ヤマトin艦これ (まーりゃん000)
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第1話

 気が付くと海の上に立っていた。

 気が付いた瞬間「やばい!」と思ったのだが、どういうわけだか沈む様子もなく、地面の上で立つように立てていた。

 いや、地面の上に比べると少々バランスは悪いが。けれども、2回ほどやったことのあるスケートよりは遥かにましだ。それだったら間違いなくコケてるし。

 

 で、ここはどこなのだろうか?

 そう思って見回してみるも、見渡す限りの大海原である。

 水平線とはまさしく線なのだなと実感できるほど、見事に何もない。が、おかしい。俺は自分の部屋にいたはずだ。

 

 記憶をたどるに、俺は確か艦これをやっていたはずだ。

 いわゆるガチ勢でない俺は、ちまちまとやって、好みの艦娘を建造しては悦に浸るタイプだった。

 イベントも参加しないことが多く、参加しても少々進めるだけで、全クリすることはなかった。全体の練度それほど高くなかったし。

 ちなみにウチのトップは長門でレベルは86。以下赤城、加賀、神通、陸奥、伊勢が基本の第一艦隊メンバーだった。大艦巨砲主義万歳。

 言うまでもなく資材の消費は凄まじいものがあったが、積極的に出撃を繰り返していたわけではないので、それでも十分回ったのである。

 

 話が逸れた。

 で、俺は艦これをやっていたのだ。

 特に目的もない場合が多い俺だが、今回は目的があった。大和の建造である。

 

 「大和」――――なんと素晴らしい響きだろうか。

 日本、いや世界に轟くビッグネーム。

 世界最大級と呼ばれる大戦艦。これまた最大級の主砲、46サンチ3連砲塔。ついでに建造費と維持費も最大級である。国が傾くレベルで。

 最強の戦艦であった一方、そもそも戦艦という艦種自体が戦闘に効果的でなくなってきていた時代を生き、ついには目立った戦果も上げられぬまま海へと没した。

 そのネームバリューと悲劇的な結末から、様々な物語にも取りあげられることの多い艦だ。

 有名どころは、やはり宇宙戦艦ヤマトだろう。幼い頃は父が録画していたビデオを繰り返し観たものだ。俺の大好きなアニメの殿堂入り作品である。

 それだけに復活編とか実写版はキレそうになった。というかキレた。けれども2199は褒めて遣わす。

 

 また話が逸れた。

 そんなわけで、俺は大和が大好きだ。

 艦これに大和が出現した当初、「これは欲しい!」と思ったのだが……実際のところウチの戦艦戦力は十分であったし、資材の関係もあってそこまで建造に熱意を燃やしたわけではなかった。

 だから今更大和を建造しようと力を入れたのも、ただの思いつきと言えば思いつきだった。

 

 そうして俺は、貯めた資材をひたすら大型建造に費やしていたはずだった。

 1週間ぐらいは繰り返していたが、なかなか大和は出てこない。

 「元祖ヤマトのテーマ(2199Ver)」を聴きながら、「大和出てこい大和出てこい大和出てこい」と念を送り、最後の資材を費やして建造し――

 

 ――そうだ、思い出した。

 そうして建造した結果、99:99:99という、訳の分からない数字が出たのだ。

 表示がバグったんだろうな、と思いつつも、最後の資材を費やした以上これに賭けるしかない。バグった状態で操作する怖さはあったが、俺は高速建造材を使った。

 結果、いつものように炙られて時間もちゃんと0になった。

 ほっとした俺は、しかし時間が解らなかったので結局何の艦娘が来たのかわからず、不安と期待に胸を膨らませながら新しい艦娘を迎えるべくクリックして――

 

 

 ――で、今に至ると。

 

「……結局何もわからんじゃないか!」

 

 俺は思わず叫び……その高い自分の声に驚いた。

 

「うえっ!? あ、あー。あー! あーっ!」

 

 高い。高すぎる。全く聞き覚えのない声で、それが自分の喉から出ていると思うと気色悪い。

 というか何だこれ。

 

 異常は周りだけでなく、自分にも起きているのだとようやく気が付いた俺だった。

 そもそも海の上に立っているのがおかしいのだ。気づくのが遅すぎると言われればぐうの音も出ない。

 恐る恐る視線を下ろし、自分の身体を見た。

 

 見えるはずの腹が見えなかった。その前にある巨大かつ柔らかそうな、男の憧れであり夢であり、いつか俺が揉みたい舐めたいと感じていながら終ぞ果たすことが出来なかった、そうそれは母性の象徴――ぶっちゃけて言うと、おっぱいだった。

 

「なぁ――――っ!?」

 

 絶句。絶句である。

 だってそうだろう。おっぱいだ。言い忘れていたが俺は男であり、当然おっぱいなんか付いてるわけがない。股間には付いているが――ってまさかいやまさか。

 

 手を――どこへとは言わないが――差し入れる。

 無い。

 無いぞ。

 無いのだ。

 無いのだ! 男の象徴たるアレが!

 

「ああああああああああああああああああっっっっ!!!」

 

 慟哭。

 俺は海に膝をつけ、泣いた。泣き喚いた。

 友だった。生まれたときから共にあり、死すらも共にするはずだった。血肉を分けたる仲だった。

 いつか俺とともに、女性に突撃しようと誓った戦友だったのだ。

 それなのに! それなのにあいつは逝っちまった! こんなわけのわからない状況で! あいつは逝っちまったんだ!

 

「畜生! 畜生! ちっくしょおぉおおおおおおお!!」

 

 俺はしばらくの間、立ち直ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っすん……。ああ……死にたい……」

 

 思わず友の後を追いたくなるが、堪える。もう少し状況を把握してからでもそれは遅くないし。うん。

 

 改めて自分の体を見る。

 ぼん、きゅっ、ぼん! だった。つまり超スタイル良い。

 最近ありがちな足細すぎで骨ばっているようなタイプではなく、少し肉の付いた、抱き心地のよさそうな感じのスタイルである。エクセレント。

 白と赤を基調とした、セーラー服のようなものを着ている。が、なぜかスカーフの代わりに金色のしめ縄のようなものが巻かれている。ヒールのような靴を履いており、何故か靴下は左だけ長い。

 首元には首輪のようなものが付いている。

 引っ張ってみると、ちょうど正面のところが大きく抉れ、丸く穴が開いた首輪だった。のどに刺さりそう。

 

 そして……あー、そしてである。

 今まで無視してきたけれども、さきほどからちらちら視界の端に写り、なおかつ俺の後ろで圧倒的な存在感を放っているものがある。

 ぐりっ、とちょっと首をひねれば、まるで戦艦に載せられている3連砲塔を小さくしたかのようなものがあった。

 その下には艦を半分にしたようなものがあり、他にもいろいろごちゃごちゃと。それらは全て、俺の腰に接続されていた。ちなみに肉体的には繋がってないようだ。

 

「……うぅん……」

 

 思わず唸ってしまう。自分の出した声が思ったよりも色っぽくて、ちょっと恥ずかしい。畜生、俺でなければ。

 

 さて、結論である。

 

「……これ、大和……?」

 

 大和型一番艦「大和」――その艦娘。俺は持っていなかったが、その姿だけはいろんなところで目にしていた。

 髪も栗色のポニーテイルだし、覚えている限りの特徴が一致する。

 一致するのだが、それにしてはおかしい部分もある。

 なんか艤装がシュッとしているというか、全体的に近未来的というか。そういえば大和の首輪には確か菊の御紋が入っていたはずで……ちょっと待て。

 

「……大和……ヤマト……?」

 

 その瞬間、色々なことが頭の中に浮かんできた。

 俺が今誰であるのか、この世界のこと、艤装の詳細、操作方法――色々なものが突然思い出すように頭に叩き込まれ、俺は思わず頭を抱える。

 そしてそれが収まった後は、別の意味で頭を抱えることになった。

 

「何だこの性能……!」

 

 恒星間航行用超弩級宇宙戦艦 BBY-01「ヤマト」。それが俺の艦娘として背負う艦の名前だった。

 「あ、2199の方なんですね」と思わず現実逃避じみたことを考えた俺を許してほしい。

 機関は当然、ロ号艦本イ400式次元波動缶――つまり波動エンジンである。無限機関であり、おかげで燃料の心配は全くない。

 ヤマトの方である以上、当然宇宙に行ける。空も飛べるし海も潜れてワープも可能。

 主砲は48サンチ三連装「陽電子衝撃」砲塔。副砲に20サンチ三連装陽電子衝撃砲塔を備え、魚雷にミサイル爆雷対空砲などなど全てがヤマト仕様である。

 艤装の後ろ、下の方からは艦載機も発進可能。ちなみに艦載機もコスモファルコンだ。

 そして宇宙戦艦ヤマトを特徴づける波動砲――これも当然使える。

 

 使えるのだが――どこに使う場面があるってんだよ!!

 

 頭に浮かんだ知識によると、この世界は普通の「艦これ」世界であるらしい。

 深海棲艦が海から現れ、シーレーンをずたずたにし、世界のほとんどの海から人間を叩き出し、今なお侵攻を続けている。そんな世界だ。

 現在人類は圧倒的劣勢。しかしながら艦娘が現れたことで徐々に力をつけてきており、日本においては最低限の領海を維持しているらしい、そんな世界。

 

 つまるところ、敵は深海棲艦だ。他の世界からBETAが侵略してきているとかならともかく、そういうわけではないこの世界で「ヤマト」の攻撃力が必要だろうか?

 答えは否。どう考えてもオーバースペックである。

 通常の艦娘が持つ、旧式の砲でも十分なダメージを与えられる敵だ。ショックカノンなんか直撃させてしまえば、多分殆どの敵は一発で倒れる。

 波動砲に至っては星を破壊する威力で、使いどころが全くない。

 

 まあ、もちろんこの力を使用して無双しろというのであれば、やぶさかではない。深海棲艦が人間を害していることは俺としても許しがたいことだし、放っては置けない。

 

「……まあ、いいか」

 

 あまり深く考えるのはやめよう。

 ともかく人がいるところへ行きたい。大海原に一人ぼっちは寂しすぎる。

 行くとしたらやはり鎮守府だろうか。艦娘だし。でもどう説明したらいいんだろう?

 というか考えてみると、艦これの世界ということは他の艦娘もいるわけで……やったぁ! 愛しの艦娘たちに会える!

 

 深く考えず、思考の赴くままにまかせながら、俺は海を進み始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 それが聞こえたのは、戦闘訓練からの帰航途中だった。

 微かに女性の声のようなものが聞こえた気がして、朝潮は速度を落とした。

 

 とても澄んだ、透明感のある綺麗な声だった。

 空に溶けて消えてしまうような、そんな声。本当に聞こえたのか、自分でも疑わしくなるくらいに。

 

「朝潮、どうかしたっぽい?」

 

 遅れた自分を観て不審に思ったのか、夕立さんが近づいてきて声をかけてきた。

 見れば、不知火さんと満潮、旗艦である龍田さんも足を止め、何かあったのかとこちらを見ている。

 

「あ、いえ。その……」

 

 女性の声が聞こえた、なんて本当に言ってしまっていいのか迷った。

 何しろ、ここは海の上。他に人なんているわけがないし、いるとしたら私たちと同じ艦娘ぐらい。でもそれなら、連絡があってしかるべきだ。下手をすれば敵と誤認しかねないのだから。

 少し悩んで、口を開いた。

 

「女の人の声が聞こえたんです。歌声のような……」

「歌声?」

 

 不知火さんが静かな声で聞き返して、思わずびくっとしてしまう。不知火さんは秘書艦として早くから提督の元で戦っており、つい最近配属された私と違って、かなりの数の戦闘を潜り抜けてきたと聞いている。今回の戦闘訓練では龍田さんとともに私たちの教導役として付いてきていた。

 殆ど笑わないことで有名で、目つきが鋭いこともあって後輩の駆逐艦たちからは怖がられている先輩だ。

 悪い人ではない、というのは解るのだけれど、やっぱり怖いものは怖い。

 

「何よソレ。こんな場所で歌声なんて聞こえるわけないじゃない」

 

 そう言いつつも、満潮は片耳に手を当てて音を聞いていた。一緒に先輩方から指導を受ける満潮は姉妹艦だ。姉妹艦と言っても、実際に姉妹というわけではないので付き合いはそこまで長くないが、口は悪くとも根は良い子だというのは良く解っている。

 

「そうね~。少なくとも、近くに他の艦娘がいるなんて聞いてないのだけれど……」

「空耳っぽい?」

 

 やっぱりそうなのだろうか。

 そもそもここは陸地から遠く離れた海の上。艦影も見えない距離から声が届くとは思えない。

 

「すみません。そうかもしれないです」

 

 波の音もしているし、風も吹いている。たまたま何かが声のように聞こえたとしても、さほど不思議ではないだろう。

 そう思って謝ったとき、音がした。

 何かが爆発したような重低音が連続で響いた。

 

「これはっ……!?」

 

 思わず声をこぼした。みんなの目が真剣になったのが解る。

 

「砲撃音ですね。近くで演習はやっていないはずですが」

「敵、かしらぁ」

「分かりません。ですが司令に報告するべきでしょう」

「そうね~。提督、聞こえますか?」

 

 不知火さんの言葉を受けて、龍田さんは提督と通信を始めた。

 

 敵かどうかは解らない。けれども、もし敵だったら戦いになる。

 初めての実戦になるかもしれない。唐突に訪れたその恐怖が私を襲った。震えを誤魔化すように、12.7㎝連装砲を強く握りしめる。

 

「朝潮に満潮、大丈夫っぽい?」

「はい、ぃ、大丈夫です。」

 

 大丈夫じゃなかった。元気に声を出そうとして、その声がどうしようもなく震えていた。

 見れば、いつの間にか隣に並んでいた満潮も、必死に平気そうな顔をしている割に足が震えている。

 

「心配しなくても大丈夫っぽい! この辺は私たちの勢力圏だから、敵がいたとしても駆逐艦が何隻かだけっぽい!」

「そうね、出てきても軽巡程度よ。けれど油断はしないように。装備の点検を行いなさい」

「は、はいっ!」

 

 そうだ。不知火さんは普段、主力部隊である第1艦隊に所属して戦っている歴戦の駆逐艦だし、軽巡洋艦である龍田さんもいる。実戦になっても負けることはない。

 その迷いのない不知火さんの背中に、私は少しだけ安心することが出来た。

 言われた通り装備の点検をしなきゃ。

 

 提督との通信を終えた龍田さんから、砲撃音の調査を行うことが伝えられたのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 



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第2話

 

「あーあー あーあーあーあー あー!」

 

 海の上をひたすら進むのに飽きて来た俺は、歌を歌っていた。

 歌うのは、ヤマトを観たことがある人なら解らないはずがない曲。宇宙空間の美しさと孤独さを感じさせるようなスキャットが有名なアレだ。

 男でなくなったことは死にたいほどに悲しい出来事ではあるが、女性になったことでこれが歌えるというのはちょっと嬉しい。前はとてもじゃないが声が出なかったし。

 

「あーあーあー あー あー あーあーあー あー あー……あ?」

 

 何やらピコーン、ピコーンという音がし始めた。

 この音はどこかで聞いたことがある……と少し考え込んだところで「レーダーニ、カンアリ!」と可愛らしい声が右肩から聞こえた。見てみると、黄色いぴっちりとした服を着た妖精さんが、俺の方の上でバランスをとるように膝をついて、こっちを向いていた。可愛い。

 

「……妖精さん?」

 

 「ソウデアリマス!」と敬礼する妖精さん。本人曰く、コスモレーダーの装備妖精らしい。だから船務科の黄色い制服着ているのか。ていうか感ありってどういうことですか。「カンエイ4! 10ジノホウコウ! キョリ8000!」? 距離8000って近すぎない? 何? 高さが足りないし、相手のサイズが小さいし、深海棲艦の放つ瘴気でレーダーの精度が悪い? なるほど。

 

「で、それって深海棲艦なの?」

 

 解りませんか、そうですか。

 目視で判断するしかないらしい。準備だけしとこう。

 

「主砲発射準備! 三式弾装填!」

 

 と、別に口に出さなくても準備は可能だし、発射も感覚だけでできるようなのだが、そこは気分である。

 三式弾を選択したのは、実体弾の方が良かろうという判断だ。何せ、ショックカノンも大概には威力過多の上、射程も宇宙レベルで長い。打ち抜いた挙句、どこかの島を吹き飛ばしたりしたら困る。

 進行方向がほぼ一緒らしく、相対速度が遅い。速度を上げるか、と判断をしたところで、さらに妖精さんからの連絡が入った。

 

「サラニレーダーニカン! カンエイ3! 11ジハンノホウコウ! キョリ8000! セッキンチュウ!」

 

 さらに不明艦が現れた。まあ、接近中なら目視できるのもこっちの方が早いだろう。

 そう考えて取り舵をとり、進路をわずかに動かした。

 

 それからしばらくして。

 進行方向から禍々しい形状をした艦が現れた。

 後方に見えるのが駆逐イ級に駆逐ハ級、先行する微妙に人型をした艦が軽巡へ級であると妖精さんが教えてくれた。

 敵もこちらに気付いたのか、進路をこちらに向けてきた。やる気らしい。

 

 だが、もう終わりだ。

 

「目標は敵と視認。自動追尾よし――撃ちぃ方ぁ始めっ!」

 

 爆音、爆音、爆音。

 さすがに自分が艦であるためか、耳がやられるようなことはなかったが、その凄まじい音に思わずビビった。爆風が海を叩いて球状に押し潰す。砲煙が視界を黒く染め上げ、風に流れた。

 力強い音だった。腹に響くこの音に、なるほど昔の人が戦艦を信奉したわけだと納得する。

 

 それぞれの砲塔の照準は正確であったらしい。

 発射された砲弾は確かに深海棲艦らを捉え、吹き飛ばした。

 

「っしゃぁ!」

 

 思わずガッツポーズ。主砲の妖精さんらも出てきて、艤装の上で「バンザーイ!」と叫んでいる。可愛らしくてほっこりする。

 相手に何らの行動を許さない、一方的な攻撃。艦これであれば完全勝利間違いなしだろう。

 

「ヤマトが一番ですか。少し、晴れがましいですね……」

 

 聞き及ぶ大和のMVPのセリフを呟いてみるが、思っていたよりも恥ずかしかった。二度と言うまい。

 レーダーに意識を移すと、もう一つの艦隊が転針してこちらに向かってくるのが写っていた。

 

「……さぁて、こちらはどうかな?」

 

 進路を合わせ、こちらからも出迎えてやる。

 既に次弾装填を終えた主砲はレーダーとリンクして、目標をロックしている。水平線から顔を出し、敵と解った瞬間に砲弾を叩き込むことが可能だ。

 

 緊張の中、水平線から顔を出したのは人間――艦娘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら~? あれは……」

「艦娘、ですね。それも大きい。戦艦でしょうか」

「提督は、この付近に味方はいないと仰られていたのだけれど……別の国の艦娘かしら」

 

 砲撃音のした方へ向かってしばらくして、水平線から顔を出したのは艦娘だった。

 龍田さんと不知火さんが、戸惑ったように話す。

 

「状況が解りません。警戒は怠らないでください」

「えっ? でも、彼女は艦娘ですよね?」

 

 不知火さんの言葉に、私は思わず声を出した。私たちの敵は深海棲艦てあって、人じゃない。艦娘であるなら、彼女は味方のはずだ。

 

「少なくともそう見えます。ですが味方の管理下にない以上、彼女を味方と言い切ることはできません。警戒はするべきです」

 

 そう告げる不知火さんの横顔は真剣だった。

 その横で、額に手をかざして彼女を見ていた夕立さんが突然声を上げる。

 

「っていうかあの娘の砲塔こっち向いてるっぽい!」

 

 全員に緊張が走るのが解った。

 

「全艦最大戦速! 乙字運動始めっ!」

 

 龍田さんの指示に、全員が散開して蛇行を始めた。

 

「味方に砲を向けるなんて、頭どうかしてんじゃないのアイツ!」

「所属不明艦に告げる。こちらは日本国海軍呉鎮守府所属、駆逐艦不知火。貴艦の所属と艦名を知らせよ。また、こちらに照準を合わせる意図を説明されたし」

 

 満潮の悲鳴のような叫び声の傍ら、不知火さんは彼女へ呼びかける。

 私も蛇行を続けながら彼女を見る。すると、艤装が動き、砲塔が横を向くのが分かった。

 

「違う方に向けたっぽい……良かったぁ」

 

 その報告にみんなが安堵するのが分かった。続けて、無線が入ってくる。

 

『申し訳ありません。先ほど深海棲艦と戦闘になりまして、増援かと思ったもので……』

 

 まず間違いなく、所属不明の彼女の声なのだろう。綺麗な声だった。

 そう感じるとともに、あ、と思った。先ほど聞こえた歌声の声によく似ていたからだ。

 

「戦闘? では先ほどの砲撃音は貴女のものということですか?」

『あ、はい。多分そうです』

 

 やはりそうらしい。深海棲艦の姿はもう見えない。恐らくは、あの主砲を撃ち込まれてあっという間に沈んだのだろう。

 先ほどまで向けられていた彼女の砲塔。近づくにつれ、その大きさが良く解る。あんなものをもし自分に撃ち込まれていたら、と思うとぞっとする。

 

「分かりました。それで、貴女の所属と艦名は?」

『え、っと……』

 

 そこで彼女は言葉を詰まらせた。そのことに首をかしげる。

 

『……所属はその、分かりません』

「……何?」

 

 所属が解らない、というのはどういうことか。

 嘘をつくにしても、もっとましな嘘があるだろう。

 

『実は、記憶が無くて……気が付いたら海の上に立っていたんです』

 

 それだけに、逆に嘘とも思いにくい。

 もしそうだとしたら、では彼女はどこの艦娘なのだろうか。近づいてきた彼女の姿は、どこか日本の艦娘と共通しているように思える。

 もう顔も良く見える距離だ。

 

 その顔立ちは、やはり日本人のように見える。そうであるなら、やはり日本国海軍の所属だろう。

 綺麗な顔立ちをしている。20歳ぐらいだろうか? 落ち着いた声にふさわしく、大和撫子然とした女性だった。

 

「では、自分の名前も解らないと?」

『あ、その……それは解るんです。私の名前は――』

 

 その名前は、艦隊の目前に立った彼女から直接聞こえてきた。

 

「私の名前は、大和です」

 

 大和。その艦の名を知らない者は、少なくとも艦娘にはいない。

 かつて第2次世界大戦において最強の戦艦として生まれながら、その力を振るう機会には恵まれず、終戦の年に海に沈んでいった艦。

 そして現在、深海棲艦に対抗すべく、日本国海軍が求めてやまない艦娘であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不知火の視線はよく「戦艦クラスの眼光」などと評されるが、まさかそれが事実であると自分で体感することになるなど、露ほどにも思わなかった。

 目の前に立つのは、龍田、夕立、朝潮、満潮、そして不知火。

 不知火は何故か艦隊から一歩前に出て、俺と相対している。普通その編成なら旗艦は龍田だよね? その位置普通龍田じゃないの? ――などと言えるわけもなく、俺は黙って不知火の視線を受け止めていた。 

 

「それで……」

「っはい?」

 

 その眼光に慄いていたところに声をかけられ、ちょっとびっくりしてしまった。

 不知火は、無表情で言葉を続ける。

 

「貴女は大和であると? 大和型戦艦一番艦、大和だというのですね?」

 

 いいえ違います。宇宙戦艦ヤマトです――と言えるわけもない。

 いや、いっそ言ってしまうという選択肢も思い浮かばなくはなかったのだが、後々面倒な気がしたので止めた。

 

「その、ただ自分の名前がヤマトであるとしか思えていなくて……ごめんなさい、よく解らないです」

 

 かといって、「大和」ではないのにそう名乗ると、それはそれでのちが面倒そうだと考え、名前だけ肯定しておく。ニュアンスの違いは気付かない振りをした。

 

「なるほど、分かりました。では大和さん。記憶が無いと仰られましたが、今後の身の振り方についても予定はないということですか?」

「え、あ、はい。それはもう……ここがどこかも解らないですし、行く当ても無くて……」

 

 これは本当だ。突然自分がヤマトの艦娘になったかと思えば、自分がいる場所はだだっ広い海のど真ん中である。どこへ行けというのか。

 艦娘とはいえお腹は減る。これが本当のヤマトならオムシスで自給自足できたかもしれないが、残念ながら艦娘としての艤装の中には含まれていないらしい。

 そういうわけで、飛んで居場所を確認しようか、と考えるくらいには途方に暮れていたところである。

 

「そうですか。では、私たちの艦隊で貴女を保護します。よろしいですか?」

「え、ええ。私にとってはとても有難いのですが……宜しいのでしょうか?」

「貴女を放っていく訳にもいきませんので」

 

 それはそうか。深海棲艦と戦いを続けている中、戦力である艦娘がふらふらしていれば、保護もするというものだ。

 

「司令に報告します。少々待っていただけますか」

「あ、はい」

 

 そう言って不知火は、龍田さんとともに艦隊から少し離れた。会話を聞かれたくないのだろうか。

 

 しかし提督か……どんな人間なのだろう。イケメンだったらムカつくので、ぜひとも軍人然としたおじさんとかであって欲しい。

 そんなことを考えていると、朝潮とふと目が合った。

 というか今更だけれども、超見られている。夕立は好奇心を隠そうともせず、満潮は無遠慮に。そして朝潮はちらちらと見ているあたり、性格が良く解る。

 

「こんにちは」

 

 目がばっちりと合ってしまったので、無視するのもどうかと思い、しゃがんでにっこりと微笑み、挨拶をする。

 

「こっ、こんにちは!」

 

 朝潮は緊張しているのか、どもりながらも元気よく敬礼してくれた。うん、可愛い。

 艦これ時代も、朝潮は子供らしい清らかな感じがして好きだった。実際に会ってみると、より可愛らしい感じがする。

 

「私はヤマトです。あなたは?」

「はいっ! 私は朝潮型駆逐艦1番艦、朝潮です!」

 

 ちょっと堅苦しいのがまた何とも。抱きつきたい衝動を抑える。

 年齢は11歳くらいだろうか? 近くで見ると肌もきれいで、髪も艶やかだ。将来は美人になるに違いない。

 

「私は白露型駆逐艦4番艦、夕立よ。よろしくね、おねーさん!」

 

 朝潮と挨拶を交わしていると、横から飛び出してきた夕立がそう自己紹介してくれた。

 よく「ぽいぬ」などと言われるが、今のセリフの中には「っぽい」がなかった。ちょっと残念。

 しかし確かに犬っぽいというか、無邪気な感じだ。まだ改二の赤い目やマフラーといった特徴を持っていないので、まだ練度は低いのだろう。

 

「よろしくね、夕立さん」

 

 挨拶を交わした俺の視線は、朝潮、夕立と来た流れで、そのまま満潮へと向かった。

 すると視線に気づいた満潮は、ちょっと怒ったようにも見える表情で、

 

「駆逐艦満潮よ!」

 

 とだけ言った。

 とはいえ、幼い上に元が可愛いものだから、怒ったような姿もとても可愛い。

 ツンデレというよりツンツン、といった感じの扱いだったが、果たして私にデレてくれることはあるのだろうか?

 

「よろしくね」

 

 俺がそう言うと、ぷいっとそっぽを向いた。

 そんな姿も可愛い、なんて思っていたところで、提督との通信を終えたらしい不知火が戻ってきた。

 俺も立ち上がって向かい合う。

 

「司令の許可が下りました。鎮守府まで案内します。その後のことも、司令が便宜を図るとのことです」

「それは、何から何までご丁寧に……ありがとうございます」

「お礼は司令へお願いします」

 

 不知火はさらりとそう告げる。

 

「申し遅れました。私は陽炎型駆逐艦2番艦、不知火です。竹下提督の元で秘書艦を務めています。よろしく」

「あ、ヤマトです。よろしくお願いします」

 

 秘書艦――ああなるほど、それで龍田じゃなくて不知火が対応していたのか。納得がいった。

 

「私は天龍型軽巡洋艦2番艦、龍田よ~。よろしくね」

 

 不知火の後ろに続いて、龍田がそう言った。

 龍田。何というか、甘ったるい声でありながら、言葉の内容が物騒な印象が強い。その雰囲気も相まって、大人の女性と言う感があったが、実際に会ってみると、思ったよりも小さい。16、7歳ぐらいだろうか。

 「よろしくお願いします」と返すと、「ふふふ……」と意味深に微笑まれた。何故だ。

 

「では、私が先行します。大和さんはその後ろに。以下、龍田、朝潮、満潮、夕立で続くように」

 

 俺が「はい」と頷くと同時に、4人の了解の声が重なるのだった。

 

 

 



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第3話

 所変わって。呉鎮守府。

 不知火の報告を受け、とりあえず保護することを承諾した竹下提督は、頭を抱えていた。

 

「あの、提督? 大丈夫ですか?」

 

 不知火が不在であるため、代理として秘書艦を務めている妙高が声をかける。

 その声に反応して、提督はゆっくりと妙高の方へ顔を向けた。

 

「大丈夫じゃないかも……」

 

 大和。その名は有名だ。

 旧日本軍が持っていた軍艦の中で、間違いなく最強の戦艦。

 艦娘という存在が確認されてからというもの、上層部のみならず、ありとあらゆるところから「大和」の出現は期待されていた。

 そのためになけなしの戦力を振り絞り、坊ノ岬沖まで戦艦大和の残骸を回収する作戦まで立てられたぐらいだ。結果的に一部の残骸は回収でき、開発資材も回収できたようだが、その後については聞かされていない。

 恐らく建造に失敗したのだろう、と噂されていたのだが、既に艦娘として着任していたとは。

 

「まさか大和だなんてね……」

 

 今回保護された艦娘が、本当に大和かというのは、実際のところ解らない。けれども、金剛型や扶桑型、伊勢型といった戦艦は既に艦娘として着任している。長門型も、艦娘の選定に手間取っているものの、艤装自体の建造は完了しており、着任は時間の問題と言われている。

 そうなると、残る戦艦は大和型だけになる。それに不知火の報告によると、他の戦艦と比べても大きな艤装と砲を持っているらしい。大和であるという自己申告は信じても良いだろう。

 

 ――が。そうなると問題は、彼女がどこからやってきたのかと言うことである。

 艦娘という存在が成り立つためには、いくつかの要素が必要だ。

 一つは開発資材。これは主に、旧日本軍の軍艦であったときの残骸と言ったものが使われる。これは、艦としての魂が必要だからではないか、と言われている。

 実際に沈んでいる艦から回収することも可能だが、倒した深海棲艦が自身の艤装として使用していた沈没艦の残骸を回収することが多い。

 次に、妖精。開発資材などから艤装を作り上げるのは、ほぼ妖精の仕事だ。艤装を作る技術は人間にとってほとんど未知の技術である。というか、妖精自体の存在だっていまだに良く解っていない。

 さらに、艦娘。これは、旧日本軍の軍艦の生まれ変わりと言われる人間だ。妖精と意思を交わすことができ、同じ艦魂を持つ艤装を使用することが出来る。元々は一般人であり、艤装を外せば、ただの少女に過ぎない。

 

 そして、少なからず提督という存在も重要だ。

 提督は霊的な素養を強く持ち、艦娘でなくとも妖精と意思を交わすことが出来る。

 気まぐれな妖精たちを宥めすかし仕事をさせ、艦娘とは絆を交わしその力をより引き出す存在――だと言われている。自分がそんなに上手くできているとは思わないが。

 

 まあつまり何が言いたいかというと、艦娘と言う存在が突然現れる、なんてことはないはずなのである。

 あるいは妖精たちが気まぐれに全力を出せば可能なのかもしれないが、そういったことが起きたためしはない。

 そうであるなら、当然大和である彼女もどこかの鎮守府に所属しているはずである。

 

 各所から期待されている大和。それが現れれば当然報告されるし、お祭り騒ぎになること間違いなしだ。

 しかし、そんなデータが無い。

 

「……肝心の本人も記憶が無いらしいし……どうしたらいいのかしら?」

「とりあえず、上に報告するべきではないでしょうか?」

「あーそうよねぇ……報告書も書かなきゃいけないわ。あぁ、仕事が増える……」

 

 そうだ。とりあえず、上に報告を挙げて大和が所属した鎮守府を探してもらう必要があるだろう。大和建造の報告が上がっていない以上、それで見つかるかどうかは甚だ疑問だが、やらないわけにもいかない。

 本人にも話を聞いて、報告書を作って……増えた仕事に、また頭を抱える。

 

「……お手伝いいたします」

「うぅ……ありがとう、妙高……」

 

 妙高の優しさに、提督の目頭が熱くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えてきましたね。鎮守府です」

 

 そろそろ日も傾き始めたころ、ようやく鎮守府へと着いた。

 海の上を延々と進み続けるという体験は今までにないもので、流石に疲れた。

 まあ、明らかにクソ重い艤装を背負っている割にはその重さを感じることも無く、それによる疲労もほとんどないあたり、やはり艦娘ということなのだろうか。

 

「龍田は彼女たちをドックへ。大和さんは私に付いてきてください」

「は~い」

「あ、はい」

 

 龍田さんに連れられて、他の駆逐艦たちが去っていく。夕立が「またね!」と手を振ってくれたのが嬉しい。朝潮も小さくお辞儀をして去って行った。満潮は完全スルーだったけど。

 俺は不知火とともに、逆方向へと水の上を進む。

 

「あの、どちらへ行かれるのでしょうか?」

「戦艦用のドックです。貴女の艤装は、流石に駆逐艦用のドックへは置ません」

 それは確かに。サイズ明らかに違うし。

 

 少し離れた戦艦用のドックは、確かに駆逐艦用のドックより大きめだった。中もい作りになっており、海から上がったところには、いくつか艤装が置かれていた。他の戦艦の艤装だろうか? 見覚えのある艤装だ。

 その中を進み、空いている場所を不知火が示す。

 

「艤装はこちらにお願いします」

 

 俺は「はい」と頷いて、艤装を降ろそうとし――ふと気づいた。

 

「……これ、どうやって降ろせばいいんでしょうか?」

「……それは……」

 

 不知火が困ったような顔をしている。基本的に無表情なんだけど、ずっとそれを見ていたら、ちょっと違うのが解る。

 うん、だって不知火の艤装基本的にベルト固定っぽいもんね。多分それ外せばいいだけでしょ。でも俺のこの艤装、腰回りに固定されているんだけど、どうやって外すかとか以前にどうやって固定されているのかもわからないような固定方法なんだもん。

 お互いに困ってしまい、沈黙が訪れてしまったところで「キカンテイシ! ギソーカイジョ!」という小さな声が聞こえた。

 え、と思うと同時。腰のジョイント部分らしきものから、がしょん、というような音がして、艤装がゆっくりと地面に降りる。

 振り返ってみてみると、白にオレンジラインの入った制服を着た妖精さんがこっちを見て親指を立てていた。

 

「あ、ありがとう。妖精さん」

 

 正直助かった。こんなもの着けて生活していたら、邪魔なことこの上ない。

 礼を言うと妖精さんは、得意げに鼻の下を指でこすって消えていった。

 

「外せましたね。それではあちらのドアを出て、お待ちください。すぐに迎えに行きますので」

 

 そう言うと不知火はドックから出て、また海へと戻って行った。おそらく駆逐艦のドックへ行くのだろう。

 一人っきりになった俺は、はあ、と溜息をつく。

 

「これからどうなんのかな……?」

 

 とりあえず陸に戻れてほっとしたものの、この後が問題だ。

 個人的には、こんなことにはなってしまったが、元に戻りたいかというとそうでもない。まあ、男に戻りたくはあるけれど。

 この世界に来てしまったものは仕方がないし、まあせいぜいこの世界で生きていこうと思う。

 そのためにはやはり、衣食住が欠かせない。そして、最低限度の文化的生活も要求したいところである。具体的には深夜アニメとか観られる環境が欲しいです。

 幸いにして、俺はヤマトの力を持っている。働けと言うのなら、単艦で敵基地を破壊してくることも可能だ。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、と放り投げられても困るのでやりませんが。

 

 それにしても、艤装を外すと、より自分が女の子になっている、という感じがする。

 メカメカしさが隠していたものの、胸といいミニスカートといい髪の長さといい、女の子感があふれている。何かちょっといい匂いもするし。

 つい気になって――決してやましい思いがあったのではなく――あくまで気になって、胸を触ってみた。

 硬かった。

 

 ……そういえば、徹甲弾の被帽が装甲代わりに入ってたんだっけ。

 虚しさに襲われた俺は、何事も無かったかのように振る舞いながらドッグから出た。

 

 

 

 ドックから出てみると、陸に帰ってきたんだな、と強く感じられた。

 緑の々が生え、レンガ造りの建物がいくつかある光景。波に揺れる海とは違い、しっかりとした地面が足を支えてくれる。

 

 さて、迎えが来るまでどうしていようか、と考え辺りを見回す。

 すると、ちょうどこちらにやってくる女性がいた。

 

「おや? おやおやおや? 見慣れない顔ですねぇ! 新入りですか?」

 

 青葉だった。

 テンションの高く、元気が良い。何故かカメラを下げており、それをこちらに示す。

 

「あ、一枚良いですか?」

「え、ええ。良いですよ」

 

 一応断りを入れるだけの良識はあるらしい。特段断る理由もないので頷いておく。

 それを見た青葉はカメラを構えて、ぱしゃりと一枚。

 

「どもども、ありがとうございます! ところでお名前は? あ、青葉です! よろしく!」

「ヤマトです。よろしくお願いします」

 

 しかし、テンションが高い。はきはきと話してくるのでつい圧倒されてしまう。

 しかも、俺の名前を聞いて青葉は目を輝かせた。

 

「大和? ということはもしかして貴女は大和型戦艦1番艦の『大和』ですか? はっ!? そういえばここは戦艦ドッグの前! まさかまさかあなたは本当に――!」

「あの、ごめんなさい。実は良く解らなくて……」

 

 元から高いテンションをさらに上げて迫ってきた青葉だったが、俺の言葉に、ぴたり、と動きを止めた。

 

「解らない、ですか? それはまたどうして?」

「その……実は記憶が無くて。不知火さんたちに拾ってもらったばかりなんです」

 

 俺との距離を元に戻してメモ帳を取り出した青葉の質問にそう答える。

 なんだか青葉の記者魂に火をつけてしまったように感じられる。嘘をついている身としては、根掘り葉掘り聞かれるのは避けたいところだ。

 

「記憶が無い、と。それは大変ですね……でも名前は覚えていらしたんですか?」

「はい。それが唯一といっていいぐらいですけど……」

「なるほど。では今日の日付って分かりますか?」

「え……解らないです、すみません」

 

 拙い気がする。そもそも俺は嘘をつくのがそう得意ではない。このままだとボロが出るのも時間の問題だ。

 何とかならないか、と助けを求めて目線を彷徨わせると、足早にこちらへ向かってくる不知火の姿が見えた。

 

「そうですか、ちなみに今日は――」

「何をしているのですか、青葉さん」

 

 青葉の後ろから現れた不知火が、そう声をかけて青葉の暴走を止めてくれた。

 不知火が無表情の天使に見える。

 

「ああ、これは不知火さん。青葉はちょぉっと取材していたところでして!」

「大和さんはこれから司令と面会です。後にしてください」

 

 ばっさりと切り捨てる不知火さん格好いい。

 その言葉に、青葉は唇を尖らせる。

 

「ちぇー、分かりましたよぅ。また後で取材の時間作ってくださいね!」

「それは大和さんにお願いします。行きましょう、大和さん」

「あ、はい。で、では青葉さん、また」

 

 「またですよー! 絶対ですよー!」という言葉を背に受けながら、俺たちはその場を後にした。

 

 不知火はつかつかと歩いて、ひときわ大きなレンガ造りの建物の中へ入って行った。

 正面玄関を入ってすぐ、右側に少し廊下を歩いたところに提督室はあった。ボードには「在室」にマークが付けられている。ここに提督がいるらしい。

 非常に緊張する。はたしてどんな人物が提督なのか――イケメンは死すべし。というか若い男性全般ダメだな。ショタ提督も艦娘を任せるには不安なので却下。やはり爺ちゃん提督が一番か。

 

 そんなことを考えているうちに、不知火が提督室の大きな扉をノックする。

 

「不知火中尉、入ります!」

 

 え!? 不知火って中尉なの!?

 

 突如明かされた衝撃の事実に、思わず不知火を見る。というか、艦娘に階級あるのか。軍艦扱いで特に階級はないと思っていた。

 

『どうぞー』

 

 聞こえてきた声にまたも驚く。女性の声だった。入室の許可を得た不知火が取っ手に手をかけ、押し開ける。

 部屋へ入っていく不知火の背中を追いかけて、俺も「失礼します」と言いながら、恐る恐る部屋に入った。

 

 入って正面、応接用のテーブルとソファを挟んだ向かい側の、大きな机の後ろに提督はいた。

 白色の第2種軍装に身を包んだ女性。肩に届くか届かないか、という程度に伸びた髪。艦娘で言うなら、羽黒のような髪型だ。

 傍には妙高が控えている。どうでもいいが、俺は妙高が大好きである。最初出てきたとき、ちょっと困ったように下げられた眉の可愛いさに一目ぼれしたのだ。そんな妙高に出会えて、ちょっと嬉しい――が、いまは喜んでいる場合ではないのだった。

 

「初めまして、大和さん。私が呉鎮守府特殊艦隊司令の竹下和子です」

 

 それが、長い付き合いになる和子との出会いだった。

 

 

 



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第4話

 近寄ってきた提督――和子は、手を差し出してきた。

 しかし、軍服姿の女性が魅力的に見えるのは何故なのだろうか。女性用の第2種軍装のタイトなスカートから覗く足が色っぽいし、控えめに自己主張している胸もまた良い。

 そんなことを考えているせいか、少しドキドキしながら握手を交わす。

 

「初めまして、竹下提督。この度は私を保護していただき、ありがとうございます」

「いいえ、とんでもない。困っている艦娘を助けるのも提督の仕事ですから」

 

 和子提督が「どうぞ、お座りください」とソファを示すので、ありがたく座らせてもらう。

 同時に不知火は隣の部屋らしき場所に消えていき、妙高は退室していった。

 和子提督は反対側のソファに座ると、んんっ、と喉を鳴らして話し始めた。

 

「ええっと、大和さん。記憶を無くされているとお聞きしたのですが、やはり今も前の所属などは思い出せませんか?」

「……はい。本当に気が付いたら海の上にいたという感じで……まるで生まれたばかりという感じです」

 

 実際、気が付いたら海の上にいたのだし、艦娘としての俺は生まれたばかりなわけだから嘘ではない。

 

「記憶を無くされた原因などに心当たりはありませんか? たとえば頭が痛むとか……」

「いえ、特にそういった症状は……」

 

 強いて言うなら、お腹が空いたぐらいだ。何せ、昼過ぎから海の上をずっと走っていたのだ。もうそろそろ夕飯時だし、お腹も空くというもの。

 そう言うと、ふむ、と和子提督は考え込む様子を見せた。

 

「では、もう一つお尋ねします。不知火たちに保護される前に深海棲艦と戦闘になったと聞いていますが、その時の敵の編成は分かりますか?」

「ええと……軽巡へ級に駆逐艦イ級とハ級の3隻だったと思います」

 

 正直軽巡はともかく、駆逐艦はクラスが違っても見た目が似通っていることもあり、あまり区別できていない。出会って早々に吹き飛ばしたこともあって、よく覚えていないのだが、確か妖精さんはそう言っていたはずだ。

 

「へ級……近海で見かけるのは珍しいですね。深海棲艦の艦種は覚えてらしたんですか?」

「あ、いえ。妖精さんが教えてくれたんです」

「ああ、なるほど。……あれ。もしかして、妖精なら何か知っているのでは?」

 

 ……あ、確かに。

 俺が艦娘になったときからずっと一緒なのだし、俺が何でこんなことになっているのか知っている可能性もある。

 ただ、記憶喪失という設定には都合が悪い。後で確認して口裏を合わせてもらわなければ。

 

「そうかもしれないですね……後で妖精さんに聞いてみます」

「そうですね、お願いします。それで深海棲艦についてですが、撃破されたということは艤装は問題なく扱えた、ということでよろしいですか?」

「ええ。何というか、身体の一部みたいに動かせました」

 

 俺の言葉に和子提督は微笑んだ。

 

「他の娘たちもよくそう言ってます。では、艦娘としての能力に問題はないようですね」

 

 良かったです、とつぶやく和子提督の後ろ。隣の部屋から、お盆を持った不知火が出てきた。お盆の上には湯気の立つお茶と、お茶請けらしき羊羹。

 テーブルの横に立つと、「どうぞ」と静かにお茶を置いてくれた。流石秘書艦、その姿も様になっている。

 和子提督も「あ、どうぞ召し上がってください」と自分の分に手を付けながら勧めてくれたので、遠慮なく頂くことにする。お腹空いたし。

 しかし、まさか不知火の入れてくれたお茶が飲めるとは……艦娘にもなってみるもんだ。

 

 暖かい緑茶を飲むと、心が落ち着く。羊羹の甘さも引き立ち、とても美味しい。

 ほっと一息ついて、お茶を置いた和子提督と向き合う。

 

「では今後のことについてですが、貴女の所属については一応こちらで調査します。所属が判明するまではこちらで保護しますので、安心してください」

「何から何までありがとうございます……」

「どういたしまして。で、差し当たって今日この後の話ですが……そろそろお夕飯ですね?」

 

 なぜか生暖かい目線を向けられた――と思ったら、いつの間にか俺の分の羊羹が消えていた。

 いや俺が食べたんですけどね。大変美味しかったです。欲を言えばもっとボリュームが欲しかった。

 

「この後の話は夕食を取りながらにしましょうか。不知火、大和さんを食堂まで案内してあげて」

「了解しました」

 

 笑いながらそう言う和子提督に、無表情の不知火。

 移動しなければならないらしいので、俺は慌てて残りのお茶を飲み干し、立ち上がった。

 

「あの、ありがとうございました。失礼します」

「はい。また後で」

 

 挨拶を交わし、俺は部屋から出て扉を閉める。

 先に出た不知火が歩き始めたので、俺もそれに追従する。

 

 しかし、まさか女性提督だとは。

 だが艦娘が女性であることを考えれば、自然なことなのかもしれない。それこそセクハラ問題とか。そうでなくても、やはり性別が違うと踏み込めない領域というのは出てくる。

 軍人として最低限は鍛えなければいけないのかもしれないが、提督の仕事は男性で無ければ出来ないようなものではないだろうし、やはり女性提督というのは悪い選択肢ではないのだろう。

 でも男性の提督もいるのだろうか?

 

「不知火さん。竹下提督は女性の方ですが、男性の提督はいらっしゃらないのですか?」

「お2人いらっしゃいます」

 

 無言でずっと歩くのもどうかと思い不知火に話を振ってみると、そう返ってきた。

 え? たった2人なの?

 

「……ちなみに、提督って何人なんですか?」

「5名です。横須賀、呉、佐世保、舞鶴の鎮守府と大湊の警備府に1人ずつ配置されています。……本当に覚えていないのですね」

 

 覚えていない、というか知らないのだけれども。不知火の言い方からすると、結構常識らしい。

 しかし5名か。思っていたよりもずっと少ない数だ。……まあ、本来そう何十人も居る役職ではないか。

 

「ちなみにこの呉鎮守府では、現在16人の艦娘がいます」

 

 16人。これまた少なく感じる。

 何せ艦これでは所有枠の100名を超える数の艦娘がいたのだ。16人では、艦隊3つ分にもならない。

 ――あ、でも同じ艦娘がいなければそんなものかもしれない。どうもこの世界では艦娘のドロップ、なんてことはないようだし。

 

 しかし、俺が今日倒した敵だけでも3隻。本隊ともなればもっと数は多くなるだろう。

 深海棲艦の勢力は圧倒的だ。他の鎮守府と協力するにしても、戦力不足感が否めない。

 

「あの、たったそれだけの人数で……?」

「これでも先日増員されたばかりです。以前は8人でした」

「はちっ!?」

 

 それはどう考えても少なすぎやしないだろうか。

 

「瀬戸内海まで進行してくる深海棲艦は稀ですので、人数が削られていたという事情もあります。太平洋方面は横須賀がほとんどを受け持っていますので、領海の維持だけであれば事足ります」

「な、なるほど」

 

 それで本当に大丈夫なのか、と思わなくもないが、実際にそれで回っていたのだから大丈夫だったのだろう。

 その後も不知火から戦況や提督のこと、艦娘や今の日本のことについて色々と話を教えてもらいながら歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらが艦娘用の寮になります。食堂もこの中です」

 

 提督室があった建物と同じような、レンガ造りの建物の前で不知火はそう言った。

 なるほど確かに、入口の脇には「呉鎮守府艦娘寮」と書かれている。

 

「食堂はこの奥を右に曲がったところになります。自分で料理する場合もありますが、基本的には皆さんこちらで食事をされますね」

 

 入ってみると、食堂が近いからだろうか。食欲をそそる良い香りが漂ってきた。匂いからすると――

 

「今日はカレーですか?」

「そうですね。金曜日ですので」

 

 毎週金曜日の海軍カレーはここでも同じらしい。

 廊下を歩いて食堂へと向かっていると、途中にある階段の上の方から楽しげな話し声が聞こえてきた。

 

「いっぱい訓練したらお腹空いたわ!」

「同感だね。今日の夕食は何だろう?」

「この匂いはカレーなのです!」

「そういえば、今日は金曜日よね」

 

 まだ幼さを残した声で、楽しげに夕食について語る女の子たち。

 なのです、という声にまさかと思って見上げてみれば、降りてきたのは第六駆逐隊のメンバーだった。

 

「あっ、不知火さん。こんばんは!」

 

 一番最初に降りてきたのは雷だった。とても元気そうで、笑顔も力いっぱい、という感じだ。

 その後ろからは響、電、暁の順で下りてくる。

 

「こんばんは、不知火さん」

「こ、こんばんはなのです」

 

 電は俺を見るとちょっとびっくりしたようで、少し隠れるように動いた。

 大変重要なことだが、そんな姿も可愛い。ああいやもちろん第六駆逐隊のみんなや他の駆逐艦、不知火も含めてみんな可愛いのだが、やはり初期艦選択率40%は伊達ではないということだろう。かく言う俺も電を選択した内の一人である。

 そのちょっと気弱そうなところとか、でも優しくて芯の強そうなところとか、アップにした髪とか色々とても可愛くて、思わず凝視してしまう。しかしそのせいか、電は響の後ろに引っ込んでしまった。

 

「こんばんは、不知火さん。それから、えっと……?」

 

 後ろからやってきた暁がこちらを見て戸惑っている。

 こちらは勝手に見知っているが、彼女たちは知らないのだから当然か。

 

「初めまして、ヤマトと申します。よろしくね」

 

 そう自己紹介すると、彼女たちは「暁よ」「雷よ!」「響だよ」「電です」とそれぞれ自己紹介をしてくれた。

 

 しかしまあ、小さい。セーラー服を着ているのでかろうじて中学生に見えるが、小学生でも十分通じそうだ。

 こんな子たちが、遠目に見ても凶悪な深海棲艦と戦っているのかと思うと、ちょっと心の痛むものがある。

 

「彼女は一時的にこちらの鎮守府に滞在することになりました。解らないことも多いかと思いますので、サポートをお願します」

「任せて! 大和さん、解らないことがあったら何でも暁に聞いてちょうだい!」

「あ、ずっるーい! 私も! 私にも聞いていいんだからね!」

 

 無い胸を張る暁に張り合って、雷が声を上げる。そんな光景に思わず笑顔がこぼれる。

 

「ええ、その時はよろしくね」

 

 そう言って俺は、「行きましょう」と言う不知火に付いて、食堂へ入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妙高少尉、入ります」

「どうぞー」

 

 不知火と大和さんが去ってしばらくして、クリップボードを持った妙高が戻ってきた。

 「失礼します」と入ってきた妙高は、机の前までやってきて佇む。

 

「で、どうだった?」

 

 私はそう尋ねた。

 

 ――私たちが話している間、妙高には大和さんの艤装を確認してもらいに行っていた。

 漂流したうえ戦闘になったのだから、整備や補給が必要だろうから――というのが建前なのは言うまでもない。

 ぶっちゃけ、彼女は怪しい。

 重要な戦力である艦娘が単艦で漂流している上に、報告も上がっていないということが基本的に有り得ない。どこかの提督が大和を建造したが、上に報告もせず秘匿したところ、戦闘中に彼女は怪我を負い、記憶を失った上に行方不明になった――なんてストーリーも考えられなくはないが、それは妄想が過ぎるだろう。記憶を失ったという話も、本当かどうか怪しい。

 もっとも、だからといって彼女が敵だと考えているわけではない。というか、艦娘が敵になったら人類は終わる。

 ただ、彼女は何か秘密を持っている。彼女の持つ艤装を調べればその秘密が解るのではないか、と期待して妙高には調査を命じたのだけれども……。

 

「それが……彼女の艤装の妖精が非常に非協力的でして、彼女の性能や装備については、ほとんど解りませんでした」

「……え? 妖精さんが?」

「はい」

 

 妖精は基本的に人間に協力してくれている。

 人間にはまだ再現の仕様がない技術を駆使し、艤装という艦娘のもう一つの身体を大した見返りも無しに作り上げてくれている点からも、それは解る。深海棲艦という強大な敵に立ち向かっていく上で、非常に心強い味方だといえるだろう。

 そのような妖精だけに、非協力的な姿というのが想像できない。

 

「それはウチの妖精さんを通してもダメだったの?」

「はい。それどころか、補給すら拒んでいます」

「補給も!?」

 

 艦娘の戦闘能力は、タダで成り立っているわけではない。確かに艦娘自体も多少力を持っているが、深海棲艦と立ち向かうには足りない。艤装は当然必須。また、その艤装を十全に扱うために燃料と弾薬の補給を欠かすことはできない。

 大和さんは保護される前に戦闘を行っているから弾薬も多少減っているだろうし、燃料に関しては言うまでもない。

 ただでさえ戦艦という艦種は大食いだと聞く。補給を拒むというのは、もはや自殺行為でしかない。

 

「どういうことなのかしら……それでも知られたくない何かがあるとでも……?」

「分かりません。一応、確認できたことだけご報告させていただきます」

「そうね、お願い」

 

 手元のボードを見ながら、妙高が報告を始めた。

 

 まず、彼女が戦艦の艦娘であることは間違いない。これは工廠の妖精さんの1人が大和さんの艤装を見て「あれが戦艦じゃなかったらこの世の中に戦艦なんかねーよ」みたいなことを言ったらしいので、間違いないだろう。彼女の艤装は、他の戦艦と比べてもさらに大きいようだ。

 そして、彼女の持つ装備は非常に多いらしい。しかも、そのほぼ全てが工廠の妖精さんたちも良く解らないものであるとのこと。

 

「妖精さんにも解らないってどういうことよ……」

「分かりかねます」

 

 頭を抱えた私が発した言葉に答えた妙高も、どこか諦めたような雰囲気が漂っていた。

 

「ただ、妖精さんが言うには、全体として大和型の装備とは違う印象を受けるとのことでした」

「え? それはやっぱり大和ではない、ってこと?」

「分かりませんが、主砲も妖精さんの知る46㎝三連装砲塔とは違うらしく、副砲も随分口径が大きいようです。装備だけ変更することはよくあることですが、妖精さんが言うにはまるで――」

 

 そこで妙高は、ちょっと戸惑うように言葉を止めた。

 私が「まるで?」と続けるよう促すと、ゆっくりと唇を動かした。

 

「――まるで、大和型を超える戦艦のようだと」

 

 

 

 



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第5話

いつの間にか、日間ランキング一位という過分な評価をいただいておりました。
ひとえにこの作品を読んでくださった、読者の皆様のおかげです。
ありがとうございます。


 不知火と食堂に入った後、潜水艦部隊のレシピで作られたというカレーを食べた。俺の拙い舌では何が入っているのかはよく解らなかったが、ルー自体に色々なものを溶かし込んで作ってあるらしく、非常に濃厚で美味しい。第六駆逐隊の皆もこれには大満足だったらしく、ちょっと離れた席から美味しい美味しいという声が聞こえていた。

 「ごめんなさいねー。ちょと必要なもの揃えてたら遅くなっちゃって」と言いながら和子提督が妙高さんを連れて食堂にやってきたときには、俺は2杯目に突入していたところだった。どうもお腹が空くのは艦娘になったせいなのだろうか。

 向かいの席の不知火の隣に和子提督が、俺の隣に妙高さんが座り、カレーを食べながら今後の話をすることになった。

 

「――ところで、貴女の艤装なんだけど」

 

 今後といっても、風呂は食堂の反対側だとか、寝る部屋はこの後不知火が案内してくれるだとか、そういう話だったので、大した時間もかからず終わった。

 そうして少し落ち着いたとき、和子提督がふと思い出したように口を開いた。

 

「補給しとこうと思ったら、妖精さんが『サワッチャダメー!』って言って補給させてくれなかったらしいの」

「っんぐふっ! んふっ!」

 

 和子提督の妖精の声真似がそっくりで、食べている途中に思わず笑ってしまい、むせてしまった。

 「大丈夫ですか?」と妙高さんが背中をさすってくれて、水を差し出してくれる。妙高さんマジ良妻賢母。しばらくして落ち着いた俺は、それを受け取って飲み干した。

 

「ごめん、そんな笑うとは思わなくて……大丈夫?」

「だ、大丈夫です。えっと、それで補給でしたっけ?」

 

 補給。そういえば全く考えてなかった。

 そもそも、ヤマトは永久機関である波動エンジンで動いている。補助機関としてコスモタービンなんかもあるが、これも核融合利用のものなので、事実上の永久機関と言える。つまり燃料の補給は必要ない。

 弾薬についてもショックカノンやパルスレーザーに関しては波動エンジンのエネルギーを利用しているので、弾数制限がない。つまり、それを利用する限りは弾薬の補給も必要ない。

 ただ、今日使った三式弾といった実体弾については数に限りがあり、補給の必要もあるのだが――どう考えてもここには無いだろう。

 

 だからといって、補給を受けないのも不自然だ。とりあえず、貰ったふりだけでもしないと不味いだろう。

 これも後で妖精さんと相談しないと。

 

「すみません、せっかく補給しようとしてくださったのに……あとで妖精さんに聞いておきますね」

「お願いするわ。しかし、何でかしらね?」

 

 首をひねる和子提督を見て、「何ででしょうね……?」と誤魔化すが、本心としては妖精さんグッジョブである。きっと気を利かしてくれたのだろう。

 

 しかし、一度嘘をつくとそれを隠すためにさらに嘘を重ねなければならない、とはよく聞くが、本当にその通りだ。

 面倒だし、少し申し訳なさも感じる。いっそ正直に全て話してしまおうかとも思うのだが、ここまで隠したのだし、バレるまでは隠し続けることにする。

 

 その後3杯目のカレーを食べ終えた俺は、ようやく満足してくれた腹を抱え、不知火に部屋まで案内してもらったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋は個室だった。他の艦娘たちはだいたい2人部屋ということらしいので、お客様扱いされているということなのだろう。寝間着や歯ブラシといった必要なものも机の上に用意されていた。たぶん、和子提督がさっき揃えてくれたものなのだろう。ありがたいことである。

 お風呂は共用の大浴場のみ。1階の食堂に向かう廊下を反対に行けばあるので、いつでも入って構わないとのこと。「夜中の2時とかでも?」と冗談で言ったら、普通に「構いません」と答えられた。なんと24時間営業らしい。

 というのも、艦娘といえど普通の少女だ。本来であれば守られるべき存在なのだが、深海棲艦に対抗できる唯一の存在として徴兵されている。そういった国の後ろめたさからか、艦娘にはできる限りの便宜が図られており、彼女たちの過ごす環境は非常に良いものらしい。

 まあ彼女たちも、艦としての記憶を僅かに残しているためか戦いを嫌がることはそれほどないらしいが、確かに本物の軍隊のような生活を送らされたらやる気もなくなるだろう。

 なので、規則もそれほど厳しいものではないらしい。

 

 そのような会話を少し交わして不知火は去っていった。

 俺も風呂に入りに行こうかな、と考えたが、今行くと他の艦娘と鉢合わせになりそうなので止めた。まだ流石に、女の子の裸を堂々と見る覚悟は無いのだ。

 

 そういうわけで先に妖精さんと口裏を合わせてしまおうと思い、戦艦用のドックへ向かうため寮を出た。

 

 今は5月らしく、日もだいぶ長くなっている。夜の8時ということでかなり暗くなっているが、まだ微かに日の明るさが残っている。

 おかげで道に迷うことも無く、戦艦用のドックへたどり着けた。

 ドックからは、微かに灯りが漏れている。誰かいるのだろうか?

 そっとドアを開けて中を覗いてみると――妖精さんたちが宴会をしていた。

 

「…………何してんの、君たち」

 

 そっと中に入ってそう言うと、びくっ! と妖精さんたちが飛び上がった。けれども、俺を見てほっとした様子だ。……俺だったらいいのか。妖精さんたちの中には、俺の艤装の乗員も交じってる。

 「ヤマトサンモ、ドーゾ」と、鎮守府の妖精さんからお猪口を渡され、ヤマトの妖精さんから日本酒を注がれる。いつの間にこんなに仲良くなったのか。そしてこのつまみと酒はどっから持ってきたんだろうか。

 そう尋ねると、ぐっ、と親指を立てて「ギンバイ!」と答えられた。ですよね。

 でもそういうことするなら見張りぐらい立てた方が良いよ、とアドバイスすると、1人立ち上がって入口の方へ駆けて行った。見張りを買って出たらしい。

 まあ、酒もつまみも、あるものは仕方がないので腹の中に隠してしまうに限る。

 「ワレラガヤマトニ!」「チキュウノキボウニ!」と掛け声をかける妖精さん、最後は皆で「カンパーイ!」

 くいっと飲み干すと、今度は鎮守府の妖精さんが注いでくれた。お返しに注いであげると、嬉しそうに飲み干してくれる。

 

「で、何で宴会してるの?」

 

 歓迎会か何かだろうか、と思って聞いてみると、「ヤマトサンノ、タンジョウヲシュクシテ?」「ワレラガヤマト!」「ウチュウセンカン、ヤマト!」と言われ、思わずむせた。

 バレるまで隠そうと思ったら、工廠の妖精さんにバレていた――。ウチの妖精を問い詰めると、どうも数の減った三式融合弾を作るために設備を借りたかったらしい。でも工廠の妖精さんとしては、何も教えてくれないのに設備だけ貸してくれと言われても受け入れられない。そこで、秘密にすることを条件に話してしまったらしい。

 基本的に妖精は争い事が苦手で、険悪になりつつあった空気に耐え切れなかったようだ。

 善意で行ったことなので、あまり責めることもできない。それに「ゴメンナサイ……」と妖精さんの小さな体で謝られると罪悪感が半端なく、俺は早々に白旗を上げ許すことにした。幸いにして、工廠の妖精さんも黙っていてくれるようだし。

 ぱぁ、と明るくなる妖精さんの顔に、俺の心も和む。

 

 そうして宴会が再開される。

 そんな中「ヤマトサン!」と、座り込んだ俺の脚に泣きながら縋り付いてくる妖精がいた。どうも完全に出来上がっているらしく、「ソイツ、ナキジョーゴ」と他の妖精さんから説明してくれる。

 でも、その妖精さんが泣きながら語ったことは、切実な思いだった。

 

 

 

 

 

 ――深海棲艦が現れてから2年。世界は結構ヤバいらしい。

 深海棲艦の出現により海上交通網が破壊されたため、食糧やエネルギーを輸入に頼る国々は軒並み壊滅的な被害を受けた。そしてそれらを自給することが出来る国々であっても経済的な影響は免れない。沿岸に位置する国々は深海棲艦の艦砲射撃に脅かされ、世界は荒れた。

 そのような中、日本が今こうして存続出来ているのは、ひとえに艦娘のおかげに他ならない。艦娘が早期に出現した日本は最低限の領海の確保に成功し、艦娘の護衛の元、物資の輸入を行うことが出来た。

 

 しかし、そのような幸運に恵まれた国は少ない。

 ほとんどの国では艦娘は出現しておらず、深海棲艦の攻撃に為す術がなかった。だから、彼らは助けを求めた。――日本に。

 深海棲艦に唯一対抗できる存在である艦娘を多数抱える日本には、恥も外聞もなくただひたすらに「助けてくれ」という各国からの懇願が届いていた。

 

 そしてつい最近、日本政府は艦娘の増強を決定。

 それは世界を救うために深海棲艦へと攻勢に出る、反撃の狼煙であった。

 

「デモ、ミンナマダコドモ……」

 

 けれども呉鎮守府に増員された艦娘は、第六駆逐隊と第八駆逐隊の艦娘――暁、響、雷、電、朝潮、大潮、満潮、荒潮の8名だった。

 今だ13歳にも満たない、徴兵年齢が超法規的に引き下げられた艦娘の中であっても、なお幼すぎるとして徴兵されていなかった子供たちだ。

 

 妖精さんは「ミンナダイスキ。シナセタクナイ」と泣く。

 いつの間にやら、宴会していた妖精たちがみんなこっちを見ていた。

 

 なんとなく解った。

 妖精さんたちが宴会をしていたのは、つまるところ俺に――宇宙戦艦ヤマトという艦娘に希望を見出したからなのだ。

 ヤマトの持つ圧倒的な力。それをもってすれば、この地球が救われるのではないかと――大好きな人間たちが、艦娘たちが死ななくて済むのではないかと期待しているのだ。

 

 なるほどつまり――地球を救えと。

 

 体が熱くなるのは酒のせいなのか、はたまた別の要因なのか。

 「地球を救う」

 それはヤマトに課せられた最大の使命――それを俺がやらないでどうするというのか。

 

「泣くなよ、ほら。大丈夫だから」

 

 俺はめそめそと泣いている妖精を抱き上げ、高い高いの要領で持ち上げる。

 「ホント?」と聞く妖精さんいに「本当だ」と強く頷く。

 

「よし、じゃあ乾杯しよう。そうだな――俺と敵対する深海棲艦の健闘を祈って?」

 

 言ってから気が付いたが、これ負ける方だわ。

 しかし妖精さん的にはツボに入ったらしく、みんな笑いだしたので良しとする。

 

「じゃあ、乾ぱ――」

「――ヌイヌイキタ!」

 

 俺の音頭を遮って放たれた見張りの言葉に、「ヌイヌイキタ?」「ヌイヌイ!?」「テッターイ!」「マタネ、ヤマトー!」「アサシオヲヨロシクネー!」「イナズマモー!」「ミンナオネガイー」「ヌイヌイモマカセター!」と、妖精さんたちは口々に言い放って、酒とつまみを回収。

 瞬く間に宴会の痕跡を消し去り、工廠のあちこちへと消え去って行った。

 

「……あれ?」

 

 そして1人だけ取り残された俺。あまりの早業に付いていけなかった。

 ぽかーん、と呆けていると、ドックの扉が開く。

 

「あら。どうしたのですか? 大和さん。こんなところで」

 

 入ってきたのはぬいぬい――もとい、不知火だった。

 「お風呂に入る前に、妖精さんとお話ししようと思いまして……」と俺が言うと、「ああ、なるほど」と頷く。

 

「それで、彼らは何か知っていましたか?」

 

 そういえば、結局口裏を合わせていなかった。

 どうしよう、と思ったが、考えてみると妖精たちもこの会話を聞いている筈だ。適当に理由をつければ、妖精たちも合わせてくれるだろう。

 

「いえ、それが……彼らも同じような状況らしくて、何も思い出せないと……」

「……そうですか。それでは仕方がありませんね」

 

 でも良い理由が思い浮かばず、自分でも怪しいと感じるような言い訳をしたが、案外不知火は納得してくれた。

 意外とそういったことがあるのだろうか。不思議の塊みたいな妖精さんなので、ありそうな気がしないでもないが。

 

「それでは、補給の方は?」

「えっと……」

 

 それも聞いてないが、補給してもらってもいいのだろうか? 良く解らない。

 仕方がないので正直に聞き忘れた、と言おうとしたところで、不知火の後ろでぴょんぴょんと飛び跳ねる妖精さんがいるのに気が付いた。

 頭を抱えるように、腕で丸を作っている。頷いてよい――ということなのだろうか。

 

「どうも、私の許可無く触られるのが嫌だったみたいです。さっき補給はきちんと受けるように言っておきました」

 

 飛び跳ねていた妖精さんは、親指を立てて去っていく。合っていたらしい。

 

「そうですか、それは良かった。補給は大事ですからね」

 

 そう言いながら、不知火はゆっくりと俺の方へと近づいてきた。

 俺の傍に置いてある艤装を見て、「それにしても」と、不知火は言う。

 

「大きな砲ですね。流石は戦艦、ということでしょうか」

「そうですね。私にとっても、頼もしい武器です」

 

 どうも、俺の艤装に興味があるらしい。じっくり見るとおかしなデザインが混じっているので、あまり見て欲しくないのが本音なのだが、そう言うわけにもいかない。俺は冷や汗を流しながら、俺の艤装を観察する不知火を見ていた。

 しかし、しばらくして満足したのか、不知火は目線を外す。

 

「……ところで大和さん。先ほどから気になっていたのですが」

 

 ほっと一安心――と思ったところに、そんなことを聞かれたので、ぎくりとする。

 一体何なのか、と内心びくびくしながら聞く俺の手を不知火は指差す。

 

「そのお猪口は何ですか?」

 

 ――宴会の証拠が、ここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来たら転がってたんです。何故なんでしょうねー? と誤魔化した結果、「またやらかしましたね――あの妖精共」と不知火が静かに怒ることになった、

 戦艦クラスの眼光の本領が遺憾なく発揮されたその姿は非常に迫力があり、巻き込まれたくなかったので、妖精たちには申し訳ないが、ここは彼らだけで責任を負ってもらうことにした。

 ごめんよ、妖精さん。君らの犠牲は忘れない。

 

 その後不知火と再び別れた俺は、風呂に入りに行った。

 幸いにして、他の艦娘はいない。不知火に聞くところによると、明日も新人の訓練のため早朝に出撃する予定があり、ほとんどの艦娘は早めに風呂に入ったらしい。

 一人風呂ということで気が楽だが、なんだかんだ言いつつも、他の女の子の裸を見れないのはちょっと残念な気がしないでもない。

 そう思いながら脱衣所に入ると――視界の端に髪の長い女の子が写って驚いた。

 

「うわごめんなさ――!?」

 

 謝りかけた俺は、2つのことに気が付いた。

 1つは同性なので謝る必要がないこと。

 もう1つは、そもそも他の女の子だと思ったのは、鏡に映った自分だったということだった。

 

 そういえば、鏡を見るのは初めてだった。

 写っているのは、紛れもなく女の子。

 自分の顔を見ていなかったので、大和と同じ姿をしていることから、顔も大和そのものかと思っていたが、そうでもなかった。

 ちょっと釣り目気味で、勝気な印象だが、全体的に大和よりは少し幼い印象を受ける。大和の妹、といった感じか。250年ほど年の差があるが。

 

 これが自分の顔かーと、見ていたが、そんなことをしていても仕方がないので、程々にして切り上げて風呂に入った。

 少しわくわくしながら脱いだ結果……大和以上に徹甲弾の被帽が厚く、装甲として非常に有用であったことは悲しい現実である。

 

 

 



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第5話(細けぇこたぁ良いんだよ!)

第5話途中から分岐。

>前置きはいいからさっさとヤマトのチートプレイみせろや!

だいたいこういうこと。


 なるほどつまり――地球を救えと。

 

 体が熱くなるのは酒のせいなのか、はたまた別の要因なのか。

 「地球を救う」

 それはヤマトに課せられた最大の使命――それを俺がやらないでどうするというのか。

 

「よっしゃ、分かった――任せとけ!」

 

 俺は勢いよく立ち上がった。

 

 思い立ったが吉日、という言葉がある。何かしようという気持ちになったら、すぐにやるのが良いという格言だ。

 ならば、救いに行こうではないか。

 地球を。

 

「乾杯だ! そうだな……俺たちに敵対する、不運なる深海棲艦の健闘を祈って!」

 

 一周何を言っているのか分からずあっけにとられたらしい妖精たちも、俺の発言を理解するにつれ皆一様に明るい表情になる。

 妖精たちも「ウッシャー!」「フウンナルシンカイセイカンニ!」「シンカイセイカンノ、ケントウヲイノッテ!」と立ち上がる。

 

「乾杯!」

 

 俺の音頭で妖精たちも「カンパーイ!」と叫び、酒を飲み干した。

 そして、俺は叫ぶ。

 

「総員、配置に付け! 出撃準備! もたもたするな!」

 

 その号令に、工廠の妖精たちはびっくりした様子。だが、頼もしいことにヤマトの妖精たちは面食らいながらも艤装へ向かってダッシュを始めた。流石だ。

 俺も艤装に近寄り、ジョイント部を近づけて腰を下ろす。

 がしゃん、と接続される音がして、俺に元々あった体が戻ってきたような感覚に陥る。

 

 妖精さんも「ハッシンジュンビ!」「ホジョエンジンシドー!」「ハドウエンジンナイニ、エネルギーチュウニュウ!」と、声を出しながら発進準備を進めていく。

 補助エンジンが始動すると、艤装が起きたのが分かった。火が入らなければ動かしようがない重たい艤装も、今は俺の思うがままに動く。

 俺は立ち上がり、ドックから海へと坂を下りる。コンクリートの硬い感触から、海の柔らかい感触へ。普段であれば踏み抜いてしまうはずのそれも、艤装を負った俺は踏みしめることが出来る。

 

「灯火管制を敷く。エンジン吹かすまで見られないようにな」

 

 「リョウカイ!」という妖精さんの声が聞こえ、艤装で輝いていた着陸灯が消えた。

 

 微速前進、0.5――俺は足を動かすことなく進み始める。

 「ガンバレヨー!」「イクナラ、ナンセイショトウガイイヨー!」「マカセタゾー!」と、工廠の妖精たちの声を受けて、俺たちは胸に手を当て、敬礼。

 

 ドックを抜けると、暗い海が広がっていた。昔は文明の光に照らされ明るかったであろう島々も、今では暗い影しか落とさない。

 星々は明るいが、月の姿は見えない。俺たちにとっては有難いことだ。

 

 

 進路を島と島の間に向ける。南の方角だ。そして、第一戦速へ増速。

 内海ということもあり穏やかな波を切って進む。

 聞こえるのは波の音だけの、静かな海――その中に響く、ヤマトのエンジン音。

 「ハドウエンジンナイ、アツリョクジョウショウ!」「エネルギージュウテン90パーセント!」と、妖精たちが報告をくれる。

 

 そして、補助エンジンの出力最大。速度もぐんぐんと上がり、最大戦速に達するが――それは洋上での話。

 

「エネルギージュウテン120パーセント!」

 

 そして、その時はやってくる。

 フライホイール始動。徐々に回転数が上がっていくのが分かった。

 「テンカ、10ビョウマエ!」と、妖精さんの声。カウントダウンが始まる。

 

 震えるほどの力が湧いてくるのが分かる。無性に飛び出したいような、そんな感覚。

 そう、俺は飛び出したいのだ。重力に縛られ、水に支えられているこんな状況から。

 

「3、2、1――」

 

 ――そして妖精さんのカウントダウンが終わる。

 

「フライホイールセツゾク! テンカ!」

「ヤマト、発進!」

 

 俺が叫ぶと同時――艤装の後ろから轟音。

 波動エンジンの音が轟き、海水を吹き飛ばしながら俺の身体を押し上げる。

 凄まじいパワー。重たい艤装であるとか、飛ぶのに向かない形状であるとか。

 そういったものを問答無用で押し上げる、果てしない無限の力。

 

 微かに体が右に傾くのを堪え、波動エンジンの出力を上げて右足で水面を蹴る。

 そして俺の足は水面を離れた。

 俺は――ヤマトは本当の意味で、発進したのだ。

 

 

 

 

 

 安定翼を展開し、高度を取る。

 上昇角40度。俺はぐんぐんと高度を上げていく。下を見れば、既に鎮守府はだいぶ小さく、遠い。

 

「これがヤマト、か……」

 

 空を舞いながら、そう呟く。全く、規格外にもほどがある。たぶん、このまま宇宙にも問題なく行けるのだろう。

 そこまで行くつもりはないが、一度衛星軌道から地球を確認してみるのも良いかもしれない。深海棲艦の拠点が分かるかもしれないし。

 

 そう考えていると、「レーダーニ、カンアリ!」と久しぶりにコスモレーダーの妖精さんの声。

 どこか、と尋ねると「カンエイ2! 4ジノホウコウ、キョリ200000!」と帰ってくる。

 距離20万メートル――200キロ?

 

「えらく遠いな」

 

 そう言うと妖精さんは「タカサガアルカラ、トオクマデミレル」と答えてくれた。そういえば、高さが足りないとは言っていた気がする。

 そしてさらに報告が入る。5時の方向、艦影3、距離280km。11時の方向、艦影5、距離350km。

 十分な高さがあるお蔭で、敵味方の区別もつくらしい。全て敵だ。

 

「――やれるか?」

 

 ショックカノンの装備妖精に語りかける。「アタボウヨ!」との力強いお言葉。

 なら――やるか。

 

「主砲発射準備! ショックカノンを選択!」

 

 「ウォッシャー!」「ヤルゾー!」と妖精たち。まずは、北西の敵から片付ける。

 艤装を水平方向に。面舵を取って、艦首を敵に対してやや斜めに向ける。これで、後ろの第3主砲も含めて最大火力を撃ち込める。

 

「第1主砲と第1副砲は1時方向の敵艦! 第2第3主砲と第2副砲は2時方向の敵艦を狙う!」

 

 砲塔が、重たい音を立てながらも、思っていたより素早く動く。

 仰角の調整を加え、「ハッシャジュンビ、ヨシ!」と妖精さんの声。

 そして俺は叫ぶ。

 

「撃ちぃ方ぁ始めっ!」

 

 閃光。三式を発射した時よりもやや軽い音と、それを引きずるような音が響き渡る。

 夜空を照らしだしたその閃光は、5本の矢となって遥か彼方へと吸い込まれていき――無慈悲に敵艦を貫く。

 「カンエイゼンショウシツ! ゴウチンデス!」という声に、俺たちは湧き上がる。きっと奴らは、自分の死も知ることができなかったに違いない。

 

 だが、まだ敵はいる。

 南南東方面の敵に照準を合わせようとして、その報告が入った。

 

「レーダーニ、カン! テキカン5! ミカタ5! 11ジホウコウ、キョリ400キロ!」

 

 艦娘に損害あり。逃走中と思われる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと今日はついてなかったのだ。

 まず目覚める間際に見た夢が、戦闘で中破して青葉に笑われる夢。

 寝ぼけ頭で顔を洗いに行けば扉の枠に小指をぶつけ、出撃前には解けた靴の紐を踏んでこけた。

 そして資源輸送任務の復路につけば、戦艦ル級と出くわす。

 全く、今日はついてない――。

 

『衣笠ぁっ! 何ボサっとしてんだ! 砲撃来るぞ!』

「分かってるわよ!」

 

 摩耶の声に現実に引き戻された私は、ともかく敵の方へと砲撃を続けながら回避行動を取る。

 敵は戦艦ル級が2隻に、重巡リ級が2隻、そして軽巡へ級が1隻。対してこちらは摩耶、私、足柄、長良、そして五十鈴。

 ――厳しい状況だった

 

 ル級が1隻なら、勝てる自信はあった。けれども2隻――その上、先手を取られて足柄がほぼ大破。

 「まだやれるわ!」と砲撃には参加しているが、五十鈴がサポートしなければ航行すら危うい状況だ。

 斯くいう私も数発掠めている。というか、皆至近弾を何度となく貰っている。直撃を食らってないのは、最早ただ運が良かっただけとしか言いようがない。

 提督との通信では、既に救援は出したとのことだが――さて、何時間かかることやら。

 絶望的なこの状況。私たちにできることは、ひたすら逃走を続けることだけだった。

 

『……く、ふふふ……』

 

 砲撃音と着弾音に、全力で回る機関の音に水しぶきの音。爆音響き渡るこの戦場でも、マイク越しのその笑い声は聞こえてきた。

 それは足柄の声だった。

 

『何笑ってるのよ!? 大丈夫!?』

 

 足柄を支える五十鈴の声。それに対し、足柄は『嫌よね……』と答える。

 何のことだ、と思って足柄たちの方を見ると、足柄が五十鈴を振りほどき、こちらに向かってくるところだった。

 

「足手まといになるって! 嫌よね!」

 

 全力で機関を回して逃げている私と、敵へ向かって突っ込む足柄。あっという間に距離は縮まり、吠える声が直接耳に入ってきた。

 

『こんのっ! 馬鹿がっ!』

 

 本当に、馬鹿な行動だ。摩耶の言葉に同意しながら、すれ違う足柄を抱きすくめるように捕まえた。

 

「離して! 私がいたら、貴方たち逃げられないでしょ!」

「何言ってるのよ! あなた一人残ったところで、大して変わりなんかないわよ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ足柄に、そう言い聞かせる。

 そう、1人残ったところで大差はない。既にかなり距離を詰められている以上、足柄を置いて速度を上げて逃げたとしても、逃げ切るまでに全滅する可能性の方が高い。

 だから――

 

「――私も残るわ」

「え!? だ、ダメよ! 貴女まで死にに行く必要なんか――!」

 

 有無を言わさず、私も反転。足柄とともに敵の方へと向かう。

 それに気付いた摩耶が無線越しに吠える。

 

『おい衣笠! お前まで何してんだ! 戻れ!』

「衣笠さんにおまかせ、ってね」

 

 そう答えて、無線を切る。

 隣にいる足柄は、諦めた様子でこちらを見ていた。

 

「本当に良いの? お姉さんだっているんでしょ」

「それを貴女が言っちゃうの?」

 

 4人姉妹の三女が言うセリフではないだろう。こんな状況だというのに、思わず笑ってしまう。

 そんな私をて、足柄も「それもそうね」と笑う。

 

 死ににいくというのに、不思議と心は晴れやかだ。

 それで助かる命があるのならば、それも悪くないと思える――

 

 ――そう思っていた。

 

「摩耶!?」

 

 唐突に足柄が振り返る。その顔には絶望すら混じった焦りが浮かんでいる。

 無線で何か聞こえたのか。そう思って同じく振り返ると――遠くに見える摩耶の、その艤装が吹き飛んでいた。

 煙どころか炎を上げる艤装は、どう見ても大破。摩耶もふらふらと揺れており、もはや立っていることすら怪しい状況だ。

 

「そんな……」

 

 誰かが命を投げ出せば、他の皆は助かる――なんて、そんなに現実は甘くない。

 死ぬときは誰しも死ぬのだ。

 そして多分、私たちにとってそれは今日だったのだろう。

 

 長良と五十鈴が、必死に摩耶を引っ張ろうとしている。けれども、摩耶はそれを振り払って何かを叫んでいる。

 きっと、私たちと同じことを言っているのだろう。

 彼女たちはまだ、十分走れる。経験不足気味ではあるが、私たちが抑えれば逃げ切れるかもしれない。

 

「足柄さん」

「ええ、やるわよ!」

 

 そして、私たちは覚悟を決めた――。

 

 

 

 ――けれども、本当に現実は甘くない。

 誰かが命を差し出したところで、誰かが助かるとは限らないし――誰も命を差し出さなくても、誰かが助かることもあるのだ。

 

 振り向いて敵へと相対した私たち。

 その私たちが見たのは、振り向いた瞬間、形容しがたい音とともに私たちの間を駆け抜けた青い閃光が戦艦ル級を撃ち抜くところだった。

 

 撃ち抜いた閃光が消えた後には、何も残らない。ごっそりとその体を削り取られたル級は、次の瞬間弾薬に引火したらしく爆散した。

 その輝きが、夜空と海を赤く染める。

 

「――うそ」

 

 思わず口からこぼれた言葉。

 だって、戦艦ル級を一撃で沈めるなんて、伊勢や日向だって出来やしない。

 信じられない思いとともに振り返るが、それを成した者の姿は見えなかった。

 

 一体どこから――と思った瞬間、水平線上の星が青く瞬き――再び私の横を駆け抜けた。

 それを追った先には、撃ち抜かれた2隻目のル級。これも僅かな反撃すら許されず、その身を海に帰した。

 

「どういうことなの……?」

 

 今目の前で起こっていることが信じられない、といった様子の足柄の声。

 私もきっと、そんな感じの表情をしていることだろう。

 

「援軍、なわけ……ないわよね……」

 

 いつの間にか、足は止まっていた。本来なら自殺行為に等しいことだが、今に限ってはそれが許された。

 目の前では、深海棲艦が回頭している。恐らく、反転して逃げるつもりなのだろう。

 けれども――それは叶わない。

 

 ――次の瞬間、螺旋状に回転する3本の光が、全ての深海棲艦を撃ち抜いた。

 

 重巡リ級は爆発。もう一体の方も海の藻屑と消えた。

 へ級に至っては、閃光に包まれてすべて消え去ってしまったように見える。

 

 そして、海には静寂が訪れた。

 砲撃音も、着弾音も。何も聞こえなくなった海には、ただ静かな波の音だけが響く。

 

「終わった、のかしら……」

 

 そう呟く足柄の声で――ようやく私たちは助かったのだと気付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃ち方止めっ!」

 

 コスモレーダーの装備妖精さんから、敵艦轟沈の報を受けて、俺はそう叫ぶ。まあ、基本俺が撃っているので、言うのは気分なのだけれども。

 

「艦娘たちはどう?」

 

 そう尋ねると、「ケガハシテルケド、ダイジョウブ」との報告。なら良かった。

 ショックカノンの妖精やら、艤装のクルーの妖精やらが艤装の上に現れて、やんややんやと騒ぐ。

 艦娘を助けられたのがよっぽど嬉しかったのだろう。

 

 しかし、艦娘が邪魔で射線が取れなかったときは焦った。

 そうこうしているうちに摩耶も被弾するし……結構危なかったかもしれない。

 だが、助けられた。

 その確かな事実を胸に、俺は言う。

 

「おら! お前ら本番はここからだぞ! 持ち場に戻れ!」

 

 「オットコリャイカン」「ヤッタルデー!」と妖精さんたち。調子に乗りすぎな気もするが、士気は極めて高い。

 この調子なら、俺たちはやれるだろう。

 「ヤマトサン! キョウハドコマデ、イキマスカー!?」と、妖精さんの声。

 

「そうだな……とりあえず深海棲艦さんちに、ちょっと沖縄返してもらいに行こうか!」

 

 「ウォッシャイクゼー!」と妖精さん。波動エンジンを再び航行出力へ入れ、発進する。

 

 

 

 

 

 ――そして、その日。

 沖縄の地の深海棲艦は鉄の雨に見舞われ、全滅したのだった。

 

 

 

 



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第6話

 艦娘になって2日目の朝。スピーカーから放たれる起床ラッパの、ひどく耳障りな音で俺は起された。

 それと同時に、布団から抜け出し立ち上がる。目覚ましが鳴った瞬間に布団から抜け出すのは俺の習慣だった。というのも、布団にこもったままだと確実に二度寝をしてしまうタチなのである。

 

 布団から抜け出すと、早朝の涼しさが身を包む。少し肌寒いな、と思って体を見ると、寝間着として着用していた浴衣がはだけていた。ちらりと何かが見えた気もしたが、昨日さんざん見たこともあって、あまり気にならない。薄いし。

 襟を引っ張って適当に直す。既に日は出ていて、窓から差し込む光はだいぶ明るい。

 

 今日も良い天気だ、と思いながら、とりあえず顔を洗おうと、俺は洗面所へ向かった。

 寝起きながら、すっきりと頭が冴えているのは、よく眠れたからだろう。昨日は風呂から上がって部屋に戻ると、すぐに布団に潜り込んだ覚えがある。

 おかげさまで、目覚めも爽やかだ。

 

 冷たい水で顔を洗い、歯を磨いた後。俺はヤマトの衣装たる赤と白のセーラー服のようなものに着替える。ちなみにこれは替えの服らしく、風呂から上がった俺のところに、ヤマトの妖精さんが持ってきてくれた。

 服を着替え、艦首を模した首輪をつけ――寝るとき痛いので解いた髪をポニーテイルにしようとして、その意外な難易度の高さに気付いた。

 まず、長い髪を全てを小さい髪留めに通すのが難しい。その上、必ず左右のどちらかにずれてしまって、綺麗なポニーテイルにならない。

 試行錯誤を重ね、何とかそれっぽくなったところで妥協。

 

 そして、俺が向かったのは食堂。何はともあれ朝ご飯である。

 最近は朝食を抜くという人も増えていると聞くが、少なくとも朝起きている限り、俺は朝食をきちんと食べる派だ。それに艦娘になってからというもの、どうもお腹が空く。

 今日の朝ご飯のお供は味噌汁らしく、良い香りが食堂の方から漂ってきて、俺の腹を刺激する。

 ふんふんふーん、と鼻歌交じりに階段を下りたところで、玄関の方から歩いてくる女の子に気が付いた。

 

「あら……おはようございます!」

 

 相手の方も気づいたらしく、大きな声で挨拶された。

 「おはようございます」と俺も言いながら、この子は誰だろうかと考える。

 ここは艦娘寮なので、多分この女の子も艦娘のはずなのだが、ぱっと見て思い当たる艦娘がいない。

 見た感じ、大和撫子という感じ。落ち着いた雰囲気の子だ。俺と同じように長い髪を先の方でゆるくまとめていて、左の髪の一部を顔の横で結んでいる。

 弓道着のような上着に、ミニスカートを合わせていて――そこでふと、思い当たる艦娘に気が付いた。

 

「提督からお伺いしています。大和さん、ですよね? 私、祥鳳艦航空母艦1番艦の祥鳳です」

 

 祥鳳――MVPを取ったときのあの声が俺を魅了してやまなかった祥鳳だ。

 いかにも大和撫子然として落ち着いている女の子が、力いっぱい喜んでいるギャップに俺はやられた。大好きな艦娘だったのに、すぐに気付けないとは……不覚だ。

 もっとも、理由は分かっている――服だ。

 肌脱ぎのイメージが強烈過ぎて、普通に服を着ているなんて思いもしなかった。ごめんよ祥鳳――と心の中で謝る。

 

「初めまして、ヤマトです。よろしくお願いします」

 

 和子提督から話は伝わっているようだが、俺も一応自己紹介。

 にこにこしながら「よろしくね!」と祥鳳は返してくれた。

 

「大和さんもこれから朝食ですよね。良かったら一緒に食べませんか?」

 

 と、可愛い女の子に誘われたら断れるわけがない。「是非!」と頷いて、一緒に食堂へ向かう。

 

「ところで、祥鳳さんはどちらか行かれていたんですか?」

 

 玄関の方からあるいてきたということは、祥鳳は外に出ていたのだろう。

 時間は未だ7時にもなっていないが、何か用事でもあったのだろうか。

 

「ええ。駆逐艦の子たちが演習に出るので、その見送りに行っていたんです」

「ああ、そういえば」

 

 不知火がそんなことを言っていた。もう出た、ということは、駆逐艦たちも相当早く起きたのだろう。昨日の第六駆逐隊の娘たちが脳裏に思い浮かぶ。

 ……起きれたのだろうか、彼女たち。意外と全員寝過ごしそうだ。

 

 そんなことを考えながら、食堂の中へ。そこには先客がいた。

 

「神通さん。おはようございます」

「おはようございます、祥鳳さん。それに、大和さん……でしょうか?」

「はい、ヤマトです。おはようございます」

 

 何だ、ここは天国だったのか――俺は悟る。

 神通――俺の愛しの軽巡だ。艦これでは、俺の艦隊の中で唯一改二になった艦娘でもある。

 控えめに笑って、静かに「よろしくお願いします」とこちらに頭を下げる姿はとても可愛らしい。

 

 せっかくなのでと、神通とも席を共にすることになった。

 今日の献立は、味噌汁に白米、焼き魚に卵焼き、そして和え物。シンプルな和の朝食、という感じである。

 皆で「いただきます」と食べ始めた――のだが、神通も祥鳳も食べ方がとても綺麗だ。

 翻って自分はというもの、元が男ということもあり、比べるべくもない。正直、高級ホテルに庶民が間違って入ったような、そんな恥ずかしさがある。

 しかし、お腹も空いたし、今更だ。お代わり自由な米と味噌汁を平らげて、食堂のお姉さんにお代わりを申し立てる。

 そして、席に戻ろうとしたところで食堂の扉が開いた。

 

「おや。大和さん、おはよごうございます!」

「青葉さん。おはようございます」

 

 入ってきたのは青葉だった。

 相変わらずの元気印。けれどもまだ眠いらしく、あくびをかみ殺している。

 

「神通さんと祥鳳さんもいるんですね。私もご一緒しても?」

「ええ、もちろんです」

 

 頷き、自分の分の朝食を受け取った青葉とともに席に戻る。

 「おはよーございます!」と元気にあいさつする青葉に苦笑しながら、神通たちも挨拶を返す。やはり、同じ艦隊に所属する者同士、仲は良いらしい。

 

「そういえば今日は、駆逐艦の子は演習でしたね。食堂が静かでびっくりしましたよ」

 

 いただきます、と食べ始めた青葉は、ふと思い出したようにそう言った。

 その言葉に、祥鳳も大きく頷く。

 

「駆逐艦の子たちが来てから一週間ぐらいしか経ってないのに、賑やかな食卓に慣れてしまいましたよね」

「あ、あの子たちってそんな最近来たばかりだったんですね」

 

 俺は思わずそう言う。もう少し長いものだと勝手に思っていた。

 

「ええ。……だから、今日も初めての演習なんです」

「ケガなんかしないと良いんですけどねー」

 

 神通の言葉に、青葉がそう心配する。まあ、演習とはいえ事故は起こる。怪我の心配が全くないわけではないだろう。

 

「ところで今日、提督と妙高さんはいらっしゃらないので?」

「提督は、急ぎの報告書があるそうです。妙高さんも、そのお手伝いかと……」

 

 あ、それたぶん俺のヤツだわ……。神通も言ってて気が付いたのか、こちらにちらりと視線を向けた。

 少し申し訳ない。あとで和子提督には後でお礼を言っとこう。

 

「そういえば、皆さんはこの後どうされるんですか?」

 

 話をそらすべく、そんなことを聞いてみた。

 というのも、俺にはやることがない。だからといって、保護されている身分で食っちゃ寝というのも気が引ける。

 参考になればと思って聞いてみると、一番最初に答えてくれたのは神通だった。

 

「私は、海に出て戦闘訓練をしようと思っていました」

 

 物静かな見た目に反して、意外に体育会系だった。やはり艦であった神通と同じく、相当な武闘派らしい。

 そんな神通の発言に、「自主練なんて真面目ですねー」と青葉が茶化す。

 

「青葉は写真の整理とか、ネタ探しとか。あとは――秘密です」

「私は艤装の点検をして……少し訓練をしたら本でも読もうかなと」

 

 意外とみんな暇らしい。

 聞いてみると、基本土日は休みのようだ。毎日深海棲艦が攻めてくるわけでもないし、哨戒活動はもっぱら通常の艦船で行われるので、艦娘が出撃するのは深海棲艦が確認されてからなのだとか。

 とはいえそんな余裕が出来たのも、横須賀の艦娘が伊豆諸島に展開していた深海棲艦の基地を撃破し、日本近海の深海棲艦の数が減ったつい最近らしいのだが。

 ちなみに、佐世保はブラック鎮守府状態らしい。南西諸島から攻めてくる深海棲艦が多い上に、大陸との貿易を行う船団の護衛任務が毎日のようにあるのだとか。

 

「それは……嫌ですね」

「艦娘学校でも配属されたくない鎮守府ナンバー1ですよ。衣笠そこ配属になっちゃいましたけど」

 

 憐れ衣笠。でも連絡を取ってみると、本人は結構充実しているらしく、元気にしていたらしい。

 そう言うと青葉は「ご馳走様です」と立ち上がった。いつの間にか食べ終えている

 

「……早いんですね」

 

 一番遅く来たのに、一番最初に食べ終わるとは。

 ちなみに俺も食べるのは早いが、その分量を食べているので、結果的に食べ終わる時間は普通だ。

 

「早食いは記者の特技ですから!」

 

 そう言って食器を返すと、青葉は去って行く。

 

 その後も俺たちは話しながら食事を続けていたが、神通が「そろそろ訓練に出ますね」と言うのをきっかけに解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝ご飯を終えた俺がやってきたのは、戦艦用ドックである。

 わらわらと妖精たちが出迎えてくれるが、一部の妖精さんは頭にたんこぶを作っていた。どうしたのかと驚いて聞いてみると、「ヌイヌイニ、オコラレタ……」と妖精さん。どうもギンバイについて叱られたらしい。宴会に参加した者としては大変申し訳ない。

 まあ、「デモマタヤローナ!」とか言っている妖精さんもいるので、あまり懲りてはいないようだ。

 「トコロデ、ドーシタノ?」とウチの妖精から聞かれる。

 

「ちょっと艤装の点検をしようと思って」

 

 これから戦うことを決めた以上、装備はきちんと確認しておかなければならないだろう。

 俺がそう言うと妖精さんたちが艤装に駆け寄り消えて行った。……乗り込んだということなのだろうか。

 1人だけ艤装の上で待っている妖精さんが「ササ、ツケテクダサイ」と艤装をぺしぺし叩く。

 俺は指示に従って、艤装の目に腰を下ろす。すると、がちゃん、と艤装が接続される音がした。

 「ホジョエンジンシドー!」という妖精さんの掛け声とともに、艤装が起きたのを感じる。

 軽く確認もかねて、砲塔を動かす。きちんと自分の思った方向に向いてくれた。問題ないだろう。

 

 点検だけのつもりだったが、いざ艤装を付けてみると、もっと動きたくなってきた。

 しかし保護されている身分で、あまり艤装を付けて動き回るのもどうなのか。少なくとも許可を取ってくるべきかもしれない。

 じぃ、っとドックの出口に広がる海を見つめながら考えて、ふと思いついた。

 見つからなければいいのだ。

 

「よっしゃ。本艦はこれより潜水艦行動に移行!」

 

 ドックのコンクリートから、海の上に歩き出る。妖精さんの「リョウカイ! クウカンジャイロハンテン」という声がかかると、俺を挟んでいた艤装が大きく開いて反転し、元々艦底だった部分が上になる。

 ――良かった。俺が逆立ちしなければいけないのかとと思っていたところだ。

水面を踏みしめていた足は海に沈み、底のコンクリートに届く。

 そして気が付いたが、これ服濡れるわ。どうにかならないかと妖精さんに尋ねてみるも、どうにもならないらしい。後で洗濯はしてくれるらしいし、ドックにも簡易シャワーがあるらしいので、あとで着替えれば大丈夫だろう。

 ざぶざぶとみずをかき分けて進み、俺は海に浮かぶ。そしてタンク注水、下げ舵10。

 俺の身体は海中に沈んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 潜ってみて思ったことは、意外と綺麗じゃないな、ということだった。まあ、瀬戸内海だから仕方がないだろうか。一度はダイビングスポットあたりで潜ってみたいものだ。

 深度は現在10メートル。差し込んでくる光が結構暗いのは、透明度が低いせいなのだろう。

 こうやって見てみると、瀬戸内海は結構汚い海なのだろか。他で潜ったことがないから良く解らないが。

 まあ魚とはさっきからそこそこにすれ違っているので、少なくとも生き物が生きるには問題ないレベルらしい。ちなみに手で魚を捕まえられないかと思って試してみたが、無理だった。

 

 しかし、意外とつまらない。もっと綺麗な景色ならよかったのだが。

 10分も航行してないが、正直飽きた。なんとなく息苦しくて、気分的にもよろしくない。というか、ちょっと怖くなってきた。

 これでもまだ光が差す深さなのだから、もし外洋に出てもっと深いところに潜ったら……あ、ダメだ。想像しただけで背筋が震える。

 

 よし帰ろう――そう決意したところで、ふと海の上の航跡が見えた。

 神通だ。先ほどからレーダー上でジグザグ走行を繰り返したり、砲撃音が微かに聞こえたりと、戦闘訓練を行っているのは気付いていた。

 やはり海の上の方が性に合っている。やっぱり和子提督にきちんとお願いして、後で混ぜてもらおう。

 

 俺が海の底を這うように航行しながらそんなことを考えていた時――ぴぃん、という高い音が海に響き渡った。

 

 とても綺麗な音だった――のだが、一体どこから聞こえたのだろうか?

 まさかクジラの鳴き声というわけでもないだろう。こんなところにはいないだろうし。

 首をひねっていると、ヘルメットを被って命綱をつけた妖精さんが俺の顔の前にやってきた。そして、また音。

 その音を聞いた妖精さんはすごく慌てた様子でバタバタしている。何かを伝えたい様子なのだが、いまいち声が聞こえない。

 すると、もう一人現れた妖精さんが、俺の耳にイヤホンのようなものを突っ込んだ。

 

『――我敵潜水艦ヲ発見セリ! 繰り返します! 我敵潜水艦ヲ発見セリ! 現在追跡中!』

 

 聞こえてきたのは切羽詰まった神通の声。そして再び音。

 そして俺はようやく音の正体に気が付く。

 

 ――――ピンガーだこれ。

 

 

 



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第7話

「では定刻より早いですが、皆さん揃われましたので始めさせていただきたいと思います」

 

 会議室。その大きなスクリーンに映った、6つに分割された映像を見ながら私はそう言った。

 それぞれ人の顔を映し出しており、それらの顔はバラバラに頷く。

 

 老若男女、まとまりのないこの顔触れは、各鎮守府および警備府の提督と、艦娘学校の校長――事実上の提督だ。

 彼らは私の呼びかけで、こうして画面越しに集まっていた。

 

「まず、先ほどメールで送りました資料をご覧ください」

 

 そう言うと、彼らは目線を下に落とす。大湊の後輩だけはわたわたと慌て、後ろの秘書艦である翔鶴から印刷された資料を渡されていた。

 全くあの子は……と思いながら、自分も資料に目を向ける。

 一番目を引くのは、大和さんの顔写真。これは青葉が撮ったものだ。あの子の「取材」には手を焼かされることが多いが、こういう時に役に立ったりするから侮れない。 

 資料に載せられているのは、大和さんの特徴だ。とはいっても写真もあるので、大和さん個人については、身長がどれくらいだとかその程度。

 もっとも重要なのは、艤装についてだ。今朝方、工廠の妖精さんたちから上がってきた報告で、装備の口径など分かった範囲で書かれている。

 

 驚くべきことに、主砲は48㎝3連装砲塔を3基9門、副砲は20㎝3連装砲を2基6門。大和型が本来持つそれを大きく上回るものだった。

 爆雷投射機を装備し対潜攻撃も行え、カタパルトも持つことから航空機の運用も可能と思われる。

 詳細は不明だが、電探らしき装備あり。艤装のサイズは長門型よりもなお巨大。

 

「このように本人は大和であると申しております一方で、明らかに史実の大和型とは違う砲を積むなど、いくつか大和型と異なる点を見つけることが出来ます」

『……それどころか、これは大和型を上回る装備じゃないかね?』

「仰る通りです」

 

 横須賀の楢崎提督の言葉に、私は頷く。

 楢崎提督は、この中で一番年長だ。頭は白く、本来ならそろそろ退官している年齢だったはずだが、提督という特殊な適性を持ち合わせている上に、海軍での経験も豊富である稀有な人物であるため、未だ退官が許可される様子はない。

 もっとも、艦娘たちに囲まれているときは好々爺然としており「孫より可愛いわい」と言っているあたり、本人にも辞める意思がないのかもしれない。

 私たちの直接の上官であり、私を含め、未だ若い提督を導いてくれる先輩だ。

 

「工廠の妖精からは『まるで大和型を超える戦艦のようだ』との所見が出されております」

『大和型を超える、ね。何、まさか超大和型だとでも言うわけ?』

「大和型を改装したものという考えが現実的かと思いますが、その可能性も否定できません」

 

 鼻で笑うような佐世保の提督の言葉に、努めて冷静に返す。

 この女は私より長く提督を勤めているのだが、どうも性に合わない。一時期この女の元で提督について学んだが、嫌味が罵倒しか聞いた覚えがなく、正直嫌いだ。

 もし私に後輩が出来たら、うんと優しくしてやろうと決意したのもその時である。……まあ、ちょっと優しくし過ぎて、引くほど懐かれたけど。

 

『でも、48㎝3連装砲なんて聞いたことないですよ』

『平岡君の言うとおりだな。20cm3連装砲も覚えがない。間違いはないのかね?』

 

 舞鶴の優男の発言を、楢崎提督も肯定する。

 これもその通りだ。そんな装備は史実を紐解いてみても存在していないし、今まで開発された艦娘用の装備にも存在していない。

 

「これは大和を名乗る少女の艤装の妖精による自己申告ですが、実測値を他装備と比べた場合の比率から見て、信頼性は高いデータです」

『センパイ! 先に言っておくと、ウチの子じゃないですよ!』

「……会議中です。言葉使いを改めなさい」

 

 大湊の提督――不肖の弟子である高槻一帆の発言をたしなめる。教育方法を誤ったかな、と考えたこともあったが、よくよく考えると最初からこうだった気がするので、たぶん性格的なものだろう。

 これでも優秀な子ではあるのだが。画面上でしょぼくれた顔をする一帆は、翔鶴に慰められていた。うらやましい。まあ、ウチには妙高がいるけど。

 

『しかし、確かにその艦娘の所属も重要な問題だ』

『言っとくけど、ウチでもないわよ。まあその子のスペックが本物なら、是非ともウチに欲しいけれど』

『僕のところでもありませんね。でも、彼女ほどの戦艦なら確かに僕のところでも欲しい』

『私は今いる子だけで手一杯何で結構です……資材がですね……』

 

 欲しいかどうかと聞かれたら、ウチにだって欲しい。何しろここには現在戦艦がいない。ついでに言うと正規空母もいない。

 もっと戦力を必要としているところがあるのは理解しているのであまり言わないが、ウチの火力は低すぎる。

 

『ところで、先生はどうですか?』

 

 一帆が、もう一人の参加者である萩原校長に話を振る。

 艦娘学校の校長である萩原校長は、品のある女性だ。少しばかりしわの寄った顔が、暖かさを感じさせてくれる。

 その萩原校長は目を伏せて、何か考え事をしているようだった。

 

『そうね……私はこの子にそっくりな子を知っているのだけれど……』

 

 萩原校長の言葉に、私は驚く。

 

「本当ですか?」

『ええ。……楢崎提督もご存知ですよね?』

『……ああ。たしかにそっくりだとは感じていた』

 

 そう言って楢崎提督は、自分の机の引き出し開け、封筒を取り出した。

 中に収めらえれていた書類をだし、カメラの方へ向けてくる。

 

 ――そこには、大和そっくりの少女が写っていた。

 

「……その子は、一体……?」

『彼女は最近、艦娘としての適正があるとして、艦娘学校へ入学することとなった子だ。実は、既に艦も特定されている』

 

 その言葉に、まさか、という思いがあった。

 何故ならそっくりなのだ。大和に比べやや大人びた感じがするが、姉妹――いや、双子と言われても信じるほど似ている。

 

『本当は進水式の時に公開する予定だったのだがね。彼女は――大和なのだよ』

 

 だから、どこかその言葉に納得した自分もいた。

 

『……どういうことかしら。同じ艦娘が2人いるなんて』

『そんなことってあるんですね!』

「バカ。無いからおかしい、って話なのよ……」

 

 思わずいつもの口調で、そう零してしまった。

 私が頭を抱え込んだのは、そのおかしな話のせいなのか、一帆の能天気な言葉のせいなのか。

 

『まあ、状況的に怪しいのは、明らかに保護された子だよね』

『そうだな……先に言っておこう。こちらの大和の装備は、46㎝3連装砲塔に15.5㎝3連装砲塔、零式水上観測機といった、大和型としては一般的な装備だな』

 

 そうなると、楢崎提督の言う「大和」が大和である可能性が極めて高い。翻って、保護した彼女が大和であるという可能性はさらに下がった。

 けれども、彼女は紛れもなく艦娘だ。元となった艦があるはずである。

 

『分からないわね……じゃあ彼女は何だっていうのかしら』

『うーん。少なくとも艦娘ではあるんだよね』

 

 会議の場には沈黙が流れた。

 各々、彼女の正体について考えているのだろう――そう思っていたら、一帆がまた口を開いた。

 

『あの、思ったんですけど……彼女の正体って、結構どうでもよくないですか?』

「は?」

 

 『何を馬鹿な……』と佐世保の栗田提督が、私の気持ちを代弁してくれた。

 それを聞いた一帆はカチンときたらしく、ムキになって反論する。

 

『だって、私たちの目標って深海棲艦を倒すことじゃないですか。彼女が何の艦娘だったとしても、妖精さんが「大和を超えるかも」なんて言うほどの力を持ってることは間違いないんです。だったら、彼女を迎え入れて戦力にした方がずっといいじゃないですか』

 

 思いつきで言ったのかと思いきや、一応それなりの考えはあったらしい。彼女の言うことには一理ある。

 しかし、戦力になるからといって、どうでもいいと切り捨てられる問題でもない。

 

『あのねぇ……正体が分からないっていうのはリスクなの。例えば彼女が新手の深海棲艦かもしれないとか考えた?』

『そんなわけ――』

『ない? 本当に? 突然海から現れた、人間とは違った武器を持つ存在だし……私には似て見えるのだけれど』

 

 それもまた事実だ。まさか本当に深海棲艦であるとは思わないが、やはり不審な点が多すぎる彼女を、心から信頼することは難しい。そして、そんな人間を大事な子たちと一緒に戦わせることはできない。

 

『そうだな……竹下君』

「はい」

 

 楢崎提督の声に、私は居住まいを正す。

 

『この際だ、彼女を――』

 

 ――楢崎提督の言葉をかき消すように警報が鳴った。

 

 それはテレビ会議装置を通して、他の提督にも伝わったのだろう。みんな一斉に黙り込んだ。

 警報が鳴り響く中、同時に鳴り始めた机の上の電話を取った妙高が顔色を変える。

 

「報告します! 鎮守府近海にて戦闘訓練を行っていた軽巡洋艦神通が潜航中の敵潜水艦を発見! 数は1! 現在これを追跡中!」

 

 そんな馬鹿な、と思った。ここは瀬戸内海だ。水深は浅く、潜水艦が通るにはそもそも向かない。入口となる水道には防潜網が敷設されているし、浮上して乗り越えようとすれば監視に引っかかる。

 それだけに潜水艦がいるのは予想外で――脅威だ。今、駆逐艦は演習のために出払っている。神通の他に残っているのは、重巡洋艦である妙高と青葉、軽空母である祥鳳。

 ――対潜戦闘を行える艦が、神通以外にいないのだ。

 焦りを覚えながら私は立ち上がって、机の上に置いてあった帽子をつかむ。

 

「分かったわ。――申し訳ありませんが、そういう訳ですので私は指揮に入ります」

『分かった。会議は一旦ここまでとしよう』

 

 そして私はカメラに向かって一礼し、帽子を被って会議室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の他に深海棲艦の潜水艦が潜んでいて、そいつだけが偶々発見された――そんな期待はするだけ無駄だろう。神通は明らかにこっちに向かってきていた。

 綺麗だったピンの音が、何故だか背筋が寒くなるような、死神の足音に聞こえてくる。

 早く逃げなければ攻撃される――そう思いドックの方へ戻ろうとして、思いとどまった。

 

 このまま戻ったとして、どうなるというのか。ピンで追跡されている以上、戻ったとしても俺だとバレる。

 それは拙い。こんな警報鳴らして鎮守府を混乱させた犯人が俺だとバレたらどうなるか。

 それでなくてもいろいろ隠している身。面倒なことになるだろうことは予想できる。

 

 振り切るのは簡単だ。水中とはいえ、ヤマトの速度をもってすれば、いかに軽巡といえど追いつけるものではないだろう。

 しかし、とりあえず神通を鎮守府から引きはがさなければならない。じゃないと戻れないし。

 となると、上手いこと敵に化ける必要がある。速度も出しすぎないように気を付けなければ。

 

 そう考えて、微速前進。

 神通が鳴らすピンの間隔が狭まってきている。上を見上げると、俺の直上までもう少しだった。

 

 ――そして、鳴り響いていたピンの音が唐突に消え去る。

 静けさに包まれた海に、どぼん、という音が数回。

 見上げるまでもなく、俺の横に小さなサイズの爆雷が落ちてきた。

 

「――――!!」

 

 俺の叫びは、泡となって消える。

 

 爆発。

 一瞬視界は白く染まり、水圧で俺も吹き飛ばされた。

 そこに更に、ぼふん、という爆発音。背中に衝撃を受けながらも、速度を上げて俺は爆雷の効果範囲から抜け出す――そう思っていた。

 だが、更に目の前に沈んでくる爆雷。それを見て思わず足を止めたのがいけなかった。

 前後で起こる爆発に、俺の身体は押し潰されるような圧力を受けてひっくり返る。

 上下すらわからなくなるような奔流の中で、何とか体勢を立て直して、進んだ。

 

 そして今度こそ効果範囲を抜ける。

 騒がしくなった海の中では、おそらく俺を探知することはできないだろう。つかの間の休息に、俺は安堵した。

 各部チェック――無線から妖精さんの報告が聞こえる。損傷なし――流石ヤマトだ、何ともないぜ。

 けれども、もう一回爆雷に包まれたいかと言われれば否である。ヤマトは天下無敵でも、俺のメンタルはそうではないのだ。爆発に包まれた瞬間は死ぬかと思った。

 

 しかし、抜けた方向に更に爆雷が降ってきたあたり、さすが神通というべきか。もし俺が本当に深海棲艦の潜水艦だったなら、漁礁と化していたに違いない。

 まあ、そもそも本当に潜水艦なら、こんな逃げ場のない場所には入ってこないだろうが。

 

 今の内に方向転換。艦首をドックの方に向けて後進微速。妖精さん曰く、補助エンジンは「イツデモゼンカイデ、マワセマス!」とのこと。心強い言葉だ。

 更に、後部魚雷管に目眩ましの魚雷を装填し注水。

 注水音が聞こえたのだろうか? 俺には分からなかったが、通り過ぎた神通は転舵してこちらへ向かってきた。再びピンが鳴り始める――発見されただろう。

 

 再び近づいてくる神通を、後進しながら俺は見守る。

 そしてピンの音が消えて直上――神通が爆雷を投下し、俺は魚雷を発射。補助エンジン最大戦速。

 

 ぐわん、と水圧が顔面を襲った。それでも苦しくないのは、やはりこの身がヤマトだからなのだろう。

 後ろで爆雷の爆発音――だが、とっくに効果範囲を抜け出している俺には、今度は欠片の衝撃も感じられない。

 それでも、ドックにたどり着くまでに、ピンが打たれないとも限らない。海中をかき乱してそれを阻害するために俺は魚雷を発射したのだが――

 

 ――どうも、威力を見誤っていたらしい。

 

 ごぱんっ! と、魚雷の爆発音。爆雷が爆発した時よりも距離は離れている筈なのに、それ以上に凄まじい音がして思わず振り返る。が、水中なので流石に何も見えない。

 もちろん神通に当てたわけではなく、遠くで自爆させただけなのだが――これだけ威力があると、あおりを食らっただけで損害が出そうな気もする。

 幸い、レーダー上には神通が動いているのが写っている。恐らくは大丈夫だろう。

 

 しかし、おかげで水中の状態は極めて悪くなった。

 探知の心配もないままに、俺はドックまでたどり着く。

 メインタンクブロー。艤装から排水しながら、俺は坂になっているドックのコンクリートを上った。

 濡れた体から零れる滴が、コンクリートを黒く染めていく。

 排水が終わった艤装が、がこん、と反転し、元の状態に戻る。

 

「……だっはぁ!」

 

 海の方を振り返り腰を下ろすと、気が抜けた。べちゃりと服が張り付いていて気持ち悪いが、澄んだ空気に囲まれているのは心地よい。ちょっと寒いけど。

 地面に寝転がってしまいたいのだが、艤装があるので叶わない。

 

「艤装解除……着替えくれ……」

 

 そう妖精さんにお願いすると、「ヨウソロー!」という声が聞こえた。

 がしょん、と艤装が外れる音がして、妖精さんが数人がかりで服を持ってきてくれた。

 だが、濡れた手で受け取っては意味がないことに気が付く。

 

「あ、タオルありますよ」

「ああ、ありが……」

 

 タイミング良く差し出されたタオルを受け取ろうとして――俺は勢いよく振り返る。

 

「どもっ、恐縮です! 青葉ですぅ! 一言お願いします!」

 

 すごい笑顔の青葉がそこにいた。

 

 

 



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第8話

ああ祥鳳さんへの溢れ出るこの愛しさをどうしたらよいのでしょうか。皆さん、祥鳳さんの梅雨グラはご覧になられたでしょうか? 美しいですね。梅雨の暖かな雨が降る中散歩に出かけ、紫陽花の葉を這うかたつむりを見つけ、自然の営みの美しさにふと笑みをこぼす。あれこそが大和撫子というものでしょう。中破絵欲しさに無茶な進軍を重ねる自らの浅ましさを思い知らされるようです。bob神に感謝を捧げましょう。

あと、主人公が考えなしなのは=私の考えなしです。ごめんなさい。


 

 その時の俺の気持ちをどう表現すればいいだろうか。

 一言で言うなら、驚愕。

 何か言おうと口を開くが、肝心の音は出てこず、ぱくぱくと動かすだけ。

 

 油断していた。まさか誰かがいるなんて考えてもいなかった。

 いや、本当は考えてしかるべきだったのだろうが、神通に追い回された後でそこまで気が回らなかった。

 

「おやぁ? どうしました、大和さん? 面白い顔になってますよ?」

 

 そう言う青葉も、大概には面白い顔をしていた。

 ちょっとは笑顔をこらえようとしているようだが、こらえきれずに口角が上がっている。要するに、にやけている。

 

「なな、なんで、ここに――!?」

 

 ようやく音になった俺の声を聴いて、青葉は答える。

 

「いやぁ、鎮守府で警報が鳴っているので、さぞ大和さんが戸惑っているのではないかと思って探していたんですよ!」

 

 本当だろうか。そこまで世話焼きな性格には見えないが。

 そんな俺の思いが顔に出たのか、青葉は「これは本当ですよぉ」と、聞かれてもいないのに答えた。

 

「しかしまあ、こんな特ダネに出会えるとは! これは号外ものですよ!」

 

 興奮気味に語る青葉に、ついにその時が来たかと俺は悟る。

 考えてみれば、俺が艦娘として生まれてからわずか一日。あまりにも短い間の秘密だった。

 斯くなる上はどうするか――取れる手段はいくつかある。

 

 ひとつは正直に話すこと。まあ、事実を話しても何を馬鹿なと言われるかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。

 もうひとつは逃走。このまま艤装をもう一回背負って逃走するのだ。ヤマトの能力をもってすれば、追っ手を振り切ることは容易いだろう。しかし、その後はどうするのかという問題もある。

 他にも青葉抹殺なんて方法もなくはないが、まあ有り得ない。そんなことをするぐらいなら正直に話す。

 

「で、ですねぇ。――なにがどういうことか説明してもらえます?」

「…………はい……」

 

 最早これまで――俺は全て話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、神通。下がっていいわよ。お風呂にでも入ってゆっくりしてね」

「はい。ありがとうございます……失礼します」

 

 神通が退出し、ぱたん、と閉じた扉を見て、私は溜息をつく。

 

「あーもう。また次から次へと……何なのよ」

「心中お察しします」

 

 妙高が暖かい緑茶を入れてくれながらそう言った。優しさが身に染みる。

 お茶を啜って一息つく。お茶の温かさが、体も心もほぐしてくれた気がした。

 

 しかし、全くやってられない。結局、神通は敵潜水艦を仕留められなかった。

 神通も、艦娘として着任してから長い。戦闘経験も豊富だし、対潜戦闘も何度か行っており、実際に潜水艦を撃破している。そんな神通が、単艦とはいえこの浅い海域で敵潜水艦を逃すことになるとは思わなかった。

 本当はこの潜水艦、幽霊なのではないかと思うくらい、不審な点が多い。

 この防潜網の張り巡らされた瀬戸内海にどうやって入ってきたのか。この浅い海域でどうやって神通の攻撃を躱したのか。最後の魚雷と思しき爆発は何だったのか。

 自称大和といい、不審な潜水艦といい、どうしてこの2日でこうも面倒な案件が増えるのか。

 

「提督。少しお休みになられてはいかがでしょうか? 今朝は早く起床されましたし、疲れも取れていないのでは?」

「そうねぇ……そうしようかな……」

 

 昨日も何だかんだで遅くまで働いていたし、今朝も不知火たちの見送りに、大和さんの報告書の作成と色々やっていて、結局あまり寝ていない。

 潜水艦についての報告書も書かなければいけないが、とりあえずの報告は妙高でも出来る。

 

 お昼まで寝ちゃおうかな――妙高の魅力的な提案に心傾きかけた時、扉がノックされた。

 

「提督ぅ、青葉准尉です! ヤマトさんもいますよ!」

「青葉さん……」

 

 困ったように妙高がそう呟く。確かに間が悪い。人が寝ようとしたときに、頭を悩ませる存在を連れてくるとは。

 

「どーぞー……」

 

 自分でも、あまりに力のない返答だと思った。これではいけない、と背筋を伸ばして座り直す。

 

「失礼します!」

 

 相変わらず元気な青葉は、大和さんの右手首を握り、引きずるように入ってきた。心なしか、大和さんは疲れたような表情を浮かべている。

 これは一体どういう状況なのか。入ってきた青葉は、大和さんの手を離さないまま私の前に立つ。一歩遅れて、大和さんも並んだ――が、なぜか項垂れている。

 

「提督! 青葉、すごいもの見ちゃいました!」

 

 「どうしたの?」と聞く前に、青葉が身を乗り出して興奮気味にそう話す。

 

「青葉さん、提督はお疲れです。報告は簡潔にお願いします」

 

 妙高が私の思いを代弁してくれた。青葉は、思うままに喋らせると話が長い。余裕があるときは聞いていて面白いのだが、いまはちょっと疲れが先に来る。

 それを聞いた青葉は体をひいて、少し落ち着きを取り戻す。

 

「あ、これは失礼しました。ええっとですね、結論から言うと――ヤマトさんは大和じゃないんです!」

「…………はい?」

 

 青葉の思わぬ言葉に、私は首をかしげた。

 それは――知っている。けれど、何故それを青葉が知っているのだろうか。

 また青葉の「取材」が思わぬところで役に立ったのかもしれない。

 

「それは、どういうこと?」

「ああ、つまりですね。私たちが『大和』って聞くと、普通第2次世界大戦で坊ノ岬に沈んだ大和を思い浮かべるじゃないですか。でも、大和の名を冠した船って他にもありますよね?」

「まあ……そうね」

 

 それは、確かにある。

 そもそも一般的に知られる大和は2代目だ。初代大和は、帆船時代の戦闘艦であったと聞いている。

 これは大和だけに限らない。軍艦の名前は使い回されている――というと聞こえが悪いか。代々受け継がれているものも多い。

 それこそ妙高の名も、現在の護衛艦に受け継がれている。

 

 だが、敢えて言うならそれがどうしたというのか。

 大和の名を冠した船は、それで終わり。確か実験船でも使われたと聞いているが、まさか実験船があんな装備を有しているわけもない。

 青葉の言いたいことが良く分からず、首をひねる。

 

「なんと! ここにいるヤマトさんはですね……遥か未来からやってきた、宇宙戦艦ヤマトなんです!」

「………………」

 

 ばばーん、と青葉は両手で大和さんを示す。

 

 ――その時の私の気持ちをどう表現すればいいだろうか。

 一言で言うなら唖然。

 何か言おうと口を開くが、二の句が継げず、言葉にならない。

 

「……青葉、あなた……大丈夫?」

 

 ようやく出てきた言葉は、あまりに荒唐無稽なことを言う青葉の頭を心配する言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫とは何ですか! 青葉は正気ですよぅ!」

 

 和子提督の正気を疑う言葉に、青葉はぷんすかと怒る。

 だが、仕方のない反応だろう。少なくとも俺が同じ状況なら、同じように青葉の頭を心配する。

 

 そもそも俺が何故ここにやってきたのか、全く分かっていない。論理立てて説明が出来ないことを、他人に分かってもらおうというのが無理なのだ。

 まあ、それでも俺はここにいて、俺はヤマトである。

 事実は事実である以上、それを受け止めていただく他ない。

 

「そうは言ってもね……いきなり大和さんが未来から来ただなんて言われても信じられないのは分かるでしょ?」

「それはもちろんそうです!」

 

 力強く頷く青葉。それならもっと分かってもらう努力をしたらどうなのか。

 

「で、青葉はそう言っていますが――大和さんは何か言うことはありますか?」

 

 突然こちらに向いた和子提督の視線が、思いのほか鋭くて俺はたじろぐ。

 

「あ、いえ……その、青葉さんが言っていることは事実でして……」

 

 思わず小声になってしまう。だがそれでもきちんと聞こえたらしく、和子提督は目を丸めた。

 そして、溜息。

 

「では、それを証明できますか?」

「えっと、私の艤装……じゃダメですかね?」

 

 ヤマトの能力が詰め込まれたあの艤装は、明らかに未来技術の塊だ。今の妖精さんたちだって再現することは出来ないだろう。

 実際、三式融合弾を作るために設備を借りようとしたヤマトの妖精たちは、三式弾を作るための設備を作る必要があると嘆いていた。

 でも作れるらしい。流石妖精さんだ。

 

「工廠の妖精さんから上がってきた報告書によると、貴女の艤装の兵装は確かに今までにないものですが――未来からやってきたという証明には弱いですね」

 

 ……しまった。そういえば、工廠の妖精さんが偽の報告書を上げてくれたのだ。

 正確には偽の、というよりも、見た目から分かることだけを並べた報告書だ。ショックカノンだって見た感じはただの砲塔だし、八連装ミサイル発射塔も、ぱっと見は煙突である。

 あれ、そうなると何が証明になるのだろうか。

 和子提督の厳しい視線に、頭が真っ白になって何が証明になるのか分からなくなってくる。

 

「本当ですよう。青葉、ヤマトさんが海から浮上してくるところ見ましたから!」

「……浮上?」

 

 青葉の言葉に、和子提督が興味を示したのを見て、そうだ、と思いつく。

 

「ああ、その……見た目ではあんまり違いはないんですけど……宇宙に行けますし、海にも潜れます」

「………………はい?」

 

 俺の言葉に、和子提督は聞いたことが信じられない、という感じでそう零す。

 

「だから、宇宙に行けます。宇宙戦艦なので」

「……俄かには信じがたいのだけれど……」

 

 そんなことを言う和子提督に、更に言葉を重ねようとするが、その前に和子提督が「ところで」と遮った。

 

「青葉が今、海から浮上してきたと言いましたが……先ほど発見された潜水艦はもしかして、貴女ですか?」

「……はい。そうです」

 

 俺がそう答えると、和子提督の顔が厳しくなった。正直怖い。

 和子提督は俺から視線を逸らさないまま机の上の機器を操作し、置かれていたマイクに「提督室へ」と話す。

 

「なるほど……ではもう一つ尋ねます。先ほど発見された潜水艦は、魚雷と思しきものを発射しています。貴女はどういった意図でこれを発射したのですか?」

「えっと……」

 

 静かながら問い詰めるような和子提督の言葉に、身体がこわばる。

 

「その、ピンで追跡されたら正体がばれると思って……ソナーを妨害するために、発射しました」

「それにしては、随分と威力があったようですが?」

「わ、私の兵装の中では、えと、あれでも威力が低い方で……」

 

 声が震えているのが自分でもわかった。

 何が言いたいのかは分かった。俺に神通を攻撃する意思があったのかということを知りたいのだろう。

 誓って言うが、神通を傷つける意思なんか欠片も持っていなかった。でも、魚雷の威力が思っていたよりあったのも事実で、結果として傷つける可能性があったのも事実だ。

 

「そうですか……分かりました。貴女の発言内容については、調査をさせていただきます。ご協力いただけますね」

「は、はい……もちろん」

 

 有無を言わさぬ和子提督の問いに、俺は首を縦に振る。それと同時に、部屋の外からどたどたという足音が聞こえてきた。

 その足音は提督室の前で止まり、「失礼します!」という男性の声とともに、ぞろぞろと人が入ってきた。

 思わず振りかえると、「特警」と書かれた腕章を付けた軍服姿の人が5人ほど並んでいた。――海軍の憲兵さんみたいなものらしい。

 鋭い目つきの方々に囲まれて、俺は不安になる。

 

「あ、あの…………」

「それでは申し訳ありませんが、こちらで艤装の調査が終わるまでは貴女を拘束させていただきます」

 

 あ、そうなるんですね――考えてみれば当然の流れだろうか。

 俺は項垂れた。そして、和子提督の「その子を連れて行きなさい」という発言で、女性の憲兵さんに両腕をつかまれ、引きずられるようにして提督室を退出。

 

 失意の俺の耳に、「大和さん!?」という声が聞こえてくる。

 見れば、提督を訪ねてきたのだろうか? 祥鳳がこちらを見て口元を抑えていた。今朝一緒に食事をした人が憲兵に捕まっているのだ、さぞびっくりしたに違いない。

 

「ど、どうして……?」

 

 小さく聞こえたその声に、しかし俺は言葉を返すことを許されなかった。

 ぐい、と引っ張られ、憲兵に囲まれたまますれ違う。

 

 ――そうして俺は、この呉で初めて営倉入りを命じられた艦娘となったのであった。

 

 

 



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第9話

 

「で、どうだった?」

 

 提督室で、私は妙高からの報告を受けていた。

 内容は言うまでもなく、ヤマトさんのこと。

 ああ、昨日とも同じことしたな――と脳裏に思い浮かんでは、すぐ消えた。どうでもいいことだ。

 

「はい。ヤマトさんの妖精さんの協力も得られましたので、艤装の調査は滞りなく終了いたしました」

 

 妙高は私の前に、携えていた書類をこちらに差し出し「こちらが報告書になります」と教えてくれた。ありがとう、と言って受け取る。

 しかし、随分な量だと書類の厚さに驚く。普通の艦娘ならこの半分程度で済みそうなものだけれど。

 

 ヤマトさんは、素直に調査に応じていた。

 艤装の妖精さんに協力を取り付ける際も、拘束されたヤマトさんを見て殺気立つ妖精さんたちに事情を説明し、私たちの調査に協力するよう言い聞かせたあたり、少なくとも事を荒立てる気はないようだ。

 今は営倉に入れているが、静かなものらしい。

 やはり、少なくとも敵対する意思はないのだろう。

 

 彼女が隠していた何かが、少しは分かると良い。そう思いながら、書類に目を通す。

 ――そして、そのあまりに荒唐無稽な内容に意識が遠のいた。

 

「ねえ……これ、確かなの?」

「正直に申し上げると、確かめようがないというのが現状です」

 

 書類に記載されていた諸元は、何の妄想だと言いたくなるようなものだった。

 なるほどこれが事実なら、確かに未来から来たというのも頷ける。

 けれども、書かれていることが本当なのか――私の疑問に、妙高はそう返した。

 

「これらは全て、ヤマトさんの妖精から聴取した内容です。工廠の妖精も調査に入れましたが、技術格差がありすぎて、確証は得られないとのことでした」

「そうなんだ……それって結局、ヤマトさんの艤装は未来の技術で作られているってこと?」

「未知の技術であることは間違いなく、未来の技術である可能性は高いとのことです」

 

 持って回った言い回しだが、工廠の妖精がそこまで言うのだから恐らくは間違いはないのだろう。

 そうなると、修正報告された諸元もまた事実である可能性が高いということで――。

 

「――こんなの手に負えないわよぉ……」

 

 ばさり、と机の上に書類を投げて、椅子に体を預けた。

 何なのか。私が何をしたというのか。何故神様は私にこんな厄介ごとばかりをもたらすのか。

 もーやだ! 提督なんか辞めてやる! ――と、栗田提督の元で勉強させられたとき、何度思ったことだろうか。鎮守府を任されるようになってからは、初めてかもしれない。

 

 広がった書類の中で、一番最初に書かれていた武器。「次元波動爆縮放射機(200サンチ口径、通称:波動砲)×1門」

 解説には余剰次元が云々、ホーキング輻射が云々と色々書かれていたが、私が理解できる単語はブラックホールぐらいのものだった。そんな単語が艦娘の兵装に関連して出てくるとは露ほどにも思わなかったけれども。

 特筆すべきは、その威力に関する証言。

 

「星を破壊できる艦娘って何よぉ……未来の深海棲艦って、そんな凶悪な敵なわけ……?」

 

 だとしたら、私はその時代まで生きていたくない、と零すと、「同感です」と妙高も頷いた。

 

 こんな艦娘、私の手には負えない。というか、誰の手にも負えないだろう。これが真実であるとするなら、現在日本にいる全ての艦娘が連合艦隊を組んでヤマトさんに挑んだとしても、敵うかどうか怪しい。

 何よりも問題なのは、彼女が私たちの指揮下にないということだ。それはつまり、彼女のご機嫌ひとつで我々が壊滅しかねないということでもある。

 彼女を拘束したのは正解だったのか、失敗だったのか――そう考え込んだ私の耳に、扉をノックされる音が飛び込んできた。

 

「祥鳳准尉です。大和さんの件で参りました」

 

 その声に時計を見てみれば、もう11時だ。私が後で来るようにと伝えた時間である。

 

 ――ヤマトさんを拘束したところを見た祥鳳は、すぐさま私のところに飛び込んできて、何があったのかと聞いてきた。まあ、昨日客人扱いするように伝えた人が拘束されていれば、それは驚くだろう。

 けれども、調査や手続きなどすぐにやるべきこともあったので、後で話すことを伝えて帰したのだった。

 

「入りなさい」

 

 そう伝えると、失礼します、と祥鳳が入ってきた。

 立たせたまま話すのも申し訳ないし、私も気分を変えたかったので、妙高にお茶を頼んでソファに案内する。そして、祥鳳と向かい合わせで座った。

 

「ごめんなさいね、後回しにしちゃって」

「いえ、そんな。提督がお忙しいのは理解していますし、お時間を頂けただけでも有難いです」

 

 祥鳳はたおやかに笑い、「あの――」と続けた。

 

「それで、大和さんはなぜ拘束されたんでしょう?」

「うーん、それがねぇ……」

 

 一体何から話したものか。自分でも整理できていないことを他人に話すのは難しい。

 少し考えてから口を開く。

 

「まずね、彼女は大和じゃなかったの」

「え?」

 

 私の言葉に、祥鳳は良く分からない、といった表情を浮かべる。

 

「今朝、他の提督と連絡を取ったのだけれど、やっぱり行方不明の艦娘はいなかったわ。それどころか、他に本物の大和がいることが分かったわ」

 

 だから彼女は大和では有り得ないのよ、と伝えると、祥鳳は戸惑ったように首をかしげた。

 

「じゃあ大和さんは……一体誰なんでしょう?」

「まあ、半分はそれを調査するために拘束したようなものね」

 

 調査結果は頭の痛いものとなったけれども。

 それについて話すのはもう少し後でいいだろう――そう思って話を続ける。

 

「で、もう半分は――今朝の敵潜水艦の件ね」

「潜水艦、ですか?」

「そう。……あれね、彼女だったの」

「…………え? で、でも、彼女は戦艦じゃ……」

 

 本当に、ややこしい。

 戦艦のくせに海は潜れるし、空も飛べるだなんてどういうことなのか。そもそもそれを艦と呼ぶのだろうか。

 空を飛ぶところは是非目の前で見てみたいが、見たら見たで寝込みそうだ。

 

 立ち上がって、机の上に投げ出した調査書を祥鳳に渡す。もう説明するのも嫌になる。これを提督会議で説明したら、きっと頭がおかしくなったと思われるのだろう。

 調査書を受け取った祥鳳は、目を通し始める。

 そしてしばらくして。

 

「……これ、本当なんですか?」

 

 まあ、そういう反応になるわよね。

 

 私は肩をすくめて、「本当らしいわよ」と答える。

 本当は、実際に艤装を動かしてもらって、諸元を確認したいところだけれども――そういう訳にもいかない。

 艤装を装備させて、彼女が大人しくしてくれる保証はないのだから。

 

「まあ、そういう訳で――今朝の潜水艦は彼女で、魚雷を神通に向けて撃ったのも彼女、ということなの」

「だから、ヤマトさんを?」

「それが無ければ保護で済ませても良かったんだけどねー……流石に彼女の行為は危険すぎたわ」

 

 それは調査書を読んで改めて感じたことだ。彼女の武装は、1つ1つが余りにも強力過ぎる。

 そんなものを軽々しくこちらに向けられては、たまったものではない。

 

 ため息をつきながら改めてソファに座り直せば、妙高がお茶を持ってきてくれたので、3人で座って飲む。

 暖かい緑茶は心もほぐされるようで、とても落ち着く。

 思いがけず、部屋が静寂で満たされた。

 

「…………そろそろお昼ねぇ……」

 

 お腹が空いたわ、という言葉に、妙高と祥鳳は頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腹減ったなー……」

 

 くう、と鳴いた腹をさすり、営倉のベッドに仰向けで寝転がったまま俺は呟いた。

 そろそろお昼だろうか。部屋の窓から見える日はかなり高い。

 

 意外にも、営倉といっても綺麗なものだった。やはり艦娘用なのだろうか。ちょっと狭いが、きちんと扉もついてれば窓もついている。もっとこう、鉄格子のなかに動物園のサルの如く閉じ込められるのかと思っていたのだが。

 ただ、暇を潰せるものがないのが辛い。そういう意味ではやっぱり営倉なのだろう。

 そんな状況だからか、つい考え込んでしまう。

 

 ――何をやっているのだろうか、俺は。

 

 ヤマトとしての力を手に入れ、ほぼ丸1日。考えてみれば、俺は特に何かをしようとしてはいなかった気がする。

 そもそもこの世界に来たこと自体が、俺の意思ではなかった。いきなり放り出されたこの世界。行く当てもなかったところに、たまたま不知火たちがやってきて、保護してくれるというからそのままここへやってきた。

 そこに俺がどうしたい、という意思は存在しない。

 あとは、ヤマトという玩具を振り回していただけだったのだろう。深海棲艦を撃破したのも、たまたまそこに的があったから撃ってみた、というのと大差ない。そして軽い気持ちで潜水艦行動を試してみて、神通に発見されて戦闘になった。そうなるなんて思いもしていなかったから、慌てて魚雷を撃って逃げて――結果として神通に怪我をさせかけた。

 

 妖精さんたちに、「艦娘たちは大丈夫」と言っておきながらこの体たらく。

 「地球を救う」と豪語したのも、もしかすると、ヤマトの雄姿に自分を重ねて酔っていたのかもしれない。

 そう考えると、随分と自分が滑稽に感じられてくる。

 

「ふふ……」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 いっそヤマトの力を手に入れられるなら、ヤマトの心も欲しかった。

 それが俺といえるかどうかは別として、少なくとも地球を救うために旅立ち、見事使命を果たしたヤマトだ。きっと、この世界も救ってくれただろう。

 逆でもいい。ヤマトの力なんて俺は持たず、ただの艦娘――いや、一般人として放り出されていたなら、俺は生きることに必死になっていただろう。

 

 そして思う。俺は何がしたいのだろうか。

 正直、良く分からない。

 与えられた力は強力だ。やろうと思えば、深海棲艦を壊滅に追い込むことも不可能ではないかもしれない。

 けれども、俺がそれをしたいのかと考えると――不思議なことに、どうでもいいと思っている自分がいた。

 何故だろうかと考えてみて、ふと気づく。

 

「――そうか。俺、この世界の人間じゃないからか」

 

 ここには、俺の家族はいない。友人もいない。知り合いすらもいない。

 俺にとって守りたい人など、この世界には特にいないのだ。

 それに、深海棲艦は人類の敵だ――そう聞かされても、この世界に生きてきたわけではない俺にとっては実感がわかない。それで被害を受けたわけでもなければ、知り合いが死んだわけでもないから。

 

 要するにだ。

 危機感が足りない。

 

「どうしよっかな、これから……」

 

 深海棲艦と戦うこと――それすらも、俺は別に強制されないのだ。

 やるべきことは何もない。イスカンダルのメッセージみたいに、「この世界を救え!」とでもあれば分かりやすかったのだが。

 そんなことを考えていた俺の耳に、かたん、という音が届いた。

 

 昼ご飯でも届けられたか、と思って音のした扉の方を見てみれば、扉の下に設置された窓から頭を突っ込んでいる妖精さんがいた。

 

「え?」

 

 俺が驚いているうちに体もこちらに引きずり込んだ妖精さんは、こてん、と地面に転がる。

 しかも一人ではないらしく、もう一人妖精さんが入り込んできて、同じく転がる。

 起き上がると、妖精たちは「ヤマトー!」「ヤマトサーン」とこちらに呼びかけてくる。ヤマトの妖精と、工廠の妖精だ。

 工廠の妖精さんは、よく見ると宴会の時の泣き上戸である。ただ、泣いていた時の面影はなく、むしろ何だか怒っているようですらある。

 

「ど、どうしたんだ……?」

 

 俺もベッドから起き上がり、2人の前に屈む。

 そうすると工廠の妖精さんが、ててて、と走ってきて――ぺち、と俺の頬を叩いた。

 そりゃあもう、びっくりするほど弱かった。蚊に刺された程度、っていうのはこういうことなのだろうと思うくらいに、まったく痛みを感じない。

 ――けれども、不思議と感触が消えなかった。

 

「ヤマトサンノ、ウソツキ」

 

 艦娘を助けてって言ったのに。その艦娘に武器を向けるなんて、と。

 怒っていたはずなのに、いつの間にか涙をこらえるような顔をしていた妖精さんが、俺に訴えてくる。

 そのうちに言葉にならなくなってきたのか、「ウー!」と唸るように俺をにらむ。

 

「……ごめんなさい」

 

 ぽつり、とこぼれた言葉。それは間違いなく本心だった。

 そんな俺の言葉を、しかし妖精さんは「アヤマルアイテガ、チガウ!」と一蹴する。

 確かに、その通りだ。

 

「でも、ごめんなさい」

 

 泣かせてごめんなさい。約束破ってごめんなさい。

 そんな思いを伝えると、いよいよ涙を堪えられなくなった工廠の妖精さんが、「ウワーン!」と胸に飛び込んでくる。

 俺を叩いたのは、相当覚悟してのことだったらしい。叩いてごめんなさい、と泣きながら謝る妖精さん。全く痛くなかったんだけど、そういう問題ではないようだ。

 

 工廠の妖精さんが離れてくれないので、胸に抱えたまま、今度はヤマトの妖精と向き合う。

 こちらは何だか良い笑顔。どうしたの、と聞くと返ってきたのは「ダッソウジュンビ、デキマシタ!」との言葉。

 ――脱走準備?

 

「いやいやいやいや。しないからね?」

 

 「エ?」と首をかしげる妖精さん、可愛い……じゃなくて。「え?」ってこっちのセリフだわ。何で脱走前提なのか。

 営倉入れられる前に、敵対的な行動は取らないよう、きちんと話をしたつもりだったのだが。

 聞くと、拘束された状態で本心は言わないだろうと思ったらしい。表面上は協力的な姿勢を取りつつも、妖精さんたちで営倉の位置の把握を進め、鍵の入手や逃走経路の選定を行っていたようだ。

 しかし、俺としては逃げる気はない。だって、基本的に悪いことをしたのは俺だし。

 

 それに今逃げると、今後艦娘たちと友好的に関わることは難しいだろうという考えもある。

 いきなりこの世界に放り出された俺が、この世界で唯一執着するものがあるとすれば、それは艦娘に他ならない。

 せっかく祥鳳や神通、妙高といった艦娘たちとお近づきになれたのだし、要らんことをしてちょっと溝は空いてしまったかもしれないが、仲良くなりたいじゃないか。

 

 ともかく、俺は脱走するつもりはない。そう伝えると妖精さんはしょげたらしく、肩を落とした。

 その様子を見た工廠の妖精さんが俺の胸から這い出て、ヤマトの妖精を慰める。 

 

「でも、ありがとな」

 

 そう言って頭を撫でてやると、少しは元気を取り戻したようだ。

 「マタキマス!」と言って、工廠の妖精と一緒に入ったとこから出ていく。

 うん。また来ます、って言ってくれるのは有難いけど、俺一応営倉に入れられてるんだからね? 本当は多分、会ったらいけないんだからね?

 分かっているのか、いないのか。

 去っていく妖精さんの「ジョーキョーシューリョー! カイサーン!」という小さな声。本当に微かだが、「エー」とか、「ダカラ、イッタノニ-」という声も聞こえる。いったい何人が脱走作戦に加担していたのか。

 俺のことを思ってくれるのは大変ありがたいのだが、あんまり無茶はしないでほしい。

 

 そうして、妖精さんたちが去って静かになった――そう思ったら、こつ、こつ、という足音が耳に入ってくる。

 誰か来たらしい。多分用事があるのは俺なんだろう、と思っていたら、案の定、部屋の前で足音が止まった。

 

「失礼します」

 

 と、聞こえた声に驚く。

 ――扉を開いて入ってきたのは、神通だった。

 手には、ご飯が載せられたお盆。何故か2人分。

 

「お腹、空きましたよね。ご一緒してもいいですか?」

 

 

 

 



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第10話

友人が艦これSSを書き始めたので、それに影響されて再開。
彼の作品の文字数は、既に私を上回っている。私もこのくらい筆が進めばいいのに……。
艦これシリアス系が好きな方は是非。
http://novel.syosetu.org/56276/

あと祥鳳さんの改新規グラは既にご覧になりましたか?
私の溢れる愛がきっとbob神に通じたのですね。始めて見た時はツイッター上で当分発狂してました。とても素敵ですね、祥鳳さん。私の拙い文章ではその魅力を100分の1も伝えることが出来ず、申し訳なく思います。


 これは一体どういう状況だろうか――俺はちらりと神通の顔色を窺いながら、そう思った。

 そこまで広くもない独房の中、神通は備え付けの椅子で、俺はベッドに座って食事をとっていた。

 

 わざわざ食事を持ってきたぐらいだ。俺が先ほどの潜水艦であることは伝えられているのだろう。

 きっと俺に話があるに違いない――そう思っていたのだが、神通は黙って食事をとるだけだった。

 そもそも俺も口数の多い方ではないし、あまり親しくない人にあれこれ話しかけられる性格ではない。それが迷惑をかけた相手ならなおさらだ。

 しかし、工廠の妖精さんに叩かれた身。黙ってこの機会を逃すわけにはいかないだろう。

 お互いもうほとんど食べ終えている。謝るなら今しかない。

 

「――あの」

 

 俺は口を開いたのだが、音が出たのは神通の口からだった。

 タイミングが悪かったらしい。神通もこちらを見て、しまった、というような顔をしている。

 

「すみません……どうぞ」

「あ、いえ。その……」

 

 譲られてしまった。申し訳ない気持ちがするが、かといってここで譲り返しても不毛だろう。

 俺はぱくぱくと、何度か口を開いては音を出さずに閉じる。言うと決めても、なかなか謝るということは難しかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 言ってしまえば、ただの一言。

 けれどもその瞬間、俺は恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。それは自分の気持ちをストレートに伝えることに対する気恥ずかしさでもあり、自分の浅慮を認める恥ずかしさでもあった。

 

「その、もう提督から聞いているかもしれせんが……実は今朝神通さんに魚雷を放ったのは私で――」

 

 じっ、と。

 俺が拙く言葉を紡ぐ間、神通はこちらを真っ直ぐと見ていた。

 とても真剣な目だった。そんな真剣な表情も綺麗で、こんなときでなければずっと見ていたいぐらいだったのだが、この時ばかりはその眼を直視しづらくて、何度か目をそらす。

 けれども謝るときに顔を見ないのも失礼だ。そらすたびに視線を神通の方に向け直して、俺は伝える。

 魚雷を放ったのはジャマー代わりだったこと。でも予想よりも威力が大きかったこと。神通のことは大好きで、傷つけるつもりは全くなかったのだということ。そして、ごめんなさいという気持ち。

 

 それらを聞き終えた神通は、ほんのちょっと目を閉じてから口を開いた。

 

「こちらこそ、ごめんなさい」

 

 その言葉とともに頭を下げた神通に、俺は「へ?」と思わず声を出した。

 

「な、なんで神通さんが謝るんですか! 悪いのは私ですよ!」

 

 神通の頭を上げさせようと立ち上がろうとしたが――膝の上に載せたトレイの存在に気付いて諦める。

 けれども、謝られなければいけないことなんてない。そう主張する俺に、神通は言う。

 

「私だって、味方の潜水艦である可能性を考えませんでしたし……ヤマトさんに爆雷を投下してしまいました」

 

 けれど、それは仕方のないことだ。

 そもそも艦娘の所在は基本的に鎮守府で把握されているだろうし、出撃しているならなおさらだ。突然近海に現れるなんて有り得ないから、敵だと断定しても仕方ない。

 例えば俺が潜水艦として保護されていたのであれば、きっと俺が無断で出撃した可能性も考えただろう。けれど俺は戦艦としてやってきたし、それが潜水艦にもなるなんて考える人なんかいるわけがない。

 だから、神通の行動は正しいのだ――と俺は主張したが、それでもヤマトさんに結果として攻撃してしまったことに変わりはない、と神通は主張した。

 

「だから、おあいこです」

 

 そう言って微笑む神通に見惚れて、俺はそれ以上の言葉を紡げなかった。

 俺が黙ると、神通は俺のトレイに目を向けて、口を開いた。

 

「トマト、嫌いなんですか?」

 

 いきなりの言葉に思考が追い付かなかったが、神通の視線の先にあった俺の皿に残されたトマトを見て納得した。

 俺が綺麗に食した皿の中で、唯一残された赤はなかなかに目立つ。

 

「実は……。その、昔からあまり好きではなくて」

「ちゃんと食べないとダメですよ。これも貴重な物資なんですから」

 

 そう言われると辛い。ただ飯を食ってる分際で、出されたものに文句をつけるものではないだろう、というのは理解している。

 しかしながら、トマトである。俺はあのトマトの汁の味わいが嫌いだった。

 噛んだ瞬間、じゅわっと口いっぱいに広がる形容しがたい味。プチトマトならあるいは噛まずに飲み込むという荒業も使えるのだが、大変遺憾なことに、このトマトは4分の1ぐらいにカットされたトマトだった。しかも結構大きい。

 

「……」

 

 しかし、神通の手前「食べられない」なんて言うことはできない。

 負い目があるというのもそうだが、それ以上にそんな格好悪いところを見せられないという男の矜持があった。今女だけど。

 ただ、そう。少し時間が欲しいのだ。覚悟を決めるまでの時間を。

 

 そう思いながら、トレイのトマトをにらみつけること数秒。ヤマトパワーでトマトが消滅――するわけもないが、目の前から伸びてきた箸がトマトをつまんで視界から取り去った。

 それを追いかけて視線を上げると、目の前に差し出されたトマト。

 

「はい、あーん」

 

 この瞬間の俺の内心をどう表したらよいだろうか。

 愛しの神通から「あーん」をされるという、今ほど艦娘として生まれ変わったことに感謝したことはないという歓喜。

 しかし差し出されたものは、俺の幼稚園以来の敵であるトマトであるという絶望。

 だが、嗚呼――神通の応援を受けて倒せない敵などいるだろうか?

 

 俺は恐れと羞恥と歓喜から震える身体を押さえつけながら、箸先に挟まれたトマトをゆっくりと口で迎えに行く。

 そして――口に含んだ。

 

 口にあの苦味が広がる。けれども、恐れることはない。これは神通が「あーん」してくれたものなのだ。俺の身体が受け付けないなど、そんなことは「――ぅぷ」ごめんちょっとあった。

 噛むところまではいけたし、味にも耐えられそうだったのだが、汁が喉を通ろうとした瞬間思わず拒否反応が出た。

 

「だ、大丈夫……? 頑張れる?」

 

 口を押えてうつむいた俺に、神通のちょっと心配そうな声が聞こえ、俺は小さくこくこくと頷いた。

 大丈夫だ――既に少しは飲みこんでいる。あとはひたすら噛んで小さくなったものを送るだけ――

 

 

 

 ――で、結局数分かかって何とかトマトを飲み下した涙目の俺を、神通は背中をさすりながら褒めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外ですねぇ。未来から来た最強の戦艦が、トマトが嫌いだなんて」

 

 ニヤニヤと笑いながら、これは使えるネタかもしれませんね、とメモを取るあたり、青葉さんらしい。

 その情報を提供した神通さんも苦笑している。

 

 まだ仕事を残していた提督と別れ、そのまま食堂を訪れた私は青葉さんと出会って、一緒に昼食をとることにした。

 そこにトレイを戻しに来た神通さんとも出会い、そのままお喋りに興じることとなっていた。

 神通さんは、営倉に入れられたヤマトさんのところへ昼食を持って行っていたらしい。そこでヤマトさんときちんと話をしたそうだ。

 わだかまりはないようで、神通さんの顔は晴れやかだ。そのことに、私もほっとする。

 

「でも、ちょっと分かります。私も小さいころは苦手でしたから」

「私はオクラが苦手でしたねぇ。あのねばぁ、っとした感じが嫌いで」

 

 「今は食べれますけどねー」と言う青葉さんの視線は、自然と神通さんへと向かう。

 

「私は……特に無かったです」

「えー。それじゃ面白くないですよ! 何かないんですか、苦手なものとか」

「本当に無かったんです……。姉さんや妹は好き嫌いが多かったんですけど……」

 

 神通さんの姉妹というと、川内さんと那珂さんだ。

 川内さんはあまり知らないけれど、那珂さんは艦娘の広報としてよくテレビに出ているのを見かける。

 

「あー。確かにお二人とも好き嫌いは激しそうですね。じゃあやっぱり、お二人が残した分の野菜とか押し付けられたんじゃないんですか?」

「いえ、食べさせました」

「……食べさせた?」

 

 笑いながら言う神通さんだったが、子供に嫌いな野菜を食べさせるのは難しい。

 瑞鳳もトマトが苦手だったし、小さい頃は絶対に食べようとしなかった。私も苦手だったので無理に食べさせるようなことはしなかったけれど――いったいどうやって食べさせたのだろう、と疑問に思う。

 同じことを思ったのか、「それはまた、どうやって食べさせたんです?」と青葉さんが尋ねる。

 

「どうやって、と言われても……普通に口の中に押し込んだんです」

 

 ――それは、普通って言うんでしょうか。

 思わず青葉さんと顔を見合わせる。

 

「……それ、嫌がりませんでしたか?」

「もちろん嫌がってましたけど……そうしないと、いつまで経っても食べないので……」

 

 「よく、泣きながら嫌がる那珂の口に無理やりトマトを押し込んで食べさせましたね……」と思い返すように神通さんは呟く。

 ――優しそうに見えて、かなり厳しいらしい。

 

「そ、それにしてもヤマトさんが思ったより元気そうでよかったです!」

 

 わざとらしく、話題をそらすように青葉さんが言う。けれど、その思いには私も同意する。

 

「そうですね。急に営倉に入れられましたから、もっと出たがってるものかと思いましたけど」

「やー、まさかその場で営倉入りになるとまでは思ってなかったもので……青葉も後で謝っておかなきゃなぁ」

 

 青葉さんがそう呟いたところで、食堂の扉が開く。

 扉に視線を向けると、入ってきたのは提督と妙高さんだった。残してきた仕事は終わったらしい。

 

「こんにちは」

「やっほー。みんな居るね」

 

 私たちが挨拶をする中、和子提督はフランクに声をかけてくる。

 だいたい提督はいつもこんな感じだ。もちろん、規律を保つべきところではそれを求めるが、艦娘寮の中などはほとんど無礼講だ。

 

 「とりあえずごはんごはんー」と鼻歌交じりに昼食を受け取りに行き、私たちの席へと戻ってくる。

 

「神通はヤマトさんと食べてきたんだよね。どうだった?」

「そうですね……とても反省されていて、私にも謝罪してくれました」

「そうなんだ……やっぱり、基本良い子なんだろうねぇ……」

 

 うーん、と唸りながら提督は食事を口に運ぶ。

 そんな提督に、「そういえば司令官」と青葉が話しかける。

 

「青葉もヤマトさんに会いに行っていいですか? ちょっと謝っておきたいですし……」

「んー。一応営倉に入れてるから、本当はあまり自由にするのも良くないんだけどね。でもまあ、彼女も当分ここにいることになりそうだから、許可します。みんな仲良くしてあげてね」

 

 その言葉に、私たちは「はい」とそれぞれ頷いた。

 

 

 

 

 

「――本当に……仲良くしてね……」

 

 彼女を敵に回してはならない。

 提督の心中をそこまで察しているのは、今は妙高だけだった――。

 

 

 



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第11話

私より後に書き始めた友人は、私より遥かに多い文字数を描き、私より先に完結させてしまいました。流石としか言えません。
響が大天使過ぎて私の中で彼の作品の中の響は銀髪から鱗粉のごとき輝きを振りまく大天使響です。

読者の方々から多くの期待を頂きながらもエタっていたこと、申し訳ありませんでした。
そして、これからの更新を期待をさせてしまうような今回の更新ですが、次回更新は未定です。
何故今回の話が書き上がったのか自分でも不思議なくらいです。
申し訳ございません。



それはそうと秋の神通さんの浴衣グラはご覧になられたでしょうか? 私普段とは違う、髪を上げた神通さんは美しく、そのうなじを優しくなでたいよ思ったものです。しかしながら秋の神通さんはそんな女らしさだけではありません、その魅力は中破絵にありました。こちらを強い眼光で見つめる常在戦場の神通さん――しかし一方で胸の谷間、白い腿といった私たちの目を奪って返さないその美しさに私は轟沈です。bob神に召されるなら本望です。
秋と言えば、意外な刺客もおりました。
球磨ちゃんです。「意外に優秀な球磨ちゃん」の「意外ってなんじゃこるぁ!」の球磨ちゃんは何と申しましょうか、「ほら、なにしょぼくれてるクマ? 早く行くクマー!」とでも言いたげな幼馴染感にあふれておりました。素晴らしい、あんな幼馴染が欲しかったと思わざるを得ません。
時機を逸しているせいで正直自分でも今更何を言っているのかという感がぬぐえませんが、ただ一つ言えることは、絵師とは斯くも偉大なものなのですね……。


 

 執務机に置かれた電気スタンドが照らす彼女の資料を手に持って、私は長いことそれを眺めていた。

 けれども、喉の渇きを覚えてそれを机の上に置く。そして随分前に退出させた妙高が入れてくれたお茶を啜った。

 お茶は冷え切っていたけれど、喉を潤すにはちょうど良かった。こくりと飲んで、硬くなった体を伸ばす。

 ふう、と一息つくと気持ちが楽になって、袋小路に入り込んでいた思考がするりと抜けだしたような気がした。

 

 

 そうして、ちらり、と再び彼女の資料に目をやる。

 既にそらんじられるほどに読み込んだ資料だったが、そこに記された内容はそれでもなお信じられないほどに圧倒的な性能だった。

 圧倒的――いや、恐るべき、というべきかもしれない。

 彼女の主砲たる48サンチ陽電子砲は、その一撃が掠めただけでもあの長門が沈むというのだ。

 横須賀鎮守府の栄えある第一艦隊旗艦。伊豆諸島奪還作戦においても常に先頭に立ち、味方を庇い、数々の砲弾をその身に受けてなお沈まなかった長門がだ。

 それは、彼女を縛り付けることは不可能ということを意味する。

 彼女は何者にも縛られることはない――星すら砕く「波動砲」という兵器を持っていながら。

 

 彼女についての報告書に、嘘や何らかの誤りを含んでいて欲しいと思う自分は情けないだろうか。

 けれど実際、報告書が真実かどうか確証は得られていないのだ。

 この報告書を作成したのはヤマトさんの妖精さんであり、彼女の味方だ。

 鎮守府の妖精さんたちは圧倒的な技術格差に阻まれ、艤装の解析は出来ていない。

 もし確かめようとするのであればヤマトさんに実際に艤装を動かしてもらうしかないのだけれども……それは奇跡的に首輪をつけることが出来た猛獣を、再び自由にするに等しい行為だ。

 今の状態はある意味最善だ。彼女と艤装が離れている以上、如何に性能が圧倒的であろうとそれが振るわれることはない。

 

 まあはっきりと言ってしまえば、彼女の存在は私の手に負える存在ではないのだ。私がどうこう考えるより、さっさと上層部に資料を上げて指示を仰ぐべきだろう。

 ――そう分かってはいるのだが、私はとっくに上層部に送っていて然るべき書類を、未だこの机に放り投げている。

 

 何故か。

 もし彼女の存在を上層部が知れば、彼女はたぶん不幸になる。そう思ったからだ。

 

 上層部を信頼していないわけではない。艦娘という少年兵に等しい存在を認めている上層部ではあるが、腐っているわけではない。

 いや、一部にそういった存在もいないではないが、大半は艦娘という存在を苦々しく思っている。「何故、幼い彼女たちが戦わなければならないのか」と。

 それは鎮守府や艦娘に対する厚遇からも見て取れる。彼らは常識的なのだ。

 だが、その常識的な判断をするなら、星を砕ける存在を野放しにできるだろうか?

 

 ヤマトさんの行く末の想像は色々と可能だけれども、そこにヤマトさんの意思は存在しないことだけは断言できる。

 彼女が持つ力はあまりにも強大で、それに比べると、ヤマトさんという個人はあまりにもちっぽけだ。

 

 それでも深海棲艦との戦いを有利にすることが出来るのならば、1人の少女の意思が抑圧されることなど、本当にちっぽけなことだろう。

 例えその命と引き換えだったとしても、それで深海棲艦を殲滅できるのならば。そうでなくとも、その命の数よりも多い命を救えるのならば。軍人ならば彼女を犠牲にするべきなのだろう。

 

 けれども私は「提督」だった。

 

 ふと思い出すのは、美味しそうにカレーを次々と平らげていた笑顔の彼女。

 神通に怪我をさせたかもしれないと考えて顔を真っ青にしていた彼女。

 トマトが嫌いらしい、彼女。

 

 私は湯呑に残っていたお茶を飲み干して立ち上がり、執務室の端にある硝子戸のついたサイドシェルフへと歩み寄る。

 そして琥珀色の液体を湛えた瓶と2つのグラスを取り出して、執務室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜である。

 既にだいぶ夜も更けており、良い子は寝る時間であるのだが、しかし私は悪い子なので起きている……というか、単に昼寝をし過ぎて眠くならないだけなのだが。

 

 営倉に入れられてから3日。たかが3日というべきか、されど3日というべきか。ただただ何もせずにいるには長すぎる時間だった。

 一度やって来た妖精さんには「罰を受けているのだから差し入れはいらない」と強がってここには来ないよう言い聞かせたのだが、本ぐらいは持ってきてもらえば良かったかなと後悔したのもだいぶ前。

 何度か青葉たちが来てくれて話し相手になってくれてはいたが、皆それぞれやることもあるし、俺の長すぎる暇を潰せるほど話し続けたわけでもないのだ。いや青葉たちと話すのは楽しいけどね。

 そういうわけで寝るしかやることが無い俺は素直に爆睡し、結果夜になって目が冴えているという訳である。

 そしてやることがあるなら俺は昼寝なんかしていないわけで、当然俺は何をするでもなくベッドから窓の外に広がる夜空を眺めていた。

 

 まあ、夜空を眺めるのは結構好きだ。冬の朝、日も登る前からバイトへ行っていた俺はオリオン座を眺めながら自転車を漕ぎ、電柱にぶつかった覚えがある。

 特に冬の空は静かに澄んでいて、星の輝きを眺めていると心が心地よい冷えに包まれていた。

 今ここは冬ではないが、海が近いせいか明かりもなく、星の輝きは元の世界よりもその数を増している。

 

「綺麗だなぁ……」

 

 夏の星座は何があっただろうか。

 星を眺めるのは好きだったが、特に星座について調べたことは無かったから小学校の頃に習った有名どころの星座ぐらいしか覚えてないし、正確に夜空で形を追えるのは本当にオリオン座くらいのものだ。

 少しの間思い出そうと頑張ってみるが、長いこと利用されなかった記憶はどっかに行ってしまったらしく、仕方ないので自分で作ってみるかとひときわ輝きの大きな星を探し始めたところで、ドアがノックされる音が静かな部屋に響いた。

 

 こんな夜更けに誰だろうか、と不思議に思いながらもベッドに座ったまま「どうぞ」と口に出す。というかそもそもこんな時間に営倉を訪れていいのか。

 そう疑問に思う俺の視線の先で扉を開けて入ってきたのは、

 

「和子提督!?」

「しー。夜なんだから静かにね」

 

 思わず声を上げた俺に、和子提督は何かのビンを持った右手の人差し指を口に当て静かにするよう促す。

 それに従って俺は黙る。見れば、左手にはグラスやペットボトルがはみ出たアイスペールを持っている。

 どこか見覚えのあるそのセットについて俺が尋ねる前に、和子提督が口を開いた。

 

「こんばんは。突然だけど、一緒にお酒飲まない?」

「……はい?」

「よし。飲み方はどうする? これしか無いから水割りにしてもいいけど……」

「す、ストレートで……じゃなくてそうじゃなくてですね?」

 

 ストレートで、と言った瞬間嬉しそうにした和子提督の右手で掲げられているのは、ガラスのビンに入った琥珀色の液体。

 見たことのない銘柄だが、恐らくはウイスキー。どうやらこの提督、可愛らしい見た目に寄らず酒好きらしい。

 和子提督は戸惑う俺の傍に寄ってきて、強引にロックグラスを押し付ける。星の輝きに照らされたグラスは控えめの装飾だが薄く透明で、一目で高級なものなのだろうと見て取れた。

 

「私ね、もっとお互いのことを知るべきだと思うの」

 

 きゅ、とコルクを抜いた音。そう言って和子提督は俺のグラスに琥珀色の液体を少しばかり注ぐ。ふわりと華やかな香りが鼻をくすぐった。

 そしてベッドの脇に腰掛けて、自分のグラスにも注ぎながら笑顔を浮かべて言葉を続ける。

 

「私はね、実はけっこうお酒が好きなの。こういうウイスキーとかをちびちび飲むのがね」

 

 皆の前では飲まないようにしてるんだけどね。と、和子提督は言う。

 確かに意外な側面だ。けれどもっと意外なのは、こうやって和子提督がフランクに話しかけてくれていることだった。

 最後に和子提督に会ったのは営倉に入れられる前に執務室で会話した時だった。その時は微かな怒りを湛えた厳しい表情をしていたから、こうやって今目の前で小さく笑みを浮かべて話しかけてくれることは意外で――嬉しかった。

 

「はい、かんぱーい」

 

 グラスを掲げる和子提督に合わせて、俺もグラスを持ち上げる。

 そうして俺たちはグラスに口を付けた。口に含んだ瞬間、強く鼻に抜ける、フルーツさえ思わせるような華やかな香り。舌を痺れさせながらも広がる微かな甘み。琥珀色の液体は喉に心地良い痛みを残して通り過ぎ、お腹を温めてくれる。

 じんわりとアルコールの余韻を感じている舌を動かして、感想を口にする。

 

「……美味しいですね」

「結構イケる口と見た。だめよー? その歳で飲み慣れてるなんて……って何歳だっけ?」

 

 飲ませた人が何を言うのかと思うが、明らかに嬉しそうな和子提督を見ているとそんな言葉は出てこない。

 まだアルコールが回ったわけでもないだろうに、何だか俺まで嬉しくなってきた。

 

「お酒は飲めますよ?」

「ほんとうにー?」

「もちろんです」

 

 少なくとも精神的には、と心の中では付け加えさせてもらう。どこから湧いてたのか知らないが、肉体的には微妙なラインのような気がするし。

 元々じゃれあいみたいな問答だ。「ならいいわよね」と和子提督はグラスを空ける。

 

「じゃあ、ヤマトさんは何が好き?」

「そうですねぇ……とりあえず、私もウイスキーは好きです」

「友よ」

 

 和子提督はいきなり輝いた顔を近づけてきて。俺の空いている手をがしっと掴み振る。

 無駄に力強い。同好の士がいたことが余程嬉しかったらしい。

 まあ飲んでください、と俺が空けたグラスに注いでくれる。お返しに注げばどうもどうもと言い、俺はいえいえと返す。

 

「ウイスキー談義はまた今度じっくりするとして……他には何かある?」

「甘いものは好きですし……あと、神通さんとか」

 

 その瞬間、すー、っと和子提督が俺から距離を取った。

 その素早い引きっぷりに、実際空いた距離以上に精神的な距離が空いた気にさせられる。

 

「ヤマトさんってもしかして……そういう人?」

「いえその、ちが……ちが……あれ? 違わない……?」

 

 考えてみれば女性の体で女性が好きというのは「そういう人」で間違いはない。いや俺にとっては違うのだが、他人から見れば間違いなくそうだ。

 否定しきれなかった俺を見て和子提督は立ち上がり、

 

「じゃあ……」

「いえいえ待ってください! 本当にそういうのではなくてですね!」

 

 立ち去ろうとする和子提督を慌てて引き止める。内心は置いといて全力否定する。

 そうすると、本気では無かったららしい和子提督はすぐに戻ってきて元の位置に腰掛けた。

 

「まあ冗談は置いといて……神通が好き?」

「はい。青葉さんや祥鳳さんも好きですし、妙高さんも好きですよ」

 

 皆の名前を挙げれば、意外そうに和子提督は眼を開く。

 

「あまり接する時間もなかったと思うけど……」

「そうですね。でも、あちらもそのはずなのに私に会いに来てくれました」

 

 これは本当の気持ちだ。

 ほんの少ししか接していない俺のために、わざわざ営倉までやってきてくれるのだ。みんなとても良い子で、好ましいと思う。

 まあ単純に会う前から好感度が振り切れていたというのは無きにしも非ずなのだが。

 

「そっか……うん、それは良かったかな」

 

 和子提督は、何故だか深く頷く。

 俺はそんな和子提督を見ながらグラスを傾け、ところで、と声をかける。

 

「和子提督こそ、何が好きなんですか?」

「私? 私はウイスキーが好きでしょう? あとは、そうねぇ……」

 

 んー、と少しばかり悩んで、

 

「……不知火とか?」

 

 

 

 とりあえず、お約束として距離を取っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冗談よ冗談、いやいや敢えて不知火さんを出すあたり本気っぽい、だって不知火が一番付き合いが――と、一通りお約束の如く言い合った後も、和子提督とお酒を飲みながらいろいろ話した。

 意外なことに和子提督は「ヤマト」について聞いてこなかった。聞いてくるのは俺についてばかりで、お酒のせいもあって、随分いろいろ話したように思う。

 一応記憶喪失ということになっていたにも関わらず自分のことをべらべらと喋った俺だったが、それを和子提督は指摘しなかった。まあ、今更と言えば今更だった。

 代わりに、和子提督も色々話してくれた。佐世保鎮守府の提督の愚痴や、出来が悪くも可愛い後輩の提督の話。初めて不知火と会った時の話であるとか、まあ色々だ。

 

 さて。

 まあ、そんな話をつまみにお酒を飲めば、それはそれはお酒が進む。

 お互いにお酒が好きであったし、何だかお互い色々と赤裸々に話しているうちに加減というものを失っていたと思う。

 水を飲みながらではあったが、ウイスキーをストレートで飲み続け、お互いにグラスが空けば相手に注いでいた。 

 そんなことを続けていれば2人とも酔い潰れるのは必然であり――

 

 

 

 翌日。

 普段の時間になっても現れない和子提督を探しにやってきた妙高に叩き起こされ、2人して二日酔いに耐えながら説教を受けることになるのだった。

 

 



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