ、わたしの誕生日も期待してるからねー」

 

「それが狙いとかウケる! あ、比企谷はなんかないの?」

 

「……さっき連行されたばかりでなんもあるわけねぇだろうが……」

 

「ウケる」

 

「ウケないから」

 

 

 戻ってきたら戻ってきたで、折本が加わった三人での苦痛を耐えなければならない時間が待っておりました(遠い目)

 

 てか折本が戻ってきてからというもの、俺の空気化が本格的にヤバい。どうやら俺も一応こいつらの友達になったらしいのだが、これもう完全に居ても居なくてもいいのけものフレンズだよ!

 

 俺を呼びたいと所望しながらも、せっかく来た俺を放置し仲町と二人でイマドキのギャルギャルしく楽しむ折本。

 ずっと謝りたかったという希望を叶えたあとは、すっかり折本化して自由気儘に楽しむ仲町。

 なんか無理矢理連れ込まれたのに、いざ連れ込まれてみると要らない子になってしまい、早く帰る事しか考えられなくなってしまった俺。

 

 ゆるさがウリの世界観なのに、各人のドロドロした利権が交錯して全然ゆるく観られなくなってしまった事でお馴染みの本家ジャパリパークにも劣らない、各人の思いが交錯して自由なカオス状態と化した、エセゆる感いっぱいのカオリパークなのでした!

 

 ねーねーフレンズ達〜。俺の存在忘れてキャッキャキャッキャと足パタパタしてるから、さっきから捲れ上がった短いスカートから白くて艶めかしい太ももがチラチラしてるからね! 見えちゃっても知らないよー?

 もしフレンズのスカートの下に潜む小さな布切れまで見えてしまったとしても、油断しているお前らが悪い。俺は一切悪くない。フヒッ。

 

 

× × ×

 

 

「そんじゃねー! 超楽しかったぁ! 今日はあんがとね、千佳」

 

「うん! わたしも楽しかったー。また明日ねー」

 

「また明日ー」

 

 

 ……終わった。ようやく終わった……

 

 長かった戦い(心を殺し、ただ無心に天井のシミを数える作業)もようやく終わりを告げ、折本の誕生日会という名の公開処刑が幕を下ろした。

 現在は、俺達と違ってここが地元ではない仲町が駅に向かう後ろ姿を、折本宅前で見送っているという状況である。

 

「比企谷くんもじゃあねー! 今度LINE送るし、また一緒に遊ぼうねー」

 

「……うっす」

 

「あ、その顔は既読無視する気まんまんって顔だー」

 

「安心しろ、既読とやらさえしないから」

 

「安心する要素が皆無だよ!?」

 

 と、ご覧の通り結局LINEを交換した俺である。まぁ二人に強引にアプリを入れられてしまっただけだが。

 どうしよう。人生初めてのグループが折本と仲町とか、ちょっと意味が分からないです。

 

 さすがは折本の親友だけあって、なかなか激しいツッコミを繰り出しながらもニッコリ笑顔で去ってゆく仲町を見送り、そんじゃまあと愛車に手を掛ける。

 何時の間にやらなかなかの時間が過ぎ去り、夜の帳もすっかり下りてしまった事だし、今度こそとっとと帰りましょうかね。

 

「んじゃ行こっか」

 

「おう。……ん?」

 

 あれ? 自宅方向に自転車を向けた俺の背中に、比企谷もじゃあねー! なんてセリフが聞こえてくるかと思いきや、またも折本さんの口からおかしなセリフが聞こえてきたよ? 行こっか、ってなに?

 

「……えっと、どこに行くんだ?」

 

「ん? 決まってんじゃん、比企谷んちの方。送ってってあげるよ」

 

「いやなんでだよ。送ってもらう意味が分からないんだが。言っとくけどさすがに道は迷わねぇぞ」

 

「遠慮しなくてもいいってー。ほら、前にバイト上がりに比企谷んちまで送ってあげた事あったじゃん」

 

「いやいや、あの時は俺がバス待ちでお前がチャリだったからだろ。今は俺チャリあるんだし、送ってもらう理由ないから」

 

 まぁ前は送ってもらったといっても、荷台に折本乗せて自転車漕いだの俺だけどね!

 

「いーからいーから。今日あんま喋れなかったから、せっかくだし話しながら行こうよ」

 

 しかし俺の遠慮という皮を被った拒否など、一度こうと決めてしまった自由人に通じるはずもなく。

 困惑する俺を放置し、折本はとっとと先へ行ってしまうのだった。お願いだから少しは人の話聞こうね。

 

 

× × ×

 

 

 からからから。からからから。

 

 等間隔に設置された電灯の灯りに照らされて、二台の自転車からこぼれる四つの車輪の音が緩やかなコンチェルトを奏でる。

 折本と二人で帰るなんて、騒がしくて鬱陶しくて、どうせ碌な事にはならないだろうなんて思っていたけれど、なかなかどうして、夜の静けさを壊してしまうような騒がしさはまるで無く、ともすれば心地よさを感じてしまうくらいの穏やかな時間。

 地元は同じではあるが、最寄りの線路のあちら側とこちら側。決して遠くはないが、決して近いとも言えない微妙な距離を、俺と折本はなぜか自転車を押してのんびり進む。

 もちろん俺としては、自転車に跨って最速スピードで一気に走り抜けたいのだけれど、生憎送ってくれている折本がずっと自転車を押し続けているものだから、送ってもらっている俺だけが自転車に跨るわけにもいかず。

 結局、折本と同じ速度同じ歩幅で進むという選択肢しか選べないわけで。

 

 だから俺は、折本よりも先を行くわけでも並んで歩くでもなく、同じ速度同じ歩幅で、彼女よりほんの少し斜め後ろを黙って歩く。なぜわざわざ俺を送ろうと思ったのか。その真意も目的も解らないまま。

 

 

「あたしこっちあんま来ないから、あんとき比企谷送った以来だよ」

 

「ほーん」

 

 こっちとは、線路のあっちとこっちの事だろう。同じ最寄り駅でも意外と行かないもんだよね、自宅とは逆の線路側って。なにせ目的地が駅な以上、そこより向こう側に用事はないのだから。

 

「小学生の頃は仲良い子の家がこっちにあったからちょくちょく来てたんだけど、その子とあんまり遊ばなくなってからは全然でさー。……おー、やっぱ懐かしー」

 

「ほー、そうか」

 

「あ、昔あそこにあった店無くなってるんだけど! それにあそこ昔は空き地じゃなかったっけ? なんか超立派な家建っちゃってない? へー、ちょっと時間が経っただけで、結構変わっちゃうもんなんだねー」

 

「だな」

 

「比企谷はあたしんちの方とか来たりすんの?」

 

「いや、俺もそっち側はさっぱりだわ。折本と違って小学生ん時から友達なんて居た例しが無いから、そもそもそっちに行く機会とか無かったし」

 

「ウケる! 比企谷、ぼっちの年季入りすぎなんだけど!」

 

 

 

 こんな、特にこれといってなんの意味も成さない中身のない雑談。そんな何気ない日常系なやりとりも、俺と折本の関係性を考えるとなかなか奇跡的なのかもしれない。

 中学時代のあれこれや、再会後のあれやこれや。あんな事やこんな事、色々あった出来事を鑑みると、こうして夜の地元を二人きり、下らない雑談に花を咲かせながら自転車を押している光景自体が、なかなかに不思議な光景なのではないだろうか。

 

 静けさ漂う夜の路地でそんな事を思いながら、楽しげなハミングのように優しく鼓膜を揺する心地良い雑談に耳を傾けていたのだが、どうやらそう思っていたのは俺だけではなかったようで。

 

「にしてもさー、……ぷっ、くくっ……、よくよく考えると、この光景って結構面白いよね! だって中学んトキは、比企谷とこんな風に二人っきりで歩いたり喋ったりするのなんて想像してなかったもん。ウケる」

 

「おう、奇遇だな。それは俺もウケるわ」

 

「だよねー!」

 

 折本と笑いのツボが一致するなんてあら珍しい。これは明日雪でも降っちゃうかもね!

 

 

 ──友人などという薄っぺらで曖昧模糊とした関係の間で交わされる中身の無い会話。時に教室で、時に廊下で、時に登下校中にそこかしこで行われているそんな薄ら寒いやり取りを、俺は心の底から嫌悪し、そして馬鹿にしていた。

 そう、嫌悪し馬鹿にしていたはずなのに、なぜだろう、今こうして折本と交わす薄っぺらくて中身の無い会話は、思いの外悪くない。悪くないどころか、むしろ心地よく感じてしまっている自分が居る。

 結局のところ、リア充達が楽しげに騒いでいる姿に羨望し、でも自分にはそれが叶わないから妬んでいただけなのかもしれないな、なんて思うと、さらに口角が上がりそうになってしまった。

 その笑みには自身に対する自嘲も含まれてはいるものの、一番の理由は、この雑談を普通に楽しんでいる自分に気付き、それを素直に受け入れる事が出来たからだろう。

 

 っべー、あんま口角ぷるぷるしてるとからかい上手の折本さんに弄ばれちゃうわー、と気を引き締めようとしたのだが、そう思ったときには時すでに遅し。まるで悪戯っ子のようににまにま口元を弛める折本が、にししと歯を見せからかうように顔を覗きこんできた。

 

「てか比企谷ウケすぎじゃない? いつも仏頂面してる比企谷がそんなにニヤニヤして楽しんでんのってレアだよねー。ヤバい、ちょっとキモいんですけどー」

 

「べ、別に楽しくなんてしてにぇーし……」

 

 やだ! 口角上がっちゃってそうだなぁとは思ってたけど、そんなにニヤニヤしてたんだ!

 

 すると、噛んだりそっぽ向いたり頭がしがし掻いたりと、みっともなく照れる俺の様子を見てそれなりに満足したらしい折本は、悪戯笑顔から一転、ふっと優しげに微笑む。

 

「うん、やっぱ比企谷送りに来て正解だったわ。比企谷って、何人かで楽しんでるトキより二人で居るトキの方がよく喋るもんね。だからもうちょっとゆっくり喋りたいなーって思って付いてきたんだー」

 

「……さいですか」

 

 ──なにが目的だろうと思っていた折本かおりの送迎。なんの事はない。ただ、俺とゆっくり喋りたかっただけ、か。

 う、嬉しくなんてないんだから!

 

「あれだよね。あたし、中学んときは比企谷の事つまんないヤツって思ってたじゃん?」

 

 彼女はそう言って、まるで昔を懐かしむような目で真っ直ぐ前を見る。

 その瞳に写るのは、目線の先にある電柱でも自販機の灯りでもなく、昔々の自分と俺の姿なのだろう。

 

「……じゃん? と笑顔で俺がつまらない事への同意を求められても困るんだが」

 

「でもさ? 突然告られて困っちゃうくらい、彼女はおろか友達も無いなーって思ってたのに、それから二年くらい経ったら、彼女は無いけど友達ならありかな、って思ったわけじゃん」

 

「……聞けよ。……まぁ、んな事も言ってたな」

 

「そ。言ってた。……あれだよね。久しぶりに見た街並みと一緒。街並みだって人の気持ちだって、いつの間にか結構変わっちゃうもんなんだよね」

 

「……」

 

 

 ──人はそんな簡単には変わらない。それは真理だと思う。

 どんなに変わったように見えたって、根っこの部分が、性根の部分がそんな簡単に変わるわけなどない。そんなに簡単に変わるのならば、それは元々自分などではないのだ。

 

 その考え自体は今も変わらない。人はそんなに簡単に変われるものではないのだから。

 

 でも、人が変わる事と人の気持ちが変化する事は決してイコールではない。

 昔から言うだろう。昨日の敵は今日の友。昨日の友は今日の敵。

 昨日までいけ好かないと思っていた相手でも、いざきちんと話してみると、いざきちんと知ろうと努力してみると、実は今までの感情は自分の勘違いからくるものだったり自分が浅慮なだけだったりと、本当は相手の事などちゃんと見えてなかったのに、一時的な感情だけで好き嫌いを判断していただけ。よく見てなかっただけの癖に、勝手に自分の中で作り上げた理想の姿に相手を押し嵌めて、勝手に好き嫌いを判断していただけ。

 それが逆方向に変化するという事は、つまりは自分の見方が間違っていたのだと、自分の目が曇っていたのだと認められる事なんだと思う。人がつまんないのって、結構見る側が悪いのかもね、っていう、いつか折本が言っていたアレだろう。まぁ中学の頃の俺、実際つまんない奴だった事に間違いはないけどね!

 

「……ま、そうかもな」

 

 だからここは素直に肯定しておこう。いつもいつも捻くれた受け答えばかりじゃ芸がない。こんな捻くれ者の俺だって、たまには素直な解答も悪くない。

 

 

 ……と思ったのだが、俺は次の瞬間、柄にもなく素直な気持ちを口にしてしまった事を後悔することとなる。

 なにせ相手は折本かおり。こいつはいつだって、トンデモ爆弾を全力で投げ付けてくる自由人なのだから。

 

「へへ〜! だからさぁ、もしこのまま友達として何年か付き合ってたら、もしかしたらあたし、比企谷の彼女もアリかもって思っちゃう日がくんのかもねー」

 

「」

 

 ……クッ、そうきましたか! まさかそういう返しが返ってくるとは思わなかったわ。

 

「……ないだろ」

 

「えー? そんなんわかんないじゃーん。明日のあたしの気持ちがどう転ぶかなんてあたしにだってわかんないんだし、比企谷に分かるわけなくない?」

 

「いや、そりゃまぁそうだけどさぁ……」

 

「ま、その頃に比企谷があの二人か一色ちゃん辺りと付き合ってなければの話だけどね」

 

「……は?」

 

 これまたとんでもない流れ弾が撃ち込まれました! 折本の乱れ撃ち半端ないって! 左舷、弾幕薄いよ! なにやってんの!

 

「……なんであいつらが出てくんだよ。それこそないだろ」

 

「どーだかー。この先のあたし達がどうなってるかなんて、そんなの誰にもわかんないじゃん? だって、少なくとも中学んときには、こうして比企谷と二人で歩く姿なんて想像してなかったんだし。それが今やこうして誕生日とかお祝いしてもらっちゃってんのよ? しかもあたしんちで。だったらこの先、なにかの間違いであたしと比企谷が付き合っちゃったり、比企谷があの子達の誰かと付き合っちゃう未来があったっておかしくなくない?」

 

「……」

 

 それを言われてしまうと弱い。なぜなら、つい先ほどそれを痛感したばかりなのだから。

 

 人の性根は変わらなくとも人の気持ちは変わる。それはもう街並みくらいコロコロと。

 何年かぶりに歩いた街並みから知っていた店が消えているように……何年かぶりの街角の空き地に知らない家が建っているように、人の気持ちに破壊不能のオブジェクトを作る事など出来ないのだから。

 

 

 折本かおりという少女は、こう見えて『今が楽しきゃなんでもいい』と、やりたい放題するような愚者ではない。

 当然くびかくごでオマタにオタマを当てたりしなければ、茹だるしらたきを食わえて踊りだしたりもしない。なんだかんだ言って結構色々見てるし結構色々考えているしっかりした女の子。

 そんな折本が、裏表の無い眩しい笑顔でこう言うのだ。それを俺なんかが一方的に妄言だと断じてしまうのは、いかにも無粋というものだろう。

 

 一度素直になったのだ。だったら一度も二度も同じこと。ここは八幡史上最高の素直さで、このフリーダムモンスターの思いに応えてやろうではないか。

 

「フッ、舐めんなよ折本? 確かに人がどうなっちゃうかなんて誰にも分からんかもしれんが、少なくとも俺は自分がどうなっちゃうかくらいは予測済みだ。この先もぼっち一直線のこの俺に、お前らのような誰しもに羨ましがられる彼女が出来るわけないだろうが!」

 

「うっわ、超捻くれ過ぎなんですけど! あははは! やっばいちょーウケる」

 

 え? 今のどこら辺にウケる要素あったのん? 超素直だったじゃん。

 

 すると、腹を抱えてげらげら笑っていた折本さん。乱れた息をひーひー整えつつも、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭いつつ呆れ笑顔でやれやれと溜め息をひとつ。

 

「はぁー、ちょーウケた! ほんっと比企谷ってしょーもないよね、ウケるけど。中学んトキもその面白さをカケラでも見せてくれてたら、もしかしたらオッケーしちゃってたかもねー」

 

「……ウケないから」

 

 あとそういう事を気軽に口にするのもやめてね?

 え? じゃあカケラどころか全部丸出しの今の俺が告ったら即答でオッケーなんじゃん、なんて勘違いはしないんだから!

 

「ま、いーや。今んトコはそういう事にしといてあげる」

 

 言いながら、突然自分のママチャリの籠の中……というか籠に入ったバッグの中をごそごそ探り始める折本。

 

「んーと、あれ? どこだっけ。あ、あったあった」

 

 ホントこの子ったら、行動が突飛過ぎて息を吐く暇も与えてくれないんだから! えーと、まだ会話の途中だったはずなんですけど、一体なにやってるのん? なにがあったのん?

 

「ほい! ちょっと遅れちゃったけど約束のチョコ。今日の為に用意した手作りだからね」

 

「え? この流れでいきなり?」

 

 どんな流れだよ。ホントこの子の頭の中を覗いてみたい。

 いや、こいつの頭の中なんてウケるそれあるウケるそれあるしか無さそうだから別にいいや。

 

「むしろ今が一番いい流れじゃない? ほら、さっきまでの流れ的に、今年はまだ友チョコだけど、来年以降は何チョコに変化するかわかんないよー? って流れじゃん?」

 

 そしてこいつは、にひっと白い歯を見せばちこーん☆と楽しげにウインク。

 

「お、おう……」

 

 ふぇぇ……だからそういう事を気軽に口にするのやめてよぅ……。少し照れているのか、微かに頬を染めているのがさらに質が悪い。変に期待させるだけさせといてばっさり切るから恐いんだよ、お前みたいなのって!

 どうも。折本被害者の会名誉会員の比企谷八幡です。

 

 

 ……ふむ、それにしても。

 

 これは考えすぎかもしれないけれど、ただの軽口に聞こえた今のセリフ。しかしそのセリフを深読みすると、つまり来年以降もチョコをくれる事を約束してくれた、ということなのだろうか。

 ……いや、それは考えすぎか。折本の適当な軽口のせいで、ほんの少しだけ調子に乗ってしまったみたいだ。駄目でしょ八幡、そういう勘違いからは卒業したはずでしょ?

 

「あ、ちなみに今のは来年以降もあげるからねって意味だから」

 

 勘違いじゃなかったよ。なんだそのムカつく顔。不意打ちのドヤ顔スマイル(赤面バージョン)やめて!

 

「お、おおう」

 

「照れてんの、ウケる」

 

「照れてないから」

 

「ぷっ」

 

「……チッ」

 

 

 

 ──結局、俺はどこまで行っても折本の掌の上なのか。

 中学の時も再会の時もダブルデートの時も。

 

 いつもからかわれ、いつも遊ばれて、いつも踊らされるのが折本と俺との正しい関係性なのかもしれない。

 

 でも今の俺と折本の関係は以前とは違う。中学の時のように一方的に理想を押しつけたりもしなければ、再会の時のように一方的に悪感情を向けたりもしない。

 二人の性根は変わらないけど二人の気持ちは大きく変わった。それは、お互いがお互いを昔よりは知る事が出来たから。昔よりは知ろうと思えたから。

 だからこうしてからかわれて遊ばれて踊らされるこいつとの妙な関係は、思っていたよりもずっと悪くない。

 

 

 ……だったらまぁ、一応友達という関係になったらしいし、こうして誕生日祝ったりチョコ貰ったりするくらいでこの悪くない関係が続くのなら、これからもたまにならこうして付き合ってやってもいいかな、なんて思う、珍しく素直な俺なのでした。まる。

 仲町と三人だと完全にのけものになっちゃうけどね!

 

 

 

 

 

 

 下らなくもどこか心地いい雑談を続けているうち、気付けばもうすぐ愛する我が家。

 じゃ、家に着いてしまう前にこれだけは言っておきますか。まだまだ寒いのに、わざわざあんな所で待っていてまで俺を誘ってくれた親愛なる友達に。

 

 

 

「……なぁ、折本」

 

「ん? どしたの?」

 

「あー……、なんだ、今日はケーキご馳走になるわチョコも貰うわで施しうけるばっかだったが……まぁ、その、……なかなか楽しめたわ。誘ってくれてサンキューな」

 

「お、比企谷が素直になるなんて珍しいじゃん!」

 

「うっせ……。だから、まぁ、その、なんだ……」

 

「?」

 

「た、誕生日、……おめでとさん」

 

「ウケる」

 

「いやなんでだよ」

 

 

 

 

終わり! はっぴーばーすでー☆

 

 




ふぅ……、なんとか間に合った(・ω・;)

かおりんお誕生日おめでとう(^^)/▽☆▽\(^^)
やっぱ折本っていいね!香織のモデルにしただけあって、実は二番目に好きな子かも☆


というわけで折本生誕記念作品でした。バレンタインも併用できてお得だね!
あまり誕生日SSっぽくなかったですけど、楽しんでいただけたのなら幸いです(^^)
ホントは折本の部屋でのパリピな様子をもっと書きたかったんですけど、時間的に諦めちゃった☆


これにて生誕祭SSは一段落。いろはす数回ゆきのんガハマさんさがみん折本とつかたん一回づつと書いたので、余はもう満足じゃ(・ω・)

てことで完全に満足してしまったので今後SSを書くモチベが残ってるかどうか難しいところではありますが、そこは完結詐欺犯として名を馳せた作者である。いつ突然執筆する意欲が湧きだすか分かったものではありません。
そんなわけでして、次回いつナニを書くかも分かりませんが、もし突然ナニカを更新するような事がありましたら、その時はまた宜しくお願いいたしますっノシ



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いろは酒

お久しぶりでございます!

ネタ切れの為もういろはす生誕祭SSは書かないつもりだったのですが、結局書いちゃった(*^^*)
今回のは中身も無いし短いしで本当に大したこと無いお話なのですが、もしよろしければ愛するいろはすの誕生日を一緒に祝ってやって下さいまし☆


 

「ではでは……、お誕生日おめでとうございまーす! かんぱーい」

 

「自分で祝っちゃったよ……」

 

「だって先輩が音頭とってくれないんだから仕方ないじゃないですかー?」

 

「……そりゃ気が利かなくてすみませんね。なんかそういうの言うのって、照れ臭くてあちこち痒くなんだよ。……ま、おめでとさん」

 

「ふふ、ありがとうございます。ではでは改めまして、かんぱーいっ」

 

 

 ホイップクリームのようなきめ細かい泡と黄金色に輝く液体が並々注がれたガラスとガラスが重なり、店内にはかんと甲高い音が鳴り響く。俺と一色は、居酒屋の座敷席にてジョッキ片手に今日という日を祝いあった。

今日は四月十六日。そう、言わずと知れた世界の後輩一色いろはの二十歳の生誕祭である。

 記念すべき二十歳の誕生日をただの居酒屋で祝うとか、なんとも色気の無い話だとお思いの方も居るだろう。しかし俺と一色は全くもって色気のある関係では無いし、そもそもこの飲みの席は一色本人からのかねてよりの希望でもあるのだ。

 

 

 こいつと出会った頃は、まさかこんなにも長い付き合いになるとは……、ましてや二人で誕生日を祝う日が来ようとは夢にも思っていなかった。

 この謎の長い付き合いは、高校時代は生徒会長にさせた責任を感じている事をいいことにやたらとこき使われ、卒業して大学に行けば解放されるかと思いきや、決してそんな事はなく、今度はなぜか受験勉強を手伝わされ(生徒会長にされたおかげで勉強する時間が取られてしまいました。責任取って下さい、ですってよ、奥さん!)、その後葉山を追うために受けたらしい第一志望に合格出来ず、滑り止めとして仕方なしに通う事となった我が大学の後輩として現れたこいつに、またも責任取って下さいとこき使われて今に至る。

 

 今までのあれやこれやを鑑みてみると、俺と一色の不可思議な関係が未だ続いているのが不思議でならないのだが、それなのにいざこうして二人で酒を酌み交わしてみると、これがまたごく自然でごくごく日常的な光景だと感じてしまうのも、よくよく考えてみるとそれもまた不思議なものだ。

 

「……うえっ、まっず!」

 

 そんな感慨に一人耽りつつ、ごくごくとジョッキを煽る世界の後輩をぼーっと眺めていると、件の一色が予想外の反応を示した。

 え? 辛い辛い仕事終わり(講義)の後のビールって超うまくない?

 

「なんだお前、ビール苦手なの? だったらビールなんて頼むなよ」

 

「いや、先輩もそうですけど、ビールってみんなめっちゃ美味しそうに飲むじゃないですか。だからそんなに美味しいものなのかなって、今日までずっと楽しみにしてたんですよ。で、いざ飲んでみたらなんですかコレ、めちゃめちゃマズイじゃないですか。詐欺ですよ詐欺」

 

「詐欺ってのは詐欺する側の騙す意図を立証出来て初めて成立するんだよ。美味い美味い言ってる側が本気で美味いと思って飲んでいる以上、そこに罪状は存在しない」

 

「うわぁ、相変わらずめんどくさ」

 

 うるせぇな。こちとらこのめんどくさいのをアイデンティティーとして二十年以上生きてきてんだよ。相変わらずなのは比企谷八幡としての証そのものだろうが。こういうところがめんどくさいんですね分かります。

 

 

 ……って、ん? 普通に流すところだったけど、この子ビール初めて飲んだの? それってなかなかのレアケースじゃない?

 

「なんだお前、ビール飲んだこと無かったのかよ。飲みに来たらとりあえずビールがキャッチコピーみたいなもんだし、普通飲み会とか行きゃ一度くらい口にするもんなんじゃねぇの?」

 

 そうなのだ。どんなにビールの味が苦手な人でも、飲みに来たら一度は経験するものなのだ。今まで経験した事のないこの苦味を。

 

 ビールの味は独特だ。千葉の甘味処と名高いマッ缶愛溢れる事でお馴染みの俺にとって、それとは真逆の道を全速力でゆくこの苦いだけの液体はぶっちゃけクソ不味いと思ったものだ。気が付いたらクセになっちゃってたけど。

 とはいえ未だマッ缶と別れたつもりはありません。あのふざけた甘ったるさは僕の永遠の友達です。あたし達、ズッ友だよ!

 

「いやいや、だって飲み会とか行ったこと無いですし」

 

 ビールの苦味の虜になりながらもマッ缶への愛を居酒屋の中心で叫んでいると、一色から返ってきた答えはこれまた予想外のものだった。

 

「嘘だろお前。お前みたいなパリピできゃるんなJDが飲み会行ったこと無いとか無理ありすぎだろ。毎夜毎夜合コン三昧なんじゃねぇの?」

 

「先輩はわたしの事なんだと思ってるんですかね。合コンなんて行くわけないじゃないですかー?」

 

 なんとも嘘臭い間延びした言い方ではあったけれども、その実こいつの目はそれを真実だと語っている。

 マジかよいろはす。大学入ってからのこの一年間、合コンした事ないのかよ。そりゃちょこちょこ俺んとこに来ては一緒にランチ食ったり夕飯食ったりしてんなぁ、とは思ってたけれど、別に毎日ご一緒していたわけではない。今夜友達とごはんなんですよー♪ とか言ってた時って合コンだったんじゃないのん?

 

「なんですかその腐った目は。もしかして信用してないんですか。だってそもそもわたし昨日まで十代だったんですよ? 今日からようやくアルコール解禁なわけですし、合コン行ったってしょーがないじゃないですか」

 

「は? 合コンどころか酒飲むのも初めてなのかよ。あと腐った目は今に始まった事じゃないから」

 

「お酒はハタチからですよ? 知らなかったんですか?」

 

「今どきそんなの守る大学生なんて居ないだろ。大学生なんてみんなで酒飲んで騒ぐくらいしかやること無くない?」

 

「……真面目に勉学に励んでる全国の大学生の皆さんに怒られますよ先輩……」

 

 ちなみに俺も大学生ではあるが、みんなで騒いだ事は一度もない。元奉仕部で飲んだり平塚先生とサシで飲んだり戸塚と二人っきりで飲んだりと、あくまでもしっぽり飲む派である。そういやこないだなぜか葉山とも二人で飲んだな。材木座? 誰それ。

 

 とにかく、俺は大学生の中でも特にスペシャル(異質)な存在だからみんなで騒ぐ習慣はないが、リアルが充実している普通の大学生……しかも自他共に認めるモテ女である一色ほどの女の子が、まだ二十歳前だからという生真面目な理由で飲みの席に繰り出した事が無いなんて、それはもうあまりにも不自然な事態なのである。

 だからこれは「わたしお酒弱いんですよ~。あぁ、少し酔っちゃったかもぉ」的なあざとい妄言の一種かと思ったのだが、こいつの態度を見る限り、どうやらあながち眉唾というわけでもなさそうだ。

 そもそもそういう酔ったフリ飲めないフリは葉山辺りに対してするべき事であって、決してなんの得にもならない俺に対して行う事ではないし。

 

「え、じゃあなに、マジで今日が初飲みなのか」

 

「ですです。ガチで今夜が初体験です」

 

 そう言って真剣な顔でウンウン頷く彼女。わざとじゃないんだろうけど今夜が初体験とか言うな。ドキドキしちゃうだろ。

 そんな密かなドキドキを感じ取っちゃったのか、いろはすったらロマンシングなサガばりに頭上にピコンと豆電球を光らせて、なんとも性悪そうなにんまり笑顔を浮かべる。そして初めてのアルコールが回ってしまったのか頬をほんのり朱色に染めて、スウィーツとビールを混ぜ合わせたような、こんな甘ったるくて苦~い囁きを耳元にぶちかましてくるのでした。

 

「ふふ、だからぁ、今日先輩がわたしを大人にしてくれたんですよ~?」

 

「……っ」

 

 前言撤回。やっぱりわざとだったわ。

 ……今夜はタチの悪い相手とのタチの悪いからまれ酒になりそうだ。

 

 

× × ×

 

 

「せんぱ~い、も一軒行きましょーよ、も一軒」

 

「……どの口が言うんだどの口が」

 

「あれ~? もひかしてわたし酔ってるとか思ってます~?」

 

「……はいはい酔ってない酔ってない」

 

 わたし酔っちゃったかもぉ、という女は全然酔ってない。わたし全然酔ってないからぁ、という女は超酔ってる。これは世界の真理である。

 

 

 

 背中に生々しい体温の温かさと生々しい肉まんの柔らかさを感じつつ、初めての飲み会をそれなりに楽しんだ二人は居酒屋からの帰路をゆっくり進む。

 ゆっくり進んでいるのは、別に背中に感じるおっぱいの感触をじっくり堪能したいからというわけではない。ないったらない。単純に、あんまり揺らすと背中で吐くからだ。

 ついさっき突然えづき出した時はどうしようかと思ったからね。急いで下ろしたら近くの公衆トイレに走り込んで桃色天然水をたっぷりリバース。これは酔いが醒めたときさぞや酷い黒歴史となる事だろう。

 

 『とりあえずビール』は失敗に終わったものの、気を取り直して注文した甘い系サワーにはご満悦だったようで、次から次へと違う味を試した一色。特にゆず茶サワーとかいう、ゆず茶サワーの上に乗ったゆずシャーベットを少しずつ溶かして飲むという女の子が好きそうなあざとい品をいたく気に入ったようで、それだけで三杯余裕でした。

 

 当然俺は何度も止めた。なにせ彼女はアルコール初摂取なのである。いくらほぼジュースと言ってしまってもいいサワーとはいえ、それはあくまでもアルコールに慣れている人間ならばのお話。慣れていない人の中には、缶チューハイ一本でべろべろになってしまう人間だっているのだ。

 

 しかし止める度に一色はこう言うのだ。

 

『へーきへーき! 全っ然なんともないんで。もしかしたらわたしってお酒超強いかもです。せっかく待ちに待ったバースデー初飲みなんですよ? 今日の主役はわたしなんですから、わたしがいいって言えばいいんです。なので気にせず飲みましょー。はい、かんぱーい』

 

 前々からずっと楽しみにしていたらしい『二十歳の誕生日のお祝い』を持ち出されてしまうと、こちらとしても本当に弱い。見た感じは本当に平気そうだったし、お祝い中である事を考えると主役の願いを無下には出来ないのも主賓の悩ましいところ。

 一色とか、普段から至る所に合コンに行っては男に奢らせて回る事に精を出してると思っていたものだから、なんとなく「酒に強そう」なんてイメージが定着して油断していたのも敗因のひとつだろう。

 

 異変に気付いた時にはもう遅い。歩けやしないしそこら中で吐こうとするし、それでいてまだ自分は平気だとか思ってらっしゃるようで、手に負えないとはまさにこの事を言うのだろう。

 しかし、初飲みの付き添い人となったというのに、本人の望むがままここまで飲ませてしまったのは完全に俺の責任である。例えどんなに酒臭かろうとも、例えどんなにゲロまみれになろうとも、例えどんなに背中のむにゅむにゅが気持ちよかろうとも! コレを安全な場所まで運ばなくてはならないのもまた俺の責任なのだ。最後のはただのご褒美でした。ふぇぇ……柔らかいよぉ……!

 

「あ、せんぱいせんぱい、あそこの店とか良さそうじゃないれすかー? ゆず茶サワーあるかなー♪」

 

「お前はもう黙ってろ」

 

「ぶーぶー」

 

 子供か。

 大学生になって二年目。最近少しは大人っぽくなってきたかと思いきや、酒に飲まれた一色はすっかり子供である。

 

「……ったく」

 

 しかし、まぁ考えようによっては、一色の初飲みがこれで良かったのかもしれない。

 今はこんなんだが、酔いが覚めて自分を冷静に見つめられるようになった時、一色は初めて自身の恥態を知って後悔する事となるだろう。

 

 何事においても、自分の限界を知っておくというのはとても大切なこと。これに懲りて、こいつはもう二度とこんなむちゃくちゃな飲み方はしないだろう。

 だからこそ、その初めての酒の相手が俺で本当に良かったと思う。

 

 一色は高校時代と変わらず、相変わらず生意気で相変わらず人を舐め腐っている小憎たらしい後輩だ。けれど、どんなに小憎たらしくとも、可愛い後輩である事に間違いはない。

 そんな可愛い後輩が、どこの誰とも知れないパリピ野郎の毒牙に掛かってしまうのは、正直あまり面白くない。

 

 もちろんこいつが望んで毒牙に掛かりたいのであれば、そこは俺の範疇ではない。好きに毒牙に掛かればいいだろう。

 しかし、こいつはこう見えて実は真面目で一途で一生懸命な女の子なのだ。酒に飲まれた勢いで、別に好きでもない男の毒牙に掛かるのを望んでいない事くらいは知っている。

 

 だからこそ、どうやら酒に飲まれてしまうらしい一色の初めての酒の相手が俺で良かったと本当に思う。

 もし初めての酒の席が低俗な合コンとかであったのならば、自分の酒の弱さを知らないこいつは容易くお持ち帰りされていたことだろう。

 もしもそんな事になって、もしも一色が涙するような事になったのならば、俺はそいつをぶっ殺しに行かなければならなくなるわけだ。やー、本当に初飲みの相手が俺で良かったにゃー。

 

「……くくっ」

 

 そこで俺は、思わず混み上がってきた笑いを噛み殺す。

 まさか一色相手にそんな風に思う日が来ようとは夢にも思っていなかったのだから。これ完全に身内に対する思考だよね。

 いつの間にこいつの存在がこんなにも俺の心のウェイトを占めるようになっていたのだろう。他人に対して壁を建設しまくっていたどうしようもないひねくれ者の俺のパーソナルスペースに土足でズカズカ上がり込んできては、自由奔放に暴れまくって俺の心に勝手に自分の居場所を作ってしまうとは、一色いろは、恐ろしい子っ!

 

「……え、なに一人で笑ってるんれすか、もしかしてわたしの身体の感触楽しんじゃってるんれすか。ちょっと気持ち悪いんで下ろしてもらっていいれすかね」

 

 おい酔っぱらい、酔いはどうした。めちゃくちゃ冷静じゃねぇか。

 

「今のお前が気持ち悪いとか本当にシャレにならんから。だったら早く下りろ」

 

「と思ったんれすけども~、おんぶして貰ってる方が楽なんれ、もうちょっとらけ我慢してあげますね♪」

 

「下りないのかよ。あとなんで俺が我慢してもらう側なの?」

 

「んふ~、ホントは下ろしたくないくせに~。先輩ってホント素直じゃないれすよねぇ。んふふ~、あー! ここ先輩の匂いが濃いれすよ~?」

 

 おいこらやめろ。下りないどころかなんでより強く引っ付いてくるんだよ。酔っぱらいすぎだろこいつ。にまにましながら首もとハスハスしてくんのやめろ下さいお願いします! ぷるぷるの唇がうなじに押し付けられて首筋にキス状態になっちゃってるから!

 

 

 ――こ、これはヤバい!

 

 

 相も変わらず柔らかい女の子のふわふわな身体。相も変わらずほのかに漂ってくる女の子の甘い匂い。

 小町ほどとは言わないが、身内とも思えるほどとても大事な存在だと自覚してしまった途端にこの始末である。

 一色の飲みっぷりにばかり目が行ってすっかり醒めていたけれど、実は俺だってそれなりに飲んでいるのだ。当然だろう。可愛い後輩との初めての飲みの席なのだから。

 感じるぬくもりと女の子の香り。いくら可愛い後輩とはいえ、こんな状況ではこの小悪魔の色香にくらくらしてしまうというものだ。

 可愛い後輩を泣かせる奴はぶっ殺すなどと偉そうに宣いながら、俺自身が酒の勢いに負けて一色を泣かせてしまってはもとも子もない。このまま甘える一色に抱き付かれたままでは非常にマズイ。八幡のハチマンが暴れだしてしまいそうだ。

 酒と色香の酔いを醒ます為にも、ここはひとつこの酔っ払いととりとめのない会話でもして、この昂る気持ちとハチマンを鎮めようではないか。こんなにべろんべろんな一色とまともな会話になるとは思えないが、今は会話の内容は二の次三の次。第一に考えるべきは、急に甘えるように引っ付いてきた一色からの精神的な脱却一点のみ!

 

「……あー、なんだ、そういや一色」

 

「なんれすかー? hshs」

 

「……だからそれやめてね? ……さっき飲んでる最中聞こうと思ってすっかり忘れてたんだが、お前あれだよな、今までよく飲みの誘いに乗らなかったな。お前って二十歳になるまで飲酒はしませんみたいな真面目な奴だったっけ?」

 

 小悪魔の誘惑から逃れる為にとりあえず絞り出した話題ではあるが、実は飲んでる最中から気になっていた疑問。

 高校時代ならまだ分かる。なにせ一色は生徒会長という重責を二年ものあいだ担っていたのだから。そんなこいつが、わざわざ法律に触れるような真似をするはずがない。

 しかし生徒会という足枷が外れてしまえば、一色いろはという女の子にとって成人前の飲酒や喫煙等々、他の誰でもやっている、半ば社会に黙認されているといっても過言ではない程度の軽犯罪などものともしないはず。

 だから少しだけ気になってたんだよね。なんでこいつ、今まで飲みに行かなかったのだろうって。

 

 

 

 ――一色の色香に負けないよう、何の気なしに投げ掛けたそんな雑談。

 しかし俺は、酔っ払った一色の普段なら有り得ないくらいの素直さを甘く見ていたのだ。この軽い質問が、とんでもない悪手だったのだと知ることになる。そう、次の瞬間痛いほどに……

 

 

 

「んふ~っ。だーって、ずーっと楽しみにしてたんれすもん、先輩と飲みに行くの。先輩、二十歳前に連れてって下さいって誘っても、それを理由にして絶対断るに決まってるじゃないれすかー? らから二十歳の誕生日までずーっと我慢してたんれすよ? 誕生日祝いらから連れてけって言えば、さすがの先輩れも逃げられないと思ったんれすー。ふへへ~」

 

 ちょ、いろはす!? なんかそれじゃ俺と二人っきりで飲みに行くのをずっと楽しみにしてたって聞こえるよ!?

 っべー、酔い醒ましのつもりが、なんか逆に酒が回ってきたわー(遠い目)

 

「……そ、そうか。……い、いや、でもな? 別にそれは今日まで酒飲まなかった事とは繋がらなくない……? 今日は今日として、別にその前に友達連中と飲みに行ったって合コン行ったって構わないだろ……」

 

「らってぇ、何事も初めてって大事じゃないれすか~? 一生に一度の貴重な体験れすもん、どうしても先輩に大人にして欲しかったからぁ、初めては先輩の為に取っておきたかったんれ~す♪えへへ~」

 

「」

 

 聞かなきゃよかったよ……! 普段散々からかってくる後輩が酔っぱらうと素直になりすぎて困る件について(白目)

 あと大人にしてもらうとか人聞き悪いからやめてね!

 

 

 

 ――なんというか……、実を言うとこいつは、大学に入ってきてからというもの俺に対する好意をあまり隠さなくなった。

 いや、好意とは言っても、それはあくまでも厚意に近い好意であり、恋愛感情としての好きではなく仲間意識としての好きだと思っていた。思おうとしていた。

 しかし、それではそもそもがおかしいのだという考えも頭のどこかにあったのもまた事実。葉山を追い掛ける為に狙っていた大学に落ちて、その滑り止めで選んだ学校がたまたま俺の通う学校だった? そんな偶然、果たして本当にあるのだろうか、と。

 だいたい葉山が通ってんのは日本国民なら誰もが知る某超有名国立大学。もともと一色が狙えるような所ではないはずだ。なんならウチの大学だって良く受かったなという程度の学力だったのだから、本気であそこを狙っていたとは到底思えない。なんなら本当にあそこ受験した? という疑念さえ沸くレベル。

 

 そんな数々の疑念に駆られた俺の内心など知ってか知らずか、またしても後輩として俺の前に颯爽と現れたこいつは、大学に入ってからというものかなりの頻度で俺にからみに来ている反面、特に葉山に会いに行っている素振りも見せない。

 本当に……本当に……、何度「実はこいつ俺を追い掛けて来たんじゃねぇの……?」などと思い掛けてしまったことか。

 

 しかし、そんなわけがない、あの一色いろはが俺なんぞに惚れているわけがないではないかと誤魔化し続けてきた俺に、今のこの状況は非常にマズイ。

 酒に飲まれた一色のこの素直さは、俺の腐った目で見る限り決して嘘臭くはない。まず間違いなく素なのだろう。

 そんな素丸出しの一色が、こうも甘え、こうも好意を口から垂れ流しているこの状況。……それはつまり、今まで何度か頭を掠めてきた数々の疑念が俄然真実味を帯びるという何よりの証明である。

 

 

 ……マジかよ、一色って……マジで俺のこと好きなのん?

 どうしよう。絶対に勘違いしないよう今まで無理に押さえ付けてきた分、なんかすげぇもにょるんですけど!

 っべーわ、意識してしまえばしまうほど、一色の柔らかさと匂いを強く感じて頭がくらくらしてしまう。このままだと酔いが再発して、思わず一色を好きになって告白して振られてしまいそうだ。ここまできて振られちゃうのかよ。

 

 いかんいかん! 餅つけ! 冷静になれ比企谷八幡! これは罠だ。いつものハニートラップに決まっている!

 ここでこの小悪魔の思惑にまんまと嵌まってしまったら、きっと取り返しのつかない事になるに違いない。ここはあくまでも冷静に。あくまでも沈着に。

 

 そう必死に自分を戒めていた時だった。その硬い硬い決意を瞬く間に打ち砕く、こんな甘く危険な悪魔の囁きが鼓膜と心をぶるっと震わせたのは……

 

 

 

「……とゆーわけれぇ、この素敵な日にこうして先輩に無事大人にしてもらったことれすしぃ、…………ふふっ、このまま立派な大人の女にもしてもらっちゃおっかな~……♪」

 

「」

 

 

 

 ――その後、無事一色を家まで送り届けた俺と無事送り届けられた一色。

 アルコールとお互いのぬくもりにこの上なく酔わされた二人は、その勢いのまま手と手を取り合って一気に大人の階段を駆け上がったとか駆け上がらなかったとかなんか色々あったらしいですが、まぁそこら辺はあくまでも二人のプライベートな事なので、ここは思い切って割愛しておこうと思う。…………ふぅ(賢者感)

 しかしこれだけは言っておこう。

 

 

 

 ……大人にしちゃった責任、取らされました!

 みんな、アルコール摂取は計画的にね☆

 

 

 

おしまい!

 

 

 

 

 




いろはすハピバ~♪私がSS書きはじめてから5回目ですよ5回目!

というわけでありがとうございました!
前書きでも述べましたが、今回の誕生日はホントに書くつもりなかったんですよ。
でも結局こうして書いてしまったのは、やはり溢れでるいろはす愛の成せる業なのか(^з^)-☆
中身はカラッポだけどね!



最近めっきり創作意欲が減退してしまい次があるかどうかも分かりませんが、またふとした瞬間に思わず書いてしまう事もあるでしょうから、その時はまた宜しくお願い致します~ノシ


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吾輩は猫である。

どうもご無沙汰しております!まさかの一年ぶりに帰ってきました短編集です☆
一年ぶり、しかもいろはす生誕祭をスルーして帰ってきたというのにこの内容…(白目)


というのも、もともとはもう筆を置くつもりだったSS作家業ではありますが、昨今のこのご時世……しかもさらに自粛が延長になった事で、あまりにも暇を持て余してイライラもやもやムラムラ(ムラムラは違う)している方々もおられるだろうと思い、ほんの一時でも暇を潰せるお役に立てればなぁ、と、ふと久し振りに筆を取った次第であります(^_^)


という事で、お暇なら見て行ってよね♡




 

 

 吾輩は猫である。名前はまだ無い……こともない。

 ただ、複数の名前がある為、正直なところ吾輩自身自分の名前がいまいち分からないのである。はたしてカマクラなのか、はたまたカーくんなのか。

 大好きな御主人様(母)にはカマクラと呼ばれ、これまた大好きな小町にはカーくんと呼ばれ。さて、御主人様と小町、どちらを取ればよいのやら。うーん、悩ましい。

 

 ただ、この家において吾輩よりも格下のオス二人、『あんた(御主人様呼称)』と『八幡』にもカマクラ呼ばわりされていて中々に腹立たしいので、ここは一旦カーくんという事で肉球を打っておこう。

 

 ぽむっ。

 

「あれ? カーくん、手なんて合わせてどったの?」

 

「にゃあ~」

 

「んー、よくわかんないけど、今日も相変わらず可愛いのう!」

 

「にゃあぁ~……」

 

 く、苦しい。小町は大好きなのだが、こうやってちょくちょくぎゅうぎゅうしてくるのがたまに傷である。……まぁ、なんだかんだ言ってこれはこれで嫌いというわけでもないのだが。

 

 

 

 

 ──と、このようにして、我が比企谷家はいつものように平穏な時間がゆっくりと過ぎてゆく……と思っていたのだが……

 

 

 

 

 ぴんぽーん、と、不意に来客を知らせるチャイム音が、今は吾輩と小町以外は留守にしている我が家に鳴り響いた。

 

「あ、来たかも」

 

「……にゃっ」

 

 ……むぅ、せっかくまったりとステイホームしていたというのに。

 

 吾輩、この音は正直苦手である。なぜなら、いつぞやの招かれざる客を思い出させるから。

 あれは、そう。まだ暑い暑い最中だった。突如やってきた小町の友人とおぼしき、頭に巨大に膨れ上がった毛玉を乗せた人間が連れてきたあの忌々しい犬。

 あいつは、吾輩のテリトリーに無遠慮に踏み込んで来た。

 わんわんきゃんきゃんと無駄に吠えながら、嫌がる吾輩を構いまくるあの胴長短足の憎っくき犬。ここは吾輩が寛ぐ吾輩のとても大切な場所だというのに、あの犬のせいでこの吾輩が避難せざるを得ない羽目になってしまった。吾輩のベストプレイスなのに……!

 しかもあろうことか、吾輩の御主人様なのに、小町があの犬をとてもとても可愛がったのだ。

 

 

 ──小町は僕のなのにっ! ……けふん。

 

 

 そんな経緯もあって、吾輩はあのチャイムとかいう音が苦手となってしまった。また件の犬が吾輩のベストプレイスに無遠慮に踏み込んで来たらどうしよう、と。

 

「カーくん、ちょっといい子にしててね! 小町のお友達が来たみたいなんだ~」

 

 そう言って、小町はぱたぱたと玄関に向けて走っていった。その友達とやらがあの毛玉と犬じゃないといいなぁ……なんて思いつつ、小町の楽しそうに跳ねる背中を憂鬱に見送る吾輩は、そっとソファーの下へと潜り込むのであった。

 

 

 × × ×

 

 

「お米ちゃん、遅くなっちゃってごめんね。雑よ……副会長が卒業しちゃってからわたしの仕事増えちゃってさー」

 

「いえいえ、休日出勤ご苦労様であります!」

 

「うわぁ、あざとい」

 

「なんですとー! 小町、いろは先輩にだけはそれ言われたくないんですけど」

 

「いやいや、わたしあざとくないですし。素ですし」

 

「……ヘッ」

 

 

 

  結果的に言うと。チャイムと共にやって来たのは、あの毛玉と犬ではなかった。

 我が家にやって来たのは、いつも小町が着ている服と同じ服を着た、どことなく小町と似た雰囲気を醸し出している人間。今まで何人か小町の友人を見てきたが、この人間──どうやらいろはと言うらしい──は初めて見る。

 

 するといろは、小町にリビングに通されたかと思うと、感心した様子で室内をキョロキョロ見渡し始めたではないか。そしてほほぉ~と感嘆の溜め息を吐くと、こんな一言を溢す。

 

「へー、ここがお米ちゃんの家かぁ」

 

 するとその一言を聞いた小町は、なんとも嫌らしい笑みを口元に浮かべ──

 

「ふふふ、確かにここは小町のお家でもありますけど、お 兄 ち ゃ ん のお家でもあるんですよ。なんならいろは先輩的には、そっちの方が重要なのでは?」

 

 と、こんな返答をするのだった。

 

 それにしても、お米ちゃんとは小町の事だろうか。『あんた』にも『ねぇ』や『ちょっと』等々いくつかの呼び名があるし、八幡にも『ごみぃちゃん』という立派な呼び名がある。つまりこのお米ちゃんという呼称も、小町の持つ吾輩の知らない呼び名の中のひとつに違いない。

 しかし、なぜに人間はこうも名前をいくつも持ちたがるのか。吾輩なんてカマクラかカーくんのどちらかに統一してくれた方が助かるというのに。まったくもって、人間とは不可思議な生き物である。

 

 閑話休題。

 

 

 

 ──小町のお兄ちゃん。即ち八幡の事である。

 八幡は我が比企谷家において、あんたと共にカースト最下層の存在だ。

 でもごくたまに、ごくたまーに、ご飯をくれたり痒い所をかりこり掻いたり撫で回したりしてくれるので、……ふむ、まぁ嫌いではない。

 

「は? 別に先輩の家かどうかとか、わたしには関係ありませんし?」

 

 そう。確かに吾輩は嫌いではない。

 しかしながら、それはあくまでも家族贔屓から見た吾輩の偏見である。身内の贔屓目で見てもあの八幡はなかなかに生意気でふてぶてしくて可愛いげのない存在である。身内ではない第三者のいろはのこの様子を見るに、八幡の事はあまり好ましく思っていないのかもしれない。

 なぜならいろはは小町に八幡の事を出された途端、ほんのりと頬を肉球色に染め上げて、嫌~な顔で唇をつんと尖らせたのだから。

 

「さてさて、それはどーですかねぇ」

 

 しかし、そんないろはの表情に対する小町の表情もこれである。

 この顔はあれだ。ちゅ~るをくれる時、吾輩がるんるんで顔を近付けると、嘗める寸前で悪戯してひょいって引っ込める時の愉しそうな顔だ。あれ、僕やなんだよなぁ……

 

「なにその顔、まじムカつく。つかソレがなによりも重要なのは、重度のブラコン拗らせたお米ちゃんじゃん」

 

「はい? 別に小町ブラコンじゃないですし。ただ、ちょっとだけ余所の妹よりも少しだけ兄が好きなだけですし」

 

「うわぁ、こいつやっぱやべー。普通に気持ち悪」

 

「ほんとなんなんですかねこの人。超ムカつく」

 

「いー!」

 

「いーっだ!」

 

 

 

 ……ふむ、それにしても。

 

 とりあえず八幡のことはさておいたとしても、この二人、仲が悪いのだろうか。友達を家に招いたのに、仲が悪いというのもおかしな話だが。

 しかし人間というのはかくも不可思議な生き物である。内心では好ましく思っていないのに、表面上では見せ掛けの好意を見せて取り繕うものだ、と、我が家のカースト最下層の二人が真顔で語り合っていたのを何度か目撃した事もあるし。

 まったくもって、人間とは本当に不可思議な生き物である。

 

 それにしても、本当にこのいろはという人間が小町と仲が悪いのであれば、それは小町を愛する吾輩にとっても由々しき事態。我が家の……いやさ吾輩の敵として、この不届き者を警戒しよう!

 

「……フシャ~……っ」

 

 と思ったのだが──

 

 

「おっと、それはそれとして、小町とした事がお客さまをリビングに立たせたままにしておくなんてなんたる失態! ささ、いろは先輩っ、ソファーに座っててくださいな♪」

 

「ありがとー。あ、そういえばごめん、今日ちょっと忙しくて手土産用意できてないんだ」

 

「だいじょぶです! 昨日友達と青山遊び行ったんで、今日の為にと思ってキルフェボンでフルーツタルト買っときましたよ☆」

 

「マジで? 美味しくて好きー。でもあそこって1ピースでも超高くない? ホールで買ったら破産するレベル」

 

「ふふふ、全然余裕です。明日うちに遊びに来る友達に美味しいお菓子買っときたいんだけど、おこづかい足んないんだー。あ、ちなみにその子は女子なんだけど、足んないぶん男子も呼んで出してもらおうかなー、って言ったら、父がたっぷりおこづかいくれたんですよ」

 

「うわぁ……、なんかお米ちゃんのお父さん、先輩の将来の姿に重なるんだけど」

 

「ほんと兄が父になった時、ああなっちゃうのが小町の心配の種だったりします」

 

「あはは。まぁわたしから見たら、今の先輩も身内には十分過保護過ぎな感じですけど。にしてもいいなぁ、青山とか最近あんまそっち遊び行けてなくてさ」

 

「前々からクラスの子に誘われてまして。目的は表参道のQ‐POTカフェだったんですけどね」

 

「マジで!? 超行ってみたい! わたし女友達あんま居ないから、行った事ないんだー」

 

「あー、なるほど」

 

「いやいや、そこはちょっとは否定でしょ。てかお米ちゃんだって性格かなりアレなのに、女子の友達多いとか意味わかんない」

 

「性格アレとか失敬な! ……でもまぁあれです。小町、兄がアレなんで、逆に人間関係が上手くそつなくこなせるんですよ。幼少時代の環境ゆえの処世術ってやつですかね」

 

「あー、わかるー。今ならまだしも、子供の頃から先輩みたいのが身内にいたら、自分はああならないように上手く生きなきゃ、って思うもんね」

 

「そうそう、そうなんですよ! さすがはいろは先輩。同じクズ同士、うちの愚兄の理解は他の誰よりも上です」

 

「ははっ、褒められてる気しねー」

 

「なに言ってんですか、超褒めてますよ。主に小町の友達として☆ あ、そだ、じゃあもしよかったら、今度二人で行っちゃいます? ふふふ、超おしゃれで超可愛かったですよ~」

 

「行く行く~! じゃあ今日のお返しに、今度そっちで奢るね」

 

「わぁ、楽しみ~! でもいいんですか? あそこでお茶すると、ゾッとするほど高いですよ?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。お父さんにちょっと甘えたフリすれば臨時のおこづかいとか超余裕だから」

 

「ですよねー。年頃の娘が居る父親の役割なんて、だいたいどこの家庭も変わらないですよね。ふふふ」

 

「ふふふふふ」

 

 

 

 ……これが世に言うガールズトークとかいうものだろうか。言ってることの大半がおかしな呪文のようでまったく意味がわからない。ただ、この二人がこのトークを心から楽しんでいる事だけはひしひしと伝わってきた。

 

 そんな、まるで仲が悪そうに言い合ったり、にんまりと悪そうに微笑み合ったりしているこの二人を見て、吾輩はこう思うのだ。

 

 

 ──あれ? 僕の勘違い? この二人、仲いいの?

 

 と。

 

 

 ……やはり。人間とはかくも不可思議な生き物である。

 

 

 × × ×

 

 

「あ、猫」

 

「我が家の愛描カマクラくん、通称カーくんです! どうですか超可愛いでしょう」

 

「……んー、微妙?」

 

「なんですとー!」

 

 

 

 自身の思い違いなのか? やはりこの人間は小町と仲良しなのか? との思考が頭を過りはじめたと同時に、最初に感じた『どことなく小町に通じるものがある』という感覚も相まって、なんとなく吾輩はこの人間──いろはに興味を抱いてしまった。

 興味を持つ。即ち興味対象の匂いを嗅いでみたいという衝動に駆られてしまった吾輩は、ソファーに腰掛けるいろはの足元へとそっと忍び足で近寄っていたのだが、その最中、件の目標に我が姿を発見されてしまった。

 

「にゃー」

 

 しかし、それでも吾輩の足は止まらない。一度興味を持ってしまえば、野生の衝動はおいそれと止まれないのである。この人間が悪い人間ではないことくらい、わざわざ匂いを嗅がなくても、小町とのやり取りや醸し出す雰囲気だけでなんとなく解るし。

 

 

 

 そしてついに辿り着いたいろはの足元。恐る恐るではあるものの、吾輩と違い毛に覆われていない剥き出しの素足に鼻を近付けてふんすと嗅いでみた。

 やはり、なかなかに悪くない匂い(吾輩に敵意を持っていない匂い)である。

 

「へー、カーくんが初対面の人の前にすぐ出てくるなんてめずらしー」

 

「そなの?」

 

「はい。かなり珍しいです。この子すっごい警戒心が強くて、慣れてない人が家に入ってくると、すぐどっか隠れちゃうんですよ。ほんとは人に興味津々なくせして、興味なんかねぇよって態度取って、好奇心よりも保身を選んじゃうんですよねー」

 

「うっわ、なんかどっかの誰かさんみたいじゃん。このぶすっとした表情とか目付きの悪さとか、素直じゃなくてひねくれててめんどくさそうなとことか」

 

「あはは、わかります? ま、慣れてくるとそこが堪らなく可愛いとこではあるんですけどね♪」

 

「…………ま、まぁ、そこはちょっとだけわからなくもない……かも?」

 

「あ、いろは先輩がついにデレた」

 

「デレてないし。てか猫がちょっとだけ可愛いって言っただけで、なんでわたしがチョロインみたいな扱いを受けなきゃならないんですかね」

 

「へへ~」

 

「うわぁ、ムカつく顔。やっぱこの子性格すごいなー」

 

「お互い様です♡ じゃ、小町お茶淹れてくるんで、カーくんと遊んでてくださいね」

 

「うん、よろしくー。っしょ」

 

「に"ゃっ」

 

 

 またよくわからないガールズトークに華を咲かせている二人をよそに、いろはの足をすんすん嗅ぎ続けていると、不意に両脇を抱えられ、ひょいと持ち上げられる吾輩の体。

 無礼にもなんの断りもなしに吾輩を持ち上げたのは、もちろんいろはその人である。

 

 いろははキッチンへと向かう小町の背中を見送ると、どれどれ~? と、持ち上げた吾輩を顔の近くに持ってゆき──

 

「ふーん」

 

 じーっと。不躾に。舐め回すように。

 まるで値踏みでもするかのように、吾輩の顔を細目で覗きこんでこう一言。

 

「やっぱこのぶすっとした顔が誰かさんぽくて、ぜんっぜん可愛くない」

 

 と、こんな酷い暴言を吐くのだった。

 

 おかしい。吾輩、可愛さにはそれなりの自信を持っているというのに。なぜなら、普段小町からしこたま可愛いと言われ続けているのだから。

 

 しかし、ぶすっとしてるだの可愛くないだの酷い言い種ながらも、なぜかいろはの顔に浮かぶのはとても穏やかな微笑み。その瞳は、温かな優しさに満ちていた。

 

「ま、アレはしばらく雪乃先輩に貸し出しといてあげとく予定だし、しょーがないから今はこの可愛くない猫で我慢しといてあげよっかな。ちゅうぅぅ~っ、ふふ」

 

「に"ゃぁ~」

 

 相も変わらず酷い言い種ながら、なぜか吾輩の顔に桃色の唇をぐりぐり押し当ててきたいろは。嫌がる吾輩を無視し、お腹に顔をもふもふもしてくる。

 

 

 

 

 初対面の吾輩を馴れ馴れしく乱暴に持ち上げたのに……、酷いことばかり言ってるのに……、それなのにまるで御主人様や小町が向けてくるような、愛しい者を愛でるような優しい眼差しを向けてきたり、うざったいくらいぐりぐりもふもふしてくる、この小町にちょっとだけ似た変な人間の顔をすぐ間近に見ながら、にゃあにゃあ嫌がる吾輩カマクラは思うのだ。

 

 

 

 ──やはり、人間とはかくも不可思議な生き物である。

 

 

 と。

 

 

 

 了

 

 

 




というわけでホントお久しぶりでしたが、最後までありがとうございました!こういう暗く辛い時期なんで、猫視点にでもなって、まったりのんびり美少女ヒロインのちょっと恥ずかしい日常風景でもこっそり愛でようぜ!?という、中身のまったく無い一年ぶりの最新話でした☆


またこんな風にゲリラ雷雨ばりのゲリラっぷりで突然更新する事もなきにしもあらずなので、またその際はどうぞよろしくお願いいたしますノシ


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比企谷八幡に、わたしのあざと可愛さが通じない。



まさかまさかの3年ぶりの投稿となります!ハッピーバースデーいろはす☆

昔よく読んで下さっていた読者様方がどれほど残っているかは分かりませんが、一人でも二人でも、昔を懐かしんで読んでいただけたら幸いです。


※この作品は、俺ガイル原作14.5巻掲載のいろはすコラボレーションショートストーリー『さりげなく、なにげなく、一色いろはは未来を紡ぐ』の後日談的立ち位置のSSとなります。


 

  interlude…

 

 

 

 

 花も華やぐ桃色満開のこの季節も、例年より一週間ほど早く華やいでしまった短期な桜の皆様方によって、すっかり葉桜な緑色へと変貌してしまった今日この頃。

 自身の誕生日を先日済ませ、それから初の休日を迎えるという、ちょっとくらいなら浮かれて戸部先輩ばりにウェイウェイしちゃってもバチは当たらないよね? なんて今日この日のわたしの頭の中も、浮かれに浮かれた幸せいっぱいピンク色ではなく、スキッと爽快ミント色である。

 まぁそりゃそうだろう。なぜなら、一生に一度きりしか巡ってこない高校二年の貴重な一ページに、よりにもよってとんでもない美人な彼女持ちの男の子とのデートに赴くために、朝も早よからウキウキワクワクしながら、あれやこれやと一人ファッションショーを楽しんでいるのだから。

 そりゃふとした拍子に『なにやってんだわたし』と、一夜漬け後のぼーっとした微睡みの中、クロレッツ大量にかじってハッと我に返った時みたいに、頭もすっきり冴えてしまうというものですよ。

 

「……ほんとわたしなにやってんだか」

 

 溜め息混じりにそうぽしょり独りごちながらも、春色のワンピースに包まれた亜麻色の髪の女の子を映し出す姿見の中に、机の上に大切に置かれたMAXコーヒーの缶がふと映り込むたびに、わたしの表情筋は、己の意志に反して、口元をきゅっと引き締めるというとても重要なお仕事をさくっと放棄するのだった。

 

× × ×

 

 数日前、校内の中庭で。

 わたしは、先輩とナイショの逢い引きめいた邂逅をはたした。逢い引きなんて艶めいた響きとは似ても似つかない、移動教室終わりのたった十分そこらの休憩時間に偶然顔を合わせただけの、単なる会合ではあるけれど。

 でも彼女がいる男子と半ば強引にデートの約束を取り付けたわけだから、ふしだらな逢瀬と言ってしまっても、決して過言ではない、とも言い切れない、はず。

 

『これ飲むか?』

 

 ほんの偶然に過ぎない会合で、あれやこれやと下らない雑談を交わしていたとき。あの人は隣に座るわたしに、突然この危機感を否応なしに煽ってくる色の缶をくれたのだ。先輩がよく飲んでいる、甘ったるすぎてクセが強すぎて飲む人をめちゃくちゃ選ぶ、まるで身内には過保護なくらい甘々過ぎるのに、自分とは関係の無い他人は易々と受け入れない、受け入れさせない、という気概(笑)を持っている先輩を具現化したかのような、クセの強すぎるあの缶コーヒー。

 あまりに突然のことだったから、何事かと身構えてみたら──

 

『誕生日、おめでとさん』

 

 まさかの誕生日プレゼントである。缶コーヒーが。缶、コー、ヒー、がっ。

 こいつやってんな? って思ったね。いやいや、年頃の女の子のアニバーサリーに、缶コーヒー(危険物)はねーだろ、と。

 だからわたしは、そんなの当然受け入れませんから、って強い意思を示すために、つい先ほど買ったばかりの『い・ろ・は・す』を先輩に贈呈したのだ。

 これはあくまでも交換なのだと。こんなのプレゼントとしては受け取ってあげませんから、という確かな意思表示を込めて、このクズ男にわたしの『い・ろ・は・す』を。

 それにしても、いろはすたるわたしが、わたしの『い・ろ・は・す』を先輩にあげるという字面のヤバさは異常。

 

『なので、プレゼントはまた今度ということで……。今週末とかどうですか? わたし、暇じゃないですかー?』

 

 無効となった()プレゼントの代わりに提示した、わたしからのちょっと強引な要求。

 いくらなんでも無理くり過ぎるかなー? とは思ったけれど、……あれだけアピってたけど、ぶっちゃけ諦めていた、わたしの17回目のアニバーサリーに対しての先輩の記憶。でもこのあざといクズ男は、予想に反して憶えていてくれた。

 あれだけプレゼントもどきの缶コーヒーにしょっぱい対応を取っていたけど、実はそこそこ、まぁまぁ、結構、それなりに、かなり……嬉しかったのだ、わたしは。

 だから、思わず欲が出てしまったんだと思う。彼女持ちの男子を、無理くりなデートに誘ってしまうくらいには。

 

 

 

 ──そうして、先輩の返答なんて待ってられないって体で、そそくさと中庭からの退散を決め込んだわたし。

 待ってられないんじゃなくて答えさせないってのが正解ではあるけれど、とててっとその場を立ち去るわたしのブレザーのポケットからは、雑に見えて、その実とても大切に仕舞われたスチール缶から、ちゃぷちゃぷと愉しげな水音がハミングしてた。

 

 

× × ×

 

 

『じゃあ、一応いただきます。飲むかどうかはちょっと自信ないんですけど……』

 

 あの時缶コーヒーを手渡されたとき口にした言葉通り、結局わたしはこの缶コーヒーを飲まないまま、こうして机の上に置きっぱなしにしている。

 なぜ飲まずに置いたままなのか。それはまぁ、ふたつ程の理由がちょこちょこと顔を覗かせているわけで。

 ひとつ目の理由は超単純。甘すぎて飲み切れる自信がないからという、物理的拒否。

 もうひとつの理由は…………言わせんな恥ずかしい。

 

 こうして、あれから数日経った週末の朝になっても、未だわたしの部屋の一角を占領し続けているこいつ。

 ま、結局のところ、実はこの缶コーヒーはただの言い訳だったみたいだ。その日の放課後、奉仕部の皆さんが用意してくれていたサプライズパーティーを感づかれない為の、言わば撒き餌のようなもの。

 放課後、生徒会室で公務に励むあまり、まったりあくびをしていたわたしのスマホに届いた、結衣先輩からの呼び出しLINE。

 なんだろな、と奉仕部部室に辿り着いたわたしが、雪乃先輩、結衣先輩、お米ちゃんからの手作りケーキやプレゼントなどなど、思いがけないサプライズの数々に思わず泣きそうになって(なんならちょっと泣いた)しまったことは、是非とも墓まで持っていきたい所存だ。

 こいつやりやがったな? と、ちょっぴり充血した目で恨めしげにガン詰め決め込んでやったら、苦笑まじりにちゃんとしたプレゼントくれたっけ。

 

 とにかく、皆さんからのお気持ち、とりわけ、あの空気読まない気が利かない人の気持ち考えないの三拍子揃った先輩の、心遣いと本当のプレゼントにはかなり感動しちゃったものだけど、実を言うと、わたしは先輩からのちゃんとしたプレゼントよりも、こっちの缶一本の方が大切に思えてしまっている。

 みんなで示し合わせて用意してくれた本当のプレゼントよりも、わたしへの気遣いで、咄嗟にわたしを想い、わたしを考えてくれたこの偽物のプレゼントの方が、ずっと本物に思えてしまっていた。

 

 

 ──なにせ、この缶コーヒーは先輩そのものなのだ。甘すぎてクセ強すぎて飲む人を選んで、それでいて一度ハマったら簡単に抜け出せなくなってしまう、まさに、沼のような先輩そのもの。沼って言っても泥沼もいいとこだけど。

 そんな先輩そのものなプレゼントを貰ってしまったから、わたしはわたしを──『い・ろ・は・す』をあげたんですよ、先輩?

 

 なんだわたし、泥沼にハマってんだー、とか考えちゃって、思わず苦笑いにも似た笑みを溢してしまったわたし。

 ファッションショーに一段落付けて、相変わらず姿見の片隅にひょっこり映り込んでいたこいつを人差し指でぴんと弾いてみたら、こいんと鈍くて間抜けな音を立ててぷるぷると震えてた。

 

「やっぱ先輩みたい」

 

 所在なさげに落ち着きなくおどおどしてる先輩……いやさ缶コーヒーを眺めてにまにましていると、ふと時計の針が待ち合わせ時刻を告げる数字に迫りつつあることに気づいた。

 

「やば」

 

 いい女は、多少男を待たせておくというもの。

 可愛い女の子の到着をドキドキと待っている時間も、男の子にとっては素敵なデートの一部でもあるわけだし、そんな何物にも代え難い輝く時間を提供してあげるのも、いい女たるわたしの嗜みというやつだろう。

 

 しかしそれは、あくまでも相手がわたしとのデートを欲している場合の話である。

 残念ながら、先輩はわたしとのデートを欲していない。なんならめんどくさいしかない。

 あいつは、今までわたしが仕掛けてきたあざと可愛さには一切屈することなく、ついには他の女の子と付き合い出したのだから。

 

 わたしのあざと可愛さが通じない。

 

 こんな屈辱、こんな由々しき事態、なかなかあるものではない。葉山先輩以来の珍事である。意外とつい最近あったばかりの、なかなかある出来事だった。

 そりゃね、女の子に対しての免疫が全くない先輩だから? ちょっと可愛くちょっかい掛けてやれば、照れ照れドギマギさせるくらいは超簡単に出来るのだ。それはもう、赤子の手をひねるくらい。

 でもそれは、あくまでも免疫がないからであって、決して『わたしだから』ではないのである。

 葉山先輩クラスならいざしらず、先輩ごときにわたしの魅力が通じないなんて、わたしのプライドはズタズタってもんです。先輩許すまじ。

 

 そんなわけで、待ち合わせ時刻に遅れてしまうと、あの人絶対ぶつくさ五月蝿いし、超めんどくさい。前回のデートだって、たった五分ちょっと遅れたくらいでなんか文句言われたし。

 つまり、前回に続いて連続して遅れて到着するのは、アレを籠絡する作戦実行中の身としてはあまり面白くない。てかインパクトがない。あの朴念仁を相手に大立ち回りする気なら、ただただ可愛く迫るだけじゃなくて、ギャップを使ったインパクトってものが効果的なはず。

 どうせまだ来てないだろう、と思わせておいてからの、実は先に到着して、あなたが来るのを楽しみに待ってました、っていういじらしさギャップは、結構なときめきインパクトになるんじゃないかな、って。

 

 

 だから、今回はわたしが先に待っていてあげますね。

 わたしのあざと可愛さが通じない先輩に。彼女なんか作ってしまった小生意気な先輩に。いつか責任を取ってもらう約束がまだ果たされていない先輩に。

 

 少しでも。

 今度こそ。

 いつか来るかもしれない未来に向けて。

 

 ()()()だから、ではなく、()()()だからこそのあざと可愛さがあなたに通じるように、あれやこれやの手練手管を用意して……

 

 

 

 そんな思いを胸に秘め、着飾りもメイクもばっちり終えたわたし一色いろはは、いつも通り、今日も最高に可愛くて、唇だってぷるぷるつやつやいい女。

 ワンピースよりもちょっと濃いめ。春色に染色されたレザーのハンドバッグと同じ色したパンプスのつま先をとんとん鳴らし、軽やかなスキップ気味で我が家の玄関をあとにするのだった。

 

 

 ──桜はとっくに散り果てて、街の色はすっかり葉桜薫る緑色へと変貌しているというのに、さっき葉桜みたいな緑色だとかなんだとか言ってたわたしの頭の中は、結局のところ、どうやら本日のコーディネートと同じように、未だ浮かれたピンク色らしい。

 

 

× × ×

 

 

 歴史の中に眠る偉人は云う。春眠暁を覚えず、と。

 

 春眠は超絶気持ちよくてどうせ起きれないんだから、朝を拝むのは諦めて、昼までゆっくり寝てましょう、という、この世知辛くも忙しない現代という地獄を生きる若者たちにとって、あまりにも素晴らしき教えである。

 なんなら気持ち良すぎてそのまま昼夜を跨いで惰眠を貪り、あまりに寝すぎてようやく眠気が死んだ頃には翌日の朝を拝めちゃう。なんだ、どっちにしろ朝拝めんじゃん。だったらゆっくり寝てたほうがお得だよね! やはり早起きは人類の敵なんだよなぁ……

 

 そんな、ダメ人間ってやっぱりゴミだな! よし、明日からは僕も真人間になります! と、同じく恥の多い生涯を送ってきた太宰でさえも神様に手を合わせちゃうくらい人間失格な思考に囚われながら、アキバでメイドが抗争する季節もぼっちがロックに興じる季節も、さらにはスター宮ハニーが十年越しにスターライトを巣立っていった穏やかじゃないグラデュエーションなシーズンも、チャンピオンになったサトシとピカチュウが俺たちズッ友だぜ☆? と誓いあったあの季節も乗り越えて、今はもう新たな春、新たな季節の休日というこの日、千葉駅までの道程をのそのそ歩く。

 

 半月ほど前まで街を彩っていたソメイヨシノも、今やすっかり葉桜へとその姿を変え、そこかしこに植樹された街路樹の若草色にすっかりと馴染んでいる。

 はて、どれが桜の木だっただろう?と、刹那の思惟に耽ってしまうほどに街の緑に溶け込みすぎて、今やその存在感をすっかり隠してしまった葉桜の翡翠のように輝く木漏れ日の隙間からは、澄み渡る空がこの季節をまた別の彩へと染め上げていた。

 そんなひろがるスカイを見上げながら、そろそろヒーローの出番かな? とスカイランドから駅前に降り立ったヒーローガール、ではなくぼっちボーイの俺の目に、桜の季節の終焉に逆らうかのような、ゆるふわガーリーな春色の装いに身を包む女の子が、ふわり亜麻色の髪を春風になびかせながらそわそわと嬉しそうに佇んでいた。

 その少女は、左腕に巻かれた小さな腕時計で時間を確認しては周囲をキョロキョロ、また時計とにらめっこしては辺りをキョロキョロと、どうやら待ち人を捜している様子である。

 そんな、待ち人の到着を待ちきれないといった様子で、愉しげに季節を彩る少女と、はたと目が合った。

 

「先輩おっそーい!」

 

 街路樹の緑に溶け込んだ葉桜並みに、新学年となった新しいクラスでも見事に存在感を消しているというのに、人並み行き交う千葉駅前で、桜色の少女に秒で発見されてしまった。

 あ、俺葉桜と違って全然クラスに馴染んでなかったわ。全然馴染んでないのにクラスに溶け込めてる俺って、もはや駅前で選挙活動してる無所属の泡沫候補レベル。やだわ、政治家に向いてるのかしら。次の千葉市長選、立候補しちゃおうかな!

 節子! それ溶け込めてるんちゃう! 極力目が合わないよう、視界に入れられてないだけや!

 あっぶね、周囲に良いようにおだてられて勘違いして出馬しちゃって、開票結果で有効票一票しか入ってないのが発覚して、危うく末代まで恥かくとこだったわ。てかそれ候補者本人しか票入れてなくない? せめて小町だけでも投票してよお……

 

「そこは今来たとこです、じゃねぇのかよ……」

 

 大丈夫。小町まだ投票権ないだけだから。愛するお兄ちゃんに清き一票入れたかったけど、泣く泣く投票出来なかっただけだよね……? と目尻に浮かぶ清き水滴をついと拭いながら、ほんの二ヶ月ほど前、同じ場所、同じ時刻にて行われたこの女の子との会合を思い出し、その際のやり取りの例に倣って軽く突っ込みを入れてみた。

 

 ……正直、些か油断していたことは否めない。

 現在時刻は午前九時五十八分。指定された待ち合わせ時刻には、まだ若干ながらも余裕のある時間だ。二分弱は余裕とは言わないかもしれないが。

 前回の待ち合わせでは、こいつは五分以上遅れてやって来た。そのためギリギリとはいえ、指定時刻前に到着すれば、彼女を待たせるようなことはないだろう、と、高を括っていたと言わざるを得ない。

 確かにまだ約束の時間こそ回っていないが、さすがにギリギリ過ぎたかな? という居心地の悪さと、この少女が俺の到着を待っている姿が、なんだかワクワクそわそわしてんなー、なんて見えてしまったというちょっとの気恥ずかしさも手伝って、誤魔化し照れ隠しでそんな憎まれ口を叩いてはみたのだけれど……

 

「いやいや、人を待たせるときにそれが通用するのは女の子だけです。女の子はいくら待たせても罪になりませんけど、男が女を待たせるのは、例え一分一秒でも処罰対象になりますから。……え? 男子って何があっても先に到着してて、待ち合わせに遅れてくる女子をどんと構えて待ってるもんですよね?」

 

「待って? ジェンダー平等とかいう概念どこに捨ててきちゃったの?」

 

 え? 道徳の授業で習いましたよね? みたいなごく自然体でジェンダーガン無視を語る彼女に軽く戦慄を覚え、思わず秒で突っ込んでしまった。

 いやホント、ポリコレ警察怖すぎるから、イメージする人物像とかは敢えて挙げないけど、一部の女性側がヒステリックに叫んでる男女平等な世の中って、完全に女尊男卑な世の中求めてるよね。だって男って身長170cm以下だと人権無いんでしょ? 普段周囲からの人権ゼロなのに、男女平等(笑)のおかげでようやく人権が保証されたどうも俺です。

 デートでは男が奢るのが当たり前みたいなこと呟いちゃって炎上しちゃう方たちも多く見受けられますし、あれかな? 女の子はいつだってプリンセスでいたいの! 私をお姫様扱いしてくれない男は差別主義者だわ! ってことかな? さが……一部の女性側とか絶対そう思ってそう。

 ねぇねぇ女子〜、女子ってそういうとこあるよねー。女のくせにって言われると、差別だ女をバカにしてるだキィキィ騒ぐ人に限って、自分が都合悪くなると男のくせにって使いがちィィ! わぁ、相模とか超言ってそう! イメージする人物像出ちゃった。

 もう恐すぎて、逆に男女平等を強く推奨しちゃいそうまである。だって恐いし。あと恐い。

 よし、(きた)る市長選のマニフェストは、思い切って男女平等でいこう! 一部の女性票たんまりで勝ったなガハハ!

 

 そんな俺の熱きフェミニストぶりも溢れ出る権力欲(千葉愛)も知らず、未だ首をこてんと傾げ続ける、この亜麻色の髪のとても可愛らしい女の子。言わずもがな、世界の後輩一色いろはその人である。

 今日は、このとても可愛くない可愛い後輩の生誕祭……ではなく、その生誕祭での俺の対応にご不満があったらしいこの後輩から、直々に呼び出されてしまった後夜祭……という名のカツアゲ祭り。

 そりゃ、こんなに気持ちよく広がるスカイなカツアゲ日和の春眠は、ずっと寝てたいって気持ちもよくわかりますよねー。

 

 もちろん彼じ……パートナーなる雪ノ下には、今回の件はきちんと許可を得ている。他の女子と二人で出掛けてしまうことに罪悪感がない訳では無いが、なんか勝手に約束事になってしまっていた以上、おいそれとそれを反故にしてしまうほど器用な人生を送ってきてはいないのだ。

 俺、彼女いるから他の子と二人きりで遊びにいけないんだムーブとか、俺ごときがすげー調子に乗ってそうに見えて恥ずかしいですし。

 

「……ま、まぁ? 私だって家族の用事で葉山くん辺りと二人で出掛けてしまう事だって無いわけではないのだし、べ、別に私はあなたが一色さんと二人で出掛けたところで、どうとも思ってなどいないのだけれど」

 

 と、いじけ気味に唇をつんと尖らせて早口で捲し立ててきた雪ノ下まじエモい。

 なにあれ、え、待って、無理、しんどい。うちのパートナー、一度(ひとたび)デレると可愛過ぎて勘弁してほしいんですけど。油断すると心不全になっちゃいそう。

 あの可愛さに身悶え我慢出来るヤツいる? いねぇよなァ!?

 

 まぁ、雪ノ下からしても、どうやら世界の後輩は本当に可愛くて仕方のない存在らしく、渋々ながらも、一色のアニバーサリー祝いだし、ということで、実は反対してくれることを密かに期待していた俺の意志に反して、ゴネる俺の背中を進んで押してきました。

 ちなみになぜか由比ヶ浜も苦笑いで一緒に押してきたんですけど、これ、もしかしたら六月辺りに俺をレンタルするための前フリなのでは? うちの店、レンタル彼氏とかやってないんですけど。彼氏、お貸しします?

 

 そんな、若干気持ちの悪い思考の沼に沈みかけ、溺れて藻掻いて死にそうになっていた俺ではありますが、ぷくっと膨らむ一色の頬っぺたがぷしゅっと萎んだ音により、なんとか覚醒を果たしたのだった。

 

「……へいへい、悪かったな。確かにギリギリを攻め過ぎた感はあることは否めないとも言い切れない」

 

「待たせた反省する気ゼロじゃないですか……。人として五分前行動は基本中の基本ですよ? 人として!」

 

 しら〜っとしたジト目で人としてのなんたるかを説いてくるいろはす。

 御高説はもっともなのだが、なんだか納得行かなくないなーい?

 

「いやお前、この前五分後行動しててへぺろってたじゃねぇか……」

 

「人として、に、女の子の待ち合わせ時間は含まれませんけど」

 

「クズ女っぷりが堂々とし過ぎてていっそ清々しいな」

 

 さすがはいろはす。我々や一部の女性側のような下々民(しもじみん)の常識で簡単に推し量れるような器の小さな女の子ではないのだ。『男女平等? ナイナイ。だって、わたしの方が男より生物として上位の存在じゃないですかー?』きゃぴるん☆ っとか言いそう。相模もっと頑張れよ!

 

「……もういいや。にしても、その優遇されて舐め腐った女子にしては、なんで今日は俺より早く着いてんだよ。どうせ今日も遅れてくんだろうと思ってギリギリ攻めちゃったんだけど」

 

 どうせ女尊万歳男女不平等上等を全力で推進してくるんなら、今日も遅れてきてくれた方が助かったんですが。

 そう言外に込めて、軽いジャブ代わりに反撃してみたのだけれど……

 

「……えー?」

 

 なぜかこの後輩は、ちょっぴり不満そうだったジト目をすすっと引っ込めて、頬に手を当てもじもじ揺れて、こんな甘い囁きで、俺の耳朶を容赦なく揺すってくるのだった。

 

「そんなの、先輩とのデートが楽しみ過ぎて、ついつい早く到着しちゃっただけに決まってるじゃないですかー?」

 

「わー、あざとい」

 

「……チッ」

 

「えぇ……」

 

 やばくない? 女の子恐すぎない?

 

 

 

 

 

 

 




というわけでありがとうございました!

なんとか生誕祭に間に合った…ように見せかけて、実は投稿が久しぶり過ぎてやらかしてしまいました(遠い目)
この作品自体は半月ほど掛けて一週間前には書き終わって新規投稿予約も済ませていたのですが、確認してみたら違う作品の新規投稿予約にしちゃってまして、「やべぇやべぇ、取り消さないと!」と予約を削除したら、貼り付けていた17000文字ほどの作品ごと消えてしまい、全てがパァ(白目)
それから半泣きで頑張ったんですが、執筆した内容を思い出しながらの作業で半分も書けずにタイムアップ。こうして中途半端な状態での投稿となってしまいました…。せっかくの久しぶり投稿なのに…

そんなわけで残りはこれから頑張るので、結局生誕祭には間に合いませんでしたが、なんとか誕生月中には投稿できたらと思います!


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意外にも、一色いろはのあざと可愛さは思いのほか効いている。

 

 

 出会い頭のコントじみたやり取りを終えた俺と一色は、一体どこに向かっているのやら、駅前を離れ、中央の大通りを歩いている。

 前回のデートもどきでは、まず『行き先を決める』という目的を決めるのが大変な作業だったものだから、今回のように一色が先に行き先を決めてくれているというのは、俺のようなお一人様上級者にはとても助かるというもの。

 

『プレゼントはまた今度ということで』

 

 それもそのはず。なぜなら、今回のお出掛けは決してデートなどではなく(前回もデートって言われるまで知らなかったけどね!)、一色の欲する物品を仕入れに行くだけという、単なる買い物(カツアゲ)なのだから。

 すなわち前回のような、行き先を俺に決めさせ、都度それを小馬鹿にし、批判し反対し諦め、嫌々ながら付いてくる……という査定地獄をスルー出来るのである。やったね、ラッキーだね!

 いや、もうマッ缶以外のプレゼントも部室でのサプライズパーティーで献上してるし、今日はただのカツアゲなのだからどこにもラッキーの要素はない。なのになんだかとても幸運を感じてしまっている俺は、どうやらかなり御主人様(いろはす)に飼い馴らされてしまった忠犬のようだ。わん!

 そんなお利口な忠犬らしく、前ゆく御主人様の三歩後ろに控えて、忠誠を誓うかのように尻尾を振っていたのだけれど……

 

「で、今日はどこに連れてってくれるんですか?」

 

 不意に、愉しげにふわふわ弾む亜麻色の髪が、進む速度をほんの少し緩め、すぐ隣に並びかけてきた。

 

「え?」

 

「いやいや、え? じゃなくて」

 

 とてとて歩きながら、隣から覗き込んでくる愛らしい後輩は超笑顔。いつかと同じようにヒールの高さ分いつもより近くに感じる整った顔立ちは、きらきらに輝いている。

 恐い恐い恐い。あと一歩ではるのんかな? って構えちゃうくらい圧がマジやばい。

 え、ちょっと待ってね? だって君さぁ、待ち合わせが済んだあと『じゃ、行きましょっか』って勝手に歩き始めたよね? だから八幡、忠誠発揮してお利口に付いてきたんだよ? リード引っ張られる前に自主的に歩き始めた俺マジ忠犬。

 なのに『どこ連れてってくれる?』ってどゆこと? お散歩コースは御主人様が決めてくれないと、わがままな駄犬になっちゃうよ?

 

「……もう買いたいもんとか決まってんじゃねぇの……?」

 

「? 買いたいものとは?」

 

「は? お前の誕生日プレゼント買いに行かされるんじゃないの? 今日」

 

「は? プレゼントこないだ貰いましたけど」

 

 ……あっれー? 相互理解が足りてないみたいだぞー? 足りてないどころか、一方通行を逆走し合ってるまである。

 何言ってんだこいつと言わんばかりの胡乱気な視線を向けてくるいろはす。よし、ここは何言ってんだこいつをレンタル期限内に返却してみよう。

 

「何言ってんだこいつ。こないだ言ってたろ、『プレゼントはまた今度ということで』って。だから俺、今日連れ出されてんじゃないの?」

 

 完全論破で言ったった。あの論破王も真っ青である。

 するといろはす、それあなたの感想ですよね? と言わんばかりにやれやれと呆れ笑いを浮かべると、アメリカナイズされた大仰なジェスチャーを交えて、はぁと溜め息を吐き出した。

 

「それはサプライズパーティーの前の話じゃないですか。そのあとちゃんとプレゼント貰ったんだし、その話はもう済んでますけど。何言ってんだこいつ」

 

 返却したばかりなのにまた貰っちゃった! 論破のご返却と合わせて、ご丁寧な即日対応ありがとうございます。

 

「え、じゃあ俺なんのために休日に呼び出されたわけ?」

 

 プレゼント(仮)のマッ缶はい・ろ・は・すとの交換会で相殺され、その代わりという名目のプレゼント要求は当日済んでいるという。

 では今日の目的とは、一体なんなのだろうか。さっぱりわからず首を捻っていると、弛緩し切った空気から一転、彼女はふふっと艶めかしく微笑んだ。

 つい今しがたまでしょーもない漫才を繰り広げていたというのに、突如、呆れ半分ではあるものの、その中には愉しさも嬉しさも半分以上混じっているような、そんな優しくも妖艶な微笑を浮かべた一色に、俺の心臓はどきりと震え、喉からはごくりと生々しい音が響く。

 そして彼女は、身構え、緊張を隠せないでいる俺の姿にご満悦なご様子で、甘く妖しく、こう告げるのだ。

 

「……だからこの前言いましたよね。プレゼントは、……ただの言い訳だって」

 

「……っ」

 

 言い訳。

 あの日、何に対する言い訳だとうすら寒いすっとぼけを返す前に、彼女はその場からそそくさと去っていってしまった。

 何を返されるのかと腰が引けて、ちゃんと問い返すのを躊躇ってしまったツケが、まさかこんなところで回ってこようとは。

 俺との週末の予定を立てたい、しかしその機会を得るには中々骨が折れそうだから、プレゼントという言い訳を上手いこと利用して、まんまと俺を連れ出す約束を取り付けることに成功した。

 そんな、まるで俺に特別な感情があるとも取れるような言い回しの、あの日の『言い訳』という言葉選び。そんなものは、ただの都合のいい妄想でしかなく、下らない解釈にしか過ぎない。

 しかし、そんな気持ちの悪い身勝手な解釈が、もしもただの杞憂で終わるものではなかった場合、それはつまり、つい先日大切なパートナーが出来たばかりの俺にとって、とてもマズい事を意味してしまう。

 

 だから俺は、あのとき腰が引けてしまったのだ。

 そんな自意識過剰で自惚れが過ぎる理由付けが、頭の片隅に浮かんでしまったものだから、そんな己の気色悪さから逃れるために、一色を呼び止めるのを躊躇ってしまった。

 

 心の中で渦巻いているそんな葛藤を知ってか知らずか、彼女の作り出すからかいを愉しんでいるかのような、それでいて単なる照れ隠しのはにかみ笑顔のような……、いつもとは違う、とても緊張感のある朱の差した頬と真っ直ぐな瞳。

 一色の纏う揺れ動く感情から逃れるようにすっと目を逸してしまった俺の、なんと情けないことか。

 そんな俺に彼女は目を細め、とろけるように優しく……

 

「……せっかく約束取れたので、今日は単純に二人でお出掛けしたかっただけです。……わたし、先輩とまたデートするの、あの日からずっと楽しみにしてたんですよ?」

 

 そう、そっと囁いた。甘い吐息のように、耳元に艷やかな唇を寄せて。

 

 全身を擽られたかのようなその囁きに、頭も、顔も、耳も、身体も、どうしようもないほど熱くこしょばゆくなる。

 待て待て落ち着け待て。これはあれだ。いつもの弄ばれてるだけのやつだ。転がされるだけ転がされて、いざ引っ掛かるとざまぁと笑われるのがオチの、いつもの定番に決まっている。

 そんなこと解り切っているというのに、今しがた目にした、いつもとは違う一色の……緊張と期待を孕んだ、潤んだ瞳と真っ赤に染まった頬が頭から離れてくれず、鼓動が早鐘のように鳴り響き、喉の渇きが尋常ではなくなる。

 加えて、気まずさと苦しさに肺が大量の酸素を欲してしまい、つい、逸していた視線を上げてしまったのだ。

 ……そこで合ってしまった。一色いろはの、俺の目を捉えて離さない、湖畔のように澄んだ美しい瞳と。

 

「えぇ……」

 

 そこにあったのは、愛しい異性に秘めた想いを打ち明ける、覚悟を決めた儚げな少女の瞳……などでは決してなく、思わずぶっ殺したくなるくらいの、にやぁっとしたとっても邪悪な笑顔でした!

 

 

 

 

 ふぇぇ……! だから自意識過剰な自惚れとか嫌なんだよぉ……! いつまで弄ばれて、いつまで黒歴史量産すれば、神は俺を許してくれるのん?

 なにが一番ぶっ殺したいって、ちょっと彼女が出来たくらいで軽く調子に乗っちゃってた自分をぶっ殺したい。誰か俺に安らかな眠りを下さい(白目)

 

 肩を小刻みに揺らし、勝ち誇ったかのように笑む一色。目が潤んでたのは笑いを堪えてたんですね!

 なろう系チョロインもかくやという程、またしてもいとも容易く弄ばれてしまったことが口惜しくて、でもそれをこの後輩に悟られるのが悔しくて、へどもどしながらも努めて冷静な態度を装って、こいつにこの訊くべき質問をぶつけて失態を誤魔化しちゃおう!

 

「……じゃあどこ向かってんだ。勝手に歩き出したから、てっきり目的地決まってんのかと思ったんだが」

 

 強気に攻める俺(震え声)を見て、一色は、へっ、と小馬鹿にしくさった笑いを浮かべたものの、勝者の余裕か器の大きさか、はたまた単純に俺の無様な狼狽ぶりに満足しただけなのか、どうやらこの血涙混じりの恥ずかしい誤魔化しに、黙って付き合ってくれるようだ。

 あらやだいろはすってば優しいじゃない。その優しさをエブリタイム向けてくれてると助かるんだよなぁ……

 一色はふふっと微笑み、なぜ目的地も決まっていないのに、なぜ迷いなく足を進めているのかの種明かしを、イタズラが成功した小悪魔のようにきゃるん☆と語る。

 

「それはですね、カフェに行こうかと思いまして」

 

「カフェ?」

 

 待ち合わせが済んだばかりで何故にカフェ?

 どうやらデートということらしい本日の外出。経験が無さすぎてよく知らないが、デートとやらにおいて、待ち合わせしたばかりの二人というのは、まずカフェに向かうものなのだろうか? どちらかと言えば、目的地を回ったあとの休息場所として使うようなイメージ。

 

 もちろん、元々の目的がカフェ巡りとかならまだわかる。女子って異様にカフェとか好きだし。

 しかし先ほど一色は言ったのだ。『どこに連れて行ってくれるのか』と。つまり今日の一色にとって、カフェは目的地ではない。にも関わらず、こいつは出会って早々迷わずカフェに向かって歩き始めた。その意図とは?

 そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう。一色はやれやれと溜め息に溜め息を重ね掛けして、小馬鹿にした笑み全開の悪戯めいた口調でこう答えを返してくるのだ。

 

「だって先輩ですし」

 

 どういうことだってばさ。

 

「ほら、先輩がデートプランとか考えてきてくれるわけないじゃないですか。どうせ先輩ですし」

 

 ははっ、こいつぅ、いい加減にしないとそろそろぶっ飛ばすぞぉ☆? ぶっ壊したい、その笑顔。なんならNHKより先にぶっ壊すべきである。NHKぶっ壊したがってた人と政党、先に居なくなっちゃったけども。

 そもそも本日の目的が買い物じゃなくてデートって話が初耳なんですけどね? それにそれが分かってるんなら、始めからどこに連れて行ってくれるのかとか訊かないでくれない? いじめなの?

 

「どうせそんなこったろうと思ってたんで、だったらせっかくの誕生日デートですし、デートプランを二人で決めるのもイベントにしちゃおうかなと思いまして」

 

「……イ、イベント?」

 

「ですです。ほら、旅行とかって、パンフとか雑誌とか見ながら目的地決めてる時とかが一番楽しかったりしません? だから、先輩にどこ連れてってもらおうかなーとか、先輩はどこか行きたいとこないんですかー? とかとかを、お気に入りのカフェでまったりブランチでもしながらわいわい決めるのも、楽しい思い出になるかなー、と」

 

「……ほ、ほーん」

 

 ほう、旅行前日まではすげぇわくわくしてたのに、当日になるとなぜかめんどくさくなっちゃって家から出たくなくなる例の謎現象ね。

 確かに一理ある。一理どころか二理三理を遥かに越えて、母を訪ねちゃう勢いで三千里くらいは確実にある。あるのだが……、しかしそういうことを、あざとさとか邪悪さとかをおくびにも出さず、心底楽しそうに言ってくるのは心臓に悪いからやめてほしい。また自惚れがちらちらと顔を覗かせちゃうから!

 ダメだぞ八幡! また転がされるだけだゾ!

 

 ──そう強く己に言い聞かせ、俺は自身の奥底にまだ残っている根性を残さず捻り出せるよう、蒼き瞳の侍の如く、心のペッパーミルをごりごり回すのだった。ごりごり、ごりごり。

 

 

 

 

 

「あ、カフェに着いたらプラン立てだけじゃなくて、ついでに第一回点数発表とかもしちゃいます?」

 

「……て、点数発表、とは……?」

 

「待ち合わせ遅れに女の子の服装ノーコメント、あと当然のようにプラン無し、と。あとはまぁ、その他もろもろってとこで、百点満点中、今どれくらい点数残ってるか聞きたくないですか?」

 

「」

 

 やめてェェ! おイタする子は爆殺だぞっ☆ とか言い出しそうな素敵いろはすスマイルで、俺のおイタを指折り数えるのやめてよお!

 てかその減点方式デートって今回のにもまだ生きてるんですね。その他もろもろがまだ残ってるらしいのに、第一回って辺りが超恐い。

 

「……そういうの間に合ってるんで」

 

「はは、つまんない男ですねー」

 

「」

 

 ……ごめんねミル、ちょっとごりごりが激しくなっちゃいそうだけど、もうちょっとだけ頑張れる? ガンバルヨ! よかった。まだ頑張ってくれるみたい。

 

 

× × ×

 

 

「ほら、ここです。いい感じじゃないですかー?」

 

 リードを引っ張られるまま連れ回されて、回しすぎてボロボロに刃こぼれしたミルで削った根性がPM2.5くらいにまで粒子が細かくなってしまったころ、ようやく本日の第一目的地に到着したようだ。

 なんか思ってたよりかなり歩いてない? なんて思っていたら、一色はとても弾む声音で、ご自慢のカフェをじゃん! とご紹介。

 

「……あれ?」

 

 駅前での合流から結構な距離を歩き、ちらほらと住宅地が広がり始めたころ、不意に視界に飛び込んできた緑豊かな公園。

 休日ということもあり、園内では芝生の上にシートを拡げはしゃぐ家族、池でゆらゆら揺らぐ水鳥(みずどり)や岩の上で気持ち良さそうに甲羅干ししている亀の姿をのんびり眺め、談笑する恋人たち、などなど。少なくはない公園利用者たちが、それぞれ思い思いに自分たちの時間を楽しんでいる。ほんの半月ほど前までは、あの生い茂る木々の中の一体どれほどの緑色が、まだ華やかな桜色を保ったまま、この季節と園内を春色に彩っていたのだろうか、と、ふと過ぎし日の情景を思い浮かばせた。

 そんな心地の良い公園を臨むかのように、公道を一本隔てた場所にそのカフェは佇んでいた。

 外目からぱっと見ただけでも女子好きしそうなことが窺えるお洒落カフェ。蔦を茂らせた、あえてDYI風にムラっぽく白に塗装された外壁。そんな外壁の前に立て掛けてある、本日のおすすめのイラストがカラフルなチョークで描かれた黒板の前で、テイクアウトドリンクなんかと共に自撮りでもしたら、さぞや映えるのだろう。

 大丈夫? 千葉なのにこんなに頑張っちゃって。あんまり身の丈に合わないことして張り切りすぎると息切れしちゃわない? 千葉らしく、もっとマイペースでもいいんだからね!

 

 言うまでもなく、別にこの小洒落たカフェに不満はない。不安ならたっぷりあるけれど。こんなお洒落な店入っちゃって、俺、浮いちゃわない? とか、俺、退店求められちゃわない? 的な不安が。なんなら『大変申し訳ありません……、ドレスコードの関係で……』とか言われて入店そのものを断られちゃうまである。あれ? 他のお客さん、入店時に服装のチェックとかされてました?

 では、なぜ俺はこのカフェを見て疑問符を口にしたのか。その答えは実に単純である。

 

「前来たとこじゃないんだな」

 

 そう。お気に入りのカフェとか言うから、てっきり前に連れて行かれた店に行くものだとばかり思っていたのだ。

 確かに連れ回されている間、あれ? こんなに距離歩いたっけ? とか、こんな道通ったっけ? とは思っていたのだけれど、それもそのはず。だって全然違う店なのだから。

 すると、待ちきれずに先にカフェへ向けて歩き始めていた一色が、もう一度俺の側にとてとて寄ってきた。

 彼女は、こしょこしょと内緒話でもするかのように、ぷるぷるつやつやな唇を耳元に寄せて──

 

「……だって、前に約束したじゃないですか。今度はもうちょっと知り合いが少ないところにしましょうね、って」

 

「っ……」

 

 やめてェェ! だから耳は弱いんだってば! もう八幡を転がさないで……っ! ミルさん、酷使しすぎてさっきからもう息してないのぉ……!

 耳を擽る甘い吐息と甘い刺激にびくんびくんしていると、もう一度二人の距離を元に戻し、満足気に表情を綻ばせる一色。

 

「それじゃ入りましょっか」

 

 弾んだ声音でそう口にした彼女は、お気に入りのお店──一色にとってのベストプレイスに向けてくるり回る。その顔に浮かんだ微笑みと同じように、愉しげにふわりと舞った亜麻色の髪に連れて、春色ワンピースの裾もひらり軽やかに舞った。

 

 

「──そういやそんなこともあったな」

 

 ステップでも踏むかのような足取りで、軽やかに先をゆく後輩の背中を見つめていると、とある記憶が頭を過ぎり、誰に語るでもなく、そうぽしょり独りごちたのだった。

 

 いつかのデートもどき。あのときも、今日と同じように一色お気に入りのカフェへと連れられて、そこで思わぬ知り合いと遭遇した。

 副会長と書記ちゃんである。

 ニアミスだったため、顔を合わさずに済んだのが幸いだったあの日、確かにカフェ内で一色とそんな会話を交わした記憶がある。

 そのときの言葉通り、一色は自分のお気に入りの中でも、特に知り合いが少なそうな穴場のお店をチョイスしてくれたのだろう。

 その一色の心遣いには平身低頭感謝している。してはいるところなのだが、それとはまた別に、頭の中に浮かんだあの日の記憶、そしてその記憶に対する思いは、今のシチュエーションにはあまり似つかわしくない、また別のものだった。

 

 

 ──そういや書記ちゃん、あのときはまだ地味だったなぁ。

 

 

 これが、そのとき真っ先に浮かんだ思考である。

 あのとき初めて知った、副会長と書記ちゃんの仲。もっともあの時点ではまだ二人が付き合っているという確証があったわけではないのだが、今やあの二人は、立派な生徒会公認のカップルである。公認といっても、生徒会室でいちゃいちゃされていろはすキレ気味になってるから、決して歓迎されてるわけではないからね! そこんとこ副会長は勘違いしないでよね! 全然公認されてなかった。

 色ボケした副会長全然仕事しなくなっちゃったから、そろそろブラック企(生徒会)業でパワハラ上(いろはす)司に酷使されすぎて、過労とストレスでハゲればいいのに。

 

 そんなハゲでお馴染みの副会長の彼女たる恋する書記ちゃん。つい先日生徒会室に赴いたとき、彼女のあまりの変貌ぶりに「あれ書記ちゃんなのか?」と驚かされたものだ。

 

 ──恋は女の子を綺麗にする。

 

 遥か昔から語り継がれてきたあまりに有名な格言ではあるが、あの地味目で引っ込み思案だった書記ちゃんが、三つ編みを解き眼鏡を外し、あそこまではっきりと、あそこまで物理的に『綺麗』に変貌してしまったという事実を目の当たりにして、俺は副会長の冴えない彼女(ヒロイン)を育てるプロデュース力に驚愕したと共に、書記ちゃん自身の恋する乙女のパワーというやつにも驚嘆したものだ。

 本当に、恋する女の子というものは、捻くれているだけのどうしようもない俺などの乏しい想像の埒外に住んでいる異世界の生き物なのだと、心から思い知らされる衝撃的な出来事だった。

 

「……」

 

 そんな思考が頭を過ぎったとき、同時にはてと考えてしまったのだ。いや、むしろその考えが強く過ぎってしまったからこそ、このタイミング──一色の楽しそうな背中をぼんやり眺めていたときに、書記ちゃんの綺麗に育ったあの姿が思い出されてしまったのかもしれない。

 あの地味目で引っ込み思案だった書記ちゃんが、恋をしてあんなにも素敵な美少女と化したあの経緯を、目の前のこの後輩にも当て嵌めてみたらどうだろうか、と。

 

 いや、一色いろはは書記ちゃんと違い、出会った頃から今と変わらずとても可愛かった。可愛くいようと自分に磨きをかけていた。

 故に、一色を書記ちゃんの例に当て嵌めるのは些かナンセンスとも言えよう。

 しかし、確かに最初から可愛かった一色ではあるが、それでも彼女に対する俺の初期評価は『地雷』だった。

 

 確かに可愛い。その可憐さ、その仕草、その笑顔。男子からモテるという一点においては、全方位塩対応バリアの雪ノ下や、そのガードの硬さからあーしさんバリアを張ってナンパな男子を蹴散らす由比ヶ浜よりも、むしろ上なのかもしれない。

 しかしその可愛さとは裏腹に、中身なくぺらぺらに見えた地雷臭漂うアレな性格ゆえに、俺の目には一切魅力的には映らなかったのだ。

 

 ──いつからだろうか。こんなにも、こいつを臆面なく可愛いと認められるようになったのは。

 彼女と出会ってから過ごしてきた日々。会長選挙から始まり、クリスマスでの奉仕部崩壊の危機、年明けの一騒動にバレンタインやらプロムやら。その間あまりにも色々ありすぎたから、そこ(・・)がいつなのかはいまいち判然としない。

 しかし、どうしてもそこ(・・)に境界線を引けと言われれば、俺にはあの日の光景が思い浮かぶのだ。

 

 

『……わたしも、本物が欲しくなったんです』

 

 

 いつかのディスティニー帰り、二人きりのモノレール車内。いつもとは違う真剣な表情で、真っ直ぐ俺の目を見て力強く宣言した、あの日の後輩の格好良い姿が。

 書記ちゃんの例に例えるならば、まさにあのとき、一色は本当の意味で恋する強く綺麗な女の子になったのだと思う。

 葉山に振られ、故に本物を心から欲し、そしてまた初めての本気の恋をした。

 だからあの日以降、徐々になんだこいつ可愛いなと認められるようになったのでは、なんて思う。

 

「なにしてるんですか先輩、ほら、早く入りますよ」

 

 そんなことを考え、ほんの数瞬惚けていると、一色はもう一度こちらを振り向いた。カフェブランチでの楽しいひと時が待ちきれないのだろう、わくわくと輝く笑顔で俺の袖をちょこんと摘んでくる、この可愛い後輩を見て思う。

 

 

 この後輩は、ひとつ大きな勘違いをしているのかもしれない。なぜこの程度の男に、なぜ自分のあざと可愛さが通じないのだろう、と。

 

 あまりにも靡かないから。

 あまりにも落ちないから。

 

 自分の魅力への疑いを晴らしたいがために、この女の子はこうして俺などに甘ったるいあざとさを駆使して、容赦なく攻め続けているのかもしれない。

 

 だが、それは大きなまちがいである。なぜなら俺はとっくのとうに、一色いろはのあざと可愛さに陥落しているのだから。

 だって俺、いろはす大好きだからね。このクズいところも。このあざといところも。この、自分を貫く格好良いところも。

 なんなら来月辺りに、小町と二人で『一色いろはの好きなところ発表合戦』を、第三回くらいまで執り行ってしまいそうなレベル。この子意外とストレートに攻められるの弱そうだから、真っ赤な顔して身を捩ってマジ照れしちゃいそう。フヘヘ、いつものお返しにめっちゃ照れ照れさせちゃうぞぉ? 変態まっしぐらである。

 

 

 ──もしも先に出会ったのが、雪ノ下や由比ヶ浜ではなく一色だったなら。もしも今と同じような関係性を先に築けたのがこの後輩だったなら。

 俺はとっくのとうにこいつに惚れ抜いて、とっくのとうに全身全霊告白して、そしてとっくのとうにボロ雑巾のようにゴミ箱に投げ棄てられていたことだろう。

 

 人生の出会いの順番を替えてしまったら、同じ工程同じ結果は有り得ない。奉仕部でのあの出会いが無かったら、当然一色と知り合うことは無かっただろうと断言できる。

 

 人間関係を無意味と断じ、完全に切り捨てていた過去の自分。その考えに否を唱えることが出来たのは、雪ノ下たちとの奉仕部での出会い・経験があったればこそ。

 他人と関わることで、多くの面倒臭さを味わわされ、たくさん恥をかいて、それなりに苦い感情とも同居した。そう。確かに嫌な思いはたくさんしてきたのだ、他人と関わることによって。

 でも、それだけではないのだ。他人との関わりは、そんなネガティブなことばかりではない。場合によってはそれらを犠牲にしても構わないと思える程に、それ以上の価値があることだってある。それを認められるようになったからこその現在(いま)の俺なのだ。

 

 対して、興味の無い人はガン無視するアレな性格の後輩様。この後輩が俺に興味を持ったのは、自身の失態で大恥かきかけて、藁にも縋る思いで助けを求めたその先で、あの雪ノ下雪乃や由比ヶ浜結衣と特異な関係性を築けていた変な人、という部分が大きいのだと思う。

 それが無ければ、人間関係を諦めて誰とも関わろうとしなかった誰の目から見てもつまらないであろう俺に、はたしてこの後輩は興味を持つことがあっただろうか。

 答えは当然否である。俺などは一色いろはの視界に入らない、記憶にも残らない、路傍の石ころ同然の存在だったろう。

 

 つまり、人生の出会いの順番を替えた仮定の世界で、もしもどこかで顔を合わせる機会や出会う機会があったとしても、俺と一色は、決して知り合うことはなかっただろう。

 

『うわ……地雷臭せぇ』『え? そんな人いたっけ』

 

 あの場所でなければ、あの時でなければ、お互いにこんな印象を持ってして、言葉を交わすことも心を通わすこともなく、二人の関係はこれにてお仕舞い。失敗と後悔を繰り返し、恥の多い生涯を送ってきたからこその、現在(いま)の二人の関係性なのだ。

 故に、この『もしも』というタラレバな仮定には、何一つ意味も価値もないことは重々理解している。しているのだけれど、そんな無意味な仮定に思わず思惟を巡らせてしまうくらいには、俺は一色いろはという素敵な女の子に、すっかり参っているのである。

 

「やば、パンケーキにしちゃおっかなー♡ 超楽しみじゃないですかー? ね、せんぱいっ」

 

 俺の袖をぐいぐい引っ張り、大切なベストプレイスへお招きしようとする、とても可愛い世界の後輩の笑顔を見て思う。

 

 

 だから、そのあざと可愛さをあんまり俺に向けてくるのは、少しだけご勘弁願いたい。なにせ俺には免疫がないのだ。

 女の子に対しての免疫、という意味ではない。恋愛感情という、俺のような捻くれ者には、まだ難易度が高すぎる難解な感情に対しての免疫、である。

 ただでさえ彼女という存在が出来たばかりで免疫のキャパシティが大幅にオーバーしているというのに、この、いつまでも抵抗していられる気がしない、一色いろはの暴力的なまでに魅力的なあざと可愛さに、もしなにかのまちがいで一色に可愛い後輩という以上の感情を抱いてしまったら、たぶん俺、母のんとはるのんに秒で察知されて、雪ノ下建設プレゼンツでコンクリ詰め→東京湾行きになっちゃうからね?(白目)

 ……だからお前の絶対無敵な抗いがたいあざと可愛さは、是非とも本命の相手だけに全力でぶつけて欲しいんだよなぁ……

 

 

 

 

 

 

 新たな春、新たな季節。桜も散り落つ四月も半ばを過ぎた休日の、何気ない日常系の物語。

 人間失格の大先輩に倣って、もし今日の日の一色いろは生誕祭という物語を短編小説として世に出す日が来るとしたのなら、そのタイトルは……、そうだな、うん、そう。正にこんな感じだろう。

 

 

 よせ、その一色いろはのあざと可愛さは俺に効く

 

 

 と。

 

「……っ」

 

 ──我ながら酷すぎるセンスに思わず苦笑を溢してしまう、どうやら、同じく恥の多い生涯を送ってきた太宰と違って、小説家には絶望的に向いていないらしい俺と、そんな俺をどこまでも震え上がらせる恐怖の後輩一色いろはとの誕生日デートという物語は、まだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、なに突然にやにやしてんですか普通に気持ち悪くて無理なんですけど。……はっ!? もしかして今、めちゃ楽しそうなわたし見て、あれ? これもしかしてもう一押しすればこいつ落ちるんじゃね? とか思っちゃいましたか確かにその可能性もなくはないかもしれませんけど生憎わたし二番目三番目で満足出来るお手軽な女の子じゃないんで最低でも今のめんどくさい関係性を色々清算してきてから顔洗って出直してきて下さいごめんなさい」

 

「えぇ……」

 

 

  了




本当に久しぶりの投稿でしたが、最後までありがとうございました!ずっと放置してて、このまま筆置くんだろうなって思ってたんですが、先日発売された俺ガイル結2巻を読んでたら無性に書きたくなってしまい、丁度のタイミングで愛するいろはす生誕祭が近かったので、今回のまさかまさかのプチ復活と相成りました!

今さら見てくれる人いんのかなぁ、と思ってたら、意外にもたくさんの昔馴染みな読者様方から多くのコメントいただいてしまい、本当に嬉しかったです!マジで感想の名前を見る度に「おぉぉ…」と声出ちゃいました笑
評価下さった読者様もホント嬉しいコメント付けて下さったので、危うく泣いちゃうとこですよ。もう、泣かせてどうするつもり!?


というわけで、今回久しぶりに書いてみた感想としては「やっぱ2次執筆超楽しい!」だったので、さすがに昔ほどは書けませんが、気が向いたらたま〜に投稿しちゃおっかな☆なんて思っちゃいました!
それではまた3年後にお会いしましょう!おい。


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うちの(ウチ)にあいつが居る内に




さぁ、このサブタイトルでは今回のヒロインはまだ不明のままですが(バレバレ!)、久しぶりにこの子の出番です!

俺ガイル結2巻読んでた時、原作者様によるこの子のあまりの扱いの酷さに思わず笑っ……複雑な思いをしてしまったので、やはりこの子を幸せにしてあげられるのは私しかいない!と、ついつい筆を取ってしまいました☆




 

 

 

 ヴゥゥンっと、冷蔵庫のモーター音だけが響く薄暗いキッチン。まだ昼だというのに、これでは気が滅入る一方だ。

 

 ──これだから六月は……

 

 せっかくの休日だというのに、梅雨のせいで外出する気も失せてしまった日曜日。先週、一週間もあったのに、クラスメイトの一人にどうしても言ってやりたかったことが言えず、もやもやを残したまま迎えたこの日曜日。それがこの天気である。気が滅入るのもやむなしではないだろうか。

 心の中でこの梅雨空にそんな恨み言を溢しつつ、冷凍庫を開けて、蒸し暑い室内にひんやり冷気をお裾分け。起き抜けのヘソ出しキャミソールと太もも丸出しショートパンツという、ほぼ下着姿なだらしのない格好も、冷蔵庫から流れ出るひんやり冷気を火照る体に目一杯受け止める一助となっているだろう。

 

「さてと」

 

 こんな日は、取っておいたアレでも食べて、沈む気持ちを浮き上がらせてやろう。明日の夜にはホールケーキ食べ放題フェスが開催される予定があるとはいえ、明日は明日、今日は今日。

 女子にとって甘いものは一期一会。食べたいと思ったときが食べどきなのである。

 

「♪」

 

 小粋に鼻歌を口ずさみながらのご満悦な笑顔で庫内をまさぐる。はてさて、アレはどこかな〜?

 

「……んー」

 

 金曜日の放課後。クラスの友達と街に遊びに行った際、その帰りに、奮発して二個も買ってきたアレ。

 買ってきたときは、確か手前の方に置いといたはずのアレ。しかし当初置いてあった場所には見当たらず。

 まぁ、それは二日前の事だし、大方(おおかた)お母さん辺りが料理の邪魔だったからと、奥の方へと追いやってしまったのだろう。

 

「……」

 

 そう信じて念入りに捜した。

 マーガリンの裏。買い置きの牛乳パックの裏。作り置きの常備菜が入ったタッパーの裏。

 裏裏裏。全ての裏をくまなく捜したというのに、一向に出てこない。試しに野菜室も確認してみる。無い。なんで?

 

「……っ!」

 

 瞬間、額にビキッと血管が浮かび上がる。

 大切に取っておいたスイーツ紛失事件。この全米をも揺るがすほどの大事件の犯人に、ひとつ心当たりがあるのだ。

 以前にも、あとで飲もうと思って置いといたココアが勝手に飲まれていたことがあったから。

 

「……マジむかつく……ッ!」

 

 ダイニングを飛び出て、階段をドタドタ駆け上がる。それはもう、相手に自分の存在を知らしめるような大音量で。

 階段を昇りきり、廊下をドスドス歩く。相手に怒りを知らしめるような大音響で。

 

 そして廊下を進んで二つ目の扉。憎たらしいことに、後から産まれたくせに、気が付いたら勝手に隣の部屋に居を構えだした、死ぬほど大嫌いな肉親の部屋の扉を、叩き壊す勢いでドカンと蹴破ってやるのだ。

 

「ちょっとあんたァァ! うちのモロゾフのプリン、勝手に食べたでしょおおお!?」

 

 予想通り食べていた。食べてる真っ最中だった。

 机ではなく、テーブルの上に置いたノーパソに向かって眉間にシワを寄せていた奴が、間抜けヅラでスプーンを咥えていたから。

 

「ギャーーーーーーっ!!」

 

 そんなギャグ漫画みたいな悲鳴と共に閉じられた扉。閉じられた、と呼ぶには、些か激しすぎたかもしれないけれど。なにせ扉がたたきつけられた瞬間、(ウチ)揺れたからね。

 

「……な、なんでェェッッッ!!?」

 

 そんな悲鳴と疑問を引き連れて、ダダダぁっと激しい音を立てて階段を駆け下りるうち。

 そう。ギャーと悲鳴を上げたのも地球(ほし)が震えるほどの勢いで扉を閉めたのも、他ならぬうちなのである。

 

 だって仕方無くない!? ほぼ下着みたいな格好で怒りに任せてクソ陰キャな弟の部屋蹴破ったら、そこでプリン食ってたのは弟じゃなくて比企谷でした!

 そんなん、冷静に対処できるかぁ!

 

 

× × ×

 

 

「……どういうこと……?」

 

「……あ、や、……ご、ごめん。……お客来てるときにちょうどプリン二個入ってたから、親が気を利かせて買っといてくれたのかと思って、た、食べちゃった……」

 

「そんなんどうでもいいから……! いやどうでもよくないけど! な、なんで家に比企……アレが居んの……!? てかあんたら知り合いなわけ……!?」

 

「……あ、そっち?」

 

 うちは今、一階にある夫婦(両親)の寝室にて、極力大声にならないよう、ひそひそ声で喚いている。あのあとすぐさまクソ弟をメールで(当然LINEなんかは交換していない為)呼び出して。

 

 うちと弟は、かなり前から嫌い合っている。

 うち的には陰キャな弟が居るとか友達に知られたら恥ずかしくて余裕で死ねるし、こいつはこいつでクラスで一軍張ってるような陽キャは苦手なのだろう。

 故に、この弟とはここ数年来、家の中ですれ違ってもまともに会話……どころか目さえ合わせていない始末である。

 そんな姉弟が、まさかこんな形(薄暗い両親の寝室で、胸ぐらを掴みながらのひそひそ声)で心を通わせ合うことになろうとは……

 ちなみになぜ両親の寝室なのかは、うちの部屋にはこいつ入れたくないし、リビングだとアレがトイレとかで一階に降りてこようものならまた遭遇してしまいかねないから、という心配を回避するためである。

 

「……や、まぁあの人とは知り合いっていうか、ビジネス上のクライアントっていうか。ほ、ほら、あの人倫理観ぶっ壊れてるけど仕事は出来る人だから──」

 

「前置きいんないから」

 

「は、はい……」

 

 陰キャには圧が強すぎたかもしれない。うちを蛇蝎の如く嫌っているはずの弟が、ヒッと悲鳴を上げて素直に応じたのたから。

 だって仕方ないでしょ。あまりの緊急事態にパニくってんだから。

 

「ひ、比企谷先輩とは去年の今頃に部活関連で知り合いまして、そのあとは全然絡みとか無かったんだけど、ちょっと前にやった海浜との合同プロム関連でまた絡まれちゃって……。で、今度は夏休み前になんかまた下らないイベントやりたいっぽい生徒会長の一色に巻き込まれたらしいあの人に脅さ……声かけられちゃった俺と秦野でまた協力する羽目になっちゃって……」

 

「……」

 

 ……なんというか、この時点で色々と衝撃的な事実が。

 まず、まさか弟が、うちより先にアレと知り合ってたという事実にまず驚かされた。いや、二Fで同クラだったわけだから、実際にはうちの方が先なわけだけども。

 そしてもう一つ。まさか合同プロムとかいう謎イベントに、アレが関わっているとは夢にも思わなかった。ついでに弟も。

 まぁあの謎イベントは当時の卒業生のためのイベントだったから、うちらの代には全然関係なかったけど、それでも当時はちょっとだけ話題には挙がっていた。『なんかウチの学校、海浜とプロムやるらしいんだけどー!』『なにそれSNS映えしそー!』『私らの代でもそういうのやってくれたらいいよねー』とかなんとか。

 まさかそのプロムに、うちの関係者ががっつり絡んでたなんて……

 さらにもう一つ。なんでアレがあの生徒会長に巻き込まれる関係性なのかってこと。

 どう見ても全然繋がりとかなくない? クラスどころか学内で一軍張ってそうなあの一色いろはと、学内で三軍のベンチ外やってそうなアレじゃ。

 ……いや、まぁ無くはないのか。アレの部活的に。なにせアレの部活には、学内の一軍が二人も居るわけで。

 そういえばその一軍の中でもトップ中のトップなあの人、なんか最近彼氏出来たらしいとか噂になってたっけ。やっぱ年明けのあの騒動の噂通り、あの頃から葉山くんといい関係だったのかね。ま、うちらのような一般庶民には関係のない上級国民の話だから知らんけど。

 

 とにかく今はそんなことよりも──

 

「……で、そのクソイベントがすでにスケジュールかつかつで、仕方ないから休日持ち帰りコースってやつ……なんです」

 

 ──うちに胸ぐら絞め上げられて涙目なコイツから、事の真相を訊き出さねばならない。

 

「……で? なんでそれウチでやってんのよ」

 

「あ、や、……もともとはリモートでって話だったんだけど、やっぱ色々機材とか揃ってるところでディスカッションしながらやった方が効率よくね? って秦野が言い出して、相談した結果消去法でウチになりました……。まぁ、その言い出しっぺの秦野が家の用事でリモートになっちゃって、結局俺と比企谷先輩だけになっちゃったんだけど……」

 

 なるほど事情はよく分かった。けども……

 

「……あのさぁ」

 

「ヒッ……! は、はい」

 

「そういうことは早く言ってくんない!!? 急に来られたって困るに決まってんでしょうがァァ!!?」

 

 いやいや無理でしょ会話自体何年ぶりだと思ってんだよ……! とか泣きごと言ってる弟に言ってやりたい。

 

 

 あんた、異性のクラスメイト──しかも因縁浅からぬ相手に、たかが弟にプリン食われたくらいで、ほぼ下着姿なノーメイク姿で、部屋に怒鳴り込んで行ったところをがっつり見られたJKの気持ち分かんの!?

 

 

 と。

 なにこれ改めて状況を把握してみたら余裕で死ねる状況だった。

 

「……とにかく、今度からこういう事あるときは、……必ず先に言いなさいよ」

 

「いや、比企谷先輩がウチに来ることはもう無いと思」

 

「いいから」

 

「ひぃっ……! う、うっす」

 

 そうしてうちは弟の胸ぐらを解放し、優しく送り出してあげるのだった。

 弟が去っていった部屋に一人ぽつんと取り残されたうちが、次の瞬間、膝から崩れ落ちて頭を抱えながら奇妙なうめき声を上げたのは言うまでもない。

 

 

× × ×

 

 

「……ほんと勘弁してよ」

 

 そう不満げに呟いたうちは、メイクを終えてよそ行きの私服への着換えをバッチリ済ませ、今、リビングのソファーで背もたれに全体重を預けながら、、脚を組んでファッション雑誌に目を通しています。

 

 ──なぜ外出もしないのにメイクをして服を着替えたのか。

 それはうちがウチに居る以上、アレとの不意の遭遇にも対応出来る為の安心安全仕様である。

 なにせ階段から降りると廊下。廊下の横にはリビングの扉。その扉は木とガラスが格子状になっているという我が家の構造上、階段を降りれば自然とリビング内が見えてしまう。逆説的に、リビングで寛いでいれば、どうしたって階段から降りてくる人物が見えてしまう位置である。

 つまりアレがトイレに降りてきたり、または帰宅のために玄関に向かう際のことを考えると、監視するには絶好のポジショニングといえるだろう。

 

 ──ではなぜアレと遭遇するのがそんなに嫌なのに外出してしまわないのか。

 そんなの当たり前の話でしょ。なんでアレがウチに居る事で、なんでうちの方が気を遣ってわざわざ退避しないといけないというのか。むしろお前が出てけよ、って話である。

 

 そんなわけで、まるでアレから逃げ出すみたいな情けない真似をしたくないが為に、うちはソワソワしながらリビングで待機中なのだ。

 大嫌いな奴がウチに居るというのに、そういった危険性をものともせず、堂々とリビングに鎮座しているうちは、なんと勇ましいことだろう。

 

 

 そう。因縁浅からぬ相手、比企谷。うちはあいつが大嫌い。

 その理由は言うまでもない。ニ年のとき、文化祭と体育祭でうちはあいつに恥をかかされプライドをズタズタにされた。ほんと嫌なヤツ。

 しかもようやく離れられると思っていた進級の春。三年に上がって、なんの因果かまた同クラに。

 

 さらに、どうせ今年もぼっちなんでしょ? と鼻で笑っていたものの、あいつはこれまた同クラになった葉山くんと姫菜ちゃんに介護され、今やクラスでもそれなりの地位にいる。

 正確には、それなりの地位に居る人達に囲まれていて、一見するとそれなりの地位に見えるだけの、陽キャに四方八方囲まれている居心地最悪のぼっちでしかないんだけど。ざまぁ。

 

 うちはというと、三浦さんとかゆいちゃんと離れられた結果、ようやくクラスで一番のグループの中心になれている。

 ただし男子のトップグループ(葉山くんとか)との絡みは特にないため、もしかしたら比企谷のヤツには、うちが同クラだと認識されていない可能性もあるかもしれない。なにそれムカつくんだけど。何様ですかぁ?

 

 と、うちとアレとの間にはこれほどの因縁があるのだ。そりゃこの一週間、言ってやりたい事があって然るべき存在よね。

 ……ま、つまりはそういうこと。言ってやりたい事があったのに、言えず仕舞いでこの週末ずっとモヤモヤさせられていたクラスメイトというのは、この比企谷だったってわけ。

 うちがリビングでついついソワソワしてしまうのも、ご理解いただけることだろう。

 

 ──にしても。

 

「チッ。あいついつまで弟の部屋に居んのよ。早く帰れっつの。トイレにも全然降りてこないし!」

 

 ……ん? あれ?

 おっとあぶない。これじゃ、早く降りてこないかなー、とか、まるでソワソワしながら待ってる子みたいな言い回しになってしまったではないか。

 当然うちはあんなヤツに遭遇したくなんかない。アレとまた遭遇するなんて願い下げに決まってる。

 ……けど、でもまぁ、遭遇しちゃったならしちゃったで、文句のひとつふたつ言ってやるのは(やぶさ)かではない。

 せっかくこの一週間モヤモヤさせられた相手がちょうどうちのウチに居ることだし、あいつが居る内に言いたいこと言ってやったって、別に構わないと思ってる。

 

 

 そうして、しばし待つこと数十分間。待ってないけど。

 不意に、廊下の向こうからカタッと音がした。

 ようやく帰んのか。もしくはトイレにでも降りてきた? 動き出し始めが遅いっつーの。とかなんとかぽしょぽしょ独り言ちながら、ソファーにもたれ掛かりつつ、ちらっ? ちらちらっ? と期待……不満に満ちた横目で窺ってみた。

 すると予想通り階段を降りてくる人影が。

 ったく、なにとろとろ歩いてんの? ちゃっちゃと歩きなさいよ、とヤキモキしながら見ていたら──

 

「お前かよ!」

 

 弟がトイレに入ってった。

 もうお前しばらくトイレ使用禁止だから。三日くらいは我慢してろ。

 

 その後も(しば)し待つこと二時間ほど。暫しってなんだっけ?

 目を閉じればファッション雑誌の少ない文字列すべてが頭に浮かんでしまうくらい熟読し切り、今や雑誌後方に掲載されたファンデーションの二週間お試し広告のフリーダイヤル番号まで暗記し始めた頃だった。

 

「……じゃ、そろそろお(いとま)するわ。なんか悪いな、また手間かけさせて」

 

「はい。……つーかホントに悪いと思ってるなら、遊戯部に話持ってこないでもらえると助かんすけど……」

 

「お、おう。……ま、ほら、あれだ。世間では困ったときはお互い様とか言うらしいし。それに同じ釡に入った仲だろ」

 

「なんすか同じ釡に入った仲って……。そこは同じ釡のメシ食った仲とかでしょ。随分前に行ったサウナで風呂浸かったことを深い意味として利用しないでくださいよ。大体全然お互い様じゃないし……」

 

「あん? 活動実績の無いお前らの部室と部費が守られたの誰のおかげだと思ってんの? 四月に一色説得してやったの誰だっけ?」

 

「ぐぅ……! それ言われるとなんも言えねぇ……。俺らってそのネタでいつまで強請(ゆす)られるんすかね……」

 

「安心しろ。あとちょっとしたら受験でそれどころじゃなくなるから。だが大丈夫。俺達三年が居なくなっても、その精神は一色と妹が継いでいってくれるぞ」

 

「在学中の自由が今完全に捕縛されましたけど!」

 

 普段なら聞こえない二階からの話し声も、調理の音もしない、テレビの音もしない、家族の会話も聞こえない無音のリビングには、密やかながらに届いてくるらしい。警戒のために耳も神経も研ぎ澄ませていたから余計にね。

 かなりくぐもっていて、会話内容すべてを理解できるほどの情報量がもたらされたわけではないけれど、それでも会話を聞く限りでは、二人の関係が碌でもなさそうなことは理解できた。

 ただ、この碌でもなさそうな感じ故に、逆に二人にはそれなりの信頼関係が構築されているであろうことが窺えて、将来的には、こいつら義兄弟になったとしても上手くやっていけそうじゃん、なんて感想を抱いてしまった。なんて感想抱いてんだうち。頭湧いてんじゃないの?

 

「……ハァ〜。じゃ、まぁそういうことで……。俺まだ作業残ってるんで玄関まで見送りは出来ませんが」

 

「玄関開けっぱでいいのか?」

 

「まぁ俺も姉も居るんで。誰かしら在宅中は大体開けっ放しなんで、ウチ」

 

「了解。じゃあな、また来週会議室で」

 

「うす」

 

 人知れず自分の頭を心配している内に、どうやらあちらでは別れの挨拶が済んだみたい。とん、とん、と、ゆっくり階段を降りる音が聞こえてきた。

 とん、とん、とん。とても遅いリズムを刻むその音と反比例して、うちの心音は次第に激しいビートを刻み出す。

 ヘビメタを超えてデスメタルにまで達しそうなスネアの連打を魅せるうちの心臓(ドラム)。制御不能の心臓をなんとか抑えつけて、うちはすっくと立ち上がる。

 三時間近く寝食を共にした雑誌を抱え、リビングから自室へ戻ろうとしただけですけど? を装い、あたかも偶然出くわしてしまった(てい)で勢いよく扉を開けた。

 

「……あ」

 

「……あ」

 

 シンクロする『あ』

 当然片方の『あ』はリアルで出た音であり、もう片方の『あ』は、リアルを装った紛い物の音である。アカデミー級の『あ』に、思わず自画自賛しちゃいそう。

 

「……」

 

 一瞬見つめ合ってはみたものの、なんかちょっと気まずい。気まずいので、とりあえず嫌っそうに表情を歪めてから、ギロリとひと睨みしてみた。なんであんたなんかがウチに居るわけ? と、言外に込めるように。

 でも、正直この遭遇(自ら招いた必然だけど)は、思っていたよりずっと恥ずかしいかもしんない。なにせいくら凄んでみたところで、うちは先程こいつにとんでもない痴態を見られているのだ。見られているというよりは、むしろ自ら見せに行っちゃったまである。

 ぶっちゃけ、真っ赤になっちゃってるだろうくらいには顔が超熱いし、これほど説得力の無い凄味もなかなか無いのではないだろうか。

 全ては勝手に姉の大事なプリンを持っていった弟のせいだ。あとで後悔させてやる。

 

「……おおう。……な、なんか悪かったな」

 

 しかし、どうやらこいつはうちの渾身のひと睨みにビビってくれたご様子。でも、恥ずかしそうなうちに気を遣ってくれた可能性もワンチャン。どこにもチャンスの要素なかった。死にたい。

 

「は? なにが?」

 

 それでもうちは一歩も引かない。メンタル化け物かよ。

 

「あ、いや、……相模の断りもなく勝手に家に上がっちゃったし。あとプリン食っちゃったし」

 

「は!? うち、べ、べつにプリンとか全然なんとも思ってないんだけど!?」

 

 ……あのさぁ、どう考えたってあの場面は完全に黒歴史モノじゃん。掘り返さないでくんない? メンタル豆腐かよ。

 あと、えぇ……あの剣幕で……? みたいな顔向けてくんのめっちゃイラつく。

 

 

 

 それにしても……、うん。なんだろうか、このもにょもにょする感じ。いざこうして会話していると、なんとも実感してしまう。

 

 ──なんか比企谷がウチに居るんだけど!

 

 ということを。

 

 さっきまではあくまても弟の客でしかなかったから、この異常な状況も、ただの夢見心地な感覚でしかなかった。そう、なんか地に足がつかず、ふわふわと浮いてる感じ。

 でもこうしていざ言葉を交わしてしまうと、どうしたって実感せざるを得ないのだ。居るはずのない奴がうちのウチに居る、という非現実的な現実を。

 

 やばいそれ実感しちゃったら余計に緊張してきたかも。

 

 なんでうちが比企谷なんかに緊張させられなくちゃならないのか意味不明なので、うちはこの緊張からくる恥ずかしさを、こう言って照れ隠すことにするのだ。

 

「……てかさ、うちの断りもなしにウチに上がったの悪いと思ってんなら、とっとと帰れば?」

 

 そう言って、ぴっ、と玄関を指差してやった。今現在比企谷を引き止めてんの、明らかにうちだけど。

 すると比企谷、「へいへい」と、首を竦めて指示に従った。

 うちは、()がり(かまち)に腰を掛け、スニーカーの紐を結び始めた比企谷のみっともなく丸まった猫背を横目で眺めつつ、心の中で頭を抱えるのだった。

 

 

 ……違う。うちがこの一週間、こいつにずっと言いたかったのは、こんなんじゃない!

 

 

 

 

 ──うちは、本当は比企谷にちょっとだけ感謝しているのだ。

 嫌いだけど!

 

 文化祭……は、まぁアレだったけど、少なくとも体育祭は、なんだかんだいってこいつに助けられてしまった部分があることは否めないから。

 好きとかでは全然無いけど!

 

 そんなこんなで、今更ながらその感謝を伝えたいなとずっと思って学校生活を送ってきた。そしてこの一週間、その感謝と共に、とある事を言ってやりたいと、悶々と過ごしていたのだ。

 めちゃくちゃ嫌いだけどね!

 

 なのに。

 こんな奇跡的な機会を得られたというのに。

 ここまできて、自分の照れ臭さを隠したいがために強がって悪態をついちゃうとか、……バカなの? うち、バカなの?

 

「……あ、あのさ」

 

 だからうちは、超ムカつく奴を呼び止める緊張とか、超大嫌いな奴に感謝を告げなきゃいけない屈辱とか、そういうの、一切合切ぶん投げてやった。遠い彼方へぶん投げて、今にもうちのウチから出ていってしまいそうなこいつがまだ居る内に、頑張って声を掛けたのだった。

 ……たまには素直になれ、相模南!

 

「……え、まだなんか用?」

 

「は? 自意識過剰なんじゃない? あんたに用なんかあるわけないんですけど」

 

 ダメだった。素直になれるわけないでしょ。だって、なんか用? って言ったときのこいつの顔、めっちゃ腹立つんだもん。なにこいつ人をイラつかせる天才なの?

 

「いやいや、いま呼び止めたのお前だよね?」

 

「別に。ただ、アレよアレ。うちのウチに入ったこととか、学校で言い触らさないでくんない? って言おうとしただけ」

 

「用あんじゃねぇか……。そもそも話さねぇし。話す気も話す相手も居ないだろ。むしろなんで話すと思った? クラスの女子の家に行ってきたとか、どこ向けの発信だよ」

 

「あっそ」

 

 で、結局はこれである。

 片や玄関のタタキでうちを訝しむように見上げ、片やそれを見下すように腕組んで仁王立ち。

 結局うちとこいつは水と油。どこまで行っても混ざり合うことはないのだ。

 ちなみに、どうやらクラスメイトとしては認識されてたらしい。よかった。うちばっかが一方的に意識してただけじゃないみたい。別に嬉しくなんかないんだけどね。

 

「てかあれよね。最近のあんたって、教室でみんなに囲まれててちょっと調子に乗ってる感じじゃん」

 

 世間ではこういう態勢をベガ立ちとか言うんだっけ? そんな堂々とした佇まいで、うちはそう挑発するように鼻で笑ってやった。

 こうなってしまっては、もううちの口を止めることは出来ない。いくら自分が自分に止まってよとお願いしてみたところで、聞く耳なんか一切持たず、滑らかに回りまくるのだ、うちの口は。

 言いたいことは一切言えないくせに、悪態だけは120パーの威力で繰り出せてしまう自分を呪いたい。

 てか、早く帰れば? とか言っといて、結局引き止めてんのうちっていうね。

 

「は? どうやったらあの状況で調子にのれんだよ。陽キャの中に一人放り込まれたぼっちの悲哀なめんな? あれは囲まれてるんじゃなくて取り囲まれてるっつーんだよ」

 

「ぷっ、あはは、知ってるっての! 葉山くんに構われてる比企谷って、めっちゃ哀愁漂ってるよねー」

 

「……うっせ」

 

「クラス替え初日から葉山くんの友達かと思われて、めっちゃ話しかけられて困ってたし!」

 

「……う、うぜぇ」

 

「GW明けも葉山くんと姫菜ちゃんに絡まれてたらみんな寄ってきちゃってさ、休みどっか行った? とか予備校ダルいわー、とか周りでガヤガヤ始まっちゃったら一人でキョドりだしてたしさー」

 

「……ほっとけ」

 

「こないだもー、中間終わって葉山くんと国語の成績競べてバチバチしてたらまた他の子たちにも絡まれちゃってたよねー。あんときの比企谷のうんざり顔ときたらさぁ、あ〜、ウケるわ〜」

 

 ……って、いやいやいや、どんだけ滑らかに回んのようちの口。こいつのネガキャンしてると、全然止まんなくなっちゃうんだけど。

 てか本人に向けての陰口(陰口っていうの?これ)とはいえ、こんな風に比企谷と笑い合って(笑い合って(・・・)はいない)バカ話してるのが、なんか楽しいのかも。今まで比企谷とこうやって顔つき合わせて話すことなかったから。……全っ然楽しくなんかないけども!

 

 そんな、いつまでも自身のぼっちをネタにされ続けていた件の比企谷。さすがに笑い者にし過ぎたのか、なんかうちを真っ直ぐに見て、間抜けヅラ晒してポカンとしている。

 それがあまりにも間の抜けすぎている面だったので、うちは思わずこう訊ねてしまった。

 

「……なに? なんか変だった?」

 

 と。

 そんな疑問に対して、比企谷はこう答えるのだ。怪訝そうに訊ねたうちに、衝撃的すぎるそのアンサーを。

 

「……いや、お前どんだけこっち見てたんだよ、と思って」

 

「…………へぁ?」

 

 言われてみて気がついた。今まさにうちが愉しげに披露していた比企谷のネガティブキャンペーンの数々。それはつまり、うちが比企谷をずっと見ていなければ、到底披露できないトーク集なわけで。

 必然的に、新年度が始まってからのこの三ヶ月弱、ずっと比企谷を見ていたという証明を、ニヤつき胸張り自信満々にご披露していたというわけである。

 途端に全身が熱くなる。それはもう、急にサウナにでもぶっ込まれたかのよう。

 でもこのサウナでは決して整うことはないだろう。整うどころか、脳内がしっちゃかめっちゃかである。

 

『は? 自意識過剰キモ。あんたなんか見てるわけないじゃん。葉山くん見てたら、勝手に余計なものが目に入っちゃっただけだけど?』

 

 混乱する頭のなか、もしかしたらこんな言葉を口にすれば良かったのかもしれない。たぶん比企谷も、こういう返しが来るだろうと期待しての問いだったんだと思うし。

 でも、パニックなうちの脳が──うちの口が選択したのは、こんなとんでもない返答だった。

 

「……は!? 悪い!?」

 

 なんていう、まるで『確かにあんたを見てましたけど、なんか悪い事した?』とでも言うような、逆ギレ混じりの大失言。

 どうやら本格的に頭が沸いてき出したらしい。熱すぎるサウナで脳が沸騰して逆に整っちゃったのかも。

 それでも……まだ修正の余地はある。びっくりしている比企谷に向けてこう言えばいいだけの話なのだから。

 

『確かにそっち見てたけど、葉山くん見てたうちの視界であんたがウロチョロしてただけじゃん。なにが悪いの?』

 

 ってね。

 そう。そう言えばいいだけ。そうすればこの場は丸く収まるのだから。かなり棘だらけの丸だけども。

 だからうちはも一度口を開くのだ。

 

「……あんた見てたんだからしょうがないじゃん。なにが悪いの?」

 

 と、言うために。

 より一層驚く比企谷。むしろ引いてらっしゃる。

 

「……え、えーと、……ど、どういう意味だ?」

 

 怖ず怖ずと、そう訊き返してきたこいつ。想定問答のレールから外れてしまった暴走気味のQ&Aに、どうやらタジタジのご様子。

 

 しかしながら、うちのこのトンデモ発言。こう見えて、別に口が滑っただけのただの失言ってわけでも、頭沸きすぎたパニック状態ゆえの暴走ってわけてもない。ちゃんと冷静に判断した、うちが自分で決めて、うちが自分で選んだ、まちがいのないうち自身の選択。

 

 当初の予定通り、頑張って素直になってみた。

 当初の予定通り、恥ずかしさとか屈辱とかを押し殺して、本当の気持ちを伝えようと踏ん張ってみた。

 

 これは、別にそういうカッコつけた選択なんかじゃない。

 どうせもう恥かいちゃったし、だったらこの際自分の大失言に乗っかっちゃおう。この大失言を上手いこと利用して、ずっと言いたかったことを言っちゃおう。

 そういう、とても小狡い選択。

 なんともうちらしい情けなくも姑息な作戦ではあるけれど、どうせ比企谷に対しては素直に感謝の気持ちを伝えるなんてこと、うちには出来るわけがないから。

 

 だけど、これでようやく言える。こんなに時間掛かっちゃったけど、それでもうちは、今この瞬間のために、あの日から──あの体育祭のあとから、ずっと比企谷を見てきたのだから。

 

「……うちさ」

 

 だから、今度こそ伝えます。

 比企谷に届け、うちの素直な想い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じ、実のとこ、あんたにちょっとだけ、ちょ〜っとだけ、い、1ミクロンくらい? か、感謝、みたいな? そういうのしてるとこ、あんのよ……。非っ常に不本意で不本意で嫌嫌なんだけども! ほ、ほら、去年の体育祭んとき、一応あんたに助けられちゃったみたいなとこ、あんじゃん? ま、微々たるもんだけど。だ、だからまぁ、お礼くらいは言って あ げ て も良いかなー? みたいなことを、ずっと思ってたわけ。……ちょ、勘違いしないでくんない? 言っても言わなくてもどっちでもいいかなレベルの超軽いアレなんだから、いい気になんないでくんない!?」

 

「……お、おう」

 

「で、お礼言って あ げ る 隙さがしてあんたを監視してたってわけなんたけど、そしたら陽キャに囲まれてるぼっちっていう、あの笑える状況だったわけじゃん? そりゃ見ちゃうでしょ、だって超ウケるし」

 

「そ、そうだな」

 

「でしょ? だからまぁそんなわけで? あんたの方見てたたってだけなんですけど? なんか悪い?」

 

「い、いや、別に悪くないんじゃね……?」

 

「だよねー。で、とりまこうしてお礼言って あ げ た わけだし? むしろ逆に感謝して欲しいくらいなわけ。どう? わかった?」

 

「……」

 

 見よ世界! 見よ比企谷! これがニッポンの素直だ!

 ちなみにこの怒涛の猛攻の間、当然のように見下すような仁王立ちのままである。

 勝ち気な冷笑の中に潜んだ上気した頬と充血した涙目、プルプルと小刻みに震えている全身は、こいつにバレてないと願うばかり。

 

 

 ──我ながら、どうかと思う。このアホさ加減。

 素直? なにそれ美味しいの?

 せっかくの奇跡的な機会。さらにそれを後押しするような偶然の大失言。

 これだけのチャンスに恵まれて、そのチャンスに全力で乗っかったにも関わらず、なんという(てい)たらくか。もう自分のしょーもなさに、泣くを通り越して笑いが込み上げてくる。

 

 ……それでも。

 

「……っ」

 

 うちの心には、ほんの少しだけ、ほっこり感がひょっこりと顔を覗かせるのだった。

 

 比企谷が、こんなうちを見て、少しだけ笑ったから。

 

 当然のように、こいつは呆れ果てた顔してるし、なんなら引きつってさえいる。

 でも、確かにちょっとだけ口元が弛んだのだ。

 

 ……文化祭に体育祭。今までだって、うちは比企谷に笑われたことはあった。

 でもそれは、なんの温度も感じられない冷たい冷たい嘲笑という笑い。まるでゴミでも見るかのような冷たい笑みだった。

 でも今の笑いは違ったのだ。小馬鹿にして呆れ果てた笑いではあったけど、確かに温度が感じられた。ふんわりと。じんわりと。

 本当にこいつはどうしようもねぇな。ここまで捻くれてここまで拗らせてここまで強がらないと、礼の一つも言えないのかよ。

 そう呆れながらも、思わずくすりと漏れ出てしまった笑み。

 まるで出来の悪い子供の悪戯に向けるような呆れ笑い。とてもじゃないけど、向けられて喜べるような代物ではないソレ。

 

 それでもうちは、ソレを向けられてちょっとだけ胸が温かくなってしまったのだ。ほんの少しの温かな温度を向けられて、ちょっとだけ胸がキュンとしてしまったのだ。なんというチョロイン感だろうか。

 

 

 ──だからうちは……

 

 

 

 

 

 

「てかー、見ててマジでウケんだよねー。もうちょいどうにかなんないわけー? せっかく葉山くんと姫菜ちゃんのおかげで周りに人集まってんだから、自分も積極的に交ざってけばよくなーい? あ、それが出来ないから万年ぼっちなんだっけー? ぶっ、ウケるんたけど!」

 

 調子に乗りました。

 

「マジであんなんじゃ彼女はおろか友達だって出来ないって。一応周りに雪ノ下さんとかゆいちゃん居るんだから、そろそろ慣れてったらー? まぁ? 部活だから仕方なく一緒に居る関係ってだけで、どうせ部室行ったら二人とぼっちなんだろうけどー」

 

 それはもう全力で調子に乗りました。得意になったように相変わらずの勝ち気で見下すような笑みを浮かべたまま、語尾すべてに草を生やしてそうな勢いで。

 

「あ、そだ。うち、いいこと思いついちゃったんたけど」

 

 いつにも増して口が滑らかに回るから。

 比企谷が温度を感じさせてくれたから。

 そしてまだ本命ともいえる『この一週間どうしても言ってやりたかったこと』が残っているから。明日という記念日を前にして、これがこいつがうちのウチに居る内に言える最後のチャンスだと思ったから。

 

 だから、うちは些か調子に乗りすぎていたのかもしれません。

 

「ほら、うちってこう見えてあんたに感謝とかしちゃってるわけじゃん? だからそのお礼も兼ねて? ちょっとくらいは比企谷の陽キャ慣れに付き合ってあげてもいーんだけど? うちに慣れさせてもらえれば、上手くいけば友達どころか彼女だって出来ちゃうかもしんないよ?」

 

 ハァ〜、やれやれ、気乗りはしないけど、まぁお礼だからなぁ〜、仕方ないかぁ〜、と全身全霊でアピりつつ、ついに言ってやるのだ、この思いの丈を!

 

「あ。そういえば明日の放課後とか、うちちょうど空いてるし? ……が、学校終わりどっか遊び行くのとか、つ、付き合ってあげてもいいんだけどー?」

 

 むふ〜っ、と、鼻息荒く満足気に言い切ってやった。

 この魅惑的なお誘いに、この陰キャ丸出し男がドギマギしないわけがない。なにせ、うちは今やクラスの中心的女子なのだ。かなりモテるのだ。

 そりゃ雪ノ下さんみたいな顔面もなければ、ゆいちゃんみたいな反則級胸囲もない。

 でもあの二人は高嶺の花じゃん? 雪ノ下さんに関しては彼氏出来たらしいし。

 確かにそれなりの関係築けてるみたいだけど、それってあくまても部活メイトだからっしょ? だからとりあえず、ここはうちで馴れといてみたらいんじゃない? そしたら比企谷の頑張りと努力次第では、彼女(うち)だって出来ちゃうかもよ?

 

「……そ、そうか。……あー、まぁ、なんだ、それはとても魅力的な提案だな……」

 

 でっしょー?

 はたして、比企谷はドギマギしだす。あまりにもうちの狙い通り過ぎて、偉そうなニンマリ顔がより一層勝ち気に歪むばかり。

 ちらっ? ちらちらっ? とこっそり比企谷の顔を窺ってみると、へっ、ざまぁ、真っ赤になってやんのー!

 ほらほら、いいんだよ比企谷? 素直になっちゃってもいいんだよ? 明日の放課後デート、申し込んで来ちゃってもいいんだよ?

 

「……非常に魅力的ではあるんたが──」

 

 ん? だが?

 ん? そこでその接続詞はおかしくない?

 あれ? 比企谷が照れてる要因が、なんかうちの思ってたのと違くない? なんか流れおかしくない?

 

「……さ、最近彼女が出来たばかりでな。だから別に無理に陽キャに慣れて彼女作る必要も無いんだわ。……お礼がしたいって気持ちだけ、有り難く受け取っておく」

 

 そう言ってモジモジ身を捩って、照れ臭そうに頭をがしがし掻いている比企谷マジきしょい。

 ……なんか、照れてたのは、彼女が出来ちゃった宣言をするのが恥ずかしかっただけみたい。

 ……あれ? あっれー?

 

 そんなとき、ふとあの情景が頭を過る。三年になってから、放課後に友人達と交わした何気ないあの雑談が。

 

『知ってる? なんか最近、雪ノ下さん彼氏出来たらしいよ!?』

 

『マ!? じゃあやっぱ葉山くん!?』

 

『じゃない? 雪ノ下さんに釣り合うのなんて葉山くんくらいなもんでしょ。葉山くん、前にちょっとだけ由比ヶ浜さんとも噂立ったことあったけど。でも雪ノ下さんとか葉山くんが誰かと付き合うとか意外だよねー。どっちもそういう俗っぽいのとは無縁の世界の人達かと思ってたよ』

 

『あー、わかる!』

 

『やっぱ顔か……』

 

『……由比ヶ浜さんだったら胸なんだけどねー』

 

『やばい、うちらどっちもないんだけど!』

 

『ギャー! 言わないでー!』

 

『現実ってキビシィィ!』

 

 ……比企谷じゃん! タイミング的に見て、雪ノ下さんの彼氏って比企谷じゃん!

 なんか妙な信頼関係あったから、確かにあのときその可能性も頭にちょっとだけ過ぎったけども! でも普通に考えて有り得ないじゃん! 比企谷と雪ノ下さんなんて……!

 

「……あ、そ、そうなん? マ、マジでウケるんたけどー。ひ、比企谷に彼女居るとか、梅雨なのに明日雪でも降っちゃうんじゃないのー……?」

 

 雪ノ下さんだけに。うるさいわ。

 

「よ、良かった〜。じゃあわざわざうちがカワイソーな比企谷なんかの為に犠牲になってあげなくても良くなったってことじゃん。……あ、あははー」

 

 何でもないかのように語尾にWを生やしまくって、超必死に捲し立てる負け犬。涙目のプルプル具合は、もはや可愛いの代名詞 チワワだって凌いじゃうレベル。

 

「……お、おう。悪いな」

 

 は? なに照れてんの? ちょっと彼女が出来たくらいでデレデレしてんじゃねーよ、って話なんですけど。

 べ、別に悔しくなんかないし? 大嫌いで超嫌な奴が彼女持ちとか、これでより一層うちと比企谷との間に距離が出来たってことだし? 全っ然なんとも思ってないんですけど?

 

「……じゃ、じゃあそろそろお(いとま)するわ。重ね重ね悪いな、お邪魔しちゃった上に、なんか気まで遣ってもらっちゃって」

 

 だ〜か〜ら〜、照れんなっつってんの! ニヤニヤしやがって、ご自慢ですかぁ?

 うがぁぁぁ! 超ムカつくぅぅ! ハッ、どうせあんたなんかがあの雪ノ下さんと長続きするわけないし!? フラれるまでの間、精々今のうちに好きなだけデレデレしてればぁ!?

 

「……じゃ、早く帰れば?」

 

「……お前に呼び止められてたんだが」

 

「は? 自意識過剰キモ」

 

「えぇ……なんか当たり強くなってない……? じゃ、じゃあ……」

 

 そう小さく嘆き、死んだ目をしたうちを残して、比企谷はうちのウチを後にするのだった。

 

 比企谷が玄関を開けると、ウチの中に外の空気が勢いよく押しかけてきた。

 梅雨特有の湿った生温い空気ではなく、ゲリラになる前の、まるで冷房の風速全開のような冷たい空気の暴力に、うちの赤みがかったショートヘアーはバッサバサに乱され、うちの赤みがかった火照った頬は、ボッコボコにサンドバッグにされた。

 

 ぱたんと閉まる扉。

 

 ぽつんと取り残されるうち。

 

 がくんと膝から崩れ落ちる負け犬。

 

 OTNとかいう、一昔前に流行ったらしいネットスラングを体現するかのようなうちの姿。なんだこれ、惨めを絵に描いたような、とっても素敵な構図じゃない?

 

 

 

 ──相模南十七歳。

 十八回目の誕生日を──新成人とやらになるらしい生涯に一度きりの記念日を、明日六月二十六日に控えた今日という晴れの日イブ、大っ嫌いな男子相手に、気が付いたらなんか失恋してました★(白目)

 

 

 ちなみに、このすぐあとには予想通り辺りはゲリラ豪雨に見舞われて、確実に濡れネズミになっているであろうあいつに、涙目で「比企谷ざまぁ! ばぁぁぁか!」と高笑いしてみたり、さらにはこの一連の出来事を階段の上からこそこそ覗きながら、『うわぁ悲惨wしかもラスボスが雪ノ下先輩とかwww』などと、実の姉を嘲笑っていた弟の部屋に鈍器を持って殴り込みをかけたりしたのは、また別のお話。

 

 さらにさらに、その後の学校生活、比企谷がぼっち飯へと逃げ込んてる場所(ベストプレイスとか呼んでるらしい。ダサ)にちょくちょく顔を出しては、「どうせすぐフラれるに決まってんだから、そのときの為にお昼一緒して あ げ て もいいけど?」と、ウザがられながらもあいつとランチを伴にするようになったというのも、やっぱりまた別のお話である。

 

 

 

 おしまい





どこが幸せやねん。

というわけで、さがみん誕生日おめー!世界広しといえど、今更さがみんの生誕祭SSなんて書くの、もう他に居ねーだろうなぁw



最後までありがとうございました!
さて、実はこれにて、この短編集は一応の終了とさせて頂きます。
そして、ついさっき↓にて、まさかの新作始めちゃいました!

https://syosetu.org/novel/319391/


同じ短編集ではありますが、恋する乙女〜の方は話数がかなりかさんでしまっていたり、キャラクター達がどいつもこいつも面倒臭い為にモノローグが増えに増えて文字数が膨らみ続け、あまり気軽に書けなくなってしまったこともあり(しばらく筆を置いてしまった要因の1つでもあります)、今後は作者が気軽な気持ちで書けるよう、1話完結でせいぜい五千文字程度、恋愛要素縛り無しで済むアチラの短編集を、主に使っていきたいな〜、なんて思っております!(恋愛要素が無いとは言ってない)

八幡との恋愛要素縛りを考えずなんか思いついたら適当に書き殴ってみて、内容的にラブコメ要素強めだったり文字数が膨らんでしまったらコッチ。
ラブコメ要素が薄かったり、または文字数少なめで1話完結で済むようならアッチ。


そんな感じで、1ヶ月に1回でも半年に1回でも、書く意欲が湧いてきた時に好きなように更新する!
そういう感じでよろしくでーす!


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